君を想い絶たんともがきしは(作者 棟方ろか
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●げに浅慮の至りなりき
 ――桜を眺めながら飲む酒が、うまかった。

 ふと押し上げた瞼は重たく、ぼやけていた視界がはっきりする頃になって、かれは徐に頭をもたげる。
 あんなに遠いと感じていたまろい月が、近い。
 ああそうか、変わったのだとかれは思う。自分の姿はあのときを境に竜となり、花に団子、月に団子、そして絶えぬ酒を味わい続け、今というひとときを新たに生きはじめた。そうと実感したからこそ、熱い喉から溢れる言葉がある。
「どうだ、うまかろう」
 己でも聞き慣れぬしわがれた竜の声で話し掛ければ、内からじんわりと滲み出す温かさがあった。だからかれは、そうかそうかと二度ほど肯い、ぐい呑みに酒を注ぐ。とくとくと快い音が響いた。
 他には誰もいない。ここにいるのは、竜の姿を模した己だけ。
 だがこの姿こそ、アイツと自分が共生する証でもある。
 地球と骸の海の狭間にあるこの世界で、骸魂となったアイツと果たした再会は、長く生きすぎた身にはひどく懐かしい。
 地球では、直接別れを告げぬままだったから尚更だ。
 アイツが大好きなヒトと共に在り、幸せならと望んで背を向けたものだが――いざ再会してみれば、思いのほか喜んでいる自分に一驚したものだ。
 嗚呼、思い断とうと自らを欺いたところで、心深まるばかりだったのだろう。思い出というものはなんと美しく、残酷か。思い起こせば起こすほど美化され、欲しくなり、いつしか心を蝕んでいく。
 巡る思考を止めて、かれは口を開いた。
「そうだ、ヒトに教わったという月琴を弾いてはくれまいか。はは、これでは無理か」
 言いながらかれは、酒を手にした自分の身体を見下ろす。巨大な竜は、雲上から滅びゆく地を眼下にしている。そう、世界は今まさに崩壊し、消え去ろうとしていた。理由はかれにも分かっている。意識せず口にした言葉を、かれは今でも思い出せるのだから。
「ほら、良夜に酒盛りだ」
 そう声をかけ、いつぞやヒトに囲まれ楽しそうにしていた後ろ姿を想起する。
 あの後背から遠ざかるときに呼び起こされた思い出は、アイツと共にした月見酒。
 ――月を見ながら飲む酒が、うまかった。
 しかし何故か、今宵の月は妙に寂しげだ。

●グリモアベースにて
 時よ止まれ、お前は美しい。
 それは、世界の終わりを告げる『滅びの言葉』だった。
「大切なひとと一緒になれたことで満たされて、思わず呟いちゃったみたい」
 ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)はそう告げる。
 妖怪は長く生きている者ばかりだ。生きてきた分だけの思い出が、どうしても残る。
 そして『思い出』と呼べるものが嬉しいことばかりでないのは、猟兵たちにも心当たりがあるだろう。後悔、悲哀、寂しさ――大切なひととの思い出であれば、そうしたものも多い。
「その大切な人が、骸魂になって自分の元へ来てくれたら……後は想像つくでしょ?」
 ホーラの問いに、猟兵たちの表情は銘々ほのかな色を帯びた。
 骸魂は、生前に縁のあった妖怪を飲み込み、オブリビオンと化す。そういうことだ。
「オブリビオンは雲の上にいるわ。そこへ行くには、異端の彼岸花が必要なの」
 言葉通り他とは違う彼岸花が、雲上へ導く鍵となっているそうな。
 転送先に広がる彼岸花の園では、訪れた者ひとりにつきひとつ、異なる花がどこかに咲いてくれている。しかし残念ながら、見た目には違いがない。
 生き写したかのような真っ赤な花の中から、異端のものを探さねばならない。
 では『異端』とはいったい何か。
「ひとによると思うの。だから、あなたの思う異端を探してみるのが一番の近道ね」
 鍵となる赤を発見次第、不思議な雲上が猟兵を迎え入れる。
 竜の姿をしたオブリビオンは、そこで酒を呷っているのだ。
 雲の上で咲く桜を眺め、月を仰ぎ、穏やかな滅びの時間を過ごしている。
「もちろんオブリビオンだから、ちゃんと倒してきてほしいの」
 世界を元に戻すためにも、崩壊の中心にある骸魂を、オブリビオンを倒す必要がある。ただ、共生できて喜んでいる妖怪は抗うはずだ。
 もしも掛けられる言葉があるのなら、説きたい想いがあるのなら、妖怪の心を揺さぶってみるのもいいかもしれない。そうホーラは付け足す。
 妖怪の信が揺らげば当然、オブリビオンの動きにも隙が生じるからだ。
「妖怪さんを助け出せたら、思い出食堂へ連れてってあげて」
 客の『思い出』を材料にする食堂で、だからか味も様々だという。
 そこで猟兵たち自身の思い出を調理してもらうのも良いし、救い出せた妖怪との時間を過ごしても良いだろう。
 ――骸魂に呑まれオブリビオンとなる前の妖怪は、どんな存在だったのか。
 最後にそう尋ねた猟兵へ、ホーラはにっこり微笑んでこう答える。

 友だち思いの青鬼さんよ、と。


棟方ろか
 棟方ろかです。全体的にしんみりしたお話。
 一章は冒険、二章でボス戦、三章が日常です。

●一章について
 広大な彼岸花の野で、異端の彼岸花を探します。
 訪れたひとりにつき一本、異端となる彼岸花がどこかに生えています。
 見た目はどれも同じなので、それ以外で『異端』な要素を探してみましょう。

●二章について
 オープニング冒頭にいる『かれ』がそのオブリビオンであり、飲み込まれた妖怪。
 表に出て、話をしているのは妖怪側の人格ですが、呼びかけ方などによっては骸魂側とも話せます。
 なお、骸魂に飲み込まれた妖怪は、オブリビオンを倒せば救出できます。
 章開始時に簡単なリプレイを挿入します。参考程度にどうぞ。

●三章について
 「過去や思い出を材料に料理を提供する」思い出食堂で、ご飯タイム。
 思い出によって味が違います。甘酸っぱい思い出だと、料理も甘酸っぱかったり。
 救い出した妖怪もその場におりますので、かれとお話しするのも良いですし、自分や仲間との思い出に浸るだけでも良いでしょう。
 章開始時に説明用の簡単なリプレイを挿入します。
 この章のみの参加ももちろん大歓迎ですので、お気軽にどうぞ!

 それでは、おもひで色のひとときをお過ごしください。
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第1章 冒険 『異端の彼岸花』

POWとにかく歩き回って探す。
SPD周囲を見渡し、明らかに違う花を見つける。
WIZ周囲の環境を調査し、ありそうな場所を特定する。
👑7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


レザリア・アドニス
異端……
あまり、好きではない言葉ですね……

……どう見ても、みんな『同じ』なんですけど……
広大な赤い絨毯に、ゆっくり歩く
私にとっての『異端』は、なんですか
誰よりも高く頭を上げて、咲き誇っているあの一本ですか
それとも群れから離れて、どうしてそこに生えるかはわからないあの一本ですか?
ううん、きっとそれもただの『同じ』の一つなんです
私の、私が探している『異端』は――

動物の屍に寄生して、根が骸と絡み合って離れられないそれを見かける時
「み、つけた……」

ごめんね、あなたの力が必要なの
優しくその赤い花に触って、雲上へ導いてもらう


 レザリア・アドニス(死者の花・f00096)は眉をひそめた。
 異端。たった三つの音で成り立つこの言葉は、レザリアの胸裏にざわめきを生む。
 それは他とは『ちがう』もの。正統なる何かから『はずれた』もの。
「あまり、好きではない言葉ですね……」
 苦々しく口にしながら彼女は足を進めていく。夕陽で染め上げた草原のごとく鮮紅色で織られた絶景に、ちかちかした痛みが目に刺さる。思わず幾度か瞬いたのち、彼女はおちかたにぽっかり浮かぶ月を仰ぎ見た。まどろみに沈む時間を迎えたかのような世界で、やはり一面に敷き詰められた緋は眩しい。
 そしてこうも思うのだ。
(……どう見ても、みんな『同じ』なんですけど……)
 異端なる何かが存在するようには見えず、けれど異端と呼ばれるものは確かに存在すると知っている。違和にも似たむず痒い感覚がレザリアの心を揺らす。揺らされながらも少女は足を止めなかった。いたん、いたんと頭の内で巡らせた言葉に段々と靄がかかり始める。
(私にとっての『異端』は、なんですか?)
 自らへ、そして辺りに咲き誇る曼珠沙華へ意味を問う。彼女が目にした景色にあるのは、似通った背丈、同じ色で佇む花ばかり。黒衣で緋を撫でながら目線をあげていけば、いつしか彼女はとある花を捉えていた。
 誰よりも高く頭を上げて、咲き誇っているあの一本ですか。
 それとも群れから離れて、訳も解らず咲くあの一本ですか。
 あるいは仄かな香とは違って、におい立つあの一本ですか。
 確かめながらひとつひとつ辿り、辿ってはううんとかぶりを振る。指先で触れ、鼻先を寄せてみても、どれも同じだ。少なくとも彼女にとっては同じだった。それは異端ではないとレザリアの芯が胸を叩いて訴える。本当に探している異端は、ここで咲う彼岸花ではないのだと頭の中で言の葉がせわしく泳ぐ。
 そう。そうだ。私の、私が探している『異端』は――。
 ふらりふらりと立ち寄っては足を止め、再び歩き出して宛てもなく彷徨ったレザリアはやがて、赤き野に埋もれる動物の屍を発見する。
「み、つけた……」
 唇で囁きほどの音を模りながら、白い手で摘んだ一輪。
 根が寄生した骸と絡まり、縺れあって離れられないソレに咲いた、一輪だ。
「ごめんね、あなたの力が必要なの」
 雲上へ向かうための鍵に、少女はそっと微笑みかけた。
大成功 🔵🔵🔵

林・水鏡
別れて久しい者と出会えたならばどれだけ嬉しかろうな。
我にもその気持ちは分かってしまう。
だが、それでも永遠の別れと言うものは存在するのだから。

美しい曼珠沙華…彼岸花の園じゃがこの中で異端とはどういうものじゃろうな?
見た目に違いがないというのならば匂いじゃろうか?それとももっと漠然とした雰囲気のようなものじゃろうか。
さて…我一人でこの園を探すのには手が足りんからな。『幽世蝶』に手伝ってもらおう。
【偵察】かはたまた【宝探し】か。
そうじゃなぁ我は【宝探し】気分で探してみようかの。


 ひょこひょことお団子頭が朱をゆく。
 紅を挿した衣が曼珠沙華に溶け、あどけない赤を濃く残す少女――林・水鏡(少女白澤・f27963)は静かに四顧する。
「異端、異端とな」
 ふむと唸る声は幼いながら、見渡す眼差しは平静なままだ。
 歩むたび、どこからか吹く風で花が咲う。そよぐ風に導かれるまま進んだ水鏡が、茫漠たる赤き野にぽつんと佇む。
 ――ひとり。
 ひとり風を浴び、ひとり時間の流れに揺蕩い、ひとり花の香を知る。
 水鏡は目を細めた。思えばこの緋が誘う先にいる存在も、ひとり世に揺らいでいたのだろうか。真にひとりでなかったとしても、心持ちに寂しさがあるのなら、それはひとりと相違ないだろうと水鏡は想い馳せる。ならば別れて久しい者との再会は、言い表しがたい喜びに満ちるもののはずだ。
(嬉しかろうな。ぽっかりあいた穴が埋まる心地じゃろうな)
 波打つ一色に沈みつつ、水鏡は静かに息を吐く。
(我にもわかってしまう。その気持ちはの。じゃが……)
 思い手繰りながらも彼女は幽世蝶を呼び覚まし、異彩で絶佳を飾った。増えた色彩は一面の朱の上で映え、艶めいた光を放って一輪一輪を照らしていく。幽世蝶が求める蜜は、生死の境にてにおい立つもの。だからこそ咲き乱れる彼岸花の園は、幽世の蝶があそぶに相応しき場で。
 ならぬ。ならぬのじゃ。
 音に出さず喉奥で紡いだ少女の言の葉が、鱗粉を伝って蝶から花へと降りかかる。寂しげにひっそりと、粉の煌めきが花へ膜を張った。そうして辺りを見回して進み、水鏡は更に胸中で渦巻くものをかたちに換えていく。
「……永遠の別れというものは、それでも存在するのじゃよ」
 言い終えたところで彼女はふと気付く。蝶からの恵みを受けぬ花がそこにあると。
 そうっと寄せた鼻先を鳴らしてみた。ここに咲く彼岸花も、草花特有のにおいがするかと思いきや。
「嗚呼、これは、そうじゃの」
 水鏡の目許が緩む。顔を覗き込むように舞う蝶をよそに、彼女はようやく、異端とされた花へ手を伸ばす。
 見つけた宝は、ほんの少しだけ物悲しい香りがした。
大成功 🔵🔵🔵

