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常闇の絶望を乗り越えて

#ダークセイヴァー #辺境伯の紋章 #番犬の紋章 #地底都市

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「深き、深き闇の底……我々生きる者の業は、何処まで深いものなのでしょうね……」
 グリモアベースの片隅で、目前に白昼夢の如く現れた光景を目の辺りにして。
 エリス・フリーウインド(夜影の銀騎士・f10650)が深く息を一つ吐く。
「ですが視えた以上、そこに希望という名の光はあると言う事ですね。であれば、予知として私が皆様にお伝えしない理由はございませぬ」
 そう息を漏らしながら、エリスが周囲に集う猟兵達に皆様、と呼びかけた。
「皆様の努力によって数多くの寄生虫型オブリビオン『辺境伯の紋章』が捕獲されていることはご存知かと思います。その皆様の行動の結果として、辺境の地底に住んでいるまだ生命ある人々の住む集落がある事が判明致しました。そしてその土地が、皆様が捕獲したのと同じ『辺境伯の紋章』と関連する『番犬の紋章』を刻み込まれたオブリビオンに支配されかけていると言う事実が、です」
 そう呟くエリスの口調は、何処か重々しい。
「私の視ましたその地底都市は、今、正にそのオブリビオンの群れに襲撃を受けております。その殿を務めているのが、人々の『罪』を浄化し、自分達にその都市の人々を従属させようとしている聖女達が『盟主』として仰いだ聖女の中の聖女です。……そう。動乱の時代に人々によって『魔女』の烙印を押され、異端者とされた娘の成れの果て」
 地上に自分達と同じ人が生きている事すら知らぬ地底都市の人々は、自分達の身を守るために必死に、その『聖女』達に対抗している様だ。
 その対抗方法は……。
「――鎮魂曲(レクイエム)。つまり彼等は自分達がどの様な『罪』を持ってそのオブリビオン達に襲撃されており、その贖罪も籠めて抗っている、と言う状況です」
 とは言え彼女達は、『聖女』達の成れの果て。
 地底都市の人々の望みは、このままでは決して叶えられない。
「故に地底都市の人々の望みを叶え、彼等と彼等を襲う聖女達を救済するためにも、皆様の力が必要になります。どうか、お力添え頂きたく存じ上げます」
 只、この戦いで一番最初に猟兵達が相見えるのは、この聖女の中の聖女として殿を務めている『番犬の紋章』を刻んだ聖女。
 生半可な戦い方では、返り討ちに遭うのが関の山だ。
「彼女はその紋章を配布者達によって『刻まれ』ています。そう言う意味では彼女も被害者なのかも知れませぬ。ですがその紋章の力は強大です。かの『同族殺し』すら一撃で屠る、とされている程に」
 因みに『聖女』の右肩に刻み込まれた紋章は『銀狼』型の紋章。
 そしてこの紋章を狙って攻撃しない限り、かの『聖女』とはまともに対峙することすら困難だ。
「ですので皆様には彼女の攻撃を如何に凌ぎながらこの紋章を攻撃し、彼女を撃破するかを考えて頂く必要がございます。或いは……」
 ――もし。
 もし、彼女の心中に食い込むことの出来る様な言葉を掛けることが出来れば、その『聖女』の隙を突くことも出来るかも知れないが……。
「正直に申し上げてしまえば、それは賭けです。最優先されるべきは、地底都市の人々の命です。それ以上を望むのは厳しいと思われます」
 即ちそれは、『聖女』達を説得するよりも彼女達の弱点を突き、撃破した方が戦いが『楽』だと言う事。
 それは、地底都市の人々を救える可能性も上がる事と同義。
「地底都市の人々の受入先の伝手はございます。ですので、地底都市の人々の説得に関しましては地上で人々がきちんと生きている事、そこでは人々が目前に迫っている『闇』に抗うべく戦っている事をお伝え頂ければ問題ございません」
 そこまで告げたところで。
 エリスが小さく息を一つ漏らす。
「どの様な選択を皆様がしても、私は皆様の味方です。ですので、どうか命だけは大切にして下さいませ。それでは、ご武運を」
 エリスの、その言葉に押される様に。
 銀光が猟兵達を包み……次の瞬間には猟兵達はグリモアベースから姿を消していた。


長野聖夜
 ――常闇の中に生きる刹那の光を与えるために。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 今回はダークセイヴァーのシナリオをお送り致します。
 尚、第3章のみ、皆様がお望みであれば、エリス・フリーウインド(夜影の銀騎士・f10650)も同行出来ます。
 地底都市の人々を説得し、地上へと連れ出すお手伝いが出来ると思います。
 因みに第1章の『堕ちた聖女』の魂を救済するのは難しいです。
 彼女の『魂』を救済したいのであれば、難易度が上がるのは覚悟しておいて下さい。
 *尚、住民の避難は、第1章時点では、考えないで頂いて問題ございません。
 因みに彼女が堕ちた理由は『奇跡』を起こした『救世主』であるが故に、『魔女』として『異端』としてされた事にございます。
 第1章のプレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
 プレイング受付期間:9月18日(金)8時31分以降~9月20日(日)一杯迄。
 リプレイ執筆期間:9月21日(月)~9月22日(火)迄。
 変更がありましたらMSページにてお知らせ致しますので、其方もご参照下さいませ。
 第2章以降のプレイング受付期間、リプレイ執筆期間については章の都度毎にお知らせさせて頂きます。

 ――それでは、良き救済を。
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第1章 ボス戦 『堕ちた聖女』

POW   :    慟哭の血涙
【天より無数に降り注ぐ炎の槍】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    怨嗟の絶叫
自身に【禍々しい怨念を帯びた鮮血で作られた翼】をまとい、高速移動と【呪力を帯び、任意の形状に変形する血液の刃】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    憎悪の鐫録
【生者への嫉妬と怨嗟に突き動かされる状態】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠イサナ・ノーマンズランドです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

七那原・望
【果実変性・ウィッシーズアリス】を発動。ねこさん達の【全力魔法】による幻覚を常に見せて、認識を阻害。

【第六感】と【野性の勘】で敵の行動を【見切り】回避。

教えて下さい。あなたは何故苦しんでいるのですか?

わたしはその憎悪を否定しません。
だってその怒りも悲しみも、正しいものだから。
鎮魂歌が聞こえますか?彼らはあなたを裏切ってなんていないけれど、それでも無辜の人々の代表として懺悔しているのです。

もう終わりにしましょう。
彼らを殺めて一番傷つくのはあなたでしょう?
だってあなたはかつて正しく聖女だったのですから。

これ以上の説得は無理と判断したら【全力魔法】【スナイパー】【誘導弾】を右肩の紋章へ叩き込みます。


メフィス・フェイスレス
ああなった大まかな経緯は聞いているけどそれだけじゃ足りないわね
コイツの魂を救うには伝え聞いたものだけじゃ遠すぎる
真に私がコイツに理解を示して寄り添う為には

「飢渇」を膜状に張り炎の槍を防御し掻い潜る
さらに霧状に散布した飢渇の【闇に紛れ】て接近
闇の中で足下に展開した飢渇と「微塵」の爆炎で足を止める

隙を見いだしたらUCを発動、腕の「骨身」を龍顎型の捕食態に変異させ、空間ごと肩の紋章を狙って「捕食」を行う

UCで取り込んだ記憶からコイツの過去を追体験
でも引き摺り込まれるわけにはいかない 各種「耐性」で己を保つ

現実に帰ったら敢えて正面から相手を押さえつけて
記憶の中で見つけたコイツの心を揺さぶる言葉をかける


ウィリアム・バークリー
『奇蹟』の力を得たために『異端』とされた聖女の成れの果てですか。
こうして蘇ってこなければ、不条理に圧殺された過去の可哀想な人ですんだでしょうに。
それでは、この世の理に従い、聖女を骸の海に還します。
Ashes to ashes, dust to dust.
では、参ります。

「高速詠唱」「全力魔法」で「オーラ防御」を付与したActive Ice Wallを「範囲攻撃」で戦場全域に展開。
皆さん、防御や足場に使ってください。priorityが必要な方には譲渡します。

ぼくも氷塊で防御しながら、Slipの魔法を仕掛けてみます。
理性を失うなら、一度転ぶと起き上がるのは大変なはず。皆さん、今のうちに集中攻撃を!


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

地下に住まう人々を支配しているのは
魔女の烙印を押された聖女か

奇跡を起こした聖女が
その力を恐れた民衆に魔女の烙印を押され糾弾される
あり得る話だから同情はするが
オブリビオン化したのであれば躊躇なく斬るのみ

事前に右肩の紋章の大きさを「視力、暗視、世界知識」で確認
指定UC発動後「なぎ払い、衝撃波」を放ちながら「ダッシュ」+高速移動で接近
投擲用ナイフも複数纏めて足元に「投擲」し敵の足を止める
接近したら敵の足止めを優先し、徹底的に粘着し妨害
隙あらば紋章を「2回攻撃、怪力」で叩き斬る

敵の攻撃は「オーラ防御、火炎耐性、激痛耐性」で耐え抜く
足止めもやる以上、多少の被弾は覚悟の上


文月・統哉
仲間と連携
オーラ防御展開し聖女と対峙
攻撃見切り武器受けで凌ぎながら
声をかけ注意を引きつける

人は苦しみを前にして
藁をも掴む思いで奇跡に縋り
そして同時に異端を恐れる

救世主と持ち上げた同じ声で
魔女と断罪されたなら
その絶望はどれほどのものだったか

到底許せるものでは無いだろう
それでも君は一方で
罪を犯した彼らの弱さも理解はしているんじゃないか
君もまた聖女である前に
ただの人であったのだから

あの曲は君への鎮魂曲

俺は君に憎しみを持つなとは言えない
それでも願うよ
君の魂が救われる事を
どうかこれ以上
抱えた憎しみで自らの心を傷付けないで
過去は過去に還して
今なお続くその苦しみを終わらせよう

紋章狙い邪心を斬る
どうか安らかに


大町・詩乃
地底都市の皆様を助ける為、頑張ります!
…と意気込んできたものの、困りました。
倒すべき方々も結果的に敵方になったというだけで、尊敬に値すべき人々です。

…少し考え、正面からぶつかって語り合うしかないと判断。

敵UCは【結界術】の防御結界と、【オーラ防御】を纏わせた天耀鏡を頭上に移動して【盾受け】で防ぎます。
「貴女が生きている内に助けられなかった事、ごめんなさい。
でも最後は悲劇的な結末でしたが、貴女の生き様は正しかった。
だから誇りを胸に抱いて、骸の海で休んでください。
あんな結末になった原因の、この世界の支配者には、貴女の分まできつい一撃入れますから!」
と詫びつつ、UCを籠めた煌月で右肩の紋章を貫く!




「地下に住まう人々を支配しようとしている、魔女の烙印を押された聖女、か……」
 空洞上の地下洞窟の奥へ、奥へと向かっていきながら、館野・敬輔が、独りぼそぼそとそう呟いていると。
 不意に、銀の風が周囲を覆い囲む様に吹雪き始めた。
 思わず敬輔が眉を警戒の色も露わに腰に納めていた黒剣に手を置き身構えるが……。
「大まかな経緯はそう言った所らしいけれど、だからと言って、ただ食らえば良いだけなのかしらね?」
 そんな疑問を投げかける様に呟きながら、継ぎ接ぎの体に漆黒の外套を羽織った見知った娘が姿を現す。
「アンタは確か……」
 それが娘であると認めた敬輔が、黒剣の柄からその手を離して彼女を見つめると。
「メフィスよ。グリモアベースでアンタが予知した事件を、一つ解決した事があるわ」
 そう彼女、メフィス・フェイスレスが返してきたので、そうだったかもな、と敬輔が軽く頷きを一つ返した。
 と、その間にも。
「敬輔! お前も来てたのか!」
 続けざまに銀光の向こうから姿を現すや否や、驚いた様に息を呑んだ、文月・統哉と。
「奇遇ですね、敬輔さん」
 同じく姿を現したウィリアム・バークリーが、敬輔に対して軽く会釈を一つする。
「統哉にウィリアムも来ていたのか」
「ああ。『彼女』のことを放置しておく事は、俺には如何しても出来ないから、な」
 敬輔の呼びかけに確固たる意志と共に頷く統哉の声を追う様に。
「そうなのですー。苦しんでいる方を見過ごすことなんてわたしにも出来ませんから」
 小柄で腰まで届く程の銀髪をツインテールにしたその髪と同じ一対の銀翼を背負った少女……七那原・望が姿を現し、幼さと沈痛さを伴う声でそう告げた。
「まあ、『奇跡』の力を得たために『異端』とされた聖女の成れの果て、ですからね。可哀想な人だとは思うのですが、蘇ってきた以上、骸の海へと還すべき相手である事は変わりませんよね」
 その望の呟きに、ウィリアムがそう返した、その刹那。
「ですけれど……其れも結果的に敵方になってしまったと言うだけでもあるんですよね……」
 顔に困惑を浮かべながらウィリアムの横に現れた漆黒の髪の少女……大町・詩乃がそう呟いている。
(「地底都市の皆様を助ける為、頑張ります! ……と、意気込んできたのですが……」)
 それでも今から戦う相手へと想いを馳せると、相手も十分尊敬に値すべき人々である事も、また真実であることが、詩乃の困惑を益々深めた。
「まあ、伝え聞いた話だけじゃ、あいつの魂を救うには遠すぎるのは間違いないわね」
 詩乃の困惑に大いに頷くメフィスの姿に、は、はいそうですね、と詩乃が下を向いて自分の頬を軽く突きながらこくこくと頷いている。
「だが、だからと言って最初からその可能性を捨てることは、俺には……」
「私も、そうなのですー。……それでも説得を受け入れて貰えなければ、倒すしか無いとは思いますが」
 率直に固い決意を表明する統哉に、自分の意見を付け加えながら同意する様に軽く頷く望。
 そんな統哉と望に対して、ああ、とメフィスが軽く笑ってみせた。
「私もそうよ。アイツの真意を理解して、寄り添う為には如何したら良いか、其れは常々考えているわ。その方が、私の腹も膨れそうだしね」
「……腹が膨れる、か」
 メフィスの笑いとその瞳の中にちらつく飢餓の衝動を見て取りながら敬輔は思う。
(「俺も、故郷の仇と戦う時は、こんな感じなんだろうか」)
 ……と。
「……ええと」
 敬輔達が見せる其々の意気込みを聞いている詩乃の心の中に育まれるは、迷い。
(「最終的にどうしたらよいのか。それはきっと、彼女に直接会ってみないと分からないですね」)
 内心でそう結論付ける詩乃の意を汲み取ったか。
「Ashes to ashes, dust to dust。ぼく達がどの様な結論を出すのであれ、この世の理に従い、彼女を骸の海へと還さなければならない事は変わりません。だから、あなたはあなたなりに結論づけて、彼女と相対をすれば良いんだと思いますよ、詩乃さん」
 軽く詩乃の背を押す様に。
 ウィリアムがそう答えるのに、ありがとうございますと詩乃が礼を述べていた。
(「私は、私のやり方で……ですか。その通りですね」)
 そう、内心で結論づけながら。
 そうして、詩乃達は地底都市に向かっていく地下道を進み、そして彼女と相対することとなる。


