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闘争と復讐の輪の果てに

#ダークセイヴァー #復讐譚

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#ダークセイヴァー
#復讐譚


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 ――とある辺境の館にて。
「……忌々しい話ですわね」
 その館の領主たる女が自らの手の中のコインを弄ぶ様にしながら、キリキリと自らの爪を嚙むその姿を見て、傍に控えていた白鎧に身を固めた男が問いかける。
「何がだ?」
 その男の呟きに、更にキツく爪を噛み締めながら鋭い瞳で男を睨み付けた。
「あなたの力を借りて殺したあのヴァンパイアの記憶が、わたくしの中にも刻み込まれた事ですわ」
 女に睨み付けられても平然とした表情で肩を竦め、口元に歪な笑みを浮かべ、男が問いかける。
「つまり……猟兵共か?」
 その、男の問いかけに。
 伸長した犬歯を見せつける様にしながら、女がええ、と頷いた。
「どうやら、あの吸血鬼には眷属がいたようですわね。ですが、それが猟兵達や同族殺しの手で葬られた……」
 猟兵など所詮は、玩具であるあの下等生物共以上に存在価値のない存在。
 そんな、猟兵達如きに殺された眷属達の不甲斐なさと、殺された事への意外な程の憎悪の念が、今、彼女の胸中を駆けている。
「主様……どうか……」
 そう呟き、姿を現したのは花嫁姿の少女。
 人形の様に美しい少女が差し出すうなじに躊躇いなく女は喰らいつき、思う存分その血を啜った。
 けれども、この憎悪と憤怒は治まらない。
 ――奴らを一人残らず八つ裂きにするまでは。
「ならば……打って出るか?」
 呟く男の口の端に広がった鮫の様な笑みを一瞥しながら、女が静かに頷き返す。
「そうですわね。其れが最善でしょう。奴等には、思い知らせてあげねばなりません」
 所詮、下等生物は下等生物に過ぎぬと言う事を。
「ですので、先陣の名誉はあなたにお任せ致しますわよ、ノエル」
 その、女の呼びかけに。
「ああ……それなら精々楽しませて貰うとしようか。……ウルカ」
 男は、全身を駆け巡る抑えきれぬ歓喜に身を委ねながら、深く、深く頷いた。


「……成程。こうやって皆を誘きよせるか」
 グリモアベースの片隅で。
 双眸を閉ざし、そこに視えた光景を見つめて北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が小さく息をつく。
 その優希斗の様子に気が付いたのか。
 猟兵達が集まって来たのに気が付き、皆、と優希斗が静かに首肯した。
「皆を誘き寄せるために、2体の強力なオブリビオンが組んで、ダークセイヴァーの辺境にあるとある里を襲おうとしている事件が予知できたよ」
 しかし、現時点で現場に向かうことができれば、そのオブリビオンたちが襲おうとしている里が襲撃されるよりも前に、オブリビオン達と遭遇できるだろう、と淡々と優希斗は語る。
「逆に言えば、それだけ彼らは皆に興味を持っている、ということになる。どうやら、その首謀者であるヴァンパイアは嘗て皆が屠ったオブリビオンとも関連があるらしい」
 つまるところ、かのヴァンパイア達が求めているのは、強敵として自分達の同胞を殺した猟兵達との血沸き肉躍る戦い。
 それは同時に吸血鬼達にとっては、猟兵達への復讐にもなろう。
「最初に皆の前に立ちふさがるヴァンパイアも、そしてそれと同盟を結んでいる女のヴァンパイアも手強いのは間違いない。けれども、だからと言って彼らを放置してしまえば、ダークセイヴァーの里が一つ潰されてしまう。それをさせるわけにはいかないんだ」
 そこまで告げたところで、優希斗がほう、と吐息を漏らした。
「恐らく皆にとっては厳しい戦いになるだろう、と思う。けれども、里の民の避難などは考えなくても良い状況だから、それだけ彼等との戦いに集中できる、ともいえる。オブリビオンの戦力を削るうえで、これはチャンスだ」
 ――だから。
「無理をするな、とは言えないけれど。それでも……どうか皆、宜しく頼む」
 そう、優希斗が告げると同時に。
 猟兵達の周りに蒼穹の風が吹き……気が付けば猟兵達は、グリモアベースから姿を消していた。


長野聖夜
 ――其の戦いは、修羅と復讐の業の果てなるか。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 というわけで、ダークセイヴァーシナリオをお送りいたします。
 尚、このシナリオは、下記拙著2シナリオと多少設定が共有されております。
 勿論、下記2シナリオを読まずとも全く問題ございませんし、また新規でのご参加の方も歓迎いたします。
 1.滅亡と再生の輪の中へ
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=22820
 2.悦楽と後悔の対峙の果ては
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=24932

 プレイング受付期間及び、リプレイ執筆期間は下記の予定です。
 プレイング受付期間:10月9日(金)8時31分以降~10月10日(土)12:00頃まで。
 リプレイ執筆期間:10月10日(土)13時頃~10月12日(月)一杯迄。
 変更がございましたらマスターページにてお知らせいたしますので、そちらもご参照くださいませ。

 ――それでは、悔い無き戦いを。
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第1章 ボス戦 『闘将『ノエル』』

POW   :    俺の全力の一撃だ!!喰らいな!!
【自分の槍 】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
SPD   :    倍返しだ!!俺に不可能はねぇ!!
【自分の盾】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、自分の盾から何度でも発動できる。
WIZ   :    俺は勝つ為にはどんな手段でも取る!!
【雄たけびを上げる 】事で【本気モード】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は神城・瞬です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ウィリアム・バークリー
ヴァンパイアも、これまで取るに足りないと思っていたぼく達のことを放っておけなくなってきたようですね。
これからはぼく達や人類砦への攻撃も増えてくるでしょう。だけどそれは、前線に出て来たヴァンパイアを討滅する好機。間違いなく討滅させていただきます。

Active Ice Wallを「全力魔法」「範囲攻撃」氷の「属性攻撃」で戦場全域に展開します。
敵将ノエルの蹂躙から味方を守らなくては。
精々氷塊を砕いてください。補充は幾らでもききます。
ぼくを狙ってくるようなら、「高速詠唱」でSlipをかけましょう。そんなごつい鎧を着た状態で転んだら、立ち上がるのは大変ですよ?

先鋒は討ちました。ただ、同盟相手がいるはず?


天星・暁音
俺たちをおびき寄せる為に里を襲う…ね…
良い手なのは間違いないね…猟兵が来ない訳ないもの…
でも…だとしてもだ
全くもって度し難いよね
しっかり邪魔してやんないとね
回復は任せてくれていいし、次戦の前にも皆を癒すけど、次もあるんだから余力は出来るだけ残せるようにしてね
とは一応言ってはおくけど…相手は強敵、そうも言ってられないよね
しっかり治すから俺の方に遠慮はいらないからね


空中歩行等も駆使して有利な位置取りを心掛けつつ、回復中心の銃や銀糸での支援、援護を行い味方を護ることに専念します
必要なら星の船から天高くから砲撃等も使用しますし自分の身もしっかり護ります

スキルUCアイテムご自由に


真宮・響
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

この鎧の意匠、間違いない。瞬の里を襲った騎士の鎧の意匠だ。そして瞬に聞いたことがある。瞬の傭兵団の前に何度も立ち塞がった団体を率いていた茶色のヴァンパイア・・・ノエルの名を。

瞬の故郷を滅ぼした敵、気を抜くとこちらがやられる。前からのプレッシャーは無敵の相棒と奏に任せ、【忍び足】【目立たない】で敵の背後に周り、敵の攻撃を【残像】【見切り】【オーラ防御】で凌ぎ、【グラップル】【怪力】で足払い→正拳突きで体勢を崩し、【衝撃波】で追撃。アンタが瞬の故郷と家族を奪った。あの子の心を深く傷つけたアンタをアタシは許さない。

さあ、瞬、決着を付けな!!行っておいで!!


真宮・奏
【真宮家】で参加(他の猟兵との連携可)

この鎧の意匠、見覚えがあります。瞬兄さんと出会った日、母さんが倒した騎士の鎧もこういう形をしました。そして、兄さんの故郷の傭兵団を手こずらせた騎士団の長、ノエルの事も知ってます。

傭兵団の里を滅ぼした敵ですから、しっかりと護りを固めます。トリニティ・エンハンスで防御力を上げ、しっかり足を踏みしめて【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で敵の攻撃を受け止め、危ない仲間は【かばう】で護ります。【衝撃波】で牽制をする事も忘れません。

瞬兄さんの全てを奪った貴方を私は許しません。さあ、行ってください、兄さん!!故郷の人達の無念を、瞬兄さんの手で!!


神城・瞬
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

ああ、コイツだ。覚えている、この鎧の意匠。良く聞いている、故郷の傭兵団に何度も立ち塞がり、手こずらせた団を率いていたノエルという男の名を。

間違いなく、コイツの率いる団が故郷を滅ぼした。

僕1人では里の皆の仇は取れない。力を貸してくれ!!

【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を仕込んだ【結界術】を敵に仕掛け、敵の動きを拘束。敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】で凌ぐ。

ノエルに必殺の一撃を叩き込める隙が出来たら、【高速詠唱】【全力魔法】で、渾身の疾風閃を。・・・お前の仕出かした事で僕は強くなった。それだけは感謝しておいてやる。消し飛べ!!


司・千尋
連携、アドリブ可

自分に自信がありそうなのに組んでくるって事は
一人じゃ勝てないって思ってるんだ?
見かけによらず小心者なんだな


攻防は基本的に『子虚烏有』を使う
範囲内に敵が入ったら即発動
範囲外なら位置調整

スピードや反応速度が増大するなら
敵の攻撃に合わせ
範囲攻撃や2回攻撃など手数で補いつつ
カウンターを狙ってみよう
盾や槍等破壊出来そうなモノも積極的に狙う
死角や敵の攻撃の隙をついたりフェイント等を駆使
確実に当てられるように工夫


敵の攻撃は細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
割れてもすぐ次を展開
オーラ防御も鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
回避や『子虚烏有』で迎撃する時間を稼ぐ
間に合わない時は双睛を使用
無理なら防御


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

首謀者…おそらく俺に縁がある吸血鬼だろう
それにしては妙なところがあるから、出向いて確かめる
そうでなくても、こいつらの戯れで里を潰させてたまるか
…俺のような復讐者を生まないためにも、止める

盾で受けたユーベルコードをコピーされるのは面倒だが
盾で受けられなければいいんだろ?
【魂魄解放】発動
衝撃波を足元に撃ち込み牽制しつつ、高速移動も交えて翻弄
隙を見出したら「2回攻撃、怪力、吹き飛ばし、武器落とし」で槍や盾を叩き落としてみよう

瞬の反応から、おそらく先陣は瞬に縁がある敵と推測
もし全員まとめて攻撃されるようなら
瞬を優先して「かばう」
こいつに引導を渡すのは瞬、あんただ


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

本当は来るつもりはなかったんだが
私の店での瞬さんや真宮家の皆様の反応が気になってな
流石に今回は足を運ばせてもらったよ

何、気にするな
憤怒に染まっているのを見たら気にもなるさ
…そして納得もしたからな

瞬さんの実の両親と故郷を殺した輩なら怒るのは当然
その怒り、思う存分晴らすといい
私は後方で支えるだけだ

全体攻撃やらコピーやら厄介な技だらけか
故に私は「歌唱、鼓舞、優しさ」+指定UCで回復専念
槍の全体攻撃が来たら疲労覚悟で対象を増やす
相手の怒りに、歓喜に呑まれぬ様、励ますのみさ

守り手たちは瞬さん優先でかばうだろう
だから私は時々「目立たない」ように
こっそり敵の視線から外れるのみさ


文月・統哉
3人目?…いや、少し様子が違うのか
それでもきっと俺の成すべき事は変わらない
仲間の事も敵の事も
状況を見極め出来る事を

仲間と連携
オーラで防御固め情報収集
敵味方の動きに周囲の地形も把握する

攻撃見切り回避
無理なら武器受けで凌ぐ
闘将の名は伊達じゃなさそうだ
それでも突破口はゼロじゃない

巨大武器は死角が大きく
取り回しも大振りになる
巨大槍に飛び乗りダッシュ
一気に距離詰め
体勢立て直す前に宵月夜で鎧砕き
本命の仲間の攻撃に繋げるぜ

吸血鬼の記憶と復讐
わざわざ猟兵を呼び出し導かれた闘争
これを望んだのは誰か
闘将か、猟兵か、殺された吸血鬼の怨念か
恐らく全部、成程これは必然か
復讐と復讐のぶつかり合い
その辿り着く先を見届けよう


パラス・アテナ
二人組の吸血鬼、ね
予知じゃ色々気になることを言っていたようだが
まずは露払い、といったところか

味方猟兵の補助に回るよ
できれば接敵前に指定UC
戦闘前に景気づけに飲むのはよくある話さ
できなけりゃ戦闘後に旨いものを飲ませてやるよと鼓舞
カクテルを楽しむ、ってのは味わっている間だけじゃない
バーに行くまでの期待や飲んだ後の会話も楽しむもんだ
なんでも好きなものを頼みな
アタシはブラッディメアリーを

速度が遅くなったら一斉に攻撃
一斉発射、2回攻撃、鎧無視攻撃を併用
マヒ攻撃で更に行動を鈍くして
味方の攻撃が最大限生きるよう援護射撃

ヴァンパイアにくれてやるカクテルは無いよ
村を守るためにもここで倒させてもらう
骸の海へお還り


西院鬼・織久
向こうから誘い出してくれるとは有り難い
何せ我等は底無し故、常に狩るべき敵に飢えている
強敵であれば尚の事、共に血肉を貪る死合いとしよう

【行動】POW
戦闘知識を活かすため五感と第六感+野生の勘を働かせ状況を把握し敵の行動を予測
武器に怨念の炎(殺意+呪詛+生命力吸収)を纏わせ戦う

先制攻撃+UCで牽制と同時に夜砥を忍ばせ捕縛。捕縛成功なら怪力で引き寄せと同時にダッシュ+串刺し、麻痺毒が効いていれば更に二回攻撃+なぎ払い
捕縛失敗含め敵UCは武器受け+グラップルで受け流し二回攻撃+夜砥のロープワークで槍を拘束、武器伝いにUC+傷口をえぐる
接近戦に持ち込むならグラップルの体術+カウンターで隙を突きなぎ払い




 ――シャカシャカシャカ。
 バーテンダーの服を着た青年がシェーカーを鳴らす音が、漆黒の帳に包み込まれた荒野の中で虚ろに響く。
(「2人組の吸血鬼、ね」)
 その青年……今は亡くなった夫の霊がカクテルを作るその姿を正面に見据えて、微かに目尻を和らげたパラス・アテナが呟いた。
「パラスさん、これは……?」
 何時の間にか目前に用意されたカクテルグラス。
 唐突に現れたそれに、突っ込む余裕も無かったのであろう。
 目を瞬かせる藤崎・美雪のやっとの思いのそれに、パラスが口元を綻ばせた。
「カクテルだよ。見れば分かるだろ?」
「カクテルって……まあ、それは分かりますが」
 そのパラスの呟きに、同じく状況に思考が追いついていないウィリアム・バークリーが反射的に頷きつつ、虚ろな反応を返す。
「ふむ、随分と余裕だな」
 目前に置かれたカクテルグラスに注がれたノンアルコールカクテル、モヒートをちびりと一杯やりながら、口元に愉快そうな笑みを閃かせるは、司・千尋。
「俺にこんな趣味はないのですが」
 同じく目前のカクテルグラスに注がれたノンアルコールカクテルのバージンメアリー……実際はトマトだが、血の様に液体は赤い……を見つめながら、西院鬼・織久が困惑も露わな表情を見せると、パラスがなに、と自分のグラスに注がれたブラッディメアリーをちびりと舐めた。
「覚えておくと良い。戦士が戦地に赴く前に、景気づけに飲むのはよくある話さ。アンタ達は未成年だけれどね」
 カラン、と軽くブラッディメアリーの入ったカクテルグラスをくゆらせながら続けるパラス。
「後、水の様に薄めた酒を飲んで体を温めるってのが慣習化している地域もある」
「そうなんだな……」
 さらりと真剣に説明するパラスの其れに、やや気圧されつつ館野・敬輔が頷き、自分のカクテルグラスに注がれたカクテルを一口。
 口腔内を強く刺激するブラッディメアリーの辛みに、思わず敬輔が目を白黒させた。
 一方目前に置かれ、注がれたカクテルを、冷たく射貫く様な紅色の瞳で見つめるのは、神城・瞬。
 瞳から放たれる爛々と輝く飢えた獣の様なギラついた光は、瞬の左隣で、そっと躊躇いがちにグラスに注がれたノンアルコールカクテルに手を伸ばした真宮・奏の背筋を冷やすには十分だった。
「兄さん……」
「先に現場に着くことが出来たんだ。焦るんじゃ無いよ、瞬」
 ブラッディメアリーをぐいと飲み干しながら、落ち着いた表情で真宮・響がそう言ってポン、と瞬の肩を軽く叩いている。
 母さん、とやっとの思いで呟いた瞬を力づける様な笑みを浮かべる響の姿に逸る気持ちが少しは落ち着いたか、瞬はガブリ、とノンアルコールカクテルを口にした。
 そんな瞬と、分かっている、と言う様に瞬の手をそっと覆う様に握りしめる奏の姿を横目で見ながら、美雪がううむ、と小さく唸った。
(「普段は冷静な瞬さんがこれ程迄の怒りを見せ、その理由が分かっているかの様に奏さんも響さんも神妙にするのが、私達が相手をするオブリビオン、と言う事か……」)
 気遣わしげに瞬達を見ている美雪を横目にしながら。
「そう言えば、パラスって、バーのマスターだったんだっけか?」
 目前に置かれたノンアルコールカクテル、シャーリー・テンプル・ブラックを飲みつつさりげなくそうパラスに水を向けたのは、文月・統哉。
 甘く口の中に広がっていく炭酸を噛み締める様に飲み干す統哉の其れに、パラスが小さく頷いた。
「まあ、アルダワ魔法学園の片隅にある小さな劇場の片隅でやっている更に小さなバーだけれどね。統哉にウィリアム。アンタ達は確かアルダワ魔法学園の生徒だったか? なら、気が向いた時にでも来れば良い。未成年に飲ませる酒は無いが、ノンアルコールも用意してあるさ」
 パラスと統哉がそんな他愛の無いやり取りをする間も。
「……」
 目前に置かれたサングリアに浮かべられた氷がカラン、と液体の中でぶつかり合い、静かな音を立てる姿をじっと見つめていた天星・暁音は、ただ、静かに自らの体に刻み込まれた共苦の痛みを無意識になぞっていた。
 パラス……正確にはその守護者と名乗るバーのマスターの霊から提供されたノンアルコールカクテル、サングリアを飲むことで僅かに薄められていた、槍の先端の様に鋭く研ぎ澄まされた氷柱に串刺しにされた様な激痛が、常にそこから全身を苛んでいるから。
(「この痛みは……瞬さん達の抱えている痛みか」)
 内心でそう呟くが、その痛みに顔色一つ変えぬままに、暁音が、それにしても、と小さく呟く。
「俺達を誘き寄せる為に里を襲う……ね」
 重苦しく紡がれたそれを耳にしたウィリアムが、そうですね、と静かに首肯した。
「今までヴァンパイア達は、ぼく達の事を取るに足らないと思っていた筈です。けれども、これは……」
「良い手、なのは間違いないね……俺達猟兵がこの誘い出しを受けたら、見逃す事なんて出来ない……」
 その、暁音の呟きに。
 おっかなびっくり、オリバーに出されたノンアルコールカクテルを飲み干した織久が、不意に口元に酷薄な笑いを浮かべた。
「何……奴等の方からお前達と共に、『我等』を誘き出してくれるとは、有難いことだ。何せ我等は底なし。故に、常に狩るべき敵に飢えている」
 自らと同化した禍魂……連綿と続く西院鬼一門の怨念と戦いの記憶を貪欲に記録したそれらの怨念を全身に纏いながらの織久の呟きに、美雪が微かに眉を顰めた。
 ついで美雪は怒気を孕んだ空気を纏いながら黙々とノンアルコールカクテルを飲む瞬に視線をやる。
 その瞳にちらつく昏い炎を認めながら。
(「……この憤怒。いや……憤怒という言葉では、生温いか」)
 瞬の瞳にちらつく昏い炎は、敬輔と同じ憎悪の証。
(「けれども……」)
 その理由を問うべきかどうか、美雪が心の裡で懊悩するその間に。
「その……美雪さん、ありがとうございます。一緒に来て下さって」
 その美雪の気配に感づいた奏が一礼した。
「いや、気にしないで良い。奏さん達が其々に纏っているそれが何となく気になって一緒に来ただけだからな」
 告げる美雪に、奏が軽く頷き掛けるが、その表情には緊張が漂っている。
 一瞬理由を問おうかどうか迷ったが、響達の表情からあまり聞くべき事でも無かろう、と判断し、黙ってノンアルコールカクテル、サラトガクーラーを口に運ぶ美雪をチラリと横目で見やりながら、チリチリと首筋に疼きを感じたパラスが、ブラッディメアリーを飲み干し、ゆっくりと其方を振り返った。
「……来たね」
「その様だな」
 パラスの呟きに軽く肩を竦めた千尋が小太刀を構えた宵と、鎚を構えた暁を結詞で操って左右へ広げ、更に無数の鳥威をまるで弾丸の様に周囲にばらまく様にしながら、後ろから姿を現した男にからかう様な笑みを浮かべてみせた。
「自分が自信がありそうなのに組んでくるって事は、俺達に1人じゃ勝てないって思っているわけだ? 見かけによらず、随分と小心者だな」
「ハッ! 何とでも言うが良い!」
 ゆっくりと体事振り返った千尋の挑発を、男……『ノエル』は鼻で笑った。
「この世界は弱肉強食! 勝者は全てを肯定され、敗者は全てを否定される! だからこそ俺はこの世界で勝者として生き残る事にのみ愉しみを覚えてきた! 強き者達が俺達に敗れ、そして絶望し命乞いをするあの醜悪な姿……その全てが俺の悦楽よ! 俺の覇道を邪魔する奴等は、只、蹴散らすのみ!」
 その、ノエルの雄叫びに応じる様に。
 パリン、と音を立ててカクテルグラスが割れる音が、戦場全体に響き渡った。
「……その為だけに、皆を殺したのか。そんなお前……テメェの下らない愉悦を満たすためだけに……!」
 呪詛の籠められた、その呟き。
 地獄の底から響いてくる様なその声音に、口元に歪んだ笑みを浮かべたノエルは、まるでたった今気がついたかの様にその声の主……瞬を振り返った。
 ――ドクン。
 暁音の『共苦の痛み』が更に鋭く暁音の全身を抉る。
 人としての命では決して耐えることの出来ないであろう程の、鋭い痛みが。
「ああん? なんだ、テメェ。俺のことを知っているのか?」
「ああ、そうだ。アタシ達は、アンタの事を知っている」
 ノエルのその呼びかけに答えたのは、ひゅん、と燃え盛る青白い炎を纏った槍、ブレイズ・ブルーを構えた響。
 その響の青白く燃え盛る炎に記憶巣を刺激されたのか。
 ノエルが微かに目を細め、それから何やら考え、思い出そうとするかの様にその顎を軽く扱き、程なくして瞬きする。
「テメェのその槍……」
「覚えていてくれたか? そうだよ。こいつはアンタと同じ意匠の鎧の騎士団達を貫いた槍さ」
「あの日……わたし達が、瞬兄さんと出会った日」
 その、響の応えに頷く様に。
 ゆっくりと響の夫であり、奏の父である全長3m越えのゴーレムに頼もしいものを感じながら、奏はその手のエレメンタル・シールドをゆっくりと構え、全身に翡翠色の風の妖精、シルフィードを思わせる魔力を纏わせながら深呼吸を一つ。
「わたし達は、あなたを……瞬兄さんの傭兵団を手こずらせ、そして滅ぼしたあなたの配下の騎士達と、その長であるあなた……ノエルの事を知っています」
 その、奏の呟きに。
 統哉が眉を顰め、美雪が成程、と小さく納得する様に頷いた。
「如何して、それ程迄の憤怒に染まっているのかが気になってきたが……そう言うことか。彼が噂に聞いた、瞬さんの実の両親と故郷を殺した輩、と言う訳だな?」
 その美雪の問いかけに、瞬が冷たく凍える様な紅の光を携えた瞳を持って、静かに首を縦に振る。
「ああ……そうだ。コイツが……コイツがオレの両親と、里の皆の仇だ……!」
 吐き捨てる様に叫ぶ瞬に、敬輔がそうか、と短いながらも、鋭く深く首肯した。
 それは瞬……自らと『同じ』復讐者である彼への同調の想い。
 その赤と青のヘテロクロミアの瞳に宿る憎悪の炎を更に鋭くしながら、敬輔がノエルを睨み付け、吐き捨てる様に呟いた。
「……お前は、俺達の様な復讐者をこの世に生み出した。ならば、これ以上そんな復讐者を生み出さない為にも、俺達が貴様を止める」
「復讐者だとっ?!」
 敬輔のその言葉に、心底下らなそうな表情を浮かべて、ノエルが笑う。
「そんな下らない御託なんぞ捨てて、本音を言っちまえよ!」
「下らない、だと?」
 冷たく吐き捨てる様に告げる瞬に、そうともよっ! とノエルが叫ぶ。
「所詮、この世は弱肉強食! 貴様等は只、それを証明する為に此処に来たんだろうがっ!」
「ククッ……その通りだな」
 その、ノエルの愉快そうな叫びに。
 くぐもった笑い声を上げたのは、その瞳に血に飢えた野獣の如き紅の光を灯した、全身に西院家一門の怨念と執念……オブリビオンへの猛る殺意を纏った織久だった。
「お前と我等はよく似ている。我等はお前達の血肉に飢え、其れを貪る事こそ、至上。故に、我等はお前の魂を喰らえずとも、魄を残らず喰らい尽くす」
 その、織久の呟きに。
 クツクツと愉快そうに、ノエルが肩を鳴らして笑った。
「……アンタ達、忘れるんじゃないよ」
 復讐の炎にその身を焦がす敬輔や瞬。
 そして怨念の炎に身を焦がす織久達の背を追う様に見つめながら。
 パラスが双銃……EK-I357N6『ニケ』と、IGSーP221A5『アイギス』をホルスターから抜き取りゆっくりと構え、諭す様に静かに告げた。
「カクテルってのは、今、この瞬間に只味わうものじゃない。バーに行くまでの期待や、飲んだ後の会話も楽しむためにあるもんなのさ。……この戦いが終わった、その後にね」
 ――だから生き抜け、最後まで。
 そこに籠められたパラスの言葉の真意を察した統哉が、複雑そうな表情を浮かべながらも、そうだな、と小さく溜息を漏らした。
「ならば俺は今まで通り、今、俺が出来ることを成すだけだ」
「手伝ってやるよ、統哉」
 呟きながら、漆黒の大鎌……『宵』を構えた統哉に、口元を何処か愉快そうに綻ばせながら千尋が告げる。
「いつも通り。ただそれだけ、なんだろ?」
「ああ、そうだな。頼むぜ、千尋」
 統哉と、千尋の軽いやり取りにウィリアムが小さくそうですね、と頷き掛けた。
「この場に瞬さん……ノエルと縁のある方がいるのであれば、此処で彼を討滅出来れば、それだけオブリビオンの戦力を削り取ることが出来ます」
 そう、自らに語りかける様に呟きながら。
 ウィリアムが、空中に方円を描き出し始めるその姿を認めた暁音が、そうだね、と補足する様にポツリと呟き、左手にエトワール&ノワールを、右手に星杖シュテルシアを握りしめ、だから、と続けた。
「……しっかり、邪魔してやらないとね」
「そうだな」
 呟く暁音に、静かに瞬達を見つめていた美雪が小さく溜息を一つついたのと其れはほぼ同時だった。
「ならば貴様達、俺の全力を思いしれぇぇぇぇぇっ!」
 雄叫びを上げたノエルが圧倒的な反射神経を見せつける様に動き出し、白銀の槍が異様なまでに巨大化し……そして、その手の盾に刻み込まれた漆黒の紋章が、異様な光を放ったのは。


