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散った華に縋りしは、臓腑を貪る悪蟲なり

#UDCアース #UDC-HUMAN

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#UDCアース
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 ――さて。早速だが、諸君らには問いを一つ投げ掛けたい。
   罪に罰を与えることは、冷酷な所業なのだろうか、と。

 ……皆さんは誰も彼も、私は悪くないと言ってくれるのです。
 一年半前の冬、あの放課後の時間に起こった一連の出来事について。
 交通事故で一人亡くなったことも、連続通り魔に襲われて殺された二人のことも、自殺してしまった一人のことも。部活で同じ時間を一緒に過ごした先輩方が、次々と命を落としたのは、誰の責でもないと。ただ間が悪かったのだと、或いは運が悪かったのだと。そう言って、私を慰めてくれます。

 きっと、真実はそうなのでしょう。
 ですが、本当にそうなのでしょうか。

 確かに、事故は不運な出来事だったのかもしれません。そもそも、私が入学する前の出来事でしたから。でも、その後のことはどうなのでしょうか。
 私は知っていました。警官だった心配性の兄から、事故と通り魔について話を聞いていたから。友達に関する事だからと、違反を承知で教えてくれました。
 私は気付くべきでした。自ら死を選ぶほど先輩が思い悩み、追い詰められていることに。あの人が裡に抱いていた恐怖を感じ取れる場所に、ずっと居たのですから。
 でも、あの時の私は、ただ怖いと。恐ろしいと。怯え震えるだけでした。
 きっと、何かが出来たはずなのです。もう少しだけ、より良い結末に進められたはずなのです。私にはそれが出来る立場があり、情報があった。
 でも結局の所、私は何もしなかったのです。なのに、誰も私を責めません。仕方がなかった、どうしようもなかった、誰も悪くない、気にするな、いっそ忘れてしまおう、そう思えるだけ立派だ。そう皆が気遣ってくれるのです。励ましてくれるのです……でも。

 きっと、私が本当に欲しい言葉は慰めではなく、罰だと。いまでもそう思うのです。

 ――さて、それを踏まえた上で。諸君らにはもう一つ、問いを投げ掛けたい。
   罪に罰を『与えぬ』ことは、果たして優しさと呼べるのだろうか、と。


「ヘロー、ルゥナさんだよ! 集まって貰って早速なんだけど、皆に一つ質問だ。サバイバーズ・ギルトって知ってる?」
 グリモアベースにやって来た猟兵たちを一瞥すると、ルゥナ・ユシュトリーチナは開口一番そんな問いを発した。眉根を顰めて疑問を示す者と、ああと単語の意味を解する者の割合は半々と言った所か。それを見て、うむとルゥナは頷く。
「オーケー、説明しておいた方が良さそうだねぇ。サバイバーズ・ギルトってのは直訳すると『生還者の罪悪感』って意味でねぇ……端的に言えば、災害や事件、虐待など命の危機に見舞われた人が生き延びてしまったことによって抱く、一種のトラウマだ」
 人は異常な事態に直面した際、往々にして無力だ。ただ怖れ、逃げ惑い、あるいは思考を停止し流される事を選ぶ。だが、猟兵と言う例外を除けばそれが寧ろ普通である。しかし、後々冷静になって振り返ると、人はどうしても『もしも』を考えてしまうのだ。
「自分は誰かを見殺しにしてしまった。無理だと切り捨ててしまった。あの時、もし行動していれば命を救えたかもしれない。あるいはいっそ、自分が代わりに犠牲となっていれば……そんな生存者たちの抱く自責感、それがサバイバーズ・ギルトさね」
 此度の依頼はこの概念を念頭に入れて臨んで欲しいと告げた後、ルゥナは本題へと話題を移す。

「今回向かう先はUDCアースに在るとある学園。依頼したいのは……UDC-HUMANと化した女生徒の救出だ」
 女生徒の名は江崎伊織。該当の学園に通う、受験を控えた高校三年生だ。まず、彼女が何故異形と化したのかを知る必要があるだろう。UDC組織から取り寄せた資料を捲りつつ、ルゥナは説明を進める。
「彼女は部活として文芸部に所属していたんだけど、それが何というか曲者でねぇ。ここ一年半ほど、部員から死人が立て続けに出ているみたいだ」
 江崎が入学する前に或る生徒が交通事故で亡くなったのを皮切りに、猟奇的通り魔に巻き込まれて二名が、更にそれに影響されたと思しき自殺によって一名が命を絶っている。つまり、短い間で合計四人もの人間が死んでいるのだ。
「呪われているかとも思ったけど……どれも既に解決済みだよ、UDC組織的にはねぇ。つまり、今回それらについて手を伸ばす必要はなさそうだ。問題は、先ほども言った通り生き残った側にあるのさ」
 亡くなったのはみな文芸部の先輩である。どうやら江崎は死んだ彼女らに対して罪悪感を抱き思い悩んでいた様子なのだ。唯一、交通事故の被害者とは面識が無かったものの、最後に発生した自殺の遠因にもなっていたと考えていたらしい。
「勿論、この娘には何の責任も無いってのは裏が取れてる。ただねぇ……彼女のお兄さんが警察だったってのが、事態をややこしくしているんだよ」
 警察の職務的な是非は置いておくとして、江崎は兄から交通事故や通り魔事件について幾ばくかの情報を得ていた。妹を慮ってのことなのだろうが、これが少々不味かった。
「自分は他人よりも、多くの情報を知っていた。自分が何かしら行動していれば、もしかしたら先輩方は死ななくて済んだかもしれない。でも、自分はただ怯えているだけだった……生半可に事情を知っていた分、そんな想いを抱いていたみたいだね」
 江崎は今、仲間たちと一緒に過ごしてきた文芸部の部室に居る。だが彼女の元へ辿り着く為には、少女の絶望に誘われて集まってきた無数のUDCを蹴散らす必要があるだろう。
「ま、幸か不幸かこんなご時世だ。生徒や職員はさっさと帰宅しているみたいだし、UDC組織も手を回している。一般人の視線は気にしなくても大丈夫みたいだねぇ」

 要約すると、今回の事件はそうした罪悪感に囚われた少女が、絶望によってUDCへと変じてしまったという内容だ。しかし、そこで或る疑問が生じる。何故、今頃になって? 事件そのものが起こったのは、一年半前だというのに。
「……仮に、だ。ある種の自罰欲求を抱く相手に当たり障りのない、それこそ毒にも薬にもならない慰めを吐くことに意味はあるのだろうかねぇ。それも、相手が本当に望んでいる言葉を知りながら、敢えてそう振舞っていたとしたら」
 はた目から見れば、効果のほどは別として良き光景なのやも知れぬ。だが、実態はどうだろう。軋みを上げる心を間近で眺めつつ、『何もしない』という行為を行い続ける。確かに害はない。傷つけてはいない。やってること自体は、悪ではない……が。
「それは本当に……罪が無いと言えるのかねぇ?」
 どこか含みを持たせた物言いを最後に、ルゥナはぷかりと葉巻に火を点け。
 グリモアを起動させ、猟兵たちを送り出すのであった。


月見月
 どうも皆さま、月見月で御座います。コロナ許すまじ。
 さて、今回はUDC-HUMANと化してしまった女生徒の救出、及びその原因となった人物への制裁を行っていただきます。
 学園UDCとも思いましたが、内容的にはこちらが向いているかなと。
 それでは以下補足です。

●最終成功条件
 UDC-HUMANの救助。

●一章開始状況
 放課後の学園。昨今の時世的に生徒・教員は早々に帰宅しており、人の姿は疎らです。UDC組織も既に人払いに動いている為、学園外に出なければ一般人の視線を気にする必要はありません。
 学園中には絶望に誘われた有象無象のUDCが跋扈している為、まずはこれらを駆逐しながら江崎のいる部室を目指す事となります。

●江崎伊織
 受験を控えた高校三年生。気弱な性格であり、当時一年生だった時に直面した事件・事故の際、ただ怯えるだけでした。兄が警官のため他の人よりもやや情報を深く知っており、それが却って自責の念を強めてしまっているようです。

●UDC化の原因について
 一章では敵の性質から、二章では直接本人と対話して、制裁対象の手掛かりを探ることが出来ます。最終的に上手く救出することが出来れば、本人から訊くことも可能です。

●プレイング受付開始について
 公開後、断章投下時に合わせて告知いたします。

 それではどうぞよろしくお願いいたします。
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第1章 集団戦 『嗚咽への『影』』

POW   :    嗚咽への『器』
戦闘力が増加する【巨大化】、飛翔力が増加する【渦巻化】、驚かせ力が増加する【膨張化】のいずれかに変身する。
SPD   :    嗚咽への『拳』
攻撃が命中した対象に【負の感情】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【トラウマ】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    嗚咽への『負』
【負】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【涙】から、高命中力の【精神をこわす毒】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●秋の訪れ、冬の静寂、嘆きの羽音
 時刻は夕暮れ、場所は或る学園。本来であれば部活に精を出す生徒たちの姿が其処此処に見受けられたのであろうが、今は人っ子一人見当たらない。昨今の忌まわしき病に加え、UDC組織が先手を打って人払いを行ってくれたのだろう。校門前に降り立った猟兵たちを出迎えたのは、どこか伽藍堂とした空虚さだけだった。
 しかし、鋭敏な感覚を持つ者であれば、徐々に学園内で増えつつある気配に気付くことが出来るであろう。影の中から這い出し、虫の音の代わりに嘆きを奏でる異形の群れを。それらは校舎内に留まっている江崎伊織の絶望に誘われ、まるで明かりに集る羽虫の如くその密度を増しつつある。
 ――悪いのは誰。悪いのは何。
 ――誰でもない。何でもない。
 気が付けば、耳を澄まさずとも影たちの零す囁きを拾い上げることが出来た。それらは口々に疑問や慰めの言葉を垂れ流している。少女に対する同情や憐憫故か? 否、断じて否だ。あれは邪悪で在り、そも揺れ動く心など無き影法師。ただ少女がより深く絶望するであろう言葉を、機械的に繰り返しているに過ぎない。
 ――悩み過ぎだ。もう終わったことだ。全部過去のことだ。
 ――あなたは悪くない。気に病む必要はない。
 発せられる言葉は軽く、当たり障りが無く、故に寒々しい。しかし、現れたばかりの異形たちがなぜ、少女の厭う言葉を把握しているのか。もしかすれば、この場に染みついた何がしかの記憶を掬い上げ、木霊の如く再び反響させているのやもしれない。少女が絶望に堕ちた理由の手掛かりになるかもしれないが、内容自体は毒にも薬にもならないものだ。一先ずの優先目標は文芸部の部室へと辿り着くこと。道すがら嫌でも耳にするだろうし、そこまで意識せずとも良いだろう。事前にUDC組織の協力によって、部室の位置は把握出来ている。校舎の壁が比較的新しい箇所、そこが目的の場所だ。

 ゆっくりと沈み逝く夕暮れと、濃密さを増してゆく昏い影。
 猟兵よ、いまはただ駆けてくれ。まだ正解への道筋は分からずとも、少女へと言葉を掛ける為に。

※マスターより
 プレイング受付は9日(金)朝8:30~となります。
 UDC蠢く校庭と校舎を踏破し、部室を目指して進んでください。周囲の人払いは済んでいる為、余程規模が大きくなければ隠蔽工作などは気にしなくても問題ありません。
 それではどうぞよろしくお願いいたします。
エメラ・アーヴェスピア
…この事件には関わるべきよね
文芸部に関しては覚えているわ…間違いじゃなければ私も関わった依頼よ
もうそんなに時間がたったのね、今思えば彼女も…いえ、やめましょう
猟兵と言えど全てが救える訳ではないのだから
…あの時に残った疑問は今回に関係するのかしら…?

『出撃の時だ我が精兵達よ』、大盾と銃剣を装着した長銃を装備
盾で防ぎながら反撃で応戦よ
機械の兵に感情はない…今回の状況で盾にするにはうってつけと言う訳
私は攻撃を受けないようにしつつ後ろから援護射撃及び【情報収集】よ
気になる事は多いけれど今は前へ進みましょうか…変わっていなければ、部屋の場所も確実に判るし、ね

※アドリブ・絡み歓迎



●かつて、あの日に蒔かれた種は
「……この事件には、きっと関わるべきよね。文芸部に関しては良く覚えているわ……間違いじゃなければ、私も関わった依頼よ。あの時出会った部員たちも大半は卒業して、残るは一人だけ。気付けばもうそんなに時間がたったのね」
 校門に降り立ったエメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)は、眼前に広がる校舎へジッと視線を向けている。視界に重なるのは一年半前、此処を訪れた冬の日の事。此度の事件があの悲劇から地続きであるのならば、彼女が動かぬ理由は無かった。
「思えばあの時の『彼女』も……いえ、やめましょう。猟兵と言えど全てが救える訳ではないのだから。今やるべきことは、まだ間に合う命を確実に助け出す事よ」
 そう言ってパチリと半機人が指を鳴らした瞬間、夕陽に伸びる影が三桁近くにまで増える。それは一糸乱れぬ姿勢で並ぶ、蒸気機械の兵士たち。黒々としたシルエットにカメラアイの輝きが浮かび、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「まずは校庭を突破して、校舎内に突入するのが先決よ。その為にも装備は壁代わりになる大盾と、白兵戦も想定した剣付き長銃が最適かしらね。さぁ、進軍を開始しましょうか」
 こうしている間にも沈みゆく陽に伴って影は濃密さを増し、その内から影法師が出現し続けている。校舎を目指すのであれば、必然的にアレらとの衝突は免れない。その場合、機兵たちの突破力が重要となるはずだ。エメラが号令を掛けると、部隊は密集陣形を維持しつつ行動を開始してゆく。
「それにしても……あの時に残った疑問は今回に関係するのかしらね?」
 偶然か、必然か。こちらの動きを察知して殺到し始める影法師たちを油断なく睨みながら、半機人はその中心でぽつりと小さく疑問を零すのであった。

 ――貴女は何も悪くない。だから忘れてしまえば良い。
 ――いまさら思い出しても良い事なんてない。
 襲い掛かってくる影法師たちの囁きは極めてか細い声音だったが、それを発する数が数である。輪唱の如き空虚な慰めに、さしものエメラも眉を顰めざるを得なかった。
「字面だけ見ればなんてことは無いのでしょうけど……意図が透けて見えてしまえば、ただただ不愉快なだけね」
 叩き込まれる無数の拳を大盾で受け止めながら、ジリジリと前進を続けるエメラと機兵たち。拳打は単なる物理攻撃に留まらず、負の感情を付与しトラウマを引きずり出す異能を秘めている。だが、彼女に限っては問題にはならない。
「機械の兵に感情はない…今回の状況で盾にするにはうってつけと言う訳よ。ただ、押されっぱなしも宜しくはないし、こちらも反撃と行きましょうか」
 エメラが金色に輝く浮遊ガトリングガンを呼び出した瞬間、機兵たちは盾の間を少し開けると同時に剣付き長銃を槍の如く繰り出した。銃剣の切っ先をがっちりと敵に食い込ませた後、瞬時に発砲。敵を押し返し距離を離した後、ガトリングガンの斉射によって掃討してゆく。それにより耐久限界を超えたのか、影法師たちはどろりと輪郭を崩すと跡形もなく消えていった。
「個々の戦闘力はそれほどではないわね。ただ、感情に対する異能と数が厄介かしら」
 そうして着実に歩を進める一方、後ろをちらりとみやれば新たな個体が影の中から這い出てくるところだった。殲滅を続ければいずれは尽きるだろうが、有象無象に時間を取られている暇はない。
「気になる事は多いけれど、今は前へ進みましょうか……変わっていなければ、部屋の場所も確実に判るし、ね。ただ、そうね」
 目的の場所へ視線を向けつつ、エメラはふと思う。もしかしたら、掛けられた言葉の数だけ影法師は居るのではないのだろうかと。であれば一体どれだけの間、少女はこの虚無を浴び続けたのだろうか。そんな事を頭の片隅で考えながら、半機人は校舎内へと突入するのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

春乃・結希
私、中学校入る前に旅に出たから
高校もどんな所かよく知らないけど
きっと楽しい所なんだと思ってた
でも、ここはなんだか…全然面白くなさそうですね

気分を紛らわす為、学園内を観察しながら部室を目指す
はー。やっぱりグラウンドも広いし、教室も広いねー
だけど嫌でも耳に入ってくる声
…そうそう。こういうのです
これも私が人やなくて、剣を選んだ理由
なんて無責任で、想いの無い言葉なんだろう
相手の気持ちなんて考えてなくて、優しく慰めてる自分に酔っているだけ
その程度の言葉なんて、無い方が良い

言葉はなくとも、いつも側に居てくれる『恋人』と
回数を捨て威力に特化した『wanderer』で
歩く先の影を無感情に叩き潰す

…うるさいよ。



●それはきっと、幸福の残照
「私は中学校へ入る前に旅に出たから、高校がいったいどんな所なのかよくは知らないけど。きっと、とっても楽しい所なんだと思ってた……でも」
 カツン、カツンと。長い廊下に足音だけが反響してゆく。先陣を切った猟兵の戦闘に乗じて校舎内へと侵入した春乃・結希(withと歩む旅人・f24164)は、歩きながら周囲へと視線を向けている。だが始めこそ興味深そうな色を浮かべていた瞳は、今やもうすっかり冷めきっていた。
「ここはなんだか……全然、面白くなさそうですね」
 勉学に部活、行動範囲と何よりも自由度。それらは上位の教育機関へ行くにつれてより高く、より大きく広がってゆく。背伸びしたくなる年頃にとって、それは心躍ることであろう。しかし、本来あるべき暖かな雰囲気をこの場所から感じ取ることは出来なかった。
「はー。やっぱりグラウンドも広いし、教室も広いねー。やっぱり、小学生よりも一人一人の体がおっきいからかな。時期が時期じゃなきゃ、本来の空気も感じられたのかも知れないけど」
 窓から見える橙色に染まった校庭に、陰影を孕んだ伽藍堂の教室。全ては流行り病の世知辛さ。過度な接触を避ける事が推奨されて早半年近く、こうなるのもむべなるかな。しかし此度は、それ以上に鬱々とした空気を醸し出す原因が居た。
 ――他の人の言う事なんて気にしなくていいです。聞いても辛いだけ。
 ――もう当時を知るのは貴女だけなんですから。頑張って部を存続させましょう。
 囁きが聞こえる。机の引き出しから、廊下の曲がり角から、階段の上から、窓の外側から。足音よりもなお寒々しい音の羅列が、嫌が応にも耳朶へと染み込んできた。我知らず、少女は不快げに眉間へと皺を寄せる。
「……そうそう。こういうのです。これも私が人やなくて、剣を選んだ理由。集団と言う群れの中から離れ、ただ刃と共に歩もうと決めた一因」
 忌々しそうに溜息を吐きながら、愛剣を鞘走らせる結希。と同時に、ずるりと無数の影があちこちより姿を見せる。前後左右を挟まれた構図となるが、少女としては危機感よりも嫌悪感の方が勝っているようだった。
(内容的には件の生徒さんへ浴びせられた言葉かな? なんて……無責任で、想いの無い言葉なんだろう。まるで真綿に包まれた毒やね。見た目だけ取り繕って重みも価値も無く、受け取ってもただ蝕まれるだけの)
 字面だけ見れば、確かに耳障りは良いのかもしれない。だが影法師の発する反響であるにも関わらず、そこには確かな悪意が感じられた。こんなものを、女生徒はどれだけ浴びてきたのだろう。
「相手の気持ちなんて微塵も考えてなくて、優しく慰めてる自分に酔っているだけ。そんなの壁に話しかけているのと同じやけん。その程度の言葉なんて、無い方が良い」
 由来はどうあれ、少女が抱いた印象は負に属するものに違いない。影法師たちはぶるりと身を振るわせるや、一斉に黒々とした涙を撒き散らし始める……が。
「言葉は発せずとも、自ら動けずとも……ただ、傍に居てくれる。それだけで何処までも歩いて行けるんだって、私は知っているから」
 汽笛の如く蒸気を噴き上げながら、魔導脚甲に包まれた軸足が床を踏み締める。そのまま身体を捻るや、ぐるりと薙ぐように黒鉄の剣を振り抜く。手数を排し、威力を追求した一閃。それは降り注ぐ毒涙を、一滴余さず敵自身へと叩き返した。そうして束ねられた髪が落つるよりも前に、手近な敵へ肉薄しつつ結希は剣を翻す。
――貴女は一人じゃない。僕も居……。
「……うるさいよ」
 耳障りな大気の震えは、黒刃の巻き起こす旋風に掻き消え。それはもはや『斬る』というよりも『潰す』と形容すべきか。間断なく振るわれる剣撃によって影法師たちはひしゃげ、弾け飛び、崩れ落ち、ただの染みと化してゆく。それすらも、瞬き一つする間に消えていった。
「まるで……自分たちが吐いた言葉と、同じですね。何処にも残らず、誰にも響かない」
 そうして、その様を無感情に一瞥しながら。少女は目的の場所へと至るべく、再び歩き出すのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

リック・ランドルフ
兄として妹が心配なのは分からんでもないが。…でもなぁ、警官としてそりゃ…なぁ?……仕方ねえ、国も課も違うが。同じ警察として、後始末着けるもするか。

事前に【情報収集】で、校舎の構造は把握済み。これで最短ルートで部室に行ける筈だ。

道中は物陰や曲がり角に注意、警戒して進む。

UDCに遭遇したら、直ぐ様拳銃で先制攻撃、そして近くの身を潜められそうなものを遮蔽物として利用、その後も拳銃で対処する。【クイックドロウ、早業、地形の利用、戦闘知識】

そして、銃声が響いたら、多分だが、他のUDCもやってくるだろう。そしたら…仕掛けてみるか。

遮蔽物から飛び出て敵に接近、UCを発動だ。……見せて貰うぜ、彼女を選んだ訳を



●気遣いと、葛藤と、職務と
「気持ち的に、兄として妹が心配なのは分からんでもない。でもなぁ、警官としてそりゃ……なぁ? 善意は結構だが、その手の話ってのは往々にして若い嬢ちゃんには刺激が強すぎるんだがね」
 紫煙と共に吐き出された呟きは、同情と苦々しさの入り混じったもの。同じ警察機構に属する者として、リック・ランドルフ(刑事で猟兵・f00168)も思うところが在るのだろう。短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込みながら、代わりにホルスターから自動拳銃を抜き、安全装置を解除する。
「それでトントン拍子に事が運べばいいが、そうドラマや映画のようにはいかないからな……仕方ねえ、国も課も違うが。同じ警察として、後始末を着けるとするか。そもそも、嬢ちゃん自身に罪はないんだしな」
 リックは適宜廊下の曲がり角や空き教室に身を隠しつつ、足音を忍ばせながら着実に校舎内部を進んでゆく。進行方向へ銃口を向けてクリアリングをしながら、もう一方の手でカタツムリのマークが目を惹く電子端末を起動させていた。
(勿論、マナーモードはばっちり。不意の着信で感づかれるなんて、ベタな展開は御免被るからな……で、だ。目的の場所については既にUDC組織から共有済みと。しかし有難いことだが、いやに情報が詳細だな)
 指先でフリックしつつ、刑事は見取り図や過去の事件について素早く目を通してゆく。急ごしらえで調べたにしては情報量が多い。短期間に四人も同じ部活の生徒が死んでいるのだ、UDC組織が事前に目をつけていたとしても不思議ではないだろう。一抹のきな臭さを覚えつつ、最短経路を頭へ叩き込んだリックは端末を懐へと仕舞い……。
 ――死んだ皆さんもこの部が無くなるのは寂しがるはずです。だから頑張りましょう。
「っ!? なるほど、影だから足音もないってか!」
 背後から、それも耳元で囁くように聞こえてきた言葉を聞いた瞬間、刑事は咄嗟に手近な教室へと飛び込んだ。瞬間、先ほどまで立っていた場所が轟音と共に破壊される。恐らくどこかの影から這い出てきたのだろう、身体を巨大化させた影法師が床へと拳をめり込ませていた。相手の囁きを発する特性が無ければ、手痛い一撃を喰らっていただろう。
「悪いが、今ので俺を仕留められなかったのが運の尽きだな。そんだけ図体がデカければ、こっちにとっちゃ良い的だ」
 拳銃を構え直すリックに対し、影法師はメキメキと教室のドア枠を軋ませながら室内へと入ってくる。そのまま距離を詰めて刑事を叩き潰さんとする異形だが、猟兵側の方が一枚上手であった。
「仮にも影だろ? なら、コイツは苦手なはずだよなぁ!」
 衝突の寸前、強烈な光を放ったのは拳銃に備え付けられたフラッシュライトである。視界を潰された影法師の勢いが僅かに減じたその瞬間、リックは立て続けに引き金を引き鉛玉を相手へと叩き込む。銃声は一発、命中弾は二発。眉間と心臓を射抜かれた影法師は崩れ落ちると、呆気なく消滅してゆくのであった。
「さて、この場は凌いだが一難去ってまた一難か。銃声は良く響くからな。ま、気になることも出来たし、ある意味都合が良いとも言える……ひとつ、仕掛けてみるか」
 熱を帯びる薬莢を回収しつつ、そう独り言ちるリック。果たして、間を置かずして発砲音を聞きつけた別個体が姿を見せる。それに対し、今度は刑事から相手の懐へと踏み込み……。
「囁きだけじゃさっぱりなんでな……見せて貰うぜ、彼女を選んだ訳を」
 異形の首根っこを引っ掴むや、黒板へとめり込ませた。異能にまで昇華された、有無を言わせぬ尋問術。それは半ば強制的に、相手から情報を絞り上げてゆく。
「事件を発端とする根も葉もない噂、それによって寂れてゆく部活動。なるほど、思い出の詰まった場所を立て直そうと一人で必死に……いや」
 大まかな背景事情を掬い上げながら、リックはすっと目を細める。朧気に伝わってきたのは、件の女生徒と思しき姿と……加えて、もう一人。
「……コイツが第一容疑者って訳か」
 刑事は相手から聞ける情報はもうないと判断し、そのまま教卓へ叩きつけて消滅させる。そうして本格的に敵が集まって来る前に、教室から離脱してゆくのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
(UDC-HUMANとは別件、半ば自殺の様な形で護衛対象の少女が邪神に覚醒、【討伐】に参加した経験から人のUDC変異に思う所ある)

サバイバーズ・ギルト…私が向かっても、木乃伊が木乃伊取りに『来るな』と警告するかのような滑稽な行為かもしれません

…いえ、もっと醜悪ですね
江崎伊織様は、あの少女の代用品であってはならないのに

ですが、騎士として人を救う…
それが私のレゾンテートルなのですから

なるべく広い場所を進み影を近接攻撃で排除しつつUC●情報収集
報告書(恋は散華の如く~)は確認済みですがそれは『裏』の事実
江崎様が置かれた環境は『表』

囁きという外縁をなぞる事で彼女の絶望の輪郭と内心推論
接触時の交渉に備え



●代償行為と存在意義
「……ただの少女が異形の怪物に、ですか」
 総身に纏った重量でリノリウムの床を軋ませながら、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は下駄箱の立ち並ぶ玄関口へと姿を見せる。零れ落ちる呟きはどこか憂いを帯びていた。如何な大人数を収容する校舎とは言え、鋼騎士の巨躯にとっては些か手狭な造りである。戦闘が発生するであろう事を鑑みれば、必然的に進行経路は限られてくる……のだが、彼の声音が翳っている理由はまた別に在った。
「サバイバーズ・ギルト、生還者の罪悪感……私が救出へ向かっても、木乃伊が木乃伊取りに『来るな』と警告するかのような滑稽な行為かもしれません」
 記憶回路に浮かび上がるは、此度の発端と同じ一年半前の冬に起こった或る事件について。救う為に駆け付けた、護る為に盾を掲げた。そして……助けるはずの少女は自らの意志で邪神と化し、騎士は刃を振るわざるを得なかった。今思い出しても苦々しく、忌むべき記憶だ。だが、忘れる事など出来はしない。『覚えていて欲しい』と、そう願われたが故に。
「………いえ。これはきっと、もっと醜悪な代償行為ですね。江崎伊織様は、あの少女の代用品であってはならないのに。それとも、私は彼女の存在を『助け出した数多の人々の一人』にまで、無意識に矮小化せんとしているのでしょうか?」
 最後に交わした会話が微かな電気信号となって回路に疼く。己の救いの無さに我ながら呆れかえるが、それよりもなお度し難きはそう感じながらも自らの在り様を変えられぬことだ。
「こうして自問自答しても、答えを見つけることは出来ません。ですが、騎士として人を救う……それが私のレゾンテートルなのです。例え愚かしくとも、滑稽であろうとも、それを貫くのがきっと、あの少女が『特別』であるという証明になるのでしょうから」
 誰かを取り零す事など、一度きりで十分だ。二度目など、絶対に許容できはしない。トリテレイアは広い経路を選んで進みつつ、アイカメラと集音センサーをフル稼働させて周囲を探ってゆく。
 一方、それと合わせてUDC組織から提供された情報の精査もまた同時に行っていた。と言うのも、列挙された情報に何らかの意図を感じた為である。
(なるほど、やはり……どうにも情報が詳しすぎると思いましたが、過去にもUDC絡みの事件がこの学園で発生していたのですね)
 別の猟兵も情報量の多さに違和感を覚えていたが、その理由もまたUDCだったのだ。別の文芸部員が引き起こした、一連の猟奇殺人。猟兵によって討伐された彼女の死は自殺として隠蔽されたのだが、それによって更なる悲劇が起こるとは何たる皮肉か。
(ですが、それは飽くまでも『裏』の事実。対して江崎様が置かれた環境は『表』です……確かに一因ではありましょうが、原因そのものではないはず)
 絶望に堕ちた切っ掛けを求めながら、校内を行く鋼騎士。彼が階段に差し掛かったところで、不意に頭上から声が聞こえた。
 ――あんな事を言う人と仲良くする必要はないですよ。
 ――大丈夫です、まだ僕が居ますからね。
「階段を塞ぐ影の壁、ですか。どうやら、この先へどうしても行かせたくないようですね」
 見上げると巨大化し膨れ上がった影法師が二体、まるで型に嵌められたかの様に踊り場をみっちりと隙間なく埋めていた。部室への最短経路がこの階段だという事実は、恐らく無関係ではないだろう。トリテレイアは獲物を構えつつ、それらの発する囁きを分析する。
「……為になる諫言とは得てして耳に痛いモノ。察するに、元凶は同じ文芸部の関係者。理解者の振りをして江崎様から人を遠ざけたのでしょう。なれば、その意に従う義理もありません」
 通さぬと言われて迂回路を探すほど、いまは悠長な事態ではない。攻城戦は騎士の誉れ、生憎と強行突破は宇宙戦艦の装甲板で慣れている。況や、それに硬度で劣る影など語るに及ばず。トリテレイアはスラスターを吹かせて瞬時に加速。騎士剣を楔に、大盾を鉄槌に見立て、敵へと吶喊するや――。
「強引で恐縮ですが……罷り通らせて頂きます!」
 影法師の壁を粉々に打ち砕き、勢いもそのままに上階へと辿り着くのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

グァーネッツォ・リトゥルスムィス
「他の人の言う事を気にするな」か、ふざけやがって
誰も伊織に何もしてこないんじゃない、誰か一人が伊織に思いっきり干渉してるじゃねぇか!
伊織を助けた後の為にも大至急部室へ行くぞ!

