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寝台特急オリオン号の憧憬

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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 ――お母さん、あれはなあに?
「あれはね、列車よ。お父さんが作ったの」
 子の問に応えた声は、見守る眼差し共に暖かくも切なかった。
 頬を撫でる風はとても冷たい冬の日、見つめる先に在るのは黒くて大きな箱のよう。
「とても素敵でしょう? それでね、隣の列車は――」
 母の気遣いと愛情溢れる言葉が降り注ぐ。一人娘には、父の記憶が無い。
 少女が知る『お父さん』は話を聞くだけの存在だった。
 己が生まれる前に、夜空で一番綺麗な星に成ったとも聞いた。
 そんな父と云う唯一確かな証が、目先の鉄塊だった。
 ――早く、乗りたいな。
「ええ。沢山思い出を、残しましょうね」
 返事は、乾いた熱い咳がひとつ。

 ――『  』は写真撮るの、上手ね。
 誰かの声がする。誰の声、だっただろう。
 舞い散る桜のように記憶は朧げだ。
 今解るのは、冷たい風に喧騒、汽笛の音。
 それと両手で握りしめる古ぼけたカメラの感触だけ。
 嗚呼、苦しい。咳き込む度にまた血の味がする。
 でも寝たきりだった頃とは違う。今は何故か歩いていける。
 自由な身で何かをしたかった、何だっただろう。
 女学生の頬に一筋の黒い涙が伝い落ちる。
 嗚呼、そうだ。一つ思い出した。あの人にしよう。

「写真を、とらせて、ください」
 何かを遺したかったんだ。

●星櫻の旅へ
「猟兵の皆さま、列車の旅はお好きかしら」
 オリオ・イェラキ(緋鷹の星夜・f00428)が優しく問いかける。
 答えを聞くと丸眼鏡の奥にある笑みを深め、そっと片掌を差し出す。
 夜空に瞬く星座のグリモアが浮かび華開いた。
「ご案内する世界はサクラミラージュ。寝台特急という乗り物が、舞台ですわ」
 それは沢山の人を乗せ長距離を移動できるものだと、軽い説明が入る。
「見事な造りの所謂豪華列車で美しい景色を観る旅に……行けたら素敵なのですけれども」
 伝える表情は小首を傾げ、何処か困ったような笑みに変わる。
「ええ、勿論影朧が現れますの。ただ彼女に敵意はないように思えますわ」
 荒ぶる魂が殆どであると同じもので、異なる存在。
 それは余りに辛い『過去』が具現化したものだと、グリモア猟兵は告げた。
「何より強い思いが他を害する衝動に勝った代償かしら。力はとても弱く存在も儚い」
 無論相手はオブリビオン。攻撃手段は在るがそもそも猟兵に興味が無いようで。
 何かをしようと賑わう駅の中で彷徨っているのが現状らしい。
「特徴は若い女性、学生風の格好をしていて……手にカメラを持っていますの」
 誰かを攻撃する事もなく、己が誰かすらも曖昧な様子で構内を歩き回る。
 唯一、自分を突き動かす『執着』を叶える為だけに。
「オブリビオンは倒すべき、でも無害ならば帝都桜學府は救済を望んでおりますわ」
 敵に情けを? との声に結果影朧を還すのであれば同じことですわと穏やかに返す。
 執着する『目的』を聞き出し叶える事で消滅するのならばやりましょうと。
「ただ、今は場に混乱など在りませんが彼女は道行く人に声をかけようとしていますの」
 一般人に影朧の存在がばれるのも時間の問題だろう。ならば。
「影朧を保護し、執着の目的を聞き出して。人々の混乱を収め、彼女の願いを叶える」
 少し骨が折れそうな内容だが、お願いしますわと星夜のオラトリオは緩く頭を下げる。
「幸い、予知で影朧の執着は一部判っておりますわ」
 そっと鞄から一枚のパンフレットを取り出し差し出した。
「本日発車予定がこちらの列車に、乗ることですの」
 日付、発車時刻等が記された冊子のタイトルは『寝台特急:オリオン号』。
 謳い文句に『銀河を映す水辺と桜並木を往く幻想夜の旅』と書かれていた。

 オリオン座を描くグリモアが周囲を照らし煌めいた。
 周辺が星流れる軌跡を描き、風景を賑やかな駅の光景へと塗り変えていく。
「皆さまは……乗車してもちゃんと、帰ってきて下さいませ」
 見送る声と共に、オリオは微笑んだ。


あきか
 あけましておめでとうございます、あきかです。
 新年最初の依頼はサクラミラージュになります。

●執筆について
 プレイング受付開始のご案内はマスターページにて行っています。
 お手数ですが確認をお願いします。

●シナリオについて
 目的を達成しながら豪華寝台列車の旅を満喫しましょう。
 全章通して判定属性関係なくやりたい事を書いて頂ければと思います。
 なお、客室の関係上(と書いてMSのキャパと読む)
 同時参加は2~3人程度を推奨しております。
 勿論1人参加も歓迎です。

●一章:昼過ぎ
 駅構内で彷徨う影朧を保護します。
 女学生風の影朧はカメラを手にふらふらしており、
 目についた人に声をかけているようです。
 写真を撮るのも、会話してみるのも良し。
 ただし不安定なため激弱ですが多少攻撃のような事をする可能性も在ります。
 暴れだしたら落ち着かせて下さい。UC指定しているだけでもOKです。
 余裕があれば切符を買いに行ったり、早くもお土産屋をみたりしても構いません。
 逆に切符買うプレイングを書かなくても列車は乗れますのでご安心下さい。
 なお客室は全室「サアビスチケット」適応しております。

●二章:夕暮れ
 駅の中にいる一般人が影朧の存在に気付きます。
 このままだと列車の運行に影響が出る為、無事に発車できるよう動いて下さい。
 怖がる人の避難、駅員の説得、影朧のお世話などなど。

●三章:夜
 無事に発車できましたら列車の旅をお楽しみ下さい。
 客室で寛いだり、食堂車で食事したり、外の景色を眺めるのも良し。
 影朧は特に構わなくても勝手に車内を見て回り、最終的には消えます。
 勿論構ったらそれなりに反応するようです。

●その他
 今回はふじもりみきやMSさんとの共同運行になります。
 寝台特急シリウス号も是非お楽しみ下さい。
 同時参加は諸々矛盾しそうですがこまけぇことは(略)でお願いします。
 また、三章に限りオリオもラウンジでのんびり車窓の景色を楽しんでます。
 お声がけ頂ければ描写にしれっと参加します。

 それでは佳き列車の旅を。
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第1章 ボス戦 『血まみれ女学生』

POW   :    乙女ノ血爪
【異様なまでに鋭く長く伸びた指の爪】が命中した対象を切断する。
SPD   :    血濡ラレタ哀哭
【悲しみの感情に満ちた叫び】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    応報ノ涙
全身を【目から溢れ出す黒い血の涙】で覆い、自身が敵から受けた【肉体的・精神的を問わない痛み】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


『寝台特急:オリオン号 運行案内
 ●月×日、一〇:二三分発◆◆行き

 素敵な旅の思い出に豪華寝台特急オリオンを是非ご利用下さい。
 一番の見所は夜、満天の星を映す湖は一部浅い所を直接走り抜けます。
 上も下も星が煌く光景は圧巻!
 更に仄明るい幻朧桜並木の美しさも一緒に堪能できます。
 銀河と神秘の花、2つの絶景をお楽しみ下さい。

 車両案内:全八両編成
 一等客室(一号車)
 1~2人宿泊可能のスイートになります。
 上質な調度品を揃え、広々とした窓からの景色は極上です。
 食事は食堂車、または個室のどちらかをお選び頂けます。
 一等星のように特別で優雅なひとときをお過ごし下さい。

 二等客室(二、三号車)
 二段ベッドに折りたたみ式ソファーベッドを使用で三人宿泊可能です。
 食事は食堂車をご利用下さい。

 食堂車(四号車)
 ゆったりとした空間で外の景色を楽しみながら食事ができます。
 
 三等客室(五、六、七号車)
 ベッド付きの一人用個室になります。
 間仕切りのカーテンを開け、隣室と繋げる事も可能です。
 食事は食堂車をご利用下さい。

 ラウンジ(八号車)
 ソファーで寛ぎながら大きな窓での絶景をお楽しみ下さい。
 セルフサービスで飲み物も用意しております。
 また、奥の展望デッキは窓越しではないパノラマの景色を観る事ができます。

 切符の購入は駅構内販売所にて!
 近くの売店ではオリオン号・シリウス号記念土産各種取り揃えております』

 華やかな広告が駅構内の一番目立つ場所に貼り出されている。
 行き交う人々が目にし会話に取り入れていく、そんな中で。
 一人の女学生がふらつく足取りで其処を通り過ぎていった。
榎本・英
これがその列車だね。
寝台特急と言えば殺人事件と決まっている。

……今回はそのような事を考える為に来た訳ではないが。
もう少し時間はあるが、先に切符を買っておこうか。

嗚呼。そこのお嬢さん。
出発前の良い写真は撮れたかな?
一寸、私にも見せて呉れ。

彼女が暴れたらこっそりと落ち着けよう。

個室でゆっくりとした一時を過ごそうではないか。
食事に毒はありがち、寝込みを襲うのもまたありがち。
では何かの拍子に毒が効き始めると云うのは如何だろうか。

それにしても此処の食事は美味しいね。
風景も素晴らしいよ。
このような場所で優雅に過ごす事など滅多にない。

少し作品から離れて、純粋に楽しむとしよう。



●冒頭
 作家の日常がそのまま作品に成るとは、どの切欠だったか。
 此れは或る人の昼下がりである。

「これがその列車だね」
 榎本・英(人である・f22898)の足取りは散歩と相違無かった。
 雑踏に馴染む色合いが冷風に撫でられても眼鏡奥の赤は揺らぎない。
 舞台近くで止めた脚に今度は蒸気が吹き込んだ。準備中か、忙しないな。
 観察する。成程随所拘ったのだろうレトロな造りに大事にされた年季も感じる。
 ヘッドマークの星座は陽に照らされ一等鮮やかに輝いていた。
「寝台特急と言えば殺人事件と決まっている」
 此程見事な列車なら難解なトリックを乗車させても映えるだろう、けれども。
「……今回はそのような事を考える為に来た訳ではないが」
 確かに事件は発生する。がそれは遺体を前に議論する噺では無い。
「もう少し時間はあるが、先に切符を買っておこうか」
 さて何処だったか、通行人に紛れ先を目指す。
 販売員は笑顔の素敵な婦人だった。興味深い話を交わし切符も購入。
 では人波から抜け場面を変えよう。
「嗚呼。そこのお嬢さん」
 君も一緒に。

 物語に退屈は不要と早くも一人称視点は自然な声掛けで必然を招いた。
 振り返る女学生の目は虚ろでも、男を映している。
「出発前の良い写真は撮れたかな?」
 問には咳き込みがてら、まだこれからとの内容を頂く。
 撮っても良いかと女学生は云った。何を、とは言わなかった。
 なら場所を変えよう。丁度昼餉が未だなんだ。
 婦人お勧めの構内カフェーは列車を観られる席がウリらしい。
「ゆっくりとした一時を過ごそうではないか」
 拙くついてきた彼女も窓越しの鉄塊に気付いたようだ。

「それにしても此処の食事は美味しいね」
 片手間の友と言えばサンドウイチだ。
 マヨネーズの無い卵、隣は果肉が大きなジャムが挟まれていて。
 平凡な中身でも舌を喜ばせる味は流石大型駅に店を構えるだけはある。
「風景も素晴らしいよ。このような場所で優雅に過ごす事など滅多にない」
 此処すら中々の絶景だ、オリオン号ではさぞかしと期待が高まる。
 食事に興味無く窓外を眺める彼女を横目に、語りは一層止まらない。
 やはりかの列車はミステリが似合う。例えばそう、あの車両は食堂車か。
「食事に毒はありがち、寝込みを襲うのもまたありがち」
 所謂王道だがそれが良い、其処へ至る過程を彩るのが小説家だ。
 ねこみ、どく。
 呟く隣人の雰囲気が変わったのも気にせず、彼は手帳を取り出し書きつける。
「では何かの拍子に毒が効き始めると云うのは如何だろうか」
 近くで咲いた不気味な黒百合は一瞬のうちに撃ち抜かれ、散っていく。
 負の衝動が消えた影朧が見たのは、手帳の中へ消えていく獣の指先だった。
 文豪は、今も書を記し続けている。

 ふと、シャッター音がひとつ響いた。
 振り向くとぼんやり顔がカメラを手に此方を見ている。
「一寸、私にも見せて呉れ」
 覗き込むが古いカメラだ。中に在るのはフィルムだろう。
 顔を上げる。三度合う視線の先、娘の口が開いて。
「あなたが、外をみて、書いてる姿が――」
 丁度、見ていた外で汽笛が鳴り響いた。
 英が返事する前に女学生はふらり何処かへ去っていく。
 代わりに食後の一杯が運ばれてきた。さて、と一息。
「少し作品から離れて、純粋に楽しむとしよう」
 承はこれからだ。ならば、時が来るまでもう少し今を堪能しよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神代・凶津
また変わり種の仕事だな、相棒。
「・・・でも、なるべく手荒な真似をせずに解決できるならそうするべきです。」
まあ、相棒ならそう言うと思ったぜ。
んじゃ、行くとしますか。

あれが例の影朧か。
早速話しかけるとするか。よう、そこのアンタ。
おっと暴れだしたら動きを見切って抑えるぜ。
落ち着け、別にとって食う訳じゃねえ。
「・・・私達は貴女の味方です。」
相棒の言う通りだ、アンタの無念を話しちゃくれねえか?

カメラなんか持って写真を撮るのが趣味なのかい?
見た感じカメラの扱いとか手馴れてるようだしな。
そうだ、せっかくだし俺達の事も撮っちゃくれねえか。


【技能・見切り、コミュ力、情報収集】
【アドリブ歓迎】



●相互
 世界を彩るひとひらの花弁が、射干玉の長い髪へと辿り着く。
 淡色の花と同じ名の巫女が精白と赤々を舞わせ、一度足を止めた。
『また変わり種の仕事だな、相棒』
 しかし発声は神代・桜の姿に合わぬ男のもの。
 幻朧桜の一枚が、しなやかな指に包まれた一等紅い鬼面に落ちていく。
 女性が落とした視線の先も同じ場所。声は、其処から発生している。
『彼』こそ神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)、そのものだった。
「……でも、なるべく手荒な真似をせずに解決できるならそうするべきです」
 今度こそ芯の通った女性の声がする。
 澄み渡る晴夜のまなこは顔を上げ、未だ出発前の列車を遠くに映した。
『まあ、相棒ならそう言うと思ったぜ』
 互いの性格を把握する程は共に居る。会話する前に、心は決まっていた。
『んじゃ、行くとしますか』
 旅する巫女が頷いて、謎の仮面を抱いたまま凛とした姿勢で歩き出す。

 構内は賑やかで、穏やかだ。皆目的地へ何の不安も無く向かっている。
 其処に異物が居るとも知らずに。
『あれが例の影朧か』
 異物はコンコースより少し外れる開けた場所に居た。が、雰囲気が怪しい。
 背を丸め咳き込む姿に退魔師は嫌な気配を感じとる。
『早速話しかけるとするか。よう、そこのアンタ』
 ゆっくりと、女学生が視線を合わせた。
 くる、しぃ
 黒い涙を零し影朧が唸る。伸ばした手に異様な程長い爪が生え害意と化す。
 混乱している瞳、振り上げる凶器。
 狂気に忘れ去られたカメラが地へと落ちていく。
『おっと』
 しかし爪で屠る音も、カメラが壊れる音も一切響かなかった。
 ひとつ、聴こえたのは――りんと奏でられた鈴の音。
「!?」
 少なくとも我に返った影朧の前には誰も居らず。
 次に理解したのは誰かが己の背後で、攻撃の手を掴んでいる事だった。
『落ち着け、別にとって食う訳じゃねえ』
 もう一度鳴る退魔の鈴に黒百合と異形の爪だけが祓われ朽ちていく。
 落ち着いた女学生が振り向き認識した相手は、カメラを持つ鬼面の巫女であった。
「……私達は貴女の味方です」
 敵意が消えたのを感じ、そっと繋いだ手を離す。
 代わりに相棒を顔から外してカメラを彼女へ差し出した。
『相棒の言う通りだ、アンタの無念を話しちゃくれねえか?』
 静かに受け取った影朧は俯き、カメラを見つめ少し口を開いては閉じている。
 返事に悩んでいるのだろう。なら。
『カメラなんか持って写真を撮るのが趣味なのかい?』
 質問を変えてみる。指先が反応した後、ゆっくりと顔を上げてきた。
 ぼんやりした眼差しだったが、確かに一つ頷いて。
 当たりか、良かったと顔に出……一寸判り辛い凶津の代わりに桜が淡く微笑んだ。

『見た感じカメラの扱いとか手馴れてるようだしな』
 続いてかけた言葉に相手が考え込むような様子を見せる。
 やがて、言葉が浮かんだのか口を開いた。
「撮りたかった。遺したかった。思い出を、忘れないように」
 でも、何を。その先が朧気で判別できないらしい。
 曇る表情に、一人と一つも考える。
 発声したのは男の方だった。
『そうだ、せっかくだし俺達の事も撮っちゃくれねえか』
 撮る。その提案はすんなり理解したようだ。
 改めて両手で持ったカメラが神代のふたりに向けられる。
 桜は確り、凶津を胸前に。ベストアングルに調整された。

 シャッター音の後、影朧はまた何処かへ去っていく。
 被写体の背後でオリオン号が蒸気を吹き上げ、汽笛を鳴らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
【歌鼓】

かたんことん
オズ、汽車も綺麗だね
汽車の中で寝る…なんてわくわくだよ
僕もね、汽車にお泊まりもオズとお泊まりも初めて!
楽しみで昨日は眠れなかったんだ
ふふー
おそろいだね、オズ!

腕の中のヨルも汽車に大喜び
ちょこちょこ動きまわる様子を見守り
あ、あの子だね
目当ての子を見つけオズについていく

ねぇ写真撮ろう!
僕ね、すまほほん、持ってるんだ!
今日の記念になるよ
僕がとってあげる
得意なんだから!
並んで笑って!
電車と一緒にぱちり

ブレずに撮れたそれを自慢げに披露
今度は僕達をとってよ
ヨルもシュネーも一緒に
宝箱みたいなカメラだね!
とっても素敵

列車の旅、楽しみなんだ
お互い楽しもう

わ!ほんと?僕も見たい!
オズ待ってよー


オズ・ケストナー
【歌鼓】

腕の中のシュネーと
ポスター見つめ

しんだいれっしゃっ
はじめて
リルは?
中にベッドがあるの?
ふふ、リルとおとまりするのはじめてだねっ
おそろいだっ

ヨルと一緒にぴょんぴょん跳ねて

あれ?
リル、あの子だ

こんにちはっ

もちろん、とっていいよ
しゃしんすきなの?
リルもしゃしんとるの、じょうずなんだよ

よかったらいっしょにとろうよ
ほら、列車もいれて
リル、どう?うまくとれた?

きみのはすぐに見られないしゃしんなんだね
それもわくわくするねっ
きっととってもいいしゃしんになってるよ

列車、たのしみでそわそわしちゃう
きみもたのしみにしてるんだよね?
いい旅になるといいねっ

あ、窓から見たら2段ベッド見えるかな?
リル、見にいこうっ



●陽謡
 かたん、ことん。――かたんことん♪
 弾む言葉は音色を添え、リズムに嬉しさを滲ませ唄う。
「オズ、汽車も綺麗だね」
 広告に描かれた列車はリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)の心を更に躍らせた。
 揺蕩う尾鰭上質な衣装と波打って、するりと愉快に名を呼ぶ先へ身を寄せる。
 彼の友は小さな姉を腕に、温容の眼差しで同じ絵を見ていた。
「しんだいれっしゃっ」
 オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)が堪らず上げた声も嬉しそう。
 柔らかなブロンドを揺らしはじめてと云う春の笑顔へ、おんなじ彩の貌が向き合った。
「リルは?」
「僕もね、汽車にお泊まりもオズとお泊まりも初めて!」
 なんて素敵な響きだろう。二人の顔にもう一度、喜色の表情が咲いて華やぐ。
「汽車の中で寝る……なんてわくわくだよ」
 袖口軽く口元覆い、品美く微笑むも待ちきれなさは隠せない。
 楽しみで、昨日は眠れなかったんだ。
「中にベッドがあるの?」
 成程だから寝台列車だ。わたしたちは匣(ケエス)で寝るんじゃないんだ。
 星夜を走る特急でふかふかの寝台に飛び込めて、かたんことんと揺られて眠れる。
「ふふ、リルとおとまりするのはじめてだねっ」
 今日は初めてづくしだ。それと、同じもいっぱい。
 ふふーと笑い合う雰囲気だって。そうそう、一緒と言えば。
 同じタイミングで互いの服を引っ張る小さな存在達が主張をしている。
 下ろした視線の先、人魚が抱えるペンギンと人形が抱く友が見上げていた。
「おそろいだね、オズ!」
「おそろいだっ」
 よっつのおかおが、ふんわり輝く。

 お楽しみ前に、ひとしごと。
 大喜びしていた小さな相棒がぽわっと飛び出し満点着地。
 見守る3人見回して、ぴっと高々挙げた片翼には気合を感じた。
 大好きな声にヨルと呼ばれた雛はちょこちょこ近くを動き回って探索を始める。
 時折振り返る相棒に、ちゃんと居るよと手を振り応えた。
 気付けばオズも一緒にぴょんぴょん跳ねている。見守るリルは微笑ましそう。
 やがて桜色の綺麗な瞳が何かを見つけ、小さな手が示すように指を向けた。
「あれ? リル、あの子だ」
 姉が教えてくれたから、キトンブルーもすぐに目標を視界に捉えて。
「あ、あの子だね」
 人魚も先往く友の後ろを子ペンギンと並んでふわふわついていく。
「こんにちはっ」
 シュネーを肩に、空いた両手は後ろに組んで。陽だまり笑顔で声かける。
 振り向いた女学生は、一瞬だけ眩しそうに目を細めた。
「ねぇ写真撮ろう!」
 続く櫻沫の無邪気で心地良い誘い聲を影朧が聞き届け、小さく頷く。
 撮らせてください、と返事もあった。
「もちろん、とっていいよ」
 許可の声と二人の笑顔、小さなふたりも其々のやり方で歓迎だ。
 ならば早速撮るべく娘は古ぼけたカメラへ視線を落とす。
「しゃしんすきなの?」
 そこへ投げかけられた純真な問いかけ。上がる顔、再び視線が交差する。
「リルもしゃしんとるの、じょうずなんだよ」
 女学生の視界では上手と言われた方がごそごそ懐を探っていた。
「僕ね、すまほほん、持ってるんだ!」
 未知の単語に娘が小首を傾げる。傍では何故かヨルがきりっと直立していた。
 取り出された端末に同じ体制の銀色ペンギンが付いている。なるほど。
「今日の記念になるよ、僕がとってあげる」
 とってあげる。撮られる側は想定外だったのか、それだけ呟き相手は動かない。
「よかったらいっしょにとろうよ」
 朗らかな後押しが、そっと彼女の手を取った。
「ほら、列車もいれて」
 優しくドールが手を引いて、マーメイドが酸素を泳ぎ彼女の背中を支えたのなら。
「得意なんだから!」
 大丈夫、さぁいこう。猟兵達が影朧をオリオン号へ連れて行く。

「並んで笑って!」
 ホーム近くに見つけた良い場所。丁度、幻朧桜も一本入りそう。
 流れる儘ベストポジションに立った女学生の隣はオズとシュネー。
 ヨルはばっちり中央最前列でポーズを決めておりました。
 スマホの中は楽しさに包まれた影朧と、賑やか明るい雰囲気に。
 背後の見事な寝台特急と一緒に、ぱちり。
「リル、どう? うまくとれた?」
 皆を引き連れ駆け寄って、わくわくそわそわ覗き込む。
 ちゃんと教わったスマホ操作の賜物は見事な一枚に仕上がりました。
 ただ、ブレずに撮れたそれを披露し自慢げな顔と称賛する声の間で。
 娘だけはじっと、凝視し続けていた。
「……撮りたかった。列車と、たのしそうな、か、お、」
 ぞわ。式神がびびっと体を震わせ慌てだす。
 震えているのは影朧も同じだった。黒い涙が溢れ、身に黒百合が咲く。
 まるで思い出させないように負の色が彼女を覆い尽くそうと、して。

 ――僕をみて。
 暗い衝動に蝕まれる娘の耳へ、奇跡の歌声が入り込む。
 頭を掻きむしろうと上げた右手は歌姫に甘く奪い取られた。
 ――ね、いっしょに。
 ふわりと、暖かな風が影朧を撫でる。
 行き場を無くした左手はもう一度球体関節の手が攫っていった。
 魅惑の歌が魂を惹き寄せ、おひさま色の花弁が黒い苦しみだけを葬り去る。
 刹那、観えたのは――透徹の沫を照らす陽光の華々しい世界だった。

 我に返る女学生の足元に、仲良くカメラを持ったヨルとシュネーがやってくる。
 はいと言わんばかりに差し出され持ち主の元へ戻っていく。
「今度は僕達をとってよ、ヨルもシュネーも一緒に」
 改めてと、汽車の前で歌鼓達が並んで笑う。
 大好きを抱いて、楽しいを満面に。シャッター音も、心做しか軽やかだった。
「きみのはすぐに見られないしゃしんなんだね」
 レトロなそれをスマホと同じように皆で覗き込む。
「宝箱みたいなカメラだね!」
「それもわくわくするねっ」
 きっととってもいいしゃしんになってるよ。
 太陽の笑顔達に、娘はゆっくりと頷いた。

 汽笛の音に皆が振り返る。整備は順調のようだ。
「列車、たのしみでそわそわしちゃう。きみもたのしみにしてるんだよね?」
 これにはやや間があってから、小さな肯定が返ってきた。
 少しずつ思い出してる様子の影朧を微笑み眺め、リルは僕もと言葉を繋げる。
「列車の旅、楽しみなんだ。お互い楽しもう」
「いい旅になるといいねっ」
 今度はすぐに頷いた。それでも未だ、心の整理はついていないのだろう。
 影朧が構内へ歩いていくのでまたあとでねと見送った。
「あ、窓から見たら2段ベッド見えるかな?」
 再びオリオン号を見上げたオズに好奇心が囁いたようだ。
「わ! ほんと? 僕も見たい!」
 つられて人魚も探し始める。奥の車両がそうだろうか。
 よし、善は急げだ。
「リル、見にいこうっ」
 飛びつくシュネーを抱きしめて、軽いステップで走り出す。
「オズ待ってよー」
 ペンギンを抱えた方も、優雅に尾鰭を揺らし追いかけていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桐生・零那
【蛍と刀】

影朧は滅ぼすべき神敵。
私はそう教わり、そう育てられ、そう行ってきた。
そこに善悪の意識はなく、神のご意思ゆえに悩むこともない。
此度も影朧が現れたと聞く。ならば斬りにいくとしよう。

【世界は色を失った】
で対象を束縛。あとは斬るのみ。あっけないものだ。

私の手を止めるものがあるのならば問う。それが友であっても。
神敵たる影朧を斬るのをなぜ止める?珂奈芽もアレを討つ猟兵ではないのか!?
制止の声など聞かずに動ける、が。教会から猟兵と連携を取るように、とも命じられている。

今の私には判断ができない。だから、この場は珂奈芽に従うとしよう。
だが、もしアレが人に害をなしたなら斬る。次はないと思え。


草守・珂奈芽
【蛍と刀】

満足して悲しみが癒えるなら、それを叶えるのだって立派な仕事だよね

って零那ちゃんが襲ってるー!?タンマタンマ!
白銀丸ちゃんとUCで操作する草化媛に影朧さんを保護させつつ、進路さ阻むのさ
真剣な顔はちょっと怖いけど引かない!

ちゃんと影朧のこと分かっちゃないけどさ
オブリビオンだから還さなきゃいけないのは知ってる
でも猟兵の役目はまず世界や人を守ること、わたしはそう思うのさ
無害な影朧なら傷付けず助けたいって學府も言ってるしさ!
刀を振るうだけじゃないと思うの、今回は特に

うん、今止まってくれるならそれでいいよ
その思いを全部否定なんてできないもん
…影朧さんも零那ちゃんも穏やかに済めばいいんだけどなー



●衝突
 彼女が規定通り着こなすセーラー服へと、冬風が花弁を届けていく。
「此度も影朧が現れたと聞く」
 桐生・零那(魔を以て魔を祓う者・f30545)の眼前に在るのは賑やかな日常の風景。
 ただし教会の戦闘員には任務を遂行するための場、という認識でしかなかった。
 確認の呟きはなまら綺麗だねー。と幻朧桜吹雪を見ていた隣人へと贈られる。
 草守・珂奈芽(意志のカケラが抱く夢・f24296)が振り向き元気な笑顔を見せたなら。
 蛍と刀は前を向き、いざゆかんと目的地に入っていった。

 駅弁の試食を促す売店前や、人々の会話弾む時刻表近くだろうが構わず先へ進む。
 いやちょっとだけ蛍石の少女は気になったが、お仕事優先と進行方向に向き直る。
 大丈夫大丈夫、お仕事頑張るんだべ。
 気合を入れ直しがてら、先に聞いた情報を思い出して。
「満足して悲しみが癒えるなら、それを叶えるのだって立派な仕事だよね」
 ヒーローの一族……の分家とは言え正義の味方として戦ってきた胸中を吐露する。
 戦わずして救う仕事だって、自分なりにできる事をしようと新たな決意をひとつ。
 手を握り気合を入れる珂奈芽の傍で、女剣士は鋭い眼でずっと索敵を続けていた。
 零那とて先の説明を聞き、友の話も確りと耳にしている。
 そんな彼女が一点に視線を固定し、返事をする為口を開いた。
「ならば斬りにいくとしよう」
 認識の違いに齟齬が生まれていく。

 オブリビオンの殲滅こそ神の救済であり、影朧は滅ぼすべき神敵。
 そこに善悪の意識はなく、神のご意思ゆえに悩むこともない。
 教会の戦闘員はそう教わり、そう育てられ、そう行ってきた。
 目先に居るのは女学生ではない。影朧であり、倒す敵だ。
「『アグレアプト』。今その契約を果たせ」
 呼んだ名は、今隣で気持ちの整理をしている少女のものではない。
 喚ばれた者は、交わした契を成す為悪魔召喚士に代償を求めた。
 望むは左右違う輝きの瞳、その片方が映す世界の色。
 極彩と無彩が混じり合う光景に透明な鎖が出現し対象へと伸びていく。
「って」
 魔の気配を感じたクリスタリアンが見上げた先で、拘束の音が響き渡る。
「あっけないものだ」
「零那ちゃんが襲ってるー!?」
 更には藻掻く影朧へ無慈悲に近付く7番戦闘員が、鯉口を切るのも視界に入った。
 あとは斬るのみとばかりに鍛えられた刀身を抜き放つ。
 戸惑ってる暇など無い、サイキッカーは即座に力を開放し走り出す。
「白銀丸ちゃん!」
 叫び声に応え飛び出したのは一匹の管狐。小刀を咥え、鎖の解除に取り掛かる。
 同時に一体の人形も意思を持って後を追い手伝い始めた。
 胸にリンクする相手と同じ石を煌めかせて。
「タンマタンマ!」
 間に合った。珂奈芽は両手を広げ二人の間に立ち塞がる。
 零那は攻撃の手を止められ、一旦立ち止まった。
 だが魔の力宿る眼は射抜くように。例え友であっても、鋭く見据えている。
「神敵たる影朧を斬るのをなぜ止める?」
 問う者のクールな真顔に圧倒されかけるも、問われた方も引かず真っ直ぐ見つめ返す。
「珂奈芽もアレを討つ猟兵ではないのか!?」
 張り上げた声は真剣だ。魔を以て魔を祓う者の揺るぎない信条が伺える。
 同時に、祓魔剣士は行動していない。制止の声等聞かずに動けるにも関わらず。
 人間として、友として答えを待っている。その心を感じ取れたからこそ向き合えた。
「……ちゃんと影朧のこと分かっちゃないけどさ」
 素直な想いのまま、飾らぬ言葉を投げかける。
 金赤の瞳が変わらぬ強き視線で受け止めていた。
「オブリビオンだから還さなきゃいけないのは知ってる」
 わたしはヒーローを目指して、彼女は救済の為戦っていて。
 どちらもオブリビオンを倒す者である事に変わりないけれども。
「でも猟兵の役目はまず世界や人を守ること、わたしはそう思うのさ」
 イェーガーとしての在り方。人それぞれだとも、知っている。
 だから。
「無害な影朧なら傷付けず助けたいって學府も言ってるしさ!」
 声を上げる度に柔らかな若草色の髪が跳ねる。それ位に、伝えたかった。
「刀を振るうだけじゃないと思うの、今回は特に」
 みっつ同じ色の瞳が交差する。場に少しだけ、沈黙が訪れた。
 やがて……一人が視ていたモノトーン交じりの世界が少しずつ、戻っていく。
「――教会から猟兵と連携を取るように、とも命じられている」
 刀は鞘へと戻され、悪魔の気配は消え去った。

「うん、今止まってくれるならそれでいいよ」
 今はこれでいい。最良の答えなんて、この先幾らでも変わっていくだろう。
 緊張が解けた少女が気の抜けた笑顔を浮かべようと、して。
 あ、ァ、ア……!
 地を這う声が背後でした。振り向く先で、影朧が蹲って唸っている。
 周囲に黒い影が広がって幾つもの黒百合が咲き始めていた。
 このままでは拙い。管狐が焦った様子で猟兵達に視線を送る。
「零那ちゃん!」
「あぁ」
 合図は最低限。戦闘態勢は一瞬のうちに、揃って構えを取る。
 祓魔剣士が再び抜き放った刀は一太刀の元黒百合を刈り取って。
 不気味な影は煌めく蛍石の結晶が撃ち込まれ、渦巻く狐火が消していく。
 もう、二人の認識に齟齬は無かった。
 消えゆく負の気配。徐々に影朧の震えが収まり、やがてゆっくりと顔を上げる。
 最初に女学生が見たのは古ぼけたカメラを抱きしめて護る魔導人形の姿だった。
 何処かで納刀の音がする。
「……今の私には判断ができない」
 落ち着いたオブリビオンが草化媛から受け取る姿を横目に呟く。
 救済の為に斬るべき。その教えを今己は背いているのだろうか。
 一息ついてもやはり答えは出てこない。
「その思いを全部否定なんてできないもん」
 管狐を伴い友が傍に来て、気持ちに寄り添う言葉を贈ってきた。
 まだ、学ぶ時間が必要なのだろう。今解るのは少女が笑っている事だけ。
「だから、この場は珂奈芽に従うとしよう」
 彼女の笑顔に、私は今どんな顔を返せているだろうか。

 小さなシャッター音に気付いた蛍刀が一緒に顔を動かした。
 動けるようになった女学生がぼんやりとカメラを構えている。
 虚ろな視線は猟兵達と、傍に貼られていたオリオン号のポスターを見ていた。
「仲良し、いいなと、おもったの」
 それだけ告げ、ふらふらとまた影朧が歩き出す。
「待て」
 制止の声に足を止め娘が振り向く。剣士はもう、攻撃態勢をとらなかった。
「次はないと思え。人に害をなしたなら斬る」
 言葉に嘘偽りはなく、己が行動の事実を告げる。
 相手は頷きこそしなかったものの、聞き届け……改めて去っていった。
 姿が見えなくなる迄オッドアイの視線は揺らがず見届け続けている。
「……影朧さんも零那ちゃんも穏やかに済めばいいんだけどなー」
 そんな零那の後ろで珂奈芽が呟いた声が彼女達に届いたかは、定かではない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サティ・フェーニエンス
列車…この体を得てから、乗るのは初めてなので少し楽しみです

件の影朧を見つけたら驚かさないよう声をかけます。
「此方に乗る方ですか?僕、初めてなので色々不安でして…緊張解けるまでで良いんですが、少しご一緒しても?」と。
もしあちらも初めてだと仰ったら、共感の方向で雑談し。
暴れ出してしまったら、UCをそっと発動させ。彼女の足元だけ、傷つけぬよう巻き留めます。

基本、彼女の話したい事、やりたい事を(周囲に迷惑かからない範囲で)促して付き添います。
耳を傾けてくれるなら、お土産屋を見るのに付き合ってもらったり。
いえ、あの、僕が欲しいわけでは決して…ええと、知りあいにあげようかな、とか(←自分の好奇心)



●共行
 蒸気に花弁が流れていく様すら見慣れない光景だった。
 サティ・フェーニエンス(知の海に溺れる迷走っコ・f30798)は今、煙桜の海を見上げている。
 風に揺られ波打って、引いて消えた後に残るは黒く大きな寝台特急。
「列車……この体を得てから、乗るのは初めてなので少し楽しみです」
 でも先にするべき事をしなくては。
 白のローブを同じように靡かせて、外見少年は行動を開始する。

 件の影朧はオリオン号を眺めながら通路脇の席に座っていた。
 探索者はさり気なく近付き、気遣いの足音だけが密やかに響く。
「此方に乗る方ですか?」
 かける声も丁寧に。猟兵は影朧に、話を伺う。
 何に等聞かずとも解る。其処から視線を外し娘の眼は青いヤドリガミを映した。
 返事は少しだけ間が在った。やがて僅か首を、下上に。
「僕、初めてなので色々不安でして……」
 初めてな事に嘘はない。他は、さておいて。
 また暫く反応の遅延が在った。視線が泳ぐ、何かを思い出すように。
「……私も、乗るのは、はじめて。どう、して?」
 呟いた女学生の瞳が突如暗い色を帯びる。
 焦点も合わなくなってきた……と思ったら、すぐに元へ戻っていく。
 不思議そうな顔をする相手にサティは変わらぬ表情で小首を傾げた。
「緊張解けるまでで良いんですが、少しご一緒しても?」
 頷く彼女を導いて、二人並んで移動する。
 去った跡に残る不穏な黒百合は固く尖った蔓に巻き取られ朽ちていった。

「乗車するまでにやりたい事はありますか?」
 話したい事でも良いんです。真面目な彼の質問はストレートだ。
 促された女学生はぼんやりとした顔に、目だけがうろうろ彷徨っている。
 返答は最後迄待つ予定であったが……ふと、一応少年の脳裏に疑問が一つ浮かんだ。
「あの、切符は持っていますか?」
 彼女が小首を傾げたので確信に変わる。
 相手は影朧だ。必要かは解らないが列車に乗るなら切符があった方が良いだろう。
「買いに行きましょう」
 表情は乏しいが行動力は逞しい。早速と言わんばかりに場面を移す。
 笑顔の素敵な販売員から購入した切符は無事に手渡されて。
 あり、がとう。
 小さなお礼は『古書』の心に優しく書き込まれた。

 その後も特に思いつかないようだ。なら。
「お土産屋を見るのに付き合ってもらえませんか?」
 丁度売店が近くにあるので提案したリクエストは即時受理された。
 店先には様々な土産品が通行人の足を止めようと山盛り陳列されている。
 女学生も興味あるようだ。良かったと、心内で安堵する。
 途中店員に姉弟でお買い物かな? と微笑まれ解せない気分になったり。
 高い所のグッツに届かなかったら影朧が取ってくれたり。
 若干不服があったものの、つつがなく時間は過ぎていき。
 最終的にサティの手に在ったのは小さな根付だった。
 夜に近い濃紺の飾り紐に、オリオン号のヘッドマークがぶら下がっている。
 それでも買うか悩んでいたら不意にシャッター音が聴こえてきた。
 顔に出ないが驚き目線をあげると、影朧に一枚写真を撮られている。
「いえ、あの、僕が欲しいわけでは決して」
 何だかとても気恥ずかしくなって、慌てて謎の弁解を始めてしまう。
 相手はじっと此方を見つめている。徐々に、顔に熱が集まって。
「……ええと、知りあいにあげようかな、とか」
 片手で口元を抑えながら、ぽつりと一言。
 好奇心に勝てなくて、でも見栄っ張りなヤドリガミの精一杯だった。

「どうか、大切に」
 穏やかな一言を告げ、彼女はその場を離れていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

ゆぇパパも?
寝台列車はルーシーも初めてなの
少し、楽しみね

何に代えても成したい衝動
一体何なのかしらね、パパ
穏やかに還れるのなら
お手伝いがしたいな

先ずはゆぇパパと手を繋いで
駅構内を廻り探しましょう

カメラを持ったお姉さんね
撮らせて、といった言葉が聞こえないか
ようく耳を澄ませて

それらしき方を見つけたなら
パパの背から
ゆっくり声をかけるわ

ごきげんよう
その…カメラ、よね?ステキ
お写真が好きなの?
ルーシー、最近カメラに興味があるの
これからどちらにいくのかな
良ければご一緒して、お話聞かせて頂ける?
切符売場へお誘いして
写真を希望されるなら写りましょう

UCは彼方が攻撃した時
パパや周りに害が有りそうな時のみよ


朧・ユェー
【月光】

寝台列車に乗るのは初めてですねぇ
ルーシーちゃんはどうですか?

