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囚華

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●花うつつ
「じきにこの世界は滅ぶだろう」
 月下、咲いた花を握り潰して告げられた、それは終焉の宣告だった。
 けれどそれでも花は咲く。ならばそれごと檻に鎖して――男は囚えた花を蹴散らした。
「違う」
 これではない、と酷薄な瞳で声で吐き捨てる。がしゃりと花ごと檻は壊された。
 四季を選ばず花は咲き、骸魂が飛び交い、その全てを檻が鎖してゆく。
「違う、違う、違う。……嗚呼、お前の宝を見せてみろ」
 男は辺りを漂っていた骸魂を捕まえて、檻に放り込んだ。するとそれは色を変え、形を変えて花に為る。
「――違う」
 男が囚われの花を叩き潰せば、美しい満月の下、花園の空にあらゆる檻が顕れた。

 それは鉄格子だ。
 それは鳥籠だ。
 それは座敷牢だ。
 それは水槽だ。
 それは鍵の掛かった部屋だ。
 それは誰かの腕で、言葉だ。

 誰かがそれを檻だと識るならば、世界の終わりに檻は蔓延る。
 囚われた花は檻と散り、美しく舞う。
 冷え切った檻の影ばかりが世界を食い破るように異質に伸びる終焉の花園で、男はまたひとつ花を握り潰した。
「お前の花を――宝を寄越せ」
 その言葉を誰に向けたか、自身ですら知りもせず。

●檻花
「アナタに宝物はあるかしら」
 静かな声で問いかけて、宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は何でも良いのよ、と首を傾げた。
「小さな頃から大切にしているもの。誰かから貰ったかけがえのないもの。……失いたくない思い出や、たったひとりの誰かでも。――もしも思い当たるものがあるならば、世界の終わりに力を貸して欲しいのだわ」
 容易く口にした『世界の終わり』に、千隼はひとつ息を吐いた。それはカクリヨファンタズムにおいて、あまりに近しい終焉だ。
「もうそろそろ聴き慣れて来たかもしれないけれど、また幽世に終焉がもたらされようとしているの。偶然ではなく悪意を持って、世界を滅ぼすものを生み出したものがいる」
 何度繰り返されようと、世界に訪れるのは等しく滅びの危機だ。声音を改めて視線を向ければ、足を止めてくれた猟兵たちも承知の上とばかりに頷きを返した。
「今幽世では、世界のあらゆるところに檻が大量発生しているわ。その種類は様々で、誰かが檻だと思うものなら何だって。この檻はとあるものを捕えるけれど、捕えたものを全て何らかの花に変えてしまうの。――世界を滅ぼそうとしている敵は、花に執着しているようなのよ」
 敵は特に、美しい花に固執している。
 その理由は予知の限りでは判然としなかったけれど、と千隼は考えるように視線を落とした。

「けれど、だからこそ打てる対策もあるわ。この危機は今までと比べると困難なものではあるけれど、敵が無視し得ない美しい花を咲かせれば、あちらの動きを誘うことができる。
 見渡す限りに発生している檻が捕えるのは『大切なもの』だけなの。そして捕われたものはそれを大切に思う気持ちに準じて、美しい花を咲かす。だから、アナタたちの宝物のような気持ちを貸して頂きたいのだわ。……ああ、安心して。仮に気持ちを囚われたとしても、それを喪いはしないから」
 終焉を目前にして幽世には檻が蔓延り、骸魂たちがそこかしこに飛び交っている。彷徨う魂はかつて妖であったもの。大切なものとして当然檻には囚われるが、如何せん咲くのは魂の残り香でしかない花ばかりだ。これでは敵の歯牙にも掛からず、誘き出すことも叶わない。
 だからこそ。
「檻の中の骸魂を見つけたら『宝物』を教えて欲しいのよ。語り掛けても、触れて伝えても構わない。その気持ちに応じて、花は咲くから」
 その気持ちがどんな花を咲かすか。それを楽しみにするのも悪くはないわと僅かに笑んで、案内人はゆっくりと道を開き始める。

「ワタシがアナタたちを連れて行けるのは、満月の昇る蓮池のほとりまで。――その先の景色は無秩序な檻に満ちてはいるけれど、蓮池は静かで美しいのよ。お祭りのように鬼灯が灯って並んでいるわ。池に掛かった赤い大きな橋に檻が並んでいるから、それぞれ花を咲かせてあげて」

 花を咲かせるだけでも良い。花を咲かせてその先へ進むならば、花を、花を為す大切な誰かさえ寄越せと顕れるものがいるだろう。
 ひとりでゆくならば、その花を決して奪われぬよう。
 大切な誰かとゆくならば、その姿を決して見失わぬよう。
 戦いは厳しいものになるかもしれない。少なくない傷を負うことになるかもしれないと、送り往く光の向こうで、案内人は瞳を伏せて。

「――お気をつけて」


柳コータ
 お目通しありがとうございます。柳コータと申します。檻と花咲く月下のカクリヨへご案内致します。

●ご案内
 一章『蓮華と月の池』
 鬼灯灯る静かな満月の蓮池にて、囚われの骸魂に『宝物』を教えて、花を咲かせて下さい。
 口に出すか出さないかはご自由に。同行の方に聞かれぬようにと思うなら、檻の向こうから触れると良いでしょう。
 檻の形は様々です。大きさは手に提げられる程度。檻の指定も可能ですし、特になければ鳥籠めいた鉄格子に。
 咲く花の指定をお願いします。実際にある花でも、架空のものでも構いません。
 この章だけへの参加も歓迎致します。
 一章では持ち帰ることはできませんが、我知らずの想いさえ花と咲くでしょう。それを知りに来るだけでも良いですし、この池は大変美しいので誰かと漫ろ歩くだけにも。

 二章『幽み玄影』
 花を持って先へ進むと、いよいよ檻に鎖された世界を目にするでしょう。影の檻に鎖された場所で、途端に難易度高めの戦闘になります。
 夜の影の檻の中となれば、視界は死ぬほど悪いです。対策することでプレイングボーナスが得られます。
 お一人様は手にした花を狙われます。
 同行の方がいる場合はどちらか一人か、手にした花が狙われます。プレイングで指定して下さい。
 尚、こちらで狙われた花や人は判定に関わらず確実に【一旦奪い去られます】。
 奪われた時の反応がプレイングにあると助かります。
 次章で取り戻すことができますが、一時でも奪われてしまう衝撃を味わうことができます。あと容赦なくボロボロにもなります。無敵プレイは向きません。

 三章『金・宵栄』
 黒幕とのボス戦です。夜が明け、四季様々な花が咲く美しい花園に至ります。
 まずは奪われた大切なものを取り戻しましょう。序盤で取り戻すことが叶います。早く取り戻せるよう工夫することでプレイングボーナスが得られます。
 こちらではあなた自身を檻が狙って来ます。
 どのような檻が狙ってくるか、指定があればそのように。なければ基本鉄格子になります。
 敵も勿論狙ってきます。花に執着しています。
 花を最後まで守りきることができれば骸魂は解放し、咲いた花のみ持ち帰ることができます。

●注意事項
 当シナリオは再送を前提としています。ご了承頂ける方のみ御越し下さい。
 最大二回、戻した当日中にお送り下さい。
 複数参加は【二名】まで。

 受付はMSページにて告知します。
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第1章 冒険 『蓮華と月の池』

POW   :    勢いのままに通っていく

SPD   :    周囲を探りながら通る

WIZ   :    敢えてゆっくり進んでいく

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●月灯檻橋

 青い夜に、美しい月が満ちている。
 夜風と共に甘い金木犀の香りが淡く過ぎれば、柔い橙の灯りが導のように鬼灯に灯っているのが見えた。
 その灯りがあえかに照らす蓮池には、大きな赤い橋が掛かっている。
 望月夜は明る過ぎる程であるのに、まるで月へ届く浮橋のようにその果ては見えはしなかった。
 ただ、ずうっと続く赤い橋の欄干、その両側に。ずらりと並ぶ様々な小さき檻に気づいたのはそのときだ。
 ふわり。
 未だ花の姿を知らぬ幽かな骸魂が、檻の中で揺れている。ふわり、ゆらり、問うように。

 ――宝物をおしえて。
榎本・英
幻想的な風景だ。
私が今此処で、この景色に飲み込まれてしまいそうだよ。

景色を楽しみながら進もう。
水面に映り込む自分の姿もはっきりと見える。
嗚呼。檻も幾つか見て取れるね。

そのうちの一つ、鳥籠のような檻に骸魂が居た。
宝物、か。気付いたら宝物は増えていてね。
なにか一つを選ぶ事は出来ないのだよ。
どれも、私の大切な宝物だ。

咲いた花は真っ赤な牡丹一華。
きっかけは何時だって水のある場所だ。
この牡丹一華は、私のきっかけ。
常に傍に有り、見守る花。
私の宝を知っている花だ。

懐に忍ばせた同じ色の花弁を掲げ
檻の中の花と見比べよう。
同じ種類の花、けれどもこの手の花は私の一番。

同じ物はどこにも無い。



●めざめのあかいろ
 花の香りがした。
 夜の中に一歩進むごと、月夜に眠った鬼灯が音もなく目覚めてほうと灯りをともす。
「このまま辿り行けと云うのかい」
 月満ちる夜は灯りがなくとも困りはしないが、導のようにともる鬼灯に榎本・英(人である・f22898)は眼鏡の奥の瞳を緩めて、返事の代わりに歩みを進めた。
 蓮池には、月がふたつ満ちているようだった。
 空にひとつ。水面にひとつ。
 その池の淵まで辿り着けば、送り届けた満足を得たように歩み来た道の鬼灯は眠り、池の周りの鬼灯たちがあえかに橙の灯りをともすばかりになる。
「……幻想的な風景だ」
 まるで世界の滅びなど夢だとばかり、蓮池はただ静かで美しい。
 今此処で景色に飲み込まれてしまいそうな心地さえ、幻想の一端だろう。
 満ちる月に照らされて、咲き誇る蓮に息を吐き、灯る鬼灯を辿って進む。
 水面に映る自身と目が合えば、揺らぐことなくはっきりと映る姿がただ見えた。

 やがて至った真っ赤な橋もまた、静かなままに美しかった。
「嗚呼。これが話に聞いた檻だね」
 ずらりと欄干に並んだ檻たちは様々な形をしていたけれど、中に囚われた骸魂たちはいずれも幽かで色を持たない。ただ彷徨うばかりで自分の生にしか執着できぬ魂は、檻の中でいずれ消えゆくのかもしれない。
 ――けれど。
『おしえて』
 ふと耳に届いた請い願う声に、英は足を止める。
『たからものを、おしえて』 
 風の悪戯か、気のせいで済ませられるほど、ほんの僅かな声だった。
 けれども英はそれに気づいた。止まった足が動くまま、歩み寄ったのは一つの鳥籠めいた檻。
「……君が問うたのかい」
 問いかける声に応えはない。けれども何故だか、これだと思う確信があった。だから英は目を伏せて、静かな夜に口を開く。
「宝物、か。気付いたら宝物は増えていてね。なにか一つを選ぶことは出来ないのだよ」
 たからもの、と記憶の引き出しを開けて見つけるのは、いくつものそれ。
 楽しいもの、忘れられないもの、美しいもの、かけがえのないもの、それから。
 それがいつから増えたのか、確かなことはわからない。けれどそれでも確かなことは。
「どれも、私の大切な宝物だ」
 大切そうに紡がれた、その言葉を教えられて――骸魂は鮮やかに色づいてゆく。
 様々な彩りを得たように色なき魂に七彩を映し、やがて柔らかな花を咲かせた。

 ――咲いた花は、真っ赤な牡丹一華。

 淡い光を灯すように、ふわりと檻の中で浮かんだその花に英はふと微笑んだ。
 灯り咲いた檻の牡丹が、池の水面にも咲いている。
(きっかけは何時だって、水のある場所だ)
 散るでもなしに花弁を零すあかい花。それを見つめて英は、話の続きのように囁いた。
「この牡丹一華は、私のきっかけ」
 伏せていた目を閉じて、開く。
「常に傍に有り、見守る花。私の宝を知っている花だ」
 ――傍に。
 夜から響く声を耳にした気がして、英は懐に忍ばせた同じ色の花弁をそっと掲げた。
 それは、檻に咲いた花と同じ種の花だ。
(けれども、この手の花は私の一番)
 手の中の赤を、見紛うことはない。
 それを識るのは誰よりも己である。それを証すのは、他でもない己である。
 英は手にある花を、大切そうに懐に仕舞う。
 檻を手に提げれば、咲いた牡丹一華はふわりと花びらを檻から溢れさせるけれども。
 溢れて零れて、いのちをあかすような一番の花は、ひとつきり。

「――同じ物はどこにも無い」

大成功 🔵​🔵​🔵​

タロ・トリオンフィ
たからもの……
うん、僕は、我が主の宝物

自分は宝だと臆面もなく口にすれど
ことりと首を傾げて

僕自身にとっては、僕は綺麗なタロットカードに過ぎないけれど
うーん、僕にとって大切なもの、という意味でならば
やっぱり僕の主、なのかな
……『宝物』と言うには、僕の方が所有される側なのだけれど

ずっと
描かれて、完成した時からずっと一緒
あの手のなかに僕はいる

以前、極寒の地で
……彼女がいなくなるのが怖いと
その手を離れたくないと
そう思ってしまったそれは
モノのままであれば持ち得なかった想い

思慕か
愛情か
執着か
まだ、その何れよりも淡く漠然とした、それは

我が主人の髪色の、星を散りばめたようなペンタス
咲いた花が紡ぐ意味は

『願い事』



●願いの蕾
 満ちた月に、まず視線を奪われた。
 ね、綺麗だよと声にしかけて、タロ・トリオンフィ(水鏡・f04263)は一人で来たことを思い出す。隣に見慣れた主の姿は今はない。
(同じ月を……と言うのも、難しいかな)
 何せ世界が異なるのだから。軽く頬を掻いて自分に苦笑して、タロは美しい眺めの蓮池を歩み進んでゆく。
 別段常にいつも一緒と言うわけでもない。猟兵としてこなす仕事は、各々で行くことだって多い。けれどつい主の顔が浮かんでしまうのは、この仕事の話を聞いてからずっと彼女のことを考え巡らせて来たからだろう。
「たからもの……」
 柔く灯る鬼灯を白い指先でつついて、青い夜の中で淡い薄紫に滲む蓮華を見つめる。
 宝物。それはタロにとって、とても身近な言葉だ。
 ――オレの宝物だ、と。
 そう告げる声が言葉が嬉しくて、当然のように胸の中心にある。
「うん、僕は、我が主の宝物」
 臆面もなく口にして、すっかり纏い慣れた純白のローブに飾られた胸に手を当てる。
 それは間違いようがない。疑いようだってない。タロにとって何よりも確かで、何よりも誇らしい大切なことだ。
「なら僕の宝物は……」
 すっかり止まりかけた足を動かして、タロは真っ赤な橋に辿り着く。
 欄干にずらりと並ぶ檻たちは、蓮池の景色にやたらと馴染んでそれさえ美しい。
 その中でふわり、ゆらりと揺らめく骸魂が問う。
『たからものをおしえて』
「……ええと」
 ことり。問う声に首を傾げて、タロはやっぱり考え込むように口元に手を当てた。
「教えたいのは教えたいのだけれど……僕もまだ、よくわかっていなくて」
 君もそうなのかな、と鳥籠めいた檻にいる骸魂に声を向けるが、応えはない。ますますタロは首を傾げる。ずっと考えて来たけれど。
「うーん、僕にとって大切なもの、という意味でならば……やっぱり僕の主、なのかな」
 曖昧な言葉で問い返すように呟いてしまえば、満月が映り込む水面に困り切ったような自分の表情を見つけた。
「……『宝物』と言うには、僕のほうが所有される側なのだけれど」
 だって、ずっとそうなのだ。
 描かれて、完成したときからずっと一緒。それを疑問に思ったことなんてない。
 タロはモノで、主の『宝物』で、今だって本当はあの手のなかにいる。
 それを不満に思ったことなんてない。
 けれど。
(でも、じゃあ『僕』は)

 ぐるりと廻る記憶は、ずうっと昔から積み重ねたもの。――そしてこの身を得てから、彼女の隣で重なったもの。
 水面の白い月が眩しい。眩しい白に、いつかの雪原を思い出す。あの極寒の南極の地で。
(……彼女がいなくなるのが、怖いと)
 思ってしまった。知ってしまった。考えてしまったそれは。
(モノではなくて『僕』の想い)
 モノのままなら持ち得なかったそれに戸惑うように、そっと、タロは檻で揺らぐ骸魂に手を伸ばす。
「ね。……僕は、どんな色をしているのかな」

 ――その手を離れたくない。

 そう思ってしまった白い指先は絵筆のように、色なき魂に色を落とす。
 思慕か、愛情か、執着か。
 まだその何れよりも淡く漠然とした想いの彩りは、始めただの真っ白だった。けれども真白いキャンバスに色を重ねるように、幾つもの夢が、星が、卵が、水底が、――雪が。花を咲かせる。
 咲いたのは、淡紫色の星を散りばめたようなペンタス。
(……主の、髪の色)
 すぐにそうだとわかってしまって、タロは大きな瞳を瞬かせてからゆっくりと笑った。
 柔らかに、けれど確かに咲いた花は、淡く光灯って檻の中で浮かぶ。
 その檻を両手で持ち上げれば、水面でも揺れる光は流星めいて腕に収まった。
 真白な胸の中心で、咲いた花。未だ名の無い想いのかたち。
「花言葉は『願い事』……だったね」
 それを抱いて、タロはゆっくりゆっくり歩み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百々海・パンドラ
鬼灯に照らされる道、湖に映る満月は幻想的で思わず心を奪われてしまいそう
それでも目的である檻を探す
見つけたのは金色の小さな鳥籠

貴女が鳥籠を嫌いなのは知ってるけど…
腕の中の羊のぬいぐるみを抱きしめて鳥籠に触れる

でも知りたいの
貴女が咲かせる花を
ラチェレ、どうか教えてちょうだい

花冠のように咲いたのは四つ葉のクローバーと白詰草
嗚呼、そうなのね
それは羊のぬいぐるみと同じ名を持った女が愛した男に捧げた花

私の物になってと微笑んで告げた呪いの言葉

わかっていたわ
貴女は永遠にあの男の物だって事

心を焼くような痛み少しに笑った
でもね、私
悔しいけど、そんな貴女が好きよ
彼女の心を抱くように花が咲いた鳥籠を抱きしめた



●醒めない夢の鮮やかなもの
 誘うように鬼灯がともる。
 柔らかな橙の光につい手を伸ばして歩き出せば、触れそうになる先からほうと逃げるように、橙火は移り進んでゆく。
(……綺麗だわ)
 逃げているのか、呼んでいるのか、結局その光を摘み上げることはせずに、百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は鬼灯が示す道を辿ることにした。
 示すものがなくたって、足元に迷うことはなく。明るい夜を恐れることだってないけれど。抱きしめた羊のぬいぐるみは、ぎゅうと離さずに。
 蓮池の程近くに辿り着けば、水面に映る満月が眩しいほどに美しかった。
 世界の終わりなんてまるで知らないように曇りなく、ただ美しく、夢のように幻想的で。
「きれい、だわ」
 今度は我知らずに声にして、思わず足は止まってしまう。心奪われてしまいそうな、望月夜。
 それでもパンドラは止まりかけた足を再び動かした。だって今宵は、月を見に来たわけじゃない。
 月が綺麗に照らす中で、迷うことはなかった。
 まるで描かれたような風景の中、池に掛かった大きな赤い橋にパンドラは辿り着く。
 その欄干に並ぶのは、たくさんの檻。形も色も様々な檻の中には、どれにも幽かな骸魂が囚われている。そしてこのどれもが、花を咲かすと言う。
『――おしえて』
 耳を掠めた僅かな声があった気がして、足を止める。
「……あ」
 ふと目に留まったのは月明かりにきらきらひかる、金色の鳥籠だった。
 その傍に近づいて、パンドラは腕にいるぬいぐるみをもう一度抱きしめる。
「貴女が鳥籠を嫌いなのは知ってるけど……でも」
 その中に捕らえるわけじゃない。ただ、たいせつなものを花にするこの檻にもしも貴女が触れたなら。
「知りたいの」
 貴女が咲かせるその花を。
 それを知るために、パンドラはここに来た。
 いつでも一緒だった。ずっと傍にいた。パンドラのいちばん大切なもの。だから自分が咲かせる花は、きっと見るまでもなくて。知りたいのは。
「――ラチェレ、どうか教えてちょうだい」
 腕の中のぬいぐるみに問いかけるように、檻に触れる。そうして骸魂は色を、姿をやわらかく変えた。
 甘やかな金色。夢見る橙。海のような青。覗けない底のような藍。

 ――ふわり、花冠のように咲いたのは、四つ葉のクローバーと白詰草。

 光り咲く花冠が檻の中に浮かぶのを目にして、ほんの少し言葉は出ずに。ただ唇ばかりが、小さく笑った。
「……嗚呼、そうなのね」
 ラチェレ。もう一度胸の中でだけ呼んで、ぬいぐるみを抱き直す。
 咲く花は、腕にいるぬいぐるみと同じ名を持った女が愛した男に捧げた花。
『私の物になって』
 そう、微笑んで告げた呪いの言葉。
 どんなに一緒にいても、その言葉は何にも引き裂けはしないもの。
「わかっていたわ」
 それでもどうしても知りたかった。知っていたのに。
(貴女は永遠にあの男の物だってこと)
 その存在こそ『貴女』を成すもので、小さな筐は開いても花にならない。
(この花こそ貴女の心)
 迷いなく咲いたその花に、パンドラの心は焼かれるようだけれど。そんな痛みに、すこしだけ笑う。
「……でもね、私」
 手を伸ばす。小さな金色の鳥籠を持ち上げるのは簡単で、檻の中の花はきれいだ。

「悔しいけど、そんな貴女が好きよ」

 大切なものを抱くように、パンドラはその鳥籠を抱きしめた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイシャ・エインズワース
滅びを招くものでもなければ、永遠にあれと願わずにはいられない風景だが、そこかしこに在る籠の中の花は誰かの大切な何かなのだろう。

大切な物を捉える檻―――――、何だ、同じではないか。
(自らが武器として使用している古びた鳥かごを見やる)
大事なものは鳥かごへ、鳥の羽を手折り永遠に、永久に。
いずれ散る花に身を焦がす気持ちは私にはわからないが。

私の大事な物は、私が私であるためには永遠であること、朽ちない花で有り続けること
全てを見通し、忘れないこと…有り続けることに意味がある。
いずれ自分以外の全てを取りこぼしたとしても、私は忘れない

(籠の中に咲く花は黒い薔薇。意味は決して滅びることのない愛
永遠の愛)



●永遠不朽ノワールフロース
 高い踵がとんと鳴る。
 青い夜に黒と金を靡かせて、ノイシャ・エインズワース(永久の金糸・f28256)は幽世へと降り立った。
(大きな月だ)
 満ちた月は、見慣れた常夜の空に昇るそれと同じように見えて、違う。
 青く明るく静かな夜に広がる蓮池に、夜の中でなお鮮やかな赤い橋。そこにずらりと並ぶ檻には、大切なものが囚われていると言う。
 凛と背を伸ばし、迷うことなくノイシャは歩み出した。
 その足元を照らすように、道を示すように。ほうと灯るのは鬼灯の橙火。一歩進むごとに灯りついて来る鬼灯は、やがて池のほとりに至って、その役割を終えたように眠りつく。代わり、起き出すのは池をぐるりと囲うように灯る鬼灯たちだ。
 それはあえかに、音もない喝采のように、あるいは送り火のように、ノイシャの足元を淡く照らす。
「……美しいものだな。これが滅びを招くものか」
 そうでなければ、永遠にあれと願わずにはいられないほど。
 その景色は美しく、壊し難い絵画のようだ。その中を、美しい女は金の髪を金木犀の香る夜風に靡かせて歩き行く。

 やがてノイシャは真っ赤な橋に至った。
 両側の欄干に並ぶ檻たちは近くで見るほど壮観と言えた。その色も形も様々だが、囚われているのは。
「大切なものを捕らえる檻、か」
 たからものをおしえて、と。どこかから声がする。それに頷くでもなくただ高い音で脚を進めて、ノイシャはひとつの鳥籠に触れた。
 その檻の中で幽かに揺れる、骸魂。既に色なきその魂は、それでもいつかは何かの妖の大切な命であったろう。それを大事に捕らえた、鳥籠ひとつ。
「――何だ、同じではないか」
 大事なものは鳥かごへ。永遠に、永久に。
 それと同じ役割を果たすものをノイシャは知っていた。手にしていた。
 自身が武器として使っている古びた鳥かご。それに金の瞳をやれば、同じ色を映したように、幽かな骸魂は僅かな色を識る。
 久遠の時を仕舞う鳥かごの蒼。その内側にある、尽きぬ炎の暁。
『たからものを、おしえて』
 色を得てなお問う幼子のような声に、ノイシャは射抜くような金の瞳を僅かに緩めた。
「宝物か。……大事なものは永遠であること。朽ちない花で有り続けること」
 静かな声に女性らしい柔さはない。けれども貴人が教え導く義務を果たすかのように、彼女の声は確かに刻まれる。夜に咲く花のように、骸魂は金色に、白に、黒に色を揺らがせた。
「全てを見通し、忘れないこと。――有り続けることに意味がある」
 それこそがノイシャの永遠。人じみて人ならぬ身に重なる久遠。
「いずれ自分以外の全てを取りこぼしたとしても」
 想いは朽ちぬ。忘れぬ記憶はノイシャがそこに有る限り、永遠に失われない。

「――私は、忘れない」

 咲いた花は、黒い薔薇。
 鳥籠めいた檻の中に光灯るその花を、檻ごと静かに抱き上げる。
(どのような花が咲くかなど、わかりきっていた)
 花は、花だ。いずれ散るもの。
 それに身を焦がす気持ちは、ノイシャにはわかりようもない。それでも。
(花が散るものではなく、ただ捧ぐものならば)
 決して滅びることのない愛を――永遠の愛を今は咲かそう。
 忘れ得ぬ全てのものが、永遠に有り続けるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花色衣・香鈴
【月花】
(花:スカシユリ)
だめ
花は無理に咲くものじゃない
「…行かなくちゃ」

向かった橋の欄干、囚われた骸魂に迷わず指を伸ばす
花が咲く本当の意味を教える為に
「宝物は、両親です。化け物になったわたしでも心から愛してくれた」
使用人として働く以上、病に臥す子に割く時間などなかった筈なのに
育てた所で不治、只の穀潰しだったのに
わたしが申し訳なさに家を出るまで
「いえ、きっと今も…」
短い命とお医者様が言った
愛してくれたから最期を見せて泣かせたくなかった
「花は愛してくれた人の為に咲く」
もう帰らない
もう見せてはあげられない
けれど
「わたしもずっと、愛しています」

両親の代わりに、いつも親切な人…傍らの佑月くんへ微笑んだ


比野・佑月
【月花】
咲くのは白いストック(思いやり・密かな愛)
自覚ない想いの現れ。

自分以外に大切な物なんてあるもんか
そう思っていた筈なのに。
胸の奥に灯ったこの暖かさは、
隣に佇む花のような少女に感じる何かはなんだろう。

「そっか。香鈴ちゃんはすごいな。俺は…この気持ちがなんなのかわからない。」
「もう少しで答えに手が届きそうな気はするんだけど」
お前がその答えなのかな?
そう心の内で問いかけながら触れた檻、
咲いた白い花の名前すら知りもしないけど。

「…そういうのが、欲しかったのかもしれないな」
大切なものを愛しているのだと、そう称した彼女に聞こえないよう呟いて。
飢えた心が満たされるような、そんな何かに思いを馳せる。



●隠月花咲
 降り立った終わりの夜は、青く明るく、静かだった。
 夜風に乗って届く香りは金木犀。姿は見えないけれど、きっと何処かで綺麗に咲いているのだろう。
 花はそうして咲くものだ。だからこそ。
「だめ」
 花色衣・香鈴(Calling・f28512)は小さくちいさく、声にする。花は無理に咲くものじゃない。無理に咲いたら苦しいだけだ。どれだけ綺麗だって、きっと。咲きたいときに、咲くべきものだ。
「……行かなくちゃ」
「香鈴ちゃん」
 突き動かされるように足を進めた香鈴を、ほんの少しだけ困ったように呼び止める声があった。
 聞き知った声にはたとして、香鈴が足を止めると、その隣に比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)がひょいと追いつく。
「いくら明るくても、足元、ちゃんと見て行かないと。ほら、蓮華も綺麗に咲いてるし」
「あ……」
 そう言って佑月が指差す蓮池は、ほんとうに綺麗だった。水面の月と、蓮葉と蓮華。何処か現実離れして見える景色は、まるで絵画か写真を見ているような気分にさえなるけれど。
「気づいてなかった?」
「……はい。いえ、月も花もあるのは、わかっていたんですけど。少し、焦って。……ちゃんと見られていなかったみたいです」
 花のことを考えていた。それなのに、きちんと花を楽しもうとは、思えていなかった。
 ほんの少しだけしゅんとしたように視線を落として、香鈴は改めて蓮池を見ながら池に掛かる真っ赤な橋を目指す。
「優しいですね」
「優しい?」
 首を傾げた佑月に、香鈴はこくんと頷いた。
「はい、月が。……まんまるで、明るくて、とても優しい月だなって」
 花も綺麗だけれど、つい視線は空を見上げてしまう。満ちた月は、滅びを予感させもしない。それが残酷なのか、やさしいのか。できれば後者であれば良いとぼんやり思う。
「香鈴ちゃんがそう言うなら、きっとそうだよ」
 佑月は黒い瞳を少し緩めて頷いた。佑月には思いもよらなかった月の見方だ。けれどそれは、この少女らしいとも思う。

 丁度その頃に、ふたりぶんの足音が橋のたもとに辿り着いた。
 どちらからともなく会話は途切れて、香鈴はずらりと橋の欄干に並んだ檻たちのもとへ足を進める。
 ふわり、ゆらり。檻の中で幽かな骸魂が花になれずに揺れていた。おそらくは囚われたことすら、気づいてはいないのかもしれない。もしもこのまま無理に花として咲いたなら、きっと咲く意味すら知らずに咲くのだろう。
(そんなのは、だめ)
 ひとつ。見つけた飾り気のない鳥籠めいた鉄檻に、香鈴は迷わず手を伸ばす。――花が咲く、本当の意味を教えるために。
『たからものを、おしえて』
「わたしの宝物は、両親です」
 迷う子供みたいな声に、香鈴は柔らかな声で応える。思い出して脳裏に浮かぶのは、いつだって優しい声で、笑みで、手だった。
「……化け物になったわたしでも、心から愛してくれた」
 花を咲かせるからだ、花を吐く病。花に寄られ裂かれ、臥せるばかりの子供を疎むことなく、畏れることなく。ただの子として親として、愛してくれたひとたち。
 使用人として働く以上、病がちな子に割く時間などなかったはずだった。医師からだって匙を投げられ、容易く『不治の病』を患った、ただの穀潰しだったのに。
 それでも両親は育ててくれた。愛してくれた。
(わたしが申し訳なさに家を出るまで、ずっと)
 ――両親の宝物は、きっとわたしだった。
 泣きたいような心地で疑いもなく、そう思える。
「いえ、きっと今も……」
 過去形では、なく。そう思えば、胸の真ん中が痛むようで、そっと息を吐く。
(短い命と、お医者様が言った)
 聞いたときに一番に思ってしまったのが、きっと泣かせてしまうのだって。
 こんなに愛してくれたのに、わたしは長く生きられない。
 あんなに愛してくれたのに、わたしは最後の最期まで、泣かせることしかできない。
「泣かせたくなかったんです」
 それが、精一杯のわがままだった。それが、精一杯の愛し方だった。
 けれど、もう帰らない。
「知らないなら、どうか覚えてください」

 ――花は、愛してくれた人の為に咲く。

 香鈴の言葉を覚えるように、色なき魂に柔らかに色が灯る。
 光り咲いたのは、スカシユリ。
 もう、見せてはあげられない。それでも。
「わたしもずっと、愛しています」
 大切そうに檻を両腕で抱きしめて、香鈴は傍らの佑月を見上げて微笑んだ。
「佑月くんも、教えてあげてください」
「……俺は、この気持ちが何なのかわからない」
 迷いなく答えて咲かせて見せた香鈴を何処か眩しそうに見て、佑月は淡く苦笑を浮かべ、ひとつの檻を覗き込んだ。
「香鈴ちゃんはすごいな」
 ぽつりと落とす、それは世辞ではない言葉だ。だって、あんなにも迷いなく。あんなにもきれいに、自分以外の大切なものを告げて見せる。
(自分以外に大切な物なんてあるもんか)
 そう、思っていたはずだった。今だってそのはずだ。
 それなのに、胸の奥に灯ったこの暖かさは――隣に佇む花のような少女に感じる何かは何だろう。
「……もう少しで、答えに手が届きそうな気はするんだけど」
 わからないまま手を伸ばす。檻に触れる。届くのは、檻までだ。自分の胸の内側になんて触れられない。そもそもそこに何かあるなんて思ってもいなかった。
(俺の中にも、何かがあるのかな)
 香鈴が花にして見せたようなあたたかいもの。飢えるばかりで、満たされることなんてひとつも知らない。

 ――それでも花は、真白く咲いた。

 柔らかに咲く、白い花。その名前を佑月は知らない。彼女なら知っているだろうか。問おうかと思って、やっぱりやめた。
(お前がその答えなのかな)
 大切なものは、自分の胸の内にもあったらしい。きっとそれは『自分』ではない。だって自分が咲いたなら、きっとこんな柔らかくて暖かそうな花は咲かない。この花は、まるで。
 愛しています、と。微笑んだ香鈴の声が響いた気がした。大切なものを愛せるひと。そのために、花は咲くのだと。
「……そういうのが、欲しかったのかもしれないな」
 ほんの小さく、呟いた。彼女に聞こえないように。
「佑月くん?」
 首を傾げた香鈴に、何でもないよと緩く笑って、檻を手にする。

 暖かくて、春のような。飢えた心が満たされるような、そんな何かが見つかる気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
エコー、宝物とかある?
俺ねえ。あんまないんだよな、忘れるからさ
今の宝つったら
――お前くらいだわ
いや、だって、手元にあるのがお前しかいなくね?
うるせーな、死体はモノ扱いなんだよ
成立するだろ

――いや、本当に今んとこはコイツしかねえ
なーんも知らずにどいつもこいつも噛みつきたい盛りの俺を見てる気分になる
だから、世話を焼いちまうし
危ないことは危ないって教えちまうのかもしれねえ
変か?いいや――俺はそうされたかったからさ
檻に触れるよ。念じるだけでいいんだろ?じゃあ、セリフは無しといこう

オーライ、綺麗な海色だ
小さい花だこと。っはは、うんうん、子供っぽい
ええ?お前っぽいって言ってねーよ
言ってないってば


エコー・クラストフ
【BAD】
宝物か……ボクにはもうそんなものはないよ。持ってた物は全部無くしたからさ
……えっ、宝? ボクが? ハイドラの? なんで?
手元にあるって……そうかもしれないけど、そもそもモノじゃないだろ。変なこと言うやつだ

檻に触れる。何が大事かなんて全然わからない
咲くのは真っ赤なアザミ。針山みたいな外見だ
花には詳しくないけど、こうして目で見てわかったよ――復讐の花だろ
ボクにとって今大事なもの……宝物は「復讐心」ってことか。そうだな……復讐っていう支えがなかったら、ボクは生き返っても何もできなかっただろう

ハイドラ、そっちは? ……その小さい花がボク?
何だそのリアクション。ボクのこと子供って言ってないか?



