貴方が泣くのなら、私は真白に記す
●例えるならば傘のように降りしきる涙の雨から
「こんにちは、アリスさん」
その声は優しい声だった。
いや、とても無邪気な声であった。可愛らしい女の子。彼女は自身のことを『ホワイトアルバム』と名乗った。
優しげな声で彼女は告げる。
「ねえ、あなたはどうして出口を探してるの?」
終わらない世界。
続く世界。
どこまでも、どこまでも果ての無い不思議の国の行脚。私は帰りたいと願った。なにもない記憶を取り戻したいと思ったのだ。
それはどうしてかとても大切なことであったと私は知っている。
喪ってはならないものだとわかっていた。
とても、とても、とても、涙が枯れ果てるほどの悲しみがあったはずなのに、それでも知りたいと願う喪った記憶のなにか。
「……自分の記憶を取り戻したいのね? ねえ、それってそんなに大事かな? わたしは自分がだれか思い出せないし、この姿も本当じゃない。大切な御本だって……ねっ、真っ白でしょ?」
彼女は手にした本を広げて見せてくれた。
真っ白な頁。
何も描かれていない、記されていない真白。ああ、と私は嘆息した。目の前の彼女は己の姿を本当の姿ではないと言った。
自分が何者か思い出せないと言った。きっとこれは誤解だとは思うけれど。
それでもその考えを口にせずにはいられなかった。
「それはとてもドキドキするものだわ。私は、今、とてもドキドキしている。真っ白な頁。これから私は何処に行くのだろうって。けれど、違うのね。貴方は元からそうなのね。けれど、私は違う」
漂白されただけだ。
悲しみに涙が溢れて、涙で何もかも洗い流してしまっただけなのだと。
「……」
彼女は答えない。
答えない。
けれど、私は願った。思い出したいと。心から願ったのだ。喪ったものを取り戻したい。そうでなければ、踏み出せない。未来に進めない。
「……それでも、知りたいのね。きっと後悔してしまうわ。それでも。いいわ、自分の扉なんか見つけなくたって、わたしが教えてあげる」
微笑んだ。
今度こそ、私は自分が誤解していたことを取り違えていたことを知る。
彼女は心からの優しさで私に言ったのだ。思い出さなくてもいいのではないかと。その結果、私が――。
「あ、」
「あ、あ、あ、ああああ――!!!!!」
絶叫が迸る。
思い出した。思い出してしまった。思い出してはいけないことを思い出してしまった。喪ったのは私ではない。私ではなかったのだ。
思い出さなければよかった。
「私は、私は、喪った。全部喪ったけれど、喪ったのは私じゃあなくて、私の大切な■■■と■■■――」
思い出してしまった。
きっと、ここは己の心が向き合えるために、傷ついた心を癒やすための時間だったのだ。癒やされないままに思い出してしまった。
この世が地獄であると思いだしてしまったから――。
「……やっぱりだめだったのね。信じていたのに。わたし、本当に信じていたのよ。アリスにだって少しは幸せな記憶が残ってる。そんなアリスに出逢ったことは一度もないけれど、わたしは、そう信じていたのに」
ダメだったね、と猟書家『ホワイトアルバム』は微笑んだ。
仕方ないよね、と。
だから、オウガになろうね、と。
「あなたの心のままに世界を地獄に変えましょう。だって、そうでしょう? あなたばっかりがつらい思いをすることなんてない。ほら、言うじゃない。悲しい気持ちは分け合えばはんぶんこ。嬉しい楽しいは分け合えば、二倍になるって。そうしましょう。あなたの地獄を皆に分けてあげましょう?」
ね、そうしましょう。
微笑んで『ホワイトアルバム』はアリス適合者『ゼラ』が生きながらにして変貌したオウガと共に世界を地獄へと、『超弩級の闘争』溢れる世界へと変えようとするのだった――。
●君が口をつぐむのならば、それは喜びを運ぶため
グリモアベースに集まってきた猟兵たちを迎えたのはナイアルテ・ブーゾヴァ(フラスコチャイルドのゴッドハンド・f25860)であった。
「お集まり頂きありがとうございます。今回はアリスラビリンスに現れた猟書家『ホワイトアルバム』の引き起こす事件を解決して頂きたいのです」
彼女の言葉はいつもと変わらぬものであったが、その声がわずかに震えていた。
予知に見たアリス適合者の狂乱の悲鳴が未だ脳裏にこびりついている。あれほどの絶望と悲哀に満ちた絶叫は、彼女の心を散々に引き裂いたことだろう。
「言うまでもなくアリスラビリンスにおける猟書家の目的は『超弩級の闘争』の実現です。そのために一人のアリス適合者のもとに『ホワイトアルバム』は現れ、適合者が未だ『自分の扉』にたどり着いていないにも関わらず、忘れていた『忌まわしき記録』を解き放ってしまうのです」
それが彼女の予知に見たアリス適合者の悲鳴。
狂乱したアリス適合者は『オウガ』と化し、不思議の国自体も地獄のような光景に変異させ、手当たりしだいにユーベルコードによって世界を改変しているのだ。
「無論、不思議の国の住人たちを救うことも大切ですが、何よりアリス適合者自身を救うことが肝要です。彼女の名――『ゼラ』さんは、『オウガ』に変異していますが、倒せば元の姿に戻ります……ですが、その際に生命がまだあるかどうかは……」
限りなく低い。
けれど、とナイアルテは告げる。その瞳に希望を宿して告げるのだ。
「皆さんの呼びかけ次第であると私は思います。彼女は……家族を喪っています。自身の夫と娘を。彼女はアリスラビリンスにやってくる前は、童話作家であったようです。よく娘に物語を読み聞かせていたのでしょう」
失われてしまったがゆえに、『忌まわしき記憶』となってしまったのだ。
けれど、それでも人は生きてゆかねばならない。傷つき、苦しんでも、前を向かなければならない。
「……『ゼラ』さんがどのような姿であっても、強く励まし、心を通わせる事が鍵です。攻撃が鈍るかも知れません。そして、もしかしたのならば、生命も」
それは全て猟兵次第であるのだという。
だからこそ、ナイアルテは頭を下げて願うのだ。
誰かのために戦える者にこそ、強大なる猟書家の力を超える力が宿るはずだと。
そうであってほしいと願うように、猟兵たちを見送るのだった――。
海鶴
マスターの海鶴です。どうぞよろしくお願いいたします。
今回はアリスラビリンスにおける猟書家との戦いになります。『忌まわしき記憶』を解き放たれてしまったアリス適合者の心を救い、猟書家『ホワイトアルバム』を打倒するシナリオとなっております。
※このシナリオは二章構成のシナリオです。
●第一章
ボス戦です。
アリス適合者『ゼラ』が変異した『オウガ』との戦いです。
倒せば元に戻ります。ですが、姿が元に戻るだけで、生命が在るかどうかは、決着が付くまでに皆さんが掛けた言葉次第です。
彼女の心が救われれば、第二章でのプレイングボーナスへと繋がります。
●第二章
ボス戦です。
猟書家『ホワイトアルバム』との戦いになります。
第一章にてアリス適合者『ゼラ』さんの生命があるのならば、彼女もまた戦ってくれます。
猟書家『ホワイトアルバム』を倒せば、地獄のような光景となっていた不思議の国も元に戻ります。
プレイングボーナス(共通)……アリス適合者と語る、あるいは共に戦う。
それでは、解き放たれた『忌まわしき記憶』とオウガ、そして『ホワイトアルバム』の織りなす地獄を救う皆さんの物語の一片となれますよう、いっぱいがんばります!
