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カガミのオリ(作者 相良飛蔓
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 電車に乗っていくらか先の見た事もない無人駅、先住種族が暮らしを成して覇権の簒奪を虎視眈々と狙う地下世界、あるいは無明の先のブラックホールの向こう側――ことほどさように世界に異界は溢れている。それは三十余の世界にとどまらず、そこやかしこに溢れている。
 地図にもないし証人もいないネットロア、定説による絶滅の論拠や利用される地下資源、人体をスパゲッティのように変形させる非情の重圧――そのいずれもが異界の存在あるいは旅程を否定しているにも拘わらず、それらはなおも夢やロマンに後押しされて、根強く存在を囁かれている。

 大小を問わねばもっと日常、たとえば通学路や学校内なんかには無数である。夜のプールの水底に、トイレの個室の三番目に、褪せたる壁のヒビの中…。

 あるいは、階段踊り場の古い姿見、映る景色のその向こうに。

●鑑と檻
「ガキッてェのは色ンなこと考えるもンだよなァ」
 感心したように述べるのはグリモア猟兵の我妻・惇である。彼が言及しているのは今回の事件のきっかけとなったものについてだ。
 それは、とある学校に通うローティーンの女子生徒たちと、幾人かの男子生徒が関わる“おまじない”に端を発していた。
「なンでも、階段の踊り場の大鏡の前で夜中の何時に望みを唱えると誰だか何だかが叶えてくれる、ッてなことらしいな」
 闇への恐れ、異界への憧れ、どうにもならない現状からの逃避……そんな噂が流行るに至る、若者らしい情動ならいくらでも挙げられるし、それこそネットロアや都市伝説、学校の怪談なんかのよくある物語に埋もれさせるのは簡単なものである。ただしそこに、UDCが絡んでいなければ。

「テメェ以外の誰かをどォこォしてやりてェッてな願いには、これが効果テキメン、きッちり問題を起こしてくれるッてなことらしいンだよなァ」
 要するに、意中の相手に振り向いてほしいという願いは叶わずとも、恋敵を排除してほしいということならば聞き届けられるというもの。具体的には“転校”していくということである。

「誰が願ッたかも分からねェし、どこの階段の鏡かも正確には分からねェ」
 こういったおまじないによくある通り、願ったことを誰かに言ったら罰則が生じるということらしく、実行した人間の口からは証言を聞けない。時々口にする者もあるらしいが、武勇伝の真偽は眉唾ものだ。
「校内での怪しいヤツとの接触も見受けられねェし、ンだのに鏡の存在が確実にガキどもに伝わッてるし……」
 姿の見えない扇動者に頭を悩ます赤毛の男の耳に、『裏サイト』という言葉が届く。若い学生にしてみれば常識と言っても差し支えない程に、その存在が知れ渡った情報交換手段であるが――。
「……何か分からンが、そォいうやり方があンのか?」
 きょとんとしながら猟兵から説明を受け、やっぱりよく分かっていない顔で概要を飲み込むと。
「そッち方面に詳しいヤツがいンなら調査頼むわ。誰がやッたとか、いつどこでやッたとか、手がかりが拾えンならなンでも良いや」
 餅は餅屋ということである。依然傾げる首に見える僅かな哀愁は見ないことにすべきだろう。

「ンでともかく、鏡を突き止めりゃ夜中に行ッて、まじないの真似事でおびき寄せりゃ良い。呼びつけりゃ出て来るから各自でどンどン引き摺りだして、親分出るまで繰り返しだ」
 学校側には話を通せるため、侵入などについては考える必要はない。該当する鏡を特定し、願いを言って敵を呼び、それぞれに撃破するだけである。
「まァこそこそガキ狙ッてるよォな連中だし、大したこともねェだろ……ッと、むしろ戦闘に紛れ込ンでくるガキがいたらそッちの方が厄介だわな。余裕があッたら何とかして来ねェようにしてみるのもアリかもな」
 たまたま戦闘中に、おまじないを実行しようとする生徒はいるかもしれない。調査の段階で牽制してみたり、脅してみたりしておいても良いだろう。それだけ補足すると、グリモア猟兵は皆を送り出す準備へと移る。

