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羅針盤戦争〜Rushing Burn!

#グリードオーシャン #羅針盤戦争 #七大海嘯 #カルロス・グリード #オブリビオン・フォーミュラ #三の王笏島

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「我が『三の王笏島』を捉えたか、猟兵よ」

 島の最奥、肉蔦の如き不気味な巨大メガリスの脚下で『三の王笏』カルロス・グリードが呟いた。
 朽ちかけた古椅子に座す彼……、すなわち、オブリビオン・フォーミュラの分身体は、端正な表情を崩すこともなく、地面を無秩序に這い回るおぞましき毒紫の触手を手慰みに撫ぜる。ぶよぶよと膨れた無数の触手は、カルロス・グリードの指先に傅くでもなく、真の主たる邪神への供物を求めて、ゆらゆらと不気味に鎌首をもたげていた。

「やはり、完全な制御には至らぬか。……しかし、それもまた些事。我と汝の目的は、猟兵を屠るという点で一致しているのだから」

 三の王笏の視線が遥か彼方を射抜く。乱雑に建ち並ぶ廃墟の隙間の向こうには、『三の王笏島』に隣接する小島が見て取れた。
 彼我の海峡には鉄甲船が幾艘も並んでいる。ほどなくして猟兵たちはこの島に足を踏み入れることだろう。
 三の王笏は生々しく胎動するメガリスを見上げ、眉ひとつ動かさず、無感動に言葉を紡いだ。

「服従も忠誠も不要。ただ、我らの敵を滅するのみ。既に我が島内は汝らの領域。異界の邪神よ、存分にその力を振るうがいい」



「オブリビオン・フォーミュラの拠点のひとつ、『三の王笏島』が発見された」

 グリモア猟兵、京奈院・伏籠(K9.2960・f03707)がグリードオーシャンの世界地図を指先で叩く。
 示された地点に記された小島の上には、デフォルメされたUDCアース風の廃墟が描かれていた。数え切れない廃墟と廃ビルが建ち並び、その中心には高層ビルをも上回る巨大メガリスが聳えている。少し目を凝らせば、周囲の地面から大小無数の触手たちが這い出ているのも確認できるだろう。

「この島の支配者、『三の王笏』はUDCアースの力を具現した『フォーミュラの分身体』だ。その影響なのか、島全体が巨大な『邪神山脈』と化している。……ざっくり言うと、この島では邪神が通常の数倍のサイズで顕現するわけだね」

 そう言って伏籠は眉をしかめる。
 ただでさえ強力な邪神が、土地からのバックアップでさらに強化される。厄介なことこの上ない話である。

「残念なことに、『三の王笏』は猟兵側の進軍を既に把握している。みんなが島に侵入すれば、彼は即座に邪神を召喚して、こちらに先制攻撃を仕掛けてくるはずだ」

 島の中心部に存在する巨大メガリスを媒介にした邪神召喚。それこそが『三の王笏』の能力である。
 前述の通り、召喚される邪神は通常の数倍のサイズで顕現する上、喚び出される三種の邪神はいずれも比類ない攻撃力を持つ。この強力な先制攻撃に対処しない限り、猟兵たちが『三の王笏』に痛撃を見舞うこともできないだろう。

「……とはいえ、付け入る隙もある。まず、僕らの狙いはあくまでも『三の王笏』で、召喚された邪神を必ずしも倒し切る必要はないということ」

 必要なのはあくまでも邪神による攻撃への対処。初撃を往なせれば、そのまま『三の王笏』を狙って攻撃を仕掛けてしまえばいい。
 もちろん、なんらかの反撃を邪神に叩き込んで横槍を防ぐのもひとつの策だろう。

「もうひとつ。どうやら『三の王笏』といえども邪神の完全制御までは出来ていないみたいなんだ。やり方次第では、その穴を上手く利用できるかも……」

 ちなみに、『三の王笏』は邪神召喚以外に目立った戦闘技能を持っていない。あるいは、召喚と制御で手一杯なのかもしれない。邪神に対処しつつ懐に切り込めば、攻撃のチャンスはきっとあるはずだ。

「分身体とはいえ、相手はオブリビオン・フォーミュラ。間違いなく強敵だ。けれど、この戦争に勝利するためには、ここで確実に倒さなくちゃいけない相手でもある」

 ひと通りの説明を終え、伏籠は集まった猟兵たちの顔を真剣な表情で見回す。
 危険だが、避けては通れないミッションだ。
 彼は仲間たちとひとりひとり目を合わせ、静かに口の端を持ち上げた。

「ようやく見つけた大駒だ。油断せず、掻っ攫ってやろう。頼んだよ、イェーガー!」


灰色梟
 小粋なタイトル・ジョークでこんばんは、灰色梟です。
 今回は羅針盤戦争における『三の王笏』との決戦シナリオとなります。
 本シナリオでは以下のプレイングボーナスが適用されますので、ご確認ください。

 =============================。
  プレイングボーナス……敵の先制攻撃ユーベルコードに対処する。
 =============================。

 戦場はUDCアース風の小島。世界地図の【S29W08】に位置しています。
 島内には廃墟が無数に林立し、その中央に不気味な巨大メガリスが聳え立っています。

 ボス『三の王笏』はこのメガリスの根本で猟兵たちを待ち構えています。

 また、島全体が『邪神山脈』と化しているため、敵方の邪神は通常の数倍のサイズで襲いかかってきます。『三の王笏』に有効打を与えるためにも、敵の先制ユーベルコードによる召喚攻撃には対策が必須でしょう。

 巨大な邪神を捌きながら大ボスを狙う、ダイナミックな戦場になりそうですね。
 如何にして敵の攻撃に対処するのか、みなさんのプレイングをお待ちしています。
 それでは、一緒に頑張りましょう。
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第1章 ボス戦 『七大海嘯『三の王笏』カルロス・グリード』

POW   :    邪神「大地を喰らうもの」
【本拠地の島の面積】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【大地を牙の生えた触手】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD   :    邪神「吼えたけるもの」
【目にした者の正気を奪う、漆黒の巨人型邪神】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    邪神「輝き惑わすもの」
【光り輝く宝石のような美しき邪神】の霊を召喚する。これは【命中した対象を宝石に変える光線】や【敵の欲望をかきたて混乱させる輝き】で攻撃する能力を持つ。

イラスト:hoi

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

クロス・シュバルツ
連携、アドリブ可

流石はオブリビオン・フォーミュラ……その名に恥じない強大な力ですね
ですが、敵が強いからといって諦める訳にはいきません。邪神であろうと、乗り越えましょう

邪神相手にまともに戦うつもりはないので、やり過ごして先に進む事に注力

UCを発動し、自身の周囲に闇の霧を放って『闇に紛れる』。完全に隠れる事は出来なくても、ある程度の誤魔化しになる筈。自身は『暗視』で視界を確保
また、闇の力で敵の光線や輝きの威力を減衰させつつ、避けきれない分は『オーラ防御』と『呪詛耐性』『狂気耐性』で防ぎつつ『ダッシュ』で移動

カルロスの元に到着したら防御を捨てて突進。『捨て身の一撃』で一気に勝負をつけにいく



「七耀、虹彩、遍くを煌めかせ、悉くを堕せ。汝の名は『輝き惑わすもの』」

 『三の王笏』の言霊から伝播した魔力に、巨大メガリスが脈動する。
 紫柱が震え、時空が歪み、空間が裂ける。
 虚空の切れ目から這い出した異形は、美しくも歪な邪神であった。
 ルビー、エメラルド、サファイア、トパーズ……、色とりどりの宝石が互いに噛み付き合い、不均衡に混ざりあった極彩色のモニュメント。半透明に輝くそれは、廃ビルの三階に相当するサイズの、巨大な邪神の霊体だった。