「あっ……アアアアアアアアッ! 血が痒い、痒い、痒いぃぃぃぃぃぃ!」
 敬輔達の姿を認めるや否や。
 全身を掻き毟りながら、その背に禍々しき黒き怨念を纏った鮮血の両翼を生やし、血に塗れた紅い瞳を不気味に輝かせながら、体中に生々しい傷痕を負った襤褸を纏った女が怨嗟の声を張り上げた。
「あの時の恨み、晴らさずにいられようか! 死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ!」
 悲嘆の籠められた絶叫と共に、ばさり、と鮮血の双翼を羽ばたかせ、上空へと左手を掲げる娘。
 掲げられた左手から真紅の稲光が迸り、程なくして全てを貫く血炎と化した無数の槍が地上に向かって降り注いでくる。
 その無数の血槍は、まるで彼女の魂の慟哭と涙の証の様に、詩乃には思えた。
「ならば……全力で迎え撃つまでです!」
 叫びと共に、自らの神力を極限まで練り込んだ霊符を上空へと向けて投擲し、緋色の防御結界を展開、更にダイヤモンドを遙かに凌ぐとされる、揺らめく様な赤色の伝説の金属ヒヒイロカネで作り上げた天耀鏡に淡い桜色の防御幕を張り巡らせて結界とし、その無数の血槍を辛うじて受け止めながら体を前傾姿勢にした詩乃が、戦場を疾駆する。
(「くっ……何ですか、この血槍から伝わる異様な悲しみは……!?」)
 霊符で張り巡らした防御結界を易々と貫き、更に頭上に展開した天耀鏡の桜色の防御膜さえも貫き盾に突き刺さったそこから伝わってくるその感情に、思わず表情を強張らせながら。
「俺達の話を聞いてくれ! 君は……!」
 同じくクロネコ刺繍入りの緋色の結界を展開し、天から降り注ぐ血槍からダイレクトに伝わってくるその波動に冷汗を垂らし、顔を歪めながら統哉が叫ぶ。
(「彼女に……伝えないと……!」)
 人々の思いを。
 そして其れと正面から向き合うことが出来るであろう、彼女の本当の心の強さを。
 統哉が続く言葉を探しながら、詩乃に続いて彼女に肉薄しようとした、その刹那。
 不意に、霧状と化した粘液が詩乃と統哉を覆い隠す様に広がり。
 その霧の主……自らの飢餓の衝動により滲み、滴り落ちるタール状の液体を膜状に張り巡らしたメフィスもまた、飢餓の霧でその身を覆い隠す様にして、『聖女』に向かって肉薄していく。
 そのメフィス達の後方には、その手に鈴つきの白いタクトを構えて光加減からか純白に見える双翼を羽ばたかせ、御伽噺の不思議の国のアリスの纏う水色のエプロンドレスと、その後頭部を飾るアリスバンドを風に靡かせ宙を舞う様にしている望と、天と地に向けて翳した両手を反時計回りに回転させて、青と黄色の混じり合った巨大な方円を描き出しているウィリアムの姿。
 ウィリアムは視力で、望は聴覚と第六感で、聖女が右手に握り、下段に構えたその禍々しき血剣に注力していた。
 闇夜に舞う真紅の蝙蝠の如く宙を舞う様に羽ばたく、彼女の持つ……深き、深き業を取り込んだ、その血剣に。
「アンタの立場には、同情する」
 一方、全身に白い靄を纏った敬輔は、聖女の右肩に刻み込まれた『銀狼』の紋章を注視しながら、黒剣を抜剣し、青眼に其れを構えていた。
 その目は鋭く細められ青眼に構えられた黒剣の刀身が、赤黒い光に染まっていく。
「だが……アンタはオブリビオンと化した。ならば、躊躇する理由は無い」
 冷たく吐き捨てる様に告げられた敬輔の其れに。
「ほざけぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 爆発的な憎悪と怒りの籠った声を上げた聖女が、自らの右手に握る血剣で天空を切り裂いた。
 呪力によって空間が歪む様に切り裂かれ、同時にそれが無数の鋭利なチャクラムと化して、戦場全体に降り注ぐ血槍に混ざり合う様に、全てを切り裂く斬撃の嵐となって、上空からの血槍を辛うじて受け止め前進していた統哉達をも巻き添えにして襲いかかる。
「させません! Active Ice Wall!」
「わたしは望む……ウィッシーズアリス!」
 其れに即応して、展開していた強大な方陣の中央を右人差し指で指差すウィリアムと、その手の共達・アマービレを指揮者の如く振るう望。
 その瞬間、ウィリアムの描き出した巨大な方陣の中に浮かび上がっていた無数の小さな水色の魔法陣から、無限とも思える氷塊が射出され、更に望がリン、リン、と共達・アマービレに取り付けられた鈴を鳴らす。
 鳴らされた鈴に合わせる様に姿を現したのは、4匹の首に鈴を付けた愛らしい魔法ねこ。
 白と黒、三毛、そして薄紫と毛並みも、体格も違う4匹のねこさん達がニャー、と鳴くや否や、敬輔達の姿の幻影が無数に生み出され、次々にチャクラム型の血刃をすり抜けさせる。
 幻影に翻弄されながらも、無差別に血剣を振り回して無数の血刃を続けざまに呼び出す聖女の攻撃は、上空からの血槍の防御に全力を傾けていた詩乃達を守る様に呼び出された氷塊の盾が受け止めて、そのままパン、と音を立てて爆ぜて消えた。
「Priorityは必要に応じてお渡しします! これ以上、上空に彼女が逃げるのを全力で阻止して下さい!」
 叫びながら、ウィリアムが左手で氷塊の群れを制御しながらクルクルと指先で新たな小さな魔法陣を描き始めている。
 ウィリアムの言葉の意味を正確に諒解した敬輔が、ウィリアムの呼び出した氷塊を蹴って宙へと飛び上がり、更に白き靄と化した少女達の魂の力を借りて、超高速で一気に天空へとジャンプ、空中でぐるりと宙返りを打ちながら、その懐に忍ばせていた投擲用ナイフを血で作り上げられた双翼に向けてすかさず投擲。
 敬輔が投擲した短剣に白き靄達が這う様に乗り移り、怨念で凝固した鮮血の翼を貫き、そのまま聖女を地面へと撃ち落とした。
「おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれぇぇぇぇぇぇっ!」
 怨嗟の叫びを上げながら空中でトンボ返りを打って態勢を立て直し、地面へと聖女が着地した刹那……。
「Slip!」
 小さく描き出した魔法陣をウィリアムが聖女の足下へと移動させて魔法を発動、その地面を凍結させ。
「動けると思わない事ね」
 凍てついた地面に足を取られた聖女の地面に埋め込まれていた飢渇が変化した爆弾、微塵が大爆発を起こして無数の爆炎と化して、聖女の足下を容赦なく覆った。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 爆炎に飲み込まれて一瞬身動きを止めた彼女の隙を見逃さず、その懐へと詩乃が飛び込む様にしながら、オリハルコンの刃が嵌め込まれた煌月で弧を描いて薙ぎ払う様に彼女に向けて振り上げる。
「この一刀にて、その禍を……!」
「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!」
 詩乃の煌月の一閃をすかさず血剣で受け止め、その左手を詩乃に突きつけ、新たな血槍でその身を貫こうとする聖女。
 そこに……。
「詩乃!」
 ウィリアムが空中に浮かべた氷塊を蹴ってその身を加速させ、『宵』を大上段に振り上げていた統哉が詩乃と聖女の間に割り込む様に入り込み、其れを振り下ろす。
 振り下ろされた刃の一閃が、詩乃を捕らえようとしていたその左手の甲を逸らさせた。
 そのまま地面に着地しつつ、クロネコの刺繍入り緋色の結界で自分と詩乃を守る様にしながら統哉が咆哮する。
「その血槍も、その剣も……全てが君の怨嗟と慟哭。その理由の全てを分かるとは言わないけれど……それでも君は、本当は知っているんだろう!?」
 ――人は、弱い生き物であるという……その真実を。
 そして、その弱さ故に……。
「人は、藁をも掴む思いで奇跡に縋り、そして同時に、その『奇跡』という名の異常を恐れてしまうその事を!」
 統哉の叫びが耳に届いたのか。
 それとも……。
「貴女が生きている内に助けられなかった事……御免なさい」
 後悔と謝罪を籠めて呟いた詩乃が統哉の後方から自らの右肩に刻み込まれた『銀狼』の紋章に撥ね上げる様に煌月を振るい、その刃が届くことを怖れたのか。
 凍てつき熔解したその足場を捨てる様にタン、とバックステップをして後退して態勢を立て直そうとする聖女に、望が続けざまに諭す様に問いかけていた。
「教えて下さい。あなたは、何故それ程までに苦しんでいるのですか?」
 その、望の一言に、
 ギロリとその瞳をギラつかせ、聖女が低く唸り声を上げる。
「私が苦しんでいる、だと!?」
 ――ガリリッ。
 無意識に左手で右腕を掻きながら、血剣を分解して、無数の血の短剣へと変形させて、其れを四方八方に解き放つ聖女。
「そう来たか。だが……!」
 敬輔が小さく舌打ちをしながら、それらの短剣をいなす様に黒剣を振るって叩き落とし、更に望の呼び出した4匹のねこさん達の鳴き声が唱和して生み出された無数の望達の幻影が、四方八方に放たれた短剣の軌跡を誘導し、巧みにウィリアムの呼び出した氷塊にぶつけさせてそれらの短剣を捌かせている。
 その間にも望は、自分に何時突き立ってもおかしくない、短剣の驟雨にねこさん達の呼び出してくれた幻影と共に自らの身を曝け出し、眼帯に覆われ、余人には見る事すら叶わぬ曇りなき金の瞳にその姿を想像で描きだし、労わる様に、聖女に語り掛けていた。
「何となく、感じ取れるのです、あなたのユーベルコードから。その悲哀を、そしてその怨嗟を」
「き……貴様っ!」
 まるで、それ以上を聞きたくない、と言わんばかりに。
 常人であれば威圧だけで殺されてしまいかねない程の爆発的な殺気を噴出させながら絶叫する聖女に、ですが、と望は静かに頭を横に振った。
「わたしは、あなたの抱えるその憎悪を否定しません」
「っ!?」
 その、望の一言は。
 無謬の棘となって聖女の身を射貫き、聖女は思わずびくり、と身を竦ませていた。
 そして、その隙を見逃さぬ様に。
 ――ガブリ。
 聖女の背後から、その右腕を飲み込む様に、龍顎型の捕食態が襲いかかっていた。
 それは……メフィスの腕である、骨身。
 その血肉を削り取り、敵の命を啜る……骨刃。
「捕食させて貰うよ。お前の過去と、その記憶を」
 ――ドクン、ドクン。
 大量の自らの血液をその腕から彼女へと送り込み、猛烈な飢餓感が全身を血の様に巡り、喉と腹がカラカラに渇いていくのを感じながら。
 まるで、最後の審判を下す裁判官の様に冷徹に断じるメフィスと、彼女の飢餓の衝動の増幅により、更に広がるタール状の液体……『飢餓』を通して。
『聖女』の記憶の光景が、戦場全体に映し出された。


 ――それは、遙か昔の物語。
『彼女』達の、戦いの記憶。
『彼女』達の国はとある宗教を国教として敬う、そんな場所だった。
 当時の『彼女』達は『国教』の理念よりも、自分達の祖国と人々を愛する……そんなごくありふれた普通の娘達だった。
 そうして素朴な日々を送っていたが、ある時、それが一変する。
 その理由は……。
(「宗教戦争、か……」)
 心の拠所でもある宗教は、時に偏狂で、狭量な信者達を生み出す。
 そう言った信者達は、得てして他の考え方を受け入れないものだ。
 故に、彼女達からすれば『異教徒』たる隣国の人々が、自分達の王国をその色に染めるべく攻めてきた事は、弱肉強食の理からすれば、ある種当然のことだったのかも知れない。
(「……ッ」)
 ズキリ。
 メフィスがその隣国の者達が彼女達に当ててきた理不尽な熱狂と狂気を感じた時の恐怖に痺れ、無意識に意識を繋ぎ止めるべく唇を噛み締める。
 雑音とも言うべきこれに飲み込まれてしまえば、其れは、本当の意味で彼女を理解することには繋がらないから。
 彼女達の国は、弱かった。
 だから彼女達の国のとある都市を、理不尽な侵略者達は包囲し、そこから掠奪、虐殺……ありとあらゆる悪行の限りを『正義』と言う名の御旗の基に尽くそうとした。
 ――そんな、時だ。
 彼女が……元々負傷者達を手当てし、癒し、人々に『聖女』と慕われていた彼女と、彼女の仲間達が、不思議な力に目覚めたのは。
 それは、正しく神の啓示。
 己に宿った不思議な力……今で言うユーベルコードを得た『彼女』達は、この『聖女』を旗印に部隊を結成し、『救世主』として、人々に持ち上げられ、其々に苦しみ、悩み、傷つきながら、国民を守るための力となってこの国を文字通り『救済』した。
 この時の安堵と人々を救えたという『彼女』達の満ち足りた想いは、メフィスの心にすら、一種の酩酊感の様なものを齎す。
 けれども、そんな不思議な『力』を持った彼女達に対して、国が……『国教』の者達が出した判決は、彼女達を『魔女』と認定する事。
(「大切な者達に、裏切られた、か……」)
 凱旋した彼女達を待っていたのは、『救世主』として自分達を救ってくれたことに対する人々の感謝ではなく、『魔女』という罵声と、自分達への恐怖。
 最も、国が……否、国教が本当に恐れたのは、この国を救った『彼女』達が、新しい宗教を創設し、今の自分達の立場を乗っ取る事。
 故に彼等は先手を打ち、その人のものとは思えぬ彼女達の異形の力を、『魔女』の力とし、彼女達を『異端者』として逮捕したのだ。
 それから程なくして、彼女達は筆舌に尽くしがたいおぞましく、悲惨で惨い目に遭わされ最終的にはでっち上げの魔女裁判によって、全ての者達が火や水により『浄化』された。
(「……よくある話と言えば、よくある話だが……」)
 ――ビシ、ビシリ。
 メフィスの体が、悲鳴を上げる。
『彼女』が……『聖女』が受けた数々の酷い仕打ちに伴う其れが、メフィスの体と心を打ち砕かんと、容赦なく苛んでいく。
 常人では狂ってしまっても可笑しくない無い程の耐えがたい苦痛と恥辱と絶望と狂気に塗れたそれに飲み込まれぬ様、メフィスは必死に自らの『自我』を意識した。
 そして……最後は炎に灼かれて非業の死を遂げようとした、その瞬間の彼女の思いを、『骨身』で喰らいついて離さぬ様にしながら……彼女の記憶の中に潜り込んだメフィスの自我は、その記憶から弾き飛ばされたのだった。