「ガキッてェのはホント、色々考えるもンだよなァ……」
 小さなつぶやきは、対比的に自身の加齢を憂うようで――聞こえないことにすべきなのだろう。きっと。





第3章 ボス戦 『夢の現』

POW ●夢喰み
【対象の精神を喰らうこと】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【戦意の喪失】で攻撃する。
SPD ●魂攫い
【深層の欲望を見抜く視線】を向けた対象に、【欲を満たし心を奪う空間を創り出すこと】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ ●心砕き
いま戦っている対象に有効な【対象が最も苦手とする存在】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はルメリー・マレフィカールムです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●伝染る 移る 写る
 鏡の中に世界はあるか。仮にあるなら繋がっているか。此方の鏡より彼方の鏡へ、未だ見ぬ先へ鏡を伝いて――さて、内なる世界は檻であろうか、外の世界は自由であろうか、いずれが内で外なりや、いずれが此岸・彼岸なりや。
 たとえ在れども見えぬなら、鏡の世界は夢の裡、夢に過ぎねば無いのと同じ。鏡は映すばかりにて、向こう側など在りはせず。そんなものよりも。

 各々手にする機械の方が、未だ見もせぬ遙けき先へ、気軽手軽に辿り着く。夢見る鏡の世界より、そちらが余程異界であろう。その中で望んで集まり傷つけあって、行き交う言葉の棘や角など、心の澱に触れるには充分すぎる場であろう。
 見初めて、取り入り、心を喰うには、大きな像が望ましい。できれば小さな画面ではなく、人の姿をまるごとうつす、大きな鏡などが、望ましい。

●映る
 幾らかの望みを掛け、その度に現れた幾体かの影を排除してやって後。さらに猟兵が鏡の前に立つと、その奥に像を結んだ者は、誰の願いにも応じてはいない、誰が想像したものでもない像であった。獣の頭骨のような頂部の下に闇色の外套、中からは無数の赤い触腕が覗いており、明らかに人の姿ではない。鏡面よりぬるりと現れる様子などは、現実にここに存在しているかどうかすら怪しい物である。どうやらこれまでの嗚咽への影とは違う――おそらくは噂の発端、首謀者だろう。

 猟兵たちの頭に僅かな頭痛と不快感。どうやら精神的に影響を及ぼそうとしているらしく、放っておけば戦うどころではない色々なものを受信させられてしまうことだろう。
 幸い周辺は一部の猟兵の脅迫的人払いや鋼糸の結界などによって、一般人の進入の危険性はない。狭い戦場も見様によっては敵を追い詰めやすいと言えるだろう。面倒で厄介なことになる前に、陰湿な悪夢を叩きのめしてしまおう。
リック・ランドルフ
…さて、ようやく犯人のお出ましか。…こりゃまた、猟奇的というか、儀式くせぇというか…ろくでもない犯人って感じだな。……ま、とりあえずだ。……その仮面、ぶっ壊してやるよ。

まずは拳銃で牽制しつつ、距離を取って、相手の出方を疑う。そして、、ここは校舎、銃弾が壁やら床やらに当たらないよう、しっかり狙って撃つ(スナイパー、クイックドロウ)

と、なんだ?奴の目が怪しく光っ――


俺の欲望?そりゃ…ちとこの歳で言うのは恥ずかしいが、…平和だよ、世界平和。皆が笑って、誰も傷付かない。…そんな、ガキみてえな夢だ。

だから分かる。この世界は偽物、無理な夢だからな。


というわけで、残念だったな(棍棒でのフルスイング、鎧砕き)


塩崎・曲人
ケッ、だまくらかして喰えそうな相手じゃないと分かった途端これかよ
「出会い頭に毒電波垂れ流しにしてきやがって。電波法違反でお仕置きすんぞコラ」

そりゃ、誰だって自分の肚の内なんざ探られたくねぇに決まってる
オレ様だって触れられたくねぇ事の一つ二つはあるさ
それを自在に暴けるってんだから、ある意味神の如き力だよ
(だからまぁ、この光景もそうなんだろう)
『安く見られたくない、一目置かれたい』という欲望を満たす空間に飲み込まれるも
自分はまだ自分で納得できる存在じゃない、という想いから幻影の呪縛を打ち破る
「違うんだよド畜生!」

