16
きみに添う蛍星

#カクリヨファンタズム

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#カクリヨファンタズム


0




 それは、綺麗なひかりが舞う夜のことだった。
 いつかあの子と一緒に蛍を見たこの場所に、蛍が、あの子をもう一度連れてきてくれたんだ。
 目の前に現れたあの子は、おれが知ってるあの子とそっくりそのままの姿で。
「すず……? いや、そんなはずない。あの時、すずは……」
「あいたかったよう……コノエ……」
 たどたどしく紡がれる少女の声に、少年の顔が僅かに歪む。
 縋るように伸ばされた手を払うことなど出来なくて。少年は、少女の細い身体をぎゅうっと抱きしめた。
「すず……」
「コノエ……っ」
 すると次の瞬間、少年の身体は少女の中に――正しくは、少女が従えていた赤い球体のような何かに吸い込まれてしまった。
 少年を吸い込んだ“それ”は、この世界では骸魂と呼ばれるオブリビオンだ。
 けれど、骸魂とひとつになった少年は、永い時を経て少女と再び巡り会えたことに、忽ちの内に心が満たされてゆくのを感じていた。
 ――あの日、あの子を失ったこの世界で。再びこうして、一緒に居られるなんて。
 またここで、一緒に蛍を見られるなんて。
 ああ、うれしい。うれしい。ずっとこうしていたい。
 ねえ、だって、話したいことがたくさんあるんだ。

 そして、少年は、禁断の言葉を紡ぐのだった。

●きみに添う蛍星
 時よ止まれ、お前は美しい――。
「……それこそが世界に終わりを告げる、滅びの言葉なの」
 キトリ・フローエ(星導・f02354)はぽつりと、どこか寂しげに零してから、いいえ、と小さく首を横に振った。
「でも、今ならまだ世界の崩壊を止めることができる。みんなの力で骸魂を倒して、妖怪の子を助けてあげてほしいの」
 滅びの言葉を紡がれた世界は、今まさに滅びの危機に瀕している。
 猟兵たちは崩壊しかけた世界を渡り、滅びの中心にいる骸魂を倒さなければならない。
「骸魂の元へ向かうには、空から降ってくる花弁の雨の下を抜けていかないといけないわ。その花弁はね、きらきらしていて、お星さまみたいなんだけど……みんなの中にある、きらきらした大切な想い出を目の前に映し出すんですって」
 たとえば胸を焦がすような憧憬であったり、大切な誰かと紡いだいつかの出来事であったり、その姿かたちはひとによって様々だろう。
 それは誰の前にも等しく。たとえ既に喪われた記憶であっても、不思議と、己のものだとわかるのだという。
 そして、多くの花弁に触れるほど、その想い出はより鮮明になって――あたかも現実であるかのように感じられる。
 だが、花弁は絶えず振り続けているので、長く足を止めてしまっては、いずれ埋もれてしまうだろう。そうなる前に、先へ進まなければならない。
「想い出とどういう風に向き合い、先に進むか。……そんなの知らない! って無理やり花弁を振り払いながら進むことも出来るでしょうし、敢えて触れないようにしながら進むなんてことも出来ると思うけれど。とにかく、どうにか頑張って骸魂の元へ向かってちょうだい。花弁に埋もれてしまう前にね」
 そうして崩壊の中心に辿り着けたなら、いよいよ骸魂との戦いとなる。
 妖怪の少年・コノエを取り込んだ骸魂は、少女の姿をしていると思いきや、その下にある赤い球体のようなものが本体らしい。コノエはその球体の中にいるが、意識を失い眠っているため、声をかけても反応はないだろう。だが、こちらからの声は届くはずだ。
「大切な人とのお別れは辛くて寂しいことよ。でも、みんななら、こういう時、あの子にかけてあげられる言葉を、きっと持っているはず」
 言葉が届けば届くほど、骸魂の力は弱まっていくだろう。そうして倒すことが出来たなら、世界は元に戻るはずだ。

「無事に世界が元に戻ったら、蛍がたくさん飛んでいる川の近くに戻ってこられるはず。あの子も……コノエも近くにいるから、思うところがある人は、どうか声をかけてあげてほしいの」
 勿論、カクリヨに舞う幻想的な光を眺めるだけでも心が洗われるだろう。
 その光には鎮魂の力があるらしいとされている。
 川のせせらぎに耳を傾け、静かに想いを馳せるのもいいだろう。
 キトリはぽつぽつと、言葉を探し選ぶように続ける。
「コノエは見た目は狐の耳を生やした小さな男の子だけど、妖怪だから、あたしたちよりずうっと長く生きているわ。彼がすず、と呼んだ女の子も妖怪で、ふたりは幼馴染だったの。でも、何かがあって、すずは死んでしまった」
 そのきっかけとなった“何か”は、キトリにはわからない。
 ただ、すずを失ったことをコノエはひどく後悔していた。
 そして、失ってしまった大切な人であるすずとの想い出を、コノエはずっと持ち続けていた。
 そんな彼の前に骸魂とはいえすずの姿をした存在が帰ってきたのだから、手を伸ばさずにはいられなかったのだろう。
「骸魂を倒せばコノエは助かるけれど、すずは助けられないわ。……再び巡り会えたふたりを、引き裂かなければならないのは悲しいけれど。でも、」
 世界を救うために、どうか戦ってほしい。
 願うようにそう告げ、キトリはグリモアの光を輝かせた。


小鳥遊彩羽
 ご覧くださいましてありがとうございます、小鳥遊彩羽です。
 今回は『カクリヨファンタズム』でのシナリオをお届け致します。

●シナリオの流れと補足など
 第1章:『見上げれば、なにかが』(冒険)
 第2章:『口寄せの篝火』(ボス戦)
 第3章:『蛍火』(日常)
 となっております。

 第1章は崩壊しかけた世界を抜けて、骸魂の元へ向かう冒険パートです。
 空から様々な色の星のような光の花弁が降ってきます。
 花弁に触れると、大切な過去の想い出が映像のように浮かび上がります。
 どのような想い出を見るか、またそれに対してどう思い、先に進むかなどをプレイングにご記載下さい。複数名でご参加の場合、同じ映像を共有するか、個別に見るかはお好きにどうぞ。
 なお、ここで長く足を止めていると花弁に埋もれてしまいます。無理やり進むか、片付けながら進むか、あるいは花弁そのものを回避するかは皆様次第となります。

 第2章は骸魂との戦いとなります。
 呑み込まれた狐の妖怪の少年・コノエは、骸魂を倒せば無傷で救出することが可能です。

 第3章は元に戻った世界で蛍狩りをする日常パートです。
 静かな夜の川辺で蛍を愛でたり、コノエ少年に声をかけたりなど、思い思いのひとときをお過ごし下さい。なお、公序良俗に反する行為は勿論、飲食も禁止とさせて頂きますので、ご了承下さい。
 お声がけを頂いた場合のみ、キトリがご一緒させて頂きます。

●その他の補足など
 ご一緒される方がいらっしゃる場合は【お相手の名前(ニックネーム可)とID】もしくは【グループ名】をご記載下さい。
 プレイング受付期間についてのご案内はマスターページにてさせて頂きますので、ご確認下さい。

 以上となります。どうぞ宜しくお願い致します。
171




第1章 冒険 『見上げれば、なにかが』

POW   :    気にせず無理矢理先へ

SPD   :    回避しながら先へ

WIZ   :    片付けながら先へ

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 はらはらと崩れ落ちてゆく世界は、息を呑むほどに美しかった。
 空に浮かぶ月も星も、静かに綻んで淡い輝きを放つ花弁へと変化する。
 音もなく、静かに滅びゆく世界。
 降りしきる花の雨に触れれば、忽ちの内にあたたかな想い出が胸の内を満たしてゆくことだろう。
 そして、かつて失った誰かの笑顔や、もう戻れないいつかの光景が、まるで現実のように鮮やかに描き出される。
 それらは時に、あなたの足を止めさせようとするかもしれない。
 束の間の邂逅を懐かしむのもいいだろう。
 だが、ずっと足を止めていては、花弁に埋もれて身動きが取れなくなってしまう。
 ゆえに、いずれは目の前に現れた“いつか”に別れを告げて、先へ――この世界を終わらせようとしている、骸魂の元へ向かわなければならない。
 あるいは、花に触れることを避けてひたすら先へ進むこともできる。
 いつかの光景と出逢うか否かは、あなた次第。

 ――はらはらと綻び、崩れ落ちてゆく世界。
 空からは、仄かに輝く花弁が優しく振り続けている。
 
ルーシー・ブルーベル
世界ってなんて脆いのかしらね
ずっと続くと思っていたのに、ある日突然終わりを告げるもの

はらはら落ちる花びらは世界がこぼす涙のようで
そうと手をのばせば、色とりどり

例えばあなたには、ピンク色の浴衣の帯を選んでもらった
例えばあなたには、やさしく海の青さを教えてもらった
例えばあなたには、トリコロールの翼で空に招いてもらった
例えばあなたには、向日葵色の大切な約束とぬくもりをもらった

大事に両手で受け止めたら
宙へかえして、先へ進むわ

ずっと浸っていたいくらい幸せな想い出ばかりだけれど
これはルーシーの背を押してくれるものであって
歩みを止めるものではないから

想い出だけはずうっとこの胸にある
わたしが終わる時まで一緒よ



 果てがないはずの空さえも、緩やかに綻び始めていた。
 星も、月も、道沿いに立つ木々や花さえも、この世界を形作っていたあらゆるものが、花びらへとその姿を変えていく。
 砂時計の砂が落ちるように、静かに零れ落ちてゆく世界。
 空に舞う無数の煌めきは、まるで、星が降っているかのようにも見えた。
「……世界って、なんて脆いのかしらね」
 はらはらと空を舞う花のひかりを見つめながら、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)はぽつりと零す。
 たとえ己がいなくなっても永遠に続くと思っていたのに、ある日突然終わりを告げるもの。
 その先に在るのは、深い悲しみと絶望だ。
 きっと、誰にとってもそうなのだろう。
 己を取り巻く世界というのは、ずっと続くと思っていても、ふとしたきっかけで終わり、消えてしまうことがある。
 それでも。世界ごと“終わってしまう”ならば、何も感じることなく消えてしまえるのだろう。
「……でも、この世界は。あの子の世界はまだ、救えるのでしょう?」
 空から落ちる花びらは、まるで世界がこぼす涙のよう。
 そうと手を伸ばせば、色とりどりの輝きがルーシーの蜜色の髪に舞い降り、あるいは小さな手に身を寄せる。

 すると、ルーシーの蒼い片目が優しく細められた。
 胸の内にふわりと花が咲くように広がっていく、優しくてあたたかな――幸せな気持ち。
(「……ああ、そうね。そうよね」)
 花びらが浮かび上がらせる想い出のひかりはどれも、今のルーシーにとってとても大切なものだ。
 ――“あなた”が選んでくれた、ピンク色の浴衣の帯。
 ――“あなた”がやさしく教えてくれた、何処までも涯てのない海の青。
 ――“あなた”がトリコロールの翼で招いてくれた、何処までも続く広大な空。
 ――“あなた”が与えてくれた、向日葵色の大切な約束と、確かなぬくもり。
 両手にあふれる花を、浮かび上がった想い出のひとつひとつを、大事に両手で受け止め、抱き締めて。
 そうして花を宙へと返し、ルーシーは再び、静かに歩き出す。
 足を止めることなく、振り返ることもなく。真っ直ぐに前を向いて、歩いていく。

 零れる花が見せてくれたのは、ずっと浸っていたいくらい幸せな想い出ばかりだけれど。
「でも、これはルーシーの背を押してくれるものであって、歩みを止めるものではないわ」
 だからしっかりと想い出を胸に抱いて、ルーシーは前を向いてゆけるのだ。
 今が過去になってしまうのは一瞬だけれど。
 それでも、重ねた想い出だけはずっと、この胸に在る。
(「全部、すべて、わたしが終わる時まで一緒よ」)
 それはルーシーがルーシーとして生きる、確かな証だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
――……嗚呼、綺麗だね
美しいものは、好い
物でも景色でも目には見えない、感情や想い出といった其らでも

開いた掌の上
ひらり舞い落ちた花弁が、ひとつ

裡に浮かぶ光景はいつか観た日の繰り返し
来る日も来る日も忘れそうになる度に
掠れ、薄れそうになる度に
忘れる事無きように、と繰り返し重ねられる想い出

――僕のじゃあ、無い
これは“お前”の、記憶

何度も見続けた記録の先を、僕は、識っている
今更それに驚く事も、足を停める事も無い

……寧ろ歩みを停めたいのは
此処に居たいのは、お前の方じゃない?
楽しいだけだったあの頃に――

嗚呼、そう
お前が先を歩むと云うのなら、僕はそれに従うより他無いよ
だって僕は、お前の“代わり”なんだから



 美しいものは好いと、そう思う。
 物や景色はもちろんのこと、目には見えない、感情や想い出といったものたちでも。
「――……嗚呼、綺麗だね」
 静かに、緩やかに滅びゆく世界。
 ここには、そんな美しいものが満ちているような気がした。
 はらはらと降る、花の雨。
 きらきらと瞬く、ちいさな光の群れ。
 そっと開いた掌の上に、ひらりと舞い落ちた花弁がひとつ。
 旭・まどか(MementoMori・f18469)の胸の裡に浮かぶ光景は、まどかが思い描いた通りの――いつか観たあの日の繰り返しだった。

 ――いつだって、忘れそうになる度に。
 掠れ、薄れそうになる度に、繰り返し重ねて見させられる想い出。
(「――僕のじゃあ、無い」)
 いつだってそれまで息を潜めていたはずなのに、よみがえる一瞬はより鮮明に、決して忘るなかれと突き付けてくる。
(「これは“お前”の、記憶」)
 自分のものではないのに、胸にちくりと刺すような、あるいは疼くような痛みが奔るのは何故だろう。
 何度も何度も、繰り返し見続けた記録。
 その先に待つ結末を、ひとつの終焉を、まどかは識っている。
 降ろされる幕が覆う闇の深さを、重さを、冷たさを、識っている。
 だから、今更その過去に驚くことも、足を止めることもなく。
 降る花の雨をその身に受けながら、まどかは歩き続ける。
 柔く地面に降り積もった花たちは、まるで光の路を作っているかのようだった。
 滅びゆく世界の中心へと続くその路を静かに歩むまどかは、ふと、傍らを征く風狼にちらりと視線を向けて。
「――寧ろ、」
 ぽつりと落ちた言の葉に、風狼が顔を上げる。
「……歩みを停めたいのは、此処に居たいのは、お前の方じゃない?」
 ここは、誰かが永遠を願って時を止めた、うつくしき世界。
 楽しいだけだった、眩い希望の光に満ちていた、輝く笑顔にあふれていた、あの頃に――。
「――嗚呼、そう」
 風の仔の澄んだ眼差しに、まどかはひとつ溜め息をついた。
 とうの昔に識っているのだ。彼が、そう答えることも。
「お前が先を歩むと云うのなら、僕はそれに従うより他無いよ」
 観ることの叶わなかった未来、その先に待つ、未だ見ぬ結末へ。
 望むのならば、希うのならば。
 どこまでも歩み続けよう。どこへだって連れてゆこう。
(「だって、僕は、」)
 ――お前の“代わり”なんだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
SPD

うわ…すっごい綺麗。
普段は見れないってのはちょっと惜しいと思ってしまう。
過去の思い出か…できれば避けていきたいけど全部は難しいだろうなぁ。
それでも一応避けながら先に進む。決して足を止めないように気を付けて。
でも俺からすれば過去のすべて辛かった事も何もかも、大事な大切な思い出だから逆に何が見れるのか気になるかも。

見れるとしたら「月」の記憶。
ヤドリガミとして身体を得た社の外で、自分の在り様を思い知った彼岸花の庭で、蛍の湖で。
そのすべてで夜空に満月があった。
起きた出来事何もかもが大事な思い出だからこそ、たぶん俺にとって大きな意味があるのがこれらの時なんだろう。月が輝いてた日。



「うわ……すっごい綺麗」
 見上げれば視界一面に降る花弁の光に、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は感嘆の息を零す。
 緩やかに綻び、はらりと舞う――滅びゆく世界の欠片たち。
 初めて目にしたその光景は、今ここでしか見られないことを、少し惜しいとさえ思ってしまうほど。
 より一層美しく感じられるのは、この世界を形作るものだからこそだろうか。
「過去の思い出か……出来れば避けていきたいけど、全部は難しいだろうなぁ」
 それでもなるべく避けられたらと、瑞樹は常に身に纏う黄色と白の縞模様のストールを頭の上に広げて花降る路へと踏み出した。
 ――これから先、何が視えたとしても、決して足を止めないようにと心に刻み、言い聞かせながら。

(「……でも、」)
 はらりと零れる花弁がそっと肩を撫でていくのを感じながら、瑞樹はいつかの自分に想いを馳せる。
 瑞樹にとっては、過去のすべてが今の瑞樹へと繋がる大切なもので。
 辛かったことも悲しかったことも、痛みも、何もかも、全て抱えて生きていくと決めたのだ。
 これまでに得たものの全てが大事で、大切な想い出――だからこそ、逆に、花びらに触れることで“何”が視えるのかという、純粋な興味がないわけではなかった。
 ――すると。
 はらり、零れる光が触れて。
 瑞樹の前に、いくつもの“月”が浮かび上がった。
「……ああ、やっぱりそうなるか」
 見慣れた光景に知らず安堵の息をつきながら、瑞樹は胸裡に灯り、あるいは瞼の裏に描き出されるいつかの風景を掬い上げる。

