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最期の締切逃避行

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●とある作家の最期
 ――センセイ シンチョク イカガデセウ?
「もう少し……もう少し待って頂戴……」
 届いた電報文を放り投げ、彼女は再びペンを握る。
 周囲にはぐしゃぐしゃに丸められた原稿用紙。無残にビリビリに裂かれたものすらある。
 既にこの部屋に押し込められてから何日が経ったものか。
 書けない――気持ちばかりが先行して文字が紡げなくなったのはいつからか。
 とっくに集中力も眠気も限界なのに、焦燥感が為に眠る事すら出来やしない。
 いっそ投げ出してどこかに行ってしまひたい……。
「……出来たわ……」
 魂を削る様にして完成した作品。原稿用紙の束を持って彼女はゆらりと立ち上がる。

 これを渡したら――行くんだ――。

 障子戸に指をかけようとしたら、勝手にするりと開き。
 そこには見慣れた男が疲れた顔で静かに告げる。
「お疲れ様です先生。で、次月の連載の締切なのですが――」
 嗚呼、まだ……わたしは逃れられないのだ。
 そう思うと同時に、女の心臓が悲鳴を上げた。

●彼女の望みとは
「それが彼女――人気作家だった志崎・潤子の最期。過労からの心臓麻痺だったみたい」
 天瀬・紅紀(蠍火・f24482)はペラペラと文庫本を捲りながら告げる。表紙には今話したばかりの女流作家の名が記されている。
「まぁ亡くなったのは結構と前の話なんだけどね。その彼女が影朧として現れる」
 帝都内の旅館にカンヅメにされていた所で倒れ、病院に運ばれた後に亡くなったとの事だが。その旅館も老朽化の為に立て直す事になり、解体工事の折りに彼女は姿を見せる。
「でも潤子さんは全く危害を加えてくる様な事はせず……ただ黙って俯いてるだけ。今にも消えてしまいそうな状態だ」
 弱く儚い影朧は、何かの未練を……この世への執着を残している。
 帝都桜學府は「影朧の救済」を掲げている。ただ斬るのでは無く、救えるならば救うべき、そして幻朧桜の転生に導くべきなのだ。

「彼女は何処かに行く事を最期に望んでいた。であれば叶えてあげるべきだよね」
 紅紀は微笑み、言葉続ける。
「まずは彼女の元に行って、話を聞いてあげて欲しい。戦う事にはなるだろうけど、それで力を削いで無力化する事も大事だしね」
 行きたい先が判れば、次は彼女に随伴して目的地に向かう事になる。無論、行程では一般人の目に触れる可能性は高く、多少の騒ぎになるかも知れないが。そこは何とか宥めるなり協力を得るなりしながら行く事になるだろう。
「列車移動伴う様な場所に行くのでも、買い物や利用にお金がかかるような事が望みでも、サアビスチケットあるから問題無いし」
 何処に行っても迎えには行くから、と紅紀は言う。

「締切に追われ続けて亡くなった彼女が、最期くらいは安らかに逝ける様に……さ」
 どうか頼むね、とグリモアの光を描き、紅紀は猟兵達を桜舞う世界に送り出した。


天宮朱那
 天宮です。心情系になるかネタ系になるかはプレイング次第。
 サクミラで影朧の執着を果たして転生に導いて下さいませ。
 まったりペース運営予定。物語構成の都合、再送願う場合あるかも知れません。ご了承の上参加頂けますと幸いです。

 帝都のどこかにある古びた旅館。解体途中のそこに影朧は現れます。
《一章》戦闘については話すついでに攻撃する程度で構いません。向こうも然程積極的に攻撃もしてこないです。
《二章》力を削いだら彼女の執着、つまり望みを叶える為に一緒に移動する事になります。どうしても一般人のいる場所を通る形となるので騒ぎにならない様に上手く工夫をお願いします。
《三章》目的地に着いたら個々に楽しんで頂ければ、と。お迎えと称して紅紀も顔を出します。三章からの参加も歓迎。今は、とある観光地……とだけ。

 作家「志崎・潤子」(しざき・じゅんこ)
 賞候補にも何度も挙がっていた女流作家。仕事を断れない性格で常に締切と戦っている内に編集にカンヅメにされる事多々。歴史的文豪に憧れを抱いており、筆名も好きな文豪から字を取っている。

 各章、断章追記予定。
 マスターページやTwitter、タグなどでも随時告知をします。
 適度に人数集まったら〆切目安の告知予定。

 複数合わせは迷子防止に相手の名前(ID)かグループ名記載を。最大3人組まで。
 技能の『』【】等のカッコ書きは不要。技能名並べたのみで具体的な使用方法の記述が無いものは描写も薄くなります、ご了承を。
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第1章 ボス戦 『魔縁ノ作家』

POW   :    〆切の無間地獄
非戦闘行為に没頭している間、自身の【敵の周辺空間が時間・空間・距離の概念】が【存在しない無間の闇に覆われ、あらゆる内部】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD   :    ジャッジメント・ザ・デマゴギー
自身の【書籍、又は自身への誹謗中傷】を代償に、【誹謗中傷を行った一般人を召喚、一般人】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【敵に有効な肉体に変質・改造し続ける事】で戦う。
WIZ   :    イェーガー・レポート~楽しい読書感想文~
対象への質問と共に、【400字詰原稿用紙を渡した後、自身の書籍】から【影の怪物】を召喚する。満足な答えを得るまで、影の怪物は対象を【永久的に追跡、完全無敵の身体を駆使する事】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はアララギ・イチイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 趣を残した旅館はその役目を終えんとし、その形を解体されている途中。
 客室であった奥の部屋。畳敷きと障子のみのその部屋に彼女はいた。
 ぼそぼそと何かを口にしながら、女はぼんやりと立ち尽くす。
 その姿はどこぞ儚くおぼろげなのは、今にも消え入りそうな影朧がゆえ。

『わたしは……嗚呼、そうだ……締切が……いや、違うわ……』

 どこかに行きたいと切に願っていた。
 けど、心を縛るこれは何。
 行きたい。行けない。
 迷う様に、女が手にしたままのペンがふらふらと宙を泳いでいた。

※※※

 戦闘は影朧の力を削ぐ為に必要ですが、メインは彼女とどう接触するかです。
 話しかけるなり問うてみるなり。基本的には心情系で。
 なお、文豪ジョブから心に寄り添ったり共感させる内容は無駄にプレイングボーナス高くなる…かも知れない。
明神・令
物騒なことようできへんし、話をするだけにしとこ。

前にラヂオとか雑誌とかショーの仕事のスケジュール被って、締切に追われとったの思い出したわ。あかん、頭痛してきた。

でも寝れんくなるくらい頑張って、ひっくり返されても鼻血すら出されへんくらいになっても、やりたいことってあるよな。
俺は作家やのうて催眠術師やし、偉そうなこと言うて潤子ちゃんみたく売れてへんけど、多分売れっ子になっても一生この仕事してると思うわ。

どっか行きたいとこあったんやって?
創作活動のためか単に息抜きなのか知らんけど、行ったらええやん。
日光浴びへんと頭の調子悪なるんやで。そういう研究結果あんねん。
一緒にお出かけとかしてみいひん??