ベル・ルヴェール
辺りは赤い花で溢れていた。僕はこんな花を見た事が無い。
これはサボテンの花ではないな。初めてだ。
アイン。お前は知っているか?お前はこの世界の生まれだろう。
太ったヴァンパイアバットに話しかけてみる。
羽ばたけないのか僕の肩に座って休んでいた。

この中から異端の花を探すんだアイン。
お前は僕よりもこの世界に慣れている。分かるか?
見た目はどれも一緒だな。見分けがつかない。
匂いはどうだ?僕は本物の匂いを知らないけど違う部分があるかもしれない。
こんなに広いと大変だけどアインも探してくれたら早く済む。
あっちは頼んだ。見つけたら僕に教えるんだ。


 砂に咲く花と異なる色彩が、ベル・ルヴェール(灼熱の衣・f18504)の眸を楽しませた。驚いた、と紡ぐ音さえ微かに弾む。見渡せば、変わらぬ一面の紅がさやさやと揺れ、ベルを誘うばかりだ。誘われるがまま歩むわけではないが、一握りの好奇心を含んでベルはひっそり笑む。
 溢れる赤など、顕現してこのかた見たことがない。陽を浴びた紗のごとく輝く熱沙や、そこで生きるサボテンの花は幾度も目にしたが、これほどまでに鮮麗な赤は初めてだ。だからか運ぶ歩も心なしか速まる。
「アイン、お前は知っているか?」
 ふとベルが見やった先、ずんぐりした体躯のヴァンパイアバットがいた。
 突然問われて眠たげにまなこを動かしたアインが、ふかふかの毛並みを掻きつつベルの方を向く。
「お前はこの世界の生まれだろう。どうした、わからないか」
 続ければアインのふくよかな身が、ぐでんとベルの肩で垂れた。
「異端の花、だそうだ。他と異なるものを探すんだ、アイン」
 見目に差のない姿かたちをした花たちが咲き誇る中、ベルはアインならではの嗅覚へ頼りを傾ける。
「お前は僕よりもこの世界に慣れている。分かるか?」
 顎を動かせば、アインの毛がくすぐったい。顎骨に撫でられたヴァンパイアバットは、ベルの肩で休んですっかり英気を養ったのか――あるいは少しばかり興味を示すようになったのか、のそりと躯を起こして四辺へ鼻先を向けだす。
「どうだ? 本物とそうじゃないもので、違いがあるかもしれない」
 偽物、とは言えぬままベルがアインへ托す。そんな彼もまた、朱を映した緑で周りを確かめつつ歩く。しかし果てが見えぬほど茫洋とした花の園だ。ひとつずつ探すとなると大変だが、アインがいる分、捜索もしやすい。
「あっちは頼んだ。見つけたら僕に教えるんだ」
 羽ばたけないアインを旅立たせ、ベルはベルで彩りの海をゆく。
 やがて足元の花にばかり目線を落としていた彼は、ふと頭をもたげる。道行く友の名を微かに口ずさめば、その呼び声をも嗅いだかのようにアインが近寄り、どこかを顔でさし示す。
「そうか、あっちだな。行こう」
 アインの嗅ぎ分けた異端の花の元へ、彼は進む。同じ光景の中をひたすら歩いてきたというのに、飽きる様子も、げんなりする素振りもなく。何故ならそう――似た景色をゆくのは、慣れているのだから。
大成功 🔵🔵🔵

天狗火・松明丸
酒を呑むには、確かに好い月夜か
世の終いに交わす盃も満ちようものなら
此れも止む無しと、少しは胸裡も埋まろうか

…はは。感傷的になっていかんな、こりゃあ
言葉の一つでも応えれば、呼び掛け甲斐もあると云うのに
彼方も此方も静かにお行儀良く並んどるわ

……ん?

何ぞ、花の群れで頭の動きの可笑しな奴が居るんでないか

踏まぬよう分けて入って
赤い海の端っこで、ひとつ違うと見たならば
其れは他と異なり、風の流れも知らぬふり
そよりそよりと、己の思うままに戦いでいた

此れだけ同じ顔をした中、然れど異端とするのは
お前さんが、ふらふらしとるからかねえ
探し求めた彼岸花なのかは分からんけども
如何だ、空の上にも良い風は吹いとるだろうか


 野辺にたなびく夜気は湿り、世の末も知らぬ物寂しき月を皓々と映す。
 酒を呑むには、確かに好い月夜か。
 天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)はそう思いつつ、ふっと吐息のみで笑った。一夜の夢に契った縁がその意味を紡ぐのであれば。世の終いに交わす盃も満ちようものなら――此れも止む無しと、少しは胸裡も埋まろうか。
 松明丸はそう願いつつ、ぬるい息のみでまた笑った。
「……はは。感傷的になっていかんな、こりゃあ」
 ひとり佇むき緋き景勝の地で、呟きは呟きのまま落ち行くばかり。
 応える言葉なき花の園では、呼び掛ける甲斐も無いに等しく、ただただ松明丸の心が虚しさを覚えるだけだ。
(彼方も此方も、静かにお行儀良く並んどるわ)
 一糸乱れぬ揺れ具合だと言っても差し支えないほど、どの花も規律を乱さない。乱すことを知らぬのか、あるいは意識して右に倣っているのか。いずれにせよ艶麗な景色を築くのに一役買っているかのようで、松明丸は目を眇める。
「……ん?」
 いつしか彼の歩みは、とある群れの前で止まっていた。はたと気づき一瞥してみれば、何ぞ頭の動きの可笑しな奴が居る。見間違いかとゆっくり瞬いてみるも異なる動きはやはりそこにあるままで、だからこそ松明丸は顎を引き、再び歩を運ぶ。
 踏まぬよう分けて入り、揺らぎ方の違う花を眼前にした。
 たとえば赤き海で生まれる小波が、彼岸花一同の起こした打ち方ならば。己の意思を抱き戦ぐ様は確かに、鏡写しのごとく同じ顔が並ぶ中で『異端』となってしまうのだろう。何故なら、赤い水面の端でひっそり生きるそれは、風の流れにも素知らぬ顔だった。そよりそより、思うがまま過ごしている。
 ――然れどそれを異端とするのは、どうにも。
「お前さんが、ふらふらしとるからかねえ」
 ふと緩めた眦に朱が差す。何気なく差し出した手で曼珠沙華に触れてみると、鮮烈な彩りが指間を滑りゆく。くすぐったくも、添う姿はまるで松明丸に何事か求めてきているようで。意識せず松明丸の唇が震えた。
「如何だ、空の上にも良い風は吹いとるだろうか」
 そうして仰ぎ見た月はやはり黙したまま、冴えた光を夜へと落としていく。しとりしとりと。
 月がいかなる情に暮れているのか。
 それを考えるだけで松明丸の胸はざわついた。
大成功 🔵🔵🔵

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
SPD

懐かしい人との出会いを望み、叶えば嬉しい気持ちはわかるつもり。
だけど、きっと俺には真には理解できない。
どういう形であれ、いきるものはいずれ死や終わりを迎えるもの。
俺は生まれてすぐにそれを知ったから。
どんな最後を迎えるにしても。悲しい思い出以上に、楽しい思い出を積み上げたくて俺はまだ立っている。戦う事をやめずにいる。

見た目は同じなのに異端、とはどういうのを言うんだろう?
人と同じ見た目なのに人とは違うと言われてるようで…なんというか。
…これかな。少し他とは離れて一本だけ咲いてる花。
通常彼岸花は群生して咲くが、これは人を避けてる俺らしい。
天上の花曼殊沙華、雲の上に導いておくれ。


 ひとならざるものと、ひとと呼ばれるものの境界は果たして何処にあるのだろう。
(なんというか、やり辛いな)
 冷えた頬を掻いて黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は面をあげる。一節の詩を綴れるほどの絶勝の中、足取りは重く、空気までもが圧しかかるように彼には思えた。そよぐ風は軽やかに緋の絨毯を撫でていくというのに。理由は明白だ。異端という響きが瑞樹の内で引っ掛かり、ちくりと刺激しているからで。
 眸を射抜く花の濃艶さは、そこかしこにある。同じ色彩、同じかたち、同じ背丈で風に遊ばれている光景。
 けれど、ここには異端なるものがいる。同じという枠に当て嵌められながら、外れたものがあるそうだ。顎に手を添え沈思するも、浮かんでは消える考えはただひとつで――やはり、やり辛い。
 険しくなる眉間へ指を押し当て、どうにか開いて平らにした瑞樹は、徐に遠くを瞥見する。そこには一色の佳景が広がるばかりだが、次に彼が、あっ、とか細い声を発するまで時間はかからなかった。
「……これかな」
 群生する彼岸花たちからは少し離れたところ、静寂を友に咲く一輪花を彼は見つける。
 月明かりに浸った唐紅が、孤独の情を彼へと示す。
 おかげで彼も、小さく息を吐いてほんのり微笑んだ。
(俺らしい曼珠沙華だな)
 瑞樹は人目を避けて咲く天上の花へ、導いておくれ、と薄い唇で紡ぐ。
 ――あの雲の向こうには、懐かしいひととの再会に喜ぶものがいる。
 望んだ出会いが叶えば嬉しい。それは瑞樹にも察せられる。
 ただ、理解はできなかった。理解した振りはできても、真に距離を詰め心へ寄り添うなど、己にはきっと。
「どういう形であれ、いきるものはいずれ……死や終わりを迎える」
 音にしてみれば簡単だ。終焉へ至るのは当たり前の流れで、しかも瑞樹はそれを世に生じてすぐ知ることとなった。知ったからこそ思えるのだ。どんな最後を迎えるにせよ、積み上げるのなら楽しさを。悲しみを遥かに凌駕する、良い思い出を。
(そのために俺はまだ立っている。戦う事をやめずにいる)
 そうして彼は、赤き花に誘われ高みへゆく。

 ひとならざるものと、ひとと呼ばれるものの違いは果たして何処にあるのだろう。
 ひとのものと同じ想いが、自分にもあるというのに。
大成功 🔵🔵🔵

メリル・チェコット
もう逢えないとおもっていた大切な人と一緒になれるだなんて
それはとても幸福なことのようだけれど
過去は過去であって、イマには存在してはいけない

なんて、口で言うのは簡単だけど
わたしが同じ立場なら、ちゃんと割り切れるのかな
――お母さん

見渡す限りの紅
踏み潰さないようにそうっと歩く
過去の大切な人に想いを馳せながら
花が好きで、優しい人だったから
きっとこの景色を見せたら、喜んでくれたろうな

異端、って何だろう
どれも同じに見えるけれど……

見下ろした視線の先
一輪の華から
声が零れた、ような

あなた、今わたしに話しかけた?
しゃがんで華に触れてみる
……ふふ
きっとあなたが導いてくれるんだね


 もう逢えないという現実をじっくり噛み砕き、苦くともなんとか飲み込んで日々を過ごす。そうして、いつしか想い出となった大切な人の残照だけを連れていたら――その逢えるはずのなかった相手との再会を果たせた。しかも逢えた喜びを分かち合うだけで終わらず、ふたり一緒になれるのだという。
 それは少女にとって、とても幸福なことのように思えた。
 だが、過去は過去。イマに存在してはいけない。
(……なんて)
 唇を結んで鼻歌を奏でていた少女は、いたずらを仕出かした幼子のように無邪気な瞳をくるりと動かす。
(口で言うのは簡単。でもわたしが同じ立場なら、どうかな。ちゃんと割りきれるのかな)
 割り切る――唇同士の逢瀬さえ拒む、あまりにもさっぱりした音で築かれた言葉。少女もわかってはいる。
 理解に心が追いついていくだろうか。
 わかっていると言いながら、いざ自分が直面したときには、惑わずにいられるだろうか。
 断言できぬのは、心でくるんだ隙間を彼女自身が知るからで。
 ――お母さん。
 風に唄う紅たちの狭間で、メリル・チェコット(ひだまりメリー・f14836)もそう歌う。
 音なき歌を吐息で模り、彼岸花の合間を縫って赤き野の奥へ奥へと向かう。
 過去を生きた、大切な人に想いを馳せながら。
(お花が好きだったなあ)
 それでいて、優しい人だった。妖艶な美が敷き詰められたこの野辺にも、きっと喜んでくれただろうと簡単に想像がつく。ついてしまったから、胸裡でくるくると、想い出が円を描いて止まない。
 巡る思考を片隅へ寄せるかのように、彼女は目的の花探しに耽りだす。
(異端、って何だろう。どれも同じに見えるけれど……)
 同じ顔をした花たちは、さやさやとお喋りに夢中だ。そこに異端らしきものはなく、かれらを眺めていたら不意に音が耳朶を打つ。つられて顔を向けたメリルは、一輪になぜか目を奪われた。
「あれっ、あなた、今わたしに話しかけた?」
 スカートを撫でつけてしゃがみこみ、緋の花弁をつつく。
 くすぐったそうに揺れたものだからメリルも思わず、ふふ、と柔らかな息を零す。
「そっか、あなたが導いてくれるんだね」
 今度はひらいた手の平を差し出し、反り返った花弁を掬うように撫でる。
 すると一輪の彼岸花が、咲った。
 それを目にしたメリルも微笑む。幸福色の紅差した頬を、ふくりと持ち上げて。
大成功 🔵🔵🔵