 それは、瑞樹がヤドリガミとして受肉した社の外で。
 己の在り様を思い知った彼岸花の庭で。
 あるいは、蛍が舞う湖で――。
 どの光景にも夜空が広がり、満月が煌々と耀いていた。
 瑞樹にとっては、ヤドリガミとして生を受けたその瞬間から経てきた出来事――その全てが大事な思い出だ。
 だからこそ、瑞樹の中で最も大きな意味を持つのが、月が耀いていた日――満月を見た時の様々な記憶なのだろう。
 そう思えば、花に囚われることもなく。
 嘗ての己と向き合った瑞樹は降り積もるそれらをそっと払いながら、静かに、真っ直ぐに滅びの中心へと進んでいく。

 ――そうして、今。
 この世界の夜空にぽっかりと浮かぶ満月もまた、静かに綻び始めていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ホーラ・フギト
ほんと、お星さまみたいね!
ひとひら手にとり、覗いてみる
どんな想い出かしら

私がいた部屋の、ガラスの向こう
そこでいろんなヒトが楽しそうに歩いてくのを、よく見かけた
通りすがる時に、手を振ってくれるヒトもいて
私が手を振り返すと、笑ってくれる
研究所にはたくさんのヒトがいるんだって、ワクワクしてた
お勉強が一段落したら、私もあっち側にいけるの

もし足を止めて見入っていたら、ハッと思い出す
まるで映画か何かの記録を見てた気分だわ
埋もれかけの身体を力強く動かして、前へ
光の花弁をひとつずつ掬って進みましょ

だって私、もうガラスの向こう側を自由に歩けるの
ヒトのいなくなった魔導研究所で
今は誰も、あの廊下を通ってくれないけど



「ほんと、お星さまみたいね!」
 翠の瞳をきらきらと煌めかせながら、ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)もまた、空から降る星を眩しげに見上げて。
 はらり、はらはら、そよぐ風さえも世界の終わりに呑まれてしまえば、花たちは真っ直ぐに落ちることしか出来なくなってしまうのだろうか。
 取り留めもなく、そんなことを考えながら。ホーラは舞うひとひらを掌に招き、そっと覗いてみる。
「私の目には、どんな想い出が視えるのかしら?」

 ――すると、淡いひかりが瞬いて、ホーラを見覚えのある風景が包み込んだ。
 懐かしい景色。そこは、かつてホーラが住んでいた部屋だ。
 透明なガラスの向こうへと視線を向ければ、通り過ぎていくいくつもの人影がある。
 あの頃のホーラはいつも部屋のガラス越しに、色んなヒトが楽しそうに歩いていくのを見かけていた。
 気難しい表情のおじさまは、偉い人。
 おどおどと背を縮こませながら歩く少年は、新しくここにやってきた子。
 その子が突然、後ろから歩いてきた――小柄だけど姉御肌な女性に背を叩かれて、揃ってホーラを見つめてくる。
 彼女が手を振ると、少年もまたぎこちなく手を振り頭を下げて。
 ホーラが会釈と共に手を振り返すと、満面の笑みを覗かせる女性の隣で、少年はどこかほっとしたように息をつくのが見えた。
 ――そこは、ホーラが生まれ、暮らしていた魔導研究所。
 ここにはたくさんのヒトがいる――それを思うだけで、ホーラの心はわくわくと弾むばかりだった。
(「お勉強が一段落したら、私もあっち側にいけるの」)
 ガラス越しじゃなく直接逢って、彼らと言葉を交わすことが出来る。
 それが楽しみで、ホーラはそのためにたくさん勉強をしたのだ。

 暫し、足を止めて目の前の光景に見入っていたホーラは、不意にはっと我に返る。
 懐かしい部屋の風景は、いつの間にか元の――滅びゆく世界の寂しい景色に戻っていた。
「……まるで、映画か何かの記録を見てた気分だわ」
 花弁に埋もれかけた両足をぐぐっと引き抜いて、路を作っている花たちを踏みしめるように力強く足を動かしながら。
 頭や肩に積もった花びらは優しく払い、それから、ひとつずつ光の花びらを掬いながら、ホーラは前へと進んでいく。

 ホーラが今いるのはあの研究所ではない、別の世界だ。
 今のホーラは、かつての自分が願ったとおりにあの部屋を出て、ガラスの向こう側を自由に歩くことが出来ている。
 ――もう、あの魔導研究所には気難しいおじさまも、恥ずかしがり屋の少年も、お姉さんのようだった彼女も、誰も居なくて。
 今は誰も、あの廊下を通ってはくれないけど――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユニ・エクスマキナ
きゃー!
空から何かが落ちて…うわぁ、キレイ!星の花びらみたい!
写真撮ろうっと(スマホ構えて
…む、真っ暗で何もわからない
仕方ない、諦めよう

この花弁って触っても大丈夫かな?(そっと手を差し出し
ひらひらしててうまく捕まえられない…っ
あれ?
今、何か視えた、ような…
うーん、ユニ調子悪いのかなぁ
昔は何でも出来たんだけどな
望むままに願うままに
イメージ通りに身体が動いたんだけど
ユニを『創って』くれた人が『指示』した通り何でも出来たんだけど
もう『彼』の顔もよく覚えてないけど逢えばわかるかな

もしかして、そこにいる!?
ごめんね
ユニ、ポンコツになっちゃった
旧式だからかな
一人だと何もできないの
でも頑張るから
応援しててね



「きゃー! 空から何かが落ちて……うわぁ、キレイ! 星の花びらみたい!」
 転送された先に降り立った瞬間から、ユニ・エクスマキナ(ハローワールド・f04544)は薔薇色の瞳をきらきら輝かせてながら声を弾ませていた。
 はらはらと零れ落ちる星のような光の花。
 雨のように降ってくる――滅びゆく世界の欠片。
「写真! 写真撮ろうっと!」
 ユニはスマホを取り出し、しっかりと構えて――それから、む、と小さく眉を寄せた。
 撮影モードの液晶画面は明滅する光を捉えてはくれるものの、ユニの瞳に映る夜までは読み取ってくれていないよう。
「真っ暗で何もわからないのねー。仕方ない、諦めよう……」
 しゅんと眉を下げつつスマホを仕舞い、改めてユニは目の前に広がる光景を見やる。
「この花びらって、触っても大丈夫かな?」
 ひらり、はらり、まるでユニが伸ばした手をくすぐるように零れ落ちていく小さな光たち。
「むむ、うまく捕まえられないのね……っ、……あれ?」
 ぱちり、と瞬いた瞳に、“何か”が映ったような気がして――ユニは瞬きを繰り返す。
(「今、何か視えた、ような……」)
 それは揺らぐ花弁が見せた幻だろうか。
 だが、目を凝らしてもそれらしき“何か”はどこにもなさそうだった。
「うーん、ユニ調子悪いのかなぁ。……昔は、何でも出来たんだけどな」
 今ではない、いつか。
 その時代の最新鋭の技術で生み出されたユニは、望むままに、願うままに、思い描く――イメージする通りに身体を動かすことが出来た。
 ユニを“創って”くれた人が“指示”した通りに、何でもこなすことが出来た。
(「もう“彼”の顔もよく覚えてないけど……逢えばわかるかな」)
 次の瞬間。
「あっ!」
 花の雨の向こうに揺らいだ人影に、ユニは大きく瞬いて。
 駆け出そうとした足がもつれている間に、人影がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「もしかして、そこにいる!?」
 人影は答えない。だが、どこか懐かしい気配を感じたユニは、思わず声を上げていた。
「ごめんね、ユニ、ポンコツになっちゃったの。もう、あなたのこともよく思い出せないの。あっ、でも、見た目は少し新しくなったから、あなたもユニのこと、ユニだってわからないかもしれないけど……」
 混乱する思考回路を何とか落ち着かせようと深呼吸などしながら、ユニはぽつぽつと溢れる思いを紡ぐ。
「ユニ、旧式だからかな。一人だと何もできないの。身体も思ったように動かなくて……」
 しょんぼりと俯くユニの頭に、大きな手のようなものが触れる感覚があって。
 優しく撫でてくれる手に少しだけ目を閉じると、不思議と胸の内にあたたかな光が灯ったように感じた。
 再び目を開けた時には、目の前にいたはずの“誰か”の姿は、もうどこにもなくて。
 けれど、ユニはどこかすっきりとしたような満面の笑みを覗かせた。
「来てくれてありがとう。もう大丈夫なのね。ユニ、頑張るから。応援しててね!」
 そうして、ユニは花降る路を辿っていく。
 どれほどの時を経ても変わらぬ想い。それを、しっかりと胸に抱きながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
花の代わりに…
世界が散っているの、ですか

大切な、想い出…
降る花弁で、浮かぶのは姉様の笑顔…

姉様は表情豊かで…中でも、よく笑って居ました
笑う事も出来ない私の、お手本のように

私が捕らわれる部屋の中
内緒話の様に、楽しそうに笑って
里の外に恋人が居るのだと、まだ玩具の指輪を見せてくれて
いつか、此処から連れ出してやる、と
もう少しの辛抱で、こんなに楽しい事が待ってるぞ…と
本でしか知らない、本にも載らない
様々な外の話と姉様の笑顔が…
きらきら宝石のような希望に満ちた時

…何一つ、叶わなかった事も、思い出して…
涙は零れるけれど、振り切って走り抜けましょう

…花が想い出を見せるのは
コノエのすずへの想いにも、感じますね…



 深い夜色に染め上げられた世界。
 空を舞う無数の花びらは、綻び、ほどけてゆく世界の欠片。
「花の代わりに……世界が散っているの、ですか」
 ほのかな煌めきを抱く花たちは泉宮・瑠碧(月白・f04280)の元にも等しく静かに降り注ぎ、胸の裡をあたたかな光で染め上げてゆく。
(「大切な、想い出……」)
 優しく降り続ける花の中に、瑠碧は掛け替えのない、もう二度と逢うことの叶わない、ただひとりのひとを視る。
「姉様……」
 その変わらぬ笑顔に、瑠碧の深い青の瞳が悲しげに揺れた。

 太陽のようなひとだった。
 表情が豊かで、中でもよく笑うひとだった。
 笑うことが出来ない瑠碧の分まで笑って、こうやって笑えば良いんだと、教えてくれているかのようだった。
 本当に、笑顔が良く似合うひとだった。
 ――けれど、同じように笑うことは、瑠碧には出来なかった。

 瑠碧が独りきりで閉じ込められていた、昏くて冷たい部屋の中。
 初めて出逢ったあの日から足繁く通ってくれていた彼女はある日、はにかむように微笑いながら玩具のような指輪を見せてくれた。
 そして、内緒話のように声を潜めて、里の外に将来を誓い合った相手がいるのだと教えてくれて、
『いつか必ず、此処から連れ出してやる。もう少しの辛抱だ』
 そう、約束をひとつ与えてくれた。
 本でしか知らない、あるいは本に載ってさえいない、外の世界の様々な話と、何よりも彼女の笑顔は。
 それらはどんな宝石よりもきらきらと輝いて、希望に満ち溢れていた。
 彼女が居てくれたら、怖いものなど何もなかった。

 ――だが、伸ばした手は届かず、その先に続くはずだった未来は絶たれて。
 約束も果たされることはなく、あの時願ったことは何一つ叶えられなかった。
 彼女はもう、何処にも居ない。
 瑠碧の元には深い悲しみと後悔ばかりが残り、今でも心を苛む罪悪感に、両の瞳から溢れた雫が零れ落ちる。
(「どうして、姉様ではなく、“私”が……」)
 滲む視界をそっと拭って、それでも止まらぬ涙はそのままに、瑠碧は降り続ける花の雨が次々に浮かび上がらせる記憶を振り切って駆け出した。

 静かに終わりを迎えようとしている、ひとつの世界。
 花が舞う世界の中心にいる、妖怪の少年と骸魂の少女。
 世界の欠片である花びらが、輝くようなうつくしい想い出を見せるのは。
(「これは、まるで……」)
 ――まるで、少年の少女への想いのようにも、瑠碧は感じた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティーシャ・アノーヴン
風花(f13801)さんと。

未だに彼女の夢を見ます。
姉妹のように仲良く育ち、共に森の中を冒険した夢を。
外の世界を見てみたいと、掟に背くことを恐れなかった彼女の夢を。

だから、貴方が来るのは解っていました。
だから、敢えて花の雨を受けました。
・・・本当は貴方と二人で、外の世界を旅するはずでしたのに。
貴方とのあの森での小さな冒険の数々は、未だに胸を焦がします。
貴方は間違いなく、私の最高の友達でした。

だから、会いに来ました。
貴方に見えるでしょうか。私の今のパートナーが。
それを伝えたくて。心配性な貴方だから。
これが幻覚でも、貴方に。

私は行きます。
貴方には、きっともっと、ずっと先になれば会えるでしょうから。


七霞・風花
ティーシャ(f02332)と

花の欠片があめあられ、ですね
私にはあまり、そういった……大事な思い出というものは強くないのですが
それでも、少しばかり心を揺らされる事はたしかで

今はもうない
帰る事も出来ない
会う事も、出来ない
そんな相手はたしかに存在していて
だけれども、ええ

私は今を楽しく生きていますので
花たちが見せてくれる想い出は、ありがたくいただきましょう
ずっと心に秘めていては、いずれ色褪せ忘れてしまうものを
こうして、色鮮やかに思い出させてくれるのですから

いつか……報告できるといいですね
私がどうやって過ごし、何を楽しみ、日々を生きているのかを
だからそれまでは、胸の中に



「花の欠片があめあられ、ですね」
 七霞・風花(小さきモノ・f13801)自身には、いわば大事な想い出として思い返すようなものはそう多くはない。
 大事だったと思うほど、想いそのものが強くないとも言えるだろう。
 それでも、風花にも空から降る儚い花の――世界の欠片の姿には、少しばかり心を揺らされるのは確かで。
 風花にとってのきらきら――しているかはわからない、いつかの彼女が生きていた場所。
 今はもう、何処にもない。
 だから、帰ることも出来ないし、逢うことも――出来ない。
 風花にも、そういった相手は確かに存在していて。
「……だけれども、ええ」
 小さく頷いて、風花は降る花をそっと振り払う。
「……私は、今を楽しく生きていますので。あなたたちが見せてくれた想い出は、ありがたくいただきましょう」
 きっと、ずっと心に秘めていたら。
 いずれ色褪せて忘れ、失われてしまっていただろう記憶を。
 それを、こうして目の前に、色鮮やかに描き出してくれたのだから。
「ああ、いつか……報告できるといいですね」
 光舞う空をぼんやりと見上げながら、風花はふと零す。
 別れたあの日から、風花がどうやって過ごし、何を楽しみ、そして、たくさんの彩りに溢れる日々を生きているのかを。
 少しくらいは胸を張って伝えられるような、そんな気がするから。
 ――だからそれまでは、胸の中に。

 風花をいつものように肩に乗せて歩んでいたティーシャ・アノーヴン(シルバーティアラ・f02332)は、降る花の雨にひとりの少女の姿を見ていた。
 何時も、何処に行くのも一緒で、本当の姉妹のように仲良く育った彼女。
 森の外に広がる世界を見てみたいと、厳格な掟に背くことを恐れなかった幼馴染。
 ティーシャは今でも、“彼女”の夢を視る。
「……だから、貴方に逢えると思っていました」
 それは、幼いティーシャにとって何よりも輝かしい想い出で。
 だからこそ、彼女が現れるだろうとわかっていた。
 ゆえに、ティーシャは甘んじて降る花の雨を受け止めたのだ。
「……本当は貴方と二人で、外の世界を旅するはずでしたのに」
 叶わなかった願い。それを口にすれば、ティーシャの紫水晶の瞳が悲しげに揺れる。
 あの時と変わらぬ姿で、変わらぬ笑顔で、彼女はティーシャを見つめている。
 あの時から時間が止まってしまった彼女と、時を経て大人になった自分。
 大きくなったね、と彼女は言うだろうか。
 いつものように、笑ってくれるだろうか。
 そっと伸ばした手はすり抜けてしまって、そこに在るのは確かに幻なのだと実感する。
 それでも、ティーシャには彼女に、どうしても伝えたいことがあった。
「……貴方とのあの森での小さな冒険の数々は、未だに胸を焦がします。貴方は間違いなく、私の最高の友達でした」
 幻の少女はうんうんと大きく頷いて、何かを言うように口を開くけれど、その声は“生きている”ティーシャには届かない。
「だから、貴方に会いに来ました。紹介したい方がいるんです」
 ティーシャがそっと示すのは、肩口で翅を休めているフェアリーの少女。
「貴方に見えるでしょうか。私の今のパートナーが」
 きっと心配しているだろうから、どうしても伝えたかったのだ。
 風花の姿に目を瞬かせた少女が、静かに近づいてくる。
 彼女の背の高さに合わせるようにそっと屈んでやると、伸ばされた幼い手が風花を撫でるように動いた。
 実際には触れることは出来ないけれど、まるで、よろしくねと伝えてくれているような気がして。
 風花もまた、触れぬくすぐったさに小さく肩を揺らしながら、そっと頭を下げて返す。
 決して叶わぬことのなかった邂逅が、目の前で叶っている。
 ティーシャはこみ上げてくるものをそっと拭いながら、震える声で幼馴染の少女に告げた。
「……私は、行きます。貴方には、きっともっと、ずっと先になれば会えるでしょうから」
 だから、どうか。それまで待っていて下さいね。



「可愛い方でしたね、ティーシャさんのかつてのパートナーさん」
「そうですね、でも、風花さんもとても可愛いですよ」
 花舞う路を歩みながら、取り留めのない言葉を交わして。
 二人は、滅びゆく世界の中心に待つ骸魂の元へ向かうのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
綺麗ネ、埋もれてもイイと想う位に

降る花弁を軽く払い除けながら
記憶には無い想い出への期待と、もし何も見えなかったらという不安
不思議ネ、どんなバケモノと戦うより勇気がいるわ
ケドどこかで、きっと分かっていた

岩場の海岸、寄せる波と空色映し広がる海原
沈む陽と染まる空が鏡映しのように境目なく世界を染めて
幼い足で岩間を跳ねるように歩けば、物陰や遠くから自分を呼ぶ誰かの声

そうコレはあの人が語ってくれた情景
なのにソレを、自分の事のように感じるのももう幾度目か
だとしたらこの記憶は一体誰のモノで、自分は誰?

