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ことのは彩魚(作者 あきか
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(どこかな、どこかな)
 陽が黄昏色を地平線の向こうへ連れて行き、月が見張りを変わる頃。
 広大な敷地を、小さな妖が軽やかに飛び跳ね進んでいく。
 その寺院は大凡が水没していた。

 とてとて、ちゃぷん、ぱしゃ、ぴょん。
(あれかな、あそこかな)
 無限に想える長い回廊で、仔は只管何かを探していた。
 水溜まる道を飛び越えて、水草が絡む瓦屋根に登っては周囲を見渡す。
 よく見ると歩廊のあちこちに、水底に沈んでも尚立派に聳え立つ建造物に。
 至る所で大小様々白に曇って淡く光る『泡』が付いている。
(たまごどこかな、おさかなさん)
 あれじゃない、あの『泡』じゃない。もっと鮮やかな光じゃないと。
 中央に伺える厳かな本堂に目もくれず、淡い輝き一つ一つを探して回る。
 回廊と中庭の一部を埋め尽くす向日葵の花畑、突き進めば何処かの公園。
 幽世らしい、誰かさんの思い出がちぐはぐ繋る広い広い寺院の中で。
 目的の『泡』は、浅瀬の中を明るく照らす耀きを放っていた。
(あった。あえたね。きょうも、『声』をとどけにきたよ)
 小さな手が仄白い『泡』を優しく掬い上げる。
 聞いて欲しいな、色づく想いを。今日はね、好い事あったんだ。
 目を閉じて、額をくっつけ。口を開けて――。

「――? ――、――!」
 ごぼり。ぶく、がぽ、ぽ。
 声が出ない。口を開けたのに。
 息の吸い込みがまるで水中に居るような苦しさを伴った。
 思わず『泡』を落とし首を抑える。声が出ない、息が苦しい。何故、なぜ。
 足元の水が不気味にうねり、渦を巻いてせり上がってきても気が付けない。
 やがて骸魂の抱擁が小さな妖怪を覆い尽くし、嘆きの水へ飲み込んでいく。
 ごぽん。
 こぽ。

●彩魚に言の葉色を捧ぐ
「やあ、お仕事良いかな」
 和硝子のランタン片手にシュデラ・テノーフォン(天狼パラフォニア・f13408)が尋ねる。
 了解を得、ありがとうと柔らかく微笑んだ。
「場所はね、カクリヨファンタズム。色々沈んでる幽世があるんだ」
 兎に角広いその場所は、見事な創りの寺院を基礎になんとも摩訶不思議な光景になっているらしい。
 まず何故か高低差があり、そこかしこが水没している。
 急に深い水底へ続く回廊や、滝を受け四方から水を吹き出す多重塔があったり。
 更に不思議がそれだけでは留まらない。
 過去の遺物で構成する世界はツギハギのように別の思い出もくっついているそうだ。
「誰かの思い出に近い場所も、水没してるかもね……は兎も角」
 本題はこれから、とグリモア猟兵が浴衣の懐から一つの球体を取り出す。
 曇り硝子で作られたそれは、淡い白に染められていた。
「ソノ不思議な場所にね、こういった白い玉の『泡』がいっぱいあるんだ」
 これはサンプルね。なんて緩い調子で。
「『彩魚』っていう妖怪の卵なんだって。光ってるから夜に良い明かりになるそうだよ」
 大小様々連なって、水陸何処でもくっつく卵は幽世にほの明るい絶景をつくり出す。
 転送先は今夜に近いが、行動に問題ない位の数が光っているそうだ。
「生まれる寸前になるともっと強く光るんだって、ソレでね」
 卵から視線を猟兵達に移し、へらりと白いキマイラが笑う。
「何でも想いを込めた声を贈ると、言葉の色に染まった魚が生まれるんだって」
 誕生間近の耀きへ、心を込めた言の葉を捧げると卵が彩り豊かに染まるらしい。
 泡が割れ、水没世界に泳ぎだす彩魚もまた水没幽世の絶佳だった。
「でもね……どうやら『声』が消えたみたいなんだ」
 伝えたい言葉が音にならない世界で魚は色付かない。
 それ処か、生まれる彩魚を楽しみに寺院へ来た妖怪達も骸魂に飲み込まれてしまった。
「彩魚の卵を護りながら、骸魂に呑まれた妖怪達を救って欲しい」
 勿論、世界から『声』を奪った元凶も存在する。
「声を奪ったオブリビオンも潰して、声を妖怪達に返してあげよう」
 そうして世界を救ったら、水没幽世を楽しんでも良いんじゃないかなと言葉が続く。
「彩魚の卵に言葉をかけて君だけの色した魚を泳がせるんだ。楽しそうだろう?」
 折角浴衣コンテストもしたし、着替えて楽しむのも良い思い出になりそうだ。
「仕事が終わったら俺もそっち行くからさ、転送で着替えてくるとかもできるよ」
 とか? と不思議に思った猟兵に、シュデラは気の抜けた笑みを返した。
「うん。でも先ずは幽世を救わないとね。さァ行こう、狩りを始めよう」
 開始の声に応え、和硝子の灯りからグリモアの光が煌めき出す。
 瞬間、周囲の景色がパリンと割れて新しい世界を移し出した。





