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罪と罰と贖罪の狭間の中で

#アリスラビリンス #猟書家の侵攻 #猟書家 #ホワイトアルバム #アリス適合者

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 こんな場所を歩き続けて、どの位の時が経ったのだろう。
 何も、分からない。
 それに……。
(「わたし、どうして……」)
 こんな所に、何時、どうやって辿り着いたのだろう。
 頭上を見上げれば、血の様に赤い空が広がり。
 歩けども、歩けども、無限にも等しい荒野が続く。
 そして……積み重なる様に倒れる人々の山。
 それが本当にヒトなのかどうかさえ、分からないけれども。
 朦朧としている意識を引き摺る様にしながら、少女はその荒野を彷徨い歩く。
 ……と。
『今日は、アリスさん。ねぇ、あなたは今、何をしているの?』
 不意に、彼女の前に現れた1人の少女。
 大きな真っ白い本を持つその少女に、少女はえっ、と軽く頭を振る。
「わたし、何も思い出せないの。如何して、此処に居るのかも。どうやったら此処から出れば良いのかも、分からないの」
 現れた無害そうな少女に、ずっと『孤独』であり続けた少女は、気を許してしまったのだろう。
 自分の心の中に浮かぶ思いを切々と少女に伝えると、少女はそう、と愛らしい声音でそう返し、あのね、と問う様に彼女に囁いた。
「そんなに自分の記憶を取り戻して、この場所から出たいものなの? 何の苦しみも、悲しみも無いこの世界から」
 その少女の呼びかけに、記憶を探し求めるアリス……アマリが、首を縦に振る。
 その、アマリの頷きに。
 それじゃあ……と、少女は囁きかける様に自らの真っ白な本をパラパラと捲ると。
 本から赤い炎が蠢き赤い靴と化し、アマリの目前に現れた。
「なら、あなたに取り戻させてあげる。あなたの記憶を」
 その少女の呟きと共に。
 まるで魔法の様にアマリの両足に赤い靴が嵌まり、そして怒濤の奔流の様に、アマリの脳裏に記憶が浮かぶ。
 ――まだ、忘れたままでいるべきであった、その罪と過去の記憶、そのものを。


「ヒトの業は、どの世界においても変わらない。そう言うこと、なのでございましょうかね……」
 グリモアベースの片隅で。
 その光景とアリスに蘇った記憶に触れたエリス・フリーウインド(夜影の銀騎士・f10650)が何処か疲れた様に溜息をつき、首を横に振る。
 そして、集まっていた猟兵達の姿を見て、何処か苦渋の光を帯びた紫の瞳を向け、皆様、と静かに呼びかけた。
「アリスラビリンスの国の1つで、猟書家ホワイトアルバムによって、1人の少女のアリス……アマリ様、と仰るのですが、彼女がオウガ化する事件が予知されました」
 そのアリス……アマリはホワイトアルバムにその扉を開かれるその時まで、自らの罪をずっと忘れていた。
 その罪から逃れる事は決して出来ぬが、それは同時にそれ以上におぞましい『何か』……過去の記憶に連なっている。
「アマリ様の罪は、人を、自らの父を、その手に掛けたその事実。ですが、その罪を犯した理由には、情状酌量の余地が十分ございます。故に、その瑕疵と事実に今のアマリ様を強制的に向き合わせるのは、本来であればあまりにも酷な話でございました」
 だが、こうなってしまった以上、アマリを救う為には、その罪と向き合わせ、その裏に見え隠れする深い瑕疵を、真実として認めさせるしかない。
 そうでなければ……アリスラビリンスに深刻な影響を与えてしまう。
「アマリ様を救う事が出来れば、元凶であるホワイトアルバムも姿を現します。皆様には、アマリ様を救い、その上でホワイトアルバムを撃破して欲しいのです」
 ――それが世界の守護者たる、猟兵達の役割だから。
「恐らく此度の任務、酷な話となるでございましょう。ですが……それでも、この世界を守る為に、どうかお力添え下さいませ」
 そう告げたエリスが解放した銀色の光に包まれて。
 猟兵達が、その姿を消していた。


長野聖夜
 ――犯した罪の、その裏に。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 今回はアリスラビリンスの猟書家シナリオをお送り致します。
 概要はオープニングにある通りですが、今回のアリス、アマリの犯した罪とその理由はそれなりに重いです。
 皆様のプレイング次第ではありますが、苦い結末になり得る可能性がある点も、予めご了承下さいませ。
 尚、オープニング時点で判明しているアマリの設定は下記となります。
 名前:アマリ。
 年齢:19歳。
 出身世界:UDCアース。
 罪:父を殺した。
 殺した理由については、詳細は不明です。
 この辺りの問題に向き合うことも、彼女の説得に役立つかと存じ上げます。
 尚、今回のシナリオのプレイングボーナスは下記です。

 プレイングボーナス:アリス適合者と語る、あるいは共に戦う。

 第1章プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記となります。
 プレイング受付期間:1月21日(木)8時31分以降~1月23日(土)14:00頃迄。
 リプレイ執筆期間:1月23日(土)15:00以降~1月24日(日)一杯迄。
 第2章以降につきましては、突入後にお知らせ致します。

 ――それでは、罪と贖罪のその答えを。
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第1章 ボス戦 『赤い靴』

POW   :    この女の罪を教えてやるよ!
【絶望した魂を好んで捕食する口を開いた形態】に変形し、自身の【操るアリスの罪を喧伝、言葉でいたぶること】を代償に、自身の【操るアリスの舞踏と鋭い牙による噛み付き】を強化する。
SPD   :    罰として死ぬまで踊ってもらおうか!
【舞踏に合わせて放たれる殺傷力十分な脚撃】【美しい所作で攻撃を回避する華麗なステップ】【足切断時アリスが死亡する呪い(常時発動)】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    赦されるいい方法を教えてやろうか?
自身の【憑りついたアリスが罪の記憶を取り戻すこと】を代償に、【アリスの足を切断する為召喚した首切り役人】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【首切り斧と「赤い靴」が操るアリスとの連携】で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はトリテレイア・ゼロナインです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ウィリアム・バークリー
アマリさんには「優しさ」をもって接します。

父親を殺したことを突然に思い出してしまう。それは……逃げたくもなりますね。
ぼくの家は、貴族としては普通でしたけど、どこかで『理想の家庭』を演じていたような。ぼくの家では、誰もが理想の仮面(ペルソナ)を演じていたのかもしれません。

アマリさんの絶望が深いのは、衝動的な殺害ではなく、憎悪が降り積もった末の凶行だったからですか?
父親から与えられる理不尽な虐待。味方になってくれる相手もなく、ついに……というところですか?
手を汚す前に、逃げればよかったんですよ、その足で。それも思いつかないほど、すり切れていたんですね。

さあ、正気に返りましょう。Ice Blast.


ユーフィ・バウム
苦しみも、悲しみも
「ひと」が生きるために共にあるもの
向き合わなければならないもの

アマリさんと語りつつ、赤い靴と交戦
華麗な脚撃ですが、【見切り】、【オーラ防御】で
受けつつオーラの余波でバランスを崩すことを試みます

聞こえますか?アマリさん
あなたの「罪」は逃れられない事実です
でも――私は罪を裁く者ではない、
ただ、貴女を助けたいんだ!

失言に気を付け、不要にアマリさんを
追い詰めないようにしつつ
想いを叫び、赤い靴のみを攻撃

赤い靴が倒され、アマリさんが解放されたなら
【優しさ】を込めて抱きしめる

私の手は《戦士の手》
癒しを与えるものではないけれど
――でも、彼女に僅かでも温もりを与えられるならば

※台詞アドリブ歓迎


神宮時・蒼
……罪と、向き合う。…簡単な、ようで、とても、難しい、事、ですね
……アマリ様に、アマリ様の、罪が、あるように
…ボクにも、ボクにも、きっと、無数の、罪が、あるの、でしょう
…けれど、人間とは、不思議、ですね
…犯した罪を、償う、事が、出来るの、ですから…
だから、まずは貴女様のお話を知りたいのです
それに、貴女様を赦すのは、きっと―

【WIZ】
何とも愉悦な趣味をお持ちの靴なようで
アマリ様を傷付けぬよう靴だけ何とか出来ればいいのですが
ひとまず、効くかはわかりませんが、麻痺毒で動きを止められるか試してみましょうか
一時的にでも動きが止まれば、きっと

…罪を、罪として、忘れぬ、事
…それも、ひとつの、贖罪、かな、と


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

無理やり記憶を呼び覚まされたのであれば
全てに向かい合うしかないだろう

説得は他の猟兵に任せて
私は考察を担当するか

まずは時間を稼ごう
「歌唱、優しさ」+指定UCで大量のもふもふ羊召喚
赤い靴と首切り役人をもふもふ羊の布団に埋めて眠らせてやろう

稼いだ時間でアマリさんを観察
身体のどこかに不自然な痣はあるか?

観察が終わったら罪の考察
しかし情状酌量の余地がある父殺し、か

…実の父から長年暴行を受けていた?
そして抵抗した際、誤って殺してしまった?

これが事実ならアマリさんの口から語らせるのは酷
しかし罪と向かい合うには必要
可能ならと前置きし、話してくれるよう要請
ただし無理には話させない


アリス・トゥジュルクラルテ
アマリさん。
アリス、には、お姉ちゃんが、いる、です。
お姉ちゃんは、いつも、お父さん、から、ひどいこと、されてた、です。
痛くて、気持ち、悪くて、おぞましい、こと。
でも、だれも、助けて、くれる、ない、だった、です。
だから、お姉ちゃんは、お父さんを、殺した、です。
アリスは、それを、悪い、とは、思う、ない、です。
だれに、何を、言われても、悪い、ない、です。

あなたの、理由は、お姉ちゃんと、同じ、かも、しれないし、違う、かも、しれない。
でも、きっと、悪い、ない、です。
だれに、何を、言われても、悪い、ない、です。
だから、あなたは、あなたの、人生を、生きて、ください。

UCで、オブリビオンを、浄化、する、です。


館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携大歓迎

…罪、か
吸血鬼化した両親をこの手にかけた俺の行為も、罪か?

情報を引き出す上手い手が思いつかないので
あえて赤い靴に罪を教えてもらおう
アマリの精神を傷つける危険性が高く
赤い靴が悪意で歪めて伝えて来るかもしれないので
かなり乱暴な手ではあるが…

アマリ
おそらく君の罪は正当防衛の結果と見た
君は君自身を守るためにあえて罪を犯したんじゃないのか
もしそれが事実なら
俺は君の行為を否定しない
俺も両親の解放という名目で両親を手にかけたからな

「2回攻撃、属性攻撃(風)、衝撃波、覚悟」+指定UCで
アマリを束縛しようとする赤い靴を、その意志ごと斬り裂く
貴様にこれ以上アマリの心を甚振らせるか!


