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悪志善導デア・アルキネイティオ

#UDCアース

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#UDCアース


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●勧善懲悪すら生温い
 ――この世に悪があるとするならば、それは自らの正義を他者に押し付ける事でしょう。自由という免罪符で他者を侵害することの、なんと恐ろしいこと。そう、わたくしは恐ろしいのです。自分を相手に刻み付けるその行為が! 善で以て悪を為すその心が!
 ――わたくしは誰をも受け入れます。貴方がどんな極悪人であろうとも、偽善者であろうとも。お代は結構! あなたも、わたくしも、幸福になるべきなのです。人は、大小様々な善悪を抱えておりますが、ええ、それは大きな問題ではありません。
 ――大事なのは誰かが犠牲になることを避ける。これだけです。誰もかれもが幸福な世界こそ、唯一にして最高の場所。分かりますね? 誰も傷つかず、誰をも傷つけず、柔らかな善だけがそこにあるのです。さぁ、手を差し出して。わたくしと共に参りましょう。光差す彼方へ……。

 少女は、とある教団で崇められている偶像<アイドル>である。彼女の振舞いひとつで、信者は世界を幸福に導いた。
 例えば、金銭に困る家族を救ったり。例えば、病める者へ医療を施したり。例えば、夢半ばで潰えた小鳥に再び力を与えるような声を掛けたり。彼女に触れた者はみな光ある道をたどっていく。そしてその手は世界の爪弾きものである犯罪者やいわゆる悪人へも延ばされる。
 人を殺したなら、騙したなら、傷つけたなら……それを己のもとで償わせようとした。どうしたことか、少女の威光を浴びた者はすんなりとそれを受け入れ、自らの罪を告白し、他の信者共々日々善行に勤しむようになった。
 少女は、間違いなく人ならざるモノの力を持っている。人であるにはあまりにも清廉で、潔癖で、真っ直ぐで、無垢なまま、人々を世界の極限へと導く存在。至れば其処は眩すぎて、常人では眼が潰れよう。
「遠慮しなくても良いの。わたくしとなら、あなたはあなただけの、幸福な世界を見つけられる。ほら、手を取るだけでいい」
 するりと細い指が、今日も悩める者の心臓を掴む。決して逃がさないその手は、とても暖かくて。ゆっくりと静かに、微笑む彼女の誘惑に従い、善人とも悪人ともつかなかった誰かを信者へと変えた……――。

●グリモアベースにて
 うーん、と。交差させた指の上に自らの顎をのせ、レイッツァ・ウルヒリン(紫影の星使い・f07505)はあまり気乗りしない様子で集まった猟兵に視線を向ける。
「皆、来てくれてありがとー。でも、今回の予知は……あんまり楽しくないかも」
 そう言ってレイッツァが差し出した資料は、UDCアースのとある街で流行っている新興宗教・【遥視への歩み】のパンフレットだ。そこにはどんな罪も痛みもなく、幸福だけがあるという。そんな場所があれば人間苦労しないと思うのだが、実際そこへ行ったものは幸福で満ち、じわじわを信者を増やしているとのこと。
「ただの新興宗教だったら放っておくんだけどね、今回は邪神が関わってるんだ。察しの良い皆ならわかると思うけど、そこの教祖……教祖? 崇められてる女の子が、邪神をその身に宿してる」
 邪神と少女は心身共に完全に癒着してて、引き剥がすのは不可能。彼女がどうしてそうなったのかは今は分からないが、どの道倒してもらう事には変わりないと説明を続ける。
「女の子と戦うその前に、ひと仕事あるよ。出回ってる経典に封じられてるオブリビオンを倒す事。相手はこっちを見たらすぐに敵対者だと判別して、持ち主のことなんて放って襲ってくるし、こっちも見れば明らかにこれだって判る。住人に危害は出ないはずだから安心して。『写本』と呼ばれるそれらは皆の絶望の記憶や、精神を揺さぶる精神攻撃、強烈な幻覚を仕掛けてくるみたいだよ」
 心当たりがある人は気を付けて、と注意を促す。果たして何も心に響かない者が、この世に存在するかは謎だが、一応。
「全てが片付いたら、教団の奥深くに隠されている経典の写本の『原本』が見つかるよ。本質的には『お願いを書いてお焚き上げすることで願いが成就する』タイプの魔導書だったみたい。折角だし使ってみなよ。どうせ誰も使わなくてもUDC組織が回収しちゃうしね」
 資料を捲ると、【遥視への歩み】では『どんな悪でも善へと変えて、誰も傷つかない平穏で温かく優しい世界を目指している』と書かれていた。痛みのない世界はどんなに良いものだろう。しかし、人は全員が善でなくてはならないのか? 傷つくことを恐れ、傷つけることも承知で動く事も悪だと言うなら……。
「誰でも良いよ、彼女に教えてやってくれないかい? 善だけが人の全てではないと、ね」
 幸福な世界は過去には産み出せないよと、レイッツァは乾いた笑いを浮かべて猟兵達を送り出した。


まなづる牡丹
 オープニングをご覧いただきありがとうございます。まなづる牡丹です。
 今回はUDCアースの街が舞台。邪神を崇める新興宗教を崩壊させて下さい。

●第一章
 『写本・魂喰らいの魔導書』
 記憶に直接干渉するタイプの敵です。何でもお見通しで精神的に攻撃してきます。
 心に疚しい事、苦しみを抱えたキャラクターさんは特にご注意下さい。

●第二章
 『???』
 宗教団体【遥視への歩み】で崇められる少女。
 詳しい事はオープニングの時点では分かりません。

●第三章
 『願掛け』
 お願い事をするくらい、いいじゃありませんか。

●プレイング送信タイミングについて
 各章ごとに断章を執筆します。第一章の受付は【9月19日の8時31分以降】です。
 2章以降はMSページにてプレイング受付期間を告知いたしますので、お手数ですがご確認お願いします。
 (基本的に断章を投下した次の日よりプレイングを受付致します。申し訳ありませんがそれ以前に送られたプレイングは返金とさせていただきますのでご了承ください)

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております!
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第1章 集団戦 『写本・魂喰らいの魔導書』

POW   :    其方の魂を喰らってやろう
【複製された古代の魔術師】の霊を召喚する。これは【触れた者の絶望の記憶を呼び起こす影】や【見た者の精神を揺さぶる揺らめく光】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    その喉で鳴いてみせよ
【思わず絶叫をせずにはいられないような幻覚】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    魂の味、これぞ愉悦
自身の肉体を【触れる者の魂を吸い脱力させる黒い粘液】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 宗教にじっとりと染まる街の昼下がり、夕方というには少し早いか。それは何時何処にでも潜んでいた。
 学生の鞄の中に、公園で静かに読書を楽しむ若者の手に、井戸端会議で騒ぐ奥様方の小脇に。さりげなく、しかし赤い表紙のそれは確実に。
 猟兵の最初の目的は写本をもつ人物に近づき、あちらから襲われるか先制攻撃を仕掛けることだ。幸いにも戦闘が発生すれば一般人は写本を置いて逃げてゆく。
 問題なのはむしろこちらだ。なにせ相手の攻撃といったらとても沈むものが多いと聞いている。その罪も、罰も、偽善も、弱さも、君達は乗り越えねばならない――。
シャト・フランチェスカ
あ、
────ッ

夕焼け色したミュリエル
雨の日に命を絶とうとしていたきみ
もし誰も通りかからなかったら。

夜に溶けるロア
偽善者だと証明したきみ
もし臓器を傷つけていたら。

日光を知らない「シャト」
あたしは死んでしまったの
せっかく、これからは三人で

どうしてあなたが生きているのよ?

