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フレンド・イズ・マネー 友は金なり

#デビルキングワールド

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#デビルキングワールド


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「また、月が変わったわ」

 冷たい声が頭上から響く。透き通ったその声は、まさしく、階下の悪魔たちが待ち望んでいたものだった。
 悪魔たちの視線が一斉に持ち上がる。大理石の円柱がシンメトリーに配置された豪奢なロビーから続く、赤絨毯の大階段。その頂点に、『彼女』が佇んでいる。

「アナタたち、わかっているわよね?」

 蠱惑的な『彼女』が頬に掌を当てて首をかしげる。青みがかった白髪の、オッドアイの少女だ。ツギハギだらけのドレスを履いて、ボロボロのぬいぐるみを抱きかかえている。しかし、その姿をみすぼらしいと思う悪魔は、誰ひとりとしていなかった。

 悪魔たちは知っているのだ。
 『つぎはぎの魔女』の正体が、唸るほどの資産を持つ大富豪であるということを。

 見上げる悪魔たちの視線を一身に浴びて、『魔女』は呟く。

「お友達料」

 鈴のような声が、ロビーにはっきりと響いた。
 『魔女』のために集まっていた、金髪褐色ミニスカルーズソックスの悪魔たち――、デビルギャルズの背筋がぞくりと震える。

「今月も! さすが、ってか、容赦なさすぎっしょ!」
「マジヤバにワルいヤツじゃん、これ!」
「でもでも、お金あるのにずっとあのぬいぐるみ抱っこしてるとか、エモくない?」
「つまり」
「エモワルじゃね?」
「エモくてワルい! サイコーじゃん!」

 デビルギャルズがキャピキャピと盛り上がる。エモいものもワルいものも、JK悪魔たちの大好物なのだ。
 姦しい階下を眺めながら『つぎはぎの魔女』はくすりと笑みを零し、髪を掻き上げながら宣言した。

「それじゃ、今月分のお友達料、耳を揃えて持ってきてね」



「とまぁ、そんな感じで、『お友達料』で大儲けしているオブリビオンがいるんだ」

 グリモアベースの一角で、京奈院・伏籠(K9.2960・f03707)は頬を引き攣らせながらそう説明した。こころなしかメガネも傾いているように見える。

「『お友達料』、つまり、『友達として扱って欲しかったらお金を払ってね』ってヤツだ。なんでそんなモノで大儲けできるのかといえば、そこはほら、デビルキングワールドの文化というか……」

 友情を金銭で買う。あるいは、売る。それも、強制的に。
 実にワルである。ワルであるから、悪魔たちはそれをリスペクトしてしまう。

 しかも、オブリビオンは友達になった悪魔たちをパシりに使っている。
 とんでもないワルである。ゆえに、さらにリスペクトされる。

 ワルなオブリビオンはたちまち一部のJK悪魔たちの間で人気者になってしまった。
 人気者になった彼女と友達になりたい悪魔たちは、さらに『友達料』を納めて……。

 以下、ループである。

「で、だ。実は、魔界の通貨『D』には魔力が籠められているんだ。『D』を大量に集めれば『カタストロフ級の儀式魔術』も行使できてしまう、とグリモアは予知した」

 ずれたメガネを直して、伏籠が言う。とぼけた事件だが、間違いなく世界の危機でもあるのだ。

「みんなには、オブリビオンを倒して、彼女が集めた財貨を奪い取ってもらいたいんだ」

 それが今回の依頼だね、と伏籠は猟兵たちを見回しながら言う。
 猟兵たちの表情を確認してから、彼は指を三本立てた。

「作戦は三段階。まずはオブリビオンの拠点である洋館に潜入すること。洋館にはオブリビオンの『友達』である悪魔たちが大量に入り浸っている。とにかく数が多いから、戦って突破するのは現実的ではないかな。上手く彼女たち、『デビルギャルズ』の目を盗みながら、オブリビオンの居室を目指すんだ」

 二つ目、と伏籠が続ける。

「オブリビオンの居室で、『つぎはぎの魔女』を撃破すること。どうもターゲットは集めたお金を全部、自分の部屋に運び込んでいるらしい。オブリビオンを退治したら、ワルらしく、そのままお金を根こそぎ奪い取ってやろう」

 そして三つ目が、今回の事件の後始末となる。

「それで、奪ったお金についてだけど、一箇所に集めておくとまたオブリビオンに利用されかねないから、ここはひとつ、パァーっと使い切っちゃって欲しいんだ。街に出て派手に遊んだり、最悪、燃やしちゃったり……、あ、そうそう」

 ぽん、と伏籠が手を叩く。

「洋館に出入りしてるデビルギャルズは、『異世界のワル』に興味津々らしいよ。どうせなら武勇伝がてらに語ってあげるのもいいかもね」

 前二つの作戦を成功させれば、『ワル』な猟兵たちは自然と悪魔たちの人気者になれるだろう。派手にお金を使いつつ、デビルキングワールドの住人たちと親交を深めれば、ミッション・コンプリートだ。

「郷に入っては郷に従え。ワルよワルよも作戦の内。悪魔たちの世界を守るためにも、頼んだよ、イェーガー!」


灰色梟
 新年あけましておめでとうございます。灰色梟です。

 やって参りましたデビルキングワールド。まさにワルと悪魔が微笑む世界ですね。
 さっそくですがシナリオの詳細を説明致しますので、下記をご確認ください。

 第一章は潜入作戦です。
 集団敵が表示されますが、こちらは『魔界の一般住民』となります。オブリビオンに心酔していますが、戦って勝つ必要はありません。むしろ、OP中にもある通り、非常に数が多いため、戦闘での突破は難しいでしょう。

 オブリビオンの拠点は二階建ての洋館です。玄関入ってすぐに広いロビーと大階段があり、また、廊下の奥まったところに小さな階段があります。

 潜入目標は、二階の最奥、館の主人の個室となります。
 屋敷のあちこちに『デビルギャルズ』が屯しているので、どうにか彼女たちを出し抜いて二階の個室を目指してください。思考や行動はだいたいJKです。細かいことは気にしないし、割と騙されやすくもあります。
 また、『金持ちの洋館』にありそうなモノは大抵あると考えてもらったオッケーです。使えるものは何でも使っちゃいましょう。

 第二章は『つぎはぎの魔女』との戦闘です。
 特に制約のない、シンプルなバトルです。戦場は金貨が積み上げられた広めの部屋。
 バトルついでにお金を奪えば、オブリビオンのメンタルにダメージが入るかもしれません。ついでに『ワル度』もアップするかも。

 第三章、奪ったお金を使っちゃおうぜ、な日常シーンです。
 街に繰り出して好き放題豪遊してやりましょう。『異世界のワル』について聞きたがっている悪魔もいるようなので、みなさんの知っている『ワル』について語ってあげれば喜ばれるはずです。

 なお、全編通して、ワルいことをすると悪魔が盛り上がります。
 たまには羽目を外してワルいことをするのも悪くないですよね。
 それでは、みなさんのプレイングをお待ちしています。一緒に頑張りましょう。
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第1章 集団戦 『デビルギャルズ』

POW   :    見て見て! アタシのミミたん、ちょ~カワイクね?
【武器や防具を溶かす唾液】を籠めた【カバンミミックの舌】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【武器や防具】のみを攻撃する。
SPD   :    アハハ! アナタも悪い子にしてあげるね♪
対象の【手足】に【催眠攻撃が可能な多数の触手】を生やし、戦闘能力を増加する。また、効果発動中は対象の[手足]を自在に操作できる。
WIZ   :    ねぇ、アタシと悪いコトしない?
【制服】を脱ぎ、【あらゆる精神攻撃を無効化する悪い子モード】に変身する。武器「【快楽光線を放つスマートフォン】」と戦闘力増加を得るが、解除するまで毎秒理性を喪失する。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

森乃宮・小鹿
お友達料、金で友達をねー
面白いじゃねーっすか、ボクの本領発揮っす

基本はスポンサーだけどボクだって怪盗団の一員
目を『盗む』くらいは余裕っすよ
というわけで――レッツメイキング!!
盗賊魔術で「この場にいそうなデビルJK」に変装して正面から堂々潜入っす!
やー、こっちの制服はスカート短いっすねー、寒っ

お友達料を払いに来たって言えば疑われないし
まだ二回目だから覚えきれてないって言えば道も教えてもらえるっしょ
ついでに噂の魔女様の話もしましょーか
ボクもあと3ヶ月でJKの身だからわかるけど
憧れのセンパイの話って止まらないっすよね
情報収集しつつ目的地を目指すっすよ!
はー!どの世界でもガールズトークは楽しっすねー!



 森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)は両開きの玄関を引き開けて、真正面から洋館の中に侵入した。
 玄関にインターホンは見当たらなかった。ドアベルが設えてられていたが、薄っすらと埃を被っていて、長い間使われていないことが見て取れる。ノブを捻ると、鍵も掛かっていない。引っ張った扉は樫材で、木製らしい厚みのある感触が掌に伝わった。
 しっかりと金を掛けてるな、と言葉には出さずに思う。

 小鹿が足を踏み入れたエントランスは、高い天井の、吹き抜けの空間だった。間取りは広いが、柔らかい照明に照らされていて、寒々しい印象は感じない。
 吹き抜けの天井を見上げると、巨大なシャンデリアが吊られているのが目に入る。古風なことに光源はロウソクを使っているようだ。ガラスに乱反射する光は華やかだが、明らかに実用よりも装飾として意識されたインテリアである。

(売ったらいくらぐらいっすかねー。……っと、違う違う、今日の目的は――)

 値打ちものと見るや反射的にその価値を想像してしまうのは、金の悪魔の本能だろうか。軽く頭を振り、彼女は視線を水平に戻した。
 エントランスには十数人の『デビルギャルズ』がたむろしている。正面には赤絨毯の敷かれた大階段があるが、階下だけでこの人数だ。洋館全体には、おそらくこの数倍の悪魔たちが居着いていることだろう。

 予知の通り、戦闘で突破するのは非効率か。小鹿はほんの僅かに肩を竦め、自然な調子で歩き始める。周囲をざっと見回すと、大理石の円柱に背を預けた、二人組のデビルギャルズが目についた。スマホらしき端末を弄っている彼女たちに小鹿はまっすぐ近づいていく。

(やー、こっちの制服はスカート短いっすねー、寒っ)

 堂々とエントランスを横断する小鹿を、悪魔たちは誰ひとりとして呼び止めない。それもそのはず、小鹿は『盗賊魔術』により『この場にいそうなデビルJK』に変装しているのだ。揃いのブレザーとミニスカートを纏い、頭部には悪魔角のフェイクも装着している。
 オブリビオンのために集合しているデビルギャルズたちは、全員が全員の顔を把握しているわけではない。当然、見知らぬ顔がひとり増えたくらいでは、彼女たちは気にもとめなかった。

「やっほー、ちょっといいっすかー」
「うん……? ええっと、誰、だっけ?」
「わっ、ひっどいっすね! そりゃ、確かにここに来るのはまだ二回目っすけど」
「そうなん? アタシらもみんなは覚えられてないんだ。ゴメンゴメン」
「いいっすよー、ボクも似たようなもんですし」

 小鹿は朗らかな口調で二人組のデビルギャルズに声を掛ける。首を傾げた悪魔たちの視線が、小鹿の目の位置に注がれる。彼女の目元で、JKらしからぬ片眼鏡がシャンデリアの光を薄く反射している。
 一匙の違和感。しかし、その正体を悪魔たちははっきりとした形で認識することができない。

「そうそう、お友達料を納めに来たんっすけど、『センパイ』の部屋ってどこでしたっけ?」
「ツギハギのセンパイ? 二階の奥の方だけど……、んじゃ、一緒に行く?」
「行く行く! いやー、助かるっす!」

 思考の片隅に引っ掛かりを覚えつつも、デビルギャルズは小鹿の問いに素直に答え、道案内さえ買って出た。面倒見が良い。同じ『センパイ』を崇める、JK同士の連帯感によるものかもしれない。