文月・統哉
深く罪を感じるのはきっと
父の事を家族として
大切に思っていたからなのだろう

信頼が深ければ深い程
裏切られた瞬間の絶望も大きい

おぞましい何か
守ってくれる筈の父の変貌が
殺してしまう程の憎しみを生んでしまったのだろうか

オーラで防御しつつ応戦
暴露される罪の内容を察した上で
読心術で攻撃の奥の感情を見切り
宵で受け止める

男性への恐怖や嫌悪感はないだろうか
俺でも寄添える何かがあるのなら
乗り越えて欲しいからこそ
この刃を

凶刃の陰には理由もある
誰も君を責めたりはしないと思う
それでも君は君自身が許せない?
そうだね
大切なのは罪を受け止め向き合う事

君が罰を望むなら
俺達がその罪を断とう
その痛みを受け止めて
生きていこう
これからも




「……罪、か」
 アマリと赤き靴のいる戦場に向かうその途中で。
 予知の内容を精査しながら、館野・敬輔が顎に手を置く様にして考え込む様にしつつ、独り言の様にポツリと呟く。
(「親殺しが罪だと言うのならば、吸血鬼化した両親をこの手に掛けたのも、罪なのだろうか?」)
 胸中に風船の様に膨れ上がる、その思い。
 そんな、敬輔自身が持て余しているその思いを感じたのだろうか。
「敬輔さん? 何かありましたか?」
 微かに上目遣いに敬輔を覗き込む様にして、ツインテールを揺らした、銀髪の『蛮族』を名乗る少女……ユーフィ・バウムがそう問いかけた。
 思わぬ形でユーフィに不意打ちを受けた敬輔が咄嗟に目を白黒させるが、直ぐに誤魔化す様に目を逸らし、軽く頭を横に振っている。
(「アマリさんは勿論ですが、敬輔さんも向き合わなければならない何か、があるのでしょうか……?」)
 そんな疑念が浮かんだユーフィの健康的に焼けた小麦色の肌の愛らしい顔の中にある蒼を思わせるその瞳に、微かに案ずる様な光が宿るが、一先ず追求を避け、そのまま戦場に向かって歩き出す。
 そんな敬輔とユーフィの様子を茫洋とした琥珀色の瞳で見つめる、神宮時・蒼。
(「ユーフィ様も、敬輔様も……」) 
 ある戦いで、一度は奪われた『ボク』の名前を、取り戻した、猟兵だ。
「……罪と、向き合う」
 その言葉の意味を咀嚼するかの様に、訥々と。
 そう口に出してみる、蒼に。
「蒼……如何したんだ?」
 文月・統哉がさりげなくそう水を向けたのは、統哉としては当然であろう。
 何気ない統哉の呼びかけに、蒼がふと其方を見て、統哉様、とその名を呼ぶ。
 特別な感慨を抱いた様子こそ無いが、その琥珀色の瞳は、統哉が背負う漆黒の大鎌、『宵』へと向けられていた。
「……簡単な、ようで、とても、難しい、事、ですね、と、ボクは、思い、まして」
「『罪と、向き合う』ことが、かい?」
 真摯な光を称えた瞳で、気遣う様な視線を送りながらの統哉の其れに。
「……アマリ様には、アマリ様の、罪が、あります」
 無表情に、淡々と朗読する様に、蒼が頷く。
 統哉はその蒼の言葉が、心の片隅に、引っ掛かる様な何かを感じて腕を組んだが、一先ず、静かに蒼の話の続きを促した。
「……ボクは、『物』、です」
 断言する蒼に、統哉が何かを言おうとするが、其れを遮る様に蒼は話し続ける。
「……でも、『物』、であるボクにも……、そう……ボクにも、きっと、無数の、罪が、あるの、でしょう」
(「……ボクは、『呪い』、の、『物』、です、から……」)
 そう続けようとした蒼のそれを、窘める様に、受け止める様に。
「蒼……」
 その名を気遣わしげに呼ぶ統哉を見上げた蒼が、けれど、と微かに口元を緩めた。
「……けれど、人間とは、不思議、ですね」
 その言の葉の中に含まれているものは、羨望か、はたまた別の何かだろうか。
「不思議?」
 その統哉の問いかけに、静かに首を縦に振る蒼。
「……はい。……人間は、……犯した罪を、償う、事が、出来るの、ですから……」
 何気なくそう告げる蒼の其れに。
「蒼。それは……」
 と、統哉が何かを言いかけるが。
 直ぐに静かに頭を横に振り、『蒼』の自己認識を受け入れていた。
(「先輩も、あの蒼さんという方にも、其々に思う所がある様だな」)
 敬輔とユーフィ、蒼と統哉、其々のやり取りを少し離れたところで見ながら。
 内心で藤崎・美雪がそう思い、そっと重苦しい息を吐く。
「ともあれ、先輩達の事は後回し。今は先ず、無理矢理記憶を呼び起こされたアマリさんの事を優先すべきだろうな」
 溜息交じりの、美雪の呟きに。
「ええ、そうですね。美雪さん」
 ウィリアム・バークリーが同意する様に首肯して、腰に佩いたルーンソード『スプラッシュ』の状態を素早く検めた。
 そんな美雪達に、一瞬目線を送りながら。
(「……アマリさん」)
 祈る様に胸の前で両手を組み、心の裡で強く、強く、微かに桃色がかった白髪の兎耳のアリス・トゥジュルクラルテが今回の救出対象の少女の名を呼んでいた。
(「あなたは、アリスが、必ず、助ける、です」)
 辿々しく、そう胸中で誓いを呟くアリスの脳裏を過ぎるは、彼女の姿。
 アマリと恐らくほぼ同じ境遇でいたであろう、最愛の姉のことだった。


『ハハハハハハハッ! 来たね、来たね猟兵共!』
 それは、その可憐な姿からは想像もつかない程に、下劣な嘲笑。
 しかしそれは、目前の白一色の少女から放たれた笑い声。
(「やめて……やめて……!」)
 か細い少女の啜り泣き交じりの声だったが、蒼達猟兵達の耳に、其れは届かない。
「……何とも、愉悦な趣味を、お持ちの靴な、様で」
 舌舐めずりせんばかりの勢いで巨大な顎を開いたその靴に向けて。
 抑揚無く告げる蒼の心の奥底に眠るのは如何なる想いか。
 そのままゆっくりと夜に瞬く月下香を持ち上げる蒼を一瞥しながら、何だよ? と赤い靴が愉快そうに笑う。
『お前等は知らねぇんだろ? この女がどれ程の悪行を、罪を犯してきたのかをよぉ?』
 その言葉と、共に。
 少女の表情に世界全体を覆わんばかりの影が差し、その場で少女がイヤイヤをする様に首を横に振りながら、その場に蹲ろうとする。
 そんな、少女……アマリの様子に比例する様に。
 巨大な首切り斧を掲げた首切り役人が姿を現し。
 その上でアマリは戦いの素人のものとは到底思えぬ程に流暢な足捌きで、ユーフィ達へと肉薄しながら、嘲る様に叫び続ける。
『この女はよぉ……最低最悪の罪人だぜ? 父親を自らの手で包丁で滅多刺しにして殺したんだからよぉ! なぁ、おい? あの頃はあんなに喜んでいたくせによぉ……!』
 愉快そうに舌舐めずりをしながらその顎を開いた靴の叫びに、アリスがびくり、と思わず身を震わせながら突進してくる。
 その攻撃を受け止めたのは……。
「わたしは、貴方と言葉を交わす気は、ありませんっ!」
 赤い靴の騒ぐ声を聞き流す様にしながら、右腕に、水竜の如き、蒼きオーラを。
 そして左腕に火竜の如き燃え盛る赤きオーラを纏い、両腕を交差させたユーフィ。
 アマリの意志に関係なく、舞う様に迫り来る健脚による踵落としを、赤と蒼のオーラを張り巡らして白羽取りの如くユーフィが受け止める、その間に。
「ええ。ぼく達は、知っています。アマリさんが彼女の住む世界でお父さんを殺してしまい……ずっと忘れていたその時の事を、思い出してしまうことは」
 そう、告げながら。
『スプラッシュ』を抜剣して詠唱と共に、空中に円陣を描き出し始めるウィリアム。
『Cold hearted……(心冷たき、王妃……)』
 と言う意味のルーン文字で魔法陣を描き出し始めるウィリアムに合わせる様に。
「……其れは、燃え盛る、赤」
 夜に瞬く月下香の先端で大地を軽く叩きながら、歌う様に呪を紡ぎ始める蒼。
 大地に描き出され始めた朱ノ狐花……『悲しき思い出』の花言葉を持つ、火を思わせる無数の花を象った方陣は何処か人の目を惹く情熱の焔を美雪に想起させている。
(「それとも……血の様に赤い、紅、か?」)
 考察を進める様にしながら、グリモア・ムジカに書き起こした子守歌の譜面を現出させそのまま、子守歌の前奏曲を奏でさせ始める美雪。
 その間に、アマリはユーフィに白羽取りの要領で受け止められたその左足を軸に、強引に右足で大地を蹴り上げ、空中を泳ぐ様に舞いながら、ユーフィに次なる蹴撃を叩き付けようとするが。
「……させるかよ」
 低く抑えた声でそう言い捨てた敬輔が、両手で逆手に構えた黒剣の剣の平で蹴りを受け止め、おい、とアマリ……否、赤い靴へと言葉を投げた。
「アンタが知っているアマリの罪は、本当にそれだけなのか?」
 煽る様な、焚き付ける様な敬輔の其れに、ユーフィが敬輔さんっ!? っと、悲鳴じみた問いを掛けるその間に、姿を現した首切り役人の斧が、アマリのユーフィに受け止められた左足を切断せんと振り下ろされていた。
 その瞬間を見て取った蒼が、咄嗟に地面に描き出していた朱ノ彼岸花の方陣を、夜に瞬く月下香の先端で持ち上げる様にし、無数の緋の幽世蝶達に乗せて、彼岸花の花弁を解放。
『空に、満ちろ』
(「間に合い、ますか……? 間に合った、として、効きます、か……?」)
 詠唱の一部を省き、簡易召喚した無数の緋の悲しみを抱いた蝶達の群れの羽ばたきによって舞い上がる朱き天井ノ花弁を見送りながらそう自問する蒼。
 そんな蒼の懸念を吹き飛ばす様に、緋の悲しみを背負った蝶の群れは、緋ノ花吹雪と共に首切り役人に迫り、その右腕を覆い尽くした。
 思わぬ蒼の横槍に痺れて麻痺毒を貰い、結果として首切り役人の手元が狂ったその瞬間に、統哉がアマリと首切り役人の間に割って入る様に戦場に飛び込み、アマリに触れぬ寸前の場所でクロネコ刺繍入りの緋色の結界を展開して、首切り斧の一撃を受け流す。
(「アマリは……父の事を家族として、大切に思っていたのだろうか?」)
 だから、父親を殺した事に対して、深く罪を感じ……それを忘れようとしていたのだろうか。
『ヒャハハハハハハッ! この女はそんなタマじゃねぇよ! コイツは肉親との姦淫と言う、犯してはならぬ禁忌を犯した、どうしようも無い罪人なんだからよぉ!』
 そんな、統哉の洞察を読み取ったか。
 首切り役人から守る為、その背をアマリに曝け出していた統哉の背に、敬輔に向けた足を引く様にしながら舞踊の様な蹴りを叩き付けようとする、アマリ。
「そうは……させませんっ!」
 ユーフィが叫び、白羽取りの要領で受け止めていたアマリの足の足首を咄嗟に掴み、そのまま地面に叩き付ける様に投げつける。
(「御免なさい、アマリさん……!」)
 受け身が取れる様に力を加減し、同時にアマリの背に蒼穹の結界を展開しながらのユーフィの祈りと共に叩き付けられたそれに気がついたアマリの赤い靴が、アマリの両手を強制的に大地につかせる。
 ブリッジの様な状態になったアマリは、たわめる様に両腕を曲げ、そのまま力任せにバク転しながら後方に飛び、そのままユーフィ達と一旦距離を取った。
(「……かん、いん……?」)
 ――ゾクリ。
 怖気の様な悪寒が、アリスの背を駆け抜けていく。
「姦淫……だと?」
 思わず眉根を寄せながらそう問いかける美雪。
 後2、3節で子守歌のメロディーが始まる……その直前にそう告げた美雪の口ぶりには、美雪自身も意識していない嫌悪感が微かに滲み出ている。
 その美雪の反応に気を良くしたか、アマリ……否、その体を好きな様に弄ぶ赤い靴がそうよぉ! と自慢げに嘲笑を上げ。
 アマリの全身からは、完全に血の気が引いていた。
『そうだよ! こいつは散々っぱら、父親に遊んで貰っていた癖に、その愛に報いることもせずに、終いには父親を包丁で滅多刺しにして突き殺しやがったんだ! 必死になって謝罪して、命と赦しを乞うた外の世界では偉大な男をなぁ!』
 そう高らかに喧伝する赤い靴の声に対して、アマリはただ、その全身を震わせながら、舞うように流れる様な動きで再びユーフィ達に肉薄、膝蹴りを茫然自失していたアリスの顎に向けて解き放ち、更に赤い靴が生み出した緋色の顎で異様なまでに光り輝く、血の様に赤い牙でユーフィを喰らい尽くそうとする。
 蒼の朱き天井ノ花弁で一時的に動きを止めていた首切り役人が、その手元の斧を構え直してアマリに合わせた極めて絶妙なタイミングで、その首切り斧を、アリス野首に向けて袈裟に振るっていた。
「おぞましい、何か……か。そうか。その意味って……」
 アマリをいたぶる様に嘲笑する赤い靴に強制的に体を動かされたアマリの膝蹴りから、アリスを守る様に統哉が割り込み、その蹴りを受け止めながら苦虫を噛み潰した様な表情になりつつ、ギリリ、と唇を血が滲む程に、キツく噛み締める。
「アマリさん。聞こえていますか?」
 ユーフィのその呼びかけは、溢れ出る無限の勇気によって勇ましく聞こえていたが……同時にそこには、懇願する様な何かが籠められている。
「あの赤い靴の言っている事は、事実なのですか? 赤い靴の言葉、じゃない。貴女から見た、貴女の本当の想いを……気持ちを、わたしに教えて下さい!」
 それは切々とした、けれども率直な、ユーフィの叫び。
 その叫びには、『少女』……いや、同性としての労りも籠められている。
 アリスは目前の戦場で必死に呼びかけるユーフィと、そのアマリの瞳から白い雫が零れ落ちたのに気がつき、思わず唇を噛み締めていた。
(「アマリさんの、それ、は。多分、きっと……」)
 その赤い眦に、ある種の決意を宿しながら。
 それを告げる、そのタイミングを見計らうアリス。
 統哉もまた、そんなアリスとアマリの様子を交互に見つめる様にして、そのアマリの揺れ動く瞳の動きを読み。
 蒼は茫洋とした琥珀色の瞳で、ただ、その状況を『見つめ』続けていた。
「……ボクも、ユーフィ様、と、同じ、です」
 ――相手の心の奥底に、自ら歩み寄るつもりはない。
 そんな想いとは裏腹に、彼岸花の吹雪を緋の悲しみと共に制御しながら、ポツリ、ポツリと、蒼の口からその言葉が漏れ出していた。
「……貴女様が、犯した罪を、償う、事が、出来る、ために。まずは、貴方様の、お話を、貴方様から、ボクも、知りたい、のです」
 はらり、と儚く散り逝く桜の花弁を思わせるかの様に。
 譜陣を起動させた花吹雪の風で、薄桜……その身に纏う和風ゴシックの着物が捲れ、その下にはいたスカートの裾が泳ぐ様に靡いている。
 ふわりと捲れあがる和風ゴシックの着物を纏った蒼のその姿は、さながら、先程蒼が解き放った『悲しき思い出』を運ぶ幽世蝶の姿を、アマリの脳裏に過ぎらせた。
(「先輩の作戦によってかなりの危険は伴ったが……ある程度、アマリさんの『罪』の概要は見えてきた、か」)
 だが……それは、本当に真実なのか?
 あの赤い靴の言葉の全てを、自分達は全て信じてしまって良いのか?
 そう、心の裡で問いかけながら。
 美雪が無意識に覚えてしまう嫌悪感を意図して無視し、グリモア・ムジカの前奏の最後の1節を聞き取り、低く静かに響き渡るアルトの声で、子守歌を歌い始める。
「shape ice blade and……(氷の刃となりて……)」
 ルーン文字が、踊る様にその文字を空間に刻みつけていくその姿を見つめながら、ウィリアムが美雪の歌声に合わせる様に、叫んだ。
「蒼さん! もう一度、お願いします!」
 そのウィリアムの願いに、蒼は……。
「……分かり、ました。『……空に、満ちろ』」
 無機質さを感じさせる琥珀色の瞳でじっ、と狂った様に赤い靴に踊らされるアマリに連携して、いつでもアマリの足、或いは、自分達の首を刈り取る隙を狙っていた首切り役人を見つめ、夜に瞬く月下香の先端に収束した、狐花に描かれた方陣の力を解放した。
 再び解き放たれる、無数の彼岸花の花弁の吹雪。
 そして鱗粉の如く其れを撒き散らしながら、首切り役人に殺到する、切ない程に、甘く、哀しく羽ばたく、緋の彼岸の幽霊花……幽世蝶の群れ。
 再び殺到した蝶達が連れた彼岸花の花弁に含まれた麻痺毒に、首切り役人がその体を痺れさせた、その瞬間。
 ――モフ。モフモフ。モフモフモフモフモフ……。
 美雪の子守歌に乗せられて現れた無数の羊の群れ達が、アマリの履かされている赤い靴と、蒼の蝶達と共に放たれた彼岸花の毒に当てられてその体の自由を一時的に奪われた首切り役人達に殺到した。
『めぇ~、めぇ~、めぇ~……』
 それはさながら、眠りによる沈黙を促す羊達の羽毛布団。
 その羽毛布団に当てられて。
 そのまま坂から転び落ちるかの如き勢いで赤い靴は沈黙し、首切り役人は崩れ落ち、気付けば彼等は、一時的な睡眠の時間へと誘われていた。
 無理矢理自らを踊らせ続ける赤い靴の唐突な沈黙と、いつでも自分の足を刈るタイミングを見計らっていた首切り役人が眠りに落ちるその姿を見て、アマリは思わず目をパチクリさせながら、崩れ落ちる様にぺたん、とその場に座り込んでしまう。
「あまり時間は無い。だが……皆。アマリさんに直接話しかけるならば今の内だぞ」
(「……あの赤い靴の話を、鵜呑みにするのは危険ではあるが……」)
 けれどもそれは、強制的に思い出させられてしまったその記憶……、父を殺したという事実に基づく『罪』と、そこに繋がるアマリ自身の過去とアマリを向き合わせるには必要な情報でもあったのだ。
 アマリの胸や体についている、火傷の痕や、紫色の斑点。
 生々しいその傷痕を痛ましげに見つめながら、美雪はユーフィの呼びかけを聞いたアマリの言葉を耳にしつつ、黙々と彼女の様子を観察し続けるのだった。