ああ、厭だな
僕はきみに詰られることよりも
僕の自我が脅かされることのほうが怖い
そのことを自覚して自己嫌悪してしまうのが怖い
僕はきみのことなんか識らないと
言ってしまえそうになるのが怖い

こんなふうにしないと能力が使えないのはね
償いなんかじゃなくて
ちゃんと自分は傷ついていますよって
確認したいだけの卑怯な傷だ

燃やせ
楽になりたいなんて気持ち諸共




 真っ赤な写本はページから闇の手を伸ばし、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)の今にも天気が崩れそうな心模様・暗雲立ち込めて光を遮る。
 どうして、と誰かが言った。
「あ、――――ッ」
 夕焼け色したリュミエル。雨の日に命を絶とうとしていたきみ。もし誰も通りすがらなかったら、君の魂は今頃どこかを彷徨っていた? 雨に濡れた心を晴らしてくれたのは君の手だったね。
 夜に溶けるロア。偽善者だと証明したきみ。もし臓器を傷つけていたら、今頃泣いて悲しんでくれる人はいた? 朝日が昇る度にナイフを抱きとめてくれたのは君だった。
 日光を知らない『シャト』。……――あたしは死んでしまったの。折角、これからは三人で、秘密の約束を交わしたのに。それなのに、何故。
『どうしてあなたが生きているのよ』
 裏切者、と囁く声がする。ああ、厭だな。は憂鬱な気分で、それでも前を向く。僕はきみに詰られることよりも、僕の自我が脅かされるほとのほうが怖いと思ってしまう。
 そのことを自覚して、自己嫌悪してしまうのが、たまらなく恐ろしくて、怖くて、何も見たくない。聞きたくない。僕はきみのことなんか識らないと、言ってしまえそうになるのが怖い。
 ただ言うだけなら、撤回も出来よう。でも、リュミエルも、ロアも、『シャト』も。誰もかれも記憶の水底。僕というシャトには触れられない遠いところで沈んでいる。手も伸ばせない……僕に勇気がないから。僕は恐れる者だから。せめて赦しの言葉だけは絶対に言わないよう、口を噤んだ。
 こうでもしないと能力――華焔綴――が使えないのはね、償いなんかじゃなくて、ちゃんと自分は傷ついてますよって確認したいだけの卑怯な傷なんだ。ずるい、ときみは罵るかい。ひどい、ときみは涙を零すかい。それでも僕は構わないよ。君たちは僕の心の裡。『本当のきみたち』じゃない。これは僕が体よく見ている幻想なんだ。
 だから構わず燃えておくれよ。楽になりたいなんて気持ち諸共、灰になって風にのり、世界の片隅へと吹き飛んでいけ。
 シャトの左腕の傷口から噴出する鮮血の荊が写本に巻き付き、舞い落ちる寒緋桜のような炎がひらひらと燃える。焼いて、燃えて、尽きてしまえばいい。こんな感情を呼び起こすなんて、悪い本だ。後始末は、きちんとしなければ。
「リュミエル、ロア、シャト……君達は、いや、僕は……」
 満たされる時が来るのかな。その呟きに答える者は、だれ一人だっていやしない。僕の心は、僕しか知らないのだから――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

唐草・魅華音
任務、邪神討伐と信者拡大の阻止。任務了解だよ。


わたしが歩む道は戦死者の道。その道にひしめく怨嗟の旋律。
戻ると誓い合い、叶わなかった戦友。
戦場で互いに生きるためだけに戦い、その命を狩り取った戦敵。
共に戦ったのに、別々の道を歩んだだけで敵となったかつての友。
この道でただ一人生きているわたしを恨み、呪い、嘆き続け、問いかける。
わたしだけ幸せに生きていていいと思っているのかと。

――答えは未だ出ておらず、返す言葉もないけれど。この苦しみでわたしの命を差し出せばそれこそ全てに意味がなくなる。
苦しみは胸の内に。身体は心と切りはなし、ただ無慈悲に標的へトリガーを向ける。
――答えを導き出し、彼らに報いるために。




 任務、邪神討伐と信者拡大の阻止。人が抗うべきものへの対抗。猟兵が担う役目――任務了解だよ。唐草・魅華音(戦場の咲き響く華・f03360)は長い長い路の果てを見ていた。写本が映し出すは魅華音の歩んだ戦死者の道。
 その道にひしめく怨嗟の旋律。戻ると誓い、叶わなかった戦友。帰ったら上等な酒をカッ喰らおうと約束した戦友。結婚したばかりなんだと幸せそうに写真を見つめる戦友。誰もかれも叶わず散っていった、無慈悲な戦場。
 戦場で互いに生き残る為だけに戦い、その命を狩り取ったかつての戦敵。共に戦ったのに、別々の道を歩んだだけで敵となったかつての友。この道でただ一人生きている魅華音を恨み、呪い、嘆き続け、問いかける。
『私だけ幸せに生きていていいのかと』
 答えは未だ出ておらず、返す言葉もない。それはそうだ、既に死んだ者の声なんて、生きている自分には不要なもの。たとえ怨嗟の声が夢に出てこようとも、所詮は現実に干渉しえない幻影。わたしは今を生きている。
 この苦しみでわたしの命を差し出せば、それこそ全てに意味がなくなる。散っていった戦友、報いを受けさせるべき敵、そのどれもがわたしという歴戦の傭兵を形作るもの。色んな人を亡くした、色んな人を失った、色んな人を見送った。でも、絶対に――誰かを裏切ったりはしなかった! それがわたしの誇り。まだ倒れられないの、戦友たちにふがいないって顔向けできないのだからね。
「戦場に咲き誇る華を……皆はみていてくれる?」
 その言葉に答える者はいない。所詮魅華音が見出した幻想、最初から反応など気にしていないけど。それでも、精巧に作られた人形たちにはぁとため息をついて、魅華音は幻影を産み出す赤い写本にトリガーを向ける。――苦しみは胸の内に、空だろ心とを切り離し。無慈悲に銃爪の照準を合わせ……貴族の嗜みたるエリスで二~三発本を撃ち抜いた!
 もがき苦しむように踊る写本に合わせ、かつての戦友たちの影が揺れる。嗚呼、行ってしまうのね――悲しいけれど、此処でお別れ。でも安心して、わたしもいずれ其処に行く。長い旅路のその果てに待つのは、須らく死なのだから。
 写本が動かなくなったら、魅華音はマッチで火をつけてそれを燃やした。こんな悪趣味な教団は、必ず潰さねばならない。斯様な邪悪な本が出回っていては、人々に悪影響が出る。
「行きましょう。次の本を滅さなければ」
 答えを導き出し、彼ら亡くした者へと報いる為に、魅華音は先へと進む。もしこれから先、どんな輩がわたしを追い詰めようとも、わたしの矜持がそれを否定する。私は散っていった全ての者の責務を背負っている。故に、負けるわけにはいかない。わたしが負けるとしたら、それは自分の心を諦めた時だけだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

故無・屍
確かに、このガキの言う通りの世界は理想だろうよ。
…悪人にとっては、な。

暗殺、早業の技能を応用し写本を持ち主から掠め取る
命が大事ならとっとと失せろ。


想起されるのは家族を失ったあの日

散らばった両親
四肢を落とされ「殺して」の言葉のままに自らが心臓を貫いた妹
血の臭い、刺した感触。それら全てが鮮明に蘇る
その影が目の前に立ったのなら、自分は剣を振ることなど出来ないのだろう。


