迷宮災厄戦⑱-19〜この物語に救いなど無い
痛い。熱い。寒い。苦しい。意識が朦朧とし世界は拡大化され夢は現実を侵し捻じ曲げる。彷徨う、彷徨う、彷徨う。扉には鍵窓には鉄格子換気扇すら塞がれて。出口はない。頭痛で頭は張り裂けた、髪を掻き毟るも脳髄はまろびでない。ならまだ大丈夫、何が大丈夫なのか。横になりたい、だがベットは血に塗れている蛆に塗れている枯れ果てやせ細った誰かが寝ている。わたしじゃない。廊下が遠い。歩いてもどこにも辿り着けない。すれ違う白衣の裾を引く。振り返らない足を止めない顧みられない、だれも視線を合わせない。空腹で喉も乾き切って、でもなにも食べていないから何も食べられない。胃の腑は罅割れながらも叫び続ける。食べたくない。食べたい。針はきらい味が欲しい舌が泣いている。思考が纏まらない。窓から格子越しに手を伸ばす。太陽に手を伸ばす。太陽は出ていない。眩しい。誰も手を取らない。ただ空を掴むだけででも空は掴めない。どこにもいけない。足取りが重い。やすみたい。楽になりたい。でも死にたくない。もう薬は嫌で孤独は嫌で明日が嫌でわたしが嫌で。ようやくたどりついた病室の中のベッドの上のシーツの下から見つめてくるのはわたしで、いやわたしじゃなくて。
誰か■■■て。
●
「いやー……キッツイねぇ!」
グリモアベースに集った猟兵たちを見渡しながら、ルゥナ・ユシュトリーチナは開口一番そう口火を切った。何を見たのかは定かではないが、碌な内容でないことは確実で在ろう。飄々とした笑みを浮かべている一方、一筋の冷や汗がたらりと青白い頬を伝っていた。
「さて、今回みんなに案内するのはこの世界のフォーミュラ『オウガ・オリジン』について。何日か前から攻略可能になっているし、もう交戦した人もいるんじゃないかな? ただ、今回はちょっとばっかし、毛色が違う様なんだよねぇ……」
残酷童話迷宮アリスラビリンスがオブリビオン・フォーミュラ『オウガ・オリジン』。始まりのアリスにして最初のオウガたるこのオブリビオンは、猟書家の弱体化に伴いその絶大な戦闘力を取り戻しつつある。世界を作り替え、軍勢を生み出し、まさに暴虐の嵐と化して荒れ狂っていたのだが……そこに在る変化が現れたのだ。
「これまでの振る舞いが『オウガ』としての性質が前面に出ていたとすると、今回は『アリス』としての側面が現れ始めたってところかねぇ。つまり、追い詰められ、苦しみ、絶望に飲み込まれた過去が噴出したって訳さね」
オウガ・オリジンが不思議の国を作り替えた結果、生み出されたのは巨大な病院である。それも扉と言う扉に鍵が施され、窓は鉄格子で封じられた、正に隔離病棟といった様相の場所なのだ。不思議の国一つを使用したとはいえ、これでは開放感など微塵も感じられない。まるで自らを閉じ込める様に……或いは閉じ込められていたかの様に。
「そう言った無意識な悪夢が垂れ流されているからか、オウガ・オリジンは衰弱し切ってまともな戦闘能力を持っていないよ。そうでなくとも手首からは止めどなく鮮血が噴出しているからねぇ、まぁまず自発的には動けないかな」
それだけ聞けば猟兵側にとって有利にも思える。だが、実際はその流れ出す血というものが極めて厄介なのだ。
「相手はフォーミュラだからねぇ、流れ出す血もただの血じゃない。その血の一滴一滴が無数の獣と化して襲い掛かってくるのさ。今はそれらを暫定的に『悪夢獣』と呼称するとしよう」
悪夢獣はその圧倒的な数を頼みに猟兵を排除しようとする。その勢いたるや凄まじいもので、オウガ・オリジンへ攻撃を届かせることはほぼ不可能だと断言してよい。必然的に相対するのは悪夢獣となるだろう。
「全く、その強烈な忠心には感心するよねぇ……まぁ、或いは逆にオウガ・オリジンを病院外へ連れ出されるのを防いでると言っても良いかもしれないけど」
ともあれ、悪夢獣の元はオウガ・オリジンの血液だ。つまり、それらを全て討ち果たせば必然的にフォーミュラも失血多量で消滅する。ある意味で、やるべきことは極めて単純かもしれない。
「……過去に何が在れ、倒さずに済む相手じゃないしねぇ。猟兵としてはただ戦闘あるのみ、かな。相手の意識だって熱に浮かされた様に朦朧としている。対話が成立する可能性は低いだろうしねぇ。ただ、まぁ」
声を掛ける事が無意味だなんて、誰にも決められないからねぇ?
そう話を締めくくると、ルゥナは猟兵たちを送り出すのであった。
月見月
どうも皆さま、月見月でございます。
いやはや、敢えて朦朧とした文章を作るのは難しいですねぇ……。
戦争シナリオ第四弾、対フォーミュラ戦となります。
という訳で、それでは以下補足です。
●勝利条件
悪夢獣の全討伐(=オウガ・オリジンの衰弱死)。
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●プレイングボーナス……鮮血にまみれながら、悪夢獣と戦う。
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●戦場
鍵と鉄格子によって閉鎖された、陰鬱な病院です。部屋数や廊下は無数にありますが、どれも閉塞感に満ちており息苦しさを感じます。幸い、戦闘に支障が出るほどの狭さではありませんが、悪夢獣の物量に対してはやや手狭かもしれません。
●オウガ・オリジン
手首からは血を噴出させ、『無意識の悪夢』によって意識が朦朧としています。戦闘力はありませんが、溢れ出す悪夢獣によって守られており攻撃が届きません。
また、ぶつぶつと意味不明な単語を呟いており、意味のある会話が出来る可能性は極めて低いでしょう。
●採用について
出来る限り採用したく思いますが、フォーミュラ戦が逼迫しつつあることもあり、完結優先の少数採用となる見込みです。不採用となる場合がある事も予めご了承頂けますと幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
第1章 集団戦
『『オウガ・オリジン』と悪夢のアサイラム』
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POW : ナイトメア・パレード
【巨大な馬型悪夢獣の】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【一角獣型悪夢獣】の協力があれば威力が倍増する。
SPD : 悪夢の群狼
【狼型悪夢獣の群れ】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 忠実なる兎は血を求む
【オウガ・オリジンに敵意】を向けた対象に、【鋭い前歯と刃の耳を持つ兎型悪夢獣】でダメージを与える。命中率が高い。
イラスト:飴茶屋
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
カイリ・タチバナ
アドリブ歓迎。
あー…なるほど。こりゃ、早めに終わらせるためにも、そうした方がいいな。
俺様は、止まらねぇよ!(ヤンキーヤドリガミ)
さて、本体の銛と一緒にオリジン戦場にくるのは何度目かねぇ…。
指定UCで【神罰】【破魔】つきの銛を増やして、次々に発射!
高威力の範囲攻撃がなんだ。
俺様が鮮血に濡れようとも、前に進むのを止めないのと同じだ!悪夢獣を倒していくのみだっつの!
これは、俺様の慈悲だ。受け取りやがれ!!