影共の嗚咽も一応聞き耳立てて情報収集するが攻撃してきて進行を邪魔するなら
竜封掌打で壁や床、天井に縫い合わせ竜言語で闇竜を召喚し、
好物の影を食わせてやる条件で協力しながら突破するぞ
巨大化しても格好の的だし闇竜とのコンビネーションで対空に対処するし
驚かせようとも今のオレは怒っててそれ所じゃないんだ!

伊織に部の存続を強要させたい立場の人間は「部の顧問」だけだろうが、
一体今になって伊織をUDCにさせかけている言葉とは何なんだ!?



●陰鬱を吹き散らせ、怒りよ
「『他の人の言う事を気にするな』か、ふざけやがって……誰も伊織に何もしてこないんじゃない、誰か一人が伊織に思いっきり干渉してるじゃねぇか!」
 空虚な囁きが反響する伽藍洞の校舎に、怒号と猛々しい破砕音が響き渡る。集った猟兵たちの誰もが此度の事件について何がしかの想いを抱いているが、中でもグァーネッツォ・リトゥルスムィス(超極の肉弾戦竜・f05124)の激情は取り分け苛烈なものであった。
「さも心配している風な表情を装って、内心は何も感じちゃいない。いや、それどころか面白がっている様にすら聞こえる。陰湿過ぎて反吐が出るぜ!」
 彼女の性格は快活かつストレート故、こうした回りくどい悪意と言うものには殊更嫌悪感を抱くのだろう。当たるを幸いに得物を振るい目についた影法師たちを片端から粉砕していた彼女は、その過程で校舎とそれ以外の施設とを結ぶ渡り廊下に辿り着く。
「文芸部だし、部屋が在るとすれば体育館とかよりも校舎内だよな。伊織を助けた後の為にも大至急部室へ行くぞ!」
 そのまま校舎内へ突入しようとするも、出入り口は閉ざされていた。だが、扉が閉まっているのではない。影法師が肥大化させた身体を以て、みっちりと出入り口を埋めていたのである。
「はっ! 通したくないってことは、やっぱりこっちで正解なんだな! 其処を退……っ!?」
 だがその程度では突入を諦める理由になどならない。拳を構え、強引に押し通ろうとした瞬間、背後に幾つもの気配を感じて咄嗟に振り返る。すると体育館内部に発生していたであろう影法師たちが、グァーネッツォの気配を察知し渡り廊下を伝って殺到して来ていたのだ。
 ――僕が居るから大丈夫です。心配しないでください。
 ――死んだ皆さんもみんな仲が良かったんですよね?
「相も変わらずべらべらと口先ばかり……っ! こっちは先を急いでいるんだ、とっとと片付けてやる!」
 相対する猟兵が膂力に長けた存在だと察知したのか、相手はボコボコと身体を肥大化させて襲い掛かってくる。敵の足止めに歯噛みしながらも、少女は早急にカタをつけるべく応ずるように前へと踏み込んだ。
 繰り出さる拳撃を壁伝いに飛び上がって躱し、反撃の掌底によって地面へとめり込ませる。そのまま崩れ落ちた相手の身体を踏み台としてさらに前進。左右の手でそれぞれ一体ずつを沈黙させた。しかし、相当な数が屯していたのか、敵影が途切れる様子はない。このままでは埒が明かぬと、グァーネッツォは小さく古き言語を口遊む。
「校舎内だったら備品を壊さないか心配するところだけど、ここは飽くまでも外だ。一気に蹴散らすぞ、闇竜!」
 呼び声に応えしは漆黒の鱗を纏いし魔竜。闇を司る存在にとって、影で出来た異形たちは格好の獲物なのだろう。ちろりと舌なめずりをしたかと思うや、顎を開き召喚者と共に敵へと襲い掛かってゆく。追加戦力によって彼我の戦力差は逆転、影法師たちはジリジリと後退を余儀なくされる。それを見かねた一部の個体が渦を巻きながら飛翔し、或いは身体を膨張させ、蛮人の勢いを削ごうと試みるのだが……。
「無駄だ! 竜を相手に空から挑むのも、オレを驚かせようとするのもな! こっちはずっと怒り心頭なんだ!」
 鎧袖一触とはまさにこの事。飛び上がったものは引きずり落とされ、膨張した身体は引っ掴まれて投げ飛ばされた。反撃の芽さえも摘み取られてしまえば、後はもう脆いもの。数分と経たず、影法師の群れは殲滅されるのであった。
「嗚咽を聞く限り、元凶は文芸部の関係者か? 伊織に部の存続を強要させたい立場の人間は顧問か、それとも他の部員なのか。一体今になって伊織をUDCにさせかけている言葉って何なんだ!?」
 情報は未だ断片的で、真相は陰の中。それを確かめる為にも、グァーネッツォは出入り口を封鎖していた影法師を打ち破るや、再び部室を目指しひた駆けるのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

レッグ・ワート
繊細なんだか図太いんだか。どっちもだよな。そんじゃ仕事しようか。

寄り道するわ。一応確認したいこととか密集地でも出てこない限り戻りはしないけども、職員室やら各学年の教室前の廊下をぐるっとね。急いだ方が良ければそうするが。……寄せられてるとは言え、どんな形でか惹く奴がいなくなったのが沢山あぶれるのもなんだしなあ。
とる手は被膜置換起こした状態で校内回るだけというか、近づいてくるのを触れ斬ってくつもりだぜ。とりま校内の備品には触らないように、壊させないように気を付けるよ。道中色々聞こえるが、言ってる生体連中に状態確認したいくらいだな。呼気や脈やら筋やら診ないと、俺じゃあたりもつけられねえ。



●急がば回れの威力偵察
「事前情報を見る限り、繊細なんだか図太いんだか……いや、どっちもだよな。ともあれ知ってしまった以上は見過ごすのも寝覚めが悪い。そんじゃ、仕事をしようか」
 文芸部の部室を目指し、学園内のあちこちで戦闘が発生している頃。レッグ・ワート(脚・f02517)は目的地へ至る最短経路から、やや離れた場所を一人歩いていた。UDC化しつつある女生徒はもちろん気にはなる。しかし、そちらには多くの猟兵が向かっているはずだ。であれば、彼はそれとはまた別の懸案事項を解決すべくこうして行動していたのである。
「取り急ぎは寄り道がてら、職員室や各学年の教室をひと回りかね。事態が不味い方向に行ったり、敵の密集地にでも当たらない限りは引き返さないつもりだが……惹かれているとは言え、沢山あぶれるのもなんだしなあ」
 いま学園内に溢れている影法師たちは単に女生徒の絶望に引き寄せられているだけで在り、本質的に本件とは無関係な個体だ。猟兵たちが無事救出に成功すれば、そのまま散ってゆくだろう。此度の事件だけを見ればそれで良いかもしれないが、あれらもまたUDC。この場で討ち果たせるのであればそれに越したことは無い。
「ま、こっちは経路から外れた場所だ。そこまで数も居ないだろ……さて、此処か」
 オレンジ色に染まった廊下を進んでいたレッグは、ある部屋の前で足を止めた。そこは職員室だ。扉に手を掛けると幸いにも鍵は掛かっていなかった。引き戸を開けて中へ入ってみると、透明なプラスチック板で区切られた机がアイカメラに飛び込んでくる。
「これも流行り病対策かね。生身じゃないんでいま一つ実感が湧かないが……ともあれ、お目当ての机はどこだ?」
 カリカリと頭部装甲を掻きつつ、レッグは一つ一つ机を改め始めた。探しているのは文芸部顧問の席である。UDC組織から共有された情報は確かに有用であったが、その大部分は過去の出来事について。流石に現状に関する内容は薄かった為、その部分を補完することがこうして遠回りを選んだ主な目的だった。
「顧問そのものか、それとも部員の誰かが原因か、それが分かれば手っ取り早いんだが……っと、これだな」
 そうして暫し見て回った結果、目当ての席を探り当てる。引き出しを開けて中身を調べてみれば、背に文芸部の部誌と記載されたファイルを発見した。これを見れば大まかな背景事情を掴めるだろうと手を伸ばした……瞬間。
 ――部員が少なくても良いじゃないですか。
 ――僕も好きですよ。だから、頑張りましょう。
 パリンと窓が割られ、引き戸が押し倒される。さっと視線を向ければ、廊下や校庭側より無数の影法師たちが侵入してくるところだった。どうやら運悪く感付かれてしまったらしい。無惨に破壊されたガラスや扉を見て、レッグはやれやれと肩を竦める。
「一応、こっちも備品を壊したり傷つけたりしないよう気を遣っていたっていうのにな。暴れられてせっかく見つけた手掛かりまでおじゃんにされるのは、流石に勘弁してほしいがね」
 敵が攻めて来るからと言って、こちらも派手に応戦しては被害が増すばかりだ。なればと、レッグは派手な重火器ではなくより精密性の高い兵装を選択する。瞬間、彼の装甲表面を不可視の被膜が覆い尽くしていった。それが一体何なのかは、巨大化した影法師の拳が触れた瞬間に判明する。
「うーん、やっぱり生体の構造はちょいと苦手だな。出来れば囁きの内容も詳しく調べたいが、呼気や脈やら筋やら診ないと俺じゃあたりもつけられねえ」
 影法師の拳が、腕ごと斬り飛ばされた。床へ落ちることなく、中空で溶け消える影の肉。種明かしをすれば、接触をトリガーとして皮膜に内包された演算回路が起動し、触れた対象を切断したのである。
「これなら余計な被害も出ないだろ。さて、状態確認しつつさっさと片付けますか」
 例え変幻自在の影法師とて、触れられぬ相手は如何ともしがたい。数分ほど、喧騒が職員室内を騒がせた後……立っているのは、レッグただ独りであった。彼は残党が居ないことを確認すると、気を取り直して部誌を開いて目を通し始める。
「内容はまぁ、事務的だな。日記でもなし、心情なんてわざわざ書かないか。だが……ここから、か?」
 レッグの解析能力はある日を境に筆跡の微弱な変化を見出す。ほんの僅かな、文字の乱れ。その少し前を見ると、そこにはある生徒が新たに入部したことが記されているのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

マディソン・マクナマス
らしくねぇ事をしてんな、俺
徴兵されたガキに銃の撃ち方を教えるならまだしも、先進国の悩めるナイーブな女学生の救出なんてなぁ
まぁいいさ、どうせ俺はこの娘の事も、事情も何一つ知らねぇ赤の他人だ。銃を撃って金を貰えりゃそれでいい

10mmサブマシンガンを構えて教室をクリアリング……といいたい所だが、影どもが自分からべらべら囁いてくれるお陰で居場所が丸わかりだぜ

まずは【先制攻撃】で室内に蒸気爆発手榴弾を放り込む
教室ってのは素晴らしい、何せ出口が二か所しかねぇ。敵が出口に殺到してきたら、UCを【早業】で叩き込んでおしまいだ
こちとらPTSDとは40年来の付き合いよ、今更お前らの拳に思い出させて貰うまでもねぇ



●割り切る仕事と割り切れぬ過去
「……らしくねぇ事をしてんな、俺。ここは紛争地帯でも、独裁国家でもねぇ。危険のきの字も無いハイスクールだぜ?」
 くたびれたレザーコートを翻し、年季の入ったサングラスが残光を遮り、手にしたボトルの中では中途半端に残った酒精がチャポチャポと音を立てている。まるで散歩するかの様に廊下をぶらつくマディソン・マクナマス(アイリッシュソルジャー・f05244)の言葉通り、彼の姿は学び舎の風景から些か以上に浮いて見えた。
「徴兵されたガキに銃の撃ち方を教えるならまだしも、先進国の悩めるナイーブな女学生の救出なんてなぁ。こちとら、そこらの不良以上に悪い影響を与えかねないんだが」
 戦闘前の景気づけがてら瓶の中に残った酒精を喉へ流し込みつつ、十ミリ短機関銃を代わりに引き抜く。弾倉を叩き込み安全装置を解除し、猫の外見に違わぬ忍び足でそっと壁際へと背を預けながら校内を進み始める。
「……まぁ、いいさ。どうせ俺はこの娘の事も過去の事情も、何一つ知らねぇ赤の他人だ。銃を撃って金を貰えりゃそれでいい。世の中、そのくらいシンプルな方が悩まずに済むしな」
 長所短所はそれぞれあるだろうが、彼の小さな体はこの状況に置いては有利に働いていた。数そのものは相手の方が多いのだ、戦闘は避けられないだろうがギリギリまで見つからないに越したことは無い。
(教室を一つ一つクリアリングして安全の確保を……なんて思ったが、その必要は無さそうだ。影どもが自分からべらべら囁いてくれるお陰で、居場所が丸わかりだぜ)
 対する影法師たちが零す囁きは、あちらこちらから聞こえてくる。声量自体は微々たるものだが、こうも静かなのだ。わざわざ耳を澄まさずとも大まかな位置を把握する事が出来た。
 ――そんなに思い詰めないで、貴女は何も悪くないんですから。
 ――知っていたところで、行動できる人なんて一握りですよ。
 そっと教室内の様子を窺うと、授業でも受けているつもりなのだろうか、影法師たちが机に座って身体を揺らめかせている。改めて囁き声を耳にして、うんざりしたようにマディソンは小さく舌打ちをした。
(まるで出来の悪いカルトか何かだな。字面だけはお綺麗で中身がすっからかんなところがそっくりだ……だが、状況自体は悪かない。まったく教室ってのは素晴らしいな、何せ出口が二か所しかねぇ)
 教室の出入り口は廊下側の前後のみ。窓も脱出経路にはなり得るが、パニック状態では意外とそうした発想が思い浮かばないものだ。大抵の場合、馴染み深い出口へと人は殺到するものである。
(学生気分なんだろ? なら、精々同じように行動してくれよ、っと!)
 そうしてマディソンは懐から円筒状の物体を取り出し、先端のピンを抜くや教室内へと転がしてゆく。知識のある者が見れば、それが手榴弾の類だと一目で分かるだろう。カランと音を立てて転がるそれに、影法師たちの視線が集中した瞬間……。
「それじゃあ、おっぱじめようか!」
 白い煙と共に強烈な衝撃波が教室内を蹂躙した。だが、火薬によるものではない。急速加熱された液体による、水蒸気爆発である。それらは衝撃波と高温で影法師たちを打ちのめすとともに、蒸気によって視界を奪い取ってゆく。必然的に膨張した空気は出口から廊下側へと流れ始め、それを目印に異形たちもまた雪崩を打って脱出を試みる。
「生き残ったのは二、いや三体か。既に手遅れな気遣いかもしれんが、備品を壊して報酬を差っ引かれてもコトだしな……五十年近く戦場で生きてるとな、見えてくるんだよ。こういうのは」
 それを迎え撃つは短機関銃から放たれる十ミリ弾。本来、サブマシンガンは低い命中精度を手数で補うタイプの火器だ。しかし、そこは体に染みついた長年の経験がものを言う。蒸気の中から姿を見せる影法師たちへ、マディソンは無駄弾一つなく銃撃を叩き込んでいった。
 ――あんな人たちの言葉を、聞く、必要は……。
 先頭の個体が蜂の巣にされ、続く二体目も胸部を撃ち抜かれて崩れ落ちる。三体目は拳を握り締めて反撃を試みる、が。
「こちとらPTSDとは四十年来の付き合いよ、今更お前らの拳に思い出させて貰うまでもねぇ」
 余計なお世話ってもんだ。最後の一体は拳を念入りに蹂躙された後、眉間を撃ち抜かれて沈黙させられた。血液と違い、影は跡形もなく溶け消えてゆく。それを詰まらなさそうに一瞥しながら、マディソンは再び歩き出すのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

勘解由小路・津雲
【路地裏】3名
 またここに来ることになるとはな。どんなつらい記憶も、乗り越えて生きていけると信じていたのだが……いや、これでは言っていることが影どもと変らんか。

だが、影たちの言葉にひっかかるものがある。「部活」に関するものだ。忘れさせようとするのは、まあわからんでもないし、誰もがかけそうな言葉だ。
だが部活は? こちらはかなり対象が絞られそうだが。それ関連で何かがあったか?

【行動】
道案内は任せてもらおうか。かなり前とはいえ、さんざん捜査したからな。場所が変っていなければ、だが。
邪魔をする影たちには【歳刑神招来】を。反撃の涙は、【御神水】で水の膜を作り、【毒耐性】の【結界】で防ぐとしよう。


ファン・ティンタン
【POW】影踏み鬼
【路地裏】

津雲の話と資料読み込みで大筋は掴めた
……で、何? コイツらは
過去の残像の分際で、喋るな

【影蝤蛑】
鬱陶しい影の相手をして校舎をブチ壊すのも迷惑だろう
実体のない相手には、この手がちょうどハマるかな
魔力で灯る【星灯】を起点にして、影絵の鋏を取りまわす
斬る実感こそ物足りないけれど、器用に使えるのは助かるね

……呪詛やら狂気への耐性は、私は【イミナ】との付き合いである程度培っているけれど
ただの女の子を暗く浸すには、コレらは十分過ぎる代物だよ
さて、黒幕は何奴か
過去の事件の関係者では、おそらくないだろう
なら、後から入り込んだ要素?
【付喪神ねっとわーく】で、学校に探りでも入れておくか


ペイン・フィン
【路地裏】
津雲から過去の情報を受け取り、確認
少しでもヒントがあれば、良いのだけど……

コードを、使用
周囲に漂う負の感情を、喰らう
そして、情報収集に世界知識、第六感
喰らった悪感情を、情報収集系技能で調査、確認する

今まで、様々な悪感情を食べてきた
故に、今は、その味でそれがなんなのかも、なんとなく、解る

影に関しては、コードの身体強化で"名無しの禍惧枝"を振るう
負の感情も、トラウマも、喰らって無効化する

……ん
おかしい、ね
事件そのものは、1年半前に収束している
自責の念があるにしても、それなら、事件直後が一番危ういはず
……と言うことは、もしかして
今の今まで、言われ続けてきた……?
"誰"から?



●散ってしまった、あの華を
「またここに来ることになるとはな。どんなつらい記憶も、乗り越えて生きていけると信じていたのだが……いや、これでは言っていることが影どもと変らんか。なんであれ、彼らはまだ子供に他ならないのだから」
 多少の変化は在れども、夕陽に染め上げられた学び舎はかつての記憶と大きな相違はなく。校門に立った勘解由小路・津雲(明鏡止水の陰陽師・f07917)はそっと目を細めて周囲を見渡していた。彼もまた、かつての事件に携わった猟兵の一人である。その脳裏に過ぎるのは僅かな懐かしさ、愛と恋が綯い交ぜとなった少女の最後、そして『何故』という疑問だった。あの放課後の部室に遺した祈りは、少女らに伝わらなかったのか、と。
「……いや、本来であれば、きっと津雲の信じた通りにいったはずだよ。時の流れか、友人関係か、環境の変化か。いずれかが心の傷を癒しただろうさ。でも、それが不自然に捻じ曲げられてしまったからこそ、こんな事態にまで悪化してしまった」
 津雲が思わず零した呟きに対し、ファン・ティンタン(天津華・f07547)は女生徒本人の責任ではないと首を振って応ずる。かつての陰陽師は単身で事件に挑んだが、此度は心強い仲間たちも参戦してくれていた。
 ファンは過去の資料に目を通しており、なおかつ事件に関わった津雲本人からも話を聞いている。その上で、こうした事態は予見出来るものではなかったと結論付けていた。そして、ファンと同じく参加を申し出たペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)もまた同様の考えに至っている様子である。
「うん……それこそ、彼女のせいなんかじゃない、よ。誰が、どれだけ、何をしたのかまでは、まだ分からないけど……ここからは、なんだか、嫌な感じがする、から。過去の件と合わせて、少しでもヒントを読み取れれば、良いのだけど」
 その成り立ち上、ペインは人の発する負の感情という物に極めて敏感だ。降り立った直後とは言え、そうした忌むべき空気を感じ取っているのだろう。影法師との交戦を経れば、より詳細な情報を得ることも十分に可能なはずだ。
「しかし、UDC組織はなぜ『彼女』の死を自殺として設定したのだろうね。結果論だけれど、単なる事故であれば苦悩もここまで深まらなかっただろうに」
「……それこそ正に、間が悪かったと言うべきだな」
 ふとそこで、事件資料を改めて思い起こしていたファンがそう疑問を呈する。それに対し、津雲は痛まし気に目を閉じた。
 連続猟奇殺人のすぐ直後に同じく部員が事故死したとあっては、どう手を回しても世間は無関係だと思うまい。かと言って猟奇殺人の被害者とするのも、事件の規模が大きくなり余計な騒ぎを生む危険がある。その点、自殺ならば言い方は悪いが処理が楽だったのだろう。加えて、それ以外の理由を敢えて付け加えるとすれば……。
「全ての始まりであるあの事故、それと死因を同じにするのが偲びなかったか」
 もし仮にそうであれば、善意が巡り巡って新たな悲劇を生むなど皮肉と言う他ない。誰も悪くなかった、ただ間が悪かった。そう言っても問題はないかもしれない、そう――。
「もっとも……引き金を引いたのは、紛れもなく悪意、だろうけどね」
 意図的にそれを為した『誰か』を除けば、であるが。善意と自責の念が空回りして悲劇を生み出していたのであれば、誰にも罪がない代わりにどう収拾をつけるべきかと頭を抱えたやもしれぬ。だが、此度は罰すべき何者かが確実に存在している。それを幸いと呼ぶべきかは、議論の余地が分かれるだろうが。
「兎にも角にも、まずは件の女生徒を助けるのが、先決かな。元凶探しに気を取られて、それが失敗したら、本末転倒だから」
「その点に関しては道中いやと言うほど聞けそうだけどね。という訳で津雲、道案内は頼める?」
「任せてくれ。かなり前とはいえ、さんざん捜査したからな。但し場所が変っていなければ、だが。まぁ、そうそう変更するものでもないし、心配は不要だろう」
 陰陽師が先導する様に歩き出し、指潰しと白刃が索敵と奇襲に備えて前後左右へと視線を向けながら続く。そうして三人は校庭を抜け、校舎内へと足を踏み入れてゆくのであった。