第2章 ボス戦 『紺夜の蛟』

POW ●蛟牙の鋭槍
【蛟の牙と鱗で鍛造された槍】で攻撃する。[蛟の牙と鱗で鍛造された槍]に施された【水の権能】の封印を解除する毎に威力が増加するが、解除度に応じた寿命を削る。
SPD ●血潮の如き水底へ
【黒い血の如き雨】を降らせる事で、戦場全体が【濁流と化した川】と同じ環境に変化する。[濁流と化した川]に適応した者の行動成功率が上昇する。
WIZ ●紺夜に舞い踊る翼
肉体の一部もしくは全部を【牙と鱗を持った無数の蝙蝠】に変異させ、牙と鱗を持った無数の蝙蝠の持つ特性と、狭い隙間に入り込む能力を得る。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ルゥナ・ユシュトリーチナです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 骸魂から開放された妖怪達が、猟兵へ何かを訴えている。
「―――――! ……――、―――!」
『声』の代わりに、ごぽごぽ水中で沫を吐き出す音が零れた。
 あわあわ慌てても、やっぱり沫音しか出てこない。
 すぐにどう足掻いてもどうにもならない状態は理解したようだ。
 妖怪、若しくは妖怪達は次に身振り手振りで何かを始めた。
 彼等独特な動き過ぎて、よくわからない。踊ってるのだろうか。
 そのうち一度、ぺこりと頭を下げた。
 一回首を傾げてから、何度も頭を下げた。
 ぺこぺこ、ぺこり。ころん。
 頭を下げすぎて転がった。

 気が済んだらしい妖怪は、じっと自分を見つめている。
 彼等は猟兵達の『声』を待っているのだろう。
 ついて来い、と言えば邪魔にならないように追いかけて。
 隠れていろ、と言えば事が済むまで適当な所に身を隠す。
 何も云わなければ彼等は自分の判断で行動する。
 どの選択肢もこれから猟兵がする最後の仕事に、影響はしないだろう。

 最後の仕事。それは相手の方からやってきた。
 今までのものとは量が違う、意思を持つ水流が隆起し形を成していく。
 宙を流れ、姿を示す水の妖。それは、竜の姿をしているようだった。
 次の異変はその周囲に現れた。
 過去から這い出た異物の魂が、蝙蝠の形と化して水竜に襲いかかる。
 噛み付かれ、取り憑かれ、抵抗虚しく喰われていく。
 骸魂に血(身)を吸われた『蛟』は囚われ、ヒトの形をとり出した。
 清浄な水が流れ落ち、堕ちた者が眼を開け翼を夜空に広げる。
 笑みを浮かべた。やっと、やっと見つけたのだ。

 雑味は要らない、素材の儘がきっと美味しい。
 光る泡は『彼女』にとって、熟れた果実だ。
スピーリ・ウルプタス
妖怪さんたちにぺこぺこ返しながら
「隠れられそうな場所で、どうかその御身を守っていて下さい」

蛟の美しさに目を奪われていれば、あっという間にそれは呑まれ
別の意味で目を細め、見える範囲の光る卵の位置確認

「おや…互いにその身を削る戦法のようですね。
 ふふ、これは張り切ります」
無数の蝙蝠に変わる様に、嬉しそうにUC発動
本の3分の1程は光る卵たちの盾へ回せば、手数は少々不利か
ダメージ時「ッ…命の痛み、なんと扇情的で尊いのでしょう…」(悦)

「しかし…“それ”は貴方の命ではありませんね」
肉体と幾冊かを囮に
残る本を建物や茂みに紛れさせ、隙をついて的確に撃退
ご本人様の命と肉体であれば、もっと重く美しいでしょうねぇ