文月・ネコ吉
出会って別れてまた出会う
ただそれだけの事が世界の崩壊に繋がるとは
運命って奴はどこまで残酷なんだか

長い長い時を経ての再会に彼らの縁の深さを感じつつ
鞘に収まったままの刀を握り、溜息

ヒトと共に在る事を望んだ竜
骸魂とて友と世界を壊したい訳ではなかったろうに
それでも出会った彼らの想いの行く末を見届けようと思う
例え引き裂かねばならぬとしても

赤い花の群れを抜け岩場に腰を下ろせば
岩陰に一輪の彼岸花
他の花から離れる様に咲いている
雨は降っていないのに雨露に濡れたその花は
刀で斬り付けた血飛沫の様に赤く鮮やかで
胸の奥に痛みが走る
掌に蘇るのは人を斬る生々しい感触

「異端か、成程な」
この花と共に雲上へと行こう

※アドリブ歓迎


 撫でつけたヒゲがひりつくようで、文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)は常より鋭い眼光をますます強めた。彼の双眸が捉えた世界は、徐々に終わりへと近づいている。終わった後の世界がいかなるものかネコ吉も知らぬが、真闇より深い闇であろうと想像はつく。
 緋き花の野辺は未だ鮮烈な色彩で出迎えてくれているが、間もなくここも、その闇に閉ざされてしまうのだろう。
 出会い、別れ、また出会ったふたりの心によって。
「……ただそれだけの事だというのに」
 たったそれだけのことが、世界を崩壊させていく。
 彼は目の当たりにした運命の残酷さに、ゆらりと尾を動かす。
 彼岸花がそよげば、何処から吹いているのかもわからぬ風にネコ吉の毛並みもさやさやと撫でられた。風の音を除けば静かな花園で、ひとの声どころか、息吹すらここでは感じない。
 艶やかな佳景の中を進み、ネコ吉は鞘に収めたままの刀を握り、ため息をひとつ零した。
 ヒトの傍に在ることを望んだ友と。再会を喜んだ友。
 彼らの縁の深さが、長い長い時を経て再会に繋がったのだろうかとネコ吉は物思う。
(骸魂とて、友と世界を壊したい訳ではなかったろうに)
 幽世に辿り着けず骸魂となりながらも、縁を手繰り寄せて漸く会えたのなら。
 刀を握る手にも、より一層の力が篭る。
(それでも、出会った彼らの想いの行く末を見届けよう。たとえ……)
 たとえ、引き裂かねばならぬとしても。
 沈思の末、ネコ吉はぽつねんと佇む岩場へ腰を下ろした。ひんやりした岩場から改めて望むと、やはり赤い。彼岸花たちは彼が通った後でも、何事もなかったかのように波打つばかり。変わらずそこに咲き続ける花たちを眺めているうち、ふと気付く。
 ぴんとそば立てた片耳で探り、岩陰を覗き込む。
 すると群生した花とは距離をおいて咲く一輪が、そこにはあって。
 ひっそりと岩の陰から覗く彼岸花は、なぜだか降っていない雨露に濡れ――花の色を映した雫は、まるで。
「っ……!」
 思わず胸を押さえた。止まぬ痛みが走り、胸の奥から沸いた熱が全身を駆け巡った。そうして掌に蘇っていく、生々しい感触がネコ吉をざわつかせる。
 ふるふるとかぶりを振り、胸中の痛みも、ぬるく掌を痺れさせたあのときの感覚も隅へ寄せて、彼は震える口端をどうにか吊り上げた。
「異端か、成程な」
 ならば寄り道せず雲上へと赴こう。
 血飛沫の様に赤く鮮やかな、この花と共に。
大成功 🔵🔵🔵

黒葛・旭親
時よ止まれと願うほどの哀慕か
切ないものだ

親しい者との再会ならただそっとしておきたい心証も強いけれど
どうにもそうはいかないらしい
やれ、儘ならないものだね

それにしても一面の彼岸花を見下ろす雲の上で花見酒とは趣味が佳い
僕もその高みへお邪魔したいよ

ということで『異端』を捜そうか
僕にとっての異端、かあ
だとしたらきっと触れたなら領るだろう
見目が同じでも『生きていない』、生命を感じない硬い花

歪だと知っていてなお、それでも共に在りたい
龍と融けた青い鬼、
まるでお前さんのようだろう
僕は決して其れを否定はしないとも

ひとつひとつ
花を傷付けないように気を付けて触れよう
此れはすぐに傷付けてしまう手だ
異端の硬さは好ましい


 緋き野辺に咲き続ける命を、雲上から一望する。
 それはそれは大層な景勝だろうと、黒葛・旭親(角鴟・f27169)は双眸を細めた。しかも片手にあるのは幽世の酒。趣味が佳い花見酒だと笑みを頬にほんのり含み、彼は噂の佳景へお邪魔するための鍵を探す。
 見渡して異端なる花を捜すよりも、自ら歩き回った方が早いと考え、色濃い地をゆく。
(僕にとっての異端、かあ)
 まさしく十人十色の、無数の答えが返りそうな議題だ。
 しかし己が何を異端とするかわかっていれば、あとは行動するのみで。だから旭親は、絡み合う花弁の紅を撫でつつ進み、淡い衣へ鮮やかな色を映していく――ひとたび触れたなら、領るだろう。たとえ見目を同じくしても、宿らぬものはあるのだから。
(そう、たとえばこの花のような)
 そこにあったのは、美しく生命あるもののかたちを成した、一輪の彼岸花。
 連ねた思考のゆく先だ。この硬い花を言葉で表すとすれば、生きていない花だろう。傷つけぬようにそうっと指を寄せた旭親は、「ああ」と思わず声を発し、顎を引く。花弁の感触や色は他と変わらぬようで、しかし旭親には明瞭に見分けられた。
 花を摘んでみると、少し力を入れるだけで綻び、崩れてしまいそうだと彼は思う。
 今にも壊れてしまいそうな異端の花。そして歪だと知っていてなお、共に在りたいと縋りつく者。
「……まるでお前さんのようだろう」
 天上を仰ぎ、旭親は呟く――龍と融けた青い鬼へと。
「僕は決して其れを否定はしないとも」
 唇を震わせて、彼は好ましいと感じた異端の硬さに浸る。世の終端を見下ろす雲へ導く鍵ゆえか、それとも生死の境目を知るゆえか、花は黙したまま彼へ生殺与奪の権を握らせている。
 ふ、と吐息のみで笑って旭親は再び空を見た。
(時よ止まれと願うほどの哀慕か。……切ないものだ)
 再会と呼ぶ時間の相手は、親しき仲なら尚更、近寄らずただそっとしておきたい心証も強い。
 何もなければ、関わりのないことだ。何も起きなければ、ありふれた光景だ。しかし。
(どうにもそうはいかないらしい)
 滅びゆく世界がある限り、「何も無ければ」などは夢物語なのだろう。
 旭親は顎を撫で、手にした彼岸花を杯のごとく天へ捧げる。
「やれ、儘ならないものだね」
 まもなく彼の姿は、そよいだ紅き花と共に消えていった。
大成功 🔵🔵🔵


第2章 ボス戦 『酒呑み竜神『酔いどれオロチ』』

POW ●桜に酒はよく似合う
【周囲に咲いている桜の花びら】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD ●月も酒にはよく似合う
非戦闘行為に没頭している間、自身の【頭上に輝く満月】が【怪しい光を照らして包み込み】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
WIZ ●やはり祭りに酒はよく似合う
【頭上の提灯の怪しくも楽しそうな灯り】を披露した指定の全対象に【倒れるまで踊り狂いたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は高柳・源三郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●彼岸花が導いた先で
 ――あのとき飲んだ酒が、うまかった。
 雲海に咲く桜を仰ぎ見て、竜は思う。そう思えば、かれを飲み込んで一緒になった友も、頷いたように感じる。
「今宵は酒が進む進む。いやあ、めでたいとはこういうことか、はっはははは」
 既に蕩けつつある目許をますます和らげて、竜が大口を開けて笑う。
 未だに聞き慣れぬ竜の声は、友に――骸魂に呑まれたがゆえ模った姿によるもの。
「ん? はは、なあに、姿なんぞ気にするものか」
 かれは言う。骸魂と化しても、自分のもとへ寄ってきてくれたのだ。今更気にするものなど無かろうと。
「これほど喜ばしい夜に、あれこれ考えるのは野暮というものだ」
 語り出したら止まらなくなる。友との想い出は随分昔の出来事だった気もするが、ついこの間のことのように思い出せた。けれど、それほどまでの深い情が自分の心にあったのだと、かれは口に出さない。それこそ野暮というものだ。
「きちんと会って別れを告げられていたらと、幾度か悔やんだ日もあったが……」
 ふと蘇る在りし日の感情だけは、少しばかり零して。
「いやしかし、今となっては笑い話だ」
 そして朽ちていく世界を眺めつつ、かれは世界の終わりについては触れない。
 触れる必要がなかった。
 ――今こうして飲む酒が、うまいのだから。
 しみじみとぐい呑みを見下ろせば、水面が月や桜を次々と映していく。この雲にある景色を、酒によく合うもののすべてを、ひとつひとつ映してはかれへ知らせてくれた。
 ここにある幸福を。かれの呼ぶ「アイツ」と一緒になったことで、得られたひとときがいかに大切なものかを。
 巡る想いはしかし、雲の上へ導かれた者たちによって遮られる。
「んん? 何者だ? ここへ容易に来られる妖はおらんはずだが……」
 言いながら来訪者を見つめ、かれは――オブリビオンとなったかれらは気付く。
「猟兵、お前たちも酒や団子を味わいに来たのだろう?」
 彼岸花に導かれ訪れた猟兵たちへかかった『かれ』の声音は、ひどく穏やかだ。穏やかではあるが。
「酒も団子も、他の食い物もたんとあるぞ。さあさ、どうだ?」
 声に不穏な緊張があった。
 友とふたりで過ごす時間を阻まれたがゆえか。
 それとも猟兵たちの目的を悟ったがためか。
 いずれにせよ、猟兵たちの成すべきことはひとつ。

 オブリビオンを倒すこと。それだけだ。
林・水鏡
花見酒も月見酒も祭りで飲む酒も美味かろう。
友と飲むなら尚更だ。
さぁ、野暮を承知で…無粋を承知で邪魔をするぞ。
恨むなら恨んでくれていい。

UC【白澤変】
いかに美しい花も我ら猟兵の邪魔をするのならそれは『害』あるものだ。

【オーラ防御】で身を守りつつ【天候操作】でかぜを吹かせて花弁を飛ばす。
我の攻撃は微々たるものじゃろうが他の猟兵の役には立とう。

別れは認めねばならんよ。
死はいずれ訪れるそれは時に神すら殺す。


 こくり、こくりと林・水鏡(少女白澤・f27963)が肯う。
「美味かろう、筆舌に尽くしがたい喜びであろう」
 言い終えるや否や開かれた水鏡のまなこは、今ここにあるすべての色よりも濃く艶やかな赤で、竜を射抜く。
「友となら尚更だ」
「ふむ、理解してもらえるとはな。ありがたいことだ」
 竜は何の気なしにそう告げた。だが水鏡は思うのだ。それは食べて飲むことに限らないと。
 友がいる、という事実はあらゆるものを引き立てる。世界をより鮮明にさせる。美しいものを、いっそう美しいと感じさせる。かたちや呼び名はどうであれ、大事な存在がいかなる影響をもたらすか。水鏡も解しているからこそ、よそ見をして通りすぎることができずにいた。
「さぁ、野暮を承知で……無粋を承知で邪魔をするぞ」
 ふわり、と少女の身が浮く。今宵の月よりも冴えた髪をなびかせ、白澤はゆく。
「とくと見よ、これぞ我の真骨頂じゃ」
 散りゆく白花を吹き飛ばさんばかりの勢いで、彼女は翔けた。
 楽しい夜を飾る光は、竜を唸らせる。
「ほほう、絶景だ。花や月も佳いが、これもまた」
 かれは喜んだ。天翔ける無数の輝きが、魔を破り、討ち滅ぼすためのものであったとしても。
 今というひとときを彩る色に、竜は大口を開けて笑う。嬉々とした反応を見せるかれへ、水鏡はやまず破魔の光を射していく。
 はらりはらりと舞う春告げの花を、猟兵を阻む『害』ある存在を閃光が砕いた。花弁が溶ける。焼ける。白澤たる彼女を覆った花嵐は、まばたきひとつ為す間に次々と消え去っていく。
 吹き渡る風に乗り、桜が行き先を失うのを横目に水鏡はかれへと迫る。
「別れは認めねばならんよ」
 酒を呑み続ける竜へ、真正面から告げた。
「死はいずれ訪れる。時に神すら殺すそれを、須らく受け入れねば」
 あるべきものを、あるべきこととして受け入れよ。
 水鏡のそんな言が突き刺さったのか、竜がむずむずと顎を動かす。
「奇異に感じる物言いだな」
「はて、そうじゃろうか」
 すかさず応じた水鏡に、かれがぐっと言葉を飲み込んだ。
「解っておるから、認められんのじゃろう?」
 ひとつずつ連ねる。言い募り、光と共に畳みかける。
「今のおぬしは、ぽっかりあいた穴が埋まる心地に、ただただ浸かっているだけじゃ」
 まこと気高き瑞兆の獣は、言葉と光で竜を追い詰めていく。
大成功 🔵🔵🔵