「咄嗟の対応が遅れるのは、避けたいから。情報収集も兼ねて、先に準備だけはしておこうか。反動に関しても、到着までは持つだろうしね」
 校舎内に足を踏み入れ、三人がまず感じたのは薄暗さだ。電灯が付いていない上、太陽もまた地平線の下へと隠れつつある。それでいて残光も未だに差し込んでくるため、暗順応も利かず視界の確保が非常に困難となっていた。敵からすれば、奇襲に最適な状況だろう。
 そんな状況に対応すべく、まず動いたのはペイン。だらりと全身を脱力させるや、ゆっくりと深く息を吸い込み始める。怨念と恐怖、憎悪や悲哀。そうした負の感情を吸い込み、己自身を強化する異能。本来であればどれも学校とは縁遠いモノだが、今の状況ならば事欠くことは無い。これならば奇襲を受けたとて、後の先を取れるだろう。
「確かに陽も沈んできて、見通しも徐々にだけど悪くなっている。念のため光源の確保もしておくべきかな。これなら、気取られる心配も無いとは思うけど」
 一方、ファンが取り出したのは古風なカンテラだ。内部は星空を思わせる輝きが満ちており、しっかりと周囲を照らしてくれる。反面、強烈過ぎぬ光は不用意に敵の注意を引き寄せる事も無いだろう。そんな二人の様子を眺めつつ、津雲はふむと改めて現状へ思考を巡らせる。
「しかし……影たちが発するという言葉には引っかかるものがある」
「それはどんな? 経験者の意見はどんな些細な事でも聞かせてくれると助かるよ」
「『部活』に関するものだ」
 ファンの相槌に、津雲は己の疑問を口にする。生憎とまだ影法師たちと交戦してはいないが、事前説明に加えて先行した仲間たちの情報も徐々に共有されつつあった。その中で引っかかったのが『部活』と言う単語。
「事件について忘れさせようとするのは、まあわからんでもないし、誰もが掛けそうな言葉だ。だが部活は? 確かに事の発端はその繋がりだが、真相は表沙汰になっていない。こちらに関するとなれば対象が絞られそうだが……恐らく、それ関連で何かがあったか?」
 そちら方面に関して調査の手を伸ばしている猟兵も居るかもしれないが、生憎と情報はまだ回って来ていない。だが文芸部の関係者が元凶だと分かるだけでも、調査候補は大きく限定されるだろう。
「その点、何か役立ちそうな情報は見つけられて……ペイン?」
 現状、手っ取り早くそれに対して探りを入れられるとすれば、感情を直接吸収しているペインか。ファンは強化を終えたであろう青年へと声を掛けるものの、訝し気に眉根を寄せた。
「……うん。今まで、様々な悪感情を食べてきた。故に、今は、その味でそれがなんなのかも、なんとなく、解る。見聞きした事とかも、朧げにだけど。でも……それを説明している暇は、無いみたい」
 ……来るよ。今さら『何が』などと問い返すほど、三人の連携は浅くない。他の二名が瞬時に戦闘態勢を取った直後、カンテラの明かりの範囲内に黒々とした影が踏み込んでくる。まるでタールを固めた様な、粘性のある人影。それらは虫の羽音の如く、無数の囁きを零していた。
 ――大丈夫、気にしないで。何も出来ないのが普通です。
 ――気落ちしないで。貴女は何も悪くないのだから。
「……で、何様なのかな? コイツらは。当の原因どころか、垂れ流された言葉をオウム返しするだけの部外者だよね?」
 過去の残像の分際で、喋るな。それを耳にした瞬間、嫌悪と怒りの入り混じった言葉がファンの口をついて出る。この影法師たちは単に少女の絶望に誘われて集まってきただけで在り、厳密に言えば今回の件と無関係な存在だ。それが耳障りな言葉を吐いて、更に少女を絶望させていている。ハッキリ言って、ある意味で元凶以上にタチが悪いと言えた。
「ペインの見聞きしたことは、この場を凌いでから聞かせて貰おうか。さて、影は陰気と切っても切れぬものだ。歳刑神の力を宿した鉾槍ならば、触れただけでも致命となろう!」
 身体の体積を肥大化させた個体が前衛として迫って来るのに対し、津雲は破魔の霊力を宿した鉾槍を無数に召喚。それらを槍衾代わりとして相手の機先を潰していった。堪らず水風船のように弾け飛ぶ影法師たちを尻目に、今度は逆にペインが敵陣へと切り込んでゆく。
「概念的な存在が相手なら、いつものみんなよりもこっちの方が、効果的かな……例え肉体が無くても、この『枝』なら関係ないから、ね」
 手に握られしは節くれ立った枝を思わせる骨である。拷問器具は本来、実体を備えた存在へ苦痛を与える道具だ。影法師の相手も出来はするが、用途の向き不向きというのは当然ある。その点、この枝骨は極めて貪欲だ。鋭利な切っ先を刃にして切り裂けば、影は舐め啜られるように吸収されてゆく。
 ――こ、ここの場所がが、無くなったたたらら哀しむっむむ……。
「ッ!?」
 だが相手の全てを奪い取り切る寸前、辛うじて残った右腕でペインを殴りつけてきた。途端に、どろりとした重く不快な感情が心の中へ流れ込んでくる。しかし、トラウマが呼び起こされる前に青年はそれを喰らい、瞬時に力の一部へと変換していった。
「自分にとっては、寧ろ強化にしかならないけど……本当の目的は時間稼ぎ、かな」
 しかし、相手の狙いはダメージそのものではなく負の感情を付与し、かつ一瞬でも時間を稼ぐ事。吸収した個体の背後では、瞳と思しき部分に涙を湛えた影法師たちが控えていたのだ。
 ――泣くよりも笑った方が良いですよ。元気なところを見せましょう。
「生憎、水に関する分野で後れを取るつもりはないぞ。一瞬防ぐだけならば、この水量でも十分だ!」
 それに対し、一手先んじた津雲は瓢箪より御神水を振りまくや、水膜の結界を張って毒涙の雨を防ぎきる。清浄と不浄が混ざり合い、しゅうしゅうと音を立てて水霧と化してゆく。それは差し詰め、白い幕を連想させて。
「鬱陶しい影の相手をして校舎をブチ壊すのも迷惑だろう。ペインのお陰で相手の性質は大体掴めたし、この手がちょうどハマるかな。お誂え向きにスクリーンまで出来たことだしね」
 カンテラを掲げたファンが、そこへもう一方の手で形作ったピースサインを投影した。横向きに翳されたそれは、差し詰め影で出来た鋏だ。それが一体何を齎すのか、仲間たちはつい先日目の当たりにしたばかりである。意図を察したペインが姿勢を低くしながら飛び退いた瞬間、ファンは指を合わせて隙間を閉じた。
「影追い蝤蛑の挟み閉じ、ちょきりちょきりと太刀で裁ちて……斬る実感こそ物足りないけれど、器用に使えるのは助かるね。光源との距離を調整すれば、範囲も角度も自由自在だ」
 音もなく、衝撃も無く、防ぐ事さえままならず。指同士の空隙が消えた瞬間、影法師たちの身体は上下に寸断されていた。転がり落ちた上半身は自らの流した涙の中へと沈んでゆき、一拍の間をおいて下半身も溶け崩れてゆく。墨汁を思わせるそれらはリノリウムの床へ吸い込まれていったと思うや、数度も瞬きする頃には染み一つなく消え去っていった。
「……呪詛やら狂気への耐性は、私はイミナとの付き合いである程度培っているけれど。ただの女の子を暗く浸すには、コレらは十分過ぎる代物だよ。元と成ったのが一人なのか複数なのか、黒幕がどちらにせよ」
 ぞっとしないね。ファンのそんな独白は、静寂を取り戻した校内に吸い込まれてゆくのであった。

 戦闘後、再び部室を目指して進み始めた三人は、道すがらペインが読み取った感情について共有を行っていた。どうやら赤髪の青年が見たのは、主に女生徒側の感情であるらしい。
「……自分が感じ取れたのは、長い苦悩について。でも、おかしい、ね。事件そのものは、1年半前に収束している。自責の念があるにしても、それなら、事件直後が一番危ういはず」
「となると、恐らく黒幕は過去の事件の関係者ではないだろうね。なら、後から入り込んだ要素? ただかと言って、昨日今日現れた存在でもなさそうかな」
 彼が読み取った感情の長さは、一週間や一か月と言った程度に収まらない。少なくとも年は越えるだろう。しかし、前回の件との直接的な繋がりがあるようには見えない。試しにファンが鉄鎖を使って校舎へ探りを入れてみても、過去に超常的な何かの存在は感じ取れなかった。
「と言うことは、もしかして。今の今まで、言われ続けてきた……? でも……いったい、"誰"から?」
「……以前の事件が起こったのは二月だ。二か月も経てば、新入生も入ってくるだろう。勉強は勿論、部活動も学生の楽しみだ。大半の生徒が何かしらに入部するはず」
 絶句するペインへ、津雲が深いため息と共に己の推察を述べる。少女の苦悩が始まったとすれば、恐らくそのタイミングしかないだろう。だが、きっと何か劇的な変化が在った訳ではないのかもしれない。蓄積されてきた心の澱、それが溢れたのが単に今日だったというだけで。
「先を急ごう……一朝一夕の出来事より、よほど難物やもしれん」
 十月の寒さとは違う、ゾッとする冷たさ。そんな感覚を背筋に感じた三人は、部室を目指して移動速度を上げてゆくのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

オル・フィラ
サバイバーズ・ギルト、ですか
…いつか私にも、分かる時が来るでしょうか

まずは邪魔な影を排除しつつ、部室へ向かいましょう
トラウマと言えるようなものは持っていないつもりですが、妙な攻撃は受けたくないし、近付かれる前にやってしまいたいです
あの影に通常の射撃が効くかは怪しいですし【泥流弾】を撃ち込んでやります
夕刻の状況下、影が潜める場所は多いですから、奇襲を警戒しつつ進みます

影に心や感情なんてない、とは思うのですが
その言葉に元凶に近付くための何かを感じ取れないか、注意してみましょうか



●生きてこそ先が在りて
「サバイバーズ・ギルト、ですか。生き残ってしまったが故に抱く、死者への罪悪感……いつか私にも、分かる時が来るでしょうか」
 それは他者によって作り出された存在故の感傷か。黒のタンクトップにショートパンツ、サンダルと言うこの季節では些か寒そうな衣服に身を包みながら、オル・フィラ(Rusalka・f27718)は階段を昇っていた。既に猟兵たちが到着してから、短くない時間が経過している。窓から見える空模様も橙色が薄くなり、徐々に藍色がその濃さを増していた。
(生き残ったことを幸運と思わず、寧ろ負い目に感じてしまう。今の私では、あまり実感の湧かない感情ですね……正直、生きているだけ幸せでしょうから)
 行く手に敵が待ち伏せていないか慎重に確認しつつ、オルの脳裏にそんな考えが浮かびゆく。彼女は体力面や射撃技術に長けている反面、知力や教養といった方面にやや難があった。だからこそ、件の少女が感じている苦悩を理解できないのかと疑問を抱く。しかし、生きている限りどうとでもなるという考えもまた、真理の一つである事には間違いない。
(ともあれ、いまそれに思考を割いていても仕方がありませんね。まずは目的の場所である部室に辿り着くことが大前提ですから)
 例え高い知性を持つ者とて、容易くは答えを出せぬ問い掛けだ。ならば、それはいったん横に置いておくべきだろう。少女は愛銃のグリップを握り直しながら、身を屈めて上階の様子を窺う。幸いにも敵の姿は見当たらなかった。幾ら銃声が小さめなモデルとは言え、消音器を装着している訳でもない。発砲は出来る限り控えるべきだろう。
「トラウマと言えるようなものは持っていないつもりですが、妙な攻撃は受けたくないし、近付かれる前にやってしまいたいですね。しかし、相手は常に囁きを発し続けると聞いていましたが……」
 階段を昇り切り、左右に伸びる廊下へ耳を澄ませてみてもシンと静まり返ったままだ。先行した猟兵たちによって、大分数が減って来たのだろうか。なんであれ、敵と遭遇しないことに越したことは無い。そのまま警戒しつつ、目的の部室を目指そうとするのだが……。
 ――死んだ方々だって、きっと沈み込んでいる先輩を見たら哀しみますよ。
「っ!?」
 囁きが一つ、微かだが確実に響いた。咄嗟に周囲へ銃口を向けるオルだが、影法師の姿は見当たらない。どこかに潜んでいるのだろうか。その場を離脱するという選択肢も一瞬だけ思い浮かんだが、その際に背中を狙われる危険性を考慮し却下。少女はこの場で迎え撃つことを決断した。
(しかし、一体どこに隠れているのでしょうか。相手は影から現れるとのことですが、時間帯的に候補が多すぎますね)
 ジリジリとした緊張感が張り詰め、全神経が五感に集中してゆく。囁きは余りに微か過ぎたが故に、方向の特定は困難。だが相手も打って出てこないという事は向こうも攻めあぐねている証拠か……或いは、何かを待っているのか。
(こちらの不安を煽り、足止めと時間を稼ぐ事が目的……いえ、時間?)
 そこでオルははたと気付いた。陽が沈むのと同時に、影もまた長く伸びつつある。そしてそのうちの一つ、廊下脇に設置された消火器の影がゆっくりと、自分の足元へ近づいていることに。
「なるほど、狙いはそれですか……ッ!」
 足元へ銃口を向けるのと、影の中から異形が這い出してきたのはほぼ同時。詰まるところ、相手は伸びゆく影を利用して接近し、そのまま奇襲を狙っていたのである。彼我の距離はゼロに近く、一撃で仕留めなければ押し切られかねない。しかし、ただ銃弾では威力に不安が残る。
「であれば……完全に出てこられる前に、床に映る影ごと破壊します」
 水霊術式、起動。その一節と共に放たれた弾丸は相手を貫通し、床へとめり込んだ。瞬間、廊下の表面が波打ったかと思うや凄まじい勢いの濁流と化して流れ出す。水と土の複合属性弾ならば、地形へ干渉するのも容易い。影法師は慌てて藻掻くものの、そのまま床の中へと沈んでゆくのであった。
「影に心や感情なんてない、とは思うのですが。どうやら、悪知恵に関しては多少備わっていたらしいですね」
 一瞬だけヒヤリとしたが、結果良ければすべて良しだ。小さく息を吐きながら、オルは踵を返して部室の在る方角へと向き直る。
「先輩、ですか。それだけで、ある程度は候補を絞り込めそうですね」
 そうして彼女は、先ほど影法師の発した囁きを反芻しながら、再び歩き出すのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
根拠のない言葉で慰める者が居たとしてそれを罰する法は無い
だとしても、意図をもってそうした者が居たのなら…

…考え事をしている暇はなさそうだ
敵を発見したら拳の範囲外からユーベルコードで銃弾を叩き込む
突破を重視し邪魔な敵を最低限排除、先へ進む事を優先

トラウマは、おそらくこのハンドガンの前の持ち主を失った時の事だ
俺だけが庇われて生き残った、あの時
まだ振り払って反撃できる程度には、自己を保っていられるだろうが

そういえば、今聞こえる声は昔かけられた言葉によく似ている
独りだけ生き延びた、かつての自分がかけられたもの
『君のせいじゃない』『済んだことだ』『気にするな』
そう言った者達に悪気は無かったが、それでも…



●かつてと重ねし己が道程
「根拠のない言葉で慰める者が居たとして、確かにそれを罰する法は無い。掛けられた当人の薬にならずとも、かといって毒にもならないからだ。だとしても、意図をもってそうした者が居たのなら……」
 猟兵が到着してから、短くない時間が経過している。いよいよ以て橙色の輝きは遠のき、宵闇の色は藍から濃い墨の如き漆黒へと移り変わってゆく。そんな中、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は長い廊下を駆け抜けていた。
「怪しげなインチキ療法のようなものか。良くも悪くも効果はないが、本来受けるべき適切な治療からは遠ざかり、気が付いた時には致命的な事態に陥ってしまう……今回のようにな」
 行為そのものではなくそれが齎す結果を考えれば、心情的にはシロと言い難い。しかし、明確に法に反しているかと問われれば議論の余地が残る。難しくも避けがたい問題だが、いまはゆっくりと思索に耽る余裕などなかった。
「……考え事をしている暇はなさそうだ。影という特性も、この状況下では中々に厄介だな」
 ぞるりと、薄闇の中で蠢く何かをシキは察知する。敵の身体は見た目通り影で出来ている。その姿は薄闇の中では非常に視認しづらく、また足音や体臭と言ったものも発することは無い。故に察知は極めて難しい……のだが、影法師たちの発する囁きがそれらの利点を全てひっくり返していた。
 ――全部、終わった事です。生き残ってしまっただなんて言わず、前を向きましょう?
 声量は微かとは言え、静まり返った校舎内には良く響く。一般人ならまだしも猟兵、それも人狼であるシキならば、それだけで相手の位置を把握するには十分過ぎた。加えて、こういった状況に備えて多機能ゴーグルも持参してある。
(先に相手を見つけられたのは僥倖だな。わざわざ発砲音でこちらの位置を示してやる義理も無い。サプレッサーを使えば気取られる心配も無いだろう)
 暗視機能を作動させて相手の様子を窺いながらシキは一旦足を止め、消音機を取り出すと愛用のハンドガンへ装着する。銃声を聞きつけた影法師によって乱戦となれば、余計な時間を食ってしまう。念には念を入れるに越したことは無いだろう。
(特に巨大化や膨張の様子は無い……なら、一発で十分だ)
 両手で銃をしっかりと保持し、照準は相手の頭部へと。呼吸を止めて銃口のブレを出来る限り抑制するや、シキは引き金に掛けた指へ力を籠める。ポヒュッ、というやや気の抜けた音と共に弾丸が発射されたかと思うや、一拍の間をおいて影法師は崩れ落ちていった。
「まず一つ、か。部室までこの調子で進めると良いんだが」
 敵の居た場所まで歩み寄り、消滅したことを確認するシキ。これならば危なげなく先へ進むことが出来るだろう。そうしてまた走り始めようとした、その矢先。
 ――気にしないで、元気を出してください。死んだ皆さんもそう望んでいるはずです。
「ッ!?」
 眼前に影法師が立ち塞がっていた。潜んでいたのか、新たに出現したのか。それを確かめるより先に、シキは囁きと共に脇腹へ衝撃を受けて弾き飛ばされる。咄嗟に受け身を取って銃を構え直すものの、視界が定まらない。それは肉体ではなく精神面による動揺だ。
(……なるほど、これがトラウマか。半ば、予想はしていたが)
 強引に引きずり出されるのは手にしている愛銃、その前の所有者について。自らを庇い、命を失った大切な誰か。その最期が濁流の如くフラッシュバックしてゆく。にじり寄ってくる敵を前に、シキは敢えて一瞬だけ瞳を閉じた。
(君のせいじゃない、済んだことだ、気にするな……思えば、やつらの発する声は、かつて独りだけ生き延びた俺へかけられた言葉によく似ている。そう言った者達に悪気は無かったが、それでも……)
 揺れ動く己の心を、理性と本能でねじ伏せる。シキはカッと目を開くと同時に、眼前まで迫っていた敵へと立て続けに銃弾を叩き込んだ。そうして呆気なく弾け飛ぶ敵から踵を返すと、振り切るように駆け出し始める。
「……似た者だからこそ、掛けられる言葉も在るはずだ」
 同じ生き残ってしまった者として。シキはただ、闇の中をひた走るのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『バケモノ』

POW   :    たべたい/たべたくない
戦闘中に食べた【親しい誰かや、たまたま居合わせた他人】の量と質に応じて【全身の異形部分が人間部分を侵食、活性化し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    どうかふれて/ちかづかないで
攻撃が命中した対象に【本体から離れても蠢く触肢】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【同化し蝕もうとする侵食行動】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    いきたい/もうつかれた
あらゆる行動に成功する。ただし、自身の【人間性】を困難さに応じた量だけ代償にできなければ失敗する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ユエイン・リュンコイスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターより
 断章の投下及びプレイング受付開始時間の告知は14日夜を予定しております。
 引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
●其れは自罰の化け物
 廊下を駆け抜け、階段を昇り、教室を通り過ぎ。猟兵たちが文芸部の部室の前へと到着したのは、太陽が完全に沈み切ったのとほぼ同時であった。辛うじて残っていた橙色の残照は消え去り、周囲を満たすのは黒々とした藍色の宵闇。これまであちこちから虚しく響いていた囁きも既に絶え、辺りは痛いほどの静寂が降りている。だが扉へと少し近づけば、向こう側に『何か』の気配が感じられるだろう。
 中に待ち受けているのは果たして少女か、異形か。それは定かではないが、こうして迷っている時間すらもいまは惜しむべきだ。猟兵たちは互いに目配せし合うと、意を決して扉を開け放ち、中へと雪崩れ込んでゆく。
 活動内容ゆえか、部室自体は其処までの広さは無かった。年月を経て乾燥した紙の匂いや、壁際に並べられた本棚は辛うじて感じられたものの、カーテンが閉められた室内は薄暗く視界が余り良くない。だが、これまでの戦闘を経て暗さに目が慣れていた猟兵たちは、うっすらと闇の中に浮かび上がる少女の姿を捉えることが出来た。彼女が件の女生徒である江崎伊織であることは間違いないだろう。江崎もこちらに気付いたのか、背を向けたまま声を掛けてくる。
「……私は、悪くないそうなのです。だから、自分を責める必要はないのだと言われました。涙を流すよりも、笑顔を浮かべた方が良いと励まされたのです」
 その声は感情の起伏が感じられず、非常に淡々としていた。それは何か強烈な悲しみに打ちひしがれるというよりも、少しずつ精神を鑢で削り取られたが如き摩耗が滲んでいる様に思える。立ち上がったのだろうか、薄闇に見えている少女の頭部が、少しばかり上へと持ち上がる。
「私は、忘れてしまった方が良いそうなのです。いつまでも悩んでいても仕方がないと告げられました。過去に囚われるよりも、これからについて考えた方が良いと助言されたのです」
 ゆっくりと、江崎は振り返った。その瞳にはなんの感情も浮かんではいない。形容するとすれば、差し詰め無機質な蟲の眼。だが、その奥には擦り切れた叫びが在った。周りの人間はみな自分を心配してくれている。その気遣いを無下にしてはいけないと、軋みを上げる心を無理やり抑え込み、平穏を装い続けた成れの果てが。
「私は……何も出来なくて当然なのだそうです。ただ怯え竦んでしまうことが普通なのだと諭されました。だから、厳しい事を言ってくる人と関わる必要は無いそうなのです」
 彼女の語る内容は、慰めや励ましと言う体裁を取った『呪い』だ。笑うべきだと涙を奪い、前を向いた方が良いと過去への感傷を封じ、真に欲する言葉を吐く者は思いやりが無いと遠ざけた。それらは全て当たり障りのない美辞麗句を並べ立てながらも、実態は逃げ道を塞ぐ縛めに他ならない。
「私は悪くない。動けなくても仕方がない。だから何の責任も無い。きっとそうなのでしょう。でも、もしそれが本当なら……」
 ――どうして、こんなにも苦しいのですか?
 少女の頭部が更に高い位置へと移動し、天井を擦りかける。だが、それは明らかにおかしい。どう考えても頭部が見える場所は十代の少女の身長を遥かに越えていた。とその時、窓の隙間から吹き込んだ風がカーテンを舞い上げ、月明かりを室内へと差し込ませる。
 それによって照らし出されしは、少女の腹から下より生えた長蟲の骨格であった。百足を思わせるそれは、原形を留める上半身と相まってグロテスクさをより一層際立たせている。また右腕も蟷螂の鎌の如く変異しており、まるで自らを罰するかのように左腕へ傷を刻んでゆく。カサリと、力の抜けた左手から菜の花を押して作った栞が零れ落ちた。

 一目見ただけでも、危険な状態であることは明白だった。一刻も早く救出しなければ、恐らく手遅れになってしまう。戦闘を通してダメージを与えてゆけば、異形化も解けるはずだ。だがもし、彼女の在り様に何か思うところが在れば……言葉を掛けるのも、決して無駄ではないだろう。中身のない綺麗ごとではなく、痛みを伴ってでも伝えるべき言葉ならば、きっと届くはずだ。
 さぁ、猟兵たちよ。罪無き少女へ、『罰』を与えてくれ。

※マスターより
 プレイング受付は16日(金)朝8:30~となります。
 状況については当初部室から開始となりますが、やや手狭です。他に希望が在れば適宜移動と言う形で変更が可能です。救出に関しましては通常通り戦闘して打倒すれば助け出せるため、言葉を掛けるなどの行動は必ず染み必須ではありません。ご自身のスタンスによってご自由に行動ください。
 それではどうぞよろしくお願いいたします。
リック・ランドルフ
…確かに、周りの奴等の言葉は嬢ちゃんの望んだ物とは違ったのかもしれんな。……でもな、悪いことでもないと俺は思うぜ。確かに全く関わりのない奴とか言われた言葉なら、お前に何がわかるってなるしな。……でもな、嬢ちゃんを本当に心配してる奴もいたんじゃないか?友達とか、親とか…お兄さんとかな。……そして、部外者の俺から言えるのは

自分を責めるのも、涙も流すのも悪いことじゃあない。そして無力な自分を嘆くことも。…けどな、嬢ちゃん。アンタは生きてる、だから、生きなきゃいけない。それ等を抱えて、苦しみながら、それでも――ちゃんと生きなきゃいけない。…そう俺は思うし。

……俺はそうやって生きてるよ。

(拳銃を構えて)


エメラ・アーヴェスピア
前回とは関係ない…?…いえ、私位は一応心に留めておきましょうか
実際に彼女は悪くないし、やれる事が無かったのは事実なのよね…
でも、明らかに悪意を増幅している者がいる…いったいどこから…?
そして何処で彼女を知り、なぜターゲットに選んだのか…
未だに謎は多いわね

さて、困ったわ…場所が狭すぎて私の選択肢がほとんどない
仕方ないわね…『刹那唱うは我が銃声』
同僚さんへの援護射撃をメインに、離れた場所から召喚・発砲・送還を絶え間なく繰り返すわ

…かけられる言葉は同じになりそうな上にそもそもの原因として関係ない訳ではない
私では声をかけるのは逆効果になりそうね…その分、確実に救出するとしましょう

※アドリブ・絡み歓迎



●言の葉に咲け、銃の華
「前回の事件とは関係ない……? 彼女の心情は兎も角、飽くまでも偶発的な条件によって発生したのかしら……いえ、私くらいは一応心に留めておきましょうか」
 江崎の話を耳にして、エメラがまず抱いたのは疑念であった。彼女は当初より過去と今回の事件、双方の裏に共通した『黒幕』の存在を疑っていたのである。しかし、情報を統合した限りではそう言った何かの気配は感じられない。無論、巧妙に身を隠して暗躍している可能性も除外できないが、現時点ではその有無を判断する事は難しいだろう。
「刑事の立場で言うのもなんだが、探偵小説でそんなのが在ったな。確か、後期クイーン問題とか言ったか……神ならざる身じゃ全部を見通すことが出来ないってのは、ちょいともどかしいがね」
 エメラの疑問に相槌を打ったのは、自動拳銃へ新しい弾倉を叩き込んでいたリックだ。手にした証拠は果たしてそれが全てか。犯人の背後に更なる黒幕が居ないか。ただの人間にその全てを見通すことは不可能だ。だからこそ、まずは目の前の問題を一つ一つ解決してゆくしかない。
「……少なくとも、この嬢ちゃんに責任がないってことは確実だろうぜ」
「ええ、そうね。実際に彼女は悪くないし、事件解決の為にやれる事が無かったのは事実なのよね……」
 それに、と。エメラはジッと『化け物』を見つめる。相手も猟兵側の動きを窺っているのだろうか、上半身を微かに揺らしながらも仕掛けて来る様子はない。だが、見れば見るほどに悍ましくも痛ましい姿としか言いようがなかった。
(でも、明らかに悪意を増幅している者がいる。でも、いったいどこから? そして何処で彼女を知り、なぜターゲットに選んだのか……こうして対面はしたけれど、未だに謎は多いわね)
 一度は悲劇、二度目は偶然。であれば、もし三度目が起こればそれは必然か。ともあれ、今はただ眼前の少女を救う事に注力すべきだろう。戦場となる部室をさっと一瞥し、半機人は小さく眉根を寄せる。
(さて、困ったわ……場所が狭すぎて私の取れる選択肢がほとんどない。仕方ないわね、ここは火力や手数ではなく、速度で勝負するとしましょうか……『刹那唱うは我が銃声』!)
 エメラが得意とする戦術は頭数を揃えてからの集中火力投射である。しかし、それとこの戦場は些か以上に相性が悪かった。故に彼女は選んだのは、先の先を取る速度重視の一手。攻撃意志に応じて浮遊型の魔導蒸気銃が召喚されるや、出現と同時に発砲したのだ。
 照準から再装填を完了させるまで、掛かった時間は僅か百分の一秒程度。知覚すらも許さぬ一射は甲殻に覆われた下半身を撃ち抜き、一拍遅れて伝わってきた痛みに江崎は堪らず身悶えする。
「あ、ああ……痛い、のです。でも、本当はもっと早く、こうなるべきで……」
 苦しむような、それでいてどこか晴れやかなような。そんな相反する感情が零れ落ちた呟きに滲んでいる。一方、それによって闘争本能が刺激されたのだろう。化け物は長い身体をくねらせ、エメラ目掛けて躍りかかってきた。右腕より生えた鎌が空気を切り裂きながら、躊躇なく繰り出され……。
「すまないが、暴れる若者を取り押さえるのも警察のお仕事なんでな!」
 それが届く寸前、両者の間へリックが身体をねじ込んだ。鎌が刑事の胸へと突き立てられ、袈裟に振り抜かれる。だが、舞い散ったのは鮮血ではなく、黒みがかった糸の束。その正体は防弾ベストを構成しているケブラー繊維だ。
「弾丸以外も防げる防具が一撃とは……まずは穏当に説得から始めた方が良かったか?」
「説得、ね……こちらとしては掛けられる言葉がそう多くは無い上、そもそもの原因として関係ない訳ではないわ。私では声をかけるのは逆効果になりそうね……申し訳ないけれどそちらはお任せして良いかしらね、刑事さん?」
 無知故に放言出来る場合があれば、知るが為に口を噤まざるを得ない時もまたある。此度の発端に関わった者として、エメラは適切な言葉を見つける事が出来ないでいた。しかし、そういう点においては専門家と呼べる仲間がこの場に居る。
「オーケイ。なら、援護は頼んだぜ。話をする以上、しっかり面と向かってやらなきゃな!」
 半機人の援護射撃を受けつつ、刑事は躊躇う事無く前へと踏み込んでゆく。化け物は硬い甲殻部で銃撃を防ぐ一方で、その口元からはぶつぶつと言葉が零れ落ち続けていた。
「痛くて、熱くて、苦しくて……でも、これが私に、相応しいのです。優しい言葉よりも、此方の方が、ずっと」
「……確かに、周りの奴等の言葉は嬢ちゃんの望んだ物とは違ったのかもしれんな。でもな、そいつはあながち悪いことでもないと俺は思うぜ?」
 周囲に弾丸が飛び交い、百足を思わせる下半身が暴れ狂う中で。それでも、リックの口調が乱れる様子はなかった。年長者らしい諭す様な口調のまま、彼は化け物との距離を詰めてゆく。
「確かに全く関わりのない奴とか言われた言葉なら、お前に何がわかるってなるしな……でもな、事情を理解した上で嬢ちゃんを本当に心配してる奴もいたんじゃないか? 友達とか、親とか……お兄さんとかな」
 江崎の兄がなまじ教えてしまった、事件についての情報。それが彼女の苦悩する一因となってしまったのは間違いない。だが一方、その根底にあるのは疑いようのない善意だ。リックは同じ警官として、守るべき一線を越えてしまう事の重さを十分に理解していた。
「それ、は……だから、わたしは、その心配に応えなくちゃ、いけなくて」
 弱々しくもきちんと返ってくる言葉にリックは内心安堵する。対話まで不可能で在れば、本当にただ叩きのめすだけになってしまうと心配していたからだ。しかし、少女の肉体は本人の制御下から逸脱しているのか、攻撃の手を緩める様子はない。触肢を戦慄かせながら、長い下半身が死角より襲ってくる。
「頑張り屋さんほど自分を追い詰めがちなのは、何処の国でも変わらないな……っ!? そういや、害虫駆除は仕事の範囲外だったか」
 だが、そんな小細工など刑事生活では日常茶飯事だ。彼は危なげなくそれを避けるも、胸のあたりに違和感を覚える。見ると回避時に防弾ベストへ引っかかった触肢が、千切れながらも内側へ侵入しようと蠢いていたのだ。咄嗟に振り払おうとするも、そこへ二撃目が迫り来る。いま取り除かねば体内へ潜り込まれ、しかし避けねば手痛い負傷は免れない。どちらを取るべきか、リックが決断を下す……その前に。
「尾の一撃はこちらで対処するわ! 心配せず、刑事さんは続けて頂戴!」
 エメラの狙いすました射撃により、尾撃の軌道が逸らされた。リックは触肢を抜き去ると、ハンドサインで感謝の意を示しながら江崎へまっすぐに視線を向ける。
「……そして、だ。彼らと違って、部外者でしかない俺から言えるのは」
 相手の顔が見える。虚ろな瞳と目が合う。きちんと声が届く。そうだ。何か大切なことを伝えるときには、こうしなければならない。それはきっと、この事態を引き起こした『誰か』が決してやろうとはしなかったこと。
「自分を責めるのも、涙も流すのも悪いことじゃあないんだ。そして、無力な自分を嘆くことも……けどな、嬢ちゃん。アンタは生きてる、だから、生きなきゃいけない。死んだ先輩方の為でも、気遣う周囲の為でもなく、嬢ちゃん自身の為にな」
「生き、る……わたし自身の、ために」
 ぴくりと、震えと共に一瞬だけ相手の動きが止まる。そこにどんな感情が動いているのかまでは、察することは出来ない。だが、今しかないと刑事は更に言葉を紡いでゆく。
「絶望を抱えて苦しみ、いっそ死にたいと考え、それでも――ちゃんと生きなきゃいけないんだ。いまの嬢ちゃんには難しいかもしれないけど……そう、俺は思うし」
 ――俺はそうやって生きてるよ。
 そうして、リックは拳銃の銃口を向ける。生きろと諭しながら、武器を突きつける矛盾。だがそうした相反する何かを抱えてでも、歩まねばならないのが人生だ。それが伝わる事を静かに願いながら……。
 男は引き金に掛けた指へ、力を籠めるのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

