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ギルトフォビアに幸福を

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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 If you say「Fancy may kill or cure」
 is guilt an incurable disease?
『病は気からと言うのなら、罪悪感は不治の病だと謂うのだろうか』

 またか――墓守は悪態をついた。とうに寂れ後は砂塵に成るのを待つだけの処刑台にこの新しい死体は何の用だったのか。死ぬなら近くの墓地にして欲しい、埋める場所へ運ぶ手間が省ける。その前に葬式をしてやるべきなのか――そこまで考え、草臥れた男は深い息を吐く。どうせこいつも身分の怪しいものだろう。埋めちまえば終わり、ここはそう言う奴らが殆どだ。色んな意味で、俺も含めて。教会の女神像すら朽ち果てた場に、聖者が来る筈もないここは後ろ暗い者共がそれでも縋りたいとやってくる、罪を犯したものばかりが往生際悪く来ては救いを求めるどうしようもない場所だ。誰も好き好んで来る奴なんざいない。だがとっくに事切れた顔を見て墓守は顔を醜く歪めたのである。またか、またこいつもか。

 ――幸せな顔して死にやがって。

●Guiltophobia (断罪恐怖症)
「やァ、仕事一つ頼んで良いかな」
 シュデラ・テノーフォン(天狼パラフォニア・f13408)は了解受け有難うと微笑む。
 差し出した手に硝子を飾るグリモアが浮かび上がった。
「場所はね、ダークセイヴァー。少しね不思議というか……不気味な案件なんだけども」
 曖昧な表現で前置きした後、白いキマイラは少しだけ眉尻を下げた。
「敵の正体がよく判らないんだ。ただ、ソノ場所に居るということだけは解ってね」
 今現状で解っている事はこれだけと、男は指を3本立てる。
「ひとつ。現場はほぼ誰も来ない筈の廃教会と隣接の墓地と……何故かある処刑台」
 近くに小さな街はあるが彼等が利用する教会は別に存在し整備された墓地もある。
 曰く、はるか昔に地域周辺を支配していた吸血鬼が居た頃に使っていたものらしい。
 その吸血鬼自体は勇敢に戦った戦士達によって討ち倒されてしまったようだが。
「ふたつ。犠牲者は皆処刑台の上で死んでたけど器具が使われた形跡は無い」
 遺体自体は無残なものだった。皆左胸を鋭利なモノで貫かれている。
 でも顔だけは幸せそうだった。まるで死んでよかった、そんなような。
「みっつ。最近街外れで濃い霧が出ているみたいだね」
 霧の目撃情報が増えるにつれ、犠牲者も増えていった。
 一人目の犠牲者は、街でスリをしていたらしい。
 二人目の犠牲者は、3人殺し逃走中だった。
 三人目と四人目の犠牲者は、許されぬ恋の末駆け落ちした者達だそうだ。
 そこ迄説明し、ただと少しだけ困った顔をした声が続く。
「最後の犠牲者は子供だった。ソノ子は医者が嫌いで行くと親に嘘を付いて逃げただけみたい」
 でも犠牲になった。何故か皆其処へ行く、恐ろしい事件が起きている場所へ。
 そうして不定期に、処刑台に死体が横たわる。
「なんでかはさておいて、殺したのはオブリビオンで間違いないから狩らないとね」
 それだけ言って、シュデラは顔を上げた。皆を見てから、力無く笑う。
「でね。ちょっと視えたんだけど……墓地の中に、変な墓があるみたいなんだ」
 グリモア猟兵が予知をした、一つの手掛かり。
 伝えようとしているのだが何故か少しだけ、彼は躊躇した。
 やがて一息肩の力を抜くと改めて口を開く。
「『あなたの罪』って記された墓が在るんだ。ソレが多分、切欠だと思う」
 周囲は霧が濃くてよく解らなかったが、恐らく墓地を目指せばあるそうだ。
 敵の正体が掴めないなら、罠と解っていても征かねばならない。
 それが申し訳ないと小さく謝罪した後、白い男は猟兵達を真っ直ぐ見つめた。
「俺達はね、どんな結末でも戦い抜いて来たんだ。きっと今回も、乗り越えてくれるって信じてるよ」
 果がどうであろうと、過程がなんであろうと。
 敵がオブリビオンならば討ちに行く。それが、イェーガーだ。
「忘れないでね。……さァ行こう、狩りを始めよう」
 開始の声に応え、グリモアが煌めく。
 瞬間、周囲の景色がパリンと割れて新しい世界を移し出した。


あきか
 あきかと申しますよろしくおねがいします。
 ダークセイヴァーにてゴシックホラーを目指したい依頼になります。

 このシナリオは華房圓MSさんの『タフィフォビアに祝福を』と合わせになります。
 共通モチーフは「埋葬」
 此方のテーマは「罪は死に至る病と成り得るか」
 時系列、場所共に異なります。同時参加はお気軽に。

●シナリオについてのお願い
 各章とも冒頭文が詳細な案内になります。
 追加される文章をご確認頂いてからの参加をお願い致します。

●同時参加について
 今回は単独または2人参加を推奨しております。
 2人参加の場合、同時にリプレイは返しますが1~2章は別行動です。
 3章で合流する流れになります。

●一章
 霧深い中、墓地を探索します。同時参加の方は逸れてしまいます。
 目の前に出現する「あなたの罪」と書かれた墓を暴いて下さい。
 あなたが罪の意識を抱く相手が棺に眠っています。
 生死は問いません。其処に居るのはあなたの罪悪感です。
 (ゲーム内で存在するPCさん指定は相手と同時参加のみ採用します)
 それは目覚め、喋りませんが動き出します。

 罪など無いと言う方はこの事件で亡くなった犠牲者がランダムで出てきます。
 此方は喋り「何故私が殺される前に来てくれなかった」と理不尽な罪を叫ぶでしょう。
 詳細は冒頭文にて。

●二章
 罪の意思、または意志が病と化し身を蝕みます。
 何処からか「『罪』の代わりに埋葬されるなら救われる」との声もします。
 拒否する方はプレイングに◇を。
 埋葬される事を選ぶ方は◆をプレイングに記載して下さい。
 ◆は意識を失いますがどちらも三章へ行けますので成功にはなります。
 二人同時参加の場合は片方◇で片方◆も可能です。
 詳細は冒頭文にて。

●三章
 ボス戦です。病に抗いながら討ち倒しましょう。
 ◆の方は失った意識を回復させた所からスタートになります。
 敵の先制攻撃を受けるので対応するプレイングがなければダメージとなります。
 ◇は病以外の制限はありません。
 二人同時参加で二章◇◆の場合、◇が◆を助ける事も可能です。
 詳細は冒頭文にて。
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第1章 冒険 『ひとつの試練』

POW   :    タフな精神でこなす

SPD   :    躊躇わず素早くこなす

WIZ   :    頭を使い慎重にこなす

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●一人目の記憶
 暗鬱とした空が広がる。俺は街外れの道を更にはずれて先を行く。今日はハズレだった――葉擦れしか聞こえぬ空っぽの袋、いや一つだけあった腹の足しにもならない古ぼけた人形ごと投げ捨て今宵の寝床を探し彷徨う。仕方ないじゃないか、こうでもしないと生きていけない。捨てたヒトガタが恨めしげに見る妄想は黙殺した。そう、圧し殺すんだ。そうじゃないと、そうでもしないと――あれ。ここはどこだ。霧が濃くて辺りがよくわからない。でも足が動く、何故だ? あぁ、何か見える。何だあれ、墓か。いつの間に墓地へ来たんだ――?

『あなたの罪』

 それだけ。そうとだけ書いてあった。墓の前には掘り返された穴があったが、俺は動けずに居た。だが少しして何故か身体が動いた。近付いて、丁度人が一人寝転べそうな穴に収まっていたそれを見た。棺が在る。どうしてこの寂れた墓地に立派な棺があるんだなんて、今考える余裕はなかった。ああ、あれは。棺の上に横たわるあれはまさか――震える手が伸ばされる。脳は否定しているのに手は動く。どうして、何故。手はゆっくりと――人形が添えられた棺を開けた。ああ。
「――なんで」
 袋を奪ってやった奴が眠っている。静かに、目を閉じていて――ゆっくりと、目を開けた。
 男を見て、微笑んだ。

●今現在
 猟兵は転送されてきた。ここは、見渡す限り白い霧に囲まれた墓地の中だろうか。お世辞にも丁寧な仕事をされたとは言えない墓が並んでいる。周囲には誰も居らず自分一人だ。誰かを探すのか、目的を探すのか、兎に角歩いた。そうして、見つけた。

『あなたの罪』

 墓の前には掘り返された、丁度棺が一つ収まりそうな穴が在った。

●マスターより
 棺の形状、中の様子はご自由に。穴は浅いです。
 罪を感じる者を指定された場合、動きますが喋りません。
 表情も指定がなければ微笑むか無表情で描写されます。
 動くものなら人外でもOKです。どんな罪悪感をそれに感じているのか書いて下さい。

 罪など無い(特に指定する人物が居ない)場合はオープニングで語られてた犠牲者と対峙します。
「どうして助けてくれなかった」「もっと早く来てくれたら」等々好き勝手叫ぶでしょう。
 犠牲者の希望あれば1(スリ)2(殺人)3(駆け落ち)4(子供)と数字を入れて頂ければ対応します。
宮前・紅
戎崎·蒼(f04968)と
一緒に来た筈だけど、まさか…別々に転送されて──?
早く合流しよう、蒼くんと
霧が邪魔だ、早く。探せ。探せ。目的の墓を。

棺──『罪』か。なんか、やな予感しかしないんだけど
青薔薇が添えられた黒い棺を開けた
え──なん、で?
罠だと聞き知っていたとしても、動揺が隠せない
入っていたのは戎崎·蒼だった
彼が何故此処に?おかしい
罪?そんなもの感じていない、筈だ
だってそうだ、俺たちの関係は極めて機械的で冷たい
ぅ…………っ──
気持ち悪い。気持ち悪い。違う。違う。違う!
彼を自分のエゴに巻き込んだ
意味のない殺戮に手を染めさせたのも
彼が、その行為に嫌悪を感じているのを知りながら
無視したのも

俺だった


戎崎・蒼
紅(f04968)と
…逸れてしまったか
霧も濃く視界が晴れない…いや、そんな事より先に紅を探そう

棺を見つけ
あなたの罪…?
棺は赤薔薇が添えられている白い棺だという外には何も変わらないが、何処か血腥いような気がする
若干浮足立つものを感じつつ開く
は…なんで、紅、お前が…?
絞り出した声
予想外だった
自分が罪悪感を抱いていたのはかつての師
紅は利害関係というだけ
……けれども、咎人殺しの欠陥品である自身と否応無く共に在らねばならないという状況下に罪悪感があったのは事実

こんな時だから僕は言うけれど、僕は君が嫌いだ
……それ以上に僕は僕が、嫌いなんだ
嗚呼、アルジャーノンが羨ましい

僕はただ花束が欲しかっただけなのに



●Out of the blue
 白霧の中に浮かぶ、鮮やかな白い姿。宮前・紅(災禍の語り部・f04970)は降り立って先ず周囲を見回すも、それは決して状況判断ではなく同行者を探す為だけの視線だった。無意識の底に在る消して短くない付き合いの果てを行うも、成果に至らない。
「一緒に来た筈だけど、まさか……別々に転送されて──?」
 直前まで居た筈だ。気配を違う事はない。何故。早く合流しよう、蒼くんと。紅を添えた白い身は進む。脚は己の意思で進んでいる筈だ。だって見つけなければ。霧が邪魔だ、早く。探せ。探せ。目的の墓を。そうしたら、そうしたら――焦りは何故? だって、彼と俺は。

『あなたの罪』

 辿り着いた墓碑に穴と盛り土。人は独り。最初の目的に到達して、我に返る。
「棺──『罪』か。なんか、やな予感しかしないんだけど」
 独り言をぼやいた所で選択肢は変わらない。穴へ進む足に糸は視えない。大丈夫、意図は無い筈――人形遣いは自働で其処を見下ろした。底に有る一基、なんて素っ気なく綺麗な棺なのだろう。闇に潜む色を惜しげもなく塗り拡げ、添えられた一輪は棘付きだ。誰かさんを連想させる気高き青薔薇を視界から追い出すように黒き棺を開けたのは意識外だったのか――問おうにも今この場に生者は紅しかいない。それに少年の外見をした男は中身を改める体制の儘灰の双眸を大きく開き静止していた。周囲はもう、目に入らない。
「え──なん、で?」
 やっと絞り出した声は零れ、眼下に眠る『罪』に落ちた。これは罠だと聞き知っていたとしても、動揺が隠せない。思わず掴んだ儘だった縁を握り締める。ミシリと順当な音が響いたって耳に入らない。凝視の先に収まっていたのは――同じ理由で少年の外見に成っている男だった。行儀良く整えられ横たわる彼に青薔薇が満ちる海の如く敷き詰められている。此処がもし戦場ではなく高級な屋敷の一部屋だったのなら、なんてよく出来た人形だと絶賛されただろう。否、思考を逸らしてはならない。彼が何故此処に? おかしい。罪? そんなもの感じてない、筈だ。だってそうだ、俺たちの関係は極めて機械的で冷たい。利害の一致で共に行動をしているだけ。皮肉を挨拶とし私情を挟まず非情に淡々と戦場を共に――共に。ずっと、一緒に。
「ぅ…………っ」
 棺の蓋が土に当たる鈍い音がした。同時に、支えていた者が崩れ落ちる。手は口元を抑える為に使用した。お誂え向きに噎せ返る花の香りは切欠ではなく決壊の理由だとしても、堪らず込上げて来るのは胃の中からか心の中か――気持ち悪い。気持ち悪い。
「――違う。違う。違う!」
 穴に向かって叫ぶ。到底、棺に向かっては叫べなかった。視界の隅で蒼い花弁が舞い散る密やかな美しさには気付かない。そうだ、彼と俺の関係は茨の如く複雑に絡み繋がっていた。もうどうしようもないほどに、彼を自分のエゴに巻き込んだ。意味のない殺戮に手を染めさせたのも、彼が、その行為に嫌悪を感じているのを知りながら――無視したのも。

「俺だった」

 他人に話せないからこそ『罪』だと云うのなら。眼前の『彼』になら良いのだろうか。
 起き上がり見下ろす蒼くんの視線は、いつもと変わらない温度だった。
 パンドラは微笑まない。

――――

●A red flag
「……逸れてしまったか」
 濃い霧の中にちらちらと浮かぶ夜と独り。戎崎・蒼(暗愚の戦場兵器・f04968)の身は白に染まらず、青を反射する黒で一度辺りを確認してからすぐ一方向に視線を定めた。霧も濃く視界が晴れないなら、一つの方角を揺らがず進むだけだ。墓は、いやそんな事より先に君を。紅を探そう。蒼を咲かせた黒い身が歩む――でも、見つけたのは。

『あなたの罪』

 思わず疑問符を交えて記された文字を声にした。それだけの掲示、それだけの意味が胸中をノックする。呼ばれた気がして、衝動の儘視線を穴へ移した。映した一基、なんて悪辣で精彩に満ちた棺なのだろう。雪より濃い色で塗り潰し、添える一輪は何処に触れても痛そうだ。赤い、あかい……芳しく腥い液体と似た色が嗅覚と視覚を過る。それは本能的な警告か、判断もつかずに若干浮足立つものを感じつつ白き棺へ手をかけた。赤薔薇には触れず、蓋を開ける。――なのに、まるで棘に刺されたかのような衝撃に息を呑んだ。視界と理解が追いつかず、呼吸が対応できない。脳髄を支配する心音と疑問符。
「は……なんで、」
 赤薔薇と一緒に詰められて、大人しく眠る姿は見事な箱入りの美術品を思わせた。しかし絞り出した声は感嘆ではなく驚愕の彩を塗り込んで吐き落す。予想外だった。何故なら自分が罪悪感を抱いていたのはかつての師だから、そう思っていたから。眼下に眠る『罪』は、利害関係というだけ。目的が同じだから行動を共にしている、シンプルで簡潔でいつでも完結できるような――けれども。墓は『それ』を提示した。
「紅、お前が……?」
 冷静であろうとする思考と、無意識の底に存在していた管理外のインシデントを認識した感情がせめぎ合う。裏腹に、手は支えていた棺の蓋を静かに地へ置いていく……いや、本当はとうに既知としていたのかもしれない。根底に根付いていた種の正体――咎人殺しの欠陥品である自身と否応無く共に在らねばならないという状況下に罪悪感があったのは、事実なのだから。
 認めた瞬間、お前は瞼を開けた。いつもと変わらない目つきだった。

「こんな時だから僕は言うけれど」
 赤を散らし、『罪』は起き上がる。話せるような罪ならば、それはもう罪とは言えないんじゃないかと僕は言った。お前らしく言い募るのなら、それこそ懐疑的で傲慢な物言いになるんだろうが眼前の紅は何も言わない。それでこそ、このシチュエーションだからこそ。口は開いた。
「僕は君が嫌いだ」
 無論、僕とお前の関係なら面と向かって戯言めいた言葉の応酬等幾らでも。向かい合う視線はより上っ面に何も映さない。でも言った。言って――視線を落とした。

「……それ以上に僕は僕が、嫌いなんだ」

 嗚呼、アルジャーノンが羨ましい。己が胸に在るのは一輪だけだ。数多の知識を得て知恵の悦びを知り、絶望を識り、その全てを失う中で唯一を悼み、ラストシーンに捧げようとしたのは純粋な想いの束だった。嗚呼そうか。だからこそお前はこの手で開けた先に居たのか、願望に根付いて咲いた一輪すらカウントされるなんて。
「僕はただ花束が欲しかっただけなのに」
 君はチャーリイではない。そんな事は幾らでも、理解している。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

マナセ・ブランチフラワー
あなたの罪
そう書かれた墓の中に何があるか、正直予想はついていました
棺を開けば、横たわるのは一人の女性。瞼を開き、僕を見つめて優しく微笑う
金の瞳に確かな愛と、拭い去れぬ苦しみを抱えて

母さん、僕はわかっています
貴女の腹より産まれたことが、僕の背負う罪なのでしょう
愛する人を奪った吸血鬼の血を継ぐ僕を、貴女は愛してくれたけど
私の大事な息子だと、心から語ってくれたけど
それでも貴女の苦しみは、確かにそこに在ったのですから

ただぼんやりと、彼女の瞳を見つめていました
……本物の母さんが、こんな所に居る筈はありません
でも、紛い物と切り捨てるには、これは少しばかり重い

貴女が居てくれたからこそ、僕は聖者なのですから



●深雪の底
 見渡す限り真白が漂う道をマナセ・ブランチフラワー(ダンピールの聖者・f09310)は静かに歩いていた。確かに不思議な現象が今起きていて、行く先も未知の領域となれば持ち前の好奇心は疼くものの。白が統べる世界は嘗て視ていた光景とよく似ていたので然程旺盛には働かなかった。濃い霧を構成する小さな水粒、例えば辺りがもっと寒くなると氷結し――青年が知る景色の大半を占めるモノとなるだろう。やがて荒れた地を進む動きに変化が起きた。サク、と柔らかく踏み締める音がする。サク、サク、……足を止めた。

『あなたの罪』

 宙を染める水蒸気に混じって、ちらちらと風花が舞い落ち半魔の黒髪をささやかに飾り付けた。気にも留めず、マナセはうっすらと白む墓を見下ろしている。記された墓碑のすぐ手前、穴に在る筈のものは――生を受けた日にも降り積もっていた雪で覆われていた。そう、ここに。罪と示された墓の中に何があるのか。
「……正直予想はついていました」
 吐露に白が交じる。そっと穴へ近付く、まるで其処に居る者を起こさないように。それは恐怖からではなく、例えるなら――祝日にもう少しだけ寝かせてあげたいという、親しい者への小さな気遣いに似ていた。辿り着いてしまった先、浅く積もる箇所へ手を伸ばす。静かに撫で雪を払う聖者の指は、次に現れた棺をゆっくりと開けていった。穏やかな衝撃でふわり散らばるパウダースノー。横たわるのは一人の女性。予想通りだ。抱いた結末に『罪』が応え瞼を開き、僕を見つめて優しく微笑う。
「母さん」
 変わらない、記憶と何一つ違わないひとがもう一度肉眼で確認できる。直接声をかけられる。貴女は呼ぶと応えてくれました。起き上がる動作に手を貸したくなる程彼女の仕草は思い出の儘に、そうして重なり合う互いの視線。僕と同じ金の瞳に確かな愛と、拭い去れぬ苦しみを抱えて。――母さん、僕はわかっています。その眼差しの意味を、その微笑みの裏側を。貴女の腹より産まれたことが、僕の背負う罪なのでしょう。愛する人を奪った吸血鬼の血を継ぐ僕を、貴女は愛してくれたけど。私の大事な息子だと、心から語ってくれたけど。それでも、母さん。いつでも新雪のように柔らかく愛してくれた貴女の心にはずっとずっと多くの葛藤が降り積もっていた事でしょう。何層も積み重なった、深雪の心底。隠す事は出来ても消せはしない奥の、奥。
「貴女の苦しみは、確かにそこに在ったのですから」
 今だからこそ、そう思えて言葉に出せる。後はただぼんやりと、彼女の瞳を見つめていました。……そう。本物の母さんが、こんな所に居る筈はありません。今眼前に居るのは過去の異物が観せる虚像、心情を反射した鏡の先――でも、紛い物と切り捨てるには、これは少しばかり重い。霧雪に閉ざされた墓前で、茫然とする心はされど凍り付く事は無い。だって、そうでしょう?

「貴女が居てくれたからこそ、僕は聖者なのですから」

 苦しんでも、悩み抜いても。貴女が深々と愛を降り注いでくれたから今の僕が居るんです。生まれながらの光を白い炎に変え献身に灯す己が使命を見出し、認め、選んで――今日この場に来て、『罪』を見つめているんです。母さん。あの瞳に映る現在の姿を、本物の貴女は愛してくれるのでしょうか。
『彼女』はただ、微笑っている。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
墓穴には簡素な木の棺、そこで眠る男の顔はよく覚えている
俺がこの手で初めて殺した人間だ

十年以上前になるか…ダークセイヴァーで一人で旅をしていた頃、野盗の一団に襲われた
棺の中の男はその野盗の一人だった
殺さずただ追い払ってもよかった筈だ
しかし雲が切れて満月が視界に入った瞬間、そんな理性はどこかへ消えて、目につく先から手に掛けてしまっていた
『化け物』と彼らは死の間際に言っていたが、確かにその通りだな

俺の罪は、満月による人狼の凶暴化の衝動に抗えず、人の命を奪った事
それを隠し人として生きている俺を、彼らはどう思うだろう
棺の中の男を前にすると、そんな想いが罪悪感と重なり膨らんでくるような気がして、息が詰まる



●不慮か運命か
 男の種族を示す立派な毛並みは霧がかり、細かな水滴を飾って銀色に燦めく様が見事だった。だが心做しか力強を感じられない。常のシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)であれば士気の高さを示す様に耳は凛と立ち、尻尾は――否。是等は割り切っている産物だ。そう、人狼である事実は何をしても変わりはしない。仕方ない事と冷静に判断し日々過ごして来た。今だってそうだ、その筈なんだ。だが眼下に広がる目標物と傍らの穴から目が離せない。

『あなたの罪』

 どれくらい棒立ちで居たのだろう。己の他に誰も居ないのであれば自分で自身に行動しろと教えなければならない。墓穴には簡素な木の棺、そこらの樹を切り倒し職人でもない者がとりあえず作ったような出来だ。道端でくたばる適当な亡骸を葬る為に作成した雰囲気漂うそれを漸く動いた指先で暴くと、中で眠る『罪』は確かに名も知らぬ男だった。でも、あの顔はよく覚えている。友人でも知人ですらない赤の他人が、記憶に深く刻まれ痂が癒えずに残っている。何故なら、この男は。
「俺がこの手で初めて殺した人間だ」
 つい口に出た台詞は、冷静であろうとする本能が心の中の異物を吐き出させた産物だろうか。だからと言って、胸中に渦を巻き始めたざわつきは収まらない。開けてしまったのだ、開けたのは棺の蓋と剥がした痂、閉じ込めておいた過去の記憶。十年以上前になるか……ダークセイヴァーで一人で旅をしていた頃、野盗の一団に襲われた。棺の中の男はその野盗の一人だった。人を襲う事でしか生きられない彼等とシキでは力の差等歴然、殺さずただ追い払ってもよかった筈だ。簡単に出来たことだったのに。しかしそれは偶然だったのか。時間が夜で、よく空が晴れていて、雲が切れて対峙する彼等の頭上に美しい満月が姿を見せてしまった。視界に入った瞬間、そんな理性はどこかへ消えて、目につく先から手に掛けてしまっていた。雑多を引き裂いた手は人のもので在ったのだろうか、『化け物』と彼らは死の間際に言っていた。それが答えなのだろう。確かにその通りだな、呟く声は地へ反響する前に消えていく。認めたのは起き上がる男にか、己にか。

「俺の罪は、満月による人狼の凶暴化の衝動に抗えず、人の命を奪った事」

 人狼として生き、過去を越え現在もシキは戦い続けている。誰かを信頼し約束も違わず仲間への協力も惜しまない自分の奥底には、自らが狼(ばけもの)である事への拒否が少なからず存在していた。いや、これは恐れだ。眼前の『罪』が眼差しは己への問いかけだ。真の姿が耳や尻尾に留まらない事は理解している、経験しているからこそ今でも満月から逃げている。それを隠し人として生きている俺を、彼らはどう思うだろう。棺の中の男を前にするとそんな想いが罪悪感と重なり膨らんでくるような、気がして。
(息が……詰まる)
 今も仕事だ。猟兵として現場に向かい、任務を完璧にこなすべく取り組む最中だ。淡々と驚異を処理し、終わらせる。降りかかる火の粉は払うだけ、なのに。野盗も火の粉で分類するなら限りなく同じだろう。ただ相手が人狼であった事と、その日が満月であった事は、誰にとっての不慮か運命だったのか――呼吸の仕方を苦労する程に彼の心は、人だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

アウレリア・ウィスタリア
ボクの罪?

目の前には無数の穴と棺の群
その瞬間にわかってしまった

あぁ、そういうことですか
そうですね、「アナタたち」からすればボクは罪そのものです

棺の中に横たわるのは
私を「あの地下牢」に閉じ込め
苦しめ痛めつけ辱しめた故郷の村人たち
そこは私の本当の故郷ではなかったけれど
ボクの故郷であることは間違いない

皆が恐れるような蔑むような瞳でボクをみつめる

わかってる
皆にとって私は悪魔だった

そしてある日、村は襲われ呆気なく滅びた
地下牢に囚われた悪魔を残して

それを罪と呼ばず何と呼べば良いのか

滅ぶべきは私だった
私は罪そのものだった

見つめてくるだけで
悪魔を恐れる村人たちは何も言ってこない
それが何より恐ろしい

アドリブ歓迎



●おかえり
 霧は唯漂う。停滞の錯覚を覚える程に、青空を見上げた先に浮かぶ雲のようにゆっくりと流れ……此処はダークセイヴァーだ陽は昇らない。夜が世界を支配する中、アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)が進む場所は酷く白が多かった。可憐なロベリアを飾る紫髪の束が花車な身を揺らす度にふわりと靡く。黒猫の仮面で囲んだ琥珀は先を見据えるも、思考は内で考えを張り巡らせていた。ボクの罪? 思いつかない。疑問だけが今は浮かんで――何かに気付いた。

『あなたの罪』

 墓がひとつ有り、穴も一つ在った。アウレリアがそれを認識した瞬間周囲の霧が不自然に動いて、急激に場へ変化を齎す。カーテンを一気に開けるが如く白が少女の視界から引いていく。視線の障害が消えた地に、また墓が有り穴も在った。霧が失せていく先々に墓が、穴が、有って、在って――急速は急遽休止した。広々とした光景の背景はやはり白い。まるで壁に囲まれているような、でも。そんな事は些末だった。広がった空間に無数が存在している。荒れ地一面の墓と穴が群れを成し提示される、その瞬間にわかってしまった。あぁ、そういうことですか。
「そうですね、『アナタたち』からすればボクは罪そのものです」
 冷静に言えただろうか。言葉を鍵に、穴に収まっていた棺達が次々に開いていく。一番手前の中で横たわる『罪』を見下ろせば否応無しに理解出来る。彼等は、私を『あの地下牢』に閉じ込め苦しめ痛めつけ辱しめた故郷の村人たち。そこは私の本当の故郷ではなかったけれど。どんな扱いだったとしても長く居たその事実があるのならば私――ボクの故郷であることは間違いない。ああ、皆が恐れるような蔑むような瞳でボクをみつめる。わかってる。
「皆にとって私は悪魔だった」
 オラトリオと成って、白黒の翼を背に持ってしまったことで彼等は私を異端と呼んだ。ああ、起き上がる皆からもロベリアの花が散り落ちる。棺に敷き詰められていた白いそれ、彼等の視線に込められた花言葉。もう何度、過去として心に痕を残して来た感情だろう。幽閉は永遠に続くと思っていた、でもある日――村は襲われ呆気なく滅びた。地下牢に囚われた悪魔を残して。皮肉にも、蔑まれ追いやられた地下で護られたのだ。忌み嫌われて居たものだけが残り、他は全て息絶えた。それを罪と呼ばず何と呼べば良いのか。何と言えば、彼等は納得するのだろうか。仮面に隠されていない口元を動かす。

「滅ぶべきは私だった」

 告げた所で、独りが皆と対峙するこの状態に変化は無い。そう、何も変わらない。私は罪そのものだった、今でもそう思っているから『彼等』が出てきた。同じだ、あの日々と。痩せた大地に立つ彼等は滅ぶ前の姿が儘だ。人が村を作るのなら、記憶に残る皆が揃っているのなら、此処は村と呼ぶべきだろうか。此処は、ここは。どこだろう。私は今、何処に居るのだろう。猟兵として敵を討ちに来たのか、不気味な霧が創り出す幻覚を観ているのだろうか。それとも、――故郷に帰ってきたのだろうか。再び、ボクはあの地下牢に閉じ込められてしまうのだろうか。捨て去ったはずの苦痛と絶望の記憶が蘇り、現実を想起してしまいそうになる。見つめてくるだけで悪魔を恐れる村人たちは何も言ってこない。それが何より、恐ろしい。

成功 🔵​🔵​🔴​

蘭・七結
【比華】

わたしたちの――わたしの、罪
かの神格を殺めたこと
眞白き君を奪ったこと
幾つもの縁を絶ったこと

指折り数えるだけ溢れ出でる罪過
いいえ、もっと身近な
わたし“たち”姉妹に纏わるもの

わたしの罪は屹度、あなた“たち”を忘れていること
忘却の毒に蕩かせた妹子
ほんとうの、八番目
わたしたちの手を引いた、まことの姉子
いたはずの、六番目

『六華』

かつてあなたはそう告げた
ずうと傍にいるはずなのに
ずうと傍にいたはずなのに
如何して、あなたたちをなくしているの
如何して、何時も通りにわらっていたの

真白いバラが漆黒に染まる
七番目(わたし)と揃いの貌
その眸に宿るのは蔑みと――憎しみかしら

あなたは如何して、いなくなってしまったの


蘭・八重
【比華】

この子と私の罪、わたくしの罪
愛を騙る男達を殺した事?
あの人を軽蔑する事?
『六華』という女を消した事?

いいえ、そんな事罪でも何でもないわ
だって罪悪感など感じない

わたくしの本当の罪は
この子を愛という荊の鎖で繋ぎ
わたくしだけを愛する様に鳥籠に閉じ込めた事
愛という名の炎で燃やし殺そうとした

そして
もう一人殺した子
この子と同じ顔のわたくしの可愛い妹
八重という名を奪い、そしてこの子を奪った
同じくらい愛してたはずなのに

わたくしはこの子を選んだ
同じ地獄へ堕ちる子よりも
地へと這い上がるこの子を…

今でも覚えている貴女の声を叫びを
『どうして!私もお姉様の妹なのに』



●だれが私を――したの?
 少女はひとり、目的地で立ち竦んでいた。深い霧は既に蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)を此処へ導き終え、穏やかに周囲を揺らがせている。墓の文字はとうに確認していた。そうして、今は片腕を鈍く上げ白い手を見つめている。心は波風一つ起きず、只々平坦な湖が広がるよう。わたしたちの――わたしの、罪。それは誰の事を指しているのかしら。ひとつ、かの神格を殺めたこと。白い指先折り畳む。ふたつ、眞白き君を奪ったこと。傷在る手で数え続ける。みっつ、幾つもの縁を絶ったこと。糸切鋏を何度握り込んだだろう。もう数える事すら――覚えているの? ぽたんとこころに水滴が落ちた。漣から目を背ける代わりにもう一本。指折り数えるだけ溢れ出でる罪過、一体どれを……いいえ。握り締める手を下ろした。

『あなたの罪』

 墓碑は1つ、穴は――2つ。それが何を意味するのか、七結はとうに理解していた。否、どれ程まで『覚えているか』は解らない。今は逸れてしまったが、同行者は確かに自分の姉だった。だからこそなのか、提示された2基の棺を見下ろす視線は落ち着き身は静けさに満ちている。この罪達は、数読む指先に含めなかったもの。もっと身近な、わたし『たち』姉妹に纏わるもの。――既に蓋は開いている。
「わたしの罪は屹度、あなた『たち』を忘れていること」
 黒と白が咲いていた。1つは常闇の棺で眸を閉じる七結が収められて――違う。黒い髪の、おんなじかたち。確かに在った縁を忘却の毒に蕩かせた妹子。ほんとうの、八番目。1つは芳しい花園で、白華の美しい女性が眠る。遠き日にわたしたちの手を引いた、まことの姉子。いたはずの、六番目。認識は次々雫と零れ胸中に波紋を広げていく。本当は、湖面にもう渦が出来ていた。まなくれなゐが心の底は器と表現するより雁字搦めに編み込む糸のよう。ずっと塞き止めていた記憶が、赤い髪鮮やかなあなたと交わした言の葉で解れて外へ。それは水の如く流れ喩え糸の様に細かろうが――鋏で断つ事は叶わない。ああなんて、か細い真実だろう。今のわたしが思い出せる僅かな想い出が、掴もうとする手をすり抜け2基の棺へ落ちて往く。ぽたん、ぽたん……ふわり、歪んだ香りが頬を掠める心地がした。別々に収まっていた二人が目覚める。
「六華」
 白い花のあねさま、かつてあなたはそう告げた。ずうと傍にいるはずなのに、ずうと傍にいたはずなのに。こんなに記憶は朧気で、でも不思議とこゝろは『罪』の姿を受け入れる。起き上がり、ひとりと二人は向かい合う。如何して、あなたたちをなくしているの。如何して――何時も通りにわらっていたの。応えは聲に出ず彩が返す。嗚呼、真白いバラが漆黒に染まる。六番目(あなた)の総てが真黒に塗り潰されて、全てが黒き花弁と成って舞い散った。巻き起こる花嵐は隣人を包み――やがて溶けていった。ふたりがひとつになるかのように。そうして残った、――番目。

「あなたは如何して、いなくなってしまったの」

七番目(わたし)と揃いの貌がわたしを見ていた。霧がひとりと独りを閉じ込めた白い世界で向き合う双人、わたしとあなた。その眸に宿るのは蔑みと――憎しみかしら。ずうと一緒だったのに、今は問いかける事でしかあなたに触れられない。

――――

●それは私と――が言った
 白い世界に、女はあまりに鮮明だった。美しく纏う黒に二色を飾る。ドレスに赤、貌を覆う――蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)の花は今、黒かった。佇む一輪、墓の意味はとうに理解していた。けれども麗人は娃しい所作で紅彩る爪と白い指に視線を落とす。この子と私の罪、わたくしの罪。それは何の事を示しているのかしら。愛を騙る男達を殺した事? 親指が視界から消える。あの人を軽蔑する事? 人差し指が折り畳まれる。『六華』という女を消した事? 三本の指を数えてから、戯れを辞め手を握り込む。――いいえ、そんな事罪でも何でもないわ。だって罪悪感など感じない。でも彼女は此処に来た、逸れてしまった可愛い妹と一緒に。

『あなたの罪』

 一人きりに、1つの提示。間違いなくこれはわたくしのもの。在るという事は、有るという事だ。ならばどれが該当するのか――悩む真似事をした所で結果は既に出ている。解っているのだ、相手も自分も。
「わたくしの本当の罪は」
 言葉と共に手を下ろした。開ける視界、少しだけ顎を上げた先に墓碑が1つ――穴も1つ。嗚呼、此処は本当に墓場なのかしら。1基の周りに夢幻が広がる、それは鮮やかな花園を描き魔女が観る景色を彩っていた。いつかの薔薇達に囲まれている棺は鳥籠と同じ模様を飾っていた。静かに開かれていくそれ、到底自らの手で開けることは出来なかった。だって、閉じ込めたのは紛れもなく自分なのだから。蓋が堕ちていく、中に居るのはふたり――寄り添うように頬寄せ眠る顔は全く同じものだった。仲良く一緒に収まる少女達。ひとり、白い髪のこの子を愛という荊の鎖で繋ぎわたくしだけを愛する様に鳥籠に閉じ込めた事。愛という名の炎で燃やし殺そうとした。そしてもう一人、隣の独り。黒い髪の殺した子。この子(七番目)と同じ顔のわたくしの可愛い妹、八重という名を奪い、そして七番目(この子)を奪った。同じくらい愛してたはずなのに……ふたりが一緒に目を開ける。ひとときだけ互いを見つめ合った気がした。そうして、ゆうくり女を見上げる。手を伸ばし棺から出てくる、閉じ込めたこの子と葬ったあの子が一緒に女の前に並んだ。姉様と呼んでくれた日のように。そして、わたくしは。

「わたくしはこの子を選んだ」

 ひとりを愛で囲い、独りを手に掛け――そうしてわたくしは八重に成った。同じ地獄へ堕ちる子よりも、地へと這い上がるこの子を……選んだ? 何方を? 愛情も、殺意も、選択の一つだ。白を手元に、黒を身の内に。その総てが選んだ事だ、この子達の未来を、女は選んだ。その結果だ。現在が此処に、揃った貌が揃ってわたくしを見つめている。双人は何も言わない、でも――『八重』の口が開く。
『どうして! 私もお姉様の妹なのに』
 音は無い。無いのに、聞こえた――いいえ。今でも覚えている貴女の声を叫びを。脳裏に響いた台詞を読むように『罪』は唇だけを動かしていた。幻覚と切り捨てるには余りに明瞭で、忘れられず癒えぬ毒のよう。嗚呼、黒に染まる。抑えきれぬ感情がトランプ兵を動かした。ペンキで塗りたくっても女王には気付かれない。この暗き感情は未だ自分だけのもの、でも。眼前のこの子ではない、本物のいとおしい子は思い出し始めている。切欠は紛れもなく自分だ、自分が決壊させた。じわりじわり、黒き真実は少しずつ滲み出している。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

馬県・義透
【外邨家】
四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友。

第一『疾き者』唯一忍者で蛍嘉の双子兄。
一人称:私 のほほん?

…おやまあ、はぐれちゃいましたねー。しかも、…ええ、内部からの声も聞こえづらいときた。

私の罪。生まれたことこそが罪というのに。
私さえいなければ、母は生きていたでしょう?
双子は忌み子。性別が違うのなら生き残るは女の方で、男は殺される。
それを止めようと、出産直後に加護を私へ与えた母。命と引き換えになった加護。

だからこそ、罪を感じるのは母相手。
顔も知りませんけど、私たち双子と似ていたというのは知っています。

薄い緑色の髪をした、妙齢の…。


内部三人は必死に呼び掛けてるけど、聞こえてない。


外邨・蛍嘉
【外邨家】
蛍嘉の双子兄=『疾き者』

…はぐれちゃったねえ。気を付けててもこれだから。

さて、罪か。…『義紘(兄の名)』に感じてるんだよね。
だってさ、私が性別が同じだったら、あんなことにはならなかったんだよ。
双子の忌み子。性別が同じなら、後に生まれた私が死んで終わり。

女で、外邨の血を引いた子を確実に産めるからと、そんな理由。

さらに、私は兄に分け与えられてた『鬼を封じる役目』まで取っちゃった形だからねぇ…クルワが選らんだ結果だとしてもだよ。
忍で、どこにもいけないのに。

ああ、そこにいるのは。今はもう黒・白・橙に隠されて見えない、銀灰色の髪をした兄だ、義紘だ。

※こちらのステシ誕生日が双子の誕生日です。



●死して尚
 朝靄の中だったなら、悪くない散歩道だっただろうか。霧は風情、先に山でもあれば見事な山水画として飾れるだろうにこの世界は夜ばかりで華がない。荒れ地を草履で進む馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)は一度足を止めた。暴力的な白が不自然な風を運び着流しを揺らす。試しに袖を一度振る、穏やかな仕草だったが刹那指先向けた方の霧が激しく畝った。疾風の如く投げた手裏剣は、何の手応えも無かったようだ。改めて見回しても、佳景処か――同行者の姿すら無い。
「……おやまあ、はぐれちゃいましたねー」
 云うなれば敵陣の真っ只中に居ると謂うのに、『疾き者』は随分穏やかな口調だった。続けてしかも、と己一人なら返事をする者は居ない筈なのに男は声を出していた。本来なら、独り言。でも『彼等』の常は常人と違うものだった。本当なら身の内から三つの声が反応して然るべき流れなのだが今は一般人の常識と同じ状態になっている。即ち、……ええ。内部からの声も聞こえづらいときた。四人で一人の複合型悪霊は独りで現状を理解する。風は止んだ、目の前に目的地を登場させて。

『あなたの罪』

 表記が違うと『外邨義紘』は思った。の、ではなく『が』ではないか。私の罪、生まれたことこそが罪というのに。風習を濃く彩る忍びの家に生まれた己には同時に産み落とされた妹が居た。同時、つまり義紘は双子だった。外邨家にとって双児は忌み子、性別が違うのなら生き残るは女の方で、男は殺される。尊き命よりも、親族はならわしやしきたりを当然のように選んだ。でも彼女は、大事に大事に腹の中で育ててくれた母だけは違った。それを止めようと、出産直後に加護を私へ与えた母。命と引き換えになった加護。当然のように、選んでくれた。――結果、両子は母を失い男は恩人の顔すら解らない。だが識らずとも、『墓』は棺を用意した。嗚呼皮肉だろうか、格式高い一基に外邨の家紋。もう故郷ごと滅んでしまったというのに。落ち着いた所作で傍に行き、年月を宿した手で触れる。暴けば居るのだろう、此処に。私達を生に贈り世に送り出した人が。
「顔も知りませんけど、でも私たち双子と似ていたというのは知っています」
 つい、また声に出た。誰からも返事は来ず、届かないメッセージは唯眼下の棺へと落ちていく、そして懐かしさと――ほんの少しの躊躇を込めて蓋を開けた。思い出の香りと共に女性がひとり横たわっている。嗚呼、この人が兄妹を産み生かしてくれた母だと謂うのか。薄い緑色の髪をした、妙齢の……込上げるものはどんな想いだったのだろう。私が生まれてしまったから。貴女の腹に、宿ってしまったから。

「私さえいなければ。母は生きていたでしょう?」

 それは呼びかけなのか、罪過の確認か。何方にせよ『罪』は声に応え目を覚ました。眼差しも、何処か似ているのかもしれない。四人が混ざった今の外見で比べられるかは解らないけれども。嗚呼、妹なら或いは。思考が逸れていく視界で母だと提示された女性はゆっくり起き上がる。まるで、息子が帰ってきたから起きて話でもしようか――そんな場面を思わせた。義紘自身の穏やかな雰囲気がそうするのか、見つめる者が何も言わないからなのか。場違いなのは、霧深い世界の方だと錯覚していく。……義透を構成する内の三人が必死に呼び掛けていても、聞こえない程に。

――――

●死んでも尚
「……はぐれちゃったねえ。気を付けててもこれだから」
 漸く再会できた人と、また離れてしまった。再び会えたと言っても、生きてる内ではなかったけれども――外邨・蛍嘉(雪待天泉・f29452)は息を吐いた。息を。おかしなもんだ、自分も同行者である兄も仲良く死者であるのにこうして動いている。今は霧深き道を歩み、猟兵の敵を討つ為に。まあ、逢えたのだから悪霊というのも……何て考えが過る前に女は意識を現実へ戻した。辿り着いた先、眼前に一層濃い霧が壁の如く立ちはだかる。紬を纏う穏やかな婦人は未知の驚異に取り乱す事も無く、静かに腕だけを動かした。いつの間にか携帯していた藤色の棒手裏剣が放たれ風を斬る。厚い白を消し飛ばし、藤の花を荒れ地に咲かせ道を作り隠していた空間を開放した。其処に、目的のものが立っている。

『あなたの罪』

 藤の花路を進み、改めてもそれだけの代物を見下ろした。さて、罪か。墓碑の傍に穴一つ、既に予感はしていた。予想は違わず当たるだろう――中に掠れた外邨の家紋が入った簡素な棺、この意味は十分に理解していた。此処に収まっているのは間違いなく兄であると確信する。……私の罪は、罪悪感は『義紘』に感じてるんだよね。だってさ、私が性別が同じだったら、あんなことにはならなかったんだよ。ならわしやしきたりを重んじる家にとって双子は忌み子。性別が同じなら、後に生まれた私が死んで終わり。しかも私が残されるのは女で、外邨の血を引いた子を確実に産めるからと、そんな理由。
「さらに、私は兄に分け与えられてた『鬼を封じる役目』まで取っちゃった形だからねぇ……」
 外邨家は忍である。それは故郷で認識されていた情報だ、ただし秘匿された情報も存在する――それは『外邨家は魂に鬼を封じる家である』事だった。血を繋げた子に代々鬼が宿り封じ続ける役目を、今代で受けたのは蛍嘉の方。だから己に嘉が付き兄は義紘になって……処分される筈だった。そうでなければ、そうしなければやがて兄は名実共に『鬼』と成る。溜息交じりに言葉零し、近付いて棺に手をかけた。永き年月を得た指先でゆっくりと、労るように蓋を撫でる。
「クルワが選らんだ結果だとしてもだよ」
 女が呟いた名こそ、魂に宿す鬼の事。多重人格者と成った歩き巫女を構成する人格のひとり、雨剣鬼は双子のうち彼女を選んだ。女でも無く、鬼を宿す事も無かった兄は母が尽力しなければすぐに殺されていた。でも、代わりに母が死んでしまった。何方にしろ、何方かが死んだ。自分が居たせいで、己が生まれたせいで。妹が居なければ、産み落とされたのが独りであったなら……誰も死ななかったのに。何故選ばれてしまったのだろうか。だって、生き残ったって。

「忍で、どこにもいけないのに」

 蓋を開ける。ああ、そこにいるのは。今はもう黒・白・橙に隠されて見えない、銀灰色の髪をした兄だ、義紘だ。霜月が終わる頃共に生まれ、今も揃って悪霊と成って――逢えた人の、過日の姿。生前の記憶そのままの彼が目覚め、起き上がる。もし普通の家に生まれたのなら、何のしがらみも無かったのなら……目の前の『罪』と己が縁側に並び座って話ができたのかもしれない。仲良しの、生者として。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
白詰草が飾られた豪奢な棺
……分かってるよ
私の罪はいつだって、おまえの形をしてるんだ、姉さん

開ける手に躊躇はない
金の髪を三つ編みにした紫の目の娘
綺麗な白い翼に白い角、いつ見たって私と正反対の
十四で死んだ、双子の片割れ

……いつもそうやって笑うよな
おまえの笑顔を真似て、私は笑ってる
喋れないのか。そうか
死人に口なしってよく言うもんな

おまえが故郷に火を放って
自分も火を呑んで死んだときに、よく分かったんだよ
私は生まれてくるべきじゃなかった
呪詛を集める私がいなければ
おまえの体は丈夫だった
そうすれば父親はおまえを蔑ろにしなかったし
短い余命に怯えなくて済んだんだ

――見るなよ
おまえが言いたいことは、分かってるから



●Dear White clover
 世界を隔てる霧と同じ白が、地にも点々と存在している。否――詰め込んだように咲き乱れる、それら。足元を埋め尽くす花は何時だって男の記憶の中で枯れる事は無かった。ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は見下ろしている。金の瞳と燃え盛る眼で、幸運の花の中で、一つの墓碑を冷静な眼差しで眺めていた。

『あなたの罪』

 此処に来る前から、結果の予想は済んでいる。穴の中に有るのも周りと同じ、約束の花束を飾ったとても綺麗で豪奢な棺だった。白いのに、周囲の彩と同じなのに、それは何より鮮やかな印象を男に植え付けた。私を――わたしを見て、わたしを思ってと。外側だけでも強く主張している気がして、ニルズヘッグはひとつ長めの息を吐いた。
「……分かってるよ」
 霧と花を散らして墓穴へ向かい、最短ルートで辿り着き次第無遠慮に手を伸ばす。蓋を掴み、開ける手に躊躇はない。剥ぎ取った物と一緒に花束が地に落ち、衝撃で花弁が舞い飛ぶ光景で眠る『罪』はとてもとても可憐な姿だった。金の髪を三つ編みにした紫の目の娘、綺麗な白い翼に白い角、いつ見たって――私と正反対の、十四で死んだ双子の片割れ。分かっていたよ。私の罪はいつだって、おまえの形をしてるんだ。
「姉さん」
 酷く優しい声掛けだった。棺に寄り添い、まるで頬杖つきながら寝ぼすけさんに呼びかけるような音の色。すると眠り姫の白布で覆われていない瞳が、ゆっくりと開いていく。紫に映る氏の顔はほんの少しだけ、十四の片割れに近い幼さを写している気がした。起き上がった無色の『罪』に表情が色付く。無邪気に、無垢に――咲ってみせる。なァ、姉さん。おまえは……いつもそうやって笑うよな。おまえの笑顔を真似て、私は笑ってるんだ。……ん? あァ、喋れないのか。そうか、死人に口なしってよく言うもんな。微笑むだけの存在に、幻影と切り捨てるには分別し難い記憶よりもリアルな姿へ弟は語り続ける。数多のホワイトクローバーが咲き誇る庭で、柔らかくて甘みを帯びた野花の香りに包まれて――此処は余りに、あまりに穏やかだった。どうして、此処は現実では無いのだろう。……原因等とうに理解ってる。
「私は……生まれてくるべきじゃなかった」
 堪らず言葉は喉から溢れた。一度決壊した想いは止まらず零れ出る。姉さん、おまえが故郷に火を放って自分も火を呑んで死んだときに、よく分かったんだよ。呪詛を集める私がいなければ、おまえの体は丈夫だった。そうすれば父親はおまえを蔑ろにしなかったし、短い余命に怯えなくて済んだんだ。心を求め、希望を求め、純白のドレスで、翼で、花を冠して――過去の異物に成り果てる事等、なかったのに。わたしはまだと、そう告げた二度目の最期だってあの日零した涙だって忘れた事等一度も無い。親愛なる白詰草、その笑顔は――復讐なのだろうか。

「――見るなよ」

 堪らず反らした視線は、己の手に落ちた。玩具の指輪に花弁がひとひら飾られる。機嫌は伺う迄もないだろう……おまえが言いたいことは、分かってるから。白が支配する世界で、唯一の灰燼竜は項垂れ唯掌を眺めていた。弟に呪詛を吐き、痛み苦しみ、死に際に笑い、××の庭で手を繋ぎ合って――記憶と思い出と感情が胸中で混ざり暴れ狂う。罪にも呪いにも竜吼の心にも存在する彼だけのレディは今、墓の中で花やかに咲き誇っている。

成功 🔵​🔵​🔴​

ライラック・エアルオウルズ
『己の想像を否定した』
其れを罪とするのは
きっと、僕だけなのだろう

だから、暴けるのだって
僕だけなはずなのだけど
あなたと贈られる罪に
裡は騒いで、微苦く笑う
いつ、葬ったんだろうな
忘れてはいけないのにな

ひとに友を否定されたから
皆消えたと、思いたかった
本当は、わかっていたよ
僕が皆を信じられなくなって
灯を消して、原稿を捨てて
それから、皆消えたんだと

鮮血は流れなかった
消えてしまっただけ
屍体は遺らなかった
紙屑が転がっただけ

それでも、ぼくが
友人を殺したんだ

棺に横たわる人影のかたち
影遊びの産物、想像上の友人
ちいさな少年を眺め、呟く

――ごめん、マーティン

彼だけじゃない
たくさんの『友人』たちに

僕は償わなきゃ、いけない



●抒上の友人
 白いけむりは沢山あっても、追いかけるうさぎがおりません。だったら、勝手に穴をさがしましょう――なんてメルヒェンな物語で飾れる程、五里霧中には夢中になれなかった。ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)はもう、兎の足を借りずとも其れを発見していた。尤も、この穴は入り口ではなく容れ物なのだが。

『あなたの罪』

 どうして、落ち着いた男の声がした。穏やかさに、ほんの少し眉尻を下げた貌が零したものは密やかな叙情――即ち、墓が提示した主題への問いかけ。土を掘った入れ物には棺が収まっていた。問題はその大きさ。ああ。其れを罪とするのはきっと、僕だけなのだろう。だから、暴けるのだって僕だけなはずなのだけど。いつ、葬ったんだろうな。忘れてはいけないのにな。胸中に生まれた疑問に墓が応え、文字が書き換えられる。

『己の想像を否定した』

 これがあなたと贈られる罪に裡は騒いで、微苦く笑う。表題は記載された。次にカタンと棺から音がする――と思ったら、ぺらりと薄く蓋が捲れた。裏側と内側に文字の羅列、馴染み深い筆跡。まるで大きな本を一冊読むかのように小さな棺が独りでに頁を開いていく。なんて不思議で奇妙な出来事か、ひととき湧き上がった好奇心の儘墓穴を覗き込む。一枚、綴られた文字に見覚えは大いに在った。この物語は、友のもの。間違いなく己が執筆した紀行達。もう一枚、誰も、頁を捲る、彼も。空想上の世界を旅する友人達は奇妙のようで――奇跡のように用紙を埋め尽くしていた。そうしていた。子供の頃からそれで良かった、好かったんだ。でも……ひとに友を否定されたから。
「皆消えたと、思いたかった」
 ひとの心は無限に在って、夢幻に心躍らず儚い方の認識しか持たぬ者だって確かに居る。だからと言って、白い薔薇を赤く塗り潰せと。非現実は要らないと心無い言葉で刎ねる必要が果たして有ったのだろうか。恵まれた友人達を否定されたから、皆は消えてしまったと思って――本当は、わかっていたよ。僕が皆を信じられなくなって、灯を消して机上に光を無くし。原稿を捨てて、彼等の旅路を失くした。それから、皆消えたんだと……自分の心情を上書きしたかった。棺の蓋は捲られ続ける。友人達の物語が、過ぎていく。鮮血は流れなかった、消えてしまっただけ。屍体は遺らなかった、紙屑が転がっただけだから――それでも、そうだとしても。そうだとしても!
「ぼくが……友人を殺したんだ」
 最後の頁が想う心と後悔の念から生まれた影兎によって捲られる。開ききった本の底、棺に横たわる人影のかたち。影遊びの産物、想像上の友人。――やあ今晩は、いつも君にそう挨拶できたのに。いつからぼくは、想像上の大人になってしまったのだろう。ちいさな少年を眺め、呟く。

「――ごめん、マーティン」

 こんな抒情詩で、君は赦してくれるのだろうか。ゆっくり目を開けて起き上がる姿が喩え墓の観せる『罪』という空想だったとしても、彼と向き合う事ができた。できてしまった、こんな感情の時に。己の想像を否定したぼくの前に、本から抜け出した君が居るんだね。マーティン、親愛なる友へ。ぼくは君に――君だけじゃない。今まで想像し机上で出会い続けた、たくさんの『友人』たちに。
 僕は償わなきゃ、いけない。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティル・レーヴェ
『あなたの罪』
墓跡の詞から目が離せない

震える指先で
其処を暴き見れば知れるのかしら
其れが真実ともわからないのに
知りたいの?

嘗て何も知らず盲目に
其れが善と信じる儘に
愚かな幼子が数多の民を死へ誘った
それも罪
けれどそのなかに
“私”の“家族”もいたのかしら

聖女様と
己を縋って求めた民の姿は
甦った記憶と共に
全て裡に刻まれている

でも記憶の始まり迄遡れど
この身は既に籠の鳥
吸血鬼たる飼い主の元

親の存在は記憶に無い
あゝその人は
民達の中に居たのかしら

天鵞絨の髪したあの女性?
瞳が似ていたあの男性?
それとも…

『私の罪』は
数多を死へ誘ったこと?
親をもそうしたかも知れぬこと?
それとも…“知らぬ”こと?