 ふかふかの絨毯を踏みながら、三人のJK悪魔(内、一名は変装)は大階段を登っていく。その間もJKのガールズトークは途切れることはない。小鹿が誘導するまでもなく、彼女たちの話題は洋館の主、『つぎはぎの魔女』に集まっていった。

「つーかさ、センパイっつってるけど、よく考えたらアタシらのが年上じゃない?」
「やー、でもさ、年下っても、センパイのがよっぽどワルなワケじゃん。だったら、やっぱりセンパイはセンパイでいいと思うのよ。ネンコージョレツとか古臭いっしょ」
「あれだよね、センパイって、悪魔のサラダブレッドって感じ」
「え? なにそれ。ダイエットでもしてるの?」
「チョー細いし、体重軽そうだよねー。抱っこしてるぬいぐるみの方が重いんじゃない?」
「ぬいぐるみはダイエットできないっしょ。綿でも抜くんかい」
「……ぬいぐるみ、っすか?」

 二人組の悪魔に半歩遅れて付いていきながら、小鹿が首をかしげる。悪魔たちが振り返り、カラカラと笑みを浮かべた。

「ほら、センパイが大事にしてるあのぬいぐるみ!」
「お金はめっちゃあるのに、あのボロいのから買い替えたりしないんだよね」
「やっぱ思い出の品だったりするのかなぁ」
「そーいうとこ、マジでエモいよねー」

 繋がっているのか繋がっていないのか、取り留めのない会話がワープしながら続く。小鹿も気になる情報をピックアップしつつ、にこにこしながら会話に混じっている。
 もちろん、下手なことを言って正体を怪しまれるようなヘマはしない。基本はスポンサーとはいえ、彼女もまた『怪盗団』の一員なのだから。

(ボクもあと三ヶ月でJK っすけど……、やっぱり、憧れのセンパイの話って止まらないっすよね)

 そのまま賑やかに口を動かしながら、三人は二階の廊下の奥に辿り着いた。
 時間にすれば十分にも満たなかっただろう。案内を終えたデビルギャルズは手を振りながら一階へと戻っていく。小鹿も「ありがとうっす」と彼女たちに手を振り返した。

「はー! どの世界でもガールズトークは楽しっすねー!」

 悪魔たちの姿が廊下の角の向こうに消えると、小鹿は大きく体を伸ばして息を吐いた。
「さてと」と案内された部屋の扉を見る。明らかに他の部屋よりも装飾過多な、非常に目立つ扉だった。

 刻まれた真鍮のエングレーブにソロバンを弾きつつ、彼女はドアノブに手を伸ばす……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

龍・雨豪
お友達料?
あぁ、知ってるわ。私達(龍)が棲家で休んでる時に人間達が持ってくる食料とか財宝の事よね。
私の故郷じゃ強そうな奴ほど人気だったけど、ここは少し違うのねぇ。
まぁ、要はこっちがお友達になってあげればいいわけね。そのお友達料を貯め込めないのは残念だけど。

館内の悪魔達の相手は大変みたいだし、絡まれないように未来の結果を弄っちゃおうかしら。
お友達になりに来た同類です、って認識させれば敵対されずに奥の部屋まで行けるでしょ。
戦闘にならないなら、UCの反動がある間は部屋の前で休んでればいいしね。

「ホントは今仕事中なんだけどサボり中なのよね。あんた達もサボらない?」
ついでに相手の戦力を削げれば尚良しね。



「お友達料?」

 龍・雨豪(虚像の龍人・f26969)はキョトンと目を瞬かせ、それからポンと手を打った。

「あぁ、知ってるわ。私達の棲家に人間たちが持ってくる、食料とか財宝の事よね」

 懐かしきは故郷の世界か。
 雨豪たち『龍』が棲家で休んでいると、人間たちはなにかにつけて彼女たちに財物を差し出してきたものだ。もしかしたら、彼らも『龍』と友達になりたくてそうしていたのだろうか。

 少し考えてみて、雨豪はふっと笑みを零した。
 きっと、違うのだろう。故郷の人間たちが望んでいたのは、もう少し打算のある関係だったと思う。打算があるなら友達ではない、とまで言うつもりはないが……、大多数の人間は、友情とは違った基準で、財宝を贈る相手の『龍』を選んでいたはず。

「そうそう。私の故郷じゃ強そうな奴ほど人気だったけど、ここは少し違うのねぇ」

 強さよりも、ワルさ。
 雨豪の知っている世界の中でも、ことさら変わった価値観だと思う。しかし、そこを押さえてしまえば、やるべきこと自体は単純明快だ。

「要はこっちがお友達になってあげればいいわけね」

 ある意味、故郷の世界と同じだ。
 『龍』たる雨豪は、友達料を『貰う側』なのである。
 口元を緩めた彼女は、ブーツを鳴らして洋館へと赴く。金の瞳が獲物の棲家を捉え、爛々と輝いていた。
 ひとかけらの躊躇もなく玄関扉を開け放ち、彼女は堂々とエントランスから大階段へと足を運んでいく。

「……ねぇ、あれ、誰よ?」
「ウチらと同じJK……、なワケないよね」
「あのドレス、アグレッシヴすぎて、ヤバない?」

 デビルギャルズのひそひそ話が聞こえてくる。エントランスのちょうど中央、雨豪は足を止め、黒の長髪を掻き上げながら敢然と言い放つ。

「私も、お友達になりに来たわ!」

 シンプルなその宣言は、その場に居合わせたすべての悪魔の耳に届いた。
 凛とした声。同時に、雨豪のユーベルコード・真贋成就が起動する。

 直後、雨豪は枝分かれする未来の可能性を垣間見た。分岐した世界の輪郭が幾重にもダブり、異なる未来の光景が彼女の瞳に焼き付く。
 瞬きにも満たないその刹那で、彼女は自身が望む未来を認識し、選別し、確定させた。揺れ動く未来を弄り、ひとつの結果に収束させたのだ。
 次の瞬間、雨豪の見ている世界が現実の時間まで引き戻される。
 再び流れ出した時間の中で、収束した未来の光景の通り、雨豪の言葉を聞いていた悪魔たちの心の天秤は『疑う』を跳ね除けて『信じる』の側に一斉に傾いた。

「そりゃ……、そうだよな!」
「ツギハギのセンパイのワル度なら、トーゼンっしょ!」
「やっぱセンパイ、アタシらJKの間だけで収まる悪の器じゃないって!」

 エントランスのデビルギャルズたちが一斉に沸いた。悪魔たちは偉大なる『つぎはぎの魔女』の悪逆無道な魅力を口々に称えている。
 雨豪はその騒々しさを縫って、大階段をするりと登りきった。彼女を止める者は誰ひとりとしていない。それどころか、新たな『魔女』の『お友達』を、悪魔たちは歓迎するばかりだった。
 階段を登り、二階に至った雨豪は、最後にくるりと階下を振り返り、言う。

「ホントは今、仕事中なんだけどサボり中なのよね。あんた達もサボらない?」

 答えを待たず、彼女はチャイナドレスの裾を翻して、二階の廊下に消えていく。
 一階から見上げていた悪魔たちは、ぽかんと口を開けて、ただただ彼女を見送るばかりだった。

「あ、あれが、ワルいオトナの貫禄……ッ!」
「ヤバイ、ちょっとドキっとしたんだけど!」
「お姉さま? 姐さん? 姐御? どれでもパないじゃん!」

 ヒヨドリみたいなJKたちの声を背中に受けながら、雨豪はゆっくりと廊下を歩く。時間を掛けて移動するのは、ユーベルコードの反動をクールダウンするためだ。
 未来を操作した代償は、決して安いものではない。今、彼女には一般人以下の身体能力しか残っていない。にも関わらず、敵地の真っ只中で、雨豪はまったく焦ることなく悠々と歩を進めている。
 目的地は既に捉えていた。ひときわ目立つ、無駄に豪華な扉が廊下の奥に見えている。あの扉の向こうにオブリビオンと、彼女が蓄えた財宝たちが待っているはず。

「ひとつ残念なのは、奪ったお友達料を使い切らないといけないことかしら」

 ふわりと動いた龍尾が、タイル張りの廊下を撫ぜた。
 財宝は貯め込むのも好きなのだけど、と呟きながら、雨豪は扉に近づいていく……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鴇巣・或羽
なるほどねー?
友達でいるためのお金なんて、相当ワルだ!
で、そういうワルから奪うのは、もっとワルってことになるよね?
――要するに、怪盗の出番さ。


俺は「ここに居るJK悪魔の誰かのパシリ」って設定で潜入する。
自分で持ってくるのが面倒だから、俺に友達料を運ばせてる…ってね。
これなら俺の『友達』のウケは悪くないだろうけど、俺自身には目が向きにくいでしょ。

手提げ鞄を片手に、『つぎはぎの魔女』の居室へ案内してもらおう。
「いやー皆さんもほんとワルいですよね! めちゃかっけーです!」

首尾よく部屋に辿り着いたなら、鞄ごとお渡しだ。

鞄の中身は、友達料の代わりに予告状が1枚。
『夜帳の狭間より、貴女の友達料、頂きます』



 パシリ"らしさ"とはなんだろうか。

 鴇巣・或羽(Trigger・f31397)は考える。変装は必要ないだろう。しかし、JKの群れに溶け込むためには、舞台に相応しい役柄を演じなければならない。

 170センチ強、平均よりも高めの身長を猫背にして、彼は玄関の扉を引き開ける。蝶番が軋んで掠れた音を鳴らした。
 エントランスにたむろしていたデビルギャルズが一斉に或羽に注目する。猫背を作った或羽は意識して頭の位置を低めに置く。彼女たちから『見下される』ように調整しながら、彼はふらふらと視線をさまよわせた。

「あ、姐サン! 言われてた友達料、持ってきましたよ!」

 ハッとしたような仕草で、或羽は胸の前に手提げ鞄を持ち上げながら、『誰か』に向かって声を掛ける。彼の視線は特定の悪魔に定まることなく、うろうろと動き続けている。呼びかけられた『誰か』を探して、デビルギャルズも互いに顔を見合わせる。

 エントランスにざわつきが広がる中、ふと、或羽がよろめき、手提げ鞄の口が僅かに開いた。彼は慌てて口を閉じたが、悪魔たちが鞄の中身を目にするには十分な時間だった。
 垣間見えたのはずっしりと詰まった『D』の金貨。お友達料を持ってきたという少年の言葉に嘘はないと、JK悪魔たちは理解する。

(さて、釣れるかな……?)

 とぼけた笑顔をにへらと浮かべながら、或羽はそれとわからぬように深く息を吐き出した。
 15歳の或羽にとって、JK悪魔の舎弟というのは、実に手頃な役柄だった。エントランスのデビルギャルズたちは、或羽が誰の舎弟なのかとガヤガヤと喋り合っている。
 もちろん、彼の言う『姐さん』なる悪魔は、実際には存在しない。しかし、或羽の読み通りであれば、おそらく……。

「あー、ひょっとして、それ、アタシが頼んだやつだったり?」

 ひとりのデビルギャルズが、金髪に指を通しながら首を傾げた。
 しめた、と或羽はほくそ笑む。これだけの人数がいるならば、舎弟の顔を覚えきれていない悪魔のひとりやふたり、確実にいるはずだ。

「そうですよー、すいません、遅れちゃって。でもこれ、かなり重くて……」
「あ、そ。いいからさ、それ持って二階来てよ。ほら、こっちこっち」

 或羽が頷くと、金髪の悪魔は彼を疑うこともなく、階段の上を顎でしゃくって歩き出した。先導する彼女に従って、或羽もエントランスを横切っていく。周囲から視線を感じるが、圧は弱い。むしろ悪魔たちは、或羽の前を歩く『姐さん』に注目しているようだった。

「うっわ、舎弟パシらせて友達料持ってこさせるとか、そーとーなワルじゃん」
「アタシらだってツギハギセンパイにパシられてる立場だってのに……」
「食物連鎖ってヤツっしょ、これ」
「年下の男子を侍らせて食い物にする……、パないわぁ」

 ひそひそと囁かれる言葉に『姐さん』はご満悦の様子。後ろから見ていても足取りが軽やかだ。目立たないように身体を小さくしながら、或羽は彼女とともに階段を登り、エントランスを後にする。ひっそりとした二階の廊下に差し掛かったところで、彼はさりげなく感嘆の声を上げた。

「いやー皆さんもほんとワルいですよね! めちゃかっけーです!」
「そうでしょそうでしょ? わかってるなぁ、さすがアタシの舎弟!」

 違うんだけどね、というのはもちろん心の声。
 ご機嫌に肩をバシバシ叩いてくる悪魔と廊下を歩き、或羽は『つぎはぎの魔女』の居室の前に到着した。『姐さん』がドアをノックすると、しゃらりとしたガラス細工のような声が部屋の中から聞こえてくる。

「あら、誰かしら?」
「センパイ、お友達料を持ってきたっすよ。入っていいっすかー?」
「ええ、待っていたわ。どうぞ、入ってちょうだい」

 『姐さん』がドアノブを捻って扉を開く。瞬間、室内から金色の光が漏れ出した。
 それは、金貨の輝きだった。扉の向こうで、魔界の通貨がいくつもの山になって積み重なっている。虚栄に満ちた、お友達料の山脈である。

 天井に届かんばかりの金貨の山に囲まれて、『つぎはぎの魔女』は革張りの椅子に腰掛けていた。膝の上にボロボロのぬいぐるみを抱いた彼女は、椅子に座ったまま脚を組み、芝居がかった仕草で或羽を手招きした。魔女の偉そうな視線は、或羽の手提げ鞄に注がれている。

(なるほどねー?)

