迷宮災厄戦⑱-17~ゲシュタルトを祈って
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現実改変という突拍子もない、しかし、極めて幻想的であり夢見る少女の形らしい技を使うものだと感心した女である。
「鏡のラビリンスだって」
ヘンリエッタ・モリアーティ(悪形・f07026)が内包する一人格――マダム、と名乗る黒が資料を映すらしいタブレットを両手で支え、のぞき込んでいた。
グリモアベースはアリスラビリンスで起こる迷宮災厄戦でごった返している。
いよいよ佳境にも近いこの状況で、ひっきりなしに猟兵たちが予知を受けたグリモア猟兵と連携して世界を救うために走っていた。
――この悪もまた、予知を観測したひとりである。
「オウガ・オリジンは鏡のラビリンスに変容したみたいだ。写しの姿をした君たちを召喚して、攻撃を仕掛けてくる。ただ、気を付けてほしいのが性格が反対の君たちだ」
自分で自分を超える、のならばともかく。
悪は、眉をひそめてタブレットを左腕で抱えてから右手の人差し指を天井に向ける。注目を集めたいときの癖であった。
「姿が左右対称だが、性格が正反対。ということは、攻撃の手段、思考の癖、利き手、利き足、――果ては作戦まで『反対』になるかもしれない。だから、気を付けて」
言われなくてもわかっているとは知っていても、念を押すように続ける。
「自分を超えるのとは少し違う。正反対の自分を攻略するという認識が正解かな。能力は全く同じだろうから派手な戦闘が予期される、くれぐれも油断せず頼むよ」
鏡写しの自分を攻略できれば、無事に迷宮は崩壊する。
すなわち、それは迷宮になった『オウガ・オリジン』を撃破することにつながるのだ。
「ゲシュタルト崩壊、という言葉もある」
文字や図形をちらりと見たときに、何のものがを一瞬で判断できるのに、持続的に注視し続けることによって印象や認知が低下する知覚現象である。
通常は文字や図形の羅列から「こんな形だったっけ?」と思わされるのだが、それは人間が鏡をずっと注視し、話しかけても同等のことが起きるであろうとささやかれる。
「まあ、近代的なフォークロアに恐れることはないだろうが。鏡の中の自分が誰かを疑わないようにね。――反対に、あまり信じすぎないように」
仕掛けさえわかっていれば。
そして、己が誰かを見失わず、正反対の己を冷静に見れれば猟兵たちに勝機はあるだろう。
しかし、相手もまた「君たち」である。己を過信しすぎず、しかし疑いすぎず、あくまで敵として見つめて戦えるのか。
それとも、いつかの傷を重ね合わせて荒療治に挑むのかは猟兵たちの戦い方次第であろう。悪の女は、静かな口調で告げていた。
ゆっくりとグリモアは展開される。
赤い光を纏った蜘蛛の巣が広がり、猟兵たちの輪郭を赤く照らした。空間を割るようにして鏡の迷宮へ導くだろう。
気を付けていってらっしゃい、猟兵(Jaeger)。
「見失わないでね」
その先にきっと、未来という勝利はあるはずなのだから。
さもえど
さもえどです。
鏡は伏せます。
プレイングボーナス……「鏡写しの私」を攻略する。
プレイング募集は公開後直ぐ。締め切りなどはございませんが、今回は採用人数を絞ってご案内できればと考えておりますので、あらかじめその点ご了承ください。
目安は十人様程度のご案内予定です。
当シナリオでは全面鏡の場所で戦っていただくことを予定しております。
それでは、皆様のかっこよくて熱いプレイングを心よりお待ちしております!
第1章 冒険
『「鏡写しの私」と戦う』
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POW : 「姿が左右対称」「性格が正反対」だけならば、戦闘力は同じ筈。真正面から戦う
SPD : 「姿が左右対称」である事を利用して、攻略の糸口を見つけ出す
WIZ : 「性格が正反対」である事を利用して、攻略の糸口を見つけ出す
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
百鳥・円
おやおやおや!
真反対のわたしだなんて面白案件ですね!
左右入れ替わったおめめには何を映すんです?