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺(本体)の二刀流

その酒は本当にうまいのか?お前の友は世界を気にしない非常な奴だったか?
…これで聞き入れるならこんな事にはならんだろうが。
なんだろう。感情が渦巻いてうまく言葉にできない感じだ。

基本存在感を消し目立たない様に立ち回る。そして可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺のUC剣刃一閃で攻撃。
直接刃が届かないにしても頭の角でも落とせば、多少は攻撃方法を制限できないかな。
またすぐ生える可能性もあるが。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。


 空を彩る感情を仰ぎ見て、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)はため息を零した。
「その酒は本当にうまいのか?」
 端的な問いは、何杯目になるかも判らぬ酒の手を止めさせる。
「お前の友は、世界を気にしない非常な奴だったか?」
 次に触れたのは、かれの友についてだ。訴えかけるのなら、かれが願った相手を切り札とするのが適していると考え、瑞樹は臆することなく紡ぐ。気後れも怯みもないはずだが、しかし瑞樹の胸裡がざわついて治まらない。
(なんだろう……)
 胸に手を押し当てて、覚えたもののかたちを探ろうとしたのに。
(うまく、言葉にできない感じだ)
 渦巻くそれが瑞樹を撫でさすり、やがて呑みこんでいこうとしているようで、もどかしい。沈思する彼の様相を察したのか、それともかれもまた考えていたのか、竜は竜で押し黙り桜華絢爛の景勝を一望していて。
「友との酒が、不味いはずなかろう」
 ようやく返った竜からの答えに、瑞樹は短く息を吐いた。そんな彼へ、竜がくつくつと笑う。
「それとも、お前は友との酒の旨さを知らんというのか?」
「……そうではない」
 少しばかり語気を強めて瑞樹が言う。
「大事なのは、そこではないはずだ」
 言い難い想いを、彼は刀身へ乗せる。
 一閃。瞬いた輝きの行方が宙空へ消えるより先に、ゴトン、と重たげな音が足元で転がった。正体を確かめずとも瑞樹は知っている。角だ。祭りの夜を照らす霞んだ燈りごと、角を切り落とした。
 嗚呼、と竜が嘆く。嘆きはしたが重んじる素振りはなく。
「せっかちな猟兵だ。いやしかし、ゆえに過去を屠れるのか」
 そして竜は、瑞樹へ春告げの花を降らせた。はらはらと不定の動きで舞い散る花弁は、常世であれば美しい景色の象徴とも呼べたが、ここは幽世。瑞樹は白花に惑わされることなく身を捻り、右手に掲げた胡で春を裂き、左手で握った黒鵺へ避けきれなかった色を滑らせる。
「本当に理解していないのか?」
 訴えかける。
 瑞樹自身、内で湧いたものを言の葉へ換えられぬままいつまでも燻っているが、それでも。
「酒の味を、本当に感じているのか?」
 返答はなかった。
 だが、伏せられた竜のまなこだけが、痛切な念を瑞樹へ知らせてくれる。
 瑞樹はその受け取り方がわからぬまま、得物を振るい続けた。
大成功 🔵🔵🔵

レザリア・アドニス
…何のために来たかは、きちんとわかっているようですね…
ならば、ちょっと、話がしやすいかもしれない
この『幸せ』は、長続きできないのは、もうわかっているかしら…
なにせ、本当は、時が止まらないから
止まったと思ってても、いずれは崩壊してゆくから

最後に、お別れを告げる時間ぐらい、楽しく飲んでください
そして――

…もういいの?
よくないって言っても、私は私のすべきことを果たすの
【全力魔法】で強化した鈴蘭の嵐を満天に吹かせて、敵の生命力を剥がしていく
【呪詛耐性】と【狂気耐性】があって、そして祭りも踊りも、自分とは縁遠い言葉なので、あまり動揺しなくて、ただ漠然と戦う


 とくとく。とくとく。まるで心が軋む音のようだ。
 レザリア・アドニス(死者の花・f00096)は目を細め、その光景を眺めた。竜が酒を注げば、とくとくと酒器が鳴る。竜がぐい呑みを呷れば、とくとくと喉が鳴る。そうしてひとつひとつ、かれの軋みを知ってしまう気がした。
「……何のために来たかは、きちんとわかっているようですね……」
「紛う方ない意志だからな」
 竜の言にもまた迷いはなく、レザリアが淡く色づいた唇を震わせて話し出す。
「この『幸せ』は、長続きできない。それはもう、わかっているかしら……」
 世界が終わりに近づいているのは、かれの放った言葉が原因だとレザリアも聞いていた。ならば、時よ止まれと妖怪が願ったから、幽世は素直に応じたのだと考えるのが普通だろう。時よ止まれと囁いたかれの心情も、想像はしやすい。だが。
「時は、決して止まらないから」
 たとえこのまま世界の終わりを迎えても、時は決して止まらない。
「止まったと思ってても、いずれは……」
 レザリアは、少しばかり喉元でつかえた言葉を搾り出す。
「崩壊するだけ……」
「そうだな」
 かれは言った。目を伏せ、酒を呑むときのようにじっくりと、レザリアの話を喉へ流していく。
 けれどゆるくかぶりを振って、かれはこうも言う。
「だがな、猟兵よ。俺の時はとっくに止まっておるのだと思う」
「とっくの……昔に?」
 意味を問うように、レザリアが首を傾ぐ。するとかれは静かに首肯して。
「アイツと別れたあのときから、ずっとな」
 レザリアの目許に緊張が走る。この緊張を哀れみと呼ぶのか、哀しみと呼ぶのかは、彼女にもわからない。ただ、話してくれた竜のしわがれた声が、苦しげにレザリアの耳朶を打つ。
「一度は、動き出したのですか……」
 友との再会によって。
 最後まで語らずともレザリアの意図を察したのか、竜は笑う。
「それでも、世界の時を止めようとしたのは、あなたです……」
 かれは自分ではなく、この世界に生きるすべての時間をかなぐり捨てた。
 だからレザリアは、かれの物言いにもうろたえない。
「……お別れを告げる時間ぐらい、楽しく飲んでください」
 提灯の霞んだ光を浴びながらも、彼女は鈴蘭の花嵐を起こした。
 すると満天を飾る花の下で、竜がとくとくと次なる酒を注ぐ。とくとく奏でながら呟くのだ。
 なんと美しい景色であろう、と。
大成功 🔵🔵🔵

ベル・ルヴェール
友と呑む酒は美味いだろう。僕もそう思うよ。
僕も僕の家族達と呑む酒は好きだ。
僕はお前を邪魔しに来た訳じゃ無い。
お前のやりたい事は分かるからな。

火神スヴァローグ。僕の片割れの力だ。
僕もこの力を使う度に片割れの事を思い出す。行方不明だけどね。

酒も食事も誰かとするから美味しい。
一人でしんみりとするよりも楽しい。
思い出話をして懐かしんだり、近況報告を聞くのが僕は好きだ。

邪魔をして悪かった。友と二人で僕の片割れの炎を見て欲しい。
炎を見ながら語らうと気持ちが落ち着く。
僕の一族は炎を囲って話をするんだ。

武器の金の鎖で竜を捕まえる。
お前とはきちんと語らってみたかったな。
立派な竜よ、また会おう。


「僕はお前を邪魔しに来た訳じゃ無い。やりたい事は分かるからな」
 ベル・ルヴェール(灼熱の衣・f18504)が綴ったのは、叫んで歩く名も持たぬ、ひとつの感情だ。
 けれど、決してそれをひとつの言葉で言い表さず、竜へ教えず、ただ目許を緩め彼は共感を唄う。
「友と呑む酒は美味いだろう。僕もそう思うよ」
 ほう、と竜が唸る。
 偽りはない。ベルも家族たちと呑む酒は好きだった。
「酒も食事も誰かとするから美味しい。一人でしんみりとするよりも楽しい」
 ひとしずく。ひとしずく。熱砂に溺れる水音を聞きながら、青年の唇は阿りもせず。言葉の杯へ触れる。
 竜が注ぐ酒を聞けば、懐かしいとさえ思えた。
 聡き心の眼で知ったかれからの報せに、好ましさを覚えた。だから。
「……邪魔をして悪かった」
 言いながらベルはゆるりと手を振る。そして指先で撫でたショーラが踊るのを、眺め出す。ちぎれて見当たらぬ先端を探すように、右へ左へ飛んだ金の鎖が求めるは、かの者の――先を見誤った生気。
 友と二人で見つめる緋が、どれほど美しいか。
 見て欲しくてベルは紡ぐのだ――これは僕の片割れなのだと。
「片割れとは、良きものか?」
 竜からの問いに、炎を双眸に映し安らいでいたベルが顎を引く。
「立派な竜よ、お前はよく知っているだろう? それとも……」
 一度切った言葉が火と共に舞い上がる。昇りゆく火竜を囲って過ごす一族とのひとときが、行方知れずとなった片割れの姿かたちが、ベルの眼裏に思い起こされた。しかし思い出に浸りもせず彼は続きを述べる。
「片割れと括れるものではないのか?」
 ひとつになってしまったがゆえに。
 ベルが重ねた質問に、竜からの応えはなく。無かったが、仕種はより雄弁にかれの心境を物語った。徐にぐい呑みを傾けた竜を、鎖がしかと捕らえる。赤が絡み、あかが巻き付き、アカが染み込んでいく。
 灼熱は竜鱗も花弁も焼き尽くしていこうというのに、竜はちびちびと酒を呷った。そして返事のごとく、かの者に降り注いでいた桜の花たちが、ベルの身をもくるむ。包みはしたが、そこにベルの意思は溶け出さず、面差しも揺らがない。
 だからこそ彼は思うのだ。
「お前とは、きちんと語らってみたかったな」
 ぽつり落としたベルに、竜がやや目を眇める。
「語らうには時間が足りん」
 かれが容易く言いのけたものだから、ベルも思わず口端で笑みを模って。
「……世の終わりを創った者の言葉ではないな」
「違いない。はっはっは!」
 こうべをもたげて豪快に笑う竜を、ベルはただただ見届けた。
大成功 🔵🔵🔵

黒葛・旭親
お招きいただきありがとう、青い鬼
それでは一献……と言いたいところだけれど
僕が共に呑みたいのは龍ではなく青い鬼のお前さんなのさ

龍、お前さんの歓びが青鬼と共に在ることなら否定はしない
けれど訊きたいことはあるよ
青い鬼、お前さん、気付いてはいないかい?
独りで話すのは淋しくはないか
ひとつになってしまったら、友の声は聴こえないだろう

ひとり酒も佳いものだけれどね
僕はお前さんと言葉交わして酒も交わしたいな
まあ友の替わりにはなるまいが、如何かな

友を独りにしておくのを佳しとしないなら還りたまえ、龍
道行は桜色の炎で照らしてやろうとも
それとも青が佳いかい
お前さんの好みを教えておくれ
それが僕からの餞だ


「お招きいただきありがとう、青い鬼」
 黒葛・旭親(角鴟・f27169)の挨拶は、かれにぐい呑みを掲げさせた。宴を知り、応え方を知る旭親の態度を、龍は無下にしない。両者の間に流れる時間もまた、世界の終わりとは思えぬ静寂を湛えていた。
 ふと旭親が眦を和らげる。
「僕が共に呑みたいのは『龍』ではなく、青い鬼のお前さんなのさ」
「なに?」
 頓狂な声が零れた。声の主たる龍は、まじまじと旭親の顔を見つめ出す。
「龍、お前さんの歓びを否定はしない」
 わかる、とは言わない。樺色の瞳が映す世で、確かにそうしたものは有り触れているが。
 わかる、とは言えない。旭親が手にしているのは、医者がもたらす癒しでも、巫女の持つ清らかさでもないのだから。
 ――ただ。
「青い鬼、お前さん、独りで話すのは淋しくはないか?」
「はは、見てわからぬ猟兵ではあるまい」
 静かに応じた龍の笑い声が、カラカラと空へ昇る。旭親はただかれの言動を、じいっと見守って。
「俺はアイツとひとつになったのだ。淋しい? 有り得んぞ」
 荒れるほどでなくとも、かれの内で渦巻く暗さを旭親は感じ取った。
 かの者は、聡い割に『そこには』気づけず在ったのだと。
「見てわからぬお前さんでもないだろう」
 似た調子で旭親が返せば、笑っていた龍の顎がひくついて止まる。
「ひとつになってしまったら、友の声は聴こえない。友の顔は拝めない」
 一瞬、ほんの刹那。時が止まったように思えた。
 すでに世界は時を止め、終焉へ近づいているという中で、ぴたりと互いに流れる時間が止んだ。
 そう感じて旭親は――ほくそ笑む。
「僕はお前さんと、言葉交わして酒も交わしたいな」
 やがて種々の色合いが龍を囲い踊りだす。
 旭親が斬り付けた言葉の刃によって生じたものだ。
「奇妙なことを言う。俺には聞こえる、聞こえるのだ」
 駄々をこねるように言い返したものだから、旭親は肩を微かに揺らす。そして龍を炎が焼く。道行きを照らす燈りは、提灯よりも艶やかな桜色だ。かれが好んだ色だろうと旭親が心を配った色彩でもある。
「如何かな」
 陶然たる気持ちを求めて旭親が紡ぐのは、やはり言の葉だ。
「友を独りにしておくのを佳しとしないなら還りたまえ、龍。ああそれとも……」

 青が佳いかい?