 室内に踏み込んだ或羽は、金貨の放つ暴力的な輝きに目を細めながら、怯えた態度を装ってオブリビオンに近づいていく。
 友達でいるために金銭を要求する――。なんというワルなのだろう。しかも、その非道な行いを利用して、これほどの財産を集めるとは。なるほど、悪魔たちが心酔するのも理解できる。

 しかし、だからこそ。
 巨悪から財宝を奪い去る、さらなるワルがここに参上するのだ。

「ほら、ぼさっとしてないで、さっさと鞄を渡してくれるかしら?」
「は、はい……、それじゃ、どうぞ」

 高圧的な口調の『魔女』に、或羽は上ずった声で返事をして、そっと鞄を手渡す。受け取った魔女の手には、ずっしりとした重みが伝わった。
 確かな手応えににんまりと笑みを浮かべた魔女は、さっそく鞄の口を開こうとする。彼女が視線を鞄に向いたときには既に、その意識から或羽のことはさっぱりと消えてしまっていた。

 ファスナーが滑り、鞄の口が開く。
 しかし、何故だろうか、その内から黄金の輝きが漏れ出すことは無い。

「なによ、これ……」

 つぎはぎの魔女が目を剥く。
 鞄の中に金貨は無い。入っていたのは、ゴロゴロとした重石と、たった一枚のカードだけ。
 握るようにカードを取り出した魔女は、そこに記された文面を読み、ひゅっと息を呑んだ。

『夜帳の狭間より、貴女の友達料、頂きます』

 予告状――!
 魔女は瞳を大きく見開く。咄嗟に部屋の中を見回した彼女は、気づいた。
 手提げ鞄を持ってきた『弱気な少年』が、姿を消していることに。

 金貨の山が怪しい煌めきを部屋の中に撒き散らす。
 乱反射する光を縫って、財宝の作る死角に人影が躍る。
 正体不明、誰かの声が、木霊した。

「――ここからは、怪盗の出番さ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラガルルク・デンケラ
正面玄関から入る、と見せかけて窓からお邪魔しよう
あら、不法侵入をしたボクのことを知りたいの? 先輩だよ。こう見えて人生は長く歩んでいるし、魔女歴だって彩りは確かさ

お前たちもボクの後輩になるのかしら。ツギハギは元気にやっているかい? こんなに沢山の友達を作っているとは……やはり彼女はカリスマだな
ああ、今日ここを訪れた理由だね。実はツギハギがお前たちと女子会をする計画をしているらしい。だからネクターとスイーツを用意してやって来たのさ。勿論、彼女に敬意を払って友達料も用意した
なんでわかるのかって? 僕は先見の魔女だからね、なんでもお見通しなの
さ。お前たち、ボクを彼女の部屋まで案内してくれるかな?



 きぃ、と音を鳴らして、玄関のドアがゆっくりと開いた。

 微かな風がエントランスを吹き抜ける。たむろするデビルギャルズは、揃って首を傾げた。ドアが開いたのに、誰も入ってこないのだ。
「誰か外にいるのかな?」と玄関の近くにいたJK悪魔がドアの向こうを覗き込むが、洋館の外にも人影はない。一瞬、庭木の陰に魚のようなシルエットが見えた気もするが……、まさか、魚がドアを開けたとでも?

「おかしいなぁ」と呟きながら、悪魔がドアを閉める。
 ぱたん、と乾いた音。しかし、エントランスには変わらず柔らかい風が流れ続けている。
 風が吹き込んでいるのは玄関からではない。ハッとした悪魔たちの視線が風の流れを遡る。首の向きを水平にスライドさせた悪魔たちの視線が、洋館の側面に設えられたガラス窓に留まる。
 大開きになったその窓枠に、いつからか、羅刹の佳人が腰掛けていた。

「やぁ、良い夜だね。ちょいと窓からお邪魔させてもらっているよ」

 青い瞳の羅刹、ラガルルク・デンケラ(先見の魔女・f28988)がカラリと微笑む。着崩した着物とホットパンツの組み合わせという歌舞いた装いも軽やかに、彼女はひらりと窓枠から館内に着地した。
 デビルギャルズたちの間にざわめきが広がった。エントランスの誰もが彼女に目を奪われて、「あれは誰?」という問いをそこかしこで囁き合っている。ざわつきの中、誰かが「不法侵入なんじゃ……」と呟いた。

「あら、僕のことを知りたいの?」
「そりゃ、モチロンっしょ。いや、マジで誰なワケ?」
「ふふん、聞かれたからには答えてあげないとね。僕は、ツギハギの同輩だよ。つまり、お前たちもボクの後輩になるのかしら。……こう見えて人生は長く歩んでいるし、魔女歴だって彩りは確かさ」
「いや、センパイって言ったって……」

 腰に手を当てて胸を張ったラガルルクを、デビルギャルズが訝しげにじっと見つめる。先輩を自称する羅刹は、身長130センチ程度。デビルギャルズの平均よりもそれなりに低い。いくらラガルルクが堂々としていようとも、どちらかといえば後輩扱いしたくなるような身長差があった。
 ラガルルクの顔には勇ましくも嫋やかな笑みが浮かんでいる。デビルギャルズは「センパイは無いっしょ」と笑い飛ばそうとしたが、はたと思いとどまった。

(でも、待てよ……。さっき、『魔女』って言わなかった?)
(ちっちゃくて、でも態度は年上っぽくて。その上、魔女……)
(このパターン、ツギハギのセンパイとまんま同じじゃない?)

 JK悪魔たちが顔を見合わせる。彼女たちに流れた戸惑いの空気を押し通すかのように、ラガルルクはすかさず口を開いた。

「ツギハギは元気にやっているかい? こんなに沢山の友達を作っているとは……、やはり彼女はカリスマだな」
「ツギハギのセンパイと知り合いなん……、ですか?」
「同輩って言っただろう? 彼女とはそれなりに長い付き合いなのさ」

 JK悪魔たちがざわつく。先程とは囁きの種類が違う。「もしかしたら、本当にセンパイ級の魔女なのでは」といった類のざわめきだった。
 よくよく考えてみれば、謎めいた羅刹は既に『エントランスの悪魔全員に気取られることなく館に侵入する』という離れ業を披露しているのだ。やはり、タダモノではないのでは、という空気が悪魔たちに広がっていく。

「ああ、今日ここを訪れた理由だけどね。実はツギハギがお前たちとの女子会を計画しているらしい。だからネクターとスイーツを用意してやって来たのさ。勿論、彼女に敬意を払って友達料も用意してある」

 ラガルルクがパチンと指を鳴らす。掲げられた彼女の手には、スイーツと瓶詰めのネクターを満載した木編みのバスケットが握られていた。バスケットが揺れるたびにジャラリと音が鳴るのは、底の部分に金貨が敷き詰められているからだろうか。

「……用意がいいっすね」
「てゆーか、良すぎじゃない?」
「女子会とか、アタシら聞いてないだけど……」

 困った顔で曖昧な笑みを浮かべたり、不審を感じて口を尖らせてみたり。
 そんな悪魔たちを、ラガルルカはふっと息を吐いて一蹴する。

「なんでわかるのかって? 僕は先見の魔女だからね、なんでもお見通しなのさ」

 浮かんだ自信には、年季が入っていた。
 押し黙った悪魔たちが見つめる中、ラガルルカはつかつかとエントランスの真ん中を横切っていく。まるで自らが館の主だと言わんばかりの、堂々たる歩みだった。
 深々とした赤絨毯に足音を吸わせながら、大階段の真下で振り返った彼女は、断ることを許さぬ口調で悪魔たちに問いかけた。

「お前たち、僕を彼女の部屋まで案内してくれるかな?」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『『つぎはぎの魔女』ラフメア』

POW   :    違う! 武器!! 武器出しなさいって言ってんの!
【人形】から、対象の【楽しく遊びたい】という願いを叶える【自立稼働のおもちゃ】を創造する。[自立稼働のおもちゃ]をうまく使わないと願いは叶わない。
SPD   :    ふふ、私を怒らせ……あれ、そっちが強くなるの?
【人形が巨大な姿】に変身する。変身の度に自身の【使えるウィッチクラフト】の数と身長が2倍になり、負傷が回復する。
WIZ   :    ヤケクソ光線!!!!
自身の【人形】から、戦場の仲間が受けた【負傷と敵の好感情】に比例した威力と攻撃範囲の【皆の力を一つに合わせた善人っぽいビーム】を放つ。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠エルディー・ポラリスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


『つぎはぎの魔女』ラフメアの居室には、異様に広い空間が広がっていた。隣の部屋と、その更に隣の部屋まで、壁を抜いて空間を拡張しているのだ。
 都合三部屋分にもなる広大なスペースは、しかし、金色に輝く金貨の山にそのほとんどを占領されている。足の踏み場もない、というのもオーバーな表現ではないだろう。天蓋付きのベッドや木目調の箪笥といった豪奢な家具も、大部分が金貨の海に沈みかけている。

 目が痛くなりそうな光景の中で、ラフメアは革張りの椅子に腰掛けていた。
 赤と緑のオッドアイ。着古した濃緑のドレスに、つぎはぎの縫い目が刻まれた包帯だらけの華奢な身体。膝の上にはぼろぼろのぬいぐるみを抱きかかえている。
 侵入者を認識した彼女は、億劫そうに椅子から立ち上がり、ぬいぐるみを両腕に抱えながら猟兵たちを睨みつけた。

「おとぼけ悪魔たちが頼りにならないのは最初からわかっていたわ。でも、だからってここまですんなり潜り込まれるのは……、はぁ、お友達料、また来月から増額しちゃおうかしら」

 ラフメアが頬に掌を当ててコテンと首をかしげる。彼女の言葉の内には、階下の悪魔たちへの『友情』など存在するはずもない。道具の不備を嘆くようなラフメアの態度に、腕の中のぬいぐるみが困ったように肩を竦めた。

 『つぎはぎの魔女』は幼女然とした姿とは裏腹に、実際は妙齢の魔女である。かつて彼女は、自身の『善性』をぬいぐるみに移し替えることで、『純粋な悪』になろうとしたのだが、その際に『チカラを注ぎすぎた』ため今の姿までちぢんでしまったのだとか。
 つまり、彼女の抱えるぬいぐるみには、魔女の善意が詰まっている。もっとも、行動の主導権は『悪意の塊』たるラフメア本人が握っているのだが……。

