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迷宮災厄戦⑱-17~迷宮の国のアリス

#アリスラビリンス #戦争 #迷宮災厄戦 #オブリビオン・フォーミュラ #オウガ・オリジン #鏡写しの私

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●はじまりのオウガ
 猟兵達が訪れた不思議な世界の中心。
 其処には青のエプロンドレスを身に纏った、ひとりの少女めいた影が立っていた。
 真っ黒な影に塗り潰されたかのようなその顔に、どのような表情が浮かんでいるのかは窺いしれない。
 だが、奇妙な憎悪や怒りが満ちていることだけは確かに判る。
 そうして、少女――オウガ・オリジンは語り出す。

 わたしは、『はじまりのアリス』にして『はじまりのオウガ』。
 この世界で最も尊いのはわたし。
 嗚呼、嗚呼。腹が、腹が減っている。アリス達よ、或いは猟兵とやら。その柔らかい肉と熱い血で、このわたしの腹を満たせ。
 しかしただ喰らうだけでは興がない。おまえたちに鏡の世界を見せてやろう。
 さあ、迷え。惑え。

 語り終えたオウガ・オリジンは現実改変ユーベルコードを用い、広大な『鏡のラビリンス』に変身していく。少女の姿をした者は周囲の世界そのものになり、やがては声だけしか聞こえなくなっていった。
 猟兵達はミラーハウスめいた迷宮となった領域に閉じ込められた。
 同時に目の前に『鏡の自分』が現れる。それは姿が左右対称であるうえに、自身とは性格が正反対君の存在であり、敵となって立ち塞がる存在だと分かった。
 そして、鏡からオウガ・オリジンの声が響き渡っていく。

 憎き猟兵どもよ。鏡の世界で己に斃されて朽ち果てるがよい。
 すべてはわたしの思いのまま。
 何故なら、此処はわたしの世界――迷宮の国《アリスラビリンス》なのだから!


犬塚ひなこ
 こちらはアリスラビリンスの戦争、『迷宮災厄戦』のシナリオです。
 戦場は『オウガ・オリジンと鏡の私』となります。

 こちらのシナリオは早期完結・少数採用予定です。
 プレイングは🌸【8/26の朝8:30】🌸から受付開始とさせて頂きます。
 ご参加人数によっては全員を採用できない可能性があります。ご了承の上でご参加頂けると幸いです。

●プレイングボーナス
『「鏡写しの私」を攻略する』

 鏡写しの敵は皆様と同じ能力を持っています。
 敵は「姿が左右対称」で「性格が正反対」になっています。自分のそっくりさんでありながらも明らかな偽物をどう倒すか、というシナリオとなります。
 👑が達成されるぐらい敵が倒されると鏡のラビリンスが崩壊し、オウガ・オリジンを倒すことが出来ます。

●戦い方
 正反対の鏡の存在とどう戦って勝つか、あなたらしさ全開でどうぞ。

 鏡写しの自分の口調や思想、行動をこちらにお任せして頂くことも可能です。
 敵の描写お任せ希望の場合、プレイング冒頭に『⚔️』絵文字をご明記ください。
 皆様のステータスから読み取った、反転したあなたを敵として描写します。ただし、口調などの解釈違いが起こる可能性がありますので、どんな反転自分が来ても大丈夫! という方におすすめです。
 勿論お任せなしでも大丈夫ですので、どうぞご自由に!
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第1章 冒険 『「鏡写しの私」と戦う』

POW   :    「姿が左右対称」「性格が正反対」だけならば、戦闘力は同じ筈。真正面から戦う

SPD   :    「姿が左右対称」である事を利用して、攻略の糸口を見つけ出す

WIZ   :    「性格が正反対」である事を利用して、攻略の糸口を見つけ出す

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

榎本・英
⚔️

私と反対の私。
一度はとんでもない姿を見た。
弾けてしまった成り果て
嗚呼。私は私だ。
器が同じだけの偽物はいらないのだよ。

君の思いのままになってしまうのは、頂けないね。
筆は持った。
君を綴るか否かは私が、今此処に居る私が決める事だ。

もう一人の私、君は私と同じ戦い方をするのかな?
君に出来るのか、疑問が浮かんでしまうね。
私の力は私だけのものだよ。

誰にも、たとえ私であろうとも、真似などさせやしない。
真似る事が出来るものか。

一瞬。
呼吸する間も与えぬほどの速さで向かって、刻んで、嗚呼。
現場に証拠を残さない様に。

もう一人の私。
ほんの僅かの生を楽しめたかい?



●こころ
『――嗚呼、愛して呉れないか』
 鏡の世界の最中で、英に似た影が言葉を紡いだ。
 左手に赤い疵。手にした糸切り鋏――筆を持つ腕は反対側。鏡写しの英は薄ら笑いを浮かべ、本物の英を見つめている。
「よりによって一言目がそれとはね」
 自分と逆映しの自分を見つめ返し、英は筆を構えた。
 少し前、一度とんでもない自分の姿を見た。それは弾けてしまった成れの果てで、自分とは掛け離れた存在だった。
 それとはまた違う、別の影が此処に現れている。
「嗚呼。私は私だ。器が同じだけの偽物はいらないのだよ」
 英と鏡の視線が交錯した。
『君は未だ、母上の言いつけを守っているのかい?』
「……」
 唐突な鏡からの問いかけに英は何も答えなかった。
 鏡は語る。今は関係のないはずの彼女のことを。普段の英が簡単に話すことのない、彼女のことを何の躊躇いもなく言葉にした。
『私は君と違って母上の言いつけなど守っていないよ。けれど母上のように――』
「黙ってくれ」
 鏡が何かを告げようとした時、英は思わず言葉を止めた。英がしないような表情を浮かべ、口の端を歪めた鏡は糸切り鋏を掲げる。
『では、この筆ですべてを示そうか』
「君の思いのままになってしまうのは、頂けないね」
 二挺の、或いは二本の筆の切っ先が相手に差し向けられた。君を綴るか否かは自分が、今此処に居る『私』が決めることだと告げ、英は鏡の出方を窺う。
 母を否定しながらも母のようにと語り、隠しもせずに愛を求める存在。
 ひとでなし。
 ひとであるもの。
 似ていながらも、今の英とは逆を往く存在だということが解る。
 すると、鏡の英の瞳が鈍く輝いた。即座に対抗した英の眼差しにも同じ光が宿る。
『切り刻んであげよう』
「君に出来るのか、疑問が浮かんでしまうね」
 刹那、二人の英は地を蹴った。
 筆が鋭い軌跡を描き、周囲の鏡に反射する。一閃、二閃、三閃、と重ねられていく刃の煌めきが戦場を一瞬ずつ彩っていった。
 同じ戦い方だが、筆を持つ手が逆であることで対になるような動きになる。
「私の力は私だけのものだよ」
『本当に?』
 英が誰に告げるでもない言の葉を落とすと、鏡の英は薄ら笑いを浮かべたまま問いかけてきた。眼鏡の奥の双眸が鋭く細められ、その鏡面にも英の姿が映る。
「誰にも、たとえ私であろうとも、真似などさせやしない」
 真似る事が出来るものか、と英は断じた。
 その間にも攻防は巡る。
 筆の一閃が筆によって受け止められ、甲高い音が響いた。刃は互いの身を掠め、肌や服を斬り裂いては断っていく。
 その度に鏡の英の瞳に狂気が満ちていく。
 まるで、彼女のような――殺人鬼が宿すようなそれが其処にある。
『嗚呼、嗚呼。私は愛して貰えなかった。母上に……祖父にだってああして……『お願い』として、私は使われていた! だからもう求めてもいいだろう。愛を、他人からの無償の愛を!』
「――違う。違うのだよ」
 鏡の言葉は苛烈だった。しかし、英は首を横に振る。
 易々と母や祖父のことをあのように賎く語り、愛を求める言葉を口にする存在など自分ではない。されど、だから反転存在なのかとも感じる。
 しかし、そうであるからこそ英には確かな勝機が見えていた。
 次の一瞬。
 英は呼吸する間も与えぬほどの速さで鏡に向かい、刻む。
 それは刹那のこと。
 現場に証拠を残さないように。此れこそが教えで言いつけだ。
 それに――。
 無為に愛を求めるだけの存在はきっと、この筆で『紡ぐ』力を得ていない。ただ絶つだけの力しか持っていない偽物が、今の英に勝てるはずがなかったのだ。
 あかい疵痕はあっても、其処に本物の英が宿している意味はない。
『嗚、呼……』
 鏡の英が倒れ伏していく。その姿を見下ろした英は双眸をそっと細める。
 笑ったのではない。もしかすれば在り得たかもしれない、在り得なかった自分を鑑みただけの眼差しを向けたのみ。
「もう一人の私。ほんの僅かの生を楽しめたかい?」
『…………』
 問いかけてみても答えはなく、鏡の英の姿は粉々に割れ落ちた。
 筆を下ろした英は瞼を閉じる。周囲の鏡はただ、今の英をそのまま映している。
 何の宿縁か先触れか、鏡の自分はあの人のことを頻りに口にしていた。
 予感がする。
 何かが巡り来るような、不思議な予兆が――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

樹神・桜雪
『⚔️』

見た目はびっくりするくらいに同じだ。
相棒も写しているのかな。
でも、性格は全然違う。そっくりなのは見た目だけみたいだね。

さて、自分相手にどう戦う?
一回切り結んでみて、少し考える。
よし、真っ向勝負といこうか。ボクだもの。小細工も遠慮も不要だ。
牽制でお札を投げて懐に飛び込む。
目の前でUCを発動させてそのまま薙刀で凪ぎ払おう。
二回攻撃を使いながらもカウンターや捨て身の一撃を狙うね。
自分相手に防御は考えたらダメ。性格は違ってもボクはボクだもの。攻撃は最大の防御だ。そうだろう?

…ねえ、相棒。ボクの反対の性格ってあんななんだ。
びっくりしちゃった。面白いね。
楽しんでいる場合じゃないけれど少し楽しい。



●反対世界の雪模様
 鏡写しの自分が目の前に現れている。
 ミラーハウスめいた世界の前後や左右には数多の自分が映っているが、桜雪の眼前の影は確かな立体感を持って存在していた。
「君は……」
『俺だ。見て分からねぇのか』
 桜雪が鏡に問いかけようとすると、不敵な表情を浮かべたそれが言葉を遮った。
 見た目はびっくりするくらいに同じだが、纏う雰囲気が違う。その肩には相棒のシマエナガも止まっているが、何だか邪悪な目付きをしていた。
『つまらなさそうな顔しやがって、それでも俺かよ』
「別に、つまらないわけじゃないよ」
 鏡の桜雪は雰囲気をはじめとして、口調すら違う。ち、と舌打ちをした鏡の桜雪は不機嫌そうだ。それに合わせて鏡の相棒も、じゅりりと胡乱げに囀る。
 対抗した本物の相棒が翼を広げて、ぴぴぴ、と囀り返した。
『ま、いいか。俺はお前をぶち殺す!』
「そう。君はボクであってボクでないんだね」
 声は同じでも鏡の性格は全然違う。
 そっくりなのは見た目だけで、中身はまったくの正反対のようだ。そして、桜雪達は本当に鏡写しのように華桜を構えた。
 双方の刃がまるで鏡面の如く、互いの姿を映し出す。
 鏡の世界には不穏な空気が満ちていて、少しでも気を抜けば飲み込まれてしまいそうだった。しかし、桜雪はしかと鏡の自分を見据える。
 ――さて、自分相手にどう戦う?
 考えると同時に双方が地を蹴り、薙刀を振り上げた。
 利き手や振り方も正反対である故に、刃は真正面から同じ角度でぶつかりあう。
 切り結ぶのは一回。衝撃をいなすために一度後方に下がった桜雪だったが、相手は更に踏み込んで迫ってきた。
『どうした、怖気づいたのか?』
 ニィ、と口の端を歪めた鏡の桜雪は薙刀を振り下ろす。
 身を捻って何とか躱した桜雪は無言のまま、自分ではない存在を見据えた。周囲の鏡に映る自分達の影は幾つもある。
 ちゃんと鏡の自分を見ていなければ、惑ってしまいそうだ。
『ほら、くらえ! 俺はお前みたいなのが一番嫌いなんだよ!』
「……!」
 華桜を乱暴に扱う鏡の一撃を受け止め、時には押し返して桜雪は耐える。同じ武器を使っていても、太刀筋が違う。
 しかし、攻撃を受けながら考えて分かったこともあった。
『反撃する気になったか?』
「よし、真っ向勝負といこうか。ボクだもの」
 鏡の桜雪が片目を眇めてみせれば、桜雪本人は眦を強く決する。表情こそさほど変わってはいないが、桜雪の瞳に確かな意志が宿っていた。
 小細工も遠慮も不要。
 桜雪は透空の札を牽制代わりに投げつけ、同時に相手の懐に飛び込みにいく。
『は、そうくるか!』
「君はボクだからね。読まれてもしょうがない。けど……」
 御札が薙刀によって切り裂かれる。だが、桜雪は勢いを止めないまま敵の眼前で力を紡いだ。刹那、雪と風が鏡の世界に広がっていく。
 対する鏡の自分も同じ力を発動させた。ふたつの雪風が真正面から衝突しあい、激しい音を響かせながら巡っていく。
 薙ぎ払われた薙刀が再び、甲高い音を立ててぶつかった。
 同じ見た目、同じ武器、連れる相棒も同じ。だが、相手の桜雪には何かがない。それはきっと、誰かを大切に想う心。
 それがあったとしたら、あのように粗暴に振る舞いはしない。
 正反対だからこそ解る。あれは――。
「ボクの偽物だ」
『お前こそ偽物だ。俺が、俺こそが本物になる!』
「させないよ、絶対に」
 自分相手に防御を考えてはいけない。性格は違っても自分は自分。攻撃は最大の防御であることを桜雪はよく分かっている。
 そうだろう、と胸中で自分に問いかけた桜雪は一気に力を開放した。
 その途端、それまで以上の雪が舞い散り――暴走寸前の風が鏡の桜雪を穿つ。
『しまった!』
 雪に包まれた鏡の存在が壁に叩きつけられる。
 その瞬間、勝負は決した。
 鏡が割れると同時に偽物の桜雪は消滅した。相棒の偽物も一緒に消えたことを確かめ、桜雪は安堵を抱く。
 たとえ鏡の存在であっても相棒だけは手にかけたくなかったからだ。そして、桜雪は肩口からぴこっと顔を出したシマエナガに呼び掛ける。
「……ねえ、相棒。ボクの反対の性格ってあんななんだ」
 びっくりしちゃった、と呟いた桜雪は少しだけ口元を緩めた。終わってしまえば面白い体験だった。楽しんでいる場合じゃないけれど、少し楽しい。
 そんな感情が浮かんできたのもきっと、これまでに桜雪が少しずつ色んなものを心に宿してきたからだ。
 逆さ映しの世界で、桜雪は鏡の中の自分を見つめる。
 その姿に今、感じる思いは――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
⚔️アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺(本体)の二刀流