 龍は何も言えず悶え苦しむしかなかった。
 終わりの夜を飾りながらも、言葉は一切飾らぬ旭親に、何も。
大成功 🔵🔵🔵

天狗火・松明丸
気心知れた者と飲む酒の美味いこと
何の事もなく其処に混ざれりゃあ
月も桜も、さぞ好い肴となったろうな

…酒の席に呼ばれて応えられんとは残念だ
一献、酌み交わしたいところだが

瑞々しい桜の葉を、くるり
手遊びに触れれば化けて見せよう
真似る相手は、お前さんらの姿だ

この首に朱い祟り縄を結んで
鏡写しの呪詛を掛けてやろう
傷跡重ねた竜の姿を模してみせ
表に居る奴、内に在る者、何方にも問う

この世の終わりなんざ、置いといて
共に在れるなら嬉しかろうが
友と呼べる者の、傷ついてゆくのも構わんか?

縄の締め付けるのは首か、心か
其れがお前さんらに在るのなら
何故、離れたのか今一度思い出したらどうだ

大切だったからでは、なかったのか


 良夜の酒盛り、それも気心知れた者との席ともなれば、たいそう美味かろうと。
 その言だけは天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)にとっても頷けるものだった。
 だからぐい呑みを呷り、酒を注ぐときの待ち遠しさも、松明丸にはわかる。時おり仰ぎ見た空で浮かぶ月、はらはら散りゆく桜、偉観なる夜の色と光が好い肴となるのも、よくわかる。
(何の事もなく其処に混ざれりゃあな)
 呼ばれた酒の席で、前後の憂いも気に留めず。ただただ談笑し、身を揺らして応えるだけだったなら、さぞ。
 残念だ、と呟く音さえ月明かりが奪っていく。
 一献、酌み交わしたいと願い動かした指先さえ、桜の花弁が攫っていく。
 さらりと流した髪にひとつの目を閉ざして、残る片側で松明丸は世の終わりを見据えた。何も言わねば竜はあるがままだ。何もせねば竜は友との逢瀬に浸るのみだ。けれど松明丸はそのままにせず、手始めに瑞々しい桜の葉を、くるり。一枚の招待券に触れた指が遊ぶ様に、気まぐれなどという戯れは寄せない。
 だから美しくも華やかな彩りを宿して、松明丸は変姿の術を用いる。
 どろんと転じた彼が真似たのは、他でもない竜のもの。
 酒に、友との語らいに明け暮れ、世界に終わりをもたらす天上の存在。
 松明丸の変化に、竜はほうと唸るだけだ。一驚の片端程度は見せつつも、松明丸を誉めそやすような発言はしない。興味の無さゆえかと初めは松明丸も考えたが、しかし。どうにもかれは、かれらは――すべてが、今という時間を飾りたて、楽しませてくれる彩りだと、そう捉えているかのようで。
(時間を止めた張本人だというのに)
 思わず目を細め、松明丸は祟り縄を手に取った。朱塗りの縄は月夜に置いても艶やかさを損なわず、首に結ぶ様を傍観した竜はどことなく強張っている。
 やがて竜を模した松明丸が披露したのは、傷痕だ。
 鏡写しの呪詛が、夜とはいえ明瞭な姿をここに浮かべる。
「お前さんら」
 呼びかける松明丸の声音は、ただただ静かだ。
「この世の終わりなんざ、置いといて。共に在れるなら嬉しかろうが」
 ちらと竜を瞥見するも、かれの顔色は曇っていた。いずこともなく見つめる眼差しは、包まれ靄がかかったものの真価を見定めるためあるもの。なのに縋るようにかれは願っている。根方を月光と花が洗い流し、やがてはさらけ出されるのを理解しながら、そんな時が来ぬようにと。
 ゆえに松明丸は真正面から問う。片方にではなく、表に居る友、内に在る友の何方にも。
「友と呼べる者の、傷ついてゆくのも構わんか?」
「な……にを……」
 竜がうろたえた。
 これまでに涵養していった情を、関係性を鑑みれば、突きつけずとも理解できよう。
 しかしここまで重ねた言葉に心揺らぎつつも、まだまだ酒を呷るというのなら、締め付ける縄から苦痛を知らねば。ぎりぎりと喉に食い込み、呼吸を絞らせ、思わず呻いた声さえあえかなものとさせる、この縄の呪縛を。
「其れがお前さんらに在るのなら、思い出したらどうだ」
 共にあるのを幸せと呼ぶかれらに、松明丸は言う。
「何故、離れたのかを、今一度」
「なぜ、なぜだと……」
 しわがれた声が震える。途方もないほど遠い記憶を呼び起こせば、道分かれたときの光景がまざまざと。
「何故離れたか、など……俺は……俺は」
 そうだ。忘れたとは言わせない。覚えているのに口にしたくないのなら、尚更。
「だが、だが俺は、それでも」
 明らかな動揺を示す竜に、けれど松明丸はそれ以上語らない。
 首の痛みと彼の信念との根競べに、ただ心身を浸すのみだ。なぜなら。
 ――酒の美味さには頷けても、そこだけは頷けない。思い出せ。

 大切だったからでは、なかったのか。
大成功 🔵🔵🔵

文月・ネコ吉
酒は呑めんが団子を食うのは悪くない
折角だ少しぐらい付き合おう

お茶と持参の茶菓子も出して
彼らの思い出話に耳を傾ける

別れた後の二人はどうだったろう
寂しさはあったにしても
双方幸せに暮らせたろうか

なあ青鬼よ、一つ聞いてもいいか
お前は嘗て竜の前から姿を消した
自分とは違う世界を生きる彼の幸せを願った
その時の選択を間違っていたと思うか?

竜よ、その時の青鬼の気持ち
今のお前なら分かる筈だ
お前の知らないこの世界で
青鬼は今も生きている
お前の知らない仲間達と共に

この世界もまたお前の大切な友の一部だ
青鬼の生きるこの世界を
どうか壊さないで欲しい

交わす言葉に二人の覚悟を察したら
改めて対峙し
極力痛みを感じぬ様に
刀で骸魂を斬る


 盃を掲げる代わりに、文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)は団子を手に取った。花見、月見、どちらにせよ静かな夜に味わう団子は美味だ。団子そのものの味はよく知っているというのに、外で食べるからか、それとも色深まる景勝に心満たされるからか。
「美味い」
 ネコ吉が覚えた所感は飾らず、ぽつりと落ちた。 
 酒の味はわからぬが、団子はお茶によく合う。だからネコ吉は持参した茶菓子も合わせて差し出し、かれらの――竜の話に耳を傾ける。いくつもの言葉を得て、いくつもの心と相対して、そうして竜はいつからか口数を減らし、ネコ吉の前でも随分大人しくなっていた。思うところが、あったのだろう。
 あるいは考えることが多過ぎたのか、伏し目がちな竜の手元で、ぐい呑みになみなみ注がれた酒は一向に減る気配がない。口をつける回数すら、明らかに少なくなっていた。
「なあ青鬼よ、一つ聞いてもいいか」
 ネコ吉は問う。竜としてのかれらにではなく、呑まれた妖怪へ。
「お前は嘗て、姿を消した。友の前から忽然と」
 自分とは違う世界。そこを生きようとした『彼』だからこそ、その幸せを願ったはずだ。
 たとえ世界を隔てて会えなくなるとしても、寂しさに覆い尽くされるとしても、すべて想像した上で姿を眩ませたはずだ。ああもしかしたら、多少なりとも覚悟が足らなかったのかもしれないと、ネコ吉は思う。そうだったとしても『何』のためにその道を選んだのか。
「その時の選択を間違っていたと思うか?」
 別れた後の両人がどんな余生を過ごしたか、それを話してはくれなかったが、しかし。
「間違ってなど、おらんよ」
 弱々しく竜の口から言葉があふれ出た。
「アイツは、実に充実していたと話してくれた。嫌なことも多かったろうが、それでも」
 望みをかたちに、願いを行動に換えて生き抜いたのなら――それは幸せだったのだろう。
 夜気にひげを揺らして、ネコ吉は「そうか」と顎を引く。のみ終えた茶器を起き、そっと立ち上がって。
「竜よ、その時の青鬼の気持ち、今のお前なら分かる筈だ」
 融合してしまったかれらへ、熱した言葉を贈る。
「お前の知らないこの世界で、青鬼は今も生きている」
 どれだけの時間を過ごしたかなど、わかりはしないが。きっと気が遠くなるほど長かったのだろうと、ネコ吉にも思い浮かべることはできた。そしてこうも思うのだ。時間の長さがもたらすものは、友と別れた寂しさだけではないおだと。
「ここでできた仲間もいるだろう。この世界もまた、お前の大切な友の一部だ」
 押し黙ったまま頷きもせず、かぶりも振るわない竜に、ネコ吉は続けた。
「青鬼の生きるこの世界を、どうか壊さないで欲しい」
 竜は何も言わない。ただその眼差しに宿る色を、ネコ吉は確かに見た。
 怪しく光る月の下、ぐい呑みを持ったまま酒を呷らずにいる竜へ、ネコ吉が刃を向ける。
 そして無駄を省いた一撃は鋭く、すとん、と乾いた音を立てて竜の身に穴をあける。ネコ吉が迷い無く斬ったのだ。風穴があく。彼が与えたにしては大きいけれど、巨躯からしてみれば小さな風穴だ。こじ開けた理由は決まっている。かれらが止めた時間を動かすため。閉じ込めた想いを噴き出させるために。
 ネコ吉は眸を眇め、その傷口を見つめる。
 ――ああ、それでも。
 そこから流れる命のぬるさは、まるで涙のようだった。
大成功 🔵🔵🔵

呉羽・伊織
踏み込むか悩んだが…悪い、邪魔するぜ
でも、叶うなら―心残りが少しでも晴れる迄は、出来る限り待つ

(月に桜に彼岸花、酒や水面に映える幸―妙に縁深く懐かしい景色を見渡し)
俺も嘗て大事な人を失って
今はまた、背き難い縁や友を得て

その度、忌まわしき己が深く永く関わっては―強く想ってはならぬと、心を殺し欺かんとして
…それでも、得難い時と幸を共に楽しんだ想い出が忘れられなくて
葛藤は、痛い程

でも、俺は…其程に大事な相手や想い出を、悲劇の禍根に変えたくはないとも思う

友と重ねた満ち足りた時が、虚しい滅びなんて結末に転じて―友の未来をその手で閉ざして―互いに、本当に最後まで幸いだったと笑えるか

…どうか、悔い無き決断を


 彼岸花もて呉羽・伊織(翳・f03578)が向き合うは、霞む月光を背負ったかの者。
 多くの猟兵と言葉を交わした竜――二者の命の融合体。かれの前へ立った伊織は、掲げた片手だけで挨拶する。
 己と一緒になった友へぐい呑みを掲げ、話しながらちびちびとやる。そうした行為に耽るかれを責め立てるつもりなど、今の伊織にはなかった。叶うのなら、晴れ渡る青空が良い。叶うのなら、澄み切った月夜が良い。より佳いものをと望むのは――心あるがゆえの性だろう。
 だから伊織は唇を引き結び、待った。心があるからこそ。
 長き時間を過ごす上で、幾度となく繰り返してきたものが彼にもある。見渡せば、月だけでなく桜が舞い散り、ここへ導いた彼岸の緋もここにはある。そんな中でなみなみ酒を注いだ杯を覗き見れば、水面に映えるのは幸だ。
 竜の見ている景色を、伊織もまた見ている。妙に縁深く、懐かしいと感じるこの佳景を。
 それゆえ在りし日の姿を想起する。失った姿、表情、声を追った昔日。しかし今はまた、背き難い縁や友を得ている。得た絆に浸りながらも、やはり『かつての人』は忘れられない。それが想い出となって伊織を揺するのだ。けれど伊織は『それ』に蝕まれたくなかった。大事であるからこそ。
 握りしめた拳が熱い。ならぬ、ならぬと胸裡から叩く声がする。
 深く永く関わってはならぬ。強く想ってはならぬと、心を殺し欺かんとする、忌まわしき己の。
 かの竜ももしや、この声を知っているのだろうかと伊織は瞳を揺らして。
「……俺は」
 漸く紡いだ一声は、妙に乾いた音を立てた。
「其程に大事な相手や想い出を、悲劇の禍根に変えたくはない、とも思う」
 伏し目をもたげ、竜の顔を覗き込む。
「友と重ねた満ち足りた時。それが虚しい『滅び』なんて結末に転じて……」
 言いながら自分でも気付く。声が震えている、と。
「友の未来をその手で閉ざして……本当に最後まで幸いだったと笑えるか?」
 もしそうだと言うのなら。ならば分かれた時に抱いた情の方が余程――。
「幸いだった。だから滅びても構わんと、そう思っていた」
 静かに竜が口を開く。
「かつて共に過ごせなかった今を楽しむ。そのために、時は停まったのだと」
 含みのある物言いをした竜に、伊織がぱちりと瞬く。すると竜は視線を逸らして。
「……少し、飲みすぎたのやもしれん」
 もどかしげな声を聞き、伊織はああと首肯した。
「飲みすぎるぐらい浸れたのなら、それもまた……」
 幸いと呼べる時間なのかもしれない。
 やがて、憑物を落とすべく伊織が得物を振り上げたところで、竜のしわがれた声が響く。
「お前はどうなのだ、永き命に心くゆらす者よ」
「何……?」
 はたと伊織の手が止まったのも構わず、竜は問うた。
「良き友と酒を呷り、談笑し、月見に花見にと過ごせる。そう知ったなら」

