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ステ忌シヰ

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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「正直、今回の仕事は頼む側も気が乗らないのよね」
 開口一番、グリモア猟兵にあるまじき台詞を吐く白鐘・耀。
 だがグリモアを通じオブリビオンの跋扈を予知したならば、解決せねばならない。
 それが猟兵の責務であり、視てしまった耀に唯一出来ることなのだから。
 ……耀は顰め面で腕を組み、重くため息をついた。
「サクラミラージュに、影朧が出てくるわ。まずはそいつを倒してほしいの」
 その諱は、『顔無しの悲劇』。
 不遇の死を迎えた少女たちの霊魂が集まり、一体の影朧と成ったもの。
 耀曰く、"それら"は単一だが無数の娘たちの集合体なのだという。
 影朧とは、大なり小なり傷ついた魂が成るもの。
 つまりそれは、救われざる哀れな娘たちの成れの果てである。
「……ここまでは普通の影朧退治と同じ。問題はそこから」
 耀は眉間を揉む。
「ちょっと話が前後するけど、影朧ってのはうまく魂を癒やせば転生するモノよね。
 ……この子たちの場合、生前の執着を晴らしてあげることで転生ができそうなの。
 問題は、その執着の内容よ。まあ、言っちゃうとこの子たちは――」
 耀は心底に苦々しい顔をした。
「自分の死に様に納得できてない」
 ――だからせめて、"きれいに死にたい"と。
 そう願っているのだと、語った。

 つまり。
「街ブラつくんでも、花見するのでも、美味しいもの食べるんでもなんでもいいわ。
 戦い終わった影朧は少しずつ"ほつれて"いく。影朧を構成してる思念が"ばらける"の。
 それぞれの子たちの話を聞いて、出来れば一緒に時間を過ごしてあげて、それで――」
 ……そして、殺せと。
 彼女らが満足できるような、"きれいな死に様"を与えてやれと。
 再殺こそが、次の生へ繋がる道なのだと。
 そう語る耀の表情は、憮然としていた。
「……やることとしちゃ、いつもの影朧退治と同じってのはわかってんのよ」
 言葉とは裏腹に、飲み込めないものがあるという顔だ。
「敵としてとどめを刺すのと、満足出来るような場所で手を下すのは実際同じよ。
 でもなんていうか……そんなことをしなきゃいけないこの子たちって……」

 ――どうして、死ななきゃいけなかったのかしらね。

「……余計なこと考えたわ」
 耀はばさりと髪をかきあげると、火打ち石を取り出した。
「あんたたちと一緒に行動して、それで満足してくれるなら一番なんだけどね。
 まあ……なんていうか、あれよ。戻ってきたら別に私罵倒してくれてもいいわ」
 カッカッという火打ち石の音は、いつもよりも弱々しかった。


唐揚げ
 アイスクリームです。今回は心情重視のお話となります。
 不遇の死を遂げた少女たちと交流し、『執着』を叶えてください。
 刃を交わし、言葉を交わし、知った相手をどうするかってお話です。

●各章の概要
 1章:ボス戦『顔無しの悲劇』
 非業の死を遂げた少女たちの集合体である影朧です。消えかけています。
 戦いが終われば放っておいてもいずれ消えますが、それでは転生出来ません。

 2章:冒険『はかない影朧、町を歩く』
 戦闘を終えた『顔無しの悲劇』は、個としての実体を失い"ほつれて"いきます。
 分裂した思念、つまり力なき少女の欠片たちと交流し守ってあげてください。
 3章に参加される予定の方は、ここで交流相手についてある程度指定が出来ます。
(もちろんこの章のみ参加したり、次の章のみ参加するのも全然OKです)

 3章:日常『いずれまたどこかで』
 猟兵と交流した少女たちは、『執着』を叶えてもらうことを願い出ます。
 桜並木を歩いてお花見したり、カフェーで美味しいものを食べたり、etc,etc。
 少女たちは『楽しい時間』を過ごしたあと、猟兵の手にかかることを望みます。
 彼女らの求める『きれいな死に様』をあげるかどうかは皆さん次第です。
 あるいは真摯な想いを伝えることで、未来への希望を想起させられるかも。
 その場合でも『執着は叶った』ものとして扱います。
 彼女たちの求めていることは、つまりはそういうことですので。

 再世のための『美しい死』というねがいに対し、何を感じどう思うか。
 そんな皆さんの心情を、サクラミラージュらしく叙情的に描けたらと思います。
 ご参加の際は、以下のプレイング受付期間にご注意ください。

●プレイング受付期間
 1/17(日)08:30前後まで。
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第1章 ボス戦 『顔無しの悲劇』

POW   :    理由無き悲劇の意味は
対象への質問と共に、【自身の身体】から【自身の一部である死霊】を召喚する。満足な答えを得るまで、自身の一部である死霊は対象を【自らの死因の再現】で攻撃する。
SPD   :    値打無き命の価値は
自身の【内の一つの魂】を代償に、【その魂を象徴する魔人】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【生前の特技】で戦う。
WIZ   :    稔り無き歩みの成果は
【何かを為しえた妄想の自分たち】を召喚し、自身を操らせる事で戦闘力が向上する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠エルディー・ポラリスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 死なずに濟んだならば、それ以上のことはなかつたらう。
 きつと少女たちは幸せに生きて、戀をして、生き甲斐を見つけ、老ゐたのだらう。

 ――けれども、さうはならなかつた。

 飢ゑで死んだ娘がゐる。
 首を吊つて死んだ娘がゐる。
 冷たい水のなかで死んだ娘がゐる。

 そろり、そろりと櫻の中を歩き、さうして彼女たちは云ふのだ。

 ――だうしてなのか。

 ――何故、死なねばならなかつたのか。

 ――もはや時計の針を戻せぬならば、あゞ、せめて。

 せめて物語のやうに美しく、うつとりするほど綺麗なまゞに死にたゐ。

 希望など、あろうはずもなかった。
朱赫七・カムイ
⛩神櫻

執着、未練、叶えたい願い――彷徨う影朧を見る度に他人事ではないと感じるのは
嘗て私が「そう」だったからだろうか
『私』は美しく満足いく結びむかえたが、世の中にはどれだけ己の終に満足できる者がいるのだろう
死は、ひとに約された宿命

もの悲しいね、サヨ
サヨ?わくわくしてるの?
きみに殺されるなら幸いであろうけれどね

私の巫女は本日も愛らしく、かれらしく咲き誇っている
私はきみに終など迎えさせる気などないけれど―其れは未だ秘密

噫、きっと其の子はあいらしく
向こうの子は美人だったろう
今は泣きそうな顔をしているのかな

消えそうな悲劇を撫でるよう剣戟をはしらせ苦む想いごと切断する
塗りつぶされたままではきっと、解けない


誘名・櫻宵
🌸神櫻

彼女達をみていると思い出すわ
嘗て、友に逢いたいという一心で呪いに蝕まれながらかけてきた、神様のこと
願いは時に救いにも
呪いにもなるものね
ならば、救いと咲かせましょ!

え?!いいの?!
どんな風がいいかしら
飛び切りうつくしく、とびきり甘やかに
噫、この世の春のように―眠らせてあげなきゃね!わかる?カムイ
流石ね

私の神様だって今日も凛と鮮烈に美しく素敵だわ!優しい朱の心があの子達に届くかしら
あなたに終を贈られるなんて幸ね

噫、消えないで
もう少し頑張って
燻る思い事はきだしちゃいなさい!
なぎ払い舞うように斬撃踊らせ―「喰華」
ぜーんぶ
喰らって咲かせてあげる
あなたの悲劇は、おいしいかしら?
噫、かぁいそうだこと



●それらは嬉々と微笑んで
 オオオン――と、痩せ細った餓狼のような遠吠えが、桜並木を震わせた。
 顔無しの乙女より生まれたるは、墨筆を狂的に走らせ描いたような黒き獣。
 あるいは魔人と呼ばれるべきモノ――つまりは、世に仇なす存在。
 シルエットは3メートルをゆうに超え、男性的体躯は不自然に手足が長い。
 わけても頭部は人と獣の境を行き来するように、不明瞭に揺らめいていた。
「……怒りを感じるな。噫、いとおしいくらいの強い感情だ」
 魔人を見上げ、朱赫七・カムイはふ、と微笑みさえして言った。
 それは魂の残滓を燃やしたもの。おそらくは本来の持ち主の激情を凝らせたモノ。
 値なしと渾名された娘のいのちの、何するものぞと吠える憤怒そのものである。
「ねがいは、時に救いにも呪いにもなる――"かぁいそう"ね」
 誘名・櫻宵もまた、うっとりとした表情で目を細め、ゆるく笑んでいた。
 皮肉ではない。櫻宵もカムイも、娘たちの無念をほとほと感じ悲しんでいる。
 けれども『慈悲』と書くように、悲哀と慈愛はほとんど同極に位置するもの。
 彼女らをあはれと憐れみ悲しさを覚えるならば、可愛らしく思い慈しみもする。
「かわいそう」は、「かわいい」なのだ。少なくともふたりにとっては。
 死をねがうその魂の激情は、裏を返せば生を希求する「ねがい」でもある。
 いわんや、影朧(それ)を斬ることに、ふたりの中の迷いは皆無。
「――救いと咲かせましょ、カムイ。これは、私たちがやらねばならぬことよ」
「わくわくしてるのかい、サヨ。けれど、そうだな――私も、心震えている」
 ふたりは艶やかで美しい微笑みを向けあい、そしてその笑みを魔人に手向けた。
 衆生を救い給う神仏の浮かべるそれ――アルカイックスマイルだ。
 魔人は咆哮した――歓喜? 嫉妬? わからぬ。そもそも定義が出来ぬ。
 揺らめく黒の躯体と同じく、込められた感情は墨めいて複雑で分けがたい。
 だから、斬らねばならぬ。
 だから、解かねばならぬ。
「幸いに思え、汝よ。私の巫女に殺されるのは、幸だろう」
「幸せね、あなたは。私の神様に終を葬(おく)られるんだもの」
 ゆえにそれらは、嬉々と微笑んで魔人に挑んだ。

 魔人の拳がぐにゃりと槌めいた形を得て、おもいきり振り下ろされる。
 カムイと櫻宵は同極を向けあった磁石のように、直角に飛び離れた。
 拳は結果的に、ふたりが数瞬前に立っていた場所を破砕するにとどまる。
 左右からの同時斬撃。揺らめく魔人の頭部が、ばくりと真っ二つに"割れた"。
 裂けた頭部はそれぞれが両面宿儺めいて新たな頭部を形成し、吠える。
 地面の破砕とともに砕けた両腕もまた、二臂、四臂とわかれ爪を形成する。
 斬撃を爪が受け止めた。濡れた布を叩くような、あるいは岩を叩くような違和感。
 柔らかくも硬い手応えは、人の首を落とそうとした仕損じた時に似ているか。
 並の使い手は、その不快な手応えに心を取られて二の太刀を出し損なうだろう。
 カムイも櫻宵も惑わされぬ。絡みつくような墨色の闇を拒み、刃で螺旋を描く。
 うねる魔人の腕――あるいは触手――を切り裂いて、飛翔。
 双頭を同時に斬首する。……着地したふたりは油断なく構えて振り返った。
「残念だ。きっとあいらしい顔をしているだろうに。見えやしない」
「それも今だけの話。すぐにお顔を魅せてくれるのでしょう?」
 見よ。首を落とされた魔人は、一回り縮小しつつも健在である。
 さらに切り落とされた頭部は、ハイカラな装いの淑女へと凝り固まった。
 つまり、こうだ――"それら"は、もともとふたつでひとつだったのである。
 分かちがたく結ばれた魂が、まるで一体の魔人のように振る舞っていたのだ。
 生前はきょうだいかはたまた双子か――あるいは道ならぬ恋に落ちた百合の花か。
 いずれにしても"それら"は、鏡合わせめいた足取りでふたりに近づいた。
 黒き魔人――一つ頭に二つ腕のそれはカムイに絡みつくように襲いかかる。
 ハイカラな装いの淑女は、顔なき悲劇の分け御霊を人形めいて櫻宵めがけ操った。
「死は、ひとに約された宿命――"ゆえに"などと、私は汝に言いはしないよ」
 カムイは黒の抱擁を受け入れる。常人ならば肌を爛れさせ臓腑を腐らす黒き呪詛。
 それは神の身を灼くことはなく、ぶすぶすと逆に浄化されていった。
「きっといまは泣きそうな顔をしているのだろう。恥ずかしがらなくとも、いい。
 私は――私たちは、汝らに終を与えに来た。だから、怖がらなくとも、よい」
 赤子を抱く母親のように、滑る太刀はいっそ暖かですらあった。
「だからその顔を――お見せ」
 剣が二度、魔人の首を削ぎ落とす。黒はやがて霧散していく。
 神は垣間見た。化粧(けわい)で覆い隠された涙に濡れる真白い肌のをとめを。
 "絡みつこう"とするその動きは、そうするしか知らぬがゆえの"特技"。
 瞳の虹彩に映るのは、外の世界を夢想するばかりで絶えたいのちの面影。

「噫、消えないで」
 対する櫻宵は、分け御霊を次から次に斬って捨てて、そして愛でた。
 斬られたそれらは桜の花へと変じ、狂ったようにごうごうと咲き誇る。
 転生をもたらす幻朧桜と交わるさまは、幽玄の美という言葉の極致であろう。
「もう少し頑張って。燻る想いを吐き出しちゃいなさい。ぜんぶ喰らってあげるわ」
 竜は微笑んだ。応ずるように、ハイカラな淑女の身体が膨れ上がり、爆ぜた。
 所詮は「もしも」の姿。その身に淀むは、無念という名の膿である。
 何故。
 どうして。
 "こうなれなかった"のか。
 わたしは、あの子は、どうして死なねばならなかったのか。
 哭いていた。魂にひたひたとぶちまけられるような悲嘆の叫びだった。
 櫻宵はその無念を喰らいながら、昏い悲劇の一端を垣間見る。
 男の欲望を受け止める場所に、幼い頃に身売りされたきょうだいの悲嘆。
 見た目ばかりは美しく艶やかに飾り立てられ、内側に澱を溜め込み腐る日々。
 明るい未来を夢見て奔したふたりは、結局のところ牢へと引きずり戻される。
 あねは、いもうとの幸せを願った。
 いもうとは、あねの未来を願った。
 どちらもが裏切られ、そして潰えて、絶えた。
「――おいしいわ」
 竜は哂った。慈愛と哀愍が綯い交ぜになった微笑みだった。
「それが、あなたたちの悲劇(きずな)なのね」
 ハイカラな淑女の姿は消え失せて、カムイが垣間見たそれと瓜二つの少女がいた。
 少女のなまじりから雫がひとつ――拭い去るように、桜の花びらが舞い踊る。

 斬撃が、ふたつ。
 顔無しの悲劇とそのふたつのたましいの"結びつき"を断つ霊剣であった。
 姉妹は喜んでいた。涙を流しながら微笑んでいた。

 あゝ、きつと。
 このお二人ならば、こうやつてきれゐに殺してくださるのでせう――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


●花売りの双子
「いつかふたりで外へ出よう。そして」とねがいあった双子の乙女。
 出奔は潰え、ねがいは叶わず、あねはいもうとを、いもうとはあねを慮って折れた。
 だが大人たちは最初から、どちらか片方を逃してやるつもりなどなかった。
 酷使の果てにふたりは死ぬ。襤褸のように、塵のように。
緋翠・華乃音
……君は可哀想な子。そう同情を寄せるのは容易い。
だが――悲しいかな“死”とはそういうものだ。


天寿を全うして、幸福の内に人生を終えられる者など多くはない。
無為に、無意味に。
理不尽に、不条理に。
……そうやって失われる命のなんて多いことか。

――死に寄り添い、その魂を在るべき場所へ還すのが蝶の役目。

故に、君が転生を望むならば叶えよう。
俺にとってはそれだけの仕事で――何より慣れている。


……さて、始めようか。

右手に冷たい刃の感触を意識して。
一つ息吐き、甘い桜じみた死の香を残して。

俊敏と緩慢。
蝶の羽搏きの如く不規則に。

虚実織り混ぜた自在の戦法。
――逢魔ヶ刻(大いなる冬)は二度も訪れさせない。



●死は、何も終わらせてくれなどしない
 闇に覆われた世界で、救済車を驕る存在を滅したことがあった。
 救済を謳い、神を騙り、されど死者を悼むことのない狂った化け物を。

 "死よ、驕るなかれ"。

 それがかつて、化け物に対して緋翠・華乃音が葬送(おく)った言葉である。
 そして今、華乃音は此処に居る。

 少女のたましいを、今一度殺すために。

 それが執着を断つ術なのだという。
 それが彼女らのねがいなのだという。
 伝え聞いていた話は、顔なき悲劇と相対すれば、なるほど事実と理解できた。
 "それら"が抱くもの――悲嘆、後悔、苦痛、狂おしい死への憧憬(タナトス)。
 華乃音が決して抱くことがないものを、彼女らは痛ましいほどに感じていた。
 もっとも華乃音の凍った心は、そこに哀愍や慈愛を見出すことはないが。
 だからこれは、あの化け物のように救済を驕るのではない。
 ただ殺し、執着を断ち、そして転生を――ねがいを、のぞみを、叶えさせる。
 それだけのこと。ただそれだけの仕事。
 心は痛まなかった。こんな仕事、嫌というほど慣れているから?
 あるいはこんなことが救済でもなんでもないと、華乃音が知っていたからか――。

『知りとふ御座ゐます』
 顔なき悲劇から、いかにも宗教風の装いを『着せられた』子が分かたれた。
 背丈は10を数えた頃の程度に見えるが、華乃音はそれが否だと察する。
 発育が悪いのだ。おそらく享年はもう少し上――14、5ほどだろう。
 華美な装いに対し、体つきはやせ細り、十分な成長も出来ていない。
 それがどういう意味かは考えるまでもない。
 食わねば、育たぬ。子供とはそういうものだからだ。

「答えよう。君が、そう望むなら」
 華乃音は静かに言った。亡霊もまた、同じように静かに問うた。

『死とは終焉であると人は云ゐまする。或ゐは、救いであるのだと』

 死霊がふわりと近づく。
 問いながらの攻撃。死の香を甘い桜めいて残しながら、それを避ける。
 蝶の羽ばたきのように不規則に。
 付かず離れず――けれども、けしてはねのけ、否定することはなく。
 死に寄り添い、魂を還すことこそが、夢見鳥の役目なれば。


『生は辛く苦しく、困難で嚴(くる)しく理不盡なもの。而(そ)して救えぬもの』

 ――噫。
 華乃音は脳裏で思った。
 この子もまた、『そう』であったのだと。
 あの闇に包まれ、黄昏に落ち行く世界で、神を僭称するモノに縋り付き、救いを求め、そして死んでいった人々に囲まれたのだと。
 望まぬままに象徴とされ、叶いも出来ぬ救いを求められ、そして。

『ならば死ねばよゐ。さうすれば辛苦からは解放され、救われるのだと』

 ――そして"救済"を求め、自らも偽りに縋ったのだと。

『それでは、何故』

 少女の霊が手を伸ばす。縋るように。

『――何故わたくしは、終はることも、救われもしなゐのでせうか』

「……悲しいかな、"死"はそういうものだ」
 縋るような指先をいなし、華乃音は言った。
「天寿を全うして、幸福のうちに人生を終えられる者など多くはない。
 君のように、無為に、無意味に……理不尽に、不条理のままに、死ぬ。
 ……そんな命の、なんと多いことか。どんな世界でも、それは同じだ」
 刃が滑った。
「だから納得しろとは言わない。君に、同情もしない」
 死霊は動かなかった。
「ただ、俺に言えることがあるとすれば――」
 刃が、届いた。
「――救済(し)を求めることは、決して悪いことじゃない」

 死霊は――少女は思った。
 あゝ、きつと。
 このお方ならば、きつときれゐに殺してくださるのでせう――。

成功 🔵​🔵​🔴​


●救済の御子
 とある新興宗教の御子に祀り上げられた少女。
 聖餐と戒律という名目のもと、痩せ細ったままに疲れ果てた。
 救済を求むる人々に縋りつかれ、けれども何かを与えられるわけもなく、
 最期には呪いを遺し死んでいく人々に引きずられるように、自らもまた果てる。

 求めたのは終わりと救済。
 されど閉じた目が開かれた時、そこには変わらぬ世界があった。
フェルト・フィルファーデン
……死に様を変えようと、結局は同じ、死でしかないのに……
どうしてそんな未練しかないの?綺麗に死ねば何か救われるの?どうして……

……いえ、こんな事あれこれ考えたところで、何か出来るわけじゃないわよね。だから、今はわたしに出来る事をしましょうか。

UC発動。さあ、眠りに落ちて。何の痛みも苦しみも無い、深い、深い眠りへと。
そして……さあ、わたしの騎士人形よ。この者を一突きにて終わらせて。
……たとえ影朧でも、刺されれば痛いでしょう。だから、せめてこれくらいはね?

――ごめんなさい。あなたが死ぬ前に、何も出来なくて。



●おんなのこの、たったひとつのゆめ
 死に際を変えようと、どんなに綺麗に美しく死んだとしても。
 死は死でしかない。何も変わらず、何かを生み出すことも、ありはしない。
 そんなことは「当たり前」だ。わかりきっている。
 だからフェルト・フィルファーデンは、理解に苦しんだ。
「どうして、そんな未練しかないの? 綺麗に死ねば、何か救われるの?」
 問うたところで無意味だとわかっていても、問いかけざるを得なかった。
 顔無しの悲劇から分かれた死霊は、その言葉に眩しそうな表情を浮かべる。
『何も救はれはしなゐ。何も變はることもなゐでせう』
「なら、どうして――!」
『――だつて』
 死霊は――きらきらと綺麗なお姫様の格好をした女は、微笑んだ。
『わたしたちは、"もともと何も救はれはしなかつた"のですから』
「……!」
『死は何も變へはしない。ならせめて、死に樣だけでも滿足するものにしたい。
 さう願ふことは、惡なのでせうか? わたしたちは、閒違つてをりますか?』

 そう、死は死でしかない。死は何も変えず、生み出しはしない。
 彼女らはそんなことなど百も承知だ。
 なぜなら、『彼女たちこそがそうだった』のだから。
 そのユーベルコードは、死霊を「ありえた自分の成功例」という妄想に変える。
 きらびやかなお姫様。
 女の子なら、誰もが一度は夢見るような、そんなきらきらした姿。
 ――かつてのフェルトのような、幸せそうで、満ち足りた笑顔と装い。
『こんなお姬樣に、なりたかつたのです』
 女は言った。
『誰もがわたしのことを愛して、優しく頭を撫で、大事にしてくれるやうな。
 お前など產まなければよかつたと、罵られながら毆られることもなゐ。
 どうして生きてゐるんだなんて、蔑まれながら叩かれることもないやうに――』
 フェルトは震えた。その言葉と彼女のきらびやかさこそが答えだった。
 生まれたことを忌まわしく思われ、
 健気に生きていることを疎まれ、
 親も、それ以外の大人も、誰一人として自分の存在を、いのちを、認めない。
 だから少女は憧れたのだ。誰もが羨み、認め、愛してくれるおひめさまに。

 だつてそれは、おんなのこの、ゆめだから。

「…………ごめんなさい」
 フェルトはただ、泣きじゃくりながらそう謝るしかなかった。
 戦う相手のはずなのに、"お姫様"はその言葉に、痛切な表情を浮かべた。
『だうして、あなたが泣くのです』
「ごめんなさい……!!」

 わたしは、あなたが死ぬ前に、何もしてやれなかった。
 あなたという存在に、その苦しみに、気づくことも出来なかった。
 だから、ごめんなさい。こうするしか出来なくて、ごめんなさい。

 ……言っても詮無いことだと、死霊が言うまでもなかった。
 猟兵は神ではない――いやさ、神とて全人類を救えるわけではない。
 人にはそれぞれの生き様があり、事情があり、だが時間は無情に流れていく。
 フェルトが生前の彼女を知っていたとて、何が出来ただろうか。
 気付かぬことは、知らぬことは、間に合わなかったことは悪なのだろうか。
 否だ。この世には、どうしようもならないことなどごまんとある。
 誰もが大人になる過程でそれを知る。世界はどうしようもなく"平等"なのだと。

 けれども。
「ごめんなさい……わたしは、あなたに何も出来なかった……」
 それをわかっていてもなお、フェルトは涙を流せる少女なのだ。
 死霊はその優しさに、慈愛に触れて、そして悟った。
『あゝ――』
 眠るように目を閉じる。そして羨むように、儚く微笑んだ。
『わたしは、あなたみたひな"おひめさま"に、なりたつたのです』
「――……」
 そして深い眠りへと、死霊は堕ちていく。
 フェルトは騎士人形に構えさせ……眦を拭うと、言った。
「…………あなたも、とても素敵なお姫様だわ」

 そして剣が、その胸を貫いた。

 死霊は――少女は思った。
 あゝ、きつと。
 このお方ならば、きつときれゐに殺してくださるのでせう――。

成功 🔵​🔵​🔴​


●"おひめさま"を羨む少女
 おひめさまは、みんなにあいされる。
 おひめさまは、みんなにたいせつにされる。

 おかあさんにたたかれることも、
 おとうさんにふみにじられることも、
 おとなのひとにさげすまれることもない。

 いいな。
 いいなあ。
 わたしも、そんなふうに、なりたかったなあ――。
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
………こんな風にしか救ってあげられなくて、ごめんね

・質問には答えない。答えられない。
終わってしまったことに言葉を尽くしても、それを真実にできるのは当人だけだから。だからせめて、全て吐き出してくれたらいい。
【自らの死因の再現】の全てをサイコキネシスで受け止め、耐えきり、彼女達の痛みを、悲しみを知って、苦しまないように眠らせる。聖なる者の振るう超能力ならば、あらゆる摂理を超えてそれを果たせるはず。

悲しいことにも、苦しいことにも、意味なんていらない。
『意味があるなら死んで良い』なんてこと、ないもん。
だから、"きれいに死にたい"なんて言わないで……
生まれ変わったらきっと、きれいに生きていけるから……!



●心優しく、すべてを愛して、けれど何も出来なかった少女の話。
 人間の素晴らしさを、ひとつだけ挙げるとするならば。
 それは、"こころ"を以て誰かを慈しみ、手を差し伸べられることだろう。

 ……人間の愚かさを、ひとつだけ挙げるとするならば。
 それは、"こころ"を以て誰かを憎しみ、手を下しさえすることだろう。

 "こころ"があるゆえに、人は感情を抱き、そして愛しもすれば憎みもする。
 天変地異は無慈悲だが平等だ。なにせ生死を平等に振りまくのだから。
 けれども人の愛憎はそうもいかぬ。誰かが誰かを思う時点で平等ではない。
 救われるべきが救われず、奪われざるべきが奪われる。
 それを理不尽と人の言う――けれども理不尽とは、ひとが起こすもの。
 だから、アヴァロマリア・イーシュヴァリエは、すべてを救いたいとねがう。
 彼女にはそれが出来る。そのための奇跡と、力と、仲間がいる。
 ――何も出来ぬままに死んだ少女さえも、少女は慈しむことが、出来てしまう。

『私は、何か、悪ゐことをしたのせうか』
 悪霊の問いかけは、恨み節というよりも、ただ答えを欲していた。
 その手に生まれるのは、錆びた包丁、無骨な閻魔、木槌、石、焼き鏝……。
 突き刺して殺そうとする。
 爪を引っ剥がして苦しませようとする。
 木槌で、石で、頭を叩いて殺そうとする。
 それはすなわち彼女の死因の再現――そのすべてが"そう"なのだ。
『私はただ、その苦しみを取り除いてあげたかつたのです』
 アヴァロマリアは死因を受け入れない。奇跡の力ではねのける。
『なんの見返りも要らなひ。ただ、笑顏でゐてくれればそれでよかつた』
 アヴァロマリアは応報を受け入れない。奇跡の力ではねのける。
『けれども手を差し伸べた人たちは、私自身を呪ひ、そして"こう"しました』
 ただ、その苦しみを取り除いてあげたかった。
 ただ、その悲しみを取り除いてあげたかった。
 見返りなき慈愛と献身は、残念ながら多くの場合畏怖と疑心を呼び起こす。
 その結果、少女は死んだ。――夢を貫くアヴァロマリアのようにはなれなかった。
『私は、何か、悪ゐことをしたのせうか――』
「…………っ」
 アヴァロマリアは攻撃を受け入れない。奇跡の力ではねのける。
 だが彼女は、その問いにだけは答えなかった――否、答えられなかった。
 わかるはずがない。だって、救いたいと願うのは当然のことなのだから。
 それが悪いわけがない。殺されていい理由になるはずもない。
 "お前にはこんな力はなかった、だから仕方のないことなのだ"などと。
 言えるわけがない。
 言おうとも思わない。
 思いすらもしない。

 ただアヴァロマリアが思うことは、ひとつだけ。
「……こんなふうにしか、救ってあげられなくて、ごめんね」
 奇跡の力は、道理を超えた救済をもたらす。
 あらゆる死因を受け止めて、けれども殺されることはなく。
 ただその無念を受け入れて、苦しまぬように眠らせるというご都合主義を。
「悲しいことにも、苦しいことにも、意味なんて要らないよ」
 アヴァロマリアの表情は見えない。帽子が隠してしまっていた。
「意味があるなら死んでもいいなんて、そんなこと、ないもん」
 ただ声は、いまにも折れてしまいそうなほどに痛々しかった。
「――だから、ねえ。"きれいに死にたい"だなんて、言わないで」
 救う側であるはずなのに。
 その声は、すがりつく弱者のそれだった。
「生まれ変わったらきっと、きっときれいに生きていけるから――!」
 乞い、ねがい、ただ嘆願するのは、どちらであるのだろうか。

 死霊は――少女は思った。
 あゝ、きつと。
 このお方ならば、きつときれゐに殺してくださるのでせう――。

成功 🔵​🔵​🔴​


●慈愛の化身
 天下泰平の世界でも、苦しみはあり、悲しみは人の心を脅かした。
 生まれも、人生も、力も、何ひとつ変わったところのない少女は、それを慮った。
 出来る限りの私財を投じ、東に西に駆け回り、せめてその痛みを癒そうとした。

 滅私奉公は、時として畏れと恐れを抱かせる。
 穢れなき少女に二心を疑った人々は、痛みと苦しみと憎しみで応えた。
 少女が人々を怨むことはなかった。
 ただ疑問と、納得できぬ死だけが、そこに遺された。
ヴィクティム・ウィンターミュート
死っていうのはな、普通の人間が思うよりもありふれてるんだ
感動ドキュメンタリーがある裏で、コンテンツとして消費すらされないような、誰も気に留めない死が蔓延ってる
そう、ありふれてるんだ
憐憫の感情だとか、正義感だとか…そんなものは抱かない

死やら絶望やら理不尽やらを、見過ぎたせいかもな
何、やるだけやるさ──来いよ
勝利するためだけに、簡単にイカれちまうこの俺と
気が済むまで『喧嘩』してもらおうか
これが俺の、『Obsession』さ

いくら強くなったって、それは虚構だ
こっちがそれより強く成れば、虚構は現実に勝てない
顔だけはやらないでおいてやる
足を踏みつけ、腹を殴って、左の仕込みショットガンをぶっ放す
終わりだよ



●ありふれて、他愛なく……
 いくつの命を奪ってきただろう。
 いくつの矜持を踏みにじってきただろう。
 数えるのも億劫なほどの屍と絶望を積み上げて、憎悪を背負って。
 万を超える呪詛に絡め取られて、それでもまだヴィクティム・ウィンターミュートは歩みを止めない。
 なにせ「死」なんてものは、彼にとってありふれていて他愛のないもの。
 自分が関わってきた死も、そうでない死も、数多が通り過ぎていった。
 道端で誰かが当たり前のように死んでいる街で、ひたすら生き延びてきた。
 まるでコンテンツを消費するように――あるいは消費すらもされない死。
 世界には、そんなものが当たり前のように蔓延っている。

 だから、憐憫だとか、正義感だとか、そんなものは抱かない。
 ――抱けない。
 抱くような資格が、己にはない。
 自分は生き延びるために、それを振りまいてきた側なのだから。

 勝利する。
 勝利して、生き延びる。
 それがヴィクティムという男のすべてで、積み上げたものはがらんどうだ。
 そんなことは、ヴィクティム自身が誰よりも一番よくわかっていた。
 それを失ったら、ヴィクティムには何も残らない。
 だからヴィクティムは、勝利のためならばなんでも捨て去ることが出来る。
 こだわりも、矜持も――正気さえも。
『だうして――だうして、斃れてくれなゐのですか』
 相対したそれは、怜悧なる雰囲気をたたえた女剣士。
 武道を歩み技巧を極め、武の極北に至ったのであろう、まさしく達人。
 その剣は岩をも断ち切り、
 その足は韋駄天の如く。
 "そうあれかし"と願う少女が生み出した、ありえなかった未来のかたち。
「敗けて生き残るくらいなら――俺は、死んででも勝つ。ただ、それだけなのさ」
 ヴィクティムは口の端からこぼれた血を拭い、不敵に笑った。
 強がりだ。敵対者の――つまり少女の妄想が生み出した剣は、あまりに疾い。
 剣豪となった少女は、その不敵な笑みに怒りを抱いた。
『私が、女だから』
 みしりと音がするぐらいに、柄を握りしめた。
『武に向かぬ女だからと、見捨てられ、蔑まれ――』
 悔しくて鍛え続けて、それでも男に勝つことは出来ず。
 結局は『女』であることに漬けこまれて、そして少女は死んだ。
 最強などを貫くことは出来ず、蔑まれた通り弱者としてもてあそばれて。
 そして死んで死に果てて、影朧となりて、なおも敵わぬというのか。
 ならば己は、なんのために生きたというのか。
『死んですら強さを得られぬと云ふならば、私の生に何の意味があつたと云ふのか。
 ならば最早、私はただ満たされたままに死にたひのです。ただ満足して――』
「……そんな虚構じゃ、俺の執着を超えるこた出来ねえよ」
『ッ!』
 剣が走る。ヴィクティムはサイバネの腕をかざし、その剣を受け止めた。
 そして逆の腕で腹を殴りつけ、くの字に折れ曲がったところを足で蹴倒す。
 癇癪を起こした旦那が妻を踏みつけにするように、悪辣に。
『……!!』
 少女の願望が身動ぎした。そして、憎々しげにヴィクティムを睨む。
 ヴィクティムは目を細めた。それでいい。憎悪されることが己の価値だ。
 憎悪とは執着であり、執着は渇望に繋がる。その目を浮かべられるならば……。
「踏みにじられるのは慣れちまった。だから踏みにじるのも、なんてことはない」
 ヴィクティムは剣を受けた腕からショットガンを展開し、胸部に突きつけた。
「俺の勝利は、お前には渡せない――終わりだよ」
 引き金が引かれた。
 そして少女のはかない願望は、砕け散った。

成功 🔵​🔵​🔴​


●武に裏切られた少女
 ただ、強くなりたかった。
 誰かが憎いとか、富や名声が欲しかったわけでもない。
 だから剣を振って、武道を極めようとした。

「女のくせに」
 そんな言葉を何度聞いただろう。
 結局はそうやって軽んじる奴らの言葉通り、女であるがゆえに勝てず、死んだ。
 何一つ極められぬまま、ただ踏みにじられ、そして、死んだのだ。
狭筵・桜人
矢来さん/f14904

さあ? 二度死んでまでやり直したいくらいには
お気に召さない死に方だったのでしょうねえ。
フフ、可笑しなことを言う。
彼女ら、間に合ってたら今頃死んでませんよ。

いやあしかし楽な仕事のようで良かったですね。
今にも消えそうな女一人。中にたくさんいるんでしたっけ?
矢来さんなら怪我も無さそうな相手だし。
……浪費したい気分だったので久々に高給取りを
雇ってみたら大分過保護になってません?
まあ、暫く学生ごっこに耽ってたとはいえ
影朧に情を持つほど馬鹿になってませんって。

【怪異具現】。【鎖型】のUDCで敵の手足を拘束し彼が仕事しやすいように手伝います。
ねえちょっと、また一人で終わらせる気ですか?


矢来・夕立
狭筵さん/f15055
大層惨たらしく死んだらしいですね。
「また死にたい」と言うのも不思議な話ですが。いつぞやの影朧甲冑よりは救いのある話だと思いませんか。
「間に合った」とも考えられるんじゃないですか。

オレは何も考えずに殺せます。事情も外見も一切無視して。
序に本来は静かに殺すのが領分です。
やかましいのを好かないクライアントで、相応しくない案件ですから。

紙垂を使います。動脈を絞めるかたちであれば、眠るように死ねる。
声も届かせずに済む。必要なら羽織で目隠しも作れます。
彼女らだって一旦死ぬところを見られたいとは思わないでしょうし。

…別に。過保護とかではないです。そう思いたきゃ構いませんけど。



●そこには嘘しかない

 ああアあ噫ァあ――!!

