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還り咲くは紫苑の花

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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「……此処は……何処だ……」

 桜と共に真白い雪がちらつく冬の帝都、その雑踏の只中に、彼はぽつりと佇んでいた。
 たった今戦地から帰ってきたかのように、ボロボロで血塗れの将校用の軍服。それに劣らず本人も全身傷だらけであり、ぽたりと滴り落ちた血が足元に血溜まりを作っている。
 平和な帝都においては明らかに異質な風貌でありながら、道行く人々は彼に目もくれず通り過ぎていく。それは彼の存在感があまりにも朧げで、幻のように儚かったゆえに。

「俺は……そうだ……戦っていた……御国の為に……あの人の為に……」

 靄がかかった脳内にフラッシュバックするのは、断片的なかつての記憶。決起の宣言、敵と同士達の屍、血風舞う戦場、砲火と銃声、激痛、悲鳴、そして――あの人との約束。

『必ず、生きて帰ります。だから、その時は――』

 褪せた思い出のスクリーンで、かつての自分が誰かにそう言っていた。
 あれは誰だった? 約束とは何だ? なぜ自分は戦っていた? 思い出そうとすればするほど、記憶の糸はするりと解けて手元から抜け落ちていってしまう。

「帰らなければ……」

 ただ、分からずとも足は動いた。何度も歩き慣れた通い路を辿るように。
 そうだ、自分は帰らなければならない。そのために、生き延びなければ。
 軍刀を抜く。全身に漲るのは死の妖気。その容貌魁偉なるや、正に獄卒。
 ようやく彼の「存在」に気がついた帝都の市民達から、悲鳴が上がった。

「待っていてくれ……紫苑……」

 慌てふためく人々を"敵"と錯誤し、百年前の亡霊は鬼気迫る形相で"進軍"する。
 全ては愛する人のため。生前では果たしえなかった執着を、果たすため――。


「事件発生です。リムは猟兵に出撃を要請します」
 グリモアベースに招かれた猟兵達の前で、グリモア猟兵のリミティア・スカイクラッド(勿忘草の魔女・f08099)は淡々とした口調で語りだした。
「サクラミラージュの帝都にて、強い未練を抱えた影朧が現れる事件を予知しました……ですが、少し様子がおかしいのです」
 影朧とはみな多かれ少なかれ、傷つき虐げられた『過去』から生まれる弱いオブリビオンだが、今回の影朧はその中でも特に儚く、弱々しく感じられるという。おそらくは余程の辛い『過去』を抱えたまま、具現化した影朧なのだろう。

「今回現れるのは、百年前に帝都を揺るがしたという大事件――『黄泉事変』に加担した青年将校の骸魂です。事件の詳細は不明ながら、彼らは元々平和のために決起した、崇高な理念を持つ軍人だったと言われます」
 その生前の事件の壮絶さを物語るように、影朧化した『獄卒将校』の姿はボロボロで、今にも消えてしまいそうなほど不安定な存在感である。そんな状態でも彼が現世に具現化したのには、生前果たせなかったひとつの未練が起因しているという。
「どうやら彼には恋人がいたようなのです。決起の際に別れたのを最後に、彼は黄泉事変の中で命を落としたため、二度と再会することは叶わなかったようですが」
 護国の為に散った青年が死後に望むのは事変の再現ではなく、愛しい人との再会のみ。
 通常ならば、帝都を脅かす影朧は即座に斬るのが掟である。しかしサクラミラージュで猟兵を支援する帝都桜學府は、帝都の平和を守ると共に「影朧の救済」を目的に掲げている。であれば、ここでは猟兵もその理念に沿うべきだろう。

「まずは、具現化直後で暴走する獄卒将校を大人しくさせる必要があります」
 影朧化となった青年に、生前の記憶は断片的にしかない。トラウマになるような強烈な過去や、忘れることのできない思い出が、おぼろげなイメージや感情として残るのみだ。
 そんな状態で自分と周囲の現状を正しく理解できるはずもなく、恐らくは今も百年前の事変の渦中にいるつもりで暴れだす可能性が非常に高い。悪いことに彼が出現するのは、雑踏でごった返す帝都の只中。このままでは何も知らない一般人に累が及びかねない。
「なので皆様には現地に到着後、帝都市民に被害が及ぶ前に速やかに獄卒将校の無力化をお願いします。そのために多少手荒なことになっても致し方ありません」
 弱っているとはいえ錯乱する元軍人の影朧を無力化するのに、非暴力で事を済ませるのは無理だろう。ある程度ダメージを与えれば獄卒将校は力尽きて、大人しくなるはずだ。

「そのまま放置すればじきに消滅するでしょうが……できればその前に、彼の果たせなかった執着を終わらせる手伝いをお願いします」
 リミティアの予知で判っているのは影朧には恋人がいたという情報と「紫苑」という相手の名前のみ。しかも黄泉事変から百年後の現在では、当時を知る人間は生きていない。
 それでも影朧はどこかを目指して歩いていく。生前の未練を叶える「何か」がそこにあると知っているかのように。猟兵達に求めるのは、その道中に至るまでの安全の保障だ。
「帝都の真っ只中に影朧が現れるわけですから、市民の動揺は避けられません。事情を説明してパニックが広まらないように宥め、理解と協力を得られるようにしてください」
 ここで騒動が起これば、市民と影朧の両方にとって不幸な結末となる。せめて獄卒将校が目的地にたどり着くまでの間だけでいい、彼を脅かさずそっとして貰えればいいのだ。

「獄卒将校が向かう先に何があるのかは、リムの予知では掴めませんでした。なにぶん時が経ちすぎている以上、恋人本人がご存命とは考えがたいのですが……」
 これ以上のことは実際に影朧に同行しなければ分からないだろう。帝都の市民に被害を出すことなく、傷ついた影朧の執着を果たすことができれば、今回の依頼は成功である。
「オブリビオンを倒すだけならこんな手間をかける必要はないでしょう。ですが、猟兵が帝都に『超弩級戦力』と見込まれ、様々な特権を与えられているのは、それに見合うだけの責任を期待されているからだとリムは考えます」
 人と影朧の双方に救済をもたらす。それは並のユーベルコヲド使いには困難だからこそ猟兵が果たすべき使命です――そう言ってリミティアは手のひらにグリモアを浮かべる。
 幻朧桜に雪舞う真冬の帝都を舞台に、百年前の未練を終わらせるための戦いが始まる。
「転送準備完了です。リムは健闘を祈っています」



 こんにちは、戌です。
 今回の依頼はサクラミラージュにて、傷ついた一人の影朧を「倒す」のではなく「救う」ことに焦点を置いた依頼となります。

 一章は生前の未練に取り憑かれた『獄卒将校』との戦闘です。
 ひどく不安定な状態で具現化した彼は、おそらく自分が死んで影朧になった事さえ気付いていません。断片的な生前の記憶に引きずられるまま、このままでは一般市民を傷つけてしまうので、そうなる前に鎮圧してください。
 なお、彼に残された記憶は非常に曖昧かつ限定的なので、百年前のサクラミラージュや『黄泉事変』等について尋ねても具体的な答えは期待できません。

 無事に獄卒将校を無力化した後は、彼の未練の解消に協力してあげてください。
 どうやら彼には行きたい場所があるようですが、帝都の中を影朧が歩いていれば、何も知らない一般市民の混乱は避けられないでしょう。その辺りのフォローを行いながら影朧に同行するのが二章の展開となります。

 三章にて影朧がどこに辿り着くのかは現時点では不明です。
 彼の未練の終点を、どうか見届けていただければ幸いです。

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 ボス戦 『獄卒将校』

POW   :    獄卒刀斬り
【愛用の軍刀】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    影朧軍刀術
自身に【影朧の妖気】をまとい、高速移動と【影朧エンジンを装着した軍刀からの衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    同志諸君!
【かつて志を同じくした帝都軍人】の霊を召喚する。これは【軍刀】や【軍用拳銃】で攻撃する能力を持つ。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

フレミア・レイブラッド
まったく…面倒掛けさせてくれるわね!
でも、まぁ、良い終幕が待ってるなら、その手伝いも吝かではないけどね♪

周辺の一般人に被害が及ばない様に【念動力】で障壁を展開。
一般人に避難を呼びかけ、凍結と雷撃の魔力弾【属性攻撃、高速・多重詠唱、誘導弾】で敵を痺れさせたり、凍結させたりして動きと体力を奪うように攻撃。
傷つき、更に動きを鈍らせた敵の軍刀を魔槍【怪力、早業、切断】で圧倒して抑え込み、【サイコキネシス】で拘束するわ

未練の解消の為にも、少しは落ち着いて貰えると良いのだけどね…。

一応、拘束を行いつつ、【念動力】【サイコキネシス】による精神感応で思い出すべき事や成すべき事を思い出すよう、呼びかけてみるわ



「まったく……面倒掛けさせてくれるわね!」
 現着の直後、今まさに一般市民に斬り掛かろうとする「獄卒将校」を見て、フレミア・レイブラッド(幼艶で気まぐれな吸血姫・f14467)は素早く念動力で障壁を展開する。
 不可視の力場が帝都の民と骸魂の間に挟まり、凶刃を阻む盾となる。ガキンと音を立てて軍刀が弾かれたのを見て、まだ青年と思しき年代の男はゆらりとフレミアに振り向く。
「邪魔を……するな……!」
 出現時点から傷だらけでボロボロのその骸は、まるで焦っているようにも見える。己に残された時間が長くないことを本能的に悟っているのか、再び骸の海に還る前に何としても、果たせなかった未練を終わらせたいという執念が、彼を衝き動かしていた。

「でも、まぁ、良い終幕が待ってるなら、その手伝いも吝かではないけどね♪」
 鬼気迫る気魄を向けられてなお、フレミアの口元には笑み。戦乱に引き裂かれた男女の未練、死してなおそれを果たそうというロマンスを妨害するつもりは彼女にはない。だが結末に血腥い匂いを残さないためには、ここで男に無辜の血を流させる訳にはいかない。
「ここは私達が引き受けるわ。貴方達は速く避難しなさい」
「あなたは……桜學府の方ですか! た、助かった!」
 周辺の一般市民に避難を呼びかけると、人々は彼女を「帝都桜學府」から影朧討伐にやって来たユーベルコヲド使いだと思ったらしく、パニックから少しは立ち直ったようだ。
 帝都の只中から群衆が消えるのには時間がかかるが、それまでは絶対にここから先には進ませないと、金髪の吸血姫は障壁を維持したまま指先に冷気と紫電を宿す。

「未練の解消の為にも、少しは落ち着いて貰えると良いのだけどね……」
「うおおおおおおッ!」
 獄卒将校は現在、周囲の全てが敵に見えている錯乱状態にある。百年前の「黄昏事変」で同志達と共に帝都を揺るがした頃から、彼の【獄卒刀斬り】は変わらぬ冴えを見せる。
 まずは彼を大人しくさせなければ本題に入るどころではない。フレミアは刀剣の間合いに踏み込まれる前に、斬り掛かる男に突きつけた指先から凍結と雷撃の魔力弾を放った。
「ぐッ……!?」
 骨の髄まで突き刺さるような冷気と電撃が、獄卒将校の体力を奪い、動きを鈍らせる。
 その隙を逃さずフレミアは魔槍「ドラグ・グングニル」を構えて吶喊。敵の剣技にも劣らぬ鋭い槍捌きで獄卒将校を抑えにかかった。

「貴様、ッ」
 小柄な体躯で長い魔槍を自在に取り回して突いては薙ぐ、フレミアの槍捌きに獄卒将校は圧倒される。数合交えた後に彼の軍刀は魔槍の穂先に抑え込まれ、間髪入れず放たれた【サイコキネシス】が縛り上げる。
『思い出しなさい。貴方の思い出すべき事や、成すべき事を』
 不可視のサイキックエナジーによる身体の拘束。それはただの鎖ではなく、フレミアの思念を直接相手に伝える導線にもなる。流れ込んだ思念は相手の脳内で声となって響き、錯乱状態にある獄卒将校の精神を揺り動かした。

「お……俺は……あの人と……もう一度……」
 死して骸魂と成り果ててもなお、彼の清廉なる魂はまだ邪悪に染まりきってはいない。
 瞳の奥の凶気と敵意が微かに揺らいだのを見て、フレミアはそれを確信したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒影・兵庫
(「黒影。今回の任務は影朧を救い、一般人に被害を出さないこと。よって戦闘は避けて被害を最小限に抑えるわよ」と頭の中の教導虫が話しかける)
むぅ...難しいですね...ですが事前の説明では影朧の意識は混濁していると伺いました!きっと幻などには陥りやすい状態にあると思われます!ここは支援兵の皆さんの美しい舞と『催眠術』で影朧にとって心地よい風景が見えるようにして惹きつけた後、{皇糸虫}を『念動力』で操作して影朧を『捕縛』し『オーラ防御』で作った檻に閉じ込め無力化を図ります!
(「OK。危なくなったら直ぐに退きなさい」)
分かりました!せんせー!



(黒影。今回の任務は影朧を救い、一般人に被害を出さないこと。よって戦闘は避けて被害を最小限に抑えるわよ)
 黒影・兵庫(不惑の尖兵・f17150)の頭の中にいる寄生体、教導虫「スクイリア」が兵庫に話しかける。一般市民の多い程度のど真ん中で無思慮に戦闘を行えば、いらぬ被害を拡大させることになる。彼女はそれを強く危惧していた。
「むぅ……難しいですね……ですが事前の説明では影朧の意識は混濁していると伺いました! きっと幻などには陥りやすい状態にあると思われます!」
 教導虫のことを「せんせー」と慕う兵庫は、彼女の指示に応えるために考えを巡らせ、ある作戦を思いつく。直接攻撃ではなく幻惑によって敵の目を市民から逸らさせる策だ。

「となれば、こちらの皆さんが適任ですね!」
 そう言って兵庫は【誘煌の蝶々】を発動し、自身の指揮下にある軍隊虫の一種、美しい蝶々に似た支援兵の群れを呼び出す。他の虫と比べて直接的な戦闘力は低い虫だが、その能力は今回の作戦にはうってつけと言えるものだった。
「支援兵の皆さん! ご足労頂きありがとうございます!」
 虫達に対しても彼は礼儀正しい態度を崩さず、手にした誘蛾灯型警棒を振って指示を出す。警棒が突きつけられた先、錯乱する獄卒将校に向けて、蝶々はひらりと飛んでいく。

「何だ……蝶? この真冬に……?」
 季節外れに宙を舞う群れに囲まれて、敵は困惑に似た表情を見せる。可憐で儚げな蝶達の舞いは影朧であっても見惚れてしまうほどに美しく、その翅から散る鱗粉はキラキラと光を発して、視る者の目と心を惑わせる。
(支援兵の皆さんには美しい舞と催眠術で、影朧にとって心地よい風景が見えるようにして惹きつけてもらいます)
 それが兵庫の作戦の第一段階。蝶の舞踊と発光は一定の規則性をもって知覚者の精神に作用し、ここには無いはずの景色を見せる。原義とは異なるが、さながら「胡蝶の夢」と言ったところか――彼の読み通り、錯乱状態にある将校に対してその効果は覿面だった。

(その後は影朧を捕縛し、オーラで作った檻に閉じ込め無力化を図ります!)
(OK。危なくなったら直ぐに退きなさい)
(分かりました! せんせー!)
 脳内で教導虫の作戦確認と承認を受け取った兵庫は、念動力で「皇糸虫」を操作する。一見して10mほどの細い糸のようなそれは、軽量かつ頑強で高い耐荷重性を誇る生きた糸であり、軍隊虫と同様に兵庫に力を貸してくれる虫の一種である。
「あ……ぁ……此処は……」
 気取られぬよう慎重に糸を這わせる先で、獄卒将校は蝶の群れに囲まれたまま呆然としていた。一体どのような光景を見ているのかは、催眠にかかった本人にしか分からないが――恐らくは未練に基いたものだろう。その表情はどこか安らいでいるようにも見えた。

「皇糸虫さん、今です!」
「――――ッ?!」
 しかし、まやかしの光景はすぐに消え去り。投げ縄のように放たれた皇糸虫が獄卒将校に絡みつき、胴と腕とを拘束する。はっと彼が我に返った直後にはもう、兵庫はオーラを広範囲に展開し、影朧を閉じ込めるための檻を作り上げていた。
「あなたに恨みはありませんが、このまま行かせる訳にはいかないので!」
 影朧と帝都市民の両方を救うために、まずは影朧を無力化する。それまで被害は出させない――虫憑きの少年は決断的に敵の動きを封じ、人々が逃げるための時間を稼ぎだす。
 彼の行動は間違いなく、事件に巻き込まれた多くの帝都市民を救うのに貢献していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

王・烽火
ちょっと待てやい。街中で暴れ回るとかめっちゃ悪じゃろ
……いち悪魔として負けられん!
その悪事、めいっぱい邪魔してやろうぞ!

民草の被害を出させてはならぬ
(そんなことになれば儂の悪事が霞むでないか!)
先ずは民の避難を優先させてもらおうかの
ユーベルコード:羅生門
この霧は儂のユーベルコヲドよ、帝都の民よ安心めされい
安全な場所に送るから、ちっとばかし“向こう”で大人しくしててくれい
将校めが避難の邪魔をするようなら儂が相手になるぞ
儂とて妖剣士の端くれ。キッタハッタは本業じゃよ!

ふふ、民への被害さえ出さねば将校めの悪道は成らぬ……つまりは儂の完全勝利よ!
(避難誘導メイン。アドリブ、他参加者様との連携歓迎です)



「ちょっと待てやい。街中で暴れ回るとかめっちゃ悪じゃろ」
 錯乱状態にあるとはいえ、罪なき一般人に無差別に襲い掛かった獄卒将校。その悪しき所業に王・烽火(智谋大将・f31557)は怒りを覚える――のではなく、めらめらと対抗心を燃やしていた。
「……いち悪魔として負けられん! その悪事、めいっぱい邪魔してやろうぞ!」
 魔界の悪魔にとって「悪」とはすなわち「カッコいい」。東方の四天王一族の末裔として生を受けた彼はいつの日か悪逆非道の魔王様に仕える日を目指して、日夜必死の就職活動中。ここで自分の悪さを敵よりアピールできれば、今後の評価点になるかもしれない。
 そういう訳で彼は頑張るのだ。その本心は誰よりも、底抜けな位にいい子すぎるのに。

「民草の被害を出させてはならぬ。先ずは民の避難を優先させてもらおうかの」
 天网恢恢、疏而不漏。小さな声で望みを呟けば、深く濃い霧が辺りに立ち込める。これは【羅生門】と呼ばれる異界へと繋がる空間転移術で、他者を害するような効果はない。
「こ、今度はなに、なにが起こってるの……!?」
「この霧は儂のユーベルコヲドよ、帝都の民よ安心めされい」
 影朧の出現に続いての突然の濃霧に、何も知らない市民は怯えるが、烽火は威厳ある落ち着いた態度で語りかける。由緒正しき四天王一族の者として恥ずかしくない佇まいは、有象無象を従わせる威厳があった。

「安全な場所に送るから、ちっとばかし"向こう"で大人しくしててくれい」
 落ち着きを取り戻した帝都の民を、烽火は霧の中から順次異界に転移させていく。先祖より受け継いだこの力、使いようによってはさぞかし悪事にも役立ちそうなものだが、当代の使い手が生来の悪意と智謀に乏しいため、完全に便利なセーフルームと化している。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「なに、礼はいらん。当然の事をしたまでよ」
 内心では(ここで民草に被害が出ることになれば儂の悪事が霞むでないか!)とワルっぽい思考を巡らせているが、その言動はただの善行にしか見えない。ことさら「悪」を尊ぶ癖に、人間より遥かに強い善性を秘めた種族、それが悪魔を自称する魔界の民なのだ。

「そこを……退け……!」
 そんな具合に烽火が避難誘導に専念しているところに、ボロボロの軍服の男が現れる。おそらく彼――獄卒将校に避難を邪魔しようという意図はなく、ただ立ち込める霧が邪魔だっただけなのだろうが、いずれにせよその行為は力なき民にとって脅威となる。
「邪魔をするようなら儂が相手になるぞ」
 まだ転移の完了していない市民をかばいながら、烽火は妖刀「无落款」を抜く。かつて志を同じくした帝都軍人の【同志諸君!】と共に、霧を斬り裂いて敵が向かってくれば、彼はその凶刃を真っ向から受け止めた。

「儂とて妖剣士の端くれ。キッタハッタは本業じゃよ!」
 妖刀と軍刀を鍔迫り合わせながら、符の垂れ下がった帽子の下で不敵に笑う烽火。立派な四天王を目指して研鑽を積んだその剣技は、多勢の軍人を相手にしても一歩も退かず。
「ふふ、民への被害さえ出さねば将校めの悪道は成らぬ……つまりは儂の完全勝利よ!」
 ――将校よりも多くの民を虐殺するとか、敵に加勢して悪事の片棒を担ぐとか、より積極的に悪を為す方向に思考が至らないのが、また「悪魔」らしいと言うか。ともあれ彼は彼なりの信条によりて己の悪道を燦然と輝かせるために、獄卒将校の悪事を阻み続ける。
 その勇姿を見た市民から、さらに感謝の念を抱かれるのは、まず間違いないだろうが。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雛菊・璃奈
救える命なら救いたい…彼の魂を救う為にも…。

呪力の縛鎖【呪詛、高速詠唱】で彼を捕縛し、【呪詛】で弱体化…。
ただ、大人しくさせるのが少し難しいね…。
【ソウル・リベリオン】はそのまま浄化させかねないし、【神滅】は存在を消滅させる…。

周囲を敵と認識されてるから【共に歩む奇跡】は使えないし、もう一つの新しいUC(【救済の呼び声】)は願いが判らないし使用が難しい…

手荒になるけど、呪力の縛鎖による拘束や【unlimited】の魔剣により身動きを封じて大人しくなるまで弱らせるしかないかな…。

貴方の願いや目的次第ではわたし達でも手伝える事があるかもしれない…。
だから、少しだけ我慢して…。



「救える命なら救いたい……彼の魂を救う為にも……」
 生前に深い傷を負い、果たせなかった未練から成仏することもできず、現世を彷徨う骸魂――獄卒将校の痛ましい姿を見て、雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)は独り言つ。
 あのままでは彼は自覚のないまま、罪もない市民の血で刃を塗らすことになる。生命と魂の救済を信念に掲げる璃奈にとって、それは絶対に避けるべき最悪の事態だった。

「まずは捕縛し、弱体化させる……」
 璃奈がささやくように呪文を唱えると、放たれた呪力が鎖となって獄卒将校に伸びる。
 対象を拘束し、さらに侵食する事を目的とした呪いの縛鎖。それは骸魂にも十全に効果を発揮し、無軌道に暴れまわる将校の動きを一時的に押さえつける。
「ぐ……放せ……俺にはまだ、やるべき事が……!」
 四肢を戒める縛鎖を引きちぎろうともがく獄卒将校。あまりに強い力で暴れるせいで、皮膚が裂けて血が流れている。魂に残された執着を果たさんとする想いはあまりに強く、その為なら自分の身が傷つこうとも一向に構わないといった様子だ。

(抑えることはできる……ただ、大人しくさせるのが少し難しいね……)
 拘束を破られないよう呪力を籠めたまま、璃奈は自分の手札から敵を無力化する方法を考える。呪いや怨念を浄化する呪詛喰らいの魔剣、対象の核や力の根源を滅殺する魔剣術――救済の為に習得した数々のユーベルコードから、かの者の魂を救えるものは何か。
(【ソウル・リベリオン】はそのまま浄化させかねないし、【神滅】は存在を消滅させる……)
 ただでさえ儚く、不安定な状態にある骸魂にこれらの攻撃技は威力が高すぎるだろう。
 では攻撃することなく対象を救う手段は? 魔剣の力に頼らず救済のみをもたらす――そうしたユーベルコードも璃奈は扱えるが、それには幾つかの発動条件があった。

