14
クロックノック・エバーランド

#アリスラビリンス #猟書家の侵攻 #猟書家 #機甲戦乙女ロスヴァイセ #アリスナイト

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アリスラビリンス
🔒
#猟書家の侵攻
🔒
#猟書家
🔒
#機甲戦乙女ロスヴァイセ
🔒
#アリスナイト


0




●クロックロックを願っていた
 ずっとずっと憧れていた、「子どもだけの国」(ネバーランド)に。夢想を語る事が出来る優しい家族に。
 けれど、自分のひりつく体を労る手は何処にもなくて、屋根裏のベッド、粗末な毛布に包まって読む物語だけが幸福な時間だった。草臥れた表紙と想像だけが、ずっと自分の愛すべき隣人だったのに。
 嗚呼、なのに――竜巻に運ばれたわけでもないのに、どうして私は此処にいるんだろう。

「嗚呼、嗚呼、ペリエが…!」
「逃げて、!此処はもう安全じゃないんだ、早く立っ…」
 自分を労ってくれたペンギンの「友達」の心臓に穴が開いて。
 自分の手を引いてくれたウサギの「友達」は頭が吹き飛ばされた。

 いつの間にか連れて来られた異世界。その異様さに怯え、彷徨い、そして漸く得た安らぎの場所だった。気が付いたら隣に居てくれた異形のお友達は私を「アリス」と呼んだけれど、あの物語は好きではなかった。
 だから、名前で呼んで欲しいと嘘を吐いた。なりたいあの子の名前を騙ったのだ。

 これは、その罰なのか。不相応を望んだ罪なのか。理不尽に、唐突に降り注ぐ弾丸がまた1人、友達を屠っていく。
 お伽の国になぞ足を踏み入れる資格はない、お前には「現の国」(エバーランド)が似合いなのだと突き付けられた気がした。
 少女の見開かれた瞳から涙が零れる。その雫が地を叩くまでのほんの僅かな時間に……柔い体は悍ましき怪物へと成り果てる。迸る咆哮は、まるで泣き叫んでいる様だった。

●クロックノックを叶えたくて
「やあ皆、佳く来てくれたね。本来なら楽しい話で持て成したいところだけど…」

 眉根を下げて困った様に微笑むグリモア猟兵――ヴォルフガングと足を止めた猟兵達の前に振る舞われるのはクラシック・オペラ。グラン・マルニエの華やぐ香りは、けれど血腥い話の前に霞んでしまうかも知れない。

「最近、猟書家達の侵略が活発になっているのは皆も知っての通りだと思う。此度はその内のアリスラビリンスを侵略した者の駆逐を依頼したい」

 テーブルの遥か頭上、鏡を模したモニターに映し出されたのは銃を構える血の様に紅い装束を纏う娘と、ボブショートの髪を振り乱し、今にも怪物になろうとする少女の姿だ。アリスナイトと友達が暮らしていただろう、お伽噺から抜け出た様な幻想的な村は、その可憐で愛らしい佇まいとは裏腹に生々しい銃痕と住人達の屍で埋め尽くされていた。

「識別名『機甲戦乙女・ロスヴァイセ』…彼女の狙いは実にシンプルで合理的だ。想像力豊かなアリスナイトを殺害し、強力なオウガとして蘇らせ。そうして主が願う「超弩級の闘争」とやらの為の戦力確保を図ろうとしているようだね」

 見上げた忠誠心だ、と皮肉気に男は唇を釣り上げる。この場にはその主の姿はなく、あくまでロスヴァイセ単独での出撃の様だ。

 「皆にはアリスナイトを守りながら戦って貰う事になるが…ロスヴァイセの凶弾全てを撃ち落とす事は難しい。彼女は君達の排除より、アリスナイトの殺害を優先するだろう」
「なら、どうする?」
「アリスナイトは己の描く空想を力に変える者、ユーベルコードを使う様に呼び掛けて自分の身を護らせるべきだろう。…だが、彼女は自分の想像力を上手く制御出来ていない様だ。恐らく根深いトラウマ絡みでね」

 幸いにも今流れる予知を出力した映像は、変える事の出来る未来。猟兵達に現地に赴き、忌まわしき猟書家の襲撃前に彼女を奮い立たせて欲しいと男は告げる。

「…アリスナイトの少女に絡みつく過去、その全てを断ち切る事は難しいだろう。だが、君達が乗り越えて来た過去、目指す未来…君だけの、君と大切な人だけのものがたりを彼女が聞けば、きっと」

 ――変わるものがある、君達の歩んできた道にはそれだけの価値と、力があるのだ。
 止まった針を動かせ、未来は自分で作るしかないのだから。そう背中を押して欲しいのだ。

「…分かった、ところでそのアリスナイトの名前は?」
「「ウェンディ」だ、どうも偽名の様だがね」

 それは旧き良きものがたりの登場人物。
 家族に愛され、空を飛ぶ事すら叶った――多くの子どもの憧れを浚った、少女の名前。切り分けられたオペラからひらり舞った、金箔はまるで妖精の粉の様であった。


冬伽くーた
 ご無沙汰しております、冬伽くーたです。
 今回は1作目以来久し振りとなるアリスラビリンスよりお届け致します。己の想像力に振り回されるアリスナイトへの励ましと猟書家の撃破をお願い致します。

 1章『君だけの物語』
 アリスナイト「ウェンディ」に猟兵皆さんの想いを語って差し上げて下さい。恵まれない境遇にあった少女は皆さんの話一つ一つが新鮮であり、自身の想像力も駆使しながら熱心に耳を傾けてくれます(シナリオ構成上、強めのアドリブが入ります)
 然し、彼女には強いトラウマがあります為、話の内容次第ではユーベルコードの強度への影響があるかも知れません(詳細はこの後投下する断章を参照下さい)

 2章『機甲戦乙女ロスヴァイセ』
 ボス戦となります。「ウェンディ」は1章の展開次第で状況が変わりますが、いずれの場合も戦闘には不参加となります。

 少女の止まった時計を動かす物語、どうかお付き合い下さいませ。
48




第1章 日常 『君だけのものがたり』

POW   :    手に汗握るバトルものを語ろう

SPD   :    爽やか青春物語をお披露目しよう

WIZ   :    謎が渦巻くミステリーをお届けしよう

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ある少女の追憶
 最初は有触れた形だった。優しくて穏やかなパパに、可愛くて明るいママ。頼りになるお兄ちゃんとあたし。
 ママは料理は得意じゃなくて、でもお掃除が得意で魔法みたいに家中ぴかぴかにしてしまうの。いつだって優しくて温かな匂いがした、お兄ちゃんと一緒にぎゅってして貰うのが大好きだった。
 パパは全く逆で、だからママと気が合ったんだよって良く笑っていた。日曜日は近くの公園にピクニックに行って、皆でパパが作った特製のパンケーキを頬張るのが楽しみだった。
 お兄ちゃんはぶっきら棒で意地悪だけど、あたしが男の子にいじめられたら追い返してくれて。宿題も教えてくれたの。褒める時、あたしの頭をぐしゃぐしゃにするのやだって言っても全然止めてくれなかった。

 そんな優しくて温かな日々がずっと、ずっと続くと思っていたのに。

 パパは本当はママを愛してなんかいなかった。お兄ちゃんとあたしの事も愛していなかった。昔付き合っていた恋人が忘れられなくて、再会したらもう手放せなくて。一緒になるんだって出て行った。
 ママはショックを受けて、お酒に溺れた。あたしを大好きよと抱き締めてくれた手で、何度も何度もあたしを叩いた。
 お兄ちゃんはそんな家に嫌気が差して、部屋から出てこない。あたしが運んだご飯が気に喰わないと引っ繰り返してしまうの。

 大人は嘘吐き。
 大人は嘘憑き。
 大人は嘘尽き。

 なんにも、なんにも信じるに値しないの!!