そうですねぇ
それがわかってお手伝い出来れば良いですね、ルーシーちゃん
彼女の手を取りゆっくり歩いてまわる

女性の声
あの方でしょうか?
おや、写真…
そっとルーシーちゃんを自分の背の方へ移動させ
えぇ、構いませんよ
一緒に撮りましょうか?

UCは彼女や周りに迷惑かけない程度に
美喰
相手の行動、彼女がどう思っているか内なる心を聞き出す



●父娘
 幻朧桜は咲き誇るが、春は未だ遠い。
 寒くないだろうかと幼い彼女を見下ろす男の眼差しは、とても暖かかった。
 返す隻眼が大丈夫と淡く微笑んでくれるから。
 陽より温和な月光達は仲良く喧騒へ入っていく。
 目指す列車の広告を見つけたのは、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)だった。
「寝台列車に乗るのは初めてですねぇ」
 無意識に心惹きつけるような声色は、されど柔らかく。
 誰の為と云われたら言葉につられて顔を上げる少女へ向けて。
「ゆぇパパも?」
 ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)と合う視線に、笑みが増す。
「ルーシーちゃんはどうですか?」
「寝台列車はルーシーも初めてなの」
 慈しむ問いに嬉しさが答え、少し楽しみねと返事を付け足す。
 行き交う人の誰もが、彼等は親子と疑わぬ穏やかな光景だった。

「何に代えても成したい衝動。一体何なのかしらね、パパ」
 今日此処へ来たもう一つの目的に意識が移る。
 本日のお供を抱きしめて呟く子につられ、男も口元に手を添え思案する。
「そうですねぇ」
 オブリビオンの根底を抑える程の感情、その理由。
 晴らせば戦う事も傷つけ合う事も無く見送れる道へどうしたら辿り着けるだろう。
「それがわかってお手伝い出来れば良いですね、ルーシーちゃん」
 過去がそうするのか、彼女は少しだけ思考が大人びている。
 それでも影朧の為にと考え込む様は純粋で相応な横顔だった。
「穏やかに還れるのなら、お手伝いがしたいな」
 零れ落ちる素直な想いに大きな手が差し出される。
 伸ばされた小さな手を包み込んで、ゆっくり二人は歩き往く。
 廻る駅構内で、気になるものがあったら教え合えるように。
 人混みに紛れても離れないように。
 雑踏で流れる声は数多、その中から目的の聲を探す。
 ――撮らせて、ください。
 微か、弱々しい女声の音色が耳に届く。
「あの方でしょうか?」
 それと、ゆぇパパの優しい問いかけも。
 なんとなく繋いだ手をぎゅっとしてから示された方に向き直る。
 視界では撮影を断られ、気落ちしたような女学生が佇んでいた。
「おや、写真……」
 ユェーの呟きは相手へ届いたらしい。ぴくりと動いた女が静かに振り向く。
 そっと、大切な人を自分の背に移動させるのは自然な動きだった。
「ごきげんよう」
 最初に声をかけたのは大切な人の背より顔だけ出した少女から。
 半魔の蒼く煌めく瞳に、淀みかけた魂の視線が映し出された。
「その……カメラ、よね? ステキ」
 返事はないが話を聞いているのは解るので言葉を続ける。
 両手で大事そうに持つ物に称賛を贈ると、眼が僅かに揺らいでいた。
「お写真が好きなの?」
 またひとつ、相手の前にそぅっと置くような質問を投げる。
 白い半魔を挟んでの会話は少しだけぎこちなく、様子を見合ってるようで。
 でも確かに、少しずつ心を花開かせようと気遣うルーシーの思いが在った。
 結果を待つ間、無意識に片手でパパの服を掴む。
 すぐに、後ろ手へ回された彼の手が重なり包んでくれた。
 視線は前を向いた儘、頷く影朧を見つめている。
「ルーシー、最近カメラに興味があるの」
 虚ろな顔に、不思議そうな表情が色づいた。
 数秒程時間をかけ、理解した影朧が口を開く。
「写真を、撮らせて、ください」
 先程よりはっきりした口調は、猟兵達が受け入れ体制を示したからだろうか。
 多少不安定な雰囲気は感じたが、一切顔に出さず男が微笑んだ。
「えぇ、構いませんよ」
 言ってから、一番背の高い彼は一旦辺りを見回した。
 すっと、妖しい輝きを湛える金色が細く成る。
 少しこの場は殺風景ですねぇと零す音を一番小さな娘が拾い、重なる手を握り返した。
「これからどちらにいくのかな」
 記念を残すなら、今日を一枚撮るのなら。
 より思い出に残る場所を映したほうが、きっと好い。
「良ければご一緒して、お話聞かせて頂ける?」
 影朧が行きたい所は何処だろう、伺うも外された視線が虚空を彷徨っている。
 未だ思い出せない部分もあるようだ、ならば切欠を導けばいい。
 お誘いしたのは切符売り場。この後買う予定だったので如何と尋ね了解を頂いた。

 販売所は盛況だ、大人しく並んで順番を待つ。
 その間ダンピール親子が切符の有無を聞き影朧の女学生は有ると答えた。
 ただその視線は少し先にあるオリオン号記念切符一覧を見ている。
 どうやら客室別に少しだけ切符の柄が違うようだ。
 サアビスチケットもあるので別種類の切符を購入しようと番を待ち。
 父や周囲の人々が和やかに見守る中、娘が自分達の分も一緒に購入。
 受付の笑顔が素敵な婦人から鼈甲飴のおまけが付きました。
 甘味はさておき、一旦売り場を離れてから切符を影朧に差し出すと小さなお礼が返ってくる。
 少しだけ緊張が解けた二人を眺め、ユェーが微笑んだまま口を開く。
「一緒に撮りましょうか?」
 売店前で買った切符を手に撮ったら、きっと良い記念になるだろう。
 ルーシーも希望されるなら写りましょうと頷いて隣の影朧を見上げる。
「パパにお願いしてもいい?」
 変わらず、気遣いに溢れた伺いだった。
 ただ――言葉を聞いた相手の目が、大きく見開かれている。
「ぱぱ? ……おとう、さん」
 月光を交互に見ている女の影が不気味に歪む。良くない気配に猟兵達は身構えた。
 此処は周囲に人が多すぎる。暴れだしたら拙い。
 父が優しく娘の髪を撫でた後、直ぐに行動を開始する。
「だいじょうぶ、側にいるわ」
 蒼の半魔は臆せず近付き、優しく震える手を取った。
 繋いだ指先から影朧の手へ黄糸が絡む。癒せずとも、告げた約束の証になるのなら。
 もうひとつ、銀の縫い針に通された青糸が咲き始めた黒百合を総て絡め取る。
 丁寧に丁重に地へと縫い付け、お還り頂いた。
 黒の衝動が収まりぼんやりする女へ今度は白の半魔が静かに近付く。
 伸ばした大きな手が影朧に触れ、己が体内に埋め込まれた刻印の力が動き出す。
 暴食のグールが美味しく頂く。控えめに、手加減されて。
「僕に教えてくれるかい?」
 君はどんな子なのか。内なる心に問いかけるとノイズ混じりの心が響いた。
 ――逢えない、から、思い出を……残したかった。
 咳き込む音に能力の行使を終わらせ、触れていた先を背中に変え擦る。
 処置を終えた小さな手も一緒に、影朧が落ち着くまで気遣った。

 今度こそ、一緒に撮りましょう。
 レンズ越しに並んだ二人はもう少しだけ距離が縮まっているようで。
 やはり微笑ましく思いながらユェーは一つ思いついて彼女達の後ろに回り込む。
 腕を伸ばし、自撮り風に。三人揃った思い出を切り取った。
 カメラを返し、またねと告げて。
 見えなくなる迄ルーシー達は影朧を見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】
寝台特急って受付開始と同時に一瞬で完売…
みたいなイメージあったから
まさか自分が乗れる日が来るなんてね
どんなご飯が出るのかな
列車から見る星ってどんな眺めかな

へぇー、部屋も色んなランクがあるんだね
でもここはやっぱりスイートルームでしょっ
というわけで梓、スイートで二人分の切符宜しくね

件の影朧は写真を撮るのが好きだったのかな?
彼女を発見したら、話しかけるきっかけとして
シャッターお願い出来ますか?と尋ねてみる

言われてみれば確かにね
今まで梓と沢山の場所を訪れたけど
写真に残すことってあまり無かったなぁ…
これからはもっと意識してみよう
心の中の思い出だけではいつか忘れてしまうかもしれないから


乱獅子・梓
【不死蝶/2人】
綾、はしゃぐ気持ちは分かるが
ただ遊びに来たわけじゃないんだぞ
…と、思わず小言を言ってしまったが
内心かなり楽しみなのは俺も同じ
それに多分今回は影朧との激しい戦闘は無いだろう
綾を危なっかしい目に遭わせずに済むのは安心

言い出しっぺのくせに俺に買わせる気かお前
まぁ、いつものことだが
それに俺もどうせならスイートで
のんびり過ごすのも良いなと思っていたところだし
…が、値段を見て一瞬固まる
猟兵で良かった、サアビスチケット万歳

影朧に写真を撮ってもらうことになったら
せっかくだから仔竜の焔と零も肩に乗せて一緒に

そういえば、俺が焔や零を撮ることはよくあるが
綾含め俺たち全員が写った写真ってかなり貴重だな



●傍蝶
 流石は豪華列車を運営する大型駅だけあって、賑わう量も格別だ。
 そんな人混みから、頭一つ飛び出た二人の姿は販売所前にあった。
「寝台特急って受付開始と同時に一瞬で完売……みたいなイメージあったから」
 言いながら、片方は赤レンズ越しの視線で購入する列を追っていた。
「まさか自分が乗れる日が来るなんてね」
 灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)がしみじみ呟き感嘆の息を吐く。
 想像だけで諦めかけていたものに依頼とは言え乗れるなんてと期待は高まっていた。
 次にサングラスの視界は隣に立つ自分より数センチ高い男の方へと移っていく。
「どんなご飯が出るのかな」
 目線を上げた時にはもう、相手は此方を見ていた。
 それも解っているから笑みが深まるのは仕方のない事だろう。
「綾、はしゃぐ気持ちは分かるが」
 長い付き合いだ。乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)の反応も大方予想がつく。
 なので尚更、楽しくなった。
「列車から見る星ってどんな眺めかな」
「ただ遊びに来たわけじゃないんだぞ……」
 思わずと言った雰囲気満載の言葉と色眼鏡に覆われていても解る表情。
 でもきっと、内心かなり楽しみにしているのは俺と同じなんだろうなぁ。
 とは声に出さず笑顔の儘穏やかな小言を聞き続ける。
 一方暗い視界の方も上機嫌な相方を見ながら違う意味で楽しそうだ。
(多分今回は影朧との激しい戦闘は無いだろう)
 長年守護する相手が今日も隣で笑ってくれている。
 それが何より白い竜騎士には嬉しい事だった。
(綾を危なっかしい目に遭わせずに済むのは安心)
 結果、和やかにお互いを見る長身男性達の構図は人波の中割と目立っていた。

 改めて、猟兵達は前を見る。
「へぇー、部屋も色んなランクがあるんだね」
 一通り説明を見ていくが綾の心はもう決めているようで。
 何故か自信まで伺える表情に梓は早速彼の答えを予知していた。
「でもここはやっぱりスイートルームでしょっ」
 二人で泊まれて、一番豪華。迷いなど微塵もない。
 美味しいご飯も美しい景色も目一杯楽しまなければ損というもの。
 というわけで。
「梓、スイートで二人分の切符宜しくね」
「言い出しっぺのくせに俺に買わせる気かお前」
 見事な迄に即反応しつっこむ返事だった。
 何故か益々笑みを深める数センチ下の男に緩い溜息が零れる。
「まぁ、いつものことだが」
 言葉とは裏腹に己も笑みを浮かべているのも自覚していた。
 面倒見がいい自覚もそれなりに、対象が目の前のダンピールなら猶更。
 もうこの流れが二人の常だった。
「それに俺もどうせならスイートでのんびり過ごすのも良いなと思っていたところだし……」
 早速買いに行こうと動き出した道中のセリフが急に途切れる。
 様子がおかしい白い男に、黒い男がつられて原因を視界に入れた。
 前者は固まり、後者はへぇと楽しげに笑う。
 流石は豪華寝台特急。流石は最上級のスイート客室。
 桁が違った。
「猟兵で良かった、サアビスチケット万歳」
 しみじみと呟きながらも無事に切符は購入できました。

 移動中手にした一等客室への導を眺めていたらまた小言を言われた。
 仕方なくポケットに仕舞い前を向く。
「件の影朧は写真を撮るのが好きだったのかな?」
 ずれた色眼鏡を指先で正し、一瞬だけ雰囲気を猟兵のそれへシフトする。
 ……が、今日の仕事内容を思い出して気が抜けていく。不思議な感覚だ。
 そう我らは猟兵だ。その特性故、どんな違和感も一般人は感じない。
 本来違和感の塊である小さな一匹は駅構内を低空飛行して戻ってきた。
「ガウ」
 結果を問えば氷水属性の仔竜は主人の肩に乗り首を振る。
 あっちは居なかったか、なら。
「キュー」
 少し遠くでもう一匹の相棒が出す鳴き声がした。
 不死蝶達は互いを見て頷き現場へ向かう。
 辿り着いた先、炎属性の仔竜を見下ろす女学生が居る。
「彼女か」
 違和感を与えない筈の存在を凝視する娘が、急に肩を震わせ口元を手で覆う。
 咳き込み、落ち着いた後に今度は塞いだ手をじっと見ている。
 廃戦場の揚羽が静かに笑う。あぁ――血の匂いだ。
 ……!
 好きな香りでつい顔を出した戦闘狂の気配に影朧が反応する。
 無意識にオブリビオンとしての衝動が刺激され黒百合が女の影から咲き始めた。
 やっちゃったねと愉しげに笑う男に三度目の小言は後回しにするとして。
 二人は即行意識を切り替え走り出す。
「歌え、氷晶の歌姫よ」
 それはスローモーションで観るような一瞬の出来事だった。
『零』の調整された神秘のレクイエムが影朧の意識だけを急激に奪い取り。
 動きが鈍った隙をつき半魔が彼女の前に躍り出る。
「紅く彩られながら、おやすみ」
 優しく差し出された掌から輝く蝶が羽根を広げ舞い踊り。
 無数の紅達が影朧を蝕む負の花に止まり、枯らしていった。
 ふらつき崩れ落ちる娘を白焔の騎士がそっと支え様子を伺う。
 もう黒い気配は消えていた。

 女学生が気がついた。ぼんやりした眼だが、猟兵達を認識している。
 気遣う言葉をかけたら先程の事は覚えてなかった。なら仕切り直そう。
「写真、好きなのかな?」
 ずっと握っていたカメラに話題を向けるとすんなり頷かれる。
 それから彼女は何故か梓の周囲を飛ぶドラゴン達をじっと見つめた。
 不思議がる二匹と一人を眺める綾は突如ひらめいた顔をして。
「シャッターお願い出来ますか?」
 尋ねてみたら、当たったようだ。撮らせてくださいとの返事が聞けた。
 折角なので今日の記念を、幸い近くにオリオン号の模型が展示されている。
 近くに並んでみたがやはり影朧の視線は竜を追い宙を泳いでいた、ので。
「焔、零」
 呼べば其々ひとつ鳴き、主の肩にちょこんと乗ったら準備は完了。
 シャッター音が響く数秒前、さり気なく二人は寄り添い一緒に笑っていた。

 お礼の会釈をした女学生は古ぼけたカメラを持って歩き去る。
 見送るよっつが視線のうち、一人が何気なしに口を開く。
「そういえば、俺が焔や零を撮ることはよくあるが」
 呼ばれた二匹だけでなく、呼ばれなかった男も興味深げに耳を傾ける。
「綾含め俺たち全員が写った写真ってかなり貴重だな」
 今は見られなかったが、あのカメラには思い出が確り記録された。
 その事実だけでもこんなに感慨深いものなのか。
「言われてみれば確かにね」
 気持ちは伝わり、共感の声と一緒に綾は緩く微笑んだ。
「今まで梓と沢山の場所を訪れたけど、写真に残すことってあまり無かったなぁ……」
 共に居る時間は長いが、今は一瞬だ。
 写真等で思い出を沢山残したら、見返す度にその一瞬が蘇る。
(これからはもっと意識してみよう)
 出発まで何処に居ようかと笑いかける梓に、綾の表情が一層和らいだ。

 心の中の思い出だけではいつか忘れてしまうかもしれないから。
 あの影朧もきっと、残したかったのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
折角の列車旅だ
味なんてわかんないけど、定番の駅弁でも買って乗り込もう
あ、ついでに簡単に食べられるお菓子と本も。旅の醍醐味らしいからね
席は…三等でいいか
豪華なのは慣れないし

列車旅はバイクよりも早くて、それも新鮮で心が躍る
あっという間に街中を走って行くのも楽しい
早く出発すればいいんだけど

……
あなたも、そうなの?(カメラを持った朧影に)
そう。景色に興味があるのかと思って
だってカメラ、持ってるでしょう?

…そうだね。列車はあんまりに早すぎて
この世界のカメラじゃ、外の景色を映すのには不向きかもしれない
じゃあ、あなたは何を撮りたかったの?
出発したら、撮れなくなるものもあるよ
それまでに、良く、考えておいて



●準備
「幕の内弁当は桜の花の塩漬け麦飯に魚の照り焼きが好評ですよ!」
「……なるほど?」
「サンドウイチ弁当もおすすめです、カフェーで人気なんですよ!」
「んー……」
 リュカ・エンキアンサス(蒼炎の・f02586)は今、違う種類の戦場に居た。
 セエルス攻撃を受ける少年の対応は大変クールだが、店員もめげない。
 購入を勝ち取る戦いは続く。尤も、折角の旅列車なので客は最初から買う予定だが。
(味なんてわかんないけど)
 問題はそこであった。でも列車に乗るのだし定番は確保しておきたい。
 店員の勝利の笑顔を横目に、一つ手に取り買……いや。
(ついでに簡単に食べられるお菓子と本も)
 旅の醍醐味は全部入手しようと思った結果。
 彼は再び販売員の熱心なトークを聞く羽目になった。

(席は…三等でいいか。豪華なのは慣れないし)
 近くの切符販売所でもきちんと並んで購入した。
 なんだかんだ乗車前から旅を満喫している気がする。
 ふと、足を止め外を見る。硝子の無い大窓の先に停車中の列車があった。
 ヘッドマークの星座からしてオリオン号だろう、あれに乗れるんだ。
 列車旅はバイクよりも早くて、それも新鮮で心が躍る。
(あっという間に街中を走って行くのも楽しい)
 蒸気の排出される音が響き、熱が此処まで伝わってくるようにも思た。
 思いの外、自分はわくわくしているらしい。
「早く出発すればいいんだけど」
 独り言のような声は、呟きには大きかった。
 ……。
 …………。
 リュカは首を傾げ、隣を向く。
「あなたも、そうなの?」
 先程の言葉も、今も。傍で同じように外を見ていた女学生にかけていた。
 漸く自分へ話しかけられたと認識した影朧がゆっくり顔を合わせていく。
 少し、間があって。小さく頷き返事した。
「そう。景色に興味があるのかと思って」
 発車前点検中の列車に賑やかな喧騒、晴天は澄み渡り桜吹雪も穏やかだ。
 走行中でなくても中々に素敵な光景が視界に描かれている。
「だってカメラ、持ってるでしょう?」
 問われて、娘の視線は手元のカメラに移された。
 もう何枚か撮っているが、未だ、未だと執着する想いが燻り続けている。
「……走ってからも、欲しい。でも……」
 その先が出てこない。でも、何だろう。何を望むのだろう。
 思い出そうと頭を抱える姿に阻害するような影が生まれてきた。
 彼女の足元で咲き始める一輪の黒百合、その蕾が膨らんでいく。
 ――――――!!
 突如、オリオン号の汽笛が辺りに鳴り響く。
 軽く驚いた人々はすぐさま列車へ視線を向け吹き上げる蒸気に歓声を上げる。
 瞳を大きく開いた影朧が見たのも同じ光景だった。
 彼等は気付かない。同時に一発の弾丸が、狂気の花を撃ち抜いていた事に。
 砕かれた黒が消えていく。
(邪魔をしないで)
 蒼炎の猟兵はそっと、空色の宝石飾りが綺麗な拳銃を懐に仕舞い込んだ。

「……そうだね。列車はあんまりに早すぎて」
 この世界のカメラじゃ、外の景色を映すのには不向きかもしれない。
 リュカは変わらぬ調子で会話を続ける。我に返った娘が、また此方を向いた。
「じゃあ、あなたは何を撮りたかったの?」
 続く質問が再び影朧の心に波紋を生んでも、もう黒い影は現れなかった。
「出発したら、撮れなくなるものもあるよ……それまでに、良く、考えておいて」
 確かに告げて少年は背を向け歩き出す。
 残された女学生はカメラを握りしめ、少しだけ悩んで。
 とりあえず去り往く彼を列車と一緒に撮影していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハーモニア・ミルクティー
消えちゃうのなら、目的を果たすお手伝いがしたいわ
しんみりする前に、まずは行動よ!

影朧の女学生さんを見つけたら、直ぐに声をかけるわ!
ねぇ。あなた、写真撮影が趣味なのかしら?
わたしは旅行の最中なの!
寝台特急と星空の噂が気になっちゃって
あなたさえ良ければ、少しお話しないかしら?

寝台特急は初めてみるのだけど、格好良いわね
列車を造った人たちは、どんな想いを込めたのかしら?
乗った人たちはどんな気持ちになったのかしら?

そうだわ。折角なら一緒に写りましょう?
前に立ち寄った場所では、「自撮り」っていうのが流行っていたの
こう、身体を寄せてレンズを覗いて……

旅の一期一会を楽しむのも一興よ
貴女もどうか、良い旅を



●祈願
 あの星座鉄道が着く先に、永遠の国があるのだろうか。
 小さな彼女の翅が翻る度に幻想の光が零れ煌めく。
 花弁微風に乗って一人の妖精は大きな人々行き交う構内を見回した。
(消えちゃうのなら、目的を果たすお手伝いがしたいわ)
 ハーモニア・ミルクティー(太陽に向かって・f12114)が今胸に抱く一つの願い。
 過去として蘇り、苦しみながらも何より強い執着で動き続ける者の元へ。
 例え最期は消えてしまう事になっても……そこで一旦思考を切り、首を横に振る。
「しんみりする前に、まずは行動よ!」
 旅の導き手は影朧に向かって奇跡を散らし、飛んでいく。

 甘く白んだ紅茶と同じ色の髪が進む方向変える度、ふわふわ揺れ動いた。
 御伽噺から飛び出したような姿が通行人の間を通り抜け、探し回る。
 やがて広々としたコンコース内に建てられた大時計の上から見下ろせば。
 ようやく、ようやく。女学生さんを発見した。
「ねぇ、あなた」
 悩み顔の女性へと舞い降りた妖精という出会いは、まるで物語のよう。
 驚いて目を丸くする相手へ、ハーモニアはにこりと明るく笑ってみせる。
「写真撮影が趣味なのかしら?」
 漸く動き出した影朧が言われた物と、言う者を交互に見てから頷いた。
「わたしは旅行の最中なの! 寝台特急と星空の噂が気になっちゃって」
 両手を広げ元気な笑顔と一緒に身振り手振り、想いを伝える。
 とてもとても今日の旅を楽しみにしているとの訴えは通じたようだ。
 写真を撮らせてくださいと短い返事を受け、更に笑顔を輝かせる。
「あなたさえ良ければ、少しお話しないかしら?」
 了解を頂いてから場所を変えようと導き手は羽ばたいて、先行する。
 後ろでちゃんと付いてきてくれる気配を感じながら。

「寝台特急は初めてみるのだけど、格好良いわね」
 長い通路を進む途中、壁に大きな写真が飾られているのに気がついた。
『オリオン号完成記念』と傍に書かれている。
「列車を造った人たちは、どんな想いを込めたのかしら?」
 古ぼけた写真からでも解る立派な列車に素直な思いが口から出ていく。
 女学生も足を止め、写真をじっと見つめていた。
 その横顔は何処か……写真や猟兵の言葉に何かを思い出そうとする様子も伺える。
 ほんの少しだけハーモニアは近づいて、優しく言葉を投げかけた。
「乗った人たちはどんな気持ちになったのかしら?」
 見開かれる影朧の目。何かを言おうとした瞬間強く咳き込み始める。
 同時に、足元の影が不気味に濃くなり不穏な芽が生えてきた――瞬間。
 ひらひらと、桜ではない淡色の花弁が過去の娘を包み込む。
 リラの祝福が蝕まれる心に降り注ぎ、沈めていく。
 意識を失い膝をつく女学生は心配だが今はそれよりも。
 星空と海で着飾る弓を引き、彼女を苦しめる影へ流星の一矢を射ち放った。

 気付いた娘の視界に気遣うハーモニアの姿が映り込む。
 無事を確かめほっと一息。立ち上がる女学生にカメラを差し出した。
「そうだわ。折角なら一緒に写りましょう?」
 まだ影朧の願いを聞いてない事を思い出し提案する。
 不思議がる相手へ以前立ち寄った場所で流行っていた『自撮り』を説明しつつ。
「こう、身体を寄せてレンズを覗いて……」
 妖精の指導で二人は寄り添い、列車の写真を背景にシャッターボタンを押し込んだ。

「旅の一期一会を楽しむのも一興よ。貴女もどうか、良い旅を」
 一旦の別れ際、祈りを込めた言葉に影朧も口を開く。
「想いを、気持ちを、撮りたかった。……ありがとう」

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻

何て浪漫に溢れた旅路なのかしら!
ねぇカムイ
寝台特急、客室な勿論、一等客室!
美味しい料理に美しい景色…銀河と桜を楽しみながらワインをころがしたりして―もう!カムイったら
妄想の中でくらいお酒を飲ませてよう

なんて戯れながら足取りは弾むよう
立派な汽車ね
折角だから、あの汽車の前で写真を撮ってもらいましょ!
ねぇお嬢さん
記念写真を撮って欲しいの
私の神様と初めて寝台特急に乗るの……ケホッ……
噫、ごめんなさいね
少し風邪気味で……だ、大丈夫よう!
カムイったら大袈裟で笑ってしまうわ
私、とっても楽しみにしてたの
絶対乗るのよ

うふふ!ありがとう!
よく撮れてるわ!
あなたのおかげでこの日の証ができた

あなたも良い旅路を


朱赫七・カムイ
⛩神櫻

はしゃぐ巫女の姿が可愛らしくていとおしく―だめだよサヨ
きみはお酒に弱いんだから
膨らんだ頬もまた、可愛いな

サヨの分の荷物も持ち
彼が転ばぬよう気を配りながら先をゆく

心配事は先日から体調を崩している…ということ
大丈夫とはいうけれど―噫、あのこかなサヨ
女学生を見つけたなら、記念写真を撮ってもらおう
良い写真はとれた?
きみの撮りたいものではないかもしれないけれど
そのカメラは宝箱だね
映る皆の楽しみと笑顔、期待と、記念が込められている

ほら、サヨ!やっぱり休んでいたほうが…
歩ける?抱えてあげようか

私からも有難う
良い、旅路を願うよ

影朧の君がおとしものをみつけられるように
――かつて影に堕ち、救われた
私のように



●桜夢
 違和感は感じないがあまりに神々しいので此処に居て良いものか悩んだ、と。
 後に前で並んでいた一般人は語っておりました。

「何て浪漫に溢れた旅路なのかしら!」
 濃櫻に染めた指先美しく、白い手は喉元で淡く組まれた。
 溜息すら艶やかに、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は先を見て瞳を輝かせる。
 後少しで窓口へと至る列の中、切符はもうすぐと胸中愉しく笑みを彩った。
「ねぇカムイ」
 世界の欠片と、己が華。二種の花弁を添えた袖口で口元隠し隣を呼ぶ。
 楽しくて仕方なくて、でも彼にだけ伝えたくて。移る視線もしとやかに。
 受け止める朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)の目元も益々、緩くなる。
 はしゃぐ巫女の姿が可愛らしくていとおしく――なんて想いも潜ませて。
「寝台特急、客室は勿論、一等客室!」
 溺愛する友は先程の仕草を何処へやら、懐から冊子を取り出し今度は言葉を惜しまない。
 何度も見た形跡のある箇所を、これまた幾度目になるか相手へ見せつけた。
「美味しい料理に美しい景色……銀河と桜を楽しみながらワインをころがしたりして――」
「だめだよサヨ、きみはお酒に弱いんだから」
 うっとり頬を染め一等鮮やかに輝く春の双眼が神の一言により様子を変える。
「もう! カムイったら、妄想の中でくらいお酒を飲ませてよう」
 目眩く幻想夜の想像で一緒に居た筈の相手からストップがかけられたのだ。
 此れ位は当然と、透き通る肌の頬部分を膨らませて抗議する。
(膨らんだ頬もまた、可愛いな)
 嘗て災厄の厄神であった男は現在、とても幸せそうだった。

 何故か大変丁寧に対応頂いた販売所で無事一等客室の切符を購入し列を出る。
 泊りがけの旅は持つ物多いが二人分の荷物は全てカムイの手に在った。
 だというのに表情は重さを一切感じさせず、むしろ相手への気遣いに満ちている。
 少し後ろからついてくる櫻宵は戯れに足取り弾む位に元気そうではあるものの。
(心配事は先日から体調を崩している……ということ)
 本人は何事もないように振る舞っているが、時折口元を抑えているのが伺える。
 震わせる肩を見るだけで痛みにも似た感情が心に芽吹く。
(大丈夫とはいうけれど)
 心配なんだ、大事なきみが。
「立派な汽車ね」
 思考の海に揺蕩う意識が心を砕く彼の声で戻ってくる。
 朱砂を染めた春花の龍瞳が遠くを眺め感嘆の声を出す様を捉えた。
 ひとときだけ、その横顔をただ見つめる。それから一緒に、彼方を向いて。
 確かに見事な造りだ。けれども約彩ノ赫は別なるモノに気付いて意識を其方へ。
 懐かしいと云うには、あまりに昏く永い記憶が脳裏を掠めた。
「――噫、あのこかなサヨ」
 顔色崩さず、穏やかな儘声だけで隣人を呼ぶ。
 桜龍も神の視線を導きに列車を見つめる影朧を見つけた。
 話通り、女学生の格好カメラを両手で持っている。
「折角だから、あの汽車の前で写真を撮ってもらいましょ!」
「そうだね。記念写真を撮ってもらおう」
 想いが重なる神櫻。わたしとあなた、世界の三種桜花纏わせ逢いに行く。

 最初に影朧が感じたのは芳しい春の香り。
「ねぇお嬢さん」
 自然と向いてしまうような声色に誘われて、振り返る。
 起きながら観る夢が其処に咲き誇っていた。
「記念写真を撮って欲しいの」
 美しい女人と思われる方が花の顔を綻ばせ話しかけている。
 隣の華纏うも厳かな雰囲気の男性は隣人を慈しむ目で見ていた。
 と思ったら目が合った。会釈されたので了承の意味も込めて小さく頷く。
 ありがとうと、きれいな人達は礼を告げた。
「私の神様と初めて寝台特急に乗るの」
 オリオン号と幻朧桜を背に写真を撮った後、奇麗なヒトが告げた言葉を思い出す。
 桜花に映える、素敵な笑顔だった。
「良い写真はとれた?」
 はい、と答えた。髪も瞳も印象的な朱で彩るヒトも笑う。
 それからどうしてか眉尻を下げ懐かしむような、気遣うような顔をした。
「きみの撮りたいものではないかもしれないけれど」
 視線がゆっくり、女学生が持つ物に移る。
「そのカメラは宝箱だね。映る皆の楽しみと笑顔、期待と、記念が込められている」
 気付いた時には持っていたそれ。今日は何度使用しただろう。
 きたい、きねん……えがお。
「沢山、撮りたい。もっと。……列車と、一緒の、」
 先に負の気配を感じ取ったのは猟兵の方だった。
 娘の心を塗り潰そうとする厄が黒百合と成って咲き乱れる――だが。
『神』が其れを、赦しはしない。
「――災を倖へ」
 再約の神罰が絲を紡ぎ負の花々をカムイと結び合わせる。
 厄は成長を阻害され、一括に纏められた。まるで花束のように。
 そして。
「――私の桜にお成りなさい」
 濃櫻に染めた指先美しく、白い手は黒の花束を優しく包み込む。
 陰は桜獄へ捉えられ、櫻宵の花へと廻り逝く。
 呆然とした顔の影朧が観たのは絢爛華やぐ光景と、惹き込まれる龍眼の輝き。

「ケホッ……噫、ごめんなさいね。少し風邪気味で……」
 夢の終わりは小さな咳と、力無く緩んだ微笑み。
「ほら、サヨ! やっぱり休んでいたほうが……」
 気高き態度が一変、全身で心配を表現する元厄神はすぐに彼の背をさすっていた。
「だ、大丈夫よう! カムイったら大袈裟で笑ってしまうわ」
 顔を上げ改めて明るく笑ってみせるも、友の眉は下がったまま。
 なんとなく表情から乗車中止の雰囲気すら読み取って、桜龍は再び頬を膨らませる。
「私、とっても楽しみにしてたの。絶対乗るのよ」
 こうなれば彼は曲げないだろう。解っているからこそ、約神は穏やかに笑えた。
「歩ける? 抱えてあげようか」
 桜舞い散る中で笑顔がふたつ、花開く。
 瞬間、聞こえたシャッターの音。神櫻が撮影者にも笑いかける。
「うふふ! ありがとう! あなたのおかげでこの日の証ができたわ!」
「私からも有難う」
 眩しい光景をぼんやり眺めた娘が、ゆっくりと会釈する。
 きっとよく撮れてるわ、そう称賛を贈ると僅かに雰囲気が柔らかくなる気配がして。
 ありがとうと、小さな声が二人のもとに届けられた。

 発車にはまだ時間があったので、影朧は再び何処へと歩き出す。
「あなたも良い旅路を」
 見送る桜霞の眼差しは気遣う想いを捧げるように。
「良い、旅路を願うよ」
 朱砂は安らかな未来を祈るように。それから少しだけ、目を細める。
(影朧の君がおとしものをみつけられるように)
 思わずには居られなかった。あの娘は、過去の己が姿だ。
 どうか、どうかと善き結末を望まずにはいられない。
(かつて影に堕ち、救われた――私のように)
 再約の神は今。隣で咳き込む巫女に寄り添い、慈しむ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

梟別・玲頼
雪音(f17695)と

この世界でも撮り鉄っているの、か?
いや、現代世界じゃ鉄道好きったらカメラ構えてるイメージだし
女性は割と珍しいけどさ
余程何か撮りたい被写体があるって事だよな…

って、駅見物から行くのか
列車の中で摘まむお菓子くらい買っても良いんじゃね?