 昼間でも薄暗いのは雨戸が閉まっているせいか、窓の外から板が打ち付けられているせいか。旅館で在ったその建物は随分と古びて草臥れて、その役割を終えようとしている。
 その奥の一室に漂う気配こそ、この世に未練を残しながら逝った女流作家が影朧と成り果てた存在の放つもの。
 土足で入っても良いと聞かされてきた。洋靴の下に感じる畳を踏みしめながら、明神・令(hypnotist・f31254)は黒眼鏡をそっとずらしてその白い瞳を女に向けた。
『わたしは……あなた、は……だれ……?』
 女が気が付き、令に言葉を小さく投げかける。見つかった、と隠れるつもりも無かった癖に小さく口の中で男は呟く。
(「物騒なことようできへんし……話をするだけにしとこ」)
 正直、腕っ節には自信がさっぱり無い。だが、彼は催眠術師。舌先で相手の心を掴む事には相手が影朧であろうとも自信はあった。
「前にラヂオとか雑誌とかショーの仕事のスケジュール被って、なぁ……」
 唐突に切り出せば、女は目をぱちくりさせた。それも構わず令は続ける。
「そん時、締切に追われとったの思い出したわ。あかん、頭痛してきた」
『締切……あなたも、締切に追われてるの……?』
「まぁ、そうやなぁ」
 同類を見つけた、と言わんばかりに彼女の興味が令に向いた。ニッと見せた笑みは薄暗い中に在ってもその白い膚に寄ってはっきりと彼女に見えたろうか。
『締切に追われて……書いても終わらなくて……眠れなくなるくらいになって……』
「でも、寝れんくなるくらい頑張って、ひっくり返されても鼻血すら出されへんくらいになっても、やりたいことってあるよな」
 令は女の言葉を頷きながらゆっくりと聞いてやった上でそう問いかけた。
『やりたい、こと……』
「――俺は作家やのうて催眠術師やし。こうして偉そうなこと言うても、潤子ちゃんみたく売れてへんけど」
 大きく息を吐き、肩を竦める様にして令は告げる。
「多分売れっ子になっても一生この仕事してると思うわ」
『わたしも、物書きの仕事が好き、です……』
 そう、書くのは嫌いでは無いのだと彼女は、志崎・潤子は呟いた。ただ、締切に追われ続けて、書いても書いても求められ終わらない無間地獄に参ってしまっただけ。
「……どっか行きたいとこあったんやって?」
『行きたい、ところ……』
「創作活動のためか、単に息抜きなのか知らんけど……行ったらええやん」
 黒眼鏡を直しながら令は潤子に提案一つ。え……?とやはり瞳をぱちくりさせる彼女に向かって、からからと笑って見せながら男は窓の僅かな隙間から射し込む光の筋を指さして告げた。
「日光浴びへんと頭の調子悪なるんやで。そういう研究結果あんねん」
『そう、なんですか……わたし、いつも夜にばかり執筆してたから……』
「そりゃアカンわ。なぁ、一緒にお出かけとかしてみいひん?」
 手を差し延べれば、潤子は少し戸惑った様な顔をしつつ、小さく小さく頷きを返した。
『良いんですよね……息抜き、しても……』
 ――と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
過労による心臓麻痺…
僕も心臓患ってるから…正直他人事とは思えないな
自分の胸元を無意識にきゅっと抑えつつ
戦いはなるべく避けたいけど
どうしてもの時は優しい祈りを乗せる事で
痛みを与えない暖かな光の浄化としてUCを

僕はまだ子供だけど
お姉さんが…志崎さんが沢山頑張ったっていう事はわかるよ
本当にお疲れ様
でもさ、もう羽を伸ばしてもいいと思うんだ

僕ね、お姉さんと行きたい場所沢山あるよ
美味しいカフェで美味しいもの食べたり
桜の綺麗な場所でお散歩したり
健康は勿論…夜の景色と朝の景色
どちらも綺麗で、違った趣がある
それを志崎さんにも見てほしいから

志崎さんはどこに行きたい?
我慢しなくていいんだよ
行こうよ、一緒に



「過労による、心臓麻痺……」
 栗花落・澪(泡沫の花・f03165)はその話を聞いて、この古びた旅館の中を歩む間、ずっと己の胸元に無意識の内に手を当てていた。
(「僕も心臓患ってるから……正直他人事とは思えないな……」)
 何故だろう。自分の心臓が痛くなるような錯覚に指先に力が籠もり、きゅっと掴んでしまえばそこから拍動が伝わってくる気がした。
 戦いはなるべく避けたいと思いながら、澪は件の影朧の前に立つ。
『……わたし、は……』
 既に接触した猟兵の言葉に、影朧となった作家の女の中で何か様々な感情が揺れ動いているのか。ぼんやりと虚空を見つめ、ぼそぼそとうわごとの様に呟いていた。
「……お姉さん」
 澪はそっと近づいて声をかけた。驚いたりしないように――そう、彼女を思いやる優しい祈りが言葉には籠められる。此方をゆっくりと見た影朧の様子から、それが伝わったと言う事は良く解る。
 澪は静かに浄化の光を放つ。それは、彼女の中の不安を始めとした負の感情を取り除き、その心を落ち着かせていくもの……。
「僕はまだ子供だけど――」
 一歩、二歩と近づく。此方を見る女の空ろな瞳に敵対心も怯えも無い事は確信しつつ。
「お姉さんが、ううん、志崎さんが沢山頑張ったって言う事はわかるよ」
『……わたし、頑張った……かしら』
「うん、とてもね……本当に、お疲れ様」
 澪はそっと、彼女――志崎・潤子の手を取った。とても冷たいひやりとした手。その手を温めるように告げる彼の言葉もまた暖かみを帯びていた。
「でもさ、もう羽を伸ばしてもいいと思うんだ」
『羽を、伸ばす……』
 ぽつりと澪の言葉をオウム返しに呟く潤子。その表情に浮かぶのは、迷いだろうか。
 仕事に、執筆に必死に生きて、締切とずっとずっと向き合ってきた潤子。羽を伸ばすなんて、考える暇すら無かったから。
「僕ね、お姉さんと行きたい場所沢山あるよ」
 美味しいカフェで美味しいもの食べたり。
 桜の綺麗な場所でお散歩したり。
『カフェーなんて、ああ、暫く行ってなかったわ……』
「健康は勿論……夜の景色と朝の景色、どちらも綺麗で――違った趣があるしさ」
 外の世界の彩りを言葉で伝える。それを志崎さんにも見てほしい……澪の純粋な思いが、願いが彼女の心に静かに暖かく染み渡る。
「志崎さんはどこに行きたい?」
『……え……?』
「我慢しなくていいんだよ」
 素直な気持ちで問いかければ、これまた素直な気持ちになった潤子の答えが返ってきた。
『……熱海に、行きたいの』
「熱海……? ああ、温泉で有名なあそこだね?」
『ええ……でもそれだけじゃないわ。一度、行ってみたかったの……』
「じゃあ……!」

 ――行こうよ、一緒に。

 澪の誘いかけに。差し伸べられた手に。潤子は目をぱちくりと見開いて。
 そして少しはにかむような笑みで、小さく頷いたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴音・創
【虚室館】

志崎女史か――同じ作家としてなんと心が痛む話だろう。

うん、私は同業として彼女に何かがしたいだけだ。
ほ、本当だよ。木乃伊なんてならないよ。

志崎先生と遭遇すれば、原稿用紙など【蜃の夢】で、部屋を一時的に風荒ぶ野外に改変し吹き払ってしまおう。

志崎先生! 何を思い煩っておられます!
締切など気にしなくても――実は締切とは意外と伸びるものなのです!