 無秩序に陽光を反射する邪神が、不意にひときわ強く輝いた。
 放たれる虹色の光線。奇妙な金属音を伴った光の奔流が、海岸際の廃ビルを穿つ。
 次の瞬間、光に呑まれたビルの一階は、くすんだコンクリートから輝く宝石へとその材質を変化させていた。鉄筋を失い、上階の重量を支えきれなくなったビルは、宝石の軋む音と共に斜めに傾き、あっという間に横倒しに崩壊していく。

「流石はオブリビオン・フォーミュラ……。その名に恥じない強大な力ですね」

 威嚇か、それとも牽制か。邪神の光撃で倒壊した廃墟から大量の砂煙が舞う。
 その陰に紛れ、クロス・シュバルツ(血と昏闇・f04034)は『三の王笏島』に踏み込んだ。
 衝撃に揺れる地面で獣の如く低く構え、双眸を鋭く見開く。
 見据えるは砂塵の彼方、微かに垣間見える歪な宝石の煌めき。
 それは、上陸点から島の中心まで射線が通っているという証左。
 ……ならば。

「霧よ、世界を包め。――禍つ影の領域(イクリプス・ワールド)」

 クロスの周囲に音もなく黒い霧が放たれる。
 戦場に降り注ぐ黒霧が生み出すのは、夜の帳にも似た暗闇の領域。
 銀髪のダンピールが纏う白のロングコートが、闇に溶け、黒く染まる。
 静かに闇に紛れたクロスは、息を細く吐き、大地を蹴った。

「最短距離……、切り込みます」

 邪神の輝きを目印に、彼は暗闇の領域を疾駆する。
 存在を認識されている以上、完全な潜伏にはならないだろう。しかし、輪郭を闇に溶かせば目眩ましにはなる。暗所に慣れた自身の視界は良好。あとは、接敵まで邪神の攻撃に耐えられるかどうかだ。

 黒霧と砂煙、二重の迷彩を縫ってクロスは突き進む。
 視線の先でぎらついた輝きが瞬いた。
 背筋に走る悪寒。だが、ここで止まるわけにはいかない。全身に護りのオーラを漲らせ、クロスは疾走の勢いを殺さずに斜め前方に飛び込んだ。

「ぐっ!」

 最低限の回避行動。皮一枚を掠めた光線から、堕落と狂気の波動がにじり寄る。
 同時に、視界の端に無数の煌めきが生まれる。すり抜けた光線が土煙と黒霧とに干渉し、それらを宝石の粒子へと変性させたのだ。
 鋭い刃を備えた宝石が、霧雨の如くクロスを包囲する。突き刺さった鋭刃が幾重にも彼の身体を切り裂いた。傷口からは呪詛が入り込み、欲望と惑乱を怪しく囁いてくる。
 もし、クロスに呪詛への耐性が無ければ、彼はこの場で膝をついていたことだろう。

「ですが……!」

 傷つくこともいとわずに、彼は宝石刃の霧を一息に突き抜けた。
 全身を貫く鋭い痛み。しかし、致命傷は避けた。それで十分。相手が邪神であろうと、このまま乗り越えるのみ。
 邪神の狂気を気迫でねじ伏せて、両の脚に力を込める。
 ぐん、と視界が加速した。直線的な強襲。彼我の距離が一気に詰まる。

「捉えました。俺の全霊、この一撃に賭けます」
「汝が一番槍か。蛮勇とは言うまい。しかし、我の首は安くないぞ」

 速度を落とさず、間合いに踏み込む。
 邪神の照準はクロスに追いついていない。だというのに、『三の王笏』の鉄面皮は憎らしいほどに揺らぎを見せていない。

 クロスの左腕に魔力が迸った。握りしめた葬装・黒羽が、長剣に姿を変える。
 防御を考えない、捨て身の一撃。
 利剣一閃。
 突進の勢いを刃に乗せて、クロスは黒羽を振り抜いた。

「っ、ほう、見事なものだ」
「……浅いか」

 極薄の刃が黒霧を裂いて閃く。
 横一文字の鋭い薙ぎ払いは、王笏の胴に届く寸前、彼の身体を這い上がった触手の壁に阻まれた。水疱のような触手の群れが切り飛ばされ、おぞましい体液が激しく噴き出す。

 王笏の顔が僅かに歪む。ダメージは確かに通っている。しかし、倒し切るには至らない。
 舌を打ちたくなる気持ちを抑えて、クロスはそのまま真っ直ぐに駆けていく。彼の足元を追うように、毒々しい触手たちが次々と地面から這い出しつつあった。この場で足を止めて戦うのはリスクが大きすぎる。

「楔は打ち込みました。……あとは頼みましたよ」

 呟きが霧中に溶ける。再び闇に紛れたクロスは、邪神を撹乱するかのように、ジグザグに戦域から離脱していく。
 消えゆく彼の背中を狙って光線を放とうとする宝石の邪神。その邪悪な意思を、斬りつけられた胴を撫ぜながら三の王笏が制した。

「去るものを追う必要はない。……次が来るぞ」

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴木・志乃
……よくあんなもん連れて正気でいられるな。
いや既に狂気なのか。分かんないけど。
長居はすべきじゃないね。ほんと、死にそうだ。

事前に自分に催眠術。先に自分を狂気に落とす。
カルロスまっすぐ行ってぶん殴る。よし。
UC連発し続ける。よし。
他はスルー。よし。
……いやまじでリスク高いわこの方法。
オーラ防御は重ね掛けしてから行きます。何回張っても足りねえ。

戦場が視界に入った時点でUC発動。
海と山を落とします。落とし続けます。
邪神、呪詛、欲望、霊=不浄。祓うしかない。
私は水陸空兼用のヒーローカー乗って爆走してカルロスんとこ行きます。見つけたら轢きます。まっすぐ行って轢き殺す。

うん完全に狂人だわ。


シノギ・リンダリンダリンダ
第三の王笏。分身体とはいえお前も立派な七大海嘯
私のこの戦争のモチベを教えてあげましょうか?
お前たち七大海嘯に喧嘩を売って、ボッコボコにする事です

巨大な邪神…宝石のようなものとは聞いていませんでした
いいですね。やる気がなお上がります
欲望をかき立てる攻撃など、そもそも我が身はすでに強欲に呪詛に塗れた身。ただまぶしいだけ
宝石化光線は危険ですが、左腕に攻撃を受けてすぐに緊急排出
宝石の左腕が完成!ありがとうございます!

【宝冠の竜血弾】を起動
黄金の右腕から黄金化弾をバラまき邪神を黄金像に

王笏にも同じように、黄金化の呪詛を
そして同時に呪詛の猛毒を与え、邪神の制御も乱しましょう
王笏。素敵な黄金郷ですね、ここは



 『三の王笏』が先んじて召喚した『輝き惑わすもの』の奇妙な外観は、島の外縁部からでもはっきりと視認できた。
 複数の宝石をデタラメにツギハギしたような巨大構造物。見上げんばかりのその威容を視界に収め、しかし、鈴木・志乃(ブラック・f12101)は即座に目を伏せた。
 愛車である水陸空兼用のヒーローカーでハンドルを握りながら、彼女はこめかみを抑えて呻く。自然物の宝石としては決してありえない邪神の造形と、その身体を通して乱反射する極彩色の輝きには、見るだけで魂を吸い取られるような妖しい魅力がある。
 アレを長く見つめてはいけない。――あの邪神は、存在自体が精神を蝕むシグナルなのだ。

「よくあんなもん連れて正気でいられるな。……いや、既に狂気なのか? 分かんないけど」
「なるほど、それが通常の感覚ですか。ですが、私にはピンときませんね。むしろ、宝石のようなあの姿を見ると、やる気がなお上がるというものです」