「アマリさん。わたし達は貴女の『罪』を裁く――その為に来た者ではありません」
 ぺたん、と尻餅をつく様に脱力して座り込み、光の見えない虚ろな眼差しを向けてくるアマリへと。
 水竜と、火竜を纏う両拳の構えを静かに解き、世界を包み込む穏やかで優しき大海を思わせる蒼穹のオーラを張り巡らしながら、ユーフィが必死にそう言い募る。
(「赤い靴と首切り役人が一時的に無力化されているこのチャンスを、見逃すわけには行きません……っ!」)
 アマリを、『生かす』事が出来る様に、自分達の所へと引き寄せるために。
 そう願い、真摯な想いを籠めて、ユーフィがアマリの気を引き立てさせる様に叫び続けた。
「わたし達は……ただ、貴女を助けたいんです! 貴女の想いを! その心を! だからっ!」
「……ボク達に、お話、下さい」
 緋の蝶達の力を制御しながら。
 人形の様に無機質ではあったが、ユーフィの背を押す様に、蒼が静かにその話の続きを促す。
 それでも俯き加減の儘であるアマリに向けて敬輔が俺達は、と小さく呟いた。
「その赤い靴の話しか聞いていない。けれど、君の認識と、奴の認識は違うかも知れない。そうじゃないのか?」
 その敬輔の問いに、その両の目を微かに揺らがせるアマリに、統哉がそっと手を差し出そうとするが。
 統哉のその手を見た瞬間、ビクリ、と身を震わせ、ズリズリと尻餅をついたまま後ずさりをするアマリに、統哉が穏やかな眼差しを向けた。
(「これは……アマリの中にある男性に対する恐怖と嫌悪感からの行動だろうな」)
 ならば、今、統哉が言えることは無い。
 今出来ることは、優しい労りを籠めて、アマリを見守る事だけだ。
 眠る赤い靴を、今、この瞬間を狙って叩き壊すことも不可能では無いが、恐らく其れでは誰も救われない。
 なれば今、アマリの想いを……心を、救う事が出来る者は……?
 統哉がそう思案を巡らせていた、丁度、その時。
「……アマリさん」
 辿々しく、何処か幼さの残るその声で。
 アリスが、アマリにそう呼びかけていた。
(「……アリス様、でした、か?」)
 その声の主、アリスの方を、蒼が繁々と見つめている。
 人型のヒトでこそあれ、『人』では無い、その少女は拙い口調の儘に、アリス、には、と微かに遠くを見る様な眼差しで、そう話し始めた。
「アリス、には、お姉ちゃんが、いる、です」
 そのアリスの呟きに。
(「アリスさんの、お姉さん……?」)
 最後の文字を書き上げる寸前まで辿り着いていたウィリアムの胸に何かが引っ掛かったか、術の発動を待機させて、ウィリアムはアリスの言葉に耳を傾け。
 ユーフィや蒼もまた、思わず、と言った様にアリスへと注意を向けた。
 自分がこれからアマリに告げようとしている事に、他の猟兵達の注目が集まっていることに気がついているのだろうか。
 緊張に張り詰めた声で、辿々しくアリスは続ける。
「お姉ちゃんは、いつも、お父さん、から、ひどいこと、されてた、です」
 その、アリスの告白に。
「……っ!!」
 アマリが目を大きく見開かせ、その様子を具に観察していた美雪もまた、ぎゅっ、と強く拳をキツく握りしめた。
(「ひどいこと、か。恐らく、それは……」)
「痛くて、気持ち、悪くて、おぞましい、こと、です」
 拙く、辿々しく、しかも囁き声の様に掠れている、アリスの震える様なその言葉。
 その一言、一言を紡ぎ出すのに、どれ程の勇気が要る事だろうか。
 息苦しくなる様な、そんな張り詰めた空気を感じ取り、美雪がそっと自らの胸に手を置き深呼吸をする間にも、アリスの瑕疵故の後遺症を伴ったそれは続く。
「でも、だれも、助けて、くれる、ない、だった、です」
(「助けて、くれる、ない……?」)
 その話し方の歪さに気がついたウィリアムが思わず眉を顰めた。
 アリスは、その言葉の歪さに気付かない。
 ――否。
 気付け、ない。
「だから、お姉ちゃんは、お父さんを、殺した、です」
 気付けないアリスのその宣言は、ぺたん、と脱力したままだったアマリの全身を雷の様に撃つに事足りた。
 その瞳を雷光の如き勢いで駆け抜けた無数の感情の彩りを、統哉と美雪が一気に読み取り、其々の立場から結論を導き出す。
 統哉がそのアマリの瞳に走った光から見て取ったのは、恐怖と畏怖そして理解。
 美雪が見て取ったものは、同情と共感……そして、『寂しさ』
「アリスは、それを、悪い、とは、思う、ない、です」
 その、アリスの最愛の姉の行動に対する肯定に。
「……アリス。……そうだな」
 敬輔が思わず、と言った様に息を漏らした。
(「恐らく、アリスの姉と、アマリは……」)
 その、敬輔の思考を裏付ける様に。
 アリスが、アリスは、と緊張を孕みながらも、迷い無き口調で言い切った。
「あなたは、だれに、何を、言われても、悪い、ない、です」
「……アリスさん……」
 そのアリスの言葉に、ユーフィが軽く目を細めた。
 その小さな胸の中に宿る深き痛痒を、その身にはっきりと感じ取りながら。
(「けれども、アマリさんが人殺しをしてしまったと言う『罪』は、真実でもあります……」)
 もし、それが『罪』で無かったのだとしても。
 それでも、彼女がもし、それを『罪』と感じているのだとしたら……。
 溜まらなくなって目にジワリと白い雫を溜めていくユーフィの様子には気がつかぬままに、アリスがあなたの、とアマリに話しかけた。
「あなたの、理由は、お姉ちゃんと、同じ、かも、しれないし、違う、かも、しれない」
 でも、と一度言葉を句切って。
「あなたは、きっと、悪い、ない、です」
 ジリジリとした衝動に焦がされる様に必死に告げる。
「だれに、何を、言われても、悪い、ない、です」
 何度も、何度も、アリスが告げる。
 ――と。
「でもわたしは、社会から見れば、『人殺し』です。『罪人』です」
 苦しみ、悶え。
 嗚咽を堪える様に。
 やっとの思いで零れ落ちたアマリのそれは、そんな、言葉。
 この時、アマリの脳裏にくっきりと浮き上がってきたものは、2つ。
 1つは、口にするのもおぞましい、父の行為の数々の記憶。
 もう1つは、そんな父を赤い靴の言うとおり、残虐に刺殺した、その記憶。
「お父さんを殺したその時。わたしは、心から喜んでいました。お父さんから解放される、その事実に。笑いが止まらなかったんです、本当に」
 けれども、こうしてその時の自分の気持ちも、何もかもが取り戻されて。
 アマリは、自分が取り返しのつかないことをしてしまった現実を認識した。
 それが、アリスに『悪く、ない』と言われようとも。
 でも、『殺した』と言う事実は、厳然と存在する。
 ……と、此処で。
「ボクの家は、貴族としては普通でしたけど。今になって思えば、ぼく達の家族は、何処かで『理想の家庭』を演じていた様な気がします。そう……『理想の家族』と言う名の、仮面(ペルソナ)を」
 ふと、自分の過去に、想いを馳せるかの様に。
 ボソボソとそう告げるウィリアムの言葉の意図が読み切れず、「ウィリアムさん?」とユーフィが怪訝そうに問いかけた。
 アマリは、ウィリアムのその言葉に、心揺り動かされた様子も、怒った様子もなく、ただ、ウィリアムの話をぼんやりと聞いているだけだ。
「アマリさん自身が話して下さったお陰で、アマリさんの絶望が如何してそれ程までに深いのか、漸く少し分かった気がします。無論、アマリさんが受けた其れは、ぼくの家庭の事情とは全く次元が違うのかも知れませんが」
 と、軽い溜息と共に、前置きをして。
 アマリさん、とウィリアムが問いかけた。
「あなたの絶望が深い本当の理由。其れは、衝動的な殺害ではなく、憎悪が降り積もった末の凶行だった……その事実を強制的に思い出させられてしまったから、ではないですか?」
 その、ウィリアムの問いかけに。
 激しく渦巻く感情に翻弄されるアマリが、漸く、あなた……と呻くのに、ウィリアムが小さく頭を横に振った。
「父親から与えられる理不尽な虐待……味方になってくれる相手は誰も居らず、思い詰めることしか出来なかった……手を汚す前に、その足で逃げられれば良かったのでしょうが、其れも思いつかない程に、追い詰められ、擦り切れていた……」
 その、ウィリアムの呟きに。
 怒りと絶望の綯い交ぜになった虚ろな眼差しで、わたしには、とアマリが呻いた。
「逃げる場所なんて……何処にも……」
 と、アマリが言った、その刹那。
「ハハハハハハハッ! そうなんだよ! こいつは自分で、自分の逃げるべき場所さえも壊しちまったんだ! 乳臭い小娘がたった1人で生きていける筈もないあの世界で! 唯一の家とでも言うべき父親を、その手で殺しちまったんだからなぁ!」
 嘲笑する叫びと共に。
 目を覚ました赤い靴がその顎を開き、アマリのその心を喰らいつくさんと、そう責め立てる。
 責められ、暴き立てられるその罪の重圧が、漸く微かに口を開いたアマリの心を容赦なく苛み、更なる絶望へとその身を落とし、其れを糧として更なる成長を遂げた赤い靴の怪物が、その牙をウィリアムに突き立てようと迫っていた。
「……違う! アマリ……彼女は、唯一の家とでも言うべき父親をその手で壊したんじゃ無い! アリスの言葉通り、ただ、自分自身を守るために、罪を犯した……犯さざるを得なかった……それだけだ!」
 鋭い深紅の牙を受け止める様に。
 正眼に構えていた刀身を赤黒く光り輝かせながら、その牙からウィリアムを守る様に、黒剣を横一文字に振るう敬輔。
 振るわれた赤黒く光り輝く刀身の中に微かに浮かぶ、赤と青の2本の光の線が、周囲の大気を割って風の刃を生み出して、赤い靴の牙の軌跡を無理矢理変える。
「アマリさん、虐める、虐めない、で下さい!」
 敬輔の風の力を纏った一閃に合わせる様に。
 アリスが祈る様な叫びをあげながら聖歌を歌い始めた。
『嗚呼 愛しき女神……』
 鈴の鳴る様な声で朗々と歌い紡がれるアリスの聖歌が、美雪がグリモア・ムジカに奏でさせ続けていたそれと重なり合い、敬輔のその一撃の力を強めるかのごとき浄化の聖光と化して、その牙に襲い掛かった。
「うあああああああああっ……!」
 咆哮の様な悲鳴を上げながら。
 意識を取り戻した赤い靴がアマリを強制的に流麗に舞わせ、絶望のままに死を齎すべく、その足を、目覚めた首切り役人に捧げさせる様に向かわせていた。
 それが、アマリ自身の意志なのか。
 それとも……その罪を極上の美酒として味わい嗜む、赤い靴の所業なのか。
 そのいずれかは、分からない。
 けれども、その所業を目の当たりにした、その刹那。
「ふざけるなっ……!」
 全身の血潮が爆発する様な猛々しくから恐ろしい怒りが、戦士として、勇気と覚悟を持って相対していたユーフィの中で爆発した。
 その猛々しいユーフィの怒りを象徴するかの様に、右腕に纏った水竜のごとき蒼きオーラと、左腕に纏った火竜の如き赤きオーラが、その両拳をまるで竜頭の様に変えて、大気を震撼させる。
「確かにアマリさんは、わたし達には想像もつかない程の苦しみと、悲しみを背負わされたかも知れません……! それでも犯してはならない『罪』を犯してしまったのかも知れません……! でも、それは、アマリさんがこれからも『ひと』として、生きるために捨ててはいけないもの……アマリさん自身が、何時か自分の中で整理をつけて、生きていくためのもの……! あなた達の様なオブリビオンが弄んでいいものなんかじゃ、絶対にありませんっ!」
 雄たけびの様に吠えるユーフィの怒りに呼応する様に。
 解き放たれた火竜を思わせるオーラを纏った左手が、咆哮と共に首切り役人の顔面を張り飛ばし、水竜を思わせるオーラを纏った右手の竜が、アマリの足にはめ込まれた赤い靴を浚わんばかりの勢いで激流の如く赤い靴に叩きつけられ、その動きを大きく鈍らせる。
 潰れかけた軸足となった左足の赤い靴をそのまま大地に張り付けて、跳ね上げる様にその右足で目前のユーフィを蹴り上げようとする、アマリ……否、赤い靴。
 けれども、それは……。
「……君の、その凶刃の陰にあるその理由。……その事で、俺達は誰も、君を責めたりはしない。……責めたりなんて、出来ない」
 そう告げて。
 星空の如き淡き輝きをその刃先に宿した漆黒の大鎌『宵』を以て、その連撃を真直ぐに統哉が受け止め、そして、その赤い瞳で、アマリを静かに覗き込んでいた。
「君の憎しみ、その痛みは、君だけのものだ。でも俺達から見たそれは、『罪』とは思えない。情状酌量の余地、と言うのも、つまるところそこに全てがあるのだろう。それでも君は、君自身が許せないのかい?」
 その、統哉の真正面からの問いかけに。
「……それは……」
 口ごもるアマリに向けて、蒼が静かにアマリ様、と囁きかけた。
「貴女様を、赦せるのは、きっと――、ボク達では、ないの、でしょう。ですが、アマリ様が、アマリ様の……」
 と、そこで。
 一瞬、微かに躊躇い、困惑する様な表情を蒼は浮かべたが、それでも蒼は、きっと、と何かを探り出すかの様に、訥々とアマリに呼びかけた。
「……罪を、罪として、忘れぬ、事。……それも、ひとつの、贖罪、かな、と、ボクは、思い、ます」
(「……その、ために、アマリ様、は……」)
『ヒト』として、まだ、生きていく必要があるのだと、蒼は。
『呪いを齎す物』と、自らを定義するヤドリガミは、思う。
「……です、ので、アマリ様。今は……」
「ぼく達と一緒に、帰りましょう……chop up earth(大地を切り刻め!)!』」
 その叫びと、共に。
 空中に書き刻み込まれていた最後のルーン文字を読み上げる様に叫ぶウィリアム。
 その叫びに応じる様に。
 ウィリアムの作り出していた、ルーン文字で編まれた魔法陣が輝きを発し。
 それは吸い込まれる様に大地に浸され……そのままユーフィと統哉に足止めされたアマリの足元から無数の鋭利な氷柱の刃を噴き出させ、赤い靴を切り裂き、貫く。
 氷柱の刃は、それまで華麗なステップを刻み、顎を開いて敬輔とアリスを食らい尽くそうとしていた赤い靴の、その装甲を、ズタズタに切り裂いていた。
「……長年の父親からの暴行と、何処にも逃げ場の無い、絶望。唯一逃れうる術は、父親をその手に掛ける事しか無い、と思い定めて遂に募りに募った其れを爆発させて凶行にその手を染めた……。しかし、その先で待っていたのは、赤い靴による、更なる絶望だった……」
(「これでは……あまりにも救われないな……」)
 美雪が思考を張り巡らせ、やりきれなさを滲ませて、ポツリと呟く。
 だが……だからと言って、このままアマリを絶望の淵に追いやったまま、殺させるのは、更に酷い。
(「だが……なら、どうする? 今、私達が出来る最善は……?」)
 そう、懸念を内心で美雪が抱いたその時。
「それならば……俺達も一緒にその罪を受け止め、向き合っていこう」
 そう呟いて。
 赤い靴の牙を受け止めた統哉が、星空の如き光条を纏った『宵』を一閃。
 傷ついた赤い靴の右の靴だけを、刈り取っていく。
「その痛みも、苦しみも、俺達が一緒に受け止めよう。そうして……これからも、生きていこう」
『宵』を一閃し、ウィリアムによって傷ついたその靴の片足を破壊して、アマリの隣を駆け抜ける、その擦り抜け様にそう告げた統哉のそれに、合わせる様に。
「だから貴様は……アマリの心を束縛し、甚振る貴様は……骸の海へ還れ! その魂の束縛の解放を希う祈りと共に!」
 敬輔がアマリの左足から抜けることの無かった赤い靴を、先の真空の斬撃を囮にしたその一閃で、破壊する。
 アマリの精神の一部を縛り続けていた赤き靴が甲高い音と共に、その一撃をまともに受けて、空中へと弾かれた、その瞬間。
「我等の思いを夢見た彼の者に 届け給え 愛に飢えた子どもに無償の愛を 愛を知らぬ我等に女神の愛を……!」
 アリスの高らかな歌い声が響き渡り、敬輔に吹き飛ばされ、統哉に砕かれたその赤い靴を聖なる光で包み込んで蒸発させ。
「……アマリ様を、これ以上、あなた様の、自由には、させ、ません」
 蒼が呪の様に、誓いの様にそう告げて。
 血に塗れた様な赤光の空の光に照らし出されて、彼岸花の如く、蠱惑的に赤く光り輝く、夜に瞬く月下香を振るい、朱き天井ノ花弁を、身に纏う和風ゴシックの着物とスカートをふわりと風に靡かせながら矢の様に撃ちだし、主を失った首切り役人を覆い尽くす。
 時には、生命あるモノの生命を絶やさせることの出来る程の毒を持つ狐花が、首切り役人を覆い尽くし……そのまま、致死量の麻痺毒を浴びせかけて、首切り役人を骸の海へと還していった。