ねぇ
其処に居るのは、誰?



●無音の蕾
 白霧に囲まれた籠の中で、墓跡の詞から目が離せない。茫然と立ち尽くしても、紫水晶の輝き宿す双眸で見つめても、ティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)が認識する意味は変わらない。少女の目の前には墓碑がひとつ。穴も、ひとつ。固定された視界でも言い知れぬ不安と存在感を放ち続ける物が、其処に入っている。ふと、視えない手に促された気がして視線が墓穴の中へ降りていく。あゝ存在している、一基の棺が。其処を暴き見れば知れるのかしら、其れが真実ともわからないのに。――知りたいの? 内なる声が問いかけるも、震える指先はもう止まらない。静かに、少しずつ蓋が開いていく……心の底にしまっていたモノと、一緒に。

『あなたの罪』

 それは何処かに在った、過日の御噺。ある常夜に、ひとつの都がありました。人ならざる者が戯れで支配する都市は、穏やかに弄ばれていたのです。ある夜、支配者の手元に光が生まれました。ひとりの玩具が翼と花を咲かせた聖者の雛に成ったのです。彼は悦び、ソレを大事に鳥籠へ仕舞いました。そして、民に告げたのです――聖女が誕生したと。
「『私の罪』、は」
 神聖なる雛鳥は何も知らず盲目に、刷り込まれる儘其れが善と信じ歌い続けた。聖女様と己を縋って求めた民の姿が脳裏に映る。愛しい民が呼ぶ儘に、憂い嘆く彼等の為に、大丈夫大丈夫よと雛は謳った。苦しむ今を終わらせて、新しい未来に朝が来ると――そうして■■な幼子は数多の民を死へ誘った。また会う日を楽しみに、そう告げて。導いた彼等から便りが来る事は無かった。
「数多を死へ誘ったこと?」
 それも罪と、蘇る記憶共に全てティルの裡に刻まれている。あゝけれどもそのなかに、『私』の『家族』もいたのかしら。想起の始まり迄遡れどこの身は既に籠の鳥、吸血鬼たる飼い主の元で謳うばかりで親の存在は何処にも無い。あゝその人は、民達の中に居たのかしら。
「親をもそうしたかも知れぬこと?」
 親鳥は、いいえ。己にも人間の『親』が居る事を知ってしまってから、朧気な過去から紡ぎ出される想像が身を縛る。天鵞絨の髪したあの女性? 瞳が似ていたあの男性? 『私の罪』は解らないこと? それとも……『知らぬ』こと?

「ねぇ――其処に居るのは、誰?」

 棺が開ききる。中に在ったのは、バラバラに散らばった彼女の聖域で咲く白い花弁だった。――ゴト。突然、近くで鈍い音がした。ゴト。ゆっくりとティルは顔を上げる。ゴト、ゴト。少女が暴いた墓穴の傍に、違う墓穴が空いていた。すぐ近くの土がひとりでに崩れ、また一つ。ゴト、ゴト、ゴト……どんどん墓穴が、彼女を中心として波紋が広がるように。まるで蕾が花開くように、葬られた穴が幾つも出現していく。――ゴトリ。音の正体は、無数の棺から無遠慮に蓋が落ちる音だった。やがて一人、静かに『罪』が起き上がる。別の棺からも一人、また別の穴からも。あゝあの人は、希望を求めた民の顔だ。愛しい民達が、天鵞絨の髪をした女も、瞳が似ている男も、皆棺から這い出て少女を見ている。聖女様。無音の者達に声はない、でも。聖女様。意識に、心に、あの日の彼らが呼びかけている気がした。聖女様、何も知らなかった聖女様。『罪』が沢山居るのなら、その総てを捧げましょう。聖女様、もう一度『私達』を御誘い下さい。聖女様。聖女様。
 奇麗に並ぶ穴は格子模様の影にも思えた。白霧と罪の鳥籠に、囲まれる。

成功 🔵​🔵​🔴​

サフィリア・ラズワルド
POWを選択

棺の中にいたのは年上の竜人の女性、施設にいた頃の仲間の一人だ、名前は知らない、でも覚えてる、竜人は竜の幼体、そう信じてた私達の中で唯一疑問を抱いていた人、竜へと変わるための儀式に連れていかれる最中に私に助けを求めてきた、何も知らなかった私は『大丈夫だよ頑張って!』って彼女を見送った。

儀式……実験は失敗、彼女は竜に成れず中途半端な姿で暴れ狂って息絶えたと後に聞いた、施設が無くなる数日前の出来事だ、彼女の言葉に耳を傾けていたら、待ったをかけていたら、彼女は今も生きていたかもしれない。

私の罪は疑心を抱かなかったこと、自分の置かれた状況を絶対だと信じて疑わなかったこと。

アドリブ歓迎です。



●絶対の代償
 立派な翼を広げると、霧が逃げて僅かに視界が晴れた。しなやかな尻尾を揺らして、纏わり付く白を払う。それでも、サフィリア・ラズワルド(ドラゴン擬き・f08950)が見る世界は同じ景色に溢れていた。雫が光る角生えの頭を動かし、何とか目的地を見つけようと模索する。こっちでいいのかな、ちゃんと進めているのかな。自分の他に誰も居ないのなら、己の意思だけで進まなければ。人の足を動かして、竜人は進む。――突然霧の流れが変わった。竜が飛び立つ時に似た暴風は白を吹き飛ばし、空間が生まれる。

『あなたの罪』

 墓の文字にも、墓碑そのものにも見覚えが有った。更に言えば、穴に収まる棺にも。記憶の中にある建物の一部分を切り取って作られたようなそれら。嘗て、人工のドラゴンを創る為に作られた施設が在った。ドラゴニアンはいつか竜になる、本物の竜になる、人の姿はいらなくなる。その信念の元行われていたのは儀式と言う名の実験だった。幼いサフィリアも実験体として其処に囚われていたが、当時の彼女に悲壮感は無かった。そんなもの、考えもしなかった。――儀式の形跡を色濃く飾った『罪』の蓋が開く。ああ、やっぱり。棺の中にいたのは年上の竜人の女性、施設にいた頃の仲間の一人だ。名前は知らない、でも覚えてる。忘れられる筈もない。
『大丈夫だよ頑張って!』
 竜人は竜の幼体、そう信じてた私達の中で唯一疑問を抱いていたこの人に私は元気に声をかけた。竜へと変わるための儀式に連れていかれる最中、彼女は私に助けを求めてきたというのに。その両目は、怖れを抱いていたのに。何も知らなかった私は純粋に励まし、見送った。名前も知らないのに、実験体というカテゴリで括られるだけの縁を仲間だと思っていた。それは何を意味するかなんて、ましてやこの先で起こりうる未来なんてものも、何一つ疑わなかった。そして儀式の……いや。実験は失敗、彼女は竜に成れず中途半端な姿で暴れ狂って息絶えたと後に聞いた。原因不明の事故が起き、数多の犠牲と一緒に施設が無くなる数日前の出来事だった。
「彼女の言葉に耳を傾けていたら、待ったをかけていたら」
 少女の呟きに呼応し『罪』が目覚める。起き上がる姿はまだ、人だった頃のものだ。あの日、彼女は一体どんな姿に成り果ててしまったのだろう。人で在る事を否定され、強引に竜へと創り変えられる過程で終わってしまった彼女の命。身も、心も痛く苦しかっただろうに。訴えてきた言葉は今でも耳に脳裏に焼き付いている。救いを求める手を、取る事が出来ていたら――彼女は今も生きていたかもしれない。でも。

「私の罪は疑心を抱かなかったこと」

 サフィリアにとって、当時施設に居た事が全てだった。自身も実験体として、実際に儀式を受けてきたと言うのに。本能が調節される程の影響を与えられても尚……自分の置かれた状況を絶対だと信じて疑わなかったこと。この一点そのものに迷いも疑念も抱けなかった。生き残りの竜人と人の形をした『罪』が向き合う。自分も彼女も、実験を行う者達にとっては同じ代償だった。もしあの時、連れて行かれたのが自分だったら立場は逆だったのだろうか。それとも――絶対の信頼は喩え異形に成ろうとも、失われずにいたのだろうか。

成功 🔵​🔵​🔴​

斬崎・霞架
処刑台は未使用、死因と思われる左胸の鋭利なモノ、幸せそうな顔
皆が皆、望んで自死したとでも?莫迦な
…こうして居ても仕方がありません、件の墓を探しましょう

(『あなたの罪』と書かれた墓
棺の中に居たのは、血に塗れた、死んだ目の幼い少年
自分を生み出した母親――今では自分の宿敵とも言える存在の元で、母親の言う通りに多くの命を奪い、自分と同じく母親の元で育った子供達と、殺し合った自分)
(母親にとって自分たちは実験動物同様で、そこに愛などはなくて、それでも――)

――態々見せ付けなくとも、重々承知しておりますよ
嗚呼、ですが…この礼はきっちり、して差し上げましょう

(だからこそ、この程度で立ち止まる事はもう…ない)



●孤獨
 半魔の男は独り立ち止まっていた。白霧は様子を伺うように周囲を漂っているが、構わず斬崎・霞架(ブランクウィード・f08226)は先に聞いていた情報を整理する。現状敵の正体は不明、犠牲者が見つかる処刑台は未使用。死因と思われる左胸の鋭利なモノ、幸せそうな顔……まさか。皆が皆、望んで自死したとでも? 莫迦な。浮かんだ一つの仮定を、即座に否定する。
「……こうして居ても仕方がありません、件の墓を探しましょう」
 新たな手掛かりが無いのなら、手に入れに行くしか無い。もやもやする視界に一箇所の靄を発見する。霧が濃い中の其処は、まるで誘っているようだ。安い挑発だが闘争心へ僅かな燃料にはなってくれるか、一瞬だけ穏やかな微笑みを浮かべ――彼は舞台に導かれる。

『あなたの罪』

 開ける前から存在感を放つ原因の腥さを一時無視し先ず墓穴ではなく墓碑を眺めた。眼鏡越しの文字は、ずっと変わらず同じ意味を表示し続けている。改めて提示されずとも、向き合ってきたテーマだ。過去を忘れず、己にとって本当の強さを目指す為の――硝子奥に潜む金の瞳が移動する。未だ冷徹な貌で在る儘、メッセージが示す先を見下ろした。箱だ。棺と云うより、其れは人が入れる箱に思えた。躊躇う事無く手にかけゆっくり開けていく。ぽたり。蓋に赤が伝い、一滴底へ落ちる。嗅ぎ慣れた匂いと見飽きた色に塗れた幼い少年が横たわって――此方を見ていた。ぽたり。光を映さず、死人と同程度の眼が霞架を視ている。判ってる。解りきっている。この『罪』を創り上げたのは。
(自分を生み出した、母親)
 嘗て。今では自分の宿敵とも言える存在の元で、己は母親の言う通りに多くの命を奪い続けた。小さな身体が浴びているのは、その幼い手にかけた者達の――いやそれだけではない、少年自体も傷だらけだった。奪われた者達が抵抗した痕? 違う。己を生んだ者の傍には、自分の他にも子供が居た。何人もの子を育て……違う。あれはもう飼育だ。母親にとって自分たちは実験動物同様で、目的の為に管理されて。そうして、何をしたか。彼女は自ら育てた子供達を――殺し合わせた。実子だって例外ではなく、目の前の命を奪わなければ自分が死んでいた、そんなもの最早蠱毒と変わらない悍ましい話だ。けれども、それでも。母親の実験室(はこ)の中で何度も何度も言う通りにして、望む結果を差し出してきたのに。
(そこに愛などはなくて、それでも――)
 母親が欲しかったのは生き残る子ではなく、実験結果だった。――でも。狭まる視界で起き上がる『罪』が映る。ぽたり。少年の頬に赤が伝い落ちた。本当に、生き残りたくて塗れた色だったのだろうか。言われる儘に他人を殺し、共に育った者も殺め、たった独り残った視線の先に居たのは。……凝縮した呪詛を纏った手を強く握り込む。

「――態々見せ付けなくとも、重々承知しておりますよ」

 棺の中身が『母親』ではなく『少年』であることが何より霞架が今抱いている意思を示していた。此処には居ない。再会する時はもう、親子ではなく宿敵としてなのだから。嗚呼、ですが……この礼はきっちり、して差し上げましょう。呟く言葉を贈るのはこの舞台を用意した未だ正体不明の敵へか、それとも。
(だからこそ、この程度で立ち止まる事はもう……ない)
 過日の事実を胸に、青年は少年と対峙する。

成功 🔵​🔵​🔴​

マリアドール・シュシュ
・罪を抱く人
ベリアドール
マリアの絶望から生まれた冥水晶で瓜二つの少女
宿敵だった
倒すまで負の感情や故郷での過去の記憶を忘れていたのは、全部ベリアが請け負ってた為
ケタケタ笑う


敵の正体が不明な以上、慎重に行かなきゃ

濃い霧に不気味さ感じ
心細さを紛らわす為に鼻歌を口遊む
倖せの詩(うた)を
墓の前へ

何故…!
あの子は…マリアが、

(おやすみなさい、と
愛しい彼の人と共に
まるで…
マリアちゃんはどうせベリアの事なんて今の今まで忘れていたのでしょう?
とっても倖せそうね?
そう責めてるようで)

忘れた事なんて…!
でもずっと鍵をしていたのは、マリア

昏い顔
足が震えて悼む胸押さえ
宝石の雫が目から溢れ、眠る彼女に落ちる

ごめん、なさい



●華独
 ――♪
 夜の荒野に華を描く程の綺麗な唄が聴こえてくる。濃い霧の不気味さを消し去るように、心細さを紛らわす為に鼻歌を口遊むマリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)はされど慎重に墓地を進んでいた。敵の正体が不明な以上、冷静にならなければ……でも胸の中に芽生えた言い様のない不安を成長させないよう、シンフォニアは倖せの詩(うた)を常夜に響かせ続ける。星空の煌めきを秘めた銀髪を靡かせ、鮮やかな金色は真っ直ぐ前へ――ふと眼前の霧が不思議な動きをしているのに気付いた。それは彼女が放つ歌声の力から逃げていくのか、それとも……答えは眼下に出現したひとつの墓碑に書かれていた。

『あなたの罪』

 歌を止め、墓の前へ。傍にぽっかりと開いた穴にはきれいな棺が収まっていた。――気付いてしまった、蓋に飾られ輝く石を。抑えていた昏き予感が心の中で膨れ上がる。まさか、高鳴る鼓動が警告音に聞こえてくるも伸ばす手は止められない。ゆっくりと棺を開け放ち、中を認めて星芒の眸を大きく開かせた。
「何故……!」
 信じられないと叫ぶ。横たわる可憐な少女が誰かだなんて十分に理解していた。鮮烈な燦きを飾る銀の髪の内側と、纏う装いは記憶を濃く彩る鮮明な赤で染められている。その輪郭はあまりに見下ろす少女と――マリアドールと限りなく同じもの。『彼女』は双子ではない。でも、血と同じ位深く深く繋がる存在だった。嘗て剣と宝石の国に在った自身の故郷は、彼女の幸せは襲来した竜によって崩壊した。幼い華水晶にとってそれは耐え難い悲劇……到底抱えきれないもので。育て親の喪失、渦巻く負の感情が少女の心も身体にも罅を入れていく。止めるためには、忘れるしか無かった。真実と総ての記憶を己の絶望より生み出した瓜二つの存在が請け負い、そうして『彼女』である冥水晶ベリアドールが生まれた。でも。
「あの子は……マリアが、」
 呟いた瞬間、あの子の最期が記憶に再生されていく。追憶の音雨を受け、身体中に罅が入ったあの子。愛しい彼の人と共におやすみなさい、と告げて……たった独り砕け散っていった、絶望の華。大人しく目を閉じ眠る姿は、ケタケタ笑っていたあの時とは違うもの。けれども、あの子がいる。その存在だけで蜜華の晶が心に『罪』の言葉が映し出される錯覚を覚えた。まるで……『マリアちゃんはどうせベリアの事なんて今の今まで忘れていたのでしょう?』『とっても倖せそうね?』なんて、声無く責めているような。
「忘れた事なんて……!」
 すぐさま否定するも、間を置かず花のかんばせが曇っていく。――でもずっと鍵をしていたのは、マリア。その事実は変わらず二人の間に存在していた。言われる迄、思い出せなかった。苦しみも、悲しみも、想い出も……総てベリアに背負わせて、蓋を閉じて。宿敵となった冥水晶を砕いたら幸せに――なったの? 本当に、『もう大丈夫』?

「ごめん、なさい」

 耐えきれず、言葉と想いが昏い顔から溢れていく。足が震えて悼む胸押さえても、心の中で影の花が荒れ狂う感情の中咲き誇る。堪らず星が瞬き宝石の雫が目から溢れ、眠る彼女に落ちていく――澄んだ音色と共に瞼が揺れ、ゆっくりと眼下の双眸が開いていく。ああ、違わない。自分と同じ金色が重なる、ベリアの瞳にマリアが鮮やかに映し出された。

成功 🔵​🔵​🔴​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

宵と手を繋ぎ先を進みながらも眩暈と共に手が離れれば慌て周囲を見回す…が
ある墓を見れば引き寄せられてしまう

棺の中に横たわって居るのは美しい黒髪の女性
妬みから異端だと告発を受け追われた兄を持つ、前々前所有者
兄が原因で没落した家を夫と共に建て直し子を設け幸せに笑う平穏を、信心深さ故に祖母を厭う実の孫に壊された薄幸の人

悲しげな無表情で己を見つめるその顔は血を分けた者に肉体的に、精神的に虐待ともいえる仕打ちを受けながら逝く間際に良く浮かべていた表情にも見えついぞ苦し気な吐息が漏れてしまう
もっと早く己が肉を得て居れば、力があれば…
きっとそう罪悪感に蝕まれながらその顔を見続けてしまうのだろう


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826と)
手に手を取って進みながらも、一瞬の違和感とともに握っていたはずのかれの手の感触と温もりがなくなれば
かれの姿を探して首をめぐらせるも
ひとつの墓に目が留まれば吸い込まれるようにその前へ

穴を掘り棺を暴く
その墓の名は、僕の罪

あのとき、オブリビオンの襲撃を受け焼け落ちた屋敷のなかで
僕が見捨てて逃げたあの人の姿
僕を養い、育て、そして紛れもなく心をもって接してくれた最後のあるじの姿

ああ、ああ、ごめんなさい
申し訳ありません―――!

僕は、助けられるかもしれなかったあなたを捨て置いて逃げた!
もの言わぬ無表情が
あのときのあなたの眼差しそのもので
ああ、敬愛なるご主人さま
惺さま―――!



●その手を
 ずっと離さないでいたいと、思っていたのに。転送から始めは間違いなく同行者と手を繋げていた。荒れ地を共に進み、少しずつ濃くなっていく霧に軽い眩暈を覚えた後は――彼も、誰も居ない白と静寂の世界だけが広がっていた。ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)が慌て周囲を見回しても手に残る暖かさの主は見つからない。無論現状を受け入れる事等到底出来ず、男は眼差し鋭く真っ直ぐ前を向いたかと思えば堂々と突き進んでいく。急ぎこの舞台を創りし者に裁きを下し、一刻も早く大切な人と再び手を繋ぐ為に……が。目の前にそれが出現した事で、予定は予想外に変更される。

『あなたの罪』

 墓を視界に入れた途端意図せず身体が動いた。強制的に引き寄せられ、刻まれていた文字を読み込む。司教の指輪として創られ人々に慈悲を、赦しを与えてきた聖者の化身に罪と――墓穴に視線を移した所で端正な貌は顰められる。収められていた一基は、お世辞にも良い状態のものとは言えなかった。嘗ては質の良い拵えだったのだろう棺は年月を得て朽ち果ててしまっていた。それ処か、所々故意に傷付けられた箇所すら在る。
(ああ、そうか)
 ザッフィーロが理解した瞬間、崩れ落ちるように蓋が開いていく。棺の中に横たわって居るのは美しい黒髪の女性だった。妬みから異端だと告発を受け追われた兄を持つ、前々前所有者その人がヒトに成った己の前で静かに眠っている。彼女は自身に何一つ罪はないと云うのに、兄が原因で没落した家を夫と共に建て直した立派な方だった。だが、子を設け幸せに笑う平穏を信心深さ故に祖母を厭う実の孫に……壊された。そんな薄幸の人と今、『罪』として再会している。眼下の様子は穏やかだった頃と同じく身綺麗で、安らかな顔をしていて悲しき未来など無かったかのようにも思えた。願わくばそのまま――しかしゆっくりと、かの双眸が開いていく。己と目が合った瞬間女の頬に一筋の傷が出来血が流れ落ちた。身を起こし、棺から出てくる身体は徐々に、まるで聖痕の如く傷や痛めつけられた痕があちこちに出来ていく。纏う服も擦り切れ、美しい髪の一部が千切れ落ちた。ああ。悲しげな無表情で己を見つめるその顔は血を分けた者に肉体的に、精神的に虐待ともいえる仕打ちを受けながら逝く間際に良く浮かべていた表情にも見える。それを自分は、部屋に置かれた物の一つとして――ずっと、見ていた。ただ、見ているだけだった。自らを填めた手を握り締め、ついぞ苦し気な吐息が漏れてしまう。

「もっと早く己が肉を得て居れば、力があれば……」

 足があれば、酷い仕打ちを受ける女性のもとへ駆けつけられたのに。手があれば、苦しむその手を引いて守護する事もできたのに。力があれば、その姿を生きている時に癒してあげられたのだろうか。ヒトの形を得る前の己は、なんと無力だったのだろう。困難に打ち勝ち、人としての幸せを自らの手で得た者が悪意と理不尽に喰い殺されていく様を見ていることしか出来なかった。傷だらけの『罪』が対峙する。今も、今も同じだ。ヤドリガミとして受肉した身体を動かせず、只々その視線を受け止め反らす事も出来ず相手の顔を見続けてしまう。胸中を、昏い影に蝕まれながら。

――――

●その手は
 確かに、掴んでいた筈なのに。離れないようにと、離れたくないと願って手に手を取って進んだ同行者との繋がりは一瞬の違和感と共に僅かな温もりを残して――消えてしまった。残り香の如く、緩く指を折り曲げた儘の手をすり抜けていく靄は逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)だけの空間に溶けていく。かれは、姿を探して首をめぐらせるも周囲に存在するのは濃い霧ばかり。それでも諦めたくなくて、かれの目線よりも上や下に視界を動かして……ひとつの墓が、目に留まった。

『あなたの罪』

 本音を言えば、先にかれを探したかった。でも心とは裏腹に身は吸い込まれるようにその前へ足を進める。墓碑には粗末なシャベルが一本立て掛けてあった。すくう部分に土が付着しており、近くに掘り途中の半端な穴が存在していた。続きはあなたがと言わんばかりのシチュエーションを、宵は無言で引き継いだ。地を抉り、穴を掘る。すぐに土ではない物に当たる音と感触がした。注意して残った土を払い出てきたものを認識した途端、彼は驚愕の表情を浮かべた。有ったのは別世界の文化で作られる、とある屋敷の瓦礫だった。所々焦げ跡が残るそれは見覚えのあるもの、忘れられる筈のないもの――理解した瞬間掘り返す動きが加速する。ああ、まさか。この下にあるのは。早く、早く、半ば乱暴に瓦礫を退かしシャベルを投げ捨て、底に在った棺を暴く。
「……確かにこれは、僕の罪です」
 懐かしくて、もう一度会いたいと願っていて――此処で逢えてしまった人が静かに眠っている。旧き天図盤は永い時の中で何人もの主人の手を渡り、人の世の移り変わりを見てきた。無論、主人の事も含めて。眼前に居るのは、物から者に成って宿神として目覚めたあと育ててくれた最後の主人。僕を養い、育て、そして紛れもなく心をもって接してくれたあるじ。ああ、傷一つ無いその姿に胸を締め付けられる。あるじ、あなたはオブリビオンの襲撃によって灰燼と化した集落と崩壊した屋敷に取り残された。火の手が上がり全てを燃やし尽くす地獄の中、僕はあなたを見捨てて逃げた。焼け落ちた瓦礫に押し潰され、血まみれの手だけになったあなたを――見ることしか、出来なかった。ああ、ああ、ご主人さまの目が開く。最期に見た色と同じ瞳に己が映り込んだ瞬間、感情は決壊した。
「申し訳ありません――!」
 ごめんなさい、ごめんなさいと心底より発する。激情をぶつけるヤドリガミに対し『罪』は無反応に唯相手を眺め続ける。構わず、宵は抑えきれない想いを叫んだ。

「僕は、助けられるかもしれなかったあなたを捨て置いて逃げた!」

 僕が逃げずにあなたの元へ行っていれば。あの瓦礫の下にあった血塗れではない、『あなた』のようにきれいなその手は取れたかもしれなかった。でも、僕は……続きの言葉が喉元で詰まる。起き上がり、見つめるもの言わぬ無表情があのときのあなたの眼差しそのもので。彼が接してくれたものと同じ心を貫かれたような気がした。ああ。ごめんなさい、敬愛なるご主人さま。許してください、僕の、最後のあるじ。
「惺さま――!」
 もしあの瞬間、焼け落ち逝く屋敷の中でその名を叫べたら――あなたの表情は彩を抱いていたのでしょうか。呼びかけは、慟哭に近いものだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ディアナ・ロドクルーン
…変な所。墓地の隣に処刑台
直ぐに埋めるために、かしら…?

なに…これ―…私の、罪
墓石に刻まれた文字を指でなぞって。
二つの瞳は吸い込まれるように、黒い地面にぽっかりと口を開けた穴を、棺を見据えた

これは、誰が眠っているの…?
(恐る恐る棺を開き)

ああ…師父…貴方が此処にいるのは何故…
あの時、確かに自分の手で、此処ではないところに埋葬したはずなのに…

師父……おじいちゃん、ねえ、また私を見てくれるの…?
なにか、言うべきことがあるんじゃない…?
どうして、そんな風に笑いかけてくれるの…?

(あなたを殺したわたしに―)

◆アドリブ歓迎



●銀弓を引く
 ――女神は月の弦に手をかける。
 星空すら覆い尽さんとするものは遠くの雲ではなく隣の霧、それをディアナ・ロドクルーン(天満月の訃言師・f01023)はしなやかな指先で戯れに払う。すっと退いては再度纏わり付く気配を伺わせる白に紫の人狼は鮮やかな双眸をすぅっと細くした。――変な所。思わず呟く。霧に囲まれた墓地と、近くに在るという処刑台。何故これが、隣接しているのか。
(直ぐに埋めるために、かしら……?)
 疑問は胸中に留めておいた。どうせ声にした所で、回答できる者は居ない。物なら墓地の下に居そうだがと何気なしに近くの墓碑に視線を移し、映ったものに目を見開く。

『あなたの罪』

「なに……これー……」
 意味がわからず女は一歩踏み出した。間近になっても墓の状態は変わらない。屈んで白い手を伸ばし、冷たい石の温度と硬い感触を感じながらゆっくりゆっくり文字をなぞる。私の、罪。確認する為の言葉と同時に狼耳がぴんと立つ。一瞬だけ、何かの気配がした。思考が状況判断をする前に、二つの瞳は吸い込まれるように、黒い地面にぽっかりと口を開けた穴を……その中に収まる棺を見据えた。
「これは、誰が眠っているの……?」
 蓋に樹木の葉が散らばり置かれている。まるでこの棺は、何処かの森で打ち捨てられていたのを持ってきたような雰囲気だった。漠然とした負の感情を胸に抱きながら、恐る恐る葉を退かし蓋を開ける。中で、一人の老人が眠っていた。ああ……師父、どうして。墓が提示した『罪』の相手は彼女の恩人。瓦礫の中から這い出た研究施設の実験体が、生きる術を何一つ知らなかった娘が、生きる為に盗みも殺しもして捕まって、私刑を受けて――森で朽ち果てるだけだったディアナを救った人だった。
「貴方が此処にいるのは何故……」
 生前のように敬愛する義父を呼ぶと、『それ』は応えて静かに目を開けていく。漠然としたものが、濃い影となって女の心を塗り潰そうとしていた。もう、現実で見る事は無いと思っていた姿が動いて棺から身体を起こしていく。何故。あの時、確かに自分の手で、此処ではないところに埋葬したはずなのに……。いくら戸惑っても今視ている人物は勝手に動き続け、気付けば彼と対峙していた。何も言わず、ただじっと己を見てから――笑ってみせた。
「師父……おじいちゃん、ねえ、また私を見てくれるの……?」
 堪らず声をかけた。返事が来なくても、問わずにはいられなかった。ねえ、おじいちゃん。なにか、言うべきことがあるんじゃない……? 彼は答えない。どうして、そんな風に笑いかけてくれるの……? 『罪』の笑みは、同じまま。それでもこの姿形は紛れもなくディアナを救った人だった。作法も常識も解らなかった己に、一般教養を教えてくれて。人狼を、人にしてくれた。月の女神を冠する女は呼びかけ続ける。どうして、私の前にもう一度姿を見せてくれたの。

(あなたを殺したわたしに――)

 眼前と過去が脳裏で重なる。視線という鏃の先に師父はいた。あの時、どんな顔で居たのだろう。大きな狼耳が己の心音を拾い上げ脳に叩きつける感覚がする。内なる狂気を抑え込む時のように。世界は広いと、教えてくれた貴方。誕生日も祝ってくれた、敬愛する義父に……私は弓を引く意味の事をした。それを『罪』だと謂うのなら。
 ねえ、どうして――その笑顔は優しいの。

成功 🔵​🔵​🔴​

宵雛花・十雉
【双月】
素の気弱な姿
ユェーは保護者のような存在

気が付けば一人
霧の中に立っていた
大丈夫かな、ユェー

墓地なのに霊の気配はどこにも感じない
こんな奇妙な感覚は初めて

オレの罪?
なんだか嫌な予感がする
それなのに
中を見たいと思ってしまうのはどうして?

何かに突き動かされるように
恐る恐る棺の蓋を開ける
額を汗が伝って

お母さん
そうか、オレの罪…
ごめんねお母さん
お父さんを死なせちゃって
オレがいなければ代わりにお父さんが死ぬこともなかったのに
オレなんて産まなければよかったって思ってるかな

ごめんなさい、ちゃんと謝れなくて
ごめんなさい、黙って家を飛び出して
ごめんなさい…

償えるなら償いたいよ


朧・ユェー
【双月】

手を見つめる
さっきまで離れないようにと手を繋いだ彼と逸れてしまった
まだあたたかい
あの子は大丈夫だろうか?
彼を探そうと

棺?
何か悪い予感がするも覗き込む

……十雉くん?

さっきまで一緒にいたはずの彼
嘘…嘘だ…

僕の大切な者を奪い苦しめる男
だから大切な人を作るつもりも
まして愛するなんて…
いけない筈だった

大切に想えば想うほど
君をいつか苦しめるとわかっているのに
僕は君から離れる事が出来なかった

あの日の様に
僕が君を……殺すかもしれない

それが僕の罪



●晦
 月は一つだと輝けない。他が居てこそ、誰かが照らしてくれるからこそ。でも今、日々男らしい自分を演じる宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)を視る観客は一人も居ない。霧深き中で立ち尽くす男は纏う理想を脱ぎ捨て、素の気弱な姿を見せていた。それはたった独りでいるからか、それとも――数少ない本当の自分を見せられる同行者が、居ないからか。
「大丈夫かな、ユェー」
 呟く声は、近くの靄すら揺らせなかった。ほんの少し前迄確かに繋ぎ合っていた手の温度が消えていく。此処は何処だろう、墓地なのに霊の気配はどこにも感じない。ましてや生者の、保護者のような存在すら。こんな奇妙な感覚は初めてで、心に芽吹いた不安が育っていくのを止められない。半ば誘われるように足を動かし前へ前へ、奥へと入っていく。眼前の霧が左右に散って行こうとも――零月は視えない。

『あなたの罪』

 代わりに在った、墓碑と墓穴。あなた……オレの罪? なんだか嫌な予感がする。それなのに、たった一文の墓から目が離せない。それどころか、指一本満足に動かせない錯覚を抱いていた。焦点が揺れ、躊躇いながら視線がゆっくり穴へ移動していく。勝手に、違う。きっと心があの中に有るものを知っていて、それを拒否する感情とせめぎ合っているのだろう。本能が止めたくて――叫んでいるのに。
(中を見たいと思ってしまうのはどうして?)
 何かに突き動かされるように、手は伸ばされた。見てしまった、棺の形。あぁ、その棺は。葬儀で見たものじゃないか。忘れもしない、忘れてはならない日に見送った、あの。いつの間にか周囲に白が降り積もっている事にも気付かず、十雉は恐る恐る棺の蓋を開ける。額を、汗が伝っていく。静かに暴かれていったのは――刹那。白髪に遮られていない男の黄丹に金引く眼が大きく見開かれた。
「お母、さん」
 雫が落ちた先で眠っていたのは十雉が思っていた相手ではなかった。だって、あの日。この棺に入っていたのは間違いなく自分を庇って息絶えた――父なのだから。何故、どうして。混乱する視界の端に鮮烈な色が咲いた。白が覆い隠した地に、目の覚めるような赤が花開くと同時に、『罪』も目覚めた。最後に逢った時の儘、変わらぬ輪郭が動き出す。起き上がって、息子を双眸に映す迄……男は茫然とした顔をしたまま動けなかった。そうか、オレの罪……急激に子は理解する。
「……ごめんねお母さん、お父さんを死なせちゃって」
 雪の景色が見たいと思ったから、好奇心に従い行ってしまったから、途中で影朧に出会わなければ……ううん。オレが、いなければ。皆に慕われていた大好きなお父さんがオレの代わりに死ぬこともなかったのに。本当はオレが、真っ白な雪の上に赤を咲かせた筈だったのに。お母さん、その目はオレなんて産まなければよかったって思ってるかな。葬儀の場で慰められて居たオレを、お前のせいだと、責めたかったのかな。――『罪』は答えない。ただじっと十雉を見つめ続けていた。
「ごめんなさい」
 堪らなかった。立っていられなくて、縋り付きそうになる。ごめんなさい、ちゃんと謝れなくて。ごめんなさい、黙って家を飛び出して。父の代わりにもなれず、逃げ出して……ごめんなさい。

「償えるなら償いたいよ」

 心に咲いた大輪の罪悪感が、晦の淡い光すら覆い隠そうとしている。

――――

●幾望
 見下ろす白い掌に、残るぬくもり。さっきまで離れないよう手を繋いでいたのに見つめる先は一人分しか存在しない。虚しく空を握り締め、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は顔を上げた。早く双月に戻らなければ、あの子は大丈夫だろうか? 心配と不安が少しずつ心に影を落とす。彼を探そうと早足気味に先を急いで、そして――発見した。

『あなたの罪』

 見つけたのは目的の方だった。間違いない事を一瞥で確認し、改めて同行者を探しに行こうとしたが……何故か足が外へ向かない。それ処か、意識はいつの間にか墓碑の傍で開いている穴を認識していた。視界の端に映りこむものは、棺? 何か悪い予感がするも覗き込む。きれいな、棺だった。器の方は素朴な素材で拵えているのに、それに覆い被さる蓋は赤い華を飾り絢爛で。丁度棺の中で眠る者の頭があるだろう位置には月が描かれていた。細く儚く、もうすぐで朔へ変わりそうな程の鮮やかさを抱く隔たりがゆっくりと動いて――ゴトリと落ちた。
「……十雉くん?」
 銀縁の奥で輝く双眸が大きく見開かれる。さっきまで一緒にいたはずの彼が、探そうとしていた君が、どうしてここに? 『罪』と提示され、きれいな箱に収まった彼はよく出来た人形のように整えられ穏やかに眠っていた。嘘……嘘だ……。呟く声は震えていた。硝子越しの視界が揺れる、何度も視線を逸らそうと目を背けようとしても現実から動けずに居た。月に霧がかかる。光を、遮るように――そして、『罪』の目が開いていく。紅を引いたきれいなオレンジ色に映る、姿は誰だ? それは『罪』が観せる幻覚か、走馬灯のように過去が脳裏を駆け巡りユェーの意識に大切な者を奪い苦しめる男の姿が上映される。あの男が、だから、大切な人を作るつもりもまして愛するなんて……いけない筈だった。でも。『墓』は彼を提示した。もう、遅かった。大切に想えば想うほど、君をいつか苦しめるとわかっているのに。過去が繰り返される未来を、知っている筈なのに。それでも、それでも。

「僕は君から離れる事が出来なかった」

 彼が、目の前にやってくる。いつもと変わらない姿、少し前迄一緒に居て、離れ難くて手を繋いだ――違う。逢いたいのは『君』ではない。僕を呼ぶ純粋で少し子供っぽい雰囲気と、飾らない笑みを見せてくれる君は何処へ行ったのだろう。でも、もしかしたら。ユェーの意識は物言わぬ相手を見ながらも過去の影を視界に収めていた。薄暗い日々から救われて、人を知り、狂愛以外の愛が在る事を識って。少しずつ、少しずつ変わっていく自分を、光に満ちていく月(こころ)をこのまま穏やかに見つめていけると思っていた。でも、満月には未だ至らない。どんなに輝きが満ちても、僅かに欠けた部分が不安と成って残り続けた。十雉くん。僕はあの日の様に、大切な人を。いつか僕が、君を……殺すかもしれない。本当は心の何処かで、この可能性を理解していたのかもしれない。それでも、そんな想いを抱えても尚笑みを浮かべて接しようとする僕に、君はまた笑いかけてくれるだろうか。この手をまた、繋いでくれるだろうか。大切だと思えば思うほど、表裏一体となって存在を色濃くし月を欠けさせる。昏い影という衝動を――抑える事が出来るだろうか。
 それが、僕の罪。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アナンシ・メイスフィールド
ふむ…私には記憶がないからねえと首を傾がせ棺を開ける…も
己に似た美しい黒髪の少女を見れば記憶が泡の様に浮き上がる

蜘蛛の姿の時に出会った、賊徒に刺され目の前で事切れた青年を
その姿に身を変え彷徨う己を執事と共に迎えに来た幼い少女を
兄として少女がレディに替わるまで共に過ごした日々を…変わらぬ姿から政敵に異端として魔女として告発されたその瞬間を
そして最近知った、彼女が血を分けた者の手で苦しみの末亡くなったという残酷な事実を思い出せば思わず膝を付いてしまう
ああ。己が全ての災いだと装い去れば丸く収まると思って居たというのに…私の存在が彼女を苦しめたのだ
その事実に絶望しながらその顔を眺め続けようと思うのだよ



●Doppelgoat
 此処はイーストエンドでもなければ、ホワイトチャペルでもない。廃教会すら隠れる霧に包まれた現在地は都でもなく唯の荒れ地だった。けれども其処に、出で立ち上品な紳士が立っている。アナンシ・メイスフィールド(記憶喪失のーーー・f17900)はシルクハットの鍔に指をかけ、静かに辺りを見回した。されども白が無駄に多い舞台に目ぼしいものは見つからない。ふむ……僅かに零す一息も靄のように融けていくだけなので、留まっていても仕方なしと視線を一点に定めた。娃しい装飾を施す杖を携え、先を目指すが行けど歩けど景色が変わらない。先に言われた目的の物は存在しないのだろうか――だが男は割とこの未来を予想していた。
(私には記憶がないからねえ)
 喪失している部分に罪がなければ、何もないと言う事なのだろう。予想が確信に変わりつつある心境は、しかし結論へ至る前に覆される。

『あなたの罪』

 在った。発見した墓碑を見て、アナンシは首を傾がせる。どうやら有るらしい。墓穴に収まっていたのは何とも可愛らしいサイズの棺だった。さて、何が出てくるのやらと軽い気持ちで――否。本当は、ずっと心の中に焦燥感があった。何か大事な事を忘れているという感覚が、心做しか常より強く胸中をざわつかせているのに気付きながらも蓋に手をかける。開け放つのは、アナンシという男の罪……だけだったのだろうか。小さめの棺で横たわっていたのは己に似た美しい黒髪の少女だった。今彼が持ち合わせている記憶の中には無い存在なのに、凝視した儘身体が動かない。何かが脳裏で蠢き、やがてそれは失われた記憶を抱いて浮き出てきた。泡が、弾ける。
「――っ」
 嘗て、己の姿は蜘蛛であった。蘇る記憶の中で出会ったのは賊徒に刺され目の前で事切れたヒトの青年で、蜘蛛は命無き者の姿をコピーしそれを自身と定めた。既に片方を亡くしたドッペルゲンガーは彷徨い歩き、ある日声をかけられる。それが、執事を伴い迎えに来た棺で眠る幼い少女だった。彼女は青年の姿をしたアナンシを兄と呼び慕い、アナンシもまた彼女を妹として接し少女がレディに替わるまで日々を共に過ごしていく。穏やかな、毎日だった――兄が幾日過ぎても青年の姿から変わらない事を理由に自分が政敵に異端として、魔女として告発される迄は。その瞬間がフラッシュバックする。繋がっていく記憶の断片、最近知ったのはその彼女が血を分けた者の手で苦しみの末亡くなったという残酷な事実。思い出したものが余りに重く、堪らず膝をついたはずみで『Masefield』の名が掘られた仕込み杖は手から離れ地に落ちた。

「……私の存在が彼女を苦しめたのだ」

 蜘蛛が神の呟きを聞いた『彼女』が目覚め、ゆっくりと身体を起こしていく。最後に視た時と変わらない、中身の違う外見を兄と呼び決して短くない時間を一緒に暮らした小さな相手。ああ、己が全ての災いだと装い去れば丸く収まると思って居たというのに。自身をスケープゴートに捧げてしまえれば、少女が此処に収まる事など無かった筈なのに。でももう、彼女はアナンシの『罪』になってしまった。彼の中でこの小さな棺に収まる存在に成り果ててしまった……その事実にも絶望しながら、男は向き合う少女の顔を眺め続ける事しか出来なかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
俺の罪ねぇ
数え切れないくらいなんでもやってきた
強盗、殺人、誘拐、人身売買、結婚詐欺……
果たして何が出てくるやらって感じ
エコーは身に覚えある?
はは、だよな――生きるためにやったことさ
そんじゃ、こっからは別行動で

棺を開けりゃ
「俺」が――いいや「お母様」がいる
反逆罪ってとこかな

俺はお母様のクローンだ
怪物みたいな自分(おれ)を作って
好きな人に認められたかった女
――片目がないのは、俺を片目から作ったからだよな
神様っぽくね

睨まないでよ
あんたの分身はあんたの姿で幸せになっちゃった
ごめんな
俺の人生を大事にしてて
親の期待に応えてやれない――いや
あんたになってやれなかった
死ぬこともない
不出来な怪物で、さ


エコー・クラストフ
【BAD】
抱える罪か。……考えたけど、心当たりがないな
ボクも殺したり奪ったりはしてきたけどさ。どれも必要だったことだ
無辜の輩を殺ったわけでもないし。そこに罪悪感なんてないな
ハイドラ、気をつけてね。……君は抱え込みやすい方だと思うから

ボクに特別抱く罪の思いはない。飛び出してくるのはここの犠牲者か
「なぜ助けてくれなかった」? 随分馬鹿なことを言うやつだな
お前が死んだのはお前が弱かったからだ
助けが来なかったのは運がなかったからだ
お前が特別誰より不幸なわけじゃない。お前くらい不幸な奴は、きっと探せば沢山いるよ

……ボクがこうして死にながら動いているのだって、大して特別な不幸じゃないんだ
だから同情もしない



●共鳴Bad Apple
 同行者と別れたハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)は歩き続けるも、白ばかりな道無き道が只管続くので早々と景色に飽きていた。退屈のあまり霧が煙に視えてきた喫煙者は意識を切り替える為思考する。――俺の罪ねぇ。数え切れないくらいなんでもやってきた。強盗、殺人、誘拐、人身売買、結婚詐欺……途中で止めた。
「果たして何が出てくるやらって感じ」
 気怠げに常夜より深い髪をかき上げる。鮮やかなオッドアイが、すぅっと細くなった。
 ――エコーは身に覚えある?
 独りになる前の会話と、相手の答えを思い出す。いつもと変わらない雰囲気で、いつもと同じ調子だった姿が脳裏に再生されて思わず笑みが零れた。はは、だよな――生きるためにやったことさ。此方も同じ様に笑い返したつもりだったが、別れ際に告げられたのは忠告だった。全く。笑みが深くなる。――そんじゃ、こっからは別行動で。挨拶は軽く手を上げるだけに留めておいた。

『あなたの罪』

 危うく見逃すギリギリラインにそれは在った。ムードはねェのと心の中で愚痴るも、結局は肩を竦めるのみとし改めて墓碑に近寄る。大凡中身の目星はついているが、それでもほんの僅かだけ隣の墓穴に視線を落とす迄タイムラグは有った。そろり、矢張り存在している棺を見たのなら後は同じ事。さっさと蓋を開けてみせた。案の定だ、底に在るのは鏡ではない。
(『俺』が――いいや『お母様』がいる)
 横たわる、そっくりな存在。否そっくりなのは己の方――俺はお母様のクローンだ。だからこれは、反逆罪ってとこかな。目覚めゆくコピー元を見てペーストが笑う。其処に居るのは怪物みたいな自分(おれ)を作って、好きな人に認められたかった女。――片目がないのは、俺を片目から作ったからだよな。なんか神様っぽくね、それ。と揶揄った所で『罪』は何も答えない。眼球の無い窪みと同じ、がらんどう。それでも、残りの単色が二色を見つめている。同じ色に、同じ顔が映りこんで……鋭く成った。
「睨まないでよ」
 急に色付いた表情に、つい声をかけてしまった。当然返答はなく、ハイドラもまた期待せずに再度口を開く。ごめんな、あんたの分身はあんたの姿で幸せになっちゃった。ゾッコンだったお父様の為だけに作ったのに、俺は俺になっちまった。『俺』の人生を大事にしてて、親の期待に応えてやれない――いや。

「あんたになってやれなかった」

 いくら細胞も、DNAも構造が同じだったとしても、この世に存在する二つの同一個体がまったく同じ心を持ってるなんてのは限らない。己を理解し、相手を認識した時点で二人は等しい他人だ。ソレを、ぶっ飛んだ天才の計算には入っていなかった。それだけのこと――でも。そうであったとしても。ハイドラにとって『罪』は『お母様』だった。
「死ぬこともない不出来な怪物で、さ」
 ビーカーに入った小さい細胞で在り続けたのなら、夢の楽園でずっとお母様の希望通りの反応を見せていられたのかもしれない。初めは響き合えて居たのに。過程は何にせよ、この人の死は俺が――。せめて理想通りになってやりたかった。だがもう、林檎は世界に存在しない。
(ごめんな)
 それは彼女の意思か、思念なのか。小さな想いはされど『罪』には響かない。

――――

●反響Bad End
 ――ハイドラ、気をつけてね。……君は抱え込みやすい方だと思うから。
 そう伝えた後、同行者は霧の中へ消えていく。姿も、気配も無くなる迄エコー・クラストフ(死海より・f27542)は見届けた。そうして、今度は己が向かうべき方向へ――先程と然程変わらない白が漂う景色を眺める。抱える罪か。少年の姿をした、少女の屍は考える。……考えたけど、心当たりがないな。すぐに結論付けて歩き出した。歩調は思考と同様、冷静で。……ボクも殺したり奪ったりはしてきたけどさ。どれも必要だったことだ。無辜の輩を殺ったわけでもないし。
「そこに罪悪感なんてないな」
 結果を口に出した瞬間、眼前の霧が少しだけ晴れた。その言葉は違うこと無く本心から、それでも。

『あなたの罪』

 矛盾が出現した。存在しないものを『墓』は提示している。理解は出来なくても、エコーが見る光景は墓碑に穴に棺もあった。それでも成程と一応彼女は納得する。ボクに特別抱く罪の思いはない。飛び出してくるのはここの犠牲者か――ガタン、不躾な音がする。墓穴に収まる箱から音がした。ガタガタ、内側から無理矢理出てこようとする乱暴な衝撃が段々大きくなっていく。それを、デッドマンは冷めた眼差しで見下ろしていた。ガタ……バタン! 棺の蓋が開け放たれ、名も顔も知らぬ男が飛び出してくる。驚愕の表情に顔を歪め、でも己の現状を認識していて、理解できない。そんな顔をした男と視線が合った。男は震えている。目の焦点が常識外に暴れ狂ってた。どうして、何故俺は此処に居る、俺は死んだのか。地を這うような声で呟く、それから漸く相手を認識した様な顔をして……叫んだ。どうして俺は死んだんだ! 何故だ! 死にたくなかった、死にたくなかった! あんたが、助けてくれていれば――。
「『なぜ助けてくれなかった』? 随分馬鹿なことを言うやつだな」
 冷え切った石を投げられ、場が一気に静まり返る。驚愕を隠さず浮かべた男がエコーを凝視したまま固まっている。それも、温度の無い眼で見据える少女がもう一度口を開く。
「お前が死んだのはお前が弱かったからだ」
 真っ直ぐに、男を見て言った。それは間違いなく彼女の本心だ。けれども――誰に向けて投げた意味なのだろう。弱かったから、襲い来る驚異に勝てなかったから、お前は死んだ。死ぬしか無かった。助けが来なかったのは運がなかったからだ、言葉が続く。ピンチにヒーローがやってくる物語は、奇跡の確率を描いているんだ。現実は呆気無いものが殆どで、お前も、――も。あっさりと踏み潰される命だった、それだけだった。投げた声が、返す波のように己へ返ってくる事に気付かない。

「お前が特別誰より不幸なわけじゃない」

 お前くらい不幸な奴は、きっと探せば沢山いるよ。例えば、旅の最中に襲撃を受け家族諸共海の藻屑になった噺とか。唯の無垢な少女だったから、何も出来なかったとか。生き残る? とんでもない。死んだ、死んだんだ。お前も、――ボクも。では互いの今が同じなら、何故エコーは棺の中に居ないのか。それはバッドエンドの中で願われた、ひとつの運命。
「……ボクがこうして死にながら動いているのだって、大して特別な不幸じゃない」
 デッドエンドからリスタートしたのは、自分自身だけの物語だ。だからお前の運命に、同情もしない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

歌獣・藍
霧の深い墓地を
しなやかに歩く
こんな霊でも出そうな所に
ねぇさまがいるとは
思えないけれど
それでも『もしも』の為

歩を進めれば一際目立つ文字
【あなたの罪】と読み上げた瞬間
藍色の瞳が見開く

ねぇさま…?
いえ、これは…よく似た人だわ。

ガラス張りの透明な棺の中で
希望の意味を持つ花に囲まれて
眠姫のように眠る知らない女性は
ナイフで刺されたような腹部の傷から
血液を流し近くの花を赤く染めていた

それはあの日のようなーーー

瞬間、目を開ける女性
……あぁ、そう、そうよ。
その恨むような表情で
見て欲しかった

ねぇさまは
私の前でそんな顔
絶対してくれないもの

起こしてしまってごめんなさいね
せめてもの償いに
『あなたのようになりたかった』



●眠り姫の正体
 導くアリスが居ないなら、遅刻の用事も無いのなら。時計ウサギも静かに跳ねずに先を行く。霧の深い墓地をしなやかに歩く歌獣・藍(歪んだ奇跡の白兎・f28958)は一度辺りを見回した。こんな霊でも出そうな所にねぇさまがいるとは思えないけれど。そう。ずっとずぅっと探してる、『あゐ』したいひとが見つからない。でもここはとても暗くて、白くて、不安が募る不気味な所。居てほしくないと、すこうしだけ願ってる。それでも『もしも』の為、もしもここに居たのなら――私が、助けないと。私が、わたしが。

『あなたの罪』

 進んでいった先、辿り着いたひとつの墓に一際目立つ文字が藍を出迎えた。シンフォニアの尊き声帯がきれいな音で読み上げた瞬間、彼女は近くで開いた穴に気が付いた。名と同じ色の瞳が見開く。あぁ、まさか。浅い穴に収まった硝子の棺に一人の女性が横たわる。真っ黒な髪と、長い兎の耳。私と同じ、わたしの。
「ねぇさま……?」
 夢中で駆け寄った。縋るように『罪』と提示されたものを視た。藍色が驚愕と動揺に見開かれ続けて……やがて、落ち着いた。いえ、とざわめく胸中に否定をかける。これは……よく似た人だわ。己を落ち着かせるように心の中で呟いた。だって、期待と安堵とほんの少しの失望が入り混ざってぐちゃぐちゃだったから。こんなに心がかき乱される。それ程に、眼下の人物はよく似ていた。ガラス張りの透明な棺の中で、希望の意味を持つ花に囲まれて。眠姫のように眠る『知らない女性』は、ナイフで刺されたような腹部の傷から血液を流し近くの花を赤く染めていた。
(それはあの日のような――)
 思えば想う程、目の前が嘗ての光景と重なっていく。捨て子の自分を拾い、愛情豊かに接してくれた大切な人達。大切な、血の繋がらないねぇさま。まだ耳も髪もお揃いの色だったねぇさまに、深い傷を負わせてしまった日。私一人をからかうのならそれで良かった。でも、私を家族と言ってくれる人達迄おかしな目を向けるのは許せなかった。抑えられぬ怒りが相手の命を奪おうとして、向けた刃は――前に出た姉を刺した。それだけじゃない。苺色の虹彩を持つ一族は狙われ、捕まって、囚えられて。恐ろしい投薬実験に怯えた私の代わりに全てを背負ったのも、姉だった。お揃いの髪が黒く変色し、最早時計ウサギと呼ぶに憚る姿に成り果てたねぇさま。皆、みんな私の為だった。愛する妹を人殺しにしたくなくて、怖がる私に安心を与えたくて……やっと逃げ出せて。漸く幸せになれると思ったのに――『罪』が目覚める。
「……あぁ、そう、そうよ」
 ばけものと仲間に言われ姉は追放された。最後迄、私に笑いかけて去っていった。……何が、奇跡の時計ウサギだろう。ねぇさまばかり不幸で、そう。その恨むような表情で、見て欲しかった。だからあなたは偽物で知らない人。ねぇさまは私の前でそんな顔、絶対してくれないもの。――特別な奇跡の兎は気付かない。あゐしたい姉にとても良く似た『罪』の姿を。あの時もっと心が強ければ、大切な姉を自分が守れていたら。黒く染まり心身に傷を受けたのは私の方だったのに。わたしが、その姿になっていれば。ねぇさまは。……『なれなかった』に、抱く感情の名は。

「あなたのようになりたかった」

 起こしてしまってごめんなさいね。せめてもの償いと起き上がる姿に声をかける。
 同じ色の瞳で、見つめ合った。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

サヨと逸れてしまった
私の巫女は何処へ?
心配でならない
はやく、きみの所へ

柩?

私の罪とは……
疑問と共に開く
桜の充ちた柩の中
眠るのは私の巫女

サヨ……!?
どうしてきみが
こんな所に……!

記憶の蓋もまたひらかれる

罪だ
きみの呪いを祓うことより……きみと共にまた、生きたいという願いを選んだ
私の生を望んでくれて、私もまた受け入れた
だからサヨは今も呪いに苦しんでいる
私が救えなかった

私は幸せなんだ
またきみと共に居られて
生きられて…日々が幸福なんだ

この罪悪感は命の証だね
きみが私を選んでくれたから
カムイ(私)はここに居る
泣きそうに微笑むきみが伸ばした手を掴む
何時だってそばにいる

罪悪の痛みは…まるで
むしは紲のように


誘名・櫻宵
🌸神櫻

カムイ!カムイ、どこにいるの?

はぐれた神を必死に探す
霧があなたを隠してしまった
私の、大切な神様を
はやく

罪などこの身に嫌という程染み付いている
こびり付いて綺麗になどもうなれないくらい
意識する度に軋む呪いがある

みたくない
みせないでよ
そんなのとっくにわかってるの

私の、罪
黒桜の柩
嫌だ
吸い込まれるように手を伸ばして開く

──師匠

私の、だいすきな厄災
私が堕としてしまった神性
それでもかえってきてくれた
私の唯一の神様

でも本当に見たくないのは
罪悪感を抱くふりして
あなたを手に入れたと密やかに満ちる心

三つ目が和らいで伸ばされた手が私を撫でて桜の双眸が微笑む
違う
師匠じゃない
…カムイ?