第1章 ボス戦
『クチナシの魔女』
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POW : 「ものがたりのはじまりはじまり」
【絵本から飛び出す建物や木々】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を描かれた物語に応じた形に変化させ】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD : 「すると、愉快な仲間達は言いました」
【愉快な仲間達が登場する物語】を披露した指定の全対象に【朗読された言葉通りに行動したいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ : 「まあ、なんということでしょう!」
無敵の【愉快な仲間達が合体したりして巨大化した姿】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
イラスト:Kirsche
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠八津崎・くくり」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
あなたのことをわすれない。
私の物語はあなたと出逢って生まれたのだから。
生まれた物語に名前をつけましょう。私は私のためではない、いつかの物語のために物語を紡ぎましょう。
これからどんな物語紡がれるのか楽しみで仕方がない。
生まれた物語の名前を私は忘れてしまったけれど。
それでも物語を紡ぎましょう。
はじまりはじまりで始まる寝物語。
ああ、けれど、それは永遠に来ない。
もう二度と聴かせて上げることの出来ない物語。名前を喪った物語はもう二度と語られない。
「だから壊しましょう。私には二度と訪れない幸福。喪ってしまったものは二度と戻らない」
アリス適合者『ゼラ』が抑揚のない声でつぶやく。
その姿はすでに『オウガ』。
かつては『君がいて幸せ』だったと言った。
けれど、今は『喜びを運ぶ』。
そう、破壊の喜びを。不思議の国は小さな世界である。アリスの心を癒やす小さな小さな世界。
今や地獄となっていた。
『自分の扉』を見つける前に解き放たれた『記憶』が彼女を苦しめる。
人の心は容易く形を変える柔らかさを持っている。
だからこそ、傷つきやすい。
ちょっとした心のささくれであっても、傷つき柔らかい物を破いて溢れてしまう。
「みんな、私と同じになればいい。喪った悲しみが伝わらないから、誰も彼も簡単に誰かを傷つける。自分の言葉の意味を知らぬままに吐き出して、いたずらに傷を増やす。そんな者たちはみんな、みんな――」
滅びてしまえばいい、そうかつてのアリス適合者『ゼラ』は、絶望のままに物語を紡ぐ――。
セルマ・エンフィールド
【スノウマンアーキテクト】を召喚、私が攻撃を避けつつ会話している間にあちらが建てた建物を破壊し、代わりに氷でできた家を建築させて戦闘力増加を防ぎます。
そうですね、失ったものはもう二度と戻りません。そして故郷へ帰っても待っているのは地獄のみ……私とあなたの故郷は別の場所ですが、その苦しみは理解できます。
ですが、だからこそ私は地獄に立ち向かう。悲劇と闇に覆われた世界を打ち破り、故郷を地獄でない場所にしたいからです。
あなたはどうですか? やりたいことがまだあるのではないですか?
攻撃が鈍ったなら「フィンブルヴェト」からの氷の弾丸を撃ち込みます。
話の続きは猟書家を倒したまた後でとしましょう。
その不思議の国はもはや地獄であった。
元あった不思議の国の形はもはや影も形もない。逃げ惑う愉快な仲間たちは、それでも元アリス適合者であった『オウガ』を心配そうな瞳で見ていた。
けれど、その瞳に込められた哀悼も何もかもが、『オウガ』―――『クチナシの魔女』には届かない。
「ものがたりのはじまりはじまり」
つぶやくと手にした本から溢れ出す木々や建物。
それらは圧倒的な質量となって現れ、不思議の国のあらゆるものを塗りつぶしていく。
燃え盛る炎、耐えぬマグマ。
あらゆるものを燃やし、あらゆる生命を血の川へと変えていく。
もはや、彼女にはそれだけが望みであった。
戻ってしまった記憶。
喪われてしまった■■■と■■■。それを思い出して涙も枯れ果てるほどに泣いたことを思い出して、己に待ち受けるのが地獄であることを自覚する。
「私はもう何も取り戻せない。私の手の届かない場所にあの人とあの子はいるから」
その悲哀に満ちた声に、応える者がいた。
「そうですね、喪ったものはもう二度と戻りません」
セルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)は静かに言い放つ。
地獄の如き光景へと変わっていく不思議の国においてスノウマンアーキテクトと共に彼女は歩みをすすめる。
雪だるまの形をした彼女のユーベルコード。
生み出されたスノウマンたちは、煉獄の炎が燃え盛る不思議の国においても溶けることなく進軍する。
この業火の如き光景が、彼女の絶望の象徴であるというのならば、それを塗りつぶすように百に届こうかという数で進むのだ。
「そして故郷へ帰っても待っているのは地獄のみ……私とあなたの故郷は別の場所ですが、その苦しみは理解できます」
セルマもまた故郷と呼ぶ世界は地獄であった。
支配されること、隷属させられることが当然の世界。
その世界は確かに今まで見てきた世界の大半よりも、劣悪なる世界であったことだろう。日の差さぬ世界。
人が人として生きられぬ世界。
だが、セルマの瞳は絶望に塗れているか。
否である。
「ですが、だからこそ私は地獄に立ち向かう。悲劇と闇に覆われた世界を打ち破り、故郷を地獄でない場所にしたいからです」
広げた本から繰り出し続けられる木々や建物がセルマを圧殺せんと迫る。
次々と頭上から降り注ぐ攻撃をセルマは躱し続ける。
彼女のユーベルコードは本来軍勢となってオブリビオンと戦うものであったことだろう。
だが、セルマはそれをしなかった。
今、彼女は戦っているのではない。対話をしているのだ。
誰と? それはオウガへと変貌した元アリス適合者『ゼラ』とである。彼女の生命は、きっと瀬戸際なのだろう。
記憶がなかったからこそ、癒える時間が在ったのだ。
愉快な仲間たちも、彼女の心が癒えるのを待っていたのだろう。けれど、猟書家は真実を解き明かすことだけして、人の心に触れようとはしない。
見ようともしない。
ただ、願いを叶えるだけである。
優しさも慈しみも、なにもない。ただかさぶたを引き剥がしただけに過ぎない愚劣な行い。
「あなたはどうですか? やりたいことがまだあるのではないのですか?」
セルマは告げる。
彼女は、『ゼラ』は地獄しか待っていない世界であろうとも、戻りたいと願っていた。記憶なくとも、自分の扉を探していた。
それは記憶ではなく彼女の心が求めているからだ。
向き合おうとする意志があるからだ。
何も諦めていない。
彼女は諦めていないのだ。だからこそ、セルマは手をのばす。言葉を紡ぐ。
「私は」
もう何もしたくないのだと呟いた言葉にセルマは頭を振った。
それは嘘だと。
ただ自棄になっているだけだと。願ったのだ。自らを捨てるような行いだけはしてほしくない。
「あなたはまだ生きているのだから」
喪われた生命では、何も為せない。願ったことも、願われたことも。
その言葉に『クチナシの魔女』の動きが鈍る。瞬間、セルマはマスケット銃の銃口を向ける。
まだ諦めてなんかいない。
その意志があればこそ、セルマは銃声を響かせる。放たれた氷の弾丸が『クチナシの魔女』を撃つ。
「話の続きは猟書家を倒したまた後でとしましょう」
セルマの言葉と共にスノウマンアーキテクトたちが築き上げた氷の家が地獄に立ち並ぶ。
幸せの象徴。
家族の在る場所。願っても、願っても届かぬ象徴。
けれど、その冷たさとは裏腹に、その氷の家は、きっと『ゼラ』の心にかつて在りし暖かさを再び訪れさせるには十分なものであった――。
大成功
🔵🔵🔵
カイ・オー
例えアンハッピーエンドだろうと思い通りにいかなくとも、人は自分の物語を完結させなきゃいけない。途中で投げ出しちゃ駄目だ。