●黒天鵞絨に赤の碧落
 オシマイの月は見事なものだ。
 そんな気配は微塵もないが、どうやら何もしなければこの世界は終わってしまうらしい。
 ―― くだらねーな。どうでもよくね。イイ月じゃねーか。これ金になるのか? なるだろ。うるせーな。そんなことより。
「エコー、宝物とかある?」
 いくつかの言い合う声を聞き流して、ハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)は歩みを進めながら、夜に融ける黒髪を揺らすと、隣の海色の少年――エコー・クラストフ(死海より・f27542)を見た。
「宝物か……ボクにはもうそんなものはないよ」
 白すぎるほど白い肌は青い月夜に良く映える。華奢な身体の線を隙間なく隠すのは少年の装いだ。けれどもエコーは、正しくは少女である。
 そんなことはハイドラだって承知の上だ。この問いに、肯定が返らぬことだっておそらくはわかっていた。
「持ってたものは、全部なくしたからさ」
 あの海で。あの船で。――生きていた身体さえ、ぜんぶ。
 然程も動じぬ表情で海色の瞳を一度伏せてから、エコーはハイドラを見た。
「ハイドラは?」
「俺ねえ。あんまないんだよな、忘れるからさ」
 声音ばかりはあっさりと言ってのける。次から次。遠慮もなしに抜け落ちてゆく。あるいは『使い切って』ゆく。大事なものから忘れる頭に今残っている宝と言えば。
 巡る思考と声がひとたび止まれば、ハイドラの視線はひとりでに隣へ向く。いつも通りの、どこか遠くを見つめる海色が、違い色の両眼に同じ色で映り込んだ。

 ふたりは灯る鬼灯を踏まずに抜けて、見事な眺めの蓮池を畔を歩きゆく。やがて真っ赤な橋に足を進めれば、欄干にずらりと並んだ檻たちが見えた。その中に揺れるのは、色さえ定かでない骸魂たち。
『たからものを、おしえて』
 ふわり。ゆらり。揺れて聞こえる声はどこからもするようで、たったひとつからするようでもある。
「壮観だねえ。これ全部宝物にすりゃ、そりゃあ何だって釣れるだろ」
「ボクにはないって言ってるんだけど。ハイドラだって、」
「お前」
「え」
「――今の宝つったら、お前くらいだわ」
「……えっ」
 何でもないように言われた言葉を、エコーは思わず聞き返すように見てしまう。言った張本人はやはり何でもないような食えない顔で肩を竦めて、檻を覗き込んでいるのだけれど。
「宝?」
「そ」
「ボクが?」
「そう」
「ハイドラの?」
「そうそう」
「……なんで?」
 なんでと来たか。ハイドラは檻から視線を上げて、がしがしと頭を掻きながらエコーを見返した。
 見えたのは物凄く素直に呆けた顔である。妙な落ち着きがあるくせに、こういうところは子供みたいだ。思わずくつりと喉が笑う。
「いや、だって、手元にあるのがお前しかいなくね?」
「そうかもしれないけど……そもそもボクはモノじゃないだろ」
「うるせーな、死体はモノ扱いなんだよ。成立するだろ」
 死体。すなわち、エコーのことだ。デッドマンたるエコーの身体は、正しくは死体――生ける屍である。それを手元にあるから宝、だなんて。
「変なこと言うやつだ」
 エコーはふいと視線を逸らして、檻に向かう。ハイドラが見ていたのとは反対側の欄干の檻のひとつに目が留まれば、どちらからともなく背中ばかりが向かい合った。

(何が大事かなんて、全然わからない)
 大事なもののひとつやふたつ。普通なら、きっと勝手に出来るものなのだろう。
 けれど、エコーにはわからない。宝物なんてない。
(それでも花は、咲くのかな)
 白くて冷たい指を檻に伸ばす。音もなく触れた檻は、冷た過ぎることはなかった。
 揺らぐ骸魂に、さざなみが打ち寄せるように色が滲む。ざあ、と。蓮池の水面を、海を鳴らすかのように秋の夜風が撫でてゆく。
 ――咲いたのは、真っ赤なアザミ。
 血のような赤。針のような花弁。光灯す花は美しく在るけれど、触れれば容易く傷つきそうな、その花。
(何て言う花だろう)
 花には詳しくはなかった。だからエコーにその花の名前はわからない。けれど。
(でも、こうして目で見てわかったよ。――復讐の花だろ)
 きっとそうだ。それが自分の大切なもの。今、大事なもの。どうやら宝物は、なくはなかったらしい。
(宝物が『復讐心』。……ああ、でもそうだな。復讐って言う支えがなかったら、ボクは生き返っても何もできなかっただろう)
 それがこの死せる身体に宿るもの。形を見出せなかった『宝物』。――すくなくとも。この温度を忘れた身体は、空っぽではなかったのだ。

 ハイドラは片手でひょいと檻を持ち上げた。檻の中には何もないようにさえ見える幽かな揺らぎがあって、それがどことなく、心もとなそうに浮かんでいる。それに満足な答えを示せるかは、ハイドラにだって定かでない。
(宝物、ね。――いや、本当に今んとこはコイツしかねえ)
 すぐ後ろ。背中の向こう。そこにいる少女を、ハイドラは放ってはおけないのだ。どうしてかって、そりゃムカつくからさ。なんて、一言では片付かないから困ったものだ。
(なーんも知らずに、どいつにもこいつにも噛みつきたい盛りの俺を見てる気分になる)
 何も知らないガキ。そう括って追い返す気も、もうありはしない。だから世話を焼いてしまうし、危ないことは危ないと教えてしまう。
 まるで『親』みたいに。『姉』みたいに。そのどれでもない、何でもないくせに。
(変か?)
 檻の中で揺らぐ骸魂に声なしに問う。応えはない。だから応えよう。
(――いいや。俺はそうされたかったからさ)
 だから、大切にする。してしまう。宝物だと憚りもなく口にして、それすら教えられたら良いと思う。この気持ちを忘れる前に。

「ハイドラ、そっちは?」
「オーライ、綺麗な海色だ」
 丁度良く呼ばれた名前に慣れた調子で振り向けば、かしゃんと小さく鳴る檻を掲げる。
 咲いたのは、澄んだ色で咲く、小さな海色の花。
「……その小さい花がボク?」
「ホント、小さい花だこと。っはは、うんうん、子供っぽい」
 怪訝そうなエコーの声に笑い返せば、ハイドラは楽しげに橋の上から水面に海色の花を映した。ああやっぱり、水面には良く似合うものだ。重ねて笑う。
「ボクのこと子供って言ってないか?」
「ええ? お前っぽいとか言ってねーよ」
 ふうん。素っ気ない返事で檻を提げて歩き出すエコーに、軽い足取りでハイドラは追いつく。
「言ってないってば」
「……変なやつ」
 そんなことはもう、とっくに知ってはいたのだけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
トモエさん/f02927

鬼灯の明かりが淡く、うつくしいこと
ふうわり香る金木犀が心を擽るよう

天上を仰げばまあるい月
かくりよで眺むお月さまは如何かしら

ゆうらりゆれる檻は
あかい隔てをもつ座敷牢
ひとの身が入れるはずもない大きさ
だというのに、胸がざわつくよう

宝物は、と問う声がきこえる
わたしの宝物は、そうね
あなたやお友だち、館に住まうひとびと
幽世蝶の『あなた』、さくらのひと
わたしの周囲のひとびと、かしら
あなたは、如何なるお姿を見せてくださるの

牡丹一華と桜を重ねたような姿
中央に黄金を結んだ、薄紅から紅に移ろう花
嗚呼、なんて不思議な
はじめて眺むお花だわ

……トモエさん?
あなたのお花は
その檻は、如何なるものかしら


五条・巴
七結(f00421)

かくりよも、どこの月も綺麗だね
遠く輝く僕の憧れ

眼前にあるソレは、人はおろか
限られたものしか入らなそうな
丸い、丸い、小さな吊るし檻

大切なもの
僕の宝物
僕の手にあるもの

なんだろう

七結は、大切なものって言ったら何を思い浮かべる?

そう、沢山あるね。
いいね、いいな。
きっとこれからも七結の宝物は増えるんだろう。

僕の宝物、
親しい人も尊敬する人ももちろんいる
この気持ちは宝物
けれどその熱量は一方通行なもの
貰ったものは全て受け入れ、”僕”になる

僕は、僕の宝物は、
僕自身
想いも身体も全て僕のもの
それだけ

檻を蔦って
檻すら見えないくらいに咲き誇る
梔子の花

香り豊かで中身は見えない
美しい檻の完成だ



●花がさね
 まあるい月に兎はおらず。
 滅びを前にして尚、月は遠くて丸くて静かだった。
「かくりよも、どこの月も綺麗だね」
 遠く輝く憧れに、五条・巴(照らす道の先へ・f02927)は眩しそうに微笑んだ。
 どの世界でも満ちては欠けて、その姿を美しいまま変えぬ月。巴と同じように天上を仰いで、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)もゆっくりと瞳にその月を覚えた。
 そうしてまた伏せる睫毛の先で、ほうと灯るのは鬼灯のあえかな橙。
 おいで、おいでと手招くように青い夜に淡い光が道なりに灯りゆく。
「うつくしいこと」
 幽世に降り立つのは、初めてではないけれど。来るたび、この世界は滅びがすぐそこにある。だからこそうつくしいのかしら。ちいさく首を傾ぐけれど、きっと滅ぶために美しく在るものはない。
 静かな夜を二人進めば、ふうわりと、秋告げの甘い香りが心擽る。
「……金木犀ね」
「うん、良い香りだね」
 明るい夜でも、その花の色は見渡すだけでは見つけられないけれど。
 その代わり、満ちた月を映す蓮池に、真っ赤な橋を見つける。遠目にも欄干にずらりと並んで見えるのが、話に聞いた檻たちだろう。
 さまようばかりの骸魂。その檻の中に未だ花はない。大切なものを囚われて、そのかたちを知らぬものたち。
「七結は、大切なものって言ったら何を思い浮かべる?」
 鬼灯の導きに添うようにゆっくりと歩みを進めながら、巴は隣の少女へ問いかけた。
「わたしは……そうね」
 七結も進みながら、ふと唇に笑みを乗せる。
「あなたやお友だち、館に住まうひとびと」
 指折れば足らずで困ってしまいそうで、小指をそっと撫でて言葉を重ねることにした。
「幽世蝶の『あなた』、さくらのひと――わたしの周囲のひとびと、かしら」
 大切なもの。宝物。そう呼んで憚りないものは、たくさん、たくさん。いつの間にか、花降るほどに。
「そう、沢山あるね。……いいね、いいな」
 大切そうに紡がれたどれもを微笑んで聞いて、巴は飾らぬ声音で呟く。
「きっとこれからも、七結の宝物は増えるんだろう」
 それはきっと幸せなことだ。どれかひとつを選ぶのではなくて、その全部をきっと、彼女は宝物にする。
「……トモエさんは?」
「僕は……」
 静かな夜に灯る鬼灯のようにゆるりと問い返す声に答えようとしたところで、二人は真っ赤な橋に辿り着いた。
 そのたもとに立てば、思ったよりも橋は大きく鮮やかで、檻たちの並びは月夜へ届くほど果てしない。
 けれどもやはり、夜は静かだ。
『たからものを、おしえて』
 幽かな声が、耳に届く。どちらともなく視線を見合わせれば、聞こえたと示すように頷いて、足を進める先は別々に行く。

 どの檻も簡単に持ち上げられそうな大きさではあったけれど、巴が見つけた檻は特に小さかった。
 人は勿論、ほんの限られたものしか入ることができなそうな、丸い小さな吊るし檻。
 その中で幽かに揺れる骸魂もまた、他のものに比べて小さく見えた。
「やあ、こんばんは。……僕の宝物を訊いたのは君?」
 巴の声に返る言葉はない。触れて答えようかと手を伸ばそうとして、ふと自分の手に目を留めた。
(僕の手にあるもの)
 なんだろう。この手に掴めるような宝物が、どれくらいあったろう。七結が紡いだように、親しい人も尊敬する人も勿論いる。
(この気持ちは、宝物)
 けれどその熱量は、一方通行なもの。色んな大切な気持ちを貰って、貰ったものは全て受け入れて――そのすべてが『僕』になる。
「僕は……僕の宝物は、僕自身」
 やっと繋がる答えを見つけて、言葉に乗せる。大切な人たちに出逢い、大切な想いを知って今に至る、その自分はきっと自分にとっての宝と呼んでも良いものだ。
「想いも、身体も、全て僕のもの。……それだけだよ」
 さあ、咲いて。促すように小さな檻を指でなぞれば、色なき魂が白く輝く。光は小さな檻から溢れ出し、その全てを包み込み――やがて檻すら覆い隠すほどに咲いたのは、梔子の花。
 甘く香る真白い花の檻は美しく、どこか空に浮かぶ望月に似ている。
 まるくまるく浮かぶ月が、ただ美しくだけ映るように、巴の花檻のその中身も見えはしない。
「綺麗だね」
 巴はきれいに微笑んで、月を見上げて紡いだ言葉を、夜に揺れる檻に呟いた。

 ゆうらりゆれる檻は、七結の前にもある。
 幾つもあるその中で見つけたのは、あかい隔てをもつ座敷牢。
 欄干の上にあるそれは、到底ひとの身が入れるはずもない大きさだ。触れたところで囚われはしない。だと言うのに。
「……こんばんは、あなた」
 ざわつく胸を宥めるように、なるべくゆっくり言葉を紡ぐ。
 夜の中でも鮮やかな座敷牢に囚われた骸魂は、宝物を問うたきり応えることはないけれど。
 七結の宝物は、巴に答えたものが全てだ。
 それを伝うように、そっと白い指先が、赤に触れる。
(あなたは、如何なるお姿を見せてくださるの)
 わたしのたからものを、どうぞ花にして。
 ゆうらり、ゆらり。
 小さな座敷牢の中で今にも消えそうに揺蕩っていた骸魂が、七彩を映す。

 ――咲いたのは、牡丹一華と桜を重ねたような花。

 鮮やかな真っ赤な牡丹の花弁を支えるように、柔らかな桜の花弁が包み込む。その真ん中に黄金を結び、薄紅から紅に移ろううつくしい花。
 真っ赤な座敷牢の中で咲き誇る、せかいでたったひとつのその花。
「嗚呼、なんて不思議な」
 咲いた花を見れば、ざわつく胸は柔らかく蕾を解すようにして落ち着いた。
 両の手を伸ばして檻を腕に納めて、七結は柔く微笑んで檻越しの花を抱く。
「はじめて眺むお花だわ」
 これがわたしの宝物。たくさんの大切なひとびとと重ね彩る牡丹一華とさくらいろ。

「七結も咲いたかい?」
「ええ。トモエさんのお花は――」
 傍らから名を呼ぶ声に檻を抱いたまま振り向いて、七結は巴の真白い檻を見つける。
「……うつくしいこと」
「七結の宝物もね」
 笑みを交わせば、檻の中で花が光り灯る。甘い香りはどちらの花か、あるいは金木犀の贈り風か。
 七結の長い髪がふわり靡いて、月を映す蓮池の水面に花のように揺れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ステラ・エヴァンズ
WIZ
旦那様(f00225)と参加
実に見事…綺麗な光景ですが、少々不気味さも垣間見えますね

刀也さんと手を繋いでゆったりと蓮池を眺め歩きながら一つ言葉を交わしてみましょうか
して宝物…猟兵になって以来、宝物は増えてゆくばかりですけれど
一番の、特別な宝物と言えばやはり旦那様である刀也さんをおいて他になく
この方は私にとって自由に飛ぶ事のできる青空であり、同時に眩く照らす太陽のような御人ですから

これは…一見、八重咲きの金盞花のようですが淡い青色ですね
本来の金盞花は太陽の花とも呼ばれますし、金の盃に見える事から金盞花とついたとも聞きます
…ふふ、太陽にお酒に空のような青ですか…まさにこれは刀也さんの花ですね


御剣・刀也
POW行動

ステラ・エヴァンズ(f01935)と一緒に参加

宝物ね
俺の宝は家族であり、俺の女房であるステラだ
傷つける奴も、奪おうとする奴も、皆俺が斬り捨てる

ステラと手を繋いで池を歩きつつ、花を思い浮かべる
花の名前は忘れたが、確か、誠実を花言葉にする青い花があったはず
それを思い浮かべつつ、自分が太陽だと言われれば
「ならステラは月だな」
宇宙に輝く星の側にある月。太陽だけでは寂しすぎるから、その傍にある月だろうと話ながらのんびりと歩く



●めおと花
「実に見事……」
 眼前に広がる光景に、ステラ・エヴァンズ(泡沫の星巫女・f01935)は思わずほうと息を吐いた。
 青い夜に満ちる望月。その下に広がる、大きな蓮池。あえかに灯りゆく鬼灯の橙火は、しるべのように足元を照らしている。
「随分と明るい夜だな」
 ステラの手をすいと取って繋ぎ、御剣・刀也(真紅の荒獅子・f00225)も月を見上げた。
 美しすぎるほど幻想的な景色だ。けれどこの向こうにはすぐそこまで滅びの時が迫っていると言う。
 池に掛かる真っ赤な橋には、遠目からでも檻がずらりと並んでいるのが見て取れる。
「……綺麗、ですが。少々不気味さも垣間見えますね」
「怖いか」
 傍らから問う声に、ステラは刀也を見上げる。繋がれた手を握り返した。
「いいえ、大丈夫です。刀也さんと一緒ですから」
 そうか、と微笑む夫に妻たるステラも微笑み返す。そうして青い夜に溶け合うような青空色の髪を揺らして、ふたりはゆっくりと歩き出した。

 静かな夜の蓮池は、ただただ美しかった。
 そのほとりを、ふたりは歩む。蓮葉と蓮華、水面月。その水鏡にふたりの姿も綺麗に映り込む。
 景色を楽しむように進めば、橋までは随分距離があるようにも思えた。
「して、宝物……」
 歩みながら、ステラはふと呟く。
「猟兵になって以来、宝物は増えてゆくばかりですけれど」
 どれかひとつでないといけないのでしょうか。小さく首を傾いでステラが言えば、その仕草を見下ろしていた刀也は軽く笑んだ。
「宝物ね。……俺の宝は家族であり、俺の女房であるステラだ」
 そう、迷いなく口にする。ステラが淡く頬を染めて、ふわりと微笑んだ。
「私もです」
 どれだけ宝物が増えたとて。一番を選ぶのは、迷う必要などどこにもなかった。
「一番の、特別な宝物と言えば、やはり旦那様である刀也さんをおいて他にありません」
 きっとそれは、互いに口にするまでもないことだ。
 けれどだからこそ、口にすれば改めて想う。
「刀也さんは私にとって、自由に飛ぶことのできる青空で」
 囚われ蔑まれた日々の向こうに、こんなにも鮮やかな幸せがあるなんて、いつかのステラは知らなかった。否、彼に出逢わなければ、きっと知ることもなかったろう。
「眩く照らす、太陽のような御人ですから」
「……ならステラは月だな」
「え?」
 甘やかな微笑みで告げられた言葉に、刀也は瞳を緩めて言葉を返した。
 彼女の名が持つ意味は星だけれど。宇宙に輝く星の傍ににある月は、彼女であれば良い。
「太陽だけでは寂しすぎる。……俺が太陽で、その傍らにあるなら、ステラは月だろう」
「ふふ。何だか少し照れますね」
「先に言ったのはステラだ」

 くすくすと二人笑い合い、歩みを進めるうち。いつの間にか、橋のたもとに辿りついていたらしい。
 真っ赤な橋に並ぶ檻。その中の幽かな骸魂は、花を咲かすと聞いた。
「咲かせて、みましょうか」
「花か。……そうだな」
 刀也は花には詳しくはない。思い浮かべられる花も限られているけれど。
(確か、誠実を花言葉にする青い花があったはず)
 宝物は決まっている。ならば咲くのはやはり、彼女のような青が良い。
「触れてみましょうか」
 ステラの言葉に頷いて、各々が鳥籠めいた檻に手を伸ばす。
 そうして触れて、咲いたのは。

 ――刀也の檻には青い花。
 ――ステラの檻には、青い金盞花。

「これは……八重咲きの金盞花でしょうか。淡い青色が、とても綺麗」
「ステラの花は、金盞花と言うのか」
「ええ。本来の金盞花は金や橙で、太陽の花とも呼ばれますし、金の盃に見えることから金盞花とついたとも聞きます」
 けれど光り咲いたのは、存在し得ぬはずの青色金盞花。それは、まるで。
「……ふふ。太陽にお酒に、空のような青ですか。まさにこれは、刀也さんの花ですね」
 大切にします、とステラは檻を手にする。
 刀也も檻を繋いだ手とは反対の手に提げて、腰の刀に目をやった。
 宝物たる妻への想いで咲いた花。何よりもその存在は、刀也にとってかけがえのないものだ。

「――傷つける奴も、奪おうとする奴も、皆俺が斬り捨てる」

 低い音で囁き落とす。ステラの耳には届かなかったか、首を傾げる仕草に笑って、二人はのんびりと再び歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
【狼兎】
花:ピンクのスターチス

こんな景色を見ていると、嫌でも思い出してしまう
まるで飾り立てるように花が敷き詰められた鳥籠に
閉じ込められていたかつての記憶
笑顔を作り声色を偽り話しかけて

「紫崎君は宝物決まってる?」
「えー、残念。じゃあ僕のも秘密ね」

相手に聞こえないよう骸魂に伝えるのは
宝物は…新しい思い出
救われて、仲間が出来て従姉妹とも再会した
自分の力で救える命が、笑顔があった
彼と…結ばれた事も
僕にとっては何より大切な記憶

伝えてからそっと檻を撫で
君もきっと出たいよね
ごめんね…もう少し待ってね

かけられた言葉にキョトンとし
「どうしたの急に?
大丈夫だよ
紫崎君はいつだって僕を見つけてくれる
だから…信じてる」


紫崎・宗田
【狼兎】
花:碇草

…檻に、花…ね

偶然だとしても傍らの存在を連想させて
無言のままちらりと、口数の減った澪の様子を伺う

「宝物ったってなぁ…」
「まぁ適当に伝えとくさ。聞くなよ?」

恋人…澪には聞こえないよう伝える
俺にとって宝と言えるのはもうこいつだけ
出会いは偶然だった筈なのに、無性に懐かしく愛しい存在
が…正直純粋な想いとは言えねぇとも思う
コイツの命が消える前に
忘れられないよう爪痕を残し自ら殺してやりたいと思った事も
誰にも奪われないよう閉じ込めてやろうかとも
何度も…何度も思った
そんな歪んだ想いでも、花は咲いてくれるのだろうか

「おいチビ、初めに言っとく
何があっても護ってやるから
臆するな、諦めるな
俺を信じろ」



●愛惜檻花
 月が満ちる明るい夜がそこにあった。
 二人の足元に灯るのは鬼灯。
 見渡す先に広がるのは蓮池。淡い橙の光が池のほとりを辿り咲き、その向こうに大きな赤い橋がある。
 その欄干にずらりと並ぶ檻の数は知れず、その中に花となる骸魂が囚われていると言う。
「……、……」
 栗花落・澪(泡沫の花・f03165)はほんのしばらく、上手く声が出なかった。
 檻に花。――こんな景色を見ていると、嫌でも思い出してしまう。
 まるで飾り立てるように花が敷き詰められた鳥籠に閉じ込められていた、かつての記憶。
 奴隷と呼んだ誰かがいた。見世物のように檻の中にいたのは、花ではなくて自身だった。

(檻に花、ね……)
 静かな夜に、足音ばかりが響く。普段より格段に口数の減った澪を見遣ってから、紫崎・宗田(孤高の獣・f03527)は無言のままに檻の並ぶ橋をちらりと見た。
 まるで美しい景色の一部として並んでいる檻が、気に食わない。
 単なる偶然だ。偶然だとしても、檻と花と聞けば、宗田が思うのは傍らの存在だった。
 そしてその連想は、決して良いものではない。
 押し殺したような沈黙が、ただ夜の中に続いてゆくのが何よりの証拠だ。けれども張り詰めた様子の小さな姿が、自ら口を開くまで。宗田は口を開かぬことにした。
 言葉はない。けれどふたり、離れることもない。傍らの存在を互いに感じながら、やがて真っ赤な橋のたもとに辿り着く。
 ふっと鬼灯の灯りが消えて、空に望月と、欄干に檻。

「――紫崎君は、宝物決まってる?」

 不意に澪が口を開いた。
 いつも通りの声で、笑顔だ。そうであれと偽った声で、笑顔だった。だって、凍りついた顔や声で、彼を見たくない。見られたくない。
「宝物たってなぁ……」
 その偽りに、宗田が気づいたかどうか。ただ、返した声は宗田もいつも通りの声だった。
「まぁ適当に伝えとくさ。聞くなよ?」
 軽く茶化すように笑って、ひょいと澪が見ているほうとは逆側の欄干へ宗田は進む。
「えー、残念。じゃあ僕のも秘密ね」
 明るく笑って、澪も檻へと向き直った。
 互いに背を向け合って、けれど離れ離れにはならず。相手に聞こえないように、そっと鳥籠めいた小さな檻を覗き込む。
『たからものを、おしえて』

(……いいよ)
 問う声に、澪はひとつ頷いた。
 記憶と混ざりそうになる感覚を軽く頭を振って払って、檻に触れて伝える。
(僕の宝物は……新しい思い出)
 失われた思い出ではなく。澪が大切に積み重ねて来た、たくさんのもの。
 彼に救われて、仲間が出来て、従姉妹とも再会した。
 自分の力で救える命が、笑顔があった。
(嬉しかったんだ)
 素直に伝えることは、難しいことだって多いけれど。
(幸せ、なんだよ)
 ――彼と、結ばれたことも。
(僕にとっては、何より大切な記憶)
 きっとこの檻の中にいる骸魂は知らない。大切なもの。宝物。いとおしいもの。
 伝えられた言葉は声に非ず。けれども確かに伝わった。今にも消え行きそうな幽かな魂に、柔らかな色を灯す。ひかる。蕾に変わる。

 ――咲いたのは、ピンクのスターチス。

 あたたかな色。飾るのではない、こぼれるように咲いた花。宝物を覚えたように。
(君もきっと出たいよね)
 小さな檻を、そっと手にして撫でてやる。不思議といまは、息が詰まらなかった。ごめんね、と声なしに伝う。
(もう少し、待ってね)
 きっと君も、救われるから。

 夜は静かなまま、宗田は檻に向かい合う。知らず眉間に皺が寄ってしまうけれど、幽かに届いた宝物を問う声は幼い子供のようなそれだった。
 背にいる恋人に聞こえぬように。宗田は檻に手を伸ばす。触れれば伝わる、そのはずだ。
(俺にとって宝と言えるのは、もうこいつだけ)
 澪。その一見少女のように愛らしい少年と出会ったのは偶然だった。けれどももう、その存在がなくてはならないと思えるほど、無性に懐かしく愛しい。
 大切だと、宝物だと。たったそれだけの言葉で表すことができないほどに。
(……正直、純粋な想いとは言えねぇと思う)
 優しいだけの想いではない。綺麗なだけの感情でもない。
(コイツの命が消える前に、自ら殺してやりたいと思ったことだってある)
 忘れられないように爪痕を残して。
(誰にも奪われないように、閉じ込めてやろうかと思ったことだって、ある)
 一度ではない。何度も、何度も思ったことがある。
 真っ直ぐな想いでは、きっとない。歪んでいる。それでも、宝物だと思う。
(こんな歪んだ想いでも、花は咲いてくれるのか)
 鳥籠の向こうを、宗田は見つめる。声なき告白を聞き届けて、幽かな骸魂は淡く色を得た。
 ――咲いたのは、碇草。
 碇を上げて優美に咲く、繋ぎ止める花。
 咲いた花を我知らず笑んで見て、宗田は檻をかしゃりと鳴らし、手にする。

「――おい、チビ。初めに言っとく」
 振り向いて、目が合った。丁度澪も宗田のほうを振り向いたときだったらしい。その大きな瞳に視線を合わせて、宗田は伝う。
「何があっても護ってやるから臆するな、諦めるな。――俺を信じろ」
「……どうしたの、急に?」
 唐突に伝えられた言葉に、澪はきょとんとして瞬いた。それからふわりと微笑む。
「大丈夫だよ。紫崎君はいつだって僕を見つけてくれる」
 あのときだって、そうだった。
「だから……信じてる」
「……そうか」
「うん、そうだよ」
 囚われてしまいそうな記憶が、すぐそこで渦巻いても。
 その傍らにいれば、偽りない花が、きっと咲くことができるから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

神秘的で綺麗な所だね
あえかな月明かりに照らされ咲く隣の櫻をみる
私はそなたの桜の香りの方が落ち着くよ

櫻宵を見失わないようにしないと
きみは私のいっとうの花
大切な友だよ
ずっと前からきみを捜してた、そんな気がする

宝物?
もちろん私は櫻宵が宝物だよ
私の親友
手を伸ばすのは朱塗りの和鳥籠
まるで妓楼の柵の中
咲くのは薄紅の桜
私の友に咲き誇る春の花
私が最も好む花
花言葉は『私を忘れないで』

檻の中に咲く桜が
私がしらぬはずのいつかのそなたを思わせて
胸が痛む

そなたも私を大切だと思ってくれるの?
うれしいな

約束だよ
櫻宵
いなくならないで

奪われてしまいそうな不安を感じるから
約の蔦で絡めとる

大丈夫
私が守る

私はきみの神なんだから


誘名・櫻宵
🌸神櫻

いい香りね!
この橋の先、何処に辿りつくのかしらね
…恥ずかしいけど悪い気はしないわ

不気味な程美しい景色に笑んで信ずる神の手を引く
カムイが迷ってしまったら洒落にならないもの
あら、あなただって私の大切な親友よ
朱の桜―私の大事な唯一信ずる神様
(これまでも
これからも
廻る輪廻を超えて
ずっと)
捜してくれたなんて流石、親友!
嬉しいわ

私の宝物もカムイよ?
私の神様だもん

綺麗に咲いた
黒籠の中に、真赤な朱の桜が
私の大事な神様の纏う花
花言葉は―私を忘れないで

(大好きな師匠、その転生
忘れない
あなたが私を忘れても)

私はカムイが大切だもの
勿論!いなくならない
約束ね

カムイこそ気をつけて
じゃあ
私はあなたを守る

親友だもの!