嫌よ
私はカムイのことまで…!



●蝕み満ちる
 常夜の霧に誘われ、姿を見せた神は独り。朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は視線を巡らす。目的の物を探すのではなく、同行者を――大切な華を探す為に。サヨと逸れてしまった。私の巫女は何処へ? 心に咲いた焦燥が身を急かす。朱砂を宿す双眸で幾ら桜龍を探しても、在るのは白と枯れ色のみ。心配でならない。はやく、きみの所へ。少しずつ早くなった足取りは……途中で何故か減速していった。

『あなたの罪』

 其処で停止を義務付けられたかのように足が重くなり、それ以上の進行を妨げた。足が止まった神の前には墓碑がひとつ。見下ろし読んだ文字が其れだった。視界の端には穴がひとつ。私を見てと謂われた気がして龍瞳が動き、全体を捉えた。
「柩?」
 荒れ地を乱雑に掘った出来の墓穴に対して、収められた棺はあまりにも美しかった。私の罪とは……疑問と共に白き棺へ手を伸ばす。――側面に刺繍された春の花々は、丁度穴の影で視えなかった。静かに蓋をずらしていく。芳しい、良く知る香りが花開いた。けれどもカムイにはそれを楽しむ余裕等無かった。桜の充ちた柩の中、眠るのは――私の巫女。
「サヨ……!?」
 花のかんばせ娃しく、彩る瞼が睫艷やかに閉じられている。間違いなく、桜に抱かれ眠るのはつい先程迄隣にいた者だった。どうしてきみがこんな所に……! 叫び声が霧夜に響く。動揺する視界の中で、眠る巫女が聲に応えてゆっくりと眼を開けていく。目覚めた『きみ』と約神の視彩が重なる。互いを認識した瞬間、硃桜の中で閉じられていた記憶の蓋もまたひらかれる。――罪だ。一度はきみを斬って迄貰い受けた呪を、『前の私』はきみに還してしまった。きみの呪いを祓うことより……きみと共にまた、生きたいという願いを選んだ。きみは私の生を望んでくれて、私もまた受け入れた。そうして私はもう一度友に、イザナに逢えた。だから……サヨは今も呪いに苦しんでいる。

「私が救えなかった」

 解かなくていいとイザナは言った。立派に成長したサヨを見て、私(神斬)はきみが振り下ろす刃に全てを託した。友と廻る旅を終え、転生した私を招き迎えてくれた――サヨ、私は幸せなんだ。またきみと共に居られて、生きられて……日々が幸福なんだ。完全な愛呪に蝕まれ満ち征くきみの傍に、私(カムイ)で寄り添える今が。
「この罪悪感は命の証だね」
 きみが私を選んでくれたから、カムイ(私)はここに居る。充ちる桜を散らして起き上がった『罪』の傍につき、泣きそうに微笑むきみが伸ばした手を掴む。どうか泣かないで、私の巫女。嬉しい時も、苦しい時も、何時だって、私はそばにいるよ。また一緒に生きたいと願ってくれたから、約と縁が巡り廻って夜は朱た。サヨ、これからも色んな世界を旅しよう。もっと、いろんな世界をみにいこう。約束を胸に、芯の底にひとさじの影を抱きながら。――だってきみは、この心の何処にだって居てくれたのだから。
「罪悪の痛みは……まるでむしは紲のように」
 カムイが共に居たいと願うのも桜龍ならば、彼を此の場に繋ぎ止めるものもまた桜だった。喩え相手が『罪』だとしても、否。墓が提示したのが他でもない私の巫女なのだから、彼は躊躇無くその手を取ってみせる。白い手をそっと、大事に大事に両手で包み込む。『きみ』が、嬉しそうに笑ってくれた気がした。

――――

●散り染まる
「カムイ! カムイ、どこにいるの?」
 言の葉が白き常夜に響いて消えていく。返事が無い、帰ってこない。還ってきた筈の同行者と、また離れ離れになってしまった。誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)がはぐれた神を必死に探す。霧があなたを隠してしまった、私の、大切な神様を。はやく、はやく。名を呼び、濃霧に手を伸ばす。藁にも縋る思いで邪魔な白を払っても、朱が視えない。はらりと龍の桜が零れて花冷えに消えていく。惑う足取りで進む、進む、進んで……辿り着いたのは者ではなく物の所だった。

『あなたの罪』

 相手が居なかった失意と、見飽きるほど知る文字に発見の喜びは勝てず艶やかな輪郭は儚く沈んでいく。業々刻まなくても解っている、罪などこの身に嫌という程染み付いている。こびり付いて綺麗になどもうなれないくらい――鮮やかな眼差しが僅かに歪む。意識する度に、軋む呪いがこの内にある。痛みが引っ張るように、身体の向きが変わっていく。拒否権はない、みたくない、みせないでよ、そんなのとっくにわかってるの。桜霞が辿る、墓から穴へ、その中へ。見事な一基が収まっている。
「私の、罪」
 黒に桜を咲かせた、上等な塗り棺だった。丁寧に大事に葬られたのが解る拵えに、不安な予感は確信に変わる。嫌だ――心は開けたくないと必死に叫んでいるのに、身を誰かに明け渡した感覚を抱くばかりで近付く事が止められない。吸い込まれるように手を伸ばして……蓋を除き、中身を覗き込む。
「──師匠」
 噫。私の、だいすきな厄災。この身を蝕む呪を半分喰らって、私が堕としてしまった神性。影に堕ち征くあなたの願いを識って、愛を知った私の想いを込めて輪廻へ、イザナイカグラの元へ導いた。永い時を大蛇の呪いに侵されて苦しんでも、それでもかえってきてくれた私の唯一の神様。『罪』が目覚める。ひとつ、ふたつ、みっつ。変わらない過日のあなた、私が開けた棺の中身になった……でも本当に見たくないのは。起き上がる相手を見つめられなくて僅かに視線を落とす。逢えて嫌な事等無い、けれど。罪悪感を抱くふりしてあなたを手に入れたと密やかに満ちる心が、呪と一緒に身体を軋ませる。――不意に近付く気配。すぐ、伸ばされた手が己を撫でた事に気付いて驚く貌と一緒に視線を戻した。和らぐ三つ目、柔らかく触れる指先も微笑む双眸も優しくてひととき世界の闇を忘れ櫻宵も微笑み返し。そして、愕然と花色を変えていく。違う、あなたは師匠じゃない。嘗ての姿より、もっと身近に知るあなたは。

「……カムイ?」

 桜が、黒い桜が散っていく。棺の中に充ちるのも、『罪』も影に彩られていた。棺に描く硃桜すら、散り征く花弁に染められていく……嫌、嫌よ。櫻色の唇が戦慄いた。染まっていく、染められた私の神様。我が身を蝕む呪いは、この神すら奪おうと謂うのか。あなたを手に入れて、護ると決めたのに――八岐大蛇が身を縛る。未来を、見せつけられている気がした。
「嫌よ、私はカムイのことまで……!」
 悲痛な叫びを花冷えが桜の欠片ごと攫っていく。僅かな春と、黒き呪いの桜が舞い散る花嵐。あの時、桜龍を救いたくて櫻宵の元から去っていく師匠の姿が脳裏に蘇る。呪いを抱いた儘終わりにすると、謝罪した弱々しい姿。あなたも……そうなってしまうの?
 目の前の『神』は、慈しむように微笑んでいる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルーシー・ブルーベル
気付けば濃い霧の中

此処はお墓ばかりね
本来お墓って、だれかがだれかを偲ぶ
優しい場所だと思っていたけれど
ここは誰が誰を、あるいは何を想える事が出来るのかしら

『あなたの罪』
ルーシーの……?
いえ、それとも、わたしの?

マガホニーの棺
ベルベットカバーの内には
イングリッシュブルーベルの花がぎっしりと詰まっていて
その中に

……ああ、お父さま

唯々泣いて、
何かを探して伸ばされた両手が宙を彷徨っている

だれを探しているのか
抱きしめたいのか
想像する事は易くて

そんな所にはあなたの娘はいないよ

あの時もそうだった
あなたがあまりにもあの娘ばかりで

あまりにも
寂しそうで
哀しそうで
美味しそうだった、から

あなたを食べてしまったのだっけ



●EAT ***
 気付けば濃い霧の中、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は立ち尽くす。たった独り、ひとりのルーシーが一つの瞳で白くて昏い世界を見渡していた。此処はお墓ばかりね、柔らかなお供を抱きしめ小さく呟く。本来お墓って、だれかがだれかを偲ぶ優しい場所だと思っていたけれど……ここは誰が誰を、あるいは何を想える事が出来るのかしら。思う言葉に返事は無い。解ってる、解ってるからこそ此処に居る。少女は前を見て――前方の霧が退いていくのに気が付いた。どうやら、迎えに来てくれたらしい。

『あなたの罪』

 突然現れたような、明らかに他の墓と違うそれ。読み込んだ意味に、小さな半魔が先ず零したのは一つの疑問だった。あなたの、あなた。それはルーシーの……? 何処か、他人事のような問いかけだった。常の一人称と何も変わらない、いつもの自分を指す時の名前。――いえ。ひとつの否定が入った。ミオソティスに染まる眸がゆっくり傍らの穴へ移る。桃花心木の仕立てで作られた上等な棺が其処に収まっていた。手向けに添えられた花も、蒼い。
「それとも、わたしの?」
 わたし。それは、今はルーシーしか知らない女の子のこと。ブルーベルの為に、ルーシーになった……棺の蓋が開いていく。ベルベッドカバーの上質な内側にイングリッシュブルーベルがぎっしりと詰め込まれていた。霧風に誘われて、蒼を散らす妖精の花達に囲まれ眠るのは一人の男性。見つめる少女とよく似た金の髪に、右目が――開いていく。
「……ああ、お父さま」
 ひとつも、色もお揃いね。そう声をかけようとして、やめた。起き上がった『罪』は少女を見ていなかった。頭を抱え、嘆く仕草をとったかと思えば顔を上げ虚空を見ている。唯々泣いて、何かを探して伸ばされた両手が宙を彷徨っていた。声の出ない口が何かを言っているのか、忙しなく動いている。何度も、何度も、同じ言葉を呟いて……だれを探しているのか、抱きしめたいのか。想像する事は易くて。
「そんな所にはあなたの娘はいないよ」
 わたしはその光景を、温度の低い眼差しで見つめていた。無意識に投げた呟きも探し続ける『お父さま』には届かない。あなたが探している娘と、ルーシーは同じ……名前、なのに。ちゃんと、役割を果たしているのに。あの時もそうだった。あなたがあまりにもあの娘ばかりで。あの娘のことしか。だってそう、あなたはわたしにキャロットケーキを沢山プレゼントしてくれたけど、わたしニンジン好きじゃないって言ったことがあるハズなのに。それが、好物だったのは。
「あまりにも、寂しそうで」
 目の前の光景と、嘗ての記憶が重なっていく。霧が、白いレースに視えた。蒼いブルーベルの花弁が舞い、堕ちていく。花言葉は不変――あなたの心は、変わらなかった。あの子を想って、哀しそうで、美味しそうだった、から。

「あなたを食べてしまったのだっけ」

 独白に、やっと『罪』が反応した。伸ばしていた手が静止して、嘆きの表情が儘……静かに顔をルーシーへ向けていく。お久しぶりね、ひとつだけ面と向かった相手に言葉を贈った。答えない瞳には、何が映っているのだろう。ああ、その表情。あの時と同じね。
 あまりにも寂しそうで、哀しそうで――***そう。

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織
アドリブ歓迎

私の、罪…
聲は揺れ
振るえる手で
狼のシルエットと月、蝶が描かれた柩を、開く

…っ!
ひゅ、と喉が音を鳴らし息を飲む
柩に眠る銀狼の女性
美しい銀髪に一筋の紅
ゆっくり開く瞼の下は青藍の瞳

っ、ーーーーっ…
溢れる涙はとめどなく
嗚咽の隙間に彼女の名を呼び膝を着く

わたしの罪
前世での唯一無二の親友との約束を違え
ひとりにしてしまったこと

ごめん、ごめんね
あんな最期を見せて
傍にいるって言ったのに
約束を護れなくて
ーーーーをひとりにしてしまった

涙で歪んでしまって見えないけれど
彼女どんな表情をしているのだろう
怒っているのか
泣いているのか
それとも何も…

貴女を想い願うのはいつも同じ
どうかあの後は幸せになっていてほしい…



●約束の言葉
 ふわふわとした白い靄が、ふわふわの山猫耳にふわんと触れた。尻尾を揺らし、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)が振り向くも在るのは霧と墓地のみ。あらあらここはどこかしら、探しものは何処にと視線を巡らせて艶やかな纏いの女は未知の常夜を歩き行く。――でも、その貌に常の穏やかな笑みは彩れなかった。此処に来てからずっと心に浮かぶ一つの言葉。間も無く、目の当たりにする事となる。

『あなたの罪』

「私の、罪……」
 無意識に呟いた聲は揺らいでいた。心に重く伸し掛かる文字の意味に、動揺が隠せない。背けてしまいそうになる視線は、されど許されないとばかりに傍らの墓穴へと導かれていく。中に収められていた柩は狼のシルエットと月、蝶が描かれていた。嗚呼、胸中で渦巻いていた予感が現実のものとなる。美しい迄の意匠に心当たりが無いなど、到底言えるものではなかった。忘れはしない、忘れてはならない――喩え今の『わたし』と成っても。伸ばす手の、しなやかな指先が震えている。開けることへの怖れと、中身へのほんの僅かな期待が心の中で嵐を喚ぶ。だって、もし本当に中身が思う人物なのだとしたら。――蓋を開く。
「……っ!」
 ひゅ、と喉が音を鳴らし息を飲む。柩に眠る銀狼の女性……小さい頃には少年にしか見えなかった彼女と初めて逢った時の記憶が蘇る。美しい銀髪に一筋の紅はその頃から変わらずに、ずっと一緒に育って成長した後も……その姿も、変わらず綺麗だった。また、逢えた。二度と想い出以外で視る事は無いと思っていた姿が此処に。堪らなかった、胸の中で生まれた感情は嵐を吹き飛ばしこみ上げてくる。満月に寄り添った事も、大喧嘩したって仲直りできた事も、揃いの飾りを贈り合った事も――全部、全部覚えている。溢れそうになる想いを堪えていると女性が動いた。瞼が揺れ、ゆっくり開く瞼の下は青藍の瞳。
「っ、----っ……」
 嗚呼、ちゃんと言えただろうか。溢れる涙はとめどなく、嗚咽の隙間に彼女の名を呼び膝を着く。何度も、何度も。涙も呼ぶ声も、止まらない。また出会えた、出会えてしまった。千織の『罪』が起き上がる。わたしの罪、それは前世での唯一無二の親友との約束を違えひとりにしてしまったこと。他でもない、貴女を……この柩に収めてしまった。ごめん、ごめんね。涙に濡れた謝罪が辿々しく紡がれる。あんな最期を見せて、傍にいるって言ったのに――『もういい』というまで傍にいると交わした約束を、護れなくて。

「----をひとりにしてしまった」

 涙で歪んでしまって見えないけれど、彼女どんな表情をしているのだろう。怒っているのか、泣いているのか、それとも何も……嗚呼。前世の命尽きる時にさせてしまったあの顔だけは、もうしてほしくない。だって、貴女を想い願うのはいつも同じ。最期に伝えた願いは今も変わらない。どうか、どうかあの後は幸せになっていてほしい……俯く千織を見下ろす気配。滲む視界を上げて、目の前の『罪』と視線を交わす。彼女は声無く――微笑んでいた。抑えようとしていた大粒の涙がぼろぼろと巫女の頬を伝い落ちていく。笑ってくれるの、貴女を置いて逝ったわたしに。
 それともその微笑みすらも、私の罪だと謂うのかしら。

成功 🔵​🔵​🔴​

エンジ・カラカ
アァ……真っ白だなァ…。
霧がすごいすごい。夜目も効かないなァ。

墓は何度も見てきたケド、あなたの罪だって。
賢い君、賢い君。“俺”の罪は何?

薬指の傷を噛み切って血を流したら、相棒の拷問具を起動させる

俺の罪は今を生きている事。

誰から教えられた訳でもないけど
俺は土を掘って埋めていた。
賢い君もそこに埋めた。

拷問具の赤い糸で棺を開いたら
そこにはあの日の君がいた。
うん。いつ見てもキレイ。
君と刺し違えて俺が生きている事。

そろそろ棺の中も飽きただろ。
オーブの中の青い鳥も起きないんだ。

俺を怨むか?コレを怨むか?

アァ……そう…。
俺はどんな君でもいつもいつでも思っている。

あーそーぼ。



●灰と君
 白だ、白、白。灰がない。ココには霧と墓しかない。
「アァ……真っ白だなァ……」
 荒れ地にエンジ・カラカ(六月・f06959)が一匹おりました。お仕事のためやってきました。右も左も白くて白くて、目隠ししても冷たい霧がすごいすごい。夜目も効かないなァと手を下ろし、常夜の世界を見渡しました。平坦な枯れ地は燃えカスすらない、なーんにもない。本当になーんにもない……違う違う墓がある。灰にもしないで埋めたモンがいくつもいくつも、てんでバラバラ。目当てはドレ? アレ? オーケーオーケー、アレにコレが向かってはい到着。

『あなたの罪』

 墓は何度も見てきたケド、あなたの罪だって。何のことやら水無月は笑う、にんまり笑う。ゆるゆる片手を取り出し問いかける。賢い君、賢い君。『俺』の罪は何? 左薬の痕付き指を食む食む噛み切って、赤い糧を流したら相棒の拷問具がお出ましだ。するりするりと血が糸に成り果てる。違いと担ってもコレと繋がるリユウノチ、するする穴を目指してく。するとすると穴底に到達する極細蛇。罪はココ。コレで『俺』の罪はココ。
「俺の罪は今を生きている事」
 誰が言ったかボロ雑巾。ハロー。ハロー。おはようと、武器が飛び交う牢獄でコレは生まれ育った。礼儀作法など誰も教えてくれなかったけど、誰から教えられた訳でもないけど、俺は土を掘って埋めていた。賢い君もそこに埋めた。今は赤い糸で結ばれた拷問具の君、起動した賢い君。棺を開けて開けて、できるよなァ……。器用に掴む赤い糸。蓋が吊られて仕舞ったら、そこにはあの日の君がいた。
「うん。いつ見てもキレイ」
 ハロゥ、ハロゥ、キレイな君。きちんと整えられて眠ってる。君と刺し違えて俺が生きている事、ちァあんと覚えてるヨ。だから来た、綺麗な君が来てくれたンだ。解っていたよ、君だって。そろそろ棺の中も飽きただろ、オーブの中の青い鳥も起きないんだ。『君』は起きた。目覚めはどう? どう? 目が合った。ゴキゲンイカガー人の君。頭の高いヤツでも、狼でも、竜でもなく、ましてや糸でも鳥でもなくて、ヒト。ニンゲンだった、生きていた君。おかえり絶望だらけで希望に満ちた牢獄で、コレを看守ってた――。君と出会ったのが違う世界だったら、もしもの想像は一度だけ。――が糸を遺して意図をコレに託した今とは、違う結果になっていた? コレと『罪』ではなく、普通の出会いとして。アァ……君は扱っていた術と思いを全て託して、コレに埋められた。ネェ、ネェ、生きてた君。生きていた――。

「俺を怨むか? コレを怨むか?」

 起き上がる『罪』は何も答えない、じっと、ずっと、見ているだけ。赤い糸を結んだ棺から出てきても変わらずに、あの日をそのまま切り取ったような姿でエンジと向かい合う。
「アァ……そう……」
 無回答なら模範解答を想うだけ。そう、俺はどんな君でもいつもいつでも思っている。キレイな君も、埋められた君も。だって、コレも俺も――もずっと一緒。この先ずっとずーっと一緒。死ぬまで、死んでも、ずーっと! 賢い君がするする絡む。灰山住まいのボロ雑巾の指に首に巻き付いて、そうして一匹は笑いました。にたあにたあ。
 あーそーぼ。

成功 🔵​🔵​🔴​

神埜・常盤
霧が心地好い
けれど――此の墓は悪趣味だ

罪、ツミか
此の世に生を受けたこと
でも其れは、父母の罪でもある

母を救えなかったこと
でも手に掛けたのは親父だから
僕だけの罪ではない

ならば、僕の罪は――
重厚な柩をゆっくりと開く
赤布が敷かれた其処には
胎を違えた、弟と妹がいた

己よりひと回り若い弟は
感情の無い赤い瞳で
幼い妹は無垢に微笑んだ尽
無言で僕を責める

吸血鬼――父の乱心から唯一逃れ
生き延びた僕のことを

無邪気に伸ばされる妹の手を
不気味に迫る弟の腕を
思わず乱暴に払い除けた

切り裂かれ、焔に撒かれて
吸血鬼に似合いの最期だったじゃないか
お前たちなんて居ない方が良い
だから、情などない
筈だったンだけどなァ

……嗚呼、大嫌いだ



●紅と情
 常夜の宵色を霞ませる白靄から、紳士が落ち着いた雰囲気だけを纏い現れた。221Bが背景として似合いそうだが、生憎此処は人通り皆無な朽ちた墓地だ。それでも神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は霧が心地好いと穏やかすら感じさせる足取りで先を征く――今のうちは。さてこのシチュエーションならば事件が転がっていても不思議ではないだろう、実際事件は起きている。しかし……探偵は足を止めた。手掛かりを発見したものの、彼は端正な貌に浮かない表情を描き眉を顰めていた。確かに霧だけなら良い。
「けれど――此の墓は悪趣味だ」

『あなたの罪』

 現場に在る証拠が此方。簡素な作りに、刻まれたセンスの無い文句は下手なミステリより現実的かもしれない。……罪、ツミか。ダイイング・メッセージにしたって推理のし甲斐もない。なんて少しだけ思考が逸れたが――先ず最初に浮かんだのは此の世に生を受けたこと。でも其れは、父母の罪でもある。片方はまァさておいて、もう片方はこの世に居ない。それ処か一部除き一族郎党皆々塵だ。そう、その居ない片方――次に思いつくのは母を救えなかったこと。しかし手に掛けたのは『さておいて』の方、魔術に狂って血縁をほぼ総て灰にしてしまったのは親父の所業だから僕だけの罪ではない。ならば、僕の罪は――重厚な柩をゆっくりと開く。随分位の高そうな拵えだ。柩に刻まれていた一族の印は見なかった事にして中を改める。だってそうだろう、これだけ解りやすい手掛かりなのだから道はとうに絞られている。自分自身でも、母でもない。上質な赤布が敷かれた其処には――胎を違えた、弟と妹がいた。
「嗚呼、」
 続きの言葉を一度飲み込む。狭い棺に詰め込まれ、余韻も無くあっさりと目を開けた二人は燃え尽きる前の姿其の儘だった。己よりひと回り若い弟は感情の無い赤い瞳で、幼い妹は無垢に微笑んだ尽無言で僕を責める。自分達を秘術に焚べた男と同じ目つきの悪い眸をした兄を。吸血鬼――父の乱心から唯一逃れ生き延びた僕のことを、唯じっと。やがて起き上がった『罪』達は常盤に向かって動き出す。笑みを讃えた儘無邪気に伸ばされる妹の手、時を止めた儘存在しているような顔で不気味に迫る弟の腕を……思わず乱暴に払い除けた。今更、今更縋ろうと謂うのか。もう何もかも遅い今、親父と同じく頭が高い振る舞いをしてきたお前たちが。
「切り裂かれ、焔に撒かれて。吸血鬼に似合いの最期だったじゃないか」
 狂った男が生み出した焔が、常盤の過去であった繋がりを総て焼き尽くした。一族を、妻に妾に数多の子どもたちを、ひとであった僕の母も――大好きだった。彼女は半分コウモリの息子を嫌っていたとしても。そして、弟妹も……お前たちは、お前たちなんて居ない方が良い。灰になって朽ちるなんて何とも吸血鬼らしいじゃないか。相応しい運命だったんだ。だから、情けなどない。筈だったンだけどなァ。

「……嗚呼、大嫌いだ」

 拒絶しても尚、変わらぬ貌で見つめてくる二人に今度こそ胸中の言葉が吐き出された。でも、それは誰へのメッセージだったのだろう。灰に成る前なら何倍にも返ってきそうなシーンなのに彼等の声は記憶の中から出て来ない。弟と妹を『罪』として、己は何を望んだのだろうか。内なる迷宮に惑いそうになる。
 ……嗚呼。

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_
俺の最大の罪は

「──俺が生まれてきてしまったこと」

棺の中にいたのは、紛れもなく『俺』だ
唯昏く、諦めたような顔をした俺自身

異邦の地にて、俺は禁忌とされた黒色を以て生まれた
けれど死ねなかった。死ななかった。
やがて大事な人たちと出会って護りたいと思って、けれどもその手は届かなくて
その度に俺は自身の罪深さを思い知る
どうして俺が生き残る。死ぬのは俺でいいだろう。

護れなかった命がある度、思った
護れなかった分まで他を護らなければ
誰かを護る為に明日を生きるのだ

だが誰かが嘲笑う
それはお前のエゴに過ぎない

『お前の生は、罪だ』と

……その声を鼻で嗤う。

「わかってるさ」



●吹影鏤塵
 手にしたスマートフォンに圏外表示と当てにならない現在時刻。恐らくと思わずとも、既に此処は犯人が手の中なのだろう。今回の事件、謂わば連続猟奇殺人の捜査に来た丸越・梓(月焔・f31127)は端末を懐に仕舞い顔を上げた。常夜に近い己の双眸に警戒の色を滲ませ周囲を注視する。普段男が所属する課が存在している場とは違う、自身が血の半分と同じ種が横行する世界は陰鬱とした光景で猟兵を歓迎していた。気付けば此方ですと言わんばかりに一方向の濃霧が薄れ、現場へと誘われていく。そうして、彼は発見した。

『あなたの罪』

 これが。何人もの犠牲者を生んだ証拠品を見下ろし、梓は動けずに居た。冷静であろうとする精神と、心の奥底から湧き上がってくる言い知れない黒い影が衝突し理性を揺さぶっていく。あなたの罪、俺の。俺の最大の罪は。
「──俺が生まれてきてしまったこと」
 声に出してしまったら、もう止められない。視線は傍らの墓穴へ、そのまま足も動いた。本来亡骸を収める為に有る物は確実に存在していて、伸ばした手が感じた硬い感触にこれが現実のものだと思い知る。事務的な動きで開け放った棺の中にいたのは、紛れもなく『俺』だった。双子でも、鏡写しでもない。疑いようもなく彼自身が横たわりまるで此方側が幽体離脱した霊の方かと錯覚を抱く程。それから何の反応も返せず唯現物を見下ろしている状態から先に動きがあったのは『罪』の方だった。静かに開いていく眼は唯昏く、諦めたような顔をした俺自身と目が合った。
「──……」
 闇より深い黒に意識が引きずり込まれ、見覚えの在る光景が脳裏で勝手に上映されていく。あれは――面影を残す幼子の輪郭。異邦の地にて、俺は禁忌とされた黒色を以て生まれた。誕生してはいけない彩、望まれない存在だったのにけれど俺は死ねなかった。死ななかった。生き延び、生き存えてやがて大事な人たちと出会って、護りたいと思って……けれどもその手は届かなくて。何度も誰かに手を伸ばすシーンが再生される。どの瞬間も結果は同じだった。その度に、俺は自身の罪深さを思い知る。
(どうして俺が生き残る。死ぬのは俺でいいだろう)
 護れなかった命がある度、思った。護れなかった分まで他を護らなければ。孤児院で弟妹同然の者達を見てきた。今も猟兵として、警察官として沢山の命を護ることを最優先事項として戦い続けている。己は誰かを護る為に明日を生きるのだ。それが――。何処かで、誰かが嘲笑う声が聞こえた。幻聴かもしれない。犯人が仕組んだ罠かもしれない。でも、確かに己の心はざわつき身構えている。
『それはお前のエゴに過ぎない』
 急激に、視界へ現実が帰ってきた。変わらず視線の先には……いや、いつの間にか梓の姿をした『罪』は立ち上がり己の目の前に佇んでいる。彼は何も喋らず、ただ虚ろな眼差しを向けるのみ。その姿は自身の影そのものにも思えた。否定はできなかった、これが己の『罪』としてあがってしまった証拠なのだから。無音の存在に、自分のものではない声が重なる――『お前の生は、罪だ』と。

「わかってるさ」

 その声を鼻で嗤う。十分に理解した上での自嘲だった。わかってるさ、救えぬ命が在るという事も。わかってるさ、承知の上で人を助け続ける事も。無駄な努力だと、自己満足だとでも言いたいのだろう?
 何時だって、この心は己を責め続けている。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハルア・ガーラント
故郷でも霧が出る事はあったけどここ迄のは初めて
霧に思考が溶け出したかのように彷徨いそう

そんな内にお墓を見つけてしまうのかもしれない

わたしの罪
黒い翼の彼をその真意の分からぬまま骸の海へ還したこと

オブリビオンとして蘇った彼は狂気に侵されながらも猟兵に斃される道を選んだ
白くて金色の縁取りがされた綺麗な棺が彼のようで
こみあげる感情と涙に震えながら棺を開けることになりそう
あの時と同じ静かな、けれど強い意思の灯る瞳でわたしを見つめてくるのかな

わたしの選択は正しかったのか
あなたは安らかな最期を迎えられたのか
前を向いて進むって決めたの、だけど、だけど

止まらない涙と嗚咽
――ライブレッドさん。あなたは、救われた?



●遂げたかったもの
 純白の翼は濃霧の中でも鮮やかに、淡光燦めく月下美人を飾る娘は惑いながらも墓地を探索していた。故郷でも霧が出る事はあったけどここ迄のは初めてと、ほんの僅かハルア・ガーラント(宵啼鳥・f23517)の顔にも不安が浮かんでくる。彼女も猟兵だ、唯の自然現象であったのなら此処迄戸惑いはしないだろう。けれども既に此処は敵のテリトリー、まるで霧に思考が溶け出したかのように彷徨いそう。芯を強く持とうと気を取り直し歩き進んで……漸く、目的の物を発見する。

『あなたの罪』

 提示された一文を見下ろして、ハルアは思考する。わたしの罪。思い浮かぶ一人……脳裏に黒い翼が広がっていく。その人に最後逢った時は、敵同士だった。否、彼は果たして敵だったのだろうか。湧き上がる疑問はされど勝手に動く視線に遮られた。導かれた先に開いた穴と、収まる一基。白くて金色の縁取りがされた綺麗な棺が彼のようで、やはりと予感を確信させる。ああ、もう一度彼に逢える。胸中が騒いで鎮まらない。開けたいと開けたくないの相反する感情がせめぎ合って、想いや心情が入り混じって、こみあげる激情は喉からではなく目尻から涙と成って零れ落ちる。白い指先が震えていても、止めるという選択肢は与えられなかった。徐々にずれていく蓋を何処か映画鑑賞する風に見守りながら、開け放たれた棺の中を認めて大粒がひとつ頬を伝い落ちた。『罪』として眠る男性は、間違いなく思い描いていた人だった。思わず、彼の名を呟く。消え入りそうな聲はされど相手に聞こえたのか、ゆっくりと瞼が動いて――双眸に宵啼鳥を映していく。
(あの時と、同じ)
 静かな、けれど強い意思の灯る瞳でわたしを見つめてくる彼の顔が滲んで上手く捉えられない。彼こそ、芯の強い人だった。だからこそオブリビオンとして蘇って狂気に侵されながらも抱いた志を貫き通し……最期は猟兵に斃される道を選んだ。彼は何処までも、護衛兵だった。領主に忠誠を誓い、民を護り続けた。領主に裏切られても尚、民の為に。護るべき者達の為だけに戦い続けた。でもあなたは世界の、猟兵の敵になってしまった。
「わたしの罪は、彼をその真意の分からぬまま骸の海へ還したこと」
 死して尚、未来を敵に回しても尚、虐げられた民の為に男が剣を振るい続けて成し遂げたかったもの。『罪』が起き上がり棺から出てくる。ハルアは涙も止めず見ている事しか出来なかった。わたしの選択は正しかったのか、あなたは安らかな最期を迎えられたのか。あの時も、今も彼からも答えは無い。それでも、前を向いて進むって決めたの。だけど、だけど。

「――ライブレッドさん。あなたは、救われた?」

 純白の翼が震え、一枚の羽根が地へ落ちていく。止まらない涙と嗚咽、でも問わずにはいられない。ずっと覚えているから、だから翼を休めて欲しいと確かに告げた。でもそれはこんな棺に、『罪』の中にあなたを収める為の言葉では無かった筈なのに。ハルアの中で残り続ける彼の存在位置を墓は暴いてしまった。落ちた彼女の一枚へ、一回り大きな黒い羽が舞い堕ち白を覆い隠していく。言葉無き強い眼差しは変わること無く、決意の裏に隠れていた彼への想いと迷いが形と成って彼女の前に整然と対峙する。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『血霧の不吉』

POW   :    肉体で耐える

SPD   :    迅速に避難をする

WIZ   :    異常の原因を探る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●二人目の記憶
 何故、どうして。お前は、お前達は確かに殺したはずだ。殺さなきゃ、お前達がいるから家族や仲間が苦しい目にあっていたんだ。折角慎ましく暮らしていけたのに、お前達が暴力で総てを奪って、家財も、食料も……妹まで。殺るしかなかった、自分が皆を守らなきゃいけなかった。でも、……? なんだ。周りの霧が、なんだ、なんで、なぜ、赤く……!? 息が、がっ、っう、は、ぁ、……っは、……苦し、い……!

 ――罪人よ。我々は断罪する者。その苦しみは汝の『罪』が身に宿ったもの。
 ――断罪を恐れる事なかれ。『罪』の代わりに棺へ。さすれば汝は救われる。

 な……何だ、っ頭のなかで、声、が……ひっ、さ、寒いっ、苦し、っ助け、助け……救、われる? あ、ぁ、本当に。本当に救ってくれるのか、ですか! 本当は、殺しなんてっ、アイツラだって、生きる為に! でもっ殺して、あ、ぁ、あ……あ……。

 ――罪人よ、埋葬を望むなら『罪』が汝を導くだろう。
 ――そして我々が罪を断ち、汝に救いと幸福を齎そう。

 ――汝に幸福を。

 ――こうふくを。



 ――ギルトフォビアに、降服を。


●今現在
 己の『罪』と対峙した猟兵は、周囲と自分自身に異変が起きている事に気が付いた。白で埋め尽くしていた霧が徐々に徐々に――いや、もう既に。赤々と血色に染め尽くされている。合わせて急激な温度の低下も……あぁ、この感覚は果たして寒いだけなのか? 違う。確実に感じる不吉な感覚、そして。

 ――罪人よ。

 脳髄に、聲が響き渡る。

●マスターより
 周辺を取り囲む白霧が赤くなり、急激に寒くなっております。
 同時に罪が身を蝕む病となりました。病は以下の3つからお選び下さい。

『息』水中に似た息苦しさを覚え赤い霧の息を吐く。何とか呼吸は出来、声も出る。
 ――罪(わたし)の苦しみを思い出して。

『縛』身体の一部が赤霧に染まっていき、その箇所が痛む(場所は任意)
 ――罪(わたし)はこんなにもあなたを想ってる。

『絶』罪以外の生物の顔や景色の一部が赤霧に塗り潰される。意識の中も同様。
 ――罪(わたし)以外を見るだなんて、貴方は本当に罪な人。

 合わせて声に従い埋葬される◆か拒絶する◇もお選び下さい。
 例として、息苦しくなり埋葬されるを希望する→プレイングに息◆と書く。
 ◆の方は『罪』が丁寧にあなたを埋葬するでしょう。
 ◇の方は『罪』をどうするかお決め下さい。ある程度自由です。
 罪を討ち倒すでも、棺に戻すでも。罪は抵抗せず従います。
 (犠牲者が相手の方は「発病したお前はやはり罪人だ」等と言う位で後は他の罪と同じです)
 連れて行く事は出来ません。ある程度付いて行った後、霧のように融け消えます。

 また、同時参加の三章で◇が◆を庇えると書きましたが、◆◆でも可能とします。
 その場合、庇った方の◆が多少ダメージを受けますが相手は回避できるものとします。
アウレリア・ウィスタリア
『縛』◇

お腹が痛む
焼きごてを押し当てられた刻印が痛む

腕が痛む
掴まれ捻られた跡が痛む

脚が痛む
蹴られ踏まれた跡が痛む

身体中が悲鳴を上げる
あの地下牢が私を蝕む

私は…アナタたちにとっての悪魔
だったら、今度は私が滅ぼそう

【空想音盤:終末】
歌を奏でて災禍の狼を呼ぼう
私と同じく不吉というだけで捕らえられた彼を
神への復讐者を呼ぼう
私の歌を、感情を捧げて彼に祈ろう

「もう一度滅ぼして」

私は絶望に抗う力を持ってしまった
だから抗う
私を傷つけるものを拒否する
私は何の抵抗もできない幼子ではないから

だから……
フローズヴィトニル

彼らを滅ぼして
私を守って
私に絶望を思い出させないで

私はもうあの地下牢に戻りたくない

アドリブ歓迎



●ただいま
 霧は唯揺蕩う、不吉の色に染まりながら。それは空気を冷やし景色だけではなくアウレリア自身にも侵食していった。世界が変わる、あぁ――お腹が痛む。其処は美しい曲線を描く女性の腹部に着けられた、罪と示された場所。赤霧が滲んでも艶やかに在り続ける冤罪の証明。無慈悲に焼きごてを押し当てられた刻印が痛む。――腕が痛む。もう誰のものか解らない、何人もの手あとが白肌へ赤を押し付けていく。嫌だと、拒否しても。違うと、訴えても。誰一人としてこの声を想いを聞かず異物を逃さないと掴まれ捻られた跡が痛む。――脚が痛む。閉じた世界で理不尽に蹂躙された記憶が赤霧と共に押し入り、蹴られ踏まれた跡が痛む。村人たちの蔑視は、一体何処へ向いていたのだろう。この背に生えた翼の色か、未知の姿にか。誰でも良かったのだろう、私でなくても可かったのだろう。奇跡が、己を選んだから。神秘が、彼等の認識と違うものだったから。突如出現した許容範囲外の存在に耐えきれず……押し切られた者達は捌け口を覚醒者に求めた。

 ――罪人よ。

 身体中が悲鳴を上げる。あの地下牢が私を蝕む。あの時も、今も。故郷の村人たちが私を縛り虐げる。また屈しろと言うのか、尚も償えと云うのか。私は、私は――。
「私は……アナタたちにとっての悪魔」
 過去は変わらない。身体にも、記憶にも刻まれた烙印が己を罪人だと示すのなら。だったら、望むが儘に。黒猫の仮面にあしらう鮮明な琥珀へ今のアウレリアを彩る真髄が宿り瑠璃色のシンフォニアは口を開いた。刹那、赤霧に塗れた刻印に異色の煌めきが飾られる。痛みに塗り潰された紋様が罪に抗い浮き上がり、蒼い焔が灯され冷たい赤を焼き尽くす。
「今度は私が滅ぼそう」
 歌を奏でて災禍の狼を呼ぼう。白と黒の翼広げ麗しき悪魔が堂々と終末を詠う。此処が幻覚の中ならば謡いあげる幻想で、響かせる空想音盤で全てを塗り替えよう。私と同じく不吉というだけで捕らえられた彼を、神への復讐者を呼ぼう。仮初の村が渦を巻き、『罪』達が変り征く流れに押されていく。霧を巻き込み荒れ狂う炎は激情だ。私の歌を、感情を捧げて彼に祈ろう――同じアナタへ。願うは、すべきは唯一つ。終末の、鐘が鳴る。

「もう一度滅ぼして」

 邪魔な霧を踏み潰し巨躯なる魔狼が顕現された。瑠璃蝶々に寄り添う蒼い火焔はあの日閉じ込められた少女が成し得なかったもの……全てを喰らい尽くさんとする白き復讐者を撫でアウレリアは真っ直ぐ『罪』に向き合う。私は、絶望に抗う力を持ってしまった。だから抗う。私を傷つけるものを拒否する――私はもう、何の抵抗もできない幼子ではないから。
「だから……フローズヴィトニル」
 彼の名は行使の宣言だ。神にさえ牙を剥き世界へ吼える。それは空に、荒れ地に蒼焔の濁流を喚び赤き僞りの村を呑み込んでいく。彼らを滅ぼして、災禍の狼は一人残さず焼却していく。私を守って、神々しき姿はロベリアを包み込む。私に絶望を思い出させないで……終末が赤を覆い、蒼が総てを蹂躙し天高く舞い上がる。
「私はもうあの地下牢に戻りたくない」
 まやかしの罪過は火葬された。

 蒼き激しさが失せ、静かに白が彼女の護りを解いていく。
 もう周囲に赤は存在しなかった。常夜の晴れ空と静かな墓地が霧の消失を示している。
 そして……視界の果てに朽ちかけた処刑台が姿を表した。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
息◆
寒さと共に苦しさが増していく
攻撃された?…呼吸がままならず力が抜ける、頭が回らない
棺へ入り埋葬される事を、俺が殺したこの男は望むのだろうか

ああ、そうだな
いつか同じ過ちを犯すかもしれない
次に傷付けるのは、もっと見知った相手かもしれない
その可能性を理解しながら生き続けるなど…

あの日の事が運命なら、これもまた同様
苦しんだ末に裁かれるなら少しは償いになるだろうか
…連れて行って、くれるか
弁解はせず『罪』へ埋葬を望み、無抵抗で棺へ

息苦しさから首元へ伸ばした指に月長石のチャームが触れて、指先の震えに気付いてしまう
これは寒さのせいか、それとも生を望む心を捨て切れていないのだろうか
これで良い、その筈なのに…



●償いか◆◆か
 急激な温度低下は銀の毛並みを飾る雫に結晶を実らせる。触れるのは間違いなく冷えた感覚なのに、されど視界は燃え盛る赤で染まっていった。一つ息を吐くも白い見慣れたものが出たのは一度きり。精神不調で生じていた呼吸の乱れとは違う類の苦しさをシキはすぐに感じ取る。攻撃された? 呟いた言葉は正常ではなかった。掠れた音と共に赤い煙が己の口から溢れ出てくる。異常だ、猟兵としての本能が判断するも身体が……いや、心が現実についていけない。呼吸がままならず力が抜ける、頭が回らない。

 ――罪人よ。

 終には聴覚にも異変が起きた。冷気に張り付く耳を通さず入り込んだ、未知なる断罪の言葉が脳髄を揺さぶる。……棺へ入り埋葬される事を、俺が殺したこの男は望むのだろうか。異様な現状でも、乱れる呼吸と精神が視る世界でも『罪』は変わらず其処に立っている。棺を背に、名も知らぬ男は唯シキの答えを待っていた。自分が殺した、満月の狂気に抗えなかった己の――。
「ああ、そうだな」
 赤に染まる言葉が震える喉から零れ堕ちる。人狼は納得した。この身は未だ満ちる月から隠れ続けている。シキ・ジルモント(自分自身)で在る以上、恐れ続ける凶暴な自己は永遠に付き纏う。もし隠れられなかったら? いつか同じ過ちを犯すかもしれない。次に傷付けるのは、もっと見知った相手かもしれない。それは護った者か、信頼を得た仲間か。裏切りの苦しさだって今でも十分に思い出せる。その可能性を理解しながら生き続けるなど……静かに、肩の力が抜けていく。

「……連れて行って、くれるか」

 投げかけた言葉は降服だった。あの日の事が運命なら、これもまた同様。『罪』がこの男なら尚更かと鈍る視線を相手に合わせる。ああ、息苦しい。暴力的な迄の赤と困難な呼吸が罰だと謂うのか。苦しんだ末に裁かれるなら少しは償いになるだろうか……眼前の『男』から手が差し出される。弱々しく掴んだのは、力無きヒトの手だった。弁解せず埋葬を望み、無抵抗で導かれる先に『罪』が眠っていた簡素なそれ。貧民街で育ち、何時くたばるか何処で突然死ぬかも解らぬ戦場で日々仕事をこなす己にも似合いな棺だというのだろうか。ギシリ、片足を入れるだけで木製が軋み不気味な音を立てて歓迎した。ゆっくりと横たわり、立派な尾も丁寧に仕舞われる。木の蓋が罪人を収めた場所へ被さって徐々に徐々に空が――今は赤で覆われた、本当なら月が浮かぶ常夜から隔離される。暗くなる視界でも息苦しさは変わらない。朦朧とする意識の中、無意識にシキは首元へ手を伸ばした。彷徨い辿り着いた先に細い金属の感触。連なる月長石のチャームに触れた指先は震えていた。もうすぐ闇が総てを支配する空間の底、其処だけは淡く小さな光を放つようで。周囲と同じく温かくもない石を気付いたら握り込んでいた。これは寒さのせいか、それとも――生を望む心を捨て切れていないのだろうか。
(これで良い、その筈なのに……)
 総てが寒さに沈む棺の中で、願いを込められたお守りだけは暖かい気がした。……そっと目を閉じていく。

 バタン。ヒトりの男を葬った函の蓋が閉じられた。
『名も亡き男』が表情無き儘、丁寧に棺へ土をかけ埋めていく。
 世界は未だ赤霧が覆う。彼方の空にひととき月の光影が浮かんで……消えていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

宮前・紅
戎崎·蒼(f04968)と
絶◇
寒さに少し身震いして、体を摩っていた
どうやら、まだ合流出来ないらしい

………っ

突如、ぐわんと目の前が歪んだ。視界が赤く赫く染まっていく
『罪』を見やると彼だけがはっきりと見えた
狂ってしまったのだろうか?
人形然として居た彼へ、徐に近付く。俺の手は彼へ伸びる
紛い物の癖に
蒼くんの顔を貼り付けて、悪趣味なことを
巫山戯るな……巫山戯るな!
その目で、その顔で、俺を

どうか──見ないで

気が付けば『罪』を押し倒す様に彼の首を絞めていた
殺したくない、いや、違う。此奴は偽物だろう
思考が、言葉が、錯乱していく

ポタリと水滴が『罪』の頬に落ちた
雨なんか降っていないのに、二人の頬だけが濡れていた


戎崎・蒼
息◆
紅(f04970)と逸れ、罪と対峙していた筈
───だけれど、急に冷え込んだな…、これも、霧、のせいなの、か…?
視界が赤く染まっていくのと同時に、息がし辛くなる

空気は霊安室のように冷め、襲い来る息苦しさは身に覚えのない病魔に侵されたような気さえする
そんな息苦しさの中、温度がないまま此方を覗くは鈍色の双眸

──戯言ばかりだと言いたいのか?
嗚呼、確かに本に準えるのは嫌味が過ぎたかな
何よりもお前は、それが嫌だったんだろう。例えそれが本の登場人物を準えたものだとしても

僕が嫌いなら埋めてくれ
それで苦しくなくなるのなら

……けれど、苦しさは増していく

それは罪の意識が確かに根付いているからか、それとも……



●青を没す
 寒い。強く訴えかけてきたのは身を包む冷感だった。気付けば少し身震いして、体を摩っている。不透明な息を吐き紅は一旦己が身に起きた状態を整理し始めた。どうやら、まだ合流出来ないらしい。やがて自分は同行者と共に仕事を……オブリビオンを倒しに来たのだと思い出す。呑まれてはならないと、鈍色の双眸で現状を見据えて――。

 ――罪人よ。

「……っ」
 突如、ぐわんと目の前が歪んだ。異変は突然世界を塗り替え唐突に視界が赤く赫く染まっていく。辛うじて自然現象と処理しても良かった筈の霧が、明らかな異常と化して周囲を塗り潰す。……潰す? 気付いてしまった。先程迄認識出来ていた墓の文字が読めない。まるでスプレーを乱暴に吹き付けたかのように其処は赤で上塗りされていた。それだけではない。足元にも、点々と染み付いている。石ころだろうか、瓦礫だろうか、不特定に不規則に紅の視界に異様が交じる。何が在ったか解らない位に。判らないが、徐々に増えていく。何が其処に在ったのか――……嗚、呼。分かる。『罪』を見やると彼だけがはっきりと見えた。おかしくなっていく景色の中で、蒼の彩だけが浮き出て鮮やかに映る。狂ってしまったのだろうか? 理解を超えた精神が一つの結論を排出した。或いはもうとっくに許容範囲を超えていたのかもしれない。人形然として居た彼へ、徐に近付く。俺の手は彼へ伸びる。『罪』は動かない、意識の中すら侵食された世界で唯一つの――を乱暴に掴んだ。
「紛い物の癖に」
 鋭く睨み、吐き捨てる。色素の薄い手が更に白む程、華奢な相手の肩を握り締めた。震えるのは寒さか、それとも内側からせり上がる熱を燃料としたからか。――蒼くんの顔を貼り付けて、悪趣味なことを。偽物の癖に、幻の分際で。眼前が赤くなるのは病のせいか、激情か、そんなのどうだっていい。燃え上がる感情の儘息を吸い込んだ。巫山戯るな。初めは小さな火種を投げ捨てる。巫山戯るな。指先から掌により強い力が入る。巫山戯るな! 叫んだ己の顔が、墨色の双眸に映り込む。巫山戯るな! 巫山戯るな! 一つの衝撃が後に、視界へ何かが飛び交った。されど紅に認識する余裕は無く、唯只管に行き場の無い想いをぶつけ続ける。巫山戯るな、……その目で、その顔で、俺を。

「どうか――見ないで」

 絞り出した声の掠れに、限界迄叫んでいた事を理解する。再び冷却されていく意識の先に、舞い飛ぶ何枚もの青を認識した。何故かなんて、答えはとうに掴んでいる。気が付けば『罪』を押し倒す様に彼の首を絞めていた。何輪もの薔薇を敷き詰めた、棺の中で。――殺したくない、いや、違う。此奴は偽物だろう。指先の力加減が調節出来ない。それは摘み取る為とも、大事に包み込む風にもみえた。思考が、言葉が、錯乱していく。もう滅茶苦茶だった。荒れ狂う胸中をどうにも出来なくて、どうにかしたくて、どうにかして――刹那。揺らぐ視界に、惑う手へ薔薇以外の感触が触れたのを……見届けた。

 ポタリと水滴が『罪』の頬に落ちた。
 雨なんか降っていないのに、二人の頬だけが濡れていた。
 やがて『蒼くん』は満たされた薔薇の中へ沈んでいき、棺自体も霧と共に消えていく。
 顔を上げた先に病に塗れた処刑台が在るだろう。だがそれは、もう少し先の噺だ。

――――

●赤に没む
 白肌を撫でる温度で蒼の意識は思考の海から救い出された。けれども、今自分が在る場所を完全に把握するには至らない。果たして此処は何処なのだろう、現実を確信するには現状が非常に朧気だ。同行者と逸れ墓を暴き、再会した紅……の形をした罪と対峙していた筈。――だけれど、急に冷え込んだな。
(これも、霧、のせいなの、か……?)
 凍えた認識が冷静に状況判断を行うが、処理速度より異変の進行が早かった。視界が赤く染まっていくのと同時に息がし辛くなる。あかい、総てが狂おしい程一色に統一されていく。空気は霊安室のように冷め、襲い来る息苦しさは身に覚えのない病魔に侵されたような気さえする。吐き出す息すら、色付いた。

 ――罪人よ。

 脳へ響く声に返事をする余裕も無く、蒼はずっと一方向だけを見続けている。呼吸を乱し少年の身体を震わせるこの異常な寒さなんて本当はどうでも良かった。赫色が身を蝕むそんな息苦しさの中、温度がないまま此方を覗くは鈍色の双眸。異様な世界でも変わらないその姿、赤の中で気高く在り続ける唯一の彩りが視認を占拠する。
「――戯言ばかりだと言いたいのか?」
 解っているのに、感情は問いかけた。当然答えはないが一度枷の外れた声帯の震えも、再加速する底無しの懸念だってもう止めることが出来ない。……嗚呼、確かに本に準えるのは嫌味が過ぎたかな。棺に敷き詰められた赤い花々からお前が出て、閉じ込めていた『罪』の意識だけに留まらず意識下の心情すら解き放ってしまった。捲った頁の先を読むように――いや。何よりもお前は、それが嫌だったんだろう。例えそれが本の登場人物を準えたものだとしても。この景色はお前を其処に収めていたから、溢れ出してしまったのだろうか。人独りを仕舞う函に入れるには、あまりに多過ぎる想いの果てがこの有様か。そうだと、云うのなら。揺れていた視線を真っ直ぐ『罪』に合わせた。

「僕が嫌いなら埋めてくれ」

 それで苦しくなくなるのなら。原色の狂気に包まれた空間で告げた降服は落ち着き払っていた。選択を受け『罪』が動く、促す動作に言葉は無い。もし彼が本物だったら、戯言の幾つかが飛んできたっておかしくないのに。かく言う己も、無言で唯躰を動かしついていく。他人事の如くやり取りを眺め、導かれた先は何よりも鮮やかな彩の底だった。『彼』が捧げる箱詰めの花束、欲したものを恣に赤薔薇で満たした棺へ同行者の形をしたものは丁寧に蒼を沈ませる。収まった瞬間ふわりと花弁が舞い飛んだ。上等な餞だ、芳しい病が儘ならぬ思考を道連れに脳髄と心底へ湛んでいく。これでいい、筈なのに……けれど、苦しさは増していく。浅い呼吸に混濁する意識、狭ばる視界に映像が霞んでいく世界で白い手が自分の方へ伸びていくのを見た気がした。そうして赤を締め出し瞼裏の黒が全てを支配する。不意に身へ伸し掛かる一人分の重さ、首に薔薇以外の感触。嗚呼、息苦しい。ゆっくりと片手だけが動き僅かに震えを残した指先で首元のそれを握り込んだ。何故そうしたかなんて、理解できないまま。それは罪の意識が確かに根付いているからか、それとも……。

 ――パタン。
 世界が閉じる直前紅き一片が入り込み蒼の頬へと零れ落ちた。
 降り注ぐ、一粒のように。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

馬県・義透
【外邨家】
縛◇
右手が赤く、痛みがありますねー。

…ふふ、誘い主は言葉を人によって変えた方がいいですね。
私は、『救われること』を望んでませんので。
(『皆が幸せであればいい』に自分を入れない人)

罪人だなんて、わかりきったことなんですし。
断罪はお好きなように。

母上。偽物だとしても、一目会えて、嬉しかったんです。
あなたは知らなかったのでしょう?十五の成人&鬼宿しの儀式でも、息子は選ばれないことを。
あなたの加護は、強くて…強すぎて(自死さえもできない)。
でも、それで大切な人たち(内部三人)に会えたのです。

だから、私は幸福なんですよ。
母上を、棺へ。


内部三人(一方的に聞いている立場なので、居づらい気持ち)


外邨・蛍嘉
【外邨家】
縛◇
痛むのは、左手だねぇ。赤いや。

埋葬されようとしたけれど、髪につけてた『白藤の髪飾り』が揺れて。
ああ、これ、去年の誕生日に貰ったんだった。
…そうなんだよね、義紘ってば。その後の海での戦争のときに聞いたんだけど、十七までは嘆いて恨んでたみたいなのに。『今は別に?』で『むしろ愛している』なんだからさ。

よし、吹っ切るために。ねえ、その『罪』である義紘。兄妹喧嘩、しよう。
ははは、母の加護が強くて、どう作用するかわからないから、喧嘩はお互いに避けてたからね!
でも、君はそうじゃないだろう?
よし、そうなったら、お互いに素手での喧嘩だね!