皮肉だな。
戦う意味、存在する意味を失いかけてた。けれど何度かのオリジンとの、鏡の自分との戦いが改めて根源を浮き彫りにする。
誰かの為にある事。戦えぬ人達の為に振るわれた道具。戦うための道具。
だからここで俺は俺らしく、らしくない小細工は抜きでいく。

基本存在感を消し目立たない様に立ち回る。そして隙を見てマヒ攻撃を乗せた暗殺のUC剣刃一閃で攻撃。
場合によっては牽制で柳葉飛刀の投擲も。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らってしまうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。



●鏡の自分
 瑞樹の右手に胡、左手に黒鵺。
 対する相手は右手に黒鵺、左手に胡を携えている。
 今、目の前に佇んでいる相手は鏡写しの存在。二刀流という形こそ同じだが、瑞樹の正反対の姿をしているのですべてが逆だ。
「皮肉だな」
『あはは! 何が皮肉なんだ、辛気臭いツラしやがって!』
 鏡写しの自分を見つめる瑞樹の前には明るい表情を浮かべながら、軽い口調で喋る自分の偽物がいる。
 冷静な瑞樹とは全く違う、まさに正反対の者だ。
 これまで、瑞樹は戦う意味や存在する意味を失いかけていた。けれども何度かのオリジンとの戦いや、鏡の自分との戦いが改めて己の根源を浮き彫りにしている。
 鏡の瑞樹がああして戦意を満ちさせているのも、きっとこの根源の所為だ。
『そっちから来ないなら行くぜ!』
 鏡の瑞樹は地を蹴った。
 咄嗟に瑞樹自身も存在感を消して目立たないように立ち回ろうとするが、此度の相手は一対一であり、鏡の迷宮では隠れるところがない。
 仕方ないか、と首を振った瑞樹は迫ってくる鏡の自分の一閃を受け止めた。
 此方が隠れる戦法を取る分、相手は積極的に攻め込む戦法を選んでいるらしい。そんなところも正反対だと思うと妙な気分が巡った。
 己は誰かの為にある。
 戦えぬ人達の為に振るわれた道具であり、戦うための道具として存在している。
「だから……」
『ん? どうした。何をボソボソ言ってんだ』
 瑞樹が口を開くと、鏡が訝しげな評定をした。相手はあんな態度ではあるが瑞樹は気に留めず、己の裡に浮かんだ思いを言葉にする。
「ここで俺は俺らしく、らしくない小細工は抜きでいく」
『そうか。それなら俺も真正面から行ってやる』
 双方の視線が交差した。
 次の瞬間、剣刃の一閃が重なる。胡と黒鵺が真っ向からぶつかりあい、鋭く甲高い音を立てて拮抗していった。
 鍔迫り合いの如く、刃と刃が軋む程の攻防が暫し巡る。
 瑞樹は隙を見て麻痺の力を乗せた暗殺の一閃を放った。だが、その出方を知らぬ鏡の瑞樹ではない。
 即座に後方に下がった相手は瑞樹に柳葉飛刀を投げ放った。
『くたばれ!』
「俺はそんな言葉は口にしない」
『は、良い子ぶりやがって。中身は黒い感情ばかりのくせに!』
「……」
 対する瑞樹は柳葉飛刀を、柳葉飛刀で以て弾き返す。同じ得物が衝突しあう様は激しく、両者の打ち合いが更に続いていった。
 此方が相手の攻撃を感知すれば、相手も此方の動きを読む。
 性格は全く違っても能力は同じ。飛んできた飛刀を避けきれなかった瑞樹は激痛に耐えながらも、反撃に入る。
 未だ相手から刀は投げられ続けていたが、黒鵺で受け流した瑞樹は其処から一気にカウンターを叩き込んでいく。
 瑞樹は自ら傷つくことも恐れず、小細工などなしで駆けた。
 鏡の自分の懐に潜り込む勢いで瑞樹は刃を振りかざす。
『なっ……!?』
「――終わりだ」
 腕に偽胡の一刀を受けながらも、瑞樹は黒鵺を薙いだ。相手を倒すには胸や腹などは狙わなくていい。その切っ先は真っ直ぐに、鏡の存在が持つ偽黒鵺へと振るわれ――そして、勝負は決した。
 偽の黒鵺は真二つに割れ落ち、偽瑞樹もその場に倒れ伏す。
 鏡の存在は何も言葉を遺さぬまま、鏡面が割れるかのように崩れ落ちていった。
 自分が死を迎える時もこんな風になるのだろうか。
 そんなことが脳裏に過ぎったが、瑞樹は緩く首を振った。そして、彼は踵を返す。
 鏡の迷宮から出て、次に進むために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネーヴェ・ノアイユ
⚔️
正反対の私ですか……。
どちらかと言えば戦いにおいて護り型の私なので……。攻撃的な私が現れそうだとは思うのですが……。

相手が反転しているとはいえ……。私であるのならこのUCを主軸に戦っていきましょう。相殺効果はこれ以上ないほど見込めますし。
UCにて攻撃をしっかりと盾受けを行いつつ……。手にはicicle scissorsを作成。この際にリボンに魔力溜めした魔力を使用し、全力魔法にて作り上げることで一撃攻撃すると壊れる代わりに殺傷力を極限まで高めた状態にしておきます。

あとはもう一人の私の魔力切れや、動きの粗などの攻撃機会をひたすら耐えながら待ち……。その時が訪れましたら一刺しにて戦いに終着を。



●盾鏡と氷刃
 鏡の迷宮の中でもうひとりの自分が現実化していく。
 身構えたネーヴェは、目の前に立っている鏡写しの自分を見つめた。髪の色に瞳の色、頭に付けている大きなリボンもまったく同じ。
 違うところがあるとすれば、右と左が逆であることくらいだ。
「これが、正反対の私ですか……」
『あはは! なあに、あなた。何だか暗くない?』
「そんなことは……」
 ネーヴェが不思議そうに相手を見ていると、鏡のネーヴェはくすくすと笑った。高慢で我儘そうな彼女は本当にネーヴェとは正反対のようだ。
『まぁいいわ! 私と同じ姿をしているのはうざったいから、消してあげる!』
 鏡はそういうと片手を掲げた。
 そして、相手は氷雪の力を紡ぎはじめる。
『――束ねるは羨み。放つは愛。万象奪う力となれ!』
 少し変わった詠唱と共に普段のネーヴェが用いる猛吹雪の嵐が巻き起こっていく。やはり、と感じたネーヴェは防御態勢に入る。
 自分はどちらかと言えば、戦いにおいては護りに入ることが多い。
 そう、今のように。
 それゆえに攻撃的な自分が現れると予想したのは間違いではなかったらしい。
(相手が反転しているなら――)
 ネーヴェは咄嗟に自分の周囲に氷壁を作り上げていく。
 見る間に氷壁に力が集まり、雪結晶が重なった氷の盾鏡が展開されていった。吹雪は盾によって相殺され、勢いを失う。
 万華鏡のように煌めいた氷雪は寧ろ強度が増しているようだ。
 ち、と舌打ちをしてみせた偽のネーヴェは忌々しげに眦を決した。自分はそんな表情も出来るのかと少し驚いたネーヴェだったが、偽の自分なのだからと納得する。
「私であり、私でない存在……」
『あら、何を小声で言ってるの?』
「いいえ」
 相手が苛立ちを隠さずに問いかけてきたのでネーヴェは首を振った。しかしそんな仕草すら鏡は気に障ったのか、敵は再び吹雪を舞わせる。
 しかしネーヴェは慌てることなく氷雪の盾鏡で以て受け止めた。
 されど敵は同じ力を持つ存在。
 氷盾の一部が破壊されたことでネーヴェは更に壁を作り出す。だが、鏡のネーヴェも次々と力を紡ぎ、一進一退の攻防が巡っていく。
 それでもネーヴェは耐え続け、相手の攻撃を相殺し続けていった。
『ああもう、埒があかない!』
 すると鏡のネーヴェが氷の鋏を振りかざして駆けてくる。その動きを察知したネーヴェ自身も氷鋏を生成した。
 近付く距離。
 二人のネーヴェは同時に鋏を分離させ、二振りの刃として両手でそれを構えた。
 鏡は振り上げ、ネーヴェは振り下ろす。重なった鋏刃が鋭い音を立てて衝突して、小さな氷の火花を咲かせた。
「負けません……偽物の私だけには」
『ふん、どうかしら。記憶のない貴方が偽物かもしれないのに?』
「……それは、」
『あはは! 反論できないのかしら』
 言葉を交わす度に刃が煌めき、甲高い音色を立ててぶつかりあう。
 だが、ネーヴェは怯まずに対抗した。押し負ける前に、と機を計った彼女はリボンに溜めていた魔力を一気に解放する。
 其処から全力を紡ぎ、氷の鋏を作り変えていく。
 それは一撃攻撃すると壊れる代わりに殺傷力を極限まで高めた刃だ。振り下ろされる敵の刃を避け、身を躱したネーヴェはその一瞬を待つ。
『どうしたの? 怖気付いて攻撃すら出来なくなったのかしら?』
「…………」
 ネーヴェはじっと窺い続ける。
 相手にどれほど罵倒されようとも、攻撃的であるゆえに見える動きの粗、魔力の緩みをひたすら耐えながら待ち、そして――。
「さようなら、私ではない私」
 迫りくる刃を六花の万華鏡で受け止めたネーヴェは、ひといきに刃を突き放った。
 その一刺しによって、戦いは終着へと導かれる。
 次の瞬間、相手が息を呑む音が微かに聞こえた。倒れ伏し、崩れて割れてしまった自分の鏡に視線を向けたネーヴェは氷鋏を下ろす。
 すると、周囲の鏡までもが音を立ててゆっくりと割れはじめた。
「終わっていくのですね……」
 間もなくこの世界は崩壊していくのだろう。
 そう感じながら、ネーヴェは鏡の自分が消えていく様を静かに見守っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
⚔️