マディソン・マクナマス
色々思う所は無いでもねぇが、いい歳して子供相手に説教強盗ってのもなんだな

即座に対UDC軽機関銃を抜いて【先制攻撃】
【制圧射撃】で牽制しつつ【逃げ足】で距離を取り、接近されたら【零距離射撃】で怯ませる
触肢に触れられたらダイヤモンドチタン製付け爪で切除
前章で飲酒していた為に勝手に発動したUCで現れた自称神の浮浪者の幻覚と会話しつつ戦闘

『何じゃマディソン、お前さんは説得せんのかい。こう、年長者の人生経験を生かして含蓄のあるやつをズバーンと』
「ねぇよ神様。あのな、俺だって終戦してから何度カウンセリング通ったかも覚えちゃいねぇ、それでも昔の悪夢で飛び起きるのもしょっちゅうだ。こんなジジィに何が言える?」



●同じ穴の蟲と猫
「俺だって色々と思う所は無いでもねぇが……いい歳して子供相手に説教強盗ってのもなんだな。さっきの刑事さんと違って余り偉そうに言える職業でもなし、一先ず救出って最低ラインだけは果たさせて貰うかね」
 そう言ってサブマシンガンを仕舞い込みながら、マディソンが代わりに取り出したのは武骨な軽機関銃であった。元が少女とは言え、眼前の異形が放つ圧は影法師とは比べ物にならない。既に相手も戦闘態勢へと移行しており、まずはそちらに対応するのが先決だろう。
「上手くいけば無傷のまま元に戻るだろうから、少しばかり痛いのは勘弁してくれよな。いやまぁ、こういうのを望んでいたって言われてもそれはそれで反応に困るがね」
 マディソンの戦意を敏感に察知したのか、化け物は長い身体をくねらせ床を這うように襲い掛かってくる。それに対し傭兵もまた躊躇なく引き金を押し込むや、弾幕を展開し始めた。ベルトリンク式の弾帯が薬室へと引き込まれ、強烈な勢いで弾丸を吐き出してゆく。それは床材や備品を掠めて木っ端を巻き上げながら、異形部の甲殻を貫いていった。
「あ、ああ、あぁ……!?」
「必要とは言えガキに弾丸を浴びせかけるなんざ、それこそ酒でも入ってなきゃやれるもんじゃねぇな……っと、おぉ!?」
 眼前の光景に眉根を顰めるマディソンだったが、相手の動きによって更に皺が深くなる。それまで攻撃を試みていた相手が目を見開いたかと思うや、突然身を翻して窓より逃走を計ったのだ。慌てて軽機関銃を担ぎ上げると、マディソンも部室を飛び出して後を追い始める。
「おいおい、こりゃどういうこった。確かに撃ちはしたが、そこまで効いている様には見えなかったぞ」
『……ヒ、ヒヒ。あのお嬢さんには、のう』
 走りながら掛けられた声に視線を向けると、そこには宙に浮かぶ老翁の姿が在った。マディソンはそれが酒精の回った果てに見る幻覚であると理解はしている。だがそれを踏まえた上で、彼は言葉を重ねた。
「そりゃどういう意味だい、神様」
『お前さんの撃った流れ弾が部室を傷つけておったじゃろ。恐らく、それを避けたかったんじゃないかの。土地であれ、思い出であれ、何かに固執する心情は理解できるじゃろ?』
「俺みたいなジジイの過去とティーンエイジャーの苦悩を一緒にしちゃ、あちらさんに失礼ってもんだろうよ」
 化け物が戦場を変えた理由。それは部室を戦闘の余波で破壊されることを厭うたが故だと、幻覚は告げる。かつて笑いあった仲間との思い出、共に過ごした場所。それらは老猫の過去と大きく重なるものだ。しかし、だからといって手を抜くつもりはなかった。
「空き教室か……なら、こちらも遠慮なくやらせて貰うとするかね!」
 マディソンが扉を蹴破り得物を構えるのと、待ち伏せしていた化け物が襲い掛かってくるのがほぼ同時。フルオート射撃によって相手を押し返すものの、飛び散った触肢が身体を這い上がり、毛皮をまさぐってくる。
「毛の中に入り込むのはノミやダニだけで十分なんでな!」
 彼は軽機関銃を躊躇なく手放すや、ダイヤモンドチタン製の付け爪を装着し触肢を斬り払ってゆく。そうしてそのまま白兵戦へと移行、化け物の右鎌と真っ向から斬り結び始めた。
『何じゃマディソン、お前さんは説得せんのかい。境遇的には近しいモノもあるじゃろう。こう、年長者の人生経験を生かして含蓄のあるやつをズバーンとな』
「ねぇよ神様。あのな、俺だって終戦してから何度カウンセリング通ったかも覚えちゃいねぇ、それでも昔の悪夢で飛び起きるのもしょっちゅうだ。こんなジジィに何が言える? 治療費の相場でも教えろってか」
 昆虫じみた動きは厄介ではあるものの、相手は元々単なる高校生である。身体能力は兎も角、技術と言う点では素人同然だ。マディソンは危なげなく相手の甲殻表面へ爪跡を刻み込みながら、チラリと少女の顔を見やる。
「皆さんが居た場所を、守らなくちゃ……それが、わたし、の」
「……俺に出来ることなんざ、反面教師くらいが精々だろうよ」
 自嘲気味な一言に籠められた感情は、鉛のように重く。老兵はただ全力で、化け物の激情を受け止め続けるのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
罪の意識を溜め込み続けてきたんだ、苦しいに決まっている
“慰め”の言葉で彼女を縛った者を伊織の発言から探りたい
あの影の言葉…事件を知る近しい者、文芸部の仲間か

異形化解除の為、手は抜かず応戦
攻撃を回避し反撃を、取り付く触肢は速やかに排除
菜の花の栞は破損を防ぐ
後で返してやらなければならない
戦場を移したり、一度拾ってもいい

交戦中伊織に言葉をかけ、彼女の心中を確認
悪くないと言われた今でも自分で自分を赦してはいない、違うか?

気が済むまで悩めばいい、泣いてもいい、それが普通だ
悔いているなら同じ過ちを犯さない方法を考えて実行しろ、それが償いとなるかもしれない
…償いになると信じてそれを続けている者が、ここに居る


オル・フィラ
…罪悪感とは、こんなにも、人を追い詰めるものなんですね

人ではなく蟲の部分を狙い【泥流弾】で撃ち抜きます
それだけでも何とかなるかもしれませんが、言葉を掛けてみたいです

罪を感じてしまったら、もう逃げられない、戻れないと思うんです
誰に何を言われても結局は、どうするのか決めるのは自分自身で、他にはありません
伊織さんも色々言われてきたみたいですが、どうするのかは、もう決まっているんじゃないですか?
一年半の間、逃げずに罪と向き合い続けてきた、強い人ですから

広い場所ではないですし躱しきれない攻撃もありそうですが、その時は左腕で受けましょう
私が侵食され力尽きるのが先か、伊織さんの異形化が解けるのが先か、ですね



●強さを認め、弱さを受け入れよ
「あ、ぁ……私が、悪いんです。ぜんぶ、わたし、が……」
 二度に渡り猟兵と交戦した結果、江崎の身体には既に幾つもの傷が刻み込まれていた。救出できれば元に戻ると理解はしているものの、血や粘液に塗れた姿が痛々しい事に変わりはない。教室内には少女の独白と、カリカリと触肢が床板をひっかく音だけが響いている。
「……罪悪感とは、こんなにも、人を追い詰めるものなんですね。人の姿から逸脱しようとも、それを捨てられない程に」
「一年近く罪の意識を溜め込み続けてきたんだ、苦しいに決まっている。それも善意を装った形で苛まれていたのだからな……“慰め”の言葉で彼女を縛った者を伊織の言葉から探れればいいのだが」
 そんな姿を前に、オルとシキはそれぞれの愛銃を構えながら小さく言葉を交わし合っていた。江崎伊織を救うという事、それは大前提だ。その上で彼女の心理的負担を軽くし、此度の事件を引き起こした原因を突き止められれば最上である。しかし、その過程で戦闘を回避する事は困難だろう。
「あの影の言葉から察するに……元凶は事件を知る近しい者、恐らくは文芸部の仲間か」
「その可能性は高いでしょう。正常な状態で話を聞くためにも、まずは救出が最優先ですが……狙うのは出来る限り蟲の部分に留めたいですね」
「了解した。手を抜ける相手ではなさそうだが、出来る限り善処しよう」
 確実に、速やかに、最低限度の傷を以て。戦闘方針を定めれば、あとはただ駆け抜けるのみ。二人は同時に左右へと別れると、挟み込むように回り込んでゆく。刹那、響き渡る発砲音。銃声は一つ、放たれた弾丸は二つ。甲殻を穿つ痛みによって、化け物もまた動き始めた。
「あのとき、この痛みを受けるべきなのは、わたしだった。そうすれば、きっと、他の人は助かったはずなのに……」
(きっと、こうして痛みを感じる事そのものが彼女にとっては救いなのでしょう。これだけでも最終的には何とかなるかもしれませんが……それでも、私は)
 部室とは違い、空き教室であれば相手も気兼ねなく動くことが出来るのだろう。差し詰め大蛇が如く長い下半身をうねらせながら、化け物は右腕の大鎌を振るって暴れ狂う。その一挙手一投足を見切って攻撃を回避しながら、オルは思考を巡らせる。極論、銃弾を叩き込むだけで解決には事足りるだろう。だが彼女は、それでも言葉を紡がずにはいられなかった。
「一度、心の中に罪を感じてしまったら……もうそれからは逃げられない、元の穏やかさには戻れないと思うんです。それについて誰に何を言われても結局は、どうするのか決めるのは自分自身で、他にはありません」
 大上段より力任せに振るわれた大鎌へ弾丸を叩き込み、半ば強引に軌道を逸らす。床を蹴って横へと飛び退き、少しでも触肢を減らすべく下半身へと銃撃を加えてゆく。そうした戦闘行動と並行しながら、オルは心の奥底から湧き上がってくる衝動を必死に言語化しようとしていた。
「伊織さんも色々言われてきたみたいですが、どうするのかは、もう決まっているんじゃないですか? 周囲の言葉に縛られて、本心を表に出せないだけで。だって貴女は一年半もの間、逃げずに罪と向き合い続けてきた……」
 ――とても、強い人ですから。
 ギチリ、と。その一言が響いた瞬間、不意に跳ね上がった尾による一撃がオルへと襲い掛かった。咄嗟に左腕を盾にして防ぐも、ぐるりとまきついた触肢が肌へ爪を立てて食い込み、鮮血が褐色の肌を伝ってゆく。痛みに顔を顰める少女へ、化け物は否定を以て応える。
「わたしは、強くなんか、ないのです……強ければ、あの時も、そして今だって、何かが出来たはずなのに……っ!」
「なるほど、な。強さを認める為にはまず、己の弱さを受け入れるところからか」
 そのまま体格差を活かして押し切ろうとする化け物へ、シキが逆手にナイフを握り締めて割り込んだ。触肢を断ち切ってオルの拘束を解きながら、牽制射撃を以て相手を後退させる。そうして距離を保ちながら、彼は仲間の言葉を引き継いでゆく。
 「こうして悪くないと言われた今でも、自分で自分を赦してはいない……違うか? それはきっと、自分の弱さを認められていないからだろう」
 自分が弱いと思う事と、その弱さを認める事。両者は近しいようで似て非なるものだ。自らを弱いと思い、それを嘆くだけでは決して前へ進めない。弱さを受け入れ認めなければ、己の持つ強みを知る事は決して出来ないからだ。なら、その為に何をすべきなのか。答えは単純にして明快。
「気が済むまで悩めばいい。堪え切れなければ泣いてもいい。それが普通だ。もし心細ければ、過去に縋っても構わない。まだ全部を失ったわけではないのだからな」
 それは当たり前の事。だけれど、彼女は悪意によってそうすることが出来なかった。ならばまずは、そこから始めるべきだろう。シキはそっと、懐から何かを取り出す。それは菜の花の栞だ。恐らく、部室を後にする際に拾い上げたのだろう。それを目にした化け物は、ハッと目を見開く。
「それ、は……卒業した、先輩たちと、作った……わたしにはもう、それくらいしか残って、なくて」
「大切なモノなら、しっかり持っておくべきだ。ともあれ今は戦闘中だしな、破損させるのも忍びない。今は預かっておくから……全部終わったら、その時に改めて返そう」
 それは言外に告げた、必ず助けるという決意。そうしてシキが言葉を交わしている間に、左腕に食い込んでいた触肢を除去し終えたオルも戦線へと復帰してくる。止血の為に巻かれた布は血に染まっているが、どうやら戦闘に支障はない様だ。
「悩んで、泣いて、誰かに相談して。本来、当たり前に出来ることを、彼女はすることが出来なかったんですね。始めに通るはずの過程を飛ばしてしまったから、本来なら進めていた一歩すら、ずっと踏み出せなくて」
「ああ。だからこそ、今からそれを始めるんだ。ギリギリだが、こうして間に合っている。手遅れになど、させるつもりは毛頭ないからな……行くぞ」
 手短な会話を合図として、二人は戦闘を再開する。化け物も感傷を振り切って応戦するも、心なしかその動きは精彩を欠いているように思えた。それを見て、シキは先程彼女が零した発言を改めて思い起こす。
(『今だって何かが出来た』、『もうそれくらいしか残ってない』……やはり部活の、それも過去だけでなく現状に関する何かも関わっているようだな。どうにも、身につまされる思いだ)
 感傷交じりの小さな自嘲。似た様な過去を持つ者だからこそ、彼は一切の躊躇いを捨て去る。自らと同じ轍を通らせないためにも、今必要なのはただ銃弾のみ。
「……そうしてかつてを悔いているなら、同じ過ちを犯さない方法を考えて実行しろ。それが償いとなるかもしれない。ああ、少なくとも」
 ――償いになると信じてそれを続けている者が、ここに居る。
 大鎌の刀身にシキの弾丸が命中する。他の甲殻よりも硬度をもつ箇所だが、度重なる戦闘によって疲弊していたのだろう。ビキリと、表面へ僅かばかりに罅が入る。だがオルにとってはそれだけでも十分だ。
「伊織さんが為すべきことに、そんな物騒なものは必要ありませんよ。自らも傷つける力なんて、強さとは呼べませんから。だから……」
 色々なしがらみと一緒に、此処へ置いて行きましょう。オルの放った弾丸は狙い違わず罅の入った部分へと吸い込まれ、解き放たれた泥流が隙間より入り込む。そうして、内部を侵食された大鎌はぼこりと膨張し……。
 全てでなく、一部分だけであるが。その刀身を確かに欠けさせるのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

グァーネッツォ・リトゥルスムィス
何で苦しいかなんて答えは決まっている
お前が、江崎伊織自身が未来を変えたいからじゃないか

部室や菜の花の栞を壊さない為に戦闘場所を廊下に移動させつつ
手の鎌や蟲の胴体からの攻撃を斧や槍で武器受けし、
隙あらば悪滅繃帯を千切っては彼女と異形の接合部分に投擲して
異形による伊織への浸食をUCで防ぐぞ

お前は他人より多く知りながら先輩達の心に近づかなかった悪い罪だと思ってるんだろ
そして今は後輩の呪いを、心をオレ達より一番知っている
先輩や後輩、他の知人や家族、オレ達の心に踏み込むのを
怯えているだけじゃ未来を変えられはしない
お前自身の心でかかってこい!
戦に挑む挑戦心こそが罰で償いで、明るい未来を掴む一歩なんだぜ!!



●挑め、例え血を吐き痛みを抱えても
「これが、わたしの、望んだこと……でも、苦しいまま。なぜ、なのですか」
 戦闘の余波によって荒れ果てた空き教室。その中心で、『化け物』は小さく首を傾げている。見ると右腕から生えた大鎌には、折れこそしていないものの欠けが生じていた。破砕面からは蟲と同じ体液が滲み出ており、ジクジクとした痛みが脈打つように感じられる。元となった少女にとって、これこそを願っていた筈。だが、何故か心にわだかまる何かが消える気配はなかった。
「……何で苦しいかなんて、答えは決まっている。お前が、江崎伊織自身が後悔のまま過去に沈むのではなく、未来を変えたいと願っているからじゃないか」
 化け物が我知らず零した独白に答える声がある。そちらへ視線を向けると、声の主は教室の扉へ背を預けるグァーネッツォだった。彼女はそっと部室の方へ一瞬だけ視線を送った後、眼前の相手へと戻す。
「このまま完全な化け物になったら、余計なことを考えずに済む。その結果、誰かに討伐されれば先輩のところに行ける。確かにそれは魅力的かもしれないな。でも……心の何処かで、それじゃあいけないって思っているはずだ」
 江崎はそのまま部室で戦闘を行う事を良しとしなかった。それは思い出を守ろうとした為であろう。だが、本当に罰を受けて消え去りたいのであれば、あの部屋ほど相応しい場所はないはずだ。それを選ばなかったのは、ひとえに彼女の奥底に抑え込まれた『叫び』に他ならないとグァーネッツォは信じていた。
「そんな、ことは、決して……わたしは、こうなるべきなのです。まだ、たりない、なら……!」
 だが、少なくとも一年以上もの時間を掛けて蓄積された罪悪感と自罰欲求は、数度言葉を交わした程度で消え去るほど簡単なものではない。猟兵の言葉を振り払うかのように身を躍らせるや、その長い下半身を発条代わりとして襲い掛かってきた。
「暴れたいってなら、全部受け止めてやるぜ。オレもそっちの方が得意だしな!」
 右手に骨斧、左手に竜槍。武威猛々しき得物を手にし、グァーネッツォもまた相手に応じる。横薙ぎに振るわれた大鎌の一撃を斧で迎撃し、反対より迫り来る尾の一撃は槍を巧みに操り絡め取ってゆく。期せずして両者は鍔競り合う形となり、互いの相貌が間近に迫っていた。
「まだ、だめ。こんなのじゃ、罰にならないなら、罰を受け取れないなら……」
 両の手が塞がり、双方ともに膠着状態? いや、答えは否だ。化け物は顎周りの鋏角を開くや、口中に並んだ無数の牙を蛮人の肩口へと突き立てる。そのまま筋肉を食い千切ると、咀嚼し胃の腑へと嚥下してゆく。瞬間、ボコリと異形部分が盛り上がり、まだ人間の姿を残している部分を侵食し始めた。
「っと、食い千切られたのは兎も角、それは見過ごせないな。完全なバケモノなんかにはさせないぜ!」
 痛みに顔を顰めながらもグァーネッツォは咄嗟に得物を手放すと、代わりに複雑な紋様が記された包帯を取り出す。それは自らの止血の為でなく、相手の力を封ずる力を秘めた逸品だ。彼女はそれをある程度の長さで引き千切り、異形と人間部分の境界線目掛けて投擲してゆく。
「冷静に話し合うためにも、少しばかり落ち着かせなきゃな!」
 瞬間、それらは使い手の意志に反応して一人でに化け物へ巻き付くや、異形部の浸食を抑え込み始めた。これで完全に安心という訳ではないが、暫くは食い止められるだろう。包帯の効能で少しばかり落ち着いたのか、動きを止めた相手へグァーネッツォは得物を拾い上げながら言葉を掛ける。
「……お前は他人より多く知りながら、先輩達の心に近づかなかった事が罪だと思ってるんだろ。そして今は後輩の呪いを、その心をオレ達より一番良く知っている。でもな、いつまでも『自分が悪い』だけで止まってちゃ、何も変わらないんだ」
 自らがそう思い詰めているので在れ、他人の言葉によって縛り付けられたので在れ、江崎の中の時間は、あの一年半前の事件からきっと進んでいないのだ。底なし沼の如く、ゆっくりと自らを呑みこむ深い絶望。ならばまず、そこから出てこなければならない。
「先輩や後輩、他の知人や家族、オレ達の心に踏み込むのを。ただ怯えているだけじゃ、未来を絶対に変えられはしない。さっきも言った通り、心の中に在るモヤモヤはオレたちが全部受け止めてやるから……だから」
 ――お前自身の心でかかってこい!
 武器を構え、真正面に仁王立つグァーネッツォ。それはこの一年半、誰もしてこなかったこと。身体を、顔を、視線を合わせて貰えなかった少女にとって、それは何よりも眩しくて。
「戦に挑む挑戦心こそが罰で、償いで、明るい未来を掴む一歩なんだぜ!!」
「あ、ああ、アアアアァッ!」
 まるで暖かな光に誘われる虫の様に、化け物は蛮人へと向かい。そして猟兵は真っ向から少女の叫びを受け止めるのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

春乃・結希
……わからない
どうしてそんなに他人の言葉を気にするのか
欲しい言葉で無いのなら、聞く必要なんてないのに
自分の想いのままに行動すればいいのに
私は『with』と出会ってから、ずっとそうしてるよ

何か出来たはずって、あなたに何が出来たの?
罰して欲しいって言うけど、あなたの何を罰すればいいの?
あなたの想いはふわふわしてる
ただ殺して欲しいだけなら……簡単だよ

近づき、蹴り飛ばし、躊躇いなく斬りつける
足の数本、胴体の一部でも叩き潰してあげようか

私は人の心がわからないから
言葉をそのまま受け取ることしか出来ないけど
どうしたいのか、あなたの言葉で伝えてよ

その想いを断つのは、きっとあなた自身にしか出来ないから



●孤独を選んだ者、孤独にさせられた者
「……わからない。どうしてそんなに他人の言葉を気にするのか。欲しい言葉で無いのなら、聞く必要なんてないのに。ただ、自分の想いのままに行動すればいいのに……両手で耳を塞いでも、前を見て歩くことは出来るのだから」
 調査の過程で見聞きした事、そして先に交戦した猟兵たちとのやり取り。それらを踏まえた上で、結希の心の中にはただただ疑問だけが渦巻いていた。なぜ、害になるようなことを受け入れるのだろうか。なぜ、毒にも薬にもならぬことに拘泥しているのか、と。
「少なくとも、私は『with』と出会ってから、ずっとそうしてるよ。それとも、そういうのが人間関係のしがらみってものなのかな? 気遣い、立ち振る舞い、上下関係。私も必要ではあると理解はしているけど……今の貴女にとっては、単なる鎖にしか思えない」
 空き教室の中心で蹲る江崎伊織を見れば、結希の抱いた印象が決して間違いでないことが分かるだろう。肉体を昆虫じみた悍ましい姿に成るほど追い詰められ、更には戦闘の過程で受けた傷によって全身が赤々と染め上げられている。これが望みだったと本人は嘯くが、傍目から見れば『望まされて』いるとしか思えなかった。
「ち、がうんです。わたしがあの時、なにか出来ていれば。ちょっとは、変わったかも、しれなくて。そしたら、いまの文芸部だって、きっと……」
「何か出来たはずって、それじゃああなたに何が出来たの? 罰して欲しいって言うけど、あなたの何を罰すればいいの? あなたの想いはふわふわしてる……わたしが、わたしがって言うけれど、一番自分を見えていないのはあなたじゃないのかな」
 背に負うた愛しき剣の如く、少女は化け物の譫言を怜悧に切って捨てる。これまで江崎は己自身について幾度も言及していた。だが、その口から具体的な何かが出てきた事は果たしてあっただろうか。他人に言われた事を受けて、意固地になって、無いモノを必死にあるかのようにでっち上げている。結希から見れば、化け物の苦悩はそんな自縄自縛としか思えなかった。
「自分のことだからこそ逆に気付きにくいというのは、もちろん一般論としてあるのだろうけど。そうだね、一先ずただ殺して欲しいだけなら……簡単だよ」
 すらりと少女が黒き大剣を鞘より抜き放ったかと思うや、姿がその場より掻き消える。それは異形化により強化された感覚ですら捉えきれぬ、神速の踏み込みだ。一拍の間をおいて思い出したかの様に床材が弾け飛ぶのと、結希が化け物の眼前へ現れたのはほぼ同時。間髪入れず勢いを乗せた蹴撃を繰り出すと、そのまま体重を乗せて押し切り、相手を床へと抑え込んだ。
「かっ、はっ……ぁ……!?」
「これがあなたの望んだことなんだよね? なら、まだ終わらないよ」
 肺腑より空気が押し出され息も絶え絶えな化け物へ、結希は一切の手加減なく黒き刃を突き立ててゆく。蠢く触肢が跳ね飛ばされ、掛けられた圧力に耐え切れず鉄靴の下で甲殻が割れ潰れる。
 徹底的な蹂躙だが、化け物とて為すがままではない。唯一動かせる頭を振り、黒剣へ噛みつくことによって何とか追撃を停止させた。口の端より一筋の紅を伝わせる相手を見下ろしながら、結希は言葉の続きを紡ぐ。
「私は人の心がわからないから、言葉をそのまま受け取ることしか出来ないけど。どうしたいのか、あなたの言葉で伝えてよ。言わなくても全てを察せる関係なんて、この世界にほんの一握りしか無い以上……」
 ――その想いを断つのは、きっとあなた自身にしか出来ないから。
 鋼鉄と鋭牙が擦れ合い、カチカチという細かな音が響く。隙間から漏れ出る呼気は粗く、一瞬でも気を抜けばどちらかが跳ね返される危うい拮抗。その静寂の果てに、単なる呼吸以外の何かが化け物の口から零れ落ちる。
「…………――――ッッ!」
 それは明瞭な形をならず、ややもすれば単なる唸り声にしか聞こえないだろう。だが、結希は確かに、その叫びから意志を読み取っていた。彼女は一瞬だけ瞳を閉じると、愛剣を握る手により一層力を籠め……。
「……そっか。なら、早く元に戻らんといけんね?」
 蹴りの反動を利用して後ろへ飛び退くや、口元の鋏角を一つ、すっぱりと斬り飛ばすのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

勘解由小路・津雲
【路地裏】3名
 あの菜の花の栞は……。
「しにたい」という相手に「そんなことを言うなよ」というのは、実は相手の気持ちを否定している。
自分を傷つける「行為」を認める訳にはいかないが、自分を傷つけたいという「気持ち」そのものは、受け取らねばなるまい。