「どう……して……」
 まるで、糸の切れた人形の様に。
 赤い靴の呪縛から解き放たれたアマリがただ、呻く様に呟きながら前方に倒れる。
 その倒れ込むアマリを、両の手……敵を打ち倒す『力』となる『戦士の手』でユーフィが優しく受け止め、そのまま背筋をブルブルと引き攣らせ、しゃくり上げている様にも見えるアマリの背をそっと摩る。
 アマリの死人の様に冷たい体温を少しでも温める様に優しい手付きで撫でながら、ユーフィがそっと、アマリの耳元で囁きかけた。
「どうして、ですって? そんなの、当たり前じゃ、ないですか」
 その、ユーフィの呟きに。
 えっ、と今にも消え入りそうな声を上げるアマリに、ユーフィが貴女は、と優しく続けた。
「貴女は、わたし達と同じ、生きている『人』なのですから。統哉さんが言ってくれた様に、わたし達は、貴女と共に、貴女の問題に向き合いたいのです」
 ――だから、今は。
(「戦うことしか知らない、癒しを与えることが出来ないわたしの、『戦士の手』でも――貴女に、僅かでも、温もりを、与えられる様に……」)
 そう願いと祈りを籠めて、自らの背をさすり続けてくれるユーフィに。
 ただ……アマリはその体を預けて、静々と涙を流し続けていた。


