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連環

#ダークセイヴァー #宿敵撃破

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#ダークセイヴァー
#宿敵撃破


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●幸せな悪夢
 黒が、嫌いだった。
 穢れた闇の世界から抜け出したくて、ひかりを求めていた。
 己が汚れた血を持つ者だと知っていたが、定めから抜け出すことは出来なかった。
 ただ、人を愛したかった。
 それが叶わぬことだと識っていたから心は凍っていた。けれども、此処で紡がれたあの歌がこの心にひかりをくれた。ああ、君は――。

「……僕の駒鳥」
 青年吸血鬼は誰かを呼ぶように呟いた。
 薄暗い居城の中、其処にある檻の前には彼以外には誰も居ない。彼が靴先を僅かに動かすと、千切れた鎖が音を立てた。
 彼は己の冷たい指先を見下ろす。その手は僅かに震えていた。
 ずっと独りでこの城に閉じこもっていたが、もう限界だ。この身を悪意が蝕んでいる。世界を滅びに導けという闇の声に、これ以上は耐えられそうにない。きっと間もなくすれば自分は理性を失って近くの村や町を襲うのだろう。
「これじゃ、迎えに行けそうにないね」
 迎えに来るよ、と約束を告げたというのに。しかし、もう叶えられそうにない。
 自分が吸血鬼でなければ良かった。黒でなく白であったなら。闇でなく光であったなら、と彼は幾つもの理想を考える。
 だが、此処にあるのは未練のみ。檻の中には何もないが、自分自身が未練に囚われている。穢れた己は無垢な者の傍に居られないから、迎えに行けやしない。
 自嘲めいた、それでいて甘い微笑を浮かべた彼――黒衣の蝶は静かに瞼を閉じる。

 黒衣の蝶は、己の力を使って過去の幻を映しはじめた。
 ひらり、ひらりと紫彩の蝶が周囲に舞う。
 いま思えば幸せだったあの頃に浸るように、いつか聴いた駒鳥の歌が流れていく。少女の聲で奏でられる、過去の記憶からつくられた音だけが其処に響いていった。
「どうせ、僕が狂ってしまうのなら」
 最後は嘗てあいした少女の歌が響く記憶の中で、眠りたい。

 ――蝶よ、歌よ。昏く儚い世界をひかりで満たして。

●枯れゆく花へ
 理性を失った吸血鬼が村や町を蹂躙して、血の海を作り出す未来が視えた。
 そう語ったグリモア猟兵のひとり、ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)はその予知によって吸血鬼の居城を捉えたのだと告げる。
「僕が視た未来はまだまだ先の出来事です。だから、皆さんには蹂躙が起こる前に吸血鬼の城に乗り込んで欲しいんです」
 少年はダークセイヴァーの或る地域にあるという、ちいさな城の場所を伝えた。
 其処には件の吸血鬼、黒衣の蝶以外には誰もいない。
「彼は城の周囲に雲の魔物を集わせて、わざと誰も近付かないようにしていたようです」
 理由や経緯までは分からなかったが、今此処で討っておなければ無辜の民が犠牲になってしまう。居城が分かった今こそ、雲の魔物を倒して乗り込むべきときだ。
「城はそれほど広くはないようなので、奥を目指せば吸血鬼と対面できるみたいです。けれど気を付けてください。彼は精神攻撃を得意とするようです」
 艶やかな髪に燃えるような真紅の瞳。
 薄く甘い微笑を浮かべる青年吸血鬼は、叶わない理想や有り得ない幻、幸福な悪夢をみせる。その力にどうやって抗うかは向かった者次第となるだろう。
 しかし、それを打ち破れば吸血鬼の力も削ることが出来る。
 意志の力が闇を退け、ひかりを導く。
 さすれば未来は拓ける。
 そう信じていると語った少年は、仲間達に信頼の眼差しを向けた。
「それから、お城の奥なのですが……吸血鬼の不思議な力が巡っているようなんです」
 静謐な城の中では歌が響く。
 それは其処に居る者の過去の記憶から生まれる歌声だという。その力自体に悪いものはないので少しだけ歌に浸ってもよい。
 聴こえるのは懐かしいものかもしれない。耳にすることになるのは、もう居ない誰かの声かもしれない。
 もしかすれば歌に耳を傾けたり、共に歌うことが弔いにもなるだろうから。
「それでは、皆さんを吸血鬼の居城の前にお送りします。ご武運を」
 そうして少年は十字架型のグリモアを輝かせ、世界を渡る力を発動させた。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『ダークセイヴァー』
 理性を失いそうになり、暴走しかかっている吸血鬼を倒すことが目的となります。

●第一章
 集団戦『もく』
 人から幸せな気持ちを奪って食べる雲。
 吸血鬼の居城を覆い尽くすほどたくさんいるので、すべて倒してください。戦っている間、城の中から幽かな歌声が聞こえることがあります。

●第二章
 ボス戦『鎖繋ぐ黒衣の蝶』
 未練に囚われし吸血鬼。戦場は城の奥。
 光に焦がれて闇を嫌った変わり者。ある事情で閉じこもっていたようですが、オブリビオンとしての世界を過去で埋め尽くすという衝動に抗えなくなっています。

 幸福な夢を見せて戦意を喪失させる攻撃、大切な者に裏切られて傷付けられる幻を見せる攻撃、今を忘却させる黒い鎖と理想的な幻を見せる紫彩の蝶での攻撃を行ってきます。
 皆様が夢や幻を打ち破っていくと吸血鬼の力も弱まるので、どのように対抗するかが肝心な戦いとなります。

●第三章
 日常『常闇の葬歌』
 吸血鬼が作った特殊な領域です。
 敵が倒れた後も暫く効果が残っており、あなたの心の奥底にある『歌』が聞こえてきます。自分の歌、誰かの歌、記憶にない歌など、聞こえる歌は十人十色。
 それが誰かへの弔いになることもあります。
 過去に思いを馳せてみたり、自分で歌ってみたりと自由にお過ごしください。
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第1章 集団戦 『もく』

POW   :    じめじめ、うつうつ
【闇】【湿気】【周囲の幸福】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    もくー
全身を【ふわふわとした雲】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
WIZ   :    おいしいー
【不安】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【自身の分体】から、高命中力の【幸福を喰らう雲】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

パナシェ・エルレンタリード
【WIZ】【協力希望】【アドリブ歓迎】

「パナシェはね、見えないけど、耳はいいのよ」

もくの移動する音や匂いなどを頼りに動きます。
同行してくれる猟兵がいれば、移動はその人につかまって移動します。
戦闘は遠くから、歌を歌います。
UC鈴蘭の嵐で、歌声は無数の花びらとなり、範囲攻撃でもくを攻撃します。

「パナシェのお歌、どうだった?」

音や匂いで不安になれば、幸福を喰らう雲に当たると思います。
ですが、パナシェはまだ幸せではありません。
自分以外の全ての世界の人が幸せになるまで、幸せを自覚しません。

「だってパナシェは、皆が幸せだったら良いと思うのよ」

城からの歌には耳を澄ませます。
聞いた感想を素直に吐露します。



●白の歌
 揺らめく雲は夜の色を映している。
 吸血鬼の居城を包み込むように広がるのは本当の雲ではなく、白く霞んだ魔物だ。
 静かな風が雲を揺らがせ、夜の空気が幽かな音を立てている。
 パナシェ・エルレンタリード(誰が為の翼・f21714)は閉じた瞼を開かないまま、周囲の物音に耳を澄ませた。
「パナシェはね、見えないけど、耳はいいのよ」
 陽の光を知らぬような白い指先。その両手を重ね合わせながら、辺りの様子を探るパナシェには、見えずとも別の感覚があった。
 雲が動いている。
 常人には聞こえずとも、ざわざわとした魔物の息遣いめいたものが感じられた。
 雲の魔物が移動する音、それから匂い。それらを頼りにして城へと進むパナシェは、そっと歩を進めていった。
 城を覆う雲の数は多い。それらは入口までの道行きを隠しているかのようで、周囲にいるかもしれない仲間の存在まで感じ取れなくさせている。
 きっと、吸血鬼はこうすることで誰も城に近付けぬようにしていたのだろう。
 少女は城の前庭にあたる場所の前で立ち止まった。彼女には殆ど見えないが、其処には枯れた植物がある。夜風が枯れた草木を揺らす音を聞き、パナシェは掌を握り締めた。
「パナシェも戦える……いえ、戦うの」
 自分なりの宣言をしたパナシェはこの場で歌を紡ぐことを決める。
 これ以上、無闇に進めば敵の真っ只中に入ってしまう。それゆえに自分は遠くから、歌で雲を散らすのが良いと感じたからだ。
 パナシェの武器は歌声。
 聖人の声に近しい聖性を帯びた声が紡がれはじめると、鈴蘭の嵐が巻き起こった。無数の花びらとなった歌声は瞬く間に広がり、雲の魔物を穿つ。
 夜の色が鈴蘭の花色に染められた。
 それだけではなく、白い雲がはらはらと散る花のように霞んでいく。パナシェの存在に気付いたらしい魔物達が寄ってくる。
 それらは幸福を喰らうためにやってきたのだが――。
「パナシェのお歌、どうだった?」
 問いかける少女は何も動じていない。僅かにではあるが、音や匂いで不安になったものの、歌を奏でたことでそれも消えた。幸福を喰らう雲も対抗しようとしたのだが、パナシェからは何も喰らえない。
 何故なら、少女は――まだ幸せではないのだから。
 パナシェにとっての幸福とは、自分以外の全ての世界の人が幸せになること。それまで幸せを自覚できない定め、或いは縛りを抱く少女に幸福はない。
 周囲の雲が散っていく様を感じ取りながら、パナシェはそっと微笑む。
「だってパナシェは、皆が幸せだったら良いと思うのよ」

 そして、彼女の行く手を阻む雲は散らされた。
 そのときに不意にパナシェの耳に届いたのは幽かな歌声。
「悲しい? 苦しい? ううん、まるで何にもないような……不思議な歌」
 城からの歌に耳を澄ませた少女は感じたままの思いを言葉にした。そうしてパナシェは音を辿って進んでいく。
 あの歌の奥底にあるはずの、感情の音を確かめに行くために――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

クロト・ラトキエ
戦さ場――則ち、命の遣り取りの最中に…
奪われる程、シアワセな生き方してませんでね。

外壁、装飾、障害物…
様々に鋼糸を張り、巡らせて。
雲は…成る程、すり抜ける。攻撃とならぬのも道理でしょう…が。
動けない?
それは重畳。
寄りて、頭上に放るは、何の力も持たない明かり。
その身は無敵と謳うのでしょうが…
此方は如何でしょうね?
生まれたその影へ、ナイフ三本。放つ
――玖式

雲だろうと宙に在ろうと、糸が届くならば僕の領域。
鋼糸の網の中。範囲攻撃にて多数を狙い、
引き斬り断ち裂き、鏖殺を。

お邪魔はお控えを。
僕はこの先に、用があるんです

(“ひかり”
識らなければ、苦しみも嘆きも無かった?
けど、それじゃ…
違うんだ。似ていたって



●ひかりは傍に
 昏い世界に立ち籠める暗雲。
 吸血鬼の居城前に訪れたクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は双眸を鋭く細め、傭兵としての表情を見せる。
 猟兵達の気配に気が付いたらしい雲達は、ふわふわとクロトに寄ってくる。揺らぎながら城の周囲に浮かんでいる雲は幸せを食らう魔物だという。
 此処は戦さ場――則ち、命の遣り取りの最中。
「こんな場所で奪われる程、シアワセな生き方してませんでね」
 クロトはゆっくりと近付いてくる雲に首を振ってみせた。対する雲の魔物はクロトに攻撃の意思は見せていない。
 されど周囲の仲間がクロトを取り囲むように迫ってくる。
 囲んで動けなくする心算だと察した彼は地を蹴った。雲に隠されてはいるが、城の外観や前庭の道筋くらいは見て取れる。
 外壁、装飾、障害物。それらを見極めたクロトは其処に鋼糸を張り巡らせた。
 同時に雲の魔物にも糸を放ったが、まるで手応えがない。
「雲は……成る程、すり抜ける、と」
 この一手が有効なものではないと判断したクロトは、これも道理だと納得した。しかし、先程まで動いていた魔物達が次第に動きを止めていく。どうやら攻撃を通さぬ性質を得た代償のようだ。
「動けない? それは重畳」
 クロトは即座に状況を判断して、次の行動に出る。魔物に寄った彼が頭上に放ったのは、何の力も持たない明かりだ。
 闇の世界に一筋だけ、幽かな光が射した。それによって影が出来る。
「その身は無敵と謳うのでしょうが……」
 ふ、と口許を緩めたクロトの双眸が再び細められた。明かりが雲の真上に揺らぐ。その瞬間、クロトは笑みを深めながら問いかけた。
「此方は如何でしょうね?」
 光から生まれたその影へ、解き放つナイフは三本。
 ――玖式。
 十三の業、内の九。其れは縛り留める陰の楔。
 浮かぶ雲を地へと縫い止めるかのように、削弱の魔力を込めた刃が魔物を擦り抜けていく。だが、それは無効化されない。
「雲だろうと宙に在ろうと、糸が届くならば――」
 僕の領域です、と静かに告げたクロトは腕を大きく振り上げた。そうすることで敵は鋼糸の網の中に囚われる。
 周囲に集っていた魔物が瞬く間に切り裂かれて霧散していく。
 引き斬り、断ち裂き、はじまっていくのは純粋なる鏖殺。無敵であるはずの雲を斬るという技を見事にやってのけながら、クロトは進む。
「お邪魔はお控えを」
 新たに現れた雲を鋼糸で散らし、彼は吸血鬼の居城を見据えた。
「僕はこの先に、用があるんです」
 ――“ひかり”。
 魔物を蹴散らす彼が思いを馳せるのは、あるひとつのこと。
 識らなければ、苦しみも嘆きも無かったのだろうか。何も知らなければ、闇の中でひかりを求めることもなかったのか。
 浮かんだ考えを振り払えず、クロトは無意識に独り言ちた。
「けど、それじゃ……違うんだ」
 似ていたって、決して。
 続かなかった言葉は胸裏に押し込め、クロトは唯只管に先を目指してゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
雲かぁ、実体のない相手って面倒なんだよな

それでも往くさ
誰も近づけないようにして
城に閉じこもった鬼を殺しに

生き物と呼ぶには不確かな、不安定なそれ
その感情がバレるのはわかっていた
耐えろ、凌げ
おれにはそれが出来る
【呪詛耐性、激痛耐性

ああいやだ
こんな目に遭うのは、本当に嫌になる
だからこそ
あの子が居なくてよかった

どこか懐かしいうたが
いつぞやの記憶を探ろうとする

今はそれを気にしないまま
周囲に猟兵が居ないのを確かめ
雲の群れへと突っ込んで息を吸う

童話の子豚を襲った狼のひと息
それを越えるほどの雄叫びを
煉瓦の家だって吹き飛ばせる
そんな咆哮を吐き出せ
【大声、鎧無視攻撃、呪詛

おれの幸福を、気体ごときに奪われてたまるか



●しあわせのかけら
 其処にあるようで、ないもの。ないようで、あるもの。
 雲とはそういったもので、揺歌語・なびき(春怨・f02050)は軽く肩を竦める。
「雲かぁ、実体のない相手って面倒なんだよな」
 吸血鬼の居城を覆う雲の魔物は揺らめき、何者をも近付けまいとしているようだ。なびきは、本当に面倒だ、ともう一度口にしてから城を見上げた。
「それでも往くさ」
 雲に隠された城の奥。
 其処に潜むもの――誰も近づけないようにして、城に閉じこもった鬼を殺しに。
 城の敷地内に踏み出せば、なびきの接近を察知した魔物が幾つも寄ってきた。それらは生き物と呼ぶには不確かで、存在すら不安定なものに思える。
 だが、かれらが狙うのはただひとつ。
「食らいつくのはやめてくれ」
 ふわりとした雲が自分の肩口を掠めたことに気付き、なびきは身を引いた。
 魔物相手にその感情がバレるのはわかっている。ただほんの少し触れただけで奇妙な感覚が巡り、幸せの欠片が食われたのが理解できた。
 欠けていく。
 零れ落ちていく。無くなっていく。
 幸福だと感じたときの記憶が、思いが、それそのものが。
(……耐えろ、凌げ)
 おれにはそれが出来るのだと自分に言い聞かせ、なびきは身を翻した。そのまま敵を引きつけるなびきは、人の居ない城庭の端まで駆けていく。
 追い縋ってくるように雲の魔物はなびきの後を付いてきた。
 ああいやだ。
 そう思う最中にも、幸福が食われていく気がした。
 こんな目に遭うのは、本当に嫌になる。でも、だからこそ――。
「あの子が居なくてよかった」
 なびきが言葉にしていたのは安堵が混じった言葉。
 どこか懐かしいうたが、いつぞやの記憶を探ろうとする。されどそれを気にかけないまま、なびきは周囲を確かめた。
 辺りに仲間の猟兵は居ない。そのことを確認し終えたなびきは踵を返す。
 背には城塞の壁。
 前には追ってくる雲達。彼は敢えて雲の群れへと飛び込み、思いきり息を吸う。
 雲の魔物が群がり、なびきを啄むように幸せを喰らおうとした。
 だが、刹那に轟いた咆哮が雲を散らした。
 それはたとえるなら、童話の子豚を襲った狼のひと息。否、その声を越えるほどの雄叫びが響き渡る。
 煉瓦の家だって、この城だって吹き飛ばせるような勢いで。
 聲を、思いを、咆哮を吐き出せ。
 己が持てる限りの力を解き放ったなびき。その周囲で、ひとつ、またひとつと魔物が霧散していった。食われていた幸福の思いは見えないが、ちいさな欠片がなびきの中にひとつずつ戻ってきた。
 とけ消えるようになくなった雲の残滓を見つめ、なびきは双眸を鋭く細める。
「おれの幸福を、気体ごときに奪われてたまるか」
 胸元に手を当てたなびきは、あの子と、もうひとりのことを思い出していた。
 確かにあった幸福。三人で過ごした記憶。
 己の胸に宿り続けるものが消えていないことを確かめ、なびきは城門を見遣った。
 この城の主にも、そういったものがあったのだろうか。
 そのとき、城内から響いてきた歌を聞きつけ、なびきは耳を立てた。微かにしか聞こえぬ歌を辿るように、尾を静かに揺らして――彼は進む。
 狂った未来を、決して訪れさせぬ為に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アパラ・ルッサタイン
妙に耳に、胸に残る歌だ
求めているのか拒んでいるのか
何方なのだろう

霞の様な君達
不思議な様子だなァ
ランプの材料にならないモノかな?
ああ、だが幸福の気を喰らうのだっけ
うーん、では仕方ない

視界を埋め尽くす程に在るのは厄介だね
囲まれてはかなわない
先ずは散らそうか

身を走るオパールから炎を喚ぶ
熱波による吹き飛ばしで雲の子を散らそう
カラッと行きたいよね
湿気も焼いて祓ってしまおう

幸福をつまみ食いされたとて
どこへも伸ばせる手を
どこへも歩める足を
どこへも馳せる心がある事を、思えばね
幸なぞ幾度とて溢れるのさ

君達だってそんなイケてる雲の身体があるってのに
どうしてそんな湿気ているの
……まァいいか
引き続き焼いていこう



●闇に灯す火
 白く霞む景色。
 それは此処に集う雲の魔物のせいであり、情緒も何も感じられない。
 しかし、アパラ・ルッサタイン(水灯り・f13386)は不思議な感覚をおぼえていた。
 歌が聞こえる。それは少女の聲だ。
 この城に隠れている吸血鬼のものではなく、遠くて儚い少女の歌声。
 妙に耳に、胸に残る歌だ。
 その歌声に感情はみえない。求めているのか拒んでいるのか、何方なのだろう。アパラは考えを言葉にしないまま、城の前に訪れた。
 ふわり、ふわりと浮かぶのは夜色を纏った雲の魔物達。
「やァ、霞の様な君達。可愛らしい君達」
 不思議な様子だなァ、と語って雲達に声を掛けたアパラは双眸を細めた。何も語らず、ただ其処に浮かんでいるだけのかれらは一見、無害にも見える。
「大人しいなら、ランプの材料にならないモノかな? ああ、だが……」
 ふとした思いが浮かんだが、アパラはすぐに首を横に振った。
 かれらは幸福の気を喰らうという。そんなものを材料にしてしまえば、呪いだとか不幸のランプになってしまう。残念だというように肩を竦めたアパラは、魔物達を見遣る。
「うーん、では仕方ない」
 アパラは視界を埋め尽くす程に集まってきた敵を見渡し、厄介だね、と呟いた。
 どうやらアパラを標的だと見做したらしく、囲もうとしているようだ。先ずは散らすべきだと察した彼女は、地を蹴って魔物との距離を取った。
 そして、身を走るオパールから炎を喚んでいく。
 顕現した炎に指先を這わせれば、其処から更に激しい焔が巻き起こった。熱波が雲に疾走っていき、一体が瞬く間に吹き飛ばされて散らされた。
 よし、と頷いたアパラは自分の炎がかれらに効くことを確かめる。
「カラッと行きたいよね」
 こんなにじめじめしているのだから、きっとこれくらい激しい方がいい。湿気も焼いて、祓って、最初からなかったくらいにしてしまえ。
 そのような勢いで炎を散らしていくアパラは、次々と雲の子を焼いた。
 されど相手も魔物。
 素早く流れてきた雲がアパラに触れた瞬間、何かがなくなるような感覚が響く。
「つまみ食いはよくないね」
 幸福が食われたのだと察したアパラは足を高く上げると同時に、魔物を蹴りあげた。そうすれば雲は霧散していく。
 どこへも伸ばせる手を。どこへも歩める足を。
 それから、どこへも馳せる心があることを思えば――。
「幸なぞ幾度とて溢れるのさ」
 ゆえにたとえ奪われたとて、何も動じることはない。この躰と心さえあれば、希望に満ちた未来だって手繰り寄せられる。
 アパラの炎は巡り続けた。
 この城を昏く沈ませている暗雲を晴らし、奥に進むために。今も聞こえている歌をもっと近くで聞いてみたいと思ったがゆえに。
「君達だってそんなイケてる雲の身体があるってのに、どうしてそんな湿気ているの」
 敵の数が減っていることを確かめつつ、アパラは問いかけてみる。
 されど、かれらから答えは返ってこないまま。喋れずとも意志をもっているようでもあるが、揺らめくばかりの雲からは何も感じ取れなかった。
「……まァいいか」
 かれらが敵であるならば、引き続き焼いていくだけ。
 アパラが放つ炎はカンテラに宿る灯の紅く、昏くて儚い世界を彩り続け――やがて、城への路がひらかれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

一応雲っぽいし炎が効くだろうか。
例え本物の雲のような、水分が主成分だとしてもそうでなくとも、数多いと逆に消されかねないから、相手する数はなるべく絞っていくか。

一応目立たないように存在感を消し、身を潜めておく。
そしてUC炎陽の炎で取り囲むようにして攻撃。蒸発するなり燃えるなりダメージが通れば。
核とかあるならそっと飛刀の投擲で壊せれば効率よくなるかも。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込…めるのか?
それでも喰らうものは激痛耐性で耐える。
今は不幸ではないけれど幸福でもないから多分相手の攻撃は意味ないと思う。



●不幸せと幸福の間
 吸血鬼の居城前。
 浮かぶ雲は城の外観が見えなくなるほどに周囲を覆い尽くしている。
 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は外観まで隠された城を見上げた。少し離れた場所からは城がどうなっているのかは分からない。
 だが、遠くから歌が響いてきていることは分かった。
 それにあの雲がただの自然現象ではないことも、はっきりと感じられる。
「一応雲っぽいし炎が効くだろうか」
 瑞樹は右手に構えた胡を強く握り、左手に持つ黒鵺の様子を確かめた。まだ敵に気付かれてはいないが、いつ気取られてもいいように二刀を構える。
 そして、瑞樹は考えを巡らせていった。
 たとえあの魔物が本物の雲のようなものであったとしたら。主成分が水分だとしても、そうでなくとも打つ手はある。
「数が多いと逆に消されかねないから、相手する数はなるべく絞っていくか」
 よし、と頷いた瑞樹は城へと身を隠しながら近付いていく。
 目立たないように存在感を消し、身を潜める。ちょうど城の前庭に隠れやすい茂みを見つけた瑞樹は気を窺う。
 隠密状態は余計な行動は出来ない。
 誰も近付けぬように、と配置された魔物は侵入者に敏感であるからだ。
 瑞樹は息を殺し、ふわふわと揺らめく雲を見据える。
 完全に自分と茂みを一体化させるように気を鎮め、そして――。
「緋き炎よ!」
 金谷子神の錬鉄の炎で以て、取り囲むようにして敵を攻撃した。これで相手が蒸発するなり燃えるなりダメージが通れば良い。
 すると、雲の魔物の半分が蒸発した。だが、雲の体力は未だ残っているらしい。
 半分になった敵が瑞樹を察知して近付いてくる。
「核でもあればわかりやすいんだが……」
 向こう側が透けて見えるほどに薄くなった雲にはそういったものはないようだ。ならば、もう一度炎を放って完全に蒸発させるだけ。
 飛刀の投擲で以て敵が近付くことを防ぎ、敵の攻撃はいつものように第六感で感知していく。しかし、更に別の方向から炎を察知した魔物が現れる。
 ふわりと近付く動きを見切って回避した瑞樹は、強く身構えた。
 そうした理由は側面から来た魔物の一撃が回避できないと察知したからだ。普段どおりに本体で受け流しながら、カウンターを叩き込もうとして――。
「これ、当たるのか?」
 ふとした疑問が浮かんだが、雲はどうやら斬れるらしい。不思議な感覚だったが、喰らってしまった一撃を激痛への耐性で耐えながら、瑞樹は戦う。
 雲は幸福を食らうという。
 されど、瑞樹は自分にはきっと効かないのだろうと考えていた。
(今は不幸ではない、けれど――)
 幸福でもないから。
 そうして瑞樹は炎陽の焔を解き放ち続け、周囲の敵を薙ぎ払っていった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

リーヴァルディ・カーライル
…精神を操る敵に、歌ね…
以前の依頼を思い出して、あまり良い予感はしないけど…

…彼を傷付けてしまったあの時とは違うわ
同じ過ちは繰り返さない。絶対に…

救世の祈りを捧げ闘争心を賦活する事で敵の精神干渉を受け流し、
空中戦を行う"血の翼"に武器改造した大鎌の外装を纏わせUCを発動

"…人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を…"

…たとえどんな理由があれ、どんな過去があったとしても、
今を生きる人々に仇なすならば容赦はしない

…雲散霧消。一気に切り込んで蹴散らすわ

全身を降霊した呪詛のオーラで防御して魔力を溜め、
残像が生じる超速度の早業で敵陣に切り込み、
限界突破した闇属性攻撃の刃翼で敵群を切断してなぎ払う



●過去と今と
 暗雲が立ち込める城の前。
 何処からか響く歌声に耳を澄ませ、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は過去に思いを馳せていた。
 それはあの時とは違う歌声であり、敵意は感じられない。
 されど、胸裏に過るのは痛み。
 心を抉るような感覚が巡ったが、リーヴァルディは気を強く持とうと決めた。
「あまり良い予感はしないけど……」
 彼を傷付けてしまったあの時とは違う。
 此処に自分が立っているのは過去と同じ道を辿るためではない。
「……過ちは繰り返さない。絶対に」
 リーヴァルディは吸血鬼の居城を見上げた。雲の魔物が覆い隠す城はよく見えず、内部がどうなっているのかも分からない。
 それでも、無辜の民が傷つけられる可能性があるというならば。そして、吸血鬼自身がそれを望まないというのならば――猟兵としての自分達の力が必要な時だ。
 そして、リーヴァルディは両手を重ねる。
 捧げるのは救世の祈り。
 雲の魔物は此方の気配を察知して近付いてくる。幸せを食らうというそれらに意識を向けながら、リーヴァルディは闘争心を賦活していった。そうすることで敵の精神干渉を受け流す狙いだ。
 一瞬、引き裂かれるような思いが過ぎった。彼と過ごした日々に宿っていた、幸福だった記憶が食われて無くなっているのか。
 否、そんなことはない。リーヴァルディは首を横に振った。
 彼女は空中戦を行う血の翼へと武器改造した大鎌の外装を纏わせ、ユーベルコードを発動させていく。
「……人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を……」
 紡ぐ言葉は祈りとして再び巡った。
 左眼の聖痕が吸収した死霊や怨霊の魂が自身の力となっていく。
「……たとえどんな理由があれ、どんな過去があったとしても、今を生きる人々に仇なすならば容赦はしない」
 ――雲散霧消。
 その言葉通り、悪しきものはすべて消えてなくなればいい。
「一気に切り込んで蹴散らすわ」
 凛と告げたリーヴァルディはひといきに敵に向かった。降霊した呪詛のオーラを全身に巡らせた彼女は、雲の魔物の一撃を防御する。
 同時に魔力を溜め、それを解放していく。
 相手が此方を捉えられないほど、まさに残像が生じる超速度の早業で敵陣に切り込んだリーヴァルディは魔物を散らしていった。
 これまでに培った戦闘知識を駆使して、限界すら突破する闇を纏う。
 刃翼で敵群を薙ぎ払い、霧散させるように切断していけば――やがて、周囲の敵は空気にとけ消えるようにいなくなっていった。
 僅かではあるが、吸血鬼の居城の外観が見えてきた。
 雲が晴れたことで微かでしかなかった歌声が次第にはっきりと聞こえてくる。
 その声は少女のもの。
 吸血鬼のものではない歌声にはどうしてか懸命さが感じ取れた。されど城の中に少女がいるというわけではないのだろう。
「これは……過去の、記憶から生まれた歌……?」
 城の中に巡らされているという不思議な力を思い、リーヴァルディは歩を進める。
 この先に待つ戦いに思いを馳せ、ただ真っ直ぐに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、お城を雲が覆っています。
何でしょう、このじめじめじとじとした感じはお洗濯の魔法でスッキリさせましょう。
はい、これでだいぶスッキリしたと思います。
やっぱり、お洗濯した後のようにふかふかでぽかぽかな感じが一番ですよね。

さて、お洗濯も終わって気分もいいですし、吸血鬼さんを守るオブリビオンさん退治を頑張りましょうね、アヒルさん。

・・・ふええ、さっきの雲さんがオブリビオンさんだったのですか?
ぜ、全然気が付きませんでした。



●綺麗にお洗濯
 深い夜の色を雲が映している。
 吸血鬼の居城を包み込むように広がっているのは白い雲。しかしそれは本当の雲ではなく、幸せを食らう魔物だ。
 静かな風が雲を揺らがせていく様はまるで、夜の空気まで震えているかのよう。
「ふええ、お城を雲が覆っています」
 フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は不思議そうに城を振り仰いだ。
 ふんわりとした雲は意思を持っているように動き回っている。
 ゆっくりとした動きではあるが何だか妙だ。フリルは辺りを見渡しながら、周辺に満ちている不穏な空気を確かめた。
「何でしょう、このじめじめじとじとした感じは……」
 雨は降りそうにないが、異様な空気が満ちている。フリルは不穏な雰囲気を吹き飛ばそうと決め、魔力を紡いでいった。
「ここはお洗濯の魔法でスッキリさせましょう」
 えい、とフリルは力を発動させる。
 その魔法の名は、身嗜みを整えるお洗濯の魔法。その名の通りにしつこい汚れから強化効果、弱体化効果に至るまでを綺麗にしてしまうものだ。
 あの雲は、吸血鬼の居城にとっての汚れのようなものかもしれない。
 覆い隠された城の奥が気になりつつ、フリルは雲――もとい、頑固汚れめいたもの達をはたき落としていった。
 ふんわりとした魔法に思えるが、意外に効力は強い。
 寧ろ雲にとってはとんでもない力となっていき、次々と雲が晴らされていった。
「はい、これでだいぶスッキリしたと思います」
 周囲の雲がなくなり、城の外観も徐々に見えはじめる。
 やるべきことがしっかり行えたので、フリルはちいさく胸を張った。
「やっぱり、お洗濯した後のようにふかふかでぽかぽかな感じが一番ですよね」
 彼女の帽子の上では、ガジェットのアヒルさんが様子を見守っていた。今回については何もアドバイスなどがない、といった様子だ。
 フリルは清々しい気分を抱きながら、再び空を見上げた。
 ダークセイヴァーの空は暗いが、先程のじめじめした雲がある光景よりは随分とマシになったように思える。
「さて、お洗濯も終わって気分もいいですし、吸血鬼さんを守るオブリビオンさん退治を頑張りましょうね、アヒルさん」
 そのとき、フリルは不可解なことを語った。
 吸血鬼を守るオブリビオンは既に倒されている、というのに――。
 流石のアヒルさんも驚いた様子で、フリルに現状を伝えていく。それを聞いたフリルは思わず口許に手を当てた。
「……ふええ、さっきの雲さんがオブリビオンさんだったのですか?」
 そうだ、という形でアヒルさんが頷く。
 まさか自分が魔物の洗濯をしていたとは思わず、フリルはびっくりしてしまう。
「ぜ、全然気が付きませんでした」
 けれども結果はオーライ。心なしか城も綺麗になっている気がする。
 こうして、少女達は奥に進む道をひらいていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
相棒である白い小竜ゼファーと共に城の中を進み
現れる雲の魔物には協力して対応

ここに来る前に聞いた吸血鬼の話を思い出す
この城に孤独に、誰も近づかせないようにしていた、という
いったいなぜそんなことを、どんな想いで

そんな思考の中で聞こえてくる幽かな歌声
聞き覚えのある声に似ている気がする
傍にいるゼファーに視線を向けると頷きを一つ返される
「どうやら私たちがここに来たのは縁に導かれて、だったのかもしれないですね」
それならば彼女や他の人たちも来ているのだろうか
それは奥に進めばわかる

けれど、その前に
「まずはこの魔物たちの相手ですね。いきましょう、ゼファー」
群がってくる雲の魔物たちの露払い
今はそれが私たちの役目



●導かれし巡り
 暗い世界をひときわ暗くする雲の影。
 吸血鬼の城の前を守る魔物達の数は多く、まるで暗雲が立ち込めているようだ。
「まずは城門を目指しましょうか、ゼファー」
 ウィルフレッド・ラグナイト(希望の西風と共に・f17025)は相棒である白い小竜ゼファーと共に城への道を進む。
 敷地内にあたる前庭に入ると、遠目からも見えていた魔物達が一斉にウィルフレッド達に意識を向けた。
「これが雲の魔物ですね。いきましょう、ゼファー」
 相棒に呼びかけたウィルフレッドは身構える。
 雲達は一見、ただの自然現象にも思えた。しかし、目も口もないそれらから視線のようなものが感じられる。
 すると雲達はわらわらと彼の近くに集まり始めた。
 密集されると厄介なことになるのは間違いない。槍を構え、暴風を纏ったウィルフレッドは一気に突進する。
 其処にゼファーも加わり、暴風の力が更に強くなった。
 雲の子達は蹴散らされ、彼らの幸せを食らう前に霧散していく。だが、これで終わりではないことはウィルフレッドにも分かっている。
 この城には誰も近付けぬよう、多くの魔物が配置されていた。
 今しがた倒したものもたった一部に過ぎない。
 ゼファーを伴い、ウィルフレッドは城の側面に回り込んでいく。もし一体でも取り逃したとしたら、この後に入ることになる城内にまで魔物が訪れるかもしれない。
 新たな敵を探しながら、ウィルフレッドはふと思いを巡らせた。
 思い出すのは、ここに来る前に聞いた吸血鬼の話。
 魔物達をこうして守りにつかせていることからもわかるように、彼はこの城に敢えて孤独に閉じこもっていたという。
「いったいなぜそんなことを、どんな想いで――」
 この世界に君臨するヴァンパイアの多くは人を蹂躙することを好む。たとえ孤独が好きだとしても、人が迷い込んで来ても何ら不都合はないはずだ。
 ウィルフレッドは首を傾げた。
 そんなとき、思考の外側から幽かな歌声が響いてくる。
 城の中から聞こえる歌は、はっきりとは聞き取れない。しかしどうしてか聞き覚えのある声に似ている気がした。
 ウィルフレッドが傍にいるゼファーに視線を向けると、頷きがひとつ返ってきた。
 相棒も考えていることは同じらしい。
「どうやら私たちがここに来たのは縁に導かれて、だったのかもしれないですね」
 これはきっと縁の巡りだ。
 それならば彼女や他の人達も来ているのだろうか、という思いがウィルフレッドの裡に浮かんでいった。答えは未だ出ていないが、奥に進めばわかるはず。
 けれど、その前に――。
「まずはこの魔物たちの相手ですね」
 ゼファー、と再び呼びかけたウィルフレッドは風翔の力を纏う。
 目の前には群がってくる雲の魔物が見えていた。露払いも必要なのだとして、彼らは彗星の如き勢いで魔物へと突撃していく。
 今はこれこそが自分達の役目。
 騎士として、猟兵としての思いを抱き、ウィルフレッドは力を振るい続けた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
じめじめのくも…ダークセイヴァーでも、こんなのが、いやです…

鈴蘭の嵐で雲を削って、吹き飛ばしつつ進む
雲が近づいてきたら、花の嵐で風の防壁を作り、自分を守る
ダークセイヴァーに戻っては、不安がなくて、むしろこの薄暗い世界にこそ、落ち着く気分がする
しかし、落ち着くと幸せとは別物ですね
ここでの思い出は、間違いなく…幸せとは、言えないんです
なので、幸福を吸い取るっていっても、幸せな気持ちはあまりないので、雲の腹を満たせるエサにはならないかもしれない

戦い、進んでる間に、城の歌声に耳を傾げる
誰が、なにを、歌っているかしら…?
その歌声を辿って、城の中へ



●雲の葬送
 暗い世界の昏い空を振り仰ぐ。
 其処に揺らぐのは、吸血鬼の居城の周囲に浮かぶ白い雲。それは夜の色を宿しているかのような魔物だ。不穏な雰囲気を纏う魔物を見上げ、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)はゆっくりとした溜息をついた。
「じめじめのくも……ダークセイヴァーでも、こんなのが、いやです……」
 これらがただの雲であったならどれだけ良かっただろう。
 ただでさえ暗いものを更に闇に包んでいくかのような魔物。こんな見た目をして幸福を食らうというのだから、厄介極まりないものだ。
 レザリアは視線を吸血鬼の城に向け直す。
 雲達に覆われた城には何だか悲しげな空気が漂っている。どうしてかは分からずとも、レザリアにはそう感じられた。
 しかし、原因を究明する気は今のレザリアにはない。
 何故なら雲の魔物達が此方に向かって移動してきているからだ。近付かれれば心を喰われるだけだと感じ取り、レザリアは身構えた。
 片手を掲げ、力を紡ぐ。
 そうすればレザリアの掌から魔力で形作られた鈴蘭の花が広がっていった。
 鈴蘭は花嵐となり、近付く前に雲の魔物を削っていく。花風で以て敵を吹き飛ばしつつ進むレザリアは側面にある気配に気が付いた。
 敵の数は多く、別の方面からも魔物が迫ってきているようだ。
「……来ないで、ください」
 接近してきた雲に指先を向けたレザリアは花の嵐で風の防壁を作った。そうやって自分を守りながら道をひらいていく彼女は、ふと思う。
 今、自分の気持ちは落ち着いている。
 ダークセイヴァーに戻ってきても不安はない。むしろ見慣れた薄暗い世界にこそ、自分の大本になる思いがある気がしていた。
 されど、レザリアはふるふると首を横に振る。
「しかし、落ち着くと幸せとは別物ですね」
 ここでの思い出は、間違いなく幸せとは呼べないものばかり。
 雲はまだまだ迫ってきているが、レザリアには殆ど攻撃が効いていない。幸福を吸い取ると言われても、幸せな気持ちがあまりないからだ。
 幸福の絶頂にある者が雲に触れたならば、きっと落差で潰れてしまうだろう。だが、レザリアが持ち得る僅かな幸福では、雲の腹を満たせる餌にならない。
「皮肉、ですね。でも……」
 これが自分。この状態こそが今の己なのだとして、レザリアはこくりと頷く。
 そうして、放たれ続ける鈴蘭の嵐は次々と雲の魔物を包み込んでは蹴散らしていった。その光景は宛ら、花で葬送を行っていくかのようだ。
 戦いは進み、徐々に城周辺の雲も晴れてきた。その中で耳に届いたのは城の奥から聞こえ始めた幽かな歌。
「誰が、なにを、歌っているのかしら……?」
 少女の声は遠い、在りし日の向こう側から響いてきているかのようだ。歌詞はうまく聞き取れないが、とても不思議な雰囲気であることは間違いなかった。
 そして――レザリアは声に導かれるように、歌を辿っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

イフ・プリューシュ
【WIZ】
なんだろう、なんだか不思議な感じがする
聞こえる歌…なんの歌だろう
どこかで聞いたような
気になるけれど
でも、今は

えっと、このもくもくを倒さないと、お城には入れないのね
人を近づけないように…ってどうしてかしら。
でも、今はこの子たちを退けないと

だいじょうぶ、かなしくてもつらくても、イフにはみんながいるわ
攻撃を受けたら、その感情を逆手にとって
【箱庭の守護者】を使うわ
みんな、あのもくもくをやっつけて!
杖から束縛の金の糸を放って、もくもくをつかまえて
おともだちたちに攻撃してもらうわ!