冗談も通用しない
詰まらねー写しには興味ナシ
どーせ戦法もつまんないんでしょ?
頭のかったいアレは効率重視でしょーね
ならば此方はトリッキーに翻弄ですん
ほーらほら、こっちですよっと!
自分の素早さはよーく分かってますん
だから耳を澄ませて音を逃さないよう
動きを見逃さないようしーっかり見張りを
足りない分は野生の勘でカバーですん
陽動の炎蝶を飛ばし翻弄したなら
本命の氷蝶で氷漬けですん
いっちょあーがりっと
後は衝撃波で粉々に砕いちゃいましょーね
あなたの宝石糖は何色なんでしょ
なーんて言ってるうちに砕いちゃいました
失敗失敗っと
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鏡の迷宮にて、少女が一人。
ぽつんと立った彼女の姿は見覚えがあって、そうでない。
「おや、おやおやおや!」
百鳥・円(華回帰・f10932)はまず楽し気にのどから声をはねさせていた。
円といえば、社交的でありながら砂糖菓子のように甘ったるく、どうにも人をアイしているのに刹那的な享楽を生業とする両親通りの子である。
堕落の対価にヒトのココロを頂戴する程度の、マナーある夢魔と妖狐の存在通りの――美しくもどこか「軽い」そぶりを見せていた。
遊びなれたような声を拾ったのか、目の前の「見慣れたようで見慣れない」姿はゆるり、顔を円に向ける。
乱反射する鏡の迷宮で、ありとあらゆるところが円を映していた。天井から、横から、斜めから、下から、余すことなく見つめられるような気がするのに、相対するのは一人の――。
「真反対のわたしだなんて面白案件ですね!」
「――こんにちは、わたし」
そこにいるのは、紛れもなく円だった。
「左右入れ替わったおめめには何を映すんです?」
「あなたを」固い声だった。
「は、まっじめー」
冗談も通用しない。つまらない女になったものだと、偽りの己を哂ってやった。
品行方正なのである。円の写しはどう見ても死に装束の折り目以外は「あまりにも正しい」。
円もハキハキと発声するが、相手はまるで刀のような鋭い語調なのだ。
「メガネとか忘れたりしてます?」
「メガネ、かけていないので」
「そーいうんじゃなくって!」
必要最低限の会話で叩ききって来る。
――幻術にはかからない心積もりってコトですねぇ。
内心、舌を打つ。円の技の多くは、幻を扱うものだ。
声から耳に侵入し、耳の鼓膜から三半規管を通り、相手の脳に響くように。
目からも嗅覚からも行うための誘惑はどうやら自分相手には通用しないらしい。
「かぁいいなとかって思わないんですか?」
沈黙。
「思わないってこと――ですね?」
鏡の向こうの己が、つまらないながらに効率的な性格をしているのは理解できる。
無駄な応酬を防ぐことで、円の攻撃手段を限ってきているのだ。円が【獄魔晶】を発動しようと意識しても、そもそも「酩酊状態にならない」手段をとっているらしい。
精神干渉は無駄だ。
「ほんっと、つまんない」
――【獄灼華】は無駄だ。使ったところで、お互いの食らってきた夢が同等の量だと思えば足し引きの結果がゼロである。同じく、【獄遊雀】も通用しそうにない。纏う衣装の量は同じだ。
【獄帰葬】に至っては、すでに『萎えている』から、いまいち効力を発揮しきる気がしない。【獄幻螢】はいくら食らってやられてもいいが、無駄打ちになるなら投資する意味もない。
「っとぉ!」
思考を巡らせながらも笑みを浮かべていた円に、【獄双蝶】が放たれる!!