「アマリさん。あなたは、あなたの、人生を、生きて、ください」
 ユーフィに体を預けて涙を流し続けるアマリにアリスが静かにそう告げる。
 敬輔が安堵とも、諦めとも取れる息を、思わず一つ漏らしていた。
「……敬輔」
 その、敬輔の様子を見て。
 ユーフィにアマリを任せた統哉が何気なくそう呼びかけると、敬輔がなんだ、と統哉の方を見る。
 何処か切羽詰まった様な光をその瞳に称える敬輔を見て、統哉は敬輔、と静かにその名を呼んだ。
「お前が、アマリを肯定出来た、本当の理由。それは……」
「……お前の予想通りだよ、統哉」
 それ以上を言わせぬ、と言う様に。
 統哉を遮る様に告げる敬輔に、統哉もそれ以上追求する素振りを見せることも無く、ただ、そうか、と静かに頷いた。
 ユーフィに縋り付く様にしているアマリと、奇妙な緊迫感を感じさせる統哉と敬輔の様子を、蒼が交互に見やる様にしているのに美雪が気がつくと。
「蒼さん、何か、気になることがあるのか?」
 そんな言葉が何時の間にか、美雪がその口から零している。
 蒼は、焦点の定まらない……定めていない琥珀色の瞳に困惑の光を浮かべて、美雪を見上げた。
「……美雪様。ボクは……」
 幼い顔立ちの中に浮かぶ、自分でも良く分からない、と言う蒼の表情。
 自分が何を思い、何を考えているのかが覚束ない、と途方に暮れている様にも見える蒼に、美雪が思わず微苦笑を零した。
「あなたが今、何を思い、何をしたいのか。それはあなたに初めて会った私には良く分からない。けれども統哉さんと先輩、ユーフィさんとアマリさんのあの其々の姿を見て、思うことがあるのならば……それは、蒼さん。あなたにとって、きっと大切なものなのだろう。今直ぐに答えを出す必要は無いが、気に留めておいた方が良いと、私は思う」
「……美雪様。分かり、ました」
 諭す様な美雪のそれに小さくコトン、と首肯する蒼をちらりと一瞥してから。
 ウィリアムが前方から来るその気配に気がつき、皆さん、と呼びかけていた。
「……来ましたよ。傷の癒えていないアマリさんの傷に塩を塗り込み、只でさえ追い詰められていたアマリさんを更に追い詰めた……その元凶が」
 そのウィリアムの呟きに、応じる様に。
『……何で、そうなるのかな? わたしは只、そのお姉ちゃんのアリスさんに返してあげただけだよ? そのお姉ちゃんが欲しがっていたものを』
 口を尖らせながら、無邪気な声でそう告げながら。
 少女……ホワイトアルバムが、愉快そうに唇を綻ばせて、姿を現した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『ホワイトアルバム』

POW   :    デリシャス・アリス
戦闘中に食べた【少女の肉】の量と質に応じて【自身の侵略蔵書の記述が増え】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    イマジナリィ・アリス
完全な脱力状態でユーベルコードを受けると、それを無効化して【虚像のアリス】から排出する。失敗すると被害は2倍。
WIZ   :    イミテイション・アリス
戦闘力が増加する【「アリス」】、飛翔力が増加する【「アリス」】、驚かせ力が増加する【「アリス」】のいずれかに変身する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ライカ・リコリスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
プレイング受付期間:1月29日(金)8時31分以降~1月30日(土)18:00頃迄。
リプレイ執筆期間:1月30日(土)19:00以降~2月1日(月)一杯迄。
何卒、宜しくお願い申し上げます*

「あんなに取り戻しがっていた記憶を返してあげたのに、アリスさん、結局負けちゃったんだ」
 溌剌とした、無邪気な声音で。
 子供の様に泣きじゃくるアマリにホワイトアルバムが投げたのは、そんな言葉。
「わたしが真実を解き明かした時、闘争が生まれるって鉤爪の男は言っていたけれど、やっぱり何にも生まれなかったね……。本当に失礼な話だわ」
 そう言って肩を竦めてぐるりと首を回して、アマリを繁々と見つめながら。
 まあいっか、とホワイトアルバムが口元に笑窪を刻み込んだ。
「これで、アリスさんは、一生幸せになれないって、はっきり分かったわけだしね。でも、それで殻に閉じ籠もっているだけなのは、勿体ないよね?」
 はた、と、名案を思いついたかの様に。
 大切な白紙の本を捲る指を止めて何処か浮かれた様にパチン、と指を鳴らしてそれじゃあ、とホワイトアルバムが歌う様に語りかけた。
「わたしが、あなたを食べてあげるね……。きっとそれが、皆が幸せになれる唯一の方法だから」
 そう告げて。
 ハミングとスキップを友達に、ホワイトアルバムがアマリに近付いてくる。
 ――深き絶望と、微かに浮かんだ生への……未来への希望の狭間に揺れる、罪に押し潰され掛けている、その少女に。

 *第1章の判定の結果、第2章のアマリの状態はこの様になっております。
 1.自分の罪を罪として完全に認識しています。
 2.自分にあったその過去の全てを、取り戻しています。
 3.絶望する一方で、微かな生への執着を胸に抱いています。
 4.戦闘には巻き込まれます。
 5.第1章に引き続き、アマリとの会話でプレイングボーナスが発生します。
 6.アマリとの会話におけるプレイングボーナスは、ただ、会話をするだけでは得る事は出来ません。
 7.救出して元の世界に戻したても、アマリの後ろ盾は、現在の所、ありません。

 ――それでは、罪と贖罪との対話の果てを。
ウィリアム・バークリー
アマリさんの事情は、概ね理解出来たと思います。でもそれは過去の話。

『扉』の向こうには彼女に後ろ盾がないというなら、逆に一切のしがらみが無いということ。
断罪しかない故郷へ帰るより、このアリスラビリンスで愉快な仲間達と生きてみませんか? 実際、この地に住まうことを決めたアリスの話も聞いたことがありますよ。

平穏を破るオウガ達が現れたら、ぼくらが必ず助けに来ます。
よりよい生き方はこれだけじゃないかもしれませんが、アマリさんが望むように生きてください。

ホワイトアルバムは、戦闘に長けた感じはあまりしませんね。
それじゃあ、Stone Hand。アマリさんを食べさせるわけにはいきません。

贖罪の人生に幸いを。


ユーフィ・バウム
……うるさい。私、怒ってますよ。
猟書家の言葉に怒りを返し、【気合い】十分

アマリさんへの攻撃は【かばう】。
敵攻撃を【見切り】、【オーラ防御】で凌ぎ
【衝撃波】【吹き飛ばし】を軸に間合いを取り戦う

アマリさんが縋り付く様にするなら
【優しさ】をめいっぱい手と、言葉に込め
必ず守ると伝える

理を説くつもりはない
けれど想いは伝える

今の気持ちと、過去を忘れないことこそが
贖罪ではないでしょうか
罪があっても、どんなに辛くても
あなたは幸せになって欲しい

距離を取りつつ戦いつつも敵が間合いを詰めてきたなら
《轟鬼羅刹掌》の一撃を【カウンター】で見舞い
必殺の一撃と為す

戦闘後
アマリさんのこれからの助けになりたい
出来る限りのことを


神宮時・蒼
…アマリ様の、幸せを、決めるのは、貴方、では、ありません…
(…散々、遊ばれて、壊されそうに、なった。…過去の、自分を、見て、いるようで。…此れは、告げなくても、いい事でしょう)
…生きる、意思が、あるの、なら、足掻き、ましょう

【WIZ】
己が能力を強化しますか…
ならば、「全力魔法」と「魔力溜め」で威力を増した翠花魅惑ノ陣を
相手の攻撃は「結界術」で対処
アマリ様の安全を優先に

…呪いで、散々、人を、殺めた、ボクが、言える、事では、ありませんが…
…まずは、お外に、出て、みましょう?
…もう、貴女を、傷付ける、ものは、ありません
…閉じた、世界、ではなく、開けた、世界を、見ても、いいのでは、ないかと、思い、ます


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

何ともまあ、勝手に幸せを決めつけてくれる
アマリさんの未来はまだ、決まっておらぬよ
今から我々が「食べられる」未来を覆してやるからな

基本はアマリさんの前に立ちはだかり「拠点防御」
その上でグリモア・ムジカに「歌唱、優しさ」+【鼓舞と癒しのアリア】を演奏させ回復
どの「アリス」になろうが、身を挺して庇うつもりだよ

一応アマリさんに
罪は「罪」と認識していればそれで十分
むしろそれで親の精神的な束縛から逃れられた
…新たに歩むチャンスだよ

アマリさんをもとの世界に戻す場合だが
私の恩人の喫茶店店主に受け入れを打診してみよう
何、懐の深い方だ
アマリさんの事情を知って尚、受け入れて下さるよ


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

幸せになれるか否かは他人が決めるものじゃない
アマリが幸せと感じるか否かだ

真の姿解放
…この姿は俺自身の罪の証なのだろう
解放という名目で両親を殺し
憎悪と言う名目でオブリビオンを殺す俺自身の罪の

だから、俺はアマリを肯定する
憎悪で父親を殺したアマリのことを、全力で守る
…今だけは、騎士でいさせろ

アマリは「かばう、武器受け、オーラ防御」で常にガード
ホワイトアルバムが他の猟兵の攻撃を受け止める瞬間を「見切り」
脱力状態にならないうちに「ダッシュ」で間を詰め
「早業、2回攻撃、切り込み」+指定UCの18連撃
虚像のアリスごとまとめて破壊、斬り刻む
自身への反撃は「オーラ防御」のみで受ける


アリス・トゥジュルクラルテ
幸せに、なれない、なんて、ない、です!
皆って、だれ、です?少なくとも、アリスは、幸せ、ない、です!
アマリさんの、前に、立って、結界術で、守る、です。

アマリさん、もう、自由、ですよ。お父さん、いない、です。
好きな、所に、行って、好きな、物を、食べて、好きな、人と、一緒に、いられる、です。
何が、したい、です?
嫌な、所に、戻る、必要、ない、です。逃げて、いい、です。
ここに、居場所、作る、すれば、いい、です。
ほら、ここの、人たち、優しそう、ですよ?
これからは、あなたが、愛して、あなたを、愛して、くれる、人と、生きる、です!

愛聖歌で、敵を、浄化、する、です。
(この歌がアマリさんの心にも届きますように…)


文月・統哉
オーラ防御展開
攻撃見切り武器受け
アマリを助けたいという強い意志の力で
庇い支え共に戦う

奪った命は戻らない
向き合う程に罪は重く圧し掛かる
それでもこれだけは言えるよ
生きたいと願った事は罪じゃない

命に対し贖罪を願うなら
罰を受けるだけが道じゃない
例えばこの世界には
不安に揺れるアリス達が何人もいる
或は君の様に取り戻した記憶に絶望を見た者も
本当の辛さは当人しか分からないのだとしても
少しでも寄り添い支えられたなら
共に絶望に抗って
生きる事が出来たなら

苦しみを知る君だからこそ
きっと誰かの助けになれる

君はアリス
戦う術を持っている筈だ
その力を君はどう使いたい?