●歌の欠片
 闇の世界に浮かぶ雲がふわふわと揺れている。
 夜の色を纏い、幸福を食らうという雲の魔物。かれらが覆い尽くす吸血鬼の居城の奥からは幽かな歌声が響いてきていた。
「なんだろう、なんだか不思議な感じがする」
 イフ・プリューシュ(樹上の揺籃にゆられて・f25344)は途切れがちな声に耳を澄ませてみる。しかし、それは朧気にしか聞こえなかった。
 この雲たちが城を覆い隠すと同時に、音を遮っているのかもしれない。
「……なんの歌だろう」
 雲が動いたことで聞こえなくなってしまった歌を思い、イフは考えていく。
 あの声は少女のものだった。
 城内に満ちているという魔力が、あの声を再生させているのだろうか。どこかで聞いたような声を思い返し、イフは首を傾げる。
 気になるけれど。でも、今は――。
 気付けばイフの傍にまで雲の魔物が近寄ってきた。ふわふわと揺蕩うばかりのものにも見えるが、それらはああやって集うことで闇を深くしていく。
「えっと、このもくもくを倒さないと、お城には入れないのね」
 これ以上は近付かれないよう、イフは雲たちと距離を取った。この魔物は城に人を近付けぬために配置されているという。
「どうしてかしら」
 歌声に魔物。人との関わりを隔てた吸血鬼。
 疑問は尽きないが、このまま雲から逃げ回っているだけでは駄目だ。
「でも、今はこの子たちを退けないと」
 イフは戦う意志を見せ、雲に立ち向かっていく。しかし、かれらが其処に存在するだけで周囲の幸せを奪っていくものらしい。
 ぐらり、と心の奥が揺らいだ気がした。なにか大切なものがなくなったような感覚がイフの中に巡っていく。
 イフは胸を抑え、勇気を紡ぐ言葉を声にした。
「だいじょうぶ、かなしくてもつらくても、イフにはみんながいるわ」
 少しの幸せが喰らわれても、消えてしまったわけではない。
 寧ろこの攻撃を受けたのならば、感情を逆手にとってしまえばいい。今感じた痛みと思いを力に変えて、イフはぬいぐるみのおともだちを召喚した。
「みんな、あのもくもくをやっつけて!」
 箱庭の守護者たちはイフが示す雲の魔物に向かっていく。
 カトレアを始めとして、カメリアにムスカリ、ヒースと依にロゼッタ、アマリリス。それぞれに持てる力を振るってイフの周囲に布陣する様は、まさに守護者。
 イフ自身も微睡む金の針を振るいあげた。
 煌めきが夜闇の中で軌跡を描き、其処から金の糸が解き放たれる。雲に絡まるように翔けた束縛の糸はきらきらと輝いた。
「つかまえた!」
 みんな、とイフが呼び掛けるとおともだちが一斉に攻撃していく。
 イフとぬいぐるみたちは城に立ち込める暗雲を晴らしていくかの如く、懸命に力を尽くしていき――それから、暫し後。
 雲の魔物は空気中にとけ消えるように消滅していった。
 イフはおともだちに礼を告げ、開けた路の先にある城の扉を見据える。途切れていた歌声が再び奥から響いてきていた。
「いきましょう、みんな」
 この向こう側に進めば、もっとはっきりと歌を聴けるはず。
 わからないことを識るために。少女は薄暗い城の奥を目指し、そっと歩を進めてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオン・エストレア
人の幸福を喰らう雲
そう、俺の幸福さえも喰らって行く
やめろ
それは俺の存在意義だ
俺の幸福は、誰かの幸福
それを食われたら、俺の意味は……
違う、今はそんなことなどどうでもいいんだ
彼女のために、彼のために
ただ止まることは許されない
ここで止まることは裏切りだ
ここで止まる訳には行かない
彼を、あの吸血鬼を止めてやるためにも
闇をかき消し、光を灯す
同じ闇に生きるものでも、光になれると知った
昏き底の化け物でも、誰かを照らせると
貴様らに見せよう、この月光の奇跡を
月光の剣雨を降らせよう
薄暗い雲の隙間から淡き無数の光を覗かせる
この光を、あの昏き底の同胞(どうぞく)へと届かせるためにも
雲を晴らし、皆を導く先駆けとなろう



●月の導き
 行く手を阻むのは人の幸福を喰らう雲。
 見つめる先にある吸血鬼の居城は近くにあるというのに、魔物の所為でとても遠い場所のように思えた。
 揺らめき、漂う雲の魔物達。
 リオン・エストレア(黄昏へ融け行く”蒼”の月光・f19256)は自分の中から何かが抜け落ちていく感覚をおぼえていた。
「幸せを……そうか、俺の幸福さえも喰らって行くのか」
 リオンは墓石を思わせる黒の大剣を構えていた。そうやって果敢に対峙していても、魔物達は幸福の気持ちを吸い取っていく。
「やめろ」
 身体に痛みはないが、心の奥が軋んだ。
 震えそうな声で、しかし凛とした口調で言葉を紡いだリオンは敵を見据えた。
「それは俺の存在意義だ」
 奪われて堪るものか、とリオンは抵抗する。闇と夜の色を抱く雲は意思を持っているように蠢き、更に幸福を吸収していこうとした。
 だが、これ以上は喰らわれてはいけない。リオンは刃を振りあげ、周囲をひといきに薙ぎ払った。それによって幾つかの雲が散る。
「俺の幸福は、誰かの幸福。それを食われたら、俺の意味は……」
 零れ落ちた言の葉が自分の耳に届き、リオンははたとした。
 違う。そうではない。
 今はそんなことなど、どうでもよかった。奪われた幸福は僅かだ。心を痛めて蹲ることは簡単だが、今すべきことは自分の為の行動ではない。
 彼女のために。
 そして、彼のために。
 こんな場所で立ち止まることは許されないと思えた。此処で止まることは裏切りだから、足は決して止めない。
「ここで止まる訳には行かない」
 決意の思いを言葉に変え、リオンは誓いを胸に抱いた。
 彼を、あの吸血鬼を止めてやるためにも――闇をかき消して、光を灯す。
 今の己は識っている。
 同じ闇に生きるものでも、光になれることを。
 昏き底の化け物でも、誰かを照らせるということを。
「貴様らに見せよう、この月光の奇跡を」
 リオンは魔物達を強く見つめ、更なる力を巡らせていった。
 ――奇跡はここに。祈るは神でなく、確かなる月に捧ぐ。
 顕現したのは蒼き月の奇跡。リオンが抱く誓いによって、陰った心の霧が晴れた時にこそ真なる月の奇跡が現れる。
 月光の剣が舞い上がり、天に向かって翔けていく。
 それは月のような淡い光を反射しながら、雲の魔物へと切っ先を向けた。刹那、剣の雨を降らされていく。
 薄暗い雲の隙間から淡き無数の光が迸った。
 リオンの力は次々と敵を貫き、未来を阻むものを霧散させていく。そして、彼は強く宣言していった。
「この光を、あの昏き底の同胞へと届かせるためにも、止まらない」
 何度でも、幾らでも此の力を揮って行こうと決めていた。リオンは彼の少女を想いながら、道を切り拓いていく。
 この雲を晴らして、皆を導く先駆けとなる為に――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ルーチェ・ムート
黒衣の蝶
あの人の声が聞こえた気がして
ねえ、そうなの?
狂おしい程求め続けてるあなたに
会えるのかな

かわいいキミたち
ごめんね、通してくれる?

本当にあの人に会えるかなんてわからない
会えても何を言えばいいのか、まだわからない
それでも歩むのを止められない
胸を覆いそうになる不安を払うように歌う

幽かに聞こえる歌声
どうしてだろう
―――あなたがボクを、呼んでいる気がして

此処に居るよ
言うべき事がわからなくても
あなたが“駒鳥”と呼んでくれた
あなたが形作ってくれた“ボク”で

どんな理由を付けたって
迷ったって
会いたい気持ちに勝てるものはないから

どうか届いて
今から会いに行くと
あなたが教えてくれた、この歌声で伝えるから



●あなたへ
 
 ――僕の駒鳥。
 
 あの人の、黒衣の蝶の声が聞こえた気がした。
 闇を更に深くするが如く、城を包み込む不穏な雲達。阻まれた路の先に潜んでいる吸血鬼を想い、ルーチェ・ムート(十六夜ルミナス・f10134)は手を伸ばす。
 あの日々の中で、彼がそうしてくれたように。
 じゃら、と鳴っていた鎖の音は記憶の奥底に刻まれている。連なる環の先には彼がいた。そうして歌ってくれた。歌や詩を、教えてくれた。
「ねえ、そうなの?」
 狂おしい程求め続けているあなたに、会いたいと思っているように。
 彼もまた、自分に会いたいと願ってくれているのか。
 あの約束が――たとえ歪なかたちであっても、叶うことになるのかもしれない。
「……会えるのかな」
 ルーチェは両手を胸の前で重ねる。こわくないと云えば嘘になってしまい、胸の奥で響き続ける鼓動も落ち着かないまま。
 本当は、すぐにでも駆け出していきたい。
 今もきっと繋がっているえにしの先へ。鎖が連なる向こう側に。
 しかし、彼は自ら内に閉じこもっているという。誰にも会いたくはない、会えない、と考えて独りきりでいる。
 その証が、目の前に集ってきた白い夜雲達だ。
 かれらを退けなければ、もう一度あいに向かうことだって出来やしない。
「かわいいキミたち。ごめんね、通してくれる?」
 この子たちはきっと、彼の願いを忠実に守っている。訪れる者を退けて帰すだけのものだと感じながら、ルーチェは歌を紡ぎはじめた。
 先程から、城の方から幽かな歌声が聞こえてきている。
 天啓のような太陽の声。魔物のような月の声――そう、それは過去の自分の聲。
 ルーチェは歌を奏でる楽器だった。
 この声があったからこそ、彼は自分を繋いでくれた。いつかにも思い浮かべたことが再び胸裏に巡ってくる。
 あの声はおそらく、黒衣の蝶の記憶から作り出された歌なのだろう。
「今も、ボクを思い出してくれているの?」
 本当にあの人に、あのときのままの彼に会えるかの確信はない。
 会えても何を言えばいいのか、まだわからないまま。それでもルーチェは歩むことも、歌うことも止められない。
 どうしてだろう。
「――あなたがボクを、呼んでいる気がして」
 だから、謳うよ。
 ルーチェは胸を覆いそうになる不安を払うように無垢な歌声を紡ぐ。
 夢幻の歌声を響かせることで魔物達を鎮め、自分の存在を彼に報せるために。

 此処に居るよ。
 あなたのために、歌うよ。

 言うべき事がわからなくても、あなたが“駒鳥”――かみ、と呼んでくれたから。
 あなたが形作ってくれた“ボク”は、此処に。
 過去の存在なんかではない、今の自分の歌声を彼に届けたい。ルーチェの聲は凛と甘く、優しく響き渡っていった。
 どんな理由を付けたって、迷ったって、この気持ちに勝てるものはない。
 あいたい、会いたい。
 逢いに来たよ。ねえ、今からあいにいくよ。
 ボクをつくってくれた、ただひとりのひとに。ボクに歌をくれた、あなたに。
 どうか届いて。
 祈りを、そして願いを込めた歌によって夜色の雲はとけきえていく。
 あの雲が晴れたように、彼の心を闇だけに染めたくない。ひかりはまだあるのだと、この歌で示したい。
「あなたが教えてくれた、この歌声で伝えるから」
 ルーチェはゆっくりと歩みを進めていく。
 もう一度、歌を捧げる為に。そうして、それから――。
 
●城の奥にて
 何処かから、記憶のものではない歌声が響いてきた。
「この声は……。この、歌は……?」
 彼が顔をあげたことで千切れた鎖が僅かな音を立てる。真紅の瞳が幾度か瞬かれ、彼の胸裏に不思議な感覚が巡りはじめた。
「いいや、まさかね」
 彼は首を振ったが、何者かの気配が近付いていることも察していた。
 でも、と独り言ちた彼は瞼を閉じる。あの声が、狂い始めた自分の幻想や願望から聴こえたものではないのなら、本当の聲だったなら。
 鎖は未だ、繋がっているのだろうか。
「ああ、僕の……」
 双眸を緩やかに細めた黒衣の蝶は、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。彼は檻の傍から離れ、そっと顔をあげる。
 
 今、此処で想うのは――唯、桃の色だけ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

クレア・オルティス


襲いかかるもく
私の中にあるのはたった一つの小さな光
私にとって拠り所でもある小さな幸せ
これを失ったら私は…
自分でもどうなるかわからない不安が心を過る
私にはするべきことがまだ、あるから…!
奪われるわけにはいかない
皆の幸せも…奪わせはしない…!
だから
みんなまとめて…おやすみなさい…【指定UC】

歌が聞こえる
初めて聞いた歌なのにいつも心の中にあったような感覚を覚えるのは
大好きな人の声にそっくりだから…?

ルーチェ…いるの…?

ルーチェ…闇の中にいた私に一筋の光を差し込んでくれた人
私の心の道標

耳をそばだて歌の旋律を少しでも覚えながら進もう
この先何が待ち受けていようとも
私はこの目で確かめたいから…



●大切な光
「これが、雲の魔物?」
 目の前に現れたのは、近付くものを阻む雲達。
 ふわふわとした様相ながらも、誰も近付けぬように襲いかかってくる魔物は容赦がなかった。身体に痛みを与えるわけではなく、心に作用する力はクレア・オルティス(天使になりたい悪魔の子・f20600)にも巡っている。
 まるで近付くなと拒むように、幸福を食らう力が心を侵す。胸の奥がちくりと傷んだかと思うと、何かが引き裂かれたような感覚があった。
「それは、だめ……」
 クレアは首を振り、奪わないで、と抵抗していく。
 自分の中にあるのはたったひとつの小さな光。クレアにとっては拠り所でもある、幸せな記憶と感慨だ。
 それを食われてしまったら、もう立てなくなってしまう。
「やめて、これを失ったら私は……!」
 クレアは雲の魔物から距離を取り、首を横に振った。食われたのは僅かであり、失くしてしまったわけではない。
 だが、もし全てを食らい尽くされてしまったら。
 そう考えるだけで、自分でもどうなるかわからない不安が過っていった。クレアは魔物を見据え、決して目を逸らさないことを心に決める。
 奪われたくはないからといって、逃げているわけにはいかない。
 薔薇の装飾が施された白銀の杖を握り締め、クレアは凛と宣言していく。
「私にはするべきことがまだ、あるから!」
 奪われて堪るものか。
 大切な光を失ってしまう未来なんてお断り。そのように示したクレアは己の力を紡いでいく。今も不安が止め処なく押し寄せてきているが、簡単に押し潰されてしまうようなクレアではなかった。
「皆の幸せも……奪わせはしない……!」
 薔薇のステッキを掲げたクレアが凛とした声を紡ぐと、其処から花が舞う。
 芳しく香る深紅の薔薇は戦場に広がり、暗い世界に色を宿していった。眠りの力を纏う花は雲の魔物を包み込んでいく。
「だから、みんなまとめて……おやすみなさい……」
 クレアの周囲を満たしていたのは雲と花が踊るような美しい光景。
 きっとこの雲達も主の言いつけを守っているだけだ。誰も近付けず、少しの幸福を喰らうことで人を退ける。
 相手がそうするだけの存在であっても、自分達が退くわけにはいかなかった。
 クレアが魔物を骸の海に還したことで、城の奥から歌が聞こえはじめる。初めて聞いたはずの歌なのに、いつも心の中にあったような感覚をおぼえた。
 それは、きっと――大好きな人の声にそっくりだから?
「ルーチェ……いるの……?」
 クレアは思わずその名を呼ぶ。
 ルーチェ。彼女こそが、闇の中にいたクレアに一筋の光を差し込んでくれた。
 心の道標だと呼べる大切な人。
 すると、もっと近くから別の歌が聞こえてきた。それは、此処にいるよ、と誰かに伝えるようなルーチェ本人の聲だ。きっと彼女も戦っているのだろう。
「行かなきゃ……」
 歌が紡ぐ旋律を少しでも覚えながら進もうと決め、クレアは踏み出していく。
 この先に何が待ち受けていようとも、見届ける。この目で確かめたいから、彼女が向かうならば、自分だって。
 雲の魔物達は殆ど蹴散らされており、城への路はひらかれている。
 けれどもクレアには少しの不安も残っていた。
(帰ってきてくれるよね……?)
 この懸念が杞憂であるのか、そうではないのか。その答えは未だ、誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
暗雲が包む吸血鬼の城
この城の主に抱くのは憐憫?いや、同情かなぁ
自我を失うのは大事なものも落っことしてしまうってことだもの
それまでに物語の幕を閉じてもらえたら良いねなんて

なにかを見ても恐れなんて抱かないけど
不安があるとすれば
黒い雲が食べるものが私の中にあるのかってことぐらい
幸せってなんだろうね?
何度も問い考えたこと
気付けばするりと抜け落ちたなにかがあってー
…今、食べたの?

あはは!弾かれたように笑う
これをおまえたちは幸せって呼ぶんだね
そっかぁ
ひとつひとつ思い出を浮かべ確かめては
なんだか嬉しくなって影で貫き取り返すよ
ふふ

もし歌が聞こえたら耳を澄ませて
一緒に歌ってあげようかな
ねぇ今すごく気分がいいんだ



●幸福の定義
 揺らめくのは不穏な空気。
 この城に潜む彼はきっと、己が狂うことを知っている。
 暗雲に包まれた吸血鬼の城を前にして、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は幾度か瞼を瞬かせた。その口許に宿るのは薄い笑み。
 自分がこの城の主に抱くのは憐憫だろうか。
 ふと考えたロキは、浮かんだ疑問の答えを言葉にしていた。
「いや、同情かなぁ」
 狂気に堕ちるのは自我を失ってしまうことと同義。
 大事なものを落っことして、自分がこれまでの自分でなくなるということ。
「それまでに物語の幕を閉じてもらえたら良いね」
 なんて、と普段からの少し冗談掛かった呟きを落としたロキは進んでいく。城前の敷地内に踏み入ると同時に、浮かんでいた雲の魔物がロキを察知した。
 ふわふわと浮かぶ雲は夜の色を纏っている。
 かれらは幸福や闇を喰らうらしい。
 ロキは未だ恐れも痛みも感じてなどいない。精神攻撃の類であるならば気を確りと持てば良いだけだ。されど、ひとつだけ不安があるとすれば――。
「ねぇ、おまえたち。私の中に食べるものはある?」
 ロキは問いかけ、雲の魔物に手を伸ばす。白と黒の雲が欲しているものをロキ自身が持っているとは思えなかった。
 問いかけても雲は答えず、分体を生み出して飛ばしてくるのみ。
 それらの軌道を読んで避けながら、ロキは更に疑問を口にした。
「幸せってなんだろうね?」
 これは何度も自問して考えたことだ。
 雲は先程と同じように、ただ揺らめいているだけ。このまま何の感慨も苦労もなく雲を蹴散らすことも出来る。
 しかし、次の一瞬。気付けばするりと抜け落ちたなにかがあった。
 胸の奥でひとつ、何かが失くなった気がする。
「……今、食べたの?」
 やはり答えはないが、雲がロキの裡からあるものを奪い取ったことが分かった。
 次の瞬間、ロキは弾かれたように笑う。
「あはは!」
 攻撃を受けたというのに楽しげにしている彼の様子に、魔物達も不思議に感じているようだ。確かに幸福を喰らったはずなのにロキが楽しげにしているのだから、戸惑うのも無理はないだろう。
 すると、ロキは幾度も頷きながら魔物達を見渡した。
「これをおまえたちは幸せって呼ぶんだね」
 そっかぁ、と双眸を細めたロキは自分の裡にあるものを思う。食われたとて雲を散らして取り戻せばいい。
 ロキはひとつひとつ思い出を浮かべて、確かめては笑む。
 そうすればなんだか嬉しくなって力も湧いてくる。ロキは顕現させた影を迸らせ、お礼代わりに魔物を貫き返した。
「ふふ、ありがとう」
 幸せを奪われて笑い、礼として敵を屠る。それは普通とは全く逆の行動かもしれないが、これこそがロキの在り方だ。
 そうして、彼は周囲の雲をひとつ残らず消していった。
 いつしか城の奥からは幽かな歌が聞こえ始める。城を覆っていた雲がいなくなり、遮るものがなくなったからだろう。
「一緒に歌ってあげようかな。ねぇ今すごく気分がいいんだ」
 耳を澄ませたロキは上機嫌に、聞こえる歌に合わせて声を紡ぐ。
 そして、ロキは歌を口遊みながら進んだ。
 見様見真似めいた旋律ではあったが、今のロキにとっては気にならない。何もないと思っていた自分の中に、ちいさな幸せが積み重ねられていたのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御剣・刀也
何があったのか、俺にはわからないし、知ることもできない
が、お前は人を殺したくなかったんだろう
だったら、せめて綺麗な手のまま逝かせてやる。そこで、会えると良いな。誰かに

じめじめ、うつうつで自身を強化されても、第六感、見切り、残像で相手の攻撃を避け、カウンター、捨て身の一撃で斬り捨てる
「吸血鬼ってな命を奪うことを楽しんでる奴ばっかだと思ってたが、こいつは毛色が違うらしい。まぁ、殺したくないってンなら、殺す前に送ってやるさ」



●開かれた路
 暗雲が揺らめく吸血鬼の城。
 その前に立ち、日本刀を構えた御剣・刀也(真紅の荒獅子・f00225)は、雲の魔物に覆われた城を見つめていた。
 刀也は身構え、この奥に潜むという吸血鬼について考える。
 彼の過去や今に何があったのか刀也には分からない。たとえ本人に問いかけられたとしても、真意や意味を知ることはできないだろう。
 獅子吼の名を冠する刃の柄を握り、刀也は頭を振る。
 何もかもが分からなくとも、たったひとつだけ理解できることがあった。
「お前は人を殺したくなかったんだろう」
 魔物を多く配置して誰も近付けないとしているのが、その証拠のはず。
 刀也は近付いてくる雲の魔物を見据え、刃を差し向けた。
「だったら、せめて綺麗な手のまま逝かせてやる」
 城の主を思い、刀也は地を蹴った。
 まだ彼と対面するのは先になるだろうが、まずはこの魔物達を蹴散らさなければ始まらない。吸血鬼はきっと、誰も傷つけずに耐えることを選んだのだろう。
 そのまま正気を失ってしまう未来を止める為に、猟兵達は此処に来たのだ。
「そこで、会えると良いな。誰かに」
 刀也は吸血鬼への思いを言葉にして、一気に敵へと斬りかかった。
 浮遊する雲は降下してきている。それを好機だと感じた彼は、再び地面を蹴り上げること跳躍した。
 振るった刃が鈍い光を反射したと思った瞬間、雲が真っ二つに切り裂かれた。
 手応えはないが、確かに敵は斬れている。これで一体目を屠れたのだと判断した刀也は次の標的に刃を向けた。
 じめじめとした空気が周囲に満ちている。
 おそらくは雲の魔物が湿気をどうにかしているのだろう。鬱々とした感覚が刀也に纏わりついたが、彼は怯みなどしない。
 攻撃を見切る勢いで残像を纏い、雲が幸福を取り込もうとする敵を制する。
 そして、刀也はそのまま反撃に入った。
 雲に逃げられぬよう、捨て身で以て一閃のもとに斬り捨てる。
 そうやって彼は次々と敵を屠り、城を覆う暗雲を晴らしていった。その際に思ったのは、魔物は身体を傷つけるような攻撃をしなかったということ。
 これも城の主が命じているからだろうか。或いは、誰も傷つけない魔物を敢えて守護者として選んだのかもしれない。
「吸血鬼ってな命を奪うことを楽しんでる奴ばっかだと思ってたが、こいつは毛色が違うらしいな」
 刀也は消えていく雲を見遣り、浮かんだ思いを口にする。
 魔物は猟兵達によって散らされ、いつしか城の奥に進む道がひらいていた。城内に続く方へ歩みを進めながら、刀也は手にしている獅子吼を強く握り締める。
「まぁ、殺したくないってンなら、殺す前に送ってやるさ」
 それが望みであるならば、必ず。
 そして、刀也は闇の最中にある城へと踏み込んでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

東雲・円月
吸血鬼の城、ですか。イイですねェ。

さて、ともあれ仕事。
これだけ数が多いと、俺の斧で薙ぎ払っても時間がかかりそうですねェ。
遠くにいるヤツは狗神に手伝って貰いますか。

雲を払うようなもの、ってよく言ったもんですよねェ。
大斧を振って手応えがないって言うのは不安になります。
ちゃんとかき消せてます?
あ、俺の幸福を食らうって?
へェー、最近ちょっと幸福すぎて困ってたんですよねェ。
……ちょっとは不幸になった方が、気分が楽なもので。ククク。

狗神、俺の近くは無視していいから、俺を狙ったやつを攻撃してくれ。
俺の大斧は無骨で無作法。巻き込まれないようにしなよ。

俺の怪力を以てとにかく前進しながら薙ぎ払っていきますよォ!



●其の刃の先へ
「吸血鬼の城、ですか。イイですねェ」
 雲に覆い尽くされた城を前にして、東雲・円月(桜花銀月・f00841)は薄く笑む。
 それほど大きくはない居城だが、闇の中に佇む姿は悪くない。しかし、せっかくの外観も周囲に漂う雲の魔物によって隠されていた。
 暗雲に包まれているかのような城を見上げ、円月は双眸を鋭く細める。
「さて、ともあれ仕事ですねェ」
 身構えた円月は敢えて敵に自分をアピールしていく。そうすれば雲が此方に近付いてくるので集敵の手間も省ける。
「しかし、これだけ数が多いと、俺の斧で薙ぎ払っても時間がかかりそうですね」
 円月とて相手をしきれないわけではないのだが、長々と戦うことになるのも厄介だ。遠くにいる対象には狗神を向かわせることを決め、彼は狗の式神を呼ぶ。
 ――其は風なり。其は水なり。求に応じ我が手足とせしめんと欲す。
「さぁ、手伝ってください」
 招来された狗神は円月の声を聞き、疾く駆けていった。同時に円月自身も地面を蹴りあげ、無骨な巨大斧を振るった。
 雲に向かって全力で両刃を振り回せば、それらは瞬く間に霧散していく。
「雲を払うようなもの、ってよく言ったもんですよねェ」
 今はまさにそのような状況だ。
 大斧を振っても手応えは全くない。確かに散らせてはいるのだが、次第に不安にもなってくる。狗神も敵に食らいつくことで数を減らしているが、どうにもいつもの調子のようにはいかないようだ。
「ちゃんとかき消せてます?」
 円月が疑問で首を傾げるほどに雲の感触はないに等しい。敵の数は多く、散った水蒸気が再び集まって新たな個体になっていくかもしれない。そんな想像が巡ったとき――円月は自分の中から何かがなくなったような感覚をおぼえた。
「ああ、これが……俺の幸福を食らうって?」
 胸元を片手で押さえた円月は、ふ、と笑う。雲の魔物によって幸せが欠けたのだろうが、まだほんの少しだ。
 寧ろ興味深いというように円月は更に笑みを深めた。
「へェー、最近ちょっと幸福すぎて困ってたんですよねェ」
 お返しです、と告げた彼は狗神と共に魔物へと攻撃を放っていった。幸せが喰われていようとも構わない。何故なら――。
「……ちょっとは不幸になった方が、気分が楽なもので。ククク」
 不敵な表情を浮かべた円月は大斧を振り上げる。その一瞬後、円月に迫ってきていた一体の雲が跡形もなく散らされた。
 同時に狗神への指示を伝えるべく、円月は呼びかけていく。
「俺の近くは無視していいから、俺を狙ったやつを攻撃してくれ」
 己の大斧は無骨で無作法。
 巻き込まれないようにしなよ、というその声に応えた狗神は風の如く戦場を駆け回っていった。円月も攻撃の手を止めることなく雲を蹴散らしながら進んでいく。
 此の怪力を以てすれば道をひらくなど容易。
「とにかく、薙ぎ払っていきますよォ!」
 迷いも衒いもなく、遠慮など一片も混ぜることなく――ただ、ひたすらに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵠石・藤子
試すように斬り込んで、やはり手応えは薄いな、と思う
雲を掴むような…ってぇのは、まさにこう言う事か

仕方ねえ散らすように斬って行こうと思うぜ
くもの子を散らす…てのはくも違いか

敵の性質に気付けば、動かない雲は狙わず
攻撃の合間を縫うように動く

チッ…じめじめすンのも、嫌いなんだよ
振り払うように頭を振って
幸せなんて、美味いもんでも食ってりゃ湧いてくる!
…ん?だから雲にとっても美味いのか?

あまり深追いするわけにゃいかねぇが
チンタラしてても仕方ねえしな?
少し大胆に突っ込んで、藤花円月で蹴散らすように

歌声には怪訝そうに、だけどきっと嫌いではないような
戦いの背景にするにゃ、少し不釣り合いだな、と

共闘、アドリブ可



●不確かな存在
 戦いは巡り、幾度も攻防が繰り広げられている。
 鵠石・藤子(双華・f08440)は自分を迎え撃つべくして現れた、雲の魔物へと幾度目かの斬撃を見舞った。白銀の刀身は雲に吸い込まれるように減り込む。
 其処に手応えはない。
 だが、藤子が妖刀で斬り裂いた敵は消えていった。
 斬っているという感覚が薄すぎるゆえに実感は出来ないが、徐々に敵の数も減っているようだ。しかしやはり、空気を切っているようで妙な感覚がする。
「雲を掴むような……ってぇのは、まさにこう言う事か」
 軽く息を吐いた藤子は身構え直した。
 戦っている実感はなくとも、今はこうしていくしかないと己を律する。
「仕方ねえな」
 藤子は強く地面を蹴り、一気に跳躍した。彼女が狙うのは此方に近付いてきていた雲の一群だ。藤子はそれらへと素早く刃を揮い、瞬く間に霧散させる。
 それはまるで――。
「くもの子を散らす……てのはくも違いか」
 なんてな、と冗談めかして呟いた藤子は更に斬り込んで行く。
 藤の花が咲くかのような美しい流れの太刀は、円を描きながら月の軌跡を残した。藤子は敵の性質を見極め、動かない雲は狙わずにいる。
 揺らめいて動く魔物は幸せを喰らってくるらしく、其方を優先する為だ。
 藤子は攻撃の合間を縫うように動き、着実に敵を散らしていった。されど、周囲は次第に鬱々とした空気になっていく。
「チッ……じめじめすンのも、嫌いなんだよ」
 魔物が齎している感覚を振り払うように、藤子は頭を左右に振った。
 今も少しずつ心が侵されている。それは魔物達が幸福を喰らっているからだろう。
「幸せなんて、美味いもんでも食ってりゃ湧いてくるだろ!」
 それゆえにわざわざ、他人の幸福を喰らわずとも良い。藤子は強く敵を見据えたが、そのときにふと気が付いた。
「……ん? だから雲にとっても美味いのか?」
 幸福が美味ならば、きっとそういうことだ。しかし、だからといってその行為を許しておくわけにはいかない。
 自分が美味しい料理を食べるだけなら人に迷惑はかけないが、雲の魔物達は誰かの心を栄養として喰らおうとしている。それならば処断するほかない。
「あまり深追いするわけにゃいかねぇが、チンタラしてても仕方ねえしな?」
 一気に勝負をつけようと決めた藤子は狙いを定める。
 呼吸を整えた彼女は双眸を鋭く細めた。そして――ひといきに雲の群れに突っ込み、刃を大きく振りあげる。
 再び描かれた軌跡は雲を蹴散らし、垂れ込めていた暗雲を消していく。
 そうすれば、遮られていた城への路が晴れた。
 其処に響いてきたのは幽かな声。心が落ち着くかのような、それでいて胸を震わせる歌声だ。藤子は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、その歌も声も嫌いではないと感じた。
「戦いの背景にするにゃ、少し不釣り合いだな」
 でも、悪くはない。
 藤子は黒嗟の剣を握り直しながら先を見据えた。その向こう側で響く歌声に導かれるように、彼女は次の戦いへの一歩を踏み出していく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

レテ・ノートス
絡みOK

人の幸せを食べても、自分の幸せには転換できないのに……
どうすれば、この雲を、この哀れしい気持ちを、晴らせるのですか……

ふわりと軽いステップを踏んで、城の中へ行く
翼を羽ばたかせて、鈴蘭の嵐を起こして、雲を吹き散らそうとする
雲に、風……は、効くのかしら……?
教団がなくなったとはいえ、人を助けることができれば
救済の聖女として、神の意志を執行して、人々を、救うのです
この城の中の可哀想な者も、ね……
そうして信仰と意志を固めて、不安はしない

歌に耳を澄ませて、その声から感情と、伝えたい気持ちを読もうとする
どこまでできるかは知らないけど、ここは、進まなきゃ、戦わなきゃ、いけないの



●聖女として
 深い夜の色と真白な彩。
 陰鬱とした雰囲気が満ちる城の周囲には雲の魔物が集っていた。何者をも近付けぬよう城を守るそれらは、幸福を食らうもの。
「人の幸せを食べても、自分の幸せには転換できないのに……」
 レテ・ノートス(待宵の蓮・f17001)はかれらの在り方を思い、海色の瞳を僅かに伏せた。魔物は人の身を害するものではないようだが、心に直接作用してくるという。
 たとえ身が傷付かずとも心の比重は重い。
「どうすれば、この雲を、この哀しい気持ちを、晴らせるのですか……」
 聞く所に寄ると、この城の主も心を痛めているという。
 オブリビオンという存在であっても、人に害をなす者に変貌することを憂いているのはわかる。必ず倒さなければならない相手ではあるが放ってはおけない。
 レテは意を決し、城の敷地内に踏み出す。
 ふわりと軽いステップを踏んで、城の前庭へと進んだ。そうすれば此方を侵入者と見做したらしい魔物が近付いてくる。
 周囲にはじめじめとした雰囲気が満ちはじめた。
 そんな空気ごと敵を吹き飛ばそうと決め、レテは純白の翼を羽ばたかせた。月光のように輝く髪と、其処に咲く白い蓮が風によって揺れて煌めく。
 レテが巻き起こしたのは鈴蘭の嵐。
「雲に、風……は、効くのかしら……?」
 花が戦場に舞う最中、レテは敵の様子を確かめていく。
 通常の雲であれば風に乗って流れていくだけだろう。されど、相手は魔物。舞い踊る鈴蘭は雲を着実に散らしている。
「良かった。このまま力を揮っても良いみたいですね」
 レテは祈りを捧げるように両手を重ね、更なる力を紡いでいった。
 雲の魔物は吹き散らされ、ひとつ、またひとつと形をなくしていく。レテはこの城に立ち込める暗雲を晴らそうと心に決める。
 たとえ教団がなくなったとはいえ、人を助けることができるなら。
 救済の聖女として、神の意志を執行する。
 そして、人々を救う。
 教団の覆滅により居場所を失い、聖女となるべく磨いた努力の意味もなくなってしまった。それでも、レテの裡にあった思いが消えてしまっているわけではない。
 雲は幸福を食らうが、そんなものなどこの風と祈りで払い除けてしまえばいい。
 救いを求めている誰かがいるならば、手を伸ばしたい。
「この城の中の可哀想な者も、ね……」
 信仰と意志を固めたレテは自らの意志で以て不安を掻き消していく。
 そうすれば雲は晴れ、少しずつではあるが城の外観が見えてきた。出入り口は何処にあるのかと考え、レテが視線を巡らせたとき。
 城の奥から幽かな歌が響いてきた。
「あの歌声は……」
 レテはそっと耳を澄ませていく。
 その声から何かの感情と伝えたい気持ちが感じられるはず。まるで月の声のようだと考えながら、レテは歌を辿って進んでいく。
 今の自分が、どこまでできるかは知らない。分からない。けれども――。
「ここは、進まなきゃ、戦わなきゃ、いけないの」
 己の裡にある思いを言の葉に変え、レテは吸血鬼の城へ踏み出していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
アドリブ歓迎

わざと近づかせないようにしてたんだっけ?
良い奴っぽいけどオブリビオンになると自分の思考以上のなんかがあるんだな…ほんと不思議だよなその辺

兎乃には細かい事情は分からぬ
だが、此処でどうにかしなければならない事ぐらいは理解した

―――故に、今日は一人でここに来た

幸せな気持ちを…

ふっふーん、たとえどれだけ強化されようが俺様は負けねぇぞ――!
…うぉ、じめじめ…え、これどうなって……

くっ、ならこれと合わせ技でどうだ!
滴る水には雷が合う、筈!

雷の加護を宿した石を手に持ちつつ、雷の魔力!それと自身の光魔術を合わせていつもと違った別技で!

アストラ・レイ
雷・光線!!