――その上で、UCを以て家族の首を――否、『敵のUC』を斬り捨てる。


あぁ、確かに絶望はしたっけな。
…だが、それは所詮『背負った過去』に過ぎねェんだよ。

写本を一切の感慨なく刺し貫く


ぢり、と。心の奥で、何かが擦り切れる音が聞こえた気がした。




 写本がぱらぱらと捲れ、遥視の教義が載ったページを開く。嗚呼、確かにこのガキの言う通りの世界は理想だようよ……悪人にとってはな。そう難癖付けるのは故無・屍(ロスト・エクウェス・f29031)。真面目そうな青年から読んでいた早業でもって写本をかすめとり、「命が大事ならとっとと失せろ」と迫る。その姿はまるで悪漢だが、窘める者は何処にもいない。
 赤い写本の頁から伸びてきた手は屍の顔に張り付き、失ったはずの家族の記憶を想起させる。あの日、屍の家族は散った。血の臭い、刺した感触、全てが鮮明に呼び起こさてる!!
 四肢を断絶され散らばった両親。四肢を落とされ「殺して」の頃場のままに自らが心臓と射抜いた妹。その影が目の前に立ったのなら、屍は剣を振るうことなど出来やしない。震える手がレグルスを握りしめる。こんなに、俺は弱かったか。いいや違うね――これらは全て、過去の存在。思い出の中の幻想。現実とは似て非なるもの。であればだ。
 ――その上で、【罪喰い】を発動し以っての家族の首を……敵の精神攻撃を斬り捨てる! 散った少女はぱらぱらと頁が破けるように舞い散り、視線を屍に集めていた。
『どうして、どうして』
『家族なのに。私達は永遠のはずなのに』
 あー、煩わしい! 嗚呼、確かに絶望はしたっけな。……だがそれは所詮『背負った過去』にすぎねぇんだよ。誰かの記憶に這い寄るお前らには、永遠に理解できないだろうけど。
 写本を一切の感慨なく串刺し貫く。写本は家族の声で悲鳴を上げながら事切れた。両親も、妹も、胸や首を抑えて倒れ伏す。最後まで気分が悪い本だ、早く処分しなければまた別の被害者が生まれかねない。
 しばらくして駆けつけたUDC組織に写本を渡し、その背を見送る。どうせ会えるなら、家族団らんのひと時を夢見たかった。だが悲しいかな、写本が見せるのは現実の、それも一等重い思い出だけ。悪趣味にもほどがあると、屍は悪態をつく。
「理想の世界に、こんな悪夢は必要なのかよ」
 新興宗教団体・遥視への歩みは、世界を幸福へと導くという。その前に、自らの罪を自覚しろという事なのか。であれば、屍がみた光景は、一体なんだったのだろうか。罪を償うべきは、全ての人類だとでも言いたいのか。
 教義に疑問を感じながらも、屍はズタボロになった写本の表紙を見遣った。赤い表紙い黒い古書。悪い予感がする。言葉に出来る程器用ではないけれど、勘がモノを言う。
 ぢり、と。心の奥で、何かかが擦り切れる音が聞こえた気がした。それは家族は引き裂かれる悲哀の音かもしれないし、頁が破ける写本の叫びかもしれない。どの道、こうするより他にないのだから……屍は教団の本拠地へと歩みを進めた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クレイル・ソーンフォード
絶望の記憶を見せてくださるなんて
いやぁ、丁度良かった
最近ちょっと幸せになり過ぎてるなぁと困ってたんですよ

向こうから仕掛けてくるのを大人しく待ちます

長く嫌な記憶を辿るならその記憶を【枳棘ノ怨嗟】の詠唱とします

信じた者に裏切られ殺された事
真実と共に湖に沈められた事
己の人格や尊厳さえ嘘で塗り替えられてしまった事
怨嗟をまき散らす醜く恐ろしい妖怪になった事
世界の全てを呪った事

どうもありがとう写本くん
お陰様で憎しみを十分思い出せました

ああ…不思議ですね
こんな時にもあの子達の顔を思い出す
折角思い出した憎しみが幸福に染まる前に
片付けてしまいましょうね




 絶望の記憶を見せて下さるなんて、いやぁ丁度良かった。なんて嘯いたのはクレイル・ソーンフォード(荊棘の湖面・f28024)。最近ちょっと幸せになり過ぎてるなぁと困ってたんですよ、とも。幸せに過度があるのかはさておき、この男の場合は少々事情が複雑だ。
 地面に無造作に置かれた写本から、触れる者の魂を吸い脱力させる黒い粘液が排出される。それが腕と足に触れたクレイルは、グっと一気に記憶が呼び起こされた。これは……あまり長い事放っても置けませんねと記憶の流れるままに呪怨属性の怨霊を纏った闇の茨がじっとりと地を這う。まだだ、まだ仕掛ける時じゃない。もっと記憶を振り起せ、呼び覚ませ!
 初めに思い出したのは、信じた者に裏切られ殺された事。自分は信じていたのに、相手からは信用されていなかったことが悲しかった。
 次に、真実と共に湖に沈められた事。真相が明らかにならぬまま深層へと沈んでゆく己。身動きひとつ出来ない。何故って――もう死んでいるのだから。
 続いて、己の人格や尊厳さえ嘘で塗り替えられてしまった事。真実よりも人は面白おかしい嘘へと飛びつく。それは醜い人の性。どうして、僕とあなたたちの交わりは、そんなに薄いものだった?
 最後に思い出したのは、怨嗟をまき散らす醜く恐ろしい妖怪になった事。人という輪廻を捨て、妖怪という新たな自分になってしまったこと。ああ、汚い、怖い、悍ましい! 神様がいるなら、なぜこんな仕打ちを!
 クレイルは世界を呪った。愛する者も、憎むべき者も、どうでもいい者達も。みんなみんな、呪われてしまえ!!
 ――どうもありがとう、写本くん。お陰様で憎しみを十分思い出せました。忘れてはいけないだ、あの怨恨は。誰のものでもない、クレイルの、クレイルを成すひとつの要素なのだから。
 怨霊を纏った闇の荊が写本をぎゅうぎゅうと締め上げ、ミシっと本が千切れ始める。闇の茨は製本を器用に解き、パっと開くとバサッと頁が宙を舞う。其処に茨が一枚一枚貫いて、あるいは薙ぎ払って破り捨てた。はらりはらりと本だったものは紙くずとなって地に落ちる。
「ああ……不思議ですね。こんな時にもあの子たちの顔を思いだします」
 気難しくも純真無垢な神、天真爛漫で己に正直な妖怪。共に獄卒として生きる彼ら。自分にこんな風に想わわれたって、嬉しくないだろうけど。彼らとの日常を思い出すと、心が安らぎ、時にはうきうきしてしまうものだから困ったものだ。
 折角思い出した憎しみが幸福に染まる前に、早く片付けてしまおう。クレイルは写本の赤い表紙を踏みつけて、ぐりぐりと抉った。これはお礼、クレイルがクレイルらしくある為に必要な憎しみを再確認させてくれた、せめてもの。どんなに幸福であっても、忘れてはいけないのだ。
「キール」
 そう呼ばれた声を、今は無視して……茨を舞わせ写本を粉々に引き裂いた――!!

大成功 🔵​🔵​🔵​

セツナ・クラルス
『領主さまを困らせないで』
『領主さまは素晴らしいお方。それがわからないきみはおかしいよ』
『来るな!領主さまを悪く言うきみなんか大嫌いだ!』

これは過去に私がゼロに吐いた言葉たち
声を張り上げても耳を塞いでも詰る声はいつまでもこびりつく
直接心を抉る攻撃に思わず膝をついてしまう

ごめ、なさい…僕は悪い子でした
領主さまがいないと僕は生きられません
二度と逆らいません
だから、どうか…

…違う
私は弱い
弱いことを知った私はそれを補う術を得た
そうだろう、ゼロ?