というか締切とそれを催促する編集など人類の宿痾の最たるものでそも私が書かないと原稿が出来ないのがおかしい何となく「もう出来てもよかろう」と思ったらいきなり完成すればいいのに。

そう思いませんか!?

さ、だから、こんなところで燻っていなくても良いのですよ。


谷・瑠梨
【虚室館】
せんせ
せんせも何がしか腹積もりがおありだからこそ動かれたのでしょうし、
そのことについて私が留め立てすることなどございませんが。
ミイラ取りがミイラに、だけはお止めくださいましね

さて、その私の役目ですが荷物持ちです
せんせの旅行道具
気分を出す為に持つ以外は私が預からせて頂きます
その他、諸手続き等もなるべく承ります
どうぞ目的のお話に集中くださいませ

もし件の影朧が攻撃に動いた時だけ
七星七縛符でのキャンセルをいたしましょう
お相手は然程本気ではないご様子ですし解除はなるべく早くに
ええ、寿命なんて勝手に削れるものを進んで掻き出す事ございませんから



 古びたその旅館の前にやってきたのは二人の女性。
 取り壊されているその途中である建物に、時間の流れの儚さを感じてしまうのは、前を往く彼女――琴音・創(寝言屋・f22581)もまた文豪である故か。
「志崎女史か――同じ作家としてなんと心が痛む話だろう」
 話を聞き、共感めいた何かを覚えた。行かぬ訳には、と心が動き、こうして創は此処にこうして来てしまった。
「――せんせ」
 付き従う様に、創から一歩引いた位置を歩んでいた女性が静かにそっと声かけた。
「……なんだろう、谷くん」
「せんせも何がしか腹積もりがおありだからこそ動かれたのでしょうし」
 谷・瑠梨(舞声為ㇾ根・f28128)はどこか呆れた様な表情を浮かべるも首を傾げ。
「そのことについて私が留め立てすることなどございませんが」
「うん、私は同業として彼女に何かがしたいだけだ――何が言いたいのかな?」
 言葉に含みを持たせる瑠梨。創が怪訝な顔一つ向ければ、対する瑠梨は肩竦め、ふふっと笑ってこう告げたのだ。
「ミイラ取りがミイラに、だけはお止めくださいましね」
「……は?」
 その言葉に創は一瞬固まった。色々と作家として共感どころか心当たりのある話が今回は多い訳なのだが。……大丈夫、今抱えている締切はまだまだだと記憶しているし。現実逃避に来た訳じゃあないし。
「いや、ほ、ほ、本当だよ。木乃伊なんてならないよ」
 けども声が詰まってしまうのは何故だろう何故かしら。

 さて、旅館の奥の間に進めば。
 自ずと件の作家の影朧がぼんやりと立っているのと遭遇する事となる。
『行きたい……行きたい……でも、締切が……』
 何処かに行きたい思いは強く強く。しかし彼女は縛られているのだ――締切と言う名の呪縛に、死して尚。
 陰鬱としたその部屋は、彼女の存在によって尚も薄暗く。影朧のその力のせいか、原稿用紙が床に幾枚もひらりはらりと落ちるものの、攻撃を仕掛けるそれに使うには、彼女の存在は酷く弱すぎる。
 相手の攻撃を警戒し、前に進み出ていた瑠梨は何とも拍子抜けした表情浮かべ、改めて付き従う女流作家の後ろに下がる。これは封じるまでも無い。いざと言う時だけにして、せんせにお任せするのが良と判断した。
 一方。創はその様子に嗚呼、と小さく息を吐いた。何と痛々しくあはれな姿かと。そして彼女はその手で折った紙飛行機を軽く放る。
 こつん、と影朧に当たり――その先が畳の上に落ちたかと思うと、その部屋の光景が一変した。
『――これ、は』
 風荒ぶ草原。影朧の足元に零れていた原稿用紙など、あっと言う間に春風が浚って行き、空の彼方へと持ち去っていった。
「志崎先生! 何を思い煩っておられます!」
 影朧と化した女流作家に対し、創は真っ直ぐ声をぶつければ。志崎・潤子は驚いた表情で彼女を見返した。
『思い、煩う……』
「締切など気にしなくても――実は締切とは意外と伸びるものなのです!」
 自身の経験からなるその持論を創は華麗な程に展開し、潤子に向けて告げる。
「というか締切とそれを催促する編集など、人類の宿痾の最たるもので――そも私が書かないと原稿が出来ないのがおかしい」
『え、え……?』
「何となく「もう出来てもよかろう」と思ったらいきなり完成すればいいのに」
 ――そう思いませんか!?
 最後の方になるとほぼほぼ詰め寄るかの様に潤子に接近している創。
 その後ろで控える瑠梨は何となく苦い表情を浮かべているが、家政婦的な立場故かツッコむ様子は無さそうである。
「さ、だから、こんなところで燻っていなくても良いのですよ」
『締切を……気にしなくて良い、のであれば』
 潤子を地縛霊の如く縛り付けているのは締切の存在。
 しかし、その締切なぞ何とでもなるのだと告げられれば。
 息抜きはしたい。羽を伸ばしたい。外の空気を吸いたい。
『わたし、行きます――遊びに行きたい。旅行に、行きたいんです』
「なれば、準備は整っております……ええ」
 瑠梨は創の後ろから声をあげた。彼女がずっと持っていたのは創の旅行道具。無論、目の前の女流作家も荷物があるのであれば、その荷物持ちの役目を請け負うつもりだ。
「その他の諸々の手続き等も私が承ります。志崎せんせ、どこに行かれますか?」
『熱海に……行きたいの』
「電車を使えば二時間強で行けそうだね。志崎先生は温泉に行きたかったのですか?」
 創は穏やかに問いかけると、潤子は小さく頷き、そして、あ……と小さな声を上げて改めて首を横に振った。
『熱海は――伊豆は、憧れの地なの。わたしが尊敬する、大文豪達ゆかりの、聖地……』
 そう告げる潤子の瞳には、もはや迷いは無かった。
 行こう――思いを遂げるがため、伊豆へ、熱海へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


『熱海に……行きたいの』
 影朧と化し女流小説家「志崎・潤子」は、猟兵達にそう告げた。
 静岡県熱海市。温泉地の多い伊豆半島においても特に知られ、江戸幕府三代将軍が湯治の為の御殿を作らせたとか、将軍御用達でもあったらしい。
 潤子は疲れを温泉で癒やしたかったのだろうか、と話を聞くと、肯定はするものの。
『それだけじゃないわ。熱海は――伊豆は、憧れの地なの』