そのままだと苦しいよな。ゆっくり眠れ。
●紅き波濤を征く者よ
「さって、本体の銛と一緒にオリジンの戦場に来るのは何度目かねぇ……前は鏡の国やら箒の空やらだったが、今度はちょいと陰気な場所だな。やることはぶっ飛ばすだけだが、どういう心境の変化なんだか」
黴臭さと湿っぽさの満ちる、巨大にして狭苦しい隔離病棟。その廊下へと転送されてきたカイリ・タチバナ(銛に宿りし守神・f27462)は周囲を見渡しそう独り言ちた。上手く言語化できないが、この場所はそれまで交戦したオウガ・オリジンの戦場と何かが異なっているように感じる。試しにガツンと銛で扉やら格子やらを叩いてみるも、壊れるどころか小動すらしなかった。
「取り合えず、相手さんを探すしかないみたいだな。部屋数は多いが入れる所自体少ないみてぇだし……何より、血生臭さが此処まで匂ってくるぜ」
微かに漂ってくる生ぬるい赤錆びた金属の臭気。それを辿って狭い廊下を進んでゆけば、瞬く間にその濃さが跳ね上がってゆく。もはや嗅覚が用を為さないレベルにまで至った時、カイリはある病室の前へと辿り着いていた。この奥にフォーミュラが居るのは間違いないだろう。
彼は小さく息を吸うと、勢いよく扉を開け放つ。すると、其処に居たのは……。
「鍵を鎖を手足を縛め縛り上げ押し留め……行けない、生けない、逝けない。何処にも、此処にも」
「あー……、なるほど。こりゃ、確かに尋常じゃなさそうだ。早めに終わらせるためにも速攻で『そう』した方がいいな」
予想通りと言うべきか、病室内には手首からだくだくと血を流し続けるオウガ・オリジンが佇んでいた。それまでの傍若無人ぶりはどこへやら、虚空を見つめたままフラフラと身体を揺らし譫言を呟き続けている。ある意味、これまでとは別ベクトルの危うさが滲みだす姿に、カイリは瞬時に銛を手に戦闘態勢を取った。
瞬間、その戦意に反応して流れ落ちた血が煮え立つや、無数の狼と化して実体化。病室内を埋め尽くす群れと成して、青年へ襲い掛かってくる。
「はっ、こりゃ凄まじいな。だがな、手数ならこっちだって負けちゃいないぜ? 俺様は、止まらねぇよ!」
だがカイリは臆するどころか、寧ろ望むところだと増々戦意を漲らせていた。己が本体である銛を勢いよく一薙ぎして敵の第一波を振り払うや、瞬時に周囲へ本体を複製。都合七十本を超えるそれらを立て続けに射出してゆく。
「時化の海に比べれば、この程度可愛いもんだ。そら、どうしたよ? 海獣どもの方がまだ素早かったぜ!」
銛に貫かれた悪夢獣は水風船が弾けたが如く破裂し、周囲に血潮を撒き散らしてゆく。それに伴いカイリの全身も紅に染まりゆき、液体を吸った衣服がじわじわと動作を阻害する。しかし、彼にとってはこんな状態など日常茶飯事だ。今更この程度で動きが鈍るほど、軟な狩りはしていなかった。
「俺様が鮮血に濡れようとも、前に進むのを止めないのと同じだ! 複製とは言えこの銛は全部俺様そのものだからな、ただひたすらに悪夢獣を倒していくのみだっつの!」
複製を打ち込んでは戻し、戻しは打ち込み。そうして敵の勢いを減じさせつつ、至近距離まで近づいて来た個体は手にした本体による直接戦闘にて仕留めてゆく。無論、無傷とはいかず手や足には幾つもの噛み跡が刻まれてゆくが、カイリを止めるには程遠い。
「……■■■て? 生きる逃げる救う助ける? 居ない居ない誰も居ない私も居ない……」
「随分とまぁ、弱っちまったなオイ。これは、俺様の慈悲だ。受け取りやがれ!!」
彼は敵の間隙を見計らうや、渾身の力を籠めて銛を投擲する。それはオリジンへの直撃軌道を取るも、寸前で狼が割って入り消滅と引き換え攻撃を防いだ。やはり、悪夢獣はこの少女への攻撃を好かぬらしい。
「……敵とは言え、そのままだと苦しいよな。まだ全滅には程遠いが、少しでも減らしてやるよ。せめて、ゆっくり眠れるようにな」
銛を引き戻しながら、カイリは微かに目を細めた。再び攻勢を強めてくる悪夢獣の群れを薙ぎ払いながら、青年は引き続き戦闘へと身を投じてゆくのであった。
成功
🔵🔵🔴
アハト・アリスズナンバー
アリスの原点は、不思議な国に行った少女という物語が多いでしょう。
――それを彼女が伝えたなら、傍から見たらおかしくなったとしか見えない子です。
【第六感】で突進を警戒しつつ、獣を横から【ランスチャージ】【串刺し】で刺し穿ちます。
刺したらUCを発動。破壊して血をごっそり浴びましょう。
攻撃は【激痛耐性】耐えながら【カウンター】でその首を【部位破壊】で刎ねましょうか。
血を浴びるのを優先して行います。
これからも悪夢は続くのでしょう。彼女がオウガになった理由はこの夢から何となく察しが付きますが、それでも貴方を許すわけにはいきません。
貴方によって悪夢に捕らわれたアリスが無数にいるのだから。
●例え過去に何が在ろうとも、その罪は許すまじき
「様々な世界に伝わる『アリス』の物語。その原点はきっと、不思議な国に行った少女たちの存在に因るのでしょう。ただもし――その出来事を帰り着いた『彼女』が伝えたなら、傍から見たら頭がおかしくなったとしか思えないはずです」
降り立った其処は廃病院と言うには余りにも使用感に溢れ、されど稼働しているというには人の気配を感じられず。牢獄、収容所、隔離病棟……そんな単語が、アハト・アリスズナンバー(8番目のアリス・f28285)の脳裏を過ぎる。
如何にしてオリジンが始まりのアリスとしてこの世界に足を踏み入れ、何故に最初のオウガへと変じたのか。その真相は未だ深い霧の中に包まれている。しかし、こうして生み出された世界や相手の様子からは、朧気ながらもその断片が垣間見えていた。
「ですが、今は考察に耽っている時間はありませんね。語るべき言葉を持たず、獣の群れを従え茫洋と彷徨うのであれば……ただ、撃ち払うのみです」
遠い遠い、廊下の向こう側。その先に目を凝らすと、小さな人影が見える。顔は黒く塗り潰され表情を伺うことは出来ず、手首からは尋常でない量の鮮血が溢れ出し床へと滴り落ちていた。静寂に乗って、極めてか細い囁きがアハトの耳朶へと滑り込んでくる。
「出られない出してくれない逃れられない……世界は現実? 悪夢は無いモノ? 本当に?」
「……本体を直接攻撃出来れば、きっとすぐに済むのでしょうが。どうやら、そうもいかないようですね」
オリジン自体が猟兵を認識したのかは極めて怪しいが、防衛本能はそれとは別個に動いているのだろう。廊下に広がる血溜まりより飛び出してきたのは、鬣で天井を擦らんばかりの巨躯を誇る巨大な馬型悪夢獣。更に、それよりも二回りほど小さい一角獣型もまた群れを成して現れた。みちりと廊下を埋め尽くす馬群の視線は、真っすぐにアハトを射抜いている。刹那、悪夢獣たちは蹄を鳴らしながら吶喊してきた。
「真正面から受け止めても、数と勢いで押し切られるのは明白です。原理は理解できませんが、血を浴びれば浴びるほどこちらも戦いやすくなる様子……まずはそれを狙いましょうか」
馬型とあってその重量、速度から繰り出される破壊力は驚異的だ。脇に控える一角獣など、ある意味ではより凶悪と言える。アハトは猛然と迫り来る悪夢獣をギリギリまで引き寄せてその動きを見極めるや、直撃の寸前に一歩半身を退いた。馬体同士の僅かな間隙へと身を滑り込ませると、彼女は自分用に最適化された槍を最小動作で振るい、真横から胴体部目掛けてその穂先を突き立てる。
「……オリジンと言うキングには早々手が届きませんから。まずは着実にナイトとポーンから削ってゆくとしましょう」
彼女がグリと得物をねじり込んだ瞬間、一角獣は内部より破裂して鮮血を撒き散らした。流れ出した紅は白を基調とした衣装を瞬く目に染め上げてゆく。色の変わりゆく面積に比例して、アハトも全身に不快さと活力の入り混じった何かが駆け巡るのを感じていた。
「これからも、この悪夢は終わることなく続くのでしょう。ただの『アリス』が『オウガ』となった理由はこの夢から何となく察しが付きますが……それでも、貴女を許すわけにはいきません」
すぐ傍を走り抜けてゆく馬や一角獣型の次々と仕留め、同時に全身をべっとりと血に浸してゆく人造少女。淡々とした所作の一方、その姿には凄絶な覚悟が秘められている様にも思える。
「貴方によって、悪夢に捕らわれたアリスが無数にいるのだから……そう、我らはアリスにあらず。アリスの物語を幸せに導く者ゆえに」
手を休めることなく、ただひたすらに悪夢獣を駆逐してゆくアハト。されどその視線は決して揺らぐことなく、オウガ・オリジンにのみ注がれているのであった。
成功
🔵🔵🔴
グァーネッツォ・リトゥルスムィス
人食鬼の血は何色だ、なんて憤ってたけど
人と変わらない色だったんだな
可哀想だが戦いは避けられないか
UC茨竜の戯れで竜骨斧の封印を解きオレの体も茨に巻かれ
棘で肌や肉を裂いて流血させながら悪夢馬共と真っ向から勝負だ!
茨の刺突で巨体を貫き、角を絡みとって握り潰し
足に巻き付かせて他の馬にぶん投げてやる!
しかもベッド以外の窓や扉とか病院をぶっ壊してやりたい位の意気込みで!
オレ自身と悪夢獣の鮮血で眼も開けられず耳も聞こえにくくなっても
野生の勘でまだ辛うじて生きてるオウガ・オリジンの場所を探り
その手に茨ではなくオレ自身の手を差し伸べて優しく手を繋げたい
もう終わって救いのない物語でも終わりの解釈位変えてやる!