赤と青の蝶々たちは素早いが単調な動きだ。まるで銃弾のようにスピードを伴い、円のきめ細やかな頬をかすめて、髪の毛を2.3本切り離していった。
「――自分のかわいいお顔にキズなんてつけて、ッ、満足ですか!?」
自分の素早さはよく理解している。
【獄双蝶】の打ち合いとなった。円に人差し指を向けて、まるで非難するような視線をぶつけてくる写しを相手に、円もまた時折「べ」と舌を出して逃げ回る。
直線に飛ぶ蝶相手ならば躱すのはたやすい。同じく蝶を差し向けて、相殺、――漏れた分は「絶えず不規則に動き続ける」ことで逃げる。
「いいえ」
単純な答えに吐き気がした。
円が躱した場所から鏡が砕け、放射線状にひびが激しく伴い、また「円」を増やす。
はらはらと散るガラスに全身を細かく傷つけられながら、しかし、円は駆ける。ブーツのヒールでしっかり床を蹴り、腰の羽を広げて滑空を図っては横面の鏡を割りながら跳んだ。
宙に浮く間、一つも動かない己の写しを見て――目を見開く。
「邪魔だと思ってますよ」
写しは、静かな顔で美しい髪を切り落としていた。
ばらばらと散る甘い茶色が痛々しく、思わず歯噛みさせられる。
「あー、そうですか」
――じゃあ、きっと「わたし」とは大違いですね。
「あのねぇ――わかってないから、教えてあげちゃいますけど」
火炎の蝶が、勢いを増した。
びゅ、びゅ、と空気を裂きながら追跡する彼らを砕くのは対抗する蝶だ。写しは、爆炎に紛れて円を追撃する!
走り、駆け、円の胸元を掴んで宙に掲げた。二人の体が滞空するわずかの間で、円はひどく――あきれた顔をする。
「『円ちゃんはそんなこと言わない』ってやつです」
――だって、オシャレひとつにもすっごく気を遣ってるんですから!
無限に増えた己すら、円ははっきりと否定してみせた。胸元を掴んだ己の顔が、ひどく不細工に見えてため息をこぼす。
「あなたの宝石糖は何色なんでしょ。まー、どうせドブみたいな色なんでしょーけどね」
氷の蝶が、写しの円をあっけなく貫く。
『つまらない』己相手のくだらない戦いはこれで終わりだと、円は一方的につかみかかられた手を鋭く払った。
「なーんて言ってるうちに砕いちゃいました。失敗失敗っと――」
手を払われた衝撃だけで、氷漬けにされた己の顔ごときれいに砕ける。ぱん、と鋭い音がして迷宮すべての鏡が割れた。真っ暗な世界でともるのは、「正しい位置にある」色をした目がふたつである。
「いっちょあーがり。つまらないものは塵箱へとぽぽいってやつで、次行きましょ、つぎ」
己のほつれた髪を撫でつけながら、夢見る乙女は未来へ行く。
瓶の中身は、くだらない色で満たされずに済んだことに――少しだけ、満足気であった。
成功
🔵🔵🔴
真白・葉釼
正反対の自分というものがどんな風なのか
一体何を以て反対とするのか
ーーああ、成る程
表情柔らかな、どこにでもいる男子高校生になるというわけだ
きちんと帰ってくる両親
健やかに育った姉
幸福な家庭
そうして俺と同じようにそれを、喪う
剣を交えればもう判る
お前は骨骸を使うまでもない
この骨断だけで十分だ
別に、不幸が俺を強くしたとは言わない
幸福な“お前”が弱いとは言わない
姉さんが死んだのに、俺を助けて死んだのに、涙ひとつ流さなかったじゃないかとお前は言うーー
嗚呼
黙れ
これが《澹絶》というわけだ
“俺”の首が地に落ちる
お前に姉をーー綸子を語る資格はない
お前はあの女を知らないのだから
殆ど帰らない両親
俺と二人きりだった
綸子を
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正反対の自分がどんなものか。一体、何を以て反対となるのか。