ホームに進めば蒸気機関車に息を呑み
…懐かしい形の車体、だ
いや、カムイであった頃、開拓時代に遠目で眺めたが…まさか乗る日が来るとは

件のお嬢は刺激しない様にそっと話しかけ
雪音を庇う位置取りで、もし攻撃きてもオレが全部UCで受け止め
その際もなるべく相手傷つけないように

すげぇ格好良い列車だよな…オレも写真に収めておくか
列車の前に立つお嬢も撮影したい、かな


御乃森・雪音
玲頼(f28577)と。

女学生風でカメラを持ってる、なら見つけやすそうねぇ。
汽車に乗れれば良いってだけなら良いけど、何が彼女にとって最大の執着なのかしら。

それはそれとして、駅って雰囲気良いわねぇ。こそっとスマホで写真撮っときましょ。
探すついでに一寸玲頼とお買い物とかできそうかしら。名物のお菓子とかそんなの。
あら、玲頼は汽車を見た事あったの?
思い出の更新、かしらねぇ。

その子を見つけたら声をかけてみましょう。
どこに行きたいの?汽車に乗るなら一緒に行きましょ、っていう感じかしら。
向こうが焦って攻撃を受けても、反撃せず黙って手を握って、敵ではないと伝えて。
多少のダメージなら玲頼もいるし耐えられるわ。



●雪風
 今日もサクラミラージュに大正浪漫の風が吹く。
「この世界でも撮り鉄っているの、か?」
 呟く男の前には見事なモダニズム建築が存在した。
 流石は大型駅、と言った所かハイカラな人々が常に行き交い賑わっている。
「いや、現代世界じゃ鉄道好きったらカメラ構えてるイメージだし」
 梟別・玲頼(風詠の琥珀・f28577)は顎に手を添え眼前の光景を観察していた。
 琥珀の瞳は獲物を求め煌めくようにも見えるが、雰囲気は至って穏やかで。
 ゆっくりと辺りを見回した彼の視界に……漆黒の艷やかな髪が広がっていく。
「女学生風でカメラを持ってる、なら見つけやすそうねぇ」
 スタイルの良い女性が一歩、前に出る。
 絢爛な黒を纏う御乃森・雪音(La diva della rosa blu・f17695)も同じく先を見据えていた。
「女性は割と珍しいけどさ」
 確かにと同意を付け足して息を吐く。どうやら駅前に目的の人物は居ないらしい。
 もとより中に入る予定だったのだ。早速行こうと二人は桜花の風と共に歩き出す。

「汽車に乗れれば良いってだけなら良いけど」
 中も見渡す限りレトロな景趣が視界を彩る。
 できればこの景観に波風立てたくないが此度の仕事はただ影朧を討つでは終われない。
「何が彼女にとって最大の執着なのかしら」
 指先すら美しいダンサーの手が己が髪の一房に触れる。
 摘み取ったひとひらの花弁。この桜が呼び寄せた魂は何処に居るのだろうか。
「余程何か撮りたい被写体があるって事だよな……」
 隣人も考えながらついでに見回そうと首を横にし……て、少し傾ける。
 人が首を回せる限界をつい忘れていたようだ。初期位置に戻すと、同行人が何かしていた。
「それはそれとして、駅って雰囲気良いわねぇ」
 女が取り出したスマートフォンから軽快なリズムが飛び出していく。
 こそっと撮っては満足気に結果を眺めていたが、ふと顔を上げ。
「探すついでに一寸玲頼とお買い物とかできそうかしら」
 名物のお菓子とかそんなの。楽しげな視線が、人々からその上にある広告へ移動する。
「って、駅見物から行くのか」
 思わずツッコミは入れたが男も気になるようで。
 つられて上を見た後うんと一つ頷いた。
「列車の中で摘まむお菓子くらい買っても良いんじゃね?」
 そうと決まれば切り替えは早い。目指す場所は何処だろう。
 ――寝台特急オリオン号及びシリウス号の記念土産販売は此方です!
 元気の良い掛け声が喧騒の中木霊する。
 お誂え向きだ、ならば行こうと互いの顔見て笑いあった。

 店員曰く、人気は列車の絵でラッピングしたチョコレートやキャラメルらしい。
 構内カフェーではフルーツポンチ等の水菓子が楽しめるそうだ。
 この後オリオン号に乗ると言ったら、食堂車でも注文可能と教えて貰った。
 夏場はアイスクリンがよく売れるとか何とか。
 そんな会話も楽しんで、じっくり選定した菓子を手に猟兵達は場所を移す。
 一足先にホームへ向かうと徐々に長い鉄の箱の全容が鮮明になってきた。
 吹き出す蒸気の欠片が足元を通り過ぎていく――刹那。
 玲頼は冷たい白が舞い込む感覚を覚えた。
「――」
 冬深き寒風、汽笛の音色。真っ白な、人間の静かなる大地にて。
 嘗て『レラ』で在った頃の記憶が蘇る。
「……懐かしい形の車体、だ」
 風使いが呟く。思い起こすのは翼を広げ見下ろした小さな村の景色。
 この感情を望郷と、云うのだろうか。
「あら、玲頼は汽車を見た事あったの?」
 慣れた手付きで寝台特急の姿をスマホに収めた雪音が振り向く。
 問われた方は一度瞼を閉じ、小さく笑って世界をリロードする。
「いや、カムイであった頃、開拓時代に遠目で眺めたが……」
 現の視界で春色の欠片達がふわりふわりと舞い落ちていった。
「まさか乗る日が来るとは」
 降り注ぐ彩りは違えども、心躍る思いは等しく色付いていく。
 楽しみなんだと少し実感できた。
「思い出の更新、かしらねぇ」
 新しい想い出の中で深い青空の瞳が笑っている。

「ですから、未だ発車時間ではないんです」
 近くで誰かの困惑した声が聞こえてきた。
 向いた先で一人の女学生が列車の前で止められ立ち尽くしている。
 手にはカメラを握りしめていた。間違いない、件のお嬢だ。
 揉めている様子に嫌な予感を覚え足早に、でも刺激しないよう注意して近付く。
「どうしたの? 汽車に乗りたいのかしら」
 努めて優しく声をかける。振り向いた娘の瞳は、不安定に揺らいでいた。
「乗りたい、のに。どうして」
「申し訳ございません、出発時刻までお待ち下さい」
 丁寧に説明する駅員の言葉が理解できないようで、表情が僅かに歪む。
 瞬間、不穏な気配が発生したのに気付いたのは猟兵達だけだった。
 影朧の足元に不気味な黒が広がって、影に塗りつぶされた百合が咲く。
 拙い――二人は一度だけ視線を交えてから、同時に動き出した。
「我が名と共に、守護の風よ」
 急に空気の流れが変わり、意思を以て花弁を巻き込んでいく。
 徐々に強くなっていく花嵐に人々が気を取られたその隙に、女が手を伸ばす。
「――吹き荒れろ」
 宣言は变化の行使。玲頼の身体が風に溶け、気流を操り場に広がっていく。
 しかし、それは竜巻と呼ぶにはあまりにも……柔らかな光景だった。
 空で幻朧桜達が輪舞を踊り、周囲の視線を惹き付ける。
 一方で、地では荒れ狂い黒百合共を刈り取った。
「こっちよ」
 女学生の手を掴み雪音が走る。飾る青薔薇が数枚風に攫われて。
 カムイが導く風の中を軽いステップで抜けていく。
「のり、たい、の、」
 離れたくないと影朧が抵抗する。悲しみの叫びが弱々しい痛みを与えても、尚。
 青華飾る鮮やかな黒を靡かせながらオブリビオンの手を握り続けた。
「アタシ達は敵じゃないわ。安心して、乗るなら一緒に行きましょ」
 負の衝動を風が取り除き、心からの言葉を伝えていく。
 やがて白肌を握り込む力が弱くなっていき。
 風使いがヒトに戻って合流した時には、落ち着いた女学生を気遣う相方の姿が在った。

 少し離れてもかの列車は目一杯に視界を飾っている。
 根気よく説明して、『出発はもう少し先』という事は解って貰えた。
 次に相手から出てきた言葉が写真を撮らせて下さいだったので、二つ返事で了承し。
 ふたり並んで記念の一枚。満足したらしい影朧を見送った後改めて振り返る。
「すげぇ格好良い列車だよな……オレも写真に収めておくか」
 玲頼は呟き雪音を見る。気付いた彼女の視線を受けて、にこりと微笑む。
「列車の前に立つお嬢も撮影したい、かな」
 春と青色の花弁達が、柔らかな風に乗って二人を彩った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

歌獣・苺
【彩夜】
わぁいわぁい!
なゆとときじと
おでかけ♪
楽しみだなぁ~!
私も『でんしゃ』はあるけど
『しんだいとっきゅー』は
初めて…!

らうんじ?うん!
もちろんいいよ!
ほら、ときじもいこ~!
(ぐいぐい引っ張り)
お茶する!ケーキもあるかな…?

わぁ…綺麗だねぇ…!
(『いと』をくれて、心を結んだなゆ。許しをくれて、『いと』を結ばせてくれたときじ。)
なんだか優しい音がする…♪
一緒に来れてよかった
これからもずっと一緒にいてね
だぁいすき…!

…?なゆの知り合い?
しゃしん、上手なの?すごーい!
みたいみたい!

えっ!ときじもかめらあるの?
だったら3人で撮ってもらおうよ!
素敵な思い出に…♪

はい、うさぎっ♪(にこーっ)


蘭・七結
【彩夜】

寝台特急という星を眺む旅に往きましょう
ときじさんはご乗車されたことはある?

電車に乗ったことはあれど
このような機会ははじめて
まいも、おんなじかしら

八号車が気になるの
絶景を眺めながらお茶をしましょう

高速にて移ろう景色
追い続けても見切れてしまう
夜にはキレイな星夜がみえるのだとか
如何なる景色なのか、たのしみね

ふらりと歩むひとの姿
お話で聞いた通りならば、あのひとは

あなた
お写真はおすき?

過ぎ去ってしまう景色
それをゆっくりと眺めてみたいの
良ければ、あなたのお写真を見たいわ

ときじさんも、かめらをお持ちだったわね
共にこのひと時を収めるのは如何でしょう

うさぎ、の合図と共に
指さきにうさぎの姿を仕立てましょう


宵雛花・十雉
【彩夜】

昔読んだミステリの舞台が寝台特急でさぁ
憧れて1人で乗ったもんだよ
もちろん事件は起こんなかったけどな

おう、2人は初めてかい
ならオレが寝台特急の先輩として色々教えてやるよ
何でも聞いてくれ

お、いいねぇ
行こうぜラウンジ
あだだ、そんな引っ張んなって

って、いきなりどうしたよ
まぁオレもずっと友達でいたいと思うけどさ
なゆさんとも、苺ちゃんともな

なゆさんが声をかけた相手の特徴を見て察する
なるほど、この人が…
おう、折角だから3人で撮ってもらおうか
はい、チー…ってうさぎかよ!

そうそうオレもすまーとほんのカメラ持ってんの
次はオレが撮るからお姉さんも入ってくれよ
今日の出逢いの記念にさ
ほら、3人とも笑って笑ってー



●絲方
 おぜうさん、おぜうさん。何方征くの?
「一寸、其処迄」
 白い手黒い手、結び合い。
 娘達は軟派な言葉を微笑み一つで断り告げる。
 お呼びでないのよあなたたち、それでも縋るといふのなら。
 後ろの正面誰かしら?
「――彼女達に御用かい」
 ゆうるり現る奇々傀々。覗いた大きな伊達男に蜘蛛の子忽ち逃げていく。
 見送った視線重なって、愉しく揃って笑い合う。

 寝台特急という星を眺む旅に往きましょう。
 常夜の少女が告ぐあまい言葉に兎が一人軽く跳ねた。
「わぁいわぁい! なゆとときじとおでかけ♪」
 歌獣・苺(苺一会・f16654)の無邪気は何時だって皆の笑顔を誘い出す。
 頷く蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)が見守る目元も優しく蕩けて。
 繋ぐ手離さず今度は目線を上へ、彼の視線も柔らかい。
「ときじさんはご乗車されたことはある?」
 呼ばれた男はちょいとだけ顔寄せほんの少し差を埋めていく。
 女子らの首を気遣う宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)の髪がさらりと流れた。
「昔読んだミステリの舞台が寝台特急でさぁ」
 憧れて1人で乗ったもんだよと、紅引く隻眼伏せて懐かしむ。
 かと思えば口端にぃと上げ、黄丹に金引く眼が花開いた。
「もちろん事件は起こんなかったけどな」
 折角探偵乗ったのに。だけども平和が一番だなんて愉快そう。
 良き思い出だったんだろうと、夢見る苺の瞳が煌めく。
「楽しみだなぁ~!」
 ただでさえ今居る場所は好奇心を刺激するモノが数多に在る。
 並ぶ先のレトロな販売所、派手な活字が謳う広告、遠近響く鉄道音。
 桜舞う世界のコンコースは賑やかな浪漫で溢れていた。
「電車に乗ったことはあれど、このような機会ははじめて」
 どの視点も目紛しい人通り、けれども湧き上がるのは楽しさばかり。
 だって自分達も同じこと。これからを思えばこゝろは弾む。
「まいも、おんなじかしら」
 握る柔らかな彼女の手。肉球ふにふに、あのこはにこにこ。
「私も『でんしゃ』はあるけど、『しんだいとっきゅー』は初めて……!」
 黒い長耳に花弁付くすら楽しいと、未知の幸せに期待は高まる。
 片方は全身で、片方は控えめに燥ぐ姿は微笑ましい。
「おう、2人は初めてかい」
 同時に頷く姿も華がある。飄々気取る男は腕組み、歯を見せた。
「ならオレが寝台特急の先輩として色々教えてやるよ、何でも聞いてくれ」
 ならば場所を変えましょうと彩夜は仲良く先を往く。

 この時期売れる飲み物と言えばやはり暖かいものだそう。
 珈琲、紅茶、ココアにレモネード、甘酒なんかも売店で販売されていた。
 銘々好みを手に入れ店先集合しがてら手先を暖める。
 近くのカフェーから戻ってきた七結に行方を問うたら内緒と淡く微笑まれた。
「八号車が気になるの」
 広げた冊子を各々覗き込み、しろい指先が控えめに指し示す。
 苺が活字を目で追って、不思議そうに瞬いた。
「らうんじ?」
「お、いいねぇ。行こうぜラウンジ」
 未だ頭にハテナマークが浮かぶ黒兎へ十雉が場所を説明する。
 ついでに売店の飲み物も置いてあると店員から聞いた話も付け足した。
「絶景を眺めながらお茶をしましょう」
 白い息逃がした牡丹冠する笑みに誘われ、段々藍苺の貌に喜の彩が色付いていく。
「うん、もちろんいいよ! お茶する!」
 笑顔で手合わせぽよんと柔い音がひとつ。それから、あ! と声を上げ。
「ケーキもあるかな……?」
 甘味もあれば尚良しと。願いは叶うか、頁を捲る。
 次に見つけた探偵のなぞる指先、四号食堂車の一文に甘味も注文可能とくれば。
『注文頂きました甘味・軽食類に限り八号ラウンジにお届けもできます』
 赤い果実色に染まる頬を見届けて、くれなゐ少女がもう一度冊子に手を添える。
 触れた場所には車窓からと題した写真が載っていた。
「高速にて移ろう景色、追い続けても見切れてしまう」
 今は未だ静止画の動く場面を想像し、胸が焦がれる。
「夜にはキレイな星夜がみえるのだとか」
 闇夜に鏤める光瞬いて、走る光景を鮮やかに照らすのだとしたら。
 そして――ゆうくり顔を上げていく。
 今有る刻にいとを結び、共に在れるいとしき縁達が笑っていた。
 幸多かし未来を一緒に過ごせるのだから、いっとうしあわせな事に違いない。
「わぁ……綺麗だねぇ……!」
 元時計ウサギも同じ写真に感嘆ひとつ。
 視線を感じて目を向け気付く。嗚呼、二人も同じ気持ちなんだ。
(『いと』をくれて、心を結んだなゆ)
 あまやかな微笑みは、紅き半魔の底視るまごころ。
(許しをくれて、『いと』を結ばせてくれたときじ)
 今も二人を気遣って、軽く身屈め見守ってくれる面倒見の良いヒトのあなた。
 意図したいと想って無いのに、心の糸は絡まずきれいに編まれてく。
(一緒に来れてよかった)
 苺一会にいとしの縁は何処までも。胸いっぱいに感情がこみ上げて。
「なんだか優しい音がする……♪」
 心の儘が口出た瞬間、近くで心地良い低音がゆっくり鳴り響く。
 驚く顔達は広場の中央で八つ時告げる大時計の動きを見ていた。
 あまりに丁度良くて、同時に顔を見合わせ揃って笑い出す。
「これからもずっと一緒にいてね、だぁいすき……!」
「って、いきなりどうしたよ」
 今一番の破顔に益々愉快に。でも聞けた言葉は、ちゃんと受け止めて。
「まぁオレもずっと友達でいたいと思うけどさ」
 嘘偽りの無い心で返す。少々軽い口調が照れ隠しなのかは彼のみぞ知るけれども。
 ひとりひとりをちゃんと見てから、再度口を開いた。
「なゆさんとも、苺ちゃんともな」
 ちゃんと笑えてたかな、なんて思う暇無く男の視界は急に傾く。
「ほら、ときじもいこ~!」
 気分高揚中の一人が待ちきれないとぐいぐい腕を引っ張った。
 隣は口元手で隠し、ころころ転がす鈴声で笑う。
「あだだ、そんな引っ張んなって」
 演技に笑顔を混ぜ合わせ。足取り軽く、連れて行く。

 ふらり、すれ違うヒトとひと。
 不意に七結は振り向き紫の眼を静かに細めた。
「……? なゆの知り合い?」
 後の二人も足止め伺う。ゆらりゆらり、歩む女の後ろ姿。
 直感を信じ迷わず近付く。お話で聞いた通りならば、あのひとは。
「あなた」
 糸で繋ぎ合わせるように、細心の注意を払って呼びかける。
 ぽた、と水が滴る音がした。
 振り返る女学生は能面の顔に、大事そうにカメラを持っている。
(なるほど、この人が……)
 聞いた特徴から察するに、彼女で間違いないだろう。
 先は友人達を守ろうと一歩前に出て……気がつく。
 ぽたり、ぽたり――黒い涙が娘の頬を伝い、落ちていた。
「撮り、たい。とりたい、もっと、とらせ、て」
 影朧の足元が歪む。黒く塗り潰された所から負の感情が形を成す。
 蠢きは黒百合に姿を変え、禍々しい気配を撒き散らしていく。
「苺ちゃん、なゆさん」
 前を向いた儘ふたりの名を呼ぶ。
 変わる雰囲気を背後で感じながら己が懐に手を入れた。
 ――これは、貴方を忘れない詩。
 歌う獣が純粋に伝う、ありのままの謡い唄。
 あなたにだけ届けたいと影朧を揺さぶり動きを鈍らせる。
 ――みつめて、繹ねて。
 世界を彩る春色の欠片に、いのちのあかが寄り添って。
 舞い飛ぶ花は小さな嵐を創り狂気の花を引き裂いた。
 ぐらつく影朧。一歩、一歩と巫女が距離を縮めていく。
 取り出す一枚の霊符を長い指先に、聢と挟んで。
「大人しくしてな」
 花歌に導かれ堂々と影朧の眼前に。額に張り付く、霊縛の呪。
 優しく送られた気の流れが、歪んだ涙を塞き止める。
 崩れ落ちる女学生を十雉が支え、奇跡の時間は終わりを告げた。

 札を剥がし戻った意識へ拾ったカメラを見せながら差し出す。
 あなたのね。大丈夫? 立てるかい?
 みっつの勞る声を受け、支えられて女学生は大人しく立ち上がる。
 カメラは誰かに守られたかのように、新しい傷はついていなかった。
「お写真はおすき?」
 古ぼけたそれを親指で撫でた影朧が、静かに頷く。
 通じる言葉に安堵をひとつ、ひとときのいとが密やかに結ばれる。
「過ぎ去ってしまう景色。それをゆっくりと眺めてみたいの」
 一瞬一瞬が重なり、織りあげられてゆくのが思い出と云うのなら。
 輝く一等と同じく鮮烈に残せる一枚が、尊く思えた。
「良ければ、あなたのお写真を見たいわ」
「しゃしん、上手なの? すごーい!」
 みたいみたい! なんて兎の声と耳が跳ねる。
 僅かに目を開いたカメラの持ち主が視線を落としたので、他も続く。
 古ぼけたカメラはフィルム式らしい。なら後でと楽しみな約束が一つ増えた。
「共にこのひと時を収めるのは如何でしょう」
「だったら3人で撮ってもらおうよ!」
「おう、折角だから3人で撮ってもらおうか」
 折角出会えたこの佳き日に。芽生えた小さないとに記念を。
 意図を理解した影朧が再度頷く。なら早速と、今度は四人で移動する。
 コンコースの大時計前は遠目に停車中の列車も見られる良い所だ。
 ベストポジションを背景に。さんにん並ではい、チー……。
「はい、うさぎっ♪」
 思わず指先可愛らしく、寄り添う三匹とっさでも完璧でした。
「ってうさぎかよ!」
 ベストショットにつっこむタイミングもベストマッチ。

「ときじさんも、かめらをお持ちだったわね」
 指先うさぎに仕立てた儘、和らぐまなこが頭を上げる。
「えっ! ときじもかめらあるの?」
 ぱああと輝く苺星。一等星の瞳も向いたら男の目元が緩くなる。
「そうそうオレもすまーとほんのカメラ持ってんの」
 も一度探る懐から今度は精密機器が取り出された。
 すいすい操りモード切替、ではもう一度……の前に。
「次はオレが撮るからお姉さんも入ってくれよ」
 かけた提案に反応は嬉しさ2つ、驚きひとつ。
「今日の出逢いの記念にさ」
 喜ぶ猟兵ふたりが戸惑う影朧一人の両脇を確保する。
 大人びたあまい微笑みと、笑顔の元気な喜色が記念を促した。
 主に、手先を。
「素敵な思い出に……♪」
 あれよあれよとできていくポーズに十雉は笑いを噛み殺す。
「ほら、3人とも笑って笑ってー」
 わらう七結に燥ぐ苺、可愛い兎達に不器用な一匹も加わって。
 再び彷徨う影朧へ、かけがえのない糸をひとつ紡いで見せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神埜・常盤
人間と見紛う程に精巧な人形を依り代とした
式神の天竺を連れて、ふたりで駅構内をぶらり歩き

はは、斯うしてるとまるで
戀人同士みたいじゃァないか
なんて戯れど釣れない貌の女給を伴いつつ
影朧に聲を掛けてみよう

暴れ出すかも知れないから
天竺には彼女を戒めさせて
僕は魔眼で影朧に催眠を
さァ、落ち着いて――

この女給、僕の連れなんだ
良ければ写真を撮ってくれないかね
君なら彼女を綺麗に映してくれるだろうから

天竺と睦まじく――
厭そうにそっぽ向かれて居るけれど
寄り添いながらカメラの前に佇んで

良かったねェ、天竺
これでお前のうつくしい姿を遺せるよ
ありがとう、きみ
お蔭で良い想い出が造れたよ
……君も、良い旅が出来ますように



●兩人
 其の女給、式神につき。
 ひとのやうに精巧で、いとうつくしき花のかんばせ。
 歩く姿は階級高き貴婦人の、夜会に巻いた琥珀が整う上品さを描いてる。
 隣で歩く男も高身長の色男であれば尚更、華は周囲の目を惹いた。
 そんな天竺に唯一、挙げるものが在るとすれば。
「はは、斯うしてるとまるで戀人同士みたいじゃァないか」
 主人が戯れに笑んだとしても、にこりもしない貌のつれなさ。
 しかし此れが常ならば、神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)の調子も慣れたもの。
 粛々憑き添う式と術士、ふたりで駅構内をぶらり歩く。

 手にした切符も二人分、冊子と一緒に保管する。
 別嬪さんだねぇと笑顔の素敵な販売所の御婦人からも評判だった。
 けれども淑やかなビスクドールの頬は到頭赤みささず仕舞い。
 冬のせいにし場所を変え、さてはて目的の女性は何処へやら。
 そう言えば物言わぬ女給の視線が先程から固定されている。
 前も見ず器用なもの――あァ。居た。
 やはり彼女は釣れない女だ。

 では影朧に聲を掛けてみよう。
 軽いネクタイチェックを受けてからお嬢さんと紳士的なアプローチ。
 反応した女学生は酷く狼狽えた様子だった。
 何かと思えば、元在った視線の先で親子が仲良く列車を見ている。
「……おかあさん。おとう……さん……」
 前半ははっきりと、後半は弱々しく曖昧に。
 徐々に不穏が娘を襲い定まらぬ焦点の先に黒百合が咲いた。
 暴れ出すならと探偵は式の名を呼び目配せ送る。
 推理が要らぬ事件なら、ミーティングも必要無い。
 本日初めて天竺の服が乱れる瞬時の接敵、影朧を背後より戒めさせる。
 後は飄々優雅に常盤が近付き失礼と其の顎へ指先添えた。
「さァ、落ち着いて――」
 宵は朱けて紅に輝く。御覧よおぜうさん奇麗だろう?
 恐怖も狂気もムスクの様な蠱惑に沈む、微睡んだ先は――。
 薄ら覗く牙の笑み。仕事は終わりと冊子で魔眼を隠し遮る。
 用無しの花は女給が手折った。

「この女給、僕の連れなんだ」
 介抱を受け娘が2人を交互に見ている。
 何故か頷かれた。まぁ受け答えが出来る程には回復したのだろう。
「良ければ写真を撮ってくれないかね」
 此れも二つ返事。ではあちらでと常盤が指一本で指し示す。
 先程親子が見ていた列車を、丁度正面から見られる場所が在る。
「君なら彼女を綺麗に映してくれるだろうから」
 云われた女は先程の動きなど嘘のように綺麗だった。
 幻朧が雨舞う世界を歩く。男は女を視線で気遣う。
 美い場所に主人が足を止め、釣れない女給は言葉無く隣に付いた。
 レンズの中では睦まじく――厭そうにそっぽ向かれて居るけれど。
 迷わず影朧は寄り添う兩人に花弁が彩る鮮やかな瞬間を、切り取った。

「良かったねェ、天竺。これでお前のうつくしい姿を遺せるよ」
 相変わらず表情動かない女給に笑いかける。勿論次は、女学生にも。
「ありがとう、きみ」
 お蔭で良い想い出が造れたよ。胸に手を当て礼を尽くす。
 じっと見ていた影朧は天竺を一度見て、常盤に戻る。
「遺せて、良かった。です。ありがとう」
 撮った思い出を確り両手で握りしめ、娘は頭を下げた。
 後は。そう訴える瞳がオリオン号を見てから乗り場方面へ歩き出す。
(……君も、良い旅が出来ますように)
 あの子の願いを叶える為に、猟兵もまた願いをかけた。
 汽笛が鳴り、ホームが賑わっている。出発は近い。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――お前さん、聞きました?
 ――ええ、ええ。影朧が出たんですって!

 賑やかな午後の駅構内に、不穏な会話が混ざり出す。
 陽は傾き夕焼け色が世界を照らした。

 ――見た、見たよ! 若い女だコンコースにいたんだ!
 ――嗚呼怖いねぇ怖いねぇ。

 今は未だ小さな不安が其処彼処から聞こえてくる。
 清流だった人の流れが濁り、留まり、でもまだ逆流はしていない。
 通路で見たんだ、カフェーで見たんだ、ホームに居たんだ。
 逃げよう、何処へ? 外にだっているんじゃないのか?
 噂が憶測を呼び誰もが恐怖で動けない。

 ――でも。

「駅長!」
「どうしたのかね」
 駅心臓部にも、話が届く。
「影朧が駅内に!?」
「はい、今の所被害報告はありませんが確かな目撃情報が多々」
 何故こんな時に。もうすぐ予定の発車が近いと云うのに。
 駅の指揮を任された初老の男は部屋に飾られた一枚の写真を見やる。
 二号の寝台特急を背景に、沢山の人々が笑顔で並んでいた。
 オリオン号は兎も角、シリウス号は老朽化の為後何度運行できるか解らない。
 だが人命に替えてはならない。拳を握り、顔を上げる。
「すぐに業務中止しお客様の安全を……」
「――駅長、それと」

「……何、ユーベルコヲド使いの方が?」
 ――ユーベルコヲド使いの人も見たんだよ!
「はい、しかも『超弩級戦力』の方々がいらっしゃるようです」
 ――影朧を抑えていたんだ、流石の強さだったなぁ。
 例え未知の恐怖が眼前に居たとしても、世界には希望が存在する。
 彼等が居る限り、人々の心に絶望が満ちる事はない。

「全駅員に報せよ、お客様の安全確保を優先。ただし『ユーベルコヲド使い』の方がいらした場合は指示に従うように!」

 そして。

 女学生はひとり、オリオン号の停車ホームに佇んでいた。
 先頭車両に近付き、そっと黒い車体に触れる。
「……思い出したの。あなたは、お父さんが造った列車」
 彼女が言う『お父さん』自体の記憶は無い。
『お母さん』が教えてくれた噺だけが、全てだった。
「お父さんがシリウス号に憧れて、シリウス号が沢山の人に愛されたから」
 そう話す母の顔も愛情に満ちていたのだって今なら思い出せる。
「オリオン号も沢山愛されるといいって。きっと、そうなるだろうって」
 だから、見たかった。撮りたかった。
 父が造った列車が大勢の人に愛されて、楽しんで貰える所を。
 何枚も何枚も残して。ずっと、ずっとこの先の誰かに。
 ――オリオン号は愛されていたと、思ってくれたら。
 大切な思い出を、遺したい。……のに。
 喧騒の音色が変わる、幸せそうだった声が聞こえてこない。
「どうして」
 カメラを握りしめ、辺りを見回す。
 影朧の瞳もまた不安に揺れていた。
「どうして……オリオン号は、動かないの」

 寝台特急からの蒸気は途絶えている。
神代・凶津
乗客が避難しちまったら列車が大勢の人に愛されるのを見たいって言う影朧の嬢ちゃんの無念が晴れなくなるな。
「・・・どうにかできないかな。」
相棒、いい考えがある。乗客の集まっている場所に行くぜ。


紳士淑女の皆様お立ち会いッ!
寝台特急が出発するまでの余興を一つッ!
演目は『祓神楽』さあさあ、御照覧あれッ!

病や怪我を祓う神楽を舞って範囲内の乗客に治癒を与え続けるという超常の力を見せ付けるパフォーマンスを行い俺達『超弩級戦力』の存在を認識させて恐怖を払う。
『超弩級戦力』はここに有り。
『超弩級戦力』がいる限り心配事は、ただの杞憂で終わると乗客に思わせてみせるぜッ!


【技能・ダンス、楽器演奏、慰め】
【アドリブ歓迎】



●大盤振舞
 斜陽の彩が徐々に地を染めていく。
 足を止めた人々が囁く不安の音は今の所大きな混乱へと転調する気配が無い。
 それは彼等の近く、遠くでも。悲鳴や破壊音等の切欠が聞こえて来ないから。
 群衆は総じて様子を見ている。ただ、良い雰囲気かと言えば違うだろう。

 凶津と相棒の桜はそんな人々の姿を見つめていた。
『乗客が避難しちまったら』
 巫女に視界を調整して貰いながら小さく零す。
 昼過ぎの賑やかさが消え去り、皆伺うように辺りを探っている。
 例えるならば、今は嵐の前の静けさだ。
『列車が大勢の人に愛されるのを見たいって言う、影朧の嬢ちゃんの無念が晴れなくなるな』
 ――撮りたかった。遺したかった。思い出を、忘れないように。
 影朧と成って迄、叶えたかった願い。
 もう少しで届くその道が――途絶えそうな気がした。
 鬼面の考えに、彼女もまた同じ想いだった。彼を包む手に力が入る。
「……どうにかできないかな」
 この呟きは弱音では無い。問うているのだ、するべき事を。
 清明な双眸は真直に。相棒の答えを待ち、覚悟をしていた。
 だからこそ、提案できる。
『相棒、いい考えがある。乗客の集まっている場所に行くぜ』

 桜降る世界の大型駅構内を、謎の仮面と旅する巫女が駆け抜ける。
 清き紅白を身に纏い、或いは鮮烈な赤を手に鮮明な黒髪を風に靡かせた。

 防げないと云うのなら、此れより起こる嵐を『厄』とするのか?
 ――否。
 楽しみ心躍らせて来た人達を、悲しみの儘帰しても良いのか?
 ――否!

『紳士淑女の皆様お立ち会いッ!』
 高らかな口上が、コンコース中央から述べられる。
 驚く人々の視線は全て、一人の女性へと集められた。
『寝台特急が出発するまでの余興を一つッ!』
 芍薬の立姿、両の手に添えた扇子の天元を地と水平に。
 願い捧げる一礼の洗練さを見た群衆が等しく観客と化してゆく。
『演目は『祓神楽』! さあさあ、御照覧あれッ!』
 親骨を押し開く雅な地紙、惹き込まれるのは必然だった。
 静まり返る大広間に笛囃子が鳴り響く。
 一つ踏み出し、扇を前へ。迷い無き動きまこと見事也。
 拍子合わせ翻す身に艶黒と巫女装束が宙を舞う。
 観衆の驚きは其れのみに非ず。神楽より生まれ出る奇跡が超常の力を見せ付けた。
 厄を祓い観る者達の心に巣食う不安をも癒やすような、神気が満ちていく。
 勿論彼等が振舞うのはそれだけではない。
『『超弩級戦力』はここに有り!』
 我等の存在を、我等が今此処に居るという絶対的な安心を。
 人々が失いかけている希望を惜しげもなく与え続けた。
『『超弩級戦力』がいる限り心配事は、ただの杞憂で終わると乗客に思わせてみせるぜッ!』
 吹き手が叫び、舞人が頷く。
 切欠は、猟兵達によって善きものとして生まれ変わる。
 嵐は絶え間ない拍手であった。

「ねぇお母さん」
 オリオン号が見える硝子無き大窓から、桜花弁と共に優しい風が舞い込んでくる。
 少年がひとり、母の服を掴んで見上げていた。
「僕、やっぱりオリオン号に乗りたいな」
 湧き上がる歓声は、幼き心に勇気を灯す。
 ずっと楽しみにしていたんだと、諦めかけていた瞳に星が瞬く。
 母と呼ばれた女は子の頭を撫で顔を上げる。
 不安を祓われた眼で、舞い終え紅き鬼面を手に凛と立つ巫女を見た。
「そうね……あの人達がいるならきっと」

 窮地はいつだって、彼等が塗り替えていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

オリオン号を止めないで
駅長さんにお願いするわ
何かあればルーシー達が必ずとめるから
さっきみたいに

影朧さんの傍へいって話しかけるの
またお会いしたわね
乗りたいの?
少し遅れているけれど
この後出発するそうよ

ルーシーもオリオン号に乗るの
パパといっしょに!
すごくすごーく楽しみ!
パパも楽しみ?
車内を巡って
たくさん思い出つくりましょうね
ルーシーはこの列車だいすき!
パパもすき?おそろいうれしいな

笑みは心から溢れるの
楽しみなのは本当

もし「パパ」の言葉に反応したら
あなたのパパのお話も聞きたいな
パパも娘は大切?
そう、えへへ

パパと手を繋いで
あなたを手招きする

ね、確めましょう
どれだけオリオン号の中が
笑顔でいっぱいか


朧・ユェー
【月光】

そうですね。
駅長さんにお願いしましょう
ふふっ、それは心強いですね。僕も説得しますよ。きっとわかつてくれます。

彼女が話しかける、傍でにこりと笑って
えぇ、出発するみたいですから大丈夫ですよ。

はい、僕も楽しみです。
えぇ、沢山巡って思い出を作りましょうねぇ
僕もこの列車は好きですよ
ふふっ、そうですね。

お父さん?君のお父さんはどんな方なのでしょうか
娘さんを貴女を愛する優しい方なのでしょうねぇ
この列車を造った方なら。とてもあたたかい人
父親は娘を大切に思う気持ちは同じですから、
えぇ、大切ですよ

彼女の手を握り、もう片方を影朧の方へと差し伸べる
一緒に乗りましょう
この列車で沢山の想い出をどうですか?