物語の世界から生まれた妖精として、彼女を放っておく訳にはいかないな。
【ブレイズフレイム】で召還した炎を操って【属性攻撃】。
炎を纏わせた刀で、生み出された建物等を【切断】し焼き払っていく。絶望から生まれる世界を、あんたに描かせやしない。
刃から炎を飛ばし、彼女のオウガとしての体を【なぎ払う】。
何があって家族を失ったのかは知らない。気持ちが分かるとは言えない。それでも、幸せだった頃の思い出まで捨てちゃ駄目だ。
まだ貴女がいる。家族の物語はまだ終わってない。最後まで紡いでくれ。
絶叫が迸るように地獄と化した不思議の国に響き渡る。
それは元アリス適合者であり、『オウガ』と変貌した『ゼラ』のものであったが、もはや、その面影はない。
瞳に映るのは悲しみと思い出してしまったことへの憎悪。
忘れていればよかったのだ。
何もかもが追憶の彼方に追いやられるまで待てばよかったのだ。
何故、望んでしまったのだろうか。
何故、思い出したいと願ってしまったのだろうか。
進むも地獄。
戻るも地獄。
彼女の物語はきっとアンハッピーエンドだろう。何もかもが思い通りにいかない。
開いた本から溢れるように木々と建物が飛び、周囲を地獄へと変えていく。
何も聞きたくない。
言葉にしたくない。溢れ出した思いは涙に濡れる。嫌なのだ。もう失いたくない。何かを得るから喪ってしまう。それが人生だというのならば、己に人生は要らない。
「例えアンハッピーエンドだろうと思いどおりにかなくとも、人は自分の物語を完結させなきゃいけない。途中で投げ出しちゃ駄目だ」
迸る絶叫に応えるように、カイ・オー(ハードレッド・f13806)は己の身体を切り裂き噴出する地獄の炎と共に不思議の国を駆ける。
ブレイズフレイムが生み出すユーベルコードの炎が揺らめく。
バーチャルキャラクターである彼にとって、物語とは己の役柄をまっとうするだけではない。
物語の世界から生まれた妖精として、彼女を、『ゼラ』を放っておく訳にはいかないのだ。
炎が手にした刀にまとわりつき、彼へと降り注ぐ建物の群れを切り裂き、焼き払っていく。
彼女が物語紡ぐ誰かであることをカイは本能的にわかっていた。
「何があって家族を喪ったかは知らない。気持ちが分かるとは言えない」
振るう刀が炎を噴出させ、物語産む本からの攻撃のことごとくを切り裂き、焼き尽くしていく。
カイの瞳には決意が宿っていた。
絶望から生まれる世界を、彼女に描かせてはならない。
大切なものを失う悲しみ。
その気持がどれほどの傷跡となっているのかを慮ることはできても、カイはそれを口にするわけには行かなかった。
次々と生み出される物語の木々と建物。
「――私は不幸になるために生まれたのだとしたら、私はあの子とあの人を不幸にしてしまった」
喪う悲しみは、喪う者にしかわからない。
生命を喪った者と、喪わせた者がいたとして罪深きは一体どちらであろうか。
いいや、とカイは叫ぶ。
「それでも、幸せだった頃の思い出まで棄てちゃ駄目だ。まだ貴女がいる。家族の物語はまだ終わってない」
迸る激情は、炎となって噴出し続ける。
オウガ、『クチナシの魔女』が紡ぎ続ける物語は小さな世界である不思議の国でさえ、地獄に変えていく。
終わらせてはならない。
この世界がアサイラムからアリスを召喚するのであれば、本来ならば此処は優しい世界であるべきはずだったのだ。
誰かのための物語を紡ぐための世界。
「最後まで紡いでくれ――」
それは願いであり、祈りだった。
何もかもを喪ったとしても、残るものが在る。
思い出は彼方に消え失せてしまうのだとしても。それでも、彼女の心には幸せだったはずの記憶だってあるはずだ。
「いやよ」
小さく呟いた声にカイは否定を紡ぐ。
「いいや、嘘だな。不幸であったと自覚できるのならば、必ず在ったはずだ。幸せに満ちた思い出が」
在ったはずだ。
なかったとは言わせない。喪った心の虚があるのならば、その大きさ、深さが幸せだった思い出の大きさを知らしめる。
闇の中で泣く者がいるのならば、明かりを灯す。
カイは噴出し続ける炎という篝火でもって、地獄へと変貌した世界で煌きを放ち続けるのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
イフ・プリューシュ
【狂気耐性】で相手のUCには耐えて
こちらのUCで拘束してお話するわ
失ってしまったものはかえらない
同じしあわせは二度とてにはいらない
ええ、それはイフも知っているわ、くるしいほど
喜び、とあなたはいうけれど
イフにはあなたが悲しそうに、苦しそうに見えるわ
あなたがたいせつにおもっていた人ならば
きっと、あなたを大切に想って
あなたのしあわせをねがってっているはず
ねえ、失った大切な人たちは
あなたの今のすがたを見たら
悲しむのではないかしら?
あなたが大切にしたした誰かが大切に想っていたあなたを
どうか、ないがしろにしないで
生きているのならば、乗り越えるつよさ、変わっていける強さが、
きっとあなたにもあるはずなのだから
「知らない。知らない。私は知らない」
オウガ、『クチナシの魔女』の肩が震える。
地獄の様相を見せる不思議の国で、彼女は一人震える。何処まで行っても一人だ。何処まで行っても喪った心の虚が己を見ている。
喪ったものは戻らない。
同じものは二度と手に入らない。
そもそも、何かを代わりになんてできない。心の傷跡はかさぶたごと引き剥がされた。
それが猟書家『ホワイトアルバム』の為した許しがたき愚行。
悪意なき悪意が見せた心抉る行い。
「すると、愉快な仲間達は言いました。私が悲しいのだから、みんな悲しいと思うべきであると。私の悲しみで全てが沈んでしまえばいいのに」
『クチナシの魔女』の手にした本が開かれ、朗読される言葉は、世界に対する怨嗟に満ちていた。
侮蔑に満ちていた。
人の優しさを信じられない。酷く傷んだ心がジクジクと痛む。
その傷跡の如き朗読を耳にしながら、イフ・プリューシュ(樹上の揺籃にゆられて・f25344)の視界に映る『クチナシの魔女』は、人形の類にしか見えていなかった。
胸に大きな坑の開いた人形。
ああ、とイフは特別に頑丈な……デッドマンの身体で痛みを感じ取っていた。どれだけ身体が強かろうが、心までは鎧うことはできない。
剥き身の心が痛みに泣くのを彼女は聞いていただろう。
「失ってしまったものはかえらない。同じしあわせは二度とてにはいらない。ええ、それはイフも知っているわ、くるしいほど」
イフの瞳がユーベルコードに輝く。
熊とうさぎと猫のぬいぐるみたちが筆頭に駆け出す。大事なおともだちたちが、イフの願いに応えるように『クチナシの魔女』の身体を捕まえる。
ふわふわのぬいぐるみ生地たちの手が彼女の腕や足を捕まえる。
彼らを抱きしめると優しい気持ちになれる。
ふわふわの体はきっと誰も傷つけることはないだろう。例え、その心が傷んで、泣き叫びたいほどの痛みを持っていたのだとしても。
「喜び、とあなたはいうけれど。イフにはあなたが悲しそうに、苦しそうに見えるわ」
その胸に開いた坑を見ればわかる。
その悲しみ。その苦しみ。その懊悩の全てが、イフの心を突き刺す。
きっと間違いだらけの地獄にあって、彼女は微笑んだ。
『クチナシの魔女』が紡ぐユーベルコードの力にこらえるように、力ではなく微笑みで持って応えるのだ。
人の憂いに寄り添うからこそ、優しさが生まれるのだとしたら。
きっと、彼女のために。
「あなたがたいせつにおもっていた人ならば。きっと、あなたを大切に想って。あなたのしあわせをねがっているはず」
「私を恨んでいるはず。恨んで欲しい。誹り、蔑んで欲しい。傷つけて欲しい」
正反対の言葉を紡がれても、イフはかぶりを振った。
そんなことない。
誰よりも誰かを愛したあなただからこそ、そんな言葉を紡ぐことなんて無いのだと言うよにイフは手を伸ばした。
「ねえ、失った大切な人たちは、あなたの今のすがたを見たら、悲しむのではないかしら?」
「悲しまない。なるべくしてなった姿だと嗤うはずだから。だから、私は」
「あなたが大切にした誰かが大切におもっていたあなたを。どうか、ないがしろにしないで」
触れる掌に伝わるのは生命のぬくりもであった。