「……他人のプライバシー遠慮なく冒して行きやがって。覚悟はできてんだろうなオイ」


●かなうは難し
「……さて、ようやく犯人のお出ましか」
 姿を現した禍々しいそれに、距離を取ったリック・ランドルフはどこか冷めたような視線を投げる。今どきの学び舎で煙を燻らせるわけにもいかないし、口元にも視線にも、熱が宿らないのは無理もない。
 さらに言えば、ようやく出てきた怪異の風体も、猟奇的というか儀式臭いというか――さらに言ってしまえば古典的、語弊はあるが“よくある”ろくでもない犯人のそれである。溜め息だって出ようというものだ。
「……ま、とりあえずだ」
 冷たい視線や投げやり気味な言葉に気を悪くしたかは分からないが、出し抜けに伸ばされた触腕の一本を、リックは正確かつ迅速な狙いで撃ち抜き千切る。
「……その仮面、ぶっ壊してやるよ」
 その視線は冷静で、その視線は挑発的。そして、紫煙の上る銃口は、熱い希望に燃えていた。

「ケッ、だまくらかして喰えそうな相手じゃないと分かった途端これかよ」
 UDCにとっては思いもよらなかったであろう衝撃に、頭痛や不快感を与えていた不明の攻撃が緩んだ。その隙を見逃さず塩崎・曲人が速やかに一歩踏み込み、飛び込み、一撃を見舞う。
「出会い頭に毒電波垂れ流しにしてきやがって。電波法違反でお仕置きすんぞコラ」
 詰め寄った頭骨はいかにも覚えやすい“顔”である。黒衣の胸倉をつかんだままに、青年は咎人を睨め上げる。応えて睨み返すように、怪物が異形の眼窩を向けると――不意に、鈍く怪しく、光った。


 怪しく光った頭骨の虚の、リックが眩さに瞬いたその刹那、階段の踊り場の光景は、全く明るい世界へと変じていた。
 皆が明るく笑い合い、自身以外の誰もが武器など持たず、傷つかず傷つけず、その可能性すら考えもしないような、能天気なまでの平和な景色に、男はしばし呆気にとられ――それから僅かに肩を竦めた。
「俺の欲望?」
 いかに高邁な希望であろうとも、とどのつまりは欲望である。見果てぬ夢のために、誰かを踏み台にして、犠牲にして……
「……平和だよ、世界平和。皆が笑って、誰も傷付かない。……そんな、ガキみてえな夢だ」
 たとえば今、目の前に広がる光景のような。絶対的に理想的な、絶望的に理想的な、夢物語。実際リック自身も、やや自嘲気味の照れ臭そうな苦笑を浮かべている。

「そりゃ、誰だって自分の肚の内なんざ探られたくねぇに決まってる。それを自在に暴けるってんだから、ある意味神の如き力だよ」
 笑う刑事の表情などは、曲人の目には映らない。UDCの目の輝きも、暗きに澱む階段も、彼の意識には届かない。そこに広がり見えるのは、自らを称賛し、崇敬する者たちの目の輝き、明るく眩い日の下である。一瞬呆気にとられた曲人だったが、その後は馴染みの目つきの悪さで、気分悪げに鼻を鳴らす。
(だからまぁ、この光景もそうなんだろう)
 絶え間なくぶつけられる幻の狂熱をうんざりしたようにあしらい、聞き流しながらも、その目元には力が篭り、険しいものとなっていた。曲人が囚われた世界もまた、自身の理想を強制的に具現化されたものである。『安く見られたくない、一目置かれたい』というそれは、実に普遍的に人の心に底の見えない隙間を生み出す、取り入りやすい欲望であったろう。

 そう、“見果てぬ夢”なのだ。
「だから分かる。この世界は偽物、無理な夢だからな」
 それでも諦めきれず、その犠牲となり、その礎となるのは、リック自身。そんな突然に都合よく、目の前に現れることなんてないのは、リックが一番良く知っている。
「違うんだよド畜生!」
 飽くなき敬意を向けられぬ原因は、それを得るために戦い変わるべきは、曲人自身。自分がまだ自分で納得できる存在じゃないのは、曲人が一番良く知っている。