●月照花導
 オリオン号停車ホームでは緊張感が漂っていた。
 稼働停止中の先頭車両前に佇む女学生を人々が遠巻きに見ている。
 その中には、現場を確認しに来た駅長の姿もあった。
「――あの方ですね」
 ベラーターノの瞳が映す情報に違いは無い。
 娘に読み取った人物を示し、ずれた視界を指先で軽く修正した。
「ありがとう、パパ。……ルーシー、駅長さんにお願いするわ」
 宣言と似た物言いは、僅かな覚悟が欲しかったから。
 目指す場には人が多い。無意識と片腕で抱くぬいぐるみへの力が入る。
 そんな少女の僅かな仕草が解るから、ユェーは優しく微笑んだ。
「そうですね、駅長さんにお願いしましょう」
 淡い向日葵色の髪へ降り注ぐ柔らかな声と、暖かな手に励まされる。
 宵を照らす光がずっとルーシーに寄り添ってくれるから。
 こわくはないの。ただ、そう。少しだけ――。
 一度ひとつの瞳を閉じる。大丈夫、今日は己の意思で此処に来た。
 見捨てたく、ない。
「――やり遂げるの」
 開いた隻眼に煌めく夜の青空が鮮やかに広がって。
 映り込む金の双眸が暖かく揺れ動いた。
「ふふっ、それは心強いですね。……僕も説得しますよ。きっとわかってくれます」
 父の言葉に勇気を貰い、月と花は手繋ぎ先へと共に往く。

「オリオン号を止めないで」
 人々が見守る中、ルーシーは通る声で自分の思いを告げた。
 駅長は予めユェーから猟兵であると聞いたものの少女からの願いに驚いている。
 しかし、と狼狽える声にだって彼女は真っ直ぐ向き合っていた。
「何かあればルーシー達が必ずとめるから、さっきみたいに」
 そして、僕からもお願いしますと続く言葉や向けられた視線にも人は射抜かれる。
 微笑む零月ノ鬼が双つの輝きは魅入る程に。でも。
 何方かと言えばこれは彼なりのどうか娘の願いを聞いて下さい、なのかもしれない。
 金と蒼、二種の宝石に見つめられた男は僅か眉を寄せ暫し沈黙後……顔を上げた。
「――では、見極めさせて下さい。あの影朧がお客様にとって驚異では無い事を」
 力を持たぬ一般人でも、大型駅を指揮する者だ。初老の男からも強い覚悟が伺える。
 猟兵達は確りと頷いた。

 呆然と立ち尽くす影朧の傍へ大小二種の足音が近寄る。
「またお会いしたわね」
 聞き覚えある声へ振り向いた女学生の顔は、今にも泣き出しそうだった。
 それでも黒き不穏な気配が感じられないのは猟兵達が導いた成果だろう。
 今度は見守る父の後ろに隠れず、隣から声を投げかけた。
「乗りたいの?」
 相手は確かに頷いた。でも、動かなくて。返す声は弱々しい。
「少し遅れているけれど、この後出発するそうよ」
 少女が差し出した希望は沈んだ瞳に光を灯す。
「ほんとうに?」
「えぇ、出発するみたいですから大丈夫ですよ」
 白を纏った男もにこりと笑う。
 月光達の貌を交互に見て、影朧は良かったと小さく呟いた。
「ルーシーもオリオン号に乗るの、パパといっしょに!」
 俯きがちの世界に、明るい声と小さな足先が映り込む。
 瞬き切り替えた視界でミオソティスが笑っていた。
「すごくすごーく楽しみ!」
 齢8歳の純粋な喜びに影朧は目を奪われる。
 脳裏に浮かぶのは、パパも楽しみ? と尋ねる男の後ろに隠れていた幼い姿。
「はい、僕も楽しみです」
 頷いて贈る円い聲は浮かぶ笑みの口端から牙が覗こうとも穏やかで。
 大切な人の嬉しさを受け止める姿は、少し眩しく観えた。
「車内を巡って、たくさん思い出つくりましょうね」
「えぇ、沢山巡って思い出を作りましょうねぇ」
 仲良しに、本当に互いを想い合って交わす言葉が場を和ませる。
 それはホームに漂う不安の気配すらも温めてしまうような心地がした。
 思わず見渡した視界の端で愛らしいツインテールが楽しそうに揺れている。
「ルーシーはこの列車だいすき!」
 振り向く破顔に金糸の束が煌めき散らばる。太陽の花が其処には在った。
 ただし少女を照らすのは日ではなく、温和な夜光。
「僕もこの列車は好きですよ」
 ゆぇパパと呼ばれる彼の答えは益々娘の笑顔を溢れさせた。
 心から楽しみだと、大切な人と一緒だからと表情で沢山教えてくれる。
「パパもすき? おそろいうれしいな」
 ぱぱも。そうなんだ、あれが。
「ふふっ、そうですね」
 重なる視線。二人の距離と、暖かな雰囲気。
 生者だった頃では叶わなかった光景が此処に在る。

 ――逢えない、から、思い出を……残したかった。
「おとう、さん」
 呟きに気付いたのもパパだった。
「お父さん? ……君のお父さんはどんな方なのでしょうか」
 問いかける声も優しくて、揺らぐ影朧の目は不安ではなく戸惑いを浮かべている。
 迷い子のような様子の女学生に、少女は一歩近づいた。
「あなたのパパのお話も聞きたいな」
 大丈夫よ、ゆっくりでいいの。あなたの言葉を聞かせて欲しいと願いも込めて。
 暫しルーシーと影朧の視線は合わさったまま。やがて、後者が口を開く。
「お父さんは……逢ったことが、ないの。でも」
 僅かに瞳が揺れる。カメラをぎゅっと握りしめて。
「私が、生まれる迄。何度も気遣う手紙をくれたって、お母さんが」
 ぽつりぽつりと告げられた断片の記憶と、和らぐ眼差し。
 思い出せたことが嬉しいと表していた。
「娘さん、貴女を愛する優しい方なのでしょうねぇ」
 やっと言えた短すぎる想い出にも、確かな返事が返ってくる。
 本人の中で曖昧だった父との絆を認めて貰えたような、気がして。
「この列車を造った方なら。とてもあたたかい人。父親は娘を大切に思う気持ちは同じですから」
 影朧の顔が少しだけ歪む。暖かくて、泣きそうな顔だった。
 ついでに少し咳き込みもしたので小さな手がまた背に伸ばされる。
「パパも娘は大切?」
 優しく擦りながらも、蒼花の瞳は星を飾り白い月を見上げた。
 答えはもう解ってる。でも聞きたい、その声で。
「えぇ、大切ですよ」
 彼は小さなブルーベルに、大輪のヒマワリを飾ってみせる。
「そう、えへへ」
 未だ丸みが残る柔らかな頬があまい弧を描いた。

 父が差し出した手を娘が取る。微笑ましい光景だと思う。
 影朧が疑問に思ったのは、その次だった。
 ユェーの空いてる片手が此方に伸ばされ、ルーシーが此方に手招きしていいる。
 瞬きする事しかできない彼女に月光達は笑いかけた。
「一緒に乗りましょう。この列車で沢山の想い出をどうですか?」
「ね、確めましょう。どれだけオリオン号の中が、笑顔でいっぱいか」
 込上げる感情が儘の表情に、女学生の顔が彩られていく。
 ともに乗りたいと言ってくれた母との約束は叶わなかったけれども。
 今日私は、誰かと共に乗れるんだ。
 上げた顔は晴れやかだった。

「ありがとう。オリオン号が動いたら、お願いします」
 小さな約束をひとつ交わして、影朧はその時を待ち望む。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
嗚呼。こんにちは。
さっきぶりかな?

あれから良い写真は撮れたかい?

夕暮れを背景に写真を撮るのも良いと思うが
夕暮れをそこにおさめることは出来たかな。

私はあれから、食事に舌鼓を打った。
それから、次回作の案も原稿用紙一杯に書いた。
至福のひとときだったね。

この景色も、列車も、何か思い入れのある物なのかな?
先程の続きだ。
一寸、話をしようではないか。
無理にとは云わないよ。君さえ良ければね。

避難は誰か他の者に任せよう。
私は彼女と話がしたい。
カメラを片手に歩いていた彼女の事を知りたい。

写真は好きかい?

私は写真も好きだが、この列車も好きだよ。
彼のおかげで、良い旅路となったからね。
乗り心地も最高だ。



●或る女學生の噺
 人で亡くなった者は、ひとであるのか。
 呼ぶ声で無くとも、鳴く聲で呼びかける。ニャァ、と。
 果たして影朧は足元に視線を落とした。
 使い魔の仔猫だ。人ではない。

 出会いは導入だ。切欠は、それでいい。
「嗚呼。こんにちは」
 冷えはするが花流れる風が羽織と靡く。
 シャツに和装の書生さんと女学生は、また逢えた。
「さっきぶりかな?」
 会釈は互いに。それから、はい。と返ってきた。
「あれから良い写真は撮れたかい?」
 ナツは破れかけた行灯袴と遊んでいる。
 黒い花はもうない。それでいい。
 娘の貌は曖昧だ。撮れてはいる。でも未だ撮れない。
 英は骨貼る手を顎に添え視線を少しだけ上にやった。
「夕暮れを背景に写真を撮るのも良いと思うが、夕暮れをそこにおさめることは出来たかな」
 今日の日暮れはもうすぐ終いだ。黒鉄を照らす灯も趣がある。
 成程彼の云う通りだとシャッター音がひとつ。
 しかし何処か物哀しい光景なのは、足りないものが有るからか。
「私は」
 夕陽が深い影を落とす。丁度逆光だ、表情は見え難い。
「あれから、食事に舌鼓を打った。それから、次回作の案も原稿用紙一杯に書いた」
 冒頭を語る。起にしては随分堪能したものだと説いた。
「至福のひとときだったね」
 彼の雰囲気は穏やかだと、声だけでも理解できる。
 仔猫も和いた。

「この景色も、列車も、何か思い入れのある物なのかな?」
 水は自然と向けられる。
 科白のように綴られる流れは、娘の心にするりと入った。
 緩やかな肯定がその証だ。ならば、もう少し水量を増やしても良いだろう。
 先程の続きだ。
「一寸、話をしようではないか」
 宵がもう少し先であるなら、会話をする時間は十分有る。
 無理にとは云わないよ。影朧が首を横に振る。
 君さえ良ければね。はい、お話、したいです。
 避難は誰か他の者に任せよう。私は彼女と話がしたい。
 カメラを片手に、人で失くなっても尚歩いていた彼女の事を知りたい。
 列車が蒸気を吹き返す迄。

 ふわもこの塊が帰ってくる。拾う傍ら、尋ねた。
「写真は好きかい?」
 問は一つで良い。後は自由回答だ。
 指先で毛並みを整えてやればナツはごろごろ喉を鳴らす。
 撮影ボタンが再度押し込まれた。
「好き、です。忘れたくない思い出を、残せるから」
 視線はカメラと仔猫の間を彷徨いて、最後に人へ向いていく。
「小さい頃は近所が撮れた。大きくなってから、家の窓の外しか撮れなかった」
 一度咳き込む。気遣う声に、平気と返した。
 ひとでなくなってしまったけれども、歩けるのと呟いて。
「写真はその時を思い出させてくれる。景色も、撮った時の想いも」
 例え逢いたい人が其処に居なくても。
 遺してくれたものが在るなら、証に成れる。
「私は写真も好きだが、この列車も好きだよ」
 まるで気持ちを代弁してくれるような言葉だった。
 見つめる先に、見上げる男。冷えた黒鉄に手が伸びる。
 懐に潜り込んだ仔猫と同じく、そうっと撫でた。
「彼のおかげで、良い旅路となったからね」
 断言できる。後はこの先原稿用紙何枚分の物語がまた書けるかだろう。
 斜日に照らされた横顔は明るく、赤い瞳が夕より鮮やかに映えた。
 オリオン号が齎した挿絵ならば極上だろう。
 人は咲う。ひとのこころに春を届ける。
 それを安心と謂うのなら、なんと穏やかな転だろうか。
「きっと、乗り心地も最高だ」
 肯定を返す娘の声も、明るかった。

 或る文豪と、女學生の噺。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
【歌鼓】

聞える不安の声にリルを見る
なんだかこわがっちゃってるみたい
だいじょうぶだよってみんなに言ってまわれたらいいけれど
あの子のこともさがしたいな

そっか、リルの歌なら
うん、わたしもききたいっ

わあっ
ヨルがいっぱいだ
よーし、しゅっぱつしんこーっ

目があった人に笑いかけ手を振り
歌にあわせて踊るように軽やかにステップ
あの子を探す
ヨル、みつけた?

またあったねっ
さっきまでちょっとトラブルがあったみたい
でもね、だいじょうぶだよ
みんなが今、オリオン号にはしってもらいたくて動いてるんだ
わたしたちもそうだよっ

だからあんしんして待っていて
またえがおがたくさんになったらしゃしんをとろう
ふふ、すぐだからね
のがさないでねっ


リル・ルリ
【歌鼓】

あやや
ひとが離れていってるよ、オズ
皆があの子を怖がっているのかな?
むう…これから楽しい旅がはじまるのに
悲しい顔も
怖い気持ちも
不安も、皆

このままではいけないよ!
あの子はひとを傷つける子じゃないってわかってもらわないと!
皆笑顔で旅をした方が絶対楽しいんだ

ね、オズ
がんばろう!
まずはあの子をみつけないとね
ヨル、頼むよ
僕は皆を元気にするために安心と笑顔を与えるために歌う

大丈夫!皆は僕らが守るんだから!
鼓舞をのせて晴れやかに歌うのは『ヨルの歌』!
ヨル達と、歌って踊る
皆で汽車に乗ろう
怖いことなんてない
だって僕らがついてるんだ

宛ら、出発前のぱれぇどみたいに
うん!オズ
また写真撮るんだ
みーんなが笑顔のね!



●演者の行進
「あやや。ひとが離れていってるよ、オズ」
 静かな夕暮れは人の声より上等な衣装の擦れる音が耳に届く。
 皆目立たぬよう、出口を探す。まるで終演後の光景だ
 すれ違いでようやく一つの会話を拾い上げても不安の色濃く後を引いた。
「なんだかこわがっちゃってるみたい」
 オズが不思議そうに瞬き、不穏な地平から沫彩の空を視る。
 対照的に不満気なリルは辺りを見回していた。
「むう……これから楽しい旅がはじまるのに」
 まだ始まってすらいないのに、舞台への道が閉じてしまっている。
 もう一度開かないと。人々の心も、夢の旅への入り口も。
「だいじょうぶだよってみんなに言ってまわれたらいいけれど」
 困難だろうか。それにもうひとり大丈夫を伝えたいヒトもいる。
 思い浮かぶのは撮りたかったと虚ろに零した姿。
「あの子のこともさがしたいな」
 呟く顔も隠れんぼしていく夕日のようだ。心配で、少しだけさびしい。
 悲しい顔も、怖い気持ちも。不安も、皆。
 これでいいの?

「――このままではいけないよ!」
 透徹の声が黄昏時に凛と響いた。
 それは一滴の波紋と成って、空気に浸透していく。
「あの子はひとを傷つける子じゃないってわかってもらわないと!」
 猛る想いが尾鰭を震わせ月光ヴェールが暮れる光受け鮮やかに煌めいた。
 酸素を泳ぐ人魚がするり、人形へ寄り添い螺旋を描いて訴える。
「皆笑顔で旅をした方が絶対楽しいんだ。ね、オズ。がんばろう!」
 春色の蒼に秘めた花彩を、子猫の青眼が見つめて笑った。
 返事はそれで十分だ。僕とわたし、それと頼もしい彼等も居るのなら。
 其々の相棒がサインを出した。やろう、色褪せた世界を塗り替えるんだ。
「まずはあの子をみつけないとね」
 一度だけ抱きしめた小さな式を、再び地に下ろす。
「ヨル、頼むよ」
 愛し子君が先頭だ。託された雛が片翼挙げて敬礼びしり。
 素敵な時間の始まりを予知したドールもわくわく、眼を輝かせた。
「そっか、リルの歌なら」
 ふんふん気合を入れるペンギンと、深く呼吸するリルを交互に見て確信する。
 腕中の姉に促され、オズは二番目の位置に付いた。
「僕は皆を元気にするために、安心と笑顔を与えるために」
 歌おう。うん、わたしもききたいっ。
 おんなじ笑顔が合図なら、『櫻沫の匣舟』を冠する座長が唄い出す。
 ――春の宵を、夏の日差しを。
 創り奏でる銀細工の歌聲に周囲の人々が会話を止める。
 シンフォニアの尾元で、桜を纏う仔と人魚の仔が二羽揃ってくるりと回り。
 ――秋の実りを、冬の眠りを。
 収穫祭のおばけが一羽、聖誕祭を祝う小さなサンタも姿を見せた。
「巡る万華鏡、時の輪廻を、一緒に。一緒に歌おう、ヨル」
「わあっ」
 歓喜のミレナリィドールを沢山のペンギンが取り囲む。
 どの子もみんな、うれしそう。
「ヨルがいっぱいだ」
 ひだまり笑顔に雛達もにこにこ、雰囲気が一気に明るく華やいで。
 さぁ並んで可愛い子たち。皆で征こう、本日最高のステージが開演だ。
「よーし、しゅっぱつしんこーっ」
 みっつの手と、沢山の翼が仲良く一斉に挙げられた。

 斜陽の影に花弁が流れ込む。
 群衆は見慣れた幻朧桜の他に、もう一色別の欠片が舞うのに気が付いた。
 それはおひさま色した柔らかな彩りを魅せ風と遊んでいる。
 流れの元を辿れば其処に、夢の光景が広がっていた。
 小さくて、可愛くて。もこもこの塊が沢山たくさん、やってくる。
 先頭で燥ぎ征く一羽の後ろで蒲公英みたいな花の貌がふわりと咲った。
「いっしょにあそぼうっ」
 プラチナブロンドもふわふわ揺れて、掛け声は飛出すおもちゃみたいに明るく跳ねる。
 豊かな表情は楽しそうに。誰も彼もへ、喜を振り撒いた。
「大丈夫! 皆は僕らが守るんだから!」
 行進の後ろで半月闘魚も晴れやかに歌い続けている。
 鼓舞をのせて、ヨル達ともご一緒に。どんどん増えて、色んな君が踊り出す。
 観客はとうに集まっていた。頼まずとも、道を開けて。
 奇跡の一団は更に数を増やして盛り上がる。堪らず子供が一人前に出た。
 憧れ色の瞳がオズを見上げ、重なる視線は飛び切りの笑顔を誘い出す。
 手を振りあった楽しさのまま人形遣いは小さな友を連れて地を蹴った。
 謡に合わせて軽やかなステップ、リズムに沿ってターンも華麗に決めてみせる。
 差し出された優しい両手から陽色の花々が世界に放たれた。
 いっしょに楽しみたいの願いを込めて、シュネーと共に祈り捧げる魔法を描く。
「皆で汽車に乗ろう、怖いことなんてない」
 向日葵吹雪も泳ぎ謡う、リルの旋律は黄金に染まって何処までも響き渡る。
「だって僕らがついてるんだ」
 群れ成す柔らかな式神達もぴょんぴょん飛んでみせた。
 人々の近くで、大好きな聲の下で、一緒に跳ねてくれる友達の傍で。
 ペンギンが踊り、ドールが舞って人魚が高らかに歌い上げる。
 暖かな花嵐を纏ったパレードに歓声が沸き起こるのに時間はかからなかった。
 ハーメルンは民衆の不安だけを攫っていく。

 シュネーと踊っていたヨルが誰かに気付いて足を止め、手繋ぎ共に友を呼ぶ。
「ヨル、みつけた?」
 示された先、少し離れた場所で写真を撮る女学生が居た。
 歌姫に手を振りGOサインが出たので一足先に彼女の下へ飛び出し向かう。
「またあったねっ」
 ちょっと驚いていた眼差しがゆっくり戻り、影朧が頷く。
 人形の姉にも挨拶をする彼女に自然と頬が緩んでいった。
「さっきまでちょっとトラブルがあったみたい。でもね、だいじょうぶだよ」
 トラブルと聞いて娘は心配そうに眉尻下げるも、大丈夫ならと続きを待つ。
 心配しないでと喜色が得意な人形が破顔した。
「みんなが今、オリオン号にはしってもらいたくて動いてるんだ」
 同じ思いで来た猟兵達が今其々の場所で尽力している。
 不安を払い、勇気を与え、そして彼女の願いを叶える為に。
「わたしたちもそうだよっ」
 両手広げたオズの肩に姉が乗り、追いついたリルと一羽のヨルが背後から顔を出す。
 一斉の笑顔に影朧は眩しげに目を細め、ありがとうと頭を下げた。
「だからあんしんして待っていて」
 確りと頷いたのを見届けてキトンブルーの瞳も和らぐ。
 まだこれからだ。遊ぶヨル達の所へ戻って、駅構内を進み行こう。そうしたら。
「またえがおがたくさんになったらしゃしんをとろう」
「うん! オズ。また写真撮るんだ」
 人魚も楽しく同意して、相棒抱きしめ華やかに笑う。
「みーんなが笑顔のね!」
 そうと決まれば善は急げだ、今度は僕が先だと尾鰭を揺らし踵を返す。
 それが楽しくて、待ってと後を追おうとした人形が途中で一度立ち止まる。
 振り向き最高の笑顔を浮かべてみせた。
「ふふ、すぐだからね。のがさないでねっ」

 淡い喜色を見届け今度こそオズはシュネーを抱えて走り出す。
 再び歌い出すリルと、踊る沢山のヨル達の元へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻

こほり
咳ひとつ転がして
案ずる神を宥め

遠のく喧騒に花冷えの空気に眉根を顰める
はやく汽車の旅を楽しみたいのに
このままではこの汽車は役割を果たせない

笑顔を乗せて走るのが役目でしょうに
あの子は観たいだけなのよ
愛されて走る、この汽車の姿が
汽車が運ぶ皆の笑顔が

…それに
影朧を恐ろしがる声に視線に一瞬だけカムイが悲しげな顔をしたのをみた

カムイ、何とかしましょ
皆の心を再び咲かせるように
私は護龍
しかと守ってみせましょう
皆も影朧も
優しい神の心も

―櫻華
纏う桜を幻朧桜の其の導きを連想する、華火のように重ねて
神楽を踊るよう舞わせるわ
笑顔が咲き綻ぶように!
汽車の出立を祝うようにね

カムイったら
ほんに過保護でかぁいいわ


朱赫七・カムイ
⛩神櫻

サヨ!よもや熱まで?!
慌てて大切な巫女の額に額をくっつける
行くと言って聞かないならせめて
汽車の中、温かな部屋で休ませたいのに…

見渡せば
恐れる空気
之は災いだ穢れだ
此処にあってはならないと云う
しっている
厄災である私をみる当たり前の視線だ
…『前の私』は全く大丈夫だったのにな
少しだけ心が痛く俯く

この想いを彼女にさせてはいけないね
サヨの言葉に頷く

私の巫女の何と美しいこと

倖約ノ言祝の光を纏わせて、旅路に祝を約そうか
安心して
皆は私達が守るよ
幸いなる旅路であるようき
オリオン号と共にいこう
廻る天へかえるため
この汽車は走りたがっている

きみを、皆の倖を乗せて

サヨ!
揺らぐ巫女を抱えて案じる
やはり抱えていくべきだ



●災哀を断ち栄祝を結ぶ
 こほり――……。
 袖口でそっと口元隠し咳をひとつ転がした。
 けれども密やかな疾苦とて、神の目は誤魔化せない。
「サヨ!」
 そろそろ私は心配で変色しそうだと案ずる顔のカムイに微笑む。
 大丈夫よなんて今の彼に通用しそうにないけれども、一応。
「よもや熱まで?!」
 矢張り通じなかった。慌てる美丈夫の距離が一気に縮まり、額が触れ合う。
 確かな温もりを感じても顔色は然程変わらない。
 全く、何方が不調なのだか。
「行くと言って聞かないならせめて汽車の中、温かな部屋で休ませたいのに……」
 それでも衷心より櫻宵を想う顔を見せてくれるから。
 桜龍の胸中は常春に穏やかだった。

 ――でも。
(はやく汽車の旅を楽しみたいのに)
 遠のく喧騒と花冷えの空気に、病とは別の感情で眉根を寄せる。
 あれ程聞こえた生動の音も、蒸気の息吹も感じられない。
(このままではこの汽車は役割を果たせない)
 巫女の移ろう視線を感じ朱砂彩の神も顔を上げた。
 見渡せば……恐れる空気が場を染めている。
 日常と縁の無い怖れ、鎮まらぬ不安、無事を確認出来ぬ鬼胎。
(之は災いだ、穢れだ)
 それは穏やかに過ごす人々の常日頃を脅かす驚異だ。
(此処にあってはならないと云う……しっている)
 知っている。否、識っている。今でも過去を夢に観る。
 斜陽の影が世界に広がる。そうではないと解っていても、心がざわつく。
 あれは、決してカムイを向いている訳ではないのに気持ちを乱すモノ。
(厄災である私をみる当たり前の視線だ)
 神ですら、蝕まれてしまう厄。覆い尽くそうと這い寄る其の名は。
「……『前の私』は全く大丈夫だったのにな」
 こころが少しだけ痛む。生きているからこそ、俯く程に。

 僅かに震えた支える手に、支えられた者のしろい手が重なる。
 見守っていたのは、何方だったのだろう。

 春咲く瞳が冬空を見据える。
(笑顔を乗せて走るのが役目でしょうに)
 動かぬ黒鉄、滞る流れ。塞き止めているのは果たして影朧なのだろうか。
(あの子は観たいだけなのよ。愛されて走る、この汽車の姿が)
 ――沢山、撮りたい。もっと。……列車と、一緒の。
 その願いを叶えるのは今ではなく、変えなくては成らない未来の先に在る。
 彼の汽車は息を吹き返し運ばねばならない、皆の笑顔を。
 それに。
 噫、私の神様。どうかどうか、悲しまないで。
 一瞬とて見逃さない。共に乗り越えてきたからこそ、痛い程に理解できる。
 もう一度約神を視る桜龍の瞳は病を感じさせぬ強き光が宿っていた。
「カムイ、何とかしましょ」
 大切なその手を取って、優しく力強く包み込む。
「皆の心を再び咲かせるように」
 花が舞う、甘美な春が約を冀う。
 うつくしき龍瞳と桜霞は再び結び交わされた。
「私は護龍。しかと守ってみせましょう」
 愛を識った櫻が告げる。その為に、その御蔭で、強くなれたのだから。
 皆も影朧も……優しい神の心も。
 もう二度と、昏き災いに奪わせはしない。
 爛漫咲櫻が決意の眼差しは約倖ノ赫の眸へ光彩を灯していく。
 違わぬよう、繋いだ縁を握り返した。
「この想いを彼女にさせてはいけないね」
 頷く仕草は誓いの証。約束しよう、何度でも……きみの言葉に。
 何時だって、いつだって。歓び運ぶ薄紅を咲かせてくれるきみとなら。
 群衆の不安だって、華と変えるだろう。
 調子を取り戻したカムイに櫻宵は安堵し、ゆっくり絡まる手を解す。
 ひとときだけ繋ぎ直したぬくもりと眼差しすら微笑ましくて。
 無意識の心配へ、大丈夫と甘い言の葉捧げて離れていった。

 静静と、枝垂れ桜の巫女が前へと進み出る。
 薄紅引く眼は伏せられて尚艶やかに。
 凛と咲く立姿、人々はひととき春の訪れを感じていた。
 其れだけで不穏の音色は鎮められ、唯清き静寂が花開く時を待ち侘びる。
 舞台は汽車を望む広場が中央。満開の幻朧桜が一本立派に在ろうとも。
(私の巫女の何と、美しいこと)
 神が見守る領域で桜枝角を揺らし頭を垂れる。
 ひとつ、ふたつ、呼吸を置いて。上げ行く貌に開く眼が何より娃しく輝いた。
「――櫻華」
 紡ぐ、始り。差し出す手に返す掌、ひらひら導く桜花の軌跡。
 櫻宵の桜に幻朧が重なって、華火の如く舞い上がる。
 うつくし腕を、広げて優艶。濃櫻の指先ひとつ、繊細に。
 ――宵さきて、あけの桜空うらうらと。神の結びのいと尊しや。
 厄夜を超えてその先へ。穏やかに咲き誇る尊き絆ぎのなんと雅なことか。
 等しく民は神楽に魅入り、輝桜のひとときに心を寄せる。
 巫女の祈りと言の葉に幸いを。頃合いを見てカムイが手を伸ばした。
「倖約ノ言祝の光を纏わせて、旅路に祝を約そうか」
 さいわいを断ち、さいわいを結ぶ。安心して、皆は私達が守るよ。
 舞桜に硃桜が寄り添い世界に更なる彩りを。
 神の恵は赫縄と成って願いを掬ぶ。幸いなる旅路であるように。
「オリオン号と共にいこう。廻る天へかえるため……この汽車は走りたがっている」
 祝おう此れは出立の約彩。
 きみを、皆の倖を乗せて……ひとりの影を運び逝く為に。
「捧げて、攫って、纏って、囲って――咲き誇れ」
 ニエは艶やかに舞い散っていく。皆の不安も、道連れに。
 奇跡の花弁は何度も華を画き、そうして舞龍の笑顔が咲き綻んだ瞬間に。
 夢幻と淡く静かに消えていった。

 見事な神楽を魅せた桜が、儚く揺らぐ。
「――サヨ!」
 倒れ込む巫女を、硃桜ノ約神が抱き留めた。
 浅い呼吸に無理をさせたと心が痛む。
 閉じた目元に張り付くひとひらを、そっと指先で拭い取る。
 やがて開かれた双眸は朱を映して――ゆっくり、微笑んだ。
「カムイったら」
 なんて顔をしているの。笑う頬に赤みが増して、弱々しい。
 花飾る庭で春の雨が降り注ぐ。雫無くとも、きみを案じる心がないた。
 やはり抱えていくべきだ。決意はすぐに、腕へと伝わる。
 宝物を包むように、溺愛の花を一人抱え上げて。
 驚き別の赤らむ顔で櫻宵が抗議しても、カムイの意思は変わらない。
 もう決めたんだ。もう――なくさないと。
 だから離してやるものかと言わんばかりに神は歩き出す。
 気のせいか先程よりも多く硃桜の花弁を舞わせながら。
 それを桜龍は少しだけぼんやりした視界で、見届けて。
「ほんに過保護でかぁいいわ」
 甘やかに、心から嬉しそうに笑ってみせる。
 だったら存分に甘えよう。広い胸に頬寄せ暫し、目を閉じた。

 人々の心に幸を咲かせたふたりが花路を華々しく歩み征く。
 見送る者達は拍手も忘れる程に胸を満たす余韻からまだ抜け出せていなかった。
 後に残るは忘れられない光景と、鼓動の速さと一緒に刻まれた感動の記憶。
 神櫻の祝は確かに皆のこころへ結ばれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神埜・常盤
――おや
蒸気が消えてしまったねェ
列車が動くの楽しみにして居たんだが

影朧が恐ろしくて
皆の脚が止まって仕舞ったのだね?
ならば、列車への搭乗を促してあげよう

此の身を吸血蝙蝠の群れに変え
駅のホームをバサバサと飛び回ってみる
都会で蝙蝠見る機会なんて余り無いだろう
驚いてくれると良いんだが

ある程度飛び回ったら
片腕分の数匹を構内に遺して人に戻り
駅員へ助言をと

乗客たちには取り敢えず
列車の中に入って貰えば良いんじゃないかね
外より車内の方が安全だろう
蝙蝠は僕が捕まえておいてあげよう

人波が無事に動き始めたら
影朧の彼女にも聲掛けを

ねェ、そろそろ出発するみたいだよ
いまは混んでいて足元も危ないから
最後にゆっくり乗り込み給え



●宵を統べる
 陽が地平線へと沈み往く。もうすぐ、彼等の時間だ。
「――おや」
 冊子に落としていた視界に暮れの光が差し込んでいく。
 上げた顔に、分けた前髪がさらりと頬を撫で流れていった。
 ブランデーの如く上等な琥珀色が照らされる中で、赤茶の眼差しが外を仰ぐ。
「蒸気が消えてしまったねェ」
 いつの間に失せた列車の息吹と大人しくなった構内が異変を報せる。
 ふむ。と常盤は動じる事無く白手袋を片方顎に添え眼を細めた。
「列車が動くの楽しみにして居たんだが」
 既に脳内では乗車後のプランが程よく纏まりかけていたというのに。
 仕方ない、もうひと仕事だ。

 相変わらず綺麗な女給を連れてホームへ向かう。
 見た所乗客達はあまり沈んだ顔をしていないようだ。
 寝台特急の乗車に前向きな声も有る――既に他の猟兵が動いているのだろう。
 が、探偵は現場に来て再び思案の仕草を取った。
 彼が見ているのは先頭車両の前に立つ女学生を遠巻きに見ている民衆達。
「……影朧が恐ろしくて、皆の脚が止まって仕舞ったのだね?」
 此処(ホーム)迄は来れた。勇気ある行動だと思う。
 ただ実際肉眼で見た影朧という存在に彼等は足踏みしてしまっている。
 仕方のないことだろう。眼前の怪物へ気軽に一歩踏み出せるのは猟兵位なものだ。
 とくれば。常盤は次にホーム全体をじっくりと見回していく。
 場の距離、人の数。周辺で存在する障害物の配置等々。
 時間にして数分無言の後、徐に彼は切符を挟んだ冊子を天竺に差し出した。
 丁寧に受け取り、彼女は一歩後ろへ下がる。
 空いた手はゆっくりと……ネクタイの結び目へと伸ばされた。
「ならば、列車への搭乗を促してあげよう」
 上質な蒸留酒彩の合間から、フルボディの輝きが愉しげに笑う。
 一足先に、宵が来る。麗しき黒に彼の身が染まる。
「瞑闇に遊べ、我が夜よ」
 全ての色が塗り潰され、最後に残ったのは牙覗く深い笑み。
 さァ、愉しい夜の始まりだ。

 人の形をした瞑闇が少しずつ、千切れていく。
 欠片は歪に蠢き、翼を広げた眷属へと姿を変える。
 ――あれは?
 蝙蝠だ、誰かが云った。悲鳴となるのに時間はかからなかった。
 森も洞窟も無い都会では滅多に見ない代物に客達は慌て動き出す。
 驚きの感情が、停滞を壊し新しい流れを発生させた。
 夜の翼は飛び交い、混乱する群衆を逃げ道と謂う形で誘導する。
 彼等が本来乗る筈の乗車口へと。

 ある程度の流れを作り出し、一度ダンピールはヒトに戻る。
 歩く傍ら女給が近付き主の肩にコートをかけていく。
 未だ飛んでいる片腕分の空白が整えられた身なりに隠れていった。
 辿り着いた先で君、と常盤が呼びかける。振り向く駅員は焦り顔だ。
「乗客たちには取り敢えず、列車の中に入って貰えば良いんじゃないかね」
 涼し気な顔に心配を乗せる。トロフィーも頂けそうな俳優に相手は疑わない。
「外より車内の方が安全だろう」
 蝙蝠は僕が捕まえておいてあげよう。最後のひと押しを告げて、今後が確定する。
 後は手を下すまでもない。

 無事動き始めた人波を横目に、探偵は女学生の元へも足を運んだ。
「ねェ、そろそろ出発するみたいだよ」
 影朧は不思議そうだ。先程迄自分を怖れていた民衆が、今は己に目もくれない。
 何故だろうと伺うような視線を受けて常盤は綺麗に微笑んだ。
「いまは混んでいて足元も危ないから、最後にゆっくり乗り込み給え」
 ではお先にと男は頭を下げる女給と共に指定車両へ向かっていく。
 夕陽に伸びる欠けた影へ、欠片が飛び込み補われていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

サティ・フェーニエンス
努めて落ち着いた姿勢を保ちます
乗客の皆さんの恐怖を助長させたり、影朧さんの不安を煽らないように

とはいえ、明るい話術は得意では無いんですよね…、あ。
このローブ、使えないかな…
影朧は過去を象った存在…なら、正しく生ある呼吸をしているわけでは無い、かもしれない?
(アイテム:晴天月のローブ。呼吸を止めている間だけ姿見えなくなる)
物は試し、ダメ元でも
「少し肌寒いですね。風邪ひかぬよう、良かったらこちら羽織っていて下さい」
自然さを装い。拒否されなければ影朧さんにローブ被せ
上手く効果が出れば、周囲が落ち着くまで影朧さんの姿を隠せるかも

効果ダメなら
影朧さんを少しでも一般乗客に見えるよう、雑談をし続けます



●みえるもの
 少しずつ、少しずつ。留まっていた人々が流れていく。
 安心を胸に進む者、安全の為に帰る者、未だ彷徨い続ける者。
 様々な心の揺れ動く様をサティは努めて冷静に見ていた。
(皆さんの、不安を煽らないように)
 方針を決め行動する。避難誘導の声掛けや駅員達の手伝い、彼等を励まして。
 目立つ行動ではないが彼は地道に人の助けと成り続けた。
 ――お兄ちゃん、ありがとう!
 迷子の少女も見つけ家族の元へと送り届ける。
 礼を言う親の傍ら、子はオリオン号に乗るんだと無邪気に笑っていた。

 寝台特急のホームは見渡す限り大きな混乱はないようだ。
 ただ少しだけ警戒の雰囲気が有るのをヤドリガミは感じ取る。
 探さずとも原因は解っている。落ち着いた姿勢で、外見10歳の少年は歩を進めた。
 乗車するか迷う人々の視線が先で、独りの女学生が先頭車両を見つめている。
 少し、考える。どうすれば乗客の皆さんが気兼ねなく乗ってくれるのか。
 悩んで、思案して。気付いたら影朧のすぐ隣に来てしまった。
 更に彼女も自分を見ている。会釈された。会釈返した。……違うそうじゃない。
 とりあえず何か話をしよう。沢山の視線を受けて不安だろうから気晴らしに。
(とはいえ、明るい話術は得意では無いんですよね……)
 うんうん考え込む猟兵は並び立つヒトから見守られている事に気付かない。
「、あ」
 何か閃く。隣人はどうしたんだろうと様子を伺っている。
 が、知の海に溺れる迷走っコは記憶の頁から情報を読み取る事に忙しい。
「このローブ、使えないかな……」
 呟き指先で触れたのは晴天と月を冠した上質なローブ。彼の装備品だ。
 効果は無呼吸の間だけ、纏った者が不可視になるというもの。
(影朧は過去を象った存在……なら、正しく生ある呼吸をしているわけでは無い、かもしれない?)
 洗練された魔導具を手に影朧を見上げる。目が合った。
 ……。まぁ、物は試しだ。ダメ元でも。
「少し肌寒いですね。風邪ひかぬよう、良かったらこちら羽織っていて下さい」
 既に気付かれているが自然さを装ったアプローチは問題ない筈だ。
 事実常春の花が流れようと今は冬の風がホームを撫でている。
 例え影朧相手でも寒そうと思ったのは本心だ。後は拒否されなければ……。
 過去の娘は白と黒の外套と青の見た目少年を交互に見てから考える素振りをみせ。
 やがて手が伸び、彼女は魔導具を受け取った。良かったと小さく安堵する。
(上手く効果が出れば、周囲が落ち着くまで影朧さんの姿を隠せるかも……?)
 計算外は、何故か影朧がローブを広げ自身とサティの肩にかけた事だった。
 急接近も相まって流石に普段無表情が多くても目を見開くのは止められない。
「あの、これでは効果が……」
 見上げて訴えると影朧は小首を傾げ、そして。
「……あなたも、寒そうだったから」
 見下ろす顔はそう辛そうではなかった。

 ――影朧って確か若い女一人だっけ。あれかな?
 振り向きはしないが、此方に向けた声がする。
 仕方ない、得意ではないが一般乗客に見えるように雑談を――。
 ――違うよ! あれはお兄ちゃんと、お兄ちゃんのお姉ちゃんだよ!
 聞き覚えのある幼い声がホームに響いた。
 ――そっか、姉弟だもんな。違うか。
 そうして向けられた視線の気配が、消えていく。

 今この時は誰も彼女を影朧だと見ていない。
 確かに、効果は出ていた。

 少しの会話後、影朧はローブをサティに返却する。
「先に、乗って下さい。……ありがとう」
 彼女の顔は穏やかだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【彩夜】

黒い車体へとそうと触れる繊指
見上げる双眸、周囲へと移ろう視線に刷く色
こころに宿る動揺がみえるかのよう

だいじょうぶ
この列車――オリオン号は
あなたにとって大切な思い出のもの
ならば、共に見届けましょう
あなたの懐く想いと共に
オリオン号が駆けてゆくところを

関係者の手助けは不要でしょう
みなを、彼女を、わたしたちが護るもの
まい、ときじさん
あの方とお話をしましょうか
揺らぐ彼女が、不穏の色に呑まれぬように

ねえ、あなた
あなたはステキな夢を懐いていたのね
こうして影朧となって留まるほどに
その思いは大きく、強かったのでしょうね

偶然近くを通るひとへは彼方、と道を示しましょう
誰も消させはしないわ
もちろん、あなたもよ


宵雛花・十雉
【彩夜】

周囲の空気が一変した
こりゃヤベェな、なんとか一般人にも影朧にも被害を出さずに済ませてぇところだけど

あの子に声をかけるのかい、もちろん賛成だよ
一緒に写真撮った仲だからな
放っておけねぇさ

なぁ、アンタはオリオン号のどこが好きだい?
オレはこの真っ黒な車体に、堂々とした風格かな
よく整備された車輪なんて最高にイカしてるよ

でもさ、やっぱり走ってる姿はもっとイカしてんだろうなぁ
嬉しそうに汽笛鳴らして、黒い煤をたくさん吐いてさ
一生の内に数えきれないほどの人間を運ぶんだ

…オレはコイツの勇姿を見てぇ
アンタもそうだろ?
きっと、発車を待つ皆だってそうなんだ
この場にいる誰もが、オリオン号を待ってる


歌獣・苺
【彩夜】
不安に満ちた音が
聞こえる
…きっと、あの人から

身体が勝手に動き出す
何とか不安を取り除いてあげたくて
彼女の前へと歩を進めていく
少しくらい傷付くのは構わない
けれど、2人ならきっと
傷付けないまま
進ませてくれるんだろうな

ぎゅ。と手を握る
大丈夫だよ!
きっとこのオリオン号は
満員御礼!
たくさんの人に愛されるよ!
だって凄く美味しいお茶も
ケーキもあって
素敵な景色も
みせてくれるんだから!