 ――わたしが尊敬する、大文豪達ゆかりの、聖地――。

 その意味を問うのは移動の中で良いだろう。まずは熱海に向かって出立せねば。
 ただし古びた旅館を出た先――すんなりと目的地に行けるかと言えばそうでもない。
 何せ、潤子は影朧だ。生者を傷つける様な力こそ持たぬものの、衆目に晒されれば、混乱の種になるのは目に見えている。
 とは言え、向かうとすれば列車で行くのが早く確実だ。駅からは観光地に向かう列車は日に何本も走っている。二時間もあれば目的地には着けるだろう。

 桜學府の名を出せば、影朧を救い慰めると言うその理念は人々が知るところだ。
 如何に穏便に駅に向かい、列車に乗って熱海まで向かうか。
 対処をしながら、移動しながら、潤子の事をもっと知るべく話しかけても良いだろう。

『熱海……楽しみです……』
 静かに笑みを見せた彼女の執念を、願いを叶える為にも。
栗花落・澪
志崎さんの傍で護衛しながら駅まで向かうよ
無邪気な子供らしく手でも繋いで

影朧に対して良い感情を抱いていない人もいるだろうけど
傍にいる僕が懐いている様子を見せれば
少なくとも大声で悪口言うような人はいないだろうし
言えば僕にも聞こえるしね
上手くいけばその恐怖心すらも落ち着かせられるかも
ほんの少しの催眠術を乗せた歌唱をご機嫌に奏で
人々の心に癒しと安らぎを
志崎さんには綺麗な歌でしょ、と笑いかけ
僕もね、訳あって長い期間外出れなかったから
一人でよく歌ってたんだ

どんな時も笑顔で
それでも向けられる悪意があるなら
僕がいつでも盾になるよ
なんなら頭を下げてお願いしてでも

志崎さんは、なんにも気にしなくていいんだからね



 解体途中の旅館から外に出れば、空には幻朧桜の花片が舞う。
 ここから大きな通りまでは徒歩で幾ばくかの距離がある。熱海に向かう列車が発着する駅まで行くとすれば、バスか何かに乗るしかないだろうか。勿論、その道のりには人通りの多い商店街などもあるだろう。
 けど。栗花落・澪はそっと隣に立つ彼女――どことなく心配そうな表情浮かべるその女の顔を覗き込む。影朧と化したかつての女流作家。澪は彼女の手を取り、安心させる様に微笑んでみせた。
「大丈夫。僕が志崎さんの傍にこうしてついててあげるから」
『……はい』
 潤子は軽く驚いた表情を見せるとこくりと頷き、繋いだ手をそっと握り返した。

 二人が通りを行く様子を路傍の人々が遠巻きに見つめていたのは感じる視線で解る。
「(やだ、あれは……影朧?)」
「(でも一緒にいる子は違うみたいね……?)」
 小さな声で囁く声。驚きと畏怖の入り混ざった感情が、人々の心の内にあるのは良く解る。だが澪が潤子に懐いている内は、大きな声で表立って悪口や罵声を浴びせかけたりするする様な者はいない。
(「まぁ――言えば僕にも聞こえるしね」)
 無邪気な子供らしく手を繋ぐ澪と潤子の姿に、人々は心配を顔に出しながらも近づこうとはしない。触らぬ神に何とやら、と言う事だろうか。
 無論、彼ら一般人がただただ怯えて遠巻きに見つめてくれるだけなら良いのだが。路傍の人々に恐怖心を抱かせているのも良くない事だ。潤子を傷つけぬのと同じように、人々の心も守らねば意味は無い。
「♪♪~~」
 澪が唇に乗せるその歌が、春の風に吹かれて人々の耳に届く。
 その優しい歌声は、ほんの少しの催眠効果を帯びていて。人々の心に癒やしと安らぎを届け、恐怖心を落ち着かせ拭い去っていく。
『澪さん、この歌は――』
「ふふ、綺麗な歌でしょ♪」
 不思議そうに澪を見つめた潤子に対し、彼ははにかみ笑い、そして告げる。
「僕もね、訳あって長い期間外出れなかったから……一人でよく歌ってたんだ」
 語る言葉に悲壮感は感じられない。ご機嫌に歌を奏でる澪の声に、潤子はそう、と一言頷き。自分より少しだけ背の低い彼の髪をそっと撫でた。
『生きてたら、貴方を取材させて貰っていたかも知れないわ。ううん、悪い意味じゃなくてね――澪さんの物語に興味があると言うか、ね』
 作家の好奇心ってダメね、と潤子は自嘲気味に肩を竦めた。恐らく彼女なりの好意の表現。彼に心を許していると言う事なのだろう。
 そこに、にわかに騒がしい声が聞こえてくる。通報を受けたのであろう、数人の警官が物々しい表情で此方にやってくるのが見えてきた。
『……っ』
「志崎さん、大丈夫だよ」
 澪は驚いて立ち竦んだ潤子を庇うように立ち、そして笑顔で囁きかけた。
「何にも気にしなくていいんだからね。僕がいつでも盾になるよ」
『……澪さん』
 警官達に頭を下げて事情を説明する澪のその背を、潤子は安心と信頼の眼差しで見つめていた。
 そして彼の誠意ある行動は、これが影朧の救済の為だと理解してくれた警官達が駅までの誘導を買って出てくれると言う成果をもたらしたのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴音・創
【虚室館】

そうと決まれば駅まで向かおう。
道中は私の車でも行けるね。

谷くん、志崎先生に私の日傘を。
これで姿を隠して貰おう。

……で、いつからそこにいたんだ、かけらよ。
まぁお前はやたら伊豆に詳しいから案内人と考えれば問題ないがね。

しかし熱海か……私も何度か行ったけど、坂が多くて難儀するんだよな。
志崎先生、それで憧れの文豪というと……およそ、その筆名からは察せられるけどね。

ところで寝言屋騒々って作家は――知らない?
あ、そう。そうですよねー……。
うう、谷くんの優しさが身に染みる。

駅ではサアビスチケット提示し、列車一両分貸し切りに出来るか交渉。
乗り込んだらかけらの実家話と、文学譚にでも花咲かせようか。


谷・瑠梨
【虚室館】
志崎せんせにかけらせんせも
せんせ方がこう揃われますと少々ご一緒するのも憚られますが
その分お手を煩わせぬよういたしましょう

そっと日傘を差し志崎せんせについて参りましょう。
これはこれで少々目を惹くやもしれませんが、
かえって近づこうという輩は減るでしょうし、近づいても割り入って対処出来ます。
列車の中では窓側など、皆で守るように座れば良いでしょうか。

こちらの伊豆は私も初めてですので景色等楽しみですね。
文豪話は志崎せんせの興味にもきっと合うところ、かけらせんせのおススメも期待しております。

…まぁ、志崎せんせの頃合に創せんせ方の作品はなかったことでしょうから
気を落とされずに


金碧・かけら
【虚室館】
ねごと大先生の新車デビュウとはおあつらえ向きじゃあないか。みんなを乗せて事故るようなことは勘弁してほしいね。
はっはっはっ、谷くんも並んで歩けば旅の一座にも見えるぞ。