●ただ、その手を握る為だけに
「これまではずっと人食鬼の血は何色だ、なんて憤ってたけど……文字通り、一皮剥けば人と変わらない色だったんだな」
この世界のフォーミュラ『オウガ・オリジン』が倒すべき敵である事に変わりはない。性根の邪悪さ、喰らってきた命の数、為した所業の数々……それらは決して偽りでも欺瞞でもない。全てが事実であり、何をどうしようとそれは揺らがない。しかし一方で、かつて彼女の身にどうしようもない『何か』があったのも、きっと否定しようのない真実なのだろう。
事前に聞いた予知の内容と降り立った病院の醸し出す雰囲気。それらを照らし合わせながら、転送されてきたグァーネッツォ・リトゥルスムィス(超極の肉弾戦竜・f05124)は痛ましげな表情を浮かべていた。彼女が降り立ったのは待合室と言ったところだろう。がらんどうの受付と椅子が寒々しさを際立たせている。
「全ては終わった過去で、時間はどうしたって巻き戻せない……可哀想だけど、戦いは避けられないか」
愛用の戦斧を肩に担ぎ直しながら、グァーネッツォはくるりと背後を振り返った。そこにはオウガ・オリジンがひっそりと佇んでいた。その顔は漆黒に塗りつぶされ、表情は愚か視線さえも伺うことは出来ない。ただぽたりぽたりと落ちる血の雫が、規則的なリズムを刻んでいる。
「皆出ていく。元気になって笑顔になって骨になって箱に入って……行けないから生けなくて。生けないなら、逝くことも出来ないの。だからいったの、あそこへ」
紡がれる言葉は意味を成していない。だが、血溜まりから出現した無数の巨大馬と一角獣の視線は、明らかな意志を宿している。即ち、敵意と殺意という余りにも単純明快な目的を。
「そっちがその気なら是非もない。色々と遊び始めるのが困りものだけど、茨竜の強さに頼らせて貰うぜ!」
なればと、蛮戦士もまた出し惜しみする気はない。彼女が手にせし骨斧は竜を素材としたもので在り、その力は骨と成った今も健在である。使い手の全身を絡め取って血液と魔力を啜り上げるや、刺々しい鞭の如き茨を幾本も出現させた。
「この程度の痛み、寧ろ気付け代わりに丁度いいってもんだ! さぁ、こっからは真っ向から勝負だ!」
グァーネッツォが上げた裂帛の気合、それを契機として蛮戦士と馬群が真正面よりぶつかり合う。角を構えて一斉突撃を敢行してくる一角獣たちは脚を絡め取って引きずり倒し、それでもなお止まらぬ個体は角を引っ掴んで握り潰す。戦闘力を失った配下を踏み潰しながら突進してくる巨大馬に対しては、戦斧より伸びた棘を槍代わりに繰り出して押し留める。
「力比べなら……負けない、ってぇのッ!」
そのまま相手を強引に持ち上げるや、格子付きの窓へと叩きつけて消滅させる。無論、動く度に敵の攻撃や身を縛める茨によって全身が傷つき、血が流れだす。だが蛮戦士は我が身を顧みず、まるで病院ごと破壊せんとするか如き勢いで暴れ狂っていた。
(血で視界が効かない。馬の足音が大きすぎて、耳だってどうにかなりそうだ……それでもっ!)
グァーネッツォは群なす馬の波濤を掻き分けながら、己が直感を場所にある一点を目指している。それは悪夢獣を生み出す元凶にして――かつてアリスだった少女の元。当然近づけば近づくほどに敵の密度は増してゆくが、それでもなお蛮戦士が諦める様子は無かった。
「例え、これがもう終わって救いのない物語でも……結末の解釈くらい変えてやるッ! 誰か一人くらい、手を取ってあげる奴が居なきゃ余りにも寂しすぎるだろッ!」
それは徒労なのかもしれない。無駄な行いなのかもしれない。しかし、無意味など誰が断ずることが出来よう。ただそれのみを願った人間はただひたすらに手を伸ばし、そして……。
「――――■■■■」
ほんの一瞬、一秒にも満たぬ刹那。グァーネッツォの指先が少女の手に触れる。その瞬間に零れ落ちた呟きは、聞き取るには余りにもか細かった。不明瞭な、そもそも意味のある単語なのかさえ定かではない。しかし、蛮戦士はニッと笑って見せた。
「絶対に終わらせてやるぜ……こんな長すぎた後日談なんて、すぐにな!」
瞬く間に悪夢獣の圧力によって引き剥がされ、遠くへと押し退けられてゆくグァーネッツォ。彼女は気合を入れ直すと、再び馬群を相手に大立ち回りを開始するのであった。
成功
🔵🔵🔴
落浜・語
状況聞くに爪の垢程度の同情があるような、ないような?
まぁ、倒してやるのが救いになるか。多分きっと
深相円環を【投擲】し【念動力】で操作して悪夢獣を【おびき寄せ】るように追い立てる
ある程度集めたならUC『人形行列』の炎と爆発【属性攻撃】かつ広【範囲攻撃】でもって、できる限り数を巻き込んで吹っ飛ばす
それでも抜けてきたものは、奏剣に【力溜め】し【呪詛】も纏わせて、攻撃。やっといてなんだが返り血が凄いな、これ
受ける攻撃は【第六感】で回避したり【オーラ防御】でできる限り防ぐ
後は右肩の鎮魂疵をあえて傷つけて一度は大きな痛みに耐えられるだろうが、使いどころは見極めが必要か
なんにせよ、ここで悪夢は終わりにしよう
吉備・狐珀
扉を見つけたから救われるというものでもないですけれど…
悪夢にうなされる前に、まだアリスとして迷い込んだ時に手を伸ばすことができたなら…
これだけの悪夢獣がいるということは相当の血を流しているということ…
多少は衰弱しているのかもしれませんが、まだまだ油断はできませんね
ウカ、月代、悪夢獣の数を減らすため衝撃波や鎧も砕くその爪で攻撃を
ウケ、激痛耐性のオーラで結界を作り悪夢獣からの攻撃を防いでくださいね
UC【鎮魂の祓い】使用
もしも、その溢れ出す鮮血が悪夢や心に負った傷によるものだとしたら
完全に止めることは難しいかもしれないけれど
祈りを込めて魂迎鳥の笛の音を鳴らす
少しでも闇を祓い浄化できればと願いを込めて
●せめて、夢はただ夢であるように
「状況聞くに爪の垢程度の同情があるような、ないような? 正直、情報が余りにも断片的過ぎるし、事情が在ったからと言ってそれまでの所業が帳消しになるかと言えば……なぁ」
転送前に聞いた予知内容は曖昧模糊とした単語程度しか聞き出せなかったが、降り立った先の状況と照らし合わせれば察せられる物も少なからずある。さりとて、生半可に手を緩めれば即世界の破滅だ。落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)はうっかり相手の裏事情を覗いてしまった様な、そんな座りの悪さを覚える。
「誰も彼も元の居場所に絶望したからこそ、この世界に堕ちてしまった。故に扉を見つけたから救われるというものでもないですけれど……悪夢にうなされる前に、まだアリスとして迷い込んだ時に手を伸ばすことができたなら」
こうは、ならなかったのかもしれませんね。吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)が零したそんな言葉尻は、明確な形を結ばずに黴臭い空気へと溶け消えてゆく。『何か』は既に起こってしまった。過去は例え神であろうと、手を伸ばせぬ不可侵領域。故にそうした『もしも』を考えることは意味など無いのかもしれない。だが、そんな恋人の言葉をわざわざ否定するほど、語も野暮ではなかった。
「……まぁ、倒してやるのが救いになるか。『アリス』にとっては多分、きっと」
「ええ。そう、ですね。始まりとはきっと、孤独なもの。ですが、それは後に続いたアリスたちにとってもそうであるはずですから。いまはだた、悪夢を討ち祓うだけです」
生憎と、二人の周囲にオウガ・オリジンの姿は見受けられなかった。しかし、探し出す手間は不要らしい。病室の扉を打ち破り、換気扇の中を這いずり回り、次から次へと悪夢獣の群れが飛び出してきたからだ。
「随分と数が多いな……種類は馬と一角獣、あとその下を跳ね回っているのは兎かね?」
機動力に長けるが、小回りに欠点の在る馬型。非力ではあるが隠密性と奇襲性に富む兎型。果たして悪夢獣たちに戦術を介する知能があるのか甚だ疑問だが、奇しくも互いの欠点を補い合う布陣にて猟兵たちへと迫っていた。
「これだけの悪夢獣がいるということは、オウガ・オリジンも相当の血を流しているということ……本体は多少なりとも衰弱しているのかもしれませんが、それに比例して敵の数も増えていきます。まだまだ油断はできませんね」
「こんな狭い場所で馬鹿正直に足を止めて付き合う必要もないな。病室と廊下がメインって言ったって、それしか無い訳じゃないはずだ。一先ず相手をおびき寄せつつ、開けた場所まで後退するとしますか」
隘路では数の理が活かせぬものとはいえ、それでも限度がある。語と狐珀は踵を返してその場より移動しつつ、少しでも相手の勢いを減じさせようと攻撃を仕掛けてゆく。
「血液で出来ているとは言え、足の腱やらなにやらを切ってやれば流石に動けなくなるだろ。で、集団で駆け抜けている最中に倒れ込んだりすれば……無事で済むはずもないよな?」
語は振り返りざまに深相円環を投擲し、相手の足元へと滑り込ませてゆく。全速力で走り回っている最中に足の一本でも動かなくなれば、如何に四つ足の獣とて行き足が縺れて下手をすれば倒れこんでしまう。後はもう、トドメを刺す必要などない。後続の悪夢獣がその蹄で粉々にしてくれるからだ。
「それでも、敵群の総数から見ればまだまだ微々たるものですね……うん? 何か、上の方から物音がしませんか?」
この調子なら、暫くは走り続けられるはず。そう判断しかけたその時、狐珀は頭上から響く不穏な物音に気付く。さっと視線を走らせた瞬間、鋭歯と刃耳を振り乱した兎が奇襲を仕掛けて来た。恐らく通風孔のダクトを通り、先回りしてきたのだろう。
「そのまま着地されては厄介です。ウケ、結界を這って受け止めて下さい。その隙に、ウカと月代は衝撃波と爪で迎撃をお願いします!」
だが、その程度ならば十分に対処可能。白狐が結界を張り兎を弾き返すと、すかさず黒狐と仔龍が襲い掛かり、瞬く間に仕留める。だが、血液へと戻った骸が降り注ぎ、一瞬だけ少女の動きを鈍らせてしまった。
「っ、馬だけに足が速いな。攻撃は俺が一旦受け止める、だからその隙に!」
「いえ、語さん! どうやら曲がり角の先に院内図書館があるようです! そこなら……!」
「分かった、先に行ってくれ!」
時間と距離を稼ぐべく足を止める語へ、狐珀が向かうべき場所を指し示す。それに素早く首肯すると、恋人を先に逃しつつ青年は奏剣を構えた。その切っ先で右肩を小さく傷つけながら、彼は魔力障壁を張る。
(鎮魂疵も使ったんだ、これで一発くらいは耐えきれるはず……いったん押し留めてやれば、連鎖的に衝突して総崩れになる。そうなれば暫くは持つだろ?)