●君に巡逢う輪廻の咲に
 まるで月の纏う香が金木犀のようだった。
「良い香りね!」
 青い夜に灰桜色の髪をふわりと靡かせて、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は引いた手を離さぬように握り直した。
 手を引かれた青年――朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)は銀朱の髪をその隣に靡かせて、桜色の瞳を少し不思議そうに覗く。
「私はそなたの桜の香りのほうが落ち着くよ」
 この花の香りは少し甘すぎる。小さく呟いて、カムイは櫻宵が引く手をすいと引き寄せた。そうして香りを確かめるように瞳を伏せて、上げる。
「うん、やはり櫻宵のほうが良い」
「……恥ずかしいけど、悪い気はしないわ」
 でもそれ他の人にやっては駄目よ。ほんの少しだけ苦笑して、櫻宵は引き寄せられていた手でまたその手を引き直す。
「それにしても、不気味なほど美しいのね。一歩踏み越えれば、何処か違う処へ行ってしまいそう」
 話には聞いていたけれど、と改めて見やる幽世は、滅ぶ前とは思えぬほどに美しかった。
 蓮池に昇る満月と、咲き誇る天上の華。そのほとりを灯り囲う鬼灯の道標。その先に、真っ赤な橋がある。
「櫻宵を見失わないようにしないと」
「ええ勿論、この手は離さないわよ。カムイが迷ってしまったら洒落にならないもの」
 冗談めかして笑うけれども、櫻宵は引く手の力を少しだけ強くする。
 また何処か遠く遠く、彷徨って隠れて、見つけられなくなってしまわぬように。
 その手に応えるように握り返して歩み進めながら、大丈夫だよ、とカムイは櫻宵を見た。
「きみは私のいっとうの花。大切な友だよ。見失うはずがない――……ううん」
 ふわり、夜風が淡く桜の香りを運ぶ。ほう、と灯る鬼灯と月を一度見やって、カムイはゆっくり首を傾げた。

「ずっと前からきみを捜してた、そんな気がする」

 何処で? 何処かで。
 このあいだまで、きみに貰ったこの名前もなかったはずなのに。
 不思議そうに呟き落とす神の声に、櫻宵は手を引きながら柔く微笑んだ。角の桜がふわり、密かに花咲く。
「あなただって、私の大切な親友よ。朱の桜――私の大事な、唯一信ずる神様」
 これまでも、これからも。廻る輪廻を超えて、ずっと。
「捜してくれたなんて、流石親友!」
 嬉しいわ、と櫻は花咲む。神も微笑う。――いつか、そうした日のように。
 当然のように隣を歩くのが、決して叶わぬと想う日があった。やくそくはひとつも掬えずにただ散るのだと、そう思った日こそ悪夢のようだと、ふたり、滅ぶ神代の果てをゆく。

「神秘的で綺麗なところだね」
「ええ。この橋の先、何処に辿りつくのかしらね」
 やがて辿り着いた橋のたもとで、櫻宵とカムイは壮観な檻の並びを眺めた。
 ずらりと並ぶ数々の、様々な檻。その中に囚われた骸魂たちは、色すら持たない。あるいは囚われたことさえ気づいていないのかもしれない。
『たからものを、おしえて』
 何処からともなく、声がした。
「櫻宵、聞こえた?」
「ええ、宝物をおしえて、って」
「何処からだろう。――……ううん、見つけた」
 あれだよ、とカムイが迷わず指差した先。そこにあったのは、妓楼の柵めいた、朱塗りの和鳥籠。そしてその隣に。
「私はあれから聞こえたわ」
 並び見つけた、黒の籠。
『宝物をおしえて』
 カムイと櫻宵は瞳を見交わして、それぞれの檻を覗き込む。先に口を開いたのはカムイだった。

「もちろん私は、櫻宵が宝物だよ。私の親友だ」
「私の宝物もカムイよ? 私の神様だもん」

 迷いなく淀むことなく、櫻宵とカムイは互いを宝と答えて見せた。声が重なる。
 ふたりの声に、隣り合う檻の骸魂はふたつ、同時に色を得る。

 ――朱塗りの和鳥籠に咲いたのは、薄紅の桜。
 ――黒の籠檻に咲いたのは、真赤な朱の桜。

 互いが纏い咲き誇る、大好きな花が持つ言葉はひとつ。
「『私を忘れないで』」
 ぽつりと落とした声が、今度はひとつに重なった。ぱちくりと瞬いて顔を見合わせれば、桜色の瞳が見合う。どちらともなく微笑んで、櫻宵はカムイに頷いた。
「……忘れないわ」
 大好きな師匠。その転生。――忘れない。
(あなたが、私を忘れても)
 私がここで、ずっと覚えている。大切なものを護ってゆく。
「私はカムイが大切だもの」
「そなたも私を大切だと思ってくれるの?」
 うれしいな、とカムイが柔く微笑えばどこかあどけない子供のようでもある。
 けれど嬉しいのに、檻の中の薄紅桜を見れば、胸の真ん中に知らぬ痛みが滲むような気がするのが不思議だった。
(私は、いつかのそなたをしらぬはずなのに)
 そうして囚われて、いつか奪われてしまいそうな気さえするから。
「約束だよ、櫻宵。いなくならないで」
「勿論! いなくならない。約束ね」
 カムイこそ気をつけて、と。躊躇いもなく微笑う櫻宵にほっとするのに、胸がざわついてしまうのはどうしてだろう。
 つい何気なく紡がれた約の蔦で、言葉で絡め取る。檻の中で咲く両の桜が光灯った。
「私が守るよ、櫻宵」
「じゃあ、私はあなたを守る」
 それぞれの手に朱と黒の檻を持つ。もう片方の手は繋ぎ離さず。ふわり、赤と薄紅の桜が舞った。

「私はきみの神なんだから」
「親友だもの!」

 ――さくら咲む再約を、きみへ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛
宝ならば絶対のものがひとつ
檻の前に座り、語りましょう

永く生きていると宝は増えゆくばかり
その殆どは遠き思い出となりましたが
それでも、一等の宝は今も共に

見つめるのは黒き神剣
迷い無く、誇りと共に、この神剣・万禍が私の宝と骸魂へ

何から語りましょうか
見目の美しさ
刃の切れ味
元々の使い手である道士の事
『万禍』の名に相応しく呪われても尚宿す浄化の力
口数が少なく静かな様でいて意外と小言が…優しい所

ええ
万禍は美しく、優しい剣です
独りにしないと言いながら
その実
独りで居たくなかった私に付き合ってくれた

咲いた真の友情謳う勿忘草
その言葉と最も遠い男を何故か思い出す

この先に居るのか

確かめる勇気を抱けず
月輝く蓮池を見るばかり



●月満ち花咲いて檻天に満つ
 欠けることを知らぬ月が青い夜に満ちている。
 夜風が運ぶのは、金木犀の香り。――それから、花神たる汪・皓湛(花游・f28072)にしかわからぬ程度の咲き誇る花たちの香り。花眠るはずの夜、世界の滅びを前にして、どこかで花たちが、無理にも目を醒まされている。
 それに気づいてしまえばつい眉を顰めてしまうが、今目の前に広がる光景が美しいことに変わりはなかった。
「良い月夜ですね」
 皓湛は蓮池に昇る満月にゆっくりと眦を緩め、夜に、傍らにある神剣に呟き落とす。
 足元の鬼灯たちが導のように灯れば、蓮池を囲う鬼灯たちも呼応したようにあえかな橙を灯してくれる。
「……ありがとう、ここまでで大丈夫ですよ」
 やがて皓湛は、檻たちがずらりと並ぶ真っ赤な橋のたもとに至る。そこまでの道程を急かすことなく示してくれた鬼灯たちに微笑んで、皓湛は見果てぬ先へ続く橋と檻を改めて見た。
 静かな夜に、音はない。
(こんなにも捕らえて咲かせて、どうするのか)
 ゆっくりと橋の半ばまで足を進めた頃、皓湛は足を止めた。

『たからものを、おしえて』

 微かな声が聞こえたのだ。それは迷子の幼子のような声であり、花たちの囁く声にも良く似ていた。
 目に留まったのは、幾つも欄干に並ぶ檻たちの中、月の真下に見えた鳥籠めいた小さな檻。
「――宝ならば、絶対のものがひとつ」
 ひとつの檻を持ち上げて、そっと足下に置く。その前に背筋を伸ばして座せば、檻の中で色なしに揺れる骸魂が皓湛を見上げるように揺れた。
「永く生きていると、宝は増えゆくばかり。……その殆どは、遠き思い出となりましたが」
 まるで物語を語り聞かせるように穏やかな声で、皓湛は月下、語り始める。
「それでも、一等の宝は今も共に」
 腕に抱いて見つめるのは、黒き神剣。永遠に近い時間を過ごす皓湛の傍らに、常に在り続けてくれた存在。
「この神剣・万禍が私の宝です」
 迷うことなく誇らしげに、皓湛は宝を告げる。
「何から語りましょうか。――見目の美しさ、刃の切れ味、呪われても尚宿す浄化の力」
 万禍は万と禍いと書く。その名に相応しい程の呪いを負うても、友の浄化の力は失われなかった。その声は皓湛にしか聞こえはしないけれど、聞こえる声はいつだって穏やかで。
「口数は少ないのですが、静かな様でいて意外と小言が……優しいところ」
 一瞬ドスの効いた声が響いた気がして、すっと言葉を言い直す。――何も言ってませんよ。嘘をつけ。なんてやり取りは胸の裡。
「ええ、万禍は美しく、優しい剣です。……独りにしないと言いながら、その実、独りで居たくなかった私に付き合ってくれた」
 応える声に、救われた心は如何程か。たった独りで狂い落ちずに済んだのは、きっと彼がいたからだ。
 宝物を教えられて、檻の中、骸魂が淡く色づく。花緑青の彩りは、やがて蕾の形を取った。
「……こうして檻に咲かすのは、初めてかもしれませんね」

 ――花咲く刻を、花神は告げる。

 咲いたのは、勿忘草。真の友情を謳う花。
 語らずともあるいは、皓湛であれば咲かせられたろう。けれど教えてと請う声に応えてやりたかった。
 光り咲いた小さな花に柔らかく笑んで、皓湛は檻を腕に抱いて立ち上がった。
 檻ひとつ分、ぽかりと空いた橋の欄干。そこから水面に映る月を見つめる。
「……万禍には、元々の使い手がいます」
 ぽつり、話の続きのように零したのは何故だったろう。ただ、檻に浮かぶその花に似合いもしない、花が謳う言葉と最も遠い男を思い出す。

(この先に居るのか)

 掠めたのは直感だ。それに従い向かう脚を、万禍が諫めることはなかった。けれど。
(確かめる勇気は、未だ)
 檻と花と、万禍を抱く両腕に静かに静かに力を込める。
 真っ赤な橋の中央で進まぬ足を促す声もない。皓湛の視線は先ではなく、月と蓮池を見つめる。

 ――ただ水面月は美しく、世界の終わりから花の香りがしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キディ・ナシュ
【籠目】
ではお仕事が終わったら
一緒にお月見をいたしましょう!

はい!宝物なんて決まってます!
お会いしたことも未だございませんが
わたしを作ってくださった
ただ一人、わたしたちのマスター
大切なお方です!

ねぇおねえちゃん
マスターはどんな人でしたか?

鳥籠の檻を手にして問いかけ一つ
気に入りの絵本を読んでもらうように
何度と強請る宝物のおはなし
聞けば胸の内がぽかぽか温かくなる心地

わたしも
マスターのこともおねえちゃんのことも
とてもとても大好きです!

ニコニコ笑顔が花咲けば
手許の白百合も同じように綻んで

見てください!色違いのおそろいです!
はしゃぐ声も弾んで楽しげに

わたしがそうなら
おねえちゃんも愛され良い子ですとも!


イディ・ナシュ
【籠目】
お仕事でなければ
お月見に良い夜でしたね

宝物、ですか
それは私に、いえ、私達にとっては
悩むべくもなくたった一つでしょうね
…きっと、その筈です

欄干の向こうに並ぶ檻を目に映し
呟いた言葉は義妹への呼びかけにも似た独白
手を伸ばすのは
固い茨に覆われた籠

あの方は、
…とても、家族思いの方でしたよ

お日様のような問いに
短く応えた主の嘗ての姿
骸魂が咲かせたのは黒い百合
対のように咲いた白百合の影の、ような

…そうですね
キディが皆を好いているように
貴方も皆に好かれる子だと思いますよ

義妹に声だけで笑って返す
無邪気な笑顔を見られなくて
眼差しは百合に据えたまま

胸を灼く思いは、甘くて苦くて痛い
呪いのようだなんて、今更のお話



●心臓を欺くお話を
 見上げ慣れた月明かりは、覚えた夜より青かった。
 夜に馴染むドレスの裾を夜風に僅か膨らませて、イディ・ナシュ(廻宵話・f00651)は静かな表情のまま満ちた月を見上げる。
「お仕事でなければ、お月見に良い夜でしたね」
「ではお仕事が終わったら、一緒にお月見をいたしましょう!」
 ぴょこんとその隣で大きなツインテールを揺らして、キディ・ナシュ(未知・f00998)は軽く駆けると足下の鬼灯を忙しなく灯らせる。
「わっ、見てくださいおねえちゃん! 鬼灯さんたちがついて来てくれます!」
「……あまり走ると、鬼灯が息切れしてしまいますよ」
 私もですが。表情を動かさぬまま義妹の後を追って、ゆっくりとイディは進む。あえかな鬼灯の橙が、青い夜にふわりと揺れて、二人を大きな蓮池のほとりへ導いた。
 その向こうに、真っ赤な橋がある。欄干にずらりと並んで見えるものが檻だろう。
「わあ、たくさんありますね!」
「あの全てに宝物を教えると言うのも、無理な話でしょうが」
「おねえちゃんがおはなし会をすればきっとすぐですよ! わたしもお花さんも一度にスヤスヤです!」
「……眠るのではなく、起きていただかなければいけないのでは?」
 ほうと息を吐いて「貴方まで寝て貰っては困ります」とイディが視線をやれば、キディは「はっ!!」と大きな瞳を月ほどにまんまるにして、慌てて姉の前に回り込む。
「ね、寝ません! おねえちゃんのおはなしは大好きですが、いつものように寝かしつけないようにお願いします!!」
「……善処しましょう。それよりキディ、着きましたよ」
 橋までそう遠いわけでもない。話しながら池の周りを囲う鬼灯を辿るように進めば、橋のたもとに至るのはすぐだった。
 すぐ側の欄干に並ぶ檻たちは、近くで見ればその形も色も様々なのがわかる。けれどもどれも通じて同じなのは、内側に囚われた骸魂が幽かで色がないことだ。ふわり、ゆらりと惑うように揺れるのに、魂らしい意志を感じることはない。
 ただ、聞こえたのは。
『たからものを、おしえて』
 そう問う声に驚くことなく。ほんの僅かに瞳を伏せて、イディは問われたものを繰り返した。
「宝物、ですか。――それは私に、いえ、私たちにとっては、悩むべくもなくたった一つでしょうね」
 それはただの独白だった。けれども義妹への呼びかけに似たそれを、キディは迷いなく受け取ってきらきらと笑う。
「はい! 宝物なんて決まってます! わたしはお会いしたことも未だございませんが――わたしを作ってくださったただ一人!」
 そう、ただ一人。それ以外にあり得はしない。キディの元気いっぱいの声を聞きながら、イディは一度目を閉じる。
(……きっと、その筈です)
 悩む理由はない。ずっとずっと、そうなのだから。

「わたしたちのマスター! 大切なお方です!」

 ――旦那様。
 義妹の声を聞きながら胸の中で呼んで、イディは一つの檻へ手を伸ばす。
 それは夜に沈むような漆黒の、固い茨に覆われた、決して開きそうにもない檻。
「ねぇ、おねえちゃん。マスターはどんな人でしたか?」
 キディもかしゃりと音を鳴らして鳥籠めいた檻を手にしながら、きらきらした瞳はそのままに姉に問いかけた。
 そんなのは何度だって聞いたことだ。覚えたことだ。それでも何度だってねだってしまう。
 気に入りの絵本を呼んでもらうように、何度も強請るわたしたちの宝物のおはなし。

「あの方は……とても、家族思いの方でしたよ」
 眩しくてつい視線を逸らしてしまうほど、お日様のような問いだった。
 短く応えたイディの脳裏に浮かぶのは、主の嘗ての姿。――その宝物を教えた骸魂が、夜の色を得る。
「わたしもです!」
 その傍ら、キディの手にした鳥籠の中の骸魂には、嬉しげなその胸の裡のぽかぽかを示すような、あたたかな橙色が注がれた。
「わたしも、マスターのこともおねえちゃんのことも、とてもとても大好きです!」

 ――イディの持つ茨の檻に咲いたのは、黒い百合。
 ――キディの持つ鳥籠の檻に咲いたのは、白い百合。

 夜の中に沈むことなく、淡く光り咲く黒百合に、イディは黙したままに目を眇める。
 対のように咲いた白百合の影のようなその花。
「……そうですね、キディが皆を好いているように。貴方も皆に好かれる良い子だと思いますよ」
 きっとお日様みたいな笑顔が咲いているのだろう義妹の顔を見ることもできずに、イディは声だけで笑って返す。その笑顔をちゃんと見つめたら、きっと灼けて爛れてしまうのだ。無邪気な白に並べるような花でもないくせに。

「おねえちゃん、おねえちゃん! 見てください! 色違いのおそろいです!」

 キディのはしゃぐ声がぴょんと弾んで楽しげに響く。だって嬉しい。とても嬉しい。マスターに会ったことはないけれど、一番良く知る姉と同じ花を咲かせられたのが。大好きな姉と、おそろいの花が咲いたのが。
「わたしがそうなら、おねえちゃんも愛され良い子ですとも!」
 かしゃん。檻が揺れて、白と黒の百合が揺れる。
 無邪気でしかない義妹の声に笑う声さえ作れもせずに、イディは茨の檻を持ち慣れたカンテラのように掲げて、ただ佇む。
 胸を灼く思いは、甘くて苦くて痛い。
「おねえちゃん?」
 きょとんと覗き込んで来る眩しい色から視線を逸らすことはできても。
 心のままに咲く花を、欺けやしないのだろう。

 ――呪いのようだなんて、今更のお話。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
抱けど護らぬ、ねじくれれた黒き荊の檻
触れるものも閉じこめたものも傷つける棘
囚われの骸魂に
不運な奴よと隙間から指を伸ばす

たから、もの
考えるより先に過ぎる姿はひとつ乍ら
…かの貴石は決して『我が物』に非ず
聞けば踵で蹴られような
小さく笑い

声にはせず
命と一緒に与えられた、あえかに輝く右角
最初の贈り物、己には王冠よりも尊きもの
戴くには分不相応な身とは知れども
その鋒が天を差すようにと顔を上げていられた

斯様な卑しき心を苗床に開く花があるのだろうか
疑わしさに眉ばかり寄せ
荊の内、そうと気付けぬような
黒く小さな俯き咲く鈴花を見つけたら
信じられぬとまじまじ眺め
然れど、安堵して

…咲けるのなら
もっと堂々と咲けばよかろうに



●咲くことを許された花
 明るすぎる月夜に、星は見つけることが叶わない。
 見事な月が昇る蓮池のほとりで足を止めたジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は青い夜を見上げて、見えぬ星を探すように夜色の瞳で空をなぞる。
(……見つけた)
 ふたつ角の影を夜に伸ばして、暫し。竜尾が揺れたそのときに、月満ちる空に隣り合う二つの星を見つけた。その光は、月に比べれば小さいけれど、確かなものだ。
 それに何処か満足して、ジャハルは再び歩み出す。鬼灯の灯火が柔くともって、真っ赤な橋まで続いて見えた。
 橋の欄干にずらりと並び見えるのが、話に聞いた檻たちだろう。
 ほう、と。順番に灯りゆく鬼灯が手招くようにジャハルを導く。地に咲く星めいたその橙を辿って橋のたもとに着けば、果ての知れない橋のその先に月があるようで、不可思議だった。
(夜空に届く橋などでもあるまいに)
 それともいつか、幼き日なら。それを信じて駆けて行ったろうか。――その果てで月ではなく星を捕まえられたなら。
(……贈ったところで、叱り飛ばされそうだが)
 得体のしれぬ危険な場所に行くでないと、まず叱る声が浮かぶから、幼くもない大きな足で確と踏み締めて橋を進む。
『たからものを、おしえて』
 それこそ稚児が問うような。何処かあどけない声が耳に届いたのはそのときだ。
 こんなにも檻は並び、その中に骸魂は揺蕩うけれど。どの檻からそれが聞こえたか、不思議と迷うことはなかった。

 ジャハルが見つけた檻はねじくれた黒き茨の檻だった。棘が酷く痛そうな、抱けど護らぬ、触れるものも囚われたものも傷つける檻。
 その中で幽かに揺れる骸魂は、しかし囚われたことすら気づかぬような、色なき魂。
(不運な奴よ)
 棘の隙間から、そっと指を伸ばす。囚われ忘れて、それでも宝物を問う声に答えてやるために。

「……たから、もの」
 ――ぽつりと呟いて、考えるより先に過ぎる姿がひとつあった。
 それはジャハルにとってかけがえのない、間違いなく宝物と呼んで良いもの。けれど。
(かの貴石は決して『我が物』に非ず)
 きっと聞けば、踵で蹴られよう。莫迦者、と言う声までも想像に易くて、小さく笑ってしまう。
(ならば――)
 茨の棘のその向こう。長い指が、ほんの僅かなぬくもりに触れる。
 伝うのは、声もなしに。静かな夜に、ジャハルは切れ長の目をそっと伏せる。

(命と一緒に与えられた、この右角)
 欠けた角を補い、夜明けと共にあえかに輝く宝石の欠片。それが、最初の贈り物だった。
 薔薇色の指先が星を繋ぎ合わせるように煌めいた戴冠を、今でもよく覚えている。
(己には、王冠よりも尊きもの)
 戴くには分不相応な身とは知れども、ともすれば夢の底から響く何かに易く囚われそうなときも、その鋒が天を差すようにと顔を上げていられた。
(夜明けの導。――たからもの)
 月明かりを受けて、右角があえかに輝く。
 色を宿したのは、檻の中の骸魂もだった。ふわり、ゆらり、貴石の蒼に、黎明に、夜色に揺らぐ。伝うことは、できただろうか。
(……そもそも斯様な卑しき心を苗床に開く花があるのだろうか)
 ふと掠めた疑わしさに、思わず眉間に皺が寄る。
 ねじくれた茨の檻は、ただ見ることすら阻むもの。色を変えたきり様子が伺えなくなったその隙間をそっと覗いて。

「――……花?」

 ――咲いたのは、黒く小さな鈴花。

 檻の中、俯いてほんの小さく咲く花を見つけて、誰より咲かせた当人がいっとう驚いた。それは確かに花だった。華々しくはない。けれど夜から芽吹いたほんの小さなその花。
 俄かには信じられぬ心地で、ジャハルはまじまじとその花を見つめる。
 けれどいくら眺めても、ふわりと光り咲くその小さき花は枯れることなく、消えることもない。それに確かに安堵して、夜色の瞳は柔い光を灯す。
 長い指先をそっと伸ばして花に僅か触れてやれば、あたたかい。

「……咲けるのなら、もっと堂々と咲けばよかろうに」

 静かな夜に囁く声は、優しすぎるほど優しく、咲いた花をそこに許した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
“大切”なんて。
嘗ての己にはあったろうか。

家族は知らず。
物心ついた頃には、周囲も己も皆傭兵。
今日の隣人も明日は屍、生きる為なら誰かを犠牲にするも当たり前。
ただ“命”のみを抱えて、凡ゆるモノは過去へ置いて来た。
初めから破綻していたんだろう。
大切と思った筈のものすら、壊せて、置いて往ける己は。

そう、思っていたから。

『君ありて幸福』
遠い昔伝え聞いた、その花の意味を。
唯一人へ渡し、伝えた過日を。
決して忘れない。

只の空虚に意味を与えてくれたひと。
衒い無く「宝」と言えるひと。
想いは到底言葉にし切れぬでしょうから…
檻の中へ触れて、伝えたく。

大切なひと。
君と在る幸福を希う。
咲く花は、きっとあの…
赤のゼラニウム



●幸せの在処
 月に鬼灯、蓮池に赤い橋。
 滅びを前にした幻想的な風景を眼鏡の奥の瞳に映しながら、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)はゆっくりと歩み、考えていた。
 見渡す橋の欄干にずらりと並ぶ、あの檻たちは『大切なもの』を捕らえると言う。
(『大切』なんて。嘗ての己にはあったろうか)
 自身の内側に問いかけるように足を進ませれば、池のほとりの鬼灯があえかに灯る。

 家族は知らない。
 物心ついた頃には、周囲も己も皆傭兵だった。
 今日の隣人も明日は屍。生きるためなら誰かを犠牲にするのも当たり前。
 クロトが嘗て抱えていられたのは己の『命』のみ。あらゆるモノは過去にして、置いてゆくことを当然にしていた。
 今を生きるにいらぬものは、全て惜しまず手放した。
(……始めから破綻していたんだろう)
 嘗ての己に、クロトは僅かに苦く笑う。
(大切と思ったはずのものすら壊せて、置いて往けると)

 ――そう、思っていたから。

 やがてクロトは真っ赤な橋のたもとに至る。程近くで見る檻の並びは壮観だった。果ての見えぬ橋の先、並ぶ檻の中に色はない。
『たからものを、おしえて』
 そう願い請う声も、かつてなら聞き流しただろうか。そんなものはないと、人でなしに笑って言っただろうか。
(今は、違う)
 問う声をさがすように、クロトは視線を巡らせる。やがて迷わずひとつの檻に歩み寄れば、その中の何も持たない空虚な骸魂を覗いた。
「……触れますよ」
 只の空虚にそっと指を伸ばす。この想いを伝えるために。
 ――そうしなければ、言葉にし切れるとは到底思えはしなかった。
(『君ありて幸福』)
 遠い昔に伝え聞いた、その花の意味を知った。
 唯一人へ渡し、伝えたあの日を、クロトは決して忘れない。
 己以外に何も持てないと、そう思っていた空虚な胸の真ん中に、意味を与えてくれたひと。
 衒いなく『宝』と言えるひと。
(大切なひと。――君と在る幸福を希う)
 この想いはどこにも置いては往けない。置いてゆくつもりもない。
 指先に触れた色なき魂に、温度はなかった。けれど想いを伝え触れるうち、それは仄かに温もりを知り、暖かく色を変えてゆく。冷えた黒から金に、橙に、やがては赤に。

 ――咲いたのは、あの日の赤のゼラニウム。

「……きっと咲くと、思っていました」
 鮮やかに咲いたその花に、クロトは柔く微笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
蓮池をあたたかに彩る鬼灯の燈火
檻の中の骸魂達が凍えずに済むと良い

耳を澄ませば
弾けるような音が
微かに響いた気がする

誰かの宝が咲いたのでしょうか

共に立ち止まった縫の黒髪を
柔らに撫でれば
視線が合ったものだから
淡く笑みを浮かべて
再び橋を往く

ふと
目に留まった檻は
四角い木箱

まるで
器物である己や縫が眠る筈の柩――容れ物みたい

此れもまた
「帰る場所がある」と言っても
間違いではないのかしらね

口に乗せた揶揄に
人形から返る応えは無いけれど
檻の中で揺らぐ骸魂は
ほんのり寂しそうで

私の宝はね
此の子ですよ

ふわり花開くのは
寄り添う縫の
今日の着物の柄によく似た朱赤の山茶花

冬のさなかにも凛と咲く
清楚な花よ、と
縫へ掲げて見せましょう



●かくて君は花を咲かす
 月明かりが照らす青い夜は、然程暖かくはなかった。
 夜に冷える蓮池を、灯る鬼灯の橙火があたたかく彩る。
 耳を澄ませばぽんと弾けるような音が微かに響いた気がして、都槻・綾(糸遊・f01786は柔らかく瞳を緩めた。
「……誰かの宝が咲いたのでしょうか」
 あるいは、導べ灯る鬼灯の可愛らしい悪戯心。
「ねえ、縫」
 傍らを歩く人形たる少女の髪を柔く撫でれば、視線が重なる。その表情が笑うことはなく、応える声があるわけではないけれど。
「……往きましょうか」
 滑らかな人形の髪を撫で、綾が浮かべた笑みは、花ほども柔らかく、穏やかに。

 ほうと灯る鬼灯を縫と共に辿り歩けば、真っ赤な橋に至るまで然程掛かることはなかった。鮮やかな色にゆるりと足を進めれば、月の浮かぶ水面に鬼灯と檻、ふたりの姿が逆さまに映る。
「美しい光景ではありますが、この子たち全てを今掬うのは難しいのでしょうね」
 ならばせめて、このあえかな鬼灯の灯火で。檻の中の骸魂たちが凍えずに済めば良いと微笑んだ。
 そのまま歩き進めようとした、その耳に。
『たからものを、おしえて』
 幽かな声が届いて揺れる。迷い子の声のようなその囁きはきっと。
「問うたのですか」
 綾が見つけたのは、四角い木箱のような檻だった。檻として成すために、その木蓋は格子のような形を取り、固く閂が閉ざされているけれども。
(まるで、容れ物みたい)
 本来は器物たる綾や縫が眠る筈の柩めいたその檻から、確かにその声はした。
「……此れもまた、『帰る場所がある』と言っても、間違いではないのかしらね」
 淡い揶揄を口に乗せても、傍らの人形から返る応えはありはしない。
 けれど小さな柩檻の中、揺らぐ骸魂は何処か寂しそうにも見えて、綾は静かに目を伏せる。触れ伝えても良いけれど。手は今傍にいる人形の髪を、もう一度撫でるために。

「私の宝はね、此の子ですよ」

 その理由を語る必要すらないほどに、かけがえのない宝の子。今日縫が纏う着物は、いつかこの子のためと見立てた朱赤の山茶花。――ふわり、咲いたのもまた、同じ花。
 綾は花の眠る柩檻をそっと抱き上げる。
「縫、ご覧なさいな。此れは貴女の花――冬のさなかにも凛と咲く、清楚な花よ」
 掲げ見せれば、人形は応えぬ。
 けれど視線が離せなくなったように、その大きな瞳が山茶花の花に注がれるのを、綾は柔く微笑んで見る。
 ふわり、ゆらり。
 檻に光り咲く山茶花と、縫の袂で揺れる山茶花。ふたつの宝が、同じ花として咲いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フレズローゼ・クォレクロニカ
💎🐰

なんか、ロマンティックなとこだね兎乃くん!
檻もさ、なんか耽美っていうか……ドキドキするんだ!

檻の中を覗き込み、この中に推しがいたら浪漫だよねなんて独り言
そうそう、宝物をいうんだ!