今のあんたは「~そうです」と語る。他人の言葉に押しつぶされている。あんたの言葉を聞かせてくれないか。
何を悔いている、何を責めている。何がしたかった、何が出来た、そして何をしなかったのか。自分の痛みを忘れることなかれ。

おっと、それ以上人間性を失ってもらっては困るな。【七星七縛符】で封じさせてもらうぞ。ペインが薬を飲ませる隙も作れるかもしれぬ。


ファン・ティンタン
【POW】傷を刻みて
【路地裏】

生憎と
私はただの道具でね
断ち切るための、道具
力をもって、力を制する物
あなたの弱さとは、対極にあるモノだよ

蟲とは、強い生命力の象徴でもある
あなたがどういった経緯でその姿になったかはあずかり知らぬところだけれど
皮肉かな、醜くとも生きたいという意思の発露のようにも思えるよ

他の猟兵も気にはしていると思うけれど
人の域に踏み止まらせるためにも、捕食は厳に制していく
【影蝤蛑】
痛みを伴おうとも、蟲と溶け合う部分は精神外科的に切り離さなければならない
悪い事をする手は、めっ、だよ

私本来の浄化は、今回とはちと方向性が違う
解き無に帰すでは、生の実感は生まれない
詰めは、他の適任者に任せよう


ペイン・フィン
【路地裏】

……生憎と
自分は、断罪者でも、処刑人でも、ない
自分は、拷問官
痛みを与えて、されど生かす物
貴方の望むそれは、与えられないね

コードを、使用
扱うのは、毒湯"煉獄夜叉"

扱う毒は、蟲殺しの劇毒
蟲の部位の痛覚を強く刺激し、溶かす
自分や仲間を狙い、浸食しようとするそれらを、溶かしていこう

そして隙を見て、もう1つの毒を飲ませる
"自白剤"
それも、飲ませた対象の感情を、強く、揺さぶるもの

さあ、聴かせて、あなたの感情を
怒り、悲しみ、絶望、苦痛
軋み上げていて、それでも押さえ込まれたそれを
他ならぬ、貴方自身の言葉で
口にして、表現し、叫んで

……自分は、拷問官らしく
ただ淡々と、それを聴こう

(……懺悔のように)



●硬き殻、虚ろな空、奥に秘めたる本心よ
(先ほど見たあの菜の花は……全く、ますます退けなくなってきたな)
 部室から空き教室へと場を移し、幾度かの交戦を経て。他の猟兵たち同様、戦場へと駆けた津雲は先ほど見た光景を脳裏で反芻していた。我知らず、錫杖を握る手にも力が籠る。
「さて、と。既に先行した仲間たちが何度も声を掛けている様だけれど、本心を引き出しきるにはもう何手か必要そうだ」
 これまで受けてきたダメージが蓄積しているのだろう。遭遇当初と比べて相手の動きは緩慢になりつつあり、このままいけば順当に撃破できるはずだ。しかし、この先を見据えるのであれば、更に一歩踏み込みたいところではある。どうしたものかと思案するファンへ、助け船を出したのはペインであった。
「それなら、自分に考えがある、よ。ちょっとだけ、乱暴かもしれない、けどね」
「……いや、乱暴と言うのであれば今更だ。事ここに至っては手段を選んでおれんからな。この際、多少の荒療治には目を瞑ろう」
 津雲は悩ましげに瞳を閉じた後、仲間の提案へ賛成を示す。内容に懸念点はあるものの、それ以上に青年の技量を陰陽師は信頼していた。
「ともあれ、それを実行に移すにはもう少しばかり大人しくなって貰わないとね。見た限り、相手は蟲としての特性が色濃いみたいだ。昆虫の生命力は甘く見ない方が良いだろうし」
 ファンもまたそれに同意しつつ、星空を内包したカンテラを構え直す。手負いの獣は思わぬ逆襲を行う事もあるが、虫の場合はそれ以上だ。手足がもげようが、身体を分断されようが、それでも動き続けるしぶとさがある。なまじ手心を加えて返り討ちに遭うなど本末転倒だろう。
「……自分は前に出て、戦闘を行いながら、機を伺う、つもりだよ。援護はお願いできる、かな?」
「もちろん。捕食を実行されてこれ以上人の型を失って欲しくない。出来る限り、接近戦は避けるべきだろうね」
 ファンの異能に関しては距離のある方が効果的であり、津雲は元より前に出るタイプではない。前衛を担うペインとて、防御よりも回避を得手としている。憂いがあるとすれば万が一の被弾と、追い詰められた相手の捨て鉢か。
「その点に関しては、適宜こちらからもフォローするつもりだ。それじゃあ、始めるとするか」
 ともあれ、方針は決まった。相手がこれ以上何かをしでかしてしまう前に決着をつけるべく、三人はそれぞれの役割を果たさんと動き始めるのであった。

「声を掛けてくれる。手を差し伸べてくれる。望んでいた、罰を与えてくれる。でも、それでも……まだ、自分を、許せなくて」
「……だから、死を望むと?」
 猟兵たちの言葉は確かに届いてはいる。だが、強固過ぎる心の殻がそれを拒み続けているのだろう。しかし、着実に亀裂は刻み込まれているはず。ならば、あと必要なのは大きな衝撃か。その嚆矢となるべく、赤髪の青年は相手の前へと身を晒してゆく。
「……生憎と、自分は、断罪者でも、処刑人でも、ない。自分は、拷問官。痛みを与えて、真意を吐き出させ、されど生かす物。例え、その過程が如何に苛烈であろうと……貴方の望むそれは、与えられないね」
 今回、身軽になるためペインは拷問具を一つだけ装備していた。それは栓をされた竹筒。彼は封を解くや、中に収められていた液体を化け物目掛けて振り撒いてゆく。咄嗟に相手も下半身を身体へ巻き付けて防ぐも、飛沫が触れた瞬間に音を立てて甲殻が溶け落ち始める。
「あ、がぁっ!? これ、は……!」
「蟲殺しの劇毒だよ。蟲の部位の痛覚を強く刺激し、溶かす……死に至ることは無いけれど、数滴かかっただけでも、相当な痛みじゃないかな?」
 痛みと一口に言っても様々だが、その中でも最上位を挙げるとすれば神経に作用する苦痛があるだろう。肌や肉に依らぬ激痛はまさしく筆舌に尽くしがたいものだ。化け物も例に漏れず、言葉にならぬ叫びと共に暴れ狂い始める。
 だが一方、その余波でもげ落ちた触肢が敵対者を侵食せんと、一人でに動きながら這い寄って来ていた。
「これらにも、毒は効くだろうけど……少しばかり、数が多いかな」
「ある意味、これも予想通りと言える。ペイン、少しばかり毒液を借り受けるぞ?」
 ペインは津雲の声が聞こえると、掃討もそこそこに射線を遮らぬよう横へと飛び退く。瞬間、周囲に舞い散った毒液が水溜まりを作ったかと思うや、それらは一瞬にして毒々しい色の霧と化した。毒霧は術者の意に従い化け物へと纏わりつき、周囲一帯に充満してゆく。
「先の影法師戦の応用だ。使用する液体が異なれば効果もまた変わってくる。この手の相手はスプレーで一々駆除するより、噴霧剤で一網打尽にするべきだろうしな」
 霧に触れた瞬間、触肢は痙攣しながら動きを停止させる。暫く経てばまた再生して生えてくるだろうが、これだけ仕留められれば当面は脅威とならないはずだ。毒霧の向こう側では、化け物の悶える影と呻き声が漏れ聞こえていた。
「がはっ、ごほ……!? 痛くて、苦しい、けど。こんなのじゃ、全然……!?」
「……『しにたい』という相手に『そんなことを言うなよ』というのは、実は相手の気持ちを否定している。そう言った者に必要なのは、何よりもまず肯定感だ。そこからまずはき違えていては、届くはずの言葉も伝わらないからな」
 暫し様子を窺っていると、靄の中から化け物が姿を見せる。新鮮な空気を求め喘いでいるが、毒霧を吸い込んだせいで喉が焼かれたのだろう。呼吸する度にゼイゼイと言う異音が混じっていた。
「こちらとしても自分を傷つける『行為』そのものを認める訳にはいかないが、自分を傷つけたいという『気持ち』そのものは、受け取らねばなるまい。そちらからすれば物足りぬやもしれんが……」
「……死ぬとか殺すとか、こっちは貴女の期待に応えるつもりは更々ない。生憎と私はただの道具でね。ただ断ち切るための、道具。力をもって、力を制する物……意志を持ちながらも、他者に振るわれるべき存在。あなたの弱さとは、対極にあるモノだよ」
 乱麻を断つ存在でありながら、本来は自らの意志では動けぬ器物。片や、何かを成せるだけの自由を持ちながらも、それを行使できなかった弱き者。ファンの言う通り、確かに両者は正反対の位置にあると言える。だが、白き刀は相手の在り様に一抹の願いを見出していた。
「産み増え、地に満ち、空を覆う。蟲とは、強い生命力の象徴でもある。あなたがどういった経緯でその姿になったかは預かり知らぬところだけれど……皮肉かな、私には醜くとも生きたいという意思の発露のようにも思えるよ」
 猟兵の言葉を聞いた少女は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるも、それはすぐまた諦念に塗り潰されてしまう。力なく首を振りながら、罅割れた声で化け物は否定を口にする。
「……例え、私の本心が、そうだとしても。それを願ってはいけない状況が、あるのです。だから、本気を出すつもりが、ないのなら……」
 そうせざるを得なくなるまで、攻め立てましょう。そう言い終わるや否や、ボコリと少女の肉体が膨張し始めた。それは血肉を喰らった事による異形の活性化ではない。自ら人間性を手放し、心身を化け物へと明け渡す文字通り自殺紛いの一手である。そのまま、相手は突撃を敢行してきた。
 戦闘力の増大は元より、早急に手を打たねば人間へと戻れる可能性が更に低下してしまうだろう。だが、裏を返せばこれを大きな好機でもある。。
「危惧していた、事態だね。でも、上手くいけば……一気に事態を、動かせるかもしれない」
「その為にも、まずは動きを封じなくてはね……という訳で津雲、一番手は任せたよ?」
 白き刃と指潰しが背後を振り返った時、陰陽師はもう既に準備を終えていた。周囲に展開されるは無数の霊符。一枚一枚に籠められた霊力は、津雲自身の生命力を削って生み出されたものだ。
「それ以上、人間性を失ってもらっては困るな。覚悟の是非はともかく、自らの存在を投げ打った一手……ならばこちらも全力で行かねば食い破られかねん。さぁ、急ぎて律令の如く為せ!」
「ア、ァアア、……が、あぁっ!?」
 術者の命を受けた霊符は、迅雷の如く宙を飛翔して化け物を迎撃する。手首、腹部、口元といった人間と異形部の境目へと張り付くや、忌まわしき本能を強引に抑え込み始めた。侵食する本能と抑え込む霊力、双方の勢いはほぼ互角。このままでは互いの力が尽きるのを待つダメージレースと化してしまう、が。
「第一段階はこれにて完了。さて、他の猟兵たちも気にしていたけれど、出来る限り人の領域に踏み留まって貰うよ? その為にも、例え痛みを伴おうとも蟲と溶け合う部分は精神外科的に切り離さないとね」
 一秒たりとも無駄にはすまいと、拘束の成功を確認した瞬間にファンが動いた。彼女は星明かりのカンテラを掲げると、発する光量を上げてゆく。光が強まれば強まるほど、影はより濃密さを増す。相手の奥底に隠された部分へメスを入れようと言うのだ、こちらも取れる手段は全て投入せねばなるまい。
「女の子の手がそんなんじゃ、死者の為に手を合わせる事も、正者と手を繋ぐことも出来やしない。だから……」
 ――悪い事をする手は、めっ、だよ?
 ちょきん、と。光源の前に差し出された影鋏が、化け物の身体を通り過ぎる。ただそれだけの事だが、齎された効果は甚大で在った。下半身が俄かに動きを止め、それまで縦横無尽に振るわれていた大鎌がだらりと床へと垂れ下がる。まるでそれは、繰り糸の断たれた人形の様だ。
「ソんな……何デ、動かなイのです!?」
 少女は立て続けに起こった事態に対し、ただ困惑することしか出来ない。異形部分は絶望によって露出した、いわば心の具現化だ。肉体ではなく精神のみを断つこの異能であれば、覿面に効くのはある種当然であろう。
(私本来の浄化は、今回とはちと方向性が違う。あれは既に終わってしまった存在に、かつての姿を一時的に思い出させるだけ。解き無に帰すでは、恐らく生の実感は生まれない……という訳で)
 詰めは任せたよ。その呟きは本当に微かなもので。だが、聞こえたか聞こえていないかなど、白き刀にとっては些細な事だった。何故なら、愛すべき青年は必ずこの機を見逃さないと、彼女は識っているのだから。
「こんな風にするのは、ちょっと気が引ける……けど。今しかないのであれば、躊躇うつもりはない、よ」
「っ、いったい……貴方達はいったい、何をねら、ごぼっ!?」
 そして、最後を飾ったのはペインだった。彼は身動きが取れなくなった化け物へ飛び掛かるや、口元へ強引に竹筒をねじ込む。苦いような、刺すような、形容しがたい味の液体が喉を通り、身体へと吸収されてゆく。一体何を飲まされたのかと咳き込む相手へ、青年は隠すことなく種を明かした。
「いま飲ませたのは、"自白剤"だよ。それも、飲ませた対象の感情を、強く、揺さぶるもの。これも毒と言えば、毒だろうけれど……傷つける為のものじゃ、ない」
「なぜ、わざわざそんな、モノを……!?」
「……なに、単純なことだ。全てはあんたの本心を聞きたいからさ」
 少女の問い掛けに対し、陰陽師が代表して答えた。彼は今もなお護符を維持し続けており、消耗も馬鹿にならない。気温が低いにも関わらず、額には汗が浮かぶ。だがそれでも、津雲は自らが応じなければと決めていたのだ。
「今のあんたは一から十まで『~だそうです』と、まるで他人事の様に自らを語る。そいつは裏を返せば、他人の言葉に押しつぶされている証拠だ。だが、俺たちが聞きたいのはそんな誰かの言葉じゃない……どうか、あんた自身の言葉で聞かせてくれないか」
 何を悔いている、何を責めている。何がしたかった、何が出来た、そして何をしなかったのか。抱えている痛みを、自分にも分かち合わせてくれ。三人がこの戦闘を通して追い求めていたのは、ただその一点だった。
「今回に限っては、何を言っても貴女は悪くないと保証するよ。三人掛かりで抑え込まれて、自白剤を飲まされたんだ。それこそ『仕方がない』ってものだしね」
 津雲の言葉を引き継ぎながら、ファンはお道化た様に肩を竦める。わざわざ自白剤を使用したのも江崎に対して免罪符を与え、心理的な負担を軽減させる為でもあったのだ。
「気兼ねする事は、もう無いよ……さあ、聴かせて、あなたの感情を。怒り、悲しみ、絶望、苦痛。軋み上げていて、それでも押さえ込まれたそれらを。他ならぬ、貴方自身の言葉で……口にして、表現し、叫んで」
 自分は、拷問官らしく。ただ淡々と、それを聴こう。字面とは裏腹に、ペインの口調には気遣いに溢れていた。ふるふると、少女の唇が震える。それまで抑圧されてきた感情が、ここまで場を整えられた結果、口元まで出掛かっているのだ。そうしてゆっくりと、途切れ途切れに……江崎伊織は言葉を紡ぐ。
「…………楽しかったはずの、思い出が。いつの間にか、苦しくなっていたのです」
 一言零れ落ちれば後はもう、堰を切ったように想いが溢れ出してゆく。失った先輩たちの事、周囲に感じてしまった距離感の事、事件の影響で寂れゆく文芸部の事。順序はめちゃくちゃで、内容も要領を得ない。だが溜め込まれた想いだけは、しっかりと伝わってくる。
「顧問の先生も、腫物を触る様に接してきて。部員も私とあと一人だけに、な、って……あ、ぅうっ!?」
 静かにそれらへ耳を傾けていた三人だが、不意に言葉が途切れたことによって再び臨戦態勢を取った。恐らく、自白剤の効果が切れたのだろう。それと同時に護符が舞い落ち、触肢もまた蠕動を再開してゆく。
「時間切れか……でも、こうして想いを吐き出せたんだ。なら、あとはもう少しだろうね」
 油断なく構えを取りながらも、ファンの口ぶりに深刻さは見受けられない。それは他の二人も同様だ。三人の瞳には、既に救出までの道筋がくっきりと見えているのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
(左腕の傷読み取り『どんな手段用いても生きる意思持たせる』と思考演算が狂い慎重さ蒸発)

これからあの部室に火を放ちます
貴女の大切なモノ全てを奪います
全力で抗うことです

自己ハッキングで損傷無視
真っ向勝負の近接戦
剣、盾、拳、脚
捕食に対し顔に目線合わせ頭突き
ワザと激痛与え

痛みますか?
嬉しいですか?
その感覚すら死者は感じることは出来ません

あの時ああしていれば

その罪に釣り合う罰など何処にもありはしません

ですが
あの少女達の死に何を想い何を為さんとするか
それは生者の特権であり義務です

貴女だけが楽になりたければ燃える思い出を傍観しなさい

それを厭うならば例え無残な屍晒そうとも…
エゴを…己が意思を世界に示しなさい!


レッグ・ワート
何も選べなかった気分から逃がそうか。

発散には付合う。ただ部の備品庇ったり怪力活かして糸での拘束狙いつつ、戦場変更か片付けは提案するぜ。運ぶ品は都度何か聞いてみて、纏わる思い出話が出てこないか話振るよ。今の状態でどのくらい言えるかね。
状態確認は常時。戻るなら最良。腑に落ち着いてない値なら選択肢にエージェント挑戦も挙げる。日常非日常ド級欠点の数々は言うが、忘れたくないならな。まあ俺は責任取らないんで長い目で考えて、そもできるか知らんし。投げたら絶対無理なんで、自分が使ってやる根性で。そも周りが自己防衛するんだからお前さんもして良かったんだぜ。例えば、ゆっくり整理つけたいから急かすのは止めてだとか。



●遠ざかる過去を伴い、未来へ視線を向けて
 ほんの僅かな月明かりに照らされながら佇む江崎伊織の、化け物の姿は極めて酷い有様だった。甲殻表面に穿たれた無数の弾痕、斬傷。傷口から滴り落ちた鮮血は蟲由来の粘液と混ざり合い、どす黒く変色していた。更には毒霧を吸った影響か、声がしゃがれ罅割れている。
「苦しいのです。重く、辛いのです……前に進みたいと、そう願っているのに。一緒に、先へと進みたいのに。それを抱えられるだけの強さが……私にはないのです」
 だが、何よりも哀れさを誘うのはその言動。これまでの絶望一辺倒ではなく、猟兵との対話によって本心を引き出された事により、その言葉にはか細い希望が見え隠れしていた。なまじ光が混じっている故に、その言動に滲む諦念が色濃く感じられるのだ。
「そうですか。ならば、こういうのはどうでしょうか……これからあの部室に火を放ちます。遺品、書物、そして思い出。あの場所に遺された、貴女の大切なモノ全てを奪います」
 そんな少女へ、無慈悲な宣告が浴びせかけられる。化け物が視線を向けると、トリテレイアが空き教室の出口を塞ぐように仁王立っていた。
「それらが単なる重荷であると言うならば、そこで大人しく傍観して居なさい。ですがもし、嫌だというのであれば……全力で抗うことです」
「そんな……これは、私だけの問題なのです。あの部屋は、部活は関係ないのですっ!」
 彼は元より機械の身体だ。兜型の装甲で頭部を覆っているのも相まって、表情を窺うことは出来ない。だが電子合成された声音であるにもかかわらず、そこに宿る真剣さは非常に生々しかった。
(おっとと、随分と過激な物言いだな。で、そいつはどこまでがブラフなのかね? 今の一言で、相手さんも随分と頭に血が上り始めたようだが)
 同じタイミングで現場に到着していたレッグは、もう一方の出口を固めつつそう仲間に問いかける。両者ともに戦機械である故、こうした秘匿通信もまた容易かった。
(半ば以上に本気です。彼女を完全にこちら側へと引き戻すには、何よりも強烈な衝撃が必要だと判断します)
(……なるほど、そちらさんも電子回路にかなり熱を帯びているらしいな。オーケイ、どうやらこっちはフォローとアフターケアに回った方が良さそうだ)
 精密検知プログラムを作動させていたレッグは、相手のみならず仲間もまた勢い付いている事を把握する。察するに、相手の左腕に刻まれた傷跡がその理由だろうか。だが此処は下手に止めるよりも、適宜支援に回った方が結果としてはプラスになるだろうと判断した。
「あー、なんだ。俺としては過去の思い出話とかを聞きつつ、大切な物の運び出しや片付けを手伝っても良いんだが……どのみち、この騎士さんをどうにかしないと駄目らしいぞ?」
 そうして小さく肩を竦めつつ、レッグは一歩後ろへと下がる。必要と在らば参戦するつもりだが、真っ向勝負は鋼騎士の方が適任の様だ。ここは一先ず静観する事に決めた。一方、止める者が居ないと知った化け物もまた覚悟を決めたらしい。
「それだけは、駄目なのです。あの部活を守るために、私は、この一年……ッ!」
 相手は長い下半身をたわませ、それによる強烈な瞬発力を以て飛び掛かってきた。鋼騎士はハッキングで制御機構を解除しつつ、大盾にてそれを受け止める。そのまま盾撃へと移行しながら抜剣、突きを繰り出し相手を貫くや格闘戦へともつれ込む。
「ガアァァッッ!」
 体格差は兎も角、体重に関しては相当な差だ。身動きのとれぬ化け物は最後の手段である噛みつきを試みるも、鋼騎士は相手の眼を見据えたまま強烈な頭突きにて応戦する。鼻骨が折れたのか、鼻腔より滂沱と血が流れゆく。
「傷が痛みますか? 罰を受けて嬉しいですか? その感覚すら、死者は感じることが出来ません。他の方もおっしゃられておりましょうが、何度でも言いましょう。貴女はいまこうして生きているのです!」
 ガリガリと突き立てられた触肢が装甲表面を削り、押し返そうとする力に関節部が軋む。だが、それでもトリテレイアは退くつもりなど微塵も無かった。
「あの時、ああしていれば。その罪に釣り合う罰など何処にもありはしません。もしあるとすれば、そんなものは神の領域でしょう。ですが、あの少女達の死に何を想い何を為さんとするか……それは生者の特権であり義務です。ならばこそ、それは果たされねばなりません!」
 字面だけ見れば、それはかつて掛けられた言葉と同じかもしれない。だが、鋼騎士の言葉には血が通っていた。鋼鉄と電子より発される声に、確かな熱と意志が。
「それすらも荷が重いと、貴女だけが楽になりたいと願うのならば、どうぞ燃える思い出を傍観しなさい」
「それ、だけは……絶対にッ!」
「させないというのですか。全てが灰燼と帰す事を厭うのならば、例え無残な屍晒そうとも……エゴを」
 ――己が意思/意地を世界に示しなさいッ!
 怒鳴り合いとも言える、意志と意志のぶつかり合い。その果てに、鋼鉄の巨躯が……宙を舞った。本来であれば決して覆らぬ戦力差、在り得ぬはずの結果。しかし、現実はただただ明白だ。
「私は……あの人たちに、せめて胸を張れるように在りたいのですッ!」
「……ご安心を。その姿もう、十分、に……――――」
 零れ落ちた最後の呟きに滲んでいたのは、驚愕や怒気ではなく安堵の色。そのままドシャリと床へ落下する仲間の姿に思わずレッグが臨戦態勢を取るも、すぐにその構えは解かれる。
(これは……一頻り暴れて発散し切ったってとこかね。勿論、その前に散々言葉を掛けられたからこそだろうが)
 何故ならば、少女の身体から異形化した部位がボロボロと落下していたからである。床へ落ちた甲殻や触肢は砕けて塵と化し、瞬く間に消滅してゆく。ほんの数分もすれば、床にへたり込む少女だけがその場に残っていた。精密スキャンの結果も、彼女が正真正銘の人間であることを示している。
(さて……騎士さんは熱暴走で再起動中か。となると、こっからは選手交代かね?)
 ちらりと後ろを見やれば、トリテレイアは頭脳と躯体に負荷が掛かり過ぎたせいで、暫く身動きが取れないらしい。やれやれと首を振りつつ江崎へ視線を戻すと、彼女は文字通り憑き物が落ちた様に大人しかった。まだ意識が戻り切っていないのだろうか、茫洋と口から呟きが漏れる。
「私はいったい……これからどうすれば良いのでしょうか?」
「まるで燃え尽き症候群みたいだな。いや、あんだけの熱量をぶつけられればそりゃそうなるか……で、どうすれば良いか、ねぇ」
 レッグは少女の横へと腰を下ろし、さてと顎を撫ぜる。センサー群から得られる少女のバイタル情報はどれも落ち着いたものだが、微弱ながらに起伏が在った。迷い、不安、微かな苛立ち。それらを読み取った機械は、暫しの思案の後にスピーカーを震わせた。
「悪いが、その質問には答えられない。それはお前さんが決める事だし、そいつを他人に任せてきたからこんな事態になった」
「そう、ですよね……」
「ただ……これから出来ることについて、選択肢くらいなら提示は出来る。例えば、今回みたいな事件に携わる仕事とかな」
 どういう事かと視線を向けてくる少女へ、レッグはUDC組織について掻い摘んで説明する。無論、利点欠点命の危険を抑えた上でだ。通常ならば俄かには信じがたい内容だが、身を以て体験した以上、少女もすんなりと受け入れていった。
「今回の件や過去の真相も含めて忘れたくないなら、卒業後の進路として一考の余地はあるだろ。まぁ俺は責任取らないんで、そこは長い目で考えてみると良い。話しておいてなんだが、そもそも出来るかも知らんし……てか、これも機密保持的に結構グレーか?」
 問題が在るならUDC組織が後で何とかするだろう。そうぼやくレッグの物言いはぶっきらぼうで、どこか掴みどころがない。しかし何故だか、いまの少女にはそんな自然体が不思議と心地よく感じられた。
「聞いている限り、なんだかとっても大変そうなお仕事なのです」
「だろうな。当たり前だけど途中で投げ出したら採用は絶対無理なんで、逆に自分が組織を使ってやるってくらいの根性でな。色々手広くやってるようだし、リスクはあるけどリターンもデカいはずだ」
 飽くまでも選択肢の一つだけどな。レッグはそこで一旦説明を区切ると、チカリとアイカメラを明滅させた。彼は立ち上がって埃を払いながら、江崎へと向き直る。
「……周りが自己防衛するんだから、お前さんもして良かったんだぜ。例えば、ゆっくり整理をつけたいから急かすのは止めてだとか。今だってそうだ。他人が何を言おうが、最後に責任を負うのは自分自身なんだからな」
「そう、ですね。皆さんにも意思を示せって、本心を出せって言われたのです」
「そこら辺はじっくり考えりゃ良いさ。卒業までまだまだ時間は残ってるだろうし、別の方法だって幾らでもあるんだ。急ぐ必要はこれっぽっちもないからな」
 そっと手を差し出すと、少女はそれに掴まって立ち上がる。既にレッグは少女の状態確認を停止させていた。情報を分析せずとも、表情を見れば最早彼女に心配は不要である事が明白だった故に。
「ええ……そうするつもりなのです。何だかようやく、本当の意味で先輩たちの事を思い出せた気がするのです」
 外を見れば、世界は漆黒の帳に包まれている。あと数時間もすれば太陽が顔を覗かせるだろうが、少女にとっての夜明けは未だ遠い。されど彼女は永い悪夢を抜け、ようやく目を開くことが出来た。輝きが昇る瞬間まで、考える時間は十分にある。
「さて、と。それじゃあ約束通り、まず部室の片付けにでも向かいますかね。そろそろお仲間も起きる頃合いだろ」
「目を覚ましたら、きちんとお礼を言わないといけないのです……騎士さんにも、そして他の皆さんにも」
 少女はクスリと小さく笑みを浮かべると、そっと教室の出口へ向けて歩き出す。元に戻ったばかりでその歩みは頼りなく、弱々しく、危うげだ。だが、それでも。
 江崎伊織は己自身の意志で、前へと進み始めたのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『人間の屑に制裁を』