「惨い話、ですね……これは」
 きゅっ、と固く唇をきつく噛み締めながら。
 メフィスの『飢餓』によって広がった漆黒の液体から溢れ出てきたその情報に触れる事となった詩乃が顔を青ざめさせながら、ぶるぶると体を震わせている。
「救世主と持ち上げてくれた人々に裏切られ、彼女達は『魔女』と断罪された」
 その時の悲哀を慟哭へと変えた血槍が、怒濤の如く天空から降り注ぐ。
 神罰の如く降り注ぐそれらの血槍を顔を青褪めさせながらも、詩乃が天空に張り巡らした桜色の結界と、ウィリアムの氷塊の盾と重ね合わせて更に強大な結界を生み出した統哉もまた、重い吐息を漏らしてる。
 その時の彼女達の絶望の計り知れなさは……想像に難くない。
 ……だから。
「あなたのその怒りも悲しみも、正しいもの」
 ねこさん達の幻影で荒れ狂う彼女の憎悪と憤怒を凝固した血刃を受け流し、バタバタと空中を双翼で飛び交いながら、望が呟いたその一言には、深い慈悲が籠められていた。
「これも、復讐の果ての一つだっていうのかよ……!?」
 苦虫を噛み潰した様な表情になった敬輔が、白い靄を纏った黒剣を下段から振り上げる様にして、斬撃の衝撃波を解き放つ。
 だが、勢いの減じられていた衝撃波は、聖女の作り出した血剣による薙ぎ払いに切り払われていた。
「ちっ……!」
 思わず舌打ちを一つする敬輔だったが、『彼女』達の意識との同調故か、『聖女』への憎悪や苛立ちを糧に、思う様に力を発揮しきれない。
 ――『彼女』達が、『聖女』のその願いを……想いを理解し、共感できるが故に。
 だから……。
「お前達は、自分の身近にいる人々の当たり前を守りたかったのね。救いたかったのね。だから、そんなお前達を裏切った人々の事をお前は許せず、憎悪の権化と化したの。でも、本当は、お前達は今でも尚、お前達を裏切ったその者達を、愛しているのではないの?」
 鋭い棘の様にメフィスが突き立てたその言葉に、びくりと肩を震わせ、『聖女』が激しく動揺し。
「門の向こうからの歌が聞こえていますか? 鎮魂曲(レクイエム)……あなた達を裏切った人々の事を知り、その罪を背負い、贖うために、あの歌をあなた達に捧げてくれている、あの無辜の人々の代表として、後悔している人達の歌が」
 敬輔が、望に冷静にその事実を突きつけられ、『聖女』がピタリと動きを止めてしまうであろう可能性を想定できたのは、当然だったのかも知れない。
 血剣を振るう手を思わず止め、何かを堪える様に頭を押さえるその聖女の姿を見て、統哉がクロネコ刺繍入りの緋色の結界を解き、自らの構える漆黒の大鎌『宵』の刃先に星々の瞬きの如き光を集めながら、君は、と畳みかける様に言葉を紡いだ。
「君が……君達が人々にされたこと……それは、到底許される事ではない。けれども、どうしてそんな『罪』を彼等が犯してしまったのか……その弱さの理由も、本当は心のどこかで分かっているんじゃないのか? 君もまた、聖女であるよりも前に……ただの、『人』であったんだから」
 ――歌が、聞こえる。
 門の向こうから聞こえてくる鎮魂の歌は、嘗て、彼女達の故郷で歌われた、古い、古い子守歌。
 途切れ途切れになりながらも、尚聞こえてくるその歌に籠められた願いと祈りを星光の力に変えて、『宵』の刃先に籠めながら、俺は、と統哉が小さく続けた。
「君に憎しみを持つな、とはとても言えない。それでも、あの門の向こうで歌っている人たちと同じ様に願っているんだよ。君の魂が救われることを。そして……」
 そこで、一つ深呼吸をして間を取って、訥々と、話し続ける。
「どうかこれ以上、抱えたその憎しみで自分の心を傷つけないで。過去は、過去に還して欲しいってね」
 その、統哉の言葉に射抜かれる様に。
 動きを止めた彼女に向けて、詩乃が無念の表情を浮かべて囁いた。
「……確かに、あなたの最期は悲劇的な結末でした」
 けれども。
「貴女の生き様は、正しかったのです」
 愛する人を守るために自ら傷つき、裏切られ、その後、自分を『魔女』とした人々に深い憎しみを抱いたのだとしても。
 それはただ、憎しみを抱き続けているだけであると言う事を意味しない。
 その憎しみと紙一重の感情……自分達が守り抜いた人々を愛し続けていると言う事の証明でもある。
 だから……。
「貴女は、誇りを胸に抱き、骸の海で休んでください。その間に、私達は……」
 ――恐らく、彼女達を襲った悲劇の原因を作り出したのであろう、この世界の支配者達に。
「貴女の分まで、きつい一撃を入れてやりますから……!」
 その叫びと、ほぼ同時に。
 ふわりと飛ぶ様に空中を舞って統哉を飛び越えた詩乃が、自らを神たらしめているその力……『神力』を籠めて、大上段から煌月を突き出した。
 神力を籠められ、気高き黄金色の輝きに彩られた煌月を装飾する金の蒔絵が、大地を駆け抜ける一条の淡い星光と化した、統哉の『宵』の光を反射して、神々しい黄金色の輝きを発しながら、吸い込まれる様に『聖女』の右肩の『銀狼』の紋章を貫いている。
 ――クリティカルヒット。
 詩乃の放った黄金の一閃は、その肩の『銀狼』の紋章によって増幅されていた人々への深き憎悪の塊と化した魂のみを貫き、『聖女』の体を大きく傾がせた。
「がっ……!」
「もう、終わりにしましょう」
 詩乃の一閃に苦しげに呻く彼女に向けて、望が諭す様に、そう囁きかけている。
「きっとこのまま彼等を殺めてしまえば……一番傷つくのは、あなたですから」
 その望の呟きに、合わせる様に。
 大地を駆け抜けた統哉の星光の一撃が、詩乃が貫きその輝きを弱めたその『銀狼』の紋章を、下段から叩き切っていた。
「その紋章による邪心……今も尚君を苦しめ続けるそれを俺達に断たれた君は……」
「嘗て正しく聖女だった……その時の人々を慈しみ、愛した心の残る、そんな存在でしょうから」
 紡がれた統哉の言の葉に合わせて畳みかける様に望がたおやかにそう告げれば。
「もう、お前はこれまでよ。その憎しみを……悲哀を、私達に喰らわれたのだもの」
 メフィスが切って捨てる様にそう告げた。
 メフィスのその呟きに、よろよろとよろめく『聖女』の足元が。
「……Slip!」
 ウィリアムの放った術によって凍結し、その足元を掬われて、彼女がその場に転倒する。
「皆さん! 今度こそ決着をつけてください!」
 ウイリアムのその叫びに応じる様に。
「おおおおおおおっ!」
 何かを振り切る様に、我に返った敬輔が逆手に構えた黒剣を振り下ろし、それに合わせて引く様に煌月を引き抜かれた崩壊しつつある銀狼の紋章を鋭く貫き、その内側から無数の斬撃の衝撃波を解放する。
 解放されたそれが『聖女』の体を切り裂くが、それでも尚、『聖女』は止まろうとせず、まだ辛うじて動く左手を伸ばし、そこから血槍を解き放とうとするが。
(「これは……きっと……」)
 ――殺してください。
 そんな思念によって作り出された血槍なのだと望が気が付き、共達・アマービレを仕舞いながら、周囲を浮遊していた、七つの銃を一つにした超大型合体銃、銃奏・セプテットを両手で構えて、その引金を静かに引いた。
 ――ドキューン!
 銃奏・セプテットから放たれたまるで、嘗ての『聖女』であった彼女の想いそのものの様に……美しく煌めく白銀に輝いていたその一発の銃弾が、転倒していた『聖女』の崩れかけていた『銀狼』の紋章を貫通し、『銀狼』の紋章が、『聖女』から水晶の様に剥離していく。
 それは、彼女の魂が骸の海に還る……『救済』さえも、意味していた。
 故に、憎悪と悲哀に塗れた聖女は、そのままゆっくりと眠る様にその場に崩れ落ち、そしてその体を地底の深き底へと鎮めていく。

 ――掠れていく、葬送の鎮魂曲を耳にしながら。


 紋章が光と共に崩れ落ち、それに合わせて『聖女』が何処か穏やかな表情で消えていった姿を見送り、統哉がそっと肩の力を抜いた。
「……彼女の魂を救済することは、出来たのかな?」
「出来た、と信じたいです」
 統哉のその呟きに望が憂いげな空気を漂わせつつ、トン、と地面に着地しながら祈りを籠めて、そう呟きを返していた。
(「少なくとも私達は、彼女の魂を救済するために、出来る限りのことはやった筈です」)
「そうね。ああやって寄り添うことが出来たのだから、きっと大丈夫に違いないと、思わないといけないわね」
 一つ息を漏らしながらメフィスが望と統哉に呟くその間に。
「歌声が……消えた?」
 それまで門の向こうから聞こえていた歌声が聞こえなくなったのに敬輔が気が付き、訝しげな表情になると。
 ――不意に門の向こうで火の手が上がり、先程迄の歌とは違う声が上がった。
「倒すのに、時間がかかり過ぎましたか……!」
 その火の手が上がる様子を見て、しまったという様にウィリアムが軽く眉を顰め。
「皆様、急ぎましょう! 地底都市の人々を少しでも多く助けるためにも!」
 詩乃が先導する様にやや焦った口調でそう告げ、誰よりも素早く門を開いて走り出す。
(「彼女の魂を救済しようとすれば、それだけ村人達を救助できる可能性が低くなる……こういう事か……!」)
 ならばその遅れは、自分達の力で取り戻す必要がある。
 そう覚悟を決めた統哉が望とメフィスに視線を走らせて頷き合い、詩乃と敬輔とウィリアムの後に続いて、素早く門の向こうへと姿を消した。

 ――1人でも多く、地底都市の人々を救出するために。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『罪を背負いし聖女』

POW   :    抵抗してはなりません、それは罪なのです。
【直接攻撃をしない者との戦闘に疑問】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【凄惨な虐殺の記憶】から、高命中力の【戦意を抹消させる贖罪の嘆き】を飛ばす。
SPD   :    私が犯した罪は許されません。
【自身が犯した罪】を披露した指定の全対象に【二度と領主には逆らいたくないという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ   :    あなたの罪を浄化します。
全身を【流血させ祈ると、対象を従順な奴隷】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
プレイング受付期間:9月24日(木)8時31分以降~9月26日(土)13時頃迄。
リプレイ執筆期間:9月26日(土)14時頃~9月27日(日)一杯迄。
何卒、宜しくお願い申し上げます*

 ――門の向こうで、閃光が弾けた。
「抵抗してはいけません。あなた方は、自らの罪を認めなければなりません」
 その閃光と共に都市の彼方此方で火が上がる様子を、何処か満足げに見つめながら、女達……『魔女』と認定された聖女達は、涼やかな声でそう、人々に語りかけていた。
「あなた達は罪人なのです。例え、あなた達がどれ程忘れようとしたとしても、私達にした仕打ちを、私達は決して忘れることはないでしょう」
 別の聖女が、地底都市の者達へと淡々とそう諭している。
 そして、彼女達にした酷い仕打ち……彼女達からすれば『罪』と断じられても仕方のない行為がされた事実を、この都市の者達は、確かに『知って』いた。
 当然だ。
 それは彼等の先祖ともいうべき人々の世代に実際に行われた、この都市へと彼等が移住するよりも遥か前に起き、未来永劫自分達の『罪』として『贖い続けよ』と語られ続けている伝承なのだから。
「結局、僕達には、何もできなかったのか……」
 聖女達の罪を糾弾するその言葉を聞き、鎮魂曲を歌うのを止めた少年が、何処か達観の眼差しで疲れた様に息を吐き、パニックと共に発生した火事などを、まるで他人事の様に見つめている。
「せめて彼女達の魂が、ぼく達を殺すことで癒されます様に……」
 祈る様に紡がれる少年の真摯な言葉を聞き流し、『聖女』達は自ら血を流し、人々を操り、自分達の都市を自らの手で破壊させようとした。

 ――この都市を、彼等自身によって破壊させる事。それ自体が、自分達の罪だと告白し、そうして今の彼女達への絶対服従を、人々に、強制させる為に。

*このシナリオでは、下記ルールが追加されます。
1.第1章の判定の結果、この地底都市に潜入できたタイミングは、『聖女』達が都市の人々に対してユーベルコードによる攻撃などを開始した直後、となりました。その為、都市の人々(凡そ100人程)はパニック状態になっている状態でシナリオがスタートします。
2.戦いの中で、状況によっては都市の人々にユーベルコードの流れ弾などが当たる可能性がございます。彼等を避難させつつ守る様に戦う事が、この章の肝となります。
3.断章に出ている少年は、あくまでもこの都市に住む住人の一人です。代表者などではありませんので、彼だけを救えば良い、と言う訳ではありません。
4.皆様の工夫次第ではありますが、100人以上の人々を1人のプレイングで全員守り抜く、と言うのは現実的に考えて先ず無理です。その為、今回のシナリオは、一括返却となります。
5.都市ですが、100人位の人々が普通に住むことが出来る規模の都市だと思ってください。その為、建造物や農作物を耕す畑、公共浴場なども存在しております。

 ――それでは、良き救済を。
ウィリアム・バークリー
避難誘導に回る人員と敵の抑えに回る人員が必要ですね。
ぼくは抑え役に回ります。今のぼくに出来るのはそれくらいです。

「全力魔法」「範囲攻撃」「オーラ防御」のActive Ice Wallを効果範囲最大で、集落全体を飲み込む規模で展開します。
もちろん氷塊の周囲の状況把握は出来ませんが、逃げる人たちの心を少しでも安心させられれば。

今更罪状自慢ですか? 悪ぶりたい不良と変わりませんよ、そんなの。
あなた方はここで討滅します。これ以上咎を増やす前に、骸の海へお帰りください。
剣の間合いならルーンスラッシュ。距離があれば氷塊を砲弾として発射し、『聖女』たちを討滅します。

苦い思いは飲み下し、今を生きる人のために。


七那原・望
祖先の罪を忘れないのは良い。祖先が報復を受けるなら仕方ないのかもしれません。
けれどそれはあなた達の罪ではないのです。だから贖う必要はないのですよ。

【マジックオーケストラ】て影の猟兵達やねこさん達を【全力魔法】でとにかく呼び出し続けます。

一部の影の猟兵にわたしを護ってもらい、【リミッター解除】【限界突破】【全力魔法】【多重詠唱】【オーラ防御】【結界術】【呪詛耐性】【浄化】も併用して傷付けられず、敵のユーベルコードの効果からも身を守ります。

【動物使い】でたくさんのねこさん達にお願いして住民達にも手当たり次第にわたしと同様の処置をしてもらいます。

残りの影の猟兵達は【集団戦術】で敵の排除を。


大町・詩乃
先祖が罪を為したとて、子孫が未来永劫自分達の『罪』として『贖い続けよ』という理屈は有りません。
まして子孫は先祖の罪を悔いているのに…。
この構造には何者かの悪意を感じる。ここで苦しみの連鎖を断ち切ります!