顔に掛かる花弁を払い、強く歩を進める
考えるのは後にしましょ
確かにあった幸福の記憶だってコトは、分かったのだから



 はらり、はらりと、花となって零れ落ちてゆく世界の欠片が降り積もって、地面に路なき路をつくり出していた。
「……綺麗ネ、埋もれてもイイと想う位に」
 思わず零れた、感嘆の息。
 どこか眩しげに見上げた先にふわりと舞った花弁を軽く払い除けながら、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は花弁が作り出した光の路を辿っていく。
(「……何が見えるのカシラ?」)
 緩く目を細めながら徐に空へ手を伸ばし、花弁を受け止めたコノハの胸裡を満たすのは、記憶にはない想い出への期待と、もし何も見えなかったらという不安。
「不思議ネ、どんなバケモノと戦うより勇気がいるわ。……ケド、」
 ――何処かで、きっと分かっていた。

 伏せた目を開いた時、とある岩場の海岸に、コノハはひとりで立っていた。
 打ち寄せる波が大岩にぶつかって飛沫を上げる。
 遥か遠くを見渡せば、空色を映してどこまでも広がる大海原が水平線の彼方まで続いている。
 沈む陽と染まる空の焼けるような赤が、境目なく世界を染めてゆく。
 世界の欠片である花弁が見せる追憶の風景だというのに、目に映る色彩も耳に届く音もやけにリアルで。
 理由もなく弾む心のままに、幼い足で岩間を跳ねるように辿ってゆけば、物陰、あるいは遠くから、己を呼ぶ誰かの声が聴こえた気がした。
 どこか懐かしさを覚えるその声に、コノハの瞳が心なしか和らぐ。
 声のした方に目を向ければ、そこには――。

 ――けれど。
(「……そう、コレはあの人が語ってくれた情景」)
 あの人から聞いた話なのだ。だから、目の前に広がる風景も、己を呼んだ誰かも、コノハ自身が実際に見たものでもなければ、聞いたものでもない――はずなのだ。
 ――なのに、これらを己自身のモノであるかのように感じるのは、もう幾度目だろうか。
 コノハが知るはずのない、記憶。
 だとしたら、この記憶はいったい誰のモノで、
「――自分は、誰?」
 ぽつり、落とされた言の葉に返る答えはなく。
 空からは変わらず、ちいさな光の花が降り続けている。
「……なーんて、ネ。考えるのは後にしましょ」
 コノハは小さく肩を竦めると、顔に掛かる花弁を払い、強く歩を進めて。
 今は何よりも、この優しく消えようとしている世界の滅びを、食い止めなければならないのだから。
 ――けれど、コノハの胸の裡に綻び咲いたいつかの光景。それは、
(「確かにあった幸福の記憶だってコトは、分かったのだから」)
 今はただ、それだけで――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
崩れる月と星
はらはら舞う花弁
触れたら、
世界は歪み出す

いつかの夜、頭上に星々
遠くに見えるは、銀鼠の髪
それは、まるで星のように輝いて
振り返った少女は青藍の瞳に、涙を、

…──なんで、

見覚えのない筈の彼女
だけど、胸が、痛くなる

泣いてほしくなかった
いつも笑っていてほしかった

なんで、こんなことを考える?

俺は、知ってるのか
あの子を、知ってるのか

消えた記憶の中に彼女は居たのか

それを問うても答えは返らない
自分の中に、その記憶はないのだから

ふと気付けば、いつの間にか
膝まで花弁が降り積もっていた

このまま立ち止まってたら溺れるか

花弁を退けて先へ進む
歩みを止める訳にはいかない
いつまでも想い出には浸れない

ただ、願わくば、



 崩れる月、零れる星。
 はらはらと舞う花びらは、ほつれた世界の欠片。
 手を伸ばし、触れたその瞬間。
 ――波瀬・深尋(Lost・f27306)の世界は歪み出す。

 それは、いつかの夜。
 見上げれば今にも降ってきそうな満天の星。
 目を凝らせば、遠くに小さな人影が見える。
「……誰だ……?」
 そこにいたのは、星のように輝く銀鼠色の髪を靡かせている少女。
 星空へと向けられていた眼差しが、深尋の気配に気づいて振り返った。
 ――少女は青藍の瞳に、涙を、

「……――、なんで、」

 深尋には見覚えがない――筈の、少女だった。
 なのに、どうしてか胸が痛くなる。
 駆け出して、その手を取って――。
 なのに足も身体も動いてはくれなくて、開きかけた口は何も紡げずに。
 ただ、見ていることしか出来なかった。

 泣いてほしくなんかなかった。
 いつも笑っていてほしかった。
 ――いつも、

「……なんで、こんなことを考える?」
 思わず、深尋はそう口にしていた。
 ――きらきらした記憶を見せるという、世界の欠片の花たちが深尋に見せた光景。
 それは、覚えていなくとも、自分のものだとわかるのだという。
 知らないはずなのに、目の前に鮮明な色彩を伴って現れた少女。
「ああ、俺は、知ってるのか。……あの子を、知ってるのか」
 消えてしまった記憶の中に、彼女は存在していたのだろうか。
 どれほど胸の裡に問いかけたところで、望む答えは返らない。
 何故なら、深尋自身の中にはもう、その記憶が存在しないのだから。
「……嗚呼、」
 伸ばした手が無意識に、胸元に煌めく“星”を握り締める。
 夜色の眸が鋭さを増し、己を取り巻く今を映し出す。
 気づけば、いつの間にか、降り積もった花びらが膝の辺りまで届いていて。
「このまま立ち止まってたら溺れる、か……」
 深く息を吐き、雪のように積もった花弁を退けながら、深尋は先へと進んでいく。
 たとえ世界が滅びても――否、それを止めるために此処に居るのだけれど――歩みを止める訳にはいかないのだ。
 それに、何時までも想い出に浸ってはいられない。
 思い出そうとしても思い出せない、初めから何処にも居ないかのように――けれど胸にちくりと刺すような痛みを与えてくる、焦がれるような記憶の欠片。
 同じ空の下に今も生きているのかさえ、わからないけれど。

 ――ただ、願わくば、
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
――なんて、美しい
これが世界が滅ぶ、その始まりだと理解していても
目の前の光景の美しさに、そう呟いて

花弁を避ける事も無く、歩みを進める
目の前に映し出されるのは、幸福な記憶

幼い頃、母と共に歌い、兄と共に遊び
父と呼んだあの人に、守られていた

例えその記憶を失っても
教会で共に育った家族との生活は満たされていた

空を見上げれば、まるで私の代わりに泣いているようで
痛む心に、思わず足を止めそうになる己を咎める為
耳飾りの感触を指で確かめる
――何の為に戦うと決めたのか、思い出しなさい

もう二度と、罪無き者の命が奪われないように
何も出来ず、ただそれを見ているだけの存在のままでいない為に
そして

――いつか、あの人を殺す為に



「――なんて、美しい」
 ひとつの世界が滅びようとしている、その始まりだと理解していても。
 ティア・レインフィール(誓銀の乙女・f01661)は目の前の光景の美しさに思わずそう呟かずにはいられなかった。
 満ちていた月も、瞬く星も、静かに端から綻んで、淡い輝きを纏う花となって降り続けている――終わりゆく世界。
 そっと足を踏み出したティアは、花びらの淡い煌めきをその身に受けながら静かに歩みを進めていく。
 すると、ふわりと舞ったひとひらが、ティアの藍の瞳に幸福な記憶を映し出した。

 ――それは、ティアがまだ幼かった頃のこと。
 母と共に歌を歌い、兄と共に学び遊んで、そして、父と呼んだあの人に守られていた。
 穏やかな日々。優しい想い出。
 よみがえる皆の笑顔は、あの頃と変わらぬまま。
 たとえ、その記憶を失ったとしても。
 教会で共に育った家族との生活は、多くの幸せで満たされていた。

「……私の代わりに、泣いてくださっているのでしょうか」
 空を見上げれば、ほのかな輝きが一面に舞っている。
 どこまでも穏やかで優しい光に、ティアの瞳が悲哀の色で満たされていく。
 己を厳しく律し、涙を流すことさえ禁じているティアには、花たちの淡い煌めきが、まるで涙のようにも思えたのだ。
 そのやさしい光に胸が、心が痛むのを感じて、ティアは思わずその場で足を止めてしまいそうになるけれど。
 そんな己を咎めるために、伸ばした手で耳飾りに触れた。
 母の形見である青の雫石と、義弟の形見である銀のカフス。
 戒めであり、罪の証でもあるその感触を、ティアはしっかりと確かめ、そして、
(「――何の為に戦うと決めたのか、思い出しなさい」)
 あの日から、今この瞬間に至るまで変わらぬ誓いを新たにする。
 もう二度と、罪なき者の命が奪われることがないように。
 何も出来ぬまま、ただ目の前の惨劇を見ているだけの存在でいないために。
 ――いつしか、前を見つめるティアの瞳には、揺らぐことのない決意の光が灯っていた。

 たくさんの幸福に彩られた記憶の先。
 全てが奪われ、失われたあの日。
 ティアは己の力を、命を賭して戦うと、この手で弱き者たちを救うと決めたのだ。

 ――全ては。
(「……いつか、“あの人”を殺す為に」)
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
避けて行く事も出来る――別たれたあの日の様に、一切振り向く事なく、唯無心で
この厄介な心を思えば、その方が良い
繰り返し在りし日の幻を見せられては決心をつけ――それでも未だ時折覚束無くなりそうな、堂々巡りに迷い込みそうな
――本当、我ながら困った事だ

(…其でも、自ら花弁に触れてしまったのだから)

戦の折に垣間見た記憶よりも前
まだ、あの人が笑顔で生きていた――翳りない、眩い思い出が過る

花の様に笑う人だった
星の様な優しい光を双眸と心に宿して
酷く荒んでいた俺を拾い、その手を放した後までも、道を示し導かんと、背を押さんとしてくれた人だった

…大丈夫
分かってる
だからこそ、止まれない
過去と今を乗り越え、また一歩
先へ



 世界が終わるまで降り続ける花は、望めば避けて進むことも出来るのだという。
 ――ならば。
 世界が別たれたあの日のように一切振り向くことなく、唯無心で前だけを見て突き進めば良い。それだけのことだ。
 そして、呉羽・伊織(翳・f03578)は、それが己にとっておそらくは最善の手であると理解していた。
(「……この厄介な心を思えば、その方が良い」)
 オブリビオンを討つためにこういった場所へ足を踏み入れることは、初めてではなかった。
 様々な手段で猟兵たちの心を陥れようとするオブリビオンたちの手によって、何度も何度も、繰り返し、在りし日の幻を見せられて。
 その度に突き付けられる過去――戻ることも変えることも叶わぬかつての現実と罪の意識に苛まれながらも、心を決めて前を向き、乗り越えてきたというのに。
 それでも、未だ時折覚束なくなりそうで、完全には摘み取れぬ迷いの種が胸の裡で芽吹くことも一度や二度ではなく。
 そうして堂々巡りに陥ってしまっては、その度に伊織は自嘲気味に微笑うのだ。
「――本当、我ながら困った事だ」
 現に今、この瞬間とてそうであった。
 心とは、ひどく難儀なものだと理解っていて。
 それでも、伊織は花びらのひかりに手を伸ばさずにはいられなかった。

 溢れるやさしい光が、伊織を何時かの光景へといざなってゆく。
 それは、戦の折に垣間見た記憶よりも前――まだ、“あの人”が笑顔で生きていた、翳りのない、眩い想い出の光景。

 ――花のように笑う人だった。
 星のような優しい光を双眸と心に宿して、凛と前を、未来を見つめている人だった。
 酷く荒んでいた伊織を拾い、心の在り方を、生きるための知恵を授けてくれて。
 その手を放した後までも、道を示し導かんと、背を押さんとしてくれた人だった。
 過去へと伸ばした手は、届くことはない。それは、伊織も知っている。
 何故なら、今までに十分すぎるほどに思い知らされてきたから。
 けれど、想い出の中のあの人は伊織の記憶に残るそのままの姿で、伊織がよく知る花のような笑みを咲かせて、――そうしてやはり、背を押そうとしてくれているようだった。
 迷うことはない。振り返らず真っ直ぐに、先に進めと。
 声が届いたわけではないのに、不思議と、そんな風に言われたような気がして。
「……大丈夫。分かってる。……心配、かけちまったな」
 だからこそ、あの人を前に立ち止まる訳には行かないのだ。
 過去と今とを乗り越え、伊織はまた一歩、先へと進んでいく。
 その瞳にもう、迷いはなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『口寄せの篝火』

POW   :    甘美な夢現
【対象が魅力的と感じる声で囁く言霊】が命中した対象に対し、高威力高命中の【対象の精神と肉体を浸食する炎】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    怨嗟の輩
【吐き出した妖怪の亡霊】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    蠱惑の怨火
レベル×1個の【口や目】の形をした【魅了効果と狂気属性】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はシエル・マリアージュです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 光る花の雨の下を抜けて、世界の中心へと辿り着いた猟兵たち。
 そこには、花びらの絨毯に座り込む少女がひとり。
 そして、少女の傍らには、たくさんの口や目がついた、赤く悍ましい球体のようなものが付き従っていた。
 悍ましい球体を、慈しむように優しく撫でる少女。
 妖怪の少年コノエは、この球体に喰らわれ、捕らえられている。
 現れた猟兵たちを前に、少女――すずは、毅然と立ち上がった。
「……やっと、あえたの。じゃまをしないで」
 そこにあるのは、純粋な敵意だった。
 説得の類は通じないだろう。既にオブリビオンとなってしまった以上、少女は在るべき場所へ還す――倒すことでしか救えない。
 だが、オブリビオンとなった骸魂を倒しさえすれば、妖怪であるコノエは無事に救出できるだろう。
 コノエは意識を失っているのか、はたまた夢でも見ているのか、猟兵たちの声にすぐに反応を示すことはない。
 だが、何か思うことや届けたい想いがあるのなら、コノエに声をかけることも決して無駄にはならないはずだ。
 あるいは、全力を賭してオブリビオンを撃破するのも一つの手であるだろう。
 如何なる理由があるにせよ、オブリビオンは倒すしかないのだから。
 たとえ、それが、永い時を経て再び巡り合った二人を、引き裂くことになるのだとしても。

 ――いつしか、花の雨は止んで。
 代わりに、ぽつぽつと、蛍のような淡く小さな光が周囲を舞っていた。
「コノエは、あげない……すずはもう、コノエをひとりぼっちにしないって決めたの。だから、こうして、かえってきたのよ……っ」
 訴えかけるように紡ぐすずの声は、微かに震えていた。
 
ティーシャ・アノーヴン
風花(f13801)さんと。

コノエさんの気持ちは解ります。
奇遇にも、似たような経験がありますので。
私は亡き彼女の夢と希望を携えて旅に出ました。
また会えるとしても、それは彼女の夢と希望を全うした後。

だから、コノエさんも。今は貴方の生をしっかりと歩んで下さい。
すずさんとの思い出をしっかり抱いて。
そう。きっと・・・また会えますから。

例え幻影でも、彼女と会えたこと、今度はちゃんと伝えられたこと。
ありがとうございます。
すずさん。貴方ももう少しだけ待ってあげましょう?
大丈夫、いつかきっと会えますから。

風花さん、今回は大鰐霊様ではなく、私が撃ちます。
なるべく二方向から、確実にあの赤い球体のみを狙いましょう。


七霞・風花
ティーシャ(f02332)と

優しいからなぁ、ティーシャさんは
そう思いながらその気持ちを決して否定する気はない
そして、否定する気にもなれない

誰かの想いとはそういうものでしょう
耐えきれず、溢れてしまう事だって、あるでしょう
でも、ね
許される事ではなく、私たちはそれを正さねばなりません

ええ、ではフォローしましょう
しかしながら見ているだけというわけにもいきませんので
一矢で、仕留めます
息を合わせていきましょう、ティーシャさん
私たちで、終わらせてあげましょう……