へぇー
兎乃くんの帽子、宝物だったのかい!
ほー、普通のかと思いきや、そんな思い入れがあったんだ!
思い出も想いもたくさんつまった宝物だね!
魔法の技能も?まるでお守りみたいだね!

ボクの宝物はこれさ!
薔薇十字架!Rosen Diva!
これはね
ママの一族に伝わる宝物なんだ
ボクの大事な宝物さ
大事に抱きしめて思い馳せるように紡ぐ
ママに逢いたいなって気持ちを密かに込めて

咲いたのは赤く塗られた白薔薇
ハートの女王は、赤が好きだから


兎乃・零時
💎🐰

檻いっぱいだなぁ…
ロマン…ティック?
耽美…そーゆう風にも見えるもんなのか…ドキドキ…入って見たらわかるのかな?

確か宝物喋って教えりゃいいんだよな!

俺様の宝物は色々あるけど…やっぱこれかな!
帽子!
フレズや魂たちにも見えるよう帽子を脱いで

実はこれ、うちの艇で創って貰った帽子なんだ!
なんか風習?とかで一人一つ
子供の頃に作って貰える帽子なんだけどさ
被り続けてると魔法の技量も上がるんだって!
だからずっと被ってんだ!
被ってると勇気も湧いてくるし!

フレズの宝物は十字架か…なんか綺麗だ
一族に伝わる宝物!
そりゃ大事な訳だ…!

咲いたのは
オレンジや白の花弁を入り混じった不思議なガーベラ
花言葉は
冒険心
神秘
希望



●ジュエル・レジーナを巡る冒険
「なんか、ロマンティックなとこだね兎乃くん!」
 まんまるお月様に誘われて、青い夜に跳び出た兎は苺ミルク色。
 ぴょこりと揺れる髪に兎耳を隠して、フレズローゼ・クォレクロニカ(夜明けの国のクォレジーナ・f01174)は澄んだ青に良く馴染むアクアマリンの少年、兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)を振り返った。
 ほら、とその指先が指すのは、望月が昇る蓮池の先。真っ赤な橋と、その欄干にずらりと並ぶ檻たちだった。
「檻もさ、なんか耽美っていうか……ドキドキするんだ!」
「おお、檻いっぱいだなぁ……」
 遠目にもわかる檻の並びに思わず呟いて、零時はフレズローゼの隣に追いつく。とは言え瞳を輝かすフレズローゼの言葉に零時は首を傾げるばかりなのだけれど。
「ロマン……ティック?」
「そう!」
「耽美……」
「美しいものに耽り楽しむってことさ。ほら、どこの景色を切り取っても絵になりそうだ」
 指で額縁を作るようにして、フレズローゼは景色を覗き込む。幻想画家たる彼女にとっては、胸の高鳴る光景だ。明るい夜の色彩は、夜なのにひどく鮮やかで目が離せなくなりそうな。
「そーいう風にも見えるもんなのか……入ってみたらわかるのかな?」
「うーん、檻に入ったドキドキとは別じゃないかい?」
「そうなの?」
 首を傾げるフレズローゼに零時も同じように首を傾げれば、視線が合ってどちらともなく笑ってしまう。他愛もない話をしながら進む足元でも、あえかに灯る鬼灯の橙火が二人を導くように移り灯ってゆくのを追ったり追われたりしていれば、橋のたもとに辿り着くのはすぐだった。

「近くで見るとまた壮観だね。随分と色々な檻があるな」
 橋の欄干、その両側にずらりと並ぶ檻。その中にはどれも、ふわり、ゆらりと揺れる幽かな骸魂がいる。
「……この中に推しがいたら浪漫だよね」
 ひょこりと檻の中を気まぐれに覗いて、フレズローゼが独り言を零した丁度そのときだ。
『たからものを、おしえて』
 どこからともなく、そう問う声が聞こえた。二人はぱちくりと同じように瞬いて、顔を見合わす。気のせい? いいや? ――つまり。
「宝物、喋って教えりゃいいんだよな! 俺様はあれから聞こえたぞ!」
「そうそう、宝物をいうんだ! ボクはあっちから!」
 それぞれ指差した鳥籠めいた檻はそう遠くない。静かな夜には遠くたって語れば聞こえそうなものだけれど、迷わずその傍らに進み行けば、先に口を開いたのは零時だった。

「俺様の宝物は色々あるけど……やっぱこれかな!」
 零時は被っていた大きな帽子を脱いで、骸魂にもフレズローゼにも見えるように両手で掲げる。
「帽子!」
 月明かりに照らされたよく使い込まれた帽子は、零時の髪と同じようにきらきらと輝くようだった。
「へぇー、兎乃くんの帽子、宝物だったのかい!」
「そう、実はこれ、うちの艇で創って貰った帽子なんだ! なんか風習? とかで、一人ひとつ、子供の頃に作って貰える帽子なんだけどさ」
 魔術師の一族――その昔話に出て来る、最強の魔術師に憧れた。魔法は下手どころかド下手と言われてしまうけれど、その夢を諦めようとは思わない。だからこそ。
「被り続けてると、魔法の技量も上がるんだって。だからずっと被ってんだ! 被ってると、勇気も湧いてくるし!」
 ぽすんと帽子を被り直して、零時は満面の笑みを浮かべる。その笑みに、フレズローゼも満面の笑みを返した。
「ほー、普通のかと思いきや、そんな思い入れがあったんだ! 思い出も想いも、たくさん詰まった宝物だね!」
 まるでお守りみたいだ、と定位置に戻った零時の帽子を目で追ってから、フレズローゼは首から提げた金色のロザリオを両手で掬い上げた。

「ボクの宝物はこれさ! 薔薇十字架! ――Rosen Diva!」
 しゃらり、白い手の上で月の光を浴びるのは、三輪の薔薇が彩る金色の薔薇十字架。それを大切そうに抱きしめて、フレズローゼは大事な思い出を心でなぞるように紡ぐ。
「これはね、ママの一族に伝わる宝物なんだ。ボクの大事な宝物さ」
 七彩歌うその声を聴くことは、今は叶わないけれど。
(ママに逢いたいな)
 言葉にはしない、秘密の気持ち。
 奇跡みたいな歌声は、抱きしめてくれるみたいにずっと胸の中で響いている。――それも全部が、宝物。
「フレズの宝物は十字架か……なんか綺麗だ。一族に伝わる宝物なら、そりゃ大事な訳だよな……!」
 ちょっとだけわかる気がする、と帽子のつばを引っ張って零時はうんうんと頷いた。その眼前で。
 宝物を教えられた、色なき骸魂がふわりと色を灯す。澄んだ宝石の青。鮮やかに咲く薔薇の赤。色を繋いださくらいろ。

 ――零時の前の檻に咲いたのは、オレンジや白の花弁が入り混じった不思議なガーベラ。
 ――フレズローゼの前の檻に咲いたのは、赤く塗られた白薔薇。

「わっ、咲いた……。これ、ガーベラか?」
「うん、だと思うよ。見たことのない色だけど」
 神秘的で、冒険心に満ち溢れた希望の花。光り咲くその花を檻ごと持ち上げて、零時はまじまじと見つめる。魔法みたいだ、呟く声は嬉しげに。
 その隣で、フレズローゼも檻を抱き寄せるように持ち上げた。
「フレズのは……白薔薇か?」
 美しく咲く薔薇はほとんど赤い。けれどその花弁は少し純白を残して、鮮やかな赤が滴り落ちる。
「そうだね。――でも、ハートの女王は、赤が好きだから」
 これが良いんだ。薔薇桃色の唇に満足げな笑みを乗せて、フレズローゼは指先でロザリオに触れる。それからぱっと笑み変えて零時を見た。

「ほら、ご覧よ兎乃くん! 蓮池にボクらとボクらの花が月と一緒に映ってる、これがロマンティックってことさ!」
「ロマン……な、なるほど!」
 何となくわかった気がする! とたぶんちっともわかっていない元気な返事と、楽しげなフレズローゼの声が咲いた花と響いて咲いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【萌し】
さて、ひとりふらっとする心算だったんだが――いや~、春からそう来てくれるなんて嬉しいワ(へらへらと掴めぬ笑みで)
…待って結局放置!?

(気を取り直し静かに進めば、ふと目に留まったのは――何かを隠す様に、封ずる様に、古びた鎖で雁字搦めになった檻)
……
(ちらりと見遣った娘の眼差しに――己も腹を括る他ないかと檻に向き直り)
――そんじゃ暫く内緒話、な!

(宝、物
呪われたこの身で、何かを特別や唯一に想う事は避けている
嗚呼、其でも、抑えど、眩ませど――呼応して花開くは、桜の影にひっそり芽吹く様な野花達)

(恩人や仲間と花を咲かせて過ごした思い出――一見は取り留めの無い様な日々も、こうして芽吹く程に――)


永廻・春和
【萌し】
今晩は
少し気になる事がありますので、ご一緒しても?
(第一は任を成す事乍らも――何となく、独りで行かせてはならぬ気がしたから
そしてこの御方の、この誤魔化し笑いではない――本当の笑みが生むものを、確かめておきたかったから)

寝言ばかり仰っていると置いて参りますよ

(不意に花枝や蔦が編み上げた様な檻を見付け、真直ぐに見据え――一瞬だけ彼の視線の先も辿るも、余計な口は挟まず)
では、任をこなしましょうか

(私の宝物は、友人と平穏――その中で培った、心温まる日々
や華やぐ思い出達を籠めれば、爛漫の桜がふわり

噫、やはり――咲いた花こそ違えど、貴方様も――根無草でも、雑草でもない、見事な花ではありませんか)



●芽吹いたことを知りもせず
 静か過ぎる程静かな夜を、音も為さずに歩き行く。
 仰いだ空の月は丸い。眩しい程の月明かりに呉羽・伊織(翳・f03578)は僅か目を伏せて、それから赤い瞳ばかりをすいと動かした。
「さて、ひとりふらっとする心算だったんだが――」
 ほう、と何かの訪れを導くようにあえかに灯る鬼灯が灯ると同時、ゆるりと振り向いた伊織は、その視線の先に見慣れた姿を見つける。
「……今晩は」
 青い夜の中にするりと進み出るのは長い黒髪と、桜角を揺らす永廻・春和(春和景明・f22608)だった。
「少し気になることがありますので、ご一緒しても?」
 気になること。――それは何気ない直感だった。
(独りで行かせてはならぬ気がしたから)
 それが何故かと言われたら、春和にも説明することが出来ない。先に口にされた通り、伊織は独りで行くつもりだったろうし、不意に現れた春和をどう感じているかは知れないが。
(この御方の、この誤魔化し笑いではない――本当の笑みが生むものを、確かめておきたかったから)
 第一は任を成すことだけれど。そのためにも、春和はここに来た。
「いや〜、春からそう来てくれるなんて嬉しいワ」
「……」
 へらりと笑って見せる顔がいつも通り過ぎるのが、つい考え過ぎだったろうかとも過ぎるから、綺麗に聞き流して春和は進む。
 進むごと灯りついて来る鬼灯に月満ちる蓮池、赤い橋。その情景は見事なもので――。
「……待って結局放置!?」
「寝言ばかり仰っていると置いて参りますよ」
 もう半ば置いて行ってはいたのだけれど。

 聞き慣れた軽口を聞き流しながら進めば、真っ赤な橋に至るのはすぐだった。
 橋の欄干、その両側共ににずらりと並ぶ檻。様々な色に形が見えるその中に、色もなしに揺らいでいるのが骸魂だろう。
「……何処まで続いているのでしょう」
「さぁ、月までだったりして?」
「月まで行かねば貴方様の花は見つからないのですか」
 軽やかに紡がれる冗談と、当たり前に浮かぶ笑みを見上げたそのときだ。

『たからものを、おしえて』

 ――声がした。
「……春、聞こえた?」
「ええ、確かに。どちらから聞こえましたか」
「オレはあっちから――」
 言って伊織が指差したその先。ふと目に留まったのは、ひとつの檻だった。
 それは、古びた鎖で雁字搦めになった檻。まるで何かを隠すように、あるいは封ずるように、決して開かぬように。
「……私はあちらから」
 ほんの僅か、声が途切れた。それを気づかなかったことにするように、春和は伊織が指した欄干とは逆側の並びを指す。
 そこに春和が見つけたのは、花枝や蔦が編み上げたような檻。――それを真っ直ぐに見据えて、迷わず春和はその檻の傍へ進みゆく。
「では、任をこなしましょうか」
 応えがなかったのは二歩分。三歩目で一瞬だけ振り向けば、丁度伊織が檻に向き直る瞬間を見た。
「――そんじゃ暫く内緒話、な!」
 聞こえて来た声はいつも通りの明るさで。その背は何処か意を決したようにも見えた気がした。

(宝、物……)
 それを教えろと言われて、伊織はすぐさま頭を横に振りたくなった。
(呪われたこの身で、何かを特別や唯一に想うことは避けている)
 そのはずだ。けれど、それでも。
 手を伸ばす。雁字搦めの鎖に、血の通った指先が触れる。
 宝物。そんなものはないと言い切ることなどできなかった。抑えど、眩ませど――微かな骸魂に、彩りを与える。
 ――咲いたのは、野花たち。
 まるで桜の影にひっそりと芽吹くような、取り止めのないような。
 その花は、伊織にも宝物があると示してしまった。いくら避けても、のらりくらりとかわしても。
 恩人や仲間と花を咲かせて過ごした思い出。
 一見は取り留めのないような日々も、こうして。
(――芽吹く程に)
 ふわり、雁字搦めの檻の奥、野花たちが光り浮かんだ。

 春和は花籠のような檻に、そっと触れる。檻の奥で、骸魂が首を傾げたような気がした。
(私の宝物は、友人と平穏――その中で培った、心温まる日々)
 積み重ねた華やぐ思い出たち。それが、春和の宝物だった。暖かく、春のような彩りが、色なき魂に注がれる。
 ――咲いたのは、爛漫と咲く桜。
 ふわりと蔦と花枝の檻の中に咲く桜は、檻の中でも誇らしげで美しい。
 それに少し微笑んで、春和は伊織のほうを静かに見遣った。
 雁字搦めの檻、その中に咲いた、小さな。

(噫、やはり。咲いた花こそ違えど、貴方様も――根無草でも、雑草でもない。見事な花ではありませんか)

 そう声を掛けることはなく。けれど心で、彼の咲かせた花を覚えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
包帯を乱雑に巻いた細腕がある
病的に白く骨ばった指
《彼女》が何をいだきたいのか
僕は知っている気がする

「創作意欲、だよ。僕の宝物は」

声に出さずに続ける
書かなければ自分を見失ってしまうから
僕が僕なのかどうか
桜の樹の下で睡っているきみと
存在を奪いあうために

リンドウが一輪咲くだろう
腕を宿主に
今にも枯れそうな命を吸い尽くすように瑞々しく

花言葉は《悲しんでいるあなたを愛する》
誰から誰への言葉だったのか
僕は知らないふりをする

創作意欲は生きたいという執着と同義
血潮で、拍動で、呼吸のようなもの
烈しい感情に苛まれれば言葉は研ぎ澄まされ
血を吐くように綴るものほど純度を増し透明になる

宝物、けれども同時に枷であるもの



●喩えば君が持っている
 蓮華の花が水面の月と重なる。
 月に咲いた天上の華を一瞥して、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は空を仰いで何に遮られもしない真白い月を見た。
「……終わりの月、とでも題そうか」
 呟き落として、少し陳腐かと目を伏せた。その足元に鬼灯が燈る。滅びが迫っているとは思えはしないほど――あるいはそれ故に、蓮池の風景は幻想的で美しい。
 檻の並ぶあの真っ赤な赤い橋。それに辿り着くまでに、果たして書き顕し方を思いつくだろうか。
 思い耽れば僅かな間。ゆっくりとした歩みだけを見れば時間を掛けて、シャトは橋のたもとに辿り着いた。

 橋の欄干に並ぶ檻たち。その間を、またゆるりと進む。
 檻の形も色も様々だ。囚われた骸魂たちがそれを成したのか、或いはそれを見る者を捕らえようとしたのか、定かではなけれど。
『宝物をおしえて』
 声が聞こえた。幽かで、けれど確かな声だ。それを探してシャトは足を進め、そうして見つけた。

 ――包帯を乱雑に巻いた細腕が、檻を成していた。
 それは病的に白く、骨ばった指。檻としては酷く歪であるのに、月明かりの下で美しくさえ見えるのは、檻として抱く腕が女性らしくしなやかで、貪欲で、よく知る腕に似ているからか。
(『彼女』が何をいだきたいのか、僕は知ってる気がする)
 迷うことなくその檻の傍へ、シャトは歩み寄る。宝物。それは君もよく知っているだろう。

「創作意欲、だよ。僕の宝物は」

 答える声が大きくもないのに、静かな夜にはよく響く。腕の中で、骸魂が揺らいだ。
 言葉にするまでもないことだ。
(書かなければ、自分を見失ってしまうから。僕が僕なのかどうか、――桜の樹の下で睡っているきみと、)
 檻為す腕に、シャトは白い指で触れる。
(存在を奪いあうために)

 ――咲いたのは、一輪のリンドウ。

 檻の腕に宿るようにして、今にも枯れそうな命を吸い尽くすように、瑞々しく。その花は腕に抱かれた。
『悲しんでいるあなたを愛する』
 その花が持つ言葉が、誰から誰への言葉だったのか。
(知らないな)
 知らないふりで、シャトはただ花を眺める。
「創作意欲は、生きたいという執着と同義」
 それを宝と呼ぶならば。
「血潮で、拍動で、呼吸のようなもの」
 心臓が言葉でできているようなものだ。烈しい感情に苛まれれば言葉は研ぎ澄まされ、血を吐くように綴るものほど純度を増し透明になる。
 筆を折らねば死ねぬほど、それは命を繋ぎ留めるもの。
 なくては成らず、抱けば苛む。それを書き著すならば。

「――宝物。けれども同時に、枷であるもの」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
・ヴォルフ(f05120)と

咲かす花はミスミソウ
わたくしの髪に咲く青い花

白い雪の下、冬の寒さに耐え春の訪れを待つ
どんなにつらいことがあっても、必ず思いは報われ希望は訪れると信じて

だからわたくしは

この花に託された言葉は

『あなたを信じます』

ヴォルフ、あなたがいてくれたから
わたくしは今日まで生きることが出来た
どれだけ命を狙われても
どれだけ心を折られても
あなたが護り、支え、勇気づけてくれたから
この道程は……ヴォルフ、あなた無しには成しえなかった

檻の中の骸魂に囁きかけ
貴方の魂、決して徒に散らせはしません
これ以上悪意によって虐げられ涙する人を出さぬために
それが、わたくしたちの進む道なのだから……


ヴォルフガング・エアレーザー
・ヘルガ(f03378)と

妻と共に、二人でひとつの花を

ミスミソウ……彼女と同じ花
その小さく可憐な姿に秘めた命の力
厳寒の試練を耐え、春に息吹と恵みをもたらす
明けぬ夜は無い、終わりなき冬は無いと、懸命に愛咲かす

その強さを
その優しさを

ヘルガ……お前が俺に、この暖かさを教えてくれた

俺より辛い思いを重ねて
何度もどす黒い悪意に触れてきたというのに
それでも尚、人を信じ救世を願う純粋さに
俺は心を打たれたのだ
命を懸けて守るに値する、最も尊きもの

俺は誓おう
お前のその願い、その優しさ
二度と踏みにじらせはしない
世に蔓延る邪悪な意志は、人の心を穢そうとするだろう
それでも決して、俺たちの絆は何者にも引き裂けはしないと



●咲愛
 雪のような白い髪の靡きに月光が注げば、まるで六花が舞うようだった。
 青く小さなミスミソウを髪に揺らして、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は夫たるヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)と共に蓮池のほとりを進む。
 鬼灯の明かりあえかに示す先、真っ赤な橋に二人至れば、ずらりと囚われ並ぶ檻を見つけて、ヘルガはそっと視線を落とした。
「こんなにもたくさん……全て救うことは叶わぬのでしょうね」
「致し方あるまい。今は無理でも先へ進めば、あるいは」
 支えるように傍らを歩むヴォルフガングの言葉に静かに頷いて、ヘルガは顔を上げる。
 そうして橋を歩み進めば、ひとつの鳥籠を細い腕にそっと抱いた。檻の中で、骸魂が幽かに揺れる。

「花を咲かせましょう、ヴォルフ」
「ああ。……共に」
 柔らかく微笑む妻に小さく笑み返して、ヴォルフガングはヘルガの肩を抱くようにして、檻へ触れる。
 宝物は、告げるまでもなく互いであると、互いが知っていた。
「ヴォルフ、あなたがいてくれたから、わたくしは今日まで生きることが出来た。……どれだけ命を狙われても、どれだけ心を折られても。あなたが護り、支え、勇気づけてくれたから」
 かけがえのないその存在を空虚な魂に教えるように、ヘルガは大切そうに言葉を紡ぐ。
「この道程は……ヴォルフ、あなた無しには成し得なかった」
 その言葉に応えるように、ヴォルフガングも愛しい名を口にする。
「ヘルガ。お前が俺に、この暖かさを教えてくれた。……俺より辛い思いを重ねて、何度もどす黒い悪意に触れて来たと言うのに。それでも尚、人を信じ救世を願う純粋さに、俺は心を打たれたのだ」
 命を懸けて護るに値する、最も尊きものだと。
 互いに想い重ね、支え合う。夫婦の絆が色なき骸魂に彩りを灯す。二人分の想いを受けて、その魂の色は鮮やかに澄んで、美しく。

 ――咲いたのは、檻いっぱいのミスミソウ。

 雪の下で耐え、春の訪れを待つ、ヘルガの花。どんなにつらいことがあっても、必ず想いは報われ、希望は訪れると信じられる。――あなたの隣でならば。
 小さく可憐な花がいっぱいに咲く、その秘められた命の力。明けぬ夜はなく、終わりなき冬はないと、懸命に愛咲かすその強さと優しさを信じ護ると。
「俺は誓おう、お前のその願い、その優しさを二度と踏み躙らせはしない。――世に蔓延る邪悪な意志は、人の心を穢そうとするだろう。それでも決して、俺たちの絆は何者にも引き裂けはしないと」
 細い身体を支え、頼もしく響く夫の言葉に、ヘルガは花咲くように笑み零す。
「ええ、信じます」
 ――あなたを信じます、と。
 花に託された言葉と共に、花に姿を変えた骸魂に、ヘルガはそっと囁き掛ける。
「貴方の魂、決して徒に散らせはしません。これ以上悪意によって虐げられ、涙する人を出さぬために。……それが、わたくしたちの進む道なのだから」

 ふわり、光り咲くミスミソウが、青い夜に頷くように咲き、舞った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

草守・珂奈芽
【要晶】
大切な物かあ、普通に暮らしてたし特別なんて――あ、忘れてたのさ。
神通力で、草化媛に檻さ触らせるよ。
「見て見て、これがわたしの宝物。草化媛って言うのさ」
街を救った蛍石、草化様の為の人形。
精霊さんに守ってもらう為に別のご先祖様が作ってあげたとか。
今はわたしの精霊術に欠かせない頼れる相棒だけどね!
…いつもありがとうね。

咲いたのは…わ、誕生花の月下美人なのさ。
でも確か草化様が好きで本家に植えた花だったような。
生まれ変わり扱いみたいでちょっと複雑かも。

ふえ、謝られた。なして?
「ロリーナちゃんの大事に繋がるから、これも大事なんでしょ?」
ならそれでいいと思うのさ。
わたしは友達の話さ聞けて嬉しいし!


ロリーナ・シャティ
【要晶】
(花:ネリネ(また会う日を楽しみに、忍耐))
ええと…イーナの大切なもの…
「ラパンス…」
イーナの大事な物を盗っていったウサギさんが代わりにってぬいぐるみと一緒にくれた物
『取り返す為に追い掛けておいで』って
おばかなイーナでも探す顔を忘れないくらいあのウサギさんに似てる
ぬいぐるみは戦う時持ってこれないから
代わりにラパンスを今日みたいに両手で握り締めてずっと戦ってきた
「失くしたら、追いかけられない…」(←正確にはぬいぐるみさえあれば対象の容姿は思い出せるが追う権利を失う様な気がしている)
盗られた物も思い出せないけど必ず見つけて返してもらうって決めたの
「ごめんね、珂奈芽さん」
急にこんな話困るよね



●君を君に為すためのもの
「大切なものかあ……」
 大きな月を見上げて、ずらりと檻が並ぶ真っ赤な橋を歩きながら、草守・珂奈芽(小さな要石・f24296)は困ったように呟いた。
 大切なもの。考えれば考えるほどわからなくなりそうだ。
「普通に暮らしてたし、特別なんて……」
「ええと……イーナの大切なもの……」
 珂奈芽の隣を長い髪を揺らして歩きながら、ロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)は、腕に抱いた杖を抱きしめる力を強くした。
 ロリーナの大切なもの――いちばん大事なそれは、ロリーナのもとにないから。

『たからものを、おしえて』

 そう問いかける骸魂の声に、珂奈芽とロリーナは顔を見合わせてほんのちょっぴり眉を下げた。
「ロリーナちゃん、今のどこから聞こえた?」
「あっち……」
「わたしはあっちさ。本当にみんな捕まっちゃってるんだね」
 ロリーナが示した檻と、珂奈芽が示した檻。その二つを月光の下で眺めて――珂奈芽ははっとした。
「――あ、忘れてたのさ。おいで、草化媛」
 はたとして、珂奈芽は傍らにいた人形を呼ぶ。神通力を通わせれば、人形の胸にある蛍石がふわりと光って、小さな手が檻に触れた。
「ほら、見て見て。これがわたしの宝物。草化媛って言うのさ」
 それは、街を救った蛍石――草化様の為の人形だ。
「精霊さんに守ってもらう為に、別のご先祖が作ってあげたとか。……今はわたしの精霊術に欠かせない頼れる相棒だけどね!」
 珂奈芽よりも小さな人形。けれどその存在にどれ程支えられているだろう。戦いに置いても、珂奈芽が珂奈芽として立つために。
「……いつもありがとうね」
 そっと小さく、これは草化媛に伝えるために。柔らかく告げれば、檻の中の骸魂が鮮やかに色づいた。
 その色は蛍石と同じ色。――やがて咲いたのは。
「わ、……誕生花の月下美人なのさ」
 美しく咲いた、大きな一輪。それは珂奈芽にとっても嬉しいもので。
(でも確か、草化様が好きで本家に植えた花、だったような)
 何だかそれは、草化様の再来だ生まれ変わりだと過保護に騒ぐ老人たちを喜ばせそうで、ちょっぴり複雑だったりもする。

「ね、ロリーナちゃんの大切なもの、思いついた?」
「え、と。……ラパンス」
 ロリーナはおずおずと口にして、ぎゅっと杖を抱いた腕を緩める。
「その杖が?」
「うん……。イーナの大事な物を盗って行ったウサギさんが、代わりにってぬいぐるみと一緒にくれたもの」
 戦いにぬいぐるみは持って行けないから、代わりにラパンスを握り締めてずっと戦って来た。
(ぬいぐるみは、おばかなイーナでも探す顔を忘れないくらい、あのウサギさんに似てる)
 ロリーナはずっとあのウサギを探している。
 盗られたものも思い出せないけれど。
「必ず見つけて返してもらうって、決めたの」
 だから、ラパンスを失くしたら追いかけられなくなるような、そんな気がしている。

「……あ、ごめんね、珂奈芽さん。急にこんな話、困るよね」
「ふえ、謝られた。なして? ロリーナちゃんと大事に繋がるから、これも大事なんでしょ?」
 ならそれでいいと思うのさ、と珂奈芽は明るく笑う。
「それに見て、ロリーナちゃん! 咲いたよ!」
「あ……」
 ――咲いたのは、ネリネ。
 また会う日を楽しみに。思い出せなくても、大切なものを取り返すまで耐えて見せると。
「どっちの花も綺麗! わたしは友達の話さ聞けて嬉しいし!」
 ぱっと笑えば、ロリーナも少しだけ笑って頷いた。ありがとう、と囁く声は小さいけれど。
 咲いた花は応えるように、咲き綻んで。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『幽み玄影』

POW   :    黒曜ノ刃ニ忘ルル
【集団で暗がりからの奇襲】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【名前とそれにまつわる記憶を奪い、その経験】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    願イハ満チ足ラズ
戦闘中に食べた【名前や記憶】の量と質に応じて【増殖し、満たされぬ執着を強め】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    名モナキ獣ハ斯ク餓エル
【群れの一体が意識】を向けた対象に、【膨大な経験と緻密な連携による連撃】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●囚影
 ――蓮池に捨て置いた花が咲いた。それも幾つも。
 緩慢に落ち始めた望月の下でそれを察して、男は冷えた瞳を僅かに眇めた。
「……取るに足らぬと思ったが」
 意外なこともあるものだ。滅びの前の月光はどうやら稀な花を咲かせるらしい。
「囚えて来い。――喰らい過ぎるなよ」
 満ちる月影の中、飢えた影の群れがオンと吠えた。

 花檻を提げた猟兵たちは、果てぬ真っ赤な橋を渡り切る。
 否、渡り切ろうとして、それが叶わぬことを知った。
 橋のその先は『どこにも掛かってなどいなかった』。ただ風景を断ち切ったように、底知れぬ影に橋の向こうは呑まれている。
 ――オン。
 低く吠える獣の声がした。
 ――オン。
 幾つも幾つも、それは重なる。
 ――オン!
 一際大きく響く声と共に、影はその手を幾つも伸ばした。

 視界が黒に塗り潰される。
 それは檻だ。夜の檻だ。瞬きの間に失われた光は戻らず、自身の姿すら影に融かされた。
 夜に慣れた者ならば、ごく近くの相手を捉えることは出来たろう。
 けれど捉えられたところで確かなのは、両足が地を踏んでいることだけだ。
 手にした花が、唯一の光だ。

 飢えた獣たちの声がする。
 獣はその光を目印にやって来る。仮にそれを隠そうと、その思いを嗅ぎ付けてやって来る。
 刹那、肌を刺すような殺気を知るだろう。

 ――花を、大切なものを奪う影のあぎとが、避けようもなく振りかざされた。
ジャハル・アルムリフ

血潮は熱く芯は凍えてゆく
だが
…渡さぬ

墜ちた身、卑しい魂に
それでも咲いてくれた花
我が身は疾うに主君へ捧げた
なれば彼の花とて同じこと

何者であるとも知らぬが
花咲く檻の囚われ人とて
獣如きに呉れてはやれぬ

夜色花、六等星より淡い光
目で見失ったなら血の香を追って
羽搏けぬとて宙を滑り
動かぬ脚とて無理矢理に駆ける

血臭、垣間見えた光
一瞬を逃さず【怨鎖】放ち
手繰れば引き寄せられるのは獣か、我が身か

――かえせ、
牙を立てられ裂かれようと
何を忘れかけようと、本能のままに
喰い合うならば獣同士よと
食い込む玄影の顎ごと引き裂いてでも
檻の棘が己が身を破ろうとも此の手に

頭上に瞬く双つ星
…無様な終わりなど、見せられるわけもない



 ――先ずは、


●壱輪
 始め、それは熱だった。
 手にした檻を無意識に抱え込む一拍め、腕の肉を抉られたのだと気づく二拍め、熱が痛みに変わる三拍め。
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は反射のままに暗闇の中を飛び退る。
「……渡さぬ」
 低い声が開けぬ闇に落ちた。溢れる血潮は熱い。けれども血を吐き出す心臓が――その奥が嫌に冷えてゆく。
 獣の呻きが、闇から響く。
「貴様、何を喰らった」
 問うて言葉など返るまい。そんなことは承知の上だ。だからこそ、闇の中で竜鱗を纏う腕は黒茨の檻を護り抱く。その茨が抱く腕さえ傷つけようと、その奥で小さく咲いてくれた花を護るためなら厭うはずもなかった。ぼたり、熱ばかりの血が滴り落ちる。
 この堕ちた身、卑しい魂の想いを受けて花と為した骸魂の囚われ人が何者であるかも知らぬ。けれど伝わったのだろう。宝とした貴石から戴いたもの。それが花であれと、あって良いとそうして咲いてくれたなら。
「獣如きに呉れてはやれぬ」
 ――疾うに主君へ捧げたこの身。なれば彼の花とて同じこと。
 暗闇から牙が腕に喰らいつき、脚を穿つ。一匹を振り払ったところで次が喰らいつけばきりはなかった。それは集団による狩りだ。狙いはただ一輪の花。
「……ッ」

 ジャハルが抱いた檻を奪われたのは、ほんの一瞬の間だった。
 腹に背に響く肉を食い破る浅ましい音が、熱を貪り喰ってゆくのに堪えきれずに膝を着いた。その瞬間にことんと揺れて光った小さな花檻を、獣はその牙で奪い去る。
「――ぁ、」
 我知らず、幼子のような声が溢れた。
 融ける闇に手を伸ばす。その指先さえ見えぬ先に、淡い淡い光が見えた。
 夜色の花。――六等星より淡い光が、掻き消える。
 声は出なかった。ただ抉られて動かぬ脚を無理に動かす。枷のように追い縋る牙に構わず翼を広げる。引き裂かれながら、闇底で羽搏く。
(どこだ)
 視線を巡らせても無駄と知れば、追うべきは染み付いた血の匂い。腹を穿つ黒曜の影刃に血を吐けど、そんなことはどうでも良かった。
 ぼた、ぼたり。
 熱が溢れて落ちてゆく。冷えゆく身体の芯から奪われてゆくのはそれだけではない。
『    』
 主が呼ぶ声が思い出せない。何と呼ばれて振り向いたのか、何と呼ばれて隠れ鬼で見つけられたのか。
 嗚呼、けれど。振り向くことはできなかった。
 勝手に手が、脚が動く。翼は飛びたがる。少しずつ朦朧とする意識の中で、本能だけが竜を駆り立てる。幾つも喰らい着いた牙が、闇底にその身を叩きつけた。血の味が、する。

「――かえせ、」

 その一瞬。垣間見えた光があった。辿り切ったその匂いに応じて溢れた血が鎖を編めば、力の限りで手繰り寄せる。
 ずるり、ずるずる、音を立てて引き寄せられたのは大きな竜と飢えた獣。その顎にある茨の檻を抱き寄せる。棘さえ手を穿ち、獣の牙が肩に喰らいつこうとも、離すつもりはなかった。ただ力のままに、その顎を引き裂く。
 影の檻、その頭上に瞬く双つ星。
(……無様な終わりなど、見せられるわけもない)


 ―― 『ジジ、』

 不意に呼ぶ声を思い出した刹那、代わるように。茨の檻は闇影の向こうに姿を消した。

成功 🔵​🔵​🔴​

タロ・トリオンフィ
踏み入れた爪先から闇色に変わると
護りのすべも間に合わぬ殺気に思わず
手の花檻を庇うようにぎゅうと抱え

大丈夫
僕の本体は主の手にあるから
……なんて
いつも主や誰かを庇うたび平然と嘯くその言葉を

だからこの身体が傷付いても
主の宝物は傷付かない、筈なのに
この身を盾にする度
またお前は、と叱ってくれる主の顔が脳裡に浮かんで
何故か痛まない筈の傷が疼くような心地がする

僕の、あるじのいろの花

ぎゅっと愛用の絵筆を握り締め
ねがいのように光るペンタスを
この手を離れていきそうなあの花を描く
影の獣でも色に染まれば
それはもう見えない黒ではない

……それを、かえして

※仮初の体は傷付くが流血はせず
その代わりに弱る程に砂めいて崩れ易く





 ――かえせ、と。叫ぶ声が、奪われたことを教えた。


●弐輪
 響いた慟哭めいた声に気配に、タロ・トリオンフィ(水鏡・f04263)は自分の手にある檻をぎゅうと庇い抱きしめた。
 痛みは人じみた肉体によく響く。白い肌を喰い破る牙に血は返らなかった。ただ傷ばかりが抉り取っては、衝撃に思考が一瞬塗り潰される。
「……だい、じょうぶ」
 顔を上げる。先は見えず、確かなのは胸に咲き光るペンタスの花。そう、この花さえ無事であってくれさえすれば、それでいい。
(僕の本体は、主の手にあるから)
 仮初の身体がいくら傷ついたとしても、よしんば壊れてしまっても大丈夫。
(それでも主の宝物は――僕は、傷つかない)
 その、はずなのに。
 檻を庇う腕を穿つ牙がある。脚に喰らいつき、背からもその気配が迫る。全部喰らったところで、きっとタロは大丈夫だ。それでも。
 ―― 『またお前は!』
 肩を穿つ一撃に、思い出した主がいた。こうやってタロが自分を盾にする度、平然と大丈夫だよと首を傾げて笑う度。いつだって主は叱ってくれた。
 それはタロにとっては不思議なことだったけれど、今ふと脳裏に浮かべば、増えるばかりの傷が疼くような気がする。
(痛みは、感じないはずなのに)

 どうして?