名前を呼ぶと彼は当然のように私の隣に立ってくれた
ふたりで土+風の属性攻撃で砂嵐を発生
敵との距離を取り態勢を立て直す




 頭の中に直接響く声。セツナ・クラルス(つみとるもの・f07060)を写本から伸びた赤い手が身体を覆い、じわじわと精神を蝕んでいく。
『領主さまを困らせないで』
『領主さまは素晴らしいお方。それがわからないきみはおかしいよ』
『来るな!領主さまを悪く言うきみなんか大嫌いだ!』
 これは過去にセツナがゼロに吐いた言葉たち。違うちがうと声を張り上げても、ぎゅっと耳を塞いでも、詰る声はいつまでも耳の奥にこびりつく。直接心を抉る自らの声に、ガクリと膝をつく。傍らにいるも居てくれる彼も、今だけは姿を現さない。自らの手でケリをつけろということか。
「ごめ、なさい……僕は悪い子でした。領主さまが居ないと、僕は生きられません。二度と逆らいません。だから、どうか……――」
 どうか、お慈悲を。領主さま! 縋りつく遠い日の己の姿を、ただ見ている事しかできない。
 ……いいや違う。私は弱い、それを知った私はそれを補う術を得た。そうだろう、ゼロ? 名を呼ぶと彼は当然のように、最初からいたんじゃないかと思うくらい自然にセツナの隣に立っていた。
「思い出したか」
「忘れてなんかいないよ」
「そぅかい。忘れるのもひとつ、処世術だと思うけどな」
「……忘れたくないんだ」
 どんな苦しい、傷つくような過去でも。君との、君への思い出は残しておきたいんだ。そう言うセツナにゼロは何とも言えない表情を向けて、地に堕ちた写本を手に取る。しゅるしゅると本から出た手がセツナから離れ、ぷるぷると本ごと震え出した。なんだ、恐怖でも感じているというのかと、ゼロは振ってみたり叩いてみたり。
「ゼロ。油断しないで」
「ああ」
 ぽいっと写本を投げ捨てたなら、頁が捲れなにか怪物めいたものが描写されたところが開かれる。そこから飛び出た名状しがたい多量の腕を生やした化け物が二人に襲い掛かった! セツナとゼロは息を合わせ土と風の属性から砂嵐を産み出し、周囲の視界を奪うと同時に、化け物から距離をとる。幸福な世界へ導く経典の写本から生み出されるものがこんなにおぞましいなんて、笑える話だ。
「行くぞ。背中は預けた」
「了解」
 セツナもゼロも、こんなわけのわからないところでやられる心算は毛頭ない。ゼロはクラーレを片手に走り出した――!

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
――嗚呼、厭だな
他人の価値観を押し付けられる事も
僕の価値を他人に定められる事も
人は誰しも幸福になるべきだと謳うなら
その考えだって押し付けと変わらない

僕は幸福なんて望まない
――しあわせになんて、どうして成れようか

後悔し続ける事が罪で
懺悔し続ける事が罰ならば
僕はこの悪を、受け入れよう

お前に赦しを乞う為この回路が焼き切れ様と
お前に謝罪を賭す為この声帯が擦り切れ様と

抗えない
――諍うつもりも、無いけれど

どれ程お前に赦しを乞うた所で
施すお前の姿は何処にも無い

その背を追い代わりに海へと沈む事も
逆にお前が目覚める事だって

――在りは、しない

善いよ、このままで

そんな些細な願いすら、お前には、聞き届けて貰えない




 真っ赤な本の乳白色の頁が、風もないのに捲れ、旭・まどか(MementoMori・f18469)を悪夢に苛む。
 ――嗚呼、厭だな。他人の価値観を押し付けられる事も、僕の価値を他人に定められる事も。人は誰しも幸福になるべきだと謳うなら、その考えだって押しつけと変わらない。
 僕は幸福なんて望まない。――しあわせ<仕合せ>になんて、どうしてなれようか? 僕が望んだものも、受け入れがたいものも、全てが全て、僕を拒んだのに。
 後悔し続ける事が罪で、懺悔し続ける事が罰ならば、僕はこの悪を受け入れよう。そうするのが、僕にとっての贖罪だろうからね。
 お前に赦しを乞う為のこの回路が焼き切れ様と。お前に謝罪を賭すためのこの声帯が擦り切れ様と。お前に贖う為に残されたこの身体が朽ち果て様と。お前が蔑む視線を受ける為の瞳が爛れようと。そこまでしてもまだ足りないかな? 困ったね、これ以上差し出せるものといったらなんだろう。ねぇお前、他に何を望んでくれる?
 強張るこころと身体では何も抗えない。――諍うつもりも、無いけれど。
 どれ程お前に許しを請うた所で、施すお前の姿は何処にもない、その背を追い代わりに海へと沈む事も、逆にお前が目覚める事だって――在りはしない。
 僕の価値を決める誰かが、お前の価値も同時に決めるというなら、僕は全力でそれを拒否しよう。僕とお前は違う。同じだけど、同じじゃない。共にあるけど、共有はしない。僕とお前は、《仕合せ》なんだ。巡りあい、出会った。幸せとは程遠い。だったら、嗚呼、誰に罵られようと構わないじゃないか!
 まどかは他者からの価値観になんの意味も見出さない。自らの価値観を他人に押し付けることも赦さない。であれば、果てに待つのは自己の認識だけ。誰にも影響されない、誰にも侵食されない自分という存在!
「善いよ、このままで」
 例えば、誰かがまどかを否定したとしても。例えば、誰かがまどかを肯定したとしても。それは相手の考え方に過ぎない。僕には関係ない、とまどかは全てを一蹴した。このまま全てを受け入れて、否定して、惑い迷う事。そんな些細な願いすら、お前には、聞き届けて貰えない。
 嗚呼、情けないな。僕はいつからこんなに弱くなった? それとも最初から? どうだっていい、口論は得意じゃないんだ。だからとりあえず、今はこの目障りな写本を片付けよう。
 ベンチに置かれた写本は、頁からうねうねと触腕を蠢かせ、まどかに更なる悪夢を魅せようと畝っている。その写本にからくり人形を仕掛け、写本の製本部分をバラバラに分解し始めた。和綴じのそれが表紙から零れ落ち、風に舞っていく。
「この本の目的は何だったんだろう」
 己の罪を、悪を、認識させるための本だったのだろうか。だとしたら、相当悪趣味だ。人の心につけこんで、それを教団の糧とする行為。許しがたい。まどかは1枚掴んだページをくしゃっと掴み、ネクロオーブで闇へと無に帰した――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『『幸福な災厄』青峰・満月』

POW   :    永劫に女性的なるモノ
【唇から紡ぐ真理の言葉】【善悪を超越した無限の光】【年相応の少女としての魅力】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
SPD   :    無謬の愛
【みんなを幸せにしたい、不幸を無くしたい】という願いを【こんな自分を信じてくれた信者の人たち】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。
WIZ   :    Miss Self-Destruct
あらゆる行動に成功する。ただし、自身の【祈る、誰もが幸せな世界の為に、己の神性】を困難さに応じた量だけ代償にできなければ失敗する。
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は伊美砂・アクアノートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 教団に辿り着いた猟兵達を待っていたのは、薄緑のローブを着た嫋やかな笑みを湛える少女だった。彼女は急に押し入った猟兵達に臆することなく、手を差し伸べる。
「皆さま、幸福を望まれるのですか? でしたら、わたくしと共に参りましょう。大丈夫、手を取るだけでいいのです。それだけであなたは幸福に至れます。でも……もし苦痛を望むと言うのなら、わたくしとは相容れません。罰を以って償ってもらうことになります」
 彼女が祝詞を唱えると、途端に心の裡から沸き起こる世界の在り方。次元干渉、あらゆる行動を実現させる神の御業ッ! すべての人が幸福になれるようにと、少女は無垢に願う。その考えが、他の考えを否定することだとも分からぬまま――。
セツナ・クラルス
信者たちに揺さぶりをかけて動揺を誘い、攻撃の精度を少しでも落としてみようか

『皆を幸せにしたい』というのは私の目的とも一致しているよ
が、すまない、あなたの手を取ることはできない
あなたの世界は確かに一見幸福に見える
しかし、仮にあなたの認める幸福に疑問を抱いた人がいたとしたら?
抱いた疑問ごと『罰』として摘み取ってしまうのではないかな
ほら、現に彼女の考えに異を唱えている私は攻撃を受けている
今の私の立ち位置はきみたちの誰かになるのかもしれないよ?

