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幽縁夜譚

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●語
「情(じょう)のない世界とは、どのように見えるのでしょうかねぇ」

 しとりと言葉を溢した彼は金銀双眸をゆっくりと開いて、猟兵達へと語り出す。
 白髪頭の器物少年、廓火・鼓弦太(白骨・f13054)は静寂へ波紋を立てるように告げた。「間も無く世界が滅びます」と。
 普段のおどけた様子もなく、声色も眼差しも真剣そのもの。どうやら今回の予知は一刻を争うもののようだ。

「此度の舞台は古今東西の妖怪変化が集いたる異境、カクリヨファンタズムにございます」

 彼曰く、幽世から情――意味は多々あるが今回に限って言うと『他人を想う気持ち』が消えてしまい、誰も彼もが他人に感情を向けられない『孤独の世界』になってしまったのだ。
 しかも空には無数の骸魂。感情の向け方を失って惑う妖怪達の中には孤独に耐え兼ね、骸魂を飲みオブリビオンと化した者もいるのだという。
 先に待つのはカタストロフ、世界の終焉ただひとつだ。

「ですが!今すぐ向かえば崩壊は食い止められましょう!皆々様には道中の敵を薙ぎ払い、元凶となったオブリビオンを懲らしめていただきたい!」

 幸い、予知により元凶であるオブリビオンの大まかな居所は掴めている。転移した後まっすぐに向かい、オブリビオンを倒しさえすれば消えた概念は世界に広まり、崩壊は食い止められる。
 が、骸魂を飲んだ妖怪達はオブリビオンに転じていない者を見るや否や襲い掛かってくるらしい。元凶へと辿り着くためには多少の足止めも必要となるだろう。

「あ、ご存知とは思いやすが、オブリビオンを倒しさえすれば妖怪達は元に戻りますので!そりゃもう存分に大暴れしてくださいませ!」

 かぃん、こぃん。
 拍子木を二度鳴らせばぐにょりと大口を開ける異空間。歪んだ道の先にぼんやり映る鈍い色は、まさに今も破滅へと向かう幽世の空。鼓弦太がくるりと羽織を翻して入口の横へと着いたなら、蝋燭の先に炎一つゆらり揺らして猟兵達を送り出す。

「どうかお気をつけて。あっしは皆々様のご無事を切にお祈りしてお待ちしております」

●序
 おやおや、そこのお嬢さん。何をそんなに嬉しそうにしているんだい?
 へえへえ、ほうほう!好いた御方と祝言を!それは目出度い!
 よっぽど旦那様を大事にしているんだね。言わなくても分かるよ、お嬢さんのその顔を見れば誰だって分かるさ!

 だから、その縁(えにし)を別ってあげよう。

 ああ、可哀想に可哀想に!寄る辺が一つなくなった!
 他にはどんなご縁があるのかな?
 友人知人家族に他人。お嬢さんの大切な、大切になるかもしれない、そういうものを丁寧に切って落としてあげようか。
 蕾を落とせば落とすだけ、最後に戴く花の美しさは際立つのだから!


日照
 ごきげんよう。日照です。
 十八作目は戦闘重視、熱い想いでぶん殴るバトルを目指します。
 また、今回は執筆形式を少々変更してお送りいたします。

●シナリオの流れ
 プレイング募集期間につきましてはマスターページをご確認ください。

 一章は『幽み玄影』達と、二章では『縁切り屋』と戦っていただきます。
 世界の崩壊を速やかに食い止めるため、集団戦に参加する皆様は「足止め」として戦場に残っていただき、ボスへ向かう方々のサポートをしていただきます。
 その為、一章に参加したお客様は二章には参加できません。ご注意ください。

 三章は元通りになった世界にて百鬼夜行を楽しめます。
 ひとりぼっちでなくなった彼らや彼女らと共に、誰かと共に心を分かち合える瞬間を祝いましょう。

●あわせプレイングについて
 ご検討の場合は迷子防止のため、お手数ではございますが【グループ名】か(お相手様のID)を明記くださいますようお願い申し上げます。

 では、良き猟兵ライフを。
 皆様のプレイング、お待ちしております!
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第1章 集団戦 『幽み玄影』

POW   :    黒曜ノ刃ニ忘ルル
【集団で暗がりからの奇襲】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【名前とそれにまつわる記憶を奪い、その経験】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    願イハ満チ足ラズ
戦闘中に食べた【名前や記憶】の量と質に応じて【増殖し、満たされぬ執着を強め】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    名モナキ獣ハ斯ク餓エル
【群れの一体が意識】を向けた対象に、【膨大な経験と緻密な連携による連撃】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●重
 空は澱み歪んで混沌、地は道もなく枯野原、人は疎らに蹲る。
 此処に光は一筋となく、覆い尽くすは玄い影。彼方にも、此方にも。
 誰の目にも誰かが映らない。誰かに何かを向けられない。己以外の彼らはすべて景色の一部でしかなかった。それが今の幽世の現実、崩壊する世界の有様だ。
 重苦しささえ感じるような嫌な空気、その中にひとり平然と立っている異質があった。

「おっと」

 狐の面をしたそれは猟兵達を見るや後ずさり。目を見開いたまま一歩、二歩。

「おお怖い怖い」

 わざとらしい素振りで口元を隠すと、男はくるりと隙だらけの背を見せて、御機嫌ようまた後程と走り去る。白い髪に着物姿、手にした匕首と狐の面。この世界へと渡る道すがらに教わった「元凶」の特徴と一致する。
 奴だ、奴を逃がしてはならない。
 猟兵達は男を追って走り出す。枯草を踏み、無気力に横たわる人々を避け、最短距離を突き進んだ。

 後ろの正面より迫り来る、薄気味悪い気配を感じ取るまで。


●呼
 嗚呼、情の枯れ果てたこの世界には『それ』が聞こえない。
 彼も、彼女も、あれもこれもどれも、『それ』を口に出してはくれない。
 己が持たない『それ』が欲しい。喰らって己のものにしたい。
 こんな世界に成り果てても獲物がまだいるのだと、やつらはじっと待ち侘びていた。

 故に、貴方が口にした『それ』を、やつらは貪欲に狙う。
 貴方自身が口にした『それ』を、貴方へ向けて誰かの呼ぶ『それ』を。
 黒曜石の影から出でて、貴方の『名前』を奪(くら)いにやって来るのだ!!
花色衣・香鈴
【月花】
(参考シナリオID(2章):28998)
一瞬此処へ来た事を後悔した
唸り声に、覚えがある
「ぁ……」
元から不利だったとはいえ全力を6倍にしても全く敵わなかったあの時と同じ
思わず羽衣の端を握る手が震える
足が竦む
今日は幾分マシな状況
でも狙われてしまいそうで佑月くんの名前も呼べない
「っ…!」
一度羽衣から片手を離し、力の限りに自分の頬を打った
あの日わたしが弱かったから
佑月くんを沢山傷つけた
だから
「…始めましょう、根競べなら負けませんよ」
放つ神力が強く眩くなれば有利になれる
でも焦らない
封印解除は少しずつ
傍で戦う彼を心配させない様に
今度は倒れたりしない
終わった時彼の呼ぶ声にちゃんと笑顔で振り向ける様に


比野・佑月
【月花】
あの日、彼女を奪った獣達
別個体だろうと関係ない
苛立ちを、不甲斐なさに研ぎ澄まされた牙を突き立てるのに
これほどおあつらえ向きの相手はいない

――ねぇ香鈴ちゃん。
穿牙を構え姿勢を低くしながら、心の中で語り掛ける
俺、キミといるとなんだか不思議な気持ちになるんだよ
感じたことのなかった温かさ
穏やかで、眩しくて……この手を伸ばすことさえ躊躇われる

「そんな気持ちの名前すら知らない。彼女のことだって、まだ、何も」
だから、お前らにくれてやるものなんて欠片もない
影が自身さえ覆い隠してくれていることに凶悪な笑みを滲ませ
執拗に穿牙で傷を開き傷を抉り四肢を砕きまた抉る

彼女の名を呼ぶ時には優しい俺で在れるように



●花
 群れる、群れる。
 どこから嗅ぎ付けたか、何に感づいたのか。見上げる空よりなお暗く、広がる影よりなお深く、足音一つ立てずに距離を詰めてくる。
 目に見えるだけでも十、数えている間に十五。正確な数は不明だがいずれもがこの世界に在る誰もが持てぬはずの強き衝動を抱いていた。猟兵達を獲物と定めたそれらは本能とも呼べる感覚に突き動かされるが儘に猟兵達へと迫ってくる。

 それらの姿を見た花色衣・香鈴(Calling・f28512)の奥底で、まだ新しい傷痕が悲鳴を上げた。

「ぁ……」

 あのけだものの唸り声を知っていた。地の底から、夜の闇から、幾重にも響いてくる低い声が耳にこびりついて離れない。羽衣の端を握る手に力が籠る。嫌な汗が背中を伝っていく。

(こわい)

 怖いのに、見たくもないのに視線が逸らせない。怖いから、根を張ったように足が動かない。己の深層で、剥がしたての瘡蓋が「逃げられない」と叫んでいる。
 近付いてくるそれら――幽み玄影の群れは他の妖怪たちなど目もくれず真っ直ぐに自分達を狙っていた。どうして。そう呟けないままの数秒間で巡る、この世界に降り立って「元凶」を追いかけるつい先刻までの自分たちのやり取り。

 ああ、油断した。油断してたんだ。彼の名前を呼んでしまっていたかもしれない。

 錆びたにおいが、何も見えない暗闇が、あの日の記憶がぶり返す。もう呼べない。呼んだら彼が狙われてしまう。呼べない。もうすぐそこまで迫ってきている。怖いのに、今すぐにでも手を引いてほしいのに。喉の奥から黒曜石が覗く。動けない。動かせない。
――ああ、助けてとあなたの名前を呼べたなら!

「香鈴ちゃん!!」

 香鈴を狙って飛び付いてきた一匹を切り裂いたのは、刃渡り一尺二寸の刃。香鈴の恐怖を引き裂いたのは、彼女の名を呼ぶ比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)の声だった。
 名を呼べば狙われる事は佑月も知っていた。だから敢えて呼んだ。恐怖に震える彼女を安心させるために、敵の標的を自分へと変えるために。
 狙い通りに幽み玄影は香鈴から佑月へと狙いを変えた。喰らいつこうとするその口へと刃を押し込むと力任せに薙ぎ飛ばし、香鈴へ背を向けたまま佑月は吼える。

「香鈴ちゃん、そのままあいつを追いかけて!誰の名前も言わなければこいつらは狙ってこないはずだ!」

 斬り飛ばす。群れて襲ってくる相手だ、不用心に飛び道具は使えない。接近戦で切り伏せるか、隙を見て銃を抜くか――こんなことなら罠を張り巡らしながら追えばよかっただろうか。
 思考を途絶えさせる事無く、群れて襲い来る敵を対処する。一手間違えば前回の二の舞だ。今度は取り戻せなくなるかもしれない。それだけは駄目だ。何一つ奪わせてたまるか。
 蹴り飛ばす。あの日、彼女を奪った獣達。此処にいるのはあの日とは別個体だろう。が、関係ない。護りきれなかった苛立ちを、不甲斐なさに研ぎ澄まされた牙を突き立てるのに、これほどおあつらえ向きの相手はいない。
 憎悪が増せば増すほど、斬り伏せた手に残る感覚に、生々しいけだものの肉の感触に笑みが零れる。銃は必要ない。罠も必要ない。けだものを狩るのは、葬り去るのはこの手に握る牙だけでいい。
 ああそうだ。同じ容(かたち)をしているだけでこいつらには罪があるのだと、佑月は凶悪な笑みを滲ませて、八つ当たりに等しい正義を叩きつけた。

 複数のけものを相手に刃を振るう佑月の姿を焼き付けて、香鈴は竦んでいた足を動かす。唇をきゅっと噤み、声を上げないように。彼女は自分がやるべきことを理解していた。
 理解したからこそ静かに目を閉じて――羽衣を手放した。

「っ……!」

 ぱしん!
 乾いた音がちいさく響く。自分で自分の頬を打った香鈴は目を見開いて佑月の背を見た。
 覚えている。あの日、酷い傷を負いながらも守ってくれた勇敢な青年の姿を。花咲く傷口を見てもいつも通りでいてくれた優しい青年の笑顔を。
 覚えているのだ。弱い自分のせいで傷ついた彼を、奪わせないと立ち向かったことを。
 だから、再び羽衣を拾い上げる。佑月の後ろではなく傍らへ、守られるのではなく共に戦うため――あの日のように傷つけさせないために!

 ごうっ!!