…ん?なんか歌声聴こえんな…誰の声だろ



●光射す歌声
 生きているように蠢くのは夜の色を纏う雲達。
 それらは吸血鬼の居城を包み込み、覆い隠すように多く存在している。
「あいつらで、わざとこの城近づかせないようにしてたんだっけ?」
 兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は魔物達を見上げ、未だよく見えない城の様子を確かめた。
 自分の在り方を厭い、城内に閉じこもった吸血鬼。彼を思うと妙な気持ちになる。
「良い奴っぽいけど……倒さなきゃいけないんだよな」
 一括りにオブリビオンとはいっても、人や種族が千差万別であるように様々だ。
 悪の限りを尽くそうとするもの、当たり前のように虐殺を行おうとするもの、大人しく静かに過ごしているものや、運命に抗うもの。
 本人の思考以上の何かがあるのだと知り、零時は考えを巡らせる。
 他者の心の細部までは知れないように、自分には細かい事情は分からないままだ。
 それでも、零時は心で感じ取っていた。
 このままでは誰もが望まぬ未来が訪れることを。そして、此処でどうにかしなければならないことを理解している。
 それゆえに、今日の零時はたった一人でこの場に訪れた。
 相対する雲の魔物は道を阻むものだ。どうやって動いているのか、魔力の巡りはどのようなものなのかが気になったが、まずは戦わなければ始まらない。
 揺らめく雲は幸福を食らう。
「こいつら、幸せな気持ちを……」
 零時の胸の奥がちくりと傷んだ。楽しかったこと、嬉しいと思ったことが薄れていく気がしたが、零時は大きくかぶりを振った。
 精神攻撃が何だというのだ。記憶が消されたわけではないのだから、これまでのことを何度だって思い出せばいい。
「ふっふーん、たとえどれだけ強化されようが俺様は負けねぇぞ――!」
 母に絵本を読んで貰ったことや友人と遊んだ記憶。
 懸命に戦って自分を奮い起こした時を思い、零時は光を紡いだ。そうすることで周囲の雲が一気に霧散する。
 だが、そんな零時も物理的な湿気には流石に参ってしまった。
「うぉ、じめじめ……え、これどうなって……」
 宝石の髪に水滴がついている。しかもじっとりした雫なので気持ちが悪い。
 負けるか、と気を強く持った零時は雷の加護を宿した石を掲げた。
「くっ、ならこれと合わせ技でどうだ!」
 滴る水には雷が合うはず。
 零時は石から顕現させた雷撃の魔力を束ね、自身の光魔術を重ねていく。いつもと違った攻撃方法ではあるが、零時には自信があった。
「行くぜ!!」
 雷・光線――アストラ・レイ!
 眩いほどの雷と光は雲の魔物を貫き、陰鬱な雰囲気ごと敵を蹴散らしていった。次々と訪れる雲をすべて消し去る為に、零時は力を解放し続けていき――。
 そして、彼の前には一本の道が出来ていた。
 雷撃と光の一閃が作り出したのは吸血鬼の居城に続く光路だ。
「……ん?」
 彼が一歩を踏み出すと、城の何処かから甘やかな歌声が響いてきている。
「なんか綺麗な歌声聴こえんな……誰の声だろ」
 注意深く周囲を見渡しながら、少年は不思議そうに首を傾げた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ユヴェン・ポシェット
幸福を喰うのか…ならば、喰らえない程に幸せで満たそう。
俺の演奏とお前たちの喰らう力の根比べをしようじゃねぇか。

UC「tyyny」使用。小さなハーモニカでやさしい、穏やかな音色を奏でる。
俺が奏でる曲に合わせてミヌレが機嫌良く尾を振りリズムをとる。
その姿を見ると嬉しくなり俺自身が幸せに感じるんだ。
喰らうなら、いくらでも喰らってみろよ。腹一杯になるまで付き合ってやる。俺の幸せはミヌレ達が、仲間がいれば尽きる事などないからな。

さて、そろそろ仕上げといこうか。
ハーモニカを仕舞い、その手に見せるのは輝く果実「avain」。
爆発果実でもあるそれは鬱とした気を払う強い光と爆風で吹き飛ばす。



●幸福の音色
 暗い世界を更に闇に包んでいるのは幾つもの雲。
 闇と湿気、幸せを糧にして動く魔物は、吸血鬼の城を守護している。
 ユヴェン・ポシェット(opaalikivi・f01669)は雲に覆われた城を見遣り、何処からか響いてくる歌声に耳を澄ませた。
 雲の魔物が移動しているからなのか、その声は途切れがちだ。
 何はともあれ、まずはあの魔物達を倒さなければ先にも進めないだろう。
「アイツらは幸福を喰うのか」
 ユヴェンは直接心に作用してくる敵の攻撃について考える。あの魔物が存在している限り、周囲から幸福が吸い取られ続けるという。
 ならば、と妙案を思いついたユヴェンはハーモニカを取り出した。
 簡単なことだ。魔物達が喰らい尽くせない程に幸せで満たしてしまえばいい。
「俺の演奏とお前たちの喰らう力の根比べをしようじゃねぇか」
 静かな笑みを浮かべ、ユヴェンは楽器を握った。魔物とて空腹ではいけない。それゆえに食べきれないほどの幸福を与えてやろうと考えたのだ。
 そして、彼は音を奏でていく。
 小さなハーモニカから紡がれていくのは、やさしくて穏やかな音色。先程、幽かに聴こえた歌声を真似た即興の旋律だ。
 彼のユーベルコードが齎していくのは、絶対的な安心感と安らぎ。それから、溢れる程の幸せな感情。
 ユヴェンが奏でる曲に合わせて槍竜のミヌレがリズムを取った。
 機嫌良く尾を左右に振る様は、まるでメトロノームの代わりのようだ。きゅきゅ、と鳴く声も歌っているかのようで、ユヴェンの心も和む。
 その姿を見ると自然に嬉しくなっていく。ユヴェン自身も幸せな心地を覚えることで演奏は更なる幸福を広げていた。
 対する雲は音色に乗って広がる幸せを食べていく。
「喰らうなら、いくらでも喰らってみろよ。腹一杯になるまで付き合ってやる」
 望む果てまで奏でるだけだとして、ユヴェンは演奏を続けていった。
 幸せはすぐ傍にある。
 ミヌレ達が――仲間がいれば、この幸福が尽きることなど決してない。苦しいことを経て、悲しいことを越えて、或いは抱いてきたからこそ今がある。
 この城に潜む吸血鬼にとっても、苦しみを乗り越えた先があって欲しいと願う。
 ユヴェンの演奏によって、あるとき急に雲が弾けた。
 おそらくは幸福の喰らい過ぎで霧散したのだろう。その様子は何故か、満足気に散っていったように思えた。されど敵は未だ多く残っている。
「さて、そろそろ仕上げといこうか」
 ユヴェンはハーモニカを仕舞い、輝く果実を取り出した。
 幸福が満たせても鬱々とした空気は晴らせていない。湿気った空気を払い退けるため、ユヴェンは爆発する果実を天高く放り投げた。
 刹那、強い光と爆風が周囲を包み、暗雲をひといきに吹き飛ばしていった。
 同時に、きゅー、と響くミヌレの鳴き声。
 爆発の煙が収まったときにはもう、陰鬱な雲は何処にもなくなっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【POW】

雲まとうお城
人を遠ざけていたのはどうしてなのかしら

もくもくさん
見た目はかわいいけれど
しあわせを食べてしまうのね
おいしいの、かな?
それとも食べることで幸せになりたいとか

でもね
ひとのを食べても幸せになれないよ
晴らしてあげる

さあ、ララ
『変身するお友だち』で飛ぶ姿になって
もくもくさんたちを食べて
その翼で湿気と共に散らしてしまって
香りが効くかは分からないけれど
花びらで更に細かくしてしまいましょう

晴れたその先
お城から微かに聞こえてくる歌声
何故かどうしようもなく惹かれてしまうの
これは、どこかで

……いえ、
今は進みましょう



●蔦竜と共に
 ふわふわとした雲を纏うお城。
 それは言葉だけで聞くならば、とても素敵な場所に思える。けれども此処は何処までも闇が広がる昏い世界の最中。
 陰鬱とした雲が覆う城は薄暗く、不穏な雰囲気が流れていた。
 ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は雲の魔物が覆い隠している城をそうっと見上げてみる。
「人を遠ざけていたのはどうしてなのかしら」
 その際に思うのは、この城に閉じこもっているという吸血鬼のこと。
 なにか理由があったのだとしても今のルーシーには想像することしか出来ない。
 そして、此方の気配を察知して集まってきた雲の魔物を倒さなければ、此処から先に進むことも叶わない。
「もくもくさん、こんにちは」
 ルーシーは魔物達を見渡して、相手の出方を窺う。
 身体に傷をつけるような攻撃はしない敵のようだが、辺りの空気が不穏であるのはかれらのせいに違いない。
「見た目はかわいいけれど、しあわせを食べてしまうのね」
 現にルーシーの心にはちくりとした痛みがあった。
 胸に手を当て、だめ、と呟いた少女は自分の中にある幸福が食べられてしまったのだと感じる。記憶は消えていないが、そのときの感情がなくなってしまったかのようだ。
「おいしいの、かな? それとも食べることで幸せになりたいの?」
 ルーシーは心を強く持ちながら、雲に抵抗する。
 そうすれば胸の痛みも収まり、反撃の機会も訪れていく。ルーシーはぬいぐるみのララを抱き、その姿を青花が咲く蔦竜へと変化させていった。
 雲達や、その主である吸血鬼は幸福を求めているのかもしれない。
「でもね、ひとのを食べても幸せになれないよ」
 ルーシーは首を横に振る。
 晴らしてあげる、と敵に告げたルーシーはララに騎乗した。
 蔦竜が身体を震わせて翼を広げれば、青の花が緩やかに揺らめく。その背を撫でたルーシーはララに攻撃をして欲しいと願う。
「さあ、ララ。もくもくさんたちを食べて」
 ――その翼で湿気と共に昏さを散らしてしまって。
 呼びかけられた声に応えるべくして、ララは翼を羽ばたかせた。ルーシーは魔物達を見据え、花の香を拡げてゆく。
 その香りで以て麻痺をばら撒いていくと、雲の動きがぴたりと止まった。
 舞わせた花びらで更に雲を細かく千切ると、ララがその残滓を喰らっていく。やがてルーシーの周囲に集った雲は宣言通りに晴らされた。
 雲が晴れた晴れたその先は、来たときと同じようにまだ暗闇に包まれている。しかし、先程とは変わったことがあった。
 城内から微かに聞こえてくる歌声が、徐々にはっきりと響いていく。何故かどうしようもなく惹かれてしまう声は聞き覚えがある気がした。
「これは、どこかで……いえ、今は進みましょう」
 ルーシーはララと一緒に城の奥を目指す。
 この先に続く未来を自分の瞳に映して、己の耳で聴いて、確かめるために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸迎櫻

はぁ……なんだか鬱々としてきたわ…
だって陰気なお城なんだもの
角の桜もしおしおよ
2人は平気なの?ヨルは超元気ね!

リルとカムイは無限機関みたいになるのね?
あなた達の倖になれるなんて、嬉しいわ
神につつかれた角が擽ったくて
笑う人魚がかぁいらしくて
鬱々としているのが馬鹿らしい

離されることなく繋がれる温もりは
桜にいのちをあたえて
歌われるぬくもりは
ひかりとなり歩む力をくれる

リル!カムイ!行くわよ
私の倖を食べたのだから
今度は私が喰らう番
破魔宿らせなぎ払い、散りゆく雲のいのちを喰らう
お腹がすいたわ
咲かせて頂戴
いけない子達をいただきます
―喰華
闇に倖を咲かせて散らす

いきましょう
歩みをとめるものは何も無いのよ


リル・ルリ
🐟迎櫻

そうかな?
常夜のお城はこんな感じだと思うけど
だから歌うんだよ
どこかから、さみしそうな歌が聴こえてくる気がしてね
ふふー、僕は歌いたい心地……あっ!
カムイ!櫻が幸せを食べられているよ!
そうだぞ、笑うと幸せがくるんだ

僕もヨルも何ともないよ
だいすきな君と、皆と一緒にいるんだもの
食べ切れない程の幸せが湧き上がっているんだ!
前向きなのは僕の長所
ヨル!カグラに、ちうをしてあげて

これ以上憂鬱になんてさせないんだから!
どんな鈍色の雲が空を覆っても
その向こうには光がある
暖かな、心とかす春の陽射しが
鼓舞をこめて、歌う『光の歌』
櫻宵とカムイの、刀はまるで陽の光

雲を祓って進もう

愛という名の、
僕らの光はここにある


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

私は気にならないな
望んだものは手に入らない、されど諦めたくもない―何となしに分かる気もする

其れはいけないね、リル
サヨ
ため息をついては幸福が逃げてしまう
萎んだ桜をつつく
鬱々としていても可愛らしいけれどきみには笑っていてほしい
…カグラも気持ち元気がない
カラスが何とかするだろうか

私もだよ
きみが隣にいる
其れがどれ程の倖であるか
わかるだろうか?

けれどいけない
私の愛し子の倖に手をつけるなど
咲き綻ぶ桜の障りになる

悪い子には神罰を―喰らった分を返してもらうよ
リルが歌えば場が変わる
カグラの結界で彼らを守り
―祝災ノ厄倖
駆けて斬る
守ってみせよう

先へ
どの様な闇の中であろうとも
大丈夫
この温もりが、春があるのだから



●ひかり
「はぁ……なんだかこのお城を見てるだけで鬱々としてきたわ……」
「そうかな? 常夜のお城はこんな感じだと思うけど」
「私は気にならないな」
 暗雲めいた魔物が覆う吸血鬼の城の前、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は溜息をついた。リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が首を傾げ、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)が思ったままの感想を零す。
「二人は平気なの?」
 櫻宵は元気がなかった。櫻宵の角に咲いていた桜もしおしおのしお状態。
「大丈夫だよ……ってもしかして! カムイ! 櫻が幸せを食べられているよ!」
「其れはいけないね、リル」
 陰気な雰囲気が漂っているのは辺りが暗い所為もあるが、周囲に漂う雲の魔物が不可思議な魔力を使っているからでもある。
 カムイは櫻宵に歩み寄り、萎んだ桜をつついてみた。
「サヨ、ため息をついては幸福が逃げてしまうよ」
 鬱々としていても可愛らしいけれど、きみには笑っていてほしい。穏やかに告げたカムイの傍ら、静かに佇むカグラも元気がないように思えた。
 そちらはカラスが何とかするだろうと考え、カムイはリルの方に振り返る。櫻宵もつられて視線を移動させ、人魚の腕の中で両羽を振る仔ペンギンを見遣った。
「ヨルは超元気ね!」
「きゅ!」
 式神ペンギンはカグラが櫻宵と共鳴してしまっているのだと知り、リルの腕からぴょこんと飛び降りた。そのままカグラの腕に収まったヨルは、彼の頬に嘴を寄せる。
「ヨル! カグラに、ちうをしてあげてるんだね」
「きゅきゅー!」
 リルが微笑み、ヨルは元気よく答えた。その様子を見ていたカムイは薄く笑み、櫻宵の角を優しく撫でる。
「カグラも元気になったかな。サヨ、私からも元気を送るかい?」
 ヨル達のように、と囁くカムイ。
「カムイが私に?」
「ちう? ちうするんだな!?」
 その意味を察した櫻宵の頬が淡く染まる。リルはわくわくしながら問いかけつつ、櫻宵の桜角の花が綻んでいったことに気が付いた。
 其処でリルは理解する。今もそっと微笑んでいるカムイは最初からヨルとカグラのようなことをするつもりはなかった。照れた櫻宵の気持ちが綻ぶことを最初から分かっていて、神なりの冗談を仕掛けたらしい。
 リルは二人の様子を微笑ましく思い、桜色に染まった櫻宵を見つめる。櫻宵は恥ずかしそうにしていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうね、こんなところで鬱々としていてはいけないわ。笑いましょ!」
「そうだぞ、笑うと幸せがくるんだ」
「私もサヨやリルの笑顔が好きだよ」
「それにしても、どうして二人は平気だったの?」
 櫻宵はふと疑問に思う。
 するとリルは当然だというように胸を張ってみせた。
「だいすきな君と、皆と一緒にいるんだもの。きっとね、雲達に食べ切れない程の幸せが湧き上がっているんだ!」
 何処までも前向きなのはリルの長所だ。カムイは人魚の心を快く思いながら、自分もそうだと答えた。
「私もだよ。きみが隣にいる。其れがどれ程の倖であるか――」
 わかるだろうか。ただそれだけで、遠く離れていないというだけでどんなに幸福であるかを、カムイはよく知っている。
 櫻宵は二人の倖になれることを嬉しく感じていた。
 先程に神につつかれた角が擽ったくて、和やかに笑う人魚が可愛いらしい。
「リルとカムイは無限機関みたいになるのね?」
 ふふ、と笑む櫻宵にはもう憂鬱な雰囲気は見えない。そうして、花咲くような三人の微笑みが重なった。
 しかし、そのとき――。
「どこかから、さみしそうな歌が聴こえてくるね」
 闇に閉ざされた世界の片隅で静かに佇む城。その奥から歌声が響いてきた。リルは耳を澄ませ、カムイも城の奥から漂う気配を察知する。
 その声や響きには、誰かを求める感情が宿っているような気がした。
 ――望んだものは手に入らない。されど、諦めたくもない。
 カムイには何となしにその思いが分かった。だが、此処に集わされたものは咲き綻ぶ桜の障りになる。
「いけないね。私の愛し子の倖に手をつけるなど、赦さないよ」
「悪い雲は晴らしてしまおう。これ以上憂鬱になんてさせないんだから!」
 カムイが喰桜を抜き、リルも歌う準備を整える。
 櫻宵は二人が自分にとっての光だと思い、そっと頷いた。離されることなく繋がれる温もりは桜にいのちをあたえてくれる。
 歌われるぬくもりは、ひかりとなり歩む力をくれるから。
「リル! カムイ! 行くわよ」
 櫻宵も屠桜を振り抜き、雲の魔物達へと駆けていく。
 此方の倖を食べたのだから、今度は自分が喰らう番だ。
「お腹がすいたわ」
 咲かせて頂戴、と口にした櫻宵破魔の力を纏い、散りゆく雲のいのちを喰らい返していった。闇に倖を咲かせて散らす様は艶桜の如く。
 其処に続いて駆けゆくカムイは祝災の神罰を巡らせていた。
「悪い子には神罰を――喰らった分を返してもらうよ」
 守ってみせよう。
 誓いを抱くカムイが放つ斬撃が連鎖を呼び、敵に不運を見舞う。そうやって二人が敵を薙ぎ払っていく中で、リルは歌いはじめた。
 紡ぐは光の歌。
 どんな鈍色の雲が空を覆っても、その向こうには光がある。
 暖かな、心とかす春の陽射しが待っているから。鼓舞をこめて、歌いあげられた光の旋律は戦場の空気を変えていく。
 櫻宵とカムイの刀はまるで陽の光のよう。
 そして、リルの歌を受ける二人もまた、その声に未来を見出している。
 カグラは皆を結界で護り、ヨルとカラスも応援に回っていった。そして、歌は響き続け、斬撃は周囲の魔物をすべて散らす。
 覆い隠されていた城の外観があらわになり、前方には大きな扉が見えた。
 櫻宵とリル、カムイは頷きを交わす。
「いきましょう。もう歩みをとめるものは何も無いのよ」
「進もう。雲を祓って、奥へ」
「噫。どの様な闇の中であろうとも、皆で往けば大丈夫」
 想いを抱いて、先へ。
 この温もりが、春があるのだから――愛という名の光も、ここにある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【彩夜】

ひとの想いに敏感なあなた
あなたが“何か”に触れ、感じ取ったなら
屹度、彼女にとってのかけがえのないものが
大切なその時が、やって来たのでしょう

真白の館へと集いしひとびと
それぞれの意図はたがえど
胸に懐く気持ちは、おんなじはず

往きましょう
わたしたちは、わたしたちに出来ることを

常夜の宙に浮かぶ白雲たち
それらは心に宿る幸福を糧にするよう
喰われたとて、膝をつくことはないわ

あなたたちの前へと立ちましょう
黒鍵の刃に絶ち切るための力を
嵐の風を乗せて、薙ぎ払ってみせるわ

共に立ち並べること
皆さんの存在の、なんと頼もしいこと
溢るる力を感じるかのよう

さいわいを喰らう雲たちを払って
進む先は城の奥。蝶の軌跡を手繰って


歌獣・苺
【彩夜】

……おかしい。
何かがおかしい
このままでは貴女が
帰ってこないような気がして

ザワザワする胸がこわい、
くるしい…。

……あぁ、
こんな曇った心の時は

ーーーメリルちゃん。
ちょっとだけおでこ貸して…?

…うん。暖かくて、まぶしい。
お互いと
お互いの大切なものを護ると
こもれびの森で誓ったぬくもり
心の雲が晴れていく
そうだ。今から護るんだ。
お互いの…
みんなの……大切なもの!

めりるちゃんのぬくもり
ときじのささえ
なゆのいと
全てを背負って私は…翔ぶ!

ーー『これは、皆を希望に導く謳』

夜色のドラゴンへ姿を変えれば
幸福を喰らう雲を翼で払い除ける

光が差し込めば鱗は虹色に輝いた。

さぁ、迎えに行こう
私たちのたった一つの『彩』を


宵雛花・十雉
【彩夜】

苺ちゃんが何を感じ取ったか、詳しいことはオレにゃあ分からねぇ
けど、行くんだろ?
ならオレも皆と一緒について行くまでさ
なゆさんとメリルちゃんはともかく
苺ちゃんはなぁんか危なっかしいからなぁ
ちゃあんと行く末を見届けられるよう、送り届けてやる

おーおー、こりゃあ頼もしいお嬢さん達だこと
んじゃあお兄さんは支援に回ろうかね
とっておきの【兵ノ言霊】さ、受け取ってくれよ

『第六感』を働かせながら、後ろで敵の動きを見るぜ
皆に攻撃が向けばすかさず『結界術』で守る
守りはオレに任せて思いっきりやんな

こんなところで立ち止まってらんねぇ
目指すは奥だ
行くぜ、皆


メリル・チェコット
【彩夜】

苺ちゃんの感じていること
きっと、わたしも少しわかるの

頭のなかで霞む白百合の花弁
大切なものを失ってしまいそうな
漠然とした胸騒ぎと焦燥感
…守れるのかな、わたしに

…苺ちゃん?
素直に額を差出し
こうしているとあの日を思い出す
曇った心に日が差すようで
――そうだよね
一緒に、護ろう!

いつもよりも力が湧いてくる
十雉くんの能力のお陰だ
それに、きっと理由はもうひとつ
みんなで同じ場所を目指しているから

わたしも後方で支援するね
前はお願い!七結ちゃん、苺ちゃん!
命中率を高めて、仲間には攻撃が当たらないように
他の人が倒しそこねた相手がいればすかさず援護射撃を

雲が晴れきったなら
お城の奥を目指して、まっすぐ駆けていこう



●予感
 おかしい。何かがおかしい。
 このままでは彼女が――貴女が、帰ってこないような気がして。
 
 ザワザワする胸に満ちるのは言い知れぬ恐怖。
 くるしくて、落ち着かなくて。目の前の城に立ち込めている暗雲のように心が沈んで、深く曇っていく。
 歌獣・苺(苺一会・f16654)の傍らに立つメリル・チェコット(ひだまりメリー・f14836)はその気持ちが理解できた。
「苺ちゃん、きっとわたしも同じように思ってるよ」
 頭のなかで霞むのは白百合の花弁。
 大切なものを失ってしまいそうな漠然とした胸騒ぎと焦燥感。メリルも苺も、似た思いを抱いている。
「……守れるのかな、わたしに」
 メリルがちいさく呟くと、顔をあげた苺がそうっと歩み寄った。
「――メリルちゃん。ちょっとだけおでこ貸して……?」
「苺ちゃん?」
 素直に額を差し出したメリルは不思議そうに瞼を瞬く。すると苺は淡く微笑む。
「……うん。暖かくて、まぶしい」
 こうしているとあの日を思い出す。お互いと、お互いの大切なものを護ると誓ったこもれびの森でのぬくもり。
 曇った心に日が差すようで、心の雲が少しずつ晴れていくようだ。
 ありがとう、と告げた苺は掌をぎゅっと握りしめた。
「今から護るんだ。お互いの……みんなの……大切なもの!」
「そうだよね。一緒に、護ろう!」
 メリルも頷き、少女達は決意と誓いを交わしあう。
 その様子を見守っていた宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)と蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)もまた、戦いへの思いを抱いた。
「詳しいことはオレにゃあ分からねぇ。けど、行くんだろ?」
「ええ、進むしかないわ」
 十雉が問いかけると七結がそうと答えた。苺もメリルも視線を返し、決意が揺るがないことを示している。
 それならば十雉は皆と一緒について行くまで。
 七結とメリルともかく、苺が何だか危なっかしいと感じているゆえに十雉としても力になりたかった。
「ちゃあんと行く末を見届けられるよう、送り届けてやる」
「ありがとう、ときじ!」
 苺は明るく笑って答える。けれども、その奥には未だ不安があるのだろう。
 ひとの想いに敏感な彼女を思い、七結も考えを巡らせていた。
 彼女が“何か”に触れて、感じ取ったなら――屹度、彼女にとってのかけがえのないものが、大切なその時が、やって来たのだろう。
 七結は真白の館に集いしひとびとを思う。
 それぞれの意図はたがえど、胸に懐く気持ちは、おんなじはずだから。そうして、七結は皆に呼びかけた。
「往きましょう。わたしたちは、わたしたちに出来ることを」
 
 其処から四人の戦いが始まる。
 七結は常夜の宙に浮かぶ白雲を見上げ、幸福が喰らわれていく様を感じ取っていた。
 それらは心に宿る幸福を糧にして、この城に誰も近付けぬよう布陣している。
「喰われたとて、膝をつくことはないわ」
 皆の前に立った七結は力を紡いだ。皆を守るため、この先に斬り進んでいくために、手にした黒鍵の刃に絶ち切るための力を宿す。
 嵐の風を乗せて薙ぎ払えば、行く手を阻んでいた雲が瞬く間に散っていった。
 だが、まだ敵は多い。
 苺は力を溜め、思いを言葉にしていく。
「めりるちゃんのぬくもり、ときじのささえ、なゆのいと……全部、嬉しいな」
 それゆえに全てを背負って。
「私は、翔ぶ!」
 ――『これは、皆を希望に導く謳』。
 苺が夜色のドラゴンへ姿を変えれば、幸福を喰らう雲が翼で払い除けられる。鱗は虹色に輝き、敵が次々と穿たれていく。
 十雉はその様子を見上げ、感心した声をあげた。
「おーおー、こりゃあ頼もしいお嬢さん達だこと。んじゃあお兄さんは、お嬢さん方の支援に回ろうかね」
 同時に十雉が拡げていった力は、とっておきの兵ノ言霊。
「さ、受け取ってくれよ」
「うん!」
 メリルも群羊の送り火を灯すことで、雲を狙い撃っていく。
 いつもよりも力が湧いてくるのは十雉の能力のお陰。それに、理由はもうひとつある。メリルはずっと感じていた。
 きっと、みんなで同じ場所を目指しているから。
 七結も援護を受け、仲間たちに意識を向ける。皆がそれぞれに出来ることを行っているゆえに敵は少しずつ減っていた。
 共に立ち並べること。それに皆の存在のなんと頼もしいことか。
 溢るる力を感じるかのようで、七結は更に黒鍵を振るう。
 十雉も感覚を研ぎ澄ませながら、後方から敵の動きを見る。幸せを食らう攻撃はなおも続いているが、十雉が張り巡らせた結界がそれを阻んでいた。
「守りはオレに任せて思いっきりやんな」
「後はお願い、七結ちゃん、苺ちゃん!」
 十雉と同じく後方支援に徹するメリルは苺達にすべてを託す。その声を聞いた苺は更に翼を広げ、七結も持てる限りの力を振るい続けた。
 さいわいを喰らう雲たちを払って、斬って、そして――。

 それから暫し後。
 猟兵達の懸命な活躍によって、城を覆い尽くしていた雲の魔物がすべて散った。
 喰らわれてた幸せは魔物が霧散することで元あるべき場所に戻る。喰らわれてなくなってしまったわけではないことを確かめ、十雉は安堵した。
「こんなところで立ち止まってらんねぇ。行くぜ、皆」
「そうだね、まっすぐ駆けていこう!」
 未だ戦いは終わっていないと示した十雉からの呼びかけに答え、メリルも意気込む。
 目指すは城内。
 七結もひらかれた路の先にある城の扉を見つめた。
 進む先は城の奥。自分達を導くように羽撃いた蝶の軌跡を手繰り、七結は仲間と共に歩を進めていく。
 苺もその後を追い、めいっぱいの思いを言葉にした。
「さぁ、迎えに行こう!」

 ――私たちのたったひとつの『彩』を。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『鎖繋ぐ黒衣の蝶』

POW   :    僕が与えるのは悪夢のみ
【ミステリアスな甘い声】を披露した指定の全対象に【その者が望む幸福な夢を見せ、戦意喪失の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    理想は叶わないものだよ
【心安らぐ甘い香り】を籠めた【大切な者に裏切られ傷付けられる幻放つ花嵐】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【大切な者を想う記憶と心】のみを攻撃する。
WIZ   :    触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?
対象への質問と共に、【現を忘却させる黒い鎖】から【その者の理想的な幻を見せる紫彩の蝶】を召喚する。満足な答えを得るまで、その者の理想的な幻を見せる紫彩の蝶は対象を【幻惑し、生命力を蝕む甘い鱗粉】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はルーチェ・ムートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●消えぬ絲
 城内は闇に閉ざされていた。
 回廊に灯は燈されておらず、空気も冷え切っている。されど、城には最奥に導くような紫彩の蝶が舞い、幽かな明かりとなっていた。
 不思議な歌声は響き続けているが、弱くなったり、消えかかったりと不安定だ。
 その際に、猟兵達の中に城主の記憶の断片が流れ込んできた。
 己の存在と闇世を厭っていたこと。
 幻に身を浸し、命を浪費する生き方を知らなかったこと。
 無意味な日々の暇潰しに或る少女を拾って、鎖に繋げて飼ったこと。
 無垢な“駒鳥”である少女に歌を教え、その声を聞いて“ひかり”をみてしまったから、冷たい世界から守らねばならないと感じた。
 死を運ぶ血を持ちながら、そのように思ってしまった。
 そうして、蝶々が齎した記憶と、駒鳥の歌声を辿った先では――。

「……悪夢の城にようこそ」
 薄暗い城の奥で、壊れた檻の前に佇む黒衣の蝶が猟兵達を迎えた。
 その言葉からは少しの皮肉と、何処か悲しげな雰囲気が感じ取れる。
 互いの姿が見えたときにはもう、彼の記憶から紡がれていたらしい少女の歌声は聞こえなくなっていた。その残滓であるかのような白百合の花弁が、ふわりと彼の手から零れ落ち、幻となって消えていく。
「此処は僕だけの理想の城だったのに、踏み入ってくるなんて悪い子達だ」
 侵入者に気が付いていた吸血鬼は冷静に此方を見遣った。
 彼の足元には千切れた鎖が落ちている。おそらくはこれが、先程に垣間見えた記憶の少女を繋いでいた鎖の一部なのだろう。
 視えた記憶は断片的であり、黒衣の蝶が少女を解放した経緯は本人しか知らない。
 だが、彼がずっとただひとりの少女を想って此処に居たことは間違いない。
「まぁいいか。理想なんて叶わないものだからね」
 黒衣の蝶は肩を竦め、猟兵達に目を向けた。其処に何かを見出したのか、彼は一瞬だけ切なそうな顔をする。
 しかしすぐに微笑を浮かべ、甘い声で此方に問いを投げかけてきた。
 もし、君達が――。

「触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?」

 その瞬間、周囲に魔力が広がった。
 或る者の前には、その者が望む幸福な夢が展開されていく。また或る者は心が安らぐ甘い香りの花嵐に包まれ、大切な者に裏切られて傷付けられる幻が見えた。
 そして、すべてを忘却させる黒い鎖と共に、理想の幻を与える紫彩の蝶が羽撃く。
 幻惑の蝶は、命を蝕む甘い鱗粉を舞わせた。
「もうすぐ僕は狂うだろう。その前に……此処に訪れた君達に、優しい悪夢を贈ろう」
 大丈夫、誰も傷付けはしない。
 己の心が完全な闇に堕ちるまでは、せめて――。
 そういって甘く笑う彼の瞳には既に、狂気の片鱗が見え隠れしていた。

 彼は闇に染まること望んでいない。
 もし堕ちることを赦してしまえば、誰も望まない未来が訪れてしまう。それゆえに猟兵達は彼の幻と悪夢を打ち破り、終わらせなければならない。
 それに黒衣の蝶の過去を僅かに見た猟兵達には判っている。
 彼が望む理想の最期は、きっと――。
 駒鳥(かみ)たる少女の歌をもう一度、傍で聴くことなのだから。
 
イフ・プリューシュ
ああ、このうたごえは―
そうなのね

はじめまして、おにいさん
もしかして、あなたが
ルーチェの『つめたい手のひと』?

あなたは、イフといっしょね
でも、あなたはきっと、ほんとはちがうのでしょう
…そう、これはたぶん『うらやましい』の気持ち

ふりはらわれる、しろい手のまぼろし
イフのほしいものは、てにはいらない

理想はかなわないもの
しっているわ、イフだって、誰よりも
だから、いまさら傷ついたりしない
すきなだけ、くるしいゆめを見せてちょうだい
その嘆きはぜんぶ、イフがたべてあげる

【指定UC】

だから
どうかやさしい祈りを
あなたはぜつぼうしないで
あなたのねがいが、かないますように

そう願って
おともだち【    】をそっとわたすわ



●祈りに歌を
 歌声が響き、甘い香りが漂う。
 薄暗い城の中に満ちる聲と香は心を惑わせていくものだ。
(ああ、このうたごえは――)
 イフは敢えてその声に耳を澄ませ、そうなのね、とそっと言葉にした。次第に周囲の景色が歪んで違うものになっていく。
 しかし、視線の先にはまだ少しだけ吸血鬼の青年の姿がぼんやりと見えていた。
「はじめまして、おにいさん」
「……」
 イフが丁寧に挨拶をしても、黒衣の蝶は甘く笑み続けるだけ。それでも構わずにイフは彼に語り掛けていく。
「もしかして、あなたが……ルーチェの『つめたい手のひと』?」
「ルーチェ?」
 それは誰だい、というように彼は首を傾げる。
 求めていた少女の今の名前を知らないのだろう。元より彼は少女に名を付けていなかったのだから当たり前だ。
 イフは多くは語らず、霞んでいく景色の中にいる彼に言葉を向けていく。
「あなたは、イフといっしょね」
 でも、あなたはきっと、ほんとはちがう。
 そう、これはたぶん『うらやましい』の気持ちだから。
 イフが一度だけ瞬きをすると、黒衣の蝶の姿が消えた。おそらくイフが幻に囚われてしまったので彼が見えなくなっただけだろう。
(これって……)
 イフの目の前にはたいせつなものがあった。甘い香りが満ちる中で、其処に手を伸ばしてみたくなる。花が舞って、あたたかくて、しあわせで――。
 けれども、その手は振り払われた。
 しろい手のまぼろしはイフを撥ね退けるように遠ざかっていくだけ。
「イフのほしいものは、てにはいらないのね」
 少女はぬいぐるみを抱き締め、首を横に振った。これは幻であって本当ではない。悪夢の欠片を見せられているのだとして、イフはもう一度瞼を閉じた。
 理想はかなわないもの。
 それを今、黒衣の蝶は見せつけている。叶わぬものより今の現実を見る方が残酷ではないのだと教えてくれているのか。それとも、理想や現より夢を見ている方が良いのだと語っているのだろうか。どちらであってもわかる気がした。
「しっているわ、イフだって、誰よりも」
 瞼をひらいた少女は静かな思いと共に己の力を紡いでいく。
 広がっていく弔いの白い花は葬送花。即ち、手向けの花だ。イフは自分の理想にお別れをして、悲しい思いに蓋をした。
「だから、いまさら傷ついたりしない」
 彼がそうしたいのなら、すきなだけくるしいゆめを見せてくれていい。
 まだ幻は深い。けれどもイフは吸血鬼が立っていた場所をじっと見つめ、思いの丈を言葉に変えていった。
「その嘆きはぜんぶ、イフがたべてあげる」

 どうかやさしい祈りを。
 あなたはぜつぼうしないで。
 あなたのねがいが、かないますように。

 幻を晴らす葬送の花が舞い踊る最中、イフは心から願った。
 そして、イフはぬいぐるみを――名付けた名を自分以外には誰も知らない、おともだちをそっと手渡すように掲げた。
 きっと吸血鬼はおともだちを受け取ってはくれない。
 それでも構わない。大切な人の名前を知らぬ彼が、その名を知れるように。
 白い花弁の嵐は幻を散らし、切実な思いと一緒に巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レテ・ノートス
円月(f00841)に助けられる

触れたら枯れてしまう、花…
それでも、触れたいんでは…?
戦闘の経験はあまりなくて、思考する間は無防備で、鎖と蝶に纏われるかもしれない

教団が繁栄していて、自分が人々を救済する光景を見て
ああ…これこそが、正しい道です…
祈って、神様に全てを捧げようとすれば
これは違う、どこかがおかしい、と心の奥に叫びが響く
そうだった…私は、誰も助けられなかった…
と、本当の現実を思い出す
気づいたら、鎖も蝶も砕けている

多分自分を助けたその男性に一礼して、
彼の腕が怪我しているのを見て、聖なる光で治してあげる
あ、ごめん、悪気がなくて、ただ、怪我してるようで…
そのままその後ろに援護する


東雲・円月
レテ(f17001)を見かけて。

幸福ねェ……俺の幸福は双子の姉と……。
まァ貴方の言いたいことは解りますよ、凄く解ります。

確かにこれはやる気を失くしますねェ。
だったら、幸福には不幸を。
自分の懐刀で片腕でも斬り付けましょうか。
安直ですけど、痛みって不幸は単純だからこそイイ!

って、なんか近くの女性も惑わされてます?
蝶を潰せばイイんです?
鎖の方も叩き切りますか。

お目覚め如何です?
俺はこのまま敵に突っ込むんで、援護お願いしていいですか?
自己紹介は後でしましょう。

ダッシュで斧の距離まで接近。
避けられ易いなんて解ってます。
この怪力と見切り能力でとにかく振り回すしかないんで!
ほらほら、当たると痛いですよォ!



●楽園
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?