 だからこれは、幻想だ。


 さすがに幻の中で拳銃を撃ったりして、学び舎に物騒な弾痕を穿つわけにもいかない。リックは敵へと目測を付けると、手加減なしの剛腕でもって棍棒を振り抜いた。硬くも軽い手ごたえをその手に感じた直後、周囲は元の暗い校舎に戻っていた。
「というわけで、残念だったな」
「……他人のプライバシー遠慮なく冒して行きやがって。覚悟はできてんだろうなオイ」
 入れ替わりに曲人が詰め寄ったときには、UDCの身体は既にロープで拘束されていた。無数の触腕と複雑に絡み、外そうにもそのまま身動きを取ろうにも、一筋縄ではいかないようである。幻想に囚われる前の再演のように外套をむずと掴むと、ユーベルコードの猿轡を拳と一緒にねじ込んでやる。勿論怒りは一撃で収まるはずもなく、次々と重さと速さを増しながら見舞われるのだった。
 リックは哀惜の篭った溜め息をもう一つ、小さく吐いた。刑事は甘言を素直に受け入れられるほど幼くはなく、青年は怒りを容易く引っ込められるほど大人ではない。しかしいずれも、敢えて老若を問わずとも、夢の遥けきは知っているのだ。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

木元・杏
【かんさつにっき】
山羊の顔…?身体は…マントの中は何も無い、虚無
貴方は満たす腹を持っていないのに、何を求めて人の欲を喰らうの?
そう、コケコケ言うたまこの如く……んむ?

あ、まつりん…尻尾が負け犬
仕方ない、わたしが夢の現やっつけるべしと懐刀を構えきっと視線を合わせた瞬間

こ、ここは…焼肉店?
くっ…、眠気の後にはお腹が減る、その本能をつかれた感
お肉の香ばしい匂い、じゅーと焼く音
止めないで小太刀。これは食さねばならぬヤツ
だって、お腹空いてくらくらする…

まつりんの掛け声と共に無駄に戦闘(食欲)本能をかき立てられ、夢の現目掛けて【鎌鼬】
お肉で惑わされた恨み思い知れ

帰りにハンバーガーなる朝ごはん食べて帰りたい


木元・祭莉
【かんさつにっき】デス!

アンちゃんいじめた、許さない!
廊下を封鎖して、二人を守るように鏡に対峙。
さぁ、かかってこいー!

あ、嫌な予感する。
ギャー、やっぱり出たー!(巨大たまこ顕現)
超ダッシュで後退、コダちゃんの陰に隠れる!
尻尾を丸め、力弱く威嚇。

よし。白楼炎発動!
ゆらゆらり、たまこ小屋が出現。
ほら、おうちだよ。ごはんもあるよ、おとなしくおやすみ?
たまこがおとなしくなったら、反撃!

え、お肉?
おいら、アンちゃんのお肉、横取りしたコトないよ?(ぶんぶん)
……ぷりんなら(ぽそ)

ボスにお肉を投げつけて。
アンちゃんGO!
おいらも!

ふー。
これで、おまじないしても大丈夫!
裏サイトに「おっけー」書き込んどこっと♪


鈍・小太刀
【かんさつにっき】

なるほど鏡の悪魔
らしい恰好の奴が出て来たじゃないの
相手してやるわどこからでもかかって来なさ…
(召喚された巨大ピーマンを前に固まる

ふん、こんなの食べなきゃどうって事な…
ちょ、口に向けて投げるなー!?
こうなったらこっちも奥の手を
オジサン後は宜しく!

頷くオジサン
ピーマンを槍で刺し炎で焼いてもぐもぐ
食材は無駄にしない主義らしい
でもピーマンだけじゃ寂しいのか
お肉堪能チャンスな杏が羨ましそう

…って杏、それ罠だから!?