果たして、巨大な馬体と幾本もの角が噺家を襲った。初撃は何とか歯を食いしばって受け止めるものの、後続が次から次へと玉突き事故を起こしているのだろう。断続的な衝撃が響いてくる。そんな中、先に限界を迎えたのは先頭を走っていた個体だった。障壁と後続に押し潰され、熟れた果実が如く破裂する。その飛び散った血液は床を濡らし、僅かだが靴底の摩擦係数を弱めてしまう。
「しまっ……!?」
瞬間、最後の後続による突進が巡り巡って語へと伝わり、青年の身体をニュートンの揺り籠そのままに弾き飛ばす。だが抑え込まれた障壁が無くなった結果、悪夢獣群は将棋倒しになって倒れこみ、そのまま大量の血液となって溶けていった。
「あーあ、血だらけな上に衝撃で全身が痛てぇ……でも、これで何とか切り抜けられたな」
「……いえ、語さん。どうやらそうもいかないようです」
弾き飛ばされた衝撃でよろよろと立ち上がりつつ、語は狐珀へと声を掛ける。しかし、返ってきた声音は固いモノ。何事かと少女の視線を追った先には……。
「物語を。物語を紡ぎましょう。現実を煮詰めて残酷を詰め込んで血と臓物を押し込めばきっと、物語は夢じゃなくなるから。現実こそが夢だから」
オウガ・オリジンが居た。その手には血濡れの絵本が握り締められている。移動して来たのか、はたまた最初からここに居たのか。だがどちらにしろ、これは危険な状況だ。少女の周囲に悪夢獣が生み出され始める一方、猟兵側の片割れはまだ体勢を立て直せていないのだから。
(どうすれば……いえ。もしも、この溢れ出す鮮血が、悪夢やかつて心に負った傷によるものだとしたら。まだ、手はあります!)
狐珀のそれはある意味で賭けだった。もし外れれば、そのまま数の暴力によって蹂躙されるだろう。だが、これまで見聞きした情報に誤りが無ければ――或いは。
「完全に止めることは難しいかもしれないけれど、それでも……絶えざる悪夢を彷徨い続ける貴女へ、我は一時の休息を与えん!」
少女は『魂迎鳥』の笛を取り出し唇をつけるや、そっと吐息を吹き込んでゆく。清らかなる旋律、それは軽やかなる羽を得て図書館内を飛び回ってゆく。魂迎鳥が悪夢獣たちの鬣や耳をさっと一撫でしてゆくと、まるで苦しむかの如くその場で悶え始めた。それは即ち、悪夢獣が名前通り悪しきもので形作られた事の証左である。
(少しでも闇を祓い浄化できれば……でも、これだけじゃ一時的にしか抑え込めない)
祈りを籠めた音色は確かに効果が在った。しかし、フォーミュラと化す程の絶望を癒すには時間も力も、何もかもが足りない。だが、忘れてはならない。狐珀には何よりも信頼できる相手が居るのだ。
「すまない、手間を掛けさせちまったな。だが、そのお陰で人形たちを展開出来た」
語は敵が動きを止めた隙を見逃さず、その間に出来る限りの文楽人形を複製していた。こうなればもう数の差はないに等しい。繰り糸を手繰る青年は一瞬だけ目と閉じた後、クンッとそれを握り引く。
「過去に何が在ったかは知らないが、現実はロクなもんじゃなかったんだろ? でも、逃げ込んだ先だって何一つ変わらない地獄だった……なら、さ」
せめて、ここで悪夢は終わりにしよう。そんな呟きは大気の唸りへと溶け消えて。一斉炸裂した人形たちが悪夢獣ごとオリジンを飲み込んでいった。紅蓮の炎の向こう側へ、少女の姿が覆い隠されてゆく。
「これで、終わらせられたでしょうか……?」
「いや、血液だって水だからな。相殺されて見た目ほどのダメージじゃないかもしれない。ただ、この部屋はもう駄目そうだ」
きっと、アリスはまだ悪夢の中を彷徨い続けているのだろう。だが部屋は炎に包まれ、これ以上進むことは出来ない。噺家は少女の手を引くと、後ろ髪を断ち切る様に図書館を後にするのであった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
本・三六
アドリブ等自由
なぜこんな世界を……君の怒り、強く在りたいと思う根源なのか?
ーーいや、悪夢は見たくて見るものじゃない。理由など。
『バトルキャラクターズ』召喚
狼の群れとは厄介だ、彼らはもともと群れで狩りする動物。
だが、こちらの連携もなかなかものさ。数を削るよ!
自身も『鉄芥』で【早業と怪力をもって、先制攻撃】
鮮血にまみれるだろう。いい気はしない。
だが、悪夢の主の苦しみは、こんなものではないだろう。
視界の外の狼は『黒賽子』を投げ、その【誘導弾】で牽制しよう
囲まれるな、数の不利を作らせちゃいけない。
動きを学習し【見切り】、危うくなれば【咄嗟の一撃】で互いに援護を頼む
さあ、早く、こんな夢は終わりにしよう。
●恐れるが故に、踏み至り
「なぜ、わざわざこんな世界を……これ程までに陰鬱な場所が君の抱く怒り、強く在りたいと思う根源なのか?」
転送されてきた本・三六(ぐーたらオーナー・f26725)が一番最初に抱いたのは、そんな感想であった。彼も既に数度、オウガ・オリジンと交戦した猟兵である。その際に見聞きしたフォーミュラの立ち振る舞いは、まさに傲岸不遜な強者と言った様子だったはず。それとこの閉塞感に満ちた巨大病院とでは、余りにもギャップがあり過ぎた。
ざらりとした壁に手を当てながら、静かに三六は院内を進んでゆく。
「何があったのか、ボクには推察することしか出来ない。でも、もしこんな場所に閉じ込められていたとしたら……何処か遠くに逃れたいと、弱い自分に戻りたくないと願うのは、きっとある意味で当然なんだろうね」
猟兵たちの猛攻と、猟書家から流れ込んできた元々の力。それらが合わさった結果、オリジンでも予期せぬ変化があったのかもしれない。それが自分自身でさえ忘却し、押し込めていた『悪夢』を呼び起こしてしまったのだろう。
「過去を思い出して、より負けられないと己を奮起させる? ……いや、悪夢は見たくて見るものじゃない。ましてや、理由など」
なんにせよ、確定的な情報をこの場で得ることは望み薄だ。今わかる事はこの悪夢によってオウガ・オリジンは苦しみ、そしてフォーミュラを斃さねば世界は滅ぶという、ただ二つのみ。
「……もし君が正気であれば、話も聞けたんだろうけどね。そうでない以上、ボクも自分の為すべき事を果たさせて貰うよ」
そうして、三六はある病室の前で立ち止まった。鍵の掛かった部屋ばかりの中、その病室だけは扉が開いている。青年が確信を以て室内を覗き込むと、そこは一面の赤。真紅に満ちた世界の中、ベッドに腰かけたアリスがぼんやりと虚空を見つめている。
「暗いのは嫌。怖いのは嫌。痛いのは嫌。苦いのは嫌。見えないのは嫌。聞こえないのは嫌。動けないのは嫌……ひとりぼっちは、もういや」
「だからと言って、呼び出されたものが狼の群れとは厄介だ、彼らはもともと群れで狩りする動物。だが、こちらの連携もなかなかものさ。さぁて、まずは数を削るよ!」
三六としては話の一つもしたかったが、悪夢獣がそれを許さなかった。じわりと滲み出る様に鮮血は狼の形を取るや、一斉に出口目掛けて殺到してくる。それに対抗し、青年は電脳存在を都合六十と五体呼び出し、臆することなく挑み掛かってゆく。
「補充の利かないこっちと違って、あちらはアリスから止めどなく増援が来る……だから囲まれるな、数の不利を作らせちゃいけない。全体の総数では劣っていても、局所的な優位を奪い続ける!」
狼の群れは一つの生き物の如く有機的に連携するとよく言われるが、呼び出された電脳存在達とて決して劣りはしない。文字通り光の速さで情報を共有し合いながら、常に相対する人数比が優位になるよう立ち回っている。
それでも追いつかない時には三六も前へと立ち、鉄芥を振るって戦線を維持していた。酷い名前だが硬度と重量によって鈍器としての役割を十分に果たし、餓狼の頭部を叩き潰す。ばしゃりと、盛大に血潮を浴びて青年は思わず眉根を顰めた。
(正直言って、いい気はしない……だが、悪夢の主の苦しみは、こんなものではないだろう。絶えず血を流し続けるほどの絶望に比べれば、ずっとマシだ)
目の前で繰り広げられる戦闘にも、オリジンは何の興味もないかのようにゆらゆらと頭部を揺らしている。だが、ここまで壊れ果てるまでにはいったいどれ程の悲劇が必要なのだろうか。それを想像しただけで、鉄錆臭さとはまた違った不快感が胸を蝕んでゆく。
(多少はこっちも削られたけど、狼たちの動きや能力は粗方学習し終えた……ここからは持久戦になるだろうね)
少女の手首より噴き出す血液の勢いは、それなりの時間が経過しているはずなのに未だなお激しい。だがきっと、それにも必ず終わりが来る。ならば三六に出来ることは、そこに至るまでの時間を出来る限り短くしてあげる事だけだ。
「さあ……早く、こんな夢は終わりにしよう」
オブリビオンの首魁、フォーミュラ。それへ掛ける言葉としては、不適切なのかもしれない。だがそれこそが、青年の偽りなき想いである。斯くして、三六は己の体力と計算能力の限界ギリギリまで、悪夢獣と対峙し続けるのであった。
成功
🔵🔵🔴