 吸血鬼の声が聞こえたことで、レテは考え込んでしまう。
「触れたら枯れてしまう、花……」
 それが何を示すのか。きっと本当の花の話ではないことはレテにも理解できた。
 自分が側にいることで、花に喩えられた何かが枯れてしまう――つまり、悪い影響を受けてしまうからどうすればいいのか、という意味なのだろう。
「それでも、触れたいんでは……?」
 レテは純粋な疑問を落とす。
 彼女はまだ戦いの経験はあまりなく、思考する間は無防備でしかなかった。レテは瞬く間に敵の鎖から放たれた紫蝶に纏わり付かれ、幻の世界に連れて行かれる。
 一瞬の暗転。
 其処にはレテが理想とする世界があった。
「ここは……」
 レテの周囲に現れていたのは、かつての教団があった場所の幻だ。
 生まれてから聖女候補として育てられていた教団の景色は懐かしい。そのうえこの幻の中では覆滅したはずの教団が繁栄している。
 レテは其処で自分が人々を救済していく光景を見ていた。
「ああ……これこそが、正しい道です……」
 両手を重ねたレテは胸の奥が熱くなる感覚をおぼえる。そのままそっと祈り、神様に全てを捧げようとしたところで、ふと気が付いた。
(これは違う、どこかがおかしい)
 正しい道だと感じたものに違和を覚え、心の奥から叫びが響く。
 救済する自分は偽物だ。何故なら――。
「そうだった……私は、誰も助けられなかった……」
 レテは本当の現実を思い出した。
 呑み込まれかけていたが、自分を取り戻したレテは顔を上げる。幻は未だ消えておらず、存在し続ける教団の景色がレテの前に広がっていた。

●夢と幻
 一方、その頃。
 円月は吸血鬼を前にして、軽い溜息をついた。吸血鬼は甘い笑みを浮かべているが、その瞳の奥から妙な悲しさが感じ取れたからだ。
 相手が何を抱えているのかは円月には分からない。その心の奥底まで知ることは誰にも出来ないだろう。そんな中で彼のミステリアスな甘い声は円月にも向けられた。
 刹那、円月が望む幸福な夢が広がっていく。
「幸福ねェ……」
 吸血鬼の姿は消え、代わりに円月が理想とする世界が構築されていった。
 円月の望みと幸福。それは双子の姉と――と、途中まで考えた円月は目の前を見ないようにしてかぶりを振った。
 この景色を見ていると囚われそうになってしまうと察し、円月は幻の向こう側にいるはずの吸血鬼に呼び掛けていく。
「まァ貴方の言いたいことは解りますよ、凄く解ります」
「……」
 幻の向こうに吸血鬼の気配はしているが、返事はない。
 その間にも円月の前に、戦意を喪失させるほどの幸福な世界が満ちていった。
 目を逸らそうとしても否応なしに巡る幸せ。それは姉弟で過ごすかけがえのない日々や光景そのものだった。
「確かにこれはやる気を失くしますねェ」
 望む以上の幸せが広がっていく中で円月は肩を竦めた。
 だったら、幸福には不幸を。
 円月は自分の懐刀で己の片腕を斬り付け、この幻から逃れようとした。安直ではあるが痛みとは往々にして不幸であり、単純だからこそ良いものだ。
 彼の目論見通りに周囲の幸福な幻が薄れていく。そのとき、偶然にも円月とは違う誰かの夢と理想の世界が交錯した。
「って、なんか近くの女性も惑わされてます?」
 ひとまずはそちらに干渉して見ようと考え、円月は駆け出していく。
 
●交差した世界
 向かった先には何かの教団が繁栄している平和な光景があった。
 その中に囚われているのはレテだ。円月は周囲に舞っている蝶を見遣り、幻に抗おうとしているレテに問いかける。
「蝶を潰せばイイんです? 鎖の方も叩き切りますか」
「……え? はい、お願いします!」
 突然の知らない男の登場に一度は驚いたレテだが、はっとして願った。
 すると蝶は切り裂かれ、辺りの幻が晴れていく。
「お目覚め如何です?」
「ありがとうございます」
 自分を助けてくれた円月に一礼をしたレテは、教団はもうないのだと自分に言い聞かせた。二人の前方には吸血鬼の影が揺らいでいる。
「俺はこのまま敵に突っ込むんで、援護お願いしていいですか?」
 自己紹介は後で、と告げた円月は大斧を握る。
 レテは頷き、彼の腕に怪我があることに気付いて聖なる光で治療を行った。
「別に構わなかったんですけどねェ」
「あ、ごめん、悪気がなくて、ただ、怪我してるようで……放っておけなくて」
「良いですよ。それじゃ、後ろはよろしくお願いします」
 斧を振りかざして駆けていった円月を見送り、レテはそのまま後方からの援護に入ることにした。しかし、そのとき。
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?
 再び吸血鬼の声が響き、幻の世界がまたもや展開されていってしまう。
 今度は円月も現を忘却させる鎖の力に巻き込まれ、吸血鬼の姿が見えなくなってしまった。おそらく相手は直接戦うことを好まないようだ。
 されど、それならそれで構わない。吸血鬼の能力そのものであるこのフィールドを壊していけば相手の力を削り取れるはずだ
 円月は斧を振りあげ、辺りの景色を破壊する勢いで刃を振るった。
「ほらほら、当たると痛いですよォ!」
「たとえ全てがなくなっても、祈ります。この幻が私の理想だとするなら……」
 目の前の人を救うことが理想への第一歩。
 レテの祈りは静かに――けれども確かに強く、戦場に光を満たしていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

いつか、オブリビオンもいない世界をくまなく見てまわる、そんな旅ができたらって思った事はある。
でもその夢は多分無理だろうし、人の裏切りも見てきた。
これ以上何があるというんだ。

UC炎陽の炎で召喚された蝶ごと燃やす。
枯れるのがわかっているならば俺は触れない。触れるぐらいなら俺は俺を殺す。
人が善く生きて幸福であること。
それが俺の理想、願い。その世界に俺はいなくていいし、必要である理由はない。
俺の理想の中に俺はいない。

敵の攻撃は第六感で感知、回避可能なものは見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らうものは激痛耐性で耐える。



●世界に必要なのは
 吸血鬼を前にして瑞樹は二刀を構えた。
 右手には胡、左手に黒鵺を握る普段と同じスタイルで、彼は敵を見据える。

 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?

 相手から問われた言葉。それを耳にした瑞樹は眩むような感覚に陥った。
 その周囲に彼が望む世界が展開されていき、辺りの景色は一変する。瑞樹は地面を踏み締めながら、これは幻だと自分に言い聞かせた。
 しかし、理想の世界は優しく巡る。
 現実を忘れさせてしまうような光景の中で瑞樹は一歩を踏み出した。
 それはオブリビオンの居ない世界だ。
 いつか、平穏しかない世界をくまなく見てまわる。そのような旅ができたら良いと思ったことがあったのだ。
 瑞樹の中にはその理想がずっと残っており、こうして幻となって生まれた。
「でも……」
 瑞樹は俯き、世界に踏み出しかけていた足を止める。
 その夢は無理だろうと分かっていたし、これまでに人の裏切りも見てきた。己の行動が必ずしも良いことを生むわけではないとも理解している。
「これ以上、何があるというんだ」
 瑞樹は俯いていた顔をあげ、自分の周りを見渡した。
 美しく羽撃く紫彩の蝶が何羽も飛び交っている。それだけを見るならば穏やかで平和なものだが、あれはオブリビオンが齎したもの。
「緋き炎よ!」
 瑞樹は金谷子神の錬鉄の炎を放ち、蝶ごと幻を燃やしていく。
 そして、先程に問われた質問に答えた。
「枯れるのがわかっているならば俺は触れない。触れるぐらいなら俺は俺を殺す」
 これが自分の答えであるのだと示し、瑞樹は凛と告げる。
 人が善く生きて幸福であること。
 それが己の理想であり、願いだ。その世界に自分はいなくていいし、必要である理由はない。即ち――。
「俺の理想の中に俺はいない」
「…………」
 そのとき、幻の向こう側で吸血鬼の青年が息を吐く気配が感じられた。
 おそらくは満足する答えではなかったのだろう。されど、瑞樹にとってはこれこそが導き出した答えだ。
 消滅させたはずの蝶々達が再び幻の中で舞っていく。
 攻撃が来るかと身構えた瑞樹だったが、蝶々達はただ周囲を飛び回るだけ。オブリビオンがいない世界を見せつけていくかのように――幻惑の力は巡り、瑞樹の生命力を蝕む甘い鱗粉がふわりと散る。
 されど、瑞樹は何度だって抵抗しようと決めていた。
 己の答えは決して揺らがない。そのことを身を以て証明していく為に。
 ひらり、ひらりと紫蝶が飛ぶ。
 瑞樹の意志は強く、幻を焼き払う炎がふたたび解き放たれていった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

御剣・刀也
幸せな悪夢ね
なんともやりにくい吸血鬼だ
生憎俺は精神攻撃は得意じゃない。俺の渾身の一撃で、送ってやるよ
どっかで会えると良いな。お前の大事な人と

僕が与えるのは悪夢のみで幸せな夢を見せられたら、幸せ過ぎてそれが夢なのだと気づき、自嘲めいた笑いを浮かべて、夢の中の自分を殺し、覚醒を試みる
覚醒できたら勇気で夢を振り払い、ダッシュで近づいて捨て身の一撃で斬り捨てる
「良い夢を見させてもらった。だがな、俺はこの生き方に未練も後悔もない。誰かに与えられる偽物の名誉なんぞより、よっぽど得難いものを得た。お前だってわかってるんだろ?夢はいつか覚めるものだって。だから終わりにしてやる。今度は掴めると良いな」



●今の生き方
「幸せな悪夢ね」
 なんともやりにくい吸血鬼だと語り、刀也は相手を見据える。
 既に自分は彼の術中のさなかにいるようだ。
 青年の静かな歌声が聞こえたかと思うと、周囲の景色が変わっていったからだ。されどまだ意識まで取り込まれてしまったわけではない。
 此処が虚構だと分かっており、自分が精神攻撃の類が得意ではないこともちゃんと自覚している。それゆえに警戒を強めることが出来た。
「この夢を抜けたら、俺の渾身の一撃で送ってやるよ」
 彼に届いているかはわからないが、刀也は黒衣の蝶に呼び掛ける。
 自分が行えるのは戦いという行為のみ。それでも、ただ無意味に敵を切り伏せるだけではないのが刀也だ。
「どっかで会えると良いな。お前の大事な人と」
 刀也は知る由もないことだが、既に此処に少女は訪れている。
 それがどのような運命を齎して、どういった結末が導かれていくのか。それは未だ此処にいる誰もが知らぬ未来だ。
 そして、刀也の意識は幸福な悪夢に包まれていく。
 其処に広がっていたのは、刀也にとって幸せでしかない光景ばかりだった。
 彼が見た光景は彼しか知らず、他の誰にも視えていない。このまま此処で過ごせたら良いと思ったりもしたが、其処で刀也は気付く。
 そんなはずはない。
 幸せ過ぎることでこれが夢なのだと知り、刀也は自嘲めいた笑いを浮かべた。
「良い夢を見させてもらった」
 だが、夢は夢に過ぎない。刀也は獅子吼を自分の喉元にあてがった。
 そうして、一瞬後。
 刀也は夢の中の自分を殺した。そうすることで覚醒を試みたのだ。
 はっとした彼は顔を上げる。
 痛みはない。血も出ていない。そのことを確かめたが、未だ夢は覚めていない。おそらく自分を殺すのではなく、この空間自体を切り裂かなければならないようだ。
 それでも彼の行動は無駄ではなかった。
 幸福な風景は消え去り、夢の世界は揺らぎ始めていたからだ。
「だがな、俺はこの生き方に未練も後悔もない」
 戦い続けること武人として生きること。
 強い者との戦いを望み、歓喜する修羅としての生き方が合っている。
「誰かに与えられる偽物の名誉なんぞより、よっぽど得難いものを得た。お前だってわかってるんだろ?」
 ――夢はいつか覚めるものだって。
 刀也は夢の向こう側にいるであろう吸血鬼に呼び掛けた。きっと彼は分かっていながらこうしているのだろう。
「だから終わりにしてやる。今度は掴めると良いな」
 雲耀の太刀を振るった刀也は、吸血鬼の力を破る一閃を解き放った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふえ?触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったらですか?
花はいつか枯れてしまうものですから、触れずに後悔するぐらいなら触れてみたらいかがでしょうか。
それに本当に触れたら枯れてしまうのですか?
意外とお花も生命力が強いんですよ。
根っこから切り離されても水があれば咲き続けられるのですからね。
恋?物語で降らせた雨で鱗粉を洗い流します。

アヒルさん、この大雨があの方に恋?物語を齎すといいですね。



●枯れない花の行方
「――ふえ?」
 フリルが立ち止まると、薄暗い城の中で問いかける言葉が聞こえた。それは吸血鬼からの問いかけであり、真意が分かりかねる不明瞭な言葉でもあった。
 しかしフリルは首を傾げながらも、その言葉について真剣に考えていく。
「触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったらですか?」
 既に吸血鬼が放つ幻の力が巡っているが、身体に痛みはない。おそらくではあるが吸血鬼は直接攻撃を好まないのだろう。
 フリルは現を忘却させる黒い鎖から放たれた紫彩の蝶を見上げ、懸命に思いを巡らせていき、そして答える。
「花はいつか枯れてしまうものです」
 真っ直ぐに、思った通りの返答が幻の奥にある吸血に伝えられていく。フリルは息をゆっくりと吸い、今の言葉に続く思いを並べていった。
 花は枯れるから諦めろという意味ではない。
 想う花枯れてしまう前であるならば、その花がまだ咲いているというのなら――。
「だから、触れずに後悔するぐらいなら触れてみたらいかがでしょうか」
 フリルの中には疑問が浮かんでいた。
 吸血鬼が触れたら枯れると思い込んでしまっているだけではないのか、と。
「それに本当に触れたら枯れてしまうのですか?」
 周囲にはフリルの理想的な幻を見せる紫彩の蝶が舞い続けている。
 浮かんでいくのは今を忘れさせてしまう幻ばかりだが、フリルは吸血鬼への返答に集中しているので惑わされはしない。
 これまでの冒険からフリルは様々なことを学んできた。
 過去を何も覚えていなくても、今のフリルが見て知ってきたことは多い。
「知っていますか? 意外とお花も生命力が強いんですよ」
 青年が語る花が何であるかはフリルには分からない。きっと道中に垣間見えた記憶の少女のことを花として喩えているのだろうが、真意は知れないまま。
 でも、とフリルは首を横に振る。
「根っこから切り離されても水があれば咲き続けられるのですからね」
 信じてみてください、とフリルは告げる。
 そして、フリルは帽子の上に乗ったアヒルさんを軽く見上げた。こくこくと頷く仕草をしているアヒルさんは、よく言った、というようにフリルを褒めているようだ。
 それからフリルは魔力を巡らせていく。
 蝶々の鱗粉が幻を引き寄せるというならば、魔法の恋物語で降らせた雨で鱗粉を洗い流してしまえばいい。
「アヒルさん、この大雨があの方に恋の物語を齎すといいですね」
 フリルはアヒルさんと一緒に消えゆく幻を見つめ、青年と少女が織り成す未来を思う。
 その結末は、きっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
彼の声を聞いた瞬間に見えた光景
彼が自分たちと同じように生き、光の下で縁を繋げる
記憶の断片を見て、縁で繋がった少女の朗らかな笑顔を思い出し
願ってしまったのだ

戦意を失くしそうなのを勇気を奮い立たせ、自身を鼓舞して堪える
先ほどの光景が実現できなくても、せめて……そのためにできる精一杯を

「ゼファー。メティス。力を……彼の中の闇を祓います」
UCを発動し、ゼファーの援護を受けながら距離を詰めて斬り抜ける
斬るのは彼の内にある闇
たとえ気休めでも

「触れたら枯れてしまう……触れるまで、わからないですよ」
私にできるのはここまで
「貴方にとっての"ひかり"がそこまで来ています」

ルーチェさん
私もゼファーも見守っています



●その未来に希望の欠片を
 甘やかで、それでいて悲しげな声が聞こえた。
 悪夢にようこそ、と告げられた言葉の意味を考える前にウィルフレッドの目の前に不思議な光景が巡っていく。
 吸血鬼が齎した幻だと察したウィルフレッドだったが、思わず其方に目を奪われた。
 其処には優しい光景がある。
「これは……」
 何が悪夢だろうかと否定してしまうほどの世界だ。
 彼が――黒衣の蝶が幻の中にいる。
 それが本物ではないのだと分かるのは、黒衣の蝶が幸福そうに笑っているからだ。
 自分たちと同じように生きて、光の下で縁を繋げる彼の姿があった。ウィルフレッドは双眸を細め、これこそが自分が望む未来だと知る。
 此処に来るまでに垣間見た記憶の断片から、ウィルフレッドとも縁で繋がった少女の朗らかな笑顔を思い出し、そう願ってしまったのだろう。
「……!」
 此方が見ている夢の光景を認識しているらしい吸血鬼が、息を呑む気配があった。本当の彼の姿は見えないが、僅かに動揺しているようだ。
 ウィルフレッド自身も幻の幸福を見て心が揺らいでいた。
 どんな光景であっても戦意を失くしてしまいそうなのは変わらない。彼を倒さずにいればいつかこんな未来が訪れるのか、とも思ってしまった。
 しかし、きっとそうではない。
 彼も狂気が近付いてきていることを悟っている。それゆえに理想は叶わない。つまりはこれも悪夢だということになるのだろう。
 ウィルフレッドは裡にある勇気を奮い立たせ、己を鼓舞しながら堪えた。
 この光景が実現できなくても、せめて――。
「……そのためにできる精一杯を」
 自分自身に誓ったウィルフレッドは一度だけ瞼を閉じる。その手には誓剣エルピスが握られており、其処に水の力が渦巻きはじめた。
 そうして、ウィルフレッドは相棒竜と慈悲竜に呼びかけていく。
「ゼファー。メティス。力を……彼の中の闇を祓います」
 まずはこの幻を祓う。
 浄化の霊力を集わせたウィルフレッドは刃を高く掲げた。誓剣は幻の中で射し込んだ光を反射して煌めく。
 この一閃で叶わぬ理想を斬り裂き、叶えられる終わりを導く為に。
 ウィルフレッドは幻の中の吸血鬼に向かい、ゼファーの援護を受けながら距離を詰めていく。共に前を見据える白竜もまた、彼と同じ思いで翼を広げているようだ。
 斬り抜け、幻想を越えて。内にある憎悪や痛苦、望まぬ感情を両断する。
 白竜と共に往くウィルフレッドが斬るのは闇だけ。
 これがたとえ気休めでもあっても構わない。己の意志と思いはこの一撃に賭けているのだから、今はただ前に進むのみ。
 そして、幻は斬り払われる。
「触れたら枯れてしまう……触れるまで、わからないですよ」
 ウィルフレッドは黒衣の蝶に呼び掛けた。
 されど、自分に出来るのは此処迄であることもちゃんと解っている。
「貴方にとっての“ひかり”がそこまで来ています」
 ――ルーチェさん。
 ウィルフレッドは或る少女の名をそっと呼び、剣を収めた。自分もゼファーも、彼女が導く結末を見守っているから。
 どうか、と願うウィルフレッドの瞳は真っ直ぐに、少女と青年に向けられていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
事前にUCを発動して"怪力、御使い、魔動鎧、
韋駄天、狂気避け、破魔"の呪詛を付与
敵の精神属性攻撃を●破魔の●オーラで防御し、
暗視した彼の残像を●狂気耐性と気合いで受け流し耐える

…生憎だけど、その手の攻撃には苦い思い出があるの
だから対策は万全。今の私に効きはしないわ

掌に魔力を溜め●ダッシュで懐に切り込み、
敵に触れて●防具改造を施し●狂気耐性を付与し隙を作り、
第六感が捉えた敵の宿敵主に向け●怪力任せに大鎌をなぎ払い吹き飛ばす

…彼の幻で私の心を惑わそうとするなんて万死に値するけど…

…既にお前に相応しい末路が用意されているならば、此度は譲る事にするわ

…さあ、鎮魂歌が奏でられるまで、静かに待っていなさい



●心と想い
「……術式換装」
 吸血鬼狩りの業・千変の型――カーライル。
 倒すべき存在を前にして、リーヴァルディは魔力を紡いだ。身に纏っている力が増強されていくことを感じながら、視線を真っ直ぐに向ける。
 呪詛を巡らせるリーヴァルディは広がっていく心安らぐ甘い香りに耐えようとした。
 あれは敵の精神攻撃だと理解している。
 破魔のオーラで防御を行うリーヴァルディだが、既に巡ってしまった敵のユーベルコードを防ぐ術には成り得なかった。おそらくは此処が敵の領域の最中だということが、リーヴァルディの強靭な意思すらも貫通する力となっている要因だろう。
「仕方ないわね……いいわ」
 敢えてその術を受け入れることにしたリーヴァルディは、周囲の景色が揺らいでいくさまを感じ取っていった。
 幻を呼び起こす花の嵐と共に、術者である吸血鬼の姿もゆっくりと消えていく。
 リーヴァルディは暗視した彼の残像を見据え、狂気への耐性と気合いで以て幻に耐えることを心に決めた。
 其処に現れたのは――大切に想っている彼だ。
 普段通りの表情を浮かべている彼は、リーヴァルディに近付いてきている。
 常人であれば目の前に現れた幻を本物だと信じて駆け寄ったり、微笑みかけたりもするのだろう。されど、リーヴァルディ自身はこれがただの幻想でしかないと理解しているゆえに動じない。
「……生憎だけど、その手の攻撃には苦い思い出があるの」
 それゆえに対策は万全。
 たとえ幻が自分を包んでいようとも、今のリーヴァルディに効くことはなかった。幻の彼はリーヴァルディを傷付けようとしてくる。
 本当ならば、吸血鬼の攻撃は大切な者を想う記憶と心を奪うのだろう。
 されどリーヴァルディ想いはそんなことで消されはしない。破魔の力と、彼女自身が抱く心の強さが精神攻撃を完璧に撥ね退けていた。
 以前は逆の立場だった。
 嘗てあの幻に飲み込まれたとき、自分が彼を傷付けてしまった。今は偽の彼から危害が加えられる状況であっても、二度と繰り返さないと決めた。
 リーヴァルディはそっと双眸を細め、掌に魔力を溜めていく。
 そのままダッシュで幻の懐に切り込む――と見せかけて、幻の空間ごとすべてを切り裂く勢いで大鎌を振るい上げた。
 偽物であっても彼は傷付けたりしない。
 リーヴァルディは怪力任せに大鎌を薙ぎ払い続け、幻惑の香を吹き飛ばす。
「……彼の幻で私の心を惑わそうとするなんて万死に値するけど……」
 偽物の彼が完全に消え去っていったことを確かめ、リーヴァルディは前を見遣った。幻は晴れ、吸血鬼の姿も次第にはっきりと見えはじめている。
 このまま駆ければ相手を切り裂くことが出来る。
 だが、リーヴァルディは敢えてそうすることを選ばなかった。
「既にお前に相応しい末路が用意されているならば、此度は譲る事にするわ」
 自分にも大切な人がいる。
 そして、吸血鬼にも大事に思う記憶と誰かがいるのならば――此処で刃を振るう手を止めるということもひとつの選択だ。
「……さあ、鎮魂歌が奏でられるまで、待っていなさい」
 黒の大鎌を下ろしたリーヴァルディは、その瞬間をひとり静かに待つ。
 結末が紡がれる、最期の時を。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
触れたら、枯れてしまう、花…

炎の矢を作り出して敵を攻撃

聞きたいことはただそれだけですか
それはただ、「触れたい方」の思いで、望みで、葛藤で、
「花」の望みは、どこかしら…?
触れられるかどうかも選べずに、ただ枯れることか、捨てられることを受け入れるだけの「花」
その「花」がどうしてほしいか、聞いたことあるんですか?
結局、貴方もただの傲慢なヴァンパイアの一人だけですね

理想的な幻…
昔の、「もしも」への憧れを捨てた後、次の「理想」がなんなのか、自分も知らないくせに
この蝶は何がわかるの…?
たぶんぼんやりした幻しか見えない…彷徨える心のような、ぼんやりしたもの
死霊ちゃんに心を守られつつ、鱗粉を炎で焼却する



●花の想い
「触れたら、枯れてしまう、花……」
 レザリアは吸血鬼からの問いかけについて少し考え込み、軽く首を傾ける。それによって黒髪が微かに揺れ、其処に咲く黄色い福寿草が俯くように震えた。
 しかし、すぐに考えから意識を引き戻したレザリアは片手を掲げる。
 其処から炎の矢を作り出して敵へと放てば、薄暗い城の中が焔の明かりによって僅かに照らされていった。
 吸血鬼は炎の矢を蝶々のオーラで弾き、甘く笑む。
 ああして微笑んではいても、彼は闇を払う程のひかりを求めているのだという。されど、レザリアはこの炎程度では彼を照らせないことを知っている。
「聞きたいことはただそれだけですか」
 周囲に幻が満ちていくことを感じながら、レザリアは吸血鬼に問い返した。相手から返答が戻ってこないと知りつつレザリアは言葉を続けていく。
「それはただ、『触れたい方』の思いで、望みで、葛藤で……」
 幻は深くなり、次第に吸血鬼の姿が見えなくなっている。それでもレザリアは彼が立っている方向に声を向け続けた。
「その『花』の望みは、どこかしら……?」
 触れられるかどうかも選べずに、ただ枯れることか、捨てられることを受け入れるだけの花。きっと彼は誰かを花として喩えている。
 その誰かこそが、猟兵達が此処に来るまでに垣間見た記憶の中に居た少女だ。
 レザリアは幻惑の向こう側の吸血鬼の様子を探る。
 質問に質問で返すことの不躾さはレザリアとて知っているが、答えるよりも問いかけてみたい気持ちの方が強かった。
 安易に自分の返答を告げても、おそらく彼には届かないとも知っていたからだ。
「その『花』がどうしてほしいか、聞いたことあるんですか?」
「…………」
 深い幻の奥で、黒衣の蝶が無言のまま反応する気配がみえた。しかしやはり何の言葉も返っては来ず、やがてレザリアの身は完全な幻惑の世界に囚われる。
 その最中、レザリアはそっと呟きを落とした。
「結局、貴方もただの傲慢なヴァンパイアの一人だけですね」
 そして――。
 紫彩の蝶が舞う不思議な世界で、レザリア顔をあげた。
 其処でのレザリアは白い翼を持っている。術の器としての資格を失う前の姿だ。
「理想的な幻……そう、これが?」
 レザリアは散々思い尽くした過去の姿を確かめる。けれどこれは昔の『もしも』にしか過ぎず、その憧れはもう捨てた。
「……違う、違います」
 その後、次の『理想』が何なのかはレザリアにも解っていない。それゆえにこの理想は偽物でしかなかった。それゆえに自分の姿以外の景色はぼんやりとしていて、まるで彷徨える心を表しているようだ。
 自分も知らないくせに、この蝶には何がわかるというのか。レザリアが首を振ると白い翼が今と同じ色に戻った。
「死霊ちゃん……行こう、一緒に」
 寄り添う死霊が心を守ってくれている気がして、レザリアは呼び掛ける。
 そうして彼女は再び解き放った炎の矢で蝶々の鱗粉を焼却していき、幻の世界から脱していく。自分から吸血鬼に向けた問いかけの答えは、戦いが終わるまでに聞くことが出来るだろうか。
 そして、幻が晴れた先でレザリアは聴き届けることになる。
 彼が愛おしく思った『花』が紡いでいく、最後に贈られる歌を――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

エンジ・カラカ
ねぇ。ねぇねぇねぇ。
枯らす覚悟も無しに触れようと思ったのカ?

アァ……賢い君、賢い君、頭の高いヤツ…。
触れたら枯れてしまう花に触れたくなったら
答えは一つしかない。
うんうん。そうだそうだ。

触れて枯らす

賢い君を枯らしたのは俺だ。
花はいつかは枯れるンだ。
なら誰かが触れる前にこの手で枯らすだろう?

理想的な幻?
理想的なモノは無い。
だーってもう全部叶っているいる。

薬指の傷を噛み切って君に食事を与えよう。
甘い鱗粉に溺れるくらいなら君の毒を含んでしまおう。

ねェ。ねぇねぇねぇ。
なんで燃やさない?何で枯らさない?

お前がその質問をする時点で
答えはもう出ているンだよなァ

アァ……飽きた…。



●答えと現実
「ねぇ。ねぇねぇねぇ」
 静謐に満ちた昏い城内に、エンジ・カラカ(六月・f06959)が呼び掛ける軽い調子の声が響き渡った。反響した声は彼の吸血鬼の耳にも届いただろう。
 明確な返答はなかったが、エンジは構わずに次の言葉を掛けていく。
「枯らす覚悟も無しに触れようと思ったのカ?」
 触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら。
 エンジの言葉は、先程に彼が紡いだ質問に対しての更なる問いとして向けられた。
 されど、吸血鬼からの答えはない。
 此方が答えていないのだから当たり前だろうかと感じたエンジは、歪みはじめた周囲を見渡していく。
 其処にはこれまでとは違う景色が広がりはじめていた。
「アァ……賢い君、賢い君、頭の高いヤツ……」
 エンジは辺りを確かめ続けながら、吸血鬼からの問いかけについて考える。
 触れたら枯れてしまう。
 そんな花に触れたくなったなら、エンジにとっての答えはひとつしかない。
「うんうん。そうだそうだ」
 触れて枯らす。
 触れたいのならば触ってしまえばいい。その結果に枯れてしまったとしても、それが花の運命であり辿り着く結末だったのだから。
 ――賢い君を枯らしたのは俺だ。
 内に浮かんだ思いは言葉にせず、エンジは幻を齎す紫彩の蝶を見上げた。既に術者である吸血鬼の姿は見えなくなっていたが、この蝶が彼の化身だとも思える。
 そして、エンジは思いを声にしていく。
「花はいつかは枯れるンだ。なら誰かが触れる前にこの手で枯らすだろう?」
 誰にも渡したくないから触れたいのか。
 そうではなくても、例えばただ傍に居たいというだけであっても同じだ。
 そのとき、ふとエンジは気付く。
「これって理想的な幻? そっかそっか、今がそうだ」
 理想的なモノは無い。それゆえにエンジには普段過ごしている場所や、馴染み深い人がいる景色が見えている。
 その傍には賢い君も一緒にいた。つまりは、そう――。
「全部叶っているいる。だからこれでイイ」
 それからエンジは誓いを紡ぐように薬指の傷を噛み切り、君に食事を与えた。
 甘い鱗粉に溺れるくらいなら君の毒を含んでしまえばいい。それがエンジにとっての望みで、理想であるから。
「ねェ。ねぇねぇねぇ」
 エンジの呼びかけと共に燃える赤い糸が周囲に広がり、問いが再び投げかけられる。
「なんで燃やさない? 何で枯らさない?」
 次第に幻が晴れていき、吸血鬼の姿がエンジの瞳に映った。既にエンジには解っている。答えなど返ってこなくとも構わなかった。
「お前がその質問をする時点で、答えはもう出ているンだよなァ」
 双子の炎は完全に幻を消し去り、暗い城を仄かに照らしていく。エンジはもう答えるべきことも伝えるべきことも言い終わったというように頭を振る。
「アァ……飽きた……」
 後はこの成り行きを見守り、戦いの終わりと彼が迎える結末を確かめるだけだ。
 そして――薄暗い城の中で誰かの歌が響きはじめる。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

クロト・ラトキエ
ひかりを識ってしまったら
知らなかった頃には戻れない

腹が立つ
目の前の黒衣が…二藍の幻に重なって
…だから、故に、

思いっ切りブン殴る…!

生命力など幾らでも持ってけ
花に?
触れろよ!
枯れるなら、枯れ切るその瞬間まで
最期まで!

自分が穢れてるとか思うのは勝手だがな…
相手の心まで決め付けんな!
彼女が望んだか?
関わらせないでと願ったか!?
あんたが何であろうと関係無い
…君は、君で…それだけでいい…
彼女も君を…“ひかり”だけを頼りに…
信じてたらどうすんだよ
約束したなら守れ、この大馬鹿!!

…違うだろ
苦しくてもさみしくても…
しらなきゃよかったなんて、思わないだろ…
愛したなら

ブン殴る、けど
…UCは
倖いの夢をみせるだろうか



●君の傍にある光
 闇の中でだけ生きてきた。
 けれども、その中でひかりを識ってしまったら――。
 知らなかった頃には戻れない。忘れてしまったわけではないというのに、あの頃の自分がどのように生きていたのか思い出せない。
 きっと彼もそうなのだろう。
 クロトは胸の奥に宿る思いを自覚して、自分が腹を立てているのだと知る。
 目の前の黒衣が二藍の幻に重なって見えた。彼も、と思ったように自分だってひかりを知ったのだ。
「……だから、故に、」
 一度、瞳を伏せて呟いたクロトは拳を握り締める。その手は微かに震えていた。
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?
 吸血鬼はそのような問いと共に幻惑の魔力を持つ紫彩の蝶を放った。
 その幻はクロトを包み込んでいるが、その光景よりも強く思うことがある。そんなこと、誰かに問わずとも良い。
 おそらく彼は怖いだけだ。闇の存在である己が、自ら光へ踏み込むことが。
 そういったところまでよく似ている気がした。
「思いっ切りブン殴る……!」
 先程の言葉の続きを紡ぎ、クロトは幻の景色を見据えた。
 其処にある理想の世界ではなく、その向こう側にいるであろう吸血鬼を睨みつける。甘い鱗粉が周囲に舞っているが、生命力など幾らでも持っていけばいい。
「花に?」
 吸血鬼の問いを確かめるようにかぶりを振り、クロトは凛と告げていく。
「触れろよ!」
 その花はきっと彼にとっての大切なものなのだろう。
 いつか花が枯れるなら、枯れ切るその瞬間まで。手の届くうちに、否、手を届かせるのだという強い意志を持って。
「最期まで!」
 吸血鬼たる彼が、自分が穢れていると思い込んでいるのは勝手だ。しかし、クロトには許せないことがある。
「相手の心まで決め付けんな! 彼女が望んだか?」
 幻の中で意識が揺らぎそうになった。それでもクロトは果敢に耐え、此処に来るまでに垣間見た吸血鬼の過去を思う。
 僅かに見えた少女の姿が、その子が歌っていた声が、今も忘れられない。
 クロトの見間違いでなければ少女は今現在、此処に訪れている。吸血鬼の思いは理解できるが少女の方の答えはまだ知れない。
「その子が、あんたの大切な子が関わらせないでと願ったか!?」
「…………」
 幻の向こう側で吸血鬼はクロトの声を聞いていた。その気配を察し、クロトは思いを言葉にし続けていく。
「あんたが何であろうと関係無い……君は、君で……それだけでいい……」
 彼女も君を――。
 約束という“ひかり”だけを頼りにして、信じていたら。
「どうすんだよ。約束したなら守れ、この大馬鹿!!」
 クロトは叫ぶ。これほどに声を大にして思いを告げるのは、彼と自分が重なって仕方ないから。一歩間違えれば己も同じになりそうだ。
 けれども違う。
 苦しくてもさみしくても、しらなきゃよかったなんて、もう思えないから。
「……愛したなら、愛し続けろ。いや……愛して、いたいよな……」
 ブン殴るとは言ったが、クロトの拳は下ろされていた。気迫で以て晴らした幻の奥に、吸血鬼が悲しげな瞳をしている姿が見えたからだ。
 一瞬だけ重なった視線から、クロトはすべてを理解した。
 彼も自分も心の中にひかりを宿して、救いを求めている、ということが――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
ロワが、ミヌレが、タイヴァスが、テュットが、クーが、…そしてその奥でミエリが。俺を睨み、襲ってくる

だが、だからといってどうもしない
俺がお前達を傷つけるより、ずっと、何倍も、その方が良い
だからアンタが燃えてしまった時の現実の方が辛いんだ
…ミエリ、ごめん。
だがこれは本物ではない
大切な者達は近くにいるから。
UC「ライオンライド」
ミヌレの槍を振るい、ロワが身体を振るい花嵐を払う

触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら…
俺は耐える。自分の行動のその先で失うのは、…もう二度と御免だ。
でも…そうだな、その想いが抑えならないなら枯れずに触れる方法を必死に考えるよ

聴けると良いな、アンタの聴きたい声を。歌を。



●求める歌
 一瞬、心が安らぐ香りがした。
 それと同時に花が舞い、嵐となってユヴェンを包み込んでいく。
 思わず目を瞑ってしまったユヴェンが瞼をひらくと、其処には自分を見つめている仲間達の姿があった。
 獅子のロワに槍竜のミヌレ、大鷲タイヴァスにクロークのテュット、白狐のクー。
 見慣れた仲間だが様子がおかしい。
 皆が鋭い眼差しで、敵意が混じった雰囲気を纏っていた。そして、何よりも存在感を放っているのが彼らの奥にいるミエリクヴィトゥスだ。
 聖獣は此方を睨みつけ、ユヴェンを呼んだ。
 ――殺してやる、小僧。
 その声と共にロワが跳躍し、ミヌレが威嚇の声をあげた。
 タイヴァスは飛翔して滑空の準備を整え、テュットはユヴェンの視界を防ぐように動き、クーはふるふると震えている。
 誰もがユヴェンを敵視しており、襲いかかってきた。
 だが、彼は抵抗などしない。
 彼にはこれが幻であると解っているからだ。しかし、だからといってどうもしないのは傷付けられるよりも、傷付けることの方が何倍も辛いゆえ。
「俺はお前達に手を上げるようなことはしない」
 たとえ偽物であっても、たとえ幻想であっても、その方が良い。
 獅子の牙や竜の尾がユヴェンを穿つ。痛みが走ったが、反撃も絶望もしなかった。ユヴェンの視線はミエリクヴィトゥスに向けられており、その瞳には深い悲しみと後悔が宿っているように見えた。
「アンタが燃えてしまった時の現実の方が辛いんだ」
 言いたいことはそれだけか、というかのようにミエリクヴィトゥスが鋭い眼差しを返してくる。解っている。本物ではないと理解しているのだが、ユヴェンは無意識に謝罪の言葉を口にしていた。
「……ミエリ、ごめん」
 謝っても過去が変わるわけではないと知っている。
 それでも、こうして憎悪を向けてくるミエリクヴィトゥスを見ると、そう言わずにはいられなかった。
 だが、これは本物ではない。
 爪を差し向けてくるタイヴァスも、ひらりと舞うテュットも、震え続けているクーだって全てが偽物に過ぎない。
 大切な者達は其処ではなく、近くにいる。
「ロワ! ミヌレ!」
 ユヴェンがその名を呼ぶと、本物の獅子と槍竜が呼応した。
 ミヌレの黒槍はユヴェンの手の中に収まり、黄金の獅子が体を大きく振るうことで幻惑の花嵐を払っていく。
 偽物の幻が晴れていく中、ユヴェンは吸血鬼が語っていたことを思い返した。
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら。
 彼がその答えを求めているならばユヴェンは真っ向から答えてやるだけだ。
「俺は耐える」
 自分の行動の先で大切なものを失うのは、もう二度と御免だ。
 されど、ユヴェンは更にその先の思いを告げる。
「でも……そうだな、その想いが抑えならないなら、枯れずに触れる方法を必死に考えるよ。悩んで、悩み抜いて……答えが見つからなくとも、な」
 自分なりの返答を語り終えたユヴェンは、耳を澄ませた。
 きっと今から此処に歌が響きはじめる。そんな予感を覚えながら、ユヴェンは黒衣の蝶に向けて静かな笑みを向けた。
「聴けると良いな、アンタの聴きたい声を。歌を――」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵠石・藤子
オレはそこまで人を愛した事もねぇ、と思うが
大切なものを見つけたなら、幸せモンだと思うぜ

幻に現れるのは母親の姿
白い和服姿のそれは、最期に見たものに程近く
優しい微笑みを湛えて
はしゃいで遊ぶ、村の子供達
畑を耕す若者たち
山間ののどかな村里は、藤子の愛すべき故郷