 ……女の悲鳴を録音して、無理矢理引き伸ばし繋ぎ合わせたような。
 耳障りな咆哮。いや、雄叫びというよりはむしろ金切り声という表現が近い。
 哀憎怨怒を煮詰めて混ぜ合わせて捏ね繰り回したような、そういう声だった。
 立ちはだかる魔人は、針金を人型にねじったような細長くいびつな存在である。
 いびつではあるが、ひどく頼りげのない――そう、『浮ついた』ような魔人。
 おそらく本体となった女は、相当に主体性のない性格をしていたのだろう。
 誰かに尽くし、尽くし、尽くし果てて死んだか――そういう手合いだ。

「――"また死にたい"というのも、不思議な話ですね」
 魔人の放つ手裏剣めいた鋭利な『棘』を、式紙の盾によって防ぐ。
 盾の影に身を隠しながら、矢来・夕立は狭筵・桜人のほうを一瞥した。
「いつぞやの影朧甲冑のときよりは、救いのある話だと思いませんか?」
「……救い、ねえ」
 桜人はあるかなしかの笑みを口元に浮かべ、レンズの奥の瞳を見返した。
 その時にはもう、夕立は目線を外していた。ふふ、と笑い声を漏らす。
「二度死んでもやり直したいくらいには、お気に召さない死に方だったのでしょう。
 しかし救いのあるなしで言うと、あの時とどっこいどっこいじゃないですか?」
 盾がたわみ、悲鳴を上げた。そろそろ式紙も限界のようだ。
 だが桜人は立ち上がらない。挑発的に目を細める。
「救いなんて、どっちにもないでしょう」
「…………今回は」
 夕立は言った。今度は桜人の目を見る形で。
「"間に合った"とも、考えられると思いますが」
 すると桜人はおかしそうに、くすくすと肩を揺らす。
「おかしなことを言いますねえ、矢来さん」
 盾が悲鳴を上げている。ふたりは動かない。
「――間に合ってたら、今頃死んでませんよ? 彼女ら」
 式紙が裂けた。ふたりは弾かれたように、真反対の方角に駆け出した。

 魔人は強大だが、元となった少女が少女ゆえか、判断力には乏しいらしい。
 同時に飛び出した影ふたつ。どちらを狙うか、わずかな思案の間があった。
 その一瞬で、夕立は影に溶け込む。つまり、魔人は夕立の姿をロストした。
 となれば狙いは当然、姿を消すなんて芸当の出来ない桜人に向くことになる。
「嫌ですねえ、囮かなんかでしょうか――いや、だとしたらまだ悪態つけますかね」
 魔人の注意がこちらに向くと、桜人は転がることで棘の攻撃を回避した。
 そしてとん、と掌を地面に押し付けると、魔人の周囲に鎖型のUDCが出現する。
 動きを止められると、夕立は判断したのだろう。そして攻撃を避けられる、とも。
 姿は見えないが、こちらが万が一にも被弾しないよう注意する気配を感じる。
 いや、"感じさせている"とでも云うべきか。目は離していないぞ、と。
「……なんなんでしょうかね。これは」
 じゃらじゃらと音を立てて、鎖型UDCが魔人の手足に絡みつき、動きを封じた。
 背後、夕立が出現する。もがく魔人の首に、"紙垂"がしゃなりと巻き付いた。
 それはきっと、生前の少女が愛するひとにやっていたように。
 抱きしめるように絡みついて、そして緩く速やかに締め上げて……眠らせる。
 ひび割れたような声は聞こえない。魔人はくたりと倒れ込み、夕立が受け止めた。
 ふわりと羽織を目隠しのように被せてやると、そこには魔人はいない。
 ……いかにも華奢でハイカラな装いをした少女がひとり、斃れているのみ。

「過保護すぎません?」
 ようやく歩み寄ってきたところで、桜人は出し抜けに言った。
「過保護、とは」
「囮にしたいならすればいいでしょう。まあその必要もなかったのかもですが」
 桜人は、眠るように一度「死んだ」少女の幽霊を見やった。
「今にも消えそうな女ひとり、あなたの手にかかれば容易いでしょうに」
「惨たらしく殺せ、という依頼は受けていませんので」
「やり方の話ではないんですよ」
 桜人は穏やかな笑みを浮かべている。
「まさかあなた、私が影朧に情を持つほど馬鹿になったと思ってます?」
「……別に。そう思っていると、思いたいなら構いませんよ」
「また一人で終わらせる気ですか」
「――」
 短い間。
「……オレにちくちく言葉をぶつけているような場合ではないと思いますけどね」
「なら彼女らを可哀想だと憐れめばいいですか? それこそナンセンスですよ」
 桜人は眠る少女を見下ろした。その装いは、いかにも「普通」である。
 魔人は生前の特技を模倣する。そして飛来したのは鋭い棘。
 刃物のように鋭い棘――この普通の装いにはいかにもふさわしくない。
 自殺に使ったか、それとも男か何かを刺し殺したのか。
 そんなものを武器にするしかないぐらい、空っぽの人生だったのだろう。
「そういうのは、学生ごっこやってるときで十分ですから」
 桜人の声は透明だった。
 その眼は、少女を見ているようで見ていなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


●遺された女
 ともに死んでくれと頼まれた。
 この人となら構わないと、そう思えた。
 だって生きることは、ちいとも楽しくなかったから。

 なのに最初から全部ウソだった。
 あの人の隣には、あの人が本当に愛する女が居て。
 私はただ、戯れに、そして欲のために死ねばいい人間だった。

 ふたりとも、突いて、裂いて、殺してやった。
 あいつらは天国に行けばいい。一緒に地獄に堕ちたくはないから。
神狩・カフカ
【相容れない】
まァたこいつと一緒かい…
二度目はねェと思ってたンだがなァ
これも巡り合わせか
なンだ?クソ聖者って呼ばれてェのかァ?
頼りにしてるからよ
あぁ?神に頼られて光栄に思えよ人間
お、おれの体力は関係ねェだろーが!

ごほん…こいつらのことも“救って”やるンだろ?
非業の死ねェ…
おれァそんな奴ら山ほど見てきたが
その無念を晴らしてやれるたァこの世界は優しいこって

さァて、傲慢なクソ聖者さんよ
その救いの光とやらを見せとくれよ
おれは支援に徹するぜ
煙管を取り出せば煙を吹かして
聖者に向く攻撃の手を眷属共で守ってやろう
これでやりやすくなったかい?
お前に言われたからやるみてェで癪だが…
おれだってちゃんと憶えててやるサ


ジン・エラー
【相容れない】

こォ~~~ッちのセリフだァ~~クソ天狗がよォ~~~
クハ、神がオレを頼るたァ世も末だぜ
テメェ以外の神サマとやらも全部そうだとオレがやりやすくて助かるンだがなァ~~~
それとも何か?テメェは例えばァ……体力がなかったりするのかァ?なァ?なァなァな~~~ァ

言われなくてもそォ~~~するッつゥ~~~の
テメ~~ェに言われたからやるみてェ~でなンかムカつくッたらァ~~~な

ンン~~?顔が見えねェじゃねェか
覚えらンねェ~~~からよ
お前らの"死に方"で教えてくれや
今なら聖者サマのオマケに神サマも覚えてくれっからよ

あァ
よォ~~~~くわかったぜ
そン時も今も、
全部オレに救われる為にあっただけだ

救ってやるよ。



●其の名は忘却なり
「……チッ」
「あァ? いま舌打ちしたよなァ? しかもわざわざ聞こえるようによォ~~~」
「なンだよ器のちっせェ男だな、そりゃお前が気にしてるからだろォがよ」
「い~~~~や、器も(検閲)も小せェのはテメェのほうだなァ~~~」
「いちいち言うことがゲヒンなンだよお前は! ガキかッ!」
「ガキはどっちだこのクソ天狗がァ~~~」
 神狩・カフカとジン・エラーは額を突き合わせ、ぐぐぐぐと押し合う。
 まるで悪ガキのような、しょうもない意地とプライドのぶつかりあいである。
 こいつはどうにも気に入らない――そういう嫌悪がどちらにもあった。
 どこぞの美女について回るとか、そんな事情はもはや些細な話。
 根本的に相容れないという、どうしようもないほどに憎み合ったふたりなのだ。
「だいたいなクソ聖者、おれはお前に頼るつもりなンざ、本来はなかったンだよ」
「あァ~~~?? 誰がクソ聖者だクソ天狗。もっと下手に出てみやがれよ。あ?」
「そォいう態度を取られンのがイヤだから、頼りたくなかったってンだよ!」
 どうやら、この場にジンを呼び出したのは、カフカのほうらしい。
「むしろ光栄に思えよ人間。この神(おれ)が、頼ってやってンだろうが」
「クハ……神が聖者(オレ)を頼るたァ世も末だろ」
 ジンはことさらに顔を皮肉げに歪ませた。
「ま、テメェ以外の神サマとやらも全部そうだと、オレがやりやすくて助かるンだがなァ~~~!」
「アホ抜かせ、今度こそ今回限りだ、クソ聖者が」
「お~おォ、クソ天狗がエラそうにホザくじゃねェか。体力もねェくせによ!」
「べ、別におれの体力だのどうだのはカンケーねェだろッ!」
「お? 図星か? やっぱそうなのか? ギャハハハ、イヒヒハハハッ!!」
「相変わらずうるッせェ笑い声しやがってよ……!」
 いがみあいつつも、ふたりは目の前に立ちはだかる黒い巨人"たち"と相対する。
 それらは少女から生み出されたものとは思えぬほど、歪んだ奇妙な姿をしていた。

 ――何故。
 どうして。

 顔を失った魔人の群れは、とめどなく黒い涙を流し続ける。
 うわ言めいた異言は、すべてが当て所もなく溢れる問いかけの嵐だった。

 誰も彼も、わたしたちのことを忘れてしまったの。
 どうして誰も、わたしたちの名を呼んではくれないの。
 わたしたちの死は、まったくの無駄だったというの。

「――非業の死、ね」
 煙管を手に、カフカは顔を顰めた。
「おれァそんな奴ら、山ほど見てきたぜ。救われることなンざありゃしなかった。
 だが、この世界は、その無念を晴らして、あまつさえ生まれ変わらせると来た」
「ハッ、神サマとやらじゃそんなモンだろうなァ~~~」
 ジンはあげつらった嘲笑を隠しもしない。
「ずいぶん得意げに笑うじゃねェか、クソ聖者」
「当ォ然だろォが。オレは、誰も彼もを救うからこそ聖者サマなンだからよ」
「ならやってみやがれよ。その"救い"とやらで、こいつらの涙を止めてみな」
「言われなくたってそォ~~~~するッつゥ~~~~の!!」
 ジンはギロリとカフカを睨み、魔人を見て――眉根を寄せた。
「……ンン~~~? 顔が見えねェじゃねェか。それじゃ覚えらンねェぜェ~~~?
 なァお前ら、忘れてほしくないンだろ。だったらオレらに"教えて"くれよ」
 ジンは手を伸ばす。すがりつくように、黒い魔人の群れがそこに集った。

 忘れないで。
 わすれないで。
 ワスレナイデ――。

「……ッッ」
 ヘドロじみて変形した魔人の群れがもたらしたのは、痛みである。
 臓腑を生きながらにして腑分けされる痛み。
 猛毒を死ぬ寸前まで味わわされる痛み。
 電流、高熱、窒息――あらゆる酷薄な状況に放り込まれる痛み。
 それらはすべて古ぶるしく、けれども褪せることなどなかった。
 ……かつてこの世界は、大きな戦争に見舞われていた。
 帝都が世界を覆うよりも以前。あらゆる国が非人道的兵器を作り上げた。
 彼女たちは、その礎にされ、そして誰からも省みられることなく忘れ去られたモノ。
 人々は忌まわしき非人道的兵器の記憶を、すべて葬り去ったがゆえに。
 兵器を作るために虐げられた者たちもまた同様に、忘れ去られたのだ。
 その犠牲者こそが、この魔人たちの正体であった。

「……あァ」
 ジンは笑った。
「よォ~~~~~く、わかったぜ」
 ジンはその身を焼かれ貫かれ穿たれ腑分けされ痺れ燃えながら、笑った。
「そン時もいまも、すべてオレに救われるためにあっただけだ」

 ――だから、救ってやるよ。

 光が。
 傲慢なる光が、澱んだ黒を洗い流していく。
 ヘドロじみた涙は、苦しめられた少女たちの流す無垢なる涙に変わった。
「オレも、オマケにそこの神サマも、覚えてやっからよ」
「オマケ扱いするンじゃねェ。おれだって――ちゃんと、覚えててやるサ」
 煙管を手に、カフカは手を伸ばし、少女たちの指先を手に取った。
「だから、お言い。お前さんたちは――どう死にたい?」

 忘れられたくない。
 誰かに覚えていてほしい。
 ずっと覚えていてもらえるような、そんな死に方がしたい。

「――そォかい」
 再世ではなく、物語のように綺麗な死を。
 それが道具として利用され、誰からも忘れ去られた少女たちのねがい。
「この世界の優しさの理由が、おれは少しだけ分かった気がするぜ」
 零してしまったものを、せめて悔いなく救えるように。
 あの桜の桃色は、そんな誰かたちのねがいが染め上げた色なのかもしれない――。

 死霊は――少女たちは思った。
 あゝ、きつと。
 このお方たちならば、きつときれゐに殺してくださるのでせう――。 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


●忘れられた兵器の礎
 影朧兵器。
 忌まわしき非人道的兵器には、当然相応の人身御供が存在した。
 男も女も、老人も子どもも――うら若き少女さえも、その礎とさせられた。

 人々は影朧兵器を忘れ去った。
 そのために殺された少女たちのことも。
 少女たちはただ願う。
 どうか忘れないで、と。
 どうせもう、このいのちが取り戻せぬならば。

 ――せめてわたしたちの名を、忘れないでください。
 そのために願うは、ただ苦しみなき、眠るような死のかたち。
ラピタ・カンパネルラ
【仄か】

こんにちは。
僕は、ラピタ。こっちの彼は、カロン。どうぞ好きに呼んでおくれ。君の、名前は?

未だ聞けないかも。うん。でも最初に挨拶したかったんだ、友達になる為に。
カロン、もしあの子たちが苦しそうだったら、どうか早くに殺してあげて
僕は【蒼穹に消ゆ】で空になり、眠るような終わりを分ける

ずるいな、空からじゃ君たちの死因もきっと僕には無関係
せめてよく詩に聞く、死ぬにはいい日の彩りに

どうして死ななければならなかった、か
不幸なままで生きないため。
きっと持てる人から殺して奪うことも、奪って逃げる事もできた、けれど。
そうせずに。
理不尽な世界に負けてしまった君たちの優しさが愛おしくて、僕たちは逢いに来たよ。


大紋・狩人
【仄か】
こんにちは、きみ達
ラピタ、今は大勢が混ざっているから
大丈夫、想いは伝わってる
名前が聞けるようになったら友達になれるよ

わかった
でもきっと苦しまない
空と眠りは優しいから

な、空は清々しくって綺麗だろ
黒や銀の炎も刃も遮ってしまうな
【灰白鳩】
花、ぬいぐるみ、お菓子
望む子がいたら手向けさせて
微睡み心地で眠ろう
起きたら僕らと遊ぼう

優しさや温かさの全てが
世界に耐えられるほどに強かだったらいいのにな
(無自覚、首にふれて)
時計の針は戻らない、けど
これからきみ達は新たな物語にゆけるんだ
逢いにきた僕らがきみ達を
不幸なままにも負けっぱなしにもさせないさ

ラピタの差し伸べた清らな青
死ぬにも、きっと始まるにもいい日だ



●奪われても、奪うことなく
「――こんにちは」
 ゆらり、ゆらりと歩む影のような朧を前にして、ラピタ・カンパネルラは言った。
「僕は、ラピタ。こっちの彼は、カロン。どうぞ好きに呼んでおくれ」
 まるで初めて会う同い年の子どもに、友だちになろうと誘うような。
 そんな穏やかで――だからこそ、この場では異質に過ぎる挨拶。
「……こんにちは、きみ達」
 大紋・狩人もラピタにならい、しゃなりとお辞儀をした。
 けれども顔なき悲劇の集合体は、言葉を返すことはない。
 なぜならばそれは個にして全。虐げられ奪われた者たちの集合体。
 言葉は届いていたとしても、返すための言葉は多すぎるゆえに、存在しない。
「……君の名前を、今すぐにでも聞きたいけれど」
「――ラピタ。今は、大勢が混ざっているから」
「うん」
「大丈夫。きっと……いや、必ず、思いは伝わってる」
 狩人の言葉を示すように、ふわりとした影の足取りが止まった。
 そのシルエットがゆらぎ、やがてゆらぎは別の影となって独立する。
「聞けなかったとしても、挨拶をしたかったんだ。友達になりに来たのだから」
「名前を聞ければ、友達になれるよ。だから今は――」
「……ああ。すぐに殺してあげて、カロン。苦しいのは、可哀想だ」
 狩人は頷いた。シルエットはぞわぞわと増大し、見上げるほどの巨人となる。
 少女の悪霊を拡大した魔人。哀・憎・怨・怒を凝り固めたカリカチュア。
 ――咆哮。揺らいだ空は、黒雲がわだかまるように昏くなりつつあった。
「あんな空じゃ、気持ちも晴れないだろうね」
 ラピタはそう言って、やがてその身体が透き通るように解けていく。
 空が染まる――青い青い蒼穹に。透き通るような青空に。
 降り注ぐのは安らぎもたらす蒼の炎。せめて眠るような終わりをもたらすため。
 魔人は空を見上げて、また吠えた。それは嗚咽だった。
「さあ、おいで。きみを、寝かしつけてあげるよ」
 魔人が身をかがめた。狩人は穏やかな表情で迎え撃った。

 サクラミラージュは、平和な世界だ。
 天下泰平が訪れ700年、人々は「おおよそのところ」平和を謳歌している。

 とはいえ。
 人が集まり社会を形成すれば、差が生まれる。
 力の差。
 生まれの差。
 貧富の差。
 差があるからこそ人は競いあい、その競争がよりよい社会を作り出す。
 けれども競争と比較は、時として――いや、大抵の場合嫉妬と憎悪を生む。
 持たざるものは持つものを羨み、妬み、嫉み……そして、奪おうとする。

『おとうさんが、おかあさんが、おうちのみんなが、大好きだったの』
 アンティークドールを思わせる黒い魔人は、その見た目にそぐわぬ幼い声で言った。
『大好きだった。しあわせで、毎日が楽しくて、他には何も要らなかった』
 片手が鉤爪に変じる。それはまるで串刺し公の築いた晒し台のようだ。
『――でも、みんな、みんな死んでしまった。
 おとうさんも、おかあさんも、おうちのみんなも、殺されてしまった』
 鉤爪が振り下ろされようとして――止まった。
 狩人が差し出したのは、花束だった。
 何の変哲もない、けれども美しく鮮やかな花々。
『……お前たちは、「ゆうふく」だからって』
 鉤爪は恐る恐る、花束を摘み取る。
『おれたちが、わたしたちが、持ってないものをたくさん持ってるからって。
 そうしてみんな、みんなころされて……わたしも、最期には、殺された』
「そっか」
 狩人の表情は、微笑むようでも、泣き出しそうなようにも見えた。
 花束をつまみとった鉤爪に、狩人の指先が優しく触れる。
『わたしは、いけない子だったのかな。殺されなきゃ、いけなかったのかな』
「そんなことはないさ。……ただ」
 狩人は眉根を寄せた。
「優しさや暖かさのすべてが、世界に耐えられるほどに強かだったらよかった。
 きみは――きみたちは、何も悪くない。きみたちを殺した誰かたちだって」
 死は当然で、必然で、だからこそ覆せず、巻き戻すことも出来ない。
 悔いは貯まるばかり。哀しみも募るばかり。けれども、時は進んでいく。
「きみたちは、奪わなかったのだろう」
 空を見上げる。蒼穹が、そう告げていた。
「僕たちは、そんなきみたちが愛おしくて、だからこそ逢いに来たんだ」
 奪われても奪うことなく。
 殺されても怨むことなく。
 ただ、自分にとって納得できる、認められる死だけを求める。
 誰かを殺すのではなく――苦しみもない死という終わりを求める。
 それはいたいけな優しさの証明で、だからこそ余人には耐えがたい。
「きみたちを、不幸なままでも、負けっぱなしでも、終わりにはさせないさ。
 ごらん、この青い空を――今日は、死ぬにも、始まるにも、きっといい日だろう」
 ……魔人の黒が、青い炎に現れるようにして消えていく。
 西洋人形のような巻毛の少女は、ぼんやりとその瞳に蒼を映していた。
「起きたら、僕らと遊ぼう――だからいまは、おやすみ」
 こくりと少女は頷く。同じように奪われた少女たちもまた、同様に。

 ……やがてラピタが、ふわりと蒼の中から降り立った。
「ずるいな、カロン。僕も、この子たちの死因を知りたかった」
「ごめん。でもラピタの青は、たしかにこの子たちに届いていたよ」
「うん」
 指先が、金色の髪を撫ぜた。
「不幸なままで生きることなく、奪われても奪わず、逃げもしなかった子たち。
 理不尽な世界に負けることを選んだ、僕らの友達――いまは、おやすみ」
 眠る少女の口元には、うっすらと微笑みがあった。
 その夢を現実にするために――自分たちはこれから、彼女たちを殺すのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●恵まれた子ら
 富と愛と絆と――人が羨むすべてを持ち合わせていた。
 当然のように心優しく、穏やかで、何も憎まず怨むことなく育った。
 その優しささえも、持たざるものにとっては嫉妬の対象となりえる。
 炎は父を奪い、刃が母を奪い、狂乱と怨嗟が持てるすべてを奪った。

 彼女らに罪はない。そして応報する理由と因果がある。
 ……けれども彼女らは、それを選ばなかった。
 望むものはただひとつ。
 悲しさも憎しみもない、眠るような穏やかな死だけ。
 喜びを分かち合い愛し合う相手は、もう何処にも居ないのだから。
 ただせめて――それでよかったのだと思える、そんな死に様をください。
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【Bright】
二人とも大丈夫か
キツけりゃ任せてくれてもいーんだぜ
――なーんて
冗談。それで納得するとも思わねえよ

死者の望みを聞き届けるも忌み子の使命
悲痛な声など聞き飽きてるが
同じくらい優しい顔も作り慣れてる
やァレディたち
話を聞かせて欲しいんだ
そこで止まっちゃあくれまいか

ネグルの援護と匡の銃撃
役者は足りてる気もするけど
――起動術式、【三番目の根】
苦しみを分かち合ったら一撃で葬ってやる
私にとっちゃ大勢の痛みの一つだが
レディらにとっては己一人の苦しみだ
大事に覚えておくさ

おー、全部終わらせてやろう

あるのは義務感と使命感だけで
貼り付けた笑みは揺らがない
――だからかな
苦しそうな二人が、少し羨ましいんだ


ネグル・ギュネス
【Bright】
唇を噛む
理解している、解っているそれでも尚、その心を思えば痛みが胸を刺す
また、死なせなきゃならないんだな…

…大丈夫だ、行こう
やるべき事は、やり遂げる

攻撃は、俺が受け止める
二人は隙を突いたり、ブッかまして引導を渡してくれ

どうして死んだとかは、俺にも解らない
死に意味がある無しなんてのもまた、解らない
馬鹿だからさ、俺

だけど死して尚、深い絶望に囚われるのを見て見ぬふりは出来ない!


俺はその螺旋から君達を掬い上げたい、それだけだッ!
【降臨昇華・陽光黒鉄】──!!
突、貫ッ!

死霊を捌き、攻撃を受け止め、此方にヘイトを向けさせれば、あとは、信じた二人がいる
頼む、二人とも

あの魂を、解放してやろう


鳴宮・匡
【Bright】


俺が“そういうの”ないの、知ってるだろ
本番はここじゃないんだ、手早く済ませちまおう

いつも通りの凪いだ顔をしているだろう
いつだってそうだ
“かわいそう”なんて思ってやることは二度とできない

わかる、なんて綺麗事も言う気はない
そんな資格があるとも思えない
報われない死なんて戦場じゃありふれていて
何より、俺はいつだってそれをもたらす側だったんだから

俺にできるのはただひとつだけで
そうすることに迷いもない
それは、間違っても救いだなんて呼べるものじゃない

……それが、苦しい、なんて
こいつらの前で、出す気はないけど

狙う瞬間はたった一つ
ニルの攻撃で体勢を崩した隙だ
一撃で仕留めるよ

……それが、俺の役目だ



●哀しみも、慈しみも、とっくのとうに擦り切れて
 表情だけ見れば、ニルズヘッグ・ニヴルヘイムはいかにも優しげだった。
 燃える瞳を笑みに歪めて、場違いなくらいに明るく穏やかな笑みを浮かべる。
 それが作り慣れた仮面でしかないことは、本人が誰より分かっている。
 悲しさはない。なにせこんなことを、生まれてこの方繰り返してきた。
 これは誰かを騙すためじゃなく、義務と使命を遂行するための必要経費。
 だから、悪いとも思わない。ただ思うことがあるとすれば――。
「ふたりとも大丈夫か? キツけりゃ任せてくれてもいーんだぜ」
「……俺が"そういうの"ないの、知ってるだろ」
 鳴宮・匡は笑みすら浮かべず、にべもなく答えた。
 凪いだ海のような平然とした表情。哀愍はおろか、侮蔑も嘲笑もない。
 "かわいそう"だなんて言葉は、匡の中にはない――残って、いない。
「ああ、だろうな。冗談だよ」
 ニルズへッグはそう言って、もうひとりの男を見た。
 ……ネグル・ギュネスは、唇から血が出るほどに噛み締めていた。
「ネグルだって、それで納得するようなタチじゃないのも、わかってるさ」
「……ああ」
 絞り出すような声。ニルズへッグは、笑んだまま目をわずかに細めた。
 苦悶。
 懊悩。
 そして疼痛。
 この優しすぎる男は、義務や使命を越えて痛みを背負いすぎるきらいがある。
 正義の味方だなんて言われる人間が居るなら、こういうことを言うのだろう。
 自分とは違う。
 匡とも違う。
 こうしてつるんでいるのが不思議なぐらいに、何もかも正反対な男。
「…………また、死なせなきゃならないんだな」
 呻くような呟きは、ふたりにしか聞こえぬ程度の声量だった。
 ニルズへッグは何かを言いかけて、笑みの仮面を被り直し、やめた。
 死者の声にさえ飽いてしまった自分が、この男の苦しむ心に何をしてやれる。
 今のように冗談めかして、場違いみたいな笑顔で笑い飛ばすぐらいだろう。
「本番は、此処じゃないんだぜ」
「……わかってるさ」
 代わりに匡が言った。こいつも正直な奴だ、と親友を見て思う。
 閉じた瞳の奥に隠されたものを、ニルズへッグは感じているが探ろうとしない。
 親友が出すべからずと思ったならば、それは秘めておくべきものなのだ。
 ……本当に、優しすぎる男たちだと、ニルズへッグは思った。
(――少しだけ羨ましいだなんて、言えるわけないよな)
 だから笑う。
 笑って、揺らぐ死霊の群れに相対する。
 何度も繰り返してきたように。
 何度も繰り返していくように。
「全部終わらせてやろう。……さあ、かかってこいよレディ。大事に覚えておくさ」
 我ながら歯の浮く台詞だと苦笑しながら、手で招いた。
 ぶつけられる悲痛な叫びさえ、ニルズへッグにとっては日常だった。

『何故――』
 顔無しの悲劇から分かたれた少女たちには、ひとつの共通点があった。
 表情は定かならぬ。ただその服装は、まるで将校のように規律正しいそれ。
 ……そして首には黒い鉄輪。それが意味するところは、ひとつきり。
「……幻朧戦線か」
 匡は、そして親友であるニルズへッグも、"そいつら"を識っている。
 大正の世の終わりを、戦乱による人の進化を謳い、暗躍する秘密結社。
 黒い鉄輪はその証。構成員はみな、熱病じみた革命思想に囚われた者たちだ。
 ふたりは識っている。そいつらが起こした愚行と、その意味を。
 何も知らぬままに忌まわしき影朧兵器に乗り、そして死んだ男の愚かさを。
 一度乗れば死なずして降りれぬ影朧甲冑。搭乗者の命を奪う、戦争の遺産。
 奴らが、それをいきなり実戦に投じるはずはない。
 ……居たはずなのだ。験しのために命を散らした誰かが。
 この少女たちが。そうだというのか。
『何故私たちは、死なねばならなかつたのでせうか』
 少女たちは言った。
『命を散らすつもりなど、なかつたのです。ただ善きことをしたかつた。
 それがなんであるかを私たちは知らず、何をもたらすかも知りませんでした』
 死霊たちは行進する。無為なる死の答えを求めて。
『苦しかつた。痛かつた。寂しかつた――それでも、何も変わらぬままなのです。
 私たちの死は愚行の礎にしかならず、そのあとの行為にさえ意味はなかつた』
 焼殺。
 絞殺。
 銃殺。
 毒殺。
 悶死――。
 騙され、あるいは真実を知らされぬまま、戦争兵器の実験台となった少女たち。
 思いつくかぎりのありとあらゆる死因が、彼女らの壮絶さを物語っていた。
『ならば私たちが死んだことに、何の意味があつたのでせうか』
 憎しみはない。
 怒りもない。
 ただ、答えを知るためだけに――彼女たちは、手を伸ばした。

「……わからないんだよ」
 ネグルは、その手を掴んだ。眦が裂けそうなほどに眉根に力を込めて。
「どうして死んだとかは、俺にはわからない。……馬鹿だからさ。
 死に意味があるのかないのかなんて、それもわからないんだ」
 ひきつるように笑う。ニルズへッグの真似をするように。
「だけどさ」
 匡は引き金を引かぬ――その時ではない、というのはもちろんある。
 ただそれ以上に……引けなかったし、引かなかったのだ。
「死してなお、深い絶望に囚われているのを、見て見ぬふりは出来ない」
 君たちを殺した奴らのところへ飛んでいけるなら、いますぐにも飛んでいきたい。
 その面を張り倒して、地獄の苦しみを味わわせて因果応報をなしてやりたい。
 けれど、そうではないのだ。彼女らはそれさえも望んでいない。
 怨嗟さえも枯れ果てて、望むのはただ――ただ、受け入れられる死だけ。
「俺は、その螺旋から君たちを掬い上げたい。ただ、それだけだッ!!」
 その身は灼けるようにして黒へと染まり、火と稲妻と刃と毒のなかへ飛び込んだ。
「だからせめて、俺に受け止めさせてくれ。君たちのその痛みを、苦しみを。
 ……俺に、君たちを掬い上げさせてくれ。傲慢でもいい、だから――ッ!!」
 あらゆる死が襲いかかる。ネグルはそれを粛々と受け入れ、歩みこんだ。
 ニルズへッグが指先を伸ばす。あらゆる死は、仮面の下の忌み子にも及んだ。
「呪うならば私を呪え。あいにく痛みには慣れているんだ、レディ」
 高熱の牢獄の中で苦しみ抜いた娘がいた。
 人体にはあってはならぬ猛毒でのたうち回った娘がいた。
 人体と肉塊の区別がつかぬレベルまで切り刻まれた娘がいた。
 すべてを受け止める。痛みを。苦しみを。ネグルとともに。
「そこで止まっておくれ。いまに、すべて終わらせてやる」
 悪竜の覇気が波濤となって、ネグルに縋り付く死霊たちを押し留めた。
 痛みを苦しみを浴びてなお、ニルズへッグの笑顔は揺るがない。
「――相棒」
 ネグルが言う。
「匡」
 ニルズへッグが言う。
「……頼む」
「任せるよ」
 男たちが、言った。

「――ああ」
 痛みも苦しみもなく、恐れもなく、ただ一瞬で終わる眠りの一撃を。
 死神は残酷ではない。死をもたらすのは「そうである」がゆえに。
 親友がそうであるように、自分もまた「そうであろう」とする。
 ……かつての己からすれば、それはひどく不格好で無様だった。
 何よりもこの、痛みさえも共感できぬことへの苦しみが心を炙るのだ。
「それが、俺の役目だからな」
 だからただ、幾千繰り返してきたように、死(それ)をもたらそう。
 弾丸が放たれた。
 肋骨の間を滑るようにして、死霊たちの心臓を貫く。
 トリガーを引く指先に、重みはない――あろうはずもない。
 その事実が、なによりも匡の心を責め苛む。

 少女たちは歓んだ。
 あゝ、きつと。
 この方々ならば、こうやつてきれゐに殺してくださるのでせう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●黒い鉄輪の犠牲者たち
 忌まわしき戦争兵器は遺棄され、その歴史とともに忘れ去られた。
 その邪悪を呼び起こした者たちは、兵器に当然のものを求める。

 すなわち、兵器としての価値。
 それを証明するものは、積み上げた屍以外にないのだろう。
 老いも若いも、男も女も、多くが騙され、知らされぬまま、殺された。

 死してなお、変革を願うものも居た。
 けれどもすべては裏切られた。叶うはずなどなかった。
 愚かさを噛み締めたとて、時計の針は戻らず、積み上げられた屍も消えず。

 ならばせめて、悔いなく死にたい。
 少女たちはただ願う。苦しみなき終わりがあるようにと。
花剣・耀子
……、死は死でしかない。
死んだら死んだ時のこと。
死んだあとにどうなるかなんて、考えたって仕方が無い。
どちらにせよ、干渉することができなくなるのだもの。
――あたしは、ずっと、そう想ってきたけれど。

ここは、「続き」のある世界。
そういうこともあるのでしょう。
善いことであるのか否かは、……そうね。
きみたちがそう望むのであれば、きっと、僥倖なのかしら。

おいで。きみを殺しに来たわ。
――、何があったか、聞かせて頂戴。

きもちが分からないでもないのよ。
あたしは、きれいに死にたいわけではないけれど。
死ぬのなら、いのちを使い切らなければ、立つ瀬が無い。

「続き」のあってしまうことが、すこしだけ羨ましくて、かなしい。



●死のあとの続き
 死んだらそれまで。そこで終わり。
 善きにつけ悪しきにつけ、死は平等にすべてを終わらせてくれる。
 考えたところで意味はない……なにせ、自分にはどうしようもないのだから。

 そう思っていた。
 それは正しいと今でも考えている。
 ただこの世界では、違う。そこにはもう一つ、先がある。
 ……多くのものにとって望まれざる、続きがあってしまう。

「おいで」
 花剣・耀子は、ダンスに誘うように片手を伸ばした。
「きみを殺しに来たわ。――何があったか、聞かせてちょうだい」
 噫、と。
 顔無しの悲劇から分かれた少女の影は、陶然とした吐息を漏らした。
『終わらせて、くださるのですね』
 なんて優しい人だらう。
 なんて麗しい人だらう。
『ならば教えてくださゐませ――』
 死霊は、恋する乙女のようにうっとりとした声音で言った。
『何故わたしには、「続き」があつてしまったのでせう』
 言葉とともに、首を掻ききる刃が横薙ぎに滑った。

 ――不治の病と訊かされたのです。

 ――治りはすまゐ、だうしようもなひものなのだと。

 ――わたしはそれを受け入れました。己のことだつたからでせうか。

 ――けれども父と母は、そうではありませんでした。

「……だから、自ら死を選んだのね」
 剣戟はいずれも首を狙う。それはひどく見切りやすい、素人の剣だ。
 少女は首を斬って死んだ。身体を切り刻まれる痛みと、病の苦しみに耐えられず。

 ――わたしはただ、楽になりたかつただけなのです。

 ――けれども父は、母は、だうか、だうかと、頭を下げ続けました。

 治るはずのない病を治すため、全身余さずメスが入った。
 五臓六腑を切り刻んで、繋ぎ合わせ、針を呑み薬を呑みそしてまた切り刻まれた。
 誰も悪くはない。親が子のいのちを繋ごうとすることが何故悪いと言えよう。
 わかっている。そんなことは少女が、誰よりも、わかっている。

 ただ。
『わたしは、終わらせたかつたのです』
 愛が、必ずしも、愛されるものにとって救いにならぬように。
『この苦しみも、痛みも、すべて。すべて』
 病の苦しみ。
 傷の痛み。
 父と母と、多くの人々に手を煩わせてしまう哀しみ。
『だからわたしは、己の首を伐つたのです』
 そうしてようやく、終わったはずだった。

 終わりはしなかった。
『わたしはもう、続きなど望みません』
 すぐにでも終わらせてしまいたい。
 でももしも、わがままを一つだけ言えるとしたら。
『――もう苦しまず、痛みも味わわず。そう願うのは、悪なのでせうか』
 刃が首を狙う。自動的に。
 それを止めるための答えを、耀子は持ち合わせていなかった。

 彼女が言えることがあるとすれば。
「あたしはね」
 メスを弾く。
「きれいに、死にたいわけではないけれど――きもちは、わからないでもないの」
 正眼に構えた。
「死ぬのなら、いのちを使い切らねば、立つ瀬がない。あたしはそう思っている」
 素人でしかない少女に対して、耀子の剣はあまりにも疾い。
 羅刹であるから。
 剣豪であるから。
 ――忘却を否定するものであるから。
「でもそれは、とても恵まれたことなのだと、改めて思ったわ」
 剣閃がひとつ。メスを振るう手の腱を断つ。神経ごとゆえ、痛みはない。
「続きのあってしまうことが、きみにとってかなしみであるのなら――」
 剣を前に突き出した。
「……それは、あたしにとってもかなしみでもあるのよ」
 だから。
「きみを殺してあげましょう。すこしだけ羨ましい、きみのことを」
 少女は微笑み、うっとりと言った。

 あゝ、だうか。
 きれゐにわたしを、殺してくださいませ――。

成功 🔵​🔵​🔴​


●病んだ少女
 誰も悪くない――そんなことはわかっている。
 父も母も、ただ子に生きていてほしかったのだと。
 その思いを受けた医者も、ただ辣腕を振るっただけなのだ。

 でも、お父さん。
 胸が痛いの。
 骨は軋み、臓腑は腐って、吐くのは血反吐ばかり。
 ねえ、お母さん。
 心が苦しいの。
 涙も枯れて。そうさせてしまう自分が情けなくて悲しくて。
 だからどうか泣かないで。悪いのはきっと、わたしひとり。
 先立つ不幸をお許しください。悔いろと言われれば永劫地獄で悔いましょう。

 あゝ、だから、せめて。
 こんな続きから、どうかわたしを解放して――。
ユエイン・リュンコイス
●連携アドリブ歓迎
自らの結末に納得がいかない、せめてこう在れば…ああ、そう願う気持ちは良く理解出来る。
己と他人の違いこそあれ、ボクもまたそう望むモノだから。

その為にも、まずは少しばかり大人しくなって貰わなくてはね。単純に言葉を投げ掛けるのも良いけれど…此処は行動にて示すとしよう。
UCを起動。自らの能力を強化しつつ『白輝蒼月のアミュレット』を掲げ、【破魔】の【祈り】によって妄想を祓おう。直接的な攻撃ではダメージを与え過ぎてしまうだろうしね。

キミたちに必要なのは、燻り続けるかつての「もしも」じゃない。
いま、自らの行動によって得る納得だ。
だから次へと繋がる為に…こんな所で終わらせるつもりはないよ。



●見届ける結末など、とうに過ぎ去った
 人生とは後悔の積み重ねで、「もしも」が叶うのは幸運なことなのだ。
 人であれ、人でなきものであれ――こころを持つならば、誰もがねがいを持つ。
 こうであってほしい。
 こうであってほしかった。
 未来と、過去と――現在にさえも、欲深くねがいを抱く。
 それは悪ではない。むしろ、だからこそ人は未来を掴んでこれたのだ。
 ユエイン・リュンコイスもまた、そう望むモノだ。だから否定はしない。

 たとえ、彼女の見届けるべき結末が、とっくのとうに終わっていたとしても。
 そのために纏う虚飾を、ユエインは受け入れようとしなかった。

 アミュレットを掲げ、破魔の祈りを捧げる。
『ああ、あ――』
 対峙するのは、美しくしとやかで、自信に満ち溢れた令嬢だった。
 けれどもその虚飾は剥ぎ取られ、朽ち果てた少女の真実があらわとなる。
 身に纏うは襤褸、顔は煤けて汚れ、身体はやせ細り、傷跡が見え隠れする。
 恵まれぬもの。
 持たざるもの。
 貧しさの中でただねがいに焦がれ、誰にも省みられることなく死んだ子供の姿。
『だうして、なんで――私の理想を、奪い取つてしまうの』
「キミに必要なのは、燻り続けるかつての"もしも"じゃない」
 アミュレットを下ろし、ユエインは言った。
「いま、自らの行動によって掴む納得――自分自身で見て、感じ、決めることだ。
 ボクらがここへ来たのは、キミのその思いを、次へとつなげるためなのだから」
『次なんていらない』
 少女は叫んだ。
『私はもう、こんな汚らしくて、貧しくて、蔑まれるような姿はいやなの。
 きれいになりたいの。ほしかったものがほしいの。ただそれだけなの!!』
「……終わってしまってなお、捨てされぬねがい。それは辛く苦しいだろうね」
 ユエインは泣き叫ぶ少女に歩み寄り、そして跪いた。
「きっとキミは誰にも救われず、手を差し伸べられることもなく死んだんだろう。
 でも、いまはボクらが此処に居る。だからどうか、信じてくれないだろうか」
『……何を』
「キミにも、ねがいが叶うはずの"次"がやってくるのだと」
 少女は涙を流しながら、ユエインを見つめた。
「……たとえその結果として、キミにもう一度死を送るのだとしても。
 ボクは必ず、キミに寄り添い、最期を見届ける。だってキミは、まだ――」
 ……終わってなんて、いないんだから。
 その言葉に、貧困に虐げられた少女は、わっと泣きじゃくった。

成功 🔵​🔵​🔴​


●何も得られなかった娘
 ありふれたことだと人の言う。
 救っていてはきりがないと人の言う。
 そうだろうとも――持てる者にとってはそうだろうとも。

 ならば、持たざるものはそれで納得しろというのか。
 食事も得られず、ゴミのように蔑まれ、時には足蹴にもされて。
 その苦痛を、何もかもを、飲み込み受け入れろと?
 飲み込んだところでお前たちは、見向きさえもしないだろうに。

 だから私は死んだんだ。
 私にはなにもない――最初から、最期まで。
 そしてきっと、これからも。
ヒマワリ・アサヌマ
戦わなくちゃいけないの?目の前の、自分と、同じぐらいの女の子と?
……そんなの、無理だよ。
あなたたちを傷つけるのは、やだよ。
だって何も、悪いこと、してないんでしょ?