 力いっぱいに振り回した羽衣の先端、淡く光を帯びた紫翡翠の宝玉が浄めの音色と鈍い殴打音を同時に響かせる。佑月の警戒の外から飛び付こうとしていた幽み玄影の一匹は予想だにしない方向からの攻撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられると小さく痙攣。ずるりと溶け落ちた影の中から本来の、飲み込む前の妖怪の姿が現れた。
 一息分遅れて、佑月は死角から敵の一匹が迫ってきていたことと、それを香鈴が倒したことに気が付いた。

「香鈴ちゃん!?」
「大丈夫、佑月くん。こわいけど、こわくないから」

 声が僅かに震えていた。だがその手は、足は、彼女の言う通りもう恐怖に支配されてなどいない。自ら望んで戦場に立ち、戦うことを選択した。
 佑月は眉尻を少し下げて彼女を見た。敵を見据える香鈴の横顔から揺らぎようのない強い意志を感じ取れば、ここから逃げろなどとは言えなくなった。

「分かった。無茶はしないようにね」
「うん。佑月くんも」

 短いやりとりの合間にも、けものの群れは名を呼び合ったふたりへと狙いを定め、飛び掛かる。先程より数は増えていた。でも、二人の目に迷いはない。

「……始めましょう、根競べなら負けませんよ」

 香鈴が神器の封印を緩める。
 浄めの神力が僅かに開放されれば、双鈴の羽衣全体に先程よりも強い光が纏いついた。一度に力を解放させてはいけない。焦ってしまうと瞬く間に群れに呑まれてしまう。彼を心配させたくないし、今度は最後まで立っていたい。
 この戦いが終わった時、彼の呼ぶ声にちゃんと笑顔で振り向ける様に。

 少しずつ、少しずつ。放つ神力が強く眩くなれば有利になれるはずだ。強める光と共に青と紫、二色の翡翠を打ち鳴らして響かせたなら、邪欲に囚われた獣達は破魔の音色に動きを鈍らせた。
 そこへ佑月が刃を滑らせる。一匹目を切り伏せ、二匹目へ刃を向ければ引き金を引く。射出された刃が胴を切りつけたならそのまま奥のもう一匹も。
 起き上がろうとしてきた最初の一匹へは片方の手で抜いた拳銃が三度吼える。威力は抑えめ、だが切りつけたばかりの傷口を抉ってやれば痛みは十二分だ。銃を納め、動かなくなったそれを引っ掴んで投げ飛ばすと、戦闘区域から外れた場所で元の姿に戻っていった。ワイヤーを巻き取り刃が柄へと納まれば構えて、姿勢を低く。

(――ねぇ香鈴ちゃん)

 声に出さず、心の中で語り掛ける。

(俺、キミといるとなんだか不思議な気持ちになるんだよ)

 それは、今までに感じたことのなかった温かさだった。穏やかで、眩しくて、陽だまりのように柔らかい。けれど――否、だからこそ、この手を伸ばすことさえ躊躇われる。佑月の内側の虚の中に芽吹いたばかりの気持ちだった。

――そんな気持ちの名前すら知らない。彼女のことだって、まだ、何も。

 だから、握る剣に力を籠める。大切に、大切に。奪われないように、奪ってしまわないように。今、どれだけの激情に心を突き動かされようとも、どれだけ残忍になろうとも。
 この戦いを終わらせたとき、彼女の名を呼ぶ時には優しい俺で在れるように。

「お前らにくれてやるものなんて欠片もない」

 疾駆。
 浄めの神力が、彼女の光が、闇の中を照らしてくれる。屠るべきは誰か教えてくれる。傍に立つ彼女が怯えないように歪んだ笑みを押し殺したが、代わりに敵へと向ける刃の苛烈さを増させる。
 執拗に、不必要なほどに。傷を開いて傷を抉り、四肢を砕いてまた抉る。完膚なきまでに叩きのめして、戦場の外へと放り出して、繰り返し、繰り返し。
 そうして、自分達へと向かい来る最後の一匹へもとどめを刺せば、佑月はその場に座り込む。戦っている間にも最初に見た数から敵は増えていたようで、ふたりの周りには数えるのが億劫なほどの妖怪達が倒れていた。
 彼女は?佑月は乱れた息を整えて、疲れでうまく持ち上げられない頭を振って名を呼んだ。

「……香鈴ちゃん?」

 不安そうな声を聴いて、駆け寄る足音。
 穿牙を離した傷だらけの手に、真綿の温もりが重なって。

「ここにいるよ、佑月くん」

 陽だまりにも似た柔らかな笑顔が、見上げた先で咲いていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

四・さゆり
あげない。



「おまえたちは、可哀想ね。」
だから、わたしが遊んであげましょう

気に食わない男を殴ろうと思ったのだけれど、
血気盛んな子たちは、先に行くでしょうから、ね
わたしがおまえたちと遊んであげる

牙を剥くのは許しましょう
牙を折り続けてあげる

『漫ろ雨』
ほら、咲くわ、花が
全部おまえたちを薙ぐための花よ

わたしの名前が欲しいの
わたしのおもいでが欲しいの?

あげない。

あげられないから、遊んであげるわ
薙いで、刺して、遊んであげる
ほら、地面を舐めていなさい

だって、おまえたちに相応しくないわ
きっと、馴染まないもの
なぜって、わたしのものだから

これは、わたしがもらった、たった一つ
わたしを置いて行った人がくれた、たった一つ



●煢
 踏み分けられる草の掠れた悲鳴。
 生温く髪を、膚を撫ぜる風の吐息。
 混じったのは、酷く耳障りな唸り声。
 足を止めて振り返れば、四・さゆり(夜探し・f00775)は追跡者たちの影を見た。時に暗がりに身を潜め、群れからはぐれたもの――彼らに気付いて足を止めた者へと襲い掛かる黒い群れ。
 名を奪い、記憶を食み、己へ継ぎ足そうとする愚かなけだもの達。

(気に食わない男を殴ろうと思ったのだけれど)

 ちろりと横目に道なき道の先へと視線を移せば先の男の姿は既に見えず、追い掛ける猟兵達の背中だけが揺れている。

(血気盛んな子たちは、止まることなく先に行くでしょうから、ね)

 嗚呼ならば、とさゆりは走り行く仲間たちへ完全に背を向ける。とん、と爪先と真っ赤な傘の先端で地面を小突き、ゆうらり見据える曇り硝子の眼差しが何も知らずに飛び掛かろうとする不躾な獣へと冷たく差し向けた。

――わたしが、おまえたちと、遊んであげる。

 淑女の微笑み。
 からの、暴力的に弧を描く赤。傘による殴打で吹き飛ばされた黒の獣は弱弱しい高音を漏らして枯野へ落ちた。勢いに任せ踊るように身を翻したさゆりは右、左、軽くステップ。その先で次なる獣がさゆりへと黒曜石の切っ先を向ける。
 腕を引き、獣へと向けて真っすぐに刺突。幽み玄影は身を捻って回避を狙うも、避ける寸前。ばさりと開かれた傘が視界を覆い、さゆりの姿を隠した。

「涎なんて垂らして、お行儀が悪い」

 目暗ましの一瞬で支度は整った。獣の上空、斜に降り注ぐのは雨に非ず。鋭くも鈍い赤は乱雑に獣へと襲い掛かり、幾重にも肉を叩き抉りながら地面へと打ち落とした。声も出さずに力尽きた獣からずるりと闇が溶け、奥から元の妖怪が滲みだしてくる。
 くるうり、さゆりが回る。微笑む。

「おまえたちは、可哀想ね」

 咲く。咲く。
 一本、二本、真っ赤に開いた赤が乱れ咲く。絞って、閉じて。蕾のように赤が捩じれる。複製された赤い傘はさゆりを中心に展開されて四方八方、宛ら花畑。
 さゆりの言葉など聴きもしない黒の獣達は、赤に混ざったひとつを目指し一斉に駆け出した。口が動くのなら、声を漏らすなら、それには屹度獣たちの持たざるそれがあるはずだ。まずは一匹が囮に、二匹が道を開き、後追う五匹が本命を。奪った記憶で積み重ねた継ぎ接ぎの連携で獲物(さゆり)を狙う。
 そんな獣の企みも、狙いも、関係ないと言わんばかりにさゆりは口遊ぶように言の葉を紡ぐ。

「わたしの名前が欲しいの?わたしの、おもいでが欲しいの?」

 一息。

「あげない」

 ふ、と色の消えた眼差しが獣達を射貫いた。
 だって、おまえたちに相応しくないわ。少女は続ける。
 きっと、馴染まないもの。どれだけ奪ってもそれは得られない。
 なぜって、わたしのものだから。お前たちの誰のものでもないのだから。

「あげないわ」

 もう一度強く告げてから、少女は再び微笑んだ。

「あげられないから、遊んであげるわ」

 獣達を薙ぐための花畑にまた一輪、新たな傘を複製したなら空へと浮かび上がらせた。
 裂く。裂く。
 最初の一匹は真上から三本、次の二匹は左右から九本、残る五匹は物量で圧し潰す勢いで叩き伏せる。気付いていないと思ったのか、死角から飛び付こうとしていた一匹は自らの手で薙ぎ飛ばしてやった。
 牙を剥くことは許してあげた。対価にその牙を折り続けることにした。言葉で理解できなくても、身を以て知れば可哀想な彼らにとってもいい経験となるのだから。
 ほら、地面を舐めていなさい。などと上品に笑ってみせる。笑みに反してその声色には一欠片の慈悲もない。
 薙いで、刺して、叩いて、突いて。
 それでも奪おうと必死に飛び付く獣達を捻じ伏せる。数多に咲いた赤い花(かさ)が問答無用に降り頻り、黒く澱んだ水溜まりを広げていった。
 それでも敵は数を増やしていく。さゆりの喉からその名を引きずり出そうと足掻いている。

「――嫌よ。わたしのものだもの」

 これは、わたしがもらった、たった一つ。
 わたしを置いて行った人がくれた、たった一つ。

「あげない」

 一際低く響いたさゆりの声が、誰かの鼓膜に焼き付いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユウイ・アイルヴェーム
皆様の心は、皆様のもの
勝手に塗り潰していいものではありません
命とは、心に宿るものなのですから

私は、命を守るための人形
ですから、できることをするのです
…どんなに無力でも、壊れてしまうとしても
前へ進む皆様が、背を気にせずともいいように

心のない人形を狙わせるために、餌が必要です
私の中にある記録は奪わせるわけにはいきません
皆様の生きた、存在した証なのです
…そして、あの子とあの人の記憶も
失えば、きっと私は私ではなくなる
戦うことも、できなくなる

ですから、私が呼べる名前など、一つしかないのです
「私は、ユウイは、ここにいます」
どうか、少しでも多く、私を狙ってくれたなら
「ここで断ちます。…皆様に、命に、光を」



●心
 終焉へ傾く世界に、白が佇む。
 追い続けてくる獣達は今、誰を狙っているのだろうか。誰からどんな記憶を、心を、奪わんとしているのだろうか。ユウイ・アイルヴェーム(そらいろこびん・f08837)の黄桃色の両目は遠く、此方へと迫る黒の影を見据えた。
 足止めに回った猟兵達の手によって追走してきた幽み玄影の群れは着実に数を減らしていった。だが、まだ追ってくる。骸魂を飲んだ妖怪達は戦いの合間にも増えていき、結果として総数はさほど変化せず。孤独は嵩増し、群れなし、変わることなき欲を剥き出しにして襲い来る。
 どれもが、誰かの心を食い尽くしにやってくる。

(皆様の心は、皆様のもの)

 自分とは異なる価値観、感性、経験――他者の持つそれらを知りたいと願うことはあるだろう。それ自体は決して悪ではない。
 だがあの獣達が為そうとしていることは略奪だ。許されない領域まで踏み込んで、許しも請わぬままに奪い去る。誰であろうと、何であろうと、勝手に塗り潰していいものではない。

(私は、命を守るための人形)

 命とは、心に宿るもの。形なくとも、目に見えずとも、理解しがたくともそこに在る。
 だがユウイは、自分にはそれが「ない」と認識していた。命が、心が、人形である自分にはないと。
 だからこそできることを。

(……どんなに無力でも、壊れてしまうとしても、前へ進む皆様が、背を気にせずともいいように)

 この場に残り、獣達を食い止めんとユウイは真白の剣を抜いた。
 だが獣は己の名を口にした者を狙う。互いの名を呼び合う者達を狙う。口にした名と、それに付随するあらゆる情報を食い尽くし、奪い尽くすために。
 たったひとりの、心のない人形が狙われるためには、彼らの望む通りの餌が必要だ。

(私の中にある記録は、誰のものも奪わせるわけにはいきません)

 囮とはなるが、勿論なにひとつ食わせる心算はない。それでも一度も攻撃を食らわない自信もない。この戦場へとやって来た誰かの名を告げてはいけない、此処にはいない誰かの名を告げてもいけない。
 彼女に蓄積された数多の記録は、彼女が観測した人々の生きた、存在した証だ。

(……そして、あの子とあの人の記憶も)

 ほんの数秒、閉じた瞼の裏に浮かぶ笑顔。守るべき命は無数にあれど、その中でも一際眩しく輝く命の形。
 失えば、きっと私は私ではなくなる。戦うことも、できなくなる。そう断言できるほどに、ユウイにとって大切な人達。失いたくない、失うことが恐ろしい。胸の真ん中、自分でも理解できない奇妙な空白に怖気が走った。
 故、彼女は餌として使える唯一の名を口にする。

「私は、ユウイは、ここにいます」

 りんと、鈴鳴るような声。
 一匹。獣の耳がそれを拾った。耳を向けた先にはふわりとスカートを翻した少女(えさ)が一人。少女は微笑み、背を向けて獣達を己へと誘う。

「こちらです。ユウイは、ここにいますよ」

 二匹、三匹。眼前にぶら下げられた獲物を前に獣達が足を止め、進行方向をユウイへと変えた。ユウイが己の名を口にすればするだけ、彼女に迫る影の数が増えていく。
 少しでも多く、少しでも長く、自分を狙ってくれたなら。どうか、と祈る彼女の元へは願い通りに集い迫る黒の群れ。少女の無防備な背へと獣の牙が届くまで、あと僅か。
 振り返り、目視。視界内に少なくとも十三匹。
 散開してはいるが問題ない、一撃目を繰り出すには十分な数だ。ユウイは手にした剣を力いっぱい真下へ、何もない大地へと突き立てる。

「ここで断ちます」

 瞬間、大地に光が横溢した。
 光は瞬く間に剣と形と成り、ユウイを狙って飛び掛かろうとしていた幽み玄影を真下から貫いていく。一本目が外れても二本目が、二本目が逸れても三本目が、地面から次から次へと屹立する光の刃は一匹たりとも逃がさない。
 突き刺した白刃を引き抜くと形成していた光は零れるように消え、獣達はその場に崩れ落ちる。ひとり、ふたり、獣の皮が取り去られれば元の姿を取り戻した妖怪達だけが残された。
 安心したように深く息を吐いた少女は、意識を取り戻さないままの妖怪達へと穏やかに微笑む。

「……皆様に、命に、光を」

成功 🔵​🔵​🔴​

セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎
行くぜアレ…っと
いけねぇ呼ぶと襲って来るんだったか

歌い上げるは【暁星の盟約】
歌で身体強化して
アレスの陣の中
靴に風の魔力を送り足元で旋風を生成
剣に炎属性の魔力を込めて縦横無尽に駆け回る
つい呼びそうになる名前を飲み込んで
かわりに視線や行動で思考を伝えよう

けど…クッソ!
調子でねぇな
狙われるんなら、足止めにはちょうどいいじゃねぇか
呼べよ、俺の名前

お前の声が俺を呼ぶ
お前の名前を呼ぶ
それだけで強くなれる気がするから

…でもって、奪われる前に全部叩き潰せばいい
そうだろ、アレス!

お前の名前を呼ぶ為に
お前に名前を呼んでもらう為に!
燃やせ炎を
全力だ!

アレス!
大きく声をあげ
何匹だって焼ききってやるよ


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

なるべく、名前を呼ばないように征こう
僕達で食い止める

暗がりを照らすように【天聖光陣】を展開
敵や奇襲を遮る障壁となるように光の柱を放とう
駆けるセリオスの思考を予測し
光の柱と剣で援護を
…けど、常に意識していないと名前を呼んでしまいそうで
何処かもどかしさも感じる中
彼の言葉に目を見開く
呼べ…って、君は、何を!?

嗚呼、全く…君って奴は…!
…でも、どうしてだろうね
君に呼ばれた瞬間
それが出来てしまいそうな気がしたし
絶対に守り抜きたい、と強く思ったんだ
…ああ、この陣が、この光が在る限り、奪わせはしない
君の名前を呼ぶ為に
君から名前を呼んでもらう為に!
光で切り開き、守り抜いてみせるよ
セリオス!!