(周囲を敵と認識されてるから【共に歩む奇跡】は使えないし、もう一つの新しいユーベルコードは願いが判らないし使用が難しい……)
 あと一歩のところで届かない手に、璃奈は悔しそうに眉をひそめる。かの者を救うためには、彼女はまだ獄卒将校の事を何も知らない。錯乱中では話を聞くこともままならず、共存を阻む溝はどこまでも深くなるばかりだ。
「止まる……訳には、いかない……力を貸してくれ、同志諸君……!」
 縛鎖に捕らわれた獄卒将校は、それでも諦めきれぬ執念を瞳に燃やし、かつて志を同じくした帝都軍人の霊を召喚する。少々弱体化した程度では彼は止まらない。戦闘の継続が不可能になるレベルまで、力を削ぎ落とさなければ正気には戻るまい。

「手荒になるけど、大人しくなるまで弱らせるしかないかな……」
 璃奈は躊躇を抱きながらも心を鬼にして、【unlimited curse blades】を発動する。
 魔剣を祀る巫女の魔力から生み出される現身達。それらは何百という魔剣・妖刀の豪雨となって帝都に降り注ぎ、獄卒将校と同志諸君を貫いた。
「―――ッ!!!」
 無数の刃に斬り裂かれた同志の霊は一合交える暇もなく消滅し、獄卒将校の表情は苦痛に歪む。さらに追加で放たれた呪力の縛鎖が彼の身体を雁字搦めにし、指先ひとつ動かせないようにと徹底的に拘束する。

「貴方の願いや目的次第ではわたし達でも手伝える事があるかもしれない……。だから、少しだけ我慢して……」
 鎖に縛られ、魔剣で磔にされた敵の姿に痛ましさを覚えつつも、璃奈は手を緩めない。
 殺すつもりはない。これは彼を無力化し、その魂を救うため――覚悟の籠もった少女の攻勢は、骸魂の力を着実に落としていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カビパン・カピパン
「どうした我が同胞よ?」
獄卒将校の話を黙って全て聞いて、最後に「そうか」と呟いた後に一喝した。

帝都軍人たるもの強くあれ、そして誇り高くあれ―

「このバカモノがっ、その程度でへたばってどうする!」
「帝への誓いは嘘か。嘘でないというなら目を覚ませ愚か者が!」
「私が憎いか、ならば殺してみろ!睨むだけしかできぬ腰抜けが!」
あらん限りの威圧と罵倒し、殺意と憎悪を自身に向けさせる。

その刹那
哀れむわけでもなく、蔑むわけでもなく――
そして、両手を広げて獄卒将校の顔を胸に抱く。

「我らが誇りを思い出したか同胞よ」

「貴殿を幸せにするために来たのだ、どうか貴方の夢を託してくれ。心の真に求めていることを教えてくれないか」



「どうした我が同胞よ?」
 帝都を混乱に陥れる錯乱した骸魂に、そう呼びかけたのは瀟洒な将校服を着込んだ女。
 彼女――カビパン・カピパン(女教皇 ただし貧乏性・f24111)は帝都軍に属する従軍聖職者として、百年前の同胞である獄卒将校に問う。貴様に残された未練は何か、と。
「俺は……私は……」
 その軍服か、あるいは凜とした声に心動かされるものがあったのか、拘束された将校は若干ながらも落ち着きを取り戻した様子で口を開く。骸魂と成り果てた身では生前の記憶も朧げで、確かに覚えている事などひとつも無いだろうが――。

「約束……したのだ。あの人と……紫苑と、もう一度……」
 生前の想い人の名を口にすると、男の声に力が満ちる。余程大切な人だったのだろう、あるいは彼が「黄昏事変」に身を投じたのにも、その人が関係していたのかもしれない。
 だがそれは百年も前のこと。当時の記憶を留めている人間はとうに鬼籍に入り、想い人も既にこの世にはいないであろう事を、彼はまだ知る由もない。
「生きて帰ると……約束した……だから俺は、戦って、戦って、戦って……御国の為に……あのひとの為に……戦い続けなければならない……約束のために……」
 取り留めもなく要領を得ない男の話に、カビパンは問い質すでも相槌を打つでもなく、ただ黙って耳を傾けていた。そして話が終わると最後に「そうか」と呟き――一喝する。

「このバカモノがっ、その程度でへたばってどうする!」

 肚の奥までずんと響くような怒声、あるいは恫喝。それを受けた将校が目を丸くする。
「な―――」
「帝への誓いは嘘か。嘘でないというなら目を覚ませ愚か者が!」
 帝都軍人たるもの強くあれ、そして誇り高くあれ――帝の兵としてその身を捧げた者ならば、誰もが心に留め置くべき訓戒。だのにその醜態は何だ、錯乱し守るべき民に刃を向けるとは何事だと、あらん限りの威圧と罵倒が烈火の勢いで獄卒将校に叩きつけられる。
 それは罵倒される側の心にも火を点けた。半狂乱であった男の心に明確な憎悪と殺意が宿り、視線はまっすぐカビパンに向けられる。彼は強引に拘束を振り解くと愛用の軍刀を握りしめ、よくも言ってくれたなと渾身の【獄卒刀斬り】を放とうと――。

 ――その刹那。刃が女を斬り捨てるよりも速く、女の両手が男の顔を胸に抱いた。

「我らが誇りを思い出したか同胞よ」
 哀れむわけでもなく、蔑むわけでもなく――カビパンの言葉は雪のように心に沁みる。
 日頃はハリセン女教皇などと呼ばれ、奇妙な冗句で場をかき回すことも多い彼女だが。今この瞬間、その立ち振る舞いは女神のように凛と輝いていた。
「貴殿を幸せにするために来たのだ、どうか貴方の夢を託してくれ。心の真に求めていることを教えてくれないか」
 女教皇の真摯な説得は、錯乱していた獄卒将校の心に間違いなく大きな一石を投じた。
 カビパンの胸に抱かれた男は、すぐにそれを振りほどいて軍刀を構え直したものの――その切っ先には明らかな迷いが生じていた。

「俺の……夢。それは……うぅっ……!」
 ずきりと痛む頭を押さえ、苦しげに呻きながら、何かを求めるように視線を彷徨わす。
 徐々に、だが確実に。彼の魂は強く誇り高かった生前の有り様へと戻ろうとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
……これも一種の人助け、ってヤツなんかな? いやまあ、相手はヒトじゃねえけど。
それはいいけど、見境なく暴れるんは困るし、ちょっと怖ぇな。こっちは斃したいわけじゃねえってのにさ……!

当座は〈スナイパー〉ばりに精度を引き上げて〈マヒ攻撃〉や〈目潰し〉〈武器落とし〉とかで無力化を試みるのを優先。
隙を作れたなら〈ダッシュ〉で間合いを一気に詰めてユーベルコードで攻撃。ダメージは無ぇけど、痛みで動きを止めるんは出来るはずだ。
それでもがむしゃらに攻撃してくるんなら攻撃を〈見切り〉つつ、〈逃げ足〉で間合いを取って射撃で無力化するのに戻る。
近くに味方が居るなら適宜〈援護射撃〉で支援を飛ばすぞ。

※連携・アドリブ可



「……これも一種の人助け、ってヤツなんかな? いやまあ、相手はヒトじゃねえけど」
 我を見失って暴れまわるボロボロの獄卒将校を見やりながら、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)はそう呟く。この世界のオブリビオン――影朧は加害者であると同時に被害者でもある。時にはその救済もユーベルコヲド使いに求められる任務だ。
「それはいいけど、見境なく暴れるんは困るし、ちょっと怖ぇな。こっちは斃したいわけじゃねえってのにさ……!」
 戦場に赴くたびにいつも感じる恐怖とはまた違う。傷つけ過ぎてしまったらという不安から、彼の背中には冷たい汗がつたう。だが、ここで逃げてはあの亡霊は救われず、帝都の人々にも犠牲が出る。より恐れるべき事態を防ぐ為、彼は気力を振り絞って前に出た。

「大人しくしてくれよ……!」
 お手製のスリングショットに礫をセットし、ゴム紐をぐっと引き絞って撃ち出す。熟練のスナイパーばりの精度で放たれた弾丸は獄卒将校の目を狙い、最小限のダメージで敵の無力化を試みる。
「ッ!」
 だが将校は愛用の軍刀で弾丸を切り落とすと、軍帽を目深に被りながら鬼気迫る視線を向ける。恐らく彼の目には嵐のことが百年前の「黄昏事変」の敵に見えているのだろう、まさに地獄の悪鬼もかくやという敵意と殺気は、常人なら戦意喪失してもおかしくない。

「すげぇ怖ぇけど……ここで逃げて後悔もしたくねぇから」
 竦みそうになる脚に活を入れて、嵐はまっすぐに敵と目を合わせる。人一倍臆病で怖がりな彼は、だからこそ恐怖に立ち向かう術を知っている。身体の震えは止まらなくても、射撃の精度に狂いはない。
「そこを退けッ……!」
 一方の獄卒将校は、目潰しを狙う弾丸をことごとく愛刀で打ち落とし、目障りな射手を【獄卒刀斬り】で斬り捨てようと間合いを詰める隙を窺っている。だがそこで嵐はふいに射撃の狙いを変え、軍刀を握る敵の手元にめがけて弾丸を撃ち込んだ。

「そこだ……!」
「ぐッ!?」
 手の甲に痺れるような痛みが走り、獄卒将校が軍刀を取り落とす。その隙を見逃さず、嵐はダッシュで間合いを詰め、スリングショットのかわりに一本の針を懐から取り出す。
「麦藁の鞘、古き縫い針、其は魔を退ける霊刀の如し、ってな!」
 長年使い込まれ持ち主が思いを籠めた器物には、特別な力が宿る。【針の一刺、鬼をも泣かす】――ただの人間にとってはチクリと刺された程度の痛みは、存在自体が異常であるオブリビオンに対しては、耐え難いほどの苦痛となって襲い掛かった。

「何のつもり……ぐ、ああああああッ!!!!?」
 いかに心身を鍛えた軍人の骸魂といえど、耐え難い激痛だった。よろめきながらがむしゃらに振るわれる拳を、嵐は冷静に動きを見切って躱し、得意の逃げ足で間合いを戻す。
 今の一刺しはダメージを与える技ではない、本来は対象が抱えている肉体や精神のあらゆる異常を解除する技であり、痛みはその副作用のようなものだ。これで相手の動きを止められればよし、そうでなくとも錯乱中の精神状態に良い影響が期待できるだろう。
「お……俺は……」
 苦痛に身悶えしながらも、軍刀を拾い上げる獄卒将校の目から、まだ闘志は失われていない。だが、その動きはこれまでより明らかに鈍く、また鬼気迫る気魄も弱まっている。

「効いてるみたいだな」
 嵐は再びスリングショットの紐を引き、弱った敵を無力化すべく弾を放ち続ける。
 早く正気に戻ってくれと内心で願いながら。刺した針には、自らの思いも籠めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
帰る……約束……
そう、あなたには守るべきものがあったのね
でも今はあなたがそれらに仇為す存在になってしまっているわ
だから此処で一発、目を覚まさせてあげる

敵の攻撃は衝撃波となれば、地面にいるよりは浮いてたほうが直に喰らわなくて済むでしょう。空中浮遊と見切りで回避
UCで相手の戦闘テンポを読み取り、一気に切り込み!
さて、どのくらい効くかしら。相手も剣士となれば、そう簡単には急所に当てられはしないでしょうけど……
武器がひとつとは、限らないわよね?
TraitorとExecutionerによる二回攻撃で相手を無理やりにでも押し込んで
隙が出来たらOracleの刀身を一気に伸ばして攻撃

影朧にも色々いるのね……



「俺は……帰らなかればならないのだ……あの人と、約束したのだから……!」
 見るに耐えないほどボロボロの姿で、軍服を鮮血に染めながら戦いを続ける獄卒将校。
 もはや戦うべき相手はいないというのに、現世に彷徨い出た荒ぶる魂は、掠れた記憶に残るたったひとつの未練を晴らすために、たったひとりの進撃を続ける。
「帰る……約束……そう、あなたには守るべきものがあったのね」
 斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は、そんな痛ましくも哀れな骸魂に、静かな同情を寄せる。きっと生前の彼は誰かを守るために剣を取り、高い志の下で戦った英傑だったのだろう。死してなお想い人の事を忘れなかった、その強き愛には共感も持てる。

「でも今はあなたがそれらに仇為す存在になってしまっているわ。だから此処で一発、目を覚まさせてあげる」
 Oracle(神託)の名を冠する剣を実体化させ、凛と宣言する彩萌。刃のように鋭い敵意に反応したか、獄卒将校は影朧の妖気を身に纏い【影朧軍刀術】の構えを取る。
「邪魔をするのなら、押し通るまで……!」
 装着された影朧エンジンが唸りを上げ、裂帛の気迫を込めて軍刀を振るえば、その斬撃は衝撃波となって敵を討つ。対する彩萌はたんと地を蹴ってそのまま宙に浮かび上がり、実体なき攻撃から身を躱した。
(敵の攻撃は衝撃波となれば、地面にいるよりは浮いてたほうが直に喰らわなくて済むでしょう)
 少女はサイキックエナジーを放ちながら空を翔け、精神力の剣を手に【THE・Ripper】を放つ。妖気を纏った獄卒将校はありえざる速度で身を翻し、斬撃は僅かに肌を掠めたに留まったが――それで十分。ひと当てさえすれば、彼女は敵の汎ゆる挙動を把握する。

「……その身体と精神状態で、よく動けるもんだわ」
 息遣いや歩調や動きを、思考と思想と嗜好を。心身の状態が生み出す戦闘のテンポを読み切って、彩萌は一気に敵の懐に切り込む。敵を理解することで初撃よりも鋭さを増した斬撃は、今度こそ獄卒将校を貫くかに思われた。
「ッ―――侮るなッ!!」
 だが、彼は斬られる間際、僅かに半歩片足を下げることで急所から刃を逸らした。剣士としての熟達のほどが覗える、最小限の動作による被害の軽減――その直後にはもう、彼は反撃の一太刀を見舞う構えに入っている。

「流石に相手も剣士となれば、そう簡単には急所に当てられはしないでしょうね……」
 並みの影朧ならば今ので仕留められていた。確殺の一撃を凌いだ相手に彩萌は感心しながら、しかし焦る様子はなく。反撃の刀が振り下ろされる間際、けど、と言葉を続ける。
「武器がひとつとは、限らないわよね?」
 神託の剣を消失させ、間髪入れず二丁拳銃を抜き放つ。「Executioner(処刑人)」と「Traitor(叛逆者)」の名を冠する二丁が、至近距離から敵に銃弾の雨を浴びせた。

「なに……ッ?!」
 瞬速の武器交換からの追撃に、獄卒将校は反撃の機を逸した。受け太刀の構えを取って銃弾を弾く彼に、彩萌はトリガーを引き続ける。この銃の弾丸は使い手の精神力であり、彩萌の心が折れない限り尽きることはなく、弾切れの隙を晒すこともない。
「これで終わりよ」
 銃撃の嵐に押し込まれて敵が隙を見せれば、彼女は再び「Oracle」を具現化し。その刀身に己の精神力を注ぎ込み、ダガー程度から長剣並みの刃渡りま一気にで伸長させる。

「がは……ッ」
 間合いの想定を無視した「伸びる」斬撃は、今度こそ獄卒将校の急所を捉えた。噴き出す鮮血が彼の軍服をより深い紅に染め、口からは吐血に混じって苦しげな嗚咽が漏れる。
 しかし、まだ――限界寸前の状態になっても、彼はまだ膝を屈しようとはしなかった。
「影朧にも色々いるのね……」
 こうまでしても折れぬ心と執念に感嘆めいて呟きつつ、斬り断つ娘は剣を構え直した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
想い人は既に亡く、向かう先に彼の望むモノがあるのか…
いえ、今はそれを案ずる時ではありませんね
周囲の人々を護る為にも
錯乱状態…いえ、未だ戦場にいる彼の心を呼び覚ます為にも

お相手しましょう

軍刀を剣と盾で捌き、怪力で弾き押し込み将校の消耗を誘発

お会いしたい方がおられるようですが
そのような血化粧と、抜き身の刀で向かわれてはお相手が怯えるは必至
それを貴方は望まれるのですか!

ワイヤーアンカー伸ばし●ロープワークで足払いの●騙し打ち
体勢崩れた相手へ剣を一振り

ここは貴方が駆けた戦場ではなく
そして、逢瀬にそのような物は無用な筈です

手を剣の腹で叩いて刀を握る力弱めるか
最上であれば刀の柄『のみ』完全破壊し使用不能に



「想い人は既に亡く、向かう先に彼の望むモノがあるのか……」
 果たせぬ未練の終着を求めて、孤独な進撃を続ける獄卒将校を見やり、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は憂慮を口にする。かの影朧が生きていた時代から百年が過ぎ、帝都も様変わりしただろう。当時の縁者はすでに亡くとも、せめて彼の未練を晴らす何かが残されていれば良いのだが。
「いえ、今はそれを案ずる時ではありませんね。周囲の人々を護る為にも、錯乱状態……いえ、未だ戦場にいる彼の心を呼び覚ます為にも」
 自らが為すべき使命を胸に、機械仕掛けの騎士は立ちはだかる。右手には剣を、左手には盾を。今だ戦場から帰還すること叶わぬ影朧に「お相手しましょう」と静かに告げて。

「退け……! 退かないなら、容赦はできんぞ……!」
 堂々たる鋼の騎士を敵と認識し、獄卒将校は軍刀を振るう。分厚い装甲ごとへし切らんとする【獄卒刀斬り】を、トリテレイアは儀礼剣で捌き、大盾で受け止めて、押し返す。
 錯乱状態にあってもなお衰えを見せない剣技は見事。しかし歴戦を経たトリテレイアの技術もまたそれに劣らず、さらに彼には種族由来の怪力がある。技や戦術をあえて考慮せず、人間とウォーマシンが正面きって白兵戦を行えば、どちらに分があるかは自明の理。
「今の貴方を、ここからお通しする訳にはいきません」
「おのれ……ッ!」
 装甲の隙間を狙った刺突や、手数に物を言わせた連撃など、敵が攻め手を変えても騎士は全てに対応する。白亜の装甲に覆われたその巨体が後退することは一切なく、さながら鉄壁の城塞の如く影朧を阻み続けている。

「お会いしたい方がおられるようですが」
 攻勢を弾き返しながら、トリテレイアは獄卒将校に問う。血塗れで軍刀を振りかざす、まさに獄卒の呼び名にふさわしい彼の姿を、翠に発光するカメラアイに映し出しながら。
「そのような血化粧と、抜き身の刀で向かわれてはお相手が怯えるは必至。それを貴方は望まれるのですか!」
「っ……!? 紫苑、が……」
 悪鬼と化した己を自覚させるその指摘は、男にとっても無視できないものだったのか。
 我武者羅に刀を振るっていた獄卒将校の動きに、微かに隙が生まれる。騎士はその動揺を見逃さず機体下部からワイヤーアンカーを射出、敵の死角を突いて足払いを仕掛けた。

「ぐおッ!?」
 地を這うワイヤーに足を取られ、獄卒将校の体勢が崩れる。直後、不動であった騎士は前に踏み込み【機械騎士の精密攻撃】を実行する。剛を以て粉砕するのみが彼の戦い方ではない――必要とあらば針に糸を通すような鋭く正確な攻撃も可能とするのが機械の技。
「ここは貴方が駆けた戦場ではなく。そして、逢瀬にそのような物は無用な筈です」
 繊細な出力調整のもとで儀礼用の長剣が捉えたのは、獄卒将校が握る軍刀の柄にある、刀身を固定する目釘のパーツ。これを破壊された刀は刀身がぐらついて安定せず、握り手の力も十分に伝わらないため、武器としての性能は激減する。
「なん、だと……!!」
 自身の愛刀を、それも正確に刀の急所と言える部分のみを破壊してみせたトリテレイアの神業には、さしもの獄卒将校も驚愕を禁じ得ない様子で、奥歯を噛みしめるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月守・ユエ
・美羽ちゃん(f24139)と
アドリブ可

あの人は大切な人のもとへ帰りたくて焦ってるだけ
焦りを拭って、この先に行く手伝いをしよう
大丈夫、言葉は絶対届くよ

奏創から漆黒の竪琴を召喚
音を弾く
――さぁ、護る為に唄おう
音は波紋を広げて”オーラ防御”を展開
誰も傷つけさせない
この音が止まぬ限り
こっちを見て?影朧をおびき寄せる

UC起動
嘆きの大地に救いの調べを紡ごう
”鼓舞”で美羽ちゃんの攻撃支援
この音色が敵を”落ち着き”を与えるものになったらいいな…

竪琴の音は止めず将校を見る
…逢いに行こう
君の大切な人に
恋人を想う優しき君
道は決して阻ませない
僕らが君の道を守る

剣を納めて
その刃を持ったままでは
紫苑さんが驚いちゃうよ?