●蛇の道は
 ぺこる妖怪に、助けた側もぺこった。
 助けられた側が驚いて更にぺこり、ぺこり合戦は妖怪が転がる迄続き。
 見かねた黒蛇がもう一度仔を咥え立たせてから還っていった。
「隠れられそうな場所で、どうかその御身を守っていて下さい」
 スピーリは優しく微笑む。傍で護っても、きっと禁書のカミ的にはおいしいのだろう。
 ただ柔和な外見のヤドリ変態ガミな中身を見せて怖がらせたら申し訳ない。
 葛藤が末の言葉を、受け取った方はじっと見つめて。やがて。
 にこ、と笑った。
(だいじょうぶだよ、またあおうね)
 お礼の言葉は『声』が返ったら。
 信頼を置いて妖怪は回廊の向こうへ去っていった。

 静かに見送る紳士の近くで水面が不自然に揺れ動く。
「おや……」
 激しさを増す水流音と生じた風に白む焦げ茶の髪が流される。
 合間に覗く黒が振り返った。美しい、と呟く言葉は届いただろうか。
 彼の目を奪った蛟は異なる美貌へ変貌し、映す瞳は別の意味で細くなる。
 次に男は視線を周囲へ。状況を確認し『彼女』へ戻ると既に相手は行動を開始していた。
 挨拶も無く掲げた鋭い槍先が天を衝き、淀んだ空が黒い血の如き雨を降らせていく。
 澄んだ水を敵意で塗り替え、濁流が猟兵ごと回廊を押し流そうと勢い迫る。
 狂った川は木製の道を食い尽くすも、既にヤドリガミは跳躍した後だった。
 柔らかな笑みを崩さずヒトの足を駆使して流される残骸の上を渡り、黒い嵐から逃げおおせる。
 到達した先は、思い出散らばる枯山水の水場だった。
 追撃は紺夜の蛟から剥がれ落ちる。翼を広げ、鋭い牙を光らせて。
「互いにその身を削る戦法のようですね」
 無数の追跡者が辺りを囲む。嗚呼、それだと周りの淡い泡達も怯えてしまう。
 ならば護るのみ、幸い庇う事は得意だ。尚幸いの度合いは個人の感想によります。
「ふふ、これは張り切ります」
 意味深な笑みの理由が既に見えた気がするが、お付き合い頂こう。
 鱗を持つ蝙蝠達の攻撃と、鎖で縛られた本が大量に飛び出すのはほぼ同時だった。
 厳重で重厚なある意味凶器は突然の出現に驚く者共へ激突していく。
 運悪く吹っ飛んだ一匹の先に泡が在ろうと、壁と化した一冊に激突させる二重攻撃に昇華させた。
 奴等の狙いは彼が抱く光の卵唯一つだが、多勢なる大乱闘で周囲に影響が出ない筈がない。
 水張りの砂地を駆け回って泡を護り応戦する。だが如何せん数が多すぎた。
 一斉攻撃に自身の防御が間に合わず上質な装いが肉体ごと損傷する。
 それでも、スピーリは笑っていた。
「ッ……命の痛み、なんと扇情的で尊いのでしょう……!」
 傷が出来る、刺激が神経を通り脳へ至る。痛い。生きているから、痛む。
 苦痛が生を証明し命の喜びを身に記す。手段はアレだが、彼は今矛盾の愉悦を実感していた。
 恍惚、此処に極まれり。

「しかし……」
 かと思えば、今度は溜息ひとつ。視線は分身を操り高みの見物を決め込む者へ。
「“それ”は貴方の命ではありませんね」
 いつからだろう。いつの間にか。紳士は、スマートに事を運んでいた。
 水底に沈む赤黒い思い出達に紛れていたのは、自分自身。
「ご本人様の命と肉体であれば、もっと重く美しいでしょうねぇ」
 残念そうに告げた言葉が合図と成った。
 死角から集中砲火された『彼女』は禁書の群れに流され水柱を伴い地へと叩きつけられる。
 撃退された姿は消え、二種類の本が散乱する水場は波紋が静かに広がっていく。
 一つ息を吐き、視線を落とす。
 彼の掌で命が白く輝いていた。
成功 🔵🔵🔴

リュカ・エンキアンサス
晴夜お兄さんf00145と


え、もう一回言って
……
う、うん。頼りにしてるよ
(俺が、しっかりしなきゃ

!?
(なぜ、武器を、手放す!