クルワ「ドウシテ…そうなったノデスカ…」
内部から見てた。



●右は得手
 暫し、その空間は穏やかだった。義紘は静かに起きてきた『母』とされる者を介助し寄り添う。交わす言葉は無く、沈黙が続くもそれで良かった。喩え此処が敵陣で偽りの幻影だとしても、もしもの世界を垣間見た気がした。……息子だと言うには、少々己の姿も変わってしまったけれども。それにしたって親子のひとときにしては何とも殺風景だ。一面白い霧しか――義透は異変に気付いた。じわじわと、遠くから徐々に訪れる不吉は確実に周囲を侵食している。赤が視界の大部分を占めた時、己が身にも異常を認識した。
「右手が赤く、痛みがありますねー」
 独り言めいた確認に、隣にいた『罪』が反応した。みせてご覧よと言いそうな仕草に笑いそうになりながら、異色に染まった月日を得ても尚逞しい手をあげて見せる。

 ――罪人よ。

「……ふふ、誘い主は言葉を人によって変えた方がいいですね」
 脳髄へ響いた声に今度こそ義紘は僅かだが肩を揺らした。痛む手を視ていた『母』が顔を上げるので、やんわりと視線を合わせて微笑む。……私は、『救われること』を望んでませんので。罪を通して声の主へ届かせる拒否だった。何て事は無い。唯彼は『皆が幸せであればいい』に自分を入れない死者だから。今度は隣人を通さず、赤で埋め尽くされた空を見上げた。罪人だなんて、わかりきったことなんですし、断罪はお好きなように。――ただし。一呼吸後、空気が変わった。霧の流れが変化していく最中、糸目であった男の双眸が静かに開かれていく。荒れ狂う風は赤を喰い散らかし義透の姿を覆い尽くし、やがて……緑を纏った暗き棒手裏剣を手に銀灰色の髪と瞳を持つ若い男の鬼が其処に顕現した。私を討てるならばと言わんばかりに、鋭き眼差しが前を向きある一点に向け漆黒風を放った。それは未だ見ぬ敵への宣戦布告か……それとも、誰かへ贈る一矢だったのか。想像を絶する業風は幻覚を吹き飛ばし過ぎ去った。『罪』を残して。
「母上」
 改めて彼女へ声をかけた男は、もう鬼では無かった。穏やかな義透へと戻り、義紘として姿勢を正す。……偽物だとしても、一目会えて、嬉しかったんです。告げる声は微風の如く優しかった。あなたは知らなかったのでしょう? 十五の成人&鬼宿しの儀式でも、息子は選ばれないことを。宿す筈だった鬼が来ず、外邨に生まれた意味が無くなってしまった。何の為にと悩み、嘆き、妹を恨んで……苦しみの果てに最悪の選択をしようともあなたの加護は、強くて……強すぎて。でも。だからこそ。

「それで大切な人たちに会えたのです」

 出会いが、義紘を強くした。義透と成った現在は決して悪いものではないと『母』へ笑ってみせる。……だから、私は幸福なんですよ。言葉でそう区切りをつけ未だ痛む手を伸ばし罪を導く。母上を、棺へ。この手はもう負の感情に囚われ藻掻くだけのものではない。敵を打ち、仲間を助け――あなたを優しく葬れる。棺に収まった彼女の安らかな寝顔を居づらい気持ちでありながらもずっと見守り続けた内なる三人と共に見送った。

 棺が消え、霧はとうに失せ周囲に常夜が戻っている。
 穏やかな風が一片の藤をひらりと連れてきた。辿る視線の先に咲く、可憐な花々。
 そして……最奥に佇む不似合いな処刑台が再会の舞台を予感させた。

――――

●左は勝手
 寝ていた『義紘』が棺から出ようとするもんだから、つい手を伸ばし支えようとして――違和感に気付いた。視線を落とし異変の先を確認する。……痛むのは、左手だねぇ。赤いや。ぼやいた所で蛍嘉の半世紀を刻んで尚娃しい片手に異色が染まっていくのを止められない。強く握り締められる感覚が寒気と共に彼女を蝕んだ。上げた視界も、いつの間にかすっかり様変わりしてしまっている。勿論、悪い意味で。

 ――罪人よ。

 赤々と揺らぐ世界でも、『罪』だけは真っ直ぐに蛍嘉を見ていた。出さぬ言葉の代わりに霧に侵食された手の痛みが増していく。呼んでいるのだろうか、周囲で漂う異色の霧は彼岸花の群れにも思えた。ああ、何一つ違わない純粋なその姿。兄が先導してくれるなら棺に乗り込み川を渡るのも悪くないか。穏やかな面持ちの儘降服せんと赤に同化した方を差し出して――瞬間、鬼の如き強い風が『兄』妹の間を駆け抜けた。まるで罪と繋ごうとした手を止めるように……彼女の弱気を、絶つように。
「――」
 嵐が過ぎ去る終いに流れた一陣はとても優しく、二色の髪と飾る白藤を撫でていった。揺れる微かな髪飾りの音色に霞がかっていた思考が覚醒する。改めて差し出された『罪』の手に反応せず、蛍嘉は歓迎の花にそっと触れ指先でなぞっていく。ああ、これ、去年の誕生日に貰ったんだった。妹の脳裏に遠い昔ではない近しい過去が蘇る。……そうなんだよね、義紘ってば。呟く声は穏やかに、兄を視る眼差しは目の前ではなく想い出を視ていた。同じ死者に成った彼はもう昔の姿と変わってしまったけれども。でも、再会出来たんだ。その後の海での戦争のときに聞いたんだけど、十七までは嘆いて恨んでたみたいなのに。『今は別に?』で『むしろ愛している』なんだからさ。義紘は変わった、それは義透(別人)ではなく同じ過去を抱いて共に歩む事を選んでくれた強さの意味で。だったら、私も。意識を現実に戻し、『義紘』を見据える眼差しに迷いはもう無かった。よし、と軽い調子で覚悟を決めた声がする。吹っ切るために。ねえ、その『罪』である義紘。

「兄妹喧嘩、しよう」

 何故か一瞬、身の内で誰かさんが動揺している気がした。眼前だってそうだ、降服を告げた直後に拒否を示した相手を不思議そうに見ている。それがあまりにも、可笑しくて。蛍嘉は上等な袖で手と口を隠し華やかに咲う。ははは、母の加護が強くて、どう作用するかわからないから、喧嘩はお互いに避けてたからね! 女でも、鬼を宿すでもない兄は母の願いと祈りに今でも護られている。自死すら出来ぬ程に。……でも、君はそうじゃないだろう? 気付けば不敵に笑っていた。よし、そうなったら、お互いに素手での喧嘩だね! 痛みを意識外に追いやる程の感情は――純粋な楽しさと、嬉しさ。
(ドウシテ……そうなったノデスカ……)
 激しくぶつかり合う『兄』と妹の喧嘩を眺め思わず蛍嘉の内に宿る雨剣鬼がぼやく。突っ込まずには居られない程、爽快に両者は殴り合っていた。赤い拳で、『罪』を討つ。その手はもう縛られる事はないと他ならぬ彼自身が教えてくれたから。

 やがて、2つの影から1つが消えたと同時に世界の赤も晴れていく。
 握り締めた手は未だ赤いけれど、女の顔は何かを一つ乗り越えたようだった。
 荒れ地に咲く藤の花道は遠くの処刑台へと続いている。
 幾度目の再会は、もうすぐだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ティル・レーヴェ
絶◆

罪の鳥籠に囚われて
震える身は立ち上がれない
凍える寒さなどどうでもいい
痛みならば幾らでも

そんなものより

今一度誘えと?
その先に謳ったモノは無いと知って?
嗚呼そんなこと

お願い、お願い
その名でもう、呼ばないで
もう違うのよ

嗚呼けれど……

ごめんなさい
ごめんね

罪にも
そして
“あなた”にも

儘と在れる
“妾”と在れる
あなたに繋がる何もかも
赤に潰され縋れない
大切な全てがなにも見えない
あなたも花も“妾”すら

蝕む赤で絶たれた己は
こんなにも
弱く脆い

嗚呼
意識失うその直前
霞む赤き意識の奥
罪の源たる“彼”の顔も
赤霧朧けて見えぬのに
満足げに笑むのが解る

■以外を見るだなんて、と

――……たすけて

絞るよに掠れた囀り残し
雛は地に堕つ



●Downfall of Elysium
 ゴトンと、ティルが手にしていた蓋は棺を叩き地へ落ちた。衝撃で白の花弁が散り散りに舞い飛ぶ光景等目もくれず、少女は再演される筈の無い悲劇を彼女の為に創られた舞台で観続けた。罪の鳥籠に囚われて、震える身は立ち上がれない。それは決して赤き異変が齎す冷気のせいでは無かった。凍える寒さなどどうでもいい、痛みならば幾らでも。……でも、そんなものより。花の欠片が何処にも行けず地に墜ちた。

 ――罪人よ。

 今度こそ聞こえる。脳髄に語りかけてきたのはティルが仕舞い込む過去には無い音声だった。それが在り得ない現状を、心を揺さぶり続ける幻聴達をより現実に近付け、異を唱える者が居ないのならば赤は彼女の中で偽りの言葉を咲かせ白の領域を侵略していく。さぁ、聖女様。
「今一度誘えと?」
 沈丁花を飾る翠の束へ強ばる指先を沈めていく。耳を塞いでも、侵食された聴覚が脳に異常を運んでいる。――その先に謳ったモノは無いと知って? 堪らず柔らかな髪を握り締め、顔を覆い隠しても過去も苦しみも消えやしない。あの時も、今も。誰一人として彼女を責める事はしなかった。優しく、慈しみ、願い続ける……残酷な迄に。聖女様。――嗚呼、そんなこと。小さなオラトリオは蹲る。雛鳥が卵へ戻るように。お願い、お願い。その名でもう、呼ばないで。もう違うのよ。弱々しい声色で藻掻き、抗う姿のなんと儚いことか。齢十二の心へ捧げられるにはあまりに多くの『罪』が伸し掛かる。純白の翼を広げようが、重くて重くて飛べぬ程に。嗚呼けれど……。

「ごめん、なさい」

 僅かに震える躰で、顔を上げる瞳に光は僅か。気付いてしまった。少女を囚える総ての変化に。雛鳥を取り囲む人々の姿だけ鮮明なのに、光景に赤き異常が入り混じる。呆然と開く双眸へ照らされる映像は所々を不吉で塗る破れかけのフィルムに思えた。ごめんね。力無く告げるティルの眼にも霧が重なる。譫言に呟く謝罪は罪にも、そして――『あなた』にも。ごめんなさい、行き場のない想いと震える身を頼りない己の手で抱きしめる。意識は外から裡へ沈む。逢いたくなった、でも。儘と在れる、『妾』と在れる、あなたに繋がる何もかもが赤に潰され縋れない。失いたくない、失くしてはならない大切な全てがなにも見えない。「きみの『好き』を教えて」と語り合った幸福な時間も、「あなたに『好き』を重ねて」と過ごした優しい瞬間も、あなたも、花も、『妾』すら! 罪が蝕む赤で絶たれた己は、こんなにも……弱く脆い。
「嗚呼」
 戦慄き惑う少女の心が限界を叫ぶ。縋れない指先が己が身を這い、首元を伝い、頬を掴んだ所で心底の何かが壊れた気がした。張り詰めた糸が切れ意識失うその直前、霞む赤き意識の奥……懐かしき民達の向こうに誰かを幻視する。あの姿、忘れられる筈もない。罪の源たる『彼』の顔も赤霧朧けて見えぬのに、満足げに笑むのが解る。分かってしまう。聞こえてしまう――◆以外を見るだなんて、と。

「――……たすけて」
 絞るよに掠れた囀り残し、雛は地に堕つ。
 格子影と全てを覆い埋め尽くす赤い霧。既に、聖女の棺は存在していた。
 愛しき民達と共に葬られるのは昏き楽園にもしも居続けた物語の結末なのかしら。
 ガシャン。
 降服の音が、花を籠に閉じ込める。

成功 🔵​🔵​🔴​

ライラック・エアルオウルズ
絶◆

その聲が誰であるのか
罪悪による幻聴であるのか
そんなことは、どうでもいい

――罪人とまで、
呼んでくれるのかい?
罪とするのは、僕だけで
誰も責めはしなかったのに

恨んでいるに違いないと
そう思うのも“想像”で
自責に過ぎなくとも
それを罪と呼ぶ他が居る
それは待望であることだ

良いよ、償わせておくれ
今ある友にさえ、疚しさで
顔が向けられやしないから

そう、浮かべた友たちが
真赤に塗り潰されてゆく
薔薇を、想像を、友を
塗り潰した僕のように

実に御誂え向きな罰
けれど、友が、大切が
赤色に修正されるのは
酷く、酷く、苦しくて、

こんな、ひどい罰
あんまりじゃないか

傷付く己の、罪深いこと
逃げ込む兎穴はもう無くて
救いを求めて落ちる、墓穴



●Fallout from Freunde
『おお、友よ』

 ――罪人よ。

 棺が開き、役者が揃う……開演されるのは歓喜だろうか。その聲が誰であるのか罪悪による幻聴であるのか。そんなことは、どうでもいい。演出家の素性に興味は無い。だが、次々と謡われる断罪の科白はライラックが隠し続けた奥底をティーポットから注ぎ落とす昏き悦びで満たしていく。
「――罪人とまで、呼んでくれるのかい?」
 眼鏡の奥で花が咲く。だってそうだろう、罪とするのは僕だけで誰も責めはしなかったのに。僕だけの物語だ、手作りの秘密だ。恨んでいるに違いないと、そう思うのも『想像』で。訴状も法廷も自ら書き連ねなければ存在し得ない自責に過ぎなくとも、それを罪と呼ぶ他が居る――それは待望であることだ。舞台には僕と友人ふたり。そして聲だけの誰かさん。僕は被告友が原告、誰かさんは検事であり証人であり裁判員で裁判官。すっからかんな言い分並べ満場一致で有罪だ。なんて裁判だ、嗚呼何処ぞの女王より理不尽じゃないか。でも。そうだね。
「良いよ、償わせておくれ」
 自首をしよう、風変わりな作家は降服だ。今ある友にさえ、疚しさで顔が向けられやしないから。聞こえるかい裁判長、『タルト』は僕が独り占めしたんだ。それを『友人』たちと分け合えなかった。今迄同じテーブルについていられたのに、信じられなくなった僕の前に有ったのは木の机と紙とペンだけ。黒いインクで彼等を書けても同じもので無かった事にはできない。白紙に戻らず、残るは紙屑。■■■ても彼等を消した事実が遺り続ける。――何処かで木槌の音が聞こえた。最終弁論も要らないと、刑の執行が行われる。白い霧に赤がぶち撒けられた。あちらこちらで無遠慮に、空想の法廷が塗り替えられていく……そう、浮かべた友たちも。記憶の中に記録していた彼等が真赤に塗り潰されていく。薔薇を、想像を、友を塗り潰した僕のように。
「実に御誂え向きな罰」
 頁を捲っても捲っても、どの場面でも単色な貌だ。友人たちの表情が解らなくなって、でも彼等が居ること自体は覚えてるだなんて。なんて相応しい――……けれど。気付いてしまった。蝕む赤が想像を越え現実の想い出にすら侵攻している。机上ではない友達が、かけがえのない大切が、皆等しく赤色に修正されていく。上書きしてはならないのに、大事なシーンを抱えて脱兎の如く走ろうとも最早手遅れ。「ハッピーエンドの其の先も、幸せを綴る為に」と捧げた君が――嗚呼。酷く、酷く、苦しくて。

「こんな、ひどい罰……あんまりじゃないか」

 おかしな言い草だ。傷付く己の、罪深いこと。それでもこれだけは許容出来なくて、ライラックは顔を上げた。この赤い裁判所から脱出しよう、けれど逃げ込む兎穴はもう無くて。構わず走り出した刹那、狂った霧が渦を巻いて天へと昇り空から一斉に降ってきた。迫る危険と同時に己を掴む小さな手。
「マーティン?」
 不思議の世界で机上の友人は何よりも鮮明に存在していた。『少年』は友の手を引いて、こっちこっちと揃って逃げる。駆け抜けた先にぽっかり開いた夢幻の出口。繋いだ手は離さずに、一緒に飛ぼうと云うのなら。救いを求めて落ちる、墓穴。

 ヒュッ……◆の中へまっさかさま。
 捲れた棺が戻っていく。
 そして物語は、閉じられた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
絶◇

……何にも見るなって?
元から鋭敏な嗅覚を使って、欠けた視界を補い歩く

分かってるよ、姉さん
おまえは昔からそうだよな
私を自分に縛っておきたい
私は姉さんの忠実な人形だった
ずっと……多分、今も

大事な奴らの顔が思い出せない
友達の顔がぐちゃぐちゃで、家族の顔が見えなくて
――私の帰る場所が
あいつの顔が、分からない

取り出したライターを握り締める
嫌だ
私は埋まりたくなんかない
死にたくない
皆の顔が思い出せないままじゃ、死んだって救われたりなんかしないんだ

――だから
姉さん、ごめんな
私はもう一回、私が生きるために、おまえを殺す
棺に入ってくれ
そのまま眠ってくれ
……幾らだって呪って良いから
私をまだ、生きさせてくれ――



●Sincerely yours,
 可憐な娘が白詰草の庭を軽やかに跳ね回る。その後を、ニルズへッグはゆっくりと歩いていた。少しずつ周囲が冷えても、徐々に花々が存在毎赤く塗り潰されようとも。其処だけに留まらず周囲も歪み狂っていく中で、ただ一人『罪』だけは二色の視界で鮮明に映って――とてもきれいだった。
「……何にも見るなって?」
 欠けた視界を冷静に、元から敏感な嗅覚を使い補う。かけた声に姉は反応して振り向いた。蓋を開けた時から、ずっと記憶に残る想い出から変わらない笑顔が異常な世界で一番の異端だと云うのに。無邪気な顔と見上げる視線へ何の咎も見出だせずに居た。淡く、彼女が口を開く。でも聞こえたのは、あの頃何度も聞いた明るい音色等では無い。

 ――罪人よ。

 断罪の声と、眼前の貌はあまりに不釣り合いだった。けれども――分かってるよ、姉さん。弟は『姉』に返事をする。おまえは昔からそうだよな。私を自分に縛っておきたい、私は姉さんの忠実な人形だった。独白の台詞を零す男に、『罪』は何も言わず唯微笑んだ儘。まるでその通りだと、おかしくなっていく世界であなたの唯一がわたしと言わんばかりに。霧が囲む世界はニルズへッグの心情そのものを現しているようで。囚われているのだろうか、ずっと……多分、今も。臆病な幼い子供の悲鳴を感じ堪らず瞑目する。折れては駄目だと心の支えを探し、そして――瞠目した。大事な奴らの顔が思い出せない。記憶は在るのに、忘れる筈のない大切な想い出なのに。友達の顔がぐちゃぐちゃで、家族の顔が見えなくて。大切な部分が赤で覆い潰されている。繋がりを絶つように、『罪』以外を排除しようと云うのか。駄目だ、焦り跳ね上がる心音を脳髄に響かせながら必死に記憶を辿る。出会いを、会話を、寄り添ったその瞬間の、総て。やめてくれ、私の帰る場所が、あいつの顔が分からない。絶望が精神すら染めていく。僅かに震えた指先が、無意識に服を掴み奥を探り――取り出したライターを握り締めた。
「嫌、だ」
 あいつから贈られた証のエンブレムすら赤が邪魔をする。嫌だ、私は埋まりたくなんかない。葬られて死にたくない。皆の顔が思い出せないままじゃ、あいつとの絆が絶たれた儘じゃ、死んだって救われたりなんかしないんだ。――だから。

「姉さん、ごめんな」

 どんな顔で、彼女に拒否を言えただろうか。何より鮮やかな『罪』の笑顔は揺らがない。ゆっくり差し伸べた弟の手を姉は何も言わず受け取った。罪と罰の花畑を、二人は手を繋ぎ歩き往く。辿り着いた先に最初の棺が存在していた。――姉さん。最期に姉弟は向かい合う。私はもう一回、私が生きるために、おまえを殺す……棺に入ってくれ。親愛なる花へ、真心を込めた死の宣告だった。そのまま眠ってくれと餞を添えて『罪』を丁寧に中へ収める。蓋に手をかける前、一度だけ姉をそうっと撫でた。
「……幾らだって呪って良いから」
 私をまだ、生きさせてくれ――微笑み弟を映した瞳が閉じていく。

 優しい埋葬を終え、棺も白詰草も静かに消えていった。
 残るは現実の荒れ地と赤き病に侵された伐竜が独り。
 顔上げる先に、一部が塗り潰されても尚理解できる朽ちた処刑場が佇んでいた。

成功 🔵​🔵​🔴​

マナセ・ブランチフラワー
息◇

罪人、との呼び声に顔を上げる
否定をする気はありません

でもその続きには、苦しい呼吸の下で、はっきりと
「お断りします」

犯した罪は背負うものです
それは己の使命を果たすこと。苦しむ誰かを救うこと
祈りと、懺悔と、そして感謝を供として、この生を歩み続けること
その先でいつか、僕が僕を本当に許せる日が来たら――それこそが僕の救いです

おまえが誰かは知りませんが、おまえの救いは、必要ない
だって僕は、聖者ですから

目の前の『彼女』は、そっと棺に戻します
【祈り】を込めて、額におやすみなさいのキスを
故郷で生きる本当の貴女が、今は幸せでありますように

さあ、この病すらも抱えて
僕の使命を果たしましょうか

(アドリブ歓迎です)



●雪融の光
 棺から出てきた『母』越しに偽りの雪は未だ降り注いでいた。気にする事など無い幻覚だった筈なのに、マナセの身は急激な寒さを認識する。本当に故郷へ戻ってきたのだろうかと僅かに感じた望郷はされど一粒の異変に否定された。有る筈の無い色が降雪に交じり、その比率を増やしていく。天から落ちてくる異端が霧を、積もる大地を赤く染め上げた。同時に喉奥で感じる違和感。すぐさま呼吸が乱れ、苦しさが思考を阻害する。一体何がと思うより早く悪化する体調、冬の寒さに堪らず強張らせた肩へ――しなやかな手が添えられた。

 ――罪人よ。

 視線の先に優しく微笑む『罪』が居た。見開いた視界を覗き込む彼女は、本当に心から息子を気遣う貌をしているようで。どうしたのと、呼びかけているようで。嘗ての幼き思い出と今抱いた想いが淡く言い表せない感情と共に重なっていく。赤い息が溢れ、広がる。かじかむ手を上げそっと指先ささやかに彼女の其れへ触れた。包み込んでも相手の態度は変わらない。こんなにも母の手は小さかったのだろうかと浮かんだ思考に笑いそうになる。だってもう、己はあの頃の子供ではないのだから。咳き込んだ後、顔を上げた。
「お断りします」
 まやかしの再会に不要な断罪の誘いを、はっきりと拒否する。罪人と呼ぶ声に否定をする気はない。でもその続きは例え病に侵され苦しもうとも拒まずにはいられなかった。母の手を握り締め、真っ直ぐに告げる。――犯した罪は背負うものです。それは己の使命を果たすこと。苦しむ誰かを救うこと。聖者はもう一つの手も繋がる方へと重ねていく。――祈りと、懺悔と、そして感謝を供として、この生を歩み続けること。両手で『罪』を包み込む。指を折り、それは祈りの形を作り出した。……その先でいつか、僕が僕を本当に許せる日が来たら。

「それこそが僕の救いです」

 祈りの手を胸に息子は母へ微笑む。次に、だからと時折見せる尊大な態度で何処かに潜む断罪者へ宣言する。おまえが誰かは知りませんが、おまえの救いは、必要ない。色付く呼吸を交えても、不敵に笑って見せた。
「だって僕は、聖者ですから」
 これしきの事で崩れぬ信念を以て、マナセは動き出す。先ずは目の前の『彼女』を棺へ戻す為に優しく導いた。素直に従う姿も、底に横たわる姿も逃さず見守り母の髪に付いた雪をそっと払う。二人に赤き風花が落ちてこようとも、半魔が抱く輝きにかき消えた。ひととき、何もせず見つめ合う。紛い物だとしても、もう一度逢えた人を遮ってしまう事の躊躇いは確かに存在している。でも、それだって。ゆっくり顔を近付け祈りを、想いを込めて額におやすみなさいのキスを捧げた。
(故郷で生きる本当の貴女が、今は幸せでありますように)
 逢えなくとも、ずっと貴女を想っています。僕を精一杯、愛そうとしてくれたように――彼女は微笑んだまま静かに目を閉じていく。眠りについた姿を刹那記憶に焼き付けてから、棺を蓋で覆いそうして『罪』は再び葬られた。

 撫でる手に奇跡が燦めく。聖者が齎す光に照らされ、棺も雪も解けていった。
 墓地が広がる現実を実感するには赤い息苦しさが邪魔をするが、構うものか。
「さあ、この病すらも抱えて……僕の使命を果たしましょうか」
 先に在る処刑台。そこに、討つべき敵が待っている。

成功 🔵​🔵​🔴​

逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
息◇

火の海に呑まれ瓦礫に押し潰され、死にゆく貴方は何を見て、何を思ったのでしょうか
嗚呼、申し訳ありません、惺さま
あのときあの子の手ではなく、屋敷に留まって貴方の姿を探していたら
この罪がこの心に巣食うこともなかったのでしょうか
本当に、ごめんなさい―――!

あかい赤い霧を吐くも、喉が潰されたように酸素の沁みぬ肺腑
ひたすら謝りながら寒気に己が身体を抱きしめたなら、ふと指先に触れるのは懐の守刀

……ああ、僕は
惺さま、申し訳ありません
僕は貴方を助けられなかった
けれど、贖罪に生きることもできません
手を取りともに生きてゆきたいひとがいるのです
ザッフィーロは、僕が導かねばならぬのです


ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

息◇
黒髪の所有者の声にも違う誰かの声にも感じられる声と共に肺を空気ではない何かが満たして行けば、空気を求める様口を開き息を吸いながら眉を寄せよう
この感覚はきっと黒髪の所有者が味わっていたものなのだろうか
飢えと乾きよりも耐え難い絶望という名のそれはきっと彼女の胸を斯様に覆っていたのやもしれぬと
そう暗い思念に思考を塗りつぶされかけるも、胸元に忍ばせた愛しい相手と揃いの守り刀から伝わる暖かな感触と共に愛おしい相手の顔を思えば病を拒絶し振り払わんと試みよう
俺は貴方を護る事は叶わなかった
だが今は愛おしい相手を護る為の肉がある
だからこそ囚われる訳には行かんのだ。…宵、お前は何処におるのだ?



●真意を切り開く

 ――罪人よ。

 断罪者の声が脳髄に響き渡るも、宵は反応できず唯一人と向かい合う。『罪』は変わらず在り続け、彩無き貌で己を目視していた。その瞳に映る姿は彼が生きていた時と変わらない。あの時――火の海に呑まれ瓦礫に押し潰され、死にゆく貴方は何を見て、何を思ったのでしょうか。訪ねたって思い出に響く声が帰ってくる筈もないのに。
「嗚呼、申し訳ありません、惺さま」
 何度目かの謝罪は掠れていた。それ程悔やみ、慚愧に堪えない感情は大きくて。敬愛なるご主人さま、あのときあの子の手ではなく屋敷に留まって貴方の姿を探していたら。この罪がこの心に巣食うこともなかったのでしょうか。それとも今度はあの子が『墓』の中に居て、やはり我が身は後悔に叫んだのでしょうか。総てを壊したのはオブリビオンに他ならない。けれどもしもの想像が、助けられたかもしれない可能性がずっとずっと心底に残り続けそれはやがて罪悪感という怪物を創り出した。ヤドリ身を蝕んでいたモノは棺と共に開け放たれ、そして――宵は目を見開く。息が、上手く出来ない。嗚呼この苦しみは貴方が差し出す罰なのでしょうか。震える手で喉を抑え、定まらぬ焦点と縋る思いで『罪』を見る。
「本当に、ごめんなさい――!」
 絶叫と共にあかい赤い霧を吐くも、喉が潰されたように酸素の沁みぬ肺腑が正気を奪っていく。正常な判断を失いひたすら謝りながら寒気と自責の念に追い込まれ堪らず己が身体を抱きしめる。震える身に強ばる手が……それは無意識だったのか、常の癖であったのか。這う先は不確定ではなく真っ直ぐにある場所へ向かっていた。指先に触れるものにふと乱れ方々に飛び散った意識を取り戻し、握り締めた柄巻の感触に自分自身を思い出す。

「……ああ、僕は」

 大切な人と共に見つけた守刀。懐に忍ばせた一振りは何処か暖かく、同じ護を持つ彼と手を繋いだ瞬間を思い起こした。そうだ、彼と来たんだ。脳裏に浮かぶ同行者の顔と一緒に自身の視界もクリアになっていく。深宵の瞳に瞬く星が還ってきた。喩え周囲が赤い狂気に染まっていようと、罪の息苦しさが癒えずとも――宵は姿勢を正し、嘗ての主を真っ直ぐ見つめる。
「惺さま、申し訳ありません」
 今出来る最高の礼を以て彼は『罪』に謝罪した。同時に其れは断罪への拒否であり、埋葬される気はないとの強い意思表明となる。……僕は貴方を助けられなかった。けれど、贖罪に生きることもできません。佇む相手を確りと見ながら懐の小刀を取り出した。宵空を飾る揃いのお守りを今は亡き主人へ向ける。持ち手を頭に、刃先は足元に。そのまま一度鯉口を切った。
「手を取りともに生きてゆきたいひとがいるのです」
 死者を弔う守り刀の音が響く。一呼吸後に『罪』の形が揺らぎ始めた。周囲の赤も斬り刻まれ、少しずつ、少しずつ失われていく……目の前の存在も。宵は小刀を胸に抱き、霧と共に消え往く人へ頭を下げた。
「ザッフィーロは、僕が導かねばならぬのです」
 だから僕は代わりに逝けませんと、呟いて。――ふと。もう殆ど霧と同化している相手の足先が動いた気がした。視界の端で主人の手が見えそして霞となって消えていく……丁度、宵の髪を撫で終えたかのように。

 顔を上げた先にはもう『罪』も赤い霧も存在していなかった。
 常夜が総てを覆い尽くす世界の先で、朽ちかけた処刑台が宵の訪れを待っている。

――――

●以て悪意を断つ

 ――罪人よ。

 ザッフィーロの聴覚に、黒髪の所有者の声にも違う誰かの声にも感じられる言葉が響く。其れを切掛に身体の自由が戻った気がして返事を出そうと気息を整え――肺を空気ではない何かが満たして行くのに気が付いた。それは苦しさを伴い堪らず空気を求める様口を開き息を吸い込むも、上手く正常な呼吸に戻せない。それ処か、吐き出すものが異端の彩りに染まり異常を報せている。周囲の霧も赤々と変色し視覚にも負荷を与える光景を認識した聖者は端正な顔に僅かな焦りを浮かばせ眉を寄せた。
(この感覚は……)
『罪』は変わらず傷付いた姿で佇んでいた。ああ、この苦しみこそ黒髪の所有者が味わっていたものなのだろうか。到底受け入れ難い理由で暴力を受け、救いの手は差し伸べられず、悪意の海に藻掻き力尽きる迄の永い時間――飢えと乾きよりも耐え難い絶望という名のそれはきっと彼女の胸を斯様に覆っていたのやもしれぬと、理解したヤドリガミの心にも不吉の感情が芽生えていく。果たして彼女は、救えぬ命だったのだろうか。己はその時物言えぬ指輪で在ったから。……今なら? 断罪の言葉に従えば幸福が、『罪』が助かるとでも。そう暗い思念に思考が塗りつぶされていく。常のザッフィーロならば揺らがず冷静に判断出来ただろう。だが今は原因不明の苦しみと、何より――彼の支えが傍に居ない事が心底を蝕む影を野放しにする。無意識に自身の胸元をきつく握り込んだのは、育ち往く暗き想いを止めたかったからだろうか。息が乱れる。赤が散り、世界も精神も霞んでいく。
(俺、は)
 ゆっくりと口を開け音を発する直前、強ばる指先が何かに触れた。何時の間にか手は懐に入り込み一振りの小刀を包んでいる。忍ばせていたのは愛しい相手と揃いの守り刀だった。握り締める掌に伝わる確かな暖かさ。暁を飾るそれは持ち主の心を護るように、または対の刀を持つ者の危機を知らせるかのように。対の、持ち主。ザッフィーロは微睡む眼を即座に見開かせた。脳裏に同行者の顔が浮かび己が現状を思い出す。そうだ、愛おしい相手と共に来て逸れたのだ。探さなければ。彼を――守らなければ。銀の双眸に鋭さが戻る。ただし睨み付ける相手は未だ居ない、先にせねばならぬ事は……聖者は堂々とした姿勢で『罪』と向き合う。

「俺は貴方を護る事は叶わなかった」

 暁護を手に、病を感じさせぬ力強い言葉で事実を告げる。悲劇に終わった貴方の運命を叶うなら変えたかった。悔やむ想いは残り続けるだろう。だが今は愛おしい相手を護る為の肉がある。もう見ているだけだった無機物とは違う。取り出したお守りを携え『罪』へ一歩踏み出した。
「だからこそ囚われる訳には行かんのだ」
 静かに黒髪の所有者へ腕を伸ばす。まやかしであろうが、その手は確かに傷だらけの彼女に届いた。赦しの指輪を填めた指先が触れた瞬間『罪』の姿が揺らぎ始める。これは紛い物であり彼女の魂は此処に存在しない。それでも……聖者が施す救いと断罪への拒否。偽りの身に刻まれた総ての傷が癒え、彼女は最初の美しい姿となって消えていく。ザッフィーロは小刀を胸に抱き、最期迄見送った。

『罪』と同時に赤霧も消え、息苦しさは残ったが周囲はクリアになっていく。
 視界の端に処刑台を認識するもすぐさま銀眼は他に視線を向ける。
「……宵、お前は何処におるのだ?」
 合流が最優先。敵に捌きを下すのは、その次だ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アナンシ・メイスフィールド
絶◇

私は…そう、私はきっと、もう私の手が届かない遠い過去に苦しみ逝った君の死を受け入れ難く記憶を手放したのだろうね
愛おしい愛おしい我が妹
誰よりも幸せになって欲しかった君に悲劇を呼んでしまった私で良いのならば、勿論共に在るとしよう
そう共にと棺へ入らんとするも出会ったー家族と呼べる大事な子達の存在が脳裏に浮かべば僅かな逡巡の後動きを止めるよ
…大事な優しい君は、共に埋葬され様等きっと言わないだろうに
君の存在を歪めてしまう私の罪悪感という罪を、私自身許してはいけないと頭を振れば妹に似た罪を抱き締めんとしながらも埋葬される事は拒絶をするのだよ
…いつか同じ場所に行けたならばその時に沢山話をしようではないね



●Flowers for Masefield
 過日の優しい記憶そのままに彼女が、『罪』が近付いてくる。呆然と見続けるアナンシの眼前に来たあどけない容姿は苦しんで死んだとは思えぬ程きれいだった。揃いの黒髪を揺らし、己を兄と呼んだ小さな姿。初めて会ったあの時とこの瞬間がシンクロする――もう一度、私を迎えに来てくれたのだろうか。

 ――罪人よ。

 答えは少女からではなかった。脳髄に響く断罪の言葉を受け、アナンシは漸く現在を理解する。何時の間にか神と罪を囲う霧は異端に染め尽くされていた。更に、視界が壊れた映像機にでもなったのか光景の所々が不自然に塗り潰されている。気付くのに時間がかかった理由は唯一つ。赤いノイズが煙り狂っていく世界で、それでも――鮮やかな『妹』だけをずっと目にしていたから。
「私は……」
 台詞が切れたのは、現状を認識した彼が失っていた記憶の理由を理解し受け入れたから。……そう、私はきっと、もう私の手が届かない遠い過去に苦しみ逝った君の死を受け入れ難く記憶を手放したのだろうね。『罪』を見上げるアナンシの顔は穏やかだった。愛おしい愛おしい我が妹、誰よりも幸せになって欲しかった君に悲劇を呼んでしまった私で良いのならば――紳士は跪いた儘、手を差し伸べる。
「勿論共に在るとしよう」
 それが君との想い出を奥底に沈めていた償いになるのなら。『罪』の小さな手が重なり、仮初の再会が結ばれた。紐解かれた記憶と違わない輪郭に懐かしさが込み上げる。そうだった、こうして何度も手を繋いで兄妹仲良く過ごしたね。あの暖かい日々を、大切な想い出を抱いて君と――そう共に棺へ入らんとした刹那。立ち上がろうとした仕草が鈍り、アナンシの瞳は『罪』を映しながらも彼方を見つめる。大切な想い出。男が大事にしているのは封じていた記憶だけに非ず、記憶喪失になってから過ごした時間は決して短いものではなかった。海沿いの街からリスタートした男の物語で出会った人達、家族と呼べる大事な子達の存在が脳裏に浮かぶ。けれども――ああ。かけがえのない筈の想い出に、赤き異物が邪魔をする。不吉の霧が彼等の顔を覆い尽くし共に過ごした景色を塗り替えていく。私は、私はこの記憶すら失おうと謂うのか。僅かな逡巡、妹が不思議そうに手を引くも……兄の動きは止まった。

「――」

 何時ぶりだろうか。『罪』の、少女の名を呼び繋ぐ手を両手で包み込む。……大事な優しい君は、共に埋葬され様等きっと言わないだろうに。柔らかな表情を讃え、君の存在を歪めてしまう私の罪悪感という罪を、私自身許してはいけないと頭を振り拒否を示した。そして今度は兄が手を引き、よろけた妹に似た『罪』を――抱き締める。
「……いつか同じ場所に行けたならば」
 喩え偽りであろうと、届くのなら。その時に沢山話をしようではないかねと綺麗な黒髪を撫でた。やがて妹の輪郭は白く揺れ、少女の躰を少しずつ欠片に変え散っていく。それはまるで大きな花束のようにアナンシの腕中から溢れ、沢山の花弁が舞い飛んで……最期の瞬間、消えゆく小さな手が兄の背を包んだような気がした。

 気が付けば荒れ地に一人立っていた。視界と記憶に未だ赤は交じるけれども。
 もう男に焦燥感は無い。今行くべき唯一つの場所――処刑台を、静かに見据えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルーシー・ブルーベル
息◆

寒い、息がくるしい
これはあなたの苦しみ?
ああ、そっか
あの日、自ら左目と喉を差し出したあなたは
寂しくて、哀しくて、苦しくて
あの子が居ない世界からさよならしたかったんだ

声が響く

代わりに埋められれば救われる?
なにを言っているの
可笑しくて
苦しさを忘れて笑ってしまう

救われる事を確約された断罪なんて
そんなの償いでも何でもないわ
少なくともコレは決して
何かと等価交換出来るものじゃない
ましてや他の誰かになど!

でも
いいよ埋められても
そうすれば、あなたは棺から出られるでしょう?
埋まるまではわたしを見てくれるでしょう?
例え、本当のあなたでなくても

ねえお願いよ
わたしの名を呼んでよ

…ふふ
未だ願うなんて
なんて浅ましいの



●DRINK **
 漸く交わされたと思った視線はすぐに逸らされていく。それをルーシーはうんざりした眼で見送り、胸中に芽生えた期待の芽を摘み取った。次いで、小さく咲う。未だ芽吹くものかと。だって、今まで何度同じ花を散らしてきたのだろう。幼い身は未だ人生として短い時間なのかもしれない。でもその中で感じた落胆と失望はきっと小さな手で数えも、抱え切れもしない。今もまた一つの暗い感情が喉から溜息となって――吐き出す困難に、隻眼を開いて思考の海に沈んでいた意識を現実に戻した。寒い、息がくるしい。無意識にお供を強く抱き締めたのはふかふかの暖を取る為か、酸素不足を紛らわす為か。それとも。
(ああ、そっか)
 赤々と変わっていく光景は、違う世界に迷い込んだ錯覚を思わせた。唐突な理解に抱き締める力が緩くなる……あの日、自ら左目と喉を差し出したあなたは寂しくて、哀しくて、苦しくて。あの子が居ない世界からさよならしたかったんだ。わたしの居る世界を、ルーシーを継いだ女の子を残して。

 ――罪人よ。

 声が響く。思わず、苦しさを忘れて笑ってしまった。代わりに埋められれば救われる? なにを言ってるの。可笑しくて、おかしくて――だって、救われる事を確約された断罪なんてそんなの償いでも何でもないわ。救われる為に埋葬されに行くなんて。あの日の瞬間は、抱いた***はそんな簡単に済まされる筈がないもの。少なくともコレは決して何かと等価交換出来るものじゃない。ましてや他の、誰かになど!
(……でも)
 青花の心で荒れ狂った嵐は長く持たず鎮静していく。解っている、これから行う自身の選択が激情と違うモノだと云う事を。抗わなくてはいけないと、理解しているのに。要らぬ願望は呑み込むべきなのに。眉尻を下げた少女の顔は、余りに儚く……微笑んでいた。
「いいよ埋められても」
 投げた降服の言葉に『罪』は再び反応し此方を向いた。ほら、これが正解。そうすればあなたは棺から出られるでしょう? ゆっくりと一歩を踏み出したのは女の子の方だった。少女を見る『お父さま』の元へ、棺へ辿り着く。わたしが代わりに埋葬されるなら、埋まるまではわたしを見てくれるでしょう? 一人と一つの目がかち合う。例え、本当のあなたでなくても――ブルーベルの瞳に、大きくミオソティスが映る。手を伸ばしたのは無意識だった。娘を想って零した涙を拭い取る。お父さま、……パパ。ねえ、お願いよ。

「わたしの名を呼んでよ」

 僅かに、彼の唇が動く。その意味を理解しようとして――気付いたら女の子は棺の中に横たわっていた。立場が逆転し罪が『ルーシー』を見下ろしている。赤い空と視界の端に青い花弁が舞う世界でお父さまはゆっくりと棺に蓋をしていく。まるで、眠る我が子に暖かな毛布をかけてあげるように。
(……ふふ)
 浅い呼吸と霞む意識の中で少女は笑う。そんな幻想を抱く程未だ願うなんて、なんて浅ましいの。もう二度と現実になる事なんてないのに。全て自分が、食べて飲み込んでしまったのに。まやかしだとしても、もう一度逢えた人の顔がもうすぐ見えなくなる。意識を失う直前、視界が滲みぼやけたのは……何の為だったのだろう。

 カタン。
 優しく、丁寧に棺の蓋は閉じられた。
 イングリッシュブルーベルの花と共に罪の底へのまれていく。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
『絶』◇
チ、――マジかよ
不死能力がいまいち通じねえ
金色のほうの目だ
焼けるみたいに痛い
――何しやがったクソババア
ああ、あんたなんてクソババアだよ!
遅れてやってきた反抗期だ、ボケッ
娘一人育てられねぇわ命の意味もわかってねぇわ
母親にもなれなかった!!
てめぇただの自分のやったことに
責任もとれねぇクソアマじゃねえかッ!!

親に向かって言いたかねェよ俺だって!
だけどなァお母様
あんたがどれだけバカでもさ
俺の親って、あんたしかいないんだ
だから――あんたはここで寝てろ
死人なんだから俺の人生に口は出すなよ
今からマジで、とびきり愛してる女のトコ行くから
ついてくんなよクソババア
言ったろ。反抗期なんだって


エコー・クラストフ
【BAD】
息◇

……息が苦しい……?
ふーん……なるほど。この霧の影響ってわけか
あぁ、わかったわかった。お前の死に間に合わなかったのはたしかに罪なのかもな
でも、だからどうした。そんな程度のことを償って埋葬されてやるつもりはない
……ボクは一度、埋葬を拒んで動き出した死者だ
本当はきっと、死ぬことだって出来たんだ。彼らの……海賊団の呼び掛けに応えず、そのまま沈んでいれば
でも、それは許せなかった。ボクと家族を殺したオブリビオンが、のうのうとのさばる事が
だから、ボクが殺さなくちゃと思ったんだ。これまでも、これからも殺し続ける
お前を殺した奴も、ボクが殺す。だからお前は……ここで、黙って眠っていてくれ



●純粋なBad daughter
 世界が、林檎色に染まっていく。……ンな訳あるかとハイドラは眉を顰めた。チ、――マジかよ。放った舌打ちとぼやきは周囲に留まらず身の内へも投げられる。不死能力がいまいち通じねえ。金色のほうの目だ、焼けるみたいに痛い。異常は其れだけに留まらず視界に赤色の狂気をバラ撒いていく。罪を刻んだ墓が、収めていた棺すら異色に変化した霧に覆われ認識できない。何が起きているのか、状況を判断するより先に……感情が沸騰した。

 ――罪人よ。

「――何しやがったクソババア」
 脳髄の声と、地を這うハイドラの声が同時に響く。断罪の言葉なんぞどうでもいいと内容を遮って眼前の『罪』に向かう。この狂った世界で無駄にはっきりと映る貌は母に向かって何事だと言わんばかりに睨み続けていた。――ああ、あんたなんてクソババアだよ! 霧空に絶叫が叩きつけられる。今迄ぶつけられなかった相手への鬱憤が堰を切ったように飛び出てきた。生んだ理由も不純だわ……いやある意味純粋か。それにしたって娘一人育てられねぇわ命の意味もわかってねぇわ、計算外の事態が起きたってパニクるわで大爆発しやがって、結局あんたは母親にもなれなかった!!

「てめぇただの自分のやったことに責任もとれねぇクソアマじゃねえかッ!!」

 二人きりの閉じた空間に怒号が木霊する。相手の反応は無い。気持ちはまだ言い足りないと荒ぶるが、心は内なる嵐を抑え込む。親に向かって言いたかねェよ俺だって! 残った熱で捨て台詞を吐き、肩で息乱しながら最後に遅れてやってきた反抗期だ、ボケッ――なんて悪態と言い訳を添えて激情を沈ませる。解っている、目前のヒトガタはイミテーションだ。あのぶっ飛んだ女がこんなに罵倒されて無言でいる筈がない。あの女が……本当に目の前に居たら。どんな会話が、出来たのだろう。
「だけどなァお母様」
 感情の豪雨が去って、心がずぶ濡れに成った娘は呟く。――あんたがどれだけバカでもさ。俺の親って、あんたしかいないんだ。あんたにとって俺は手に入った禁断の果実(かわいい作品)に過ぎなくてもさ。あの時は、それで。でも、ごめんなお母様。俺はもうあんたの為だけに存在できない。ハイドラ・モリアーティ(俺)は、此処に居る。断罪への拒否を宣言し『罪』に向かって歩き出す。そのまま……触れる事無く、通り過ぎる。
「だから――あんたはここで寝てろ」
 すれ違いざま一声かけ、数歩進んだ後で立ち止まり振り返った。死人なんだから俺の人生に口は出すなよ、念を押す。再び行こうとして……思い留まり。今からマジで、とびきり愛してる女のトコ行くからついてくんなよクソババアと声をかけた。『罪』は動かない。唯じっとハイドラを見ている。一瞬だけ娘は顔を顰めた。目を伏せ、静かに母へ背を向け改めて歩き往く。脚を動かしても動かしても、聞こえる足音に追加は無い。徐々に速度が鈍くなって……また止まった。
「言ったろ。反抗期なんだって」
 立ち竦む女が落とした言葉は小さく霧の向こうへ溶けていく。燻る遣る瀬無さと、愛しい女の記憶を赤霧が邪魔する病を振り切りたくて全力で走っていった。

 幻影世界から飛び出し現実の墓地へ戻ってきたのはやはり一人だけ。
 赤交じりが残る視界で処刑台が在る事は確認する。
 それより、先ずは逢いたいと先を急いだ。

――――

●真摯なBad revenger
「――?」
 吸い込む大気に異質が混じる。同時に感じる不調はエコーの本能に注意を促した。息が苦しい……? 数秒前迄正常に行われていた呼吸が乱れ、僅かな酸素しか摂取できない。この苦しさは覚えが有った。否、こんなものじゃなかった。空気を絶たれ海の底に沈んだあの絶望は、家族が、仲間が失われていくあの瞬間は。僅かに胸元を強く握り込む。

 ――罪人よ。

(ふーん……)
 胸中に反して、理性は冷静に余所者の言葉を聞いていた。なるほど、この霧の影響ってわけか。腕を下ろして自身の『罪』だという名も顔も知らぬ存在に視線を戻す。立ち竦むソレの背景はうざったいほどの赤で染まっていた……己が吐く息すらも。向こうさんも気付いたらしく、ネジ切れの状態から再生しエコーへ口を開く。ほら見ろ、お前はやっぱり罪人だ。苦しんでるじゃないか、赤い罰に塗れてるじゃないか。壊れたレコードよろしく騒ぐそれを、B級映画を観る気分で見届けてから異色の溜息をひとつ落とした。
「あぁ、わかったわかった」
 おざなりの返事をくれてやり、肩を竦める。――お前の死に間に合わなかったのはたしかに罪なのかもな。でも、だからどうした。深海の如き双眸は底無しの彩りで『罪』を見据える。そんな程度のことを償って埋葬されてやるつもりはない。お前の為に還る訳にはいかないんだ。この身体が動く意味は、デッドマンで在る理由は。今朽ちる為に在っていい筈がない。
「……ボクは一度、埋葬を拒んで動き出した死者だ」
 本当はきっと、死ぬことだって出来たんだ。彼らの……海賊団の呼び掛けに応えず、そのまま沈んでいれば。彼らが遺した奇跡の贈り物を受け取らず皆と一緒に世を旅立ったって。でも、それは許せなかった。あの悲劇は事故なんかじゃない。襲ったのは自然災害でも船の不備でもなく、明確な悪意を持った敵だった。納得できるものか、受け入れられるものか。ボクと家族を殺したオブリビオンが、今でも何処かに存在し――のうのうとのさばる事が。

「だから、ボクが殺さなくちゃと思ったんだ」

 断罪とは、自分自身が行うべきものだ。この手で仇討ちを成し遂げるからこそ、生ける死者として蘇り此処に居る。他の誰かになんか譲らない、くれてやる気は欠片も無い。無垢なる少女はあの日死海で息絶えた。今この地で立つのは自分から全てを奪ったオブリビオンへの復讐の妄執を糧に敵を討つ猟兵が一人。止まってはならない。奴等が在る限り、これまでも、これからも殺し続ける。エコーは哀れな犠牲者をじっと、見た。
「お前を殺した奴も、ボクが殺す」
 それは初めて彼女が相手へ向けた真剣な真意だった。この男も、突然の驚異に為す術もなく簡単に命を奪われたのだろう。抗う等、戦える者でなければ持ち得ないもの。だからこそ、この『罪』に与えるのは同情ではない。無念を代わりに晴らそう。戦う力を得た、復讐者である己が。
「だからお前は……ここで、黙って眠っていてくれ」
 最後迄目を逸らさずエコーは断罪への拒否を告げる。呆然とした顔で伸ばしていた『罪』の手が、ゆっくりと下りていった。やがてその輪郭が霧と成って散っていく。最期の瞬間、男は何かを呟き……軽く頭も下げながら消滅した。

 赤が晴れ、視界の奥に処刑台を認識する。
 未だ蝕む息苦しさを抱えながらも、リベンジャーは一歩踏み出した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

蘭・七結
【比華】◆縛

鈴音のよな幼子の声が脳裏に響いている
耳馴染みのない音色
否、嘗て聴き続けたあの子の声

冷たい風が頬を撫ぜてゆく
ちいさくてやわい、氷のよな手のひら
ようく繋いだ、あの手を思い出すよう

きりきりきり、と
両の手が、喉元が絞まってゆく
あなたと繋ぎあった手
あなたへの言葉を紡いだ喉

嗚呼、あなたは欲しがりね
そんなところまでも、なゆにそっくりだなんて

可笑しげに、愛おしげに笑みが溢るる
あなたの顔は、未だに朧げだと云うのに

わたしがほしいの?
欲するならば応えましょう
魂を分け合った妹子よ

共に睡りましょう
彼岸の花に抱かれながら
あの頃とおんなじ、真白の花を咲かせて

憎悪の薔薇に牡丹一華が添う
もう一度、あなたに逢えたなら


蘭・八重
【比華】息◆

冷たい空気
寒さなど感じはしない
罪…今まで罪悪感など感じる事は無い

でも、この罪は…
ぐっと首がしまるような感覚
首を絞めている?
声が出ない、息が出来ない
赤い霧が声の無いわたくしから漏れる
罪があの子がわたしくしを殺そうと
あの時の感覚と同じ
わたくしは高揚する
嗚呼、とても素敵
この子に殺されるのなら本望だわ
愛おしい愛おしい子

貴女がそうしたいのならわたくしは…
棺へ一緒に
貴女と一緒に堕ちましょう
今度こそ地獄の底へ

嗚呼、でも…
紅の子は連れて行かないでちょうだい



●ねえ気付いて
 どれくらい、そうしていたのだろう。見つめ合う揃いの貌に会話は無い。けれども――鈴音のよな幼子の声が脳裏に響いている。耳馴染みのない音色が七結の聴覚を悪戯に刺激した。本当に知らぬこと? 絲が解れる。否と、本能の否定が結ばれた。此れは確かに、嘗て聴き続けたあの子の声。毛糸玉のよに巻き込んで、雁字搦めに包んで、仕舞い込んで、隠した……でも。ほどけたの。

 ――罪人よ。

 冷たい風が頬を撫ぜてゆく。世界にくれなゐの帳が下りてくる。夕焼け小焼けより酷い鮮烈、もう還る時間かしら。常夜に陽はなけれども、何処へ往くにも家族の元へ帰るにもふたりは何度も手を重ね合った。ちいさくてやわい、氷のよな手のひら。温もり求めてようく繋いだ過日の日々を、あの手を思い出すよう。嗚呼寒くなってきた。早く戻らねばとうさまと、かあさまも――あねさまも。心配するかしら。あかに塗れ冬風舞うおかしな空間で『罪』とわたし、二人きり。出会ってしまったその姿、理解してしまった存在から過去が溢れ現在の記憶と混濁する。正常が霞む光景は鮮やかに交ざる甘き紅の白昼夢……でも。きりきりきり、と非現実を否定する痛みが囁く。両の手が、喉元が絞まってゆく。罪過に染められたのは周囲だけではなかったのかしら。あなたと繋ぎあった手、あなたへの言葉を紡いだ喉が罪に蝕まれる。気付けば淡い『あのこ』が自身の首に手をかけている。気にかけているの、それとも。
「嗚呼、あなたは欲しがりね」
 そんなところまでも、なゆにそっくりだなんて。可笑しげに、愛おしげに笑みが溢るる。小さいあなた。わたしばかり時が経ち、あなたは沈んだ想い出の儘。あなたの顔は、未だに朧げだと云うのに……こゝろにずうと、存在していた。奥底に遺された傷跡が、もう忘れないでと痛んで訴える。

「わたしがほしいの?」

 欲するならば応えましょう、魂を分け合った妹子よ。優しく伸ばしたあかゐ手のひら。――さん此方、ずうと、ずうと鳴らしてきたのはだあれ? 縛る指先、『罪』の柔さと重なって。まやかしでしょう、偽りでしょう。本物には触れられない……此処に居ない。それでも、喩え今が夢幻としても、確かに結ばれたのは途切れていた少女達の歪んだ記憶。冷たいのね、姉が囁く。暖めたくて『妹子』の白を赤で包む。ひとつ、ふたつ、指折り添えて離れぬように。嗚呼、花園が広がる。還ってきたのねわたしたち。手繋ぎ仲良く、降服の墓へ歩き往く。
「共に睡りましょう」
 白と黒の束を揺らしてひととき同じ横顔が向き合った。互いを映す視線に返事は無くとも棺へ沈む花車なつま先ご一緒に。ひとつの函に並んでふたりは収まった。彼岸の花に抱かれながら、あの頃とおんなじ真白の花を咲かせて。眠る時も互いが見られるように。嘗て双人が、そうしたように。――身体が冷える。痛みと寒さが瞼を重くしていく。もうすこし、もうすこしだけ。悴む指で『罪』を気遣い幼い手を己のくれなゐで縛り返した。霞む視界、寄り添って。額を合わせたのは何方から。双眸は閉ざされ憎悪の薔薇に牡丹一華が添う。あなたが蔑んでいたとしても、わたしは。

 キィ……パタン。扉みたいに蓋が閉まった。
 あかもしろも光も消えて真っ暗闇の中、ぎゅうと繋ぐ手に力を込める。
 嗚呼、――。また居なくなってしまうの。
 もう一度、あなたに逢えたなら。

――――

●――はここに
 偽りの冬が心身を襲っても、黒薔薇を飾る悪霊は微かにも震えなかった。冷たい空気、寒さなど感じはしない。狂気なる赤が世界を覆い尽くそうとも、八重を名乗る女の娃しい目元は一瞬たりとも動じない。罪……今まで罪悪感など感じる事は無い。そう、彼女が在り続けた今日此の時迄幾度昏き瞬間が在っただろう。他人が其れを罪と呼ぼうが、緋毒薔薇ノ魔女にとって数多の花が散り落ちると同じこと。有象無象の花弁が奈落へ堕ちようが、この心は変わらない……でも。

 ――罪人よ。

 たったひとつ。唯一この罪は……魔女の薔薇を白から黒へ染め上げた。ぐっと首がしまるような感覚に麗しき貌を曇らせる。首を絞めている? 妖艶な紅を飾る指先を喉元に這わせた。絹の肌に傷も汚れも無い筈なのに声が出ない、息が出来ない。まるで深き常夜の海へ沈み征く呼吸の阻害。辛うじて溢れる吐息も既に異常と化していた。赤い霧が声の無いわたくしから漏れる。あかい、紅い、罪過の底で燃え盛る焔の如く。狂っていく薔薇色の光景で目の前に居るのは可愛いかわいい妹達。罪が、『あの子』がわたしくしを殺そうと手を伸ばす。あの時の感覚と同じ――嗚呼。
(とても素敵)
 高揚する。なんて、なんて甘美な場面。わたくしが殺した子が迫り、わたくしが愛で縛った子が見つめている。あの日八重が冒した罪が再演され、今再び彼女は選択を迫られる。微笑まずにはいられない。この胸に何より鮮やかな薔薇が咲く。愛おしい愛おしい子、もう一度来てくれるのね。貴女を殺したわたくしの元に。嗚呼……この子に殺されるのなら本望だわ。

(貴女と一緒に堕ちましょう)

 それは声無き宣言、降服な選択。黒薔薇の女は黒髪の少女の手を取り優しく抱き締めた。喩え苦しみを伴っても、赤き罰に侵されていたとしても……彼女にとっては極上の毒を飲み干すと同じ。過日の薔薇園で、もう一度貴女と触れ合えた。それだけで息苦しさ等忘れられる。くいといじらしげにドレスを引く小さな手に気が付いた。促す仕草はお姉様と呼ぶ声すら聞こえそうな程愛らしい。えぇ、貴女がそうしたいのならわたくしは……応える最中視界の端にもうひとりの姿を認めた。立ち竦むあの子にも笑いかけ手を差し出す。何処か遠慮がちに重ねられた手も確りと握り、そうして姉は双子を連れて想い出の庭を歩いていく。歪み、崩れる運命だったとしても。三人で居れたあの淡く儚い夢のひとときは、嘗て我が身に咲いた薔薇のように白く眩いものだったのだろう。けれど、今姉妹が向かう先に……蓋の開いた棺が在る。
(嗚呼、でも……)
 辿り着いた墓穴の前で、女はそうと一人の手を離した。紅の子は連れて行かないでちょうだいと、一つの棺に片方だけを連れてゆく。大事に大事に八重は『罪』を抱き締めた。もう寂しくないと髪を撫で、苦しみの一切を顔に出さず綺麗に笑う。貴女も愛するわたくしの妹。おやすみなさいと唇だけで音無く告げた。あの時は一人にしてしまったけれども……今度こそ共に、地獄の底へ。

 ギ、ギ……バタン。断罪の扉が重々しく閉じていく。
 二人を収めた棺は埋葬された。一人の少女を、残した儘。
 ――は僅かに伸ばしていた手を下ろし、赤の世界が終わる迄ずうと墓を見つめていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

エンジ・カラカ
『縛』◆

アァ……賢い君、賢い君…。
俺は君も罪もなにもかもを受け入れる。

薬指の傷が霧に染まって行くなァ。

いつもいつも情熱的だなァ……。
この指が引きちぎられてもコレも俺も賢い君と一緒。
ずっとずーっと一緒。
棺桶の中に入っても一緒。

俺はこんなにも賢い君を思っている。
アァ……楽しくなって来たなァ…。
薬指が痛いけど、これは君からの愛だ。
情熱的な君からの支配。

棺桶の中は楽しいか。
楽しそうだなァ。

一緒にダンスを踊る?
それとも一緒に殺し合う?