月見里・美羽
●月守ユエさん(f05601)と一緒に

ユエさんとは歌うたい仲間
話を聞いて放っておけなくて、二人で来たんだ

…できれば説得したいけれど無理みたいだよね
ユエさんのUC起動後、
【シングオーダー】で【ゲート・オブ・サウンド】を起動させ
UCを発動させるよ
できるだけダメージの小さいUCを選んだつもり
さあ、機械妖精、倒さないようにダメージを与えて

ダメージを与えながら声をかけるよ
今は貴方がいた時間から随分と過ぎた未来
貴方の未練をどうにかしてあげたいから
今は一度落ち着いてその剣をしまって

会いたい気持ちは、とてもよくわかるから
探しに行こう、貴方の大事な人を
大丈夫、ボクたちが貴方の味方になるよ

アドリブ歓迎です



「……できれば説得したいけれど無理みたいだよね」
「大丈夫、言葉は絶対届くよ」
 自身が影朧になったことも気付かないまま、未練に衝き動かされ錯乱する獄卒将校を、月見里・美羽(星歌い・f24139)は哀しげな眼差しで見つめる。なんとか声を伝えられないかと悩む彼女を励ますのは、歌うたい仲間の月守・ユエ(皓月・f05601)だった。
「あの人は大切な人のもとへ帰りたくて焦ってるだけ。焦りを拭って、この先に行く手伝いをしよう」
「……うん。ありがとうユエさん」
 グリモアベースで話を聞いて、放っておけなくて二人で来た。死してなお失われなかった、純粋で大切な想いを、悲劇で終わらせない為に――彼女達は音楽という武器で戦う。

「邪魔をするな……!」
 目釘の折れた軍刀を振りかざし、【同志諸君!】と叫ぶ獄卒将校。その声は骸の海まで届き、かつて志を同じくした帝都軍人の霊を召喚する。青年と同じ軍服を纏った彼らは、召喚主の凶気に呼応して一斉に軍刀を抜き放ち、軍用拳銃の銃口を美羽とユエに向ける。
 戦場に満ちる鬼気迫る殺気。しかし娘達は動じることなく、殺意を投げ返しもしない。
「――さぁ、護る為に唄おう」
 ユエが音符型のストラップに手を触れると、術式の光と共に漆黒の竪琴が召喚される。
 たおやかな指先をそっと弦に当てて爪弾けば、美しい旋律が波紋を広げ――直後、鳴り響く銃声。しかし放たれた銃弾は一つとして彼女達のもとには届かない。

「誰も傷つけさせない。この音が止まぬ限り」
 竪琴の音色が作り出すオーラの輝きは、旋律に合わせてオーロラのように揺らめきながら猟兵達を守護する。攻撃を阻む音に影朧達の注意が向けば、ユエは「こっちを見て?」と美しい微笑みを浮かべ、彼らの意識を惹き付ける。
「さあ、嘆きの大地に救いの調べを紡ごう」
 一般市民に被害が及ばぬよう、影朧達をおびき寄せたところで、彼女が歌い上げるのは【狩猟女神ノ戦歌】。夜の魔力を秘めた歌声が帝都の空に幻の月を顕現させ、その月光は共に戦う者に力を与え、彷徨える亡霊には慰めをもたらした。

「う……なんだ……俺は……?」
 目に映るもの全てが敵に見えていた獄卒将校は、幻の月光を浴びるとふと我に返ったように立ち止まる。それは召喚された亡霊の方も同様で、敵意が揺らいでいるのが分かる。
 その時――ユエの旋律と歌声に重なるように、もうひとつの歌声が戦場に響き渡った。
「キミはボクのまわりを踊る ラ・ラ・ラ 光の羽で惑わせて」
 ヘッドセット型のマイクを装着し、電脳世界を展開する「ゲート・オブ・サウンド」を起動。電子と宇宙の歌い手である美羽が奏でるメロディに合わせて、【幻想戦舞】で召喚された青い機械妖精が舞い踊る。

「さあ、機械妖精、倒さないようにダメージを与えて」
 ユエの役目が盾ならば、美羽の役目は矛。変拍子を多用したケルト調の音楽に乗って、機械妖精の群れは影朧達に飛びかかる。数こそ多いものの彼らの攻撃力はさほど高くはないが、敵を殺してはいけない今回の戦いにおいては寧ろそれがメリットになる。
「くっ……迎撃だ、同志諸君!」
 鈍った敵意のまま迎え撃つ亡霊達。彼らの剣技と射撃は耐久性の低い標的を仕留めるには十分なものだが、狩猟女神ノ戦歌で強化された機械妖精はひらひらと舞踏のステップに合わせてひらりと身を躱し、敵を翻弄しながら光の羽で斬り裂きダメージを与えていく。
 この戦いにおいて、油断さえしなければ猟兵達が敗北する要素はほぼ無い。焦点となるのはいかにして影朧の魂を救済するか――美羽とユエが最も意識するのもそれだった。

「今は貴方がいた時間から随分と過ぎた未来。貴方の未練をどうにかしてあげたいから、今は一度落ち着いてその剣をしまって」
 妖精達を指揮してダメージを与えながら、美羽は獄卒将校に声をかけた。向こうにまだ応ずる気がなくても、何度でも真摯に言葉を重ね、自分たちは敵ではないと訴えかける。
「……逢いに行こう、君の大切な人に。恋人を想う優しき君、道は決して阻ませない、僕らが君の道を守る」
 美羽もまた将校を見つめて呼びかける。竪琴の音は止めず、月神の寵愛を受けた彼女の歌はそれ自体が魔術的な力を持ち、夜の守護者たる月の威光を以て聴衆を落ち着かせる。
 電脳と魔術、ふたりの音楽に宿る力のルーツは異なれど、その歌に込めた想いは同じ。月夜の帝都に響く歌うたい達の合唱が、妄執に包まれていた影朧達の心を晴らしていく。

「俺は……一体、何を……?」
 いつしか青年は刀を下ろし、亡霊もいずこに消え去っていた。肉体に蓄積したダメージと心に響く音楽、そして真摯な説得の積み重ねは、徐々に彼の正気を呼び戻しつつある。
「剣を納めて。その刃を持ったままでは、紫苑さんが驚いちゃうよ?」
「会いたい気持ちは、とてもよくわかるから。探しに行こう、貴方の大事な人を」
 大丈夫、ボクたちが貴方の味方になるよ――そう言って美羽は手を差し伸べ、ユエは月光に照らされながら優しく微笑む。それは残酷な過去に傷ついた青年の魂の闇を照らす、一条の光となって射し込むのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
幻の如く化そうとも帰りたい場所が在るという
何処かで聞いた様な……覚えのある願いだ
だが先ずは“心”を取り戻さねば話に成らなかろう

視線に得物の向き、僅かな動きから
戦闘知識と第六感での先読みを以って攻撃は見切り躱し
カウンターで衝撃波を当て威力を削ぎ、武器受けにて叩き落す
――漂簒禍解、宿れ獄炎
身の内を“流れる”ならば、液体、氣や魔力、呪詛の類であろうが同じ
悉く灼き尽かせるがいい
フェイント絡めて死角からの1撃で以って止めてくれる
……討ちはせん。其の必要は無い

必ず帰ると約しながら、待つ者を遺し死んだ事
どれ程の痛苦悔恨と化して、其の身を動かしているのか
――同じ“約束”を裡に刻む身としては身につまされる話だな



「幻の如く化そうとも帰りたい場所が在るという。何処かで聞いた様な……覚えのある願いだ」
 彷徨える影朧の未練に鷲生・嵯泉(烈志・f05845)が重ね合わせるのは、今は届かぬ遠き過去。残滓となっても捨て去ることのできない悔恨と執念、理解できぬ訳ではない。
「だが先ずは"心"を取り戻さねば話に成らなかろう」
 百年前の戦地から今だ還れずにいる魂を、正しく"此方側"に引き戻す。その為には少々の荒療治も必要となるだろう――銘刀「秋水」を鞘から抜き、微塵の隙なく構える様は、武門の徒として彼が積んできた研鑽の程を窺わせる。

「俺、は……約束を……果たさねば……」
 麻のように心は乱れ、その身はもはや満身創痍なれど、尽き得ぬ妄執が影朧を動かす。
 目釘の砕けた軍刀を手に【獄卒刀斬り】の構えを取る獄卒将校の気迫は、やはり尋常ではない精進のみが生み出せるものだった。
「……来い」
 嵯泉は低く、静かに呟き。眼光は常に相手の視線や得物の向き、僅かな動きを見逃さぬよう研ぎ澄まされ、戦場で培った知識と第六感が先を読む。彼我の距離は既に一足一刀、斬り掛かられる瞬間を見誤れば窮地――だが彼の心に動揺や焦燥は一切無い。

「おおおお―――ッ!」
 妄執に駆られ錯乱し、激情のまま振り下ろす太刀など、見切るのは容易なれば。半歩程身を躱しながら刀を振るえば、放たれた衝撃波が斬撃の威力を削ぎ、獄卒将校の手から軍刀を叩き落とす。
「――漂簒禍解、宿れ獄炎」
 そのまま音もなく相手の死角へ。詠唱と共に刃に籠もるのは灼熱の焔。それは直に肉体を焼くのではなく、標的の体内総ての「流れるもの」のみを焼却する地獄の業火である。

「身の内を"流れる"ならば、液体、氣や魔力、呪詛の類であろうが同じ」
 紅蓮の軌跡を描いて真一文字に振るわれる刀。武器を落とされた獄卒将校はとっさに身を躱そうとするが、それはフェイント――間髪入れずに本命の一撃が死角より放たれる。
「悉く灼き尽かせるがいい」
「ぐ、おおぉぉぉッ!!?!」
 人体を巡るあらゆる物と力流れが、獄炎により寸断される。血流に神経、気脈に魔力等、凡そヒトが活動するうえで必要な総てを灼かれれば、影朧とて無事では済まない。火達磨となった獄卒将校の絶叫が、冬の帝都に響き渡った。

「……討ちはせん。其の必要は無い」
 嵯泉が望みさえすれば、獄炎は敵の命脈をも灼き尽くすまで燃え続けただろう。しかし彼は獄卒将校が地に膝を突いたところで刀を納め、燃え盛る炎も幻のように消え去った。
「必ず帰ると約しながら、待つ者を遺し死んだ事。どれ程の痛苦悔恨と化して、其の身を動かしているのか――同じ"約束"を裡に刻む身としては身につまされる話だな」
 影朧を見据える赤い隻眼からは憐憫も共感も、いかなる心情も窺い知る事はできない。ただ、何も感じていないという事は無いだろう。彼もまた過去に深い傷を負う者ならば。
 静かに紡がれた独白は、獄炎の熱が生み出した気流に乗って、何処かに溶けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛久山・清綱
彼の将校から感じ取れる力は、今にも消えそうな程弱い。
その弱さが、彼の哀しみが強い事を示しているのか……

■闘
救える魂は救うのみ……一礼した後に『心切』を抜き、戦闘へ。

先ずは受けに徹しよう。敵の振るう刀の軌道を【見切り】つつ、
合わせるように【武器受け】しながら打ち合う。
数発受けたら【残像】を見せて後ろへ下がり、刀を構え直す。

距離を取ったら心を【落ち着かせ】て敵意を完全に払い、
刀に【破魔】の力を与えて青白い輝きを宿す。
光が刀を覆ったその瞬間、霊剣の奥義【夜見・慈】を
真正面から放ち、痛みを与えず荒ぶる心を斬り祓う。

拙者、愛久山清綱……その無念、祓わせて頂く。

※アドリブ歓迎・不採用可



(彼の将校から感じ取れる力は、今にも消えそうな程弱い。その弱さが、彼の哀しみが強い事を示しているのか……)
 燃え尽きる寸前の蝋燭のように、その影朧の気配は儚くも荒々しかった。愛久山・清綱(飛真蛇・f16956)はその在り様から獄卒将校が抱えた悲嘆に思いを馳せ、瞑目する。
 百年前の事変など知る由もないが、生前の彼がどれほど深く傷つき、無念の中で命を落としたのか、影朧となった現在の姿を見るだけでも想像するに余りあるほどであった。
「救える魂は救うのみ……」
 だが、彼がまだ邪悪に堕ちきっていないのであれば、未練を解消し救う道もあろう。
 清綱は一礼した後に銘刀「心切」を抜き、荒ぶる魂を鎮めるための戦闘に突入する。

「どけ……邪魔……を……する、な……!」
 立ちはだかる清綱の姿に百年前の敵を重ね、獄卒将校は軍刀を振るう。端から執念のみを支えにして戦っていたような状態だったが、疲弊が重なるうちにその有様は余計に弱々しく――しかし繰り出される【獄卒刀斬り】の太刀筋は今だに鋭いままだ。
(先ずは受けに徹しよう)
 清綱は敵の振るう軍刀の軌道を見切りつつ、合わせるように刀で受けながら打ち合う。
 元は興味本位で始めた剣の道だったが、多くの実戦を経て心身ともに研磨された現在、その技量において彼も獄卒には劣らない。互いに譲らず火花を散らし合わせること数合、敵が呼吸を挟む隙を見せれば、即座に残像を見せてさっと後ろへ下がり、刀を構え直す。

「合わせた刀から伝わってきた……貴殿の無念、そして敵意が」
 剣戟の中で感じ取ったのは、地獄の業火もかくやという執念と、黄昏よりも昏い悲嘆。
 剣客同士の語らいによって影朧の心象を悟った清綱は、今一度自らの心を落ち着かせ、相手に対する敵意を完全に払う。殺意ではなく慈悲をもって刀を振るう境地に至った時、彼が会得した霊剣の奥義は解禁される。
「秘伝……夜見」
 正眼に構えた「心切」に青白い輝きが宿る――それは荒ぶる魂を斬り祓う破魔の霊力。
 光が完全に刀を覆ったその瞬間、清綱は獄卒将校の真正面から【夜見・慈】を放った。

「拙者、愛久山清綱……その無念、祓わせて頂く」

 名乗りと共に戦場に閃いた蒼白の軌跡は、過たず獄卒将校の体を斬り抜け、しかし傷一つ付けはしない。それは痛みを与えず荒ぶる心のみを斬り祓う、慈悲の奥義の最終形態。
 破魔の一撃を受けた青年はがくりと力を失って崩れ落ち、手から軍刀を取り落とした。
「お……俺は……」
 効いている。当初は完全な錯乱状態にあった彼の意識は、徐々に正気に戻りつつある。
 もうひと押しで、彷徨える影朧は完全に戦意を喪失するだろう。その時までけして気を抜かぬよう、清綱は残心を取りながら刀を構え直すのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

軍に身を置き、戦いに身を投じる生業の者は別れはありがちだ。でも仕方ない、と割り切れないのも分かる。アタシも戦士である夫を戦いで失ってる。

過去の残滓とはいえ、愛する人を求めるのは痛いほど良く分かる。まずは話を聞く為に、落ち着かせないとね。

まず確実に一撃を入れる為に【目立たない】【忍び足】で敵の攻撃範囲から外れながら【戦闘知識】で敵の動きを読み、子供達の攻撃で体勢を崩した時を狙う。余り手荒な真似はしたくない。敵の攻撃を【オーラ防御】【見切り】【残像】で凌ぎ、【気合い】を入れた浄火の一撃を使用。混乱するのは分かるが、とりあえず落ち着いてくれないか。アタシ達はアンタを助けたいからね。


真宮・奏
【真宮家】で参加

軍人で戦いに倒れて愛する人と別れるのはお辛いと思います。軍人だから仕方ない、とは割り切れませんよね。軍人さんも1人の人間ですし。

今恋するものとしては、軍人さんの未練、ぜひ果たしてあげたいですっ。まずは落ち着いて貰わないと。

まず【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で防御を固め、攻撃をしっかり受け止めてから、【シールドバッシュ】と流星のタックルで軍人さんの体勢崩しを狙いますっ!!痛くしてごめんなさい。まずは刀を収めて頂けませんか?ここは戦地ではない故。私達家族が力になりますので、まずは話を聞いてください。


神城・瞬
【真宮家】で参加

軍人として戦に身を置く者として愛する人と死に別れるのは軍人の宿命ともいえますが、そう簡単に割り切れないのも良く分ります。無念でしょう。お辛いでしょう。その未練、ぜひ晴らして差し上げたい。

まず【オーラ防御】をしてから、召喚する帝都軍人に対して月読の同胞を差し向けます。本体の軍人と召喚した軍人を巻き込んで【マヒ攻撃】【武器落とし】を仕込んだ【結界術】を【高速詠唱】で【範囲攻撃】化して展開。本体の軍人さんに向けて【誘導弾】【吹き飛ばし】を使用して無力化を試みます。ここは最早戦地ではないです。僕達は貴方の力になりにきました。まずは落ち着いて、話を聞いてください!!



「軍に身を置き、戦いに身を投じる生業の者は別れはありがちだ。でも仕方ない、と割り切れないのも分かる。アタシも戦士である夫を戦いで失ってる」
 軍服に袖を通した時から覚悟はしていただろう――だが最も悲しき末路の果てで、今だ現し世を彷徨う影朧に、真宮・響(赫灼の炎・f00434)は理解を示す。その言葉に応じてこくりと頷くのは、娘の真宮・奏(絢爛の星・f03210)だった。
「軍人で戦いに倒れて愛する人と別れるのはお辛いと思います。軍人だから仕方ない、とは割り切れませんよね。軍人さんも1人の人間ですし」
「軍人として戦に身を置く者として愛する人と死に別れるのは軍人の宿命ともいえますが、そう簡単に割り切れないのも良く分ります」
 奏に続いて、義兄の神城・瞬(清光の月・f06558)も、影朧の心情を慮る言葉を紡ぐ。
 この三人はいずれも大切な家族を亡くした過去がある。だからこそ彼女達【真宮家】の結束は強く、傷ついた影朧を救いたいという想いもまた一致していた。

「無念でしょう。お辛いでしょう。その未練、ぜひ晴らして差し上げたい」
 瞬は獄卒将校に呼びかけながら、オーラの護りを纏って前に出る。ここまでの戦闘で相手の体力も限界のはず――しかし尚も燻り続ける執念はかつて志を同じくした同士諸君の霊を呼び寄せ、戦いを継続する構えを取っている。
「帰らなければ……あの場所に……紫苑に……もう一度……」
 消え入りそうな声で囁くのは恋人の名。今にも刀身が抜け落ちそうなボロボロの愛刀を手に、満身創痍の体に鞭打ち【獄卒刀斬り】の構えを取る、その姿は悲壮ですらあった。

「過去の残滓とはいえ、愛する人を求めるのは痛いほど良く分かる。まずは話を聞く為に、落ち着かせないとね」
「はいっ。今恋するものとしては、軍人さんの未練、ぜひ果たしてあげたいですっ」
 影朧の悲恋に救いをもたらす為、真宮家の母娘も動く。響は確実に一撃を入れる好機を見計らう為に目立たず忍び歩きで後退し、対照的に奏は剣と盾を構え正面から敵に挑む。
「月読の同胞、力を借ります!!」
 義妹の吶喊をフォローする為に、瞬は【月読の同胞】を獄卒将校の同士に差し向ける。元は故郷の隠れ里を守護していた戦士の霊は、敵が軍刀で斬り掛かってくれば剣で、拳銃を撃ってくれば弓矢で応じ、瞬の愛する2つの光を決して傷つけさせまいと援護する。

「ここは最早戦地ではないです。僕達は貴方の力になりにきました」
 瞬は同胞達の指揮を執りながら、月の力が込められた「月虹の杖」を振るい、穏やかな声で呪文を唱える。すると杖先が描く光の軌跡が魔法陣となり、獄卒将校とその同士を巻き込みながら、広範囲に渡る結界が展開された。
「ぐぅ……ッ!?」
 この結界は単に影朧達を外に出さない為のものではない。麻痺と武器落としのまじないが仕込まれた、敵対者を無力化するためのフィールドだ。相手が異変に気付いた時にはもう遅く、全身に走る痺れから同士達は刀と銃を取り落し、獄卒将校も膝をつきかける。

「ま……まだだッ」
 しかし、どれほどの執念がその身を動かしているのか。痺れた手で血が滲むほどに軍刀を握り締め、青年は【獄卒刀斬り】を放つ。恐らく彼に残された最後の力を振り絞った、乾坤一擲の斬撃を受けるのは、眼前に肉迫する真宮家の長女――奏。
「止めてみせますっ!」
 精霊の力が込められた剣と盾を交差し、鎧から放たれる白銀のオーラを纏い。習得した守りの技術を全て駆使して、真っ向から獄卒刀をしっかりと受け止める。悲鳴にも似た甲高い金属音が戦場に響き渡り――砕け散ったのは、将校が持つ刀のほうだった。

「失礼します!」
 相手の攻撃を受けきった直後、奏は【流星のタックル】を放つ。蒼い闘気を纏った渾身のシールドバッシュに合わせて、義兄の瞬も獄卒将校に向けて魔力による誘導弾を放つ。
「まずは落ち着いて、話を聞いてください!!」
 蒼光の突進と月光の魔弾が叩きつけられたのは、ほぼ同時。兄妹の連携攻撃を食らった獄卒将校に、その場に踏み止まるだけの力は残っておらず、後方に吹き飛ばされていく。
 そして――彼が大きく体勢を崩すその瞬間を読んでいたように、響が追撃を仕掛ける。

(余り手荒な真似はしたくない。一撃で決める)
 胸の奥で静かに燃える情熱を光剣「ブレイズフレイム」に込めて、一気に肉迫する響。
 対する獄卒将校は苦し紛れに軍刀を振るうが――真宮家の子供達の攻撃で体勢が崩れたままの一撃に脅威はない。折れた刃が切り裂いたのは、陽炎のように揺らめく残像のみ。
「混乱するのは分かるが、とりあえず落ち着いてくれないか」
 がら開きになった懐目掛けて、気合を入れて叩き込むのは【浄火の一撃】。それは肉体を傷つけずに対象の邪心のみを焚き上げる情熱の剣閃。その時、天をも焦がさんがばかりに燃え上がった真紅の光が、獄卒将校を、そして戦場全体を眩く包み込んだ。

「アタシ達はアンタを助けたいからね」
 やがて赤い光が収まった時、そこには倒れ伏した獄卒将校に手を差し伸べる響がいた。
 奏と瞬も武器を収めてやって来る。三人の目的は影朧を倒すのではなく、救済する事。
「痛くしてごめんなさい。まずは刀を収めて頂けませんか? ここは戦地ではない故。私達家族が力になりますので、まずは話を聞いてください」
「ここに貴方の敵など一人もいません。皆、貴方の未練を晴らして差し上げたいと願っています」
 家族三人による真剣な説得。そしてここまでの戦闘で蓄積したダメージと心への影響。
 それは黄昏の煉獄の中にいた獄卒将校の心を、ついに日の当たる現し世へと引き戻す。

「……ああ、そうか。戦いはもう、終わっていたのか……」

 固く握り締められていた手が開かれ、壊れた軍刀がからんと音を立てて地面に転がる。
 戦意を完全に喪失した獄卒将校は、これまでよりも儚く、弱々しい存在に感じられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 帝都の真ん中で繰り広げられた戦いの末、猟兵達は「獄卒将校」の無力化に成功した。
 人の往来が激しい雑踏での事件だったにも関わらず、帝都市民への被害はゼロ。影朧の脅威から人々を守るという観点においては、この上ない完璧な結果と言えるだろう。

「……感謝する……あと少しで俺は、取り返しのつかない事を……」

 だが今回の依頼のもうひとつの主題――影朧の救済についてはここからが本番である。
 正気に戻った青年はこれまでとは打って変わって、穏やかな態度で猟兵達に感謝を述べる。その存在感は今にも消えてしまいそうなほど虚ろで、蜃気楼の幻のようにはかない。
 戦うための力を使い尽くした彼に、もう残された時間はほとんど無いだろう。それでも彼は、傷ついた身体に鞭打ってよろよろと立ち上がると、また何処かへと歩き出した。

「行かなくては……この仮初の命……尽きるまでに……」

 記憶にかかった靄はいくらかは晴れたのだろうが、影朧の青年の言動は虚ろなままだ。
 ただ、そこに行けば答えとなる「何か」がある、という本能めいたものが彼を動かしている。そこまでの距離は分からないが、おそらく帝都の中ではあるのだろう。

 しかし、このまま彼が目的地に向かって帝都中を練り歩くことになれば問題は起こる。
 事情を知らない一般市民は、影朧が町にいるのを見れば驚くだろうし、それでパニックが起これば最悪だ。市民に被害が出るだけではない――今の影朧はひどく不安定なのだ。
 例えば石を投げられたり、悪意ある言葉をぶつけられたり。たったそれだけの事で、彼を現世に繋ぎ止めている希望の糸は断たれ、消滅してしまいかねないほど、脆く、儚い。

「もう一度……彼女と……あの紫陽花を……」

 それでも彼は行く。果たせなかった未練を晴らす為に、想い人との約束を叶える為に。
 ぽつりぽつりと譫言のように何かをささやき続ける青年の後を、猟兵達は追いかける。
 百年越しに戦地から還ってきた青年の最期の帰路を、つつがなく無事に支えるために。
黒影・兵庫
(「ひとまず何とかなったみたいね...」と頭の中の教導虫が疲労と安堵が混ざった声で呟く)
はい!では『迷彩』効果を付与した『オーラ防御』の膜で影朧を包んで『目立たない』ようにしながら目的地まで護送しましょう!
(「人ごみはどうする?」)
工作兵の皆さんに警官に変装していただき一般市民を上手く言いくるめて影朧にぶつからないよう誘導してもらいます!
これで後は彼を救うだけです!
(「救う...ねぇ」)
どうしました?せんせー?
(「何も知らないまま転生したほう幸せだった...なんて結末じゃなきゃいいなぁと思って」)
...大丈夫です!何も根拠はありませんが、きっと大丈夫!
(「...そうね」)