死せる者ではない。己とは違うぬくもりを感じてイフは微笑んだ。
目の前にいるのは、『オウガ』ではない。
「生きているのならば、乗り越えるつよさ、変わっていける強さが、きっとあなたにもあるはずなのだから」
それを忘れないで。
どうか忘れないで欲しい。願う。祈る。想う。ただ、それだけでいい。
イフにとって、それはそんなものであった。
どれだけ記憶が摩耗していったとしても、紡がれいく想いがある。
傷つけられとしても、人の心は弱くはないはずだと知る。
トラウマが、心の傷があったのだとしても、己がそうであったように変わっていける。
もはや変わらぬ生きる死者であったとしても、変わっていける。
自身がそれを証明している。
ユーベルコードに輝く瞳のまま、イフは『ゼラ』の憂いに添うのだ。
彼女のユーベルコードがどれだけ自身を傷つけたとしても、構わない。手を伸ばし続ける。
いつだってそうだ。
誰かのためにと願う者の輝きは、生命の輝きであると彼女は知る――。
大成功
🔵🔵🔵
アリス・フォーサイス
これはアリスがかつての記憶に向き合うお話だね。きっとこれを乗り越えたときは美味しいお話になるだろうな。
キミからしたら、経験の浅いぼくにキミの気持ちがあるはずもないけど。だけど、ぼくの推測を言わせてもらうね。
キミは失った記憶が大切なものだと知ってた。それは、家族との幸せな記憶じゃないのかな。
そのままオウガに染まったら、きっとその記憶も失われちゃうよ。
もし、それが嫌ならぼくの手をとってよ。手をとってさてくれれば、全力でキミを引き上げるよ。
手から全力で魔力を流し込むよ。最善の結果を願ってね。
揺らぐ。揺らぐ。
地獄と化した不思議の国が揺らいでいた。猟兵たちの言葉が紡ぐ。例え、『オウガ』となった元アリス適合者『ゼラ』の喪ったものを取り戻すことがでなくても、彼らの言葉は確かに彼女へと届いていた。
その証拠に地獄へと変えた不思議の国は、今まさに揺らいでいる。
「私は、私のままでいてはならない。私の喪ったものを忘れたくないから」
悲しみだけが紡がれていく。
連鎖する悲しみに猟兵たちの言葉は楔のように打ち込まれた。
人の人生において悲しみだけが全てではない。幸せも、悲しみ、楽しさも怒りも。何もかもが詰まっている。
だからこそ、それは物語。
アリス・フォーサイス(好奇心豊かな情報妖精・f01022)は笑顔のまま不思議の国へと降り立った。
「これはアリスがかつての記憶と向き合うお話だね。きっとこれを乗り越えた時は美味しいお話になるだろう」
そんな予感を彼女は感じていた。
情報妖精たる彼女にとって、物語は極上の食べ物であった。
傷つき『オウガ』へと変貌した元アリス適合者『ゼラ』の悲しみは推して測ることもできないものであったことだろう。
彼女が生み出した物語から溢れるように愉快な仲間たちが合体し、巨大化していく。それは巨人のようでもあり、同時に彼女の抱えた悲しみの大きさでも在ったことだろう。
巨大すぎる姿。
それを前にしてアリスは、その悲しみの反動がなんであるかを知る。
「キミからしたら、経験の浅いぼくにキミの気持ちがあるはずもないけど。だけど、ぼくの推測を言わせてもらうね」
大きな悲しみの前にあるのは、きっと。
「キミは喪った記憶が大切なものだと知ってた。それは、家族との幸せな記憶じゃないのかな」
巨大化した巨人の愉快な仲間の拳が振るわれる。
アリスは走りながら、拳を躱して『クチナシの魔女』へと駆ける。
幸せな記憶があったはずだ。
幸せでなかったのならば、悲しみを感じることもないだろう。得たからこそ喪う。喪ったからこそ得たものもきっとあるはずだ。
その悲しみの前に何もかもが否定されることはあってはならない。
『オウガ』とは即ち、他の誰かに地獄を振りまくことと同じであろう。自分だけが悲しみにくれているとおもってしまう。
みんな平等に不平等なのだ。
誰も彼もが悲しみや苦しみや、地獄をそれぞれに抱えて生きている。
「誰だってそうなんだ。誰だって同じなんだよ。けれど、その幸せな記憶は――!」
キミだけのものだとアリスは振るわれた拳が大地を割り、破片が飛び散る中を走る。目の前にあるのは『クチナシの魔女』の手だった。
「そのままオウガに染まったら、きっとその記憶も喪われちゃうよ。もし、それが嫌ならぼくの手を取ってよ。手をとってさえくれれば、全力でキミを引き上げるよ」
伸ばす手。
バッドエンドも、デッドエンドも。要らない。アリスに必要なのは、ハッピーエンドだ。
思い出して欲しい。
それだけをアリスは願っていた。
もしも、彼女だけであれば、『クチナシの魔女』は彼女を殺しただろう。
これまで紡いできた猟兵たちの言葉があった。
誰かのためにと願った多くの猟兵たちが居た。まだ足りないかも知れないけれど、それでもアリスは願ったのだ。
より良いエンディングになりますようにと。
最後に皆が笑い合えるようなお話になりますように。その願いのままに、ぴくりと動いた『クチナシの魔女』の手を握りしめる。
暖かな願いを魔力に込めて流し込む。
「最善の結果を願うから、だからぼくはキミに魔力を上げるよ。思い出して。幸せだった記憶も。悲しみばかりではなかったって――」
ユーベルコードが輝く。
妄想世界(ワンダーランド)。それはアリスの妄想思念と呼ばれるものであったかもしれない。
けれど、それでも誰かのために願われたものであったのならば、それは確かに彼女の心に届けられたであろうから――。
大成功
🔵🔵🔵
星野・祐一
[SPD]
相手の攻撃は動作を【第六感や視力で見切り】
EKや盾状態のピアスで【受け流す】か【武器受け、盾受け】で防御
UCに対しては【狂気耐性】で振り切るかEsに頭殴って貰っ(ガンッ
…待ってかなり痛くない?
まあそうだな…大切な肉親を失うってのは辛いもんだ
俺も両親を失っちまってな、まだ死ぬ歳でもなかったのによ…
ま、だからって苦しみを押し付けていい訳じゃねえ
夫や娘はそんな事をするあんたを見て喜ぶ人だったか?
二人が好きだった自分を見失うな
何時か死んで同じ所に行った時にちゃんと立派に生きたって伝えるのが
残された奴に出来る事だと俺は思うぜ?多分な!
最後は持ち替えた雷鳴を【冬雷】で強化して射抜く
アドリブ歓迎
愉快な仲間たちが登場する物語は続く。
結局の所、彼らはアリスたちを癒やすための存在であるのだろう。ここが不思議の国であるというのならば、彼らはアリスたちを出迎えるために整備し、何を言うでもなく寄り添うのだ。
それが優しさである。
心に傷があるのならば、それが癒えるまで。
自分の扉を見つけることは、即ち心が癒えたということ。しかし、『オウガ』と変貌した元アリス適合者『ゼラ』は叫ぶ。
「私は知らない。知らない。何も見ない。何も聞こえない。あの子の声も、あの人の声も、姿も、何もかも知らない」
『クチナシの魔女』へと姿を変えた彼女の手にあった物語を刻む本の頁が開かれ、愉快な仲間たちをもした怪物が地獄を振りまこうと闊歩する。
それは本当に彼女の願ったことであっただろうか。
「痛って! ……まってかなり痛くない?」
ごすん、と鈍い音を立てて紡がれる物語に心を震わされた猟兵、星野・祐一(シルバーアイズ・f17856)はサポートAIドローンが頭にぶつかる衝撃で正気を取り戻していた。
どうあっても心が震えてしまう。
だから、あらかじめ頼んでいたのだが、想像以上の傷みが頭に走っている。
それでも己の心が震えてしまうのは仕方のないことであったのかも知れない。祐一にとっても大切な肉親を喪うことは、心を抉る傷と言うには十分すぎるものであったし、それを否定することはできなかった。
「まあそうだな……大切な肉親を喪うってのは辛いもんだ。俺も両親を失っちまってな、まだ死ぬ齢でもなかったのによ……」
死時があるのだとすれば、自分の親しいものほど眠るように死んで欲しい。
苦しくも悲しくもないように穏やかなる死が訪れてほしいと願う。
けれど、それは果たされなかった。
果たされることはなかったのだ。
手にしたナイフと可動装甲を展開した盾によって物語から生み出された愉快な仲間たちの攻撃をしのぎながら祐一は言う。
「ま、だからって苦しみを押し付けていい訳じゃねえ」
誰にだって心に傷を負うだろう。
生きてさえ居れば、心に傷みが走ることなんて、いつだってありえることだ。誰の心にも傷がある。地獄がある。