ねえ!ええっと……名前はわかんないけど!
ちょ、ちょっとタンマ!待って待って!一旦止めてこれ~~~!
私、悪いことしないから!ひどいことも、痛いこともしないから!
ああもう!知らない知らない!知らないもん!!
人の話を聞かない子は、悪い子なんだからね!!

落ち着いて、話がしたいだけなの
だって私、あなたたちのこと、何も知らない
何も知らないのに、傷つけるだなんて
そんなの、悪い子のすることだ



●わるいこ
 どんな植物でも、栄養をあげすぎれば枯れてしまう。
 日差しを浴びすぎれば、咲き誇り「すぎて」弱ってしまう者もいる。
 過ぎたるは及ばざるが如し――そんなわかったような言葉で示すのは簡単だ。
 ただヒマワリ・アサヌマにとっては、それは少し難しすぎた。
 いい子と、悪い子と。
 そのふたつでしか世の中を区切れぬ花にとっては、あまりにも。

「やだよ」
 "それ"を前にした時、ヒマワリは怯えたような、困惑したような声を漏らした。
 まるで鏡合わせのように、分かたれた少女の姿は微笑んでいた。
 明るく、天真爛漫で、幸福と元気をいっぱいに詰めたような柔和な姿。
 それが"ありえた妄想"であると事実は告げる。
 それが少女の持ち得なかったものであると術式は教える。
 そして少女は、笑いながら、微笑みながら――ヒマワリに襲いかかるのだ。
『ねえ、あそぼう? いっしょにたのしくあそびましょ!』
 ぞっとするような声だった。
 笑顔の裏に隠れた悪意ゆえに――ではない。
 "そんな姿にならねば戦えぬ"という事実と理解が、背筋に寒気をもたらした。
「やだ、やだよ……ねえ! ええっと、名前はわかんないけど……やめて!」
『どうして? あそんでくれないの?』
「――遊びに、"そんなもの"は使わないよ」
 包丁。
 ハンマー。
 ペンチ。
 一抱えもある石。
 焼き鏝。
『でもおかあさんは、「これ」であそんでくれたよ』
「違う、違うから――ねえ、タンマ! 待って待って、いったん止めて、お願い!」
 微笑んでいた氷女は、ヒマワリの切迫した声にきょとんとした。
「私、悪いことしないよ。ひどいことも、痛いこともしないから、だからやめて!」
『でも――』
「人の話を聞かない子は、悪い子なんだよっ!!」
『……!!』
 その言葉が、少女にとって覿面に効いた。
 怯え身をすくませて、ごめんなさい、ごめんなさいと言い続ける。
 笑顔も明るさも消え果てて、泣きじゃくり怯える少女がそこに居た。

 ……ヒマワリは、そんな少女に歩み寄る。
「落ち着いて、話をしよう?」
 できるだけ優しく、怖がらせないように。
「私はあなたも、あなたたちのことも、何も知らないんだもん。
 何も知らないのに傷つけるなんて、そんなの、悪い子のすることだよ」
 だから、傷つけたくない。
 だから、戦いたくない。
 ヒマワリの言葉に、泣いていた少女は顔を上げた。
『……悪い子は、そんなことしないし、されないの?』
「そうだよ。だって当たり前だよ。そんなの」
『――ならどうして』
 少女はじっとヒマワリの目を見つめて、言った。

『おかあさんは、わたしのことを悪い子だって言って、殺したの』

大成功 🔵​🔵​🔵​


●謝り続ける少女
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 生まれてきて、ごめんなさい。
 生きていて、ごめんなさい。
 おかあさんを怒らせて、ごめんなさい。
 おとうさんのかわりになれなくて、ごめんなさい。

 わるいところがあれば、なおします。
 ちゃんと、反省もします。
 おかあさんを怒らせないように、いい子にします。

 だから痛いのはやめて、おかあさん。
 ただ頭を撫でて、わたしのことを褒めてください。
 ……ごめんなさい、ごめんなさい……。
ロク・ザイオン
……相棒なら、やっぱり
そうはならなかった、って、言うのかな。

そうなりたかった、キミを見せてよ。
為し得た姿を思い描けるのなら
それは、希望と呼べるんじゃないのかい。
(「捎花」
現れた少女の妄想は炎の花で包んで閉じて
それは、美しい死に見えるだろうか)
残した想いをここに置いていけ。
それをおれは、きれいに灼いてあげる。
操られるのではなくてさ、キミが歩いてみないかい。
その、憧れた道を。

(……あねごは、どんな道を、望んでおられたのかな)



●そうは、ならなかった
 かつての自分なら、偽りと現実の齟齬に耐えきれず苦しんでいただろう。
 いまのロク・ザイオンならば、それを直視することが出来る。
 ――それはとても辛く、苦しく、重ねた罪を自覚するに等しい行為だ。
 分けても厄介なことに、ロクの前に現れたのは彼女の似姿めいた存在だった。

『おねえさま』
 美しく淑やかな大人の女性でありながら、少女はうわ言めいて呟いた。
『ああ、おねえさま――私はあなたのようになりたい。憧れお慕い申し上げます。
 私の想いは、報われぬのでしょう。報われなかった。けれども、それでも……』
「…………」

 ――あねご。あねご。おれは、あねごをお慕いしております。
 あねごの望むことは、おれの望むことです。ですから、どうか。
 あのきれいなうたを、聞かせてください。あねご、きれいなあねご――。

「……それが、キミのなりたかった姿なんだな」
 憧憬と羨望と欲望と、すべてがないまぜになった感情。
 愛情でもあり嫉妬でもあり、一言にはまとめきれない思い。
 ロクはそれを識っている――なにせ己も、それに酔いしれていたのだから。
 彼女にとって「おねえさま」は、どんな存在だったのだろう。
 希望であり、絶望でもあったのだろう。おそらくはその死因に繋がるような。
 ……己は生き延びた。死んでさしあげることが、出来なかった。
 彼女は、どうなのだろうか。望んで死んだのか――いや、きっと違うんだろう。
 なにせ少女たちは、己の死に納得できていないのだから。
 妄想の姿が「おねえさま」なのだとすれば、つまりそれはそういうことだ。
 報われなかったのだとしても、それでも――だなんて言葉は、言えないのだろう。
 ならせめて。その妄想(ねがい)を、炎の花で包んで閉じてやろう。
「遺した想いをここに置いていけ――それをおれは、きれいに灼いてあげる」
 炎の中で、「おねえさま」の――いいや、それに憧れた少女がはじめてロクを見た。
『……おねえさまは、死んでしまわれたのです』
「…………」
『私が。私のせいで。私が救えなかつたから――』
 炎の中で、少女は嗚咽と苦悩に身をよじる。
『ならばせめて、私が代わってさしあげたかつた。私が、代わりに。
 ……でももう、それさえも叶ゐませぬ。私はただここに遺された』
 だから美しく、綺麗に、何の悔いもなく死にたい。
 彼女が果たせなかった望みを、自分が果たせるように。
「………そうは、ならなかったんだ」
 相棒の言葉を真似る。
「そうなりたかったきみのねがいを、ここで、灼いてしまおう――」
 己の苦悩を薪として。
 炎の花は、美しく咲き誇った。

成功 🔵​🔵​🔴​


●愛欲に狂った娘
 おねえさま。私がお救いしてあげたかった。
 けれどもおねえさまは、それを望まれなかった。
 私は何もなせぬまま、何も残せず、守れず、そして死にました。

 ――ならばせめて、おねえさまの代わりに、おねえさまにあるべき死を。
 わたしのことなんてどうでもいい。そう、わたしのねがいだなんて――。
雨宮・新弥
オブリビオンなんて、
迷惑で、悪者で、全部ぶっ殺してやればいい……って、思ってたけど。
こういうやつも、居るんだな
……そっか。生きてた……ん、だよな。

俺は……死に方なんて、考えたくも無ェけど。
そういう事を考えるような、考えないといけないようなのは、悲しいし、辛い。
……ホントは出来るなら、生きてるうちに助けられれば
なんて事考えても仕方ねえってのはわかってるけど。
だから、少しでも助けられるなら、助けるよ

せめて無駄に傷をつけるような真似はしたくねェ。
ナイフを構えて見極める。必要な一度だけを、確実に。



●過去の残骸であるということ
 オブリビオン。
 存在そのものが現在と未来に対する脅威を意味し、世界を破壊するモノ。
 それが生命と和合することはなく、猟兵にとって倒すべき最大の天敵である。
 そこに例外などない――そう、通常であるならば。

 けれども。
 オブリビオンとは、まったくの無から生じた存在ではない。
 "それ"はかつて世界に生きていたモノ――善であれ悪であれ。
 そして死に、やがて骸の海から蘇った残骸……つまりは、死者なのだ。

「…………そっか」
 雨宮・新弥は、吐き出すように言った。
「生きてた――ん、だよな」
 一種の理解があった。
 あるいは最初からわかっていて、見て見ぬ振りをしていたのか。
 彼女らは『生きていた』。生きて"いた"ということは、『死んだ』ということだ。
 その最期にこそ納得出来ず、だからこそ彼女らは悲劇の残骸に成り果てた。
 ……似たような経験はある。ただ、あれは正真正銘のオブリビオンとは違う。
 邪悪下劣なるUDCの被害者となってしまった、子どもたち。だから、違う。

『――ねゑ、だうして?』

 生前の年頃は16、7程度だったのだろう、若い少女が言った。

『だうして、わたしがあんな目に遭わなければいけなかつたの』

 見目麗しいであろう少女の柔肌に、いくつもの傷跡が生まれた。
 殺すためではなく、ただ痛めつけられるためだけに与えられた傷が。
 それも無数に、である。よほどの人数に切り刻まれ、焼かれ、打たれたのか。

『わたしは、何もしてなゐ。なのに"みんな"は、わたしを、こうして――』

 問われた新弥を害そうと、くすくす、けらけらと笑う娘の幻影が無数に生まれた。
 年頃は問いかける影朧と変わらぬ――つまり、『そういうこと』だ。
 こんな世界でも、人と人が集まれば諍いは生まれるし、嫉妬や羨望も生まれる。
 年頃の子どもが『やりすぎて』しまうことなど、現代ですらありふれている。
「……俺は、死に方なんて、考えたくもねェ」
 新弥は、じりじりと迫りくる少女たちの幻影を見据えながら、言った。
「けどさ……そんなことを考えなきゃいけないってのは、悲しいし、辛いよ」
 ぴたりと、少女たちの幻影が足を止めた。
『…………』
「ホントは、出来るなら、生きてるうちに助けてやりたかった。
 そんなこと、いまさら言ったってしょうがねェ。何の意味もねェ。……けど」
 "なぜ"なんて、そんなことは賢者にだって答えられはしないだろう。
 だから新弥は、思ったことを正直に、そしてまっすぐに吐露した。
「――少しでも"助けられる"なら、俺は助けるよ」
 自分が今、何が出来るかを。
 何をしてやりたいのかを。
 ……死因の再現のために生まれた幻影が、消えた。

 少女の影朧は何も言わない。
 新弥は息を吸い、吐き、ナイフの柄を強く握りしめ……力を、抜いた。
「痛くは、しねェからさ――だから今は、必要なことを、やらせてくれ」
 少女は動かない。待ち望むように。
 新弥は淀みない動作で近づいて……そして首筋にナイフを這わせた。

 動かない、それもか弱い少女の形をした影朧を殺すことなど、造作もない。
 ただその手応えは、いままで感じたことがないくらい"生々しかった"。

成功 🔵​🔵​🔴​


●戯れの犠牲者
 殺してしまった子たちは言う。
 "そんなつもりじゃなかった"
 "あの子だって悪いところがある"
 "私たちのことを誰も止めてくれなかった"

 ――だから、私たちは悪くないと。

 悪くない?
 なら、誰が悪いという。
 ただ当たり前のように当たり前の人生を過ごして、
 当たり前のように当たり前な学び舎にやってきて、
 泣いて、苦しんで、それでも生きようとした少女が?

 答えなど出ようはずもない。
 なにせ彼女らは、みんな、"子供"だったのだから。
ニィエン・バハムート
※アドリブ・連携歓迎
ロマンに生きる私はいつかゴミのように死に、地獄に落ちる。
『今』竜王として羽ばたければ死に様にも死後にも興味はない。
ですが…それは私の運が良かったからこその考えであることは否定しませんの。

あなたはメガリスの試練を突破できなかった私と言えるのかもしれませんわね…。
あなたと関わることで、私は、何か…。

…勉強させていただく先払いですわ。

あなたが運悪く無残な死を遂げた私の可能性なのであれば、私はあなたに『運良く生き残り何かを成し遂げたあなたの可能性』を見せて差し上げますの。

メガリス起動。私の【情熱】、私の宝で【蹂躙】しますわ。

…何か参考になったでしょうか?(控えめに手を差し伸ばす)



●あなたが己を竜と云ふならば
 ニィエン・バハムートの姿を竜とすれば、対峙する敵は鬼のそれであった。
 それも嫉妬深い女が狂い果ててすえに成るとされる、般若の如き様相である。
『憎らしや――憎らしや! 憎憎憎憎……!!』
 血涙を流す魔人はナタめいた刃物を手に、ニィエンに飛びかかる。
「これが、死後の魂から生み出された魔人ですの……ッ!?」
 ニィエンはメガリスの力をさらに引き出し、強烈な斬撃を受け止める。
 アンドヴァリの首飾り。それは、いずれ所有者を地獄へ送るとされる呪いの宝。
 忌まわしき力を借りることを、ニィエンはためらわない。なぜならば。
「……けれど、ええ、私が憎いと云うのであれば、どうぞ憎悪なさってください。
 私は生者。あなたが得られなかった未来を現在進行形で掴み取った存在……」
 ガ、ガ、ガガガガガッ!!
 竜の爪と鬼の刃がぶつかりあい、花の帝都に火花を散らす。
 舞い踊る幻朧桜がその炎に焼かれて燃え上がった。速度は加速していく!
「あなたが運悪く無残な死を遂げた、私の可能性なのであれば――」
『ああああああああッ!!』
「……私はあなたに、"運良く生き残り何かを遂げたあなたの可能性"を見せるッ!」
 言葉はない。だが言葉よりも雄弁な刃が、ニィエンに教えていた。
 この魂の持ち主は、ある一点において自分と同じだった少女の成れの果てだと。

 ――輝くために、今を精一杯に生きる。

 おそらく生前は、夢に燃えるスタァか何かだったのだろう。
 鬼の振る舞いはいかにも戯曲の化け物のそれ。演技がかっていて象徴的だ。
 若く、才能に溢れ、きっと素晴らしいスタァになれた――はず、だった。
 けれども、『そうはならなかった』。なにせ彼女は影朧に成っている。
 影朧になるということは、つまり、虐げられ苦しみ果てて死んだということ。
 ならば命を捨ててまで竜王という現在を求めるニィエンは、さぞ恨めしかろう。
 自分が得られなかった未来を、ただ自己満足のために捨てているも同然なのだ。
『私は、私は……! 運が悪かつただけだと云ふの? そんなの、認めなゐ』
 鬼女は叫んだ。
『私は、あんな終はりを認めなゐ。私は、もつと、輝けたのだから!!』
「――勉強させて頂く先払いを以て、その憎悪、蹂躙いたしますわ」
 ニィエンは囁いた。
 竜の爪がバツ字に鬼を切り裂き……魔人としての殻を、討ち滅ぼした。

 ……静寂が訪れる。
「…………」
 倒れ伏す少女の影朧に、ニィエンはためらいがちに手を伸ばそうとした。
 少女の影朧は、顔を伏せたままぽつりと言う。
『あなたが、己を竜と云ふならば』
「え?」
 ニィエンの緑色の瞳を、少女の目が射抜いた。まっすぐとした曇りなき瞳が。
『私をだうか、最高の形で殺して。せめて、その最期で輝けるやうに』
 もはや輝ける生を取り戻せないならば、せめてそれに見合う最期を。
 気高きスタァの成れの果ては、ただそれを願う。

成功 🔵​🔵​🔴​


●輝けなかった星
 天才と謳われた。
 神童だと誰もが称えた。
 それに見合うだけの努力をして、チャンスも掴んで、輝けるはずだった。

 ただひとつ足りなかったものがあるとすれば、それは人の運。
 同じ舞台に立つべき星の欠片たちは、私が輝くことを許せなかった。
 滅多刺しにされてバラバラにされて、私が逝くべきは地の底?

 そんなの、イヤ。
 たとえ次の生が手に入るとしても、そこに私が掴むはずだった輝きはない。
 星の輝きは、燃え盛る恒星の最期の徒花なのだという。
 ならせめて――私という輝きを、私自身が誇れるような終わりが欲しい。
ケンタッキー・マクドナルド
――「そうはならなかった」。
何処ぞの糞眼鏡もよく言ってやがったな

……そォだわな
「死ななかったら」なンて死んじまった後にァ意味ねェたらればだ。
お前にも俺にも。

……まァ アレだ。
人間は嫌いだが――同じ"死人"としての嘉って奴だ。
神の手を貸してやる、有難く思いやがれ。

「理由なき悲劇の意味は」?
阿呆が 悲劇に意味なンて求めてンじゃねェよ。
悲しみに意味求めても何の足しにもなりゃァしねェよ。

――けどよ
死に意味ァなかったとして
生きてきた事に意味ァあんじゃねェのか。
……俺は少なくとも
今はそう思える。

【神はこの手に宿れり】
モデル:『ミカエル』
天使人形の拳骨くれてやる
――望むモン欲しいなら 歯ァ食い縛れや。



●But,that didn't happen.
 ――もしも、死ななかったら。
 そんなifは無意味だ。少なくとも、死んでしまった当人にとっては。
 ifの可能性を思えるのは生者だけで、そこには厳然たる線引きがある。
 影朧が生まれ変われるとしても、死者でありながら動けるのだとしても。
 虐げられ、そして命尽きた最初の生が、なかったことになるわけではない。
「……だからせめて、納得できる終わりを、ってか」
 ケンタッキー・マクドナルドは、複雑な面持ちで呟いた。
「俺ァ人間が嫌いだ。……けどよ、その気持ちは、わからないでもねェよ」
 相対する少女の幻影は、伏して祈りを捧げる聖女めいたものだった。
 信仰――ヒトという知性ある種だけが持ち得る、否、知性と切り離せないもの。
 神やそれに類するモノへの祈りは、言ってしまえば精神の救済を求めてのこと。
 実在の神格がなんらかの対価をもたらすようなケースはともかく、
 日向に生きる有象無象にとって、それは見返りを求めてやることではない。
 "神よ、どうか我を救い給え"と祈ることで、不安定な精神を安定させようとする。
 そこに善悪はない――そうしなければならないほど、精神とは脆いものなのだ。
 己を神と謳って傲岸不遜に振る舞うことなど、普通の人間には出来ないのである。

『ただ、貧し苦しむ人々のために祈りを捧げてゐただけなのです』
 願い伏した少女は言った。
『見返りなど要りませぬ。少しでも心の苦しみが取り除ければそれでよかつた。
 けれど、わたくしは、在りもしなゐ欲望を疑われ、そして……』
 少女の幻影は血涙を流す。
『わたくしは間違つていたのでせうか? 殺められなければならなかつたと?
 怨みを晴らそうなどとは思ひませぬ。ただわたくしは、だうしようもなく――』
 ……納得できず、理解できず、苦しくて苦しくて仕方がない。
 もはや祈りは届かぬ。少女はその善性ゆえにヒトに絶望も憎悪も抱かない。
 誰か答えを教えてくれと、ただ伏して乞い、願うしかないのだ。

「……阿呆が」
 ケンタッキーは言った。
「悲劇に意味なンてねェ。哀しみに意味を求めても、何の足しにもなりゃしねェ」
 それは言い聞かせるというよりも、噛みしめるような言葉。
 その目は間違った者を躾け諭すのではなく、己自身を見つめているようで。
「いくら祈ったって、それだけじゃどうしようもねェ奴らはごまんといる。
 今のお前がそうであるように、答えなんて得られねェ問いも山ほど……ある」
 "どうしてこうなってしまったのか"。
 "なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか"。
 理由はいくらでも作り出せる――正義と主張はヒトの数だけあるからだ。
 己を殺した連中からすれば、納得できるだけの理屈があるのだろう。

 ……だからなんだ。
 そんなものを受け入れて認めるくらいなら、自分は。
「死に意味なンかねェよ」
 どれだけ――それこそ"神のように"わがままだったとしても。
「けどよ……生きてきたことに、意味ァあんじゃねェのか」
 歩んだ道のりだけは、誇れるように「生きたい」。
「俺は少なくとも、今はそう思える。……そう、思わせてくれる奴らがいる」
 フェアリーの背後に、天使を象った人形が君臨した。
 それは、祈りを捧げる聖女に、慈悲の救いをもたらす御遣いのように。
『あゝ――わたくしは、ようやく……』
「……見返りなンざ要らなかった、っつったよな」
 天使が燃える剣を振り上げた。
「何かを望むなら、歯ァ食いしばれ。祈りだけで、何かが手に入るかよッ!」
 聖女はただただ、紅い血の涙を流して微笑んだ。
 憎悪はない。
 絶望もない。
 ――ただ受け入れられないだけ。
 死んでしまったのなら、もう仕方ないのだから。

 だからどうか、神よ。我を見てくださる誰かよ。
 どうかわたくしに、安らかに逝ける救済(おわり)をくださいませ。

成功 🔵​🔵​🔴​


●祈りの聖女
 手を差し伸べることに苦痛はなかった。
 ただ、誰かが苦しみ悩むことのほうが、ずっと心と身体を痛ませた。
 何かを求めたりはしない。
 だから今も、人々を憎悪などしていない。
 ましてや絶望など、出来るはずもあろうか。

 そう、救いたかっただけなのだ。
 人々がその心にありもしない影を見出して、己を引き裂いたとしても。
 ……ただ少女は、それさえも受け入れられるほどに人間離れしてはいなかった。

 何故?
 どうして?
 疑問は執念となり、納得できぬ死が少女を再世から遠ざけていく。

 だから、どうか。
 わたくしに、安らかなる死をください。
朱酉・逢真
心情)"いのち"はみィんな死ぬものさ。終わりと始まりは対の太極だ。朝がすぎれば夜になるよに、生まれてきたなら死ぬが必定さ。それを"いのち"が"思うまま"やれりゃいいと、俺はずっと思うがね。自由にな。それじゃ滅ぶと《あいつ》赦さんが。
行動)さてよ嬢ちゃん、こんにちはだ。影朧っつゥか死霊のありさまだなァ。ならいつもと同じにしよう。黙って暗がり隣にいよう。何も言わず、何も答えず。求めの本質は理由ならず納得、それはお前さんの中にしかない"こたえ"だ。神ごときが用意できるほど安かねェ。



●それで善ゐのだと神は云ふ
 死なずに濟んだならば、それ以上のことはなかつたらう。
 きつと少女たちは幸せに生きて、戀をして、生き甲斐を見つけ、老ゐたのだらう。

 ――けれども、さうはならなかつた。

 飢ゑで死んだ娘がゐる。
 首を吊つて死んだ娘がゐる。
 冷たい水のなかで死んだ娘がゐる。

 そして総体としての影朧が、そこに生まれた。
 顔無しの悲劇。
 数多の少女の未練と無念とねがいをカタチとした、"それそのものは存在しない"はずの、過去の残骸。
 嘆きがある。
 悲しみがある。
 ――欲望がある。

 せめて終わりを。
 納得できるような最期を。
 美しく、綺麗な、そうでなくともいい――笑顔で逝けるような、最期を。
 終わりに意味も理由もないのなら、それだけを、ただ"わたし"にください。
 存在しないはずの影朧は、存在した少女たちの総体は、それだけを求めていた。

 ……暗闇が、ただ、そこに在る。
 影さえも生まれぬ黒。けれども在るのは"それだけ"。
 疑念も、答えも、もちろん彼女らが求める終わりもそこにはない。

 ただ。
『だうしてわたしは死なねばならなかつたの』
 問いかけに答えがないとしても。
『何故わたしは死んでしまつたの』
 求めるものが得られないとしても。
『――わたしは、まだ、苦しまねばならなひの?』
 そこには苦痛も、悩みも、なにも在りはしなかった。

 暗闇(かみ)は――朱酉・逢真は、ただそこに暗がりとして在り続ける。
 答えなどない。
 啓示など与えない。
 欲求の本質はいかなる理由かではなく、当人が納得できることにある。
 それはどれだけ賢強なる神々ですら、出せるものではない。
 神の答えだからと皆が一様に納得できるなら、人々に争いは起きまい。
 神とはヒトの上に君臨するものではない。
 ヒトが求めるがゆえに、システムとしてそれに応えるモノ。
 いのちは神を超える。ときには神さえも殺すこともある。
 だが、神がいのちを超えることは出来ぬ――その未来を見通すことも。
 だからこそ、神々は"いのち"を愛するのだ。
 脆弱で、
 愚かで、
 しかし神々よりも華々しく、可能性という未来を掴むもの。
 ――答えがあるとすれば、それは、当人の中にしか存在しない。

 だから暗闇は、ただそこにある。
 問いかける少女たちの――少女の声が、いつか嗚咽に変わったとしても。
 包み込むように。
 寄り添うように。
 ただ、そこに在り続けた。

 幻朧桜のもたらす魂の救済――転生は、傷つき疲れた魂を慰撫するがゆえ。
 あるいはその時間こそが、彼女らにとっては必要だったのかもしれない。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 顔無しの悲劇の身体から、無数の少女たちの"かけら"がほつれ、歩き出す。
 進む方向はてんでばらばらで、その姿も、歩く速度も、まちまちだった。
 ただ、彼女たちが何を求めて彷徨っているかは明白だ。

 ――終わりを。
 納得して、笑顔で、安らかに逝けるような、そんな終わりを。
 猟兵(かれら)ならきっとそれをくれるはずだと、少女たちは信じていた。
 人々への憎悪などない。
 害するつもりもない。
 彼女たちはただ、終わりたいだけなのだから。

 しかし、人々がそう思うかは別の話である。
 多くの者にとって、影朧とは恐怖の象徴なのだから。
 あるいは中には、少女を識っている者さえ居るかもしれない。
 少女を殺した者、はたまた死の原因に連なる因果の者さえも、居るやもしれぬ。

 彼らは恐れる。
 影朧。過去の残骸――終わったはずの悲劇の復讐者。
「死人だ」
「死人が歩ひてゐる」
「我らを呪い殺しに彷徨い出たか」
 恐怖のままにそう囁くならば、まだいいだろう。
 中には、石を投げる者だっていてもおかしくないのだ。

 それでも少女たちが、人々を怨むことはない。
 もはやその憎悪も怨恨さえも、彼女たちの中からは消え失せている。
 終わりを求めるとは、そういうことなのだ。

●プレイング上の注意点
 本章において交流する影朧について、ある程度の指定が出来ます。
(たとえば元女学生であるとか、貧民だったとか、どんな死に方をしたか、など)
 1章にご参加いただいたお客様は、すでに戦った相手でも、それとは別の影朧を新たに選ぶのでも、どちらでも問題ありません。
 ただし、1章で他の誰かが戦った影朧を指定することは基本的に出来ません。
(1章に出た少女らのパーソナリティは、参加者様を見た上で考えているため)

 3章に継続参加される場合、原則的に本章に出た影朧とそのまま交流します。
 こういった方向性なので、合同プレイング以外でまとめて採用することはまずありえません。

 心無い人々の口撃から影朧を守ったり、あるいは彼女らと交流をしたり。
 終わりをもたらす場所に辿り着くまでには、色んなことが出来ると思います。
 少女たちが未練なく次の生へ逝けるよう、どうかご協力ください。

●プレイング受付期間
 1/25(月)12:59前後まで。
ケンタッキー・マクドナルド
◆影朧⇒「祈りの聖女」

(誰かを救う事を願い
死んで尚憎みもしない
俺からすりゃ馬鹿げてる位の善性

どっかの善性の塊みてェな妖精が頭を過る)

――クッッソ
焼きが回ってンな俺もよォ!!

(影朧を追う
どォせ気掛かりは自分を殺した信者がどォしてるかとかだろう
死者が戻ってきたら殺した側がどォ思うかなンざ想像がつく)

おう糞人間共
"神"の天罰喰らいたくなけりゃ今直ぐ失せろ

(『神』らしさ全開の人形を創造、内部に搭乗
人形繰りで脅して散らし)

お前
どォしたら納得して死ねる
テメェの望むモンやるから対価寄越せ
ロハでやる程俺は御人好しじゃねェ

あ?対価の中身?

……お
お悩み相談……?みてェな…
得意だろ聖女なら

おいテメェ何笑ってンだ畜生



●何も望まぬものへの望み
 ――正直に認めよう。
 "彼女"の告解を聴いている間も、そして今も。
 ケンタッキー・マクドナルドの脳裏からは、ある少女のかんばせが離れない。
 死した聖女の絶望を受け止めながら、なんと単純なことか。
 けれども、仕方ないのだ――なにせあの少女もまた、善性の塊ゆえに。
 誰かを救うことを願い。
 死してなお憎みもしない。
 ケンタッキーからすれば、呆れ返るほどの……"馬鹿げた善性"。
 自分がらしくもない言葉を投げかけてしまうぐらい、痛々しかったあの少女と。
 どうしても重なる。想起してしまう。そして、自分への苛立ちが募る。
「……クッッソ」
 ケンタッキーは吐き捨てた。
「焼きが回ってンな、俺もよォ……!!」
 そんな思索に耽っていたものだから、彼らしくもなく追跡が遅れた。
 それがまた苛立ちを強める。ケンタッキーは、幽き背中を追って飛翔した。

「あゝ……!!」
 薄く透けて揺らぐ姿を見た人々は、魂が抜けるような悲鳴をあげた。
 通りをゆく聖女の影朧は、哀しみを浮かべる――人々の心無い反応ゆえに? 否。

 "己の存在が彼らに恐怖を抱かせてしまったことへの苦しみに"。

「か、影朧だ。影朧が来るぞ」
「あの女は……おゝ、化けて出よったか」
「気味の悪ゐ女め……」
 影朧。それはこの世界において最大の異物であり、相容れぬもの。
 それが傷つき虐げられたものであることは、誰もが知っている。
 魂の慰撫によって、転生がなされることも。
 多くの人々は、きっと少女に憐れみといたたまれなさを感じるはずだ。
 けれども100の善人がいたとすれば、心無い人間は必ずひとりは生まれる。
 だから彼らは恐れた。そして痛罵し、舌打ちし、聖女を忌む。
「あの女は、俺たちを利用しやうとしてゐたんだ」
 ――と、叫ぶ者が居た。
 聖女はその男に声をかけようとして……そこへ、"神"がやってきた。
『……おう、糞人間ども』
 神々しくも傲慢な光を放つそれは、稲妻を司る全能神めいた強壮な面持ちである。
 人が畏怖する「神」という、純然たる超越者を模した人形だった。
『"神"の天罰を喰らいたくなけりゃ、いますぐ失せろ』
 ケンタッキーの技巧はまさしく"神業"である。
 何よりも、死んだはずの影朧がそっくりそのまま目の前に現れたのだ。
 人々は――特に聖女を悪女と弾劾した元信徒には、覿面に効いた。
「ひいい!! お、お許しを! お、俺は……俺はただ、恐ろしかったのです!」
 虫の良いことに、そいつは震え上がって両手を祈るように掲げ、叫んだ。
「い、いつでも、どんなときでも微笑んでいるあの方が、聖女様が……!
 まるで、何もかもを見透かされているようで、そ、それで、俺たちは――」
『聞いてねェ。俺は、お前の告解も懺悔も求めちゃいねェし、許しもしねェ』
 "神"は底冷えするような声で言った。
『ただ、消えろ。――お前には、赦免さえくれてやらねェ』
 喉からげく、と蛙のような悲鳴を漏らして、男は人々を追って逃げた。
 都合のいい懺悔など、許されるものではない。
 聖女はともかく、ケンタッキーは聖人でも神でもないのだから。
 それこそが罰である――だから聖女は、ずっと哀しそうな顔をしていた。

『……惨ゐことをするのですね』
「あ? ……お前がヌルすぎンだよ。影朧なら襲いかかったっておかしかねェ」
 人形から降りたケンタッキーは、聖女に言った。
「それに、あンなヤツァどうだっていいだろ。むしろ俺はお前に言いたいくらいだ。
 見返りなンざ求めねェと言ってたくせに、いまさらあいつらが気がかりだったか」
『…………』
 聖女は困ったように眉をハの字にして、こくりと頷いた。
『怨みなどありませぬ。ただ、わたくしは――』
「わァってるよ。欲しいンだろうが、納得が」
 ケンタッキーは嘆息し、そして言った。
「……なァおい、お前はどォしたら納得して死ねる?」
『……だう、したら……』
「そォだ。テメェの望むモンをやるから、対価を俺によこせ」
 ケンタッキーは、努めて皮肉っぽい表情を作った。悪辣に。
「ロハでやるほど、俺はお人好しじゃねェ。だからこれは立派な"取引"だ」
 聖女は――死を求めていたはずの影朧は、困惑した。

 何かを求める。

 与えることには慣れていても、どうやらそんなことは慣れていないらしい。
『…………それを』
「あン?」
『それを、考えるのに。お付き合ゐを……いただけませぬか?』
 ケンタッキーは頭を掻いた。
 そう言って"願う"聖女の面持ちが、少しだけはっきりと像を結んでいたからだ。
 自我の希薄化した影朧から、単一の死者としての側面が強まったのだろう。
 つまり、"これ"が彼女のねがい。ただその時まで寄り添っていてくれという。
「…………はああ」
 またあの少女の面影が浮かんで、ケンタッキーは心底溜息をつく。
「……わったよ。クソ、本当に俺らしくもねェ」
『申し訳ございません』
「よせよ辛気臭ェ。ンならとにかくどっかブラついて――」
『……その前に』
 聖女は言った。
『対価とは、一体どのようにすれば?』
「あ? あァ、ンなモン――」
 言いかけて、ケンタッキーは頭をかいた。
「…………お」
『?』
「お悩み相談? みてェな……」
 聖女は、きょとんとした。ケンタッキーはまくしたてる。
「ンだよ、得意だろうが聖女なら。こォ、懺悔とか聞いたことあンだろ?
 いや別にそこまでのモンはねェがよ、別にひねり出したわけじゃ――」
『……ふ、ふ』
「……おい。おいテメェ何笑ってンだ畜生。調子狂うなオイ!!」
 急にカンカンに怒り出したケンタッキーを見て、聖女は笑い続ける。
 まるで年頃の娘のように。その姿も、やはり彼女を思い起こさせるばかりで。

 ひとしきり笑ったあと、聖女は自らを『マレナ』と名乗った。
 その姿はもう、靄めいて薄らぐ以外には生者にかなり近づいている。
 きっと最期を受け入れる時には、もう生者と見分けはつかなくなるのだろう……。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
先に対峙したレディの一人へ声をかける
やァ。デヱトのお誘いに来たよ
望みを叶えるまでの時間、私にくれないか

跪いて手を伸べて
お手をどうぞ、レディ
抱く苦罰も悔恨も
――死者(きみ)の騎士が攫ってしまおう

私の声だけ聞いてくれ
君の声だけ聞いているから
仔竜らを民衆と戯れさせ
或いは鱗で石を弾かせて
今は誰にも邪魔はさせないよ
君も、君の願いだけを抱くと良い

雑談も身の上話も
全てがレディの望みを手繰る糸になる
善を信じた哀れなレディ
今また善性ゆえに私に騙されて
――だが私は裏切らない
最期まで、甘美な夢の守り手でいるさ

……知らない誰かに寄り添うのはこんなに簡単なのに
本当にそうしたい奴には、何も出来ないのは
――どうしてだろうな



●こんなにも簡単であるはずなのに
「やァ。デヱトのお誘いに来たよ」
 あてどなく彷徨い歩く少女の前に、にこやかな笑みを浮かべた偉丈夫が立つ。
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイムの長身は、少女の視界を覆い尽くした。
「望みを叶えるまでの時間を、私にくれないか?」
 いかにもそれらしい笑み。"それらしい"と疑う余地もないほどの。
 それが跪いて手を差し伸べまですれば、いよいよ一枚の画のようである。
「お手をどうぞ、レディ」
 物語の騎士のような姿だった。"出来すぎている"くらいに。
 少女――この大正続く帝都にあってもなお古めかしい装いの――は困惑して、
 けれどもこちらに向けられたその微笑が、あまりに穏やかで温かいものだから、
『……は、はい』
 頬を薄く紅潮さえして、伸べられた手に手をおずおずと重ねた。

 その周囲では。
 竜の仔らが恐れる人々の周りを飛び、歌い、畏れをもたらし退かせる。
 石を投げる者がいれば、その鱗で心無い飛礫を弾き、ぎろりと睨みをくれてやる。
 少女の視線は、耳朶は、もうそれらのほうに向いてさえいなかった。
 なにせ――。
「今だけは、私が死者(きみ)の騎士だ」
 "騎士"がアルカイックな笑みを浮かべて、こう云うのだ。
「きみが抱く苦罰も悔恨も――何もかも攫ってしまおう。
 だから私の声だけを聞いてくれ。君の声だけを、聞いているから」
 怜悧なる騎士が、竜をも輩とする男が、己のためにすべてを差し出すと云う。
 そんなことを言われて、幽き少女が揺らがぬはずもなかった。
 なぜなら彼女は"求める者"――それが満足できる死というものであれ。
 求められることには慣れていない。だから、文字通りニルズへッグの虜になった。
 ともすれば微笑ましくも思える光景である。しかし、噫。
『私を、見事に殺してくださゐましね』
「もちろんだとも」
 彼女は、死ぬためにそこへ縋ったのだ。
 そして男の笑みは……ただ、仮面のように貼り付けたものでしかなかった。

『私はね』
 少女は――カナヱと名乗ったその影朧は、大路を歩きながら語った。
『小さな小さな村に住んでゐたの。けれども、戦争ですべて消えてしまゐました。
 私だけが生き残つて、接収に来た軍に連れられ……そして、収容所へ行つた』
「そして影朧兵器の実験材料にされた――か」
 ニルズへッグはその傍らを歩きながら、言った。
「だが、レディ。どうせなら私は、村に居た頃の君の話が聞きたいな」
『……村に居た頃の?』
「私が知りたいのは、"君自身"なのだから」
『……そ、そう、ですか』
 少女は照れたように俯いて、ぽつぽつと、だが解れるように語り出す。
 よくある農民として働きながら、将来の夢を叶えるために勉強をしていたこと。
 都のカフェーで働くパーラーメイドのような、華々しい仕事をしたかったこと。
『お父さんとお母さんに連れられて、一度だけ都へ行つたことがあるのです』
 少女は楽しそうに言った。
『何もかもがきらきらしてゐて、誰も彼もが溌剌としていて、きれゐでした。
 私も、ああなりたいと思つた。そして、お父さんやお母さんを喜ばせたくて……』
 田舎に暮らす若者の、ありふれた憧憬と羨望。
 それをすべて奪い去った戦争と、苦痛。もはや取り戻せぬもの。
「そうか……」
 相槌を打ちながら、ニルズへッグは思う。
 善を信じた哀れな少女を騙し続けるのは、こんなにも簡単だ。
 けれどどうして自分は、本当にそうしてやりたい者には何も出来ないのだろう。
 だれかを知って寄り添えば寄り添うほど、その願いは遠のく。
(――どうして、なのだろうな)
 笑顔の裏で、邪竜はただ寂しげにそう思った。
 少女の笑顔は、かえってその思いを強め続けた……。

成功 🔵​🔵​🔴​

ネグル・ギュネス
仲間とは一旦別れ、少女の魂と向き合う
善き事をしたかった、だったかな?
少しお兄さんと話をしながら歩かないか?