 どん、と一際強い衝撃があった。それが胸に穴を穿たれたのだと気づくまで、少し掛かる。
「……っ」
 空っぽになった胸の中と、腕の中。真白いはずの自分の身さえ見えぬ闇の中でただひとつ見えた菫色の光に、タロは咄嗟に腕を伸ばす。
「待っ……ッ」
 駆け出そうとして、身体が上手く動かなかった。息が上手に出来ない。どうして。ああ、胸の中身がないからか。堪えきれずにずるりと蹲りながら、タロは絵筆を握り締めた。
 血は流れない。代わるように、仮初の身体が砂のように崩れようとしている。
 その指で、筆で描くのは、ねがいのようにひかるペンタスの花。
(僕の、あるじいろの花)
 染まれ。染まれ。星のようにきらめく筆先で、見えぬ影の獣の輪郭をなぞる。真っ黒なキャンバスに色を灯して、タロは無理にも身を起こした。
 その色を追って駆け出せば、遠くにひかる花が見える。
(待って)
 手を伸ばす。喰らいつく獣の影を色で塗り潰して、まろび駆ける。
「……それを、かえして」
 掠れたこえは届かない。伸ばせる手が、走る脚があるのに。――どうして?
 空いた胸が酷く痛む気がして、タロは真っ黒に塗り潰されたその先へ、それでも駆けた。

成功 🔵​🔵​🔴​

クロト・ラトキエ
――あ、


夜目は、利く。
視得た筈、なのに。
手から離れた光が…
花が、闇に呑まれて。
傷より痛みより、意識が向いたのは其方で。
随分と間の抜けた声だと思った。

好いたものは全て失くした。
命を、
それを奪われぬ為の技を、
それの他に何も残らぬ業を、
往く宛も無いまま抱えて、生きて。
奪う事は、
失くす事は、当たり前に過ぎて。

奪われる事が嫌いになった。

たたらを踏み、地を踏み締め、今度こそ見据える。
暗視のみならず、
殺気、唸り、足音…その方向。
地を蹴り、腕を振るう、音も空気のブレも、
敵の在り処を、動きを、思惑を、見切る術。
…次は避ける。
攻撃後こそ突くべき隙。
張り巡らす鋼糸は、敵を斬り断つ己の檻。

――かえせ。
それは、俺のだ





 ――誰かの花の色が、闇に呑まれて消えて行った。


●参輪
 見えた。視得た。そのはずだった。
 けれど気づいたときには、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)の手に花は咲いてはいなかった。
 咲いたのは痛みだ。散ったのは血だ。
 鮮やかな赤い花は、闇の中に浮いている。次に持ってゆかれるのは『誰か』の花ではなく、自分の花だと鈍る思考が気づいた。
 奪われる。――奪われた。
「――あ、」
 零れ聞こえた声が、我ながら余りに間の抜けたものだと思う。
 手を伸ばす先から喰らいつかれるのに、そんな痛みよりこの手から失われた花にばかり目が行く。
 闇の中に、ただひとつ。咲いた光が呑まれゆく。
(好いたものは全て失くした)
 失くした自分に残ったのが、命だった。
 それを奪われぬ為の技が身体に染み付いた。
 それの他に何も残らぬ業だけが降り積もった。
 器用に笑えるようになるほど、戦場以外に行く宛もなく、抱えて生きるしかなくなった。
 奪うことは、失くすことは、クロトにとって当たり前に過ぎて。
 ああまたか、なんて思ってしまう人でなしは、達観と諦観を都合よく貼り合わせて、大事なものなどないと嘯いた。
 ――奪われることが嫌いになった。

 ぼたり、落ちた血ごと血を踏み締めて、クロトはたたらを踏む身体を立て直す。
 夜に慣れた目は、闇を見通すことは得意だ。戦場に慣れた身は、殺気も唸りも足音も、全てを情報として捉えることが出来る。
(どこへ行った)
 辿れ、見通せ。クロトは一方的な狩りをする獣たちの単調な牙を振り払い、確かな地を蹴る。
 敵の在処を、動きを、思惑を見切る術。それはクロトに命にこそ染み付いた、生き方の術。
 視界の利かぬ闇の先に鋼糸を張り巡らせる。それはクロトの為す檻だ。敵の僅かな気配のその果てで、影が正確に斬り断たれる。
 その先に、幽かな光が見えた。
「――かえせ」
 脚を捕らえる影を振り払えば血が吹き出し、闇から再び牙が振りかざされる。
 それを声もなしに避けて、クロトは痛みも傷も厭わず、たったひとつの花を追う。
 全て失くしたとしても。

「それは、俺のだ」

成功 🔵​🔵​🔴​

都槻・綾
瞼を過る
奪われた花明かりの幻

追って伸ばした指先に触れるのは
濃密な夜の影と
滴る自身の血潮もか

人を模した仮初の身で
別に真似る必要など無かった筈の鼓動も血の熱も
自嘲する浅ましさではあるけれど

今は
鉄錆の匂いも
響く拍動も
深い闇に曖昧になり掛けた身を
地に繋ぎ止めてくれているかのよう

「ひと」であることが
暗がりで目の代わりになるのだと幽かな笑みを浮かべ
どうせ視界が利かぬのならと双眸を閉じれば
いっそう第六感が研ぎ澄まされる

ぴんと張った糸の如く
僅かな空気の動きも気配も逃さず
玄影の在処を感じよう

詠い紡ぐ花筐
宵闇がぞろりと零れたみたいな黒薔薇の嵐

今度こそ確かな手応えを
伸ばした指先が掴む迄
切り刻んで
飲み込んでしまおう





 ――駆けてゆく音さえ花を刈り取る音じみて。


●肆輪
 全ての蓋を閉じられて。息ひとつもできない狭い筐の中に仕舞い込まれたようだった。
 そうではないと気づけたのは、落ちてきたのが蓋ではなく牙であり、咄嗟に翳した腕に喰い込む痛みがいっそう鮮やかで。
 刹那、都槻・綾(糸遊・f01786)が腕に抱いていたはずの木箱の檻が、痛みの狭間で奪われたからだ。
 目が開いているのか、いないのか。それさえ定かでなくなりそうな闇の中、ふわり、ゆらりと揺れる花明りの幻が瞼を過ぎる。
「――、」
 声より先に指を伸ばす。けれども指先に触れるのは、融けるばかりの夜の影。喰らうばかりの貪欲な牙。
 伸ばした白い指先にまで、ぽたりと滴る血潮の熱。
(花を)
 追わなくては。そう足を動かす側から喰らいつき、纏わり付く獣の唸り。その影に足を取られてしまえば、花幻は遠のいて、闇は綾の輪郭すら融かすように深まってゆく。
 ――鮮やかな痛みの合間を縫うようにして鳴る、鼓動を耳に聞く。
 人を模した仮初の身で、別に真似る必要などなかったはずのその音も。まるで生きて死ぬかのように滴る血の熱も、自嘲するほど浅ましいものではあるけれど。
(今は)
 ぽたり、落ちる鉄錆の匂いも、響く拍動も。
 まるで闇の底で融けそうなほど曖昧になりかけた身を、地に繋ぎ止めてくれているかのようだ。
 息を吸う。吐く。
 痛みがある。滴り落ちる血は熱く、拍動と同じ速度で落ちてゆく。
 ――まるで『ひと』みたいに。
(『ひと』であることが、目の代わりのよう)
 唇が笑んでいることすら、このかたちだから解ること。
 ならばと綾は双眸を閉じる。暗闇にいくら見開けど見えぬならば、感じれば良い。
 喰らう音、唸る音。闇の中の殺気に向ける第六感は、ぴんと張った糸の如く、僅かな空気の揺らぎすら逃さず感じ取る。
 喰らいつく影を躱し、先の果てぬ闇を気配を追って進む。
「――宵闇に」
 咲いて零れて紡いで刻め。
 夜に馴染む玲瓏な声が詠い紡げば、闇の中から黒薔薇の花弁が舞い上がる。
 それは美しく舞って、玄影の獣らを追ってゆく。花嵐が闇に融け抱く。
 獣の牙をひとの身で躱し、一歩を踏みしめて綾は進んでゆく。

 花の気配を追って、闇の果てに手を伸ばす。
 ――今度こそ、確かな手応えを、この指先が掴むまで。

成功 🔵​🔵​🔴​

シャト・フランチェスカ
名前。
僕の名前
けれど、あの子の名前
僕は樹の下で眠る彼女の──

頭が割れそうだ
目玉は内側から弾け飛びそうで
まるで左の眼窩の奥から
別の存在が芽吹こうとしているような

痛みを代償に暗視を試みる
万年筆にインクの代わりにこめた毒
突き立てればじわじわと蝕むだろう

けれど
見えたとて相手が疾すぎるか

あなたなんて、あたしのかわりのくせに
本当はあたしが生きているはずなのに
偽物のくせに!

【シャト】が苛む
ああ
僕は否定するすべを持たない
僕が僕であると証明できない

書くことでしか
創ることでしか

自我を書く/欠く

この手は何を綴る
誰のために

もはや痛みが誰のものかもわからない
笑っている【あたし】は誰?

これ以上奪うな、
奪わないで





 ――伸ばした指先さえ見えずとも、花は。

●伍輪
 喰らいつく牙が、何かを喰い千切ろうとする。
 それは首だったのかもしれず、腕だったのかもしれず、誰かの『名前』であったかもしれない。
(名前)
 何も見えぬ闇に、滑り落とした花に、喰い破られた痛みに伸ばした手の行き処すら解らなくなって、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)はぐしゃりと頭を抱える。
 不躾な牙に引き摺り出されたのは何だ。何だった?
(僕の名前――けれど、あの子の名前)
 シャト。その字は、綴りは、音は。誰に綴られたものだった?
 シャト。その名前は、『僕』は、あの樹の下で眠る彼女の――。
 ぐしゃり、白く細い指が、頭に爪を立てる。獣の牙が脚を穿つ。そんな痛みより、頭が痛くてたまらなかった。
 割れそうだ。頭が、目玉が内側から弾け飛びそうだった。
 がりがりと爪痕が残るのも構わずに左眼を押さえる。痛い。痛い、痛い、痛い。
(僕、は――、)
 それはまるで左の眼窩の奥から、別の存在が芽吹こうとしているような。

 常人ならば叫び狂いそうな痛みは代償足り得る。
 輪郭さえ融け消えそうな闇の中、右眼を開けば獣の姿を瞳が捉えた。
 万年筆を手に握る。内に注がれたのは毒。インクの代わりに滲み出すそれを、喰らいつく獣に突き立てる。
 じわりと蝕む毒で影を剥がして駆け出せど、群れる獣の狩りは止まない。
(見えたとて相手が疾すぎるか)
 再び喰らいつかれる自身の腕が見える。闇の向こうに持って往かれる白腕の花檻が見える。

 ――あなたなんて。

 内側に響いた声を聞く。闇の中を進みながら、シャトは【シャト】の声を聞く。
(あなたなんて、あたしのかわりのくせに)
 僕は。
(本当はあたしが生きているはずなのに)
 僕は。
(偽物のくせに!)
 響く声が誰のものか。融ける闇に痛みに朧になってゆく意識では判然としない。ただ追い縋る牙を振り解いて、奪われそうな意識を万年筆を握って僅か、確かにする。
(ああ、僕は。否定するすべを持たない)
 あたしは。
(僕が僕であると証明できない)
 あたしが。
(書くことでしか。創ることでしか)
 僕は。
 痛みに喘ぎ崩れ落ちた闇の底は、まるで底無しの穴の中のようだ。芽吹くことを知らない、冬の土の下のようだ。
 もはや痛みが誰のものかもわからなかった。手を握る。伸ばす。自我を欠く――書く。
(この手は、何を綴る。誰のために)
 ――頭の中で笑っている【あたし】は誰?
 わからない。痛い。それでも身体を起こす。影の獣を筆先で引き剥がす。闇の向こうに消えようとするその花に、引き攣れた息で手を伸ばす。
 ぼたり、色も見えぬ血がシャトの足元に血溜まりを作った。
(これ以上奪うな)
 文字を綴るための指先が赤に染まる。自我が欠けては入り混じり、乱丁を起こす御伽噺は誰が為に。

(奪わないで)
 綴れもしない指先が、暗闇の中で筆を握った。

成功 🔵​🔵​🔴​

百々海・パンドラ

そこの躾のなってない犬共
お前達、私に牙を剥いたわね
嗚呼、着物が汚れたじゃない
どうしてくれるの?これ、お気に入りなんだけど
それに、それはお前達が手を出していい花ではなくてよ
とても不愉快だわ
相応の報いは受けて貰うわよ

もう二度と貴女を奪われたりはしない
貴女がずっと私を護ってくれたように
ラチェレの心は私が護るわ

歌うのは羊の夢想曲
私の羊は強いの
金色の毛はお前達の牙を通さない
駆ける足はお前達も追い付けない
歌いましょう、私のラチェレ
私だけが知っている四つ葉の冠を抱いた貴女の強さを
蹂躙されようが牙を剥き続けた貴女の強さを
傷だらけになろうが全力魔法で歌い続ける

犬が羊に負けるなんてお笑い草ね
お前達にはお似合いよ



 ――奪い去るのが当たり前だと言わんばかりに剥いた牙と、


●陸輪
 噛み付いた牙の痛みと一緒に青に靡く白羽が見えぬ闇に舞う。
「……っい」
 反射のように竦みかけた小さな身体をしゃんと伸ばして、百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は唸る獣が潜むのだろう闇の奥を強く睨んだ。堪えるように、ぎゅう、と腕にいる羊のぬいぐるみを抱きしめる。
「そこの躾のなってない犬共。――お前たち、私に牙を剥いたわね」
 ぐるる、と低い唸りだけが耳に届く。目には自分の輪郭さえ見えないけれど、ぽた、ぽたりと滴り落ちる雫が気に入りの着物に染みてゆくのはよくわかった。
「嗚呼、着物が汚れたじゃない。どうしてくれるの?」
 これ、お気に入りなんだけど。怯みもせずに言葉を繋いで、見えぬ闇の中で傷を強く抑える。大事なぬいぐるみが汚れないように袖の奥に庇い込んで、闇の向こうに遠ざかろうとする金色の檻を見た。
「それは」
 きらきらと歌うようなきらめき。その中で揺れる白詰草の花冠。
 それがパンドラの為に咲かないことはわかっているけれど、それさえ全部、あの子のたいせつな心のかたち。
「――それは、お前たちが手を出していい花ではなくてよ」
 強がりでない声が、凛と響く。あの花は、獣の牙如きに攫われて良い花ではない。それなのに奪われて、遠ざかる光にパンドラは真っ直ぐ手を伸ばす。
「とても不愉快だわ。……相応の報いは受けて貰うわよ」

 闇の中で、パンドラは歌う。見えなくたって構わない。響き聞こえて、花に届けばそれで良い。だってあなたは強いもの。そうでしょう?
「ラチェレ」
 歌い呼ぶのは『私の羊』の名前。貴女と同じ、大好きな名前。羊が夜を駆けてゆく。
(ふわふわで美しい金色の毛はお前たちの牙を通さない)
 影がパンドラを穿って足を引く。それを無理にも踏み付けて、ぼたりと落ちる血を払って、パンドラは歌う。
(駆ける足は、お前たちも追いつけない)

 ――歌いましょう、私のラチェレ。

 紡ぎ出される歌の色はきっと金色。ふわりと寄り添う色は青。――旋律に咲くのは四つ葉の冠を抱いた、貴女の強さ。
(私だけが知っている、貴女)
 喰らいつかれる。口の中さえ血が滲む。けれど歌は、追ってゆく。
「……私の羊は、つよいの」
 掠れそうになる声で、無敵の強さを誇る羊に踏み潰される獣たちを見る。
「犬が羊に負けるなんてお笑い種ね。お前たちには、お似合いよ」
 痛くて足が動かなくたって。きっと私の羊が、あの子を守ってくれる。
(もう二度と、貴女を奪われたりはしない)
 だから気を失うなんてしてはいけない。花を追って、取り返すの。伸ばした手で、護るため。
 血溜まりを越えて、無理やりにも駆け出した。手を伸ばす。
(貴女がずっと、私を護ってくれたように)

 ――ラチェレの心は私が護るわ。

 紡いだ言葉は歌になって、闇の向こうの花へと届く。

成功 🔵​🔵​🔴​

花色衣・香鈴
【月花】
低い吠え声
伸びる闇の手
思わず後ずさっても逃げ場なんてなくて
「佑月くん、」
口にした名前は迷子よりも不安な響き
手にした花は仄明るくとも纏った羽衣の双鈴を振るうには片手が塞がっただけでもかなり辛くてまともな応戦も儘ならない
「っぐぅ…!」
服も肌も裂ける
幸いこの闇では誰にも異形と知られない筈だけど
「冥ちゃん、」
錆びた匂いがする
これは誰の血の匂い?
痛みと恐怖が募って動きが鈍る
花を渡せば
でも
どうしても手放すのが怖く思えて
佑月くんの咲かせた花だって
「渡しちゃだめです、佑月くん!」
それは貴方の中の大事なもの
例えまだ名前がなくて、も、
「えっ」
不意を突かれた
檻を抱えたままの体が浮いて
佑月くんも意識も遠く、




比野・佑月
【月花】
「香鈴ちゃん!」
不安げな声に手を差し伸べることすら阻む暗闇に苛立ちが募る。
迫る獣の気配。
喚び寄せた冥に香鈴ちゃんを守るよう咄嗟に命じ
肉が抉られる感触に僅かに顔を歪める

「…っざけるな」
何に焦がれているのかすらわからぬまま飢えに喘いでいた。
偶然出会い、ただなんとなく興味が惹かれて近づいただけだった。
彼女だって意識して何か施そうとはしていなかっただろう。
なのに。感じてしまった温もりは、名も知らぬ花に型取られてしまった感情は…

「離せ、お前らが触れていいものじゃない…ッ!」
穿牙を振るい、自身の傷には構わず
ひたすらに彼女を求め足掻くも手は届かなくて

奪われた大切なモノ
言葉にならぬ叫びをあげ地を殴る





 ――かすかに響いた歌声すら、闇に溶けて花は咲かず。


●漆輪
 身体が竦んで、動かなくなった。
 低く地の底から、夜の底から響くような吠え声に花色衣・香鈴(Calling・f28512)は思わず後退る。けれど闇の中に逃げ場なんてない。見えるのはひとつ、柔らかく咲いた花の光。確かなのはひとつ、きっと近くに、
「佑月くん」
 ――こわい。
 迷子よりも不安そうに、呼ばずにいられなかったように。口にした名前と同時、香鈴の肌を裂いた痛みがあった。異形が花を咲き散らす。
「っぐぅ……!」
「香鈴ちゃん! ――ッ!」
 比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)は不安げな声に応えるように名を呼び返す。けれどそれより牙が穿つほうが早く、手を差し伸べようとすれば喰らいつく獣と闇に阻まれた。
(こんなに近くにいたのに)
 名前を呼んでくれたのに。勢い良く喰らいつかれて血が噴き出した肩の傷より、僅かに聞こえた香鈴の傷つく声のほうが痛かった。
 けれどきっと、闇雲に手を伸ばせば自分の手こそ彼女を怖がらせてしまう。あんなに綺麗に咲いた花を血で汚してしまう。
「――冥、香鈴ちゃんを守れ」
 喚び出した眷属に、佑月は短く命じる。応じて駆けた気配に僅かに息を吐くけれど、すぐに抉られる痛みに僅か顔を歪める。こんなのは、痛みには、慣れているはずだ。それなのに。
「……冥、ちゃん? 佑月く、」
 酷く怯え切った、痛みと恐怖に竦んだ声が、傷つくのがやたらと痛い、腹立たしい。
「大丈夫だから」
 ほんの僅かにほっとしたような音で響いた香鈴の声になるべく優しい声を作りたいのに、上手く行かない。
(偶然出会っただけだった。ただ何となく近づいただけだったんだ)
 焦がれるものの正体も知らずただ焦がれて飢えていた。それを誤魔化す術を覚えて、彼女には何気なく、本当に何気なく、興味を惹かれただけだった。
(彼女だって、意識して何か施そうとはしていなかっただろう)
 ――けれど、あたたかかった。
 空虚な胸の真ん中に、温もりを感じてしまった。知ってしまった。
『花は愛する人のために咲く』
 それならこの手にある花が、真っ白に咲いたこの花は。名前も知らない、この想いは。
「……っ、い、た」
「――っざけるな」
 獣の牙が穿つ。抉る。それを引き剥がし、振り払って、佑月は香鈴の花の光を確かめる。
 庇うこともできない。刀を無闇に振るえば、彼女を傷つけてしまう。ならその花がそこにあるうちに。
(俺の花を渡せば)
「――渡しちゃだめです、佑月くん!」
 花が叫んだようだった。香鈴の声だ。
「それは、貴方の大事なものだから、手放しちゃ、――ッ」
「香鈴ちゃん!」

 花の匂いがしない。錆びた匂いがする。
(誰の血の匂い?)
 痛みと恐怖で鈍る思考の中で、香鈴は身を竦める。武器を構えても、片手で扱い切れるものではない。それだけの力は未だない。幸いなのはただ、この闇が異形のからだを明かさないことだ。
 花を渡せば、あるいは。そんなふうに過ぎった思考を、頭を振って振り払う。
(怖い)
 獣は何故だか、花より香鈴ばかりを狙っている。佑月が守りに寄越してくれた冥も対処しきれないほど続く影の魔手に、じわじわと身体は花を吐き、意識が霞んで行くようで。

「――え」

 不意に浮き上がったのは、香鈴の身体だった。
 どうして。何もできずに、ただ摘まれた花のように影に持って行かれる。呑み込まれる。
「離せ!」
 声がする。佑月くん、そう呼びたいのに声が出ない。ゆらり、遠ざかってゆくのは白い花の光。
(よかった、佑月くんの花は、無事――)
 ことん、と。香鈴の意識はそこで途切れた。

「お前らが触れていいものじゃない……ッ! 返せ!!」
 影を振り払う。引き剥がす。自身の傷が抉れるのも、血を吐くのだって構わず佑月は叫ぶ。
 闇の向こうに、彼女の花が、彼女が消える。伸ばした手は届かない。
「あ……ッ」
 ――大切なものを奪われた、言葉にならぬ叫びが響いた。
 大切なものだと、その痛みで気づいてしまった。
 血を吐いて身体を折って、這いつくばって。その痛みを訴える胸の真ん中に、佑月は気づいてしまった。飢えではない。焦がれるだけでもない。

 獣のように叫んで、力任せに殴った地面で――真白い花が咲き誇る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

キディ・ナシュ
【籠目】
道がないのは困りますが
果てがないことはないでしょう
真っ暗闇を突き抜けゴーですね!

なんて意気込んでいたら走った痛み
なんとか守った白百合に一息つけど
けれど散る赤とともに遠ざかる
おねえちゃんの黒百合が見えました

あっ
いけません!お花ドロボーですっ!
それは大事なものなのです!

こわい唸り声にも
暗闇の爪牙の痛みにだって負けるものですか
わたしの狼さんだって強いんですから!
有象無象に傷つけられようとも追いかけるのはお花です
進行方向、邪魔するならば食べて殴って
ただひたすらに走って

おねえちゃんの声には
あとで修理をお願いいたします!と
狼さんの遠吠えと一緒に叫んで良い子のお返事です!

まてー!かえしなさーい!




イディ・ナシュ
【籠目】

あら、困りましたね
闇の向こうに足場が続いていると良いのですけれど
…そう簡単には進ませて頂けませんか

陽の射さない地は慣れ親しんだものでしかなくとも
けれども獣の気配を知ったと同時に
手元を花ごと"もっていかれ"ては
痛みを伴う驚愕で流石に息を飲む

大事なもの、というキディの声
それで漸くそうだったと気付く、ような

闇雲に追いかけて貴方が怪我をしてどうしますか
優先順位をお考えなさい、キディ
牙での連激も、奪われた花も揺らぐにはあたわず
それよりも義妹を損なわれては困るのです

朱染めの指で魔導書を繰り
呼び出す子らに反撃と義妹の追跡を命じる

遥か遠く
茨の檻で揺れる黒百合
取り返したいのか否か
私がそれを、解らなくて





 ――あんなにも叫ぶほど、大切なものが芽吹くものかと。


●捌輪
 夜を夜で染めるのは、実に簡単なことらしい。
 明るすぎる夜から光を知らぬ闇夜へと、たった一歩で滑り落ちたようだった。
「あら、困りましたね」
 然程困った声音でもなく、イディ・ナシュ(廻宵話・f00651)は一歩先すら見えぬ闇に息を吐く。たった一歩で変貌した世界は、成程滅びの物語には相応しい。何処か他人事めいた思考で、慣れた夜闇の奥を見た。手元で淡く、黒百合が揺れる。
「闇の向こうに足場が続いていると良いのですけれど」
「大丈夫ですよ、おねえちゃん!」
 キディ・ナシュ(未知・f00998)はぴかぴかに光る白百合の檻を掲げて、闇の中に沈み易い姉の輪郭を照らし出す。
「見つけました、おねえちゃんです! そしておねえちゃんが立っていられると言うことは、地面さんがしっかりしていると言うことです!」
 何せおねえちゃんはかよわいですので!
 えっへんと胸を張って、キディはとんと踵を鳴らした。
「道がないのは困りますが、果てがないことはないでしょう。真っ暗闇を突き抜けてゴーですね!」
「くれぐれも貴方と同じ速度で私がゴーできると思わないでくださいね、キディ」
 まさかもういませんか。いつものようにカンテラを持つ癖で、イディが左手で茨檻を揺らした――その瞬間だった。

 とん、と。キディの靴音ほどに軽い音で、イディの手の感触が失われる。獣の気配を知ったのはほとんど同時。
「ダメです!」
 白百合の檻を抱え込んで庇ったキディの声が闇に響いて、その僅かな白がすぐそこに揺れるのを見た。
 どうやら義妹は無事らしい。僅かに呑んだ息をもう一度吐き直せば、ぼたぼたぼたと少なくない血がイディの左手から、
「……ありませんか」
 左手。そう呼べたものはどうやら闇の中にない。あるのは腕までだ。その手が持っていたはずの檻も当然ない。手ごと持って行かれたらしいと、痛みだけははっきりした闇の中で、イディは顔も歪めずに理解する。
「あっ」
 声を上げたのはキディが先だった。声の近くで白百合が揺れる。――その視線の先で、黒百合が持って行かれる。
「いけません! お花ドロボーです! それは大事なものなのです!」

 ととん。キディの足音が駆け出す。その気配を獣の唸りが埋め尽くす。
 見えない闇から噛みつく牙が腕を噛む。肩を噛む。脚を喰らおうとする。そんな痛みに怯みもせずに、キディは足音を鳴らして鳴らして、前に出る。
 見えなくたって、ポケットに忍ばせたおやつを握るくらいはお手のもの。見えない先へぽーんと投げれば、影の獣が喰いつくより先に足元から滑り出た巨大な狼がおやつを食べる。食べましたね、行きますよ!
「わたしの狼さんだって強いんですから!」
 影の獣の顎より大きく開く狼の口が闇ごと食べれば、駆ける先の道を開く。走って走って走るうち、穿つ牙も爪も、キディをぼろぼろにするけれど足は止めない。止まらない。
 だってお花を追いかけなければ。あれはおねえちゃんとお揃いのお花。マスターのお花。
「まてー! かえしなさーい!!」
 駆ける足音が、花と一緒に闇の向こうへ呑まれてゆく。

「――闇雲に追いかけて貴方が怪我をしてどうしますか」
 左腕に余った袖を途切れた手首に巻き付けて、イディは朱染めの指先で魔導書を手繰る。
「優先順位をお考えなさい、キディ」
「かんがえました! お花です!」
「それよりも。貴方を損なわれては困るのです」
「あとで! 修理を、お願いいたします!」
「……そういう問題ではありません。――アンナ、ベンノ、クララ」
 足元に広がる血溜まりを踏み越えて、喰らいつく獣の牙は歯牙にも掛けず、イディは子らへ短く呼び掛ける。
「あの子の追跡と反撃を」
 自身に立てられる牙に痛みに、失われた花にさえ動じもせずに、イディは遠ざかる白と黒の淡い光を見る。
(大事な、もの)
 言われて漸く気づいた。宝物と言えばそれしかないと口にして咲かせたあの方の花に、伸ばす手がなくとも動じもしないこと。
 その花を追いかけて必死に駆けてゆく義妹の背を追うことは躊躇わず出来ても――遠い。奪われた茨の檻の黒百合の花は、本当に。
(わからない)
 取り返したいのか否か。イディは解らないまま、ただ痛みを訴えて血を流す鬱陶しい身体を引き摺り進む。
「……キディ?」
 呼んだ義妹の名に応えはない。遠吠えが聞こえる。ただ見る先には闇があるだけだ。
 闇の果てのあるなしも知りもせず、ただ彼女は子らを追う。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
おい、おいおい、マジかよッ
真っ暗になったと思ったら――そいつはお前らワン公如きにやっていいモンじゃねえぞ!
オイ、エコー!畜生が!!回復が追い付かねえ、この――退けよッッ!!
なあ、なんで俺じゃなくてコイツなんだよッ、俺狙えよッッ!!俺の記憶と体じゃお気に召さねえッてか!?
ふざけんな、――エコーを返せッ!!
おい、聞こえてんだろッ、何してんだぶちかませよエコー・クラストフッッッ!!
そいつは、俺の――。
なんでだよ……なんで俺は止まるんだよ
姉でも、親でも、まして――なんでもないって
そんなこと考えてる場合かよ、何だってんだよ、俺はッッ!!!
ああ、もう、クソ、くそくそくそッ!!