「……度し難い。全くもって度し難いよね」
 留まることを知らない圧倒的な機動力で、荒野を駆け抜けるノエルを金の眼差しで静かに見つめながら。
 暁音が小さく溜息をつきつつ呟き、星杖シュテルシアを右手で天空へと掲げながら、左手のエトワール&ノワールで宵闇に覆われた空の一点を指差す。
 瞬間、空から雨の様に無数の星の弾丸が、ノエルの進んでくる進路を阻む様に降り注いだ。
「ハハハハハッ! その程度の弾丸、俺の前には無力だっ!」
 叫びと同時に巨大化した槍を横一文字に一閃、弾丸を一撃で叩き落とすノエル。
 けれども、そこに……。
「アンタに飲ませるカクテルは無いよ。さっさと骸の海へとお還り」
 呟きと共に、パラスが構えていた双銃の引金を引いた。
 ニケの銃口から銃弾が嵐の様に荒野と平行に横一面に空中を踊る様に飛び出し。
 アイギスの銃口からは、電磁弾が雷光の線を曳いて発射されている。
 その銃弾の間隙を避けようとするノエルだったが。
(「ちっ……なんだっ?!」)
 不意に、その体が重力の檻に縛り上げられた様に重く気怠い感覚を覚え、その体の動きを鈍らせた。
 それでも辛うじて銃弾を掻い潜り、巨大化した槍を上空でプロペラの様に回転させて風刃を生み出し、周囲の有象無象を薙ぎ払おうとしたが。
「クククククッ! 我等が怨念、思い知るが良い!」
 言葉と共に、轟、と燃え上がったのは、漆黒と血色に塗り固められた闇の焔。
 目前に存在する全ての敵を焼き払うことのみを目的とした鋭く突き刺さる様な殺意を抱いた織久の炎が、死して自らの禍魂に取り込まれた魂達の撒き散らす呪詛と共に、天空でノエルが回転させる白銀の槍に纏わりついた。
「ちっ……てめぇっ!」
「クハハハハハッ! 我等が怨念、存分に思い知れ!」
 そう叫んだ織久が発射した漆黒の髪と怨念によって編み上げられ、闇に紛れて視認出来ない超極細の糸が、ノエルの両足を絡め取った。
「ちっ……こいつは!」
 足下に解き放たれた漆黒の糸の存在に気がついたノエルが、自らの足に銀槍を突き立てその糸を断ち切ろうとするのを遮る様に……。
「おいおい、お前、本当に強いんだよな?」
 皮肉げに『宵』と『暁』をその左右からノエルを挟み込む様に操った千尋が
戯けて眉を動かしながら、そのまま、ばっ、と結詞を操っていた左手を持ち上げ。
「あなた達ヴァンパイアを討滅する好機をぼく達は絶対に見逃しません……! Active Ice Wall!」
 空中に描き出した巨大な青と紅葉色の混ざり合った超巨大な方円の中央に浮かんだ無数の小さな魔法陣を戦場全体にばらまく様に、ウィリアムが鋭い宣言と共に呪を発動させた。
『消え失せろ』
 その氷塊をフェイントとする様に、千尋の厳かな宣言と共にその左手から放たれたのは、740本の複雑な幾何学紋様が描き出された刀身を持つ光剣の内の640本。
 それがくるくるとダンスをするかの様に空中で回転しながら夜砥で締め上げられ、更にそのままダンピール……半吸血鬼の膂力を活かして自らの方へと引き寄せようとする織久の力に抗うノエルの全身を貫かんと襲いかかった。
「ハハハハハッ! やるじゃねぇかっ!」
 自慢の筋肉で織久に引き寄せられるのを堪えながら、銀槍で無数の突きを繰り出すノエル。
 槍を振り抜く度に大気が切り裂かれ、鎌鼬と化した大気が光を飲み込み、その剣を次々に撃ち落とし、衝撃の余波が振動と化して瞬と敬輔を飲み込もうとした、その瞬間だった。
「やらせません! お父さん!」
 奏が瞬の前に飛び出して、風の精霊達の力で強化したエレメンタル・シールドで瞬への余波を余さず受け止めながら、そう叫んだのは。
 その叫びに応じる様に奏の父であり、響の夫の姿を模したゴーレムが、敬輔を庇う様に前に立ち、その衝撃を押し留める。
「ちっ……なんだとっ!?」
 目を白黒させながらも、盾を持ち上げて千尋の光剣を受け止めようとするノエルだったが……。
「その光剣を、その盾で受け止めさせると思ったか?」
 ゴーレムの影から敬輔が飛び出しながら、冷たく切り裂く様な声を戦場に轟かせつつ大地を黒剣に突き立て擦過させた。
 地を駆け抜ける空気を切り裂く鋭い音と共に放たれた三日月型の斬撃の衝撃波が、容赦なくノエルの左足の具足を穿ち、態勢を一時的に崩させたところに、間髪入れずに統哉が懐に飛び込み、下段逆手に構えた漆黒の大鎌『宵』を撥ね上げる様に振り抜いた。
「ふんっ!」
 敬輔の攻撃に合わせる様に解き放った統哉の『宵』による斬撃に気がつき、ノエルは空中で旋回させていた槍を振り抜くのを止め、即座にその柄を振り下ろす。
「……っ!」
 あまりの勢いで振り下ろされた白柄の一撃に、ゾワリと鳥肌の立った統哉が咄嗟にバックステップをしながら、クロネコ刺繍入りの緋色の結界を正面に展開、辛うじてその柄の軌道を逸らすが、自らの側面を掠めたそれから放たれた風圧に耳朶を切られ、ぱっ、と小さな血飛沫が舞った。
「成程。闘将の名は、伊達じゃ無いって訳か……!」
 血飛沫と共に後退する統哉の其れに。
「ああ、そうだ! コイツはオレ達一人、一人がバラバラになって戦っても勝てない! だからコイツを滅ぼすため、オレに力を貸してくれ!」
 同意する様に、懇願する様に、絶叫する瞬。
 その手に握り締めた氷の結晶の様に透き通った杖の先端から、瞬以外の者達が見たことの無い不可思議な紋章……それは、瞬の里にのみ代々伝わる月読の紋章……を模造した光が、光条と化して迸った。
 ウィリアムの氷塊に乱反射して無数の光の束となった月読の紋章が、ノエルの周囲を覆い尽くす様に踊り、ノエルの動きを拘束せんと襲いかかる。
「クハハハハハッ! 味な真似を!」
 ノエルが哄笑を迸らせながら、白銀の槍を引き寄せつつ光網と化した月読の紋章を貫き倒し敬輔に切り裂かれた足の傷もものともせずに、存分に槍で周囲を薙ぎ払う。
「っ!」
 巻き起こった旋風が織久と敬輔を襲いその態勢を崩させたとみるや否や、すかさず至近にいた敬輔を貫かんとノエルが槍を突き出した。
 だが……。
「好きなだけ、木っ端微塵にして下さい! 幾らでも残弾はありますから!」
 ウィリアムが念動力ですかさず無数の氷塊の群れを動かし、氷盾を生み出して槍に穿たせて敬輔と織久が後退する隙を作り上げ、入れ変わる様に響の召喚したゴーレムがノエルの前に立ちはだかり、その手に持つ巨大なブレイズブルーを振り下ろす。
 咄嗟に槍を引いてその攻撃を受け止めたノエルに向けて。
「舐めるんじゃ無いよ」
 パラスのアイギスから放たれた電磁弾と。
「行くよ」
 ふわり、と神気を全身に纏った暁音が懐から取り出した、闇の中で輝く星を思わせる左手に構えた一本の鳥銃形態のエトワール&ノワールと、空中を流離う星の船から星光を思わせる弾丸を解き放った。
 弾幕の嵐とゴーレムの一撃による牽制が、ノエルの追撃を妨げる。
「ちっ……!」
 舌打ちするノエルを空から一瞥した暁音の星杖シュテルシアからは、朧月を思わせる仄かな温かい星月の光が降り注ぎ、切り裂かれた耳朶を押さえていた統哉の傷を癒していた。
「……暁音さん」
 気遣わしげに美雪が呟きながら見上げると、暁音が軽く頭を横に振る。
「この位は大したことないよ。美雪さんは、美雪さんにのみ出来ることを」
「ああ……分かっている」
 暁音の呼びかけに頷いた美雪が、そっとグリモア・ムジカを取り出し、封じられていたそれを解放。
 何処かデジタル化されている様にも見える楽譜から流れるメロディを耳にしながら、涼やかなメソソプラノでゆったりと歌を歌い始めた。
(「この歌声が、皆の傷を癒し、心震わせんことを祈って……!」)
 祈りを籠められた歌が、ウィリアムの氷塊に反響し戦場全体に響き渡り、緒戦の猛打を平然と耐えきったノエルへの其々に抱いていた心情を加速させ、更なる闘争への火を点ける。

 ――まるで、この戦いの果て無き連鎖と戦いを、象徴するかの様に。


 歌が、響いた。
 世界を癒し、仲間を癒し、敵の覇気や殺気に飲み込まれぬ様に、と言う癒しの祈りの籠められた、メソソプラノの美雪の歌が。
「オラオラオラオラオラオラッ!」
 その美雪の歌を搔き消す様に、我武者羅に槍を振り回すノエル。
「ちっ!」
 六花の杖を構えて立て続けに里に代々伝わっていた結界術を発動させようとした瞬が其れに気がつき素早く後退するが、間に合わずその超巨大な銀槍の石突きに、叩きのめされそうになったその刹那だ。
「兄さん!」
 奏が瞬を突き飛ばし、エレメンタル・シールドでその殴打から瞬を庇ったのは。
「ッ……!」
 容赦の無い打撃の苦痛に思わず顔に苦渋を浮かべる奏だったが、その時には美雪の歌は瞬く間にその傷を癒し、同時に奏に勇気を与えてくれていた。
「ふんっ! それで俺をやれると本気で思っているのか、オラァ!」
 忌々しげに叫びながらも、ノエルがヒュンヒュンヒュン、とまるで縄の様に槍を振り回して改めて銀槍を構え直す。
 未だに余裕を見せるノエルの姿を見て、統哉が目を細めて、黒ニャンコ携帯の端末で収集した情報に一瞬目を落として確認し、はっ、と息を呑んで叫んだ。
「皆、油断するな! 次が来るぞ!」
「分かっている!」
 統哉の呼びかけに敬輔が怒鳴り返し、ウィリアムの氷塊の群れに自ずから突っ込み、氷の盾として利用して銀槍の一閃を辛うじて躱す。
「……ふんっ!」
 すかさず撥ね上げる様に自らの盾で砕けた氷塊の向こうの敬輔を打ちのめそうとするノエルの前に、十重二十重に重ねられた千尋の鳥威が現れその攻撃を受け止めた。
 その刹那の攻防の、その間に。
 瞬を庇った奏がその瞳に映し出したのは、ノエルの側面に回り込む様に前進する3mの自らの父を模したゴーレムの背。
「お父さん……合わせて!」
 叫びと共に、奏がエレメンタル・シールドによるシールドバッシュ。
 すかさず奏と反対方向に回り込んだ響のゴーレムが槍を横薙ぎに振るい、ノエルの三合目の槍を打ち払い。
 そこに奏のシールドバッシュがノエルの盾に叩き付けられ、更に千尋の宵と暁が其々の得物にてノエルを袈裟に切り裂き、同時に叩く。
「もう動くんじゃねぇ、このクソ野郎!!」
 奏とゴーレムに合わせる様に叫びと共に、地面に倒れ込みながら瞬が六花の杖の先端に刻んだ巨大化した月読の紋章を発動させる。
 先程は光条の線と化していた紋章が、今度は巨大な鎖と化してノエルに殴りかかる様に襲いかかってその動きを締め上げた。
「ククククククッ!」
 合わせる様に織久が夜砥での締め上げを強化して、その場に無様にノエルを転倒させようと試みる。
 そのまま空中へと引きずり出される様に倒れ込みそうになるノエルの姿を見て……。
「兄さん! 行って下さい!」
 そう叫んだ奏だったが。
「さぁてっ! もう少し本気にならせてもらおうかっ!」
 転倒しかけていたノエルの表情が一段と引き締まり、その口元の笑みが更に深めて宙返りを打って態勢を立て直した。
 其れを見たウィリアムが、氷塊の群れを召喚するために呼び出した青と紅葉色の魔法陣を左手で維持しながらルーンソード『スプラッシュ』を抜剣、地面に書き置きをするかの様に、方円を描き出している。
(「何かを仕掛ける気だな、ウィリアム。そして……」)
 そう内心で呟いた千尋が、愉快そうに立ち上がったノエルへと笑みを向け、同時に戯ける様に微かに眉を動かした。
「何だよ? さっきまでのは本気じゃ無かった……とでも言いたいのかよ、お前?」
「ククククククッ……本気は、本気だったさ。だがな……」
 千尋の挑発に、口元の笑窪を更に深く刻み込みながら。
 愉悦に塗れた笑みを浮かべるノエルの其れに呼応する様に、暁音の共苦の痛みが激しく鳴動し、刺し貫かれたその身を更に刃で切り裂かれる様な、そんな痛みを暁音の全身へと走らせた。
(「この痛みは……!」)
「それは、敵に対しての本気っ! 此処からは……強敵に勝つために貴様達に見せつける本気というやつだ! 勝つためならば、どんな手段でも俺は取る!」
 そう猛虎を思わせる雄叫びを上げて織久の夜砥を引き千切り、瞬の結界術を弾き飛ばし、盾を胸の前に構えて巨大化した槍を上段に翳しながら、トゥルーパーの如く、突進してくるノエル。
 だが……。
「何度でも言うよ。アンタ達オブリビオンに飲ませるカクテルは無いよ。骸の海へ、とっととお還り」
 パラスのその呟きを、まるで体現するかの様に。
 パラスの背後に影法師宜しく立っていたオリバーの霊が、シャカシャカシャカ……とシェーカーを振るい、それが美雪のグリモア・ムジカの奏でるメロディーと、美雪の独奏曲と重なり合った。
 その歌が……。
「……っ! 戦場に生き、戦場で死した筈の亡者が、戦いを否定するとでも言うのか!? 不愉快なっ!」
 ノエルの心を抉る様に、不意にノエルに猛烈な嫌悪と憎悪を抱かせ、否定の叫びを上げさせた。
 その否定の叫びこそが、超高速で戦場を自由自在に駆け回る、自らの体の動きと反応を激しく鈍らせている……その事実に、気がつく由もなく。
「クククククッ……! 滅べ、滅べオブリビオン! 我等の怒りと怨念に、その魄を存分に喰らわせろ!」
 凄絶なる狂気の高笑いを上げた織久が、雄叫びと共に闇器を百貌へと変形させながら肉薄。
 殺意と怨念の炎を纏った赤黒く染め上げられた闇槍と銀槍がぶつかり合い、美雪の美しき歌を切り裂く甲高い金属音をあげた。
「クククククッ……!」
 ズシン、と骨を砕かれる様な痛みを感じながら、壮絶な笑い声を上げた織久が、禍魂が再び編み上げた夜砥を右手に持ち替えつつ、その足を覆った黒漆脚甲で、ノエルの股間を容赦なく蹴り上げる。
 グシャリ、と鎧を貫通して嫌な音が響き渡るのにノエルが思わずたじろぎ、暁音の星杖シュテルシアから放たれた祈りの光が、織久の腕の骨を再生したその時だった。
「アタシはアンタを絶対に許さない! 瞬の……あの子の心を深く傷つけたアンタをね!」
 まるで鷹の様に鋭い声を上げつつウィリアムの、戦場である荒野全体を包み込む様に放たれていた氷塊の群れから飛び出した響が、ノエルの背後から現れたのは。
「後ろ……だとぉっ!?」
 反射的に盾を突きだして、織久と、織久を守る様に姿を現していた巨大ゴーレムを吹き飛ばし、そのまま銀槍で半円を描く様に振り回し、後ろの響に向かって槍を振り抜くノエルだったが……。
「そうはさせません! Slip!」
『スプラッシュ』で地面に描き出した氷色の魔法陣をノエルの足下へと移動させたウィリアムが鋭く命じる。
 そのウィリアムの命に合わせる様にノエルの足下の地面が凍結し、つるつるの氷の床となった。
「ぬぅあっ?!」
 パラスのユーベルコードによって動きそれ自体を鈍らされていたノエルは、氷の魔の手から逃げること能わず、その場に思わずずるりと滑って転倒する。
 そして、そこで。
「行け、『宵』、『暁』」
 冷たく吐き捨てる様に告げた千尋が、『宵』と『暁』……小太刀と鎚を持つ二体の人形に命じて、ノエルの側面から其々の得物を再び振るった。
『宵』の小太刀がノエルの左肩を抉り、『暁』の鎚が、容赦なくノエルの右肩を打ち砕いていく。
「ぐうっ?!」
 転倒から何とか立ち直りながらも、思わず呻いたノエルに向かって。
「それだけ巨大な槍だ! その分、大振りにもなるよな!」
 統哉が叫びながらトン、と響の呼び出した巨大ゴーレムを足掛かりに半円を描く様に振り抜かれた銀槍に飛び乗り、そのまま銀槍の上を駆けていく。
「なんだとっ!?」
 上に飛び乗ってきた統哉に目を白黒させたノエルが、統哉を振り落とすべく盾を翳してその身に叩き付けようとするが、その時には無数に展開されていた千尋の鳥威がウィリアムの氷塊と重なって盾となり、統哉を守った。
「隙を作りすぎなんだよ……お前」
 続けざまに呟きながら、美雪の歌の支援を受けた千尋が自らの左手首の周囲を回っていた最初に召喚した740本の光剣の内、残していた100本を解放。
 その光剣の群れが、統哉を狙った盾に殺到し分子レベルに砕いていく。
 その隙を見逃さず……。
「おおおおおおっ!」
 統哉が、『宵』を大上段から振り下ろした。
 星光の如き煌めきを伴った『宵』の一閃がノエルの全身鎧に罅を入れ、彼の体を大きく傾がせる。
「敬輔! 奏! 瞬! 任せたぜ!」
「此処から先はアンタ達の役割だよ。行きな」
 統哉の叫びに合わせる様にパラスが呟きながら、アイギスのスイッチを切り替え、カチリ、とそれを引き。
「クククククッ……! さぁ、その身を我等に喰らわせろ!」
 同時に織久が狂気の笑いと共にその銀槍を締め上げていた夜砥に這わせた西院鬼一門の怨念と殺意の炎を、統哉が穿った傷口に注ぎ込んだ。
 パラスの引金を引く音に合わせてノエルの内側から電磁網がノエルを縛り上げ、更に織久に注ぎ込まれた炎がノエルの前面を灼き、その炎が、ノエルの鎧の内側の皮膚を焼け爛らせていく。
「ガァァァァァァァ……! だが、この程度で……俺が倒されるものかぁ!」
 絶叫を上げながら、銀槍を瞬に向けて振り下ろすノエル。
 けれどもそのノエルと、瞬の間には。
「兄さんはやらせませんっ!」
 奏が飛び込み、エレメンタル・シールドでその苛烈な一撃を受け止めていた。
 今までの何倍もの膂力の乗ったその一撃が、奏のエレメンタル・シールドを貫通し、奏の覆った風の精霊達をも貫いて、その肩に深々と突き刺さるが。
「祈りを此処に、妙なる光よ。命の新星を持ちて、立ち向かう者達に闇祓う祝福の抱擁を……傷ついた翼に再び力を!」
 自らの身に宿した神聖なる『光』への祈りの言葉を朗々と歌い上げた暁音の星杖シュテルシアから放たれた星屑の煌めきの如き癒しの光が、抉り取られた奏の肩を癒していく。
「……! 先輩、瞬さん! 奏さんの事は私達に任せて行ってくれ!」
 其れまで自らの歌に没頭していた美雪の叫びが、敬輔の背を押した。
「瞬!」
「ああ!」
 敬輔の呼びかけに応じた瞬が、肩を抉られた痛みに膝をついていた奏の背後から、左右に分かれる様に戦場に飛び出す。
 先に動いたのは、右に横っ飛びした敬輔だった。
「おおおおおっ!」
 雄叫びを上げながら敬輔は、赤黒く光る刀身を滑らせて斬撃の衝撃波を解き放ち、ノエルの体に巨大な袈裟の傷口を作り上げる。
 更に……。
「はあっ!」
 ノエルの背後を取っていた響が腰を深く落として真っ直ぐに拳を叩き込み、ノエルの罅の入った鎧を粉微塵に砕き、更にその背骨すらも叩き折った。
 そして真正面に移動していた響の夫の姿を模したゴーレムもまた、響の動きをトレースして、その巨大な正拳を、ノエルの鳩尾に叩き付けていた。
「ごはぁっ!?」
 全身の皮膚を焼かれ、体中に鋭い傷痕を作り上げられ、そして強烈な打撃を受けたノエルががはっ、と大量に口から喀血する。
 そのまま片膝を突くノエルの姿を後ろから見ながら、響が叫んだ。
「さあ、瞬!」
 その、響の叫びに呼応する様に。
「瞬兄さんの全てを奪われたその無念を、瞬兄さんの手で!!」
 やや覚束ない足取りながらも立ち上がった奏の叫びに。
「まだだっ……まだ俺は負けてねぇ!」
 最後の悪あがき、と言わんばかりにそう叫び、ノエルが既に通常の大きさに戻った銀槍を、瞬に向かって投げつける。
 だが、その銀槍は。
「させませんっ!」
 叫んで素早く左手を突き出し、氷塊の質量を増させたウィリアムに勢いを削がれ。
「まだくたばらねぇのかよ。もう終わりだろ?」
 続けて無数に展開された千尋の鳥威が更にその槍の威力を削ぎ取って。
 そして黒剣に白い靄を集結させた敬輔が、奏に変わって、黒剣を両手遣いに構えて、その攻撃を受け止めていた。
「……敬輔さん」
 高速移動で自分を庇った敬輔に向けて呟く瞬に、敬輔が静かにこう告げる。
「そうだ、瞬。あんたが、こいつに引導を渡せ」
「……ああ!」
 その、敬輔の言葉に応じる様に。
 瞬が頷き、そのまま躙り寄る様にノエルの方へと向かいながら、右手に持つ月虹の杖を握りしめる。
 ゆっくりと滲み寄る瞬の月虹の杖に収束されていくのは、宵闇の隙間から差し込む月光の魔力。
 それは、星屑の煌めきの如き魔力を使う暁音の魔力をも吸収し、満月の如き色で月虹の杖を覆っていった。
「て、てめぇっ……!」
 思わず呻くノエルに、瞬は口の端に笑みを浮かべ。
「一つだけ、礼を言わせて貰うぜ」
 冷たく吐き捨てる様に、そう告げた。
 右手に構えた月虹の杖の輝きは、明けない夜の世界で一際際立つ、全てを破壊する光を称えている。
 まるで、嘗て失われた故郷の人々の……全ての想いを、背負うかの様に。
「テメェのしでかした罪によって、オレは強くなった。テメェを、この手で潰せるくらいにな……!」
 その月の輝きに顔を青ざめさせたノエルが、既に消えかけの体で引き攣った声を上げた。
「や……やめろっ……!」
そんなノエルの命乞いなど、気に留める様子も無く。
「……消し飛べ!」
 瞬が叫ぶと、ほぼ同時に。
 満月の如き輝きを伴った月虹の杖に収束された月光の魔力の全てが解放され……音よりも疾い大気を切り裂く衝撃波がノエルに向かって叩き込んだ。
 魔力のビッグバンとも言うべき月の魔力の奔流に飲み込まれたノエルの傷だらけの体は、粉微塵に砕け、完全に分断される。