戦闘知識と経験が同一な為、互いに銃撃を乱れ撃ち、
大鎌を何度もなぎ払うも全て見切り紙一重で避け、
早業のオーラで防御し無傷で離脱して仕切り直す

…成る程。確かに力も業も、私と全く同じみたいね

…性格の方は、随分と違うみたいだけど…



…私は多くの想いを背負って此処にいる
如何に姿形を似せようとも、真似出来ない物がある事を教えてあげるわ

大鎌に自身の生命力を吸収して魔力を溜め武器改造しUCを発動
大剣の柄に限界突破した長大な"闇の光"刃を形成
怪力任せに巨大剣を振り下ろす闇属性攻撃を放つ

…世界を滅ぼさんとする者と、世界を護ろうとする者
世界の意志である精霊達がどちらに力を貸すかなんて、
最初から分かっていた事よ



●想いの後押し
 世界が罅割れる音がした。
 しかし、鏡の世界に閉じ込められている猟兵達の戦いは巡っていく。
『……今から、あなたを殺めます』
「随分と直接的ね」
 そんな会話から始まっていったのはリーヴァルディと、彼女の鏡写しの存在の戦い。
 相対している敵の口調は妙に丁寧であり、その表情には並々ならぬ怒りと憎しみが満ちていた。そんな顔もするのね、と呟いたリーヴァルディは地を蹴る。
 すると相手も地面を蹴り上げ、互いに銃撃を撃ちはじめた。
 性格は反対。
 見た目は逆であること以外は同じ。戦闘知識と経験も同一。
 リーヴァルディ達が乱れ撃つ銃撃は鏡の世界に飛び交い続け、幾つもの銃弾が鋭い軌跡を描きながら舞ってゆく。
『もうヴァンパイアは殺させません。だから、あなたを倒します!』
「そう……そちらはそういった考えなのね」
 強く宣言した偽のリーヴァルディの言葉を聞き、リーヴァルディ本人は肩を竦めた。そして二人のリーヴァルディは黒い大鎌を同時に構える。
 それは過去を刻むもの。
 或いは未来を閉ざす為の刃だ。
 鏡は左から右へ。リーヴァルディは右から左へ。向かい合っているがゆえに逆向きであり、鏡写しであるからこそ動きが揃っている。
 双方の刃同士が衝突しあい、鋭い連撃が打ち出され続けた。
 大鎌を何度も薙ぎ払うリーヴァルディ達は相手の動きを全て見切り、あるときは受け止め、またあるときは紙一重で避けていく。
「……やるわね」
『やりますね!』
 そして、埒が明かないと感じた双方は早業で以て互いの間合いから離脱する。
 どうやら両者が仕切り直す心算らしい。
 能力が同じであるということは、こういうことだ。
 強さは互角。ならばどうすれば勝てるのかを考えるのが今やるべきことだろう。
「……成る程。確かに力も業も、私と全く同じみたいね」
『ええ、私はあなた。あなたは私ですから。そして倒すべき敵でもあります!』
 強く言い放つ偽のリーヴァルディの目には変わらぬ憎悪が見える。リーヴァルディ自身があれほどにあのような感情を表に出すことは殆どない。戦いの中では表情すら変えぬというのに、鏡のリーヴァルディは感情を剥き出しにしている。
 つまり、それも含めての反転存在というわけだ。
「……性格の方は、随分と違うみたいだけど……」
 リーヴァルディは鏡の自分を見据え、再び大鎌を構えた。大鎌に己の生命力を吸収させた彼女は魔力を溜めていく。
 その動きを警戒した鏡のリーヴァルディもまた、同じ行動を取る。
「……私は多くの想いを背負って此処にいる」
『あなたの想いなど、この私が潰えさせてみせます』
「いいえ、あなたは真似をしただけのもの……。如何に姿形を似せようとも、真似出来ない物がある事を教えてあげるわ」
 ――限定解放。テンカウント。吸血鬼のオドと精霊のマナ。それを今、一つに。
 リーヴァルディが得物を振るった瞬間、刃は大剣の柄へと変化する。限界突破した長大な闇の光刃を形成した彼女に対し、敵も武器を振り上げた。
 だが、最初に動いたリーヴァルディの方が幾分も疾い。怪力任せに巨大剣を振りあげたリーヴァルディは敵を強く見据える。
 あの憎悪に満ちた瞳も、ヴァンパイアを斃させまいとする意思も叩き潰すだけ。
 そして、巨大剣が振り下ろされた瞬間。
 闇の帳が落ちたかのように、鏡の存在が昏い一閃で穿たれた。
『あ、ああ……どうして……』
 鏡が割れていくかの如く、偽のリーヴァルディが崩れ落ちる。
「……世界を滅ぼさんとする者と、世界を護ろうとする者。世界の意志である精霊達がどちらに力を貸すかなんて、最初から分かっていた事よ」
 リーヴァルディが静かな視線を落としたとき、既に鏡の存在は砕けていた。
 そして、周囲の世界も次第に割れていく。
 おそらくこの領域が終わりを迎えるまで、あと僅か――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
⚔️

反転したあたし、かぁ。
…うん、無理。あたし自慢じゃないけど手札がそう多くない分手筋は山ほど用意してるもの、ちょっと絞り込めないわねぇ。

…と、なると。正直あんまりやりたくないけど、仕方ないか。自分の取れる手筋は自分が一番把握してるもの、「使ってくる手筋」は絞り切れなくても「手筋の内容自体」は読み切れるはず。あえて相手に手番渡して、●明殺で後手必殺の〇カウンター狙うわぁ。

「あたし」がどうなのかは知らないけれど。あたし対抗手段の対抗手段の対抗手段、くらいまでは常時想定してるのよぉ?
あたし猟兵であること以外はホントにただの人間だもの。あっさり頓死しないためにはそれくらい当然でしょ?



●語らぬ者
 鏡の世界で戦いは巡りゆく。
 合わせ鏡になった空間には数多の自分の影が見えた。それらは鏡像。しかし、その中でひとつだけ確かな実体を持ったものがいる。
「これが反転したあたし、かぁ」
『……』
 ティオレンシアが意識を向ける先には、同じ姿をした存在が立っていた。
 相手は無言だ。どうやらかなり無口らしい。
 代わりに瞳は僅かに極薄く開かれており、常に目を閉じているティオレンシア自身とは反対の雰囲気が見える。
「……うん、無理」
『……』
 ティオレンシアは首を横に振った。
 無理だと断じたのは相手がどんな手で来るか計り知れないためだ。
「あたし、自慢じゃないけど手札がそう多くない分だけ手筋は山ほど用意してるもの。ちょっと絞り込めないわねぇ。そうでしょ、あたし?」
『……』
「いやねぇ、寡黙なあたしってそんなに良いものじゃないわ」
 対する鏡のティオレンシアは始終無言のまま、敵意だけを向けている。
 だが、能力が同じということは相手も此方の手が読めないということ。その辺りは同等であることが僅かな糸口になりそうだ。
(……と、なると。正直あんまりやりたくないけど、仕方ないか)
 ティオレンシアは声に出さず、相手の様子を見つめた。
 何も語らぬ相手ではあるが攻撃の意思は何となく読める。考えを巡らせたティオレンシアは鏡写しの自分に敢えて手番を譲ることにした。
 つまり、受けの姿勢に入ったのだ。
 自分の取れる手筋は自分が一番把握してるもの。使ってくる手筋は絞り切れなくても、手筋の内容自体は読み切れるはず。
『……!』
 刹那、鏡写しのティオレンシアが動いた。
 六連装リボルバーから弾丸が放たれ、ティオレンシアに迫る。だが――。
「――あなたの隙、丸見えよぉ?」
 明殺。
 それはつまり後手必殺の技。
 カウンター攻撃で以て銃撃を放ったティオレンシアは敵の銃弾を撃ち落とした。そして、更に相手へと至る一撃を打ち込む。
「鏡の『あたし』がどうなのかは知らないけれど。あたし対抗手段の対抗手段の対抗手段、くらいまでは常時想定してるのよぉ?」
 其処から更に攻防は巡る。
 銃弾が弾け、飛び交い、激しく散っていく。
 肌を掠め、或いは撃ち落とし返してと二人のティオレンシアは両者とも一歩も引かなかった。だが、本物のティオレンシアの方が僅かに疾い。
「あたし猟兵であること以外はホントにただの人間だもの。あっさり頓死しないためにはそれくらい当然でしょ?」
『……』
「ねぇ、何か言ったらどう?」
『…………』
 鏡写しのティオレンシアは何も答えない。ただ攻撃を続けようと引き金を引こうと――したが、既に何もかもが遅かった。
 ティオレンシアの一撃が胸を深く貫いていたからだ。
「ほら、もう終わりだもの。最期の言葉くらい聞いてあげるわ」
『……、――』
 倒れ伏した鏡はそれでも何も言わなかった。
 じゃあいいわ、とティオレンシアが銃を下ろした瞬間、鏡の存在は砕け散る。最後の弾丸がその身体を割ったのだ。
 そして、偽のティオレンシアは消えていく。
 反転存在として現れたものは本当の彼女によって完膚なきまでに斃された。
 こうして、鏡の戦いに終わりが告げられた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
⚔️

鏡から出て来たぼく

うーん、あまり見た目はよく分からないね
何しろ左右対称に製造されたものだから
ちゃんとルーを抱いているかどうか、そればかりが心配だった

何時もの通りルーを守り戦う
って、ちょっと!?
どうしてルーばかりを狙うんだ
敵とは言え君もぼくならどれだけ大切にしているか分かるだろう、なのに
そうか
ぼくだからか
君は、ルーを守らないんだね

ルーが狙われる事を予測して
攻撃を受け躱すよ
躱しきれないものは必ず庇い耐える
ごめんね、怖いよね
もう少し

態と隙を見せ大振りの一撃を誘う
せめて、共に貫いてくれ
【アルブム】

違う、違う
これは敵だ
なのにひび割れて散ったルーを見るのがつらいなんて
一緒に消えた君達が羨ましい、なんて



●君と共に■■たかった
 鏡の世界に映っても姿が正反対には成り得ない。
 何故ならノイは左右対称に作られたもの。右が左であっても、左が右であっても何にも困ることもなければ、ひと目見ただけでは違いも見えない。
「やあ、鏡のぼく」
『…………』
 鏡面に映ったかと思うと立体化した眼の前の存在に向け、ノイは片手を上げた。
 しかし、相手は何も答えずに双眼を此方に向けているだけ。
「うーん、あまり見た目はよく分からないね」
 でも、とノイは相手の片腕に抱かれたルーを見る。彼女だけはちゃんと正反対だ。何故なら、自分が見て同じ方向にルーが抱えられていた。それはつまり反対側。相手が鏡写しの存在であることを示している。
「君もルーを大事に……って、ちょっと!?」
『破壊対象確認』
 ルーのことばかりが心配だったが、ノイは驚愕することになった。
 その理由は動き出した鏡のノイの目がルーを捉えたからだ。一瞬だけ、彼女にレーザーポインターが当たった。
 即座に床を蹴ったノイは彼女が標的になることを何とか避ける。
 刹那、それまで自分達がいたところにレーザーが発射された。危なかった、と安堵の思いを抱いたのも束の間、鏡のノイが無機質な声を発する。
『目標追跡』
 鏡の存在に個の意志は見えない。
 まるで何も感情を得ていないような――今のノイとは反対の存在だ。そう思った時、なるほど、と妙に納得してしまった。
 しかし、迫る相手は再びルーに狙いを定めている。
「どうしてルーばかりを狙うんだ」
『抹殺……抹殺対象を、ロックオン……』
 問いかけてみても明確な答えは返ってこない。鏡のノイは偽のルーを抱いたまま、本物のルーだけを狙ってきていた。
「待って! 敵とは言え、君もぼくならどれだけ……」
 ルーを大切にしているか分かるはずだ、と告げようとした瞬間。ノイはすべてを理解した。反転存在であるノイはルーが大切ではないのだ。
 寧ろノイにとって大事であればあるほど、鏡はああして壊す対象として認識する。
『…………』
「そうか、ぼくだからか」
『命令は実行されています。彼女を――『破壊』する』
「君は、ルーを守らないんだね」
 守護の意志が反対になることで破壊となる。今の相手の言葉ではっきりと解った。
 ならばノイ自身は何が何でもルーを守らなければならない。今までと何も変わらないのだと気が付けば、実に簡単なことだ。
「ルー!」
 少し揺れるよ、と告げたノイは相手からのレーザー砲を跳躍することで躱す。
 周囲が鏡の迷宮なので少し視線を巡らせるだけで相手の動きがわかった。だが、それは偽のノイも同じ。
 またルーを狙い打たれることを予測したノイは必ず庇うことを誓った。
「ごめんね、怖いよね」
 もう少しだけ、と腕の中のルーを強く抱いたノイは敵の一閃を背で受け止める。そして、敢えて隙を見せた。そうすれば相手は大振りの一撃を放つはずで――。
(……見えた!)
 逆に相手の隙を見出したノイは次に繰り出す一撃を最大出力で放とうと決めた。
 近付く鏡。光るノイの双眼。
 このままでは鏡のルーまで貫いてしまうけれど。
 ――せめて、共に。
 そして、レーザー砲の眩い光が鏡に反射した刹那。
 鏡写しのノイとルーはその場に伏し、割れ落ちた。その姿を見下ろすことになったノイの胸の奥には妙な痛みのような感覚が巡っている。
 違う、違う。これは敵だ。それなのに。
 ひび割れて散ったルーを見るのがつらいなんて。
 一緒に消えた君達が羨ましい、なんて――思ってはいけないことだった。
 無言のままノイはルーをそっと抱く。
 誰も何も語れず、或いは語ることの出来ない、沈黙の世界が広がっていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
⚔️