――最悪だ。




エコー・クラストフ
【BAD】
(エコーが狙われます)
暗いな……何だ?
……犬か。何かわからないが、まぁいい。いつも通り戦うだけだ
負傷しようが構わず、【罪人よ、血を流せ】で攻撃する。いつも通りに

あれ……でも、いつも通りって何だっけ……
ボクはいつも戦っていたっけ……?
ボク……いや、「私」は……何でここにいるんだっけ。いつも通りなら船に乗って、海賊団の皆と……お父さんとお母さんがいるはず、なのに
私は戦ったことなんてないし、この犬たちをどうしたらいいのかわからない……

……誰かが追いかけてくる?
誰だろう……海賊団の人じゃない。けど何か、大切な……それなりに大切な人だったような気がするのに、思い出せない……!





 ――ただ、血の匂いがする。


●玖輪
「暗いな……何だ?」
 唐突に落とされた闇の帳の中で、エコー・クラストフ(死海より・f27542)は鉄錆めいた匂いと、唸り声に気づく。
 海色の瞳を何度開いても視界は開けず、手元の復讐の花だけが赤く浮かんで見えた。
 ――オン!
 程近く。標的を見つけたように吠える声に、犬か、と呟き落とす。同時に殺気立った牙が腕を脚を抉って血が噴き出したけれども、エコーは然程も表情を変えない。
 いつものことだ。
(いつも通りに戦うだけだ)
 手にした武器は赤雷を纏う。それをいつも通りに振るおうとして、
「あれ……?」
 手が止まる。身体が止まる。思考が絡まる――欠落する。
 ぼたぼたと落ちてゆくのは死した身体の血と、だれかの名前。それを呼ぶ声。
(いつも通りって、何だっけ……)
 ぽたり、ぼとり。エコーは取り落としてゆく。喰らわれてゆく。ボクは――『ボク』は?
 手にしている武器はなんだろう。どうして血が流れているんだろう。どうして男みたいな格好をしていたんだっけ。
 武器の先が闇底をざらりと撫でる。
 少女はただ、迷子のように小さな声で呟いた。
「『私』は……なんで、ここにいるんだっけ……?」
 隣にいたのは、誰だっけ。

 声を枯らして叫んだところで、ハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)の声がエコーに届いていないのは明白だった。
「――おい!」
 叫んだ側から喰らいつかれる。傷が抉れて血が噴き出す。頭の中で喚く声すら塗り潰すような闇から喰らいつく獣の牙は、回復もさせずにハイドラの手足を噛み砕こうとする。
 けれどそれは喰うためではない。そうわかるのは、闇の中で獣たちが狙っているのがハイドラではなく、その花でもなく、隣にいたはずのエコーだからだ。
「おい、おいおい、マジかよッ!」
 視界が利かなくなったと思ったら、隣に馴染んだ姿さえ見えなかった。ただ獣たちの唸りと嫌な音と、――少し遠くにエコーの花だけが見えた。
「そいつはお前らワン公如きにやっていいモンじゃねえぞ!」
 叫ぶ。遠い。いくら身体が死なぬとて、傷を受ければ回復が必要になる。それさえ追い付かないほどハイドラを穿つ影の牙や爪は止まず、ハイドラを足止めする。
「オイ、エコー! 畜生が!! この――退けよッッ!!」
 悪態と血が落ちる音が混ざる。引き剥がしても、一歩進んでも、闇の向こうでエコーが喰らわれている音が止まない。
「なあ、なんで俺じゃなくてコイツなんだよッ、俺狙えよッッ!! 俺の記憶と体じゃお気に召さねえッてか!?」
(――違ェよ莫迦。そうだよ馬鹿。お前が言ったんじゃねえか。『宝物』だってさ)
「ッ、うるせェ!! ふざけんな! そいつは俺の――」
 言葉が止まる。脚さえ止まった。
(なんでだよ。なんで俺は止まるんだよ。姉でも、親でも、まして――なんでもないって)
 そんなこと、考えている場合でもないのに。
 頭の中できゃらきゃら嗤う声がうるさい。血を吐き過ぎて息が吸えない。それでも叫ぶ。
「何だってんだよ、俺はッッ!! ――クソ、くそくそくそッ! エコーを返せッ!!」

 誰かが、追いかけて来る。
 抵抗の仕方さえ解らずに獣たちに引き摺られながら、エコーは見えない闇の奥を見る。揺れて見えるのは果てない黒と、海色の花。
(誰だろう……海賊団の人じゃない)
 どうしてあのひとは戦っているんだろう。戦えって言うんだろう。私は戦ったことなんてなくて、どうしたらいいのかもわからないのに。
「おい、聞こえてんだろッ、何してんだぶちかませよ、エコー・クラストフッッ!!」
 血の滲むような声が呼ぶ。あれは誰?
(皆に、お父さんとお母さんに聞いたらわかるかな。……ああでも、何でだろう、大切な)
 それなりに大切な人、だったような気がするのに。
 遠ざかる。声が聞こえなくなる。あのひとは。
(思い、出せない……!)
 闇の中に、エコーの思考と姿が消える。

 ――最悪だ。ただそれを見てしまったハイドラは、血と毒と一緒に言葉を吐いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


真っ暗闇は底のない孤独とよく似ている
…私はそんなの知らないのにな

薄紅の光と
甘い櫻宵の香りと
柔い温度がきみの存在と私を示してくれる

此れが痛み
之が血の熱さ
でも怯んでいられない
―桜の香が血香に染まる
サヨが庇ってくれている
いけないサヨが怪我をしている

第六感を頼りに闇を切り裂き
枯死の神罰と共に弾き飛ばす

噫もどかしい
『前』の様に身体が動かない

違う
狙われているのは私ではない

花だ
桜だ

爛漫に咲き誇る
影の檻の中の櫻――きみだよ、櫻宵

サヨが私を庇う事を影はしっている
だから私を
サヨ!私の事はいい
この身は散らない不死の―

櫻宵!!

やめて
やめて、連れていかないで
私の友を

私はきみを守りたいのに

どうして何時も届かない?


誘名・櫻宵
🌸神櫻


気をつけて、カムイ
闇に鎖された視界
とけそうな闇

背中合わせの温度が示す友の存在が頼り

下手に刀をふるえない
カムイを斬らぬよう気をつけねば
『浄華』
輝るあかと伸ばされた手と声を頼りに影喰らう桜吹雪で薙ぎ
斬るわ

カムイを守る
それが第一

桜花のオーラ防御を彼に纏わせ
影の獣の牙からカムイを庇い守りカウンターの如く斬り裂く
私の怪我など構ってられない

やっぱりカムイを狙っているのね

あなた達にカムイは渡さない

傷つくところなんてみたくない
傷つけさせない
やっと逢えたんだから
私の神様
大事な親友
いつも私を守ってくれたあなた
今度は私が守るんだから

カムイを突き飛ばして影から逃し
揺れる視界が闇に堕つ

噫、血を喪い過ぎたかしら



 ――大事に思えば想うほど、片側の花は毟りやすくて。


●拾輪
 そこから牙が落ちて来る。
 そうわかったところで、朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)の身体は思ったように動きはしなかった。
 穿つ痛みは熱のように鮮やかで、一瞬で、鼓動と一緒にぼたぼたと血潮が溢れる。
「此れが痛み……」
 初めて知ったものだった。いつか知っていたはずのものだった。――それはこの真っ暗闇も同じこと。
 底のない孤独とよく似ている。
(私はそんなの、知らないのにな)
 噫、けれど。見えずともわかる。甘い櫻の香り。薄紅の光。柔らかな温度がそこにある。ならこの傷は、痛みは。少しだけ隠して置こう。

「大丈夫? 気をつけて、カムイ」
 名を呼んだ声さえ融けてしまいそうな闇の中で、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は背中に感じる温度を確かめた。大丈夫だよ、と声が返る。それに少し安堵して、刀を握り直した。見えずとも、その存在だけが頼りだ。――その存在が一番、確かめねばならないものだ。
 獣たちの唸り声がする。
(下手に刀を振るえない)
 狙い定めず舞い断てば、カムイを巻き込んでしまいかねない。
 それならば。
「サヨ」
 闇の中で咲くあか。伸ばされた手が示す場所。それを頼りに、櫻宵は唸る影を薙ぎ払う。
 手応えは確か。――けれども数が多い。ぞろりとやみから湧き出す影は鋭利な牙となって、櫻宵に突き立つ。抉る。薄紅の色を真っ赤に染める。
「……臆、喰らいついてくれたほうが、場所がわかって、良いわね」
 喰い込んだ牙を引き剥がすように絶ち斬る。身に纏う薄紅の桜花の護りは背中合わせの彼へ纏わせた。
 ぼたり、血溜まりを足が踏む。けれども櫻宵は闇の中で唇に笑みを乗せた。
(カムイを守る。――それが第一)
 自分の怪我など構わなかった。むしろこちらへ来れば良いのに、獣たちが闇から狙うのはカムイばかりだ。櫻宵はぼたりと落ちる血を拭って、袖を闇に舞わせる。
「やっぱりカムイを狙っているのね」
 桜纏う斬撃で影を斬り飛ばす。その首を、カムイを狙うその爪を。
「あなた達にカムイは渡さない」

(いけない、サヨが怪我をしている)
 庇ってくれている。――そう気づけば、カムイは刀を闇へ向け直す。
 守るよと言った、その言葉に嘘はない。けれど。
(臆、もどかしい。『前』のように身体が動かない)
 察するままに闇を斬り、弾き飛ばす。けれども下す神罰は、神としては頼りない。結局は危ないところで櫻宵の刀が牙を弾く。
 闇の中から香る櫻の香りに甘い血の匂いが混ざる。檻の中で薄紅の櫻が咲き誇り――、

(違う)

 カムイはそこで気づいた。
「――狙われているのは私ではない」
「カムイ?」
「きみだよ、櫻宵」
 影は、大切なものを嗅ぎ取る。だから知っていた。サヨがカムイを庇うこと。だから執拗にカムイを狙った。
「サヨ! 私のことはいい、この身が散らない不死の――」
「お断りよ。カムイが傷つくところなんて見たくない」
「サヨ!!」
 薙ぎ払われる獣の影より、櫻宵に、カムイに喰らいつくほうが多い。カムイを庇い立ち続けた櫻宵は、既に立っているのが不思議なほど、あかくあかく染まっている。
「やっと、逢えたんだから」
 傷つけさせない。カムイの呼ぶ声が闇に滲んで聞こえる気がする。それでも櫻宵はカムイを庇い立つ。
「私の神様。大事な親友。……いつも私を守ってくれた」
 そんなあなたが大好きなのだと、櫻は咲き綻ぶ。――臆、けれど。影が自分を狙っているなら。
「今度は私が、守るんだから」
 次の瞬間、櫻宵はカムイを力いっぱい突き飛ばした。同時に影の獣たちが櫻宵に群がり喰らいつく。視界が、闇にとけてゆく。
(臆、血を喪い過ぎたかしら)

「櫻宵!!」
 ――やめて。やめて、連れて行かないで。私の友を。
 カムイは逃すように突き飛ばされた闇の向こうで、呑み込まれる薄紅色を見る。
「私はきみを守りたいのに」

 伸ばした手は痛いばかりで届かない。――どうしていつも届かない?

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フレズローゼ・クォレクロニカ
💎🐰


真っ暗なんだ!そこにいる?
兎乃くん
あいて!今ボクの足をふんだね?
そこに居るってことさ

輝いてるよ、兎乃くん
花とキミ
両方とも守るのさ
ふふん、兎乃くんだって、ボクの大事なマブだからね!!
足を引っ張るわけにもいかないのさ

光魔法の絵を描き影を穿ち破壊してく
『黄金色の昼下がり』!
暗闇でも絵は描ける
とにかく四方八方に放ってとめるから

兎乃くん
ばーんとやっておしまい

放たれる光に流石だね、なんて油断ひとつ

ひゃ?!
浮かぶ感覚
まさかボク、攫われてる?
やだ、姫みたい……なんて
身体中痛くて赤にそまった頭で考える
今、白薔薇を染めているのはボクの血かな

キミの声がきこえる
大丈夫さ

だってキミは絶対
助けにきてくれるからね


兎乃・零時
💎🐰


…暗いってんなら、俺様自身が光に成って引き付けりゃ…!!

片手に花を
片手に杖を
其々の光を灯す

花とか人狙うって聞いてたけど!
そうだよな!フレズは大事な友達だしな!

ぜってぇ奪わせねぇからな!
おらこっちこい!

光属性の魔力を全力で練りつつ光属性付与と光の道描く魔術を杖へ掛け強化
自分の体を盾にしてでも守りきる…!

光が強めりゃ視界も少しは良くなるはず!
そしたらUCで光属性攻撃×全力魔法ぶちかます!

極光一閃!

ふれ、フレズ!?

くそ…くそ!
情けねぇ!
後れ取って!奪われて!
…何が最強最高の魔術師だ…っ!

…だがこのままで終わるもんか


叫ぶ

待ってろフレズ!
絶対!
助ける!
絶対だ!


体から零れた血はやがて宝石に変わる



 ――何処か見慣れた櫻色が、揺れた気がした。


●拾壱輪
「真っ暗なんだ!」
 何も見えない闇色は、瞬いた大きな瞳の色まで溶かしてしまう。フレズローゼ・クォレクロニカ(夜明けの国のクォレジーナ・f01174)はくるりと一回転して確かめて、ふたつだけ光を見つけた。
「そこにいる? 兎乃くん」
「フレズ?」
 もきゅっ。
「あいて! 今ボクの足をふんだね?」
「あっ、ごめ、」
「ふふ、そこにいるってことさ!」
 フレズローゼは軽く足音を鳴らして見せる。その音に反応したように影が喰らいついて来るけれど、見えないものは仕方がない。あいて、なんて軽い声では済まない傷が血を吐くけれど。
「暗いってんなら、俺様自身が光に成って引き付けりゃ……!」
 殺気と唸り声。その狭間で兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は杖に光を灯す。もう片方の手には花がある。それぞれの光は掲げれば、呼応するように闇の中でその明るさを増した。
 ――喰らいついていた獣たちが、光に怯んだようにその身を引く。
「輝いてるよ、兎乃くん!」
 僅かに明けた闇の中、フレズローゼは飛びかかって来た影をひょいと避ける。
「花とキミ、両方とも守るのさ」
 ふふん、と笑って光が照らしてくれるうち、フレズローゼは持ち慣れた絵筆を手に取る。明るくしてくれてありがとうなんて、それで終わっていられない。足を引っ張るわけにもいかないのさ。だってそうだろう?
「兎乃くんだって、ボクの大事なマブだからね!」
「フレズだって大事な友達だしな! ぜってぇ奪わせねぇからな!」
 力強い声が、光が照らす闇の中へと響いてゆく。けれど。
「――まあ、そう簡単に通してはくれないよね」
 一部を照らせたところで、闇は広くて深いもの。別の方向から吠え声がすれば、足元から牙が喰らいつく。それから逃れるようにフレズローゼは跳ねて闇の中に一旦降りた。その隙さえ傷を穿たれれば、白い肌がぽたりと落ちる血に赤く染まってゆく。ああでもそれだって素敵な色になるかもしれない!
「さあ、お茶会を始めよう!」
 黄金色の筆先が描き出すのは永遠のお茶会。光る蝙蝠に紅茶とお砂糖。全部踊れば真っ黒なキャンバスに光の魔法を描き出す。
「知ってるかい? 暗闇でも絵は描けるのさ」
 喰いつかれて痛くとも、フレズローゼは筆を止めない。四方八方色んなところにお茶会の時間を留め置けば、零時の光と合わせて闇をある程度見通すことができた。
「兎乃くん、ばーんとやっておしまい」
「任せろっ! おらこっち来い!」
 光属性の魔力を全力で練り上げて、零時は自身の身を強化する。喰いつかれた宝石の身体は、血をやがて同じ色の宝石に為してゆく。
 光は強く、フレズのそれと相まって影の獣たちの姿を明かした。その姿たちをなるべく覚えるように見渡しながら、零時は詠唱を口にする。
「――我が夢は、何れ全世界、最強最高の魔術師の頂へと至る事! 例え、その先に何が待とうとも! その悉くを超え続ける! その覚悟を此処に示す!」
 高らかな声と光。煌めきと共に、眩い一閃が獣たちを薙ぎ払った。

「よし!」
「流石だね」
 フレズローゼが笑い、上手く行った、と零時も表情を輝かせた、そのときだ。
「ひゃ!?」
 ――不意に、フレズローゼが影に呑まれた。一瞬のうちにその姿は闇の奥へ攫うように遠ざかる。
「ふ、フレズ!? フレズ!! ――くそ!! 待ってろ、フレズ! 絶対助ける! 絶対だ!!」

(まさかボク、攫われてる? やだ、姫みたい……なんて)
 僅かに聞こえた零時の声にフレズローゼは再び闇ばかりになった先をぼんやりと見るしかできなかった。流石に抵抗はできそうにないくらいには、血が溢れてしまっていたし、身体中が痛くてならない。
(今白薔薇を染めているのは、ボクの血かな)
 きっとそうに違いない。そんなことを考えながら、聞こえた声に少し笑う。
(大丈夫さ、兎乃くん)
 きっと今は何が最強最高の魔術師だって思っているかもしれないけれど。

 ――だってキミは絶対、助けに来てくれるからね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

五条・巴

七結/f00421

暗晦に包まれた世界で、
隣にいる七結の存在はその花の光が頼り

大丈夫、いるよね

七結の声に安心するも

足音、呼吸、不意に聞こえてそちらに顔を向ける
花と顔を庇うように腕を出したはいいけれど

鋭いモノが突き刺さる

七結!
花檻を高く放り投げ、一瞬、周辺の視界を照らす
七結の視界が拓けるように

七結の返事は聞こえない

ただ四方から聞こえる獣の声

咄嗟に利き手を出したのが不味かった
ここで銃は扱えない

懐に携えた護り刀を構える

離れてしまったけれど七結は足を、手を止めるような”ひと”では無いことは知ってるから、

すきま風みたいに寒い風が心を揺らすけれど、

只管に近づく気配に刃を振り下ろす
甘い香りがこちらに届くまで


蘭・七結

トモエさん/f02927

昏い、何処までも暗い場所
夜目には慣れているはずなのに
果てしない闇の先を捉うことが出来ない

トモエさん
あなたは、そこにいる?
あなたの姿が見えずとも、屹度、

刹那、感じたのは殺気
腕を脚をと裂かれていって
甘くなどない鋭利な痛みが、巡ってゆくよう
嗚呼、ああ……なんて、いたい

ぎゅうと握りしめた手のひら
名も姿も知らぬあたたかな花
あなたは、あかく染まってはいけない

トモエさん、ご無事、かしら
………、……トモエさん?
ねえ、返事をなさって

あなたの声が遠い
遠い、遠退いてゆく
ともえさん
わたしの、なゆの大切なおともだち

連れてゆかないで
月が、なんてとおい

伸ばす手も駆ける足も止めない
すぐに、ゆくから



 ――光の先へ摘まれゆく、


●拾二輪
 暗い、昏い、何処までも暗い闇ばかりある。
 隣にいるはずだと言うのに浮かび見えるのはその花の光ばかりで。
「七結、そこにいるよね」
 五条・巴(照らす道の先へ・f02927)が確かめるように呼べば、隣から蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)の声が返る。
「トモエさん、あなたは?」
 そこにいる?
 夜目には慣れているはずなのに、隣の姿さえ見えはしない。
「大丈夫」
 それでも互いに返る声を確かめて、僅かな安心を得た――その刹那。
 唸り吠えて迫る足音と殺気が、闇に融けているふたりの肌を刺す。七結は息をちいさく呑んで、巴は咄嗟に花と自身の顔を庇うように腕を出した。巴はモデルだ。そうそう顔に傷など作れない。
 鋭い牙が巴の腕を深く抉る。それは夜を塗り固めたような黒曜の牙。鎌鼬めいた影の連撃。
「七結――」
「……っ、いた、い」
 悲鳴の代わりに呼んだ名前は、僅かに声を揺らした。いたい、いたい。なんて、いたい。
 腕を裂いた牙、脚を穿つ爪。途端に熱く溢れ出す血は拍動と共に巡り、甘くなどない痛みを刻みつけてゆくよう。
 ぼたり。ぼたり。落ちてゆく。染めてゆくのはあかい色。
 ぎゅうと握り締めた手のひらの朱い檻で桜、あたたかな花。名も知らぬ花。世界の滅びに綻んで、牡丹一華とさくらをかさねた、七結の傍でこそ咲いた花。
(あなたは、あかく染まってはいけない)
 鋭利な傷に斯様に容易く散らされては、いけないの。
「トモエ、さん……ご無事、かしら」
 見えぬままに友人の名前を呼ぶ。――けれど。
「……、……トモエさん?」
 返事がない。さっと背中が冷たくなるようで、七結は痛みの中で顔を上げた。足を無理にも踏み出す。引き裂かれて、赤が夜の底に落ちてゆく。昏い、幾度見ても見えぬ先に。
「ねえ、返事をなさって」

 咄嗟に利き手を出したのがいけなかったのだと、闇の中に引き摺られながら巴は理解する。
 影に繋がれた腕はそのまま引き摺られ、引き離される。七結の姿は見えない。あるのは片手に咲いた光放つ梔子の花檻。
「――七結!」
 逡巡は一瞬。巴は檻を、光を高く放り投げた。ほんの一瞬でも光が辺りを照らすよう。彼女の視界が開けるように。
 澄ませた耳に、返事は聞こえない。聞こえるのは獣の唸りばかりだ。どくりと溢れる血の感覚が、腕を伝い落ちてゆく。
 ここで銃は使えない。どうにか動く腕で、懐に携えた護り刀を構えた。
(離れてしまったけれど、七結は足を、手を止めるような『ひと』ではないことは知ってるから)
 ずるり、ずるずると。連れて行かれる闇に刃を振り下ろす。たったひとりだ。隣はいない。
 ――すきま風みたいに、寒い風が心を揺らすけれど。
 彼女の花の香りが、きっと届くはずだから。

「ともえさん、待って――」
 手を伸ばした。その手さえ、鋭い牙に喰い破られてあかが溢れる。それでも足は止まらない。
 白い光が見えた。あれはきっと巴の花だ。その光が僅かくれた道を辿って、七結は突き立つ牙を振り払って進む。
(わたしの、なゆの大切なおともだち)
 連れてゆかないで。
 巴が示してくれた花の光は闇の中、ころりと丸く転がった。それはまるで月のようで。
(月が、なんてとおい)
 手を伸ばして、駆けて、ぽた、ぽたりとあかい跡を闇に残せど止まりはしない。途中、闇に落ちて持ってゆかれそうだった巴の花檻を拾った。小さなそれをそっと抱く。
「すぐに、ゆくから」
 この花とともに、きっと。
 追いかける七結の足音も、闇の奥へと呑まれてゆく。
 ふわり、二つの花の足跡が、あかく、しろく、見えずに残った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

呉羽・伊織
【萌し】
腐っても隠密
闇に紛れた暗殺には慣れた身
似た手口の敵の動きも掴めるか
其に加え暗視と環境耐性と第六感
持てる技と経験則を束ね、影と殺気の動きを察し、咄嗟の早業で春和を――目映い花の光を、庇いに入る

(其を血の花で塗り潰す訳にはいかない
それにこの身は仮初のもの
最悪でも替えは利く
でも、春の花は――)

…っ春、何して…!
(身を護れたとて、其が奪われては――)

…ああもう、本当に強いな
――わかった
取り戻そう
散らせやしない

傷は激痛耐性で抑え、UCの闇や毒で目や足を潰し牽制
更に2回攻撃で烏羽振るい確実に仕留めに

(皮肉染みたこの刃に思う所はあれど――今は、其でも)
娘の力と志――己が花も頼りに、闇を切り抜けに




永廻・春和
【萌し】
咄嗟の動作は、この御方には遠く及ばない
けれど、せめて
第六感で気配察すと同時、破魔の加護と祈りを乗せたオーラを、我が身ではなく彼の身へ
其でもきっと完全には護れない――あまりに微力で、歯痒く心苦しい

(また、何を考えていらっしゃるか
貴方様の花も、かけがえなきものであるのに――
咲き初むその光を散らす訳にはいかない
身も心も、惨く傷付けさせたくはない)

(更に彼へ向かう顋に、己の花檻をかませて防ぎ)

私とて護られるばかりでは気が済みませんので
其に例え一時奪われども、彼の光を見失いはしない――必ず取り戻しますから

UCで群の動作鈍らせ、共に刃で闇を切り払い――傍らに優しく咲き続ける確かな光を頼りに、先へ



 ――最後の、


●拾参輪
 闇に囚われて、然程動じることはなかった。ただ、呉羽・伊織(翳・f03578)はろくに利かぬ視界で、身体が察するままに任せる。
 へらりと笑っていようが、腐っても隠密――闇に紛れた暗殺は、伊織こそ得意とするものだ。
 見るのはひとつ、眩い春の花。
(――半歩、遅い)
 けれど間に合った。闇から落ちて来る牙に、躊躇いなしに伊織は身を晒す。庇うべきはその花だ。仮初の肉体を牙がいくら抉ろうが些末なこと。――そう思ったけれど、そうは思わぬと言わんばかりに、伊織の身を護るように破魔の加護と祈りを乗せたオーラに包まれる。
(咄嗟の動作は、この御方には遠く及ばない)
 永廻・春和(春和景明・f22608)は敢えて自分ではなく伊織に護りを渡した。彼がそうするのが、何ともなしにわかったからだ。
(其れでもきっと完全には護れない)
 それはあまりに微力なものだ。歯痒いものだ。僅かに鼻につく血の匂いに、心苦しい思いが募る。
 その思いを知ってか知らずか。伊織は喰い破らせた腕一本を無理にも引き戻し、更に身を盾にして手に馴染んだ暗器を叩き込む。
 喰いたいなら喰えば良い。けれど血の花で春和の花を潰すわけには行かない。
(この仮初の身なら、最悪でも替えは利く。でも、春の花は――)
 喰いたがる牙の殺気は慣れた身には解り易い。敢えてそちらへ身を寄せて、その貪欲な牙を受け止めるだけなら、反射に任せ、経験則でこの身が肉塊になるまでもできるはずだ。
「春、少し離れて、――」
 振り向かずに伊織が言おうとした。その身で庇い立ったその場所に。

 ――歪な顎が噛んだのは、枝成りの桜咲き誇る、春和の花檻。

「……っ春、何して……!」
 それは春和と共に、敵の死角にあったはずだ。それなのに奪われたのは、春和がそれを敵に噛ませたからに他ならぬ。
「……私とて、護られるばかりでは気が済みませんので」
 常と変わらぬ冷静な声で、春和は返す。一瞬のうちに花檻は闇の向こうへ遠ざかるけれど。
(また、何を考えていらっしゃったのか。貴方様の花も、かえがえなきものであるのに)
 小さくとも、確かに。咲き初むその光を散らす訳にはいかない。仮初であれ、身も心も在るままに春和を庇うその背が見えずともあるのなら、惨く傷つけさせたくはない。
「心配されずとも。例え一時奪われども、彼の光を見失いはしない――必ず、取り戻しますから」
「……ああ、もう」
 貴方様といるのなら、然程も難しくはないでしょう。当たり前のように紡がれる言葉に、伊織は深く息を吐く。
「本当に強いな、春は」
 奪われても折れぬ。取り戻すと真っ直ぐ言える。その強さが、伊織はいつだって少しだけ眩しい。
 ぼたり、落ちる血は止まらない。獣の唸りも止んではいない。
「――わかった。取り戻そう、散らせやしない」
 伊織は花が隠れてしまった闇の果てを見る。黒刀を構える。烏羽――皮肉じみたこの刃に思うところはあれど。
 春和の渡してくれた護りが、僅かにも痛みを抑える。花吹雪は僅かな導のように舞ってゆく。
 その力と志――己が花も頼りに、闇の先へと二人は進む。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『金・宵栄』

POW   :    壊魂の紅
【“己の宿願を叶える”という執念 】を籠めた【紅鞭】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【魂】のみを攻撃する。
SPD   :    「お前の宝は何だ」
対象への質問と共に、【自身の満たされない心】から【月のような金色毛並みの猫(人間大)】を召喚する。満足な答えを得るまで、月のような金色毛並みの猫(人間大)は対象を【鋭い牙や爪、金色のオーラ】で攻撃する。
WIZ   :    月禍の夢
【瞳と声、紅鞭での攻撃のいずれか又は全て】から【記憶・精神を侵す強烈な催眠術】を放ち、【“最も大切なものが奪われた”と思わせる事】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠汪・皓湛です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●囚華
 走る。駆ける。手を伸ばす。
 夜の檻を抜け出して、花を奪われた者たちが見た先で、花が咲いていた。
 視界のない闇から出たばかりでは、淡い光の群れが咲いているように見えたかもしれない。
 それは花畑だ。花畑の至るところに檻が蔓延り、それでも花は咲いている。

 ――夜が明けようとしている。

 黎明の空の端っこが、暁の色を滲ませている。じき夜は明けるだろう。
 それを嘲笑う声があった。
「夜が明けようと世界は滅ぶ」
 花畑のその中で花を踏み潰し、握り潰して男は酷薄な声を響かせた。
「あの玄影の檻を抜けて来たとは大したものだ。――だがお前たちの『宝』も違う」
 見事に咲いた花でさえ。
 想われるまま囚えた者でさえ。
 男が探している『宝』ではなかった。ああ、けれど。
「ならばお前たちを見せてみろ」
 男の視線は、駆けて来た満身創痍の者たちへ向く。
 あの花を咲かせた者ならば、宝足り得て花を咲かすかもしれぬと、檻が、檻が、檻たちが囚えるために黎明の空を飛ぶ。

 それよりも囚えたものを返せと叫ぶ声に、男は嗚呼、と奪った花たちに目を向けた。
「――もう要らぬ」
 ばきん、と。
 奪った檻が置かれた花畑の中で壊れ始める。その中の花すら押し潰すように。
 奪われた者たちが走る。駆ける。手を伸ばす。

 その手は檻が壊れるより早く、咲いた花へと――
イディ・ナシュ
【籠目】

キディ!
突出する人がありますか
軽率に怪我をするような真似をわざわざ――

漸う見えた、先行する義妹の姿に声が跳ねた
向かい来る茨の檻を避けるでもなく
狼の食べ易い大きさに壊してきなさいと子らを送る
形を保った黒百合を差し出されれば
お小言は先細ってしまうけれど

黎明の光に照らされる義妹の笑顔
優しくて、可愛らしくて
だから  くて、    しい
癖のように目を逸らして、小さな声で礼を告げる
そうですね
宝物をこれ以上傷つけて頂いては困ります

種も撒かず水も遣らず、貴方は何を咲かせるおつもりですか
醜く咲いた黒百合であれど
これは私だけの花
キディもやがて旦那様の大切な花となる子
散らされる前に、散らして差し上げましょう


キディ・ナシュ
【籠目】

だめ!です!