(ひとまず何とかなったみたいね……)
「はい!」
 兵庫の頭の中の教導虫スクイリアが、疲労と安堵が混ざった声で呟く。被害を出さずに影朧を大人しくさせるという第一目的は無事に果たされた。後は彼の未練を解消してやるだけ――とはいえ、それもまた簡単な道程とはいかないだろう。
「では、迷彩効果を付与したオーラの膜で影朧を包んで、目立たないようにしながら目的地まで護送しましょう!」
 兵庫はそう言うと、歩きだした影朧青年の体を覆うようにオーラの防御膜を展開する。まるで敗残兵のような格好をした今の彼が、そのまま帝都の中を歩けば騒ぎは必至。多少なりと偽装を施しておかなければ、道中の面倒は避けられない。

「感謝……する……」
 迷彩オーラに包まれた影朧は律儀に一礼を返すと、何処かを目指して歩きだす。動くたびにぽたぽたと血が流れ、今にも倒れてしまいそうな覚束ない足取りだが、目線は前だけを向いている。末期の旅路の邪魔をしないように、兵庫達はそっと彼の後を追いかける。
(人ごみはどうする?)
「工作兵の皆さんに警官に変装していただき、影朧にぶつからないよう誘導してもらいます!」
 懸念される帝都市民との衝突も、既に兵庫は【身中の蟲】を派遣して対策済みだった。
 擬態能力に長けたこの昆虫は、現地住民の姿に化けて帝都に潜り込み、影朧の行く先に先回りして避難誘導を行う。

「申し訳ありません。事件発生につき此方はしばらく立入を規制させて頂いております」
「あら、そうなの? 何だか知らないけど物騒ねえ……」
 警官に化けた工作兵達に言いくるめられ、通りにいた一般市民は別の道に逸れていく。
 突然の通行規制と誘導に勘ぐる者はいるだろうし、噂好きな者の間でちょっとした流言は飛び交うかもしれないが、影朧を見られなければ大騒ぎに発展することは無いだろう。
 問題はといえば影朧の目的地が今もって不明のままで、彼がそこに直進しているとは限らない事だ。ふらふらと帝都をさまよう彼に合わせて、兵庫と工作兵は何度も迷彩や誘導をし直す必要があった――が、その甲斐あって、今のところ問題は起きずに済んでいる。

「これで後は彼を救うだけです!」
(救う……ねぇ)
 万事問題なく事は進んでいると自信たっぷりな兵庫とは対照的に、スクイリアの声は浮かない様子だった。脳内に聞こえる物憂げな呟きに、少年は首を傾げながら問いかける。
「どうしました? せんせー?」
(何も知らないまま転生したほう幸せだった……なんて結末じゃなきゃいいなぁと思って)
 百年という時の流れは決して軽くはない。影朧の青年が生きていた時代と比べれば、今の帝都は大きく様変わりしただろう。約束を交わした想い人のその後も知れず、恐らく生きてもいないとなれば――彼が目指す場所に、求めるものが残されているとは限らない。
 スクイリアの懸念は冷静かつ可能性の高いものだった。だがそれでも、兵庫は笑った。

「……大丈夫です! 何も根拠はありませんが、きっと大丈夫!」
 "せんせー"と言わんとする事は兵庫も分かっている。この先に幸福な結末が待っている根拠は無い。しかし彼はあくまで楽観的に前向きに、はかない救いの可能性を信じる。
 なぜなら、あの影朧はまだ希望を捨ててはいないから。彼が歩み続ける限り、自分は彼の力になろう。自分を含めて周りの人たちが幸せになるよう尽力する――それは他ならぬ"せんせー"から教わった生き方だから。
(……そうね)
 楽観的な教え子が断言する様を見て、スクイリアの悲観も幾分かは晴れたようだった。
 どの道、目的地に辿り着かない限り「答え」はない。それが死者にとっての救いである事を信じて、兵庫達は彷徨う影朧の後を追う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カビパン・カピパン
帝都中で片手にハリセン、片手にスピーカーマイクを持ち影朧の青年の少し前に出て歩きながら演説を行っていた。

「私の歌を崇め、奉り、聴き入る者はチョベリグ。しかし、私を音痴と言う不敬な輩がいたとしても…慈愛を持つ私はそれを許します。今からでも遅くはありません!改心し、自らを悔い改め私の歌を聴くのであれば、私は許します。さぁ目覚めるのです!」

拳を握りながら、熱く自分自身を演説するカビパン。
市民がパニックになるのであれば、それ以上に混乱させればいい。案の定、あぁ…あのハリセン女またバカな事やっているよ。察した帝都の人々はモーセが海を二つに割って道を作ったかのようにカビパン達を避けてギャグ世界を構築した。



「私の歌を崇め、奉り、聴き入る者はチョベリグ」
 ぱしーん、ぱしーん。軽快なハリセンの音と共に、拡大された声が帝都中に響き渡る。
 右手にハリセン、左手にスピーカーマイクを持ち、影朧の少し前に出て歩きながら演説を行っているのは、誰あろう帝都軍所属の従軍聖職者カビパンである。
「しかし、私を音痴と言う不敬な輩がいたとしても……慈愛を持つ私はそれを許します」
 一体何だと振り返った市民達は、声の主を見るなり「ああ、またあいつか」という顔になる。彼女がこの帝都において一体どういった人物として認識されているのか、その反応だけでも凡その想像は付くだろう。ここはハリセン女教皇のホームグラウンドである。

「今からでも遅くはありません! 改心し、自らを悔い改め私の歌を聴くのであれば、私は許します。さぁ目覚めるのです!」
 ぐっと拳を握りながら、熱く自分自身を演説するカビパン。その内容を大雑把に纏めれば布教活動だろうか。しかし彼女の歌が単なる音痴のレベルを超えて、精神攻撃の域に達した絶望的な音痴である事を知っていれば、その言葉に耳を傾ける者はいないだろう。
「あぁ……あのハリセン女またバカな事やっているよ」
「またあのリサヰタル? とか言うやつをやるつもりなのかしら」
 案の定、帝都市民の反応は冷ややかだった。カビパンのギャグと歌声は本人のカリスマ性に惹かれた一部の者からは熱狂的支持を得ることもあるものの、ごく普通の感性の人々にとっては寒くてド下手なだけである。ここにいる民衆に女教皇の威光は通じない。

「どうやら素直に改心するつもりは無いようですね……」
 だが今はそれで問題ない。カビパンの目的は人々を影朧と接触させない事なのだから。
 影朧と遭遇した市民がパニックになるのであれば、それ以上に混乱させればいい。よく回る舌でくるくると演説をぶち上げ、バシバシとハリセンを振り回す、ある意味では影朧よりも怪しい女に、帝都市民の注目は釘付けになっていた。
「ではもう一度私の歌を聞けば、その素晴らしさが分かるでしょう」
「……! あの女、マイクを握ってるぞ!」
「やべーぞ逃げろ! 耳塞げ!」
 彼女がマイクを口元に近付けただけで、何をする気か察した帝都の人々は、モーセが海を二つに割って道を作った伝説をなぞるかのように、カビパンを避けて遠ざかっていく。
 それが崇拝であれ畏怖であれ【ハリセンで叩かずにはいられない女】のユーベルコードがある限り、全ての者は彼女が構築するギャグ世界からは逃れられないのである。さっきまでのシリアスはどこへ行ったとツッコミたくなるような、カオスな大騒ぎが発生する。

「今の内だ。行くぞ」
 なんやかんやで人払いを済ませたカビパンは、突然またシリアスな顔に切り替わって、後ろにいる影朧の青年に告げる。作戦中でも隙あらばボケる彼女の本心は他者からは掴みどころが無いが、少なくとも今の彼女が影朧救済のために行動しているのは事実である。
「あ……ああ……」
 目の前で起こった騒ぎに、その影朧まで若干困惑していたが。帝都市民が影朧の事を気にしている場合では無くなっている内に、彼らは目的地に向けて移動を続けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
貴方は十分頑張ったわ
だから、最期のお願いくらい聞いてあげる

とはいえ街中に影朧が出たら大騒ぎよね
うーん、どうするか
特に何も思い浮かばないし
貴方の耳に罵詈雑言が入ってこないように私とお話ししましょ

ねぇ、今の貴方を動かしているのは何?
今はあなたが居た世代とは違う、泰平の世なのよ
それでもまだ望むものってどんなものなのかしら
とっても気になるわ

私が此処にいる理由?
そりゃ、貴方の凶行を止める為でもあるけど……本当は救いたいの
無念のまま骸の海を永遠に漂うなんて、可哀想すぎるもの
だから行きましょう。貴方の『約束の地』へ!

喋りながら考える
紫陽花とは彼女さんと見た風景だろうか
時の流れが残酷じゃないことを祈るばかり



「貴方は十分頑張ったわ。だから、最期のお願いくらい聞いてあげる」
 影朧との戦いを終えて、剣と銃を仕舞った彩萌は、かの者の願いを受けて静かに頷く。
 傷ついた魂が骸の海に還るまでの猶予はあと僅か。ならばそれまでの時間、せめて未練が残らないようにすればいいと、彼女は影朧の道行きを応援する側にまわる。
「とはいえ街中に影朧が出たら大騒ぎよね。うーん、どうするか」
 群衆を影朧から遠ざけたり、騒ぎを鎮めたりする方法は、彩萌には思いつかなかった。
 今は、他の猟兵が手を尽くしてくれているため大事にはなっていないが、このまま先に進めばそうもいかなくなるかも知れない。

「特に何も思い浮かばないし、貴方の耳に罵詈雑言が入ってこないように私とお話ししましょ」
「話……?」
 考えた末に彩萌が提案したのは、目的地に辿り着くまで彼の話し相手になる事だった。
 一体何の話をすれば、と驚いたように首を傾げる影朧の青年に、彼女は穏やかな口調で問いを投げかける。
「ねぇ、今の貴方を動かしているのは何?」
 死して影朧となって、そして再びの死を目前にしてなお、彼を突き動かす願いは何か。
 それは今回の依頼を果たす上で最も重要な、ターゲットの根幹に関わる事でもあった。

「今はあなたが居た世代とは違う、泰平の世なのよ。それでもまだ望むものってどんなものなのかしら。とっても気になるわ」
 追い詰めるような厳しさはなく、しかし真剣な声音で問いかけると、影朧は暫しの沈黙を挟んでから口を開く。それは彼自身、霞がかった記憶を思い出そうとしているようだ。
「……必ず、生きて帰ると約束した。その時はもう一度、あの場所で紫陽花を……と」
 前者の約束は、既に叶わないモノと成ってしまったが。愛しい人と交わした約束の半分でも果たしたい。青年が向かうのは想い人との思い出が詰まった、大切な場所のようだ。

「思い出せないんだ……あんなに大切だった筈なのに、記憶が手からこぼれていく」
 このまま全てを忘れてしまえば、彼の魂は未練だけを残して骸の海に沈むことになる。
 忘却の虚ろに囚われる前に、まだこの足が進むべき方角を覚えている間に、望みを叶えたい――今にも消え入りそうな掠れた声で、影朧の青年は必死に訴えた。
「君は……何故まだ、俺に構う……? 止めを刺すつもりなら、簡単だろう……」
「私が此処にいる理由? そりゃ、貴方の凶行を止める為でもあるけど……本当は救いたいの」
 影朧から返ってきた問いに、彩萌は考えるまでもない事だと言うように即座に答えた。
 戦いの決着はついた。もしまた彼が錯乱したとしても、生者を害するほどの力は残されていない。それなら後は、彼を「倒す」のではなく「救う」ために全力を尽くすだけだ。

「無念のまま骸の海を永遠に漂うなんて、可哀想すぎるもの」
 死の宿命を覆してまで叶えたかった執着が、愛ゆえにだと言うのなら――片思いに身を焦がす1人の乙女としても、放ってはおけない。この世の恋物語が全てハッピーエンドで終わるものばかりでは無いとしても、結末すら与えられないのは余りにも酷だ。
「だから行きましょう。貴方の『約束の地』へ!」
「……ああ。ありがとう……」
 彩萌の激励に青年は深く頷き、また一歩前に足を進める。元は周囲のざわめきから気を紛らわせるための会話は、彼の心に幾ばくかの希望を取り戻させる効果もあったようだ。

(紫陽花とは彼女さんと見た風景かしら)
 彩萌はそれからも影朧と喋り続けながら、彼が口にした言葉の意味を考える。紫苑という名、紫陽花という花――それらが「約束」に重要な意味を持つことは間違いあるまい。問題は"それ"がまだこの帝都に残っているか、だが。
(時の流れが残酷じゃないことを祈るばかりね)
 期待と一抹の不安を同時に抱えながら、彼女は影朧と共に冬の帝都を歩いていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
つくづく心の力ってのは莫迦に出来ねえよな。ここまで来れば、ある種の奇蹟なんかもしれねえ。
ともかく、まだまだ人助けは続くってことか。骨の折れそうなこった。

影朧について行きながら、〈コミュ力〉を活かして道中にいる人たちに事情を説明しつつ協力を仰ぐ。見て見ぬフリってだけでも協力は協力だし、必要なら頭だって下げてやる。
紫陽花ってのがキーワードみてえだし、上手く街の人の態度を軟化させられたら、ついでに情報収集もしておく。

どうしてもパニックが避けられねえような状況に出くわすようなら《いと麗しき災禍の指環》で影朧を見えなくしてやり過ごす。
本当は手を繋ぎてぇ人がおれじゃなくて他にいるんだろうけど、勘弁な。



「つくづく心の力ってのは莫迦に出来ねえよな。ここまで来れば、ある種の奇蹟なんかもしれねえ」
 今にも消えてしまいそうなほど弱々しく、身体はボロボロの筈なのに、それでも歩みを止めようとしない影朧の姿を見て、嵐は感心したように呟く。とうに消滅しても不思議はないのに、今なお彼を現世に繋ぎ止めるもの――それはどれほど強固な想いなのだろう。
「ともかく、まだまだ人助けは続くってことか。骨の折れそうなこった」
 そう言いながらも嵐の表情は穏やかで、戦いの最中に比べれば肩の力も抜けている。誰かを助けるために誰かを傷つけるのではない、純粋な人助けであれば恐れる必要もない。目の前にいる影朧はもう「敵」ではないのだから。

「ごめんな。ちょっとだけ通してくれないか」
 嵐は影朧について行きながら、持ち前のコミュ力を活かして道中の人々に事情を話し、協力を仰ぐ。この影朧はもう危険な存在ではなく、自分達は彼を救う為に活動している。どうか少しの間だけ容赦してほしい――と。
「そんなの、すぐに退治してしまえばいいのに」
「いくら弱ってるからって、好きにさせて大丈夫なのか?」
 帝都市民の率直な感覚としては、影朧は人を脅かす脅威だ。いくら説明されても恐怖や不安は簡単にぬぐい去れるものではない。胡乱な反応を示す人々に、嵐は繰り返し危険が無いことを語りながら、彼らの前で深く頭を下げる。

「責任は全部おれ達が取る。何があっても被害は出さない。だから、この通りだ」
 無理を言っているのは承知の上――見て見ぬフリをしてもらうだけでも協力は協力だ。必要なら頭だって下げる。帝都桜學府から「超弩級戦力」と認定された猟兵が、ここまでして頼んでいるという事実には、帝都市民にも無碍にはできない重みがあった。
「そこまで言うのなら、まあ……気をつけてくれよ」
「その影朧さんも、見てたらちょっと不憫だしねぇ」
 真剣な説得を続けるうちに、当初は頑なだった人々の態度は次第に軟化していく。遠巻きに見守る者、そそくさと立ち去る者など対応は様々だが、明け透けな敵意や危害を影朧に加えようとする者はいなくなったようだ。

「ありがとう。ついでで悪いんだが、この辺りで紫陽花の咲くところを知らねえか?」
「紫陽花、ですか? 今は冬ですけど……」
 上手く市民の協力を取り付けたところで、嵐は友好的な相手を選んで情報収集を行う。戦いの後に影朧が呟いた「紫陽花」という単語は、恐らく彼の未練に関わるキーワードなのだろう。それについて調べることで目的地を推測できないかと考えたのだ。
「梅雨時になれば紫陽花が見頃になる場所は、この帝都にも沢山ありますよ」
「ここいらで有名な所だと……公園とか、あとは紫陽花カフェーってのもありますな」
 ぽつぽつと市民が提供してくれた情報を纏めて、影朧が歩いていく方向と重なる場所を調べる。まだ距離があるため確実とは言えないが、それでも候補地を絞ることはできた。

「助かった。何度も言うけど、ありがとな」
 嵐は協力してくれた市民に心からの感謝を告げると、影朧の手を取って先に進みだす。
 情報によればこの先には大きな通りがあり、人が増えるにつれて騒ぎが起きる危険性も増す。多少のパニックは避けられないと考えた彼は【いと麗しき災禍の指環】を発動し、自分と一緒に影朧の姿を見えなくすることにした。
「本当は手を繋ぎてぇ人がおれじゃなくて他にいるんだろうけど、勘弁な」
「いや……こちらこそ、すまない……世話をかける……」
 透明になって人混みの中をやり過ごしながら、嵐が謝ると影朧も謝罪と感謝を告げる。
 その歩みはけして速くはなかったが――確実に目的地に近付いているのは確かだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雛菊・璃奈
メイド6人とミラ達仔竜、そして「夢に焦がれる少女達」にて【共に歩む奇跡】で転生したこの世界出身の蝶子さんを召喚…。
7人(メイド+蝶子さん)には先に進行ルート上の人々へ彼の事情等の詳細状況を説明して協力と交通整理等を依頼…。
ミラ達は首から「只今、影朧事件対処中 帝都桜學府」っていうプラカード持って周囲をパタパタしてアピールして貰うよ…。

わたしは彼の近くで不足の事態等に備えたりして守りつつ、歩みを支える為、当時の楽しかった事や恋人との思い出等、存在を明確に保てる様に彼の記憶を刺激するよ…。

貴女の想い…未練を晴らす事ができる様、できる限りわたし達が助けるよ…



「貴方の想い……未練を晴らす事ができる様、できる限りわたし達が助けるよ……」
 生前に果たせなかった望みを叶えるために帝都を彷徨い歩く影朧に、優しく声をかけるのは璃奈。もはや相手に戦えるほどの力はなく、精神状態も落ち着いている――それなら後は彼の魂に憂いが残らないよう、その救済に力を尽くすのみ。
「おいで、みんな……」
 "達"と口にしたように、影朧の道行きに力を貸すのは1人ではない。元はオブリビオンでありながら【共に歩む奇跡】によって璃奈の仲間にして家族となった者達――6人のメイド人形と3匹の仔竜、そして転生した元・影朧の「蝶子」が彼女の元に召喚される。

「また面倒くさそうな奴に手を貸したりして、貴女もつくづく物好きね……私が言えた義理じゃないけど」
 元々帝都の出身である蝶子は憎まれ口を叩きながらも、かつて自分を救ってくれた璃奈のために率先して動きだす。影朧の進行ルート上にいる人々へ、今回の事件に関する諸々の事情や詳細状況を説明するのは、同じ帝都市民だった彼女が最も適しているだろう。
「危険はない!」
「協力お願い!」
「交通整理!」
 後に続いた6人のメイド達も、弱った影朧を刺激しないようにと協力を呼びかける。予め進路から人をはけさせておくことで無用な混乱を防止し、トラブルを回避する狙いだ。
「「きゅ~!」」
 空からは3匹の仔竜が「只今、影朧事件対処中 帝都桜學府」と書かれたプラカードを首にかけてパタパタと周囲を飛び回り、今回の事件の周知とアピールに努めている。
 公的な影朧救済機関である帝都桜學府の名前を出した事は、一般市民にも一定の効果があったらしく、蝶子とメイド達の説明を受けた人々はさほどの動揺もなく指示に従った。

「蝶子さん達はうまくやってくれているみたい……」
 進路上から順調に人影が減っていくのを見て、璃奈は安堵とともにほっと息を吐いた。
 彼女は不測の事態に備えて、影朧の近くで護衛にあたっている。青年が倒れそうになれば歩みを支え、虚ろな意識が途切れないように声をかけて励ます。
「できるだけ昔の事を思い出して……当時の楽しかった事や、恋人との思い出とか……」
「楽しかった事、か……そういえば、この道は紫苑と一緒に歩いたことがあったな……」
 うっすらと雪の積もる道を踏みしめながら、青年はぽつりと呟く。璃奈の言葉に刺激されて、記憶の一部が戻ってきているらしい――生前の幸福な思い出は、不安定な彼の存在を明確に保つための礎となる。未練を晴らす前に彼を消滅させない為には重要なことだ。

「あそこに小さな八百屋があって……よく、彼女と一緒に買物をした……今はもう、潰れてしまったか……」
 影朧が見つめる先に彼が言うような店舗はなく、別の建物に置き換わっていた。思い出を取り戻すことは、百年の時の流れを否応なく実感させることにもなる。現実を突きつけられた青年の表情は寂しげだったが、再び我を忘れて暴れだすようなことは無かった。
「大丈夫……?」
「ああ……心配はいらない。まだ、消えるわけにはいかないからな……」
 璃奈の気遣いに穏やかな調子で応え、影朧はそれまでよりも力強く一歩前に踏み出す。
 時が流れても、変わらないものがこの先にあると信じているように。目的地に近づくにつれて、彼の記憶にかかった深い霧も少しずつ晴れつつあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フレミア・レイブラッド
【創造支配の紅い霧】を発動。
紅い霧の力で彼の姿をまとも(少なくとも外見上は健常に見える程度)に見える形に幻を『創造』して覆い隠し、一般の人々が誤って干渉しない様、帝都桜學府の学徒兵を多数『創造』し、一般市民への説明やフォローを実施。
念の為、【念動力】による防御膜も彼に展開しておくわ。

道中、彼に行く先や当時の事等を尋ねつつ、【念動力】のテレパスを介して彼のイメージ記憶を確認。

一応、可能であれば帝都桜學府に100年前の記録から「紫苑」という人間の記録や読み取った記憶イメージの資料が無いか調べて貰える様依頼してみようかしら。
何か判れば手助けの役に立つかもしれないしね。

後は彼の行く先に何があるか、ね…



「全てを満たせ、紅い霧……」
 しんと冷たい静寂に包まれた冬の帝都に、フレミアの詠唱が響いている。舞い散る雪と桜に代わって辺りに立ち込めるのは【創造支配の紅い霧】――夢も現実も、全てを彼女の思うままに塗り替える、吸血姫の領域であった。
「これは……?」
「その格好だと不都合も多いでしょう」
 彼女はその力を行使し、まずはボロボロの影朧の姿をまともに見える形に幻を被せる。少なくとも外見上は健常に見える程度に傷ついた衣服や身体を覆い隠せば、悪目立ちする要素へ減るだろう。亡霊としての異質な存在感、影の薄さは残るため、万全ではないが。

「ん? 今日はやけに霧が濃いな」
「天気予報では雪だった筈なのに」
 突如として帝都の一角を包んだ紅い霧は、周辺にいた帝都市民も多数巻き込んでいた。
 視界の悪化は影朧の姿を見咎められにくくなるメリットでもあるが、逆に何も知らない一般の人々が、霧の中をさまよう内に誤ってこちらに干渉してしまう恐れもある。
「失礼。ただいま影朧事件への対処中です」
「この霧に害はありませんが、先に進むのはお控え下さい」
 そんな市民の戸惑いを晴らすように、霧の中から現れたのは帝都桜學府の制服に身を包んだ學徒兵の集団。これも幻と同じ様にフレミアが紅い霧から「創造」した偽物である。

「霧の外の安全な場所まで、私共が誘導します」
「はあ、分かりました。よろしくお願いします」
 彼らは手分けして霧の中に入ってしまった人々を見つけだすと、丁寧な態度で説明とフォローを実施する。影朧事件における桜學府とは言わば警察のようなもので、その要請とあれば帝都市民も素直に従ってくれる。
「これで騒ぎになる心配は無いでしょう……念の為、防御膜も展開しておくわ」
「すまない……世話をかける……」
 周辺の人払いを済ませた上で、さらに念動力による保護まで付与するフレミアに、青年は深々と頭を下げる。これだけお膳立てをして貰っても、影朧である身では返せるものが無い。感謝と申し訳なさを顔に見せる青年に、彼女は気にしなくていいのよ、と笑った。