正反対の妾とは如何なお方なのじゃろう?
己ではとんと描ききれぬものじゃから興味深い
その言動も戦いぶりもと
溢るる好奇心の儘に手合せ願おう

見目が我が身の鏡写したろうと
何ぞ躊躇う事もなく
御身が縁深き者の姿ならば
あゝ躊躇したやもしれぬけれど

ねぇ同じ力を持とうとも
性格違えば戦術も違うのじゃろうか
己が宿す力を其方はどう扱うの?
何を想って力を揮う?
あゝ興味が溢れて止まらぬよぅ

空中戦でひらりふわり
飛ぶ軌跡にて結界を張り
相手の攻撃阻む術と変え乍ら
高速多重と詠唱重ね
溜めた魔力を羽根に籠め全力で放つ

其方に斃される訳には参らぬの
此の一戦をも糧として
新たな戦術情報を裡に刻む

鏡の妾、おやすみなさい
其方の事も覚えておくよ



●逆しま少女譚
『――きゃははは!』
 鏡の世界に甲高い笑い声が響く。
 それはまるで世のすべてを見下しているような、高飛車さを感じさせる声だ。
「あのお方が正反対の妾……?」
『なあに? わたくしと同じ姿をしていらっしゃるのに辛気臭いですわね』
 ティルが困惑めいた思いを抱いていると、鏡のティルは鋭い眼差しを向けてくる。彼女の見た目はティルまったく同じ。詳しく表すならば左右が逆の存在。
 そして性格は真反対という相手だ。
「し、辛気臭い?」
 きょとんとしたティルは鏡写しの己に言われたことに驚いてしまった。
 対極の存在がどのようになるかは自分では想像出来なかったが、まさかこんなティルの偽物が出てきてしまうとは予想外だ。
 しかし、ティル自身は怖気付いてなどはいない。
「妾が敵である以上、手合わせ願おう」
『きゃはは! 良いですわよ。貴女の方を偽物にしてさしあげますわ!』
 そして、二人のティルが身構えた。
 その言動も戦いぶりにも、こうして目の前で対峙したことで好奇心が湧く。溢るる心の儘に戦おうと決め、ティルは力を紡ぎはじめた。
「白き羽根よ、祈りを乗せて花と舞え――」
『白き羽根よ、絶望を乗せて花と舞え――』
 次の瞬間、二人の声が重なる。
 ティルと鏡の背から白の羽根が浮き上がり、戦場に舞っていく。その見た目と力こそ同一ではあるが詠唱の言葉が違った。
 此方が聖譚曲であるならば、向こうは邪譚曲と云ったところだろうか。
 祈りは大切なものを護る為。
 だが、相手の力は大事なものすら傷付けてしまいそうな勢いだ。
「その力をそのように使うとは……」
 もし自分が闇に落ちてしまったとしたら、ああなるのだろうか。ティルの中にそんな思いが浮かんだ。
 飛び交う羽根は鋭く、双方の力を削らんとして舞い続ける。
 そして、ティルは押し負けぬように白き羽根に想いを託していく。相手が己が身の鏡写しであろうと何も遠慮することなどなかった。
『ふふ、容赦がないのですわね』
「御身が縁深き者の姿ならば……あゝ、躊躇したやもしれぬけれど」
『あら? わたくしなら誰が相手でも戸惑いなどしませんのに』
 くすくすと笑った鏡のティルは更に羽根を解き放った。戦法も見た目も同じ。違うのはやはり、何のために戦うかどうかだ。
 護りたいと願う故の力。
 壊したいと思う故の力。
 ティル自身と鏡のティルの思いは真正面から衝突しあう。
 それでもティルは怯みなどしない。自分の姿から悪しきものが生まれたのならば、己の力で以て終わらせるのが道理というものだろう。
「のぅ、妾」
『なにかしら、わたくし』
「妾との手合わせ、もっと全力を出して欲しいの」
『まぁ、望むところでしてよ!』
 双方の視線が交差し、戦いは更に激しく巡っていく。
 何を想って力を揮うのか。どのように戦うかは理解できた。溢れて止まらぬ興味は満たされ、此処からはただ力を出し切って勝利を目指すのみ。
 翼を広げた二人のティルは空中に舞い上がる。
 鏡に映る彼女達の姿が、ひらり、ふわりと揺らめいた。ティルは飛ぶ軌跡を用いて結界を張り巡らせ、舞い飛ぶ羽根を阻む術へと変えていく。
 されど相手もティルと同じ動きをしていた。結界を作り、翼からの羽根で互いの障壁を削りあう。鋭い攻防が巡り、ティルと鏡の眼差しが再び交錯した。
 二人は詠唱と力を重ね、羽根に溜めた魔力を全力で放つ。
「其方に斃される訳には参らぬの」
『此方こそ、貴女を倒してわたくしが本物になってみせますわ!』
 舞い散る羽根が鏡に映り、辺りを白く染めていった。
 ティルは決して負けないと誓い、此の一戦をも糧として新たな戦術情報を裡に刻む。
 そして――真っ白な世界が広がった刹那。
『ああ、そんな……』
 双方傷つきながらも、先に倒れたのは鏡のティルだった。
 荒くなりかけていた呼吸を整えたティルは崩れ落ちた鏡の存在を見下ろす。割れるように崩れていく影を見つめた後、ティルはそっと瞼を閉じた。
「鏡の妾、おやすみなさい」
 ――其方の事も覚えておくから、鏡に御帰り。
 ティルが目を開けたとき、其処にはもう鏡に映った本当の自分しかいなかった。
 そうして、鏡写しの戦いは静かな終わりを迎えていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
⚔️
これは面白い、見事なまでに正反対ですね!
全く同じである方が幾分かマシでしたよ
ハレルヤと同じ面で、名を、生き様を踏みにじられている気分です

どうせ相手は確実に妖刀で攻撃してくるでしょう
ならばその攻撃での傷を利用して『遊び時間』
主と思い切り遊べるなんて滅多にない機会でしょうから
もし敵もニッキーくんを扱ってきたならば、それは私がお相手いたします
ニッキーくんの壊し方は完全に熟知していますのでね

敵をニッキーくんに固定してもらえたなら、最期の一撃は自らの手で下したく
ハレルヤなんて、急所を刺し貫いてしまえば簡単に殺せるのですよ
如何に至高の存在と言えど、それ如きの事でいとも容易く
…ああもう、何もかも不快です



●死線
 少女の声と共に鏡の世界が広がる。
 そして、其処に映った自分が質量を持って一歩を踏み出してきた。
「これは面白い、見事なまでに正反対ですね!」
『あの……僕は、その……』
 晴夜は双眸を鋭く細め、目の前に現れた鏡の自分を見据える。対する鏡の存在は、今の晴夜がしないようなおどおどとした表情で困ったように眉を下げていた。
 その声を聞いた瞬間、晴夜の瞳から興味の色が失われる。
「何ですか、その態度は」
『えっと……ごめんなさい……』
 晴夜が冷え切った視線を向けると、鏡は泣きそうな顔をした。
 不愉快だ。
 ただ純粋に、単純にそう感じた。
「全く同じである方が幾分かマシでしたよ。ハレルヤと同じ面で、名を、生き様を踏みにじられている気分です」
『あ……う……じゃあ、死にますか』
 晴夜が不快感を表すと、相手は伏し目がちに此方をちらちらと見てきた。簡単に死などと口にする鏡に眉を顰めた晴夜は更に告げる。
「ハレルヤの顔で自殺を仄めかすのは止めて頂きたいのですが」
『いえ、あなたが』
 しかし、鏡の晴夜は妖刀を此方に差し向けてきた。
 成程、と頷いた晴夜もまた悪食を構え返す。以前に戦った昨日の自分とはまた違って、別の意味でかなり厄介な相手だと感じたからだ。
「なかなかに面白い冗談じゃないですか」
『……僕は、死にたくないので』
 二人の晴夜の言葉が重なった瞬間、双方が地を蹴った。
 刀を振り上げた鏡は暗色の怨念を解き放つ。それはこれまでに妖刀が喰らってきたものが形を成したものだ。
 性格や言動がああも違うのに能力が同じであるのは忌々しい。
 そう感じながらも、晴夜は敢えて怨念を受け止めた。鋭い衝撃波が晴夜の身を抉り、怨恨の重さが身体中を軋ませる。
 己の宿す力はかなり強いと晴夜は自負している。だが、だからこそ自分が受けた衝撃が恐ろしいこともよく分かった。
 それでも、攻撃を受けたのは次の一手に繋げるため。
 血液を代償にして、からくり人形――ニッキーくんに力を与えた晴夜は敵を見据えた。
「さあ、ニッキーくん。主と思い切り遊べるなんて滅多にない機会でしょう」
 容赦なく殺してこい。
 凛と告げた晴夜の声に応じ、ニッキーくんが鏡に迫っていく。
『……ニッキーくん、お願い……』
 しかし、相手もからくり人形を用いて反撃に入ってきた。されどそれは晴夜にとって予想済みの行動だ。
「そちらのニッキーくんは私がお相手いたします」
 晴夜は一気に踏み込み、からくり人形に遠慮なく刃を向けた。
 己の物であるゆえに壊し方は完全に熟知している。それが主としての知識であり、自分と同じ能力を持つ者への対抗策でもあった。
 悪食で一閃。先ずは豪腕の片方を丁寧に削ぎ落とす。
 残った片腕が迫ってきたが、晴夜はそのまま刃を振り上げる。そうすれば関節が砕ける音がして、もう片方の腕が地面に落ちた。
 それはまさに解体。
 晴夜がからくり人形を相手取る中、敵もニッキーくんを切り刻もうとしていた。
 だが、相手の性格からして大胆には動けない。そう読んでいた晴夜の考えは当たっており、若干ではあるが鏡はニッキーくんに押されている。
『あ、あ……うわああ!』
 されど晴夜と同じ妖刀を持っている者として、鏡の彼も怨念で以てニッキーくんの足を砕いた。それでもニッキーくんは鏡に近付き、巨腕で以て鏡の晴夜を捕らえる。
 同時に晴夜本人もからくり人形を解体し終えた。
「よくやりました、ニッキーくん」
 ガラクタ同然にもなったからくり人形を飛び越えて跳躍した晴夜は、腕を掴まれている偽物のもとに着地する。
『やめて……死にたく、ない……』
「黙ってください。それ以上を語られてはハレルヤの面汚しです」
 鏡の晴夜は敗北を悟ったのか命乞いをしている。相手も一応は暴れてはいるがニッキーくんが離すはずがない。
 晴夜の言葉など聞けないほどに必死なのか、鏡の自分は再び泣きそうな顔をしていた。
 やはり何もかもが反対だ。
 呆れたような様子で晴夜が溜息をつくと、鏡は更に言葉を紡ぐ。
『助けて……。僕は、ただ幸せに……』
「……。ハレルヤなんて、急所を刺し貫いてしまえば簡単に殺せるのですよ」
 それゆえに最期の一撃は自らの手で。
 晴夜は知っている。如何に至高の存在と言えど、どれほどの力を研鑽しようとも、いとも容易く命を終えられることを。
 そして、晴夜は刃の切っ先を鏡に差し向けた。
『ねぇ、本当は君だって……』
 鏡の晴夜が涙を流す。頬を伝う涙が床に落ちた。
 その後に続く言葉など想像したくも、聞きたくもないと晴夜は思った。
 刹那、晴夜が振るった妖刀の刃が煌めく。次の瞬間には相手の喉元は深々と貫かれており、飛び散った赤い血が刃と晴夜自身を濡らした。
「……ああもう、何もかも不快です」
 晴夜が刃を下ろしたとき、反対存在は鏡が割れるように崩れ落ちる。
 やがてその姿は消え去り、血すらも綺麗に消滅していった。
 それと同時に晴夜も膝をつく。力を尽くした故に、これから昏睡状態に陥るのだ。
 既に鏡の世界は崩壊しかかっていた。きっと闘いが完全に終わったときに誰かが助けてくれるだろう。それにニッキーくんも傍に付いてくれている。
「ええ、そうですね。私だって本当は――」
 そうして、ゆっくりと目を閉じた晴夜は意識を手放した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユヴェン・ポシェット
薄ら笑いを浮かべた何か。
左右対称って案外、違和感あるものだな。

…なっていないな。ミヌレもただ振るえば良いというものではない。そこにミヌレの意志が合わさらなければ、軽い一撃に過ぎないだろう。

タイヴァス、あれは俺じゃない。眼の色も違うだろう?だから遠慮することはない。
タイヴァスに被さるのはテュット。
急降下するタイヴァスの勢いと共にテュットは星の腕輪「tähtinen」を剣へと変え鏡に斬りかかる

俺の強さは、仲間にある。仲間を大切できない反対の性格ではアンタは俺に敵わない。仲間を信頼出来ない俺など弱く脆いだけだろう?