 長居すれば死にそう……、と呟いてヒーローカーの運転席でげんなりする志乃。
 彼女とは対象的に、車に相乗りしたシノギ・リンダリンダリンダ(強欲の溟海・f03214)は澄ました顔で目標物を見つめ続けている。その超然とした様子を横目に見て、志乃は思わず溜め息を吐く。

「もう、なんでそんなに平然としていられるんですか?」
「そもそも我が身はすでに強欲の呪詛に塗れた身ですので。あんなの、ただ眩しいだけですよ」
「言い切りますか。ずいぶん気合が入ってますね」
「ええ、七大海嘯に喧嘩を売ってボッコボコにする事が、私のモチベーションですからね!」

 海賊団の船長、"強欲"のミレナリィドールは歯を見せて攻撃的な笑みを浮かべた。つまるところ、これは彼女にとってお誂え向きの戦場なのだ。
 頼りになるのやら信じ難いのやら……、同乗者の瞳の輝きを目にした志乃は、眉の間を指でほぐし、自身も覚悟を決めた。
 リスクだらけの方法だが、贅沢は言ってられない。彼女は愛車のバックミラーを傾けて自身の顔を映し、その目をじっと凝視する。

「カルロスまっすぐ行ってぶん殴る。――よし」
「ユーベルコードを連発し続ける。――よし」
「他はスルー。――よし」

 志乃は鏡の中の自分に向けて、幾重にも暗示を掛ける。
 狂気に対抗するために、先んじて狂気に落ちる。これは、催眠術の応用だ。
 異様な雰囲気で小さく呟きを重ねる志乃の姿に、前のめりのテンションだったシノギもちょっぴり平静を取り戻す。数秒後、唐突に沈黙した運転者に、彼女はそろりと問い掛けた。

「ええと、準備はよろしいでしょうか?」
「……」
「あ、他はスルー、って私もですか。確かにこれは融通の効かない……」
「まっすぐ行って、ぶん殴る」
「ッ、手段、ですね!」

 シノギの言葉を断ち切るように、志乃がアクセルをいきなり踏み込んだ。
 海上のヒーローカーが急発進し、水飛沫を引き連れて島の砂浜に一気に乗り込む。悲鳴のような音を鳴らして高速回転するタイヤ。柔らかい砂を跳ね上げながら、ヒーローカーは林立する廃墟の間道に突撃していく。

「いいでしょう! 私がフォローします。このまま敵の懐へ!」
「■■■■の神域。海と山を落とします。落とし続けます」

 淀みなくハンドルを操りながら、催眠状態の志乃がユーベルコードを起動する。
 上空から戦場に落ちる影。海と山、召喚された地形の塊が、廃墟を巻き込みながら次々と島内に落下してくる。巨大な水球が鉄筋コンクリートに弾けて雨となり、緑溢れる土壌が罅だらけのアスファルトを覆い尽くす。
 それは不浄を取り除く清浄な神域。狂気溢れる『邪神山脈』に、志乃の領域が割り込んでいく。

「っと、さすがに邪神が一手早いですね。ですが……」
「狙いは王笏。他はスルー。よし!」
「ですよね!」

 神域の召喚に対抗するように、『輝き惑わすもの』が光線を乱射する。
 廃墟を盾に疾走するヒーローカーを狙ってやたらめったらに放たれる光線が、島内の構造物を次々と宝石に変換していく。狂気を孕んだ輝石と祓魔の地形とが激しくぶつかり合い、そこら中でしっちゃかめっちゃかの斥力場が生じていく。

 長丁場になれば、狂気とは別の意味で身がもたないかもしれない。
 その危険を感じ取ったのか、はたまた催眠状態の無意識ゆえにか、志乃がさらに鋭くアクセルを踏み込んだ。瓦礫を跳ね飛ばし、車体を激しく揺らしながら、ヒーローカーが限界速度に近づいていく。相乗りするシノギも、必死にマシンを掴んで衝撃に耐えている。

 エンカウントは近い。
 隘路の交差点をドリフトした直後、王笏と邪神、ヒーローカーとの間に射線が通った。
 急カーブをクリアし、ターゲットを目視した志乃が愛車を猛然と直進させる。
 迎え撃つは宝石の邪神。照準は真正面。煩わしい浄化神域の拘束を振り払い、最大出力の宝石化光線を放つ。

 極彩色の光線が猟兵の視界を七色に染め上げた。
 常人であれば目を開けることも困難な閃光。その渦中にあってなお、シノギは爛々と目を輝かせ、ヒーローカーから飛び出した。

「ばっちりのタイミングです。危険な攻撃だろうと、あらかじめ予測してあれば!」

 呪詛の奔流に向けて、シノギは真っ直ぐに左腕を伸ばす。
 大きく広げた掌と光線とが接触した瞬間、彼女の指先の感覚がシャットダウンされた。
 眼前で己の腕が宝石と化していく異様な光景。神経ごと硬化させられて感覚を失う恐怖。
 ……だが、それも『わかっていたこと』だ。

「宝石の左腕、完成です! ありがとうございます!」
「……小癪な真似を」

 宝石化の呪詛が肩から胴に侵食する寸前、シノギは左腕を強制排出した。完全に宝石となった左腕が宙に舞う。行き場を失った呪詛も腕の接続部で霧散。ミレナリィドールならではの対処策だ。
 シノギは空中で身を翻し、ヒーローカーのボンネットに着地する。一拍遅れて、左腕が車の座席に落下した。その一部始終を視認して、『三の王笏』が僅かに眉を動かす。

「さぁ、ブッ黄金(コロ)しますよ。――宝冠の竜血弾(グリード・ファイヴ)!」

 ボンネットで仁王立ちしたシノギの、『黄金の右腕』が唸りを上げる。
 けたたましい駆動音と、瞬間的に連鎖する激しい銃声。
 装弾数四百超。腕部からフルトリガーで放たれた『竜血の弾丸』が戦場を薙ぎ払う。

 竜血に秘められしは黄金化の呪詛。
 撃ち込まれた無数の弾丸を介して、大いなる竜の呪いが邪神に襲いかかる。
 宝石の構造が捻じれ、剪断された石片が剥離する乾いた音を鳴らした。
 邪神の霊体が金メッキのように黄金に覆われ、現実世界に実体として固定される。

 ――ぶん殴るなら、今しかない。

「見つけたら、轢きます。まっすぐ行って、轢き殺す」
「王笏、素敵な黄金郷ですね、ここは!」
「……よく回る口だ」

 弾丸を斉射したシノギが、サイドミラーを掴んでシニカルに笑う。
 戦場を一掃した竜血の弾丸は『三の王笏』にも着弾している。オブリビオン・フォーミュラの抵抗力によるものか、黄金化の進行は四肢の末端にとどまっているが、呪詛の猛毒は間違いなく彼の身を蝕み、邪神の制御を揺るがしていた。

 動きを鈍らせた宝石の邪神が、鈍重な身体を引き摺って王笏の前に立ち塞がる。
 その胴体をめがけて、志乃のヒーローカーが突撃した。
 廃墟の瓦礫を踏み台に、勢いよくジャンプしたマシンが、強烈な体当たりをぶちかます。
 天地がひっくり返るような激突音。
 暴力的な速度と質量による物理攻撃が、宝石の邪神を無理やり異界に押し返す。

「真っ直ぐ、真っ直ぐ……。よし!」
「反動もデタラメです、が、嵐の航海と比べれば、なんのその!」

 爆走するヒーローカーはそれでも止まらない。
 邪神の胴体を突き破ったマシンは、ついに『三の王笏』をその正面に捉えた。
 島内に拡散した神域の浄化力をフロントに纏い、ヒーローカーは再度の突撃を敢行する。
 速度と質量、さらには落下速度を加えた、容赦なしの一撃だ。