さて、街の方々よ
この少女は、数多の人の為に、善き事をするが為に命を散らした誇り高き魂である
その命を嘲り罵る非道の輩がおるならば、その浅ましさ、今を以て我が怨敵であると知れ

真っ向から、憎悪、怨恨、陰口に向き合おう
少女を背に守りながら


さて、では何を話そうか、そうだな…
君は今から何処に行きたい?
終わりたいにしても、相応しい場所とか行きたい場所、あるだろ

其処までエスコートさせておくれ
暇潰しには、数多の世界にいる人の話はどうだ
空の果ての宇宙や、荒野の世界にいる人の話とか

さあ征こう
共に終焉まで、歩もう




 戦争兵器の犠牲とされた少女たちには様々な者がいた。
 たとえばニルズへッグは、より"古い"少女と相対することとなった。
 なにせ影朧兵器とは、その名のごとく、影朧を捕え動力とするもの。
 地縛霊めいて兵器に捕縛され続けていた魂の中にも、少女は存在したのである。
 彼を選んだのは、そういう少女――兵器そのものにすべてを奪われた者であった。

 対して、ネグル・ギュネスが向き合う影朧の魂は、いわば"新しい"ものである。
 つまり戦争当時ではなく――幻朧戦線に拐かされ、そして殺された者。
 善を為そうと愚かしくも純粋に信じ込み、結果的に愚行の礎となった者。
 黒い鉄輪は恐怖と侮蔑の象徴。ゆえに人々はその姿を忌々しく思った。
「幻朧戦線だ。幻朧戦線が出たぞ!」
 口さのない少年が叫んだ。
「また誰か殺されるぞ。あいつらはそうやってテロを起こすんだから!」
 男が、女が、恐怖と憎悪のないまぜになった表情で少女を睨む。
「外道め」
「お前のせいで俺の友達は死んだんだ」
「息子を返して!」
 少女が、幻朧戦線においてどんな存在であったかなど、関係ない。
 なにせ他ならぬ奴らが、そういう風に振る舞っているのだから。
 黒い鉄輪は恐怖と侮蔑の象徴――人々の憎悪には、相応の理由があるのだ。

 しかし。
「人々よ」
 少女を守るようにして、ネグルが間に割って入った。
「この少女は、数多の人のために、善きことをしようと命を散らした誇り高き魂。
 たとえその結果があなたたちを脅かすものだったとしても、彼女に罪はない」
 然り。少女はそもそも、幻朧戦線の本性を知らなかったのだ。
 無知は罪と云う――だが何もかもを奪われた少女を、誰が裁けようか?
「罪はないだと? あいつらは何度もテロを起こしているんだぞ!」
 男が叫んだ。
「影朧を呼び出して暴れて、戦争がどうだと喚いて勝手に死んでいくんだ。
 どうせそいつだって、同じようなことをして死んだんだろう。なら同じだ!」
「違うッ!!」
 一喝が大気を震わせる。
「……この少女は、奪われたんだ。いのちを、未来を、その思いも何もかもを」
 ネグルは男を……いや、人々を睨み返した。真っ向と。
「その命を利用した連中こそが外道。真に憎むべき悪はそちらではないか。
 なおも彼女を嘲り罵る者がいるならば、私は――その者を、怨敵と見做すぞ」
「「「……!」」」
 凄絶なるその覚悟と意思が、浅はかなる人々をたじろがせた。
 だが、ネグルも分かっている――彼らはけして悪辣な人間ではない。
 すべては彼の言葉通りなのだ。真に憎むべき巨悪は、それを利用する者ども。
 この拳が今は届かぬことが、どうしようもなく口惜しかった。

『……あ、あの』
 人々が散っていくと、少女の影朧はおずおずと言った。
『ありがたうござゐます』
「……いや、いいんだ」
 軍服めいた装いの少女を見やって、ネグルは微笑んだ。
「私は……俺は、君と話したかったんだ。だから、今のはそのための手間賃さ」
『わたしと……話す?』
「そうとも。なあ、君はどこへ行きたい? その……ほら」
 ネグルはぎこちなく、言った。
「……"終わりたい"にしても、ふさわしい場所とか行きたい場所、あるだろ。
 君が厭わしく思わないのなら、私にそこまでエスコートさせてくれないか」
 言って、ネグルは手を差し出す。
「――君の望みは、必ず叶えてみせるから」
『…………』

 "俺に、君たちを掬い上げさせてくれ。傲慢でもいい、だから――ッ!!"

『……優しゐのですね』
 少女は薄く微笑んで……そう見えるぐらいに、朧な顔が像を結んでいた……ネグルの手を取った。
『ならば、はい。私は行きたい場所があるのです』
「……それは?」
『うんと、遠くへ』
 少女は言った。
『私は生まれてから帝都から出たことはなく、人々の営みを見ておりました。
 心優しい人々もいれば、大正の停滞のなかでどうしようもなく苦しんだ人も。
 だから、見てみたいのです――誰も居ない、うんと遠くの、摩天楼のような星空が』
「……なら、私の得意分野だ」
 ネグルは重ねられた手を握りしめ、微笑んだ。
「誰も追いつけないぐらいに疾く、彼方へ走り去ろう。君をさらってしまおう。
 暇潰しには……そうだな、私が旅してきたいくつもの世界の話をしようか」
『旅人なのですね。どのようなところを?』
「空の果ての宇宙も行った。文明が絶えた荒野に生きる人々を見もした」
『まあ……』
 少女は目を輝かせた。ネグルは頷く。
「すべて語り尽くせないぐらいの思い出を、風とともに君に与えるよ。
 だから、征こう。私の相棒に乗って、君の苦痛さえも振り切ってしまう速さで」
 心の中の痛みを噛み締めて、言った。
「――ともに終焉まで、歩もう。君が悔いなく死ねるように」
 少女は――のぞみと名乗る少女は、うっとりとした様子で首肯した。
『旅をしてみたかったのです。少しでもそれが叶うだなんて、嬉しいわ』
 もはやその像は、ほとんど生者のそれと見紛うばかり。
 名を知る。
 顔を知る。
 少女の"のぞみ"へ近づけば近づくほどに。

 ネグルは彼女のことを知るのだ。
 これから殺す、少女のことを。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴宮・匡
◆単独


目の前にあるのは、俺が生んだものだ
何もかもから目を逸らして、これでいいと言い聞かせて
その過程で踏み躙ってきた何千何万という命と、同じもの

そこに“綺麗な死”をただ与えたとして
それは本当に救いだろうか

悼ましく死んだ過去が雪がれるわけじゃない
何も為せなかったという結果が覆るわけじゃない

……何より
それだけでいい、わけがない

だって、誰も“これでよかった”なんて言わなかった
遺されたのは、いつだって呪いと怨嗟
生きたかった、という想いの裏返し

――なあ
やり残したことがあっただろ
言いたいことがあっただろ

それを、聞かせてほしい

ここで全部、解いていかなくちゃダメだ
それを抱えたままじゃ
きっと、何処にも行けないから



●何も生めない男が生んだもの
 殺してきた。
 奪ってきた。
 壊してきた。
 ――そんな自分でも、生んでしまうものがある。

 目の前の少女が、"それ"だ。
 鳴宮・匡は思う。
 殺すことと奪うことしか出来ない男は、己が生み出してしまったものを想う。
「――なあ」
 ただ少女めいた形としか認識できぬ"それ"に、匡は言った。
「やり遺したことが、あったんじゃないか」
 少女の"かたち"は朧だ。
「言いたいことが、あったんだろ」
 人であるらしいということしかわからない程度に。
「……それを、聞かせてくれないか」
 ――その朧なる影は、初めて人らしい輪郭を持った。

 救いとはなんだろう、と考える。
 誰かを救うことが自分に出来るだなんて、間違っても言いはすまい。
 思いもしないし、そもそもそんな資格がないとわかっている。
 けれども……"考える"ことは、出来るはずなのだ。
 かつての自分は、ただ目をそらして耳を塞ぎ、心を閉ざして殺し続けてきた。
 これでいいのだと、仕方ないのだと己に言い聞かせて。
 幾千の、ともすれば万の屍を積み上げ、踏みにじり、漫然と歩んだ。
 その結果が、"これ"だ――たとえ少女との間に直接の因果関係がなくとも。
 これが、自分の踏みにじったものなのだ。
 踏みにじってきた屍山血河の中から、産み落とされてしまったものなのだ。

 ならば。
「……俺はさ。思うんだ」
 答えぬ少女に対して、匡は言った。
「"綺麗な死"をただ与えただけで、それで本当に終わりなのかって」
 それは少女に言うようでも、ひとりごちるようでもある。
「……死んだ過去が雪がれるわけでも、何も為せなかった結果が覆るわけでもない。
 そういうことをしたいんじゃないって、俺も、頭ではわかってるけどさ――」
 それだけで、いいのかと。
 本当にお前は、それでいいのかと。
『……あなたは』
 かたちを得つつある少女は問うた。
『あなたは、だう思うの』
「俺は――……」
 匡は目を逸らしかけ……はっきりと見えてきたその眼を見返した。
「それだけでいいわけがないって、思ってるよ」
 己の言葉で。
 心で感じ、頭で思考し、そして言葉を紡ぐ。
 ……少女の姿は、もうはっきりと顔立ちもわかるようになっていた。

『海へ行きたいの』
 外れない黒い鉄輪を指でなぞりながら、少女は言った。
『私は"珠ゑ"。私ね、一度も海を見たことがないの」
 少女は微笑んだ。
『――だから、海が見たい。潮風を浴びて、匂いを感じて、波の音を聴いてみたい』
 他愛もない望み。
 けれどもそれは、少女が――珠ゑが心から望んだものでもあり。
『貧富とか、差別とか、そんなもの何もない、真っ平らで広い広い海が見たいの。
 私は、心に思い描いたそんな風景に世界がなることを夢見て、こうなったから』
「…………わかった」
 匡は目を見たまま頷いた。
「なら、行こうぜ。それからどうすればいいかは、俺もわからないけどさ。
 ……何処かへ行こうって想いを抱かなきゃ、きっと何処へも行けやしないから」
 たとえ不可能なことでも、考え、悩み、思うことで何かが変わるように。
 次の生へ歩みだすというのなら、まず一歩を踏み出さなければならないのだ。
 ……己が、済んでけれど澱んだ"凪の海"から、一歩歩みだしたように。
『――はい。その間、どうかあなたの話を聞かせてね』
 少女は微笑んで、頷いた。そして願った。

『私のことを、あなたに教えてあげるから。これからあなたに殺される私のことを。
 だからあなたもどうか、私に教えて――私を殺してくれる、あなたのことを』
 かちゃりと、黒い鉄輪が音を鳴らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヒマワリ・アサヌマ
話して 教えて
なんて、言ったけれど
────そ、れは、

わからない。
だって、お母さんは、私のママは
『あなたはいい子ね』って、いつも褒めてくれたから
『大好きよ』って、言ってくれてたから
この子たちが、どうして悪い子なのか
わからない。わからない。

でも、それでも
あなたたちは、きっと、
ううん、絶対に悪くない
痛かったよね、怖かったよね
お母さんが大好きだから、すごく、辛かったよね
私も、ママが大好きだから、わかるんだ

大丈夫
私が、痛いのも、怖いのも、辛いのも
全部なくしてあげる
誰に何を言われても、私が守ってあげる
こうやって、抱きしめてあげる
ここまで、すごく、がんばったね

あ、あれ?
ごめんね、私が泣くことじゃないのに……



●いいこ
 ――おかあさんは、わたしのことを悪い子だって言って、殺したの。

 問いかけられてからずっと、ヒマワリ・アサヌマは考えて、考えて、考え続けた。
 けれども答えなんて、出るはずもない。……出せもしない。
 だからヒマワリは、困ったように、悩みに眉をハの字にして、答えた。
「――……わから、ない」
 ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
『わからなゐの? だうして?』
「……だって、お母さんは……私の、ママは」
 少女はじっとヒマワリの目を見つめていた。
「あなたは、いい子ねって……いつも、褒めてくれたから。
 大好きよ、って、何度も言ってくれてたから――……」
 だから、わからない。
 どう答えればいいのかも。
 この子が――この子"たち"が、どうして悪い子なのかも、わからない。

 ……けれど、ひとつだけわかることが、確かなことがあった。
「でもね。あなたたちは――あなたは、きっと……ううん、絶対、悪くないよ」
『…………わたしは、わるゐこじゃないの?』
「そうだよ」
 ヒマワリはさっきとは打って変わって、はっきりと頷いた。
 羨ましそうな目でヒマワリを見ていた少女は、きょとんと目を瞬かせる。
「だって――私が、そう思えないもん。あなたに悪いところがあるなんて」
 そう言って、ヒマワリは手を伸ばした。少女の頭に触れるように。
 少女の"かたち"程度しか判然としなかった影朧は、もうはっきり顔も見えていた。
 羨望に染まった表情は、困惑に変わり、ただただ目を彷徨わせていた。

 ……わからないのだ。
 ヒマワリが、彼女の問いかけに「わからない」と答えたように。
「痛かったよね。怖かった、よね」
 頭のあたりを撫でるように頭を動かす。靄めいた身体に触れられなくとも。
「お母さんが、大好きだったんだよね」
『うん』
「そのために、頑張ってたんだもんね……すごく、辛かったでしょ?」
『……うん』
 少女はこくんと頷く。
「私もママが大好きだから、わかるんだ。私も……同じ」
 ――そうだ。
 この子は、同じだ。
 母を愛し、ただその思いに応えようとした。
 何も変わらない。ただ、母が、世界が、その思いに応えてくれなかっただけ。
 ……もしかしたら、少女を痛めつけることが母の愛だったのかもしれないが。
 ヒマワリはそこまでは思い至らない。そんな人間がいることを思いさえしない。
 そしてこの影朧の少女が味わったのは、あいにくもっとシンプルな話だった。
『おとうさんがいなくなってからね、おかあさんがわたしを叩くようになったの』
「うん」
『おまえが生まれたせいで、おとうさんはいなくなったんだ。
 だからおまえがわるい、どうしておまえは生きてるんだ……って』
「うん……」
 ……靄めいて薄がかり触れられなかった少女の頭の感触が、手に伝わる。
 語るうちに少女は寂しげに笑い、そして少しずつ、くしゃりと表情を歪めた。
『いたいいたいって言っても、やめてくれなくて。でも、わたしがわるいこだから。
 ……だから、ね、ごめんなさいって言って、おかあさんにずっと、あやまって……』
「うん、うん……」
『いたくて、こわ、くて……でも、わたしがわるいから、いけないん、だって……』
「…………」
『わた、し……わたし……ぅ、あ……あ……っっ』
 少女がヒマワリの胸に顔を埋めた。もう言葉は言葉にならなかった。
「……大丈夫。大丈夫だからね」
 嗚咽する少女の肩を叩いて、背中を撫でてあげながら、ヒマワリは言った。
「私が痛いのも、怖いのも、辛いのも、全部なくしてあげる」
 たとえ、周囲の人々が、影朧に恐れの眼差しを投げかけていたとしても。
 たとえ、心無い大人たちが、石を投げてきたとしても。
 記憶の中の母親の痛みが、憎悪が、フラッシュバックしても。
「誰に何を言われても、私が守ってあげる。それで、こうやってあげるから」
 ぎゅっと、少女の身体を抱きしめる。
 もうその姿は、言われなければ影朧とさえわからなかった。
「……ここまで、すごく、がんばったね……」
 強く強く抱きしめる。ぬくもりさえ感じられた。
 もうすべてを奪われてしまったはずの少女は、たしかに生きていた。
 ――だからこそ殺せてしまうのだと、ヒマワリが理解できるほどに。

『……ねえ』
「どうしたの?」
『どうしてあなたは、泣いてるの』
 目を腫らした少女は、不思議そうに見上げた。
 そう言われてヒマワリは、初めて頬を伝う雫の冷たさに気づく。
「あ、あれ? ……ど、どうしてだろ。あはは」
 拭っても拭っても、涙が溢れてきた。
「ごめんね、私が泣くことじゃないのに……」
『……ううん、ありがとう。あなたは、優しいんだね』
 少女は微笑んだ。
『わたしね、ツバキって言うんだ。冬に咲くお花だって、おとうさん言ってた』
 少女――ツバキは、花咲くように笑う。今度はヒマワリの頭を撫でて。
『あなたは、いい子だね――あなたに終わらせてもらえるなら、うれしいなあ』
 心の底からうっとりとした声音でそう言った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
心情)子らはみィんな闇の中、俺の翼下で泣いている。泣きたいいっぱい泣くがいいのさ。顔を上げるまで待っていよう。顔あげ立ってどこかへ行くなら、いいとも黙って連れ立とう。
行動)くるんだ子らごと《裏》渡り、ヒトから見えない道を行こう。俺と子らから外は見えるさ。触るだなんだはできんがね。"終の舞台"まで歩くがいいさ。やりたいことありゃ出来るようしてやる。髪の毛・指・思い出・骨。すべて失う舞台まで、手は引かねェよ背も押さねェ。選択決定は"いのち"の権。2度目の終わりを邪魔されンよに、《くらがり》のままで寄り添うだけさ。



●みんな、みんな闇の中
 世界の裏側――より骸の海に"近い"領域を、朱酉・逢真の翼が羽ばたく。
 それは神の道。ヒトが認識することの出来ぬ、まさしく"神隠し"である。
 子らはしくしくと泣きじゃくり、なぜ、どうしてとただ喚いていた。
 神は応えぬ――応えは要らないし、答えられないのだから。
 何故と問うのも、
 故にと答えるのも、
 それはすべて『創り上げる力』を持った"いのち"だからこそ出来ること。
 神は超越者では在るが、支配者ではない――正確に言えば"でなくなった"のだ。
 今の世は人の世であり、子らは皆人の世が生み出した犠牲者である。
 ならば、死を司る『だけ』の神に、何が答えられよう?
 しょせん逢真には、死をもたらす『ぐらいのこと』しか出来ぬのだから。

 ……とはいえ。
 優しく、だが慈悲もなく寄り添う《くらがり》を、見上げる子が居た。
『ねえ、かみさま。あなたはどうして、こんなにしてくれるのです』
 影朧とは過去の残骸であり、すなわち『死したもの』である。
 ゆえにヒトとは違う。未来なき者であるがゆえに"それ"をぼんやり認識しうる。
 彼女らは、逢真と名乗るモノのことをよく知るわけではない。
 名乗られたわけでもなく、何かの力で読み取ったわけでもない。
 が、彼女らはこう呼んだ――そう、「かみさま」と。
 ヒトならざるもの、ヒトでは届かぬ何か恐ろしいものを形容する言葉に、それ以上最適なものはなかったからだ。

 ――俺は、"そういうもの"だからさ。

 天より降りる声が、地の底より響く声が答えた。
 その声は子らに聞こえているようで聞こえていない。
 太古の人々が預言という形で、神々から都合のいい託宣を得たように、
 曖昧模糊としたイメージは、子らにとって啓示めいて茫洋としている。

 ――俺ぁ手は引かねェし背も押さねェ。この言葉だって届かねえ。けれどな、

 神は言いたもうた。

 ――お前さんたちの髪の毛も指も思い出も、骨も、お前さんらのもんだ。

 だから、"好きにおし"と。
 導くことも諭すこともないが、見届けそして受け入れてはやると。
 付かず離れず、ただ寄り添うだけであるというのは、優しいが残酷だ。
 すべての責任は、子らが背負わねばならぬのだから。
 死とはそういうものである。天地を創りし唯一なる"それ"とは違う。
『――ありがとう』
 それでも。
 子らは哀しみではなく、喜びの涙を流してそう言った。
 紅き翼はただ羽ばたく――子らの望む、終わりへと向かって。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
相対したあの子と、一緒にゆきましょう。
歩ける? 手を引いてあげるわ。

街の人々を怯えさせるのも本意では無いけれど、言い訳だって難しい。
害は無いと示すように、仲睦まじく歩きましょう。
悪い言葉は聞かなければ良いもの。お喋りをしましょう。

いきたいところは、あるのかしら。やりたいことは?
きみは、言葉をたくさん呑み込んで来たのではないの。
黄泉路での我が侭くらい聞いてあげる。

――、これは、きっと、口に上したら叱るひともいるのだけれど。
自分のいのちだもの。
自分が使いたいように使って、よかったのよ。
きみが死んで悲しむヒトは、たくさん居たのでしょうけれど。それでも。

誰も悪くなかった。
きみだって、悪くはないのよ。



●悪など何処にもなく
 花剣・耀子と影朧は、なんでもない休日のように、平然と帝都の通りを歩く。
 周りはそうはいかない……なにせ少女が影朧だと知っているのだ。
 恐怖。
 侮蔑。
 そして何よりも……疑念。
 帝都を守り影朧を滅ぼすはずの『超弩級戦力』が、なぜ影朧を狩らない?
 それは極めて異質で、不思議で、それゆえに怒りを呼び起こす。
 ……そう、ひとは、理解できないものをこそ恐れ、同時に激昂する。
 そうやって激しい感情を抱くことで、未知という恐怖を殺そうとする。
「だうして影朧が街を歩ゐてる」
「早く斬つてしまゑ」
「恐ろしゐ、恐ろしゐ……」
 直接手出しされることはないまでも、飛礫のように浴びせられる雑言の数々。

 ……耀子はかかずらわない。ただ、少女だけをじっと見ていた。
「――これはね。きっと、人に聞かれたら叱られるかもしれない話よ」
 気持ち声をひそめて、耀子は言った。
「自分のいのちは、自分のものだもの――だから、どう使ってもいいのよ」
『……ゑ?』
「自分がやりたいようにしているのであれば、それでいいとあたしは思う」
 少女は困惑した。その言葉が、あまりに出し抜けだったから。
 けれど耀子にとっては、心からの、正直な言葉だった。
「きみが死んで悲しむヒトは、たくさん居たのでしょうけれど。それでも」
 心からの言葉だからこそ、てらうことなく、恐れもなく、はっきりと言い切る。
「――誰も悪くなかった。きみだって、きみの家族や、医者も、誰も」
『…………』
 少女は目を瞬く――それが分かる程度には顔の輪郭がはっきりしていた。
『優しゐのね』
「思っていることを言っただけよ。おべっかとか、お世辞は、苦手だもの」
『ふ、ふ』
 照れた様子もない表情を見て、少女はくすくすと笑った。
『……わたしは』
 少女は呟いた。
『わたしは、また死ぬまでの時間を、楽しんでもいゝのでせうか』
「むしろ、どうして駄目だと思うの」
『……わたしは、"悪ゐ子"だと思つてゐたから』
 けれど、あなたは言う――きみは、悪くないのだと。

 少女の輪郭は、生者と相違ないくらいにはっきりしていた。
 これから死ぬ者が、殺してくれと願った少女が、耀子に微笑みかけていた。
『でも、いいのですね。楽しんでしまっても――なら、わがままを言わなきゃ』
「そうよ。そのためにあたしは来た。だから、あなたも思うことを言えばいい」
 耀子の言葉は、相変わらず直截だった。振るう剣と同じように。
「いきたいところは、あるのかしら。やりたいことは?」
『たくさんあるわ、たくさん――ずっと、ベッドの上でしたもの』
 けれどね、と、少女は声をひそめた……耀子と同じように。
 年頃の少女が枕を並べて、寝入る前の少しの時間に交わすひそひそ話のように。
 もう少女には、無粋な外野の声なんてちいとも聞こえていなかった。
『一番したいのは、『どこへ』とか『何を』とは、少し違うかも』
「……それは、つまり?」
 少しだけ眉根を寄せて怪訝そうにする耀子に、少女は言った。
『お友達が、欲しかったのです』
 そして立ち上がる時に握ってもらった手を、するりとあえて放す。
 きょとんとする耀子の前に立ち、今度は自分から手を差し伸べた。
『わたしは、キヲと言います。あなたの名前を、あなたのことを、教えてください。
 わたしもわたしのことを、たくさん教えてあげる。だから、そうして――』
 友達のように。
 願わくば、友達として。
 通りを歩き、楽しそうなものを見て、出来るなら何かを食べたり諳んじたり。
 そうしてうんとうんと楽しく遊んで――。
『わたしがよく知るあなたの手で、あなたがよく知るわたしを殺してください』
 少女の笑顔は、はにかむようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェルト・フィルファーデン
わたしがこれ以上、貴女に出来ることなんて……

お姫様のように、煌びやかに着飾ることは出来る。でも、それだけでは愛されない。

生前の彼女を傷つけた人達を改心させる?……いえ、赤の他人の言葉で簡単に変わるなら、こんな結末にはならない。
誰一人助ける者がいない。それはもう、環境がどうしようもなかったとしか思えない。
誰一人そんな余裕も無く、弱者は踏み躙られる、そんな環境。
……そんなの、一朝一夕で何とかなるわけないじゃない……

ごめんね……せめて、わたしは貴女を守り、微かでも無辜の人々の中に、希望を見出す。
恐怖に駆られた言葉は説き伏せて、投石は庇い護り切る。
転生した先に希望はある。そう心から、思えるように……



●何も救えず、何も守れず、何も出来はしない
 どんな絶望にだって抗ってきた。
 過去を想起させる幻にも、未来を奪おうとする強敵にも。
 山よりも高くそびえるドラゴンを斃し、
 宇宙を統べる不老不死なる帝王を殺し、
 希望さえも喰らい尽くす大魔王を討ち、
 魔縁を、欲望の権化を、自らを失った鬼を、過去と繋がった悪魔を。
 多くの敵を斃し、
 多くの絶望を払い、
 多くの笑顔を守ってきた。

 けれど、フェルト・フィルファーデンはただの少女なのだ。
 神ではないし悪魔でもない、ただ一度すべてを失い築き上げた少女。
 その手はすべてを掴み取るには小さすぎて、
 その背はすべてを背負うにはか弱すぎる。
 その心は、誰よりも、何よりも優しすぎた。
『"おひめさま"、だうしてそんな哀しさうな顔をしてゐるの』
 顔の定かならぬ少女の影朧は、フェルトに言った。
『もつと笑顔のほうが素敵でせう。あなたは"おひめさま"なのですから』
「…………違うのよ……」
 わたしはもう、あなたが羨む"おひめさま"なんかじゃない。
 お姫様のように、きらびやかに着飾ることは――着飾らせることも、出来る。
 でも、お姫様が愛される理由は、そんな安っぽい理由じゃない。
 だって自分は、知っている。『そうだったのだから』知っている。
 生まれ。
 環境。
 努力。
 理解。
 なによりも、与える愛と受け取る愛があってこそ。
 もうそれらは何もかも、無窮の闇へ消え去ってしまったあとだけれど。
 ……ああ、残酷なことに、だからこそ"それさえも"わかってしまう。

 "おひめさま"は、永遠でも不滅でもない。
 吹けば飛ぶ砂上の楼閣のように――だからこそ羨望を抱かせる『理想』なのだと。
「わたしは……ごめんね。わたしは、何も出来ないの……」
 出来ることと言えば、せめてこれ以上世界から傷つかぬようにと。
 擲つ石はその身でかばい、恐怖に駆られた眼差しには言葉で応えよう。
 だって、そうするしかない。彼女は平等なる世界によって殺されたのだから。
 ひとときの光で何が変わる。
 ひとたびの奇跡で何が変わる?
 少女の死に絡んだ者たちを改心させれば話は終わるか? 否。
 そんな辛い記憶を忘れさせてしまえば幸せに逝けるのか?
 ……否、否、否。
 彼女は"どうしようもない"から死んだ。
 だから、今も、"どうしようもない"。
「わたしはこれ以上、あなたに出来ることなんて、何も――」
『いいえ』
 少女は微笑んでいた。優しげに。
 ――希望を守るとき、フェルトが見せる笑顔のように。
『だつてあなたは、こんなにもわたしのことを考えてくれてゐるではありませぬか』
 もうその姿は、きらびやかな"おひめさま"などではない。
 裏路地にうずくまって、雨雪が降れば一晩で凍え死にそうなみずぼらしい姿。
 それが本来の少女だった――どこかの国、どこかの都、どこかの隅っこに居たのだ。
『わたしのことを考えて、
 わたしのことを想って、
 わたしのために泣ゐてくださる。
 わたしに詫びてくれて、
 わたしを守つてくれて、
 わたしを――殺して、くださるのでせう』

 だから、いいのです。
 少女はそう言った。
「よくないわ……そんなのは、違う。だって、あなたは生まれ変わるのよ」
 フェルトは必死にすがりついた。
「"あした"はきっと素晴らしいものになると、あなたが信じていなければ……。
 未来にあなた自身が希望を抱いていなければ、生まれ変わっても意味はない。
 だからわたしは、あなたにそう想ってほしいの。心から、ただそれだけなのに」
『それなら、もう大丈夫よ』
「――え?」
 少女は柔和に笑っていた。その顔がよく見えた。
 フェルトは思い出す――まだ己が、絶望から抜け出せていなかった頃。
 そうして"お姫様のように笑いながら、死を求めていた"のだと。
 偽りの希望を謳い、血まみれになりながら、希望のために殉じようとしていたと。
 それを変えてくれたのは、仲間と――大切なあの人の言葉なのに。
 彼女には、それすらも、ないのだ。
『だって、わたしは誰にも省みられずに生きて、誰にも看取られず死んだもの。
 きっと――いいえ、次は必ず、そんなことはないわ。あれが『最悪』なのだから』
 未来への希望などない。
 ただ過去の絶望があるからこそ、少女は云うのだ。
『だから次は、素晴らしいに決まってるわ――『それ以上悪くなりようがない』。
 そんなことは、当たり前でしょう? だからね、わたしは、わがままを言うの』
 絶望の底で憧れ続けた、"おひめさま"のように死にたいと。
『わたしは、ポーラ――あなたの名前を聞かせて、きれいでやさしいおひめさま。
 そして、あなたがわたしを殺して頂戴。その優しさと想いを抱いたままに』
 フェルトは言葉を失った――何か言えようはずもない。
 何も救えぬ。そもそも救い出すべき闇など何処にもない。
 何も守れぬ。少女ポーラは、傷つく痛みさえ感じなくなってしまった。
 何も出来ぬ――それがかつての己と同じだと知ってしまったがゆえに。
 かつて自分自身では何も出来なかった。
 だから、同じ少女に何が出来ようか。
『誰かに心から想ってそしてわがままを言って死ねるだなんて、ああ。
 ――まるで、"おひめさま"そのものだわ。ねえ、わたしのねがいを、叶えて?』
「……わ、たし、は……」
 少女にはもう何もない。何もないからこそ純粋に未来を信じる。
 それで、いいのか?
 それが、正しいのか?
「わたしは――……何も、出来ないの」
 フェルトは震える喉から言葉をひねり出した。
「……でもね。わたしはあなたに、何かをしてあげたい。もっと、何か」
 だから、ねえ、せめて。
「そんな透明な笑顔で、何もないだなんて云わないで――」
 ただ、そう縋り付くのが、精一杯だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエイン・リュンコイス
◎アドリブ歓迎
※1章の影朧と交流。
貧困、か…。いつの世にも付き物でありながらも、根絶される事なき社会の病巣。さて、それを癒すにはどうするべきだろうね。

彼女の願い的に人目を避ける事は難しいだろう。UCで周囲を俯瞰しつつ、ボクと機人で警護しよう。よもや猟兵相手に突っかかる命知らずも居ないだろうさ。

さて、その上で取る手立てとしては…住は難しいだろうが、衣食ならば直ぐに用立てられるかな。食べたかった料理や憧れていた服、欲しかった玩具等を聞き出しつつ、それらの手配を行おう。

これで幾ばくかの慰めとなれば良いけれど…貧すれば鈍すると言う言葉もある。
豊かさと言うのは物質的な話に限らないけれど、さてどうなるか。



●「持つ」ということ
『――要らなひ』
「…………」
 ユエイン・リュンコイスが覚えたのは、驚愕というよりも納得だった。
 何も得ることなく死んだ少女。
 その影朧を連れて、ユエインは帝都のあちこちを回った。
 巡る先々で人々が影朧を恐れ、あるいは痛罵し、石さえも投げようとする。
 黒鉄の機人はただ何も云わずにそれを遮り、守り、付き従った。
 少女がカフェーに行きたいと言えば、料理を振る舞ってやる。
 憧れていた服が在るのだと言えば、ブティックに連れていく。
 欲しかったおもちゃの名前を言えば、すぐに融通してもらった。

 その矢先から少女が言ったのが、先ほどの一言だ。
「要らない、か。それは、ボクから受け取りたくないという意味かい?」
『……違うの』
 少女の影朧は頭を振った。
『あなたが、私のために心を砕ひてくれてゐるのはわかつてる。それは嬉しひわ』
 少女の朧なる顔立ちからは、詳細な表情は読み取れない。
 けれどもわかるのは――そう、困惑だ。少女自身も困惑していた。
『でも、何をもらつても、味わつても、消えなゐの。心の虚が、無念が……。
 何故? だうして? 私は、私が欲しかつたものを、こんなにも得てゐるのに』
「……豊かさというのは、物質的な話に限らないということだよ」
 ユエインは憐れみを綯い交ぜにした面持ちで言った。
「なんとなく、わかっていたんだ。だって君は貧困という社会の不条理に屈した。
 それはただ、物があれば解決するような簡単な問題じゃないんだから……」
 不思議なことに、社会に物が飽和すればするほど、貧富の差は広がり続ける。
 この帝都においてもそれは同じだ。永遠の平和は恒久的平等を意味しない。
 人と人が暮らしそこに差を設ける以上、持たざるものは必ず生まれる。
 そしてそれは、ただ与えればすべて終わるなんて話では、ない。
「お腹が空いたとき、何かを食べれば満たされるというわけじゃないだろう?
 それで話が済むならば、ヒトはより安全で、美味な食事を求めたりはしない」
『……私は、欲しかつたものを得ても、満たされはしなゐの?
 私自身が、こんなに何かを求めてゐるのに、あなたは私を思つてくれてゐるのに』
 即物的な願いでは満たされぬ虚。
 だからこそその魂は影朧となり、そして満たされる死を望む。
 ユエインは少女を憐れんだ。彼女は、自らの虚にさえ苦しめられている。
「……ボクは、君が「次」を心から望めるまで、こうして手伝うよ」
 そう言っただろう、と、ユエインは少女の手を取った。
「君はボクを信じてくれた。だからボクはその信頼に応える。……必ず」
『……猟兵、さん』
「そういえば、自己紹介がまだだったかな。――ボクはユエイン」
 ユエインは少女の瞳を――少しずつ明らかになるその顔を見つめた。
「よければ君の名前を教えてほしい。「いま」を終わらせ「次」に逝くその名を。
 ボクは見届ける者。だから、君のその名前も、ねがいも、知りたいんだ」
『……サヤ』
 ユエインはこくりと頷いた。その名を覚えたことを示すように。
「君の欲しいもの、やりたいこと、思いつくものをなんでも教えてくれないかい。
 ボクに出来る範囲で叶えよう。それで足りないなら、足りるまで何度でも」
 ユエインにはわかっていた。
 大事なのは、何を、どれだけ与えてやるかではない。
 ――持たざるその心に、寄り添い、暖かさを与えてやることなのだと。
『うん……私、考えるわ。私自身の心で、しっかりと』
 ユエインの言葉をしかと受け止めた少女は、ぐっと決意を込めて頷く。
『――あなたに、看取ってもらえるように』
 納得できる死など、虚無の中から生まれるはずはない。
 それはまさしく、少女が次へと向かうための――確かな終わりへの、第一歩だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
・慈愛の化身と
多分マリアよりお姉さん、だよね。
マリアみたいな力がなくても、周りのために、ずっと頑張った人。
マリアがいつか、足跡を辿ることになるかもしれない、そんな人。
だから、「手を繋ぐ」。それから、一緒に歩こう。
この世界は、オブリビオンも生まれ変われるくらい優しいところだもん、町の人たちだって、大丈夫。
だから、町を歩きながら、喫茶店でお茶をしながら、ベンチに座って町を眺めながら、マリアにお話を聞かせて?

どうして、皆を助けようと思ったの?
どうやって、皆を助けてきたの?
どんな風に、生きてきたの?

お姉さんの全部を、マリアに教えて。
それから、お礼を言うね。助けてきた人達の代りに、『ありがとう』って!