ユディト・イェシュア
悪夢が具現化した世界…
オウガ・オリジンも元は人だったということでしょうか…
病院…というより牢獄ですね
ここにいたら正気を保てない
俺も幼い頃毎日死体を見ることを強要されていたからわかります
自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなる感覚が
俺もまたあの時助けられなければ
あなたのようになっていたのかもしれませんね
救う…などとおこがましいことは言えませんが
せめてこの悪夢からの解放を
悪夢獣の群れへは怯まず攻撃を
血にまみれ守りはおろそかになっても激痛耐性で耐え攻撃の手を緩めません
俺は生への執着がないと言われますが
痛みと流血で生きていることを実感します
あなたが流すその血もあなたが生きている証なのです
●血こそ命の通貨なり
「心の裡に秘めていた、無意識な悪夢が具現化した世界……まだ断言こそできませんが、オウガ・オリジンも元はただの人だったということでしょうか……?」
降り立ったその場所は、アリスラビリンスによく見られる国とは些か趣を異にしていた。施錠された鉄扉、格子付きの窓、手枷付きのベッド。ユディト・イェシュア(暁天の月・f05453)には、それがアース系列に存在するやや古い時代の病院で在ると一目で分かった。
「ですが病院、というより牢獄ですね。治療を目的とした施設ではなく、異常や恥部と断された人々を封じ込める廃棄場……ここにいたら、正気なんて保てない」
此度のフォーミュラは『オウガ』であると同時に、初めて生まれた『アリス』でもある。だとするならば誰かが開いた道を通ったのではなく、全くの曖昧模糊とした状態からこの残酷童話迷宮へと自力で転移してきたはず。そうなる程の絶望とは、いったい如何なるものなのか……重々しい風景を一瞥しただけでも、ユディトにはその漠然とした深さが感じられた。
「俺も幼い頃、毎日死体を見ることを強要されていたからわかります。余りにも死に触れ過ぎた結果、自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなる感覚が。自分の足が踏んでいるのは此岸か、彼岸か。その境界すらもあやふやになっていく……」
カツリ、カツリと。長い廊下に青年の足音が響く。返る音のない、どこまでも空虚な静寂。まるで現実感のない光景の中に、かつての少女は沈み込んでいたのだろうか。現実に耐え切れず、堕ちて行った先にも光明は無く、やがて世界全てを地獄へと塗り潰す存在と化した……そんな経緯が、まざまざと脳裏を過ぎってゆく。
「俺もまたあの時助けられなければ、あなたのようになっていたのかもしれませんね」
そうしてユディトは足を止め、くるりと背後を振り返る。其処にはいつの間に現れたのか、オウガ・オリジンがひっそりと佇んでいた。足音は一つしかしなかったはずだが、ここは彼女の世界だ。何が起こっても不思議ではあるまい。
「血が流れて、血を入れて。違う違う私と違う。逃げて穴を通っておっこちて。血を飲むの、喉が渇いたからお腹が空いたから」
「救う……などとおこがましいことは言えませんが。せめて、この悪夢からの解放を」
吹き出る血潮と零れ落ちる譫言の不明瞭さは相も変わらず凄まじい。手首の傷跡より飛び出してきた無数の餓狼を前に、ユディトもまた瞬時に臨戦態勢を取った。彼の瞳は他者が纏うオーラを視認することが出来る。それを活用すれば、情報面では優位に立つことが可能だ。
(全身は血で出来ているのに、纏うオーラはタールの様にどす黒い……流石、悪夢の名を冠するだけはありますね。何に起因するものであれ、オリジンにとって良いモノではないでしょう)
そうした邪悪な存在に対し、得物とする破魔の銀戦棍は極めて有効であった。脚をへし折り、胴を叩き、頭を潰す度に血潮が舞い散る。だがそれでも数の差は如何ともしがたく、少なくない噛み跡や裂傷が全身へと刻まれてゆく。
(守りに入っては、敵の物量に押し流されてしまう……いまはただ、攻め続けるのみ!)
全身を己と敵の血でべっとりと染め上げながら、ユディトはただひたすらに出現し続ける狼を打ち倒し続ける。そんな己の姿に、彼は少しばかり自嘲気味な笑みを浮かべた。
「常々、俺は生への執着がないと言われますが……こうした痛みと流血で生きていることを実感します」
痛みとは生存するための警告であり、血とは生ある者のみに流れゆくもの。その実感に取り付かれ耽溺するのは論外だが、時として人を繋ぎとめる楔にもなり得た。
「此処は現実、此処は悪夢、此処は物語、此処は地獄。ならわたしはどこにねむるの。ベッド棺桶焔の中に……」
「……あなたが流すその血も、あなた自身が生きている何よりの証なのですよ」
果たして通じているのか、それは定かではない。だが何かしらの響く言葉、残る内容は在るはずだと信じ、ユディトは体力の限界まで狼たちを駆逐し続けるのであった。
成功
🔵🔵🔴
ペイン・フィン
ファン(f07547)と
救いのない悪夢、か
……生憎と、牢獄も、悪夢も、嫌いなんだ
好き勝手に振る舞えとまでは、言わないけど
敵であろうと、理不尽な苦しみに囚われているのは、正直、嫌で嫌で仕方ない
だから、自分は、ここに居る
貴女に呼ばれた、そんな気がしたから
防御は、ファンに任せて
自分は、悪夢を消すことに集中しよう
コードを使用
自分の存在を、浄化属性に反転
前までは、普段のままでは、コントロールできなかったけど
今回用意した装備が、それを助ける
ツバメ型の、紙飛行機
かつて、とある少女の物語を載せて運び、その心を浄化した
負の感情の塊である悪夢の獣にとって
これ以上無いほどの特攻になる
さあ、その悪夢を、終わらせるよ
ファン・ティンタン
【SPD】悪しき夢見の園
ペイン(f04450)と
アレンジ可
ここは、病院か
生かすための治療より、死ぬまでの管理を目的とした檻のようだね
敵に情けは無用、とは言え……
この戦役にはまだ先がある、未来の為に、必要なことを積み重ねていこうか
【浄刀八陣】
私は、あなたと争わない
中庸にして、声を聴くモノ
鶴翼の陣にて、血色の敵を迎え入れよう
この身の白は、暴力の赤を映えさせるにはいいキャンバスだろう
好きにすればいい、その痛苦を、その苦悩を、存分にぶちまけたまえ
全て、無に帰してやる
……悲しみを、苦しみを
聴いたところで、今、解決はありもしないけれど
私にだって、心構えは必要
全て受け止めた上で、いずれ、殺しにいってあげるよ
●目覚め/死こそ汝の救いなり
「ここは……病院か。生かすための治療より、死ぬまでの管理を目的とした檻のようだね。座敷牢や土蔵然り、まだ精神医療が発達していなかった時代にはよくあったらしいけど」
「救いのない悪夢、か……生憎と、牢獄も、悪夢も、嫌いなんだ。色々と、良く無いコトを思い出すから、ね」
二人の猟兵が転送されてきた場所は大きめの病室であった。数床のベッドが設置されている光景は現代のそれとそう変わらないが、四肢を縛る為の枷が四隅に括りつけられており、その陰鬱な使用目的を言外に示している。内部をざっと見渡してファン・ティンタン(天津華・f07547)が少しでも情報を読み取ろうとする一方、ペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)は忌々しそうに視線を下に向けていた。
病院は時代的な知識の限界が在ったとはいえ、治療を目的とした施設ではある。しかし、青年にとってはそれが積極的か消極的かの違い程度にしか思えぬのだろう。
「過去に押し留められていたから、いまを好き勝手に振る舞えとまでは、言わないけど……敵であろうと、理不尽な苦しみに囚われているのは、正直、嫌で嫌で仕方ない」
「個人的な考えとしては敵に情けは無用、とは言え……ね。この戦役にはまだ先がある、未来の為に、必要なことを積み重ねていこうか」
敵に対する割り切りがドライな傾向に在るファンだが、それでもペインの言葉には同意を示している。勿論、オウガ・オリジンが為してきた所業を許すつもりはない。彼の存在に因って数多のアリスが肉塊と化し、愉快な仲間や時計兎は従属を強いられ、この世界は醜悪な御伽噺へと変貌した。
だが、現実世界で追い詰められ、そう逃避せざるを得なかったという過去については……確かに、同情すべき点ではある。しかし、かと言って攻勢の手を緩めたり、別の手段を探す時間は残されていない。あと十日ほどでフォーミュラを討たねば、カタストロフを経ずにこの世界は崩壊してしまうのだ。
「そう、だね。だから、自分は、ここに居る……貴女に呼ばれた、そんな気がしたから」
そう言って、ペインは病室内の一点に視線を向けた。すると、何時の間に現れたのだろうか。その先には、ベッドの上で寝転ぶオリジンの姿が在った。だが彼女は、手首から流れ落ちる鮮血がシーツを染め上げるのも、猟兵がすぐ傍にいる事すら意に介さぬように、ただ虚空を見上げて何事かを口遊み続けている。