「母様、みんな……」

藤子
藤ねぇちゃん!
藤子さま

そんな呼び掛けも懐かしくて藤子の心が揺れる
だけど

「藤花円月」
幻を振り払うように、トーコが舞って

「母は死にました」
わたしが、殺した
「あなたは母ではないし、村も…」
わたしが、捨てたのです

自分でやった事を、忘れる筈もない
あなたが、彼女への想いを
彼女との過去を忘れないのと同じように

あなたの望みが叶いますように



●懐かしき記憶
 吸血鬼は少女を愛でていた。
 否、愛していたと呼ぶ方が相応しいのかもしれない。此処に訪れるまでに垣間見えた過去の光景を思い、藤子は黒衣の蝶について考えていく。
「オレはそこまで人を愛した事もねぇ、と思うが……大切なものを見つけたなら、幸せモンだと思うぜ」
 暗闇に沈んで闇しか知らぬままであるよりも、僅かでも光を知ったなら。
 そう感じたのだと藤子が答えると、その周囲にも幻が現れはじめる。悪夢にようこそ、と先程の吸血鬼は語った。
 その言葉通り、藤子にもまた夢が齎されていく。
 暗い闇のようなものが満ちたことで藤子は思わず瞼を閉じた。一瞬後、眩い光を感じて目をあけた藤子は、今此処にいないはずの影を見つける。
「母様……」
 其処には懐かしい村の風景があり、母が立っていた。
 白い和服姿の彼女の姿は最期に見たものに似ている。しかし母は優しい微笑みを湛えており、穏やかな雰囲気を纏っていた。
 周囲に見えるのは大いにはしゃいで遊び回っている村の子供達や、畑を耕している若者達。山間ののどかな村里の景色がずっと広がっている。
「それに、みんなも……」
 藤子は僅かに今を忘れ、愛すべき故郷を見つめた。すると此方に気付いた村の皆が声を掛けてくる。
 ――藤子。
 ――藤ねぇちゃん!
 ――藤子さま。
 それぞれに違う呼び名ではあるが、其処には慈しみや親しみ、心遣いが感じられた。一歩、其方に踏み出しそうになる。
 懐かしくて、今思えばいとおしくてかけがえのないものだ。
 藤子の心が揺れる。この場所の何が悪夢だというのか。此処にずっと居られれば穏やかな幸福に満たされていられる。
 だが――其処にトーコが現れ、平穏な幻を一閃した。
 幻を振り払った彼女が華麗に舞えば、田畑の光景が薄れる。もう一閃すると若者や子供達が跡形もなく消滅していった。
 そして、トーコは藤子に語りかけるように言葉を紡ぐ。
「母は死にました」
 ――わたしが、殺した。
「あなたは母ではないし、村も……」
 ――わたしが、捨てたのです。
 トーコは最後に残った母の前に立ち、これは偽物でしかないと断じた。黒嗟鵠石が鋭く振るわれ、母の姿も幻想の中に沈んでいく。
 藤子は幻の狭間に取り込まれかけていた意識を取り戻し、顔を上げた。
 惑わされそうになっていたが、もう大丈夫だ。
 自分でやった事を、忘れる筈もない。今は共にトーコがいて現実を生きている。それがたとえどうしようもなく悲しくて苦しいものであったとしても、もう戻れない。
 トーコは完全に消えていく村の景色から視線を逸らし、吸血鬼を見つめた。
「あなたが、彼女への想いを、彼女との過去を忘れないのと同じように」
 わたしたちも、今を忘れないから。
 刃で以て幻を何度も斬り裂いた故、術者である吸血鬼の力も幾らか削げたようだ。このまま斬り掛かることも出来るが、彼女は敢えて刃を下ろした。
 自分の役目は此処で終わり。
 後は此の先に巡るであろう黒衣の蝶の結末を見届けるだけ。
「あなたの望みが叶いますように」
 せめて、最期に。
 藤子達は真っ直ぐに黒衣の蝶を見つめ、そっと願った。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

アパラ・ルッサタイン
この歌は
あの鎖の先は
あなたか

晴天の元
煤で汚れた貴方が笑う
今日の仕事はキツかったな、なんて
また明日も頼む

あは!
理想すぎて違和感しかなくって
思わず笑って
貴方、青空似合わないんだなァ
良い夢をありがとう
だが、うん
もういいや

花に触れたいなら
あたしは躊躇わずに指を伸ばす
枯れてしまうかなんて分からないだろ

ねえ、あなたの白百合は
あなたの駒鳥はそんなにか弱いかい?
触れたいなら
想いはきちんと伝えた方がいいよ
想う故の恐れごとね
簡単にひとは
また明日、なんて言えなくなるのだから

あたしはランプ屋
闇を厭い
光を求めるならば
貴方はあたしの客さ

貴方自身の唯一の火種は別にあるだろう
だから
それまでの路をほんの少し照らすだけ
よい灯りを



●灯火の向こう側
 この歌は、あの鎖の先は――。
 吸血が齎す幻がアパラを包み込み、これまでとは違う景色が目の前に現れた。
 双眸を細めた彼女は其処に立っている誰かを見つける。幻想の中に現れた空は晴天で、逆光になっているので一瞬は誰であるのか分からなかった。
 しかし、アパラはすぐに理解する。
「あなたか」
 晴天の元で、煤で汚れた貴方が笑っていた。そして、相手は此方に語り掛けてくる。
『今日の仕事はキツかったな』
「……ああ」
『また明日も頼む』
 アパラは頷くだけに留めたが、その笑顔は眩いまま。ひかりに満ちた世界にあるのは理想の光景と姿だ。
 思わず可笑しくなり、アパラは声を上げて笑った。
 理想すぎて違和感しかない。こんな姿は見たことがなくて、何だか変だ。
「貴方、青空似合わないんだなァ」
『そうか? こういうのも悪くないと思っているんだが』
 すると相手は肩を竦めて少し困ったように笑う。そうであったら良い、というアパラの理想が具現化された存在は、ただの夢でしかない。
 アパラは少しの間だけ相手を見つめて、うん、と頷いてみせた。
 良い夢をありがとう。
 礼を告げてから首を横に振る。もういいや、と口にしたアパラがランプを掲げると周囲の晴天が曇っていった。
 貴方の幻影はアパラを見送るように、消えゆく最後まで笑っていた。
 やがて景色は元の薄暗い城内に戻り、術中である吸血鬼の姿が見えはじめる。
 そして、アパラは先程に問われた言葉についての返答していく。
「花に触れたいなら……」
 彼は誰かを花に喩えているのだろう。
 闇に染まった自分が花に触れれば、穢してしまうと思っている。そう感じられるゆえにアパラは凛と答えた。
「あたしは躊躇わずに指を伸ばす。枯れてしまうかなんて分からないだろ」
 ねえ、と呼び掛けたアパラは更に言葉を紡いでいく。
「あなたの白百合は、あなたの駒鳥は、そんなにか弱いかい?」
「……」
「触れたいなら、想いはきちんと伝えた方がいいよ」
 黒衣の蝶から言葉はなかったが視線が返ってきた。アパラはその眼差しを受け止め、己の思う儘を伝える。
「想う故の恐れごとね、知るといい。簡単にひとは、また明日、なんて言えなくなるのだから。後悔してからじゃ遅いんだ」
 語り掛けた言葉はアパラ自身が抱く思いでもあった。当たり前にあるはずだったものは儚く崩れ落ちて壊れていく。望むものは手に入らなくなってしまう。
 そうして彼女は灯を掲げる。
 自分はランプ屋。闇を厭い、光を求めるならば――。
「貴方はあたしの客さ」
 けれども、アパラの役目は灯を宿す切欠を見せるのみ。何故なら、彼自身の唯一の火種は別にあるだろうから。
 だから、それまでの路をほんの少し照らすだけ。
 揺れる遊色に願いを込めて、アパラは少女と青年が辿る結末を思う。
「よい灯りを」
 どのような終わりが訪れたとしても、きっと其処にひかりは満ちていく。
 求めた灯りも、燈す光も、もう既に此処に在るのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

クレア・オルティス


姿はまったく違うのに鏡の中の自分を見てるようで
どうして私は吸血鬼なんだろう
普通の人間であったなら
闇でなく光であったなら
私もそう思っていた
闇夜を彷徨っていた私の心に一筋の光を差し込んでくれたのがあなたの想うその人だったよ
私はその光を信じてる
あなたも光を見たのなら、どうして…
彼の全てを理解するのは今の私には難しいのだろうか
それでもできればあなたとは戦いたくない
しかし堕ちることを赦してしまったら…
もし、あなたの望む最期があるのなら、それを私に見届けさせてほしい
でもその前に
あなたの見せる私の望む未来…この幻だけは打ち破らせてもらう…!
私はこの幻を現実のものにするために進むって決めたのだから



●望む未来
 黒衣の蝶が歌う。
 それは此処に来るまでに揺らいでいた記憶の中の少女が歌っていたものと同じ歌だ。
 クレアは歌声に耳を澄ませ、吸血鬼が抱く思いを感じ取る。甘い歌声は幻を生み出し、周囲の者を惑わせていっている。
 どうしてか、クレアは彼に不思議な縁を感じていた。
 姿も境遇もまったく違うのに、まるで鏡の中の自分を見ているようで苦しい。
 ――どうして、私は吸血鬼なんだろう。
 クレアの中にも黒衣の蝶が抱く思いと同じ感慨があった。誰しも生まれる先や種族を選んで生を受けたのではない。それゆえに思い悩むことがある。
 もし、普通の人間であったなら。
 もしも、闇でなく光であったなら。
 クレア自身もそのように考え、自分は闇の存在でしかないのだと思っていた。
 けれども今は違う。
 闇夜を彷徨っていたクレアの心に一筋の光を差し込んでくれた人がいる。
「あのね、私もその子が好きなんだ」
 幻の向こう側にいるであろう吸血鬼に向け、クレアは語り掛けていった。
 伝えるのは嘘偽りない思いだ。
「私にとっての光も、あなたの想うその人だったよ」
 クレアは両手を重ねて真っ直ぐに前を見つめる。その光を信じているのだと伝え、クレアは黒衣の蝶に疑問を投げかけた。
 その間にも幻は心を蝕もうとしていたが、クレアは果敢に耐えていく。
「あなたも光を見たのなら、どうして……」
 彼はきっと手を伸ばせないでいるのだろう。己の存在を自ら畏れて、穢れたものだと思っているゆえにこうして狂気に囚われかけているのだろう。
 同じで似ていると思っていても違うのか。彼の全てを理解するのは今のクレアには難しいのだろうか。
 クレアの中に不安が過ぎった。
 それでも此処で怖じ気付くわけにはいかない。
「できればあなたとは戦いたくないの」
 出来るならばそのままの彼と、彼女が出会って欲しい。しかし、堕ちることを赦してしまったら、その先に待っているのは破滅だ。
 それゆえに止めなくてはならないこともクレアには分かっている。
「もし、あなたの望む最期があるのなら、それを私に見届けさせてほしい」
 でもその前に。
 クレアは周囲に広がっている幻に向き直った。
「あなたの見せる私の望む未来……この幻だけは打ち破らせてもらう……!」
 白の抱擁――クレイドル。
 クレアが力を紡ぐと、白薔薇の甘い香りが広がっていった。花吹雪が周囲の幻を打ち消していく中で、クレアは決意を言葉に変える。
「私はこの幻を現実のものにするために進むって決めたから」
 必ず、絶対に。
 そのためにも此の胸の奥に宿っている光を消させるようなことはしない。
 願わくは、彼も――どうかひかりを受け入れられますように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオン・エストレア
彼の紡いだ質問
聞き慣れた歌が響く中で
その言葉が酷く俺を蝕む
幻を見せる蝶が映すは俺の大切な人
…ルー、チェ…?
手を伸ばそうとしても言葉の恐怖で手が動かない
あんなに話して、あんなに触れ合ったのに
恐怖と鱗粉が俺を蝕んでいく
化物が故に彼女に触れられないと
やがて絶望の底で気づいた
お前と俺は同じだ
同じ駒鳥に同じ光を見た者同士
吸血鬼でなければと嘆く者同士
同じ苦しみを抱いている同胞
俺は…
触れれば枯れてしまうのなら
枯れぬ方法を探し続ける
己が朽ちようとも
答えを見つけるその時まで
だからお前も正気であるうちに
共に答えを見つけ出そう
焼き尽くす祈りの焔
幻をかき消せ
そして彼にかの歌を聞き届けるまで
狂気へ抗う力を与えてくれ



●Dear
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?
 
 吸血鬼の彼が紡いだ質問。その中で語られた花とは、きっと彼女のことだ。
 聞き慣れた歌が響く中でリオンは彼女のことを想う。
 枯れてしまう花。それはおそらく、闇が光を侵食して枯らしてしまうかもしれないという彼の畏れのあらわれに違いない。
 その言葉がリオンを酷く蝕んでいく。周囲には紫彩の蝶が舞い、蠱惑的な幻想をリオンに魅せていっていた。
 幻を見せる蝶が映すのは、リオンにとっての大切な人の姿。
「……ルー、チェ……?」
 確かに彼女は此処に訪れているが、今は自分の前にいるはずがない。しかし幻に侵されたリオンは現を忘れさせられかけている。
 思わず幻影の彼女に腕を伸ばそうとしたが、先程の言葉の恐怖で手が動かなかった。
 触れたら枯れてしまう。
 闇が光を消してしまう。
 ああ、自分もだ、と思ってしまった。彼女とはこれまでにあんなに話して、あんなにも触れ合ったというのに、リオンは怖くて仕方がない。
 恐怖と鱗粉が自分を蝕んでいくことを感じながらも、リオンは幻の彼女を見つめることしか出来なかった。
 化物であるが故に彼女に触れられない。
 光が在るからこそ暗い闇が生まれてしまう。望まなくとも、それは必然。
 やがてリオンは絶望の底で気付いた。
「……お前と俺は同じだ」
 幻の向こう側にいるはずの黒衣の蝶に語り掛け、リオンは真っ直ぐに幻の少女へと視線を向ける。其処で彼女は淡く微笑んでいた。
 黒衣の蝶とリオン。
 互いは同じ駒鳥に同じ光を見た者同士。
 自分が吸血鬼でなければ、と嘆く者同士。そして、同じ苦しみを抱いている同胞。
「俺は……」
 リオンは伸ばしかけていた手を再び上げ、指先を少女に向けた。
 それと同時に吸血鬼から問われていた言葉への返答を紡いでいく。答えは見つかっているようで未だ不明瞭だが、今の自分の思いを伝えたいと思った。
「触れれば枯れてしまうのなら、枯れぬ方法を探し続ける」
 枯らしたくないという思いが一番にあるのならば、それを回避できる術を見つけたいと考えた。たとえ己が朽ちようとも、答えを見つけるその時まで探求し続ける。
「だからお前も正気であるうちに、共に答えを見つけ出そう」
 俺達は似ているから。
 同じひかりを求める者同士で手を取り合うことは出来ないだろうか。だが、その前にこの幻から抜け出さなければ始まらない。
「――ルーチェ」
 リオンは少女の名を呼び、祈りを捧げた。そうすることで生み出された美しき蒼い炎が周囲に広がっていく。
「焼き尽くす祈りの焔よ、幻をかき消せ」
 焔を広げたリオンは幻が消え去っていく様を見届け、本物のルーチェに目を向けた。
 彼女は歌を紡ごうとしている。彼のために、唯一の歌を。
 そして、リオンは願う。
 黒衣の蝶がかの歌を聞き届けるまで、狂気へ抗う力を――。
 蒼の焔は静かに燃え上がり、歌声を彩るかのように城を淡く照らしていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
アドリブ歓迎

踏み入ったのは悪いと…

…理想なんて叶わない?

いいや違う、絶対違う!

質問の答え…触れたくなってしまったなら
答えはこうさ!
「触れても、枯れない方法を創り出してから触る!」

この世に不可能なんてない!
諦めなければ必ず!無い選択肢だって産み出せる!
お前が今まで抗ってなければ、この場面すらなかった様に!

忘れたとて過去の夢は消えないなら
理想が簡単に実現しない事も知っている!

俺は忘れない!屈さない!

光と闇があればこそ命は成立する…そうあいつに聞いた
ならお前にも光はある

心の闇を光で中和出来るよう願い
お前含めた全部対象!

属性は輝光!

UC!

輝ける勝利を此処にッ!

パイオニア・グリッター
〖輝光戦場〗!!



●光を此処へ
 薄暗い城内にて。
 吸血鬼からの視線を受け、零時は身構える。
「勝手に踏み入ったのは悪い。けど……理想が叶わない?」
 居城に侵入した非礼を詫びながらも、零時は或ることが気になっていた。それは吸血鬼が先程に語った言葉のひとつだ。
 理想なんて叶わないものだから、と彼は諦めたように語った。
 まぁいい、という軽い言葉で全てを手放してしまっているように思えてならない。
 零時にとって理想とは大切なものだ。たとえ吸血鬼が自分だけのことについて語っていたとしても、聞き流すことは出来なかった。
「いいや違う、絶対違う!」
 理想があるからこそ人は前に進める。
 理想がなければ、其処で止まってしまう。零時には理想を諦めるという選択肢はなく、何処か悲しげな諦観を持っている吸血鬼をどうにかしてやりたくなった。
 それゆえに零時は彼が投げかけていた問いに答える。
「……触れたくなってしまったなら、か。だったら答えはこうさ!」
 その間にも紫彩の蝶が零時の周囲に舞っていた。それは幻を見せる力を持ち、少年を幻惑の世界に連れて行こうとしている。
 だが、零時はそんなことになど構わずに答えを言葉にしていった。
「触れても、枯れない方法を創り出してから触る!」
「…………」
 すると幻の向こう側から肩を竦めたような吸血鬼の様子が伝わってくる。絵空事だとでも言われているようだったが、零時は真剣な眼差しを向け返す。
「この世に不可能なんてない!」
 全力で言葉にしたのは心からの思いだ。少年は本気でそう信じている。
 零時は現を忘れさせる力に抗いながら、吸血鬼に向けて指先を突きつけた。幻に寄って彼の姿は見えていないがお構いなしだ。
「諦めなければ必ず! 無い選択肢だって生み出せる! お前が今まで抗ってなければ、この場面すらなかった様に!」
「――!」
 すると、相手が息を呑む気配が感じられた。
 僅かであっても何かの感情を与えられならばそれでいい。零時は自分の中にある魔力を集わせながら、更に思いの丈を告げていく。
「忘れたとて過去の夢は消えないなら、理想が簡単に実現しない事も知っている!」
 俺は忘れない。
 そして、決して屈しない。
 宣言した零時は思い返していく。光と闇があればこそ命は成立する、とあいつに聞いたことがある。それならば、きっと。
「お前にも光はある!」
 心の闇を光で中和できないか。一か八かに賭けてみようと決め、零時は願いを込めた力を解き放っていく。藍玉の杖を高く掲げ、心を惑わせようとしている幻ごと全てを照らす勢いで光が集まっていった。
 眩いほどの光を満ちさせる対象は、黒衣の蝶を含めたすべて。
 空間指定、座標固定、詠唱開始。
 闇が嫌いならば光で満たして、未来を繋げて行けばいいのだから。
「輝ける勝利を此処にッ!」
 輝光戦場――パイオニア・グリッター!
 少年が解き放った力により、周囲の空間は輝光に包まれていく。
 零時はしかと前を見据え、此処から巡りゆく結末を見届けることを心に決めた。
 この輝きの先に、彼が嫌っている淀んだ黒が訪れないように。
 ただ只管に明るく、眩く――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
問いと共に齎されるのはくらやみ
どこを見ても真っ暗で
なんにも見えない、聞こえない、触れない、感じない
きっとなにもないのだろう
でも
なにかに引き摺り込まれるような感覚もないし
安らいですらいる

たぶん今の私には
理想に描くものがないんだろうな
だって
やっと気付いた幸せというものが
どんなカタチをしているのか
どんなカタチになってほしいのか
まだ全然解らないんだもの

私は花に触れるよ
問いへの答え
それが己の心であるなら
花がどんな姿になっても受け入れる
不確かな未来
それがきっと今の私の理想の姿

ねぇ優しい吸血鬼
君も夢を見るといいよ
まるでお返しのように
夢の中で見るものが
そして目覚めた時に見たものが
おまえの―君の幸いであるといい



●夜にひかりを
 枯れてしまう花に触れたくなったら。
 それは彼がひかりに手を伸ばしたくても、出来ないという現状を示している。
 ロキは吸血鬼の声を聞き、その問いの本質をなんとなく感じ取っていった。しかし、問いと共にロキの周囲にくらやみが齎される。
「やぁ、暗いねぇ」
 どこを見ても真っ暗闇だったが、ロキは何処かのんびりと呟いた。
 城内が暗くなったわけではない。これが相手から齎された幻だと気付き、ロキは周囲に意識を巡らせてみる。
 なんにも見えない、聞こえない。
 手を伸ばしても、少し歩いてみても何にも触れられずに感じられなかった。
 きっとなにもないのだろうと思い至り、ロキは立ち止まる。
 自分の姿すら見えない闇は常人であれば恐怖の対象だっただろう。だが、なにかに引き摺り込まれるような感覚もなくて、ロキにとっては悪くないものだ。
 寧ろ安らいですらいる。
「たぶん、今の私には……」
 理想に描くものがない、とロキは独り言ちる。だからこそ、このような闇が視えているのかもしれない。
 だって、と小さく口にしたロキは己の在り方を思う。
 やっと気付いた幸せというものが、どんなカタチをしているのか知らない。
 食われる程の幸福が自分の中にあるというのに、それが何であるかも分からない。そして、どんなカタチになってほしいのか。
「まだ全然解らないんだもの。仕方ないよね」
 そっと肩を竦めたロキだが、悲観しているわけではない。性急に何かを知ろうとも思っていないし、何せ時間はこれからもたくさんある。
 それゆえに今はこの闇ですら、自分の内に宿るものだと認めた。
 そうして、ロキは振り返る。この辺かな、とあたりをつけたロキは幻の術者である吸血鬼がいるであろう方向を向いた。
 あの問いへの答えを返していなかったと思い出したからだ。
「私は花に触れるよ」
 枯れてしまうというのは未だ確定していない。
 それにもし、それが己の心であるなら――花がどんな姿になっても受け入れる。
 不確かな未来。
 それがきっと、今の自分の理想の姿だから。
「そろそろここから出ようかな。居心地は良いけどね」
 ロキは片手をあげ、暗闇を覆うように夜の帳を下ろす。すると其処からあえかな光が放たれ、闇の世界がゆっくりと晴れていった。
 まるで闇そのものに眠りを齎すように、幽かな光は幻を打ち破っていく。
 次第に吸血鬼の姿が見えはじめ、ロキは静かな笑みを見せた。
「ねぇ優しい吸血鬼」
 君も夢を見るといいよ、と告げたロキはまるで先程のお返しのようにして更なる光を戦場に満たしていった。
 ほんの少しだけ、哀しみを忘れて。眠れ、夢見よ。
 僅かな夢の中で見るものが、そして目覚めた時に見たものがおまえの――君の幸いであるといいと願い、ロキの力は広がっていく。
 眠りは終わりで、夢は理想。
 どうか苦しまないで。最後の最期に、夢みたものが叶うように。
 闇に射すひかりは、此処から繋がる未来を示していく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
あいつは、もしものおれだ
ありえたおれで、いや
いつか来るかもしれない未来の

香った匂いと花の群れがましろで
過ぎったのがいけなかった
雪白のあの子が見えて

鼓動が速い
おれの知らないだれかと
肌を重ねないでくれ
おれの知らない顔をして
幸せそうにしないでくれ

それがひどくこわくて
どこにもいかないでほしかった

でも、あの子がおれを傷つけたとして
あの子に罪なんてひとつもないんだ
【呪詛耐性

花嵐と偽物を突っ切って駆ける
黒衣に鞭絡めて動きを止めて、華に体を明け渡す
これなら避けようがないだろ
【串刺し、鎧無視攻撃、傷口をえぐる

叶わないものを夢見たとして
おれは、あの子のせいになんかしない
侮辱は許さない

おまえだって、そうなんだろ



●終の花霞
 ひかりを夢見た。花を愛した。
 けれども、どちらにも触れられない。触れたいと願っているというのに、己の存在がそれを穢してしまうと思っている。
 なびきが彼から感じたのは、そのような思いだ。
 あいつは、もしものおれだ。
 似ている。否、きっと――同じに違いない。
「ありえたおれで、いや……いつか来るかもしれない未来の、」
 浮かんだ思いが無意識に言葉として零れ落ちてしまった。なびきは途中で言葉を止め、口許を引き結んだ。
 同時にふわりと薫ったのは甘やかな香り。
 淡い色を宿す花が舞ったかと思うと、なびきの目の前がましろに染まった。そのとき、ふと胸裏にあの子の姿が過ぎったのがいけなかった。
 薄暗い城内の景色は瞬く間に違うものへと変わり、雪白のあの子が見えた。
「……、――」
 その名を呼ぼうとして、なびきは息を呑む。
 何故なら、此処にいるあの子が誰かと一緒にいたからだ。知らない誰かと楽しそうに笑っていたあの子は、ちらりとなびきに視線が寄越した。だが、まるでなびきのことなど何にも気にしていないかのように、あの子の眼差しが違う誰かに向く。
 鼓動が速い。
 やめてくれ、と心が叫んでいるが身体は動かなかった。
 おれの知らないだれかと、肌を重ねないでくれ。おれの知らない顔をして、幸せそうにしないでくれ。
 それがひどくこわい。どこにもいかないでほしかった。
 裡に宿るのは独占欲めいた思いと、自ら踏み出せない怯えのような感情。
 相反する感情を抱えながら、なびきはあの子を見つめ続けた。でも――と、なびきは胸元に手を当てた。未だ鼓動は収まらないが、思うこともある。
(あの子がおれを傷つけたとして、あの子に罪なんてひとつもないんだ)
 見せられているのは幻だ。
 傍にいる誰かは偽物で、存在しないもので、あの子だって偽物の影に過ぎない。それでも花の向こうのあの子を自分の力で消し去ることは選べなかった。
 なびきは意を決し、花嵐と偽物を突っ切って駆ける。
 このまま此処にいれば、大切な者を想う記憶と心が失われてしまう。その方が楽であるとは思えない。あの子に傷付けられるよりも、この気持ちを忘れてしまう方が苦しい。
 なびきは己の身体を華に明け渡した。
 周囲に舞う嵐花を鞭で弾き飛ばし、幻を打ち破っていく。そうすればこれまでに見えていた幻惑の世界が消え去っていった。
 目の前に見える吸血鬼を見据え、なびきは己の思いを告げていく。
「叶わないものを夢見たとして、おれは、あの子のせいになんかしない」
 侮辱は許さない。
 いとおしいと思う花を、自分にとってのひかりを、闇に染めたくはない。
 なぁ、と呼び掛けたなびきは少しだけ泣きそうな顔をしてから表情を引き締め、真剣な眼差しを吸血鬼に向けた。
「おまえだって、そうなんだろ」
「……ああ、そうだね。その通りだ」
 そのとき、猟兵達に対して殆ど無言を貫いていた黒衣の蝶が口をひらいた。
 やっぱり同じだ。なびきは彼を真っ直ぐに見つめ、静かに頷く。
 後は此処ですべてを見届けるだけ。彼にとっての結末がすぐ其処まで訪れていることを感じながら、なびきは得物を下ろした。
 そして――終幕を告げる歌が城に響き渡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟迎櫻

どうしてだろう

君も
あの時のとうさんも

暗闇の中で光を求めるのに
手を伸ばすことすら躊躇い
本当は大切なのに
離れたくないはずなのに
共にあることよりも
手放すことばかりに覚悟をきめて

僕はそんなの嫌
この冷たい闇の世界で
望む光を見つけられた―それは奇跡なのに

僕は愛する人のいる現を忘れない
今生きるこの世界こそが理想そのもの
幻の中
黒薔薇の聖女が跪く
やめて
そんなの望まない

触れたら枯れるなど誰が決めた?
手を伸ばさなければ何も変わりはしないよ

触れなくても歌は届く
心に、魂に
世界を超えて
僕はとうさんとかあさんから教わった
ヨルを抱きしめ
舞うカナンとフララと共に歌う

『水想の歌』

櫻宵、カムイ
いくよ
僕らの倖を光と咲かせよう


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

望めど手を伸ばせないのは
其れは守りたいからではないかな
孤独の中で見つけたひとつの光ほど
眩く焦がれるものはない

蝶、

桜の下で大切な存在達が微笑み
私を招いてくれる

私の理想も現も変わらない
気づかせてくれてありがとう

礼と共に幻の厄すいとを切断する

触れれば枯らす花
私ならば他の誰かに奪われる前に
迷わず手を伸ばして―守る
枯れないように永遠を約して

枯死の厄が云うのは可笑しい?
傍に居るだけでいい
この世でずっと
己より大切な存在だから巫女に選んだ


響き渡るリルの歌に導きの桜彩をみる
サヨ
大丈夫
離さないよ

リルの優しさと強さが眩しい
不安げなサヨを撫で

望み通り優しい光のうたう餞の中で眠れるといい
意図はちゃんと繋がっている


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

吸血鬼というのは愛に臆病なものなのかしら
望んではいけないと戒めている?

甘い香りと幻

―倖に生きて
いずれ私も廻る天へ還る
そして廻る約の通り
おかえりと『私』を迎える神がいる
違う
それは『櫻宵』ではない
私は過去になる
尊ばれるのは新しい私で
過去の櫻宵は要らないものに

当たり前の事
裏切りではない
理想の巡り
光の標ように抱くものなのに
胸が痛むの

惑わしなどうけないわ
私達の約束を穢すことなど赦さない
破魔と共になぎ払う

心地よい人魚の歌
何時だって私のひかりでいてくれる
繋いでくれるこの熱は私の神の掌の

触れて欲しいのに
枯れるからと触れられないのは嫌よ

歌って
離さないで
私、を見ていて

私を咲かせる私のひかり
共にいきましょう



●想い
 瞳に映っているのは水底に沈む前の黒耀の街。
 リルは自分が幻の世界に取り込まれたのだと知り、僅かに俯いた。
 ――どうしてだろう。
 浮かぶのは疑問。この幻を見せている彼も、あのときのノア――とうさんも、暗闇の中で光を求めていた。
 それなのに手を伸ばすことすら躊躇い、自らを闇に閉じ込めていた。
「本当は大切なのに、離れたくないはずなのに」
 気付けばリルは心の裡に浮かんだ言葉を口にしていた。望むものがあって、今とは違う未来を欲しているのに、自分で諦めてしまう。
 共にあることよりも、手放すことばかりに覚悟を抱くのは強さかもしれない。
 でも、とリルは首を横に振る。
「僕はそんなの嫌なんだ。この冷たい闇の世界で、望む光を見つけられた―それは奇跡なのに。どうして、君もとうさんも……」
 愛した花から離れようとするのか。
 いとおしい歌を記憶の中だけのものにするのだろうか。
 リルは享楽の黒耀の都市を見つめ続け、水葬された思いを再び確かめる。周囲には忘却の力が巡っているが、水泡の力がそれを弾いていた。
「僕は愛する人のいる現を忘れないよ」
 今生きるこの世界こそが理想そのもので、かけがえのないものだから。
 しかし、幻の中で黒薔薇の聖女が跪く。
 憎むべきか、悲しむべきか、許すべきなのか。未だ虚ろで定まっていない心が侵食されていく気がした。
 それでもリルは心を強く持ち、いとおしいひと達を想う。
 そして、はっきりと告げた。
「やめて」
 そんなの望まない。求めてなどいない。自分の思い通りにしか動かない世界で跪かせたとしても、何もならないと分かっているから。
 リルは幻でしかない黒の聖女から視線を逸らし、黒衣の蝶がいるであろう方に向き直った。そう、まだリルはあの問いかけに答えてはいない。
「触れたら枯れるなど誰が決めた?」
 それこそが幻想だ。
 触れてもいないのに枯れるという思い自体を否定して、別の未来を示したかった。
「手を伸ばさなければ何も変わりはしないよ」
 そのまま闇に沈むことをよしとするならば、リルは何も言わない。けれども違う。黒衣の蝶は確かに花を愛し、歌を求め、光を欲した。
 それならばリルは自分の歌で、新たに選び取れる道をあらわすだけ。
 触れなくても歌は届く。
 心に、魂に、世界を超えて。
「僕はとうさんとかあさんから教わったよ。君も、もうしっているはずだよ」
 ヨルを抱き締めたリルの傍にカナンとフララが舞った。
 白と黒を宿す人魚は、かれらと共に歌う。

 水葬は今、水想へ――。
 響き渡る歌声は高く、澄みきった音となって呪縛を解き放ってゆく。

●願い
 花を望めど、手を伸ばせない。
 其れは守りたいからではないだろうか。黒衣の蝶から問われた言葉を思い、カムイは己の考えを巡らせていた。
 孤独の中で見つけたひとつの光ほど、眩く焦がれるものはない。
 黒衣の彼もまた、大切なものを識っている。ひとりを一途に思い続けることの尊さも、苦しさや決意もカムイは理解していた。
 同じだとは云わないが、彼もカムイと似た思いを抱いているのだろう。
「……蝶?」
 その瞬間、カムイの周囲に紫彩の蝶が羽撃いてきた。厄を齎すものだと瞬間的に察知したが、既に幻惑の力は巡ってしまっている。
 瞬きをひとつしただけだというのに、カムイの前にある景色は変貌していた。
 美しく咲く桜の樹が見えた。
 その下で大切な存在達が微笑み、カムイを手招いてくれている。其処にいるのは櫻宵にリル、幽世や桜の館で出会った人々だ。
 カグラが傍にいて、カラスも見守ってくれている。
 それは何にも変わらない。場所が違っているだけで普段のカムイが身を置く場所だ。
「そうか……」
 そっと目を閉じ、感嘆の言葉を落としたカムイは優しく笑む。
 この光景は幻だが、自分の理想も現も変わらないことが知れた。気づかせてくれてありがとう、と告げたカムイは礼と共に喰桜を抜き放つ。
 どれほど美しくていとおしい世界だとしても、幻の厄の中にいつまでもいられない。
 殺気は見せず、すい、と軽く空間を切り裂けば桜の世界は消え去る。そして、カムイが見つめる先には吸血鬼の青年が立っていた。
 今こそ、あの問いかけに答えるべきときだ。そう感じたカムイは凛とした眼差しで以て黒衣の蝶を見据えた。
 ――触れれば枯れてしまう花。
 もしそんなものが、ひとが、目の前にあるとしたら。
「私ならば他の誰かに奪われる前に、迷わず手を伸ばして――守る」
 枯れないように永遠を約して。
 花が咲き続けるように大切に愛でて、守護し続ける。
「それが、簡単に出来たなら、……」
 すると黒衣の彼は何かを言いかけて口を噤んだ。出来やしないと言いたいのか、それともカムイの存在に疑問を持ったのかはわからない。
「枯死の厄が云うのは可笑しい?」
「…………」
「傍に居るだけでいいんだ。花とは、そういうものだよ」
 彼の思いの底までは知れないが、少なくともカムイ自身にとってはそうだ。
 この世でずっと。
 己より大切な存在だから巫女に選んだのだと示すのは、櫻宵のこと。
 そのとき、カムイの耳に人魚の歌が届いた。彼もまた幻を脱して自分なりの答えを示しているのだろう。
 響き渡るリルの歌に導きの桜彩をみて、カムイはいとしい巫女を想う。
「サヨ。大丈夫、離さないよ」
 その声は約束を紡ぐかのように、大切なものへの誓いとして落とされた。

●畏れ
 吸血鬼というのは愛に臆病なものなのだろうか。
 櫻宵はこれまでに巡ってきた縁や戦いを思い、首を傾げた。自分が闇の存在だと自覚している者は往々にして、多くを望んではいけないと己を戒めているのかもしれない。
 その途端、甘い香りと幻が櫻宵を包み込む。
 これは黒衣の彼が齎したものなのだと分かっていたが、櫻宵は目の前に現れた光景から目を離せなかった。
 今よりずっと先の未来。
 倖せに生きて、生き抜いて、いずれ自分も廻る天へ還るときが訪れる。
 そうして、約は廻った。
 幻の世界だと理解していても、それはやがて櫻宵が辿ることになるものだ。
 約の通りに、おかえりと『私』を迎える神がいる。
 違う。
 それは『櫻宵』ではない、と思うのに声が出なかった。櫻宵は手を伸ばしかけたが、その腕は震えている。
 自分はいつか過去になるのだと知ってしまった。
 尊ばれるのは新しい自分であり、過去の櫻宵は要らないものになっていく。
 当たり前の事で、裏切りなどではない。それでも今の櫻宵の心は傷付いてしまった。私が私であるから、自分が自分でしかないからこそ、巡りの先には往けない。
 理想の巡りであるというのに。
 光の標のように抱くものであるのに、酷く胸が痛む。
 噫、けれど――。
 これは今此処で起こっていることではない。心の奥に消えない傷が刻まれてしまったが、この痛みは幻惑の世界が齎しているものだ。
 顔をあげた櫻宵は巡りの先から意識を逸らす。
「惑わしなどうけないわ」
 いずれ本当に訪れる事柄だったとしても、これは違う。自分達の約束を穢すことなど赦さないとして、櫻宵は屠桜を鞘から抜いた。
 この刃こそが己が戦う理由と証。
 破魔の力を込めて空間に刃を向けた櫻宵は、一気に幻惑を薙ぎ払う。
 其処に聞こえてきたのは水想の歌。
 聞き間違えるはずのない、いとしくて心地よい人魚の歌だ。それまで憂鬱な色を映していた櫻宵の瞳にちいさな光が宿る。
 此の歌は何時だって櫻宵のひかりでいてくれる。そして、聞こえたもうひとつの声。
 ――サヨ。大丈夫、離さないよ。
 巫女に向けられた神の声と、人魚の歌を手繰るように櫻宵は踏み出した。そうすればカムイの手が触れ、リルがそっと櫻宵に寄り添う。
 繋いでくれるこの熱は、いとしきもの。
 幻から抜け出した櫻宵は強い眼差しを吸血鬼に向け、己の思いを告げた。
「触れて欲しいのに、枯れるからと触れられないのは嫌よ」
 きっと、貴方の花もそうだから。
 それぞれの答えを導き出した櫻宵達は視線を交わし、そして――。

●共に
「櫻宵、カムイ、いくよ」
 リルは歌を紡ぎ続け、二人に呼びかけた。舞台は既に始まっていて、後は終幕への道を彼と彼女が辿っていくだけ。
「歌って、離さないで。……私、を見ていて」
 櫻宵は頷き、リルとカムイに思いを向けた。しかと頷いて答えたカムイはリルの優しさと強さに眩しさを感じながら、不安げな巫女を撫でた。
「噫、見届けよう。すべてを」
 カムイの言葉を聞いたリルと櫻宵は、何処までも此の三人で進むことを決意する。
「僕らの倖を光と咲かせよう」
「ええ。私を咲かせてくれる私のひかり達と、共に」
 誰かにとっての光。自分にとっての光。それは歌であり、想いのかたちでもある。
 カムイは黒衣の彼への思いを抱き、二人と一緒に結末を見つめる。
 望み通り、彼が優しい光のうたう餞の中で眠れるといい。
 縁も糸も其の意図も、ちゃんと彼に繋がっているはずなのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【彩夜】

集いし彩と共に最奥へ
眺む景色はたがえど、こころは共に

拡がる理想は見慣れたもの
あたたかくてやさしい白日
友と語らい笑い合うひと時
色づく常夜にて過ごす時間

嗚呼。なんていとおしい
幻を瞳の奥へと縫い付け留め
現にてみとめてみせましょう

触れたいのなら手を伸ばす
それが解答よ
必ず触れてみせるわ
わたしは欲張りだもの

共にあるひとびとへ
いのちの花の祝福を

わたしには大切なひとたちがいる
あなたもそうなのでしょう

その身に巣食うものがあるのなら
呪詛も狂気も攫って
あなたへもあかい施しを

それはあなたのための花
あなただけにしか咲かせられぬひと
針先は向けないわ
触れる前に散らせてしまうでしょう

いきなさい
あなたの求むひかりの元へ


宵雛花・十雉
【彩夜】

彩夜の館で
皆が幸せそうに笑ってる
その中には桃色のあの子も
いつもと変わらない光景
これがオレの理想

柄じゃ無いと思って
苺ちゃん達が望むならついてくとか言っちまったけど
オレだってあの子に帰ってきて欲しいんだ
あの館の誰も欠けたっていけねぇ
そうだろ?