 おまえは時間を止めずいられるか?
大成功 🔵🔵🔵

メリル・チェコット
胸が痛い
楽しかったよね
嬉しかったよね
きらきらした想い出が、たくさんあるんだよね

わかるよ。わたしも、大切な人を失った
また逢いたい、抱きしめてほしいって何度も願った

でもね
受け入れて、前へ進まなくちゃならないの
それが過去なら、過去にしないと
役目を終えた魂は、海へと還して……安らかに眠らせてあげないと、いけない
それが、イマを生きるわたしたちの役目

できるだけ楽に送ってあげたい
だから――最大火力で!
全力魔法で展開した矢を一斉発射
あなたの周りに舞う花弁ごと、炎で包んで餞として

今が、別れを告げる時じゃないかな
ちゃんとお別れして、わたしたちと一緒に弔ってあげようよ
今度こそ、安らかに。……おやすみなさい


 ゆらり、ゆられて、さくさくと。踏めば雲の音が鳴る。
 みぎへ、ひだりへ、ふらふらと。歩み見上げる竜の顔。
 けれど少女が抱くのは、きゅうっと締め付ける胸の痛み。
 楽しかったよね。嬉しかったよね。
 きらきらした想い出が、たくさん、たくさんそこにあるんだよね。
 音のひとつひとつに光と色を乗せて、メリル・チェコット(ひだまりメリー・f14836)が紡いでいく。胸が痛いと言えるけれど、言わない。代わりに唇で笑みを刷くのみで。
「わかるよ。わたしも、大切な人を失ったから」
 失ったと話しながら、少女の頬から色は失せない。
「また逢いたい、抱きしめてほしいって何度も願ったから」
 願ったと告白しながら、少女の笑顔に打ち拉がれた悲壮感はない。
 割り切ることの難しさを知るメリルだからこそ、俯かず前を向く。
「でもね、受け入れて、前へ進まなくちゃならないの」
「……お主は進んだというのか」
 零した竜の疑問に、メリルは迷わず頷く――こともできなかった。
 進めている自分も、自分の『願った』姿かもしれない。
 進んだと言い切るのも、自分が『失った』心の欠片なのかもしれなくて。
「わたしはね、きっと進もうとしている最中」
 不思議な言い方をした彼女に、竜が目を瞠る。
「進もうって考えたのが、進もうって足を上げたのが、わたしのイマなんだよ」
 彼女がおまじないのように繰り返した「イマ」というワードを、竜も口にして。
「失ったのも、願ったのも『過去』だから。それはちゃんと、過去にしないとっ」
 捨て置くのではなく、過去という宝箱に入れておくのだ。そのために役目を終えた魂も、海へ還さないとならない。過去という海の宝石箱へ送って、安らかに眠らせてあげないと――いけない。
 少しばかり喉で痞えた言葉もあれど、メリルは最後まで言いきった。
「それが、イマを生きるわたしたちの役目だと思うっ」
 やがて餞として少女が手向けたのは、彼岸に咲く花と同じ色。
 そして春告げの花と同じ強さ。舞い降る花弁をも呑みこみ、火の花は竜を射抜く。
「ちゃんとお別れして、わたしたちと一緒に弔ってあげようよ」
 弔う。しかと突きつけた現実に竜は笑った。
「弔い、弔いか。そうだな、俺はまだアイツを弔えずにいたのだな」
 数々の言葉を、種々の想いを猟兵たちから見聞きし、心に触れてきたひとときは着実に竜を――オブリビオンと化した妖怪と骸魂を、夜明けへと導いていく。それがわかったからメリルは、すんと鼻で夜気を吸ってみた。
「じゃあ、お別れの時、だよね」
 喉から搾り出した時の報せに、ゆっくり頷いた竜の顎が終を噛み締めるように揺れる。
「まこと世話焼きなものよ、猟兵という存在は」
 つっけんどんとも取れそうな、やや荒い声音でかれが言いのけたから、メリルもにっこり微笑んで。
 おやすみなさい、と別れを告げた。

 送り火は赤く、紅く燃え上がり、妖艶なる月へと昇る。
 短夜の夢破れて見開きし竜の――竜だったもののまなこが、遠ざかった柔い月光を捉える頃。

 世界の時間がまた、動き出した。
大成功 🔵🔵🔵


第3章 日常 『思い出食堂』

POW美味しい(楽しい、嬉しい)料理を注文する
SPD辛い、苦い(辛い、悲しい)料理を注文する
WIZ甘酸っぱい、ほろ苦い(恋や友情)料理を注文する
👑5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●おもひで食堂
 むかしむかし、あるところに。
 来たひとの『思い出』を材料に、料理を出してくれる食堂がありました。
 行くひと行くひと、みんなが言うのです。あそこの食堂はおいしいと。何度でもいきたくなるのだと。
 あまりにもみんなが口をそろえて言うものだから、青鬼はききました。
「どんな料理がでるんだい?」
 するとひとりが言います。子どもの頃だいすきだったハンバーグだと。
 するともうひとりが言います。いやいや私はいつもちょっとお高いフレンチが出るのだと。
 はたまた別のひとが言います。居酒屋でよく食べた、いい塩加減の枝豆が置かれるのだと。
 そこまで聞いて、青鬼はまたまた聞きました。
「その料理は、どんな味がするんだい?」
 ハンバーグだと答えたひとが、目をうるませて微笑みました。ハンバーグはちょっと固くて焦げているけど、なつかしくてあったかくて、涙が出ちゃう味だそうです。
 フレンチだと答えたひとが、頷きながらこう言いました。フレンチの味はぜんぜん覚えていないけど、だいすきなひとと行った初めてのデートで食べたから、甘酸っぱい味がするそうです。
 枝豆だと答えたひとが、寂しそうにうつむきました。お仕事で失敗したとき、いつもなぐさめてくれた先輩を思い出して、なんだかとても苦い味になるんだそうです。

 そこは、来たひとの『思い出』で料理を作る思い出食堂。
 あなたが食べる料理は、どんな料理?
 あなたが食べた料理は、どんな味?
林・水鏡
さて、我が思う思い出の味とはなんなのじゃろうな?
我の時間は人より少し長い。
その中のいつのどんな思い出だろうかと楽しみではある。

出されたのはシンプルな中華粥。
もちろんとても美味しくていにも優しい。
なのに…どこかほろ苦い。
友との永遠の別れに涙を飲んで自分が生きていくための朝の一杯の時のそれ。

我はただ何度もそれを繰り返したから青鬼達とは違って慣れていただけじゃ。
慣れてしまっただけじゃ。
それが悲しいとは言わん。我等は今を生きねばならぬ。


 思い出食堂を訪れた林・水鏡(少女白澤・f27963)のまなこは、右へ左へ好奇心の赴くがまま移ろう。それだけ見れば、あどけなさを残す少女が食堂という店にそわそわしているだけに見えよう。事実彼女はそわそわしていた。
 天井間際の壁に掲げられた紙は、経年劣化によって文字が掠れ、よく読み取れない。おそらくメニューの類なのだろうと水鏡にも想像はついたが、しかし読み取る気も湧かなかった。メニューへの興味はなく、店内の一席へ腰を下ろす。
(さて、我が思う思い出の味とはなんなのじゃろうな?)
 思い出と呼べるからには、自身の中で深く根付いて離れぬもののはず。そう考えると俄然楽しみだ。
 ひとの世も心も悲風惨雨。少女もそれを知るゆえに、出される料理への期待は上がる一方で。瞼を閉ざし、食堂に響く音へ耳を傾けた。材料を刻む刃物の調子、ぐつぐつと煮立つ鍋の揺れ具合、掻き混ぜるときに器とお玉がこすれる音。水鏡がひとの営みをそこに覚えていると、お待ちどうさま、と朗らかな声がした。
 気配と共に眼前へ差し出された皿から、ほかほかと昇る香は水鏡にもどことなく懐かしい。そう感じたからこそ、持ち上げる瞼は重く、ゆっくりと視界に料理を映す。
 よくよく確かめるまでもない、素朴な中華粥だ。ほう、と思わず水鏡が唸る。
(これが我の思い出を知るのじゃな、どれ)
 柔らかな光を帯びた粥を掬い上げるだけで、白く花が咲く。口へ含んでみると染み込んだ味わいは美味しく、じっくり飲み込むとあたたかさが胃までおりていくのがわかった。とてもおいしい、と素直な言葉に換えられる料理だ。ただ、おいしさの中に混じるほろ苦さを、水鏡は噛み締めていく。
 眉をひそめるような苦みとは種類が違う――嗚呼、これは。
(あのときの、味わいじゃ)
 わかれを迎えたときのこと。それを思い出と自分で呼べるなら、きっとこの風味も体中に染み渡り、栄養となり、明日へ繋がっていくのだろうと思える。涙を飲んで食べた朝の一杯。出汁だけが馨る飾り立てぬ味。友とのわかれを慰めるでも励ますでもなく、ただただ寄り添う無言の粥。
 そう。永遠の別れは来るのだ。かの竜との対話でも、彼岸花を探すひとときも、水鏡はその芯を損なわず持ち続けた。何故なら想いは想いを連ねて廻る。悲しみはより深き哀しみを呼び、淀みなく流れる清流さえ厭ましく見えてしまう。けれど時間を経て、他の心や出会いを得て、いつかの別れを糧とする。
 長く、とても長い時間を生きてきた少女は、それをただただ繰り返してきた。
(慣れてしまった、と言うべきかのう。かの青鬼らと違って)
 しかし慣れたという言の葉も、水鏡にとって悲劇の幕開けとはならない。慣れてしまったことを悲しいとは口にしない。
 ――我等は、今を生きねばならぬ。
 曇りなきまなこは現を見る。
 食堂へ入ってきたときとは違う静けさをもって、『そこ』を見るだけだ。
大成功 🔵🔵🔵

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
POW

思い出の料理。料理というより酒、だな。
それとお煮しめ。

出羽の村で初めて迎えた正月。人の身を得て3~4か月ほどか。
神社で村の男衆が酒・料理持ち寄りで酒盛りしててな。
同じ境内にあった寺の方で寝起きしてたんだが誘われて相伴にあった時の初めて飲んだ酒。
小さな村で呑める酒だ、特別いいものでもない。UDCの合成清酒が一番近いか。
でも湯飲み茶わん目一杯、水だと言われて飲み干させられたときの喉の焼け付きといったら。
吐いたり咽なかったの当時の自分をほめたいぐらいだ。
でも合わせて食べたお煮しめが妙にあっててな。懐かしいよ。