まずうずいたのは好奇心である。真白・葉釼(ストレイ・f02117)は孤独な少年だった。
齢十七にして、彼はどこまでも冷えた鉄色の髪を重苦しく感じるそぶりもなく、肩で空気を裂きながら鏡の迷宮に立ち入ったのである。
惑いのない勇み足と、鋼の心はきっと勢いが似ているのだ。
どうせ帰る場所はすでに無い。ロンリー・ウルフよりももっと切ない少年の痛みは彼を無謀にもさせるが、同時にその牙をむき出しにさせていた。
「――ああ、なるほど」
葉釼は、眉間にしわを寄せてうなる。
威嚇するような葉釼と、対象の位置に立つ彼もまた葉釼であた。
「あの」
いささか驚いたような顔をして、こぎれいな服を着ている。
小さなころ。まだ葉釼の「世界」があったころに何度か見たことのあるものだ。
少年の世界は単純な仕組みである。家族があって、姉がいて、学校があって、それだけで作られていた。
だから、――それをいっぺんに喪った葉釼が感じたものは、絶望なんて言葉では語れたものでない。
「どこにでもいる、男子高校生になるというわけだ」
「あんただって、どこにでもいる寂しそうな子に見えるけど」いささかムッとした語調で返してくる『幸福な』己に葉釼も攻撃の手段を考えさせられることになる。
骨骸の怪物に巣食われながら、まるで聖書の男のような宿命を背負っている己の痛みはこの彼にない。だから、それを――「ないものを責める」ことはできなかった。
「きちんと帰ってくる両親」
少年の世界では、両親は殆ど帰ってこなかった。ありきたりの命が受けるはずだった場所がまず、無かったのだ。
「健やかに育った姉」
姉は、過酷な環境の中葉釼と生きてきた。
少年の世界は、外などない。少年と姉しかいなかった。
帰るべき場所である広大な両親の腕に抱かれることはなく、代わりに姉にすがるようにして――。
「幸福な家庭」
あこがれた。
ベランダから眺める風景に、当たり前の幸福があった。
手をつなぎ、仲睦まじく買い物から帰る誰かの姿もある。否定するように瞬きを何度もして、丸い青色の瞳がどんどん瞳孔を丸くしていたに違いない。
「――そうして俺と同じようにそれを、喪う」
「あのさ」
乱反射する自分の姿を双眸に映して、預言するように葉釼が告げるのを鏡の葉釼が遮った。
「みんな、いずれそうなるよ」
息が詰まる心地がした。ぎゅうっと唇をかみしめて、一文字にする。
「親だっていずれ、おれより早く死ぬし、姉さんだってそうだし。おれ自身だってそうだろ? 明日車にはねられて死ぬかもしれない。――喪う時は皆一緒だ。それが、遅かれ早かれってだけで」
死臭を思い出す。
葉釼よりも痛みを知らない、しなやかな体が知らないものだ。
人間が死んだときのにおいを、その重さを、つぶれてしまいそうな肺の軋みを知らない無責任な声色にこめかみを殴られたような気持になって、ぐうっとのどが鳴る。
「みっともないよ、おれ」
「――黙れ」
骨断を抜けば、目の前のそれもまた、似て非なるもので相まみえる。
哀しい色の刀と、幸福にあふれた賑やかな刀が交錯した。業が渦巻くのを、幸福はまるで抱きしめるかのように吸い取っていってしまう。
「それでいいのかよ」踏み込みが入る。
「お前は骨骸を使うまでもない」はねつけるような声で返して、刀をひねる。はじくようにして距離を取り、蹴りを腹に入れてやろうとしたのを刀の鞘で受け止められた。
足を引けば紛れもなく膝から爪までを失うことになる。獣のように切りかかる葉釼がいれば、この鏡は恵まれた型をしていた。
――剣を習っている。
「だから言ったんだ」
考えているうちに、足を鞘で押される。膝を曲げることになった葉釼が、咄嗟に取ったのは体を横にひねって旋回する回避だった。鋭い突きが呼吸の間もなくやってくるのを、刀で軌道を逸らす!