「ところであなたは何処へ向かっているの? 生きていた頃の事、聞いてもいいかしら」
「ああ……と言っても、よくは覚えていないのだが……この先にあるのは、大切な人と一番多くの時間を過ごした……そう、とても大切な場所だ……」
 紅霧と共に目的地へと向かう道中、フレミアと青年は当時について様々な事を話した。
 傷ついた影朧の言葉は曖昧だったが、フレミアは念動力を応用したテレパスを介して、彼の記憶に残るイメージを直接確認する。
(この花は紫陽花……それに香ってくるのは紅茶の匂いかしら)
 脳裏に浮かび上がるのは雨露に濡れて咲く一面の紫陽花。そして何処からかほんのりと漂う甘い香り。そして顔貌はぼやけてよく見えないが――若い女性と思しき誰かの笑顔。
 テレパスを通じてフレミアの胸にまで、じんわりと熱い想いがこみ上げてくる。それほどまでにこの記憶は青年にとって尊く、大切な思い出なのだろう。

(可能であれば100年前の記録から「紫苑」という人間の記録や、このイメージと一致する資料が無いか調べて貰えないかしら)
 青年の記憶から手がかりを得たフレミアは、帝都桜學府に連絡を取り調査を依頼する。
 影朧救済に関する猟兵からの要請とあれば、向こうに断る理由はない。ただ、調査結果が出るまでには少々の時間が必要になるとのことだった。
「百年前となると記録も散逸しているものも多く、調査は簡単ではないので……特に、当時の帝都市民からたった1人の女性の情報を探し出すというのはかなり難しいです」
「それでもいいわ。何か判れば手助けの役に立つかもしれないしね」
 最善を尽くします、と言って桜學府の職員は通信を切った。遅くとも影朧が目的地に辿り着く頃には何かしらの結果は出るだろうか。それまでは追って報告を待つことになる。

「後は彼の行く先に何があるか、ね……」
 現状でできる事を全て終えたフレミアは、歩き続ける影朧に送れないよう歩を進める。
 記憶を読み取ることで垣間見た、あの紫陽花と紅茶のイメージ――それらは果たして、現在にまで残っているだろうか。今はまだ誰にも分からない事だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月守・ユエ
美羽ちゃん(f24139)と
アドリブ歓迎

影朧さんを守りながら歩む
市民が彼に混乱を起こしそうになれば
美羽ちゃんと共に彼を背中に”かばう”
悪意ある言葉が飛ぼうとも
彼が挫けないようにその”手をつなぐ”

僕達がついてる
いったでしょう?君の道は僕達が守る

優しく微笑み彼が落ち着けるように”慰める”
そして市民と向き合い
「彼は昔…大切な人と離れ離れになってしまったの
僕達は彼が悔いないように送り届けたい…
どうか道をあけてくれませんか?」

お願いします
市民に呼び掛ける
目的をやり遂げる”覚悟”を持って

「さあ、行こう!2人共
ね!将校さん
紫陽花は大切な人との思い出なの?」

よかったら…お話、聞かせてほしいな
無邪気に笑みを向け


月見里・美羽
●月守ユエさん(f05601)と一緒に

影朧さんの進む方向を邪魔されないように
ユエさんと影朧さんを守りつつ、周囲に気を配るよ

まずは【シングオーダー】と【ゲート・オブ・サウンド】を使用して
【結界術】で影朧さんを結界で守ります
歌いながら【コミュ力】を利用
周囲の人たちに簡単に事情を説明して落ち着いてもらいます

曰く、この影朧は悪いものではないこと
最後の未練を果たしに行くところであること
周囲に危害を加えないから安心してほしいこと
何かあればボクたちが責任をもつこと

丁寧に説明して、影朧さんについていくよ
キミが見たい景色は何なんだろう
ボクたちに、守らせてほしいんだ

アドリブ歓迎です



「なあおい……あいつは影朧じゃないのか?」
「どうしてこんな所に?」
「桜學府に通報したほうがいいんじゃ……」
 はかない影朧を保護しながら、その道行きを助ける猟兵達。しかしどれほど手を尽くしても、何百万という人口を抱える帝都を誰にも見咎められず通り過ぎることはできない。
 よろばう異質な気配をした青年に1人が気付けば、すぐにそれは人だかりを生む。何も知らない人々から向けられる奇異と恐怖の視線――そんなささやかな悪意ですら、今の傷ついた影朧にとっては存在を蝕む凶器だった。

「う……っ」
 鉛を呑んだような呻き声と共に、影朧の足取りがふらつく。悪意に苛まれ、今にも倒れそうな彼をさっと両側から支えたのは、黒髪の女性と青髪の少女――ユエと美羽だった。
「僕達がついてる。いったでしょう? 君の道は僕達が守る」
「もう一息だよ。どうか挫けないで、ボクたちも一緒だから」
 悪意ある視線から彼を守るように背にかばい、混乱を起こしかけている周囲の市民に気を配る。明らかに影朧を保護する姿勢を取った二人に、人々は困惑している様子だった。

「どうして庇うんだ? そいつは影朧だろう!」
「あなた達、桜學府の人? だったら早く退治しちゃってよ!」
 恐怖の裏返しからくる糾弾が、雨霰と三人に降りかかる。まるで銃撃を受けたように影朧がよろめくが、彼が悪意ある言葉に負けないように、ユエがしっかりとその手を繋ぐ。
 生きた人間の手のぬくもりが、そこから伝わる想いが、そして落ち着いてと呼びかける優しい微笑みが――はかない死者の心を慰め、その存在を現世に繋ぎ止める。
「お願い、ボク達の話を……歌を聞いて」
 ユエが影朧を宥めているうちに、美羽が人々の前に立つ。まずは戦闘でもやったようにマイクと「ゲート・オブ・サウンド」を使い、悪意を遮断する結界を影朧の周囲に張る。
 万が一、人々の悪意が実力行使に発展したとしても、これで彼の安全は保たれるはず。その上で美羽は周囲の人達に落ち着いてもらうために、すうと呼吸を整えて歌い始めた。

「♪~~~」
 電脳世界を介して帝都に響く歌声は、ささくれ立った市民の心を撫でるように優しく。
 罵声や怒声を発していた者ははっと息を呑み、その場に聞こえるものは歌だけになる。
 そこに織り重なるように奏でられるのは、ユエによる【月灯ノ抱擁】の歌声。
(君の心が、体が痛むのならば……その痛みが消えるまで僕は君の為に歌いたい)
 傷つく者の痛みを癒したいと願う、優しく慈愛に満ちた歌声が、人々の心を鎮めるのみならず影朧の傷までも癒していく。それは音楽の力と月の加護がもたらすひとつの奇跡。
 今にも破裂しそうだった混乱と不安に満ちた雰囲気は、いつの間にか解消されていた。

「この影朧は悪いものではないんです」
 市民が落ち着いたところで、美羽は今回の事件について丁寧に事情を説明する。曰く、この影朧は最後の未練を果たしに行くところであること。周囲に危害を加えないから安心してほしいこと。何かあれば自分達が責任を持つこと――歌い手としてのコミュ力を活かした説得は、彼女の歌に魅了された人々には特に深く刺さった。
「彼は昔……大切な人と離れ離れになってしまったの。僕達は彼が悔いないように送り届けたい……どうか道をあけてくれませんか?」
 ユエもまた市民と向き合い、真摯な想いと目的をやり遂げる覚悟をもって呼びかける。
 一度口にした言葉を違えるつもりはない。道は決して阻ませないと誓ったのだから――影朧を救うために、これが自分達にできる精一杯。

「お願いします」
「お願いします!」
 真剣に頼み込む二人を見て――人々は静かに左右に分かれ、影朧のために道を開けた。
 そこまで言われちゃ仕方ない、影朧も悪いやつばかりじゃないんだね、などと言いながら遠ざかっていく彼らの表情は穏やかで、先程までのような悪意はもう感じられない。
「ありがとう……さあ、行こう! 2人共」
「うん!」
「っと……?」
 二人の手を引いて歩き出すユエと、笑顔で応じる美羽、戸惑う影朧。彼女達の進む方向を邪魔するものはもう無く、その道行きを祝福するかのように、幻朧桜の花びらが舞う。
 また見咎められる事はあるかもしれないが、その時は何度でも歌って聞かせよう。戦場を離れても輝く彼女らの「武器」は、もう誰の血も流させることなく道を拓いていく。

「ね! 将校さん。紫陽花は大切な人との思い出なの? よかったら……お話、聞かせてほしいな」
「キミが見たい景色は何なんだろう。ボクたちに、守らせてほしいんだ」
 ユエは無邪気に笑みを向け、美羽はまっすぐな眼差しで、共に影朧の後に付いていく。
 その真摯な想いに傷ついた心も絆されたか、青年は「ああ」と小さく頷き、ぽつりぽつりと過去の思い出を語り始める。
「紫陽花はあの人が……紫苑が一番好きだった花だ。彼女との思い出の場所には、沢山の紫陽花が咲いていて……」
 その場所に、一歩一歩近付いている実感が彼にもあるのか、その足取りは次第に軽く。
 ほつれた過去をたどたどしくも楽しげに語る彼に、二人はただ黙って耳を傾けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

何とか武器を無差別に振り回すのは何とかなったが、これから大変だね。何しろこの軍人、100年前の人間だ。現在のサクラミラージュの事を教えてやらないと思い人の探索もままならないだろう。

まずはその軍服だが、瞬が着替えを持ってきてるようだね。後はその顔色。ちょっとメイクをしてやって体裁を整える。サクラミラージュはアタシ達も馴染み深い。色々案内してやろうかね。奏が何か買いにいってたようだが・・・成程、持ち帰りのメンチカツ。影朧に食べられるか謎だが、今の世界をしるのには丁度いいだろう。

どうだい?今の世界の状況は飲み込めたかい?

後覚えているならアンタの名前を教えてくれ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

何とか武器は降ろして貰えましたが、この軍人の方、100年前に生きた方です。この世界の変貌には心底戸惑うでしょうし、その感覚で街を歩くと、街の人々に誤解されかねないですよね。

サクラミラージュは私達家族には馴染み深い場所。案内なら喜んで。あ、私いい事を思いつきましたので・・・(駆けだしていく)買ってきました。これ、持ち帰り用のメンチカツです!!私のお気に入りです!!今の世界を知るには食べ物が一番です!!

どうですか?今の世界の状況を確かめて想い人の居る所は思い出せましたか?

後差支えなければお名前を教えて頂けますか?こうして同行する事になった手前、名前知らないと不都合ですしね。


神城・瞬
【真宮家】で参加

ふう、何とか武器は降ろしてもらいますが、この世界はこの軍人の方には知らない所ばかりですし、戦争の真ん中にいた方にこの街の風景は違和感ありまくりでしょう。何とかしてあげねば。

もし軍人の方が軍服のままでしたら僕の服で何とかしますか。あ、着替えの為にデパートのトイレへは僕が案内しましょう。メイクも僕がします。

軍人の方の隣を歩きながら、サクラミラージュを案内します。ええ、これが今のサクラミラージュです。貴方には驚くことばかりでしょうが。

あ、出来れば貴方のお名前を教えて頂けますか?ええ、僕も大切な人がいますし(大切な人、は小声)早くも貴方に親近感を持ち始めているんですよ。



「何とか武器を無差別に振り回すのは何とかなったが、これから大変だね。何しろこの軍人、100年前の人間だ」
 影朧の錯乱を無事に鎮めはしたものの、彼を救済するという意味ではここからが本番。
 当人からすれば遥か未来にあたる帝都を、おぼつかない足取りで歩く青年。その後を追いかけながら肩をすくめる響の言葉に、奏と瞬も同意する。
「この世界の変貌には心底戸惑うでしょうし、その感覚で街を歩くと、街の人々に誤解されかねないですよね」
「この世界はこの軍人の方には知らない所ばかりですし、戦争の真ん中にいた方にこの街の風景は違和感ありまくりでしょう。何とかしてあげねば」
 すでに移動中で何回か騒動には出くわしている。そろそろ現在のサクラミラージュの事を教えてやらないと、思い人の探索もままならないだろう。少しばかり回り道をすることにもなるが、正気に戻った今の彼なら聞く耳を持ってくれるはずだ。

「まずはその軍服だが、瞬が着替えを持ってきてるようだね」
「はい。その格好のままでしたら僕の服で何とかしますか」
「む……やはり、このままではまずいか……」
 戦闘を経て余計ボロボロになった現在の服装を指摘され、影朧の青年は眉をひそめる。
 一応、この格好が今の帝都で浮きまくっている事は、彼も身をもって理解したらしい。何処の戦場帰りだと言わんばかりの(実際にそうなのだが)血腥い格好は、現代の平和な帝都ではあまりにも異質過ぎる。
「後はその顔色。ちょっとメイクをしてやって体裁を整える」
「では、着替える場所へは僕が案内しましょう。メイクも僕がします」
 響の指示を受けて、瞬が影朧を近くのデパートのトイレに連れていくまでにも、店員や客との間でひと悶着起こりかけたが、そこは他の猟兵の協力もあって事なきを得る。用意してあった瞬の着替えも、幸いにして影朧の体格とそれほどサイズは変わらなかった。

「100年前と今とで軍服のデザインはさほど変わらないのですね」
「その、ようだな……」
 新しい軍服に着替え、青ざめた死人の顔にもメイクを施してやれば、落ち武者じみた姿もかなり「見れる」格好になった。影朧としての根本的な存在感の異質さはどうにもならないが、これでもう道行く人全てから見咎められるような事にはならないだろう。
「サクラミラージュはアタシ達も馴染み深い。色々案内してやろうかね」
「ここは私達家族には馴染み深い場所。案内なら喜んで」
 瞬と影朧が戻ってきたのを見て、待っていた響と奏は笑顔を浮かべる。この世界の現状についてなら、今回集まった猟兵の中でもこの一家が特に詳しい。目的地に辿り着くまでの、ちょっとした帝都観光の始まりだ。

「あ、私いい事を思いつきましたので……」
 どこから案内しようかという段になって、ふいにどこかへ駆けだしていく奏。思い立ったら即行動する所が実に彼女らしく、母と義兄も後で合流する約束をしてそれを見送る。
「どうだい、100年ぶりの帝都は」
「……言葉にならない……まさかこんなに様変わりしているとは」
 一方の影朧といえば、どちらを向いても物珍しい事ばかりな光景に驚きを隠せないようだ。最初に連れて来られたデパートからして、百年前には影も形もなかった建物である。
 人と物が豊かに溢れ、平和を謳歌している――それが現在のサクラミラージュなのだ。

「ええ、これが今の帝都です。貴方には驚くことばかりでしょうが」
 影朧軍人の隣を歩きながら、帝都内を案内する瞬。百年も経てば都市の構造も変わる、立ち並ぶ建物や新しい通りについて説明を入れつつ、彼がすこしでも現代に馴染めるよう心を配る。1人では目立ちがちな軍服も、2人並んでいればさほど気にされないだろう。
「俺が死んでから、帝都はここまで変わったのだな……」
「変わったのは町だけじゃないさ」
 帝都の案内のついでに、響が昨今のサクラミラージュの情勢について語る。裏ではスパイや不穏な輩が暗躍し影朧事件も頻発してはいるが、それでも国民の暮らしは安定している。「黄昏事変」という大禍のあった百年前よりは、遥かに落ち着いているのが現状だ。

「そういえば、奏が何か買いにいってたようだが……」
「お待たせしました!」
 と、そこに元気のいい声と足音を響かせて、別行動中だった奏が戻ってくる。その両手で大事そうに持っているのは、小さな紙袋に包まれて、ほかほかと湯気を立てる揚げ物。
「買ってきました。これ、私のお気に入りです!!」
「……成程、持ち帰りのメンチカツ」
 娘が影朧に差し出した物を見て、響も笑みを浮かべる。帝都が誇る代表的料理「洋食」のひとつ、豚や牛のひき肉に玉ねぎのみじん切りや塩コショウを加え、衣をつけて揚げた比較的シンプルな料理だが、その美味しさは買ってきた奏の笑顔が物語っている。

「今の世界を知るには食べ物が一番です!!」
「影朧に食べられるか謎だが、今の世界をしるのには丁度いいだろう」
「そうですね。どうぞ、召し上がってみてください」
 真宮家の一同の注目が集まる中、影朧の青年は受け取ったメンチカツをしげしげと見つめてから、小さく口を開けて齧りついた。さくりと小気味のいい衣の音がして、中に詰まった肉の旨味と油がじゅわっと口の中にあふれ出す。
「……美味い」
 彼の感想は一言だけだったが、それだけで十分に想いは伝わってきた。単に美味というだけではない――家族で気軽にこうしたものを街角で味わい、笑いあえる。それは戦場にいた青年に「平和」の味を実感させるのに十分なひと口だった。

「どうだい? 今の世界の状況は飲み込めたかい?」
「今の世界の状況を確かめて、想い人の居る所は思い出せましたか?」
「ああ……また少し、頭にかかっていた靄が晴れたような気がする」
 響と奏の問いかけに応える青年の口調は、今までよりもはっきりとしたものになっていた。虚ろだった瞳には意思の輝きが宿り、表情にも張りが生まれ――影朧にこの表現を使うのも奇妙ではあるが、生気が戻ってきた感じだ。
「案内に感謝する……お陰で今の帝都の地理も分かった。行こう」
 目的地に向かう様子も、ただ足の向くままだったこれまでとは違う。帝都の現状を知ることが彼の心に良い影響を与えたのだろう。迷いのない足取りに置いていかれないよう、真宮家の三人は足早に後を追う。

「だいぶ良くなったみたいだね。後、覚えているならアンタの名前を教えてくれ」
「こうして同行する事になった手前、名前知らないと不都合ですしね」
 年長者らしい落ち着きと気さくな態度で影朧に尋ねる響と、自分用にも買ってあったメンチカツを齧りながらこくこくと頷く奏。容姿も気質もよく似ている母娘の質問に合わせて、「僕にも教えて頂けますか?」と隣から瞬が囁きかける。
「ええ、僕も大切な人がいますし、早くも貴方に親近感を持ち始めているんですよ」
 家族にも聞かれぬように小声で「大切な人」と言ったとき、その視線はどこへ向いていたのか。打ち明けるにはまだ尚早と、秘めた想いは穏やかな表情の内側に隠されていた。

「名前か……すまないな。名乗ろうにも、とうに忘れてしまったのだ」
 きっと戦場に斃れた時に、命と一緒に落としてしまったのだろうと、影朧は苦笑した。
 今の自分は、百年前に存在したとある男の「過去」の残滓。未練を晴らせば消えゆくだけの存在に今更名前など不要、好きに呼べばいいと彼は語る。
「自分の名前は忘れたくせに、恋人の名前は覚えているのも可笑しな話だと笑うか?」
 未練たらしい奴だと自嘲する彼を、しかし笑うような者はいない。響も、奏も、瞬も。
 名を忘れた1人の"影朧"は、今はただ自らの運命の終着点に向けて、歩みを続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
何処へと向かうのか未だ不明ではあるが……
迷い出る程の未練を払う為にも
足を止めずに済む様に計らうとしよう

――翼使招来、仕事だ
『進路を先んじ、見えぬ様に人々の袖や裾等を引き
或いは足元を摺り抜け注意を引いて、影朧から周囲の目を逸らせ』
其れでも尚残る者が在る様なら――
あれは影朧では在れど、今は漸く帰路へと付いた迷い人に過ぎん
何より“超弩級”が其の責を以て桜の眠りへと送り届ける道行だ
……見なかった事にした方が利口だぞ

決して違えられぬ約束が此の心の裡に在るが故に
死した後であっても、交わした約束を果たす事が叶うのならば
其れが――証明される姿を確かめたいと、そんな思いが過る
我ながら勝手な事を考えるものだ……



「何処へと向かうのか未だ不明ではあるが……」
 本人にしか分からぬ確信をもって、時折ふらつきながらも一歩ずつどこかへ向かっていく影朧を見守りながら、嵯泉は呟く。"心"を取り戻したかの者が、消失の間際にあってなお帰りたいと願う場所――そのはかなき想いを支えてやりたいと彼は望む。
「迷い出る程の未練を払う為にも、足を止めずに済む様に計らうとしよう」
 その隻眼で影朧が向かう方角を見据え、手袋をはめた手で印を組む。彼は剣豪であると同時に、符術と妖異使役の業を学んだひとかどの陰陽師でもある。この先の道は剣で切り開くよりも、こちらの業のほうが適していよう。

「――翼使招来、仕事だ」
 命に応じて馳せ参じたのは壱と刻印された頭巾を被った、大人の手程のサイズの烏天狗の群れ。個々が自律した意識を持ち、戦闘から支援まで幅広く従う忠実な働き者である。
「進路を先んじ、見えぬ様に人々の袖や裾等を引き、或いは足元を摺り抜け注意を引いて、影朧から周囲の目を逸らせ」
 参集した彼らに向けて、嵯泉は淡々と簡潔な指示を出す。ちょっとした悪戯で人の気を引くのは妖怪变化の得意分野、お任せあれと言わんばかりの仕草で烏天狗達はこくりと頷くと、小さな羽音を立てて飛んでいった。

「……お? 今、誰か俺の袖を引っ張ったかい?」
「いえ? 何もしてませんけど……」
 人混みの中に紛れた烏天狗達は、言いつけどおり人目に触れないよう気をつけながら、道行く人々にちょっかいを出す。ほとんどの者はそれを気のせいか、あるいは風の悪戯かと思うばかりで大して気にも留めない。ましてや妖怪の仕業だと考える者は皆無である。
「おや? 足元を何か通り過ぎてったような」
「鼠かしら? こんなところで、やぁねぇ」
 思惑通りに帝都市民の気が逸れているうちに、影朧の青年はその横を通り過ぎていく。
 人間の認識とは案外いい加減なもので、こんな一見些細なごまかしでも効果は大きいものだ。影朧の隣を歩く嵯泉は、あくせくと働く烏天狗達に「よくやった」と目礼を送る。

「……あれ? なんかあんた妙じゃないかい。まさか……」
 だが、其れでもなお注意を逸らしきれない、目ざとい者は残るものだ。服装を着替えても落とせなかった血の匂いか、あるいは隠しきれない異質な存在感か。とうとう1人の通行人が、今しがたすれ違った相手が「人ではない」ことに気付いた。
「あれは影朧では在れど、今は漸く帰路へと付いた迷い人に過ぎん」
 こういった事態も予期していた嵯泉は、その市民が騒ぎたてる前にすっと詰め寄った。
 武門を絵に描いたような隙のない佇まいで軍服を着こなした男の姿は、一般市民にとっては畏敬の対象と映るだろう。彼は堅苦しい言動で己の身分を明かし、現在は猟兵による作戦遂行中であり、この影朧はすでに無力化され危険が無いことを説明する。

「何より"超弩級"が其の責を以て桜の眠りへと送り届ける道行だ……見なかった事にした方が利口だぞ」
「へ、へえ、そういう事でしたら……お勤めご苦労さまです」
 対影朧事件の最高戦力と目される猟兵の名は、帝都市民の間にも知れ渡っている。言い換えればこの件は"超弩級"が出てくるほどの大事だと理解したのだろう、その男は巻き込まれぬようにそそくさと立ち去っていった。
「……すまない、世話をかけるな」
 自身の存在が厄介事の種になっていると分かっているのか、影朧の青年は謝意を込めて嵯泉に頭を下げる。だが、自身が現し世において認められぬ者だと知りながらも、彼の足は止まらない――たとえ道行く人々に恐れられようと、未練を晴らすまでは止まれない。