「いずれにせよ、アナタたちに渡すようなお金はビタ一文ないの。……もうすぐ、カタストロフ級魔術儀式のリソースを賄えるだけの『D』が貯まるわ。ようやくここまで来たっていうのに、邪魔されてたまるものですか!」

 ラフメアの身体に覇気が漲る。足元の金貨を素足で蹴飛ばし、あらわになったカーペットを踏みしめる。
 胸に抱いたぬいぐるみには、善意と一緒に特大の魔力を封じられている。じたばたと手足を動かすそれをしっかりと掴み、つぎはぎの魔女は猟兵たちに襲いかかってきた。
龍・雨豪
おー、随分集めてるわね。小さいのに大したものだわ。
やっぱりキラキラと輝いて、心地よい音を立てる金貨の山に囲まれる充足感は最高ね!
「この素晴らしい光景を貰いに来たのよ。あなたと同じく、お友達料としてね」
故郷では態々対価を与える事なんて殆ど無かったけど、今回は強引に遊んであげないとねぇ。

「それじゃ早速遊びましょ。私がコレで金貨を外に運び出すから、あなたはそれを阻止するゲームね?」
そう勝手に決めて水の龍人を召喚し、氷化した腕の部分で金貨を運び始めるわ。
妨害が脅威にならないものならそのまま運び出してしまって、しっかり邪魔されるものなら魔女に金貨を投げつけて迎撃よ。
「ほら、ちゃんと避けないと痛いわよー」



「さぁ、お遊戯の時間よ。『つぎはぎの魔女』の所以、とくと味わいなさい!」

 ラフメアの腕の中から人形が飛び出す。よもぎ色のボディから綿の塊をはみ出させた人形は、床を埋め尽くす金貨の隙間に器用に着地して、三日月に縫われた口でアンバランスな笑みを浮かべた。パタパタとまんまるの両腕が振られる。幼気な動作だが、それに反して、人形の周囲で高濃度の魔力が渦巻き始める。
 空間さえ揺らぐほどの魔力の奔流の奥で、ラフメアがパチリと指を鳴らした。瞬間、人形から放出された魔力が実体を形成する。数は二。ラフメアの腰の高さほどの奇妙な『魔法のおもちゃ』が、ずしりと金貨を踏み付けて着地する。

「って、違うでしょ! 武器! 武器出しなさいって言ってんの!」

 頭を抱えたラフメアが叫び、人形はキシシと笑うことで応えた。
 創造された魔法のおもちゃは、やはり、『つぎはぎ』だった。掃除機みたいな吸込口とラッパみたいな吐出口が、デフォルメされた寸胴のロボットを間に挟んで接続されている。足はないが、胴が水平に回転することで吐出口が可動する。つまり、固定砲台だ。

「ああ、もう! それでいいから、やっちゃいなさい!」

 ひと仕事終えた人形の首を左手で引っ掴み、ラフメアは右手で『敵』を指差す。
 自立稼働のおもちゃがモーターの駆動音を鳴らし、猛烈な勢いで吸込口から金貨を吸い込み始める。ロボットの寸胴があっという間に満腹になって膨張する。
 きゅ、っと音がして吐出口のノズルが回る。直後、金属の擦れ合うけたたましい音を引き連れて、吐出口から魔力を帯びた『D』の濁流が放射された。

「おー、随分集めたものね。その上、使い方も大胆。小さいのに大したものだわ」
「小さいですって? そんな風に見た目で判断して、ヤケドじゃ済まないわよ!」

 さながらピッチング・マシンか、それとも散水機か。押し寄せる金貨のウェーブを、龍・雨豪(虚像の龍人・f26969)は軽口を叩きながら掻い潜る。一枚一枚の金貨は軽くて薄いが、微小ながらも魔力を内包しているし、なにより数が膨大だ。攻撃的な指向性を与えられたその奔流に呑まれれば、それこそ雪崩に巻き込まれるようにノックダウンされてしまうだろう。

 雨豪は格闘戦用のショートブーツで床を蹴る。跳び上がった彼女の眼下を、金色の津波が掻っ攫っていく。ラッパの口から吐き出された津波が金貨の山に衝突し、崩れた山が海のように波打って、再び大小の輝く山を形作る。ダイナミックにうねる煌めきと、それに付随する高い金属音のさざめきが、なんとも心地良い。
 最高の充足感。雨豪の口元が自然とほころぶ。この輝きを前にして指を咥えているだなんて、それこそ無理な相談だ。

「ヤケドくらいなんだっていうの。私はこの素晴らしい光景を貰いに来たのよ。……あなたと同じく、お友達料としてね!」

 金色の波濤が荒れ狂う中、辛うじて頭を出しているベッドの天蓋に着地した雨豪は青く透き通った龍珠を掌に浮かべる。
 集中、励起、解放。魔力を溜め込んだ龍珠が淡く光を放つ。乱反射する金貨の輝きが溢れる戦場にあって、龍珠の光は深海のように深い深い青色だった。

「――水身投影! これで相手をしてあげる!」

 魔力が凝集して、虚空に巨大な水球が生まれる。
 こぽこぽと形を変えながら落下した水球は、逞しい四肢を形成し、巨大な『水の龍人』となって金貨の海に降り立った。
 大質量が金貨を押しのけて、銅鑼のような轟音を響かせる。召喚された龍人は体高三メートル。見上げんばかりの巨躯が天井すれすれまで聳え立っている。じろりと睨めつけられたラフメアが、思わず一歩後ずさった。

「それじゃ早速遊びましょ。私がコレで金貨を外に運び出すから、あなたはそれを阻止するゲームね?」
「なっ、こら、なにしてるのよ!」

 雨豪のガントレットを模すかのように、水の龍人の両腕は低温の氷となって硬化している。龍人は巨大なその腕部を使って、そこら中に散らばる金貨の山を大雑把に掴み取った。
 常よりも湿って重い音が金貨から響く。水気を帯び、凍って、張り付いて……。たったのワンアクション、それだけで龍人の氷腕は、十数人分はありそうな『友達料』を奪い取ってしまう。
 まるで金の鱗。大量の金貨をその身に抱え込んだ龍人は、悠々と巨体をターンさせて『戦利品』を部屋の外へと持ち出そうとする。

「悪いわね。でも、安心して。『お友達料』は私がしっかり使い切ってあげるから」
「そんなの駄目に決まってるでしょ! ちょっと! はやく止めなさいよ!」

 二機のおもちゃロボットの後ろでラフメアがガシガシと地団駄を踏んだ。それを合図に、樽みたいなロボットの胴が回転して吐出口の筒先を龍人の背中に軸合わせする。
 そこら中で擦れ合う金貨の音が鼓膜を叩く。とめどなく吐き出される金色の鉄砲水が、放物線を描きながら龍人にぶち当たった。

 ……の、だが。

 とぷん、と水が沈み込む音が連続して響く。
 激流の衝撃は龍人をよろめかせたものの、その歩みを止めるには至らなかった。水でできた巨大龍人を止めるには、金貨の弾丸は『小さすぎた』のだ。ラフメアのおもちゃから放たれた黄金は、たゆたう水の胴体を次々と貫通し、部屋の反対側の壁にぶつかって派手に金属音を打ち鳴らしている。

「なんでっすってぇ!?」
「残念、次はこっちの番ね。ほら、ちゃんと避けないと痛いわよー」

 オッドアイの両目を大きく見開いて叫んだラフメアを尻目に、雨豪がベットの天蓋から龍人の腕に跳び移る。氷と金貨を足場にした彼女が手を振ると、龍人の足元で金貨の波が膨れ上がった。
 まるで箒で掻き集めたかのように小山となった金貨が、スコップで掘り出したように空中に弾け跳ぶ。その下から覗き見えたのは、青く透き通った龍の尻尾。水の龍人の巨大な龍尾が、金貨を集めて掬い上げたのだ。

「っ、きゃふんっ!」

 ひとかたまりになって降り注ぐ金貨の雨。
 ぽかんと口を開けて頭上を見上げたラフメアは、避ける暇もなく金色のスコールに飲み込まれていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラガルルク・デンケラ
おやまあ……まさか、お前も非力になっているクチだったとは驚きだ。嘘も実も口にしてみるものだね。案外、年も近かったりして

そうだ、先ずはお前に差し入れをあげないとね。でも、金貨みたいに粗末な扱いをされるよりは……僕を案内してくれた後輩たちにプレゼントしたほうがいいかな。手荷物は少ない方がいいからね

ところで僕は魔女になる以前から海賊でね、宝を求めては島を行き来し、船を沈めたものよ。お前と同じで、金目のものには目がないの
だから略奪させてもらう。僕の意地は悪いから、ぬいぐるみ本体への攻撃も戸惑わないよ。だから抵抗しておいで
それでも攻撃を受け止めるのは僕じゃなくて海竜なんだけどね。ボディーガード、頼んだよ



「……ぷはっ! この、よくもやってくれたわね!」

 金貨の洪水に押し流されたラフメアが、じたばたと藻掻きながらどうにか体勢を立て直した。金貨の山に肩まで埋まった彼女は、ぐるぐると両腕を回して、なんとか行動できるスペースを作り出そうとしている。

「おやまあ……。まさか、お前も非力になっているクチだったとは驚きだ。嘘も実も口にしてみるものだね」
「はぁ? 誰が非力になったですって?」

 ザクザクと金貨を掘って這い上がろうとするラフメアを見つめながら、ラガルルク・デンケラ(先見の魔女・f28988)は大げさに目を丸くしてみせた。芝居がかったその仕草に、ひとまず人形を金貨の拘束から脱出させたラフメアがすぐさま噛み付く。

「ちょっと身体がちぢんだくらい、些細なことだわ。私は『善性』を切り離して、『純粋な悪』になったのよ? 躊躇も、同情も、憐憫も無く振るわれるこのパワー! その身で味わいなさい!」

 ラフメアの右手が荒々しく人形の背中を掴んだ。両足をぶらりと宙に浮かせた人形の、ボタン留めの瞳がラガルルクに向けられる。あたふたと両腕を振って暴れる人形に、ラフメアがヤケクソ気味に魔力を送り込む。
 人形の瞳がキラリと輝いた。次の瞬間、黒色のボタンがぶるりと震え、虹色に光る『善人っぽい』ビームが撃ち放たれる。

「ちょっと、と言うには小さくなりすぎだと思うけど。案外、僕と年も近かったりして」
「知らないわよ、そんなこと!」

 地面から天井に向けて、直線上の空間を『ヤケクソ光線』が一瞬で薙ぎ払う。寸前で横方向に転がって回避するラガルルク。小柄な体躯が有利に働いた。すり抜けた虹色のビームが、床を穿ち、部屋の壁を吹き飛ばす。
 石材が砕けて割れる破砕音。次いで、山積みになった金貨が崩落した壁の隙間からジャラジャラと廊下に流出していく。まるで豪雨で堤防が決壊したかのような光景だ。

「は? え、ちょっ、なにこれぇ!?」

 破れた壁の向こうから、素っ頓狂な声が響いた。壁の隙間からちらりと見えたのは、金貨の川に足を取られて尻餅をつく、なにやら見覚えのあるデビルギャルズの少女。
 ラガルルクをここまで案内してきたJK悪魔だ。どうやらまだ廊下に残っていたらしい。ローリングから立ち上がりつつ、ラガルルクは「ふむ」と顎を撫でる。

「そうだった、差し入れを準備してあったんだが……。いや、金貨みたいに粗末な扱いをされるよりは、案内してくれた後輩にプレゼントしたほうがいいかな」
「へ?」

 小さく笑みを浮かべたラガルルクが、抱えていた木編みのバスケットをほとんどノールックで放る。ふわりと浮いたバスケットは、水平を保ちながら壁の切れ目を抜けて、廊下の悪魔の胸元にすとんと落ちた。中身のスイーツとネクターはもちろん無事。目を白黒させる悪魔に掌を軽く振り、ラガルルクは壁の裂け目とは反対方向へと走る。