「轢き、殺す!」
「ぐがっ!」

 『三の王笏』は動かなかった。背後のメガリスを守るためだ。
 重く湿った衝撃が車体に伝わり、跳ね飛ばされたオブリビオンが勢いよく地面に転がった。
 僅かに進路を逸らされたヒーローカーが、メガリスの真横をすり抜けていく。その背後を王笏が怨嗟の視線で睨み、呼応するかのように怨念染みた触手の群れが湧き出してきた。

 留まる余裕は無い。ターゲットを轢いた勢いそのままに、猟兵たちは戦場から離脱する。
 廃墟の間を巧みに切り抜けながら、ふと、正気に戻った志乃が呟いた。

「……うん、完全に狂人だったわ」
「まぁ、私もあんまり人のことは言えませんね」

 ハンドルを自在に操りながら、志乃は名状しがたい表情を浮かべている。苦笑したシノギは、なんとはなしに座席の足元に視線を落として、『戦利品』を確かめた。
 ――宝石と化した左腕は確かにそこに実在し、今も輝きを放っている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

森乃宮・小鹿
【SN8】
なにこれなにこれ!頭痛いし気持ち悪い!
あのデカいの見てからずっとこんなだ、嫌だ嫌だ嫌だ考えたくない!

……は?パイセン?
よろしくって一体
初めて見るあの布の下は朝日の色をして
怖くて綺麗で、目を奪われた

……先輩が頑張ってんのに後輩がへばってらんねーっす
狂気に堕ちないよう食い縛り
なんとか立って、巨人から逃げる
勿論逃げるだけじゃねーっすよ!まずは布を回収!
そしてデビルズ・ディール!怪盗ユウへと新たな力を!
ボクの分も痛いのぶちこんでやってくださいっす!

戦いの後は先輩の頭を操作
思いっきり地面にぶつけて黙らせた隙に布被せるっす!
……痛いが分かるならいいじゃないっすか
はいはい、撫でたげるっすよパイセン


音鳴・きみ
【SN8】
やー、すごいね。うねうねだね
タコとかと似た味するのかなあ

さて
邪神とかはまあ、何とかしておくよ
オレはともかく『中身』なら、あんなの全部ペロリのパクリだ

むかしむかーしえらい人は言ったかもしれません
「正気を奪われる前に理性を失えばいい」と!
嘘だけど
それじゃ、後よろしく〜★

剥いだ布から滲んだ影は、朝日色の炎に揺れて
がらんどうの悪魔の形になる
しかちゃんは食べたくないなあ

grr, grrrr,
おなかすいた
イタだkまsu

──おいしくないなあ


……

いった!?
めっちゃ頭痛ぇんだけど!!?
ねえしかちゃん
布被せてくれてありがとうしかちゃん
でも痛いんだしかちゃん…
なでてくれたらゆるす

ゆるした!えっへへ



 結論から言おう。
 森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)はしくじった。

「汚泥、腐塊、底より来たりて、瞼を汚せ。汝の名は『吼えたけるもの』」

 タイミングが悪かった、と言うべきかもしれない。
 『三の王笏』が召喚した邪神『吼えたけるもの』……、ビルさえも見下ろすおぞましき漆黒の巨人の降臨を、彼女は正面から視認してしまった。

 地上のあらゆる生物が持ち得ない異質な表皮。骨格という概念さえ存在しないようなぬらついた挙動。吐息にさえ混じる禍々しい瘴気。そして、暗く落ち窪んだ虚無の瞳。
 目にした者の正気を奪う冒涜的な神性の姿が、視覚を介して、小鹿の脳髄を掻き回す。

「あ、あ……、なにこれなにこれ!」

 喉が痛むほどの絶叫。膝が地面に落ちる。頭を抱えて瞳を閉じる。
 しかし、視界を閉ざしても、瞼の裏に焼き付いた邪神の姿を消すことは叶わない。
 ――嘲笑っている。
 邪神には声も表情もない。それでも、そう感じてしまうのだ。
 狂気が目から耳へと伝染する。聞こえるはずのない嘲笑が耳の奥でぞわりと木霊する。
 頭痛がひどい。目眩がする。気持ちが悪い。筆舌に尽くし難い悪寒が小鹿を苛む。

「あのデカいのがこっちを見てる! 嫌だ嫌だ嫌だ考えたくない!」

 邪神山脈によって増幅された狂気は、猟兵ですら打ちのめされるほどのものだった。
 小鹿は地面にへたり込み、耳を抑え、必死に感覚を遮断しようとする。
 ……もしも、小鹿が単独で行動していたのであれば、邪神の呪詛はこのまま彼女の精神を破壊し尽くしていたかもしれない。

 だが、しかし。彼女は独りではなかった。
 震える小鹿を背に庇い、音鳴・きみ(close to you・f31389)がゆらりと立ち塞がった。

「やー、すごいね。うねうねだね。タコとかと似た味するのかなあ」
「きみ……、先輩……?」

 ブギーモンスターの白い布が揺れる。絵の具に濡れた袖をゆらゆらと振りながら、きみはとぼけた調子で首を傾げた。
 薄っすらと目を開けた小鹿の指が、無意識に、縋るように、きみの布の端を掴む。弱々しい力を感じた彼は背後を振り返り、悄然とした『後輩』の姿を見た。

「さて。邪神とかはまあ、何とかしておくよ」
「え……?」
「オレはともかく『中身』なら、あんなの全部ペロリのパクリだ」

 きみのトーンが変わる。一本芯の通った言葉が、静かに広がっていく。
 普段と違うきみの気配に小鹿が目を瞬かせる。邪神の姿を遮りながら、きみは声の調子を変えてもう一度おどけてみせた。

「むかしむかーし、えらい人は言ったかもしれません。『正気を奪われる前に理性を失えばいい』と!」
「……」

 大袈裟に腕を広げるきみ。へたり込んだ小鹿は彼を黙って見上げている。
 いつまで待ってもツッコミが返ってこない事態に、きみは困ったように肩を竦めた。
 これではどうにも据わりが悪い。さっさと『元凶』を排除しなくては。
 きみは自身が纏う『知恵の布』を内側からむんずと掴む。もぞもぞと身体が引っ掛からないように位置を調整してから、彼は小鹿にぐいと顔を近づけて囁いた。

「さっきのは嘘だけど。それじゃ、後よろしく〜★」
「……は? パイセン? よろしくって、一体」

 最後まで言い切れず、小鹿は言葉を詰まらせた。
 きみの腕が大きく弧を描く。常であれば決して外れることのない『知恵の布』が、彼自身の手によって取り払われた。
 ふわりと広がり、宙を漂うヴェール。
 剥いた布から滲んだ影が、炎に揺れて悪魔となる。
 閉じ込められていた朝日の色が、瓦礫だらけの戦場を緋に染めていく。

「……」

 小鹿が息を呑む。
 初めて見るきみの素顔は、怖くて、綺麗で、どうしても目を離せなかった。
 炎に照らされた赤髪と紅玉の瞳。大きな巻き角と破れた羽。
 視線が交差した、その一瞬、小鹿の瞼に貼り付いていた邪神の影が塗りつぶされて、赤々と燃え上がった。

「grr, grrrr,おなかすいた」

 朝焔の悪魔が唸り声を上げる。
 ブギーモンスターは『知恵の布』を被っている間だけ意思の疎通が可能になる、魔界の怪物だ。本来の姿を晒し、『沈黙の涯ての牙』と『抉り裂く鉤爪』を取り戻したきみは、その代償として意味のある言葉と理性とを喪失しつつある。
 布に隠れていたのは、がらんどうの悪魔のカタチ。
 大海に雫が落ちるように溶けゆく理性。その最後のひとかけらが、ぽつりと呟いた。