お花が潰れる前に滑り込み
転びそうな所を支えてくれた
狼さんはえらい子良い子!

はい、おねえちゃん!
宝物ですよ、良かったですね!

さぁ花ドロボーの親玉をやっつけましょう
人の宝物を潰すなんて悪い子です!

飛んでくる檻はスパナさんでうち退けましょう
この体も心も大好きなマスターの最高傑作!
そしておねえちゃんも大事な家族!
壊されるわけにはいけませんし、許しません

――つまり、やられる前にやれという事なのです!
ぴょんとこども達追いかけ応戦です
迫りくる檻も鞭も、狼さんの爪牙で叩き落とします!

心の奥から湧き上がってくるキラキラが
とっておきの宝物に変わるんです
だからあなたのお花は誰も持っていませんよ!



 届く。抱き寄せる。――突き刺さる。
「だめ! です!」
 痛いのも壊れるのも怒られるのも全部ぜんぶお構いなしに、キディ・ナシュ(未知・f00998)は両手で花を抱き寄せた。
 キディの頭ごと潰して来そうだった檻をそれより先にねじ曲げた三人の死霊の子供たち。勢い余って檻の中へ倒れ込みそうになった首根っこを思いっきり嚙み寄せてくれた狼に「ぐえ」なんて声はご愛敬。
 ばきん、がしゃん!
 次の瞬間、派手な音を立てて茨の檻がスクラップになってしまうのをキディはぱちくりと大きな瞳で見て、けれども手の中で潰れず済んだ黒百合を確かめると、ぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「――キディ!」
 普段静かで揺れない声が珍しく跳ねて聞こえた姉――イディ・ナシュ(廻宵話・f00651)にキディは狼にぷらんとされたままで振り返る。
「おねえちゃん!」
「突出する人がありますか。軽率に怪我をするような真似をわざわざ――」
「はい、おねえちゃん!」
 息を切らせてすぐ傍まで来てくれた姉の目の前に、キディは傷だらけの両手で大事に抱えた黒百合を差し出した。
「お花ドロボーから奪還です! 宝物ですよ、良かったですね!」
 お小言を忘れてしまったみたいにぴたりと言葉を失くした姉にきらきらの笑顔を向ける。だって嬉しい。一緒に咲いたお揃いの白百合の檻はちゃあんと背中に背負ったスパナに引っ掛けてある。これはわたしたちの宝物。顔も知らない大切な『マスター』にちょっぴりだけ近づけた気だってする。
「……はっ! いけません、おねえちゃんの手を取りこぼしました!! そして狼さんは降ろしてくださーい! えらい子良い子です!」
 もうお手手はぺしゃんこですか!
 慌てて振り向いた先で潰れた檻は、その黒い茨で下敷きにした手をずたずたにしていた。

 ぼたり。持って行かれた左腕から真っ赤な血が落ちて、黒く変色しながら花畑の無垢な色を染め変える。その上で文字通り目と鼻の先に差し出された黒百合を血に汚れた右手で受け取って、イディは黎明の光に照らされる義妹の笑顔から視線を逸らせた。
 いずれお会いするマスターのために、えらい子良い子でいましょうね、と教えた言葉をそのまま飲み込んで、純粋なまま、無知なまま。お日様みたいなその笑顔を正面から見ていられないのは、もう癖のようなものだ。
「ありがとう、ございます」
 視線を逸らしたまま小さな声で礼を口にはするけれど、音はひとつも嬉しそうな響きにならない。
「おねえちゃんも大事な家族ですから!」
 キディの声に、イディの視線はまだ残る夜を見る。その底へ赤黒く落ちてゆく血を、手にした黒い花を見る。ええ、と唇だけはきっと微笑んだ。夜に慣れた瞳に朝は眩しすぎていけない。
 その笑顔は優しくて、可愛らしくて。
(――だから  くて、    しい)
 歯抜けて乱丁した物語は、読み聞かせることもできずに。

「お前が花を咲かせた者か」
 黎明から声が降る。――檻が降る。
 茨の檻を避けるでもなく囚われて、イディは朝日に眩しい金色を揺らす男を見やった。手にした黒百合はそっと袖の中に仕舞い込む。
「咲かせられぬのは貴方ですね。花がどういうものかお忘れのようで」
 淡々とした声音で言いながら、イディは茨の檻の中ですいと座り直した。別に、囚われて花になるつもりもないけれど。
「種も撒かず水も遣らず、貴方は何を咲かせるおつもりですか」
 何を。問われた男が眉を顰めた。何を捉えるでもなく囚え続ける檻を見る瞳に、淡く光り咲く黒百合が映る。
「……あら。貴方だけの花をお探しかと思ったのですが。――醜く咲いた黒百合であれ、これは私だけの花」
 何も知らぬ無垢な両手が取り返した『宝物』。それを膝に開いた魔導書の上に置いて、イディは顔を上げる。――黎明の空に滲む鮮やかな色と一緒に、ぴょんと飛んだ影がみっつ。光がひとつ。
「キディもやがて旦那様の大切な花となる子。……散らされる前に、散らして差し上げましょう」
 ね。と、呼びかけるような声のあと。連続した音がふたつ。
 一つは巨大なスパナと狼が茨の檻を打ち壊す音。
 一つは死霊の子供たちが男の鞭を叩き落とした音。

「――つまり、やられる前にやれということなのです!」

 頭上注意ですよ、おねえちゃん! 言うのが遅いですよ、キディ。
 明け行く空にいつも通りの姉妹の声が響くより、檻が鞭が襲い来る音のほうが派手だった。
 キディはがしゃりがしゃりと狙い来る檻を飛んで跳ねて避けて、ついでに立ち上がりそびれた姉をうんしょと背負って狼と駆ける。
「この体も心も大好きなマスターの最高傑作! 壊されるわけには行きませんし、許しません! おねえちゃん、走れますかっ」
「無理ですね疲れました」
「と言うわけなので狼さんお願いします! クッキーは……あああ! これで! 最後です!!」
「……帰ったら焼きましょうね」
 義妹の悲壮な声に溜息混じりな声で返して、イディもキディの狼に先行させて子供たちを駆けさせる。
 朝が来る。捕らえに来る檻を鞭をスパナで跳ね返しながら、ボロボロの体を眩しい朝日に晒して、キディは背中の大好きな姉を背負い直した。頭の上で朝と夜が混ざり合う。
「心の奥から湧き上がって来るキラキラが、とっておきの宝物に変わるんです」
 イディが行かせた子供たちの後を追うように、キディの真っ直ぐな視線の先の花泥棒へ、狼の爪が牙が喰らいつく。白と黒の百合がふわりと光る。

「だからあなたのお花は、誰も持っていませんよ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

比野・佑月
【月花】
必死に駆け寄り伸ばした手は今度こそ彼女に…!
存在を確かめるよう抱き締め
傷付いた体に外套を羽織らせる。
彼女の肌に咲く花を気に留めるも
敵に意識を戻し、守るよう前へ

知ってしまったこの感情が…俺の、俺だけの宝物に他ならない。
どんなに煌めいて見えようと、きっと他人が触れたところで何の価値もない。
そんなことすら理解できないお前が宝を得ることなど在り得ない

穿牙を振るう
傷を付け、傷を穿ち、ワイヤーで脚を絡め取りまた傷を穿つ。
先のお返しだと言わんばかりに獰猛に、容赦など欠片も無く
自分のものに手を出された獣が怒り狂うことくらいお前にだってわかるだろ?
「何も得られやしないまま、虚ろに消え去れよ」


花色衣・香鈴
【月花】
失っていた意識を呼び戻したのは必死な声
「…?」
お父さん、じゃ、ない
まだ少し霞がかる頭が覚醒した時
「ぁ…っ」
裂けた服から見える右二の腕と左太腿
そこからは肉が裂けて植物が生える様
かけられた上着
嗚呼
見られた
「…ッ!」
それでも咄嗟に両手で羽衣を握り、波打たせる様に振り上げ地を叩いて、飛来する攻撃を破魔の衝撃波で迎え撃つ
やっと見えた彼はわたしよりずっと傷ついて
でもまだ奪われてない
そこに居る
なら、戦う

戦闘終了後彼の前で腕に生えた白い花を毟ってUC発動
「ごめんなさい、せめて…」
わたしの所為で傷ついた貴方だから
わたしの命を差し上げましょう
嗚呼
先日アルダワで、貴方の前で摘んだ花と同じだと気づいたろうか



 くるしくて息が出来なくて、息を吸いたいのに花ばかり吐いて。
『香鈴』
 お母さんの声がする。心配でたまらなくて、少し泣きそうだけど無理して優しく笑ってくれる声。
『香鈴』
 お父さんの声もする。安心させようって、花が咲く背中を優しく撫でてくれる大きな手。
「――香鈴ちゃん!!」
 必死な声が、する。知っている声。男のひとの声。
(お父さん、じゃ、ない)
 もうとっくに覚えてしまっている、そのこえ。
 花色衣・香鈴(Calling・f28512)の意識を手繰り寄せる、その声は。

「香鈴ちゃん!」
 比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)の手が花に届く。――香鈴に届く。
 傷の痛みも、噴き出す血も構ってなんていられなかった。ただ必死に駆けて、駆けて、駆けて。壊される檻から庇うように飛び込めば、華奢な身体を傷つけないように、確かめるように抱き寄せて取り返す。小さい。壊れそうなほど柔らかい。胸の真ん中に咲いた感情と同じくらい、温かい。
「――よか、った……」
 勝手に口から溢れたのは、みっともないくらい安心した声だった。死にそうになって助かったときだって、こんなに安心したことはないのに。
 ちゃんと腕の中にいる。その存在を確かめるように佑月は香鈴を抱きしめる。その意識は未だないのか、ほんの小さくおとうさん、と聞こえた気がする。
 彼女の父親でも何でもない。或いは最も遠い存在かもしれない。けれど傷だらけでも確かに息をしている彼女にもう一度安堵して、小さな体を花畑の中に横たわらせると、自分の外套を羽織らせた。――その裂けた肌から咲く花に目を留める。
(あの花……)
 あれは、たしか。思わず記憶を探りかけたところで、気配に耳がぴんと立つ。
 襲い掛かって来る檻を避けて、佑月は香鈴を守るように前に出た。
「触るな」
 思いがけず出た低い声に自分でも内心で僅か驚きながら、佑月は構えを取る。その目前で男は笑いもせずに吐き捨てた。
「くだらぬものを守る」
「お前にとってどうかじゃない。――これは俺の、俺だけの宝物だ」
 知ってしまった感情は、きっとひとつに収まらない。真綿みたいな柔らかい温もりも、血を吐くような切望も、今敵に向ける怒りさえ。
「どんなに煌めいて見えようとも、きっと他人が触れたところで何の価値もない」
 ただ。これは佑月のものだ。自分のものだ。空虚で何にもないと思っていた内側から咲いた、佑月だけに価値あるものだ。
「そんなことすら理解できないお前が宝を得ることなどあり得ない」

 ――目が覚めて、まだ霞がかる意識の中で、香鈴はその声を聞いた。
 俺だけの宝物だと言い切るその声は、よく知っている声だ。けれどいつもの柔らかい声より芯の通った、戦うひとの声だ。
(佑月、くん?)
 いつも親切なひと。何気なく出会っては、何気なく話せて、不思議と気が休まるひと。
 けれど。
「ぁ……っ」
 ぼやけた視界がはっきり焦点を結んで気づいた、体に掛けられた上着。それが隠してくれていた、右の二の腕と左太腿。――肉が裂けて、植物が生える異形の様。
 嗚呼、と溢れる息は僅かに震えて、喉の奥が苦しくなる。
(――見られた)
 この上着を掛けてくれた彼は、どんな顔をしていたんだろう。ずるりと身体を起こして見える、彼の血の痕。生々しく見えるその傷は浅くない。それをさせたのは、自分で。
「……ッ!」
 瞬間、狙い落ちて来た檻を羽衣を波打たせて迎え撃つ。
 青翡翠と紫翡翠の宝玉がしゃらりと音を成せば、破魔の衝撃波が香鈴と佑月に迫った檻を弾き飛ばした。
 それで振り向いた佑月と目が合う。
「……っ」
「――おはよ、香鈴ちゃん」
 逸らされることを覚悟した。奇異の目で、畏怖の目で敬遠されることはいつもだった。
 けれど佑月はいつもと同じに笑って優しい声で、良かったと言うのだ。
「……ぁ、の」
 声が上手く出なかった。それより先に、佑月の気配も再び張り詰めて、敵を見る。その体はやっぱりボロボロで、香鈴よりずっと傷ついているのに。守るように、そこにいる。
(なら、戦う)
 彼を奪わせたりはしない。
「――佑月くん」
 今度こそ届く声で名前を呼んで、腕に咲いた花を毟る。その花がいつかあなたの目の前で摘んだ花だと、気づいただろうか。
 驚いたような視線へ差し出す花は、白い花。星の花。――貴方をほんの少しでも癒す花。
(わたしの所為で傷ついた貴方だから、わたしの命を差し上げましょう)
 ごめんなさい、と囁いた声で佑月へ花と手を伸ばす。
(こんな身体でも、せめて)
 優しいひと。貴方のために花を咲かせて良いのなら。

 容赦のない檻の猛攻に、佑月は怯みはしなかった。
 癒しの白花が傷を埋めてくれる。それは何より彼女が無事で、そこにいる証。――渡すものか。
 襲い来る金華猫に手に馴染んだ穿牙で傷を穿てば抉り込み、放った刃とワイヤーでその足元を絡め取る。
「お返しだよ」
 身を抉られたその分は、その分以上に返そうか。本能のまま、獰猛に。佑月は朝に向かう空の下で血を吐いて血を浴びる。容赦なんてどこにもなければ、それはまるで野生の獣のようだった。
「自分のものに手を出された獣が怒り狂うことくらい、お前にだってわかるだろ?」
 喚ばれた巨大な金色猫をくぐり抜ければ、花を奪った男へ佑月は距離を詰める。刀を放つ。
 宝を求めかなぐり捨てる。空虚なその有様は、空虚なままで在り続ければ、いつか自分もそうなったのかもしれないけれど。――今は違う。
「何も得られやしないまま、虚ろに消え去れよ」

 知り得た感情の名前は、未だ読み解くには難しいけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻
🔴真の姿
嘗ての災厄の神
神斬の姿(瞳のみ今と同じ

私の櫻が奪われた

よくも奪ってくれたね
神の愛し子を

許さぬ
許せぬ
お前が
サヨを奪われた私自身が

腸が煮えくり返る

厄に沈めてしまおう

かえせ
私の友を、巫女を
櫻宵を返せ!!

立ち塞がるもの全て切断しながら
衝動と怒りのまま駆ける

邪魔だ
小賢しい

見切り躱し
不運を約結ぶ神罰
災厄を齎す暴風嵐でなぎ払い
切り込み全て斬り壊す

待っててサヨ
今迎えに行くよ
身を尽くして君を救う

噫…櫻宵!
囚う檻を斬り
血濡れた櫻を抱え撫で
泣かないで
もう大丈夫
櫻宵

私の血(いのち)を飲みなさい
少し傷を癒して

私は櫻宵を守る
もう傷つけさせない
この手は離さない
約束した

金の厄災
そなたには災を厄結びしてあげる


誘名・櫻宵
🌸神櫻

まるで見世物のよう
血が足りない
意識が揺らぐ

誰かが私を呼んでいる
カムイは無事かしら
私は少しはカムイを守れた?
無事に逃げてくれてたらいい

黒が荒れて厄が降る
黒桜が吹雪く
三つ目の黒の神、その姿に息をのむ
師匠……神斬…

いいえ、
カムイ

来てくれた
溢れる涙がとまらない
何時だって転生したって助けてくれる
私の為に怒ってくれる親友
私の神様

カムイ!
力振り絞り叫び
桜花のオーラに浄化と破魔纏わせカムイを守る

怒り狂う神を鎮めるように頬にふれ
怪我は大丈夫?カムイ
躊躇うも神の願い通りに首筋に牙を埋める
甘い美味しい―いのちに満たされる
ありがとう…助けてくれて

一緒に断ち斬りましょう
衝撃波と共になぎ払い切り拓く
もう奪わせない



 明けの空に真っ赤な桜が舞い墜ちる。
 それは血のように鮮やかで、ぞっとするほど美しい。瞬きの朱は明けゆく闇を吸い取るように色を変じる。
 ――桜色の目を、目を、目を。いざ開くのは黒桜。漆黒の髪が赤に靡いた。
「私の櫻が奪われた」
 ゆらり、ゆら。朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)は襲い来たる檻を弾いて、千早振る災厄の神は怒りを顕す。
「よくも奪ってくれたね、神の愛し子を」
 許さぬと神は云い花散らし。
 許せぬと神は云い厄を結ぶ。
 臆、何よりも。
(サヨを奪われた私自身が)
 腹が煮えくり返る。神で在りながら神足り得ぬ転じた身。不足を知りながら君の神だと繰り返した言霊すら結べずに、何が神か。
「かえせ」
 災厄の神は夜闇を背負い花を駆ける。朱い桜が千切れ舞う。
 目指すは櫻を奪ったその朱い檻。衝動のままに血染めの刀で全てを斬り伏せながら壊される檻へただ駆ける。
「――災厄の神が世界を滅ぼしに来たか」
「邪魔だ、小賢しい」
 揶揄する声と囚えに来る檻を斬り飛ばすように刃を振るい、纏うのは災厄の暴風。
(待っててサヨ、今迎えに行くよ)
 ごうと唸る風が花と檻と血桜を散らして――約結んだ神の手が、たったひとつの櫻へ届いた。

「私の友を、巫女を――櫻宵を返せ!!」
 ――神のこえで、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は目を開けた。
 ぼやりと霞む視界は、闇ではない。滲むのは朱。その檻の中、まるで見世物のように横たわっている。
 はく、と唇だけが動く。声が出ない。身体が上手く動かせない。血が足りない。呼んでいるのは、誰?
(カムイは、無事かしら)
 先ず浮かんだその名前。泣きそうな声を覚えているけれど。
(私は少しはカムイを守れた?)
 無事に逃げてくれていますように。願うのは私の神様へ。親友へ。どうか私を助けようなんて思わないで。そうでなければ――。
 じわり、視界に赤と白が滲む。朝だろうか。同時にばきんと音が鳴った。
「……っ」
 指一本もろくに動かせないのに、檻が壊れようとしている。櫻宵を押し潰すように牙を剥いて。
 ぐらり、視界が揺れる。狭まる。動けない。臆、このまま、囚われたまま、私は――。

「――櫻宵!!」

 黒桜が吹雪いて舞ったのはそのときだった。身体が抱え上げられる。引き寄せて潰れ落ちる檻から身体が連れ出された。
「櫻宵、臆、櫻宵……!」
 息を、呑んだ。
 そこにいたのは三つ目の黒の神。その転生を見送った、
「師匠……神斬……」
 微かな声が唇に乗るけれど、合う瞳の色は優しいさくらいろをしている。だから、わかる。

「――いいえ、カムイ」

 口にした瞬間、焦点を結んだ視界の中で神が笑う。親友が笑う。ぽろぽろと涙が溢れた。いつだってそう、いつだって、転生したってこのひとは助けてくれる。
(私の親友。……私の、神様)
 泣きながら力なく伸ばした手を握る手がある。血を、涙を拭い撫でる指が優しい。けれど猛る黒桜が降る檻を弾き、何よりその神の怒りを伝える。――他でもない、櫻宵のためにカムイは怒っている。
「泣かないで。もう大丈夫だから、櫻宵」
 それでも触れる手は優しい。嗚咽も零せず涙を溢れさせながら、櫻宵は頷いてその頬へ手を伸ばした。その怒りを鎮めるように。
「カムイ。……怪我は、大丈夫?」
「櫻宵のほうが酷い。動けないのだろう。――私の血を飲みなさい」
 わたしのいのち。そう言われて、また小さく息を呑んだ。それが欠けた血を補って余りあるのは間違いない。霊力の祖たる神の血。けれど、それを啜るのは。
「さあ」
 躊躇う櫻宵を促すように、カムイは抱き寄せるまま首筋にその口元を持ってゆく。
「――、」
 躊躇いは二度。けれど神が願うままに、櫻宵はその首筋に牙を埋める。流れ込むのは甘く美味しい、傷を癒し満たすいのち。
「……ありがとう、助けてくれて」
 牙の痕をそっと指で拭って顔を上げれば、三つ目の神が満足げに微笑って、手を繋ぎ直した。
「当たり前のことだ。私は櫻宵を守る。もう傷つけさせない。この手は離さない」
 そう約束しただろう、と。微笑む神の荒ぶりが収まるのと、櫻宵がその手を借りて立ち上がるのはほぼ同時だった。
 それぞれの手が刀を握る。同じ構えだ。
 泣き微笑う櫻宵が一度涙を拭い取れば、ふたりの視線は夜明け前に酷薄に嗤う金色へ据えられる。
「一緒に断ち斬りましょう、カムイ」
「ああ。――金の災厄。そなたには災を厄結びしてあげる」

 もう奪わせない。言わずとも抱く意思は同じに、薄紅と黒、朱の桜嵐が薙ぎ払い――その先を斬り拓いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

百々海・パンドラ
花の価値は私が知っている
それで、充分
呼び出した黄金の羊に花冠を乗せた
私の宝は、幸せだった過去
大切な家族がいた暖かな記憶
もう、全て失い戻れないけど
色褪せる事なく永遠に私の中で生き続けてる
それを奪おうとする者は誰であろうが許さないわ
私の宝は私だけのものよ
触れるな

帰りましょう、ラチェレ

真の姿(成人した姿)になり、歌う
私の羊はね、誰よりも何よりも強いの

愚かね
どんな花が咲こうが持ち主以上にその価値がわかる筈が無い
お前には咲いた花の本当の価値なんてわかる筈無い
どんな宝もお前の前では霞むだけよ

手に入る筈もないものを追い求めるなんて哀れね
でも…手に入らないから美しく見えるのかしら
答えを返す筈もない羊に問うた



 取り戻した白詰草の花冠を、黄金の羊にそっと乗せた。
「素敵よ、ラチェレ」
 百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は喚び出した羊をふわりと撫でて微笑み掛ける。
「――くだらぬ花を飾って何になる」
 無粋に落ちて来たその声に、パンドラは強い瞳を向けた。
「花の価値を決めるのはお前ではないわ」
 咲き誇る花。捧げられた花。それがパンドラのために咲かずとも、それが美しく咲き笑っていることが。
「花の価値は私が知っている。それで、充分」
 降り落ちる檻を避ける。躱す。花畑の花弁が舞う。
 ではお前の宝はと問う声に、返す言葉も迷いはしなかった。
「私の宝は、幸せだった過去。大切な家族がいた暖かな記憶」
 ――その全ては失われて、戻ることなどできないけれど。
 それでも確かに存在した時間。思い返せば決して色褪せることなく、永遠に生き続けているかけがえのない宝物。
「それを奪おうとする者は、誰であろうが許さないわ」
 獣のように喰らいつく檻が身を抉る。けれど視線を逸らすことはない。眼差しは真っ直ぐ、声は黎明の空へ蒼く響く。

「私の宝は私だけのものよ。――触れるな」

 金に、青に、藍に。パンドラの姿が変じる。ぶわりと花が舞い、金色の羊が傍に添う。
 次の瞬きでそこにいたのは少女ではない。――凛とした眼差しと雰囲気を纏う、大人の姿をしたパンドラだった。長い髪が空の色を映したように靡く。
「帰りましょう、ラチェレ」
 歌いましょう。のびやかな声でパンドラは歌い出す。
「私の羊はね、誰よりも何よりも強いの」
 きっと、私よりも。そんなことはパンドラが一番よく知っている。
「宝を――」
 それでも宝を手にしようとする男は、宝の形すら知らないのだろう。
 愚かね。パンドラは短く呟いた。
「どんな花が咲こうが、持ち主以上にその価値がわかるはずがない」
 その花がどれだけ美しくて、どれだけ誇り高く咲いたって。その意味も、手を伸ばす苦しみさえ知らずに。
「お前には咲いた花の本当の価値なんてわかるはずがないの。手に入れたって」
 すぐに壊し、捨ててしまうなら。
「どんな宝もお前の前では霞むだけよ」
 歌が響く。夜の果てへ、青の底へ、金色の朝へ。
「手に入るはずもないものを追い求めるなんて、哀れね」
 それは男へ向けた言葉だ。そのはずだ。けれど無意識に自分の手を見てしまえば、パンドラは一度首を振って、羊へ声を向ける。
「――でも、手に入らないから美しく見えるのかしら」
 ねえ、ラチェレ。
 問う声に返る言葉があろうはずもない。
 ただそこには確かに白詰草の花冠が咲き誇り、青く寒い夜を優しい金色の朝へ変えようとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
天より降る檻は
深淵に飲み込まんとする
飢えた獣のあぎとのよう

私の宝を聞いたとて
あなたを満たすたった一つの花に
なりえないというのに

本当の宝は
奪われた花ではないのだと
敢えて口にせずとも
疾うに分かっているのでしょう

檻がずっと
縫を執拗に追っているのが
其の証左

自ら囮となる為
繋いだ指を解こうとする縫の手を
固く握って離さない

例え牙めいた格子に噛み砕かれようと
手放すつもりはないの、と笑んで

歌うが如き問答を隠れ蓑に
迫り来る檻を
ひらり
踊り躱す足取りは
術を編む為の、禹歩

ふわり
翻す帛紗
世界の終焉に漂わせし甘やかな香り
眠りへ誘う馨遙で
僅かの隙を得られれば重畳

黎明を映す冴の刃にて
あなた自身が囚われている柵をひとつ、断とうか



 ――手に取り返した山茶花は、眠りから醒めたようにその花弁を惜しみなく開いている。
「縫」
 お持ちなさい、とその花を小さな手に渡して、都槻・綾(糸遊・f01786)は淡く微笑んだ。
 そうして天を仰げば、降り落つそれは深淵に飲み込まんとする飢えた獣のあぎとのよう。
「お前の宝はそれか」
 冷えた声が眼差しが、手を繋いだ縫へ花へと注がれる。ぎゅうと花を抱いた縫が物言いたげに見上げるのにまた笑んで見せて、綾は男へと玲瓏な声を紡いだ。
「私の宝を聞いたとて、あなたを満たすたった一つの花になりえないというのに」
「咲いてみねばわからない」
「本当の宝は奪われた花ではないのだと、疾うに分かっているのでしょう」
 敢えて口にするまでもなく。
 花を探せど奪えどそのどれでもなく、花を成した『本当の宝』にこそ意味があるのだと。
 堕ちて来る檻が、檻が、檻たちが。縫ばかりを執拗に追っているのがその証左だった。
「……おや、何処へ行くのですか」
 きょとりとした声を向けたのは、縫へ。少女人形は自ら囮になるために繋いだ手を離そうとしている。それを綾が許すはずもない。離すはずもない。
 固く握った手は離さずに。

 牙めいた格子が落ちて来る。花が舞う。次々と襲い来るそれを、全て避け切るのは不可能だった。
 腕を、脚を噛み砕かれる。けれど手は緩めることはない。見上げる縫の視線に、綾は変わらず微笑んで躱し、喰われ、ひらりと踊るように進む。
「縫。――手放すつもりはないの」
 それでも手を解こうとした宝物に確かに紡げば、躊躇ったような指先が、ぎゅうと綾の手を握り返した。
「お前の宝を見せてみろ」
「ふふ、これは私の宝でしかありませんから。滅び世の果てに連れては往かせませんよ」
 歌うが如き問答は穏やかだ。けれど檻は獰猛に堕ち、ひらりと花と共に踊り躱す。――その足取りは術を編むための禹歩。

 ふわり。
 黎明に散る花畑に帛紗を翻す。漂うのは花の香りのみならぬ、甘やかな香。
 世界の終焉に漂う薫りは、宝を見出さぬ男を花の夢へと誘わんとする。
 ――生まれたのは、僅かな隙だ。
 刹那に抜く刃に黎明が映る。明けぬ夢、見果てぬ宝。

「あなた自身が囚われている柵をひとつ、断とうか」

 花が舞う。薫りゆく。冴の刃で断ち切られたのは、男が知らず握り潰していた、花緑青の花だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
…在る、
はや手足の感覚は薄れても
棘の痛みこそを今は確かな証とし、安堵

血に汚れた身のうちで只ひとつだけ
淡く輝く右角へ注がれる視線を知れば
不利と承知すれど膝はつかぬ

…ああ、そうだ
お前の力を借りよう
宝に非ずと、不要とされた檻の

伸ばされる指、鞭
飛翔し、或いは地へ這い掻い潜り
零れる血も気に留めず男へ一撃加えんと

――そう見えていればいい
己の宝を見出せぬ憐れな男には

罠は【竜域】例え打ち伏せられようと
男を囲む血の痕へ触れたなら
花檻によく似た棘が襲うだろう
決して、触れさせぬ

男の身へと薙いだ腕から呪血を浴びせ
もはや剣も握れぬなら投擲してでも
一矢報いてくれようか

我が宝を奪わんとした
即ち主への無礼であるが故な



 痛みだけが、ただひとつ確かな感覚だった。
 進めば足を引き摺り、心拍と同じ速度で傷が疼いて血を噴き出す。
 見えた空は朦朧とした意識の元でただ昏く、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は本能のままにろくに飛べもしない翼を動かしていた。
 ずるり、泥の底のような闇を抜け出して、手を伸ばす。
 ばきばきと、壊れてゆく音がする。それは貴石が砕ける音によく似ている。
「……ッ」
 喉で声が詰まった。何と云いたいのかわからない。何と叫びたいのかもわからない。けれど。

 忘れかけた名前を呼ぶ声がそこに、
 壊されゆく黒茨の檻の花がそこに、
「……在る」
 伸ばした手が、棘ごと小さき花を掬い取った。
 手足の感覚は最早ないに等しい。駆けているのか飛んでいるのか、それさえ判然としないほど。
 その中で脈打つ身体中の痛みが、手を食い破る棘の痛みこそが存在の確かな証だった。
 ――痛くて痛くて、安堵する。
 彼の貴石ほど鮮やかに色を変じる黎明の空の下、ジャハルは我知らず、幼子のような笑みを僅か、血の痕を残す唇に浮かべた。

 空から檻が降ったのは、その次の瞬間だった。
 ガァンと甲高く叫ぶような音を立てて、檻はジャハル目掛けて落ちて来る。それを咄嗟に避ければ、花檻があった場所にぶわりと花弁が散った。
「避けたか」
 耳に届いたのは感情の滲まぬ声だった。
 霞む視界を確かにするように頭を振って見れば、夜明けの中で一際冷えた男の影を捉える。
 浅い息を一度深く吐いて、ジャハルはその男を睨んだ。――その視線が、花よりも自身よりも、右角に注がれているのに気づいたからだ。
「些末な花より立派な花と為りそうな宝を持っているだろう」
「……触れるな」
 地を這うような声音は怒気を孕む。ふらつく足元を叱咤して地を蹴る。傷を負った身では不利と承知はすれど、膝を折るつもりはなかった。この手に小さな花があり、確かな呼び声がジャハルの中に在る限り。
(……ああ、そうだ)
 お前の力を借りよう。不要とされた檻の残った棘ごと掌を握り込む。――ぼたり、溢れる痛みと血潮の熱は、夜に霞みそうな意識を暁へ連れてゆくようで。
 低く、花の傍を竜は翔ぶ。高くはもう翔べぬと知っていた。囚えに来る檻を鞭を掻い潜り、花弁と共に血を散らす。愚直なまでに男へ握った拳を振り下ろさんとただ進む。
「愚かな」
 男が冷たく嗤う声にジャハルは、は、と鉄の味が滲む息を吐いた。

(――そう見えていれば、良い)

 己の宝すら見出せぬ、哀れな男には。
 男は気づかない。己の周りに囲うように血の痕が描かれていることに。
 ジャハルが鞭で打ち伏せられるのと、男を黒銀の棘が襲うのはほとんど同時だった。
「な……ッ」
「決して、触れさせぬ」
 それはあの茨檻に良く似ている。棘は男を覆い貫き、ろくに動かぬ腕を薙いで呪血を浴びせれば、棘檻の向こうに凝った金色が見えた。その視線は未だ、ジャハルの右角にある。
「宝を」
「――これは我が宝。それを奪わんとしたお前は、即ち主への無礼を働いた」
 報いて沈め。――美しき黎明の彩りの空を見るまでもなく。

 夜を朝へ導く光を受けて、戴いた右角と小さな花が輝いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
七結(f00421)

美しい花々が視界に広がる

けれど僕が好いと思った花々はまだここにたどり着いてない

七結に託してる

彼女がふたつの花を壊すような事態にさせないと識っている

視界が開けた今、護身刀はこの身の傍に
代わりに構えるのは慣れた銃
怪我をしていようと照準はぶれないように

鳥籠の様な檻も、洋燈の様な檻も

全て、全てを撃ち落とす

ふわり、鼻腔をくすぐる甘やかな香りと先程知った、花の香り

七結!