己の地獄を、痛みを吐露することは悪いことではないと想う。
けれど、その痛みにあえぐ声を押し殺すことができるのまた人である。
「夫や娘はそんな事をするあんたを見て喜ぶ人だったか? 二人が好きだった自分を見失うな」
『クチナシの魔女』の絶叫が迸る。
何が分かるというのだと。
己の傷の深さも、痛みも、他者に理解できるわけがない。理解できていいわけがない。この傷と痛みは己のものだというように物語が紡がれ続ける。
「私は私。きっと忘れないようにしていたかったのに忘れてしまった私」
地獄の中でさえ、彼女は己を攻め立てる。
自傷行為の如き叫びが祐一の瞳を曇らせる。
自分のしていることは、誰かの傷を抉ることでしかないのではないかという疑念が生まれる。
けれど、それでも己の父親と母親であればなんというだろうか。
負けるな。
背中を圧されたような気がした。
そっと。優しく押されたような、それでいて叱咤するように背中に傷みが走るほど強く圧されたような。
懐かしい気がする。
「……何時か死んで同じところに行った時にちゃんと立派に生きたって伝えるのが、残されたやつ出来ることだとおれは想うぜ? 多分な!」
リボルバー型熱線銃の銃口を向ける。
その銃口はユーベルコードの輝きをたたえていた。
冬雷(トウライ)――それは暗澹たる空を切り裂く稲妻。放たれた青白い光弾が『クチナシの魔女』の身を穿つ。
忘れるなと叫ぶ声が聞こえた気がした。
生き方を決めたのならば、迷うなという声が。
「ああ、そうさ。俺は胸を張って生きたと伝えたいんだ。俺の人生をくまなく、全部ひっくるめて、生きたって、そう言えるように!」
その言葉は、『クチナシの魔女』に届いたことだろう。
人の人生は終えて見なければわからない。
どれだけ長く生きても、どれだけ短い人生であったとしても。
それでも懸命に生きたと思えた生命にこそ、物語は宿るのだろうから――。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
酷いですの
止まる事は悪い事じゃありませんの
それを無理やり進ませて傷つけるなんて許せませんの
いずれ進むのはいいんだ
茶化さないで欲しいですの
永遠にして差し上げたいのは山々ですけれど
それ以前の話ですの
やる気出してるし
まあいいか
物語の通りに相手を動かす力か
本来は超常の力ではなく
もっと優しい力だったんだろうね
滅びの嫌いな女神様じゃないけれど
今の物語には心を動かされないかな
これまで物語を伝えた人達は
それを望むような人だったのかな
感情を停滞させて少し落ち着いて貰いますの
心も体も人形にして永遠の微睡を差し上げても良いのですけれど
今の有り様はあまり美しくありませんの
耐えるのは得意だし
多少の八つ当たりは耐えれるよ
人の心は斯くも美しいものであると知る者がいるのであれば、その傷跡でさえ価値を見出すことだろう。
如何なる人生が在り、如何なる苦難が人の心の美しさを際立たせるのか。
人ならざる者の瞳に映るのは、確かに美しい人の姿であったことだろう。
その審美眼がどのような基準を持つのかを人の身では理解しがたい所があるであろうが、その塞がれる傷跡を覆うかさぶたでさえも無理矢理に引き剥がす行為は、佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)の身のうちにある邪神にとって、許しがたい行為であったことだろう。
「酷いですの。止まる事は悪い事じゃありませんの」
邪神の恩返し(ガッデス・リペイメント)によって邪神の分霊が現れ、晶の周囲に浮かぶ。
彼女は憤慨していた。
その価値基準は未だ理解し難い所がある。
「それを無理矢理進ませて傷つけるなんて許せませんの」
「いずれ進むのはいいんだ」
晶にとって、それは人の歩みであるがゆえに、当然のことであった。
時間は止まらない。逆巻かない。
だからこそ、人は歩みを止めないのだ。足を止めたのだとしても、それは一時の休息に過ぎないのだから。
「茶化さないで欲しいですの。永遠西江差し上げたいのは山々ですけれど、それ以前の話ですの」
邪神の分霊があまりにもやる気を出しているものだから、若干晶は気圧されてしまうのだけれど、手伝ってくれる分にはありがたいものだ。
「私は何もかも喪う。喪ったのならば、喪わせなければならない。私の心の虚が轟々と声を上げ続ける」
オウガ『クチナシの魔女』が叫ぶ。
手にした本からは次々と異形なる愉快な仲間たちが溢れかえっていた。彼らを前にして晶は頭を振った。
「物語の通りに相手を動かす力か。本来は超常の力ではなく、もっと優しい力だったんだろうね」
少しも晶は心が震えなかった。
本来の用途、本来のユーベルコードの力であれば、きっとこんな力にはなっていないはずだ。
それを思えば、晶にとって、今の『クチナシの魔女の力は恐れるに足りるものではんかった。
「滅びの嫌いな女神様じゃないけれど、今の物語には心を動かされないかな。これまで物語を伝えた人達は、それを望むような人だったのかな」
そうじゃないはずだ。
きっと。
彼女がこれまで紡いできた物語は優しい物語であったはずだ。我が子が夜を恐れずに眠れるようにと願って生み出された物語であったはずだ。
「――あの子は、あの人は」
私の物語を喜んでくれていた。
誰かの安らかなることを願うことは、こんなにも尊いのだと。それを知ることが出来たのは、私の幸い。
けれど。
けれども、喪われてしまったからこそ、その大きさを知る。私が得た幸せの大きさを知る。この胸にぽっかりと開いた坑が教えてくれる。
喪ったものの価値を。
「―――っ!!!」
迸る感情の波。
それが止まる。晶の身のうちにある邪神の分霊が神としての権能を使ったのだろう。
「心も体も人形にして永遠の微睡を差し上げても良いのですけれど、今の有様はあまり美しくありませんの」
「八つ当たりされてもいい、なんておもっていたけれど……」
晶は目の前のオウガを見やる。
いや、もうオウガではない。
どれだけ人の心が傷ついたのだとしても、その心の傷を癒せるのは、その人だけだ。
大きな幸せを得たが故に、喪った時に空く坑の大きさを知る。悲しみの大きさを知る。
けれど、今悲しみに沈む彼女は知るだろう。
その坑の大きさが、与えられてきた幸せの大きさなのだと。
それはなかったことにはならない。してはならない。忘れてしまえば、きっと彼女の心にあった忘れてはならない存在までもなかったことにしてしまう。
「――ああ。私は何も喪っていなかった。別れはきていなかった。本当に出逢ったあの人とあの子との別れは来ていなかった」
オウガ『クチナシの魔女』の身体が崩れていく。
その中から現れたのアリス適合者『ゼラ』。
溢れる涙のままに、それを美しいと思う者がいる。
どれだけ傷ついても、挫けそうになっても人の心は再び立ち上がる。
日が昇るように。
いつか暗い夜も空けるのだというように――。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『ホワイトアルバム』
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POW : デリシャス・アリス
戦闘中に食べた【少女の肉】の量と質に応じて【自身の侵略蔵書の記述が増え】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD : イマジナリィ・アリス
完全な脱力状態でユーベルコードを受けると、それを無効化して【虚像のアリス】から排出する。失敗すると被害は2倍。
WIZ : イミテイション・アリス
戦闘力が増加する【「アリス」】、飛翔力が増加する【「アリス」】、驚かせ力が増加する【「アリス」】のいずれかに変身する。
イラスト:ち4
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ライカ・リコリス」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
本当に出逢った者に別れは来ない。
いつかの誰かの言葉だけれど、それは本当のことであったのだとアリス適合者『ゼラ』は泣いた。
