#サクラミラージュ
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●出口無きトンネル
帝都から東北方面へと走る一本の線路。
そのレヱル上に、黒い煙をもくもくと吐き出しながらのんびり走る汽車の姿があった。その後ろには石炭タンクと数両の客車が連結されている。
帝都発の鈍行列車であった。
「ねぇ、そろそろお弁当食べようよ」
客室内で十歳ぐらいの男の子が、窓の外の景色から両親へと視線を向けた。
簡易コンパアトメント式の座席が幾つも並んでおり、他の乗客達も男の子のひと言で空腹を悟ったのか、それぞれが昼食を取り出す為に手荷物の中をごそごそとまさぐり始めた。
その時、不意に車窓の外側が暗くなった。列車がトンネル内に入ったのだ。
最初は何の疑問も持たず、呑気に昼食を取り始めた乗客達だったが、次第にひとり、ふたりと不安げな表情を浮かべるようになった。
列車が、一向にトンネルを抜け出そうとしないのである。
窓の外は依然として、真っ暗なままだった。
●封じられた闇
グリモアベースのブリーフィングルームで、アルディンツ・セバロス(ダンピールの死霊術士・f21934)は機関車のおもちゃをいじりながら気難しげにうんうんと唸っていた。
「帝都発の列車が、あるトンネル内に差し掛かったところで姿を消すという予知を見たんだけどね」
曰く、どうやらその列車消失は影朧の仕業らしいことが判明しているのだという。
どういった理由で影朧が汽車を客車ごとトンネル内に封じ込めてしまったのか、その理由は分からない。だが乗客も機関士達も人間だ。トンネルからの脱出が叶わなければ、いずれ餓死してしまうだろう。
「君達には件の列車に乗車して貰いたい。何が起きるのか、しっかりその目で確かめてきてね。影朧が現れるようなら、退治するしかないだろう」
まずは切符を買って、問題の列車に乗り込むところから始めなければならない。
のどかな田園風景の中を車体に揺られるだけならば風情のある汽車旅行にもなるだろうが、流石にそんなことはいっていられなかった。
革酎
こんにちは、革酎です。
秋の田園風景を眺めながらの旅行気分を味わっていたら、突然闇の中に引きずり込まれてしまう、というところからのスタートです。
今回の事件を仕組んだ影朧は、汽車かトンネルか乗客か、或いは機関士かに何らかの恨みを抱いているのかも知れません。
当然敵も現れますが、基本は客車内での戦闘になりますので、乗客や機関士を守りながらという厄介な戦場になるでしょう。
第一章は、のんびり旅行気分を味わいながら件のトンネルに到達するのを待って下さい。
第二章は、集団戦です。今回の事件を仕組んだ影朧の手下が群れを為して現れます。
第三章は、ボス戦です。きっちり浄化して差し上げましょう。
第1章 日常
『旅客車に揺られて』
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POW : 食堂車両で何かを頂く
SPD : 展望車両で景色を眺める
WIZ : 客席車両でゆったりする
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
神代・凶津
コイツが事件が起きる問題の列車って訳か。
見たところなんの変哲もない汽車だな。
とりあえず切符買って乗り込むか、相棒。
「・・・ええ、何が起こるにせよ捨て置けません。」
流れる田舎風景を見ながら汽車の旅ってのは中々風情があるな。
駅弁でも買っておけば良かったか?
「・・・遊びで来ているんじゃないんですよ。」
分かってるって、相棒。
だが、例のトンネルに到着しなけりゃ話にならないぜ。
それまでは気楽に景色でも眺めていようや。
例のトンネルに到着して異変が起きたらすぐさま『式神【ヤタ】』を放って列車内部を偵察するぜ。
【技能・式神使い、偵察】
【アドリブ歓迎】
御園・桜花
「此の場合、明かりとおやつが必須でしょうか…」
小さな旅行鞄に缶入りクッキーとドロップス、懐中電灯入れ、お茶をいれた水筒を提げて参加
お菓子はいざと言う時の配布用なので手をつけず食堂車へ
どんなハイカラな料理が出てくるのかワクワクしながら着席
コース料理があるなら頼むくらい、食堂車に居座る体制
のんびりのんびり食事を楽しむ様子を見せつつUC「蜜蜂の召喚」使用
誰にも気づかれないよう先頭の運転車両からと最後列の2方向から真ん中に戻るよう進ませ様子を探る
貨車はないと思うがあればその中も確認
一等車両が個室ならその中も確認
「トンネル突入と同時に列車が逢魔が辻に入ったのでしょう…影朧の痕跡が見つかれば良いのですが」
車輪を回す巨大な機械音と、蒸気を噴き出すボイラーの派手な噴射音を同時に響かせながら、汽車が帝都郊外の駅へと入線してきた。
神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)の仮面体を小脇に抱えた巫女装束の神代・桜(かみしろ・さくら)は、石積みの土台に木の板を並べただけの粗末なプラットホーム上で客車の扉が目の前で停車するのをのんびり待ち続けた。
やがて列車全体が完全に停止し、桜は軽い身なりで客車内へと乗り込む。
(さて、これからちょっとした小旅行だ。何が起こるか分からねぇが、まずは様子見と行こうか)
「……えぇ。何が起こるにせよ、捨て置けません」
周囲の他の者には聞こえぬ小声で、桜は凶津に生真面目な声を返した。
対する凶津は随分とリラックスしている様子で、駅弁でも買えば良かったなと呑気に笑った。
「……遊びで来ているんじゃないんですよ」
(分かってるさ相棒。だがどうせトンネルに入るまでは暇なんだろう? だったら、のどかな田園風景でも眺めながら列車の旅を楽しもうじゃないか)
飽くまでも旅行気分を堪能したい凶津とは対照的に、桜は小難しげな様子でかぶりを振った。
桜が簡易コンパアトメント式の対面型座席に腰を下ろすと、隣から幼い声のはしゃぐ気配が響いてきた。列車が動き始めたのである。
「わぁいッ! ぽっぽさん動いたッ! 動いたーッ!」
「これ、武幸……余り騒いではいけません。他のお客様のご迷惑でしょ?」
テンション爆上がりの幼子を諫める年若い母親。そんな母子を優しく見守る父親らしき中年の男性。
鈍行列車で家族旅行か何かだろうかと小首を傾げつつも、桜は穏やかな光景に心和む気分だった。
一方、食堂車では御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が御膳弁当なる小コースの料理を注文し、カウンター越しにシェフの手慣れた動きを興味深そうに眺めていた。
足元に置いた旅行鞄の中にはトンネル突入に備えて、缶入りクッキーやドロップス、懐中電灯等が詰め込まれており、お茶入りの水筒をカウンターテーブル下の荷物棚へと押し込んでいた。
(どんなハイカラなお料理が、出てくるのでしょうか)
内心の昂揚気分は面には出さず、澄ました表情でシェフの巧みな手さばきにじっと見入る。料理を待つこの時間も、桜花にとってはエンターテイメントのひと時なのだ。
だが決して、任務を忘れる様なことはしない。桜花はひとりの乗客として振る舞う傍ら、先頭の機関車と客車の最後尾の双方から、召喚した蜜蜂を密かに飛ばしていた。
前後から挟み込むような格好で、列車内を誰にも気づかれないうちに探索しようという訳である。
ただの鈍行列車の為、一等客車や貨車は連結されておらず、どの車両も特段これといった目立つような点は見られなかった。
(トンネル突入と同時に列車が逢魔が辻に入ることになるのでしょう……それよりも前に、影朧の痕跡が見つかれば良いのですが)
だが、今のところは特に収穫らしい収穫は無い。そうこうするうちに、桜花の食欲を大いにそそる御膳コースの料理がテーブル上に並び始めた。
(あぁ、駄目ですね……食欲が優ってしまいます)
桜花は己の欲求に抗うことを諦め、箸を手に取った。
客車では、桜と凶津は妙な場面に出くわしていた。
記者風の服装を纏った中年の男が、親子連れの隣の席に近寄り、何やらこそこそと話しかけている。母親は表情を凍り付かせ、父親はすっかり青ざめている。
これから生じる凶事に何か関係があるのかも知れない、と凶津は直感したが、まだ何も起きていない時点から下手に動く訳にはいかない。敵がこちらの存在を察知して、警戒するかも知れないからだ。
その時、凶津と桜は天井に蜜蜂が張り付いていることに気づいた。この蜜蜂こそ、桜花と五感を共有する小さな密偵だったのである。
桜花は食堂車で、中年記者と親子連れという妙な取り合わせに、食堂車でひとり、小首を捻っていた。
(先程、あの記者さんは小さなお子さんを見て、随分成長しましたねっていってましたが……ご両親は凄く緊張して、ともすれば敵意すら抱いていたご様子。何か、あるのでしょうか?)