 指切りも、公園で作ったシロツメクサの冠も、甘い甘いパンケーキも全部蛆虫にたかられてしまった!
 その時にあたしは知ったの、嘘を吐いたって悪魔はお仕置きしてくれない!カミサマは悪い子のあたしなんか愛してくれない!粗末な天井裏が綺麗なお部屋に変わったりなんてしない!

 だったら、全てゴミ箱に捨ててしまいましょう。そうして優しい鳥籠を作りましょう、嘘吐き大人は足でも落とさなきゃ入れない様な、小さな入口の、小さなあたしだけの王国を。
 人間はあたし以外に要らない。
 そうしたらきっとあたし、何時だって微笑んでいられる。おはなしの中の女の子の様に愛される存在になれるの。

 もう誰も、あたしを捨てたりなんかしないの。叩いたりなんてしないの。


●或いは秒針を摘み折った日
 ――斯くて少女は多くを捨てた。自分の未来すら、見捨てた。
 腐った食べ物を捨てるかの様に、躊躇いもなく逆さにしたのだ。
 そうしてなんにも知らない顔で笑う。けれど、本当は全て覚えているのだ。
 
 壊れた愛の痛みも、置いてきた家族も全て。全て。
 自分が作り上げた王国で、自分が作り上げたお友達に囲まれて。
 ぺかぺか輝くペパームーンを見上げ。少女は今日も独りぼっち、壊れた幸福を抱えて螺子の外れた笑みを浮かべるのだ。


■□■

受付期間:11/22 8:31~

※今回は全採用は確約できません、申し訳ありません。又、受付終了は状況を見ながらお知らせさせて頂きます
木常野・都月


俺は記憶がない。
目が覚めたら狐の姿で雪の森の中にいた。

生きる為に餌を探した。
天敵や狐狩りから逃げた。
飢えた。

狐は基本1匹で生きる。
でも育児の時だけ、群れたりする。
俺は、その群れに運良く助けられたんだ。

その後、人間に助けられて、自分が妖狐だって知るんだけど…

俺本当は。
自分が妖狐なのか、狐が妖狐に化けたのか…知らない。
何者か知らない、俺はいつも1人だ。

でも、生きるしかないんだ。
辛くても、痛くても、苦しくても。
ウェンディ位の親に甘え盛りの子には厳しい話だ。

でも…頑張っていると、助けてくれる人がいる。

狐の群れ。
じいさん。
猟兵の皆。
任務で出会った人達。

俺、今も1人だけど、1人じゃないって思えるんだ。




 吐く息は白く、弾む。既に雪化粧を纏う森は歩き辛い事この上ないが、かつての森歩きの勘が青年を支えていた。
 木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)が雪の重みで頭を垂れる木々をゆっくりとどけた先に、件の村は佇んでいた。…否、その煌びやかさは森閑の中にあって異質であると言い切って構わないだろう。
 森閑の中に宝石を散りばめた可愛らしい建物は、そのパステルカラーやモチーフとは異なり溶け込む様で全てを拒絶し、自然に牙剥き聳え立つ。
 村の入り口では、目を皿の様にするキャラメルブロンドの少女…「ウェンディ」が、愉快なお友達と丁度茶会の準備をしていたところであった。都月に気付けば、手に持っていたポットをぽおんと空に放って(愉快なお友達が文字通り愉快な仕草で手足をばたつかせながら、辛うじてポットをキャッチしたのが都月には良く見えた)走り寄り、興味を隠しもせずに妖狐の青年を見上げる。

「まあまあ、どうしましょう久し振りの御客さん!お兄様、どうしてこんな辺鄙なところにいらっしゃったの?迷子なのかしら?」
「いや、迷子では…」
「ならお客様かしら!うふふ、お友達以外の人が来るのなんて初めてよ!今お茶とお菓子を用意するわ、どうぞ腰掛けてお待ちになって?」

 にこやかに席を引くウェンディに、若干その勢いに圧されつつもじゃあお言葉に甘えてと青年はふかふかの椅子に座る。
 グリモア猟兵の予知では狂乱を見せていた少女にその面影はなく、楽し気に紅茶を注ぐ様子は10代始めといった容貌と合わさり牧歌的ですらあった。…幾つかの点を除けば、との但し書きが付くが。

「どうぞ、ストロベリーの紅茶にどんぐりのクッキーよ。出来立てだから気を付けて食べてね。…と、名前も言わずにごめんなさいね!わたしの名前は…」
「知っている、ウェンディだよな」
「…どうして?」

 変化は劇的であった。微笑む口元、それとは裏腹に氷原の如く冴えた瞳をすうと細める。
少女は己の名を知る青年への警戒を強めたようだった。まるで手負いの獣、そのものの様だと都月の勘が告げる。
 その切りつける様な眼差しを落ち着いた面持ちで受け止めた青年は用件を切り出す。君に話をしにきたんだ、と。紅茶で潤した喉から紡ぐは己の生い立ち、生き様。

「俺は記憶がない。目が覚めたら狐の姿で雪の森の中にいた」
「…こんな風な?」
「木の種類は違うけれどな。生きる為に餌を探して、天敵や狐狩りからは逃げた。…飢えた」

 飢餓の言葉に眉根を寄せるウェンディの表情は僅かに翳る。…即ち、少女は飢えのひもじさを、恐怖を知っているのだ。幼いと言っても過言ではない年で。
 その顔を瞳に焼き付け乍ら、青年は尚も己の物語を紐解く。そのままであれば生きる術を知らぬ獣は森へと還っていただろう。しかし、都月は運良く狐の群れに救われたのだ。
 狐は基本的には単独で生きる獣だ。けれど、育児の時にだけは群れを形成する。都月が拾われたのは丁度その時期に当たったからだ、それは正しく幸運。

「その後、人間に助けられて、自分が妖狐だって知るんだけど…俺本当は。自分が妖狐なのか、狐が妖狐に化けたのか…知らない」
「…恐ろしくはないの?自分が何者か、何より愛されて生まれたかも分からないのに」
「それでも生きるしかないんだ。辛くても、痛くても、苦しくても」

 ――何も知らなかったとしても、例え独りであったとしても。眼を瞑れば、今も褪せる事のない群れの仲間達の、老爺の、猟兵として知り合った友らの顔が浮かび上がる。
 少女も、そして自分も、今は1人、雨風に晒される野花でしかないかも知れない。けれど、努力し続ければ…助けとなってくれる人がきっと現れる。人としての生を弛まぬ努力で歩み始めたばかりの青年は、その事を知っていた。
 遠く、険しい道のりであるのは間違いない。あどけない顔立ちを強張らせる甘え盛りの少女には酷な話であったかも知れない。
 それでも、都月は伝えたかったのだ。今は1人でも、決して独りではないと言える幸福の形もあるのだと。

「知らない、「あたし」は知らない。愛なんて形の亡い物も、満たされる幸福も」
「…未来は分からない、誰にも」
「…もう疲れたの、お皿を持っている事に」

 甘ったるい幸福は何時まで立っても目の前に乗せられる事はないのだと告げるウェンディの顔は、老婆の様な疲れが過ぎる。
「ウェンディ…」一人に出来ない、そう咄嗟に伸ばした青年の手をそうと娘は握る。ありがとうと、そう告げるかの様に。

「…けれど、お兄さんが危険を犯して来てくれたのは、分かるわ」
「…俺の言葉だけで、納得が出来ないなら。他の猟兵の言葉も聞いて欲しい」

 ――きっと、また異なる考えを持つだろう彼等の声を。

 少女は頷き、歩き出す。おっかなびっくり、生まれたての雛の様なぎこちなさで。やがて、駆けるような早さで。いつの間にか、影のように追従する2足の獣共々、都月は静かに見送る。
 漏れた吐息が棚引くように、空へと白の筋道を造っていた。
 
 (俺の言葉は届いたかな、じいさん)

 少女の瞳の翳りは、僅かに透き通って見えたけれども。人として歩み始めたばかりの自分の見間違いではなかったか、そうも思えてしまって。
 知らず握った青年の拳を、ふと柔らかな風が撫でた。大丈夫だ、きっと届いたと優しく囁くように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◎
うーん、俺には立派な冒険譚とかは無いからなぁ
じゃあ、俺とこの大きいお兄ちゃん――梓との
出会いの話でもしようか
馴れ初めってやつ?