自分のせいで枯らしちまうのが怖いのは分かるよ
アンタにとってその花は大事なもんなんだよな
けどオレは手を伸ばす
今は触れられなくても
触れる方法がある筈だから
花は儚く綺麗だけど
同時に強さも持ってるんだ

言霊の力で共に歩む皆を鼓舞する
幻に負けるなよ

行ってこい
それからオレにもちゃんとお帰りって言わせてくれよ
ルーチェちゃん
アンタの居場所はもう籠の中だけじゃないんだから


ルーシー・ブルーベル
【彩夜】

何処でも
集う彩が同じなら
そこが帰る所なの

紫彩の蝶が羽ばたく先
大きな扉が開く音
開き切るのを待ちきれない
隙間に体を滑り込ませ廊下を走る
みんなが集う広間にかけこむの
ただいま!

応えて下さるひとたち
もちろん、あなたもいる
ルーチェさん

決して幻じゃない
この先も続くと信じている
だから今
夢見る必要はない
寝てたらおかえりって言えないもの

おいで瑠璃草
春、あの館に咲く花
みんなを癒して

理想は本当に叶わないもの?
ルーシーの答えは、こう

花に触れられるまで諦めない
考えて考えて、考えるの
一人で分からなければ皆に聞けばいい
あなたも一人では無かった
そうではない?

今からでも
どうかあなたの花に触れてみて
その心で
いってらっしゃい


メリル・チェコット
【彩夜】

仲間と辿りついた最奥
見知った顔が増えるのに安堵する
おかえりなさい

花嵐に見せられる幻
大切な人たちがこっちに向かってくる
記憶の中の人たち
ここにいるみんなも
ここにいない彼女も

そうだ、彼女
彼女が歌っていたんだ
確かに声が聴こえた
この城に、あの館に、よく馴染んだ声が

花を枯れさせてしまうのは怖い
ひとりでは触れる勇気は出ない
けれど今は、共にいてくれる人がいるから
勇気を出して触れられるよ
あなたは、どうだった?

弓に光を集め、放つ
けれど当てはしない
あなたが求めているひかりは、こんなものじゃないよね
もう少しだけ闇に負けないでいて
だって、もうすぐ――

いってらっしゃい
そして、

「おかえり」って、わたしにも言わせてね


朧・ユェー
【彩夜】

最奥へ
辿り着けば皆の顔に安堵する
嗚呼、駄目だ。一人足りないねぇ

微かに聴こえた歌声は
やっぱり君だったかい?
あの場所は闇を光に変える程
幸せな人達、笑顔溢れる場所
いとおしい子達、僕は見護ると決めたから
誰一人欠ける事は駄目だよ

迷う事なく手を伸ばす
その花が枯れる事が怖いのかい?
確かにいとおしい花が消えてしまうのは誰しもこわい
でもね、君のその花はそんなに弱い花なのかい?
本当に君はそう思ってるのかい?
君の嘘は僕が喰べてあげようか

ルーチェちゃん、君と紅茶を探す旅がまだだったねぇ
そこに居ないで帰っておいで

いってらっしゃい
ただいまの声を聴きながら皆にあたたかい紅茶を淹れようねぇ
お帰りなさいと共に


歌獣・苺
【彩夜】
夢を見た
館のみんなと
心を結んで笑い合う夢
しあわせだった
このままずっと、ずっと。

けれど足りないものがひとつ
ルーチェちゃん
貴女がいない
それじゃだめ
あの館には貴女の彩も心結びも
必要なの
この夢も素敵だけれど
私はまだ
やらなきゃいけないことがある

何があっても諦めない
誰の手も放さないと
心に決めたんだ
だからーーー。

…おはよう、みんな
私、行かなきゃ

皆が広げた道を先ゆく貴女へ
帰り道を違えないよう歌い続けよう
楽園の詠唱を

貴女が、ルチェが、私の…金糸雀が
無事に愛する人へ想いを届け
行ってきますと言えたのなら
皆の彩と華の道標を辿って
無事にあの言葉を言えますように

いってらっしゃい

そして

ーーー『おかえりなさい。』



●紅
 集うのは同じ意思を抱く其々の彩。
 七結は皆と共に最奥へ進み、黒衣の蝶が佇む姿を瞳に映した。
 周囲の景色が歪んでいる。おそらくは彼が放つ悪夢や幻惑の力が自分達を包み込んでいるのだろう。敢えてその力を受け入れることを決め、七結は目を閉じた。
 眺む景色はたがえど、こころは共に。
 皆ならば、此の幻を抜けた先でまた出逢えると信じて――。

 瞼をひらき、見つめる理想は見慣れたもの。
 それは、あたたかくてやさしい白日。七結にとっての安らげる空間のまぼろしが、ゆるりと拡がっていく。
 友と語らい笑い合うひととき。色づく常夜にて過ごす時間。
「嗚呼。なんていとおしい」
 平穏でしかない世界に感嘆の思いを覚えた七結の口許が綻ぶ。おそろしいものは何もなく、幻を瞳の奥へと縫い付けるように留める。
 けれども此の力は現を忘却させるもの。幻を見せる紫彩の蝶が舞っている様を振り仰ぎ、七結は首を横に振ってみせた。
「とても素敵ね。けれど、この景色は現にてみとめてみせましょう」
 いくら美しくて愛しい世界であっても、此処にいるのは七結ひとり。
 幻想の世界よりも現世にいる皆と過ごすひとときの方が、自分にとって価値のあるものだ。此処に見えた景色を現実のものにしてみせると決め、七結は力を巡らせていく。
 ゆるし紅の眼差しはまぼろしを祓う。
 金環が浮かぶ紫の双眸にはもう、すべてを見うつしたゆえに心も凪いでいる。
 そして、七結は揺らぎ始めた幻想の向こう側に目を向けた。
 触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら――?
 黒衣の彼が問いかけた言葉を思い返し、七結は自分なりの答えを告げることにした。
「触れたいのなら手を伸ばすわ」
 それが解答だと示した七結は、そうと指さきを掲げる。
 もし、大切なものが滅びる運命だとしても。触れずに見送ってしまうようなことはしたくない。誰かのものになったり、遠い所にいってしまうならばなおさら。
「必ず触れてみせるわ。わたしは欲張りだもの」
 真実を、理想を。
 共にあるひとびとへと思いを向けた七結は、いのちに添わせる花びらを舞わせた。
 ――花の祝福を。
 願いを込めて癒しの力を紡ぐ七結はまっすぐに黒衣の蝶を見つめる。
「わたしには大切なひとたちがいる」
 ねえ、きっと。
 あなたもそうなのでしょう、と呼びかければ僅かに彼が反応を見せた。七結の力は癒しを施すだけではなく、呪詛や狂気を祓うものとなって巡っている。
 その身に巣食うものがあるのなら攫ってしまえばいい。
 心を共にする皆だけではなく、あなたへもあかい施しを。
「それはあなたのための花。あなただけにしか咲かせられぬひとなの」
 ゆえに針先は向けない。
 触れる前に散らせてしまうから決して黒衣の彼に危害は加えない。それは七結の誓いの証でもあり、餞のかたちでもあった。
 そうして、七結は一番伝えたい思いを言の葉に変えていく。
「いきなさい」
 ――あなたの求む、ひかりの元へ。

●橙
 幻に取り込まれた十雉が見ていたのは、彩夜の館。
 其処では皆が幸せそうに笑っていた。何気ない日常を過ごして、他愛ない話をして、平穏でかけがえのない時間を過ごしている。
 みな館の主を慕って集った者ばかりで、その中には桃色のあの子もいた。
 十雉もいつしかその輪に入って巡る話に花を咲かせている。誰も欠けていない、誰も悲しみを背負っていない、いつもと変わらない光景。
(これがオレの理想か)
 幻想の中の仲間達と会話を交わしながら、十雉は改めて自覚する。柄ではないと思ってしまったが、この光景は手放したくないものだ。
 幻の中で皆が笑い声をあげた。
 これが偽物だと知っている十雉は、どうしてか急に切なくなる。もしこの光景が失われてしまったら、と考えたからだろうか。
 偽りの館の中に身を置きながら十雉は少しばかり考え込む。
(苺ちゃん達が望むならついてくとか言っちまったけど……そうだな、オレの思いはこの理想通りでしかない)
 十雉だってあの子には帰ってきて欲しい。
 館の光景を暫し見ていたくもあったが、十雉は立ち上がった。幻の皆がどうしたのかという視線を向けているが、これは本物ではない。
「楽しい時間をありがとう」
 十雉は皆に背を向け、本当の世界に帰る為に歩き出す。
 この幻想を現実にするのが今の自分の役目だと分かり、此処から脱することを決めたのだ。もし何かひとつでも間違えば、あの子が一緒にいる未来は訪れない。
「あの館の誰も欠けたっていけねぇ」
 ――そうだろ?
 誰かに問うように視線を向ければ、其処に空間の裂け目があった。この奥が吸血鬼のいる現実に続いていると悟り、十雉は其方に踏み出す。
 そして、十雉は黒衣の蝶を見据えた。
「自分のせいで枯らしちまうのが怖いのは分かるよ」
 彼は花に触れたくとも触れられないのだろう。そのように理解していた十雉は黒衣の彼に語り掛けていく。
「アンタにとってその花は大事なもんなんだよな」
 大切だからこそ枯らしたくはない。その気持ちはよく分かり、触れただけで壊れてしまう何かがあることも理解できた。
「けどオレは手を伸ばす」
 たとえ今は触れられなくても、触れる方法がある筈だから。
 諦めるな。迷うな。触れたいと思ったことこそが、正答であるはずだ。
「花は儚く綺麗だけど、同時に強さも持ってるんだ」
 十雉は言霊の力を巡らせ、共に歩む皆を鼓舞する思いを紡いでいく。
 皆、幻に負けるなよ。
 その言葉は幻想に囚われている仲間のもとに届き、確かな力になっていった。そうして十雉はあの子の名前を呼ぶ。
「ルーチェちゃん」
 ――アンタの居場所はもう籠の中だけじゃないんだよ、と。

●青
 何処であっても、どんな場所であっても、変わらないものがある。
 集う彩が同じなら、そこが帰るところ。
 ルーシーは共に此処まで訪れた皆のことを思い、周囲に舞う紫彩の蝶に目を向けた。既に黒衣の吸血鬼の力は発動しており、蝶が羽ばたく先に幻が揺らぐ。
 ぱちりと瞼を瞬けば、景色が変わった。
 次に聞こえたのは大きな扉が開く音。はっとしたルーシーは一瞬で幻の中に取り込まれていた。扉が開き切るのが待ちきれず、少女は踏み出す。
 その隙間に体を滑り込ませ、其処から続いている廊下を駆けていった。
 そうして、少女はみんなが集う広間に向かう。
「ただいま!」
 駆け込んだ先では、だいすきなひとたちが迎えてくれた。おかえりなさい、と応えてくれるみんなは誰もが笑みを浮かべている。
 七結にユェー、十雉に苺、メリルに他の皆。
 それから――もちろん『あなた』もいる。ルーシーはその人影に目を向け、そうっと彼女の名を呼ぶ。
「ルーチェさん」
 そうして少女は、この景色が幻であることを思い出した。
 現を忘れて此処が本当のものだと思わせかけられていたが、意思をしっかりと持つ。
 けれどもこの光景は決して幻だけのものではない。この先も続くと信じているから、ルーシーは巡った情景を覚えていようと決意する。
 みんながやさしくて、とてもいとおしい世界だけれど――。
「ごめんなさい。今は、夢を見る必要はないの」
 だって、自分が寝てしまっていたらおかえりを言えなくなってしまう。それに誰かが遠くから励ましてくれる声がする。きっと先に幻から脱したひとの声だ。
 ルーシーは幻想の世界から現実への道をひらくために、かがり糸を巡らせていく。
「おいで瑠璃草」
 春にあの館に咲く花よ、みんなを癒して。
 大切なひとたちの元に戻る道をつくって、導いて。少女の声に応えるように糸はふわりと舞い、まぼろしを消していった。
 ルーシーは吸血鬼の彼を見つめ、問いへの答えを告げていく。
「理想は本当に叶わないもの?」
「……どうかな」
 曖昧に笑う黒衣の蝶の考えは読めない。しかし、ルーシーは自分の答えはこういうものなのだと示していった。
「ルーシーは、花に触れられるまで諦めないわ。考えて考えて、考えるの」
 ひとりで分からなければ皆に聞けばいい。
 今、こうしているように。告げられた答えから満足するものを選んで、自分で判断を下せばいい。此処に集った人々は真摯に答えてくれているから。
「あなたも一人では無かった。そうではない?」
 ルーシーは瑠璃色の糸を収め、黒衣の彼の足元にある黒い鎖に目を向けた。それがただひとつの縁だというなら、唯一のえにしだと思うのなら。
「今からでも、あなたの花に触れてみて」
 どうか、その心で。

●白
 仲間と辿りついた最奥には吸血鬼が佇んでいた。
 薄い笑みを浮かべているというのに何処か寂しげで酷く苦しそうな彼。黒衣の吸血鬼へ抱く少しの不安はあれど、メリルは心強さを感じていた。
 信頼できるひとばかりが此処にいる。
 だいじょうぶだと自分に言い聞かせたメリルは目の前に広がっていく幻を見つめた。
 花の嵐が広がり、傍に居たひと達の姿が見えなくなっていく。
 其処に見せられた幻は――。
「……みんな?」
 メリルの瞳にはそれまでとは違う光景が映っていた。薄暗い城の中ではなく、見知った館が目の前にある。
 大切な人たちがこっちに向かってきて、記憶の中の人たちもみんな笑っていた。楽しげに、幸せそうに。何の憂いもないという様子の穏やかさが感じられる。
 ここにいたみんなも。
 そして、ここにいない彼女も一緒。
 メリルはどちらが夢か現かわからなくなっていたが、其処ではっとする。
「そうだ、彼女――」
 城の外で聞いた声も、奥を目指して進んでいたときに響いていた歌も、あの子のものだった。此処に辿りつくまでに垣間見えていた、吸血鬼が思い出していた過去の光景も確かに視てきた。
 あの子が歌っていたのだと気付き、メリルは意思を強く持つ。確かに声が聴こえたから、間違えるはずがない。
 この城に、あの館に、よく馴染んだ声が今も聴こえる。
 顔を上げたメリルは優しい幻を一度だけ見つめ、ふるふると首を振った。
 此処はとても素敵な世界だけれど、みんなは本物ではない。今の自分がいるべき場所はあの城の最中だと思い、メリルは弓を構えた。
 矢を向けるのは天。
 幻想を貫いて暗い城を少しでも照らせるように。解き放たれた流星めいた矢は幻惑の世界を射抜き、還るべき現実への道をひらいた。
 そして、メリルは黒衣の彼の前に立つ。
 周囲を見遣れば、自分と同じように幻想から帰還したひとがいた。彼女や彼と同じようにメリルも黒衣の吸血鬼への答えを紡いでいく。
「花を枯れさせてしまうのは怖いよね。ひとりでは触れる勇気は出ないと思う」
 だから間違いではない。
 枯れてしまうことを畏れて何も出来ないことも、ひとつの意思の現れだから。メリルはそっと微笑み、吸血鬼に語りかけていった。
「けれど今は、共にいてくれる人がいるから。勇気を出して触れられるよ」
 あなたは、どうだった?
 問いかけながらもメリルは再び構えた弓に光を集めていく。ひといきに矢を放っても当てはしない。ただ其処に灯火を示したかっただけ。
「あなたが求めているひかりは、こんなものじゃないよね」
 もう少しだけ闇に負けないでいて。
 だって、もうすぐ――。

●銀
 ユェーもまた、仲間と共に最奥へと辿り着いていた。
 皆の顔を見て安堵を覚えたユェーだったが、不意に違うと感じてかぶりを振る。
「嗚呼、駄目だ。一人足りないねぇ」
 そのひとりとは、他の誰でもない彼女だ。
 ユェーはこれまでの通ってきた城内で見た記憶の光景や、城の外にも聞こえていた歌声を思い出す。
「微かに聴こえた歌声は、やっぱり君だったかい?」
 あの場所は闇を光に変える程のもの。
 幸せな人達の笑顔に溢れる場所だ。いとおしい子達をユェー自身が見守ると決めているから、誰一人も欠けさせたくはない。
 ユェーがそのように考えていると、理想的な幻を見せる紫彩の蝶が舞う。現を忘却させる力が巡り、彼もまた他の者と同様に幻想に導かれていった。
 其処に見えたのは馴染みの或る館だ。
 皆と過ごした日々を繰り返すかのように平穏でしかない時間が流れていく。誰もが笑っていて、幸福しか巡らない世界がユェーを取り込んでいった。
 しかし、ユェーは惑わされない。
「駄目だよ」
 先程と同じ言葉を、確かめるようにもう一度口にする。どんなに幸福が満ちた世界であっても、これは嘘だと分かっていた。
 それゆえにユェーは嘘喰の力を発動させていく。
 そうすることによって幻は破られ、ユェーは現実の世界に戻ってきた。そうして、其処に再び吸血鬼からの問いが向けられる。
 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?
 その声を聞いたユェーは少しも考え込むことなく、真っ直ぐな思いを向け返した。
「迷う事なく手を伸ばすよ」
 それから彼は逆に黒衣の吸血鬼に疑問を投げかけていく。
「その花が枯れる事が怖いのかい?」
 確かにいとおしい花が消えてしまうのは誰しも恐ろしいと感じるだろう。ユェーとて、自分の所為で大切なものが壊れると考えると怖い。しかし、此度の花は本当に枯れてしまうのだろうか。
「でもね、君の花はそんなに弱い花なのかい? 本当に君はそう思ってるのかい?」
「…………」
 黒衣の彼はユェーの言葉に答えようとしなかった。未だ答えが見出せていないからかもしれない。するとユェーは薄く笑み、もう一度語りかける。
「君の嘘は僕が喰べてあげようか」
 すぐにでも死の文様を刻み、無数の喰華が喰らいつかせることも出来た。だが、ユェーはそうすることを選ばない。
 その代わりに歌声の主である少女を見遣り、そっと呼び掛けた。
「ルーチェちゃん、君と紅茶を探す旅がまだだったねぇ」
 約束を果たす為に後は見届けるだけ。
 いつか彼女の歌を聴きながら、皆にあたたかい紅茶を淹れよう。
 この場で巡る運命に決着がついたら、必ず。

●赤
 ――夢を見た。
 ひらりと舞う紫彩の蝶が見せているのは、優しさに満ちた館の情景。
 館のみんなと、心を結んで笑いあう世界が苺の目の前に広がっている。これまでの道程も目的も黒い鎖によって忘却させられた今、苺はこの夢の中にいることが当たり前でしかないと感じていた。
 とても、とても、しあわせだった。
 このままずっと、ずっと。みんなと一緒にいられる世界がいとおしい。
 何の疑いもなく、苺は夢の世界を本当だと思い込みはじめている。けれども、ふとしたときに気が付いてしまう。
 足りないものがひとつある。そんな気がしてならなくて、ぽつりと呟く。
「ルーチェちゃん?」
 無意識に零れ落ちた声。自分が紡いだ声を聞き、苺ははたとした。どうして忘れかけていたのか分からないくらいに彼女との記憶が鮮明に胸裏に巡っていく。
 貴女がいない。
 どこにもいない。みんなはいても、貴女がみつからない。
「……それじゃだめ」
 苺は其処で、これが幻想の世界だと思い出した。確かに平穏な場所ではあるが自分以外はみんな偽物でしかない。
 この夢も素敵だけれど――あの館には、彼女の彩も心結びも必要だ。
「そうだ、私はまだ……」
 やらなきゃいけないことがあると思い立ち、苺はやさしい夢に別れを告げた。此処に訪れたのは何も手放さないため。
 何があっても諦めない。誰の手も放さないと、心に決めた。
 だから――。
 苺は祈るように両手を重ね、この幻を払う為に強い感情を抱く。そっと感覚を巡らせたことで辺りの様子がよくわかった。
 七結の力、十雉の鼓舞。ルーシーが放つ糸にメリルが射った光とユェーの声。
 それらすべてを手繰り寄せ、苺は本当の世界に帰還する。みんなよりも少し遅れてしまったけれど、全員が無事であることが確かめられた。
「……おはよう、みんな。私、行かなきゃ」
 皆が広げた道を先ゆく貴女へ。帰り道を違えないよう歌い続けたい。そうして、苺は楽園の詠唱を紡いでいく。
 ――貴女が、ルチェが、私の金糸雀が。
 無事に愛する人へ想いを届けて、行ってきますと言えたのなら。
 皆の彩と華の道標を辿って、無事にあの言葉を伝えられますように。


●六つの彩
 いってらっしゃい。
 それから、『おかえりなさい』を伝えるために。
 
 告げた思いも言葉も、向ける意志もみんな同じいろ。
 集う彩はみんな、あなたのことを心から想っているから。
 
 そして――繋がれた鎖と縁の行方は、此処から終わりのはじまりを迎える。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
やっと逢えた
涙が溢れる
大丈夫
あなたを狂気に渡したりしない

理想は今そのもの
惑わされるものがない

何でボクを拾ってくれたの?
ボクに名前をくれなかったの?
気まぐれで構わない

あなたには名前がなかったんだね
だから名前を付ける事自体馴染みがなくて
ボクが名付けるよ

リーリエ
あなたはリーリエ
ボクが愛した人
色んな事を知った今だからわかる
ボクはあなたに戀をしてた

紫彩の無限を瞳に結わう
永遠にあなたを忘れないように
駒鳥じゃない“わたし”としてあなたと共に生きていく

だからもう眠って
わたしの歌で葬送るから

触れていいんだよ
触れて欲しかった
枯れずにあなたの腕の中で歌うから

檻のない世界で伝えたかったの
だいすきだよ
これからも、ずっと



●幸せな悪夢
 最初は何もなかった。この生に何の意味も見出せなかった。
 命を浪費して生きていくだけの世界は闇に染まっていて、無と表すに相応しいものだと思っていた。それしか生き方を知らなかったから。
 けれども始まりは唐突に訪れた。
 或る日、遠くから声が聞こえた。つんざくような泣き声が、まるで世界を拓いていくかのようだったことはよく覚えている。
 それから――そこに“ひかり”をみてしまった。
 君は捨て子だった。
 ちいさな命は、何の寄る辺もない頼りないものでしかない。しかし、だからこそ冷たい世界から守らねばならないと思ってしまった。
 死を運ぶ血を持ちながら、気付けば君を拾って生を繋ぐことを選んでいた。

 けれどもすぐに、なんてことをしたのだろうと後悔した。
 今更、元の場所に戻すことは出来ない。だから君を拾った理由をつけることにした。
 いとまに飽きていたから。
 考える事を放棄した。これは闇に属する者が気紛れに行った戯れであり、暇潰し。
 そうだとしておなければ後戻りが出来なくなる気がしたからだ。
 檻の中に君を閉じ込めた
 そうだ、君は無垢な“駒鳥”だ。ちいさな駒鳥は、穢れた僕に飼われた存在。僕達の関係はたったこれだけでいい。
 駒鳥は僕が歌うと、同じ旋律を真似た。
 その聲はたどたどしかったが、とても美しいものに思えた。それから駒鳥に歌を教えていった。僕が知っている歌を、僕が歌って欲しいと願った歌を。

 そして、いつしか僕は君の中に“かみ”を見出した。
 その歌声に、その無垢さに。何も知らない駒鳥こそ、僕だけの――。
 だから駒鳥に名前をつけることはしなかった。
 僕が何を与えられるというのだろう。ずっと、自分の在り方を厭っていたから。
 吸血鬼でなければ。
 黒でなく白であったなら。闇でなく光であったなら。
 それは何度も繰り返した思いだが、駒鳥が訪れてからは少しだけ変わった。根底に眠る嫌悪が消えることはないけれど。
 その理想、“もしも”が叶っていたなら、僕の駒鳥には出逢えなかったから。
 
 幸福で不幸で、幻のようで儚くて、苦しくて嬉しい。
 これは、きっと――。

●あなたとの約束
 幼い駒鳥としての少女は、檻の中が世界のすべてだった。
 其処は自分とあなただけの場所。言葉も知らず、生きるための知識も与えられず、歌うだけの日々が続いていた。
 けれども不幸だということは考えもしなかった。
 何も知らないからこそ、それだけで完結された世界は楽園と呼べた。
 彼が外で残酷な吸血鬼として在ることも知らず、繋がれた鎖だけが確かな寄る辺。
 黒い鎖が揺れて、紫の蝶が翅を広げる。
 紡がれていく甘い声と歌が、静かな笑い方が、それから――冷たいゆびさきが。
 “ボク”を、つくった。
 
 かみ、と呼ぶこえ。
 居場所は暗い檻の中だけであっても、あなたは自分を繋いでくれていた。この声を、歌声を求めてくれたあの人は、うまく歌えたときに褒めてくれた。
 あなたが撫でてくれる。
 それだけで満たされていた。しあわせ、だったのに。
 悪夢のような幸福な日々。
 その終わりが訪れた日に、彼はひとつだけ大切なものをくれた。
 それは約束。いつか自分のもとに来てくれるという、幽かでも確かな繋がりの言葉。

 ――迎えに来るよ。

 記憶の果てに沈んでも、心はあなたを覚えていた。
 天啓めいた太陽の声と月の声。陰と陽が蕩ける歌声は、あなたにうたを奏でるためのもの。この声がなければ、彼は自分を繋いでくれなかったかもしれない。
 何度も、幾度も、あなたを想った。
 再び巡り逢える日を夢に見た。自由に歌をうたえるようになって、これまでにたくさんのえにしを得て、大切なものを知ってきたけれど、絲は決して千切れなかった。
 この身に纏う鎖こそが、彼との繋がり。
 胸に抱き続ける願いは彼が叶えてくれるもの。あなたしか叶えられないもの。

 だから、逢いに来たよ。
 もう約束が果たされることを待ち続けるだけの駒鳥ではない。想い描く場所に飛び立てる羽が自分にはあって、何よりも――あなたが此処にいるから。


●再会
 黒衣の吸血鬼は夢幻に溺れ、黒に堕ちた。
 彼は恐れてしまった。たった一輪、傍で咲いた花を枯らしてしまうことに。
 咲いている花が大切だと想ったからこそ、触れられない。穢れた己が駒鳥(かみ)に手を伸ばせば、咲き誇る花が潰えてしまう。
 それゆえに己にも悪夢の力を齎した。
 いとおしかった過去だけを見て、これ以上の未来を望まない。約束を果たすことも出来ないと諦め、望む幸福な夢に浸っていたのだろう。
 しかし、彼の裡には願いがあった。これでいいとして視ていた悪夢の奥底には、最期に駒鳥に逢いたいと願う心の欠片が眠っていた。
 その思いは今、彼にとっての駒鳥――ルーチェに届いている。
 そして彼にもまた、歌声が届いていた。

「やっと、逢えた……」
 甘い声も、紡がれる歌も、その姿も幻や夢などではない。
 狂おしいほどに求めていたあなたそのものだと感じたルーチェは、目の前に立つ彼を見つめていた。嬉しさといとおしさが混じった涙が溢れて止まらない。
 それでも滲んだ視界の向こうに彼がいることは、はっきりと分かる。
「……僕の、」
 黒衣の蝶はルーチェを見つめ返しながら何かを言いかけた。
 彼は口を噤み、僅かに表情を変える。その顔から感情は読み取れなかったが、ルーチェには解った。
 ずっと、ずっと彼が自分を想ってくれていたことを。
 しかし現在、彼の心は狂気に堕ちかけている。おそらく完全に狂気に囚われた彼が最初に手に掛けることになるのはルーチェだ。
 されど今の彼にはもう力が殆ど残されていない。
 その理由は、此処に集った者達が悪夢と幻惑の世界を破ることで力を削いだゆえ。
 ルーチェは黒衣の蝶に歩み寄った。
 彼はそれに対して一歩だけ下がったが、ルーチェは首を振る。頬に伝う涙は拭わぬまま、優しい微笑みを向けた。
「大丈夫、あなたを狂気に渡したりしない」
「どうして……きみ、が――」
 彼が携えた黒い鎖が音を立てて揺れた。かみ、とは呼ばずに君という呼び名でルーチェを呼んだ彼の周囲から紫彩の蝶が飛び立つ。
 今の僕を見ないで欲しい。
 こんな姿を見せたくはないから、と語っているかのようだ。理想の幻を生み出す蝶はルーチェの傍にまで訪れたが、幻は現れない。
 何故なら、理想は今そのものだから。
「ずっと逢いたかった」
 ルーチェを惑わすものは何もない。それに此処まで、自分に想いを寄せてくれた人々が幻惑や悪夢の力を打ち破って彼への道をつくってくれた。
 えにしが繋いだ道筋が此処にある。
 ルーチェは一歩ずつ、その姿を確かめるように彼に近付いて手を伸ばした。
 聞きたいことがたくさんあった。
 話したいことも多くある。あなたの元から離れてから、あなたが教えてくれなかったこともいっぱい知ってきた。
 それでも心にずっと宿っていたのは、あなたへの想い。
「何でボクを拾ってくれたの?」
 紡いだ言葉と共に少女の指先が彼の黒衣に触れた。彼は抵抗はせず、じっと其処に立っているだけ。遠い目をした彼は暫し無言だったが、ゆっくりと口をひらく。
「……気紛れだよ。永遠に続く闇の中で、暇を潰したくなったから」
 いつでも捨てて良かった。ただ歌が上手かったからという理由で飼っていただけなのだと彼は語る。
 嘘だ、とすぐに感じた。
 彼はルーチェを今も遠ざけようとしている。自分から触れれば駒鳥の羽が穢れてしまうとでも考えているのかもしれない。
 情などなかったと嘯いて、自分が取るに足らない存在だと騙りたいのだろう。
 だが、ルーチェにとっては彼を厭う理由にはならない。
「ううん、知ってるよ」
「…………」
 少女は多くを語らず、偽らなくても良いと視線で告げた。もし本当に暇潰しだけであったなら、過去を夢として再生してまで歌に浸ってくれるはずがない。
 彼は駒鳥が紡いだ歌の記憶を大切にして、想い続けてくれていた。
「じゃあ、どうしてボクに名前をくれなかったの?」
 ルーチェは彼の瞳が覗き込めるほどに近付き、黒衣をきゅうっと握り締める。
「僕にそんな資格はなかった」
 彼がそれまで浮かべていた微笑は消えていた。視線を逸らしはしないが、ルーチェに向き合おうとしていない様子が見える。
 そして、彼はすべてが気紛れに過ぎないともう一度告げた。
「もう離れてくれないかい」
「嫌だよ、離さない。ボクはね、気まぐれだったからでも構わない」
 あなたが世界のすべてだったから。
 いのちを繋げて、ちいさな縁を紡いで、音と歌を知れたのはあなたのおかげ。
 そして、ルーチェは自分が導き出した答えを告げる。彼が名前を付けられなかったのは駒鳥を神として崇拝していたからでも、情が移るからと忌避していたわけではない。
 だって、ずっと一緒にいたルーチェも彼の名前を知らない。
 鎖と蝶を纏う黒衣の吸血鬼。
 彼の情報はたったそれだけで、誰かに呼ばれている通称すらない。だから、きっと――ううん、絶対にそうだ。
「あなたには名前がなかったんだね」
「……!」
「誰にも付けてもらえなかったから、ボクにも……」
 他者に呼ばれることがなかった彼は名前を付ける事自体に馴染みがなかった。名と云う存在は知っていても、それは与えるものだと思っていたから。
 汚れた血を持つ自分が“かみ”に名など与えられないと考えていたのだろう。
 それにたったふたりきりの世界に呼び名は要らない。自分と相手だけしかいない場所は、お互いの存在しかなかった。
 けれど今は違う。駒鳥は外の世界でひとつの名を授けられた。
「ボクはルーチェ」
 これが妹として引き取ってくれたひとが付けてくれた、自分の名前。そう語ったルーチェは彼を見つめ続ける。
「ルー、チェ……?」
 彼は幾度か瞼を瞬かせ、告げられた音を繰り返した。先程までの攻防で一度聞いた名前だと感じた彼は、少女を瞳に映す。
 そのとき、やっと自分に本当に意識を向けてくれた気がした。少女は笑みを深め、もっとちゃんと呼んで欲しいというように双眸を細める。
「そう、ルーチェ」
「ルーチェ。ルーチェか……いい名前だね」
 彼の声が名を音にしてくれていることがくすぐったく思えた。彼に呼ばれることが特別で、大切なことだと感じられる。
 そして、ルーチェは彼の手をそっと握った。
 まだ彼からは触れて貰えないけれど、つめたい指先の感覚を確かめたくなった。
 重なる手と手。
 掌が振り払われることはなく、ルーチェは仄かな安堵を覚える。
「あなたのことは、ボクが名付けるよ」
「僕に名前を?」
「ボクもあなたを呼びたい。だから、とっておきの名前をあげる」
 彼は否定も肯定もしなかった。
 ルーチェの花唇から自分だけの名が紡がれることを待っているようだ。少女は繋いだ手を離さないように強く握り、彼に名前を贈った。

 ――リーリエ。

「あなたはリーリエ」
 百合の花を意味する名を声に出して、ルーチェは微笑む。
 純粋で無垢。花が宿す言葉ごと彼に贈りたかった。黒衣の蝶――否、リーリエと名付けられた青年は暫し、音の響きを確かめていた。
「リーリエ。ねぇ、リーリエ」
「なんだい、ルーチェ」
「本当はね、いつまでもあなたの駒鳥でいたかったよ。でも……まだ、今のボクの思いは伝えてないよね」
 与えられた名を呼ばれた彼はルーチェを呼び返した。檻の中と外で歌を交わしていた、あのときには有り得なかったことだ。
 それだけでも胸がいっぱいになりそうで、ルーチェは思いの丈を告げていく。
「リーリエ――ボクが愛した人」
 もう何も知らない籠の鳥ではない。色んなことを知った今だからこそ、わかる。
 だから伝えよう。
「ボクはあなたに戀をしてた。とても好きで、大好きで……あいしてた」
「ルーチェ……」
 だめだよ、とリーリエの唇が幽かな音を発した。その声は必死に自分を律しているかのように震えている。
 自分は過去に沈むもので、その愛も過去にしかない。
 彼の瞳には悲しみが宿っていた。伝えたくても伝えられぬ思いが其処にあるのだと解ってしまった。
 ルーチェは彼に縋るように腕を伸ばす。そして、紫彩の無限を瞳に結わう。
「わかってるよ。わかってる、けど……」
 思いが通じたとしても、理解して貰えたとしてもこの先に巡る運命には抗えない。だから、永遠にあなたを忘れないように。
 お別れを告げに来たのが、今というこの時。
「駒鳥じゃない“わたし”としてあなたと共に生きていくから」
 大丈夫だよ、と何度でも伝えたい。
 自分からリーリエを抱き締めたルーチェは瞼を閉じた。其処から歌い上げていくのは、たったひとつの戀心を謳う歌。
 鎖で繋がなくてもずっとかたわらにいるから、と想いを込めて。

 花はうたう あなたのために。
 恋をして 愛をしって えにしを繋げて、結わえるために。
 あなただけに、この歌を。

 抗えぬ別れの前に歌と名前を贈りたかった。あなたが終わりを覚悟しているのなら、それを認めて送るのも自分の役目。
 ――だからもう眠って、わたしの歌で葬送るから。
 ルーチェが紡ぎあげていく歌に乗って、愛が蕩けていく。無垢な響きを宿す天なる歌声は、骸の海へと流れ逝く白百合の花嵐となって広がっていった。
「僕の駒鳥……」
 その歌に耳を傾けていたリーリエは、それまで頑なに動かそうとしなかった手をゆっくりとあげた。ルーチェに触れようとしているようだ。
 触れたら枯らしてしまうと思っていた。
 しかし、此処に訪れた者達が教えてくれた。
 その花は強い。決して枯れるような花ではない、と。
「――いや、ルーチェ」
 リーリエは、歌うルーチェの頬にそっと触れた。燃える真紅の瞳が真っ直ぐに自分だけを映している。つめたい指先の感触が嬉しくて、少女は嘗てのことを思い出す。
 あの頃と同じで、彼は褒めてくれているらしい。
 ルーチェの歌はリーリエだけに贈られている。しかしそれは彼を骸の海へと導くためのものだ。即ち、ルーチェは彼の望みを完璧に叶えようとしていた。
 もう生き永らえたくはない。
 最期に大切だと想う聲で紡がれる歌を聴いて逝きたい、という望みだ。
 ルーチェは彼の指先に自分からも頬を寄せ、めいっぱいの笑みを浮かべた。
「触れていいんだよ」
「……ああ」
 あの日のように、あのときのように、歌で心は解けた。リーリエはいとおしそうにルーチェを見つめ、その腕の中に招き入れるようにして少女を抱く。
「僕も、愛していたよ」
 告白でもあり、別れの証でもある言の葉が囁かれる。
 ルーチェは目を閉じ、彼に身を寄せた。
 互いに腕を背に回して、鼓動の音が伝わりあうほどに近付く。
「ずっと、触れて欲しかった」
 枯れずにあなたの腕の中で歌うから。この戀心と、愛しさをただ消えていくだけのものにしたくない。ルーチェは己のすべてを込めて歌っていく。
 伝えあったのは過去になった想い。だけど――檻のない世界で伝えたかった。

 だいすきだよ。
 これからも、ずっと。

●Love you.
 やがて葬送の音色は終わりを迎えた。
 嘗て愛した少女を抱き締めていたリーリエは、歌が終わると同時に膝をつく。
 少女は彼の身体を支え、本当の別れが訪れたことを悟った。
「ルーチェ……よく、出来たね」
 この世に存在するための力をすべて失った彼の身は、既に消えかかっていた。何羽もの蝶が飛び立つかのように身体が散り、彼を構成するものが消滅していく。
 それでもリーリエは満足そうな表情をしていた。
 ルーチェは倒れた彼に膝を貸して抱き、慈しみを宿した視線を向けている。
 大丈夫。もう眠れるよ。
 あなたの心も記憶も、“わたし”が覚えているから。
「おやすみなさい、リーリエ」
 少女がもう駒鳥ではないと知った彼は、見送る声を聞きながら瞼を閉じる。
 そしてルーチェの頬を撫でて、最期にこう呼んだ。
「ありがとう、ルーチェ。僕の――」
 
 世界を変えてくれた“ひかり”。僕の心に咲く、白百合の花。

 ルーチェは腕の中で静かな眠りにつく彼を見つめ、もう一度あの歌を謳った。
 大切なあなたを悪夢から解き放って、葬送するために。
 
 
 ――あいしてる あいしてる あなたよ どうか永遠に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『常闇の葬歌』

POW   :    自分も歌う

SPD   :    楽器を奏でる

WIZ   :    耳を傾ける

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●常闇に葬歌を
 狂気に堕ちかけていた吸血鬼には名がなかった。
 黒衣の蝶としか呼ばれていなかった彼は、最後の最期に求めていた少女と出逢い、リーリエという名を与えられて――そして、散った。
 少女の手元には彼が身に纏っていた黒衣と、漆黒の鎖が残っている。
 魔力を孕んだ鎖があるからだろうか。
 城に宿っていた夢の力は未だ残っており、不思議な幻想の力が漂っていた。