志崎くんはまぁ優秀なボディガードが居るだろうし、アタシは駅弁でも食うか。

そりゃあ伊豆は私の故郷だからな。湯治だ保養だって名だたる文豪をわんさか見かけたんだぜ。
とは言え、実家にはすっかり顔を出してないんだよなぁ。
……言っておくが、アタシの実家に泊まろうとか考えるなよ。顔合わせ辛いんだよ。

まぁ七滝に天城、帝都じゃ見れない大自然を見るだけでも面白いさ、熱海は坂しかないが。



「そうと決まれば駅まで向かおう」
 琴音・創はそう告げた後に、ぽむりと手を打って。
「道中は私の車でも行けるね」
 そんな提案をしたのは半刻にも満たぬ前。

 大きな通りに用意された創の愛車。エンジンの音が鳴り響く横にて彼女達は件の作家の到着を待っていた。
 他の猟兵に手を引かれ、護衛されながら目抜き通りに到達した影朧の作家、志崎・潤子。車で来ると創が先に伝えていた為か、キョロキョロと落ち着かず探したかと思えば。彼女達を見つめて嬉しそうににこりと微笑んだ。
「谷くん、志崎先生に私の日傘を。これで姿を隠して貰おう」
「はい、せんせ」
 谷・瑠梨は創が言い終えるより前に潤子に駆け寄ると、そっと手にした日傘を開いて彼女に差す。すっぽりと潤子の姿は人目から遮られ、傘で隠せぬ位置には瑠梨が庇う様に立つ。
『あ、あの……これ、は』
「これはこれで目を惹くやも知れませんが。かえって近づこうという輩も減るでしょう」
 瑠梨は一歩引いた位置より潤子と共について歩き、創の車の元に辿り着く。
『これが、創さんのお車なのね』
 この大正の世――車は文明文化としてあれど。自家用車が各家庭に普及している訳でも無い為か珍しいものではあるらしく。ボンネットにそっと触って見れば、その向かい側から声が聞こえてきた。
「ねごと大先生の新車デビュウとはおあつらえ向きじゃあないか」
「……で、いつからそこにいたんだ、かけらよ」
「何、一寸前からさ。ふむ、貴方が熱海に行きたいと言う作家先生か」
 金碧・かけら(人間の文豪・f23047)と名乗ったその女もまた作家なのだと告げれば、親近感を覚えたのか潤子も一礼して名乗り。
 一方、創は突然増えた同行者に肩を竦めて呟いた。
「まぁ、お前はやたら伊豆に詳しいから。案内人として考えれば問題ないがね」
「そういう事。しかしねごと先生……みんなを乗せて事故るようなことは勘弁してほしいね?」
「誰が事故ると言った」
 かけらの冗句に創も思わず反論一つ。そんな二人のやりとりを眺める瑠梨は感嘆の息を大きく吐くばかり。
「志崎せんせにかけらせんせも……せんせ方がこう揃われますと少々ご一緒するのも憚られますが……」
「はっはっはっ、谷くんも並んで歩けば旅の一座にも見えるぞ」
 かけらはカラカラと笑いながら言い、そして潤子と目があっては、コホンと小さく咳払い。流石に彼女まで一座と称するには失礼かと思ったのか。
「ふふ、その分お手を煩わせぬよういたしましょう」
 瑠梨は首を傾げる潤子を車に乗る様に促しながらにっこりと笑み見せてそう告げた。

「しかし熱海か……私も何度か行ったけど、坂が多くて難儀するんだよな」
 ハンドルを握り、大きな駅に向かいながら創はそんな事をぽつりと言い。
『本で読んだ事はありますけど、本当にそうなのですね』
「なんだ、志崎くんは伊豆や熱海は初めてなのかい」
 かけらはからかう様な口振りで言えば、潤子は顔を赤らめてこくりと頷いた。
『恥ずかしながら……何せ、作家デビュウしてから殆ど缶詰だったものでして』
「じゃあ着いたらたっぷり案内してやるぜ。何せ伊豆は私の故郷だからな」
『あ、そうなんですね??』
 その言葉に潤子は驚きかけらの方を見つめれば、反応の強さにますます面白がって彼女は続ける。
「湯治だ保養だって名だたる文豪をわんさか見かけたんだぜ」
『……!!』
「とは言え実家にはすっかり顔出してないんだよなぁ……」
 ぼやくかけらはともかくとして。今一瞬、明らかに話に食い付きそうになったその様子をミラー越しに見つめ、創はふと考えて前を向いたまま潤子に問いかけた。
「志崎先生、それで憧れの文豪というと……およそ、その筆名からは察せられるけどね」
『それは、その――ええ、創さん。お察しの通りです』
 秘密がバレたかの様に最初はしどろもどろに、それでいてどこか嬉しそうに潤子は頷いた。成る程、潤子の憧れの大文豪が保養地にしたその場所、執筆に勤しんだ場所。整地と言わずに何と言うべきか。
「……ところで『寝言屋騒々』って作家は――知らない?」
 質問ついでに創は潤子に問う。しかしミラーに映る潤子はただ首を傾げるだけ。
『ねごと……? さぁ……存じ上げません』
「あ、そう。そうですよねー……」
 その回答に創のテンションはだだ下がり。車の速度もがくんと遅くなったかに思えた。
「……まぁ、志崎せんせの頃合に創せんせ方の作品はなかったことでしょうから」
 咄嗟に入るのは瑠梨のフォローの言葉。
「そう気を落とされずに、せんせ」
「うう、谷くんの優しさが身に染みる……」
 影朧にも名を知られるくらい、精進しなきゃ――なんて思う創なのでありました。

 そして一行は車から列車に乗り換える。
 汽笛と共に出発するのはあ熱海行きの急行列車。その列車一両分を貸し切りにしたのは提示されたサアビスチケットと、創の交渉の結果。
 それでも瑠梨の提案で潤子には窓側に座って貰い、猟兵三人で守る様に囲ってしまえば。通路を行く他の乗客にもなるべく迷惑はかからないように、との事。
「こちらの伊豆は私も初めてですので景色等楽しみですね」
 竜神としてUDC世界の伊豆は覚えがあるものの、幻朧桜が舞い散る世界の伊豆はどんな所か――瑠梨もまた楽しみで仕方なかった。
「んじゃ、まずはかけらの実家の話から聞かせて貰うかな」
「……言っておくが、アタシの実家に泊まろうとか考えるなよ。顔合わせ辛いんだ」
 さっきの物騒な冗談のお返しにと意地悪な笑み浮かべて創が言えば、かけらは断固抗議の表情を見せ、食べようとしていた駅弁をついこぼしかける。
「まぁ七滝に天城、帝都じゃ見れない大自然を見るだけでも面白いさ――」
 熱海は坂しかないが、とさっき創が言っていた事もぽつりと付け加えてかけらが語れば、潤子はそれでも尚、興味津々に耳を傾けていた。
「そいつは楽しみだ。ねぇ、志崎先生」
『はい、楽しみ……です……♪』
 創が笑いかけるとつられて潤子も笑む。
「さて、到着までの間……志崎先生が好きな文豪先生の文学譚にでも花咲かせようか」
「文豪話は志崎せんせの興味にもきっと合うところですよね」
 創が促し瑠梨が頷けば、潤子の顔がほころんだ。
「かけらせんせのおススメも期待しております」
「アタシも!? 谷くん容赦無いなぁ……」
 がたごと揺れる列車の中、4人の麗らかな女性達は、すっかり文豪談義に興じながら――伊豆は熱海の地まで、長く短い旅程を楽しむのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​