まず俺は、ちょっと危なっかしい所があってね
(戦い、ましてや死闘が大好きだなんて言ったら
怖がらせそうだからぼかしつつ)
そんな俺の面倒を見るんだと言って
突如俺の前に現れたのが梓
それから俺の行くところ何処にでもついてきて
いやぁ全く、お節介の極みだよね~

でも最初は何処かビジネスライクのような付き合いだったのが
いつしか一緒にいるのが当たり前になって

海に行ったり縁日に行ったり
血腥い戦場だけが居場所だった異端の俺に
「普通」の楽しさを教えてくれた人

※アドリブ・自由な解釈歓迎


乱獅子・梓
【不死蝶】◎
おい、その言い方だと変な誤解されるだろう!

俺は…小っ恥ずかしいが、自分の話でもするか
俺達の故郷はクソみたいな場所でな
悪い奴らが人の命を玩具のように弄ぶ世界
ガキだった俺は「こんな世界変えてやる!」と
向こう見ずな想いだけで家を飛び出した
旅の途中でこいつらに出会えたのは幸運だったな
焔と零をウェンディにも見せてやりつつ

未だ故郷は平和とは程遠い、が
人々は立ち向かう意思を見せ
少しずつ確実に世界は変わっていってる
俺一人の力で世界を変えるのは無理でも
人々に俺の力を貸すことは出来る
そうすれば、いつの日か、きっと

…故郷が平和になったら
綾と実家に帰って、一緒に暮らすか
なんて言いたいが、今はまだ心の中に




「ううん、影も形も見当たらないね…」
「あの子にとっちゃ庭みたいなものだろうからな、地道に探すしかなさそうだ」

 服の隙間から忍び込む冷気に首を竦める綾に、その肩に積もった雪を払ってやりながら梓が応える。
 先程前では薄曇りであった空は、灰色を深めこんこんと雪を降らせていた。
 冷厳な雪景色には、少しでも寒さを和らげようと長身を僅かに屈め、指と指を擦り合わせる梓もまた寒さを感じずにはいられない。
 2人は行き会った猟兵の青年から聞いた少女との顛末、そして消えていった方角を目指して歩を進めていた。
 少女の足跡はひたすらに真っ直ぐに村の端へと伸びており、行き先を追う事は容易であった。僅か後ろに続いている人ならざる足跡は愉快なお友達だろうか。
 まるでお伽噺の様なその光景に、けれど僅かに綾は眉を跳ね上げる。何かが彼の…歴戦の兵士としての勘に引っ掛かるのだ。
 難しい顔で屈み込む綾に倣うように、同じく腰を落とした梓は足跡に新たな発見を覚える。横目で見れば、綾もまたその正体が分かったのだろう。小さく頷きを返す姿が見て取れた。

「…足跡の嵩が不自然だな」
「だね、まるで体重がないみたい」

 衣服越しにもしんしんと忍び寄る冷気に顔を顰めつつ、二人が屈み、間近に捉えた足跡は華奢な娘のそれと比べて余りに浅い。
 無論、多様な種族で構成される上にその成り立ちすらも千差万別な猟兵にあっては、通常の物理法則を超越した者も少なくはない。しかし、それらとは何かが異なる異質さが静かに横たわっている様に2人には感じられた。

「疑問は尽きないが…直ぐに答えは分かりそうだな?」
「どうだろうね、お嬢さん?」
「…!」

 そしてもう一つ感じていたのは、目当ての少女の気配…と、何より木陰からちょこんとはみ出す愉快なお友達(ライオン)の尻尾だ。
 見咎められた事に、二人の視線から気づいたウェンディ(余談ではあるが、ライオンは少女をぎゅうと抱き締めて頬をすりおろさんばかりの勢いで頬擦りしながら謝っていた)は、ほつれた髪を直しながらおずおずと2人の前に進み出る。
 予定外のアクシデントから若干赤くなった頬は愛らしいものであるが、幼い顔には判決を言い渡される罪人が如き悲壮感が同居する。…期待か、或いは緊張か、はたまたその両方か。震える手を自分自身で抑える少女の気を和ませるように、屈んだ姿勢から、綾はそのまま目を合わせる。

「こんにちは、ウェンディ。俺は綾って言うんだ、宜しくね。うーん、何を話そうか…俺には立派な冒険譚とかは無いからなぁ。じゃあ、俺とこの大きいお兄ちゃん――梓との出会いの話でもしようか」
「おい、その言い方だと変な誤解されるだろう!」
 馴れ初めってやつ?とぽんと手を合わせた綾の後ろで、その遣り取りを見守っていた梓は思わず咳き込む。少女の探るような眼差しが痛い。
 少女と自身の相棒の遣り取りを知ってか知らずか、変わらぬ笑みを湛えた綾が紐解く物語は2人の出会い。唇を湿らせ、青年はその端正な唇を開く。
「俺は、ちょっと危なっかしい所があってね。そんな俺の面倒を見るんだと言って、突如現れたのが梓」
 ちょっと?と言いたげに梓の眉根は寄るが、綾の言葉に口は挟まない。けれど、苦虫を噛み潰したかのような銀髪の青年の表情は雄弁にその苦労を語っていた。
 対照的な2人の表情に、少女は何か言うべきか逡巡するが、どちらが正しいのか分からぬ身である。沈黙を選ぶより他にない。
「それから俺の行くところ何処にでもついてきて…いやぁ全く、お節介の極みだよね~」
「じゃあ、最初から2人は仲が良かったわけではないの?」
「ぜーんぜん!梓は直ぐおっかない顔をするしさ、所謂ビジネスライクなお付き合いだったよ。最初はね」
 こんな感じ!とお道化て自分の瞼を釣り上げて見せて、けれど続く言葉は。
「いつしか一緒にいるのが当たり前になって。海に行ったり縁日に行ったり」
 …柔らかな響きを帯びていると、綾は気付いただろうか。
「血腥い戦場だけが居場所だった異端の俺に、「普通」の楽しさを教えてくれた人」
 それは何処か、敬虔な祈りにも似て響く。未だ鼻の奥に残っている様な、鉄錆の臭いは敵だけではない、きっと自らが流した血潮も混じっているのだろう。
 それが当たり前であった。平穏な日々は遠く、自らに訪れるとは想像もし得なかった。
 梓がこの血濡れた手を、何でもない顔で握ってみせるから。死地に向かう手を引き上げてみせるから。
 生まれ過ごした世界程に立ち込めていた暗雲に、何時しか光が差し込んだのだ。
「…そう、そうだったの」
 噛み締める様に呟いた少女の声は、飢え乾いた亡者の如き寂寥に満ちていた。

 未だ暗がりにあり、差し伸べる者のない孤独に丸まる背中は梓にはなじみ深いものだ。
 抗う術を持たず、命を奪う暴虐に下を向いて耐え忍ぶしかない子ども達は、故郷では日常でしかなかったのだ。
 だからこそ、伝えねばならない。視線を交わし、僅かに下がった綾の代わりに今度は梓が少女の傍に膝を突く。
 体を強張らせる少女の頭にぽんと手を置き、にかりと笑い掛けて。
「俺は…小っ恥ずかしいが、自分の話でもするか。俺達の故郷はクソみたいな場所でな」
 青年が語るのは自身の出自。宵闇に覆われた故郷は薄暗い世界に相応しく、命の価値は時にパン一つにすら劣った。
 悪漢達は時に玩具を使い捨てるかの様に、戯れに命を奪う…屍の山の上に家々が築かれる様な、そんな場所であった。
「ガキだった俺は「こんな世界変えてやる!」と向こう見ずな想いだけで家を飛び出した」
「誰か、手助けしてくれる人はいなかったの?」
「いなかった、誰もが生きるのに手一杯だったからな。けど…旅の途中でこいつらに出会えたのは幸運だったな」
 いつの間にか、梓の双肩に寄り添っていた竜達…焔と零をウェンディにも良く見える様に背を傾けつつ、青年は笑みを深める。
 自分達が話題に昇った事が分かったのか、竜達は自慢げに胸を張る。その愛嬌のある仕草に、少女の口からも思わず小さな笑い声が零れた。
「未だ故郷は平和とは程遠い、が…人々は立ち向かう意思を見せ、少しずつ確実に世界は変わっていってる」
 それは梓と綾を含めた、数多の猟兵達が文字通り命を賭して成し遂げた所業。
 如何に異能を扱う猟兵達であっても、独りで全てを救う事は出来ない。けれど、か細い願いの火が、理不尽に抗う希望の灯火となるまで守る事は出来る。
 人は、決して独りで生きているわけではないのだ。