聖女達と住民の間に割って入り、龍笛『響月』を取り出し、UC:帰幽奉告を奏でます。
【楽器演奏・多重詠唱による音と光の属性攻撃・全力魔法・浄化・破魔・除霊・範囲攻撃】と併せ、音と光の演舞によって、聖女達の恨みを祓い清めます。

同時に【結界術】で住民を護る防御結界を発動。
詩乃自身は【オーラ防御】を纏った天耀鏡で【盾受け】。

「貴方達の悲しみを無念を、私は忘れません。だから、どうか安らかに眠って下さい。」


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

確かに市民の先祖が犯した罪は罪
しかし、今の市民がその罪を犯したわけじゃない
聖女たちは、市民の贖罪の意識を利用して支配しているだけだろ?
…卑怯者のやることだ

俺は避難誘導より聖女たちの引きつけに回ろう
【魂魄解放】発動継続
高速移動で聖女たちに接敵
「殺気、挑発」で聖女たちの気を惹きつけ
「2回攻撃、なぎ払い」+衝撃波で片っ端から斬る

聖女が犯した罪を聞いても揺らがぬ覚悟
貴様らは既にオブリビオン、過去の存在と化している
つまり、市民の贖罪を貴様らが受け入れることはない
なら、貴様らの贖罪を俺が聞き入れる理由はない!

避難誘導は他の者に任せる
とにかく聖女と市民たちを引き離さないと


文月・統哉
仲間と連携
オーラ防御と武器受けで庇い人々を守る
破壊を躊躇し落ち着ける場所として教会へ避難させ
祈りの刃を衝撃波として放つ範囲攻撃で聖女達の邪心を削る

聖女達の攻撃に明確な殺意はない
それは疑問ではなく確信へ
凄惨な過去があってなお
彼女達は祖国の人々と共に在ろうとしている
だからこそ届けなければ
罪を語り継ぎ向き合い続けた人々の想いを

人々へ呼びかける

門番の聖女は骸の海へと還ったよ
眠る様に穏やかに
鎮魂の歌が届いたんだ
魂の救済を願う皆の想いが

今度は彼女達の番
皆の声で想いで奇跡を起こそう
何度でも
聖女と呼ばれた在りし日の彼女達の様に

鎮魂曲と共に
祈りの刃を

罪は背負わせない
聖女達もこの国を想う仲間
共に祈ろう穏かな未来を


メフィス・フェイスレス
最初に現れた奴は囮だったのね
ここの住民はかつてこいつらに何を
いやそんなことはどうでもいいわね

UCを展開し空から急行

可能なら味方一、二人を手で牽引して運搬
到達時間を短縮しつつ現場に到着次第空中から投げ落とす事で現場に連れて行く

現場では巻き添えが発生しないよう血霧は散布せず
空を旋回しつつ襲われかけている住民を探し「飢渇」を落として保護
包み込んで戦闘区域から離脱させる
精神干渉は各種「耐性」で自身や「飢渇」ごしに住民に発破をかけることで対処する

耳を貸しちゃダメ
罰だろうとなんだろうと過去の罪がいま生きてる奴に牙を剝なんて筋違いよ
それをした時点でもう奴らはアンタ達を脅かす敵でしかないの
気をしっかり持って!




「これは……!」
 最初に門から都市内部に飛び込むや否や、炸裂した閃光に咄嗟に顔を庇う様に手を翳しながらヒュッ、と軽く掠れた息を飲み込んだのは大町・詩乃。
「抵抗してはいけません。あなた方は、自らの罪を認めなければなりません」
 その後ろから続いて入ってきたメフィス・フェイスレスが目前で起きている聖女達の涼やかな声を聞いて、軽く舌打ちを一つ。
「成程。……最初の奴は囮だったって訳ね」
「殿を任されていたって話だったからな。猟兵達に敗れるとは思ってもいなかったんじゃ無いのか?」
 メフィスのその呟きに、冷たい声音でそう答えたのは、館野・敬輔。
 その言葉に、そうですね、とウィリアム・バークリーが軽く首肯する。
 その唇に噛み締めた後と、2、3滴の血を滴らせて。
(「彼女達も……過去の存在とは言え……犠牲者、ですか」)
 口腔内に広がった血の味と、胸から込み上げてきた苦いものを飲み下しながら、とにかく、と気持ちを切り替えようとするかの様にウィリアムが話し続けた。
「パニックになっている住民達の避難と敵の抑えに回る人員の二手に分かれるべきでしょうか」
「そうですね」
 鋭い聴覚、人々のパニックによる悲鳴を、嗅覚で建築物が焼け焦げ始める嫌な臭いをはっきりと感じ取りながら、ウィリアムの提案に同意する様に頷いたのは、懐から、ねこさん達を呼び出す時にも使用した、鈴のついた白いタクトを抜いた七那原・望。
 既にその背の双翼をふわり、と羽ばたかせている。
「空からか。その手があるわね」
 望の様子に気がついたメフィスが微笑を浮かべるとほぼ同時に。
 その肩甲骨が反旗を纏うを突き抜け、メキメキと音を立てて異様な骨の翼へと変容していった。
 何処か毒々しい斑がポツポツと浮かぶ、色黒の肌を反映した双翼を。
 翼を生やしたメフィスがペロリと舌舐めずりを一つする。
「1~2人位なら運べるわ。誰か一緒に行くかしら?」
「頼む!」
 そう、鋭く声を発したのは。
 逼迫するその状況を見て取り、素早く黒にゃんこ携帯を取り出して周囲の被害状況、安全地帯となりそうな場所を検索する、懇願する様な表情を見せる文月・統哉。
(「……伝えなきゃ」)
 先の戦いで『救済』した、『聖女』の長の事を。
 そして……本当は彼女達が願っているであろう、その思いを。
「分かったわ。じゃあ、さっさと捕まって」
 呟きながら双翼を羽ばたかせ、空中に浮かび上がるメフィスに差し出された左手を掴み、そのまま勢いを付けて黒にゃんこ携帯で情報の収集を続けながら、空中に浮かび上がる統哉。
 その間にウィリアムと敬輔、詩乃が互いの顔を見合わせて軽く頷き、敬輔が、メフィスに掴まって空を舞う統哉に素早くアイコンタクト。
 ――抑えと、避難。
 メフィスが統哉を連れて望と共に、閃光と共に上がり始めた煙に向かって飛び立つのを合図に、白い靄を纏った敬輔と、空中に青と土色の混ざり合った魔法陣を描き始めたウィリアム、そしてとある不死の怪物の骨に、見事な漆と金細工を施された美しき龍笛を懐から取り出した詩乃が、戦場に向かって駆け出した。


「あなた方は『罪人』です。生まれながらの『罪人』です。罪人達が抵抗する事を、神は決して赦さず、裁きを与えることでしょう」
 祈る様に、囁きかける様に。
『聖女』達が祈りの様に紡ぐその言葉を聞いた、その手に鍬を持っていた男の目前を、『浄化』の火を放たれ焼かれ、或いはその両の足に重石を付けられ、そのまま水の中へと沈められていく惨劇の光景が通り過ぎていく。
 啜り泣きが。
 悲鳴が。
 絶叫が。
 助けを乞う、祈りの声が。
(「……そうだ。この娘達をこの様な姿に貶めたのは……」)
 その苦痛と悲哀に満ちた声が男が自分達の命綱でもある畑を守るべく、反射的に振るおうとしていた鍬の手を止めていた。
 その様子に満足げに聖女が頷き、その血に塗れた手で彼の手を取ろうとした、正にその時。
「先祖が貴女達へと罪を為したとして、その子孫達が、未来永劫自分達の『罪』として、『贖い続けよ』という理屈はありません!」
 鋭くその一帯に響き渡る様な凛とした声音で叫び、戦巫女装束に身を包み、天冠を被りし神の少女、詩乃が聖女と男の間に割り込む様に飛び込んだ。
 詩乃の鋭い糾弾と向けられる敵意に気がついたか、聖女が淡々と問いかける。
「彼等が私達に行なった、深き『業』。其れを知ろうともしない彼等が、何故、自らの『罪』を贖わず、のうのうと暮らす事が赦されるのでしょうか?」
 自らの手から滴り落ちる血を意にも介さず、純粋に分からない、と言う様に疑問を投げかける聖女に、詩乃が瞳に憂いを漂わせ、ただ、静かに頭を横に振った。
「貴女方に酷い仕打ちをした彼等の子孫達は、先祖の罪を嘆いているのに……どうして貴女達は……」
 詩乃のそれにいいえ、と軽く頭を振る聖女。
「貴女が守ろうとしているその人々は、その様な殊勝な方々ではございません。ただ、己の保身を優先し、私達を『異端』と見做した、罪人でございますよ」
 まるで、出来の悪い子供に教え諭す教師の様に。
 訥々とそう語る聖女を、白い靄を纏った三日月型の斬撃の衝撃波が容赦なく襲う。
「確かに、市民の先祖が犯した罪は、罪だろう」
 呟きと共に肉薄しながら大地を擦過させていた黒剣を撥ね上げ、詩乃の前に立ちはだかっていた聖女を背後から切り上げる敬輔。
「だがそれは、あくまでも彼等の『先祖』の罪だ。『彼等』がお前達にした『業』では無い」
「『罪人』が、『罪人』の味方をするというのですか……。いいえ、これもまた、私達に与えられる『罰』……」
 それ以上を言わせぬ、と言う様に刀身を赤黒く光り輝かせた黒剣を、その頭蓋骨を貫く様に突き刺し、止めを刺す敬輔。
 頽れた聖女の一人を足蹴にして荒々しく黒剣を抜く動作に合わせる様に周囲にぞろぞろと新たな『聖女』達が姿を現してくる。
「あなた方も、彼等と……そして私達と『同じ』です。そうして生けるものを殺め、罪を重ねていく」
「この様な無益な争いは止めましょう。その『罪』を私達と共に祓い清められる様に祈りましょう。さすれば、『神』は私達の全てを救済して下さるでしょう」
「既に自分達の先祖の罪を悔やみ嘆いている人々を、私は……神々は、決して見捨てることはありません」
 哀しげに、頭を横に振りながら。
 その手の龍笛……『響月』をぎゅっ、と強く握りしめて。
 藍色の瞳を悲哀に満たした詩乃が、静かに呟く。
 その詩乃の確信に満ちたそれに、聖女達が怪訝そうな表情になった。
「余所者に過ぎぬ貴女に何が分かるというのですか? 私達は、『魔女』として人の手で闇に葬られました。自分達の手を血で穢さず、私達にその責任の『罪』を背負わせて。その苦しみ、悲しみが……」
「……全てが分かるとは言いませんし、言えません」
 淡々と呟く聖女達のその呟きに。
 詩乃が静かに頷き、ですが、と藍色の眼差しで静かに聖女達を見つめていた。
「貴女達がその様な無念を、悲しみを背負ったその本当の理由……そこに感じられる、悪意と、苦しみの連鎖。これだけは、此処で断ち切らせて貰います……!」
 その、詩乃の誓いに呼応する様に。
「Active Ice Wall Full Burst!」
 呪印を切ったウィリアムが咆哮した。
 走りながら描き出された巨大な円形の魔法陣が、そのウィリアムの叫びに応じる様に空中へと浮かび上がり、程なくしてこの都市一帯を覆わんばかりの、無限の氷塊を生み出し、怒濤の雨の如く、都市一帯に降り注がせた。
 氷の雨の如く降り注いだ青きオーラに包み込まれた無限の氷塊は、詩乃と敬輔の傍で焚かれていた火へと降り注ぎ、その火の勢いを大きく減じさせている。
「敬輔さん!」
「分かっている!」 
 ウィリアムの叫びに鋭く応じた敬輔が、その場で回転しながら黒剣を振り回した。
 回転切りの要領で放たれた剣先から無数の衝撃波が飛散し、周囲の聖女達を手当たり次第に切り裂いていく。
 放たれた衝撃波や、ウィリアムの氷塊の残骸が、男や、辺り一帯にいる都市の者達に当たりかけるが、詩乃が懐から自らの神力を籠めた霊符に小さく口づけをすると同時に天空へと投げ、無力な人々を、火と、氷と、衝撃から守る桜色の結界となって彼等を守る様に展開していると、不意に、敬輔のサバイバル仕様スマートフォンが音を立てて鳴った。
「っ!?」
 思わずびくり、と一瞬敬輔が身を竦ませ、捥ぎ取る様に其れを左手で取り出すと、そこには、統哉から避難先に関するデータが送られてきていた。
「お前達! 南に向かって走れ!」
 そのデータを確認した敬輔が、詩乃の神力によって編み上げられた結界に守られている都市の人々に向かって叫んでいる。
 驚いた様な表情になる男に詩乃が大丈夫です、と“響月”に口付け、龍笛を奏でながら、敬輔の指示に従う様にと静かに首肯しその背を押した。
(「どうか私達の願いを聞いて下さい……!」)
 聖女達に奴隷の様に従属させられた人々と、何処か項垂れている人々……そして、聖女達の魂と精神にこの歌が届きますように、との祈りを籠めて。