 ――しかちゃんは、食べたくないなあ。

「イタだkまsu」

 その言葉を最後に、きみの理性は消失した。
 へたり込んだ小鹿を置き去りに、朝焔の悪魔は邪神に向かって突撃する。
 持ちうる武器は牙と爪。巨大な邪神に対して、身一つで彼は立ち向かっていく。
 言葉はもう無い。意味をなさない咆哮だけが、戦場に激しく響き渡る。

「っ、……先輩が頑張ってんのに後輩がへばってらんねーっす」

 小さくなっていく背中に手を伸ばし、それでも届かず、小鹿は拳を握りしめた。
 奥歯を食いしばり、幻視と耳鳴りを強引に無視して、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 震える脚を叱咤して、どうにか邪神の視界から逃れようと移動する。幸い、林立する廃墟のおかげで遮蔽物には困らない。半ば倒れるように、彼女は物陰へと転がり込んだ。

「勿論……、逃げるだけじゃ、ねーっすよ! まずは、布を回収!」

 肺の奥から思い切り空気を吐き出して、狂気に負けじと彼女は吠える。
 絶え絶えの息を繋ぎ合わせて、ひとつずつ自身の行動を宣言する。そのたびに、混乱した思考に論理が戻ってくる。地面に落ちた『知恵の布』をなんとか拾い上げた彼女は、俯きそうになる顔を持ち上げて、戦闘中のきみへと意識を飛ばす。

「そして、……デビルズ・ディール! 先輩、いや、怪盗ユウへと新たな力を!」

 壁に背を預けながら、ありったけの気迫とともに、ユーベルコードを起動する。
 無茶は承知。視界がチカチカと明滅するが、知ったことか。
 発現したコードが、小鹿からきみへと『角』のチカラをリンクしていく。

 空間を裂いて届けられた不可視のチカラ。
 本能に従って暴れまわる朝焔の悪魔、怪盗ユウの頭部に、新たな『角』が形成される。
 外部からの強化付与。怪盗ユウの戦闘能力が瞬時に跳ね上がる。

 彼を捕らえんと迫る邪神の腕。その指先を『抉り裂く鉤爪』が斬り飛ばした。
 血液の代わりに噴き出す黒色の体液。毒素と腐臭を放つその噴流を掻い潜り、怪盗は邪神の腕から肩へと駆け上がっていく。

「――!」

 ぶよぶよとした足場を蹴り、払い除けようと振るわれた逆側の巨大腕を飛び越える。
 空中で一回転、真っ黒な上腕に鉤爪を立てて着地した彼は、全身のバネを使って弾丸のように疾駆する。
 アンバランスに巨大な頭部を支える、ぐねぐねとした頸部が彼の眼前に迫る。
 『角』から迸るチカラを両腕に余すことなく流し込み、怪盗は渾身の力で『抉り裂く鉤爪』を振り抜いた。

「――ォオ!」
「ぐっ……、やってくれるな」

 昇陽の如き朱色の一閃が、巨人の首を寸断した。
 邪神の頭部が異様に傾き、首筋から黒い体液がとめどなく流れ出る。少し離れた場所では『三の王笏』がフィードバックしたダメージに苦悶の声を零している。
 斬り抜けた勢いのまま宙を舞った怪盗が、四肢を使って地面に着地する。それと同時に、ぱっくりと裂かれた頸部から、邪神の頭部がごろりと地面に転げ落ちた。

 粘ついた音を立てて無惨に転がる巨人の頭部に、朝焔の悪魔が吸い寄せられるように歩み寄る。既に邪神の胴体部は消滅しつつある。目の前の頭部も機能停止していると見ていいだろう。これ以上の攻撃を加える理由は、どこにもない。
 しかし、理性のないがらんどうの悪魔は、ただただ本能に従って、邪神の残骸に牙を突き立てた。ぐちゅり、と呪詛を孕んだ肉塊が口の中で崩れ去る。
 意味もなく残骸を蹂躙する悪魔のカタチ。彼の内で、茫洋とした感情がさざ波のように現れては消えていく。

 ――これ、おいしくないなあ。

「そろそろ正気に戻ってくだっっっさい!」
「おごっ!?」

 ゴチン、と景気のいい音が島に響いた。
 獲物に口を近づけた悪魔の頭が、突然、アスファルトの地面に叩きつけられたのだ。
 『角』を介した小鹿による強制操作である。めり込むほどの勢いで地面に衝突し、一時的に沈黙した朝焔の悪魔へと、廃墟から飛び出した小鹿が一目散に『知恵の布』を被せる。
 途端、じたばたと子供じみた動きで藻掻き出したきみを抱えて、彼女は大慌てで廃墟の中へと戻っていった。

「いった!? めっちゃ頭痛ぇんだけど!!?」
「……痛いって分かるなら、いいじゃないっすか」

 廃墟を抜けて『王笏』から距離を取り、一息ついたところできみが抗議の声を上げる。
 対して、小鹿はほっとしように呟きを零し、それから口元を結んで俯いてしまった。
 ぶつけたおでこを撫でていたきみが、ぴたりと動きを止める。わたわたと左右を見回した彼は、『知恵の布』をしっかりと被り直して、いつもの調子で小鹿に声を掛ける。

「ねえ、しかちゃん」
「……」
「布被せてくれてありがとう、しかちゃん。でも、痛いんだ、しかちゃん」
「……ごめんなさい、ボクの方こそ、助けてもらったのに」

 しょんぼりとした小鹿の肩をきみが叩く。
 彼女が視線を持ち上げた先にあったのは、『知恵の布』の口の部分を笑顔の形に持ち上げている『先輩』の姿。彼のいつもと同じユルい雰囲気に、小鹿の頬が自然と綻んだ。

「なでてくれたらゆるす」
「はいはい、撫でたげるっすよ、パイセン」

 どこか吹っ切れた様子でわしゃわしゃと先輩の頭を撫でる小鹿。
 されるがままになりながら、きみは無邪気な太陽のように破顔した。

「ゆるした! えっへへ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ミニョン・エルシェ
過ぎた力は手に余るでしょうが…此方も苦労するに違いありませんね…

廃墟が多いのは有り難いですね。先制攻撃に対し、廃墟を【踏み付け】足場に利用し回避行動を取りながら、迫る触手には【誘導弾】を、カルロスへ【城対龍高速誘導弾】を【一斉発射】します。触手を防御に回してくれるなら、その分此方に向かう分は気休めでも削げる筈。
【地形を利用】し、【野生の勘】と【逃げ足】、そして【視力】で見切り、回避に専念します。

反撃は【指定UC】にて。あなたが見ている時、私もあなたを見ているのです。
見る事で対象の時を止め、鉤縄をカルロスに向け射出し、巻き取りの勢いも加えた【捨て身の一撃】…神刺宗信の一太刀、受けなさいッ!!


リーヴァルディ・カーライル
…島全体が邪神の園に

…成る程。これが御前の本気という訳ね、三の王笏

…ならば此方も、相応しい姿で相手をしてあげるわ

"写し身の呪詛"を乱れ撃ち無数の残像を囮に攻撃を受け流し、
その隙に限界突破した血の魔力を溜め吸血鬼化してUCを発動

…太陽を鎖し、闇よ在れ。代行者の羈束、最大展開

…さあ、私の真の姿を見せてあげる

真紅の月で太陽を隠し超高速の空中戦機動で攻撃を避け、
月光のオーラで防御を無視し島全体から生命力を吸収し、
カルロスにダメージを与え邪神の制御を乱せないか試みる

…制御出来ない力は諸刃の剣よ

…こうして少し力を加えるだけで、容易く天秤が傾くもの

…果たしてお前は、最後まで邪神の贄にならずに済むかしら?