(そうすれば、いつの日か、きっと)
 …故郷が平和になったらお前と実家に帰って、一緒に暮らすか。そう言える日が来るのかも知れない。願いは今はそうと秘めて。青年はサングラスの下、その瞳をとろりと和ませる。
 
 手を取り合う事、その為に自分を変える事。奪われるだけの生であった少女には余りに眩しく、心臓が痛むかのように拳を押し当てる。
 梓も綾も言葉を発しない。掬い上げる事は出来るかも知れない、けれど生き続ける為には少女自らが願い、立つしかない。その事を知っているから。答えが出るまでの間、見守ると決めた。

 沈黙は短くも感じたし、一晩の様な長さにも感じられた。ふと雪嵐が弱まったその瞬間、少女は青玉の瞳をひたりと梓に向け「一つだけ、聞かせて」と口火を切る。
「自分が変わっても、願いを持っても。それは知られなかったら息をしていないのと同じじゃないの?…どうして、我慢してしまうの?」
 決定的な言葉はない、けれど梓には謎掛けの様な少女の問いが何を指すのか痛いほどに分かった。少女を2人が観察していた分、少女もまた青年達を見続けていたのだ。
 梓の動揺と、感じ取った祈り。僅かな綻びから深淵を見んとする少女に、けれど梓の心は凪いだ儘。
 その答えは――もうとっくに青年の中では決まっていたから。
「知られなくたって構わない、今はそうで良い」
 傷つけ、縛りたいわけではない。唯一つの帰る場所(はな)になりたいから。だから、青年は待つのだ。
 愛しい蝶が真に殻を脱ぎ捨てる、その時を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
昔、ある少年がいました。
彼はある日、蔵の中にいた人形と出会いました。
自力で動けない人形に名前を付け
時には心ない人にからかわれながらも人形と共にいました
大人ぐらいの大きさの人形を屋根に運んで遠くの景色をみせてくれた事もありました。
彼は大人になっても人形を大切にしてくれました
だから人形は人の身を得て共にいたいと思いました

あなたが叩かれたりするのは間違ってます
それだけは絶対に違います
けれど、すべての大人があなたを傷づける訳ではない
それも絶対に違います

【呼景】発動
ペンギンやウサギのお友達が撃たれる前にここへ避難させます

もし私があなたを守りきったら
全ての大人が敵ではないと…信じてくれますか?




 知らないと言う事はある種の幸福でもある。苦も楽も誰かと比較してこそ一層その明暗を分けるものであるのだから。
 猟兵達から与えられた物語は少女にとっての希望であり、そして絶望でもあった。
 少女には縁遠い温もりがあった。喪う痛みがあった。生きる事とは抗う事であり、その先に様々な道を拓く事であると猟兵達は語る。
 (私に、本当に私に。同じ事が出来るかな…)
 愛されない事は呪いだ。
 学ぶ機会を奪われた事は枷だ。
 この手には何もない、手を引いてくれる人も…自信も、何もかもが。
 考え疲れた少女は歩く気力もない様であった。ずっと付き添っていたライオンのお友達が少女を抱き上げ、移動するのに任せる儘。ゆれる足は何処か人形の様に儚く、寂し気だ。
 少女らは考えを纏める時間が欲しいと、再び街の中心を目指していた。自分達の何よりも安心出来る場所へと向かう先に――
「今晩は、佳い夜ですね」
 そう控え目に微笑む、夜の現身の様な青年がいた。
 遮るもののない雪原に新たな風が吹き込む。風にぬばたまの髪を遊ばせる桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)はもう一つの影と共に、少女の前に滑る様に進み出る。

 月明りを背に立つ青年達の姿が明らかになると共に、少女は雪原の瞳を驚愕に見開く。
 髪を降ろし、狐の面(少女には見慣れぬ造形であれど、その姿は狐を模しているのだと本能的に感じ取ったのだ。或いは、その閃きは最初に邂逅した青年の面影あってこそかも知れないが)を付ける違いこそあれど、カイに影の様に寄り添う青年の容姿は、少女の目にはまるで違いがない様に見えたのだ。
「お兄さん達、双子なの…?」
「そう見えてもおかしくないですよね、でも「彼」は「私」なんです」
「え…?」
 青年の言葉を理解出来ず、少女は硬直する。
 必ずその手に本体を携えるヤドリガミ達…永くを生き、愛された器物が神格を抱く者の中にあっても、写し身の様な姿を持つ者は数える程であろう。少女が一瞬理解出来なかった事は、無理からぬ事であったかも知れない。

 その希少な存在である青年は、人を安心させる穏やかな笑みを絶やさず語り出す。少女の為の、道求める者の行き先を照らす灯の物語を。
「昔、ある少年がいました。彼はある日、蔵の中にいた人形と出会いました」
 カイとその本体の事か。そう暗に表情で問い掛ける少女に頭を振る。この話はもっと、もっと昔の話。カイがカイとして歩き出す事となった、その切っ掛けなのだ。
「自力で動けない人形に名前を付け、時には心ない人にからかわれながらも人形と共にいました」
 今も思い出す、光一つ差さぬ蔵の中で緩やかに朽ちるのを待つだけだった時間。そんな自分の螺子を動かしたのは、まだ幼い少年であった。
 人の手なくして動く事の叶わない絡繰り人形、物言わぬ友に寄り添う彼は異端として見られた。
 幾つもの揶揄を浴び…けれど、決してカイの隣にいる事を諦めようとはしなかったのだ。
「大人ぐらいの大きさの人形を屋根に運んで遠くの景色をみせてくれた事もありました」
「…その子は、とても、とても。お人形の子を大事にしてくれていたのね」
「ええ、本当に。何度も危ないところがあって、汗なんて滝の様に流れていました」
 ――そうまでして見せてくれた光景を、自分が自分である限り決して忘れる事はないだろう。
 世界はとても広いのだと、もっともっと見せたいと笑ってくれた友の顔共々、決して。
「彼は大人になっても人形を大切にしてくれました、だから人形は人の身を得て共にいたいと思いました」
 大事にされる「物」ではなく、同じものを感じる事が出来る「者」として。共に歩みたいと願ったのだ。

「…お人形の子は人になれたのね。あたしとは大違い、人形になりたかったあたしとは」
 じっと自分の掌を見つめる。この世界に来る前は痣とあかぎれだらけだった。朝など来なければ良かった、そうすれば現実を直視しなくて済んだから。
 だから、何も感じずにいられる人形になりたかったのだ。そう呟いて、今は傷一つない手で顔を覆ってしまうのだ。
(どうしてペンギンさん達がいないのかと思っていましたが…)
 微動だにしないライオンを見て、得心がいった。彼、或いは彼女が佇む様は命なき空虚に満ちた動く事の叶わぬ人形そのものだ。
 恐らく彼等もまた少女の想像の産物…ユーベルコードによって作り出された友。少女の千々に乱れた心に、彼等を無意識に動かすだけの余力が存在しないのだ。
 否、最初に猟兵と会い、心揺さぶられた瞬間から恐らく少女には余力がなかった。だから、2人を連れ歩く事も出来なかったのだ。どうして片方だけでなく、予知には存在しなかったライオンであるのか…それを聞く事は、今は難しいだろう。