 ――少し、時は遡る。
「この住民は、かつてこいつらに何を……」
 空から火の手の上がっている複数箇所に向かって飛翔を続けるメフィスがその禍々しき骨の様な翼を羽ばたかせながら、誰に共無く呟く。
 と、不意に『あの』光景が、フラッシュバックの様に脳裏に過ぎった。
 それは、先の銀狼の紋章を右肩に刻み込まれた聖女から写し取り、自らの『飢餓』によって戦場全体に見せつけられた、彼女の『記憶』
「……メフィス」
『彼女』達が受けた数々の酷い仕打ちと残虐な光景を思い出しながら、何処か呻く様にメフィスの手を握っていた統哉が宥める様に呟く。
 自分の手を握りしめる様にしている統哉の手から伝わってくる微細な震えにメフィスがそっと溜息を一つ漏らす。
「そうね。そんな事はどうでも良いわね」
「……そんな事、か」
 打てば響く様なメフィスの呟きに、統哉が顔に苦渋を浮かべ、情報収集のために左手で操作していた黒にゃんこ携帯に、縋る様に強く握りしめた。
「……祖先の罪を忘れないことは良いと思うのです。その上で、祖先が報復を受けるのであれば仕方ないのかも知れません、とも」
 祈る様にしている統哉が背負う重苦しい空気を鋭敏な感覚で感じ取った望が、何処か宥める様な口調で訥々とそう語っている。
「ですが、それは……」
 そう、望が呟いたその時。
「見つけたわ! あそこよ!」
 メフィスが鋭い声を張り上げ、そこに向けてタール状の粘液……自らの全身を駆け巡る『肉』を求める飢餓の衝動そのものと共に、統哉を地面へと投げ落とした。
 メフィスが見つけたのは、広場に集まっている十数人の子供達が身を寄せ合い、その周囲を自らの唇を嚙みきり、流血している聖女達が囲うその姿。
 怯えて身を寄せ合っている子供達のリーダーなのだろうか。
 一人の少年が、何処か諦念を感じさせる眼差しで目前に迫る聖女達と、その更に向こう側で上がっている火の手をぼんやりと見つめているのが印象的だ。
「正しき者が無慈悲に裁かれ、酷い最期を遂げる哀しく愚かなこの世界を、正しき世界に戻す為に、私達と共に参りましょう、子供達。あなた達は、私達と同じ罪人ではありますが、あなた達の罪は私達が代わりに担い、そしてその罪を浄化させて見せましょう。……何も知らずに生きるという深き罪を」
 流血する聖女達の祈りと共に、少年の目から光が消えかけたその時だった。
「させるものか!」
 統哉が大上段に構えた漆黒の大鎌『宵』の刃先に乗った銀光を、銀の鎌閃として振り抜き、聖女達の邪心を切り裂き。
「彼女達の言う罪は、あなた達の罪ではありません。だから、あなた達が贖う必要は何処にも無いのですよ」
 そう告げて、銀の鈴を鳴らしながら、3拍子を望が振るい始めたのは。
 振るわれた白き共達・アマービレがリンリン、と鈴を鳴らし、滑らかな曲線を描く度に姿を現すのは、無数の白猫の軍勢と、多数の猟兵を模した無数の影の猟兵達。
 剣と盾で武装した一部の猟兵達がその背の影の双翼を羽ばたかせながら、望に対するあらゆる攻撃に抗じる様に四方八方を囲む様に彼女の周囲を飛び、更に統哉が降り立った場所に居た子供達を取り囲む様に姿を現した魔法の白猫達が、純白のアネモネ模様の描かれた紅の結界を張り巡らせ、聖女達が従順な奴隷に仕立て上げようとしていた子供達の瞳に光を灯らせる。
「あっ、ねこちゃんだ!」
「うわあ、真っ白~! 可愛い、可愛いなぁ!」
 ワイワイと華やいだ声を上げる子供達の歓声を聞き、そっとその小さな胸を撫で下ろす様にしている望。
 一方聖女達はその邪心を断ち切られその身を傾がせ、忌々しげに顔を歪めていた。
「まだ、抵抗する者達がいたというのですか? 何故、あなた達は私達と戦うのです? 戦えばそれはあなた達が重ね続けてきた『罪』を更に重ね、神の裁きを受けることになると言うのに」 
 ――バチンッ。
 聖女達の背後で、火が弾ける音が耳に入った。
「ですが、その罪もまた私達の魂を神に捧げた祈りによって浄化致しましょう。そう、その罪を共に贖う同士として、私達が」
 そう呟き。
 聖女達が自らの胸に爪を突き立て、抉る様に掻き毟った。
 血飛沫が宙を舞い、其れが自らの体に降り掛かってくるのにも動揺した様子を見せずに、祈りを捧げる聖女達。
 望の呼び出した白猫達と戯れ、活気を取り戻していた筈の子供達が、聖女の凄惨なる祈りを思わず目の辺りにしようとするが……。
「其れを見てはダメ。耳も貸しちゃダメよ!」
 上空から戦況を睥睨していたメフィスが統哉と共に地上に落としたタール状の飢餓がまるで泡の様に子供達を包み込み、その見るも無惨な光景を見せぬようにさせながら叫んでいる。
「罰だろうとなんだろうと、過去の罪が今生きてるアンタ達……ましてや子供に牙を剥けて来るなんて、そんなのは筋違いよ! そいつらは理性を失ったアンタ達の生活を脅かす敵! だから、気をしっかり持って逃げて!」
 口から溢れ出た懸命の叫び。
 自らの飢餓を通して自分の口から漏れ出たその言の葉に、メフィスの心の裡に潜む激しい飢餓の衝動が、自嘲する様に酷薄な笑みを浮かべる。
 ――ドクン。
 全身を縛り上げる様に絡めた自らのベルトが、狂騒的なその衝動に激しく鳴動し、メフィスの心の奥底から湧き上がってきたその嘲笑する様な衝動を抑え込むのを感じながら。
 その間に、望の呼び出した影の猟兵達……その手に裁きの杭を持つ者達……が、聖女達の胸にその杭を突き立て、串刺しにして、聖女達を縫い止めた。
「がぁっ……!?」
「さあ、今の内に逃げて下さい。統哉さん! その子達に指示を!」
 縫い止められた聖女達の口からゴボリ、と血の泡が吹きだしそのまま息遣いが消えていくのを、聴覚で捕らえた望が統哉に呼びかける。
 ギリリッ、と統哉が唇を噛み締めながらも、後ろでメフィスの飢餓のタールに包み込まれた子供達を見やり、分かった、と小さく首肯した。
(「このままこの子達を守りながら戦い続けていても……」)
 ――真実を伝えるのは、難しい。
 如何に聖女達の攻撃に明確な殺意は無かろうとも。
 それによって操られてしまいかねない人々をそのまま放置しておくわけには統哉には如何しても出来なかった。
 と、此処で。
 まるで、電波を受信するかの様に、黒にゃんこ携帯がブルリ、と震える。
 どうやら、この子供達を避難させることの出来るらしき場所を探り当てた様だ。
 急いで携帯を確認すると、そこに映し出されたのは……。
「なあ、君」
「……えっ?」
 統哉が、先程まで諦念の表情を浮かべていた少年の方へと視線をやると、少年が微かに瞬きをしながら我に返った様に統哉を見やる。
 その視線を真っ直ぐに受け止めながら、統哉が携帯の画像に表示された一枚の写真……近くに墓場のあるその教会を見せつけた。
「この教会が何処にあるか、分かるかい?」
「……罪鎮めの……教会……?」
 ポツリ、と呻く様に呟く少年に統哉が思わず彼の肩を揺さぶった。
「分かるんだな!?」
 統哉の叫びに、少年が目を丸くしつつも、コクリと首を縦に振り、その方向へと指を差す。
 そして……其方には確かに、火の手が回っている様子も、聖女達が向かっている様子も見えなかった。
(「だとすれば……」)
 まるで、水を得た魚の様に。
 自分の中でもやもやと凍り付いていた其れがゆっくりと融解されていく様なそんな感覚と奇妙な安堵、そして一種の確信を得たところで。
 邪心を斬られ、杭を打ち込まれ、呻いている聖女達を見ながら踵を返した統哉が子供達の案内を受けて、罪鎮めの教会へと移動する。
 その様子を空から見送ったメフィスと望は互いに顔を見合わせて一つ頷き、散開して、人々の救助活動の範囲を広げ、確実に人々を救出していった。


「皆、頑張れ! あそこまで辿り着ければ、もう大丈夫だ!」
 クロネコ刺繍入りの緋色の結界を周囲に張り巡らし、舞い散る火の粉などから、子供達を守りながら。
 そう激励する統哉にタールに包み込まれ、白猫の群れに守られた少年達は、皆、何処か一様に浮かない表情を向けていた。
「なあ……」
 其れまで黙々と統哉の隣を走っていた少年が、躊躇いながらも統哉に呼びかける。
「どうした?」
 その、少年の呼びかけに。
 無視できぬ声音を感じ取り、統哉が隣を走る少年と、後ろから付いてきている子供達を見やり……思わず左手で、自らの心臓の辺りを抑えた。
 ――白猫に癒され、その精神を通常の状態に戻された子供達の瞳に……恨みこそしないが、統哉達を責める様な光が宿っているのを認めたから。
「何でアンタ達は……僕達を助けたんだ?」
 そんな、子供達の心情を代弁するかの様に。
 思い切った様子で、少年が統哉に詰る口調で問いかけた。
「あの人達は、僕達の先祖の『罪』の証だ。さっき一緒に居た女の子達は、『僕達が罪を背負う必要なんて無い。あの人達は敵よ』と言っていたけれど……そもそも、その『敵』を作った原因は……」
「君達の先祖にある。だから彼女達に殺されても仕方ない……そう思ったのかい?」
 何処か厳かに、粛々と。
 まるで死神が持つかの様な漆黒の大鎌を肩に担ぎ、周囲への警戒を怠らぬままに問いかけた統哉に、そうだ、と少年は頷いた。
「少なくとも、僕達のご先祖様は、あの人達に借りも恩もある。でも、僕達のご先祖様達は、そんなあの人達の事を裏切った。その事実は決して変わらない。だから、僕達は……」
「『魂鎮めの教会』を建築し、そして彼女達に与えた死を償うべく子守歌として、鎮魂曲(レクイエム)を代々語り続けている。……そうなんじゃないのか?」
 その、統哉の問いかけに。
 少年はばつが悪そうな表情になり、思わずぷいっ、と顔を統哉から背けた。
 後ろから付いてきていた子供達も顔を見合わせて……何処か居心地が悪そうな表情で互いに目配せをしあっている。
 その様子を見て取りながら、統哉がポツリと呟いた。
「今、この村を襲っている聖女達のリーダーは、骸の海へと還ったよ」
 その、統哉の呼びかけに。
 漆黒の眼差しを大きく見開き、少年がえっ、と小さな声を漏らした。
「どういう……事?」
「君達の鎮魂の歌……魂の救済を願う皆の想いを受け止めて、あの聖女は、眠る様に、穏やかに骸の海へと還っていったんだ」
「……本当に?」
 後ろを走っていた榛色の瞳の少女が、信じられないという表情で統哉に問いかける。
 その少女の問いかけに、統哉がああ、と頷いた。
「本当だ。そうじゃなきゃ俺達は、君達を救うために此処に来る事なんて出来なかった」
 呟き、無限の氷塊に覆い尽くされる様になっているこの都市の中で、白い息を吐きながら、統哉が空を見上げる。
 そこでは、メフィスが虱潰しに人々を見つけては滑空して地上に降りていき、また上って周囲を巡回する様子と、望が、共達・アマービレと共に、白猫達と自らの影から生み出される猟兵達への采配を振い、人々を守り、時に聖女の言葉に飲み込まれ自意識を失った人々を癒し……と、其々に最善を尽くす姿を見ることが出来た。
「メフィスと、望だけじゃない。此処には俺の戦友達も来て、少しでも皆が逃げやすくなるために囮になってくれている」
 ――ヒュルルル~! ヒュルルルルル~!
 そんな、統哉の言葉に合わせる様に、都市の一角で、天から注ぎ込まれた陽光の如き光が舞う様に差し込み、同時に猛々しく、荘厳な音の羅列が響き渡っている。
 それは、詩乃が自らの『神』の力を以て生み出した光と音の演舞(Dancing)
 荒れ狂う嵐にも、人々の心を温める暖かな太陽にも感じられるそれは、奏者である詩乃の姿を、くっきりと統哉の脳裏に思い起こさせてくれた。
「君達が、彼女達の魂の救済を願ったのと同じ様に。あいつら……敬輔達も、君達を救いたい、その願いを抱いて戦っている。そんな皆の思いを、そして願いを……俺は、君達に無駄にして欲しくなんてないんだ」
 今、話すべき事は一通り語り終えた、と言う様に。
 微苦笑を零しながら、重く息を吐く統哉の様子を横目に捕らえた少年が、小さく分かった、と首肯を一つ。
「それならば、尚更僕達は行かなくちゃいけない。あの……『罪鎮めの教会』に」
 そう告げた少年に頷いて。
 統哉が、聖女達を引き付けている敬輔のスマートフォンへ、その『罪鎮めの教会』 ……聖女達から最も安全になれるであろう、その場所を示すデータを躊躇いなく送り出すのであった。