彼女に隙が見えたら、目立たぬように彼女の背後に回っていたゼロが不意打ち
意識が逸れたら私が追い討ちをしかけよう




 誰かを、皆を、全てを幸せにしたい。不幸をなくしたい! そんな荒唐無稽な祈りに、信者たちは賛同した。救われたかった者、幸福になってほしいものが居る者、かつての罪を赦されたい者。そんな者達を、彼女は分け隔てなく受け入れた。
 ――嗚呼、なんて気味が悪い。セツナの心には棘が刺さったような気分だった。言ってることは綺麗だが、その中身がまるで伴っていない。舌先三寸の幸福論に、内心笑ってしまいそう。
 信者はセツナを囲み、手で殴ったり脚で蹴ったり、私刑的な暴力を行う。猟兵であるセツナにとって、それらはさほど痛みは感じないけれど。どうしてかな、じわりと心が冷える。
「『皆を幸せにしたい』というのは私の目的とも一致しているよ。が、すまない、あなたの手を取ることはできない」
 満月の語る世界は確かに、一見幸福に見える。しかし、仮に満月の認める幸福に疑問を抱いた人がいたとしたら? 疑問ごと『罰』として、摘み取ってしまうのではないか。現に、満月の考えに異を唱えるセツナは、こうして攻撃を受けている。
「今の私の立ち位置は、きみたちの誰かになるのかもしれないよ」
「その様な事、あるはずがありません。皆さまは幸福です、それを受け入れないものが、罰を受けるのは当然ですね?」
 にこりと笑む満月に、一人の老人が「でも……」と続けた。
「なんの反撃もしてこない相手を一方的に殴る蹴るすんのは……」
 一人がそういえば何人かもまた手を止め、じぃと満月を見る。満月は笑みを絶やしはしないものの、内心叫びたくて仕方がなかった。だって、そいつが悪いのよ! わたくしを信じない! 幸福を信じない! 誰かの心をかき乱す!! そんな貴方は――罰を受けるべきなのよ! と。
 横に倒れていたセツナは、満月の隠された動揺を見抜く。形だけで「いけるかい」と声には出さず口ずさむ。信者を装っていたゼロが目立たぬよう満月の背後に回り、ぐっと不意打ちで胸を刺し貫いた。流石の聖女も胸を押さえその場に蹲る。
「ぐっ……ぁ……」
「「満月様!!」」
 信者どもが満月を囲み、心配そうに見つめるが……満月は血でローブを汚しながらも立ち上がった。まるで奇跡だとでも言わんばかりに、ヒュゥと口笛でも吹きながら凶器を弄んでいたゼロに向かい指を差す。
「これでお終い? わたくしは幸福です、致命傷は免れました。それに、わたくしは神のご加護を頂いたもの。その程度の傷では死んだりしません」
「ではこういうのはどうです?」
 先ほどまで伏せていたセツナが背後から迫る! 『幸運よ、幸福よ、私に力を授けたまえ』そう思ったのは、屹度両者同じ――。

成功 🔵​🔵​🔴​

クレイル・ソーンフォード
差し伸べられた手に傷を付け【連鎖する呪い】を発動します
無抵抗の人間を攻撃するなんてと思うでしょうが
生憎こちらは悪霊でして

「幸福を望まなければならない」とはなかなか面白い発想です
勝手にやってて下さるなら構わないんですけどね

悪霊が怨嗟を忘れるなんて
恨みが晴れたらどうなると思います?
死活問題でしょう?

俺が幸福に天に召されたとして喜ぶのは貴女だけですよお嬢さん
俺が居なくなると悲しんでくれる子達がいるんです
彼らを海の底よりも深く悲しませ不幸のどん底に陥れるのは
お嬢さんの罪になります
と少々盛ってお伝えしましょう

貴女の祈りは確実に不幸になる人を生み出す事になりますが
貴女ご自身を納得させられますか?




 さぁ、と差し出された手をバンッと振り払った。無抵抗の人間を攻撃するなんて、と思うかもしれないが、生憎クレイルは悪霊なのだ。人間の一般常識は通用しない。満月の手についたわずかな傷から【連鎖する呪い】が発動する。これから先、運命は全て満月を拒否する。
「『幸福を望まなければならない』とはなかなか面白い発想です。勝手にやってて下さるなら構わないんですけどね」
 しかし、悪霊が怨嗟を忘れるなんて、恨みが晴れたらどうなってしまうかご存じで? 死活問題でしょう? 俺もまだその遥か幸福の彼方に行く気は無いんです。気の抜けるような声音で、但し、意思表示はしっかりと。満月は弾かれた手を包むようにして、クレイルの話を聞いている。
「俺が幸福に天に召されたとして、喜ぶのは貴女だけですよお嬢さん」
「何故?」
「俺が居なくなると悲しんでくれる子達がいるんです。彼らを海の底よりも深く悲しませ、不幸のどん底に陥れるのは、お嬢さんの罪になります」
 少々話を盛ってはいるが、嘘ではない。屹度悲しんでかなしんで、泣いたり慰め合ったりしながら、悪霊であるクレイルがどうして、なんて疑問を持ったりもして。ただ悲しむだけの子達じゃない。絶対に原因を突き止めてくれるはずだ。そうなったら、この教団と信者も無事では済むまい。
「では貴方には、罰を与えましょう。幸福を否定し、苦難の路を往くと言うなら……わたくしが直接断罪して差し上げましょう」
 唇からは真実の言葉を、背後からは善悪を超越した無限の光を、そして年相応の少女としての魅力を、クレイルに差し向ける。自身の神性を犠牲にし、あらゆる行動に成功する満月は全てが満たされた者。完璧なる幸福……のようにも思えた。残念、幸福と共に不運がその身に纏わりついていた!
 クレイルは広い教団内で、常に相手が見えるような位置取りで全力で走り回る。甘えるような声音を聞いた己が身では、恐らく殴り合いですら満月に負けるだろう。真理の言葉を聞いたことで手にした鬼棍棒も全然持ち上がらない。救いなのが、少女に魅力なんて全く感じてないところ。故にユーベルコードを防がれることは免れた。
「うふふ、これが神の力よ。悪霊さん、早くお逝きなさい」
「そうも言ってられないんですよね、これが」
 クレイルに迫って一撃を加えようとした時。ぶちっと満月の靴紐が解けた。体勢を崩す少女に、悪いなと思いながらも鳩尾に弱弱しい蹴りを入れる。よろめいた満月はじっと足元を見た。そんな、紐が切れるなんて不運……今までなかったのに! 嫌な予感がよぎる。
「貴女の祈りは確実に不幸になる人を生み出す事になりますが、貴女ご自身を納得させられますか?」
 例えばそう、貴女自身とかね。等と言ってまた逃げ回り出すクレイル。不運を背負った満月と、攻撃手段を持たないクレイルの泥沼の試合が今始まった――!

大成功 🔵​🔵​🔵​

唐草・魅華音
自分を相手に刻み付ける行動ーあなたのやっている事、まさにそれそのものですよ?
あなたのやっている事は幸福という名を借りて自分の色に染め上げる行動でしかない。あなた色の幸福はわたしの好みでないので、拒否させていただきますね。

真理の言葉は【落ち着(き)】いて矛盾をついて効力を弱め、自慢の彼女の魅力は【早業】でヘアピンナイフを顔めがけて【投擲】し傷をつける事で外見・精神双方を揺らがせ、敵のUCの効力を弱らせてから彼女を攻撃します。
善悪…ですか?わたしも相手も善悪どちらであってもどうでもいい事です。戦場など、大抵がお互いの信じる善と善のぶつかり合いなんですから。