見せてやる。ロワ、ミヌレ行くぞ。アイツを突き破るぞ。



●信頼を力に変えて
 鏡に映る自分の姿が幾つも見えた。
 その中での真正面。ユヴェンの前に立っているのは、薄ら笑いを浮かべた何か。
 自分がしないような表情で、軽薄そうな雰囲気を纏う男は奇妙に見えた。
「左右対称って案外、違和感あるものだな」
 瞳の色は対称であるがゆえに逆。
 竜槍を持つ腕も逆向きであり、ユヴェンは落ち着かない感覚をおぼえていた。
『くく……怖気付いたか?』
 鏡のユヴェンは妙な笑い方をしたまま問いかけてくる。ユヴェンは首を振る仕草をその返答として、竜槍を構えた。
 すると相手も得物を此方に向け、戦闘態勢を取る。
 刹那、床を蹴った鏡の存在がユヴェンに向けて突撃してきた。大胆不敵な行動は初手でユヴェンがしない動きだ。
 先ず相手を見極めて、ということをしないのは相手が自分の反転存在だからか。
 迫り来る槍の先端を見据えたユヴェンは身体を逸らすと同時に、召喚したロワに呼び掛けて騎乗する。
 そうすれば槍の一閃は難なく避けることが出来た。
『ふん、なかなかやるじゃないか』
「……なっていないな」
 不服そうな視線を向けてきた鏡に対し、ユヴェンは槍捌きについて指摘する。
 相手は槍を大切に扱っていないことが一撃で分かった。
 ミヌレもただ振るえば良いというものではない。意思を持つ竜槍であるからこそ、ミヌレ自身の意志が合わさらなければ軽い一撃にしかならない。
 しかし、鏡のユヴェンはそれがどうしたという顔で薄ら笑いを浮かべ続けている。
 正反対の存在は厄介だ。
 ユヴェンは次は此方の番だと告げ、大鷲を呼ぶ。
「タイヴァス、あれは俺じゃない。眼の色も違うだろう?」
 だから遠慮することはないと伝えたユヴェンは、タイヴァスを見上げた。其処にはタイヴァスに被さるテュットの姿がある。
 刹那、急降下するタイヴァスの勢いと共にテュットは星の腕輪を剣へと変え、鏡のユヴェンに斬りかかった。
 だが、鏡もまた反転した偽タイヴァス達を嗾けてくる。
『行け、お前ら。なんでも良いからやっちまえ』
 まるで道具のように相棒達を使う鏡は、横暴さを感じさせる口調だ。
 されどそれもまたユヴェンの反転存在であるからだろう。ユヴェンが仲間を大事にしているゆえに、相手は仲間を荒々しく使う。
 タイヴァスと偽タイヴァス。
 更にテュットと偽のテュットがぶつかりあう中、ユヴェンは反撃に移っていく。
 相手も偽のロワに跨り、その腹を蹴って言うことを聞かせながら駆けてきた。振るわれた双方の竜槍が交差し、衝突しながら攻防が巡る。
 仲間の扱い方に差はあれど、どちらも同じ力を持っているゆえに暫し拮抗していた。テュット達も全力を振るい、自分達の鏡存在へと攻撃を仕掛けていく。
 その最中、ユヴェンと鏡のユヴェンの視線が真正面から重なった。
「俺の強さは、仲間にある」
『それはつまりアンタが弱いって話か?』
「その通りだ」
『ははっ、それじゃあ……いや待てよ、俺も弱いってことか!?』
 此方を嘲笑おうとした鏡は、途中でハッとした。
 ユヴェンは頷き、冷静な言葉を告げてゆく。
「ああ。仲間を大切にできないアンタは俺に敵わない。仲間を信頼していない俺など弱く脆いだけだろう?」
 それはユヴェン自身が自覚していることだ。
 現に今、テュットは偽テュットを打ち破っており、タイヴァスも鏡の大鷲を倒して勝利を誇っている。
 ならば後はユヴェン達が鏡の反転存在を倒すのみ。
 竜槍を強く構えたユヴェンはロワに全力で駆けるように願う。仲間を足蹴にするような相手に負けはしない。そう心に決めて――。
「見せてやる。ロワ、ミヌレ行くぞ。アイツを突き破るぞ」
 そして、一瞬後。
 主の為に駆けたロワの疾さに乗せた、ミヌレの意志を宿した鋭い一閃が鏡のユヴェンに思いっきり見舞われた。
『そんな……まさか、俺が……』
「俺の真反対だったことがアンタの敗因だ」
 相手の奇妙な薄ら笑いは消え去り、その身体は割れ落ちた。偽物の相棒達もまるで鏡が砕けるように消えていき、ユヴェンは槍をそっと下ろす。
 よくやった、と皆に笑いかけたユヴェンは改めて仲間の存在を頼もしく感じた。
 誰が欠けてもいけないチームワークと信頼、そして絆。
 それこそが自分達の力だと実感できた。
 そうして、ユヴェンは周囲を見渡す。罅割れはじめた鏡の世界が揺らいでいる。
 きっと間もなく――この世界と戦いは終わりを迎えるのだろう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夕時雨・沙羅羅
⚔️

やあ、僕
鏡の国にアリスはいる?
やあ、それはそれは
…よく喋ることだ

自分という存在が何なのか、分かる時が来るのか
考えないようにしてたけど、やっぱりよく分からない
水に命は宿るのか?それは生命といえるのか?
他の世界には、海の泡から生まれる種族もいるらしいけれど
そんな不確かなものが、こうして動いて喋って、僕として居るのは、
アリスの、この世界のおかげだから
よかったよ、僕は、お前と逢えて
反転したお前がそうなら、僕の愛は、確かなものだと知れたから

僕は、雨で、雨が溜まった池で、水
空にもあり池にもある
お前はどうだろう、“それ”しか無いのか?
喰らい合おうか
ちっぽけなお前と違って、僕は何もかもを呑み込んでしまうよ



●不確かで確かな愛
 此処は不思議な国の鏡の世界。
 左右に上下前後。鏡に囲まれた領域の中、揺蕩う沙羅羅は目の前を見つめていた。
 其処には左右が反転した姿の鏡の沙羅羅が浮かんでいる。
「やあ、僕」
『やあやあ僕。どうしたんだいそんなに浮かない顔をして。もしかしたら胸でも痛いのかな。それだったらどうしようかな、戦うには丁度良いんだけれど僕としては』
 沙羅羅が短く呼び掛けると、鏡の彼はそれ以上の言葉を返してきた。
 相手の胸の中に宿る懐中時計の数字は逆さまで反対。
 偽物の証だと感じながら、沙羅羅は相手に問いかけてみる。
「鏡の国にアリスはいる?」
『いると思うかい? 何だい僕。いもしないアリスのことをまだ探しているなんて滑稽だね、僕はもうすっかり諦めて自由を謳歌しているよ。歌だって好き勝手に歌えるようになっているしこっちの方が随分と楽だよ。ねえ、僕』
 ひといきに話し続ける鏡の沙羅羅。
 今の沙羅羅と正反対の性格と言われて納得するような在り方だ。
「やあ、それはそれは……よく喋ることだ」
『そっちの僕の方こそあまり喋らないね。そんなのは何だかつまらなくないかい。考えていたって何も始まらないし寧ろ動いて喋って遊ぼうよ。それとも戦うかい? そうだね、それがいいそうしよう戦おうよ、ほらほら!』
 同じ姿をしていても正反対。
 身構えた偽沙羅羅に対して、沙羅羅自身もそっと戦闘態勢を整える。
 自分という存在が何なのか。
 分かる時が来るのかを考えないようにしていたけれど、やっぱりよく分からない。目の前に在る自分の鏡を見てもちっとも理解できない。
 でも、と沙羅羅はその場でくるりと回る。途端に彼の身体はおおきな水のさかなとなり、周囲に淡く光る飛沫が散っていった。
 ――せかいをひたす、あいのうた。きみにきこえない、こいのうた。
 唄の力が巡りゆく中、鏡の沙羅羅も攻勢に出る。
『おやおや、まだそんな唄を歌っているんだ。まあ僕の唄も同じだけどね。そっちの僕の力を貰っているんだもの。けれども此処で僕が勝てばそっちの僕の存在を貰えるかもしれないからこっちだって全力を出すよ』
 相変わらずひといきに喋る鏡の言葉は止まらない。
 同時に彼も水のさかなとなり、唄の力を強化していく。その姿を見つめる沙羅羅の中に再び疑問が巡っていった。
「僕はわかる? 水に命は宿るのか。それは生命といえるのか」
 沙羅羅がそれを言葉にすると、鏡はそんなことはどうでもいいのだという旨の返答を長ったらしく答える。
「他の世界には、海の泡から生まれる種族もいるらしいけれど」
 その間も攻防は巡る。
 同じ水の力を振るい、同じ唄の刃を振るう。
 二人の沙羅羅の姿はまさに鏡写しのように正反対であり同一だった。
『ふふ、そっちの僕もよく喋るようになってきたね。いいよ、この僕はお喋りが大好きなんだ。もっともっと話して語って、この世の愚かさを知ろうよ』
 対する鏡はくすくすと笑っている。
 しかし、沙羅羅は更に思いを乗せた言葉を続けた。
「……そんな不確かなものが、こうして動いて喋って、僕として居るのは――」
 アリスの、この世界のおかげだから。
 沙羅羅がその言葉を発した瞬間、飛沫が激しく散る。え、という短い言葉が鏡の沙羅羅から零れ落ちた。
『あれ、何で……僕の胸が……』
 気付けば胸元が鋭い刃で貫かれていて、鏡は驚きをみせる。
 飛沫の反射が相手の目を奪った一瞬の隙を突いた沙羅羅が、深々と刃を刺したのだ。言葉を紡げず、呻く鏡を見つめた沙羅羅は静かに声を落とす。
「よかったよ、僕は、お前と逢えて」
 相手の敗因はアリスへの思いが無かったから。
 そして反転した彼がそうなら――己の愛は、確かなものだと知れたから。その思いを力にして、沙羅羅は一手先に出た。
『いや、だ……僕は未だ、ただの水に還りたくはない……!』
「僕は、雨で、雨が溜まった池で、水」
 空にもあり池にもあるものだと語る沙羅羅は、最後の力を振り絞って襲いかかってくる鏡の存在を見据える。
「お前はどうだろう、“それ”しか無いのか?」
『知らない。何も知らない、わからない。僕はただ自由にアリスへの想いなんて捨てていきたかっただけだ。反対の僕なんて、アリスの存在に縛られただけの……』
「喰らい合おうか」
 唄を振るう鏡の一閃を避け、言葉を遮った沙羅羅はぴしゃりと言い放つ。
 淡く光る飛沫が更に宙を舞った。
「ちっぽけなお前と違って、僕は何もかもを呑み込んでしまうよ」
 そして、沙羅羅が宣言した瞬間。
 相手は何の言葉も遺すことも出来ずにおおきな水のさかなに呑まれた。あとには最初から何もなかったかのように静けさが満ちる。
 ――アリス。
 誰にも聞かれぬ幽かな声で沙羅羅は想いを馳せる。
 鏡は君のことをあんな風に言っていたけれど、僕は違う。
 抱く愛を零さぬように。この先もきっと、君を――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
⚔️

今の私が龍としていきると決めた私ならば
正反対の私は「ひと」である私

全てに悲嘆し諦めて
師匠と別れた時のまま成長をとめた
まるで泣いてばかりの子どものような私
サクヤを喰い殺したあとの
慾を抑えられぬ世を呪う私
弱くて情けない私
だから空へ葬った『誘名櫻宵』

師匠はひとが好きだった
厄神、災厄の神だから―害され厭われ拒絶され追い祓う……そんな人間を好いていた
不思議だった
私は自分も含め、ひとなど嫌いだったから
さぁ、私の嫌いな私
偽者であれ見たくなかった私
向き合いましょう
その呪詛も慾もすべて斬り祓い砕く
なぎ払い咲かせて裂いて
思い切り堰を砕いて私の桜として咲かせ