●煌
 戦いは熾烈に。
 猟兵達の走り去った後には激しい戦いの爪痕、骸魂から解き放たれた数多の妖怪達が倒れ伏す。だが、まだ残っている。獣達は尚も猛り、雪崩れるように猟兵達へと襲い掛かってくる。
 追走隊の最後尾を見送り、数分。敵集団の接近を前に仁王立ちして待ち構え、艶めく蒼黒を風に遊ばせながらセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は笑った。

「来たな……っし!行くぜアレ……」

 と、いつもの調子で口にしようとした片割れの名を咄嗟に止めて、代わりに少しばかり高い位置にある彼の――アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の鮮やかな青を覗き見た。

「っと、いけねぇ呼ぶと襲って来るんだったか」
「そうだな……なるべく、名前を呼ばないようにしなければ」

 純白を、白銀を。
 双つの星をその手に引き抜き、セリオスとアレクシスは波濤の如くに押し寄せる黒をその眸で射貫く。されど群れる影、幽み玄影達はそれを恐れない。それらが有するのは純粋な衝動、無尽蔵の食欲にのみ突き動かされる骸獣は獲物を選ぶことはない。
 故、相対する。衝突する。

「征こう、僕達で食い止める!」
「ああ、俺達が倒し尽くす!」

 幕は上がり、黒き歌い鳥が暗澹の舞台へと躍り出る。
 舞台を彩るは地を走り幾何学模様を描く光の尾。アレクシスの展開した天聖光陣が天を照らすように浮かび上がれば、その上に立つセリオスを照らし出した。
 La、La、La――
 喉の調子と音程を確認したならセリオスは高らかに歌い上げる。万人を魅了する至上の歌声は根源の魔力を呼び起こしセリオス自身を強化。さらに魔力を炎属性へと変換して白刃へと惜しみなく注いだなら、刀身は蠍の心臓にも似た赤い灯を燈す。
 一度、二度とブーツを鳴らせば爪先から生まれ柔らに包む、彼へと触れるものを容赦なく切り刻む旋風。
 一節歌い上げれば凛と不敵に、前へ跳躍。
 風の勢いも利用したなら一息で敵集団の最前列まで跳んで駆けて、間合いに捉えた獣を焔の剣戟で焼き掃う。
 死角から狙う影ふたつ。セリオスの白い喉を、細い手首を噛み砕かんと飛び出した。当人は気付かず――否、気を配る必要もない。

「っ!」

 立ち昇る閃光が柱となって、飛び掛かる二つの影を貫く。セリオスを狙った獣の姿を目視したアレクシスは一呼吸の間に刃へ魔力を流し込む。そのまま剣を地面へと突き刺し――術式承認、セリオスへ危害を加えようとした獣達は裁きの光に灼き飛ばされた。

「あ、」

 言葉が詰まる。代わりにセリオスは迫って来た一匹を斬り伏せて疾走。アレクシスの展開する光の陣の中を縦横無尽、一歩でも踏み込んできたならば斬り込む勢いで獣の軍勢へと突撃した。
 その背を目で追いながらアレクシスも己が剣で応戦する。白銀の騎士剣は彼の意思に応じて目映く輝き、研ぎ澄ました光刃で影を断つ。同時に、対応しきれない数の獣がセリオスへと押し寄せないように光の障壁を編み上げて、戦いやすく舞台を整えていた。
 多勢を相手に優勢、だというのに二人の表情は聊か曇り気味だ。

(クッソ!調子でねぇな!)

 敵の一匹を蹴飛ばしつつ、セリオスは舌打ちした。
 別段敵の攻撃を食らったわけではない。どこにも不調はなく、連携にも問題はない。であるのに、戦い(やり)にくい。多少の違和感は共に戦い抜いた多くの戦場での記憶が、身に染みた経験がどうにかしてくれた。
 だが「名を呼べない」だけで彼らは万全ではなくなった。「名を呼ばない」――たったそれだけの歪を互いが抱えただけだというのに、どうにももどかしい。戦闘へ、敵へと割くべき思考がそちらに奪われかねない。
 先程から何度も、名を呼びそうになった。意識してそれを止めるようにしているのだが、気を張れば張るほどに堰き止めているものが喉の奥から溢れそうになる。
 これでは、駄目だ。

「なあ」

 敵を薙ぎ、セリオスは彼の前に立つ。

「呼べよ、俺の名前」

 敵を防ぎ、アレクシスは彼の言葉に目を見開いた。

「呼べ……って、君は、何を!?」
「決まってるだろ、お互いに名前を呼ぶんだよ!呼び合うことであいつらに狙われるんなら、足止めするのにちょうどいいじゃねぇか!」

 名案だろ!と胸を張るセリオスに、アレクシスは困惑の眼差しを向ける。
 セリオスの言い分も理解はできる。敵の気を引くには敵の望むものをちらつかせる方が効果的だ。
 だが敵は名を喰らい、喰らった名に付随する経験や記憶をも奪う。そのうえ得た経験や知識はそのまま獣達が利用できるようなのだ。万が一にも互いの記憶を――大切なものを奪われたなら互いに窮地に立たされるだけではない。矜持をも奪われる。
 それらを防ぐためにと練ったのがシンプルながらに効果的なこの作戦だ。現状敵に喰らわれることもなく、本調子ではないものの敵も倒せている。
 倒せているが、それでは駄目だった。

「お前の声が俺を呼ぶ、お前の名前を呼ぶ。それだけで強くなれる気がするからさ」

 互いを思い合って、思い遣って、その結果傷つくのは御免だ。

「でもってぇ!!」

 蹴撃。
 風纏うセリオスの脚が、アレクシスの背後へと迫っていた獣の腹へと真っ直ぐ深く入り込み、遠く吹き飛ばす。

「奪われる前に全部叩き潰せばいい。そうだろ、アレス!」

 清々しく、青い星が瞬く。
 彼にとって無二とも言える一等星の破顔は、宵闇を裂く流星の呼び声は、アレクシスの内に渦巻いていた不安も懸念もすべて消し去った。
 奇妙な心地だ。名を呼ばれただけだというのに何とも言えない高揚を感じている。彼の言う全てが不思議と実現できてしまいそうで、無茶だと感じなくて。ああ、きっと彼ならば為してしまうのだろうと納得した。

「嗚呼、全く……君って奴は……!」

 そんな彼だからこそ、絶対に守り抜きたいと強く思った。……ああ、この陣が、この光が在る限り、奪わせはしないと。
 アレクシスは戸惑いを捨てる。喉の奥に建てた堰を壊し、光増す剣を握り直した。構えて、一閃。セリオスを狙っていた一匹を弾き飛ばしたならば、彼に負けず劣らずの輝きで笑みを見せる。

――お前の名前を呼ぶ為に         君の名前を呼ぶ為に
――お前に名前を呼んでもらう為に!    君から名前を呼んでもらう為に!

「セリオス!!」

 光で切り開き、須らく守り抜かんと盾が叫ぶ。

「アレス!!」

 炎を燃やし、遍く焼き斬らんと剣が吼える。
 その輝きの強さに惹かれ、その美味たる響きを求めて、獣達はふたりへと狙いを定めた。数えるのが億劫なほど引き寄せられた獣達が光陣を昏く塗り潰さんとする。
 されど最早躊躇はない。

「「全力だ!!」」

 双星は煌めきを増して闇を裂く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『縁切り屋』

POW   :    妖刀解放
【匕首】で攻撃する。[匕首]に施された【妖気】の封印を解除する毎に威力が増加するが、解除度に応じた寿命を削る。
SPD   :    眷属召喚
【召喚した狐霊】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
WIZ   :    妖焔
レベル×1個の【狐火】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠馬酔木・凶十瑯です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●欺
 人の気配は遠のき、空は昏さを深めていく。
どれだけ走っただろうか、気付けば枯れ草まみれだった景色はがらりと変わり、伸びきった薄が辺りを白に真赭に染めていた。
 時に掻き分け、時に踏み均しながら逃げ続けていた男は足を止め、猟兵達へと向き直る。追い詰められた獲物のような怯えはない。此方を蔑み憐れむ不快な眼差しで、ここまで追い掛けてきた猟兵達をざらりと舐める。

「何故、貴方がたは私を止めようとなさるので?」

 理解ができないと男は見下す。
 縁とは、人と人とを繋ぐに非ず、人を人にて縛るもの。
 誰かの為に心を裂いて、その報われなさに嘆いたことはございませんか?
 誰かと心が通じ合ったのに、余計な第三者にご破算にされたことは?
 信じていたはずの誰かと唐突な別れを迎えたときに、貴方の心に空いた洞の深さは如何程で?
 他にも、他にも。例え話を連ねながらも隙は無く、男は淡々舌を回す。

「所詮、死すれば皆独りです」

 されど縁は浮世へ未練を残し、死したる後をも苦しめる。
 ならば最初から求めずとも良いのだと男は嗤う。無用な縁は断ってしまえ、誰にも出逢わなければ苦しむことはないのだ、独りでいることで己を守れ、この世の終わるその日まで!
 ふと猟兵の誰かが声を上げた。「本当は誰の事もどうでもいいんじゃないか」と。
 すると、男は今まで浮かべていた薄ら笑いを崩して、嘲るように。

「あ、バレました?」

 瞬間。
 轟ッ!!とその場に集った猟兵達を囲うように炎が爆ぜた。踏み均されていた一部を除き、火の手は勢いを増して猟兵達から道を奪い、戦場を限定する。
 炎の奥で男の影が揺れる、揺れる。手には匕首、漏れるは妖気、連れて侍るは巨躯の狐霊。焔に捕らわれた獲物達を品定めしながら男は高らかに欲を吐いた。

「貴方がたを結ぶそれら、綺麗にすっぱり断ち切って差し上げましょう!!」


※備考
 戦場は炎に囲まれた薄野原。
皆様は一人ないしは一組ずつ炎の壁に囲まれた戦場へ放り込まれた状態です。炎によって仕切られてはいるものの戦場自体はそこそこ広く、薄は踏み均されております。炎に触れようとしない限り戦闘に支障は出ないものとお考え下さい。
 なお、皆様を囲う炎は複雑な結界術と組み合わせられており消すことができず、転移のユーベルコードを使用して外部に出ることもできません(同じ戦場内であれば転移可能です)。
 そのため増援不可(一章参加者様はこの戦場へ入れない)となっております。

 また、縁切り屋は炎の外側にいるものの、各戦場へ一度ずつ「大切なもの」についてを問いに出没します。
 答えが満足のいくものならば意気揚々と大切なものとの縁を断ちにきます。気に入らなければ雑に当人を狙いますのでうまく迎撃してください。


【プレイング募集開始】11月22日08時31分
杜鬼・クロウ
【兄妹】アドリブ◎
※カイトへの一方的な確執はRPで解消

その問いの感情を抱いたコトはある
愛してた人との離別(慾を抱いた女へもいずれは…
そうでなければと願ってはいた
けれど自分の選択に、己が途に悔いはねェ
悲痛な記憶以上に得たモノは大きかった
縁は俺にとっても大事なモンだ

これまでの出会いあっての俺
人とは違うヤドリガミが
人の心を総て理解出来るとは思わねェが

それを聞いてどうする

ねェよ(背向けて
お前は俺が居ねェと生きられないだろ

(永遠の平行線
側にいると約束した
片割れだけは何があろうと)

テメェ如きに断ち切れはしねェよ
愚弄するのも大概にしろや

【金蝶華】で狐火を打ち消し
意思を力に
炎属性を出力し剣真っ直ぐ振り下ろす


杜鬼・カイト
【兄妹】
「所詮、死んだら独り」っていうのにはちょっと同意するけど
でも、独りでは生きていけないでしょ?
無用な縁なんてない。オレにとっては必要なもの
オレが生きるために必要なもの

「ねぇ。兄さまはオレとの縁を切りたいと思ったこと、一度でもありますか?」
最愛の兄に問う。
望んだ答えが返ってきて一安心
「ありがとう、兄さま」
(……まあ、例え縁を切られたとしてもオレは絶対に離さないけど)

オレは兄さまとの縁が大切
この縁を断つというなら、相手がなんであれユルサナイ
防御や回避行動をしないことで【篝火花は赤く燃ゆ】を発動し、自身を強化
刀に【呪詛】をこめて敵を斬る
壊さなければ…壊される前に壊さなければ



●双
 狐火は轟轟と唸りをあげて双つを囲った。燃え上がる炎の壁は一般的な人間の身長など優に超えて高く、白く。見上げた空をより黒く際立たせては滅びを煽る。
 退路は断たれ、進路も塞がれ、敵の姿は見えぬまま。炎の奥からじっとりと嫌な視線を感じとりながらも、此方からの攻撃は炎に阻まれて届かない。絶体絶命ではないが八方塞がり、何を為せばいいのか見当がついていない状況だ。
だというのに。

「ふふ、星にでもなった気分ですね、兄さま」

 杜鬼・カイト(アイビーの蔦・f12063)は二色の双眸をゆるりと細めて、弾むように笑い掛けた。実際、炎に近づきさえしなければ熱さは感じず、燃え続けているというのに息苦しさもない。どうやらこの炎はただ猟兵達を捕らえる為だけのものらしい。
 対して兄は――杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は緊張感のない「妹」の様子に渋い顔。決して無策ではないのだろうが、だからと言ってこうも平常通りであると戦意も削がれる。

「何が星だ。この状況がそんなロマンチックに見えるかよ」
「見えますよ。ほら、空があんなに遠くて暗い。他の光は何もなくて、オレと兄さまだけがこの闇の中で燃えているなんて」

 素敵じゃないですか。と両手を翳すカイトにクロウは何も返さない。代わりに反芻されるのは縁切り屋の言葉だ。

――縁とは、人と人とを繋ぐに非ず、人を人にて縛るもの。

 続けられた問い掛けは、存外クロウの胸の内へと響いていた。そうだ、そういう感情を抱いていた。
 愛していた人との細やかな平穏、最期を見届けることを拒んで選んだ離別。想いは薄れる事無く己を苛み、心底に澱を残す。今も、尚。
 それだけならばよかった。一人分の重さならば独りで抱えて生きていけるはずだった。だというのに、繰り返した。最初の幸福を追い求めたわけでない。故か、かつてとは異なる慾(いろ)を抱いた女がいた。まだ小指の一本で繋がっている程度の熱は、いずれは離れ行く。否、離してしまう。
 そうでなければ、と願ってはいた。

「ねぇ兄さま」

 思考を遮るように妹が――嘗ての主を映し取った別人が呼び掛けた。自分と同じ、けれど対なす青浅葱と夕赤が覗き込む。

「なんだ」

 短く返し、視線を外す。今巡らせたばかりの懊悩が直視を拒んだ。
 兄を悩ます原因が何か、兄を見つめ続けている妹には大方の察しはついていた。だがカイトは敢えてそれらに触れず、抱いた一欠片の不安をも感じさせない声色で最愛の兄に問う。