だが、今の時点ではまだ何ともいえない。
桜花はあれこれ思案を巡らしつつ、料理に舌鼓を打ち続けた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
朱酉・逢真
他所さまンとこの坊っちゃんと/f22865(服含め、接触不可)
心情)汽車の乗り方がさっぱしわからん。まともに乗ったことねェのよ。切符ってなんだい坊っちゃん。任せていいかね? おォ、動いた。へェ、面白ェな。さて坊っちゃん。この汽車。重要なモンはどこにある?
行動)ちっさい《虫》を、雲珠坊に聞いたヒト・場所に飛ばすだろ。
眷属は俺の延長。そいつら通して、汽車の心臓部に結界をはろう。ボーナスタイムは有効に使わにゃアな。次いで乗客といきてぇとこだが、あいにくそンな余力はねェ。皆皆様におまかせすンぜ。トンネル入るまでは楽しく過ごすとも。
おや、そいつは楽しそうだなァ。ああ、いろいろ見てまわろうかィ。
雨野・雲珠
俺の神様ではないかみさまと/f16930
※切符諸々、有機物は俺が持ちます
あ…そうか。わざわざ乗り物に乗らなくても、
かみさまどこへでも行けますもんね。
ふふふ、俺にお任せください。
汽車は楽しいですよ!
お仕事ですけどわくわくしま…はい!
重要なひとや場所。
それならやはり先頭車両ではないでしょうか。
ボイラーや機関室…いわゆる、
馬車の馬にあたるところですから。
何かしてらっしゃるなあと思いつつ、
今できることもないので
心地よい揺れを楽しみながらおやつ食べます。
かみさまは食べられないので、俺だけ申し訳ない
かみさまかみさま。
後で構造と人数確認も兼ねて
ぐるっとひと回り探検しに行きませんか?
展望車両もあるそうですよ!
幸徳井・保春
神隠しじみた集団失踪事件ならトンネルに潜む影朧が原因、誘拐事件ならトンネルに入ったことで動き出した影朧戦線が原因……そこが不明瞭だな。
だがグリモア猟兵の方がそう「見て」しまった以上、起こることは避けられないのだろう。ならば問題の路線にあるトンネルに學徒兵を配置してもらい、周囲の警戒に当たってもらおう。
そして俺自身は私服姿で、電車内に乗車させてもらう。当然桜學府の者と分かる証明も刀も無しだ。この作戦はこちらの存在がバレた瞬間に崩壊する可能性すらあるからな。
刀が無くともそれなりにやれることを見せてやるさ。
馬県・義透
四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友。
第一『疾き者』唯一忍者
一人称:私/私たち のほほん
んー、本当に普通の列車ですよねー。
まあ、事が起こるまでは、景色眺めてましょうかー。こういうの、見たことはあっても乗ったのは初めてなんですしー。
(戦国末期な世界出身。今住んでるUDCアースで列車自体は見ている)
ただ、気になる話が聞こえたら、気づかれないように聞き耳はたてますけどねー。
トンネル…本来ならば『反対側に、確実に出口のある洞窟』ですよねー。
…はてさて、何が原因で、影朧が出るのやらー。
幸徳井・保春(栄光の残り香・f22921)、學徒兵。
この日、彼はこれから事件が起きるであろう列車の三等客車内にて、書生を思わせる質素な私服姿で座席に身を沈めていた。
(神隠しじみた集団疾走事件ならトンネル内……誘拐事件ならトンネルを拉致ポイントに定めた影朧戦線の仕業……まだどちらにも絞り込めないのが厄介だな)
或いは全く別の視点が必要かも知れぬと、保春は腕を組んだまま、車窓の外側に広がる田園風景に茫漠とした視線を送り続けた。
事が起きるのは間違いない。それは絶対に避けられないだろう。そこで保春は事前に問題のトンネル周辺とその内外に、警戒の學徒兵部隊の配置を上申し、了承された。既に十数名の學徒兵が列車到達以前の段階から問題のトンネルを含む線路と沿線周辺に警戒の網を張っている。
それでも十分ではないと保春は判断した。だからこそ、自ら身分を偽って車内に乗り込んできたのである。
(この作戦……こちらの存在が敵に知られた瞬間に崩壊する可能性も否めんな)
得物となる刀は、今は無い。だが、武装が無くとも保春は紛うこと無き學徒兵だ。どんな問題に直面しても必ずや乗り切ってみせるという静かなる自信があった。
その保春の前を、ひとりの男が通りがかった。馬県・義透(多重人格者の悪霊・f28057)である。
義透は列車内を物珍しそうに歩き回りながら保春とは反対側の席に、ゆっくりと腰を下ろした。保春は義透が猟兵であることに気づいたが、同時に義透の方も、同様に保春が猟兵であり、且つ學徒兵であることを既に承知している様子だった。
義透は列車に乗り込むこと自体が初体験だったようで、今回の任務は仕事であると同時に、ちょっとした楽しみを味わう気分でもあったらしい。だが流石に猟兵たる資質は十分だ。緑と黄金色が混ざり合う田園風景を眺めながらも、それなりに情報を仕入れてきている。
義透は目の前の保春にだけ分かるように、同じ客車内の別の簡易コンパアトメント式座席を軽く指差した。そこに、妙に緊張した様子の夫婦と、無邪気に景色の変遷を喜んでいる小さな男の子という家族連れと思しき三人の姿があった。
更に義透は同じ車両の最後尾付近にも視線を泳がせる。そこには、記者風の服装に身を包んだ中年男の姿があった。義透は偶然ながら、記者風の男と家族連れの会話を小耳に挟んでいたのだ。
保春が他人を装いつつ先を促すと、義透は呑気に外の風景を楽しむ体を装いつつ、小さくひと言呟いた。
「……女の呪い」
そのただならぬひと言に、保春は思わず眉間に皺を寄せた。
一方、客車の中でも最も先頭に位置する車両内で、雨野・雲珠(慚愧・f22865)はごとんごとんと揺れる心地良い震動に身を委ねつつ、持参したおやつをもぐもぐと頬張っていた。
雲珠が座している簡易コンパアトメント式座席の傍らには、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)が如何にも興味深いといった表情で客車内や窓の外の風景を、飽きもせずにぐるぐると見渡している。
「面白ェもんだな。こんな馬鹿でけェもンがこんな速さで動くなンてなァ」
「かみさま、一番後ろに展望車両もあるそうなんで、後で見に行きましょうよッ!」
既にある程度の視察は終えているが、全ての車両を徹底的に調べ切ったという訳でもない。勿論、既に張るべき網は張ってあるし、後は待つだけという態勢まで持っていってはいるのだが、それでも雲珠と逢真の好奇心はまだまだ収まりそうにもない。
「ところでかみさま、機関車の方はどんな感じです?」
「んー、今ンとこァこれといった動きも無ェかなァ」
雲珠の勧めとあって、逢真は眷属を列車の心臓部たる機関車方面へと飛ばしており、念の為に結界も張っているのだが、特に気になるような点は見いだせていない。
尤も、トンネルに入ってからはどうなるか、分かったものではないのだが。
ただ一点だけ、気になることがあった。雲珠は全く気付いていなかったが、逢真は彼特有の感覚で、この列車には不釣り合いな気配を感じ取っていたのである。