天国なんてものがあるのかはわからない。
私の心を慰めるための想像のものであったのかも知れない。
けれど、皮肉なことに。
喪って初めて私の幸福の大きさを知る。その深い喜びを知る。
かつて在ったというものであるけれど、その喜びは何物にも変え難く。そして、同時に忘れてはならない私のたからものであったのだ。
「あら、あら、あら。そんなこともあるのね」
くすくすと笑いながら猟書家『ホワイトアルバム』が現れる。
地獄とかした不思議の国に降り立つ彼女は可憐なる少女の姿のままだった。
「だって、知りたかったのでしょう? 忘れてしまったものを思い出したかったのでしょう? そこが地獄だと知ったから泣き叫ぶだなんて、それはとても醜いことだわ」
本当に出逢った者。
その心を知らぬ真白の心が無邪気に微笑む。
「本当に出逢った者なんていない。誰も彼も忘却の彼方に消えていくのだから。でも、それって本当に大切なことかしら? 簡単に忘れてしまうような記憶って在っても無くても困らないのではないかしら?」
貴女はだって、こんなにも他の誰かに悲しみを、苦しみを、痛みを、憎悪をぶつけてしまっている、と猟書家『ホワイトアルバム』は糾弾するでもなく、淡々と事実だけを告げるように笑った。
「ね? そうでしょう、アリス。私は見たことがなかったの。こんなにも幸せだったと、悲しみの虚を抱えながら言うアリスを。だから、それを塗りつぶしてあげるわ。邪魔な猟兵はみんなみんなすりつぶしてしまいましょう。真っ白にしてしまいましょう。貴女はもう一度思い出すべきよ。あの地獄を」
進むことも、戻ることも。
どこを見ても地獄だらけだともう一度自覚してほしいと、『ホワイトアルバム』は願った。
「そうでなければ、お話としてつまらないもの!」
カイ・オー
彼女は今を生きている。幸せな過去と未来の希望も取り戻した。
軽々しく地獄なんて言葉を使うもんじゃないぜ。
侮れる相手じゃない。ゼラさんに助力を頼む。
物語を具現化する能力があるなら、今度は希望の世界を召還してくれ。
建物や愉快な仲間達で敵を取り囲んで撹乱して貰う。さぞかし神経に障る光景だろうさ。
真の姿…CGの様な電子の妖精の姿に変身。UC【鋼紅】。
【地形を利用】し建物等の遮蔽に隠れながら、連続テレポートで移動。敵の死角に回り込む。
強化、加速された身体能力による刀での【切断】攻撃。「火の手」で現出させた地獄の炎を刃に纏わせ【属性攻撃】。
地獄ってのは罪を償う為の存在だ。彼女じゃなく、お前にこそ相応しい。
もう一度地獄に、と猟書家『ホワイトアルバム』は無邪気な笑顔のまま言った。
それがどうにも許せないと思ったのは猟兵、カイ・オー(ハードレッド・f13806)であった。
彼の揺らめく炎のような髪色が、じりと熱を上げたような気さえした。
「彼女は今を生きている。幸せな過去と未来の希望を取り戻した」
そう、かつて在った幸せの大きさを教えるものが、その心に空いた虚の如き大穴であるというのなら、それを抱えて生きるのが人である。
どれだけ打ちのめされたのだとしても、アリス適合者『ゼラ』は泣きはらした目蓋をしっかりと開けて前を見ている。
そんな彼女にもう一度地獄を見せたいと願った無邪気なる者。
猟書家『ホワイトアルバム』は小首をかしげて言ったのだ。
「何故? 別に未来に希望なんてないでしょう? 幸せだった過去があるから、不幸な今があるのだとしたら、幸せな過去に価値なんてあるのかしら? そんなものなくてもいいでしょう? 今を辛くするだけの過去なんてあっても困るだけではないかしら?」
彼女の言葉は尤もなことを言っているようにさえ聞こえたことだろう。
悪意もなく、邪気もなく。
ただ、言葉だけを紡いでいく。きっとそれは真実である。
けれど、カイは頭を振った。
「軽々しく地獄なんて言葉を使うもんじゃないぜ」
「あら、どうして?」
一瞬でカイの間合いに入り込む『ホワイトアルバム』。
侮れる相手ではないとわかっていたというのに、カイは彼女の恐るべき速度に対応しきれなかった。
油断していたわけではない。
けれど、それでも『ホワイトアルバム』の動きについていけなかったのだ。
「――ッ!」
だが、次の瞬間カイと『ホワイトアルバム』の間に割って入ったのは物語から具現化された愉快な仲間たちの姿であった。
それが『ゼラ』の生み出したものであるとカイは一瞬で理解した。
「わかるか! この姿の意味を、彼女のが紡いだ物語の意味を。彼女は希望の世界を望んでいる。お前の言うような地獄の世界なんて望んでなどいないんだ!」
吹き上がる炎。
それはカイの真なる姿であった。
電子の妖精のような姿。それは、吹き上がる炎と共に顕現し、『ホワイトアルバム』の肌を焼く。
「ゆらゆら炎が揺れて綺麗ね。とっても綺麗だわ」
笑う『ホワイトアルバム』の姿は、凄まじいで飛び交う。
「―INVOKE!」
その瞳がユーベルコードに輝く。
身にまとうは地獄の炎。次々とカイと『ホワイトアルバム』の間に落ちていくのは、『ゼラ』の生み出した物語の建物や木々。
地獄ばかりであった光景が徐々に希望溢れる元の不思議の国へと戻っていくのだ。その建物の間の空中を飛ぶ猟書家『ホワイトアルバム』と猟兵カイ。
「あはは、おいかけっこね! 楽しわ!」
「こっちはそのつもりはないよ! 地獄ってのは罪を償う為の存在だ。彼女なじゃなく、お前にこそ相応しい」
強化、加速されたカイの身体と獄炎が吹き上がるように噴出しながら、建物の間を縫うようにして『ホワイトアルバム』を追い詰める。
火の粉が舞い散りながら、カイは手にした無名の刀へと炎をまとわせる。
その極大の炎は篝火のように不思議の国を照らす。
希望の光。
かつて在りし幸せを照らす輝きであった。
『ゼラ』は見ただろう。
その篝火の暖かさを。彼女は取り戻したはずだ。その心に優しさを、誰かを想うことを。その尊さを。
「そんなことってないわ。私はだって、真実を教えてあげただけだもの。そんな『過去』なんていらないんだって。必要ないんだって。そんなものなくたって、何も困らないわって」
あくまで無邪気に笑う『ホワイトアルバム』。
過去も、本当の姿も、何もかもない少女。
永遠に真白なる少女。だからこそ、カイは燃え盛る炎を持って知らしめるのだ。
「いいや。どんな過去であれ、過去のない存在など無い。今まで歩んだ道がある。足跡がある。共に歩んだ者たちの、出逢った者の想いを抱えて先を征く者たちだっている。何も必要ないものなんてない」
カイの掲げた刀が炎の噴出とともに『ホワイトアルバム』へと振り下ろされる。
その一撃は凄まじい熱量を伴って『ホワイトアルバム』の身体を強かに打ち据え、大地へと失墜させる。
「――今を生きる彼女に必要なのは、慰めの時間だけだ。お前じゃあない」
大成功
🔵🔵🔵
星野・祐一
そこまでだぜ狩猟家さんよ
心の痂を引っ剥がしたツケは高いぜ?覚悟しな!
[SPD]
さて、ええと…お疲れの所悪いんだけどちょっと手を貸してくれないかな?
あの愉快な仲間たちで助けてくれると百人力で負ける気がしないんだが!
雷鳴と流星を構えたら仲間達と一緒に狩猟家に突撃
飛んだり跳ねたり曲芸じみた動きで翻弄しながら熱線銃を【乱れ撃ち】(空中戦、ジャンプ
相手の攻撃は【第六感と見切り】で避けて対処な
頃合いを見てわざとらしくUCを発動した雷鳴を構えて相手のUCを誘い
【迷彩、遊撃】でこっそり近づかせたEsの【マヒ攻撃で体勢を崩し】た所をズドンだ
俺はハッピーエンドが好きなんでね、バッドエンドはお断りだよ!
アドリブ歓迎
炎に打ち据えられた猟書家『ホワイトアルバム』は無邪気に笑った。
その笑顔はどこまでも純真な真白であった。
彼女は言った。自分に本当の姿はないのだと。記憶も何もかもないけれど、それでも何も困らないと。
だから他人も同じであろうと言ったのだ。
「あはは、綺麗な炎ね。けれど、人に過去なんて必要ないのではないかしら? そんなにつらい思いをしてまで紡がねばならない未来なんて意味があるのかしら? 人の生命が必ず終わるのならば、それは疲れてしまうだけではないのかしら?」
『ホワイトアルバム』は言う。
何度でも言うだろう。人の過去に意味など無いと。そこにあった幸せも、悲しみも、等しく無意味だと。