「兄さまはオレとの縁を切りたいと思ったこと、一度でもありますか?」
「それを聞いてどうする」
「さて、どうするでしょう」

 背を向け、沈黙。

「ねェよ。お前は俺が居ねェと生きられないだろ」

 互いを映し合う、永遠の平行線。交わることはなくとも隣り合うことはできるから。
 側にいると約束した片割れだけは何があろうと。秘めたる思いは届かせぬままにクロウは答えた。
 望んだとおりの言葉(こたえ)が兄の口から聞けたことに、カイトはほっと胸を撫で下ろす。同時に、己へと思考を向けてくれたことへの喜びに柔らかく笑みを返した。

「ありがとう、兄さま」
「いやぁ素敵ですねぇ!いいものを聴かせていただきました!」

 緩んだ空気へぬるりと滑り込んだ、異様に軽い感動の声。
 空気も読まずに割って入るは縁切り屋。丁寧に誂えた作り物の笑みで、うわべだけを見てひとり拍手喝采。

「兄弟の絆、というやつですか?いやはや、仲良き事は美しき哉とはよく言うものです」
「――でしょう?オレたち『兄妹』は双つでひとつですから」

 ちり、と棘を含ませてカイトは微笑む。
 例え縁を切られたとしてもオレは絶対に離さないけど。とは口に出さず、静かに名もなき妖刀を抜いた。構えは取らず、わざと隙を作り、攻め込ませやすく。

「おや、二つは二つですよ。所詮は一つの寄せ集め……ええ、試しにすっぱりと別って差し上げましょうか?」
「テメェ如きに断ち切れはしねェよ。愚弄するのも大概にしろや」
「ああ、怖い怖い」

 クロウは漆黒の大剣を手に、縁切り屋をぎんと見据える。切っ先を向け、一分の隙は無く、間合いを図って機を狙う。どちらも同じく強まる殺気。
 ぢ、ぢ、ぢ。縁切り屋の長い指の先に何処からともなく炎が集う。相対するふたり、ならば狙うべきは勿論弱く見える方。炎が爆ぜて、分かたれた狐火は構えを取らないカイト目掛けて放たれた。カイトはそれでも動かない。
 だって、分かりきったことだから。

「そう来るだろうなァ!!」

 叫ぶクロウが剣持たぬ手に忍ばせておいた着火具より魔力の籠った火の粉を放つ。カイトの前、焔は蝶となって群れ為せば襲い来る狐火全てを祓い除けて相殺する。そうだ、「兄さまならオレを他には壊(ころ)させない」。分かっていたからカイトは動かなかった。
 狐火を相殺しきればクロウは縁切り屋へと接近、カイトは兄の後に続く。此方を別つと宣言した男をその刃にて断って見せんと踏み込んだ。
 しかし、男は焦る様子もなく、薄気味悪い笑みを浮かべたまま。ひょひょいと後ろへ二歩、三歩。匕首を手にしながらも襲い掛かる様子はなく――

「っ!兄さま!!」
「なっ」

 轟っ!!
 上空より狐火群がうねり、前を走るクロウへと降り注がんとしていた。量は多いがこの程度ならば容易く見切れるとクロウは再び着火具を握りしめる。
 が、クロウが反応するよりもより早くカイトが動いていた。兄を突き飛ばし、狐火の雨へと身を投じる。「兄が標的となった」と気付いた瞬間に身体が動いて、「兄ならば全て避けられる」と知っていながらも己が身を盾とする事を選んでいた。
 炎の雨は四肢を焼く。けれどその程度の痛みなど、今のカイトには痛みにすらならなかった。

「……ユルサナイ」

 その身は壊れた鏡。何一つ映し取れず、封ずることはできないと分かっていても、唯一の激情がカイトを突き動かす。
 それは独占欲。自分以外の何者も、兄(かたわれ)を疵付けることは赦さないという劫火の如く燃え上がる嫉妬。カイトの内に膨らみ続ける愛の形だ。
 想いは呪いに。狐火の直撃を受けても揺らぐことなき感情を刃へと乗せれば、カイトは真っ直ぐに縁切り屋へと斬りかかる。

「おっと」
「オレは、兄さまとの縁が大切」

 縁切り屋は後ろへと引いて腹を真横に薙ぐ一撃を逃れる。しかし、カイトはもう一歩踏み込むと同時に身を捻り、その場で一回転。勢いを乗せた二撃目はやや下方、男の足元へと向けられた。

「この縁を断つというなら、相手がなんであれ……ユルサナイ」

 斬!!
 呪詛の満ちた一刀が白鼠の着物へ赤く染みを広げた。斬りつけられた片足からはぐちゅりと腐った肉の崩れる音、増幅し続けるカイトの呪詛は傷口を深く毒して内側から壊していく。
 そう、壊さなければ。壊される前に壊さなければ。
 次の一撃を警戒して、縁切り屋は痛む足を引きずりながらも狐火の群れをカイトへ向けて撃ち出した。宛ら焔の大津波、だからと退く気は更々ない。カイトは己を顧みず猛進し――視界をこの世で一番安心する黒に阻まれた。

「わぷっ」
「お前ばっか楽しむな」

 押し寄せる狐火は燃え盛る火精の蝶で相殺し、クロウは幾分服の焼け焦げたカイトへと己の上着を投げつけて静止する。兄の上着から顔を出せば先程まで燃え上がっていた感情は勢いを弱め、落ち着きを取り戻した。

「……ふふ、本当に、仲がよろしいようで」
「そう見えるのか?」
「ええそれはもう。……だからこそ貴方達のその縁、綺麗に引き裂いてしまいたい」

 片割れを奪った瞬間、残されたもう一人はどんな表情をしてくれるだろうか!
 呪いの浸食が激しいのか、縁切り屋はその場に片膝をついたまま薄ら笑いに脂汗。僅かに痙攣さえし始めてきた指先は、それでも匕首を握り手放さないまま機を狙う。

「縁は俺にとっても大事なモンだ」

 クロウは静かに男を見据え、想いの在処を振り返る。
 後悔はあったか。否、自分の選択に、己が途に悔いはない。進んだ先にあったものがいかに悲痛な記憶であったとしても、それ以上に得たモノは大きかったのだ。
 これまでの出会いが杜鬼・クロウという男を形作った。百の年月を経て人の容を得た器物へと、人の心を注いでくれたのは紛れもなく自分と繋がった数多の縁だ。人非ざるモノが人の心を総て理解出来るとは限らない。クロウ自身も思ってはいない。
 それでいい。総てを分かり合えずとも、人は共に在れるのだから。
意思を力に。構え直した玄夜叉・伍輝はクロウの想いを、決意を灯して刃を赤熱させたなら、宿るは夜より暗い黒の炎。
 ほんの一、二歩。クロウの身の丈ほどある大剣は振り上げるだけで相手を間合いに捉える。逃げられない漆黒が揺らめき、死の輪郭を映し出す。

「ああ」

 震えの止まった手から、匕首が零れて落ちる。
 振り下ろされた黒焔の刃は、男の姿を両断した。



●星
「――ちッ、ぎりぎり逃げられたか」
「ほんと、ああいうのに限って逃げ足だけは速いんですから」

 ふぅ、と息をつき互いに刃を収める。
 縁切り屋はいつの間にやら煙の如く消え去っていた。実際、渾身の力で振り下ろし、両断したはずなのに手ごたえも薄かった。初めから偽者であったのかもしれない。
 壁となった炎は先程と比べれば多少は弱まっているものの、まだ脱出とまでにはいかない。再びあの男が此処へと現れるか、或いは他の誰かに斃されるのか。どちらかしか抜け出す方法はないだろう。

(……無理したかなぁ)

 ようやっと痛みが蘇って来たカイトは上着を返さないまま空に手を翳す。焦げ付いた手先は爛れてこそいないが痛々しく、綺麗でも可愛くもない。元より敵の攻撃を防ぐ気も避ける気もなかった――だって兄さまが護ってくれると知っていた――のだが、ここまでの痛手を喰らうのは自分でも想定外だった。それもこれもあの敵がクロウを狙ったのが悪いのだと八つ当たりする。
 ふと、男が告げた言葉を思い出していた。「所詮、死んだら独り」との言葉にはカイトも少しばかり同意した。見てきた、知っていた。傍にいたとしても死ぬときは一人、置いて行かれるのも、ひとりだ。
 でも、独りでは生きていけないことも知っている。

(無用な縁なんてない)

 オレにとっては必要なもの。オレが生きるために必要なもの。
 勿論兄との縁は何よりも大切で絶対ではあるが、日々を重ねて増えていった友人たち、まだ顔を合わせただけの知人、日常の中ですれ違う数多の他人。巡り合い繋いできたすべてが自分を作ってくれる。きっと、隣り合う彼のように。
 だから。

「兄さま」
「あン?」
「オレ、ちゃんとここにいますよ」
「――見て分かるよ」

 双つは決して、別たれない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

雛瑠璃・優歌
【永歌】
(開始時男装済)
大切なもの…決まっている
「母や弟、家族の笑顔…そして人の縁そのものだよ」
私はまだ孵るとも判らぬスタァの卵
けれど人々が“私”(※優詩)の名を呼び、寄せてくれる期待が『次』になる
そうして帝都に続く舞台に私は生かされている
「人の縁こそが繋ぐもの…所詮辻斬りと大差ない君にこの話が何処まで必要なのかは知らないが!」
UC発動
「此処には私の命を今に繋いだ彼も居る、易く絶てる縁など端から持ち合わせがないね」(依頼『それでも君は征くというのか』)
臆する理由も無い、輝きを増す宵海蛍雪で迎え撃つ
逢海さんの言葉は少し気になるけれど今は聞かない
この縁を放さなければいつか紐解ける日も来ると思うから


逢海・夾
【永歌】
脳裡に浮かぶ顔を振り払う
誰にも気付かせる気はねぇ。…こんな奴には、特にな
「そうだな、人間。…と、その笑顔だ」
嘘でもねぇが核心でもねぇ
人間は綺麗な世界で笑っているべきだ
穏やかに幸せに生きていてくれるなら、オレはそれで十分だ
元々人間を守る為の命だからな。正しい使い道、って奴だ
「ま、お前には分からねぇよな。こんな世界を作り出すくらいだ、心なんていらねぇんだろ」
執拗に切ろうとする辺り、逆に拘ってそうだからな。少しくらいつついてみるさ
気が逸れりゃそれでいい。【狐火】で死角を叩きながら、斬りに行く
…どっちも囮だが、本気だぜ。さ、どうする?

誰が教えてやるかよ
オレ達が触っていいもんじゃねぇんだ、あれは



●憬
 手を引いたのはどちらが先だったのか。
 咄嗟に手を伸ばし合い引き寄せた結果、ふたりはひとところへと鎖された。
 白く、赤く。
 炎の壁をすり抜けてきたそれは狐の面で顔を隠し、指先で狐火を遊ばせながら問い掛ける。

「さて、まずはひとつ。貴方達の大切なものは、何方に?」

 視線は遮られているというのに、酷く不快な視線を感じた。直ぐにでも斬り込んでやればよかったというのに、男の問いにふと、逢海・夾(反照・f10226)は脳裡へひとりの顔を過らせた。
 それは時に穏やかで、微睡のように心を緩く解いていった柔らかな笑みだった。それは時に鋭く、冷水のように心を引き締めて奮い立たせる凛々しい笑みだった。それは時に弱く、真珠貝のように己を堅く閉ざしながらも誰かの為にと作る笑みだった。
 嗚呼、誰にも気付かせるものか。こんな奴には特に。

「そうだな、人間。……と、その笑顔だ」

 だから、真実を伝えた。本当に大切な部分だけを秘めて、嘘ではないが核心でもない夾の本心(こころ)を。
 人間は綺麗な世界で笑っているべきだ。穏やかに幸せに、生きていてくれるのならばそれでいい。それで十分だ。元々人間を守る為の命なのだからと、白狐は願望を現実にすべく行動する。それが己の正しい使い道であるのだと。

「ま、お前には分からねぇよな」
「そんなことはありません。大切なものの笑顔を護りたいというその心、私にも理解はできますとも」

 怒る様子もなく、男は夾の言葉の表面にだけ反応だけしてさらりと流す。どうにも在り来りな答えに心惹かれなかったのだろう。変わり、興味の矛先は彼の隣で沈黙を守る男装の麗人へと向けられた。

「其方の貴方は如何で?」

 閉じた瞼の裏に映る姿達を丁寧に見つめ返して、雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)――否、小鳥遊・優詩は胸へ手を当て凛と答えた。

「大切なもの……決まっている。母や弟、家族の笑顔……そして人の縁そのものだよ」

 告げる答えは夾と類似して、しかし秘するものなき目映さで男を射貫く。
優詩は未だ雛鳥未満、スタァの卵である。うまく飛び立てるかどころかいつ孵るかさえも不明瞭な彼女は舞台の上に在るだけで必死だ。
 けれど人々が自分の、“優詩”の名を呼んでくれるのならば、寄せてくれる期待が『次』に繋いでくれる。光を浴びせ、温もりを与え、いずれ殻へと罅を入れるための力を分けてくれるのだ。そうして帝都に続く舞台に、彼女は生かされている。
 人の縁こそが人を繋ぐものだと、今を未来へ繋ぐものだと謳う。

「所詮辻斬りと大差ない君にこの話が何処まで必要なのかは知らないが!」
「勿論。貴方の口にした全ては、私に必要な情報(モノ)ですとも」

 面の奥から響く声が僅か、歪んだ。
 表情が見えずとも声に乗せられた感情から男が何を思っているのかは解った。男は嗤っている。己を辻斬りなどと呼ばれた事など気にも留めず、優詩の囀る一欠片の疑心もない、輝かしいほど光に満ちた言葉へと悦びを深めている。

「それほど大切であるならば、一つとして手放したくないでしょう?」

 言葉を全て告げるより早く男の指先に止まった炎が熱を増し、優詩目掛けて撃ち出された。速くはないが揺らめきながら接近してくる狐火は軌道が読みにくい上に数も多い。

「させるかよ」

 皓々と揺らいだのは夾の繰る狐火だ。男の放った焔の群れ一つ一つへぶつけるように放ち、前進。優詩の身支度が整う僅か一秒の隙を護るべくダガーを握った。
 が、動きが読まれていたのか。狐面の男は前へと踏み込んだばかりの夾の前へと滑り込み、匕首を握った手を肩先目掛けて真っ直ぐと伸ばす。刃が迫りくる一瞬のスローモーション、纏い付いた妖気はぞわりと肌を撫で、この次にやって来るであろう死のイメージを鮮明に夾に抱かせる。差し伸ばされた手は肩を貫かずに空を抜け、そのまま、首筋へ。
 避けなければ。