希望を持って、信じてみて
オリオン号が走り
愛され続けるところ

『咲って、むすんで』

不安のいとを解いて
さいわいのいとを結ぼう

2人の声にも耳を傾けてみて
きっと
貴女の味方になってくれる
だって私の自慢の
心結(しんゆう)なんだから♪



●喩えあなたが過去であっても
 周囲の空気が一変した。
 活気が消え、憶測話が物騒な雰囲気を密やかに招く。
「……こりゃヤベェな」
 絢爛を広げ口元隠し、探偵は未来を予測する。
 このままでは確実に推理通り、新たな事件が発生してしまうだろう。
「なんとか一般人にも影朧にも被害を出さずに済ませてぇところだけど」
 花連れる風は益々冷え込みホームから熱も温もりも攫っていく。
 そして、十雉の懸念は的中する。
 ――なぁ本当にオリオン号は動くのか?
 ――解らないわ。多分駄目なんじゃないかしら……。
 不安は伝染していく類の感情だ。無意識の噂が、心に影を落とした。
 陰る貌が父の作品を見つめ、再びそっと繊指を伸ばす。
 冷たい感触、鳴らぬ汽笛――次に影朧は下がり眉でホームを見渡していた。
(こころに宿る動揺がみえるかのよう)
 七結の昏れ無いまなこは暮れより赤るい眼差しで過去の娘を思遣る。
 ひととき縁を結んだあの子。歪んでも尚、請い続ける姿は少しだけ解る気がした。
 見上げる双眸、周囲へと移ろう視線に刷く色。
 嗚呼、あの子の彩が静寂に沈んでしまう。

「不安に満ちた音が聞こえる……きっと、あの人から」
 苺も感じるままに女学生へと心を寄せる。冬風に揺れるのは髪と柔らかな黒耳だけ。
 人々は影朧へただ不安を覚え、猟兵は彼女を心配する。其処に攻撃の意思は無い。
 誰も、此の場に居る全ての者があの列車の停止を望んでなどいない筈なのに。
 紅い少女はひとつ、眼を閉じた。ふたつ、拍を数えて。眼と口みっつ、ゆうくり開く。
「関係者の手助けは不要でしょう……みなを、彼女を、わたしたちが護るもの」
 皆が望む結末を迎える為に、彩夜がすべき事を聲にする。
「まい、ときじさん」
 空気が僅かに揺れ動く。声は無くても、二人は聢と少女に応えて。
「あの方とお話をしましょうか」
 七結の意図は真っ直ぐに、立ち竦む影朧だけを指していた。
 揺らぐ彼女が、不穏に呑まれぬように。黒い花を、咲かせぬように。
 三種の視線は異議無く独りへと向かう。
「あの子に声をかけるのかい、もちろん賛成だよ」
 扇子を閉じた十雉がゆぅるく笑う。一つの眼が一度、仲間を視て。
 視界を向こうへ戻しがてら徐に一歩分、先程から静かな猫兎の傍に寄る。
「一緒に写真撮った仲だからな……放っておけねぇさ」
 誰かと問われりゃ少し遠くと、謂わないけれども目の前に。
 互いに少しずつ結い直してる縁の彼女は今、あまり周りが見えていないようだ。
 だったら、先陣を任せよう。優しい半魔もゆっくり頷いて理解を示すから。
「――頼りにしてるぜ」
 決して嫌いではないアンタへ。行っておいでの代わりに、言霊を添えて送り出す。
 鼓舞を受けた黒い足が影朧へと向かって行った。

 身体が勝手に動くのは、相手を案ずる煩慮の衝動。
 何とか不安を取り除いてあげたくて、気付けば影朧の前へと進んでいた。
 まっすぐに征く苺色の瞳も真直で、気付いた女学生が少しだけ身構える。
 それでも、例えまた攻撃を受けたとしても構わなかった。
 あの人の近くに、傍に。触れる事ができるのなら。
(けれど、2人ならきっと……傷付けないまま進ませてくれるんだろうな)
 今も身に宿る勇気がその証だ。恐れる事等、何も無い。
 十七の絲に支えられ、至るあなたのすぐ隣。痛い思いはひとつもしなかった。
 そうっと伸ばすこの手は黒く変わってしまったけれども。
 戸惑うあなたの掌を優しく柔らかく包む事だってできるから。
 肉球の心地良い感触に先程より明るい戸惑いを感じる影朧へ。
 苺がとびきりの笑顔を浮かべてみせた。
「大丈夫だよ!」
 それは、暗雲を貫く一筋の光。
「きっとこのオリオン号は満員御礼! たくさんの人に愛されるよ!」
 驚く彼女だけにではない。場に居る全ての人へ届くよう、声を張り上げる。
「だって凄く美味しいお茶もケーキもあって、素敵な景色もみせてくれるんだから!」
 兎の笑顔と心が跳ねる。一緒に躍ろう、大丈夫だよ。
 僅か、繋がる手を握り返す力を感じた。
「ねえ、あなた」
 牡丹を冠する少女も歩み寄る。呼ばれた顔は、込上げる感情の在るが儘を描いていた。
「あなたはステキな夢を懐いていたのね。こうして影朧となって留まるほどに」
 焦れる程に魅力的な七結の瞳は今を生きる者の彩りを目一杯に湛えていて。
 映り込んだ過去の娘は理解する。現在の自分は、渇慾そのものなのだと。
「その思いは大きく、強かったのでしょうね」
 小さく、でも何度も頷く。もし目尻に雫が有ったのなら衝撃で頬を伝う程に。
 みっつのこころに見守られて、やがて小さく弱々しい声がぽたりと落とされる。
 オリオン号に、乗りたい。動いて欲しいと数多に願った。
「……もっと、2人の声にも耳を傾けてみて」
 握る手をもっと強く。言葉と一緒に伝わるように。
「きっと、貴女の味方になってくれる。だって――」

 ――警備隊です! 影朧は何処に――。
 近くで招かざる声が響く。恐らく、未だ駅内で伝達が上手くいってないのだろう。
 新たな波乱の空気が絆ぎゆく糸を震わせ憂いを伝える。
 驚き顔を上げた影朧が視たのは――大きな伊達男が羽織る艶やかな召し物だった。
「なぁ、アンタはオリオン号のどこが好きだい?」
 そっと女学生の肩に手を起き、さり気ない加減で身体を列車へと向けさせる。
「オレはこの真っ黒な車体に、堂々とした風格かな」
 十雉はその背後に立ち、同じ方向から列車の好い所を挙げ始めた。
 閉じた扇子の天を箇所へ向け、述べる感想は心から。
「よく整備された車輪なんて最高にイカしてるよ」
 穏やかな称賛で相手の緊張を解していく。
 そうして人情家の男は其の身と仕草で人々から影朧を隠してみせた。
 合間に女子二名は騒ぎの元へ。出会った集団を見回し七結は華やかにわらって魅せる。
 お呼びでないのよあなたたち。鬼さんあちらと彼方を示す。
 少女のかたちを演じたものの言葉はじわりと意識に浸透し、揃って相手を頷かせる。
 無事に見送り一安心。何故か場の民衆は誰も異を唱えなかった。
 集まる視線の先、シンフォニアは柔らかな黒髪揺らし観客へ笑顔のお礼を捧げていく。
 苺の声は、ちゃんと届いていた。

「でもさ、やっぱり走ってる姿はもっとイカしてんだろうなぁ」
 打ち合わせの一声無かろうと、彼等は見事にやり遂げる。
 信頼と云う見えぬ糸はいつだって彩夜を繋いでいた。
 芽生えた不穏が摘み取られたのを背に感じ、十雉は影朧の隣へ移動する。
「嬉しそうに汽笛鳴らして、黒い煤をたくさん吐いてさ」
 過去の執着が見上げる黒鉄の箱。改めて眺めても隅々迄立派な姿だった。
 今は沈黙しているこの寝台特急が動き出せば、どれ程の感動を人々に与えるのだろう。
「一生の内に数えきれないほどの人間を運ぶんだ」
「――はい。それが、みたいです」
 きっとそれが女学生にとっての好き、なのだろう。
 返事の声色はもう震えていなかった。紅引く眼がゆっくり緩む。
「……オレはコイツの勇姿を見てぇ」
 今でも冬風がホームを冷やしてはいるが、必ず熱は戻ってくる。
 アンタもそうだろ? 問う顔は確信していた。
「きっと、発車を待つ皆だってそうなんだ」
 本当に怖いなら此処には誰も居ない筈だ。それが答えなのだろう。
 気の早い者はもう乗り込んですらいた。まだ運行再開は告げられていないのに。
「この場にいる誰もが、オリオン号を待ってる」
 望んでいる。皆が、蒸気を吹き返す所を。
 足りないのはもうひと押しの何か。ぎゅ、と影朧がカメラを握り込む。
「だいじょうぶ」
 優しく甘く、芯の通った聲。それと真白い手がそうと強張りに触れた。
 怯える幼子をあやすように、ゆうくりそろり撫でていく。
「この列車――オリオン号はあなたにとって大切な思い出のもの」
 ならば、共に見届けましょう。言葉のいとが、ふたりを結ぶ。
「あなたの懐く想いと共に、オリオン号が駆けてゆくところを」
 誠実の花を飾りて思いを込め握る手に、可愛らしい黒い手も再び寄り添った。
 苺がもう片手で3人目を引っ張り込む。苦笑する男の手もぽんと、重なって。
「希望を持って、信じてみて」
 この先、オリオン号が走り愛され続けるところは必ず見られるから。
 絶対の自信を以て笑う、今はキマイラの眼に彩が宿る。
『咲って、むすんで』
 瞳に浮かぶ蝶々と織り成す糸の誓い。透明ないとは、繋ぐ四人の手を包んだ。
 誰一人拗れる事無く途切れずに、違わずに。
 不安のいとを解いて、さいわいのいとを結ぼう。
 2人は味方になってくれたでしょうと花開く貌が尋ねて聞けば。
 頼もしかったと繋がる心が教えてくれた。兎は益々、笑顔満面に声も弾ませる。
「だって私の自慢の心結(しんゆう)なんだから♪」
 あなたも、助けてくれた。返事の声には驚いて、すぐに頬を甘色に染めた。

 一本でも失くしたら仕上がりが変わる織物を物語と云うのなら。
 皆が望む結末を創る為に、彼等は『いと』を護り続ける。
「誰も消させはしないわ」
 沈みゆく夕陽が照らす皆の顔は暗いものではなかった。
 誰もが夢を運び走り抜く幸せの夜を信じている。
「もちろん、あなたもよ」
 喩え過去で在ったとしても、未来を共に望んでくれるこゝろが有る。
 だからわたし達は護りに、叶えに来たと告げる代わりに七結は淡く微笑んだ。
 やがてゆっくりと四人は離れて向かい合う。
 手の繋がりは解いても、結んだ絆は此処に在る。
 影朧は握り締めた自分の手に苺一会の彩糸が結ばれているのを確かに感じた。
 もう、大丈夫。
「はい。……オリオン号が、動いたら」
 その時はこの糸を辿ってまた会いましょう。
 車内でも笑顔を撮らせて下さいと、穏やかに告げ三人を見送った。

「ありがとう……優しい人達」
 熱を取り戻す列車を見てから乗りたいと、小さな我儘を言ったら皆笑ってくれた。
 沢山の優しさと約束を抱いて影朧はもう一度オリオン号の先頭車両へ。
 後はあなただけ。どうか動いてと、心結わう手を添え願いを込めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

梟別・玲頼
雪音(f17695)と

汽車が黙っちまったな…
影朧お嬢のメンタルが心配だし、付いててやるか
きっと女子同士のが心開いてくれるだろうし雪音と彼女の会話を横で聞きつつ

オリオン座から名前取ったんだろうな、この列車
シリウスが冬で一番輝く星だとしたら、オリオン座は一番良く目立って知られた星座だ
冬を彩る星々の様にありたいと願ったのかな
そんなこと、たわいもなく話してみたり
褒めてるつもり、だぜ?

そーいや君の客室って…?とさりげに問い
ほら、近けりゃ一緒に旅してる感増すじゃん?
…なんて言いつつ後で駅員さんに伝えて、その車両は寝台の指定調整して貰うか
一般乗客から離して、猟兵で囲っとけば…安心出来るだろ


御乃森・雪音
玲頼(f28577)と。

オリオン号、動く…わよねぇ。
何があっても、乗客にも影朧のお嬢さんもどちらにも影響は出させない。
影朧のお嬢さんがこれ以上不安にならないように、出来るだけ近くで行動しようかしら。
不安を消すように話しかけつつ、発車までに何事もなく乗り込めるように玲頼と協力して状況を確認しなきゃ。
ねえ、列車の旅ってどうしてワクワクするのかしらねぇ。
これから見られる景色が楽しみだわ、貴女は何が見たいの?
アタシも写真もっと撮っておかなきゃ。帰ったら皆に見せるの、こんなに素敵な列車に乗ったって。
貴女のお父さんが作ったの?すごいわねぇ、皆に愛されるこんなに素敵な物を世に残したのね。



●冬のアイオライト
「駅長が?」
「あぁ、大きな騒ぎの時は対応しそれ以外は持ち場に戻って待機だと」
 整然と着こなす制服に対し、少々戸惑いがちな会話がホームの一部で交わされた。
 困惑気味な駅員達の元へ、乾いた靴音と共にしなやかな脚先が向けられる。
 一歩、踏み出す。意識せずとも背筋は真直に、彼女が歩めば其処はランウェイだ。
 顔を上げた者達が驚き見蕩れるも気にせず、雪音は片手を腰に当て小首を傾げる。
「オリオン号、動く……わよねぇ?」
 反応には少々時間がかかっていた。

「汽車が黙っちまったな……」
 オリオン号の近くでは玲頼が腕を組んで列車を見上げている。
 近くでは同じように、女学生が先頭車両を見つめていた。
(影朧お嬢のメンタルが心配だし、付いててやるか)
 とは言え、話しかけるなら己より適任が居ると考えた青年は一旦別方向に首を向ける。
 丁度視界に駅員を連れて戻る適任を見つけ此方と片手で所在を示した。
 到着した青花のダンサーにおかえりを告げると華やかな笑顔が咲き誇る。
 次に二人組みへ会釈をしたら我に返った顔してから挨拶が返ってきた。苦笑いを一つ。
「何があっても、乗客にも影朧のお嬢さんもどちらにも影響は出させない……とは言ったんだけどねぇ」
「申し訳ございません。ユーベルコヲド使いの皆様の活躍は伺っているのですが」
 心からすまなそうな駅員の様子に諸々察知し人間態が息を吐く。
「上からの指示待ちか」
「はい、現状は中止も再開も不明でして」
 応える仕草が少々落ち着き無い事に加え、隣の寝台特急を時々見ているのにも気付く。
 す、と琥珀の瞳が細くなる。恐らく彼等は乗務員で、持ち場に戻りたかったのだろう。
 だがずっと先頭車両前にいる女学生を警戒して近付かなかった。そんな所か。
 この人達にも対応が必要だろう、しかし影朧のお嬢さんにもケアが必要だ。
「これ以上不安にならないように、出来るだけ近くで行動しようかしら」
 提案はする前に雪音の方からしてくれた。
 きっと女子同士のが心開いてくれるだろうと考えていたので有難いとお願いする。
 勿論協力は惜しまないと言えば素敵なウインクが返ってきた。
 全ては発車までに何事もなく乗り込めるように。猟兵達は各々すべき事を実行する。

 青薔薇を冠する女がぼんやり気味な女学生の隣に着き、一度顔を寝台特急に向けた。
 さらりと広がる黒髪を緩くかきあげ耳に流し、そのまま口を開く。
「ねえ、列車の旅ってどうしてワクワクするのかしらねぇ」
 反応した影朧は最初に会った時よりも落ち着いた様子で振り向き視線を合わせてくる。
 が、よく見ると下がり眉なのでやはり動かぬ列車が心配なのだろう。
 その不安を消してあげたくて、雪音は努めて綺麗に笑ってみせた。
「オリオン号に乗ったら、貴女は何が見たいの?」
 問われて過去の娘は目線を落とした。見下ろすのは大切に持っている唯一のもの。
「景色も……それを観て、喜んでる人達も、見たい」
 写真も沢山撮りたい。願望は小さな呟きとしてぽつりぽつり、零された。
 そして影朧は一度、瞼を閉じる。
「一番撮りたい人は――もう、いないから」
 開いた眼は、ただ目の前の黒鉄を見ていた。
 消え入る程の声だった。それでも猟兵達の耳は拾い上げ、視線を彼女へ。
 玲頼はすぐにオリオン号へと戻し、そのまま口を開けた。
「オリオン座から名前取ったんだろうな、この列車」
 独言めいた聲はちゃんと、相手に届いたようだ。視線を感じるも話を続ける。
「シリウスが冬で一番輝く星だとしたら、オリオン座は一番良く目立って知られた星座だ」
 夜空に輝く一等星と、アステリズムで繋がる星を抱いた星座の名前。
 今夜も予報通りなら晴天に2台は走る。かの星達もきっと、見られるだろう。
 冬のダイヤモンドを観るために乗る人もいるかもしれない。
「冬を彩る星々の様にありたいと願ったのかな」
 なんて、他愛もなく話してみたり。
 沈んだあの子が少しでも喜んでくれたら良いと願いも込める。
「褒めてるつもり、だぜ?」
 様子を窺いがてら向き合い、淡く穏やかな顔を見ることができた。
「……憧れの列車と、寄り添って一緒に愛されるようにって。聞きました」
 受け止めた男の表情も、優しい星明りのように暖かい。

「アタシも写真もっと撮っておかなきゃ」
 思い出した様な声と、即実行の機械音が雪音の手元から何度も響く。
 何気なく向けたらヘッドマークと女学生が一緒に写るポジションでも一枚撮れた。
「帰ったら皆に見せるの、こんなに素敵な列車に乗ったって」
 スマホは便利だ。撮ったばかりの思い出だってすぐ相手に見せられる。
 驚いた顔は綻ぶ花へと変わっていく。
「ありがとう。……お父さんも、きっと喜びます」
「貴女のお父さんが作ったの?」
 はい、と頷かれた。嬉しくて、質問した顔も喜色に染まる。
「すごいわねぇ、皆に愛されるこんなに素敵な物を世に残したのね」
 それに乗れるんだから尚更嬉しいと伝えた所、私もですと同意も得られた。
「そーいや君の客室って……?」
 さり気なく玲頼も会話に入ってきて、投げた質問に影朧は首を傾ける。
 それから思い出したように片手で握りしめていた切符を見ていた。
 どれどれと、青薔薇を飾る頭も一緒に覗き込む。
「ほら、近けりゃ一緒に旅してる感増すじゃん?」
 彼が挙げた理由の本音と建前入り交じる真意に気付いた相方が客室番号を読み上げる。
 成程と呟き短い礼と再び影朧の対応をお願いした後、青年の視線は反対側へ。
「寝台の指定調整って可能か?」
 話しかけられた駅員は意味を理解しううむと悩む。
「理由があれば、お願いできるかと」
「一般乗客から離して、猟兵で囲っとけば……安心出来るだろ」
 返答に納得したようだ。しかし乗務員の表情はそう明るくはない。
 兎にも角にも運行再開の報せが来ないと始まらないのだろう。
 でも猟兵達の顔に諦めの色は浮かんでこない。
 必ずオリオン号は動き出す。あの雪国を走り抜いた、懐かしの記憶と同じように。

 やがて駅員達の動きが少々慌ただしくなった。
 二人組の片方がオリオン号に乗り込み、もうひとりが何処かへ走り去っていく。
 花弁が玲頼の視界を横切った。風向きが、変わる。
「これから見られる景色が楽しみだわ」
 菫青石のように澄み渡る瞳が少し先の未来を想う。
 側に来た相方と女学生へ、もうすぐねと雪音は鮮やかに微笑んだ。
 彼等は影朧の不安を癒し、願いの先へ進めるよう優しく導いていく。
 礼を述べる娘の顔は冬を越えたようだった。

 どうか、素敵な旅を。
 互いに言葉を贈りあって猟兵達は一足先に乗り場を目指した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

草守・珂奈芽
【蛍と刀】

お客さんの不安も分かるけど、あの子はまだ悪いことしてないのさ
悪いことしたくて来た訳じゃないみたいだし
どっちも守れたなら、きっと上手くいくはず

零那ちゃん、あの子はきっと、自分を守るために周りを傷つけちゃうだけ
だから手助けしようよ、誰も傷つけないようにさ
だからまだ、斬らなくていいもんね?(確認するように)

UCで呼んだ精霊さんの半分はわたしと一緒に避難誘導!
淡く光るから注意さ引けて、注目も集めれると思うのさ
残りは影朧さんをやんわり囲んでガード担当
零那ちゃんもいるからだいじょーぶ…だよね?

…よかったー、義理堅いっちゅーかなんというか
えへへ、もーちょっと頑張ろ!頼りにしてるのさ!


桐生・零那
【蛍と刀】

どうやら影朧の出現が知れ渡ったようだな。
客も不安がっている。
ほら、見たことか。
だから始末しておけばよかったものを。

……だが。この場は珂奈芽に従うと決めたのだ。
そして、この影朧はまだ人に害をなしていない。
ならば、今しばしこの神敵を見張るとしよう。

野次馬根性豊かな輩や小さな子供など、影朧と知ってなお近づいてくる者もいるだろう。
あえて犠牲者を増やそうとも思わん。
手近なものを≪零ノ太刀≫で斬り落とすことで威嚇をし追い払うとしよう。
くっ、なぜ私が影朧の護衛など……。

早く列車は出ないのか!!
一般市民に刀を抜くわけにも……あぁ、イライラする!
もうちょっと……そうだな。もうしばしの辛抱だよな!な!?



●優と誠
 正しく、零那の視界には暮れ色の世界が視えていた。
 動かぬ寝台特急に息を潜め暗がりに身を寄せる人々の姿も。
「どうやら影朧の出現が知れ渡ったようだな」
 陽光が弱くなれば、必然的に場は冷えてくる。
 より厳しくなる冬風に曝されても訓練された戦闘員の顔は微動だにせず。
 ただ一つ、心を乱すものがあるとすれば。
 認めたくはないが無防備でいる神敵を視界の端に入れ、息を吐く。
「客も不安がっている。……ほら、見たことか」
 あの時逃した事で、こうなるのはとうに予測していた。
 事実が現実になっただけだ。妖剣士は色違いの双眸を細め独りごちる。
「だから始末しておけばよかったものを」
 神の意思に今でも疑いはない。だが、己は選んだのだ。
 アレはまだ人に害をなしてはいない。なので、手は出さない。
 次に判断の切欠と成った眼前で明るく笑う友を見る。
「お客さんの不安も分かるけど、あの子はまだ悪いことしてないのさ」
 珂奈芽はまた祓魔剣士と影朧の間に立って主張していた。
 元気いっぱいな様子は相変わらず。真直に、価値観の違う相手と向き合っている。
「悪いことしたくて来た訳じゃないみたいだし、どっちも守れたならきっと上手くいくはず」
 信じて疑わないその姿勢だからこそ。
(この場は珂奈芽に従うと決めたのだ)
「……ならば、今しばしこの神敵を見張るとしよう」
 返す言葉を聞いて嬉しそうに笑う姿を、心の中では応援したいと思っていた。

 宵が近付くにつれ、状況も移り変わる。
 停滞していた人々が動き出し前向きな声も聞こえてきた。
 落ち込んでいた活気が徐々に回復する兆しが見える――でも。
 光があればまた影も存在し続けている。
「あの集団は無理だろうな」
 戦闘関連以外はからっきしだが、戦う者だから解る……と言って良いのだろうか。
 零那は奥の一塊に戦場から逃げたがっている気配を感じた。
 帰す必要があるだろう。蛇に睨まれた蛙の如く固まっているから、導き手も必要か。
 一方珂奈芽の視線は影朧の方へ近付いていく一般人達を捉えていた。
 猟兵に護られている安心感故か、好奇心を抑えきれなかったのだろう。
 何方も対処する必要があると猟兵達は視線を交わす。
「零那ちゃん、あの子はきっと、自分を守るために周りを傷つけちゃうだけ」
「……」
「だから手助けしようよ、誰も傷つけないようにさ」
 神敵から人々を守るために、神敵に手を貸す。
 斬る以外の方法等今まで考えたこともなかった。
 本当に、学ぶことは多いなと浮かんだ考えを思考の隅に追いやりひとつ頷く。
「解っている……これも任務だ」
 了解を示したが、何故か相手はまだちょっと疑い顔だ。
「……だからまだ、斬らなくていいもんね?」
 先程の齟齬が発生しないように、念には念を入れた確認をしてくる。
 喩え相手が影朧であろうと一度誓った事を反故にはしない。その意味も込めて。
「あえて犠牲者を増やそうとも思わん」
 何もしない限りアレは斬らないと再度宣言したら安堵の笑顔が相手に浮かぶ。
 あの子は任せたのさ! なんて言葉を置き土産に駆け出す友を見送って、また一息。
 鋭い眼光そのままにセーラー服の少女もまた仕事場へ向かった。

 奥の一団へ向かう珂奈芽の足元で、一歩進む度小さな淡い光が灯っていく。
 彼女が喚んだ精霊達は宵に向かう構内で夜空に浮かぶ星のように瞬いていた。
 それは暗く沈んだ人々にとって、目に映る小さな希望にも思えて。
 注目を集め辿り着いた正義の味方が助けに来たと告げたら、彼等は涙を流し喜んだ。
 ――ありがとうございます。危害はないと言われても、どうしても怖くて。
 集団は口々に、申し訳ないと謝罪していた。気にしないでとフォローをしても。
 全ての人々が強い意思を持てるとは限らない。弱い心を抱えて生きる者も沢山居る。
 それをよく解ってるからこそ。強いヒーローを目指す者として、力になりたかった。
 小さなお手伝いさんの半数に案内を任せ彼等を見送る。
 何度も礼を述べ帰る人々に手を振った後、さてと意識をホームに移す。
(零那ちゃんもいるからだいじょーぶ……だよね?)
 勿論信頼している。信頼している……がとりあえず残りの精霊を連れ、友の元へ。

 ――本当に大丈夫?
 ――心配ないさ、ユーベルコヲド使いの人が平気だって……。
 紙巻き煙草を咥えた大人が女学生に接近している。
 安全だと聞いたからといって驚異に近付くとは、実に野次馬根性豊かな輩達だ。
 勇気と無謀は違う事を其の身を以て教えてやりたい所だが、相手は唯の人間である。
 そして、零那が今助けようとしているのは神敵オブリビオン――不思議な感覚だ。
(くっ、なぜ私が影朧の護衛など……)
 思うことは多々有るが、今は我慢と一旦目を閉じ心を落ち着かせる。
 再び開く双眸、その片側……魔を以て魔を祓う者の瞳が鮮やかに輝いた。
『散りなさい』
 刹那放たれた斬意の視線。不可視の刃が輩共の咥える嗜好品を切り刻む。
 突然吸ってた火付紙が花弁の如く散り落ちる様は大いに彼等を驚かせた。
 何だなんだと言い合うも数秒後、理解不能の現象に怖れ尻尾を巻いて逃げていく。
 十分な威嚇で追い払えたのを確認後、一応神敵の無事も確認するかと向き直る。
 戸惑う影朧の周囲をやんわり所かがっちりガードしてる精霊さん達が其処に居た。
「零那ちゃん?」
「……。影朧は斬っていない」
 誓いに違いは無いと、もう一度主張する。
 本当かどうか影朧を見たらうんうん頷いてるので友は信じたようだ。
「よかったー、手助けありがとうね!」
 心から嬉しそうな様子に改めて戦闘員は任務成功を実感する。
 輝く珂奈芽の喜び顔は、少しだけ眩しく観えた。

 その後も、何だかんだ地味ないざこざがあった。
 人々に元気が戻ってくるのはいい。運行再開の希望も見えてくる。
 だがしかし一緒に写真だとか子供が興味津々に来るのを親が止めない、とか。
「……早く列車は出ないのか!!」
 思わず叫んでいた。目を丸くする影朧と、苦笑いする友の隣で。
 一般市民に刀を抜くわけにはいかない。この神敵も斬らない。
 ぐるぐる渦巻く無限ループに陥った零那は割と限界だった。
「あぁ、イライラする!」
 それでも手っ取り早い解決方法を取らない辺り、彼女の誠実さが伺える。
「義理堅いっちゅーかなんというか」
 自分との約束を守ってくれる友に嬉しさがこみ上げ、思わずえへへと破顔して。
 唸る相手へ寄り添い珂奈芽はもう一度元気に笑ってみせた。
「もーちょっと頑張ろ! 頼りにしてるのさ!」
「もうちょっと……そうだな。もうしばしの辛抱だよな! な!?」
 勢いで影朧にも同意を求める。瞬きした女学生が、勢いに押され何回か頷く。
 恐らく本人もよく解ってないまま言った頑張ってくださいとのエール迄貰った。

 もうちょっとが終わるまで、あともう少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
ん-
(影朧の)お姉さん、ほら、こっち
行こう。ここは目立つから
と、ひとまず人の少ないところに行こう。どこがいいかな
石炭が積んでるあたり、いける?(自分が、ちょっと、好奇心で行きたかった)
だめ?そう……。

俺の聞いたこと、考えてくれた?
思い出せ、とは言ってない
忘れてしまって、思い出せないのならそれでもいい。考えてみて
「あなたは何を撮りたかったの?」
何を撮りたいの、とか、なにをしたいの、でもいいけど

生憎俺は普通の人間の人目を引いたり、説得したりすることは苦手だから
列車に乗りたいなら、あなたを連れて、こっそり乗り込むくらいしか思いつかないけど
それ以外のことがあるなら、できる限り協力するよ
考えよう、一緒に



●そして夜の帳が下りる
 リュカが寝台特急のホームへ来た時にはそれなりに人が動いていた。
 見た限り悪い流れではない……が先頭車両付近で一点の違和感に気付く。
 軽い人混みをかき分け覗いた先ではおっかなびっくり行動する駅員達。
 それと列車を眺める女学生の姿があった。
 思わず間延びした撥音が鼻から抜けていく。あまり良く無い光景だろう。
 十中八九、害は無いと解っていても仕事し辛い現場の図だ。
 汽車の傍に居たい気持ちも解るがこれ以上の遅延も望まないと思う、ので。
 静かに前へ抜け出た猟兵は躊躇なく影朧の視界に入っていった。
「お姉さん、ほら、こっち」
 かけられた声に顔を向け、少年を見た娘が首を傾げる。
「行こう。ここは目立つから」
 多く語らずとも伝わったようだ。一度列車を見た相手が静かに頷く。
 歩けばちゃんと付いて来るのでそのまま彼女を連れ出した。

 喧騒から離れはしたが、行く先を特に決めていない。
(ひとまず人の少ないところに行こう。どこがいいかな)
 明り少ない所も選んでいたら給炭所に辿り着く。
 蒸気機関車の燃料が何箇所かに分けて積み上げられていた。
 奥の方には一際大きな山もある。探索者の好奇心が疼く、あれは登れる。
「石炭が積んでるあたり、いける?」
 だが山と少年を交互に見た影朧がそっと首を横に振った。
「だめ?」
 今度は首を縦に振られる。
「そう……」
 あまりに彼が残念そうで、女学生は徐にある一箇所を指で差した。
 なだらかな黒い丘にふたりは揃って座り込む。

 何するでもなく互いに好きな方を見ていた。
「俺の聞いたこと、考えてくれた?」
 上を見ていた少年がぽつりと、前を見る女学生に少し前の記憶を尋ねる。
 視線はそのまま、空が徐々に石炭と同じ色になるのを眺めていた。
「思い出せ、とは言ってない。忘れてしまって、思い出せないのならそれでもいい」
 近くで山から欠片が一つ転がり落ちた。考えてみてと、リュカが続ける。
「『あなたは何を撮りたかったの?』」
 ――出発したら、撮れなくなるものもあるよ。
 今と過去の声が重なって聞こえた気がした。
「何を撮りたいの、とか、なにをしたいの、でもいいけど」
 何を。呟いた声の主は視線を下に、敷き詰められた烏朱を見やる。
 いしずみは消えゆく陽に照らされ星のように煌めいていた。
 やがて上げた顔と、向いた顔。2つの視線が漸く重なる。
「生憎俺は普通の人間の人目を引いたり、説得したりすることは苦手だから」
 もうすぐ夜が来る。これからまた一段と冷えるだろう。
「列車に乗りたいなら、あなたを連れて、こっそり乗り込むくらいしか思いつかないけど」
 真一文字を基本とした口元を更夜に隠し、一度長い息を吐く。
 後少しで、人の息も蒸気のように白くなりそうだ。
「それ以外のことがあるなら、できる限り協力するよ」
 考えよう、一緒に。ゆっくり猟兵は立ち上がり、服に付いた塵を払う。

 気付けばホーム方面がより一層賑やかになっていた。
 見据える視界の端から女学生が入り込み、立ち止まって振り向く。
 とても、穏やかな顔だった。
「お父さんにも、会いたかったの。だから思い出を沢山遺して……逢いに逝きたい」
 本当は解っていた。彼女の切符は片道のみ。オリオン号に乗れば、もう戻れない。
 でも過去で在り続ける事よりも、娘は選んだ。
「きっと、まっすぐ行っても大丈夫。優しい皆さんが、導いてくれたから」
 あなたも考えてくれてありがとう、皆で一緒に乗ろうと影朧が告げる。
 一番星が宵の空に瞬いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『旅客車に揺られて』

POW   :    食堂車両で何かを頂く

SPD   :    展望車両で景色を眺める

WIZ   :    客席車両でゆったりする

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「駅長、良いのですね」
「うむ。ユーベルコヲド使いの皆様を信じよう」
 頷き告げる初老の男も、駅員も皆穏やかな顔をしていた。
 駅構内は既に人の活気が戻っており、民衆は今か今かと待ち望んでいる。
 これより始まる夢の舞台が幕開けを。
「全責任は私が取る。業務再開、全線の運行復旧を急ぐのだ!」
 ホームに居る全ての人々が、高らかな宣言に合わせ歓声をあげた。

 白煙を吹き上げ汽笛が天へと突き抜ける。寝台特急が、蒸気を吹き返した。
 ――皆様、お待たせ致しました。オリオン号はまもなく発車致します。
 切符を片手に全ての乗客が乗り込み、準備が完了する。
 見学や駅員達に見送られ、沢山の人と一人の影朧を乗せたオリオン号は走り出した。

 夕暮れを宵に染め上げ、夜が空を覆い尽くす。
 人工の明りが遠ざかるなら其処は在るが儘の宇宙が広がり星の輝を鮮明に描いていた。
 この時期は澄んだ冬の空気によって果まで見渡せそうな佳景を観る事ができるだろう。
 窓を覗くと仄明るい花弁が流れ、見上げるだけで目に入る銀河は何処迄も続く。
 二種の煌きが互いを彩る光景はただ眺めてるだけで、夜を明かせそうだ。