大丈夫
君は一人じゃないよ
可能性という名の希望は
君の掌の中に




 取り縋る様に自らにその体を委ね、震えるアマリの背を、不器用な優しさと労りを籠めて撫でてやりながら。
「……うるさい」
 まるで、大地の底流に流れる煮えたぎるマグマを思わせる、そんな声音で。
 低く唸る様に、ユーフィ・バウムがその青き瞳でハミングとステップを友達にアマリを食らわんと近付いてくるホワイトアルバムに、そう、声を叩き付ける。
 対するホワイトアルバムは、ユーフィの其れに全く動ずる様子もなく。
 あれ? と言う様にコトン、と首を傾げていた。
『何で、あなたが怒るのかな? わたしはただ、本当の事を言っているだけだよ。そのアリスのお姉ちゃんは幸せになれない。これでもわたし、アリスのお姉ちゃんが欲しがっていた記憶の中に、ほんの少しでも幸せな記憶が残っているって信じて返してあげたのよ?』
 けれども、明かされたアマリの真実はあまりにも無慈悲で残酷で。
 それでアマリは絶望にその心を塞がれて。
 ならばせめて食べてあげるのが慈悲というもの。
 そんなのは、食後のデザートの様に当たり前の話の筈なのに。
「幸せに、なれない、なんて、ない、です!」
 ギュッ、と両掌をキツく握りしめて。
 肩を怒らせ前屈みになり、純朴な怒りを称えた赤い瞳で、アリス・トゥジュラルクラルテが金切り声でそう叫べば。
「何ともまあ、勝手に幸せを決めてくれる。流石はオブリビオン、と言う事か?」
 やれやれ、とこれ見よがしに藤崎・美雪が溜息をつき。
「幸せになれるか否かなんて、他人が決めるものじゃない。ましてや、貴様の様なオブリビオンであれば、尚更だ」
 その全身から瘴気と見紛うばかりの漆黒のオーラを解き放ち。
 禍々しい紅の紋章が見え隠れするフルプレートアーマー姿へと変貌していく館野・敬輔が、迫ってくるホワイトアルバムと、その背にアマリを庇う様に担いだユーフィとの間に割り込む様に姿を現した。
 刀身が赤黒く光り輝く黒剣が異様な煌めきを帯びるのを感じつつ、面頬の奥に青く輝くその瞳で、ホワイトアルバムを牽制する様に睨みつけながら。
「……敬輔」
 幾度か見たことのある、敬輔の真の姿に隣り合わせる様に。
 姿を現したのは、クロネコ刺繍入りの深紅の結界を前面に展開し、全身を若干目付きが悪い、赤いスカーフを首に巻いたクロネコ着ぐるみ姿で覆った文月・統哉。
 その、ちょっと目付きの悪いクロネコ着ぐるみを見て。
(「……ちょっと、可愛い、かも、知れない、です……」)
 等と言う思考が、神宮時・蒼の脳裏を微かに過ぎっていく。
 けれどもその想いと共に、胸中を蝕む様に広がるは……。
(「……アマリ様が、散々、遊ばれて、壊されそうに、なった。……それは、まるで、過去の、ボクを、見て、いるようで……」)
 それは痛痒であり、今の蒼とその心を蒼たらしめた原因……即ち、根幹とも言うべき過去。
(「……これを、ボクが、アマリ様に、告げる、必要は、無いです、けれども……」)
 でも。
「……アマリ様の、幸せを、決めるのは、貴女、では、ありません……」
 それは夜に瞬く月下香……赤き月の光の反射を受けて、仄かな淡紅の煌めきを伴う月下の先端に、創世の力宿せし翡翠の卵形の玉を嵌め込んだそれを、ホワイトアルバムに突きつけながらの、蒼の否定。
 蒼や美雪達の胸中に宿る光と意志を無意識に肌で感じながら、アマリさんの、とウィリアム・バークリーが静かに話し始める。
「アマリさんの事情は、概ね理解出来たと思います。でもぼくには、アマリさんの胸中を押し潰す絶望がどれ程のものなのかを『分かります』とは、言い切れません」
 ルーンソード『スプラッシュ』を抜剣し、ホワイトアルバムの足下に向けて突きつけながら、ですが、とウィリアムがそのまま続ける。
「それは、過去の話です。『扉』の向こうに、アマリさんの幸福や、後ろ盾が無いと言うのなら、其れは、これからのアマリさんは特別なしがらみに囚われない、と言う事でもあります」
 ――だから。
「アマリさんの『未来』を守る為にも。ぼく達は、あなたを討滅します」
 そのウィリアムの、ホワイトアルバムへの宣言に。
「そうだな、ウィリアムさん」
 美雪が同意の首肯を返しながら、グリモア・ムジカを前面に展開、鼓舞と癒しの独奏曲の刻み込まれた譜面を呼び起こす。
 呼び起こされた譜面から流れる前奏を耳にしながら、美雪は切りつける様にホワイトアルバムに告げた。
「アマリさんの未来はまだ、決まって居らぬよ。少なくとも、ホワイトアルバム、あなたにアマリさんが『食べられる』未来は、我々が必ず覆す」
「ええ……美雪さんの、言う通りです」
 ギュッ、と指痕が残りそうに成程きつく自らの背に縋り付く様にしてくるアマリの掠れた泣き声に胸を切り裂かれそうな痛みを覚えながら。
 ユーフィがそんな今にも儚く消えてしまいそうな程の嗚咽を漏らし続けるアマリの掌に、そっと自らの左手を重ね合わせる。
 右手は腰に付けた勇気の実の入った革袋に滑り落ち、気がつけばそこから取り出した実をユーフィは素早く飲み込んでいた。
 無限に溢れ出す勇気と、アマリを守護する願い、そして胸中で炎の様に燃え上がる、ホワイトアルバムへの憤怒。
 相反するそれらの感情と思いの丈を籠め、はっきりとユーフィがアマリに告げる。
「アマリさん。わたし達が、あなたを必ず守ります」
 その、ユーフィの呼びかけに。
「……」
 震えながらも小さく首肯するアマリの気配を感じ、統哉が其方に一瞬気遣わしげな目を向けながら。
「……そうだな。君のことは俺達が守り、支えるよ。だから……」
 統哉のその誓いに、継ぎ足す様に。
「……今だけは、俺達を、お前の騎士でいさせてくれ。……この姿。この俺自身の罪の証と、共に」
 敬輔がそう告白し。
 スキップで接近するホワイトアルバムに向かって疾走した。


『う~ん、分からないなぁ……。如何して、猟兵の皆は、そこのアリスのお姉ちゃんにそんなに縛られるのかな? そこのアリスのお姉ちゃんが食べられれば、皆、幸せになれるのに……』
 ピョン、ピョン、とスキップしながら。
 大地を敬輔が疾駆し、クロネコの着ぐるみを身に纏った統哉が大上段に『宵』を振りかぶって空中を舞う様にしながら肉薄してくるのをヒラリ、ヒラリ、とスカートを翻して軽くステップを刻んで躱し、その上で自らの幻影を生み落としたホワイトアルバムが首を傾げながら、パラパラと真っ白な『侵略蔵書』を捲る。
 捲られた白紙のページから、蜷局を巻いた赤い蛇が生まれ落ち、敬輔の脇を掠めてアマリを庇うユーフィに迫った。
(「戦闘中に少女の肉を食べれば食べる程強化されるから、わたし達を狙ってきましたか……。望むところです……!」)
 そのマグマの様に滾る怒りの全てを、大空を思わせる蒼穹の結界に変え。
 身をたわめてホワイトアルバムの隙を伺うユーフィの脇を駆け抜ける様に、蒼がユーフィとアマリの右脇を摺足で走り抜け夜に瞬く月下香で軽く地面をつく。
「……ユーフィ様、アマリ様を、お願い、します。ボクは、『物』、ですから、食べられても、問題、ありません」
 そう、ユーフィに言い置きながら。
 蒼が夜に瞬く月下香で大地をつくと同時にその先端に嵌め込まれた翡翠のタマゴから生まれ落ちたのは、緋の愁いを感じさせる、彼岸の如き無数の幽世蝶。
 幽世蝶達が一斉に空中を緋の憂いと共に羽ばたき、翡翠色の鱗粉をその翅から撒き散らして迫り来る紅の蛇を真正面から受け止める。
 ガツン、と鈍い衝撃が走ると同時に、弾ける様に蛇の首がヒドラの如く分裂し、蒼の死角に回り込み、アマリの肉を食らうことを欲した時。
「皆って、だれ、です? 少なくとも、アリスは、幸せ、ない、です!」
 突き刺す様な鋭い眦をホワイトアルバムに叩き付けたアリスが、姉とお揃いの真紅のリボンを解いて、まるで応援旗の様に素早く左右に振り回した。
 振り回されて弧を描いた真紅のリボンが、リボンと同じ真紅の結界を構築し、蒼が取り零した蛇の首を真正面から受け止める。
(「……っ!」)
 ズシリ、と真紅の結界を通して鈍い衝撃がアリスの体を貫く。
 その衝撃の一撃に破壊されそうになったアリスの真紅の結界に、ユーフィの蒼穹の結界が混ざり合い、高貴なる紫色の光を放ちながら、のたうち回るアリスの目前の蛇を雲散霧消させる。
「アリスさん! アマリさんは勿論ですが、貴女も自分の身を大事にして下さい!」
 焦りながらのユーフィの其れにアリスが微かにビクリ、と思わず身を震わせる。
「ごめん、ない、です。ユーフィさん。でも、アリス、守る、です。アマリさんを、守る、です」
「アリスさん。ユーフィさんは別にアリスさんを怒っている訳ではないよ」
 そんなアリスの様子を見て。
 前奏が後、2、3節で奏で終わるのを確認し。
 軽くブレスをして歌う準備を整える美雪がアリスに、思わず微苦笑を零していた。
「そうですね。アマリさんだけではありません。アリスさんや、ユーフィさん、蒼さん達の肉を食らえばホワイトアルバムが強くなるから気をつけて下さい、と言った所でしょう」
 初手でアマリ達を食えなかったことに苛立ったか。
 その場で素早く踊る様に一回転すると同時に、ふわり、と空中に浮かび上がろうとするホワイトアルバムの足下に『スプラッシュ』を突きつけて、土色と青色の混ざり合った魔法陣を描き出し、そこに地面に眠る龍脈の力を移動させながら、ウィリアムがそう説明し。
「こっちだ!」
 すかさず統哉が大上段から『宵』を振り下ろし。
「……遅いっ!」
 敬輔が大地を疾駆しながら擦過させた黒剣の刃を切り上げる様に振り上げている。
 撥ね上げられた黒剣と同じ赤黒く光り輝く大地を断った斬撃が地上を走ってホワイトアルバムに肉薄し、そこに統哉の立て続けの『宵』の唐竹割りの一撃。
 上と下、三次元の空間を自在に利用したその斬撃を空中に浮かび上がり、統哉の前方を突っ切ってその攻撃をホワイトアルバムが突破しようとした、その刹那。
「Stone Hand!」
 ウィリアムの鋭い叫びが上がった。
 同時に、ホワイトアルバムの足下に描き出された土と青色の魔法陣から、ぬっ、と龍脈の力を帯びた大地の精霊の腕が突き出される。
 巨大な岩石の塊と化したその両腕が、空中に浮かんだホワイトアルバムの足首をすかさず掴み取り、その動きを一時的に拘束、そこに統哉の大上段からの唐竹割りの一撃がその衣装毎アリスの体を袈裟に切り裂き、更に敬輔の漆黒の斬撃の衝撃波がホワイトアルバムの脇腹から左足にかけてを斬り裂く。
『イタタタタッ! ひどい、ひどいよ~っ! 如何して記憶も何も無い、ただそこのアリスのお姉ちゃんの願いを叶えてあげただけのわたしにこんな事するのかなぁ? これって、ただの虐めよね?』
 ポタリ、ポタリ、と血を滴らせながら口を尖らせるアリスの糾弾に、ユーフィが鋭い一瞥をくれた。
「虐め……? 先にアマリさんを苦しめたあなたが言って良い言葉じゃありません!」
 憤怒の叫びと共に、縋り付いてくるアマリを左手で抱きしめながら、右手で背負った巨大な大鎌を思わせる、巨大な蒼き刃を持つディアボロスを抜き放ち、そのまま力任せに大地に其れを叩き付けるユーフィ。
 隆起する大地が大海で溢れる大波の如き震動を発生させて、ホワイトアルバムを飲み込んだ。
 それに飲み込まれ、思わずその足下をよろけさせるホワイトアルバムの姿を認め、蒼が緋色の空の光を受け、艶めいて見える夜に瞬く月下香の先端に嵌め込んだ翡翠のタマゴが割れる様に開き、大地に花開く無限の金鳳花が咲き乱れる譜陣を空中に翡翠の線で描き出していく。
「……神代より、語り継がれる、翆の花」
 その、蒼の呪に応じる様に。
 ハラリ、ハラハラ。
 空中に描き出された夜に瞬く月下香の先端に咲いた、翡翠の線で描き出された譜陣が風を孕み、術式を制御する蒼の上着を靡かせ、譜陣に描き出された金鳳花の紋様を、蜘蛛の巣状に譜陣の中央から隅々にまで広げていく。
 その、広がりゆく譜陣に。
「……大地へ、無限の如く、咲き誇れ」
 そう命じ、夜に瞬く月下香の先端をホワイトアルバムへと突きつける蒼。
 蒼の命に応じて、空中に描き出された譜陣が無数の金鳳花の紋様と共にホワイトアルバムを取り込み、その猛毒で誅殺せんと迫る。
 解き放たれたそれをホワイトアルバムは先程生み出した虚像のアリスと咄嗟に体を入れ替える様にして受け止め、大地を踊る様な足捌きで疾走しようとした瞬間……。
「それは、囮だ」
 何時の間に、掻い潜っていたのだろう。
 敬輔がホワイトアルバムの懐に飛び込む様に踏み込み、其れと同時に、その右の青の瞳を光り輝かせた。
 面頬の奥から見えた、射貫く様な青き瞳の異様な煌めきに気がついて、血相を変えたホワイトアルバムが、蒼の譜陣に取り込まれて身動きの取れなくなっている虚像のアリスを咄嗟に引き戻すと同時に全身からその力を抜こうとするが。
「そこで力を抜いたら、振りほどけなくなりますよ? Stone Hand、Over Drive!」
 尚も絡みついていた大地の精霊の腕の出力をウィリアムが叫びと共に引き上げ、岩石の腕がホワイトアルバムの足を更に強く握りしめる。
 そのまま骨を砕いてその場に転倒させんばかりの力に足を圧迫され、其れに全力で抗うために力を込めたホワイトアルバムに向けて。
「アマリ、見ていろ! これが、解放という名目で両親を殺し、憎悪という名目でオブリビオンを殺す、俺自身の罪の証明だ!」
 敬輔が、鋭い怒声と共に、赤黒く光り輝く剣閃を叩き付けた。
 始まりは、右切り上げの一閃。
 弾ける様な赤黒い光と共に放たれたその一閃が、ウィリアムに足を取られたホワイトアルバムの体を捕らえる。
『あっ……!?』
 思わず、と言った様に小さく驚きの声を上げたホワイトアルバムの事を一顧だにせず、続けざまに袈裟に黒剣を振るう敬輔。
 その一撃が統哉の先の一撃を抉る様に削る間にも、敬輔は息つく間もなく、逆袈裟、左切り上げ、左薙ぎ、右薙ぎ、唐竹割り、逆風と続けて舞う様に剣戟を解放。
九撃目の唐竹割りの一撃が、ホワイトアルバムの真っ白な本を斬り裂くのを認めつつ、敬輔もその口からゴボリ、と血の泡を吹きながら今度は逆風からの一連の剣戟を纏めて放った。
 最後の右切り上げを刺突へと変えた敬輔の黒剣による剣戟が、ホワイトアルバムの胸を貫き、ホワイトアルバムがあまりの衝撃に18箇所の裂傷に強打する様に身を震わせ、ゴボリ、と喀血。
 だがそれは、敬輔も同じ事。
 その瞳から血涙が滴り落ちるのを理解しつつ、敬輔はそれでも、と小さく呟いた。
「俺もアリスと同じだ、アマリ。俺は……アマリ。お前を肯定する」
 全身から漆黒のオーラを噴き出しながらの敬輔の其れに、ユーフィに担がれていたアマリが目を見開き、ゴクリ、と生唾を飲み込んでいた。
(「先輩……相変わらず危険な戦い方を……」)
 ユーベルコードの反動を少しでも押さえ込める様に。
 独奏曲を朗々と歌い上げ、敬輔の体を癒しながら、美雪は思う。
 けれども、その十八連撃を受け、喀血していたホワイトアルバムは。
『……あ~あ。虚像のお人形さん、壊れちゃったよ……』
 ぺっ、と。
 血の唾を吐き捨てて、残念そうに首を横に振り、血で濡れて真っ赤になった唇に、愉快で無邪気な笑みを浮かべていた。
『でもね、お兄ちゃん。例えどんなにお兄ちゃん達がアリスのお姉ちゃんを肯定しても、アリスのお姉ちゃんが犯した罪は変わらないのよ? 仮に此処を出たとしても、アリスのお姉ちゃんは幸せになれないんだよ? だって、アリスのお姉ちゃんは、『悪い』お姉ちゃんなんだから。……それは、お仕置きされるのが当たり前、だよね?』
 あくまでも、無邪気に、そして純朴に。
 けれどもそれ故に……何よりもアマリにとって、残酷な真実を。