おかえり
ひとである私
受け入れるわ

私は龍であり
ひとである



●誘う桜
 鏡の世界は既に崩壊しかけている。
 しかし櫻宵には此処から退かないと決めた訳があった。その理由は――。
「あなたは、ひとなのね」
『噫、君とは違って龍になど堕ちなかったよ』
 櫻宵が対峙するのは、今とは正反対の道を歩いていった結果である反転存在だ。
 自分が龍としていきると決めた者ならば、相手は『ひと』である者。鏡の彼が龍になった櫻宵を非難するが如く、堕ちたと語ったことが、それを如実に示している。
 彼は全てに悲嘆し、何もかもを諦めている者。
 師匠と別れた時のまま成長をとめた、まるで泣いてばかりの子どものような自分。
「私はあなたと刃を交えたいの」
『そうか。私もお前を殺したいと思っているよ、悪龍』
「いいえ、今は違うわ」
 今の櫻宵とは違う口調で、鏡は淡々とした言葉を返してくる。
 それはきっと、サクヤを喰い殺したあとの慾を抑えられぬ世を呪う己の姿。愛しい者を認められず、黄昏も暁も越えられなかった自分だ。
 弱くて情けない――だから空へ葬った『誘名櫻宵』であるはず。
「容赦はしないわ」
『此方もだ。どちらかが倒れるまで手は止めない』
 双方の視線が真っ直ぐに重なったとき、戦いは幕あける。
 鞘から屠桜を抜く様は対になっていると呼べるほど同じ仕草だ。神刀たる太刀が互いに差し向けられた瞬間、二人は同時に床を蹴りあげた。
 桜を纏い、命を啜り、花を咲かせるもの。
 この刀は師匠から継いだ刃だ。
 鋭い刃の一閃が衝突しあい、甲高い音が鏡の世界に響く。身を引く序に横を見れば、周囲の鏡に自分の後ろ姿が映っていた。
 合わせ鏡になっているからだろう。櫻宵は鏡の自分に意識を向けながらも、己の姿はこのように見えるのかと感じていた。
 更に今は鏡写しの自分の姿も見ることが出来る。
 自分と対峙する鏡の存在は、おそらく苦しみを押し隠しているのだろう。師匠――櫻喰いの厄神、神斬もこのような自分の姿を見ていたのかもしれない。
 二人の櫻宵は斬り結び、鍔迫合う。
 間近で衝突する刃から火花が散る様を見つめ、櫻宵は思いを巡らせる。
 師匠はひとが好きだった。
 災厄の神だから――害され厭われ拒絶され追い祓う、そんな人間を好いていた。
 どうしてか不思議だった。
 櫻宵自身は自分も含め、ひとなど嫌いだったから。
 それでも今の櫻宵は何かが解りかけていた。否、もう理解しているのかもしれない。師匠がひとを好きであった理由も、自分を気にかけてくれた訳も、きっと。
 そして、櫻宵はそれまで鍔迫合っていた刃を離し、一気に後方に下がった。
 相手も同様に後退することで体勢を立て直す。
「さぁ、私の嫌いな私」
『…………』
「偽者であれ見たくなかった私、向き合いましょう」
 鏡は何も答えなかった。櫻宵が真正面から向き合おうとするがゆえに、反転存在である相手は此方と向き合いたくないと考えているのだろう。
 二振りの屠桜は向かい合っている。
 一瞬だけ、相手の太刀運びが嘗ての神斬の動きに重なって見えた。
 凛と美しい、深紅の刀を振るう師匠の姿だ。
 そのとき櫻宵は理解した。
 彼の剣の教えが確かに今の自分に宿っている。現在の櫻宵と同じ力を持つという、鏡写しの己を見てはっきりと分かった。
『……『刀は守るためにふるうんだよ』と師匠は言っていたな』
「そうね。あなたもちゃんと憶えているんじゃない」
 やっと口をひらいた鏡の自分に向け、櫻宵は敢えて笑みを向けてみせる。
 今すべきことは自分を越えていくこと。その呪詛も慾もすべて斬り祓い、砕く。
 行くわ、と告げた櫻宵の声に応えるように鏡の櫻宵が動いた。そして、振るわれた屠桜が真っ向から衝突した。
 神罰の力を巡らせ、其処から薙ぎ払う一閃が鏡に映り込む。
 刹那、戦場に桜が舞った。
『……! そうか、これが龍の意志と力……』
「そうよ、私はただ堕ちたわけではないの。共に進むと決めたから――」
『噫、分かった気がする……』
 咲かせて、裂いて。押し負けて散ったのは鏡の櫻宵の方だった。何かを悟ったような表情を浮かべた彼は花へと変わっていく。
 自分にとって愛しい者を、喰らったものを、それから師匠を想って。思い切り堰を砕いて、己の桜として咲かせた櫻宵はそっと両手を広げた。
 鏡の自分が桜花として静かに咲きゆく中、櫻宵は嫋やかに微笑む。
「おかえり」
 ひとである私。弱さを抱いた私。
 そんな自分でも受け入れて糧にして、これからを進む。そう決めたから。
 花は美しく華麗に、幸が咲き芽吹くように彩を成す。
 漸く今、認められた。欠けていたものも、失っていたと思っていたものも、すべてこの腕に抱いて、取り戻したい未来に歩いていける。
 
 ――私は龍であり、ひとである。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
⚔️
遡りたい過去なぞない
辿りたい未来なぞない
私には何も存在しない
眼前に映る私にも興味はない

ああ、興味が無いとも
君は私で在って私では無い存在だ
けれども、ああ――真に目障りだね

空の胸裡に滲み出す感情に何と名を付けよう
羨望、其れとも嫉妬と云うのだろうか
知らないね。知らないとも
二度目の命で有る私には関係が無いのだから

同じ屍人である者
鏡写しの君でも腹の足しには成るのだろうか
渇いて仕方が無いのだよ
目障りな君なぞ喰らってしまおう

念力で祟り縄を操り、写しを引き寄せる
潜めた牙を君の頸に突き立てよう
味が無い。好ましくないね

早く、はやく――消えてしまえよ
過去も未来もいらないわ
わたしではない鏡など、割れてしまえばいい



●うつろなうつわ
 広がり続けていた鏡の迷宮が軋んで壊れていく。
 既にこの世界の力は失われかけている。もうすぐ終わりが訪れるのだと感じながら、かくりは目の前の存在を茫洋とした瞳に映していた。
 遡りたい過去なぞない。
 同様に辿りたい未来なぞない。
 何故なら、己には何も存在しないから。
 それゆえに眼前に映る自分にも興味はなかった。それでも、かくりはこの相手と対峙しなければいけないと感じている。
「ああ、興味が無いとも」
『私は其方の私に興味がありましてよ。ふふ……』
 かくりが何の感情も籠もっていない言葉を落とせば、相手は妖しく嗤った。かくりの姿をしていて、かくりではない存在は表情も豊かで動きも拙劣ではない。
 自分はああして笑えるのか。
 そんなことを思ったかくりだが、あのように嗤おうとは思えなかった。
「君は私で在って私では無い存在だ。けれども、ああ――真に目障りだね」
『あら、奇遇ですこと。私も貴女が目障りだと思っていますの』
 対のような二人のかくり。
 双方の視線が重なり、互いへの敵意がじわりと滲んでいった。
 まるで永遠に続くような刹那の後、かくりが飛ぶ。同時に鏡写しの相手も跳ねるように宙を舞った。視線はただ、目の前の敵へ。
 近付く距離。
 嗤う鏡。笑わないかくり。
 この空の胸裡に滲み出す感情に何と名を付けようか。互いの力が交錯する前、数瞬の僅かな間にかくりは思う。
 感情を表に出して、あんなことを語れる相手に抱くのは。
 羨望、其れとも嫉妬と云うのか。或いは――。
「知らないね。知らないとも」
『ふふ、目を逸らすのはおやめになって。貴女は私。私は貴女なの』
 次の瞬間、言葉と共に鋭い一閃が重なった。
 寄越して。
 寄越せよ。
 吸血を狙う互いの一撃は両方ともいなされ、躱される。双方に相手の出方は十分に分かっているゆえの結果だ。
 されど、かくりも鏡も少しも怯んだりなどしていない。
 先程、胸裏に浮かんだ思いにも蓋をして、かくりは緩く首を振った。
「いいや、二度目の命で有る私には関係が無い」
『本当に? 私は望んでいましてよ。命が有る。確かに此処に在る……』
 かくりの奥深くにある何かを呼び起こすかのように、鏡のかくりは薄く笑む。互いに寄越せと強請ったけれど、それは本当にすべきことなのかと疑問が浮かんだ。
 何せ二人は同じ。屍人である者。
 その冷えきった血であっても、腹の足しに成るのかは知り得ない。それでも――。
「ああ、渇いて仕方が無いのだよ」
『自分であっても喰らいたい。わかりますわ、うふふ』
 性格は正反対で有り得ないものであっても身体は同じ。知ったような口を、とも思ったがこの衝動が理解できるのも自分だけ。
 納得はしたが、やはりかくりにとって偽の自分は目障りなだけ。
「君なぞ喰らってしまおう」
『ええ、貴女なんて喰らってしまいましょう』
 再び跳んだ二人の一撃が巡り、躱され、時には掠める。白い肌に傷が刻まれ、どちらも譲らぬ攻防が繰り出され続けた。
 しかし、勝負を左右したのは或る一瞬。
「其処だね」
『……!』
 かくりは念力で回り込ませていた祟り縄を操り、鏡の自分を一気に引き寄せた。
 不意を突かれた写しは声無き声をあげる。だが、そのときにはもう全てが遅かった。潜めた牙を相手の頸に突き立て、かくりは血を啜る。
 その味はやはり、予想通りで――。
「味が無い。好ましくないね」
『あ、ああ……』
 口許に滴った血を拭うことなく、かくりは倒れ込んでくる鏡の自分を抱きとめた。
 その身には罅が入っている。
 鏡の存在である写しの命と存在が、いま此処で潰えていくのだと分かった。
 早く、はやく――消えてしまえよ。
 耳元で囁けば、鏡のかくりが眦を決した。そうして、それでお終い。腕の中で崩れ落ちていったものを見送ることなく、かくりは瞳を伏せた。
「過去も未来もいらないわ」
 ――わたしではない鏡など、割れてしまえばいい。
 その幽かな願い通り、割れ落ちたものは瞬く間に消滅していった。この世に自分などたったひとりでいい。そう感じながら、かくりは閉じていた瞼をひらいた。
 ゆっくりと崩壊していく鏡の世界には自分が映っている。
 しかし彼女の瞳には過去も未来も、そして――今すらも映ってはいなかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
目が笑っていない冷えた笑み

ひとのことなんてどうでもいいよ
かってに壊れて死んでいくんだもの
わたしが何をしたって後には残らない
だからぜんぶ無駄だよ

はやく『おとうさん』に会いたいなら会わせてあげる
ねえ、『わたし』?