「さっき坊っちゃん、機関車は女性に例えられることがある、っていってたっけ」
「えぇまぁ。また聞きなんですけど」
それがどうかしたのか、と雲珠が小首を傾げると、逢真は珍しく真剣な面持ちで腕を組んだ。
何故かこの列車全体に不気味な女の気配を感じる、というのである。機関車が女性に例えられることとは無関係だと思われるが、逢真が感覚だけで接した女の気配は、ともすれば影朧に通じるものがあった。
「それじゃあ、これからトンネル内で起きる事件も、その女の気配ってのが絡んでそうですか?」
おやつを食べる手を止めて、雲珠は車内通路の真ん中で仁王立ちになっている逢真を見つめた。既に逢真は女の気配と同時に、別の何かが列車内に生じ始めていることに警戒感を漂わせていた。
そして不意に──まだトンネルまでは距離がある筈だというのに、車窓の外が漆黒の闇に塗り固められた。
「えッ!? もうトンネルッ!?」
雲珠は驚いて視線を左右に走らせたが、しかしどうにもおかしい。この鈍行列車は客車内に照明設備は設置されていない。トンネル内に突入したならば、車内も同じく闇に包まれなければおかしい筈だ。
だが、視界は奪われていない。相変わらず客車内は昼間の田園内を走り抜けていた時と同じく、しっかりと明るいままだった。
逢真は、ふっと苦笑を浮かべた。
トンネルはトンネルでも、鉄道会社が掘削した物理的なトンネルではないことに、漸く気づいたのだ。
そして、女の気配は更に強くなってきている。いよいよ、敵が現れようとしていた。
保春と義透も、事態の異常さに面を引き締めた。
他の乗客達はまだ問題の発生には気付いていないらしく、ただトンネルに入っただけという認識しか抱いていない様子だった。
だが、穏やかな空気もやがて、緊張と不安の色へと塗り替えられてゆく。五分、十分と経過しても尚、窓の外は依然として闇のままだった。
乗客達が表情を強張らせて、何が起きているのかと周囲に視線を走らせ始めた。
その中でも、件の夫婦が見せている恐怖感は特に強かった。一方で、記者風の男も最初は余裕を見せていたのだが、次第に焦燥の色を浮かべるようになっていた。
そして、何かが聞こえた。保春と義透は顔を見合わせた。
「今のは……」
「女の泣き声、って感じでしたかね」
他の乗客らは気づいていない。例外は件の夫婦と記者風の男だ。彼らも、同様に泣き声を聞いたらしい。その面は明らかに、恐怖と動揺で彩られていた。
もしも事件の真相に関わるのであれば──そして影朧の存在と密接に繋がりがあるのであれば、彼らから更なる情報を引き出す必要がある。
問題は、これから起こるであろう事件に対処しながら、同時に情報を得ることが出来るかどうかであろう。
「トンネルてのは、本来ならば反対側に、確実に出口のある洞窟の筈ですよねー。でも、これは普通のトンネルじゃあなさそう……はてさて、何が出るのやら」
義透はゆっくりと立ち上がった。既に戦闘は始まっていると見て良さそうである。
雲珠と逢真は、後方車両へと続く連結部通路に視線を走らせた。
悲鳴が聞こえたのである。
「どうやら機関車の方は外れだった、って感じかねェ」
「かみさま、もうのんびり出来ない状況みたいです」
おやつの入った袋を仕舞い込みながら、雲珠は飛び上がるような勢いで席を立った。後方車両に、何かが出現したらしい。
恐らく影朧が出現したのだろう。その正体と謎を探る必要もあるのだが、しかし今はまず、乗客達の命を守らなくてはならない。
「妙だな……何でこんな時に、女の泣き声が聞こえるンかねェ?」
雲珠を先導して後方車両へと向かいながら、逢真は気に喰わないとばかりに顔をしかめた。
乗車後に感じ始めた女の気配と、そして泣き声。決して無関係ではない筈だ。
「坊っちゃん、切符は落とさねェように、しっかり頼むよ」
「はい、勿論ですッ!」
緊迫した場面に出くわしても、この余裕。
敵は間違いなく出現しているのだが、雲珠と逢真は決して冷静さを失ってはいなかった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
第2章 集団戦
『『廃棄物』あるいは『人間モドキ』』
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POW : タノシイナァ!アハはハハはハハハハハハハハハ!!
【のたうつような悍ましい動き 】から【変異した身体の一部を用いた攻撃】を放ち、【不気味に蠢き絡み付く四肢】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD : ミてイルヨ、ズットズットズットズットズット……!
自身の【粘つくタールが如き何かが詰まった眼窩の奥】が輝く間、【歪んだ出来損ないの四肢】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ : アソボうヨ!ネエ、ネエ、ネエ、ネエ、ネエ……!
【嫌悪や憐れみ 】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【自身と同じ存在達】から、高命中力の【執拗な触腕による攻撃】を飛ばす。
👑11
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
夫婦は、子供を守るようにして叫んだ。
「た、武幸ッ! 椅子の陰に隠れなさいッ!」
「絶対、顔を出しては駄目よッ!」
客車内に蠢く、不気味な怪物の群れ──ひとの形をしているもの、していないもの。或いは、思わず耳を塞ぎたくなるような奇怪な呻き声。
常人ならば気が触れてもおかしくないような怪物の姿が、客車内のそこかしこに出現し始めていた。
「ま、まさか……菊子さんの呪いかぁッ!? ほ、本当に呪われてたのか、あんた達ッ!」
記者風の男が、恐怖と怒りと、その他諸々の感情をない交ぜにした叫びを放つ。その記者にも、魔物の手が伸びようとしていた。
相変わらず、女の声が響いている。
だがそれは泣き声ではなく、腹の底から押し出すような、低い笑い声だった。
神代・凶津
漸くお出ましかッ!
って、あの記者っぽい奴が気になる事を口走ってたな。
菊子さんの呪い?
「・・・詮索は後です。今は怪異を祓うのが先決。」
おう、そうだな相棒。
式神【ヤタ】を操って乗客の座っている席に結界霊符を貼っていくぜ。
「・・・結界を貼りました。皆さん、席を立たないでくださいッ!」
これである程度は乗客を気にせず戦えるか?
敵の動きを見切って攻撃を避けながら近づいて妖刀の一閃をお見舞いしてやる。
敵が群がってきたら千刃桜花でなぎ払うぜ。
破魔の力が宿った花弁を存分に味わいなッ!
敵を殲滅したら菊子さんの呪いとやらをあの記者に聞いてみるか。
【技能・式神使い、結界術、見切り、なぎ払い、破魔】
【アドリブ歓迎】
馬県・義透
四人で一人の複合型悪霊。
『菊子さんの呪い』ねー。穏やかではないですねー。
んー、呪詛方面専門である私の妹にも、声かけるべきでしたかねー?