アドリブ・共闘OK




 相手の考えに反吐が出る。だってそうじゃないか、自分を相手に刻み付ける行為――満月がやっている事は、まさにそれそのもだから。
「あなたのやっている事は、幸福という名を借りて自分の色に染め上げる行動でしかない」
 生憎と、あなた色の幸福はわたしの好みではないので、拒否させていただきますと、魅華音は差し伸べられた手を振り払った。残念がる満月、しかしそれは見越されていたかのようにフと微笑み、その薄桃の唇からは心理の言葉が紡がれる。
 落ち着いて、矛盾をつけば怖くはない。あなたの言葉は欺瞞だらけだと、指を差し指摘する。誰よりも幸福を願うあなたが、誰かの幸福を否定している。それは本当の幸せなのかと。
 自慢の彼女自身の魅力はヘアピンナイフを顔目掛けて早業の投擲! スっと頬に一筋の傷が差し込む。嗚呼、と満月は己の完璧な姿に傷がついた事に慄き崩れ、地にぺたんと座り込んだ。彼女の言葉をひとつでも聞いた魅華音の攻撃力も多少なりとも下がっているが、今の満月には有効な攻撃を繰り出せるだろう。
「人心を惑わす悪……罰をもって味わうのでしたっけ?」
「それは貴方がたでしょう! 人は誰しも貴方がたのように強くない! 善悪の救いが必要なのです!」
「善悪……ですか? 私も相手も善悪どちらであっても良い事です。戦場など、大抵がお互いの信じる善と善のぶつかり合いなんですから」
 お互いの正義を掛けて戦うからこそ、戦争が起こる。どちらも善で、どちらも悪だ。それは立場によって如何様にも変わる。それを一言幸福に至るという夢物語で片付けられたのならたまったものではない。
 戦いは幸福論なんかでは誰も救われない。戦って、倒して、勝ったものが善だ。だから魅華音は屠る。誰にも邪魔されないように、慎重に、大胆に。野戦刀・唐獅子牡丹を手に満月に斬りかかる! それを信者が庇った! ぶしゃっと噴き出る血を気にも留めることもなく、信者は幸福そうに「これで私も天国に……」などと呟きながら逝った。それに釣られるように信者どもはたへりこむ満月を庇うように彼女を囲む。
「誰かを助けて、それが貴方たちの幸福?」
「満月様は俺達を赦してくださったんだ!!」
「誰にも受け入れてもらえない気持ちがお前にわかるのかっ!!」
 次々に魅華音に浴びせられる罵倒。しかし、心は揺るがない。相手がどんな人間であろうとも、赦して罪が消えるなら誰だって聖人になれる。祈れば幸福へ至れるなら誰だって信じる。そんなものはまやかしだ。光を失った瞳で信者どもを見下ろす。
 一太刀、信者を切り倒す。薄皮一枚を切っただけだ、致命傷とは程遠い。それでも信者はこの痛みこそが幸福への路だと悦んでそれを受け入れる。洗脳――魅華音は脳裏に浮かんだ言葉を否定しなかった。
 戦場に舞い咲き響く一輪の華。悲鳴と共に響くのは、満月の「嗚呼、幸福が崩れていく……」という呟きのみ……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
君が齎す「幸せ」は、僕にとっての其じゃない
だから君からの施しは必要ないし
そも、――僕には、そうなる資格さえ持ち合わせて居ない

要らない
僕には、必要無いものだから

――それでも、僕の為に祈ってくれる?
遍く凡ての生きとし生けるモノは“幸せ”に成るべきだと
彼らを受け入れた時の様に君がそう願うなら
その祈りは届くかもしれない

僕以外の“誰か”に、だけれど
残念だったね?


君の身体を刺し貫くモノは
過去に一度光っただけの儚いいのち

けれど、実体を伴ったそれは君の身体を傷つける

流れる星々に、願いを託してみようか
おほしさま、おほしさま
どうかぼくを、――しあわせにしてください

なんて
嘘で口にする事さえ、馬鹿らしい




 誰かにとっての幸福は、誰かにとっての不幸である。誰かにとっての幸運は、誰かにとっての不運である。そんな世界の真理を、この少女は見て見ぬふりをする。誰もが幸福であるなんて――そんなこと、御伽噺でもないのにね。
「君が齎す「幸せ」は、僕にとっての其じゃない。だから君からの施しは必要ないし、そも、――僕には、そうなる資格さえ持ち合わせて居ない」
「どうして? あなたはこんなに……頑張っているのに」
 まどかはカっと怒りそうになるのを抑えた。お前に何が分かる。お前に、僕の僕たちの何を! 差し伸べられた手をバシっと力強く振り払う。満月は驚いたように、不思議そうにまどかに問うた。
「あなたは不幸ね、だから幸福をあげるわ」
「いらない。僕には、必要無いものだから」
 ――それでも、嗚呼。僕の為に祈ってくれる? 笑わせるね。遍く凡ての生きとし生けるモノは“幸せ”に成るべきだと。彼らを受け入れた時の様に、君がそう願うなら、その祈りは届くかもしれない。……僕以外の、“誰か”にだけれど。と、まどかは静かに呟く。その答えを、満月は持ち合わせていない。誰かに教義を届ける事は大事だけれど、目の前の者に伝わらないのでは意味がないから。でも、それは無理な話。まどかにとってその幸福論に意味はない。
「わたくしを失えば、多くの人が不幸になる。あなたも、わたくしもよ」
「残念だったね? ……僕には関係ないことだよ」
 天がきらりと閃いた。かつて一度光っただけの儚い命を召喚し、実態を伴って満月を貫き傷つける。ぐっとよろめいて、それでも死を恐れぬ瞳は、まどかをじっと見つめていた。あなたを幸福にしてあげると、壊れた人形のように繰り返す。
 じゃあ、と目の前の満月ではなく、流れる星に願いを託してみる。「おほしさま、おほしさま、どうかぼくをしあわせ≪幸せ/仕合せ/死合わせ≫にしてください!」なぁんて、嘘で口にする事さえ馬鹿らしい。馬鹿らしくて、急に悲しくなってきた。僕はこんな人間だっただろうか。いつから? いままでもずっと? いいや違う、屹度全てを背負ったあの日から……――。
「どうして? わたくしは幸福の化身。すべてを幸福に導いて、つらい現実も、過去も、なくしてあげられるのにっ」
「馬鹿いわないで。現実も、過去も、つらいなんて誰が決めたの? 少なくとも僕は……過去をお前の言う幸福なんかで塗りつぶしたくないね」
 すべてが全て、ハッピーエンドで終わるのは御伽噺の中だけ。人には背負うものと、担うものがある。それを放棄して手に入れる幸福なんて……人を辞めているのと、同じだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

故無・屍
…あァ、手前ェの言う世界は幸福だ。腐った野郎が更生出来るってならそれに越したことは無ェんだろうよ。
だが、悪ってのはその犠牲者があってこそ成り立つモンだ。
それを背負う事を否定して、善行を積んで中身が変わればそれも無かったことになるってか?

本当に幸福な世界だな。手前ェの嫌う悪って奴にとってはよ。


破魔を併用しUCを発動、邪神の力によって与えれられた真理、光を断ち切る
周りの信者も区別なく
こいつらの心酔はあのガキのユーベルコードの影響もある、
完全とは限らねェまでもいくらか効果はあるだろうよ。

少女に関しては暗殺、早業、優しさの技能にて苦しませることなく


罪ってのは消えるモンじゃ無ェ。
――背負うモンなんだよ。




 世界は残酷で、不穏な事に満ち溢れている。とてもじゃないが全員が幸福になるだなんて夢のまた夢の話。それをこの女は、言葉巧みに信者を誘導して現実のものにしようとしている。吐き気がした。
「……あァ、手前ェの言う世界は幸福だ。腐った連中が更生出来るってならそれに越したことは無ェんだろうよ」
 だが、と屍は苦虫を噛み潰したような表情で付け加える。満月をとらえる瞳には怒りが満ちていた。
「悪ってのはその犠牲者があってこそ成り立つモンだ。それを背負うことを否定して、善行を積んで中身が変わればそれも無かったことになるってか?」
 ――本当に幸福な世界だな。手前ェの嫌う悪って奴にとってはよ。悪人にも確かに人権はあるだろうが、手前ェがやってるそりゃあ人の道理を無視してらぁ。
 手にした長剣レグルスに破魔を乗せて、屍は【罪喰い】を発動。己が寿命を代償とした事象破壊のエネルギーを込めた剣閃を、満月に向かって衝撃波として飛ばす! 邪神の力によって与えられた真理、そして光をも断ち切らんと。
 信者どもは満月を庇おうと群れてくるが、屍の技はユーベルコードのみを傷つける猟兵の業。信者にはつむじ風程度にしか感じないそれも、満月には暴風となって襲い掛かる!
「きゃぁ……っ!」
「満月様!」
「満月……様?」
 彼奴等の満月への心酔は、満月が放つ威光と幻惑の術の影響もある。完全とはいかずとも、満月に疑問を抱く者が現れても不思議ではない。善悪を超越した無限の光が屍に浴びせられるが、知った事ではない。お前の真理は見抜いている。悪を否定し、善に拘るものに、屍は救えない。
 まばらになった信者を再び集めようとする満月よりも早く、屍はレグルスを両手に満月の元へ走る! 信者はおろおろと、ユーベルコードのない満月に対し何をすればいいか分からず右往左往するばかり。
「手前ェはいちゃいけねぇんだよ。この欺瞞と不幸の溢れる世界にな」
 目に見えぬ早業の暗殺剣が、満月にのびる。素早いはずなのに、まるでスローモーションのように見えたそれは、満月が両手を翳して屍を受け入れようとしていたからか。ぞくりと背中にはしるものがある。この娘は、どんな時、どんな相手でも救おうと――。だが、慈悲はない。せめて痛みの無いように、心臓を一突き。ごふっと血を吐く満月に、「きゃあああ!」と叫ぶ信者もいれば「満月様!」と駆け寄る信者も様々。
 ひとつだけ、分かることがある。この娘は確かに人々を救っていた。でもそれは見せかけ、上辺だけの救い。
「罪ってのは消えるモンじゃ無ェ。――背負うモンなんだよ」
 だから、お前の救いは偽善と変わらない。もし本当に善だけの世界に導きたいっていうなら……お前がその罪全てを背負う覚悟をもってから来るんだったな。そう事切れた満月に心の中で伝え、その場を後にした。後始末はUDC職員がやってくれるだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『願掛け』