 ふと、歌が聴こえはじめた。
 それは先程まで流れていたものではない。どうやら聴く者によってそれぞれに違う歌声や詩が響いているようだ。
 君は、その歌を懐かしいと感じるかもしれない。
 昔の自分が歌っていたもの、かつて好きだった歌、誰かが歌ってくれたもの、記憶にはないけれども親しみを感じる歌。
 此処に留まった者の記憶から呼び起こされた歌は、静謐な城に響き渡っていく。
 この城にはもう悪いものはない。
 戦いを終えた今、暫し歌と聲に耳を傾けていくのも悪くはないだろう。
 此処で巡った縁や結末、響く歌声に何を想うのか。
 それはすべて君次第。
 
 その声は、その歌は、きっと――闇を照らすひかりのひとつになる。
 
イフ・プリューシュ
ああ、うたがきこえる
知っているわ、これはルーチェのうた
うたう楽しさを、イフに教えてくれた
たいせつなひとのこえ

理想なんて、叶わないと
イフの、こんなつめたい手をのばしたなら
ルーチェを、たいせつなひとたちを、喪ってしまうと
イフも、そう思っていたの

けれど、ひとかけら、祈ってしまったの
もしもあの人が、願いを叶えられたなら
イフの願いも――

あまいゆめ、ね
イフは、あの人じゃないもの
だからきっと「うらやましい」って思ってしまったの

手をのばすつよさは、イフにはまだないけれど
それでも、しあわせを祈ることはできるから

きこえるうたに、しずかに耳をかたむけて

どうか、ひかりであるあなたに
たくさんのさいわいがありますように



●咲う想い

 ――うたがきこえる。

 大地を淡く照らす太陽のようでいて、蠱惑的な月の光のようでもある聲。
 響き渡るのは陰と陽が入り交じる音。其処に耳を澄ませたイフは瞼を閉じた。とても切ない声だけれど、とてもやさしい。激しくもあって、だけども穏やかで――。
「知っているわ、この声とうたは……」
 これはルーチェのうた。
 この場所で運命を受け入れて、大切なひとを見送った子の歌。
 うたう楽しさをイフに教えてくれた。イフにとってもたいせつなひとの、こえ。
 イフに届いた声は確かな旋律となって巡っていく。
 理想なんて、叶わない。
 イフ自身もそのように思ってしまっていた。このつめたい手をのばしたなら、ルーチェを、たいせつなひとたちを喪ってしまう。
 だって自分はつぎはぎでしかないから。こうして今をいきることに憂いはなくとも、ひとつの線引きをしてしまう自分がいる。
「イフも、おなじよ。ずっとそう思っていたの」
 閉じていた瞼をひらいたイフは、城の窓辺から見えるまっくらな空を見上げた。
 闇に閉ざされた世界は依然として昏いまま。
 それでもそんな闇の中で、たったひとかけらだけ祈ってしまった。
 もしもあの人が願いを叶えられたなら。もし、理想に触れられたなら。
「イフの願いも――」
 諦めに染まった白い花も咲けるかもしれない。
 あらたな蕾をつけて、綻ぶように咲って、実りを迎えて、遥かな先に種を撒いて。巡らせた思いの中でひかりが射していく。
「あまいゆめ、ね」
 しかし、イフは其処で想像の翼を広げるのをやめてしまった。
 確かに希望をみた。もしかしたら、と願う自分もいる。されどイフの中に巣食い続ける諦めが完全に消えたわけではない。
 少女は俯き、自分の足元をそっと見下ろした。其処には自分の影が見えるだけ。
「イフは、あの人じゃないもの」
 だからきっと『うらやましい』と思ってしまった。歌を聴きながらいけたこと、満足な巡りを迎えられたこと。
 あの二人に訪れたのは別離。
 だけど彼と彼女の物語は此処で終わりではなく、これからも続いていく。
「手をのばすつよさは、イフにはまだないけれど……」
 それでも、しあわせを祈ることはできるから。
 そうっと両手を重ねたイフは、もう一度だけ目を閉じた。
 瞼の裏はまっくらでも、遠い彼方にひかりが見えている気がする。そうしてイフは響いていく歌声に静かに耳を傾けた。
 今、冷えた躰にほんの少しだけぬくもりが宿っている。
 この手はずっとつめたいままでも、心の奥にはうたが宿っているから。

 どうか、ひかりであるあなたに。
 たくさんのさいわいがありますように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御剣・刀也
WIZ行動

リーリエ、か
良かったな。忌野際にあえて。
お前は名もない吸血鬼で逝かないですんだ
あいにく、歌は苦手でな。俺は聞き専にさせてもらうよ

歌を聞きながら逝った吸血鬼のことを思う
名もなく暴虐の限りを尽くして逝くよりはずっと良い終わりかただったろうが、それでも、やはり後味は良くない
歌を聞きながら、ぼんやりと上を見上げ
「次は一緒に逝けると良いな」
そう呟きながら、ただただ、歌を聞いて冥福を祈る



●冥闇
 名もなき吸血鬼が辿ったのは滅びという廻り。
 しかし、滅されたのはその中にあった狂気だけ。ただの吸血鬼だった者は名を与えられ、相応しい終わりを迎えた。
 刀也は自分達が見守り、見届けた最後を思う。
「リーリエ、か」
 誰かを求めていた吸血鬼は百合の意味を抱く名を抱いて逝った。
 相手がオブリビオンとはいえど、その終わりが穏やかだったのなら――。
「良かったな。今際の際にあえて」
 刀也は誰も居なくなった城を見渡し、己の思いを言葉にした。誰もがあのような終わりを迎えられるわけではない。
 会いたい人に逢えぬまま死を迎える者とて多い。
「お前は名もない吸血鬼で逝かないで済んだ。本当に……奇跡かもな」
 それに、と呟いた刀也は聞こえてくる歌に耳を澄ませた。何かはわからないが、とても心地よい歌声が刀也の耳に届いている。
 血に染まるでもなく、苦しむでもなく、吸血鬼は歌で葬送された。
 そのことはきっと救いだったはず。
 城の中では幻想の歌ではなく、誰かが一緒になって歌っている声も聞こえる。刀也は他の猟兵が紡ぐ声にも意識を向けながら、静かに双眸を細めた。
 自分も一緒に歌えば弔いにでもなるのかもしれない。しかし生憎、歌は苦手だ。
「俺は聞き専にさせてもらうよ」
 刀也は瞼を閉じながら、再び耳を澄ませる。
 響き続ける歌を聞きながら、刀也は逝った吸血鬼のことに思いを馳せた。名を得られたことや歌で送られたことはきっと喜ばしい。
 名もなく、暴虐の限りを尽くして逝くよりはずっと良い終わりだっただろう。
 だが、それでも――。
 やはり後味は良くないな、と思ってしまうのは其処に別離があったからか。
 刀也が思う最良の結末は、終わりなど訪れることなく、大切な者と共に生きることだったゆえ。歌を聞いていく刀也はふと、ぼんやりと頭上を振り仰いだ。
 城の窓辺から見える空は昏いまま。
 この世界に満ちる闇はまだ晴れそうにない。それゆえに少し切ないような、不思議な感覚が巡っていった。
「次は一緒に逝けると良いな」
 そう呟きながら、刀也ははただただ歌を思う。
 自分なりの思いを旋律に乗せるようにして、刀也は彼の冥福を祈った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
子供たちが歌うかごめかごめが聞こえる。猟兵になる前に出羽の村で聞いていた歌。
…懐かしい、のかな?
でもあの頃は確かに穏やかな時間だった。
二十年程度とはいえ一所に住んでいれば、とくに寺で寝起きしてたってのもあるけど。季節は廻り、人は生まれ成長し老い死んでく。それを見てきた。
人は代わっても営みは変わらないんだろうな、と。
そして変わらない自分。
でも猟兵になってそれも変わった。
背の中ほどまでで変わらなかった髪はずっと伸びた。
初めは主とかけ離れていくようで少し怖かった。でも自分は自分でしかなくて、だからこそ得た感情もあって。
それらは大切な物ではあるけれど、それでもあの穏やかな時が懐かしいのかもしれない。



●廻る歌
 ――かごめ、かごめ。
 
 籠の中の鳥は、と歌う声が瑞樹の耳に届く。
 それは過去の記憶から再生されているのだろう。いくつもの子供達の声が重なる、あどけない歌声はとても愛らしいと思えた。
 この歌は瑞樹が猟兵になる前に出羽の村で聞いていた歌だ。
「……懐かしい、のかな?」
 瑞樹には少しだけ、今の自分に宿る感情が把握できていないでいた。しかし、響き続ける歌に嫌悪のようなことは感じない。
 思い返せば、あの頃は確かに穏やかな時間だった。
 激しい戦いもなく、日々は平穏と呼べるもの。二十年程度とはいえど一所に住んでいれば愛着や情も湧いている。
 特に瑞樹が寺で寝起きしていたということもあり、様々な移り変わりを見てきた。
 季節は廻る。
 人が生まれ、成長して、老いては死んでいく。
 瑞樹はそれをずっと見てきた。住まいが寺であったせいか、生を終えた者の終着を見ることも多かった。

 ――いついつ、でやる。

 歌は進んでいく。闇に包まれた城の中で響くには些か不釣り合いかもしれない歌だが、今の瑞樹には気にならない。
「人は代わっても営みは変わらないんだろうな」
 瑞樹はぽつりと呟き、自分の掌を見下ろした。成長していく人間とは違って、変わらない自分が其処にいた。
 だが、猟兵になってからそれも変わっていった。
 変わらないと思っていた自分の姿が少しずつ変化していったのだ。
 背の中ほどまでで、ずっと変わらなかった髪は伸びた。
 はじめは主とかけ離れていくようで少し怖くもあったが、今は違う。自分は自分でしかなくて、だからこそ得た感情もあった。
 得てきたものはどれも大切だ。
 そうではあるけれど。それでも、あの穏やかな時が懐かしいのかもしれない。

 ――うしろのしょうめん、だあれ。

 瑞樹の耳に届き続ける童歌は楽しげに、儚げに響き渡っていく。
 あの頃を思い出して、今を想う。
 過ぎる思いは多々あれど、その心地は決して悪いものではなかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
…この歌は。昔、プレアとラグナが歌ってくれた歌?

…懐かしい。良く子守歌代わりに歌ってくれたわね

聞こえてきたのは、救済の天使と繁栄の聖女の歌声
名も無き悪神の狂信者だった母に生贄にされた幼い私を救い、
教え、導き、そして死んでいった姉のような、師のような二人

"…人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を"

…貴女達から受け継いだ誓いは、今も変わらずこの胸に

…あの忘れがたき死人の村での言葉も忘れていないから安心して

…私は私の心に従って、この誓いを果たす

一通り歌を聞いた後、心の中でもういない二人に祈りを捧げ、
UCを発動して次の戦場になる人類砦に転移する

…それじゃあ向かいましょうか。次の戦場へ



●二人の声
 歌声が響いていく。
 それはとても優しく、やわらかく心に届いてくるような声だ。
 リーヴァルディは顔をあげて耳を澄ませる。声の主はいないことは分かっているが、つい周囲を見渡してしまった。
「……この歌は」
 そう。これは昔に、プレアとラグナが歌ってくれた歌。
 間違いないと感じたリーヴァルディは胸に手を当て、そっと瞼を閉じる。
 懐かしい。
「そうね、よく子守歌代わりに歌ってくれたわね」
 今もリーヴァルディの耳にだけ届いているのは、救済の天使と繁栄の聖女の歌声。
 思い返すのは過去のこと。
 歌は穏やかではあるが、闇の世界での記憶は少しの痛みも伴う。
 名も無き悪神。その狂信者だった母にリーヴァルディは生贄にされた。しかし、幼いリーヴァルディを救ったのが二人だ。
 あの頃のことを思い出すと、自然に心の奥に温もりが宿る。
 多くを教え、先へと導き、そして――死んでいった姉のような、師のような二人。
「プレア、ラグナ……」
 リーヴァルディは二人の名を呼び、懐かしい声を聞き続けた。もう直には聞けない声だが、こうして自分の記憶の中には二人の歌が残っている。

 “……人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を”

 思いを馳せ、リーヴァルディは両手を重ねた。
「……貴女達から受け継いだ誓いは、今も変わらずこの胸に」
 救世を、と願って祈ることを止めないのは彼女達がいてくれたからこそ。あのまま生贄に捧げられていたら、これまでの出会いもなかった。
 今のリーヴァルディという存在は彼女達がいなければ形作られなかった。
 多くの苦痛、別れや様々な出来事を経験してきたが、あのときに命を失っていた方が良かったとは思えない。
 たとえ心が揺らぐことがあっても、救われたことは決して否定しない。
「……あの忘れがたき死人の村での言葉も忘れていないから安心して」
 ――私は私の心に従って、この誓いを果たす。
 誓いを立てたリーヴァルディは歌を一通り聞いた後、心の中で祈りを捧げた。もういない二人だけれど、この記憶と心の中にはずっと居てくれる。
 大丈夫だから、と胸中で呟いたリーヴァルディは歌の終わりを聞き届けた。
 そして、吸血鬼狩りの紋章を輝かせた。
 向かう場所はあらたな戦場となる人類砦。ひとつの戦いが終わろうとも、リーヴァルディの戦いは未だ終わっていない。
「……それじゃあ向かいましょうか。次の戦場へ」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
全てを見届けた後、傍らのゼファーを撫でる
その後、自分の左手を触る
そこに刻まれた竜の印
力を貸してくれたメティスに感謝を伝えるために
2人が力を貸してくれたおかげで私にできることを成せた

城内を見渡し、この地に集まった人たちを見る
それぞれの想いで集まった人たち、中には自分と同じように縁が繋がってきた人たちもいるだろう

聴こえてきた歌は一度だけ聞いたことがある
ゼファーの母親が歌っていた子守歌
それに合わせてゼファーも歌っている
いなくなってしまっても心の中にいるのだと教えてくれている

去りゆく者に安らぎを
残された者には明日に繋がる希望を
そう願いながら目を閉じ、静かに竜の子守歌を聴く



●やさしき竜の詩
 歌が響き続けている。
 すべてが終わり、すべてを見届けた後に、優しい歌声が――。
 ウィルフレッドは傍らのゼファーを撫で、城に響いている歌に耳を澄ませた。
 穏やかな歌を心地よく感じながら、彼は自分の左手に触れる。そこに刻まれた竜の印から僅かな力を感じた。
 力を貸してくれたメティスに感謝を伝えるために、ウィルフレッドは礼を告げる。
「ありがとう、二人共」
 ゼファーにメティス。二人が力を貸してくれたおかげで、ウィルフレッドは自身に出来ることを成し遂げられた。
 ウィルフレッドの声に顔を上げたゼファーは尾を振っている。
 きっとゼファーも同じ思いを抱いているのだろう。
 そうして、ウィルフレッドは静かな闇が満ちる城内を見渡した。この地に集った人々はきっとそれぞれの思いを抱いている。
 彼が、或いは彼女達もまた、此処で様々なことを感じたのか。
 自分と同じように縁を辿って訪れた人もいるはず。最初はちいさな縁の欠片だったものが、こうして大きな巡りとなって繋がる。
 ウィルフレッドは不思議な思いを抱きながら、縁の力を感じ取っていた。
 目に見えないものであっても確かに此処にある。それが、えにしというもの。
 それからウィルフレッドは改めて歌声に耳を傾ける。
 彼の耳に届いているのは子守歌だ。
 絶えず聴こえてきた歌は、たった一度だけ聞いたことがあるもの。ゼファーの母親が歌っていた歌に違いない。
 懐かしいと感じながら、ウィルフレッドはゼファーを見つめる。
 同じ歌が聞こえているらしいゼファーも声に合わせて歌っているようだ。
 優しい記憶が歌になる。
 いなくなってしまっても、もう会えなくなっても、心の中にいるのだと教えてくれているような歌だった。
 ウィルフレッドはゼファーと共に歌を聴き続けた。
 メティスも一緒になって聴いてくれているようだと感じつつ、ウィルフレッドは瞼をそっと閉じる。

 去りゆく者に安らぎを。
 残された者には明日に繋がる希望を。

 願うのはこれまでと、これからを想う祈りにも似た思い。
 そして、ウィルフレッド達は静かに竜の子守歌を聴いていく。この歌が終わるまで、否、終わったとしても思い続けよう。
 この先に続いていく、確かな未来のことを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
どこかから歌が聞こえた
それは昔々、かつての木漏れ日の午後
暖かい日差しと、ハニーティーと焼き立てのアップルパイの甘い匂いのようで
「お母様」の声のようなものだった
優しくて、愛が溢れる歌が、流れて来た

本当は、そんなに昔の事でもないのに
百年も、千年も前のことに感じるのは何故ですか
目を閉じれば、夜が明けるように、全ての色があせて、「元」の白になる
黄色い福寿草が散り、真っ白の待雪草が咲き始める

死霊ちゃんも出てきて、一緒に歌を聴く
あなたは、私と同じ歌を聞こえていますか
それとも、あなただけの歌なのですか
擦り付けてくる死霊ちゃんをちょいちょいして
また迎え入れ、「今」の色に戻る
さあ、帰りましょう



●甘い紅茶と午後の歌声
 すべてが終わり、すべてが未来に繋がる。
 猟兵として見届けた吸血鬼の終わりは切なく、不思議な結末だった。
 レザリアは少しだけ肩を竦めた後、城の廊下を歩いていた。外の世界は暗いままだが、此処には優しい思いが巡っている気がする。
 そのとき、何処かから歌が聞こえた。
 立ち止まったレザリアは耳を澄ませ、懐かしくも感じる音に聞き入る。
「……この、歌――」
 それは昔々、かつての木漏れ日の午後を思い出せる声だ。
 暖かい日差し。穏やかな空気。歌が響く度にひとつずつ何かが思い起こされる。ふと浮かんだのはハニーティーと焼き立てのアップルパイの甘い匂いのような感覚。
 レザリアはこの声を知っている。
 この歌を歌っているのが誰なのか、レザリアには理解できている。
 そう――『お母様』の声のようなものだった。とても優しくて、深い愛が溢れる歌がレザリアの耳に届き続けている。
 どうしてか、悲しいほどに懐古の気持ちが浮かんできてしてしまう。
 本当は、そんなに昔のことでもないというのに。
 この声を聴いたことが遠い昔のようにしか思えない。過去を振り返るだけで切ない気持ちが深まってしまうのはなにゆえなのか。
「どうして。百年も、千年も前のことに感じるのは何故ですか……」
 レザリアは誰からも答えを聞けない疑問を声にしていた。勿論、元から返答が貰えるとも導き出せるとも思っていない。
 そして、レザリアは瞼をそっと閉じた。
 そうすれば夜が明けるように、全ての色があせていき、『元』の白になる。
 黄色い福寿草が散り、真白な待雪草が咲き始める。
 あの頃に戻れたような感覚がした。想像の中だけではレザリアはあの頃のままの無垢な存在で、午後に響く歌を楽しげに聴いている。
 けれど、それは幻想。
 レザリアがゆっくりと瞼をひらくと、現実が見える。
 翼は黒に染まり、不吉な汚れた灰色が認識できた。するとレザリアの傍に死霊ちゃんがふわふわと寄り添ってくる。
 この姿でなければ出逢えなかった死霊は、少し心配そうだ。
 しかし、レザリアは大丈夫だと答えて死霊と一緒に歌を聴いていく。
「あなたは、私と同じ歌が聞こえていますか」
 それとも、あなただけの歌なのですか。レザリアが問いかけると、死霊ちゃんは肩の上にちょこんと乗った。
 死霊をちょいちょいと指先で擽れば、優しい思いが感じ取れる。
「さあ、帰りましょう」
 レザリアは死霊を迎え入れ、『今』の色を再び確かめた。現在はこれでいい。共に過ごすこのときこそが、今という時間の証なのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

東雲・円月
レテ(f17001)と。

歌が聞こえますねェ……。
彼は最期にちゃんと出会えたようで、何よりです。
叶ったんですかねェ、願い。
叶ったんなら、叶って消えたなら……。
叶わないで生き続けるより幸せじゃないですかねェ。

光溢れる綺麗な歌。俺には似合わないな。
さて、少し休憩したら出ていきますか。
長くいると心が苦しくなる。

あ、貴方は先程の。
援護ありがとうございます。助かりましたよ。
今の歌は貴方が?
大したものですねェ。俺は音痴でいけない。
別段もう危険も何もないと思いますけども、帰るならエスコートしますよ。
助けたついでってヤツです。

ここにいるとちょっと切なくて。
良ければ別の場所で貴方の歌を聞かせて欲しいものですねェ。


レテ・ノートス
円月(f00841)さんと

歌…が、聞こえている…
それはかつての、教会に、毎日に響く聖歌のような、歌…
思わず、その歌に応えるように歌い始める
過ぎ去りした日々への追憶と、城の主への弔いと、未来への憧れ…
色々な気持ちを込めた歌を
一曲歌い終わったら、近くに人がいることに気づいて、なんか恥ずかしくなる
あ、そういえば、貴方はさきの…
戦闘中に助けてくれたので、深く一礼して感謝する
歌を褒められて少し照れる
え、いえ…そうでもない…けど、気に入れるなら、嬉しいです…

エスコートのことを聞いて少し戸惑うけど
助けてくれた人を断ったら失礼かな、と思って
少し考えてから、小さく頷く
では…よろしくお願いします…



●聖なる歌声
 ――歌が聞こえてくる。
 大切な者を想い、望んだ果てに送る優しい声が響き続けていた。
「いい歌でしたねェ……」
 円月は先程まで歌われていた少女の旋律を思い返し、此処で巡った終わりについて考える。狂気に落ちかけていた彼は畏れたものに呑まれることなく逝った。
「最期にちゃんと出会えたようで、何よりです」
 その願いは叶ったのか。
 叶ったのなら。叶うことで満足のまま消えたなら。
 そのように考えた円月は微かな溜息をつき、城内を見渡した。そうして、誰にも聞こえないほどの声で独り言ちた。
「叶わないで生き続けるより幸せじゃないですかねェ」
 光が溢れる綺麗な歌が再び響く。
 ずっとこの歌を聴いていたい気もしたが、自分には似合わないと感じてしまう。それゆえに円月は歌を聞くのもそこそこにして、此処から去ることを考えていた。
「さて、少し休憩したら出ていきますか」
 此処に満ちている思いは何処までも優しいものだが、あまり長くいると円月の心が苦しくなってしまう。しかし、そんなとき――。
 違う誰かの歌が、聞こえた。

 ――歌が響いている。
 レテもまた、吸血鬼の最後を見送った後に城に留まっていた。
 彼女の耳に届いたのは聖歌のような歌だ。それはかつての教会に毎日に響いていたもの。懐かしくも感じる馴染みの歌だった。
 身に染み付いた日常のような歌。
 記憶から再生される歌声を聞いていたレテは、無意識に花唇をひらいた。
 そして、その歌に応えるように歌いはじめる。
 歌いながら想うのは過去と現在。
 過ぎ去りした日々への追憶と、城の主への弔いと、それから――未来への憧れ。
 此処で見聞きしたすべてに思いを巡らせ、様々な気持ちを込めた歌をレテは謳う。大切に慈しむように、大事にして手放さないように。
 そうして、一曲を歌い終えた頃。レテは近くに近くに男性がいることに気が付いて、はっとした。
「そういえば、貴方は先程の……」
「あ、貴方は――」
 どうやら円月はレテの紡ぐ聖歌をずっと聞いていたようだ。何だか恥ずかしくなり、レテは思わず俯いてしまう。
 円月は気にすることなくレテの隣に歩み寄り、声を掛ける。
「援護ありがとうございます。助かりましたよ」
「こちらこそ、とても戦いやすかったです」
 円月が戦闘中に助けてくれたことを思い出し、レテは深く一礼して感謝を述べた。円月も頷きを返し、先程の約束通りに自己紹介をした。
 互いの名を告げあった後、円月は問いかけてみる。
「今の歌は貴方が?」
「はい、お恥ずかしながら……」
「大したものですねェ。俺は音痴でいけないんですよ」
「え、いえ……そうでもない……けど、気に入って貰えたなら、嬉しいです」
 レテは歌を褒められたことで少し照れてしまう。
 すると円月は、もう少し歌を聞いてみたいと語った。レテは驚いてしまったが、断る理由もないので迷っている。
 そして、円月はそっと手を差し出した。
「別段もう危険も何もないと思いますけども、帰るならエスコートしますよ」
「エスコートですか?」
「助けたついでってヤツです。それに、ここにいるとちょっと切なくて。良ければ別の場所で貴方の歌を聞かせて欲しいものですねェ」
 レテは戸惑ってしまったが、彼がそう言うならば仕切り直すのも良い。
 確かにこの場所には切ない思いも満ちている。それにきっと助けてくれた人からの申し出を断るのも失礼かもしれない。
 レテは少し考えてから、小さく頷いて答えた。
「では……よろしくお願いします……」
 二人は歩き出す。
 その後にどのような時間が巡ったのかは、彼らだけが知ることだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
…この声。

小さなハーモニカを見ていると思い出す。
この「ruutu」を俺にくれた人の声なのだと。
いつも俺が音を鳴らすと、それに合わせて歌ってくれたな。
ずっと共にいると信じて疑わなかった。
俺は笑って欲しくて、歌って欲しくて、だから、もっともっと綺麗な音を、旋律を奏でられる様に練習したんだよな

…懐かしいな、心地良い
今は、ただ、この声を聴いていたい

ん?どうしたミヌレ。
急に擦り寄ってきたので何かあったのかと思ったが…
そうか、お前にはお前だけの歌が聴こえているんだな。
ミヌレに聴こえる声か、マドレーヌだろうか…
否、アイツが歌っているのなんて想像つかないな
そう思うと何だかおかしくて、少し…笑ってしまった



●彼女の歌
 響き渡っていく歌。
 その反響がユヴェンの耳に届き、不思議な感覚が巡っていく。
「……この声」
 ユヴェンはいつも携えているちいさなハーモニカを取り出した。彼に聞こえている歌声はこの楽器に深い縁があるものだ。
 そっとハーモニカを見ていると記憶が裡から浮かんでくる。
「懐かしいな」
 ふと零れ落ちた声には慈しみが込められていた。ユヴェンにとって、このハーモニカをくれた人の声はとても感慨深いもの。
 思い返すと、そのときの情景まで鮮明に蘇ってくるようだ。
「あの人はいつも俺が音を鳴らすと、それに合わせて歌ってくれたな」
 そんな時間が心地よかった。
 歌に釣り合うように、その歌を引き立てられるように、もっと上手くなりたいと思うことも出来た。自分が演奏をして、あの人が歌ってくれて――。
 ずっと共にいると信じて疑わなかった。
 あの人に笑って欲しかった。
 歌って欲しくて、もっともっと綺麗な音を奏でたかった。練習に練習を重ねて、最初の頃よりも旋律が歌と混ざり合うようになったとき、とても嬉しかった。
「……心地良かったな」
 あの日、あの時、あの瞬間。
 もう戻らない日々だが、こうして記憶の中にはこの歌が確かに息衝いている。
 今は、ただ――この声を聴いていたい。
 ユヴェンがゆっくりと双眸を細めると、ぐいぐいと自分を押す何かの感触があった。そちらに目を向けるとミヌレがユヴェンに擦り寄ってきている。
「ん? どうしたミヌレ」
「きゅっ、きゅきゅ、きゅっゅ!」
 寂しくなったのだろうかと考えたが、ミヌレはどうしてか調子外れな歌を楽しそうに歌っていた。微笑ましくなり、ユヴェンはミヌレを抱き上げる。
「何かあったのかと思ったが、そうか。お前にはお前だけの歌が聴こえているんだな」
 自分に聞こえている歌とは違う旋律を歌う槍竜。
 其処に悲しみはなく、本当に嬉しそうにしている。ユヴェンには聞こえないが、きっとミヌレも思い出の歌声を聞いているのだろう。
「ミヌレに聴こえる声は、マドレーヌだろうか……」
「きゅうう!」
 正解、というようにミヌレが鳴いた。
 歌の主への答えは少し冗談混じりだったのでユヴェンは驚き、何度か瞼を瞬かせた。
「本当か? アイツが歌っているのなんて想像つかないな」
 もしかすれば竜達にだけは子守唄などを聞かせてやったのかもしれない。ミヌレの歌の調子が外れているのもそのせいなのだろうか。
 そう思うと何だかおかしくて、ユヴェンは微かに笑ってしまった。
 笑うな! という彼女の声が聞こえてきそうで――少し、嬉しくなった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アパラ・ルッサタイン
今まで歌に馴染みは無い
だから、ゆるり城を巡って漏れ聞こえる歌を聞いていこう

童歌
恋歌
口承歌
歌詞の無い旋律だけの音楽も聞こえて来るかも

うん
うつくしいがどれも新鮮だ
歩む足は止まらずに

ああ今の歌はいいな
新しいランプのイメージが出来そう
百合をモチーフにしたデザインも今度作ってみようかな

幾度目か角を曲がった時に
ある歌が聞こえて
粗野で素朴で
太くあたたかな

これはあの鉱山の奥で
鉱夫達が歌っていた
代わり映えの無い洞窟の中
仕事中の口慰みに紡がれていた歌
朧げに覚えている

……嗚呼
そうか
有ったのだね

これが、あたしの子守唄か



●鉱夫の歌
 其々の記憶にある歌声が城に響き渡っていく。
 ゆっくりと城の廊下を歩むアパラは、闇の世界に横たわる昏さを確かめた。
 ひとつの物語が終われど闇は晴れない。それでもこの城に満ちる空気はどうしてか、とても穏やかなものに変わった。
 アパラにとって今まで歌に馴染みはなかった。それゆえに、こうしてゆるりと城を巡って聞こえてくる歌に耳を澄ませている。
 かごめ、かごめ、と童歌が聴こえた。
 あなたがいとおしい、と歌う恋の歌も耳に届いた。
 口承歌のような歌声や、歌詞の無い旋律だけの音。様々な歌や声、音がアパラの耳をくすぐっていく。
「……うん、うつくしいがどれも新鮮だ」
 アパラには微かにしか聴こえないが、それでも構わない。
 更に違う歌を聴きたいと願った彼女の歩む足は止まらず、回廊から中庭の方へと進んでいく。
 そのときに聴こえてきたのは、優しい響きを宿す歌。
 大切な人へ贈る歌だと気付いたアパラはそっと頷く。
「ああ今の歌はいいな」
 新しいランプのイメージが出来そうだ、と考えてしまっている自分に気付き、思わずちいさな笑みが零れ落ちる。
 此処で巡った物語を形にしたい。そのように考えたアパラは、今度は百合をモチーフにしたデザインのランプを作りたいと思った。
 そうして、幾度目か角を曲がった時。
 それまでとは違う、はっきりとした歌声が響いてきた。
 誰かが近くで歌っているのかとも思ったが、声の主は何処にも見えない。
 粗野で素朴で、太くあたたかな声。
 そうだ、思い出した。それらはあの鉱山の奥で鉱夫達が歌っていたもの。
 歌が進む度にアパラの胸裏に記憶が巡っていく。
 代わり映えの無い洞窟の中で、唯一変わっていくものがあの歌だ。旋律が進み、声が重なって――仕事中の口慰みに紡がれていた歌。
 朧げに覚えている歌は今、こうしてアパラの傍に寄り添うように流れている。
「……嗚呼、そうか」
 アパラは心に歌が染み込んでいくような感覚をおぼえ、中庭の片隅に腰を下ろした。
 そうして、暫し記憶の歌声に耳を傾ける。
「有ったのだね」
 歌に関するもの何もないと思っていたけれど、確かに自分の中にも思い出が存在していた。愛おしくて、やさしくて力強い。
「これが、あたしの子守唄か」
 アパラは瞼を閉じて、響き続ける歌に聞き入る。
 それは心の奥をそっと照らすランプの灯のように、彼女の裡にひかりを宿した。
 やがて、歌は終わりを迎える。遠い記憶から生まれた歌を思い、アパラは暫し其処で空を見上げていった。
 未だ闇の色は暗く沈んでいても、いつか。きっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
城の高いところに登って
冷えた風にとけるうたに耳を澄ませる
きっと哀しい終わりではなかったのだろう
よかったね、なんて

花に触れると答えたけれど
かれのように花を案じてなどいなかった
この世界で枯らせたくない―壊したくないものなんてないから
手を触れて枯らせたとて後悔もない
壊したくなくなったとすれば
ひとの云う愛した例外などではなく
興味もなにもかも失せた時なんだろう
そう思ったけれど

よく知る懐かしいうたは
ひとならざる天使の歌声
手を伸ばすように一緒に歌おうとして―気付く
ああそうか
このうたを喪う
それが私にとって“そういうこと”なのだと

あの問いをそっと口にする
今度は答えられずに
ずっとずっと
うたが止むまで聴いているだけ



●なくしもの
 冷たい風が吹き抜け、昏い空に舞い上がっていく。
 風の行方を見送るように天を仰いだロキは今、城の上部にあるバルコニーめいた場所に立っていた。その場所でも十分に高いが、其処から手摺を蹴って軽く跳躍したロキは屋根の上に向かう。
 次に視線を巡らせ、見下ろした地面は遠い。
 けれどもこの高さなら風を一番に感じられる。
 ロキがそうした理由は、風にとけていくうたに耳を澄ませたかったから。
 此処で巡った結末は悲恋だ。しかし、きっと哀しい終わりではなかったのだろう。
「よかったね」
 終わりを迎えられた吸血鬼に向けての思いを言葉にして、なんてね、と呟いたロキは屋根の縁に腰を下ろす。思い返せば、自分は花に触れると答えた。
 だが、かれのように花を案じてなどいなかった。
 この世界で枯らせたくない、壊したくないものなどロキにはないから。
 花が美しかったということを覚えていられれば、手を触れて枯らせたとて後悔もない。かれと自分の違いはそういうところなのかもしれない。
 かたや、慈しみと優しさに溢れていて。かたや――。
 ロキは巡りかけていた思考を止め、足をゆらゆらと揺らして虚空を見つめた。
 もし、自分が壊したくなくなったとすれば。
 それはきっと、ひとの云うような愛した例外などではない。好きという感情の反対は無関心だという話も聞く。それゆえに、興味もなにもかも失せた時なのだろう。
 そう思った。けれど、胸に燻る何かがある。
 ひとに触れて、ひとに近い心を持つものと言葉を交わして、少しだけ自分も変わってしまったのかもしれない。それとも、変わったと錯覚しているだけなのか。
 ロキの耳に届き続けているうたは、よく知る懐かしいもの。
 ひとならざる天使の歌声は美しい。
 これは記憶から再生されたうたで、声の主は探しても何処にもいない。
 ロキは其処に手を伸ばすように一緒に歌おうとして、ふと気が付く。
「ああそうか」
 自然に零れ落ちたのは納得と理解が混じった一言。こうやって此処にうたが聞こえているということは、きっとそうだ。
 このうたを喪う。
 それが私にとって“そういうこと”なのだと解った。

 ――触れたら枯れてしまう花に、触れたくなったら?