 ティーシャ・アノーヴン(シルバーティアラ・f02332)は痛ましげに目の前の少女を、そして少年が囚われている赤い球体を見やる。
「……コノエさんの気持ちは解ります。奇遇にも、似たような経験が私にもありますので」
 奇しくも、ティーシャが失ったのも幼馴染であったから。
 だから、すずを失ったコノエがどれほどの絶望と悲しみを抱えながら生きてきたかは、想像に難くない。
 けれど、ティーシャは――おそらくはコノエとは違って、前を向くことを選んだ。
「幼馴染を失った私は、私は、亡き彼女の夢と希望を携えて旅に出ました。……いずれまた会えるとしても、それは彼女の夢と希望を全うした後」
 それにはきっと、途方も無い時間が必要だろう。
 だが、ティーシャは、己の人生をかけて、彼女の夢と希望を――願いを叶えると決めているから。
「だから、コノエさんも。今は貴方の生をしっかりと歩んで下さい。すずさんとの想い出をしっかりと抱いて。そう。きっと……また会えますから」
(「……優しいからなぁ、ティーシャさんは」)
 ティーシャが紡ぐ言葉をいちばん近い場所でで聞いていた七霞・風花(小さきモノ・f13801)は、内心こっそりと小さく息をつく。
 そう、そして風花が思う以上に、彼女は――ティーシャは優しいひとなのだ。
 けれども、彼女の気持ちを否定するつもりは決してない。
 そもそも、否定するという気持ちにならないのが――本当のところではあるけれど。
「コノエはねてるの。おこさないでっ!」
 ティーシャの言葉に怒ったらしいすずが、赤い球体から口や目の形をした炎を踊らせる。
 ――おそらくは。ティーシャの言葉は、確かにコノエに届いているのだろう。
 今やすずとコノエは一体化したも同然の状態であるから、コノエに何かがあればすずにもわかるのだ。
 ティーシャはすぐに守りの障壁を展開させ、炎から己と風花を守る。
「どうして、どうしてじゃまをするのっ! コノエだって、いっしょにいたいって言ってくれた、のに……!」
 まるで駄々っ子のように叫ぶすずに、風花はちらりと視線を向けて。
「誰かの想いとはそういうものでしょう。耐えきれず、溢れてしまうことだって、あるでしょう。……でも、ね」
 すずを真っ直ぐに見つめながら、風花は続ける。
「それは許されることではなく、私たちはそれを正さねばなりません」
 すずが骸魂であり、コノエが今を生きる妖怪である以上。
 たとえどんなに寄り添い生きていた時間があったとしても、“今”はもう、それは叶えられないことだから。
「――すずさん、」
 今にも泣き出しそうなすずに、ティーシャは優しく呼びかける。
「例え幻影でも、彼女と……大切な幼馴染と会えたこと、今度はちゃんと伝えられたこと。ありがとうございます」
「……あなたも、会えたの? すずとコノエみたいに?」
 そっと首を傾げるすずに、はい、とティーシャは微笑んで頷いた。
「ですから、すずさん。……貴方ももう少しだけ、コノエさんを待ってあげましょう? 大丈夫、いつかきっと会えますから」
 今度は骸魂と妖怪ではなく、もっと、違う形で。
「……でも……っ」
 すずは困惑を隠せない様子で、――皮肉にも、それが攻撃の機へと繋がって。
「――風花さん、今回は大鰐霊様ではなく、私が撃ちます」
 そっと告げるティーシャに、風花もこくりと頷いた。
「ええ、ではフォローしましょう。一矢で、仕留めます。息を合わせていきましょう、ティーシャさん」
「はい、風花さん」
 フォローといえどただ見ているわけではないと、ティーシャの肩先からふわりと舞い上がった風花は、オブリビオンの少女を二人で挟むように、ティーシャと反対側へ飛んでいく。
 そして、ティーシャは真っ直ぐに指先を――少女ではなく赤い球体へと向けて、凛と告げた。
「――裁きの光よ!」
 天からの光が降り注ぐ。同時に、風花もイチイの木で作られた長弓を引き、風を纏わせた氷の矢を放った。
「私たちで、終わらせてあげましょう……」
 ティーシャの光が、風花の矢が、双方向から煌めいて赤い球体へと突き刺さる。
 ――るおおおおおおん……!
 球体に張り付いた口が、苦悶の声を上げる。
「う……」
 同時に球体の奥から微かに響いた――その声は、きっと。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

そばに居たって新たな思い出も紡がないでいるのは一人きりであるのと変わらない。

UC月華で真の姿に。
存在感を消し目立たない様に立ち回る。そして可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺攻撃を繰り出す。
時折牽制で柳葉飛刀の投擲も。こちらにもマヒは忘れずに。
敵の物理攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないのは武器受けで受け流しカウンターを叩き込む。
それでも喰らうものはオーラ防御、激痛耐性で耐え、炎は火炎・呪詛・狂気耐性で耐える。

気持ちはわかるけどだからと言って世界が滅んでいいわけじゃない。
例え世界が自分にやさしくなくても、大切な人がいればそれだけで世界は美しい。



 ――たとえ、世界が自分にやさしくなくても。
 大切な人がいれば、それだけで世界は美しい。

「……そばに居たって、新たな思い出も紡がないでいるのは、一人きりであるのと変わらない」
 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)はそう、何処か冷えた声をすずに、そして囚われているコノエに向けると、右手に胡の名を冠する刀を、そして左手には己の本体である黒い刃の大振りなナイフ――黒鵺を携えて、内に眠る本能を呼び起こしていく。
「あまり使いたくないんだがな」
 そう告げた瑞樹の身に、月読尊の分霊が降りた。
 刹那、瑞樹の青い瞳が金色へと染まる。猟兵としての真の姿へと変じたのだ。
 同時に、ナイフの形状を持つ刃であった黒鵺は刀へとその姿を変えていて。
 そして、跳躍。瞬く間に、瑞樹の姿は影に吸い込まれるように見えなくなった。
 存在感を極力抑え、目立たぬように立ち回るのが瑞樹の狙いだ。
 無論、他の猟兵たちの妨げになるようなことをするつもりはない。
 状況をつぶさに見つつ、積極的に攻撃の機を狙っていく――それだけだ。
 痺れ薬を含ませた二振りの刀が舞い、悍ましい炎の目や口を一刀の元に切り捨てる。
 オブリビオンが別の誰かを狙って動くような気配を感じれば、すぐに投擲用のナイフである柳葉飛刀を牽制代わりに投げつけて。
「うっ……!」
 ナイフに塗り込めた麻痺毒が聞いたのだろう、少女が小さく呻き声を漏らした。
 繰り出される敵の攻撃は第六感で感知し、これを見切って躱しつつ、時に己の得物で受け流してから素早く懐に踏み込んで、カウンターの一撃を見舞っていた。
 オーラの守りを重ねれば、燃える炎の熱も感じることはなく。
 しっかりと気持ちを落ち着かせさえすれば、敵が齎す攻撃の痛みも、集う霊たちの怨嗟の声も、瑞樹に深い傷を負わせることはなかった。
「いたい、いたいよう……どうして、すずたちをいじめるの……?」
 訴えかけるようなすずの声に、瑞樹は小さく息をつくと、淡々と告げる。
「そばに居たいって気持ちはわかるけど、だからと言って世界が滅んでいいわけじゃない」
 それは、囚われているコノエにも言えることだ。
 傍に居たい、ただそれだけの願い。
 けれど、それは、一つの世界と引き換えにして良いものでは、決してないのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユニ・エクスマキナ
すずちゃんはもう骸魂であって
昔のすずちゃんじゃないし
このまま二人一緒にいるのが
本当にコノエくんの幸せかといわれると違うと思う
とはいえ逢いたかった人にせっかくもう一度会えたのに
引き離さなきゃいけないなんて…
すごく悪いことしてる気分

…ダメだ、ユニの許容範囲を超えてる
もう限界!
ユニは!骸魂を倒すのが!お仕事!(割り切り

きゃー!炎が!
気持ちを切り替えた途端に!何てこと!
しかも形がなんかキモイ…
逃げ回りうっかり引火したら慌てて消して
でも、ちゃんと見たから!
再生するのねー!
Record & Playで複製した攻撃で仕返し

コノエくん、ごめんね
でも、貴方の大切な思い出の場所は
守らなきゃいけないと思うのね



「すずちゃんはもう骸魂であって、昔のすずちゃんじゃないし……」
 ひとつずつ、少しずつ、さながら指折り数えるように。
 ユニ・エクスマキナ(ハローワールド・f04544)は、頭の中で状況を纏めようと頑張っていた。
「このまま二人一緒にいるのが本当にコノエくんの幸せかといわれると……ユニは違うって思うのね」
 ――けれど。
 永遠の別離というかたちで引き離されて。
 それゆえに、また逢いたいとずっと願い続けていたひとと、世界のいのちと引き換えとはいえ、もう一度巡り合うことが出来た。
 だが、そんな二人を、再び引き離さなければならない。
 そうしなければ、この世界は永遠に“消えて”しまうのだから。
(「なんだか……すごく悪いことしてる気分なのね……」)
 しょんぼりと下がる眉。
 そうして、あれこれうんうんと頭を捻りつつ考えていたユニは――いつの間にやら、ぐるぐる目を回していた。
「……ダメだ、ユニの許容範囲を超えてる。もう限界!」
 ふるふると頭を振って思考を断ち切ると、
「ユニは! 骸魂を倒すのが! お仕事!」
 そう割り切って、ユニは攻撃に転じていく。
「すずちゃん、ごめんねっ……」
 同時に――。
「すずたちのしあわせを、とらないで……っ!」
 すずの傍らに添う赤い球体からごぽりと浮かび上がるいくつもの鮮やかな炎。
 それらは目や口へ姿を変えると、一斉にユニへと襲い掛かった。
「きゃー! 炎がー!」
 ユニをじっと見つめる目の炎と、隙あらば丸呑みしてしまおうかと大きな口を開ける炎。
「きっ、気持ちを切り替えた途端に! 何てこと! しかも形がなんかきもちわるいのねー……あっ、お洋服についちゃっ……きゃー!」
 逃げ回る最中にうっかり引火してしまったら、慌てて消して安堵の息。
 きりりと表情を引き締めて、ユニはすずへと振り返った。
「でも、ちゃんとしっかりばっちり見たから! 再生するのねー!」
 ――Record & Play。
 ユニの朗らかな声と共に、空中に煌めく粒子のディスプレイが現れる。
 そして、ディスプレイに映し出された炎が、すずと、そしてコノエが囚われている赤い球体へ踊りかかった。
「コノエくん、ごめんね。……でも、貴方の大切な思い出の場所は、守らなきゃいけないと思うのね」
 その時、囚われたコノエを案じるように。
 何処から集まってきたのか、いくつかの小さな光が、緩やかに明滅を繰り返し始めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
君が、すずだね
君が胎に抱えているその子――コノエを、返してくれない?

こういう言い方に君は腹を立てるだろうけれど
彼は、“其方側”にいていい存在じゃない
だって彼は未だ、“生きて”いるから
停滞した“今”を過ごす、君とは違うんだ

蛍火漂う空の下
地上に、天体を描こう

君が操る炎は水へと姿を転じた星々が打ち消して
形を保ったままの個体は、直接君を狙い討つ

痛い?
そうだろうね
だって痛くしているから

ねぇ、コノエ
彼女の悲鳴が聞こえるかい
君が彼女の胎で大人しくしている間に
彼女が猟兵に虐げられてしまうよ

大人しく眠ったままで、構わないの?
今度こそ君が、彼女を護らなくて良いのかい?



「……君が、すずだね」
 前へと一歩、歩み出た旭・まどか(MementoMori・f18469)の声に、骸魂たる少女――すずが、きゅっと唇を引き結ぶ。
「君が胎に抱えているその子――コノエを、返してくれない?」
「……いや!」
 すずはいやいやと首を横に振り、コノエを閉じ込めている歪な赤い球体を背に庇う。
 表面についたいくつもの目が一斉にぎょろりと目を剥き、まどかの姿を捉えた。
「こういう言い方に君は腹を立てるだろうけれど、彼は、“其方側”にいていい存在じゃない」
 拒まれるのは承知の上で、まどかは淡々と紡ぐ。
「だって彼は未だ、“生きて”いるから。――停滞した“今”を過ごす、君とは違うんだ」
「どうして? どうして生きているから一緒にいてはだめなの?」
 困惑滲むすずの声にまどかはそれ以上答えず、代わりに“星”を描いた。
 自分たちにしてやれるのは、世界を在るべき形に戻すことだけ。
 そのために、今を生きる少年を救い、過去となった少女を還す――それだけだ。
 ――君の眸にも、星々の煌めきは美しく映るだろうか。
 蛍火漂う空の下、地上に積もった花びらの絨毯を鮮烈な光が舞い上げる。
 翔け抜けた無数の星が描き出した幾何学模様の連なりは、まるで天上の空を写し取ったかのよう。
「やっ……! こないで!」
 咄嗟にすずが踊らせた幾つもの目や口の形をした炎へ、まどかは動じることなく星々を差し向けた。
 幾つかの星はぶつかる寸前で水へとその身を変えて炎を呑み込み。
 一方で残った別の星たちが、一斉にすずの元へと落ちる。
「きゃあああっ……!!」
 星の煌めきがすずの華奢な身体に突き刺さり、あるいは貫いて、その口から悲鳴が零れたなら。
「痛い? そうだろうね。だって痛くしているから」
「やだ、やめてよう……いたい、いたいの……っ」
 すずの悲痛な叫び声が響き渡るが、まどかは攻撃の手を緩めぬまま、歪に蠢く赤い球体へちらりと目をやった。
「……ねぇ、コノエ。彼女の悲鳴が聞こえるかい。君が彼女の胎で大人しくしている間に、彼女が猟兵に虐げられてしまうよ」
 星が踊り、少女を切り裂く。
「大人しく眠ったままで、構わないの? 今度こそ君が、彼女を護らなくて良いのかい?」
 球体の表面をちりりと走る炎は、まるでこちらを威嚇しているかのよう。
 けれど、その内部から。
 ――すず、と。
 少女の名を呼ぶか細い声が、まどかの耳に届いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
そうね
会いたかったわよね
ルーシーが生きてる時間はもっともっと短いけれど
もう会えなくて会いたい人がいるもの
骸魂でも良いから、……って

でも、そうなったらきっと
誰かが止めてくれると思うの
ひとりぼっちでは無いから
今はルーシー達がいるように、ね

両手を広げて亡霊たちを迎え入れる
もうおやすみ
それが出来ないなら、こっちへいらっしゃい
お手伝いしてあげる
破魔と浄化の力を乗せてお返ししましょう

ねえ、コノエさん
起きて
思い出のすずさんは、今のあなたを良しとする?
どうして喪ってしまったのかルーシーにはわからないけれど
あなたが死んでしまったら
あなたの中のすずさんがひとりぼっちになってしまう
そのひとを守れるのはあなただけよ



「そうね、会いたかったわよね」
 ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は腕に抱いたぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、ぽつりと落とす。
 もう一度逢いたいという、ささやかで、けれど永遠に分かたれた世界では決して叶わない願い。
 それに手を伸ばさずに居られなかったコノエの気持ちが、ルーシーにはわかるような気がした。
「ルーシーが生きてる時間はもっともっと短いけれど、もう会えなくて会いたい人がいるもの。骸魂でも良いから、……って」
 それが世界に望まれぬ形であったとしても再び巡り会えたのなら、ルーシーもきっと手を伸ばしてしまうだろうから。
「でも、そうなったらきっと誰かが止めてくれると思うの。ひとりぼっちでは無いから。今はルーシーたちがいるように、ね」
「だめよ、だめっ。おねがい、コノエを、とらないでっ……!」
 いやいやと首を横に振るすずを守るように、コノエを閉じ込めた赤い球体、その表面に飾られた口から吐き出された亡霊の群れが、怨嗟の声を上げながらルーシーへと迫る。
 けれど、ルーシーは避けることなくその場に佇んだまま、両手を広げて亡霊たちを迎え入れた。
「もうおやすみ。それが出来ないなら、こっちへいらっしゃい。お手伝いしてあげる」
 群がる亡者の尽きぬ憎悪の念に、こころが鷲掴みにされたような感覚はほんの一瞬。
「うさぎさん、おねがい」
 ルーシーの声に応えるように、腕に抱いていた青いロップイヤーのぬいぐるみから、ルーシーが全身で受け止めた彼らの想いが放たれた。
 怨嗟の想いを祓われ、清められた亡霊たちの魂が、在るべき形を取り戻して空へ還ってゆく。
「……ねえ、コノエさん、起きて」
 赤い球体から向けられる幾つもの眼差しを隻眼で受け止めながら、ルーシーはそっと、中に囚われた少年に呼びかける。
「思い出のすずさんは、今のあなたを良しとする?」
 過去に囚われ、時を止めても尚、共に在りたいと願ってしまったコノエを。
 本当のすずは、はたしてどう思うだろう。
「どうして喪ってしまったのかルーシーにはわからないけれど、あなたが死んでしまったら、あなたの中のすずさんがひとりぼっちになってしまう」
 ひとは死んでしまっても、誰かの想いの中で、記憶の中で生き続けられる。
 きっと、妖怪だってそれは同じはずだ。
 たとえ、ここで共に終わることがコノエの心からの望みだとしても。
 ルーシーは、彼の中にいる彼女をひとりぼっちにしてほしくはないと思う。
「あなたの中にいるすずさんを守れるのは、コノエさん、あなただけよ」
 だって、ルーシーもそうなのだ。
 もう逢うことが叶わない、それでも逢いたいと願うひとは、確かにルーシーの中に居る。
 もう逢えないそのひとを忘れずに覚えていられるのは、守れるのは、ルーシーだけだと――知っているから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
そりゃあ邪魔ナンてしたくないわヨ
でもね、かえってきた時点でもう「すず」じゃあナイもの

また会えたならオレもきっと、今の何もかもを捨ててしまう
ケド死は全ての終わり、決して覆らない
だから奪ってしまったあの人の時間の分も生きて
見たモノ感じたモノ全部あの人に伝えなくちゃいけない
コノエ、アンタにも
これまでちゃんと生きてこれた、理由があるンでしょ

【天片】展開
襲う炎の軌道*見切り、薄暮色の花弁で包み込んで狂気ごと*捕食しましょ
魅了ならとうに、*傷口抉ってその*生命を吸収し尽くしたい程

ねぇコノエ
寂しい想いで、それでも生きてきた時間を
すずと過ごし、すずを失ったこの世界を
全部、過去に唆されて壊してしまってもイイの?