●カフェーにて
『大した理由なんて、なかつたのです』
 ティーカップの縁を指でなぞりながら、顔の定かならぬ少女は言った。
『ただ、様々な理由で苦しんでゐる人のことを知つて、手を差し伸べたかつた。
 そうせずには、ゐられなかつた……結局は、"こう"なつてしまいましたが』
「それでも、お姉さんがしようとしたことは間違いじゃないよ」
 対面に座るアヴァロマリア・イーシュヴァリエは、少女の手に手を重ねた。
「あなたは自分の足であちこちに歩いて、自分のお金を使って、手を差し伸べて。
 怪我をした人、病気をした人、貧しい人、心が苦しい人を助けてきたんでしょ?」
『……はい』
「たとえ、それがこの世界の人たちに裏切られてしまったとしても」
 アヴァロマリアは、影のように朧な少女の顔をじっと見つめる。
「お姉さんが、色んな人を助けてきた事実は、消えないし、間違ってもない。
 だから、ね――それ自体を悔やんだりしないで。間違ってたなんて思わないで」
『…………』
 アヴァロマリアは目をそらさない。すると、徐々に少女の顔に輪郭が生まれた。
 それはすなわち、少女が「影朧」から「次を目指す者」に変わりつつあること。
 いかなる形であれ、逃避ではなく必要なこととして「いま」を終わらせようとする、そういう生者と同じ意思を持った、一個の存在として向かっているのだ。

 ……少女は、寂しそうに微笑んでいた。
『やさしいのですね』
 恐れられている自分を連れて、こんな風に街を歩いてくれる。
 そして自分のすべてを知りたいと、些細なことにも耳を傾ける。
 一度は殺そうとした自分に、敵味方ではなく対等な人間として向き合う。
『私よりもずっと幼くて、小さいのに――』
「えへへ」
 アヴァロマリアは照れたようにはにかんで、小首をかしげた。
「……マリアね、お姉さんに伝えたいことがあるんだ」
『伝えたい、こと……?』
「"ありがとう"、って」
 少女は大きく目を見開いた。
「お姉さんが助けてきた人たちの代わりに、どうしてもそう言いたかったの。
 だって、お姉さんはそれだけのことをしてきたんだもの。それくらい当然でしょ?」
『…………そう、なのかな』
「そうだよ」
 アヴァロマリアの瞳は曇りない水晶のようで、見つめるには勇気が要った。
「この世界は、オブリビオンも生まれ変われるくらい優しいところだもん。
 お姉さんのことを怖がる人たちだって、大丈夫。お姉さんが嫌いなわけじゃない」
 だから、と。
 アヴァロマリアは水晶の身体をほのかに輝かせながら、少女の手を握った。
「お姉さんのことを、もっと教えて。お姉さんが胸を張ってしてきたことを。
 マリアは、お姉さんの全部が知りたいよ。だって、マリアにとっては――」
 ……もしかしたら、同じ道を辿ることになるのかもしれないのだ。

『……瑠璃と、言うの』
 少女は控えめな声で名乗った。
『さっきまでは、名前も忘れていたわ。いいえ、思い出したくなかったのかも。
 聞いてくれるのなら、話しましょう。私が死ぬまでの、他愛もない足取りを』
 ――それがきっと、これからまもなく逝く自分の生きた証になる。
 アヴァロマリアの心はしくしくと痛む。それは色んな悲劇とどうしようもなさへの、拭いようのない痛みだった。
 けれどもアヴァロマリアは微笑む。喜びと嬉しさもたしかに存在していたから。
 そして彼女たちは手をつないで、なんでもないように街をめぐり、語り合うのだ。

 次のいのちへと歩みだすために。
 少女――瑠璃は、アヴァロマリアをその看取り役に選んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

其の様だね、サヨ
双子の姉妹のようだ
想いあい守り合うその御魂の美しきこと
そなた達、名は?
巫女の言葉に微笑んで影朧達に声をかける

歪より生まれた影―嘗ての私
願いが叶い私は此処に廻ったのだから
恐るる人の言葉から姉妹を守り隠すよう結界を張る
神の加護だよ
倖約ノ言祝、ありったけの倖運を約す

私達の前に居る限り
そなたらは死人でも影でもなく
二人の姉妹なのだから

サヨの紡ぐ言葉に眉根を寄せる
私の巫女に、触れたなど
慾をぶつけたなど―噫
サヨ、きみに触れたおぞましいそれらに
厄災(神罰)を約してあげようか?
…なら、サヨは私の…

そうだね
もう柵にも何にも繋がれずともいいんだ
姉妹の願いを叶えよう
いこうか

私達がそなたらを守るよ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

黒い面の下は斯様なかぁいらしい双子の乙女であったのね
姉と妹
想い合う姿の美しいこと
ねぇカムイ

もう離れずともよいの
小さな手を握る
桜を舞わせ余計なものは写さぬように彩るわ

大丈夫
優しい神様も一緒よ
門を超えて外へ行こう

慾の吐き溜めにおったのね
日々心を削って摩耗して
辛かったわね
慈しみ柔く撫で

私も昔は妓楼に居たわ
花魁だったの
私は気に入らぬ客を蹴り落とし
袖にするも出来たけど
きっとあなた達はそうでなかった
慾にギラつく視線が絡みつき舐めまわす―噫、
よく耐えた
偉いわ

カムイったら
嫉妬?
かぁいい神様ね
あなたの『前世』が私を身請けしたのよ

慾を受け止め続けたあなた達の
慾を叶えてあげるわ

今度は私達が守る
さぁ行きましょ



●今度こそは離れぬように
『……おねえちゃん、"あさこ"おねえちゃん』
『"ゆう"……だいじょうぶだよ。おねえちゃんはここだから、ね』
 朧なる影から輪郭と個を取り戻したふたりは、ひしと指を絡ませあった。
 男に媚びるためではなく、一心同体と呼ぶべき片割れと離れぬように。
「……姉と妹。想い合う姿はなんて美しいのかしら――ねえ、カムイ?」
 誘名・櫻宵がちらりと流し目を送れば、朱赫七・カムイはこくりと頷いた。
「ああ。双子の姉妹のようだ――いましがた呼びあったそれが、そなたらの名か?」
 カムイが片膝を突いて目線を合わせてやれば、少女たちは首肯した。
「"アサコ"と、"ユウ"か。朝と夕……名もまたひとしく鏡合わせなのだな」
 神の浮かべた微笑みは、少女たちの警戒を取り払うには十分なものだった。
 なによりも彼女たちは知っている――この二人は"わるいひと"ではないと。
 これから自分たちを、もう離れぬように殺してくれるのだと知っている。
『ねえ、おねえちゃん。なんだかこわいひとたちの気配が、するよ』
 妹――アサコがそう言うと、片割れのユウは妹をその手に抱いた。
 カムイと櫻宵ではない、その外……つまり自分たちを恐れる人々の思念を感じたのであろう。

 けれども、それらの眼差しが、言葉が、届くことはない。
『怖いのが消えちゃった……?』
「神の加護だよ」
 カムイはなんでもないことのように言うが、それは立派な奇跡であった。
 此方と彼方とを分かつ境界の術式。すなわち結界である。
「大丈夫よ。ね、優しい神様でしょう?」
 櫻宵もまた視線の高さを合わせ、小首をかしげて微笑んだ。
「もう怖がらなくていいの。私たちが傍に居る間は守ったげるもの。
 それに、ね――実は私、あなたたちと同じような"ところ"に居たのよ」
「……それは、つまり?」
 驚いた様子のカムイの言葉に、櫻宵はほんの少し寂しげな笑みを浮かべた。
「私はあなたたちと違って、気に入らない客は袖に出来たし、蹴り落とせもした。
 けれど、あなたたちはそうではなかったのよね――よく耐えたわ。偉い子たちね」
 櫻宵はきょとんとする少女たちを抱き寄せ、頭を撫でてやる。
 双子はその言葉だけでいろいろなものがこみ上げて、わっと泣き出してしまった。
「……私の巫女に、触れたなどと……」
 対してそんな話を聞かされたカムイは、面白くなさそうな表情だ。
 ともすれば今から子々孫々に厄災を下しそうなほどの凶相である。
「あら、嫉妬? かぁいい神様ね」
「……む……」
 櫻宵が茶化すと、カムイは毒気を抜かれたように唸った。
「いいのよ、全部終わったことだもの。救われなかったわけではないもの。
 それに、今はもっと大事なことがあるんじゃなくて? "やさしい神様"?」
「……ああ……そうだな。大事なのは今だ」
 どうあれ彼は巫女としてそばにある。その事実がカムイの心を落ち着かせた。
「すまなかったな、少女たち。……サヨがそうであるように、そなたらもそうだ」
 カムイは改めて非礼を詫びると、少女たちに要った。
「もう柵にも何にも、囚われずとも、繋がれずとも、かかずらうこともない。
 そなたらはただ、心の底からの願いを抱けばよい――私たちが叶えてあげるよ」
『……ほんとう?』
『わたしたちを、終わらせてくれるのですか?』
「もちろんよ。現に一度、斬ってみせたでしょう?」
 櫻宵は片目を閉じて、なんでもないようなことのように要った。
「私たちは、そのために来たんだもの。あなたたちにはわがままを言う資格がある。
 ……慾を受け続けたあなたたちの、ひたむきな慾を叶えたあげようというわけ」
 櫻宵はユウの、カムイはアサコの隣に立ち、手を伸ばした。
「今度は私たちが守るから」
「ああ、征こう――そなたらの願いを叶えるため」
 櫻の竜と優しき神とともに、死出の旅へ。
 哀しみでも苦しみでも絶望でもなく、明日へと歩みだすために。
 少女たちは微笑んで頷き、手を取り、立ち上がると歩き出した。
『わたしね、わたしね――たっくさんさくらが咲いてるきれいなところが、いいな』
『そうね。あの桜が、わたしたちを送ってくれるんだもの――』
 そしてその道行きを、今自分たちが守ってくれているふたりが、櫻が、見届けてくれる。
 少女たちの胸には、不思議な誇らしささえあった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神狩・カフカ
【相容れない】

影朧兵器か
どこの世界でも人間は同じ過ちを繰り返すもンだ
おいおい
この子らはお前らが日常を享受するための犠牲になったンだぜ?
石投げるなんざ人間ってのは都合のいい生き物だこって
あ゛?なンの話かと思えばそりゃ姫さんのことかい?
人聞きの悪ィこと言いやがって
おれァいつだって姫さんのことを一番に考えてるぜ

ま、憶えててやるって約束しちまったからなァ
そのためにはこの子らのことをもっと知らねェと
教えとくれよ、お嬢さん方のことを
なンだ?お望みなら手も繋ぐぜ?ほれ
このほうが守りやすいしな
このままデートでもするかい?
おれは構わねェよ
そっちの聖者はどうだか知らねェが
ハッ、大きく出るじゃねェか
そうこなくちゃな


ジン・エラー
【相容れない】

珍しいことじゃねェ
この程度、珍しいことじゃあない
人道を知る人間だからこそ、人道を外れた行為を行うことなンざ

は~~ァ、ァ……しょうもねェ~~~~

クキキャハ、オイオイ……テメェがそれを言うのかよ?
それを言うならよ、アイツだってテメェの犠牲になってンぜ?
神サマ以上に都合の良い存在なンか知らねェよ ギャハヒ

いやァ~~~流石神サマ、お守りが得意で助かるねェ~~~~!
せェ~~っかくだからよォ~~~
お前の姿、覚えてもらおうぜ

その目に、脳髄に、心に、魂に
『焼き付けろ』
聖者の光と、神の寵愛
その二つに包まれた”この世で最も祝福された存在”を

凱旋といこうぜ
お前だけの"道″だ
胸張って歩け



●忘れないで
 ――影朧兵器。それは、影朧そのものを燃料とする狂気の非人道兵器。
 生者の命を奪うのは当然であり、必然であり、だからこそ忘れ去られた。
 戦争の痛みは、そのあとの世代が背負うにはあまりにも大きすぎるものだ。
「……どこの世界でも、人間は同じ過ちを繰り返すもンだ」
「――ク、キ、キャハ」
 神狩・カフカが呟いた言葉に、ジン・エラーが反応を示した。
「なンだよクソ聖者」
「テメェがそれを言うのか、って思っちまってよォ~~~」
「あ?」
「2まるで神サマみてェな台詞だと思って"な」
 ジンはことさらに皮肉げに片眉を釣り上げた。
「同じような過ち、ってェやつを繰り返してるのはテメェもじゃねェか、あ?」
「…………どういう意味だ」
「テメェの犠牲にされてるヤツがいるって意味だよ」
「――……あァ、姫さんのことか。人聞きの悪ィことを」
「思い当たるってことは、つまり覚えがあるってことじゃねェのかァ? ギャハヒ!」
「お前……」
 カフカが殺気立ち一歩を踏み出そうとした時、人々の罵声がそれを遮った。
「そこに影朧が居るぢゃあなゐか」
「さつさと祓つてくれ」
「安心して帝都を歩けやしなゐのです」
「「…………」」
 ジンもカフカも、毒気が抜かれたように衆愚を睨みつける。
 そしてジンはさっきよりも嘲りと侮蔑をあらわにした目つきで笑みを浮かべた。
「そォだよなァ、影朧騒ぎなンざ珍しいことじゃねェ。コイツらだってそォだ。
 人間が人間の道を外れるなンざありふれた話――は~~~ァ、しょうもねェ」
「そういうところは同意見だな」
 カフカは吐き捨てるように言って、衆愚に叫び返した。
「この来らは! お前らが日常を享受するための犠牲になったンだぜ?
 石投げて化け物扱いなんざ、人間ってのは都合のいい生き物だよな、え?」
「「「……」」」
 人々は気圧され、黙った。彼らとて心から少女たちが憎いわけではない。
 影朧が人々の生活を脅かすのも事実。
 少女らが、もはや人縁には相容れないことも、事実。
 だからこそ――逝かねばならぬのだ。今度は、納得し満足して。

 同じように怯え困惑していた少女たちの影朧を、燦然と輝く光が照らした。
「ンなシケたツラぁしてンじゃねェよ。どうせならお前らの姿、覚えてもらおうぜ」
 光の中心には、ジンがいた。
 同じように目元は笑みに歪んでいて、それは嘲るようなものだったが、
 少女たちはどことなく――いやはっきりと、その光から暖かさを感じる。
「焼き付けろよ――神の寵愛と、聖者(オレ)の光に包まれた存在を」
 その言葉は少女ら自身に向けられたものでもある。
「この世でもっとも祝福された存在だ。羨ましいだろォ~~~? ギャハイヒヒ!」
「……ったく、その物言いがなきゃ話が早いってのによ」
 カフカはジンの露悪的な物言いに呆れつつ、少女たちに言った。
「ま、覚えててやるって約束しちまったのはおれらのほうだ。だからよ、ほれ」
 そして少しかがんで、手を差し出してやるのだ。
「お望みなら手も繋ぐぜ。そのほうが守りやすいし、デートでもするかい。
 ……っと、おれはともかく、そっちのクソ聖者がどう思うかは知らねェが」
「ハ! イチイチ台詞が小物なンだよテメェは」
「あァ?」
「図星かァ? クソ神がよォ。ギャハハ!!」
 ふたりはまたにらみ合い……ふと、耳に聞こえたものに少女たちを見返した。

 少女たちは、笑っていた。
『……楽しい方々、なんですね』
 その中でも特に顔立ちのはっきりと認識できる影朧が言った。
「楽しい? おれらがか?」
「オイオイ、見世物でもねェしオレらは楽しンじゃ――」
『……でも、とても仲がよさそう』
「「どこがだよ!」」
 声を揃えたふたりは思わず睨み合った。
「真似すンな!!」
『ふ、ふふ……あはははっ』
 少女たちはまた笑い出す。今度は笑い涙まで眦に浮かべて。
 ふたりはもう完全に興が削がれたようで、はあ、と溜息をついた。
「……まァいいさ。とにかくよ、教えてくれよ。お嬢ちゃんたちのことを」
「そして胸張って"凱旋"と行こうぜ。だってこれは、お前の――お前らの道だからよ」
 そう言われれば少女たちは互いに顔を見合わせて、こくりと頷いた。
『わたしは、ミツと申します』
 少女たちを代表して顔立ちのはっきりとした娘が名乗り、そして手に手を取る。
『どうかわたしを――わたしたちを、憶えておいてくださいね』
「ああ」
「おう」
 貧民。農民。軍人の娘に街角で何不自由なく育った少女。
 様々な生まれの、様々な経緯の、様々な違った少女たちが居た。
 彼女らはうつむくことなく、光の中を誇らしげに歩んでいく。

 満ち足りた光の先――次の生へ向かうために。
 悔やむことなき死出の道行きを、言葉を交わしながら歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
【仄か】指定:恵まれた子ら
きみ達はお花が好き?
白くて香りのいいの、うん、任せて
きみも、きみも、教えてくれてありがとう
そうだな、僕は綿の花
【君繋ぐ花辺】
さあもう、ここには僕たちだけ
他に届くもののない、花の迷路で一緒に遊ぼう

楽しい事や喜びは豊かにあっていいものだから
きみ達が両腕いっぱいに抱えていってくれると嬉しい
沢山遊ぼうな
その後のお昼寝夕寝はきっと心地いいよ

迷い道や寄り道っていいよな
ね、目的地まで探検気分になる
あっ、ちょっ待っ!
たくらみ笑顔と駆けだす子らに慌てるも、心は弾む
受けて立つからな悪戯っこ達
宝探しは得意なんだ
じゅーう、きゅーう、数えたら一心走り出そう!

皆隠れるの上手くない!?(懸命)


ラピタ・カンパネルラ
【仄か】指定:恵まれた子ら

僕は、香りのいい、白い花がいいな。……視覚も嗅覚もはなやかに遮って仕舞えば、声も人の目も届かない。君はどんな花がいい?カロンも好きな花を混ぜるんだよ。

優しい君に渡してあげられる教えも赦しも、僕達持っていやしない。だから夢中で遊ぼう、誰も憎まなくてよかったと思えますように。君の心が決して飢えませんように。

うん、迷い道も大好きだ。遠いとそれだけで楽しみになる。
……ねえ、折角だし、かくれんぼしようか。君と手を繋ぐ。
ちらりとカロンを振り返り、わざとらしく笑ったらーー二人で走ろう!カロンが見つける役で、僕達が隠れる役だ!きっとカロン、一生懸命に僕達を迎えに来てくれるよ!



●たくさん、たくさんあそびませう
「――きみたちは、お花が好き?」
 上品な姿をした少女たちに、大紋・狩人はにこりと笑顔を見せた。
『おはな……すき。一番好きなのは……これ』
 差し出された花束を大事そうに抱きしめる金髪の少女が、一輪の花を指差す。
 艶やかな赤い花。芳しい香りは、心を落ち着かせてくれる。
 すると周りにいる同じような装いの少女たちも、思い思いに花々を指差す。
『これ』
『これがいい』
『とっても香りがいいもの』
「そっか……うん。教えてくれてありがとう」
「僕は、白い花がいいな。香りのいい、このお花が」
 そして少女たちに混ざって、ラピタ・カンパネルラも言った。
 狩人はこくりと頷き、花びらを生み出そうとして……ラピタの眼差しに気づく。
「それで、カロン? 君は、どんな花がいい?」
「僕か――僕は、綿の花がいいな」
 狩人はそう言って、ふわりと、その掌からカラフルな花びらを生み出した。
 幻朧桜に混ざって舞い踊る花びらは、やがて地を埋め尽くし花園へと変わる。
 少女たちは目を輝かせ、わあ、と嬉しそうに微笑んだ。
 視覚も、嗅覚も、あっという間に幻想的な迷路の中に閉じ込められる。
 恐れる人々の目など届かない――届いたとして、彼女らはもう気にしない。
 だってここには、恐怖も、絶望も、憎悪も怒りも何も存在しないのだから。
「さあ、ここはもう僕たちだけ。きみたちの場所であり、僕らの場所でもある」
 狩人はいけないことをしたくてわくわく子供のように、声をひそめて言った。
「花の迷路で、一緒に遊ぼう。楽しいことや喜びを、いっぱい、たくさん覚えよう」
『……いいの? わたしたちも、遊んでしまって』
「何か悪いことがあるのかい」
 ラピタはふんわりと柔らかく笑った。
「君は、君たちは、誰からも奪わなかった。なんにも悪いことはしていやしない。
 僕らに渡してあげられるものがあるとすれば、それは教えでも赦しでもないんだ。
 だから、夢中で遊ぼう。誰も憎まなくてよかったと思えますように、願いを込めて」
 そのこころが、飢えて、悲しむことのないように。
 祈りを込めた言葉に、少女たちはわっと嬉しそうに、花咲くように笑った。
 花束を抱えていた少女も、ゆるゆると微笑んで、花束をぎゅっと握りしめる。
『……うん』
「そうだ。みんなの名前を、きみの名前を教えておくれよ、お嬢さん」
『――ルイーズ』
 巻毛の少女が名乗れば、狩人とラピタは嬉しそうに顔を見合わせた。
「僕は狩人。さあ、これでもう僕らは友達だ」
「ラピタだよ。カロンと一緒に、みんなと一緒に、遊ぼうか」
 差し出された手を取って、ルイーズは嬉しそうに頷いた。
 そしてきゃあきゃあと騒ぐ子どもたちを追うようにして、彼らも駆け出した。

 炎を退ける迷路は、今日ばかりは敵も味方もなくただ若者たちを閉じ込める。
 色とりどりの花々が、目を、鼻を、そよぐ音で耳さえも楽しませてくれる。
『ねえ待って!』
『こっちへ行ってみようよ!』
『こんなところに抜け道があるよ』
 少女たちは思い思いに駆け出して、しゃがんで、よじ登って、笑い合って。
 笑顔だけがそこにある。失ってしまったものを取り戻すように。
 ルイーズはラピタと狩人と連れたって歩き、とっておきの秘密基地を冒険した。
「迷い道とか、寄り道っていいよな――ちょっとした探検気分だ」
「うん。遠いほどにいいね。大好きだよ」
 狩人の言葉に頷いたラピタは、ふと何かを思いついた様子。
 ルイーズの服の裾をつまんで耳を貸して、と言うと、女の子同士でこそこそと。
「ねえ、せっかくだし。かくれんぼをしようよ」
『かくれんぼ?』
「見つける役はカロンだよ。僕らみんなで隠れてしまうんだ――おどろかせよう」
 おどろかせよう、だなんて言われれば、ルイーズはくすくす楽しそうに笑った。
 ラピタが差し出した手を握りしめて、意味深にちらりと狩人を振り返る。
「……? どうしたのさ、ふたりとも」
「見つける役は、カロンだよ」
「え?」
「さあ、行こう!」
『ええ!』
「え、ちょ――」
 狩人が止める前に、ラピタとルイーズは飛び出してしまった。
 他の少女たちも企みを聞いていたようで、一目散にてんでばらばらに駆け出す。
「……ああもう、急に言い出すなんて!」
 慌てた狩人だが、困ったように、どこか不敵に微笑んで。
「受けて立つからな、いたずらっこたち。宝探しは得意なんだ」
「そうだろうさ――だからカロン、僕らを迎えに来てくれよ」
『全員見つけるまでは、ぜったい頑張ってね!』
「ぜんいん!? ……仕方ないなあ。じゅーう! きゅーう! はーち!」
 狩人は目を閉じて大きな声を出して数を数える。
 きゃあきゃあ、うふふとはにかむ声は、あちこちから聞こえて、消えていく。
 ――花の香りが少女たちの足取りを隠す。だが、それすらも心地よい。
「いーち、ぜろ……さあ、勝負だぞ」
 そうして狩人は駆け出した。
 もっとも見つけるのには、あいにくとても時間がかかったようだけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
狭筵さん/f15055

何のために呼んだと思ってるんですか。こういう…軽めの会話など…は…そっちの得意分野でしょ。
あー…服でも見に行きます?
ハイカラな装いをしていらっしゃる。この世界の流行りはよく分かりませんが。
狭筵さんはいいんですか?今後女の子と手を繋ぐ機会があるかどうか怪しくないですか?
オレはその手のアテがふんだんにあるので譲ってあげますが?
あと口くらい利けますが?

異端が異端のまま受け入れられる世界なんてありません。
でも彼女らを正気に、“普通”にできて、話をして、遊びに出ていて、
ですから…中身がどうあれ、我々の間にもそう違いはないんじゃないですか。

…それにしても似合わないな。殺すって台詞。


狭筵・桜人
矢来さん/f14904

もっかい死ぬ前に何かしたいことあります?
誰かに逢いたい? 行きたい場所は?
服かあ……ああほら、目離したらどこか行っちゃいますよ。
その子と手繋いでてあげたらどうですか。
あ~矢来さんはそういうのはNGでしたっけ? ンッフフ。
はあ~? 女の子とろくに口も聞けないあなたと違って
私には24時間いつでも女の子と手繋ぐ機会ありますけど?

この世界はUDCアースによく似ていますね。
人のかたちをして、ものを考えて、言葉を話す無害な少女。
それでも人では無いモノは受け入れられないんです。こんな風に。

どうやって死にたいか沢山考えておいてくださいね。
私もどうやってあなたを殺すかちゃんと考えますから。



●街を歩く
「お帰りくださいませ」
 カフェーでは頭を下げられた。

「申し訳ありませんが、ウチは関わり合いになりたくないので……」
 本屋の店主は目線を外しつつ言った。

「ねえお母さん、かげろ――」
「しっ、目を合わせてはだめ。こっちへおいでなさい!」
 道を歩けば、きょとんとした子供を母親が叱りつけていた。

『――あゝあ』
 魔人であったときの金切り声に比べれば、それはいかにも退屈そうだった。
『やつぱりこうなる。それもさうでせうね』
 ――だつてわたしは、化け物なのだもの。
 ……顔の定かならぬ影じみて朧な少女は、うんざりした様子だった。
『だうしてすぐにわたしを殺してくれなひの。さつきのやうに』
「それがそう簡単にも行かないんですよ。未練って言うんです?」
 にこにこと笑顔を浮かべたまま、狭筵・桜人は言った。
「もっかい死ぬ前に、何かしたいこととかないですか。行きたいところとか」
『道を歩ゐてると怯えられるのに?』
「ああ、カフェーとかどうですかねえ」
『さつき断られたでせう』
「なら本屋とか。落ち着きますよ」
『目すらも合わせてもらえなかつた』
「じゃあ服屋とかどうですかね」
『……そつちの男は、だうしてさつきから黙つてゐるの』
 水を向けられると、矢来・夕立はちらりと目線を動かしてから、また逸らした。
「ご指名ですよ矢来さん、手でも繋いであげたらどうですか?」
「……オレがあなたをなんで呼んだかおわかりになっていない?」
「ええ~? 友達だからでしょ?」
「…………」
 ちげえよボケ、というたっぷりの沈黙を間に挟んで、夕立は言った。
「そういう……軽めの会話だとか……は、そっちの得意分野でしょう」
「え? まさかそのためだけに私に声かけたんです? あなたも働きましょうよ」
「オレは…………まあ、そうですね。服とか見に行くのはどうですか」
「それ私が今行ったんですよねえ~話聞いてませんねえこの人」
「ハイカラな装いをしていらっしゃるので、提案しただけです」
「別にそれ、私が提案したことを知らなかった理由にはなりませんよ?」
「いちいちやかましいと思いませんかこの人」
「友達に対してひどいなあ~~~~」
『…………』
 少女は呆れ顔であった。
『あなたたち、莫迦なのかしら』
「「……」」
 夕立と桜人は顔を見合わせる。
「なんかノリおかしくないですか? もっとこう叙情感とかそういう」
「あなたが積極的にぶち壊してるんでしょうが矢来さん」
「それはあなたのせいだと思いますけどね」
「だからこういう会話してるのが駄目なんですってば~~~」
 桜人は、これみよがしに溜息をついた。
「ああ、それとも――意識したくないからわざと話逸らしてます?」
「……オレが? 何から」
「そうですねえ……こう、年頃の女性と話すのに慣れてないから、とか」
 なんとなく言ってから、桜人は「ああ」と手をぽんと叩いた。
「なるほど! そういうことだから、わざと私に水を向けてたんですね」
「は?」
「仕方ないですね、それじゃあ手を繋ぐ権利はあなたにお譲りしますよ」
「は???」
『そもそも、勝手に話を進めなゐで頂戴』
 少女はジト目である――それがわかるくらいには顔の輪郭が見えていた。
「狭筵さんこそいいんですか、今後女の子と手を繋ぐ機会があるとは思えませんよ」
「はあ~? 女の子とろくに口も利けないあなたと違って、私は24時間いつでも女の子と手を繋ぐ機会ありますけど?」
「コンビニかよ。あと口くらい利けますから」
「どの口が――」
『あなたたち』
 少女の手にナイフが生まれていた。ジト目のまま突きつけている。
『勝手に、話を、進めるな』
「「……」」
 ふたりは顔を見合わせて、一緒に両手を上げた。
 少女は嘆息して、よろしい、とばかりにナイフを下ろした。

 ……三人は道を歩く。
 通りに歩く人々は驚き、あるものは恐れ、あるものは怒りめいた表情を浮かべる。
 なぜ超弩級戦力が影朧などと、肩を並べて歩いているという声があった。
 さっさと殺してしまえという声があり、事実少女もそう言った。
「それであなたが心晴れるというならそうしますが」
 ――夕立の言葉に、少女は何も言わなかった。
 夕立はついと視線を人々のほうへやり、呟いた。
「あなたはわかっているような顔をしていますが、結局受け入れられてない。
 現にオレたちのことは見られても、あの人たちのほうは見ていないでしょう」
『そんなこと――』
「……この世界は、私たちの世界に似ていますねえ」
 桜人が割って入るように言った。
「人のかたちをして、ものを考えて、言葉を話す無害な……無害な? 少女。
 それでも人ではないモノは、"普通でないモノ"は、結局受け入れられませんよ」
『…………』
「その理屈だと、オレらも同じ気がしますがね」
 夕立は言った。
「だってオレらは、その"普通でないモノ"と肩を並べて歩いているでしょう」
「……否定はしませんよ。現状、全然お眼鏡に叶ってないですが」
 桜人は微笑んだまま少女を一瞥した。
「だからあなたは、せめてどうやって死にたいかをたくさん考えてください。
 私もどうやってあなたを殺すかちゃんと考えます……ってなんですか矢来さん」
「いや、その台詞似合わないなあと」
「ンッフフ。さっき私が言ったちくちく言葉、まだ気にしてます?」
「……思ったまでのことを言っただけですよ」
「どうですかねえ。あなたいちいち口に棘生やしますからねえ」

『――きたくない』
「……はい?」
「…………」
 ふたりは少女を振り返った。
『行きたくない。天国にも、次の生とかそんなものにも。堕ちるなら地獄がいい』
 少女は、はっきりとそう言った。
『ウソをつかれたのよ、わたし。一緒に死んでほしいとか聞こえのいいことを。
 でもそいつはわたし以外の女を作ってた。わたしがいるくせに、ぬけぬけと』
「「…………」」
『だから殺したの。滅多刺しにして、喉も裂いて、女も殺してやったわ。
 そしたら女が名家の生まれだったとかで、生きたまま同じことをされたの』
 それで、"こう"なった。
『……混ざってる間、"他の子たち"の記憶がわたしのなかに流れ込んできた。
 ……わたしは、あの子たちとは違う。だって、人殺しの悪党だもの』
 少女の声は徐々に弱まっていく。
『わたしには、満足できる死を受け取る資格なんて、ないのよ――』
「…………そうですか」
 夕立の声は冷ややかで、
「それは難儀ですね」
 桜人の声は嫌味なほど温かった。
『だからわたしは、惨たらしく殺される方がいい。そうあるべきでしょう。
 だって人を殺した人間が、自分だけ満ち足りて逝くなんて、あっていいわけが、ない』
 少女はそう言う。
 だがふたりにはわかる――それは心からの言葉ではないのだと。
 同時に、たしかに彼女が思っていることでもあるのだ。

 結局のところ、彼女は矛盾を抱えている。
 己は罰されるべきだと、影朧になってまでも考えていて、同時に。
 ――彼女らのように、救われて、ただ穏やかに死にたいという思いも、たしかにあったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
(アドリブなど歓迎します)

――世界の裏に巣食う巨大な宗教組織で生まれ育った。
――死を日常の隣人として生きてきた。
――銃で、炎で、毒で、剣で、素手で、ナイフで、情報で。
――提示された選択肢は人を殺めること。
――同じ境遇の仲間や戦友も少なくなかった。
――けれど気付けば彼等も居なくなっていた。
――当然の報いだと思う。
――殺したのだから殺される。
――是非がどうとかという問題じゃない。

――彼等は望んでいた。
――次は幸福な人生を。
――次に辿り着けるよう導いて欲しいと。

――その望みを叶えることが蝶の本懐なれば。

(手を伸ばす、君に)

教えて欲しい。
君を。
君の心を。

俺は君を忘れない。
そして終わりまで導くから。



●背負い続けてきたからこそ
「君が、ただ奪われ続けた者であるなら――俺は、奪った側だ」
 通りを歩きながら、緋翠・華乃音は言った。
「俺にとっては、死が隣人だった。誰よりも近くに存在する、住処だった。
 仲間も、戦友も居た――けれどみんな居なくなった。みんな、消えてしまった」
 仲間でも戦友でもない人々を、何人も、何度も殺めてきたのだから。
 華乃音は奪い続けてきた。いのちを。人生を――ヒトの、未来を。
『……あなたは、辛くなかつたのですか』
「そんなことを感じる暇もなかった」
 華乃音はつらつらと言った。
 こんな言葉が出てくるだなんて、自分でも不思議だと考える。
 だが何故だろうか――眼の前の少女が、かつてそういう役目に据えられてきたのは、やはり相応の理由があったのか。
 あるいは華乃音なりに、彼女の無念に応えようという意思があったのか。
「仲間が居なくなったとしても、それは当然の報いだ。殺したんだから殺される。
 是非がどうとかの問題じゃない――俺が生きていること以外は、当然なんだ」
 あるいは華乃音もまた、告解する時を、場を、待っていたのか。
「だから俺は、君から様々なものを奪った連中と、ある意味同じなんだろう」
『…………』
「けれど――いや、だからこそ」
 華乃音は手を伸ばす。
 導くように。
 誘うように。
 ――あるいは、乞うように。
「教えてほしいんだ、君を――君の心を。ねがいを、何もかもを」
『わたくしの、ことを……?』
「俺が、君を忘れないために」
 華乃音は、少女の顔を――徐々に輪郭を取り戻すその顔を見つめ返した。
「俺が、君を、次の人生へ……きっと幸福であろう生へ、導けるように。
 君のねがいをかなえようとするなら、俺は君を知らなければいけないから」
 そして、それが。
 彼らの望みを叶えることを本懐とする、蝶(おのれ)の望みならば。
「――奪い続けてきた俺に、君の心を与えてはくれないか」

 ……少女は歩み寄り、差し出されたその手に両手を重ねた。
『わたくしでよければ――』
 そうしてゆるく微笑み、小首をかしげる。
『わたくしは、セレナ。わたくしはただ、楽になりたかっただけでございました。
 ……あなたのように、生きて背負うことも出来ず、逃げ出してしまった女です』
「…………」
『そうしなければ壊れてしまいそうなほどに、辛かったのです』
 少女は微笑みながら涙を流す。
『――でも、そうして逃げ続けていても、わたくしはやはり終われませぬ。
 わたくし自身が、それを赦せぬのです。そうあることを、認められない』
「……終わりを求める自分自身を、か」
『あなたが、あのようなお言葉をくれてなお』
 セレナは言う。
『だからわたくしの苦痛を、後悔を、すべてあなたに預けとうございます。
 ――どうか、わたくしをお看取りくださいませ。そして、あなたの手で――』
 ……己を許せるような、静かな終わりを。
 華乃音はただ切なる願いに、表情を変えぬまま頷いた。
 包み込まれた掌から感じるぬくもりは、ヒトのそれでしかなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニィエン・バハムート
※1章の影朧

ふっふっふ…こういう時に役立つのがこのコインですの。魔除けのお守りですよ的なことを【威厳】を感じる程に自信満々に言いながら渡し、なるべく普段通りにしてくれるように町の人たちに【取引】しますの。
それでも気にする人たちもいるかもですが、そこはもう仕方ありませんわ。偉大な存在というものは目立ってしまうものですもの!おーっほっほっほっほ!
という感じに軽く笑い飛ばしながら影朧の彼女に接します。
さて、どうしたものでしょうか…普通に町を周るだけというのも芸がないですし…あら?ちょうど舞台の公演をやっているようですわね?見ていきますか?