「…………」
 約束の地に向かう影朧の背を追いながら、嵯泉は誰にも明かす事のない物思いに耽る。
 決して違えられぬ"約束"が此の心の裡に在るが故に、彼の脳裏にはとある想いが過る。
(死した後であっても、交わした約束を果たす事が叶うのならば、其れが――証明される姿を確かめたい)
 我ながら勝手な事を考えるものだと、峻厳な鉄面皮の裏で自戒しながらも。其れでもあの影朧の道行きの結末を見届けたいと考えている自分がいることを、彼は自覚していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛久山・清綱
いいのだ。貴殿には、行くべき処があるのだろう?
願わくば、我々にもその手助けをさせてほしい。
仕事とかは関係ない。「一介の人」としてだ……
■行
【SPD】
人々は俺に任せよ……俺が先回りして説得を試みる。
先ずは身分と事情を人々に明かし、通行の許可を要請しよう。
特に、「影朧の救済」に関する事は必ず明言せねばな。
また説得の際は武器を見せず、力を振り翳さない事を示す。

道中では彼の横を歩き、少しばかり話をしよう。
彼の向かう「思い出の地」の話に花を咲かせれば、
少しは気がまぎれるかもしれない……

■決
共に歩く際は、必ず歩調を合わせるぞ。
万一将校が足をふらつかせたら、遠慮なく肩を貸す。

※アドリブ歓迎・不採用可



「済まないな……本当に諸君には、面倒ばかりかけている……」
「いいのだ。貴殿には、行くべき処があるのだろう?」
 猟兵の手で正気に戻され、数多くの助けを受けながら目的地を目指すはかない影朧。1人では町中を歩くことすらままならない身を彼は謝罪するが、気にするなと清綱は言う。
「願わくば、我々にもその手助けをさせてほしい。仕事とかは関係ない。『一介の人』としてだ……」
「……この時代には、善き人々が多いのだな」
 何の益も無いはずの「影朧の救済」の為に真摯に尽力する彼らの姿勢に、青年は心から胸を打たれたようだ。現代でこの者達に出逢えたのは、朧なる身に与えられた御仏の加護であったと、改めて深い感謝と敬意を伝えるのだった。

「人々は俺に任せよ……俺が先回りして説得を試みる」
 清綱はそう言って影朧の先に立つと、先ずは道行く人々に自らの身分と事情を明かす。
 帝都桜學府が認めた"超弩級戦力"猟兵の言葉とあれば、帝都市民も耳を傾けるだろう。自分達に与えられた特権と期待の大きさを、彼は改めて実感する。
「我々は現在、傷ついた影朧を救済する為に活動中だ」
 その一点に関する事は必ず明言しておく。その上で護送中の影朧にもう危険性はなく、今はただ最期の未練を晴らしたいだけなのだと伝え、目的地までの通行許可を要請する。
 もちろん一般市民相手に力を振りかざして脅すような行為は厳禁だ。説得の際は武器を見せず、彼はあくまで誠実な態度と言葉のみで協力を求めていく。

「面倒をかける事になるが、どうか理解して貰いたい」
「猟兵さんがそこまで言うのなら、仕方ないわねえ」
「あんたらもお仕事ごくろうさん。頑張ってな」
 果たして清綱の説得は帝都市民の心を動かし、さほど混乱を起こさずに道を譲って貰う事ができた。理解ある人々の対応に「忝ない」と感謝を述べて、清綱は影朧の元に戻る。
「この先の道中は問題ない。安心して進んでくれ」
「ああ……ありがとう」
 ゆらりゆらりと帝都を歩く影朧の足取りに迷いはなく、しかし傍目にも疲れが見える。
 共に歩く清綱は常に歩調を合わせ、足をふらつかせれば迷わず肩を貸す。受け止めた彼の身体は、その体格の割には驚くほど軽かった。

「すまない……」
「いいのだ。それより、少しばかり話をしよう」
 顔色が悪く、息も細くなっている影朧の様子を見て、清綱は努めて明るい声を発する。
 いずれ消えゆく『過去』の宿命を変えることはできないが、言葉を交わして希望を抱かされば、その時をしばし遅らせることはできるだろう。
「貴殿の向かう『思い出の地』について、よければ聞かせてくれないか」
「そうだな……あそこは、紫苑と一番多くの時間を過ごした場所だ。季節になれば紫陽花が咲き、そこで彼女の淹れてくれた茶を飲むのが、何よりの楽しみだった……」
 思い出話に花を咲かせれば少しは気が紛れるかもしれないという清綱の考えは当たっていたようだ。楽しげに過去を語る影朧の顔は、また少し生気を取り戻したように見える。
 彼が想い人との約束を交わした"かの地"に辿り着くまであと少し。それまでの道程を大事なく過ごせるよう、清綱は細やかな心配りを絶やさぬよう努めるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
ここまで猟兵が揃えば道中の心配はありませんね
これなら…『良き転生』の為に動けます

機械馬に騎乗し警察署へ
帝都櫻学府の要請受けた猟兵として協力取り付け
時間の問題で道中の人員配置等は厳しくとも無いよりは良い筈

そして『紫陽花』です
開花時期のズレ等些細な事
モチーフに温室、可能性は無数です

帝都地図、あれば百年前の地図を元に進行方向と紫陽花手掛かりに目的地算出
現地に赴き聞き込み等で情報収集
将校とその恋人、過去と今を繋ぐ事象を推理

彼の執着、それこそがその地に『答え』がある証左
非論理的ですが、そんな事象を多く見聞きしたのです

騎士とは良き結末を齎すもの
後は論理を恃む私がそれに届くかどうか

いいえ、届かせるのです



「ここまで猟兵が揃えば道中の心配はありませんね」
 影朧救済のために集まった多くの猟兵達を確認し、トリテレイアは安堵を込めて呟く。
 帝都内における影朧と市民双方の安全保障は、仲間に任せて問題はないだろう。目的地が何処にあろうとも、大規模なパニックや途中で影朧が消滅する事態にはならない筈だ。
「これなら……『良き転生』の為に動けます」
 彼は機械白馬「ロシナンテⅡ」に跨ると、影朧の後を追うのではなく警察署に向かう。
 あの影朧に残された時間はもう長くはないだろう。消滅までの猶予を有効に使い、彷徨える魂の未練を晴らすべく彼は奔走する。

「私は帝都櫻学府の要請を受けた猟兵です。影朧時間解決のために力をお貸し下さい」
 警察署までやって来たトリテレイアは、居合わせた警察官にそう呼びかけた。帝都公認の超弩級戦力という身分を明らかにすれば、警察の協力を取り付けるのも難しくはない。
 彼が警官に求めるのはまず、影朧の道中で騒ぎが起こった際に対応する為の人員配置。全ての道に人を向かわせるのは現実的ではないが、それでも無いよりは良いだろう。

「そして『紫陽花』です」
 トリテレイアの本題はこちらだ。正気に戻った影朧が口にした単語。本来なら紫陽花の季節は梅雨から初夏にかけてだが、開花時期のズレなど些細な事。恐らくはこれが影朧の未練を叶える場所を象徴するものなのだ。
「モチーフに温室、可能性は無数です」
 警察署ならば帝都の詳細な地図もあるだろう。流石に百年前の地図までは無かったが、現在も移動中の影朧の進行方向と、紫陽花という手掛かりを元に、彼は【鋼の擬似天眼】をフル稼働させて影朧の目的地として考えられる候補地を算出する。
「無数の可能性の中から、たった一つを導き出す……」
 それは帝都が誇る猟奇探偵にも容易な事ではないだろう。しかし彼に搭載された電子頭脳は人の感情すら疑似再現し、時に未来さえも予測する。その演算能力を情報収集と解析に全て振り分ければ、赴くべき場所はおのずと導き出された。

「ここが……将校とその恋人の方の、思い出の場所……」
 影朧よりも一足早く赴いた「その場所」で、トリテレイアはさっそく聞き込みを行う。
 百年の歳月に埋もれてしまった、将校と恋人、過去と今を繋ぐ事象を推理するために。
「この紫陽花は……」
「不思議ですよね。今朝から急に咲き始めたんです」
 まず目に付いたのは「その場所」を彩る紫陽花。季節外れであるにも関わらず、それは造花でもなく人為的に開花をずらされたわけでもない。生きた紫陽花が咲き誇っていた。
 この場所について詳しい「ある人物」の話によれば、この紫陽花達は百年以上前からずっと近隣の人々によって世話をされてきたと言う。それは、この場所を誰よりも愛していたある人からの遺言であったとも。

(彼の執着、それこそがこの地に『答え』がある証左。非論理的ですが、そんな事象を多く見聞きしたのです)
 あの影朧に『良き転生』をもたらすために必要なピースがここに揃っていると、根拠なき確信を得たトリテレイアは、より詳しい事情を「ある人物」に尋ねる。とは言っても、その相手も百年前の事を直接見聞きしていた訳ではない――あくまで伝聞としての話だ。
「この場所とここの紫陽花は、彼女の気持ちを尊重して、なるべく百年前のままを維持するようにしているんです。『約束のためだから』って、私が小さい頃に聞きました」
 帝都の中心街からは離れた、どこか閑静な空気の漂う「その場所」の、現在の管理人はそう語った。季節外れの紫陽花の匂いにまぎれて、かぐわしい紅茶の香りが漂ってくる。
 これがあの影朧の「約束の地」。そして想い人の女性にとっても大切な場所。百年の時を経てもなお、ここには"二人"の想い――あるいは未練の名残が今でも残っていた。

(騎士とは良き結末を齎すもの。後は論理を恃む私がそれに届くかどうか)
 トリテレイアは獲得した情報を【鋼の擬似天眼】で精査し、ここで影朧の未練を晴らすためにもっとも良い方策を思案する。過ぎたる日々は帰って来ずとも、ここに遺されたものをどのように示せば彼の未練は満たされるのか。最良の結末には届きうるのか。
「いいえ、届かせるのです」
 思考をフル回転させながら、機械仕掛けの騎士はその一言だけははっきりと口にした。
 ――そして、時が訪れる。百年の時を超え、彷徨える影朧がこの場所に辿り着く時が。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『紫陽花喫茶でひとときを』

POW   :    食事を楽しむ

SPD   :    飲み物を楽しむ

WIZ   :    景観を楽しむ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「着いた……ここだ……」

 帝都をさまよい歩いた末、青年の影朧がぽつりと呟いたのを同行する猟兵達は聞いた。
 そこは人で賑わう中心部からはやや離れたところにある、閑静な高級住宅地。その一角に、鮮やかに咲く青紫色の花に囲まれた、一軒の小さな喫茶店があった。

「あら……お客様ですか?」

 その入り口で掃き掃除をしていた1人の女性が、影朧と猟兵達に気付いて顔を上げる。
 若く、そして美しい女性だった。烏の濡羽のような長い黒髪、整った顔立ちに宝石のような紫の瞳。従業員である証の給仕服に身を包んだ、大和撫子という形容の似合う娘だ。
 彼女の姿を見た瞬間、影朧は目玉が零れ落ちそうなほど驚いて――震える声で言った。

「紫苑……?」
「え……なぜ、ひいお婆様の名前を……?」

 その名前を聞いた娘もまた、驚きに目を丸くしながら、影朧をしげしげと見つめ返す。
 「紫苑」とは影朧が戦地にあってもずっと思い焦がれていた恋人の名前――本人の口にしたことを信じるのなら、彼女はその曾孫にあたるという事か。

「私の名前は、紫杏(しあん)と言います。このお店と、ここの紫陽花たちは、ひいお婆様の時代からずっと、私たち子孫の手で管理してきたんです」

 紫陽花が満開となる季節にだけ開店する、目立った看板も宣伝もない、秘密の喫茶店。
 現在の店主である彼女――紫杏曰く、いつもは梅雨から初夏にかけて咲くはずの紫陽花が、今朝様子を見に来てみると満開になっていたという。

「不思議ですよね……まるで、特別なお客さんが来るのを待っているみたいで……」
「…………」

 紫杏の言葉に耳を傾けながら、影朧の青年は咲き乱れる紫陽花をじっと見つめていた。
 彼の瞳に映るのは、現在の情景に重なる過去の記憶。セピア色に褪せていた思い出が色付き、あの頃の花の色が、大切な人の笑顔が、鮮明に浮かび上がる。

「"必ず、生きて帰ります。だから、その時は――ここでまた二人で紫陽花を見ましょう"……それが、紫苑との約束だった」

 それが今生の別れになるとも知らずに、交わしたのはささやかな約束。他人からすれば他愛ないとすら思えるような小さな願いが、その時の二人にとっては何より大切だった。
 忘れていたものをようやく鮮明に思い出した影朧の瞳から、つうと一筋の涙がつたう。もはや過ぎ去ってしまった約束の名残を伝える、店と、花と、人を見つめて。

「そうか……紫苑は、生きて……そして、幸せになったんだな……」

 それは哀しみの涙ではなく、心からの安堵と喜びの涙だった。
 人の想いには表と裏がある。恋人との約束を果たす事が彼の表の未練であるならば――その裏で彼はずっと、本人も自覚せぬままに、恋人の安否が気に掛かっていたのだろう。
 その場に立ち尽くし、ただ涙を流し続ける彼を見て、気遣うように紫杏が声をかける。

「あの……ここではお寒いでしょう? 良かったら皆さん、中へどうぞ。紅茶や珈琲ならご用意できますし……季節外れですが、うちの寒天ゼリィは絶品って評判なんですよ」

 影朧とそれに同行する猟兵という組み合わせをみて、何かただならぬ事があると紫杏も感じたのだろう。どうか事情を聞かせてほしいと、一同を店内に招きながら彼女は言う。
 店の奥から漂ってくるのは温かく甘い紅茶の香り。猟兵達とて冬の寒空の下を歩き続けて、身体はすっかり冷えているだろう。ここで彼女の言葉に甘えるのも悪くはない。

 影朧が現し世に留まっていられる時間は、手を尽くしたとしても幾許もないだろう。
 末期の旅路の果てに着いた約束の地で、彼は何を想い、何を為し、そして逝くのか。
 猟兵達はそれを見届けても良い。言葉を交わし、未練を晴らす手助けをするのも良い。
 この紫陽花喫茶でのひとときを、幸いな結末とするために。選択は猟兵に委ねられる。
鏡島・嵐
(ちょっとだけもらい泣きしたのを、さりげなく隠す)

紅茶とおすすめメニューを注文しつつ、紫杏さんに一通りの事情は説明する。
果たされなかった約束、綻びなかった想い。

――ひとしきり話したら、影朧の様子も窺う。
あんまり野暮なことを訊くのは憚られっけど、それでも、きっと問わなきゃいけねえこともあるから。

……彼女は――紫苑さんは本当に幸せだったんかな?
誰が悪かったってわけじゃねえんだろうけど、果たされなかった約束を、優しくも儚い夢を、心の底にしまい込んだままってのは……やっぱり、悲しいって思う。

知ってるか? 紫苑の花言葉。
おれも最近知ったんだけど……「追憶」「貴方を忘れない」なんだってさ。



「紅茶と、この店のおすすめメニューを貰えるかな?」
「はい、少々お待ち下さいませ」
 紫陽花の咲き誇る喫茶店で、嵐は店の主人に注文を伝えつつ、ここに来た経緯を語る。
 まずは一通りの事情を説明しなければ彼女を困惑させたままだろう。百年前に端を発する、とある男と女の果たされなかった約束と、綻びなかった想いについて。
「ひいお婆様とあちらの方との間に、そんな事が……」
 あの影朧こそが、曾祖母がこの喫茶店を遺そうとした理由だと知り、紫杏は思わず感極まったようにほろりと涙を零す。そして嵐も、ここにたどり着いた時に影朧が涙した際、ちょっとだけもらい泣きしたのを、さりげなく隠すのだった。

「おれが知っている話は、これで全部だ……」
 ――ひとしきり事情を話し終えたところで、嵐は紅茶を傾けながら影朧の様子も窺う。
 彼は窓際の席に腰掛けたまま、今も紫陽花をじっと眺めている。恋人との思い出の景色で、物思いに耽っているのだろう。その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
(……あんまり野暮なことを訊くのは憚られっけど、それでも、きっと問わなきゃいけねえこともあるから)
 カップが空になったタイミングで嵐は席を立ち、頭の中でかける言葉を考えながら影朧に近寄る。足音に気付いたのか彼は気分を害したふうもなく、何か用だろうかと尋ねた。

「……彼女は――紫苑さんは本当に幸せだったんかな?」
 言い淀んだすえに口にした第一声は、かなり直球なものになってしまったが。影朧は嵐と視線を合わせ「聞かせてくれ」と続きを促す。混乱の時代に引き裂かれ、二度と会うことは叶わなかった二人――去った男を待ち続けた女についての見解を。
「誰が悪かったってわけじゃねえんだろうけど、果たされなかった約束を、優しくも儚い夢を、心の底にしまい込んだままってのは……やっぱり、悲しいって思う」
 時代の流れに翻弄された、と言ってしまえばそれまでなのだろう。しかし当事者達が負った傷はそう簡単に癒えるものではない。表向きは立ち直ったように見せていても、胸に刺さった棘のように、それはずっと彼女を苛んでいたのではないかと、嵐は考える。

「知ってるか? 紫苑の花言葉。おれも最近知ったんだけど……『追憶』『貴方を忘れない』なんだってさ」
 きっと彼女は、若き日に愛した人を一生忘れはしなかった。子孫に受け継がれたこの店と紫陽花が、それを証明している。百年前の光景をできる限り残すようにした事からも、彼女の追憶と想いの深さはうかがい知れた。
「……もっと早く、ここに戻って来れていればな」
 嵐の話を聞いた影朧は自嘲するように口元を歪めると、前に置かれた紅茶のカップに視線を落とし――それから給仕服で働いている紫杏を見つめながら、ぽつりと話し始めた。

「俺が死んだせいで、紫苑には苦労をかけたし、悲しませただろう。だが、あの人は過去に囚われてはいなかったはずだ……ああして子孫を遺し、未来を繋いだのであればな」
 死んだ恋人の事だけをひたすらに想い続け、未亡人のように一生を過ごすか、後を追って生命を絶つか――そんな末路を彼女は選ばなかった。曾孫である紫杏が多少面識のある口ぶりだった事からして、おそらくは子孫に囲まれて大往生でこの世を去ったのだろう。
「俺がいなくなった後も、あの人は自分の人生を精一杯に生きて、その証をこの世に遺した。だったら、その人生を"不幸せだった"なんて……俺が言えるわけないだろう?」
 悲しみも、後悔も、未練もあっただろう。だが決して悲しいだけの人生ではなかった。
 想い人のことを忘れず、しかし亡霊の影に取り憑かれることもなく、強く生き抜いた。
「だから、それ以上はもう言うな。……花言葉の事、教えてくれて感謝する」
「……ああ」
 真実は既に闇の中。紫苑の本心がどうだったかは、現世にいる者は想像するしかない。
 御礼を言ってそっと紅茶に口をつける影朧に、嵐はただ、静かに頷きを返すのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カビパン・カピパン
MOLD LOVERS
【監督:カビパン 脚本;あの伝説の戌MS 出演者:青年の影朧 紫杏 カビパン】

 時代の波に翻弄されながらも交わした約束とその真実に迫っていく、淡く儚い影朧を描いたノンフィクション恋愛ミステリー「MOLD LOVERS」は撮影快調だった。どんでん返しの連続で視聴者の心を掴んで離さない、本作はクランクアップも間近である。

特に影朧は本作に生涯の全てを、賭けていた。
ああ、そうだ。俺は…このために、ここに来たんだ。この瞬間のために……

伝説の脚本家のおかげで、大ヒットした本作はどれだけ時が流れても色あせることはない。時代をこえて愛される名作となり、影朧の軌跡を輝かしく鮮明に残した。



「はい、カットー」
 物静かな雰囲気に包まれた紫陽花喫茶で、カチンコ代わりのハリセンの音が鳴り響く。
 そこには店の隅の席に腰掛け、やたら高そうな撮影用のカメラを回すカビパンがいた。
「いいよいいよー、じゃあ次のシーンいってみようかー」
「はあ……あの、一体これはなにを……?」
「俺に聞かないでくれ……全くわからん……」
 紫杏や影朧を巻き込んで彼女が一体何をしているかと言えば、それは映画撮影である。
 時代の波に翻弄されながらも交わした約束とその真実に迫っていく、淡く儚い影朧を描いたノンフィクション恋愛ミステリー「MOLD LOVERS」は撮影快調だった。

「これはアカデミー賞間違いなしよ」
 活劇あり、謎解きあり、涙を誘う展開ありと、どんでん返しの連続で視聴者の心を離さないよう、事実を元にカビパン監督の采配で再構成された本作は、既にクランクアップも間近。撮影も追い込みの段階に入っていた。
「影朧さん、そこの台詞はもっと感情を込めて!」
「お、応」
「紫杏さんは演じ分けがまだ甘いですよ!」
「ひいお婆様の若い頃って、どう演じれば……」
 主演として監督の無茶振りを受けまくる影朧に、彼の恋人に似ているからという理由で素人なのに一人二役を押し付けられた紫杏。ふたりのメインキャストは目を白黒させながらも【ハリセンで叩かずにはいられない女】のペースに乗せられ逆らうことができない。

「笑いあり涙あり、ナウなヤングにバカウケな作品を目指すわよ」
 ユーベルコードで場の雰囲気を掌握したカビパンは、それまでのシリアスはどこへやらとカオスな撮影を繰り広げる。突貫作業で行われた撮影に立ちはだかる数々のトラブル、出演者との衝突、脚本家の逃亡――その間にあった無数のドラマについては割愛する。
「なんだかちょっと楽しくなってきたかもしれません……」
「ああ……どうせやるからには、絶対成功させるぞ……!」
 乗せられているうちに演者もだんだんこのギャグ時空に染まってきてしまったようで、最初はイヤイヤだったのに今は割りとノリノリである。特に影朧の青年のほうは、魂のみの不安定な存在であるせいか、本作に生涯の全てを賭けているような意気込みを見せる。

「ああ、そうだ。俺は……このために、ここに来たんだ。この瞬間のために……」
「いや、それは違うんじゃないかと思いますよ!? 戻ってきてください!」
 うっかりギャグ時空に順応しすぎそうになった影朧を、紫杏が慌てて現実に引き戻す。
 そんなヤバい一幕もあったものの、カビパン監督渾身の超大作「MOLD LOVERS」は無事に完成を見たのだった。ちなみに撮影に要した時間は総計で1時間程度だったという。
「皆さんお疲れ様です。あ、紅茶下さい」
「本当に疲れました……」
 やりきった笑顔でぽいとカメラを手放すカビパン。ぐったりした様子で給仕する紫杏。
 そして我に返った影朧の青年は「悪い夢を見ていたようだ……」と、頭を抱えていた。

 こんな作品が売れるわけないと、カビパン以外の誰もが思ったが――その後公開された本作はなぜか局所的ヒットを飛ばし、少なからぬファンに時代をこえて愛されたという。
 それは、どれだけ時が流れても色褪せることはない、引き裂かれたふたりの愛の物語。歴史の暗闇に消えるはずだった影朧の軌跡は、この作品を通じて帝都市民の心に刻まれ、彼が消えた後も輝かしく鮮明に残り続けることになった。
「まったく何だったんだ……」
 青年はまだその未来を知らないし、おそらくは知ることも無いだろうが。それは影朧の"生きた"証を後世に伝え残そうという、カビパンなりの図らいだったのかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
あなたに残された時間はそう長くはないし、一息ついたら外へ出てみない?
一緒に紫陽花を…あなたの想い人の遺したものを、ちゃんと見つめましょう