POW   :    しっかり想いを込める

SPD   :    手短にあっさり済ませる

WIZ   :    深く物思いにふける

👑5
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 教団を暴いた猟兵達は、扉の向こうに深奥へと続く道を見つけた。吸い込まれるように入っていくと、そこは小さな書斎だった。壁一面整然と並べられた本とは違い、テーブルに一冊の本と羊皮紙が置かれている。
 そこの最初の一頁めには、可愛らしい女の子の文字で『世界中が幸福になりますように』と書かれていた。
 羊皮紙の方には、この本には願い事を叶える能力があること。本を一冊全て埋めてお焚き上げをすると、願いは天に昇り神様が叶えてくれるとな。
 満月はこの羊皮紙と本を信じたのだろうか。答えはもうわからない。ただ、集まった猟兵達では到底頁をうめきることなんてできやしないけど、お願い事を書くくらいは良いかもしれない。そして焼いてしまおう。こんな本に頼る誰かが、また出てしまう前に――。
唐草・魅華音
あとはこの本を始末したら任務完了ですね。(何気なくページをめくってみて)……『世界中が幸福に』ですか……
わたしのような殺伐した人間と違い、彼女は優しく、願いは尊いものであったと思う。ただ、願いを叶える近道同然の力を手にしたがために、願いが暴走して道を踏み外してしまった。そんな気がします。

……さっさと始末するつもりでしたが(さらさらと一筆)
ー幸福を願う少女の想いが届き受け止められるような、少しだけ優しい世界になりますようにー

幸福を願った彼女へ送る手向けの花の代わりに。願いは叶わないでしょうが、天にいるであろう彼女にこの言葉を届ける事は叶うかもしれませんから。

アドリブ・共同OK




 置かれた古書を手に取り、魅華音は何気なく頁をめくってみる。はらはらと捲っても最初の一頁以外何も書かれていない。肝心の其処には。
「……『世界中が幸福に』ですか……」
 この世の幸せを願った、短い一文が記載されていた。魅華音は想った――わたしのような殺伐とした人間と違い、彼女は優しく、願いは尊いものであったと。ただ、願いを叶える近道同然の力を手にしたがために、願いが暴走して道を踏み外してしまった――そんな気が。
 斯様に妖しく、人を惑わせる書物はさっさと始末した方が良いだろう。最初はそう考えていた魅華音も、ふと傍らにあったペンを拝借し、次の頁にさらさらと望みを書き入れる。
 ――幸福を願う少女の想いが届き受け止められるような、少しだけ優しい世界になりますように――。
 本気で願いが叶うだなんて思っていない。でも、幸福を願った彼女へ送る手向けの花の代わりにはなるかもしれない。それに、願いが叶わなくとも、天にいるであろう満月へ、この言葉は屹度届く。そうしたらなら、満月も少しは浮かばれるだろう。
『私以外にも、世界の幸福を願ってくれる人がいる』
 その気持ちが天へと届けば、世界はちょっぴり、ほんの少しだけ、二人の願いを聞き入れてくれるかもしれない。確証はないけれど、そうであってほしいと思う。

 それから魅華音は書斎をぐるりと見てみた。小さな部屋だ、一回転しただけで全部のタイトルが読めてしまうような狭い世界。そこで満月は何を考えていたのだろう。やはり、世界の幸福か。それとも罪の償い方か。或いは自ら神になる方法か。中でも一際魅華音の目に入ったのは『新世界』という本だった。魔術書でも呪本の類でもなく、目次を見る限り単純に「真の幸福とは何か」が書かれているものらしい。
 彼女はこのような本を見て、あの幸福論に至ったのだろうか。馬鹿馬鹿しい、と魅華音はぱたんと本を閉じ、元の場所に戻す。
「……幸福なんてもの、人によって違うのです。わたしにとっての幸福は、私だけの幸福。誰からの共感もいりません」
 でもそうですね、もし皆がみていてくれるなら……認めてくれますか? 私が生きるこの今を。幸せばかりとは言えない毎日を、精一杯生きるわたしを。もしそうなら……わたしはきっと、いいえ、やっぱり、『幸福』なのです!

大成功 🔵​🔵​🔵​

クレイル・ソーンフォード
願い事をするなら
あの子達の幸せを願うくらいしか思いつかないと思っていましたが
最初のページに書かれた願い事を見て少し考えてしまいますね

おそらく満月さんも純粋な願いだったのでしょう
他者の為の願いだと言った所で、願い事なんてものは己の欲でしかない

己の勝手な思いをあの子達の所為にしてはいけませんね

あの子達が俺の為に悲しんだりしないように
俺は悪霊として世界を呪い続けます
それが俺の「望み」です

祈られた神様もお困りになるでしょうから
心に留めるだけにしておきます

そうですねぇ…代わりに
「今日の晩御飯は三人でお鍋食べたい」とでも書いておきますか




 はて、願い事なんて自分にあるのだろうか。浮かぶのはあの子達の幸せくらいしか思いつかないとおもっていたが、最初の頁に掛れた願い事を見て、クレイルは少し考えてしまう。
 恐らく、満月も本当のところ、純粋で真っ直ぐで曇りのない願いだったのだろう。しかし、他者の為の願いだと言ったところで、願い事なんてものは己の欲でしかない。誰かの幸せが己の幸せだなんて、頭が幸せか強欲者のどちらかだ。
「己の身勝手な思いを、あの子達の所為にしてはいけませんね」
 あの幼くも長齢の神様だったら、屹度「お前が願ってくれたら嬉しい」と言うだろう。あの底の見えない目目連なら「それならコレも願っておいて」とせびるかもしれない。そう考えると、この本を持ちかえってみたくもなるが、それはいけないこと。
 あの子達が俺の為に悲しんだりしないように――俺は悪霊として世界を呪い続けます。それが俺の「望み」です。とはいえそんな事、祈られた神様も困るだろうから、心の中に留めるだけにしておこう。万が一叶ってしまったら、あの子達、悲しみはしないでしょうけど、怒るでしょうからね。とくすり、口角をあげる。
 さて、かと言って何も書かずに古書を焼いてしまうのも勿体ない気がすると、クレイルは続けて三頁目に代わりの小さくて僅かな願い事を書き入れる。内容はシンプルに、でも贅沢に。
 ――今日の晩御飯は三人でお鍋食べたい――。
 このくらいの願い事、叶えてくれても良いんですよ、神様。それが俺にとっての、今しか味わえない『幸福』なんですから。