「こんのっ、ちょこまかしちゃって!」
「さて、これで手荷物も減った。そろそろ攻めに転ずるとしようか」

 駆けるラガルルクの影を追うように、ラフメアが苛立ちも隠さず叫ぶ。間髪入れずに放たれるヤケクソ光線。ラガルルクは再度の飛び込み前転。光線の虹色グラデーションはいかにも善人っぽいが、その破壊力に優しさなどは欠片もない。貫かれた金貨の山が弾け飛び、ぎらぎらと輝きながら空中に散乱する。
 くるくると空中で回転する金貨の群れ。立ち上がりざまにその一枚を掴み取って、ラガルルクはシニカルに微笑んだ。

「ところで、僕は魔女になる以前から海賊でね。宝を求めては島々を行き来し、いくつもの船を沈めたものだよ」
「はんっ、何が言いたいわけ!」
「わからない? ……お前と同じで、金目のものには目がない、ってこと!」

 床に散らばる金貨を跳ね除けながら急ブレーキ。ラガルルクは息継ぎもなしに術式を編む。
 瞬間的に構築されたのは召喚の魔術。ひょいと手招きするジェスチャーを起点にして、床からざぱりと水柱が噴き上がる。
 水飛沫を裂いて喚び出されるは、ライドサーペント・赤星。ロブスターに似た働き者の海竜が、召喚主であるラガルルクをすっぽりとラフメアの視線から覆い隠す。

「よし、いい子だ。ボディーガード、頼んだよ」
「なによ、たかだか『しもべ』の一匹くらいっ! すぐに消し飛ばしてあげる!」

 ラフメアの指に力が籠もる。万力のごとく背中を握られた人形が、三度、ヤケクソ光線を発射した。射線上の金貨を宙に巻き上げて、虹色の奔流の一直線に突き進む。足を止めたラガルルクに狙いを定めた一撃が、盾となった赤星に激突する。

「――ォオ!」

 赤星の身体がよろめいた。海竜の苦しげな咆哮が響く。
 ぐらり、と倒れかけた赤星はすんでのところで踏みとどまった。気丈にもラガルルクを庇い続けるも、海竜の動きはかなり鈍くなっている。ヤケクソ光線を受け止めた表皮には、痛々しい焦げ痕が残っていた。
 その惨状を視界に収め、ラフメアがつぎはぎの表情を歪めて笑う。

「ほらほら! あと何発耐えられるかしらっ!」
「いいや、もう『次』は無いよ」
「……なんですって?」

 ラガルルクの落ち着いた声色に、ラフメアが訝しげに眉を傾ける。
 海竜の陰に隠れた猟兵の姿は、ラフメアの視界には映っていない。だが、海竜が障害物になっているのはお互い様だ。『あの羅刹』も、今は直線的な攻撃を放つことができないはず。ラフメアはそう判断した。

 ラフメアの判断自体は間違っていない。
 しかし、だからこそ、ラガルルクは『この魔術』を選ぶのだ。

「好きなように抵抗しておいで。ただし、僕の意地は悪いから……、どこを狙うにしても、決して戸惑わないよ」

 ラガルルクの指が虚空をなぞる。
 赤星の陰で描かれる魔法陣。迸る蒼光のサーキット。漏れ溢れる魔力のスモッグ。
 羅刹の指先が、一枚の金貨を弾いた。
 ひらりと宙を舞う金貨は、その一枚だけではない。ヤケクソ光線の余波で吹き飛んだ金貨たちが、星屑のように辺り一面を漂っている。

 そう、今この戦場には、無数の金属片が空気中に散乱しているのだ。

「燻る黎明は光裂く毒の花――。スパイダー・パウダー・スパイシー!」

 ラガルルクが力ある言葉を紡ぐ。
 激しく輝いた魔法陣から放たれるのは、六百超の極太プラズマスパーク。
 目を灼く閃光に、ラガルルクとラフメア、両者の視界が瞬間的にホワイトアウトする。

 赤星を避けて放たれた直線状のエネルギー。バチバチと空気の爆ぜる音を撒き散らす無数のプラズマスパークが、散乱する金貨に反射して、空中で一斉にベクトルを変える。
 鋭角に折れ曲がり幾何学模様を描いた破壊の力は、視界を奪われたラフメアを一瞬で包囲。ラガルルクの宣言通り、一切の容赦なく『魔女』と『人形』に全周囲から襲いかかった。

「っが、ぁああああ!」

 全身を貫かれたラフメアが悲鳴を上げる。
 その悲鳴をさらに上塗りするように、プラスマスパークのクッションになった金貨たちが、ガラガラと床に落下して音を立てている。
 ラガルルクは再び足元に広がった金貨を拾い上げ、赤星の頭を撫でながら微笑んだ。

「そうら、お前の財宝、しっかりと略奪させてもらうよ」

成功 🔵​🔵​🔴​

森乃宮・小鹿
【SN8】
ひゃー!こいつは結構な額っすわ!盗むの大変!
ま、リーダー……アルハ先輩もいるしなんとかなるでしょ!

リーダーがセンパイの気を引いてる間に、ボクは魔術の仕込みを
金貨に右手で触れながら詠唱、呪いの付与をし
合図の言葉を聞いたならボクも登場
顎の下から変装を剥いで、瞬く間もなく怪盗姿に
はっじめましてーセンパイ!
予告通り『全部』いただくっすよ!

リチェス!ディスタブ!マモーナス!
さあ眩め、迷える胡蝶の如く!
指を鳴らせば金貨達は黄金の蝶へと変わる
いきなり大事なお金が飛んでったらビックリしますよねー
これならリーダーが攻撃するための隙くらい作れるはずっす
さー、リーダー!決めるとこ決めちゃってくださいっす!


鴇巣・或羽
【SN8】
盗みがいがあるさ。相手にとって不足はない、文字通りな。


赤黒の怪盗服とアイマスク姿で現れ、全ての『D』を奪うことを告げる。
策の大部分は小鹿…『バンビ』に任せている。
彼女から注意をそらすためだ。

俺達を排除しようとしているが、ラフメアの関心の核は『D』だろう。
『D』に異常があれば其方に注意が逸れる筈だ。

仕込みはバンビがやってくれる。
俺は、たった一言付け加えるだけで良い。相手を騙し決定的な隙を作る、言葉の引き金を。

「あんたの『D』は頂戴した」とね。

その瞬間に銃を向ける。
つぎはぎの『お嬢さん』、知らなかったか? 騙しは怪盗の十八番だ。
そして俺は、ただの怪盗じゃない。
俺達は『怪盗団』なんだよ。



 猟兵とオブリビオン、両者の激しい戦いの影響は部屋ひとつに収まるものではなかった。
 ユーベルコードの撃ち合いが洋館の屋台骨を揺るがし、攻撃の余波で破れた壁から金貨の山が次々と溢れだしていく。天地をひっくり返したような振動と轟音は、洋館のあらゆる部屋に伝わっていた。

「わ、わ、ちょっ、なになに!?」
「知らん、けど! どう考えても、センパイの部屋からだよね!?」

 こうなってしまってはデビルギャルズたちもダラダラしているわけにはいかない。明らかな異常事態を認識したJK悪魔たちは、ぐらぐら揺れる邸内を一目散に駆けていく。
 手摺を支えにしながら大階段を駆け上がった悪魔の一行。彼女たちが目撃したのは、廊下にまで溢れ出した金貨の山、山、山。再び激しい振動。あんぐりと口を開けた悪魔たちの目の前で、『センパイ』の居室の壁に亀裂が入る。
 あ、と思った瞬間に壁が砕けて穴が開いた。建材の崩壊する音に思わず耳を塞いだ彼女たちは、崩れた壁の隙間に戦闘中の『センパイ』の姿を見た。

「セ、センパーイ! 何事ですか、これー!?」
「チッ、役立たずが雁首揃えて……」

 へっぴり腰で情けない声を上げるデビルギャルズの一群に、つぎはぎの魔女・ラフメアは隠しもせずに舌打ちを鳴らす。つぎはぎ人形の背中を掴んで『ヤケクソ光線』の魔力をチャージしつつ、彼女は金貨を蹴飛ばしながら叫ぶ。

「アナタたち! ぼさっとしてないで廊下の金貨を拾いなさい!」
「うぇ!? 拾えって、このヤバイ量の金貨をですか?」
「そうよ、全部よ、全部! ほら、さっさと動く!」
「ひぇー!」

 一方的に言うだけ言って、ラフメアは右手に握った人形を水平に振り回す。ギラリと輝くボタン留の瞳。間髪入れずに放たれた、虹色の『善人っぽい』ビームが、慌てて床に屈み込んだ悪魔たちの頭上を薙ぎ払った。
 頭上から降り注ぐ破裂した空気の圧力と、耳をつんざく爆発音。ほとんどのデビルギャルズがその場にうずくまり、涙目で頭を抱えてしまった。ほんの数人の勇敢な悪魔だけが、ごくりと唾を飲み込んで金貨の山にそろそろと近づいていく。

 その集団の中に、紛れ込んだ『片眼鏡の悪魔』の姿はあった。

「ひゃー! こいつは結構な額っすわ!」
「ちょ、静かに、静かに!」

 戦々恐々のデビルギャルズに混じって、変装中の森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)は口元を綻ばせる。視界いっぱい、見渡す限りの金貨の山。このシチュエーションでテンションが上がらなかったら、金(カネ)の悪魔の名折れというものだ。
 裾を引っ張るデビルギャルズに「ごめんごめん」と笑顔で返し、彼女は姿勢を低くしたまま金貨の山に手を伸ばす。鼻唄さえ奏でそうな小鹿の余裕っぷりに、JK悪魔たちがドン引きしているが、それはそれ。

「さてさて、さっそく……。眩め、眩め、と」

 金貨の山に手を突っ込んで、小声で呪文を詠唱する。
 細工は流々。仕込んだのはとっておきの呪いの魔術だ。
 右手で触れた金貨に『呪い』が付与されたのを確認してから、小鹿は首を伸ばして戦場の様子を窺ってみる。ぐい、と頭を持ち上げて左へ右へ。「こ、こら! 危ないって、頭下げなよ!」と、デビルギャルズが悲鳴を上げた。

「うーん、あっちもこっちも金貨の山。全部盗むのは大変っすね!」
「……え、今なんて?」
「いやー、こっちの話っすよー」

 背後を振り返った小鹿がひらひらと掌を振る。呆気にとられるデビルギャルズ。彼女たちを置き去りにして、小鹿は戦場の中心、ラフメアの居室に向けてさらなる前進を開始した。JK悪魔たちはもはや声も出せずに、ムンクの叫びみたいなポーズで固まっている。
 光線飛び交う戦場に四つん這いでずんずんと進む小鹿。荒れ狂う『魔女』の魔力を肌に感じつつも、彼女は微笑を崩さずに呟いた。

「山ひとつだけじゃ足りないっすからね。……こっちの仕込みの間、上手く気を引いておいてくださいよ、リーダー」



 時間は僅かに遡り、小鹿が『仕込み』に手を付けたのとほぼ同じタイミング。
 ラフメアは自らの半身たる人形の首根っこを引っ掴み、『ヤケクソ光線』を苛立ちに任せて乱射していた。狙うのは彼女の死角を縫って跳ね回る、正体不明のシルエット。
 四方八方、やたらめったらに虹色の光線が空間を裂く。連なる爆音、飛び交う瓦礫。それでもなお、オブリビオンのユーベルコードが影の主を捉えるには至らない。

「このっ、ちょこまかと……、っ!」

 指先に違和感。景気よく光線を撃ち出していた人形から、ぽふんと煙が一筋上がる。萎びるように人形の首が傾き、光線を放っていたボタンの瞳から光が失われる。
 魔力切れだ。ラフメアは奥歯を噛み、人形を胸元に抱き寄せる。痛いくらいに締め付けて、魔力を再充填。この隙を襲われてなるものかと、彼女は部屋のあちこちにぎろりと睨みを効かせている。

 魔女の目に映った戦場は、もう、しっちゃかめっちゃっかだった。
 乱射したビームの余波で、部屋にあったアイテムたちがそこら中に跳ね飛ばされている。金貨だけではない。彼女が大枚を叩いて購入したお気に入りの家具も、元あった場所からあちこちに吹っ飛んでしまっていた。
 彼女が最前まで腰掛けていた革張りの椅子もそのひとつだ。金貨の波にさらわれた重厚なアームチェアは、今も床を滑りながら独楽のように回転している。