 ――ヒュルルル~! ヒュルルルルル~!
 詩乃の奏でる『響月』が、全てを浄化する光と音の舞を奏でる。
(「貴女達の悲しみを、無念を、私は決して忘れません。だから、どうか安らかに眠って下さい……!」)
 それは、『神』に仕える『聖女』達に、神の代理として、自らもまた神であるが故に伝えることの出来る祈りと願いの込められた歌。
 籠められた其れに怯む様子を見せる聖女達に向けて、敬輔が横薙ぎに黒剣を振るう。
(「あの人達は、無事に逃げられたか?」)
 先程、自分達と会話をした男性……聖女の支配下に置かれようとしていた彼等……の事がチラリと脳裏を過ぎるが、程なくして其の懸念は、ニャー、ニャーと言う無数の白猫たちの鳴き声の前に掠れて消えた。
「……あなた方を止めることが出来ない私達」
 敬輔の斬撃を受け、崩れ落ちた仲間の聖女を見つめながら。
 悲壮な決意を浮かべて、聖女達の内の一人が訥々とそう語る。
 ポロポロとその瞳から、白い水滴が零れ落ちていた。
「あなた達に殺されている私達は、正しく『罪人』です。受けるべき贖罪を受け入れさせることも出来ず、ただただ、無力にあなた方に徒に命を費やさせる……そんな私達が『罪』を犯していない、等と果たして誰に言えるのでしょうか?」
 それは、聖女達の口から紡がれた、自らの罪を……過ちを認める言葉。
 即ち、その場に居る全ての人々の心の奥底に眠る根源的な『何か』を呼び起こさせる、『人は皆生まれながらにして罪人である』とでも言うべき、原初の言葉。
 けれども……。
「今更、罪状自慢ですか? そんなの、ただの悪ぶりたい不良と変わりませんよ」
 周囲に呼び出した巨大な氷塊の一部をくりぬいて、氷の砲弾へと変化させたウィリアムが冷然とそう告げて、その言葉を紡いだ『聖女』を撃ち抜いた。
 一方、その呼びかけを聞いた敬輔は、不意にその右肩に、凄まじい灼熱感と全身を弄る様な悪寒に襲われ、鋭い目眩を感じて一瞬その場に仰け反っていた。
(「くそっ……これは……」)
 もう、マリーはこの手で滅ぼした。
 けれども彼女が掛けた呪詛による呪縛が、聖女の声を受け止めて、まるでその言葉に屈する事こそ最善だと言わんばかりの衝撃を敬輔の全身に与えている。
 そう……故郷の仇であり、滅ぼすより前には、とある地を支配していた『領主』である彼女の呪詛がその言葉に感銘し……過剰な共鳴を起こしているのだ。
「……なめるなっ……オブリビオン……もう、貴様等の様に過去の存在と化した奴等の言葉を、貴様等の贖罪を俺達が聞き入れる理由なんて無い……!」
 鋭い叫びと共に全身を纏う白き靄を解放し、鋭い刺突の衝撃波と化させて纏めて聖女達を貫く敬輔。
 その敬輔の刃に呼応する様に、詩乃の聖女達の恨みを祓い清める願いの込められた光が解き放たれ聖女達を貫くが、それでも尚、聖女達は倒れる様子を見せていなかった。
(「まだ、何か足りないというのですか……!?」)
 ひゅっ、と詩乃が息継ぎをしたその瞬間。
「何故、私達と戦う必要があるのですか? 私達は、只、あなた達の罪を共に背負い、手を取ってその罪を共に贖っていきましょう……そう申しているだけだというのに」
 聖女の一人がこれまで聞いた事が無いほどに、穏やかな口調でそう告げた。
 敵意の欠片も無いそれが、聖女達が経験した、凄惨な記憶の奔流を、詩乃に全力で叩き付けてくる。
「っ!!」
 思わず息を呑みながら、自らの周囲を浮遊するヒヒイロカネ製の天耀鏡を掲げて、その凄惨な記憶に飲み込まれまいと踏ん張る詩乃。
 それでも尚、怒濤の様に流れ込んでくる凄惨な虐殺の記憶が……戦意を抹消させる贖罪の嘆きへと変化を遂げ、彼女の曲を雲散霧消させようとした、その刹那。
「遅くなりましたが、人々の避難は、無事に完了しました」
 空中を舞う天使の様に姿を現した望が上空からそう告げながら、共達・アマービレを振るって、鈴を鳴らし、影の猟兵達を呼び出して、その聖女に向けて一斉攻撃を仕掛けて足を止め。
「お前達は、ここで終わりだよ」
 漆黒の骨の翼を開いたメフィスが、その飢牙を影の猟兵に貫かれた聖女に突き立て、その聖女の喉笛を引き裂いた。
 肉から滴り落ちる血をそのまま嚥下し、飽きるほどの飢えの衝動に苛まれていたその体が歓喜の声を上げて、その血で飢餓を潤していく。
「望さん、メフィスさん!」
 すかさず前傾姿勢になって聖女の一体の懐に飛び込み、ルーンソード『スプラッシュ』を居合いの要領で抜き放ちながら、左脇腹から右肩を切り上げ凍てつかせ、その場に朽ちさせたウィリアムの呼びかけに、メフィスが軽く会釈をし、望が、ピシッ、とある一点に向けて振るのを止めた純白のタクトを突き出した。
「望?」
 その様子を見て敬輔が怪訝そうに尋ねると、望は皆様と、静かに言葉を紡いだ。
 目隠しで視界を完全に閉ざしたオラトリオの幼子が、その強化された聴覚で、確かに其れを聞き取りながら。
「どうやら、準備が出来たようです。どうか、ご静聴下さいませ」
 そう、ぴょこん、と空中で優雅に一礼をした望の応えに合わせる様に。
 最初の戦いの時に紡がれていた歌が、彼方より再び聞こえてくる。
 暖かな橙色の淡い輝きを伴った……まるで風に靡く旗の様に薄暗い地下の闇を照らす松明の様な軌跡と共に。


(「今度は、彼女達の番だ」)
 先程の少年と、敬輔達が逃がしてきた男、メフィスや望が救い出し守った人々にそう告げた時の事が、もう、何時間も前の事の様に、松明の軌跡の主たる統哉には思えていた。
(「皆の声で、思いで奇跡を起こそう、何度でも」)
 それは願いであり、祈りであり、人々の体だけでは無い……心を救済する最善。
 そう信じて、統哉は粘り強い説得を、都市の人々に続けていた。
 仲間達が力尽きる前に。
 聖女達が、また新たな罪を重ねる前に。
 鍵となったのは、最初に救った子供達。
 あの子達を感情的に説き伏せることが出来たのは大きかった。
 だから、統哉の提案は。
 今度は皆で鎮魂曲(レクイエム)……否、彼女達の祖国に代々伝わり、そして、この地に人々が移住してからも紡がれた子守歌を、彼女達に聞かせようという其れは人々に歓迎された。
 故に都市の人々は、紡がれてきた其れを歌う。
 彼等に代々受け継がれてきた……その『罪』を償うその歌を。


「こ……この歌は……」
 その歌が聞こえて来るや否や、聖女達は目に見える程に動揺していた。
 先程までの泰然たる態度などまるで忘れてしまったかの様に、オロオロと互いに互いを見やっている。
 それは、この終わりなき戦いの中で作られた、『聖女』達の大きな隙。
 故に……。
 ――ヒュルルルルル~! ヒュルルルルル~!
 詩乃は喉もかれよとばかりに、ありったけの神力を注ぎ込んで『響月』の演舞を奏でる。
 市民の歌う聖女達を包み込む極光と、彼女達を安らかに眠らせる子守歌に合わせる様に。
(「この曲は、貴女達の葬送の調べ。音に包まれてどうか安らかにお眠り下さい」)
 ありったけのその想いが詰め込まれた響月の演奏は、奏者である詩乃の意志をダイレクトに聖女達へと伝え、その精神と魂を容赦なく……『赦す』
「あなた方は此処で討滅します。もうこれ以上、咎を増やす前に……今度こそ、骸の海へお帰り下さい」
 紡がれる鎮魂曲と詩乃の演奏の合奏曲にきつく唇を噛み締めながら。
 戦場全体を包み込むほどの無限の氷塊を生み出したウィリアムがそれらの氷の精霊達の魔力を『スプラッシュ』に掻き集めて、薙ぎ払う様に一閃する。
「Icicle……Tempest!!!!!」
 叫びと共に『スプラッシュ』に呼応した無限の氷塊達が氷の暴風雨と化して、『聖女』達を魂事凍てつかせ。
「ねこさん、皆さん、後を宜しくお願いします!」
 祈る様に純白のタクトを振るい、リンリン、と音を立てた望の其れに従った白猫の軍勢が一斉に唱和して、詩乃が呼び出した浄化の光とウィリアムの呼び出した氷の暴風雨を一際強める魔力を解放し、聖女達を包み込ませた。
 そこに……。
「貴様等の戦いも、これまでの様だな……!」
 敬輔が白き斬撃の衝撃波を嵐の様に連射して、叩き付ける様に氷像と化した聖女達を打ち砕き。
「さっさと終わらせてやる!」
 メフィスが遂に解放した自らの血糊……極めて強烈な毒性を抱いた血霧を生成して聖女達を包み込み、その毒性で凍てついた体を……肉体を内側から崩壊させていく。
 砕け、崩れ落ちていく彼女達に向けて。
「奇跡は起きる。何度でも……」
 その願いと祈りを籠めた、統哉の橙の淡い輝きが崩れ癒されていく聖女達の魂に残り続けるであろう遺恨を……憎悪と怨念を、すっぱりと断ち切っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『常闇の葬歌』

POW   :    自分も歌う

SPD   :    楽器を奏でる

WIZ   :    耳を傾ける

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
プレイング受付期間:10月1日(木)8時31分以降~10月3日(土)13:00頃迄。
リプレイ執筆期間:10月3日(土)14:00以降~10月4日(土)一杯迄。
何卒、宜しくお願い申し上げます*
 ――旋律が、戦場全体を包み込む。
 自らの先祖達の『罪』を贖うため、その時の事を忘れぬ様にとの願いの込められた、古来よりこの地に伝わる子守歌が。
 かの『聖女』達は、その存在を抹消され、今は静かに眠りについている。
 その切っ掛けを生み出したこの鎮魂曲(レクイエム)……子守歌に、揺られながら。
「……終わったのか?」
 外の戦いの音が不意に止んだのに気がついた男が歌を歌うのを止め、教会からそっと顔を覗かせた。
 けれども、嘗ての姿は見る影も無い。
 自分達で育てた畑は激しい戦いの影響で枯れ果て、また食料庫も最初に上がった火に巻き込まれて焼け野原と化している。
「食糧が無ければ、私達は生きていけない……」
 愕然とする男の様子を不審に思った女性がそっとその横から顔を出し、その状況を見て取るや否や、悲嘆に暮れた嘆きを呟いていた。
 少年達は、歌を歌うことを止めていない。
 歌い続けることこそが、あの聖女達を救うことの出来る唯一の手段だと、信じているかの様に。
 そんな教会の方へと戦いを終えた猟兵達は足を向ける。
 そして、生き残った彼等に対して、猟兵達が取った行動は……。
※MS追記:上記能力依存の行動以外に、OPで説明されている様な、別の行動を取る事も可能です。
こちらを選択する場合、プレイングの最初にDと記入して頂けますよう、お願い申し上げます。
七那原・望
彼らは……まだ歌っているのですね。
既に聖女達は骸の海に帰りましたし、届くかどうかはわからない。
けれどそんな事は関係ないのでしょうね。彼女達を救いたいと望むその気持ちこそがきっと大事なのです。

あの……もし良かったらその子守歌、わたしに教えてくれませんか?
わたしも一緒に歌おうと思うのです。

あまり中断させると申し訳ないですし、【第六感】と【野性の勘】も駆使してなるべく早く歌を覚え、彼らと一緒に【祈り】を込めて【歌い】ましょう。
せめて聖女達の魂が救われますように。それ以上に、歌い続ける彼らが報われますように。

少年達が此処で歌うのをやめる瞬間まで、、しばらくの間はわたしもこの場で一緒に歌い続けましょう。


ウィリアム・バークリー
D

「優しさ」「礼儀作法」で市民の皆さんに接します。

皆さん、何とか無事でよかったです。
この後は、地上――この天井の更に上の世界に皆さんをお連れします。
そこには人類砦と呼ばれる、ヴァンパイアに抵抗する人々が集まっているんですよ。

今まで暮らしてきた場所を捨てるのは難しい決断だと分かっています。
特に、過去の『罪』まで捨てていくことになりはしないかと。
でも皆さんは他の土地からここまで、伝承を守ってきた。それならまた出来るはずです。
教会の碑石や銘板、説法書などの過去を伝えるものを、出来るだけ新天地に持っていくんです。
そしてこの場所は、新しく育った世代が成人する時に訪れる巡礼の聖地とするのはどうでしょうか?


メフィス・フェイスレス
【D】アドリブ歓迎

畑や食料庫に気を回す余裕はなかったわね
ただ、こういうのもなんだけど尻を叩く良い機会になるか

歌の心得はないので子守歌を歌う人達を邪魔しないように【闇に紛れ】て座って耳を傾ける
手持ち無沙汰になったし、静聴の合間に悲観している奴らに発破をかけに行く

折角生き残ったのに死にそうな顔してるんじゃないわよ
歌ってたのは贖罪の為だけじゃなくて、自分たちが生き残りたいが為でもだったんでしょ
アンタ達を受け入れてくれる伝手はある、地上の『人類砦』にね

不安ならそこまで私がUCを使って足になってあげてもいいわ
…そんな不安そうな顔しないでよ
捕食するような絵面にはなるけど、取って喰おうなんて思ってないから


大町・詩乃
【SPD】
街の人々が未来を向いて進める様にしたいです。

まずは人々の心に寄り添いましょう。
龍笛(響月)を取り出し、楽器演奏で鎮魂歌に合わせて吹奏し、人々と共に聖女達の鎮魂を祈ります。

鎮魂歌が終われば、他の猟兵さん達と一緒に、地上への移動を説得。

贖罪の為にこの地に留まろうとする人もいるでしょう。
特に歌い続けた少年達は…。

なので「先祖の罪を償う為、貴方達や先人達は贖罪を続けてきました。私はもう充分だと思いますが、貴方達はそう思えないかもしれません。
もし聖女達に償いたい、報いたいと思われるのでしたら、地上で同じ様な悲劇が起こらないよう、貴方達の知識と生き方を地上の人々に伝えて下さい。」とお願いします。


館野・敬輔

アドリブ、フリーウインド同行可

これでは、畑や食糧庫の修復より先に皆飢えてしまうぞ
だから、素直に地上の存在と受け入れ先があることを話し
地上に出るよう勧めよう
この都市よりは広いよな?