まあ、できるだけの対処をしましょうか。
『疾き者』唯一忍者
対応武器:漆黒風
UCで手数増やしましてー。
まあ、そうですよねー。お手伝いお願いしますー。
乗客の安全のために、武器を早業で投擲して片付けていきましょうかー。
※
第二『静かなる者』霊力使いの武士
一人称:私/我ら 冷静沈着
対応武器:白雪林
…呪いとわからなかったのですから、仕方なきことかと。
ええ、手伝いましょう。通路という狭きところならば、我ら二人が適任なれば。
私の方は、破魔つきの援護射撃にて、相手を射ぬきましょう。
御園・桜花
「逢魔が辻に入りましたかっ」
先ほど気になった親子連れ&記者の所まで一気に走る
「桜學府登録のユーベルコヲド使いですっ。皆様のことはお守りしますっ。椅子より身を低くして、ご家族で固まって下さいっ」
UC「桜吹雪」使用
視界確保兼目立つよう立って走り範囲内の敵のみ切り刻む
「主に魅入られた方々でしょうか…お可哀想に」
敵の特性に気づいたら積極的に哀れみ攻撃を自分に集め乗客乗員の被害減らす
敵の攻撃は第六感や見切りで致命傷を避け盾受けで軽減
戦闘終了後は周囲にクッキーやドロップス配り落ち着かせてから他の乗客や幼子に聞かれないよう注意して親と記者に話聞く
「籠絡ラムプか逢魔が辻の主がこの先に…何か情報をお持ちでは?」
客車の座席からすっと立ち上がった馬県・義透(多重人格者の悪霊・f28057)は、車内の壁や窓、天井、或いは床から滲み出るように次々と現れる魔物の群れを、然程の脅威でもないといわんばかりの余裕の表情で眺めていた。
「菊子さんの呪いねぇ~……穏やかではないですねぇ。でも、そっち方面に強い妹にも、声かけるべきでしたかねぇ~?」
呑気にぶつぶつ呟きながら、懐から手裏剣を取り出す。
直後、義透の背後に真っ白な武家装束の女性が破魔弓と思しき純白の長弓を携え、凛然と佇んでいた。
先程義透自身が呟いた、妹なる存在であった。
「……当初は呪いとは判断出来なかった訳ですから、仕方無きことかと。勿論、お手伝い致しましょう」
同じ車両の最後尾付近の座席では、記者風の男が目を丸くしていた。義透から別の女性が分離したことで、彼がユーベルコヲド使いであることは理解したようだが、それにしても全く別の人物が分離するというような光景は、見たことが無かったのだろう。
と、そこへ後続の食堂車から御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が連結部通路を抜けて飛び込んできた。
「逢魔が辻に、入りましたかッ!」
事態の急なるを察して駆けつけてきた桜花だが、最初に入手した情報から、この客車が最も重要だと睨み、他はさて措いて、まずはここだと急ぎ駆け付けてきた格好である。
桜花は次々と現れる魔物の群れを、まずはぐるりと見渡してその本質を素早く観察した。いずれも人間の形が崩れたような半液状物質の個体であり、口々から漏れ出る声の連なりに、まともな生物として誕生することが叶わなかった呪詛の響きを感じ取った。
「主に魅入られた方々でしょうか……お可哀想に」
桜花のそのひと言に、魔物の群れは敏感に反応した。それまで、ただ怯え切って身動きも叶わなくなっている無力な乗客に襲い掛かろうとしていたのが、一斉に桜花へと面を向けたのだ。
敵の動きが僅かでも止まった瞬間を見逃す義透ではない。分離した純白の女武者と同時に、一斉に攻撃力をばら撒き始める。義透は手裏剣を、女武者は破魔矢を四方八方に放ち、魔物を手早く消滅させていった。
だが、消しても消しても、敵はそれ以上の速さで上下左右から湧き出してくる。きりが無かった。
「どうやら、ここでひと区切り出来そうですね……皆さん、結果を貼りましたッ! どうか席を立たないで下さいッ!」
同車両の前方連結部通路に、神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)の仮面体を被った巫女装束の神代・桜(かみしろ・さくら)が妖刀を腰だめに構えた格好で駆け戻ってきた。
実のところ桜は、乗車直後からこの車両に乗り合わせていたのだが、敵の襲来と合わせて前後の車両の乗客を守る為にと、式神を操って結界霊符を貼って廻っていたのだ。凶津と桜の中で、乗客をひとりでも犠牲にしてはならないという強い使命感が最初に働いたのである。
(あの記者っぽい奴はまだ無事か。あいつ、菊子さんの呪いとか妙なことを口走ってやがったな)
「……詮索は後です。今は怪異を祓うのが先決」
桜の言葉を受けて、それもそうか、と凶津は意識を敵の群れへと切り替えた。
凶津が見たところ、義透と女武者が件の親子と記者風の男に近づこうとする魔物を手数の多い攻撃で足止めしてくれている。
ならば自分達は、盛大な火力で敵を根元から薙ぎ払うべきだと考えた。
幸い、半数近くの魔物は桜花へと意識を集中しており、残りの半分を凶津と桜で分担出来そうな雰囲気ではある。
桜花は凶津と桜の意図を理解しつつも、件の親子に向けて声を張り上げた。
「桜學府登録のユーベルコヲド使いですッ! 皆様のことはお守りしますッ! 椅子より身を低くして、ご家族で固まって下さいッ!」
直後、車内を無数の桜吹雪が舞った。
全くの偶然だが、桜花も、そして凶津と桜のコンビも、桜吹雪を舞い上がらせる技を駆使する猟兵だった。両者が同時に大火力にして桜吹雪が舞い散るユーベルコヲドを駆使した為、同客車内はほとんど視界が確保出来ない程の派手な薄桃色の嵐に巻き込まれた。
だが、それもほんの数秒の話である。気が付けば、車内はもとの静寂な空間へと戻っていた。
「……魔物の群れは、完全に駆逐された訳ではありません。またもう少ししたら、現れ始めるでしょう」
呪いの力が元凶だと断じた女武者が義透の傍らで、溜息交じりに冷静な分析結果を口にした。義透も困ったもんだと、小さく肩を竦める。
つまり、件の親子や記者風の男に話を聞くことが出来る時間は、然程に猶予が無いということになる。
桜花は怯え切っている子供をまず安心させようと、件の親子が座している簡易コンパアトメント式座席へと歩を寄せた。勿論、他の乗客に対してクッキーやドロップを配りながら気を落ち着かせることも忘れない。
「失礼します……籠絡ラムプか逢魔が辻の主が、この先に……何か情報をお持ちでは?」
だが夫婦はただただ青ざめた表情で口をぱくぱくさせるばかりで、声がまともに出てこない。未だに耳障りな響きをもたらしている、あの女の笑い声に心臓を鷲掴みにされている気分のようだ。
ならば、と凶津は記者風の男に問いかけるべしと桜に囁いた。桜も、凶津の意見に同意した。
「何か、御存じではありませんか? 最初に菊子さんの呪いとおっしゃったそうですね」
「あぁ……うん、知ってるよ。菊子さんってのは、あの旦那の最初の奥さんでね。でもって、あの坊っちゃんを生んだのも、その菊子さんさ」
桜は思わず、恐怖で凝り固まっている夫婦に驚きの視線を向けた。如何にも仲睦まじい親子に見えた家族だったが、どうやらその裏には何やら複雑な事情が隠されているらしい。
「菊子さんは、そこそこ売れた女流作家だったんだけど、十年近く前に旦那と坊っちゃんを残して、線路上で投身自殺したっていう噂があるんだ」
記者風の男は、その噂を追ってあの親子に近づこうとしたようだ。菊子さんの呪いという言葉も、取材の過程で知ったらしいのだが、まさか現実に魔物を出現させる程の強力な呪いだったとは、露とも考えていなかったらしい。
「それはそれは……こりゃあ根が深そうな話ですねぇ~」
義透は何ともいえぬ表情で頭を掻いた。
自分自身も悪霊だから、知っている。身内絡みの呪いというものは、悪霊や死霊の類の中でも極めて厄介な部類に入るのだ、ということを。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
朱酉・逢真
坊っちゃんと/f22865(服含め、接触不可)
(種族柄で正体にアタリをつけるが何も言わない)
(羽織を広げて視界を遮り) 雲珠坊、深呼吸しなィ。落ち着いたかい? よォし、いいこだ。客ァまかせる。俺ァ敵さんの足止めだ。煙魚どもツッコませて凍らして、《獣》からクマ出して砕かせる。嫌悪も憐れみも持ちゃしねえよ。どんなナリでも“いのち"はかわいいだけさ。
先ンじて飛ばしといた《虫》経由で情報入手。眷属は俺の延長。両端までひととおり行き渡ってッから問題ねえさ。坊っちゃん。ちょいと離れたトコで、影朧の原因は乗客の身内らしいって話してンぜ。情報伝達はこれで解決。足場も狭ェこった。ばらけったほうが動きやすかろ。
雨野・雲珠
かみさまと/f16930
ひ、
(深呼吸)
…すみませんかみさま。大丈夫です。
狭くて逃げ場のない列車内。
乗客の皆様を匿うなら
俺の【一之宮】は最適でしょう。
かみさまに援護をお願いして、
なるべく落ち着いた【優しい】声で【救助活動】を。
自分や乗客に伸びてくる触腕は
【枝絡み】をわさわさ繁らせてガードします。
大丈夫です、
安全な場所へご案内します!