「……そりゃあ邪魔ナンてしたくないわヨ。でもね、かえってきた時点でもう“すず”じゃあナイもの」
 一度終わってしまった命が、どんな形であれ再びかえってきたのだとしたら――それは、自分たちが在るべき場所へ還さなければならない、“過去”に他ならない。
 研ぎ澄まされた鉱石のナイフを手に、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は小さく肩を竦めて告げる。
 コノハにも、逢えるならまた逢いたいと願う人はいる。
 だから、永い時を経て二人が再会を果たしたことは、喜ばれるべきことであればいいとさえ思うのだ。
 ――けれど、歪められた形での再会は、そうではない。
 ふと脳裏に浮かんだ人の姿に、コノハは小さく息をついた。
(「また会えたならオレもきっと、今の何もかもを捨ててしまう、……ケド」)
 薄氷の瞳も、紫雲に染めた髪も。
 ――“あの人”が戻ってきたら、今の“コノハ”を形作るものの全ては、必要のないものだから。
 けれど。死は全ての終わりで、決して覆らないものだとコノハは知っている。
 だから、どんなに願っても、あの人に再び逢うことは決して叶わない。
(「……だから、奪ってしまったあの人の時間の分も生きて、見たモノ感じたモノ全部あの人に伝えなくちゃいけない」)
 それが、今のコノハにとっての生きる理由であり、コノハが“コノハ”として存在している、意味だ。
「ねぇコノエ。寂しい想いで、それでも生きてきた時間を。すずと過ごし、すずを失ったこの世界を。……全部、過去に唆されて壊してしまってもイイの?」
 たとえ姿形が、魂が、本当にコノエの知る“すず”――そのものであったとしても。
 その本質はオブリビオンへと変貌しており、捨てられた過去を受け入れることは、そのまま世界の崩壊に繋がってしまうのだ。
 コノハの手に握られたナイフが綻び、空色の風蝶草の花びらとなって暗闇に覆われた空に舞い上がる。
 咄嗟に身を挺したすずの後方、コノエを囚えた赤い球体から、天の欠片のような色彩宿す花弁を喰らうべく幾つもの炎が放たれた。
 炎は目や口の形を取ってコノハを襲うが、その軌道をコノハは的確に見切ると、薄暮色の花弁で包み込んで狂気ごと逆に喰らってゆく。
「嗚呼、美味シ」
 ――傷口を抉って命を吸い尽くしたい程には、とうに揺らぐ怨火の輝きに魅了されていたが、コノハは何時も通り本能の赴くままに喰らうだけだ。
 すずをちらりと見やってから、コノハは歪に蠢く赤い球体へと目を向けた。
「コノエ、アンタにも――これまでちゃんと生きてこれた、理由があるンでしょ」
 だからきっと、これから先も。
 その“理由”を抱いて、生きていけるはず。
 ――彩りを、
 コノハが落とした声に応えるように、再び舞い上がった空色の欠片が、コノエを閉じ込めている赤い球体を包み込んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
別れは、
記憶を失うことに似てるかも知れない

──ミカゲ、準備は良いか

短剣を握る手に力を込めて
息を吸って前を見据える
二人を引き裂く覚悟は、もう出来た

なあ、コノエ、起きてるだろ

お前は世界を壊しかけてる
二人が一緒に過ごした場所を
たくさん思い出がある、この世界を
壊して良いのか、良くないだろ

俺には記憶がないから
大切な人も所も物も、ないけど

思い出すのは先程の光景

泣いてほしくないなら、
いつも笑ってほしいのなら、

赤い球体に狙いを定めて青い炎を放つ

すず、コノエを離そうか

お前らは俺と違って
相手のことを覚えておけるだろ

星のように降る炎
淡い光を喰らい尽くして

そうして、

本当にコノエが死んだとき
あたたかく迎えてやれよ、すず



 別れは、記憶を失うことに似ているかも知れない。

「──ミカゲ、準備は良いか」
 二人を引き裂く覚悟は、もう出来たから。
 短剣を握る手に力を込めて、波瀬・深尋(Lost・f27306)は息を吸い、確りと前を見据える。
 応えるように、青白い炎が揺らめいた。
「なあ、コノエ、起きてるだろ。……お前は、世界を壊しかけてる」
 深尋が静かにそう告げると同時、赤い球体から向けられた幾つもの眼差しに、威嚇するようにミカゲの炎が膨れ上がる。
 それには構わずに、深尋は淡々と続けた。
「二人が一緒に過ごした場所を、たくさん思い出があるこの世界を、壊して良いのか、良くないだろ」
 深尋の脳裏に、先程見た光景が蘇る。
(「……俺には記憶がないから、大切な人も所も物も、ないけど」)
 知らないはずの少女の涙が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
 きっとあの涙を見た時、自分は後悔したはずなのだ。
 あの子に涙を流させてしまったこと。
 それを止められなかったこと。
 ――だが、それ以上に。
 その記憶自体を忘れてしまったことが、深尋はひどく苦しくて、もどかしかった。
「泣いてほしくないなら、いつも笑ってほしいのなら。……どうすればいいか、ちゃんとわかるはずだろ」
「でも……」
「すず、コノエを離そうか」
 迷うような少女をちらりと見やると、深尋は赤い球体に狙いを定め、青い炎を放った。
 待ちかねたかのように躍り出たミカゲの炎が星のように降り注ぎ、すずとコノエを守るように現れた亡霊を喰らい尽くしていく。
 そして、コノエを囚えていた赤い球体――オブリビオンそのものの片鱗も。
 囚われていたコノエの姿が、ようやく顕になった。
「お前らは俺と違って、相手のことを覚えておけるだろ」
 だって、覚えていたからこそ――二人は望まれぬかたちだったとしても、こうして再び巡り会えたのだから。
 すずを喪ったコノエが、これから先もまた、その痛みを、想いを抱えて生きていかなければならないのだとしても。
 それでも、彼女が生きた証を――共に紡いだ想い出を失くしてしまうよりは。
 忘れて、永遠に失われてしまうよりは、ずっといい。
 ――そうして、いつか、遠い未来の果てで。
「本当にコノエが死んだとき、あたたかく迎えてやれよ、すず」
「……すずは、」
 少女の瞳が、迷うように少年へと向けられて。
「……おれ、は、」
 そして、少年の瞳が静かに開かれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
…コノエの、喜びは…分かります
…でも、私なら…
死から戻り、傍に居て欲しいとは、思えないのです…

…コノエ、すず
優しい想い出を持つ、君達は…
一緒に見た蛍が居る、この世界が滅んでも、構わないですか
悲しい決意を抱えたままで、嬉しいですか

本当に大切なら…
コノエは、自分の後悔ですずを縛ってはいけないと、思います

すずも、これが正しいとは、思っていない様な…
今、ひとりぼっちなのは…すずの気がします

すず、想いはきちんと、伝えましたか?
コノエの中に息衝けば…離れても、一緒に居られる筈だから

私は祈りと浄化を籠めて夢幻包容
妖怪の亡霊も等しく、安らかに眠れる様に

君達が…この先、寂しくない様に
どちらの後悔も、癒えます様に



 二度と逢えぬと思っていた、すずとの再会。
 コノエがどれほど喜んだかは、想像に難くない。
(「……でも、私なら、……」)
 死から戻ってまで傍に居て欲しいとは、思えない――。

「……コノエ、すず」
 泉宮・瑠碧(月白・f04280)は静かに二人の名を呼んだ。
 瑠碧の声に顔を上げるすずを、そして、今まさにオブリビオンの手から解き放たれたばかりのコノエを。
 それぞれ交互に見やってから、瑠碧は再び口を開く。
「優しい想い出を持つ、君達は……一緒に見た蛍が居る、この世界が滅んでも、構わないですか。悲しい決意を抱えたままで、嬉しいですか」
 確かめるように、一つずつ、瑠碧は問いを重ねてゆく。
「本当に大切なら……コノエは、自分の後悔ですずを縛ってはいけないと、思います」
「……おれの、後悔……」
 コノエの、まだどこかぼんやりとした眼差しが瑠碧へと向けられる。
「あなたも、コノエをいじめるの……?」
 すずの悲しげな表情に、瑠碧は胸が締め付けられる心地がした。
 きっとすずも、これが正しいことだとは思っていないのだろう。
 けれど、オブリビオンは、ただそこに在るだけで世界を壊してしまう存在。
 骸魂となり、コノエを呑み込んでオブリビオンにまで成り果ててしまったすずと、すずに囚われながらも命があり、生きているコノエ。
 このまま二人が一緒に居たら、世界だけでなく、すずの手によってコノエ自身までもが壊されてしまう。
 たとえ、二人がそれを望んだとしても。
 それでもやはり、二人はずっと一緒には居られない。
(「……今、ひとりぼっちなのは……すずの気がします」)
 コノエがひとりで遺されてしまったように。
 このままでは、すずがひとりで、永遠に逃れられぬ過去の輪廻に囚われてしまうことになる。
「――すず、想いはきちんと、伝えましたか?」
「おもい……?」
「コノエの中に息衝けば……離れても、一緒に居られる筈だから」
「……だめ……っ!」
 おそらくはオブリビオンの本能的にだろう、吐き出された妖怪の亡霊たちが瑠碧へと襲い掛かる。
 瑠碧は悲しげに瞳を揺らし、そして、祈るように目を伏せた。
 二人が、この先、寂しくないように。
 どちらの後悔も、いつか、癒えるように。
「――其れは夢の銀砂、降るは天蓋、深き眠りの道標……等しく、覚めない夢へと誘わん」
 瑠碧の声に応えふわりと舞った精霊が、浄化の光で亡霊たちを優しく包み込み、眠らせてゆく。
 彼らも等しく、安らかに眠れるように。
 そう願いと祈りを込めながら、瑠碧はすずを、そしてコノエをそっと見つめるのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
ずっと一緒に、ひとりぼっちにしたくない――そう想う心を否定など出来ない
でも、な
そんな想いの果てが、滅びに結び付いてしまうのも、放ってはおけない
全てが壊れた先で、それでも心から美しいと、幸せだと想えるか――すず、コノエ

水属性のUCで炎を消し時間稼ぎ(加えて狂気を打ち消すは、いつかあの人に譲り受けた数珠――大丈夫、飲まれやしない)

大事な相手が想い出の地すら無に帰し、災禍の火種と成り果てる――そんな終わりで良いのか
…俺は、二人にそんな道を辿ってほしくない
例えまた別れる事になるとしても…どうか違う道を
――身は離れても、心は寄り添ったままだろう

悔いや想いがせめて少しでも和らぐ迄
出来る限り討たずに耐えよう



 ずっと一緒に、ひとりぼっちにしたくない。
 ――そう想う心を、否定など出来ない。
「……でも、な。そんな想いの果てが、滅びに結び付いてしまうのも、放ってはおけない」
 呉羽・伊織(翳・f03578)は静かに、二人へ語りかける。
「全てが壊れた先で、それでも心から美しいと、幸せだと想えるか――すず、コノエ」
「――っ、」
 コノエだけでなく、すずも口を噤んでしまった。
 二人共、とうに後戻りなど出来ないと、わかっているのだろう。
 再び巡り会えた今、その手を再び離さなければならないことも。
 コノエが世界の終わりを願ってしまった以上、すずを倒さなければ、崩壊は止められない。
 ――今のすずはオブリビオンだ。
 死して骸魂となり、コノエを取り込んで――オブリビオンへと変じてしまった。
 それゆえに、オブリビオンとしての本能を、抑えることが出来ないでいる。
 だからこそ、終わらせに来た――のだけれど。
「だめ……っ!」
 悲鳴にも似たすずの声は、まるですず自身に対して向けられたようにも響いた。
 存在が揺らいだことで、すずの力が暴走しているのだろう。
 伊織は動じることなく、赤い歪な球体の残骸から放たれた炎の群れを、水へとその姿を変えた暗器で打ち消していく。
 心を惑わす狂気に呑まれそうになる衝動は、肌身離さず身につけている数珠を強く握り締めることで耐え抜いた。
(「――大丈夫、飲まれやしない」)
 それはいつかの日、あの人から譲り受けた――形見とも呼べるもの。
 あの人が今も尚守ってくれているのを感じながら、伊織はひたむきに、コノエとすず――二人への想いを紡いだ。
「大事な相手が想い出の地すら無に帰し、災禍の火種と成り果てる――そんな終わりで良いのか」
 ぼんやりと虚空を見つめるコノエの眼差しが、次第に焦点を結びつつあった。
「……俺は、二人にそんな道を辿ってほしくない」
「それでも、おれは。……おれ、たちは」
 一緒に居たかったのだと、囁くように落ちた少年の声は、震えていた。
「例えまた別れる事になるとしても……どうか違う道を。――身は離れても、心は寄り添ったままだろう」
「――すず、」
「コノエ……」
 伊織は得物を一旦収め、二人の行く末を見届けるべく後方へと下がる。
 せめて、少しでも。悔いや想いが和らぐまで討つことはしないと。
 二人が、今度こそ別れを受け入れられるまで。
 ――全てを終わらせるのは、それからで良い。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
どうか、三人で幸せに
あの人を庇い、命を落とす間際に、お母様はそう願った

ただずっと、共に居たい
二人の願いも、お母様と同じささやかなもの

けれど、私はお母様の願いは叶えられず
そして世界を守る為、二人の願いを壊します

コノエ様
大切な人を失う痛みは、私にも分かります
ですが、今在る奇跡は夢のようなもの
夢ならば、いつかは覚めなくては

そして夢から覚めたのなら
私と友人になって頂けませんか
そして沢山話をしましょう
楽しかった事、悲しかった事
そうして、分かち合いましょう

すず様
私はあなたの代わりにはなれませんが
せめてコノエ様の涙が乾くまで、傍に居ます
決して一人にはしません
だから……優しいあなたの為に、葬送曲を歌いましょう



 ――どうか、三人で幸せに。
(「あの人を庇い、命を落とす間際に、お母様はそう願った」)
 ただずっと、共に居たい。
 コノエとすずの願いも、母と同じ、ささやかなものだ。
(「……けれど、私はお母様の願いは叶えられず、そして世界を守る為、二人の願いを壊します」)
 ティア・レインフィール(誓銀の乙女・f01661)は静かに、すずと、そしてオブリビオンの手から解き放たれたコノエの元へ歩み寄る。
「コノエ様、大切な人を失う痛みは、私にも分かります。……ですが」
 二人の傍らにそっと膝を付き、身を起こそうとするコノエに手を貸しながら、ティアは自らの想いを言葉に変えてゆく。
「今在る奇跡は夢のようなもの。夢ならば、いつかは覚めなくては」
「……さめなくちゃ、いけないの?」
 すずが不思議そうに問う声に、ティアは静かに頷いた。
 この幸せな夢は、歪められた過去より生まれたもの。
 永遠には続かず、やがては悪夢と成り果てて、世界に終わりを齎すものだ。
 だから、覚めなければならない。
 かつて喪った少女との再会。
 その願いを叶えたひとりの少年から、再び、少女を奪うことになるのだとしても。
「すず様、私はあなたの代わりにはなれませんが、せめてコノエ様の涙が乾くまで、傍に居ます。……決して、一人にはしません」
 ――だから、優しいあなたの為に、葬送曲を歌いましょう。
『主よ。願わくば、彼の者の魂に永遠なる安息を――』
 ティアの静謐な、澄んだ歌声が、音もなく滅びゆく世界に響き渡った。
 奏でられる歌は、悲愴の葬送曲。
 どこか悲しくも痛ましい気持ちを思い起こさせる――聖歌だ。
 旋律が紡がれてゆく毎に、ティア自身の身体が清らかな月のような、柔らかい光を放ち始める。
 そして、淡い光が、少女の身体を包み込んだ。
「……すず、」
 コノエはそっとすずへ手を伸ばし、今にも消えゆこうとするその身体を抱き締めた。
「――コノエ、」
「……ごめんな、一緒に居てやれなくて」
 声を震わせるコノエに、すずは小さく首を横に振ると、そっと耳元で何かを囁いて、そうして――。
 過去に囚われた少女の魂は、幾つもの小さな光の群れとなり、空へ還ってゆく。

「……コノエ様、私と友人になって頂けませんか」
 その光を見届けた後、ティアはコノエにそう告げた。
 せめて、共に生きられない少女の代わりにはなれなくとも、傍にいることは出来るから。
 すずに告げた言葉をもう一度胸の内でなぞり、ティアは、最後に願うように言い添えた。
「そして沢山話をしましょう。楽しかったことも、悲しかったことも、それから、すず様のことも、共に分かち合いましょう」
「……うん、」