「不幸が俺を強くしたとは、言わない」
痛みを殺す声だった。
張り詰めた振動は、今にも泣き出しそうだったかもしれない。
「――幸福な“お前”が弱いとは言わない」
「当たり前だろ。おれは、おまえより物を知ってるんだ」
葉釼がハッとしたころには、その顎をつま先が蹴り上げる。
バッとかみしめた歯ぐきから血が出て、空中に赤い花が咲く。がら空きになった一瞬の間に、刀を右から袈裟斬りの構えで鏡の葉釼が躊躇なく切り払った。
「姉さんが死んだのに、俺を助けて死んだのに、涙ひとつ流さなかったじゃないか」
――地面に赤い水たまりができる。
「おまえより、世界を知ってる」
嫌な口ぶりだと思う。
「おれは、おまえより、強い」
「 黙 れ ッ !!」
ライラプス
【澹 絶】。
この力は、葉釼が孤独であるときに得た業だ。
死を選ぶ勇気もなく、生にすがり、泥をすすっては澱みを吐き、それでも前に進む。
知らぬことが多く表情も乏しい。不完全な成長は言葉も拙くさせた。不器用な己に頭を抱えながら、それでも孤独に哭き叫ぶちっぽけな少年が手に入れた、たった一つの――痛みの具現!
「お前に姉を――綸子を語る資格はない」
あっけないものだった。
剣の型を教えられるほど、裕福な土壌で育った写しは確かに技術があり、単純な立ち回りで言えば葉釼を上回っていた。
大きく傷の入った体を左腕で抱きしめるようにして、右手に顕現した爪をしまう。
痛みの意味を知らぬ少年は、恵まれた彼は、「生きる」ことに咽ぶ痛みの強さを知らないのである――。
「お前は」
むせながら、膝をつく。
ばりばりと割れていく迷宮に己の血も見えなくなった。痛みを確かめながら、息を切らしている背中は震えている。
「あの女を知らないのだから」
思い出す。死臭を。
「――綸子を」
思い出す。――あの女を。
それでも、明日も生きていく。
成功
🔵🔵🔴
鳴宮・匡
鏡映しの表情は“完璧な笑顔”だ
自然で、驚くほどに快活な、作り物でない笑顔
正反対の自分だ
生きているのなんて当たり前のことで
その為にあらゆるものを踏み躙ることに躊躇いもなくて
そんな自分を疑いも、否定も、責めもせず
平然と受け入れて笑っていられるんだろう
戦術が正反対なら躊躇いなく前に出るだろう
高い知覚と反射に頼った本能的な戦い
だからこそ速いんだろうけど
やりようはある
相手が反射的に反応“してしまう”よう銃撃して
うまく袋小路へ追い込むよ
どれだけ速かろうが
避ける余剰空間がなければ意味がない
罪も、痛みも、捨てたほうが楽だろうさ
それでも抱えて歩くことを選んだんだ
その重さを知らない“自分”に
負けてなんていられない
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見せつけるような勲章が、まず目に入った。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)は傭兵である。そして、目の前の彼は匡でありながらどこぞの国に従事する兵であるらしい。
それなりの階級を主張するバッジの数にめまいがするような気がした。乱反射する己の姿でただでさえ視界は狂わされそうになる。
「暗い顔して、どうしたんだ」
――写しの匡は、極めて穏やかな声でそう言った。
あらかた匡の中では、ある程度正反対の自分というものは描けていたのである。
生きているなんて当たり前に感じている。むしろ、目の前の彼は――。
「ずいぶん、誇らしげな顔してるなって思っただけ」
鏡の中の自分に答えてはいけないのに、思わず反射的なうめきを言葉にしてしまった。
口元を抑える姿は、まるで口さみしい子供のようだったかもしれない。きらきらと光りすら反射されて、視界に焦点が合わなくなるのを――一点を注視することで防ぐ。
見つめるのは、目の前の「軍人」だ。誇らしげな顔はかつての匡が作っていたものではない。
「そりゃそうだよ。俺は英雄だ」
――無数の犠牲の上に成り立った彼は、勲章を見せびらかすかのように服の胸元をつまんで引っ張っていた。