さ、こちらへ。
彼らを促し、箱の神紋に触れてもらいます。
これで俺がヘマをしない限りは大丈夫…
他の方のところまで…いえ、
都合よくばらけてるなら
このままのほうがいいでしょうか?
!
なるほど、そっちが原因…!
了解です。ではあれをしのぎながら、
無関係の乗客は匿ってしまいましょう。
幸徳井・保春
話を聞きにいってもいいが、令状無しでいってしまうと學徒兵だった、と後でバレれば責められかねないからな。すでに別の猟兵が囲んで逃げられないようにしている以上、追い込みは不要だな。
もう1人の男は叔父などではなく記者か。わざわざ隠れずくっついているところを見るに、ただの自殺ではないと判断したのだろう?
現場がどうして追わなかったのかは知らないが……同僚相手ならただの相談で済む、告発するか否かは反応を見てからだな。
……【七星七縛符】を叩きつけてからケタケタ煩い影朧を蹴り飛ばさせていただく。思考の邪魔をしないでくれないか。護符が欲しいなら与えてやるから身動ぎするな
人外の魔物共が再び、客車内の床や壁、或いは天井から滲み出るようにして再び群れを形成し始める。
そんな中にあって、幸徳井・保春(栄光の残り香・f22921)は記者風の男と件の親子を交互に眺めながら、ひとり思案にふけっていた。
(あの記者……態々隠れずにくっついているところを見るに、その菊子さんとやらは、ただの自殺ではないと判断したのだろうな)
公的には投身自殺という事実は変わらない。
だがその動機には、武幸坊やとその両親(尤も、女の方は継母なのだが)に関係があると見るべきだ。自殺を処理した当時は、恐らくそこまでの裏取りは出来なかったのだろう。
だが、その結果がこの現状だ。菊子なる女性は影朧となって舞い戻り、あの親子に何か良からぬことを仕掛けようとしている。
(告発するか否かは、反応を見てからだな)
ベンチ型の客室座席に深く腰を下ろしたままの姿勢で、保春はふと足元に視線を泳がせた。魔物が数体、保春に対して攻撃を仕掛けようとしているのが視界に飛び込んできたのだ。
保春は面倒臭そうに護符を取り出し、空を切る程の勢いで素早く投じた。護符は足元に忍び寄ろうとしていた人外の姿にべたりと貼り付き、その動きを封じた。
護符の力で身を縛られても尚、ケタケタと喚くように笑う魔物を、保春は軽く蹴飛ばした。思考の邪魔をされるのが、どういう訳か無性に腹が立った。
一方、先頭客車では朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)が羽織を広げて、雨野・雲珠(慚愧・f22865)の視界を周囲から断絶しようと試みていた。
「どうだい? 落ち着いたかい?」
「……すみませんかみさま。大丈夫です」
深呼吸を二度三度重ね、雲珠は漸く人心地ついた様子で、頭上から覗き込む逢真の穏やかな視線を正面から受け止めた。
「よォし。いいこだ。客ァ任せる。俺ァ敵さんの足止めだ」
「わかりました。乗客の皆様を匿うなら、ここは俺の一之宮が最適ですね」
座席からひょいと降り立ち、雲珠は愛用の箱宮を前に抱える格好で後方に振り向く。幸い、この車両の乗客達は逢真を境として、車両の前方付近に固まっていた。
「大丈夫です。俺は所謂、ユーベルコヲド使いです。皆様を安全な場所へご案内します!」
努めて明るく優しい声音で語りかける雲珠に、乗客達も信頼を寄せたらしい。雲珠が示す箱宮の神紋に、ひとりふたりと手を触れて、次々と安全地帯たる内部へと吸い込まれてゆく。
後は、雲珠は下手を打たない限りは絶対確実に安全といって良いだろう。
そうやって着実に雲珠が乗客達を箱宮内へと避難させている間、逢真は召喚した煙魚を縦横に飛ばし、そして奔らせていた。魔物共は決して怯むことは無い為、煙魚は面白い程に次々と敵を討ち倒してゆく。
更に逢真はクマを現出させ、その強烈な咀嚼力で手近の魔物を噛み砕き始めた。
「……どんなナリでも、いのちってのは可愛いだけさ」
逢真の瞳には嫌悪の色も、憐れみの色も浮かんでいない。あるのはただ、愛でる優しさ。一撃で屠り、苦しみを与えぬ思い遣り。
だがそれでも、魔物の群れはけたたましく騒ぎながら雪崩の如き勢いで襲い掛かってくる。
「ふぅん、成程ねェ。そういうことか」
敵を蹴散らしながら、逢真が不意にしたり顔でつるりと顎の線を撫でた。何事かと雲珠が怪訝そうな視線を向けると、逢真は事前に飛ばしてあった虫経由での菊子さん情報を、手短に語って聞かせた。
「成程、そっちが原因……了解です。では、あれを凌ぎながら無関係の乗客の皆様は匿ってしまいましょう」
「っつっても、もうじき始末も終わっちまうけどな」
確かに、魔物の群れの数は少しずつではあるが、その数を減じている。このまま客車を移動しながら他の乗客を箱宮内に匿い、逢真の煙魚で蹴散らし続ければ、然程の時間を要さずに全てを撃退出来るだろう。
記者風の男と件の親子が居る客車でも、不気味な魔物の数は目に見えて減じていた。
保春も良い加減面倒だといわんばかりに立ち上がり、残りの敵をさっさと始末してしまおうと護符の束を取り出す。
宙空を滑るように奔る、護符の連弾。魔物共は次々と動きを封じられ、保春の靴底が動けなくなった魔物の頭を容赦無く踏み潰してゆく。
やがて──魔物の群れは全て討ち倒された。動いているのは猟兵か、或いは乗客のみである。
さて、これで漸くまともに考察を進めることが出来る、と思った矢先。
保春は客車の前方連結部に黒い姿が凝固していることに気づいた。
女だった。
「坊や……さぁ、母と一緒に参りましょう」
美しい筈の声音だが、何故か背筋に冷たいものを感じさせる嫌な響きだった。
「菊子さんってのは、お前か」
全身が妙な黒さで凝り固まっているその女性は、にぃっと口角を吊り上げた。頭部が何か黒い物で塗り固められているのは、凝固した血液だった。
逢真と雲珠も、謎の女の出現を悟った。
遂にこの事件の黒幕が現れたと見て良い。
「坊っちゃん、急ぐぜ。何となく正体は分かってたが、まさかこうも早く現れるたァね」
「正体……ってことはやっぱり」
雲珠はそこで、声を呑み込んだ。
一両先が件の親子と記者風の男が居る客車だが、その手前に、黒く凝固した血液で全身が汚れている女の幽霊と思しき影朧が、全身から禍々しい狂気を放ちつつ、ゆらりと佇んでいるのが見えた。
脚が震えそうになるのを雲珠は懸命に堪えた。移動しながら箱宮に匿うことが出来た為、乗客がばらけていたのは或る意味、幸運だった。
だが、あんな恐ろしいものを見てしまったら、まだ匿い切れていない残りの乗客は恐怖と混乱に陥るのではないか。