 かれが声にしていた、あの問い掛けをそっと口にしてみる。あのときは答えられたが、このうたが聴こえている今は同じ言葉を紡げない。
 今度は答えられずに、ロキは瞼を閉じた。
 うたがきこえる。寄り添うように、ロキの傍で響いていく。
 そうして、ずっとずっと考えて、うたが止むまでロキは耳を澄ませ続けた。
 答えなんて、そんなものはきっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
アドリブ歓迎




故郷じゃ馴染みが薄いモノだった
歌が無い訳でも興味が無い訳でもない

ただ己の興味がその頃は魔術の方に、夢の方に向いていた
皆には向いてないやら辞めたほうがやら心配そうにいろいろ言われてたから
逆に意固地になってたのもあるかも
今だから思えるけど
小さい頃
攫われかけたり色々心配かけりゃ仕方ないのかもしんない
まぁ夢を諦める気はさらさらないが

故郷の歌…どんなだっけ


猟兵として依頼に行き続け分かった事
歌も凄い
もはや魔術の領域のもあるし

猟兵も
災魔も
それ以外の奴らも凄い歌ばかり
記憶に干渉したり元気くれるのも有る
今回のも‥なんか凄い

故により興味が沸いた


誰…?
何故か懐かしい歌声が聞こえたので

思わず真似してみた



●故郷の歌
 終わりを飾った歌声はとても美しいものだった。
 少女が紡いだ聲を思い、零時はゆっくりと思考を巡らせていく。
 歌。それは故郷では馴染みが薄いモノだった。別段、故郷に歌がなかったわけでも零時自身に興味がないわけでもない。
「あの頃の俺様、魔術のことしか考えてなかったからなー……」
 故郷にいる頃、己の興味はその頃は魔術の方にばかり向かっていた。学んできた魔術に歌は関わってこず、ただひたすらに心は夢に傾いていた。
 魔術を志すことになり、まず周囲から聞こえてきたのは止める声だ。
 向いてない。
 危ないから勧めない。
 辞めた方が良い、などなど。心配してくれているのだとも分かったが、当時の零時は聞く耳を持たなかった。
 寧ろ、逆に意固地になっていたのだろう。
「今だから思えるけど……。けど、諦めなくてよかったな」
 しかし、小さい頃はそう言われるに至る出来事もあった。攫われかけたり、初めての魔術で大失敗をしたりと、色々な心配をかけてきたのだから仕方ないのかもしれない。
「今だって夢を諦める気はさらさらないけどな!」
 ぐっと拳を握った零時はこれまでの道程を思い、更に気合を入れた。
 少年は気付いていない。
 たとえ止められても自分の意志を貫き通したという過去の積み重ねが、今の零時が逆境を乗り越えていける力となっていることを。
 そうして、零時は薄暗い城の中をのんびりと巡っていく。
 かつての出来事を思い出したついでに、歌についても思いを馳せてみる。
「故郷の歌……どんなだっけ」
 昔は違ったが、今は歌に関しての興味も湧いてきている。
 猟兵として戦う中で歌を武器にして戦う者達を見てきた。もはや魔術の領域の歌ばかりで感心しており、関心も大いに持っている。
 猟兵も、災魔も、それ以外の者達も凄い歌を紡いでいた。
 例えば記憶に干渉したり、聞いているだけで元気をくれる歌もある。
「今回のも……」
 何だか凄い、という感想しかまだ抱けないが、零時の心に深く染み渡ったのは間違いない。魔術以外は、否、魔術だってまだまだ学びの途中。
 そう感じているからこそ、零時の興味はより歌に向かっていく。
 そのとき、零時の耳に不思議な歌声が聞こえた。
「誰……?」
 その声の主が見当たらないということは、この旋律は零時の記憶から呼び起こされているものなのだろう。何故か懐かしい歌声だと感じて、零時は思わず真似してみた。
 少したどたどしく、けれども懸命に。
 記憶の歌に合わせて音を紡ぐ少年の歌声が、暫し其処に響いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵠石・藤子
聴こえてくる歌は、手鞠歌
故郷の村で子供達が歌っていた、
かつて自分も歌った事のあるような
遠い記憶の底の

山の匂い、土の匂い、
てんてん、と言う鞠の音まで
歌と共に聴こえてくるようで

「オレも交ぜろよ!」
もう然程幼くもない癖に、縁側から駆け出して
幼子に交ざろうとする彼女が、トーコは好きだった
同じ身体ではあるけれど

もうあの頃には戻れないけれど、
望郷の思いに包まれて

「懐かしいな」
藤子が口に出して、目を細める
…藤子さんは、そうやっていつも素直
昔と、変わらない…
トーコはそれを羨ましくも、嬉しくも思いながら
ふたりは歌に耳を傾ける

村を出たのは自分で
村を厭ったのも自分で
だけど大好きで、大切だった
わたしたちの産まれた場所



●大切な場所
 記憶の歌を呼び起こす魔力が城に満ちている。
 その力は苦しみや痛みではなく、懐かしさや歓びを運んでくる優しいものだ。
 そんな中で藤子に届いたのは、ある手鞠歌。
 聴こえてくる歌声に耳を澄ませた藤子は郷愁の思いを抱いた。
 それは嘗て故郷の村で子供達が歌っていたもの。そして、自分も歌ったことのあるような――遠い記憶の底から導き出された歌だった。
 歌と共に蘇ってくるのは当時の記憶の欠片。
 山の匂い、土の匂い。
 ときおり交じる楽しげな笑い声。
 はしゃぐ子供達の足音に、遠くから見守る大人の視線。
 てんてん、と言う鞠の音までが歌と共に聴こえてくるようで感慨深い。確かそうだ、あの頃の藤子はこんな風に駆け出していった。
『――オレも交ぜろよ!』
 もう然程幼くもない癖に、縁側から子供達の元に向かっていく藤子。
『いいよー!』
『みんなで歌お! 遊ぼ!』
 返ってくる言葉もあたたかいものだった。
 明るくて無邪気さを感じさせる藤子の表情。幼子に交ざって笑いあう彼女の姿が、トーコは好きだった。
 同じ身体ではあるけれど、彼女が笑う光景を慈しむべきものだと思っていたのだ。
 幼い歌声は響き続ける。
 楽しげに、嬉しげに、そして――幸せそうに。
 今という時を大いに謳歌しているような、純粋な感情が読み取れる歌。
 けれど、もうあの頃には戻れない。それでもやはり望郷の思いに包まれるのは悪くはない。今は無くとも、確かな幸福が彼処にあったということは間違いない。
 たとえ、その後に何が起ころうとも。
 彼や彼女が生きていて、あのような平穏な時間があったことは嘘ではない。
「懐かしいな」
 トーコが過去を思い返している中、藤子がそういって目を細めた。
(……藤子さんは、そうやっていつも素直で――)
 昔と、変わらない。
 トーコはそれを羨ましく思いながらも、そんな藤子の傍に居られることを嬉しくも思っていた。そして、ふたりは歌に耳を傾けていく。
 てんてん、てん。
 手鞠歌は続く。過去の幸せも、少しの後悔も、決意も乗せて。
 村を出たのは自分。
 村を厭ったのも自分だけれど。
 それでも、あの場所は大好きで、大切だったことは変わらない。
 ――わたしたちの産まれた場所。
 それこそが、あの村。
 記憶は此処にある。思い出も、想いもずっと変わらない。
 過去から聴こえた手鞠歌が教えてくれたのは、かけがえのない大切なこと。
 そうして暫し、懐かしき子供達の声が藤子達の周囲に流れていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
あいつの結末を
おれが憂うことも
喜んでやる義理もない
そんな必要ない

ただ
名前をもらえて
願いが叶ったんなら

それは、悪いことではないんだろう

獣の耳がようく拾う音は
雲を相手にしていた時と同じ
懐かしい歌だった

なんだったっけ
ああそうか

まだ、おれが獣じゃなかった頃に
彼女が歌ってくれたんだ
おれのちいさな弟妹のために
いつかこの子達の本当の姉になるから、なんて笑って
…叶わなかったなぁ

だから、あの子にも歌ったんだ
出会ってすぐの頃はいつでも
夜が怖いと泣いたから

うろおぼえの子守歌でも
ちいさないのちが眠ったから
それだけで、赦された気がした

なんとなく鼻がつんとして
眼の奥が熱かった

もう帰ろう
塒で、おかえりなさいが聴きたい



●きみへの歌
 花を愛し、自ら花から離れ、歌で葬送された存在。
 なびきは吸血鬼が迎えた最期を思いながら肩を竦める。それと同時に尾がゆらりと静かに揺れて、下に降ろされた。
 あいつの結末を、おれが憂うことも喜んでやる義理もない。
 なびきの胸裏に浮かんでいたのはそのような思いだ。
 そんな必要はない。
 良くも悪くもなびきは彼には関係がなくて、此処に居合わせて最期を見守ったというだけ。自分の力が役に立たなかっただとか、無意味だったわけでもない。そういった卑下ではなく、事実を事実として認めただけだ。
 彼の過去や行ってきたこと、其処まで追求する気はなびきにはない。
「――ただ、」
 ぽつりと独り言ちる言葉が零れ落ちた。
 名前をもらえて、最期に望んだ願いが叶ったのなら。
「それは、悪いことではないんだろうな」
 なびきは蝶が舞うように消えていった吸血鬼を思い、ちいさく息を吐いた。これで終わり。そう、これが終幕だ。
 帰路につくために歩き出したなびきは、ふと何かの音が聞こえることに気付いた。
 獣の耳は音をようく拾う。
 耳をぴんと立てて音に集中すると、雲を相手にしていた時と同じ懐かしい歌が響いていることが分かった。
「なんだったっけ。ああ、そうか……」
 思い出す。
 記憶の彼方に遣ってしまっても良かったが、歌と共に記憶は巡る。
 この歌は。
(まだ、おれが獣じゃなかった頃に、彼女が歌ってくれたんだ)
 懐かしくて胸の奥が変に熱くなる。
 なびきのちいさな弟妹のために、いつかこの子達の本当の姉になるから、なんて笑っていた彼女の声が響き続けている。
 やさしく、やわらかに。
 望みと希望と、慈しみと共にうたわれた歌声は、なびきを包み込む。
「……叶わなかったなぁ」
 なびきは立ち止まり、虚空を見上げた。
 彼女への思いを巡らせることは其処で止め、なびきはあの子のことを思う。
 だから、あの子にも歌った。
 出会ってすぐの頃はいつでも夜が怖いと泣いたから、あの日を思い出しながら。大丈夫だ、何も怖くないよ、と自分にも言い聞かせるように。
 うろおぼえの拙い子守歌でも、ちいさないのちは穏やかに眠ってくれた。
 何も赦されてなどいないはずなのに。
 それだけで、すべてが赦された気がした。
「……帰ろう」
 なんとなく鼻がつんとして、眼の奥が熱くなってくる。この感慨が深くなってしまう前に、いつもの日常に戻りたくなった。
 今はただ、塒で。あの子のおかえりなさいが聴きたい。
 そして、なびきは懐かしい歌を背にして歩いていく。今の自分が帰るべきあの場所に、確かに戻っていくために。
 ただいま。その一言を、あの子に告げたいから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

見上げる黒い闇は暗いのに
柔い光のように感じる
「愛」は人がゆっくり歩きながら後ろを振り返ろうとする心情…正に字の成り立ち通りなのかもしれないね

だのにサヨの桜が萎れているよう
離さないよと手を握る
不安な気持ちを和らげるように
…私はきみを離す気などない

歌が聴こえる

…懐かしい
この歌は私もしっている
私が唯一歌える途中までの子守唄だ
密やかに視線をかわすカグラとカラスは詳しそうだけれど
安らかなサヨの表情に安堵する

リル
その歌は斬新だね
楽しい気持ちになる
その歌の紡ぎ手はきっと…悪い者ではないと感じる

帰ろう
笑う人魚と愛しい巫女と桜の館へ

胸の裡には出逢った者達が灯してくれたひかりがある
帰る場所に
繋ぐ手
私は幸せだ


リル・ルリ
🐟迎櫻

世界は未だ深い夜の中だけど
何だか闇が明けたようだね

櫻…どうしたの?
また桜がしょんぼりだ
さてはまた幸せを食べられて?
ぎゅうと抱きつき大丈夫だと伝える
また幸せにするんだ
ね、カムイ!

歌が聴こえるや

―さんさん お日様わらってる
るんるん、黒薔薇にっこにこ
翼をはたり、はためかせ
さぁ遊びにいっちゃおー

……何だこの歌
首を傾げる
脳裏に浮かんだのは、白い鳥の羽と―黒薔薇の、
どこかで聴いたのかな…
そう?
櫻とカムイが言うなら…

カムイと櫻は同じ歌が聴こえるの?いいな、後で歌ってよ!
僕もしりたい

ふふー帰ろう!
美味しいご飯つくってよね、櫻
櫻の手を握って歌うように笑う

ひかりは何時だって僕らの胸の中に咲いてる
花なんだ!


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

闇夜に響く歌は餞のよう

幻の中の光景
当たり前の未来にまだ胸が傷む
繋ぐ神の手に縋るように握り返し安堵する
カムイにはお見通しなのかしら

リルもありがとう
私らしくなかった
大切なのは今こうしてあなた達と生きていること
私は私のいのちを

ふと耳に届く調べに瞬く

―いとし
こいしや
さくらのひとや
いとし
かなしや
たまゆらのしとね

懐かしい
胸に届く温かな歌声
微睡みの中で抱きしめられるよう
愛呪の軋みが眠る様に消えていく
師匠が歌ってた…でもそれより前に
誰かが

今のリルの歌は何だかいつもと違う感じだわ!
誰の歌なのかしらね

私達も帰りましょ
両の手に触れる暖かな春の熱と人魚の冷たい熱
心に咲くのは愛のひかり

触れられないのはいやなのよ



●胸に咲く花、愛しき子守唄
 此処にひとつの巡りと結びが訪れた。
 世界の様相は何も変わっていない。昏いばかりの深い夜の最中だけれど、何だか闇が明けたようだと感じられる。
 リルが城の窓辺から空を見上げると、カムイも倣って頭上を振り仰ぐ。
 黒一色に染まったかのような闇は暗いのに、柔い光が射しているように思えた。
 此処に宿ったのは、愛。
 愛という文字は人がゆっくり歩きながら後ろを振り返ろうとする心情。正に字の成り立ち通りなのかもしれないとカムイが語ると、櫻宵が静かに頷く。
 リルも愛の文字を思い浮かべ、そっと微笑んだ。
 闇夜に響く歌は餞のようで穏やかな心地にもなる。
 されど、櫻宵の心の中には未だ闇のようなものが巣食っていた。
 幻の中の光景。
 当たり前の未来を視てしまったことで、まだ胸が傷んでいる。櫻宵が黙り込んでいることに気付き、リルとカムイが両隣にそっと添う。
「櫻……どうしたの?」
「サヨ……」
 そっと伸ばされ、緩やかに繋いだ手と手。神の掌に縋るように握り返して、櫻宵はちいさな安堵を覚えた。
「カムイにはお見通しなのかしら。リルにだって……」
「また桜がしょんぼりだったからね。さてはまた幸せを食べられてるな?」
 リルはもう大丈夫だと示して、櫻宵にぎゅうと抱きついた。カムイも櫻宵が抱えているであろう不安を和らげるように手に力を込める。
「……私はきみを離す気などない」
「また君を幸せにするんだ。ね、カムイ!」
 穏やかなカムイの声と明るいリルの笑みが櫻宵に向けられていた。
「ありがとう。何だか私らしくなかったわね」
 櫻宵はほんの少しだけ強がりながらも、元気がなかったことを認める。けれどもこうして手を繋いで、寄り添ってくれる二人がいるならいつまでも沈んではいられない。
 大切なのは、今こうしてあなた達と生きていること。
 ――私は私のいのちをいきる。
 たとえ心が揺らぐことがあっても、この手とぬくもりを手放さなければ大丈夫。
 三人が互いに想いを伝えあっている最中。
 不意にリルの耳がぴこりと動き、或る音を拾った。
「歌が聴こえるや」
 耳を澄ませていくと聞き覚えのない歌声が響いてきた。その歌はというと――。

 さんさん、お日様わらってる
 るんるん、黒薔薇にっこにこ 翼をはたり、はためかせ
 さあさあ、遊びにいっちゃおー そんなものはどっこにもないけどー
 でもでも、きっと、きっと

「……何だこの歌」
「あら、どんな歌が聞こえているの?」
 首を傾げるリルに向け、櫻宵は問いかけてみる。ちょっと待ってね、と告げたリルは今しがたの歌を真似して歌ってみた。
 そのときに脳裏に浮かんだのは、白い鳥の羽と黒薔薇の――。
「今のリルの歌は何だかいつもと違う感じだわ! 誰の歌なのかしらね」
「その歌は斬新だね。楽しい気持ちになるよ」
 カムイも可愛らしい歌を聞き、くすりと笑った。
「どこかで聴いたのかな……」
「その歌の紡ぎ手はきっと、悪い者ではないはずだよ」
「ええ、とても可愛らしいわ!」
 今も不思議がっているリルに対し、カムイと櫻宵は楽しげだ。納得できないところもありつつ、リルには二人の思いを否定する理由がない。
「そう? 櫻とカムイが言うなら……」
 そんな中、二人の耳にも或る歌が届いてきた。リルが聞いているものとは違う旋律ではあるが、カムイと櫻宵には共通の調べが聴こえているようだ。

 いとしこいしや、さくらのひとや
 いとしかなしや、たまゆらのしとね

 そういった歌い出しから、声は巡っていく。
 葬り、桜の果て、愛獄。
 御魂、愛しき、誘う定め。欲の果て。叶わぬ骸の海で――。
 何かをいとおしく想うような聲だ。しかし、櫻宵にとってはとても懐かしいものだった。其処には胸に届く温かな心地がある。
 微睡みの中で抱きしめられているようで、愛呪の軋みが眠るように消えていく。
「確か、師匠が歌ってた……でも、それより前に」
 誰かが。
 櫻宵の記憶は朧げで儚い。
 同じ歌を聞いていたカムイもまた、過去を思い返していた。
「……懐かしい」
 この歌はカムイもよくしっている。途中までしか紡げないが、彼が唯一歌うことが出来る子守唄だ。密やかに視線を交わしているカグラとカラスは何やらこの歌に詳しそうだが、きっと問いかけても語ってはくれないだろう。
 しかし、櫻宵が安らかな表情をしていることでカムイは安堵した。
 リルは二人に届いている歌が気になり、彼らの周りをふわふわと泳いでいる。
「カムイと櫻は同じ歌が聴こえるの? いいな、後で歌ってよ!」
「ええ、そうね。後で――」
「途中まででいいなら、歌おうか」
 二人の返答に、リルが「やった!」と喜ぶ。こうして過去を共有していくこともまた、三人で未来に進むための標になる。
 そうして、カムイ達は歌を聞き終えた。
 この城はいずれ闇に閉ざされ、元あった静かな場所に戻っていくだろう。
「帰ろう」
「ふふー、帰ろう!」
「そうね、私達の場所に」
 カムイは笑う人魚と愛しい巫女と共に桜の館へ帰りたいと願った。歌うように笑ったリルは櫻宵の手を引き、カムイも強く掌を握り締めた。
「美味しいご飯つくってよね、櫻」
「勿論よ!」
「噫、御飯の後にはパンケーキが食べたいな」
 他愛のない会話が広がっていくのもまた、幸せのかたち。胸の裡には出逢った者達が灯してくれたひかりがあり、帰る場所と繋ぐ手がある。
 私は幸せだ、と感じたカムイは柔らかに双眸を細めた。
 両の手に触れる春の熱と人魚の冷たい熱を確かめ、櫻宵も心に咲く花を想う。
 此処に咲くのは愛のひかり。
 触れられないのはいやだから、櫻宵も確りと二人に寄り添っていく。
 そう、きっと――。
 いとしいひかりは何時だって胸の中に咲いてる、花だから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【彩夜】

あたたかな歌が聞こえる
すうと染み込んで、裡へと滲むかのような
やさしくて、穏やかな音色だわ

皆さんの心に宿る歌
それは如何なるものなのでしょうね
わたしには名も、歌の言葉もわからぬもの
けれども――嗚呼、こんなにも心地がよい

耳に触れる音色が馴染んだのならば
その歌へと、音色を重ねましょう
歌詞がわからずとも構わないの
音に心を乗せて、そうと添わす
皆さんが耳にするものとは、おんなじかしら

彼はひかりの元へと往けたよう
心の結びを見届けることが出来たのならば
さあ、かえりましょう

わたしの――わたしたちの館へ
とりどりに色づいた、彩夜のもとへ
ただいまと
いっとうの“おかえりなさい”を告ぐために


宵雛花・十雉
【彩夜】

歌が聞こえる
懐かしい歌だ
昔、お母さ……お袋が歌ってくれたっけ
けれど郷愁はそっと胸に仕舞い込む
今日の主役は別にいるんだ

誰かが歌を口遊みだしたのを聞いてそちらへ目を向ける
苺ちゃんだったか
自分も合わせて同じ旋律を口にしてみる
へぇ、いい曲じゃん
けど聞いたことねぇな
なんていう歌なんだい?

うん、皆の歌もどれもいい歌だ
それぞれ思い出が詰まってんだな

そうだな、帰ろう
あの館に
…本当のことを言うと、オレにはまだあの館で「ただいま」なんて言う勇気はない
嘘ついてることも、明かしてないこともあるから
そんな心の内は皆には内緒だけど
でも今日は「お帰り」くらい、言っても許されるよな
パーティーでもして盛大に出迎えようぜ


歌獣・苺
【彩夜】
うたが聞こえる
ルチェと2人で夏の夜空を泳いで歌ったうた
夜空を飛んで跳ねて
夜空に綺麗な花を咲かせ
顔にも花のような笑顔を咲かせ
その日初めて
貴女の『帰る場所』になって
飛ぶのを忘れて海に落ちて。
びしょ濡れのまま手を結んで
2人の『居場所へ』帰った
思い出のうた

流れる旋律に合わせて
口が勝手に動き出す
あの日を思い出しながら
彼女の歌っていたうたをうたう
百合の花を舞わせるよう
自分の身体も舞わせた
そして最後は自分のうた
この日を出来事を
忘れないように
みんなで紡いで結んだ彩
何があっても忘れない
合わせるように
このうたを重ねよう

忘れない歌を

そうだね、そろそろ帰ろっか
私たちの彩りの館へ
『ただいま』を告げに


ルーシー・ブルーベル
【彩夜】

いくつもの歌が聞こえる
ルーシーには知らない歌もあるけれど、きれい
どれもみんなにとって
穏やかに
幸せになる歌だといい

聞き覚えのある歌が流れる
これは以前あの館で
みんなと夜更かしした時に聞いたうた
波立つ心をなだめて
あたたかい時にしてくれたの
とても大事なやさしい夜の記憶

あれから彩は更に増えて
きっともっと新しい歌が生まれていくのでしょう
ルーチェさん
あなたの歌ももっと聞きたいな
ルーシーの歌も聞いて下さるって約束したし、ね

皆の歌にも耳を傾けて
口ずさめるならば
上手とは言えないから控えめに
けれど心は添わせたくて

うん
なんだかとっても帰りたくなっちゃった
あの彩夜の館へ
ただいまと
おかえりなさいを交わしましょう


朧・ユェー
【彩夜】

歌がキコエル
美しい歌、歌声
あの子の声、いえ、皆の歌
其々の心の歌は違えど
でも最後は同じ旋律になる
嗚呼、とても美しいと聞き惚れる

僕は歌う事は出来ないけれど
皆の歌に合わせて奏でよう
ピアノ?ヴァイオリン?
ふふっ、帰ったら本当に皆さんの歌が聴きたいですね

そう、帰ったら…
僕のいとおしい子達が居る場所
彩夜、幸せのあの館

きっとあの子も待ってるはず
欠ける事なく全ての彩が揃って
ただいまとお帰りを
皆の歌を聴きながら、話し声を聴きながら

さぁて美味しい紅茶を用意しましょうねぇ
話を歌を皆と一緒に


メリル・チェコット
【彩夜】

あの娘のうたう声が聴こえた
出逢うことができたんだね

安堵して瞳を閉じる
聴こえてくるのは故郷に伝わるわらべ歌
両親と手をつないで、歌いながら歩いた帰り道
なんだかひつじたちの気の抜けた声まで聴こえてくるみたいで
ふわりと頬がゆるんでしまう

気がつけば耳に届くのはみんなの歌声へと変わっていて
心地いい声音、旋律
まるで故郷の歌みたいに、すっと心に沁みてくる
わたしも少し真似をして口ずさんでみた

この歌を、みんなの声をずっと聴いていたい
そこにはあなたの声も重なっていてほしいな、ルーチェちゃん

あの場所に、「ただいま」を言いに
あの場所で、あなたに「おかえり」を言いに
わたしも、みんなと同じ場所へと
帰ってもいいのかな



●それぞれの歌
 あたたかな歌が聞こえる。
 それはすうと胸に染み込んで、更に裡へと滲んでいくかのようなもの。
「やさしくて、穏やかな音色だわ」
 七結は闇が満ちる城をそうと見渡し、自分の耳に届く歌を聞き続ける。リーリエという名を得た彼が遺した、魔法のひとかけら。
 それが今、この城の闇を祓うかのような歌声を生み出している。
 歌は其々に違うものが聴こえているという。
 皆の心に宿る歌。それは如何なるものなのか、想像してみるのも心地よい。
 七結には名も、歌の言葉もわからぬものだけれど――それでも、嗚呼。こんなにも快くて、いとおしさを感じられる。
 やがて、七結の耳に触れる音色は少しずつ馴染んでいく。
「――、――」
 聞いたままの言葉を、感じたままの思いを。その歌へと音色を重ね、七結は歌い出していった。歌詞がわからずとも構わない。
 音に心を乗せれば、想いを添わせることは出来るはず。
(皆さんが耳にするものとは、おんなじかしら)
 それから、七結は歌に葬送された彼に思いを馳せた。
 彼はひかりの元へと往けたようだから、きっとこの結末は佳きものだったはず。
 心の結びを見届けることが出来たのならば、それは僥倖。
 十雉もまた、歌を聞いていた。
 懐かしい歌だと感じたのは、遠い記憶にある歌声だったからだ。
「昔、お母さ……お袋が歌ってくれたっけ」
 それは心が穏やかになるもの。けれども郷愁に浸るのはほんの少しだけ。十雉はそっと胸に歌の記憶を仕舞い込む。
 何故なら、今日の主役は別にいるのだから。
 そのとき不意に誰かが歌を口遊みだした。その声を聞いてそちらへ目を向ければ、苺が歌っている姿が見えた。
 十雉も合わせて同じ旋律を口にしてみる。
「へぇ、いい曲じゃん。けど聞いたことねぇな」
 なんていう歌であるのかは、彼女が歌い終えた後に聞いてみよう。そう決めた十雉は皆が口にする歌に耳を澄ませていく。
「うん、皆の歌もどれもいい歌だ。それぞれ思い出が詰まってんだな」
 優しい心地を感じながら、十雉は城に満ちる歌に思いを巡らせた。
 本当のことを言えば、十雉にはまだあの館で「ただいま」なんて言う勇気はない。嘘をついてることも、明かしてないこともあるからだ。
 そんな心の内は皆には内緒だが、でも――今日は「お帰り」くらい、言っても許されるはずだと思えた。
 苺に聞こえていた歌は、ある夏の記憶から蘇ったもの。
 二人で夏の夜空を泳いで歌った、うた。
 夜空を飛んで跳ねて、綺麗な花を咲かせて、花のような笑顔を咲かせた思い出。
 その日に初めて、苺は彼女の『帰る場所』になった。飛ぶのを忘れて海に落ちて、びしょ濡れのまま手を結んで――。
 二人『居場所へ』帰った、思い出のうたがこの曲だ。
 苺の口許は流れる旋律に合わせて勝手に動き出す。十雉が歌を聴いていると感じながら、苺はあの日を思い出す。
 そして、彼女の歌っていたうたをうたう。
 百合の花を舞わせるように自分の身体も舞わせた彼女。その姿は今も瞳に焼き付いているかのようだ。
 そして、最後は自分のうたを紡ぐ。
 この日を出来事を記憶に刻むため。みんなで紡いで結んだ彩を繋げるために。
(――何があっても忘れないよ)
 すべての音に合わせるように、このうたを重ねよう。
 忘れない歌を。
 ルーシーはその聲に耳を澄ませ、いくつもの歌を心に刻んでいく。
「知らない歌もあるけれど、きれい」
 きっとどれもがみんなにとっての思い出の曲なのだろう。たとえ悲しい歌であっても、誰かの未来をひらく歌であるといい。
 そして、穏やかに幸せになる歌だといいとルーシーは願う。
 その中で聞き覚えのある歌が流れていた。
 これは以前あの館で、みんなと夜更かしした時に聞いたうただと気付く。
 密かに波立っていたルーシーの心をなだめてくれた。あの時間を、あたたかいひとときにしてくれた大切な歌。
 とても、とても大事なやさしい夜の記憶が胸裏に浮かんでいく。
 あれから彩は更に増えた。
 これからもきっと、もっと新しい歌が生まれていくのだと思える。
「ルーチェさん」
 ルーシーは皆が大切に想う人の名を呼び、そうっと願う。
 あなたの歌ももっと聞きたい。それにルーシーの歌も聞いてくれるという約束もしたから、未来には楽しみが待っている。
 そうして、ルーシーは歌を口遊む。皆の歌と一緒に、自分も心を歌に委ねたくて。
 上手とは言えないから控えめに、けれど心は添わせたくて――。
(歌がキコエル)
 美しい歌だと感じたユェーは瞼を閉じた。
 あの子の声、否、皆の歌が重なっていく光景は何だか荘厳さを感じさせる。
 其々の心の歌は違うのだろう。けれども最後は同じ旋律になっていく。それは皆の心も一緒に重なっていくという証だ。
「嗚呼、とても美しい」
 聞き惚れるユェーは自分が歌うことが出来ないことを少し残念に思う。
 しかし、いつか皆の歌に合わせて楽器を奏でることは出来る。今はただ聴いているだけでも、心が穏やかになれた。
「ピアノ? ヴァイオリン? ふふっ、帰ったら本当に皆さんの歌が聴きたいですね」
 そう、帰ったら。
 ユェーのいとおしい子達が居る場所。彩夜、幸せの館。
 きっとあの子も待っているはず。
 欠ける事なく全ての彩が揃って、ただいまとお帰りを告げられる時間はもうすぐ。
 そして、皆の歌を聴きながら、話し声を聴きながら――いつもの時を過ごしたい。
 様々な思いが巡り、歌が響く。
 メリルは、先程まで聴こえていたあの娘のうたう声を思い出していた。
「出逢うことができたんだね」
 安堵して瞳を閉じれば、メリルにも記憶の歌が響いてきた。
 それは故郷に伝わるわらべ歌。
 優しい旋律と歌声はとても懐かしく思える。両親と手をつないで、歌いながら歩いた帰り道が瞼の裏に浮かんでくるようで心地が良い。
 めぇめぇ。めぇー。
 けれども途中で、ひつじたちの気の抜けた声まで聴こえてきてしまう。きっとあのときの鳴き声も、ひつじにとっての歌だったのだろう。
 ふわりと頬がゆるんでしまい、メリルはゆっくりと瞼をひらいた。
 気が付けば、わらべ歌はみんなの歌声に変わっている。
 心地いい声音と旋律がメリルの心にすっと沁みてきた。まるで故郷の歌みたいに、やさしくて嬉しい。
 そして、メリルも皆を少し真似をして歌を口遊んでみた。
 この歌を、みんなの声をずっと聴いていたい。
(そこにはあなたの声も重なっていてほしいな――ルーチェちゃん)
 あの場所に、「ただいま」を言いに。
 そして、あの場所であなたに「おかえり」を言いたいから。

●彩成す連環
 やがて、響き続けていた歌は静かな終わりを迎える。
 辺りを見渡せば、穏やかな表情と笑みを湛えた仲間達の姿が見える。
「さあ、かえりましょう」
「そうだな、帰ろう」
 七結が皆をいざなうと、十雉が深く頷いた。苺も重ねていた両手を解き、皆を見つめながら首肯する。
「そうだね、そろそろ帰ろっか」
「うん、なんだかとっても帰りたくなっちゃった」
「さぁて美味しい紅茶を用意しましょうねぇ。話と歌と、皆と一緒に」
 ルーシーもこくりと首を縦に振り、ユェーは帰ったあとのことを思う。メリルはくすくすと笑い、帰路につくための路を指差す。
「でも……わたしも、みんなと同じ場所へと帰ってもいいのかな」
「俺が許す。パーティーでもして盛大に出迎えようぜ」
 メリルがぽつりと呟いた言葉を聞き、似た思いを抱いていた十雉がしかと答えた。
 今日だけは、きっと。
 そして、七結達は帰るべき場所へと踏み出していく。
 わたしの――わたしたちの館へ。

 とりどりに色づいた、彩夜のもとへ、皆で。
 ただいまと、いっとうの“おかえりなさい”を告ぐために。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クレア・オルティス


歌が止まった
終わったんだ…
彼の最期はきっと穏やかなものだったのだろう
でもルーチェにとってはとても辛い選択だったはず
ルーチェの心は今…

ふとまた歌が聴こえてきた

ルーチェ…!

大好きな人の優しい歌声が響き渡る
気丈にも彼のためにと歌い続けているのだろうか
それとも…
ルーチェ…幸せになってほしいと心からそう思う
帰ってきてくれたら抱きしめてあげよう
涙を流していたらそっと拭って
その涙が終わるまでずっとそばにいよう
以前彼女が私にそうしてくれたように
響き渡る旋律を小さく小さく口ずさむ
そして言うんだ
おかえりなさいって



●お返しの想い
 彼に捧げられた歌が止まった。
 最期を見送るため、いとおしさを込めた優しい彼女の歌声が終演を迎える。
「終わったんだ……」
 クレアは決着がついたのだと感じて、そうっと瞼を伏せた。彼と彼女の間にあった想いや心は二人にしかわからない。それは永遠に二人だけのものだから。
 けれど、それでいい。
 彼の最期はきっと穏やかなものだったはず。
「でも……」
 クレアが気に掛けているのは、遺されたルーチェのこと。
 彼女はとても立派にやるべきことを見事に成し遂げた。心配していたようなことも起こらず、全ての力と想いを込めて彼を葬送した。
 迎えた終わりは尊くて、素敵だと思えるほどのもの。
 けれど彼女とってはとても辛い選択だったはずで、その胸の裡は想像できない。
「ルーチェの心は今……」
 どんな気持ちなのだろう。寄り添うことは出来るだろうか。
 誰にも触れられたくないこともある。それはクレアもよく知っていて、どうしていいのかもまだわからないまま。
 クレアは闇が満ちる城の回廊をゆっくりと歩いていく。
 じっとしていると心が落ち着かない。折角、彼女が精一杯に頑張ったのに自分の中に不安ばかりが募ってしまうのはいけない。
 そんなとき、ふとまた歌が聴こえてきた。
 間違いない。今のクレアが強く想い、その身を案じる彼女の聲そのものだ。
「ルーチェ……!」
 じわりと目の奥が熱くなる。
 大好きな人の優しい歌声が響き渡り、クレアは思わずその名を呼ぶ。
 まだ気丈にも彼のためにと歌い続けているのだろうか。それとも、クレア自身が強く彼女を想っているからなのか。
 どちらでもいい。今、此処でクレアに届いている歌声がいとおしい。
 ルーチェ。ルーチェ。
 ねえ、ルーチェ。
 何度もその名を繰り返したクレアは両手を重ねた。祈るように、願うように彼女のことだけを想っていく。
 幸せになってほしい。彼女の傍に幸福が寄り添っていて欲しい。
 心から願う気持ちを祈りに変え、クレアは響き続ける歌に耳を澄ませた。
 ――大丈夫。
 彼女が紡ぐ調べは、そのように伝えてくれているかのよう。だから帰ってきてくれたら抱きしめてあげよう。もし涙を流していたらそっと拭って、その涙が終わるまでずっと傍にいてあげたい。
 もしも笑ってくれるのなら同じ微笑みを返したい。
 以前、彼女が私にそうしてくれたように。
 クレアは響き渡っていく旋律をちいさく、ちいさく口遊んでゆく。
 そして、伝えよう。
 
 おかえりなさい、と――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
【蒼紫】

リーリエ
触れて貰った場所が熱くて
幸せな切なさと痛みを噛み締める

リオン!
見かけた姿に思わず駆け寄った
きみも来てくれてたんだね
見届けてくれてありがとう

うん、大丈夫
これからもきっとたくさん泣くけど
わたしは大丈夫だよ

黒衣と黒鎖を大切に胸に抱く
片手をきみに伸ばして
ぎゅうと握ったなら
やっぱり涙が滲んでしまう
あの人とは違う温もりをしっかり確かめて
きみが無事で良かった

歌が聞こえるね
わたしにはあの人の歌声に聞こえる
あの人が教えてくれた歌に聞こえるよ

きみは?
リオンにはどんな歌に聞こえるの?
わたしの?
ふふ、うれしいな

きみの声に合わせて口遊む
この歌が、わたしの歌声が
きみを照らすひかりになりますように


リオン・エストレア
【蒼紫】
リーリエとルーチェ
黒衣の蝶と紅き駒鳥の行方
二人がまた巡り会えて良かった

ルーチェ
駆け寄る彼女に何も言わず微笑む
お前の行く末を見守りに来たよ
二人が再会できて良かった

大丈夫か?
嬉しかったな、辛かったな
全てを終えたルーチェにそっと寄り添う

泣きたければ泣いていい
今それを咎めるものは誰一人居ないんだ
だから我慢はしないでくれ

握られた手を確かに
その涙の意味がわかる気がして
ただ何も言わず温もりを伝えるだけ
俺は無事だ
確かにここに居るよ

俺も聞こえた
不思議とお前の声なんだ
いつも傍で聞いているお前の声
俺がそれしか知らないからかもしれないが
それでも聞こえてくるのはお前の歌なんだ

拙い声で、真似するように歌おう



●十六夜に白百合
 歌と共に彼という存在は失われた。
 しかし、ただ消えたわけではない。与えられた名を受け入れ、愛しい想いを言の葉にして、永遠という誓いの中で終わりを迎えた。

 ――リーリエ。

 ルーチェは彼の名を声にする。
 それまでに感じていた彼のぬくもりはもう何処にもない。歌を聴きながら彼は満足そうに消滅していった。
 彼に触れて貰った場所が熱い。
 幸せな気持ちの中に痛みを噛み締め、ルーチェは黒衣をそっと抱いた。
 冷たくて暗い闇世の中では、最期に残った僅かなぬくもりもすぐに消えてしまう。
 嬉しくて苦しい。
 悲しくて喜ばしい。
 相反する気持ちがルーチェの裡に巡り、浮かんでは沈む。
 其処に歩み寄っていく影がひとつ。
 リーリエとルーチェが紡いだ縁の巡りを最期まで見届け、願い続けた者。
 黒衣の蝶と紅き駒鳥の行方を、何よりも案じていたリオンだ。
 二人がまた巡り会えて良かった。二人の思いが通じて、こうして形になっていって良かった。見つめ続けた結末を認め、リオンはルーチェに呼び掛けた。
「――ルーチェ」
「リオン!」
 顔をあげたルーチェはリオンの姿を確かめ、思わず駆け寄っていく。
 傍に訪れた彼女に視線を向けたリオンは、何も言わずに微笑んだ。ルーチェはこれまでに此処でたくさんの人達の思いを感じてきた。
 その中のひとりにリオンがいることも分かっていた。
「きみも来てくれてたんだね」
「お前の行く末を見守りに来たよ」
「うん……見届けてくれてありがとう」
 今、こうして交わす言葉があたたかい。ルーチェは優しい眼差しを向けてくれるリオンを見上げ、静かに頷いた。
「大丈夫か?」
「平気だよ。悲しむと、リーリエが――」
 リオンの問いかけに対してルーチェは気丈に答えてみせる。そうか、と囁いたリオンは彼女の気持ちを慮った。
「嬉しかったな、辛かったな」
 リオンは全てを終えた彼女にそっと寄り添うことを決めていた。そんな彼の心を感じ取り、ルーチェは決意を言葉に添える。
「これからもきっとたくさん泣くけど、わたしは大丈夫だよ」
 わたし、と自分を呼んだルーチェの傍には淡い紫蝶が舞いはじめた。この城に残るリーリエの魔力の欠片なのかもしれない。
 ルーチェは黒鎖を大切に胸に抱き、片手をリオンに伸ばす。
 ぎゅう、と手を握って平気だということを伝えようとしたけれど、やっぱり駄目だ。
 どうしても涙が滲んでしまう。
 悲しいだけではないたくさんの気持ちが溢れて、頬に大粒の涙が伝っていった。
 泣きたければ泣いていい。
 此処でそれを咎めるものは誰一人だっていやしない。だから、我慢はしないで。
 リオンは思いを伝えるように手を握り返した。何も語らずとも、握られた手からお互いの思いが通じ合っている。その涙の意味もわかる気がして、リオンは自分のぬくもりをルーチェに伝え続けた。
 あの人とは違う熱をしっかりと確かめ、ルーチェは涙を浮かべながら微笑む。
「きみが無事で良かった」
「ああ、俺は無事だ」
 確かにここに居るよ。何処にも行かない、と示すようにリオンも応える。
 そうすれば周囲に薄く舞っていた紫彩の蝶が羽撃き、二人の周りをくるり、ふわりと飛びはじめた。その動きに合わせるかのように歌が響いてくる。
 はっとしたルーチェは歌声に耳を澄ませた。
「歌が聞こえるね」
「俺も聞こえた」
 リオンも耳に届く音色と旋律に意識を向け、ルーチェの手をもう一度そっと握る。
 ルーチェにはリーリエの声が聴こえていた。
 まずははじめて駒鳥に唄い聞かせてくれた歌声。それは次第に旋律を変え、記憶に色濃く残る歌になり、様々な響きとなって巡っていく。
「わたしにはあの人の歌声が聞こえる。あの人が教えてくれた歌に聞こえるよ」
 ルーチェの瞳が蝶々を映している。
 歌となって、彩となってリーリエは傍にいてくれる。記憶を手放さない限り、ルーチェのかたわらに存在し続ける。
 確かに感じた思いを胸に抱き、ルーチェは問いかけた。
「きみは? リオンにはどんな歌に聞こえるの?」
「俺に聴こえるのは……不思議とお前の声なんだ」
 リオンにもきっと同じ歌が聞こえている。けれどもそれはリーリエの声ではなく、ルーチェが紡ぐ歌として響いていた。
 いつも傍で聞いている彼女の声はいとおしくてやさしい。リオンの心に残り続ける歌は彼女のものだけ。唯一無二の歌が、大切な調べとして此処にある。
 歌は繋がっている。
 かたちにはならなくとも、心や想いを絆ぐものとなって続いていくのだろう。
「わたしの? ふふ、うれしいな」
 ルーチェが微笑むと、リオンは聴こえる歌を真似するように歌っていった。拙くとも、辿々しくとも構わない。詩は心だと教えて貰えたから。
 そして、ルーチェも大切な歌を口遊んでいく。
 永遠の戀を結んだ白百合は、暗夜を超えた先で無限の愛を繋ぎ留めた。百花彩のえにしは、いとしい黒い鎖の音と共に永久に咲き続ける。

 この歌が、わたしの歌声が、
 きみを照らすひかりになりますように。


●連環の蝶
 その鎖は縛り付けるためのものではない。
 歌を愛し、人を慈しみ、いのちを愛おしいと感じた心と魂の間にあった絆の証。
 一度は千切れた鎖は此処でふたたび結び付いた。
 連なる想いが巡り、繋がっていった縁。環となって係わり、結わえられた糸。

 ただひとつの想いを歌で絆ぐ、それは――。
 連環。
 そう呼ぶに相応しい葬送から繋がってゆく、未来を謳う物語。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年02月03日
宿敵 『鎖繋ぐ黒衣の蝶』 を撃破!


挿絵イラスト