 その在り様はカイとその友に似ている様で、大きくかけ離れたもの。絆が紡いだ記憶ではなく、観客がいない1人芝居の成れの果て。

 独り過去の傷を耐える少女の姿を、カイは哀れに思った。
 自分は知っているからだ。愛する者と結ばれ、幸福に満ちた家庭を築く様を。永遠でなくとも、それでも幸いは確かに息をしていたのだと。
「あなたが叩かれたりするのは間違ってます、それだけは絶対に違います」
「…!」
 全ての大人は敵ではない、現に…今訪れている猟兵達が少女に心を砕いているように。
 信じ続ける事の難しさを知るからこそ、カイは伝える声に労りと慈しみを乗せる。

 ぽつ、ぽつ。

 …その言葉はどこまで響いたか分からない、けれど少女の腕を伝い、雪を叩く涙は今まで流した哀しみとは何かが違っていた。
「もし私があなたを守りきったら、全ての大人が敵ではないと…信じてくれますか?」
「分からない、分からないわ。だってあたしは守られる価値があるだなんて思えない。優しい貴方だってずっと傍にいてくれない」
 ――だけど、初めて信じてみたいと思えたの。

 か細く続く声は、夜明けを待つ空へと吸い込まれていく。二つ並んだ星が、優しく瞬いた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
◎☆
お話、ですか?
そうですねぇ…友人達とお出かけした時のものはいかがでしょう?

真っ白な雪で兎のかまくらを作ったこと
色んな空から降る雫が綺麗なインクになったこと
精霊の卵を抱えて森を歩き、颯と出逢った日のこと
みんなでお菓子を持ち寄って夜更かしをしたこと
猫になりきって冒険したこと…

色んな世界を沢山の友人と巡った大切な想い出
そんな楽しくて愛おしい記憶を歌うように紡ぎ出す

勿論、大変なことも沢山あったけれど
元々私がいた森では体験できなかったし、想像も出来なかったことばかり
森の外の世界へ出て、大切で素敵な友人達と出逢ったからこその想い出話

貴女はどのお話が気になったかしら




 少女とライオンはもう言葉一つ発さない。けれど、その沈黙は吹き荒れる前の嵐そのもの。
 もう、捨てられた儘の少女はいない。痛みを、憎しみを、溶け合う愛おしさを…ただ、認めて貰えたから。それでも街の中心――自分の家への帰路を急ぐのは予感がするからだ。愛後の一ピース、その欠片を持つ者がいるのではないかと。
 その予感は外れていなかった。吹雪く中に静かに、けれど力強く響く聲がする。美しい韻律を評する術を少女は持たないが、それは神に捧げられる言祝ぎだ。その音の先には――
 「こんばんは、冷える夜ですねえ。花冷えの言葉がとても合います」
 ――1人の美しい娘がいた。
 唄は何時の間にか終わりを迎えていた。楚々と大人の落ち着きと、何処か少女めいた好奇心を覗かせる橙の瞳を柔らかに和ませ、娘…橙樹・千織(f02428)は柔く微笑む。
 
 お伽噺めいた街の中でも、その場所…少女の家は一際童話めいて見えた。おおよそ重力やあるべき家の接ぎ方を無視して成り立つ、うねり、天を目指す樹をくり抜いて作られた家だ。
 その樹木の家から突き出す枝に、娘は腰掛けていた。色合いも、服装も、洋風な街において溶け込む要素を持たない筈の千織は、けれど自然と風景に溶け込んでいた。
 その要因はウェンディには分からない。けれど、労る様に千織が腰掛けていた枝を撫ぜた時、木が喜ぶかのように枝葉を揺らしたのは気のせいだったのだろうか。
 翼を広げ、体重をまるで感じさせない動きで少女の前に降り立った千織は少女と目線を合わせ、柔らかな笑みを更に深める。
「…お姉ちゃん、女神様みたい」
「ふふ、ありがとうございます。そんなに褒めて貰っても何も出ませんよ」
「ううん、良いの。物は要らないわ、けれど…お姉ちゃんのお話を聞かせて?」
「お話、ですか?」
 少女の懇願に娘は僅かに首を傾げる。乞われるまでもなく、グリモア猟兵の言葉もあり語るつもりではあったが、少女の言葉は寝物語を強請る甘ったるさは欠片もない、むしろ餓えた獣の様な貪欲さに満ちている。

 そう、と頷く少女の視界に飛び込んでくるのは自分が纏うぺらぺらな生地の、まるでお姫様の様なドレス。猟兵達に逢う前はお気に入りだった空想から取り出した洋服も、彼等の輝きの前では褪せて見える。
 上等な布地の手触りなんて知らない、自分が知っているのはお人形のドレス、そのつるつるとした感触だけ。千織の纏う上質で華美な着物とは比べるべくもない。
 この薄っぺらさは学ぶ機会がなかった事ばかりではない、耳を塞いで世界を知ろうとしなかった自分の罪。
 だから、知りたいと願うのだ。世界の本当の重さを、誰かの手を取る事の重みを。

 嵐に立ち向かう船乗りの様な強いその瞳に、千織はそうと目を細め。分かりましたと受け止める様に一つ頷く。
「そうですねぇ…友人達とお出かけした時のものはいかがでしょう?」
 滔々と語る物語はまるで宝石箱の様。
 
 真っ白な雪で兎のかまくらを作ったこと
 色んな空から降る雫が綺麗なインクになったこと
 精霊の卵を抱えて森を歩き、颯と出逢った日のこと
 みんなでお菓子を持ち寄って夜更かしをしたこと
 猫になりきって冒険したこと…
 
 千織が選んだ冒険譚は優しく、温かで大切な想い出。
 どれもこれもがたくさんの驚きと楽しさに満ちていて、そして何よりも一緒に楽しむ友人達との絆が見える様であった。語る娘の表情も聲もまた、雪原を溶かす様な優しい愛おしさに溢れていて。少女の中で浮かんだ想いは、遠き日に聞いた讃美歌の様だとの感想だった。
 先程耳にした韻律の美しくも整えられたものとは異なり、不完全でところどころ言葉に悩む事もあって。けれど、日々の営みに感謝する様な、素直な優しさに溢れた歌の様だった。「さっきの詩より、こちらの方が好き」自分の口から零れた率直な言葉に、本当に嬉しそうに微笑む千織の顔が目に焼き付く。

「勿論、大変なことも沢山あったけれど」
「いくつも、いくつも世界を守らなきゃならないなんて、想像もつかないわ…」
「ええ、私も未だに驚いてばかりです。元々私がいた森では体験できなかったり、想像も出来なかったことばかり」
 自分のいた世界にはなかったものばかり、日々目を瞠る事の連続だと娘は微笑う。
「知らない場所に飛び込むのは怖くないの?」
「全く…と言えば嘘になりますね。でも、大切で素敵な友人達と出逢ったからこその想い出話なんですよ」
 どれほど苦しくても、共に背負い、共に歩む人がいる事がどれだけ救いになるのか娘は良く知っている。神の座の守護者として歩んだ静寂の刻があるからこそ、余計に。
「じゃあ…お姉ちゃんは今、幸せなのね」
「ええ、けれどあのまま森にいてもそれはそれで幸せだったかも知れません」
「え…?」
「変わる事は多かれ少なかれ、人の負担にはなりますから。安定していればこそ余計に」
 言葉を切り、娘は少女が作り上げた家を眺める。確かに不格好で、不自然ではある。けれど置かれた環境で懸命に抗い、研ぎ澄ました牙を千織は決して嘲笑う事はない。
 自分の刀を少女を驚かさないように、そうと抜き放つ。藍の飾り纏う黒鉄の刃――藍焔華は悪天の中でも、些かの曇りも見せない。
「この刀も、元は舞いに使うものでした。…けれど今は世界の為に振るわれる事もあります」
「それって…」
「ええ、そういう事です。後悔はありません、けれど決断には責任が伴います」
「…」
「だけど、私はそれでも――選んで欲しいと思っています。貴女はどのお話が気になったかしら」
 奪われて、踏み躙られたからこそ。未来を選び取る事で過去を断ち切って欲しい。敢えて謡う事ない願いは静寂を揺らす。
 それは千織にとっても賭けであった。けれど最初に出会った時から確信があった。
「…その子」
「颯かしら?」
「うん、その子と出会った時の事。そして…その子と一緒に経験した事、お話してくれる?」
「ええ、もちろん」
 ゆっくりと持ち上がるアイスブルーの瞳が、全てを飲み込まんとする大海の色だと思った、その時から。
 千織は語る、精霊との温かな出会いを。そして共に歩んだ厳しい道のりを。そのどちらをも、顔を綻ばせ、そして厳しく引き締めて受け止める少女の為に。