尤も、女の方は呑気に待ってやろうとは考えていないらしい。
今にも件の親子に襲い掛かりそうな雰囲気であった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
第3章 ボス戦
『魔縁ノ作家』
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POW : 〆切の無間地獄
非戦闘行為に没頭している間、自身の【敵の周辺空間が時間・空間・距離の概念】が【存在しない無間の闇に覆われ、あらゆる内部】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD : ジャッジメント・ザ・デマゴギー
自身の【書籍、又は自身への誹謗中傷】を代償に、【誹謗中傷を行った一般人を召喚、一般人】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【敵に有効な肉体に変質・改造し続ける事】で戦う。
WIZ : イェーガー・レポート~楽しい読書感想文~
対象への質問と共に、【400字詰原稿用紙を渡した後、自身の書籍】から【影の怪物】を召喚する。満足な答えを得るまで、影の怪物は対象を【永久的に追跡、完全無敵の身体を駆使する事】で攻撃する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「アララギ・イチイ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
坊や、さぁ、母と一緒に参りましょう。
その女はね、坊やのお母様などではありませんよ。その女は、私を死に追いやった憎き仇。
私の作品を穢し、貶め、私から生きる希望を失わせた悪の権化。
そんな女が坊やの母親を名乗るなど、断じて許せません。
さぁ、坊や。
母の居る世界は静かで、穏やかで、とても暮らし易い世界ですよ。
……あら、あなた、居たの?
私を裏切り、その女と一緒になった挙句、私の可愛い坊やまで取り上げるなんて。
どこまで不義理なお方なのでしょう。
ええ、良いですとも。
その女諸共、地獄に叩き落として進ぜましょう。
神代・凶津
あんたが今回の事件の元凶って訳か。
見るからに狂気に囚われてんな。
あんたとあの夫婦に何があったかは、俺達には分からねえ。だが・・・。
「・・・お子さんをそちらには連れていかせまん。なにより貴女自身がいずれ後悔する筈ですから。」
相棒の言う通りだ。
アンタは俺達が止めるッ!
一気に距離を詰めて妖刀で先制攻撃だ。
相棒の破魔の霊力を込めた一閃をくらいな。
そのまま敵の攻撃を見切りながら妖刀で斬りこみ続けてやる。
出来れば戦いながら影朧から今回の事件を起こした真相を情報収集するぜ。
そして敵の隙を見計らって
「・・・破邪・鬼心斬り。貴女の狂気を斬り祓います。」
【技能・先制攻撃、破魔、見切り、情報収集】
【アドリブ歓迎】
神代・凶津(謎の仮面と旅する巫女・f11808)の仮面体を被った奥で、神代・桜(かみしろ・さくら)はその美貌を悲しげに歪めた。
影朧に身を墜としたとはいえ、母親が我が子を手にかけようなどとは、あってはならないことだ。
(あんたが今回の事件の元凶って訳か……見るからに狂気に囚われてんな)
凶津の意識の声は桜だけではなく、目の前の女の亡霊──菊子の脳裏にも響いている様子だった。
(あんたとあの夫婦に何があったかは、俺達には分からねぇ。だが……)
「……お子さんをそちらには連れていかせません。何より貴女自身がいずれ後悔する筈ですから」
桜はうっすらと光芒を放つ妖刀を構え、菊子との間合いを一気に詰めた。
ほとんど一瞬で目の前に迫った桜の圧倒的な速さに、菊子は対応することが出来ない。破魔の霊力が秘められた一閃が、逆袈裟斬りの太刀筋を描いて菊子の胸元を襲った。
「……破邪、鬼心斬り。貴女の狂気を斬り祓います」
桜の静かで穏やかな声とは対照的に、菊子は憎悪に満ちた怒りの形相に面を歪めながら、僅かに後退した。
間違いなく、効いている。このまま連撃を叩き込み続ければ、確実に仕留められる。凶津は桜と共に放った攻撃に、確かな手応えを感じていた。
だが敵も、ただでは転ばない。菊子は薄汚れた大判の紙片を投げつけてきた。桜は難なく斬り払ったが、菊子は口元を狂気に歪めた。
「私から坊やを奪ったその女が、私に何をしたかご存知?」
当然、桜も凶津も、知る筈がない。だがそれが、菊子の狙いだった。桜と凶津が黙然と菊子を見据える中、菊子の手にした血まみれの書籍から、漆黒に塗り固められた影の怪物が出現した。
狭い車内だ。菊子への動線は目の前の怪物によって遮られた。この怪物を退けない限りは、菊子に肉迫することも出来ない。
「このままでは菊子さんと斬り結ぶことも出来ません。どうか、教えて下さい。菊子さんとあなた方の間には一体、何があったのですか?」
桜の問いかけに対し、夫婦はしかし、ただ怯えたような表情で青ざめるばかりで、ろくに口も効けない状態だった。それ程までに、悪意の影朧と化して出現した菊子が恐ろしかったのだろう。
武幸少年は何が何だか分からず、ただ全身を強張らせている。とても事情を知っているとは思えない。
であれば、矢張り継母と呼ばれたあの女性の口から真相を聞き出す必要があるだろう。
成功
🔵🔵🔴
御園・桜花
「貴女の話は貴女から見た真実でしかないけれど。吐き出さねば転生に繋がることもないでしょう。お話になったらいかがです?」
UC「桜吹雪」使用
原稿用紙を渡させず敵と原稿用紙をまとめて切り刻む
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す
両親の背中をさすり
「貴方達が武幸くんの御両親です。貴方達が武幸くんにきちんと説明できなくては、貴方達は武幸くんの信頼を失います。彼が幼かろうが貴方達が話辛かろうが、武幸くんにも分かるよう説明なさって下さい。魑魅魍魎を倒せても、私達では家族の絆は守れません。此処が正念場ですよ」
「武幸くん。命の危機に、御両親は貴方を守ろうとなさいました。貴方を愛する立派な御両親だと思います」
子の手を握る
菊子は更に紙片を投げつけようとしたが、突如吹き荒れた桜吹雪によって微塵に裁断された。
武幸少年とその両親を守る為に、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が客車内通路の中央で仁王立ちとなっている。その華やかな容貌とは裏腹に、桜花の端正な面には冷然たる厳しい色が張り付いていた。