オジサン、お肉ならあっちのたまこは?
食べたら本物たまこに怒られそう?成程
あ、祭莉んのお肉に反応した

そろそろ夜明け
夢は夢に現は現に
UDCは鏡じゃなくて骸の海に還りなね

お腹空いた


●カルビとかしわと野菜盛り
「アンちゃんいじめた、許さない!」
 木元・祭莉は先の怒りを収めることなく、背には二人の仲間を庇い、猛る気炎と同様にその毛を逆立て鏡の怪異を威嚇する。守られる二人も油断なくその敵を睨みつけ。
「なるほど鏡の悪魔、らしい恰好の奴が出て来たじゃないの」
 不敵に笑って鈍・小太刀。その言葉の通り、山羊らしき動物の頭骨に形を成さない身体を包む黒マントと、不気味さについては満点の姿である。しかし所詮は策を弄して隠れるばかりの姑息者、対峙して恐るに足るものではない。
 対して木元・杏は警戒心を顕わにしつつ、その異形を見据え、見逃すまいと観察する。
「貴方は満たす腹を持っていないのに、何を求めて人の欲を喰らうの?」
 たとえば何者でもない自身への強迫的な焦燥感、たとえば何物かを奪い得る無数の強欲な腕、たとえば、それでもなお満たされ得ない、腹中の虚無感――誰かの悲しみ、心象の具現であるのなら、満たす腹無きはその表出であるのかもしれない。しかし所詮は心を離れて鏡に巣食う、思いの澱の影法師、すくうことなど叶いはしない。
「相手してやるわ、どこからでもかかって来なさい!」
「かかってこいー!」
 怖い物知らずの若人たちは、慣れぬ頭痛も物ともせずに、闊達に咆えて戦端を開く。恐るべきを知らぬ者たちは、それを写して心を苛むUDCにとってはさぞや難敵であるのだろう。


 されど心を揺さぶるは、恐怖や後悔だけではない。
「こ、ここは……焼肉店?」
杏の睨んだUDCの眼窩が怪しく光ったかと思えば、香ばしい香りに油の弾ける音……煙りて霞むその景色は紛れもなく、焼肉店であった。もちろん幻であり、巻き込まれた祭莉と小太刀には疑うべくもない拙策なのだが……
「くっ…、眠気の後にはお腹が減る……本能をついた巧妙な罠……」
 ……たったひとりにおいて、効果は抜群だ。
「……って杏、それ罠だから!?」
「止めないで小太刀。これは食さねばならぬヤツ」
 理性的な制止の言葉も、今の彼女には届かない。感じるその空腹も、標的である杏のみに与えられた幻覚であるのだが、それはもはや使命感へと転化しうるほどに強い衝動、強い欲求――まあ要するにこの猟兵、単純に腹減りすぎてふらついている。あくまで幻覚だけど。
 ともあれそんな感じで、杏は小太刀の声を振り切って、金網の上で焼ける上等な肉を速やかに殲滅すべく、その席に着くのであった。無限に増殖し、さりとて決して腹を満たすことのないそれは、夢の現が糧とする、嗚咽と夢によく似ている。
 さて、何故に喰らうのか――その幻は、少女に問いを投げ返した。


 夢の焼肉に舌鼓を打つ杏の目を覚まさせるため小太刀と祭莉が近寄れば、その金網を庇うようにしながら少女が恨めしげな視線を返す。どうやら兄に奪われた肉のことをまだ根に持って警戒しているらしい。先程事情を聞いた小太刀が伝えれば、彼は不思議そうな表情で首を横に振った。
「え、お肉? おいら、アンちゃんのお肉、横取りしたコトないよ?」
 今度はふたりの少女が不思議そうな顔をする番である。記憶違いか勘違いか、それとも犯人が別にいるのか――警戒が緩んだその瞬間に
「……ぷりんなら」
よせば良いのに小さく呟く兄の告白を、妹が聞き逃すはずもなく。改めて目を三角にすると、戦利品を守る野犬のように厳戒態勢へと戻ってしまった。

 ともあれ、肉焼き網から引きはがす為、未だ正気と見える二人のうち、まずは小太刀がその卓上に目を向け――その瞬間に硬直した。あったのは恐ろしく悍ましく、直視に堪えぬ物体。その色もその形もその匂いも、全てが小太刀に認識を拒ませるようなそんな、悪意の塊――巨大ピーマンである。これもまた彼女のための幻覚だ。
「ふん、こんなの食べなきゃどうって事な……」
 無理やり強がる小太刀の言葉を遮って、そのピーマンは勢いよくさらなるピーマンを“射出”した。目標はもちろん
「ちょ、口に向けて投げるなー!?」
悲鳴のような声をあげながら、小太刀はピーマンから逃げ出した。

「あ、嫌な予感する」
 野性が強いと勘も良い。それでも祭莉は覗き込むしかない。そして
「ギャー、やっぱり出たー!」
 予感の通りの幻覚は襲ってきた。焼き網から飛び出したのは、巨大なニワトリ。猛然と駆けてくるそれは、兄妹に飼育される“たまこ”の記憶と、大きさ以外は寸分違わぬ姿をしていた。そしてその鶏こそが少年の恐怖の対象なのだ。
 祭莉もまた悲鳴をあげながら脱兎のごとく逃げ出した。三人の心を揺さぶるものは、つまりこういう具合である。