情熱的な君からの挨拶がまた欲しいんだ。
おはようが開戦の合図だ。
おはよう、おやすみ
棺桶の中で殺し合おう。

あーそーぼ。



●灰塗れ
 赤い糸はするする荒れ地めいて歪んだ墓地へ垂れていった。目の前の『罪』に興味は無さ気。代わりに落ちてた赤い宝石を器用に釣り上げている。何時の間にか落ちてたガラスみたいに輝かない毒付きのソレ、回収していく賢い君。うん? コッチも賢い君。アッチも『賢い君』。すごいすごい、エンジは笑う。

 ――罪人よ。

 聞いた? 聞こえた? にんまりにまり。罪人だって、今更今更。牢獄育ちのボロ雑巾は楽しそう。今もそう、じゃあその通り。アァ……賢い君、賢い君……。『賢い君』は動かない。賢い君はちろりと伺うも、懐に入り気味。構わずオオカミは前を見て、うっとりにっこり口を開く。
「俺は君も罪もなにもかもを受け入れる」
 あっさり降服迷い無し。だってそう、ほら。コレの手を見る。視る観る薬指の傷が霧に染まって行くなァ。灰被らず灰の前、燃え盛る色がじわりじわり。なんて彩り周囲も真っ赤だ。うんうん、君はいつもいつも情熱的だなァ……。世界も君色になるのなら、中の俺は『君』に包まれてる? 囲まれてる? アァ……痛い痛い。刺激的なお返事だ。大丈夫大丈夫、この指が引きちぎられてもコレも俺も賢い君と一緒。ずっとずーっと一緒。本当本当、俺は一途だヨー。だから、棺桶の中に入っても一緒。霧に塗れて、『罪』に塗れて。

「俺はこんなにも賢い君を思っている」

 情熱返し。コウフクな告白は君に届いた? 届いた? アァ……楽しくなって来たなァ……。『賢い君』はウンともスンとも言わないのに、賢い君は染まる所へぐるぐるいっぱい巻き付いてる。より一層薬指が痛いけど、これは君からの愛だ。何時だって、どんな時だって情熱的な君からの支配。賢い君に巻かれた身で、『賢い君』に近付いた。ゲシュタルトはとっくに崩れてる。灰山より脆い。
「棺桶の中は楽しいか」
 向き合うかと思ったら、ちょっと興味が脇に逸れた。コレも俺も賢い君も仲良く穴を覗き込む。底しかない。ソコしかないけどココでいいの? いいの? お隣さんは頷いた。反応してくれたからおーけーおーけー。だってあの日の君が動いてる。キレイな君と一緒なら、楽しそうだなァ。何度も絡まる賢い君。勿論一緒さリユウノチ。鱗片も毒の宝石も入れてしまおう、みーんな一緒だ。漸くヒトガタ二人は向き合った。入ろう入ろう『賢い君』、埋まる中で何しよう。一緒にダンスを踊る? それとも一緒に殺し合う? どっちでもイイヨー。
「情熱的な君からの挨拶がまた欲しいんだ」
 痛い程の想いで縛って。ハロゥ、ハロゥ、謡い合おう。君の声が聞きたいんだ。でもココは駄目らしい。寒くて紅い世界から、狭いハコに飛び込もう。赤は君だけで十分だ。俺をくるくる包むのも君だけ。『賢い君』、賢い君。おはようが開戦の合図だ。おはよう、おやすみ。棺桶の中で殺し合おう。ハミ出て無い? 閉めていい? できるよなァ賢い君。拷問具の赤い糸で棺をするりするり閉ざしてく。アァ……もうすぐ真っ暗だ。あの時俺が埋めた『罪』と、今日は一緒に埋められる。――手を伸ばした。赤い糸を巻きつけて、赤い霧に塗れた指を控えめに。ヒトの君、やっと。

 あーそーぼ。――。
 するん。仕事を終えた賢い君が棺に引っ込む。
 あれ?
 今返事した?

成功 🔵​🔵​🔴​

神埜・常盤


赫い息を吐き出せば
裡に秘めた衝動が疼く
息が、苦しい
喉が渇いた
嗚呼、美酒より甘い赫を……

気付けば真なる姿
“吸血鬼”へと堕ちていた
弟や妹と揃いの白い髪が揺れ
眸は真紅に染まり行く

そう、か
私もお前たちと同じ存在なら――
切られ燃やされ、灰に成り
最期は埋められなければならぬ

私を墓に押し込めた妹が
此の身に土を積らせる
人形遊びの次は砂遊びかい、イヴ

弟の腕は私を強かに抑えつける
モノクル越しの眸と目が合えば
更に胸が、息が、苦しく成った
嗚呼、感情の無いお前が羨ましい
お互い宿るべき胎を間違えたな、ヴェイン

満たされぬ飢えも渇きも、もう沢山だ
だから私は大人しく眠りに就こう

……蝙蝠の翼が邪魔だ
我が身は最期まで、忌々しい



●紅積る
 知らず、溜め込んだ感情を口から遺棄した瞬間――現状の異常を認識した。唐突なる異質への変化。焦がれる彩りに塗り拡げられる世界を眼にした常盤の裡に秘めた衝動が疼く。息が、苦しい。喉が渇いた。異様なる光景は男の本能を呼び覚ます。舌禍の刻印が蜜を探すも喉奥より溢れるは液体ではなく封印も解けぬ異常な気体なのに。嗚呼、欲しい。美酒より甘い赫を……。

 ――罪人よ。

 異色の息を吐き出せば、内なる牙に鋭さを垣間見る。霧が赤に染まるなら常盤の髪は白へと色を落としていく。罪に塗れた世界は冷え征くも、背中が灼けるように熱い。限界を訴え……破られたのは人で在る輪郭か。秉燭ディレッタントを切り裂いて、傲慢の檻から見事な宵の翼が放たれ赤空へ広がっていく。渇望が境界を越え気付けば真なる姿――「吸血鬼」へと堕ちていた。戯れの風に髪が揺れる。目の前の『罪』達と同じ彩の束で。狂色が満ちる空間で最も尊い真紅こそ彼の双眸。嗚呼、でもこの姿こそ。
「そう、か」
 墓は彼の正体をも暴いた。男は理解する。「私」もお前たちと同じ存在なら――『お前たち』と同じ姿なのだから。嘗ての弟妹がそうされたように切られ燃やされ、灰に成り。最期は埋められなければならぬ。「吸血鬼」が降服を認めた瞬間、大人しく見ているだけだった『罪』達が同時に手を伸ばし先程よりも強い力で兄を引き込んだ。背に感じる衝撃、次いで身に降りかかる荒れ地の匂いが見上げた先のしなやかな掌から零れ落ちていくのを視界に収めた。……私を墓に押し込めた妹が、此の身に土を積らせる。
「人形遊びの次は砂遊びかい、イヴ」
 無邪気な妹は本物が其処に居たってそうしたのかも識れない。何の躊躇いも無く、変わらぬ貌で。自分達は灰と成ったのだからお前は土に塗れろとでも? 『罪』に変化は無い。それでも答えを聞きたくて伸ばそうとした手はもう一人に遮られた。強かに兄の腕を押さえつける弟へ視線を移す。変わり果てる常盤を映した無機質な眼差し。モノクル越しの眸と目が合えば更に胸が、息が、苦しく成った。嗚呼、感情の無いお前が羨ましい。同じ吸血鬼の血を引くこの身には、母がくれた感動も苦悩もする人の心が在った。
「お互い宿るべき胎を間違えたな、ヴェイン」
 これでも穏やかに話しかけたつもりだが、当然のように反応は返ってこず……果たして本人だったとしても有ったかどうか。其処迄考えが至ってから、ふっと思考を停止した。不必要な事だ。全身に土が降り積もる。「吸血鬼」は杭も打たれていないのに指一本動かす気になれなかった。払いのける事もせず、只々もう記憶の中でしか逢えぬ存在になっていた二人の顔を眺めて……そして瞼を閉じていく。

「満たされぬ飢えも渇きも、もう沢山だ」

 幾ら半分ヒトの血が入っていようと、人間として日々を過ごそうともあの父親の遺伝子を受け継いだこの躰は永遠に吸血鬼である運命を背負い続けなければならない。紅を欲し、喩え一時満たされたとしてもその度己が『罪』と同じ存在である事を否応なく思い知らされる。だから私は大人しく眠りに就こう。罪の色から逃れるように視界を全て黒へ塗り替えた。土が落ちる音が続き、やがて真なる闇に閉ざされる。

 ドサリ。一つも赫の無い世界は、酷く土臭く息苦しいものだ。
 嗚呼、これが「私達」の末路だと云うのか。
 蝙蝠の翼が邪魔だ……我が身は最期まで、忌々しい。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハルア・ガーラント
縛◇

埋葬されれば、わたしの罪は癒される?

背中が痛い
翼が紅く染まっている
痛みに俯き視界に入るのは白い羽根とそれに被さる黒い羽根
あの日わたしを庇ったあなたみたい

出逢った時あなたは既に故人で
わたしは2度目の死を齎したのに
それでも気に留めてくれるんですか?
――この世界も、民も。とても大事だったんですね

UCで呼び出す彼が人だった頃
今際の際世界に落とした想いが彼の本質

彼の手を取り歩き出します
きょうだいってこんな感じなのかな
夜明けへと動き出した世界を見て欲しい
解ってる、自己満足で唯のエゴだと

これはわたしの罪
だから彼が消えるその時まで手を離さない

迷い足掻き間違えて、罪に罪を重ねて
想いや記憶を継ぎ繋げて行くの



●伝えたかったこと
 冷たい風が、向き合う二色の翼を揺らす。

 ――罪人よ。

 ハルアは溢れる涙を止められない儘、断罪の言葉を聞いていた。零れぼやける視界が何処か夢と似て、何よりもう逢えないと思っていた人が居て己を認識している事実が現実と夢幻の境を曖昧にしていく。
「埋葬されれば、わたしの罪は癒される?」
 掠れ声で呟いた。癒やされて、いいのだろうか。それともわたしが棺に入ったら、『罪』になった彼が救われる? 混濁する思考は冷えた身体に伝わる突然の痛みで強制終了された。背中が痛い。震える身を抱き締め僅かに顔を彼から逸らし……目を見開いた。大きくて白い自身の翼が紅く染まっている。咎人の烙印でも押されてしまったのだろうか。気付けば視界も紅々と変わり果て、揺らぐ霧が炎に視えた。なんて酷い光景だろう、もしかしたら世界の終わりを観ているのかもしれない。『罪』の重さを目の当たりにした錯覚を抱き、痛みにも耐えきれず俯いた。視界から彼が居なくなる。苦しさの中に、ほんの少しの寂しさを味わいながらも立ち直れない。ぽたり、墓地に一粒涙が落ちていく。泣きじゃくる心から逃げたくて迷い子の如く視線が揺れる――ふと。何かを見つけた。視界に入るのは白い羽根とそれに被さる黒い羽根。大きくて、逞しい体躯が脳裏で重なる。
(あの日わたしを庇ったあなたみたい)
 赤霧を防ぎ護るように覆う羽根から彼の意思を感じた気がした。ゆっくりと顔を上げ再度『罪』と視線が合う。彼は、ずっとハルアを見ていた。……出逢った時あなたは既に故人でわたしは2度目の死を齎したのに、それでも気に留めてくれるんですか? 寒さと痛みに鈍る思考と定まらぬ感情で問いかける。あの日と何一つ変わらない、力強い眼差し。

「――この世界も、民も。とても大事だったんですね」

 だからこそ彼はオブリビオンとして蘇り、歪んだとしても強く信念を持ち続けていられたのだろうか。それをわたしは――気持ちが陰る。再び落とされた視線の先、重なる二枚……にもう一枚淡いオーラを纏った黒羽根が被さった。視界の端で大きな黒翼の先端が映る。それは無意識のユーベルコードだったのか――刹那無言の圧力が、ハルアの背を押した気がした。月下美人を飾る娘は涙を拭いてもう一度前へ。思い出した、今際の際世界に落とした想いが彼の本質。だったら、わたしは。
「ライブレッドさん」
 翼は紅く、痛いけれど。ハルアは堂々近付き『罪』の手を取る。大きな掌を握り、控えめに引けば彼も静かに歩き出した。二人は墓穴を通り過ぎその先へ。赤々と渦巻く幻覚の霧を臆せず突き進む。勇気が、繋がる先に在る気がした。
(きょうだいってこんな感じなのかな)
 彼からは沢山の想いを受け取ったと思う。代わりにと云う訳ではないけれども、感情を失った彼へ今度はわたしが。夜明けへと動き出した世界を見て欲しいと願いを捧げる。解ってる、自己満足で唯のエゴだと。でもこれはわたしの罪。だから……彼が消えるその時まで手を離さない。狂気の世界を吹き飛ばす風が、彼等の道を創り出す。迷い足掻き間違えて、罪に罪を重ねて。それでも。
「想いや記憶を継ぎ繋げて行くの」

 境界を越え、ハルアは常夜の墓地に戻ってきた。
 隣には誰も居ない。唯、ずっと繋いでいた手の感触だけは確かに在り続ける。
 翼も目元も赤いがもう涙は無い。まっすぐ、処刑台に視線を合わせた。

成功 🔵​🔵​🔴​

サフィリア・ラズワルド
POWを選択

息◇

狂ってしまった仲間は仲間の手で葬る、それが施設にいた時から続いている約束だ、私も狂ったら仲間に殺してもらう、それは変わらない、でも貴女は強かった、貴女が狂うなんて誰も思わなかった、だから貴女は狂い死んだ、誰も貴女に敵わなかったから。

槍に変えようとペンダントに触れた手を離して飛竜になります。

私はいつか竜になる、それは確定事項、その時正気でいられるかはわからないけど貴女にもその時を見届けてほしい、共に行こう、共に成ろう、苦しみも罪もこの竜擬きの血肉になって最後まで共に。

彼女を喰らって吠える、この溢れる赤は本当にただの霧なのだろうか。

アドリブ歓迎です。



●進化の糧
 荒れ果てた墓地に綺麗な人の姿を保つ『罪』が立っている。一歩、彼女は歩み寄った。周囲の温度がぐっと下がる。もう一歩、サフィリアに近付く。霧の色が不気味な点滅を放ち、赤へと変色する。あっという間に、世界は狂った。二人の距離が近くなる。ドラゴニアンの少女は肺に違和感を感じ軽く喉を抑えた。苦しい。どうして。息が、異常な赤さを吐き出した。

 ――罪人よ。

 浅い呼吸を繰り返す自身と、静かに見つめる『罪』のかち合う視線。おかしくなっていく背景に正気を揺さぶられる断罪の声と体調の不良。ああ遂に、狂ってしまったのだろうか。狂ってしまった仲間は仲間の手で葬る、それが施設にいた時から続いている約束だ。私も狂ったら仲間に殺してもらう、それは変わらない。ずっとそうだった、それも当たり前だった。
「でも貴女は強かった」
 咳き込みながらも、相手へ投げた言葉だって本心。あの時、貴女が狂うなんて誰も思わなかった。施設が絶対だったように、異を唱える等思いつきもしなかったように。貴女は強いんだと、身も……彼女の心も。信じて疑わなかった。そう、身が強かったのは本当のこと。だから貴女は狂い死んだ、誰も貴女に敵わなかったから。嘗ての私も――サフィリアは既に喉元を抑えていた手を胸元のペンダントへ移していた。今の私なら、強かった彼女に勝てるかもしれないと思ったのか。それとも目の前の『罪』はまやかしだからなのか。何方でもいい。彼女の選択は変更され――槍に変えようと触れていた大粒のラピスラズリから、手を離した。

「私の竜よ、私の人間を喰らって完全な者となるがいい」

 大気が、激しく揺らいだ。少女が告げた拒否の言葉は赤い霧を震撼させる。当然異変はそれだけに留まらず、明らかに敵が創り出した空間とは違う力が白銀の輝きと成って渦を巻き場を乱していく。竜人の身体がひとつ鼓動し、見開いた紫の双眸がヒトの其れと違う眼球に変わって色白の肌が艷やかな鱗を飾っていく。背に生える翼は天を覆い尽くさんと大きく広がり、進化するサフィリアを包み込んだ。膨れ上がる力は炎の如く燃え盛って赤霧を瑠璃色に焼き尽くす。そして――銀河を内包する巨翼を開放し、完全なるドラゴンが顕現された。見事なるその姿、四足の飛竜が『罪』へと一歩力強く踏み出す。
(私は……いつか竜なる)
 完成された白銀竜の内なるヒトの心が呟く。今の己は未来の姿、それは確定事項。変えられぬ運命の先でその時正気でいられるかはわからないけど……鮮やかに輝く紫眼で『彼女』を見下ろした。貴女にもその時を見届けてほしい。竜の首がゆっくりと女に近付く。共に行こう、共に成ろう。狂った貴女の分迄。ただ立ち尽くしサフィリアを見上げる『彼女』は動かない。まるで、覚悟をしているかのように。少女の願いを叶え、託すように――頭上で大きな口が限界迄開かれる。苦しみも罪もこの竜擬きの血肉になって最後まで……共に。一瞬の激動が果て、一息で『罪』を喰らい尽くした。

 天を仰ぎ白銀竜が吠える。号叫とも似た衝撃は墓も幻も総て吹き飛ばした。
 嗚呼、口元から溢れる赤は本当にただの霧なのだろうか。
『罪』も病もその身に宿した竜は少し先に存在する処刑場に首を向けた。

成功 🔵​🔵​🔴​

マリアドール・シュシュ
縛◆
痛む箇所お任せ

赤、紅、赫
水晶の体が染まるは彼女色
罅割れれば蜜金色の華水晶が冥水晶へ

『マリアちゃん
全部思い出したんでしょう?
悲しみや憎しみはずっと籠の中に閉じ込めてた癖に
どうしてマリアちゃんだけ!
ベリアを置いて行っちゃうのよ
都合が良すぎるのではなくて?
マリアちゃんが大嫌いな悪夢がベリアは大好き
ベリア(絶望)は、マリアちゃん(幸福)なのよ
忘れないで
忘れないでよぉ!』

マリアは、忘れてはいないわ
受け入れて
前を向いたの
愛しい彼の人と歩いてゆきたいと
そう思ったから(苦し気に薄く笑う

『ずるい
ずるいわ』

ちゃんと、ここにいるわ

『うそつき』

苦しい
辛い
いや…いやよ…!
誰か…助けて
霞架…

白と黒の茉莉花の中で埋葬



●冥き花園へ
 零れ落ちる宝石の雫が澄んだ音色を奏でていく。溢れた想いは雨となって降り注ぎ、荒れ地に無数の茉莉花を咲かせ広がった。これがマリアドールから齎された奇跡の光景だとしても、蜜華の晶は昏い儘。ただ一点を、美しき世界の中心に存在する『罪』と見つめ合う。……始まりは小さな異音からだった。少女の透き通る白肌に、一筋の赤が入り込む。それは紅い毒のように侵食しゆっくり水晶の身体を染めていく。何時の間にか周囲は冬の冷気を纏いより一層音を鮮明にする。震える華奢な身を抑えても止まらない、赫は束縛する術となって彼女を蝕み――やがて綺麗な手の甲に罅割れを起こした。

 ――罪人よ。

 気付くと『罪』が罅いた手を掴んでいる。割れた境界の裡は本来煌く蜜金色の華水晶ではなく、もう見る事は無いと思っていた燦きに塗れていた。棺の蓋を飾る冥水晶と我が身の一部が等しいのを理解し少女は驚愕する。痛い。赤い亀裂描く躰が悲鳴を上げている。きれいだった世界も、あかい罪過で満たされていく。喉から全部叫んでしまいそうだった。取り乱したくとも何故か身体が動かない。違う。あの子が。『ベリアドール』が起き上がり、離さないよう手を繋ぎ続けていた。
『マリアちゃん、全部思い出したんでしょう?』
 彼女は喋らない。総て幻聴と切り捨てられるのに、痛みと混乱が判断を鈍らせる。向き合う二人、同じ形の違う彩。繋がる所から更に身体が彼女色に変わっていく。『罪』を身に受ける程、まやかしの声が大きくなる。――悲しみや憎しみはずっと籠の中に閉じ込めてた癖にどうしてマリアちゃんだけ! 響く絶叫、呆然と『ベリア』を見ながら力無く首を振る。でもそんな事で言葉の刃は収まらない。――ベリアを置いて行っちゃうのよ。都合が良すぎるのではなくて? 違うと否定したかった。けれども唇は戦慄くだけ。ぴしり。罅が腕に広がり欠片が落ちる。――マリアちゃんが大嫌いな悪夢がベリアは大好き。ベリア(絶望)は、マリアちゃん(幸福)なのよ。マリアが絶望の顔をする程に、ベリアは幸せそうに笑った。忘れないで、痛みが増える。――忘れないでよぉ!

「マリアは、忘れてはいないわ」

 か細い声が崩壊した楽園に音された。心身を蝕まれても尚、マリアドールは弱々しくも『罪』の手を握り返す。狂った光景の中で、少女の涙だけは清らかに輝き落ちていく。忘れてないわ、受け入れて前を向いたの。真実を思い出して、歪んだとしても――愛しい彼の人と歩いてゆきたいとそう思ったから。素直な心をありのままに伝え、苦し気に薄く笑う。だからちゃんと覚えてると、もう忘れないと……罅だらけの乙女は煌く双眸で見つめた。――ずるい、ずるいわ。同じ色の瞳が歪む。
「ちゃんと、ここにいるわ」
 繋いだ想い離さずに、掠れる声で確り届けるものは華彩の真心。今度は『罪』の顔に驚愕が浮かび、そして――怒りに変わった。うそつき。吐き出された言葉と同時にマリアドールの全身へ痛みが走る。苦しい、辛い、負の感情が一気に雪崩込んで蹌踉めいた瞬間強い力で掴まれた。いや……いやよ……! 視線の先に棺を認識し抗った所でもう遅く、降服に引き込まれる。誰か……助けて……。
「霞架……」

 ガタン! ……コト。
 二人揃って棺の中へ堕ちていき、蓋は酷く優しく閉じていく。
 赤霧が覆い白と黒の茉莉花が咲く世界に少女達は埋葬された。

成功 🔵​🔵​🔴​

斬崎・霞架
絶◇

(赤く朱く赫く——
アカく染まっていく視界
正に、あの悪夢の日々のようで…)

内にある『罪』を具現化して目の前に晒し、
その上で『救い』を提示し、促す…
何とも、良い趣味をしていらっしゃいますね
これに屈してしまった人のなれの果てが、あの変死体なのでしょうか
ですが…

(頭の中に響く声
記憶の中までもアカく染まっていく
悪夢ではなかった記憶まで
血に塗れてはいなかった人たちまで

…自分を救ってくれた、自分にとって光そのものである、星の輝きの瞳を携えた、華水晶の少女まで)

——人には、決して侵してはならない領域と言うものがある
(呪詛の力で『罪』を消し飛ばす)


どこの誰だか知らないが、楽に死ねると思うなよ



●雑草は光へ
 白の世界に、赤に塗れた『少年』が独り立っている。全身から血を流し、ぽたりぽたりと異端な雨となって墓地に降り注ぐ。それを霞架は唯じっと観察していた。零れ落ちた紅は荒れ地のみならず足元で漂っていた霧すらも浸食し始めた。静かに、でも異様な速度で『罪』が空間を侵略していく。感じるのは身を刺す程の冷気だけなのだろうか。赤く朱く赫く――アカく染まっていく視界に、既視感を覚える。
(正に、あの悪夢の日々のようで……)
 何度も見てきた彩りだ。けれどもそれに無関心になれる程、彼は無感情な男ではない。

 ――罪人よ。

 一旦黙って頭の中に響く声を聞き、成程と大まかに納得する。罪悪感に苦しむ者達を霧で此処迄誘い内にある『罪』を具現化して目の前に晒し、その上で『救い』を提示し、促す……。大体の流れを把握した霞架が眼鏡の位置を直しがてら顔を上げる。
「何とも、良い趣味をしていらっしゃいますね」
 褒め言葉に対しあまりに無感動な表情を何処ぞの敵へ向けていく。あまりにリアルな幻覚だ。深層心理に無遠慮な侵入を果たし暴き見せる等、ただでさえ異端の支配に苦しむ常夜の住人達には堪らなかっただろう。これに屈してしまった人のなれの果てが、あの変死体なのでしょうか。後半の独り言と共に男の視線が『罪』へ向かう。未だ狂気をばら撒き続ける嘗ての自分は虚ろな表情の儘立ち尽くしていた。何もせず、ただじっと。……当時の記憶と姿が重なる。そうやって、母親の指示を待っていた。言う通りにする為に。次の標的を伝える時は彼女の声が自分へ投げられていた。愛などなくても、己に向いてくれるその瞬間。思い出の中の少年は顔を上げ――。
「……?」
 顔が、解らない。あれほど忘れたくても忘れられない人の表情が赤で塗り潰されている。それだけではない。同じ箱の中に居た子供達も、殺した奴も、その景色の一部さえも霧が覆い判別できない。消すにしてもなんて中途半端なのだろう。嗚呼、これが救いだとでも?
「ですが……」
 異常がそれに留まらない事をすぐに察知する。記憶の中へ染まっていくアカが、悪夢ではなかった記憶にまでも入り込んでいく。血に塗れてはいなかった人たちまで、血に塗れさせたくない人にも。……自分を救ってくれた、自分にとって光そのものである、星の輝きの瞳を携えた、華水晶の少女まで。彼女と過ごした穏やかなひとときが、暖かな会話を交わす瞬間が。大事に大切にしていた思い出に収めたあらゆるシーンが赤に修正され、笑っている筈の華やかな顔が――分らない。

「――人には、決して侵してはならない領域と言うものがある」

 普段の穏やかさとはかけ離れた低い声が喉から出てきた。今視線の先に広がる光景すら異色が入る異常を物ともせず、霞架は片手を握り込む。高ぶる感情に共鳴し、腕に宿る凝縮した呪詛が激しく蠢く。周囲よりも冷えた眼差しで『罪』を見据え、掌を翳し――死を齎す呪いを込めた力を放って霧も少年も総てのまやかしを拒否し消し飛ばした。

 常夜が広がる空の下、鋭き双眸で男は処刑台を視界に捉える。
「どこの誰だか知らないが、楽に死ねると思うなよ」
 異物なる赤は未だ思い出を蝕み続ける。それが、闘争心を更に燃え上がらせた。
 霞架は一歩を踏み出す。敵を討ち、彼の光を取り戻す為に。

成功 🔵​🔵​🔴​

宵雛花・十雉
【双月】息◇

寒い
苦しい…!
息が、出来ない

死が近付いている音がする
赤い息を吐きながら喉を掻きむしる
お父さんお母さん、助けて

オレはいい子になれなかったけど
皆のこと大好きだったよ

ああ、このまま埋葬されたら楽になれるのかな
土の中なら何も気にせず眠れるのかな
ただ静かに眠りたい…もう疲れた

けど
オレのこの罪は家族との唯一の繋がりなんだ
遠く離れてしまった家族とオレとを繋ぐものは
今はこれしかないんだ
だからこの罪に縋るしか…

オレは罪を抱えて苦しみながら生きて、そして死んでいくよ
償えるかは分からないけど
だからその中で待っていて
罪を一度抱きしめたら
元通り棺の中へと戻してあげるね


朧・ユェー
【双月】縛◆

急に温度が下がり冷える
ふっと、あの子は凍えてないだろうか?風邪を引いてないだろうか?

声と共に、心臓にぐっに痛みが走る
罪へと、こちらに向けるように
十雉くん
あの子に何度も救われた
あの子はそんな事気づいてないだろう、そしてこの想いも

あの子に幸せになって欲しい
あの子の幸せを願うなら傍に居ては駄目だ
わかってるわかっているのに
罪を重ねる
何度も何度も、きっと此れからも

偽物だとわかっていても
君という罪から逃れられない

更にぐぐっと心臓を握り潰される見えない赤霧に染まる
苦しい筈なのに頬が緩む
嗚呼、馬鹿だな。どんな事でもこの子が望むなら嬉しいなんて

この子に殺されるなら
……それもいい



●新月共に征く
 荒れ狂う感情を切り裂く程の異変は、赤き冷気となって十雉を襲った。寒い。急激な状況変化に弱った心がついて行けずとっさに身を抱き締めるも指先が強張り上手く衣服すら掴めない。震える身体は更に異常を感じ取る。周囲がおかしな配色になっていく視覚の恐怖よりも、身近に感じる内なる狂気の侵食に戦慄する。
(苦しい……!)
 息が、出来ない。陸の上に居る筈なのに突然海の中に叩き落された感覚が全身を包む。下がり続ける周囲の温度も相俟って深海へ引きずり込まれた心地は混乱に拍車をかけていく。辛うじて出せた呼気すら異色を伴った。何が、何が起こってるんだろう。冷静に判断する思考より、恐怖の感情が膨れ上がり脳髄を圧迫する。

 ――罪人よ。

 死が近付いている音がする。錯覚は恐慌を招き赤い息を吐きながら喉を掻きむしる。痛い、痛い寒い、苦しい、痛い、どうして、苦しい、ごめんなさい、ごめんなさい、痛い、赤い、お父さん、お母さん――。
「助け、て」
 絞り出した声の先に『罪』が立っている。何もせず、じっと見ているだけの『母』はしかし息子の声を降服と認識し動き出した。サク、サクと降り積もった雪原を歩み震える子の前へ。過日の思い出と同じ手が差し伸べられる。ああ、あの手を取って。このまま埋葬されたら楽になれるのかな。母の、父の代わりに棺へ入り葬られるのなら少しは償いとなるのだろうか。心身を襲う寒さと苦しみが精神を疲弊させていく。土の中なら何も気にせず眠れるのかな。ただ静かに眠りたい……もう疲れた。弱々しい指先が、『罪』に伸ばされる。
「……っ」
 重なる寸前、己の手が『母』より大きい事に気が付いた。想い出の中で母に包まれていた小さな手と違う、成長した自身に気付く。あの日故郷を飛び出して、彷徨い歩いて。でも生きて……今の十雉がいる。離れて、新しい地で色んな人に逢って、自分を変えたくて……けど。繋ごうとした手が止まった。ぎゅっと、一度拳を握り顔を上げて『罪』を見る。
「オレのこの罪は家族との唯一の繋がりなんだ」
 遠く離れてしまった家族とオレとを繋ぐものは今はこれしかないんだと、子は母に訴えた。もう二度と逢えないかもしれない。家族との絆が時間と共に薄れていきそうになる。だからこの罪に縋るしか……。苦悩に、顔を顰める。でも彼は一度だけ目を閉じた後――穏やかにその瞳を花咲かせた。

「オレは罪を抱えて苦しみながら生きて、そして死んでいくよ」

 そうして息子は母の手を取った。両手で丁寧に一回り小さな其れを包み込む。嘗て母が、そうしてくれたように。……償えるかは分からないけど、だからその中で待っていて。柔らかな拒否の言葉を添えて、十雉は『母』を一度抱き締めた。記憶の向こうに埋もれそうだった人の感触をひととき思い出す。少しだけそのまま過ごした。偽りだろうと、抱擁できた瞬間を忘れないように。――ねぇ、お母さん。
「オレはいい子になれなかったけど、皆のこと大好きだったよ」
 うまく言えたかな。笑って言えたら、良いんだけど。

 元通り棺の中へと戻してあげるね。そう告げ導いて。
 もう一度だけ触れてからそうっと蓋を閉じていく。
 後は立ち上がり、大きな掌翻し放つ蒼の炎で総ての幻影を優しく火葬していった。
 残るは息苦しさと視界の奥にある処刑台。どうやら戻ってこれたらしい。
 朔の如く罪が心を覆うとも、抱えて共に歩んでいく。

――――

●満月に堕ちる
 白霧が、急激に温度を下げていくのにユェーは気付いた。雪と錯覚させる寒さ等取るに足らないことだと意識外に追いやろうとして……ふっと、脳裏に同行者の姿が過る。冷えてしまった掌を思い出す。あの子は凍えてないだろうか? 風邪を引いてないだろうか? 其処まで考えて、一度瞼を閉じ緩く笑った。こんな時でも、あの子のことを考えるなんて。

 ――罪人よ。

 声と共に、心臓にぐっと痛みが走り硝子越しの月色が大きく輝く。胸を抑えても静まらない違和感が一過性のものではないと理解する。痛みが意識を『罪』へと、こちらに向けるように導く。血と同じ紅へ染っていく世界を背に、罪過の相手は安心してしまう程彼の姿が儘で在り続ける。決して手を繋ぎ共にこの地へ降り立った彼ではない、己の心が生み出した『十雉くん』だと云うのに。綺麗な黄丹に金引く瞳が展示されるだけの宝石にも思えた。
「……十雉くん」
 静かに、名を呼ぶ。本当に君は此処に居ないけれど……紛い物の『君』に、代わりに聞いて欲しくて。僕は、あの子に何度も救われた。何気ない会話に、穏やかな時間の中で、何度も。あの子はそんな事気づいてないだろう、そしてこの想いも。

「あの子に幸せになって欲しい」

 それはユェーにとって最高にして難解な願い。幸せになってほしい本心は確かに。でも、あの子の幸せを願うなら傍に居ては駄目だ。自分が傍に居る事があの子の幸せを奪ってしまうかもしれないのに。過去の呪縛を抱えた己の牙が、何時大切な人に剥くかなんて分らない――もしかしたら今日かもしれない。わかってる、わかっているのに。心臓が『罪』と違う感情でも圧迫され切ない痛みが全身へと伝わっていく。それ程に、確信していた。僕は罪を重ねる。何度も何度も、きっと此れからも。こんなに感情とは制御できないものだったのだろうか。喩え『君』が正体不明の敵が齎した偽物だとわかっていても、僕は。
「君という罪から逃れられない」
 更にぐぐっと心臓を握り潰される衝撃がユェーを襲う。裡で臓器が視えない赤霧に染まっていくのをぼんやりと感じた。恐らく、この白い服の内なる左胸は刺し貫かれたかの如く真赤に彩られているのだろう。苦しい筈なのに頬が緩む。これは『罪』からの贈り物だ。消えぬ想いを思い知らせてくれる咎だとしても。……嗚呼、馬鹿だな。どんな事でもこの子が望むなら嬉しいなんて。揺れる視界に何とか『十雉くん』を収める。彼は何もしない。でも、彼を想うこの心は痛みに縛られる。やがて息絶える迄……なのだろうか。
「この子に殺されるなら……それもいい」
 白の半魔はコウフクだと呟いた。降服の言葉を受け取った『罪』が動き出し、痛みを覆うユェーの手を取った。嗚呼、もう一度繋げられたのに。どうして君の手は冷たいのだろう。冷えてしまったのなら、暖めてあげたくて。導かれる最中もう一つの手をそっと重ね包み込んだ。そうしてあの子の代わりに入り込むきれいな棺。聖なる夜に、暖かく眠る君を見下ろした事も大切な思い出だ。今宵は赤霧の夜に『君』が僕を見下ろして寝かせてくれるなんて。柔らかな毛布の代わりは、硬い棺の蓋。おやすみなさいとかけられた。

 ――。睡眠の妨げは必要無いと無音に閉じていく。
 総てが闇に覆われるその瞬間迄、ユェーは『罪』を見続けた。
 今はもう何もない。ゆっくり沈む、望の輝き。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ディアナ・ロドクルーン
息◆
心臓が跳ね上がるのを感じた
一気に全身の血の気が引くのが分かった
―はぁ…
息を吐けば赤く
視界も赤い

赤 赤 赤 あか ―
口を開けばごぼりと空気が水の中を駆け上っていくような息苦しさ

全てが赤い

あの時の様に

足元に広がるのは師父の血
手にべったりとこびり付いているのも師父の血
生気が失われた瞳がこちらを見ている

やめて!やめて!お願いだから私を見ないで!
苦しいの、傷つけたくなかったのに
ごめんなさい、ごめんなさい。殺したくなどなかったのに
どうして―…! 

嗚呼、私は…識っている

獰猛な獣が身の内に潜んでいる事を

だから、だから―…

この罪ごと、導いて― 助け て



●金星墜つ
『罪』が、笑う。その顔を嘗ては穏やかな心で受け止められていたのに。ディアナは今蛇に睨まれた蛙のように指一本動かせなくなっていた。何が、一体違うのだろう。紛い物である事は十分理解している。でも、まやかしの産物と分別するにはあまりに記憶と同じ姿の師父が居て。今にも名を呼んでくれそうな雰囲気は此処が敵の領地である事を忘れかける。己を向く思い出通りの年を刻んだ目元が緩んだ瞬間――心臓が跳ね上がるのを感じた。

 ――罪人よ。

 待望したものではない声がする。断罪の言葉を皮切りに、周囲の温度が急速に冷えていく。一気に全身の血の気が引くのが分かった。――はぁ。息を吐けば赤く、視界も赤い。何時から世界はおかしくなってしまったのだろう。今さっき? それともここに来てから。それとも……私にとっては。嗚呼。皆赤い、息吹が赤く、漂う霧も赤く、あかに、染まって――口を開けばごぼりと空気が水の中を駆け上っていくような息苦しさ。
(全てが赤い……あの時の様に)
 強制的に思い起こされるかの瞬間。視線を下に、足元に広がるのは師父の血。スローモーションの如く目線が動いた先、自身の手にべったりとこびり付いているのも師父の血。ゆっくり、女の貌が動く。止めてと内心で叫んでも記憶は再生し続ける。大量に流れ、付いた血の元を辿る。何度も名を呼んで、笑いかけてくれた。ずっと一緒に、傍に居てくれた人の――生気が失われた瞳がこちらを見ている。私は、私を拾ってくれた恩人を。優しく接してくれた義父を。この手で。

「――やめて!」

 気付けば叫んでいた。遠吠えにも、慟哭とも聞こえる響きと合わせ震える両の指先は頭を抱え紫の髪を掻きむしる。やめて、やめて! お願いだから私を見ないで! 喉が裂けんばかりに放たれた言葉はされど記憶にも『罪』にも届かない。ずっと見ている、見られている。眼球に映されたディアナの姿は罪過に囚われ抜け出せない。――苦しいの、傷つけたくなかったのに。戦慄く唇で譫言めいた音が零れ落ちる。ごめんなさい、ごめんなさい。殺したくなどなかったのに、どうして――……!
「嗚、呼」
 心が限界を越え、女はその場に崩れ落ちる。否。認めてしまったのだ。どうしての理由を、降服に落ちていく己を。儘ならぬ呼吸、疲弊した精神が視界に靄をかけていく。虚ろな眼差しは鈍い動作で上を向いた。
「私は……識っている」
 寒空の果て、赤霧の向こうに憎き全ての元凶が浮いている。最早それが幻覚であろうと、どうでもよかった。それが満ちる度に繰り返されてきた苦痛。何度も、何度も味わってる。とっくに理解ってる……獰猛な獣が身の内に潜んでいる事を。滲む視界、全てがぼやけていく。彼女の心に消えない傷を刻んだ輝きが天に在る限りこれからも、ずっと。
(だから、だから――)
 ふと。一枚の葉が落ちてきたのに気が付いた。何時の間にか『罪』がディアナを覗き込むように見ていて――自身が、棺の中に居る。おじいちゃん……? 驚き呼んだ名に、重なる視線。『師父』は彼女に笑いかけながら葉を乗せた棺の蓋をかけていく。嗚呼、貴方を埋葬した私が『罪』の貴方に葬られる。紛い物の、月の下で。
「この罪ごと、導いて――助け、て」

 カサリと葉擦れの音が聞こえた瞬間、ディアナの意識は闇に墜ちた。
 最後の瞬間、伸ばした手に触れたのは蓋だったのか――それとも。

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織
縛◆

わたしだって…

視界が白く霞む
呼吸が浅くなる

じわり
赤が滲む
右の翼の根元
心の臓を貫くように…背中と左胸

きっと
わたしの罪が軽くなることは無い

わたしが
世界を超えてしまったから

ーーーーのいない世界

会って謝ることが出来ない
幻に謝るしかない
本当の意味での謝罪が出来ない

だから
埋葬されても救われることは無い

でも
ーーーーが言うのなら
そうする方が良いのかもしれない

そうすれば
もしかしたら
また同じ世界に…

頭が回らない
身体が重い
いつもなら
本当の貴女はそんなこと言わないと
振り払うのに

ねえ
ーーーー
わたしは
私になっても

貴女が心配で
貴女が大好きで
貴女の幸せを願ってる

たとえ
その笑みさえ私の罪だとしても

ずっと
ーーーーを想ってる



●願いの言霊
 彼女に逢えてしまった現実は千織の心へ大きく伸し掛かり、より膨れ上がる後悔の念に打ちのめされ立ち上がれない。視界が白く霞む。精神的疲弊はやがて肉体をも侵食し正常を阻害する。呼吸が浅くなり、上手く酸素が取り込めない。けれど体調に気を配れる程の余裕は無かった。
「わたしだって……」
 例えば奇跡が起きて、もう一度貴女に逢えたなら。伝えたいことが沢山あった。何度想像の中で彼女を描いた事だろう。幾度目かの涙が、頬を伝い落ちていく。

 ――罪人よ。

 じわり。違和感の始まりは右翼の根本だった。戸惑う間に範囲が広がっていく。それは心の臓を貫くように……背中と左胸に明確な痛みを齎した。とっさに俯き前から両手で抑えるも縛り付けられる感覚を鎮める事が出来ない。重なる不吉は、身を強張らせる寒さの訪れ。視界が白から赤へと不気味に変化していく。――己の痛む箇所も同じ様に染まっていく事に、気付かぬ儘。ああ、この痛みは、苦しみは……千織は顔を上げ『彼女』を見た。きっと、わたしの罪が軽くなることは無い。
「わたしが……世界を超えてしまったから」
『罪』が、『----』がずっと己を見ている。理解してる、理解しているんだ。自身が今の「千織」で在るのは----のいない世界。ここでは彼女に会って謝ることが出来ない。眼前に居るのは紛い物だ。想像に、幻に謝るしかない。本当の意味での謝罪が出来ない……だから、埋葬されても救われることは無い。でも。

「----が言うのなら、そうする方が良いのかもしれない」

 逢いたい、貴女に。離れ離れになんて、死にたくなんかなかった。断罪の言葉に降服したら、そうすればもしかしたら……また同じ世界に。痛みと苦悩が脳を満たし頭が回らない。赤い霧すら身に降りかかる罪過に思えて身体が重い。いつもなら、本当の貴女はそんなこと言わないと振り払うのに。今迄はそう出来ていたのに。こんなに、こんなに自身の奥に仕舞い込んでいたものは心を脆くしてしまうのか。『罪』が近付いてくる。過日の姿そのままで。わたしはこんなに変わってしまったのに……『貴女』は笑って来てくれた。目線が同じになって相手がしゃがんでくれた事を理解する。貴女は、罪ですら――。
「ねえ、----」
 わたしは、私になっても貴女が心配で。生まれ変わっても貴女が大好きで。違う世界で生きていても、貴女の幸せを願ってる。伸ばされた手に身を委ねようと何もせず見守った。『罪』の指先が頬を掠める。それは止まらぬ涙を拭う仕草にも、ただ千織に触れただけのようにも思えた。近くなる距離。滲む視界でも、はっきり分かる親友の顔。変わらないね、----。たとえその笑みさえ私の罪だとしても……。ゆっくり瞼が閉じていく。未だ見ていたくても、心身の自由が痛みと共に奪われていく感覚に囚われ意識が薄れてしまう。混濁する思考が震える手を動かした。閉じていく視界の中で、縋る自身と両手で受け止めようとする友を観た……気がした。

 ぎゅっと、懐かしい腕に包まれる感覚がする。
 ああ。胸が痛くて、貴女に抱かれて……あの時も、そうだった。
 違うのは悲痛な銀狼の叫びが聞こえないだけ。
 再び貴女と離れるその前に、もう一度、もう一度だけ伝えたい。
「ずっと、----を想ってる」
 願いを言霊に込めて告げる。『罪』に埋もれ、意識を手放した。

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓
絶◇
アドリブ、マスタリング歓迎

_

赤色は苦手だ
故郷の"ひと"たちと同じでいたかったから
血を求めるなんて、"ひと"ではないような気がして
故に必死に飲まぬ様に本能を理性で殺し続けた
それを除いても赤色は苦手だ
大事な人たちは皆、その色を纏って逝ったから

突然胸ぐらを掴まれた様な息苦しさ
『罪』は俺と唇が触れそうな距離で

忘れるな
目を逸らすな
お前の罪は、己自身
生きていて赦されることなど決して無い

──ほんの一瞬、泣きそうに瞳が揺れたのは
『罪』だったのか、俺だったのか
もしくは俺たちだったのか

フと微笑んで両腕広げ
そのまま罪を抱きしめる、受け入れる
──忘れない、お前を置いて行かない
俺の生は、罪(お前)と共にあるのだから



●自縄自縛
 刑事としての直感がそうしたのか、ふと梓は視線を『重要参考人』から現場に移動させる。が……既に犯人は次なる手を打っていたようだ。世界を狭くしていた霧の壁が異色に染められ、まるで外へ逃げ出せぬよう張り巡らされた規制線の群れを印象付けた。燃え上がる錯覚を抱く視覚に対し冷凍室並の寒さで満ちる異様な光景は勿論のこと、男にとって周囲を統一していく彩りは顔を顰めざるを得ない。
(赤色は苦手だ)
 己の中を巡る半分の遺伝子が疼く。自分は、故郷の「ひと」たちと同じでいたかったから。この世界を支配する種族に傾倒し、ましてや血を求めるなんて「ひと」ではないような気がして……故に必死に飲まぬ様に本能を理性で殺し続けた。今までずっとそうしてきた。それでも、克服には程遠い。半魔で在る限り、この渇望は衝動は永遠に飼い続けなければならない。……それを除いても赤色は苦手だ。大事な人たちは皆、その色を纏って逝ったから。俺を、残して。

 ――罪人よ。

 脳髄へ響く声に油断した。気を取られた瞬間、視界がブレる。突然胸ぐらを掴まれた様な息苦しさを覚え、状況判断に遅延が生じる。噎せ返りそうになりながらも体制を立て直し、上げた顔の先――いいや。『罪』は俺と唇が触れそうな距離でただ相手を、俺をじっと見ていた。暗い昏い、常夜の底を垣間見る双眸は一切の光を受け付けず梓だけを写し込む。闇の中に浮かぶ男は罪の中に在り続ける事を暗に指摘している気がして。『俺』が、声無く訴える。忘れるなと、目を逸らすなと。
『お前の罪は、己自身』
 最後は本当に『罪』の声だったのだろうか。もしかしたらずっと自分で自分に言い続けてきたのかもしれない。……違和感はすぐさま梓に動揺を齎した。諦めた目に映る己を通し、脳裏で再生されていた過去の記録にインシデントが発生している。嘗て自身が携わり、救ってきた人達の顔が赤で修正されていく。事件の内容も、犯人の顔すらも。全て等しく塗り潰され誰の顔も、確認し続けた証拠品も判らなくなる。何故、どうして。止まらない侵食は日常の思い出にすら牙を剥く。友や、仲間の顔すら。嗚呼、唯一鮮やかに判別できこの眼に映るのは眼前の『罪』だけだった。それは強いメッセージ性を以て深層心理に訴えてくるものにも思えた。やがて理解する。忘れるなと、生きていて赦されることなど決して無いと言葉で己を縛って来たのは紛れも無く。――ほんの一瞬、泣きそうに瞳が揺れたのは『罪』だったのか、俺だったのか。
(もしくは俺たちだったのか)
 互いに言葉は無く、片方は睨む事も無く視線だけが行き来する。……静かな拮抗状態を崩したのは罪人の方だった。フと微笑んで両腕広げ、そのまま『罪』を抱きしめる。これは降服の受け入れではなく、一つの決意。

「――忘れない、お前を置いて行かない」

 この身に二種の血が共存すると同じく俺の生は、罪(お前)と共にあるのだから。どうして何て最初から答えは解っていた。完璧なひとでもなく、完全に血を求めるものでもない「丸越梓」としてこれからも人々を救っていく。だからこんな所で埋葬される訳には、いかない。

『罪』が薄れ梓へ融けていく。刹那、背に廻る二本の縛めを僅かに感じ取った。
 一人に戻り、断罪を拒否した男は総てを内に抱き歩き始める。
 既に犯人が潜伏しているであろう処刑台を強き眼差しで見据えていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

歌獣・藍
息◇
気温が下がれば
周りの霧は赤く染まりゆく

…赤色は好きだけれど
その赤はあまり好きではないわ

人の血に似た赤色は好かない
ねぇさまを刺したあの罪を
思い出すから

途端に息が苦しくなる
突然水の中に落とされたような
そんな苦しさ
……水中での実験をさせられていたねぇさまはこんなにも苦しい思いを何度も、何度もしていたのね

あぁ
こんなに苦しいのなら
いっそ棺に入って
このまま罪とともに
埋められてしまおうかしら

ーーなぁんて。
この罪は私とねぇさまだけのもの
そしてこの罪を断ち切るのは
…私自身だ
他の誰にも渡さない
私だけの罪
私とねぇさまの
藍苺(アイマイ)なーー罪。

『ゆるして。ゆるさないで。』
あの日の剣。
この罪をーー断ち切って。



●アイマイな占彩
 葬られていたのはショーケースに入った飾り物ではない。透明な棺から抜け出た『罪』が藍の前に立ち、明確な意思を以て睨み付ける。ぽた、と腹部の傷から赤が滴り落ちた。荒れ地へ消えて行く筈の色はされど鮮やかな儘残り続ける。それ処か――じわり、じわりと恨みの感情が滲み出てしまったのか『彼女』を中心として霧が血と同じ彩りに染められていく。気温の低下と共に。

 ――罪人よ。

 大きな耳を介さず断罪の声が響く。数分前と別世界になった光景と、変わらぬ二人。――赤い。赤色は好きだけれど、その赤はあまり好きではないわ。欲しいのは、渇望したのは甘いあまい果実色。あの彩を瞳に宿した人に逢いたかったのに。対峙するよく似た輪郭は望んだ双眸ではなかった。少なからず落胆した心に尚も色彩の暴力が主張する。
(人の血に似た赤色は好かない)
 瑞々しく輝く色合いとはかけ離れた、切り裂き中から溢れ出るそれ。大切な人を、ねぇさまを刺したあの罪を思い出すから。私の為だとしても、私の為だからこそ赫に塗れた……心が歪む迄悔やんだ瞬間が幻覚と重なる。途端に、息が苦しくなった。驚愕に貌を変え、白い手で喉元を抑えるも収まらない。謂わば突然水の中に落とされたような、そんな苦しさ。
(……水中での実験をさせられていたねぇさまは)
 何とか酸素を取り込もうと藻掻く身体とは裏腹に、精神は不思議と冷静だった。藍もまた墓によって過去を暴かれ、流れ込む記憶に没んでいく。囚われ先の見えない日々と、どんな結果に変わり果てるか不明な実験の強制。震えるしか出来ない己の視界で、沈められていく大事な姉。口から溢れる泡の多さは、悲鳴の代わりだったのだろう。――こんなにも苦しい思いを何度も、何度もしていたのね。
(あぁ、こんなに苦しいのなら)
 肺に十分な量を取り込めぬ状態は意識を霞ませる。鈍くなる思考で滴り堕ちる心情が、いっそ棺に入ってこのまま罪とともに埋められてしまおうかしらと俯き底無しの穴を覗き込む。そんな藍の繊細な移ろいに気付いた『罪』が更に近付いた。導こうと手を伸ばし白い髪に触れようと、して。

「――なぁんて」

 顔を上げた奇跡の白兎が、わらっている。その手に何時の間にか一振りの剣を携えて。到底降服するとは思えない顔色で、そうっと……煌めく刀身に触れた。この罪は私とねぇさまだけのもの。「あゐ」を込めた呟きに歪んだ瞳の彩が緩む。ゆうくりと、目が動く。後悔、憧れ、絶望、アイ……極彩色の感情を恣にした『罪』を視る光彩。選択肢は、唯一つ。
「この罪を断ち切るのは――……私自身だ」
 断罪の拒否は当然だとウサギが告げる。いびつな心が抱えるものは他の誰にも渡さない。私だけの、私とねぇさまの、藍苺(アイマイ)な――罪。名も知らぬ過去の異物が扱って良いものではない。剣先が、向けられる。
『ゆるして。ゆるさないで』
 既に、包囲は完了していた。シンフォニアが捧げる声色に招かれた「あの日の剣」達が『罪』を取り巻く。血縁ではない、けれど大切な存在。そんな曖昧で、尊き絆は第三者に結べるものではない。
「この罪を――断ち切って」
 それはきっと……2人しか受け止められないのだから。

 一斉に放たれた剣の雨が『罪』も墓も好まぬ赤も切り捨てた。
 まやかしは消え、藍苺な罪は二人の心だけのものになる。
 息苦しさと暗き甘美を胸に、時計ウサギは処刑台へと足を向けた。