これはさ、私の勝手な考えなんだけど…
あなたはずっと、その、紫苑さん?が「自分が帰らなかったことで不幸だったり、孤独になってないか」心配だったのね
曾孫がいるってことは結婚して、そして紫陽花を受け継いできたということは、その結婚相手もあなたへの想いを汲み取ってくれてさ

紫苑さんは、幸せだったと思うよ
こんなに立派な紫陽花、見たことない
この紫陽花には、紫苑さんの魂が宿ってて…ずっと、待ってたのかもね
例えそれが影朧であっても

月並みな言葉しか言えないけどさ…おかえりなさい



「あなたに残された時間はそう長くはないし、一息ついたら外へ出てみない?」
 紫陽花に囲まれた喫茶店で、彩萌は影朧にそう声をかけた。恋人との約束の地に辿り着いた青年は、今は落ち着いた様子で、店主から差し入れられた紅茶を静かに傾けている。
「一緒に紫陽花を……あなたの想い人の遺したものを、ちゃんと見つめましょう」
「……ああ。そうしよう」
 彼も分かっているのだろう。過去の亡霊である自身はじきに存在を保てず、消滅する。
 それまでに赦された最期の時間を、愛する人との思い出に包まれて過ごしたい――青年はゆらりと席を立ち、彩萌の後に続いて店の外に足を運んだ。

「……綺麗だな。この花の色形、何もかもあの頃のままだ……」
 季節外れに咲く紫陽花の花壇に視線を落とし、影朧は呟く。きっとこの花の傍で、彼と想い人は幾つもの思い出を綴ってきたのだろう。今はもう届かない過去に思いを馳せる、青年の優しくも寂しげな横顔を見て、彩萌は胸の前できゅっと手を握りしめる。
「これはさ、私の勝手な考えなんだけど……あなたはずっと、その、紫苑さん? が『自分が帰らなかったことで不幸だったり、孤独になってないか』心配だったのね」
 返答はない。だが彼の表情を見ていれば、その考えが間違いでないのは察しが付いた。
 果たせなかった約束と同じかそれ以上に。置いていってしまった恋人の安否は、彼にとって強い未練となっていた――紫杏の姿を見たときに流した涙が、それを物語っている。

「曾孫がいるってことは結婚して、そして紫陽花を受け継いできたということは、その結婚相手もあなたへの想いを汲み取ってくれてさ」
 頭に浮かぶ考えを伝えようと、彩萌はつらつらと言葉を綴る。その視線は紫陽花に――紫苑を始めとして、多くの人間の想いによって百年間守られた美しさに向けられていた。
 彩萌は紫苑について何か知っているわけではない。それでも、ここに来れば分かることはある。死んでしまった恋人との思い出の場所を護りたい――当事者以外は関わりのないはずの願いを今日まで叶えるには、実に多くの人々の理解と支えなくしてはありえない。

「紫苑さんは、幸せだったと思うよ。こんなに立派な紫陽花、見たことない」
 ひとつの約束と、それを汲んだ人達の支えがこの花を咲かせている。それが彼女の幸せの証だと彩萌は語る。そうであって欲しいと思うのは願望だろうか、だが間違ってはいないはずだという確信もあった。
「……ああ。俺もそう思う」
 黙って話を聞いていた影朧の青年は、紫陽花を眺めながらこくりと頷く。紫苑と、その子孫が遺してくれたもの――変わらぬ想いの証を見せられて、異論などあるはずもない。
 自分が死んだ後も、紫苑は多くの人に恵まれながら自らの人生を生き抜いた。その生涯は間違いなく幸福であったと、彼はそう信じることにしたようだ。

「この紫陽花には、紫苑さんの魂が宿ってて……ずっと、待ってたのかもね」
 例えそれが影朧であっても、想い人の帰還を待つために――それは、想い人が死んでも必ず約束を守ってくれると信じていたという事でもある。真実は定かではないが、事実として彷徨える影朧の魂はこの場所に導かれ、百年後しの"約束"は果たされた。
「月並みな言葉しか言えないけどさ……おかえりなさい」
「……ただいま」
 労いを込めた彩萌の言葉に、青年は囁くような声で答えると紫陽花の前で膝を付いた。
 少し"二人きり"にしてほしいと物語る背中に、少女は静かに踵を返して立ち去った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒影・兵庫
ほらね?せんせー、なんとかなったでしょ?
(「そうね、よかった...本当に」と頭の中の教導虫が安堵する)
後は影朧の方が無事転生されたのを見届けてから
このお店自慢の寒天ゼリィをいただきましょう!
(「ねぇ黒影?もし自分が彼と同じように気付いたら大切な人がいない世界に一人取り残されたら、彼と同じように振る舞える?」)
んー...俺には無理ですね
せんせーは?
(「アタシも、頑張ったけどできなかったわ」)
そうですか...
そう思うとすごいなあの人
(「えぇ本当に...さ、黒影。彼が心安らかに転生できるよう、お祈りしましょう」)
はい!せんせー!
どうか影朧の方が来世で大切な人とまた巡り合えますように...



「ほらね? せんせー、なんとかなったでしょ?」
(そうね、よかった……本当に)
 紫陽花の前で佇む影朧を見て、兵庫の頭の中の教導虫が安堵する。彼女が危惧したような、何も知らないまま転生したほうが幸せだった――そんな無情な結末はなかった。影朧が未練を抱き続けたように、その恋人もまた、彼の事を忘れずに想いの証を遺していた。
「これで影朧の方は心配いりませんね!」
 未練の消えた影朧の魂は、じきに幻朧桜の力で転生を果たすだろう。それを見届ければ晴れて今回の依頼は完了。それまでの時間を兵庫はこの紫陽花喫茶で過ごすことにした。

「このお店自慢の寒天ゼリィをいただきましょう!」
「はい、かしこまりました」
 給仕服を着た女性に注文を伝えて、いつもと変わりなく陽気な兵庫。一方のスクイリアは彼の視界から影朧の様子を見つつ物憂げな雰囲気のまま、ぽつりと問いを投げかける。
(ねぇ黒影? もし自分が彼と同じように気付いたら大切な人がいない世界に一人取り残されたら、彼と同じように振る舞える?)
「んー……俺には無理ですね」
 急な質問に兵庫はすこし考えてからそう答えた。彼にとっての大切な人と言えば、筆頭はやはり"せんせー"である。文字通り一心同体の共生関係にあり、親にも等しい存在である教導虫がいなくなったら――普段は楽観的な彼でも穏やかではいられないだろう。

「せんせーは?」
(アタシも、頑張ったけどできなかったわ)
 兵庫の答えが仮定だったのに対して、スクイリアの答えは過去形だった。彼女が思い浮かべていたのは、人間を下位の存在とみなしていた自分の価値観を変えた、とある人間。
 今からもう何十年も前だが、彼女はまだその人のことを忘れてはいない。兵庫のことを時として過保護なほどに守るのは、かつての別れの記憶から、また大切な人に死なれるのを極端に恐れているからでもあった。
「そうですか……そう思うとすごいなあの人」
 兵庫は彼女の過去の全てを知っているわけではないが、"せんせー"でさえできない事があるのは分かった。愛する人がもうこの世にいない――その事実を受け入れて、今は静かに転生の時を待つ、あの影朧の振る舞いがどれほど難しいことなのかも。

(えぇ本当に……さ、黒影。彼が心安らかに転生できるよう、お祈りしましょう)
「はい! せんせー!」
 教導虫との【脳内教室】が終わったところで、兵庫は寒天ゼリィを食べるのを中断し、お祈りの形に手を組む。長き彷徨の果て、約束の地にて安らぎを得た彼が、このまま無事に輪廻の輪に還れるように。
「どうか影朧の方が来世で大切な人とまた巡り合えますように……」
 兵庫とスクイリアの祈りに応えるように、紫陽花と幻朧桜がひらりと花弁を散らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

軍人にとって、恋人の安否は心残りだろう。恋人は無事生き延び、家庭を持ち、曾孫の代まで血筋は繋がった。でもまだなにかしてやりたいね。・・・アタシも家族を持つ故か。

軍人に話しかける。恋人はアンタの帰りを待っていて、帰る場所を用意したんじゃないかね。紫陽花が咲く、綺麗な場所を。アタシも夫は死んだが、今も思い出は色褪せない。ここにアンタと恋人の思い出と愛の証がある。アタシはそう思う。

アタシはこれから家族と生きていくが、アンタはこれきりなんだね。あの世では恋人が待ってるだろう。アンタを待っているだろうから行ってやりな。ああ、アタシの夫もいるだろうから宜しくやってくれ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

ここが軍人の方の来たかった場所・・・戦禍で命が失われるのは良くある事でしたから、恋人さんが無事で安堵、ですね。恋人さんの面影は確かに曾孫さんに残されていた。でも、未練が果たされるように、もうちょっと。

恋人さんはいつでも軍人さんが帰ってこれるようにこの場所を用意してたんですね。紫陽花も待ってたんでしょう。来るべき人の来訪を。今もここには恋人さんの想いが残っているような気がします。

ここが軍人さんの帰る場所だったんでしょうね。後は恋人さんの元へ行くだけですね。天からこの約束の地を見守っていてください。私の恋の行方は・・・どうなるんでしょうね(瞬の方を見て真っ赤)


神城・瞬
【真宮家】で参加

ここが軍人さんの帰るべき場所ですか。冬咲きの紫陽花はありそうですが、軍人さんが帰るのを待っていたんでしょうね、この紫陽花。

今生で軍人さんの帰りを出迎える事は叶わなくても、恋人さんは帰る場所を用意し、子孫に残した。恋人さんは無事に生き延び、子孫を残しました。後は軍人さんの未練を晴らすだけ。

ここには恋人さんの魂がまだ残ってるような気がします。紫陽花を一緒にみようという約束を果たすべく。軍人さんに寄り添いつつ、想いを馳せます。(これから僕と奏はどうなるんでしょうか)



「ここが軍人の方の来たかった場所……戦禍で命が失われるのは良くある事でしたから、恋人さんが無事で安堵、ですね」
「冬咲きの紫陽花はありそうですが、軍人さんが帰るのを待っていたんでしょうね、この紫陽花」
 無事に目的地にたどり着いた影朧を見て、ほっと安堵を口にする奏と瞬。真冬に咲き誇る紫陽花は、まるで影朧の事を出迎えるかのように、美しく色鮮やかに咲き誇っていた。
「軍人にとって、恋人の安否は心残りだろう。恋人は無事生き延び、家庭を持ち、曾孫の代まで血筋は繋がった」
 じっと紫陽花を眺め続ける影朧の様子を見つつ、そう呟いたのは響。影朧が世を去った後も、恋人の紫苑は動乱の時代を生き延び、曾孫の代まで血と想いは受け継がれてきた。それが青年にとってどれほど朗報だったかは、かつて夫を戦禍で失った彼女にも分かる。

「でもまだなにかしてやりたいね。……アタシも家族を持つ故か」
 影朧の境遇を他人事とは思えないために、彼のために出来ることはないかと考える響。
 彼の未練が果たされるように、もうちょっと――そう考えていたのは彼女の子供たちも同じだった。真宮家の三人は互いに顔を見合わせてから、おのおのが影朧に話しかける。
「恋人はアンタの帰りを待っていて、帰る場所を用意したんじゃないかね。紫陽花が咲く、綺麗な場所を」
「……そうだとしたら、俺は果報者だな」
 百年前のままの景色を眺めながら、影朧は響の言葉にそっと微笑んだ。傷ついた死者が影朧として現世に舞い戻る、この世界特有の現象については紫苑も知っていたはずだ――なら、戦場で散った恋人がいつか影朧になって戻ってくると信じていても不思議はない。
「アタシも夫は死んだが、今も思い出は色褪せない。ここにアンタと恋人の思い出と愛の証がある。アタシはそう思う」
「ならば俺も、そう信じよう」
 それは掛け替えのない人を失ってなお、女手一つで子供を育て上げ、立派に前を向いて生きる彼女だからこそ言えることだった。実感と共感を伴った言葉に、影朧も深く頷く。

「紫陽花も待ってたんでしょう。来るべき人の来訪を」
 競うように咲いた花の一輪にそっと指先で触れながら、奏も語る。きっとそれは勘違いではない。紫苑が亡くなった後も願いは子孫に託され、百年の時を経て想いは守られた。その奇跡のような縁と愛が、今ここで思い出の紫陽花を咲かせたのだと。
「今もここには恋人さんの想いが残っているような気がします」
「……ああ。俺も感じる……紫苑は、ずっとここにいたんだ」
 奏と並んで、影朧もそっと紫陽花に触れる。愛しい人の顔に触るような、優しい手つきで――きっとそこには、彼だけにしか感じ取れない何かがあったはずだ。青年の表情が安らいでいるのを見て、奏もまた優しい笑みを浮かべた。

「約束、果たすことができましたね」
 奏とは反対側で、影朧軍人に寄り添うように立つのは瞬。紫陽花を一緒にみようという影朧の約束は確かに果たされた。死してなお失われることのなかった恋人との思い出の証が、ここにはこんなにも鮮やかに遺されていたのだから。
「今生で軍人さんの帰りを出迎える事は叶わなくても、恋人さんは帰る場所を用意し、子孫に残した。恋人さんは無事に生き延び、子孫を残しました」
「そうだな。本当に……本当に、良かった。あの人は、幸せになったんだな……」
 瞬の言葉に噛みしめるように何度も頷きながら、影朧は瞳から涙を零した。真宮家の皆が見ている前で、彼の姿は徐々に透けていき、その存在感は今にも消えてしまいそうなほど儚く。未練の解消された影朧は輪廻の輪に還る――それがこの世界の摂理だった。

「アタシはこれから家族と生きていくが、アンタはこれきりなんだね。あの世では恋人が待ってるだろう」
 消滅の時が迫る影朧に、普段と変わらない調子で響が声をかける。別れを惜しんだり悲しんだりする必要はない。これは傷ついた魂に与えられる安息であり、その先には転生という新たな人生があるのだから。
「アンタを待っているだろうから行ってやりな。ああ、アタシの夫もいるだろうから宜しくやってくれ」
「後は恋人さんの元へ行くだけですね。天からこの約束の地を見守っていてください」
「ああ……貴方がたには本当に世話になった。重ね重ね感謝する」
 響と奏、母娘ふたりに見送りを告げられ、影朧は深く頭を下げて礼を述べる。彼女達を含めた猟兵の助けがなければ、自分はここまで辿り着けなかった。百年越しの"再会"を果たさせてくれた恩は、たとえ転生したとしても忘れられるものではないだろう。

「貴方がた家族のこれからの未来に、どうか幸多からんことを」
 そう言って影朧は三人の前からそっと歩み去っていく。転生までに遺されたあと暫しの時間、ここで喫茶と紫陽花を楽しみながら過ごすつもりなのだろう。真宮家の面々にそれを邪魔する理由もなく、自分達もしばし紫陽花を眺めることにする。
(私の恋の行方は……どうなるんでしょうね)
 哀しくも救いのある結末を迎えた百年前の恋人達に、奏は自分の秘めた恋心を照らし合わせる。ちらりと瞬の方を見ては顔を真っ赤にしている様子を覗えば、一体誰に想いを寄せているのかは一目瞭然であろうが。
(これから僕と奏はどうなるんでしょうか)
 その視線に気が付かないふりをしながら、瞬もまた想いを馳せる。血の繋がりはないとはいえ義兄と義妹、時代に引き裂かれた二人とはまた異なる困難が待っているのは間違いないだろう。本格的に思い悩むことになるのは、お互い一人前になってからだろうが。
 ともあれ、それはまた別の物語。ひとりの影朧の未練を晴らした真宮家の一同は、今は咲き誇る紫陽花に囲まれて、依頼の疲れを癒やすのであった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雛菊・璃奈
恋人さん、無事で良かったね…。

2章で手伝ってくれた蝶子さんやメイド達、仔竜達と一緒に入店…。
みんなで寒天ゼリィを頂きつつ、暫しこちらの事情を説明したり、紫苑さんの事を聞いたり…。

貴方の願い。恋人との約束である、二人で紫陽花を見るっていう願いは…まだ変わらないかな…?
貴方に残された時間は少ない…だから、貴方が望むなら、貴方の願いを叶える為、わたしも力を尽くすよ…。

【救済の呼び声】…。
救いたいという願いを世界を超えて呼びかけ、応じてくれた人々の力を借りて、その願いを実現する救済のUC…。
恋人と逢いたいという願いなら、【降霊】で彼女の魂を導き、UCによりみんなの力で願いを実現させてみせるよ…。


フレミア・レイブラッド
可愛くて、優しい子ね
あの子に似てるなら、貴方があの子の曾祖母の子に惚れたのも解るわ♪

でも、桜學府にお願いした調査は無駄になってしまったかしら…。
彼がより安心して転生できるような結果が出てると良いけど。
…そういえば、彼の名前は不明だったわね。調査結果から一緒に出て来たりしないかしら?
名前というのは大切なものだしね。来世に向かうにしても、持って行かせてあげられると良いのだけど

後は彼の願いである彼女…紫苑さんとの再会だけど。
紫陽花が満開に、っていうのは、彼女も彼を待っていたのかもしれないわね

【創造支配の紅い霧】を発動。
霧の魔力で紫苑さんの仮初の肉体を『創造』
後は…もし彼女がここで待っているのなら…。



「どうぞごゆっくり過ごしていってください」
 季節外れの紫陽花と共にやってきた来店客――影朧と猟兵達に注文を尋ねながら、花のような笑顔を見せる少女、紫杏。突然の来訪にも嫌な顔ひとつせずに働く彼女の様子を、フレミアは紅茶を傾けながらじっと見ていた。
「可愛くて、優しい子ね。あの子に似てるなら、貴方があの子の曾祖母の子に惚れたのも解るわ♪」
「別に、彼女の外見だけに惚れたわけではないのだがな……」
 最初に恋人と見間違えただけに、若干ばつが悪そうな顔で苦笑する影朧の青年。あの娘は曾孫らしいが、紫苑もまた美人で気立てのいい女性だったと言う。在りし日の想い人と生き写しと言えるほどよく似たその横顔に、青年は慈愛に満ちた眼差しを送る。

「恋人さん、無事で良かったね……」
 当店自慢の品だという寒天ゼリィを頂きながら、璃奈も影朧と紫杏に声をかける。彼女のテーブルには道中の交通整理等を手伝ってくれた蝶子にメイド達と仔竜達が一緒に席に付いており、とても賑やかな様子になっていた。
「これ、本当に美味しいわね」
「おかわり!」
「きゅ~!」
 家族同然に暮らす仲間達と、青、紫、桃と紫陽花色にグラデーションされた美しいゼリィに舌鼓を打ちつつ、暫しこちらの事情を説明する。影朧が曾祖母の恋人だと知った紫杏はまあ、と驚きながらも、自分が知っている限りの曾祖母――紫苑の事を話してくれた。

「ひいお婆様とお会いしたのはまだ私が幼い頃でしたが、とても優しい方だったのを覚えています。丁度このお店で寒天ゼリィを奢ってくれて……紫陽花を眺めながら、昔の恋人のことを一度だけ話してくれたことがあります」
 その人は御国の為に戦って、それきり戻っては来なかったけれど。その人との思い出が詰まったこの紫陽花喫茶はどうしても守りたかったのだと、老齢となった紫苑は懐かしむように語ったという。それが、紫杏がこの店の後を継ごうと決めた切っ掛けだったとも。
「ひいお婆様はずっと、影朧さんの事を愛していたんだと思います。お年を召されてからも、最期まで紫陽花の手入れを自分でなさっていて……ほんとうに素敵なひとでした」
 心からの尊敬を込めて語られる紫杏の曾祖母との思い出話に、影朧は黙って耳を傾けていた。自分と別れてからの恋人の軌跡を、一言も聞き漏らすまいとするように――そんな彼の邪魔をしないように、璃奈とフレミアも静かに話を聞くことにする。

(でも、桜學府にお願いした調査は無駄になってしまったかしら……。彼がより安心して転生できるような結果が出てると良いけど)
 紫杏の話を聞きながらフレミアが気にしていたのは、道中で依頼した「紫苑」に関する調査結果。やはり難しい調査だったのか、こちらの到着のほうが先になってしまったが。
 とはいえ桜學府も決してサボっていた訳ではない。猟兵の到着からしばし遅れながら、からんからんとドアベルの音を立てて、桜學府の制服を着た生徒が入って来る。
「失礼します。こちらにフレミア・レイブラッドという方は――」
「わたしよ。わざわざご苦労さま」
 フレミアがすっと手を上げると、その生徒は「遅くなって申し訳ありません」と、依頼された調査の結果を渡す。封書に収められた数枚の書類が、テーブルの上に広げられた。

「……成程ね。貴方の恋人は幸せな人生を送ったみたいよ」
「本当か?」
 報告書を精査したフレミアの言葉に、影朧が反応する。ええと微笑む吸血姫の手には、百年前の黄昏事変から現代に至るまでの、紫杏の断片的な来歴を記した資料があった。
 事変が引き起こした動乱期を生き延びた彼女は、その後お見合いで出会った男と結婚。結婚相手も自身の実家もそれなりの資産家であったことから、帝都では指折り――とまではいかずとも、それなりに裕福な家庭として不自由のない暮らしを送り、人付き合いも良かったことから近隣では名士として知られていたようだ。
「子宝にも恵まれて家族仲も良好。亡くなったのは今から20年ほど前だそうだけど……大病を患ったわけでもなく、大往生だったそうよ」
「そう、か……そうだったのか」
 フレミアから語られた内容に、青年は心の底からほっとしたように大きく息を吐いた。
 未練として残るほどに強く想い続けてきた恋人が、幸福な生涯を過ごしたという事実は彼にとって何よりの吉報だろう。その表情には深い安堵の笑みが浮かんでいた。

「……それと調査結果から、貴方の名前も一緒に出てきたわよ。"蒼治"さん」
「蒼治……それが、俺の名前?」
 桜學府の調査は時間こそかかったものの、内容は詳細かつ正確だった。本人すら忘れてしまっていた本名を告げられて、ただ「影朧」とだけ呼ばれていた青年は目を丸くする。
「名前というのは大切なものだしね。来世に向かうにしても、持って行かせてあげられて良かったわ」
「……ああ。ありがとう」
 満足そうに微笑むフレミアに、影朧の青年――蒼治はまだ実感が沸かない様子ながらも感謝を述べる。生前の名前を取り戻し、名無しの亡霊ではなくなった彼は、また幾ばくか生気を取り戻したようにも見えた。

「貴方の願い。恋人との約束である、二人で紫陽花を見るっていう願いは……まだ変わらないかな……?」
 紫苑に関する話と調査報告が一段落したところで、改めて影朧に問いかけたのは璃奈。
 まっすぐに向けられる真摯な視線には、彼を救いたいという強い願いが籠もっていた。
「貴方に残された時間は少ない……だから、貴方が望むなら、貴方の願いを叶える為、わたしも力を尽くすよ……」
「ありがとう……確かに、それは俺の未練だ。叶うならばもう一度あの人と紫陽花を見たかった……だが、これでもう充分だ」
 死んだ人間は二度と戻ってこない――それが影朧のような例外を除いた、本来あるべき自然の摂理である。愛する紫苑がすでに亡いという事実を、彼は冷静に受け止めていた。
 彼女の安否と想いを知る事ができただけでも充分。それは間違いなく彼の本心だろう。だが果たせなかった約束への未練も残っているのを、璃奈は影朧の表情から窺い知った。

「彼女……紫苑さんとの再会だけど。紫陽花が満開に、っていうのは、彼女も彼を待っていたのかもしれないわね」
 もはや過ぎた約束だと、影朧が未練を諦めようとしたその時、ふとフレミアが呟いた。
 指先を踊るように虚空に沿わせ、発動するのは【創造支配の紅い霧】。先ごろ帝都を包んだ霧が、今度は紫陽花の咲く庭をうっすらと包み込む。
「もし彼女がここで待っているのなら……」
 万物を創造する霧の魔力を用いて、彼女が形作るのは紫苑の為の仮初の肉体。蒼治からテレパスで読み取ったイメージに、曾孫の紫杏の容姿を参考にして、若き日の本人に限りなく近い肉体を作り上げる。ただそれだけならば、これはただの人形に過ぎないが――。

「彼の者に救済を……世界に届け、人々の願い……」
 空っぽの器に魂を降ろす為に、璃奈が唱えるは【救済の呼び声】。それは傷ついた者を救いたいという願いを世界を超えて呼びかけ、応じてくれた人々の慈愛と善意の心を力に変えて、その願いを実現する救済のユーベルコードである。
「恋人と逢いたいという願いなら、みんなの力で願いを実現させてみせるよ……」
 それは決して荒唐無稽な願いではない。この庭には紫苑の想いが――魂が遺っていて、ここに集まった猟兵をはじめ、多くの人々がその救済を望んでいるのだから。璃奈は人々から借りた力で彼女の魂を導き、今一度現世に実体化する手伝いをするだけで良かった。

「――……ぁ」
 璃奈の呼び声によって誘われた魂が、フレミアの創造した仮初の肉体に降りる。人形めいた白磁の肌に生気が宿り、唇からは吐息が漏れ、閉ざされた瞼がゆっくりと開かれた。
「……蒼治さん?」
「紫苑……紫苑なのか?」
 目の前で起こった奇跡に、青年は信じられないと言うように震える手を彼女に伸ばす。
 しかしそれは紛れもない現実だった。そっと握り返された女性の手はたおやかで、ほのかな温もりが伝わってくる。

「ずっと……お待ちしておりました……」
「紫苑ッ!!!」

 百年ぶりの再会を果たした二人は、感極まる想いをそれ以上言葉にすることができず、ただ固く互いを抱き締めあう。もう二度と離すまいと、ずっと一緒だと確かめるように。
 それは人々の願いと紅い霧が生んだ一時の奇跡。幸せそうに抱き合う二人を見て、璃奈とフレミアは優しい表情を浮かべながら、静かにその場を離れるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
(これ以上、紫苑様の真意を知る術は私にはありませんね。なにより)

…無粋というものです

(往時の二人が楽しんだメニューを注文
一つは将校の席、もう一つは『空席』に)

私が転生とは縁が遠い故でしょうか
貴方にお伺いしたきことがあるのです

貴方は軍人として務めを果たし、紫苑様の真心の結実と、曾孫の紫杏様を目の当たりに出来ました

…今、来世に託す望みは御座いますか?