 ――それが……数多くの強者達の命を奪った闘将、『ノエル』の最期となった。


「……統哉」
 瞬が、その手で自らの故郷の人達の仇を取るその様子を最後まで見届けたパラスがゆっくりと双銃をホルスターにしまいつつ、クルクルクル……と3回転しながら自分の傍に着地した統哉を呼ぶ。
「どうした、パラス」
 パラスのその呼びかけに気がついた統哉が、複雑な表情を浮かべた儘に応じるのに一つ頷き、あいつは、と小さくパラスが呟いた。
「グリモア猟兵であるあいつは、あの予知でコイツと、もう一人の女のヴァンパイアが何やら気になることを話している場面を視ていた。それについて、どう思う?」
 その、パラスの問いかけに。
 統哉が小さく息を吐き、考え込む様に顎に手を置きながら言葉を紡いだ。
「吸血鬼の記憶と、復讐。その為に、わざわざ猟兵を呼び出し導かれた闘争なんだよな、これは……」
「ああ、そうだな。そう言う話だった」
 統哉のその言葉を引き取る様にそう頷いたのは、千尋。
 千尋の補足に小さく頷き、でも、と統哉が言葉を続ける。
「これを望んだのは……誰なんだろうな?」
 その、統哉の呟きに。
 鋭く突き刺すような共苦の痛みが、暁音の体を容赦なく突き刺した。
「暁音さん、大丈夫か?」
 ふわふわと神気を解除して着地した暁音に、歌うのを止めた美雪が気遣う様に問いかけると、暁音が小さく頭を横に振る。
「いつものことだから、俺のことは気にしないで」
「……それなら良いのだが……」
 呟く美雪に微笑を零し、本当に大丈夫、と言う様に軽く手を横に振る暁音をちらりと一瞥し、パラスが統哉に語りかけた。
「闘将か、猟兵か、殺された吸血鬼の怨念か……て事かい?」
 そのパラスの一言に、統哉が静かに、ああ、と首を縦に振った。
 その気遣わしげな瞳は、敵への怨念を剥き出しにしている織久、復讐を果たした瞬、そして……自分達の様な復讐者をこれ以上生み出さない様に、と呟いた敬輔へと向けられている。
(「全てが復讐と闘争……そこに収束されている……」)
 まるで、甘い蜜の様に。
 戦え、戦え、と誰かが囁きかけている様にも思える其れに、統哉が小さく息を漏らした。
「それともこの全部が必然って事なのかな。復讐と復讐のぶつかり合いと言う……」
 何処か震える様に呟く統哉に、パラスが微かに息を漏らした。
「……かも知れないね」
「だが、この先の事なんて、俺達には分からないぜ? いや……誰にも分かりはしない、そう言うものなんじゃないのか?」
 千尋の的を射たそれに統哉が、そうだな、と静かに首肯した。
 けれども、いや、だからこそ、だろうか。
「俺達が、見届けなくちゃいけないんだよな」
 ――この復讐の辿り着く、その先を。
「……そう言うことだな、統哉さん」
 統哉の其れに、美雪が軽く頭を振りながらそう呟いた。
「これで、闘将の討滅は完了しました。けれども、同盟相手は何処に……?」
 と、ウィリアムが割って入る様に呟いた、その時だった。
「ハハッ、勝つためには手段を選ばない、か。此処で言う勝つって言うのは、自分自身を捨石にすることも厭わないって事か?」
 不意に、くぐもった笑い声を千尋が上げたのは。
 その千尋の笑い声にパラスが、周囲からヒシヒシと押し寄せる様にやってきている殺気に気がつき、小さく息を吐く。
「確かにアタシ達を此処で倒せれば、今のアイツが倒れたとしても、永遠に骸の海に還る事にはならない。『勝つためには手段を選ばない』とはよくいったものだね」
「クククククッ……構わぬ」
 低く呟くパラスの其れに、織久が呪詛の籠められた笑い声を上げた。
 その織久の笑い声を聞きながら、暁音は『共苦の痛み』を通して、突然鈍器で頭を殴りつけられたかの様な凄まじい殴打感を感じ取る。
(「これは怒り……か」)
 それは、自分達の周囲を囲う様に現れた殺気の主達の中に刻み込まれた感情。
 想像を絶する痛みにも感じられる其れに全身を戦慄かせながらも、暁音は表情一つ変えずに静かに息を吐いた。
「例え君達がどれだけ数を集めたとしても、俺達は絶対に止まらないよ。そうでなければ……辺境の里の人達の命を、俺達は守る事が出来ないからね」
 その、暁音の呟きに。
「……そうですね、暁音さん」
 ウィリアムが静かに頷き周囲から殺到する気配へとその意識を向けたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『ヴァンパイアの花嫁』

POW   :    この心と体は主様のもの
自身の【感情か体の一部】を代償に、【敵への効果的な属性】を籠めた一撃を放つ。自分にとって感情か体の一部を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD   :    全ては主様のために…
【肉体の痛みを麻痺させる寄生生物】【神経の痛みを麻痺させる寄生生物】【精神的な痛みを麻痺させる寄生生物】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    主様、万歳!
【自身が主人の脅威であると認識】を向けた対象に、【自らの全てを犠牲にした自爆】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記です。
 プレイング受付期間:10月15日(木)8時31分以降~10月17日(土)17:00頃迄。
 リプレイ執筆期間:10月17日(土)18:00頃~10月18日(日)一杯。
 何卒、宜しくお願い申し上げます*

「よくもあの御方を……『闘将』様を殺しましたわね……」
 荒野の周囲からヒシヒシと押し寄せる様に迫ってくる『少女』達。
 花嫁姿の彼女達は、その顔に、憎悪と憤怒の感情をありありと描いていた。
「『闘将』様は、私達の『主』様にとっても大切な御方。その大切な御方を、お前達は容赦なく殺した」
「ああ……何という愚かなことを! あの御方にひざまずけば『花嫁』として、あの方達に永遠にお仕えすることが出来たというのに……! その機会をお前達は……!」
 それは何処までも、何処までも純真で、歪な想い。
『彼女』達は、自分達が何故『花嫁』となったのかを知らないのだろうか。
「私達は、この身の全てを『主』様と、『闘将』様に捧げた者。そして……あの方達の『妻』として、永遠の生命を受けし者」
 そこまで告げたところで、『花嫁』の一人が、ポツリ、ポツリと涙を零した。
「ああ、お労しや『闘将』様。まさか、猟兵等という野蛮な者に、命を奪われてしまうなんて」
 別の女は、その顔に浮かべた憎悪を殺意に変えて、猟兵達に叩き付けていた。
「なれば、せめて私達の手で仇討ちを致しましょう。『闘将』様の仇討ちを。そして……弟妹を無惨に奪われ、その心をお痛めしている『主』様の心を、少しでも慰めるために、お前達の首を差し出しましょう」
 その、『花嫁』の言葉に応じる様に。
 全方位から賛同の声が上がり、『花嫁』達は猟兵達へと歩み寄り、一斉に襲いかかってくる。

 ――その自らの全てを、『主』に捧げる覚悟と共に。
ウィリアム・バークリー
ヴァンパイアの狗どもが出て来ましたね。救えない相手に用はありません。殲滅させていただきます。

先の戦闘からまだ残っているActive Ice Wallを引き続き運用して、仲間の支援と敵の攻撃の妨害を。

ぼく自身は、戦場を素早く駆け回ってルーンソードで敵を貫きます。
……やはり数が多いですね。

体力が残っているうちに殲滅した方が、まだ消耗が少ないと見ました。
「高速詠唱」「全力魔法」氷の「属性攻撃」「範囲攻撃」「衝撃波」でDisaster!
場に出すは、氷雪の大渦巻! 仲間を巻き込まないように、敵を確実に飲み込めるように。
く、制御が難しい。皆さん、巻き込まれないでくださいね!
……これで大体片付きましたか?


天星・暁音
うーん、男でも花嫁になるのな?
仮にそうだとして俺がもし花嫁になるとしたなら相手はもう決まっているのでお断りだね…ましてや花嫁とは名ばかりの道具と大して変わらないものになりたい何て露ほどにも思わないのだけれど…
まあ…いつどうやって花嫁になったのかも既に分からないんだろうね…
哀れだとは思うよ…だからこそ全力でもって貴方たちを解放する
それくらいしかしてあげられないからね
せめて安らかに…


適時指定コードによる砲撃で数を一気に減らす行動を織り交ぜつつ銀糸や銃撃で牽制しつつ近づくものは進化したシュテルシアを杖でも槍でも刀でも形を自由自在に切り変えて切り捨てていきます

共闘アドリブ歓迎
スキルUCアイテムご自由に


真宮・響
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

ああ、言い訳はしないさ。闘将はアタシ達の手で討った。悪いがあれは討つべき敵だった。そこは譲れない。まあ、ここは意地の張り合いだね。どちらの信念が上回るか、勝負だ!!ところで主の弟妹って誰の事だい?

さて、意地の張り合いなら最初から奥の手をだそうかね。時間は掛けてられない。敵は的確にこちらの弱点を突いてくるからねえ。赤竜飛翔を発動、【二回攻撃】【範囲攻撃】も活用して容赦なく攻撃。上空とはいえ、敵の攻撃も飛んでくるだろうから、【オーラ防御】【残像】【見切り】などで敵の攻撃を凌ぐ事は徹底する。歪んた形の花嫁は見ていて気持ちのいいものではない。終わらせるよ!!


真宮・奏
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

主様というのが誰の事か存じませんが、こちらにとっても闘将はどうしても許せない相手で打倒すべき相手でした。ご自身が最早歪んだ存在だとお気づきになりませんか?私達はこの先に進まねばなりませんので。

敵は強力な攻撃をしてきます。それを逆手にとって全てを護る騎士を発動。【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で仲間を【かばう】しながら、味方が受けた傷を倍返しする形で【衝撃波】【二回攻撃】【範囲攻撃】で一気に薙ぎ払います。こちらも譲れないものがありますので。乗り越えさせて頂きます!!


神城・瞬
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

こちらはお嬢さん達に取っては主様とかいう人の大切な人を殺した仇と言う訳ですね。お互い譲れない。

こちらは野蛮者扱いですか。闘将はどうしても許せない仇でしたが、武人としては見事な戦い振りでした。そこには敬意を払っていましたよ?

月光の騎士を発動、移動距離を減らす代わりに攻撃力を増強。その場に踏み止まる形で、【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を仕込んだ結界術を敵の方に展開、動きをある程度縛った後、【高速詠唱】【全力魔法】【多重詠唱】【魔力溜め】した【衝撃波】を【範囲攻撃】化して攻撃。敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】で凌ぎます。


西院鬼・織久
ぬるい。この程度の憎悪や殺意では足りぬ
彼の闘将の死合いに勝るものでなければ我等が怨念はくちぬ
悉くを喰らい尽くす前に、多少はましな物を寄越すがいい

【行動】POW
戦闘知識を活かすため五感と第六感+野生の勘を働かせ状況を把握し敵の行動を予測
武器に怨念の炎(殺意+呪詛+生命力吸収)を纏わせ戦う

先制攻撃+夜砥で一体を捕らえ怪力で引き寄せると同時にダッシュ+串刺し
集まって来た敵を範囲攻撃+UCで足止めし、突き刺した一体を捕縛したまま怪力で振り回して牽制した敵にぶつけとどめに範囲攻撃+なぎ払い

敵の攻撃は残像+フェイントで躱すか武器受け+体術受け流しカウンター。ダメージは各種耐性+殺意+覚悟で構わず反撃


司・千尋
連携、アドリブ可

可愛い子に迫られるのは悪い気はしないけど
集団で強引に迫ってこられるとゾッとするぜ


攻撃は基本的には『空華乱墜』を使う
範囲内に敵が入ったら即発動
味方がいる場合は当てないように調整

範囲攻撃や2回攻撃など手数で補いつつ
カウンターを狙ったり確実に当てられるように工夫
敵の数を減らす事を最優先で行動

痛覚が麻痺してるなら自分の限界に気付けないだろ?
面倒だが壊しやすくて助かるぜ

攻撃手が足りているか敵に押され気味なら防御優先で味方を援護する


敵の攻撃は細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
割れてもすぐ次を展開
オーラ防御も鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
回避や防御する時間を稼ぐ
間に合わない時は双睛を使用


パラス・アテナ
妻といえば聞こえはいいが要は体の良い家畜か
そうなっちまった者の性なんだろうがご苦労なことだね
主とやらの餌になる前に倒してやるよ
骸の海へお還り

味方の援護に回るよ
花嫁を【弾幕】で足止め
2回攻撃、一斉発射、継続ダメージ、マヒ攻撃を併用して
敵の接近を遅らせて味方の攻撃が最大限生きるようにする
敵の攻撃は見切りと第六感で回避
できなければ武器受けと激痛耐性、オーラ防御で継戦能力を発揮
苦手な属性は精神攻撃かね
どこかで着たことのあるドレスのデザインに一瞬だけ怯むが
アタシは奴隷にも家畜にもなった覚えはないと一蹴
アンタ達の言う幸せなんざ糞食らえだよ

主もすぐにアンタ達と同じ場所へ送ってやるよ
首筋でも磨いて精々待ってな


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

オブリビオンの花嫁になるのは願い下げだ
ああ、その前に野蛮な猟兵は花嫁に相応しくないか
というわけでここでお引き取りいただこう

引き続き回復専念
「歌唱、鼓舞、祈り、優しさ」+【鼓舞と癒しのアリア】
皆の心を奮い立たせると同時に冷静であれとの願いも込めて歌う
負傷者が増えてきたら、疲労覚悟で回復対象を増やすぞ

自爆を喰らったら私なんぞひとたまりもないのでな
私の存在が「目立たない」ように振舞うのみだよ

しかしだな
闘将や主のために自爆を考えるほど心酔しているのは異常だな
彼女たちにとって、闘将や主が仕えるに相応しい魅力を持つ相手なのか
…あるいは主から何らかの洗脳を受けているか


森宮・陽太
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

わりぃ、遅くなった
ようやく抱えていた案件が片付いたもんでな

どうやら、敵討を果たした奴がいるようだが
真の黒幕がまだ残っているってか
なら、さっさと炙りだそうぜ?
…復讐の果てを見届けてやるからよ

「高速詠唱」から【悪魔召喚「スパーダ」】
スパーダの赤い短剣全てに炎を纏わせ
「属性攻撃、制圧射撃、部位破壊」で短剣の雨を降らせてやらあ
花嫁たちの接近と自爆を阻止するのが狙いなんだが
ついでに寄生生物を焼き切れたら僥倖
俺自身は獄炎を封じたデビルカードを「投擲」して1体ずつ焼き尽くしてやる

しっかしこれは…歪んでやがる
闘将や主に心酔し、身の危険すら厭わねぇとは
こいつら、狂信者じゃねえか


白石・明日香
あ~、はいはい。
御託はいいからさっさと死ね。後が痞えているんだよ!
身も心もささげた渾身の一撃か・・・受ける気はないな。
奴らの群れる中心地点目指して残像でかく乱しながらダッシュで接近。
オレを一撃で殺すつもりの一撃なら相当な代償を捧げる、つまり体が欠け落ち範囲に穴ができるそこを突いて軌道を見切って回避。感情を代償にしているのなら、憎悪とか殺意以外全部捧げてそうだから動きは単調になるだろうし猶更見切りやすい。
そして奴らの中心点あたりについたら範囲攻撃、属性攻撃、鎧無視攻撃でまとめて吹き飛ばす!


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

…なるほど
闘将の仇討ちか

いいだろう
俺だって貴様らの主とやらに用がある

主とやらはおそらく俺の故郷を滅ぼした仇
貴様らが仇討ちをお題目に掲げるなら
俺は俺の復讐のために真正面から受けて立つのみ
道を開けてもらうぞ!

【魂魄解放】発動継続
花嫁に「殺気」をぶつけ「挑発」しつつ「切り込み」
接近したら「2回攻撃、なぎ払い」+衝撃波で一息に斬る
反撃は「オーラ防御」で絡め取って衝撃を緩和

痛みを感じないのであれば遠慮はしないが
貴様らも主の復讐に殉じるなら容赦はしない

しかし花嫁たちが異常な程「主」とやらに心酔しすぎるのが引っ掛かる
奴にそこまでの力があったのか?
…いまひとつ、記憶と合致しないな


文月・統哉
仲間と連携
オーラ防御展開し
陣形整え迎え撃つ

襲い来る花嫁達の動きを見切り
宵で武器受け
カウンターで薙ぎ払い
衝撃波で跳ね返す

復讐が復讐を呼ぶ
闘将にとって君達の主にとって
これもまた想定の内か

自らを犠牲にしても愛する者の仇を討つ
歪んでいても尚
他者を想うその心は純粋で
だからこそ彼女達を利用する彼らのやり方が悲しくて

それでも俺に出来るのは
彼女達を骸の海へと還す事だけだから

彼女達の憎しみの一撃を宵で武器受け
カウンターで祈りの刃を衝撃波の範囲攻撃で放つ

そうだね
俺達は君達にとって憎い仇に違いない
だからこそ俺達の手で闘将の下へと送るよ
その純粋な心のままに彼の所へ行くといい

叶うならその先に
安らかな眠りがある事を祈って




  ――ぞろ、ぞろ、ぞろ、ぞろ。
 戦場全体に広がる氷塊の塊を踏み拉きながら『仇討ち』のために進軍する娘達。
 両足と両腕に手枷を嵌め込み、純白のウエディングドレスとヴェールを風に靡かせ、躙り寄る無数の美少女や美女達から叩き付けられるそれを感じ取りながら、左右に展開していた宵と暁を結詞で操って自分の手近に引き寄せながら、参ったな、と言う様に司・千尋が軽く肩を竦めた。
「可愛い子に迫られるのは、悪い気はしないが……こうも集団で強引に迫ってこられると、ゾッとして仕方ないぜ」
 苦笑を浮かべる千尋に、そうですね、と軽く返事を返しながら、ウィリアム・バークリーが先の戦いで空中に描き出した青と紅葉色の混ざり合った消えかけている魔法陣の中央にルーンソード『スプラッシュ』を突きつけ、素早く新たな紋様と術式を書き込んでいる。
「とは言え、現れたのは所詮ヴァンパイアの狗です。どんな感情をぼく達に叩き付けてこようと関係はありません」
「ああ、そうだね」
 束の間の逡巡を現す様に、一瞬沈思の表情を浮かべたパラス・アテナが、ホルスターに納めたIGSーP221A5『アイギス』と、EK-I357N6『ニケ』を素早く抜きながら、吐息と共にウィリアムに頷いていた。
『狗? 花嫁たる私どもをお前達は『狗』と言うのですね。これだから、野蛮人共は度し難いのです』
 ウィリアムのそれに過敏に反応し、憤怒と憎悪に塗れた人形の様に美しいその顔を白熱させ、包囲の輪を更に狭めてくる花嫁達。
 ――ジャラリ、ジャラリ。
 包囲を狭める度に足枷の鎖が、大地と接吻して嫌な音を立てるのに、パラスがその瞳を鋭く細め、唇を皮肉げに歪めた。
「妻と言えば、聞こえは良いがね……。要は、アンタ達は体の良い家畜だろう?」
『家畜? 何を仰っているのですか? 家畜では、『闘将』様や『主』様にお仕えすることすら許されませぬ。ましてや野蛮人であるお前達であれば尚更です。闘将様を『主』様と私達から奪ったお前達は、決して許されざる罪を……』
 まるで教え諭す様に、蕩々と花嫁の一人が語り出したその時。
「あ~、はいはい。御託はいいんだよ、御託はよ!」
 心底うざったそうに、不意に雷光の様に鋭く轟く声。
 淡い青白い光が灯り、詠唱するウィリアムと銃を構えるパラスの傍に不意に現れたのは、その声の主である金と青のヘテロクロミアの娘、白石・明日香と……。
「悪い、遅くなったな、敬輔。……何だよ、敵討ちを果たした奴が他にも居るんだって?」
 軽く片目を瞑り、ヒラヒラと左手を振る緑色の瞳の男、森宮・陽太。
「明日香に、陽太か!」
 不意に背後に現れた明日香と陽太という思わぬ援軍に息を呑みつつも何処か安堵の籠った声音で文月・統哉が振り向いた。
「しかし、オブリビオンの花嫁共に四方を囲まれているこの状況で、よくもまあ来ることが出来たものだな、陽太さんに明日香さん。どうやって?」
 軽く米神を解しながら花嫁達を軽く目を眇めて見ていた藤崎・美雪の問いかけに、いやぁ、と陽太が軽く頭を振って、ただ黙然と花嫁達を睨み付けている館野・敬輔と振り向いた統哉に視線を向けて微かに首を傾げつつ答えた。
「ああ~……何だっけな? 敬輔と統哉と千尋が持っている携帯のジー・ピー・エス機能? とか言うやつで居場所を割り出して座標軸にして転送とか何とか……」
「……なるほど」
 小さく、低く呟く様な敬輔のその声音は、陽太の解に対するものか。
 それとも……。
「クククククッ……ぬるい」
 花嫁達から叩き付けられるそれらに一切構わず、黒衣の裾に忍ばせていた漆黒と真紅に彩られた視認も困難な糸……夜砥を投擲し、突出していた花嫁の一人を捕らえ、そのまま引き寄せる様に夜砥を一気に引く西院鬼・織久に同調したからであろうか。
『な……何を……?!』
 動揺も露わにする花嫁に対して、その口元に歪んだ笑みを浮かべながら音もなく肉薄しながら、織久は嗤う。
 心底愉快そうに、嗤う。
「彼の闘将の死合いに勝るものでなければ、我等が怨念は朽ちぬ……!」
 漆黒の糸に、黒曜石の様に凝り固まった怨念と殺意の焔を這わせて伝う様に締め上げた花嫁の体を炭化させていく織久。
『!! よくも……よくも……!』
 悲鳴とも怒りともつかぬ呪詛の声を上げながら花嫁達が我先にと一気に肉薄する。
『お前達は、主様の花嫁たる私達を侮辱し、剰え殺し、闘将様の魂魄をも喰らった……! この憎しみ、晴らさずにいられようか……!』
『お前達が悔い改めれば、『主』様もまた、首亡きお前達をも『花嫁』として迎え入れたかも知れぬというのに……!』
「うーん、花嫁ね……」
 花嫁達の、その言の葉に共鳴する様に。
 共苦の痛みが喘ぐ様な灼熱感を炸裂させ、内臓から全身を焼き尽くされる様な痛みを感じながら。
(「仮に男でも花嫁になるとしても、俺がもしそうなるなら相手はもう決まっているからお断りだし……」)
 そう思考を巡らせつつ、星具シュテルシアを使い慣れた星杖形態へと変形させ、天へと掲げながら天星・暁音が眉を寄せて花嫁達を見やっている。
「君達みたいに花嫁とは名ばかりの道具と大して変わらないものになりたいとは、露にも思わないけれどね……」
(「いや……そもそも……」)
 自分達が、闘将や『主』とやらにどう思われているのかすら、彼女達は考えたことはないのか。
 それとも……?
「ああ、言い訳はしないさ」
 織久の奇襲にその歩みを加速させ、肉薄してくる花嫁達を見つめながら。
 その背に二翼一対の真紅の赤竜の翼を生やし、赤熱した炎を象った赤銅性の鎧とガントレット、そして肩当でその身を覆い、赤銅の兜のバイザーから顔を覗かせて。
 真宮・響が静かに頷き、青白い炎を纏った炎を纏ったブレイズブルーと、赤熱するランスの二刀流を構え、ばさり、と翼を翻して上空から花嫁達を睥睨する。
「闘将はアタシ達の手で討った。あれは……」
「私達にとって、どうしても許せない相手で、打倒すべき相手でしたから」
 情熱や勇気を炎に変えた響と対照的に。
 不退転の決意と誓いを、万物の生まれた源たる『水』を思わせる、蒼きオーラを纏い、ウンディーネの様な優雅さで花嫁の一人が抉り出した自らの瞳を代償に放った織久を飲み込まん事を欲する激流を、水属性を付与したエレメンタル・シールドで受け止めながら、真宮・奏が訥々と語る。
 織久と奏の背後では……。
「此処まで言えば、お嬢さん達にも分かるでしょう」
 魔力を使い果たした月虹の杖を背負い、両手遣いに六花の杖を構えて大地に突き立て、憑き物が落ちた様に落ち着いた声音で静かに語る、神城・瞬の姿があった。
 水晶の様に透き通ったその杖は、まるで、瞬の今の心を代弁するかの様。
「お嬢さん達と主様の大切な人を殺した仇である僕達と、あなた達はお互いに譲れないものがある、と言う事に」
『蛮人共が、賢しらな口を……!』
 忌々しげに呻き、鋭く突き刺す様な憎悪の眼差しを叩きつけてくる少女の花嫁に、瞬が息を吐き、そっと軽く頭を振った。
「僕達は蛮人扱いですか。確かに闘将は僕にとってはどうしても許せない仇でしたが、武人としての見事な戦いぶりには、これでも敬意を払っているのですよ?」
 その、瞬の呟きに応じる様に。
 水晶の様に透き通った六花の杖の中を、まるで血の様に月光が駆け巡り、その形状を変貌させていく。
 それをちらりと横目で見やりながら、黒剣の刀身を赤黒く光り輝かせ、そこから噴出した白い靄を全身に纏った敬輔が分かるよ、と呟いた。
「あなた達が、大切な人を奪われた痛みはね。だけど、わたし達は……俺は、貴様らの主とやらに俺の故郷を滅ぼされた。つまりその主は、恐らく俺の仇だ」
 ――だから。
 ぞわり、と花嫁達と美雪が肌を粟立たせる様な殺気を伴った白き靄を纏った黒騎士が、圧倒的な速度で大気を切り裂き肉薄しながら撥ね上げる様に黒剣を打ち上げる。
「貴様らが仇討ちを、お題目に掲げるなら……!」
 放射された三日月形の白き斬撃が二つに分かれ、一人の花嫁の右腕を切払い、もう一人の花嫁の左腕を斬り捨てた。
「俺は、俺の復讐のために、真正面から受けて立つのみ。道を開けて貰うぞ!」
 敬輔の怨嗟の籠った咆哮がウィリアムの氷塊に反射され、戦場全体に響き渡った。