 ――そして、世界は再び、動き出す。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『蛍火』

POW   :    蛍を愛でる

SPD   :    蛍を愛でる

WIZ   :    蛍を愛でる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 時計の針が巻き戻るように、辺り一面に降り積もった花びらが舞い上がっていく。
 欠けた月も、落ちた星も、瞬く間に夜空を明るく照らし出して。
 そうして、周囲には元の穏やかな世界の風景が戻ってきた。

 ――そこは、どこか郷愁を、懐かしさを思わせる森の小路を抜けた先にある、小さな川だ。
 澄んだ水が流れていて、奥には滝があるのだろう、少し大きな水音が響いてくるのがわかる。

 すると、猟兵たちを迎え入れるように、ひとつ、ふたつと、浮かび上がる金色の光があった。
 ――蛍の光だ。
 光は少しずつその数を増して、川沿いのあちらこちらにほのかな光を灯し始めていた。

 幽世の夜に、蛍が舞う。
 蛍の光には、時に、鎮魂の祈りが籠められることもあるのだという。

 すずとの二度目の別れを経たコノエは、ぼんやりと舞う光を見つめている。
 コノエには、閉じ込められていた間もかけられた言葉や想いは届いていた。
 だからこそ、猟兵たちの優しく背を押すような想いを受けて、少女の手を離すことが出来たのだ。
 彼は、これからも永い時をこの世界で生きていくことだろう。
 大切な少女との大切な想い出を、しっかりと胸に抱きながら。
 そんな少年に対し、思うところがあるのならば、声を掛けてみるのもいいだろう。
 勿論、見守るだけに留めて、各々で思い思いの夜を過ごすのも良い。
 空に輝く月のあかりが地上を優しく照らしてくれているから、闇に呑み込まれてしまうこともない。
 川のせせらぎに耳を傾けながら、あるいは川沿いの路を辿りながら、静かに想いを馳せるのもいいだろう。
 想いはきっと、あなたの傍に寄り添ってくれるから。
 
ルーシー・ブルーベル
……わああ
これがホタル、とてもきれいね
あつくないけれど、つめたくもない
やさしくて、ひそやかで
ふしぎな光

さらさらと流れゆく水音を聞きながら
ふれてしまわないように手をかざしてホタルさんを見る

どうか安らかに眠ってほしい
その気持ちを
あの人に、彼らに届けてくださるなら
たしかにこんな光がいい

ね、コノエさん
もしお辛くなかったら、ルーシーにもコノエさんのお話を聞かせてくださる?
そうすれば、ルーシーもコノエさんとすずさんの事を忘れないわ
ルーシーの中でずうっとお二人はいっしょよ
そしておイヤじゃなかったら
二人の事をルーシーのお友だちにもお話する

二人の事がタンポポの綿毛のように色々な人の心に咲いて
根をおろすでしょう



「……わああ」
 優しい光を放つ蛍の群れを前に、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)はターコイズブルーの瞳を輝かせていた。
「これがホタル、とてもきれいね。……あつくないけれど、つめたくもない」
 浮かんでは消え、そうしてまた浮かぶ――静かに明滅を繰り返す光に、感嘆の息を零すルーシー。
「やさしくて、ひそやかで、ふしぎな光」
 さらさらと流れゆく水音を聴きながら、ルーシーはそっと触れぬ程度に手を翳し、――じいっと。
 この世界の蛍は人を怖がらないのだろう。ルーシーの小さな手の傘の下で、怯える様子もなく淡い輝きを放ち続けていた。
「ホタルさんも、やさしいのね。ねえ、よかったら、一緒にお祈りしてほしいわ。そして、届けてほしいの」
 ――どうか、安らかに眠ってほしい。
 その気持ちを、想いを、あの人に――彼らに届けてくれるなら。
(「……たしかに、こんな光がいいわ」)
 優しい光を目に焼き付けて、それから、ルーシーは少年の元へ向かう。
 少年はひとり川辺に佇み、ぼんやりと蛍の光を見つめていた。
「ね、コノエさん」
 そっと声をかけると、少し驚いたようにぱちぱちと瞬く少年の瞳。
「あのっ、……ありがとう、すずと俺を、助けてくれて……」
 ルーシーは微笑んで会釈をひとつ。それから小さく首を横に振った。
「いいのよ、ルーシーも皆も、二人を助けたかったからここに来たの。もしお辛くなかったら、ルーシーにもコノエさんのお話を聞かせてくださる?」
「きみに? ……おれはそんな、何というか、あんまり面白いことは話せないかもしれない、けど……」
 何を話せばいいのか考え込んでいる様子の少年に、ルーシーはふわりと微笑んだまま。
「なんでもいいのよ、今までにいちばんおいしかったおやつとか、面白かったご本とか。そうすれば、ルーシーもコノエさんとすずさんのことを忘れないし、ルーシーの中でずうっとお二人はいっしょよ」
「……うん、ありがとう、……おれなんかのために、いや……すずと、おれのこと、そんなに思ってくれて」
 コノエの肩が微かに震える。今にも泣き出しそうな少年にルーシーは瞬いてから、そっと手を伸ばした。
 ルーシーの意図を何となく察したらしいコノエが、僅かに身を屈める。
「おイヤじゃなかったら、二人のことを、ルーシーのお友だちにもお話したいわ」
 ルーシーの小さな手に頭を撫でられて、コノエの顔にどこかくすぐったそうな、ほのかな笑みが綻んだ。
「うん、ありがとう。そうだな……おれの、っていうより、すずの話のほうが多くなりそうだけど……」
「ええ、構わないわ。何だって聞かせてほしいの」
 そうして二人は川辺に腰を下ろし、しばし他愛ない話に幾つもの花を咲かせることとなる。
 これはほんのささやかなきっかけで。ここから更に“花”は咲いてゆくのだ。
 ルーシーや他の皆が撒いた種が芽吹き、綻んで、種を結び、そうして――。
 この世界に生きるひとりの少年と、この世界に生きたひとりの少女。
 ふたりの物語はタンポポの綿毛のように、色々な人の心に咲いて――根を下ろしてゆくことだろう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK

一人で川沿いを歩く。少し寂しいとは思う。
特別な関係の人はいないし、俺なんかに応えてくれる人がいるとは思えないから当然だが。
それでも久しく人に近づかないようにしてたからか話をしたい時もある。
でも話し方を、距離感を忘れてしまってる気もしてる。
なによりまだ人が怖い。
傷つけてしまうかもしれない、傷つけられるかもしれない。
俺にだけならまだ耐えられるけど、巻き込まれる人がいるのが何より嫌だ。
それが怖い。なら一人でいいと諦めて。
だから時よ止まれなんて願えない。早く過ぎ去って欲しいから。
幾度となく繰り返してきた悩みを、また何度も繰り返し思い返し。
いつか何もかもを終わらせられたら楽になるんだろうか。



 澄んだ水と森の匂い。
 心地よい風がそよぐ川沿いを、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は一人で歩いていた。
 ふわりと舞う蛍の光は幻想的で、何処か懐かしい気さえする。
 ――ひとりで歩くのは少し寂しいと、ふと瑞樹は思った。
 特別な契りを結んだ相手が居るわけではないし、何よりも――。
(「……俺なんかに応えてくれる人がいるとは思えないから、当然だが」)
 口の端がほんの僅か、自嘲気味に歪む。
 それでも、久しく人には近づかないようにしていたからか、誰かと話をしたいと思う時もあるのだ。
 緩く息を吐き出し、瑞樹は蛍が舞う光景を見つめながら、取り留めのない思考を巡らせる。
 話し方を忘れてしまっているような気がする。
 ――何より、まだ、人と接することそのものが怖くもある。
 だから人と距離を置いたのだ。
 このままではいけないと思っても、瑞樹は踏み出す勇気を持てないまま。
 傷つけてしまうかもしれない。
 傷つけられるかもしれない。
 己だけが傷つけられるのであればまだ耐えることも出来るだろう。
 けれど、巻き込まれてしまうかもしれない人がいるのは、何よりも嫌だと瑞樹は思うのだ。
 自分のせいで、誰かが傷ついてしまうことが怖い。
(「それなら、ずっと一人でいい」)
 それは、諦めにも似ていた。
 だから、時よ止まれと願うことなど瑞樹には決して出来ない。
 寧ろ、一刻でも早く過ぎ去ってほしいとさえ思うのだ。
「ああ、また……何時もと同じだ」
 瑞樹は小さく息をつき、くしゃりと頭を掻いた。
 見上げた空には元の姿を取り戻した満月が浮かんでいる。
 これまでに何度も同じことを考えてきたというのに、また繰り返し同じことを考えては、答えの見つからない思考の迷路に囚われる。
「……いつか、何もかもを終わらせられたら楽になるんだろうか」
 たまらずそう吐き出した瑞樹の目の前で、蛍の光がふわりと瞬いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
清涼の岸辺を歩きながら
コノエさんの姿を見守り
歩き出す様を見送る

少年の背で
ふわふわ明滅する蛍は
まるで彼を慰めているみたいに優しいひかり

キトリさんへお会いしたなら
そんな蛍の様子をお話しして
二人でそっと微笑みあえるかしら

――ね、
キトリさんは金木犀はお好き?

取り出した帛紗から漂うのは
極々幽かな甘い花の馨り
秋の――季節の廻りを知らせる金桂花の香

風に乗せる為に開いた扇へ蛍が止まれば
暫し瞳をぱちりぱちりと瞬いて
次いでふくふく笑み零す

そより
柔らに扇ぎ
蛍も香りも風にゆぅるり游ばせよう

少年へ話し掛けることはしないけれど
心を鎮めて落ち着けるような
今宵眠りに就く褥が寂しくなくなるような
穏やかな香りを届けられたら良いな



 空にはまあるい月が浮かんで、数多の星が散りばめられている。
 吹く風は木々の梢を揺らし、けれど獣たちは息を潜め静かに眠る、夜。
 在るべき姿を、穏やかな日常を取り戻した世界の片隅。
 清涼の岸辺を歩きながら、都槻・綾(糸遊・f01786)はふと青磁色の双眸を瞬かせ、妖怪の少年が歩き出す様を見守る。
 思わず瞬いたのは、去りゆくその背に灯る、幾つものひかりが視えたから。
 それは寄り添うように翅を休めながら、淡い輝きを放ち続ける――蛍のものだ。
(「……あぁ、まるで」)
 ふわふわと明滅するひかりは、まるで、蛍たちが少年を慰めているようにも見えた。

「……という風にね、思ったのですよ」
 内緒話のようにそっと紡がれた綾の言葉にキトリ・フローエ(星導・f02354)はうんうんと頷き、そして互いに顔を見合わせては笑みを綻ばせて。
「――ね、キトリさんは金木犀はお好き?」
 問う声に添えられたのは、懐から取り出された錦秋の帛紗。
 広げればふわりと漂う、極々幽かな甘い花の馨り。
 秋の訪れを、季節の廻りを知らせる金桂花の甘い香りに、
「ええ、好きよ!」
 フェアリーの娘は笑って、大きく頷いてみせる。
 その馨りを風に乗せるために開いた扇に、何処からともなく漂い飛んできた光が引かれるように翅をとめれば、青磁色の双眸が思わず瞬く。
 綾はそのまま暫し、ぱちりぱちりと瞳を瞬かせてから、次いで――ふくふくと笑みを零した。
 そよりと柔らかく扇ぎながら、蛍も花の香も風にゆうるりと游ばせて。
 ふわり、ふわふわと舞うちいさな光に、何処か眩しげに目を細める。

 ――どうか彼の心が少しでも鎮まるように、落ち着くように。
 今宵眠りに就く褥が少しでも寂しくなくなるような、穏やかな香りを届けられれば良いと。
 綾は願いと花の馨りを風に乗せ、暫しのひとときを楽しむのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
僕が彼に掛けられる言葉は無い
彼から向けられるは、感謝では無く憎悪であって然るべきだから
――例えそれでも彼が、僕に感謝を告げたのだとしても
それを、受け取る事は出来ない
出来ないよ

彼の視界に入らぬ様夜に姿を紛れ込ませて
ひとり、静かな夜を過ごそう

あれは、ほたると云うのだそうだよ
今日は手を借りなかった物言わぬお前を抱いて
八重色に映る蛍火に
お前が逝ってしまった青の果てには、この灯りがあるだろうか、と

鎮魂の祈りが込められていようとも
僕が抱いた感情を消す事等など出来はしない
――しては、ならない

例えお前が其を善しとしても、僕が受け入れる事は無い
僕が歩む途はいつだって、お前が歩む筈だった途

此処に“僕”は、必要ない



 少年の視界に入らぬよう、旭・まどか(MementoMori・f18469)は深い夜の帳に姿を紛れ込ませる。
 彼に掛けられる言葉を、まどかは持たなかった。
 彼にとってこの世界よりも大切だったであろう少女を――例えそうしなければならなかったのだとしても、傷つけたことに変わりはない。
 ゆえに、彼から向けられるべきは感謝ではなく、憎悪であって然るべきだとまどかは思っていた。
 ――例え、それでも彼が、感謝を告げたとしても。
 否、おそらくはきっとそうだろう。
 彼はきっと、誰に対してもそうするはずだ。
 けれど――。
(「それを、受け取る事は出来ない。……出来ないよ」)

 ――静寂が満ちる世界にひとり。
 今日は手を借りなかった風の仔を抱いて、まどかは尾を引いて宙を舞う無数の光を見つめる。
 ふわりと舞うちいさな光の群れは、まるで地上を泳ぐ星のようだった。
「あれは、ほたると云うのだそうだよ」
 物言わぬ彼の八重色に、はたしてこの蛍火はどのように映っているのだろうか。
(「……お前が、」)
 逝ってしまった青の果てには、この灯りがあるのだろうか――。

 見上げた先、光を抱いた蛍は天へ還ろうとしているかのようで。
 例えこのひかりに鎮魂の祈りが込められていようとも、己が抱いた感情を消すことなど出来やしない。
「例えお前が其を善しとしても、僕が受け入れる事は無い」
 ――しては、ならない。だって、
「……僕が歩む途はいつだって、お前が歩む筈だった途」
 彼の代わりに歩むのだと、彼が望むままに希うままに、先へ征くのだと決めていても。
 やはり、この途を歩む筈だったのは、歩むべきは己ではないのだと、事ある毎に突き付けられて、思い知らされる。
 風の仔を抱く腕に力を込めて、まどかはちいさく肩を震わせる。
 太陽に触れられない己では、穢れた血で還った己では、代わりにはなれないと知っていた筈なのに。
(「……此処に“僕”は、必要ない」)
 世界に必要とされているのは、されていたのは、いつだってきっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユニ・エクスマキナ
すごーい…これが蛍なのね
初めて見る景色にうっとりしながら
思わず光に向かって手を出してしまうが捕まえることは叶わず
キトリちゃんの姿を見つけたら一緒に見ようとお誘いを

もっと近くで見てもいいかな?
静かな川にそっと足を入れ
小さな水飛沫をあげながらじっと蛍たちを見つめ
蛍たちを驚かすのは本意ではないから
予期せぬ状況になったらわたわたしつつ
蛍たちに心からの謝罪を

このキレイな景色をずっと記憶にとどめておきたいな
空を舞う光を見つめ
写真を撮るのは、難しい気がするし
何かいい方法ないかなってキトリちゃんに相談してみたり

二人で見た景色は、きっとずっと記憶に残るよね
この美しい景色を一緒に見てくれて、ありがとう



「すごーい……これが蛍なのね」
 視界いっぱいにふわふわと舞う、いくつもの光。
 初めて見る景色にうっとりと見惚れていた、ユニ・エクスマキナ(ハローワールド・f04544)は、思わず光に向かってそっと手を伸ばした。
 けれど、捉えることは叶わずに。すうっと手の上をすり抜けていった光が、尾を引いて消えていくのが映るばかり。
 しょんぼりと下がった眉は、けれど、不意に視界の端に映った姿にぱっと上がった。
「キトリちゃん! 一緒に蛍見よ~!」
「ユニ! ええ、勿論喜んで!」
 どこへともなく飛んでいた妖精の娘が、見えた姿にぱっと笑みを咲かせて一直線に飛んでくる。
 ユニが伸ばした指先に、キトリが頬を触れさせて。
 そんな他愛ない挨拶を交わしてから、二人は連れ立って川沿いの路を辿っていく。
「もっと近くで見てもいいかな?」
「……そーっとね、ユニ」
「うん、そーっと、そーっと……ひゃっ」
 静かな川にそっと足を入れたら、思っていたよりも深い所に足がついて。
 小さな水飛沫を上げながら、ユニは足元が濡れるのも構わずにじっと蛍たちを、その光を苺色の瞳に映す。
 この世界の蛍は、存外のんびりとした性格なのだろう。
 水飛沫にも、近くまで来たユニにも動じることなく、変わらぬ光を放ち続けていた。
「ねえ、キトリちゃん。ユニね、このキレイな景色をずっと記憶にとどめておきたいなって思うの」
「奇遇ね、あたしもよ! でも……」
 空を舞う光は綺麗で、儚くて、言葉にし難い想いで胸の裡を染め上げてゆくようで。
「うん、写真を撮るのは、難しい気がするし……何か、いい方法はないかな」
「写真がだめなら、ドウガ? はどうかしら。その機械で動く世界をそのまま切り取れるのよね?」
「ど、動画……! ユニのスマホでも撮れるかなあ……?」
 あわあわと取り出したスマホを動かして、何とか撮影モードにまで漕ぎ着けたものの。
 やはり画面は真っ暗で、けれど、時折小さな光が浮かんでいるらしいのは、辛うじて収められた――だろうか?
「動画も難しそう……でもでもっ! ……二人で見た景色は、きっとずっと記憶に残るよね」
 スマホを仕舞い、キトリへと向き直ったユニはにっこりと笑ってから、ほんの少しだけはにかむようにして。
 そっと、内緒話のように告げる。
「この美しい景色を一緒に見てくれて、ありがとう」
「あたしからも、ありがとう! ユニと一緒にこの景色を見られたこと、とっても幸せよ!」
 くすぐったそうに笑み交わす二人の近くに、ふわふわとちいさな光が集まってくるのは――もう少しだけ、先の話だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