ラヴィラヴァ・ラヴォラヴェ
【アドリブ・連係歓迎】POW
決戦?なにそれ美味しそう!
アクセントをつけようね☆

事前に「肉体改造」を施して弾力と増殖スピードを上げて噛み切れないように強化!
触手の噛み付きを防ぎつつUC【飢餓つくと肉肉しい惨劇】にて増殖し続ける肉塊に変身!
触手の食欲を匂いで(匂いは化学物質だから鼻が無くても出来るはず)増幅させて、増殖した肉塊を齧らせる!
体内に入った肉塊はなおも増殖して……どかーん!

勝利の暁には触手「料理」で「宴会」だー!
あ、代償になった島の面積は切り離した肉塊を改造して島の土壌にするよ♪



「我が邪神の二柱を降すとは……。これが猟兵の実力ということか」

 端正な顔を歪めて、『三の王笏』が苦々しげに呟く。
 猟兵たちの攻撃により、ダメージの蓄積は危険域へと近づいている。召喚可能な邪神も残り一柱のみ。端的に言って、戦況は王笏の劣勢だ。
 だが、オブリビオン・フォーミュラの分身体である『三の王笏』に撤退の選択肢は存在しない。残された戦力が僅かであるならば、その全てを賭して敵対者を滅ぼすのみ。

 本拠地の中心でメガリスが脈打つ。
 『邪神山脈』の維持ももはや戦略の埒外。島の地形そのものを代償として、『三の王笏』は最後の召喚術を発動させた。

「蠢動、咀嚼、大地を糧とし、魂を啜れ。汝の名は『大地を喰らうもの』」

 島が震える。地面が割れる。
 アスファルトが砕け、地割れが廃墟を飲み込み、大地そのものが『牙の生えた触手』に姿を変える。ミミズか、モグラか、はたまたシールドマシンかの如く、超巨大な触手たちが地層をひっくり返しながら進軍を開始した。

 島そのものが沈むことも厭わない、『三の王笏』最後の攻勢である。



「島ひとつを巻き込んで作り上げた邪神の園。それさえも供物に捧げた大召喚」

 ほっそりとした白い指を虚空に滑らせながら、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)が小さく呟いた。
 彼女の胸中に驚きはない。オブリビオンの凄絶な戦意をしっかりと受け止めて、リーヴァルディは強く口元を結ぶ。

「……成る程。これが御前の本気という訳ね、三の王笏」
「過ぎた力は手に余るでしょうが……、此方も苦労するに違いありませんね」

 眼鏡のつるを指で抑えながら、ミニョン・エルシェ(木菟の城普請・f03471)がリーヴァルディの言葉に頷いた。
 島の外縁に近いこの場所にも、大地の振動ははっきりと伝わってきている。おそらく、島の中心部はさらにひどい有様になっているのだろう。激戦の予感に高鳴る鼓動を、彼女はゆっくりと息を吐くことでコントロールする。

「ですが、あの邪神を制すれば、三の王笏を討ち滅ぼすこともできるはず。……いよいよ決戦です」
「決戦? なにそれ美味しそう!」

 一方、決意を新たにするミニョンとは対象的に、ラヴィラヴァ・ラヴォラヴェ(ハラペコかわいいコックさん(可食・高栄養・美味)・f31483)はどこまでもマイペースに好奇心に満ちた笑顔を浮かべている。どろどろとしたゲル状の彼女のボディは、さきほどから地面の振動でぷにぷにと揺れっぱなしだ。
 黒いコック姿の『ラスボス』のピントのズレた発言に、リーヴァルディとミニョンは思わず顔を見合わせる。……美味しい、って、いったいどういうこと?

「……美味しいかはともかく、ええ、ならば此方も、相応しい姿で相手をしてあげるわ」

 疑問はひとまず棚上げして、リーヴァルディは指先で呪術を編む。
 滑らかに紡がれた術式が像を成し、等身大のシルエットを無数に生み出していく。音を持たず静かに整列する残像たちは、寸分違わぬ、彼女自身の似姿だ。

「これは……」
「"写し身の呪詛"。戦闘力は無いけれど、囮にはなるはずよ。……『最大展開』には手間が掛かるの。撹乱、お願いできるかしら?」

 リーヴァルディが紫の瞳を瞬かせる。あの巨大触手を相手取るには、半端な出力では太刀打ちできないだろう。有効打を与えるには、己の持つ最強のカードを切らなくては。
 そのためにも、限界以上に魔力を溜める『隙』が彼女には必要なのだ。

「元より斬り込むつもりです。廃墟を利用して接近すれば、時間稼ぎにもなるでしょう」
「オイラも行くよ! 『料理』にはアクセントをつけないとね☆」

 リーヴァルディの言葉にミニョンが力強く頷いた。馬手差を佩き、ミサイルランチャーを肩に担いで、彼女は眼鏡の奥の瞳を眇めている。
 ラヴィラヴァもまた、ぶんぶんと腕を振ってリーヴァルティに応えた。……謎のワードが追加された気もするが、それはそれ。自身の身体にずぷりと腕を突っ込んだ彼女は、己の肉体に改造を施しながら、ゆらゆらと時を待つ。

 三人の猟兵たちは視線を交わし、互いに頷き合う。
 今できる準備は整えた。
 あとは彼女たちの実力が『三の王笏』に届くか否か、確かめるだけだ。

「先行します。ひとかたまりにならず、別ルートで行きましょう」
「わかったわ。写し身よ、進軍を」

 いの一番に飛び出したのはミニョン。手近な廃墟に窓から飛び込み、建造物の内部を通って島の中心へと駆けていく。
 次いで、写し身たちが廃墟の外の隘路を突き進む。それらを囮にして、リーヴァルディ自身はやや後方から集団を追いかける。

「よーし、行くぞー。突撃だー!」

 そして、最後のひとり、ラヴィラヴァが潜伏も撹乱も投げ捨てて、思いっきり正面からメガリスの在り処に向けて出発した。
 ゲル状のボディを引き連れて、廃墟の壁にバウンドしながら、彼女はずんずんと島内を進んでいく。肉体改造により弾力を増した身体が、ゴム毬のように軽快に弾んでいる。

 当然、三人の中でもっとも耳目を集めたのはラヴィラヴァだった。牙を生やした無数の触手たちは、目に見える脅威である彼女を狙い、地盤を砕きながら殺到する。
 地中を潜行する触手の軌跡に沿って、アスファルトが盛り上がり砕けていく。石材の破断音が辺り一面に響く中、地中から飛び出した触手が、ラヴィラヴァに牙を突き立てた。

「よーし、こっちこっち! ほらほら、ちゃーんと噛んでから飲み込むんだよ?」

 ヤツメウナギのような触手の口がぐわりと開き、彼女のゲルボディに食らいつく。
 しかし、邪神の強靭な齧りつきであっても、弾力強化の改造が施されたラヴィラヴァの身体はどうやっても噛み切ることができなかった。邪神の口の中で彼女はぐねぐねと自在に形を変え、噛みつきの圧力と衝撃を流体の如く受け流す。

「独り占めはダメだよー。お腹が空いてる子は、こっちに集まってねー!」

 次々と現れる大小の触手たちは、同族が咥えたままのラヴィラヴァに無理やり噛み付いていく。それでも彼女のボディは噛み切れず、触手たちは互いに『獲物』を引っ張り合い、チューブ状の身体をでたらめに絡ませ合ってのたうち回る。
 巨大な触手が周囲の廃墟を薙ぎ倒しながら暴れまわる地獄絵図。その中心にあって、ラヴィラヴァはあっちこっちに身体を引っ張られながら、落ち着いて触手たちの様子を観察していた。

「一番の『食いしん坊』は誰かな?」なんて、考えながら。



「あれはまた、すごい状況になっていますね……」

 触手たちの『食卓』を廃墟の屋上から見下ろして、ミニョンが感嘆の声を漏らす。
 複雑に絡み合い、ほとんどボール状になってしまった触手たちの元に、今もなお島中から新たな触手たちが集まりつつあるようだ。
 大地震のような地響きを生み出している饗宴を横目に見ながら、廃墟を足場にしてミニョンは島の中心へと急ぐ。