瞬く
鏡写しのわたしにはシュネーがいない

どうでもよくない
みんな、笑ってくれる
やさしくしてくれるひともいる
そしたらわたしはあたたかいきもちになる
にこにこになる

いつか消えても
わたしが消えても
ぜんぶ、むだになんてならない

相手の斧を受け止める
この歌だって
この魔鍵だって

わたしがずっとひとりだったら
しらなかったものだ

背後に回したシュネーが蹴り
その隙に魔鍵で生命力吸収

ごめんね、きみはわたしじゃない
ばいばい



●歌と鍵
 鏡の世界が割れていく。
 既に力を失いかけている領域の最中で、ふたつの影が対峙していた。
 それは真剣な表情のオズと、冷えた笑みを浮かべている鏡のオズ。口許は緩められていても、鏡の写し存在である彼の瞳は笑っていない。
『ねえ、わたし』
 鏡のオズが呼び掛けてくる。
 オズ本人がその声に答えないでいると、相手はゆっくりと語りかけてきた。
『まだ、自分じゃないひとのことを考えているの? そんなものどうでもいいよ』
 そんな風に続けた鏡の自分は他者を見下したような口調で話す。
 だって――。
『かってに壊れて死んでいくんだもの』
 更に鏡は語っていく。
 まずはおとうさんが死んだ。それこそ人間が勝手に壊れていく証。話さえ出来なかった彼を思って、生きていて何が楽しいのか。
 鏡のオズは容赦なく喋り続ける。
『わたしが何をしたって後には残らない。だからぜんぶ無駄だよ』
「むだなんかじゃないよ」
 その言葉を聞いていたオズがやっと絞り出せたのは、鏡への否定の言葉だった。
 しかし、鏡はくすくすと冷ややかに笑う。
「わたしが考えていることはわかるよ。はやく『おとうさん』に会いたい。おとうさんのようになりたい。それなら会わせてあげる」
 ――ねえ、『わたし』?
 最初に声を掛けてきたように、鏡のオズは此方を自分であるように呼ぶ。
 そんなことない、とオズが瞬いたとき。
 オズは或ることに気付いた。
 鏡写しの彼の傍にはシュネーがいない。
 鏡の自分には必要ないものだからだろうか。それがオズの正反対の存在だったとしたら、と考えると胸の奥にもやもやした何かが生まれていく。
 そして、オズは大きく首を振った。
「どうでもよくない」
 これまで言われていた言葉をひとつずつ拒絶するように、オズは言葉を返していく。
 そう? と首を傾げた鏡は変わらず冷たい目をしていた。
「みんな、笑ってくれる。やさしくしてくれるひともいるよ」
 そうしたらオズはあたたかいきもちになる。
 にこにこになれる。
「いつか消えても、わたしが消えても、ぜんぶ、むだになんてならない」
『そう思いたいなら思っていればいいよ』
 オズの思いに対して、鏡は淡々と答えるのみ。
 そして、鏡は斧を振るいあげた。
 吹き出す蒸気の勢いに乗って一気に駆けてきた相手を見つめたオズは咄嗟に防御姿勢を取る。敢えて斧ではなく、魔鍵で一撃を受け止めた。
 重い衝撃が身体に響いていったが、オズは怯みなどしない。
 手にしているのは麗らかな春をひらく鍵。
 魔鍵で斧を弾いたオズは身を低くして相手の間合いを擦り抜け、素早く身を翻す。其処から反撃への布石として歌を紡ぐ。
 ――君が咲えば僕の胸には勇気の花が咲く。
 ――ほら咲いた 獅子の牙持つ春の花。
 春の陽だまりを謡うオズの声が戦場に響き渡っていく。しかし鏡のオズはつまらなさそうな顔をするだけ。
『その歌、きらいなんだ』
 代わりに斧を大きく振り上げ、二撃目に移ろうとしている。
 その動きを読んだオズは魔鍵を振るう。歌が嫌いならそれでいい。この歌に共感しなければ今の自分に巡っている力は得られないから。
 この歌だって、この魔鍵だって、とても大切なもの。
「これはね、わたしがずっとひとりだったら しらなかったものだよ」
 君も知っているよね、とオズは問いかける。
 けれども他人がどうだっていいと考えているらしい鏡は、ひととの繋がりを示す武器や歌を使おうとはしない。
『やさしさなんて目に見えないもので、まやかしだ』
 おとうさんだって自分を置いていった。
 自分がいつか朽ちる前に周りの人も消えていってしまうだけ。だから、何も要らない。シュネーだって必要ない。
 そのように語った鏡はオズの魔鍵を避け、蒸気の斧撃を何度も振り下ろしてくる。その一撃ずつをしかと受け止めながらオズは耐え続けた。
 きっとあの鏡は絶望に落ちたときの自分だ。
 けれども大好きで大切なひと達が傍に居て、幸せに笑ってくれている今、オズの心は希望に満ちている。
 そして、何よりも――。
「シュネーっ」
 オズが呼び掛けた瞬間、敵の背後に回っていたシュネーが蹴りを見舞った。
 彼女がいるのといないのでは随分と勝手が違う。自分と相手に勝因と敗因があるとしたら、シュネーの存在の有無だ。
 オズはそれまで蓄積した衝撃を堪え、ひといきに魔鍵で生命力を奪っていく。
『……!』
 体勢を揺らがされた鏡がその場に崩れ落ちた。オズは倒れた鏡の自分に魔鍵を突きつけ、静かな言葉を落とす。
「ごめんね、きみはわたしじゃない」
 ばいばい。
 別れの言葉が紡がれた次の瞬間、鏡の存在は砕けて割れた。
 腕の中に戻ってきたシュネーを抱いたオズはそっと頷く。そして、オズは親しい人達の顔を思い浮かべていった。
 そうすれば、ほら――あたたかさと笑顔が満ちていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
⚔️

正反対の反対って本当のことになるのかなぁ?
時々わかんなくなるんだよね
ながいこと時を刻んでいると
この間考えて思っていたこととか
それもわからなくなるほど忘れちゃったりして
そのうえ嘘吐いて誤魔化して巫山戯てお道化て
抱いた感情もいらないって消して潰して
笑うばかりの仮面がなにを隠してるのかも
なにを隠したかったのかも
たまにわかんないの
だから教えてよ
鏡よ鏡なんて
鏡にさえも笑いかける

ねぇねぇ
気分はどう?
楽しい?
世界をどう思う?
なにがしたい?
『私』のことはどうしようね?
色んなことを聞いて答えも戯れに面白がって信じもしない

あぁでも
【終幕】が降りれば退場するかな
あれ?これってどっちが狂ってるんだろう
ねぇ教えてよ



●パラダイスロスト
 鏡の領域は音を立てて崩れ始めている。
 ゆっくりと罅割れていく鏡。其処に映った自分達の影が幾つも見えた。崩壊する世界の最中、ロキは目の前の存在に目を向ける。
 この領域を作った者が力を失いかけていても、自分達の戦いは終わっていない。
「正反対の反対って本当のことになるのかなぁ?」
『さあ、私には判りかねます。所詮は言葉遊びに過ぎないのでは?』
 軽い口調で問いかけたロキに対し、鏡写しの存在は慇懃無礼な口調で答えた。そうだねぇ、と笑ったロキは相手の態度など気にしていない。
 鏡の自分を前にしながら、ロキは指で髪の毛先をくるくると弄っている。
「時々わかんなくなるんだよね」
 ながいこと時を刻んでいると、と付け加えたロキは一歩だけ鏡に近付いた。
 たとえば、この間に考えていたこと。
 何かを思っていたことに、いつかにしようとしていたことだって。それがいつだったかわからなくなって、或いは忘れてしまうほどにロキは永くを生きている。
 生かされていると言った方が正しいのかもしれない。
「そのうえ……」
『嘘を吐いて誤魔化して巫山戯てお道化ているから、と?』
 するとロキの言葉を代わりに紡いだ鏡が片目を瞑って問いかけてきた。そうだよぉ、と笑ったロキは鏡を見つめる。
「そっちの私はそんなことはしなさそうだね」
『ええ、あなたとは真逆ですから』
 左右反対の存在は、性格も口調も真反対。
 抱いた感情もいらないと消して潰して、笑うばかりの仮面を被るロキ。今こうしているように、なにを隠しているのかも、なにを隠したかったのかもわからなくなっている。
 反対に鏡のロキはひとつずつを記憶しているのかもしれない。
 意味深な笑みを湛えた鏡は左右非対称の妙な表情を浮かべていた。対するロキも笑みは崩さないまま、鏡に言葉を向けていく。
「たまにわかんないの。だから教えてよ、鏡よ鏡――なんて」
『では答えて差し上げましょう。貴方は答えられる事を本当には望んでいない、と』
 鏡にさえも笑いかけたロキに対し、相手は不意に真顔になった。
 そして、双方が黄昏色の神眼を細める。
 それが戦いの始まりを告げる視線になったことは、どちらのロキにも解っていた。
 自分は二人も要らない。
 それが正反対のロキ達が共通して抱く思いだ。
 鏡が破壊する意思を差し向ければ、ロキは破滅や堕落を齎す狂気を向ける。
 影から出現した歪な黒槍がロキに迫る中、魂に直接響いていく攻撃が巡りはじめた。
「ねぇねぇ、気分はどう?」
『其方こそどのような気分ですか? 不快? 愉快? それとも痛快?』
「楽しい? 世界をどう思う? なにがしたい?」
 影と狂気。
 ふたつの力が衝突しあい、互いを冒そうと廻り混ざる。
 好き勝手に質問を投げかけ、力を解き放っていて、互いに答えようとしない。しかし攻防が続いていく中、ロキはふと或ることを問いかけた。
「ねぇ、『私』のことはどうしようね?」
『どうにも致しませんよ。貴方がどうにかしようとしている限りは、ね』
 すると鏡はそう答える。
 ふぅん、と何でもないことのように頷いたロキは戯れに面白がり、相手の言葉を信じもしない。けれども一理あると思ったのは、相手が自分の反転存在であるがゆえ。
 自分が『私』を救いたいと願えば、鏡は救わない。
 逆に自分が『私』をどうでもいいと断じれば、鏡は救おうとする。
 救う、という言葉を使うことが相応しいのかも分からないが、真逆の自分とはそういうものなのだろう。
「つまり、あぁ……私は――」
 今のロキは『私』のことを気にかけている。
 その事実がありありと分かってしまった。何も分からないと言葉遊びをしたばかりなのに、そのことだけがはっきりと理解できる。
『如何致しましたか』
 対する鏡は、ロキが言い淀んだ理由を知っているというのに問いかけてくる。
 そろそろかな、と瞼を一度だけ閉じたロキは地を蹴った。
 迫りくる影を避け、戯れに放っていただけの攻撃に力を込める。そうすれば、瞬く間に精神に異常を来す力が鏡のロキへと巡り始めていった。
『……?』
 鏡が訝しげな表情をした瞬間、狂気がそれを支配しはじめる。
「終幕が降りたら退場の時間だよ。ほら、狂って落ちて、割れちゃってよ」
『――! ■■、ア、天▲▲、終■■て、――未だ』
 意味を成さない言葉を紡ぐことしか出来なくなった鏡がその場に崩れ落ちた。その様子をからからと笑って見下ろすロキは双眸を緩く細める。
 しかし、ふと我に返ったロキはきょとんとして首を傾げた。
「あれ? これってどっちが狂ってるんだろう」
 ロキは割れて砕けてしまった鏡像の傍に屈んで声をかける。
 されど何も返事はない。
「ねぇ、教えてよ」
 ねぇったら、と問いかける先にはもう鏡の破片しかなくなってしまっていた。
 ロキは立ち上がり、肩を竦める。
 その口許には最初と変わらぬ笑みが宿っていた。
 そして――こうしてまたひとつ、鏡との戦いに終幕が下ろされてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
敵の姿が分かるのは
俺は自分をよく知っているからだ

清く正しく、人に愛を与える
慈愛の心で全てを許す
全てが正反対

なんて滑稽な“俺”だろうか

オイオイやめろよ
俺の姿で何を説くつもりだ?
笑わせる

あぁ確かに、お前のような善人だったらもっと生きやすかったのかもしれない
だが見ろよ、俺の手は血まみれだ
こっちの方が俺には似合ってる
イイ子ちゃんになんかなってやるかよ
目的の女を殺すまで、俺が俺で在り続ける為に