風切・櫻
【櫻夜】
大切なものを喪う痛み、か
その喪失感。おれも知らぬものではない……が

――咲夜殿の、耳飾りに触れる手の甲へ、己の指先を添え

……咲夜殿。もしそれが偽りや幻想であるならば、
どれだけ愛しくともそれは偽りなのだ
喪ったのならばそれが現実であり。受け容れなければならぬ

――勿論、そうならぬ事こそが幸福である事は確かだがな?
微笑みを浮かべ、羽織の袖で、彼女の涙を拭ってやりながら

咲夜殿がそう願うのであれば
この刀(み)はそれに従うのみ
御安心召されよ、おれはいつも咲夜殿を見守っている

咲夜殿。おれはおまえの笑顔が好きだ
故に、咲夜殿が笑っていられるようにしたいと願っているよ
夜闇が如何に深くとも、星や月が隠れようとも


東雲・咲夜
【櫻夜】
…大切な、彼のひとを喪う痛みは
どないなもんやろか
想像するだけで…指が、胸の奥が、じぃん…と痺れて
眸の奥が熱うなる

うちやったら再び繋いだその手を、離せるやろか
偽りや幻想と知りながらも
世界や倫理に従うことが…出来るやろか
不意に桜彩の爪先が、月の耳飾りに触れて

…あっ…堪忍よ
想像力豊かなんもこういう時はあかんね

櫻さんの言葉は正しい
解っとる
せやけど…自信あらへん
夜の闇は冥くて深いんよ

…ねぇ、櫻さん
もしうちが…叛くようなことがあれば
其の時はあんさんが正してくれはる?
…もしものお話にこないに泪流して
恥ずかしい

ふぅわり気侭に飛び交う命
仄明かりと云えど、そのひかりは力強くて
今のうちには、眩しいくらい



「……大切な、彼のひとを喪う痛みは、どないなもんやろか」
 ぽつりとそう零した東雲・咲夜(桜妃*水守姫・f00865)の横顔を、淡い金色の光が照らし出す。
「大切なものを喪う痛み、か。その喪失感。おれも知らぬものではない……が」
 風切・櫻(ヤドリガミの剣豪・f01441)はそう言いかけて、目の前を飛び交う光の群れから咲夜の横顔へと視線を移した。
 大切なひとを失う痛み。
 それを思い浮かべるだけで、指が、胸の奥が痺れて、眸の奥が熱くなるような心地を咲夜は覚える。
 例え時を止めてでも、世界を、己自身を失うことになっても。
 伸ばされた偽りの手を取ってしまった少年は、その手をもう一度離すことを、喪失の痛みを抱いて再び歩き出すことを選んだ――けれど。
「うちやったら……再び繋いだその手を、離せるやろか。偽りや幻想と知りながらも、世界や倫理に従うことが……出来るやろか」
 例え全てが偽りや幻想と知っていても、解っていても、その手を振りほどくことが出来るだろうか。
 偽りの世界に身を委ねたいと希う己のこころに抗い、真に正しき道を選び取ることが出来るだろうか。
 不意に淡い桜に彩られた指先が、揺蕩う月の耳飾りに触れる。
 いつだって想うのは、血肉を分かち合った比翼月。
 もしも彼が――と、一度重ねてしまったら、あとは深い闇の底にこころが沈んでゆくばかりで。
 不意に、咲夜の細い手の甲へ、櫻の指先が添えられる。
「……咲夜殿。もしそれが偽りや幻想であるならば、どれだけ愛しくともそれは偽りなのだ」
 かたち無きものにさえ惜しみなく愛を注ぐ彼女は、きっと偽りの世界であっても、偽りの存在であっても、そうしてしまうのだろう。
 その姿かたちが愛しきひとを映したものであるならば、尚更のこと。
 だからこそ、彼女がその偽りに囚われないことを願いながら、櫻は続ける。
「喪ったのならばそれが現実であり、どれほど辛く、苦しくとも、受け容れなければならぬ」
 柔らかくも確かな強さを秘めた声が、咲夜の耳朶を打つ。
「――勿論、そうならぬ事こそが幸福である事は確かだがな?」
 はっと藍の双眸を瞬かせ、咲夜はちいさく、首を横に振った。
「……あっ……堪忍よ。想像力豊かなんも、こういう時はあかんね」
 櫻の言葉が正しいと、咲夜も頭では理解しているのだ。
「解っとる。せやけど……自信あらへん」
 夜の闇は冥くて深くて。
 例え光を手にしていても容易く呑み込まれてしまうことを、咲夜は知っている。
 ――そう、今みたいに。
「……ねぇ、櫻さん」
 縋るように、咲夜は彼の名を呼んだ。
「もしうちが……叛くようなことがあれば、其の時はあんさんが正してくれはる?」
 それは、いつか訪れるともわからぬ“もしも”の話。
 けれど、咲夜の藍の双眸からあふれる涙は、止まることを知らなくて。
「もしものお話にこないに泪流して。……恥ずかしい」
 淡い光に煌めく涙を羽織の袖で拭ってやりながら、櫻は微笑んで頷いた。
「咲夜殿がそう願うのであれば、この刀(み)はそれに従うのみ。――御安心召されよ、おれはいつも咲夜殿を見守っている」
 例え、夜闇が如何に深くとも、星や月が隠れようとも。
 彼女の笑顔を守るためならば、その闇すら斬って払うと決めているから。
「――咲夜殿。おれはおまえの笑顔が好きだ。故に、咲夜殿が笑っていられるようにしたいと願っているよ」
 それが、かつて人を斬る刀として振るわれながらも、今は自らの手でひとを守る力を得た男の本懐。
 そんな彼の想いを知っているからこそ、咲夜は瑞々しい藍の双眸に慈哀の雫を宿すのだ。
(「ああ、うちは……」)
 ふぅわりと、気侭に飛び交う命のひかり。
 仄明かりと云えど、そのひかりは力強くて――。
(「……今のうちには、眩しいくらい」)
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ホーラ・フギト
キトリさーん、と手を振って駆け寄る
世界、無事に戻ったのね
コノエさんたちが
お別れしたわけだから
よかったと言うのも、もどかしいけど
……お別れ、お別れかあ

ねえキトリさん
良ければ蛍狩り、ご一緒しない?

わあっ、蛍さんがいっぱいね
私、この世界には殆ど来てなくて
幻想的な景色、見慣れてないの
キトリさんはどう?
もう何度かカクリヨへ遊びに来たりした?
と、川辺を歩きつつ雑談に興じて

こうして誰かとぶらぶらできるの、楽しいっ
虫の声、風の音、水のにおいも味わえるし
時折、あの花弁を通して見た在りし日が過ぎるけど
今は一緒にキトリさんがいてくれて
あでやかに咲く蛍さんが飛んでいて
だから――
綺麗ね、と思わず呟く
全部。ぜんぶ綺麗だわ



「キトリさーん」
「あっ、ホーラ!」
 紫の髪を揺らし、手を振りながら駆け寄ってくるホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)の笑顔に、キトリも笑顔で大きく手を振り返す。
「世界、無事に戻ったのね。コノエさんたちがお別れしたわけだから、よかったと言うのも、もどかしいけど」
「そうね、……でも、きっとこれで、よかったんだと思うの。全部失くなって、忘れられてしまうよりは」
「……お別れ、お別れかあ」
 ホーラはぽつりと呟いて、翠の瞳を彷徨わせる。
 ふわり、ふわふわ――漂う蛍の光は、あちらにも、こちらにも。
 まるで、今は一緒に遊ぼうと誘っているようにも見えた。
「ねえキトリさん、良ければ蛍狩り、ご一緒しない?」
 いつものように声を弾ませるホーラに、キトリは満面の笑みで大きく頷いた。

「わあっ、蛍さんがいっぱいね」
「本当! 地上でもこんなにすてきなお星さまが見られるのね!」
 川辺を歩きつつ、二人は他愛ない話に花を咲かせてゆく。
「私、この世界には殆ど来てなくて、幻想的な景色、見慣れてないの。……キトリさんはどう? もう何度かカクリヨへ遊びに来たりした?」
「ううん、あたしは今回が初めてなの。でも、面白いお祭りとかがいっぱいあるらしいっていうのは、聞いたことがあるわ!」
 そんな風に少し歩いた所で、くるりと振り返ったホーラの瞳は、蛍の光にも負けないくらいきらきらと輝いているように見えた。
「こうして誰かとぶらぶらできるの、楽しいっ」
 りんと鳴く虫の声も、木々の梢や草を揺らす風の音も、そして清流の水のにおいも。
 ただ歩いているだけでそれらのすべてを感じられるのが、ホーラにはとても楽しくて、つい足取りも軽やかに弾むのだ。
 ――時折、瞼の裏に、この世界の欠片たる花びらを通して見た、在りし日が過ぎるけれど。
 でも、今は。
 傍らに小さな妖精の友がいてくれて。
 あでやかに咲く蛍が舞っていて。
 どこまでも広がる空には、大きな月とたくさんの星が輝いていて。
 だから――。
「……綺麗ね」
 感嘆の息に交えて零れ落ちた言の葉に、キトリもそうね、と柔らかく微笑む。
 視線を交えれば、互いの顔にますます綻ぶ笑みの花。
 ――ああ、どうして世界はこんなにも。
「全部。ぜんぶ綺麗だわ」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティーシャ・アノーヴン
風花(f13801)さんと。

私の言葉は戦いながらですが伝えました。
これ以上、私からコノエさんに言うことはございません。
この先は、あの人の物語ですから。

風花さん。
ちょっと一人のエルフの女の子のお話を聞いて貰えますか?
その子は好奇心が旺盛で。
森の仲間たちの中でも特に弓矢が上手で。
大人に臆せずに自分の意志をはっきりと言う子で。
森の外の世界を見たいと夢見ていて。
……そしてその子は、森の中で自然に還りました。

幻影の中で出会ったあの子は、私の願望かも知れません。
でも、この先、私が朽ち果てて自然に還るまで。
沢山のお土産話を作っておきたいと思います。

あの子に再会した時、いっぱい楽しんで貰えますように……って。


七霞・風花
ティーシャ(f02332)と

……何が正しいか、誰の目線かによって変わりますけど
私に出来る事はしたはずです
あとは、そうですね……ひとりで歩けるか、否か、でしょう

私はあまり昔の事を話さないのに、聞くのも気が引けますが
ええ、是非とも聞かせていただきましょう
ティーシャさん、貴女の語る人の事を

その方も、そうですね
これは私のただの想いですが……ティーシャさんが森を出て、喜んでいるかもしれません
果たせなかった願いを、大切な誰かが歩んでくれる
私がその方の立場なら、ええ、やはり手放しに嬉しいものです

だからきっと、両手いっぱいの思い出を
抱えきれないほどの、思い出を
少しでも、ちょっとでも長く……作ってあげてください



 何が正しいか、誰の目線に立って見つめるのか、それによって変わりはするけれど。
 少女へも、そして少年へも。
 伝えるべき言葉は全て伝え、出来ることも全て成したから。
 だから、ここから先は彼自身の物語だ。
 ――ひとりで歩けるか、否か。
(「……まあ、きっと大丈夫でしょう」)
 遠目に見える少年が同胞たちと言葉を交わしているのをちらりと見やり、七霞・風花(小さきモノ・f13801)は心の中で小さく呟く。
「風花さん」
 すると同じように少年を見やっていたティーシャ・アノーヴン(シルバーティアラ・f02332)が何気なく呼ぶ声に、いつものように彼女の肩に座る風花は瞬いて顔を上げた。
「……ちょっと、一人のエルフの女の子のお話を聞いて貰えますか?」
 揃って視線を移せば、川沿いに点々と灯り、あるいは目の前を飛び交う無数の光が飛び込んでくる。
 綾なす光は幻想的な光景を描き出し、まるで、夢と現の狭間にいるような心地さえするようで。
 ティーシャの言葉に、風花は少しだけ迷うような間を挟んでから、小さく首肯した。
 風花自身は、昔のことを自ら進んで話すことはあまりない。
 だから、聞くのは少し気が引けてしまうのだけれど。
 ――それでも、ティーシャが望むなら。
「ええ、是非とも聞かせていただきましょう。ティーシャさん、貴女の語る人の事を」
 ありがとうございますと微笑んで、ティーシャは語り始める。

 ――その子は好奇心がとても旺盛で。
 森の仲間たちの中でも、特に弓矢の扱いに長けていて。
 大人に臆することなく堂々と、真正面から自分の意志をはっきりと言う子で。
 森の外の世界を見たいと、いつだって夢見る瞳を輝かせていて。
 ティーシャにとっても、太陽のような――そんな輝きを秘めた子だった。

「……そしてその子は、森の中で自然に還りました」
「そう、ですか」
 そんな彼女の願いを叶えるために、森を出たのだとティーシャは続ける。
 彼女の代わりに、広い世界を識り、旅するために。
 ティーシャがそっと伸ばした指先に、ふわりと舞い降りる一匹の蛍。
 その淡く儚い輝きを見つめながら、風花はぽつりと口を開いた。
「これは私のただの想いですが……その方も、ティーシャさんが森を出て、喜んでいるかもしれません」
「そう、でしょうか。……そうであるならば、嬉しいです」
 まだどこか迷うように揺れるティーシャの瞳を、風花は覗き込む。
「果たせなかった願いを、大切な誰かが歩んでくれる。……たとえば、私がその方の立場なら、ええ、やはり手放しに嬉しいものですから」
「風花さん……」
 ティーシャはどこか安心したように目を細めて、それを見た風花は、こくりと頷いた。
「世界の欠片が花となって舞っていた、あの場所で。幻影の中で出会ったあの子は、私の願望かも知れません」
 でも、と、ティーシャは続ける。その瞳にはもう、不安の色も、迷いもなくて。
「この先、私が朽ち果てて自然に還るまで。沢山のお土産話を作っておきたいと思います」
 ――あの子に再会した時、いっぱい楽しんで貰えますように、と。
 語り終えたティーシャに、風花はうんうんと何度も頷いて。
「両手いっぱいの思い出を。抱えきれないほどの、思い出を。少しでも、ちょっとでも長く……作ってあげてください」
 それがきっと、彼女のためにも、そして、ティーシャ自身のためにもなると、風花は知っているから。
「風花さん、これからも一緒に、たくさんの世界を回りましょうね」
 色々な世界に渡り、未だ見ぬ風景を見て、感じて。
 共に紡ぎ重ねる想い出もまた、彼方の空の涯で待つ彼女への最高の土産話になることに違いないから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
キトリ(f02354)と

無事に別れを済ませたか
思い出を抱えて生きていくのなら
俺から掛ける言葉は何もない

ぐしゃぐしゃ、と
コノエの髪を掻き乱して
またな、とだけ告げようか

彼と別れ
ひとり歩く小川
周りには金色の光

鎮魂の光、か

その輝きに紛れて飛ぶフェアリー
楽しそうな様子を見てると
振り返った彼女と目が合った

お前、は──

紡ぎかけた言葉を飲み込み首を振る
一瞬さっき見た記憶と重なった
ここに彼女が居るはずないのに
髪が、瞳が、纏う雰囲気が、
すべてを錯覚させるようだった

…──イヤ、悪い、何でもない

咄嗟に誤魔化したものの
お前が気になるから

なあ、なんで、
そんなに楽しそうなのか教えてくれないか?