成功 🔵​🔵​🔴​

誘名・櫻宵
🌸神櫻
絶◇

あなたの赫で世界が染る
あなたしか見えない
見ていないのに

噫、かぁいい神様

罪人
そうよ
私は罪人

愛しているの
愛して、戀してしまうと、罪が積み重なってしまうの
不思議
私をおいて、死んでしまうなんて酷い

ねぇ
かぁいい神様
私を求めてくれるかしら

いとしい赫で埋めつくして
私だけを求めて頂戴
罪なるあなたの胸に頬を押し付けて、動かぬ鼓動を確かめうっとり微笑む

カムイは私の神様よ
ずぅっと前からきまってた
師匠だった頃から本当は─独り占めしたかった

あなた以外を見る私が罪なのではない
私以外をみるあなたが罪なのだ

私の罪は愛しいあいのいろ
優しい罪を抱き締めて
誰にも裁かれぬように柩の中に隠しましょ

私があなたを神匿してあげる


朱赫七・カムイ
⛩神櫻
縛◆

サヨ、私の巫女よ

柩の中は狭かろう
ひとりきりでは寒くて寂しかろう

とっても寂しがり屋で
寒がりで泣き虫だから
大丈夫
もう一人になんてしない
ずっと傍にいるからね

鼓動をうつ心臓が痛い
けれどきみのほうがずっと苦しんだのだ
この位の痛みなど、なんて事はない
きみが与えてくれる罰ならば慶んで受け入れる

白い手が私に伸ばされる
あやす様に絡めてとらえて
赫い痛みに身体が軋む
かの呪いのような痛み
きっとそれだけきみを想っている
伝えられぬ想いを秘める事の方がよっぽど、痛い

共に生きられぬならば
共に埋葬(ねむ)ろう
いとしいひとよ
優しい腕の中で愛しい桜色にいのちを委ねるように眸をとじる

きみと一緒ならば、痛みすらも幸いになろう



●桜匿◇絶
 惑う櫻宵の双眸に、異常な季節が訪れた。白霧の冬が終わり、始まっていく春の――異端なる赤色。桜の淡さ等塗り潰し、領域の全てを変えんとする狂った現状にされど巫女の心に齎されたのは恐怖ではなかった。
(あなたの赫で世界が染る)
 取り乱していた思考から切り替わったのは、恍惚と似た昏き感情。湧き上がる衝動は艶やかな貌に微笑みを描いて魅せた。――あなたしか見えない、見ていないのに。染まったのは周囲だけではなかったのか。悦びを湛え、堪らず色白き指先を伸ばす。偽りでも触れられた『罪』を撫でる。
「噫、かぁいい神様」

 ――罪人よ。

 甘き戯れに水差す無遠慮な声。『罪』に寄り添いながら櫻宵は笑う。――罪人。そうよ、私は罪人。何を今更、そう、今更。解ってしまった、いいえ。これは戸惑う事ではなかったもの。ずっとずうっとそうだった。顔を上げ嘗ての師匠を、還ってきた神様を視線で捕らえる。愛しているの。愛して、戀してしまうと、罪が積み重なってしまうの。鮮やかに咲き誇る櫻から、はらりはらりと散り落ちる花弁のように。不思議ね、神様。柩から黄泉帰った外見をなぞる。……私をおいて、死んでしまうなんて酷い。
「ねぇ、かぁいい神様」
 罪に塗れた私を、厄斬のあなたは求めてくれるかしら。部外者が撒き散らす品無き赤より、いとしい赫で埋めつくして。私だけを求めて頂戴。抵抗せず受け入れる『罪』に眼を和らげ、身を寄せる。罪なるあなたの胸に頬を押し付けて、動かぬ鼓動を確かめうっとり微笑む。生にすら奪わせない、『あなた』の存在は今己が生み出し創り上げたもの。そうであっても、そうでなくても。
「カムイは私の神様よ」
 酷く娃しく櫻は咲った。心の底より取り出した、『罪』より世界より赫々しい想いが花開く。これは長く、永く舞い落ち重なり続けてきたもの。ずぅっと前からきまってた、師匠だった頃から本当は――独り占めしたかった。噫、嘗て師匠のあなたが生きていた頃の記憶に赤が混じる。あなた以外の者達が、赤染めの顔になって有象無象に埋もれてく。思い出も霧に遮られて……でも。あなただけは何より鮮明に私を見てる。これが病? おかしなこと。あなた以外を見る私が罪なのではない、私以外をみるあなたが罪なのだ。
「私の罪は愛しいあいのいろ」
 桜龍の白き腕がするりと大切を囲い込む。優しい『罪』を抱きしめて、もう一度きつく抱きしめて。静かに、ゆっくり、見事な寝床に戻してく。断罪への拒否は、願望の成就。この『神様』はもう私のもの。不躾な過去の異物にも、誰にも裁かれぬように柩の中に隠しましょ。横たふ神をもう一度、撫でた。

「私があなたを神匿してあげる」

 見つめ合う、最期の邂逅。餞に花やかに微笑んで櫻宵は顔を上げた。その眼差し、護龍が如く。……一陣の風が巫女を包んだ。忽ち破魔の桜嵐へ生れ変り、二人を閉じ込める赤霧を喰らい切り裂く斬撃と化し暴れ狂う。
「戒め給いて一切衆生、罪穢れ ――斬り祓い、清めてあげる」
 浄華の彩り天へと昇り、不要な色を葬り去る。

 不吉の赤が消え、大地に花筏の池が広がった。
 眠る『罪』はうつくしき桜が独り占め。他を絶ち華に包まれ没んでいく。
 見届けた櫻宵は満足げに微笑んで。ひとつ瞬き、全てが尊き夢へと散った。
 残るは荒れ地と向こうに佇む処刑台のみ。でもそう、私の神様は――何処かしら。

――――

●桜縛◆降
 噫、白い霧が色付いて征く。満開の紅き華が如く――カムイは白い指先を丁寧に丁寧に運び、己が胸元に抱き込んだ。喩え其れが『罪』だとしても、きみと繋がるものであれば総て大事だと。伝えるように。
「サヨ、私の巫女よ」

 ――罪人よ。

 重なる呼びかけ、されど断罪の声等神の心には届かぬ。どんな意味を持っていたとしても彼が見るのは眼前の艶やかな花のみ。優しい微笑みを讃え同行者の輪郭をしたまやかしへ口を開く。――柩の中は狭かろう、ひとりきりでは寒くて寂しかろう。きみはとっても寂しがり屋で、寒がりで泣き虫だから。重ねた手と己が胸で繋いだ先を暖める。
「大丈夫、もう一人になんてしない」
 心から告げるカムイの言葉。本人にだって、何時だって伝えたい想い。ずっと傍にいるからねと寄り添う聲は淡い甘い呪縛のよう。しかしもう離れる気はない。離れられない。意識外に白手を掴む力が強まる……否。違和感を感じた。鼓動をうつ心臓が痛い。それは花冷か、それとも自ら導き己の左胸に触れさせた『罪』の悪戯か。僞りの巫女から贈られる、伝わる罪過なのだろうか。――けれどきみのほうがずっと苦しんだのだ。真意を伝えず、私(神斬)はきみを斬りつけた。悩んだろうに、辛かったろうに。それでもきみは。だからこの位の痛みなど、なんて事はない。

「きみが与えてくれる罰ならば慶んで受け入れる」

 得体の知れぬ者からの断罪は要らない。『きみ』から欲しいとカムイは夢幻の華を真っ直ぐ見つめた。はらり、赤き世界に異色がひとひら舞い落ちる。厄神ノ微笑は黒き花弁を招き間も無く花雨を喚び降らせた。触れた傍から異端なる霧を吸い取って、奪ったコウフクを降服ごと与えたら微笑む『罪』が嬉しそうだった。もう一つの白い手が私に伸ばされる。繋いだ方は離さずに、私ももう一つを差し伸べる。あやす様に絡めてとらえて、噫されど触れ合うだけで赫い痛みに身体が軋む。かの呪いのような痛み、きっとそれだけきみを想っている。
(……伝えられぬ想いを秘める事の方がよっぽど、痛い)
 切ない想いを色付く数多の桜花弁に埋もれさせ、『罪』だとしても。神は桜を自らに縛り付ける。――共に生きられぬならば、共に埋葬(ねむ)ろう。途切れる事の無い黒桜流れる赤き領域で、桜を包んだ朱の秘め事。もう二度と、離れぬよう。もう二度と、ふたりの世界が分かつ事無きようと。生者と影朧でなかったら、――で無かったら。ゆるやかに引き寄せられる『罪』の力に、抗わず共に収まった。狭い箱だ。でもきみと一緒なら。寄せる身に、繋いだ手が一時外される。嫌だと思ったのは一瞬だけ、すぐに白い腕が背に周り身体を包んだ。……噫、これで大丈夫だね。寒くもないよ、寂しくもない。きみも――私も。
「サヨ」
 呼びかけるも『罪』は既に桜霞の瞳を閉じ神をその手に閉じ込めるのみ。でも、それでいいと。優しい腕の中で愛しい桜色にいのちを委ねるように眸をとじる。指先で艶髪をそうと撫で、カムイもまた両腕を伸ばし華奢な身体を抱き寄せた。縛り付けたのは、何方の方か。

 はらはらと、罪過を奪いその身に宿した黒桜が大地と柩を覆い尽くす。
『罪』に抱かれ、縛り付け。華やかな檻に、舞い降りる花弁で埋まっていく。
(きみと一緒ならば、痛みすらも幸いになろう)
 そうして約倖ノ赫は桜の下で眠りに就いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『闇の戦士たちの記憶』

POW   :    STORMBLOOD
【血を代償に自身の武器】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
SPD   :    HEVENSWARD
【高い跳躍で相手に近付きつつ、相手の頭上】から【闇の雷を纏った槍で垂直落下攻撃】を放ち、【感電や衝撃】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ   :    SHADOWBRINGER
【地面から漆黒の刃】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠カスミ・アナスタシアです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●三人目の記憶
 ここは……あの人は、どこ? さっき、父と母が棺から出てきて……代わりに入ったら、私達は幸福になれるって。ああ、彼だ。傍にいた、よかった。でも顔が赤く塗り潰されてよく見えない。どんな顔しているのかしら、でももう私達は幸せになれるのよ。きっと結婚も許してくれる。ねえ、起きて。どうして声をかけても反応しないの。どうして、あなたの周りも赤いの。

 ――罪人よ、断罪の時は来た。

 断、罪? あ、ああ。やっと、私達は許されるんですね。ください、幸福を。苦しみから、私達を開放してください。彼しか、彼しか愛していないのに、他の人となんて。あの男に嫁がないと、家が。でも、でも。

 ――汝の罪は今より我らが断ち切ろう。
 ――汝に、こうふくあれ。

 あ、あ、ありがとう、ござ

●今現在
 荒れ果てた廃教会と墓地の傍に、朽ちかけの処刑台が佇んでいる。
 其処へ自らの足で訪れた、または処刑台の上で目覚めた猟兵達はその存在に気付く。

 ――罪人よ、断罪の時はきた。

 黒紫の槍を携えて、誰かが独り立っている。
 だがその存在は時折霧の如く揺らぎ不可思議な輪郭を形成していた。
 声も、先に脳髄に響いたものと違う。否、一つ一つ異なった音色だった。
 まるで何人も、重なっているような。

 ――我らは世界を救う為に戦う者。救済の為、数多の罪を断罪してきた。
 ――この地を支配していた吸血鬼も人々を苦しめた許されざる咎人。
 ――罪を解らせる為奪った命の前で処刑台に立たせた。

 脈略のないそれらの言葉。分かる事は唯一つ。
 オブリビオンとして蘇っていたのは吸血鬼ではなく『彼等』だった。

 ――だがあの者は最期迄懺悔をしなかった。
 ――自身で罪を償えぬならば我々が断ち切らねばならない。

 異色の霧が、再び辺りを覆い始めた。猟兵達に病を齎した……それに。
 一瞬の雷鳴。黒い光が赤霧の間を走り抜ける。

 ――見よ、この赤い霧を。これは『罪』の苦しみである。
 ――見よ、この黒き雷を。これは『罪』の怒りと叫びだ。

 ――罪人よ、我々が汝に代わり『罪』を断とう。
 ――その為に全ての幸福を捧げ闇の力を手に入れた。

 ――世界の為に、汝の為に、我々は戦う。
 ――汝に、こうふくあれ。

 生前であれば、勇者と呼ぶべきであったのだろうか。
 でも今の『彼等』は救済の矛盾も討つべきは何かすら、分らない。

●マスターより 
 ボス戦です。二章で◇◆の選択によって状況は変わります。

 ◇の方は処刑台を背に立つボスと対峙します。
 そのまま通常戦闘を行って下さい。

 ◆の方は処刑台の上に寝かされている状態で目覚めます。
 ボスは猟兵の傍におり、槍を構え先制攻撃(UCではない)を行います。
 此方の対応を行なってから通常戦闘を行って下さい。
(同行者がかばう場合は対応不要)
 ◆の方がいる◇は、処刑台の上に居る相手と敵の元に駆けつけます。

 ボスは記憶の集合体(複数の一体)として扱います。
 一人1体(同時参加は2対1)と戦いそれぞれトドメをさせるものとします。
 戦場も別空間の為、同行者以外の猟兵と連携は取れません。

『病』について。
 二章の病は継続しています。
『絶』の方は罪以外の顔が霧に覆われる為、ボスの顔も塗り潰されています。
 同行者以外を罪に選択している場合は同行者の顔も塗り潰されています。
 顔以外は判別でき、声を聞くことも可能です。

 またプレイングに何も指定しなければ通常ボス撃破後すぐさま病は癒えます。
 ただしプレイングの何処かに▼を入れて頂く場合。
 ボスを撃破しても少しの間だけ病が継続し、『数日中に必ず癒えます』
 ですがPCはその事を知りません。
『ボスを倒した瞬間に罪の病が癒えない』という絶望を味わうでしょう。

 選択肢は皆様の手に。
 敵を倒し全てを終わらせ帰還するか、▼一時の仄暗さを終いとするか。
 この物語の結末をお選び下さい。
エンジ・カラカ


アァ……賢い君、賢い君、目が覚めたネェ…。ネー。

コレの首を狙うのはだーれだ。
賢い君、食事ダ。
薬指の傷を噛み切って君に食事を与えよう。
新しい血ダヨー。
アイツの首に君を絡み付けようそうしよう

アァ……妬けるなァ…。

薬指が痛むケドコレには丁度イイ。
コノ指が痛い間は賢い君がココにいる証ダ。
ヒヒヒ。イイネェ。

賢い君、賢い君。
次はどーする?どーしよ?
うんうん。アァ……そうだなァ…。そうしよう。

属性攻撃は君の毒。
じわじわ蝕む君の毒ダ。
コレの血は君の毒と一緒一緒。

アカイイトをぐるぐる巻き付け
君の毒を含ませたらバイバイ

終わってもココに君がいるンだ
アァ……ドコに行こうカ…。
君とならドコまでも行けるヨ

俺とあーそーぼ



●灰とケッコン
 処刑台にボロ雑巾が一匹おりました。気が付きました。
「アァ……」
 金色そろり、気怠げに。寝っ転がるヒトガタは一人。エンジがひとり。
 赤霧いっぱいキレイな君は何処にも居ない。折角仲良く埋まったのに。
 そしたら愛しい痛みがコレを呼ぶ、うっすら目覚めに一本の君が寄り添った。
「賢い君、賢い君、目が覚めたネェ……」
 居たのは君、赤い糸の君。起きちゃったね、ネー。するり細い先端が散歩に出掛けた。
 視界の隅に知らないヤツが入り込んでもスルーして、赤巻きの手が目元を覆う。
 足音ギシギシ傍に来た。切っ先向ける黒紫の先。
 顔下浮かぶ、きれいな三日月。

 ヒュッと一瞬の風切り音が二つした。
 だけども罪人断ち切れない。何故だか槍が少々ズレて何も無い床を刺している。
 一瞬視えた聡明で細い綺麗な軌跡。拷問具が凶器を雁字搦めに軌道を逸らした。
「コレの首を狙うのはだーれだ」
 不思議がる敵にエンジが笑う。残念残念的外れ、オオハズレとにんまり笑う。
 その次映すアカイイロ。コレを護った賢い君。アリガトアリガト賢い君。
「賢い君、食事ダ」
 薬指の傷を噛み切って、一仕事した君に食事を与えよう。新しい血ダヨー。
 カンビに歓喜したグルメな君。そうかそうか賢い君。赤はコッチが好いんだネェ。
 満腹? 満足? 良かったネー。それじゃアイツの首に君を絡み付けようそうしよう。
 するする簡単お安い御用。けれどもオオカミ不満そう。アァ……。
「妬けるなァ……」
 喩え攻撃だとしても、他の首に君が居るなんて。
 苦しむ奴が槍振り回す。危ない危ない、その隙逃げて赤夜に跳んだ。

 処刑台から飛び降りて、荒れ地に足付き視線を落とす。
「薬指が痛むケドコレには丁度イイ」
 コノ指が痛い間は『賢い君』がココにいる証ダ。情熱的な君からの束縛。
 ヒヒヒ。イイネェ。にやあり愉しい。ゆらゆら揺れる霧とコレ。
 頭が高いなァ位置的に。さっきより槍が大きいなァ現実的に。
「賢い君、賢い君。次はどーする? どーしよ?」
 君とお話内緒話、くるくる赤痕巻き付く君。チェシャ猫ばりに笑うオオカミ。
「うんうん。アァ……そうだなァ……。そうしよう」
 打ち合わせ終了と同時に繰り出される槍先。ひょいと気軽に跳ね退けた。

 アカイイトをぐるぐる巻き付けそのまんま。知らないヤツは意図に興味無いみたい。
 賢い君は伸びる絡む、知らないヤツを結んでる。誠に不本意でも仕方ない。
 ぶんぶん槍を振り回す。キケンキケン賢い君が切れちゃうキレちゃう。
 ひょいひょい避けるこの身より、賢い君を護って動く。
 コレの血が飛び散った。大丈夫大丈夫深くないヨー。
 君が痛いがよっぽどイタイ。そろそろかなァ属性攻撃は君の毒。
 じわじわ蝕む君の毒ダ。結ぶ先に伝わって、アイツは動きが鈍ってく。
 コレの血は君の毒と一緒一緒。君の毒を含ませたら。
「バイバイ」
 崩れ落ちた知らないヤツ。霧と一緒に消えてった。

 晴れた欠けた月が出た。でも痛い、薬指は未だ痛い。
 すごいすごい、終わってもココに『君』がいるンだ。
「アァ……ドコに行こうカ……」
 ぽたぽた垂れる別の痛み。荒れ地に点々、導く道が続いてる。
 赤絨毯の先に処刑台。なんて素敵な誓いの舞台。
「君とならドコまでも行けるヨ」
 行こうイコウ、あかい路を。アカイイトの君と一緒に。
 俺と君、血痕に塗れて、魂までも結べそう。
 今宵逢えた『君』とそのうち消えるこの痛みを忘れないように。

「俺とあーそーぼ」
 処刑台にコウフクなオオカミと――がおりました。

成功 🔵​🔵​🔴​

神埜・常盤
◆▼

眠れなかったか
息が苦しい

相変わらず視界にちらつく髪は白く
背に生えた蝙蝠羽は邪魔だ
けれど此れが、真なる姿だから仕方が無い

穿つ槍の切先は掌で受け止める
穢れた此の身から零れようと滴る赫は目に毒だ
宿した業は罪深い

然し、裁くのはお前じゃない
弟妹ならまだしも
お前の断罪ごっこに付き合う義理など…

酷く苦しい
槍に幾ら射抜かれようと
楽になれる気配は微塵も無く
零れる赫で絲を結び、縫を招く

私を赦すな
此の身を断罪していいのは
赦していいのは母だけだ
私の命は縫が――母が、握っている

弟にも、妹にも
オブリビオンにも
此の縁を切らせて堪るものか

影縫で縫と共に
敵を串刺しに処して遣ろう

己を苛む者はもう居ないのに
嗚呼、未だ息が苦しい



●ノスフェラトゥは終幕に紅を縫うか
 人と吸血鬼である境界を、ワインを注ぎ続けるグラスの縁に例えてみる。
 常に揺らぎ零れ落ちても飲み干そうとも満ちる苦悩に終わりは無い。
(……眠れなかったか)
 息が苦しい。次から次へと、溢れてく。

 鼻に付く湿った木の匂い。うっすらと残念がる開眼の動き。
 相変わらず視界にちらつく髪は白く、背に生えた蝙蝠羽は邪魔だ。
 神経が常盤に後方の違和感を訴える。けれど此れが、真なる姿だから仕方が無い。
 土埃一つ無い麗しき吸血鬼は棺ではなく朽ちた処刑台から復活する。
 徐に伸ばした手は杭を打たれぬ為。最も、振り下ろされたのは鋭利な刃の先だが。
 穿つ槍の切先は掌で受け止める。黒紫が齎す直接的な痛みに合わせ生温い雨が降注ぐ。
 頬を濡らす焦がれた雫。穢れた此の身から零れようと滴る赫は目に毒だ。
 それすらも、それさえも渇望を刺激する糧と成る。宿した業は罪深い。
 いつか真にこの胸貫かれる日がくるのなら――然し。
「裁くのはお前じゃない」
 深手とは思えぬ剛力で槍先を掴み、血飛沫伴い視界からゆっくり退けていく。
 邪魔物が失せ、見上げた相手。赤霧を背に見下ろす無礼者へ視線の鋭さが増す。
「弟妹ならまだしも、お前の断罪ごっこに付き合う義理など……」
 戦士は気付いた。徐々に押されている。紅塗れの掌に、押し返される。
 本能的な驚異を感じたのか直様引き抜き後ろへ跳んだ。
 荒れ地へ足付く断罪人と、起き上がり処刑台から見下ろす吸血鬼。
 異なる人型は即座に地を蹴り激しい衝突音が霧空へと鳴り響く。
 巨大化した槍による刺突や薙ぎ払いを行う敵の猛攻を猟兵が防ぎ避けている。
 けれども病の身は思うように動かず傷付く翼で霧を散らし降り立つ姿は赫に塗れた。

 酷く苦しい。呼吸障害に全身の痛みと流れ落ちていく甘美達。
 下らない戯れの槍に幾ら射抜かれようと楽になれる気配は微塵も無く。
 気付けば立場は逆転していた。処刑台からオブリビオンの視線が降りてくる。
 磔刑寸前の吸血鬼は見返す貌に――壮絶を画いた。
「おいで」
 零れる赫で絲を結び、縫を招く。
 たった三文字の言霊は闇が支配する空間に宵の力を織り込んだ。
 異質なる気配に戦士が警戒したってもう遅い。
 傷付く常盤の肩に娃しき式の手が、寄り添った。
「私を赦すな」
 地獄等突き抜けた底より這い出す声色。流るる赤が、河になろうと。
「此の身を断罪していいのは、赦していいのは母だけだ」
 鴉面を纏った神楽巫女が掬い上げ、自らの糧に摂り込んでゆく。
「私の命は縫が――母が、握っている」
 一族の過去より紡がれる罪過。そのイトは、複雑怪奇に他ならぬ。
 この難解なロジックを余所者が解き明かせるものか。
 区別無き人間らしい吸血鬼(ダンピール)であるからこそ、編み込まれた今が在る。
「弟にも、妹にも、オブリビオンにも……此の縁を切らせて堪るものか」
 血の香り纏う探偵が牙を剥く。絲むすびの先が蝙蝠羽を優しく撫でた。
 刹那、二人の姿がかき消える。
 見失ったと断罪者が認識した瞬間。既に、決着は付いていた。
 オブリビオンの身体から交差し生える婉麗たる曲線。
 黒き鉄のクロックハンドを縫と共に。敵は串刺しの刑へと処された。

 霧が、過去の残骸を伴い天へ昇っていく。
 己を苛む者はもう居ないのに……未だ、息が苦しい。
 喉元抑え赫を吐く。処刑台上で吸血鬼は蹲った。
 落ちる影、仰いだ先は母によく似た式の姿。
 絲は斬れずと繋ぐ縁、矢張り我が身は罪深い。

 ――嗚呼、未だ赦されぬ此の命。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント

罪を裁けるのなら…
身を任せかけて、しかし目の前に居るのはあの男ではなく倒すべき敵
そうだ、俺は猟兵として敵を討つ為に来た

処刑台から転がり落ちるように槍の回避を試みる
ユーベルコードで致命傷は避けられるかもしれない
息苦しさで動きは鈍る、動き回らず銃で反撃
呼吸が乱れて精度が落ちてもダメージ覚悟で接近させて零距離射撃の間合いに持ち込んで補う
贖罪より仕事を優先、任務に背き裏切る事の無いように

討伐後も呼吸は楽にならない、治らないのではないかと不安が過る
その上罪も償えず、同様に誰かを傷付ける可能性も変わらない
息苦しさに加えて不安や罪悪感が膨らみ動けず蹲る
…俺はいつかこの『罪』に、取り殺されるのかもしれないな



●選択の果て
 感じる筈のない風が毛並みを撫でた。静かにシキの意識が浮上する。
 緩く開く双眸に欠けた月が映った。どうやら棺の中ではないようだ。
 理解した瞬間、瞬時に覚醒し傍に立つ断罪人と名乗る存在を認識する。
 しかし告げられた言葉に凝視の眼差しをゆっくり微睡む形に戻していった。
「罪を裁けるのなら……」
 抵抗する気力はもう無かった。過日の罪を認めた男へ黒紫の切っ先が向けられる。
 再び閉じようとした青い瞳――が、不意の眩さを感じ人狼は眉を顰めた。
 諦めを阻害する光は凶刃に映り込んだ一つの煌めき。
 無意識に掴んでいた月長石が反射し男の眼を覚まさせる。
 見上げた先、一度は身を任せかけた執行人。しかし目の前に居るのはあの男ではなく。
(そうだ、俺は)
 あれは倒すべき標的だ。此処に来たのは、断罪される為ではない。
 猟兵として敵を討つ為に来たのだ。

 見開く双眼にピンと立つ狼の耳。
 鋭利な刃が木の床を刺す音と、シキが身体を捻り躱す動きはほぼ同時だった。
 処刑台から転がり落ちるように槍を回避し即座に体制を立て直す。
 踏み込む瞬間、咳き込む辛さに病が未だ身に巣食っている事を理解する。
 それでも歴戦のガンナーは冷静に状況判断し最小限の動きで間合いを確保していく。
 手にかけるは己が猟兵である証。瞬時にホルダーからシロガネを引き抜いた。
 息苦しさで動きは鈍る、ならば動き回らず撃ち抜くのみ。
 マガジンウェルは目視せず指先だけで確認後、即座にトリガーへ移行し反撃を放つ。
 数弾の手応え、だが敵は大きく跳躍し赤霧の奥へ消えていく。
 逃さず影を狙うも呼吸が乱れて精度が落ちる。響く銃声と轟く雷鳴。
 再び人狼の五感と直感が警告を報せた刹那、断罪の一撃が降ってきた。
「……っ」
 紙一重で落下攻撃は避けたものの衝撃と雷撃の余波が身を縛り動きを止めてくる。
 追撃と迫る敵の刃。迎える横顔は奥歯噛み締め全身を奮い立たせ狼の気迫を纏わせた。
 ――!
 重い衝突音。風圧が周囲の霧を吹き飛ばす。
 砂煙が落ちきった世界で、真直に武器を構えた戦士が静止している。
 槍先から滴り落ちる赤い雫。けれども其れは猟兵を貫くものではなかった。
 致命傷を辛うじて避けたシキの僅かに痺れる手が柄を掴む。勿論受けた傷は浅く無い。
 ダメージ覚悟で接近させた策は実を結び、利き手が敵の急所に銃口を突き付けていた。
 贖罪より仕事を優先、任務に背き裏切る事の無いように。
 信念が罪過を越えた瞬間――気高き轟音を伴い零距離射撃にて標的の体を貫いた。

 崩れ落ちる断罪人が、周囲の赤霧と同化し消えていく。
 任務は終了した。後は脇腹の怪我に応急処置を――……?
 不吉な鼓動が、喉から消えたはずの赫色を吐き出させた。
 何故と思う間も無く喉奥が震え苦しみが継続している事を否応無く認識させられる。
「討伐後も呼吸は楽にならない……?」
 確かに倒した筈なのに。滴り落ちる赤と溢れる赫がシキの心に影を落とす。
 残り続ける罪の病にこのまま治らないのではないかと不安が過る。
 その上罪も償えず、同様に誰かを傷付ける可能性も変わらない。
 何も、何一つも。病が未だ男の身体を巡り蝕む意味が重く全身に伸し掛かる。
 息苦しさに加えて不安や罪悪感が膨らみ動けず蹲った。

「……俺はいつかこの『罪』に、取り殺されるのかもしれないな」
 何れ癒える病とてシキにとっては些細な問題なのかもしれない。
 苦しむこの躰が本当に止まるその時迄、彼は罪と生きていく。
 惑い悩み、選びながら。

成功 🔵​🔵​🔴​

馬県・義透
【外邨家】
やっと会えましたねー。蛍嘉。
え、ああ。利き手の右ですけど、大丈夫ですよー。
蛍嘉こそ、大丈夫なんです?えらくすっきりした顔してますけど。

さて、折角ですし作戦『花』にしますかー。鬼蓮よ、舞いなさいな。
これなら、利き手が病でも関係ないですしー。
すみませんね、蛍嘉。直接攻撃担当させて。
地面からの刃、厄介ですよねー。見切って避けるか…ああ、強力な結界術施しましょう。

私ね、母上を見たんですよ。本来の母上なのか、想像上の母上なのかわかりませんけれど。
よく似てましたよ、蛍嘉に。髪色、ほぼそのままでしたし。
で、蛍嘉は…ああ、そうですかー…(複雑)


外邨・蛍嘉
【外邨家】
武器:藤色蛇の目傘、藤流し

本当にやっとだね。
って、義紘、その右手…利き手だろ!?
え?私?あー…まあ、左だし大丈夫だよ、あはは。

さて、その作戦、了解さ。
藤流しを、わざと地面に投げて藤の花園に。
藤色蛇の目傘を刀にして、切りかかるよ。ふふ、気にしなくていいさ。
まあ、地面から来る刃は…避けるかね。義紘、結界術してくれてるけど。

…うん、そっか(少し羨ましい)。
ていうか、私に似てるなら、義紘にも似てるってことじゃないか。義紘の髪と目、『空の器』っていう意味の銀灰色だったけれど。義紘の場合、髪色は父に似るのか、母に似るのか、どっちだったんだろうね。
私はね、生前の義紘だったさ。兄妹喧嘩してきた!



●花は満ちて、繋ぐ水入らず
 最初に再会した時も、そんな気持ちだったのかもしれない。
「やっと会えましたねー。蛍嘉」
 藤咲く花路の果てに立つ妹へ、義透が散歩がてらな声をかけた。
 振り返る女が一つ瞬き後に兄へ緩やかな表情を向けて出迎える。
「本当にやっとだね、って」
 義紘に気遣う蛍嘉の顔が、その手に気付いて顔色を変えた。
 不自然に染まる右手の心当たりは十二分。それでも、十分な焦りが貌に出る。
「義紘、その右手……利き手だろ!?」
 抑える気の無い憂いを受けた方は対照的に今気付いたと言わんばかりの顔で返す。
 え、ああ。気の抜けた返事はお気軽に。病の箇所をあげてみせた。
「利き手の右ですけど、大丈夫ですよー」
 声だけ聞けば小春日和を感じる雰囲気に、叫んだ方の勢いが緩んでいく。
 結局そうなんだと肩の力すら抜けた相槌に留まった。
「蛍嘉こそ、大丈夫なんです?」
「え? 私?」
 何がなんて今更野暮だ。隠しもしない袖の先、妹の赫は左手に。
 兄妹揃って病を負ったのは手で、鏡挟めば同じ方。痛みの心配は今更だった。
「あー……まあ、左だし大丈夫だよ、あはは」
 それでも笑って返すのは、誤魔化し合いではなくじゃれ合いの延長だから。
 えらくすっきりした顔してますけど。の追撃にも彼女はとても楽しそうだった。

 ではそろそろ団欒を一旦終いにしようか。
 しまいにゃ相手さんが痺れ切らしてしまいそうだと二人並んで前を向く。
 消した筈の赤霧溢れる光景の先、あれが標的ならばと兄妹が猟兵に切り替わる。
 11月の暖かさは鳴りを潜め、張り詰める空気は赤き寒さとは別の鋭さを齎した。
 さて、義透は着流し揺らして骨張る手を懐に。視線変えず口を開く。
「折角ですし作戦『花』にしますかー」
 最小限にして最適な伝達は家族への信頼が証。伝わらぬ等億が一にも。
 さて、義紘の提案を受け蛍嘉の笑みに力が宿る。
「その作戦、了解さ」
 矢張り違わず意思は疎通し、一歩踏み出した統括者が華彩る棒手裏剣を投げ放つ。
 対し黒紫の槍は闇雷伴い薙ぎ払う。激しい衝撃、軍配は僅差で戦士か。否。
 藤流しは最初から敵を討つ為の一投では無い。では何処へ、視界は砂煙が支配する。
「この技はね」
 濁る赤霧の向こうで凛とした声が響く。晴れ往く先で大きな蛇の目が現れた。
 中入り描く和傘を上向きに姿見せるは和装の麗人。差して魅せるも絵になる姿。
「こいうこともできるのさ」
 一嵐去って別世界。巫覡藤繚乱が大地を覆い尽くす。
 鮮やかな花園に立つ女は優雅で不敵な笑みをくれてから藤色蛇の目傘を閉じていく。
 綺麗に整えたその刹那、雪待天泉の手には一振りの見事な刀が有った。

 いくよ。小さな呟き蹴り出す大地、潰れぬ花路を駆け抜け一気に踏み込む。
 高らかな金属音は一太刀受ける槍の柄、震えの少なさが拮抗状態を物語る。
「……っ」
 一方の顔に苦悶が浮かぶ。赤染めの手が痛み本来の力が出せずにいた。
 徐々に傾く優劣の果て、戦士が押し切り体制崩した女へ刃を振り下ろす。
「鬼蓮よ、舞いなさいな」
 窮地を救うは穏やかでも力強き喚び声だった。
 疾き者が取り出した武器は水草の花を咲かせ、一片々々剥がれ風を纏い往く。
 接戦に割り込む花嵐こそ義紘が仕掛ける四天境地・風が術。
「これは『鬼』である私が、至った場所」
 速く疾く、この場に居る何より早く。
 神秘的な花弁の軍勢を戦士が振り払う頃には蛍嘉が離れ十分な間合いを確保する。
 連携が存分に取れている事を確認し、兄は静かに笑みを深めた。
「これなら、利き手が病でも関係ないですしー」
 痛みが戦意に影響するかは論外だ。そんな事で二人の絆も攻勢も何一つ揺るがない。
 大地に藤、空に鬼蓮。花満る戦場で剣戟舞い躍る。赤霧に彩られた此処は天獄か。
 何度目かの金属音と衝撃を受け一旦兄の元まで退く妹は少しだけ息が上がっていた。
「すみませんね、蛍嘉。直接攻撃担当させて」
「ふふ、気にしなくていいさ」
 だってこんなにも後ろが心強い。罪とする程想った相手が今こうして傍に居るなら。
 痛みも、困難も乗り越えて――何度だって戦える。

 しかしそれはそれとして、双子は揃って溜息零す。
「まあ、地面から来る刃は……避けるかね」
 実は先刻より相手方は新たな技を放っていた。
 美しい花園から無粋な刃を突き出して兄妹共に面倒な回避を強いられている。
「地面からの刃、厄介ですよねー」
 見切って避けるか……言いかけた所で気配を感じて同時に跳び躱す。
 強制的に戦闘再開もこのままでは些か分が悪い。現に無傷では済まなくなってきた。
 さてと思案したのは数秒のこと。
「ああ、強力な結界術施しましょう」
 今こそ勝負の時。疾き者は痛む手構わず印を組んだ。
 空気の変化を妖剣士は感じ取り、状況判断に距離を取った所へ影が飛び出す。
 しかし躱す事無く漆黒の刃は弾かれた。見覚えの有る防壁に蛍嘉は双眸を細くする。
(義紘、結界術してくれてるけど……!)
 意図は違わず。痛む手構わず蛍嘉は刀を握り込み、真っ直ぐ敵へ一直線。
 勿論刃が襲いかかるも信じる兄の護りが跳ね除ける。
 飛び込む懐、至近距離なら槍の刃は遠すぎる。ならば防御に動く敵の視界に花吹雪。
 飛び交う藤と鬼蓮乱舞は華美なる斬華。娃しき奔流に押され体制を崩した御敵へ。
 花嵐纏った一閃が放たれ世界を隔てる霧ごと斬り裂いた。

 幕引きの風が過去の残骸と罪過の赤を攫って彼方へ流れていく。
 やれやれと武器を収めて見送る二人の片腕からも、其れは剥がれて散っていった。
「私ね、母上を見たんですよ」
 暫しの穏やかな沈黙を破るは兄の方。ゆっくりと互いに顔を上げて見つめ合う。
「本来の母上なのか、想像上の母上なのかわかりませんけれど」
 それでも棺を開け出会えたあの姿を、確りと義紘は記憶に焼き付けていた。
 思い出を脳裏に映したまま眼前の輪郭と重ねてみる。
「よく似てましたよ、蛍嘉に」
 割と衝撃的な話をあっけらかんと言われ固まる様子を他所に義透はずっと楽しそう。
 髪色、ほぼそのままでしたし。付け足された言葉に漸く妹は我に返った。
「……うん、そっか」
 正直言えば少し羨ましい。でも兄が、義紘が逢えたと云うのなら。
 蛍嘉は穏やかな貌に戻って小さく一つ頷いた。
「ていうか、私に似てるなら、義紘にも似てるってことじゃないか」
 義紘の髪と目、それは『空の器』っていう意味の銀灰色だったけれど。
 思い浮かべる。……この場合髪色は父に似るのか、母に似るのか。
「どっちだったんだろうね」
 顔を見合わせ笑う顔は、何方も似た面影だった。

「で、蛍嘉は……?」
 帰り道の何気ない問いは内なる者達が何故か制止声上げるも既に遅く。
「私はね、生前の義紘だったさ」
 それだけでも衝撃なのに、妹の口から兄妹喧嘩してきた! と飛び出した。
 花咲くような笑顔も添えて。
「ああ、そうですかー……」
 複雑な兄の胸中はさておき、双人は仲良く荒野を後にした。

 死して尚、死んでも尚。咲かせる花は手向けに非ず。
 死に水等彼等には不要。その両手は、これからも共に在る未来を繋いでいく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ティル・レーヴェ
孵る姿は過日の如く
明かされし紫水晶
地に流れし天鵞絨
但し映すは赤霧に隠れた顔と槍

私はこの槍で
民達の後追うのかしら
役目終えたら
私もゆくと告げたのに
随分待たせてしまったわ
罪深い▼ね

迫る先端
痛みと終りを受け入れかけて
我に帰り続きを防ぐ

あゝ違うわ
この命絶たれども
民の元へは逝けないし
同じ朝で笑えない

赤に塗れど胸に宿る大切を
手繰る指まで赤かろうと
いずれ晴れると唱う儘
己へ向けた歌に音色に縋り
断罪者に抗い祓う

其れなのに
どうして赤が晴れないの?
“私”の顔は判るのに
大切なすべてが見えぬ儘

“私”で在らぬ事も罪?
此の先ずっと絶たれた儘?

あゝ
そんなのは耐えられない
どうか
”妾”で在る事を許して
夢でもいいから
――……かえして



●聖譚曲「はじまり」
 朽ちた処刑台に墜ちた雛鳥が捧げられていた。
 孵る姿は過日の如く、明かされし紫水晶。
 地に流れし白鳥の光沢が天鵞絨へ染まっていく。
 心と記憶の境界を越え、あの昏き都で生誕した奇跡の小鳥が目を覚ます。
 聖女様。そう呼ばれて。
 聖女様。皆が待ってる。
『彼』の教え通りに彼等を希望の夜明けへ誘わないと――但し。
 瞳映すは赤霧に隠れた顔と槍。霞む思考の中ティルは朧気だが現状を何とか認識する。
(私は、この槍で)
 素性判らぬ断罪人が向ける黒紫の切っ先は、華奢な躰等簡単に貫けるだろう。
 そうしたらこの命は己が嘗て謳った偽りの朝へ。民達の後を、追うのかしら。
 最後に私もゆくと告げたのに随分待たせてしまったわ……なんて、罪深い▼ね。
 迫る先端、もうすぐ彼等に又逢える。
 痛みと終りを受け入れかけて――ふと。動かぬか細い掌に。
 奇妙で優しい影の手が重なった、気がした。

 大きく見開かれる、歪み無きアメシスト。
 我に返る双眸に光を灯したのはチカチカ瞬く燈籠の煌めき。
 それは凶刃を防ぐオーラと成って凶行の続きに否を燈した。
「あゝ、違うわ」
 聖女は聖者へ意識を戻す。『彼の小鳥』では断罪の誘いに立ち向かえなかっただろう。
 けれど今は。『妾』である日々が、想いが有るから過去の真実と向き合える。
 蹌踉めく敵を視界の端にティルは体を起こした。
「例えこの命絶たれども、民の元へは逝けないし同じ朝で笑えない」
 夜明けは死出の先に無い事を今の彼女は知っている。
 鳥籠を擁した都から飛び出して、沢山の民ではない人々に少女は出会えた。
 彼等と外の世界が心身を成長させてくれたから。――そしてあなたも。
 赤に塗れど胸に宿る大切を、手繰る指まで赤かろうと。何れ晴れる、又触れ合える。
 その為の力を福音の蕾は内に宿している。意志が花咲いて、眼差し真直ぐ口を開いた。
「歌いて護ろう。この身は共に――」
 赤き常夜に、断罪の庭に春が訪れる。
 幼き声が紡ぐ詩へ神秘の音が重なった。奏でる度に加護が鈴生り祝福が数多に降注ぐ。
 喩え赤塗れた顔の人型が漆黒の刃を放ち花車な四肢を切りつけようとも。
 響き渡る春光華やかな唄が傷跡を瞬く間に消していく。
 造られた聖女だと、何も知らぬ小鳥であったとしても。
 確かに彼女は神聖に導かれ聖譚した『オラトリオ』なのだから。
 花が舞う。その身から放つ光が、背に生え髪に揺れる真白が紅き世を照らしていく。
 夜明けは彼女の裡にこそ。縋る音色は新しい季節を過去の異物に齎して。
 抗う花は断罪者を包み込み……淡く、祓われていった。

 まやかしは消失した。敵も斃した、其れなのに。
「……どうして赤が晴れないの?」
 何よりも先ず安心したくて思い浮かべた心の拠り所、『私』の顔は判るのに。
 大切なすべてが今も見えぬ儘。願いを籠めて、彼の人へ響かせた先にすら――まさか。
『私』在らぬ事も罪? 此の先ずっと……絶たれた、儘?
「あゝ」
 咲き誇った花が、陰る。己を抱く指先は震えていた。
 幾ら自身が光だとしても、総てを絶たれた独りの世界を照らすだけだなんて。
 そんなのは耐えられない。どうか、萎れゆく瞳が映す常夜の天へ手を伸ばした。
 お願い、『妾』で在る事を許して。夢でもいいから。
「――……かえして」

 いずれ雛鳥の病は癒えるだろう――だが。
 この物語は鮮明に成った『夢』から新たに始まる1小節に過ぎないのかもしれない。
 幾度目かの夜にあの昏き鳥籠が再び開かれるとしたら。
 待っているものは、罪か。それとも。

成功 🔵​🔵​🔴​

ライラック・エアルオウルズ
起きて、と揺り起こす
聲を聞いた気がして
《第六感/オーラ防御》
眸開けば、距離を取り

処刑台に、赤い貌は
聲の主による罪の証明
断罪の機を与えるもの
待望としたものだけど
ああ、今は、それよりも

――マーティン
僕を赦してくれるのか
それとも、あの姿さえも
都合の良い想像なのか

そんなことも、どうでもいいか

笑み、鞄から燈籠を手に
過去の友とは異なる存在
灯生む虚像の君を喚んで

敵の刃は恒に警戒して
炎壁で妨害と目眩まし
作る隙を狙い、刃放つ

友殺しを塗り潰すよう
友を得るのが罪であれ
貴方達の断罪とやらは
僕の幸福ではないんだ

僕が求めるのは贖罪
罪を赦されたいのでなく
友に赦されたいから

此処で断ちはせず
抱えるままに償うよ
――君に謝るまでは



●幻想曲「もういちど」
 起きて、と揺り起こす聲を聞いた気がする。
 また想像だろうか。……『また』?
 否定した時点で、彼の描く物語は紙屑になった。
 空想は無限の創造。夢幻の御噺は総てを書き手が決めていく。
 現実では死の概念に上書きは出来ない。ならば想見の世界はどうだろうか。
 もう一度信じることができるのなら。
 おきて。
 春をつれてきたよ。

 歌が聴こえた気がする。
 あれは、膝に頭を乗せて柔らかな眼差しと暖かな温もりを受け止めたワンシーン。
 眸開けば優しい――、が。
「……!」
 目覚めたライラックの視界に激しい衝突が描写されていた。
 黒紫の禍々しい切っ先が作家生命に終止符を打とうと迫りくる、けれど。
 展開されたオーラの護りは春を誘う花弁を纏い闇の刃を羽根退ける。
 其れが何かを読み取る前に、本能が働いて猟兵は危機から飛び出した。
 荒れ地に着地し眼鏡の位置を直しがてら横目で今まで居た場所を確認する。
 処刑台に、赤い貌。聲の主が提示した罪の証明が成されているのだろう。
 断罪の機を与えるものだ。待望としたものだけど――ああ、今は、それよりも。
「――マーティン」
 ごちゃごちゃだった記憶を本棚に戻し、今一度『罪』と記した名を呼んだ。
 僕を赦してくれるのか。それとも、あの姿さえも都合の良い想像なのか。
 小さな棺も、『友』ももういない。多分――でも。
「そんなことも、どうでもいいか」
 男は笑み、鞄から夜を飾る燈籠を取り出す。
 赤霧世界にチカチカ瞬く光を点し、過去の友とは異なる存在を照らし喚ぶ。
 灯生む虚像の君。やあ、今晩は。
 こんばんは。

 闇の戦士が飛び出した。さて今度は鬼ごっこかな。敵の刃は恒に警戒しよう。
 それより何故か今夜の宵影友人が大変活発だ。どうしたのかな、もしかして。
 心配してくれたのかい? まさか。まるで二人分位の怒りよう。
 今宵は本当に不思議な日だ。ああ、ちゃんと回避はしているよ出来得る限り。
 棺を捲って逢えた『友』と理不尽な迷夢からの逃走、病の果ての断罪に抗うか。
 題材にしたら何頁の旅に行けるかなと思い浮かべ、また可笑しくなった。
 マーティン、僕はやっぱり作家みたいだ。
 罪過と悩み裁かれるのも望んだと云う事は、裏を返せば諦めていない証拠にもなる。
 刃振り回す執行人、首を刎ねたいのかいでも御生憎様。確かに裁判は敗けたけどね。
 友殺しを塗り潰すよう、友を得るのが罪であれ。
「貴方達の断罪とやらは僕の幸福ではないんだ」
 僕が求めるのは贖罪。罪を赦されたいのでなく、友に赦されたいから。
 しつこく纏わり付く漆黒の刃に傷付いても、赤が記憶を侵食しても。
 また、あいたいな。
「夜が訪れ、貴方は訪ねる」
 合図を読み上げ、友に燈籠を掲げてみせる。
 灯火が溢れ炎壁に。立ち塞がる熱で通せんぼ。断罪者から僕も友人も隠したら。
「もう、いいかい」
 もういいよ。
 影らしく背後から宵色のナイフを突き刺した。

 へんてこな景色が病と一緒に霧散していく。影上の友人も何時の間にか。
 想い出の記憶も鮮やかに晴れていき、失くしたくなかった顔を浮かべて安堵する。
 そうして――少しだけ、眉尻を下げて小さく笑った。
「罪としてしまったけれども、僕は此処で断ちはせず抱えるままに償うよ」
 最後にライラックは想像しました。いつか再会出来るその場面を。
 恨んでいるという空想を越えて――君に謝るまでは。
 親愛なる友へ。幻想譚を、何度でも。

 燈籠が帰り道を照らしている。
 灯が生む作家の影に、小さな影が寄り添っていました。

成功 🔵​🔵​🔴​

宮前・紅
蒼くん(f04968)と

此処は……っ!

処刑台の後ろ、彼が横たわっているのが見えた
顔の塗りつぶされた男が立っているのに気付き
庇うように向けられた切っ先をコンツェシュで弾く

ねぇ、こんな所で寝てたら死ぬよ
蒼くん

彼からは目を逸らしたまま、男を見やる
罪人だか何だかは知らないけど君が偽善者だって事はよく解った

あは、俺そういう奴大っ嫌いなんだよね

空の器に他ならない唯の死人に用もないし
終いにしようか
…中々に面白い見世物だったよ

相手の攻撃は人形でガード
UCの遠隔操作で敵を捌き穿つ


これって…皮肉?
はは、随分と酷い置土産だね

彼も何か思う所があるみたいだけれど
俺は、未だ
彼の罪を聞く勇気も、自分の罪を話す勇気も

ない


戎崎・蒼
紅(f04970)と

いつの間にか横たえていたその場所は、硬質で冷たい処刑台
…、これ、は
常の状態であったなら避けられた攻撃
鉛のように重く息苦しい身体ではそれは難しいようで
衝撃に備え思わず目を瞑った

けれど構えていた衝撃は来ることはなく、変わりに聞こえてきたのは…憎いぐらいに聞き飽きた彼奴の声

庇うように向けられた背に音にならない程度の感謝を
…お前は其れを真っ直ぐに受け取ってはくれないだろうから

そして裁かれるべき相手へ鉄槌の変わりにUCで攻撃
影が軈て、総てを終わらせる筈


土産と言うには少し残酷だな
……嗚呼、本当に息苦しい
僕達は罪に背を向けてきた
そのツケが廻ってきたんだろう
なあ、そうだろ、紅



●紫が二色を分かつとも
 ff0000+0000ff=800080
 そんな単純な問と答で、済むものか。

 晴天の常夜、雨は止んだ。けれど紅が訪れた所はまた嫌な赤が漂っている。
「此処は……っ!」
 気付く処刑台の後ろ、彼が横たわっているのが見えた。
 霧が邪魔だが間違いない。あれは紛い物じゃない、本物の蒼くんだ。
 何故かなんて理由は今更過ぎて――すぐに意識が別へと移る。
 顔の塗りつぶされた男が立っているのに気付いた。誰だと巡らせた思考は数秒。
 同行者に向けられた切っ先を認識した時にはもう駆け出していた。

 うっすら眼を開けていく。埋葬された筈なのに視界は極端でも何故か色付いて。
 いつの間にか横たえていたその場所は、硬質で冷たい処刑台の上だった。
「……、これ、は」
 再起動中の思考で蒼は視線を巡らせ……凶器に気付く。
 常の状態であったなら避けられたその攻撃を、黒き双眸はぼんやりと眺めていた。
 対応しようにも鉛のように重く息苦しい身体でそれは難しい様子。
 何より、心が未だ『罪』と居た光景を引き摺っていた。
『君』の苦しさは晴れただろうか。答えの無い問いを一つ、彼方に投げて。
 衝撃に備え思わず目を瞑った。声無きモノに期待したって、どうせ――。
「ねぇ、こんな所で寝てたら死ぬよ」
 見当違いな返事が有った。

 次に響いたけたたましい金属音。反射的に見開いた視界を過る紅い宝石の軌跡。
 ああ死ぬ前に見る夢の類か、けれど構えていた衝撃は来ることはなく。
 変わりに聞こえてきたのは……憎いぐらいに聞き飽きた彼奴の声だった。
 偽りの断罪で貫こうとする槍先をコンツェシュで弾き、遮るように立つ後ろ姿。
 其処でやっと、紅に庇われた事を認識する。
「罪人だか何だかは知らないけど君が偽善者だって事はよく解った」
 上半身を起こす蒼を見る事も無く白と紅を纏う華奢な輪郭が敵を見やる。
 投げつけた科白は本心と、時間稼ぎか。何方にせよ――剣を構え直し肩を揺らす。
「あは、俺そういう奴大っ嫌いなんだよね」
 背後からでもその顔がどんな薄い笑いをしているのかよく理解できた。
 出来たからこそ憎たらしい、けれど。……真黒の視線を堪らず伏せる。
「――」
 庇うように向けられた背に音にならない程度の感謝を。
 反応はなく、変わりに無言で動かない時間が数秒。そうだろう、そうだろうな。
(……お前は其れを真っ直ぐに受け取ってはくれないだろうから)
 交ざらない。けれど、相手には届く。それで今迄良かった筈だ。
 漆黒の髪を揺らして頭を振る。息苦しさも未だ健在だが問題ない。
 支えもなく立ち上がった時点で、同行者は矢張り見向きもせずに動き出す。

 細剣の敵意は向けたまま人形遣いは空く手で虚空を奏でてみせた。
 同時にオブリビオンの凶刃が巨大な斬首武具と化して振り下ろされる。
 平等に総てを断つ一撃は戦場傭兵達を刈り取るか――否。
 伸ばされる3対の腕、獲物を映す精巧な3体の眼、行動で散らばる銀白色の髪束。
 宮前が受け継ぎし華麗なる三姉妹が主達を無礼な暴力から防ぎきる。
「空の器に他ならない唯の死人に用もないし」
 齢14程の外見に合わぬ調子で告げ、徐に握り締めていた剣から手を離す。
 繋がり失くした武器は木板に刺さる事無く宙に留まり続け、やがて動き出した。
「終いにしようか」
 美しき三姉妹と一振りの刃が躍り出る。敵を翻弄し攻撃を繰り出す様は踊るよう。
 二重、三重と襲いくる衝撃を受けても尚立ち向かい攻勢を緩めない……が。
 舞踏の激しさに少々舞台がついて行けないようだ。軋む音が耳に障る。
「蒼くん」
 無駄を省いた一言を今更何と問い返す程、互いの境界に反発力は無く。
「嗚呼」
 戦況の判断は迅速に。沈む泥船に残るのは真っ平と揃って処刑台を飛び出した。
 ワンテンポ遅れて叛逆の災禍達も一旦戻り――嫌な気配だ。足元か?
 身構えと刃の出現はほぼ同時、流石は戦場を幾度も経験した猟兵達か。
 不意打ちの漆黒を重症にせず多少の流血に留める。しぶとい敵だ。
 体制を立て直し顔を上げた鈍色の双眸が刹那、見開かれる。
 崩れた処刑台から飛び出す断罪者。差し向ける黒紫の刃が、来
「マナー違反は厳禁だ」
 紅の目先数センチで槍が止まる。闇の戦士を繋ぎ止めるのは、無数に掴む影の腕。
 別方向から歩み寄る咎人殺しが静かに囚われた標的を見据えた。
 裁かれるべき相手へ鉄槌の変わりは幾数もの手が担う。その総てが蒼の影に帰す。
 直結する術は飢えているようだ。規則正しく与えねばならない。
 人の子らの血肉代わりに柘榴を一つ。内包するものにその分の智力を一つ。さあ。
「晩餐会といこうか」
 暴れても、藻掻いても喰らいつく手から逃れられない。数は未だ増え続ける。
 ならば槍を術者に、投げる体制の手首は本物と見紛う綺麗な人型の手が遮った。
 三体の彼女達にも抑えられ、拘束された勇者の前で灰髪が揺れる。
「……中々に面白い見世物だったよ」
 けれどもう飽きた。うんざりだ。顔に隠さず感情を出し、顔の見えぬ男を仰ぐ。
 動かぬ獲物を捌く等呆気ないものはない。細剣は違わず急所を穿ってみせた。
 後は崩れ落ちる過去の遺物をディナーに。
 影が軈て、総てを終わらせる迄――二人は黙って見届けた。

 何てことはない。結局互いに、どう切り出すか探っていただけで。
 霧が晴れようが敵の影も形も視えなくなろうが少しの間沈黙は続いた。
 その御蔭か、持て余した時間が一つの懸念を確信に変えていく。
 切掛は蒼の咳き込む音からだった。矢張り吐き出す息が赤い。
 漸く彼へと向けた紅の視界も、蒼くん以外の有象無象が一部塗り潰された儘だ。
「これって……皮肉?」
 投げかけた方も、受け取った方も共に温度は違うが似た表情をしていた。
 それを皮切りにほんの少しだけ糸が緩む。
「土産と言うには少し残酷だな」
 悪態をつく。……嗚呼、本当に息苦しい。
 僕達は罪に背を向けてきた。恐らくそのツケが廻ってきたんだろう。
 忘れるなと、向き合えとでも云うのだろうか。
 処理せず溜め込み続けたものが凝縮され、病に成長し花開いたと謂うのなら。
 摘み取らねばこの命すら養分にしてしまうのかもしれない。
 青天の霹靂だ。なんて、戯けた所で状況は変わらない。僕達の、関係も。
 なあ、そうだろ。
「紅」
 問う色に、応える色が口開く。
「はは、随分と酷い置土産だね」
 無駄を省いた一言は、違わず届いた筈なのに。答えは単純な方からだった。
 僅か目を細めたのは鮮明に映る輪郭が眩しいのか、それとも逸らしたかったのか。
 目線は合うのに混ざることの無い二色、けれど隣りに居る相手。それが現状だ。
 彼も何か思う所があるみたいだけれど。本能が赤き警告を脳裏にちらつかせる。
 もうこれ以上は。俺は、未だ。
(彼の罪を聞く勇気も)
 自分の罪を話す勇気も――ない。

 没し、沈めたのはどの色だったのか。
 偽りの『罪』(あいて)が創り出した病は何れ散って逝くだろう。
 けれど互いの真意は今でも棺の中に収まり心の底に埋まり続けている。
 その『鍵』を互いが持っている事も、知らないまま。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

マナセ・ブランチフラワー
救世主たろうとする者は、皆お節介なのですね。
いえ、僕も人のことを言えない自覚はありますけれど。

痛む肺に息を吸って、強く一歩を踏み出す。

かつてのあなたがたの志は、きっと素晴らしいものだったのでしょう。
でも、今はそれも歪んでしまっている。
だから僕は、猟兵としてあなたがたを倒します。

金の杖を構え、エレメンタル・ファンタジア。炎の嵐を呼んでの攻撃。
【全力魔法】を使用して、敵も、処刑台も、霧と雷さえも焼き尽くすように。

あれは、確かに僕の罪。そして確かな僕のはじまり。
思い出させてくださったことには感謝しましょう。

……僕は、今は結構幸せですから。
まあ、大丈夫っていうことです。

(アドリブ歓迎です)



●浄火の祈
 白を纏う半魔は終いの地に辿り着く。
 対峙する過去の勇者が刺激する脳髄への言葉を、マナセは始め大人しく受け入れて。
 それから、少しだけ気の抜けた顔をした。
「救世主たろうとする者は、皆お節介なのですね」
 素直な感想を吐露する。伝わらないだろうけれども、思わずといった雰囲気で。
 言って今度は小さく笑う。心当たりを理解した聖者は一度目を閉じてから顔を上げた。
「いえ、僕も人のことを言えない自覚はありますけれど」
 これが親近感とやらなのか。けれども両者は絶対的に解り合えない違いが有る。
 今も未来へ進める者か、もう過去にしか存在できない者か。すべき事は唯一つ。
 痛む肺に息を吸って、強く一歩を踏み出す。
 猟兵とオブリビオンは武器を構えた。

 再び、マナセを偽りの故郷へ誘った赤い霧が囲い込む。
 不穏な遠雷の音も聴こえるが、気にせず真っ直ぐ相手を見つめた。
「かつてのあなたがたの志は、きっと素晴らしいものだったのでしょう」
 でも今はそれも歪んでしまっている。……けれど、あれを。
 あんな状態に成り下がった存在を敵と切り捨てるにだって割り切れぬものがあった。
 憎むべき仇の子を、それでも我が子と愛してくれた人の記憶が脳裏に浮かぶ。
 総てを悪と判別するにはあまりに世界は、生命の心は複雑過ぎた。
 自身の腹から生まれた忌み子はきっと純粋無垢に母を見上げたのだろう。
 降り積もる感情に芯が冷えようと、彼女は息子を受け入れ暖かく包む道を選んだ。
 彼等も、きっと。……母が苦しんでも貫き通した想いは、確かに受け継がれている。
 苦しむ誰かを救うと謂う、聖者の信念と成って。
「だから僕は、猟兵としてあなたがたを倒します」
 青年は今も己がすべき事を自らの意志で選び続ける。

 闇の戦士へ向けた静かな熱意は手にした長杖へ伝わっていく。
 金の輝きが仄かを越え、魔力を焚べた炎を喚び起こす。
 徐々に巻き起こる天変地異を予感した敵が先に動き槍を振り上げた。
 赤空から黒紫の刃先へ落ちる豪雷は人型を通し荒れ地に広がる。
 次の瞬間、それは地面から漆黒の刃を生み出しマナセに襲いかかった。
「くっ……」
 多少は覚悟したが、流石に息苦しさも相まってかダメージは大きい。
 それでも耐え抜いた。全力の魔法を込め終えた燃え盛る金杖を振り翳す。
 輝く炎が渦を巻き、刃も霧も巻き込んで天を貫く柱と成った。
 そして……ひとつ、天から小さな光が落ちてくる。
 敵が其れを火と認識する頃には空から数多の煌きとなって舞い落ちた。
 光熱の雪がまやかしの空間に降り注ぎ、風を伴い瞬く間に吹き荒れる嵐と化す。
「あれは、確かに僕の罪。そして確かな僕のはじまり」
 聖者が齎す輝く吹雪の中で、告げる言葉は宣言と――あと一つ。
『罪』だとしても、もう一度逢えた。心から、祈り願えた。
「思い出させてくださったことには感謝しましょう」
 今彼が持てる総てを以て、偽りの罪過も狂った断罪も彼等の魂ごと火葬する。
 過去の遺物は、残さず焼却された。

 再び訪れる晴れ空の常夜を見上げる顔はもう苦しいものではなかった。
 病の焼失を全ての終わりと認識し、マナセは赤くない安堵の息を吐く。
「……僕は、今は結構幸せですから」
 見つめる視線は罪か、それとも何処かで同じ空を見上げる人へだろうか。
 思い浮かべる姿にそっと呟いた。
「まあ、大丈夫っていうことです」
 僕は、これからも僕として生きていきます。
 世界の片隅で、貴女の心が穏やかでありますようにと一人の子は祈りを捧げた。

成功 🔵​🔵​🔴​

マリアドール・シュシュ
【希蕾】▼

処刑台に横たわった儘気を失う
二章でのベリアの言葉が頭の中を占め

(そうではないの
マリアは…確かにあなたに押し付けてしまったわ
そうしなければ
マリアの心は耐えられなかったから
けれど
今はもう違う
ちゃんと、いるわ
ここに)

罅割れた体が重く
霞架が護った攻撃で目を覚ます

…霞架
やっぱりあなたは
いつだって、マリアを助けてくれるわ
救われっぱなしで
(マリアと同じ光景を見てないにしても
霞架だって恐らく何かしらの傷を負っている筈なのに…)

駄目よ、霞架…!
囚われないでっ

霞架に手を伸ばし抱擁
絞り出した聲で癒しの詩(うた)を
UC使用
黒刃を打ち消す光で打ち砕く

癒えない痛み
増す辛さ
これがマリアの罪なら
甘んじて受け入れるわ


斬崎・霞架
【希蕾】
絶◇

あれが今回の黒幕か
相変わらず霧の影響で顔は見えないが…
処刑台にもう一人…?マリアさん?