 でも、楽しみは外だけではない。
 オリオン号車内は沢山の人に喜んで貰いたいと願う心遣いで溢れていた。
 基本的に照明は天井に有らず、足元やテーブルの上のランプ等で統一されている。
 食堂車やラウンジも間接照明が殆どでささやかな灯りが上質な調度品を照らしていた。
 全ては外の夜景を楽しむ為。不必要な光は星明りの妨げと調整されている。
 乗務員に頼めば携帯ランプも借りる事が出来る為、好きな場所で夜空を楽しめそうだ。
 勿論其々の客室内ならベッドに転がり星空を仰ぐ贅沢だって存分に味わえるだろう。
 食事は一等客室なら自室でも、それ以外は食堂車や軽食類に限りラウンジでも頂ける。
 メニューは様々。こんな物が食べたいと言えば、大抵合わせてくれるらしい。
 美味しい飲み物にスイーツも充実しているなら悩む時間が沢山欲しくなりそう。
 そうそう、ラウンジの人気ドリンクは意外にも瓶入り牛乳だそうだ。
 角砂糖を一つ落とすのが、通らしい。

 思い想いの時間を過ごせば、やがてオリオン号は一番の絶景スポットに辿り着く。
 その広大な湖は一部がとても浅く、レールを敷いて運行ルートになっていた。
 クリアな水面が空をそのまま写し出し、上も下も等しく星夜の世界を列車が走る。
 それはまるで銀河の中を旅する光景だった。
 美しい幻朧桜の花吹雪も忘れてはならない。近くの並木から鮮やかに夜を彩っている。
 ふと、花のミルキーウェイが途切れた先に一台の列車が並走しているのに気が付いた。
 段々距離が近くなる。あれは――。

「……、ぁ――」

 小さな声が、外を眺める独りの女学生から零れ落ちた。
 気のせいかもしれない。一瞬だから、解らなかったけれども。
 誰かと目が合った気がした。

 鳴り響く汽笛が互いを報せる。
 寝台特急は星と桜の海を共に走った後、其々の終着駅に向け進行方向を変えて征く。
 夜空に二つの列車と同じ名前の一等星と星座がとても綺麗に輝いていた。

 さぁ、今宵の一枚を。どんな場面を一番の想い出に残そうか。
神代・凶津
何とか無事に発車したな。
せっかくだからと一等客室の切符を買ったが想像以上に豪華な客室だぜ。
さてと、さっそく寝台特急の車内を散策しようや。

車内はささやかな灯りだけで外の夜景を存分に楽しめる仕様って訳か。
「・・・本当に綺麗な夜景ですね。」
っと相棒、あそこにいるのは影朧の嬢ちゃんだぜ。話しかけるか。

よう嬢ちゃん、あれからいい写真は撮れてるかい?
撮れてるなら何よりだぜ。
にしてもこの『オリオン号』は見事なものだな。どこを見ても喜んでほしいって心遣いで溢れてやがる。
「・・・この列車を造った人はとても素敵な人ですね。」
相棒の言う通り凄い奴だぜ。
こんな大勢に愛される列車を造ったんだからな。


【アドリブ歓迎】



●流夜を歩く
 荷物を置き一息ついたが、改めて見回しても別世界だった。
『何とか無事に発車したな』
 皺一つ無いシーツへ置いた凶津の声に桜が振り向き、静かに頷く。
 大きな混乱も大幅に乗客が減ることも無くオリオン号は出発できた。
 皆様のおかげですと見送る駅員達の嬉しそうな顔は、今でも鮮明に思い出せる。
 猟兵の仕事はほぼ終わったようなものだ。一人と一つは安堵を共有していた。
『せっかくだからと一等客室の切符を買ったが想像以上に豪華な客室だぜ』
 隣に巫女が腰掛けたので沈むベッドに少々巻き込まれながら鬼面が呟く。
 常に振動が続く列車内だからか調度品は少ないものの、全ての家具に高級感が伺える。
 身を預ける寝台も然り。質の良いマットは大変寝心地良さそうだ。
 全ての照明を落とし寝転んだら星空を見上げて穏やかに微睡めるだろうか。
 しかし旅は始まったばかり。折角乗れたのだからもっと楽しまなければ。
『さてと、さっそく寝台特急の車内を散策しようや』
 冒険の提案は即受理され、赤の仮面は白い手の中に戻り仲良く部屋を後にする。

 走行中の寝台特急は優しい暗さで満たされていた。
 足元を始め要所々々の明りが最低限の道標となり、淡い光は目に優しい。
『車内はささやかな灯りだけで外の夜景を存分に楽しめる仕様って訳か』
 歩む途次、何枚もの窓に思わず足が止まる程硝子越しの光景は目を奪っていく。
「……本当に綺麗な夜景ですね」
 思わず声にしたのは桜の方。次いで、同じ角度で見たいと両手で持つ相棒を調節した。
 数多の星輝く景色は映画のように絶佳のシーンを右から左へ流し続ける。
 動く列車が見せる錯覚であろうとも窓越しの天の川銀河は見事であった。
 彼等は煌めく大河の下、走る黒鉄の中を気儘に歩いて移り往く夜を楽しんだ。
『っと相棒』
 鑑賞中の穏やかな沈黙を破ったのは凶津の方だった。
 巫女の足を止めて注目の方向を示す。
『あそこにいるのは影朧の嬢ちゃんだぜ。話しかけるか』
 進路先の少し開けた場所に、独りの影朧と一際大きな窓が在った。

 瞬く星空を眺める女学生の隣へ、謎の仮面と旅する巫女がやってくる。
『よう嬢ちゃん、あれからいい写真は撮れてるかい?』
 声に気付いて振り向く娘は一人と一つを順番に見て静かに頷いた。
『撮れてるなら何よりだぜ』
 返す言葉に、影朧は嬉しそうに微笑む。もう大分心が満たされているのだろう。
 皆様のおかげですと頭を下げる姿が少しだけ薄くなって視えた。
 上げた顔は穏やかだ。視線が合った桜も黒眼に星々を映しながら緩く笑ってみせる。
『にしてもこの『オリオン号』は見事なものだな』
 足音を消す絨毯を敷いた道の隅、添えられた小さな明りは落ちてきた箒星のようだ。
『どこを見ても喜んでほしいって心遣いで溢れてやがる』
 磨き抜かれた硝子窓はどこまでも透徹に。ありのままを人々の眼に届けていく。
 細部迄に感じる気遣いを伝えたら、相手のはにかむ顔が淡光に照らされていた。
「……この列車を造った人はとても素敵な人ですね」
『相棒の言う通り凄い奴だぜ、こんな大勢に愛される列車を造ったんだからな』
 桜の言葉に、凶津が太鼓判を押せば今度こそ彼女の明るい笑顔を見ることが出来た。
「ありがとう。良かったら、他の窓からも見てみたいから……少し付き合って下さい」
 二つ返事で承諾し、今度は二人と一つで流夜をのんびり歩いていく。

 窓の外は天の川に仄明るい幻朧の欠片が舞い散り重なって、一つの絶景を彩っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
彼女は一番の景色を残す事が出来たのだろうか。

片道しかない切符。
それが何を意味するのかも私は知っている。

嗚呼。このような美しい景色を形として残す事が出来ないなんてね。
カメラは用意していない。
私の二つの眼がカメラの代わりにしかならないのだよ。

彼女の話をもっと聞いていたかった
この列車に乗った彼女の心地を、彼女の言葉を。

あの子はとても儚い子だった。
朧気な存在だった。
今にも消えてしまいそうだった。

しかしだ、今私の目の前に広がる景色のように
とても美しい娘だったよ。

君と共に帰ることが出来無いのが心残りではあるけどね。
仕方のない事さ。

今は少しでも長く此処に居よう。
この君たちの事も景色も
勿論、覚えているさ



●タイトルは夜が明けたら
『彼女は一番の景色を残す事が出来たのだろうか』
 原稿用紙何枚目かの最初の一文に、そう記す。
 続きを書く前にカップの中身が空な事に気が付いた。
 柔いソファから身体を起こしラウンジの中央へ取りに行く。
(片道しかない切符。それが何を意味するのかも私は知っている)
 カップの中身を選定し注ぐ傍ら、思考の海に浮かぶのは影朧の事だった。
 此処は今、かの文豪が綴った世界と似たレール上に居るのだろう。
 どんなに願っても、カムパネルラは帰ってこない。

 飲み物をテーブル上のランプ横に置き、ソファに身体を沈めていく。
 では続きを――と思ったが一旦背も預けて英は大窓に首を傾けた。
 眼鏡と其れ、二つの硝子越しだろうと見上げる世界は筆舌に尽くし難い。
 夜天は今正に冬の大三角を彼が観る真上に浮かべていた。
 すぐ隣に在るのが鼓星。男が乗る、寝台特急の名も鮮やかに輝いている。
 周囲に散らばる天体一つとっても娃しい。僅かにかかる雲だってそうだ。
 数多の星が炳然とし、黒い雲に後光が差す明暗の風景も趣がある。
 あのコントラストを流れ消えていく迄眺めていた。
「嗚呼。このような美しい景色を形として残す事が出来ないなんてね」
 あかいろ潜む茶の双眸は瞬きも惜しいと空を映し、気付いたら喉から言葉が出ていた。
 それから徐に視線を落とし、じっと手を見る。カメラは用意していない。
「私の二つの眼がカメラの代わりにしかならないのだよ」
 人の目が映像を撮り続けるものであるならば。
 なら私の手は何になれるだろうか。

『彼女の話をもっと聞いていたかった』
 奔る車内で走らす筆先に願いを込めた。
 まだ足りないと結を拒む想いは確かに在る。
(この列車に乗った彼女の心地を、彼女の言葉を)
 絶景は写真が一番リアルだろう。ならば人の心を残せるものは何が一番確かなのか。
 答えは何時でも、英の手に。筆の先端を紙に向けあかき情念で書き続ける。
『あの子はとても儚い子だった』
 ――私は推理小説家だ。そしてこの寝台特急で殺人事件は起こらない。
『朧気な存在だった』
 ――それでも、人が存在し複雑に彩を変える想いが其処に隠されているのなら。
『今にも消えてしまいそうだった』
 ――提示された謎(こころ)を解き明かすのもまた、ミステリではないだろうか。
(しかしだ)
 もう一度、突き抜ける絶佳を見上る。
(今私の目の前に広がる景色のように、とても美しい娘だったよ)

 テーブルに二つ目のランプが静かに置かれた。
 前を向く。嗚呼。男の顔が和らいでいく。
 今から此の作品の結が始まるようだ。
「君と共に帰ることが出来無いのが心残りではあるけどね」
 仕方のない事さ。続けると、仄明るい向こうで過去が柔らかく微笑んでいる。
 彼女はもう、窓の外と同じ様に綺麗で儚く揺らいでいた。
 水飛沫の音が一枚隔てた先から聞こえてくる。
 天に星、風に花、地に夜が輝くこの世界で最期の話をしようじゃないか。
『今は少しでも長く此処に居よう』
 筆を置く。今は、二つの眼が仕事をする時だ。
「この君たちの事も景色も」
 映そう全てを。人で無い君が席を立ち世を発つ迄。
「忘れないで下さい。今日のひと、この夜を」
 あなたの書いた言葉でと。影朧が、其処に居る人が笑っている。
「勿論、覚えているさ」

 起承転結が出揃った。表題は、ゆっくり考えるとしようか。
 ひとりに戻った文豪が硝子向こうで走るもう一つの寝台特急を静観していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリアドール・シュシュ
蒼◆f04968
星と花のドレス
青紫色のアイリスとブルースター

蒼、こっちよ!

華水晶の灯籠持参
自然と足が弾む
手招きし蒼と列車の客室内へ
ランプの光を柔くし
ぽふんと寝転べば天上の星

本物の夜空みたいなの
ふふっ蒼に映る眸もきらきらしているわ(そっと顔覗き込み
蒼のも、綺麗よ?
更に絶景を観に行きましょう!

ラウンジで牛乳瓶を貰う
角砂糖を一つ落とし飲む
湖面を走る列車から銀河と花途を眺め

大好きな星を眺める事が出来て嬉しいのよ(空気も心地良い
蒼に最近印象に残った出来事があれば聞いてみたいわ
まぁ!その時の流星群も美しかった?
出会った聖獣は…鳥とか?
マリアも見たかったのよ

この先も共に
今日のような思い出を作っていきたいわ


戎崎・蒼
マリア(f03102)と
服は深い紺のインバネスコート
愛用の黒い革手袋を着けて

寒空の下、蒸気が夜空に上がっていく
そして名を呼ばれマリアの元へ
美しい夜の風景が映し出された窓を一瞥し、彼女が嬉しそうにしているのを僕自身気もそぞろになりながら眺める

本当に綺麗だ
…あぁ、僕の目はマリアの月のような瞳とは違って暗い色だから反射でそう見えるのかもしれないね?
きらきらしてると言われると、何だか照れくさいけれど

星屑の如く目を輝かせる貴女と話す
依頼の最中で見た星降る夜の話を──出会った聖獣達話を
マリアにも見せたかったな
けれど夢幻泡影さながらのこの瞬間を…一緒に過ごせて良かった

風景と花笑みを瞼に焼き付けてそう、零す



●Twinkle, Blue Night
 深い紺のインバネスコートを纏う年上の少年へ、紫に染まる青花が呼びかける。
「蒼、こっちよ!」
 淡い明りの中でもマリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)の姿は鮮明だった。
 手招きしながら朗らかに笑う華へ戎崎・蒼(暗愚の戦場兵器・f04968)は歩み寄る。
 彼女の傍には乗務員が待機しており此方でございますと部屋の鍵を差し出した。
 黒革を填めた手で受け取り、実年齢相当の礼を返し改めて綺麗な隣人を視界に映す。
 丁度、華水晶の少女は持参したランタンの光量を調節している所だった。
 埋め込まれた蕾が咲き開き夜と甘やかに笑う持ち主を暖かく照らす。
 それを黒い眼は少しだけ眩しそうに細くしてから和らぐ貌に変え、頷き合う。

 花綴る標を手に先導は希望と信じ合う心を飾るドレスを揺らし歩いていく。
 軽いステップを踏む度に、灯籠の輝きを受け燦めく光彩が星のようだった。
 静かに付いて行った少年の外見は途中無駄のない動きでさり気なく彼女を追い抜かす。
 辿り着いた一つの扉。鍵と同じ部屋番号を確認してから開けて少女に先を促した。
 紳士の対応にカーテシーをひとつ。そうして仲良く、部屋に入ってみたのなら。
 清潔な香りと控えめな明りに照らされた高級感が視界いっぱいに飛び込んできた。
 夜が為に統一された調度品も気になる所だが、蒼の目は正面の大窓に吸い寄せられる。
(寒空の下、蒸気が夜空に上がっていく)
 走り続けるオリオン号の息吹が白い煙と成って天へと昇る。
 散花の如く消えた後は硝子板に広がる銀河が瞬き客室に優しい光を届けていく。
 満天の空だった。

 同じ景色を星芒の眸も見つめ、そっと手元の光源をテーブルに置いた。
 部屋のランプを調節し柔らかくなる雰囲気に満足してからシーツの海にダイブする。
 煌めく銀髪に秘めた宝飾のグラデーションが鮮やかな彩りを魅せ広がっていく。
 青紫のアイリスを指先で遊ばせながら見る天井は華のルミナが反射し綺麗だった。
「蒼、蒼」
 一緒に観たくて呼んだ名に、脱いだコートをかけていた黒革手袋が反応を示す。
 彼は美しい夜の風景を一瞥した後に少女の元へやってきた。
 静かにベッドが沈む感覚。座る隣人を見上げマリアドールが笑いかける。
 そして再び天上の星を観る嬉しそうな彼女を蒼は気もそぞろになりながら眺めていた。
「本物の夜空みたいなの」
 鈴が鳴る声で我に返り、改めて共に創られた夜空を仰ぐ。
 花の光が照らす客車の真上は夜に隠れる場所と言えど細部迄装飾を施す見事な造りだ。
 模様の凹凸に星が浮かんで外とは違う幻想が視界に降り注ぐ。
「本当に綺麗だ」
 考えずに呟いた言葉に反応して無邪気な華水晶が此方に身体を傾けた。
 上質な布擦れの音に視線を落とし、可憐なブルースターが視界の端に入ってくる。
 目が合うのに、時間はかからなかった。
「ふふっ蒼に映る眸もきらきらしているわ」
 ゆっくり起こす身体をそのまま相手の顔を覗き込む動作へ移行させる。
 闇色の瞳に華やかな金が映り込み、一等星がふたつ瞬いた。
「……あぁ、僕の目はマリアの月のような瞳とは違って暗い色だから反射でそう見えるのかもしれないね?」
(きらきらしてると言われると、何だか照れくさいけれど)
 何となく、気恥ずかしくなって視線を反らす。
 向けた先は大窓の方。今度は暗き双眸に数多の星が輝いた。
 月と称えられた眼差しが穏やかにそれを見守って。
「蒼のも、綺麗よ?」
 素直な心と想いを、もう一度彼に捧げていた。

 安らげる空間で身体を休めると好奇心が疼き出す。
 此処でも見飽きないのなら、他はどんな光景が待っているのだろう。
 そう思ったら止まらない。少女はベッドから降りて少年に笑いかける。
「更に絶景を観に行きましょう!」
 明るく燥ぐ年相応の華を年相応の視線が微笑ましく眺めてから一つ頷いた。
 立ち上がり一人は花明りを、一人はコートを取ってから部屋の扉を開け旅立つ。
 星明り降る夜黒鉄道を辿る先、八号車は上品な暗色に暖かな光で賑わっていた。
 専用のコンシェルジュが一礼をしてラウンジ内の空席を案内しようとする。
 それを丁寧に辞退し、セルフサービスから人気だという瓶牛乳を取り奥の大扉へ。
 開け放つ先は隔てるモノの無い星空に風と遊ぶ幻朧桜が織り成す壮大な眺望だった。
 冬の大三角を果てに飾る銀河が二人を出迎える。
 眼下では丁度、浅い湖にオリオン号が入り波紋を広げる夜空の中を進んでいた。
 瓶の中に角砂糖を一つ落とし、ささやかな甘さを壮観な風景の中で少しずつ味わう。
 湖面を走る列車から銀河と花途を眺め、暫し水飛沫の音と絢爛の世界を楽しんだ。

「大好きな星を眺める事が出来て嬉しいのよ」
 空気も心地良いと笑う横顔は、本当に心から楽しんでいるようだった。
 風に靡くドレスと水晶の髪は奇麗だが、夜は少々冷えるだろうか。
 蒼は迷いなく己のコートを華奢な肩にかけていた。
 驚く相手と、交わす視線。感謝を告げた顔も花やいでいた。
 それから彼は星屑の如く目を輝かせる彼女と会話を楽しむ。
「最近印象に残った出来事があれば聞いてみたいのよ」
 マリアドールの提案に、二つ返事に頷いて。
 猟兵として、戦場傭兵として渡り歩いた物語を彼の視点で語っていく。
 戦場は殺意が全てで、殺るか否かの記憶ばかりが目立つけれども。
 依頼の最中でふと見上げた時、今宵のような星降る夜が見られた時も確かにあった。
 過去の敵ではない神聖な獣達に出会えた日だって鮮やかに思い出せる。
 一つ一つ挙げていけば、いつの間にか破顔する少女が空より此方を向いていた。
「まぁ! その時の流星群も美しかった?」
 勿論だと頷き深まる笑みにこっそり心躍らせて。
「出会った聖獣は……鳥とか?」
 興味津々な声には自分の言葉で特徴を伝え、その好奇心を更に刺激する。
 純粋な感情で、心から話に喜び共感してくれる彼女だからこそ。
 今夜の想い出もまた、かけがえのないものになる。
 無意識の微笑みは気付かれて、どうしたのかしらと無垢に問われて。
 今度は意識して、目元を和らげた。
「マリアにも見せたかったな」
 ほら、また花が佳麗に咲き誇る。
「マリアも見たかったのよ」
 青を纏った乙女の後ろで晴天の夜にきらきら星が煌いていた。

 やがて、オリオン号はシリウス号と合流し寄り添って絶景を駆け抜ける。
 星夜と花海を共に走る光景もまた素敵なものだった。
「この先も共に、今日のような思い出を作っていきたいわ」
 確りと頷く彼の答えに嬉しくなったマリアドールはデッキの先端へ。
 癒しの歌聲は高く天へ、もう一つの寝台特急へ届けるように奏でられる。
 蒼は一番の特等席で風景と花笑みを記憶に焼き付けていた。

「夢幻泡影さながらのこの瞬間を……一緒に過ごせて良かった」
 想いは流星と共に、零れ落ちる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
オリオお姉さんと
食堂車で

お姉さん、星を見よう
そういえばお姉さん、ご飯は食べた?
俺は…なんだろう。食べた気もするし食べてない気もする。小腹は空いている
(と、いうわけでポテトとか適当に頼んで抓みながら星を見ることにする

…こうしていると、確かに
俺たちは動いているのに星が動かないのが不思議だね
俺は、夜の移動は極力しないから、なんだか珍しい
だって、何かにぶつかったら困るし…
お姉さんは?
夜に飛行して、ぶつかったとか面白体験談はないの
(なんて、お話を強請ってみたりする

…影朧も、解決してよかったね
この世界だと、彼らはまた転生するんだっけ
転生したら…再会できるといいね
…俺にしては少し甘いなって、自覚はあるよ



●蒼炎と星夜
「お姉さん、星を見よう」
 仕事終わりを労われたリュカの第一声が、それだった。
 言われた方は彼らしい言葉といつもと変わらない態度に微笑ましそう。
「勿論ですわ。ふふ……何処で観ましょうか」
 笑顔いっぱいに尋ねるオリオを見て、外を見て。
 んーと悩んだ末に彼は何か思いついたようだ。
「そういえばお姉さん、ご飯は食べた?」
 急な路線変更に夜婦人は瞬き数回。そしてやっぱり破顔する。
「軽く頂きましたわ。リュカさまはまだなのかしら」
「俺は……なんだろう。食べた気もするし食べてない気もする」
 あまり食に関心がないので記憶が曖昧だ。
 ただ味はわからなくても、エネルギーが足りないと身体は反応しているので。
「小腹は空いている」
「でしたらわたくしも一杯飲みたいと思っておりましたの、食べに行きましょう」
 2人の希望が一致したので食堂車へと移動する。

 ポテトとか適当に頼もう。そうリュカは考えていた。
 気付いたらテーブルの上にオードブルがある。何故だろう。
「折角ですもの、色々あったほうが楽しいですわ」
 元凶がにこにこしている。まぁ来てしまったのだからと揚げポテトを一つ抓んだ。
 そのまま視線は窓の外へぽいっと投げる。蒼い眼に、星が移った。
「……こうしていると、確かに」
 次はソーセージを選んだ後に何となく言葉が一つ出てくる。
 視線は変わらず、硝子越しの夜空を眺めていた。
「俺たちは動いているのに星が動かないのが不思議だね」
 人々を乗せ、オリオン号は夜のレールを駆け抜ける。
 雄大な星空の下を、仄明るい桜の海をかき分けて。
 時折聴こえる汽笛は天上に存在を主張しているようにも思えた。
「俺は、夜の移動は極力しないから、なんだか珍しい」
「まぁ、そうでしたの? リュカさまは拠点制圧に夜行くタイプだと思いましたわ」
 迷彩柄ですし、など軽い感じの返答が聞こえてくる。
「だって、何かにぶつかったら困るし……」
 至極真面目に理由を述べつつ次に摘むものを物色する。
 君に決めたと果物を一つ取って、漸く顔を上げて。
「お姉さんは? 夜に飛行して、ぶつかったとか面白体験談はないの」
 それが彼なりの話を強請る言葉だと解れば、オリオの顔がまた和らぎ華やいだ。
「幼かった頃に、星を掴みたくて高く飛んだら雲にぶつかりましたわ」
 驚いてバランスを崩しましたのと和やかに続けて。
「一緒に飛んでいた双子の相手に助けて頂きましたから、無事でしたけれども」
 緩やかな苦笑を一つ。そうして、星見の会話も穏やかに過ぎていく。

 やがて湖へ差し掛かり鮮やかな花嵐の先にもう一台の寝台特急が見えてくる。
「……影朧も、解決してよかったね」
 二つの列車が同じ名前の星と星座の下で並走していく。
 上も下も星が瞬く地上の宇宙を、リュカはずっと静かな貌と心で見ていた。
「この世界だと、彼らはまた転生するんだっけ」
 雲も花も過ぎた空で一等星の最たる輝きが佳景に光を齎す。
 この世界だけの星空が在るように、理もまた千差万別だ。
 旅はそれを教えてくれて、新しい感情と考えにも出会わせてくれる。
「転生したら……再会できるといいね」
 言葉は割とすんなり出てきた。でも少しだけ、瞼を閉じて視界を遮る。
 近くの話し相手が小さく、笑った気がした。
「……俺にしては少し甘いなって、自覚はあるよ」
 素直に思ったことをストレートに発し、視界を戻す。
 シリウスもベテルギウスも変わらず満天の空に煌いていた。
「答えは常に同じとは限りませんわ。心が思うまま、それが大事だと思いますの」
 プロキオンも綺麗な夜に落ち着いた声だけが耳に届く。
 きっと、よい旅路でありましたわ。
 少年はひとつ、頷いた。

 夜好きが2人のささやかな宴は、まだまだ終わりそうにない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛徳・琥瑚
常盤くん/f04783

煌きと桜の幻想夜なんて浪漫の塊ね!
デッキへ向かう爪先も軽く
私はこーれ!
問いに掲げる杯は琥珀色の杏露酒

頬冷やす夜風に眼を細め
くふふ、琥瑚さんは平気よ?
ほら!と
ファーが縁取る真白のコートでくるり
キミこそ平気?と友に問う

ホントね!
銀河に抱かれ
星のお酒を手にするみたい
飲めば星を裡に宿せるかしら?

視界いっぱいに広がる煌めきと柔花
そして彼の言葉に眦緩め
ええ、琥瑚さんこの世界が大好きよ
キミも好きなら嬉しいわ

星の中で密か事
ね、愛徳大明神の恩恵はどう?
良い縁あった?
なんて金色に興味宿して
くふふ
気になって急かしちゃ駄目ね
なら今日も増し増しで送っておくわ

良いわね
素敵な今宵とキミへの幸運に乾杯!


神埜・常盤
琥瑚さん/f23161

グラスワイン片手に展望デッキへ
琥瑚さんは何にした?
あァ、杏露酒も美味しそうだ

あァ、夜風が心地好いね
君は寒くないかね、と友人へ
白い纏いも夜に映えて素敵だねェ
僕も外套を羽織ってるから大丈夫さ

湖を渡る汽車なんて夢が有るなァ
ご覧よ、星海を渡っているみたいだ
天に煌めく星々をグラスのなかに映して笑み
仰げば肺に銀河が広がるかも

おまけに櫻の花道もあるなんて
やっぱり此処は良い世界だねェ
ふふ、残念ながら未だ
愛徳大明神の加護は信じているから
良縁の訪れを気長に待つさ

櫻吹雪から逸れたひとひらをグラスで受け止め
折角だから乾杯しようか

見渡す限りの星空と桜のミルキーウェイに
或いは、幸運の女神様に
――乾杯



●夜桜に願ひを
 彼女から舞い散るのは、香草の芳しさ。
 隠し花に蝶を飾って愛徳・琥瑚(ひらひら・f23161)は上機嫌にデッキを目指す。
「煌きと桜の幻想夜なんて浪漫の塊ね!」
 今宵の御伴を手に、燥ぐ娘は振り向いた。
 ささやかな明りの道を追い彼女の視界に入ってくる長身の男を笑顔で出迎える。
 常盤も緩やかな笑みを返し隣に追いついた。
「琥瑚さんは何にした?」
 尋ねる側の手には、透明度の高いグラスワインが収まっている。
 八号車ラウンジ専属コンシェルジュお勧めの銘柄らしく、楽しみだと表情は明るい。
「私はこーれ!」
 問われた方も笑顔で杯を掲げ彼の目の前に中の色を覗かせる。
 琥珀色にフルーティな香りが心を擽り、男は益々笑みを深めた。
「あァ、甘露酒も美味しそうだ」
 そうして2人はお気に入りを手に、セルフサービスエリアから一緒に奥へ。
 華やぐ蝶々は爪先軽く、半魔は夜に溶け込む程緩やかに。
 共に開け放つ大扉の先、望んだのは展望デッキのクリアな絶景だった。

 冬風に、幻朧桜の花弁が交じる。
 多少の冷たさ等気にならない程、世界は美しかった。
 硝子を取り払い遮るものが無い景色は視覚も聴覚も触覚も刺激する感動で満ちている。
 銀河が、降り注ぐような空だった。
「……あァ、夜風が心地好いね」
 磨かれた革靴を鳴らし進む最中、外套を揺らす花一陣と戯れる。
 淡い光纏うそれは確かに趣があるが、如何せん時期が時期だ。
「君は寒くないかね」
 変わらず燥いだ様子で付いてきた彼女に紳士は気遣う。
 レディは顔を上げ、金華彩る双眸と顔にたっぷりの自信を浮かばせた。
「くふふ、琥瑚さんは平気よ? ほら!」
 言うが早く、しなやかな脚を駆使してくるりと華麗なターンを決めてみせる。
 広がっていく真白の暖かさ。縁取るファーが冷気に触れても琥瑚の笑みは崩れない。
 可憐な舞を鑑賞できた男は安心と称賛の笑みを礼に捧げて頷く。
「白い纏いも夜に映えて素敵だねェ」
 ならばアンコールとばかりに今度は逆回転。
 二つの結いた黒髪も合わせて踊り、コートの色に映えて鮮やかだった。
 存分に暖かさを証明したが、ふと思いついて立ち止まる娘が首を傾げる。
「キミこそ平気?」
「僕も外套を羽織ってるから大丈夫さ」
 落ち着いた返事に肩に付いた花弁を払う仕草も追加してみせる。
 なら大丈夫ねと弾む声。そうして二人は特等席に辿り着く。

 オリオン号自体に光源が少なければ、彼等が望む景色も人工の光は殆ど出会わない。
 在るのは満天の輝きと仄明るく舞い散る世界の花。今を楽しむには、十分だ。
 列車は満開の桜並木を走りやがて自然が作り出す宇宙へと突入する。
 着水音は控えめだ。恐らく場所に合わせ、速度を調節したのだろう。
「湖を渡る汽車なんて夢が有るなァ」
 澄み切った湖面に波紋が広がる。映り込む夜空が揺れ動く様だって幻想的だ。
 遠くの大地は夜と桜吹雪に隠され曖昧なら、後視界に入るのは等しく瞬く銀河だけ。
「ご覧よ、星海を渡っているみたいだ」
 デッキの手摺に身を預け、常盤が緩く進行方向を覗き込む。
 此処を越えたら、星空に飛び込めるのだろうか。
「ホントね!」
 気まぐれの思考が明るい声に呼び戻される。
 振り向いた探偵の視界にて映るままの姿は、とても嬉しそうに景色を眺めていた。
「銀河に抱かれ、星のお酒を手にするみたい」
 白い手に包まれたグラスを天に掲げ、透き通る杏色を通し星空を仰ぐ。
 アプリコットスカイに閉じ込めた煌めきは一際上品な宝飾のようだった。
 隣人もつられて香り立つワイングラスへ視線を落とす。
 ヴィンテージの深み有る彩りに浮かぶ星々がきらきらと揺らいでいた。
「飲めば星を裡に宿せるかしら?」
 今夜が生んだ夢幻の一杯なら、叶うかもしれないなんて蝶々が笑う。
「仰げば肺に銀河が広がるかも」
 灯火は瞬く光。秉燭を甘露とするならば、極上の悪戯噺に花が咲く。
 手中に一等星を見つけたのも、楽しいひととき。
「おまけに櫻の花道もあるなんて」
 輝きの世界で華が賑やかに游ぶ。何処を向いても鑑賞できるなんて、贅沢だろうか。
 視界いっぱいに広がる煌めきと柔花は列車が走っても走っても、絶え間ない。
「やっぱり此処は良い世界だねェ」
 水飛沫に重なる彼の言葉に琥瑚は眦緩め、流れ桜と一緒にその横顔を双眸に捉える。
「ええ、琥瑚さんこの世界が大好きよ」
 キミも好きなら嬉しいわ。
 星明りと花舞う寝台特急のランドスケープで自由な桜が莞爾して。
 同じ暖かさの貌で応えたディレッタントと一緒にひらりはらりと喜を振り撒いた。

 近くの水面に覚えの有る星座が浮かんでいる。
 波打つオリオンはそれでも見事だ。首の痛まない星見も中々乙なもの。
 けれどもちょっと顔を上げたって地平線すら瞬く星の中なら苦は欠片も存在しない。
 外とデッキ、最後の境界線にもたれて楽しんでいた琥瑚は銀河を背景に彼を視る。
「ね、愛徳大明神の恩恵はどう?」
 圧倒的な星夜に包まれて、他の乗客も見えぬ程なら密か事には丁度良い。
 彼女の音量に気付いた常盤は少しだけ顔を寄せ身長差を縮めていく。
「良い縁あった?」
 好奇心を象徴する金色が星明りを浴びて煌めきを増す。
 返す双眸は見下ろす影の中でも艶やかな赤茶を彩り三日月を描く。
「ふふ、残念ながら未だ」
 話しぶりはまるで悪戯を共謀するそれと同じよう。くふふ、と娘が楽を零す。
「気になって急かしちゃ駄目ね」
 構わないさの代わりはスマートなジェスチャーひとつ。
 紳士の仕草に、秘めた桜は笑顔を隠さず咲かせ続ける。
「愛徳大明神の加護は信じているから、良縁の訪れを気長に待つさ」
「なら今日も増し増しで送っておくわ」
 ヒトに紛れる桜の精が、半魔の幸せを願って言の葉を捧げていく。
 たくさんたくさん、あの星空とこの花吹雪のように。
 数多の縁から良い糸を掴めますようにと今宵に祈った。

 そして願ひは、小さな奇跡を連れてくる。
「……おや」
 不意に二人の間へひらひらとひとひらが迷い込む。
 櫻吹雪から逸れたそれは星を飾る杯に受け止められた。
 小さな瞬き一つ、次いで視線を隣に。
 同じ祝福を授かった彼女が同じ表情で手元を見ている。
 紅を滲ます双つの眸がそうっと、微笑んだ。
「折角だから乾杯しようか」
 丁度向こうからシリウス号も合流してくる。舞台は今、最高潮を迎えようとしていた。
 良いわねと琥瑚がグラスを軽く掲げ、常盤が同じ高さに合わせて傍へ。
「見渡す限りの星空と桜のミルキーウェイに」
 風が吹く。星の光を受けて煌めく花を誘って。
「素敵な今宵とキミへの幸運に」
 桜の願いは舞い上がり、絢爛の空へと昇っていく。
 揃って天を仰ぐ。星空に広がる花嵐は満開の大樹にも思えた。
 互いに視線を戻して、笑い合う。
「或いは、幸運の女神様に」

 ――乾杯!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

梟別・玲頼
雪音(f17695)と

そうだな、絶景っていうくらいだし見逃せねぇだろ
あの嬢ちゃんの親父さんが遺したこの列車でオレ達が楽しんでる姿――見せてやらなきゃな

…すげぇ、としか光景には言葉は出ず
ああ成る程、冬の夜空を駆け抜けるオリオンはこんな気分なのかも知れねぇや
向こうに見える列車、湖に映る星空のもあってまるで銀河鉄道の夜…だな
多分この列車も、向こうからはそう見えてんだろうなぁ

ん、雪音…なんだよ見つめて
は?(きょとん)
そ、それ言ったら雪音の瞳の方がずっと夜空みたいじゃん…

前に見た…ああ、いいぜ
雪音や"オレ"からしたらずっと昔――だが、"私"にとってはつい最近の事
素敵かどうかは解らぬが、聞かせよう、いずれ


御乃森・雪音
玲頼(f28577)と。

絶景スポット、折角だから展望デッキに出てみようかしら。
あのお嬢さんも来てるかしら、きっとあの子の見たいものが見られるはず。
満足したら……還るのでしょうね。
へぇ、路線が湖の上なのね。360度全てが星空みたい。空に天の川、地に桜の流れ。
全部綺麗で、何枚か写真を撮ったら後は黙って景色を眺めるだけ。
あら、向こうはシリウス号だったわね。星座と列車と、同じ名前が二つずつ並んだわ。
ふと振り返って玲頼を見て、一歩近付くと下から覗き込んで。ああ、玲頼の目の中にも綺麗な琥珀色の銀河があるわねぇ。
……ねえ、今度教えて?昼に言ってた前に見た汽車の事、走っていた場所。きっと素敵なお話だわ。



●幾夜を数えて
 ――ようこそ、此方が八号車のラウンジでございます。
 専属のコンシェルジュが丁寧な礼で二人を出迎える。
 自由に使えるこの車両は夜に特化したラグジュアリな空間になっていた。
 足音を消す重厚な絨毯も窓際に揃えたソファやテーブルも皆暗色で統一している。
 それらを引き立たせるのは、各所をささやかに照らす淡い光源達。
 輝らされた調度品達は身に施された金などの刺繍や装飾を反射し煌めいていた。
 席の案内を促す声に雪音は少しだけ考える素振りを見せる。
「絶景スポット、折角だから展望デッキに出てみようかしら」
 まもなくオリオン号は一番の見所と謳う場所に辿り着く。
 ゆったりと座って鑑賞も良いが、硝子に阻まれない世界も捨て難い。
「そうだな、絶景っていうくらいだし見逃せねぇだろ」
 だったら決まりだ。絶景の中で感じる風もきっと心地良いだろう。
 でしたらあちらですと、示された奥の大扉に彼等は向かった。
「あのお嬢さんも来てたら良いんだけど」
 人はそれなりに居るようだが皆雰囲気に合わせ会話も密やかで。
「きっとあの子の見たいものが見られるはず」
 彼女の呟きは先行く玲頼にすんなりと届き、振り向かせる。
「あの嬢ちゃんの親父さんが遺したこの列車でオレ達が楽しんでる姿――見せてやらなきゃな」
 車体に合わせた宵色の扉を開けていく。緩いエスコートを添え、共に列車の最後尾へ。