「させないよ!!」

 切っ先を弾いたのは夾のダガーではなかった。
 軽やかに振るわれた蒼の細剣が横から匕首を跳ね飛ばしたなら男は反撃される前に後退。夾の前に立つのは装いを新たに整えたスタァの原石、歌い鳥を纏いし優詩の姿。間合いを取られた敵を見据えて、細剣を構え直す。

「貴方がたは随分と強い縁に結ばれているようで」

 狐面の男は仲睦まじいふたりの姿にくく、と笑いを押し殺して次なる焔群をふたりへと送り出した。ならばと、夾は迫る焔よりも多く、狐火を走らせる。正面には敵の狐火を打ち消す群れ、左右には逃げ道を塞ぎつつ優詩を護るための群れ。炎が衝突し、燃え尽き合って消えていくその先に――匕首を手に自分を狙う男の姿。

「だろうな」
「隙ありっ!!」

 一閃。優詩の繰り出した細剣の一撃は男の胸元に一筋の赤を引き、体勢を崩す。
よろめきながらも男は至近距離、目暗ましの炎を優詩へと飛ばしたが夾の狐火で相殺される。深追いはしない。優詩は男が立ち上がるまでに間合いを取って一呼吸。

「こんな世界を作り出すくらいだ、心なんていらねぇんだろ」
「それは誤解ですよ。心がなければヒトはヒトではなくなってしまう」

 追撃がないと分かれば男は匕首へ施された封印を一段階解除。ぞぷりと何かが奪われていく感覚と共に妖気が強まれば、己を見下すように睨めつける夾へと切っ先を向けた。

「なら態々心を壊すような真似をするのはどうしてだ?」
「壊すつもりは毛頭ありませんとも。そうなってしまうヒトがいるというだけ」

 より深まった妖気は近づくだけで怖気を呼び、無自覚のまま武器を握る手を震わせる。が、耐えられないわけではない。せり上がる恐怖心を捻じ伏せて押し殺し、夾は男の固執するそれをさらにつついてみせる。

「じゃあ何が狙いだ」
「狙い……というほどではありませんがねぇ。二つを別つこと。それを味わいたい」
「味わう?」
「ええ、極上の美味ですよ」

 にたりと、面の奥で哂った気がして。

「……オレ達が触っていいもんじゃねぇんだ、あれは」

 低く、殺気を籠めて呟いた。
 奥底へと秘めてきた感情の輪郭が浮き上がったことに、男は面の下で口角を吊り上げる。嗚呼、間違えていたと。狙うべき獲物を違えていたのだと。理解と同時、男は夾のダガーを匕首で受け止めて力一杯にかちあげて至近距離、狐火を爆ぜさせて一瞬を奪う。
 好機。であるはずなのに、男はぐるりと反転し、距離を取って機を狙っていた優詩へと男が標的を変えた。驚きはするも、その程度で優詩は狼狽えない。直ぐ様冷静に、相手へと細剣を構えたならば花色衣をはためかせて薄氷を滑るような低空飛翔。男よりも早く間合いへと飛び込めば匕首を払い上げ、細剣の柄頭で面を強打した。
 よろめきながらも男は顔を上げ、己を凛と見据える優詩へと視線を返した。

「貴方は人の縁すべてが大切であると、そう言っていましたね」

 割れた仮面がぱらりぱらりと崩れ落ち、その奥に――ずっと見えてなどいなかったのに異様なまでに覚えのある狂気に歪んだ金色が優詩へ向けられた。
 手元では妖気を増した匕首。つい、と撫ぜた指の腹には赤の一筋。

「ならば彼との繋がりも、断ってしまうのは恐ろしいのでしょうねぇ」
「――そうだね、失うことは恐ろしいよ」

 それでも、此処に夾はいる。
 かつて惨劇と譬えることすら赦せない戦場で出会い、命を繋いでくれた人だ。こころ移ろわせる花の迷宮で手を引いてくれた人であり、夜と朝に輝くはじめての海を隣で見つめていた人だ。偶然か、必然か。幾度となく縁は結ばれ、その度に絆を紡いだ。
 小鳥遊・優詩を――否、雛瑠璃・優歌を“今”に繋いでくれたこの人がいるのだ。

「だけど、易く絶てる縁など端から持ち合わせがないね!!」

――臆する理由などひとつと無い!

 煌めく蒼の奥に鈴蘭水仙を宿す刃は穢れなき光で優詩を包みこみ、想いを受け止めたかのように輝きを増した。
 これは、いけない。
 男は何らかを察したのだろう。たじろぎ、この場から退散して体勢を立て直そうと一歩退いた。が、男の真横、間合い外から夾が急速接近。防御の為にと咄嗟に構えた匕首でダガーの一撃は防いだがその間に逃げ道すべてを狐火が塞ぐ。
 ダガーを躱せても距離は取れない。かと思えば死角から狐火が飛び跳ねて思うように動けない。本命はどちらか、逃げ道は何方かと見極めようとする男の目に焦りの色を見出せば、夾は問われずとも答えた。

「どっちも囮だが、本気だぜ」

 ぎぃん!と匕首を弾き飛ばした夾がにぃっと笑んだ。唯一の逃げ道――彼の背後にはスタァの卵が蒼の刃を構えて突撃体勢を整えていた。

「さ、どうする?」

 逃げられない。
 輝きに満ちた勝利の直線路を狐火がさらに目映く照らす。助演を務めきった白狐がひらりと主演(スタァ)道を譲れば、優詩は男へと一直線に飛翔突撃。
 逃げられるはずもない。
 その目映さから目を逸らせず、息もできず。男は清き閃光へと呑み込まれていった。



●夢
 ひらり。
 穿ち貫いたはずの男の身体が一枚の葉に変わり、燃え尽きた。

「……逃げられたのかな。それとも最初から」
「いや、手ごたえはあった。ぎりぎり逃げたんだろうよ」

 残ったのは焼け焦げ、吹き散らかされた薄と戦いの爪痕。壁為す焔は勢いは落としたものの、飛翔して飛び越えようと試みた優詩に反応して燃え上がり拒む様子から結界としての効果自体は消えていないようだった。
 またいつ縁切り屋が攻めてくるかもわからないからと警戒はしつつも、ふと、戦いの最中で聞こえてしまった夾の言葉を優歌は思い出していた。

『――オレ達が触っていいもんじゃねぇんだ、あれは』

 炎の燃える音と刃の交わる音に掻き消されそうだった言葉の真意も、殺意を隠しきれない程に気を昂らせていた夾の事も気にならないと言えば嘘になる。でも踏み込んではならない事は分かる程度には子どもではなかった。
 ちらりと横目に夾を見る。優歌の知る「いつも」の彼がそこにいる。

「どうした?」
「……いえ!何でもないです!」

 この縁を放さなければ、いつか紐解ける日も来ると思うから。
 今は未だ唇を閉ざして、この場所から離れないでいよう。思いを胸の内へと秘めると優歌は再び“優詩”を装い、少しでも目線を近づけようと背筋を伸ばした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●幕間
 逃げた。
 逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ果せた人生だった。
 走り抜けた先で振り返った己の道の、まあ不甲斐ない事。詰まらない事。さみしいこと。
 だから、もし次に何か逃げることがあったとしたら、少しくらい。少しくらいは遊んでみてもいいんじゃないかと思ったのだ。
 そうする前に、おれはそれを見つけてしまって。
 そうする前に、おれはそれを飲み込んでしまって。
 おれは、呑み込まれてしまったわけなのだがな。
ルーファス・グレンヴィル
マコ(f13813)と

鬱陶しい炎の壁
鉄塊剣で斬っても消えない
ち、と軽く舌打ちした

あ゛? 大切なもの?
ちらりと横目で隣の奴を見る
不敵に口角を吊り上げて

そうだなあ、コイツだよ、コイツ

これが嘘か偽りか本音か本心か
紡いだ本人にも分からないけれど
ぐしゃぐしゃとマコの髪を掻き乱す

戦闘中の彼の反応なんて求めていない
どうせ真っ直ぐに敵しか見てない奴だから

炎の外側に居る敵を誘うように
鋭い眼差しを一直線に向けて
此方へオイデと招いてる

おい、ナイト、来い!

そうして呼ぶは悪友の名前
唯一無二の掛け替えのない存在
飛んでいた黒竜が槍へと変じ
くるりと回して戦闘態勢で身構える

ナイトとの縁も、
マコとの縁も、

断たせやしねえ、よッ!


明日知・理
ルース(f06629)と
アレンジ、マスタリング歓迎

_

──大切なもの。
俺には沢山あった。全てかけがえのない、護りたいもの。

「…苦しいとか、無ければいいとか、
そう思うのは心それぞれだ。何もお前が背負うべきものじゃあない」

炎が展開しても動じる様なく
くしゃりと撫でられくすぐったい

傍らに紅蓮の男の気配と
己の魂にて息づくUDCを感じながら
大切なものを見失う事無く
唯真っ直ぐに縁切り屋を見据え

「かかってこいよ。
生憎と、お前に断ち斬られる生半な縁《きずな》は持ってねえ」

戦場を蹂躙する影の嵐、その渦中にて
口角が上がる。不敵に笑む。

「お前をオブリビオンたらしめるその"縁"、俺達が断ち斬ってやるよ」



●共
 構え、薙ぐ。
 地獄の名を持つ大剣は如何なる熱をも物ともせず、炎の壁を引き裂いた。
 だがそれだけだ。壁の先には何重にも炎が張り巡らされ先には進めず、開いたばかりの突破口は形を保てぬままに塞がってゆく。
 構え、薙ぐ。
 二撃、三撃と間を置かず叩き込んでみても結果は同じだった。鬱陶しい、と軽く舌打ちをしたルーファス・グレンヴィル(常夜・f06629)は十五度目の挑戦を終えて漸く剣を下ろした。
 敵はそこにある。切り裂いた先に確かにいる。それがいくつの壁を越えた先かは分からずとも、炎の先で人の形を漂わせては不愉快な含み笑いを響かせている。無駄だと見下すようなそれが、男の思う通りになっている現状がどうにもこうにも気に食わない。

「あ゛ーーーーーーー!さっきからクスクスクスクス笑ってよォ!」
『いやはや、申し訳ございません。あまりにも無謀なものだから、つい』
「だったらとっとと出て来いってんだ!!」

 苛立ちに任せてもう一振りだけ、乱暴に薙ぐ。しかし剣は焔に僅かな隙間を作るのみ、男の影にも届かない。

「ルース、いったん落ち着け。反応し続けてたら奴の思う壺だ」
「――ちっ」

 悔しげなルーファスの肩を叩きながらも明日知・理(月影・f13813)の視線は炎の先――本当にそこにいるのかも不明な縁切り屋を捉えようとしていた。どれだけの時間、此処で立ち往生を続けているだろうか。代り映えのしない空と延々燃える炎の壁は時間感覚さえも狂わせる。

――もしかしたら、此処に在るのはただの形だけでとっくに男はこの場を離れているのではないか。

 一度はそんな考えも過ったが、どうにもこの炎の檻へと囚われた者達は敵にとって最高の御馳走のようだ。世界の滅びを前にありつく最期の晩餐にはうってつけの人材が揃っているというのに、わざわざ逃げ出すだろうか。先程の言動から感じた敵の嗜好を考えれば、自分達の様子を確認できる方法を持った上で直ぐ近く――あの影が偽者であったとしても必ず炎の先には潜んでいる。
 だから今は『何もしない』方がいいのだ。懐に飛び込むのではなく、此方へと招き入れる為に動かない。ルーファスも理の考えが分かったのだろうか、ぎっと炎を睨みつけたまま歯を食い縛って感情を抑え込む。
 暫し沈黙を守っていると、先程までじゃれついてきていた子猫が玩具に反応しなくなったのに気付いたか。炎の先で驚いたような呟きが聞こえた。

『おや、意地悪しすぎてしまいましたか。これは失礼』

 喉を鳴らすような押し殺した笑みに噛みつきそうになったルーファスの口元へ、理は人差し指を一本立てて当てた。

『では問いましょう。貴方がたにとって大切なものとは?』
「あ゛?」
(──大切なもの)

 問いを聴いて脳裏へと即座に並ぶ程度に、理の“大切なもの”は沢山あった。どれが誰がと指折り数える事など、指が足りないことがとうに知れているからこそ必要なかった。全てかけがえのない、護りたいもの。
 だからこそ、口にし難い。
 当たり前に大切で、当たり前に護るべきもの。名を連ねることも、彼ら彼女らに優劣をつけることもないほどに大切だからこそ、この男相手に口にしたくない。存外欲が張っていたのだと眉間に皴を寄せて、理は己に渦巻くいくつもの感情から言葉にすべきかたちを探った。
 そんな彼の隣、ルーファスはというと問われた言葉を何度か反芻した後にちらりと横目で隣に立つ男の、少し高い位置にある顔を見る。――嗚呼、余計なことまで悩んでいそうな仏頂面。その顔が妙に可笑しくて、なんだか可愛くも見えて。
 ルーファスは不敵に口角を吊り上げて堂々答えた。

「そうだなあ、コイツだよ、コイツ」

 腕を伸ばして無理やりに肩を組むと、油断していた理がぐらんと体勢を崩す。

「てめぇの問い掛けを律義に答えようとしてうんうん悩んじまってるこいつが……マコの事が大事で大事でなァ」

 低くなった頭を鷲掴みにしたかと思えば、ぐしゃぐしゃと理の短い黒髪をかいぐり回した。
 口にした言葉が嘘か偽りか、本音か本心か、紡いだルーファス自身でさえ分からない。けれど此処に在る信頼と安心感は確かなものだ。どちらにしたって、縁切り屋を名乗るこの男へ叩きつける答えとしては合格点だろう。

「さ、鬼ごっこの『鬼』は終いだ」

 撫で回していた片手をぱっと離すと、ルーファスは声のした方へとその手を差し出した。燃え上がる炎の外側、今もほくそ笑んでいるのであろう敵にくいっと指先だけで手招き、射貫くような紅蓮の眼差しが此方へおいでと誘っていた。
 離れた手の下、思考を遮られた理はようやっと自分がルーファスに何をされていたのか理解した。撫でられていた。やや乱暴だが温かく、まるで大型犬を目いっぱい可愛がるような手つきを思い出して、ワンテンポ遅れて心地よさとくすぐったさに襲われる。

(ああ、そうか)