花々ごと受け止めて
嗚呼また会えた

ああ、僕らの檻はこの手に持つものだけで十分だよ

それ以上縛られたら、困ってしまう

心強い友と並び立ち、僅かな温度を灯す刀を感じながら
再び銃を構えよう

”薄雪の星”


蘭・七結
トモエさん/f02927

託された花檻を携えて駆ける
この身に痛みが走ろうとも構わない
先へ、先へ
あおい月の導のままに

みつけた
――トモエさん!

とりどりの花咲く世界に
あなたが呑まれてしまわぬ前に
あかを溢し続ける片の手を伸ばす

狙いくる檻は花を囚うものと同じ
あかく染まる座敷牢
頭上に飾り咲くいっとうの彩
あかい牡丹一華を捕らうが如く迫り来る

あげないわ、あげないの
これはわたしが七結であると云うあかし
代わりなぞひとつも存在しない

あなたも、ひとりきりのひとよ
月を愛し月に焦がれる、遠くて近しいひと
トモエさん、共に檻を払いましょう

檻の動きを注意深く見切って
入口の要たる場所を切り裂きましょう

檻の次に絶ち斬るのは、あなたよ



 夜と朝と花と駆ける。
 蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)が携えてゆくのは闇から抜け出した鮮やかな色。
 淡く灯って示すまるい花檻。――友が残したあおい月。
 その月が照らす限り。足は迷うことなく先へ、先へと駆けてゆく。
 苛む痛みも構わない。花が舞い檻が降る世界の終わりへ七結は手を伸ばす。
 溢し続けるあかは花よりも鮮やかに、花よりも刹那に散って命をあかす。
「みつけた」
 零れた声と、狙い落ちて来るあかい檻と、手を伸ばした先で壊れゆく、

「――トモエさん!」

 とりどりの花咲く世界に、あなたが呑まれてしまうその前に。
「七結!」
 音を立てて壊れゆく檻の中で、五条・巴(照らす道の先へ・f02927)も手を伸ばした。
 信じた友へ。その足が止まらず、迷わず飛び込んで来ることさえ信じている。
 美しい花々が広がる視界の中、駆けて来る花。朝へ向かう夜の中で導べ灯すふたつの花。その光景は酷く美しくて、阻む無粋な檻は手に馴染んだ銃で撃ち落とした。その照準は決してぶれない。

 ふわり。
 甘やかな香りが届く。それは彼女へ託した花の香り。そして世界の終わりに咲いて見せた、彼女の花の香りだと、巴は知っている。
 檻が壊れる。七結が飛び込む。花が舞う。――ふたりぶんの影が夜の向こうへ飛び出すように、檻を出た。
「……嗚呼、また会えた」
 巴が囁く。その声は安堵と共に。確かな信頼を託しあって、鮮やかで薫り高い花は咲きあった。
 傷だらけのまま転び出て、二人は黎明の空の下で視線を交わす。
「識っていたよ、君は来てくれるって」
「当然だわ。トモエさんはわたしの大切なお友達だもの」
 互いに傷は浅くはない。溢れるあかはとめどない。それでも二人は迷わず立ち上がる。隣の友がそうするのだと識っている。

「――友が宝?」
 怪訝そうな声が檻と降る。
 あかい座敷牢は七結の髪に咲く牡丹一華を狙い定めたように、鮮やかな格子の牙を天から注いだ。
「あげないわ。――あげないの」
 黒鍵の刃で襲い来る檻を断ち斬って、七結は宝を求む男を見遣る。檻に咲いた花がさねの宝花はせかいにひとつ。頭上を飾るいっとうの彩りも、たったひとつ。
「これはわたしが七結であると云うあかし。代わりなぞひとつも存在しない」
 それは、あなたも。七結の瞳は、友に向く。
「あなたも、ひとりきりのひとよ」
 月を愛し、月に焦がれる遠くて近しいひと。
 宝物と呼べるもの。それはひとつきりではなく、そのどれもがたったひとつの宝だと。
「あなたには、わからない?」
「――五月蝿い」
 男は僅か不愉快そうな音で吐き捨てると、檻を降らせた。それを撃ち落とすのは巴の星――銃弾だ。
「僕らの檻はこの手に持つものだけで充分だよ。それ以上縛られたら、困ってしまう」
 あおい月が。あかい花が。咲いて灯って、互いを託す。共に在ればその檻を払えると、互いが互いに識っていた。僅かに見交わした視線で笑めば、七結と巴の切っ先が、銃口が檻を断ち、宝を問うばかりの男を捉える。

「檻の次に絶ち斬るのは、あなたよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フレズローゼ・クォレクロニカ
💎🐰

あいやー、攫われちゃったよ
やっぱりボクは姫……
なんてね

ばーんとしてやりたいとこだけど、どこもかしこも痛いんだ
兎乃くん、落ち込んだりしてなきゃいいけど

ふふん、ドヤ顔してられるのも今のうちさ!
兎乃くんは、絶対に助けに来るからね
その時がキミの命日なのさ!

なんて、啖呵をきったものの
この檻、潰れてきてない?

ん?あの光は……兎乃くん!!

兎乃くんまで捕まえさせはしないさ!
力振り絞って、こっちだよと呼んで
「dump dump Humpty Dumpty」!
キミを狙う檻を潰す

ひゃあ?!
大丈夫だよ
兎乃くん
ボクは無事

助けに来てくれてありがと
今のキミ、とってもかっこいいんだ!
さぁいこう!
宝泥棒を潰してやるのさ


兎乃・零時
💎🐰

助けるために手を伸ばす

敵のUCが来た
この時「最も大切なもの」はフレズであり
これ以上『奪われる』という事は



間に合わなかったように見えた
助けれ…なかった?

思考は
脚は止まりかけ
それでも否定するように腕は先祖返り薬を首に打っていた

…違う!

UC起動
真の姿開放

藍玉の杖
拳と脚の外装に形状無意識変形
人らしさ皆無の表情
魔術使用不可
種族技のみ可

地を砕く勢いで蹴り彼女の元へ
彼女の檻も
邪魔するもの
全て砕き押し通る

君を抱き抱え無事確認

…遅れた
無事?生きてる?

…見せるかよ
これ以上触れさせない

彼女を抱えつつ
触れた空気を結晶へ変え複雑機動で空を跳び攻撃躱し
機械の拳と脚で結晶に変え、敵を叩き砕く

欠片、残さず、砕け散れ



 大きな檻の中で小さな檻を抱きしめた。
 ぼんやりとした視界の中で見える、淡い白。鮮やかな赤。それは薔薇だ。女王が好きな色に為る薔薇。
 染めるのはペンキじゃなくて、こてんと転がって動かない小さな兎のあかいいろ。
「あいやー、攫われちゃったよ」
 檻越しに見えるのは夜明けと花畑。ロマンチックだ何だってぴょんと飛び跳ねられたら良いのに、フレズローゼ・クォレクロニカ(夜明けの国のクォレジーナ・f01174)の体はどうやら動かない。
「やっぱりボクは姫……。なんてね」
 茶化す声が檻に響くのがどうにも頼りなく聞こえていけない。こんな檻なんてってばーんとしてやりたいところだけれど。
(困ったなぁ。どこもかしこも痛いんだ)
 そりゃ血がこれだけ出ているんだから当然か。思わず自分に笑うけれども。
(兎乃くん、落ち込んだりしてなきゃいいけど)
 思い浮かべたのは友人の少年だ。きらきらした青が綺麗で、帽子が宝物なんだって教えてくれた。いつだって元気いっぱいのあの子が、声の限りに叫んでいたのをちゃんとフレズローゼは覚えている。
 だから檻の外にいる金色猫みたいな男に、動かない体のままで笑ってやる。
「ふふん、ドヤ顔してられるのも今のうちさ!」
「……何?」
「兎乃くんは、絶対助けに来るからね。その時がキミの命日なのさ!」
 なんて啖呵を切ってみるけれど。
 ばきん。檻の中、響いた音は物騒なもの。ばきん、ばき。音は響いて大きな檻がひん曲がる。
「……この檻、潰れてきてない?」
 ボクの気のせい?
 フレズローゼが呟いた次の瞬間に一際大きな音が響いて――檻は姫と花を押し潰し始めた。

「フレズ!!」
 見えた。見えた。あと少し。
 兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は青い夜の向こうへ手を伸ばす。落ちる月を視界が捉えた、その瞬間だった。
 ――目の前の檻が。まるで玩具でも壊れるようにいとも容易く、ばきんと音を立てて潰れる。
「ぁ……っ」
 そこには必ず助けると言った友人が、彼女がいたはずだ。フレズローゼ。その名前を無意識に口にすれば、潰れた檻の中から真っ赤な色があふれて見える。
(助けられ……なかった?)
 間に合わなかった?
 声が詰まる。思考が止まる。瞳を動かすことも瞬くこともできなくて、ひた走るばかりだった脚が止まり――、
「……違う!!」
 ろくに動かなくなった思考を回すように、零時は首に薬を打ち込んだ。
 その衝撃が、薬が、目を覚まさせる。――醒める。あれは敵が見せた幻に過ぎない。

 目を開くのは、宝石人。青く蒼く、冷たく光る。
 藍玉の杖、形を変えた外装。一瞬のうちに様相を変えた零時は、別人と言って良かった。
 泣きそうに歪んでいた表情がたち消えて、浮かぶのは感情を写さぬ人らしさのないその顔。
 脚が立ち、その身に触れる花が、宝石の結晶となってぱきんと砕けた。
 その音を合図にしたように、零時は駆け出す。
 ――ドォン!
 地を蹴る脚は、まるで花畑を砕くような音を響かせた。花を結晶に変えて散らして、降り落ちる檻すら砕いて押し通る。
 目指すのはただ、必ず助けると約束した友へ。

「――兎乃くん!!」
 零時の光に気づいたフレズローゼは壊れゆく檻の中で何とか身を起こした。
 あらゆるものを砕き、結晶に変えながら一路フレズローゼを目指し、迎えに来る藍玉の光。
 我知らず口元に笑みが浮かんだ。やっぱりキミはそういうマブさ!
「こっちだよ、兎乃くん――と!」
 檻の猛攻すらものともしていない様子の彼に、手助けなんて必要ないのかもしれない。けれど。
「囚われのお姫様だってやるときはやるんだ。兎乃くんまで捕まえさせはしないさ!」
 さあ押し潰しておしまいよ、dump dump Humpty Dumpty!
 キミがぺしゃんこになる様を心描いて潰してあげる。零時を囚おうとする檻を押し潰すのは大きな大きなたまご男。檻と一緒にぱりんと潰れてしまうのは、フレズローゼがいる檻が潰れるよりずっと早い。
 零時がフレズローゼの元へ辿り着いたのは、そのときだ。ぱぁんと綺麗な音を立てて、潰れかけの檻が砕け散る。
「……遅れた。無事? 生きてる?」
「大丈夫だよ――って、ひゃあ?!」
 いつもより淡々とした声で表情で。けれどいつもと同じ優しいきらめきで。零時は問うて、ひょいとフレズローゼを抱き上げた。
「びっくりしたぁ……兎乃くん、兎乃くん? ボクは無事だよ」
 わかるかい。表情の浮かばない顔の前で手を振ってみるけれど、ぶれない静かな頷きが返るばかりだ。けれどフレズローゼはどうしたんだいって戸惑ったりはしない。だって約束通りだろう?
「ふふ。ボクにはわかってたよ、キミがやるときはやる男だってね。……助けに来てくれてありがと。今のキミ、とってもかっこいいんだ!」
 きらめいてるよって言った、そのときのキミとおなじくらい。
「実はちっとも動けないから、抱えてくれてて助かるんだ。さぁいこう! 宝泥棒を潰してやるのさ」
 頼もしい肩に掴まって、フレズローゼは敵を見る。零時の静かな視線もそちらへ定まった。
「……これ以上触れさせない」
 ぱきん。
 零時が触れた空気が結晶を成す。それはフレズローゼを護るように盾を成し、狙い落ちて来る檻を砕き、熱のない機械の拳は敵を叩き、砕く。
 その身の全てを宝のように成した宝石人は少女を抱き、宝を求める者へただ静かな音を残した。
「――欠片、残さず、砕け散れ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
滅ぶのはお前だし、――要らねえのもお前だけだよこのマヌケ
まずエコーの奪還からだ。乱暴になるがなんでも早い方がいい
【MACHIAVELLIANISM】
俺を追いかけてくるのは――、俺がいたでっかいビーカーだろうさ
培養液にまた沈んでろって?お断りだよ
お母様のクローン役はもうゴメン
エコー、怖い俺で悪いね
でもお前なら怖い方がいいだろ
さあ思い出せ、その檻蹴破ってやる
怖いものにはどうするんだ?ええ――復讐だろこのいじめられっ子め

綺麗なツラした憎たらしいキツネ野郎が
お前にとっちゃガラクタでも
俺にとっちゃ金にも変え難いわ
――言葉になってるか怪しいが
構うもんか。なあ、誰にもわかって貰えなくていいんだから


エコー・クラストフ
【BAD】
あ――さっきのひと……?
あの……あなたは誰ですか。私の知り合いですか……?

怖いもの……怖い……オブリビオン……そうだ、お父さんとお母さんを殺したオブリビオン
あの時に誓ったんだった。この悲しみを、この苦しみを奴らに必ず味わわせてやると
あぁ、そうだ。ボクはお前たちに復讐する。ボクはお前たちを皆殺しにする! 復讐の時間だ!

待たせてごめん、ハイドラ。ちゃんと思い出したよ、君のことも
しかし記憶を失うって怖いな。ハイドラの気持ちがちょっとわかったよ
体はボロボロだけど、まぁ関係ない
【彼岸の端にて引き返せ】。流れる血は剣となり、傷は消える
この場で千千に刻んでやる。お前が満たされることなど二度とない!



 動けない身体なんてどうでも良かった。
 世界の滅びを告げる声も、実を言えばハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)には苛つく声としか聞こえなかったし、それより頭の中の声のほうがうるさくてならなかった。
「滅ぶのはお前だし、――要らねえのもお前だけだよこのマヌケ」
(誰に言ってんのそれ。一番マヌケは誰なんだか。なァそれより世界救えば。金になるぜ? お前何しに来たと思ってんの)
 何しに来た?
 ああ、そんなのは――。
「……うるせェ」
 どうでもいいのだ、そんなこと。息が止まりそうな闇を抜け出して身体をみっともなく引き摺って血を吐いて。そうしてやっと見えた、奪われた綺麗な海色だけが必要だった。
 ただ、早く。早く。壊れる音がするあの檻が、ちっぽけな少女を潰す前に。――ただの少女が何もできずに潰されてしまう前に。
「エコーは返して貰うぜ」
 ハイドラの四肢を金色の鱗が覆う。形を変える。ずるりと花に埋もれるのは一瞬。似合いやしない花畑を、ハイドラは超高速で抜けてゆく。
 黎明の空から落ちて来るのは巨大な実験器具――ビーカーだった。かつてハイドラがいたその場所。そこでしか生きられなかった『お母様のクローン役』。そんなものもうゴメンだった。
(培養液にまた沈んでろって? お断りだよ)
 のろまに落ちて来る檻を速度のままに避ける。目指す。まともな思考はあとどれくらい出来るだろうか。あの檻に辿り着ければそれでいい。ハイドラはエコー・クラストフ(死海より・f27542)が横たわる檻をただ目指した。

 エコーの目が覚めたのは、まだ薄暗い朝のことだ。
 身体を起こす。痛む。それに首を傾げて周りを見渡して、巨大な檻の中にいるのを知った。
(どうして?)
 こんな檻、どこかにあったっけ。そう考えたぼうっとした思考を、ガァン! と大きな音が遮った。檻を蹴りつけた誰かがいる。
「エコー。怖い俺で悪いね」
「あ……さっきの、ひと……?」
 その声には覚えがあった。暗闇の中でエコーを呼んでいた、知らないひと。
「あの……あなたは誰ですか。私の知り合いですか……? 怖い、ひとなんですか」
「ハッ、お前なら怖いほうがいいだろ?」
 檻の向こうでそのひとは笑う。優しげもない声なのに、色違いの瞳が優しげに見えるのが奇妙だった。
「怖い……?」
 ばきん! また大きな音がする。今度は蹴り付けられたのではなく、檻自体がひしゃげて潰れようとしているようだった。身が竦む。
「怖いもの……怖い……」
 ――オブリビオン。知らず呟いて、はっとする。オブリビオンってなあに? そう訊くべきお父さんもお母さんも、いない。どうして?
(ころされたから)
 ぽんと浮かんだ答えに、息を呑むことはなかった。そんなことずっとわかっていたみたいに浮かぶ、怖いこと。
(そうだ、お父さんとお母さんを殺した、オブリビオン)
 それは敵。それが敵。――だからエコーは武器を携えていた。
(あのときに誓ったんだ。この悲しみを、この苦しみを奴らに必ず味わわせてやるって)
 だからエコーはただの少女をやめた。非力で守られるばかりだった自分を少年のかたちで覆い隠した。
 ばきん。檻が潰れる。壊れる。その中で座り込んだ少女が立ち上がる。――檻を蹴破ったのはエコーを呼んだ誰かだ。唇で笑う。
「さあ思い出せ、エコー・クラストフ。怖いものにはどうするんだ? ええ?」
「怖い、ものには」
「――復讐だろ。このいじめられっ子め」
 あぁ、そうだ。
 エコーの中にその声がすとんと落ちて来る。それが、エコーをエコーにしたものだ。
 海色の瞳で、敵を睨む。
「私は……ボクは、お前たちに復讐する。ボクはお前たちを皆殺しにする」
 蹴破られた檻を、傷に痛みに構わず抜け出した。瞬間、檻がぺしゃんこになって、ほろりと赤い針のような花が転がるのを拾いあげる。これは、復讐の花だ。

「――復讐の時間だ!」

 握り方を思い出した武器を握る。そうして当然のように隣に並んだ姿を見た。
「待たせてごめん、ハイドラ。……ちゃんと思い出したよ、君のことも」
 ハイドラ。口にすればこんなにもいつの間にか馴染んでいたのだとわかる。
「……しかし記憶を失うって怖いな。ハイドラの気持ちがちょっとわかったよ」
「そりゃこちらこそ」
 忘れるのが辛いか、忘れられるのが辛いか。それは比べようがないだろうけれど。
 互いに覚えた欠落は、かけがえのないものであったと知り。
「――くだらぬ」
 それすら冷たく見据えて吐き捨てる男に、ふたりは剥き出しの牙を向ける。
 エコーは流した血を剣として。ハイドラは速さのままに理性を融かして。
「この場で千々に刻んでやる。お前が満たされることなど二度とない!」
「綺麗なツラした憎たらしい野郎が。お前にとっちゃガラクタでも、俺にとっちゃ金にも変え難いわ」
 そう吐く言葉が、言葉に成っているかは怪しい。融けた理性は本能のまま、エコーが敵に刻みつけた傷痕を抉る。
(構うもんか)
 金だよと先ず口にするのに、金にも変え難いだなんてどの口が言う。
 宝物なんて自分が手にしてどうするつもりだと思うのに、ハイドラと呼ぶ声に安堵する。そんなちぐはぐでくだらない、こんな想いのカタチは融けてしまえばいい。
(なあ。誰にもわかって貰えなくていいんだから)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
数多花の中でも、
君を想い咲いたあのひかりを、
決して見紛いはしない。

手を伸ばす…同時に、それより疾く、
流れ落ちる血で編みゆく
―― 唯式・丹
あの赤を、奪り返せ。

嘗ての己なら、アレは己を、花のみを狙ったかもしれない…けれど。
視界の端に、それでも血で穢す事の無い様にと庇い来た真白のリボンが映る。
…もう何も渡しやしない。
髪も花も服の内へと。

暗器使いで、蛇剣使い。
視線、体幹、踏み込みに、手首の捻り、腕の振り…
見切るは攻撃の挙動のみならず、鞭の軌道迄も。
敵の狙いに沸点越えかける怒気さえ焚べて、UCで、
武器で反撃を。

お前の花なんて知らない。
お前を壊すのは俺では無いのだろう…けど、
お前に遣るものなどもう何も無い



 花の中に、花はある。
 夜明けが近い。深い夜色だった空の端は黎明の色を滲ませて、檻と敵の影を濃く引く。
 ――その中で灯る小さなひとつのひかりを、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は見紛うことはなかった。
(そこに在る)
 傷だらけの身体を構わず駆けさせて、クロトの瞳は花を捉える。落ちて来る檻を跳び躱す。
(君を想い咲いた花)
 あの日の花は他になく、想えて咲いた花も他にない。
 心臓の如き赤い花。
 奪われて心臓が凍ったかのようなあの感覚は、身の奥で拍動するそれと同じだと言っても過言ではない。
 だからクロトは手を伸ばす。自分の奥で脈打ち流れ落ちる鮮やかな血で編み上げる。
 ――唯式・丹。
 精密に編み上げる紅布。それは檻を弾き、クロトより速く夜明けを駆けゆく。
「あの赤を、奪り返せ」
 誰かの宝を要らぬと宣うその傲慢は、人でなしの酷薄は。たったひとつ咲く花を未だ知らぬのだろう。
(嘗ての己のように)
 壊れゆく檻から守るように、紅布は花を掬い上げる。包み込む。
 それが手に戻って――クロトは深く息を吐いた。ふわりと揺れるのは、赤いゼラニウムと、クロトの髪を結う真白のリボン。
 それを狙うように落ちて来た檻を避ける。
「お前の宝はそれか」
「……だとしても。もう何も渡しやしない」
 男を静かに睨んで、クロトは花と髪を服の中へと仕舞った。
 刹那、迫った檻の一撃を確と見て避ける。しなり叩きつける鞭さえ見切り躱せば、音もなく武器を握る。身体に染み付いたもの。それが業だとして、それでもこの花を、リボンを守る術になり得るのならば。
 ――大切なものを狙う。その敵へ向ける怒気すら焚べて紅布を放つ。暗器をその影に添わせる。
「ぐ……ッ」
 揺らがなかった男の顔が歪む。
「お前の花なんて知らない。お前を壊すのは俺では無いのだろう……けど」
 どれも違うと言う。花を見る瞳は執着こそすれど、冷酷さを薄めることはなかった。くだらないと吐き捨てる声が、嘗ての己の声と共に響こうが。
「お前にやるものなどもう何もない」
 一息に肉薄すれば、刃を男の身に刻む。
 咲いた花は奪われようと喪われない。空虚には、もどらない。
 取り返せば確かにあたたかく、クロトに守られた服の中、ゼラニウムはあかく運命のかたちを覚えるように、咲き誇った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
※【精神攻撃】で判定

違う、違うってそればかり
煩いな、きみ
ひとの懐いを幾ら横取りしても
永劫満たされない

【僕】はお前如きじゃ持て余すだろう
内側から喰い破ってやる
毒を食らわば皿まで

血の色、痛覚、慟哭
焦燥、動悸、目眩
破壊衝動、希死念慮
綴らなきゃ薄れていく自我
全部僕のものだし
僕そのもの

せっかくインクに融かして中和してあげてるのに
桜の文豪から筆を奪えば
純粋な怒りしか遺らない

髪の間から眼が覗けば
誰のか知れない冷たい紅光が
お前を睨むことだろう

あなたの血もちゃんと赤い?
あなたもちゃんと痛いかな?
桜の樹を介して【シャト】が詠い
痛みすら愛とばかり
素手で手当り次第薙ぎ払う

きみは何も見つけられないんだね
可哀想に。



 砕けて落ちる。潰れて落ちる。
 そのどれもが『宝』足り得ぬのに、取り返しに来る者たちはそれを迷わず宝だと云う。
「――違う」
 いつの間にか数多傷が刻まれた身は上手く動かない。けれど男は熱持たぬ声で、またひとつ花を握り潰す。檻を潰す。腕に抱かれるように押し潰されそうになるのは、一輪のリンドウの花。
「違う、違うってそればかり。――煩いな、きみ」
 潰される前に白い腕を撫でて躱して花を摘んだ手があった。シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)はすいと花を袂にしまって、桜色の瞳を男へ向ける。
「何を探しているのだか、自分でわかっている? ひとの懐いを幾ら横取りしても、永劫満たされない」
 奪ったところで。咲かせたところで。囚えたところで。そこに咲き誇るのは誰かの花で、誰かの宝だ。
 シャトはついと白い指先を向ける。指し示すのは男の真ん中。
「【僕】はお前如きじゃ持て余すだろう」
 ほら解るかい。耳を澄ませてみればいい。きみが奪ったそれは綺麗に咲いてくれるだけのものじゃない。
 ――内側から喰い破ってやる。
「毒を食らわば皿までって云うだろう?」
「ぐぁッ……!」
 男は頭を押さえて身を折った。それをシャトは檻降る花畑の中で見る。
 紡ぐ言葉は毒となり、綴る言葉は【僕】を形作るもの。
「血の色、痛覚、慟哭。焦燥、動悸、目眩、破壊衝動、希死念慮――全部僕のものだし、僕そのもの」
 綴らなきゃ薄れていく自我だってそう。だからお前が奪ったものは。
「きみを喰って奪うもの。……せっかくインクに融かして中和してあげてるのに」
 桜の文豪から筆を奪えば、純粋な怒りしか遺らない。
 男が言葉にならない叫びをあげる。檻が降る。
 花散らす格子の牙を避ければ、ふわりとシャトの髪が靡いた。
 ――眼が覗く。
 シャトの片眼。けれどそれは『誰のか知れない』。冷たい紅光が男を睨む。
『あなたの血もちゃんと赤い?』
 花が舞う。花畑に咲くそれではなく、桜の花弁が舞う。詠うように【シャト】がわらう。
『あなたもちゃんと痛いかな?』
 痛いでしょう。感じるでしょう。それすら愛でしょう?
 薙ぎ払う腕すら幻か。それすら男には判然としない。ただ痛みばかりが内側で暴れ回るようで、花も見えない。
 伸ばした手は、誰のものだったか。
「きみは何も見つけられないんだね」
 紡がれた声が、誰のものだったか。

「可哀想に」

 ――哀れむ声が男を端的に綴り、桜が舞い散った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

タロ・トリオンフィ
理由は、よくわからない
けれど夢中で花に手を伸ばし
失くしてはいけない、気がする
また、この身を顧みるのを忘れそうになるけれど

……身体が重い
思うように動かない
ここまで損傷したのは初めてで
けれど
さらり一部が崩れかけた身で彼を見る
……探し物
きっとそれでは見つからないよ

僕の本体は主の手の中
もし檻に囚われたらどうなるのかな
この身が本体に戻れなくなったら
あの『宝物』は
きっと僕が宿る前と同じ、もの言わぬ『物』になるのだろう
そして
二度とは、

……
此処に訪れた時、主に話しかけようとしては
ひとり苦笑したことを思い出す
何度も主が叱ったのも、きっと

この手が選ぶのは星のカード
主の手にある事が
僕の『願い事』

だから、帰らなくちゃ



 わからないことばかりで、きっとたぶん困っていたのだと思う。
 だからタロ・トリオンフィ(水鏡・f04263)は考えるより先に動く体に任せることにした。ううん、きっとそんなことすら考えてはいなかった。
 この肉体が、このかたちが。『タロ』がしたいように――手を伸ばす。
 だって。
(失くしてはいけない、気がするんだ)
 花の中で囚われて、檻に潰されそうになる花へ、あるじいろへ手を伸ばす。
 落ちて来る檻が身を抉る。とっくにもうぼろぼろで、砂のように崩れそうになるこの体は『大丈夫』でもなんでもないけれど。

『おい、タロ! またお前は――』

 聞こえないはずの声が聞こえる気がする。嗚呼、ちがうんだ。違うんだよ。
(勝手に体が、動くんだ)
 重くて重くて、ろくに動かないのに。夢中でただ、手を伸ばす。――手が届く。
 淡く光る、星の花。きみのいろ。
「……よかった」
 理由なんてわからなかった。ただそれが無事で、自分の手にあって、自分の傷より何より心底ほっとした。それが自分を顧みていないんだって怒られてしまうだろうか。
 さらり。起こした身体が、真白の砂に崩れてゆく。それでもタロは花を抱えて、男を見た。
 花を求めた者。
 宝を求めた者。
 全て違うと、壊したもの。
 その身はタロよりもぼろぼろで、けれどその瞳は冷たいままだ。まだ、探している。
「――おまえの、たからを」
「……探し物。きっとそれでは、見つからないよ」
 わかっているでしょう。真白いこえで、タロは紡ぐ。花を抱く。
「黙れ」
 男が叫ぶや、朝に滲みかけた月が真白く輝いた。未だ終焉を齎さんとする檻は、花を散らして降り落ちて、けれどそれでも花は咲く。
「君の花は、何色だった?」
 答えはない。
「君の宝物は、どんな形だった?」
 答えはない。
 痛みを感じない身体を貫く檻に構わず、タロは男へ問いかける。
「……忘れてしまった?」
「――、」
 月を宿すような金の瞳が丸く瞠られる。同時に降る檻がタロを囚えた。
(もしこのまま、檻に囚われたら、どうなるかな)
 この身が本体に、主の手の中に戻れなくなったなら。
 主が誇らしく語るあの『宝物』は、きっとタロが宿る前と同じ、もの言わぬ『物』になるのだろう。
 そして二度とは――。
 いつものように大丈夫だよ、と笑うことはできなかった。その手に本体があれば、本物はそちらの僕で、こうして足で立って言葉を話す『僕』は傷ついても平気だって。
「……そっか」
 やっと。やっと。少しだけわかった気がした。彼女はいないのに、当たり前みたいに話しかけようとした自分。この身を顧みなかった主が何度も叱ったその意味。
(その隣から僕がいなくなっても、平気だって)
 そう言っていたのと同じだったのだって。

 崩れかけるタロの指先が、星のカードを選ぶ。
「主の手にあることが、僕の『願い事』」
 タロは星が導くままに、囚う檻を抜け出す。男の限界が近いのか、そうすることは容易かった。
「君は宝物を見つけて、どうしたいの」
 答えは、ない。きっと見つからないことだ。タロはほんの少しだけ寂しそうに笑いかけた。
 願いを灯す箒星が、夜明けの空にいくつも流れゆく。真白い光を男の頭上に集めてゆく。
「僕は彼女のもとにいたいから」
 ――だから、帰らなくちゃ。

 月と星が花へ落ちた。
 大きくひかり、響く音は滅びの終わりを告げるように鳴り、輝く。
 蔓延る檻が消えてゆく。花と咲いた骸魂たちが、星の導きで流れてゆく。

 夜が明ける。

 眩しい朝陽に照らされた花畑に、月を呑み花を望んだ男の――金華猫の姿はない。
 ただ、花が咲く。
 滅ぶことなくやって来た朝を見て、手の中でただの花となったペンタスを見て、タロはゆっくり微笑んだ。

「……いつか君の宝物に、逢えるといいね」

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月26日
宿敵 『金・宵栄』 を撃破!


挿絵イラスト