「物語はいったい何処。此処ではない何処か、今ではない時、わたしではないワタシ。せんぶ嘘で偽りで欺瞞で、鍵に格子で塞がれて、兎の通れる穴もない。世界はすべて、白いシーツの死角の中に……」
狂った音階に合わせて、飢えたる獣の群れがベッドの中より溢れ出した。これでは不思議の国のアリスと言うよりも、赤ずきんの方がまだ近しいやもしれぬ。狼たちはオリジンへ一瞥もくれることなく、ただひたすらに猟兵たちを睨め付け唸り声を上げている。
「防御は、任せていい、かな。代わりに自分は、悪夢を消すことに集中しようか」
「ああ、勿論さ。陰気な医者よりも刃物の扱いは巧いつもりだからね……さて。という訳で、私はあなたと争わない。中庸にして、声を聴くモノ。鶴翼の陣にて、血色の敵を迎え入れよう」
戦術や役割を瞬時に決められるのは、これまで積み重ねてきた時間の成せる業か。まさに阿吽の呼吸と言ってよい。そんな猟兵側の戦意を感じ取ったのか、牙を剥いて殺到し始める狼の群れ。それに先んじて動いたのは、護りを受け持つファンであった。
「この身の白は、暴力の赤を映えさせるにはいいキャンバスだろう。子供らしく駄々を捏ねたいのであれば、好きにすればいい」
白き少女が己の本体である白刀を床へと突き立てるや、自身と想い人を囲う様に次々と複製された刃が円を描き、一種の結界を構築する。刀身自体が持つ浄化の霊力が互いに増幅され、悪しき者にとっては触れるどころか近づくだけでも消え果てる領域と化してゆく。
「その痛苦を、その苦悩を、存分にぶちまけたまえ……全て、無に帰してやる」
だが、悪夢獣には保身も恐れもない。例え距離を詰めれば消滅するとは言え、それにも数秒のラグがある。故に次から次へと死の突撃を繰り返し、病室内を粘つく紅で染め上げながらジリジリと距離を詰めてゆく……が。
「……もしかして、自分が居るのを、忘れてはいないかな? 生憎と、物語の狼は最後に討たれるのがお約束だから、ね」
赤き狼群の頭上より、真白き翼が降り注いだ。それはツバメである。紙で折られた、無数の紙飛行機たち。赤ずきん、三匹の子豚、七匹の仔山羊。翼の一つ一つに数多の御伽噺を乗せて鳥たちは病室内を飛び回り、その嘴と羽根で狼へと襲い掛かってゆく。
「前まで、普段のままだと、コントロールできなかったけど。今回用意した装備が、それを助けてくれる」
ペインが手の中に取り出したのは、今飛び交っている紙飛行機と同型の折り紙だ。自身と真逆の属性である浄化を扱う関係上、この技の使用には真の姿での発動を要していた。しかし、こうした触媒をあらかじめ用意しておけば負担も軽減され、通常状態でも扱える様になったのである。
「ツバメ型の、紙飛行機……かつて、とある少女の物語を載せて運び、その心を浄化した存在。負の感情の塊である悪夢の獣にとって、これ以上無いほどの特攻になる、だろうね」
意志あるモノの歩みもまた、物語と呼んでも過言ではないだろう。しかも、この世界は残酷なる童話迷宮の一つなのだ。積み重ねてきた戦闘経験は元より、出会いや事件と言った要素が力を帯びてもなんらおかしくはない。
「人魚姫の結末は、悲劇と言って良いかもしれない。けれど、誰かに語り継がれ、確かな何かを残す……それはきっと、貴女の物語も、同じだと思うから」
こうなれば、形勢は猟兵側へと徐々に傾いてゆく。ファンの結界とペインの飛燕、その殲滅速度が悪夢獣の出現速度を僅かずつではあるが上回りつつあるのだ。確かに悪夢獣の源である血液は、オウガ・オリジンの体内に膨大な量が蓄えられているのだろう。しかし、その出口は飽くまでも手首の傷。如何に巨大な貯水タンクとて、小さな蛇口ではその物量を活かしきれないという訳である。
「お腹がすいて、喉が渇いて。だれもなにももってこない。仕方が無いから、何かを食べた。なま温い、塩からい、てつ臭い。だけどそれしかなくて、いつしかタコの足はなくなって。きえたわたしはわたしはきえて、わたしはわたしじゃなくなって」
「……悲しみを、苦しみを。聴いたところで、今、解決はありもしないけれど。私にだって、心構えは必要。結果は同じだとしても、其処に至るまでの道のりくらいは決められるから」
だがそんな状況でも、オリジンが意識を外へ向ける様子は無かった。垂れ流される言葉の数々が何を示しているのか、こうも長々と聞き続けていれば朧気にでも輪郭は見えてくるというもの。だがファンの言う通り、この場でそれを解決することは不可能だ。眼前のオウガ・オリジンは確かに本物だが、数多在る影法師の一つでもある。意識も朦朧としている以上、言葉を掛けたところでどれほど通じるかも怪しい。
しかし、譫言に耳を傾ける事は決して無意味ではないはずだ。終局へと向かいつつある戦況の中で、己がどう動き如何にして少女と対峙するか……その指針にはなり得る。
「全て受け止めた上で……いずれ、殺しにいってあげるよ」
「……うん。もう、そう遠くない内に、その悪夢を、終わらせるから。必ず、ね」
これは終わった物語だ。故に死こそ幕引きであり、引き伸ばされた生からの目覚めでもある。その決着へ、一歩一歩進むべく。白刀と指潰しは、いまはただ赤き獣を屠り続けるのであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
未不二・蛟羽
…ここは、さむいっすね
暗くて、すごく嫌なところ
知らないけど、知ってる
オウガ・オリジンさんは悪いやつだけど、それでもさむいのを見てるのは…覚えてない誰かを見ているみたいで、苦しくて痛い
だから、もぐもぐするっす!
No.322で手を虎のものへ変化させ、悪夢獣の群れへと飛び込んで
笹鉄のロープワークで敵を拘束し、掻き爪と虎の爪引き裂き、蛇が獣を喰らい
怪我、血を被ることは別いいけど
鉄臭い匂いが鼻について…おなかがすく
おなかがすいたら、もっと喰べなきゃ
UCで大食らいの異形達をけしかけ、肉を喰いちぎり、生命を啜って
だいじょうぶ
わるいものは、ぜんぶ喰べるから
途切れ途切れの理性の中での呼びかけは言葉か咆哮か
●言葉か祈りか咆哮か
「……ここは、さむいっすね。湿っぽくて、薄暗くて、すごく嫌なところ。知らないけど……なんとなく、知ってる」
控えめに言って、未不二・蛟羽(花散らで・f04322)の頭は決して聡明な性質ではない。そもそもが記憶喪失であるし、思考の巡りとて普段はおっとり気味だ。しかし、身体に刻み込まれた動物的本能が、この場所の危うさとでも形容すべき空気を敏感に感じ取っているらしい。尾の蛇もまたちろちろと忙しなく舌を出し入れしながら、警戒する様に周囲へと視線を向けている。
「それに、既にあちこちで誰かが戦ったのか、血の匂いもだいぶするっすね。でも、なんとなくこっちの方な気がするっす」
すんすんと鼻を動かせば、澱んだ空気に乗って流れてくる鉄錆染みた匂い。既に二桁近い戦闘が行われているのだ、血臭が充満し始めているのもむべなるかな。だが、蛟羽は獣の鋭敏な嗅覚でそれが流れてくる方向を探り、源へと至るべく歩き出す。
一口に血と言っても、酸化の度合いで鮮度を測ることは出来る。理屈は分からずとも直感的にそれを判別できるのだろう。赤黒くなった血溜まりが広がる廊下や病室を通り抜け、最終的に辿り着いたのは調理室と銘打たれた部屋。
「患者さんのごはんでも作ってたんすかね……それじゃあ、行くっすよ」
意を決して扉を開け放つと、そこはやはりと言うべきか血に染まっていた。包丁や俎板はてらてらと紅に濡れ、火のついた鍋は赤黒い液体を煮込み続けて異臭を放っている。そんな酸鼻極まる光景の中、場違いなテーブルにちょこんと、オウガ・オリジンが座っていた。
「……おなかが空いた。でも、何も入らない。魚は骨が刺さる。野菜はくずぐず、お肉は蛆のおうちになって、どれもとっても素敵なの。だけど、たべられなくて。なにも喉を通らなくて……しかたないから、たべてしまったの」
譫言を流しつつ、少女は空の皿へぼたぼたと手首より流れ落ちる血を注いでゆく。そしてその中か飛び出してくるは、悍ましい殺人兎の群れ。単なる奇行か、何かの比喩か。それを解する知識は、青年に無いけれど。
「……オウガ・オリジンさんはまちがいなく悪いやつだけど。それでも、さむいのを見てるのは……覚えてない誰かを見ているみたいで、苦しくて痛い」
抱く感情に未だ名前は見つからず。されど、このままで良いとはどうしても思えなくて。
「だから……わるい夢はもぐもぐするっす!」
語彙の足らぬ理性と血の匂いに当てられた本能。それらによって導き出された結果は、悪夢獣の捕食と言う形で現出した。兎も相手の意図を察したのか、床やキッチンを跳ね回りながら、蛟羽へと襲い掛かってくる。
だが、狩る側と狩られる側の差は明白だ。青年は両腕を屈強な虎の前脚へと変じさせて敵中へと飛び込むや、当たるを幸いに薙ぎ払ってゆく。当然、敵の反撃によって噛み跡や切り傷が刻まれるも、流れ出した血を鉤爪付きワイヤーへと変じさせ、逆に相手を絡め取る。そうして動きを封じた獲物へと尾の蛇が牙を突き立て、血を飲み干す。