…敵の罠である可能性はある
冷静になるべきだ
…だがッ
(刻死を展開、UCを発動、間に割り込み槍を受け止める)

身体に罅…このマリアさんは、本当の…
自分とは状況が違うと言う事は、耐えられない程の何かを見せられた…?

……聞こえますか、マリアさん
大丈夫です。どんなに辛くとも、苦しくとも
僕はここに…傍に居ますよ
(罅割れた身体を労わるように撫で)

(黒い雷に相対するように赤い雷を迸らせ)
お前が誰であろうと、目的が何であろうと、どうでもいい
正義も、悪も、どうでもいい
…彼女を傷つけたお前は、必ず、此処で、殺すッ!!



●開花の時
 処刑台に飾られた華水晶は『罪』が創り出す闇に囚われていた。
 身体を丸めて横たわり気を失う姿は脆く、儚くて。
 埋められた意識の底で絶望の華から贈られた言葉が彼女の脳髄を占めていた。
 そうではないのと想い寄せても、木霊する否定の音色。
(マリアは……確かにあなたに押し付けてしまったわ)
 そうしなければ、心は耐えられなかったから。
 あの日総てを失った瞬間の苦しみは幼い少女が受けるには余りにも重過ぎて。
 圧し潰され心身全てが砕け散ってしまうのを防ぐ術がそれしか無かった。
 けれど、今はもう違う。昏き絶望の中でも、ほんの僅かでも……その身は煌き続ける。
(ちゃんと、いるわ。ここに)
 華と冥。希望も絶望も水晶の躰に宿してマリアドールは花咲く時を待ち望む。
 かすかな奇跡が、訪れる迄。

 常夜に、一片の鮮やかな花弁が流れ行く。
 無意識に掴む輝石に近い感触。その輝きは霞架の掌で淡く散っていった。
 胸騒ぎを感じ視線を風向の先、処刑台へ戻し僅かに眉を顰める。
 禍々しき槍を携える何者かが立っていた。
(あれが今回の黒幕か)
 相変わらず霧の影響で顔は見えないが、ふと違和感を覚え敵の足元を注視する。
(処刑台にもう一人……?)
 誰か居る、あれは――星空を内包した鮮やかな銀糸がきらきら瞬いた。
 理解した瞬間違和感が懸念に変わり、即座に負の予感を確定させる。
「マリアさん?」
 声に出した茫然は一瞬の事。その双眸に鋭さが灯り感情にも火が点いた。
 禍々しい呪いが込められた黒い手を握り締める。
(敵の罠である可能性はある)
 冷静になるべきだと理性が本能を抑え込む。
 現状は赫が邪魔をし未確認の情報が多い。かの姿が本物かどうかも、判らない。
「……だがッ」
 止まる筈等無い。彼女が、彼にとっての光が其処に。その僅かな事実だけで事足りた。
 燃え盛る感情に呼応し異形の手甲が蠢き、纏う赤の雷光が感覚を研ぎ澄ませる。
 凶器を振り上げた推定黒幕の一撃へ、閃光の速さで割り込み刻死の腕を突き出した。
『爪』と化した巨大な武装、鋭利な爪と鱗の盾が断罪の矛先を受け止める。
 激しい金属音が鳴り響いた。

 微睡みの中で、マリアドールは罪過と違う音を認識する。
 自分を呼ぶ誰かの声。それは花が待ち望んだ水か、蕾が焦がれた陽なのか。
 応えたい、けれど罅割れた体が重く動けない。
 赤霧と冥水晶に染められた身が目覚めを拒む。
 でも、いかないと。大丈夫よ。
 あなたも一緒に行きましょう。
 伸ばした手に、誰かの手が重なって――。
「マリアさん!」
 手を掴む力強さに眼が開く。現実は依然赤き霧が囲む敵地ではあったものの。
 姫君を護り救い出した者は確かに待ち望んだひとだった。
 感動も返事も伝える前に彼の胸に迎えられ、そのまま抱き上げられる。
 俊足が処刑台から飛び出したすぐ後に二人が居た場所へ空から衝撃が突き刺さった。
 長い轍を描いて着地した黒騎士はその腕に華水晶を確り抱きながらも膝を付く。
 攻撃は避けたが余波は受けたか。それでも霞架は我が身より少女を気にかけた。
(身体に罅……このマリアさんは、本当の……)
 常見かける透き通る程の白肌に、相応しくない赤と亀裂が広がっている。
(自分とは状況が違うと言う事は、耐えられない程の何かを見せられた……?)
 考察するも判断するには乏しい状況だ。何より、肝心な彼女の顔が伺えない。
 此処に居るのに。眼の前なのに。あどけなく咲ってくれる貌は赤霧の向こうに霞む。
 思わず顰めた青年の顔へ、罅入りの手がゆっくりと添えられた。
「……霞架」
 確かに聞こえた声に、光が心を照らしていくのを感じとる。
「やっぱりあなたは……いつだって、マリアを助けてくれるわ」
 込上げる感情が喉を圧迫し上手く返事を伝えられない。
 代わりに抱き締める力を強くしたくても、罅入りの躰を壊してしまいそうで。
 反応を躊躇する僅かな心苦しさを――画く顔彩を、蜜華の晶は心底より気遣う。
 やっと逢えた、助けに来てくれた彼の人は少し様子がおかしい。
 触れ合っているのに、こんなに距離が近いのに……金の視線が重ならない。
(マリアと同じ光景を見てないにしても)
 此処で再会できたという事は、彼も多分あの『墓』を見てきた筈だ。
 常日頃見せてくれる穏やかな微笑みの向こうにある、その罪過を。
(霞架だって恐らく何かしらの傷を負っている筈なのに……)
 微塵も表情に出さず、心配すらしてくれる強い人。いつだって、支えてくれる。
「救われっぱなしで」
 無意識に零した言の葉は、助けられる者の僅かな弱気。
 聲はちゃんと届くのか微かに双眸を開かせた相手が……柔らかく、笑う。
「……聞こえますか、マリアさん」
 一生懸命、目線を合わせようと覗き込んでくる。
 痛みと言葉では言い表せない気持ちに胸が詰まる身を、優しく包み込んで。
「大丈夫です。どんなに辛くとも、苦しくとも」
 僕はここに……傍に居ますよ。
 軋む身体を労るように、そっと暖かな手が撫でてくれた。

 ここで、待っていて下さい。
 それだけ告げた青年は少女を丁寧に下ろして立ち上がった。
 離れる寸前、マリアドールは彼の怒りを感じ取る。
 改めて此方へ来る敵に向ける霞架の眼差しは鋭き業火を湛えていた。
「お前が誰であろうと、目的が何であろうと、どうでもいい」
 目の前が、霧ではない感情で赤く染め上がる。
 激情は正しく手甲へ伝達し呪いの力を増幅させていく。
 正義も、悪も、どうでもいい。最早奴を葬る理由は、たった一つだ。
「……彼女を傷つけたお前は、必ず、此処で、殺すッ!!」
 御し難い暴虐と共に咆える半魔が地を蹴った。僅か、背後の白い指先届かずに。
 迎え撃つ断罪者と激しく衝突し、黒い雷へ相対するように赤い雷を迸らせる。
「駄目よ、霞架……!」
 華の声も届かずぶつかり合う二色の轟音。分は猟兵が上か。否。
 彼は気付いていない。すぐ近くの地面から生成される漆黒の刃を。
 居ても立っても居られなくて、痛む身体を無視して華水晶は飛び込んだ。
「囚われないでっ」
 夢中で大切な人を抱擁し、絞り出した聲で詩う。
 少しでもその心を癒やしたくて――歌声は茉莉花の雨を、水晶の花弁を創り出す。
 それは黒刃を打ち消す光を降らせ次々と打ち砕いていく。
「──さぁ、マリアに見せて頂戴?」
 問いかけに応えたのは冷静さを取り戻した黒騎士の一手。
「喰らい尽くしなさい、呪われし赤。奪い尽くしなさい、無慈悲な雷」
 星芒の眸に見守られ、花弁伴う赤雷が断罪者を貫き総てを呑み込んだ。

 まやかしの罪が消え失せ、霞架の視界も晴れていく。
 これで漸く。改めてふらつく少女を抱き留め視線を合わせた。
 記憶と違わぬ華のかんばせは――しかし、苦悶に満ちている。
『罪』は未だマリアドールを蝕み、罅割れた肌を覆っていた。
 何故。戸惑う青年に華水晶は増す辛さ構わず微笑みかける。
「これがマリアの罪なら……甘んじて受け入れるわ」

 病が癒えても、儚き余韻を残そうとも。罪は彼等の裡に在り続ける。
 それでも前を向いて。帰ろうと告げる少女を青年は優しく、抱き締めた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――誰が裁いてくれと頼んだ?

赤く塗り潰された視界
呪詛が視覚を阻害するのに似た、懐かしい感覚
だがそれが何だ

私を真に裁けるのは
一度は火を呑み
二度目はこの黒槍に貫かれ
三度、土に埋められた姉さんだけだ
――そうだろ?

姉さんの呪詛焔で全てを焼き滅ぼしてくれる
己の幸福を捨てたと言うが、ならばこの世の苦痛の全てを背負う覚悟もあるのであろうな?
身も心も焼け果てるが良い
焼けるにおいは鋭敏な嗅覚によく届くが
貴様らの苦悶の表情が見えないのだけが残念だ

この焔よりも盛る熱があるのなら
私を燃やしてみれば良いさ
地獄の底にすら辿り着けない灰にしてみせろ

元より赦されることなど望んじゃいない
紛いの救済など、私には届かんよ



●Re:flect Dear
 ひとりの竜が処刑台に辿り着いた。此処に至る道程終始、言葉無く。
 顔の判別できぬ断罪者とやらの話も無表情で一通り聞き終えて。
 ニルズヘッグは、口を開いた。
「――誰が裁いてくれと頼んだ?」
 地よりも深き底から這い出る音が大気を畏怖させる。
 此処に居るのは『罪』宛に穏やかな言葉を返していた素直な竜もどきではない。
 黒き結膜の眼球に灯る火が燐の如き花を弾いた。

 再度周囲を覆う霧に、赤く塗り潰された視界。
 所々の表示を否定する病は呪詛が視覚を阻害するのに似た、懐かしい感覚。
 だがそれが何だ?
「私を真に裁けるのは」
 一歩、男は踏み出した。
 燃え盛る片側の彩。吹き出すのは、心底より湧き上がる静かな激情か。
「一度は火を呑み、二度目はこの黒槍に貫かれ」
 炎に誘われ、竜人の肩に黒い蛇竜が顔を出す。忠義の赤眼が獲物の黒紫を捉え睨んだ。
「三度、土に埋められた姉さんだけだ」
 そして玩具製のよりしろから、何より鮮烈な白が吹き上がる。
 しろがねの呪詛は灰燼色の忌み子を包み、やがて一対の……真白な翼を現世に広げた。
「――そうだろ?」
 弟に喚ばれ、寄り添い顕現せし蜜事(ユグドラ)の姫君。
 白花冠し鮮明に判るその輪郭。どうやら今宵の機嫌は良さそうだ。

『姉さん』を見せた礼を、姉さんに頼み実行する。
 愚か者が創りし霧に、見飽きた赤へ。透き通る程しろく華奢な腕が伸びていく。
「姉さんの呪詛焔で全てを焼き滅ぼしてくれる」
 絶対なる宣言が戦いの合図と闇の戦士が駆け出し先を仕掛ける。
 迫る凶刃、されどかの一撃は双竜へ届く前に白きレディが操る術に襲われた。
 紫の瞳が導く呪詛は槍振り回そうとも尚燃え上がる。
 当然だ。それしきの足掻きで姉さんの呪いは消えやしない。
「己の幸福を捨てたと言うが、ならばこの世の苦痛の全てを背負う覚悟もあるのであろうな?」
 この伐竜ひとりの罪過すら度し難く、更にこの身は数多の呪詛を集めてきた。
 其れが何を意味するのか、解ると云うのか。識らぬなら教えてやろう。
「身も心も焼け果てるが良い」
 無慈悲な宣告が焚べられ過去の異物ごと偽りの空間を焼き払う。
 品のない赤も、大事な想い出を踏み躙る幻覚も総てしろがねで塗り潰し返す。
「焼けるにおいは鋭敏な嗅覚によく届くが――」
 貴様らの苦悶の表情が見えないのだけが残念だ。
 そう、続けた言葉を喉から出し終えた瞬間色違いの双眸が見開かれる。
 瞬時に姉と蛇竜を抱える事には成功した。だが逃げるには一足襲い。
「……っ」
 地面から生えた漆黒の刃が全身を切り付ける。腐っても戦士、一矢報いたか。
 滴る赫を尻目にニルズヘッグは薄く嗤ってやった。
 譲れないものは己とて。喩え自身が幾ら血を流そうと、腕の中は護り切る。
 それに……これしきの断罪で、足りるものか。
「この焔よりも盛る熱があるのなら、私を燃やしてみれば良いさ」
 地獄の底にすら辿り着けない灰にしてみせろ、過ぎた残骸に出来るものなら。
 けれど相手はもう燃え尽きる寸前だ。だが、それでいい。
 元より赦されることなど望んじゃいない。
「紛いの救済など、私には届かんよ」
 呪詛に呑まれ消滅していく断罪者を、二人と一匹が彩無く見据えた。

 まやかしと病が焼失しても片割れは隣に居て、鮮やかな白を纏い声なく笑っている。
 その笑顔を私はこれからも反射し、おまえが生きた証を反映していく。
 其れが永遠に遺る罪だとしても。
「帰ろう、姉さん」
 白詰草を裡に咲かせた竜は往く。彼の、居場所へと。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルーシー・ブルーベル


ブルーベルは見えない
あなたはもういない
名前も結局呼ばれずに

此処で終わるべきなのかも
青花なんて世界にちっとも必要じゃない
むしろ枯れた方がきっといい
あの人との約束がこれしかないから手放せないだけ

迫り来る執行も
どうでも良い

蒼と月の蝶が顔の回りを飛ぶ
ルー、クー
うるさいな
静かにして
押し退けようと手をあげれば
走る方の痛み

……おせっかいね
あのままなら心臓に届いていたのに
けれど、そうね
彼らの方がもっと余計なお節介
言ったでしょう
易く裁ける罪ではない

流れる血で小刀を
足でも何でも
一太刀いれればそれで良いの
退け
頭が高いわ

あれ?
くるしい
くるしい
どうして?まだ

ああ、どうしよう
どうして?いやだ



帰りたい
まだいきたいって
思っ



●BLOOM *
 真っ暗だ。常夜だってもう少し彩があるのに。
 共に葬られた手向けの花すら気配無く。唯硬い床の感触が肌に在るのみ。
 ブルーベルは見えない。あなたはもういない……名前も結局、呼ばれずに。
(此処で終わるべきなのかも)
 所在無く眠る小さな種が悲蒼の雨にうたれて沈む。
 此処がオブリビオンの罠である事なんて、些末なことだった。
 青花なんて世界にちっとも必要じゃない、むしろ枯れたほうがきっといい。
 あの人との約束がこれしかないから手放せないだけ。それだけの為に。
 幼いこころが濡れている。降注ぐのは……本当に雨?
 遠くで足音が聞こえる。違う、お父様の音はあれじゃない。
 わたしはずっと見ていた。あなたの事を、知ろうとした。
 あなたの娘であろうとした。在りたかった。
 音が止まる。降り積もる無意味な言葉が現状をゆるやかに認識させる。
 断罪されるらしい。なら此処で、ブルーベル家はおしまいかしら。
 そうしない為に生きてきたのに。でも、もう。
(迫り来る執行も、どうでも良い)
 或いはまやかしに罰せられた先で、もう一度――あの人達に。

 瞼裏の昏き世界に蒼と月の光が入り込む。
 それは優しく少女の近くを巡り、遠くなったと思えば激しく舞い輝いた。
 この煌めき達に覚えは有る。いつも側にいてくれるあの子達。
「ルー、クー」
 名を呼ぶ声が、少々不機嫌に掠れたのは許して欲しい。
 もう眠りたいの。うるさいな、静かにして。
 押し退けようと手をあげれば……走る方の痛み。
「――」
 **は目を覚ました。……違う。
 彼女は今でも、ルーシーだ。

 二色の蝶々が見開く視界で乱れ飛んでいる。
 二頭は少女を害する存在の周りをわざと舞い、視覚を晦ます光を散らした。
 振り払おうと振り回す槍先に紅の雫、確認した己の掌に赤い傷。
「……おせっかいね」
 断罪者は狙ったのだろう、だが邪魔された。あのままなら心臓に届いていたのに。
 けれど、そうね。彼らの方がもっと余計なお節介。
 半魔の少女は起き上がる。苦しくても、痛くても……血塗れの手を握り締めた。
「言ったでしょう」
 敵は未だ気付かない。尊き血液より瑠璃色の小刀を創り近付く小さな存在を。
 淡く燦めく幽世灯の影に、常夜の牙が喰らいつく。
「易く裁ける罪ではない」
 与えたのは僅かな切疵。漸く振り向く戦士が諸共断とうと巨大な槍で薙ぎ払う。
 大振りの攻撃は冷静に回避、死なない程度に。後はいいや。
 逃げ回る鬼ごっこはすぐに終わった。一太刀入れば後は勝手に内から崩壊していく。
 分解され朽ちてゆく無礼者を、ブルーベル家の後継者は冷ややかに眺めた。
 罪を食べ、罰を飲み干せたとしても。
「退け、頭が高いわ」
 それでもまた、*は咲く。気高き蒼彩鮮やかに。

 赤霧と共に敵は霧散していった。
 蝶々達は壊れかけの処刑台に立つ少女の周りを飛んでいる。
 けれど――二頭に声をかける余裕は無かった。
「あれ……?」
 くるしい。何故。常夜に戻った、まやかしは消えた。でもくるしい。息が赤い。
 どうして? まだ、病が癒えないの?
 手が震える。精一杯冷静であろうとした精神が、もう限界だった。
 ああ、どうしよう。どうして? いやだ。本当はこんな所で、散りたくない。
 帰りたい、ルーシー(わたし)を呼んでくれる人達の所へ。
 取り乱す心が足先に伝わる。惑う歩みが、不安定な箇所へ向かう。
 いやよ、いや。
 まだいきたいって、思っ

 一瞬の閃光。幼き猟兵の後を蝶達は追い転送されていく。
 崩落した木床の底で、蒼花が一輪咲いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

サフィリア・ラズワルド
POWを選択

飛竜のまま敵に近づき首を差し出す、『やってみろ、私の罪を消してみろ』攻撃が終わるまで待ち傷だらけの首を持ち上げる、私の罪は消えない、私の罪は消せない、この罪は私のもの、私の血肉、私は幾多もの犠牲の上に立つ作品、だから消してはならない、私の存在そのものが仲間の生きた証、私が生きて足掻くことが償いだ。

お前は私と同じ、希望だったのに罪になってしまった存在だ、お前は“私”と同じ、なり損ないの化け物だ。

私と同じ……“私”と同じ……ああ、何故だろう、わかるんだ、彼女(“私”)ならこう言うだろう。

『“私はお前を赦す”』

自然と出たのは敵に向けての言葉……それとも……。

アドリブ歓迎です。



●希望の残照
 これは一体誰の冒険譚なのだろうか。
 闇の力を得た勇者の前に立つのは、星空を抱く翼を広げた巨大なドラゴンだ。
 白銀を身に灯し威風堂々佇むかの姿。吐く息赤かろうが微塵も四肢は揺らがない。
 見上げる人型は黒き雷を纏う槍を構え眼前の罪過を断つのだと言う。
 見事飛竜を討ち取り、ハッピーエンドが記されるのか。
 そうか、ならば。
『やってみろ』
 サフィリアの意志が告げ、完全なるドラゴンが敵に近付き首を差し出した。
 無防備な体制と唯相手を映す紫の瞳が狂言でない事を物語る。
『私の罪を消してみろ』
 今この姿こそ、彼女が罪とした象徴であり立ちはだかる壁にも深淵にも思えた。
 後の言葉無き視線は問いかけだ。お前に私の、『私達』の罪が断てるのかと。
 ならばと今度は戦士が動く。黒き雷を纏う槍を巨大化させ、構えをとった。
 一閃。強靭なる首筋に亀裂が走る。一突き。鱗を弾き肉を穿つ。
 無差別の三回目が竜血を散らし――攻撃は止んだ。

 もう終わりか。竜は傷だらけの首を持ち上げ断罪者を見下ろす。
『私の罪は消えない、私の罪は消せない』
 幾ら鋭利な刃で切りつけようと、雷轟かせ貫こうとこの四つ足の飛竜は斃せない。
 我が身を創る罪過の理由を何一つ知らぬ者が刈り取れる事は、決して無い。
『この罪は私のもの、私の血肉、私は幾多もの犠牲の上に立つ作品』
 だから消してはならない。『私』を残し、在り続けなければならない。
 実験を行ってきた者達の為ではなく、代償となった仲間達の為に。
『私の存在そのものが仲間の生きた証、私が生きて足掻くことが償いだ』
 罪すらも糧に私は生者であり続ける。喩え、人に戻れないとしても。
 だから断罪を騙る刃にだって耐え抜き、命を奪おうと言うのなら抗おう。
 傷付いた白銀竜が更に一歩近付く。間合いは十分、獲物は目と鼻の先だ。
 口を開けばすぐさま喰らいつけるだろう。先程の『罪』と同じ様に。
 けれど――サフィリアは、動かない。
『お前は私と同じ、希望だったのに罪になってしまった存在だ』
 希望とは、人の心と同じ様々な形で存在する。
 確かに施設に居た時は信じていた。私も、周囲の者達も。
 謳われた希望の先を知らなくとも、それが生きる理由であれた。
『お前は「私」と同じ、なり損ないの化け物だ』
 そして誰かの希望は、必ずしも他にとって同じとは限らない。
 代償を伴う夢は時に他人の希望も命も糧にする。
 犠牲になった者は苦しみ狂い、慟哭すら出来ず理不尽な罪に冒され朽ちろと謂うのか。
 抗う事は――罰なのか。
 もう一歩、竜は歩み寄る。互いは手を伸ばし届く距離なのに相手は動かない。
 もう一度、竜は首を寄せる。人型を見下ろす視界、重なる輪郭。
(私と同じ……「私」と同じ……ああ、何故だろう)
 わかるんだ、彼女(「私」)ならこう言うだろう。
『「私はお前を赦す」』
 自然と出たのは敵に向けての言葉か、それとも。

 この存在は連れていけない。でも。
 今の彼女に手はない。代わりにゆっくりと、大きな両翼で眼前を包み込んだ。
 一瞬の光は白銀か、瑠璃色にも。そして再び竜が顔を上げ翼を広げていく。
 もう、人型はこの場に居なかった。

 あの日過去に沈んだ希望(私達)は今、残照であろうとも此処に居る。
 生きているなら未来は己自身で選び、新しい希望も抱いていける。
 竜になっちゃっても私は私、だから。
 風が赤い霧とサフィリアの病を優しく攫い彼方へと消えていく。
 常夜に残った一頭の竜が空を仰いで――静かに、息を吐いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

アウレリア・ウィスタリア
罪人
ええ、私は罪人です
たった今、自分の意思で村を滅ぼした罪人です

でも私を罪人に、悪魔にしたのは彼らです
私を復讐者にしたのは彼らです

霧に染まり動かない四肢に血糸を這わせる
そうすれば私はまだ動ける

さぁ、断罪を騙る愚か者
悪魔と呼ばれた私の力でお前を滅ぼそう

血糸で自分を操る
機敏には動けないかもしれない
だけど一撃だけで良い
魔銃を敵に向けて引き金を弾くだけで良い

【世界を貫く閃光】

魔を貫く閃光がお前を滅ぼす
悪魔が放つ清浄なる光がお前を滅ぼす

私が矛盾しているのか
それともお前が矛盾しているのか
私の光で答えを導こう

でも、その答えに意味はない

だってこの戦いが終われば
ボクが、私の罪を、また切り捨てて進むだけなのだから



●さようなら
 霧は唯蕩揺う。再び世界に満ちていく。
 断罪を拒否し自らの足で赴いたアウレリアへ、声はもう一度脳髄を揺らす。
 罪人よ。問われた者は過去と向き合う仮面を飾り不変の眼差しを断罪者に向けた。
「ええ、私は罪人です」
 堂々と広げた白と黒の翼に芯の強さを垣間見る。
 罪に染まる身は痛む筈なのに微塵も感じさせぬ双眸は琥珀を越え月の輝きを思わせた。
「たった今、自分の意思で村を滅ぼした罪人です」
 淡々と告げる事実に後悔等存在しない。
 自分の意思が有っても力無く、抵抗出来ず只々蹂躙されたあの日の少女はもういない。
 今宵彼女は己の意思を意志に変え、この日至る迄に得た力を以て貫き通した。
 もう、幾らだって反論出来る。
「でも私を罪人に、悪魔にしたのは彼らです」
 あの『罪』は未知の恐怖に勝てず、神秘を信じられなかった者達の結末だ。
 彼等が自ら不安の種を撒き、咲かせた結果が此処に居る。
「私を復讐者にしたのは彼らです」
 隠さず提示する冤罪の証。赤霧に塗れても尚、鮮明に在り続ける刻印を抱いて。
 眼前の断罪者へ明確な戦意を向け対峙した。

 するり。婉然たる指先の動きに合わせ、魔法の血糸が白肌を這い全身を結びつける。
 それは霧のせいで殆ど動かない四肢に補助を与え神経伝達と同等の行動力を齎した。
 そうすれば私はまた動ける、戦える。
「さぁ、断罪を騙る愚か者」
 赫絲絡まる手が一丁の武器を掴んだ。
 ヤドリギの精霊を宿した破魔の魔銃。これこそが痛みの過去を、偽りの断罪を葬る術。
「悪魔と呼ばれた私の力でお前を滅ぼそう」
 瑠璃唐草の言葉を戦闘開始とし槍を構えた過去の遺物が踏み込み、地を蹴った。
 一気に距離を詰め繰り出される刺突を少女は紙一重で避けていく。
 病に冒され鈍くなる反応は血糸で自分を操り補った。
 勿論機敏には動けないかもしれない。長引けばどんどん不利になっていく。
 だけど一撃だけで良い。この魔銃を敵に向けて引き金を弾くだけで良い。
 勝機は在る。痛みを堪え距離を取り、間合いを測る。
「――!」
 戦士が跳躍し赤霧の空へ消えた。相手が仕掛けて来たのだろう。
 天に走る黒き雷の禍々しさに、されどアウレリアは怯まず強き視線で仰ぎ続けて。
 黒猫の目元が気紛れな動き見せた果に――見つけた。一点を凝視し両腕を上げ構える。
 外してはならぬと指先以外を血糸で雁字搦めに固定した。
 渦巻く雲より闇の輝き、対する銃口からは何より鮮やかな光が溢れ出す。
「魔を貫く閃光がお前を滅ぼす」
 敵が、空から降ってくる。故郷で蔑まれ迫害され、それでも光を抱き戦う者の元へ。
「悪魔が放つ清浄なる光がお前を滅ぼす」
 私が矛盾しているのか。
 それともお前が矛盾しているのか。
 ――私の光で答えを導こう。
「魔性の世界を撃ち貫け」
 まやかしの罪過を、異色の霧空を撃ち抜く閃耀が放たれた。

 赤霞が幻覚と共に散っていく。
 自らを侵食していた色と病が消えるのも理解しながら、少女は躰を抱き顔を顰める。
 痛い。流石に無傷では済まなかった身に黒雷の名残が弾けて消えた。
 余波は受けたが敵は討ち取れた。ならば導けたのは……でも。
「その答えに意味はない」
 だってこの戦いが終われば後に何も残らない。残さない。
 暴いた墓も、再びこの眼に映した村人たちも、何をしたのかも――全て。
「ボクが、私の罪を、また切り捨てて進むだけなのだから」
 帰還し傷が癒えた後、過去の悪魔は今を生きる瑠璃蝶々へ。
 彼女の翼は現在と未来の為に在る。だから、振り返らない。

成功 🔵​🔵​🔴​

歌獣・藍

あら、貴方が断罪や
こうふくをくださるお方?
ちょうど良かった!
貴方にお会いしたいと思っていたの
ふふふ
初めまして、ごきげんよう。
そして

ーーーさようなら。

浮遊する無数のあの日の剣を操り
相手へと投げる
罪が続き、流れる血液と赤い霧で
上手く動けなくとも操る剣で防御

煩い。
この罪を苦しむのも
この罪を怒り、叫ぶのも
この罪を断つのも
全てーー私だ。

これは、私の『罪』だ。
お前の力は要らない
お前に…渡さない!

防御や足場に徹していた剣も
全て空へ浮かべ、雨のように
剣を降り注がせた

戦いを終えて帰路につけば
残る罪に胸をおさえ

ーーあぁ、これも『アイ』なのかしら。

そう、呟けば
無意識にそうっと微笑んだ



●罪深きサイアイ
 病を供に時計ウサギは赤霧の森へ入っていく。
 中に花畑、は御伽噺だけのこと。有るのは朽ちた処刑台。
 その前に立つのは王子様かしら。
「あら、貴方が断罪やこうふくをくださるお方?」
 さも今気付いた迫真の微笑みと、小首傾げる仕草も自然に。
 狼に無警戒な赤頭巾と似た明るさで藍彩兎は近付いた。
「ちょうど良かった!」
 手を合わせ大きな兎の耳を揺らす。何か聞こえた気がしても構い無く。
 笑顔を固定した儘なんて偶然で運命のめぐり合わせと見開かれた奇跡の瞳。
 貴方にお会いしたいと思っていたの。あいたかったの、待ち焦がれたの。
 嬉しくて、――しくて、込み上げてくる感情は……どんなお味?
「ふふふ……」
 胃から食道を通り、喉から先へ。赤に塗れたとっておきの言葉(ディナー)を。
 満面の笑みを飾る仮面と一緒に、差し上げよう。
「初めまして、ごきげんよう」
 そして。
「――さようなら」

 急に抜け落ちた貌の彩に気を取られ、敵は初撃の回避が少し遅れた。
 投げつけてやった一撃と別れの言葉。でも足りない、こんなもので済まされない。
 荒ぶる心情と再び込上げる激情、されど次に吐き出すものは喉からに非ず。
 藍の周囲でこころの棘が更なる刃を創り出し浮遊する無数のあの日の剣が牙を剥く。
 操る獣は麗しくも歪んだ笑顔を湛えていた。衝動は止まらない、止めてやらない。
 目の前のヒトガタは、何より心底に秘めたふたりだけの罪を無遠慮に踏み荒らした。
 槍を構え迫りくる余計な断罪も、――耳障りな戯言も。
「煩い」
 黒紫の槍先を巧みに交わし剣を放つ。ただ普段であれば、もっと早く動けただろう。
 息苦しさが徐々に反応を鈍らせる。それでも退く意志は微塵も無かった。
 少しずつ増えていく躰の傷。罪が続き、流れる血液と赤い霧で上手く動けなくとも。
 操る剣で防御し、地面から生えた漆黒の刃を跳び躱す為の足場にして戦い抜く。
「この罪を苦しむのも。この罪を怒り、叫ぶのも」
 あの日感情を制御できなかった心も、何も出来ず動けなかったこの身も。
 姉は笑って許してくれた。沢山たくさん、『愛』してくれた。
 ねぇさまをあんな姿にしたのは、その優しさを罪としたのは。そして。
「この罪を断つのも全て――私だ」
 アかイ空にウサギは立つ。もう私は怯えて丸まる仔兎じゃない。
 獲物を見下ろすふたつのあゐいろには、確かな強さが煌めいている。
 数多の同じ輝きを、闇の戦士へ鋭く向けて。
 違わず揃えた切っ先は明確な拒否。これは、私の『罪』だと云う確かな主張。
 苦痛たりとて、独占する。
「お前の力は要らない、お前に……渡さない!」
 宣言と共に跳躍し防御や足場に徹していた剣も全てを攻撃へと切り替えた。
 兎は後方空中一回転。雨のように降り注ぐ剣の中を掠る事無くすり抜け着地する。
 決着は既に。幸福な奇跡が描いた軌跡が、オブリビオンを降服さ(捻じ伏)せた。

 好かない赤が消えていく。戦いの終わりを感じ、帰路につこうと踵を返す。
 一歩、踏み出して。……胸をおさえた。
 苦しい。未だ吐き出す息が赤い。まるで罪は残り続けると言わんばかりに。
 消えないというの? 其処まで思考して。ふっと、藍の彩を甘く緩めた。
「――あぁ、これも『アイ』なのかしら」
 そう呟けば無意識にそうっと微笑んだ。
 気分良く口遊み、歪んだ白兎は常夜の向こうへ。

 それは『罪』がくれた素敵な贈り物。いっぱい欲しい『アイ』のひとつ。
 沢山抱いて集めたら、いつかは『わたし』も差し出せるかしら。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
――見えねぇ
俺にはエコーの顔も、あいつの顔も同じに見えてる
真っ赤なんだよな、全部!はは、笑える

【εγκέφαλος】
エコーのプラン通りにいけばいい
別に俺が見えなくてもガジェットたちはちゃんと判別できる
――俺は蛇でね
好きな女の香りくらいは追えて当然だ
じゃあやるべきことは、たった一つ。飛べよ、さあ、追いかけまわしてやる、飛べよ!
俺のガジェットたちが、龍の首が――カマしてみせろよ

悪いけど、俺の処刑人のほうがずっとお前より腕がいいぜ
――見えないけど、わかるよ
勝ったのは俺のエコーだってことも
お前が、今は――「生きてるみたい」だってことも

はは、まぶしかった
最高だよ、エコー
――ようやく、見えた。


エコー・クラストフ
BAD】
……こいつは、ある意味では……ボクに似た存在だ
断罪するものが違うだけ。オブリビオンを殺すか、命あるものを殺すかだけだ
もしかしたら。あの時蘇ることなく、復讐の念だけ抱えて素直に死んでいたら、ボクもこうなっていたのかもね

だが、今は違う
お前はせいぜい一度蘇っただけだろうが、ボクは二度蘇った
一度目は復讐者として。二度目は、ハイドラと共に世界に生きるものとして
その立場から見ると、闇雲に断罪だ何だと殺す様は……実に滑稽だ。少し前の自分を見ているようでね

【龍を墜とす獄光】
相手が跳んだ瞬間を狙い、地獄の雷を叩きつける
これは地獄に満ちる『罰』の力。罪の力を振るうなら、罰を以て鎮まるがいい



●Bad Ass BAD!!
 居る。居るんだ、とびきり愛してる女が目の前に。やっと逢えた。
 名前も呼んでくれる。コッチに来てくれる様子も理解る。
(でも)(ああ)(なんでだよ)
「――見えねぇ」
 ハイドラの呟きはエコーに届き、怪訝な顔をされた。筈だ。
 けれどもソレが、推測でしか無い。実際が解らない。
「俺にはエコーの顔も、あいつの顔も同じに見えてる」
 手短に理由を告げたら相手はすんなり理解したようだ。
 返事とほぼ同時に、咳き込む音と仕草。同行者も何かしらの不具合発生中か。
 どんな顔をしているか興味は存分。が、とんだお預けだ。
「真っ赤なんだよな、全部! はは、笑える」
 奴さんの安い挑発に乗ってみる。霧隠れしてるカノジョの表情は――多分想像できる。
(けどさ)(やっぱ)(実物見たいしな)
 ならばとっとと。赤霧立ち籠める処刑台を思いの外キツく睨みつけた。

「……こいつは、ある意味では……ボクに似た存在だ」
 同じ方向を見てエコーは赤い息と共に呟く。
 あっちは骸の海産の異物で、こっちは死海から戻ってきた猟兵か。
 両者原動力は似たエネルギー、断罪するものが違うだけ。
 オブリビオンを殺すか、命あるものを殺すかだけだと余り動かぬ顔色が告ぐ。
「もしかしたら、あの時蘇ることなく復讐の念だけ抱えて素直に死んでいたら」
 煮え滾る憤怒は深海の冷たさで冷える事無く沸騰し、やがて臨界を越えただろう。
 仲間の願いを受け取らなかった魂は、悪いルートで強制的なリサイクルを遂げる。
 結果は臨海のアレか。
「ボクもこうなっていたのかもね」
 結果をぼやいた辺りで気配に気付く。隣が此方を見ているようだ。
 決して視線合わぬオッドアイが相手の現状を如実に示している。
 それでも向き合ってくれる。ダサい事はしないと決めてくれた眼差しがあるから。
 死した少女は、もう一度命あるヒトへ想いを灯せる。
「一緒にいこう、ハイドラ」
 あの時と一文字違いの言葉に、恋人は笑ってくれた。

「エコーのプラン通りにいけばいい」
 霧囲むチープな牢獄に響く金属音は檻を揺らすモノか。違う。
 冥海産のガジェッティアが生み出す万能な魔術、その塊が霞に映り込む。
 ハイドラが剥い出した産物は禍々しい御首の束になって牙を剥いた。
「別に俺が見えなくてもガジェットたちはちゃんと判別できる」
 呼応せし多頭は彼女達に寄り添い、同時に敵を威嚇する。準備は整ったようだ。
 先陣任されたデッドマンが黒呪の剣を抜き放つ。
 それは闇色轟く電流デスマッチに走り出す異色の雷を纏い敵意と化した。
 エコーは一度頷いて――反応有ったので安心してから、顔を標的へと向けていく。
 視線が死線を定めた瞬間、既に復讐者は駆け出していた。
 一度目の衝撃、耳を劈くぶつかり合いに赤黒の雷花が鮮やかに飛び散る。
 拮抗か、しかし喉から迫り上がる苦痛と不快が戦意を阻害し常の力を出し切れない。
 一瞬の隙を見逃さず、剣を押し切り体制崩れる少女へ刺突繰り出すオブリビオン。を。
 真横からストレートで殴りかかる巨大な拳――否龍頭がモロにめり込み吹っ飛ばした。
「――俺は蛇でね」
 九頭竜の首元から魔王がやってくる。
 病に冒されようが、カノジョの危機をフォローできぬ程彼女は半人前ではない。
「好きな女の香りくらいは追えて当然だ」
 口元に清々しい笑みを描き、金銀の双眸は刹那細長い瞳孔を魅せた気がした。
 香りが強くなる。体制を立て直した相方が大丈夫の代わりに剣を構え直す。
 見え難いなら前を任せ、動き難いなら後方から援護する。
 そうだ、何も問題ない。下らないバッドステータスが付こうがやり方は変わらない。
 じゃあやるべきことは、たった一つ。オウガブラッドは青舌晒して喉を開けた。
「飛べよ、さあ、追いかけまわしてやる、飛べよ!」
 挑発の仕方を教えてやる。

 二度目の衝撃、跳びはしたが未だ浅い。
 龍首の雨、いや滝を掻い潜り本体であるハイドラばかりを敵は狙う。
 しつこい奴だ。目的の為なら他に目もくれず行動し続ける。唯一つの信念を以て。
 矢張り多少は似ていると思うも、向けるのは親近感ではない。
「だが、今は違う」
 明確な否定を添えてエコーはオブリビオンの進路を遮った。
 鍔迫り合いの再来だが深き海を湛えた瞳は漣一つ起こらない。
 凪いだ眼差しが捉えるのは敵か、それとも以前の己か。
「お前はせいぜい一度蘇っただけだろうが、ボクは二度蘇った」
 一度目は復讐者として。この身体は蘇った。
 眼前の人型と同じ様に、復讐する事その一点だけを動く力にして敵を殺し続けた。
 二度目は、ハイドラと共に世界に生きるものとして。
 死んだ家族達に生きてと願われ、恋われた彼女から幸せでいてと請われた。
 その瞬間、少女の心で死に絶えていた一つの感情が蘇った。
「その立場から見ると、闇雲に断罪だ何だと殺す様は……実に滑稽だ」
 少し前の自分を見ているようでね。珍しく、貌が揺れる。
 その僅かな変化をいつもなら、いいや。例え顔が視えなくたって。
「俺のガジェットたちが、龍の首が――カマしてみせろよ」
 感情の波紋は違わず伝わり、テンション爆上がりでゴキゲンな貌をキメて見せる。
 律儀に揃う九ツ首。愛する女の後ろから、両サイドより襲いかかる様は我先に。
 あえて残した空中の逃げ道を、狙い通り敵は飛んで行く。
 さあ、ショータイムだ。
「悪いけど、俺の処刑人のほうがずっとお前より腕がいいぜ」
 挑発に鼓舞も付ける高等技を受け気高き復讐者が大地に呪いの剣をブッ刺した。
 瞬時に巻き起こる新たな雷動が荒れ地に広がる。
「これは地獄に満ちる『罰』の力。罪の力を振るうなら、罰を以て鎮まるがいい」
 柄を握り締め、眼差しは天空の獲物真っ直ぐに。
 相手が跳んだ瞬間を狙った最高の一撃を、叩きつける。
「天を目指す者に罰を」
 下から、地獄から龍すら堕とす光を放つ。閃光・轟音・大気の振盪が重なった。
 直撃を受けた敵は獲物と成って落下していき……そして。
「――ゴミはゴミ箱に、だ」
 真下で口を開ける金属製の大蛇達が、それを餌として処理した。

 異色の霧が流動している。が、未だ愛しい女の顔が塗り潰された儘だ。
 けれども終わった瞬間即来てくれる姿を、ハイドラも真っ直ぐ見つめ返す。
「――見えないけど、わかるよ」
 勝ったのは俺のエコーだってことも。どんな貌を、しているかも。
「お前が、今は――「生きてるみたい」だってことも」
 ああ、邪魔モンが失せてきた。そう彼女が安堵を告げる。
 その顔を見て、息苦しさが無くなったと言ったらどんな表情をするのだろう。
「はは、まぶしかった」
 恋人が色違いの瞳を細める。何処か光でも? エコーは周囲を見回した。
 違うと云われ視線を戻す。……目線が滲んで視えたのは気のせいかな。
「最高だよ、エコー。――ようやく、見えた」
 病む程のまやかしも、二人なら軽快にブチ壊せる。

 冥海から飛び出した林檎は死海から這い出た少女と出会えた。
 これからも共に「生きて」新たな海を航海していく。
 羅針盤はいつだって、【カッコいい】彼女達の裡に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ハルア・ガーラント
彼と繋いでいた手をもう片方の手で包む
湧き上がるぐちゃぐちゃの感情に声がうわずっても
まっすぐ敵の目を見て言い放ちます
わたしの罪は、あなたには癒せない

痛みで羽ばたけない深紅の翼
こんなに重くて動きの枷になるなんて

〈咎人の鎖〉を操り敵の攻撃を防ぎながら〈銀曜銃〉の魔弾で応戦
近づかせたら不利、解っているのに翼が痛くて普段通りの動きが出来ない
地面に浮かび上がる漆黒の刃
湧き上がる恐怖

近づかないで――いやだ、いや!