 深く考える必要はない。

「……苦しいとか、無ければいいとか、そう思うのは心それぞれだ。何もお前が背負うべきものじゃあない」

 相手の言葉に左右される必要もない。
 傍らには紅蓮の男、魂の奥底には息づく魔の獣。相対するあれは、敵だ。叩きつけるべき答えなら、この場で示してやればいい。

「かかってこいよ。生憎と、お前に断ち斬られる生半な縁(きずな)は持ってねえ」

 研ぎ澄ますは敵意。すらりと引き抜いた白刃の先をルーファスが向ける視線と同じく、姿見えぬ男へ。

『――――実によろしい!』

 愉悦に満ちた男の声が戦場に広がり、同時に狐火の群れが炎の壁から跳ねて飛んで、襲い掛かってきた。咄嗟に回避した炎の先にはようやく姿を見せた縁切り屋。割れた狐面から覗く下卑た目つきが二人へと惜しみなく注がれる。
 次いで放たれた炎は新たな壁を二人の間に創り出し、分断。どちらを潰した方が楽しいかと縁切り屋は品定め。先の答えを聞いた限りでは黒髪の青年よりも灰色の男の方がいい反応をしてくれていた。あちらを先に、そうしよう。と凶器を握り直して面の下で口角を吊り上げた。
 だが、ルーファスも理も互いにひとりではない。

「―――"Thys"」

 強い殺意が男を射貫く。反射的に其方を向いたなら刃を構えた理がそこに立っていた。だがどうにも視線だけが先程と異なる。明確になった殺気に吸い寄せられるように、縁切り屋は理から目が離せなくなっていた。

「お前をオブリビオンたらしめるその"縁"、俺達が断ち斬ってやるよ」

 刹那、影が光を蹂躙する。
 狐火の群れをも呑み込んで、朔月の夜に似た昏い影が理を中心に渦を巻く。戦場を蹂躙する影の嵐は厭えども無二と言える理の相棒、その身に宿したUDC(アンディファインド・クリーチャー)――シス。
 脳裏に響く憎まれ口に口角が上がる。
 不敵に笑む理の背後で影が巨躯の獣へと形を変えると、白く鋭く並んだ牙を同じようににぃっと歪めて男へと襲い掛かる。
 ぞわり。男の背筋に冷たく細く、髄に針を通されたような悪寒が走る。眼前の脅威から視線を逸らせずにいる男は目暗ましの狐火を呼び出すと、獣の視界から一時的に自分を隠して無理やりに逃げようとした。

「オレの事も忘れんなよ」

 が、それをルーファスが阻む。

「おい、ナイト、来い!」

 ルーファスが呼んだのは悪友の名前。彼が炎壁を裂かんとしていたその間、上空から敵の位置を探り続けていた唯一無二の掛け替えのない存在。真っ直ぐ降りてきた黒竜は黒き鋼へと変じ、一振りの槍となって男の傍らへ突き刺さった。
 引き抜いてくるりと回して調子を確認。どちらも良好、戦闘態勢で身構えたなら縁切り屋の退路を断つ。振り抜き、一薙ぎ。理へ、シスへと意識を注いでいたが故か、男は匕首を構えることもできないまま胸元へ一筋の傷を許してしまう。

「しまっ……」
「ナイトとの縁も、マコとの縁も」

 間合いを取り直すと黒槍を構え、渾身の力を込めて。

「断たせやしねえ、よッ!」

 投擲。放たれた槍はぐるりと竜の姿へ解けながら男へと吼える。前方から、後方から、対なして迫りくる黒き死の気配。息を呑む間もなく、男は牙に引き裂かれて、そして――


●進
「はずれかよ……」

 しゃがみ込み眉根を寄せたルーファスは、ナイトが前足でつついている木の葉だったはずのなにかを見つめていた。男を倒したかと思った次の瞬間には人間の形は崩れ、散り散りになったこれだけが残されたのだ。
 最初から偽者だったのか、何らかの術により偽者と入れ替わったのかは不明だが、結果逃げられてしまったことに聊かの不満と溜息を吐きだした。

「炎は弱まったようだが……駄目だな、まだ出られそうにない」
「あ゛ーーーーーーーーー、また振り出しに戻ってんじゃねぇか!」

 髪を掻き毟りながら悔しがるルーファスを横目に、理は深層より低く響く声から情報を反芻し、状況を再度確認する。
 歯応えは『あった』が噛み砕く前に『消えた』という獣の証言に、割れていた仮面と握ったまま構えることさえしなかった匕首。間近で男を確認した獣は『あれは相当傷を負っているぞ』と謂っている。
 抜け出せないにせよ、完全に振り出しまで戻されたわけではない。それこそ世界が終わるまでに、また奴はここへ戻ってくるかもしれない。

「……とりあえず」
「とりあえず?」
「やつが戻って来たら顔面行くか」

 理が無表情にぐっと握った拳を見せれば、ぶは、と吹き出したルーファスが同じように拳を握った。

「いいじゃん!いこうぜ顔面!!」

 拳を小突き合わせて、破顔。
 断ち切れるはずのない縁(きずな)を何度でも、叩きつけてやるのだと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】

んふふ、縁に繋がる方々は大変ですねぇ
生憎と私は浮草のようなものでして
囮はお任せしますよ、君はそりゃあもう複雑怪奇に縁が絡まってますもの

(ひとつだけ)
(変わり者の天狗がひとり)
(愛らしい幼子)
(お気に入りの玩具)
(それが、浮草に、何度も何度も、糸を結び付けていると知っている)
(その糸を、何と表現すべきかは分からないけれど)
(ただ、他の有象無象よりも、これは鮮やかな生き物だ)
(ただ、他の有象無象よりも、)
(これの幸せなんてものを、願ってみている)

(……勿論、幸せから縁遠く終わっても、それはそれで、その時の己はたのしいと思うかもしれないけれど)

さ、面倒事は手早く終わらせましょ、カフカ


神狩・カフカ
【彼岸花】
あーあ、虫が好かねェや
此処も、縁切り屋とか抜かすお前さんも
(お前も)(はふりをちらと見て)
うるせェな
言われなくたってわかってらァ
わかってることを
いちいち言うんじゃねェや

おれは囮かィ
ンじゃ、お前さんの炎とおれの炎
どっちがよく燃えるか勝負しようぜ
相殺狙い炎ぶつけて
むしろこっちから燃やし返す

おれの大切なものかィ?
そら愛しの桜の姫君との縁サ
おれはこいつを辿って
手繰り寄せて
途切れたらまた結んで
そうやって生きてきたンだ
こればっかりは譲れねェよ
――は?隣のこいつとの縁?
さァ、どうだろうな…
(死んだと聴いたとき身勝手にも裏切られた気分になった
悪霊化して黄泉帰ったときはほっとした
認めたくない事実だ)



●秘
 空を仰げば、降り注ぐ満天。
 否、あれは星に非ず。天まで打ち上げられ命じられるがままに落ちてくる焔だ。人の身では届かぬ遥かより、人の力では防ぎようのない災厄となって襲い来る。
 そう、人であるなら、逃れられない。

「そォら」

 翳し。

「よォ!!!」

 振るう。
 たったふたつの動作だけで産み出された暴風が狐火を掻き消し、蝋燭の火よりも易く吹き散らされた。ただの人であったのならば死を待つのみであったであろう悍ましき炎の群れも、山神にして大天狗たる神狩・カフカ(朱鴉・f22830)には通用しない。
 とはいえど、立て続けに襲い来る多量の炎を捌き続けていれば疲れも感じてくるもの。羽団扇を握る右手をだらりと力なく垂らして、カフカは心底不満そうにぼやく。

「あーあ、虫が好かねェや。此処も、縁切り屋とか抜かすお前さんも」

 縁切り屋を名乗る男は姿を見せない。
 此方へ言葉を投げつけて炎の壁の先に己の存在を仄めかせては、やけにド派手な攻撃を仕掛けて注意をそらさせる。こちらの縁を断ち切ると豪語していた割にはやり口がみみっちいじゃないかとカフカは吐き捨てて、ぎゅっと眉根を寄せた。

「……それに、さっきからおれにばっかり攻撃してきてっし、なんだなんだ嫌がらせかァ?」
「んふふ、縁に繋がる方々は大変ですねぇ」

 ふぅわりと、カフカを見下ろして葬・祝(   ・f27942)は笑みを零す。お前もなんだよ、お前も。と言いたげなカフカの視線は無視してくるりと周囲を見回した。どこに潜んでいるのか、形も見えない男を探して右から左、銀の瞳に炎の赤と熱の白を映して巡らせる。

「縁切り屋――でしたっけ?隠れ鬼もいいのですが、この子ったら出不精が祟って体力不足でして」
「おうこら」
「戯れはこの辺にして、そろそろ出てきてくれませんか?」

 カフカからの刺々しい言葉も右から左、はふりはまるで子供の喧嘩を仲裁する親のような口ぶりで縁切り屋へと問いかけてみた。
 すると意外にも男はすんなりと、炎の壁の向こう側にゆらりと姿を現した。陽炎の奥に揺らぐ狐面は目元だけ割れているというのに、どんな表情をしているのかまでは分からない。

『これは失礼。どうにも楽しそうだったもので、つい遊びすぎてしまいました』
「その気持ちはわかりますよ、とぉっても」
「なァお前どっちの味方?」

 不穏な息の合い方を見せる敵味方へ等しく不信感を示すカフカへと、微笑みだけではふりが返事した。深くなる眉間の皴に「冗談ですよ」と声が吹くもどうにも機嫌は直らず。
 二人のやり取りにひそか、面の下で唇を舐めた男が押し殺した笑い声を零した。

『ふふ、揶揄うのはこの辺にして……そちらの御仁。あなたの大切なものは、何処へ?』
「……おれの大切なものかィ?」

 問われて、眉間へと深く刻んでいた皴を伸ばす。
 いの一番に目蓋の裏へと浮かべたただひとりは、残念ながら微笑みを向けてはくれない。不機嫌そうに唇を尖らせてはいたが、それもまた愛らしいのだとカフカは思う。

「そら愛しの桜の姫君との縁サ!おれはこいつを辿って手繰り寄せて、途切れたらまた結んで、そうやって生きてきたンだ」

 こればっかりは譲れねェよ。
 けらりと軽やかに笑っていた男は、眼差しだけを研ぎ澄まして縁切り屋を見据えた。さあどう断ちに来る。また炎を降らせるか、それとも匕首握って向かってくるか。反撃の準備を密やかに整えたカフカは相手の出方を伺う。
 が、縁切り屋の問いはまだ続いた。

『では、お隣の方は?』
「――は?こいつとの縁?」

 素っ頓狂な声を上げて、言われるがままにはふりを見た。
 この話題は退屈なのか。ふよふよと自分の目線より少し高い位置まで浮き上がっているはふりは、カフカと視線が合えばにっこりと目を細めた。どうなのですか?さあ言って御覧なさいと言わんばかりに向けられる笑みからカフカはそっと視線を外した。

「さァ、どうだろうな……」
「おや、さみしいことを。カフカは私との縁などどうでもいいのですかしくしく」
「うッせえ!丸わかりな泣き真似もやめろッてんだ!」

 ぼやかし、悪態を吐くも全ては本音のひた隠し。
 決して誰にも語らぬと決め込んだそれはカフカの心底に呪いの如くこびり付いて、形に成せぬまま膿んでいたのだから。

――死んだと聴いた。
 恨み怨まれた末に手酷く殺されただの、亡骸がどうだなど殺したやつらがどうなっただの。続く話は頭に入ってくることもなく、ただ死んだという事実だけが心を揺さぶり続けた。裏切られた心地さえもした。身勝手だと笑うだろうか。嗚呼、そもそもいつも笑っていたか。
 だから悪霊と化して、黄泉帰ったときには心底安心した。肉を纏わず、躰がうっすら透けていたとしても、そこに形があって魂があった。微笑んで、名を呼んでくれた。
 認めたくない事実だ。認めたくはないけれど、己に芽生えた確かな感情だ。

「嗚呼うるせえうるせえ。縁は縁でも、こいつとの縁は腐れてらァ」
『……そうですか。まあ、いいでしょう』

 酷く沈んだ言葉の終わり、一息後に二人の眼前で炎が爆ぜる。
 渦巻いて襲い掛かる白炎をカフカが羽団扇の一振りでぎりぎり散らすと、火の粉降る戦場に男が一人踏み込んだ。

「在るのなら、斬って差し上げます」

 呼び寄せた狐火が男の周りで熱を増す。だらりと下げた右手には匕首が鈍く光り、半分に割れた狐面から覗くその顔は、先程の声色とは真逆の狂喜に満ちて歪んでいた。
 そのいずれも、人であるなら悍ましさに身を強張らせるだろうが、この場に在るのは悪霊と山神。どちらも平然と男を見据えて、冷静に状況を分析していた。

「カフカ、囮はお任せしますよ」
「おれは囮かィ」
「君はそりゃあもう複雑怪奇に縁が絡まってますもの」

 生憎と私は浮草のようなものでして、とはふりはころころ笑ってカフカの背を押す。渋い顔、けれど適任は間違いなく自分の方だとカフカは押されるがままに一歩前へ。

「さ、面倒事は手早く終わらせましょ、カフカ」
「うるせェな。言われなくたってわかってらァ」

 わかってることをいちいち言うんじゃねェや。
 言うが早いか、カフカは明日か明後日にやって来る筋肉痛が心配になって来た片腕を縁切り屋へと向けた。

「ンじゃ、お前さんの炎とおれの炎」

 握った羽団扇の先端に火が灯り、燃え盛る蕾となってから捩じれて、解ける。

「どっちがよく燃えるか勝負しようぜ」

 ふう、と息を吹きかけたなら花は容易く散らされて、赤く、朱く、燃え盛るのは曼殊沙華。火炎花はカフカの指先が指し示す方へ――縁切り屋へと向けて、水面に広がる血潮の如く薄野原を侵食する。
 カフカを捉えた縁切り屋は前進。先程と同様に狐火を数十と高く打ち上げつつ、此方へと乱れ咲く炎の花を踏み散らさんと地を這うように炎を撃つ。相殺。空より注ぐ火の雨も、同じように咲き散らす炎の花が呑み込んで、相殺。

「ほらほらァ!さっきまでの威勢はどうしたィ?」

 否、狐火を増やすよりもカフカの彼岸花の燃え広がる速度の方が速い。このまま炎で眩ませようとしても後手に回る。だが、ここまでの戦いでうまく動かなくなった利き腕では斬り付けるにも機を狙わねばならない。
 いっそあちらの男より先に、黒髪の少年を狙おうか。カフカの背に隠れたらしきもう一人の姿を縁切り屋は探そうとした。
 だから、遅れた。

――――ちり、ぃん。

 背後で、鈴が鳴る。
 振り返っても何もいない、気配もない。何故、と疑問符を浮かべた刹那。

「ばあ」

 つい、と撫ぜる白い、熱のない、手。
 背筋に悪寒と呼ぶ事も躊躇われる底知れない冷たさが走った。添えられた指先が仮面を優しく剥ぎ取れば、肉の薄い頬へと薄く、薄く爪跡を残す。血の一滴も流れない、か細い痛み。
 面が地面に落ちる。遅れて、匕首を握る腕で力任せに『それ』を振り払おうとした。