というわけで、転がりにくい建物の影に卵を隠す
「俺たちがいいっていうまで、ここでじっとしていて
と卵には声をかけて灯り木で迎え撃つつもり
お兄さんの背中越しに敵へ銃弾を撃ち込んでく
卵を守るの優先にするけれども、お兄さんの戦いもひやひやするので見ていられない
敵の攻撃を読んで、それを防ぐように銃弾を撃ち込んでいくよ
俺の寿命が縮むので、早めにご退場いただけたらと

戦闘が終わったら、無言で両手でお兄さんの頬っぺたを掴んで伸ばせるところまで伸ばす
(何か言っても無駄なのは経験上知ってるので


夏目・晴夜
リュカさんf02586と

リュカさんが卵を守り、ハレルヤがリュカさんを守れば万事よしですね
リュカさんが卵を守り、ハレルヤがリュカさんを守れば万事よしですね!
ええ、大船に乗った気持ちでどうぞ

敵の攻撃を塞ぐように正面へ回り込み攻撃
リュカさんや卵へ接近しようものなら妖刀を【投擲】し【串刺し】
妖刀を手放し丸腰になってまでリュカさんを助けようとしたハレルヤの心意気を褒めて下さってもいいですよ

投擲した妖刀をすぐに回収できなくても大丈夫です
蚊は潰すものなので、蹴り付け【踏みつけ】応戦します
最後はリュカさんが圧倒的な力で制圧して下さるので何も不安はないですが、
頬を伸ばされる理由はちょっとよくわからないんですけど


●■■が×た□□
 溶けたのは、果たして雪だけなのだろうか。
 黒髪が視た白髪の顔は、いつも通りだった。
 だったんだ。

 ぽた。と音がした。あぁまた雨か。
 一行は足を止めない。雨粒が、道にひとつの跡を残した。
 リュカの頬にも一滴落ちる。ぬちゃ。
 即座に少年は猟兵の視線を空に向けた。肌に触れた液体は、水ではない。
 先程迄広がっていた雪雲は消え、本来在る筈の星空を似て非なる色が埋め尽くす。
 不気味に増えていく雨量。戦いは既に、始まっている。
 敵はもう我々を狙っているのだろう、急ぎ迎え撃たなくてはならない。
 ならないんだ。視線を、平行に戻す……先に。
 何か違和感を、言い様の無い違和感を感じた。
 彼は傭兵だ。数多の戦場を見てきた、あらゆる意味でも。
 其処で沢山の表情を見てきた。どんな想いで戦っているかの貌を。
 その時の感覚が、何かを訴えてる。
「……」
 目が合った。向こうも、敵が来ている事を解ってる。
 雨量が増えた。黒い血のような、雨が降る。
「リュカさん」
 晴夜が口を開く。
「うん」
 やや強い雨が、土砂降りに変わる。
「リュカさんが卵を守り、ハレルヤがリュカさんを守れば万事よしですね」
 激しさを増す降水の音に言葉が重なる。ただ、聞き逃す事は無かった。
「え、もう一回言って」
 それでも聞き返す。足元に薄く、濁った膜が貼り始める。
「リュカさんが卵を守り、ハレルヤがリュカさんを守れば万事よしですね!」
 豪雨に晒された面は、いつも通り威勢の良い無表情だった。
 否。ほんの僅か、口角だけが片方。上がっている気がする。
「……う、うん。頼りにしてるよ」
 返事はしたが、内心は少しずつ水位を上げる濁った流れと似た心地で。
 蒼い眼差しが僅かに固くなる。其処に、星空は視えない。
「ええ、大船に乗った気持ちでどうぞ」
(俺が、しっかりしなきゃ)
 同じ色の想いが、一方通行に通り過ぎる。

 足首が血潮の如き水底に消えていく。
 時間がない、蒼炎は意識を一旦胸に抱く光に切り替えて走り出す。
「ついてきて」
 投げかけた声は届けばいい。すぐに水を弾く音が幾つか聞こえた、よし問題無い。
 目指すは行こうとしてた山門の先、一度境界を超える。
 懐かしいような気がする光景が在っても周りを見渡す余裕はない。
 急いで門の裏に卵を隠すと同時に、二匹の妖怪がひょいっと其処へ。
「俺たちがいいっていうまで、ここでじっとしていて」
 卵が転がらないよう寄り添う仔等を見届けてから、リュカは扉に手をかける。
 黒手袋で強く握り込み大門を閉めていく。ジニアの花を散らして流れ込む濁りを堰き止めた。
 これで戦える。指先だけで灯り木の弾数を確認しがてら視線を後ろへ。
 広がる視界、戦場が一面黒血の濁流と化した中を白い狼が駆け抜けていた。
 ヒトの形を成した『彼女』が門へ向かわぬよう正面に晴夜が回り込む。
 邪魔だと振り下ろされた槍に妖刀が喰らい憑き火花を吐き出す。
 弾かれ濁流に落とされようとも即座に這い出て跳躍した。
 白い毛並みに濁る黒が付こうが、皺の無い手袋が汚れようが。
 立ち上がり、立ち向かい、斬り付け、切り続け、攻撃する。
 止まない雨にいよいよ濁流が荒れ狂い足場を飲み込もうが構うものか。
 地が沈むなら他で補えば良い。崩れ行く建物の壁を蹴り跳ぶ姿は最早獣の本能とさえ思えた。