『終わる』のも、選択肢ではあるのです
この場の貴方だけが持つ、紫苑様への慕情に殉じて


今一度、お尋ねします
悔い無き選択の為に

『転生』の是非と、貴方が望むその理由を

……

読んだ御話の影響でしょうか

もし転生したならば…貴方は紫陽花を好む
そんな『気』がいたします



 ――時は、奇跡から少し遡り。

(これ以上、紫苑様の真意を知る術は私にはありませんね)
 情報収集と推理を重ね、影朧に良き転生をもたらす為に行動してきたトリテレイアは、喫茶店を眺める。百年前からほとんど変わらないという内装、季節外れに咲く紫陽花――これらに"彼女"がどんな想いを込めたのか、それは余人には憶測の届かぬことだ。
「なにより……無粋というものです」
 影朧の様子を見れば分かる。あれほど必死にここに向かっていた理由を、恋人がここに遺した想いを、確かに彼は受け取ったのだろう。それは二人だけが共有する真実であり、あれこれと横から口を挟むものではない。

「青、紫、桃の寒天ゼリィを使った、紫陽花パフェーを二つ頼めますか」
 トリテレイアが注文したのは、往時の二人がこの店で楽しんだというメニュー。真意にまでは届かずとも、鋼の擬似天眼による調査の賜物だ。ウォーマシンである彼がそれを頼んだのは、自分が賞味するためではなく。
「一つは将校の席、もう一つは対面の席に」
「……かしこまりました」
 彼の意を汲んだ紫杏は静かに頭を下げ、注文の品を影朧のいるテーブルに持っていく。
 青年の席と"空席"に並ぶ二つのパフェー。事情を知らぬ者には奇妙な光景に映ったとしても、本人の目にはかつての思い出がありありと浮かび上がるだろう。

「……よく知っているな。これが紫苑と俺の好物だったと」
 影朧の青年はふっと笑みを浮かべながらパフェーを口に運ぶ。百年ぶりの懐かしい味に舌鼓を打つ彼を見守りながら、トリテレイアは聞いておかねばならぬことを問いかける。
「貴方は軍人として務めを果たし、紫苑様の真心の結実と、曾孫の紫杏様を目の当たりに出来ました。……今、来世に託す望みは御座いますか?」
 鎮められた影朧の魂は、幻朧桜の導きによって新しい命に転生する。影朧の"救済"とは基本的にこれを目的とすることが多い。この世界の住人であればその死生観にも疑問を抱かないのだろうが、機械仕掛けの騎士には異なる選択肢も"視えて"いた。

「『終わる』のも、選択肢ではあるのです。この場の貴方だけが持つ、紫苑様への慕情に殉じて」
 転生した影朧が、前世の記憶を引き継いでいる保証はない。むしろ忘れてしまっているケースのほうが一般的だろう。恋人との思い出も、交わした約束も忘れて、新しい人生を歩むことを是としないのであれば――これを本当に"最期"にすることもできる。
「今一度、お尋ねします。悔い無き選択の為に。『転生』の是非と、貴方が望むその理由を」
 真剣な態度で発せられた問いに、影朧はパフェーを食う手を止めて、しばし沈黙する。
 それは転生に迷っている様子ではない。自分の中にある答えを、どう言葉にすれば良いのか考えているようだった。

「こんなことを言うと、非論理的だと笑われそうだが。……待っている気がするんだ」
 青年が視線を向けたのは、店の外で咲いている紫陽花。本来はまだ開花の時期ではないにも関わらず、彼が影朧として現れたその日に花開いたという、彼と恋人との約束の花。
「あの人は……紫苑はずっとここで待っていた。俺が約束を果たすために戻ってきたら、一緒に"次"に行くために……また来世で巡り合うために」
 根拠あっての話ではない。しかし紫苑がどういった人だったかは彼が一番知っている。
 思い出の場所を遺すのに拘ったのは、いつ"帰って"きてもこの場所が分かるように。影朧と化した自分が迷わずここに来れたのは、きっと彼女の魂が導いてくれていたのだ。

「夢を見すぎかな。だが、そうだとしたら、もう待たせるわけにはいかないだろう?」
 来世でまた彼女と出会えるかどうかは分からない。しかし運命の神が微笑んでくれるなら、平和になったこの時代でもう一度彼女と生きてみたい――それが影朧の答えだった。
 それを聞き届けたトリテレイアは、暫し瞑目するようにカメラアイの光を閉ざした後、静かに言葉を発した。
「……読んだ御話の影響でしょうか。もし転生したならば……貴方は紫陽花を好む。そんな『気』がいたします」
 機械が「気がする」など、まったく非論理的な物言いだが、何故か今はそれが正しいような気がした。そして影朧もまた彼の言葉を否定せずに「違いない」と愉快そうに笑う。
 大切な思い出と理解者に囲まれながら、彼の転生までの時間は穏やかに過ぎていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
……少し濃い目の珈琲を貰うとしよう

必ず果たさねばならないと、強く誓った約束
死した後とは云えど、成就を為した今だからこそ解る事も在るものだろう
何よりも大切だったものが自身の死後にどう生きたのか
幸せであったと知れた事は、心に穿たれた穴を埋めるに十分なのやもしれん

――何れ、私は同じ道を辿る
必ず帰ると約していても、唯の人の身には避け得ぬ終わりがあり、叶わぬ時が訪れる
大切な者が其の先を笑って生きて行ける様、幸せな想い出を沢山遺して逝く事位しか出来んが……
此の庭を見て、間違った遣り方では無い様だと思えた
お前との約束と其れ迄の想い出が在ったからこそ
こうも美しく、大切にし続ける事が出来たのだろうからな……



「……少し濃い目の珈琲を貰うとしよう」
「はい、かしこまりました」
 紫陽花の庭がよく見える席に座り、店主に注文を告げると、嵯泉は暫し物思いに耽る。
 長い彷徨の末、影朧は約束の地に辿り着いた。その心象の全てを窺い知ることはできないが、心穏やかな雰囲気はこちらにも伝わってくる。
(必ず果たさねばならないと、強く誓った約束。死した後とは云えど、成就を為した今だからこそ解る事も在るものだろう)
 霞がかっていた記憶も鮮明となり、思い出の景色を眺めては心良さそうに目を細める。その姿は――死者に使う言葉でもないが、どこか"生き生きと"しているように見えた。

(何よりも大切だったものが自身の死後にどう生きたのか。幸せであったと知れた事は、心に穿たれた穴を埋めるに十分なのやもしれん)
 想い人の子孫と出逢えたこともまた、影朧の心残りを解消する一因となったのだろう。彼の未練が晴らされたことを同類として好ましく思いながら、嵯泉は珈琲をひと口啜る。
「……ここに居たのか」
 暫く一人の時間を過ごしていると、他の猟兵と話していた影朧が此方に近付いてくる。
 近くで相対すればその存在感はこれまでにも増して儚く、身体も半分ほどが透き通っている。未練の消えた魂が輪廻の輪に還るまで、もう間もなくといった所だろう。

「去る前に一言、礼を言っておきたくてな。貴殿達には本当に世話になった」
「礼は不要だ。大した事はしていない」
 感謝を述べる影朧に、嵯泉は相変わらず堅苦しい態度で応じ。しかし伏せた瞼の裏側では今も複雑な感情が渦巻いている。同じ"約束"を裡に刻む者が、辿り着いた結末――そして証明を見届けた今、彼の心境には小さな変化が起こっていた。
「――何れ、私は同じ道を辿る」
 ふいに発せられた一言に、影朧は驚いた様子を見せなかった。無言で対面の席に座り、耳を傾ける態度を示す。一度口火を切れば、嵯泉の口から言葉はつらつらと突いて出た。

「必ず帰ると約していても、唯の人の身には避け得ぬ終わりがあり、叶わぬ時が訪れる」
 心が諦めていなくても、魂がまだ叫んでいても、人の命は儚く脆い。どれほど必死に違えまいと努めても、運命は時として無情に牙を剥く。戦いに身を置く者であれば尚のこと――その時に備えて、去り逝く者が、残される者にしてやれる事は何か。
「大切な者が其の先を笑って生きて行ける様、幸せな想い出を沢山遺して逝く事位しか出来んが……此の庭を見て、間違った遣り方では無い様だと思えた」
 鮮やかに咲いた紫陽花の庭を眺めながら、嵯泉は語る。世代を超え、移り変わる時の流れに抗って、百年前の景色を保ち続ける――並大抵の想いで成し遂げられる事ではない。

「お前との約束と其れ迄の想い出が在ったからこそ、こうも美しく、大切にし続ける事が出来たのだろうからな……」
 大切な人のその後が幸せであったかの証明など、この庭を見れば充分だろう。何も知らぬ嵯泉でさえ、この紫陽花を美しいと感じる。それは花に込められた想いの清さの証だ。
「……だとすれば嬉しいな。そして誇らしく思う」
 嵯泉の言葉に影朧の青年は少し照れたように笑い、そして並んで紫陽花の庭を眺める。
 かつての思い出の花は冬の寒さにも負けることなく、鮮やかに美しく咲き誇っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月見里・美羽
●月守ユエさん(f05601)と一緒に

切なくて、涙が滲むよ
紫陽花の約束を守ってきた影朧と
紫苑さんと代々のお子さんたち
ご本人同士会えなくともこうして約束を叶えたんだね

お茶は魅力的だけど、影朧さんが消えるそのときまで
ユエさんと影朧さんの傍にいるよ

もし許されるなら紫杏さんにお願いして
紫陽花を一輪分けていただこうか
それを影朧さんの手に乗せて

貴方は約束を守ったんだよ、と
そして紫苑さんも約束を守ったんだ
…きっと貴方が不安にならないように、幸せになったんだ

だから、誇って
この紫陽花を見に戻ってきたことを
きっと、紫苑さんも喜んでくれていると思うよ

嗚呼、歌では歌い尽くせない想いは、なんて多いのだろう

アドリブ歓迎


月守・ユエ
美羽ちゃん(f24139)と
アドリブ歓迎

紫陽花を見て
美羽ちゃんの涙につられ
涙腺が緩みそうになった

将校さんに歩み寄り
そっと笑いかける
「綺麗、だね。
紫苑さんと紫苑さんの家族が守ってきた紫陽花がずっと…あなたを待っててくれたんだね」

紫陽花を守る事で紫苑さんは彼を待ち
彼はその紫陽花を守る事で約束を果たすことができたんだよね

紫苑さん
彼は逢いに来てくれたよ

――ああ…
僕が想い合う二人に出きる事はなんだろう…?

…うん、やっぱり
これしかないね

歌を唄おう
2人の約束(いのち)の再会を祝福する歌を
この唄は命の幸いを祈る為に在る

祈歌
”2つのいのちの輝きに祝福を…
巡り廻ったその約束の先も
果てない幸い
祈り続けよう…”



「切なくて、涙が滲むよ」
 紫陽花の約束を守ってきた影朧と、紫苑と代々の子孫達。百年前に交わされた恋人達の想いの結末を見た美羽は、目元に浮かんだ雫をそっと指先で拭う。それは余りに綺麗で、切なくて、どうしようもなく胸がいっぱいになる。
「ご本人同士会えなくとも、こうして約束を叶えたんだね」
「そうだね。本当に良かった」
 出迎えるように咲いた紫陽花を見て、ユエも美羽の涙につられ涙腺が緩みそうになる。
 二人で歌い導いてきた道の先で、影朧が求めていたものは確かにあった。それは奇跡のようで奇跡ではない、百年の時が過ぎても朽ちることのない想いの軌跡だった。

「よろしければ、お二人もお茶はいかがですか? 猟兵さんならサアビスしますよ」
「お茶は魅力的だけど、影朧さんが消えるそのときまで傍にいるよ」
 紫杏の提案を丁重に断り、美羽は影朧の最期を見届けることを望んだ。その想いはユエも同じ――静かに将校服の青年に歩み寄り、月の女神のような美貌でそっと笑いかける。
「綺麗、だね。紫苑さんと紫苑さんの家族が守ってきた紫陽花がずっと……あなたを待っててくれたんだね」
「……そうだな。お陰で迷わずにここまで来れた。俺は果報者だ」
 記憶を忘れても、自分が何故か行くべき方向を見失わなかったのは、この花に込められた想いが導いてくれていたのだと、彼はそう信じているようだった。ユエと美羽もまた、その考えを否定しない。人の想いが持つ力の強さを、ふたりとも良く知っているから。

「紫陽花を守る事で紫苑さんは彼を待ち。彼はその紫陽花を守る事で約束を果たすことができたんだよね」
 死に別れてもなお互いを想い続けた、二人の絆の証がここにある。ユエがそれを眺めていると、美羽がふと思いついたようで、様子を見ていた紫陽花喫茶の店主に声をかける。
「もし許されるなら、紫陽花を一輪分けていただけるかな」
「ええ。みなさんにでしたら、構いません」
 紫杏はそのお願いを了承すると、持ってきた鋏で紫陽花を摘む。そっと渡されたそれを美羽は影朧の手に乗せて、貴方は約束を守ったんだよ、と、優しく微笑みながら告げる。

「そして紫苑さんも約束を守ったんだ……きっと貴方が不安にならないように、幸せになったんだ」
 恋人が戦場で死んだと知った時、紫苑はどれだけ悲しんだ事だろう。きっと辛かったはずだ――それでも彼女は後を追うような真似はしなかった。未亡人のように余生を過ごすのでもなく、己の人生をひたむきに生き抜いた。愛した人があの世で安心できるように。
「だから、誇って。この紫陽花を見に戻ってきたことを、きっと、紫苑さんも喜んでくれていると思うよ」
「……ああ。長く待たせてしまって、すまなかったな……ありがとう、紫苑」
 手のひらに乗った一輪の紫陽花を、青年は愛おしそうに見つめていた。明日には枯れてしまうであろう、美しくも儚い花――彼の恋人は、それを百年に渡って守り通したのだ。

(――ああ……僕が想い合う二人に出きる事はなんだろう……?)
 紫陽花の前で佇む影朧を見守りながら、ユエは考える。未練の解消された魂はじきに現世から去り、輪廻の輪に還るだろう。残された僅かなひと時で、自分にできる事は何か。
(……うん、やっぱり、これしかないね)
 歌を唄おう――二人の約束(いのち)の再会を祝福する歌を。その煌きよ永遠なれと、奏でる曲の名は月ノ祈歌【命煌】。紫陽花の庭に響く歌声が、天に月夜を顕現させた。

「"2つのいのちの輝きに祝福を……巡り廻ったその約束の先も 果てない幸い 祈り続けよう……"」
 この唄は命の幸いを祈る為に在る。輝く月光はあまねく全てを照らし、癒しを与える。
 ピンと背筋を伸ばし、胸に手を当てて、まるでひとつの楽器のように歌を奏でるユエの姿に、影朧も紫杏も身じろぎすらできず、ただただ聞き惚れていた。
「"降り注ぐ ひだまりのような想いを 抱きとめてほしい 柔らかな 風にそよぐ花のよう"」
 ユエの祈歌に続いて美羽も歌い出し、二人の音楽はメドレーとなる。アコースティックを奏でながら恋が叶った喜びを静かに歌い上げる、そのバラードの名は【花のように】。
 約束を守り通した恋人達には、この曲が最も相応しいだろう。それでも百年に渡る想いを表現するには、旋律も歌詞もまるで足りないようなもどかしさを彼女は感じていた。

(嗚呼、歌では歌い尽くせない想いは、なんて多いのだろう)
 どれだけ技術を磨いても、場数を踏んでも、たったひとつの感情すら表現しきれない。
 音楽とは、人の心とはなんて難しいのだろうと美羽は思う。それでも自分が歌うことを止められないのは何故だろう。その答えを歌に変えられる日は来るのだろうか。
「……♪」
 その時――美羽の手に、ユエがそっと手を重ねた。二人が奏でる歌声も、共に重なる。
 歌い手同士であれば、それで充分だった。奏でたい想いが同じならば、今は精一杯に。
 果たされた約束(いのち)を照らす祝福と鎮魂の歌は、影朧が輪廻の輪に還るその時まで、紫陽花の庭に響き渡っていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

愛久山・清綱
此処が貴殿の目指していた地か。うむ、来て良かった。
む、俺か?俺は……ただの一兵卒だ。
失礼、話すと長くなる故。
■行
【WIZ】
将校殿と共に、咲き誇る紫陽花を眺めよう。
時間が赦す限り、道中であった話の続きを……

この紫陽花達は、貴殿が紫苑殿と過ごしていたときも
このように美しく咲き誇っていたのだな。
上手くは言えぬが、紫陽花も貴殿を覚えていたのだろう……
(ここで彼から目を離してしまう)

そうだ、最後に一つだけ聞きたいことがある。
貴殿の……む?紫杏殿、彼は?
(一瞬で全てを理解した。男は、将校が“いた”場所に
向かって、一言も発さず敬礼を捧げる)

さらばだ、誉れ高き『兵(つわもの)』よ……

※アドリブ歓迎・不採用可



「此処が貴殿の目指していた地か。うむ、来て良かった」
 紫陽花の庭に囲まれた、小さな喫茶店。外界の騒がしさとは切り離されたような、静かで穏やかな空気が流れるその場所は、初めて訪れる清綱にも心地よい場所に感じられた。
「ここまで来られたのは、貴殿らのお陰だ。もし良ければ、恩人の名を教えてほしい」
「む、俺か? 俺は……ただの一兵卒だ。失礼、話すと長くなる故」
 影朧の青年が感謝と共に名前を尋ねると、清綱は少し困ったようにはぐらかした。今は自分の事を語るよりも、彼と道中であった話の続きがしたい。未練が果たされた今、彼に今生で残された時間は、あと僅かしか無いのだから。

「この紫陽花達は、貴殿が紫苑殿と過ごしていたときも、このように美しく咲き誇っていたのだな」
「ああ。季節が巡るたび、俺と彼女は毎日のようにここに通っては、色んな話をしたよ」
 庭がよく見える席に腰掛けて、清綱と影朧は時間の赦す限り話をした。もっぱら語るのは影朧のほうで、清綱はそれに相槌を打つ役。忘れていたはずの記憶もここに居れば次々と蘇ってくるのか、生き生きと語る彼の舌が止まることはなかった。
「稀に喧嘩をすることもあった。今になって思えば他愛のない口論だが、その時はどちらも意固地になってな。まあ結局は、俺が紫陽花パフェー三杯で許しを乞う羽目になった」
 恋人との思い出を語る影朧の表情は生き生きとしていて、穏やかな喜びに満ちていた。
 紅茶を持ってきた給仕服の女性が、カップをテーブルに置いてクスクスと笑っている。
 何気ない日常、他愛ない会話。これが影朧が果たしたかった未練であり、約束だった。

「……と。すまないな、俺ばかり話して。それも聞き苦しい惚気話ばかりを……」
 紅茶を口にしたところでふと我に返った影朧は、照れくさそうに頬をかく。構わないと答えた清綱の表情は相変わらずの鉄面皮だが、少しだけ可笑しげに眉尻が下がっていた。
「上手くは言えぬが、紫陽花も貴殿を覚えていたのだろう……」
 思い出も、彼が言うところの惚気話も含めて全てを、ここの紫陽花達は見守ってきた。
 だからこそ、こうして季節外れにも関わらず、百年ぶりにやって来た客を出迎えたのだろう――と、清綱は影朧から目を離し、鮮やかな咲く紫色の花々を眺める。

「そうだ、最後に一つだけ聞きたいことがある。貴殿の……む?」
 はたと何かを訪ねようと清綱が振り返った時、そこにはもう影朧の姿はなかった。彼が目を離していたほんの数秒の内に、対面の席には空になったカップだけが残されていた。
「紫杏殿、彼は?」
 傍らにいたはずの給仕の女性に訪ねようとする――が、彼女の姿も忽然と消えている。
 代わりに「どうかされましたか?」と、店のカウンターの奥から声がした。先ほどまでいた女性とよく似た、しかしよく見ればほんのすこし違う女性が姿を見せる。

「私はさっきまで裏でお湯を沸かしていましたけど……あら、影朧さんはどちらに?」
 給仕の娘――紫杏は何かあったのでしょうかと、首を傾げて辺りを見回す。それを見た清綱は一瞬で全てを理解した。先ほどまでここにいた給仕は紫杏とは別人だったのだと。
("迎え"に来られたのだな。立派な女性を愛し、愛されたものだ)
 男は席を立つと、影朧の将校が"いた"場所に向かって、一言も発さず敬礼を捧げる。
 それは長き戦いを終え、連れ添いと共に輪廻の輪に還っていった者への、別れだった。

(さらばだ、誉れ高き『兵(つわもの)』よ……)

 全てを見届けた紫陽花の庭が、ゆっくりと萎れていく。まるで役目を果たしたように。
 百年前の約束は果たされ、紫苑の花は還り咲いた。猟兵達に感謝を伝えるように、どこからともなく吹いた風が、美しい紫の花吹雪を散らしていった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年01月17日


挿絵イラスト