「ふふ」

 ちりぃん、りぃん。
 弧を描く口元を袖口で隠し、悪霊はひらりと身を翻した。狙いも定めず振り回した刃は袂すらも掠められず、遠ざかる銀色に縁切り屋は己を映す。頬に残る赤が妙に鮮やかで目を引いた。
 かさり。足元で草が鳴る
 気になって見下ろすとそこには鈍く輝く刃が落ちていた。見慣れた色だ。当たり前だ、あれは自分の愛用している匕首なのだから。
 何故。動かす唇から言葉が形作られるより先に右腕が、落ちた。肘から先がぼとりと、椿の花にも似た潔さで草叢に転がり炎に呑まれる。見えた断面は腐っていた。手傷を負っていたとはいえ、何故もう腐っているのだ。
 急に猛烈に腹が減った。おかしい。そんなはずはない。ここまでに得た感情の味は格別だ。腹が減るはずなどない。だから、こんなにも飢えて、飢えて飢えて苦しいだなんてそんなはずがない、ないのに。
 がくりと足がもつれた。その場にへたり込むととうに自分はあの火の花に囲まれていた。何処にも行けない、もう逃げられない。腹が減った。逃げられない。

「残念。もう手遅れ、ですよ」

 声が聞こえて、男の記憶はそこで途絶えた。


●黙
 時を少しばかり遡る。

(ひとつだけ)

 縁切り屋の繰る狐火を、懸命に炎を燃やして返す男の背中をはふりは見つめていた。

(変わり者の天狗がひとり、ひとりだけ)

 最初に出会った時はまだまだ小さな子であった。
 よく駆けて、よく跳ねて、よく遊んで、よく笑った。
 つつけば餅のように膨れて、からかえば直ぐむきになる。
 愛らしい幼子。お気に入りの玩具。

(それが、浮草に、何度も何度も、糸を結び付けていると知っている)

 怨むでもなく、憎むでもなく、愛とは呼べず、情とも違う。その糸を、何と表現すべきかは分からないけれど。

 ただ、他の有象無象よりも、これは鮮やかな生き物だ。
 純粋無垢に見上げてくるあの眼差しは今までに向けられたどんな目よりも輝いて見えた。
 何を見ていなくても視界に割り込んでくる強引さが、何に触れていなくても勝手に手を取ってゆく温もりが、それらがいつになっても変わらないことが、浮草であった自分にも根があったことを思い出させた。
 だから、というわけでもないけれど。
 ただ、他の有象無象よりも、これの幸せなんてものを、願ってみている。

(……勿論、幸せから縁遠く終わっても、それはそれで、その時の己はたのしいと思うかもしれないけれど)

 最早死人のこの身であれば死出の先まで迎えに行くことはできるから、苦情でも泣き言でもなんでもその時になってから聞けばいい。
 でもまずは。

(頑張るあの子のためにも、手を貸してあげましょう)

 ふわり。
 葬は狐面の男の背後へと人知れず漂って行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『夜行』

POW   :    力いっぱい先頭で楽しむ

SPD   :    賑やかな中ほどで楽しむ

WIZ   :    最後尾でゆるゆると楽しむ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●列
 欠け落ちていた色彩は風と共にぶわりと世を駆ける。
 空には星を、地には花を、水面には波紋を鮮やかに映し出して、人々の合間を薫ってゆく。
 そう、世界は滅ぶことなく今此処に在る。

「やァやァ!皆様無事に世界を救えたご様子!」

 戦いを終えた猟兵達の元へとやって来たのは予知を見たグリモア猟兵だった。傍らには縁切り屋の骸魂から解放された化け狐が一匹目を回していた。外傷もなく、気を失っている以外は何一つ問題ないのだという。これにて一件落着、後は元の世界へと帰還するのみ。

「……と、行きたいのですが、その前にひとつ頼まれてはくれませんかね?」

 鼓弦太が語るに、骸魂から解放されたとはいえ世界の全てが直ぐに元通りに戻る訳でもなく。概念が戻った今も理解が追い付かずに、多くの妖怪達があちらこちらで動けないままになっているのだという。
 原因の一端は縁切り屋にもあった。情をなくしただけではなく縁を断ち切られた者達は、誰かを想う心はあれども想いを向けるべき相手を見つけ出せない。
 孤独を抱えたままの妖怪達は今も苦しんでいるのだ。

「なのでちょいと、列を成して練り歩こうなどと思いましてね」

 見つけ出せないならば、もう一度出会うまで探せばいい。
 夜の真ん中、星明りだけでは人探しも儘ならぬだろうと鼓弦太が差し出したのは色とりどりの提灯だ。この提灯を手に暫くこの近辺を練り歩き、人を集めるのが目的なのだという。
なんでも記憶が失われているわけではなく思考が混乱しているだけなので、相手を見れば再び繋がる縁もあるかもしれないのだとか。一応効果はあったらしく、猟兵達と合流するまでに何人かは鼓弦太に連れられて大切な縁を思い出せたようだった。

「ある程度の人数が集まったなら我々は退散いたしやす。まああれだけの戦いの後、お疲れの方もいらっしゃるでしょう。強制は致しませんよ」

 なので、ひとりぼっちを迎えに行く方はこの提灯を。
 ゆうらり揺れたあたたかな光に、気が向いたあなたは手を伸ばした。




※備考
 列成し歩くだけの日常パートとなります。
 断章ではああ言っていますが、皆様が練り歩いてるだけで妖怪達は勝手に寄ってきて、勝手に思い出して、勝手にひとりぼっちではなくなります。
 なので、皆様はのんびり歩きながら雑談したり、戦いの最中につい言ってしまった台詞を恥ずかしがってみたり、再会を喜ぶ妖怪達を見て物思いに耽ってみたり、列を崩さない程度の自由さでお過ごしください。
 勿論、縁切り屋の骸魂を呑んでいた(上記の目を回している)化け狐や、今回の案内人役の鼓弦太、その他その場にいそうな妖怪達と話しながら歩いても構いません。
 また、提灯はお好きな色・柄をお選びいただけます。

 幕引きまでのあと少し、どうぞご一緒してくださいませ。
杜鬼・クロウ
【兄妹】
提灯の色お任せ
上着貸した儘

…瘦せ我慢しやがって
ホント可愛くねェ
じっとしてろや

辛い時程言わない弟に舌打ち
充から包帯取り出し応急手当

(俺を庇って負った傷なんざ見てられねェンだよ)

二章での内容思い出しつつ提灯持ち先を往く
偶に後ろ振り返る
歩く速度は弟に併せて遅め

俺達の縁は決して切れないが
歪んでる
多分それは、俺達が創造される前から在った
俺が杜に保管される以前の…神鏡が生まれた時の記憶が解かれた
お前は憶えてるか

あァ…通りで
気分が悪くなるハズだわ(俺が抱く想い以外にも理由があり安堵
ちゃんと、ねェ

(カイトの言葉に含まれる感情の数々
お嬢も…?
向かう先は
俺の創造主サマだろうなァ
聖人君主な貴方は恐らく…)


杜鬼・カイト
【兄妹】
「なんです?可愛い妹のことを心配してくれるんですか?」
戦闘で受けた疵は痛むけれど、軽口を叩いてみる
放っておけば治ると思うけど、心配してくれるならと素直に兄の手当てを受ける

赤黒い提灯を持って歩くが、まだ少し痛い
とことこと後をついていく
「そんなに心配しなくても、オレはずーっと兄さまについていきますよ」

憶えてるか、か。
創造主サマのことは、あまり記憶にない
あのヒトにとってオレは失敗作で、それ以上でもそれ以下でもない
ただ、
「嫌い」「憎い」「自分だけを見て」
オレが得た最初の感情は、元々あのヒトのものだっと思う
誰に対してかは知らない

ああ、安心してください、兄さま
オレは“ちゃんと”貴方を愛してますから



●源
 本当に辛い時ほど、辛いとは口にしない奴だから。

「おい」
「はい?」
「じっとしてろや」

 ウエストポーチから包帯と軟膏を取り出した杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は、空を見ていた杜鬼・カイト(アイビーの蔦・f12063)から自分の上着を奪い、舌打ちする。上着で隠れていたカイトの身体には、先の戦闘で縁切り屋から己を庇った際に負った痛々しい火傷の痕が残っていた。
 見つかったか、と一瞬眉尻を下げたものの、カイトは直ぐ様平気な顔。

「なんです?可愛い妹のことを心配してくれるんですか?」
「何がだ。……ったく、瘦せ我慢しやがって。ホント可愛くねェ」

 軽口を叩く程度には元気が余っていることに心の片隅で安堵しつつも、同じく本心は口に出さぬままクロウは手当を始めた。辛うじて残っていてくれたウェットティッシュで手指の汚れを拭き取り、軟膏を少量指に取る。

「腕出せ」

 放っておけば治る、などとカイトは言えなかった。素直ではないにせよ、兄は自分を心配してくれるのだ。素直に腕を差し出せば、患部へ触れないようにと片手を添えて薬を塗ろうと近付いてくる兄の指先をじっと見た。ああ、壊れ物を扱うように丁寧だ。
 薬が焼け爛れた肌へと触れて漏れる、音を纏った微かな吐息と小さく跳ねる肩。ただの器物であった時には修復にこんな感覚などなかったというのに。けれどこうして兄の手で直されるなどということもなかったと思えば存外悪くもなかった。

(兄さまにこんな怪我がなくてよかったなぁ)

 仄かに笑むカイトの事など気付くはずもなく、クロウの視線は傷口と注がれていた。
 庇う必要はなかった。降り注ぐ火の雨を防ぐ手段はあったのだ。それは自分自身も、カイトも理解できていたであろう。
 それでもカイトは身を呈した。不必要な傷を負って、こうして痛みに耐えて――無理に笑って見せる姿はいつかの面影を過らせて胸を締め上げる。

(俺を庇って負った傷なんざ見てられねェンだよ)

 視界から包帯を巻き終えれば着ろと言わんばかりに上着をもう一度投げつけた。
 くすくすと笑みを含みながらも袖を通したカイトから視線を外すと、提灯を手に集まり始めている猟兵と妖怪達の姿を捉える。事情を聞いたクロウが参列の意を伝えれば後ろからひょっこりと顔を覗かせたカイトもまた自分の分の提灯を要求し、グリモア猟兵が二人分の提灯を渡せば最後尾、つかず離れず列へと加わった。
 歩幅を狭め、速度を落とし。クロウは都度カイトを気にして振り返る。

「そんなに心配しなくても、オレはずーっと兄さまについていきますよ」
「そんなんじゃねぇよ」

 にっこりと笑みを作ったカイトが赤黒い提灯を手にとことことついて来る。歩幅も歩調も、普段ならば自分とさほど変わらないというのに歩みが遅い。

(痛むんだろうが。どうしてついて来るっつった)

 治癒の魔術や妖術の類でも覚えていれば痛みもマシにはなっただろうが、所詮この身は鏡。在るが儘映すことしかできやしない。先程の手当ても気休め程度のものだ。
 それでもカイトは自分について来る。どんなに傷つこうとも、口悪く突き放そうとしても、カイトは自分の傍から離れない。『双つでひとつ』――縁切り屋へと告げた通り、二人の縁は決して別たれない。断たせるはずがない。

(だが、歪んでる)
 
 きっと二人の縁は糸などという細く縒り合わせたものではないのだ。例えるならば鎖。たった一本、互いを繋いでいるだけだというのに、途中で捩れくれて絡まって固まって、真っ直ぐに繋げてなどくれやしない。
――解くことすら難解なこの歪さは、何時から在ったものだろうか。
 記憶を紐解き、雪道に残した足跡を辿るように遡る。巡り行く情景、朗らかな微笑みの先、人の容を得たあの日よりも、鬼が棲むと言われていた古びた社へ封じられるよりも、昔。

「なあ、カイト」

 三歩後ろ、振り返ることなく呼ぶ。

「どうしました、兄さま」

 三歩先、その背を見ながら答える。

「お前は――創造主サマの事、憶えてるか?」

 ぴたり、と気配がほんの数歩遠のく。
 足を止めて振り返れば、カイトは眉根を顰めて渋い顔をしたまま俯いていた。その顔だけで察する。嗚呼、憶えているのだと。
 記憶を手繰り、クロウが廻りついた先にあったのは神鏡が生まれた時の記憶。ふたりを、双つを作り上げた人物。

「……憶えてるか、か」

 薄く笑みを作るカイトは重く、胸の奥へと閊えた何かを吐き出せないままに零す。
 正直、カイト自身に創造主との“思い出”は存在しないに近い。カイトは――封ずる鏡は失敗作だった。創造主からすればそれ以上でもそれ以下でもない。いちいち感情を差し向ける対象ですらなかった。
 だが、カイトは映していた。

『嫌い』『憎い』『自分だけを見て』

 渦巻く感情が誰へと向けられていたかは知らない。ただ一連の感情が『誰かへ向けられていた』事だけは理解していた。何も、向けられなかったからこそ、理解した。

「……オレが得た最初の感情は、元々あのヒトのものだっと思う」

 ただ映し取っただけか、その時点で人格の芽生えがあったのか。人の容を得た今思い返してみればこそ、そうであったのだと認識できた。

「あァ……通りで」

 カイトが自分へと向ける歪んだ感情の原因が己の抱く想い以外にもあるのだと、クロウは納得と共に胸を撫で下ろす。だがその奥、言いようのない蟠りも感じていた。
 カイトの言葉に含まれる感情の数々は、嘗ての創造主が感情を種としたものなのだろう。失敗作と言われど「思念を吸収する」性質は生き続け、カイトが接してきた人々が抱いた感情を――それも、種となったものに近しいものを吸い上げて、成長し続け、それが今のカイトの内で花咲いているのだとしたら。

(もしや、お嬢も……?)