第3章 日常 『夜櫻温泉郷』

POW   :    熱い湯でも関係ない。じっくりと、入って温まろう

SPD   :    効率のいい入り方で、じっくりと疲れをとろう。

WIZ   :    人目を気にせず、のんびりと入ろう。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 列車に揺られ、車窓の外に流れる風景を眺めていれば旅の気分は高まる一方。
 そしてようやく辿り着いた頃にはすっかり周囲も薄暗くなり始めていた。

『ここが、熱海……』

 夭折した女流作家、志崎・潤子は駅の外に出ると周囲を見渡しながら、嬉しそうに息をついた。彼女がずっと来てみたいと願っていた地。
 彼女が敬愛してやまぬ、大正初めの大文豪――谷崎潤一郎が晩年を過ごしたとされる地。
『勿論、彼だけじゃ無いわ……幾多もの大文豪が熱海を愛し、滞在して幾多もの名作を生み出した……文豪に愛された地だとわたしはずっと思ってたの』
 潤子は興奮冷めやらぬ様子で、早口にそう語る。
 この地で多くの作家が何を思い、何を感じて筆を執ったのだろう。
 それを思うと、ずっと焦がれていた。いつかは自分も、と願っていた。

『ありがとう、皆さん。わたしはこれから文豪ゆかりの場所を訪ねます』
 潤子は連れてきて貰った事への礼を述べる。
 もう日は暮れてはいるけれども。かえって好都合だ、と語ったのは皆を迎えに来たグリモア携えし青年。
「一般開放時間は過ぎてるから一般人の見学客はもう来ないしね。夜間貸し切り見学させて貰える様に手配はしてあるからさ」
 僕も興味あるから付き添うし、と紅紀は告げて。
「君達はどうする? 潤子さんに付き添っても良いし、折角の熱海だから温泉を楽しみに行くのも悪くないんじゃないかと思うけど」

 文豪ゆかりの地を共に巡るか。
 はたまた、温泉に浸かって普段の疲れを癒やすか。
 いずれにせよ、この古き観光地を楽しむに越した事は無いのだろう。

 ※ ※ ※

 影朧「志崎・潤子」は文豪ゆかりの邸宅や店を巡り、満喫した所で消滅していくかと思われます。
 史跡巡りには紅紀が付き添うので必ずしも同行しなくても大丈夫ですが、彼女ともう少し関わりたい方や、温泉より文学に興味があれば一緒に巡ると良いでしょう。
 勿論、ここは有名な温泉地です。影朧は任せてしっぽり温泉を楽しむのも良いかと。
 なお、実在する店舗の名前は描写出来ませんのでご了承下さい。また実際の熱海には行った事が無いので余りコアなネタ振りには対応出来ません、あしからず。

 三章からの参加も歓迎します。
 グループ参加は三名超えでもOK。余りにも多くなければ何とか。
冬原・イロハ
アドリブ歓迎

はわ、もう暗くなっちゃうのですね
温泉のある地は不思議な匂い――
開いてるお店を探して、お買い物します
お目当ては手拭と卵です

何か可愛らしい手拭を……(悩)
手拭は折角ですから、店員さんのおすすめのものを買いたいなと思っています
卵は二ついただきます

ガイドブックを手に、温泉卵の作れる源泉を探し
あ、ここですね
木蓋をどかして、設置されている金網を取り出し、そっと卵を入れて
慎重にセッティングをして、8分ほど待ちますね
~♪
上手く出来上がったかしら? とトングで取って手拭に乗せて
近くのベンチでいただきます
一個は半熟、食べている間にもう一つは余熱で固ゆでな頃合に

ほんのり塩味なのが不思議
美味しいですねぇ♪



「はわ……」
 山の向こうに綺麗な夕焼けが広がり、夜の帳がゆっくりと降りてくる時刻。
「もう、暗くなっちゃうのですね」
 冬原・イロハ(戦場の掃除ねこ・f10327)は幻朧桜の花弁舞う日暮れの空を大きく見上げる。はぁ、と大きく吐いた息が白くなる季節はもう過ぎた。
 ちょっぴり濡れたピンクのお鼻が、硫黄の香りを感じて自然とクンクン動いてしまう。温泉のある地は不思議な匂いが漂っている。
「まだ開いてるお店……あるかしら」
 駅で貰った温泉街のガイドマップ片手に向かうは仲見世の集まる商店街。
 そこには訪れた湯治客に向けたお土産物を扱うお店が軒を連ねていた。
 その内の一軒の陳列棚に、可愛い手拭いが綺麗に並べられていたのを見つけたイロハは吸い込まれる様にお店に足を運ぶ。
「どれも素敵……」
 綺麗なまん丸い瞳で見つめながら、それらを手に取っては戻しを繰り返していると、優しそうな店員のおばあちゃんがゆっくり近づき声をかけてくれた。
「あら、可愛らしいお客さまだこと。何かお探し?」
「こんばんわ。ええと……手拭いが欲しいのですけど迷ってしまって」
 お勧めありますか、と問えば、ガーゼ素材の手拭いが肌触りも優しくてお勧めだと言う。
 そのうちの一つ……可愛い手毬とそれに戯れる猫、と言う和風デザインのものが一番心惹かれてやっと決めて。一緒に卵も二つお買い上げ。

「あ……ここですね」
 おばあちゃんに聞いたお話と、手にしたガイドブックを頼りに向かった先は、温泉卵が作れる源泉が湧く場所。
 温泉独特の香りが一段と強まり、木蓋の下からモクモクと湯気が上がっているのがまるで料理で使う蒸籠(せいろ)みたいだった。
「よいしょっと……」
 木蓋をどかし、設置してある金網を取り出して、そこにそっとコロコロ卵を入れてやる。そして割れぬように慎重にセッティングして待つ事八分。
「上手く……出来上がったかしら……?」
 熱々の温泉のお湯の中から取りだした卵はホカホカ。さっき買ったばかりの手拭いで優しく包み、近くにあるベンチに移動して、一個の殻をそっと剥く。
「~~♪」
 丁度良い加減の半熟卵。猫舌で火傷しない様に、ゆっくり熱々を味わって。ほんのり塩味を感じるのが何だかとても不思議。
「美味しいですねぇ♪」
 幸せそうに微笑みながら食べるイロハの白い尻尾はぱたりぱたりと揺れていた。
 食べている間にもう一つの卵は余熱で固茹で具合になっている事だろう。一度で二度美味しい食感を味わいながら、彼女は温泉地を味覚から満喫するのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

谷・瑠梨
【虚室館】
志崎せんせはもう心配ない様子ですね
場所への思い入れとあれば、姦しい同伴者がいるよりも静かに浸れる方が良いでしょう
それにせんせ方も偶さかの遠出でお疲れでしょう?