「貴女の話は、貴女から見た真実でしかないけれど……吐き出さねば、転生に繋がることもないでしょう。お話になったらいかがです?」
菊子は桜花の攻撃が厄介だと感じたのか、守りの姿勢を取った。ここで桜吹雪を仕掛けても相手には何の打撃も与えられないが、同時に菊子の側からも手出しは出来ない。
今しかない、と桜花は瞬時に判断した。
武幸少年一家が身を強張らせている簡易コンパアトメント式の座席へと身を割り込ませると、恐怖で凝り固まっている両親の背を軽くさすった。
「今は、あなた達が武幸君の御両親です。あなた達が武幸君にきちんと説明できなくては、あなた達は武幸君の信頼を失いますよ」
例えこの場で菊子という魑魅魍魎を撃退出来ても、家族の間には必ずしこりが残る。
武幸少年の年齢が、問題なのではない。また、夫婦の中に残る感情も、障害としてはならない。親子が腹を割って言葉を交わすことが重要なのだ。
「私達のユーベルコヲドでは、あなた達ご家族の絆を守ることは出来ないんです。此処が正念場だとご理解下さい」
次いで桜花は膝立ちの格好で高さを落とし、武幸少年の小さくて柔らかな手を、そっと握ってやった。
「武幸君。命の危機に、御両親はあなたを守ろうとなさいました。あなたを愛する、本当に立派なご両親だと思います」
桜花の和やかな笑みに、武幸少年も場の恐怖を忘れ、笑顔で頷き返した。
この少年は心の底から両親のことが大好きで、誰よりも頼りにしているということが、この僅かなやり取りの中でも十分に感じ取ることが出来た。
確かに生みの親はあの菊子かも知れない。だが愛情を持って育てているのは間違いなく、この夫婦だ。
桜花は、菊子の呪縛を解くことが親子の幸せに繋がると信じ、立ち上がった。
「その女はかつて、とある小説雑誌の編集者をしておりましたのよ。そして私の担当者でもありました」
親子を守るように立ちはだかる桜花に対し、菊子はどす黒い呪詛の念を込めた低い声音でいい放った。
「なのにその女は私に筆を折らせようとし、ありもしない誹謗中傷の手紙を大量に、私のもとへと送り届けたのです」
「それは……君の作品が頽廃的で反社会的だったのを改めさせる為だ。事実、君の作品をプロパガンダに利用しようとするテロリストが現れ始めていたではないか」
菊子の言葉を遮ったのは継母ではなく、武幸少年の父だった。
成程──桜花はこの一連の応酬で大体のところを悟った。
武幸少年の継母は、菊子と武幸少年を守ろうとしたのだ。だがその想いは菊子には届かず、菊子は絶望だけを抱いて死を選んだ。
恐らく、そういうことであろう。
「何とも悲しいお話ですね……お互いを思い遣る心が却って悲劇を生んでしまった……」
しかし、だからといって退く訳にはいかない。
桜花はそれまで以上に、この親子を絶対に守り抜かなければならぬと改めて強く思った。
大成功
🔵🔵🔵
朱酉・逢真
坊っちゃんと/f22865(服含め、接触不可)
(救助はまるでダメなんでおまかせ)
心情)ひ、ひ。声を交わすこともおこたる怠惰。相手が間違っていると信ずる傲慢。いとけない幼児の情緒そのものだ。ああ、かわいらしい。
雲珠坊はいかに動くかい。そう、手を取るか。そンなら俺は協力しよう。俺は神だからなァ。“いのち"の頼みは叶えたくなるのさ。
行動)嬢ちゃん(*菊子さん)を《抑制》する。UCの発動、高ぶる感情。いまだけ静かに、抑えとくれや。坊のハナシを聞いとくれ。なんなら吾子とも話すがいいさ。まずは静かに冷静に。いっときの激に流されなさんな。俺の寿命は湯水と使おう。獣じゃねェなら、まずァ声を交わしな。
雨野・雲珠
かみさまと/f16930
救助活動継続。パニック起こした乗客は眠らせて回収
不貞の上で、陥れるための嫌がらせではなかったと…?
お話通りならば
怒りも恨みもご尤もだと思っていましたが…
菊子さまだけを悪役にするのが
ご家族の今後には一番よいのでしょう。
でも…いえ、そうじゃないですね、どっちが悪いとかじゃなくて。
お助けにきたんです。どちらのことも。
語りかけます。手をとってくださるかは相手次第。
怨みを手放せとは言いません。
あなたがいるはずだった場所に他の方がおられる無念、
想像もつかないほどです。
けれどお子さまの未来を思って、お鎮まりくださいませんか。
坊やに祝福を。
次の世で、笑って会えることもございましょう。
幸徳井・保春
誹謗中傷の手紙。それで本当に止められるとでも思ったのか?
どうして編集部と旦那がそういう作品を書いて欲しくないのか、なぜお抱えの作家がそういう作品を書きたいのか……十分に話し合ったか? それ以上書くなら縁を切ると脅せなかったのか? 優しくすれば聞くとでも?
本気で互いのためにやったかもしれない。だがその結果は取り返しのつかない傷と、それを舐め合うような婚約関係と、ただ悪戯に友を憎む心だ。……やり方を間違えたんだよ、あんた達は。
作家なら、編集者なら、この原稿用紙に思いを全てぶつけろ。その間俺がこの怪物を抑えてやる。
これだけ煽れば、流石にお互い動き出すだろう。今この場で正面衝突を起こして理解しあえ
馬県・義透
【外邨家】
双子妹=蛍嘉(f29452)
『疾き者』のまま。
対峙する前に。蛍嘉、出てきなさいな。
まったく、『静かなる者』と霊力面での師弟だった縁を使って来るとはねー。
私たちが悪霊だからこそ使える手ですねー。
いや、『静かなる者』は笑ってますが。
…それにしても、悲しいすれ違いで、これほどまでになるとはー。
やはり、身内での呪詛はねぇ…。
ですが、既にあなたは過去の人。あなたに武幸殿を渡すわけにはいきませんしー。
なにより、あなた、関係のない人も巻き込んでるんですよ。そう、この列車の乗客をね。
原稿用紙は貰いませんよー。第六感で避けますねー。
鬼蓮よ、その紙をずたずたに引き裂きなさいなー。
外邨・蛍嘉
【外邨家】
双子兄=『疾き者』(f28057)
あっはっは。ごめんね、すでに出発してたし…急いでたから、まず兄や師弟の縁伝ってみたら、ああなった。
まあ、まさかこういう呪詛だとは思ってなかったけど。
あとでちゃんと謝るよ。今は、目の前のことにかからなきゃ。
でも、本当に私方面の話だね、これは。
そう、身内への呪詛ってものは、厄介で深くなりやすいから。歩き巫女してても、何件かあった。
たとえすれ違い・勘違いでも、それに抱いた感情は本物だからね。
破魔・浄化つきの『藤流し』を投擲しよう。原稿用紙は…任せた!