 幻の店内も現実の踊り場も、大して広いわけではない。逃げる小太刀も追い抜き背後に隠れた祭莉も、すぐさま壁際へと追い込まれてしまった。少年は尻尾を丸めて隠しながら力ない唸り声で威嚇を試み、少女は前に立ちながら、ピーマンを防ぐために口を固く引き結んでいる。どうやら二人の幻はそれぞれ本人にしか干渉を許さないらしく、自身の力でなんとかするしか道はないようだ。
「こうなったらこっちも奥の手を……」
 先に意を決したのは小太刀であった。ユーベルコードを行使し、巨大ピーマンを睨みつけ――
「オジサン後は宜しく!」
丸投げした。
 自分の力で召喚したんだから誰が何と言おうと彼女自身の力である。召喚された武者の霊は頷き槍を構えて、投げられるピーマンを次々と刺し貫きながら見る間に標的に肉薄し、一突きでそれを沈黙せしめた。勢いのままにさらに進み、進み……金網の前、杏の正面に座った。
「何?食材は無駄にしない主義?」
 追い駆けた小太刀の少し呆れたような声に、オジサンはまた頷き、意気揚々と槍ごと巨大ピーマンを炙っては美味しそうに食べ始めた。召喚者の好き嫌いを暗に窘める意図があるかどうかは定かではないが、彼は程なく大小すべてのピーマンを駆逐するのだった。

 肉も恋しく杏の手元を眺めているがやはり干渉できず、霊体らしく恨めしそうな表情の武者に対し、小太刀は思いついたように指さして言う。
「オジサン、お肉ならあっちのたまこは?」
示された先では祭莉がなおも鶏と向き合い、決死の戦いを繰り広げていた。
「ほら、おうちだよ……」
 ユーベルコード・白楼炎によって築かれた鶏小屋。こちらもまた飼い鶏・たまこの住処を写した幻である。記憶から生み出された敵であれば、その記憶にある対処法によって乗り切ることができるはず。
「ごはんもあるよ、おとなしくおやすみ?」
 及び腰のまま、できるだけ刺激しない、優しい声で呼びかけ続ける祭莉の努力の甲斐もあって、強敵は悠然とその住処へと帰っていく。家は家主を取り込み、一個の幻としてその姿を掻き消えさせると、店内の喧騒はついに、杏が肉を焼く音だけとなった。


「反撃!」
 天敵さえいなければ今度こそ本当に怖い物なしである。少年は威勢を取り戻し、その嗅覚で見えざる敵を探してやると、取り出した何かを投げつけた。
「アンちゃんGO!」
 呼びかけられて視線をあげた、今なお口いっぱいに肉を頬張る杏の目が捉えたのは、今まさに宙を舞う――肉であった。瞬間、声もなく、間髪もなく、躊躇もなく、少女は跳び出した。追従するように武者の霊も突進し、おいらも!と祭莉も加わると、ひとつの肉を目指して駆ける。構えた槍と、拳と、それから懐刀――幻に囚われた杏には肉を焼くトングに見えているのだが――三つの武器は過たず、一点を目指して打ち抜いた。

 不意に焼肉店は消え去り、周囲は踊り場へ戻る。見渡せど異形の姿はなく、やや置いてけぼりの小太刀は遠い目で、ぽつり。
「UDCは鏡じゃなくて骸の海に還りなね」
 そろそろ夜明けも近いころ、逢魔の時は疾うに終わって、夢は夢へと、現は現に、在るべきように戻るころ。
「お腹空いた」
 そしてもうすぐ朝ごはんの時間でもある。匂いだけの焼肉は、空腹を著しく助長した。実際それに踊らされて食べ続けた杏などは特に……
「帰りにハンバーガーなる朝ごはん食べて帰りたい」
にくさ余って食欲百倍、がっつり食べる気満々だ。学校裏サイトへの書き込みをしていた祭莉も、端末をしまうと小走り気味に二人を追いかける。在るべからざる怪異を除けば彼らもまた、その日常へと帰り行く。
成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