(怪我、血を被ることは別にいいけど。鉄臭い匂いが鼻について、なんだか……すごく、おなかがすく)
元からの匂いに加え、敵を屠れば屠るほどに血臭が濃密さを増してゆく。それに伴い、どうしようもない飢餓感が青年の中で肥大していった。二つの口で食らい、貪り、啜るだけではもう、欲求に追いつけるだけの血を取り込めない。
「……おなかがすいたら、もっと喰べなきゃ」
ならば、口を増やせばよい。至極単純で、本来であれば在り得ざる解決手段。蛟羽は口に翼の生えた異形を無数に呼び出すや、それらにも捕食を手伝わせ始めた。跳ねた所を一呑みにし、それが難しければ二体掛かりで頭と尾を咥えて引き千切り、別個に咀嚼する。兎側も機械的に現れては挑んでくるも、それはただ新たな餌を投入しているに等しい。
「だいじょうぶ。わるいものは、ぜんぶ喰べるから。ほねもちも、ひとつのこさずに、ぜんぶ」
兎を握りつぶして中身を喉へと流し込みながらも、蛟羽と異形は決してオリジンだけには手を出そうとはしなかった。それこそが獣の『如き』になりながらも、獣『そのもの』へと堕ちぬ為の一線か。目の前で繰り広げられる食事風景を、少女はただじっと見つめている。
双方ともに既に知性は消え果てて、響き上がるは獣の咆哮。しかし、微かに聞こえし言の葉に、籠る祈りはなにものか。後に繰り広げられるのは、ただ飽くなき貪食の禍であった――。
大成功
🔵🔵🔵
勘解由小路・津雲
アリスラビリンス、この世界は謎が多い。「はじまりのアリス」というのなら、この世界そのものがこいつからはじまったのだろうか。……まあ、思索にふけるのは後だな。
【行動】
歳刑神招来、符術・鳥葬……、いや、この数を捌くには足りないか。ならばこれを。
【エレメンタル・ファンタジア】を使用。敵の鮮血を霧にかえ、【浄化】し、【破魔】の属性を付与。こちらに目指して霧に入ったものすべてを攻撃しよう。
さあ、悪夢の獣一切を「夢違え」しようではないか。「あらちをの、狩る矢の先に立つ鹿の、交え(ちがえ)をすれば違うとぞ聞く」
そしてはじまりのアリスに、願わくば夢の終わりを。
トリテレイア・ゼロナイン
UDCアースで確認されたアリス適合者がこの世界へ招かれる現象
トリガーは閉鎖環境(アサイラム)に閉じ込められた者の絶望でした
『やはり』と言う他ありませんね…
この世界を救う為、為すべきは変わりません
突進に対し脚部へ向けて、肩部、腕部格納銃器でのUCの●乱れ撃ち●スナイパー射撃
脚部凍結によって拘束、接近し怪力での剣の一閃で首を刎ね大量出血させながら止めを刺し
この世界で命落としたアリスを想えばこそ、思う所ないと言えば嘘になりますが…
心身共に衰弱した者に手を差し伸べ握る…御伽の騎士ならそうした筈です
私の場合はセンサーで警戒し、手甲を脱げぬ体たらくですが
何方か暖かな手を持つ方がいらっしゃれば良いのですが…
ユーノ・エスメラルダ
UCによる【祈り】の光で悪夢獣たちを攻撃します
反撃も受けるかも知れませんが、それは【激痛耐性】で耐え、『聖痕』の癒やしで回復し耐えたいと思います
【オーラ防御】も有効なら
可能であれば、血に濡れるのも構わずに彼女に寄り添いその【手をつなぐ】ことで消える間際の時間にささやかな【慰め】を…
●祈り
どうかこの戦いが苦しみを縮める一助となりますように…
この苦しみが少しでも早く終わりますように…
その苦しむ姿を見てしまったからには、その苦痛と恐れが少しでも楽に出来ないかと、そう思わずにはいられないのです…
●せめて、ただ一時の安寧を
「血臭が大分濃いですね……ですが、それに比例してオウガ・オリジンも衰弱しているはず。恐らく、限界を迎えるのも近いでしょうね」
二桁を数える戦闘によって、既に病院内は濃密な血臭に満たされていた。その中に姿を見せたのは、三つの人影。始めに転送されてきたユーノ・エスメラルダ(深窓のお日様・f10751)は思わず衣服の裾で口元を抑えるが、同時にそれは事態の好転を示している。血とは命を循環させるための通貨、それを無為に垂れ流し続ければ待ち受けるのは破滅のみ。如何に強大な存在とて、否、だからこそそう言った概念からは逃れられないはず。
「……アリスラビリンス。思えば、この世界は発見された時から謎が多かった。だが、オリジンが『はじまりのアリス』というのなら、この世界そのものがヤツから始まったのだろうか。少なくとも、元々在った世界がこうなってしまった原因ではあると思うのだが」
同じタイミングで姿を見せた勘解由小路・津雲(明鏡止水の陰陽師・f07917)もまた、空気に色濃く滲んだ陰気に顔を顰めつつ周囲を一瞥していた。此度のフォーミュラが始まりの『アリス』と『オウガ』を兼ねているのであれば、本来の童話迷宮はここまで血生臭いモノではなかったはず。
であれば、悪鬼へと変貌した原因は転移前にあると見るのが自然だろう。それを引き起こしたと思しき事象を、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は電子回路にしかと記憶していた。
「暫く前にUDCアースで確認された、アリス適合者がこの世界へと招かれる現象。トリガーは閉鎖環境(アサイラム)に閉じ込められた者の絶望でした。もしも、オリジンがこの世界へとやって来た際も同様だったならば……」
果たして、それは救いだったのだろうか。それとも更なる絶望への誘いだったのだろうか。恐らく、真実は誰にも分らないだろう。しかし確実なのは、最終的に少女は絶望しオウガへ成ったという、ただその一点のみ。
「閉じ込められたから絶望したのか、それとも狂ったが故に隔離されたのか。鶏卵問題ですが……『やはり』と言う他ありませんね」
「相手が話してくれぬ以上、私たちはただ推察することしか出来ません。ですが、この建物から滲み出る絶望の深さは、余りにも……」
交戦開始当初からの傲慢で邪悪な存在であれば、彼らも躊躇なくオリジンへと戦いを挑んでいただろう。しかし、相手もまたある意味で被害者と呼べるのであれば、抱く印象にも変化が生じるというもの。無論、これまでの所業が帳消しになる理由にはならず、やるべき事も変わらないが……こればかりはどうしようもない。
「……まあ、気持ちは分かる。だが、思索にふけるのは後だな。こうしている間にも、世界は刻一刻と滅亡へ近づいている。まずはこの世界に住まう者の未来を護らねばな」
考えすぎて動けなくなってしまっては元も子もない。津雲はパンと一つ手を叩いて思考を切り替えると、仲間と共にオリジンの探索を開始する。開戦当初は病院の其処此処に悪夢獣の姿が在ったようだが、今はもうその大半が赤黒い染みと化していた。だが、血の渇き具合から、移動方向を大まかに絞り込むことが出来る。
そうして、病院内を歩いて暫しの後……猟兵たちは重々しい鉄扉の前へと辿り着いた。見るからに分厚そうな上、巨大な錠がぶら下がっているが、それは何者かの手によって解錠されている。
「これは隔離病室、でしょうか。こんな厳重に、いったい何を閉じ込めて……」
「さて、な。だが、これまでの内容からしておおよそ推察は出来る。これまで以上に濃密な陰気と血臭、オリジンがこの中に居るのは間違いないだろう」
滲み出る陰惨な雰囲気に妖狐は哀し気に目を伏せ、陰陽師は錫杖を構えて臨戦態勢を取る。そんな仲間を見渡した後、鋼騎士はこれが己の役目だと、扉を開ける役目を買って出た。
「先陣は私にお任せを……それでは、行きます」
重量はそれなりにあるだろうが、大柄な戦機ならば開閉に苦はない。不快な軋みを上げながら開かれた鉄扉、その奥に広がっていたのものは――。
「昏い、暗い、くらい、Cry……出口は何処、鍵は何処、兎の通る穴は何処。こんなものは悪い夢。わたしのげんじつは、きっとどこかにあるはずなのに」
まず目に飛び込んで来たのは床を満たす真紅の液体。壁と言う壁、天上すらも赤に染め上げられており、室内の遠近感が狂いそうになる。そしてその中心、たった一つだけ在るベッドから辛うじて其処が病室だと察せられる。その上では、一人の少女がこちらに背を向けて座り込んでいた。だらりと伸ばされた手首からは、ぽたりぽたりと滴が伝い落ちている。
恐らく、これがオウガ・オリジンの持つ最後の血液。それらは侵入者の存在を察知するや、大柄な馬や兎型の悪夢獣となって猟兵たちを追い返さんと蠕動し始めた。
「よもや、これ程の量と数が待ち受けているとは……ですがこの世界を救う為、如何なる敵であろうとも為すべき事は変わりません」
「ふむ。歳刑神招来、符術・鳥葬……いや、どれもこの数を捌くには手数が足りないな。済まないが前衛は任せられるか? こちらは少しばかり準備に時間が要りそうだ」
「勿論です。こういった事態も想定した上で先陣を切ったのですから!」