 インクが乾くのを待つ間、しばし古書の装丁の手触りと感じる。この感覚は、なじみ深いものだ。恐らくは人の……。考えるのも恐ろしい。クレイルはそういう類の妖怪ではない。人を嬲り怯えさせることはあっても、痛みと苦痛でもって死を与える存在ではない。
 乾いたインクは染みのようになって、擦ってももう消えることはない。それは刺青のようにも感じた。残酷な話ですねぇ、と、この本が出来た経緯を想像する。誰かの犠牲で成り立ったそれは、誰かの幸福を願って、幸福を生み出そうとする過去を招いてしまった。
 過ぎ去った思い出はとても綺麗で、場合によっては一等美しいものに感じるかもしれない。でもそれは今を生きているからだ。過去だけでは思い出は成立しない。オブリビオンの手なんかじゃあ、真の幸福は訪れない。
「分かってはいますけど、人は比べるものですからね」
 昔は良かった、という人は少なくない。しかし、過去には戻れない。であるならば、今を精一杯楽しむべきだ。じゃなきゃ幸福なんて、いつまで経っても夢のまた夢――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
僕の何を見てそう判断したのだろう
僕が“頑張って”いる事など、ひとつしかない

そのたったひとつさえ、君は受け入れ無かったというのに

彼女だって最初はもっと純真な気持ちだったのかもしれない
けれど
時間を重ねて行けば行くほど気持ちは形を変え名前を変え
そこに抱いた意味を、変えて行く

難しいね
不変を抱き続ける事は


さぁ、迷いと惑いの種を燃やしてしまおう
どうせ他人に頼るものだ
叶えられてもられなくても構わない程度の願いを記そうか

走らせ綴るは取り留めの無い事
美味しい夕飯にありつけますように
食べる事は生きる事だから少しでも楽しめた方が良いじゃない?

――これくらいのささやかな願いなら
お前も、受け入れてくれるでしょう?




 小部屋に入ったまどかは、「はぁ」とひとつ小さく溜息を零した。満月の放った言った一言が、心に残っている。いや、沈んでゆく。
 ――僕の何を見てそう判断したのだろう。僕が“頑張って”いる事など、ひとつしかないのに。
 まどかは特別頑張り屋だとか、真面目だとか、紳士的だとか、そういう分類には当てはまらない。先の戦いだって、まどかは満月の細腕を払いのけた。『幸福』へ導く手を拒否した。だってそうじゃないか、そのひとつきりの頑張りだって、君は受け入れなかったというのに。
 満月も、最初はもっと純粋な気持ちだったのかもしれない。夢見がちな少女のそれでなく、心の底から願っていたのかもしれない。けれど、時間を重ねて行けば行くほど気持ちは形を変え、名前を変え、そこに抱いた意味を変えてゆく。
「(難しいね。不変を抱き続ける事は)」
 口にも出さず想いを留めて。変わらないことは強さだし、また変われることも勇気ある行動だ。それは誰もが認めることだろう。でも、人は『変わりたくないのに変わってしまう』もの。身体も、心も、何もかも。それが不幸とは言わないけれど、幸福かどうかは人による。
 ――僕もいつか変わるのかな。変わってしまうのかな。どっちだって、僕は選んだりしないけど――。
 選ぶのは、決めるのは、いつもそこにいるのに目に見えないカミサマってヤツなんだ。そんな居るか居ないかも分からないものに、自分を委ねる気なんて更々ないけど。
 さぁ、迷いと惑いの種を燃やしてしまおう。どうせ他人に頼るものだ、叶えられてもられなくても構わない程度の願いを記そうか。走らせ綴るは取り留めのない事。でもとっても重要なこと。
 『美味しい夕飯にありつけますように』、食べる事は生きる事だから、少しでも楽しめた方が良いじゃない? ついでに明日の朝食のリクエストでもしておこうかな。って、これじゃあ目安箱かな。
 これくらいのささやかな願いなら――お前も、受け入れてくれるでしょう?

 ぱたんと閉じた本に書かれたお願いは、一体どんな神様が叶えてくれるんだろうか。八百万の神様ってやつかい? どうせなら、僕の願いも叶えてくれたらいいのにね。……分かってる、それは無理な話だって。それにさ、僕の願いは僕だけのものだ。ずっと変わらない、届く祈りは実りばかりで、失うことはない。じゃあもうそれでいいよ。まどかは目を閉じて、口を隠すようにして自らに呪いをかけた。
「僕の願いが、変わることがありませんよう」
 その他愛無い、強欲で、難題とも言える願いが聞き届けられるかどうかは、また別の話――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セツナ・クラルス
最初の1ページで手を止め、目を伏せて
…そうか、本気で願っていたのだね

他者を頼り、他者を受け入れることは悪いことではないと思うのだよね
立ち止まって、心身を休め、力を蓄えることは生きるうえで必要なことだ
だけどね、
止まっているだけではヒトは死んでしまうのだよ
最後には手を離して、自分の足で立たせなくては
救済とは言えないのではないかな

満月さん
あなたはきっと優しいヒトだったのだろうね
そして内心では孤独を抱いていたのかもしれないね

…もう少し、話をしたかったな
だって、私と彼女はとても似ているから

本に何か書こうとしたが
結局何も書かず背を向けた




 はらりと捲った最初の一頁で手を止め、目を伏せて。可愛らしい文字を感じながら、セツナは満月を想った。――……そうか、本気で願っていたのだね。
 他者を頼り、他者を受け入れることは悪いことではないと思う。立ち止まって、心身を休め、力を蓄えることは生きるうえで必要な事だと多くの人は自覚しているだろう。だけどね――止まっているだけでは、ヒトは死んでしまうのだよ。
 停滞、傍観、無関心。世の中に溢れる淀みに溺れそうになる人を助けたなら、最後はやっぱり手を離して、自分の足で立たせなくては、本当の意味での救済とは言えないのではないか。そうじゃなきゃ、人は浮き輪なしでは立てなくなってしまう。巣から飛び立つことが出来なくなってしまう。
 ――満月さん。あなたはきっと優しいヒトだったのだろうね。そして内心では孤独を抱いていたのかもしれないね。何故かって? だって、幸福を共にする仲間がいたのなら普通は満足するだろう。孤独に哀しんでいたから、幸福という夢をみたのだろう? でなければ、やっぱり満月さん、あなたはやっぱり優しいね。
 目を開けて頁を捲れば、他の猟兵が書いた何気ない願いが覗く。そのささやかな願いに自分も同席させてもらおうか、なんて一瞬考えたけれど、セツナは結局何も書かず優しく本を閉じた。いや、背を向けた。
 セツナの願いは本に書くような事じゃない。かと言って適当な言葉も思い浮かばなくて。だったら、無理に書く必要もない。どうせ焼かれてしまう本だけど、万が一叶っても怖いからね、と静かに笑う。
「……もう少し、話をしたかったな」
 だって、セツナと彼女はとても似ているから。あまりに人間らしく、救済を望んで、そして最後に堕ちたヒト。私がもしかしてそちら側の、或いはあなたがこちら側のヒトなら、きっと仲良くなれたかもしれないね。なぁんて、所詮は戯言。終わったことに意味を見つけようとしても其処に意義はない。

 セツナは書斎の中に複数の小説を見つけた。タイトルに惹かれたそれは『果てのない旅路』『愛に全てを』『幸福の結末』。彼女はこれらの本を読んで、その上で幸福を願ったのだろうか。一冊手に取ってみる。セツナは活字には慣れている方だが、中々に哲学的な内容の本のようで難しい。
 満月の心の内が孤独だったなら、この本たちが友達だったのかもしれない。そして一人きりで思い至ってしまったのだろう。『世界が全て幸福になればいい』と。小説や哲学書を現実にしようと、たった一人で頑張って。信者を集めて、過去中から幸福を集めて。
 やっぱりあなたはオブリビオンだ。神様は救済だけを与えない。苦しみも、哀しみも、別離も、何もかもを与える。幸福だけを与えるなんて――悍ましいナニかだから。
 だから、今度生まれ変わることがあったら、何か話そうよ。君の願う幸福とは何か、まずはそこからかな――?

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年09月28日


挿絵イラスト