 約束の刻は、もうすぐそこにまで迫っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『機甲戦乙女ロスヴァイセ』

POW   :    モード・ラグナロク
【リミッターを解除して鏖殺形態】に変形し、自身の【寿命】を代償に、自身の【攻撃力・射程距離・反応速度】を強化する。
SPD   :    ヴァルキュリアバラージ
レベル×100km/hで飛翔しながら、自身の【装備武器】から【全方位への絶え間ない射撃】を放つ。
WIZ   :    死天使の騎行
レベル×1体の、【翼部】に1と刻印された戦闘用【少女型支援機】を召喚する。合体させると数字が合計され強くなる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ギージスレーヴ・メーベルナッハです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●metamorphose/蝶にはなれずとも

 波乱と苦悩に満ちた動乱の夜は深まる。
 ぽつり、ぽつり。
 忍び寄る宵に自然と灯った街灯は星屑の形。控え目なようで、けれど強い光を放ち虚飾の街を染める。さながら導き星の様に。
 ウェンディの余力に伴ってか、おそるおそると現れた愉快な友達――人形達が少女に寄り添う。少女の異能で動いている筈の彼等がまるで、意志ある様に見えるのは神の悪戯か。それとも…。
 その静寂を屋根の上から忌々し気に見つめる影が一つ。紅の武装を纏う少女――ロスヴァイセは煮えたぎる感情をしまい、少女の周囲を冷静に観察する。
(ターゲットと人形は予定通りとして…猟兵達にも嗅ぎ付けられましたか)
 狙撃の為に取った距離では猟兵の実力を推し量る術は乏しい。しかし、少女の決断を待ちつつも周囲を警戒する彼等は明らかに戦い慣れた者の威容を纏う。接近戦は不利、なら当初の予定通りに遠距離からの射撃で成し遂げるのみ。引き金に掛かった指に力を籠める。

「――作戦、開始」

 余韻は、銃声に塗り替えられる。
 幾重にも降り注ぐ銃弾。それは少女や人形を的確に狙うが、操り糸が、炎弾が、一閃がその全てを弾き、届かせはしない。しかし、猟兵達が幾ら熟練たろうともその全てを弾き続ける事は難しい。
 1人の猟兵が少女の元に駆け寄り、囁く。貴方達が自分を信じてくれるなら安全な場所に移動する方法がある、守る事が出来ると。戦にあってもその瞳に案じる光を宿しながら。
 始まった戦に乱れに乱れていた少女の鼓動は、その一言で強く脈打つ。逃げる事を認めてくれる人がいる、それは何年ぶりに得られた救いであろうか。もう数える事だって止めてしまった諦念を、煤けてしまった心を拾い上げてくれようとする。
 そして――守ってくれる人がいる。
 銃弾を止める等、決して容易い事ではない。命の危険だってある。けれど、彼等は引かない。

 逃げる事は楽だ。けれど、それでは命を賭してくれた彼等に報いる事が出来ない。

 笑う膝でも、無様でも、少女は立ち上がる。なら、自分に出来る事は…きっと唯一つだ。
 人形の友達と目配せ。近寄ってくれた彼等の頭を一撫でする。
「あたし、パパに、ママに、お兄ちゃんに。本当は守って欲しかった。抱き締めて欲しかった。笑って欲しかった」
 …何より、愛して欲しかった。差し出した心を受け入れて欲しかった。叶わなかった事に胸は未だ、鈍く痛むけれど。
「だから、絶対にあたしは同じ事はしないわ!」
 受け取った願いを、祈りを捨てる事など、絶対に。想像する、変わりゆく自分を。ちっぽけな自分が鎧うべきモノを。
 人形達は光に変わり、少女を取り囲み――そして弾けた。

「な…!?」
 ロスヴァイセは目を見開く。遂に少女を捉えた銃弾があっけなく弾かれたのだ。
 無力な獲物でしかなかった筈の少女の変貌に、急ぎスコープの倍率を調整する。その姿は、大きく様変わりしていた。
 ぺらぺらの人形の様なドレスはもう影も形も見えない。代わりに上質な光沢を放つ着物ドレスを纏っていたのだ。刻まれた模様は山吹に桜、蝶の憩う梓。その手には狐の人形を抱き締めて。
 けれど、何よりも変わったのは眼差し。深海の色を成した瞳はもうそこにはない。その瞳は少なからず、けれど確かな――光が差し込む。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。あたしはもう大丈夫、だから、どうか…」
 ――この夜を終わらせて欲しい。
 そう、密やかに願うのだ。
 阻まれた銃弾、その軌道はロスヴァイセの潜む場所を告げる足枷となった。
 最後の戦いの火蓋が斬って落とされる――!
桜雨・カイ
◎☆

脳裏をよぎるのは弥彦の姿
本当は痛い思いも辛い思いもさせたくない
それでも小さな身体で立ち上がろうとするから
……だから人が愛しいんです、人を守りたいと思うんです
懸命に立とうとする姿を、無様だなんて思いません

早さには早さで対抗です
【アルカナ・グロウ】発動
どうか彼女の道を切り開くための力を貸して下さい
【焔翼】で素早く動き【なぎ払い】【2回攻撃】などで攻撃を相殺。同時に【念糸】で拘束をはかる


そういえば、あなたの名前はなんと言うんですか?

名前を呼びながらそっと抱きしめる
よくがんばりましたね
ずっと傍にいることは出来なくても
望んだ家族のものではないけれど
せめて何かが残るように




 自らの手を壊れ物の様に見つめていた少女は最早いない。其処に佇むのは1人、大地を踏みしめる事を決めた娘。初めて意識して使うユーベルコードの力に汗が滲む横顔は、今までよりもぐっと大人びて見えた。

(いえ、実際に彼女は変わったのかも知れない)

 桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)の脳裏を過ぎるのは、自分を掬い上げた友の姿。本当は痛い思いも、辛い思いもさせたくなかった。それでも小さな身体で立ち上がろうとするから、痛みを堪えて、震える足でも踏み出そうとするから。

(……だから人が愛しいんです、人を守りたいと思うんです)

 且ての友の様な者を、目前の少女の様な者を。
「ウェンディさん」
「なあに、双子のお兄さ…」
「よくがんばりましたね」

 青年の声は大樹から零れる雫葉の様。
 多くの苦しみを知り、泥濘を知っても尚、その声音には少女を潤す穏やかさに満ちて。背に回った手は青年らしい引き締まったものであるが、壊れ物を扱うかの様に優しい抱擁。
 抱き締める温かさに、少女はおそるおそるその背を抱き締め返す。
(嗚呼)
 昔、兄にして貰った抱擁の様だった。何の邪心も持たぬ、慈しみと好意に満ちた温もり――それがどんなに贅沢で、得難いモノであるのか。少女はもう知っている。
「そういえば、あなたの名前はなんと言うんですか?」
「あたし?…あたしの本当の名前は……」
 ――その小さな囁きは、自分を慈しむ青年の耳にだけ届く。

(忌まわしい、優秀な兵隊は得難いものだというのに)
 スコープの先、まるで兄妹の様に触れ合う2人の姿に、ロスヴァイセは真紅の瞳を苛立たし気に揺らす。
 この儘少女を狙っても先程と同じ結果となるだけだろう。何より初撃が失敗した以上、彼等の間隙を突く事は最早不可能だ。ならば最初は身を隠し、時間を空け集中力を途切れさせてから再度射撃を…そう作戦を組み立て直した乙女が飛び立とうとした刹那、風が揺れる。
 慌てて2人の方を見れば其処にはカイの姿は見えない。少女は祈る様に手を組み、自分の幽か上空に視線を遣っているではないか…上!