 敬輔の咆哮に応じる様に。
『許しませぬ、許せませぬ。此処でお前達を倒して『主』様に、喜びを私達が与えましょう。そして、闘将様の仇討ちを……!』
「……代償、か」
 フワリ、とウエディングドレスを風に靡かせ空中を蝶のように舞い、その深紅の瞳から妖しげな光を放つ上空から襲いかかってきた花嫁達に向けて、『アイギス』と『ニケ』の銃口を上げながら。
 呟くパラスにちらりと目配せをしながら、響が真紅の竜翼をバサリと打ち振るわせて天空を舞いながら、光り輝く瞳の光を放った花嫁に赤熱するブレイズランスで突貫し、その身を刺し貫いた。
「こんなに歪んだ形の花嫁なんて見ていて気持ちのいいものじゃないね……!」
「そうだね、響。アンタの言うとおりだ。自分の意志か、それとも別の理由かは知らないが、こんなになっちまっても尚、忠義を尽くそうなんてのは、コイツらの性なんだが、それでも……胸糞が悪くなる」
 響の呻きに答えながら、パラスがアイギスとニケの引金を同時に引く。
 アイギスの銃口から解き放たれるのは、バチリ、バチリ、と放電する様に電磁波を帯びた一発の銃弾。
 其れが空中で響が貫いた花嫁にぶつかるや否や、パン! と音を立てて弾けて、電磁の網と化して、空中から襲いかかろうとしていた花嫁達の体を絡め取り、更に無数の銃弾が雨の様に叩き付けられ花嫁達の体を撃ち抜き、パッ、と周囲に血飛沫を舞わせている。
 ――奇怪でねじれた動きをする細胞が蠢く、その赤き血糊を。
「っ! 響、下がれ!」
 黒ニャンコ携帯で情報を集積し、その血糊に浮く細胞の正体を看破した統哉が咄嗟に叫びながら、すかさず左手で素早くウィリアムに合図を出す。
 その合図に応じる様にウィリアムがコクリと頷き、敬輔と織久、瞬と奏が花嫁達と対峙している方角へとクルリと踵を返して背を向けて、パラス達の側を離れ、空中に描いて置いてきた魔法陣に対して命じながら『スプラッシュ』を袈裟懸けに振るう。
「Active Ice Wall Double!」
 叫びと共に仕掛けられた魔法陣が、淡く青い輝きを発した。
 発された輝きが、頼りなく周囲に漂っていた氷塊の残骸達を覆う青き光と化してそれらを覆いそれらの残骸を凝り固め細かく砕いた氷塊の群れへと変化させ、響やパラス達に血飛沫が掛からぬ様、傘の様になってそれらを受け止める。
「明日香! 千尋!」
 立て続けに指示を出しながら、パラスの左側面から押し寄せる花嫁達の群れの方に向き直り、『宵』を正面に立てる様にして構えて突進する統哉。
『今こそ、闘将様の仇討ちを……! その全てを、主様のために!』
『滅びなさい、滅びなさい蛮族共。お前達の無惨な屍を『主』様に捧げるために!』
 冷たい声音でそう言いながら、ビシャッ、と自らの手首を唇で嚙みきり、その血を純白の手槍へと変形させて、投擲する花嫁達。
 自らの身への労りも何もなく、躊躇いなくその体を武器として投げ出せるのは、自らに課せられた『使命』故か。
 放たれた純白の血槍に籠められるは、純真無垢なるその心。
「くっ……!」
 高潔な魂と見紛う程の純真な聖属性の籠められたその血槍に思わず身を震わせながら、咄嗟に『宵』の刃先を大地に叩き付けそのまま擦過させ、砂埃と共に漆黒の斬衝を解き放つ統哉。
 純白と暁暗を払う闇の斬撃がぶつかり合い、爆ぜて消える。
 けれども散っていった純白の血槍に籠められた『主』と『闘将』を思う無垢な胸中に宿る復讐の念が、統哉の体を容赦なく蝕んでいく。
(「復讐が復讐を呼び、それが闘将の望んだ闘争に繋がっていく、か……!」)
「『宵』、『暁』。統哉を守れ」
 殆ど物理的に殴られるに近い精神的な衝撃を受け、思わず傾ぐ統哉に全身を漆黒の呪詛が虫の様に這い回る花嫁達が鎖を解き放って襲いかかったのに気がつき、千尋がすかさず結詞の先端に引っ掛かる様に付いている『宵』と『暁』に呼びかけ、同時に腰に差した『月烏』と『鴗鳥』を其々に放り投げる。
「アンタ達の思い通りにさせはしないよ。骸の海へお還り」
 千尋がそうしているその間に、アイギスを素早くホルスターに戻すや否や、手に握りしめた拳銃をフルオートモードに切り替えて、ニケと同時に引金を引くパラス。
 大地と水平に撃ち出された無数の銃弾が、統哉の眼前の花嫁達を撃ち抜いていくが、花嫁達は、その動きを決して緩めない。
 けれども……。
「痛覚が麻痺しているんなら、自分達の限界にも気づけないだろ?」
 口元にシニカルな笑みを浮かべた千尋がそう呟き同時に左指をパチン、と鳴らす。
 それは、千尋の求め。
 その求めに応じた『宵』と『暁』が巨大化し、『暁』が刀身の光り輝く『月烏』を、『暁』が実用性重視の鈍器を手に取って、統哉の両翼から迫り来る花嫁の一人の首に宵がその刃を突き立て、そして暁がその手の鈍器で頭を粉微塵に砕く。
 パラスのニケの銃弾に彼方此方に穴を開けていた娘が首を貫かれて血飛沫と共にその場に崩れ落ち、拳銃に撃ち抜かれた一体が、頭を木っ端微塵に砕かれそのまま砕け散った。
 その姿を見た千尋が、統哉の上空から襲いかかる花嫁達の前に無数の鳥威を展開しながら軽く渇いた唇を、舌で舐めて潤している。
「面倒ではあるが……壊しやすくて助かるぜ」
『この、野蛮人が……!』
 忌々しげな呟きと共に自らを拘束する手枷の輪を外し、鎖を振り回す花嫁。
 そのまま手輪を投げつける様にして千尋の鳥威を叩き壊すが、その鳥威の後ろから星空の如き輝きを伴った銃弾と先端の尖った鋭い銀の輝きを帯びた糸が飛び出してきて、花嫁達の胸を撃ち抜いていた。
「蛮族ね……」
 そう呟いたのは、エトワール&ノワールを猟銃に変えて引金を引き、神気を以て、誘導弾の様に聖なる銀糸を解き放った暁音だ。
 瞳は、此処では無い何処かを彷徨う様に焦点こそ定まっていなかったが、それでも尚、共苦の痛みが痛烈に訴え続ける灼熱感と満月の如き月光の光を大量に浴びて、急速な輝きを伴い始めたシュテルシアを天に掲げるのを止めてはいない。
 星杖と化していたシュテルシアは、儀式剣を思わせる優美な星色の長剣と化して、『明けない夜』の世界ダークセイヴァーを照らしだす、星光の魔法陣をひとりでに天空に描き始めている。
「確かに俺達は、君達から見れば、君達の幸福を邪魔する蛮族なのかも知れない。だけど、俺達から見た君達は……いつ、どうやって、君達が『主』様やら、『闘将』やらの花嫁になったのかも、如何してそうなったのかも分からず、ただ盲目的に彼等に従っている様にしか見えない、哀れな奴隷にしか思えない」
 共苦の痛みが、震える。
 大地を震撼させる様な、激しく振動する衝撃を苦痛と激痛へと変換して、暁音に齎している。
「敬輔……あいつはな」
 その暁音の詠唱に気がついたのだろう。
 極炎を封じたデビルカードを敬輔達の背後、ウィリアムと明日香が正対している花嫁達の群れに投げつけて、その身を焼き尽くす地獄の焔を呼び起こして牽制し、右手に構えたダイモンデバイスを、自分の正面から迫ってくる花嫁達に突きつけながら陽太がポツリと呟く。
「お前達が、『主』様だったか? そう呼んで崇め讃えている奴を、その闘将を大切にしている筈の奴に、里を滅ぼされているんだよ」
 その、陽太の呻く様な呟きを。
 陽太の正面の花嫁達は、鼻で笑った。
『何を仰っているのですか? 家畜をあの御方達が食べるのは当然でございましょう? 奴等は所詮、『主』様の食料になる程度の存在価値しかないのですから』
 その花嫁の呟きに、別の花嫁が然もあらんとばかりに首肯する。
『あの御方達は、その事をよく分かっていらっしゃるのです。そしてあの御方の幸福こそが、私達の幸福で在る事も。私達の様な美酒を差し出すことの出来なくなった蛆虫共など、存在していて何の価値があるというのでございましょうか?』
 その、花嫁のその言葉に。
「……歪んでやがるな、これは」
 呻く様に陽太がそう漏らした正にその時、彼の脳裏に不意のフラッシュバックがスパークの様に走った。
 その先に見えたもの、それは……。
(「ちっ……あの光景かよ」)
 何も感じず、考えず、只、無感動に人々を殺戮し続けていた、今は記憶の彼方の向こうで、掴み取ることすら出来ない、暗殺者としての『過去』の記憶。
 だが其れを思い起こすと同時に陽太の背筋に冷汗が走り、ダイモンデバイスの引金を引こうとする手が思わず止まってしまう。
 陽太の首筋を流れ落ちていった冷汗を目の端に捕らえた美雪が、思わず、と言った様子で問いかけた。
「陽太さん、どうした?」
 その、美雪の問いかけに。
 陽太が軽く頭を振りながら、微かに眉を顰めて誰に共無く言葉を漏らした。
「闘将や主に心酔し、身の危険すら厭わねぇ……こいつは……」
「確かに、異常な話だな」
 冷汗を垂らしながら呻く陽太の様子に、思うことがあったのだろうか。
 静かに美雪が頷き返しつつ、グリモア・ムジカを譜面の様に自らの前に展開する。
 静かに前奏曲を奏で始めるグリモア・ムジカの譜面に素早く目を通しながら、だが、と美雪が呟いた。
「それが、闘将か主のカリスマ性が原因なのか。……或は、主から何らかの洗脳を受けているのか、そのどちらか、と言う問いは、今は、あまりにも意味の無いことだ。私は、オブリビオンの花嫁になどなるのは願い下げだし、彼女達の方でも私達、野蛮な猟兵は花嫁に相応しくない、と思っているだろうからな」
 ――だから。
「陽太さん。あなた達にこの歌を捧げる。さっさと彼女達を退場させてくれ」
 美雪がそう告げるのと、ほぼ同時に。
 グリモア・ムジカの奏でる音楽がメロディーに入り、同時に、切って捨てる様な涼やかなメソソプラノの歌声で、美雪が歌を歌い始める。
 それは、鼓舞と癒しの独奏曲。
 その独奏曲を背に受けた陽太が、そうだな、と静かに頷いた。
 ダイモンデバイスの引金を引く指に、力が籠る。
「陽太、アンタの記憶に引き摺られている場合じゃ無いよ」
 指切り撃ちの要領で拳銃を素早く仕舞い、アイギスをクイックドロウしたパラスの、電磁状の網を解放する牽制射撃。
 その間隙を見逃さず、陽太がダイモンデバイスの引金を引いた。
 銃口の先に描き出された魔法陣の向こうから現れたのは、複雑な幾何学紋様が織りなす紅の剣を構えた、捻れた2つの角を持つ漆黒と紅の剣士の姿。
「スパーダ! 焼き尽くせ!」
 現れたスパーダが咆哮し、自らの手に持つ紅の短剣に陽太のデビルカードから吸収した獄炎を纏わせる。
 放たれた刀身に幾何学紋様が描き出された740本の短剣が、包円を描く様に舞い……驟雨の如く花嫁達を貫いていった。
『……滅ぼしましょう、滅ぼしましょう。この獰猛な蛮族共を、『主』様に近寄らせぬ為に』
 その胸を貫かれ、内側から獄炎でその血漿を焼き尽くされながら、花嫁が命令の如くその言葉を繰り返す。
 その言葉に応じる様に。
『万歳! 万歳! 万歳! 『主』様、万歳!』
 同じく陽太の召喚した『スパーダ』の紅の短剣にその身を貫かれ、全身を灼熱させられながらも、純粋な熱狂と共に口々に万歳の叫びを上げる花嫁達が、火達磨になりながら陽太達に向かって突っ込んできた。


「キリがありませんね……これは」
 陽太が辛うじて守る、右翼で起きた爆発の連鎖の音と地響きに、ウィリアムが鋭い舌打ちの音を立てながら、目前の敵を『スプラッシュ』で逆袈裟に斬り捨て、その傷口から氷の精霊達を流し込んで歪な形を取った氷刃を生み出して内側から串刺しにして凍てつきその活動を停止させる。
「まだ隙が生まれないのかよ、こいつら……!」
 花嫁達の瞳から放たれる鋭く刺し貫く様な氷晶の矢を掻い潜りながら、明日香もまた同様に舌打ちの音を一つ立てた。
「戦いは質より量、と言いますから、一人一人の一撃は軽くても、それを蓄積させれば良い、恐らくそう判断しているのでしょうね……」
「ちっ……何て統率だ……面倒な話だぜ!」
 赤き無数の残影を曳きながら、戦場を駆け抜ける明日香の死角を埋める様に肉薄し、『スプラッシュ』で花嫁達の首を刈り取りながらのウィリアムの呟きに、明日香がせめて、と毒づいている。
「こいつらがオレを一撃で殺せるだけの火力を用意する必要がある程度の数まで収まってくれればな……!」
 轟、と呪剣ルーンブレイドに血の様に紅い焔を纏わせながらの明日香の呟きに、ウィリアムが接近してきた花嫁を『スプラッシュ』で突き倒し、蹴り飛ばして花嫁を引き剥がしながら、考える様な表情を浮かべ、何気なく空を見上げた。
 するとそこに描き出され始めていたのは、巨大な星の力を帯びた魔法陣。
 その中心点となる場所を見下ろすと、そこには、星具シュテルシアを星の様な儀式剣に変形させた暁音が朗々と詠唱する姿。
 その姿を見たウィリアムの脳裏にピン、と電流が流れる様な閃きが訪れた。
(「暁音さんの魔力と組み合わせれば行けそうですね……!」)
「明日香さん! ぼく達が道を切り開きます。もう少し、耐えて下さい!」
 ウィリアムの、その言葉に。
 ウィリアムに背を向け、踊る様に呪剣ルーンブレイドと全てを食らうクルースニクを打ち振るわせ、踊る様に道を切り開かんと、花嫁達に血焔を纏わせた刃を叩き付ける明日香。
 明日香の放つ炎刃に、花嫁衣装を切り裂かれ鮮血を迸らせながらも、尚、ウィリアムの意図に気がついた様に此方に向かおうとしてくる花嫁達。
(「くっ……!」)
 このままでは離脱できない、とウィリアムが傍に浮遊していた氷塊達を盾へと変形させて辛うじて自爆を躱しながら、どうする、と思案を巡らせていた、正にその時。
「ウィリアム。準備に入りな」
 パラスが此方に背中を向けたままニケの銃口を花嫁達に向け、その引金を引いた。
 フルオート射撃が、氷塊の塊を盾にしていたウィリアムに後退する隙を生じさせ。
「叩き込むならさっさと叩き込んでやれ、ウィリアムに、暁音」
 小さくそう告げた千尋が、無数の鳥威が局所に固まる様に集結し、ウィリアムを守る盾を形成した。
「ならば……行きます! Active Ice Wall! Priorityを明日香さん、奏さん、統哉さんへ!」
 敬輔と瞬と織久と共に最も敵の層が厚い花嫁の部隊から必死になって敬輔と瞬を守り続ける奏に聞こえる様に叫びながら、ウィリアムが『スプラッシュ』を納刀し、同時に両手を天に向かって掲げ。
(「中々使わないので、制御が難しいのですが……!」)
 内心でそう思いながら、詠唱を開始した。
「Elemental Power……」
 その、ウィリアムの詠唱に合わせる様に。
 ウィリアムの頭上に、急速に爆発的に氷の精霊達が収束していく。
 同時に其れは、闇を凍てつかせる絶対零度のエネルギーの塊と化して、周囲の大気を振るわせる風を呼び起こし、更に魔力が収斂させていく。
 強大で、純粋な氷のエネルギーの塊に、本能的に危険を察したか。
「やらせません。お前達の様な野蛮人共に、『主』様を害させる訳には参りません!」
 花嫁衣装を風に靡かせ、空中に浮いていた花嫁の1人が、ウィリアムに向かって急降下しようとする。
 だが……。
「邪魔するんじゃ無いよ!」
 その横合いから割り込む様にブレイズブルーを突き出した竜騎士響が蒼炎を纏ったブレイズブルーを花嫁に突き立て、その内側から花嫁を焼き払い。
「クククククッ! ククククククククッ……!」
 哄笑を挙げた織久が、夜砥で締め上げた黒焔で炭化していた花嫁の肉塊をブンブンと分銅の如く振り回し、響の背後を取って自らの体の一部を切捨て、響を撃ち落とす激流を生み出そうとした花嫁達を一人残らず殴りつけて地にひれ伏させ。
「おいおいどうした? 闘将……貴様等の大切な『主』とやらに止めを刺した奴なら、俺の傍に居るぜ?」
 自分達の目前からウィリアムと暁音の方に急行しようとした花嫁達を敬輔が、黒剣を鍬の様に肩に乗せてわざとらしく眉間をひくつかせて挑発し。
「闘将様……闘将様の仇……!」
「ええ、そうですね。あなた達に取って、僕達は紛う事なき『仇』です。ですので……」
 反転して再び敬輔に全身から夥しく流れ出している血液を凝り固めて作り出した、『光』属性の無数の矢を射りながら迫ってくるのを見越した瞬が、カツン、と月光の流れる氷の結晶の如く透き通った杖……六花の杖で地面を叩く。
 瞬が大地を叩くや否や、その地面に影の様に映し出されたのは、瞬の里に伝わっていた月読の紋章。
 その月読の紋章から放たれた水晶と月光の混ざり合った不可視の輝きを伴った光条に気がつき、奏がエレメンタル・シールドを空中で半円を描く様に動かした。
「氷塊よ! 兄さんの為に、力を貸して下さい!」
 ウィリアムから譲られたPriorityに従って叫ぶ奏に応じる様に、氷塊が縦横無尽に動き回る。
 その氷塊の群れが瞬の解放した光条と重なり合い、光の網と化して、敬輔の挑発に乗った花嫁達を絡め取っていく。
「……Liberate……」
 余りに強大な氷の精霊達の力に、髪の一部を凍り付かせるウィリアムと。
「……我が意を持ちて、流星と成し悪しきを散らせ……」
 嘆願する様に、祈る様に天空に描き出された星光の魔法陣と、自分の意志を繋ぐ儀式剣、星具シュテルシアに籠められた星の魔力に高々と命じ、在る一箇所に向けて、儀式剣から杖形態に変形したシュテルシアを突きつける暁音。
『Disaster!!』
『裂光……流星(シャイニング・エストレア)!』
 その声変わりするかしないかの若き氷聖と、幼きながらも無限の星の想いを抱く2人の『聖者』の声が唱和した時。
 天に描き出された魔法陣から撃ち出された星の光の奔流が怒濤の如き清流と化して花嫁達を翻弄し、その流れに沿う様に重なった氷嵐の大渦巻が、生き残っている花嫁達の大半を、怒濤の如く飲み込んだ。


「皆さん、巻き込まれていませんか!?」
 全身に重く圧し掛かる疲労感にグッタリと『スプラッシュ』を杖代わりにしたくなる衝動を堪えながらのウィリアムの叫びに応じる様に。
「ははっ! 楽になったぜ!」
 憎悪のあまりに自らの胸中に先程まで溶岩の様に煮え滾り、本能的に自分達の統率を支えてきた憤怒の感情を捨て去り、自らの右腕を切り捨てて一本の光槍と変形させて投擲してくる花嫁の軌跡を軽々と見切り、滑らかな足捌きで流れる様に移動しながら、上空に跳んだ明日香が愉悦の籠めた笑いを上げる。
 タイマ・シノビスーツを身に纏い、全てを食らうクルースニクを構えて滞空していた明日香に向けて、残る左腕を犠牲にした光槍が投擲されるが、その攻撃を受けたのは、本体では無く明日香の残像。
 本物の明日香は、呪剣ルーンブレイドを両手使いに逆手に構え、慣性の法則に従うままに、つい、先程まで自分がいた場所に向けて投擲された光槍を嘲りながら落下していた。
 明日香のあまりの変則的な軌道に付いていくことが出来ず、あたふたして、消耗し疲労で魔力の極度の消耗による軽い目眩を起こしているウィリアムへと、自分達の体を犠牲にして、必殺の一撃を放とうとしていた10体程の花嫁達の居る大地へと。
 摩擦熱と自らの血に纏わる魔法によって呪剣ルーンブレイドを白熱させた明日香が、逆手に構えた呪剣ルーンブレイドを突き立てた。
「纏めて吹っ飛べぇ!! 『大地噴出陣!』」
 叫びと共に呪剣ルーンブレイドが大地に突き立ち、其れが明日香の周囲の荒野の岩盤を砕き、それによって生まれ落ちた破壊の炎が、明日香の周囲にいた10体の花嫁達の足下から噴出させ、跡形もなく焼き尽くす。
 文字通り消し炭と化した10体の花嫁の消し炭の中央に佇み、残心する明日香の直ぐ傍に、残像に握らせた全てを食らうクルースニクがカラン、と乾いた音を立てて落下した。
 その音を耳にした明日香が、直ぐに我に返って其れを拾い上げ、疲労し、両肩で荒い息をついているウィリアムをチラリと一瞥する。
 と、その時。
 ――ラー♪ ラララー♪
 美雪の澄んだメソソプラノの声がウィリアムの耳に届き、その心の内から魔力と立ち上がる気力を活性化させてくれた。
「ぼくは大丈夫です。明日香さんは、陽太さん達を!」
「ああ、分かったぜ! 生き残った奴等もとっととぶっ潰してやる! まだ後が痞えているんだしな!」
 ウィリアムの呼びかけに頷き素早く深紅の残像を曳きながら、何処からともかく現れたベトゥラーに跨がり、ガン、とアクセルを全開にしてその場を後にする明日香。
 ウィリアムは深呼吸を一つし、肺腑に冷たく凍り付いた空気が満たしていくのを感じながら、改めて周囲の惨状を見やる。
(「こういう場所で無ければ、やはりこの技は危険すぎますね……」)
 もう少しだけ、魔力の回復の時間を。
 そう思い、その場で『スプラッシュ』を構えたままに休息を取るウィリアムを、明日香はもう振り返らなかった。