猟兵であることを忘れ口にした本音
恐怖を引鉄に喚ばれるのは今のわたしには眩しい白鷲達


戻らない翼の色
罪と共にって決めたのはわたしだもの、仕方のないこと
でも、痛い

これじゃあもう
――もう、飛べないのかなあ



●そうして、今のわたしがいる
 足を止めたハルアが処刑台の前に佇む敵の存在を確認する。
 言ってる事を理解して……一度、視線を下げた。
 少し前まで彼と繋いでいた手を視て、もう片方の手で優しく包む。
 冷静に見える外見に反し内は湧き上がる感情達が混ざりぐちゃぐちゃになっていた。
 それでも伝えねばならない、この心情を。強張る手を握り締め顔を上げる。
 まっすぐ敵の目を見て声がうわずろうとも――言い放つ。
「わたしの罪は、あなたには癒せない」
 彼とわたしの想いと願いはあなたが断てる程弱くはない。
 だからこそこんなに悩み、苦しいのに。

 罪に塗れ羽ばたけない深紅の翼から痛覚が絶え間なく身を襲う。
 常は意識すらしなかった。こんなに重くて動きの枷になるなんて。
 でも戦わなくては。痛みを堪え敵を睨む。
 戦意を認識した敵が距離を詰め、違わず急所を狙う刺突を繰り出した。
 刹那大翼に絡みつく咎人の鎖が反応し羽根擦れと鈍い金属音を奏で動き出す。
 心臓貫く軌跡はハルアが操る黄金の聖鎖が強かに弾いて他へ逸した。
 その隙に距離を取り、繊細な装飾を施す聖霊銃を手にして構えを取る。
 燦めく銃口、光の魔弾が確かに命中するのを横目に再度の攻撃に備え後退していく。
 ……が。バランスを崩しかけとっさに踏ん張った。顔に焦りが湧いてくる。
 近づかせたら不利、解っているのに翼が痛くて普段通りの動きが出来ない。
 正常を意識すればする程調子が狂ってくる。元より、心はずっと不安定の儘だ。
 覚悟は決めた、決めたけれども。現実と感情の処理が追いつかない。
 いつもそうだ。本当は怖くて逃げたくて、猟兵の力を使って何とか場を凌いでいた。
 今はいつも以上に心身両方苦しくて。気丈に立ち向かっていた筈の心が軋んでる。
 戦わなきゃ、彼の為にも。再び銀曜銃の先をターゲットに向けて……目を見開いた。
 感じる負の予感はすぐ近くの地面から。向けてしまった視線に驚異が浮かび上がる。
 漆黒の刃が罪人を刎ねるギロチンを連想させた。恐ろしい凶器を、視てしまった。
 「ぁ……」
 糸が切れたように脚が動かなくなる。避けなきゃ、頭は警報が鳴り響いてるのに。
 荒れ狂っていた胸中が一つの彩で染めつくされる、止まらない恐怖一色に。
 迫る凶刃、躰が震える。逃げなきゃ、違う。戦うの、でも、痛い。駄目、わたし、は。
「近づかないで――いやだ、いや!」
 耐えきれなくて、猟兵であることを忘れ口にした本音。形振り構わず叫んでいた。
 衝撃で散らばる赤羽根に……純白の一枚が交じり舞う。
 驚愕に固定される表情。オラトリオが呆然と見つめる先に光が飛来した。
 脳裏で忘れられない故郷の記憶が蘇る。
 己に翼が生えた日も心は絶望の中に居た。その時も――彼は、来てくれた。
 恐怖を引鉄に喚ばれるのは今のわたしには眩しい白鷲達。
 身も心も傷付き動けなくなった視界で巻き起こる奇跡の光景に。
 一瞬だけ、紺青の炎も視た気がした。

 へたり込むハルアの直ぐ側を旋回した後、鳥は赤霧を連れ消えていく。
 戦いは終わった。落としてしまった銃に手を伸ばして……痛みに顔を顰める。
 戻らない翼の色、病は未だ身を蝕んでいた。
 罪と共に。そう決めたのはわたしだもの、仕方のないこと。
 でも、痛い。これじゃあもう。
「――もう、飛べないのかなあ」

 想いを受け止め、意志に変えて。そうして今の自分がいるのだから。
 今は未だ背負う十字架が重過ぎて立ち上がれなくとも。
 俯く先に繋いでいた手。もう一度、大切に――包み込んだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

愛おしい相手の姿を見れば急ぎ駆け寄り抱き締めんと試みるも、未だ続く息苦しさに思わず息が浅くなってしまうやもしれん
…宵、怪我はないか?
そう確認するよう視線を向けるも、己と同じ苦しさに感じているだろう姿を見れば眉を寄せ敵へ視線を
…きっと倒せば宵の病も消えるのだろう
ならば、疾く倒さねば

戦闘時は宵を『盾受け』にて『かば』いながら【stella della sera】
鎖を伸ばしたメイスにて敵に鎖を巻き付け足止めを試みよう
…息が出来ぬ以上長期戦は不利になるだろうからな
攻撃は宵に任せよう
また、敵の動きは常に注意しつつ行動
特に跳躍した際は即宵を引き寄せながら盾を掲げ『盾受けにてかば』おうと思う


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

視界に愛おしいかれの姿を認めたなら
伸ばされる手を掴もうとすぐさま走り寄りその存在を確かめて

いくら息を吸えど肺腑が満たされぬ空虚感は変わらず強いものの
目の前に、触れた肌の先に
かれの存在を強く感じられたならなによりも安堵が勝る

ええ、きみも大事ありませんか?
きっと己を案じているだろう、険しい表情のかれを見上げれば微笑んで
きみが居るなら怖いものなどありません
行きましょう、ザッフィーロ

かれの援護に感謝し
「高速詠唱」「多重詠唱」でできうる限りの魔力を高めつつ
「全力魔法」「属性攻撃」「一斉発射」を付与した【天撃アストロフィジックス】で攻撃します
僕は、僕の幸福のために動きます



●あなたと共に
「宵……」
「ザッフィーロ!」
 感動に一瞬動きが止まる指輪の化身へ天図盤の化身が堪らず走り寄る。
 ワンテンポ遅れて静止も解除され、二人のヤドリガミは漸く互いに腕を伸ばせた。
 愛おしい相手の姿を抱き締めんと試みる愛おしいかれの姿に心労も解れていく。
 その手を取って、その手は掴まれ離れた間を埋めようときつく抱き締めあった。
 確かな存在感と温もりに相手が夢幻で無いことを認識してやっと十分に安心する。
 だが。
「――っ」
 顔を顰めたのは何方が先だったか。縋る指先に力が入る。
 幻覚からの思わぬ置き土産が彼等を蝕み続け二人揃って赤い霧を大気へ逃す。
 未だ続く息苦しさに思わず息が浅くなるかれに気付き、宵は色黒の頬を労り撫でた。
 銀の瞳が深宵を映し和らぐのを見届けてから己の頬が緩んでいるのにも気付く。
 いくら息を吸えど肺腑が満たされぬ空虚感は変わらず強いものの、自然と笑えた。
 目の前に、触れた肌の先に。心の拠り所は此処に居る。
 かれの存在を強く感じられたならなによりも安堵が勝る事が嬉しくて。
 身を寄せ目を閉じる。その艷やかな黒髪はザッフィーロの大きな手がそうと撫でた。
「……宵、怪我はないか?」
 力強くも心から心配する労りの声が柔らかく降ってくる。
 肉が傷付いていないかと生真面目に調べているだろう姿を思うだけでも愛しくて。
 つまり顔が見たくなって、包まれる心地よさから頭だけそっと抜け出した。
「ええ、きみも大事ありませんか?」
 きっと己を案じているだろう、険しい表情のかれを見上げれば微笑んで。
 交わす視線の先は確認するような雰囲気を見せたものの、すぐに甘くなった。

 ただ、呼吸する度溢れ出る赤霧に同じ苦しさを感じているだろうと察したらしい。
 見下ろす顔が眉を寄せた後、不意に違う方向へ視界を移動させた。
 間を置かず何かを見つけたようでより一層抱擁を強くする。
 否、それが何かだなんて予想はついている。後を追い、視線をかれと同じ方へ。
 朽ちた処刑台の前に立つ不安定な輪郭。かの手が携える黒紫の槍が敵意を象徴する。
 認識した瞬間、周囲に再び罪過の霧が現れ世界と彼等を隔離した。
 ひとつだけ二人が離れた時に見たものと違うモノがあるなら、時折暗き雷が走る位か。
 脳髄に響き渡る断罪の声。間違いない、あの者こそが此度の原因。元凶だ。
「……きっと倒せば宵の病も消えるのだろう」
 赦せる筈も無い。大切な人を、愛しい相手をこんなに苦しめているのだから。
 今にも殴りかからんとする聖職者へ、怒りの理由が待ったをかける。
 戻す視線の先、変わらず自分に向けてくれる暖かな笑顔。ヤドる心が一旦鎮まる。
「きみが居るなら怖いものなどありません」
 それは揺るぎない自信と信頼の言葉。星空浮かぶ紫眼が輝いて。
 告げられた想いに全く同じ気持ちだと確り頷いて最後にもう一度だけ抱き締めた。
 大事だからこそ、早く病から救ってやりたい。嘗て司祭がしていたように。
「ならば、疾く倒さねば」
 一刻も早く未知なる敵を斃しまやかしの罪を消滅させよう。
 一緒に歩んでいくと決めた相手とならば、どんな困難にだって立ち向かえる。
「行きましょう、ザッフィーロ」
 心を通わせ、頷き合う。
 名残惜しくも二人は離れ、猟兵の貌と成って世界の敵と対峙する。
 喩え『罪』であっても。二人は彼等に、嘗ての主達に誓ったのだ。
 償い埋葬されるのではなく――愛しい相手と共に、生き抜くと。

 黒紫の槍先が猟兵達に向けられる。
「……息が出来ぬ以上長期戦は不利になるだろうからな」
 かれが言わんとする事を理解し宵も前を見ながら相槌を一つ。
 病のせいで既に体力が削られ続けているのだ、一気に決めねば此方がやられる。
 空気の流れが変わるのを感じ取ったザッフィーロがメイスを取り出した。
 背を託した相手から暖かく触れる激励を受けた後、一歩前へと踏み込む。
 同時に敵は地を蹴り突撃してきた。臆せず冷静に聖者は片手を前へと突き出す。
 繰り出される刺突は手袋型発生器から現界する光の盾が激しい衝撃共に受け止めた。
「宵っ」
 名を呼ぶ一言で全て理解した精霊術士は接戦から離れ距離を取る。
 宵帝の杖を構え紡ぎ出す高速詠唱。術者の周囲に多重の術式が螺旋を描く。
 高火力の予兆を感じた断罪者が狙いを後衛へ向けるが、前衛が其れを許さない。 
 何度も響く衝突音。ならばと敵は聖者へ向けて漆黒の刃を地より顕現し解き放つ。
 対応に気を取られる隙に魔力を高めつつある術者へ矛先を変えた。
「させぬ!」
 振り切り本体を嵌める手で鎚矛握り締め、間合いには程遠いが迷わず振り抜く。
 其の先端は内臓の鎖を引き連れ狙った場所へと跳んでいき、絡まった先は敵の腕。
 縛めを引けば足止めと成り、愛おしい相手を護る意志と断罪の狂気が拮抗する。
「太陽は地を照らし、月は宙に輝き、星は天を廻る」
 かれの頼もしい援護を心の中にて感謝しウィザードは全力で術を構築していく。
 組み上げられた魔術詠唱が天体の力を招き夜空より流星を喚び寄せる。
 完了する迄もう少し。だが寸前の所でオブリビオンが束縛を解き天高く跳躍した。
「――!」
 見開かれる紫の双眸に黒雷を伴う切っ先が降ってくる。
 けれども、衝突の映像が瞳に映る事は無かった。
 差し伸べられた力強き掌、凶刃の光景に覆い被さる司祭服。
 引き寄せられた身は、頭上で天に向かい盾を掲げる愛おしいひとを視た。

「ザッフィーロ……!」
 呼び声と激突の音が同時に響き、衝撃で舞う砂塵が消えた後に状況を認識する。
 咳き込む守護者は無事とは言えなかったが、彼はかばい切ったのだ。
 白の纏に赤が染まっていく。余波に痺れるザッフィーロを支え、無事を伺う。
「……攻撃は宵に任せよう」
 苦しい顔だが確かにかれは宵を見てそう告げた。良かったと束の間ほっとする。
 そして瞬時に意識を切り替え頷き了解を示す。託された想いを胸に、前を向く。
 かれが行動してくれたのだ。応えねば――既に術は完了している。
「さあ、宵の口とまいりましょう」
 天高く掲げたウィザードロッド。宵色秘めた銀河が赤霧世界を煌めき照らす。
 発動する天撃の力が具現化し、流れ星が獲物を穿つ為の矢束に成って輝いた。
 けど息が苦しい。僅か杖を握る手がふらつく――そこへ、重ねられた白き手袋。
 一瞬の驚愕のちに深まる笑み。二つの支える手が杖先を敵に向け術を開放する。
 一斉発射された流星群は瞬く間に断罪者も罪の霧も等しく撃ち抜いていった。
 総てを駆逐していく様を背景に、もう二度と離れないよう彼を強く抱き締める。
「僕は、僕の幸福のために動きます」
 手向けの言葉は、『罪』へと捧げられた。

 オブリビオンが齎した幻覚が消え、常夜の世界が還ってくる。
 何方ともなくついた安堵の息はもう苦しさを伴うものではなくなっていた。
 病は癒えたが、彼等が罪とする記憶は心底にずっと残り続ける。
 それでも二人でならば、乗り越え先へと進んでいけるだろう。
 見つめ合う穏やかな視線。伸ばされた手で繋ぎ合う。
 これからも、きみと。お前と、共に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アナンシ・メイスフィールド
胸を苦く焼く想いは未だ胸に残るけれども、まだやるべき事があるからね
…さて、行くとしようか

戦闘と同時に敵へと視線を向け【贄への誘い】
檻を作るよう地から生じさせた蜘蛛の足にて敵を攻撃しつつ仕込み杖の刀にて攻撃をして行こう
敵の攻撃は左手に纏うガンドレットにて『武器受け』受け流しながら『カウンターを』試みるよ
…一方的に行われる救いは時に毒になる
私が妹を護ろうと勝手にした行いが、巡り巡って彼女に悲劇をもたらしたようにね
蘇り狂ってしまった君には解らないかもしれないけれども…
…大丈夫、君にも救いを与えてあげようではないね
骸の海はきっと君をあたたかく迎えてくれるだろう
毒か助けか…私には解らないけれども、ね



●Start a new page with you
 胸を苦く焼く想いは未だ胸に残るけれども。
(まだやるべき事があるからね)
 彼方に消え往く花弁を見送り、歩き出す紳士の足元にコツンと硬い感触一つ。
 見下ろしアナンシは緩く笑った。勿論置いていかないさと拾い上げる杖一本。
 見事な装飾に付いてしまった土を丁寧に取り、ついでコートの埃も軽く払い落とす。
 最後にシルクハットを被り直し鍔を摘んだ儘軽く顔を上げ紳士の完成だ。
 元記憶喪失が見つめる先で断罪者とやらが此方を見ている……と思う。
 残念ながらその顔は再び周囲を覆い尽くす霧と同じもので塗り潰されていた。
 しかしあれがやるべき事で間違いないだろう。
「……さて、行くとしようか」
 男は優雅な足取りで赤霧の処刑台へと赴いた。

「待たせたかね」
 喩え倒すべき者でも、挨拶と気遣いはジェントルに。
 過去の異物は黒紫の槍を構えたが未だ動かない。アナンシは愉快気に喉を鳴らす。
「警戒せず此方へ来てくれ給えよ」
 遠慮とも、挑発とも取れる言葉で相手を誘う。深まる笑みに、青き双眸が輝く。
「……まぁ来てくれぬなら私から行かせて貰うけれども、ね?」
 気軽な宣言と、緩く挙げた杖無き方の手。
 パチンと指鳴らす時も蜘蛛の神はオブリビオンを違わず視界に収めていた。
 闇の戦士が気配を察した時にはもう遅い。足元より生え伸びたのは贄への誘い。
 獲物を檻に閉じ込めんとする数多の蜘蛛足が命中すると同時に猟兵は疾走り出す。
 勝手知ったる仕込杖の娃しき構造を弄り引き抜けば、美しい銀の刃が姿を魅せる。
 そのまま縛めを振り払った瞬間の断罪者へ、華麗なる一閃を繰り出した。
 手応えは十分に。反撃の刺突は薄い銀が腕を覆う左手のガンドレットで受け流す。
「っ……!」
 防げはしたが衝撃は重い。流石、歴戦の戦士と言った所か。
 直様紳士はカウンターに一太刀を浴びせ間合いを取る。

「……一方的に行われる救いは時に毒になる」
 杖の剣先を向け静かに告げる科白は独白にも似ていた。
「私が妹を護ろうと勝手にした行いが、巡り巡って彼女に悲劇をもたらしたようにね」
 思い描いた未来が実現するとは限らない。
 その為に力を尽くしても、身を犠牲にしても。……それが、罪に成るとも知らずに。
「蘇り狂ってしまった君には解らないかもしれないけれども……」
 神である自身すら記憶を喪失する程の苦しみであった。
 今、彼等はその苦しみを生み出し続けてしまっている。悲劇である事も理解出来ずに。
 記憶を取り戻し、それでもアナンシ・メイスフィールドで在り続ける男は前を向く。
 止められる悲劇が、此処に有る。
「大丈夫、君にも救いを与えてあげようではないね」
 再び繰り出す蜘蛛の拘束。が、戦士は高く跳躍し回避した。
 空中で構えを取るのに気付いたがされど退かず、槍先鋭く迫ろうとも動かず凝視する。
 距離が徐々に近く、近く。抜身の杖を握り締めた。
 轟音と大気の振動。かの槍先は紳士の肩を切りつけるのみ。
「骸の海はきっと君をあたたかく迎えてくれるだろう」
 断罪を謳う者は張り巡らされた蜘蛛の足に捕らえられ、急所を銀の刃に貫かれた。
「毒か助けか……私には解らないけれども、ね」

 刃を杖に直す頃には周囲や記憶の障害であった赤が消えていった。
 想い出達が鮮やかなものである事を確認し、紳士は笑みを深める。
 取り戻した過去総てが幸福ではない。それでも、もう失わない。
 大切な妹への想いと記憶を共に、彼の物語は次の1頁を描いていく。

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織
固くて冷たい地面
翼の
胸の痛みに目が覚める

ここ、は…
ぼやけた視界
周囲を見回す暇も無く
振り下ろされた槍の先端
野生の勘で致命傷は避ける

うる、さい…な
聲が響く
一人のものではない不協和音

罪を、断つ?
冗談じゃ、ない
それは
わたしのモノ
左胸、紅く染まるそこを抑える

この霧が、雷が苦しみと怒りだというなら
そのままを受入れる
浅く、息を吐く

私の為なら放っておいて
償えないならこのまま持って逝くだけ
痛みを耐性で抑え
浄化と破魔を纏う

迫る刃をなぎ払い
敵の懐へ踏み込み斬捨てる

…こうふく
彼等の言の葉を繰返し
昏い空を見上げる

私が
ソレを望むのは
…許されるの?

私のこうふくって…?

誰もいない
誰も聞いていない言の葉は
風に攫われてゆく





●もう一度、貴女と言祝ぎを
 また、世界を渡ったのだろうか。
 もしかしたら----の、居る……でも。
 固くて冷たい地面。三度産まれるには寂しい感触が背に伝う。
 翼の、胸の痛みが四肢の感覚を研ぎ澄ます。違う、わたしは。
 私のままだ。

「ここ、は……」
 目が覚める。ぼやけた視界、僅かな意識の先に何か居るような。
 周囲を見回す――暇も無く振り下ろされた、槍の先端。
「!?」
 ピンと立つツシマヤマネコの耳。山吹の瞳が見開かれ、急激な覚醒を双眸へ燈した。
 本能と野生の勘が敵意への条件反射と成って身を捻らせる。
 結果凶刃が赤を散らすも致命傷は避ける事に成功した。
 上半身を起こし上等な装いが血に染まる箇所を掴み、千織は荒い息をつく。
 状況判断に急ぐ脳髄へ加害者の声が無遠慮に入り込む。
「うる、さい……な」
 一人のものではない不協和音が精神を乱す。今は、其れ処じゃないのに――?
「罪を、断つ?」
 ひととき、痛みも苦しみも全て忘れ告げられた言葉を復唱する。
 それを復活していく苦痛と共に反芻した後、静かに顔を上げた。
「冗談じゃ、ない」
 鮮烈な眼差しに烈火の輝きが宿る。断罪者は触れてしまったのだ。
 彼女の大切で、大事な領域に。
「それはわたしのモノ」
 左胸、紅く染まるそこを抑える。
 嘗てのわたしが終わったこの痛みこそ今の私である全ての始まりなのだ。
 罪を断つと謂うのなら。それは私の総てを、否定する。

 まやかしに塗れた世界で雷鳴が轟いた。
 強張る身体に鞭打ち立ち上がり、浅く息を吐く。
「この霧が、雷が苦しみと怒りだというならそのままを受入れる」
 再び降服な返事を差し出したかと思われた彼女に、悲壮感等微塵も無かった。
 でもと続け、軽く上げた手を眼前で横薙ぎ一閃。藍櫻花弁が舞い軌跡を描く。
 それは黒檀の柄を育て藍色の装飾華やかな刃を咲かせて巫女の手に収まった。
 黒鉄の薙刀を向け千織が口を開く。
「私の為なら放っておいて」
 償えないならこのまま持って逝くだけ。部外者の断罪等、必要無い。
 痛みを耐性で抑え浄化と破魔を纏う。
 この罪を、誰にも刈り取らせはしない。

 槍と薙刀の切っ先がぶつかり合う。
 互いに譲らぬ攻防が白熱し処刑台を飛び出しても尚激しさは増してく。
 長物同士中々間合いに入る事は難しい。されど時間は病の進行、猶予は無い。
 突如足元から襲いかかる漆黒の刃。仕掛けたのは敵の方だった。
 思わぬ攻撃に顔を顰めるが即座に猟兵も勝負に出る。
 迫る刃を薙ぎ払い、同時に椿を模した灼熱の炎を眼前へと放つ。
 妖しき灯に焼かれ目眩む者へ、翼を広げ低空飛行で一気に距離を詰めていく。
 獲物を捉える凛々しき凝視。そのまま懐へ踏み込み、斬捨てた。

 倒れた敵が周囲の霧と共に霧散していく。
 けれど消えない、『罪』の痛みが。貴女への想いのように。
「……こうふく」
 何故と思うよりも千織は彼等の言の葉を繰返し、昏い空を力無く見上げる。
 両目に映る光は、弱々しいものだった。
「私がソレを望むのは……許されるの?」
 償えないのに。----は何処にも、居ないのに。
「私のこうふくって……?」
 願いを伝える? 約束を、遂げる? もし、もう一度貴女に逢えたなら。
 何気ない日々、毎日言葉を交わした。祝いや感謝も沢山伝え合った。
『罪』とする程、大好きな。
「……っ」
 膝を付く。堪えきれず、痛む胸をぎゅうと掴んだ。
 此処は誰もいない。病は癒えると教えてくれる人など居ない。
 誰も聞いていない……貴女の名を呟いても。

 言の葉は、風に攫われてゆく。

成功 🔵​🔵​🔴​

宵雛花・十雉
【双月】▼

処刑台の上で横たわるユェーを見つけたなら
駆け寄って守りの『結界術』を展開しながら庇うよ
ユェー、大丈夫?

きっとユェーも自分の罪を見たんだろうね
それに身体を蝕む病もきっと…
けど詳しい話は後だ
今は目の前の相手と戦おう
オレのこの罪は誰にも断たせはしない

尚も続く息苦しさを誤魔化すように薙刀を握って
【兵ノ言霊】を紡いでいく
援護はオレに任せて、いつも通り暴れて来て
きっとお腹も空いたでしょう

そんな、アイツを倒しても治らないなんて
ふふ、でもこれでいいんだ、これで…
オレはまだ家族を忘れないでいられるから
病をユェーに悟られないように努めながら、笑顔で応える

うん、帰ったらご馳走してね
楽しみにしてるから


朧・ユェー
【双月】▼

声が聴こえる、君の声
目を開けると彼ノ顔
心配そうに覗き込む
十雉くん、そっと彼の頬を触れる
あたたかい、冷たい偽物じゃない
嗚呼本物の君
良かった無事だったんですねぇ
えぇ、大丈夫。助けてくれてありがとうねぇ

苦しそうな顔をする彼
ありがとう、大丈夫ですか?
そう言いつつ僕の心臓も今にも潰れそうだった
そんな事どうでもいい、君を助けるそれだけだ
屍鬼
暴食グールが鬼にへ化し暴れつつ喰いつくす、罪も一緒に

倒しても治らないらしい
それでいい、君にとって危険なモノは僕なのだから
彼は先程と違って前を向いている
きっと何かあったのですね
苦しそうは心配ですが

紅茶を淹れましょう
話を聞きながら少しは苦しさをやわらげるように



●暁空に白月

 罪を抱いて苦しんでも。生きて、歩いていくよ。
 この想いが痛みだろうと……手放しは、しない。

「あれは……?」
 辿り着く十雉の視線が先に、処刑台の上で横たわる同行者の姿を見つけた。
 安心も束の間、隣に見知らぬ存在が禍々しい凶器を携えユェーを見下ろしている。
 すぐに危険人物と判断し駆け出した。握り締めるその手首に月夜が煌めいて。
 一つ跳びで舞台上に乗り込み、二人の間に入り込んだ時点で敵は獲物を振り下ろす。
 間髪入れず戦巫女は己が手を驚異へと突き出し術を放つ。
 双つの月を描く石飾りが淡く光り、彼が展開する結界の護りと重なった。
 ――!
 衝撃と火を伴わない花が散り、黒紫の矛先は弾かれる。
 月光に輝く半球体の防壁が双月を覆い包み込んだ。これならもう少し庇える筈だ。
 急いで横たわる彼に手を伸ばし優しく抱き起こす。
「ユェー、大丈夫?」
 俯き陰る夕の瞳。帳が下りた先の月を視ようと気遣う聲を眠る貌に投げかけた。

 声が聴こえる、君の声。
『罪』に葬られた時から、いや……君と逸れた時からずっと望んでいたものだ。
 少し幼く、暖かな光を頭上に感じる。夢中で其れへと手を――。
「十雉くん、」
 覚醒した視界に、鮮やかな光景と音が飛び込んでくる。
 目を開けた先でもう二度と逢えないかもしれないと思っていた彼ノ顔が在った。
 心配そうに覗き込むきれいで深いオレンジ色。確かに名を呼んでくれる君の音色。
 堪らずユェーは手を伸ばし、そっと淡く微笑む彼の頬を触れていく。
「――あたたかい」
 小さく呟く本心は、安堵に溢れた。待ち望んだ瞬間が、やっと。
 嗚呼本物の君。冷たい偽物じゃない君に、また手が届く。
「良かった無事だったんですねぇ」
 常日頃の口調で彼に声をかけられることも嬉しくて、笑みは自然と浮かべられた。
 上手く出来たと思ったが……笑い返す顔は眉尻が少々下がった儘。
(きっとユェーも、自分の罪を見たんだろうね)
 喉元迄こみ上げていた思いを、そっと十雉は飲み込み同じ貌してまた咲う。
 逸れてから此処まで長い道のりのような想いをしてきたのだ。
 違わず彼も。それに身体を蝕む病もきっと……其処まで考えて一度目を閉じる。
 けど詳しい話は後だ。労る視線を、猟兵の鋭さに変える。もうそろそろ時間が無い。
 背後で結界に罅が入る音がする。立てる? 尋ねる意味は十分に通じたようだ。
「えぇ、大丈夫。助けてくれてありがとうねぇ」
 自力で動ける体制迄手を貸し、一度見つめ合い頷いた後二人は意識を防壁の向こうへ。
 月色の守護が闇の戦士が振るう巨大槍に壊された瞬間、猟兵達は処刑台を跳び出した。

 一旦敵と距離を取ったが堪えきれず十雉が地に膝を付く。
 駆け寄るユェーが背を擦るも、咳き込み赤い息を乱れさせた。
 けれども顔を上げたヒトの彼が見せたのは相手を思いやる柔らかな輪郭で。
 助けられてよかったと、笑ってすらみせた。
「ありがとう、大丈夫ですか?」
 気遣う言葉にもきれいに頷く大切なヒト。そんな事はない、きっと苦しい筈なのに。
 そう言いつつ僕の心臓も今にも潰れそうだった。病は未だこの身を襲い罪悪を刻む。
 けれど……そんな事は、どうでもいい。
「今は目の前の相手と戦おう」
 十雉くんがそう云うのなら。前を向き、進む君を助けるそれだけだ。
 彼が立ち上がる補助をし体制を整え二人揃って先を視る。偽りの断罪へ抗う為に。
 半魔と人間、それぞれの秘めた決意を胸にオブリビオンを迎え撃つ。

 過去の異物が振り回す槍は有り得ないサイズを保ち有象無象巻き込んで斬りつける。
 紙一重で避けた十雉は尚も続く息苦しさを誤魔化すように利き手を振るった。
「オレのこの罪は誰にも断たせはしない」
 指先に舞い散る凛の花。彼の手が、一振りの薙刀を握って凶刃に応戦していく。
 然しどうにも患う病が集中を邪魔する。更に敵は別の技も繰り出してきた。
 地面から急襲する漆黒の刃が猟兵達に新たな痛みと傷を齎し赤に塗れさせる。
 回避も限界に近い。けれども、二人の顔に不安の色は一時もなかった。
 幾ら傷つこうとも、痛みを伴おうとも――前へ。
「援護はオレに任せて、いつも通り暴れて来て」
 優しい声掛けと力強く地を踏む体躯。これが今の、彼の姿。
 竜胆の切っ先を討つべき方へ。頼もしい仲間に繋ぐ糧を捧げる言霊を紡ぎ出す。
 頼りにしてるぜ。……いいや、違う。
「頼りにしてるね、ユェー」
 置き土産を残し戦場に舞い戻る彼を、指先で直す硝子越しに見届ける。
 返事の代わりと妖艶に微笑んだユェーは片手を前に突き出した。
 零白に流れる紅血の雫が荒れ地にひとつ、ふたつ……場の空気が不意に歪む。
 垂れ落ちて居ただけの血液が狂い暴れ、零月ノ鬼の眼前に禍々しい陣を描いてく。
「屍鬼」
 呟く其の名。解かれた封から恐ろしい形状の腕がずるりと出て地面を掴んだ。
 巨大では済まされない、身の毛もよだつ存在が喚ばれ死の底より這い上がる。
 狂気暴食の黒キ鬼は顕現された瞬間から獰猛に動き前線に割り込んだ。
「おや?」
 本人の気合も十分だったが其れ以上に暴れ狂う屍へ使用者が軽く小首を傾げる。
 其処へ前衛交代して後退してきたヒトが笑う。
「きっとお腹も空いたでしょう」
 少し先で人型と怪物という何方が敵か判らぬ争いを眺め、成程と半魔も笑った。
「良い子だね、ディナーの時間を楽しむんだよ」
 鬼と化した暴食グールが暴れ、罪も一緒に喰らい尽くす。
 食事を終える最期の瞬間迄、双月は見守っていた。

 赤い霧をデザートに飲み干した鬼が還っていく。
 常夜の空を見上げて安堵したのも束の間、幾ら待っても痛みも苦しみも残った儘。
 どうやら、倒しても治らないらしい。――何れ消えるなんて彼等は知る由も無い。
(そんな、アイツを倒しても治らないなんて)
 しかし彼等の貌に焦りが浮かんだのは刹那の事だった。
 雲が月を覆い隠す如く。そして、新しい輝きが顔を覗かせる。
(ふふ、でもこれでいいんだ、これで……)
 息苦しさは『罪』が思い出させてくれた過去の絆と痛み。
 オレはまだ家族を忘れないでいられるから。この病も受け入れ、笑っていける。
 唯相手が心配するだろう。ユェーに悟られないように努めた表情は、反射する。
(それでいい、君にとって危険なモノは僕なのだから)
 彼もまた痛みを黙って十雉に微笑みかけていた。
 きっと何かあったのだろう、苦しそうは心配だけれども。
(彼は先程と違って前を向いている)
 互いを気遣い、光を照らし合わせるも今奥底に触れるのは共に躊躇いがあった。
 優しくて、臆病で……それでも。
 少しずつ、少しずつ。

「紅茶を淹れましょう」
 帰還前にユェーは提案する。話を聞きながら少しは苦しさをやわらげるように。
 大切な君に、とびきり美味しい一杯を淹れてあげたかった。
「うん、帰ったらご馳走してね」
 楽しみにしてるから。そうして、沢山また話をしよう。
 罪を抱えようと、今の十雉には穏やかな時間を共に過ごせる縁も居場所もある。
 強さはこれから。そう思えるようになったんだ。

 鮮やかな満月に、暁の瞳が交差し笑いあった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

蘭・七結
【比華】▼

重たく鎖した目蓋を持ち上げてゆく
嗚呼、連なる声音が耳に障る

……あの子は、八重は何処へ
結わいだ指さき
ぎゅうと抱いた繊躯
わたしのあの子を、何処へ遣ったというの

ご機嫌よう、あねさま
あなたもお目覚めかしら
救済が齎されるのですって
あなたは、これを受け止めるかしら

わたしは、結構よ

わたしの罪も罰も、何もかも
全てはわたしだけのもの
そうでしょう――六華お姉さま

あなたという薔薇を忘却に歪めた
揺らいで定まらない妹の面影
その向こうを、未だ掴めないけれど

この『おしまい』を否定する

わたしがわたしたる証
あかい花の嵐で攫って往く

息苦しくて愛おしい
これが罪への罰だと云うのならば
この身の内へと歓迎しましょう
唯一の妹子よ


蘭・八重
【比華】▼

瞳に映るのはあの子じゃない
あらあら、誰かしら?

可愛い薔薇達、攻撃を止めなさい
薔薇が槍を絡む
なゆちゃんに攻撃なんていけない方ね
ふふっ、おはよう。なゆちゃん
どんな夢を見たかしら?
ステキな笑顔、きっとあの子をみたのね

あらあら、救済
私達は何の罪を?
えぇそんな必要は無いわ
だってとっても素敵な気持ちですもの
あの子に逢えた、なゆちゃんが隣にいる

わたくしも必要ないわ

踊りなさい可愛い子達
刻んで綺麗に咲きなさい

息が出来ない
首が締め付けられる感覚
嗚呼、なんて素敵なのかしら?
あの子の可愛いらしい手の感覚がまだ残っているなんて
なゆちゃんもそう思っているのね

ずっとずっと一緒よ
罪も罰も
わたくし達姉妹はずっと永遠に



●ふたりの――に
 彼方から聞こえてくる、彼女達の密やかな話し声。
 双人の少女と独りの女が大輪飾る花園に囲まれ咲っている。
 嗚呼、なんて幸福で。――て朧気で――だ光景なの――ら。
 途切れゆく映像はアンティークのレコードが奏でる、欠けたノクターンのよう。
 千切れる想い出。いかないで、消えないで。
 手繰り寄せていた細く脆い糸が……ぷつりと、切れて。
 暗転。

 嗚呼、連なる声音が耳に障る。
 微睡みの回顧が終幕を迎え七結は重たく鎖した目蓋を持ち上げてゆく。
 罪過の底から連れ出され、新たな舞台の上で意識が覚醒する。
 次に冷たい木床の感触と身を蝕む痛みを感じた。罪が未だに少女を蝕む。
 でもそんな事より。夢と現の境界で意識が彷徨う己が指先を緩く握る。
 結わいだ指さき、ぎゅうと抱いた繊躯。確かに、確かに在ったのに。
 今は僅かな霞を掴むのみ。一呼吸後、病を無視して身体を起こした。
「……あの子は、八重は何処へ」
 散らばる灰に黒は交じらない。
 顔上げる先、見知らぬヒトガタ。脳髄に届いた言葉をなぞるなら、断罪者とする者へ。
「わたしのあの子を、何処へ遣ったというの」
 あれはまやかし、ゆめまぼろし。解っていても、問わずにはいられない。
 一度結べた儚き縁。それはこゝろの奥底から拾えた一本の絲だった。
 あの子の輪郭を、失った過去を少しでも紡ぎ出しもう一度編み上げたいのに。
「あらあら、誰かしら?」
 返事は、前からではなく後方から聞き慣れた声色で届けられた。
 振り返る先に同じく上半身を起こし此方を視る優しい眼差し。
 黒薔薇を冠し、八重を名乗る女がいとしき妹へ微笑みかける。
 かち合ったロゼカラーの瞳は次に過去の異物を映していった。
 その視線。此の場に姉妹以外が何故居るのと言わんばかり。
 この眼に、映したいのは。
「ご機嫌よう、あねさま。あなたもお目覚めかしら」
 そうとこの子が目覚めの言葉を差し出す。驚異の中でも比華の姉妹は優雅に微笑む。
「ふふっ、おはよう。なゆちゃん」
 満足気に返事する姉は序の仕草で愛しい妹の赤染まる手を引きそっと抱き込んだ。
 背景として存在する、槍を振るう戦士の無礼な行為を冷ややかに眺めながら。
 纏めて薙ぎ払うつもりか。察知からの行動は早く妹を庇い術を放つ。
「可愛い薔薇達、攻撃を止めなさい」
 互いの攻撃はほぼ同時。間に合うか、否。この子だけでも。
 繰り出される凶刃。突風が紅き半魔の身を突き抜けた。
 大きく開かれる赤紫の瞳。目と鼻の先の、黒紫。
 まなくれなゐを摘み取る刃が至近距離に。されど僅か震えるのみで動かない。
「なゆちゃんに攻撃なんていけない方ね」
 優しい姉の声が降り、抱き寄せる白い手の甲に紅彩ひとすじ。
 大丈夫かしらと気遣う指先を優しく繋いで、姉子は妖艶に笑って魅せる。
 縛めは長く続かない。行きましょうと手を引いて処刑台を抜け出した。

 花車なつま先――人分。ひとつ、ふたつ、みっつ。荒れ地に立つ音がした。
 姉は白灰髪の妹を撫で優しく土埃を払う。その儘目元緩ませ口を開く。
「どんな夢を見たかしら?」
 離れていた暫しの間、きっとこの子も何かを見た筈。だってこんなにもステキな笑顔。
 きっとあの子をみたのねと確信の言葉は相手も愉し気に。お揃いの彩が花開く。
「救済が齎されるのですって」
 姉妹が観たあの光景を、得てきた過去を、罪だと告げる者達が居る。
「あらあら、救済……私達は何の罪を?」
 白と赤の指先繋いだ麗しき花達が笑い合う。彼女達にとってあれは贖罪と呼ばぬもの。
 それは甘毒を含んだ茨が複雑に絡みあい、奥底の秘密を華美なる花々で覆い隠すもの。
 何も知らぬ者が踏み入り、荒らして良い領域ではない。
「あなたは、これを受け止めるかしら」
 寄り添うふたりが追いつく断罪者にも鮮やかに笑いかける。
 返事は無い。それでいい。だって、要らないもの。
「わたしは、結構よ」
 七結が柔らかくお断りを差し出した。手と喉元の痛みが同調するようにきりきり痛む。
 指折り数えるだけ溢れ出でる罪過。その何れも、わたしの罪も罰も、何もかも。
 全てはわたしだけのもの。見上げた先、娃しい黒薔薇のかんばせにも問いかける。
「そうでしょう――六華お姉さま」
 女が消したまことの名を告げる。呼ばれた花は、一層華やいだ。
「えぇそんな必要は無いわ」
 だってとっても素敵な気持ちですものと六華は笑う、心から。
 罪とする棺を開けてあの子に逢えた、そして今はなゆちゃんが隣にいる。
 この甘美を奪う存在など、有って良い訳が無い。
「わたくしも必要ないわ」
 愛しい妹達を背に匿い、緋毒薔薇ノ魔女は偽りの断罪を拒否した。
 譲れぬものが互いに有るのなら、後は何方かが朽ちる迄屠るのみ。

 見る間に敵の武器が巨大化する。花を刈り取るものだと云うなら、不粋なこと。
「踊りなさい可愛い子達」
 黒薔薇が齎す鋭き荊棘が鞭の如くしなり獲物を狙い打つ。
 再び絡め取ろうと攻撃する魔女の子等を闇の戦士は大振りに薙ぎ払う。
 無差別に繰り出す暴風は蘭の娘達にも襲いかかる。防戦するも、あかが散った。
 断罪を謳う刃が躍り狂う。けれども、彼女達は幾ら傷付こうとも手折れはしない。
(あなたという薔薇を忘却に歪めた)
 心の奥底を暴き、再会したあなた。揺らいで定まらない妹の面影が赤霧に重なる。
 その向こうを、未だ掴めないけれど――いつか。だから、此処で枯れたりなど。
 縛り痛む病も刺突の断罪も、呑み込み『あけ』て魅せよう。
 みつめて、繹ねて。憂いも嘆きも、そのすべてを。
「この『おしまい』を否定する」
 いのちのあかにこころを捧ぐ。七結を冠する牡丹一華乱舞が罪空を凌駕する。
 わたしがわたしたる証、あかい花の嵐で攫って往く。
 まやかしも、断罪者も包み込んでその行動を支配した。
 後は囚えた獲物を葬るだけ。しなやかな脚を包むヒールが気高く歩み出る。
 嘗て六華と呼ばれた女は今己の貌に咲く美しき黒薔薇に指先を添え、妖しく笑う。
「刻んで綺麗に咲きなさい」
 魔女の命を受け、荊棘の子達が華颰と共にオブリビオンを切り刻む。
 総てを散らして大輪の花々だけが戦地に残った。

 霧が、少しずつ彼方へと流れていく。
 全ては終わった……筈なのに。嗚呼、息が出来ない。
 首が締め付けられる感覚はされど、姉妹に苦の感情を与えなかった。
 息苦しくて愛おしい。嗚呼、なんて素敵なのかしら?
 赤染めてのひらへ狂おしい彩の吐息が重なる。
 ふたりのなかに、あの子の可愛いらしい手の感覚がまだ残っているなんて。
「なゆちゃんもそう思っているのね」
 包み込む二人の手。これが、罪への罰だと云うのならば。
「この身の内へと歓迎しましょう」
 病は何れ癒えようと、あなたの存在は残り続ける。
 愛しき罪過よ。その歪んだこころも、魂も。
「ずっとずっと一緒よ……罪も罰も、わたくし達姉妹はずっと永遠に」
 嗚呼、霧が。花が散っていく。常夜へ還るは知らぬ過去の残骸のみ。
 最後の霞が消えゆく瞬間、花弁と手繋ぐ少女の輪郭が寄り添い姉妹へ融けていった。

 いつかまた――る迄、おやすみなさい。
 唯一の妹子よ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

噫、よんでいる

私の愛し子が
私の巫女が、私のいのちがよんでいる

─生暖かい雫と血の香り
あたたかい感触
サヨの香りが、味がする

サヨ、サヨ……!!
私を庇って?どうして……
私の櫻が傷ついた…私を庇って
救ってくれた

その甘美な罪に震える
愛しいきみをもう傷つけさせはしない
お前が私の巫女を裁こうなど
そんな厄災は約されぬ

─ 滅絶ノ厄華

触れるな
巫女の瞳に映すことすら厭わしい

爆ぜてしまえ
壊れてしまえ
私達に勇者など要らぬ
苦しみも痛みも全て私のものだ
…あの子がくれた祝福だ

災を刻み斬り断つ

噫、サヨ
私は何時だってきみをみている
狂おしい程に
ずっと、

きみの丸ごとを愛しているとも
呪いのように注いであげる

とけることのない神の愛を


誘名・櫻宵
🌸神櫻▼

退きなさい
私の神を返してもらうわ
私の甘い災愛を

あなたが?
私を裁く?
私のカムイを…あの子の罪を裁く?
何様のつもりかしら
巫山戯ないで

鶱華─駆け割り込み、カムイを庇い
叩きつけるように薙ぎ払う
私の神よ!
この罪も痛みも─カムイも!
私だけのもの

カムイ、起きて
それとも目覚めのキスが必要なのかしら?

還ってきてくれた私の…私だけの神を奪わせなどしない
私の戀を
カムイを殺していいのは私だけ

斬って生命を喰らって咲かせてあげる!

あら、おかしいわ?
元凶を斃してもまだ世界が赫い
神の頬をうっとり包み咲む

変わらずあなたしか、見えない
噫なんて
甘いのでしょう

あなたにも
私しか見えなくなればいいのに

ねぇ
罪ごと──私をあいして



●そして桜は咲き誇る
 黒と春の花弁が、赤霧に隠され失せてゆく。
 常夜を覆い尽くす再びの幻覚世界に現れたるは羞花閉月。
「退きなさい」
 果てなき爛漫花路共に、所作娃しく足取り強く絢爛着飾る龍が往く。
 其の背と角に咲かせし華は気高く、内に秘めた激情を養分に開花する。
 鋭き視線は無作法な敵将へ。一瞬の和らぐ眼差しは、傍で眠る一柱へ。
 一度、櫻宵の脚が止まった。
「私の神を返してもらうわ」
 処刑台の高さ分だけ見上げる貌は一切の妥協を許さぬ意志を画く。
 顔の判らぬ無礼者は此方を見たようだ。最も、其れの素性になぞ興味は無い。
 槍先をカムイに向けた儘、脳髄へ届くかの声に護龍の眼が不自然に見開かれた。
「あなたが?」
 普段甘やかな声色を、低く沈ませ空気を震わせる。
「私を裁く?」
 纏う花弁が不穏に舞い踊る。重き言の葉を乗せる口元に、笑みが浮かぶ。
 しかし尚も神へ向けた槍先映す瞳は熾烈な輝きを宿し荒れ狂う未来を予感させた。
「私のカムイを……あの子の罪を裁く?」
 何様のつもりかしら。
 呟く言葉に急速な無音。嵐の前の静けさが世界に湛えた。
 布擦れの音すらせず差し伸べられた優美な掌。彼の花達が集い重なる。
 一瞬の奇跡と共に、其れは一振りの神刀を顕現させた。
「――巫山戯ないで」
 抜き放つ血桜の太刀。伴に開放されし鶱華の神秘が龍牙に祝福を賜うなら。
 巫女の制止も聞かず行われる断罪目掛け、一気に駆け抜けた。

(噫、よんでいる)
 黒桜に埋もれた意識の中に、ひとひらの甘色花弁が舞い落ちてくる。
 それはカムイの銀朱に触れ優しく髪を撫でるように伝い溶けてゆく。
 聞き違う事の無い、声が聞こえた。噫、きみだ。きみの聲だ。
(私の愛し子が。私の巫女が、私のいのちがよんでいる)
 確かに掴んでいた『罪』の感触はもうない。
 一抹の名残惜しさを残すも、神は罪過の底から身を起こす。
 未だ満足に動けぬ身体に春の嵐が訪れを感じた。
 誰かが傍に来て……否。何よりも、この気配は理解している。
 耳に響く金属音。微睡む思考も覚醒する程の衝撃は――何かを叩きつける激しさ。
「――の神よ!」
 とっても寂しがり屋で、寒がりで、泣き虫で。
 何時だって私に春暁を魅せてくれる、鮮やかな華よ。
「この罪も痛みも――カムイも!」
 私の名を呼ぶ、あれは光だ。往かねば、大切な春光を目指して――。
「私だけのもの」
 私の巫女、今いくよ。

 生暖かい雫と血の香り。あたたかい感触が身を包む。
「カムイ、起きて」
 柔く暖かな季節が訪れる。甘い雨粒が、頬に落ちてきた。
「それとも目覚めのキスが必要なのかしら?」
 唇に触れる暖かな雫。サヨの香りが、味がする。
 蘇る鼓動をうつ心臓の痛み。それよりも、早くと瞼を開けていく。
 目覚めに映る光景は待ち望んだ現の花。揺れる焦点が合わさって。
 そこには艶やかに微笑む血塗れのきみが居た。
「サヨ、サヨ……!!」
 夢幻が覚め、一気に神は大事な巫女へ手を伸ばす。
 巫女は御寝坊さんな神の手を優しくやさしく取り繋いだ。
 噫、あたたかい。でも何故? 其処で漸く櫻宵以外に意識が向いた。
 寂れた処刑台の上で、傷付いた知らぬ者がゆっくり立ち上がろうとしている。
 かの手に掴む槍先に甘美な雫を滴らせて。
「私を庇って? どうして……」
 答えの言葉は一つと無く、代わりに口開き贈られたのは約神の名。
 カムイ。たった一言だけで総てを理解し、胸が高鳴る。
「私の櫻が傷ついた……私を庇って、救ってくれた」
 その甘美な罪に震える。気付けば縋る様にきつく手を握り返し、一瞬抱き寄せた。
 再会の歓びは少し後に。今はやるべき事がある。
「愛しいきみをもう傷つけさせはしない」
 紅彩る桜と共に立ち上がり、硃桜は桜龍を自らの背に隠して匿う。
 体制を立て直した無礼者を見据える眼差しは唯一点の感情を凝縮する鋭さで創られた。
「お前が私の巫女を裁こうなど、そんな厄災は約されぬ」
 厳かに告げられた神の怒りはオブリビオンが支配する赤霧に浸透していく。
 刹那、大気が揺れた。否これは畏れだ。狂飆の如き神気が赤を呑み込み渦を招いた。
「――滅絶ノ厄華」
 槍を構えた者が見開く様は約神だけが見届ける。
 滅絶の神罰は相手の制御を奪い、突然の行動不能に戦士は表情無く身を強張らせた。
「触れるな……巫女の瞳に映すことすら厭わしい」
 気高き指先で一切の反論を赦さぬ命を下せば敵は胸を抑え俯く。
 爆ぜてしまえ、壊れてしまえ。厄華の言霊がオブリビオンを裡から破壊し罰を与えた。

 苦しむ素振りを見せた姿が突如荒ぶり、抵抗しているのを察知し端正な顔を顰める。
 痛みで上手く御せなかったか……懸念は敵の武器が巨大化する事で現実となる。
「サヨ!」
 急ぎ巫女の手を取り――赤引く貌を見て一瞬の躊躇後その身を抱え上げた。
「カムイ?」
 驚く櫻宵をきつく抱き締め禍々しき槍先の暴動を掻い潜り処刑台から跳び退ける。
 荒れ地へ着地する神が労りながら龍を下ろし、改めて過去の異物を見上げた。
 傷負ったカムイを案ずる寵姫も静かに離れ、屠桜を握り締める。
「還ってきてくれた私の……私だけの神を奪わせなどしない」
 もう離れないと約を数多に結び、雁字搦めにしても未だ足りないと云うのに。
 何も知らぬ部外者が断ち切って良い縁である筈が無い。
「私の戀を、カムイを殺していいのは私だけ」
 赤塗れの戦士が跳躍し天上にて闇の雷を身に纏う。
 降注ぐ凶刃されど神櫻は臆せず戦意を構えた。
「私達に勇者など要らぬ」
 今一度神罰を与えかの者の威力を圧し殺す。
 断罪等烏滸がましい。苦しみも痛みも全て私のものだと操る指先に力が篭もる。
 我が心臓をうつものは苦痛ではない……あの子がくれた祝福だ。
 空中で速度が落ちた標的へ、向ける切っ先は存在屠る桜纏い裂き咲かす桜龍の牙。
 枝垂れ桜の翼広げ、うつくしき護龍は天駆ける。
「斬って生命を喰らって咲かせてあげる!」
 災を刻み斬り断つ御業が、斬り裂き吹き荒れる神楽の舞踏が贄を喰らい尽くす。
 総てが終わり降り立つ櫻龍を迎える神。寄り添う二人へ天から桜花弁が降り注いだ。

「あら、おかしいわ?」
 互いの無事を確認し合った後、漸く気付いたか櫻宵が袖で口元を隠す。
 元凶を斃してもまだ世界が赫い……理解した巫女はされど双眸に喜を宿した。
 手を伸ばし、病の癒えた神の頬をうっとり包み咲む。
「変わらずあなたしか、見えない――噫なんて、甘いのでしょう」
 あなたにも私しか見えなくなればいいのに。
 呟く言霊を拾い上げる神も、咲っていた。
「噫、サヨ。私は何時だってきみをみている」
 桜霞に映り込むカムイの姿。きっと己の朱砂にも相手を捉えているのだろう。
 絶え無くきみを想い見続けている。狂おしい程に、ずっと。
 其れが心地よくて櫻は甘やかにはにかんだ。
「ねぇ。罪ごと──私をあいして」
 己の神だけに届ける音の聲で、囁き告げる先に蕩ける眼差し。
「きみの丸ごとを愛しているとも」
 儚き罪病すら神櫻を飾る花にして。いつでも与えよう、呪いのように注いであげる。

 とけることのない神の愛を。
 そして桜は咲き誇る。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ディアナ・ロドクルーン

ぼろぼろと見開いた瞳から涙が零れ落ちる

棺の中に、埋葬されたのではなかったのか
自分が今どこにいるのか
見上げた先には―

動いて―

動いて―― ここで死ぬわけにはいかない
師父にだったら殺されても良い
でも、違うのなら殺されるわけにはいかない!

温かな血が流れる。この痛みは本物
そうだ、そう。何をしに来たのか、思い出した

なれば為すべきことは一つのみ

死んだ人たちは、幸せな顔をしていた意味が分かった
私も気が付かなかったら、そうなっていたでしょうね…

獣は獣らしく、獲物をかみ砕こうか
胸の奥深くに痛む傷をよくも暴いてくれたわね
これであなたも罪人の仲間入り
土足で踏み入れた罪は贖ってもらいましょう



●月を抱いて
 ノイズの走る映像を観ている。
 伸びてゆく己の手は今より幼くて。取ってくれた手は、しわくちゃで。
 大事に、優しく包んでくれた先に――嗚呼。
 おじいちゃん。あいたかった。
 何か言って……そうだ。この日は、お祝いしてくれたんだった。
 わたしに誕生日を教えてくれたひと。
 生きることは辛い事ばかりじゃないと教えてくれた。
 知識を、生きる術を。祝う喜びを、私でいられる事を。
 沢山プレゼントしてくれた。言わなきゃ、お礼を。
 ありがとうって。

 獣の本能が急激な覚醒を齎す。ぼろぼろと見開いた瞳から涙が零れ落ちる。
 此処は何処だろう。棺の中に、埋葬されたのではなかったのか。
 虚ろに見上げた先には――見知らぬ者の顔。
 振り上げた凶刃が今正にディアナの左胸を貫こうとしている。
 意味の理解よりも魂は全身を突き動かす衝動にこの瞬間の総てを費やした。
 動いて、動いて、ここで死ぬわけにはいかない。切っ先を映す紫の瞳に光が戻る。
 師父にだったら殺されても良い。
「でも、違うのなら殺されるわけにはいかない!」
 絶叫と衝撃音。処刑台の床に艷やかな髪が激しく揺れ散らばった。
 とっさに身を捻り、紙一重で命を貫く事だけは回避する。
 唯無事とは言い難い。温かな血が流れる。この痛みは本物だった。
 整えようとした息も乱れ苦しい儘。現実だ、此処は夢幻の世界ではない。
 そうだ、そう。何をしに来たのか、思い出した。
 目の前の断罪者を睨む。違う、あれは獲物(オブリビオン)だ。
 これがやり方か。死んだ人たちは、幸せな顔をしていた意味が分かった。
「私も気が付かなかったら、そうなっていたでしょうね……」
 涙を拭いて前を見る、今の私は猟兵だ。
 なれば為すべきことは一つのみ。

 最早其れを行うことは彼女自ら望む事だった。
 敵は其れをするだけの事をしたのだ。あの敵を、あの獲物を狩る為ならば。
 私はこの身に月長石すら飾ってみせよう。
「我が肉体、魂を糧にし、原初の記憶を呼び覚ませ、目覚めよ」
 靭やかな躰が一度大きく脈打ち、鮮やかな双眸がヒトの其れと違うモノへと変貌する。
 裡から始まる身体の変化に食いしばる奥歯。唇の隙間から覗く牙は獰猛に彩られた。
 この時点で危険を察した敵が武器を巨大化させてディアナに斬りかかる。
 激しく振り下ろされた凶刃が処刑台ごとなぎ倒し轟音と砂煙を巻き起こす。
 勝負はついたか、否。砂塵から娃しき獣が飛び出した。
 人の姿を捨て、紫紺の狼へと変貌した娘は気高き姿で過去の異物を鋭く見据える。
「胸の奥深くに痛む傷をよくも暴いてくれたわね」
 狼は唸る。この姿である事こそ、彼女の怒りだ。魂の叫びだ。
 大切な想い出を、女神の領域を踏み躙ったのだ。これであなたも罪人の仲間入り。
「土足で踏み入れた罪は贖ってもらいましょう」
 きれいな声色で勇猛に襲いかかる。戦士が刃を振るおうが一切の退避無く突き進む。
 脚が斬られようと尾が刎ねられようと瞬時に再生し走り続け、遂に懐へ飛び込んだ。
「獣は獣らしく、獲物をかみ砕こうか」
 大きく開かれた牙連なる凶口。喰らいついた喉元を、躊躇いなく噛みきった。

 霧の幻覚も喰らい尽くし、常夜に残るのは狼がひとり。
 傷も再生されて流れるものは無いのにその雰囲気は苦し気だった。
 吐き出す赤が呼吸を乱す。嗚呼、この病も終わらないと謂うのだろうか。
 喩えこの息苦しさが癒えたとしても、彼女が人狼で在る限り罪は消えやしない。
 天を仰いだ。欠けた月へ、断罪の咆哮が木霊する。

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
解釈お任せ
_

…お前の言う『罪』に、俺も含まれているのなら。
断罪は遠慮しておく。
お前にこの『罪』は──手に余る。
この断罪はお前が担うものではない。
この断罪はお前が背負うものではない。

もう、いい。
……もう、いいんだ。
「お前たちは、よく戦った」
そんな姿となり、討つべきものもわからなくなってしまっても
それでも己が使命のため、矛を奮い続けた者達へ
──敬意を表して。

「もう──休め」


鞘から抜かれた音。──否。全てが終わった音。

例え彼らの顔が見えずとも
忘れまい。
彼らの意志を。
彼らが確かに生きた、証を。



●信賞必罰
 事件現場は、既に赤霧に包囲されていた。
 顔の判らぬ犯人と対峙する梓は供述めいた言葉に耳を傾ける。
「……お前の言う『罪』に、俺も含まれているのなら」
 霧が邪魔で相手の様子が伺えない。けれども、逸らさず見つめ続けた。
 職業柄か、それとも……少しだけ理解できる部分が在るかもしれない。
 刑事の目には敵が、断罪者達が罪の霧に立て籠もっているようにも視えた。
「断罪は遠慮しておく。お前にこの『罪』は──手に余る」
 オブリビオンと猟兵ならば、言葉は不要と今すぐ戦っていただろう。
 しかし妖剣士は己の獲物に手をかけず話しかけ続ける。
 この断罪はお前が担うものではない。
 この断罪はお前が背負うものではない。
 確かに抱えきれずに他に救いを求める者だって沢山居るだろう。
 けれど。自ら乗り越えようとする者も大勢いる。
 それに、救いたい者はお前達だけじゃない。
 もう、いい。……もう、いいんだ。
「お前たちは、よく戦った」
 その姿はまるで、犯人への説得を担当している現場の「人間」だった。

 されど過去の異物、世界の敵と成った戦士は抵抗の意志を見せた。
 否、それは何に抗うものか。黒紫の切っ先は猟兵に向けられる。
 赤に塗り潰された顔は、どんな彩をしているのだろうか。
 巨大化する断罪の刃、繰り出される一撃を回避に徹する。
 多少の怪我は想定内。されど梓は未だ武力行使を行わない。
 二度、三度の暴動をあえて対応し受けきった。
 息が上がる。赤が零れる……が。半魔は変わらず犯人を見ていた。 
 その眼差しは敵意でも、同情ではない。男の感情は唯一つ。
 そんな姿となり、討つべきものもわからなくなってしまっても。
 それでも己が使命のため、矛を奮い続けた者達へ。
 静かに、猟兵は構えをとった。此処で初めて携えた一振りに手をかける。
 オブリビオンになり理不尽な殺人を行った時点で重罪人だ。
 罪は裁かれなければならない。だが戦士達の志も『罪』だったと謂うのか。
 彼等に梓がすべき事は逮捕ではない。
 過去の檻に囚われた彼等を、釈放することだ。
 世界の、人々の為に戦った者達へ。
 生前の彼等へ──敬意を表して。鯉口を、切る。

「もう──休め」
 鞘から抜かれた音。──否。全てが終わった音。

 絶牙を収め顔を上げる。
 戦士は槍を落とし、ふらつく……姿が少しずつ朧気になっていた。
 徐々に身から溢れる赤霧が、周囲の檻と共に風が攫っていく。
 それを梓は見届けていた。いや、見届けなければならない。
 例え彼らの顔が見えずとも忘れまい。忘れは――。
「……――」
 見開いた猟兵の視界で、敵の顔を覆っていた赤が晴れていく。
 同時に、気付いた。前方の去り行く霧に交じり数多の人影が姿を見せていた。
 瞬時に理解する。あれがきっと『彼等』なのだろう。
 命が尽きるその瞬間まで、救済を行い続けた人々が静かに霧散していく。
 交わす言葉は一つもないが今この場に居る者達の志は同じだった筈だ。
 世界も、文化も違えども。誰かを助けたい想いは等しく存在していた。
 罪を抱えようとも前を向き、戦い続ける己と同じように。
 彼らの意志を。彼らが確かに生きた、証を胸に。
 姿勢を正した男は静かに上半身を曲げ丁寧に頭を下げる。
 それは一人の刑事が贈る、心からの敬礼であった。

 顔を上げた時にはもう彼等も霧も病も存在していなかった。
 梓は一度墓地に向き、本件で救えなかった命にも彼等の代わりと頭を下げる。
 暫し後、ゆっくりと澄み渡る常夜を言葉無く仰いだ。
 今宵の記憶を心に刻みながら。

●今現在から、その先へ
 オブリビオンは猟兵達によって断罪され罰に沈んだ。
 過去の戦士達は海へと還り、未来を歩む者達は新たな道へと向かうだろう。
 病む程の罪過を暴かれても。罰を受け入れ苦しんでも、それでも。

 世界の為に。誰かの、自身の為に。
 罪を抱き生き抜く者達に、幸あれ。

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2021年05月05日


挿絵イラスト