「早さには早さで対抗ですよ」
「!!」
 
 咄嗟に上空へと突き出した光剣を難なく防がれ、ロスヴァイセの背を悪寒が駆け巡る。慌てて自らの異能を展開し、滑る様な低空飛行と牽制射撃を撃ち放つが、カイは乙女とは真逆に至極冷静な表情で、玻璃の筆にて描かれた炎の翼を翻し、時に薙刀で銃弾を両断し距離を詰める。

(声が聞こえる…)
 一時一時の強き心に、その優しさに応える力が。
 『アルカナ・グロウ』――己が手に携える運命を、その意志にて凌駕し正位置の祝福を得る異能。
 柔和な面に強靭な意志を宿す青年はあまりの速度に唸る豪風に僅か顔を顰めつつも、瞬く間にロスヴァイセの元へと接近。
「ずっと傍にいることは出来なくても」
 同時に念糸を展開。カイの意の儘に動く操り糸は光の剣を振わんとする腕に絡み、その翼をも戒める。
「望んだ家族のものではなくても」
 哀れ、目を見開いたロスヴァイセは鮮やかな拘束の元、地上へと落下していく。地に叩き付けられる衝突音と、乙女の苦鳴が辺りに響き渡った。

(せめて何かが残るように)
 後は地上にいる猟兵達が追撃を果たすだろう。自分もその波に乗り遅れまいと、再び運命を切り開く力へと身を委ねる。
「…そう願っているんです、「ジェーン」」
 人の荷全てを背負う事は難しい。けれど、その舵を切る切っ掛けを作る事は出来るから。見遣る視線の先、自分の名前を懸命に呼んでいるだろう少女に伝われば良い。そう願いながら青年は万感の思いを込め、微笑むのだ。

 運命は変えられる力は――もうきっと、少女の中に在る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月


ウェンディは、強い子だな。
大人でも逃げておかしくないのに。
家族想いの、優しい良い子だ。

巣立ち前の子が、こんなに頑張って立っているんだ。
俺は、この子の頑張りに応えられる狐でありたい。
それに、俺は巣立ち前の子の護りは、野生で経験済みだ。
この子の命を狙った事、後悔してもらうぞ。

[野生の勘、第六感]で弾を撃ってきた方向に耳と風の精霊様を向けて[情報収集]したい。

UC【俺変身「九尾の狐」】で力を底上げしよう。
敵を捕捉出来たら、地と闇の精霊様の[多重詠唱、属性攻撃]で押し潰したい。
敵の攻撃は[高速詠唱、カウンター]で対処しよう。

俺が眠ってしまっても、他の猟兵もいるだろうし、きっとウェンディはもう大丈夫。




「ウェンディは強い子だな」
 零れた言葉は感嘆。真っ直ぐに自分を捉える(妖狐の精霊術士・f21384)の視線に面映ゆそうに少女はそうかしら、と返す。
「大人でも逃げておかしくないのに」
 命を狙われるなど早々ある事ではない。それでも立つと決めた少女の矜持と覚悟は眩しい。青年は聞き及んだ少女の過去、その重みにそうと想いを馳せる。報われず、打ち捨てられた心はそれでも家族想いの、優しい良い子そのもの。

 言葉を交わしながらも、その狐耳をそば立てロスヴァイセの動きを追っていた都月の耳に、何かが砕ける大きな音と標的の苦痛に満ちた声が届く。現在地から見て風上の方…大凡数百メートル先か、思ったより戦場は近い。
「もう行かなくては」
「うん、あたしは大丈夫だから。…あ、一つだけお願いして良い?」
 はたと思いついたと言わんばかりに、少女はその両指を組んで願う。少しだけ屈んでくれないかと。柔和な青年はお安いご用だと屈み…その目を見開く。自分をぎゅうと包む温もりは少女の腕。
 「さっき、別のお兄さんにこうして貰ったの」と頬を林檎の様に赤くしながら、少女は微笑う。
「あたしとお兄さんたちが、今後出会えるかも分からない。けれど、貰った言葉をあたしはきっと忘れない」
 ――想われていた過去は変わらない、そう気付いたのと秘密を打ち明ける様に囁く。
「だから、大丈夫。…気をつけてね」
「…ああ」
 誰かに守られておかしくない年頃の少女…巣立ち前の子が、こんなに頑張って立っている。その事が都月の胸を打つ。
(俺は、この子の頑張りに応えられる狐でありたい)
 今だけは間違いなく、青年は少女の守護者であった。


 駆ける足は風の精霊の力もあり、驚く程に軽やかだ。九尾の狐の骸魂をその身に一時、降ろした青年は今は討つべき敵と同じ力を宿し、ぐんぐんとロスヴァイセへと接近していく。
 幻想じみた家の角を曲がれば、青年の目前には苦痛に顔を歪め乍らも立ち上がったばかりの標的の姿。互いを目視すれば、言葉はもう要らない。命を賭した闘いとなると察したロスヴァイセは声を震わせ、無数の少女型支援機を呼び出す。勇士の魂を主神に差し出さんとする、戦乙女の様に。

 殺到する死天使達。四方八方より閃く刃は、けれど青年に届くより前に地霊の怒りを受け破散する。街灯に照らされ、場違いな程にきらきらと光を放って宙に躍る刃の破片を青年は見逃さない。風霊の助力を願い、文字通り矢継ぎ早に繰り出される言祝ぎで加速させ、死天使達の躰に風穴を開ける。
 憤怒で顔を歪めたロスヴァイセの弾丸を杖に込めた魔術で叩き伏せながら、都月は地を蹴る。その手に籠るのは安寧齎す闇の力。

「貴様――!」
「ウェンディの魂をお前には渡さない、この子の命を狙った事、後悔してもらうぞ」

 三度紡がれた詠唱は地と闇の精霊への希い。砕け、罅割れた大地から秘された闇が溢れ出す。触手の如く伸ばされた黒の腕は、ロスヴァイセの躰を瞬く間に捕え、握り潰す。乙女の躰から流れる赤黒い液体は地を叩く事もなく、地の底へと吸い込まれていく。

(俺が眠ってしまっても、他の猟兵もいるだろうし、きっとウェンディはもう大丈夫)
 時に神格として祭り上げられる九尾の力は、代償を伴うもの。精気を消費した青年の瞼は抗い難く落ちていく。けれど――瞼の裏に浮かぶ少女の顔は、もう泣いてはいなかったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
◎☆

ふふ、眠り姫のお目覚めですねぇ
ドレスとても似合ってますよ

さて…
自ら立ち上がったお姫様を傷付けようとする愚か者は何処の誰?
銃弾は風属性魔法の衝撃波で相殺を試みます

わざわざ人を堕とし、陣営に取り込もうだなんて
お前の主人は余程自分に自信が無いのね
言の葉に麻痺の呪詛をのせて
万が一を考慮して彼女との間に結界をはりつつ
攻撃は見切り、武器で受け流す

ひとつ、教えてあげましょう
飛び道具や遠距離ばかりに頼っていると…
藍雷鳥で銃を持つ手元を狙ってなぎ払い、接近

痛い目を見るのよ
私みたいに…とは心に秘めて
鎧砕きの要領で刃を振り下ろして切断

長く寒い夜はもう終わり
冬を耐え凌ぎ、ほころぶ蕾に
春の朝日を見せなくては、ね?