(それがあなたに見せる最期の光景の、参考になるかもですしね…)



●最期の風景
「な……なんだねこれは」
「魔除けのお守り――と、言ったところですわ」
 ニィエン・バハムートは、出来るだけ威厳を感じそうな表情を努めて作った。
 いきなりコインを渡された人々は、困惑しながらも彼女の言葉を聞く。
「魔除けつて……そもそも、あの影朧を殺してしまゑば」
「それは私の決めること。……もちろん、害が出ないようにはいたします」
 ニィエンは真面目な顔つきで人々に言う。
「ですからどうか、なるべくでいいので普段どおりに過ごしてくれませんか?
 彼女を信じられないと云うならば、「超弩級戦力」である私を信じてくださいまし」
「「「……」」」
 面と向かってそう言われては、人々も立つ瀬がない。
 一度は石さえ投げそうな勢いだった野次馬も、やがて散っていく。
「――さて」
 ニィエンは振り返ると、影朧の少女に対しては尊大に接した。
「まったく困りますわね! 偉大な存在がふたりも揃うと目立ちすぎてしまいますわ! おーっほっほっほっほ!!」
『……あなた、嘘が下手なのね』
「おほほほ、ほほ、ほ……」
 軽く笑い飛ばそうとしていたニィエンは、その言葉にふう、とため息をつく。
「ウソをついているつもりはありませんわ。だって私は竜王、あなたはスタア。
 そんなふたりが揃ったら、否が応でも人々の目を惹くのは当然でしょう?」
『……私はもう、スタアでは無ひのに?』
「あら、輝きを以て死にたいというのは"そうだから"ではないんですの?」
 そう言われると、影朧の少女はうぐ、と言葉に詰まってしまう。
『さうね――私は結局、スタアでなゐ自分が想像出来なひのだわ』
「なら、それでいいと思いますわ」
 その言葉は、嘘偽りなく、ニィエンなりの心からのものだった。
「……そうだ。せっかくですし、舞台の公演でも見に行くのはどうかしら?」
『舞台の――』
「ただ街を周るだけというのも、芸がないでしょう?」
『…………』
 さきほどの民衆は離れていったとはいえ、影朧と猟兵のコンビは絶対に目立つ。
 ならば観客に紛れてしまったほうが、まだしもマシという考えもあろう。
『……そうね』
 少女は輪郭を幾分はっきりさせて、頷いた。
『舞台のことなんて、これから死ぬのに考えたくない、と思ったけれど、逆ね。
 ――舞台に生きたからこそ、私は最期に、それを観てから逝かねばならないの』
 だって私には、演技(それ)しかなかったから。
 少女はそう言って、ニィエンを見返した。
「……私、観劇の経験はあまりありませんの。色々教えてくださる?」
『いいわ。……そういえば、私の名前。伝えていなかったわよね』
 影朧の少女は、生者と変わらぬ面持ちで言った。
『私は、ハナ。……あなたの名前も、あなたのことも、教えてほしいわ』
 輝けなかった者として。
「ええ――舞台を観ながら、お話をいたしましょう。私たちのことを」
 いずれ同じ道を歩む者として。
 ふたりの少女は対等に手を取り合い、そして劇場へと歩き出した。
 ……死ぬために。
 そして殺すために。
 互いを知るために、ふたりは歩く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨宮・新弥
>●戯れの犠牲者 と

…人が怖がるのも、わかるけど
でも俺はそれを許してはやれねェ
こいつが苦しんでるの、知っちまったから
助けるって決めたから。

つっても。
口出してくるやつを怒鳴ったり殴ったりして守るのは…なんか違う
こいつの前で、そういうのはもういらない…んだ、多分。

だから…
影朧、バイクの後ろに乗っけて攫ってっちまおう。
ちょっと不良っぽくなっちまうけどさ、許してくれよ
もし許してくれるなら覚えといてほしい事もある
世界ってすげェ広いんだ。街だって学校だっていっぱいあって…人だっていっぱいいる。優しい人も、優しくないやつも。
だから、あんたに優しくない場所に居続けてやる必要なんてないんだ。
…覚えといてくれよ。



●風の赴くまま、気の向くままに
 雨宮・新弥は、人々を罵倒したり軽蔑するつもりにはなれなかった。
 だって、理解できるのだ。むしろ、恐怖するのは当然でさえある。
 オブリビオンは情け容赦なく叩き潰すべき敵だと、新弥自身考えていた。
 こんなケースがあるだなんて、思いもしなかったのだから。
 影朧である――ただそれだけで、人々が恐れ怯えるのは、無理もない。

 ……とはいえ、"理解できる"ことと"許せるかどうか"は別の話だ。
 新弥は理解していたが、彼らの侮辱を許すことは出来なかった。
 それでもなお、彼が声を荒らげなかった理由は、たったひとつ。
「――そういうのは、もういらないよな。……多分」
 憎しみに憎しみで返すとか、
 怒りを怒りで紛らわせるとか。
 そんなことを、彼女は……戯れの犠牲者は、必要としていない。
「……立てるか」
 新弥はうずくまったままの少女に歩み寄って、膝を突き、手を差し出した。
『え?』
「行こうぜ。俺のバイク、後ろ、乗せてやっから」
『――……』
 少女はきょとんとした顔のまま、新弥の手を取り、立ち上がる。
 そして半ば呆然としながら、新弥に導かれるまま、バイクにタンデムした。
『……何処へ、行くの?』
「さあ、何処だろうな。まだ考えてないんだ」
 新弥はそう言うと、ハンドルをひねり、エンジンをスタートさせた。
 何をするつもりなのか察した民衆は、慌てて新弥の正面から両脇に退く。
 直後……新弥は警告もせずに、思いきりマシンをフルスロットルで走らせた。
 クアアアン――と、小気味いい音。今日のエンジンは好調だ。
『ひゃっ』
「不良っぽくなっちまったけどさ、赦してくれよ」
 スピードの風に驚く少女に、新弥は振り返らぬまま言った。
 罵声も、困惑も、何もかももあっという間に彼方へと消え去っていく。
 心地よい速度。エンジンの震動と……腰のあたりにぐっと回された少女の腕。
『――どうして』
 輪郭のはっきりしてきた少女は、いまも困惑している様子だった。
『どうして、こんな風に連れ出してくれたの』
「さっき言ったばっかりじゃねェか」

 "――少しでも"助けられる"なら、俺は助けるよ"。

「だから、その通りにしたんだ。あんなとこにいるくらいなら、攫っちまおうって」
 少女はじっと、振り返らない新弥の背中を見上げた。
「……世界ってさ、すげェ広いんだ」
 新弥は云う。
「街だって学校だって、いっぱいあって……ヒトだっていっぱいいる。
 優しい人も、優しくないやつも、たくさん、たくさんいるんだ」
 彼なりに言葉を選んで、精一杯に伝えようとしているのが感じられた。
「だから、さ……あんたに優しくない場所に、居続けてやる必要なんてないんだ。
 ……自分の足で歩き出すのが、辛くて苦しいなら、誰かを頼ればいいんだよ」
『――ありがとう。でも、わたしにはもう、意味がないよ、そんなの』
「そんなことねェよ」
 新弥はちらりと、肩越しに振り返った。少女の瞳と目が合う。
「だってあんたは、これからまた"始める"んだから、さ」
『…………』
 そのために、殺してくれと少女は願った。
 後ろ向きにではなく、まっさらな明日を始めるために。
『……うん。そう、だね』
 少女は微笑んで、新弥の腰に回した手に力を込める。
『わたしね、カザコっていうんだ』
 少女は顔を埋めたまま名乗り、そして続けた。
『――あなたには、わたしの名前。憶えてて、ほしいから』
「…………ああ。聞いたよ。ちゃんと」
 スピードが、要らない感情を洗い流していく。
 咲き誇る桜の色は、どこまでも終わらない海の色のようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
今は死までのロスタイムだ
ぶらぶらしようぜ、ちょいとさ

あーあー、外野がうるせえや
小さなガラス片で音を奪う
ついでに飛んでくるものを庇える位置にいとくよ
ヒロイズム?馬鹿言うなよ
演者には敬意を払うだけさ

負けたのが相当堪えたかい?
俺から言わせりゃ、アンタの太刀筋はブレブレだ
偽りの力使って、それで満足してるような奴じゃ俺には勝てない

思い出してみれば?武の道に邁進してた時のことをさ
アンタは、何かを見返したいとか…何かが欲しいからやってたのかい?
自分の最初を、見失うなよ
積み上げたものを、自分から否定するなよ
武という誇り
強くなったって誇り
曇りなきそれが欲しいなら、夢見た虚構に縋るな
与えられれば、それで終いか?



●死ぬまでのロスタイム
『……離れて』
 投石からその身を庇ってくれたヴィクティム・ウィンターミュートを、
 影朧の少女は突き飛ばし、そして怒りと憎悪を込めて睨みつけた。
 ヴィクティムはなんでもないように肩をすくめ、むしろ民衆のほうを一瞥する。
「自分から影朧を刺激するのは莫迦のやることだぜ、お歴々」
「「「……!」」」
 彼の言わんとすることを察した人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
 そのあとにキラキラと舞い散るのは、桜の花びらと同じサイズの小さなガラス。
 音を吸収し罵詈雑言を『殺して』しまう光は、まるで結界のようだった。
「……勘違いするなよ、俺は別に、ヒロイズムだのに浸りたいわけじゃないんだ。
 ただ、アンタという演者に敬意を払った。いわばリスペクトってやつだぜ」
『…………』
「ずいぶん嫌われちまったね。負けたのが相当堪えたかい」
 無言で睨み続ける少女に、ヴィクティムは語りかける。
「俺から言わせりゃ、アンタの太刀筋はブレブレ。そもそもあれは偽りの力だ。
 アンタ自身が鍛え上げたものじゃあない――だから俺に負けた、違うかい」
『……偉そうなことを、言わないで』
「事実を述べたまでさ」
『この……っ!!』
 少女は勇み足を踏み出しかけて、ヴィクティムの眼光にびくりと身を竦めた。
「……やめようや。アンタは"そんなこと"のために此処に居るわけじゃないだろ」
『それ、は……』
「そこまで殺気立たなくても、心配要らねえよ。俺は仕事は完璧にこなすタイプだ。
 ――アンタのことはきちんと殺してやる。だから今は、ぶらぶらしようぜ、な?」
『……わかったわ。けど、さっきの言葉は聞き捨てならない』
 ヴィクティムはそう言われても、撤回するつもりはないようだった。
「俺の言葉に腹を立ててるのは、つまりアンタに思い当たるフシがあるからだろ。
 思い出してみなよ。アンタがひたむきに、武の道に邁進してたときのことをさ」
『私が、生きていた頃を……?』
「アンタが悔しがる最期よりも前、もっと純粋に鍛錬をしていた頃の話だ。
 アンタは何故そんなことをしてた? 名声のため? それとも復讐のためか?」
『それは……』
「何かを見返したい。何かが欲しい。どれも立派な理由だが――違うだろ?」
 ヴィクティムはまくしたてる。
「俺はアンタのように純粋な人間じゃあ無いが――だからこそわかるのさ。
 何かをひたむきに追い求める人間の、俺には絶対真似できない心ってのが。
 アンタの太刀筋はブレブレだったが、そういう俺にはないものを俺は感じた」
『…………』
「だから、自分の最初を――見失うなよ」
 ヴィクティムは目を細める。
 偽りだらけの男は、けれどある種の本音を叩きつけていた。
 それはまさしく、自分には出来ない求道者へのリスペクトがゆえに。
「積み上げたものを、自分から否定するなんてのは、アンタ自身への裏切りだ。
 武という誇り、強くなったって誇り――それが欲しいからこそ死にたいんだろ」
『……そうよ。私は、女だからとか、弱者だからってナメられたくない。
 そんな不名誉にまみれたまま生まれ変わるくらいなら、いっそ世に仇なして……』
「だが、アンタはそうしていない――そしてこれからも、そうすることはない」
 俺が殺すからな、とヴィクティムは付け加える。
「……それでもなお、あんたが曇りなき誇りってのを欲しがるならさ。
 夢見た虚構に縋るな。そんなもんに耽溺して満足したら、そこで終いだぜ」
 かつての己が、虚妄の果てに分不相応な夢を見てすべてを失ったように。
 それはすでに一度失敗してしまった人間からの、老婆心ゆえのおせっかいだった。
「与えられれば、それで終いか? ――なあ、どうなんだ」
『…………』
 少女はしばし考え、頭を振り、溜息をついた。
『……いいえ。私は、私自身が選択して、納得した上での終わりがほしい。
 全部、あなたの言う通りよ――だからこそ、あなたの言葉は気に入らない』
「よく言われるぜ」
『……アイハ。あなたは』
「ヴィクティムだ。さてどうする、ここで終わらせたいってんなら――」
 ヴィクティムの流し目に、アイハは頭を振った。
『……もう少し、歩きましょう。私は、今のこの風景を見て逝きたいから。
 気に入らないけれど、あなたのその言葉も、私にとっては正しいものだし』
「……そうかい」
 そう言って、ふたりは言葉少なに桜並木を歩く。
 道を究めようとして、断たれた女と。
 道から外れ続けて、すり減った男。
 何もかもが対称的だが、ふたりの足取りは、今はふたり揃っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
キミのねがいは、あるじゃないか。
……「おねえさま」に、認められて。
望まれたかった。

(「羨囮」で己の顔を変えてしまおう
キミが目にするのはきっと、いとしいひとの面影だ)

……声だけは変わらないけれど。
キミの、おねえさまは、どんなひとだった?
(お芝居は、あんまり得意じゃないけれど
せめてキミが、よい夢を見ていられるように)

美しくて、清くて、尊くて。
儚くて、手が届かない。
(己の憧れも真似ながら、
【手をつないで】ともに終わりへゆこう)

キミと……あなたと。
触れ合ったまま、同じところで目をさませたら。
どんなにか、素敵だった、でしょうね。



●せめて、怖がらせないようにと――
『――……おねえ、さま?』
 少女は、半ば呆然としていた。
 目の前に、誰よりも敬愛する"その顔"が現れたのだから、当然だろう。
『…………ちがう。あなたは、おねえさまじゃない』
 そして、理解する。それは、ロク・ザイオンが変身したものなのだと。
「……キミのねがいは、あるじゃないか」
 ロクは肯定も否定もせず、その鑢がかった声で言った。
「"おねえさま"に認められて、望まれたかった。そうなんだろう」
『…………』
「声は、変わらない。……これは、おれがおれである、証明だから」
 "おねえさま"の顔をしたロクは、喉元に手を当てた。
「変えられるのは、顔だけだ――だから、教えてくれないか」
『何、を』
「キミの、"おねえさま"は、どんなひとだった? 何を、好んでた?
 どんなことを考えて、どんなことを言って、何を、教えてくれたのか」

 ――せめてキミに、よい夢を見せてあげたいから。

 怖がらせないようにと、ロクなりの優しさと思いやりが結実したその顔。
 少女は様々な感情――たとえばその一つは哀しみである――が綯い交ぜになった表情で唇を噛み締めて、頭を振り、そして大きく息を吐いた。
『……どうして、そこまでしてくださるの』
「……おれも」
 少女が無意識のうちに差し伸ばした手に、ロクは己のそれを重ねた。
「キミのように、憧れたひとがいた。……いや、憧れじゃなかったかも、しれない。
 そのひとがどう思ってるのか、何を言ってるかもわからないで、懐いていたんだ」
 函の中に閉じ込められた殺意にさえ、気付かないくらいに。
 無垢だった、と誰かは言ってくれるのだろう。
 無知ゆえに仕方ないと、そう言ってくれるのかもしれない。

 ならば、知ってしまったあとは、どうすればいいのだ。
 無知であることをの愚かさと罪深ささえも知ってしまったなら。
 ……そのねがいを知ってなお、生きることを望む自分に気付いてしまったら。
「でも、そのひとは、もういない――おれは身許を、去ってしまった」
 そしてもう、あのお方は、永遠に逝ってしまわれた。
 だから、せめて。
 自分と同じように、あこがれと愛欲と羨望とを綯い交ぜに抱えた誰かが居るなら。
「……キミに、何かをしてあげたいと思うのは、"わるいこと"なのかな」
『…………』
 少女は言った。
『……紫音(しおん)と。呼んでくださいませ。その声でも、よいのです』
 涙があふれる。重ねた手と手が、ぐっと握りしめあった。
『あなたが見せてくれる夢に浸ることを、お許しください。
 そしてこの愚かな女の名を、あなたの心に、刻んでくださいませ――』
「……わかった」
 ロクはまぶたを伏せて、出来るだけ優しげな声を出した。
「――キミと……あなたと触れ合ったまま、同じところで目を覚ませたら」
 その言葉は、紫音に向けたものでもあり、ロク自身のねがいでもあり。
 もう居ないひとに向けた、ふたりの純粋な想いでもあった。
「…………どんなにか、素敵だった、でしょうね――」
 どれだけ願ったとしても、叶うことはない。
 だとしても、祈ることは人の心を救うのだ。
 ロクはそれを知っている。だからただ、祈る。

 父なるあるじに赦しを乞うのではなく。
 ただこの魂に救いあれと、祈り続ける――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『いずれまたどこかで』

POW   :    湿っぽいのは嫌いなので笑顔で送ろう

SPD   :    言葉に想いを込めるのが大事だと思う

WIZ   :    祈りを…ただそれしか出来ないから

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 結局のところ、彼女たちの願いはみな同じなのだ。

 ――誰かに憶えていてほしい。

 名前を、生きた証を、何を思っていたのかを。
 短い時間であれ、彼女らにとってこの一時の交流は大きな意味があった。
 相変わらず死を望む者も居れば、
 次なる生に旅立つことを受け入れ、笑顔で別れを告げる者もいる。

 手を下すか、あるいは最期までそれを見届けるか。
 どうすべきはすべて、それぞれの猟兵次第であろう。

 なぜなら、彼女らと語り合い、向き合い、知り、憶えたのはその当人だけ。
 どのような形の答えであれ、彼らの出したそれを他者は否定出来ない。
 幻朧桜がすべてを受け止めて、そして彼女らの魂を導いてくれるだろう。

 だから今は、別れの言葉を。
 ――終わりのときが、近づいていた。

●プレイング備考
 2章に参加された方は同章で交流した影朧との交流に決着をつけることになります。
(この章から参加される場合は、どういう影朧と向き合うかをプレイングしてください)
 マスターコメントにも書いてあるとおり、必ずしも殺す必要はありません。
 皆さんが相応の言葉や態度で転生の意味を示せば、それを受け入れるでしょう。
 桜の彼方へ消えていく少女たちに、一言。別れの言葉を送ってあげてください。
 前章同様、合同プレイング以外での同時採用はまず行いません。

●プレイング受付期間
 1/31(日)08:30前後まで。
フェルト・フィルファーデン
(結局わたしは、ポーラ様に何が出来たのかしら……)
(望み通り、殺して……それで、おしまい)
(それできっと、転生するのでしょう。だって、ポーラ様の願いは叶ったのだから)


……嫌よ、そんなの……!
何でそんな笑顔でそんなことばかり言うの!?
そんなの全然わがままなんかじゃない!
お姫様はね、とってもとってもわがままで、欲張りなのよ!!
もっと願っていいの!望んでいいの!美味しいものが食べたい、綺麗に着飾りたい、たくさんの人に愛されたい、親友と呼べる大切な人を見つけたり、甘い恋をしたり他にも色々!!


お願い、未来を諦めないで。わたしを信じて。
絶対に、この世界をもっと、素晴らしいものにしてみせるから……!



●何も出来ずとも、それでも――
 フェルト・フィルファーデンは、ずっと考えていた。
 自分は彼女の――ポーラのために、何が出来ただろうと。
 ……そんなことは、いちいち自問自答するまでもなかった。

 自分は、彼女のために何も出来ていないのだから。

 望みを叶えることは、出来る。
 彼女もそれを心から望んでいて、そして話は丸く収まるだろう。
 不幸な少女は満ち足りた心で二度目の死を迎え、今度は桜の癒しを受ける。
 きっと転生した魂は、今度こそ幸福な生を迎えられるのだ。

 ――本当に?
 ポーラは変わるだろう。変わろうと彼女自身が決意したのだから。
 けれどこの世界は? サクラミラージュという世界そのものはどうなんだ?
 善人はいる……だがそれと同じぐらいに心ない人々も住んでいる。
 どちらが悪というわけではない。それが「社会」というものだからだ。
 本当にポーラは、転生したあとに、幸福になれるのか……?

 ……何よりも。
「…………イヤよ」
『……え?』
「イヤよ、そんなの……!」
 フェルトは、こんな悲しい形の幕切れを、どうしても認められなかった。
「なんで、そんな笑顔で、殺してとか終わらせてとか、悲しいことを言うの!?」
 堰を切ったように溢れ出したフェルトの言葉に、ポーラは呆然としていた。
「そんなの、全然わがままなんかじゃない! もっと求めてもいいのよ!」
『でも……』
「ポーラ様は、"おひめさま"みたいになりたいんでしょう!?」
 フェルトはまくしたてた。
「お姫様はね、とってもとってもわがままで、とってもとっても欲張りなのよ!
 もっと願っていいの。望んでいいの! 欲しがって、ねだって、求めていいの!
 美味しいものが食べたい、綺麗に着飾りたい、沢山の人に愛されたいって……!」
『…………』
「親友と呼べる大切な人を見つけたり、甘い恋を見つけたり、他にも色々……!!」
 ――だって、わたしがそうなんだから。
 絶望の淵から救われて、大事な大事な仲間たちと、親友と、想い人を見つけて。
 想いはまだ伝えられなくても、少しずつその距離を縮めていて。
 そんな日々が、たまらなく嬉しく、そして楽しいのだ。
 それでもまだ、もっとと――わがままな気持ちは溢れ続けている。
「…………だから、お願い」
 フェルトはほとんど、縋るように、祈るように言った。
「未来を諦めないで。わたしを、信じて……」
『…………』
「絶対に、この世界をもっと、素晴らしいものにしてみせるから。だから――!」

 ……言いかけたフェルトの頭を、ポーラの指先が撫でた。
 そして少女の影朧はにこりと微笑む。
『ありがとう』
 その瞳には、涙が浮かんでいた――哀しみではなく、喜びで。
『あなたに会えて、よかった。あなたにそう言ってもらえて、本当は……』
 ……本当はそうやって、許してほしかったんだと思う。

 その言葉は最後まで紡がれることなく、けれども消滅が言外に示した。
『信じてるからね。おひめさま。だから……頑張ってね』
 どうかこの世界の――いや、数多の世界の「どうしようもなさ」に負けるなと。
 消えゆく魂は、喜びと嬉しさに満ちた応援の言葉を最期に遺す。
 手を下す必要などなかった。下される必要もない。
 だってここに、最高の「いつか」を生み出してくれる友達がいるのだから。
『…………またね』
 さよならではなく。
「いつか」の再会を願って。
「……ええ、また! ポーラ様、また会いましょう……!」
 少女は涙を流し続けた。
 けれどそれは、絶望と悲嘆に染まった、冷たい涙ではなかった。
 魂を導く幻朧桜の花びらが、少女の頬を優しく撫ぜる――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエイン・リュンコイス
◎アドリブ歓迎
サヤの欲する物やしたい事を一緒に探していこう。内容はどんな些細な事でも良い。きっと、大切なのは結果ではなく其処へと至る過程だと思うから。

どんな形になろうとも、ボクから直接手を下すことは無いよ。物語の結末を決めるのはいつだって自分だけだ。その自由すらも奪ったら、それこそ生前の末路を焼き直す羽目になる。

ゲーテの『ファウスト』が第二部五幕、リュンコイスの歌…これはボクが作られた意義であり、生きる上での意味。サヤと過ごした時間は極めて短いものだ。でもボクは確実に、その時間を素晴らしかったと断言できる。
キミは決して塵の様に無価値なんかじゃない。
ずっと忘れる事が無い…掛け替えのない友達だよ。



●本当に欲しかったもの。

 帝都を駆けずり回った。

 日が暮れていよいよ夕陽も西の空に沈みそうという、その瞬間まで。
 思いつく限りの物品を、それを売っている店を、手当たりしだいに探し回った。
 サヤが迷うことがあれば、ユエイン・リュンコイスが助言をしてあげた。
 ふたりでああでもないこうでもないと話しながら、知恵を絞り出した。
 ただ欲しい物がわからないというだけなのに、不思議な話だ。
「まるで誰かの誕生日プレゼントを決めているみたい」とは、どちらの台詞だったか。
 気付けばサヤは、冗談に笑うぐらいには朗らかな気分になっていた。

 帝都を駆けずり回った。
 夕暮れ時、逢魔が時が訪れるまで、東に西にと駆けずり回った……。

「……結局、これという品物はなしか」
 沈みゆく夕暮れと、空を覆うように舞い散る桜を見上げて、ユエインは言った。
『そうね……』
「そろそろ制限時間――かな。宵の口は魔の時間、君にも悪影響がありそうだ」
 ボクにも他の任務があるからね、とユエインは言った。
『……そうね』
 サヤは、寂しそうな嬉しそうな、安堵したような面持ちで微笑んでいた。
 その横顔を見たユエインは、やはり人間とは不思議なものだと感じる。
 情動を憶えこころを震わせても、自分はやはりミレナリィドールだ。
 人工物とそうでないものとでは、生み出す「自然さ」というものが違う。
「――……それで? 君は、満足したかい」
 ユエインが問いかければ、サヤはゆっくりとそちらを振り向いた。
『それがね……不思議なのよ』
「不思議?」
『欲しいものは何も手に入らなかったし、これっていうこともしてないの』
 でもね、と少女は言った。
『……こころが。どうしようもなく暖かくて、そして……ふわりと浮かび上がりそうなくらい、ほわほわしている』
「……そっか。ならそれは、「嬉しい」っていうことでいいんじゃないかな」
『そうね――』
 サヤは夕陽に視線を戻した。
『……私ね、きっと、この時間をこそ一番楽しんでいたんだと思うわ』
「…………」
『あれでもない、こうでもないって、あなたみたいな優しい人と言い合って。
 義務でもなく、必要だからでもなく、わがままのためだけに駆けずり回るの。
 まるで子供みたい――でも、だからこそ……私は、色んなものを手に入れたわ』
 ユエインは思う。
 ……夕陽に、少しずつ溶けるようにして消えゆく少女の顔を見て、思う。
 この時間は、ユエインが過ごしてきた、そしてこれから過ごす時間に比べれば、
 瞬きほどの短い時間。もしかしたら明日には忘れ去りそうなくらいの。
 けれど、ひとつだけ断言できることがあった。
「ボクも、この時間を素晴らしいと感じているよ」

 ――視るために生まれ、命ぜられ、番人を務めていると、世の中が面白い。
 遠くを見つめると近くに見える――月も星も、森も幼い仔鹿も。
 そうして万物の中に、ボクは永遠の飾りを視る……。

「……そしてそれがボクの気に入るように、ボク自身もボクの気に入る」
 詩歌を諳んじたユエインは、ほのかに笑った。
「ボクの両目は幸福だ。なにせボクが見てきたものは、兎にも角にも美しい。
 それは君も同じだよ、サヤ。ボク自身も、ボクが見たものも、すべて価値がある」
『…………』
「だから君は――ボクのかけがえのない、友達だよ」
 たとえこれでもう、同じ名前で出会うことはなくとも。
 もしかしたら違う名前でさえ、街ですれ違うことだってないかもしれない。
 転生とはそういうものだ。魂は清も濁も洗い流され生まれ変わる。

 だとしても。
『……ありがとう、ユエイン。私の友達』
 その言葉はたしかに、魂よりももっと深い部分に刻み込まれた。
『あなたに会えてよかった。こんな時間を過ごして逝けるんだから』
 その終わりは次の始まりのために。だから哀しみの涙ではなく、笑顔で。
 サヤが差し出した手に手を重ね、ユエインはぐっと握りしめた。
「いずれまた、この世界のどこかで。短くも満ち足りた、ボクの友達」
『ええ、もしも出会うことがあればその時はきっと――いえ』
 サヤはいたずらっぽく笑った。
『必ず友達になりましょう。……またね』
 夕暮れに解けるような笑顔は、やはり本当に美しくて。

 ……ぬくもりだけを残して消えたその姿を、ユエインはしばし見つめた。
 もうそこに魂はない。風とともに桜吹雪がさらってしまったから。
「……また、いずれ」
 けれども言葉と記憶と、結んだ約束は胸(そこ)に。
 見届けるものなどとうに過ぎ去った。結局ユエインは何も見届けなかった。
 ……見届けるとは終わりの言葉。これは新たな、再生の一時なのだから。
 名付けるとすれば、それは――また会う日までの、しばしのお別れ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネグル・ギュネス
数多の話をした
自分の話、仲間の話、冒険の話
そして彼女──のぞみの話も聞いて、驚いて、悔やんで、笑って

最後に、望みはあるかと問う
叶うものなら、叶えよう
そして此方からも願い出る

どうか、君の想いも背負わせて欲しい
君の願った、善き事のために、戦わせて欲しいと
重たい、でも苦にならない
大事な人や世界の為に、その想いと戦いたい

白い鍵を握りしめながら、握手を求めて、小さな手を握り
旅立つ魂を、笑顔で見送ろう



悔いある、救いたかった
嘆きたくもある、もっと語らいたかった
無力だ、とも
だが、そんな表情はきっと望まない

だから、行こう
君の誓いと記憶を新たな鍵(トリガー)として

何処までも、善き事の為に戦い抜こう
俺たちの力で…!



●空の果てまで
 ――たくさんの話をした。
 生まれの話、これまでの話、そういう大事な話もした。
 けれどほとんどは、友人同士で交わすような他愛ない話ばかりだった。
 昨日何を食べただとか、帝都にあるこんなものが綺麗だったとか。
 それこそ空の青さだとか、桜の色合いなんて、どうでもいいものまで話題にした。
 ネグル・ギュネスの冒険譚に、のぞみは目を丸くして驚き、時に息を呑んだ。
 星の海を征く巨大な船の話をすれば、子どものようにわくわくと肩を揺らし、
 山よりも雄大なる多頭の竜の恐ろしさには、ぶるぶると怖がった。
 ……のぞみの話は、必ずしも楽しいものばかりとは言い切れなかった。
 彼女の最期に近づくにつれて、どうしても話の度合いは悲壮さを増す。
 だからのぞみは最初、ネグルにそんな話をすることを嫌がった。
『恥ずかしいとかではないのです――あなたを、悲しませたくなくて』
 寂しそうな表情で言う彼女に、ネグルは肩越しに言った。
「それでもいい。俺は、君の話が――君自身の口から聞きたいんだ」
 そう言われて腹を決めたのか、のぞみは色んなことを話してくれた。
 生まれの話。
 これまでの話。
 死に際の話も、楽しかった話も、ちょっとした後悔も。
 それはネグルの冒険譚に比べれば、どうしようもなく凡庸だった。
 帝都に生まれ何不自由なく育った箱入り娘。
 いかにも過激な思想に騙されそうな、言ってしまえば世間知らずの小娘である。
 人が聞けば、そんな理由で奴らに手を貸したのかと激昂したかもしれない。
 彼女がどんな痛みを、苦しみを受けたとしても、それは共感しづらいものだ。
 けしてその人が心無いからではなく、人とはそういうものだから。
 それを差し引いても、年若く死んだ少女の人生経験などたかが知れている。
 あらゆる脅威を見聞きし、体験し、そして越えてきたネグルにとってはなおのこと。

 けれどもネグルは、いちいちその話に首肯して、驚き、悔やみ、笑いもした。
 女学生同士で食べたというちょっとしたごちそうの話だとか。
 幼い頃に両親に連れられて行った、劇場でのスタァの雄姿だとか。
 ありふれた日常の話を、ネグルはひとつひとつ、宝石のように受け止めた。
 それが、これから殺す少女に対する、一番の礼儀だと考えていたからである。

『――ずいぶん、遠くまで来たと思いましたけれど』
 のぞみは風吹き抜ける丘の上で振り返り、眉をハの字にした。
 帝都は巨大だ。夕暮れまでかけて走っても、そうそう離れられやしない。
 語らいながらやってきたのは、帝都を見下ろす大きな丘の上だった。
 そこにあるのは、少女にとっては世界そのものだった箱庭の全景である。
『誰も知らない、誰も行ったことのない場所なんて、すぐには行けませんね。
 わたしは、どうしてこんな場所でたかだか10年ちょっと過ごしただけなのに……』
 まるで世界の真実を知ったように振る舞って、そして死んだことか。
 己の愚かさを自嘲する少女に、それでもネグルは言った。
「……今更悔やんでも、過ぎた時間は戻ってはこないさ」
 大切な人を喪い、その残骸を自ら滅ぼした男の言葉だった。
「けれど過ぎ去った時間は、積み重ねた道でもある。消えることはない。
 ……消せない、とも言うけれどな。それは辛いけど、大事なことでもあるんだ」
『ネグルさん……』
「だから、のぞみ。俺から1つだけお願いをさせてくれないか」
 ネグルはのぞみの前に立った。
「君の想いを、俺に背負わせてくれ。君の願った、善きことのために戦わせてくれ。
 俺みたいな人間にとっちゃ、とんでもない重責だけどさ、でも――苦しくはない」
 大事な人のために。
 世界のために。
 心からそう願った少女の想いだけは、間違いではなかったはずだから。
「俺はその想いと一緒に、戦いたいんだ――許して、くれるか?」
『……許すだなんて。どうしてわたしみたいな者が言えましょうか』
 のぞみはくすぐったそうに笑う。
『わたしのような人間の想いを汲んでくださるなら、それはもう、喜んで』
 ネグルが差し出した手に両掌を重ね、のぞみは目を閉じて言った。
 それはまるで、友達同士でするような他愛ないおまじないのように。
『――あなたとあなたの大事な人の道行きに、幸福がありますように』
「…………」
 ネグルは、白い鍵をぎゅっと握りしめた。

 ……少女の後悔と同じように。
 ネグルにも悔いがある――そう、現在進行形の悔いが。
 それはきっと、これから先、楔のように抜けない後悔となるのだろう。

 救いたかった。
 もっと語らって、笑いあって、色んな冒険譚を聞かせてやりたかった。
 願うことなら、直接その光景を見せてやり、大事な人々とも会わせたかった。
 それが出来ぬならせめて、善意を裏切られた少女の運命を嘆きたかった。
 声の限りに泣いて、叫んで、地面を殴りながら運命を呪って、怒りたかった。

 けれど。
 のぞみは――人の善性を頑なに信じた少女は、それを望むまい。
 だから行こう。
 これから逝く少女の想いと、この心に疼く後悔を背負って、征こう。
 二度と忘れぬように、その記憶を新たな鍵(トリガー)として。
「――ありがとう」
 別れの言葉は「さようなら」ではなく、少女の善性への感謝を込めて。
 桜に包まれていく少女は、恋する少女のようにはにかんだ。

 風がひとつ、吹いた。
 それは悔やむ男が、魂を旅立たせるために振るった剣の風やもしれぬ。
 あるいはそう出来なかった男の代わりに、幻朧桜が吹かせた花吹雪かもしれぬ。
 真相は定かではない――知るのは男自身と、送られた少女だけ。
 その記憶は鍵をかけた箱の中に……宝石のように、大事に収まっている。
「――何処までも、善きことのために戦い抜こう。俺たちの力で」
 丘に立つ男はひとり、白い鍵を握りしめてそう言った。
 黒く染まる男の影のなかで、ただそれだけが、染まらぬ白に輝いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
海を目指す足取りは、珠ゑの歩みに合わせる

すべて話すよ
人を、心を、何もかも殺して生きてきたこと
もう感じられないものが多すぎること
そんな自分を許せないこと

それでも、そのままでいたくないこと

死は救いじゃないんだって、知ってる
俺の齎してきたものは、そう呼べるものじゃなかった
ただ手を差し伸べることだって、多分、違う
それは、唯の自己満足だ

きっと、それは
添えられた想いを受け取った側がそうだと思えた時に
初めて成り立つもので

……だから
どういう終わりを望むのか
その先に、どんな景色が見たいのか
それは、珠ゑが決めるんだ

見つかるまで、付き合うから
迷わずそこへ向かえるように――ちゃんと終わらせるから

もう少し、話をしよう



●終わりが来るまで、もう少しだけ
 鳴宮・匡という男の半生を語る上で、血と硝煙の匂いは避けられない咎だった。
 死を振りまき、己の心さえも殺すその旅路は、人であれば耳を塞ぎたくなるもの。
 おぞましく、醜く、残酷で――そしてなにより、痛々しい。
 ましてや、己の命を望まずして兵器のために捧げた少女ならば、なおさらに。

 けれども、匡は話した。
 珠ゑが望む通りに、話せるだけのことを。
「人を殺すことが、許されないことだってわかってる。だから心を殺したんだ。
 ……そうやって生きてきたら、もう色んなものが感じられなくなった」

 喜び。
 怒り。
 哀しみ。
 楽しさ。
 他愛ない食事の味。
 誰かを思いやる心。
 尊ぶべき道徳。
 人の善性――。

 情動という心の波はとうに凪いで、この潮風の匂いにも何も感じない。
 寄せては返す波間を見ても、そこに人が感じるであろう"意味"を見いだせぬ。
 移ろいゆく空の色も、流れゆく雲の動きも、何もかもが現象でしかない。
 匡にとって不幸なのは――それを不幸と感じることすらないのだが――彼がそれを「間違っている」と理解できてしまうことだった。

 これは、壊れている。
 己は、どうしようもなく歪んでいる。
 擦り減って歪(ひず)んで摩耗して、しかもそれさえ少女とは違う。
 少女は善性を信じ、何かを為せると信じ、けれど騙されて贄とされた。
 それは人にとって愚かさでもあろうが、「間違っている」ことではない。
 結果的に「間違えてしまった」だけの話であり、彼女もまた被害者なのだから。
 ……生きるために殺し続けた自分とは違う。
 これは当然の咎であり、しかもそれでさえなお、犯した罪には足りない。
「本当なら俺は、死ねる時だってあったんだ。……でも、俺はそうしなかった」
 死の安息を受け入れる罪深さを知っていたから――もちろんそれはある。
「……何よりも俺は、まだ生きていたかったんだ」
 生き続けるという罪を重ねた。贖罪よりもなお傲慢なる我儘を。
「だから俺は――誰よりも、何よりも、こんな自分が許せないんだよ」
 そのために何をすればいいのかもわかっていて。
 けれど、わがままである自分は捨てきれず。
 その自分勝手さが、また自己嫌悪と怒りを呼び起こす。
 終わることのない負の螺旋。生き地獄とはまさにこのことだった。

「でもさ」
 潮風が吹きつける砂浜で、匡は珠ゑを振り返った。
「俺は、そのままの自分で居たくない。変わりたいってずっと考えてる。
 ……そう、考えてるんだ。自分のことを、過去を、今を……これからのことを」
『……だから、私に手を差し伸べてくれたの?』
「そうだ、ってはっきりと言えたらいいんだけどな」
 匡の表情は変わらないが、そこから少なからぬ苦悩を少女は感じ取った。
「ただ手を差し伸べるだけじゃ、そんなのはただの自己満足だ。何も変わらない。
 だからって、望まれるとおりに死を与えても……それは、救いなんかじゃない。
 俺がしてきたことは、重ねてきた罪(もの)は、そんないいものじゃないから」
『…………』
「……もしも、そこに意味が生まれるんだとしたら、それは。
 俺じゃなくて、それを受け取った側が「そうだ」と思った時じゃないかな」
『私自身が……』
 死ねば終わる。それは事実だ。苦しみも悩みも、何もかも。
 けれどそれは――語らい、歩いてきたこの時間も、終わるということ。
 いつか終わらなければならないもので、終わることが望みだとしても。
 珠ゑはもう、それを心から受け入れ思えるほど"朧"ではなかった。
『……私ね』
 少女は言った。
『ここまであなたと歩いてきて、あなたの話を聞いて、私の話をして……。
 終わるためのちょっとした時間だったはずなのに、それが楽しかったのよ。
 ……楽しかった、っていう表現は、なんだか少し違う気もするけれど、そう』
 これは、必要なことだった。
 そして、やめたくもなかった。
 終わらせるためのもので、終わらせなければいけないのに。
『矛盾よね。終わらせたいのに、終わってほしくないなんて。わがままな話』
「……いいんじゃないか。わがままでも。少なくとも俺は、それを否定できないよ」
『あなたのそういうところ。私は、「優しさ」だと思うけれどな』
「…………」
 匡は否定も肯定もしなかった。彼女がそう思うなら、それは彼女の答えなのだ。
 そう言われる自分への負い目もあらばこそ、けして悪い気はしなかった。
『だからあなたの話を聞いてる間、ずっと考えていたわ。どうするのかを』
「……答えは、出た?」
 匡の問いかけに、珠ゑは微笑みを浮かべて頷いた。

 海を背にして、少女は匡の前に立つ。
『あなたに殺してほしい。でもこれは、背負えとか逃げたいとかじゃないの。
 あなたが自分のことを許せないように、私自身も私を許せないから。
 どんな理由があったって、私の行いが多くの人を不幸にさせたのは事実だもの』
「……そうだな。俺は、影朧兵器が生み出したものを知ってるよ」
 暴走の果てに、愚かさのカリカチュアとして死んだ男の笑いと。
 その男に遺されて、涙を流しながら名前を呼んだ女の叫びと。
 黒い鉄輪の落とした影を、恐怖を、哀しみを、匡は看取ってきた。
『だからこれは、けじめ。そうしないと私は、この先へ進めやしないから。
 そしてあなたに引き金を引いてほしい。奪うことの意味を考えるあなたに』
 そう言って、少女は少しだけ困ったように笑った。
『あなたが重荷に捉えていることを、私にしてと頼むのは変な話だけど』
「……俺は、慣れてるから」
『そうでしょうね』
 それが辛いのだと少女は言う。けれども瞼を伏せて。
『……私を終わらせることが、あなたのその考えることの助けになればいい。
 あなたがいつか、許せない自分のことを許せるようになったその時に……。
 あれは必要なことだった、と考えられれば――なんていうのは、わがままね』
 生きるためではなく、
 どうしようもないからでもなく、
 逃げるためでも、楽になるためでもなく。
『あなたに終わらせてもらえて、それで幸せになれた人もいるのだと、憶えていて』
「…………わかったよ」
 匡は銃を構えた。
 何度も、何十回も、何百回もやったように。