「……そうよ……そう……。だって、わたしは……わたし、は……!」
 その瞳から零れる涙を拭うことも無く。
 只ひたすらにブルブルと背筋を震わせるアマリ。
 その怯えと自らの行為に対する恐怖……罪の意識へのそれが、その震えを肌で直接感じ取っているユーフィには、誰よりもダイレクトに伝わってくる。
「アマリさん……!」
 その震えを少しでも拭える様に、と。
 自らの背に抱いたアマリを落ち着かせるべく彼女の背を摩る左手に力を籠め。
 決してアマリを放さぬ様に、と言う想いを籠めながら、ユーフィが『ウロボロス』を再び大地に叩き付けて大地を砕き、隆起させた。
 隆起した大地が鋭い槍の様に傷だらけのホワイトアルバムを貫くべく進むその間に、空中で弧を描いて緋色の線を曳きながらホワイトアルバムに肉薄、アマリ、と統哉がユーフィの背のアマリに静かに呼びかけている。
「アマリ。確かに君が奪わざるを得なかった命……それが戻ることは無い」
 思わぬ、統哉のその一言に。
「……統哉様……?」
 ホワイトアルバムの生み出した虚像のアリスを包み込み、其れを封殺した譜陣を大地に根付かせ、そこから無数の翡翠ノ花金鳳花を咲キ乱レさせ、其方に摺足で近づき、翡翠ノ花金鳳花の群れの中心に立つ様にして、自らの魔力を更に練り上げていた蒼が、その何の感情も映し出していない、茫洋とした琥珀色の瞳を瞬かせた。
(「……何を、言う、つもり、なの、でしょう、か……?」)
 それは、ボクが抱いた、純粋な、疑問。
(「……アマリ様の、心を、蝕む、その思いを、如何して、統哉様は……?」)
 それは、人の心に歩み寄るつもりの無かった蒼の心の端に、ふわり、と風船の様に小さく膨らんだ、疑問。
(「統哉さん……」)
 アリスや先輩……敬輔の様に肯定することも。
 ユーフィの様に大丈夫と庇い立てするのでも。
 ウィリアムの様に未来への展望を見るのでも無く。
 ただ、アマリの中に厳然としてある『過去』……拭われぬ罪を指摘する統哉のそれに、美雪が、胸中で思わず溜息を漏らす。
 けれども、統哉を止めたい、とは思わない。
 何故なら……。
「向き合う程に、罪は重く圧し掛かる」
 傷つきながらも尚、健在である事を示す様に。
 翡翠ノ花金鳳花の花の群れの中央に立ち、次なる術に集中する蒼の仮初めの体を『少女の肉』に見立てて食らおうとするホワイトアルバムと蒼の間に割って入り、クロネコ刺繍入りの緋色の結界を張り巡らし、『宵』の柄でホワイトアルバムを受け止めて。
「それでも、これだけは言えるよ」
 そう一区切りを付けて、ホワイトアルバムを『宵』の柄で押し返し。
 そのまま深紅の光となったクロネコ・レッドが、次にアマリに掛けるであろう言葉と、その想いは。
「生きたいと、アマリが願ったことは、罪じゃ無いんだ」
 ――美雪の想いと、ある意味で等しきものだったから。
 そして……その統哉の言葉を聞いた蒼の茫洋とした、何の感情も映し出さない琥珀色の瞳と表情に。
「……呪いで、散々、人を、殺めた、ボクが、言える、事では、ありませんが……」
 共感めいた光が陽炎の様に揺らめいて見えたのは、恐らく美雪の気のせいでは無いだろう。
「……アマリ様には、生きる、意思が、あるの、です。なら、ボク達と、足掻き、ましょう」
 その言の葉と、共に。
 夜に瞬く月下香をクルクルと手元で回転させて。
 その足下に咲キ乱レル、翠ノ花金鳳花の花弁を翡翠色の風で散らせ、美しき花についた棘の様に操り、ホワイトアルバムに向けて突き立てる蒼。
 スカートの裾が風を孕んで微かに靡く蒼のその姿が、アマリの瞳に、非現実的だが、幻想的な美しさを焼き付けていた。
 まるで、アマリに将来到来するかも知れぬ『幸福』の象徴の様に。
 その、アマリに『到来する幸福』とは……。
「アマリさん、もう、自由、ですよ。お父さん、いない、です」
 ユーフィと共に、アマリを守る様に。
 真紅のリボンで円を描き、祈りと共に結界術を張り続けている、アリスの言葉が教えてくれる。
「好きな、所に、行って、好きな、物を、食べて、好きな、人と、一緒に、いられる、です」
(「好きなところに行って、好きな物を食べて好きな人と一緒にいられる……?」)
「……わた、しが……? そんな事が、本当に許されるの? だって、わたしは……わたしは……」
「アリスさんも、統哉さんも分かっているんだよ、アマリさん」
 自身が背負ったその罪の重さを全身で実感し。
 震えるアマリにそう呼びかけたのは、美雪。
「アマリさんが貴女の親を殺してしまったと言う『罪』は確かにあるだろう。だが……その『罪』はあなたがそれを『罪』と認識していさえすればそれでいいんだ」
「そうですよ、アマリさん」
 尚も、その心を温め続ける様に。
 左手でアマリの背を摩り、その温もりを伝え続けながら、ユーフィが静かに首肯し、美雪の言葉を肯定する。
「あなたが今の気持ちと、過去を忘れずに、生き続けること」
 統哉の『宵』に力任せに押し返され、蒼の放った翡翠ノ風に舞う金鳳花の花弁がその身に突き立ち、大きくよろめくホワイトアルバムの隙を見逃さぬ様、大地にディアボロスを突き立て、その刃の先端に足を掛けてディアボロスに着いたスイッチを一つ押すユーフィ。
 カチリ、と言う音と共にディアボロスに搭載されていた『ディアボロスエンジン』が唸りを上げて、ウロボロスの柄頭から凄まじい蒸気と共にジェット噴射を開始。
 そのジェット噴射の勢いに蒼穹の結界を周囲に張って乗り、全身を加速させて自らを蒼穹の風と化させながら、自らの首根っこに必死にしがみついていくるアマリにユーフィが微笑して続ける。
 その小さな胸に、大きな誰かを温める勇気と優しさを抱き。
 風に乗った銀のツインテールを、風の中で泳がせながら。
「それこそが、贖罪なのではないでしょうか?」
「ゆ……ユーフィ、さん……」
 一条の蒼き光にアマリと共に化したユーフィが必死になって自分にしがみついてくるアマリに、そう告げる。
 ユーフィと共に蒼穹の風と化して自らの横を通り過ぎたアマリの背に向けて。
「アマリさん、何が、したい、です?」
 そう、アリスが質問した。
 その声には、不思議な……『純白』とでも称すべき聖なる魔力が籠められている。
(「……何が、したい……?」)
 風になりながらその問いを聞いたアマリが其方に思考を巡らすその間にも、聖なる魔力……愛の女神の聖歌と化したその呼びかけを、アリスは続けた。
「嫌な、所に、戻る、必要、ない、です。逃げて、いい、です」
 その、アリスの励ましに。
「そうですね。この地なら、断罪されることもありません」
 そう言の葉を上乗せしたのは、Stone Handの術式を、蒼の生み出した譜陣と重ね合わせて、蒼の魔力に龍脈の力を上乗せさせた、ウィリアム。
 そのウィリアムの視線は、この周囲の戦場に点在する、ヒトなのかどうか分からない、人々の山とアマリが思ったそれらに向けられていた。
 ……何故なら、分からない、から。
 だから、ウィリアムはある一つの仮説を組み立て、アマリを諭す。
「断罪しか無い故郷へ帰るよりも、あなたと一切のしがらみが無い、アリスラビリンスで周囲にちらほら見受けられる、愉快な仲間達と共に生きてみるのも良いのでは無いでしょうか?」
 その、思わぬウィリアムの一言に。
「……ウィリアムさん? 何を言って……?!」
 思わず泡を食った様な表情になった美雪がグリモア・ムジカに独奏曲を奏でさせながらウィリアムにそう問いかけると。
 ――ガサリ。
 ウィリアムのその言葉に同意する様に、周囲に点在するそれらが、微かに蠢いた。
 その様子に、口元の血を拭って絶句する敬輔と、嬉しそうに花の様な笑みを浮かべるアリス。
「アマリさんが、ここに、居場所、作る、すれば、いい、です」
 そのアリスの言葉に、再びガサリ、と蠢く山に擬態した愉快な仲間達の姿に、アリスがほら、と笑顔になった。
「ここの、人たち、優しそう、ですよ?」
(「……あっ……」)
 そのアリスの言葉に籠められた、聖なる魔力に導かれる様に。
 アリスとウィリアムの言の葉に共鳴し、ユーフィの、人の肌の温もりの様に暖かな波動を投げかけてくる周囲の気配に、アマリが思わず息を呑んだ。
 そのアマリと、アマリを支える様な波動が周囲に満ちていくのを蒼の骨のカンテラが感じ取ったか、充たされぬ魂たる青い炎を湛えたそれが、微かに揺れる。
『骨のカンテラ』の思わぬ反応を見た蒼は、蒼穹の風と化し、ホワイトアルバムに肉薄するアマリとユーフィを、琥珀色の瞳に微かな動揺を抱いて見つめていた。
(「……アマリ様に、とって、今、一番、幸福な、事は、何なの、でしょうか?」)
 そんな蒼の思索に気がついているのか、いないのか。
 蒼のユーフィの対となる深紅の光と化したクロネコ・レッド……統哉が、儘ならぬ動きを強いられているホワイトアルバムに向けて、下段に構えた『宵』と共に滑空。
 そうして統哉は、滑空する『宵』の刃先から、血色を切り裂く日の光を思わせる橙の淡い輝きを伴いながら、アマリ、と言の葉を紡いだ。
「命に対し贖罪を願うなら、罰を受けるだけが道じゃない」
 ユーフィと美雪が、示してくれた様に。
 そして……。
「例えばこの世界には、不安に揺れるアリス達が、何人もいる」
 橙色の光を放つ『宵』を撥ね上げ、敬輔が抉った左脇腹から、右肩に掛けての傷口を更に深く傷つけ、ホワイトアルバムに話させる余裕を奪いながら、統哉が返す刃で袈裟に『宵』を振り下ろす。
 袈裟に抉り取られたホワイトアルバムの体から鮮血が飛び散り、その血をクロネコ刺繍入り緋色の結界で受け流しつつ。
「或は、君の様に取り戻した記憶に絶望を見た者も」
 その、本当の辛さは当人にしか分からないものであったとしても、と付け足しながら語り続ける。
「それでも、少しでも寄り添い、支えられたなら」
 そうして統哉が逆袈裟に、『宵』を振るった。
「共に絶望に抗って、生きることが出来たなら」
 X字型に切り裂かれたその傷口を咄嗟に手で押さえる様にしつつ、半分切り裂かれつつある真っ白な本から、再び赤い蛇を呼び出そうとするホワイトアルバムの、本を持つ右手にてこの原理で『宵』の柄頭を叩き付けて、その行動を妨害しながら。
「苦しみを知る君だからこそ、きっと、誰かの助けになれる」
 そう、統哉が告げるのに。
 ユーフィの首根っこにしがみつく様にしていたアマリがその加速に身を任せながら、その目を思わず白黒させていた。
「君は『アリス』。この世界の不条理と戦う術を持っている筈の存在だから」
 その統哉の断言に応じたのは。
 アマリ自身よりも、この世界に点在する、暖かな光をアマリへと投げかけた風景であった山に擬態した、愉快な仲間達だった。
 統哉のその言葉を祝福するかの様な光が、愉快な仲間達から発せられ、それがアマリの中に流れ込んでくる。
「……わたし。わたしの、願い……」
 感極まった様子で呟くアマリの其れに。
 統哉が至近まで迫ってきている蒼穹の風……ユーフィと共にいるアマリの方を穏やかな眼差しで見つめた。
「その力を、君はどう使いたい? 大丈夫。……君は、1人じゃ無いのだから」
 その、蒼穹の光の中で。
「あの、アマリさん」
 右拳を強く、強く握りしめ、そこに『鬼』の力を籠めながら。
 ユーフィが首根っこにしがみつくアマリに優しく、静かに、想いを込めて、訥々と話しかけた。
「……ユーフィさん?」
 その、アマリの応答に。
 ユーフィが、自らの後ろのアマリの顔を見つめて、真摯に言葉を紡いでいた。
「わたしは、どんなに罪があっても、どんなに辛くても、あなたには、幸せになって欲しい。だから……」
 そのユーフィの呟きを、まるで耳にしていたかの様に。
「……お外に、でて、みましょう?」
 訥々と呟いた蒼が何かに祈りを捧げるかの様に、その琥珀色の双眸を静かに瞑る。
 ふわり、と蒼の立つ地に咲キ乱レ続いていた金鳳花の花々が、その蒼の祈りに答える様に花を散らし、蒼穹の風を孕み、蒼と翡翠と深紅の風に導かれる様に花吹雪と化して、すかさずホワイトアルバムの前を離脱した統哉と入れ替わりに、ホワイトアルバムの周囲を覆い尽くす花嵐と化す。
 アマリが生きる事への幸福を祝い、その栄光への道標になろうとするかの様に。
「……もう、貴女を、傷つける、ものは、ありません」
 ――だから。
「……閉じた、世界、ではなく、世界を、見ても、いいのでは、ないかと、思い、ます」
 祈る様に手向けられた蒼の金鳳花の花吹雪。
 その花吹雪と共に、愛を……祝福を授けるかの様に。
「アマリさん、これからは、あなたが、愛して、あなたを、愛して、くれる、人と、生きる、です!」
 その願いを込めた、アリスの愛の女神の聖歌と。
「今のアマリさんは、自由……親の精神的な束縛から逃れられた状態だ。だからこそ……新たに歩むチャンスでもあるんだよ」
 そう告げた美雪がグリモア・ムジカに奏でさせた、心奮い立たせその心の裡から鼓舞する独奏曲を歌い上げる。
 重なり合うアリスと美雪のデュエットと。
「今は……一緒に行きましょう、アマリさん!」
 鬼の力を込め、右手に蒼穹の光を纏ったユーフィの鼓舞に背を押され。
 アマリが、ユーフィの握りしめられた右拳にその手を添え。
「……はい!」
 そう、はっきりと頷いた。
 その頷きと共に、ユーフィとアマリの拳が、ホワイトアルバムの鳩尾を強く、強く打ち据える。
『あっ……うそっ……?!』
 圧倒的な迄の加速と、鬼の力の籠められたその強烈な一撃が、ホワイトアルバムの鳩尾を撃ち抜いた。
 鳩尾に大きく開いたその穴は、敬輔の十八連撃、統哉の『宵』の斬撃、蒼の金鳳花の花弁によって傷だらけになったその体の全身を撃ち抜き一気に罅割れさせていく。
 そのまま目から光が消え、その体を灰と化して消滅させていくホワイトアルバムに向けて。
「お休み、です。アマリさんは、幸せに、なれる、ます、から!」
 アリスの愛の女神の聖歌が響き渡り、灰と化したホワイトアルバムの心の裡に巣くう闇……その邪心を、蒼の『中傷』の花言葉を持つ金鳳花の花嵐に巻き込んで浄化させていったのだった。