 嘗ての主もまた、そうだったのだろうか。最期の最後、傍にいることを恐れた自分へと、今カイトが抱いているような深く根深い執着を?
 首を振る。
 ともあれ始まりは分かったのだ。推測でしかないが、カイトの創造主がまじないの如くに諳んじ、渦巻かせていた感情。その矛先は。

(俺の創造主サマだろうなァ)

 聖人君主な貴方は、恐らく。
 眉間に深く皴を刻み歩みを止めたクロウの視界に二色が割り込む。クロウの心中の思いを汲んでか、敢えて全てを踏み倒すためか。カイトは柔らかに微笑むと、向かい合えば同じ位置に嵌まり込む夕赤と青浅葱へ兄だけを映した。

「ああ、安心してください、兄さま。オレは“ちゃんと”貴方を愛してますから」

 この気持ちは他の誰のものでもないと。何度でも、何度でもお伝えします。

「ちゃんと、ねェ」

 訝しむように吐き出したクロウの声に、不満そうな返事が飛ぶ。
 それでも、楽しそうに愛おしそうに――幸せそうに笑ったカイトには誰の面影も重ならなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神狩・カフカ
【彼岸花】

百鬼夜行たァ懐かしいねェ
これで人間を驚かすのは中々に愉快だったが
ま、昔の話サ

練り歩くのはいいけどよ
一仕事終えた後だから、ちっと休みてェんだが…
へいへい、歩けばいいンだろ歩けば

はぁーあ…とりあえずお疲れさんってところか
…そうだな、大した話でもねェや
腐れた縁なんざ、いつ途切れてもおかしかねェし
おれと姫さんの縁だって何度も切れてンだ
その度おれァ忘れられてンだぜ?
おれにとっちゃよくあることで
その程度って話サ

――だからよ
お前との縁が切れたら同じようにまた結び直してやるから
そんな顔すンなよ
(どこまでが本心か知らねェし
傍から見たら気付かない程度の表情の変化だろうが…
なんつーか…調子狂うンだよな…)


葬・祝
【彼岸花】

提灯を持って練り歩くなんて、百鬼夜行みたいですねぇ
昔懐かしい
ふふ、私は混ざったことないんですけどね

他人の縁を気にしてやる気もないので、カフカが歩くなら肩にでも掴まって浮いて行きますかね
頑張ってくださいな、君には良い運動です

……一時的とはいえ、忘れちゃうんですねぇ
自分が執着していたもの
切られていたら、君が私を忘れたり、私が君を忘れたりしたんでしょうか
んふふ、君曰く腐れた縁だそうですし、大した話でもないのかもしれませんが

(……忘れるのは、忘れられるのは、ちょっと嫌ですねぇ)
何事もただの興味好奇心で動く妖が、未知を楽しむより先に、初めて“嫌”だと思った
無自覚なそれは、何処までが人真似か



●礎
 ゆぅらり、ゆらり。
 不安定な空中に揺らぐ提灯と、それの身体。浮草の如く揺蕩う葬・祝(   ・f27942)は片手で緋色の提灯を、もう片方の手で神狩・カフカ(朱鴉・f22830)の肩を掴んで行列を見ていた。
 最初は人数も少なく疎らだったが、今では綺麗に二列。大切だった誰それを見つけたか、探しに行くためか、妖怪達がずんずん列へと加わって尾を伸ばしていた。

「提灯を持って練り歩くなんて、百鬼夜行みたいですねぇ」
「百鬼夜行たァ懐かしいねェ」

 けらけら笑って思い返した過去は何とも華やかで艶やか。呼び集めたあやかし達を引き連れ歩けば騒然、目にした人々は声を上げて驚き怯えて、子供たちは笑ったり泣いたり大忙し。人間を驚かすのは中々に愉快で痛快だった。
 とは言えど、隠居生活に慣れ切ったではあれだけの距離を夜通し歩くなど出来るはずもなく。ま、昔の話サ。などと気取って誤魔化した。

「ふふ、懐かしい話ですね」

 記憶の片隅、同じように浮かべる景色。
 はふりは列へと加わらず、目の前を過ぎゆく物の怪達をただ眺めていた。その先頭、幾つになっても幼子のような無邪気さで楽しむ青年の姿を思い返して、ふと隣。変わらない横顔へと目を細める。
 何やら生温さを感じて視線だけを横へと移せば、カフカの視界に入り込むはふりの柔い眼差し。

「……とこでよォ、練り歩くのはいいけどよォ」
「おや、何か不満でも?」
「一仕事終えた後だから、ちっと休みてェんだが……」
「頑張ってくださいな、君には良い運動です」

 視線に反して手厳しい言葉に、カフカはこれ見よがしに溜息ひとつ。

「はぁーあ…とりあえずお疲れさんってところか」

 日頃の運動不足を呪いながらも、カフカははふりを連れて重い足を動かした。
 そんな彼の事など露知らず、重さ一つも感じないままのはふりが何の気なしに目を向けた先、戸惑いの色を残した娘が恐る恐る列の最後尾へと歩いて来ていた。列の中に誰かを探しているのか並ぶ人々の顔をひとりひとり確かめている娘の様子に、はふりは微か、爪先に糸を引っ掛けてしまった時と似た感覚を胸の奥に覚えた。

(……一時的とはいえ、忘れちゃうんですねぇ)

 縁切り屋によって「縁」を断たれた者達は大切な誰かの事を記憶から消し去っていた。言うなれば、自分が執着していたものが己から抜け落ちてしまっているのだ。皆、等しく。
 故にだろう。どうにも、気になった。

「――あの時」
「ん?」
「私達の縁が切られていたら、君が私を忘れたり、私が君を忘れたりしたんでしょうか」

 不意に零れ落ちたそれは、好奇心から来た疑問とは少しばかり違っていた。
 何事もただの興味や好奇心に惹かれるまま動いているいつもの自分であるのなら、未知へと踏み込む高揚を堪能しているはずなのだ。
 だというのに、何故だかはふりの内に芽生えたのは不快感だった。

(……忘れるのは、忘れられるのは、ちょっと嫌ですねぇ)

 縁を切られることを、カフカと自分が互いを忘れることを厭い、拒んでいる。戦っていた時はそうでもなかったというのに、彼方に此方にと不安そうな人影がちらつくものだから。
 ああ、何処までが人真似なのだろうかと、はふりは境を見失う。
 ぽつねんと疑問を零したはふりを見て、カフカの喉から呼吸が消えた。見間違いかと思うほど刹那の事だというのに、変化のないように見えるはふりの横顔が網膜に焼き付いて剥がれなくなる。
 声の出し方を思い出して名を呼ぼうとした頃には、はふりはころっと普段通りの笑みを浮かべ直していた。

「んふふ、君曰く腐れた縁だそうですし、大した話でもないのかもしれませんが」
「……そうだな、大した話でもねェや。腐れた縁なんざいつ途切れてもおかしかねェし」

 ひくり、と透明な爪先が丸まる。

「けどな、おれと姫さんの縁だって何度も切れてンだ。その度おれァ忘れられてンだぜ?」

 それこそ、興味や関心を持たない限りは人と密接に関係することの少ないはふりと異なり、人間社会に溶け込んで作家活動も行っているカフカからすれば、誰それと縁が切れた繋がったなどという話は物珍しいものではない。
 何処にでも転がっていて、誰にでも起きうる、その程度の話だ。

「――だからよ」

 肩に添えられた手に、空いた手を重ねて。

「お前との縁が切れたら同じようにまた結び直してやるから」

 熱を分かつように握りしめて、ひとつきりになった金色にひとりを映して。

「そんな顔すンなよ、はふり」

 名を呼んで、笑った。
 その表情があまりにも変わりなくて、今度ははふりから言葉が消えた。細められた眼をじっと覗き込み、一度は止められた心臓から熱が送られていくのを感じながら黙す。
 言葉が見つからないまま答えを返さないでいると、反応のなさに困ったのか眉尻を下げた男の姿にようやっと声が形を成す。

「ふふ」

 いつものように聞こえて、言い尽くせない程の感情を秘めた声色。

「そうですね。何度でも、結び直してくださいね」

 赤子をあやすような優しい手つきで、カフカの頭を丸く撫でる。子ども扱いはやめろと拗ねる声は聞こえないふり。幼い日の彼が差し出した紅葉のような掌を懐かしみ、はふりはころりと笑う。

(たとえ糸が腐れ落ちても、きっと)

 梳いた髪の一束を指に絡めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

朝空色に星と鳥の柄の提灯を手に歩こう
ああ、行進の事かな?
父さん達…騎士団の威風堂々としたものとは違うけど
こうして皆で歩くのもいいね
さあ、君達もおいで
君が名前を呼びたい人を
名前を呼んでほしい人を
探しに行こう

呼びかけていると
ふと、先程は呼ばないようにしてたからか
彼の名前を呼びたくなって
セリオス
呼べば此方を向いてくれて
それだけなのに…凄く嬉しい
呼んだだけ
今度は彼から呼ばれ
何だい?と顔を向ければ…ああ
君もか
ふたりで笑い合って
指先が触れ合えば…また目と目があって
セリオス、と呼んで手を差し出す
それだけでも…繋いだ手は
心は、灯火のようにあたたかい
君といる
皆がいる
幸せの温度を感じるには十分だ


セリオス・アリス
【双星】
🏮星と鳥の柄
夜空色

なんか、こんな風に列になって歩くなんてねぇから変な感じ
ああ、アレスの親父さん…騎士団は時々やってたか?
あれともちょっと違うか
だってほら、今はふわふわ楽しい感じ
見てるやつらもこっちにこいよ

呼びかけながらアレスと並んで歩いてく
…ん、何だ?
呼ばれて顔をあげ
何だよそれと言いながらクスクス笑う
アレス、あーれすっ
ふはっ、俺も呼んだだけ!
ふたり頭を寄せて笑いあう
何でもないことがこんなに楽しいのは、うれしいのは何でだろうな
答えなんか決まってんだけど
触れた指先にまた視線を絡め
差し出された手に手を重ねる

だってそこにアレスがいる
お前とふたり
今は…もっとたくさん
幸せの条件なんて、それで十分



●倖
 少年は「誰か」を探していた。
 それが誰だったのかは分からない。でも大切な人だったということは憶えていた。どんな顔をしていたか、どんな声をしていたか、靄がかかったように全てが曖昧になっているけれど「一緒にいた」ことは憶えていたのだ。
 いつの間にやって来たかも忘れた枯野原で目が覚めてからずっと、輪郭すら見えない忘れ物を探して歩いていた。きっと「誰か」も自分を探しているはずだから早く見つけてあげたかった。どこかに、確かに、いるはずなんだと希望を胸にして。
 だからこそ、彼らの目に留まったのだろう。

「君、君も誰かを探しているのかな?」

 優しい呼びかけに少年が振り返る。朝空色の明りに照らされて、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)が少年へと柔らかに微笑んでいた。

「さあ、君もおいで。君が名前を呼びたい人を、名前を呼んでほしい人を探しに行こう」

 此方へと手招きする隣。彼と揃いの星と鳥が描かれた、夜空色の提灯を揺らしたセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)もまた少年に笑い掛ける。

「もしかしたら、もうこの列にいるかもしれないぜ?こんだけ人がいるんだからさ」

 彼らの後ろには色とりどりの提灯を手にした老若男女様々な人の列。皆、同じように誰かを探しているのだと、誰かを見つけられたのだと分かると少年はふたりへと礼を告げ、瞳に強い光を宿して列の最後尾を目指していった。
 遠ざかっていく背中を見届けて、セリオスはぽつんと呟く。
 
「なんか、こんな風に列になって歩くなんてねぇから変な感じ」

 縁を断たれた妖怪達の導(しるべ)となるべく歩き出した短い行列は、あちらから、こちらから、迷い人達を引き込んでいつの間にやら枯野に光の河を作り上げていた。彼ら二人からはもう列の終わりなど見えもしない。
 ここまで長い行列などそうそう見るものでもないのだが、しゃんと背筋を伸ばして先頭を往くアレクシスの姿がセリオスの平穏な記憶に重なった。

「アレスの親父さん……騎士団は時々やってたか?」
「騎士団……ああ、行進の事かな?」

 言われて思い返せば、ああそうだとアレクシスも父の姿を浮かべた。町の大きな通りを足並みを揃えて歩く騎士団の、そしてそこへ加わる父の堂々たる姿は、幼い彼にとってどれほど目映いものだっただろうか。
 懐かしい過去に笑みを緩め、アレクシスは後ろに続く行列をちらりと見た。

「父さん達……騎士団の威風堂々としたものとは違うけど、こうして皆で歩くのもいいね」
「っはは!そうだな、ああいうのとはちょっと違うか。だってほら、今はふわふわ楽しい感じだし」
「ふわふわ?」
「そうそう、ふわふわ」

 軽い足取りに鼻歌でも口遊みたくなるような朗らかさ。不思議な浮遊感に身を任せたまま、ただひたすらに歩く。何の気なしに外へ出て、目的地もなく散歩しているかのような心地がして、セリオスは肩の力を抜いていた。
 と、気を緩めたばかりの視界に映る人影達。

「……お、あそこにも誰かいるな。おーい!」

 見てるやつらもこっちにこいよ!と大きく手を振った。
 そんなセリオスを見つめていると、アレクシスの内に抑えようのない感情が渦巻いた。欲と呼ぶには細やかで、けれど止めようがない感情はアレクシスの喉奥からそれを形にする。

「セリオス」

 呼び掛けて。

「……ん、何だ?」

 呼ばれたセリオスがアレクシスへと顔を向ける。
 アイオライトを融かしこんだ宵藍が丸く自分の姿を映すと、アレクシスは小さく笑った。

「呼んだだけ」

 たったそれだけの衝動だった。
 先程の戦闘、最初は互いの名を呼ばないようにと気を遣っていたからだろうか。それとも、妙に楽しそうな彼の姿を見ていたからだろうか。無性に彼の名前を呼びたくなった。
 呼べば自分の方を向いて、答えてくれる。それだけでどうにも嬉しくなって、胸の奥からじわりと温かくなる。この感情の名をアレクシスは知っていた。

「何だよそれ」

 アレクシスが子供のように笑うから、セリオスもまたつられて喉を鳴らす。何でもないことがこんなに楽しいのは、うれしいのは何でだろうか。そんな問いを浮かべるも、答えなどとっくに知っていた。
 だから今度はセリオスが、悪戯を思いついたような表情でアレクシスへと呼びかける。

「アレス、あーれすっ」
「何だい?」

 呼ばれて、やることなんてもう分かりきっていても返事して。

「ふはっ、俺も呼んだだけ!」
「君もか」

 嗚呼。
 見馴染んだ破顔に、噛み締めるような幸福を込めてアレクシスが笑みを深めた。
 じゃれ合うようなふざけ合うような、理由も何もないやり取りがどうにもこうにも愛おしくてまた名を呼ぶ。するとまた顔を見合わせて「呼んだだけ」と笑い合う。
 ただそれだけでもよかったのに、ふと、触れてしまった指先がか細い熱を呼んだ。ほんの一瞬触れ合っただけで互いに互いを見てしまって、絡んだ視線が次に何をしたいかを察してしまって。

「セリオス」

 呼んで、手を差し出す。

「……アレス」

 答えて、手を重ねる。
 繋いだ手は、紡いだ心は、灯火のようにあたたかく互いを照らし合う。ひとりとひとりがふたりに結ばれて、自分が、彼が此処にいて。自分たちと同じように繋がり合った皆がいる。
 そうして繋がり合った誰もが、同じように温もりを分かち合うことができるのならば。

(幸せの条件なんて)
(幸せの温度を感じるには)

 それで十分だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月16日


挿絵イラスト