和尚も亡くなって代替わりしたし、当時の男衆も今では孫がいるほど昔の話。


 ふらり立ち寄ったかのように、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の足は食堂へ向いた。思い出の湧く食堂は造りも質素なもので、流れゆく時間もまろく感じる。長きを知る彼にとって、そこは懐かしいとも呼べそうな雰囲気纏う食事処。そして食堂もまた、そんな彼を待ち焦がれたかのように静かに出迎えてくれた。
 思い出を味わえると耳にしてはいたが、なるほど姿も形も問わず待ってくれる店構えから、名に相応しいとさえ思える。店内を一瞥しつつ席をひとつ取り、瑞樹が次に馳せたのは、出された酒と煮しめが持ち寄せた記憶。
 ――あれは、ひとの身を得て三ヶ月ぐらい経った頃だ。
 出羽の村で迎えた、はじめての正月。人々が滲ませる浮つく気配は、彼のいるところまで届いていた。一年のはじまりであるがゆえか、寒さも何のその、村の男衆による酒盛りはそれこそが一大行事であるかのごとく賑わっていて。
 普段は静穏きわまる神社も、あの時分は神も仏も、人も獣もなかった。
 ようやく人の身に慣れはじめた時期だったため、寺での寝起きを常としていた瑞樹も、まどろみの中で彼らの声音を聞く。誘われて相伴にあい、そこで初めて――口にした酒。目の前にいま出されたものも、同じ風味を漂わせていた。
 どこでも呑める一品ではなく、あの小さな村だからこそ呑める酒だ。とはいえ特別と呼べるものでも、高級なものでもなく、男衆ががやがやと賑わいながら飲んだ安酒で。ほれ、こういうときに飲む水は格別だ。そうカラカラ笑って勧めてきた言葉を、瑞樹は微塵も疑わず呷った。ほのかに馨るも、水だと言われたのだから水だと思い、湯飲み茶わん目一杯、当然飲み干したのだが。
(飲んだ直後はすごかったな……)
 度の強い酒は甘辛く喉に焼き付き、ひりついた喉から胃にかけてが痛んだ。痛むといっても涙が出るようなものではなく、むせたり、戻したりするわけでもなく、一驚して身を竦めてしまった程度だが。しかし固まった瑞樹を見て、男たちは楽しげに大口を開けて笑っていた。
 いい飲みっぷりだと褒める者がいて。まだまだやれそうだなとお代わりを注ごうとした者がいて。
 いずれも自分を輪に迎え入れ、酒盛りというひとときを教えてくれた――もっとも、彼らに教えるつもりが真にあったかどうかは、今となっては知ることも叶わない。叶わないからこそ、箸でつまんだ煮しめの味が、頬に熱をもたらす。噛めば噛むほど、当時の空気と光景を想起する。
(……懐かしい。合わせて食べたお煮しめが妙にあっていたな、その味がする)
 いつからか思い出となった味を、またこうして口にしようとは。
 たとえそれが念願ではなかったとしても、瑞樹の胸中をくすぐったい温もりで満たすのには充分だ。
 宴を共にした男衆も皆、孫を愛でる年頃になった。
 それぐらい、昔の話なのだから。
大成功 🔵🔵🔵

レザリア・アドニス
どんな料理(思い出)を食べたいかは、まったく考えていなかった
というか、それほど反芻したい思い出は、ないかもしれない

自分もよくわからないので、とりあえずお任せの注文を
どんなものが来るかは、淡く期待しているかもしれない

出された料理を見て首かしげる
これは、私の思い出…ですか…?
いただき、ます…
どんな味でも、一口一口、大事に食べて、味わう

食べ終わったら、静かに座って、さき食べた思い出を思い出す
なんか、不思議に、少し懐かしくなったんですね…
ありがとうございます
この思い出、大事にしますわ


 軋む引き戸を滑らせて、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)は独特の佇まいを醸し出す食事処へ足を踏み入れた。
 小屋のようなこじんまりとした店だ。壁は天井に届くか届かないかの辺りまで、同じ大きさの紙がずらりと並んでいる。汚れた紙から文字は読みとれず、飾られた色のない写真の数々も、いったい誰なのかわからない面々がすっくと立って肩を並べているだけ。店の主なのか村人なのか親戚なのか、そうした注釈すら記されていない。
 おかげで少し、落ち着かない。
 ひとの家へお邪魔したような感覚を抱きつつ、レザリアは椅子を引いた。引いてみて驚いたのは椅子の重さだ。密なる樹木を用いたのだろう。どっしりした椅子は軽く引っ張っただけだと動かせず、鈍い音をたてて床をこする。
 そのことに驚きながら席へ着くと、いつから調理を始めていたのか、主人が彼女の前へ皿を差し出した。
 どうぞ召し上がれ、と穏やかな声音につられてレザリアが見下ろした先、あたたかいパンとスープがある。
(まったく考えていなかった、けど……)
 思い出と呼べるものの形はそう多くなく、浮かぶ料理も彼女の頭にはなかった。
 何が出てくるのか。そうした淡い期待を胸に訪れてみれば、提供されたのは質素な料理。
 故郷では珍しくもないものだ。釜を使って熾火で焼いたパンは、固くてぼそぼそとしている。小さな農村や圧政に苦しむ町では、たまに見受けられた。食糧難な村などでは雑穀の粥もご馳走だったため、固いとはいえあたたかいパンを食べられる機会は恵まれている方で。
 あの世界を回っているときに目にしたパンと、よく似ている。そう思い、レザリアは目を眇めた。
「……いただき、ます」
 どうにかナイフで切って食べてみると、やはり水分が欲しくなる食感だ。口の中の水分をすべて持って行かれてしまう。だから一緒に出された豆のスープに浸して、ふやかして食べるのだ。スープの味が染み込むまでに少々時間は要するが、顎が疲れにくくて良い。
 しかし不思議なことがひとつある。
(これが、私の思い出……?)
 首を傾げつつ味わう。様々な世界で口にした料理と比べると、色も味も薄く味気ない。様々な粉で焼き上げた手でちぎれる柔らかさのパンとも、ごろごろとした具が蕩けるまで煮込まれたスープとも違う。
 なのに噛み締めて、飲み込んで、大事に――大事に一口ずつ進めていくだけで、レザリアの胸はほくほくとしていく。
 思い出の味とは呼べないのかもしれないけれど。
 反芻したい思い出は、それほど無いのかもしれないけれど。
(なんか、不思議と……なつかしい……少しだけ)
 もくもくと頬を膨らませて、少女は冷めないうちに完食を遂げた。
 満たされた胃が落ち着くまで、しばらく背もたれに身を預ける。
 そして料理を出してくれた主人に、ふわりと会釈をして。
「ありがとうございます……この思い出、大事にしますわ」
 新しい思い出の味と温もりを、心行くまで身に染み込ませていく。
 パンをスープに浸すときのように、じっくりと。
大成功 🔵🔵🔵

天狗火・松明丸
過去や感情をそのまま喰うよりも美味いのか
月の見えるところで呑めりゃあな

世界の終わりに傾けてやろうかなどと
画策ばかりで、ついに果たせなかった
小さな瓢箪酒器をこっそりと取り出していると
青唐辛子に葉山葵やらの山菜
それから川魚とが和え物になって運ばれて来た

ひとたび口にしてみれば、

――嗚呼、辛いなあ

今は無き故郷の山の、流るゝ川の
其処で採れた懐かしの味がする
何れも此れも、ぴりりと辛くて、つんとくる
過ぎる時は止められぬ
誰もが見えず名を呼ばなくなり
風化して忘れ去られてゆくことも

…遠きひとが食っていたものだが
酒とを含んで、好い心地だ

視界の端で青鬼をちらと横目に
楽しげなら何よりだと
止まらぬ時の続きを食んだ


 ほう、と天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)が思わず唸った。
(過去や感情をそのまま喰うよりも美味いのか)
 向けられる感情を糧とする彼には、思い出を料理するというのは実に不思議な行為だ。むなしく地平線下に沈みゆく思い出も、湧いては流れるばかりで留まる処を知らぬ思い出も、ここはすべて材料にしてくれるのだという。真に面白い食堂だと松明丸の気も向いた。ただ強いて言うのなら。
(月の見えるところで呑めりゃあな)
 果てなき雲の上、この世のみぎわに在った偉観。
 世界の終わりに傾けてやろうかなどと、画策ばかりで、ついに果たせなかったあの場所、あの空気、あの姿はもう無い。今となっては思い出になったそれらを懐かしみ、松明丸が小さな瓢箪酒器をこっそりと取り出す。
 すると、そこへ料理が運ばれてきた。何を注文するでもなく提供されたのは、清流を知る葉山葵やらの山菜が、青唐辛子を友にしたもの。同じ流れを知る川魚もまたかれらの友となり、松明丸の前で惜し気もなく姿を晒している。
 ほう、と松明丸は二度目の感心を示す。川の恵みは野山の色と空気がもたらすもの。鳥獣や虫の腹を満たす川面は煌めき、のびゆく葉や茎の色彩をより鮮やかに育む。だから活き活きと魚は泳ぎ、深山の風に木々は身を委ねる。
 そうした光景を彼がつい思い起こしたのは、出されたものを口にしたがゆえ。
 ひとたび味と香を感じてしまえば、あとは早かった。鼻を突き抜ける爽やかな辛みが舌をぴりりと踊らせ、葉山葵と茎が混じっているからかシャキシャキとした歯ごたえも快い。意識せず鼻をつまみ、松明丸は双眸を伏せる。
 ――嗚呼、辛いなあ。
 今は無き故郷の山、流るゝ川で採れた山葵の味。
 他の山葵とは違う。そう思えるのは、やはりそこに思い出があるからだろう。
 在りし日は確かに彼の心身を築き上げているというのに、過ぎる時は止められなかった。
 いつかに聞き届けてくれた声も。いつぞや向けてくれた驚きの顔も。
 思い出せるのに、思い出してはもらえず。名付けてくれたのに、呼んではもらえず。
 風化していく、という言葉の意味を松明丸はあのときになって理解した。
 ひとが生まれ落ちての旅路は浅き夢。ゆえに思い出もまた、覚めやすいと嘆くばかりの夢――ひとばかりではないのだろう。夢なぞ松明丸も知りはしない。知りはしないが、喩えるのならきっと。ひとが思い出と呼ぶ夢を見ることがなければ、酔いしれることもできぬのかもしれない。
 だからこそ彼は、遠きひとが口にしていた思い出の味を、含んだ酒で溶かして飲む。
 混ざり合ってできるのはやはり辛みだ。どれも辛く、そして旨い。
(……好い心地だ)
 そこでちらと瞥見したのは、同じく思い出を食べる青鬼の姿。
(楽しげなら何よりだ)
 ふ、と端を緩めた唇で、松明丸は止まらぬ時の続きを食んだ。
大成功 🔵🔵🔵

ベル・ルヴェール
僕の片割れと、主と、三人で食べたスープは美味かったな。
白身魚とレモンの味がした。ショルバ。片割れが旅人から聞いた料理だと言っていた。

このショルバはとても懐かしい味がする。柔らかい食感に胸の奥まで温まる。
スープの温かさじゃないな。これは三人で食べた最後の食事だ。
味が変わった。ほろ苦い。

まさかこの食事が最後になるとは思わなかったな。とても大きな砂嵐が来て、主も片割れも行方不明になってしまった。
僕は沢山探したけど結局まだ見つかっていない。

広大なさばくの何処かで二人は一緒に生きているのだろうか。ほろ苦いスープをもう一口飲んで僕は二人を思おう。

……苦いな。


 いかなる言葉をもっても消し去ること能わず、たとえ光が失せようとも、灼熱の地が荒れ野と化そうと、事実だけがほろ苦く残り続ける。ベル・ルヴェール(灼熱の衣・f18504)の裡に、それはいつまでも残り続けた。
 美味かったな、と思わず口にしかけた言葉もまたそうだ。
 昔日、口にしたスープのあたたかさも香りも、ベルはよく覚えている。
 だから思い出を素材とする食堂において、出されたショルバはそのときの光景を蘇らせるものとなった。スパイスや香味野菜が織り成す味わいの重なりは、食材を引き立てて飾る。ひとが衣を纏うかのように、当たり前に思い出が纏う風味。ひとが石や植物で身を飾るのと似て、香り高い彩りが添えられた。けれど決して派手ではなく、素朴ながらも郷愁を駆り立てるスープで。
 煮込まれた具材も楽しげに揺れていた。そういえばあのときは、白身魚とレモンの味がした覚えがある。
 やわらかな肉質の白身魚は、口に含むとほろほろと砕けていく。爽やかな香りが鼻を抜け、喉を潤し、すっきりした後味を刻み込む。
 旅人から聞いた料理なのだと、片割れが話していたのを思い出す。
 言い方も、声も、面差しも――そこまで思い出して、ベルは睫毛を伏せた。
 片割れが浮かべば連なって心優しき呪い師の姿まで、ふわりと薫る。三人で一緒に堪能したのだから、当然だ。
(美味かったな)
 また、彼はその言の葉を口にしかけた。しかし音へ換えるよりも先に、目の前のショルバを流し込む。為せなかった言葉の余韻すら飲み込むように、あたたかいショルバを味わう。喉を抜け、胸のあたりで少しばかり彷徨ってから、腹までおりていく温もり。
 ひとというかたちが得た、ひとつの感覚だ。
 ベルにとってそれは懐かしく、なつかしいと思えた情をも連れて胸の奥へ至る。噛み締めれば、こころと思しき箇所で火が燈るようだった。込み上げて来る感情から、自然と口の端もゆるむ。緩みはしたものの、なぜだか消え入りそうな儚さが唇で色となる。
 温かさからくる懐かしさではないと、わかってしまった――これは、三人で食べた最後の食事だ。
 刹那、含んだスープの味が変わったように思う。つい先ほどまでの味が思い出せない。
(あれが最後になるとは、思わなかったな)
 何の変哲も無い食事のひとときだったというのに。三人で共感しあったスープの思い出が、瞬く間に砂で見えなくなる。とても大きな砂嵐だった。土地柄、珍しくもないがそれにしても大きかった。
 たくさん、たくさん探した。砂を掻き分け、砂上を蹴り、熱砂の地をどこまでも探し回った。
 ――しかし主も、片割れも、今なお行方は知れぬままだ。
 それでも、茫漠たるさばくの何処かで一緒に生きているだろうか。別々でいるだろうか。
 ひとりより、ふたりの方がきっと良い。そこへ自分が加われば、また三人になる。
 そしてあのときのショルバをまた味わおう。
 沈思しつつ、ベルはほろ苦いスープをもう一口飲んでみた。飲んで、ほんの少し眉根をしかめる。
 ほろ苦い味は、いつまでも残り続けた。
大成功 🔵🔵🔵

メリル・チェコット
どんな料理が食べられるのかな
ちょっぴりドキドキする
店員さん、わたしの『思い出』も材料にしてくれる?