志崎せんせと天瀬さんにご挨拶と楽しんで欲しい旨お伝えし
温泉に参りましょうか
ええ、そう仰ると思いまして(好みで)温泉宿を(創せんせの名義で)取っております
いえいえ、聖夜の深夜に急に屋台のラーメンが食べたい!…と仰られた時に比べましたら大した事はございません
小旅行、楽しんでおります

成程、代表作は一つあれば良い
それもまた宜しいのやもしれませんね

あ、担当の方にはお言伝させて頂いておりますので
帰らずとも明日にはおいでになるのではないかと


琴音・創
【虚室館】

では、我々はここまでかな。
志崎先生も元気で――というのも変だけど、良き来世を。

あまり湿っぽくならぬ内にお暇。
このまま帰るのも芸が無いし、宿を探して温泉に入っていこうか。

かけら、それこそ君のご実家はどうなんだ。

いずこにせよ三人で湯に浸かり、慰労会でもやろう。

谷くんもご苦労だったね。
……もしかして以前のこと根に持ってる?

かけらはまずそもそも仕事を受けろと思うが……。
締切が作家を追い込む魔の所業というのは否定できぬ。
私の担当にもこの話はよく聞かせてやらねば。

まぁ今回は無事に抜け出せたので今頃泡食ってるだろうが……待って谷くん、いつの間に――!?

やだー! 心臓が痛いー! 私も死んでしまうー!


金碧・かけら
あ″〜〜疲れたァ
ま、2人の言葉だけで十分さ。アタシが何かかける必要はないな。

ほとほと疲れたし、ねごとの言う通り、なんかもう出先で気を遣うなら実家の部屋で寝てもいいか。
いや、やっぱり予約や宿探し谷くんに任せようじゃないか!

しかしまぁ、締め切りは人を狂わせるな。人間人生に一冊書き上げられれば十分なのさ。締め切りに急かされて死に急ぐこともない。
だから、私も締め切りに追われないのだ。



「では、我々はここまでかな」
 琴音・創は此処まで共にやってきた影朧が生き生きと瞳の光を取り戻す様子を見て、静かに微笑むとそう告げる。その言葉に、影朧――志崎・潤子は彼女達との別れの時が来たのだと察し、名残惜しそうに笑みを見せた。
『創さん、瑠梨さん、かけらさん……此処まで、本当にありがとうございました』
 大きくぺこりとお辞儀をする潤子に、創も軽く頷き返し。
「志崎先生も元気で――というのも変だけど、良き来世を」
 無事に心残りが晴れてくれれば、きっとこの空に舞う幻朧桜の力で転生に導かれる事だろう。再び文筆を執る者になるか、全く別の道を歩む者に生まれるかは解らないが。幸せをただただ祈るのみだ。
「志崎せんせ、楽しんできて下さいね」
 谷・瑠梨もまた、潤子に向けてご挨拶。この様子ならもう心配ないだろう。影朧としての力は最早殆ど失われ、薄らと幻影の如き姿を保つのみの存在。大勢で見張らなくとも大丈夫だろう。
「天瀬さんも楽しんできて下さい。そして志崎せんせをお願いします」
「文豪さん達で史跡ツアーと洒落込むかと思ったんだけど、ね?」
「いえ、場所への思い入れとあれば……姦しい同伴者がいるよりも静かに浸れる方が良いでしょう」
 瑠梨は苦笑い浮かべ、ちらと共に来た二人に視線を向ける。
「それにせんせ方も偶さかの遠出でお疲れでしょう?」
「みたい、だね」
 紅紀は思わずくつくつ笑み。湿っぽくなる前にと創の促しで三人は潤子に別れを告げてそこから離れた。
「あ~~疲れたァ」
 潤子達が見えなくなる場所まで移動してきた所で。金碧・かけらは緊張が解けたかのように大きく背伸びをして欠伸一つ。
「かけら、君は彼女に何も言わなくて良かったのか?」
「ん? まァ、2人の言葉だけで十分さ。アタシが何かかける必要はないな」
 手をヒラヒラさせ、かけらは創の言葉に答えた。そんな柄じゃ無い、と言うように。
 そうか、とそれ以上追求する事もせず、創は改めて熱海の町を見回し、そして告げる。
「さて、このまま帰るのも芸が無いし、宿を探して温泉に入っていこうか」
 三人で湯に浸かり、慰労会でもやろう。一仕事終えた自分達へのご褒美にはぴったりだ。
 そして創は思い出した様にかけらに向き直り、首を傾げて問うた。
「それこそ君のご実家はどうなんだ、かけら」
 何せ突発弾丸旅行でやってきたのだ。温泉宿を探すよりは押しかけた方が早いのでは?と言うのを暗に含んだ問いかけに、かけらもこくりと頷いて。
「ああ――ほとほと疲れたし、ねごとの言う通り、なんかもう出先で気を遣うなら実家の部屋で寝てもいいか――」
 そこまで言って、軽く首を横に振る。それじゃただの里帰り+友人達が遊びに来ただけになるじゃあないか、と。
「いや、やっぱり予約や宿探し谷くんに任せようじゃないか!」
「ええ、そう仰ると思いまして温泉宿を取っております」
「おお、流石は谷くんだ。ご苦労だったね」
 感心して声を上げる創。彼女は知らない――瑠梨の完全に好みの宿を選んである上に、自分の名義で予約されているだなんて。
「いえいえ、聖夜の深夜に急に屋台のラーメンが食べたい!……と仰られた時に比べましたら大した事はございません」
「……もしかして、以前のこと根に持ってる?」
 謙遜(?)しながらにっこりと笑みを向ける瑠梨に対し、恐る恐る問う創であった。