「彼女が惹き付けただけ、此方へのマークは薄くなっているはずです、が!」

 屋上から屋上へとミニョンが跳び移った瞬間、横合いから触手が飛び出した。
 鉄筋コンクリートの廃墟を砕きながら大口を開けて襲いくる触手に対して、ミニョンは即座に塔屋の陰に転がり込む。
 ごう、と巨体の巻き起こした突風が屋上を吹き抜ける。彼女の回避行動で、触手の一度目の突進は空振り。軟体の邪神は即座にぐねりと身体を曲げて、ミニョンが隠れた遮蔽を覗き込む。

「誘導弾、装填良し」

 覗き込んだ先に待っていたのは、ロケットランチャーを構えたミニョン。塔屋を迂回して顔を出した触手に向けて、彼女は躊躇なくトリガーを引いた。
 短い飛翔音。ヨダレを垂らす触手の大口に、誘導弾が突き刺さる。
 素早く身を翻し触手の胴体をスライディングでくぐり抜けたミニョンの背後で、くぐもった爆発音が響く。口内で炸裂した爆炎に、触手が大きくのけぞった。

「気のせいではありませんね。……島の中心に近いほど、警戒が厚い」

 コンクリートを駆けながらミニョンは呟く。
 軽業師のように跳び移った次の廃墟、その屋上の端からメガリスの安置された広場を見下ろすことができた。
 広場の中心に巨大なメガリス。その脚下に『三の王笏』が佇んでいる。
 問題は、彼を守るように配置された巨大触手の群れだ。巡回する衛兵のごとく広場を蠕動する触手たちが、『三の王笏』への射線を常に遮っている。

「……城対龍高速誘導弾なら、あるいは」

 気付かれる前ならば、とミニョンは即座にランチャーを構え、フェンスの脱落した屋上の縁から身を乗り出しトリガーを引いた。
 一斉射された対龍・対神想定の多弾頭弾が、『三の王笏』をロックオンして飛翔する。
 独特の風切り音。『三の王笏』が首だけ動かして、屋上のミニョンを見据える。

 次の瞬間、両者の間に割り込んだ巨大触手が、その丸々とした胴体で壁を作った。
 轟く爆音。
 その結果を見ずに、ミニョンはすぐさま走り出す。
 後方から追ってきた触手と、広場から首を伸ばした新たな触手が、寸前の射撃場所を一瞬で噛み砕いた。バリバリと岩が砕ける音が背後から迫る。
 続けざまに襲いくる触手を直感で回避しつつ、ミニョンは広場を周回するように廃墟の足場を駆け抜けていく。その脳裏でリピートされる先刻の光景。『三の王笏』に致命打を与えるには、あの触手の護りを崩す必要がある。

「気休めですが、防御に回した分、攻勢の戦力は削げている筈。……此方としては、落ち着いて、好機を待つだけです」



 ミニョンの予測は当たっていた。
 写し身を囮にして島内を進行するリーヴァルディは、触手の攻勢が弱まってきたことをつぶさに感じ取っていた。
 今もまた、彼女の進行方向で大型の触手が地面から這い出してきているが、それも単独での襲撃だ。数の有利に押されて取り囲まれそうになる状況は、かなり少なくなってきている。

「そうね、そろそろ終幕といきましょうか」

 ずりずりと地面を這う触手を見据え、ダンピールの黒騎士は怜悧に呟く。
 大口を開けて飛びかかってくる大型触手。囮狙いの、的を外した攻撃を受け流して、彼女は触手の身体に飛び乗った。のたうつ軟体を駆け上がり、廃墟の壁に飛び移って、そのまま屋上まで一気に登り切る。

 ひらりと翻身してから着地した彼女の内側で、限界突破した『血の魔力』が沸騰する。
 真紅に染まる双眸。湧き上がる朱色の魔力。
 秘められた半魔のチカラが覚醒し、彼女は吸血鬼へと変貌していく。
 漲る魔力が荒れ狂う屋上で、リーヴァルディは太陽を睨む。
 その左目に、異端の文様が浮かび上がった。

「……太陽を鎖し、闇よ在れ。代行者の羈束、最大展開」

 瞳に刻まれた文様は『代行者の羈束』。
 名もなき神、異端の大神との契約の証。
 呼び掛けに応え、太陽を覆うは真紅の月。
 仮初の赤き夜のステージに、彼女は嫣然と微笑んだ。

「……さあ、私の真の姿を見せてあげる」

 ――限定解放・血の神祖(リミテッド・ブラッドドミネーター)。

 リーヴァルディの背に、鮮血の如き魔力の翼が咲く。
 ふわりと廃墟の屋上を蹴った彼女は、鮮烈な赤の軌跡を残して戦場を翔ぶ。
 すぐさま地上から触手が首を伸ばすが、高速で飛翔する彼女を捉えるには至らない。
 無粋な攻撃をひらりと躱し、『神祖』の少女は真紅の月を背にして地上を睥睨した。
 触手の軍勢は今も島全体で蠢いている。島内の廃墟はほとんどが破壊し尽くされ、もはや無事な土地のほうが少ない有様である。その暴れっぷりは、まさしく『大地を喰らうもの』の名に相応しい。『三の王笏』が切り札として呼び出したのもわかるというものだ。

「……けれど、制御出来ない力は諸刃の剣よ」

 冷たく言い放ち、リーヴァルディは両腕を広げる。
 彼女の指先から、吸血鬼の魔力が戦場に拡散していく。
 紅の月光と混じり合ったそのオーラは、吸血鬼の本質に極めて近いチカラを持つ。

 ……すなわち、『生命力を奪う』という特性だ。

 紅の帳が戦場に落ちる。
 島全体を覆うほどの月光のカーテン。触手たちに接触したオーラは、少しずつ、しかし、確実に、邪神の生命力を吸い上げ始めた。
 じわじわ、じわじわと、すべての触手が平等に力を失っていく。

 時を同じくして、メガリスの麓で『三の王笏』が眉を傾ける。
 見えざる神祖の指先は、彼からも生命力を奪い始めていた。
 力の減衰により、邪神の制御が徐々に緩くなっていく。
 その一方で、生命力を奪われた触手たちは、今まで以上に激しく獲物を求めていた。

 召喚術による首輪が外れつつある。
 メガリスの周囲に配した触手には、今のところは制御が行き届いているが……。

 『三の王笏』の鉄面皮に、一筋の冷や汗が流れた。
 いまだかつて覚えたことのない感覚が彼の胸中に波を立てる。
 それは、焦りと呼ばれる感情だ。

「……ほら、こうして少し力を加えるだけで、容易く天秤が傾くもの」

 当然の帰結だと言わんばかりに、リーヴァルディはため息をつく。
 とめどなく集まり続ける生命力に頬を上気させながら、彼女は戦場の二点を見る。
 この島に集まった猟兵は彼女だけではない。それぞれ別の場所で戦う二人の仲間であれば、この好機を逃すことは決してないだろう。
 決着を予感した彼女の小さな呟きが、ぽつりと空に溶けた。

「……果たしてお前は、最後まで邪神の贄にならずに済むかしら?」



 彼女の予感を証明するかのように、地上の戦局に動きが起こった。
 触手の群れに齧りつかれながら、ラヴィラヴァが器用に首を傾げる。
 生命力を失いつつある触手たちは、それまで以上に『獲物』を噛み千切ろうと躍起になり始めていた。ラヴィラヴァを咥えた個体の暴れっぷりはもちろんのこと、同族同士のぶつかり合いも激しさを増している。彼女の周囲は、いつの間にか触手の巨体が激突し合うとんでもない修羅場と化している。