POW   :    殺さない範囲で、ボコボコに殴って、心を折る

SPD   :    証拠を集めて警察に逮捕させるなど、社会的な制裁を受けさせる

WIZ   :    事件の被害者と同じ苦痛を味合わせる事で、被害者の痛みを理解させ、再犯を防ぐ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターより
 第三章断章及びプレイング受付告知は22日(木)夜を予定しております。
 引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
●枯れ逝く花を愛でる者
 死闘を繰り広げた夜より、数日が経ったある日。猟兵たちは学園と同じ市内に在る病院へと足を運んでいた。江崎伊織は救出されたのち、UDC組織が運営するこの施設へと運び込まれたのである。暫くは事件背景の聴取も兼ね、経過観察の為に入院を予定していた。加えて、江崎は事件を通じてUDCの存在についても知り得ており、その処遇を検討する意味もあるのだろう。
 ともあれ、猟兵たちが面会を許されたという事はそういった諸々の事後処理に目途が立ったという事だろう。病室へ向かうと、そこにはベッドから身を起こした江崎が静かに本を読んでいた。色褪せた色紙の表紙から察するに、部活の機関誌か。彼女は猟兵たちに気が付くと、菜の花の栞を刺しながら本を閉じる。
「皆さん……来て、くださったのですね」
 その表情には穏やかそうな笑みが浮かび、それを見た猟兵たちもまた安堵の溜息を漏らすのであった。

「まずはお礼を言わせて欲しいのです。助けて下さって、本当にありがとうございました。とても……とても、ご迷惑を掛けてしまったのです」
 開口一番、江崎はそう言って頭を下げた。気に病む必要は無いと諭す猟兵たちに、それでも少女は申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「一部の方には、一年半前の時も助けて貰ったと聞いたのですが……すみません。記憶処理の関係とかで、まだ良く思い出せていないのです。でもまさか、またこんな事態になるとは、我ながら信じられないのです」
 今後どうするかは別として、UDC組織は一通りの事情を説明したのだろう。ただ、過去に受けた記憶に対する処置によって、かつての事件については未だ記憶に靄がかかっている様だった。
 だが今回、猟兵たちが聞きたいのは過去についてではない。いまこうして発生した事件、その背景に関してだ。戦闘過程で断片的な情報を得てはいたものの、それでは全容はまだ杳として見通せなかった。それらを知るのが、此度の訪問の目的である。
「それについて……始まりは、事件の後から始まったのです」
 猟兵たちの質問に対し、江崎が語るところによれば以下の様な経緯があったのだという。

 一年半前の事件直後、立て続けに発生した事故や殺人、自殺によって文芸部という部活そのものが一種の腫物の様に扱われるようになってしまった。勿論、気遣ってくれる者は居たが、それもごく少数。大部分は距離を取るようになってしまい、次第に彼女は孤立していったのだという。
「でも、その時はまだ良かったのです。先輩たちもまだ居て、お互いに励まし合えましたから……本当に辛くなったのは、その後の春からでした」
 三年生が卒業して新学期が始まれば、当然ながら新入生が入ってくる。二年生へ進級した江崎は事件の痛みを抱えながらも、部活を存続させるべく勧誘活動に勤しんだのだが、その年に入部したのはたったの一人。生徒数を考えれば、余りにも少なすぎた。
「私も残った先輩と一人だけの後輩、少ないながらも頑張ろうとしたのですが……きっと、その頃からなのです。私が思い詰め始めたのは」
 死んだ先輩たちが愛した場所を守らなければいけない。だが現実は余りにも厳しい。ならばどうすれば良い。どうすれば良かった。命だけは助かっていれば、事件の規模が小さければ、別の誰かが生き残っていれば。こんな有り様にはならなかったのではないか。そんな自責の念が芽生えてしまったのだろう。
 更に今年の春の出来事が、それに拍車をかけた。残った上級生もとうとう学校を去り、江崎が部を率いる立場となった時……新入部員はなんと、0人。つまり所属部員は江崎と後輩、たったの二人しか残っていなかったのだ。
「顧問の先生にも協力をお願いしましたけど、取り合ってくれなくて。後輩君がいつも励ましてくれたのですが……それでも、罪悪感は止まりませんでした。その結果に起こったのが、今回の事件なのです」
 長々と語り終えた江崎は、そこで一旦話を区切る。それまで静かに聞いていた猟兵たちは、そこで或る質問を投げかけた。ただ一人残った後輩はなんという名前なのか、と。
「後輩君の名前、ですか? その子は二年生の男の子で……」
 ――『上桐冬弥』君と言うのです。

 さて。此度の事件、その元凶と成ったのは件の後輩『上桐冬弥』で間違いはないだろう。我関せずを貫いた顧問も一因と言えるが、関りの薄さゆえに原因とは言い難い。その証拠に、猟兵たちがUDC組織へ調査を依頼すると、疑わしい情報が上がって来たのだ。
 表面上、上桐に対する周囲からの評判は極めて良い。中学時代には落ち込んだり困っていたりする同級生へ積極的に声を掛け、寄り添い支えようとした姿が頻繁に目撃されている。高校ではそれこそ、専ら江崎に付き添っていた様だ。
 だが、よくよく調べてみると彼が関わった生徒は皆、最終的に不登校になったり、逃げるように転校していたのである……恐らく今回の江崎と同じように、抱えた悩みに耐えかねてだ。

 そこから推察できるのは恐らく、上桐は『思い悩む人間を観察する事』に、ある種の昏い悦びを見出す人間だという事である。己が付きっきりになる事で他の者を遠ざけ、毒にも薬にもならぬ言葉でゆっくりと追い詰め、苦悩する様子を間近で鑑賞する。文芸部に入部したのも十中八九、事件について悩む江崎を標的にしたからだろう。
 そしてその結果、相手が壊れてしまっても問題ない。周囲は励ました事を労いこそすれ、助けられなかった点を責める事などそう無いからだ。そうした周囲の視線を計算した上で立ち回っているのであれば、相応に頭も切れるはず。
 現にそれは、今年春の部活勧誘時にも発揮されていたらしい。事件直後なら兎も角、一年後でも加入部員がゼロなど余りにも不自然だ。情報によれば、どうやら入部希望の新入生へ先んじて接触し、それとなく他の部へ行くよう仕向けた疑いがあった。
 部の活動内容や存続など上桐にとってはどうでも良く、ただそれで苦しむ江崎を観察したいだけなのだろう。

 とまぁ、以上が事件背景と元凶についてのあらましだ。表面上はどうあれ、上桐が悪意を以て立ち回っていたのは間違いない。今後同じような被害者を出さぬためにも、きっちりと制裁を下す必要がある。だが、真正面から問い詰めても相手はしらを切るはず。言い逃れさせぬためにも、何か一工夫すると良いかもしれない。
 例えば、話術や鎌掛けで相手が馬脚を現すよう仕向け、周囲の面前で本性を暴き立てるとか。或いはもっと直接的に、有無を言わさぬ暴力で二度とこんな事が出来ぬようトラウマを植え付けてやるか。もしくは異能を駆使して本音を引きずり出したり、恐怖を追体験させるのも良い。
 最終的に命を奪わなければ、ある程度の手段は許容されるだろう。表に出ぬ方法で散々他者の心を弄んだのだ。なれば今度は自分が味わうべきだ。
 また、もしそう言った手段に抵抗感が在れば、フォローに回るのも一手だ。元入部希望者に対して転部や兼部の説得を行い、部の存続を助けたりするのも良い意趣返しと成るだろう。無論、江崎と改めて話をするのも十分選択肢に入る。

 直接的な制裁と少女への手助け、どちらを選んでも最終的には元凶へのダメージとなる。故に、どうか自由に行動して欲しい。その行動一つ一つが、少女たちの過去と未来を救う事に繋がるのだから。
 さぁ、猟兵たちよ。物語を愛した若人へどうか見せてくれ。
 お話は須らく、勧善懲悪にて終わるべきなのだと。

※マスターより
 プレイング受付は24日(土)朝8:30~となります。
 断章が長くなってしまい申し訳ありません。要約すると以下の様になります。
・元凶である上桐の目的は『苦悩し壊れ逝く他人を間近で観察する』こと。その為に事件に悩む江崎へと目をつけ、他者を遠ざけたり空虚な慰めを掛け、彼女が絶望する様に立ち回っていました。
・選択肢は上桐への制裁か、少女や部活動へのフォローなど。制裁方法は殺しさえしなければ自由。文芸部もこのままでは廃部が確定してしまうので、その回避に動くのも一手です。勿論、江崎と対話するのも良いでしょう。少女が幸福になれば、結果的に元凶への強烈な意趣返しとなります。
 それでは引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
トリテレイア・ゼロナイン
(窮屈な病室にて)

無事に快方に向かわれているようで、心から安堵しております
江崎様…私は貴女に謝罪いたします
意図して行った暴言に暴挙…本当に申し訳ございません
(膝を付き深く頭下げ)

お詫びではありませんが、お役に立つかと
(UDC組織の調査から元入部希望者割り出し、現在状況から入部可能性高い順にリスト化)

後は…私個人からの謝意として
(私物から騎士の御伽噺を幾編か)
学校図書館の過去の機関誌を拝読し、なるべく部活に合う物を選びました

少ないのは普段、蒐集しているのが子供向けばかりなせいですね
弱きを護り、悪を挫く…彼らのようにといかぬのが悩みの種です

貴女はどうか苦悩に負けず、幸多い人生を歩んでください



●痛みの果てに救われし者/物
「あれ……また、いらしてくれたのですか?」
「ええ。この病院の性質上、御学友の方々もお見舞いに来られず退屈かと思いまして。無事に快方へ向かわれているようで、心から安堵しております。ただ、本日はまた別の用件がございまして……」
 猟兵たちが事情を聴いてから数日後、トリテレイアは再び江崎の病室を訪れていた。機密保持のため外部との連絡が制限されているのか、ベッドの周りには幾つもの本が平積みされている。その中心に居る少女は見た限り血色も良く、あと一日か二日もすれば普段通り動き回れるようになるだろう。
 その様子に心底ホッとしながら、トリテレイアはおもむろにベッドへと歩み寄ってゆき、そして……。
「江崎様……私は貴女に対し心から謝罪いたします。意図して行った暴言に暴挙の数々……本当に申し訳ございません。謹んでお詫び申し上げます」
 膝をついて跪き、深々と頭を下げた。彼の行った行為は結果的に見ればどれも必要なことであった。しかしそうだと頭で理解はしていても、彼自身の感情が納得を拒んだのだ。故にこそ、鋼騎士は改めてけじめをつけるべくこうして足を運んだのである。
「わ、わわっ!? そんなの全然気にしていないのです! それを言ったら、私だってたくさん迷惑をかけちゃいましたし……!」
 下げられた頭を見て、江崎は慌てた様に手を振って顔を上げる様に促す。彼女としても助けられた上に謝罪までされては、座りが悪いというものだろう。それならばと、トリテレイアは頭を上げながら、代わりに紙束を一つ江崎へと差し出した。
「これは……生徒名簿、ですか?」
「はい。UDC組織を通じて調査を行って頂き、文芸部への入部希望者をピックアップさせて頂きました。一度は別の部へ入ったものの、気になっていた方もいらしたようで……お詫びではありませんが、お役に立つかと」
 頁を捲る少女へ、鋼騎士が説明を付け加える。其処に記載されていたのは元入部希望者の情報であった。彼らは上桐によって他の部を勧められた後、演劇部や放送部へと入部して台本などを手掛けていたらしい。しかし、小説と台本は似ているようで大きく違うものだ。元々そういった者らは物語が好きという事もあり、改めて話を持ち掛ければきっと兼部や転部を快く承諾してくれるだろう。
「一年生だけじゃなくて、二年生の人も居るのです……全員を、なんて言わないですが、三分の一でも入ってくれれば十分に文芸部を立て直せるのです!」
(……上桐の妨害については、まだ伝えぬ方が良いでしょう。折角回復してきた精神面へ、再び傷を刻みたくはありませんから)
 キラキラと目を輝かせる江崎を見て、トリテレイアはそう判断する。後輩が自分の苦悩を見て愉しんでいたなどと、知らない方が幸福だ。それに他の部員も増えていけば、相対的に上桐の影響力も下がってゆくだろう。
「後は……私個人からの謝意として、こちらを。学校図書館の過去の機関誌を拝読し、なるべく部活に合う内容の物を選びました」
 続けて手渡したのは数冊の書物。年月を経たと思しき褐色の紙面に記されていたのは、古式ゆかしい文字の羅列。数行目を通せば、それがある種の物語であると分かる。
「もしかして、これは全部……騎士道物語、なのですか?」
「ご明察の通りです。様々な冒険の中で、個人的に蒐集してきた物でして。数が少ないのは普段、入ってくるものが子供向けばかりなせいですね」
 物語というのは単純明快であるほど人々の口へ膾炙しやすい。それはそれで良い事なのだが、高校生相手に童話を手渡すのも憚られる。その為、彼らの査読に耐えうると判断した噺のみを選んだら、この数になったのだ。だが江崎の様な読書家にとって読んだ事のない物語、それも騎士のお墨付きと言うのは何よりも魅力的なのだろう。思わず、それをぎゅっと胸元に掻き抱いていた。
「弱きを護り、悪を挫く……此度の一件もそうですが、彼らのようにといかぬのが悩みの種です。物語の騎士であれば、もっとスマートに解決出来たでしょうに」
「っ、そんなことはないのです!」
 自嘲気味に溜息を吐くトリテレイアだったが、それに対し江崎は間髪入れずに否と叫ぶ。不意に掛けられた力強い言葉に、今度は鋼騎士の方が驚く番であった。
「過程がどうあれ、私が助けられたことは事実なのです。勿論、それに感謝していることも。だから……そんな風に卑下しないで欲しいのです」
「……励ますつもりが、逆に励まされるとは。やはり、貴女は強い人ですね。これからもどうか苦悩に負けず、幸多い人生を歩んでください」
 鉄兜の下で、動かぬはずの表情が緩んだ気がした。彼は照れ隠しの様に一礼しながら、治り掛けに長居は毒だとして病室を後にする。別れを告げて扉を閉めると、彼の纏う雰囲気が変わってゆく。
「さて……そろそろ、他の皆様も動き始める頃合いですか」
 少女は一先ず心配はないだろう。であれば必然、手を付けるべき相手は決まってくる。
 トリテレイアは思考回路を切り替えながら病院を出ると、学園へ向けて歩き出すのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

マディソン・マクナマス
【POW】

「よう上桐君。上桐冬弥君だろ?」

登校中の上桐をアメリカントラックの助手席に拉致
10mmサブマシンガンを突き付け、談笑でもする調子で話しかける

「お前が江崎さんに何をしたか知ってるよ。大層なご趣味だな、やり口も上手い。全く大したもんだよ。お前さんにそのつもりは無かっただろうが、お陰様で大変だったんだぜ?
いやホント、お前のしでかした事でどれだけの金と人員と労力が割かれたと思う? お前の臓器を売っても払いきれん額だぜ、誇張無しにな」

「なぁオイ上桐君よぉッ!!」

突如激昂、上桐の顔に銃を押し当てながら【恫喝】する
が、不意に笑顔を見せて何もせずに解放する

「ま、俺は許そう……だが他の連中が許すかな」



●其れは報いの先触れなり
「……よう、上桐君。上桐冬弥君だろ?」
 日に日に寒さも強まる、十月の朝。学園の校門前で通学途中の生徒たちを眺めていたマディソンは、お目当ての人物を見つけると声を掛ける。相手は勿論、此度の事態を引き起こした元凶『上桐冬弥』である。
(背は同年代よりもやや高め、顔は美形だのなんだのと騒がれるレベルじゃないが、相手に好印象を与えられる程度には整っている。部活が部活だから、腕っぷしは強くはなさそうだな)
 頭が少しばかり回る優男、それがマディソンが上桐に抱いた印象であった。一方、声を掛けられた相手は訝しそうな視線を向けてくる。猟兵は種族的な特徴でとやかく言われぬ性質を持つが、それはそれとして傭兵の剣呑な雰囲気を感じ取ったのだろう。是とも否とも答えず、質問に質問を返してくる。
「すみません、以前何処かでお会いしましたでしょうか? ちょっと記憶に無くて……」
「ああ、それで間違っちゃいねぇさ。俺たちは今日が初対面だ。ただちょっと、共通のオトモダチである江崎伊織さんについて話があってな?」
 大人しく着いてきてくれると有難いんだが。マディソンは音もなくスッと上桐へ近づくや、コートの中に隠し持っていた十ミリサブマシンガンを突きつけた。ヒクリと、青年の頬が引き攣る。
「何かの冗談ですか? ハロウィンには、もう少し時間が在ると思いますけど」
「コイツが仮装の小道具だと思うんならそれでも結構。何なら試してみるか?」
 幾ら狡賢いと言っても、所詮は安全な先進国の若造だ。歴戦の傭兵であるマディソンが帯びる威圧感に耐えるなど、土台無理な話である。傭兵は学生の腕を掴んで引っ張ってゆくと、近くの路地に停めて置いた巨大なアメリカントラックの助手席へと押し込んだ。
「さて、と。此処には俺と上桐君の二人きり。まどろっこしい事は抜きにして、単刀直入に行こうか……お前が江崎さんに何をしたか、全部知ってるよ」
 逃げられぬよう鍵を掛けながら、マディソンはそう切り出した。対して上桐も混乱から立ち直って来たのか、朧気ながらに自分が拉致された理由を察したらしい。困惑した様な表情を意識的に形作りながら、彼は言葉を並べ始める。
「突然、なんですか。先輩に何をしたのかって……僕は非難されるようなことは、なにも」
「大層なご趣味だな、やり口も上手い。教師連中が見抜けなくても無理はないわな。全く大したもんだよ。ただなぁ、お前さんにそのつもりは無かっただろうが、お陰様で大変だったんだぜ?」
 だが、老猫は大仰な仕草でハンドルを叩く事によってそれを遮った。溜め息交じりの口調や肩を竦める仕草など、一見すればフレンドリーに見えるかもしれない。だがそれは飽くまでも交渉における手妻の一つである。
「いやホント、お前のしでかした事でどれだけの金と人員と労力が割かれたと思う? 壊れた物品の手配や痕跡の補修、偽装情報の策定。オマケにそいつを夜明けまでに仕込まにゃならんときた……お前の臓器を売っても払いきれん額だぜ、誇張無しにな」
「すみません、おっしゃっている事の意味が良く……ただ、江崎先輩に何かが在ったという事だけは分かります。僕がその原因かもしれないというのも。だからどうか教えてください、先輩にいったい何がっ!」
「なぁオイ上桐君よぉッ!!」
 飽くまでも何も知らない体を装い、ただ責任の否定はせず謙虚さを演出。その上で『先輩を心配する後輩』と言う姿を見せて同情を誘いつつ、情報を引き出そうとする。大方そんな意図だろうと見抜きながら、マディソンは怒声と共に相手の胸倉を引っ掴み、頬へと銃口を突きつけた。
「もうちっとばっかし、欲望は抑えた方が良いぜ? 江崎がいまどんな有り様なのか、気になって仕方がないんだろ……表情は取り繕えても、瞳のギラつきを見りゃバレバレだ」
「そ、そう思われたのであれば、気を付けます。ですが、本当に心配をして……!?」
「別にそこら辺は良いさ。さて、そろそろ授業が始まっちまうな」
 慌てて言い訳し始める上桐だったが、マディソンは不意に手を離す。そのままドアの施錠を解除すると、あっさりと相手を開放した。困惑しつつも助手席から降りる相手を、老猫はニッコリと笑みを浮かべながら見送る。
「ま、俺は許そう……だが果たして、他の連中が許すかな?」
 逃げるように遠ざかる上桐へ、その言葉が届いたのかどうか。しかし、そう遠からずに彼は理解するだろう。己が何をしでかしたのかを。
 何故ならこの邂逅は――来たるべき報いを告げる先触れなのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

オル・フィラ
折角の機会ですし、学生気分というものを体験させていただきましょうか

事前にUDC組織の方から上桐冬弥の情報を詳しく伺っておき、学園の制服も入手したいです
一年生に偽装し昼休みの学園へ潜入します

接触したいのは、警戒心がなさそうで噂好きそうな学生の集団です
相手に合わせて会話を楽しみたいですが、名乗る必要があれば適当な偽名を、口調も相手に寄せて変えましょう
会話の最後に気になる噂話を、過去に上桐が関わってきた生徒達がどうなったかについて伝えます

広がる噂話によって変化していく周囲に上桐がどのような反応を見せるのか、興味深いですね
私自身は決して上桐に接触しないようにします
今回の場合は、その方が面白そうですから



●噂は巡り、真実を暴き立てる
(折角の機会ですし、学生気分というものを体験させていただきましょうか。高校とあって生徒数も多いですから、制服を着てしまえばそう怪しまれることも無いでしょう)
 午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが響く。それと同時に生徒たちがぞろぞろと教室から出てくる様子を、オルは興味深そうに廊下から眺めていた。今の彼女は學園へと潜入するにあたり、今年入学した一年生と言う設定が与えられている。服装も常のラフな格好ではなく制服に身を包んでおり、周囲から特段不審な視線を向けられる様子も無い。取り合えず、これならば行動するのに支障はないだろう。
(こういう服装も新鮮な気分になりますが、それに浸ってばかりも居られませんね。さて、それではまず何処から手を付けましょうか)
 学校と言う環境を体験するのは楽しいものだが、これも後始末の一環である。少女は思考を切り替えながら、一先ず三年生の教室へと向かう。オルの目的は上桐への直接的な制裁ではない。間接的かつ後々から効いてくる一手、その下準備の為であった。
(接触したいのは、警戒心がなさそうで噂好きそうな学生の集団です。加えて可能であれば江崎さんか上桐のどちらか、或いは両方と面識があれば最上ですね。とは言え、そう都合よく行くかどうか……っと)
 オルは階段を昇り、上級生の教室が並ぶ階へと進んでゆく。一年生がやって来るのが物珍しいのか時折すれ違う三年生に視線を向けられるものの、特に咎められる気配はない。そうして狙いと合致する集団は居ないかと周囲を観察していた時、不意にここ数日で聞き馴染んだ名前が耳に飛び込んで来た。
「――そう言えば、江崎ちゃん今日も休みだったねー。LINEも繋がんないしさ。そっちはなんか話聞いてる?」
「いや、全然。担任に聞いてもはぐらかされちゃって……もしかして、例の流行り病とかかな。こんだけ長いと心配だよねぇ」
 サッと声のした方へ視線を向ければ、女生徒が三人ほど連れ立って歩きながら雑談に興じていた。女三人寄ればなんとやら、求めていた条件的にも好ましそうである。オルはそっと女生徒たちへと近づくや、一年生らしい初々しさを意識しながら声を掛けた。
「すみません……もしかして、江崎先輩のお知り合いですか?」
「うん? 確かに同じクラスの友達だけど、一年生ちゃんはどこのどなた?」
「私は、えっと、江崎先輩の部活の後輩で……最近、全然姿を見ないから、どうしたのかなと思いまして」
 オルの本名は些か異国風に過ぎた。和名らしい偽名で自己紹介をしつつ、先輩を訪ねてきた後輩という体で話を切り出し始める。一方の女生徒たちも邪険に接してくることも無く、鷹揚に応じてくれた。
「あれ、あの二年生以外に部員っていたんだ……っと、ごめんね。それが私たちも分からないんだよねぇ」
「寧ろ、あの後輩君の方が知ってたりして。ここ最近、江崎ちゃんにべったりだったし」
 どうやら、上桐の世話焼きぶりは江崎の友人たちの間でも有名だったらしい。ともあれ期せずして名前が出たのだ、利用しない手は無いだろう。所謂ガールズトークを楽しみたくもあったが、少女は本題へと会話の流れを手繰り寄せてゆく。
「そう、ですか。実は……その上桐先輩が原因かもしれないという、噂を耳にしまして」
「……一年生ちゃん。それ、ちょっと詳しく話を聞かせてくれる?」
 ピクリと、女生徒は眉根を顰めて話題に食いついてきた。オルは飽くまで伝聞と前置きしつつ、過去に上桐が関わった者たちの末路を語って聞かせてゆく。こういう場合、下手に断定はせずに可能性を匂わせるだけに留めて置いた方が、逆に相手の想像力を掻き立てることが出来て効果的だ。
「あ~、確かにそれなら辻褄が合うかも。イジメとか、学校としては表沙汰にしたくないだろうし。ただでさえ、あの子の周りは色々と起こっているからさ」
「後輩君と同じ中学出身の子って、隣のクラスに居たよね? 丁度良いし、ちょっと話を聞きにいってみようか。一年生ちゃんにも、何か分かったら教えてあげるからさ」
 女生徒たちは話を聞き終えると、早速噂を確かめに隣の教室へと向かっていった。彼女らを見送りながら、オルは確かな手ごたえを感じる。
(こちらからの情報に加え、自分たちで調べた結果が合わさればより真実味が深まるというものです……まぁ、そもそもどれも事実なのですが)
 質問する方とされた方、双方が噂について情報を共有する事になるだろう。そうなればあとはあっという間だ。人の口を介し、様々な情報が付け加えられながら広がってゆく黒い噂。いつかは上桐の耳にも入るだろうが、その時点ではもう相当数の生徒へ広まっているはず。
(広がる噂話によって変化していく周囲に上桐がどのような反応を見せるのか、非常に興味深いですね。ただ、噂の出所が私だと悟られぬよう、接触は出来る限り避けませんと……それに)
 今回の場合は、その方が面白そうですから。口元へうっすらと浮かぶのは酷薄な笑み。彼女は再び歩き出すと、人ごみの中へと消えてゆくのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

春乃・結希
組織に制服を用意して貰い、学園に潜入
(これが制服かー。初めて着ましたけど…今私めっちゃ可愛いのではっ?)
自画自賛もそこそこに、休み時間や放課後に部員勧誘を行います
元入部希望者の情報が貰えれば、見つけ次第積極的に声を掛けます

思い出の辺境伯戦と同じ様に、手作りのプラカードを掲げて
文芸部でーす!部員さん募集中でーす!物語の世界に浸ってみませんかー?
このままだと廃部なんです体験入部からでもどうですかー!
お、そこのあなた!そう知的なあなたです!
部長さん、文芸部が大好きだから絶対喜ぶと思うんです
あ、私は最近転校してきた3年生でー…

自分の意思を持てた伊織さんなら
きっと素敵な思い出になる部に出来るはずですっ



●悪しき者は報いを受け、善き者は報われる
(これが制服かー。初めて着ましたけど……今の私、もしかしてめっちゃ可愛いのではっ?)
 くるりくるり、と。踊り場の姿見を前に何度か身体を回転させ、結希はセーラー服へ身を包んだ己の姿に心躍らせていた。普段の服装は旅装用の機能性重視のデザインか、或いは戦闘を意識して作られた武骨な装備が多い。勿論、女性らしい服装も持っていない訳ではないが、やはり学生服と言うのはどことなく特別感が感じられるのだろう。
(いやー、これを着られただけでも結構な収穫かもしれませんねー。どうしたってほら、先日まではドロドロした暗い部分しか見れなかったですし)
 江崎との交戦で見せつけられた絶望は、学校生活における最暗部と言えるだろう。方向性や程度の違いこそあれ、校舎と言う箱庭ではそういった事象が発生しやすい。だが一方、決してそれが全てではないのだ。ちらりと鏡から視線を逸らしてみれば、悪友とふざけ合う男子生徒や、他愛もないお喋りに花を咲かせる女生徒たちの姿が見える。彼らの姿は青春と言う名の輝きに満ち溢れていた。
(……伊織さんだけああいう陽だまりから除け者だなんて、きっと寂しいはずですから。受験も控えているし、学校に居られる時間はあと少ししかないだろうけど……ううん、だからこそより良いモノにしないといけんね!)
 上桐に関しては他の猟兵たちが制裁に向けて動いているはずだ。ならば、そちらで動きが牽制されているうちに、もう一方の懸案事項を解決しておくべきだろう。結希は足元に置かれた資材へと手を伸ばす。透明なプラ板と木の棒に紙、そしてカラーペン。それらを確かめながら、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「さて、それじゃあまずは……」
 工作の時間ですね! そう言って彼女は資材を持って文芸部の部室まで足を運ぶと、何やら作業を始めるのであった。