 その回転に沿うように、ひらりと物陰から現れるシルエット。
 はためく赤黒の怪盗服。アイマスクから覗く、怜悧な藍の瞳。
 神出鬼没、大胆不敵。姿を見せた『怪盗』は、くるくる回る椅子にすとんと腰掛け、踵のブレーキでぴたりと止まってみせた。

「……マホガニーと本革のアンティーク。悪くない趣味だな」

 怪盗団『ザインナハト』リーダー、鴇巣・或羽(Trigger・f31397)が口元にシニカルな笑みが浮かべた。深々と椅子に腰を沈めて足を組みながら片肘を付いた彼、コードネーム『トリガー』は、肘置きを撫でながらラフメアに真正面から相対している。
 ターゲットの突然の登場に、呆気にとられたラフメアがほんの一瞬だけ硬直する。そこから一秒としない内に、彼女は顔を真っ赤にして唇を震わせた。

「どこに座ってるのよ、アナタ! その椅子は私の……」
「まぁ落ち着きなよ。ブレイク・タイムだ。そっちも充電中だろう?」
「んなっ、なんて言い草……!」

 飄々と言葉を投げかけるトリガーの態度に、人形を抱くラフメアの腕にさらなる力が籠もる。ぎりぎりという締め付け音がトリガーまで聞こえてきそうなほどだ。はみ出す綿の量も大増量である。
 一方トリガーは、沸騰するラフメアの怒気もどこ吹く風、辺り一面の金貨をぐるりと眺めてほぅと溜め息を吐いた。

「まさにひと財産。相手にとって不足はない。……文字通りな」
「はぁ? なにを訳のわからないことを……」
「盗みがいがあるってことさ、『お嬢さん』」
「っ、こいつ!」

 揶揄するような口調に、ラフメアはキレた。元からキレていたのだが、箍が外れた。
 魔力のチャージは八割。半端に構うことなく、ラフメアは人形の背を掴んで突き出した。万力みたいな握力に、人形のボディはぐにゃりと歪んでいる。

「そういうのを、盗っ人猛々しいって言うの、よっ!」
「おっと」

 三割増しの気迫で放たれる極太のヤケクソ光線。虹色の奔流に呑まれる直前、トリガーはアクロバティックな動きで椅子の上から飛び退いた。すり抜けた光線が壁にぶち当たり、渾身の一撃が建材を粉砕して大穴を開ける。廊下から響いてくるデビルギャルズの悲鳴の大合唱。それをBGMにして、トリガーは軽やかに戦場を駆け抜ける。

「予告しよう。すべての『D』は、『ザインナハト』が貰い受ける」
「黙りなさい! そんな暴挙、私は絶対に認めないわ!」

 後先を考えない光線の連打。荒れ狂う虹色のビームと、巧みに回避するトリガーの影。
 壁が裂け、床が砕け、金貨が舞う。鼓膜が麻痺しそうな大騒音。
 その中にさりげなく混じる「うひゃー」という気の抜けた悲鳴。変装中の小鹿が、衝撃の余波に乗っかって部屋のあっちこっちに転がっていくが、当然ながら、そんな些事は怒り狂うラフメアの目には入ってこない。

「ああ、もう! ほんっとうに、鬱陶しいわね! いい加減、くたばりなさいよ!」
「……なら、そろそろ幕としようか」

 薙ぎ払われた光線をひょいと飛び越えたトリガーが、着地と同時に床を転がる。前転した彼の先にいたのは、JK悪魔に扮して床に座り込んだ小鹿その人だった。
 ホールドアップ、両手を上げた小鹿の背中に、トリガーがぴたりと張り付く。足を止めた『怪盗』を照準に収め、ラフメアが哄笑した。

「なにそれ、人質のつもり? 冗談! そいつらが本当に私の友達だとでも?」
「とんだ悪党だな。さて、なにか言ってやったらどうだ? ……バンビ」

 含み笑いのトリガーに突っつかれて、JK悪魔が口を三日月にした。
 少女の指が己の顎に掛かる。脱ぎ捨てるは仮初の相貌。掴み、剥ぎ取り、放り投げる。
 天井近くまで放られた変装マスク。ラフメアが視線を奪われた、その一瞬に。
 小鹿は『バンビ』へのお色直しを完了させていた。瞬く間もなく怪盗姿となった小鹿に、ラフメアが目を点にする。

「はっじめましてー、センパイ! もう、友達じゃないなんて、ひどいじゃないっすか!」
「……は?」
「うーん、いい反応! それじゃ、予告通り『全部』いただくっすよ!」

 考える暇など与えない。怪盗たちは一気に畳み掛ける。
 パチンと響く指の音。ここから先は、クライマックスだ。

「リチェス! ディスタブ! マモーナス! ――さあ眩め、迷える胡蝶の如く!」
「な、あぁっ!?」

 呪文が響き、金貨の山が翔んだ。
 否、山がそのまま動いたのではない。積み上げられた無数の金貨が『黄金の蝶』に変換されて、一斉に空へと飛び立ったのだ。
 ラフメアが掠れた悲鳴を上げる。考えるより早く、手が動いた。砲口となる人形を握ったまま、彼女は両腕を飛び去ろうとする蝶に向けて伸ばす。『価値』を狂わす惑乱の黄金蝶が、無意識の内にオブリビオンの攻撃を惹き付けたのだ。

「さー、リーダー! 決めるとこ決めちゃってくださいっす!」

 スマートにお辞儀をしたバンビが、すっと横にずれる。
 斜線が通った。トリガーの手中には、マルチギミックの大型オートマチック。
 上方に逸れていたラフメアの視線がゆっくりと下りてくる。
 それは、あまりにも、遅い。

「あんたの『D』は頂戴した」

 銃口が動く。バレルを水平に。真っ直ぐ、突きつける。
 ラフメアの視線が追いつく。見開かれるオッドアイ。赤と緑。アレクサンドライトを連想。ならば、人形の瞳はオニキスか。

「つぎはぎの『お嬢さん』、知らなかったか? 騙しは怪盗の十八番だ」

 引き金が引かれる。乾いた発砲音。撃ち出される銃弾。
 ライフリングが螺旋を生む。飛翔する銃弾のベクトルは、どこまでも揺るぎない。
 コンマ秒の空白。
 そして、着弾。

「かっ……」

 喉に空気が詰まる音。放たれた銃弾は、あやまたず、ラフメアの胸の中心を貫いた。
 片時も手離さなかった人形が、彼女の指から滑り落ちる。
 傷口を抑えることもなく、彼女は黄金蝶に腕を伸ばしたまま、仰向けに倒れていく。

「……そして俺は、ただの怪盗じゃない」

 焦点を失くしたラフメアの瞳。薄れゆくその輝きを見送りながら、トリガーが呟く。
 銃口を上に向け、たなびく硝煙を軽く吹き消す彼。その隣には、もうひとりの怪盗にしてラフメアを『騙した』張本人、バンビこと小鹿が静かに並び立っていた。

「俺達は『怪盗団』なんだよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『異世界ってどんなワルい奴がいたっス?』

POW   :    ●『あんまりワルいやついなかったよ』

SPD   :    ●『まあ、普通にワルいやついたよ』

WIZ   :    ●『(聞くも無残な内容)(凄惨な過去)』

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 猟兵たちの活躍により、『つぎはぎの魔女』ラフメアは斃された。
 オブリビオンは骸の海に送り還され、主を失った洋館には集められた金貨が残るのみ。

 あくどい手段で集められた財貨である。本来であれば持ち主に送り届けるべきなのかもしれないが……、なにしろここはデビルキングワールドだ。
 悪事こそが『素晴らしい』と称賛される世界において、元の持ち主に配慮する『良い子ちゃん』は、むしろNGだろう。被害者であるはずのデビルギャルズさえも、猟兵たちのことを『ラフメアより強い、とんでもないワル』と認めて、諸手を挙げて歓迎しているほどである。

 ……というわけで、猟兵たちは残された金貨を袋に詰めて、揃って街に繰り出した。
 集めた金貨をそのままにして、別のオブリビオンに利用されるわけにもいかない。どうせはあぶく銭、パァーっと使い切ってしまうのも乙というものだ。

 金貨の詰まった袋を担ぎ、デビルギャルズたちを引き連れて、猟兵たちは中世ヨーロッパ風の市街に到着した。レンガ敷きの街路に沿って、レトロな雰囲気の店舗がずらりと並んでいる。レストランやカフェ、雑貨や土産物のショップ、果ては現代的な遊興施設まで、探してみればありとあらゆるジャンルの店が見つかりそうだ。
 デビルギャルズだけでなく街に住む悪魔たちも興味津々に猟兵たちの様子を窺っている。どうやら『異世界のワル』の武勇伝を聞きたがっている者もいるらしい。

 軍資金はたっぷりある。遊ぶも語るも、猟兵たちの自由だ。
 騒がしい悪魔たちとともに、ほんのひととき、勝利の余韻に浸るとしよう。
龍・雨豪
流石にこれだけの量の金貨があると行動の邪魔になるわね。
持って帰れないならさっさと使っちゃいましょ。

最優先はお酒の買い占めよ!
この街で買える高級酒は全て抑えて、後でじっくり楽しませてもらうわ。
ふふふ、しばらくはお酒の確保に心配しなくていいわねぇ。

そして並み以下の酒は街中の悪魔達にも振舞って、今日中に全部飲み尽くすのよ!
明日の分なんか私は知りもしないし、街が機能不全になっても気にしないわ!
あ、でも肴を作ってくれる料理人は別よ!
彼らまで酔い潰れられるのは困るわ。

流石に祭りの如くばら撒けば金貨も消化できたかしら?
もし残ってたとしても相当減ったでしょうし、少しくらいなら持って帰っても良いわよね。



 バッドガイズ・ストアと呼ばれる酒屋がある。煉瓦造りの店舗を構える、街一番の老舗だ。
 壁伝いの棚にずらりと酒瓶が並べられたその店内で、酒屋の店主はカウンターに足を載せて新聞を読んでいた。ニュースならスマホを見れば十分なのだが、ラフな姿勢で新聞を読む方が『ワルっぽい』と彼は考えている。カタチから入るタイプなのだ。

 ぼんやりと紙面を眺めていると、ドアベルの涼やかな金属音が聞こえた。
 視線を持ち上げると、入り口のあたりにドラゴニアンらしき女性が立っていた。ずっしりと重そうな大袋を肩に担いでいる。店主が「いらっしゃい」とダラけた姿勢のまま言うと、彼女は不敵な笑みを浮かべてつかつかとカウンターに歩み寄ってきた。

「営業時間よね? お酒を買いに来たの」
「棚から好きな瓶を選びな。目当ての銘柄があるなら探してやってもいい」

 店主は顎をしゃくって棚を指す。しかし、黒髪のドラゴニアン、龍・雨豪(虚像の龍人・f26969)はその場を動かない。訝しげに店主が眉を傾けると、雨豪は魅力的な笑顔で口を開いた。

「全部よ」
「……は?」
「この店のお酒……、そうね、高級酒から順番に、全部買い占めるわ」

 雨豪が肩の袋を勢いよくカウンターに降ろした。どん、と音を鳴らして天板が揺れる。載っけていた足が跳ねて、店主が椅子ごとずっこけた。袋の口から溢れた金貨が、ころころと床を転がっていく。
 目を白黒させながらカウンターに這い上がった店主が見たのは、袋いっぱいの金貨の輝きと、うっとりと唇を弛めた雨豪のスマイルだった。



「流石にあれだけの金貨があると邪魔になちゃうのよね」

 文字通り、肩の荷を降ろした雨豪は大きく伸びをする。
 オブリビオンから回収した金貨の大半を、彼女はお酒の購入費に充てることにした。袋いっぱいの金貨は、既に街の酒屋に手渡されている(押し付けた、とも言う)。
 あのあと、彼女は店のお酒の中から特に高級なものを選んで、厳重に梱包するように店主にお願いした。これは彼女が確保して、お土産に持って帰るためのものである。