「今ので大半の家畜達が一掃されたみたいだね」
 カシャリ、とニケと拳銃の弾倉に新たな弾を送り込みながら呟くパラスに、大半の花嫁達を飲み込む氷嵐の道標となる星光の奔流を生み出した立役者である暁音が、そうだね、と静かに首肯しながら後ろを預ける様にその背を向け、杖となっていた星具シュテルシアを刀へと変形。
『おのれ……おのれ、野蛮人共ぉ!』
 そして半身不随にも関わらず、鬼の様な形相をした花嫁をすれ違い様に一閃。
「……せめて、安らかに」
 小さく祈りの言葉を紡ぎ、その花嫁が星刀と化したシュテルシアでその首を撥ね飛ばす暁音。
 それを共苦の痛みが切り裂く様な激痛へと化させて暁音を苛ませるが、暁音は顔色一つ変えること無く陽太の傍に滑る様に移動し、さっ、と左手の一点を指差した。
「暁音?」
 怪訝そうな陽太の声に合わせる様に、暁音が指差した天空から星色の光彩を帯びた星屑の砲弾が発射される。
 其れは鈍い爆発音を伴って大地に着弾し、既に半死半生になりながらも、その痛みをまるで感じず、只、憎悪の儘に自爆による陽太達……猟兵達の死をひたすらに欲していた花嫁達を容赦なく滅ぼしていた。
「うおおおおっ!」
 更に後方から怒号と共に凄まじい音と共にベトゥラーに立ち乗りした明日香が全てを食らうクルースニクと、呪剣ルーンブレイドを打ち鳴らし、暴れ馬宜しくすれ違い様にスパーダによってその体を灼かれ、ウィリアムによってその体を急激に凍てつかされても尚、戦うことを止めぬ花嫁達を次々に切って捨てていく。
 目を白黒させ、流石に唖然とした様子で明日香の姿を見流しながら、気を取り直して陽太が、自分に向かって自爆を敢行しようとしていた花嫁を、水晶の刀身のお守り刀を逆手に引き抜いて一閃して倒しながら、スパーダ! と叫んだ。
「契約者、森宮・陽太の名において命じる! まだ息のあるコイツらを、楽にしてやってくれ!」
 陽太の叫びに呼応したスパーダが雄叫びを上げると同時に、その周囲に740本の新たな幾何学紋様が刀身に描き込まれた紅の短剣が舞う様に浮かび、既に虫の息と化している自分達の周囲の花嫁達を、浄化の意味合いも籠めて、纏めて焼き払った。
『『主』様……申し訳ございませぬ……』
『せめて、せめてあの蛮族共に一矢だけでも報えれば……』
『ああ、まさか、まさか不死たる私達が……この様な……ああ……闘将様……!』
 そのまま骨まで残らず焼き尽くされていった花嫁達の姿を見届けた美雪がグリモア・ムジカに封音した自らの独奏曲を続けて囀らせ続けながら、何処か重苦しい息を一つ吐いた。
「……最期まで闘将と、その『主』とやらの事を呼び続けていたな……見上げた忠誠心……と言いたいところだが、これは最早依存……いや……」
 そこまで美雪が告げたところで、軽く陽太が頭を横に振る。
「……狂信、だろうな」
(「あの頃の俺も……こんな感じだったのか……?」)
 それは、サクラミラージュの両親に拾われる前の自分自身の嘗ての記憶。
 暗殺者時代の血生臭いそれに自分が何も感じずに其れを実行することが出来た理由は、狂信だったのか、洗脳だったのか。
(「まあ、今の俺にはある意味どうでも良い話だが……」)
 それでも奇妙にこの花嫁達に共感らしきものを覚えてしまうのは、陽太の錯覚の賜物であろうか。
 それとも……。
 ズキューン!
 背後から、銃声が轟く。
 その銃声に自ら思考のループに陥りそうになっていた陽太が我に返って振り返れば、此方に背を向けたまま、『ニケ』と『アイギス』を構えて、反対側の統哉を援護するパラスの背。
「アンタ達、のんびりしている暇は無いよ。敬輔達の援護に行ってくれ。こっちは、アタシ達が片付ける」
 切り捨てる様に呟きながら、フルオートモードの『ニケ』に無数の銃弾を吐き出させ、『アイギス』の電磁弾で上空の敵を纏めて締め上げて地面に落下させた花嫁を、響がすかさず、ブレイズブルーでその喉笛を貫き止めを刺す姿を認めながら、陽太が一つ頷き、半分以上はウィリアムと暁音の合わせ技で吹き飛んだものの、未だ最も分厚い敵の群れの中にいる敬輔の援護をするべく、スパーダを控えさせたままに、右手に濃紺のアリスランスを構えて伸長させ、敬輔の横合いから迫る花嫁の脇腹を貫き、そこにデビルカードを投擲して焼き尽くしながら其方の戦場に向かって駆けていく。
(「俺のことは、後回しだ。今は、敬輔。……お前の復讐の果てを見届けてやるからな」)
 そう、心の裡で呟きながら。
 明日香のバイクに同乗し、明日香のハンドリングで陽太の後を追う暁音の星屑の光明が、温かくも微かに寂しげな星光に照らし出される様に、淡く、小さく輝いた。


 ――フワリ、フワリ。
 空中を浮遊し、奏と瞬が敬輔と織久と共に戦う様子をチラリと気遣わしげに見やりながら、響が、パラスのアイギスから放たれた電磁弾がネット状になって花開き、絡め取った花嫁達の内一体を、ブレイズブルーで払い除ける様に薙ぎ払い、もう一体を、ブレイズランスで貫いてその内側から赤熱する炎で焼き尽くす。
 花嫁達の何の打算も無い純粋な表情を浮かべたままに焼き尽くされていくその様子は、響の胸中に胸糞悪くなる熱を放り込ませるのに十分すぎた。
「一気に数が激減したから、その分、今までずっと大事にしていた想いすらも力に変えて、アタシ達を殺そうとするか……。あまりにも歪で、コイツらの主を叩き殺してやりたくなるね……これは」
 自らの全身を駆け巡る凄まじい熱量がその清々しい迄に澄み切った表情で倒されていく花嫁達の攻撃に急激に冷まされ、戦う気力を奪われそうになるのを、敢えて毒を吐いて堪える様にする響のそれに、その目からギラついた憎悪を撒き散らしながら、凍てついた自らの半身を犠牲にして、全く身動きの取れなくなった花嫁が全てを飲み干す洪水を思わせる怒濤の水で、響を捕らえんと襲いかかるが。
「悪いな。それだけ体を犠牲にすれば、それだけ攻撃も読みやすくなるんだよ」
 皮肉交じりの笑みを浮かべてそう告げた千尋が、巨大化した暁を嗾け、響に向かった洪水を放った主に止めを刺す。
 彼女から放たれた濁流は、それでも止まることなく、響を飲みこもうとするが。
「それも……悪いな。俺は一度だけなら、何も無かったことに出来るんでね」
 巨大化した『暁』に鴗鳥を持たせて統哉の援護に向かわせつつ、懐の双睛を自らの本体でもある結詞に括り付けて響の目前に投擲する千尋。
 あらゆる攻撃から持ち主を護身する防御の切り札とも言うべき懐鏡、双睛の鏡面が光と共に、千尋の本体である結詞を守る様に強固な深紅の結界を展開し、その洪水を余さず受け止めるのを確認してから、千尋が響と軽く呼びかけた。
「暁と一緒に統哉を頼むぜ。流石に俺は、コイツらを操るのに手一杯だ」
 呟きながら、御守り代わり、と言う様に響の前面に鳥威を展開しながら、摺足で統哉達の方へと向かう千尋。
 その千尋に軽く首肯を返した響が真紅の竜翼を羽ばたかせ、滑空の要領で未だ『宵』を持ち花嫁達と向き合い続け、懸命に語りかける、統哉の隣に『暁』と共に肉薄する。
「やれやれ。雑魚相手にこれ程までに苦戦させられるとは、アタシも焼きが回ったものだね」
 小さく息を吐きながら、ニケを指切り撃ちしつつ、タタッ、と靴を鳴らし、白装束のマントを翻しながらパラスも肉薄。
『アイギス』を素早く拳銃と切り替え、フルオートモードで連射しながら、花嫁達に向かっていく中で、此方に気がついた花嫁の一人が、自らの喉笛を掻き切り、自らの命と声を代償にふわりと、ウエディングドレスを宙に舞わせた。
 深紅の血に彩られた純白の花嫁衣装が風に靡いてとてつもない衝撃を呼び、其れがパラスの脳に鮮烈な印象を刻み込む様に叩き付けてくる。
 それは何処かで着た事のある純白の美しき花嫁姿の自分自身と……その隣で、パラスに優しく寄り添う様に立つ男の姿。
(「……ちっ!」)
 それは、泡沫の夢。
 決して忘れることの無い……死線を潜り抜けた先で、確かに一度だけ掴み取った幸福な一時。
 その幸福を……パラスは、自らの手で破壊しようとしている。
(『私達の幸福を……『主』様や闘将様との幸福を願い、そして幸せになりたいという夢を……お前達に否定する権利が何処にあると言うのですか?』)
 自らの命を賭して放った、花嫁達の細やかな幸福が、自身の嘗ての幸福の時代と重なり合い容赦なくパラスの脳を揺さぶっていく。
 其れを振り払う様にパラスが軽く頭を振り、僅かに震える手でニケを握りしめた。
 引金の冷たい感触が、パラスの意識を夢の世界から今の世界へと呼び覚まさせ、其れと同時に、その引金を引いている。
「アタシは、奴隷にも、家畜にもなった覚えは無いね」
 その呟きと共にニケの銃口が火を噴き、数百発の弾丸を吐き出し、統哉を狙っていた瀕死の花嫁達を一掃し……。
「アンタ達の言う幸せなんざ、糞食らえだよ」
 告げながら交差させた拳銃の引金を引く。
 拳銃から放たれた一発の弾丸が、自らの手で喉笛を掻き切った花嫁の胸を撃ち抜き、その胸から大量の血花が咲くのを横切った千尋の『宵』が、月烏を霞に構えて突き出し、統哉に迫っていた残り数体の内の一体……既にその体中に風穴が空いているにもかかわらず動いている……花嫁に刃を突き立てて仕留めていた。
 一方で背後から迫っていた2人の花嫁の内の1人には滑空しながら、ブレイズブルーで響がその喉仏を貫き止めを刺し、もう1人は『暁』が打ち振るった鴗鳥にその頭蓋骨を砕かれ死亡。
 パラス達が次々に花嫁達に止めを刺すその様を認めながら、統哉はぐっ、と漆黒の大鎌『宵』を痛い程の力を籠めて握りしめ、まだ撃ち倒されていない花嫁達の憎悪の籠められた一撃を、しっかとその刃先に編み上げたクロネコ刺繍入り深紅のオーラで受け止めていた。
 自分に最後の一撃とばかりに、憎悪すらも代償にして、純粋な拳による一撃を繰り出してきた純真な眼差しをしたままに自分を見つめてくるその花嫁に、統哉は思わずキツく唇を強く噛み締める。
(「これも、想定の内か……」)
 ――自らを犠牲にしてでも、愛する者の仇を討つ……討たせる。
 勝つためには手段を選ばぬ! と豪語していた白銀の鎧の騎士のその声の残響が、統哉の耳元で痛い程に響き渡り、その全身をビリリと痺れさせた。
「『主』様を……闘将様の仇を……! この、罪深き猟兵達を……!」
 それでも尚、情念の様に純朴な忠誠心に誓う様に、縋る様に叫ぶ花嫁のジャラリという手枷と足枷が打ち鳴らす音が痛烈な反響となって統哉の鼓膜を容赦なく叩いた。
「……君は、君達が、例え歪んでいるのだとしても……」
(「それでも尚、他者を想う君達の心はあまりにも純粋で……」)
 それが統哉が『宵』を走らせる手を止めさ、その心を激しく揺さぶり、されるが儘に攻撃を受け続ける……そんな状況を、作り出している。
「それでも……俺達は、君達にとって仇なのは違いないよな。……憎しみを代償にしても尚、俺達にそれだけの敵意を振るえるんだもんな……」
 今にも、泣きそうな声で。
 震える様に紡がれる統哉のそれを叱咤する様にパラスが訥々と諭した。
「統哉、アンタは約束しているだろう? 敬輔の復讐を……その先を見届けるってさ」
「ああ……そうだな」
 ――その為に、今、統哉に出来ることは。
「……御免」
 謝罪の言葉と共に、今も尚生き残っている彼女達の心に巣くう自分達への敵意や、何も残らない、と言う虚ろな邪心を断ち切り……骸の海へと還す事。
 ただ……それだけだから。
「だから……せめて」
 その純粋な心と共に闘将の下に辿り着き……そこで安らかな眠りにつけることを。
 その願いと祈りを籠めて、統哉が『宵』を振り下ろす。
 宵闇を切り裂く一条の暁闇を想わせるその淡い輝きを伴った漆黒の一閃は、パラス達に打ち倒された花嫁達の酷いその姿をも浄化する様に。
 鋭い衝撃波と化して、残された花嫁達の肉体を、邪心と共に消滅させた。

 ――邪心の塊とも言うべき……その肉体を。


「クククククッ……どうした、どうした!? お前達は所詮その程度か? その程度の憎悪で我等を殺すことなど本当に出来るのか!?」
 炭化した肉塊を夜砥から放り投げる様に捨てながら。
 漆黒の大鎌……その刃に常に燃え続ける血色の炎を、禍魂に記憶された西院鬼一門と闘将から喰らった魄の怨念と殺意の炎で漆黒に染め上げながら。
 哄笑と共に織久が振るった憎悪と怨念の焔の刃が、暁音とウィリアムによる大技の被害を辛うじて逃れた花嫁達の魂魄を問答無用で喰らい、その憎悪と悲哀を血肉に変えて飲み干していく。
 然れど西院鬼の一族の血がこの花嫁達程度の憎悪で満足することなど決してなく。
 逆に花嫁達は、そんな織久の自分達よりも遙かに強大な憎悪と怨念に飲み込まれそうになりながら、自らの腕を引き千切り、其れを怨念を……無念を浄化する破邪属性の細剣へと変貌させて、織久の瞳や、心臓の様な人体の急所を狙って迫るが。
「私達をあなた達が恨むのは当然です。ですが……私達にも、譲れないものはありますから……!」
 その時には奏が織久の隣に飛び出す様に姿を現し、その全身に纏う万物の原点とも言うべき大海を思わせる蒼きオーラで其れを余さず受け止め、本来であれば織久が負うべきであった傷を肩代わりして吸収し、其れを返す様に津波の如き暴力的な力を花嫁達に叩き込み、その全身を容赦なく殴打していく。
 代わりに奏の傷は加速度的に増えていくが、美雪が今も尚、グリモア・ムジカで綴り続ける独奏曲が、瞬く間に奏の傷口を癒し、故に、奏が戦闘不能になる事は無い。
 更に……。
「奏を好きにはさせませんよ。あなた達の仇討ちを果たさせるための生贄になど」
 何処か強い調子で言い切った瞬が月読の紋章によって編み上げた秘伝の結界術……妨害用の結界を解除する様にパチン、と指を鳴らす。
 その、瞬の指の鳴らす音と共に。
『?! ばっ、バカな……これはっ!?』
『アア……ウワァァァァァァァッ!!!!!』
 自分達の体に絡みついた月読の紋章の鎖が眩い光を伴って、その瞼を焼き尽くさんばかりの閃光と化して、花嫁達を纏めて一掃する。
『おのれ、おのれ蛮族共め! お前達は闘将様だけで無く、私達の命をも喰らうと言うのですか!? この獣共が!』
 呻きながら全身に絡みついた瞬の光条の鎖を引き千切り、ジャラリと、手枷と足枷が引く嫌な音を立てながら、その首に嵌め込まれた首輪を引き剥がして投擲してくる花嫁達。
「……黙れよ、主とやらの復讐に殉じる花嫁共が」
 その痛みをまるで感じさせないその動きを冷たい眼差しで見つめた敬輔が、その全身に纏っていた白い靄を斬撃の衝撃波へと変えて、容赦なく花嫁達の体を抉る。
 抉られながらも尚、反撃の犬歯を唇から剥き出しにして齧り付いてこようとする花嫁達のそれを、敬輔が自らの首筋に漆黒のオーラを集中させて、絡め取っていた。
『この獣め! お前達の様な者達がいるから、『主』様は……闘将様は……!』
「クククククッ! 恨むなら己の力の無さを恨むが良い。お前達を我等が血の一滴も残さず喰らい尽くすその前に、それすらも出来ぬお前達が何を囀ろうとも、我等の飢えの足しにはならぬ!」
 花嫁達の、自らの足を犠牲にした破魔の閃光。
 本来であれば、織久の目さえ灼ききれる筈のその閃光を、西院鬼の執念とも呼ぶべき残留思念を具現化した漆黒の残影で外させて、織久が嗤い声を上げながら自らの瞳を灼かんことを欲した花嫁の懐に飛び込み、憎悪と怨念の焔を重ね合わせた血色の焔を纏った闇焔の柄を撥ね上げ、その花嫁の顎を打ち砕く。
 顎が砕かれ、声を上げようにも上げられぬ花嫁の懐に、躊躇うことなく踏み込んだ織久が自らの足下に浮かび上がった影面に怨念と殺意の漆黒の炎を纏わせて花嫁をバリボリと言う咀嚼音と共に喰らい尽くし、飲み干した。
 影も形も消えて無くなった花嫁の憎悪の味の薄さに、嘲弄と失望の綯い交ぜになった表情を浮かべた織久の傍を突っ切る様に。
「頭数の減った貴様達に、俺達を倒せる道理は無い! とっとと道を開けろ!」
 絶叫を迸らせながら、自らの復讐の想いを読み取った『彼女』達の怨念を刺突の衝撃波に切り替えて、花嫁達を纏めて串刺しにする衝撃波を叩き込む敬輔。
 香車の如く真っ直ぐに突き立てられた其れによって纏めて複数人の花嫁達の心臓のある部分に風穴が開き、そこに瞬がひゅっ、と六花の杖を横一文字に振るう。
 横一文字に振るわれた透き通った水晶の中に流れる月光の輝きが、今度は無数の光弾と化して、織久と敬輔によって既に虫の息となっている花嫁達を纏めて撃ち抜き一斉に焼き払った。
 それでも尚、僅かに残った花嫁達が。
『ダメです……。お前達は此処で死ぬ定めなのです』
『あの御方の……闘将様の仇。復讐すべき者達を……蛮族共を一人残らず滅ぼすその時までは……!』
 尚、その憎悪と共に、最後の力を振り絞って自爆しようとした、正にその時。
「敬輔! 下がれ!」
 鋭い叫びと共に、陽太の伸長された深紅のアリスランスが、敬輔の脇で自爆しようとしていた花嫁の心臓を貫くと同時に、放たれた獄炎で、その花嫁を焼き尽くし。
「もう良いんだ……此処で、全力で貴女達を解放する……!」
 明日香のベトゥラーから飛び降り、神気によって飛翔した暁音の声が響き渡ると同時に、裁きの雷の如き先程よりも小規模な星光の奔流が上空に描き出された星の輝きを伴った魔法陣より滝の如く降り注ぎ。
「もういい加減、道を開けろ、雑魚共がっ!」
 ベトゥラーを突進させた明日香がウィリアムの氷塊を渡り歩いて天の階に上り詰めて上空で前転しながら呪剣ルーンブレイドと全てを食らうクルースニクを大地に突き立て、大地よりマグマの如き灼熱の焔を呼び出してその全身を焼き払った。
「スパーダ! 後は頼んだぜ」
 その、陽太の呟きと共に。
 陽太の傍に居た悪魔が咆哮し、740本の紅の短剣を降り注がせ、明日香の炎を煽り、浄化の意味合いを籠めた焔で残さず花嫁達を焼き尽くす。
『お伝えしなくては……あの御方に……『主』様に……』
 そう、か細い声で呟きながら。
 焼け焦げる戦場と夥しい屍の海を掻き分け、一人の花嫁が、ズリズリと血の線を曳きながら、ある方向に向かって這いずっていく。
 ――だが。
「この程度では取るに足らんが……それでも我等に喰らわれること、光栄に思え」
 そう軽く鼻を鳴らした織久が。
 血の線を自らの怨念と憎悪の黒炎で辿り、その主である最後の花嫁に到達させる。
 そしてそこで黒い焔を纏って人型を象った闇面が……一欠片も余すこと無く、花嫁を喰らい尽くし、その憎悪と憤怒を、飲み干すのだった。


「……皆さん、取り敢えず片付けた様ですね」
 全ての花嫁達の全滅を確認し、漸くある程度の魔力が回復したウィリアムが、パラス達と共に、敬輔達の元へと辿り着いて問いかける。
「ああ……。当然だ」
 そんなウィリアムの問いかけに、然もあらんとばかりに頷いた敬輔が、黒剣を鞘に納め、全身に纏われた白い靄を一度解除し、ふと、何かが引っ掛かる表情を浮かべて腕を組んだ。
「どうした?」
 まるで喉に刺さった小魚の骨が取れないと言う様な表情をした敬輔に興味を持ったか、さりげなく千尋が水を向けると敬輔が美雪と陽太と顔を合わせながら小さく息を吐く。
「いや……花嫁達が異常な程、『主』とやらに心酔しすぎるのが引っ掛かってな」
(「奴にこれ程の力が、本当にあったのか?」)
 疑問符を浮かべながら敬輔が一瞬統哉を見ようとするが、さりげなく視線を逸らしてしまう。
 自分とは違う形で、けれども何処か沈思する様な、そんな統哉の姿を、何故か今はまともに見る事が出来なかったから。
 その微妙な空気を感じ取ったのだろう。
 響が軽く頭を振り、それで、と話題を転換する様に、敬輔に問いかける。
「あいつらから聞き出すことは出来なかったけれど。敬輔、アンタは知っているんじゃ無いのか? あいつらの言っていた、主の妹弟ってのが誰の事か」
「それは……」
 ――ズキン。
 響の、その問いに答えようとした、正にその時。
 敬輔の左肩から首の付根に掛けてついている吸血鬼の噛み傷が、敬輔を蝕む様にドクン、と嫌な音を立てて蠢いた。
「……マリーと、ロイ。恐らくアイツらの事だとは思う。だが……」
 敬輔自身の記憶が正しければ、あれは壮年の男性の筈だ。
 だが、彼がこの戦いの黒幕として視た吸血鬼は……。
「若い女だったっけね、今回の吸血鬼は。それでも……あいつが予知を早々外すとは思えないが」
 そう小さく呟くパラスの其れに、敬輔がこくりと首を縦に振る。
 統哉もまた、其れには同意するのだが……それ以上にあの時、憎悪を犠牲にしても尚、純真な心のままに復讐を果たそうとした花嫁達の姿を思いだし……其れが心に暗い帳の影を下ろしていた。
(「復讐の先に待っているのは、新たな復讐……そして、此処で因縁に決着を付けることが出来たとしても……」)
 誰かを憎み、恨む心が潰えることは決して無いだろう。
 その憎悪と憎悪の連鎖の果てに辿り着くもの。
 それは……。
(「……いや」)
「見届けようぜ。その復讐の果てをよ」
 暗い思考に陥りそうになった統哉の肩を励ます様に軽く叩きながら。
 軽薄な口調で敬輔に見えぬ角度で微苦笑を浮かべてそう囁く陽太に、統哉が漸く、と言った様に小さく首肯を一つ返した。
「さて……最後の敵の、お出ましのようだぞ?」
 統哉のその様子を、ちらりと気遣わしげに横目に捉えながら。
 美雪がその気配を察して呼びかけると。
「ったく、漸くかよ」
 明日香がヤレヤレ、と言う様に軽く頭を横に振り。
「奏、瞬、行くよ。……敬輔からは目を離すな」
 響が諭す様に奏、瞬に言い添えるのに、奏と瞬が頷き。
「さて……どうくるかな」
 愉快そうに千尋が笑窪を刻んで肩を竦め。
(「この痛みは……誰の、何の痛みだ……?」)
 暁音が疼き続ける共苦の痛みをそっとなぞり。
「漸く黒幕が現れたね。もう、アンタに逃げ場は無い。大人しく骸の海へお還り」
 パラスが視線を鋭く細めて其方を見つめ。
 ……そして。
「クククククッ……」
 くぐもった笑い声を、織久が上げたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『血と縁を奪う吸血鬼『ウルカ』』

POW   :    貴方がたの現在の主はわたくしなのです
【強力な洗脳効果を持つ精神波】によって、自身の装備する【レベル×1体のレッサーヴァンパイア】を遠隔操作(限界距離はレベルの二乗m)しながら、自身も行動できる。
SPD   :    美食家たるわたくしの下僕になりなさい
【首筋からの吸血行為】【吸血鬼化を促進する呪詛】【精神波による洗脳】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ   :    さあ、新たな主たるわたくしの下へ
妖怪【妖艶な吸血鬼】の描かれたメダルを対象に貼り付けている間、対象に【メダルの持ち主に洗脳され絶対服従する】効果を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠館野・敬輔です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
 プレイング受付期間:10月22日(木)8時31分以降~10月24日(土)13時頃迄。
 リプレイ執筆期間:10月24日(土)14時頃~10月25日(日)一杯迄。
 何卒、宜しくお願い申し上げます。*

 ――ヒュォォォォォォ……。
 その女が姿を現した刹那、猟兵達が感じたのは、絶対零度の風だった。
 それは、魔力によって生成された冷たさでは無い。
 今、自分達の目前に現れた美女から放たれる……凍えてしまいそうになる程の冷たい気配と、見るもの全てを凍てつかせる様な、そんな殺気。
『よくもノエルと、わたくしの可愛い従者達を喰らってくれましたわね……愚鈍で、殺すことにしか興味の無い、猟兵達が』
 ――ガリリ。ガリガリ。
 その全身を駆け巡る血を掻き毟る様にしながら、美女は口元に酷薄、と言うには冷たすぎる程の凄みを讃えた、妖艶な微笑を浮かべていた。
『愚かな、愚かな猟兵達。わたくしの……嘗てわたくしが喰らい、血を啜ったあの吸血鬼の眷属であり、妹弟であった者達を復讐と言う大義名分を掲げて殺したお前達……。忌むべき存在であるお前達を、わたくしは心から憎んでおりますわ』
 ――それは、その血の定め。
 あの男の血を自らの体内に取り込んだ時より強大な吸血鬼である『彼女』……血と縁の簒奪者たる彼女に与えられた、宿業。
『故に、わたくしにはございますの。お前達猟兵をこの場で八つ裂きにする、その大義名分が。ですが……』
 ――ピン。
 不意に、何かを弄ぶ様にその手に握りしめたメダルをトスし、其れを握りしめる。
 コインに描き出された妖艶なる美女……即ち、この女吸血鬼の描き出されたコインが、冷たくも美しい白銀の輝きを発していた。
「それでもわたくしは、お前達を赦しましょう。お前達がわたくしに傅くのであれば、わたくしはこの憎悪の全てを捨てて、お前達をわたくしの眷属に迎え入れましょう。それが、わたくしの業。その血に刻まれた復讐の炎の悪しき連鎖を断ち切るべく、わたくしの行う最善」
 そう蕩々と、告げたところで。
 彼女がさぁ、とその瞳に憎悪の炎をちらつかせながら、開けっ広げに両手を広げ、甘い睦言を囁きかける様に優しく吐息を吐いた。
「お前達は、この終わることの無い復讐に終止符を打つことが出来るのでしょうか? それとも……わたくしの中に焼き付く凍てつく様なこの炎に、その身を焼き尽くされるのでしょうか? さぁ……お答えを、猟兵達」
 そう妖艶に紡ぐ彼女の声には、抗いがたい、あまりにも強い愛憎の情念が、強く焼き付けられていた。
天星・暁音
君に赦されなきゃいけないようなことは何一つないのでお断り
復讐に終止符を打つ?復讐者を量産するような行為をしておいて随分な言い草だこと…まあ、復讐に終止符を打ちたいというのなら大人しく滅びたらどうかな?
そうすれば少なくとも君の行いで、君に復讐しようなんて者は生まれなくなるからねから憎んでいるというならその憎しみ事、俺たちが叩き潰してあげるから、その憎しみのままに来るといいよ
全部受け止めてその上で笑い飛ばしてあげるから
俺はいつも通り援護に回るけど
一応言っとくけど復讐の是非は俺は問わないけど憎しみだけに全てを持ってかれないようにね
アレと同じが嫌なら


回復支援に全力
アドリブ歓迎
スキルUCアイテムご自由に


ウィリアム・バークリー
何を今更、と言っておきましょうか。他人から何もかも奪っておきながら、下僕になれとはなんとも白々しい。
骸の海へ還って、弟妹と再会してください。

ぼくは、持てる最大火力を叩き込みます。
Spell Boost。トリニティ・エンハンス(攻撃力)。スチームエンジン起動。影朧エンジン起動。Idea Cannon Mode:Final Strike。積層立体魔法陣展開。仮想砲塔形成。
「高速詠唱」「全力魔法」氷の「属性攻撃」

凍てつく憎悪すらも凍らせますよ。皆さん、射線を空けてください。

Elemental Cannon!