「それじゃあ、今はまだ戻れない……元の世界に戻らない、と言う事だな?」
 その紫の瞳に、穏やかな、それでいて問う様な光を称えながら。
 確認する様にアマリの結論を反芻する美雪に、アマリが怖ず怖ず……と言う様子ながらも、静かに頷く。
 今のアマリの周りには、山に擬態していた様々な姿・形をした愉快な仲間達が集まってきていた。
 血の様に赤い不気味な空と、無限の荒野。
 けれども血色の空には、その血色の隙間から、大空の様に蒼い光が差し込み始め。
 荒野にも、少しずつではあるが、木々や緑が生い茂り始めている。
 その、木々や緑……自然に咲き始めた最初の花が金鳳花なのは、偶然か、それとも必然だろうか。
「今、わたしが戻っても……わたしが、その事実に耐えきれない、と思うんです。それに……その、美雪さんの恩人、と言う方に迄、ご迷惑は掛けられないですし」
 自らの両手を見つめ、ゆっくりと何かを指折り数える様にしながら。
 自分の考えを纏める様にしているアマリに、美雪が複雑な表情を浮かべつつ、分かった、と静かに首肯した。
「美雪さん。帰ることだけが、『アリス』にとって必ずしも正解では無い、とぼくは思います。実際、この地……アリスラビリンスに住まうことを決めたアリスの話も、ぼくは聞いた事がありますから」
 アマリを擁護する様にそう説明を付け加えたのは、ウィリアムだった。
(「……人の、心については、よく、分かりませんが、アマリ様が、此処に居たい、のであれば、ボクには、何も、言えない、ですね……」)
 周囲に咲き始めた金鳳花を無表情に琥珀色の瞳で見下ろしながら、蒼はそう思う。
 そのまま蒼が統哉の表情を覗き込む様に何気なく下から見上げると、統哉はそうかと何かを理解したかの様な光をその赤い瞳に称えながら、うんうん、と頷いていた。
「『アリス』としてのアマリは、それで良いんだな?」
 統哉のさりげない問いかけに、びくり、と軽く身を竦ませながらも。
「……はい」
 自らの変わらぬ決意を表明するアマリに、そうか、と統哉が相槌を打った。
「それが、君の可能性と言う名の掴み取った希望ならば、俺はそれで良いと思う。けれど、さっきも言った様に君は1人じゃ無い、と言う事だけは忘れないで欲しい」
「平穏を破るオウガ達が現れたら、またぼくらが必ず助けに来ます」
 統哉の相槌を聞いてから。
 ウィリアムが静かに胸の前で両手を組んで、誓う様に、自らの胸をそっと叩いた。
(「本当は、よりよい生き方はこれだけじゃ無いかも知れませんけれど……」)
 美雪の伝手を頼り、元の世界に戻るという道もあるのかも知れないけれど。
 それでも、この選択が……。
「アマリさんの望みならば、ぼく達は、アマリさんの望む様に生きて欲しいです」
 何かを確認するかの様にその願いを口にするウィリアムに、やや強張った微笑を浮かべて。
「ありがとうございます、ウィリアムさん」
 と、アマリが返すのに、敬輔が空を仰ぎ、双眸をそっと閉ざした。
(「取り敢えず、少しだけ俺達に対して、歩み寄れたか」)
 最初の戦いの折には、統哉に差し出された手を恐怖に歪んだ表情で見つめて後ずさっていたアマリ。
 作り上げた笑い顔ですらも浮かべることが出来ず、ただ、怯えて縮こまることしか出来ない程の、男性へのトラウマを抱いていたアマリが、こうしてウィリアムや自分達に微笑を作ることが出来ること。
 それは、ほんの少し、ほんの少しだけアマリの心が修復された事を如実に現している様に、敬輔には思える。
 或いは、それは……。
「アリスは、アマリさんが、幸せに、なる、なれる、と、思う、です」
 そう言って朗らかな笑みを浮かべるアリスのあの愛の女神の聖歌に染み込んでいた祈りと願いが、アマリの心に届いたからなのかも知れなかった。
 そして……。
「アマリさん」
 すっ、とユーフィがアリス達より一歩アマリに向けて、前に出て。
 静かに、アマリと見つめ合った。
 交わされる視線。
 そこに籠められた、言葉に現すことの出来ない程に、深い想い。
 その互いの想いと想いを混じり合わせる様に。
 すっとユーフィが両手を差し出すと、アマリがユーフィの両手にその両手を絡ませてお互いに引き寄せられる様に抱きしめ合った。
「……初めて、こうして抱き合う様な形になった時よりも、ずっと温かくなりましたね、アマリさん」
「ユーフィさん……」
 そのままぎゅっ、とアマリを抱きしめるユーフィに、アマリが目に一杯に溜めていた涙を、その肩に顔を埋めて流していた。
 その涙を受け止めて。
「わたしが、アマリさんに出来ることはとても少ないです。でも、それでもわたしは、アマリさんが選んだ道を肯定します。それがきっと、わたしが、アマリさんのこれからのために出来る、最大限の助けだと思いますから」
 だから……と、その蒼き瞳に、アマリと同様に涙を溜めながら。
 ユーフィは微笑を浮かべて、そっとアマリの耳に囁いた。
「何かあったら、いつでも呼んで下さいね。それから、もし出来るなら、一度『蛮人』であるわたしの住む世界……アックス&ウイザーズにも遊びに来て下さい。あなたなら、歓迎しますから」
 ユーフィの囁きに目を大きく見開いて。
「……はい!」
 アマリが力強く頷き、そのまま寄せ合っていた身をそっと離す。
「それでは、私達はこれで。アマリさん、何かあれば気兼ねなく私のことも頼ってくれ。……どうか、息災で」
 その美雪の挨拶にアマリが頷くのを確認し。
 ウィリアムが敬輔達と目線を交わして、踵を返し、静かにその場を後にした。

 ――新たなる戦場が、出会いが、また自分達の事を待っている。

 そんな予感めいた感覚に、其々に想いを馳せながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年01月31日


挿絵イラスト