「すみません、文芸部でーす! ただいま絶賛部員さん募集中でーす! 物語の世界に浸ってみませんかー? このままだと廃部なんです、体験入部からでもどうですかー!」
 放課後の校舎に快活な声が響く。何事かとそれにつられて振り返った生徒たちが見たものは、プラカードを掲げながら廊下を練り歩く結希の姿であった。部活の勧誘活動が行われるのは当然ながら春先である。季節外れの行動を訝しむ者がいる一方、それ故に少女の行動は非常に耳目を惹きつけることが出来ていた。暗き世界でも信用勝ち取る切っ掛けとなった策である、効果のほどは折り紙付きだ
「へぇ、文芸部ってまだあったんだ。前に色々あったし、もうとっくに潰れていたのかと」
「そういえば噂が流れてきたんだけど、知ってるか? あの部に入ってる二年生が部長をさ……」
 既に他の猟兵が何か一手を打っていたのか、プラカードを見てひそひそと耳打ちし合う者の姿もちらほらと散見できた。とは言え、その大半は遠巻きに眺めているだけだ。それでは意味がないと、結希は周りの生徒を積極的に捕まえては勧誘を掛けてゆく。
「お、そこのあなた! そう知的なあなたです! 良い本を読むだけでなく、自分でも物語を書いてみませんか? 部長さん、文芸部が大好きだから絶対喜ぶと思うんです!」
 大半は苦笑いを浮かべつつ、通り過ぎて行ってしまう。だが、少女は決して凹まない。一クラスに一人でも良い。一学年で一人だって構わない。誰かが来てくれれば、それだけで江崎の心は救われるはずで……。
「あ、あの……ちょっとだけ、お話を聞かせて貰えませんか?」
「っ! ええ、喜んで! あ、私は最近転校してきた三年生なんですが、そちらは一年生の方ですかね?」
 とそんな時、結希へと投げかけられる声が在った。笑顔を浮かべて振り向くと、そこには二人組の女生徒が恐る恐ると言った様子で佇んでいる。その顔を見て彼女はすぐさまピンと来た。二人は今年春の勧誘で他の部へと流れてしまった、元入部希望者だ。
「はい。私たち、今は演劇部に所属して台本を書いたりしているんですけど……実はまだ、小説の執筆とかも気になってまして」
「それに時期が時期なのでそっちの部活も活動が低下していて、それなら兼部してみたいかなって考えているんです」
「そういう事情でも大歓迎ですよ! それじゃあ立ち話もなんですし、部室で説明しましょうか。生憎と部長はお休みですけど、とっても良い人だから安心してくださいね!」
 渡りに船とは正にこの事を言うのだろう。一も二もなく結希は頷くと、より詳しく話を聞くべく、二人を文芸部の部室へと案内してゆく。少し話しただけだが、きっと彼女たちは入部を決めてくれるはずだと少女は確信していた。
(それに……自分の意思を持てた伊織さんなら、きっと素敵な思い出になる部に出来るはずですっ!)
 今の江崎であれば、短いながらも下級生たちを良く導いてくれるだろう。そんな明るい未来を想像しながら、結希は部室の扉へと手を掛けるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

グァーネッツォ・リトゥルスムィス
上桐への直接制裁、伊織のフォロー、部への勧誘
どれも大事だけど、オレ自身がしたい事をするか

UDC組織に協力して貰って部の顧問と面会するぞ
伊織を避けてたとはいえ顧問も一年半に渡る被害者ともいえるから
先生のフォローしてやりたいんだ
面会する直前まで瞑想してUCで先生へのカウンセリングの成功率を高めるぞ

先生も今を生きる人間で忌まわしき過去や現状を避けたいのも一理ある
でも、過去の出来事が今を作った様に今が未来を作るチャンスなんだ
顧問を継続する、顧問を引き継いで貰う
どちらにせよ暗い未来よりも明るい未来を作るほうがかっこいい
伊織も上桐も一・二年生も変わろうとしている
先生も今がいい機会だからこの波に乗ろうぜ



●教師として、大人として、人として
(上桐への直接制裁、伊織のフォロー、部への勧誘。どれも大事だけど……ここはオレ自身がしたい事をするか。なにも部活は生徒だけの物でもないしな)
 己の出来ることを指折り数えながら、グァーネッツォはさてどうすべきかと思案する。生徒側として潜入し、直接的に行動するのも確かに良いだろう。実際、見覚えのある顔が勧誘活動を行っていたのを先ほど確認している。しかし、彼女はまた別の視点からこの事件に対して働きかけたいと考えていた。
「それじゃあ、まずはUDC組織に連絡か。身分としては警察官かカウンセラー辺りって事にしておけば、話もすんなり進むかな?」
 UDC組織は当然こういった事後処理の経験が豊富だ。細かなところは専門家と共に詰めるのがやはり一番だろう。少女は話の流れをあれやこれやと考えながら、一先ず病院へ向けて足を向けるのであった。

「この度は我が校の生徒が誠にご迷惑を……」
「どうか頭を上げてくれ。この年頃の生徒さんは悩みがちなもんだし、大事に至らなくて何よりだったんだぜ」
 病院を訪れてUDCの職員と打ち合わせを行った後、グァーネッツォの姿は学園の応接室に在った。今の彼女は病院に在籍するカウンセラーであり、心労で倒れた江崎の治療を行っているという設定である。服装も普段の皮鎧ではなく借り受けたスーツに身を包んでおり、見た目からしてビシッとした印象を受けた。
 一方、対面に座る文芸部の顧問はと言うと、憔悴しきったという表現が正にぴったりの有様だ。事故、通り魔、自殺。それらのほとぼりがようやく冷めたと思ったら、今度はイジメの疑惑である。真っ当な感性の持ち主なら、こうもなろうと言うものだ。
(文芸部に対して我関せずを貫いていた事に思うところが無い訳ではないけど……ある意味、顧問も一年半に渡る被害者ともいえる。なら、先生だってフォローしてやらないとな)
 事態を見通す前は此度の黒幕はすわ顧問かと疑っていた。真相を知った後も、事態悪化の一因として怒りや疑念を覚えない訳でもなかった。しかし、こうして対面すると、そうした感情は瞬く間に氷解する。目の前に居るのは邪悪な何かでなく、単に疲れ切った大人でしかないのだ。
 面会前に十分な瞑想を行った事によって、イメージトレーニングは完了している。グァーネッツォは微笑を浮かべたまま、まずは静かに口火を切った。
「一年半前の事件について、こっちも事情は大体理解しているつもりだ……学園内外で巻き起こる批判や噂、それを避けようとして文芸部を腫物扱いしてしまったことも」
「ぅ……それは」
「ああ、いや。それを責めようという訳じゃないんだぜ? 先生だって一人の社会人であり家庭人だ。忌まわしき過去や現状を避けたいのも一理ある」
 そう言って貰えることは余りなかったのだろう。グァーネッツォの言葉を聞いて、顧問は心なしか安堵したように見えた。そうして相手の気持ちを緩めた後に、本題を切り出してゆく。
「……でも、過去の出来事が今の事態を引き起こした様に、今の行動が未来を作るチャンスでもあるんだ。いま、江崎はどうにか未来へ部活を残そうと頑張っている」
 江崎の心理状態が前向いたこと。彼女に協力して、部員集めに奔走している者が居ること。元凶となった生徒を『改心』させるべく多くの者が動いていること。そう言った現状を伝えてゆく。
「なんと、そんな事が……お恥ずかしい限りですが、どれも初耳の事ばかりです」
「伊織に上桐、それに一年や二年生だって変わろうとしている。起こるのは決して、悪い事ばかりじゃないんだ。その上で、ひとつお願いがある」
 何時の間にそんな動きが始まっていたのかと、顧問は驚きに眼を見開く。だが、驚かれてばかりも困る。顧問とて当事者の一人なのだから。そうして今度は反対に、少女が頭を下げる番だった。
「どうか、顧問を継続して貰えないか? 高校生は難しい年頃、教師から見えないところも沢山ある。でもだからこそ、大人の力が必要なんだ」
「ああっ、そんな頭を下げられる事などありません!? 本来、謝る立場はこちらなのですから!」
 慌ててグァーネッツォの顔を上げさせる顧問。見ると彼の表情には悔恨や恥、決意の入り混じった感情が浮かんでいた。
「お話は良く分かりました。どうやら、保身にかまけて教職としての本分を忘れていたようです。今更何が出来るかは分かりませんが、微力ながら協力いたしましょう」
「っ、ありがとう! 暗い未来よりも明るい未来を作るほうがかっこいいからな。先生も今がいい機会だし、この波に乗ろうぜ!」
 少女が手を差し出すと、顧問もそれを力強く握り返してくれる。きっと、彼もまたようたく一年半前の事件から歩き出すことが出来たのかもしれない。明るい未来の兆しを垣間見て、グァーネッツォは呵々と笑みを浮かべるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
江崎伊織は大丈夫だ、再び惑わされる事もないだろう
…さて、もう一つの問題を片付ける

上桐冬弥と話がしたい
彼の周囲に軽く聞き込みを行いこちらの存在を匂わせ、焦らせてペースを乱しつつ接触を試みる

対面できたら被害者の名前を全て告げる
組織が調べた悩みを抱えて追い詰められた者、上桐冬弥が“寄り添った”生徒達の名前だ
「人に頼まれてお前を調べている」と、嘘を混ぜる
恨みを買っているようだ、と

焦りで言い訳の最中に口を滑らせたら指摘、逃げ道を潰し意識して容赦なく追い詰める
…逃げ道を絶たれ追い詰められるのは苦しいだろう
少しでも彼らの苦しみが理解できたなら、その遊びは金輪際止めることだ

…でなければ、次は武力行使も辞さない



●禊なく、過去より逃れる事能わず
(江崎伊織はもう大丈夫だ、再び惑わされる事もないだろう。部活についても、他の猟兵たちが既に手を回して心配は不要……さて、ならばもう一つの問題を片付けるか)
 学園内の様子を観察しながら、シキは他の仲間たちの動きを整理していた。江崎は改めて対話を試みた猟兵によって精神面が非常に上向いている。絶望に囚われる心配はほぼ無くなったと言って良いだろう。部活の面に関しても勧誘活動が活発化しており、既に何名か入部希望者を確保できたらしい。
 となれば……後は本命をどうするかだけだ。
(まずは上桐冬弥と話がしたいな。普段通りに顔合わせをすれば、上手く誤魔化されただろうが……)
 小刻みにシキの耳が動く。彼の鋭敏な聴覚は学園内で囁かれる噂を捉えていた。文芸部の部長を遠回しにイジメていた、後輩についての話。恐らく、猟兵の誰かが先んじて布石を打ったのだろう。シキも独自に上桐の周辺へ聞き込みを行っており、相手は嫌でも自分を狙う誰かの存在を感じ取っているはず。
(訓練を受けた専門家なら兎も角、少しばかり頭が回るだけの学生には堪えるだろう。流石に普段通りのペースとはいくまい。守りが甘くなっていれば、幾分かやりやすいか)
 そんな状況に依ってか依らずか、当の上桐は現在どうやら一人で行動している様だ。場所は人気のない校舎の影、話しかけるには丁度良い。人前で詰問すれば、意固地になって逃げられる可能性もある。彼は素早い身のこなしで相手の背後を取ると、不意を突くように呼び掛けた。
「……上桐冬弥だな?」
「っ!? な、なんですか、いきなり。この学校の生徒や教師ではないですよね」
 ビクリと肩が跳ね上がったのは、驚きだけではないだろう。振り返った青年の顔には少しばかりの疲れが見て取れる。とは言え同情の余地など一切ないので、構わずシキは話を続けてゆく。その口から告げられたのは、これまで上桐が“寄り添った”生徒達の名前だ。
「今の名前に聞き覚えはあるだろう? 人に頼まれて、少しばかりお前を調べている。理由や目的は色々あるが……」
 どうやら、相当恨みを買っている様だぞ? 
 その言葉に対し、上桐が返答するまでに暫しの間が在った。恐らく素直に認めるか、シラを切るべきか逡巡したのだろう。普段であれば当たり障りのない返答で時間を稼ぎつつ対応を考えるのだろうが、言葉に詰まったのはやはり気持ちに焦りがあるせいか。
「……ええ、はい。良く知っています。ただ、随分と前の話なので。皆、いまはもうすっかり疎遠で、なんで恨まれているのか皆目見当も」
「疎遠? 一時期は随分と親しくしていたと聞いているが」
 どうやら上桐は素直に認めるべきだと判断したようだ。勿論、反省や観念ではなく、後から面識が在ったとバレたら心証を悪くすると計算しての事か。続けて相手の並べる言い訳を途中で遮りながら、シキは強引に問いをねじ込む。心理的にも状況的にも、主導権は猟兵側にある。それに不承不承と言った様子で、相手は質問に答えた。
「落ち込んでいたようなので、励まそうと思って話しかけていました。ただ、暫くすると学校に来なくなってしまったり、転校していったりして……もしかして、皆それが鬱陶しかったのかもしれませんね。独善的に過ぎていたと言われれば、返す言葉もありません」
 飽くまでも根っこあったのは善意。悪いのは自らの力不足で、恨みは半ば誤解。どうやら、そういう方向性で着地点を探す目論見の様だ。なれば、それに乗ってやるのも一興だろう。
「そうか……なら逆に尋ねたいんだが、お前のお陰で立ち直った者を教えてくれ。そうすれば悪意が無かったことの証明になるからな」
「…………え?」
 それは上桐にとって予想外の内容だったらしい。一瞬、思考が止まったように目を見開く。しかし、それも無理はない。『地獄への道は善意で塗装されている』という格言ではないが、彼が世話を焼くのは相手を苦悩させるため。それで救われた者など、居はすまい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。今思い出しますから」
「いや、もういい。すぐ出てこない時点で語るに落ちるというものだ……なぁ、逃げ道を絶たれ追い詰められるのは苦しいだろう」
 その場ででっち上げたとしても、後々露見するであろうことは明白だ。故に話を膨らませられる出来事や事件が無いかと考える上桐だったが、シキはため息交じりにそれを静止する。救済と破滅の比率が歪でなければ、すぐに応えられる問いなのだから。彼は壁際へと相手を追い詰め、ジッと上から見下ろす。
「お前が振りまいて来たのはそういう事だ。少しでも彼らの苦しみが理解できたなら、その悪趣味な『遊び』は金輪際止めることだ……でなければ」
 次は武力行使も辞さない。最後にそう告げて、シキは踵を返してその場を後にする。これで本当に改心すれば、他の猟兵とて幾分か手心は加えるだろう。しかし、飽くまでも醜く言い逃れるのであれば。
(もう俺の与り知るところではない……自業自得というやつだ)
 サッと吹き荒んだ寒風に、シキは小さく息を吐くのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
深刻な物から、他者が一笑に付してしまうものまで
変異の原因の『絶望』は多種多様
原因が個人でなく劣悪な環境という事例もありました
つまり加害者への制裁はこのUDC案件の予防や解決に寄与する可能性は低い

…だから『敢えて』行いましょう
江崎様に関わった責任として

回線経由で目標のPCハッキング
同時に妖精ロボを遠隔操作し自宅潜入
留守中に情報収集

特殊性癖を満たした足跡…過去の標的含む『観察日記』に類する物があれば良いのですが

痕跡掴めば呼び出し
頭突き含め「優しく」暴行

近日中にこの情報をばら撒こうかと思います
お早めの転校をお勧めしますよ
『次』はありません、御覚悟を


更生の期待とは…
他の方は私より甘くないかもしれません



●勧善懲悪こそを奉じんが為に
(深刻な物から、他者が一笑に付してしまうものまで。変異の原因たる『絶望』は多種多様。原因が個人でなく劣悪な環境という事例もありました。しかし、須らく当人にとっては生死を選ばざるを得ない悩みであることに変わりはありません)
 江崎との対話を行い、病院を後にしたのち。一度学園を訪れて現状を把握したのち、トリテレイアはある場所へと向かっていた。その道中、彼は絶望という概念に思考を巡らせてゆく。危害を加えてくる人物、突然降りかかってくる事件や事故、生まれ持った容姿や身体的特徴に、己を取り巻く環境。絶望の原因も理由も、彼の言う通り千差万別ではある。
(つまり端的に言って、加害者への制裁はこのUDC案件の予防や解決に寄与する可能性は……低い)
 悪の元凶を討伐して、全てがめでたしめでたしで終わる。そんな単純な筋書きは残念ながら物語の中にしか存在しない。巨悪を滅したところで死者は生き返らず、消えた物は掛け替えなど利かず、残りの人生をただ生きるしかないのだ。そういう意味では、制裁行為自体がある種の事後策である点は否めない、が。
(……だから『敢えて』行いましょう。江崎様に関わった責任として。例えこの行為が無意味で無価値であろうと、為さねばならぬと信ずるが故に)
 それでも鋼騎士の決意は変わらなかった。現実は確かに複雑だが、かと言ってそれのみで動くものでもない。理屈ではなく感情で突き進むことも、時には必要だった。
「さて、ここですか。ぱっと見、普通の家ですね。まぁ、分かりやすい魔城など在るはずもないと分かってはいましたが」
 そうして歩いてゆく内に辿り着いたのは、住宅地に建つ平凡な一軒家である。それは上桐冬弥の家だ。相手を問い詰めるにも、証言だけでなく証拠も不可欠。そんなトリテレイアの律義さが、彼を此処へと導いた。鋼騎士は妖精型の偵察ドローンを発進させると共に、周囲に飛び交う電波を探り始める。
(妖精ならば窓の鍵くらいは開けられましょう。加えて無線LAN等からPCをハッキングすれば、特殊性癖を満たした足跡……過去の標的含む『観察日記』に類する物を見つけられましょう)
 民生品と軍用規格、その能力差は文字通り段違いだ。妖精の操作と並行して、PC内のデータを精査し始めたトリテレイア。彼は程なくして……。
(なるほど、これですか)
 お目当ての証拠を見つけ出すのであった。

「がっ!? 鼻が、痛、ぁ、がぁっ!?」
「この程度の『挨拶』でそこまで怯えられては困りますね。江崎様は臆せず反撃してくるだけの強さがあったのですが」
 そこからすぐさま学園へと取って返したトリテレイアは上桐を呼び出すと、まずは丁寧にお辞儀を以て挨拶を行った。少しばかり強くぶつかってしまったがまぁ、些末な事である。流れ出す鼻血を抑えながら、上桐は叫ぶ。
「貴方も、江崎先輩や過去のことについて調べているのですか!? 確かに、僕に何の責任も無いとは言いません! ですが、全ては不幸な行き違い、誤解なんですッ!」
「行き違いと誤解ですか。なるほど、それは大変失礼いたしました。手荒な真似をした事を謝罪いたします……それが本当であれば、の話ですが」
 トリテレイアは装甲板内の格納スペースへ手を差し込むと、ある物を取り出した。それはプリントされた紙束と一冊のノートである。前者は検索履歴やアクセスしたサイトの詳細、後者は上桐が付けていた日記帳だ。
「ぁ、え……それは、なんで」
「意外と筆まめなのですね。数年前から毎日律儀に日記をつけるなど。ただ、パソコンの履歴に関しては頂けません。こういったアングラなサイトは、せめて高校を卒業してからにすべきでしょう」
 倒れこんで上桐の髪を掴み上げ、鋼騎士は内容を一緒に確認できるよう親切に手伝ってやる。涙で滲む視界でもはっきりと見えるよう、眼前へ突きつけながら彼は言葉を続けた。中身に関して分量が多いため一々説明こそしないが、端的に言えば『酷い』ものだ。
「で、申し訳ありません。最近、記憶容量が逼迫気味でして。行き違いと誤解が……はて、何でしたでしょうか?」
「あ、ぇっと……その」
 家と言うプライベートな空間へ踏み入られ、隠されていた物を突きつけられるという異常事態。頭が回るとはいえそれは高校生基準である。流石にこんな事態を即座に切り抜けられるほど、上桐には経験も知識も不足していた。
「近日中にこの情報をばら撒こうかと思います。そも、既に噂を流されて焦っておられたご様子。老婆心ながら、お早めの転校をお勧めしますよ。貴方がかつて弄んだ方々同様に、です」
 ――『次』はありません。くれぐれも御覚悟を。
 トリテレイアが手を離した瞬間、上桐は耐え切れなくなり一目散に逃げだしていった。その背を見送りつつ、鋼騎士は深いため息と共に首を振る。
「更生の期待とは……寛容と評するか、詰め切れないと罵るか。他の方から見た場合、いったいどちらなのでしょうね。ですが、或いはきっと私より甘くないかもしれません」
 命まで取るような輩が出るとは思えぬが、逆に言えば殺しさえしなければある程度は許容されるのだ。その手の見極めを得手とする猟兵には何名か覚えもある。青年の怯えた姿を思い起こすトリテレイアの胸中には、なんとも形容しがたい感情が去来するのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ペイン・フィン
【路地裏】

改めて、確認
最終的に、命を奪ってなければ……、何しても良いんだよね?
(ある程度という部分は意図的に聞き流す)

標的を適当なタイミングで拉致
場所に関しては、まあ、声が響いても問題ない、適当な場所を見繕う

さて、と
じゃあ、拷問、始めようか
(拷問道具を取り出す)

ああ、始めに言っておくけども
安心して
貴方は"殺さない"し、少なくともこの拷問に関しては"貴方に非が在るわけじゃ無い"
4時間もしたら、解放して上げるよ

なんでこんなことするのかって?
別に
ただ単に、目についただけ
通り魔と同じようなモノだよ
貴方が誰とか、関係ない
善人でも、悪人でも、年齢性別も、関係ない

自分の目についた

そんな、ただの、理不尽、だよ


勘解由小路・津雲
【路地裏】3名
ふむ。裁きは自分自身で受けてもらおうか。
【行動】
本人と接触したら「やあ、大変そうだな。ちょっと聞きたいことがある、これを見て欲しいのだが」と【鏡】を見せ、【催眠術】をかける。

暗示は自ら望むことの方がかかりやすいという。ならば彼の本性を強化し、自制心をゆるめよう。……思わず本音がこぼれてしまうまでに。

あとは好きに生きるがいい。今後もこれまでどおりに生きるなら、むきだしになった本性から、苦悩し壊れ逝くのは自分になるだろう。
だが己の本性に向き合い、それを乗り越えるなら、違った生き方も開けるだろう。

破滅するも再生するも、あんた次第だ。言い方を変えると、おれの知ったことではないな。


ファン・ティンタン
【WIZ】壊れたおもちゃの後始末
【路地裏】
自由解釈可

……さて
身内の行動は、ちゃんと尻持ちしないと、かな

【転生尽期】
私は……科す
その脆い形、風前の灯の如き命、永らえよ
清濁は生の習わし、尽きる期は……今に、非ず

悪徳を、醜いと思う気持ちはある
一方で、同じ土俵に立たぬ者が手を下すのは、少々違うのかなと、私は思う
無論、何の代償もなく彼に日常に返す気もないけれど

ただの人間の肉体を復元することは造作もない
何一つ不自由のない体の返還を約束しよう

されど、心の在り方は、どうなることだろうか
ハード面は直せても、ソフト面は元々私の守備範疇外だ
さて、さて……



……壊れたおもちゃを直すのは、おもちゃのための行為ではない、か



●死という救い、生と言う苦行
「はっ、はっ、はっ……!?」
 上桐冬弥は荒い息を吐きながら学園内を駆けていた。特に目的地がある訳ではない、ただ脅威から逃れるためだ。先程まで彼は鋼鉄の騎士と『話し合い』を行っており、言葉と拳を以てその意思を伝えられていたのである。
(誰だ、何処に行けばいい? 先生、警察? でも調べられたら、全部知られてしまう! かと言って、このままだと何か恐ろしい目に遭うのは間違いない。いやでも、未成年という事なら、傷は最低限に抑えられて……)
 酸素を求めて喘ぎながらも、上桐はどうすれば己が助かるのか思考を巡らせていた。逃げ回っていても、無事に済む可能性は極めて低いと身を以て痛感させられている。ならいっそ一度何処かに所業を洗いざらい申し出て、状況をリセットするのも一手だ。だが、何かしらの叱責を受けるにしろ、影響は出来る限り低くしたい。そんな捨てきれぬ保身の欲目が、彼を足掻かせていた。
「……やあ、大変そうだな。色んな連中に追われて人気者は辛そうだ。忙しそうなところ申し訳ないが、少しばかり聞きたいことがある。これを見て欲しいのだが」
 そうして当てどなく逃げ続けていた上桐の眼前に、ひょいと人影が姿を見せた。それは顔に笑みを張り付けた津雲である。表面上こそ友好的に見えるが、纏う雰囲気自体は極めて剣呑であると、学生は素人ながらに察知していた。だが外見からして、彼は切った張ったを得手とするタイプには見えない。そのまま、脇をすり抜けてしまおうと身体を屈めた……。
「おいおい、素通りは勘弁してくれ。ま、逃がすつもりなんて始めからないんだがな」
 瞬間、さっと真横に何かが翳された。陽光を反射するソレは小さな鏡。つるりとした鏡面に己の顔が映ったかと思うや、突如として怪しげな輝きを放つ。すると、どうした事だろうか。陰陽師の脇を通り抜けた上桐は俄かに勢いを減じさせると、その場で立ち止まってしまった。試しに津雲が近づいても逃げるどころか、虚空を見つめて呆けている有様だ。
「よし、上手くいったようだな。咄嗟の技で長くは持たんが、移動させる間くらいは大丈夫だろう。本格的な仕込みは時間が掛かるから、そちらはまた後での方が良さそうだ」
 種を明かせば、鏡と光を使った催眠術である。言葉通り簡易な術ではあるが、焦りで視野が狭まっている状態であれば存外上手くいくものだ。そうして津雲が目標を捕縛したのを確認すると、待機していた他の仲間も姿を見せた。
「……仮に、途中で術が解けても、自分が居るし、ね。どのみち、逃げられはしないよ」
「まぁ、UDCなら兎も角、相手は単なる高校生だ。その点については特に心配していなかったけれどね。さて、捕まえたはいいけれど、連れてゆく先に見当はついているのかな?」
 ペインとファンの二人は、万が一突破された場合を想定して近くへ潜んでいたのである。何をどうしたところで、上桐がこの場から脱する事は不可能だっただろう。
 だが、大前提はこれにてクリアしたとして、今すぐこの場で始めるのは些か以上に憚られた。この男子学生へ行おうと考えている内容を思えば、相応の場所でなければ色々と不味い。ファンのそんな問い掛けに、津雲は問題ないと頷く。
「それなら、丁度いい場所に心当たりがある。人目に付きにくいという点では折り紙付きだ。上桐も自力で歩かせれば、そう不審には思われないだろう。加えて、裁きを自分自身で受けに行くなど皮肉が聞いていよう」
 三人の中で学園に一番詳しいのはやはりこの陰陽師である。彼に先導されその場所へ向かおうとした矢先、ふとペインが立ち止まった。どうしたのかと視線を向けてくる仲間へ、赤髪の青年は重々しく口を開く。
「念のため、改めて確認なんだ、けれど…。最終的に、命を奪ってなければ……、何をしても良いんだよね?」
「勿論、限度はあるけれど……その点に関しては、心配しなくても良いよ。一応、死にさえしなければ何とか出来る手段もある事はあるからね」
 剣呑さを孕んだ口調へと応えたのはファンだ。最悪の事態に対して、彼女は二重の意味で最適と言えるだろう。傷を癒し死すらも先延ばしにする手段を持ち、かつ想い人の暴走へブレーキを掛けられるという意味に置いて、である。少女の回答に納得したのか、ペインは再び歩き出す。その背を眺めながら、スッとファンは目を細めた。
(……さて。ペインだけはじゃなくて津雲も多分そうなのだろうけど。身内の行動は、ちゃんと尻持ちしないと、かな)
 過程はどうあれ、結果は到底ただでは済むまい。半ば確信に近い予感を抱きながら、白き少女もまた仲間の後を追うのであった。