 花風が、舞台の始まりを彩った。
「……すげぇ」
 幻朧桜の欠片が髪にかかるも気付かず目の前の光景に単語が一つ零れていく。
 大空は今、無数の煌めきを魅せつける天体ショーが上演されているようだった。
 隔たりの無いパノラマは何処を見上げても、前を唯向くだけだって星が存在している。
 等級の違いで存在を示す光も、恒星の温度で変わる色も等しく夜を飾っていた。
 宵に沈む曖昧な地平線から突き抜ける雲状の光る帯は彼方まで続いていく。
 オリオン号はあのミルキーウェイへ、絶佳の果てを目指しているのだろうか。
「ああ、成る程」
 いつの間にか足は動いて展望デッキの先端に来ていた。
 瞬きすら惜しいと琥珀の視線が星をなぞり続ける。そうして、一つの星座を捉えた。
「冬の夜空を駆け抜けるオリオンはこんな気分なのかも知れねぇや」
 月が昇る蒼穹に浮かぶ鼓星を鑑賞していたら、白い指先が茶色の一房に触れてくる。
 櫻の花弁を柔く抓んだ雪音と目が合った。艶やかに笑う視線が列車の外へ流れてく。
「へぇ、路線が湖の上なのね。360度全てが星空みたい」
 感嘆の言葉と一緒に細い腕を伸ばして捉えた春をはらりと逃した。
 落ちたひとひらが湖面の星夜に小さな波紋を広げていく。
「空に天の川、地に桜の流れ。……全部綺麗ね」
 手摺にもたれ呟く傍ら景色を覗き込みながら器用にスマートフォンを取り出した。
 バックライトに照らされた青い瞳と飾る薔薇を玲頼が横目に眺める中で。
 彼女は器用に操作して小さな画面に入るだけの絶景を収めていく。
 撮影を終え明かりが消えた時点で視線に気が付き顔を向ける。
 まだ目が慣れず少々暗くて見え難かったが、彼も楽しそうに笑っていた。

 暫し無言で星降る世界を鑑賞する。
 風はずっと優しい儘、仄明るい花と少しの水滴を攫って彼等に届けていた。
「あら」
 汽車の走行と跳ねる水面以外の音を拾ったサウンドソルジャーが声を上げる。
 顔を向けた先、花吹雪を抜け別の寝台特急が接近してきた。
「向こうはシリウスだったわね」
 かの名に反応して玲頼も身体ごと向き直る。
 神秘の桜を巻き込み吹き上げる蒸気と月下でも尚存在を主張する黒鉄は見事だった。
 走る舞台も極上ならば、なんて素晴らしい奇観なのだろう。
「向こうに見える列車、湖に映る星空のもあってまるで銀河鉄道の夜……だな」
 今にも水没するレールから外れて月にでも行ってしまいそうだ。
 それとも、頭上でずっと輝いているあの一等星達の所だろうか。
「星座と列車と、同じ名前が二つずつ並んだわ」
 雪音も穏やかに眺めているが心做しか声を弾ませ、楽しそうだ。
 成程今なら影朧が来てもホームで出発を待ち続けた乗客達の想いが解る気がする。
「多分この列車も、向こうからはそう見えてんだろうなぁ」
 本当に沢山の人達が今此の瞬間に立ち会い目に絶景を焼き付けているのだろう。
 奇跡の風景を誰もが歓びと共に記憶に残して、或いは記録に収めて。
 もっと大勢の人々に、今日の喜びを語り継いでいく。
 それを、誰よりも望んだのが。
「玲頼」
 小さな呼び声で、隣人が明後日の方を向いている事に気付く。
 視線を追いかけ発見した影朧の姿は酷く朧気で、今にも消えてしまいそうで。
 でも。デッキの隅で、真っ直ぐに星空と列車を見つめる眼差しは幸せそうだった。
「満足したら……還るのでしょうね」
 もうすぐ、女学生は旅立つのだろう。
 だって誰が見ても、誰も彼もが。寝台特急が齎した幸福の時間を享受している。
 もうあの子は大丈夫だ。 

 ふと雪音は振り返って鮮やかな瞳に玲頼を映す。
 まじまじと、確認するように彼を見ている。
「ん、雪音……なんだよ見つめて」
 真正面から見られたら流石に気付く。視線を重ねて問いかけた。
 しかし彼女から答えは無く、ぁ。と声を零して一歩近付いてくる。
 暗がりでもはっきりと相手の表情が見られる程の距離で、下から覗き込んできた。
「……ああ、玲頼の目の中にも琥珀色の銀河があるわねぇ」
「は?」
 色々と言おうとした口が、たった一文字の言葉しか出せずそのまま止まる。
 一瞬の思考停止で停滞していた理解が少しずつ、少しずつ脳を染めていき。
「そ、それ言ったら雪音の瞳の方がずっと夜空みたいじゃん……」
 視線を反らした目元もまた、暖かく染まっていた。
 別の銀河を映しながらも男が思い起こすのはついさっき観た青花の横顔。
 一呼吸の後、深く息を吐く。聞こえる楽し気な笑い声は気にしない事にした。

 さて、と。夜空と称された瞳が静かに和らいでいく。
 このままではまた無言の鑑賞会ねともう一度照れ顔を覗き込む。
「……ねえ、今度教えて? 昼に言ってた前に見た汽車の事、走っていた場所」
 彼だけが答えられる質問で気を引き、もう一度視線を結び直す。
 でも尋ねた言葉は、雪音の本心だった。
「前に見た……ああ、いいぜ」
 人間態が確りと応える。脳裏に浮かぶのは、白の世界で汽笛を鳴らす一つの列車。
(雪音や『オレ』からしたらずっと昔――だが、『私』にとってはつい最近の事)
 ヒトよりも幾夜を過ごしてきた『レラ』が一時表へ浮上する。
 腕を組み、変わらぬ空の絢爛を見上げた。
「きっと素敵なお話だわ」
「素敵かどうかは解らぬが、聞かせよう、いずれ」
 今宵の佳景も『彼』が語る噺に数えられるだろうか。
 玲頼達を乗せ、永き時を経ても不変の世界をオリオン号は走り続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】
うわぁ、大きいベッドっ
一等客室に到着してまず目に入ったのは上質なベッド
そこへ年甲斐も無くダイブ
んー、ふかふか~
君たちもそう思うよね?
隣のベッドに飛び込んだ仔竜たちに笑いかけ

せっかく素敵な部屋を取ったんだから食事もここで
俺のは具がぎっしり挟まった卵サンド
夕食と言うには物足りないけど
お腹いっぱいになるとすぐ寝ちゃいそうだし

あ、待って梓、まだ食べないで
サンドイッチを並べてスマホでカシャッ
ふふ、これも旅の思い出の1つだからね

いいこと思いついた、と梓の隣に移動して
俺と梓と仔竜たちと…そして
バックの星空が見える構図でハイチーズ
いわゆる自撮りってやつ

よーし、腹ごしらえしたら
列車内を探検しに行こっか


乱獅子・梓
【不死蝶】
おいおい、子供かお前は
軽く注意しつつもその声色は優しめ
綾に触発されたのか
焔と零まで真似をしてベッドにダイブする始末
まぁ、可愛いから許そう(親ばか

俺の食事はカツサンドとフルーツサンド
焔と零に取られて俺の分が減るだろうから
最初から2種類頼んでおいた

なんでまたサンドイッチの写真なんて撮るんだ?
ああ、なるほど
今回の事件の影朧に影響されたか
どうせ撮るなら焔と零も入れてくれよ
…え、俺も?
表情を引きつらせつつ言われるがままハイチーズ

写真を撮る綾は新しいおもちゃを
手に入れた子供のように活き活きしていて
多分このあとも撮影に付き合わされるんだろうな
まぁ、綾が楽しそうならいいか
どこまでも付き合ってやるよ



●楽しい夜をご一緒に
 待ちきれないと黒い揚羽が一番乗りで部屋に飛び込んでいく。
 その後を、赤と青の竜が元気よく追っていった。
「うわぁ、大きいベッドっ」
 何よりも先ず視界に映った長身の彼でも十分寛げる寝台へ迷わず突き進む。
 年甲斐も無く飛び込む衝撃も続く二つの体当たりも上等なベッドは全て受け止めた。
「おいおい、子供かお前は」
 客室に入った瞬間放り投げた彼の荷物を拾いながら、梓が呆れ顔で注意を一つ。
 ただしその声色は、眼差しと同じ位とても優しくて。
 そんな保護者の気遣いを生返事で応える綾は暗色のシーツに顔を埋め満足げだ。
「んー、ふかふか~」
 金糸刺繍が美しい枕にも頬擦りキメて飛んだグラサンを掛け直しながら顔を上げ。
「君たちもそう思うよね?」
 同じ様に燥ぎまくる仔竜達に笑いかける。隣のベッドも大変賑やかだ。
 まだまだ堪能したいと今度は大の字になって寝転ぶ男に触発され二匹も真似る。
 開幕早々ベッドが悲惨な状況にはなってしまった、が。
(まぁ、可愛いから許そう)
 ストッパーが絶賛親ばか全開中なので何も問題は無かった。

 満足したらしい一人が二匹を抱えて起き上がる。
 その頃にはオカン(成人男性)の手により荷物の整理は終わっていた。
「せっかく素敵な部屋を取ったんだから食事もここで」
 綾が愉しいを全く隠さない顔で宣言して、腕の中も同意と鳴いて主張する。
 だが彼等の考えは既にお見通しだったようで、手配済みだと梓が返す。
 流石は保護者。オカンの鑑。くどいようだが成人男性だ。
 間もなくワゴンで運ばれてきた夕食は窓際のテーブルに並べられる。
 皿を置く艶めいた黒漆の卓は星明りを受けきらきらしていた。
「梓ー、俺のあるー?」
 相方越しに覗き込み、目当てを見つけて前に出る。
 彼のオーダーは具がぎっしり挟まった卵サンドだ。取ろうとして、おや。と気付く。
 よく見ると一つは茹で卵を粗めに刻んで少量のポテトサラダと一緒に挟んでいて。
 隣はスクランブルエッグに黒胡椒がかけられていた。溶けたバターが香ばしい。
「俺の食事は焔と零に取られて俺の分が減るだろうから」
 竜騎士の予言は彼の相棒達がテーブルに張り付いてるのでほぼ当たっている。
 狙いは仔牛肉のカツレツサンド。滴るソースに肉汁が交じっているので揚げたてだ。
 然して隣のホイップたっぷり大粒苺とマスカットのフルーツサンドも見られている。
「最初から2種類頼んでおいた……が」
 このままだと両方喰われそうだ。早速頂こうと見た目華やかな一つに手を伸ばす。
「あ、待って梓、まだ食べないで」
 大口開けて齧り付く寸前のドラゴン達もその体制で止まり共に声の方に目を向ける。
 彼等を止めた男は遠慮なくサンドウイチを奪い取り一枚の皿に纏めだす。
 ああでもないこうでもないと置き方やら角度やらを調節している。
 その手には撮影モードのスマートフォンが握られていた。
「なんでまたサンドイッチの写真なんて撮るんだ?」
 意図に気付いた一人と二匹が後ろから撮る様子を眺めつつ、首を傾げる。
 やがて満足いく状態になったらしい。カシャッと軽快な音が鳴り成果を皆で覗く。
 いい感じに煌めく漆塗りの上で並べられたサンドウイチが映えていた。
「ふふ、これも旅の思い出の1つだからね」
「ああ、なるほど」
 出来栄えに嬉しそうな横顔を見て微笑ましくなる。同時に胸の内が暖かくなった。
 嘗ては戦いが全てだった半魔の彼が変わっていくのを、一番近くで見られるのだから。
「今回の事件の影朧に影響されたか」
 切欠の出来事を思い出す。それは同時に人である自分にも新鮮な出来事だった。

 この先も二人と二匹で沢山の旅や冒険が出来るのだろう。
 思い出を忘れる事はない。けれど、形に残す事だって悪くはない。
 それなら。
「どうせ撮るなら焔と零も入れてくれよ」
 声はほぼ無意識で出ていた。何々と見つめてくる仔竜を順番に撫でてやる。
 投げかけた言葉の先に視線を戻すと相手はスマホを見つめて何か考え込んでいた。
「いいこと思いついた」
 どうしたのかと問う前に答えが聞けたと思ったら、何故か己の隣に移動してくる。
 何をするのかと見守っていると並んだ黒い男の片腕が白い男の肩へと回された。
 突然の接触で驚く黒いグラサン越しの視界で焔と零を呼び寄せる姿を目にする。
「キュー」
「ガウ!」
 喜色の指示を受けた二匹は嬉しそうに鳴いた後、ぺったり仲良く寄り添った。
 益々笑みを増した方が持っているスマホ画面を手前に向け調節している。
「……え、俺も?」
 此処で漸く流れに気付いた梓の顔が盛大に引きつった。
 ダンピールとツインドラゴンの包囲網は完璧だ。まな板の上の人間はなすがまま。
「俺と梓と仔竜たちと……そして」
 液晶に映り込む、背景の大窓と満天の星が笑顔八割程の彼等を彩った。
 組んだ肩と寄り添う身体。笑う顔と半ばヤケな笑みの頭が、こつんと触れ合う。
 燥ぐ赤と青がひっつき白と黒の傍でびしっとポーズをキメたのならば。
 ハイチーズの弾む掛け声でシャッターボタンが無慈悲に押される。
「いわゆる自撮りってやつ」
 終わった後の一言は、先に言えと盛大なツッコミを入れざるを得なかった。

 余程嬉しかったのか零と焔は二人の周りをくるくる低空飛行してる。
 カメラマンも似た雰囲気で先程切り取った楽しい夜のワンシーンを眺めていた。
 マイペースな彼等にすっかり毒気を抜かれた保護者は腕を組んで一息つく。
(写真を撮る綾は新しいおもちゃを手に入れた子供のように活き活きしていて、)
 高級感溢れるソファに腰を下ろして足を組む姿は洗練された大人だと言うのに。
 肩に仔竜を止まらせて、撮った写真の格好いい所を指差し教える様は幼く見えた。
 廃戦場の揚羽が愛し求める殺し合いとはかけ離れた場所で、無邪気に笑ってる。
 それはまるでただ観光をしにやってきた『普通の人』のようだった。
(多分このあとも撮影に付き合わされるんだろうな)
 内心で溜息をつく梓は、何より柔らかな眼差しで彼等を見ている事に気付かない。
 勿論満更ではないから。むしろ、彼だって喜んでいる。
(まぁ、綾が楽しそうならいいか)
 皆で過ごせるこの時を。もっと、一緒に。
「どこまでも付き合ってやるよ……って」
 うっかり物思いに耽っていた思考が急激に現実へ戻ってくる。
 いつの間にか綾達が夕食を頬張っていた。容赦なく。遠慮なく。
 俺の分! と叫んで相棒達の元へかけてく姿を赤レンズ越しに眺めて半魔が笑う。
 卵サンドは綺麗に二種類とも半分だけ残っていた。
「よーし、腹ごしらえしたら列車内を探検しに行こっか」
 わちゃわちゃしてる彼等に一応声掛けしたものの。
 もう少しだけはとスマホを向けて撮影ボタンをタップする。

 共に在れる幸せの夜を、また一枚記録に残した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【彩夜】

ねえ、きこえる?
出発を告げる声が
再び動き出す聲が
此処にいる皆を
あなたを乗せて
もう一度、列車の旅がはじまるの

夜に覆い尽くされた空は見慣れたもの
されども、この絶景ははじめてのもの
昏い常夜の空にはないもの
うつくしい耀きたち
ひとは銀河、と呼ぶのだったかしら

上下の境目をなくした一面の星海
この中に溺れたのなら――なんて
星たちに呑まれるのも、また一興

携帯ラムプを拝借して
すこうし歩んでみるのは如何かしら
まるで絶景のなかを歩んでいるかのよう

ご一緒してくださるの?
では、共に往きましょう

とてもステキな景色だこと
心が踊ってしまうかのよう
おふたりもおんなじかしら

はい、うさぎのぽーずも
お砂糖入りの牛乳もよろこんで


歌獣・苺
【彩夜】
わぁ…!動き出したよ!すごいすごい…!
これが『ぎんが』…!
わ!お花も飛んでる
きゃっちー!みてみてとれた!
なゆとー、ときじとー、
はい!貴女にも!
これでみんな『おそろい』!

オリオン号、動いてよかったね…!
ねね、写真撮ってよ♪
撮らせてほしいって、
言ってたでしょ?
みんなのとびっきりの笑顔を、ね!
その後はときじの『すまほ』で
4人で撮ろうよ!
ときじ『じどり』?出来る?
はい、うさぎー♪

ふふ、なゆは
絶景を歩きたいんだね!
もちろんいいよ
こんな機会、滅多にないもんね
その変わり、歩き終わったら
マカロンと瓶入り牛乳角砂糖3つ!
……頼んでもいい?

!お土産!私も見る!
館のみんなに
美味しいお菓子買って帰ろ~♪


宵雛花・十雉
【彩夜】

お、動いた!
ついに発車だなぁ
この瞬間はいつもわくわくするよ

んー、星と桜の共演が見事だねぇ
って窓から手ェ出すと危ないぜ、苺ちゃん
お揃いは悪かねぇけどさ、へへ

そうだ、写真撮る約束だったもんな
いっちょよろしく頼むよ
おう、その後はオレが…
この流れ、発車前とおんなじだよなぁ
撮る時は「はい、うさぎ」の合図で撮ってやろ

なゆさん、歩いてみるのかい?
ならオレもお供するよ
せっかく車内も凝ってんだ、めいっぱい楽しみてぇや
揺れるから足取られねぇように気を付けてくれよ

折角だからオレも瓶入り牛乳頼もうかな
角砂糖ひとつで
サンドイッチも一緒に

駅に着いたら土産物屋に寄ってってもいいかい?
館の皆に何か買って帰らねぇとなァ



●さいわいと、こいしたよる
 息を吹き返したオリオン号の鳴らす汽笛が、白煙と共に夜空へ昇っていく。
 カタンと車体が大きく揺れた。
「お、動いた!」
「わぁ……!」
 始まりの振動に十雉が声を上げ、苺も喜びと期待に声を弾ませる。
 周囲の雰囲気も似たようなもの。誰も彼もが、この瞬間を待ち望んでいた。
「ついに発車だなぁ……この瞬間はいつもわくわくするよ」
 出発の瞬間を見逃したくないと窓に張り付く兎に七結も付き添って。
 仲良く外を見つめる女子達に伊達男は緩く微笑み長い腕を二人の間へすっと伸ばす。
 軽々開いた窓から冬の花風と、沢山の声が飛び込んできた。
「動き出したよ! すごいすごい……!」
 ホームで見送り達が笑顔で手を振り、駅員が揃って敬礼をしている。
 思わず長耳頭が窓枠を超え、愛らしい肉球の手を目一杯振り返し彼等に応えた。
 いってきますの言葉を、満面の笑みに込めて。

 ――ねえ、きこえる? 出発を告げる声が。
 絶え間なく聞こえる歓声を背に、牡丹を咲かせた少女が振り向く。
 やわい目元と言葉で問う先は窓を見ていたもうひとり。
「再び動き出す聲が、此処にいる皆を……あなたを乗せて」
 猟兵達の活躍でバラバラになりかけていた皆の心が、やっと一つに繋がった。
 想いの糸を紡ぎ叶えた成果は確かに、望んだ未来が此処にある。
「もう一度、列車の旅がはじまるの」
 まなくれなゐの眼差しに、女学生は同じいろで頷いた。
 いちごとオレンジの視線も重なって、笑い合ったらめでたしめでたし。
 さぁその先を堪能しよう。
 寝台特急が結末の先へ向かって走り出す。

 冬の天上は透徹の空気によって何処までもクリアな夜景で埋め尽くされていた。
 数多の輝きが鏤められ、まるでスノードームの中から見上げるかのよう。
 満天の星は全てが違う輝きで、総てが絶景の一部を主張している。
「夜に覆い尽くされた空は見慣れたもの」
 この絶景は半魔の少女にとってはじめてのものだった。
「昏い常夜の空にはないもの、うつくしい耀きたち」
 静寂の底にはない、生の音に動の風。
 上空を通る一時の白煙が過ぎ去ったなら、空に絢爛の大河が姿を魅せる。
「ひとは銀河、と呼ぶのだったかしら」
 皆で見上げた天の川は、いっとう娃しく星夜を彩る。感嘆と共に呟いた。
「これが『ぎんが』……!」
 甘い果実色にも星をいっぱい取り込んで、黒い兎が喜び言葉も尻尾も跳ねさせる。
 白猫のそれが思う儘に動く様は余程見られたのが嬉しいのだろう。
 偶然見かけた男が肩を揺らすと彼の後ろから控えめな笑い声が耳に届く。
 視線合う影朧と一緒に緩く微笑んだ。
「わ! お花も飛んでる!」
 苺が示した先で幻朧桜の欠片達が舞い踊る。
 ひらひらと列車の傍まで来たものだから、気付いたら手が再度窓枠を越えていた。
「って」
 思わず十雉も外への境界枠に手をかける。走り出しは兎も角、今は走行中だ。
 気遣う瞳に見守られる兎は花の群れに向かってぽふんと弾力ある音を鳴らす。
「……きゃっちー! みてみてとれた!」
 取り零しが自身や車内を飾るのも気にせず、ほらと掌の中身を皆に見せる。
「窓から手ェ出すと危ないぜ、苺ちゃん」
 一応一言伝えるも、後は褒めて彼女の笑顔を楽しく眺めた。
 固い絆結ぶ心の友も微笑んでくれたから、益々気持ちも上方修正したようで。
 突然名案だ! と喜色を満面に浮かべ花弁一枚をひょいと抓む。
「なゆとー、ときじとー、はい!」
 呼んだ順番にそっとひとひらずつ手渡した。
 不思議がる貌ふたつにふふんと企み顔を返す。答え合わせはまた後で。
 次はと差し出す先はもっと不思議そうな顔をしていた。
「貴女にも!」
 純粋湛えた勢いに思わず受け取った影朧が、手にした淡い光をじっと見つめる。
 確認しようと戻した視界で苺が一枚を手に破顔していた。
「これでみんな『おそろい』!」
 どうだと言わんばかりの主張が緩い空気の中に笑顔の花を咲かせていく。
 成程と掌に収まるおそろいを見て、ロマン主義者の頬も緩んだ。
「お揃いは悪かねぇけどさ、へへ」
 皆、彼と同じ気持ちなのだろう。手にした新しい絆を、大切に指先で包み込む。
 女学生もありがとうございますと揃いの彩を大事に握っていた。

「オリオン号、動いてよかったね……!」
「はい。皆さんの、おかげです」
 本当に、と感慨深く呟く女学生に皆改めて安堵する。
 同時に七結は窓から入り込む一枚の花弁が彼女の身を通過していく事に気が付いた。
 存在が僅か薄く、儚く揺れる。それは、この魂にとって悪い事ではないのだけれど。
 それでも少しずつ散り往く姿に眉尻を下げ、微笑んだ。
「ねね、写真撮ってよ♪」
 そんな少女の肩にぽよんと柔らかな手が触れる。
 顔寄せ笑う苺の貌は小さな影を吹き飛ばすように輝き皆を照らす。
「撮らせてほしいって、言ってたでしょ?」
 開け放たれた窓を背景に女子二人が寄り添って、早く早くと3人目を促した。
「そうだ、写真撮る約束だったもんな」
 誘われる儘十雉も傍に。横から顔を出そうと思えば二種類の両手が伸びてくる。
 あれよあれよと言う間に彼女達の間へ来たので笑いながら軽く位置調整。
「いっちょよろしく頼むよ」
「みんなのとびっきりの笑顔を、ね!」
「はい、うさぎのぽーずも」
 すっかり馴染んだ仲良しの証も華麗に決まってシャッター音が軽快に響く。
 丁度、背景の花咲く空に鼓星が綺麗に入っていた。
 ばっちりですと顔を上げた影朧も、揃って一緒にうさぎのお手々。
 上手ねと褒められ照れるやりとりを見て黒い兎耳がぴんと跳ねる。
「次はときじの『すまほ』で4人で撮ろうよ!」
 出発前に撮った一枚を、出発後の記念にも。
 オリオン座が窓枠の中で輝いているうちにとスマホの持ち主を見上げて主張する。
「おう、次はオレが……」
 ならばと撮影位置に行こうとしたものの、何故か身体が動かない。
 両隣の娘達にがっちり掴まれている。逆捉えられた宇宙人の如く。
「ときじ『じどり』? 出来る?」
 無限に輝く瞳はソレ以外の選択肢が無いことを容易に読み取らせる。
 おずおずと遠慮がちな影朧も眼前に来たので、再包囲完了。
「この流れ、発車前とおんなじだよなぁ」
 ぼやく男の顔は華やいでいた。腕を伸ばし4人を余す事無く枠に収める。
「はい、うさぎー♪」
 4匹もちゃんとできたら合図とばかりに撮影ボタンがタップされた。
 完成の一枚も皆で確認、笑顔がもっと咲き誇る。
 その後は影朧が別の場所に行くというので、礼を言い合い彼女を見送った。

 窓から飛び込んできた一滴の雫が揺れる白猫の鍵尻尾に丁度良くぶつかる。
 びびっと驚く尾と持ち主。何々と覗いた外に月下の湖が広がっていた。
 謳われていた絶景スポットに入ったのだろう。だったら。
「携帯ラムプを拝借して、すこうし歩んでみるのは如何かしら」
 走り続ける夜を唯見ているだけだって素晴らしいけれども。
 折角の機会だ心行くまで楽しみたい。
「なゆさん、歩いてみるのかい? ならオレもお供するよ」
 人情家の彼が二つ返事で了解し頼もしい言葉もくれるなら。
「ふふ、なゆは絶景を歩きたいんだね! もちろんいいよ♪」
 心を繋いで笑顔をくれる彼女もとびきり明るい想いをくれるから。
「ご一緒してくださるの? では、共に往きましょう」
 透明なこゝろは今宵も彩り豊かに染まり、少女は初めての夜も歩いて生ける。
「せっかく車内も凝ってんだ、めいっぱい楽しみてぇや」
「こんな機会、滅多にないもんね」
 タイミング良く通り掛かる乗務員を十雉が呼び止め灯を受け取って。
 淡い導を苺に差し出すと元気いっぱい承諾された。
「その変わり、歩き終わったら」
 任され苺一会が一歩進んで一度振り向き一人一人に笑いかける。
「マカロンと瓶入り牛乳角砂糖3つ! ……頼んでもいい?」
 返事は柔らかな表情二つと、頷き2回。歓びひとつ、跳ね跳んだ。
「ふふ、お砂糖入りの牛乳もよろこんで」
「揺れるから足取られねぇように気を付けてくれよ」
 とても楽しみを隠さぬ心と一緒に、元時計ウサギがアリス達を導いていく。
 まなくれなゐが後を追い、殿は気楽に笑う奇々傀々。

 カタンコトンと音鳴る夜道をのんびり気儘に散歩する。
 硝子窓に切り取られた景色達は其々独立した動く絵画のようだった。
 進行方向右側に冬の大三角が浮かんだら、反対側は銀河に花弁が重なり流れる。
「んー、星と桜の共演が見事だねぇ」
 十雉が観る先、櫻嵐が過ぎたら遠くにもう一つの寝台特急を発見した。
 あの列車と同じ様にオリオン号も星海を走り抜けているのだろうか。
「とてもステキな景色だこと……心が踊ってしまうかのよう」
 ついつい足が止まってしまう。見つめる先が、あまりにも綺麗だったから。
 上下の境目をなくした一面の星海。人々がこいした、光の夜。
(この中に溺れたのなら――なんて)
 思わず七結が伸ばした手は、透明な境界に遮られる。
 同時に反射した自分の顔へ友の二人が覗き込む。
 どうしたのと問われた気がして、微笑みゆっくり首を振った。
「おふたりもおんなじかしら」
 常夜の少女が問いかけて。笑う二人の姿こそ、瞬くような。
(星たちに呑まれるのも、また一興)
 同じ景色を共に観られる幸いこそ、かけがえのない思い出となる。

 存分な寄り道をして、もうすぐ気になる八号車だ。
「折角だからオレも瓶入り牛乳頼もうかな」
 人気ドリンクを手に、ソファでゆっくり眺める星見も最高だろう。
 マカロンも忘れないでと主張する声に笑って勿論と返す。
 そうだ、と続けて。
「駅に着いたら土産物屋に寄ってってもいいかい?」
 入る前にひと提案。先往く女子達が振り向いて顔を輝かせる。
「館の皆に何か買って帰らねぇとなァ」
「! お土産! 私も見る!」
 はいはいと猫手挙げる姿を微笑ましく見ながら十雉が二人を追い抜かす。
 紳士がラウンジへの扉を開けて、星夜の旅は一旦休憩だ。
「館のみんなに美味しいお菓子買って帰ろ~♪」
 でもまずはマカロンと言わんばかりに飛び込む苺に、七結も続く。
 この後はスイーツにお土産会議も追加してまだまだ楽しい夜が続きそうだ。
 土産話もきっと、彩り豊かになるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桐生・零那
【蛍と刀】

ようやく列車も走り出したようだ。これでヤツの執着とやらも晴れる、のか?
何かしでかさなければいいが……ん?なんだ、珂奈芽。また随分と装飾されたカンテラだな。
見回り、か。確かにこの暗がり何が起きるか分からないから……よし、いこう。

確かに見る顔はどれも今を楽しんでいるようだ。
っと、足元気をつけろよ?
珂奈芽がフォローしてくれたからだ。私一人では、この結果は作れなかった。
ありがとう、珂奈芽。助かったよ。

窓の外?警邏の途中だぞ、遊んでる暇は……。
そこにあったのは空と湖の境界が失われた星の海。
思わず足を止め見入ってしまう。今この瞬間だけは、影朧のことも忘れ。
頑張ったかい……あったかも、な。


草守・珂奈芽
【蛍と刀】

零那ちゃーん!可愛いカンテラ借りてきたのさ!
列車の中歩こーよ。見回りにもなっていいんでない?
…ふふ、こやってマジメな目的で釣る魂胆なのさ
だって少しでも楽しまなきゃね!

列車の中はみんな幸せそうでわたしも嬉しいのさ
探検してる感じも楽しいし!っとと、ありがとーねっ
ね、発車できるよう頑張ったかいがあったっしょ?
これも零那ちゃんおかげってわけさ!
…えっへへ、あんがと

ふふふ、そしてわたしの直感が告げるのさ
そろそろ一番見頃なタイミングってね
――あ、零那ちゃん、窓の外!
わざとらしく言うだけのはずだったけど、これは素直に驚き!
だって見える全部がキレイなんだもん
ホント頑張っただけあったのさ…!



●星夜廻り
 ここで待ってて欲しいのさ! と言われて暫し。
 零那は流れる夜の景色を窓越しに眺めていた。
「ようやく列車も走り出したようだ」
 口から出たのは大変重たい安堵だ。彼女の限界突破は辛うじて防げたのだから。
 今でも不思議な感覚がする。これも世の常識を学ぼうと努力した賜物なのだろうか。
 たった一日だが、眼前を神敵が通り過ぎても何もしない事に少し慣れた気がする。
「これでヤツの執着とやらも晴れる、のか?」
 呟きが届いたらしい。振り向く女学生と目が合う。会釈された。
 そのまま何処かへ行く姿をやっぱり何もせず見送る。
「何かしでかさなければいいが……ん?」
 気の所為か出発前より全体的に朧気な影朧と、入れ替わりに元気な姿が戻ってきた。
「零那ちゃーん!」
 携帯ランプを持ち、開いてる手を振る珂奈芽は淡い光を反射しきらきらしている。
 クリスタリアンの輝きに目を細めながら夜に溶け込む人が友を数歩分出迎えた。
「なんだ、珂奈芽。また随分と装飾されたカンテラだな」
「可愛いカンテラ借りてきたのさ!」
 視線を向ける相手にどうだとばかりに借り物を見せつける。
 透かし彫りのそれは星の幾何学模様が描かれ周囲を人工の星空で照らしていた。
「列車の中歩こーよ。見回りにもなっていいんでない?」
(……ふふ、こやってマジメな目的で釣る魂胆なのさ)
 物凄く顔に出ている企みだが、戦闘以外からっきしな戦闘員は気付かない。
「見回り、か」
 ふむと真剣に悩んだ後、視線を戻してひとつ頷く。
「確かにこの暗がり何が起きるか分からないから……よし、いこう」
 交渉成立なら即実行とばかりに先導は影朧が行った方向とは反対の道を歩き出す。
 折角寝台特急に乗れたのだ。一箇所に留まるだけでは勿体ない。
「だって少しでも楽しまなきゃね!」
 何がだと首を傾げる友人の為にも。

 蛍石の少女が齎す星明りを頼りに夜行列車を練り歩く。
 車内は基本的に夜をイメージした色を基調としている為全体的に黒系統が目立つ。
 でもよく見ると絨毯にはさり気なく金糸の星が描かれ、淡光に反射し瞬いている。
 車両を繋ぐ扉もランプを掲げるだけで星座が浮かび場を演出していた。
 連なる大窓から見られる夜景も素敵だが、オリオン号自体も見所に溢れている。
 それは、すれ違う乗客達の表情からも容易に見て取れた。
「列車の中はみんな幸せそうでわたしも嬉しいな」
 そう言う珂奈芽も車内で小さな発見をする度に笑顔を咲かせ楽しそう。
 今度は足元の明りが獅子座と乙女座の模様になってるのに気が付いたようだ。
「確かに見る顔はどれも今を楽しんでいるようだ」
 零那が喜ぶ横顔を見つめて呟く。
 肯定の言葉を聞けてより嬉しくなったか、先導の足取りが先程より軽くなる。
「探検してる感じも楽しいし! っとと、」
 うっかり歩きながら後ろを向いてしまい、段差に気付かず体制を崩す。
 慌てる動きに合わせフローライトの髪が散らばるも、地に激突する音は響かない。
「っと、足元気をつけろよ?」
 無駄のない動きでセーラー服の少女が友を救い体を支えていた。
 ついでにランプも落とさず空いてる手で確保する隙のない動きっぷり。
 表情は全く変わらない辺り、彼女にとってはこの程度造作もない事なのだろう。
「ありがとーねっ」
 体制を戻し改めて感謝を告げ、灯を受け取り今度は並んで先を目指す。
 道中彼女らの活躍を見ていたのだろう一行が二人にもし、と呼び止めてきた。
 彼等は口々に丁寧な感謝を伝えてくる。
 ――ありがとうございます。おかげで、最高の夜を過ごせています。
 誰も彼もが、素敵な笑顔だった。
 どうかユーベルコヲド使いの皆様も楽しんで下さいと残した人達を一緒に見送る。
「ね、発車できるよう頑張ったかいがあったっしょ?」
 片方が微笑み友を見て、見られた方は人々が通り過ぎた扉をじっと見ていた。
「これも零那ちゃんおかげってわけさ!」
 まるで自分ごとのように胸を張り、自信に満ちた顔をオッドアイが漸く捉える。
 受け止めた金の双眸が自慢気に緩み破顔するものだから、つい。
「珂奈芽がフォローしてくれたからだ。私一人では、この結果は作れなかった」
 眼光が柔らかくなるのは致し方無い事だろう。
「ありがとう、珂奈芽。助かったよ」
 きらりと輝く星明りの中で向き合う蛍と刀。確りと感謝を口にする。
「……えっへへ、あんがと」
 はにかむクリスタリアンの表情だって、宝石のように煌めいていた。

 その後ものんびりとした夜回りを続け、愉しい冒険もそこそこに。
 珂奈芽が足を止めていたのを隣人は数歩先に歩いてから気が付いた。
「ふふふ、そしてわたしの直感が告げるのさ」
 振り向く先の不敵な笑みを見た零那に疑問符が浮かぶも、蛍石の笑顔は陰らない。
「そろそろ一番見頃なタイミングってね」
 気付かなかったが先程からオリオン号のスピードが落ちていたようだ。
 ゆっくりと走る振動と、微かに聞こえる水の音。示すものは。
「――あ、零那ちゃん、窓の外!」
 びしっと効果音が付きそうな手で大窓を指す顔に演技が入っていたのは一瞬の事。
 わざとらしい表情は、純粋な驚きの彩に塗り替えられていく。
「窓の外? 警邏の途中だぞ、遊んでる暇は……」
 真面目な小言は最後まで続かなかった。
 一切の曇り無い硝子越しに、花舞う宇宙が広がっている。
 頂きに黄金の月が輝く世界は星と謂う宝石が浩大な夜空に所狭しと飾られていた。
 視界の端から端にかかる銀河のレースもただただ、美しい。
 思わず足を止め見入ってしまう。見上げる佳景に目も心も奪われていく。
 感動はそれだけに非ず。少しずつ視線を落としても、何故か星空が終わらない。
 地平線が夜に消え、地が果まで続きそうな水面に隠され天上を映している。
 空と湖の境界が失われた星の海を前に、二人は動けないでいた。
(だって見える全部がキレイなんだもん)
 脳内で絞り出せた言葉は高鳴る胸の内に阻まれ声にならない。
 今日一日、色んな事があった。
 友達と想いをぶつけ合って、影朧に手を差し伸べて。
 人の心に沢山触れて、そうして成し遂げて今がある。
 その成果が――眼前で広がる果てなき奇跡の光景なのだとしたら。
「ホント頑張っただけあったのさ……!」
 やっと、込上げる気持ちを声に出せた。
 満天の星に負けないくらい輝く笑顔で蛍石の少女は今を目に焼き付ける。
 隣人もまた、この瞬間だけは影朧のことも忘れ二色の瞳に瞬きを映す。
 やがて胸中どう折り合いをつけたのか、僅かに口を開く。
「頑張ったかい……あったかも、な」
 呟きはお隣さんにだけ届けられた。見回り再開は、もう少し先になりそうだ。

 夜は回り朝になる。人の心もまた、廻り変わっていくのだろう。
 今宵の思い出が切欠になるのなら。きっとそれも、幸いだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハーモニア・ミルクティー
去って行く星と桜の海を、展望デッキで眺めるわ
地上に届く前に星が燃え尽きるように調整して……どうせなら、最高のタイミングで流星でも流しましょうかしら?
勿論、禁止されていなかったら、なのだけど……

女学生さんが展望デッキに現れたのなら、声をかけるわね
とても綺麗な光景ね、とか雑談を交えながら、流れる景色を楽しむわ
自然に流れる流星が見えたら、すかさず……朴念仁な彼が振り向きますように!って叫ぶことも忘れないわ
……少し大声過ぎたかしら

オリオン号と併走する瞬間って、この度で最高の一瞬じゃないかしら
その時が近付いたら、わたしもカメラを構えるわ
この一瞬は、きっと褪せない想い出の1枚になるわよ!