津雲の問い掛けに一も二も無く答えるや、トリテレイアは内蔵銃器を一斉展開。相手の足元を薙ぎ払うが如く機銃掃射を浴びせかけてゆく。ただの鉛玉であれば進撃を遅らせる程度だが、鋼騎士は相手の性質を見越して事前に弾種を変更していた。
「血液はほぼ水分で形成されています。つまり、凍結させるのにそれほど手間は掛かりません。御伽噺の氷の剣や魔法の様な華があれば良かったのですが……武骨さはご容赦を」
銃弾は命中と同時に内部より白煙と薬剤を撒き散らす。その正体は物体を瞬時に凍結させる超低温化薬剤を封入した特殊弾頭である。脚部を凍り付かされた馬たちは、まるで金縛りにあった如くつんのめると、血だまりへと倒れこんだ。
「機動力を失った騎兵など、歩兵にとっては絶好の的です。溶け落ちる前に出来る限り仕留めさせて頂きます!」
そうして長剣を抜き放ち前へと飛び出るや、トリテレイアは馬首を次々と跳ね飛ばしてゆく。噴き上がる血潮をまともに浴び、白蒼の装甲が赤黒く染め上げられる。しかし、敵は後から止めどなく湧いては鋼騎士へと吶喊を繰り返す。彼は大盾で攻撃を受け止めつつ、銃撃と抜剣を繰り返してゆくが、その足元をすり抜ける影が在った。
「あれは兎……!? 申し訳ありません、数体抜かれました!」
「問題ありません。例え血に塗れようとも、この獣たちを討ち滅ぼすことで少しでも悪夢を払えるのなら!」
トリテレイアの警告に素早く反応したのはユーノであった。彼女は足元の血溜まりを跳ね除けながら前へと踏み込むや、全身を清らかな光で包み込む。それは邪悪を滅する輝きにして、救いを願う祈りの結晶。刃耳を振りかざして躍りかかってくる兎たちへ、臆することなく掌を差し向けて光弾を叩き込んでゆく。
「どうかこの戦いが苦しみを縮める一助となりますように……この苦しみが、少しでも早く終わりますように……! きっと『アリス』だった頃の心はまだ、この暗い病室に囚われたままなのでしょう。ならせめて、この輝きで照らし出してあげたいのです!」
薄く張った血液は足裏の摩擦を奪い、身動きを鈍らせる。その隙を突いて手足を切り裂かれるも、左手の聖痕にて瞬時に塞いでゆく。最後だけあって、敵の総数は尋常ではない。僅かばかりの出血とて、長引けば無視できぬ体力を失う事になると彼女は知っていた。
「……よし、二人のお陰である程度の悪夢獣がただの血液へと戻っている。これならば、量的には十二分だろう」
一方、トリテレイアとユーノの二人が敵を押し留めてくれたお陰で、津雲は術の準備を整える時間を得ることに成功していた。こと、水と言う属性との親和性に長けた術者である。撃破前の呪血なら兎も角、ただの血潮ならば有れば有るだけ陰陽師にとって有利に働く。
「語の話す怪談話じゃないんだ。病院だというのに、血塗れなのは些か不衛生だろう。どれ、少しばかり掃除を手伝ってやろうか!」
津雲は錫杖の石突を血中へ勢いよく打ち込むや、霊力を注ぎ込みながら攪拌し始める。彼の纏う装束も相まって、さながらその様子は天沼矛を手繰る御柱が如し。そうして紅の水面へ渦を作り出すや、そこより真白き霧が生じ始めた。浄化の念によって浄められた血液が凄まじい勢いで揮発しているのである。それらは触れた血液を取り込みつつ、病室全体を包み込んでゆく。
「洋の東西を問わず、祈りを籠めた水は邪気を払う特攻品だ。触れるだけでも辛かろう。加えて……飽くまで己を夢だと称するなら、それ相応の対処もまたある。さあ、悪夢の獣一切を『夢違え』しようではないか」
陰陽師は剣指を結んで印を切りながら、己の意識を白霧全体へと溶け込ませてゆく。夢違え。それは古来から東方に伝わるまじないである。悪夢を見た際、それを正夢とせぬ為の儀式。その方法とは右手に紙の人形を、左手に水を持ちて、次なる呪句を唱えること。
「あらちをの、狩る矢の先に立つ鹿の、交え(ちがえ)をすれば違うとぞ聞く……夢はただ、春の夜の夢の如く。風に散る塵芥と同じように、消え果てるが良い。そして『はじまりのアリス』に、願わくば夢の終わりを」
そうして津雲が手にした呪物を放り捨てた瞬間、敵陣は俄かに大混乱へと陥った。形を保てなくなり消滅する個体、痙攣したようにひっくり返る個体、進むべき方向を見失い壁や仲間と衝突する個体……一瞬にして、悪夢獣たちは戦闘能力を喪失してゆく。
「予想通り、効果覿面だな。だが余り長く持つ術じゃない。済まないが、今のうちに頼んだ!」
「助太刀感謝いたします! ここで一気に決着と参りましょうっ!」
こうなれば最早趨勢は決したと言って良い。トリテレイアは身動きの取れなくなった悪夢獣たちへ次々とトドメを刺してゆく。一方、ユーノもまた残敵を掃討しながら、そっとベッドの上のオリジンへと視線を向ける。顔が黒く塗り潰されているため表情は分からないが、心なしかぐったりとしている様に思えた。無理もないだろう、常人であれば軽く十回は死んでいる出血量なのだから。
(始めこそ相容れぬ邪悪だと、倒すべき強敵だと思っていました。いいえ、きっとそれは今も変わっていないのでしょう。ですが、その苦しむ姿を見てしまったからには、その苦痛と恐れが少しでも楽に出来ないかと、そう思わずにはいられないのです……)
故に、彼女は或る事をせんと決めていた。その為にも、一秒でも早く悪夢獣を全滅せねばならない。いまこの瞬間にも、オリジンの身体は消え去ってもおかしくはないのだから。
「これで粗方片付いたな。さて、残るは既に死に体のオリジンだけだが……どうする?」
悪夢獣たちはそれほど間を置かずに、最後の一頭が血液へと還って逝った。動く者は猟兵を除いてもう病室内には存在しない。そうして一瞬だけ一息つくと、津雲はそう切り出した。
「……だれ、も……いない、こ、ない……ひとりきりの、くに……」
ベッドの上ではオリジンが変わらず座り込んでいる。だがそれまで漏れ続けていた譫言も途切れ途切れで、指一本動かす気力ももはや残っていないだろう。放置しておけば、数分後には自然消滅しているはずだが……猟兵たちの表情は悩ましげな物だった。
「この世界で命落としたアリスを想えばこそ、思う所ないと言えば嘘になりますが……心身共に衰弱した者には、例え敵対者であろうと手を差し伸べ握る。御伽の騎士なら、きっとそうした筈です」
トリテレイアは兜の奥でアイカメラを明滅させながら、そう小さく首を振った。無論、見逃したり治療するという意味ではない。フォーミュラを斃す、それだけは何があっても絶対だ。鋼騎士が言っているのは、せめて最期を安らかに送るという事。これがオリジンにとって、無数に体験するであろう死の一つだったとしてもだ。
「とは言っても、御覧の通り私の場合はセンサーで警戒し、冷たき手甲を脱げぬ体たらくです。ここは是非とも、暖かな手を持つ方が適任かと」
「なるほどな。俺とて葬送の祝詞くらいは唱えられるが、そう言う意味では本当の生身じゃない……という訳なんだが、そちらとしてはどうだ?」
トリテレイアと津雲、二人の視線はユーノへと注がれる。対して、妖狐の少女は若干驚いたように瞳を見開いていた。
「ええ、喜んでお引き受けします。寧ろ、こちらからどう切り出そうかと考えていた所ですから」
場合によっては、フォーミュラに情けを掛けるなど言語道断だと考える者も居るだろう。だが幸いにも、居合わせた猟兵たちはそうでなかったらしい。
ユーノはそっとベッドへ歩み寄り腰掛けると、血に汚れるのにも構わずそっとオリジンの手を取った。血の気を失い、冷え切ったか細い掌。それを温める様に包み込む。
「貴女が真に救いを得られるかどうか、それは誰にも分かりません。ですが少なくとも、その傷を慰め助けたいと願う誰かが、此処に居ます。例えすぐに忘れてしまうとしても……それだけは、伝えさせてください」
その言葉が通じたのかは分からない。だが、オリジンはゆっくりとユーノの方へ顔を向ける。その漆黒から、本当にか細い、囁くような言葉が漏れ落ち……。
「――――――■■■■■」
フッと、その姿が掻き消えた。同時に、部屋の中に残っていた紅もまた一瞬にして消失する。まるで夢から覚めたかのように、全ては跡形も無く消え去っていた。だが、ユーノの掌が感じていた冷たさとほんの微かな温もりだけは、確かに其処へと残っている。
「戦争はもう暫し続くとは言え……この場における戦いはこれで終わり、ですか」
「……ええ、そうですね。一時だけとは言え、悪夢は醒めたみたいです」
トリテレイアの問い掛けに頷きながら、ユーノは立ち上がる。この場で猟兵たちがやるべきことは全て終わった。オリジンが消えたことによって、この閉鎖病棟も崩れ去るだろう。そうなる前に離脱すべく、猟兵たちは病室を後にする。
「次に目が覚めるまで……せめて、善き夢を見ると良い」
重々しい鉄扉を閉める寸前、津雲のそんな言葉が空気へと溶け消えて。
斯くして、猟兵たちはオリジンの消えた悪夢より立ち去りゆくのであった。
大成功
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