「そこまでだぜ、猟書家さんよ。心の痂を引っ剥がしたツケは高いぜ? 覚悟しな!」
星野・祐一(シルバーアイズ・f17856)はアリス適合者『ゼラ』を抱えて、『ホワイトアルバム』の手から彼女を救う。
その瞳に合ったのはユーベルオードの輝きであった。
明滅する雷のようなユーベルコード。
それは真白の純真たる『ホワイトアルバム』の持つ白い侵略蔵書よりも輝いて見えたことだろう。
「ツケだなんて。いけないわ、お金の貸し借りなんてしていないのに、そんな困ったことを言われても」
ホワイトアルバムはあくまで笑っていた。
自然体のまま、祐一に対峙する。
「さて、ええと……お疲れのところ悪いんだけど、ちょっと手を貸しくれないかな? あの愉快な仲間たちで助けてくれると百人力で負ける気がしないんだが!」
『ゼラ』が頷く。
彼女にとってユーベルコードとは、幼子に寝物語を聞かせるようなものであった。
戦うためじゃない。
誰かの安らかなる事を願っての優しいユーベルコード。だからこそ、今祐一を助けることができる。
手にした本からあふれるように愉快な仲間たちが生み出され、飛び抱いていく。
祐一は『ゼラ』をおろして、彼らと共に駆ける。
「あら、お遊戯の時間? 飛んだり跳ねたり忙しいことね?」
『ホワイトアルバム』は、その幼い体躯に似合わない凄まじい戦闘力を持って、生み出された愉快な仲間たちや祐一を翻弄する。
乱れ打たれる熱線銃の弾丸が飛ぶが、彼女を捉えられないのだ。
「子供はきらいじゃあないが、お前はそうじゃないだろう、猟書家さんよ!」
「そんな言い方ったらないわ。私だってまだまだ子供なのに。ええ、本当の姿はわからないけれど」
それでも、と憤慨する様子は、正に子供らしいものであったことだろう。
けれど、それでも恐るべき戦闘力を持つオブリビオンであることには変わりない。愉快な仲間たちを捕まえ、彼女は投げ回し、大地に叩きつける。
無邪気さが余計に、その力の強大さを浮き彫りにするのだ。
「くっ……この一撃雷で終わりにしようぜ…!」
祐一のユーベルコードが輝く。けれど、それは『ホワイトアルバム』にとっては予想の範囲だったのだろう。
即座に対応してくる。
「わかりやすいわ、猟兵さん。もう少し、人生経験を積んだ方が――」
だが、その瞳が見開かれる。
その背中に突き刺さったのは、祐一を囮にしてのサポートドローンEsのはなった弾丸であった。
「そらとぶ機械……! こんなもので!」
本来であれば、祐一のユーベルコードでさえ、完全な脱力状態で受け止めれば無効化できたのだ。
だからこその余裕。
けれど、背後からの不意打ちによって脱力は消える。力が込められてしまったのだ。
「俺はハッピーエンドが好きなんでね、バッドエンドはお断りだよ!」
放たれるは、冬雷(トウライ)。
春の訪れを知らせる魁の稲妻。
そのほとばしりは、構えた熱線銃から放たれ『ホワイトアルバム』の胴を穿つのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
佐伯・晶
ゼラ様、心の整理が付くまで
今ひと時休んで下さいまし
その間、私がお守りしますの
動けなくなりますけど心配無用ですの
今回はえらくやる気だね
自分の司るものを無下にされたからかな
停滞というと一般的には
あまり良い印象じゃないけど
悪いとは限らないのかもね
…邪神だけど
という訳で邪魔ものには
物語から退場して頂きますの
権能を行使するのでよろしくですの
僕の体を邪神に預ける邪神覚醒と違って
制限時間を気にしなくて良いけど
僕は全く動けないんだよなぁ
あぁ、元に戻るまで楽しむので
宵闇の衣に着替えて下さいまし
…そこはぶれないんだなぁ
色々な姿になれるのですのね
でしたら是非とも可愛い姿でお願いしますの
それを永遠にして差し上げますわ
「あら? あらあら……お腹にぽっかり穴が空いてしまったわ。これではどれだけ食べてもお腹が満たされなくなってしまう」
そんな風に無邪気に笑いながら、猟兵に刻まれた傷跡を見下ろすのは猟書家『ホワイトアルバム』であった。
彼女は笑っていた。どこまでも無邪気に。悪意なく、されど害意もなく。
けれど、そこにあったのは底抜けの邪悪だった。
純真という名の邪悪。
膨れ上がっていく重圧を佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)は感じていた。
それは怖気も走るような圧倒的な力の奔流であり、何者でもないという『ホワイトアルバム』が持つ『何者にも成れる』という力の根源でもあったのかもしれない。
「ゼラ様、心の整理が落ち着くまで今一時休んで下さいまし。その間、私がお守りしますの」
晶の身のうちにある邪神の権能によって、ユーベルコードを使用したことによって疲弊した『ゼラ』の身体を癒やしていく。
その様子に晶は肩をすくめた。
「今回はえらくやる気だね。自分の司るものを無下にされたからかな」
停滞という権能。
それは一般的に見てあまり良い印象のものではないだろう。成長、進化を旨とする生命であればこその価値観であった。
だが、晶は身のうちに邪神を宿すからこそ、理解がある程度はある。
悪いことばかりであるとは限らないのかもしれないと、そう想う程度には。けれど、何処まで行っても彼女は邪神なのだ。
それを忘れた時、破滅が訪れる。
「というわけで邪魔者には物語から退場していただきますの。権能を行使するのでよろしくですの」
邪神の分霊がやる気になっている以上、敗北はありえないだろう。
「仕方ない……制限時間を気にしなくていいけど……僕は全く動けないんだよなぁ……」
ユーベルコード、邪神の恩寵(ガッデス・グレイス)。
それは自身が石化するかわりに、邪神の力を解き放つユーベルコードである。まったく動けなくなる代償故に強力であるのだが……。
「あぁ、もとに戻るまで楽しむので、宵闇の衣に着替えてくださいまし」
ちゃっかりとしたことを言われつつ、まったくぶれない邪神の分霊に嘆息しつつ、晶は宵闇の衣に早変わりして石化してく。
「衣替えは終わったかしら? それでも結果は変わらないと想うのだけれど」
大穴を胴に開けたまま『ホワイトアルバム』が走り出す。
凄まじい加速度ともに邪神の分霊に迫るが、彼女にとって速さは関係ない。停滞の権能司る彼女にとって、速度とはまったく無縁の存在。
「いろいろな姿になれるのですね。でしたら、ぜひとも可愛い姿でオネガイシマスの。それを永遠のして差し上げますわ」
「永遠なんてつまらないもの。なんにだってなれるのに、たった一つのことを選ぶなんて、考えられないわ!」
互いの交錯が続く。
邪神の分霊が行使する固定の権能が速度で上回る『ホワイトアルバム』の動きを止める。
そこへ叩きつけられる力は凄まじいものであったことだろう。
「皆様に優しい静寂を差し上げますの……それが我が権能。穏やかなる停滞。ええ、たった一つではなく、多くを選ぶべきでしょう。けれど、それは人の生命では難しいもの。あなたはまだ何も知らないんですのね」
たった一つを選んだ人間の生命の輝きを。
それを哀れとは思わない。
何故なら、何もかも固定するから。
『ホワイトアルバム』の純真さも、何もかも。ことごとくを固定さえ、停滞させる。如何に変化にとんだ想像力を持っていたとしても、この邪神の権能の前には全てが無意味。
永遠の少女。
それが『ホワイトアルバム』だというのならば、邪神の分霊は笑うのだ。
「なら、そのまま固定してあげましょう。永遠に真白のまま、何者にもなれぬまま――」
大成功
🔵🔵🔵
イフ・プリューシュ
ゼラさん、もとに戻れてよかった
道のりは遠いかもしれないけれど
いつかまた、たいせつな人にもういちど会えますように
あなたが、ホワイトアルバム
いいえ、いいえ、ちがうわ
たとえ今その姿がそばになくても
たとえ思い出がすりきれてしまっても
これまでそばにいてくれた人たちが、今のイフをつくっている
イフをいま、ここまで連れてきてくれたの
たとえ失うかなしみが大きくても
たしかに喜びもあるの
それを知れるのは、きっと、しあわせなこと
あなたは、それがわからないのね
…かなしいことだわ
ゼラさんに助力を頼みつつ
UCで攻撃するわ
アリスに変身しても、あなたはあなた
彼女の傷をもてあそんだ、つぐないをしてもらうわ!