「ふふふ、しばらくはお酒の確保を心配しなくていいわねぇ」

 雨豪の顔に怪しい笑みが浮かぶ。こうやって、どーん、と派手に買い物をするのも、なかなかに悪くないではないか。
 清々しい気分で、さて、と彼女は腰に手を当てる。ちらりと横を見れば、そこにあるのは台車に載せられた酒瓶の数々。ラガー、エール、ワインにブランデー……、一級品には届かずとも、大衆向けとしては上等な銘柄が、タケノコのようにずらりと並んでいる。
 正面を向けば、街のちょっとした広場に即席の宴会会場が設えられていた。街の悪魔たちがどこからともなく持ってきた樽テーブルや、サイズの統一感もない雑多な椅子が所狭しと並べられている。
 いつの間にか火にかけられた鉄板で、コック帽を被ったいかつい悪魔が好き放題に肉を焼き始めている。ジュージューと肉の焼ける音をBGMに、悪魔たちの賑やかな瞳が雨豪を見つめていた。

 雨豪はニッと笑い、台車から一本の酒瓶を掴み取って、天高く掲げた。

「今日は私の奢りよ! さぁ、全部飲み尽くすわよ!」

 その言葉に、歓声が爆発した。

「さっすがイェーガー! 話がわかるぅ!」
「ヒャッハー! タダ酒だー!」
「姐御ぉ、最高だぜー!」

 そこから先は、まさに狂乱の宴だった。
 そもそも『龍』に加減とか、遠慮とか、明日の心配とか、そんな人間的な斟酌を期待するのが間違いなのだ。そして、『龍』といえばウワバミなのが相場というもの。

 雨豪も、悪魔たちも、それこそ浴びるように酒を飲み続けた。陽気な笑い声が街全体に届きそうな勢いで響き渡る。
 買い付けた大量の酒は海のように底がなく、ひとり、またひとりと、悪魔たちは酔い潰れていく。誰も彼もが幸せそうに赤ら顔をふやけさせていた。きっと明日は揃って二日酔いだろう。
 唯一、肉焼きのコックだけがアルコールに手を出していなかった。持ち込んだ山のような肉を焼き終えたとき、シラフの彼が見たのは……。

「あら……、最後に一枚残ったのね。まぁ、このくらいなら持って帰っても良いかしら」

 死屍累々の会場で、指先に一枚の金貨を摘み、ひとりグラスを傾ける雨豪の艶姿だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラガルルク・デンケラ
ふふふ、大金を溶かそうとする瞬間は実に至福だ。でもまずは海竜に褒美をあげないとね
どこか、魚屋などはないかな。この子は雑食だけど貝類を好むんだ
ああ、そうだ。お前たちもワルの端くれなら、先輩の住処を奪ってしまってはどうだい
立て直す金は此処にあるし、好みの家具を揃えて溜まり場にすると楽しいと思うよ

……なに、僕の悪事について? んー、そうね
殺し、奪い、騙し、裏切り……悪いことは一通りやったのかしら
僕は我欲しかない鬼でね。どれもちっとも心は傷まなかった。でも、悪い鬼もいれば善い鬼も居るの
そいつは格好悪い奴だが、そういう奴もいること知っておいて欲しいかな
さ、この話は終いだ。次はお前たちが語る番だよ!



 ラガルルク・デンケラ(先見の魔女・f28988)は袋に詰まった金貨を大胆にぶち撒けた。
 黄金色の輝きがカフェテリアの白いテーブルを覆い尽くす。お供(?)のデビルギャルズたちが大きく目を見開く中、羅刹の『魔女』は頬杖をついて微笑みを零した。

「ふふふ、大金を溶かそうとする瞬間は実に至福だ」

 そう呟いてから、彼女は首を傾げて、くっと喉を震わせた。自分で口にした『溶かす』という言葉が、なんだか可笑しかった。そういえば、湯水のように使うという表現もある。固体よりも液体のほうが一度にたくさん使えて、あっという間に無くなってしまう。きっと、そんな共通のイメージがあるのだろう。

「おっと、そうだった。まずは頑張った子に褒美をあげないとね」

 ラガルルクが隣を見ると、海竜の赤星がカフェテリアの床に行儀よくお座りしていた。液体から海を連想したわけでもないが、しっかりと役目を果たした『働き者』にはこちらもちゃんと報いなければならない。

「どこか、魚屋などはないかな」
「ハイハーイ! アタシ、知ってまーす!」

 独り言のつもりだったが、すぐさまデビルギャルズの少女が反応して元気に手を挙げた。眉を傾けて眇めると、小麦色の悪魔が照れくさそうに頬を染めた。口の端を持ち上げたラガルルクはテーブルから無造作に金貨を掴み取り、枚数も数えずに悪魔へと放る。

「この子は雑食だけど、貝類を好むんだ。いいね?」
「わっかりました! すぐに買ってきます!」

 両手でじゃらりと金貨をキャッチした悪魔は、びしりと敬礼を決めて、一目散に駆け出していった。よろしい、とラガルルクは満足げに頷く。
 ホワイトオークの背もたれにゆったりと身体を預けた彼女を、手を挙げそこねた残りのデビルギャルズたちがそわそわと見つめていた。小柄なラガルルクよりも悪魔たちのほうが身長は高いのだが、どちらが低姿勢になっているのかは一目瞭然だった。子犬みたいに潤んだ悪魔たちの目を見ていると、ラガルルクもちょっとした悪戯心を覚えてしまう。

「ああ、そうだ。お前たちもワルの端くれなら、先輩の住処を奪ってしまってはどうだい」
「先輩……って、つぎはぎのヒトのことですよね」
「確かにあの洋館、もう誰のものでもないのかもしれないですけど」
「いやぁ、ウチらにはちょっと分不相応っていうか……」

 悪魔たちはどこか遠慮した反応だった。ワルぶっていても根は素直な良い子なのだろう。
 だからこそ、ラガルルクはこれ見よがしげに、呆れたような溜め息を彼女たちに吐いてみせる。

「まったく……、ほら、立て直す金は此処にあるんだ。何を迷うことがあるのかしら?」
「うぇっ!? でも、そのお金はアタシらのじゃなくて……」
「『センパイ』からの好意は素直に受け取っておくものだよ。そうだな……、好みの家具を揃えて溜まり場にでもすれば楽しいと思うよ」
「ら、羅刹のセンパイ……っ!」

 感極まったJK悪魔たちが、ラガルルクの元にわっと殺到した。心酔の表情を浮かべる彼女たちを『羅刹のセンパイ』は乾いた笑顔で軽くあしらう。
 ……想像以上に流されやすい。大丈夫だろうか、この子たち。

「センパイ! アタシ、センパイの武勇伝が聞きたいです!」
「あ、アタシも、アタシも!」

 はしゃぎながら尋ねてきた『後輩』に、ラガルルクはふむと顎を撫でた。すっと瞳を閉じた彼女は、瞼の裏に今まで積み重ねてきた『ワルい』経験を思い起こす。それらを具体的に説明してしまうのは、純真な悪魔たちには刺激がすぎるかもしれない。
 ちらりと目を開けてみれば、JK悪魔たちは期待に満ちた両目を爛々と輝かせている。とてもじゃないが『ワル』を目指しているようには見えない。ラガルルクは困ったように苦笑しながら、ちょっとぼかして話し始めた。

「んー、そうね。殺し、奪い、騙し、裏切り……」

 なんでもない表情で、順番に指を折りながら呟く。

「悪いことはひと通りやったのかしら」
「ひ、ひと通り、ですか……」

 あっさりと言ってのけたラガルルクに、デビルギャルズは揃ってぶるりと背筋を震わせた。『センパイ』の顔には微笑が浮かんでいるが、その目は深海のように暗く、冷たい。
 思わず隣同士で抱き合うJK悪魔たち。彼女たちの顔をひとつひとつ覗き込むように見回しながら、ラガルルクは表情を動かさずに凍てつく声で言う。

「僕は我欲しかない鬼でね。どれもちっとも心は傷まなかった。……でも」
「でも……?」

 途切れた言葉の先を、デビルギャルズがおずおずと問う。
 ラガルルクは少し悩み、確かめるように言葉を紡いだ。

「悪い鬼もいれば、善い鬼も居るの」

 羅刹の纏う気配が、ふと、和らいだ。

「そいつは格好悪い奴だが……、そういう奴もいること、知っておいて欲しいかな」

 ほんのちょっぴり優しい口調になったラガルルクは、そう言って締めくくった。
 話を聞いたデビルギャルズたちは神妙な表情だ。『デビルキング法』に照らせば、『善い鬼』なんて、間違いなくカッコワルイ存在のはず。それが今の魔界の常識である。
 ただ……、どこか憂いを帯びた瞳で遠くを見つめるラガルルクの横顔に、JK悪魔たちも何か思うところがあったのかもしれない。カフェテリアにはしんみりとした空気が流れていた。

「さ、この話は終いだ」

 ラガルルクは両手を叩く。乾いた音が響き、デビルギャルズたちが目を瞬かせた。
 白い椅子で脚を組み直した彼女は、手近なデビルギャルズの肩を小突いて、カラカラと気っ風の良い笑みを浮かべた。

「次は、お前たちが語る番だよ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

音鳴・きみ
【SN8】
食べ歩きと聞いたら黙っていられないのがオレなのさ!
とゆーわけでじゃじゃーんと参上だよ★
二人ともお疲れさま〜

えへへ〜えへへ〜
こーゆー時はさ、言ってみたいよね

「メニューの 端から端まで ぜんぶ❤︎」

わぁいおいしそ〜
ひとまず運ばれてきた順にいただきまーす!
(皿ごともきゅもきゅ)(布に消えゆくテーブル上のすべて)
食べたいものあったら取ってっていーよ★
とりちゃんとしかちゃんの分には手を出さないよ〜
でも食べてっておねがいされたら!食べるよ!
あーん
えっへへ、みんなで食べるの、おいしいねえ

余っ……えっ……あまるの……?
ということは
メニュー二周目してもいい!??
足出ないようにはするから〜おかわり〜!!


鴇巣・或羽
【SN8】
この世界はシゴトがしやすくて助かるよ。
しかし、頂戴した分使い切れってなると……とりまメシかな?
そうそう、人の金で食うメシは美味いんだよ。俺よくやってるからわかる。

にしても、きみちゃんいると食卓が料理でぎっしりだ……派手だね。いやド派手だね! いいね!
俺は俺で結構体を動かしたから、ステーキでガッツリ行かせてもらう!
勝利の晩餐は最高級品が相応しい、ってね。
ま、飲み物は葡萄ソーダだけど。

相変わらず食べっぷりがぶっちぎりだこと。
じゃ、バンビちゃんの方も任せちゃおう。
魅力的だけどさ、スポンサー様に鼻の下伸ばすリーダーってどうよ?

流石敏腕スポンサー…って、もう一周!?
確かに、今日イチかもね……。


森乃宮・小鹿
【SN8】
いえーい!お仕事お疲れさまーっす!
きみ先輩も合流しましたし、美味しいものたーくさん食べましょ食べましょ!