所詮ぼくは露払い。ここまでで充分です。その代わり、心残りの無いようしっかり討滅をお願いします。


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

復讐の連鎖を断ち切ると言いながら
我々に向けるのは憎悪の炎か
憎悪と復讐は容易に結び付く
それでは連鎖は断ち切れず、新たな復讐を呼び起こすだけだぞ

そちらに大義名分があるのは理解した
だが、私は常連客と先輩にも大義名分があると思っている
どちらも殺された者のために復讐するのは同じだからな
このぶつかり合い、見届けるさ

洗脳技の数々、あまりにも危険すぎるな
皆に心を強く持てと鼓舞し、洗脳に抗えとの想いを乗せて歌おう
「歌唱、鼓舞、祈り」+【反旗翻せし戦意高揚のマーチ】だ
コインを飛ばされたら「見切り」で頑張って避けてはみるが…

…先輩の復讐は、これで本当に終わるのだろうか
私には何も言えぬな


真宮・響
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

敵からみたら手勢を倒したアタシ達は殺し尽くすしか興味のない集団に見えるだろうねえ。一方的な見方しか出来ないのはオビリビオンらしいというか。

ウルカ、アンタの眷属になる気はない。さっき戦った花嫁の子達をみれば禄な目に遭わないことは確かだ。

敬輔のフォローは子供達に任せた。このふざけた女を叩き潰す為に、皆の力を併せるよ!!赫灼のワルツで皆を鼓舞しつつ、【オーラ防御】【残像】【見切り】で敵の攻撃を捌きつつ、【範囲攻撃】化した【衝撃波】で召喚した従者を吹き飛ばす。【ダッシュ】で近づいて、隙あらばこの女の顔面に【グラップル】で一撃入れてやりたいねえ。


真宮・奏
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

お言葉ですが、自分に従えば許してあげるという言葉は良く聞く悪人の常套句にしか聞こえません。自らの復讐の業が断ち切れないというなら、ウルカ、貴女を倒す事でその連鎖を断ち切ればいいでしょう。

何より、敬輔さんが心配です。トリニティエンハンスで防御力を上げ、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で防御態勢をとり、敬輔さんを集中して【かばう】。敵が邪魔なら【二回攻撃】【範囲攻撃】化した【衝撃波】で吹き飛ばします。敬輔さん、ウルカにトドメを刺すのは貴方の役目です。敬輔さんの道のりがどこに行きつこうと家族で支えると決めています。さあ、その一歩を!!


神城・瞬
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

まあ、貴様にとっては最善の手なんだろうが。

貴様に命を賭けて使えると決めた花嫁の散り際を見れば、眷属になればあんな死に方が待ってるんだ。敬輔さんの前で良くそんな台詞が言えるな?

月光の騎士を発動、移動距離を減らす代わりに装甲値を増やし、【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を仕込んだ【範囲攻撃】化した結界術を展開、ウルカと従者もろとも結界術に巻き込む。【オーラ防御】【第六感】で敵の攻撃を凌ぎながら、全力で敬輔さんの行動をサポート。敵が邪魔なら【衝撃波】で吹き飛ばす。敬輔さん、君の道のりの支えになると決めた。その道のりの果てがどこに行こうとも!!


白石・明日香
復讐?それ、お前の都合だろ?まあ、オレもオレの都合でお前を殺すし
お互い様さ。というわけでさっさと死ね!
あ~、敵の群れを突破しなきゃならねえのか・・・・
残像でかく乱しながらダッシュで接近!僕達の挙動から攻撃を見切ってかわし、範囲攻撃でまとめて薙ぎ払いながらさらに近づく。
あとはメダルを投げつけられないように奴の視界に入らないように挙動を警戒しながら物陰に利用できそうな奴は何でも使って背後に回り込み吸血させる隙も与えんよ、怪力、2回攻撃、属性攻撃(炎)、鎧無視攻撃でたたき切る!


司・千尋
連携、アドリブ可

復讐者と同じ立場になっても相手を赦せるのは凄いと思うぜ
眷属になる気は全くないけど


近接や投擲等の武器も使いつつ『翠色冷光』で攻撃
範囲攻撃や2回攻撃など手数で補い
回避されても弾道をある程度操作して追尾させる
範囲外なら範囲内に入るよう位置調整


敵の攻撃は細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
割れてもすぐ次を展開
オーラ防御も鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
速度や威力を相殺し回避や防御、迎撃する時間を稼ぐ
間に合わない時は双睛を使用




ヒトもオブリビオンも立場や価値観が違うだけで然程違いはない
自分のやりたい事を肯定、優遇して欲しいだけ

自分の価値観を相手に押し付けるだけなら永遠に終わらないんだろうな


西院鬼・織久
我等に赦しなどいらぬ
我等が従うのはこの滾る怨念のみ
全て喰らい尽くし怨念と化す我等が業、我等が怨念とくと味わえ

【行動】POW
五感と第六感+野生の勘を働かせ周囲の状況を把握し敵の行動を予測

先制攻撃のダッシュ+串刺しで槍伝いにUCを流し敵の次の行動の前に二回攻撃+なぎ払いで追い打ち、同時にUCの怨念の炎(呪詛+生命力吸収)で継続ダメージを付与
敵防御は死角に回り込んでUCで牽制、二回攻撃+なぎ払い、回避は早業の夜砥による捕縛で捕らえる

敵攻撃を残像+フェイントで翻弄して回避し、武器防御からのカウンターで反撃
敵UCを自身に満たした怨念の炎(殺意+各種耐性)の毒を以て毒を制する方式で対抗し攻撃の手を止めない


森宮・陽太
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

けっ、誰がてめえに傅くかよ
そう言う割に、てめえは血の記憶に翻弄されてるじゃねえか
ま、敬輔の仇を食らった時点で俺らの「敵」だがな!

真の姿解放
白のマスケラを被り無感情無表情に
同時に「高速詠唱、魔力溜め」から【悪魔召喚「スパーダ」】
スパーダに命じ、躊躇なく獄炎を纏った短剣の雨を降らせ
ウルカ達敵の行動を徹底的に制約(属性攻撃、制圧射撃)
俺自身はスパーダと短剣を囮に「闇に紛れる」形でウルカの背後を取り
「ランスチャージ、暗殺、騙し討ち」で槍を突き出し痛打狙い
メダルは可能ならアリスグレイヴで切り払いたい

…復讐の連鎖か
お互いが復讐に囚われる限り、断てないだろうな
そして俺もいつかは…


館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携大歓迎

違和感の原因はこれか
故郷を滅ぼした仇を貴様が喰らっていたとは

奴の血の記憶に翻弄されているなら
貴様は俺の仇になる
俺が復讐の刃を叩き込む大義名分は十分ある
ここで永遠に散れ!

指定UC発動
「殺気、恐怖を与える」で眷属を威圧しつつ
「衝撃波、範囲攻撃」で一掃しながらウルカに「切り込み」
止めに「串刺し」で心臓を一突きし首筋から「吸血」

他猟兵が洗脳されかけたら「かばう」で割込み受ける
お前の憤怒の対象は俺だけだろうが

死ぬ前に教えろ
なぜ奴を喰らった
俺の両親の居場所は…知らないか
なら、このまま散れ

これで復讐は終わったはず
だが、首筋の噛み傷の呪詛は残ったまま
…まさか、解くためには家族も!?


文月・統哉
仲間と連携
オーラ防御展開し
敵味方の状況確認
従者達を抑え敬輔援護
冷静に考え、動く

血と縁の簒奪者…成程そういう事か
主を慕う従者達
その想いの向かうべき相手は彼女じゃない
彼女の血の呪いが大切な縁を歪ませているならば
その呪縛を祈りの刃で断ち斬って
従者達を骸の海へ送り出そう
正しき縁によってその魂が
大切な人の下へと向かえる様に

宵月夜でも援護
これは誰の誰に向けての復讐なのか
ウルカを動かす吸血鬼の記憶
彼にとって憎むべきは猟兵だけか?
いや、最も憎いのは彼を殺したウルカだろう
その復讐の代行を己を最も憎む敬輔に託すとは
何という皮肉だろうか

敬輔、瞬
復讐のその先も
彼らの試練は続くのだろうか
ああ俺も
どこまでだって付き合うさ


パラス・アテナ
復讐ね
例えアンタを倒した所でアンタが殺した連中が帰ってくる訳でもない
アタシが自分の復讐を遂げたところで誰も帰ってこなかったみたいにね
失ったものは元には戻らない
そんなもんさ

復讐は過去に、憎悪に区切りをつけるための儀式
憎悪のために復讐するんじゃない
過去のために戦うんじゃない
奴をどうしても許せない自分を納得させるために戦うんだ
敬輔
そこを履き違えるんじゃないよ

今回も援護に徹するよ
湧いて出るレッサーヴァンパイアどもを弾幕で足止め
一斉発射、2回攻撃、鎧無視攻撃、マヒ攻撃を併用して
過去を倒す敬輔の道を開く
敵の攻撃は見切りと第六感で回避を試み
激痛耐性とオーラ防御で継戦能力を発揮

背中は守ってやる
思う存分走りな!




「ぼく達を赦す? この終わることの無い復讐に終止符を打つことが出来るのか?」
 ウルカのその呼びかけに。
 ルーンソード『スプラッシュ』を抜剣し、その鍔に取り付けたスチームエンジンを起動、自らの身に大量の炎の精霊達を集結させながら、ウィリアム・バークリーが口元に薄い笑みを浮かべて問いかけている。
「貴女は何を今更言っているのですか? 他人から何もかも奪っておきながら、下僕になれとは、なんとも白々しい」
その左手は空中へと持ち上げられ、不可思議なルーン文字を描き出し始めつつ、切って捨てる様なウィリアムのその言葉に。
「そうだね。俺もお断りだ」
 小さく首肯した天星・暁音が、星具シュテルシアを杖形態に変形させながら、そうそう断じていた。
 その周囲には、幾何学的な文字に描き出された円陣が浮かび上がり始めている。
(「とは言え、さっきから続いているこの痛み」)
 疼く様に、突き刺さる様に。
 鋭く自らの全身を抉る様な共苦の痛みを通して発せられるそれが、ウルカが近付いてきたところで一際鋭くなったのは偶然か、それともある種の必然なのだろうか。
 けれども……。
「俺には、君に赦されなきゃいけない様な事は何一つないからね。復讐に終止符を打つ? 復讐者を量産する様な行為をしておいて、随分な言い草だこと……」
 皮肉交じりの暁音の呟きに、ウルカが突き刺す様な鋭い氷の笑みを貼り付けたままに、ええ、そうかも知れませんわね、と静かに返した。
 瞳に揺れ動く憎悪と苛立ちの光を、ゆらり、ゆらりと蠢かしながら。
『ですが、それはお前達も同じ事。お前達もまた、わたくしから何もかもを奪っていきましたわ。この世界に、絶対的な価値観などと言うものは存在致しませぬ。わたくしがお前達以外の誰かから何もかもを奪っていたとしても、それを理由にお前達がわたくしから何もかもを奪っても良い、と言う理由にはなりませんわ。だからこそ、わたくしはお前達を憎んでいるのです。そうですわね……わたくしが多くの復讐者を量産した、と言うのであれば、お前達はその復讐を代行し、わたくしと言う復讐者を生み出したのです。何と呪われた因果なのでしょうか』
 訥々と語るウルカのそれに、成程ね、真宮・響が軽く頭を振りながら、青白く揺らぐ炎を纏ったブレイズブルーを下段に構え直す。
「自分の手勢を倒したアタシ達は、アンタからすれば殺し尽くすしか興味の無い集団に見えるって訳だ。まあ、確かにそう見えるだろうね。あんたの側からしか見る事が出来ないのは、オブリビオンらしいというしかないが」
 その響の呟きに。
「さて、そうでございましょうか?」
 ウルカが口元に酷薄な笑窪を刻みながらコトリ、と艶やかに首を傾げる。
『お前の言うとおり、わたくしはわたくしの目線でしか物事を見ることは出来ないかも知れませぬ。ですが……では、お前達は、お前達だけの目線からしか物事を見れない、そう考えたことは一度たりとも無い、と言う事が出来る程、聖人君子なのでございましょうか? わたくしには、とてもそうには思えませんが』
 その、ウルカの凍てつく様な鋭い眼光は。
「……そうか。違和感の原因は、これか」
 そのウルカを鋭く目を細めて睨み続けている、館野・敬輔へと向けられている。
 その瞳を真紅に染め上げてウルカを睨む、自らの血が疼き続ける、その復讐者を。
「貴様は俺の故郷を滅ぼした仇を喰らっていたんだな?」
 確認する様に、冷たく告げる敬輔に。
 全身を掻き毟りたくなる様な血の痒みと飢えを覚えながら、そうでございますわね、とウルカが首肯した。
『あの子達……弟妹への愛情と、その弟妹を骸の海へと葬り去ったお前の存在を、『彼』の血は絶えずわたくしに伝えてきておりますわ』
 それが、彼女の『血』の宿命。
 喰らった相手の血と縁を奪う事を自らの糧とするが、縁を奪うが故に、そこに紐付く記憶をも、自らの『血』の中に取り込む、ウルカの『業』
『故にわたくしは、お前達を赦すのです。このわたくしの血に流れる憎悪に抗い、お前達と共に歩みましょう、と言うのです』
 一区切りの時間を作って、その瞳に宿る冷たく凍える炎を堪える様に、ぎゅっ、ときつく自らの左腕を握りしめながら。
『もうこれ以上、お前が続けるその復讐に……これ以上苦しむことの無い様に。そして、お前達によって生み出される、復讐の連鎖を断ち切るためにも』
 そう睦言を紡ぐウルカに対してハハッ、と司・千尋が愉快そうに口元を綻ばせた。
「お前自身が復讐者だからこそ、敬輔達と同じ立場に立つことが出来る。その上でお前は、相手を赦す事が出来る。正直、凄い事だと本気で思うぜ」
 ウルカが、自らを称賛する千尋を認めて、満足げに頷きを一つ。
 だが、千尋はそんなウルカに向けて、冗談めかして肩を竦めた。
「けれども俺は、お前の眷属になる気は全く無いから、その提案には乗れないな」
 その、千尋の断言に。
 まだるっこしさを感じたか、白石・明日香が大体よぉ、とコキリ、コキリと肩を鳴らしながら、全てを食らうクルースニクと、呪剣ルーンブレイドを青眼に構えた。
「復讐だろうが、赦しだろうが、どっちもお前の自分勝手な都合だろ? オレはオレの都合でお前を殺す訳だし、そんなものはお互い様じゃねぇの?」
「クククククッ……その通りだ」
 明日香が戦意を宿した瞳でウルカの存在を見やりながら問答を続ける間にも。
 周囲に新手の気配を察し、自らの闇器である赤黒い槍……百貌を構えながら薄ら笑いを上げたのは、西院鬼・織久。
 その体に埋め込まれた石榴石……禍魂から溢れ出る西院鬼一門の憎悪と怨念が自らの裡の狂気と殺意と絡み合った歓喜と共に漆黒の炎として具現化させ、嗤い続ける。
「我等が従うのは、我等に滾る怨念のみ。我等にお前の赦しなどいらぬ。お前のその身の内に宿りし怨念を、その魄事喰らい尽くすことこそ、我等が至上」
 エコーの様に轟く、織久の声に合わせる様に。
「まあオレ達を赦すのは、貴様にとっては最善なんだろうが」
 神城・瞬がその赤と金のヘテロクロミアを射貫く様に光らせながら、月光の魔力の充填が完了した月虹の杖と、水晶の様に透き通った六花の杖を重ね合わせた。
「だが……オレ達は貴様に命を賭けて、仕えると決めた花嫁達の散り際を見た」
 瞬の、その呟きに。
『ええ……立派な最期でしたわね』
 ギリリ、とキツく唇を噛み締める様にしたウルカの睥睨に、瞬が酷く低い声音で言葉を投げつける。
「もし貴様の眷属になれば、貴様のために、貴様が立派と言ったあんな悲惨な最期……死に方が待っているって訳だ」
『そうですわね。けれどもあれは、従者達が自分で選んだ道……惚れた相手のために死ぬことが出来ることは、従者にとっては本望とも言うべき事でしょう。それすら分からないからこそ、お前達は愚鈍なのですよ』
「……貴様のために死ぬ事が本望? 花嫁達を眷属に染め上げた貴様が、敬輔さんの前でよくそんな事が言えるな。敬輔さんの里の者達を、全て吸血鬼化した者の血を飲んだ貴様が……!」
 瞬の、その怒りに応じる様に。
 重ね合わせた月虹の杖と六花の杖が眩い光輪を発しながら、一本の巨大な錫杖へと変形していく。
 先端に三日月型の飾りのついた水晶の様に透き通る棒状の部分に、月光の煌めきが星の様に瞬くその杖の中央には、月読の紋章が見事な装飾と共に描き出されている。
 その月光の煌めきを見るや否や、ウルカの表情に亀裂が走り、凍える様な瞳の炎が一際大きくその瞳の中で爆ぜた。
『成程、それがお前がノエルを殺した力という訳ですね。その並々ならぬ闘争心をわたくしが見込み、暫し連れ添ったあの男を。ですが、それでも私はお前達を……』
「……その条件が、てめぇに傅くことなんだろ?」
 赦す、と言の葉を紡ごうとしたウルカを遮る様に。
 森宮・陽太がケッ、と唾を吐き捨てながら、淡紅のアリスグレイヴを左手に構え、銃型のダイモンデバイスを右手で構えてウルカに向けて突きつけた。
「誰がてめぇなんぞに傅くかよ。赦す、赦すとかご大層な事を言う割には、てめぇの中に流れるその血の記憶に翻弄されているてめぇなんぞによぉ!」
「……そうだな、陽太さん」
 その陽太の言葉を引き取る様に。
 小さく頷き、それから紫の瞳を細めて鋭くウルカを睥睨したのは、藤崎・美雪。
「復讐の連鎖を断ち切ると言いながら、我々にあなたが向けているのは憎悪の炎。その憎悪と復讐は容易に結びつく。其れでは連鎖は断ち切れず、新たな復讐を呼び起こすだけだ」
 美雪のその糾弾に。
 ウルカが肩を振るわせながら、憎悪にその瞳を灼く敬輔を見つめた。
『それは、わたくしではなくそこの猟兵……わたくしの血に流れる奴の血に復讐せんことを欲している彼にこそ向けられるべき言葉ではございませんか? わたくしはお前達を憎んでおりますが、それを知るからこそ、わたくしはわたくしなりの方法でこの憎悪と復讐の連鎖を断ち切る術を提示しているのです。ですが、お前達にはそれがございません。只、わたくしを否定するだけ。どちらの方が正しいか、明白ではございませんか』
 その、ウルカの呼びかけに。
 びくり、と憎悪に身を震わせる敬輔をチラリと一瞥しながら、グリモア・ムジカに譜面を展開させた美雪があなたは、と小さく言の葉を紡いだ。
「あなたに大義名分があると言っていた。それは恐らく正しいのだろう。少なくとも其れが全く理解出来ないわけでは無い。だが……その大義名分は、殺された者の為に復讐すると言う点では同じであるが故に、私の常連客と先輩にもあると思っている。ならばどちらも正しいものであり、互いに譲れないものだろう」
「そうですね、美雪さん」
 美雪のその言葉に同意する様に。
 真宮・奏が静かに頷き、お言葉ですが、とエレメンタル・シールドを構え、シルフィードセイバーを携え、敬輔とウルカの間に割って入る様に立ちはだかった。
「そもそもあなたに従えば赦してあげるという言葉自体が、よく聞く悪人の常套句にしかわたしには聞こえません。自らの復讐の業が断ち切れないというのならば、ウルカ、貴女が倒されることでその連鎖を断ち切られれば良いのではありませんか?」
 その、奏の問いかけに。
 ウルカが呆れた様に溜息を一つ漏らし、憎悪の眼差しで奏を一瞥。
『では、もしわたくしがお前達にわたくしの眷属になる事無く、お前達を赦すと告げた時、お前達はわたくしを殺さず見逃すのですか? いいえ、見逃さないのでしょう? 自らの復讐の炎に身を焦がし、そうして他人からの差し出された手を取ることなく目的に邁進する愚かな復讐者が、お前達の中にはいるのですから。わたくしとて、お前達を八つ裂きにしてやりたいという思いは本心ですが、それでは復讐の輪が連鎖することを悟っているからこそ、妥協できる範囲の最善の案を提示しているに過ぎぬと言うのに』
 その時だった。
「……君の言うとおりなのかも知れないな」
 それまでじっ、と戦況を推移する様に見つめ続けていた文月・統哉がポツリ、と呟いたのは。
 漸く理解者が現れたか、と言う様な表情をチラリと見せたウルカに、だが、と統哉が軽く頭を振った。
「君は、血と縁の簒奪者。その事実を覆しようはない」
 統哉の、その確認に。
『……それが、何か?』
 然もあらんとばかりに頷き、嘲る様に口元に冷たい笑みを貼り付けるウルカを、だとしたら、と統哉が左目を瞑り右の赤い射貫く様な眼差しで見つめていた。
「主を慕うあの従者達……。あの子達の想いが向かうべき本当の相手は、君じゃなかったんじゃないか? その血の呪いを以て、彼女達の大切な縁を歪ませ、自身の従者として利用し、其れが壊れてしまったので君が俺達を憎んでいる……ただ……それだけの事なんじゃないのか?」
(「花嫁達は……何処までも純粋だった」)
 憎悪の心や純真さを捨てても尚、ノエルと『主』を慕いながらその邪心を断たれて消えた花嫁達。
 ならばウルカは、そのノエルと『主』への純粋な想いを、花嫁達から奪っていた……と言う解釈も出来る。
 そう推理した統哉の問いかけに。
『……何処までもお前達は、わたくしと相容れるつもりはない様ですね』
 苛立ちと、深い憎しみの籠った声で。
 呻く様に呟き自らの体に流れる血を掻き毟る様にしながらウルカがならば、と呪詛を吐いた。
『わたくしの慈悲を、そして赦しを望まぬどころか、わたくしの存在そのものを否定するお前達を、わたくしは滅ぼすことに致しましょう。わたくしの『血』から紡がれる、この憎悪と復讐の念に身をやつして』
 その、ウルカの言の葉と共に。
 周囲に無数のレッサーヴァンパイア達が姿を現し始めたのをみたパラス・アテナが、EK-I357N6『ニケ』とIGSーP221A5『アイギス』をホルスターから抜き、素早く新たな弾倉を取り付け、復讐ね、と何処か虚ろを見る眼差しで沈痛な響きを伴わせながらそう呟いた。
「何のために復讐をするのか、アンタは其れを考えたことがあるかい?」
 そのパラスの呟きは、本当にウルカに向けられたものだろうか。
 それとも……。
「奴の血の記憶に翻弄されている貴様は俺の仇……! ならば俺の復讐の刃の餌食となって、永遠に消えろ!」
 叫びと共に犬歯が伸び切らせた敬輔に対してであろうか。
 その応えが、分からぬままに。
「……失ったものは、元には戻らない。そんなもんさ」
 何処か静謐さの讃えられた言葉と共に、『ニケ』と『アイギス』の引金と戦いの合図を、パラスは引いた。