 銃声はしない――潮騒がそれを洗い流す。
 静かな終わりは、何もなかったように桜の中へと消えていった。
 男はただひとり、しばし――海を、見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――カナヱ。願いを叶えるその前に
少しだけ待っていてくれないか

紅を一本、鏡を一枚、適当な店で買って来る
や、待たせたね
少し目を閉じていてくれ
最期にまじないをかけてやろう
丁寧に紅を引いてやって、鏡を翳して
目を開けてくれ

――とても綺麗だよ
次の命が巡ったら
メイドとして働くカナヱと、また会えるってまじないだ

夢の全ては叶えてやれなんだが、綺麗なままで眠ると良い
【氷獄】は本来、安楽死の力
痛覚も意識も凍らせて、眠るように逝けるさ
命を奪う感触も、この身に刻んで覚えておくよ

意識が尽きる間際まで、願いがあるなら全て叶えよう
――輪廻の海に還るまでは、私の領分だからな

さて……しかし、私はともかく、あいつら大丈夫かなあ……



●"兄貴分"の心配事
 夕陽が西の空に沈み、桜散りゆく帝都をオレンジ色に染めていた。
 逢魔が時とも呼ばれる昼と夜の狭間で、影朧はいっそう色濃く染みを落とす。
 たとえカナヱが善なるものであろうと、影朧=オブリビオンは世界の異物。
 存在しているだけで世界を負に落とし込むそれは、やはり消えねばならない。
『……そろそろ、私も逝かないといけない頃ですね』
 光さしてなおわずかに朧なる己の掌を見下ろして、カナヱは言った。
 心残りは、ない。ニルズヘッグ・ニヴルヘイムは実に優しく願いを叶えてくれた。
 いつでも微笑みを浮かべて、零す言葉を優しく受け止めて。
 ……優しすぎるぐらいに。満たされすぎてしまうぐらいに完璧だった。
 内心でぞくりと感じたその寒気を、カナヱは気のせいだと思うことにした。
 彼はけして、邪念や腹に二物を抱えて接しているわけではない。
 ただ、何か――そう、死者にとって都合が『よすぎる』だけの話。
 そんなことに文句をつけるのは、なんともお門違いなことだ。
 彼が心から自分に向き合ってくれているのは、紛れもなく確かなのだから。
「カナヱ」
 そんな思索に耽るカナヱの名を、ニルズへッグが呼んだ。
 親が子の名を呼ぶ時のような、慈しみと親愛に満ちた声である。
『はい』
「願いを叶える前に……少しだけ待っていてくれないか?」
『……? わかり、ました』
 首を傾げる少女に微笑みかけ、ニルズへッグは適当な店に足を向けた。
 さしたる時間もなく買ってきたのは、紅と手鏡をひとつずつ。
「や、待たせたね」
 ニルズへッグは軽い調子で言うと、目を閉じていてくれとカナヱに頼んだ。
 カナヱは怪訝な気持ちと、幼子めいてわくわくとした気持ちを同時に感じる。
 そして目を閉じると……紅の先端が、唇を優しく撫ぜるのを感じた。
「最期のまじないだ。次にいのちが巡るその時に、きっと叶う――さあ、目を」
『……わあ』
 瞼を開いた少女の目に入ってきたのは、鏡に映る自分の顔。
 口元に控えめに、そして丁寧に引かれた紅が、少女を"女"に変えていた。
 派手すぎぬアクセントは、カナヱという少女の淑やかさに実に合っている。
『まるで、パーラーメイドさんみたい』
「そう。次のカナヱが、そうなれるようにまじないをかけたんだ」
『私が?』
「そしてそんなカナヱと、また会えるようにと」
 ニルズへッグは目を細め、とても綺麗だ、と軽やかな声で言った。
 カナヱは頬をさっそ朱に染めて、俯く。恥じらいがあった。

 ……ただ、咄嗟に目をそらしてしまったのは、恥じらいや喜びだけではない。
(この方は、本当に死者(わたし)のすべてを汲んでくださっている――)
 ねがいも、心も、想いも。
 生者にとって死は必然だが、しかし生きる上でもっとも近く遠いものだ。
 一度死んだ自分とこうまで自然に触れ合える彼の、その半生に思いを馳せる。
 ……彼は、どれだけの苦しみと哀しみに触れて、染まって、"慣れた"のだろう。
 気が遠くなるほどの辛苦があったろうに、けれども男は笑っていて。
 寂寥感のような――いや、これはきっと哀愍のようなものなのかもしれない。
(私は救われるのに、この人はきっと、私より重いものを抱え続けて往きていくのね……)
 それが、なぜだか妙に哀しく思えた。
 憐れみとも呼べぬ不思議な心地を、カナヱはそっと胸の奥にしまいこむ。
 きっとそれさえも、彼にはお見通しなのだろうと感じながら。

「夢のすべては叶えてやれなんだが……せめて、綺麗なままに眠るといいさ」
 冬の冷気よりもなお凍える、けれど不思議と心を暖かくする竜の爪が煌めいた。
 夕暮れの光を浴びて鈍く透き通るように光るそれは、首を狩る刃とは思えぬ。
 事実、そうなのだ――それは本来、眠るように死者を葬(おく)るための爪。
「その生命を奪う感触も、この身に刻んで憶えておこう。忘れはしない」
『……はい。ありがとうございます。優しい竜のかた』
 そう言われれば、ニルズへッグは少しだけ困ったように笑った。
「…………優しい、か」
 そうだろうとも。そうであるように振る舞っているのだから。
 そこにウソはない――ただ彼女を騙しているのは事実だった。
 生娘から優しいひとと尊敬を込めて呼ばれるほど、自分は清廉な人間ではない。
 だが、そこまでは言わぬ――夢は最期まで夢であるべきなのだから。
「おやすみ、カナヱ。輪廻の海に還るがいい。そしてまた、いずれ」
『ええ、またいつか――今度は、生者として会えますように』
 少女は眠るように目を閉じる。
 ……微笑んだまま、仮初のいのちは尽きて、そして凍り熔けるようにほどけた。
 散っていく白い輝きは、桜の花びらと混ざり合って夕暮れに消えていく。

「…………さて」
 竜の爪を収めたニルズへッグの表情は、いつものそれに変わっていた。
 死者を送ることなど、彼にとっては呼吸をするのと同じぐらいに当たり前のこと。
 何の痛痒も感じないのではなく、感じ背負うそれが苦にならぬほどに慣れているだけの話なのだ。
 ……けれども彼らはどうだろうか。どうしても男たちに心を馳せてしまう。
「あいつら、大丈夫かなあ」
 会って最初に、なんと言ってやるべきか。
 ニルズへッグは、益体もなく考えながら黄泉路に背を向け歩き出す。
 死者は去り、逢魔が時は過ぎ去りて、遺るは人ならざる竜一匹。
 死と生にともに沿った冥府を歩く男の道行きは、こんなところで終わりはしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

ひとの世は儘ならぬ
いつの時代も怨嗟に悲哀
慾と呪と厄が渦巻きいとも簡単に坩堝へ堕ちる
嘗て厄神だった『私』の元へ届く願いはそればかり

けれど
其れでも世界は美しくて
私はひとをいとおしいと思うんだ
今の私に出来ることは何なのだろうか

姉妹と笑い合い言葉をかわす巫女の姿を見て頬が綻ぶ
サヨとアサコとユウ
まるで姉妹のように見えるね

噫、本当に
2人にとっての終が
新たな始となることを祈るばかりだよ

――迎桜ノ神域
美しい桜と共に送り出そう
サヨ
旅立つ二人の餞に
黄泉桜を咲かせ路を開こう
神と巫女とで見送るよ

苦しみは終わりを告げた
縛り縛られた御魂を今解いて

廻る天へいってらっしゃい
噫、かえっておいで
嘗ての私のように

待っているよ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

神と姉妹と共に終の桜を目指す
食べたいものがあるならば買ってあげる
重ねた言葉は時間はたわいないものかもしれない
私は手をとりあい笑う姉妹の姿が微笑ましく
斯様に無邪気に育つことが出来たらどんなによかったか

カムイ
世界は美しくも残酷ね
決して廓では珍しい事ではなかったとしても…儘ならぬわ

アサコ、ユウ!
満開の桜が迎えてくれたわ
満開の薄紅に咲み蕩かせて姉妹を迎え
神の創りし桜の路に
私の桜も添え
『櫻華』
巡る神罰は2人に課せられた苦痛と穢れだけ祓い
望み通りに咲かせる

アサコ、ユウ
いってらっしゃい

覚えている
あなた達姉妹がこの世に美しく咲いていたと
廻る天へ辿り着き
暫しこころと御魂を休めたならば

も一度かえっておいで



●そして双子は旅をする
 これまで過ごしてきた――そしてこれから過ごす時間に比べれば、
 ふたりとふたり、合わせて四人の交わした時間は、刹那にも等しかった。
 アサコとユウ。
 誘名・櫻宵と朱赫七・カムイ。
 互いに手に手を繋いで帝都を歩いて、きょうだいか親子のように微笑みあって。
 けれども三人の語らいに微笑むカムイの脳裏には、人の世の儚さが去来した。
(――……ひとの世は、ままならぬものだ)
 神たるその身で想う。
 ひとはいつだって強欲で、醜く、同じ生き物である他者を憎み、怨み、妬む。
 生み出されるのは悲しみと哀しみばかり。そう、あの少女たちのように。
 慾と呪と厄とが渦巻いて、いとも簡単に坩堝に堕ちてしまう。
 げに恐ろしきは、ひとの"ねがい"はそうした泥中からこそ萌え出ることか。
 誰かが怨めしいという醜いねがいもあれば、
 彼女らのように、楽になりたいという清らかなねがいも生まれる。
 澱んだ泥から清廉な蓮が芽吹くように、いかにもひとらしい矛盾であった。
「……カムイ、どうしたの?」
 きゃあきゃあとはしゃぐ少女らをあやしていた櫻宵が、ふと神を振り返った。
「いや、何。益体もないことを考えていただけだよ、サヨ」
 カムイは曖昧に微笑む――櫻宵は目を細めた。
 互いにただの知り合いというわけではない。その一瞥だけで心中は察せた。
「――ねえカムイ」
「ん?」
「世界は、美しいけれど残酷なものね」
 櫻宵はそう言って、菓子を手にはにかむ少女たちを見やる。
「廓では、あんな子たちは珍しくなかった――ええ、そう、日常ですらあったわ。
 けれどありふれているからといって、その子らの苦しみが消えるわけじゃない」
「……ああ、そうだな。むしろ、だからこそ救いきれぬのだろう」
 カムイの言葉に、櫻宵は頷いた。
「ままならないのよ。ひとも、ひとの世も、ひとの想いも――でもね」
 櫻宵は超然とした笑みをカムイに向ける。
「美しいものは、たしかに存在しているわ。ひとの心にも、何処にでも。
 私は、そうあるものを否定したくない。……そう思うのはわがままかしら?」
「いいや。サヨ。美しき我が巫女よ」
 カムイは厳かな面持ちで言った。
「それでよいのだ。君のような善きものがあらばこそ、私は信じられるのだから。
 たとえひとのねがいが醜くとも、ひとの世はそれがすべてではないのだと」
「ふふ……私よりも、あの子たちのほうがよっぽど清らかだと思うけれどね」
「私にとっては、君も彼女らも同じだよ。同じ、いとおしき愛子だとも」
 ふたりの眼差しは、すくすくと育つ子を愛でる親のようでもあり。
 どうしようもなく手のかかる、やんちゃな子を見守るようでもあり。
 心からの安息を祈る、清らかな乙女のような面持ちでもあった。

 ……空があかあかと橙に燃えて、夕暮れがやってきた。
 鮮やかに咲き誇る幻朧桜が夕陽に染まるさまは、うっとりするほど美しい。
「そろそろ、刻限のようだ」
「そうね――」
 カムイの言葉に、櫻宵は立ち上がり、姉妹たちに呼びかけた。
「アサコ、ユウ!」
『『はあい!』』
「ごらんなさい――満開の桜が、迎えてくれたわよ」
 幻朧桜に混ざり踊るように、満開の薄紅が少女たちをそっと抱きしめた。
 心蕩かすその桃色は、まるでこの世のものでないと思えるほどに美しい。
 そして、それは比喩ではない――ここは神が創りし桜の路。
 此方を去りて彼方の岸の先へ至るための、ただ一度きりの路なのだから。
『わあ……!』
『きれいだね。おねえちゃん……』
「苦しみは終わりを告げた。汝らは、今こそ安らかに旅立つべきときだ」
 厳粛なる神の言葉に、双子は意味を悟り、ふんわりと微笑んでお辞儀した。
 苦しみはない。
 哀しみもない。
 痛みも、憎しみも、怨みも――すべては桜が洗い流す。

 けれども、彼女たちの魂を一番に慰めたものがあるとすれば。
『ありがとう、神様』
『ありがとう、巫女様』
 その魂に寄り添い、同じ時を過ごし、微笑みとともに送り出すふたりのこころ。
 龍と神はしゃなりと一礼する双子の言葉に、目を細めた。
「ずっと憶えているわ。あなたたち姉妹が、この世に美しく咲いていたと」
 櫻宵は言った。
「廻る天へと辿り着き、しばしこころと御魂を休めていらっしゃい。そしたら――」
「噫、またかえっておいで。今と同じように、桜を咲かせて迎えてあげよう」
『『はい――……』』
 ざんざんと吹き荒ぶ桜の雪が、逝くふたりの魂と姿とを覆い尽くす。
 逝く路はひとつ、還る路は――はたしてどうか。ひとつか、ふたつか。
 それがいつになるか、そうしてまた巡ったたましいとふたりが出会えるかは分からぬ。
 けれども少女らの魂は忘れまい――心より慰撫し送ってくれたふたりのことを。
 優しき神と、その神に寄り添う美しき巫女のことを。
「待っているよ」
「いってらっしゃい」
 桜の吹雪は、長く永く踊り続けていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神狩・カフカ
【相容れない】

クソ聖者の癖に粋な計らいしやがる
癪だが同意してやるよ
この景色もここにいる人々も
ミツ達が守ったもンだからな
忘れンなよ?

さァて、そろそろ別れの時間か
ここまで来て殺してくれなンて言わねェだろ?
クソ聖者とおれが祝福してやったンだ
次の生はさいわいに満ちているに決まってらァ
なに、これが一生の別れじゃねェよ
おれの生に涯はねェからな
お前らが生まれてくるならいつかまた逢えるさ
ま、お前らは憶えてねェと思うが
おれは憶えてやるって約束しちまったからな
見つけたらおめでとうの一言でも言ってやるサ

おいどこに眼ェつけてやがる
どこからどう見ても二枚目なお兄さんだろうが
ハッ!お前こそ忘れンなよ?

ンじゃ、また逢おうぜ


ジン・エラー
【相容れない】

さァ~て、向かうとすっかねェ~~
ア?どこってお前そりゃァ~~~
ここはサクラミラージュだぜ?桜見なくてどォ~~~すンだ

ほら、こいつがここいらで一番デケェ桜だとよ
ミツの何倍あっかねェ~~!ウッビャヒハ!!

この桜もこの街も
お前らがいなけりゃなかったモンだ
根拠?オレが言うンだから間違いなンかあるかよ
お前らが作ったンだ
誇れよ、オレが赦す

このツラだけ若ェボケ老人が覚えててくれるってよ
あァ~!ボケ老神だったかァ~~?
むしろお前らのが覚えてたりしてなァ?この間抜けヅラをなァ?
ミツの方がよっぽど聡い顔してるぜ
ハキャヒ!オレはとォ~~ぜンだろォ~~が!
ほら、道標だ
この光を刻ンで逝け

あばよ、ガキども。



●生きることに涯てはなく
 風が吹いていた。
 冬の寒々しい空はオレンジに染まり、寂寥感と安らぎを同時に与える。
 その橙のなかを桜色が泳ぐ姿は、まるで大海にたゆたう魚の群れのようだ。
 であれば眼下に広がる帝都の街並みは、水底に沈んだ滅びた街の有様?
 あるいは、水面に映るさかしまの天地の姿か――。
『…………きれい』
 圧倒される子らの中で、ミツだけがかろうじて声を漏らした。
 感嘆――聳え立つ桜の大樹を前にして、そこにはただ驚愕と感動だけがある。
 ひとは自然の中ではちっぽけないのちに過ぎぬのだと、思い知らされる感覚。
 畏怖という文字が示す通り、畏れと怖れが同時に喚起され、たましいは震えるのだ。
 それはこの桜の美しさが、自分たちを送ってくれると知っているから。
 ――終わりがもう近いのだということを、彼女たちは悟っていた。
『わたしたちは、あの中にかえるんだね』
『つぎは、どんなふうに生まれられるのかな』
『しあわせに、やすらかに、生きられるかな』
「とォぜんだろ」
 此処に少女らを招いたジン・エラーは、少女らの言葉にふんと鼻を鳴らした。
「見てみろよ、この樹のデカさと来たらお前らの何倍だ? 全員揃っても敵わねェ。
 特にミツはちッせェからなァ、百人揃っても足りねェんじゃねェか? ウッヒャヒハ!!」
『な……! ち、小さいは余計ですっ』
「ヒヒハハハッ! ジョークだよジョーク、図星かァ~~~???」
『聖者さまは、どうしてこう下品なんでしょうか……』
 比較的常識人らしいミツは、もうすっかりジンのペースに辟易していた。
「いやそりゃあ同意見だな、クソ聖者は品性もくそったれだ」
 と、神狩・カフカがミツの言葉に頷いた。
「アァ~~~? ボケ老人がよく言うじゃねェか……いや、老神か! イヒハハ!」
「誰が上手いこと言えっつったよオイ、ボケてねェし老いてもねェ!!」
『ああもう、カフカさままで……何度目ですかっ、この短い道のりだけでっ!!』
「いや違ぇンだよ、そもそもこのクソ聖者がだなァ」
「言わせてンのはお前だぜボケ老神よォ~~~」
「だから! そのボケなんとかっつーのやァめろ!!」
 ミツは呆れ返った顔になり、少女たちはくすくす、きゃははと楽しそうに笑った。
 どうもこのふたり、送る段になってもこれっぽっちも相容れないらしい。

 ――そんな騒がしい場にあって、ミツはふとぽつりと零した。
『こんな風に』
「「あ?」」
『……こんな風に、笑い声に包まれて逝けるとは、思っていませんでした』
 ね、と少女たちを振り返れば、少女たちもまたこくんと頷く。
『だってあたしたちは、"かげろう"だから』
『うらまれ、うらんで、そうなってしまうものだから』
『祝福してもらえて、わらってもらえるなんて思ってなかった』
「……ハ。何言ってやがる。見てみろよ」
 ジンは親指で、眼下に広がる帝都の街並みをぞんざいに示した。
「この桜もこの街も、お前らがいなけりゃなかったモンだ」
「ケッ。癪だが同意してやるよ。どうあれ、この景色も、人々も、同じだ」
 カフカは心底気に入らない様子ながらも、その言葉にはたしかに同意した。
「お前らが守り抜いたモンなのさ――他の誰でなく、おれらが保証してやらァ」
「それで足りなきゃオレが赦してやる。だから胸張って、誇りやがれ」
 ……野卑で乱暴ではあるが、それはたしかな優しさに満ちた言葉。
 少女たちは笑いながら涙を流した。ミツも、眦から溢れる雫を指で拭う。
『ありがとうございます』
「やめとけやめとけ、湿っぽいのはキレェなんだよオレぁよォ~~~」
「なンだクソ聖者、照れてンのか? かっかっか!」
「うるせェぞツラだけ若ェボケ神がァ!」
『もう、また喧嘩を始める……ふふふ』
 泣くべきなのか、笑うべきなのか。もうわけがわからなくて、ミツの表情はぐちゃぐちゃだった。
 いまさら殺してくれなどと言いはすまい、ねがいはもう叶ったのだから。
 ――この人たちならば、きっといつまでも憶えていてくれる。
 それが、問いかけるまでもなくわかっていた。その想いが。
「おれの生に涯てはねェからな」
 ふと、カフカが言った。
「お前らは忘れちまうかもしれねェが、おれはいつまでだって憶えているさ。
 だから見つけたら、「おめでとう」の一言でも言ってやるサ――」
「小賢しい顔しやがるなァ~~~、ミツのほうがずっと聡い顔してるぜェ?」
「お前なァ、いまおれがいいこと言ったとこだろうがッ」
「ウヒヒャハハハ! テメェで言ってりゃ世話ねェよ!!」
『ああもう、ですから……!』
「気にすンなよ」
 仲裁しようとするミツに、ジンは笑った。
「お前がいなくても世界は回る――それはお前が無価値だからじゃねェ。
 お前らが守ったモンに、それだけの価値があったからなンだよ。
 オレも、お前らのことは憶えててやるよ。だから、もう安心して逝きな」
『――……はい』
 光が満ちる。沈みゆく夕暮れをも染め上げる聖者の輝きが。
「この光を刻んで逝け――あばよ、ガキども」
「時の涯て、世の涯てで。また逢おうぜ」
 子供たちは頷いて、深く頭を下げて、そして光に送られ消えていく。
 まるで幻のように――そう、光が失せれば消える影のように、あっさりと。
 忘れてほしくないと願った少女たちは、昼と宵の狭間に溶けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
【仄か】
もう帰る時間なんだね、みんな。
な。ほんと、名残惜しい。
楽しいと時計の針も、足取りが弾むみたいだ。
……全くラピタにはいつも、吃驚もどきどきもさせられるよ。

きみは、この赤い花が好きだったね。
きみは、いちばん最後まで隠れられてたな。
ルイーズ、ラピタと気が合う悪戯っぽいきみ。
憶えてるよ。
あちこち駆け回って、自分の花垣に難儀して、
抜け道にドレスがひっかかって。
精一杯迎えに行って、
宝探しみたいに見つけた、皆のことは。

新たな物語でも、安らかな夢の中でも。
皆のゆく先、先の先で出会うことがあったら、
その時はもう一度、遊ぼう。
美しい宝石みたいな、かけがえのない時間のきみ達も。
どうか、僕らを憶えていて。


ラピタ・カンパネルラ
【仄か】

みんな、ルイーズ。……もうお別れ?あっという間だったねえ。
沢山遊んで、花の香りにまみれて。僕らだってこんなに大人数でめいっぱい遊ぶ事、あんまり無いよ。
カロンがこんなに大変そうだったのも、僕はじめて。ふふ!

人の記憶は、香りによく繋がるんだ
あの花々の香りに出逢うたび、きっと僕らは、君達、ルイーズを思い出す
君達が導いてくれた隠れがも。内緒話しながらカロンを待った楽しさも。
やっと見つけた、ってひらけた光を。

カロンは、僕達は、宝探しが得意なんだ。
君達と交わしたひとつひとつ宝物にしていく。

大丈夫。
君たちは、美しい魂だ
最も尊いものの一つだ
どんな炎でだって溶けやしない。きっと神様も、君たちを愛してる。



●日が暮れて、桜が咲いたら――
 花の咲き誇る迷路を抜けると、そこはもうオレンジ一色の空だった。
『夕暮れだ――』
 と言ったのは、はたしてルイーズか、それとも別の少女だったのだろうか?
 幻朧桜の桃色とツートーンに彩られた空を、少女たちは呆然と見上げている。
 きっとこんな風に、何も考えず空を見上げたことなんて、生前からなかったのだろう。
『きれい……』
「ああ、きれいだ。今日の空は、いっとうきれいだよ」
 後ろから続いてきた大紋・狩人が、ルイーズの言葉に頷く。
「空がオレンジに染まったら、もうかえる時間だね」
 狩人の傍らに立つラピタ・カンパネルラが、少しだけ寂しそうに言った。
 その瞳にも、燃えるほどに輝く夕暮れの一瞬の煌めきは、たしかに見えている。
「あっという間だったねえ。少しだけ……ううん、けっこう寂しいかな」
「な。ほんと、名残惜しいよ」
 でも、と狩人は言葉を続ける。
「おひさまが沈んだら、子どもはもうかえらなきゃ――そうだろう?」
『うん』
『夜になったらあぶないもの!』
『たくさんあそんで、たのしかったぁ』
 少女たちは無邪気に微笑む。彼女らだってわかっているのだ。
 帰る家はもう無い。
 迎えてくれる家族ももう亡い。
 還る先は、わがやではなくあの桜に抱かれた先、知らぬ「あした」なのだと。
 けれども少女たちは、いまさらそれを哀しみ悔やむようなことはない。
 だってこんなに、楽しく、めいっぱい、すべてを忘れるぐらい遊べたのだ。
 もう泣きじゃくりながら求めることなんて、ありはしなかった。
『……さびしい?』
 そんな中でひとりだけ、ルイーズはふたりに首をかしげて問いかけた。
『わたしたちとお別れするの、さみしいの?』
「……さみしいよ。だって楽しかったぶん、お別れは悲しいものじゃないか」
「僕らだって、こんなに大人数でめいっぱい遊ぶこと、あんまりないものね」
「おかげで僕は、かなり、そうとう、だいぶ大変だったけれどね……」
 狩人が嘆息すると、ラピタとルイーズは顔を見合わせてくすくす笑った。
 まったくこの少女には、驚かされることもあればどきどきされることもある。
 はたから見ればまったく滑稽なのだろうと、狩人は思った。
 けれど、悪い気はしない――だってそれが、心から楽しいのだから。

 ……花の迷路は消え失せて、けれどそれを構築していた花びらは舞い踊る。
 桜と戯れるように風になびくそれらが、狩人の手の中に渦を巻いて集まった。
 花びらは映像を逆再生するように、生き生きと咲き誇る花へと戻る。
「おいで、みんな。みんなの好きなお花を、あげるから」
『『『はあい!』』』
 女の子たちは狩人の言葉に元気に返事して、ひとりひとり花を受け取る。
「きみは、この赤い花が好きだったね」
『うん! でもこの夕陽も、同じぐらいきれいだわ』
「きみは、いちばん最期まで隠れられてたな。てごわかったけど、すごい子だ」
『えへへ……』
「――ルイーズ。ラピタと気が合う、いたずらっぽいきみ。まったく手がかかるよ」
『……悪い子?』
「ううん。いい子さ――きみたちはみんな、いい子だよ」
 だから。
「僕らは全部、覚えているよ。きみたちのかんばせも、好きな花の香りも。
 あちこち駆け回って、自分の花がきに難儀して、抜け道にドレスがひっかかって。
 ……だいぶ苦労させられたけど、宝探しみたいで楽しかった、今日のことは」
「人の記憶はね、香りによく繋がるんだ」
 ラピタが言葉を継ぐ。
「あの花々の香りに出会うたび、きっとぼくらは、君たちを思い出すことだろう。
 君たちが導いてくれた隠れ処も、みんなと一緒に内緒話をしていたことも。
 ……あ、けれど、内緒話の中身はカロンにはひみつだよ。いいかい?」
『ふふ……そうね、あんなこと、教えたら……ね?』
「っておい、そこ! 何聞き捨てならない話してるのさ!」
 狩人が敏感に反応すれば、少女たちはうふふ、あははと声を揃えて笑った。
 少年はやれやれと嘆息して、呆れたように、困ったように、寂しそうに笑う。
「――当たらな物語でも、安らかな夢の中でも、どこだっていい。
 みんなのゆく先、その先の先で、もしも僕らが出会うことがあったら……」
「その時はもう一度、遊ぼうよ。美しい魂、もっとも尊いもののきみたちよ」
 ふたりの言葉に、少女たちは喜んで頷いた。
『きっと……いいえ、絶対におぼえているわ。カロン、ラピタ』
 ルイーズが言う。花束を抱きしめて。
『ありがとうね、おにいちゃん』
『またね、おねえちゃん!』
『ずっとずっと、忘れないよ――』
 どんな炎にだって溶けやしない、宝石のように輝く少女たち。
 その魂は、燃えるように輝く夕陽の中に、融けるようにして消えていく。
 これは別れではない――いつかのどこか、また会えると約束したのだから。
 だから、今は。
「いってらっしゃい、みんな」
「神様に愛される君たちよ――また、どこかで」
 さよならではなく。
 またねと笑って、手を振って。

「……いってしまったね」
「うん。いってしまった」
「じゃあ、僕らも帰ろうか。ラピタ」
「そうだね、カロン。僕らの居るべき場所に」
 陽は沈んで、そして冷たく静かな夜がやってくる。
 またあした、おひさまが上るその時まで。
 今は少しだけの、さようなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ケンタッキー・マクドナルド
※アド歓

欲しがる事に慣れねェてのも難儀だな
もっとこォしたいとかねェのかよ
俺ァやりてェ様にやってきたから今一わかんねェ
…つっても最近ァ上手くいってねェが

今迄さんざ我道を突き進んでた癖に
どっかの姫様前だとどォも調子が出ねェ

阿呆みてェだが
そいつの笑顔見るンならきっと俺ァそれなりの無茶もする
その癖最近はツラ見るのも難儀する有様だ
悩みァ……そォだな
「どォすりゃ俺はもう少し素直になれる」とかそンな処か


お前の望みァ見つかったか?
駄弁る位しかしてねェが

(あとは死を齎すにせよ見送るにせよ
俺にできる事をする迄
【ブルース】で魂を紐解き紡ぎ
桜迄の旅路を結んでやる)

どうあれお前の事ァ忘れねェ
来世は幸せに生きな、マレナ



●紡ぐ糸の導く先は
「阿呆みてェな話だがよ」
 ともに通りを行きながら、ケンタッキー・マクドナルドは言った。
「俺ァやりてェようにやってきたのに、アイツに会ってから全然上手くいかねェ。
 俺自身がやりてェことを考えようとしても、アイツの顔がそこに挟まンだ。
 ……ンで結局、アイツのためにとか、ガラにもねェことを考えちまうのさ」
『……それは、あなた自身にとってよからぬことなのですか?』
「ンなこたねェよ。それもまた、俺のやりてェことだ」
 マレナの問いかけに、ケンタッキーは頭をガシガシと掻いた。
「それこそアイツの笑顔を見るンなら、きっと俺ァそれなりの無茶もする。
 まァ実際ンなことしようとしたら、アイツは笑顔じゃなくなりそうだがな……」
『…………』
「なのによ――そのくせ、最近はそいつのツラを見るのも難儀する有様だ。
 今までさんざ我道を突き進んできたってのに、まったく笑えもしねェ」
『……それが、あなたの悩み』
「そォだ。一言にまとめンなら――そうだな」
 ケンタッキーは思案したあと言った。
「俺は、どォすりゃもう少し素直になれンのか……ってとこか」
『失礼ながら申し上げますと』
 マレナは前置きした上で、ざっくばらんに言った。
『わたくしが答えを示したとして、あなたはそれに素直に従わない気が……』
「うっせェな!? おしとやかかと思ったらけっこう言うこと言うじゃねェか!?」
 図星である。ぐぬぬと呻くケンタッキーを見て、マレナはくすくす笑った。
『でも、それでよいのだと思いますよ』
「あ?」
『そういう、わがままで自己中心的で、でも他人のことを慮ることが出来る。
 同時に、その思いを素直に表に出せない不器用なあなたのことを、その方は――』
「……その方は? なンだよその妙な考え事してる間は」
『……いえ。まあとにかく、大事に思っているのではないかと』
「今明らかに奥歯にモノ挟んだよなァ!? なんだそのふてぶてしさ!?」
 マレナにも、"それ"を直鎖に言わぬ程度の分別はあったらしい。

「……つゥかよ」
 他愛もない話をしながら通りを行く中で、ケンタッキーは言った。
「俺の悩みはともかく、お前の望みァどうなンだよ。マレナ」
『ああ、そのことなら――』
 ひときわ幻朧桜が咲き誇る並木道に来たところで、マレナは振り返った。
『実際のところ、綺麗サッパリ頭から消えてしまいました』
「ハァ!? おい、わざわざ付き合ったってのにそりゃ――」
 と文句を言いかけて、ケンタッキーはマレナの表情を見、悟った。
「…………そォかよ」
 消えてしまったのは、本当に頭から飛んでいたからではない。
 こんな風に他愛ない話をしながら、短くも同じ時間を過ごしたこと。
 お互いの腹の裡を晒して言葉を交わした時間こそが、彼女の望みだったのだと。
 それをマレナ自身が自覚し、理解したから「なくなった」のだと、理解した。
『あなたは、やっぱり優しい方です』
 マレナは言った。
『あなたの言葉の節々からは、わたくしの望みをどうにかして叶えようと、
 不器用ながらもたしかに慮ってくださっている想いが、ひしひし感じられました』
「……それ本人に言うことかよ。ったく」
『いいではないですか。わたくし自身が感じた事実なのですから』
 マレナは淑やかに、だがしたたかに微笑む。
『だから、これでいいのです――わたくしは、使命も義務感も苦痛もなく、
 ただわたくしのことを労ってくれる方と、少しでも時間を過ごせました。
 誰かのために生き続けてきて死んだわたくしの、少しだけのわがままです』
「…………本当に難儀な奴だよな、お前は」
 ケンタッキーは悪態をつく。
「我儘なンてのはよォ、もっとふてぶてしく、横柄になっていいンだぜ。
 あれが欲しいこれが欲しい、ああしたいこうしたい、いくらっでも湧いてくらァ。
 それを叶えようとするからこそ、生きるってのは面白ェんだからよ」
『……その言葉は、わたくしが生まれ変わった先へと持っていきます。
 だからいまここに居る「わたくし」は、これでいいのです。ええ、これで――』
「……そォかい」
 持って生まれた性分というものは、どうやら死んでも直らないらしい。
 それもそうだ、とケンタッキーは思う――なにせ死人である自分がそうなのだ。
 ならば、そうなのだろう。彼女は、彼女なりに、"自分"を謳歌したのだ。
「俺様からの贈り物だ。お前のその道行きを、俺の糸で紡いでやる」
『――ありがとうございます。神の指先を持つお方』
「当然だ。俺は神の手だぜ」
『ですが、どうか一つだけ――わたくしの名を忘れたとしても覚えていてください』
「あ?」
 その魂を紐解かれ、少しずつ桜の中に薄らいでいきながら、マレナは言った。
『あなたを想う方があなたに惹かれたのは、その技量や知識などにではなく……。
 誰かのために心からその力を振るうことの出来る、あなたの優しさがあらばこそなのだと』
「…………」
『きっとその方も、あなたと同じことを言っていたのだと思いますよ』
「……最期まで他人のことかよ。まったく――」
 最期の一筋が、神の手の指先にかかる。
「……幸せに生きな、マレナ。おせっかいなお前のことは、せいぜい忘れねェさ」
 聖女は微笑んで、そしてふっと光に熔ける影のように消えた。
 桜吹雪が残滓をいざなう。ケンタッキーは、そこにしばし浮かび尽くす。
「…………どォして他人のことばかり考えるおせっかいってのは、みんなこォなのかね」
 俺は、想われるほどに優しくなんてねェのによ――。
 ……男のそんな呟きは、風の音にさらわれて消えていく。春の夜の夢のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヒマワリ・アサヌマ
『終わらせてもらえるなら、うれしい』
その意味は、よく分からなくて
でも、その子の名前が、あまりにも
私とそっくりだ、って思ったから
あの花のように
そう願われたのは、きっと、同じだと思ったから

私は、ヒマワリ。
夏に咲くお花だよ。
ママ……おかあさんが、言ってたの。
私はね、ツバキちゃん。この名前が、とっても、とってもとっても、大好きなの。
あなたは、どう?

……あのね!私がいっちばん好きな景色!見せてあげる!
せぇ~~~…のっ!!
どう?すっごく素敵でしょ?
私ね、もうツバキちゃんのこと大好き!
だからね!ここのお花ぜ~~~んぶ!今だけあげる!
999本よりも、もっとたくさん!


…うん、ばいばい。

──っ、……ばい、ばい。



●冬が終わり夏が来て
 ヒマワリ・アサヌマには、「終わらせる」ということの意味がわからなかった。
 彼女は心優しく、だからこそツバキの絶望を真に理解することは出来ない。
 痛みを感じて涙しても。
 苦しみを想い悲しんでも。
 真の意味で、その闇の底の昏さを「共感」することは、出来なかった。

 ……それは、決して悪いことではない。
 むしろヒマワリは、絶望を知らず、そして負けることのない「いい子」なのだ。
 それは「いいこと」だ。喜ばしきことで、尊ばれるべき、稀なること。
 だからツバキは、ヒマワリを呪うことも、妬むこともなかった。
 よかったねと、涙を流してくれたその優しさに、ありがとうと。
「共感」が出来ずとも、感謝と祝福を言葉にすることが出来た。

「私は、ヒマワリ。夏に咲くお花だよ」
 ツバキの笑顔をじっと見つめて、ヒマワリは言った。
「ママ――おかあさんがね、言ってたの。だから私はね、この名前が、大好き」
『……そうなんだ?』
「うん。とっても、とってもとっても、大好きなの。……ツバキちゃんは、どう?」
 そう問われると、ツバキは困ったように首を傾げた。
『今は、もう、わからなくなっちゃった』
 でもね、と少女は言葉を続ける。
『はじめて意味をおしえてもらったときは、とってもうれしかったのを覚えてるよ。
 いい名前だなあ、よかったなあ、って、心がうきうきしたんだ、その時は――』
「……そっ、か……」
 けれどその喜びは、「そうだった」という記録としてしか遺っていない。
 ヒマワリはうつむきかけて……意を決したように、顔を上げた。
「……あのね! ツバキちゃん!!」
『どうしたの……?』
「私がいっちばん好きな景色! 見せてあげるっ!!」
 きょとんとするツバキの前で、ヒマワリはうんと力を込めてそれを起こした。
「せぇ~~~……のっ!!」
 きらきらと星のような光が降り注いで、周囲が空間的に隔絶される。
 やがて生まれたのは、見渡す限り一面の向日葵畑と、燦々降り注ぐ夏の日差し。
『わあ……!』
 ツバキは夏の光に目をキラキラさせながら、ぱあっと笑顔を花開かせた。
 そんな彼女の横顔を見つめて、ヒマワリもにっぱりと微笑む。
「どう? すっごく素敵でしょ? これがね、わたしの一番好きな景色!」
『うん、すごくきれい! これ、全部ヒマワリちゃんと同じ名前のお花なんだ』
「そうだよ。ヒマワリはね、いつだっておひさまのようを向いているの。
 暑いときもおひさまかんかんのときも、いつだって――だから、私は好き」
『……ヒマワリちゃんみたいだね』
「え?」
 ヒマワリはツバキの顔を見返す。
『いっつも笑顔で、元気で、そうやってわたしを笑顔にさせてくれるんだもん。
 だから、同じだよ。……だから、わたしもこの景色が好き。ヒマワリちゃんも』
「…………」
『ヒマワリちゃんは、わたしのこと、きらい?』
「……ううん」
 ヒマワリは首を横に振った。
「きらいになんか、なるわけないよ。だってツバキちゃんは――」
 いっぱいくるしんで。
 いっぱいかなしんで。
 いっぱい泣いて、でも。
「……ツバキちゃんは、やさしくて、とってもいい子だもん」
 ……でもそうやって、私のことを好きだと言ってくれるんだから。
 憎悪も怨嗟もなく、晴れやかな顔で笑ってくれるんだから。
「だからね、此処のお花ぜんぶ、ぜ~~~んぶ! 今だけツバキちゃんにあげる!」
『……ほんと?』
「ほんとだよ! 999本より、もっとたくさん。たっくさん、あげる!」
『やったあ!』
 ツバキは笑って――でも、伸ばしたその指先は、すっと向日葵の花を透き通った。
「あ――」
『……ああ、でも。残念。摘み取れないや。でも、いいかな』
 ツバキは笑っていた。
『だってこれは、わたしが、ヒマワリちゃんにおくってもらえるってことだもん。
 わたしのことを大好きだって言ってくれる誰かが、いてくれるんだってわかったから。
 ……だからね、ヒマワリちゃん。こんなこと、ちいとも哀しくないんだよ』
「…………」
『だから泣かないで、ヒマワリちゃん――』
 あなたのその優しさが、何もかもなくしてしまったわたしの心を救ってくれた。
 痛みではなく、冷たさでもなく、暖かさが魂を逝かせてくれるのだからと。
『もっとはやく、ヒマワリちゃんと会いたかったなあ』
 ツバキは、残念そうに溜息をついた。そして、寂しそうに眉をハの字にする。
『そしたらきっと、生きてた頃のわたしと、すっごくいい友達になれたのに!』
「……でも、いまだって私は、ツバキちゃんの友達だよ」
『えへへ、ありがと。――じゃあ、ヒマワリちゃん。約束してね』
 ツバキの姿が薄らいでいく。
『またいつか――わたしじゃないわたしと出会えたら、その時は、また友達になってくれる?』
「……うん。絶対ともだちになろ。それで、今度こそ、いっぱい遊ぶの!」
『ふふ、楽しみ――うん、たのしみだなあ』
 ――だから、またね。
『さよなら、ヒマワリちゃん』
「……うん、ばいばい」
『あなたはどうか――その笑顔のまま、幸せになってね』
 夏の日差しに熔けるように、冬の花の名を持つ少女は消えていく。
 ヒマワリはぼろぼろと泣きながら、それでも目を開いて手を振り続けた。
「ばい、ばい……っ!」
 少女の姿が消えてからも、ずっと。
 ずっとずっと、手を振り続けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
──さて、そろそろ舞台も閉幕の時だ
舞台袖に帰る準備は出来ているかい?