●ティンクスターと魔法の夜
 寝台特急オリオン号の最後尾は皆が自由に利用できる車両になっている。
 ゆったり寛げるラウンジも極上の空間だが此処にはもう一つ秘密があった。
 高級感溢れる絨毯の道を進んだ先、奥にある重厚な扉がその入口だ。
 まるで物語の頁を捲るような境界を抜けた先は、夢幻の世界が広がっている。
 開けた視界いっぱいに広がる星空と、風と一緒に遊ぶ桜の花嵐は圧巻だ。
 デッキの先端迄行けば今宵の絶景を一望できるだろう。
 ……ふと。手摺の上に淡いライラック色の小さな光が在るのに気が付いた。
 ランプの灯とは違う輝き、もしや流れ星が落ちてきたのだろうか。
 女学生が傍に寄り、手を伸ばして――。
「こんばんは。とても綺麗な光景ね」
 ふわふわしたミルクティー色の髪を風に揺らす妖精が、此方を見上げ微笑んだ。

 また会えて嬉しいとフェアリーが云い、相手も頷く。
 夢の様な場所であなたに逢えたのならやはり此処は御伽噺の一頁なのだろうか。
 そんな事を辿々しく影朧が言うものだから、ハーモニアは鈴を転がす声で笑う。
 折角また巡り会えたのだ。共に現実を楽しもうと提案し一緒に星見と洒落込んで。
 あそこに月があるとか、ミルキーウェイが綺麗だとか花弁が服に付いたとか。
 他愛もない雑談を交え穏やかな時間は過ぎていく。
 どれだけ見上げても飽きの来ない光景だが、ふと妖精の胸内に一つの考えが灯る。
(どうせなら、最高のタイミングで流星でも流しましょうかしら?)
 今現在でも幻想的な空間だ。もう一つ魔法をかけたって構わないだろう。
 周囲の人々は景色に目を奪われている。するなら今だ。
 小さな手で操る魔導書を開き、頁から奇跡の力が溢れ出る。
(地上に届く前に星が燃え尽きるように調整して……)
 フェアリーテイルが創り出す星が軌跡を描いて天へ勢い良く飛んでいく。
 何事かと驚く人々に、目を丸くした影朧が猟兵を見下ろした。
 魔法使いはしーと悪戯な仕草にウインクを重てみせて。
 そのまま見てと言わんばかりに立ててた人差し指をまっすぐ天へ向けた。
「さあ、天体ショーの開幕よ!」
 叫ぶと同時に弾けた天上の輝きが、流星の雨となって夜の空に放たれる。
 沢山の歓声がデッキ上から響く程の光景は、自然に劣らぬ華やかさを魅せつけた。
 落ちる星々が地に墜ちる寸前で煌めき残し消える様すら鮮やかで。
 皆の笑顔が更に輝くのを見届けてから、ぱたんと本を閉じ魔法を終わらせた。
 満足気に一息ついたのも束の間、遠くの空で一点一際強く光った事に気が付く。
 これはと立ち上がり両手を口の近くに添え、大きく息を吸い。
「――朴念仁な彼が振り向きますように!」
 流れていった自然の箒星に思いの丈をぶち撒けた。
 満足して再び一息つこうとしたが視線に気付き顔を上げる。
 もう一度驚いている影朧とばっちりかち合った。
「……少し大声過ぎたかしら」
 数秒後、ふっと吹き出し一緒に笑う一人とひとり。

 遠くで汽笛の音が聞こえる。もうすぐシリウス号が合流するのだろう。
(オリオン号と併走する瞬間って、この旅で最高の一瞬じゃないかしら)
 思い立ったら止まらない。すかさず妖精はカメラを取り出した。
 それにも驚かれたが、そんな事よりとハーモニアは元気な瞳で影朧を見上げる。
「この一瞬は、きっと褪せない想い出の1枚になるわよ!」
 さあ、さあ! あなたも!
 促され女学生もカメラを構え、最高の瞬間を一緒に切り取った。

 好い写真は撮れたかしら。
 導き手が笑い、過去の娘は確かに頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

客室も見事だと感激する間もなく巫女に毛布を巻く
サヨ、其れはもう少しよくなってから
あたたかくしていないといけない
巫女の頬は赤くて熱い
また1枚毛布で包む
然し弱った時に頼られるのも嬉しくて…儘ならぬもの

景色?
その位なら…
勿論、背後から包むように温める
巫女の歓声に空を見上げれば
――噫、見事だ
星に桜
此処は地上ではなく彼の宙を走る列車の中に居るのだと錯覚するようだ
はしゃぐサヨの角も満開で
満面の笑み咲かすきみが可愛くて
自然な、無意識な行動だ
気がついた時には
…頬に、口付けをひとつ―噫!私はなんて事をと顔をそらす

笑った気配と
熱い頬に触れた柔らかい桜唇

茹でられたように身体が熱くなる
…サヨの熱がうつったようだ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

ご馳走も食べたいし遊びたいし綺麗な景色も見に行きたい…
また一枚毛布が増えたわ
でも心配に揺れる神の眼差しが心地よくて
思い切り甘やかされる倖にひたる
甘やかしてと童子のように強請りたくなる

カムイ
もうすぐ絶景スポットよ!
部屋の中から眺めるの
寒くても傍であたためてくれるでしょ?

わぁ
まるで桜宙の天ノ川
対岸の汽車2両はまるで織姫と彦星のよう
舞降る桜花は流れ星
綺麗、綺麗ね!
カムイと観られてうれし―
カメラを構えたとき
頬に触れた少しかたい感触に時がとまるよう

真っ赤になって顔そらす神のかんばせが
何よりいっとう
かぁいらし

おかえし
真赤な頬に桜をひとつ啄むように咲かせてあげる

あら…
今度はカムイが熱をだしたのかしら



●櫻想夜
 咳き込むきみを気遣って、擦る背中を抱き寄せる。
 噫其れでも寒いだろうからと毛布を一枚――追加で巻いた。
「ご馳走も食べたいし遊びたいし綺麗な景色も見に行きたい……」
 巻かれ桜の弱々しい願いは神に届かない。否、ちゃんと聞いてはいる。
「サヨ、其れはもう少しよくなってから」
 ただ聞き届けるかは別とばかりにカムイは己が巫女の看病に没頭していた。
 そろそろ毛布に埋もれそうな櫻宵が抵抗の視線で訴えるも暖簾に腕押しで。
 至近距離から真面目に見つめられた後、再びこつんと重なる互いのおでこ。
 熱いと呟く掠れ声に到頭病人は敗北を受け入れた。
(また一枚毛布が増えたわ……)
 あたたかくしていないといけないと、赤い頬を撫でる瞳は唯一人を映している。
 見事な調度品を飾る一等客室の光景も窓向こうの絶景も今は全て蚊帳の外だ。
 現在の硃桜にとって何より重要なのは、大切な者の体調なのだから。
(――でも)
 心配に揺れる龍瞳の眼差し。それが桜龍にはとても心地良かった。
 観念したら順応も早く赤らむ目元も一緒に頼もしい胸元へ顔を寄せる。
 思い切り甘やかしてと、童子のように強請れば其の手で私を撫でてくれるから。
 大事にされている実感を与えてくれる倖に、今はひたる事にした。
(然し、)
 それに、甘やかしてる方だって。
(弱った時に頼られるのも嬉しくて……儘ならぬもの)
 多少複雑そうだが結果的に似た彩の倖を胸に抱いて掌中の珠が如く花を慈しむ。
 最中やっぱり追い毛布もあったが、其処はご愛嬌。

 暖かな体温に列車の穏やかな振動も相俟って、気分は揺り籠の中で微睡むよう。
 それでも桜龍の耳は黒鉄の境界越えた先から僅かな水音を聴き分ける。
 伏せた紅引く瞼を開き、桜に霞む眼が彼の神をいっぱいに捉えた。
「カムイ、もうすぐ絶景スポットよ!」
 春咲く瞳に輝きが灯る。間違いないと弾む表情は何処までも無邪気に華やいで。
 心から楽しみにしていたと容易に解る貌で訴える。
「景色?」
 一方先程からずっと逸らず櫻宵を見守っていた顔は、不思議そうに一言呟く。
 どうやらあまりに心配しすぎて現状をすっかり忘れていたらしい。
「部屋の中から眺めるの。寒くても傍であたためてくれるでしょ?」
 もしや此れはチャンスかと、ゴリ押しできるとダメ押しの言葉で畳み掛ける。
 若干見上げる感じの目線でお願いしてみると、カムイが唸った。
「その位なら……」
 無事勝利をもぎ取り満面の笑顔を咲かせたのも束の間、突然包まれ桜は宙に浮く。
 否。彼は毛布ごと硃桜ノ約神によって抱き抱えられていた。デジャヴがする。
 思考が状況の整理をしている内に、星見に丁度良い場所迄運ばれていった。

 一等客室のウリは限界迄広げた大窓だ。
 照明に星々を浮かばせるカーテンを脇に仕舞えば、本物の星夜が視界を占拠する。
「わぁ」
 巫女の背後より腕を伸ばし華奢な体を包む最中の神が歓声に気付いて顔を上げる。
「――噫、見事だ」
 星に桜。天上で、夢幻の夜と幻朧の華が鮮やかに共演している。
 突き抜ける宵空に瞬く豪華絢爛の光達が自然のシャンデリアとなり客室を照らす。
 更に気紛れな風と游ぶ春色の煌めきはひらひらと絶佳の中を気儘に舞い踊る。
 それすら、趣ある情景の一部として目を惹いた。
「まるで桜宙の天ノ川ね」
 丁度銀河と重なる花の群れにも気付いた櫻宵が感嘆の息を吐く。
 身を包むカムイの腕にぎゅっと力が入り、彼も同意している事を実感する。
 無言のやり取りも嬉しくて、そっと櫻色に染まる爪の手を神の其れに重ねてみた。
 間を置かず、握り込まれた白い手が暖められる。
 握り返しながら視線を下げていく。降り注ぐ壮大な眺めの地平線が視たくなった。
 結果は一瞬解らなかった。地を覆う湖が天を写し星夜の境界を曖昧にする。
「此処は地上ではなく彼の宙を走る列車の中に居るのだと錯覚するようだ」
 無意識に落とす言葉と共に、朱砂桜の双眸はもう一つの絶景を堪能していた。
 共に眺める景色に悦び、角も満開にする厄斬硃赫神(私)の巫女。
 彼の後姿を星櫻と一緒に思い出と結べる倖を、噛み締める。

 そんな幸せのひとときに高らかな汽笛の音が入ってきた。
 何かと確認する迄も無く、花灯の桜鼠と艶めく髪を結う後頭が嬉しそうに跳ねる。
 水面の天の川と重なるようにシリウス号が白煙を吹き上げ接近してきた。
 漸く逢えた二つは寄り添い星降る夜を並走していく。
「対岸の汽車2両はまるで織姫と彦星のよう」
 華やぐ心の儘が聲に落ち、拾い上げたらしい背後の気配も和らいだ。
 櫻宵は己のすぐ隣で息遣いを感じ視線を移す。
 カムイが後ろから覗き込んでおり、肩口辺りから此方を視ていた。
 刹那微笑み合って、窓の外へと視界を戻す。
 場面は寝台特急の上を春の嵐が雄大に泳いでいる所だった。
「舞降る桜花は流れ星……綺麗、綺麗ね!」
 振り向き満面の笑み咲かすきみがとても可愛い。
 そう心中訴えながら、表面は噫と穏やかに笑い返す。
「カムイと観られてうれし―」
 更に娃し華開く巫女の表情と、純粋な想いの言葉に神は唯見惚れていた。
 気付かぬ桜龍はもそもそ身体を動かし何とか毛布の檻から腕を出している。
 手に在るスマホを撮影モードにして、今夜の思い出を残す気満々だ。
 動作一つ一つが可愛くて、喜色に染まる表情も愛らしくて。
 自然な、無意識な行動だった。
 カメラを構えた甘美な横顔に――熱く少しかたい感触を、ひとつ。

「――」
 気が付いた時に見たのは大きく見開かれた桜彩の瞳と驚く花のかんばせ。
 暫し、時がとまるように違いは全く動かなかった。
 やがてじわじわと状況を理解した神は一気に体中の血を沸騰させる。
「――噫! 私はなんて事を」
 慌てて顔を逸らし俯いた。思わずとは言え、頬にだなんて。
 顔向けできず心は大荒れで、混乱する脳内が落ち着かない。
 必死に気を静めようとする様はやっと動き出した桜龍を逆に冷静にさせる。
 真っ赤になって顔そらす神のかんばせを視る眼差しは、甘いものだった。
(何よりいっとう、かぁいらし)
 口に出したら茹で上がりそうなので、今日はこっそり胸内で告げる。
 でもやられっぱなしは嫌なので。カムイ、と。笑う巫女が名を呼んで。
 ――熱い頬に触れたのは、柔らかい桜唇。
 今度は約結びが目一杯驚いて、己の頬を啄んで桜を咲かせた相手を見やる。
「おかえし」
 櫻宵は赤らむ顔を、今宵一等艶やかに咲って魅せた。

 茹で上がりそうな様子の神が、華奢な体を全力で抱え込む。
 見られまいと巫女の肩口に顔を埋めるも、その耳は真赤だ。
「あら……今度はカムイが熱をだしたのかしら」
 互いの熱が高くても、今は離れる気になれなかった。
 それは絶景を齎した冬のせいか、若しくは。
「……サヨの熱がうつったようだ」

 想い合う心は、毛布よりも暖かい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

出発してよかった
いえ
パパも一緒にお願いしてくれたもの
頭の温み
目の前にはお月様
うん、いいよ
もちろん

あ、お姉さん!
影朧さんを見つけたら手を振って
動いたでしょ?
ね、約束
一緒にいこう?

咳込む時は背を撫でて
あなたのパパが残したものを見て廻って
沢山思い出残しましょう
ルーシーはルーシーというの
あなたのお名前は?

二人の手を引きラウンジへ
お砂糖入り牛乳で皆とカンパイ
甘くておいしい
時々シャリっとして得した気分

デッキも行きましょう
桜と星空が満開に咲いてる!
そうだ、写真撮らない?
パパも一緒に三人で

ディナーはパパがお作りに?すごい!
あのね
パパのお料理は凄く美味しいの
あなたにとっても温かで楽しい時間になりますよう


朧・ユェー
【月光】

列車が動いて良かったですね
ルーシーちゃんの想いが伝わったのですね
頑張りましたね
そっと頭を撫でた後、しゃがんで目線を合わせ
ルーシーちゃんお願いがあるのですが?
彼女も一緒にいいですか?

影朧さんを見つけて手を差し伸べて
さて、約束通り一緒にまわりましょうか?
貴女の父親みたいには出来ないですが
僕はユェーです
砂糖が入った牛乳を二人に渡したり、外の桜と星を眺める二人を優しく見つめて
ルーシーちゃんと楽しそうにする姿に、ふふっと微笑んで
可愛い子が二人ですね
えぇ、一緒に撮りましょうか?
3人の想い出ですね

列車の方に頼んで
今日の料理は僕の手作りです
たんと召し上がれ二人とも



●眠れる夜にその手を
 動き出すオリオン号の車窓に、ひょこっと柔らかな頭が現れた。
 すぐに持ち主のルーシーも顔を出し、並んで窓枠に手をかけ外を見る。
 最後に横からユェーがゆっくり姿を見せ、二人とひとりで同じ窓を覗き込む。
 沢山の見送りが手を振るホームを見えなくなる迄一緒に眺めていた。
 ぬいぐるみの手を振らせながら。

 人工物が減り、窓の外が自然と在るが儘の夜に染まる風景へ変わっていく。
 光源が少なくなる分暗くはなるが、星々が鮮明に見られるのは嬉しい事だ。
 少女は見上げ感嘆の息を吐く。此処に至る迄も少し長い旅な気がした。でも。
「列車が動いて良かったですね」
 胸内を代弁してくれる優しい声が降ってきた。
 視線を空から真白の月に移し、一つ頷く。
「出発してよかった」
 口を開いて控えめに返事を零す。
 そうして一緒に外を見ていたお供を両腕で抱きしめた。心做しか、少し強めに。
 彼女は立派な猟兵だ。同時に、8歳の女の子である事に変わりもない。
「ルーシーちゃんの想いが伝わったのですね」
 解ってるからこそ、穏やかな言葉をちゃんとユェーは投げかける。
 父を写す澄み渡る青い瞳が大きく揺らいだ。
「いえ……パパも一緒にお願いしてくれたもの」
 少々声が抑え気味になったとしても降り注ぐ月光の柔らかさは変わらない。
 娘を思う微笑みを贈り、きゅっと小さな口が引き結ばれるのを彼は見届けて。
 ――頑張りましたね。
 大きな手が金色の髪に触れる。何より温かく暖かい気持ちが頭を撫でてくれた。
 小さな体からほんの僅かに残っていた緊張が抜けていく。
 布擦れの音。目の前にお月様が来て、パパがしゃがんでくれた事を理解する。
「ルーシーちゃんお願いがあるのですが?」
 いつも娘の欲しいことを沢山してくれる父のお願いだ。
「うん、いいよ」
 内容を聞く前に二つ返事で了解すると常は妖艶に微笑む貌へ穏やかな彩が宿る。
 懇篤な笑顔はじんわりと伝染していく。
「彼女も一緒にいいですか?」
 誰がなんて、問わなくても解っている。差し出された手の意味も。
 同じ気持ちだったことも、とても。嬉しかった。
「もちろん」
 小さな手で応え蒼い花は咲き誇る。
 行こう、約束を果たしに。

「あ、お姉さん!」
 探していたひとは通路の大窓から花舞う星夜を眺めていた。
 振り向く女学生が小さな手を振る娘と会釈する父に気付いて雰囲気を和らげる。
「動いたでしょ?」
「はい。皆さんの、おかげです」
 軽く頭を下げ人らしい表情で礼を告げる影朧の輪郭は少しだけ朧気だった。
 理由は解っている。切なくなるけど良い兆しだ、少女は気を取り直し笑顔を咲かせる。
 次に隣人を見上げ、みっつの視線で合図を取り合い前を向く。
 大きな手が差し伸べられて、小さな手がおいでと招いている。
「さて、約束通り一緒にまわりましょうか?」
 出発前の光景をもう一度。あの時の続きを、今から始めよう。
「ね、約束。一緒にいこう?」
 一度目と同じ顔をして、過去の娘は一歩前へ。
 そうしてそっと両腕伸ばし、白い半魔の手を取り蒼い半魔の招く手にも触れる。
「お二人の手を、ちゃんと、とれました」
 儚く咲いた笑顔で繋いだ手を力無く握りしめた。

 流石に皆で手を繋ぐと歩き難いので、名残惜しいけれども少女と娘は手を離す。
「あなたのパパが残したものを見て廻って、沢山思い出残しましょう」
 お願いしますと影朧が頷いて、小さく笑い合う様子は微笑ましい。
「貴女の父親みたいには出来ないですが」
 予め断りを入れたら、女学生はゆっくり首を横に振る。
 一緒に居てくれる、それだけで十分ですと微笑まれた。
 なら行こうかと散策しに行く、その前に。
「ルーシーはルーシーというの。あなたのお名前は?」
「僕はユェーです」
 一緒に思い出を作るなら自己紹介はしておきたいもの。
 丁寧に名を告げる親子を問われた者は一人ずつ見てから、俯いた。
 名前。……名前。何と、呼ばれていたのだろう。
 ふと、先程見たユェーがルーシーを見る時の優しい眼差しが誰かと重なった。
 ――『しで』は写真撮るの、上手ね。
 何時だって、子を思う親の顔は……何より優しい。
「しで、と……呼ばれていました」
 もう二度と呼ばれる筈のない名を、二つの声が呼びかける。
 暖かな返事が一つ。お父さんを二人で挟み、三人並んで歩いていく。

 金糸の星を縫い付けた絨毯の道を仲良く進む。
 淡い照明が幻想的な車内も楽しみながら、でも転ばないように気遣いあって。
 ルーシーがパパみたいに綺麗な月があると指差したら並んで夜空を観て過ごし。
 ユェーが瞳に映す星や星座の情報を丁寧に教えてくれるのを、心躍らせ聞いていた。
 道中咳込む影朧には、親子揃って背を撫で落ち着かせ。
 再出発はルーシーが真ん中と二人の手を引きラウンジを目指した。
 八号車では専任のコンシェルジュに迎えられ、保護者が前に出て要件を伝える。
 ――予約の方ですね、お待ちしておりました。
 案内された席には花の透かし彫りを施したランプがテーブルを淡く照らしていた。
 ソファに座るとワゴンを持ってきた乗務員が温かな皿を三人の前に並べていく。
「今日の料理は僕の手作りです」
 事前に列車の方に頼んだ事を話したら、二人の笑顔が喜びに華やいだ。
「ディナーはパパがお作りに? すごい!」
 特に一つの蒼が外に負けない輝きを湛え、弾む気持ちを隠さず女学生の方を見る。
「あのね、パパのお料理は凄く美味しいの」
「楽しみです。本当に、おいしそう」
 飲み物は人数分用意された瓶牛乳と角砂糖。娘達に渡して、彼は微笑む。
「たんと召し上がれ二人とも」
 最初は乾杯と瓶が鳴る。人気の一口は甘くておいしく時々シャリっと得した気分。
 後は心行く迄、パパの手料理を堪能した。

 お腹いっぱい満たされても、素敵な夜はまだまだ続くと云うのなら。
 デッキも行きましょうと再び手を取り奥へと向かい、扉を開けて外の世界へ。
 遮るものが何も無い雄大な夜景が視界を占拠し煌めきと華やかさが降り注ぐ。
「桜と星空が満開に咲いてる!」
 仲良くデッキの先端へ行き桜と星を眺める二人をユェーは優しく見守っていた。
 心から楽しそうに景色を楽しむ姿に、微笑ましいと笑みが溢れる。
(可愛い子が二人ですね)
 胸中の声が届いたのか、ルーシーと目が合う。
 柔らかく笑い合った所でそうだと幼い声が響いた。
「写真撮らない? パパも一緒に三人で」
 ルーシーと、ゆぇパパと、しでさんで。
「えぇ、一緒に撮りましょうか? 3人の想い出ですね」
 今日の出会いを、忘れないように。
 あなたにとっても温かで楽しい時間になりますように、願いを込めて。
 もう一度、猟兵達は手を差し伸べる。
「……ありがとう、ルーシーちゃん。ユェーさん。おねがいします」

 今宵安らかに眠る者を、月光は優しく照らし続けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花川・小町
【花守/2】一等客室へ

(何処か落ち着かぬ澪ちゃんの為、噂の瓶入り牛乳を二人分、客室に届けて頂き)
それじゃ、乾杯ね
ふふ、優しい味わいで良いわね――どう、落ち着いた?
見渡す限り上質な空間に、格別な星空や桜並木まで揃っているのだものね
思わずそわそわしちゃう気持ちも分かるわ

あら、貴女だって――輝かしい星空に輝く笑顔がとっても良く映えてるわ
(幻想極まる車窓と心地好い空気に、共に笑顔深め――本当に、益々世界が輝いて見えるよう
そんな一時を満喫していれば、同じく女学生ちゃんの気配に気付き)

――良ければ貴女も一休みしていかない?
折角だから、お写真も是非
貴女の想いも重ねて撮って頂けるなら、きっと更に煌めいて写るわ


鳳来・澪
【花守/2】一等客室へ!

(耳に挟んだ通り、瓶入り牛乳に角砂糖落とし)
ふふ、乾杯!
不思議とほっとする味わいやね
物凄く綺麗なお部屋でちょっと緊張してたんやけど、お陰で解れたかも

――それにしても、姐さんはほんま絵になるねぇ
絶景が、更に最高の目と心の保養になるみたい
(品あるスイートの雰囲気も、丁度差し掛かった星と花が織り成す夢の様な車窓の景色も、共に楽しめば一等目映く写って見えて、更に目を細めて眺めていれば――ふと扉の外に女学生ちゃんの気配感じ)

あ、丁度ええとこに!
ね、良かったらうちらの思い出も、貴女の手で残してくれへんかな?
彼の星達みたいに煌めく、この幸いな一時を、是非
(星と笑顔の輝き満ちる一枚を)



●夜に絢爛を宿す
 赤い瞳に今映るのは、極楽と謳える世界だった。
 宵色に金刺繍の模様が浮かぶソファに鳳来・澪(鳳蝶・f10175)は座っているものの。
 何処か余裕の無い様子で一等客室の光景と大窓の先に広がる夜景を交互に見ていた。
 その様子を花川・小町(花遊・f03026)は横目で見届けてから視線を入り口へ。
「ええ――此処で良いわ」
 礼を言い、乗務員から受け取った盆を手に重厚な絨毯の道を静々と進む。
 星の光を反射する磨かれた黒漆の卓にそっと置いたら彼女に気付かれ視線が合った。
 紅引く艶やかな貌で微笑む後に雪解けの雰囲気を感じ取る。
 粧う爪の指先達が牛乳入りの瓶を取り、真白な角砂糖を一つぽたんと落としていく。
 甘味を混ぜた其れを掲げ、楽気な空気と一緒に杯を合わせた。
「それじゃ、乾杯ね」
「ふふ、乾杯!」
 重なる硝子は鈴の音を鳴らし、ささやかな宴の始まりを告げる。
 品のある仕草で一口、飲み込んで一息つくのも同時で思わず控えめな笑い声も零れた。
「不思議とほっとする味わいやね」
 両手で包み込む瓶を見下ろす顔は、大分穏やかなものになっている。
 花遊の鮮やかな双眸がゆるりと和らいだ。
「ふふ、優しい味わいで良いわね――どう、落ち着いた?」
 顔を上げる鳳蝶が花のかんばせは、驚きの彩を一瞬咲かせてからはらはら綻んでいく。
「物凄く綺麗なお部屋でちょっと緊張してたんやけど、お陰で解れたかも」
 おおきにね、とはにかむ声はちゃんと届いてより暖かな朗笑を誘う。
 コツンとレトロな机に硝子が置かれるクリアな音色。赤花飾る女が車窓に視線を移す。
「見渡す限り上質な空間に、格別な星空や桜並木まで揃っているのだものね」
 心地よい振動に身を委ね移り行く満天の星と欠片を舞い散らせる幻朧桜の共演を観た。
 生ける絵画と例えても良い位、躍動的で幻想的な佳景に呑まれてしまいそうになる。
 それに列車自体もこの絶景に相応しくあるよう趣向を凝らした造りが随所に見られた。
 夜空より目立たぬよう調度品は暗色系が多いが、どれも雅な意匠が施されている。
 先程のソファ然り、カーテンもランプの光を向けると人工の星空が現れ煌めいた。
「思わずそわそわしちゃう気持ちも分かるわ」
 見所の多い場だ。一晩で果たして楽しみ尽くせるだろうか。
 そう思うことだって、きっと愉しい。

 瓶の中身が少なくなった頃だろうか、オリオン号の揺れが変わり減速したようだ。
 気になった小町が立ち上がり窓辺へ向かうので澪も後に続く。
 二人並んで硝子越しの外を見た瞬間――窓に月明かりを含んだ水滴が飛び散った。
 ざぶんと着水する感覚。少しだけ遠くに聞こえる飛沫の音が壮大な景色の一つと成る。
 所謂見所に辿り着いたのだろう。地が土から水へ変わっただけで世界も変貌した。
 上も下も無い、360度のパノラマを錯覚させる星夜が広がっている。
 勿論一方は天上を映した雄大な水面だ。それでも、奇跡を目にしているようだった。
 暫し互いに言葉無く前を見ていた……が白花を飾る娘が不意に隣人へ顔を向ける。
 少し、時間を置いてから口を開く。
「――それにしても、姐さんはほんま絵になるねぇ」
 しみじみと呟いた先の横顔が動き、目が合って。
 突然の讃美にきょとんとする様子すら、映えて見える程女は華々しかった。
「絶景が、更に最高の目と心の保養になるみたい」
 品あるスイートの雰囲気も、花遊という活花に添える背景が一部のよう。
 今度は一歩下がって彼女越しの車窓を見てみる。
 丁度差し掛かった星と花が織り成す夢の様な景色も嬌笑浮かべた女をより際立たせた。
「あら、貴女だって」
 娃しい仕草で手招いて、今度は鳳蝶を窓際に立たせ己は一歩退く。
 幻想極まる車窓と心地好い空気の中、花咲く娘の笑顔は天上の月より燦めいていた。
 星明りを艶髪に受け、背後で踊る花弁乱舞もかの姿を更に魅せる引き立て役となる。
「輝かしい星空に輝く笑顔がとっても良く映えてるわ」
 そうして絢爛な花二輪は揃って華麗に笑い合う。
 同じ景色を見て共に楽しめば最高の舞台も一等目映く、益々世界が輝いて見えた。
 本当に――素敵なひとときだと、深まる笑顔と眩しそうに細まる瞳。
 言葉にせずとも、気持ちも一緒だった。

 その後も並んで星見を続け、桜の花嵐が過ぎた頃にはシリウス号も視えてきた。
 水上銀河を渡る列車を眺める等存分に旅を満喫していたら、不意に片方視線が外れる。
 窓の外から部屋の入口へ。探る様子の澪に続いて小町も何かを感じ取った。
 其れは普段であれば平和を脅かす存在。猟兵として、戦わねばならない気配ではある。
 が、事前に説明を聞いていた二人はすぐさま警戒を解き頷き合うと扉に向かう。
 何の躊躇いも無く開けた先に、少しだけ朧気な輪郭に成って通路を歩く女学生が居た。
「あ、丁度ええとこに!」
 白花の娘が明るく声をかける。気付いた影朧が二人を見て、何故か目を丸くしている。
 無理もない。呼ばれたと思ったら目の覚めるような美女達が其処に居たのだから。
「――良ければ貴女も一休みしていかない?」
 妖艶に微笑む女の誘いで我に返った相手の顔が良いのだろうかと伺う表情に変わる。
 もう一人も明朗な笑顔で同意しているようだ。少しの間が後、女学生は小さく頷いた。

 華美な兩人に導かれ中へ、ソファにちょこんと座った影朧を赤花の女がじいと見る。
 小首を傾げる他二人をよそに小町は断りを入れてから女学生へ手を伸ばす。
 姿は少々淡くなってはいたがまだ触れそうだ。花遊の指先が触れたのは、彼女の髪。
 女の考えに気付いた鳳蝶は荷物を漁り、差し出した櫛にお礼と笑みが返って来た。
 嘗て沢山の女達が粧す様を見てきた鏡台の宿神が、乱れ気味だった髪を梳き整える。
 もう一人の宿神は後ろに回り込んで丁寧に結い直していく。
 旅立つ女性を少しでも綺麗にしてあげたいと、そう願った。

 有難うと何度も礼を云う影朧が、何かお礼がしたいと言ってきたので。
「ね、良かったらうちらの思い出も、貴女の手で残してくれへんかな?」
 女学生が持っているカメラを見てから、顔を上げてにこりと提案する。
「そうね――折角だから、お写真も是非」
 花人達の提案に女学生は二つ返事で了解した。
 なら早速と、未だ美しい世界を流し続ける車窓へ向かう。
「貴女の想いも重ねて撮って頂けるなら、きっと更に煌めいて写るわ」
 粧す女の想いも相手に届いたようだ。確り頷き、カメラを構えた。
 白と赤の華が絶佳の前で寄り添って、小町は艶やかに笑ってみせる。
「彼の星達みたいに煌めく、この幸いな一時を、是非」
(星と笑顔の輝き満ちる一枚を)
 澪も内に秘めた祈りを込めて、とびきりの笑顔を浮かべてみせた。

 星夜に切り取った思い出は、何より燦爛たる一枚へと昇華する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サティ・フェーニエンス
お金を貯められたら、いつか一等客室も体験してみたいですね
三等客室。軽食をラウンジで取りつつ、窓から見える星の輝きに常に釘付け。

すごい…旅している間、こんなふうに景色が、星が流れていくのは見たことが無い…
湖と夜空を一望出来そうな車窓までくれば、件の女学生の姿。
邪魔しないよう少し離れて見守る。

…影朧の撮った写真は、どうなるだろうか
一緒に消えてしまうのか…それとも――
彼女の想いとこの幻想的な景色が形になった物
もしも残るなら…誰かの手に渡り、大事にしてもらえたなら…例え影朧でも、過去の残留でも、今を生きる事にならないかなと

僕がヤドリガミだから、そう在ってくれればいいと願ってしまうんでしょうか…
ぽつり。



●夜の晴天
 ――宜しければ、一等客室もご用意しますよ。
 乗務員の微笑む提案にサティは丁寧な礼を以て辞退した。
「お金を貯められたら、いつか一等客室も体験してみたいですね」
 真っ直ぐな視線で述べたそれは、また来ますと云う柔らかな約束。
 相手はやや驚く顔を見せた後、嬉しそうに帽子の鍔を抑えた。
 ――いつでもお待ちしております。それと避難誘導の時はありがとうございました。
 とても心強かったですと伝えられた感謝にも、猟兵は真面目に返礼する。
 続いて他に何かお困りごとはありませんかと問われ、少し思考を巡らせて。
 三等客室へ行く前にラウンジで軽食を取りたいと告げたら快く注文を受けてくれた。

 ラウンジは優しい暗さと穏やかな灯りで彩られていた。
 中央にセルフサービスのドリンク類と、コンシェルジュが一人待機している。
 ようこそと迎えられ、あちらのお席が空いておりますと案内された。
 厚みのあるソファーは夜へ溶け込む色合いに、金刺繍がランプに照らされ星を画く。
 座る柔らかな感触と、列車の振動が心地良かった。
 身を預けて見上げた角度が窓越しの夜空を観るのに丁度良い。
「すごい……」
 只々、釘付けだった。
 硝子一枚隔てた先に、黒一色へ数多の宝石をぶち撒けたような絢爛さが広がっている。
 青空色の双眸が仰ぐ世界は雲ひとつ無い晴天の夜だった。
 銀河と一言で片付けてしまうには勿体ない輝きが、走る列車に合わせ流れていく。
「旅している間、こんなふうに景色が、星が流れていくのは見たことが無い……」
 歩行では望めぬ景色。ましてや、己は嘗て自力で動く事等出来ない静物だった。
 記憶の頁へ刻まれる経験に探究心が満たされていくのを感じゆっくりと息を吐く。
 そこへ、丁度良く乗務員が失礼しますとテーブルに軽食を運んできた。
 淡い光に照らされた皿の上で食べやすいようカットされたサンドウイチは二種類。
 薄いカットレットに茸と菜物を挟み、隣は甘いピーナツバターに果物を添えている。
 飲み物も必要だろうと瓶牛乳も置いてあった。
 見なくても食べ易い物は有難い。暫しサティは星見の食事と洒落込んだ。

 存分に堪能し、客室に戻る道で見覚えのある後ろ姿が目に入る。
 女学生が見ていた大窓はとても見晴らしが良さそうだ。
 見たいものは視られただろうか。想いは叶ったのだろうか。
 心配もあって少し離れた場所で足を止め、そのまま邪魔しないよう見守る。
 近くで水飛沫の音がする。でも今気になるのは視線の先だけ。
(……影朧の撮った写真は、どうなるだろうか)
 彼女の手には何度もシャッターを押したカメラが収まっている。
 此処に来る迄沢山撮っただろう媒体と、彼女は果たして同じモノなのだろうか。
(一緒に消えてしまうのか……それとも――)
 影朧の行く末はもう決まっている。女学生の想いはもうすぐ、満たされる。
 彼女の願いと、この幻想的な景色が形になった物がもしも残るなら。
 されど残ったとしても、誰にも触れられずに置かれてほしくはない。
 遥か昔、人が失われた都でずっと遺されていた『古書』は願った。
(誰かの手に渡り、大事にしてもらえたなら……)
 喩え過去の残留だったとしても魂が宿れば今を生きる事にならないだろうか。
「僕がヤドリガミだから、そう在ってくれればいいと願ってしまうんでしょうか……」
 ぽつりとサティは呟いた。

 ――でも、彼は識っている。
 未来は何時だって、猟兵達が選び続けていける事を。
 晴天に輝く星達は彼等が成し遂げた答えを、照らしていた。


●星櫻鉄道の夜
 硝子の向こうに広がる夜空とシリウス号を、女学生はじっと見ていた。
「……あのね、お母さん。お父さんが造った列車は、いっぱい愛されているよ」
 静かに呟く娘の頬に、黒ではない透徹の彩りが一筋零れ落ちる。
「沢山のひとが、笑っていたよ。沢山のひとが、願ってくれたの。とても、素敵だね」
 涙は星の輝と同じ光と成って消えていく。影朧自身も、少しずつ。
「いっぱい撮れたよ。優しい人達のおかげで。だから――」
 言葉を遮るように、汽笛が響いた。ひとつ、ふたつ。……みっつ。
 顔を上げる。それは、硝子に映ったオリオン号の車内だったのかもしれない。
 けど確かに彼女の眼は窓の向こうに降り注ぐ幻朧桜の花弁と一台の列車を映していた。
 ――切符を。
 差し出された、大きくて優しい手。見開かれた瞳から再び雫が溢れていく。
 でもとポケットを漁る。そうだ、確か切符は二枚買って貰っていた。
 一枚はオリオン号に乗る時に使っている。もう、一枚は。
「……――みなさん。ありがとう、ございました」
 しでは微笑み、そっと大切にしていたモノを足元に置いた。
 そして一枚の切符と花弁一片を持った娘は彼の手を取り透明な境界を……越えていく。
 唯一つ、古ぼけたカメラだけが其処に遺された。

 寝台特急オリオン号は走り続ける。人々を乗せ、夜明けを目指して。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年02月11日


挿絵イラスト