…家族の絆を、邪魔しちゃいけないんだよ。彼らは今を生きてるんだ。
※兄のことは基本『義透』と呼び捨て
菊子はまだ、動き出す気配を見せていない。
猟兵の数の多さを警戒しているのだろうか。いずれにせよ、お互いの感情をぶつけ合う方向に仕向けるには丁度良いタイミングだと、幸徳井・保春(栄光の残り香・f22921)は夫婦に冷めた表情を向けた。
「誹謗中傷の手紙……それで本当に止められるとでも思ったのか? どうして編集部と旦那がそういう作品を書いて欲しくないのか、なぜお抱えの作家がそういう作品を書きたいのか……十分に話し合ったか? それ以上書くなら縁を切ると脅せなかったのか? 優しくすれば聞くとでも?」
「経緯も事情も何も知らないくせに、知った風な口を利かないで頂きたい。妻がどれ程に努力し、苦しんだのかも知らないくせに……」
武幸少年の父は、苦しげに呻くような声で保春の言葉を真っ向から否定した。
ということは、やるべきことは全てやり尽くしたのか、と保春は内心で小首を捻る。だがここで合点したと引き退がってしまえば、お互いの動きを誘って正面衝突を引き起こすことは出来ない。
保春は更に言葉を繋いだ。
「本気で互いの為にやったかも知れない。だがその結果は、取り返しのつかない傷と、それを舐め合うような婚約関係と、ただ悪戯に友を憎む心だ……やり方を間違えたんだよ、あんた達は。作家なら、編集者なら、この原稿用紙に思いを全てぶつけろ。その間俺がこの怪物を抑えてやる」
「いいや。そいつァやめた方が良いなァ」
保春の煽りを、しかし別方向から遮る声があった。
朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)だった。
「お前さん、さっきも見たろう? あの原稿用紙を引き金にして現れる怪物はァさ、原稿用紙を受け取ったモンに向かって、一直線に襲い掛かるって寸法らしい。お前さん、腕に自信はあるようだが、あの坊やを絶対に守り切れるって確証はあンのかい?」
逢真は菊子の悪霊としての本質を見抜いている。逢真の目から見れば、菊子が抱いている憎悪は幼児の悪感情そのものに等しく、愛でるに値する。
だがそれだけに真っ直ぐで、純粋で、その勢いは烈火の如きだ。
折角、雨野・雲珠(慚愧・f22865)がこれから言葉を投げかけて鎮めようとしている時に、保春が仕掛けようとしている策は却って逆効果だ。流石にそればかりは黙って見過ごす訳にはいかなかった。
「あ、ありがとうございます、かみさま」
保春の攻撃的な言葉の流れに内心はらはらしていた雲珠だったが、逢真の絶妙なタイミングでのフォローに、ほっとひと息を漏らした。
もしもあのまま保春が菊子を完全に煽り倒していたら、今頃は取り返しのつかないことになっていただろう。実際、菊子は保春の台詞に負の感情を思い起こしたらしく、青白い面を激情の色に歪めようとしていた。
「おっと嬢ちゃん、今だけ静かに、抑えといてくれや。坊のハナシを聞いとくれ。先ずは静かに、冷静に。いっときの激に流されなさんなって」
逢真からすれば、菊子は可愛らしいお嬢さんという位置づけらしい。
その独特の表現に、馬県・義透(多重人格者の悪霊・f28057)は手裏剣を構えたまま、ついつい苦笑を禁じ得なかった。
と、そこへ後方の客車からひとりの歩き巫女風の女性が飛び込んできた。外邨・蛍嘉(雪待天泉・f29452)だった。
「あっはっは~……いやいや、ごめんね。既に出発してたし、急いでたもんだから、先ず兄や師弟の縁伝ってみてたら……」
「蛍嘉、出て来なさいっつってから、だいぶんかかっちゃったねー」
頭を掻いて盛大に誤魔化し笑いを放つ蛍嘉に、義透は別の意味での苦笑を浮かべた。
「後でちゃんと謝るよ……今は目の前のことにかからなきゃ」
「はいはい……それにしても、悲しいすれ違いでこれ程までになるとはねー」
義透は僅かに肩を竦めたものの、既にその視線には菊子の動きを瞬間たりとも見逃さぬという集中力が煌めいていた。
これで、役者は揃った。特に身内絡みの呪詛は、蛍嘉の最も得意とする案件だった。
「でも本当に、私方面の話だね、これは……そう、身内への呪詛ってのものは、厄介で深くなり易いから」
蛍嘉の歩き巫女としての経験の中にも、この手の問題は決して少なくはなかった。すれ違いや勘違いでも、当人達が抱いている感情は本物だ。
しかも絆や縁が深いだけに、余計に始末が悪い。
菊子は周囲をがっちりと固める猟兵ひとりひとりに憎悪の視線を送っている。誰から攻撃したものかと、値踏みしているようにも思えた。
それまで他の乗客への救助を続けていた雲珠も、いよいよ黒幕との対峙とあって、己の行動を切り替える必要があった。
雲珠は逢真が仕掛けた抑制の力で支援を受けつつ、菊子に手を差し出した。
菊子は、無反応である。だがそれでも構わなかった。
「怨みを手放せ、とはいいません。あなたが居る筈だった場所に、他の方が居られる無念……想像もつかない程です」
そこで雲珠は、武幸少年にちらりと視線を流した。雲珠に釣られて、菊子の瞳も僅かに泳ぐ。
「けれども、お子様の未来を思って、お鎮まり下さいませんか」
願わくば武幸少年に祝福を。
悲しい親子が次の世で、笑顔で出会えることもあるだろう。
菊子の表情に、ほんの少しだけではあったが、怒りとは別の感情が萌すようになっていた。同時に、武幸少年の継母の面にも、やるせない感情が動く。
その微妙な変化を義透は見逃さなかった。
「奥方、いいたいことがあるんなら、今のうちですよー。菊子さん、既に関係ないひとを巻き込んじゃってるんで、決着は早い方が良いんですけどねー」
菊子は悪霊として立ちはだかっているが、武幸少年とその両親から見れば、菊子は過去の存在だ。そんな彼女に武幸少年を委ねる訳にはいかない。
だが救える者は、可能な限り救った方が良い──呪詛を長年扱ってきた蛍嘉からの助言だった。
そんな義透と蛍嘉の意図を悟ったのか、武幸少年の継母は呻くように言葉を絞り出した。
「菊子さん……私はもう、長くはありません。持ってあと数年の命だと、お医者様からもいわれています。恐らく武幸の成人を見届けることも出来ないでしょう。いずれ近いうちに私もそちらに参ります。ですから、後少しだけ、待って下さいませんか」
継母の言葉を、武幸少年は正確には理解出来ていない様子だったが、しかし言葉のニュアンスから悲しい未来が近いうちに訪れることを悟ったようだ。その幼い顔が見る見るうちに泣き顔へと変じた。
菊子は、武幸少年の感情の変化から、ある事実を悟った。
「……そう。武幸の母は私ではなく、あなたなのね」
武幸少年は継母の限られた命に対してこそ、悲しみを表した。菊子は、己の居場所が武幸少年の傍に無いことを理解した。
そして次の瞬間──菊子は毅然とした表情で原稿用紙の束を手にし、周囲を固める猟兵達に五月雨の如く投げつける態勢を見せた。
菊子は、願ったのだ。己を討伐せよ、と。
義透は疾風の如き速さで奔り、蛍嘉は親子の盾となるべく身を移した。
同時に保春も呪符を手にして菊子の懐へと走る。
逢真は仕方ねぇとばかりに、菊子を封じる力を尚一層、強めた。
そして雲珠は、ただ悲しげに佇むばかりであった。
やがて、列車を覆い尽くした死のトンネルは消失した。
車窓の外は再び、明るい光景に包まれる。
菊子の姿は、なくなっていた。
そしてもうひとり──例の記者風の男も、どういう訳か姿を消していた。
かつて、小笠原・菊子(おがさわら・きくこ)という小説家が居た。
彼女はデビュウ当時から売れっ子作家としてめきめきと実力を発揮し始めたが、やがてその作風は退廃的で反社会的な傾向へと流れ始めた。
出版社と家族は何カ月も懸命に菊子を説得したが、菊子は自らを支持ずる熱烈なファンの為に、家族を捨て、出版社とも縁を切り、自費出版で己の作品を発表し続けた。
だがいつしか、菊子の書籍は流通の波から姿を消した。彼女がどうなったのか、世間は知る由も無かった。
菊子は、人間の姿をしたひとりの影朧に翻弄され、狂気の道に堕したともいわれている。
その影朧は、記者風の中年男の様な姿で、時折姿を現していたという噂が残されていた。
成功
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