……いい匂い
クリームシチューだ
大きめの野菜がゴロゴロ入ってる
わたしがちょっとだけ苦手だったニンジンだけは、お花の形にくり抜かれてあって
ふふ
あの頃と違って、もうこんなことしなくたって食べられるようになったのに

紛れもなく、大好きだったお母さんのシチュー
自分でも味を真似て作れる気になっていたけれど
ああ、やっぱり違うんだ
この味には敵わない
お父さんにも食べさせてあげたいな
……
ごちそうさまでした!

青鬼さんは、どんなものを食べたのかな
今日のこの思い出も糧にして
前に、未来に
進んでいけるといいよね


 雲上で竜と向き合ったときの、ふわふわした心地が拭えない。終わりかけていた世界は何事もなかったかのように時間を取り戻し、妖怪たちは今日も今日とて化かし合いに耽るのだ。
 世界を取り戻した立役者であるというのに、常と変わらぬふわふわした空気を纏い食堂を訪れたメリル・チェコット(ひだまりメリー・f14836)は、この世界特有の郷愁を感じさせる店構えに少しばかりの緊張をはらんでいた。
(どんな料理が食べられるのかな)
 席についてちらと見やれば、青鬼も食事にありついていた。月見団子に酒の肴、食事というより宴の席と思える食べ物の数々が目に入り、メリルの眦も和らぐ。
 彼はきっと、今日あったことも思い出として、前へ、未来へ進めるはず。メリルがそう信じているからこそ、口端もゆるんでいく。
(……いい匂い)
 いつからだろう。甘く蕩ける、向かうところ敵なしなにおいが漂いはじめていて。
 抜群の安心感で食卓の少女を笑顔にさせる音色と香りに身も心も委ねていると、おまちどうさま、と店主が運んできたのは。
(! やっぱり、クリームシチュー……っ)
 運ばれてきたのは、器にたっぷり注がれた淡くやさしい白。
 ゴロゴロしたジャガイモの山があちこちから顔を出し、タマネギの丘がぽこぽこと並んで、控えめに紗を纏ったニンジンはお花のかたち。どれもこれも大きめに切り分けられた野菜で、そのためかシチューに浸かりながらも姿かたちがはっきりと捉えられる。
 シチューという名の雲海に溶けて消えた部分もありながら、かれらはきちんとそこに居てくれた。
 くん、と鼻先を鳴らせば昇るにおいはとても甘い。生クリームならではのまろやかさに、野菜それぞれの甘味と、肉の旨味が溶け出したシチューならではのにおい。だからこそ心踊るのだ。それに――メリルは花咲くニンジンをそうっと掬い上げる。
 昔はちょっとだけ、苦手だった。ニンジン特有の風味に、子どもながら難しい顔をしたこともある。なのにかわいい花の形をしたニンジンは、とても食べやすかった。
 だから食べる前からわかる。これは紛れもなく、大好きだったお母さんのシチューなのだと。
「……ふふ」
 思わず吐息で笑う。
(あの頃と違って、もうこんなことしなくたって食べられるようになったのに)
 きっと母親にとって、子どもはいつまで経っても子どもなのだ。
 ふうふうと息をふきかけ、口へ運ぶ仕種も、母親にとっては幼くて。
 おいしそうに頬を上気させる顔は、母親から見るとあの頃のまま。
 いつまでも、いつまでもそうして母親は娘との思い出を大事にするのだろう。それがわかるからメリルも、思い出を手繰りよせたくて、何度も味を真似て作っていた。しかしこうして食べてみると感じるものがある。ああ、やっぱり違うのだと。作れる気になっていたのに、いざ食べてみると気づいてしまう。
(この味には敵わないなあ。……お父さんにも食べさせてあげたい)
 誰かを想い、想われながらメリルはゆっくり食事の席を満喫していく。
 そして最後には、ぱちんと手を合わせて母にこう言うのだ。
「ごちそうさまでした!」
大成功 🔵🔵🔵

文月・ネコ吉
思い出を料理に
さてどんな物が出るのやら

運ばれてきたのはカレー
これといって特徴もない
強いて言えば具がごろっとしてるぐらい
苦手な人参を端に寄せ…
食わないのかと問われれば
溜息と共に口に運ぶ
前にもこんなやり取りをした覚えがあった

思い浮かぶのは誇らしげな友の笑顔
これは自分が作ったと
初めて厨房に立たせて貰ったと

目を瞑り匙を口に運ぶ
人参は相変わらず苦手だが
不思議とこのカレーは食べられた
まあまあ美味い

成程これが故郷の味という奴か
決して安全とは言えない街で
家族もいない俺にとって
あの店の飯と友の温かさは
数少ない安らぎだった

青鬼はどうだろう
竜との思い出話を聞こう
想いを糧とする彼らにとって
それがきっと一番の弔いだから


 さて、どんなものが出るのやら。
 かかる振る舞いは日頃と同じながら、文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)の胸中は自分でも驚くほど浮き立っていた。己の『思い出』を調理すると聞きはしたが、いざ提供されるまでは他人事のような心地だ。何がくるのかわからない、という状況をも楽しみネコ吉は静かに目を伏せ、時を待つ。
 やがて彼の前へ置かれたのは、これといって特徴もないカレー。
 漂うにおいも、よくあるもの。こだわり抜いて厳選したスパイスを配合したわけでもない、ごくごく一般的なカレーのにおいだ。使っているのも、じゃがいもや人参といったカレーにおいて鉄板と呼べる精鋭ばかり。
 ただひとつ、たとえばひとつ、ネコ吉が強いて特徴を挙げるなら、ごろっと大きめに切られた具ぐらいか。
 おかげでじゃがいもはじゃがいもの、人参は人参としての存在感を遺憾無く発揮している。かれらにとっては本望だろう。ただネコ吉はほんの少しだけ目線と心を逸らしつつ、人参を皿の端へそうっと寄せていく。
 ――食わないのか?
 当然のように、苦手意識への指摘が入る。ぴくりとひげが揺れた。
 どこからともなく届いた声は、からかいなどとは違う純一なる心のまま放たれたものだとわかる。思わずネコ吉が長いため息をつくぐらいには、混じり気など無かった。だからむず痒い。人参特有の風味はどうも苦手だった。この人参は甘いからと勧められ口にしたこともあるにはある。その結果判明したのは、好きなひとにはきっと、あの独特のにおいがわからないのだという点で。
 そんな緊張をはらんだネコ吉の思考は、いつしかカレーと友に運ばれた思い出に浸り出す。
 蘇ってきたのは、胸を張り、誇らしげに口角をあげた友の顔。人参を含むたっぷりの具が覗くカレーを作った張本人。はじめて立たせてもらた厨房で、腕によりをかけてつくったカレーなのだと、嬉々として話していた声色さえ鮮明に思い浮かぶ。
 傍らでそこまで堂々と告げられては、ネコ吉もよけた人参を掬いあげる他なく。
 静かに瞑目し、匙を口へと運ぶ。鼻先へ近づく香は「懐かしい」と呼べるもの。熱々のカレーを頬張れば、一気に咥内を通って鼻と熱が抜けていく。じわりと滲んでいく旨味が頬を内側から楽しませ、舌に感じる味わいを想像よりも濃くさせた。
 まあまあ美味い。
 端的に告げてみたときの、友の顔を思い出す。
 人参は相も変わらず苦手なままだが、あのカレーだけは不思議と食べることができた。ごくごく普通のカレーだというのに。どこにでもあるカレーだというのに。平凡だと分かるからこそ、ネコ吉は「成程」と唸る。
 これが故郷の味という奴か、と。
 安全という言葉から切り離された街は、緊迫が満ちて安寧など有り得ない。そう思っていた。けれど、家族も身寄りもなかったネコ吉にとって、あの街、あの店で出された食事と友の温かさは――間違いなく、安らぎだった。
 友とのひとときがいかなるものかを知るからこそ、ネコ吉はカレー皿を持って席をたち、店の片隅に座っていた青鬼と相席する。
 行く末を見届けると意を決して臨んだネコ吉だからこそ、青鬼の思い出話に耳を傾けようと考えた。
 想いを糧とする彼らにとって、それがきっと一番の弔いだから。
大成功 🔵🔵🔵

黒葛・旭親
ふむ、参ったな
僕はただの一般人でね
つらい過去も特別な思い入れも持ち合わせていないんだ
特に食のこととなると尚更
普段の食事は自分で作るから殊更

ああ、けれど
僕の好きな酒ならあるよ
僕の住む世界では桜がいっとう名物でね
これはその桜酵母の酒なんだけれど

お前さんが認めたのなら
弔い酒に一献どうだい
あまい香りだが、殊の外甘くないのが佳いだろう?
肴に龍との思い出でも聞かせてくれたら嬉しいけれど

あとは、そうだね
こうして酒を交わしたんだ
きみを友と呼んではいけないかな
また酒を交わして話したいよ
僕は旭親、黒鬼の旭親
青鬼君、お前さんの名前は?

お前さんの好物でもつつきながら話をしようか
許されるなら


 参ったな、と息を吐いたのは黒葛・旭親(角鴟・f27169)だ。彼が双眸に映すのは現実であって過去ではない。ただの一般人だと称する彼に、思い出となった「いつか」も、思い入れある「時間」も存在しなかった。食のこととなれば尚更、自分で食事を作るから殊更。
 持ち合わせるはずのものを持たぬがゆえ、旭親は席につく。団子や肴を並べた青鬼と、同じ卓に。
 彼を迎え入れる青鬼にも、拒む素振りはなかった。
「これは僕の好きな酒でね」
 ほう、と青鬼が唸る。初めて見た酒への興味が彼の瞳を輝かせる。
「桜酵母の酒だよ。僕の住む世界では、桜がいっとう名物なんだ」
「桜か……」
 春めいた響きに青鬼が目を細めるのを、旭親はなんてことないように認めて。
「一献どうだい」
 旭親は目的を告げずに杯を差す。すると青鬼は笑みを綻ばせ、厚意を受けとる。
 そうして彼がさも美味そうに呷るものだから、旭親も自然と眦を和らげた。
「あまい香りだが、殊の外甘くないのが佳いだろう?」
 尋ねれば青鬼は、じっくり舌で酒を転がしたのち、うむ、と顎を引く。
「桜は知っているが、桜酵母とは。……現世にはまだ多くの酒があるのだな」
 物珍しげな様子の彼に、旭親がふっと吐息のみで咲う。桜を肴に飲むことはあっても、この味わいを堪能するのは初めてらしい。そんな青鬼の驚きは旭親にとって新鮮だった。
 続けて彼からの返杯を、旭親はしかと受ける。
 すると青鬼の顔は、やはり上機嫌そうにくしゃりとゆがんだ。
「友との花見は、桜に限られていたのかな?」
 ふと旭親が口にした言葉は、青鬼の指先をぴくりと動かす。
 特別な音も含まぬまま、変わらぬ調子で問うた旭親のさりげなさは、彼の口を難無く開かせた。
「ほんの数回、梅も眺めて飲んだ。梅も桜も、好んだのはアイツの方だったが」
「ふむ。きみは違うとでも言いそうな句調だね。……ああ、そうか」
 杯で揺らめく酒を見下ろし、旭親が口端をもたげる。
「きみは花より団子なのかな」
「はは、違いない」
 笑いを肴にした青鬼は、それ以上の想いを綴らない。綴らずとも旭親には感じ取れた。 
 桜を見ながら飲む酒が美味いのは、友があるから。
 月を見ながら飲む酒がうまいのは、友がいたから。
 わかっているからこそ、旭親は追わずに。
「……こうして酒を交わしたんだ。きみを友と呼んではいけないかな」
 友であれば、また酌み交わして語らえるだろう。
 いつかの機を、これからの機会を思って誘う旭親に、青鬼はくすぐったそうに唇を結んで、「そう呼んでもらえるのなら喜ばしい限りだ」と肯う。
 受け入れる意思が彼から返った今、続ける言葉は決まっていた。
「僕は旭親、黒鬼の旭親」
 淡い色彩を抱く旭親が名乗ったのは、夜よりも深い色を持つ鬼の呼称。
「青鬼君、お前さんの名前は?」
 尋ねた旭親に、青鬼は応える――青嵐だと。
 せいらん、青嵐か、と旭親が幾度か音を紡いでみる。
 なるほど確かに、青葉を吹き渡る強き風は実に彼らしいものだろうと、終いに旭親は喉で笑った。
大成功 🔵🔵🔵

最終結果:成功

完成日2020年09月19日
👑5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