 かぽーん。
 空には綺麗に浮かぶ月。幻朧桜の花弁がひらりひらりと露天風呂の湯煙に揺られながら、湯船の上に舞い降りる。
 花見酒に月見酒。上戸か下戸かは関係ない。香りに酔い、雰囲気に酔えばそれで良い。
「しかしまぁ、締め切りは人を狂わせるな」
 かけらは湯に浸かりながら締切について饒舌なまでに論じていた。
「人間人生に一冊書き上げられれば十分なのさ」
「成程、代表作は一つあれば良い、と」
 その語りを真面目に傾聴している瑠梨はこくこくと頷きながら、地酒の入った徳利を傾けて創のお猪口にゆっくり注ぐ。
「それもまた宜しいのやもしれませんね」
「ああ、締め切りに急かされて死に急ぐこともない」
 だから、私も締め切りに追われないのだ――と尤もらしく語るその言葉に対し、創は思わずぽつりと呟いた。
「かけらはまずそもそも仕事を受けろと思うが……」
「おや、何か言っただろうか、ねごと先生」
「――いや、何も。だがしかし、うん」
 締切が作家を追い込む魔の所業というのは否定できぬ――創はその部分は認める所。締切があるからこそ書けると言うのもあるが、プレッシャアによるストレスがどれだけの作家を苦しめて来たのやら。
「私の担当にもこの話はよく聞かせてやらねば」
 お猪口の中身をぐいと飲み干し、創は一人頷く。まぁ今回は無事に抜け出せた事だし、今頃編集も泡を食っている事だろう。今夜は酔っ払って枕を高くして寝られるものだ。
 しかし、現実は非情なのだ。
「あ、担当の方にはお言伝させて頂いておりますので」
「――――――――――はァ??」
 今、何と。ねぇ。
「帰らずとも明日にはおいでになるのではないかと」
「……待って……谷くん、いつの間に――!?」
 嗚呼、何て良く出来た助手だろうか。全く余計な事をしてくれたと創は嘆く。
「やだー! 心臓が痛いー! 私も死んでしまうー!!」
「ははは、ねごと先生まで心不全で死んでしまわないでおくれよ?」
 慌てふためく創の様子に、かけらは指をさして大笑い。
 彼女達の小旅行は、一日だけの締切逃避行でもあったのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
志崎さんと…もしご一緒できるなら天瀬さんも是非
一人で温泉行くのもいいけど、やっぱり人数は多い方が楽しいし
だからお邪魔じゃなければついていきたいな
志崎さんみたいに経験をアイデアに変えて作品に落とし込むような
そんなたいそれた事は出来ないけど
初めての土地で新しい事を知りたい、感じたいっていうのは同じだから
勉強も大好きだしね
あ、でも甘味食べれるところあったら寄りたい、かも…

最低限の礼儀作法は弁えつつ
どんな場所、どんな景色にも新鮮で無邪気な反応を
僕の意見とか、なんなら僕の身の上話でも
アイデアの参考になるならなんでも聞いてくれて構わないよ
望む人には隠してない
全部が今の僕を形成する大切な心で、記憶だから



 熱海駅から海に向かって進めば、美しい砂浜の手前に生える松の木が見えた。
 大正より少し前の時代を生きた尾崎紅葉の作『金色夜叉』の舞台の一つであり、その一場面を表現した銅像や句碑の前に、影朧と二人の猟兵は立っていた。
「熱海って志崎先生が憧れる谷崎潤一郎だけじゃなくて、沢山の大文豪の足跡を辿れるらしくて」
「そうなんですね。詳しい方とご一緒出来て良かったです」
 栗花落・澪は説明をした天瀬・紅紀に笑いかけながら告げ、影朧となった女流作家――志崎・潤子の様子を見れば、彼女は目の前の句碑に視線を釘付けにしていた。
 熱海の温泉に一人で行くのも良いけど、と澪は思ったものの。やっぱり人数は多い方が楽しくて良いだろうと潤子の最期の観光地巡りに付き合う事にした。
「お邪魔じゃなければ、ですけど」
『いいえ、嬉しいわ。こうしてお付き合い下さる事が』
 潤子は実に嬉しそうに澪を受入れ、紅紀もまた最期まで彼女に付き添う猟兵は多い方が良いと申し出を歓迎したのだ。
『流石に自分の書いた物語のワンシーンをこうして後世まで残すような作家にはなれなかったけど』
 男性が女性を足蹴にすると言うなかなかインパクトの強いその像を見つめながら、潤子はどこか夢心地な表情で小さく頷いた。
『憧れの土地をこうして見物出来るだけで、わたしは幸せです』
「僕も、初めての土地で新しい事を知って、感じたいって言うのは同じだよ」
 勉強も――学ぶ事も好きだし、と澪は頷く。
「あ、でも甘味食べれるところあったら寄りたい、かもー」
「ふふ、勿論予約は済んでるよ? 文豪史跡巡りに欠かせないのを、ね」
 澪のリクエストに、紅紀は悪戯めいた笑みを見せながら、ゆっくりと次の場所へと促すのであった。

 そのカフェーの看板メニウは、かの谷崎が愛してやまなかったと言うケェキ。
「モカロールでございます」
 飲み物と一緒に出されたその洋菓子は、しっかりとしたスポンジ生地にて濃厚なバタークリームを巻いたロールケーキ。スポンジもクリームも珈琲が混ぜ込まれ、口に入れるだけでほんのりと香ばしい風味が感じられる大人の味。
『これが、あの……!!』
 今風に言うと、推しの好物で有名な物を実食するファン、と言う様相の潤子。一口一口を大事に味わいつつ口に含み、幸せそうな表情を浮かべている。
「確かにこれは有名な文豪さんでなくても通っちゃう味かも」
 澪もゆっくり味わいながら納得しつつ頷いた。美味しい上に、潤子にとってはずっと食べてみたかったものなのだろう。食べ終えた後も懐からメモ帳を取り出して、何やら必死に書き留めているのは感想か何かだろうか。
「志崎さん、何を書いてるの?」
『この気持ちを、経験を書き留めているの。生前の癖、ね』
 経験をアイデアに変えて作品に落とし込むのが潤子の作風だったと彼女は語る。
 そんなたいそれた事は自分には出来ない、と澪は思うも。知識や経験をこうして得る慶びは理解出来た。
 だから。次の目的地となった旅館までの道のりでは、気が付いたらお互いの事を包み隠さず話していたのだろうか。
 多くの文豪が滞在したというその旅館では、一人一人に物語があったように。
 澪の物語を潤子に聞かせ、潤子もまた今までの経歴などを澪に告げる。
「全部が今の僕を形成する大切な心で、記憶だから」
『生きていたら、きっとあなたの物語を元に書こうとしたに違いないわ、わたし』
 潤子は澪との会話を楽しみながらも、得たアイデアを元にもう文筆活動が出来ない事を寂しく思ったが――致し方ない。最期にこの熱海まで来れただけでも満足で幸せなのだ。

 そして。すっかり日も暮れて周囲が暗くなった。
 最後に訪れたのは、かの谷崎が住んだという邸宅跡。
『ああ、ここが――』
 憧れていた文豪が生活し、生きていた家。
 ここで彼は何を考え、何を思って小説を綴ったのか。
『――もっと早く、感じて、知りたかった、な』
 手帳に最後、何かを書き綴った潤子はそっとその頁を閉じる。
「志崎さん、身体がもう――!」
 すっかりその色も薄れ、潤子は幻朧桜の花弁の中に消えていく。
『ありがとう――最期に一つだけ、お願い』
 完全に消える前に。潤子は色々とメモを綴った手帳を澪と紅紀に手渡しながら、静かに微笑んだ。
『わたしの作家としての最期の作品――わたしと言う文豪が生きた、あかし』
 この熱海という地には多くの作家がその名を刻んだ。
 それに倣う様に。憧れの文豪が生きた地にて、志崎・潤子は最期に何かを遺して消えいったのだった。

「さようなら、志崎さん――次の生でも、貴方が素敵な物語を綴れますように」
 夜の風に消えゆく幻朧桜の色を見つめながら、澪はそう祈りを捧げるのであった。



 そして。志崎潤子の未収録短編作品集が出版されたのはそれから少ししてから。
 その表題と、最後に収録された紀行文のタイトルは――それは。

 ――――『最期ノ締切逃避行』

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月15日


挿絵イラスト