とはいっても、俺はあまり前に出る気はない
皆を集めて話す人がいたら任せる
俺にとっては見えぬ形で支配していたオブリビオンを滅ぼしただけ
復讐者は静かに立ち去るさ

過去に起こった魔女狩りに対する贖罪の想いにつけ込み
自らの手で家屋を破壊させることで新たな罪を被せ
罪人、ないしは罪人の子孫であると未来永劫縛り付ける
今でこそ支配の口実だが
最初は復讐だった…それは否定しない

…俺の復讐の旅はまだ続くが
その終わりは、見えているのだろうか


文月・統哉
D
少年達にお礼と話を

歌も教わる
エリスもどう?
得意じゃないけど
想いは共に

皆が歌ってくれたから
彼女達の苦痛を終わらせる事が出来たんだ
ありがとう

盟主の聖女には紋章があった
彼女の背後にはそれを刻んだ吸血鬼がいる
もしかしたら聖女達は
抵抗させない事で無力な人々を護ろうとしたのかもしれないね
オブリビオンの力では破滅の道しか示せなかったけど
闇に堕ちても尚人々を救いたいと願ったのだとしたら

彼女達の為にもどうか
生きる事を諦めないで

隷属なんてしなくても
人は決して無力じゃない
闇の救済者
人類砦
地上にもまた闇に抗う仲間がいるんだ

君はこの世界をどう生きたい?
どんな世界にしていきたい?
未来への希望の灯は
君達自身の中にあるから




「彼等は……まだ、歌っているのですね」
 教会の方から綴られてくる、聖女達の盟主との戦いの時に奏でられたその歌声を、鋭敏化された聴覚で聞き取りながら。
 七那原・望がそっと囁きかける様に祈る様に紡いだ其れに、そっとブレスも兼ねて響月から唇を離した大町・詩乃が頷き軽く小首を傾げていた。
「あの人達は、これからもずっと、先祖の罪を償い続けるのでしょうか?」
 その藍色の瞳に憂いの波が漂っている事に気が付いたメフィス・フェイスレスが、ゆっくりと周囲を見回し、荒れ果てた畑や先程火の手が上がり、既に燃え尽きて焼け野原と化していた恐らく食糧を備蓄していたのであろう倉庫の様子の姿を認め、そっと一つ息を漏らし、軽く目頭を解していた。
「流石に畑や食料庫に気を回す余裕は無かったわね。まあ……人命救助が第一だったのだから、仕方の無い事かしら」
 続けてぐい、と口についた血を腕で拭き取りながら呟くと、其れに相槌を打ちつつ、軽く目を細めた館野・敬輔が静かに頭を横に振る。
「それにしてもこの惨状か……これでは、畑や食料庫の修復より先に、皆が飢えてしまうな」
「そうですね。それでは、此処まで戦ってきた意味が無くなってしまいます」
 その敬輔の呟きに、冷静にそう返したのはウィリアム・バークリー。
 瞼を閉ざして、聖女達の魂を鎮める鎮魂曲……子守歌に耳を傾けながら敬輔達を誘導する様に教会へと足を進めていた文月・統哉が、それなら、と自分の左隣を歩いていたエリス・フリーウインドへと目を向ける。
「礼を述べた後、彼等を新天地に行かせてやればいいだろうと思っているんだが、エリスは其れで構わないか?」
 統哉のその問いかけに同行を依頼されたエリスが構いませぬ、と小さく頷いた。
「伝手……アクアマリン、と言う名のその人類砦には、難民の受け入れも兼ねて既に渡りを付けさせて頂いております。この都市の住民達を受け入れて頂く分には支障ございませぬ」
「人類砦、アクアマリン……?」
 その、エリスの呟きに。
 敬輔が束の間、顎に軽く手を置いて考え込んでいたが、ああ、と何かに気がついたかの様にポツリと言葉を漏らしていた。
「あの海底都市を守る様に作られた、あの砦か……?」
 その敬輔の呟きに、然様でございます、と軽く首肯を返すエリス。
 合点がいきました、と言う様にウィリアムが軽く頷き返している内に統哉があそこだ、と辿り着いた教会を指差した。
 ――贖罪の子守歌を少年達が歌いつづけ、扉の向こうからこっそりと姿を現した男と女が、都市の惨状を見て悲嘆にくれた表情を見せているその場所に。


「皆さん、何とか無事で良かったです」
 姿を現していた男が、先の戦いで自分達が守り抜いた農夫である事に気がつき、ウィリアムが静かに一礼する。
 自分に一礼をしてきたウィリアムが自分達の命の恩人である事に気がついたのか、男がそっと胸を撫で下ろす。
「アンタ達も無事だったのか……良かった」
 悪意の無い口調で呟く彼と異なり、隣から顔を覗かせていた女は、命を助けられたことに対しては感謝するが、食糧が一切無くなってしまったことに対する悲嘆もあってか、複雑な表情を浮かべていた。
 そんな、中で。
 教会の中から聞こえてくる子守歌に耳を澄ませていた詩乃が、ふと、何かに思い至ったかの様に胸中で小さく呟いている。
(「鎮魂曲……子守歌、と聞いていますが、これはまるで、生命が生まれ落ちた水のせせらぎを思わせる様な……そんな歌ですね」)
 それならば、と、先程から手に持ったままであった漆と黄金の見事な装飾の施された龍笛『響月』を取り出し、子守歌に合わせて吹奏しようとしたその矢先に。
「あの……もし良かったらその子守歌、わたしに教えてくれませんか?」
 望のおずおずとした、幼さの多分に交えられた呼びかけが、少年達と詩乃の鼓膜を軽く叩いた。
 其れまで歌う事に集中し続けていた少年達による合唱団がその望の呼びかけに気がつき、つと歌を止めて望と、その望の呼びかけに同意の表情を見せていた統哉へと視線を向けた。
「この歌を?」
 少年の問いかけに極自然な笑顔を作った統哉がああ、と頷き返していた。
「皆の歌のお陰で、彼女達の苦痛を終わらせることが出来たんだ、ありがとう。それで、この機会にその君達の歌を、俺達にも教えて欲しいんだ」
「なのですー。わたしも、皆さんと一緒に歌いたいのですー」
 統哉と望の思わぬ申し出に困惑の表情を露わに互いに互いの顔を見合わせる子供達。
 その子供達の様子を、何処か他人事の様に敬輔は見つめている。
(「この子達の先祖が犯した魔女狩りの罪。その贖罪の想いに付け込み自らの手で家屋を破壊させ、新たな罪を被せる、か……」)
 オブリビオン化した彼女達の愚行は、子供達の先祖のした所業に勝るとも劣らぬ『業』
 けれどもその始まりは、子供達の祖先への復讐だった。
(「其れを否定する事は……俺にはとても出来ないな。先祖の犯した罪に報いるべく、この様に鎮魂曲を歌い続ける彼等の事も……」)
 悩む様にヒソヒソと相談し、程なくしてうん、と首を縦に振り望と統哉、そして統哉に誘われて承知致しました、と軽く頷きを返したエリス達に歌を教える少年達の姿を見やりながら、ふと、敬輔の脳裏にそんな考えが過ぎっていく。
「何を考えているの?」
 そんな敬輔の姿を認めたのだろう。
 不意にポン、と軽く肩を叩かれた敬輔が其方を見やれば、メフィスがそんな敬輔の深淵を覗き込むかの様に、金の瞳で見つめていた。
 敬輔が其れに軽く息を吐き、頭を振る。
「大した事じゃ無い」
「そう。まあ、こいつらを喰らうとかそんな事をアンタが考えているんじゃ無ければ、私は別に何でも良いんだけれど」
 さらりと空恐ろしくなる事を切りつける様に告げるメフィスのそれに、一瞬鼻白んだ敬輔だったが、動揺を頭を横に振って払い、そのまま詩乃達の方へと視線を移す。
「メフィス。アンタは統哉達の輪に入らないのか?」
 さりげなく水を向ける敬輔に軽くメフィスが肩を竦めた。
「私には歌の心得なんてないからね。精々聞く側ってところかしら? 丁度アイツらに尻を叩く良い機会にもなりそうだしね」
 そうメフィスが顎で指したのは、ウィリアムと男女の間にも、少年達の輪の中にも入れず、所在なさげにしている都市の人々。
 メフィスの歯に衣着せぬ物言いに、思わず、と言った様に敬輔が溜息を吐いた。
「まあ、この都市の人々をこのままにしてはおけないだろうが」
 やむを得ず、と言った様に敬輔がメフィスにそう答えたところで。
「教えてくれてありがとうなのですー」
 それは意識的にか、無意識にか。
 望の邪気の無い明るいお礼の言葉が敬輔達の耳に届き。
 それに少年が頷いて、音頭を取り。
 その少年の音頭に合わせて、少年達に混ざった望と統哉、そしてエリスが子守歌を歌い始める。

 ――詩乃の響月の吹奏を、伴奏に変えて。


 ――ヒュルリ~、ヒュルルルルルル~!
 人の心に優しく寄り添う様な、柔和な龍笛の音色が、辺り一帯に響き渡る。
 生命が生まれ落ちた水のせせらぎを、それらの水を、穢れなき清水へと変える木々の偉大さ、巨大さを思わせるその歌を。
 世界を連ねていく筈の命を、数奇な運命へとねじ曲げられてしまった聖女達への歌を紡ぐ者達の、哀惜と鎮魂と言う名の想いに変えて。
『響月』を吹奏する詩乃に導かれる様に、粛々と歌い続ける少年達の輪に交じり、天使の様な歌声で歌う望は思う。
(「あの聖女達は、既に骸の海へと還りました」)
 自分達が還した、と言う方が正しいのかも知れないが。
 けれども其れは口に出さずに、拙いながらもそれを紡ぎ続ける望は今一度祈りと共に、胸中で共に歌う少年達に語りかけている。
(「あなた達のこの歌が、聖女達に届くのかどうかは正直なところ、分かりません。けれども、あなた達にとってそんな事は、関係ないのでしょうね」)
 視覚こそ閉ざされているものの、その分より研ぎ澄まされていた感覚を持つ望であればこそ、統哉が如何に苦心してこの少年達と人々を説得し、最初にそれに乗ったのがこの少年達であったのであろう事を想像するのは容易だった。
 けれども、其れは結局切っ掛けにしか過ぎなかったのだろう。
 彼等の中に根付いていた、あの聖女達を救いたいと熱望するその想いあればこそ、この歌は彼女達にも届いたのだろう、と心から思う。
 だから、今は。
 ……今だけは。
(「あの方達の魂が救われます様に。何よりも……」)
 ――今でも尚歌い続けている……そしてこれからも何かがあればまた歌い続けるのであろう、彼等の思いが報われます様に。
 ただ、それだけを純真に願う望の持つ紅の水晶、Laminas pro vobisが深紅の輝きを伴い望の全身を包んでいた神果・スピリチュアをが神官服へと変えていく。
 純白のアネモネの花模様が刻み込まれた其れを身に纏い歌を紡ぐ望の姿は、聖女達の魂の安息と救済を神々に願う天使の様に可憐で、同時に何処までも神聖な祈りを伴っている様だった。
 その聖女の如き姿をした望に微かに目をやり、詩乃の龍笛の音色に耳を傾け、自らもまたエリスと共に子守歌を歌いながら、統哉は思う。
(「あの盟主の聖女の肩には、銀狼の紋章があった」)
 それは、彼女の背後に其れを刻んだ吸血鬼がいる事の証左。
 それが誰なのかは分からないけれども、それでも、あの聖女はこの歌の揺籃に身を委ねて微睡み、静かに骸の海で眠りについた。
(「……だとすれば、あの聖女達は、もしかしたら」)
 その吸血鬼にこの都市の人々に絶対服従を強いらせ、無益な抵抗を行なわせないことで、彼等を守ろうとしたのかも知れないとさえ、統哉は思う。
(「でも、それでは……」)
 そこまで、統哉が考えたところで。
 最後の一小節が歌い終わり、詩乃が響月の音色をフェードアウトさせていく。
 その余韻に浸りながら、統哉は人々に語りかけているウィリアムとメフィスを見つめ、それから程なくして余韻を切って吹奏を終えた、詩乃の方へと、視線を移した。