 その中心で、『ラスボス』はにっこりと笑みを浮かべた。

「それじゃ、本格的な食事にしよう? たっぷりたらふく満足するまで、オイラを召し上がれ♪ ――飢餓つくと肉肉しい惨劇(ラ・ファミーヌ・デ・ラ・ヴィアンド)!」

 『獲物』の奪い合いによる触手の衝突により、牙の拘束からぽろりと抜け落ちた刹那、ラヴィラヴァはユーベルコードを起動した。
 どろん、と変身する彼女のゲル状ボディ。
 次の瞬間、戦場に現れたのは……、なんとも美味しそうな、『肉塊』だった。

 ラヴィラヴァの突然の変身。
 しかし、そんなものはお構いなしに触手たちは『獲物』の奪い合いを続けている。
 その醜い争いを抜け出して、一体の触手が肉塊に齧りついた。突き立てられた鋭い牙が、先刻までの超弾性が嘘だったかのように、容易く肉塊を二つに切り分ける。

「お代わりはまだまだたっぷり! さぁさぁ、どんどん食べてね!」

 不思議なのはそこからだ。
 齧り取られた肉塊が、瞬時に増殖して、元の形に戻ったのである。
 決して減ることのない謎めいた肉塊に、触手たちは代わる代わる齧りついていく。
 ……それが致命の罠であることに気付くこともなく。

「増殖、増殖。さーて、そろそろ『お腹が膨れて』きたんじゃないかな?」

 陽気な言葉とは裏腹、起こった事態は凄惨だった。
 肉塊を飲み込んだ触手が、苦しそうにのたうち、動きを止める。横倒しになった触手の胴体が、時間の経過とともに、文字通り『膨れ上がっていく』のだ。
 限界まで膨らんだ腹部に最後に訪れたのは、破裂。まるで風船に針を刺すかのように、触手が内側から弾けとんだのである。

「どかーん!」

 肉塊に扮した『ラスボス』が嗤う。
 弾けた触手の腹部から巨大な肉塊が零れ出る。ラヴィラヴァが変身した肉塊は、触手に飲み込まれた側であっても、無尽蔵の増殖を続けていたのだ。あの破裂は、増え続ける肉塊が触手の容量をオーバーした結果だった。

 増殖を続ける肉塊は、それと同時に食欲を唆る強烈な匂いを戦場に放っている。
 その香りは、飢餓感を植え付ける誘引の罠だ。匂い(か、あるいはその元になる化学物質か)に煽られた触手たちは、同族の死に目もくれず、零れた肉塊に殺到し始めている。
 触手の腹から零れた肉塊も、本体同様の増殖能力を持っている。それを一度でも飲み込んでしまえばどうなるか、言うまでもないだろう。
 生命力を失い、行動の箍が外れた触手は、もはや止まることはない。
 遠からずこの場のすべての触手が肉塊を喰らい、内側から破壊されることだろう。

 ……そしてそのダメージは、召喚の術者にもフィードバックされることとなる。
 ラヴィラヴァが開催した饗宴は、距離を隔てた『三の王笏』さえも蝕んでいるのだ。



「ぐおっ……」

 メガリスの脚下で『三の王笏』がよろめいた。
 許容量を超えた甚大なダメージ。逆流した邪神の魔力に体がずたずたに掻き回される。
 痛みを認識した瞬間、彼の意識に空白が生まれる。

 その空白の一瞬、『三の王笏』の制御を触手の食欲が上回った。
 メガリスと召喚主を護っていたはずの触手たちが、手近な『餌』、すなわち『三の王笏』に襲いかかる。

「汝との協力もここまでか。くっ、厄介な真似を……!」

 触手たちの強襲を、『三の王笏』は前方に駆けることで切り抜ける。
 護りを固めていたはずのメガリスの周囲は、もはや彼にとっても危険地帯だ。
 ダメージを受けているとはいえ、彼はオブリビオン・フォーミュラの分身体。がむしゃらな突進程度であれば回避するのに支障はない。巨大触手の突撃で地表が耕される轟音を背後に、彼は広場中心の触手による包囲網から抜け出した。

「……視えました!」

 だが、それは堅固な城壁から無策で外に出てしまうようなもの。
 広場周縁の屋上を飛び回っていたミニョンは、『三の王笏』の姿を捉え、ここぞとばかりに廃墟の縁を蹴った。
 空中に身を躍らせる小柄な少女。気配を感じ、『三の王笏』が上空に視線を向ける。
 ……それが、彼の敗着。
 銀の髪を靡かせて、ミニョンは青の双眸を見開いた。


「あなたが見ている時、私もあなたを見ているのです。――邪視起動・木菟ノ凶爪」
「ッ!?」

 ミニョンの持つ『邪視』が敵対者の『時』を絡め取る。
 全身が凍りついたかのような感覚に『三の王笏』が驚愕の色を浮かべる。
 自由落下するミニョンは、そのまま停止したターゲットに向けて鉤縄を放つ。
 鋭く飛翔した特性鉤縄が、あやまたず目標の胴体に引っ掛かった。
 直後、鉤縄の基部に接続された自動リールが駆動し、伸び切った縄を猛烈に巻き取っていく。縄の片端を保持したミニョンが、その勢いに乗って落下のベクトルを変えた。

「……神刺宗信の一太刀、受けなさいッ!!」

 加速する身体。みるみる近づく地上。爆ぜるような風が頬を撫でる。
 空からの強襲は猛禽の如く。抜き放つは『神刺し』の意を持つ一振りの馬手差。
 落下速度と巻き取りの勢いを乗算した渾身の一刀が、『三の王笏』を刺し貫いた。

「ここまでか。我が姫君よ、あなたの恐れは、正しかった……」

 心の臓を貫かれ、突撃の勢いのまま地面に叩き伏せられるオブリビオン。
 アスファルトが砕けるほどの衝撃に、細かい石片がぶわりと舞い上がった。
 動き出した『時』の中、彼の四肢から完全に力が抜け落ちた。
 止めていた息を吐き出して、ミニョンがゆっくりと馬手差を引き抜く。

 その直後、『三の王笏』は黒い塵と化し、吹き荒ぶ風に乗って散っていった。


 ここからはある種の余談、『三の王笏』を打ち倒した後の話である。

「さぁ、祝勝会だよ! 触手料理で宴会だー!」

 ラヴィラヴァの放ったとんでもない提案に、合流したミニョンとリーヴァルディは全力で首を横に振った。
 肉塊から元の姿に戻ったラヴィラヴァはなんでもないように触手の残骸にナイフとフォークを突き刺している。仲間たちの反応に彼女は首を傾げているが、傍から見ればとんだスプラッタ・シーンである。少なくとも、ミニョンとリーヴァルディは邪神に由来する触手を『食材』とは認識できなかった。

「ともあれ、これで『王笏』の攻略が一歩進みましたね」
「八つも姿があるなんて……、先の長い話だわ」

 羅針盤戦争はまだ終わりではない。しかし、この場の勝利を手にしたのも確かな事実。
 二人の猟兵は勝利の手応えを胸に抱き、激闘の爪跡が残る島を後にした。

 さて、そうして残された『ラスボス』なのだが……。

「代償にされたせいで島の面積がひどいことになってるんだよね」

 もぐもぐと触手料理を口に運びながら、彼女は島の現状を憂慮する。
 せっかく脅威を排除したのだから、どうせなら島の環境も元に戻したい。
 うーん、と腕を組んで頭を捻った彼女は、唐突にポンと手を叩いた。

「あ、そうだ。切り離した肉塊を改造して、島の土壌にすればいいんだ♪」

 はてさて、その結果がどうなったのか。
 表向き、島の面積は元に戻ったようだが……。
 詳細を知っているのは、当のラヴィラヴァだけである。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2021年02月08日


挿絵イラスト