 ――バラバラバラバラバラバラ!
 パラスの『ニケ』から無数の銃弾が撃ち出され、『アイギス』からは、電磁波を帯びた一発の銃弾が時間差で吐き出されている。
『アイギス』の銃弾に籠められているレッサーヴァンパイア達を絡め取るネットの存在を熟知していた織久が、パラスの『アイギス』の銃声に合わせる様に百貌の穂先に漆黒の炎を這わせて、タンと軽く大地を蹴りながら、一番槍の如く戦場を疾駆した。
「お前達の魄と憎悪、我等が怨念が余さず喰らいつくそうぞ」
 空中でパラスの『アイギス』の電磁弾が電磁ネットの様に広がって、一部のレッサーヴァンパイア達を締め上げ、その動きを絡め取るその場に向けて、明日香が深紅の残像を曳きながら突進する様子を見つめ、疾駆しながら百貌を大地に突き立て擦過させる織久。
 百貌伝いに解き放たれた西院鬼一門の怨念が、織久の殺意と重なり合って悦びを表わすかの様に大地を抉り取りながら、レッサーヴァンパイアの群れの合間を掻い潜る様に擦り抜け、宵闇に紛れて隙を伺おうとしていたウルカを捕らえた。
『……ちぃっ!』
 軽く舌打ちしながら、かっ、とその両目を光らせ精神波をエネルギー弾の様に固めて叩き付けようとするウルカの一撃よりも僅かに先に、織久が哄笑しながら地面を擦過させていた百貌を撥ね上げる。
「ククククククッ! さぁ、全てを喰らい尽くす我等が業、我等が怨念、存分に味わうが良い!」
 喰らうべき対象を見つけた悦びに哄笑を上げた織久の百貌の肉を抉り、その血を啜る穂先が、咄嗟にバックステップで後退したウルカの鼻先を掠めた。
 鼻先を掠めた百貌の先端からここぞとばかりに漆黒の炎が躍る様に飛び掛かり、ウルカのドレスに漆黒の炎を這わせている。
『この程度の怨念でわたくしを容易く屠れるなどと思わないことですわ』
 艶やかな笑みを浮かべたウルカが呟きと共に、すかさずその左手を挙げた。
 開かれた掌から放たれたのは、無数の漆黒の弾丸。
 それは、自らの中に宿る憎悪を滅びの力へと変えた、暗黒魔法。
「おいおい、俺がお前の好きにさせると思っているのか?」
 からかう様に柳眉を上げる千尋のその呟きと共に千尋の両手から無数の鳥威が解き放たれる。
 青い燐光の如き光を纏った無数の鳥威が重なり合う様な防壁と化して織久を守る盾と化して漆黒の光弾の勢いを大きく削ぎ、織久への着弾を最小限へと押し留めた。
 と、その時。
 ――ピン。
 不意に、戦場全体に響き渡る、メダルをトスする音。
 其れと同時に、敬輔達の進路を阻む様に敬輔達の真正面に立ちはだかっていたレッサーヴァンパイア達が、一斉に敬輔に向かって躍りかかる。
「敬輔さん!」
 鉤爪を光らせて奏を八つ裂きにせんとそれを振るわれた其れに向けて、奏が持ち上げた風の魔力を籠められたエレメンタル・シールドが、銅鑼の様な音を立てた。
「このふざけた女を叩き潰すために、皆で力を併せるよ!」
 奏が攻撃を受け止めたレッサーヴァンパイアの横合いに飛び出す様に姿を現した響がブレイズブルーを撥ね上げる様に旋回させながら、軽々とした足捌きでワルツを舞う。
 赫灼の焔を思わせる、猛々しきその舞を。
「はい! 母さん!」
 真の姿を現した自らの双杖を天へと掲げた瞬が。
「……まあ、自分の復讐に終止符を打ちたいって言うなら、大人しく滅びれば良いんじゃ無いかな?」
 軽い口調でそう呟いた星具シュテルシアから星屑を思わせる光を解放した暁音が。
「おうよ、敬輔の仇を食らった時点でテメェは俺達の『敵』だからな!」
 その叫びと共に。
 見た者を思わずぞっとさせる様な能面を思わせる白いマスケラを被った陽太が。
「君達に与えられているウルカの呪縛……俺達の手で断ち切り、君達を骸の海へと還そう」
 静かに祈る様にそう言葉を紡ぎながら、漆黒の大鎌『宵』で宵闇を切り裂く刹那の光を思わせる淡く静かな輝きを、その刃先に伴わせた統哉が。
「ならば、私もその全てを見届けよう」
 そう呟き、グリモア・ムジカで確認した譜面から前奏曲を奏でさせ始めた美雪が。
「まあ、此処で手を抜く理由は無いな。良いだろう。好きにやってくれ」
 鳥威を操っていた両手の内、右手首の周囲に青い光弾を呼び出した千尋が。
 其々に響の呼びかけに応じたが故に、響のブレイズブルーに巨大な閃光の如き力が蓄えられる。
 響がその力を轟音と共に解放するべく、ブレイズブルーを横一文字に一閃。
 大胆にして強大な瞬達の想いを集めて放たれたその一閃は、戦場のレッサーヴァンパイア達を纏めて飲み込む洪水と化して数多のレッサーヴァンパイア達を飲み込んだ。
 けれども、その間にも。
 織久の漆黒の炎にドレスを焼かれるのを打ち消す様にフワリとドレスの裾を翻したウルカが歌う様に何かを叫ぶ。
 叫びは全ての者達を侵食する波と化して戦場全体を覆い、ゆっくりと距離を縮めてくる無数のレッサーヴァンパイア達の一矢乱れぬ連携による包囲網を完成させた。
「これだけの数を纏めて操れると言う訳ですか……流石に簡単には葬らせてくれませんね……!」
 呟くウィリアムがぞくり、と背筋に寒気を覚える。
 驚いて咄嗟に其方を振り返れば、先程ウルカがトスした妖艶な吸血鬼の描き出されたメダルが、今にもウィリアムの背に根を張らんと迫っていた。
「……!」
 まずい、とウィリアムが思った矢先に、パン、とメダルが伸長された淡紅のグレイヴの刃先によって弾き飛ばされている。
「陽太さんですか……!」
 ウィリアムのその言葉に白いマスケラの陽太は一切答えず、淡々とウルカと彼女の肉壁として立ちはだかる無数のレッサーヴァンパイア達へと向けていたダイモンデバイスの引金を引いた。
「……スパーダ。焼き払え」
 淡々とした陽太の命令に応じる様に、ダイモンデバイスの銃口の先に描き出された中央に捻れた2本の角を持つ漆黒と紅の悪魔、スパーダが姿を現し、咆哮と共に自らの手に持つ短剣を目前の『敵』の頭上目掛けて放り投げる。
 放り投げられた、刀身に無数の幾何学紋様の描き出された紅の短剣が、750本に分裂し、豪雨の如く上空からウルカとレッサーヴァンパイア達へと降り注いだ。
『ぬうっ……!』
 ウルカが微かに忌々しげな表情を露わにしながら、自らの周囲に両腕を使って方円を描き出す。
 そこに生まれ落ちたのは、銀と黒の混ざり合った不気味に脈動する結界。
 全方位から解き放たれたスパーダの紅の短剣を結界は受け止めるが、受け止めた箇所から次々に獄炎が生まれ落ち、徐々に徐々に結界を侵食し、ウルカの動きを僅かに鈍らせている。
「アンタを倒したところで、アンタが殺した連中が帰ってくる訳でも無い」
 動きが鈍くなったその間隙を縫う様に『ニケ』から放たれた無数の弾丸が、ウルカに着弾、その体を撃ち抜いていく。
 複数箇所に着弾したパラスの銃弾が、織久の這わせた漆黒の炎に引火して爆発を起こし、ウルカを大きく後方に吹っ飛ばした。
 ドタン、と鈍い衝撃と共に、背中から地面に叩き付けられ背骨が折れたのでは無いかと錯覚させる程の激痛を感じながらも、両手を地につけ、バネの要領で勢い付けてトンボ返りを打って態勢を立て直したウルカは、レッサーヴァンパイア達を嗾け、追撃の隙を伺っていた織久と、ヴァンパイアと化してその血を食らわんと突貫してきた敬輔を受け止めさせている。
 そのウルカの様子を見ながら、カシャリ、と『ニケ』の弾倉を落として新しい弾倉に取り替えつつパラスが続けた。
「アタシが自分の復讐を遂げたところで、誰も帰ってこなかったのと同じ様にね」
 嘯くパラスの想いを断ち切るかの様に、負傷したレッサーヴァンパイア達が怪しく瞳を輝かせる。
 真紅の光条と化したその瞳から解き放たれた光線から、味方を守る様に千尋が鳥威を展開するが、衝撃を完全に殺し切れない。
 勢いの削がれたその光線から、隣で何も無い空間に長い術式の刻み込まれた魔法陣を展開、そこに『スプラッシュ』を突き立て何かを引き出そうとしていたウィリアムを庇う様に前に出てその体を貫かれ、ゴボリ、と喀血するパラス。
 けれども……。
『祈りを此処に、妙なる光よ。命の新星を持ちて、立ち向かう者達に闇祓う祝福の抱擁を……傷ついた翼に再び力を!』
 やや甲高い声で詠唱を完了させた暁音が天空へと突き出した星具シュテルシアが、杖から避雷針の如き長剣へと変形し、空を覆う雲の隙間から差し込む星々の光を受け止める。
 すかさずその剣先を暁音がパラスに向けるや否や、以前にも増して強大な星々がパラスの体に注ぎ込み、その傷を見る見るうちに癒していった。
「……どうやらまだまだやれるみたいだね、あのウルカって奴は。あのヴァンパイア達の壁も、アタシ達だけで突き崩すのは厳しそうだ」
「ええ、そうですね、パラスさん」
 呟くパラスに一つ頷くウィリアム。
『スプラッシュ』を引き抜く様にしてその剣が姿を現した時、その剣先には、大砲と見紛うばかりの巨大な魔導原理砲『イデア・キャノン』が取り付けられていた。
 その『イデア・キャノン』に『スプラッシュ』を接続させて自らの傍へと引き寄せながら、『イデア・キャノン』に取り付けられたハンドグリップを手に取り、各種センサーを起動させ、砲塔を伸長させるウィリアム。
 コンソールにSpell Boostによって刻み込んだ複雑な術式を素早く攻撃重視に書き換えながら、ウィリアムが小さく呟いた。
「スチームエンジン感度良好。影朧エンジン起動中……Idea Cannon Mode:Final Strikeへ移行中……Elemental Power Converge……!」
 そのウィリアムの呟きと共に。
 急速に充填されていく無数の精霊力の塊に気が付き成程ねとパラスが呟いた。


(「必要なのは、時間稼ぎか」)
 後方で急速に収束されていく怒涛の魔力の奔流に気が付いた千尋が内心でそう思いながら、その右手首の周りを輪の様に回っていた青い光球をひゅっ、とある一点へと狙いを定めて突き付けた。
 その先にいるのは、明日香。
 真正面から、ではなく側面から回り込む様に紅い残像を曳いて攪乱しながら肉薄していた明日香の動きに気が付いたウルカの精神波によって、右翼に展開されていたレッサーヴァンパイア達が集結した、その場所に向けてだ。
「消えろ」
 その呟きと共に曲線を描かせる様に解き放った青い光弾が、明日香に襲い掛かろうとしているレッサーヴァンパイア達の群れに向けて雹の様に降り注いでいる。
 連続して放たれた雹の如き弾丸に曝され、パラスの電磁網によって絡め捕られていたレッサーヴァンパイア達の合間に躊躇い無く明日香は踏み込みながら呪剣ルーンブレイドを縦一文字に振り下ろした。
『虚無に還るがいい……』
 それは、酷く重い声。
 明日香の打てば響く様なその声と共に振り下ろされた炎を纏った斬撃が、パラスに足止めをされ、千尋に撃ち抜かれたレッサーヴァンパイア達の中央で炸裂し、緋の燕の如く翻って容赦なくレッサーヴァンパイア達を残虐に切り裂いていく。
「緋燕……」
 そこに立て続けての全てを食らうクルースニクによる横一文字。
 深紅の輝きと共に解き放たれた十文字の二太刀は、全てを焼き尽くす灼熱の焔と化して、自らを取り囲むレッサーヴァンパイア達を焼き尽くした。
「十字斬。我が双刃の露と化せる事、汝等最期の誉れとせよ!」
 にやりと、口の端に浮かび上がった犬歯を見せつける様に突き出しながら、傲然たる態度で告げる明日香。
 そのまま緋の残像を曳く様に戦場を疾駆し、ウルカの肉壁に迫らんとする。
「クククククッ! 我等が怨念よ、存分にそいつを喰らい尽くせ!」
 そんな明日香に呼応する様に。
 口の端に嘲笑を浮かべた織久が、ウルカと自らの間に強引に割り込み、そのまま押し出す様にしたレッサーヴァンパイア達へと目に見えぬ程に極細の糸……夜砥に漆黒の炎を纏わせて、纏めてレッサーヴァンパイア達を締め上げる様にしながらサイドステップ。
 肉壁達を纏めて黒炎で焼き払い、ブスブス燃え上がった黒煙に紛れる様に息を殺して身を潜め態勢を立て直し、ドレスに隠された両足の踵で大地を踏みならしていたウルカの死角に回り込む。
『生憎ですが、わたくし、この様な力も使いこなせるのですよ?』
 それは、誰に向けての言葉だったのか。
 ウルカのその呟きに応じる様に、周囲の大地が割れて大地が隆起し、全てを貫く地槍と化して、両側面からウルカに襲いかかろうとしていた織久と明日香を貫いた。
「クククククッ! この程度で我等が怨念を喰えると思うな……!」
 ぐしゃり、と腹部を貫かれ、嫌な音と共に肋の何本かが持って行かれながらも、狂った嗤いを上げた織久が、百貌を影面に浸透させて、犠牲者の血肉を喰らう影刃へと変形させて、ウルカのその体の一部を囓り取らせる。
『ちっ……!』
 躱しきれぬと判断したウルカは、躊躇いなく自らの指を噛み締めた。
 噛み締めた指から放たれた血が、巨大な蛇の顎を象った呪詛と化して織久の体を容赦なく蝕み、立て続けに視線を明日香に向けて投げつける様に送り込み、強烈な催眠波で明日香の脳を揺さぶろうとするが……。
「甘いぜ!」
 先程炭化した死体を蹴り上げて肉壁にし、強引にその視界から姿を搔き消しながら、前傾姿勢の儘に突進。
 それから全てを食らうクルースニクを緋色の炎を纏わせて下段から撥ね上げる明日香だったが……。
『お痛も程々に致しませんと、どんなにお前達を赦す事を願うわたくしでも、赦す事が出来なくなりますわよ?』
 からかう様に告げながら、漆黒の結界をイメージだけで編み上げてその攻撃を受け止めるウルカ。
 更に脳を揺さぶる強烈な精神波を、ダイレクトに明日香へと叩き付け、殆ど物理に近い衝撃を与えて、明日香を大きく仰け反らせた。
 そのまま返す刃の如き手刀を織久に解き放つ。
 手刀によるその一撃は、西院鬼一門の怨念が粘土の様に凝り固まって生み出された残像によって虚しく空を切ったが、続けざまに自らの傷口が開くのも構わずに黒炎を……西院鬼一門の怨念をより増幅させるために、自らの漆黒の炎を百貌の穂先を突き出して広げに掛かる織久の喉元に容赦なく齧り付き、首筋から血を啜るウルカ。
 突然の大量失血に一瞬目眩を覚えた織久を突き飛ばし、そのままウィリアムの後方へと投擲していたメダルを引き寄せ織久に張り付け、絶対服従の魂を植え付けようとした、その時だった。
「織久さん! 明日香さん!」
「お前の相手は……仇は俺だ!」
 瞬が呼び出したのであろう月光の如き銀鎖と、パラスの無限の弾幕、そして統哉の願いと祈りを籠めた一閃で一時的に動きを止めていた正面のレッサーヴァンパイアの群れを突っ切り、ウルカに向かって駆けてくる復讐鬼の形相と共にその犬歯を生やした敬輔と、そんな敬輔を守る様に寄り添う奏が、ウルカの目前に迫ってきたのは。
『フン……やはりお前達は来てしまうのですね』
 織久に突き立てた牙についた血を拭いながら、凍える憎悪の炎をちらつかせながら、敬輔を睨み付け、メダルを用いて、織久の怨念を敬輔達を防ぐための力として利用しようとするウルカだったが……。
 ――ラッ、ラッ、ラッ、ラッ、ラッ、ラーッ♪
 戦場に、音楽が響き渡った。
 それは、行進曲(マーチ)
 例え、怨念、憎悪、復讐と言う負の感情の賜物であろうとも。
 喰らう、突き立てる、焼き尽くす……どの様な手段であろうとも。
 目前の吸血鬼……オブリビオンたるウルカを滅ぼす意志を持つ者達の戦意を高揚させ、その者達の精神を害する力に抗えるだけの、強い決意を、猟兵達に齎す歌。
 ――マーチ・オブ・アゲインスト・バトル。
(「多くのいのちを、世界を救うために……」)
 その祈りと願いを籠めて。
 美雪が今その歌を歌い、グリモア・ムジカによって展開された譜面は、そのメロディーを今、正しく奏で立てている。
(「今こそ、私達が剣を取る時……!」)
 その、美雪の願いの込められた行進曲が。
「ククククククッ! 我等に喰らい尽くされよ、オブリビオン! 我等が怨念の糧となれ!」
 奪われ掛けた意識の手綱を織久に取り戻させ、怨念と殺意の綯い交ぜになった哄笑と共に、ウルカのドレスを焼き続ける漆黒の炎を燃え上がらせた。


 ――ヴォン、ヴォン、ヴォン。
『イデア・キャノン』のコンソールに入力されていくルーン文字。
 そのルーン文字の意味を読み取り解析する度に、火・氷・土・風・闇・光……相反する精霊達の収束が、刻一刻と高まってくる。
「ウィリアム、後、どの位掛かりそうだい?」
『ニケ』と『拳銃』に持ち替え、フルオートモードで銃弾を乱射、絶え間なく敬輔達の道を切り開くべく銃声を轟かせていたパラスの問いかけに、ウィリアムが素早く、コンソールに示されているエネルギー充填率へと目線を送った。
「Mode:Final Strike Complete. 積層立体魔法陣展開完了。Charge、80%……もう少しです……!」
「大技は、やはり時間が掛かるか。まあ、良い。時間稼ぎならお手の物だからな」
 ウィリアムからの応えに頷きながら、千尋が今度は左腕の周囲に展開した青い光弾を思念で操り、敬輔の道を切り開くべく奮闘する統哉の傍のレッサーヴァンパイア達へと着弾させ、レッサーヴァンパイアを確実に屠っていく。
 更にその懐にある漆黒の刀身を持つ短刀を鞘走らせ、精神波で完全な制御下に置かれている目前のレッサーヴァンパイア達に向けて投擲。
 毒の塗られたその短刀は突き刺されば致命傷となり、包囲の一角を切り崩すことの出来る鍵となる筈だが、それでも尚、レッサーヴァンパイア達の陣形は容易に崩れることが無い。
「よく訓練された軍隊みたいに統率されているな。まるで狼に率いられた羊の群れのようだぜ」
 呟きながら摺足で少しずつ距離を詰め、鳥威に緋色の結界を重ねて展開する千尋。
 それは、敬輔が振りまく殺気と憎悪による恐怖で一瞬動きを竦め、陽太が呼び出したスパーダの解き放った獄炎を纏った短剣によって牽制されているにも関わらず、敬輔と奏を先行させるためにこの場に踏みとどまった統哉と瞬、そして響への執拗なレッサーヴァンパイア達の鉤爪と牙による攻撃を辛うじて受け止めていた。
「このっ!」
 瞬達の願いを力に変え、初手でレッサーヴァンパイア達の一部を滅した響がブレイズブルーで薙ぎ払いながら、深紅の残像を曳いて戦場を駆け抜け、レッサーヴァンパイア達の間隙を擦り抜ける様にして同士討ちを誘うが、ウルカの精神波による相互連携が取れているのか同士討ちの寸前で反転する様に動きを止め、返す刃で響を狙う。
 そんな響の背を庇う様に統哉が割り込み、レッサーヴァンパイア達の攻撃をクロネコ刺繍入りの緋色の結界で受け止め、冷静に現在の状況を分析し続けていた。
「君達にとって、ウルカは本当に大切なのか? あの花嫁達の様に、心底ウルカのことを思っている……そう思わされているだけじゃ無いのか?」
 呼びかけながら統哉が『宵』の柄を振るい、レッサーヴァンパイア達を突き放す。
 よろけたそのレッサーヴァンパイアの喉元を千尋の投擲した烏喙が貫き、そこから全身に毒が回り、レッサーヴァンパイアが血の泡を吐きながら崩れ落ちる様子を見ながら、浄化の意味合いも込めて『宵』を振るう統哉。
 振るわれた『宵』に籠められたその願いと祈りは、ウルカによって歪められた、目前のレッサーヴァンパイアの『それ』を切り裂き浄化させ、肉塊となって崩れ落ちたレッサーヴァンパイアが、光と化して消滅していった。
「コイツらを殲滅しない限りは、アイツの顔面に一発入れてやりたくても入れられないからね……! 統哉、背中は任せるよ!」
「ああ、分かっている……!」
 響の赫灼を思わせる激励を受け取った統哉が素早く頷き、ひゅん、と『宵』を頭上で旋回。
 振るわれた漆黒の大鎌の刃先を彩る淡く光り輝く星色の一閃が宵闇の中に蹲るレッサーヴァンパイア達の多くを薙ぎ倒していく。
「敬輔さんと奏の邪魔をさせるものか……!」
 体中に傷を負いながら、両腕で先端に三日月のついた月光の如き流星が水晶の杖の中に流れ込む錫杖を掲げていた瞬が術の詠唱を完成させ、トン、とその錫杖を大地に叩き付けた。
 大地に叩き付けられた錫杖がその地面に月読の紋章を描き出し、そこから無数の銀の鎖を生み出して、未だ倒れず、統哉達の攻撃を受けても尚、倒れる様子を見せないレッサーヴァンパイア達を容赦なく締め上げていく。
 瞬の傷を癒すべく暁音が祈りと共に星光の癒しを施すが、それでも傷の修復が辛うじて追いつくのがやっとと言った有様だった。
「ウィリアム、後どの位だい!?」
 此処で弾幕を途切れさせれば、統哉達への負担が大きい。
 戦場全体に届くであろう行進曲に没頭し、只ひたすらにそれを歌い続ける美雪を背に庇う様にしながら、『ニケ』の弾倉を入れ替えつつ、『拳銃』を指切り撃ちで撃ち続けるパラスの鋭い呼びかけに、ウィリアムが、ちらりと自らの『イデア・キャノン』のコンソールに目をやった。
(「エネルギー充填率120%、臨界点突破を確認……!」)
 そのウィリアムの内心の呟きを、まるで読み取ったかの様に。
『イデア・キャノン』の仮想砲塔の砲口に生み出された魔法陣が、青→赤→緑→黄→白→黒……と複雑に激しく点滅していた。
 収束された各魔法陣に集った精霊達は、まるで宵闇を焼き尽くす程の光を照らし出す太陽の様に激しい輝きを発し、制御していた筈の全てのエンジンをフル回転させて十分以上の強化が成されていた『スプラッシュ』の刃先が折れてしまうのでは無いかと思える程の、凄まじい瞬きと光を伴い激しく明滅している。
『……Release……Elemental Cannon Final Strike Fire! 凍てつく憎悪すらも凍てつかせる爆発を見せつけてやります!』
 叫びながら、ウィリアムが両手で握りしめていたトリガーを引く。
 ウィリアムがトリガーを引くや否や、明滅していた魔法陣がかっ、と閃光の如く眩い輝きを発し……同時に超巨大な核融合爆発の如き規模を持つ光の氷弾が発射された。
 極光とも呼ぶべき光が、統哉達が瞬きをする間にも撃ち出され、未だ戦い続けていたレッサーヴァンパイア達を、見る見るうちに飲み込んでいく。
 統哉や響が気がついた時には、パラスの解き放った弾丸や、千尋の撃ち出した青き光弾事、目前のレッサーヴァンパイア達の群れが魂事その身を凍てつかされていた。
 残されたのは、統哉と響、そして、ウィリアムの精霊射撃の一撃をフェイントに敬輔と奏を追って姿を眩ましていた瞬が地面に描き出した、月読の紋章のみ。
 スパーダの極炎を混ぜ合わせた紅の短剣を降り注がせていた陽太は、何時の間にか闇に紛れて、その場から姿を消している。
「……流石だな」
 圧巻のその様子を僅かに呆気にとられた表情で見つめる統哉に響が軽く肩を竦めて見せた。
 一方、残された魔力の最後の一滴までを絞りきったウィリアムは、『イデア・キャノン』をしまうや否や、限界が来たのかカラン、と『スプラッシュ』を取り落として、その場にとさり、と倒れ込んでいる。
「ぼくは、此処までで充分です」
「ウィリアムさん……」
 氷の精霊達の齎した絶対零度の世界に生まれ落ちた氷の棺桶の中に取り込まれたレッサーヴァンパイア達の反応が消え、其れが砕けて散っていく様子を、正しく冬将軍の様に冷たく凍てつく痛みを伴い、共苦の痛みが伝えてくるのに小さく頷きつつ、暁音が星具シュテルシアより、星光の癒しの光をウィリアムに施す。
 ウィリアムは顔色を青ざめさせたままにそれを受け入れつつも、疲れた様な微苦笑を浮かべて皆さん、と弱々しい声で呟き始めた。
「あのオブリビオンを骸の海に還して、弟妹と再会させるためにも……後をお任せ致します。その代わり、心残りの無い様に、しっかりと討滅を」
「分かったよ、取り敢えずアンタは休んでな、ウィリアム」
 それ以上を語らせるのは野暮と判断したのだろう。
 パラスが静かにそれに頷き、千尋が軽く肩を竦め、そして星光の癒しをウィリアムに施した暁音が取り敢えず、と呟き上空へと星具シュテルシアを掲げる。
 暁音の星具シュテルシアに導かれる様に上空に姿を現した星の船への転移魔法をウィリアムに暁音が掛けると、ウィリアムの体が光に包み込まれた。
「取り敢えず星の船から援護だけ頼んだよ。俺達は決着を付けてくるから」
「……ええ。宜しく……お願い……します……」
 暁音のその呟きに静かに頷き、瞬く光の様に姿を搔き消していくウィリアムを見送って、暁音がさて、と呟いた。
「あの物わかりの悪い彼女をその憎しみ事叩き潰すために、さっさと決着を付けに行こうか。瞬さんにも、敬輔さんにも伝えないと行けないことは一応ありそうだしね」
 暁音のその呟きに、パラスが口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
「瞬の方はアンタと響、奏に任せるよ。アタシは敬輔に伝えないと行けないことがあるんでね」
「……そうか。そうだな」
 そのパラスの呟きに、我に返った統哉がパラス達を振り向き小さく頷き、それから凍てついたレッサーヴァンパイア達を一瞥してその場を後にする。
(「ウルカが抱き続けている、俺達への復讐の念。けれどもそれは……」)
 誰の、誰に向けての、何に対しての復讐なのか。
 ウィリアムによって凍てついたレッサーヴァンパイア達が安らかに骸の海へと還れる様、願いと祈りを籠めて『宵』を一閃し、その魂を歪めた精神を断ち切った統哉は、響に続いて瞬達の後を追いながら、それを思う。