『オウガ』と成り果てたアリス適合者『ゼラ』の姿が戻ったことに安堵したイフ・プリューシュ(樹上の揺籃にゆられて・f25344)は、なれぬユーベルコードの使用によって疲弊した彼女の元へと駆け寄った。
「ゼラさん、もとに戻れてよかった」
幼子の姿に彼女の消耗しきった表情に微笑みが生まれる。
心配しないで、と言葉を紡ぐことはできないまでも、イフの頬を優しくなでた。イフの瞳には『ゼラ』の姿はぬいぐるみにしか見えないかも知れないけれど、その優しい掌の感触を彼女は忘れないだろう。
「道のりは遠いかも知れないけれど。いつかまた、たいせつな人たちにもういちど会えますように」
そのためにもイフは立ち上がり、『ゼラ』を護るようにして猟書家『ホワイトアルバム』の前に立ちふさがる。
彼女の瞳は輝いていた。
己が為さなければならないことを為す。たった、それだけのことで、こんなにも力が湧いてくる。
「あなたが、ホワイトアルバム」
「ええ、『ホワイトアルバム』よ。はじめましてお嬢さん。貴方も私のお友達? それとも、その哀れなるアリスの守り手? どちらにしたって無意味よ。自分の扉の向こう側は地獄だって、思い出しているもの。彼女は戻れないわ。意味がないのよ」
そう言って『ホワイトアルバム』は笑った。
驚く程純真に、驚くほど無邪気に、他者の地獄を無意味と斬って棄てたのだ。
それにイフは頭を振る。
「いいえ、いいえ、ちがうわ」
力強く否定した。
「たとえ今の姿がそばになくても。たとえ思い出がすりきれてしまっても。これまでそばにいてくれた人たちが、今のイフをつくっている」
それは他の何物にも代えがたいものだ。
誰もが持っているけれど、誰もが持っていないし、誰もが同じものを手に入れることができない大切なもの。
それをイフはもう知っている。
わかっているのだ。『ホワイトアルバム』の言葉は確かに真実かも知れない。残酷な真実かも知れない。
けれど、その真実がいつだって力を与えてくれるとは限らない。
消えていく思い出も、傍にいなくなる人がでてきても。
それでも――。
「イフをいま、ここまで連れてきてくれたの」
『ゼラ』の心を思えば、溢れ出る言葉がある。
堪えようのない悲しみを抱えても、それでも前を向いたからこそ、彼女は『オウガ』から元のアリスへと戻ったのだ。
それはかけがえのないことだ。
イフが守らなければと、生命を賭さねばと想うに値するものであった。
「でも、それも喪ってしまうわ? いつかなくなってしまうわ? それでも?」
「たとえ喪うかなしみが大きくても。たしかに喜びもあるの。それを知れるのは、きっと、しあわせなこと」
心に宿る輝きが在る。
それがユーベルコードの輝き。それは『ホワイトアルバム』にとっては、傲慢なる輝きであり、同時にNursery Tyrant(ナーサリー・タイラント)でもあった。
いたいけなる暴君の如きユーベルコード。手にした杖から放たれる金色の光が『ホワイトアルバム』を打とうと放たれる。
「しあわせってなぁに? ふしあわせってなぁに? わからないわ。わからない。だって、私にはそんなものなかったし、必要なかったもの」
「あなたは、それがわからないのね……かなしいことだわ」
イフの心に悲しみだけが広がっていく。
それは例えようのない、救いようのない悲しみであった。
だから、イフの心にある輝きが陰る。
救えないものがいる。ただ、それだけのことが彼女の心を苛む。
けれど、その背中に触れる暖かさがあった。
これまで彼女が知った大切な人達のぬくもり。そして、今、彼女の背中を支える『ゼラ』の掌。
後押ししてくれる輝きを受けてイフは、その瞳を開く。
放たれた金色の光が大地に根付き、轟くように四季の花々が『ホワイトアルバム』を雁字搦めに拘束する。
「とてもかなしい人。わかっているわ。何者にもなれるけれど、何者にもなれない。あなたの悲しみ。でも、あなたはあなたなのよ」
どれだけ姿を変えようとも、何もかも傷つけずにはいられなくても。
それでも変わらぬ存在。
「そんなことはないわ。だって、私には記憶もないもの。悲しいも嬉しいも何もないもの。姿だって、これが本当の姿はないし、誰にだってなれるもの。なら、私は私じゃないのよ」
その言葉にイフは瞳を伏せた。
変わらぬ誰かの言葉を持ってして、彼女のやったことは償わなければならないことであるとイフは知る。
心を傷つける者がいるのならば、その心に抱えた闇を吐露させる。
今の『ホワイトアルバム』は、何者にもなれぬがゆえの懊悩を純粋さで直隠しにしただけに過ぎない。
「それでも。彼女の傷をもてあそんだ、つぐないをしてもらうわ!」
杖から放たれた金色の光が『ホワイトアルバム』を穿つ。
どんな言葉も、境遇も、考え方も。
在っていいことだと想うけれど。けれど、誰かを傷つけていい理由になんてならないのだから――。
大成功
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セルマ・エンフィールド
忘却も絶望もなく、彼女は全てを思い出した上で前を向こうとしている。
今更何を言ったところで何の意味もありません。
前を向いてもそちらも地獄だと言うのであれば、オウガだろうと吸血鬼だろうと、全て踏み越えて進むまでです。
ゼラさんのユーベルコードで地獄のような世界を物語の世界に上書きしてもらい戦闘を。
防御用のユーベルコードを使うからと言って、素の戦闘力が低いことはないでしょう、ナイフの『投擲』で牽制しつつ「フィンブルヴェト」の銃剣で『武器受け』しながら機を窺います。
彼女が銃剣の間合いよりも更に近くまで踏み込んで来たら【クイックドロウ・四連】を。脱力する間も与えない『クイックドロウ』で撃ち抜きます。
度重なる猟兵たちの攻撃の前に猟書家『ホワイトアルバム』は膝をつく。
消耗しきった身体であれど、その重圧は未だ消えていない。
それが強大なるオブリビオンであることを示しているが、他者の傷をほじくり返すような行いをした無邪気なる純白は、未だ諦めていなかった。
逃げることすらしない。
そこにあったのは純然たる憎悪であったのかもしれない。
記憶なく、本当の姿もない存在。
何者にもなれるが、何者にもなれない。そんな存在が、確固たる個を持つ存在に対して向けるのは嫉妬であったのかもしれない。
「忘却も絶望も無く、彼女は全てを思い出した上で前を向こうとしている」
セルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)は静かに『ホワイトアルバム』の前に立ち、言い放った。
もはや彼女の言葉は誰にも届かないと言うように、セルマの青い瞳が純白たる少女を見つめていた。
「そんなことはないわ。いつだって人は忘れてしまうし、絶望してしまうもの。また新しい地獄があるだけだもの。人生はいつだって辛いものよ」
『ホワイトアルバム』は消耗しきっていても尚、無邪気なる笑顔のままで言った。
怖気が走るような笑顔。
人の営みに難癖をつけるわけではない。
いつだって人の歩む道には苦難が溢れている。苦難だけを認め、その後にある喜びや楽しさといったものを否定し続ける。
何者にもなれぬからこそ、他の誰かを弄ぶしかないのだ。
「今更何を言ったところで何の意味もありません。前を向いてもそちらも地獄だと言うのであれば――」
セルマの瞳には覚悟が在った。
もはや何物にも冒せぬ覚悟が在る。たった一つの覚悟。それだけがあれば、どんな邪悪にも、苦難にも立ち向かっていける。
知識でも、経験でも、ましてや金でも権力でもない。
たった一つの得難き覚悟の前に『ホワイトアルバム』は怯んだ。
理解できないものであったことだろう。
何者にもなれる、想像力だけで生きていける。過去の記憶も、本当の姿も必要としない彼女にとって、それは対極にあるものであったことだろう。
未知なるもの。
「オウガだろうと吸血鬼だろうと、全て踏み越えて進むまでです」
セルマの背後から世界が生み出されていく。
地獄の様相となっていた不思議の国を上書きするように広がっていくのは、アリス適合者『ゼラ』の生み出した物語だ。
優しい物語。
誰かのために、夜ぐっすり眠れるように、怖いものなどないというよに寝かしつけるための寝物語。
「知らないわ、私知らないわ! こんな、こんな――!」
優しさに満ちた物語を知らない。
そう叫ぶ『ホワイトアルバム』が『ゼラ』を抹殺せんと走る。そこにセルマはナイフを投擲し、牽制しながら、銃剣『アルマス』を装着したマスケット銃で食い止める。
少女の姿をしていても、なんという力であろうか。
歴戦の猟兵であるセルマをしても、その力はあまりにも強かった。大地に踏みしめた足が軋む。
圧倒的な怪力と言ってもいい力を前にセルマは漸くにして踏みとどまる。
「そうでしょうとも。知らない、知ろうとしない。必要としない。そんな思いのものにどれだけのことがわかるでしょうか」
セルマは銃剣『アルマス』の装着された『フィンブルヴェト』を振り払い、『ホワイトアルバム』の身体を弾き飛ばす。
再び間合いが離れる。
この間合はセルマのものだ。マスケット銃のスコープから覗く青い瞳が狙いを違えず、『ホワイトアルバム』の身体を穿つ。
けれど、それでも『ホワイトアルバム』は止まらない。
「わかるわ、わかるもの! 私だって、わかるもの! 辛いこと、悲しいこと、人を憎むこと、嫉むこと! なんでも人のことわかるもの! 世界が地獄に満ちていることくらい、みんなみんな、これまでのアリスだってそうだったもの!」
だが、違うのだとセルマの瞳は輝く。
『ホワイトアルバム』のユーベルコードは完全なる脱力からこそ、効果を発揮する。
こちらのユーベルコードを無効化する凄まじい力。
だが、その脱力さえもセルマは許さない。
「種も仕掛けもありません、ただの早撃ちです」
それはたった一発の銃声であった。
手にしたデリンジャー。
その足元に落ちるは、三丁のデリンジャー。クイックドロウ・四連(クイックドロウ・クアドラプル)……それこそがセルマのユーベルコード。
一切の脱力する時間すら許さぬ絶技。
打ち込まれた弾丸は4つ。
その全てが猟書家『ホワイトアルバム』を貫いた。
氷の弾丸が貫いた身体から華を咲かせるように血潮の赤を噴出させる。
「私……どうして、なにも」
その声は後悔ではなく。
けれど、セルマは背を向ける。すでに踏み越えた。
「どれだけ貴方が地獄に塗り替えようとも、乗り越える者がいます。その地獄にまた花を咲かせるように物語を紡ぐものだっているのです」
セルマは踵を返し歩む。
霧散し消えていく猟書家『ホワイトアルバム』の声無き、怨嗟すらも耳には届かない。
そんな恨み言程度で止まれるほど、己たちが乗り越えてきた地獄は生ぬるくはないのだから――。
大成功
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