「う、む……あれ? いつの間に、寝ていたんだ。確か僕はさっきまで逃げていて、って何だこれ!?」
 遭遇から三十分程経った頃、術の効果が切れた上桐は目を覚ましていた。キョロキョロと周囲へ目を向ければ、物置代わりに使用されていると思しき空き教室。換気がされていないのか空気は埃っぽく、カーテンは閉め切られていて室内は薄暗い。その上、椅子に縛られており首から下の自由が無いという有様であった。
 そして薄暗さに慣れた視界には、取り囲むように佇む三つの人影が浮かび上がる。
「やぁ、無事に目が覚めたようで何より。尤も、これから『無事』なんて言葉と縁遠い姿に成るだろうけれど」
「っ!? な、なるほど……貴方達も、ですか」
 目覚めた上桐へファンが声を掛けると、相手も状況を察したらしい。何度も他の猟兵から警告が入っていたとはいえ、地頭が悪くないというのも嘘ではないようだ。とは言え、その使い道が碌でもないのが問題なのだが。
「ここ、校舎の何処かですよね? 僕が思い切り叫べば、困るのはそちらでは?」
「心配して貰って恐縮だが、この場所はかつてある儀式に使われていてな。元から色々仕込まれていて……まぁ、詳しく説明しても分からんか。何をしようと助けが来ないという点だけ理解すると良い」
 こんな状態にも関わらず揺さぶりを掛けようとする胆力は認めないでもないが、その程度の懸念など既に対応済みだ。ここはかつてのUDC事件において、犯人が学園外への転移に利用していた部屋である。解除していたとはいえ魔術行使に適した下地自体は残されており、それを利用して津雲が結界術にて防音と人払いを施していたのだ。
「さて、と。疑問は解消できたようだし、なぜこうなったかについては、今更説明も必要ないよね? それじゃあ……拷問、始めようか」
「ご、拷問!? 待って、いや、待ってくださいお願いします!」
「ああ、そうだぞペイン。済まないが待ってくれ」
 拷問と言う不穏な響きとペインが取り出した禍々しい器具の数々。一瞬にして血の気が引いた上桐は、ガタガタと椅子を揺らしながら会話の糸口を求めて叫び始める。だが、意外にもそれを静止したのは津雲であった。すわ助かったのかと安堵の表情を浮かべる学生だったが、続く言葉によってそれは雲散霧消する。
「実際、まだ誰もこの男から自白を引き出せていないという。拷問がその為の手段であるとは重々承知しているが、痛みでそれどころではなくなるやもしれん。暗示は自ら望むことの方がかかりやすいという。ならば予め本性を強化し、自制心をゆるめておこう……」
 思わず本音がこぼれてしまうまでに、な。その提案は上桐が期待した救いではなく、より深い絶望へ落とす為の一手だった。陰陽師は先程と同じように鏡を取り出すと、相手の頭を掴んで強引に視線を合わさせる。
「や、止め……放せっ! 知りたいことは大方調べ上げているんでしょう!? なら、こんな事に何の意味が……!」
「おいおい、あんたがそれを言うのか。他人の苦悩する姿が好きなんだろう? なら、自分のそれも精々楽しむと良い」
 鏡面に顔を映しながら津雲が何事かを数言囁くと、びくりと上桐の身体が震える。特段、何か劇的な変化が生じたわけではない。ほんの少し、心の箍を外してやっただけだ。尤も、その僅かな緩みが後々まで尾を引くのではあるが。
 ともあれ、これにて拷問を止める要素は無くなった。荒い息を吐きながらカチカチと歯を鳴らす相手へ、ペインはゆっくりと言い含める様に言葉を掛ける。
「ああ、始めに言っておくけども……安心して。貴方は"殺さない"し、少なくともこの拷問に関しては"貴方に非が在るわけじゃ無い"。四時間もしたら、解放して上げるよ。あんまり長引かせると、親御さんも心配するだろうしね」
「四、時間……それのどこに、安心させる要素があるんですか」
「期限を区切れば、少なくとも終わりが見える。殺さないという保証もするから、耐え切れば生き延びられる。だからもう一度言うけれど……安心して」
 殺してと懇願されても、絶対に死なせはしないから。それが意味するところを、上桐はこれから身を以て知る事になるだろう。そうしてペインは、一つ目の拷問具を手に取った。

「か、ッヒュ……ぁ、がァ、ハッ!?」
 罵倒や怒声が混じっていれば、まだ良かったかもしれない。だがペインは淡々と、ある種事務的な正確さを以て、淀みなく手を動かしていた。火で炙ったり、断続的に電流を流し込むなどまだ序の口。鉤付きの鞭や肉厚のナイフで肉を裂かれ、傷口には毒湯を垂らされる。かと思えば両の手を指潰しに、足を膝砕きに、爪先を抱き石によって押し潰されてゆく。
 どれも苦痛を最大限に与えるものにも関わらず、生命維持を損なわぬよう細心の注意が払われていた。内容は置いておくとして、これも一種の職人技と言える。一方、初めは盛大に叫び声を上げていた上桐だったが、声を出し過ぎて喉を傷めたのか今は掠れた息を吐くだけだ。
「……なん、でだ」
「なんで、とは?」
 だが不意に、彼は呟きを零した。それを拾い上げたペインは一旦作業の手を止め、相手の言葉を聞き返す。
「誰だって覚えがあるでしょう、他人が破滅する様子に喜びを見出した経験くらい! 芸能人でも、成功者でも、犯罪者でも良い。そんな連中が転がり落ちてゆく様をワイドショーや週刊誌で見ているはずだ。それと僕に、なんの違いがあるッ!?」
 意識が朦朧としているのか、津雲の暗示も相まってそれまで抑え込んでいた感情が溢れ始めているらしい。痛みにも構わず、罅割れた声で上桐は絶叫し始める。
「どんな物事でも、遠い誰かより手近な知り合いの方がより強い実感を感じることが出来る。上から手を差し伸べるという優越感。こちらの言葉が一切響いていないというのに、必死で笑みを取り繕ういじましさ。そしてあの、ドロドロと渦を巻く瞳の……美しさときたら」
 確かに上桐の言う通り、人には他者の醜聞や破滅に心惹かれる部分が無いとは言えない。だが彼のレベルはその域を逸脱し、最早異常と言って良かった。この昏い欲求こそが、此度の元凶であるとはっきり理解できる。
「確かに悪かったですよ、ええ! でも、ここまでされる事ですか。幾ら何でもここまでされる必要があるんですかッ!?」
「……ここまでされる必要があるのかって? いや、別に。ただ単に、目についただけだよ」
「………………………………は?」
 心からの叫びに対する拷問官の返答は、なんともそっけないものだった。予想外の内容に、上桐は思わず虚を突かれたように間抜けな声を上げる。ペインは次の道具の準備を再開しつつ、答えを続けた。
「通り魔と同じようなモノだよ。貴方が誰とか、何をしたとか、関係ない。善人でも、悪人でも、年齢性別も、関係ない……単に、自分の目についた。そんな、ただの」
 ありふれた理不尽、だよ。青年はそう言って、今度は節くれ立った骨を相手の掌へと突き立てた。彼の言葉は半ば本心で在り、もう半分は意図的なもの。人は理由の分かる、意味がある苦難と言うものは耐えられる。だが、こういった根拠のないストレスには極めて弱い。ペインは言葉によって、相手の心にも絶大な負荷を与えたのだ。
「……さ、まだ二時間くらいしか、経っていないよ。そろそろ折り返しだし、頑張って貰おうか、な」
「は、ははっ…………あは、はははハハハっ!」
 淡々と振舞う拷問官と、壊れたラジオの様に笑い声を垂れ流す愚か者。もう二時間が経ったときには、それすらも聞こえなくなっていたのであった。

(最悪の事態に至らなかったのは、流石の手際と言った所だけど……随分とまぁ、派手にやったね?)
 拷問中、手を出さずに見守っていたファンはその結果を前にして小さく息を吐いた。椅子に縛り付けられた上桐を端的に表現するのであれば、『惨憺たる』という形容詞がぴったりだろう。皮膚や筋肉は無残に蹂躙され、歯や爪、眼球と言った部分も無事で済んだ個所は一つたりとも無い。
 肉塊とも表せる惨状だが、更に驚くべきはこれでまだ生きているという事実だ。その点に関しては、きっちり最初の確認事項を守ったとも言える。とは言え、これをそのまま病院なりなんなりへ丸投げするのはいくらなんでも無責任だろう。
(壊れたおもちゃの後始末、と言ってしまうのは少しばかり露悪に過ぎるけれど。ただの人間の肉体を復元すること自体は造作もない。何一つ不自由のない体の返還を約束しよう)
 ファンはそっと魔力を練り上げ、収束させてゆく。消耗は馬鹿にならないが、これも必要経費だと割り切って彼女は術式を起動させた。
「私は……科す。その脆い形、風前の灯の如き命、永らえよ。清濁は生の習わし、尽きる期は……今に、非ず」
 瞬間、膨大な魔力が白き少女より溢れ出したかと思うや、上桐の身体へと吸収されてゆく。淡い燐光が触れた個所から、まるで時が巻き戻るかのように傷が癒えていった。この調子で在れば、そう時間も掛からずに四時間前と同じ姿に戻るだろう。だがそれはそれとして、彼女の表情は複雑そうに見える。
(悪徳を、醜いと思う気持ちはある。赦せないと、捨て置けないと、そう感じる心も。一方で、同じ土俵に立たぬ者が手を下すのは……少々違うのかなとも思う。無論、何の代償もなく彼を日常に返す気もないけれど)
 此度は事象が特殊であったが故に予知され、猟兵が介入する事態となった。しかし、そうでなければいったいどうなっていただろうか。問題は飽くまで当事者間のもの、精々関わるのも教師か両親程度だったはず。極論ではあるが、猟兵は部外者に過ぎない。そう考えると、ファンは不可逆的な傷を残すのは少しばかり道理を違えている様に思えたのだ。
(されど……心の在り方は、果たしてどうなることだろうか。ハード面は直せても、ソフト面は元々私の守備範疇外だ。肉体以上に心という物は複雑怪奇だからね。さて、さて……)
 だが、それは飽くまでも肉体に関してだけの話。心までどうこうする力はない。精神のみの様な存在で在れば話は別かもしれないが、それも特例中の特例だ。此度の事象に当てはまるとは思えない。思考を巡らせているうちに治療こそ終わったが、上桐は未だ眠ったままだ。
 ファンがちらりと津雲へ視線を向けると、彼はひとつ頷いて学生へと歩み寄った。軽く頬をはたきながら、声を掛ける。
「おい、終わったぞ。目を覚ませ、ほら」
「うっ……うわ、あああああっ!?」
 どうやら身体機能に問題はないらしい。だが、拷問の記憶がフラッシュバックしたのか、上桐は俄かに恐慌状態へと陥る。そんな相手を宥める様にがっちりと頭を抑え込むと、真正面から視線を合わせながら津雲は言い含め始めた。
「落ち着け、そしてよく聞くんだ。身体はこちらで治してやった。約束は守ろう。だが心はそのままだ。勿論、俺の掛けた暗示もな」
 呼吸は荒く未だ興奮状態ではあるが、瞳には辛うじて理解の色が浮かんでいる。それを確認すると更に言葉を紡いでゆく。
「俺たちが関わるのはもうこれっきりだ。あとは好きに生きるがいい。だが、今後もこれまでどおりに生きるなら、剥き出しになった本性から、苦悩し壊れ逝くのは自分になるだろう。だが己の欲望と向き合い、それを乗り越えるなら、違った生き方も開けるはずだ」
 どれだけの悲劇や苦難が在ろうとも、人は生きて居る限り生き続けねばならない。この男子生徒に義理も情もありはしないが、江崎にも同じ様に言った以上はそれを通すのが己の筋であると考えての忠告だった。
「破滅するも再生するも、あんた次第だ。言い方を変えると、おれの知ったことではないな……自分の人生なんだ、せめて最後まで己自身で責任を負うと良い」
 さぁ、行け。そうして男子生徒を開放し、廊下へと送り出してやる。上桐は振り返ることなくフラフラと遠ざかり、やがて見えなくなっていった。
「……壊れたおもちゃを直すのは、おもちゃのための行為ではない、か」
 それを見送ったファンは、思わずそんな呟きを口遊んでいた。その心情を慮ってか、ペインがそっと肩に手を乗せる。
「今回は、そうかもしれない、ね。でも……そうじゃない場合も、あるから」
「江崎も始めは死にたいと言っていたが、助ける事でこうして道も開けた。全てがそうと断じられぬ故にこそ、考え続けねばいけないのだろうな」
 そう言って、津雲は指先で床を撫ぜた。あの時の行動は最善だったのか、もっと出来ることは無かったか。此度に限った話ではないが、それは己も同じなのかもしれぬ。
 そうしてそんな感慨を抱きながら、三人もまた空き教室を後にするのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レッグ・ワート
上桐も難儀だね。

迷彩起こしたドローンで追って、話し易そうな時に興味があるって声掛けるわ。状況は知ってるとは前置くが、江崎のどこが良かったのかとか、介入する以上どう仕上げたかったのかから始めれば、怒られる訳じゃないって思うかな。
状態確認は通し。値から精神状態の推測つけて合いの手入れつつ、どう手間暇かけて何が見れるのか聞いてこう。頃合いで、始めた時期と、それより前はどうだったか聞く。単なる嗜好か、悪意無くそうなる傾向だったのか気になってな。後者なら振返りで勝手に被弾する。前者はまあ他が気を付けるしかないんで。来る前に進学就職後の注意みたいな感じで余力や人間関係切ってくる系の対カルト授業はしとくよ。



●自己責任でも、せめて転ばぬ先の杖を
「上桐も難儀だね。まぁ、自業自得だし同情する気も無いが、そういう風に生まれちまったって事もある。俺らウォーマシンなんかが良い例さね」
 迷彩を施したドローンで気付かれずに上桐の様子を窺いながら、レッグは天を仰いでいた。他の猟兵たちと空き教室へ入っていった男子生徒は、それから四時間ほど中で何かをされていたらしい。防諜が徹底されていたので起こっていた事までは把握できなかったが、出てきた時の憔悴具合から大方の内容を推察できた。身体的な損傷こそ見受けられなかったものの、猟兵はある種なんでも有りだ。それを安心材料にするのは難しい。
(痛めつけるだけ痛めつけて、あとは知らんぷりってのも無責任な話か。他の連中がやることはやったんだし、少しばかり話を聞いても罰は当たらないだろ)
 彼の興味は上桐がなぜそうなり、何を考えて行動していたのか。恐怖と言う本能で行動を抑制するのも確かに直接的で手っ取り早い。だが、筋道だった理屈で分析するのだってきっと必要だろう。今ならば良いか悪いかは別として、モノを話しやすい状態であることは間違いないはず。
「ちょいと良いかい。少しばかり、話をしたいんだが。安心して良いぞ、俺については痛いのも怖いのも無しだ」
 レッグは相手が人気のない場所に差し掛かったのを見計らうと、センサー類を稼働させながらそう声を掛けるのであった。

「……家庭環境や、人間関係で悩んでいる人は多かった。でも、事件や事故に遭った人なんてそうそう周りには居ないですから。だからどんな風に苦悩するのか、知りたかった」
「なるほど、そいつが江崎を選んだ理由か。希少価値ね、道理と言えば道理だが」
 受けた何かがよほど強烈だったのだろう。レッグが話を持ち掛けると、上桐は拍子抜けするほどあっさりと話に応じた。人気のなくなった階段に腰かけつつ、ぽつぽつと言葉を交わし合う。会話の主眼は上桐の考え方とスタンスについて。ややもすれば、そのやり取りはカウンセリングにも見えた事だろう。
「にしても、介入した以上は着地点なんかは考えていたのか。聞くところによれば誰も彼も酷い別れ方をしているようだが。もうちっと考えれば嫌な奴止まりで、恨みや怒りを買う事だってなかっただろうに」
「結果的に、そうなっただけです。見たかったのは、思い悩む姿。だから、潰れてしまったらもう、それを愉しめない。ギリギリを保っているからこそ、いじましくて美しいですから」
「あー、破滅させようと端から思ってた訳じゃないのか。こう、殺したかったけど死んで欲しくはなかった的な? なまじ理屈が理解できる分、反応に困るな」
 相手の心理状態を逐一モニタリングしつつ、過度な動揺を与えぬように注意しながらレッグは相槌を打つ。激昂したり取り乱されたりしたら、それ以上話が聞けなくなってしまう。ただかと言って、強引に聞き出したのでは意味がない。綱渡りの様な交流ではあるが、相手の情報さえ観測できればそう難しいことでもなかった。
「その欲求を自覚したのはいつ頃からだ? いまはもう分別のつかない年齢でもないしな。欲求や趣味嗜好の類か、それとも倫理やら何やらがすっぽり抜け落ちてしまっているのか……」
「……物心が付いた時には、既に。良いか悪いかも後追いで身に着きましたから、そうとは悟られないよう、立ち回りを覚えて」
 口振り的に、上桐は元から『そういう』在り様だったのだろう。原因までは流石に判然とし難いが、それは間違いなさそうだ。元から傾向があったものが、成長するについて周囲からの視線を計算に入れるようになったのか。だが善悪の区別がついた上で、自制するのではなく隠蔽する事を選んでいるのだ。仕方がないと片付けるには些か無理があった。
「そういう訳ねぇ。ならば飢えてれば良い、と達観するほど年も重ねてないだろうし。なら、周りもある程度は自衛できるようにさせておくべきか。進学就職後の注意ってことなら、さりげなく周知できるかね?」
 上桐の手妻は新興宗教やカルトなどがやる手口に似ている。それを独力で身に着けたとすれば末恐ろしいものだ。経験の浅い学生では関係を断つどころか、悪意を看破する事すら困難だろう。少なくとも一人は学園内にそのような性質を持った人間が居るのだ、授業か何かで知識をつけさせておくべきかもしれない。
「ありがとう、参考になった。俺から言えるのは、まぁ、なんだ……精々自滅しないよう上手く付き合う事だな」
 聞くべきことは聞き終えた。レッグは立ち上がると、次は教師と話を詰めるべく職員室へ足を向ける。後ろ手に振られる手と最後の忠告は、彼のせめてもの気遣いか。その後姿を、上桐はぼうっとした視線で見送るのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

リック・ランドルフ
成る程、事の経緯はそういう事だったのか。…上桐冬弥か。

…間違いなくろくでもない奴なんだろうが。…それだけなんだよな。これといって犯罪を起こした訳じゃない。となると…法で裁くのは無理だな。…仕方ねえ。警察としてじゃなくて、男として…お仕置きするか。(警察バッチと手帳をしまい)







というわけで、まずは奴を拉致だ、拉致。そんで組織UDCに頼んで借りた飛行機で俺の故郷の南国に行って、そしてこれまたUDC借りた船で海に出て、そんでこいつを檻にいれて、海にクレーンでポイっと。そしてサメを誘き寄せる餌を大量にドバーッと。

お前さん、観察が好きなんだろ?それ自体は悪くないが、…人じゃなくて魚にしたらどうだ?



●愚か者に鮫は良く似合う
(……成る程、事の経緯はそういう事だったのか。……上桐冬弥、か。全く、犯罪者だのゴロツキだのってのはどいつもマトモじゃないが、この手のなまじ賢しらな手合いが一番胸糞悪い)
 事のあらましを聞き終えたリックは病院の喫煙所で紫煙を燻らせつつ、さてどう動いたものかと思案を巡らせていた。制裁と一口に言っても方向性があり、かつ各人の得手不得手という物がある。どうせなら、様々な角度から『可愛がってやる』方がより効くだろう。
(まず間違いなくロクでもない奴なんだろうが、逆に言えばそれだけなんだよな。これといって犯罪を起こした訳じゃないし、そもそもそう見えない様に立ち回っている。となると……法で裁くのは無理だな)
 とは言え、公的に罰を与えられるかと言えば難しい。内心は兎も角、表面上はただ部活の先輩を励ましていただけだ。部員勧誘の妨害とて、言い訳しようと思えば幾らでもできる。
 で、あるならば。
(……仕方ねえ。警察としてじゃなくて、男として……お仕置きするか。小難しい詰問や脅し、江崎のフォローは他が手を回しているはず。なら、俺にしか出来ない方法で攻めてみるかね)
 刑事は短くなった煙草を灰皿へ押し込むと、警察バッチと手帳を懐へと仕舞い込む。代わりに取り出したのは携帯端末。画面をなぞり、UDC組織の担当職員へと電話を掛けた。
「あー、もしもし? すまないが、ちょいと一つ頼みがあってな……陰気なティーンエイジャーをウチにご招待したいんだが、手配を頼めるかい?」

 斯くして、UDC組織へ連絡した日から一週間以上の時間が経った後。リックと上桐の姿はある意外な場所に在った。
「待って、待ってください……拷問までは分かりたくないけど分かります。でもこれは、一体何なんですか……!?」
「何ってお前さん、見て分からんか。俺の故郷さ。修学旅行もこのご時世じゃ無かったんだろ? 喜べよ、寒い島国から南国のブルーオーシャンだぞ」
 その場所とは……なんと、リックの故郷である南国で在った。彼はUDC組織に諸々の手配を依頼するとすぐさま上桐を拉致し、そのまま飛行機へと放り込んで出発。十時間近いフライトを終えて空港へ降り立つやその足で港に直行、今度は船に乗り換えて沖へと出てきたのだ。
 無論、バカンスが目的ではないことは一目で分かるだろう。リックは意気揚々と潮風を楽しんでいる一方、上桐は頑丈な檻の中へ閉じ込められていたからだ。土台、楽観視しろと言う方が難しい。
「よーし、それじゃあまずは下準備だ。こんだけありゃ、すぐさま集まって来るだろ」
 リックは足元に準備してあったバケツを手に取ると、海面目掛けてひっくり返し始める。その中身は赤黒い無数の固形物。生臭い匂いから、それが魚の切り身であることが分かった。
「それは、いや……血の匂いと鉄の檻。ま、まさか!?」
「お、流石に察したか。ほれ、おいでなすったぞ」
 この組み合わせで考えられる展開など、一つしかない。それを裏付けるように、リックが指差す先では三角形のヒレが海面を切り裂いていた。血の匂いを敏感に感じ取った鮫、それも二桁を優に超える群れが集まって来ていたのである。
「お前さん、観察が好きなんだろ? それ自体は悪くないが、若い男の趣味としては些か不健全だしな……人じゃなくて魚にしたらどうだ? 鮫相手なら身体も鍛えられるし、度胸もつくってもんさ」
「そんな……!? 鮫が相手だなんて、手加減も何もない! ほ、本当に死んで……」
「檻があるんだから心配するな。破られたらまぁ、その時はその時だ。てな訳で、観念して行ってこい!」
 抗議の声を聴く気など毛頭なし。リックが船に備え付けられたレバーを操作するや、さび付いた駆動音を響かせてクレーンが起動。檻を吊り下げると、そのまま海中へと投下していった。
(……これまで仕出かしてきたことに比べりゃ、この程度は温いもんさ。文字通り、この海の水温くらいにな。日本の海でやったら、それこそ十分と経たずに土左衛門だ)
 檻へ体当たりする鮫の群れと、ばしゃばしゃと右往左往する上桐。その様子を見下ろしながら、リックは小さく肩を竦める。だがふとある事に気が付き、再びレバーへと手を伸ばした。
「おっといけねぇ! 酸素ボンベとかつけてないし、適当なところで上げてやらんとホントに溺死しちまう!」
 あわや溺れ死ぬ所であったが、これもまた良い灸を据える結果となるだろう。それはそれとして適度な負荷だと考えたリックは檻を定期的に上げ下げし、その度に上桐の雄叫びが紺碧の洋上に響き渡るのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

エメラ・アーヴェスピア
…今回に限っては、私は場違いだったかもしれないわね
彼女に会っても私が言えそうな事はなさそうだし、だからと言って原因の彼に何かするのも、ね
まぁどちらに対しても同僚さん達が色々とやっているでしょうし、その辻褄合わせや細かい所の補助
そしてUDC組織と一緒に後始末に回っておきましょう
…よかったわね、貴女達も良き思い出として覚えていてもらえそうよ

…原因が違うとはいえ、同じ学校にUDC化した事件が二回…
何か変な力場とかになっていないでしょうね…?
兎も角、これで終わりならいいのだけれど…

※アドリブ・絡み歓迎
見当違いなようなら、不採用の方向でお願いします



●斯くて神には未だ遠く
「……今回に限っては、私は場違いだったかもしれないわね。杞憂で済んだことは喜ばしいけれど、些か消化不良感は否めないかしら?」
 ゆっくりと地平線に陽が沈みゆく。下校時刻はとうに過ぎ、教師とて足早に帰路へと着いている。そんな人気のなくなった学園の中を、エメラはひとり静かに歩みゆく。あの夜の戦闘後、猟兵たちが制裁と救済に動き始めてから既に相応の日数が経過していた。
(彼女に会っても私が言えそうな事はなさそうだし、だからと言って今さら原因の彼に何かするのも、ね。まぁどちらに対しても同僚さん達が色々とやってくれた様だし、UDC組織と一緒に後始末やフォローに回る方が性に合っているもの)
 情報戦に長けた半機人である、仲間たちが何を成したのかは余さず脳内へと収められている。江崎との対話に新入部員の勧誘、噂の流布や脅し、果てには拷問。十人十色とは良く言ったものだが、行動の内容は実にヴァリエーションに富んでいた。彼女はUDC組織と共に行動し、それらの調整に尽力していたのである。とは言え、余りにもぶっ飛んだ内容には頭痛を覚えたものだが。
(まさか、海外まで連れ出して鮫と遊泳させるだなんてね……方向性は兎も角として、そういった思考の柔軟さは見習うべきかしら?)
 ともあれ、上桐に対する制裁は完遂したと言って良い。これで我が身を省みて行動を改めるか、もっと巧くやろうと先鋭化するか、はたまた恐怖と欲望の狭間に自壊するのか。彼の行く末は誰にも分からない。だがもしまた何かをやらかせば、怖い大人たちがすっ飛んでくるのは確実だろう。
「それに、あの子もこの短期間で随分と逞しくなったみたいね。UDC組織相手に上手く立ち回っているわ……よかったわね、貴女達も良き思い出として覚えていてもらえそうよ?」
 そうして思考を少女の側へと巡らせ始めた頃、エメラはある部屋の前に辿り着いていた。そっと扉を開けて中へ入ると、身体を包むのは乾いた紙の匂い。彼女は文芸部の部室をくるりと一瞥しながら、本棚の中から一冊の本を取り出す。簡素な造りのそれは、今は亡き二人の少女が記した物語が収められた部誌である。
「UDCと関わる職に就くかどうかは彼女次第だけれど、二度に渡って巻き込まれたのだもの。組織も無下にはしないはずよ……ただ、私に関しては少しばかり警戒し過ぎたきらいがあったわね」
 その表情に浮かぶのは自嘲と苦笑。彼女は痛いほどの静寂に包まれながら、かつてといまを重ね合わせる。猟奇殺人を阻止すべく市街を駆け回り、この部室で矛盾と偽装を暴き、花咲き誇る戦場で愚かしくも哀しき少女を討った。それから、一年半。『もう』というべきだろうか。それとも『また』と評するべきなのか。
「……そう、二度目よ。原因が違うとはいえ、同じ学校にUDC化した事件が二回。これは果たして偶然で片付けても良いのかしらね。それとも、何か大きなモノの意志が働いていると見るべき?」
 事件を察知してから、いまこの瞬間に至るまで。エメラが常に危惧し続けてきたのは、全ての絵図案を組み上げた『何か』の存在であった。そもそも一年半前の事件にも、疑問点は残っている。単なる一介の学生であった少女がどうやってUDCと化し、複雑な術を行使し得たのか。今回の件も全貌は解明されたものの、江崎と上桐が出逢うように仕組み、己の存在を悟られぬよう早々に舞台を降りた者が居ないとも限らない……が。
「かと言って、証拠がある訳でもないのよね。念のため学園内を徹底的に調べたけれど、おかしな痕跡も見つからなかったし……何か変な力場とかになっていないでしょうね、此処」
 少なくとも、いま現在この場所は極々普通の学園に過ぎない。秋の名残は引き波の様に薄れゆき、徐々にだが冬の気配を感じゆく、ありふれた日常。しかし、エメラは知っている。禍々しき存在とは、こうした風景の薄皮一枚を隔てた隣にこそ潜んでいるのだと。故に彼女の憂慮をどうして心配性だと笑えようか。
「兎も角、これで終わりならいいのだけれど。でも……もしも万が一、三度目が起こったのであれば」
 一度は悲劇、二度目は偶然。であれば、三度目はもはや必然だ。UDC事件など無いに越したことは無いが、その時には何かしらの真相を得られるのだろうか。それこそ、神ならざる身には見通す事など出来なくて。
「まぁ、こうして猟兵がやってきた直後に事を起こす愚か者も居ないでしょうね。念のため今後も監視は必要だろうけど、暫くは何事も無いのは確実かしら」
 考えていても答えは出なかった。ともあれ、今この事件に置いて出来ることは全て為し終えたのだ。なれば、いつまでも留まってはいられない。エメラは後ろ髪を引かれながらも機関誌を本棚へと戻し、部室の扉へと手を掛ける。
 その時ふと、彼女はちらりと後ろを振り返る。既に夕闇に呑まれつつある部室。もしもまた、この場所を訪れることがあるならば、それはきっと――。
「……それではまた一年半後に、なんてね?」
 少しばかり不謹慎だったかと苦笑しながら、そっと半機人は部室を出てゆく。
 そうして後に残されたのは、ただ揺らぐ事なき穏やかな静寂だけであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月27日


挿絵イラスト