お前には交わした約束も、生きる目的もないんだろう
それじゃあ駄目だ
お前ではあの女を殺せない

敵がお前で良かったよ
俺が真に“最低な悪”だと証明できた

さぁ、断罪の時間だ

優しさなど不要だとでも言うように
首刎ねマリーの刃が躍る



●正を断じる刃
 慈愛に満ちた優しい微笑みが見えた。
 それはジェイの姿をした偽者が浮かべている、此方からすれば薄ら寒い表情だ。
 ジェイは今、鏡の世界の最中に立っていた。
 あれは紛れもない偽物。この領域が生み出した反転存在だ。そのように敵を分析して理解できるのは、ジェイが自分をよく知っているからだ。
『やあ、俺』
 屈託のない笑顔を浮かべて片手を上げた鏡のジェイ。
 彼は清く正しく、人に愛を与える者。慈愛の心で全てを許す存在。
 それこそが今のジェイとは全てが正反対のもの。
「なんて滑稽な“俺”だろうか」
『そうか? お前だってお前自身だろう』
 案ずることはないと告げ、鏡のジェイは本人がしないような笑みを浮かべた。悲観することも自分を卑下することもないのだと話す鏡はどこまでも明るい。
 対するジェイは目を逸らし、首を横に振った。
「オイオイやめろよ。俺の姿で何を説くつもりだ?」
『何と言われれば、そうだな。愛についてか、平穏についてだろうか』
「笑わせる」
 大真面目に語った鏡に対して、ジェイは言葉通りに一笑に付す。
 正反対であるが故に相手は妙に爽やかだ。闇の世界で育ったことなど微塵も感じさせないほどに清らかな心を持っているように思える。
『お前ももう過去を引き摺るのはやめて未来を見よう。そうすれば――』
「戯言だ」
 何かを語ろうとした鏡の言葉を遮り、ジェイは逸らしていた視線を相手に向け直す。その言葉は今のジェイが何よりも受け入れられないことだ。
 ジェイは拷問器具を手にする。
「あぁ確かに、お前のような善人だったらもっと生きやすかったのかもしれない」
『今からでも遅くない。生きやすいように生きればいい』
 すると相手も同じ拷問器具を手に持った。真逆の自分とは何と不釣り合いだろうと感じたが、ジェイは構わず続ける。
「だが見ろよ、俺の手は血まみれだ」
『その血を洗い流して生きることだって……』
「いや、こっちの方が俺には似合ってる。イイ子ちゃんになんかなってやるかよ」
 目的の女を殺すまで、俺が俺で在り続ける為に。
 ジェイが鏡の言葉を拒否する。その途端、相手に敵意が滲んだ。
『そうか、だったら――断罪するしかない』
 上等だと身構えたジェイは地を蹴る。
 同時に相手も床を蹴り上げ、双方の距離が一気に縮まった。ギロチンの刃が互いを拘束しようと迫っていく。
 だが、どちらのジェイも刃に捕らわれぬよう避けていなす。
 鏡のジェイはなおも明るい笑みを浮かべていた。対するジェイは、奥歯を噛み締めながら過去を思い返す。
 忘れられるはずがない。癒えぬ傷のように刻まれた記憶は忘れるものか。
「お前には交わした約束も、生きる目的もないんだろう」
『そんなことはない』
「いいや、ない。それじゃあ駄目だ」
 ――お前ではあの女を殺せない。
 そのように断じたジェイは鏡を見つめた。其処に映っているのは虚像であり、なおかつ鏡像だ。つまりは己を映し込む存在。
「敵がお前で良かったよ。俺が真に“最低な悪”だと証明できた」
『……!』
 次にジェイが相手に放ったのは斬撃ではなく足払いだった。思わず足を取られた鏡のジェイの体勢が揺らいだ。
 それによって、これまで拮抗していた均衡が崩れる。
「さぁ、断罪の時間だ」
 そして――優しさなど不要だとでも言うように、首刎ねマリーの刃が躍った。
 勝負は一瞬で決する。
 鏡のジェイの首と胴体が離れたかと思うと、その身体は瞬く間に砕け散った。
 そうして鏡と己の勝負は終幕を迎える。はたしてこの断罪は誰が為に巡ったのか。
 未だ手の届かぬ先を思い、ジェイは刃を下ろした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
――君は絶対に、俺には勝てないよ。

かつて大きすぎる喪失があった。
俺は立ち止まり、君は歩き続けた。

君は現実を嘆くこともなく、
諦めに膝を屈することもなかった。

今日の涙を明日の歩みの燃料として、
精神力と意志力を鍛え続けてきたのだろう。

……ああ。分かるよ、君の歩んできた道くらい。

君の方が正しい。
君の方が前を向いている。
君の方が強い。
君の方が――正義だ。

でも、君は人の痛みを理解していない。

正義とはそういうものだ。
立ち止まらないということは、立ち止まる者を置いていくこと。
君の歩みには、ほんの一握りの人間しか着いていけない。

立ち止まって寄り添う優しさも無しに――俺の前に立つな、正義の味方が。



●正義の反対
 鏡の世界は揺らいでいる。
 おそらくはもう迷宮として保っていられる力がないのだろう。間もなく訪れる領域の終わりを感じながら、華乃音は眼前の影に語りかける。
 たとえ世界が終わろうとも、此処に現れた鏡写しの自分を放置はできないからだ。
「――君は絶対に、俺には勝てないよ」
『どうして?』
 静かな視線を向ける華乃音に対し、鏡の存在は穏やかな微笑みを宿している。
 まるで何も不安や怖れ、懸念がないような幸せそうな笑みだ。華乃音は首を振り、反転存在たる鏡の自分へと更に言葉を掛けていく。
 かつて大きすぎる喪失があった。
 その結果、俺は立ち止まり、君は歩き続けた。
 今の華乃音は其処で止まってしまった存在。心は喪失に留まり続け、先を目指す力すら奥深くに封じ込めてしまった。
 対して、鏡の華乃音は進むことを選んだ存在だ。
 君は現実を嘆くこともなく、諦めに膝を屈することもなかった。
 今日の涙を明日の歩みの燃料として、精神と意志の力を鍛え続けてきたのだろう。
「……ああ。分かるよ、君の歩んできた道くらい」
『そうだね。そうしてきたよ。だから幸せを掴めた。ほら、こんなに幸福だ』
 華乃音が反対存在に向けて語れば、彼はそっと笑った。
 すべてを乗り越えて進めば、あのようになるのかもしれない。それを理解していながらもそうなりたいとは思えなかった。
 華乃音は宵星の刀を鞘から抜き、鏡に刃の切っ先を向ける。
 そうすると鏡もまた、同じ刀を手にした。
 左右が反転した宵星の刃が対になるように差し向けられている。華乃音が地を蹴れば、相手もまた同じように駆けた。
 刃が重なり、鋭い音を立てる。戦場に響く音が二度、三度と繰り返される度に鏡の世界は罅割れていった。
 刀で鍔迫り合い、互いの力を重ねて競り合う最中、華乃音は思う。
 君の方が正しい。
 俺は正しいとは言えない。
 君の方が前を向いている。
 俺は過去ばかりを見ている。
 君の方が強い。
 俺は君と同じ意味では強くなどない。
 そして、君の方が――正義だ。
 刃が衝突しあう度に思いと意志が交錯して、モルフォ蝶を象った鍔が軋む。けれども、華乃音は自分が絶対悪だとは思っていない。
 でも、と言葉を続けた華乃音は鏡の自分に対して凛と言い放つ。
「――君は人の痛みを理解していない」
 正義とはそういうものだ。
 立ち止まらないということは、立ち止まる者を置いていくことと同義。
 華乃音は自分が先に進まなかったからこそ知ったことがある。そして、確かな理解を得た事柄があった。
『それはどういう……?』
「君の歩みには、ほんの一握りの人間しか着いていけない」
 理解できないというように鏡が戸惑いを見せた。そして、それが一瞬の隙となる。
 刹那に刃を切り返した華乃音はひといきに刀を振り上げた。
「立ち止まって寄り添う優しさも無しに――」
 刃が鏡の存在を切り裂き、穿ち、罅を刻んでいく。咄嗟に鏡の華乃音が体を離すように距離を取ったが、既に何もかもが遅かった。
 相手を追った華乃音は更にもう一太刀、袈裟斬りの形で一閃を見舞う。
 そうして、彼は先程の言葉の続きを声にした。
「俺の前に立つな、正義の味方が」
『……、――!』
 その瞬間。
 察知することも見切ることすら出来ぬ一撃が更に振るわれ、戦況は流転する。
 一瞬後、崩れ落ちたのは鏡の自分だった。倒れ伏し、粉々に割れた鏡を見下ろした華乃音は刃を鞘に音もなく収める。
 正義は己にない。
 それでも自分はただひとつの道を選んだのだとして、華乃音は瞼を閉じる。
 そうして、鏡の世界は崩壊の未来を迎えてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

奇鳥・カイト
⚔️(本心の方に近いかも)
性格が真逆…なら俺みてーに捻くれてなさそうな真面目ちゃんってとこかね
なら、搦め手すんならやりやすそうだな


一つ──素手でやり合おうぜ
お前は自信あるんだろ、自分の実力ってやつによ


戦闘)
基本は糸とそれのカウンター。それに不良のような素手で喧嘩殺法、ラフなファイトスタイルを混ぜていく

糸に素手に戦いに、鏡のように一緒だわな。お互い癖も分かりきってる
だからこそ、やりやすいもんだな

[だまし討ち]や[カウンター]、[罠を使]い組み合わせる
糸は捕縛や罠として仕掛けての反撃や妙手として


悪ィな、手癖悪くてよ
俺みてーに弱いやつはな、こうやって小手先の策巡らせるしかねーのさ

アドリブ歓迎



●糸と糸
 鏡の世界に影がふたつ。
 片方は荒んだ眼差しを向けるカイト。もう片方は真っ直ぐな視線を向ける鏡の彼。
 猟兵達が次々と自身の反転存在を打ち破っているのか、二人の周囲の鏡が罅割れはじめている。おそらくはこの領域の崩壊が迫っているのだろう。
 だが、二人のカイトは向かい合っていた。
 此処で己と勝負を付けることこそが今やるべき行動だと知っているからだ。
「かなり真っ直ぐで、真面目ちゃんそうだな」
『そっちのボクは随分と捻くれてるね』
 双方の眼差しが交差する。
 お互いがそのように称するように、二人のカイトの在り方は正反対だ。
 空虚さを宿し、世界を穿って見る少年。
 少しの希望を抱き、世界を真正面から見つめたいと願う少年。
 反転存在であるからこそ瞳に宿る感情にはかなりの差異がみえる。だが、捻くれていようが意地っ張りだろうが本物は此方だ。
「難しいことはいいだろ。戦ってどっちが勝つかが今の全てだ」
『そうだね、ボクもそう思うよ。やろうか』
 頷きあった二人のカイトの意見は一致している。この鏡の空間が崩れ去る前に自分の手で相手を屠る。そうしなければいけない気がしていた。
 たとえ鏡の存在がこの領域と共に散るとしても――これは自分との闘いだ。
 相手の性格を見たカイトは思う。
 あれほど真面目そうなら、搦め手に出るならやりやすそうだ、と。
 しかし相手は自分自身。鏡のカイトも、今のカイトがどのように出るかの予想くらいはついているはずだ。
「一つ――素手でやり合おうぜ」
『素手? 構わないよ』
「お前は自信あるんだろ、自分の実力ってやつによ」
『どうかな。君こそ自信があるからそう言うんだろうね』
 申し出を了承した鏡は身構える。
 カイトも十指に絡めた鋼糸を巡らせる準備を整えた。どちらも同じ得物を用いて、素手で戦う。となれば戦い方も同様で実力も互角。
 後はどちらが先に出し抜けるか否かが勝負の決め手となる。
「行くぜ」
『行こうか』
 二人の声が重なった瞬間、戦いが幕開けた。
 鋭い糸が戦場に奔り、細い煌めきが鏡に反射していく。縦横無尽に巡る糸は互いを捉えようと疾走っていくが、カイト達はそれを避ける術も熟知していた。
 それゆえに拳を握った少年達は一気に距離を詰める。
 右の拳をカイトが振り上げれば、鏡のカイトが左の拳を掲げた。
 鏡であるがゆえに反対。だが、向かい合っている今は同じ向きの拳が衝突しあうことになる。刹那、重い衝撃が互いを襲った。
 痛みを堪えたカイトと鏡は即座に後ろに下がる。その動きまで同じタイミングだ。
 糸に素手。鏡のように一緒。
 お互いに癖も分かりきっているからこそ、何もかもがやりやすい。
 しかしカイトは不意打ちを見せかけて糸を引っ込める。騙し討ちに用いられた糸を察知した鏡は真正面から糸を巡らせた。
 捕縛罠として糸を仕掛けるカイトと、搦手など入れずに立ち向かう鏡のカイト。
 どっちが悪役に見えるかな、なんて思いは言葉にも表にも出さずに、少年は反撃代わりの拳を振るいに駆けた。
『……っ!』
「悪ィな、手癖悪くてよ」
 だが、繰り出されたのは糸の方。足を取られた鏡が僅かに体勢を崩す。
 しかし今はその一瞬が命取りだ。
 一気にもう片手の糸で相手を絡め取ったカイトは薄く双眸を細めた。しまった、と鏡が口にしたが同時にすべてが遅いことを悟る。
『ああ、ボクの負けだよ』
「俺みてーに弱いやつはな、こうやって小手先の策巡らせるしかねーのさ」
 即ち、真面目な鏡よりも今のカイトの方が上手だった。
 じゃあな、と告げたカイトは鏡の自分へと終わりの一閃を解き放ち――そして、戦いは其処で決した。
 カイトの姿をしたものはまるで硝子のように崩れ落ち、割れ砕ける。
 それによって鏡の国の崩壊が更に激しくなった。
 頭上を振り仰いだカイトは全てを理解する。猟兵達はオウガ・オリジンの世界と力を壊して、砕き切ったのだと――。

●迷鏡の国
 鏡のラビリンスが崩壊していく。
 迷宮そのものへと変化していたオウガ・オリジンの声が周囲に重く響き渡る。
「わたしの世界が……迷宮の国が壊れていく……」
 どうして。
 この世界で最も尊いのはわたしであるのに。
 すべてはわたしの思いのままであったはずなのに。
 世界を構成していた鏡はすべてが罅割れ、オウガ・オリジンは元の少女の姿にすら戻れぬまま崩れ落ちていく。
「嗚呼、嗚呼。いや、だ……いやだ、もうあの悪夢は視たくはない――!!」
 絶叫めいた声が紡がれた刹那。
 鏡の迷宮は砕け散り、跡形もなく消え去った。
 猟兵達の活躍と奮闘によって、迷宮の国のアリスは最果ての悪夢に沈みゆく。
 こうして、終わりの刻がいま此処に訪れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月30日


挿絵イラスト