 猟兵を見送り、その無事を祈る少女。救いを遣わす事のないいと高き存在への恨み言の全てが溶け消えたわけではないけれど、それでも祈らずにはいられなかった。自分の暗がりに光を掲げた強く、そしてそれが故に死地と縁切れぬ強者達の無事を。
「ふふ、眠り姫のお目覚めですねぇ。ドレスとても似合ってますよ」
「あはは、なら王子様はお姉ちゃんかしら!ありがとう、お姉ちゃんのお洋服を真似してみたのよ」
 予感はあった、きっと彼女は来てくれるのだと。
 少女の期待は叶えられた、たおやかな笑みを浮かべる橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)によって。自らの身を護るユーベルコードは経験の浅い少女には負担を強いているのだろう、千織の声掛けに朗らかに返す顔はよくよく見れば紙の様に白い。
(さて…自ら立ち上がったお姫様を傷付けようとする愚か者は何処の誰?)
 その在り様に橙の瞳を引き絞り、その金糸を櫛撫でながらも千織は彼方の戦場を見据える。まだ見ぬ仕掛け人との邂逅を、愚者に引導を渡す為の道筋を。

「損傷率規定値を突破、各武装の状態は…」
 這う這うの体で地の底よりの帰還を果たしたロスヴァイセは、家の陰に隠れながら己の躰を精査。上手く動かない翼を忌々し気に眺める横顔に余裕は微塵も感じられない。
(「翼」は修復なしでの機動は不可能、離脱は選択出来ない…)
 猟兵達の攻撃は功を奏していた。使える手札は限られ、残された武装の状態は決して良いとは言えない。何より…逃げ道を断たれたロスヴァイセの集音器官は接近する敵対者の存在を捉えていた。舞台は、全て整えられたのだ。
 未だ姿を見せぬ猟兵、その予測される進路に立て続けに射撃。マズルフラッシュに照らし出されるのは細い路地と、白皙に微笑みすら浮かべ、速度を落とす事なく翼を翻す千織。
「戦力を見誤るのは頂けませんねぇ」
 言葉と共に、娘の羽ばたきより巻き起こるのは瑞風。幸いを告げるかの様に清らかな風は、瞬く間に悪しき弾丸の軌道を逸らす。
 驚愕が心中を過ぎるも、猟兵達の超常的な強さに慣れ始めた機構の乙女は市街戦を展開しようと身を翻す。しかし、耳元に落とされたのは、
「わざわざ人を堕とし、陣営に取り込もうだなんて…お前の主人は余程自分に自信が無いのね」
 美しき花が纏うが如き蠱惑の毒。
 娘の囁きは決して大きくはない。けれど身を蝕む鎖として、確かにロスヴァイセを戒める。
「!!!…黙りなさい、我が主を侮辱する事は許しません!」
「あら、怖い」
 麻痺を力でねじ伏せ、引き金を振り絞り銃砲が火を噴く。喉も枯れんばかりの絶叫と共に飛来する弾丸を鞘より僅かに引き抜いた藍焔華で弾き、受け流す。軌道は麻痺と、何より千織の観察眼の元で白日に晒される。
 
 今一度娘の唇に佩かれる笑みはその身に顕現する獣性、その祖を思わせる凄絶。
「ひとつ、教えてあげましょう。飛び道具や遠距離ばかりに頼っていると…」
 言葉と共にしなやかに駆け出す。繊手を鯉口に掛け、ふわり軽やかに踏み出す足はけれど地を縮めるが如く疾い。今度こそ驚愕を隠せないロスヴァイセは瞬く間に間合いの範疇。
「痛い目を見るのよ」
 閃く抜刀、それ即ち『剣舞・蝋梅香(ケンブ・ロウバイカ)』。口元に滴る鮮血の花を咲かせた機構の乙女はどうと音を立て、地に伏す。
 柄に掛けた手は風纏う斬撃へと変貌し、鋼の身を両断するに至ったのだ。常の肉を斬る感触と異なる堅い装甲、それを娘は己の技能一つで越えてみせる。

(私みたいに…)
 衝撃を逃がした手首は痛み一つない筈だが、何処かしくりと痛む様な気がするのは戦の空気か、或いは追憶か。秘して語る事はないけれども。
「長く寒い夜はもう終わり」
 冬を耐え凌ぎ、ほころぶ蕾に春の朝日を見せなくてはならないから。千織は振り返らない。僅かに差す暁に目を細め、自分を待ち続けているだろう未来へと歩む為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神楽坂・神楽
残る機甲戦乙女はおぬしただ一人
ここでおぬしを倒せば、新たなおぬしが骸の海より蘇ることもない
元よりその翼では飛ぶこともできぬであろうが、逃しはせぬぞ

――もっともわしは、おぬしを骸の海にすら還しはせぬがな

さて、これが最後の闘いじゃ
おぬしの主人は超弩級の闘争とやらを望んでおるのだろう?
ならば、殴り合いとゆこうではないか
では、参るぞ

などと近付きつつ、UCで背後に転移
《氣》を込めた一撃を放つ

子供を狙撃するような輩と正面から戦ってやる義理はないでな
さて、人を殺してオウガとし、駒にしようとしておったのだ
逆に自分が敵に使われることくらいは想像しておったのだろう?
おぬしの全て、わしの《刻印》で喰ろうてやろうぞ




「私はこんなところで終わるわけには…」
 主の為、筆舌に尽くし難い凄惨な戦いを。
 その祈りにも似た妄執だけがロスヴァイセを突き動かしていた。割かれた腹から零れ落ちる「モノ」を見ない振りをしつつ、引きずる様に動かした足はぴたりと止まる。
「残る機甲戦乙女はおぬしただ一人。ここでおぬしを倒せば、新たなおぬしが骸の海より蘇ることもない」
 ――もっともわしは、おぬしを骸の海にすら還しはせぬがな
 そう告げる神楽坂・神楽(武術指導員・f21330)によって。見目は年若く美しい娘でありながら、その足運び、佇まいにすら一部の隙も見せぬ様子には気の遠くなる様な年月を重ねた鍛錬の片鱗が覗く。

 じり、と気圧されたロスヴァイセの踵が退く。神楽が見通した様に、禍々しい威容を放っていた翼はあちこちが折れ、或いは欠けて今は無用の長物と成り果てていた。最早飛ぶ事は叶わない…即ち、命を賭した最後の戦いに挑まねばならないという現実。
「おぬしの主人は超弩級の闘争とやらを望んでおるのだろう?ならば、殴り合いとゆこうではないか」

 では、参るぞ。その言葉が空気を震わせ切る前に神楽は動き出す。地を滑るかの様な足運びは静寂を揺るがす事無く前進する。
「!!! く、リミッター解除…」
 迎え撃たんと遺された寿命を戦乙女が力に換えたその瞬間、神楽の姿が溶け消える。眼を見開き、咄嗟にその姿を探したロスヴァイセに掛かる声は…
「…まあ、子供を狙撃するような輩と正面から戦ってやる義理はないでな」
 …背後から響いた。
 ごっ。
 どっ。
 堅い殻を突き破る音に続き、湿った音が辺りに響き渡る。
 咄嗟に振り返ろうとした戦乙女の胸を、その装甲ごと神楽の手刀が差し貫いたのだ。苦痛と死の恐怖に顔を歪め、ロスヴァイセは懸命に身を捩るが、神楽の腕は堅牢な城壁であるかの様にびくともしない。
「さて、人を殺してオウガとし、駒にしようとしておったのだ。逆に自分が敵に使われることくらいは想像しておったのだろう?」
 ロスヴァイセには神楽の表情は見えない、それはある意味幸福であったかも知れない。
 子に道理を説く様な言葉の端々から伝わる、命を弄ぶ者を決して許す事のないその響きだけで充分であったから。結末の予感に最早声にならない悲鳴を上げるのみ。
 ――おぬしの全て、わしの《刻印》で喰ろうてやろうぞ
 囁く様な言葉は戦乙女に届いたか。それはその両の腕、異能の根源を宿した神楽にしか分からないだろう。

 戦乙女の悲鳴は暫く続き、そして唐突に途切れる。今宵の争乱、その全てに幕を引いて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月01日
宿敵 『機甲戦乙女ロスヴァイセ』 を撃破!


挿絵イラスト