 ――この皮肉とも言うべき復讐の、本当の意味を。


「大分派手にやられましたわね。この氷砲……あの魔術師の仕業でございますか……!」
 不意に、自らの血を通じて流れ込んできたその光景を目の辺りにして。
 自らの取り込んだ血が更に荒ぶるそれを感じ取り、忌々しげにウルカが舌打ちを一つ。
 憎悪に凍てついた炎を宿したその瞳の光は、益々その圧を強め、それが敬輔達に差し出す筈だった赦しという名の美酒と情を、ウルカの中で確実に薄めていっていた。
(「弟は、あの砲弾を身に纏った同族殺しに殺されたのだ……!」)
 激しい憎悪の感情が全身を駆け巡り、痺れに近い感触を、ウルカへと齎している。
 轟々、と自らのドレスが漆黒の焔で燃え続けている。
 纏わり付いた西院鬼一門の怨念と殺意の炎の浸食を忌々しげに払い除ける様にしてやりながら、ウルカはその激しい殺意の塊に一瞬肩を強張らせ、まだ辛うじて息のある肉壁としていたレッサーヴァンパイア達へと命令を下す。
 その殺意と憎悪の塊……吸血鬼と化していた敬輔の猛進を阻まんと、残されていたレッサーヴァンパイア達が一斉にその眼光を緋色の十字型の光条として発し、敬輔を撃ち抜き、痺れさせることを欲したが。
「敬輔さんは、絶対にやらせません!」
 風の妖精の如く、舞う様にヴァンパイア化している敬輔の後を追っていた奏がその光線に気がつき、エレメンタル・シールドを掲げて敬輔の前に立ちはだかり、同時に翡翠色の光を纏ったシルフィードセイバーでそれらの光線を余さず受け止め、お返しとばかりにシルフィードセイバーを擦過させて、鎌鼬を呼び起こした。
 呼び起こされた鎌鼬から主と自分達自身を守るために両腕を交差させて、漆黒と銀の綯い交ぜになった結界を構築し、奏の攻撃を受け流そうとするレッサーヴァンパイア達。
 其れは、奏と敬輔だけの力であれば、不可能では無かっただろう。
 そう……。
「行け、敬輔さん!」
 重量のある錫杖を何とか持ち上げる様にしながら、ウィリアムが殲滅するのを信じて前進した瞬がトン、と大地を錫杖の頭部の三日月型の紋様を叩き付けて月読の紋章を、攻性結界へと転じさせる事をしなければ。
 眩い月光の輝きと共に解き放たれた瞬の里に伝わる結界術が、月光の檻と化して、防壁を作り出そうとしていた最後のレッサーヴァンパイア達を一斉に締め上げる。
『!!』
 光の結界術に仕込まれた麻痺毒になり得る光と閃光の炸裂は、レッサーヴァンパイア達が結界を作り出す暇を当然の様に打ち消して、そこに奏の解き放った鎌鼬が襲いかかってレッサーヴァンパイアの肉壁の皮膚を次々に切り刻み、その体内を更生する血と骨を剥き出しにさせた。
「邪魔だ……どけぇっ!」
 叫びと共に、敬輔が黒剣を大地を割る様に叩き付ける。
 叩き付けられた刃が大地を砕き、それが先にウルカが呼び出した様な隆起した大地の牙となり、レッサーヴァンパイア達を纏めて串刺しにして貫いた。
 ビクン、ビクン、と心臓を貫かれ動きを止めたレッサーヴァンパイア達に一瞥もくれずに肉薄する敬輔の背に向けて、最後の抵抗とばかりにレッサーヴァンパイア達が漆黒の弾丸を撃ち出そうとするが。
「クククククッ……その魂魄、我等の糧となるが良い!」
 百貌を両腕で構えたままに、哄笑を上げた織久が自らの足下の影を影面と化させて血と怨念の入り混ざった血肉を啜るその影に漆黒の焔を這わせて戦場一帯へと解放し。
「消え失せろ、下級悪魔共。所詮は、我に使われるだけの汝等が、賢しらげに攻撃するな!」
 口元に嗜虐的な笑みを浮かべながら明日香が吼え、呪剣ルーンブレイドと、全てを食らうクルースニクを十文字に振り抜いている。
 その瞬間、織久の漆黒の焔と明日香の血色の焔が混じり合って、影一つ余さず喰らい尽くす獣を形取り纏めてレッサーヴァンパイア達を飲み干し喰らい尽くした。
『わたくしの従者達を全滅させるとは……!』
 憎悪にその瞳をギラつかせたウルカが全身を震わせ、悲鳴にも取れる絶叫を放つ。
 それは、奇怪な音であり、同時に波。
 自らの内に宿り猛り狂う他者を憎悪する精神を、自らの本質……血と縁を奪う精神と同調させ、物理的な衝撃と化させて叩き付けたのだ。
 荒れ狂う怒濤の精神波の奔流を食い止めようと、美雪が声の限りを振り絞って行進曲を歌い、奏が全身に纏っていた魔力の全てをエレメンタル・シールドに結集させて、翡翠色の巨大な結界を敬輔の目前へと張り巡らし、その衝撃波の直撃を受ける。
 余りに圧倒的な憎悪の衝撃に脳震盪を起こし、がはっ、と口から喀血しながらも、尚、奏はその場に立っていた。
「敬輔さん……どうか、ウルカを……! 彼女を止めることが出来るのは……!」
 そこまで、だった。
 あまりの衝撃に、その場でバタリと地に伏せる奏を見て、咄嗟に暁音が祈りの言葉と共に星光の癒しを施すが、奏の意識を取り戻させるには、あまりにも遠い。
 凄まじい灼熱感が、暁音を襲う。
 憤怒を遙かに通り越した溶岩の中に放り込まれた様な凄まじい地獄の様な熱が暁音の体を蝕み、暁音の全身が水膨れの様な現象を起こしていく。
(「これは……この怒りと憎悪は……!」)
「きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁ! よくも奏を!」
 それは、怒りに塗れた瞬の咆哮。
 瞬は、守られたのだ。
 鳥威の多重装甲の展開では間に合わない、と判断した千尋が自らの本体である結詞の先端に取り付けた懐鏡……双睛の加護によって。
 咆哮と同時に瞬が自らの展開していた攻性結界を分解して、無数の月光の槍へと化させて、叩き付ける様にウルカへと解き放つ。
 怒りの儘に解き放たれ、半ば制御を失った瞬の月光槍の一撃を、ウルカは逆に冷静な眼差しで見つめていた。
『その一撃は、確かに重いことでしょう。ですが……憎悪と怒りに振り回された力であるが故に……軌道は……っ?!』
 避けようとした、その時だった。
 突如として、自らの背に凄まじい痛打を覚えたのは。
「……この時を待っていたんだよ」
 無機質にそう声を上げ。
 風に煽られる様に吹き飛ばされた雲の隙間から差し込まれる様に降り注ぐ月光に照らし出されたのは、白いマスケラを被った暗殺者。
 そう……陽太だ。
 陽太の右手には、何時の間にか濃紺のアリスランスが握り締められていた。
『……味方をも囮としますか。お前達は、どうしようも無い程に救いようのない愚か者の様ですね』
 背に突き立てられたアリスランスから発される光に、激しい痛みを覚えながらも、ウルカは口元に艶然たる笑みを浮かべて陽太を、自らの脇腹を貫いた瞬の月光槍に写る彼の姿を鏡映しの様に見つめながら呟いている。
 だが、陽太は何も答えず、黙ってそのアリスランスを更に深々と突き入れ、そこからデビルカードに封じたアスモデウスの獄炎の力を注ぎ込んだ。
 織久に打ち込まれ、パラスの銃弾に引火して広げられた漆黒の炎が、陽太の獄炎の魔力を受けて、更にその炎の勢いを激しく強めていく。
『がっ……ガァァァァァァァッ!』
 ドレスを這い回っていた織久と西院鬼一門の力の混ざり合った漆黒の炎が、遂にウルカの全身を焼き切る様にその体全体に広がり始め、凄まじい火傷と常人であればのたうち回る様な苦痛をウルカへと与えていた。
「そのまま炎に巻かれて俺達に滅ぼされてしまえば良い。そうすれば少なくとも、これ以上君の行いで、君に復讐しようなんて者が生まれなくなるからね」
 星具シュテルシアから奏に神聖なる星光を与え続け、意識を失っている奏の傷を癒しながら、暁音が平坦な口調で言う。
 けれども、ウルカの血に流れる憎悪の炎は怯まない。
 織久と陽太の炎に全身を焼かれながらも尚その手を振り上げ、無数の闇の弾丸をショットガンの様にばらまき一人残らず巻き込もうとするその姿に暁音がまだダメか、と嘆ずる様に小さく呻いて左人差し指で天の一角を指し示した。
「一斉射撃……行きます!」
 その、暁音の指示に答える様に。
 濃い疲労の色を隠せぬ儘に、ウィリアムが弱々しくも力強く砲撃の命令を下し、其れに応じる様に、上空の暁音の星の船に搭載された星屑の力を帯びた砲弾がウルカに向けて掃射され。
 更に……。
「どうやら、まだ納得できないみたいだね」
 諦めた様に。
 仕方ない、と言う様に。
 低いアルトの声音が響き渡るとほぼ同時に、二発の銃弾がウルカに向かって飛び、その左腕と右足を撃ち抜いた。
『ガァッ?!』
 ボタ、ボタ、と撃ち抜かれた左腕と右足から溢れ出す血液と、猛烈な痛みに喘ぐ様に呻き銃声のした方をウルカが見やれば、そこには『ニケ』と『アイギス』の銃口から白い煙を噴かせているパラスの姿。
 其方を鋭く睥睨し、精神の衝撃波を叩き込もうとしたその直後。
「君の好きにはさせない」
 ――ヒュン。
 鋭い音と共に、『宵』……統哉の持つ漆黒の大鎌が、その刃先に緋色の線を曳きながら一閃され、その一撃が、ウルカの左足を刈り取っていく。
 右足を撃ち抜かれ、左足を切り裂かれたウルカが転倒し、辛うじて動く右足で膝立ちになったその矢先に。
「骨すら残さず、焼き尽くしてやるぜ!」
 明日香が叫びと共に呪剣ルーンブレイドと、全てを食らうクルースニクを十文字に振り抜いて、パラスに撃ち抜かれた右足を切り捨て焼き尽くした。
 両足を奪われたウルカが立っていることなど当然出来ず、そのまま無様にその場に転倒した、その直後。
「奏を酷い目に合わせ、あの花嫁達すら無惨な目に遭わせたアンタを、その程度で許しはしないよ!」
 怒声と気合いの籠った真紅のガントレットに覆われた響の鉄拳がその顔面に綺麗に叩き込まれた。
 ボキリ、と鼻の骨が嫌な音を立てて折れ、更に剥き出しになっていた犬歯が無惨に砕かれたウルカが、そのまま無様に転がっていくその様子を、燃える様な怒りを瞳に宿した響が鋭く睨み付けている。
「……そうか。そう言うことだよな」
 そんな響達の冷たい怒りや、敬輔や瞬の憎悪を見つめながら千尋が思わずクツクツと肩を振るわせ、皮肉げな笑みを口元に浮かべていた。
「如何したんだい、千尋」
 その千尋の様子に鋭い一瞥をくれたパラスにいや、と千尋が肩を竦める。
「ヒトやオブリビオン……ただ立場や価値観、大切なものが違うってだけで、それ以上の違いは然程無い、と思ってな」
 パラスにそう返しながら。
 追撃、とばかりにその右腕に向けて青い光弾を解き放ち、ウルカの右腕を消滅させる千尋に、パラスがそうかい、と小さく溜息を漏らした。
「……まあ、そうかも知れないね」
 そう呟いたパラスの無機質にも思える黒い瞳の中に宿る光は、今、復讐を完了させようとしている敬輔の方へと静かに向けられていた。


『なぜ……わたくしが……』
 右腕を千尋に消滅させられ。
 左腕をパラスに撃ち抜かれ。
 背中を陽太に、脇腹を瞬に貫かれ。
 全身の皮膚を織久の漆黒の炎に焼かれ。
 左足を統哉に切り離され。
 右足を明日香に焼き尽くされ。
 そして顔面の骨を響に潰され。
 既に死に体と化している自らを認めながら、尚、その眼光の憎悪によってのみ自らを突き動かそうとするウルカが呪詛の様な呻きを上げている。
 その呻きは正しく呪詛と化して、暁音に傷を癒されつつも、未だ意識を取り戻さぬままの奏の命を奪わんと襲いかかるが、その呪詛は、織久が突き出した百貌に纏われていた怨念の炎に喰らい尽くされ、跡形もなく消え去っていた。
 無駄な抵抗と無意識には理解しながらも、それでも尚、ウルカが憎悪の籠った呪詛を吐き捨てる。
『なぜ……! 憎悪に身をやつすお前達の様な猟兵に、わたくしが殺されなければならないのですか……!? それは復讐の……!』
「その理由は明白だよ」
 その声は止めを刺そうと、ユラリ、ユラリ、とウルカに黒剣を構えて寄っていっていた敬輔の鼓膜に酷く響き、思わず敬輔は、その声の持ち主である、隣で『宵』を構えていた統哉へと視線を送っていた。
 統哉は『宵』にこびりついたウルカの血糊を一瞥し、その血を掬う様に指先で拭っている。
「この血の主をお前がその体の中に取り込んだ時。ウルカ、お前を引き摺ったこの血に刻み込まれた吸血鬼の記憶が……俺達を呼んだんだ」
 その、統哉の呟きに。
 ウルカが瞳孔をこれでもか、とばかりに大きく広げ、千尋が愉快そうにひゅう、と口笛を吹いた。
 普段であれば場違いにも程があるであろう千尋の口笛は、この時ばかりは、今のこの状況に絵に描いた様に見事に嵌まっているものだ、と妙な感心が歌い手たる美雪の脳裏を通り過ぎていく。
 その美雪や千尋の口笛に、特に気分を害した様子も無く。
 人差し指で掬い取った血を粘土の様に軽く捏ねながら、統哉が続けた。
「そもそもウルカ。お前を動かしたこの吸血鬼は、自分の弟妹を殺されたことで、猟兵だけを本当に憎んでいたと本気で思っているのか?」
 その、統哉のよく通る様なその言の葉に。
『な……に……っ?!』
「なんだとっ!?」
 ウルカが既に大きく見開いていた目を更に大きく広げ、敬輔もまた、聞き逃せぬと言わんばかりの表情で思わず統哉を凝視した。
「……」
 不意に、杭に撃ち抜かれたかの様なそんな痛みが、暁音の全身を襲う。
 共苦の痛みがダイレクトに伝えてくるその激痛は、まるで統哉の言う事を証左するかの様に激しい怒りと憎しみを伴った痛みと化して、暁音の体を刺し貫いていた。
「復讐は過去に、憎悪に区切りを付けるための儀式」
 統哉のその言葉を補足する様に。
 朗々と朗読する様に告げるパラスに、統哉がそうだ、と静かに首肯。
「つまりこの復讐劇は、『彼』……敬輔や俺達が滅ぼしたマリーやロイ……ウルカの血に刻み込まれたその吸血鬼の『復讐』でもあるって訳だ。彼が本当に憎んでいるのは、俺達猟兵だけじゃ無い」
 そう告げて、びっ、と『宵』をウルカへと突きつける統哉。
 ボタリ、ボタリ、と漆黒の大鎌から、統哉が拭いきれなかったウルカの血が不気味な音と共に大地を叩く様に零れ落ちた。
「お前もだよ……ウルカ。『彼』を殺した、お前自身」
『な……っ!』
 統哉に突きつけられた真実に。
 ウルカの中で、硝子が砕ける様な音が響き、自分の中の何かが砂上の楼閣の様に崩れ落ちていく。
「……これは滑稽な話だね。俺達を叩き潰すべき憎しみそれ自体が、そもそも君の中で生まれた紛い物である事の証、だったんだ」
 そう告げる暁音のそれは、まるで、滑稽な復讐の主を演じる役者の末路を哀れむ様な、嘲笑する様な何とも言えない感情が深く籠められていた。
「……敬輔さん。決着を付けてやれ。君の大切な者を奪った、この敵に……!」
 瞬のその声に静かに首肯して。
 止まっていた黒剣を逆手に握り直した敬輔が、黒剣をウルカの心臓に突き立てる。
『ガッ……ハッ……!』
 喘ぐウルカをヴァンパイアの膂力で持ち上げ、大量の血を流して既に軽くなっているウルカのその首筋に、自らの犬歯を突き立てその血を思う存分飲み干す敬輔。
 血を吸われ、しわがれた老婆の様に干からび、今、その最期を迎えようとしているウルカを力任せに大地に蹴倒し、傲然と敬輔は見下ろした。
「おい、死ぬ前に教えろ。何故、奴を食らった」
『……それがわたくしの業……わたくしの宿命……お前の苦しみを和らげる為の……最善の……』
 虚ろなウルカの、その言葉に。
 敬輔が一瞬怯む様な表情を見せるが、直ぐに冷たい声音を作り、言葉を続ける。
「俺の両親の居場所は……?」
 その、敬輔の問いかけに。
 今際の時に残された最期の力の欠片の全てを注ぎ込み、今までに無いほどにぞっとする様な微笑みを浮かべて、ウルカが叫んだ。
「お前は選択した……これ以上積み重ねる必要の無い筈の業を……永遠に消えることの無い、復讐の輪廻から解放されるその瞬間を、自らの手で捨てる道を……。その道を選んだことを、お前は必ず後悔することでしょう……!」
 その、最期の言葉と共に。
 かっ、と目を怒らせたウルカの事切れたその体を、織久の怨念の炎と明日香の血を思わせる焔が骨まで残さず喰らい、焼き尽くした。

 ――ウルカの予言じみた不気味な言葉を、象徴するかの様に。


「……敬輔」
 織久と明日香に焼き尽くされたその肉体に踵を返す敬輔を、パラスが酷く静かに呼び止めた。
 呼び止められた敬輔が足を止め、パラスの方をそっと見上げる。
「何だよ、パラス」
 その、敬輔の問いかけに。
 パラスが小さく息を漏らした。
「忘れるんじゃ無いよ、敬輔。復讐は、憎悪のためにするものじゃない。過去のために戦うんじゃ無い。奴を如何しても許せない自分を、納得させるためにしていることだって事をね。そこを絶対に履き違えるんじゃ無いよ。履き違えれば……」
「彼女は、道化にしか過ぎなかったわけだけれど。でも、アレが本物だったのだとしたら……最終的には、アレと同じになるからね」
 パラスの呟きを引き取る様に。
 訥々とそう語る暁音の、何処か聞き逃してはならぬと思わせるそれを聞き、敬輔がウルカの血糊がべったりとついた口元を拭って小さく頷く。
 そんな敬輔の暁音とパラスのやり取りを見て千尋が軽く肩を竦め、皮肉げに口元を歪めていた。
「そうだな。結局俺達も、あいつも変わらない。自分のやりたいことを肯定して貰い、優遇して欲しいだけ、と言う訳だ。其の自分の価値観を相手に押し付け続けるだけならば……永遠に終わらないのだろうな」
「……復讐の連鎖が……か」
 千尋の独り言を聞いた白いマスケラを外し、通常の姿へと戻った陽太がガシガシと頭を掻く様にしながら疲れた様に息を零す。
(「確かにお互いが復讐に囚われる限り、復讐の連鎖は断てないだろうな」)
 思いつつも其れを口に出せないのは、何時か自分に訪れるであろう『其れ』を無意識に肌で感じ取っているからだろうか。
 それとも……。
「何にせよ、瞬さんと先輩の復讐はこれで終わり。……その筈だ」
 歌うのを止めた美雪が独りごちる様に呟くのに敬輔が其方を振り向き、何気なくそうだ、と頷き掛けようとした丁度、その時。
 カラカラに渇いた喉を潤したいと言う激しい吸血衝動に襲われ、それに喘ぎながらその左肩から首の付け根に広がったままの吸血鬼マリーの噛み傷……その呪詛の姿を認めて、表情を強張らせた。
「なっ!? これで復讐は終わった筈なのに、どうして……!?」
 ――自分で調べた限りでは。
 本来ならば、ロイとマリーとウルカ……3体の吸血鬼の血を啜れば、この噛み傷は消え、その呪詛は消える……その筈だった。
 だが、未だ呪詛は確かに敬輔の肩に残った儘。
 ――その意味するところは……。
「まだ……俺の復讐は終わっていない……? それとも……」
 唖然とした様子で呟く敬輔の脳裏に、不意に死に際にウルカが浮かべた笑みと不吉な予言を思い出した。
 ――お前は必ず後悔すると言う、その予言。
(「まさか……そんな!? これを解く為には、里の生き残りの吸血鬼……俺の家族さえも……!?」)
 絶望に心を覆われていく敬輔の右肩に、そっと温かな手が触れた。
 そこでは、復讐を終えた瞬が優しく労る様な眼差しを自分に向けてくれていた。
 その後ろには、響と手当がすんだのであろう、朧気ながらも意識を取り戻しつつある奏の姿もある。
「安心して下さい、敬輔さん。僕は……僕達は、君の道のりの支えになると決めました。例えその果てが何処に行こうとも……!」
 力強く告げる瞬にそうだね、と響が小さく頷き、朦朧としながらも奏がそうですね、と小さく頷いている。
 そんな響達の様子を、統哉は両腕を組んで静かに見つめていた。
「……本当に、皮肉な話だよな」
「何がだ、統哉」
 独り言の様に漏れた統哉の呟きに、好気の光を瞳に宿して問いかけたのは千尋。
 千尋の方を統哉が振り向き、だってさ、と小さく言葉を続けた。
「自分が憎むべき猟兵である敬輔に、自分自身を殺された事への復讐の代行を託しているんだぜ、ウルカにその身を食らわれた『彼』は。しかも……その復讐の代行と復讐そのものを終えた筈の敬輔の呪詛が消えない様、呪いまで掛けている」
 その統哉の呟きに。
「確かに、皮肉な話だな。ただ……」
 千尋が小さく首肯し……軽く小首を傾げて言葉を続けた。
「……まだ、敬輔の復讐は本当の意味では終わっていない。それもこれも、ウルカに、ロイに、マリーだったか? そいつらの策略なのかも知れないぜ?」
「……かも知れないな。いずれにせよ……」
(「瞬は分からないが、敬輔の試練はまだ続くのか」)
 そんな、統哉の心の裡を読み取ったかの様に。
 千尋が軽く目を細めて興味深そうに統哉を見つめていた。
「お前は最後まで付き合う……そういうつもりみたいだな」
 その千尋の呟きに、統哉が静かに目を瞑り、ああ、と小さく頷いている。
「当然だろ。敬輔も瞬も俺にとっては戦友だ。だったら何処までだって付き合うさ」
「……そうかい」
 迷い無く放たれた統哉の言葉に、笑みを浮かべたままに片目を瞑り、千尋はウィリアムの乗る暁音の星の船が泳ぐ宵闇の空を静かに見上げた。

 ――黄昏時の、その空を。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2020年10月25日
宿敵 『闘将『ノエル』』 『血と縁を奪う吸血鬼『ウルカ』』 を撃破!


挿絵イラスト