もう一度俺と戦ってみてくれないか?
あの戦いは、本当のお前が戦ったんじゃないだろ?
だから今の…自分の最初を見つめたお前が見たい
悪いが加減はしない──俺は敗けるのは嫌いだからな
武に生きたなら、最期も武で終わろうぜ

武人が行う試合形式でやってやる
女だとか、男だとか…そういう垣根はどうでもいい
『俺』と『アイハ』だけだ、此処に居るのは

弾いて、いなして、撃ち込み続ける
戦闘の経験値に任せて、必死で食らいつくように
トドメの一発で、終わりだ

結果がどうなろうと
お前がしたいことを、ひたむきにやると良い
『アイハ』は確かに武に生きたと…俺が覚えててやる



●かくて舞台の幕は降りる
 帝都の街並みは、アイハが憶えているそのままだった。
 幸福な停滞――平和という日常にとって、自分は相容れぬ異物だ。
 隣を歩く少年……ヴィクティム・ウィンターミュートもまた、同じように。
『……武道を学んでいたせいかしらね。なんとなくわかるのよ』
 アイハは言う。
『あなたの身体にこびりついた血の匂い、誰にも油断しないその身のこなし。
 私よりよほど、ずっと多くの鉄火場をくぐり抜け、そして生きてきたことが』
「褒め言葉として受け取ってくぜ。まあ、大したガラじゃねえけどな」
 ヴィクティムは肩をすくめた。
『それでもあなたは――私にそうやって、寄り添ってくれるのね』
「それが仕事だからな」
『本当に、それだけ?』
「……さあて。仮に何かあったとして、演者に明かす端役はいねえよ。
 この舞台はお前のもので、花道を歩くのもお前だ――だから俺は此処に居る」
 ヴィクティムの言葉はいかにも悪童めいていて、そして迂遠で、素直でない。
 アイハは嘆息して、こちらを見ているようで見ていない目を見返した。
『……そんなあなたに負けたことが、やっぱり私は悔しい』
「なら、もう一度やってみるかい」
 ひゅう、と、乾いた風が吹き抜けた。
「あの戦いは、本当のお前が戦ったものじゃない。だからノーゲームだ。
 今のお前は、もう違う。自分が何を望み何をしてきたか、思い出してるんだろう。
 ならもしかしたら、結果だって変わるかもしれないぜ――さあ、どうする」
『勝ちを譲ってくれるの?』
「まさか。俺は敗けるのは嫌いなんだ。だから手加減はしない」
 いかにも鼻持ちならない言葉に、けれどアイハは笑った。
『そうこなきゃ』
 望むところだと、少女は使い慣れた刀を手の中に生み出し、構えた。
 それでもう、ふたりの意識から、それ以外の世界は全部消え失せる――。

 真正面に向かい合って、せーのの号令で同時に打って出る。
 ヴィクティムにとって一番苦手な、だが一番やりやすい試合形式の戦い。
 女だとか、男だとか、正義だとか悪だとか、主義も信条も関係ない神聖な舞台。
 そこにはただ敵と己とがいて、だからこそふたりは対等足り得る。
『せ――ッ!!』
 裂帛の気合を込めて、アイハが挑む。ヴィクティムは上段の剣を弾いた。
 アイハはそれを読んでいた。弾いたと見た剣はその実、体捌きの一部である。
 よどみなく体重移動をして、狙いは脇腹。よろめくと見えての回転斬撃。
「悪くないな、そのフェイント」
 ヴィクティムは心からの称賛を述べて、あえて踏み込むことで斬撃を防いだ。
 ふたりの顔が額が当たるぐらいに近づき、にらみ合い、そして不敵に笑う。
『私は……負けないッ!』
 アイハは吠え、膝でヴィクティムを弾いた。そしてその勢いで踏み込む。
 ヴィクティムは逆手に構えたナイフで逆袈裟の剣を受け止め、いなす。
 返しの斬撃。アイハは踊るようにくるくると回転しながらヴィクティムの側面へ。
 すれ違いざまの一閃。ヴィクティムは皮一枚でそれを躱す。
 一撃ごとに、余計なものが削ぎ落とされていくような感覚。
 永劫に思える撃ち合いは、じゃれるように、舞うように、刹那の間続いた。

 ――ああ。
 この男の不器用な思いやりが、どうしようもなく感じられてしまう。
 お前がいましたいことを、ひたむきにやればいいのだと。
 武に生きたひとりの戦士の生き様を、この細胞に刻み込んでおこうと。
 まったく素直でなく、剽げて、そして癪に障る男だった。

 けれども。
『あなたが、私の生きていた頃に居てくれたら――いえ』
 他愛もない夢想だと、アイハは笑った。
 弾かれた剣がくるくると宙を舞う。
『私の負けだわ。皮肉屋』
「――俺の勝ちだぜ。正直者」
 ふたりは笑いあい、その間をガラスの破片のようなナイフが裂いて、それで終わり。
 影は消えていく――地面に突き刺さる刀だけが、その証明。
 その刀もまた、沈みゆく日差しの赤のなかに、ゆっくり溶けていった。
「……俺よりもよほど、お前は立派で素晴らしい演者だったさ。アイハ」
 かくて舞台の幕は降りる。
 役目を終えた端役は、一筋の残滓だけを残し、影へと消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
アドリブ大歓迎
マリアは瑠璃お姉さんを傷付けたりしないから、最後まで一緒に居よう?
瑠璃お姉さんは、きっと誰よりも綺麗に生きてたって、マリアは思うから。
だから、今の瑠璃お姉さんは殺されるんじゃなくて、精一杯生きて、生きて、命の一番涯てで輝いて……次に、行くの。
だから、また会おうね?
それで、もしお姉さんも猟兵になったら、今度はマリア達と、色んな人を助けに行こう?
もちろん猟兵でなくても大丈夫。世界っていっぱいあるの。だからいろんな世界でまた手を繋いで、一緒に歩いて、綺麗な服を来たり、アクセを探したり、甘いケーキを食べようね?

マリア、待ってる。いつまでだって、ずっと、ずーーっと、待ってるから……またね!



●もしも、の話
『もしも私が、もっと早くにあなたに会えていたのなら――こうなっては、いなかったのかしら』
 瑠璃の言葉に、アヴァロマリア・イーシュヴァリエは首を傾げた。
「……なら、その時マリアたちは、どうしてたのかな」
『さあ。同じ志を持つ仲間として、支え合っていたのかもしれないわ。
 それとも死者と生者としてではなく、友達として肩を並べていたのかも。
 あるいは――そうね、私があなたの在り方を、妬ましくおもっていたかもしれない』
「……マリアを?」
 アヴァロマリアにはその言葉の意味がわからないようで、目を瞬かせた。
『あなたは私を想ってくれるぐらい、優しいのだもの。だから、もしかしたらね。
 ……なんて、言っても詮無い話。もう、時計の針は進んでしまったんだから』
「…………あのね」
 寂しげに笑う瑠璃を見上げて、アヴァロマリアは言った。
「"もしも"の話、マリアも1つだけ考えていることがあるんだ」
『……それは、どんな"もしも"?』
「瑠璃お姉さんが、猟兵になっていたら――っていう、お話」
 アヴァロマリアは微笑む。
「マリアと瑠璃お姉さんは、いろんな世界を旅して、いろんな人を救うの。
 宇宙に浮かぶ船に住む人々や、暗い暗い世界で頑張って生きる人たち。
 魔物を相手にたくましく生きる人たちや、世界中から学び舎に集まった人たち――。
 色んな世界に色んな人がいて、でもみんなが、どこかで苦しんでいるのよ」
『……あなたは、そんな人たちをその手で、その心で、救ってきたのね』
 羨ましい、と。瑠璃は、嘘偽りない心を言葉にした。
『……でも同時に、少しだけ誇らしいわ。だってそんなあなたに、"もしも"でも、仲間でいたらなんて思ってもらえたんだから』
「……マリアも、そうだよ」
 少女は目を細める。
「一緒に救うだけじゃない。友達みたいに一緒に歩いて、綺麗な服を着て、アクセを探して……それでね、今日みたいに甘いケーキを食べて、お話するの。
 ……"みたいに"じゃなくて、友達として、仲間として、そうしたいって思うの」
『でも――』
「もしかしたら、叶うかもしれないよ」
 瑠璃はマリアの言葉に、はっとなった。
「だって瑠璃お姉さんはこれから、新しいいのちに生まれ直すんだもん。
 そしたら猟兵になるかもしれないし――そうでなくたって、全然大丈夫。
 マリアとお姉さんが友達になるのに、そんな小さな理由は必要ないもんね」
『……そうね。だってもう私たちは』
「うん。友達に、なれたんだから」
 少女が差し出した手を、瑠璃は両掌でそっと包み込んだ。
『なら、マリアちゃん。いつかまた会えると信じて、待っていてくれる?』
「うん! マリア、待ってるよ。いつまでだって、ずっと、憶えて待ってる。
 だから、ね。今は「さようなら」じゃなくて……「またね」って、言おうね」
 瑠璃は微笑んで頷いた。その眦からひとしずく、光るものが溢れる。
『……ありがとう。あなたに出会えて、よかった』
 こんな優しく、そして誰かを思いやれる少女に出会えたことが、嬉しい。
 そんな少女の思いに、今は応えられないことが悔しく、悲しい。
 けれどももう、痛みはない――マリアにも、瑠璃にも。ただ晴れやかだった。
「『――……またね』」
 ふたりはそう言って、その言葉を覆い隠すように桜吹雪が遊ぶ。
 瑠璃の姿が、笑顔が、ぬくもりが消えるまで、ずっとアヴァロマリアは立っていた。

 ……ずっと少女は、佇んでいた。
 その姿が消えてからも、ずっとそこに、立っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
キヲちゃんの手を取るわ。
きみのほしかったものを叶えましょう。
耀子よ。宜しくね。

他愛ないお喋りをたくさん。
ウィンドウショッピングも食べ歩きも得意よ。
流行には疎くても、楽しく過ごす方法は知っているわ。
……、関係性になまえを付けるのは、実はあまり得意ではないのだけれど。
それでも、キヲちゃんがそう呼ぶのなら、そうなのでしょう。

ねえ、キヲちゃん。
あたしは忘れない。
いつか、交わした言葉や表情を忘れていったとしても。
あたしが生きている限り、きみを忘れないと想ったあたしは、ずうっと残るわ。

キヲちゃんはどうかしら。
憶えていたい? 忘れたい? ――続きは、欲しい?

好きになさい。叶えてあげるわ、……ともだちだもの。



●ともだち
 他愛ないお喋りを、スヰーツ片手に楽しんだ。
 甘味に舌鼓を打って、小腹が空いたら適当なカフェーに寄り。
 ブティックを冷やかして、あれが似合う、これはどうだと互いに勧め合う。

『あのワンピース、きっと耀子さんによく似合うわ』
「そうかしら……あれはむしろ、キヲちゃん向きだと思うけれど」
 花剣・耀子は、困ったように口元を緩ませた。
「だってあのワンピース、あたしには少し派手すぎる気がするわ」
『だからいいのよ。アクセントになると思わない?』
「そういうもの、かしら。流行には疎いのよね……」
『それを言ったらわたしだって同じです。だって……ねぇ?』

 なんてジョークも飛び出すぐらい、気安い会話をふたりで楽しむ。
 他の誰かの視線など目に入らないくらいに、ただ相手のことだけ考えて。

『ああ、お腹がすいちゃった。今度はあのお店はどうでしょう?』
「いいわ、あたしもちょうど口寂しかったの。食べ歩きは得意なのよ」
『ふふふ。耀子さんの食べっぷり、見ていてとても楽しいから』
「……あまり見つめるのはよしてね。慣れていないの」

『ここで、テレビで見たことがあります。スタアゆかりの場所なんだとか』
「へえ……それはなんていう人?」
『門倉チエという方です。……もしかして、ご存知?』
「そうね。あれは有り体に言うなら、知り合いといっていいのかしら」
『まあ……! その話、とっても詳しく聞きたいわ。とっても!』

 ……笑って、驚いて、膨れて、時には少し哀しみにともに沈んで。
 時間というのは不思議なもので、楽しいほどにあっという間に過ぎていく。
 やがて空は橙に染まり、昼と夜の間、西の空は暮れなずんで燃えていた。
「ねえ、キヲちゃん」
 出し抜けに、耀子が言った。
「あたしは忘れないわ。――これでも、物覚えはいいほうなのよ」
『耀子さん……』
「いつか、交わした言葉や表情を忘れていったとしても。
 あたしが生きている限り、きみを忘れないと想ったあたしは、ずうっと残るわ」
 少女が自然に差し出した手を、耀子はそっと握りしめた。
「あたしは関係性になまえをつけるのは、実はあまり得意ではないの。
 でも、キヲちゃんは、今日一日を、あたしのことを、そう呼んでくれるのよね」
『ええ。――あなたは、わたしの友達です。わたしにとっては、そうなのです』
 だから、と少女は言った。
『わたしも、あなたのことを憶えていたい――忘れたく、ありません。
 いつか生まれ変わっても、道端であなたの姿を目にするときが来るとしたら。
 あなたの名前をまた、今日のように呼べるように、憶えていたいのです』
「……なら、好きになさい。叶えてあげるから」
 耀子は、鞘走った。
 それは払うのではなく祓う剣。
 苦しみを、痛みを、雑念を祓い次へと送る黒耀の剣である。
『……ありがとう、耀子さん。わたしのわがままに付き合ってくれて』
「当然よ。――だってあたしときみは、"ともだち"でしょう?」
『…………ふふ』
 少女は噴き出し、そして笑いながら言った。
『さようなら。また逢いましょう』
「ええ。またいつか、どこかで――左様なら、キヲちゃん」

 剣を祓うのは、耀子にとっては慣れたもので。
 幾千繰り返してきた動作を、ただ一薙ぎにすればよい。
 痛みはなく、苦しみもなく、ただ笑顔と約束の言葉と、桜吹雪だけがそこに遺る。
「――左様なら」
 ただ記憶だけが、そこに、遺る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
狭筵さん/f15055

ひとを殺しておいて穏やかに死ぬなんて、あってはならない。
そうですね。
なら尚更その後は、分不相応な場所へ行くようにできてるんじゃないですか。
あなたには居心地が悪いような。
所謂、天国のような。

殺します。貸さない。
痛くせずに殺せるのはオレだけです。

どいつもこいつも。幻朧桜だの転生だのを信じるクセに、いざ影朧を目にすればあの様。
ひとを殺したんだから当然悪者ですよ。
でも彼女にはそうするだけの理由も、資格もありました。
なのに誰も報復を認めなかった。道理じゃない、
…オレは、道理の通らないことがキライです。自分に都合が良かろうと。
ですから狭筵さんのそれは、何か、気持ちだけで。いいです。


狭筵・桜人
矢来さん/f14904

資格がない。そうあるべき。分不相応。
そう――そうですよね。
でもね、一緒ですよ。嫌われ者は、どう死んだって嫌われ者です。
ただ痛くて苦しいだけの選択肢を選ぶ甲斐もありません。

誰も認めやしません。
人殺しの悪党なんて誰も赦しちゃくれないでしょう。
……だから私が赦してあげます。
貴方が人殺しの悪党で、どれだけの悪逆非道を行おうと……
度が過ぎれば引きますけど……
最後にはぜーんぶ赦して味方してあげますよ。それはもう不条理で非合理にね。

矢来さん、その刀を私に貸してください。私にだって出来ます。
貴方が自分を重ねるようにして殺すくらいなら。

……良くない。一度くらい一緒に居る意味をくださいよ。



●蛇足
「ねえ」
 狭筵・桜人の声は、無味乾燥としていた。
 いかなる感情も落とすことを諦めた、あえてやめた、そういう声だ。
「どうして、私にその刀を貸してくれなかったんですか」
「…………」
 夕暮れに、狂ったように咲き誇る桜の吹雪が、ごうごうと遊んでいた。
 矢来・夕立は、いつも通りの――苛立たしいぐらいの平然差で振り返る。
「どのような答えが欲しいですか。いくらでも用意できますが」
「私の納得できる理屈がその中にあるなら、いくらでもウソをどうぞ」
「…………」
 沈黙が答えだった。
「ねえ、矢来さん。私はね、ただ欲しかっただけなんですよ」
「何がですか。満ち足りた女を殺す実績が?」
「あなたと一緒にいる意味が」
 夕立の眉根が、ぴくりと動いた。
「あなたは結局そうやって、彼女を自分に重ねて、また殺しましたよね。
 私が何を言ったって、どれだけ望んだって、許してはくれなかった」
 桜人の脳裏に、逝く寸前、言葉を受けた少女の顔が蘇る。

 ――あなたって、ひねくれ者なのね。

 許してあげると。
 桜人の言葉を聞いた少女は、たしかにそう言った。

 ――誰も認めてくれないからって、だから赦してあげるだなんて。
 ――あなたのその言葉は、わたしにとって嬉しいけれど、だから辛いの。
 ――あなたの言う通り、不条理で、非合理で、そして――苦しいのよ。

 人々に迎合するつもりのない、人々を苦しめない、嫌われ者になろうとする優しさを感じてしまうから。
 どうあっても同じはぐれものを救おうという、意固地さが感じられるから。
 だから――。

 ――あなたは、あなた自身の味方をしてあげればいいのに。

「……嫌われ者は、どう死んだって嫌われ者です」
 桜人は、彼女に言った言葉をそのまま繰り返した。
「資格がない。そうあるべき。分不相応。彼女が言っていた通りですよ。
 痛がったって苦しんだって、結局人々はそれを認めちゃくれませんから。
 ……あなたも同じですか? 私には、手を染めることも許してくれませんか」
「違います」
「なら」
「オレはただ、道理の通らないことがキライなだけです」
 夕立は桜人の目をまっすぐ見つめていた。
 そして彼が口にした言葉も、少女に言ったものと同じだった。
「ひとを殺せば悪者です。彼女だって、オレだって、結局は同じ穴のムジナですよ。
 あなたの言う通り、嫌われ者はどうやったって認められることなんてない。
 理由や資格があっても、報復を認めない。それは、オレにとって道理じゃない。
 ……だから、オレは信条を通しました。オレの思うことを、やったまでです」
「それで私の望みが裏切られるとしても?」
「オレが他人のために自分を曲げるような真摯な人間に思えますか」
「まさか」
 桜人は笑った。
「でも少なくとも、友人の頼みは聞いてくれる人だと思ってましたよ」
「――……だからこそ、というのは」
 夕立は目をそらす。
「気持ちだけでいいっていう答えは、あなたの望みにはそぐわなかったんですか」
「…………」
「……理由なんて、いくらでも作れますよ。オレはウソつきですから」
 そしてまた、少年の瞳を見返す。
「でも、オレは、あなたのその気持ちだけで、いいんです。よかった。
 彼女も、そうだった。それで納得でないなら、それはそれで構いません」
「……やっぱりずるいですね、矢来さんは」
 桜人の肩から力が抜けて、少年は頭を振る。
「……許してあげますよ。彼女にだってそう言ったんですから」
 ふたりの間を風が吹き抜ける。
 長い長い影法師は、互いに届きそうで届くことはなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
(どんな骸でもいつか土に還り、森へと巡るように
魂にもまた、清らかな巡りがあればいい
キミの負った全ての罪を雪いで)
(それが叶うこの世界は、まるで救いだと思った)

紫音
…ねえ、わたしは、ずっと、そばにいますよ
(偽物の顔のまま
借物の言葉を被ったまま
キミを抱いて、髪を撫でて
眠りにつくまで、手をつないでいよう)
(いつか、そうしたかったように)
(そうして差し上げたかったように)

(「真下熱渦」
穏やかな子守唄でも、強い、強い、祈りを籠めて)

紫音
また、巡って、戻っておいで
一緒に、紫苑の花を見よう
(これだけは、己の言葉を)
(願いは、届くだろうか)
いつか、この手を
あたたかな手で、握っておくれ。



●Z/SION
「――紫音」
 その声は、本物の"おねえさま"とは似ても似つかないほど醜くて。
『はい、おねえさま』
 けれど抱かれ、髪を撫でられる少女は、"おねえさま"に向けるのと同じ表情で応えた。
 それがウソであることなど、わかりきっている。
 同じように、ロク・ザイオンの心の裡もまた、わかっている。
 彼女が何を思い、何を考え、どうその答えにたどり着いたのか。
 借り物の言葉を被り、偽物の顔で塗り固める、その下で。
 何を思い、何を考えいるのか――すべて、すべてわかっているから。
 だから受け入れる。
 だから同じ罪を犯す。
 ここに彼女はいない。もうその魂は旅立ってしまったから。
 遺されたのは自分だけで――そう、彼女もそれを受け入れてくれた。
 わかりきった声に、わかりきったように酔いしれて、わかりきったようにまどろむ。
 重ねられた手に手を握りしめて、ふたりで同じ罪を共有(かさ)ねた。
「わたしは、ずっと、そばにいますよ。あなたのそばに、ずっと」
『……ありがとうございます、おねえさま。ずっと、その言葉が欲しかった。
 ああ、そうです――私はただそう言ってほしくて……ただ、それだけで……』
 これは都合のいい夢。
 傷ついた者同士でその傷を舐め合うような、陳腐でどうしようもないいたずら。
 けれど、ああ。
 そのどうしようもない罪が、こんなにも魂を慰めてくれるのだ。
 どうしてだろう――ロクの優しさを、思いやりを感じられるから?
 それはある。けれど、それだけじゃない。
 彼女の痛み、
 彼女の苦しみ、
 彼女の罪――。
 違うけれど同じものを抱えたその魂に、触れるような心地になれたから。
 自分がそうして欲しかったように、彼女もまたそうして差し上げたかったのだ。
 名も知らぬ誰か、
 姿も知らぬ誰か、
 けれど、私たちの心に遺ってしまった、あのひとに。

「紫音」
 擦り切れた声が謳う。
「また、巡って、戻っておいで――そして一緒に、紫苑の花を見よう」
 まどろみのなか、こぼれた言葉はロク自身のもの。
 まだらに混ざりあったその声に、少女は逝く老人のように微笑んだ。
『ええ、いつか――いつかきっと、並んで見ましょうね』
 重ねられた手に縋り付くように握りしめて。
 差し出された手を、優しく包んで握ってあげる。
 甘やかな共犯関係の毒が、少しずつ、魂をほぐしていく。
「いつか、この手を――あたたかな手で、握っておくれ」
『……いつか、必ず。あなたの手を、この掌で慰めてあげますから――』
 眠るように、その魂は次へと巡っていく。
 強い祈りを込めた子守唄は、日が沈みきるまでずっと響いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
心情)さァ、終わりの時間だ。救いやしねェし哀れまねェ。こたびは桜の精もナシ。ああとも、"転生させるチカラ"はねェさ。だが転生の輪っかに乗せるこたできる。お望みとあらばタマシイ溶かし、ガチに《消える》も赦すとも。転生してくれりゃア"数"揃うンで楽だが…"選ぶ"はいつだって"いのち"の権利さ。
行動)望む"道"を整えよう。タマシイは一夜に千里を駆けて・一炊に人生の栄枯を味わう。邯鄲の枕より上等さ。望むなら走馬灯がわり、"幸福な一生"見せてもいい。ほかも望む夢(*みち)整えよう。夢こそ真とヒト謳う。なれば泡沫の《真》をやろう。さァさお選び、選べなかった《仔》ら。かみさまが来たよ。眠る時間だ。



●終わりの時間
 ひとり、ひとり――否、この場合はひとつ、ひとつと云うべきか。
 神の……朱酉・逢真という名を与えられ、名乗る"それ"の翼に乗って。
 ひらひらと舞う夢見鳥の羽ばたきに乗せて、導かれた先へと魂が歩いていく。
 次の生。桜が導く転生の輪廻は、死が触れるにはあまりにもか弱い。
 生命の対極に在るがゆえに、それは「生み出す」チカラを持ちはしない。
 けれども、そこへ届かせることは出来る――反対に、"消える"ことも。
 世界の誰が否定したとしても、その紅き翼はそれを赦すだろう。
 救うことは出来ない。
 憐れみもない。
 ただ当然のように、超然として、悠然と翼は羽ばたく。
 ……実際のところ、その毒に溶け逝くを望む魂はひとつきりでなかった。
 その終わりをこそ最上のものとして、自ら受け入れた魂もいた。
『願わくば、死(あなた)の一部になれますように――』
 祈りめいた言葉を、神は聞きはするが応えることはない。
 祈るのはひとだけであり、ゆえに祈りとはそのいのち自身のためにある。
 神が応えるのは副産物でしかなく、祈りの目的はそれ自体にはない。
 だから翼はただ羽ばたく――夢見鳥たちを連れて、逢魔が時の空を。
 まどろみのような終わりの狭間に、"もしも"の未来を夢見た者も居た。
 幸福であったなら――そうして、終わることなく健やかに過ごせたなら。
 もしかしたらありえる次の、いわばひとつのサンプルケース。
『あゝ――こうであれば、よかつたのに』
 涙しながらそう言って、そうあれかしと願って旅立つ少女がいた。
 路はひとつではない。
 行く先は神にさえもわからず、そしてその魂にもわかるまい。
 たとえ定められた運命があったとて、時の一条が掛け違えれば何もかも変わる。
 より辛い生があるかもしれない。
 幸福と同じぐらいに、苦しみや痛みがあるかもしれぬ。
 けれど旅立つ魂に、もう恐怖はなかった。
 だって、ここには夢も真も、望むものがすべてある。
 それをくれる死(かみさま)が、こんなにも近くにいてくれる。
『ありがたう』
『有難うござひます』
『主よ』
『かみさま、ありがとう』
『かみさま――』

 選べなかった来らに送るは、選ぶことの出来る道筋。

 ――さァさ、お選び。急がなくともいい、ここで微睡んでいてもいい。

 神は言った。

 ――眠る時間だよ、仔らよ。好きにおし――。

 かみさまが、橙に染まる空を飛ぶ。
 導かれる魂たちのかんばせは、みな安らかな微笑みに満ちていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニィエン・バハムート
あー、うーん、あー…ちょっとは、その、スッキリしました?
…下手くそですの私!?(自分の気の効かなさに自分でびっくりする。)

うー…あなたが美しく終わりたいと思うのであれば私はあなたを跡形もなくなるぐらいの力で消し飛ばしますし、その後転生を望むかどうかはあなたの自由ですの。
…それと同じぐらい、自分にこんな理不尽を与えた世界に二度と生まれ落ちたくないと思うのも自由です。

ま、それはそれとして私だって何しても自由なので一応言いたいこと言っておきますの。

せっかくお友達になれたんですし、今度はあなたが主演の舞台を見てみたいですわ。海賊は強欲なんですの。スタアがどうなのかは知りませんけどね。

では、ハル…再見!



●舞台から降りて
「……あー、うーん、あー……」
『……何よ、さっきから。あーだの、うーんだの』
「いえ、その……』
 影朧・ハナの隣で、ニィエン・バハムートはうんうんと唸っていた。
(なんてヘタクソですの私!? よくよく考えれば気が利かなさすぎですわ!
 おかげでずっと気が気でなかったですし、やっぱり観劇って難しいですし……)
 頭の中でテンパっているニィエンをしばし見つめ、ハナは噴き出した。
『ぷっ……どうせ、私を傷つけたんじゃないかとか思ってるんでしょう?』
「う……そ、そうですわ、気が利かなさすぎたと……」
『言ったでしょう』
 今しがた出てきたばかりの劇場を、ハナは振り返る。
『私は私だからこそ、最期にこういうところに来なければいけなかったのよ。
 結果的に私は満足しているわ。だから、気にすることなんてないの。わかった?』
「うー……そう言ってもらえるなら、いいのですけれど……」
『それにね。あなたみたいな田舎娘にあれこれ教えるの、なかなか楽しかったわよ』
「い、田舎娘とはご挨拶すぎませんの!? ワタシ田舎娘じゃないアルネ!!」
『どっちよ……』
「はっ! い、いや今のはこう、ちょっとどもったというか」
 動揺のあまり思わず故郷の訛りが出てしまったニィエン、咳払いでごまかす。
「……まあ、そ、そうですわね、あなたのおかげで色々詳しくなれましたわ。
 演者の表情や視線、そういうものに集中するだけでああも見方が変わりますのね」
 そしてニィエンも、ハナにならって劇場を見上げる。
「正直言って、舞台なんてものには縁遠い人生でしたの……私まだ15歳ですけれど。
 この世界にはまだまだ、私が知らないたくさんの文化があるのだと思いましたわ」
『私だってそうよ。……舞台以外に楽しいことなんて、いくらもあったのね』
 ニィエンが語って聞かせたこれまでの冒険の旅路を思い、ハナは言った。
『何も知らずに死んで、あんな小さな世界にこだわってた自分がバカみたい。
 あなたみたいに、世界すらも飛び越えるぐらいに自由でいられたらよかった』
「……それは、違うと思いますわ」
『え?』
 ニィエンはハナの目をじっと見つめた。
「だって、今のあなたは影朧。もう一度終わってしまった存在なのでしょう?
 なら、あなたがどうするかは全部自由ですわ。舞台も何も関係がない。
 ……もちろん私だって何をしても自由ですから? 言いたいことぐらい言いますの」
『………』
「……だから」
 ニィエンは少女に向き直った。
「あなたが美しく終わりたいというなら、跡形もなく消し飛ばすことも出来ます。
 その後の転生を願うかどうか、いっそ消え去りたいというのもあなたの自由。
 ――その上で私は、"お友達"としてあなたにひとつ言っておきますわ」
 そして、ふっと勝気な笑顔を見せる。
「今度はあなたが主演の舞台を見てみたいですわ、ハナ。
 たとえ生まれ変わったあなたが、もう今のあなたとは別人だとしても……。
 生まれ変わったあとに、今以上に輝こうとするのだって、自由のはずですもの」
『……ふ、ふふ、あははっ』
「な、なんですの!? いま私、すごくいいことを……」
『そうね。いいことだわ。だから笑っちゃったのよ』
 ハナは目尻の笑い涙を拭き取った。
『あなたって本当に直截だわ。ひねた私が認めたくないことをあっさり言うのね。
 ……だからこそ、吹っ切れることが出来た。あなたのおかげよ、ニィエン』
 夕暮れの空に桜色の風が吹く。ハナの身体は、おぼろに溶けつつあった。
『一体何年先になるかわからないけれど、またいつかこの世界で逢いましょう。
 その時は名前も、見た目も違う私のことを、きっと探し出してくれるわよね?』
「……それは」
 やりたいことをやり尽くし、前のめりに死ぬつもりでいたニィエン。
 だからこそ、その"先達"としてこの場にやってきたのである。
 それが結果として、再会の約束を結ぶことになるとは不思議なものだ。
「……ええ、当然ですわ! だって海賊って、強欲ですもの」
『スタアだってそうよ――少なくとも、私が思い描くスタアはそう』
「なら、いずれ必ず。……再見、ですわ!」
 ハナはそんな力強い言葉に微笑み、そして風にさらわれて消えていった。
 桜が魂を導くだろう――そしてまた、いつかに出会えるはずだ。
「…………なんだ。吹っ切れたって、美しく終われるんじゃないですの」
 橙色の空に散りゆく桜色を見上げ、ニィエンは笑っていた。
 己の終わりもまた、誇らしく逝けるはずだと信じて。少女はまた、歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨宮・新弥
>カザコ と。

カザコ、……どこがいい?
どこにだって連れてってやる。
なんだってしてやる。


…桜、綺麗だなァ
卒業式みたいだ。花束も証書も無ェけど……
これ、やるよ。俺のピアス、片方。
旅に出るとき、お袋からつけさせられたんだ
お守りだって。
いいもんだけいっぱい持ってさ、
苦しいのも悲しいのも、ここに全部置いてけな。

次は死に方なんて考える隙間ないくらい楽しくて幸せになるよ。
だから大丈夫だ…きっと、絶対。大丈夫。

…じゃあな。



●ステ忌シヰ
「どこがいい? どこにだって連れてってやる。なんだって、してやる」
 青年は言った。
『――昔ね、まだずっと小さかった頃、みんなで遊んでた小さな山があったんだ』
 少女は言った。
『山って言っても、遊んでたのは入り口のところだけどね。
 大人から、「危ないから山奥には入っちゃダメだ」って言われてたから』
「……大きくなってからは?」
『入ったことないよ、引っ越しちゃったもん』
 だから今、そこへ行きたいと少女は言う。
 子どもの頃についぞ踏み込めなかった、小さな山のなんてことない頂上に。
 けれど彼女にとっては――きっと、彼女だけのかけがえのない場所なのだ。
「わかった」
 少年は……雨宮・新弥は力強く言うと、スロットルを開いた。
「それまでの間、聞かせてくれよ。カザコのこと。どんなことでもいいからさ。
 名前だけじゃない、もっとたくさんのこと、憶えていようと思うから――」
 カザコはこくんと頷いて、脈絡なく、思いつくことをそのはしから口にした。

 もっと幼い頃には、どんな遊びをしていただとか。
 引っ越す時、仲のよかった友達と抱き合ってわんわん泣いたとか。
 習い事をやめた時に、母親が励ますために作ってくれたケヱキの味。
 学校で賞を取った時に、父親が褒めてくれたことの喜び。

 新弥にとっても、少女にとっても、それはありふれた他愛ない話ばかりだった。
 彼の世界でもきっと普通にあるだろう――けれど、もう還らない過去の話。
 ふたりは多くの、取るに足らない日常のことを教えあった。
 スピードの風が、ふたりの声を世界から隔絶してくれていた。

 ……やがて辿り着いた山は、新弥が思っていたよりもずっと小さかった。
 きっと土地の裕福な誰かが所有していた、なんてことない小山だったのだろう。
 登るのも大して苦ではない……子どもにとっては危ないだろうが。
 大人たちは、カザコやその友達を思いやって注意してくれていたのだ。

 ひとつだけ、特筆すべきことがあるとすれば。
「――桜、綺麗だなァ」
 そこにはひときわ見事な幻朧桜が、うんとたくさん咲いていたこと。
 ありふれた場所だからこそ、誰もあえて足を運ぶことはないのだろう。
 ふたりの他には誰の影もなく、見事な景観はふたりだけのものだった。
『うん、綺麗……こんなところ、子どもの頃に見つけてたら秘密基地にしてそう』
「……秘密基地か。俺もガキの頃、そんなの作ったっけなァ」
『今は?』
「今は……あえて言うなら、こいつが俺の秘密基地、って感じかな」
 新弥は、コン、と相棒であるバイクを叩いた。
「それにしても、こう……こんな桜の中で、お別れするなんてさ。
 まるで卒業式みたいだ――っても、花束も証書も無ェけど……」
『卒業式、か。結局、高校の卒業式は……わたし、出れなかったもんね』
「…………」
 俯くカザコを見て、新弥はおもむろにピアスを外した。
「やるよ。俺のピアス。片方だけだけどさ」
『いいの……?』
「お守りなんだ。旅に出るとき、お袋からつけさせられたんだよ」
 新弥の表情は相変わらず無愛想で、けれどカザコは彼の優しさを感じた。
 ただ作り笑いが苦手なだけの――そう、ある意味で素直な青年なのだと。
「いいもんだけいっぱい持ってさ。苦しいのも悲しいのも、全部ここに置いてけな」
『…………ありがとう』
 受け取ったピアスを両掌で包み込み、祈るようにして涙を流す。
 もっと早く出会えていれば――そんな後悔が、ないわけじゃない。
 でも、悔やんだところで仕方ない。だってもうすべて終わってしまったのだ。
『わたしはこれからもう一度、始められるんだもんね』
「ああ、そうさ。……死に方なんて考える隙間ないくらい、楽しく幸せになれる」
 確証なんて無い。転生したあと、新弥がしてやれることもないかもしれない。
 けれど、彼は言った。はっきりと、嘘偽りなく、確信を込めて。
「だから大丈夫だ――きっと。いや、絶対、大丈夫」
『……うん』
 少女は涙を拭って微笑んだ。
 ふたりを照らすように、沈みゆく夕陽が橙色に空を染め上げる。
『――じゃあ、またね』
「ああ、また」
 気のおけない友人が、学び舎で別れを告げるように。
 さようなら、ではなく、またいつかと。
 青年と少女は手を振って――そして少女は、溶けるように消えていった。

「……大丈夫さ」
 新弥は言った。
「カザコが今度こそ幸せに過ごせるように、この世界は絶対守り抜くから」
 少女が生まれ変わったとして、その名も見た目も以前とは違うだろう。
 だから見つけられるとは限らない。町中ですれ違ってもわかるまい。

 けれども。
「絶対、大丈夫だ」
 新弥は嘘偽りなく、心からそう言った。
 何度も、何度も。……何度でも。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年02月04日


挿絵イラスト