ひゅー!きみ先輩やるぅ!
じゃーボクはSNS映えしそうなパンケーキをいただきましょうかねぇ
UDCでは投稿できないっすけど、戦利品みたいなものですし?
いい感じの角度でバッチリ撮って、思い出にしとくっす!
さー、あとは食べるのみ
映え重視したものって結構重いからひとりでは食べきれないんすよねー
余りそうになったら先輩方に任せてましょ
今ならカワイイ後輩の「はい、あーん」もついてきますよ!
アルハ先輩はいいんです?ちぇー

あ、お金余ったら今後の資金源に……え、2周目?
……パイセンが一番ワルっすわ……



 レストランは市街の中心区にあった。
 人通りの多い目抜き通りに面した一等地である。格式張った雰囲気でもない、大衆向けの店らしい。クリーム色の外壁が見る者に柔らかい印象を与えている。
 全体的に小綺麗で手入れが行き届いているが、掲げられた看板には年季が入っていた。地元民に愛される馴染みの名物店、といった風情だ。

 鴇巣・或羽(Trigger・f31397)は木目調の洒落たドアを開いた。
 店内はフローリングで、十分な照明が心地よい明るさの空間を作り出している。間取りは広く、外窓には採光の良い大判のものが置かれていた。テーブルは十組ほどで、だいたいが四人掛け。客入りは四割ほどだろうか。

「あ、来た来た。おーい、とりちゃん、しかちゃん、こっちこっち!」

 店のほぼ中心のテーブルに、見知ったブギーモンスターが座っていた。或羽に向けてぶんぶんと手をふる彼を、他の客たちもちらちらと気にしている。
 或羽は軽く肩を竦めて、テーブルに近づく。途中で厨房に視線を飛ばし、念のため裏口の位置を確認した。職業病みたいなものだ。

「食べ歩きと聞いて! じゃじゃーんと参上だよ★ 二人とも、お疲れさま〜」
「いえーい! お仕事お疲れさまーっす!」

 変装を解いた森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)と、テーブルのブギーモンスター、音鳴・きみ(close to you・f31389)とが笑顔でハイタッチした。きゃっきゃとじゃれ合う二人の掌に、或羽も軽く握った拳を突き合わせる。

「おー、それが今回の獲物? ざっくざっくだね~」
「こんなに堂々とオタカラを持ち出したのも初めてっすねー」
「まったく、この世界はシゴトがしやすくて助かるよ」

 或羽と小鹿がテーブルに金貨袋を置くと、きみが袋の口から中を覗いて頭の布を揺らした。
 或羽の言う通り、彼ら『怪盗団』を捕まえようとする者は、いまのところどこにもいない。コワモテの警察官がそこら中を走り回ったり、往来から喧しいサイレンが響いてくることもなかった。安心と言うべきか、拍子抜けと言うべきか……、いずれにせよ、他の世界ではめったに無いシチュエーションだ。

「しかし、頂戴した分を使い切れってなると……、とりま、メシかな?」
「待ってました! 美味しいものたーくさん食べましょ食べましょ!」

 ひとまず金貨を床に降ろして、三人はテーブルに備え付けられたメニューを開く。
 或羽と小鹿はペラペラとページを捲って注文を選ぼうとしているが、その傍らで、全部のページにざっくりと目を通したきみが「えへへ」と笑みを零した。

「ねえねえ、こーゆー時はさ、アレ、言ってみたいよね」
「うん、アレって、何をだ?」

 首を傾げた二人の仲間に、きみはにっこりと頷いて返す。
 タイミング良く店員が注文を取りにやってくる。「ご注文はお決まりですか?」とお決まりのセリフで微笑んた店員に、きみはメニューを大開きに掲げて、言った。

「メニューの 端から端まで ぜんぶ♡」

 或羽と小鹿、そして店員がぽかんと口を開ける。
 暫しの沈黙。
 店員は引き攣った顔で伝票に筆を走らせ、或羽と小鹿は笑いを堪えきれずにテーブルに突っ伏した。一礼して厨房に駆けていく店員の背に、きみがひらひらと手をふる。

「ひゅー! きみ先輩やるぅ!」
「そうそう、人の金で食うメシは美味いんだよな。俺、よくやってるからわかる。遠慮するだけ損だ、損」
「えへへ~、楽しみだなぁ」

 三人は和気藹々と料理を待つ。話題は学校のことや趣味のことで、不思議とシゴトの話にはならなかった。厨房の方からは戦場のようなせわしなさが伝わってくるが、それはそれ。
 それほど待つこともなく料理が運ばれて来た。店としては洋食がメインらしい。比較的手間の掛からないサラダやスープを皮切りに、一品物のツマミ、肉、魚、ライスにパスタ……、大皿小皿もとりどりの料理が、怪盗たちのテーブルをどんどん埋め尽くしていく。

「わぁい、おいしそ〜」
「派手だね。いやド派手だね! いいね!」

 次々に並んでいく料理に、きみがうっとりと呟く。
 はじめに置かれたスープからはふわりと湯気が漂っている。温かいうちに手を付けたほうが良いだろう。配膳の途中ではあるが、三人はそれぞれグラスを手に取り(アルコールじゃないよ!)、高く持ち上げて互いに縁を鳴らし合った。

「「「カンパーイ!」」」

 チリン、と涼しい音。
 グラスをあおり、キンキンに冷えたジュースを喉に流し込む。疲れた身体に染み込む快い甘味。仕事終わりのサラリーマンも斯くやといった様子で、少年たちはほぐれた吐息を漏らす。誰からともなく微笑みが零れた。
 グラスを置くと、さっそくきみがテーブルに身を乗り出す。待ちきれないとばかりに前のめりになった彼に、或羽と小鹿が頷いた。それを見て、仲間内でもグルメで知られているブギーモンスターは、被った布を大きく膨らませて料理に手を伸ばした。

「ひとまず運ばれてきた順に……、いただきまーす!」

 不思議な光景だった。
 きみの身体を覆う大きな布がふわりと広がり、テーブルに並べられた料理の上を『舐めるように』覆っていく。或羽たちの視界から料理が隠れた一瞬の後、するりと大布がデフォルトの位置に戻る。再びあらわになるテーブル。しかし、さっきまで並んでいた料理たちはどこにもない。
 喩えるなら、テーブル・マジック。消えた料理はお腹の中。何人前にもなる料理の山を、きみはぺろりと皿ごと平らげられてしまったのだ。

「もきゅもきゅ……」
「相変わらず食べっぷりがぶっちぎりだこと」

 或羽が感心した様子で口笛を吹く。
 幸せそうな表情を浮かべたきみは、手の止まっている仲間たちに気づき、二人に布をまとった掌を差し出した。

「とりちゃんとしかちゃんも、食べたいものあったら取ってっていーよ★」
「おっと、なら俺は俺で結構体を動かしたから、ステーキでガッツリ行かせてもらう!」
「じゃーボクはSNS映えしそうなパンケーキをいただきましょうかねぇ」

 そう言って或羽と小鹿は目当ての皿を手元に引き寄せる。それを確認してから、きみの身体がもう一度テーブルの上を攫っていった。再びパッと消える料理たち。配膳のためにテーブルと厨房を往復する店員たちもますますおおわらわである。

 或羽の選んだ皿では、アッツアツの鉄板の上で肉厚の赤身がジュージューと香ばしい音を立てていた。たっぷりかかったステーキソースが、刺激的な香りを振りまきながら鉄板で弾けている。
 思わず緩む頬。ナイフを滑らせてみれば、想像以上に肉質が柔らかい。ブロック状にすっと切り分けて、フォークで口に放り込めば、口いっぱいにワイルドな肉の旨味が広がった。脂もしつこくない。噛めば噛むほど肉汁が染み出して、舌が幸せになってくる。

「いいねいいね、最高だ! 勝利の晩餐は最高級品が相応しい、ってね」

 肉がうまいとテンションが上がる。ステーキをじっくりと味わいながら、或羽は片手に持ったグラスを転がす。意図せず浮かんだアルカイックスマイルも決まっている。……もっとも、グラスに揺れるアメジストのような液体は、ヴィンテージの赤ワインではなく葡萄のソーダなのだが。

 そんなどこぞの悪の首領のような或羽の姿を、小鹿がスマホでパシャリと撮る。ハイペースで料理を口に運び続けているきみもパシャリ。引き寄せたパンケーキの皿も、色んな角度からパシャリパシャリ。
 いい感じに撮れた写真をチェックして、小鹿はにっこりと笑みを零す。UDCのSNSに投稿することはできないが、『思い出』という意味では換えの効かない『戦利品』だ。
 ――『宝物』を市場に流さずコレクションする。ある意味、これも怪盗らしいのでは?

「なーんて。……さー、あとは食べるのみっす!」

 スマホをポケットにしまい、フォークを握って小鹿は気合を入れる。
 デン、と置かれた大きなパンケーキ。デコレーションにはたっぷりのクリームに色とりどりのカットフルーツ。惜しみなくかけられた二色のベリーソースが鮮やかさを添えている。
 目にも楽しい『映え』なスイーツだ。

「問題は……、うーん、やっぱり、結構重いっすね……」

 味は悪くない。というか、甘くて美味しい。それは間違いない。
 ただ、量が多い。ヘヴィ級のカロリーとでダブルパンチだ。元々シェアが想定されているのではと疑いたくなるレベルである。
 半分ほど食べ進めたところで、小鹿のフォークは動きを止めた。キャパシティが近い。彼女はそっと仲間たちの顔を見る。或羽はご満悦の表情でステーキと格闘中。目があったのは、あらかたの料理を片付けて人心地の付いたきみの方だった。

 もちろん、きみだって、或羽や小鹿の料理にまで手を出そうとは考えていない。
 とはいえ、もしも、相手の方からお願いされたのであれば……。

「……先輩、パンケーキ、手伝ってもらえるっすか?」
「まっかせて! まだまだ食べられるよ!」
「やった! ようし、今ならカワイイ後輩の「はい、あーん」もつけちゃいますよ!」

 切り分けたパンケーキをフォークに刺して、デコレーションをこぼさないようにそっと持ち上げる。小鹿がフォークを持った腕を慎重に伸ばすと、きみは上半身をテーブルに乗り出した。

「はい、あーん……」
「あーん……」

 パッときみの身体の布が翻った。一瞬、視界が真っ暗になる。小鹿のフォークから、パンケーキの重みが消える。次の瞬間、きみの布はもう元のカタチに戻っていた。小鹿の視界もすぐに戻る。……もちろん、パンケーキは既にきみのお腹の中だ。

「あっまーい。えっへへ、みんなで食べるの、おいしいねえ」
「でっすねー! あ、アルハ先輩はいいんです?」
「お誘いは魅力的だけどさ、スポンサー様に鼻の下を伸ばすリーダーってどうよ?」

 赤い髪を弄りながら或羽がおどけて言う。ステーキはもう食べ終えたらしく、ナイフを置いてグラスを傾けている。
 小鹿は拗ねたフリで口を尖らせた。パンケーキの最後の一切れを口の中に放り込み、彼女はテーブルの下から金貨の袋を引き寄せる。

「ちぇー。それじゃ、ボクは代金の計算を、と……」
「よっ、流石、敏腕スポンサー! 手回しが良い!」
「はいはい。……そうっすね、これなら多少は余りそうだから、今後の資金源に」
「余っ……、えっ……、あまるの……? 」

 テーブルを挟んできみが驚いた声をあげた。
 彼の意外な反応に、或羽と小鹿が目をパチクリとさせる。ゆさゆさと身体を揺らしたきみは、宙を見上げて何かを思案し、やがておずおずと呟いた。

「ということは……。メニュー、二周目してもいい!??」

 彼の言葉は後半になるにつれて勢いが増していた。
 当たり前だが、メニュー全部を注文すれば、出される料理の総量は十数人前にもなる。その大半をぺろりと平らげた上で、このセリフである。さしもの怪盗二人も、咄嗟には返しが追いつかなかった。

「って、もう1周!?」
「え、2周目?」

 思わず顔を見合わせる或羽と小鹿。
 発案者のきみは既にウキウキとした気配を体全体から漂わせている。その姿を横目に見て、二人は揃ってお手上げのジェスチャーをした。
 ――こりゃ、もう、敵わないや。

「……パイセンが一番ワルっすわ……」
「確かに、今日イチかもね……」

 二人の視線がつうと厨房に向かう。おそらくこちらの様子を窺っていたのであろう、エプロン姿の店員たちが頭を抱えて声にならない悲鳴をあげていた。降って湧いたデスマーチに、さらなる追加注文である。さすがにちょっと同情するかも。
 苦笑する或羽と小鹿に、きみは不思議そうに首を傾げ、それから元気いっぱいに両手を広げて快活に叫んだ。

「足は出ないようにはするから〜! おかわり〜!!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年01月29日


挿絵イラスト