そうして自分の名前を告げようか



「無事に別れを済ませたか」
「……うん」
「思い出を抱えて生きていくのなら、俺から掛ける言葉は何もない」
「……わっ、」
 わしゃわしゃとコノエの頭を掻き乱すように撫でてから、最後にぽんと手を置いて。
「――またな」
「うん、……ありがとう!」
 力強く頷いた少年に小さく頷き返して、波瀬・深尋(Lost・f27306)はその場を後にする。
 川沿いの道を歩きながら改めて周囲に目を向ければ、尾を引いて舞う無数の金色の光が目に飛び込んでくるよう。
「……鎮魂の光、か」
 何とはなしに零し、そうして、ふと何気なく見やった先。
「……っ、」
 金色の輝きに紛れて羽ばたく小さな姿に、深尋は思わず目を瞠った。
 まるで、星と遊ぶように。
 光の合間を楽しげに飛んでいた少女が振り返ったのはほぼ同時。
 瞬いたふたつの青が重なって――。
「お前、は――」
 紡ぎかけた言葉を飲み込み、深尋は首を横に振る。
 ――違う。
 その顔に見覚えはあった。己をこの場所へと導いたフェアリーの娘だ。
 ――だが、それよりも。
 ほんの一瞬、さっき見た記憶と重なった。
 ――違うのだ。さっき見たのは深尋の胸裡に眠っていた記憶に過ぎず、ここに“彼女”が居るはずはない。
 だというのに、髪も瞳も、纏う雰囲気も、全てが似ているような気がして、錯覚させるようで――。
「どうしたの? 大丈夫?」
 深尋が我に返った時、目の前には小さな影が浮かんでいた。
 言うまでもなく泣いてなどいなかったし、思っていたよりもずっと小さかった。
 不思議そうに覗き込んでくるキトリともう一度目が合って、深尋はもう一度、小さく首を横に振る。
「……──イヤ、悪い、何でもない」
 ばつが悪そうに瞳を逸らし、誤魔化すようにぽつりと。
 けれど深尋は吸い込まれるように、蝶のそれに似た翅を羽ばたかせるちいさな娘から目が離せなかった。
 そうして、思わずふと、
「なあ、なんで、そんなに楽しそうなのか教えてくれないか?」
 きっかけを求めたのは無意識だったかもしれない。けれどそんな彼の胸中を知らぬ娘は、ぱちぱちと瞬きを繰り返してから思案顔で。
「何で、って……そうね、この景色がとっても綺麗だからかしら? ……えっと、」
 そこで、互いに思い至ったことに、瞬きひとつ。
「あたしはキトリよ。あなたは?」
「ああ、……深尋。深尋だ」
 ――それはひとつの、小さな出逢いの物語。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
(月に、星に、蛍に――優しい光をそっと見渡し漸く一息つくと同時
――やはり二人を別つ他になかったというのは、わかってたって、どうしたって、何の痛みも哀しみもなくとはいかないなと痛感し)
…心ってのはホント、参るな
(遠い誰かに独りごちて、すぐに頭を振り)

コノエ――少しだけ隣、良いか?
大した事も出来なくて悪いが…話せなかった事、話したかった事、何かあれば聞くし――今は無理に、何かしなくても良い
ゆっくりで大丈夫――それでも、前へ踏み出そうとしてくれて、有難う

(どうかその心に、道行に、一条の光が途絶えぬように――両者の傍らに、優しい想いは寄り添い灯り続けるように
綺麗事でも、せめてそう思わずにはいられない)



 空のいちばん高い所には大きな白い満月が浮かんでいて。
 その周りには無数の星の煌めきが散りばめられている。
 けれど、地上に届く光はどこか慎ましやかで。
 そのせいか、ふわふわと舞う蛍たちの光は、まるで地上を泳ぐ星のように、より一層の輝きを帯びて見る者の目を楽しませていた。
 月と星を見上げていれば、その視界を金色の優しい光が過っていく。
 元の姿を取り戻した世界の風景をそっと見渡し、呉羽・伊織(翳・f03578)は漸く一息ついた。
 それと同時に、痛感する。
「……やはり、」
 この世界で生きた少女と、これからも生きていく少年。
 永い時を経て、少女の魂が歪められていたとは言え、再び巡り逢えた二人を分かつ他になかったというのは――。
(「わかってたって、どうしたって、何の痛みも哀しみもなくとはいかないな――」)
 空を見上げ、誰とはなしに――此処ではない、遠い何処かの誰かに向けるように、伊織は独りごちた。
「……心ってのはホント、参るな」
 眉を下げて苦笑い。それから小さくため息をひとつ。
 すぐに表情をいつもの笑顔に戻し、伊織は少年の元へ足を運んだ。
「コノエ――少しだけ隣、良いか?」
「うん、もちろん! みんなはおれの姿が見えるだけじゃなくて、おれたちを助けてくれた上に優しい言葉をかけてくれて、すごいんだな」
 コノエの表情は明るく、同胞たちの言葉や想いが彼を支える何よりの力になっているのだと伊織は感じる。
「大した事も出来なくて悪いが……話せなかった事、話したかった事、何かあれば聞くし――今は無理に、何かしなくても良い」
「……うん」
「ゆっくりで大丈夫――それでも、前へ踏み出そうとしてくれて、有難う」
「じゃあ、すずのこと、もっと話してもいい?」
「――嗚呼、勿論だ」
 コノエの隣に腰を下ろし、伊織は暫し、コノエとの歓談に興じることとなる。
 見た目相応に素直に笑う彼を微笑ましく見やりながら、伊織はただ願うのだ。

 どうかその心に、道行きに、一条の光が途絶えぬように。
 コノエとすず――両者の傍らに、いつまでも優しい想いが寄り添い灯り続けるように。
 たとえ、綺麗事だと言われようとも、伊織はそう思わずにはいられなかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
すず様との約束通り……いえ、例え約束が無かったとしても
今夜は友人として、コノエ様の傍に居ましょう
他の方がコノエ様と話す時は、そっと離れて蛍を眺めて

まるで魂と呼ばれるものに見える、蛍の光
あるいは地上に落ちた星のようで

コノエ様と話すのは他愛ない話や、大切な人との想い出
自分の過去を話すのは好きではありませんが
コノエ様には少しだけ、打ち明けます
私は二度、家族を失ったのだと

傍に居ながら大切な人を助けられなかった事を
私はきっと、死ぬまで後悔するのでしょう
楽しい想い出だからこそ辛く思う事もあれば
それが心を慰めてくれる事もある

コノエ様、またいつかお会いしましょう
今度は別の、土産話や想い出の話が出来る事を願って



 すずとの約束を果たすため、――否、たとえ、約束がなかったとしても。
 今宵は友の一人として、コノエの傍にいるとティア・レインフィール(誓銀の乙女・f01661)は決めていた。
 ティアだけでなく、コノエの元にやって来る仲間たちの姿がちらほらと見える。
 彼らがコノエと話をしている間、ティアは静かにその場を離れ、あちらこちらでふわふわと舞い踊る蛍の光を見つめていた。
 細く尾を引きながら、ふわりふわりと宙を舞う蛍の群れ。
 その光はまるで魂と呼ばれるもののようで、あるいは、地上に落ちた星のようで。
 空に焦がれて手を伸ばしても決して届かぬ星の光。
 その群れは今この地上にあって、ティアの視界を埋め尽くすほどに舞い踊っていた。

「ティア、おまたせ」
 そうしてやってきたコノエに微笑んで会釈をし、並んで腰を下ろす。
 あちらこちらを飛び交うたくさんの光を見つめながら二人が交わすのは、ほんとうに他愛のない話や、大切な人との想い出話ばかり。
「……私は二度、家族を失いました」
 自らの過去を進んで語ることを好まぬティアだったが、コノエには少しだけ話しておきたいと思い、そっと打ち明けた。
「ティアも……?」
 悲しげに眉を下げるコノエにはい、と頷き、ティアは静かに続ける。
「傍に居ながら大切な人を助けられなかった事を、私はきっと、死ぬまで後悔するのでしょう」
「……おれと、おんなじだね。おれも、……傍に居たのに、手を離してしまったんだ。ちゃんと繋いでたと、思ってたのに」
 自らの手を見つめながら、コノエはぽつぽつと零す。
 その横顔を静かに見やり、やがて、ティアはそっと口を開いた。
「楽しい想い出だからこそ辛く思う事もあれば、それが心を慰めてくれる事もあります。コノエ様にとっての、すず様との想い出がそうであるように」
 だからずっと忘れずに居て欲しいと、彼がそうして生きていくと解っていても、ティアは願わずにはいられなかった。
 そうして見上げれば、目の前を飛ぶ星だけでなく、空に瞬く本物の星たちもまた、美しく煌めいていて。
 それはきっと、どこの世界でも変わらないのだろうと、ティアは何とはなしに思う。
「コノエ様、またいつかお会いしましょう。今度は別の、土産話や想い出の話が出来る事を願って」
「うん、――約束! ……だいじょうぶ、忘れないよ」
 ふわりと笑みを綻ばせたティアに、コノエは満面の笑みで頷いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【月風】

お疲れ様
どこも怪我とかしてねぇ?
確認し
いやここも、さ
親指で自分の胸示し
無理すんなよ

川辺まで行く?
あっちの方が多そうだ
手貸そうと

光眺め
瑠碧姉さんは蛍って見た事ある?
俺は…
(師匠とは見てない
けど何でだ
蛍が魂って…誰に聞いた?)
軽く首傾げ
いや…ないはずなのに
見た事ある気がして
光の精霊も熱くねぇの?

触っちゃ駄目なんだっけ?
ぐっと我慢

…瑠碧姉さんみてぇ
いやほら何となく?
驚かせたら…怖がらせたら駄目的な?
揶揄うように表情緩め
…可愛いかよ
呟き

蛍みたいに…いや
(簡単にいなくならないでくれ
なんて
言ったら多分困るよな…)
俺はもうちょい明るい光の方がいいかな
消えそうで落ち着かねぇ

握られ驚くも
…線香花火みてぇ


泉宮・瑠碧
【月風】

はい、大丈夫…
少し、痛いだけです…ありがとう

躊躇いなく理玖の手を取って
一緒に川辺へ

物珍しそうに眺めて
蛍は、聞いた事は、あります
…光の精霊とは、違うのですね
不思議そうな理玖に、少し心配に
…どうかしました?

手を伸ばそうとして、声に振り向きます
何故、そこで私…
少しは、大丈夫になりましたよ
…多分、きっと
拗ねる風にそっぽ向き

蛍みたいに…?
何だろうと、思いますが
消えそうな光、なら…命が、思い浮かびます

(私より、ずっと短い命…
いつか、また…大切と別離して、遺されるなら…
永い時間は…要らないのに)

泣かない様に、繋ぐ手をきゅっと握ります
(置いて、逝かないで)

…細くても、長く光る方が、私は良いなと思います



「お疲れ様。どこも怪我とかしてねぇ?」
 陽向・理玖(夏疾風・f22773)の労いの声と案じるような眼差しに、泉宮・瑠碧(月白・f04280)は小さく頷いてみせる。
「はい、大丈夫……少し、痛いだけです」
 すると、理玖は親指で自分の胸をとんとつつき、そっと首を傾げてみせた。
「いやここも、さ。……無理すんなよ」
 彼の気遣いに、瑠碧は柔らかく目を細めて微笑んだ。
「……、ありがとう」
「川辺まで行く? あっちの方が多そうだ」
 言いながら理玖が差し出した手に、瑠碧はそっと己のそれを重ねて。
 並んで歩き出した二人は、ゆっくりと川辺へ続く道を辿ってゆく。

「綺麗、ですね」
 ふわりと舞い、地上を照らす、小さな光の群れ。
 まるでいくつもの星が零れ落ちたような光景を見つめながら、理玖は何気なく問いかけた。
「瑠碧姉さんは蛍って見た事ある?」
「蛍は、聞いた事は、あります。……光の精霊とは、違うのですね。……理玖も、蛍を見るのは初めて、ですか?」
 淡く輝く幻想的な光からは、精霊を友としその力を借り受ける瑠碧にも、魔力のような力は感じられない。
「光の精霊も熱くねぇの? 俺は……」
 蛍のことは知っていた。
 けれど、師と呼び仰いだかの人と共に見た記憶は理玖にはない。
(「けど何でだ。蛍が魂って……誰に聞いた?」)
「……どうかしました?」
 不思議そうに軽く首を捻りながら考え込んでいる様子の理玖に、瑠碧の心配そうな声が向けられる。
 不安げに揺れる深い青の瞳を見やり、理玖は小さく首を横に振った。
「いや……ないはずなのに見た事ある気がして。触っちゃ駄目なんだっけ? ……って、」
 思わず触れてしまいたくなるのをぐっと我慢する理玖の傍らで、そっと指先を伸ばそうとした瑠碧は、
「……瑠碧姉さんみてぇ」
 ふと零れ落ちた声に手を止め、傍らへと振り向いた。
「何故、そこで私……?」
「いやほら何となく? 驚かせたら……怖がらせたら駄目的な?」
「少しは、大丈夫になりましたよ。……多分、きっと」
 揶揄うように表情を緩める理玖に、瑠碧はほんの少しだけ拗ねたようにふいとそっぽを向いた。
 姉のように慕う彼女が見せた、どこか幼ささえ感じさせる仕草に。
「……可愛いかよ」
 理玖は思わず、口の中でそう呟くのだった。

 ゆっくりと明滅を繰り返す光もあれば、瞬くようについては消える光もある。
 蛍が綾なす幻想的な光の尾を目で追いながら、理玖は無意識に呟いていた。
「蛍みたいに……、いや」
 落としかけた言葉を呑み込んで、口を噤む。
(「……簡単にいなくならないでくれ、なんて、」)
 告げたら、きっと彼女は困ってしまうだろう。
 彼女を困らせることは、理玖の本意ではない。
「……俺はもうちょい明るい光の方がいいかな。消えそうで落ち着かねぇ」
 だから誤魔化すようにそう呟いて、理玖は僅かに目を逸らした。
「蛍みたいに……?」
 何だろうと思いながらも、瑠碧は理玖の言葉に想いを馳せる。
 例えば、蛍みたいに儚く消えてしまう光――ならば、瑠碧が思い浮かべるのは、命そのものだ。
(「私より、ずっと短い命……」)
 長命な森の民である瑠碧にとっては、今、傍らに在る少年の命もそうだ。
(「いつか、また……大切と別離して、遺されるなら……」)
 ――永い時間など、要らないというのに。
 理玖と繋いだままの手を、瑠碧はぎゅっと握り締める。
 こうでもしないと、泣いてしまいそうだったから。
 生きる時間が違うふたりでは、どうあっても遺されてしまうのは瑠碧のほうだ。
 それが、今はまだ遠い未来の話だとしても、いずれ訪れる結末に変わりはない。
 ――それでも、
(「……置いて、逝かないで。……ひとりに、しないで」)
 縋るように籠められた力に驚き瞬くも、理玖もまた、離さぬようにと細く華奢な手を握り込む。
「……細くても、長く光る方が、私は良いなと思います」
「……線香花火みてぇ」
 ぽつりと落ちた声に、理玖は咄嗟にそう返してしまった――けれど。
 美しく輝いて咲き誇るその光もまた、ひとの命と同じなのかもしれない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
降る花弁も綺麗だったケド、コレはまた格別ねぇ

やあコノエ、と懐こく声を掛けるわ
だってなんだか親しみ湧いちゃったのよ
一文字違いの名前、それから……と手を狐耳の形に
大切なヒトを失くしたのも同じ
それでもそうして生きてきた時間の長さは遠く及ばないだろうケド

蛍、好き?
オレはネ、死して魂が遺るとは思わない派なんだケド
(だってそうしたら探してしまう、求めてしまう)
例えば大切な思い出や気持ちを過去に蝕まれないようにと
そう想うのを祈りと呼ぶくらいは……イイのかな

勝手な話ダケド
アナタがその手で世界を壊さずにすんで良かった
後悔まで、似て欲しくはないし――良いモノも、見れたからネ
蛍か、幸せの記憶だったかは言わないけれど



 月明かりに照らされた空を泳ぐ、金色の光の群れ。
「降る花弁も綺麗だったケド、コレはまた格別ねぇ」
 どことなく眩しげに薄氷の瞳を細めつつ、コノハ・ライゼ(空々・f03130)はゆるりと歩を進め、少年の元へ。
「やあコノエ」
「はいっ!」
 懐っこく声を掛ければ、コノエの狐耳がぴん! と動いて体ごとコノハへ向いた。
「馴れ馴れしいカシラ? でもね、なんだか親しみ湧いちゃったのよ」
 コノエとコノハ。一文字違いの名前と、それから――。
 決して人前に晒すことのない本物の耳の代わりに手を狐耳の形にしてみせれば、コノエはあ、と小さく声を上げ、何かを察したように頷いた。
「大切なヒトを失くしたのも同じよ。それでも、アナタがそうして生きてきた時間の長さには遠く及ばないだろうケド」
 くすりと微笑んでそう続けたコノハに、コノエはひとつ瞬いてから、緩くかぶりを振った。
「きっと、時間の長さは関係ないよ。……あなたも、同じなんだね」
 今までも、これからもずっと胸裡に抱いて共に生きていく、喪失の痛み。
 互いを映す眼差しに、過った光はきっと――。

「蛍、好き?」
「好きだよ。綺麗だし、可愛いし」
 この世界の蛍はどちらかと言えば人懐っこいのだろう。臆することなく二人の周りを、それもかなり近い距離をふわふわと飛び回っている。
 舞う光に手を伸ばそうとして――止めて、コノハはふ、と小さく息をついた。
「オレはネ、死して魂が遺るとは思わない派なんだケド」
 だって、そうしたらどうあっても探してしまうし、求めてしまうだろうから。
 ――それでも。
「例えば大切な思い出や気持ちを過去に蝕まれないようにと、そう想うのを祈りと呼ぶくらいは……イイのかな」
 独り言にも似た響きを持って落とされた言葉に、コノエはうんと小さく頷いてみせる。
「それは祈りって呼んでいいものだと、おれは思う。……だから、おれも祈るよ。コノハ、」
 ――どうかあなたの大切な想い出や心が、過去に蝕まれてしまうことのないように。
「……アリガト」
 祈りを紡いでくれた少年をほんの少しばかり眩しげに見やって、それから、コノハは光舞う空へと視線を移す。
「……勝手な話ダケド、アナタがその手で世界を壊さずにすんで良かった」
 ぽつりと、呟くように零して視線を戻し、柔らかく微笑みながらコノハは続けた。
「後悔まで、似て欲しくはないし――良いモノも、見れたからネ」
 蛍か、幸せの記憶だったかを、告げることはないけれど。
 それでも、コノハの胸裡に灯ったあたたかな想いは、今この瞬間もきっと、優しい光を放ち続けている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月01日


挿絵イラスト