 彼は今、どんな顔をしているのだろう。
 スコープの中で躍る不夜狼は背を向けているから解らない。わからない、けれど。
 今すべき事は変わらない、雨の中など何度も戦った場だ。
 瞬き一つしない眼に星が瞬いた瞬間、銃声が精密な軌道を導き人狼の真横を通り抜ける。
 想定外の角度から来た流星が鱗で覆われた手を弾き敵の攻撃を中断させた。
 痛がる素振りを見せるが声は出ず、代わりに睨む瞳が傭兵を捉える。
 急旋回しターゲットを変更、水竜を操る者は一直線へ山門を護る少年へと向かっていった。
 リロードするには距離が短い。ならばとリュカが短剣に手を添える。
 散梅を抜き放つのと、紺夜の蛟から悪食の刃先が突き出たのは同時だった。
「!?」
 驚いたのは痛みに『声』無き悲鳴を上げる敵にではない。
 怒り狂う骸魂が再び向き合う先の猟兵が、己の得物を投げたことだ。
(なぜ、武器を、手放す!)
 更に驚愕すべきは丸腰が応戦する気満々ということ。
 強欲に傷口を狙った一投は確かに深いダメージを与えている。でも。
 弾を装填しすぐに構える。心から、ひやひやする感覚が身へ伝わった。
 確かに自分は後ろの門を、卵を守らなくてはならない。優先はこっちだ。
 だからと言って目の前で槍相手に肉弾戦を挑むお兄さんの戦いは見ていられない。
 大船は刺さったままの妖刀を回収する動きも見せず追撃に徹している。
 援護射撃にバランスを崩す標的へ、すかさず脚と尻尾で見事な弧を描く回し蹴りを叩き込む。
 ふらついた隙に一回転した晴夜がそのまま脳天を容赦無く踏みつけた。
「蚊は潰すものなので」
 喋ったと思ったら、足で獲物を濁流の底へ押し込んでいる。無表情で、何度も。
 踏み荒らすのは楽しいですね、等々。おや動かなくなりましたね、云々。
 静かになった水底へ、終わりですかねと抑揚無い調子で黒に塗れた手を伸ばす。
 馴染みの一振りを探す様子を眺め、肩の力と一緒に吐こうとした息は喉元で急停止する。
 探索者は不自然に広がる波紋を発見していた。福音が、絶望の未来を報せている。
 指はとっくに、トリガーを引っ掛けていた。
 銃口向ける先で昏い海から鱗の手が伸び、金で彩る首元を捕らえる。
 浮上した女の笑みを、夜明けの星が撃ち抜き――最悪は回避された。

 どろり、血のような黒の総てが『彼女』と共に融けていく。
 アサルトライフルを肩に掛け、俯き突っ立つ人狼の元へ往く頃には膝下程の水面に透明度が戻っていた。
 徐に手を下に、黒い掌には馴染まない刃を拾い上げ柄巻きを差し出す。
「……俺の寿命が縮む」
 真っ白い手が短い抗議ごと受け取り、ふわふわの耳を揺らして顔を上げる。
 星と灯を映す瞳が、漸く交差した。
「妖刀を手放し丸腰になってまでリュカさんを助けようとしたハレルヤの心意気を褒めて下さってもいいですよ」
 一息の返答に今度こそ、一息ついた。返事はしない。無言で距離を詰める。
 両手をあげて、掴んだ。むに。割と柔らかい。
 そのまま淡々と年上のほっぺたを思う存分横に引っ張る。
「ちょっとよくわからないんですけど」
 中々の伸び具合だ。これは新記録か、今まで録った事はないけれど。
 勿論疑問に返答はない。みょーんと無表情で伸ばしまくる。
「最後はリュカさんが圧倒的な力で制圧して下さるので何も不安はなかったのですが」
 そこじゃない。が何か言っても無駄なのは経験上知ってるので只管伸ばし続ける。
 山門の屋根から卵を背負った妖怪が様子を見に来るまで、記録は更新されていた。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