 望達が少年達と共に歌い始めたのに気が付いたメフィスは、敬輔を巻き添えにして手近な教会に用意されていた椅子に腰掛け、気配を殺して鬼眼を瞑ってその歌に耳を傾けていた。
「……何故、俺も聴いているんだ?」
 自問自答の様に呟く敬輔だが、かと言ってその歌声そのものを振り切り、その場を後にするのも、何となく気が引けてしまう。
 タイミングが合わなかったというのもあるだろうが、或いは、少年達が望達と共に鎮魂曲を捧げている相手……あの聖女達が何故狂ってしまったのか、その起源に思う所があったからかも知れない。
 そうして、暫く音楽を堪能したところで。
 不意にメフィスが、瞑っていた鬼眼の内、片目を開いて自分と同様に歌を静聴している者達を仔細に観察し始めた。
 ただ、呆けた様子で子守歌を聴いている、悲嘆に暮れているだけの者達と、そんな彼等を説き伏せる術を思案する様に、顎に手を当て考え込む表情をしている様にも見えるウィリアムを。
(「そろそろ潮時かしらね」)
 胸中でそう結論づけたメフィスは、鎮魂曲の妨げにならぬ様、極夜を奔るに施された消音魔法を駆使して足音を殺し、密かに絶望の表情を浮かべながら詩乃の奏でる響月と、統哉達の鎮魂曲に耳を傾けている都市民達へと近付いていく。
 敬輔はその様子を遠巻きに見つめながら、そっと無意識に自らの左肩から首の付け根に掛けて付いている傷痕に触れていた。
(「俺は、只の復讐者。それ以上でも、それ以下でもない」)
 ともあれ、もし、彼等がウィリアム達の話を聞かなければ、其れを補足する必要もある。
 であれば、都市民達が一定の結論を出すまでは、此処にいるべきであろう。
(「エリスが統哉と共に歌っているのであれば、尚更な」)
 涼やかなアルトで歌うエリスを見やり、軽く溜息を敬輔が吐いているその間に。
 メフィスは嘆息し、その場に呆然と佇んでいる十数人の男女の前に影の様に姿を現し、軽く眉を吊り上げた。
「折角生き残ったって言うのに、そんな死にそうな顔してるんじゃ無いわよ」
「何……っ!」
 そのメフィスの一言に。
 それまでただ教会の中に飾られたステンドグラスを虚ろな眼差しで見上げていた男が不意に頬を紅潮させ、その瞳を充血させ、メフィスを睨み付ける。
「お前達余所者に、俺達の何が分かるって言うんだ……! あの方達への贖罪の道も断たれ、蓄えの全ても失われてしまった俺達の何が……!」
 そのまま拳を振り上げメフィスに向かって振り下ろそうとするが、直ぐに握っていた拳から力が抜けたのか、腕をだらりと下ろし、そのままがっくりと項垂れる様にその場に座り込む男。
 清澄なる龍笛の音色と、少年達の歌が調和して、穏やかだが、何処かもの悲しさを感じさせる贖罪の祈りを籠めた歌が、悪戯好きの風の妖精の如く、緩やかにその場を通り過ぎていった。
 その歌に耳を傾けながら、両手を腰に当て、メフィスが軽く息を一つ漏らす。
「あの歌。さっきまで、アンタも歌っていたのよね?」
 そのメフィスの問いかけにも、虚脱した男は肩を縮こめたまま何も答えない。
 ただ、両手で顔を覆って、その場に蹲る様にした男に、同情を禁じ得なかったのだろうか彼の左脇にいた少女がそうよ、と代わりに頷いた。
「小父さんも、わたし達と一緒にさっきまでは歌っていたわ。でも……」
 そこまで告げた所で暗い表情で俯く少女。
 微かに目を上げて少女が見つめたのは、ウィリアムと共に此方へとやってきている教会の入口で途方に暮れていた男女……ではなく、その背後で開かれたままになっている扉と、その先に見え隠れする惨状。
 その惨状を見つめる少女の眼差しに光が宿っていないことを認めて、メフィスが小さく息を吐いた。
「まあ、アンタ達の言いたいことは分からなくは無いわ。食べ物が無ければ生きていけないものね」
 ――ドクン。
 何処か投げやり気味に同意の呟きを吐くメフィスの其れに呼応する様に、常に自らの身を苛む飢餓が、喉元まで競り上がってくる。
 其れは同時に目前の人の子を喰らえば良いのに、と囁くが、その囁きは、全身に巻かれた禁忌を戒むベルトがきつく、きつく締め上げていた。
 自分の中の病的なまでの飢えへの欲求を抑える様に軽く頭を振って振り払いながら、でも、とメフィスが言葉を紡ぐ。
「あの子達とは違って、アンタ達が歌っていたのは、贖罪の為だけじゃ無くて、自分達が生き残りたいが為でもあったんでしょ? そうでなければ、今でもあの子達みたいに歌っている筈だわ」
「それは……」
 メフィスが振り下ろした言葉という名の冷たい刃が突き刺さるかの様に男達は表情を強張らせ、思わず、と言った様子で大きく目を見開いた。
 そのタイミングを、まるで見計らっていたかの様に。
「皆さんが此処で、飢えて死なない様にする方法を、ぼく達は知っています」
 最初に現れた男女に根強い交渉を続けていたウィリアムが、迷う様な表情をしている男女を伴って、メフィスと彼等の会話に割り込む様に入ってきた。
「……えっ?」
 そのウィリアムの呼びかけに、驚いた様に目を見開いたのは、少女の後ろに控えていた女性。
 信じられないという様に軽く頭を横に振る女性の姿に、ウィリアムは仕方ないとばかりに溜息を一つついた。
(「当然ですよね。彼女達が知っているはずがありません」)
 自分達が救った農民でさえも、この事を告げたら同じ様な反応だったのだ。
 ましてや、間接的には救っているものの、直接の面識の無い自分の言葉を、信じてくれる筈が無い。
「ぼく達はこの後、地上――この天井の更に上の世界に、皆さんをお連れさせて頂きます」
「この天井の……更に上? それって、ご先祖様達の……」
 まるでイヤイヤをする様に首を横に振るその女性にはい、とウィリアムが頷いた。
「あなた達のご先祖様達の時代がどんな状態だったのか、正直ぼく達は分かりません。ですが、ぼく達は知っています。今、地上には人類砦と呼ばれる、ヴァンパイアに抵抗する人々が集まっている場所があると言う事を」
「人類……砦……」
 唖然とした表情の儘に呻く女性に、仕方ない、とばかりに敬輔が軽く補足した。
「俺達の知っているその砦は、少なくとも此処よりは広いし、海に面しているから食糧も豊富だ。アンタ達を受け入れる程度の余地はあるだろう」
「そう言うことよ。私達は、アンタ達に会うよりも先に、その受け入れ先になる伝手を用意していたって訳。だから、餓死なんて言う最悪の滅亡は免れられるわ」
 躊躇いがちに補足した敬輔の其れにメフィスが畳みかける様に頷きを一つ。
 ウィリアム達の言葉に両手で顔を覆っていた男が、ウィリアムの後ろから迷う様な表情をして付いてきた男を見上げた。
「お前は信じる気か、こいつらの話を。確かにこいつらは、俺達にとっては救世主だが……」
「ああ……私は信じても良い、と思っている。聖女様達の事も、そして私達の先祖が犯した罪の事も知り、聖女様達の魂が安らかに眠れる様に、と力を貸して下さった方達でもあるからな。ただ……」
 それ以上は、言葉にせず。
 ただ、口を緘して顔を俯けた彼と彼女の想いを察し、彼を見上げていた男もまた、再び顔を俯けた。
 ――鎮魂曲は、3番に入っている。
 詩乃の『響月』が3度目の、そして最後になるメロディを奏で始め、統哉と望とエリスの声の交ざった少年達の合唱もまた、終息へと向かい始めていた。
「アンタ達は、外の世界に出るのが不安なのかしら?」
 3番のフレーズを耳から耳へ聞き流す様にしながら何気ない様子でメフィスが問いかけると、男は隣にいた少女達を初めとした、メフィスとウィリアムを中心に集まっていた数十人の都市民達を見回している。
 その男の想いに同調する様に、都市民達は小さく呻く様に意味の無い呻きを呟いたり、隣の者とひそひそと囁き合う様に声を発し、その声が空気を震撼させる物理的な圧力を持っているかの様に彼等はざわざわと漣だっていた。
 ウィリアムがそんな彼等の様子を見て、そうですよね、と静かに首肯する。
「難しいことですよね。今まで暮らしてきたこの場所を捨てることは。何よりも……」
 独白する様にウィリアムが呟き、そのまま続けてその言葉を淡々と告げる。
 鎮魂曲の最後の1音が歌われ、Amen、と祈りの言葉が紡がれるとほぼ同時に。
「皆さんの過去の『罪』まで捨てていく事になりはしないだろうか、と」
 その言葉は少年達の最後の祈りの言葉と共に、パン、と泡が弾けた様な音と化して、都市民達の心に突き刺さった。
 自分達の心を言い当てられ、戸惑いざわめきを大きくする者、何も言えずに唇をきゅっ、と噛み締める者……多種多様な其々の反応に、『響月』を奏で終え、そっとそれから唇を離した詩乃が、藍色の瞳で彼等を見渡しつつ自らの左胸にそっと『響月』を持った右手を添えて。
「……皆さん」
 奇妙に透き通った声で、そう呼びかけた。
 詩乃のその呼びかけに、それまでウィリアムの指摘に言葉を失っていた都市民達が、何時の間にか『響月』の音色が聞こえなくなっていたことに気がつき、一斉に詩乃へと視線を向ける。
 急に注がれた視線に一瞬詩乃がビクリ、と身を震わせるが、ブレスも兼ねて深呼吸を一つして、そのまま訥々と諭す様に話し続けた。
「先祖の罪を償う為に、貴方達や先人達が贖罪を続けてきた事も、私達は知っています。そんな貴方達の思いが届き……」
 その、詩乃の言葉の続きを引き取る様に。
「……皆を救いたいと願った彼女達は、静かに眠りについたんだ」
 統哉が、何処か震える声音でそう告げて……それから、彼女達は……とそっとステンドグラスを仰ぐ。
 彼等の先祖達や彼女達が信仰していたのであろう、胸に赤子を抱いた母子像が描かれたそれを。
 統哉に釣られる様にして、少年達が後ろのステンドグラスを振り返る気配を、望は天使の様に柔らかい微笑みを浮かべて、優しく見守っていた。
「彼女達は、闇に堕ちても尚、皆を救いたい、と本当は願っていたんじゃないかな、と俺は思っている。だから皆の歌も届いたし、こうして皆生きている。……彼女達の為にも、皆が生きることを諦めてはいけないんだ」
 告げる統哉にそうですね、と詩乃が静かに頷き、その言葉の続きを引き取り話を続けた。
「聖女達が、もしそこまで願っていたのだとしたら、少なくとも私は、もう十分貴方達が、先祖の罪を償ったのではないか、と思います」
 その詩乃の呟きに、数十人の男……否、成人達ははっ、とした表情になる。
「勿論……そう思えない人達もいるとは思いますが」
 詩乃がそう告げたのは、痛々しいまでに実直な、先程まで望達と共に歌っていた少年達の視線を感じたからだろう。
 そんな少年達から送られる鋭い視線にその背を突き刺されながらも、尚揺るぎを見せない詩乃の姿を見て、敬輔がそっと息を一つ吐いた。
(「贖罪の歌を歌い続ける未来を担うべき子供達と、詩乃の説得を受けて、この地を捨て、新天地を目指すことを志す道を考え始めた大人達、か……」)
 その子供達の詩乃を責める様な視線が、復讐の意志を固めている自らの姿と重なり、敬輔は不意に息苦しい圧迫感を感じて、それを誤魔化す様に天井を見上げる。
 煌々と教会を照らし出す天井のシャンデリアに灯る蝋燭の明かりが、やけに眩しく感じられた。
「勿論、選択をするのは皆さんです。ですが、今、此処にいようと考え続ける事は、この子達の未来を断ってしまう事にも繋がってしまうのはありませんか? あなた達が伝承を信じて守り続けてきた伝統を、此処で途切れさせてしまう事になるのではありませんか?」
 少年達の前に出る様にして、歌う様にそう告げたのは、まるで神の御使いの如き姿をした望。
 その望の言葉に頷き、統哉が人は、と言葉を選ぶ様にしながら訥々と続けた。
「オブリビオンに隷属なんてしなくても、決して無力な存在なんかじゃない。地上にも、形こそ違うかも知れないけれど、過去の闇に抗う人々……仲間がいるんだ」
 統哉の言葉にその通りです、と静かに頷き、詩乃が両手で胸を押さえる様にして、少年達を含めた都市民達に懸命に訴えた。
「だから、もし貴方達が更に聖女達に償いたい、報いたいと思われるのでしたら、過去の闇に抗う人々の為にも、地上で同じ様な悲劇が起こらない様に、貴方達の知識と生き方を地上の人々に伝えて下さい! どうか……どうか……!」
 そのまま、ぺこりと深々と一礼する詩乃。
 それに合わせる様に統哉もまた、自然と都市民達に向けて頭を下げた。
 それまでざわめいていた都市民達が、そんな詩乃と統哉の姿に、不意に黙り込む。
 ――束の間の、静寂。
 その静寂を破ったのは……。
「一つだけ、教えてくれ」
 メフィスの前に蹲り、両手で顔を埋めていた男だった。
 彼の表情には、この都市を出ていく事に対する覚悟と未練……そして不安が漂っている。
 その表情に漂うそれに気が付き、どうしましたか? とウィリアムが続きを促すと彼は、ゆっくりと選び取る様に言葉を紡いだ。
「俺達が地上に出た場合、この都市はどうなる? それと……その砦まで、俺達は誰一人欠ける事無く、本当にたどり着けるのか?」
「親父……?!」
 その男の言葉に驚いた様に息を飲んだのは、最初に歌を紡ぎ始めた統哉達が救った少年。
 親父と呼ばれたその男は、けれども少年……実の息子の事を一旦頭から切り離し、目前のメフィスとウィリアムへと呼び掛けていた。
 その男の最初の問いに、そうですね、と答えたのはウィリアム。
「望さんが言う通り、皆さんは、他の土地から此処までずっと伝承を守ってきました。ならばそれを教会の碑石や銘板、説法書等の過去を伝えるものを、出来るだけ新天地に持っていければ、その伝承を子々孫々まで紡いでいく事が出来るでしょう」
 そこで軽く息をつき、その上で、と厳かにウィリアムが両手を広げながらこの地は、と言葉を続けた。
「新しく育った世代が成人する時に、訪れる巡礼の聖地とするのは如何でしょうか? これならば……」
「そうでございますね」
 ウィリアムの言葉を引き取る様にそれに頷いたのは、誰もが意外に思うであろうエリス。
「一度皆様が砦に辿り着くことが出来れば、後はその為の安全な道程を作り上げる事は不可能ではないかと存じ上げます。その為の道を整える事への協力は、私達にも不可能ではございませぬ」
「そうか。後は……」
「分かっているわよ、此処からその人類砦に行く迄の道程が不安ってことでしょ?」
 男の朴訥な疑問に確認する様に問いかけたのは、メフィス。
 メフィスの問いに頷いた男に頷き返し、メフィスはその右手で自らが身に纏っている『反旗を纏う』を捲って裏地を見せ、左人差し指でそれを指さした。
 大きな口がぱっくりと開いている、その裏地を。
「此処からならどう行けば良いのかは分かっている訳だから、アンタ達を運ぶために、私がこれを使って、護衛も兼ねて足になってあげるわ。これなら、アンタ達を安全に運んであげられるから」
「で、でも、その口……」
 そう呟いたのは、メフィスとウィリアムを見上げた男の傍にいた少女。
 くしゃりとその顔を歪めた少女に、メフィスが呆れた様に溜息をつき、宥めるような口調で囁いた。
「……そんな不安そうな顔しないでよ」
「だ、だって……」
 そういってぶるり、と身を震わせる少女の様子にメフィスが思わず苦笑を零し、まあね、と『反旗を纏う』を元に戻して肩を竦めた。
「捕食する様な絵面にはなるけれど、取って喰おうなんて思ってないわよ」
(「美味しそう……とは思わなくもないけれど、でも……」)
 その飢餓の衝動に負け、衝動の儘に人を喰らえば、自分はもうヒトではなくなってしまう。
 そんな禁忌を犯す気には、このベルトがある限りならないし、なれなかった。
 その砦に着くまでの安全及び、この地についての意義の説明が一通り終わったのを見て取った統哉が、皆、と都市民達へと呼び掛ける。
「皆は、この世界をどう生きたい? どんな世界にしていきたい? それについて考えて貰うためにも、今出来る事……地上へと出て、人類砦……闇の救済者達の待つその場所へと、俺達と一緒に来て欲しい」
 そう告げて。
 そっと呼吸を一つして、統哉がぽそり、と締めくくりの言葉を紡いだ。
「未来への希望の灯は、君達自身の中にあるのだから」
 そう告げて、少年達に手を差し出した統哉に頷き。
「なのですー!」
 望もまた、少年達に天使の様に愛らしい微笑みと共に手を差し出し。
 それに合わせる様に、メフィスとウィリアムが、大人達に向けて手を差し出した。
 そうして差し出されたその手を……。
「分かった、君達を信じてみよう」
 都市民を代表する様に男が、そして少年が掴み取る。

 ――かくて彼等は、地上への帰還を、ここに果たすことになるのだった。


(「……終わったか」)
 統哉と望、ウィリアムとメフィスに差し出された手を其々に掴む都市民達を見て、敬輔が静かに頷き、誰にも気づかれぬ様にとくるりと背を向ける。
 都市民の人々の旅立ちを祝福するかの様に、『響月』に再び唇をつけ、静かに鎮魂曲……子守歌のメロディーを奏でる詩乃。
 そんな詩乃の伴奏に押される様に、敬輔もまた、その場を後にしようとした時。
「……敬輔様」
 その様子に気が付いていたのであろう、エリスが淡々と言葉を投げかけた。
「……俺の復讐の旅は、まだ続く」
 まるで全てを悟っているかの様に問いかけるエリスを切り捨てる様に小さく決意の言葉を紡ぐ敬輔に、そうでございましょうね、とエリスが頷いた。
「ですがその旅にも、何時か終わりが訪れます。それは、努々お忘れにならぬ様」
「……」
 警告とも、予言とも取れるエリスのそれに無言で首肯し、静かに地上に向かう坂道を登り始める敬輔。
 けれども赤と青のヘテロクロミアには、揺らぐ様な光が彷徨っている。
「俺には、俺の戦いの終わりが、見えているのか……?」
 敬輔の口から漏れた独り言は、地上から吹く風に吹き飛ばされて消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月04日


挿絵イラスト