「ああ、わかったぜ。お前は人を殺した数が少ないんだ」
だから、そんなシケた顔をしてるんだろう。
服から手を離した鏡の匡は、よどみない声でそう言った。匡の耳の奥が、じんわりと高音を伴う。――耳鳴りだ。
にじんだ唾を飲み込んで、それを打ち消している間に演説は続く。
「どれだけの人間を殺してきたんだ? 誰に申し訳ないと思ってるんだよ。まさか、フリーランスで兵士をやってるんだな? ばかばかしいぜ」
上等な靴底で、鏡を踏みにじっている。
同じ血まみれの裏であるのに、軍人は地に足がついているのだ。どこにもいないような己を探す匡とは違う。
「軍人だったら百人殺しても二百人殺しても、千人、万人殺せばもっといいんだよ。英雄なんだ。だって、責任は国がとってくれる」
――それは。
殺しを正当化する唯一の手段といえる。
求められるから殺すのだ。国に仇なすから、神を侮辱したから、誰かのせいにして暴力を振るっていいという免罪符だ。
しかし、それが義務である立場になれば「人を殺す」意味が違ってくる。外から見れば、彼らもまた「損な役回り」だから――称えられることで、ストレスを取り除く。
「ていうか――死ぬやつが悪いだろ」
かかとを合わせて、肩を何度かゆすった鏡の匡である。
「俺は、その主張を否定しないよ」
完璧な笑顔に返すのは、静かな声だった。
彼もまた、凪である。匡が深海の底のような冷えを凪とするのならば、目のまえの彼は「痛みも罪も捨てたうえで」幸福により心を凪いでいるのだ。
「俺は、――神様なんだよ」
全能感。
写しの匡は心から嬉しそうに囁くものだから、匡は静かに銃を構える。
引き金を引いてもよかったが、不意打ちの一発でこの「神様気取り」がぐらりと揺らぐようには思えない。
バカバカしいことを言う存在に対するどうしようもない胸の熱と、こみ上げてくる息の鉄くささを唾液で飲み込んで耳鳴りを打ち消す。
「俺は、――人間だよ」
何百人、何千人、何万人の死体に立つのは、ただの罪びとだ。
神はそんな罪びとすら愛してくれるのかもしれないが、匡にはその寵愛も加護も勲章も免罪符も必要がない。
乱反射する鏡の迷宮で、軍人はゆらりと微笑んでからメリケンサックを手にした。
――それで殺してきたのか?
いいや。匡は観察に集中し続ける。
まさか腰に携えたサーベルが飾りなんかではあるまい。腰に備えたポシェットたちから出てくるのは飴玉どころでは済まないとも理解している――心は静かだ。
「負けてなんていられないな」
かみしめるようにつぶやいて、匡はまず走り出した。
「なあ、早く死んでくれって」
「――、ッ」
相手が正反対の手法で挑んでくるとは理解していた。
しかし、能力値は匡と全くと言っていいほど同じである。扱える技も、普段の匡が使わない武器で起こすものだった。
【確定予測】からの踏み込みは早い。迷宮を銃弾でけん制し、目眩ませ程度に天井を割った匡の動きも読んでいたかのように突っ切って来る彼は、容赦なく【落滴の音】を銃弾ではなくて拳で代用する!
まともに頭蓋に食らいそうなのを、こめかみに裂傷を負うことで逃げ切る! 地面に一度手をついて、破片が掌に突き刺さった痛みで冷静を取り戻した。
ぼたぼたと垂れる血が視界ににじまないだけまだ勝ち目はある。
よろけた一瞬の脇腹を、ナイフを仕込ませたブーツで横から思い切り写しが蹴り上げて匡の体がわずかに滞空した。
――痛みばかりだった。
床を転がって、ばりばりと迷宮がひび割れて体が傷まみれなのだ。汗と脂で混ざった粘っこい血の痕が浅い傷と深い傷を交互につけられた罪人のすべてを垂れ流せと訴えてくる。
「もういいだろ」
ごき、ごきと肩を回す。写しの匡は肩甲骨をほぐしてから、ひとつも己に当たらなかった銃弾の痕を振り返った。
「罪人じゃ神様には勝てないんだよ。わかりきったことだったのに、往生際が悪いぜ」
――起動。
ゼロ・ミリオン
【千篇万禍】。
渦巻く禍の質は、本来の匡が持つものよりももっとおぞましい。
途切れそうな意識をつなぐ双眸がかすみながら、そのさまを見ていた。何千、何億を殺して愉悦に浸り、全能感に肯定された神様は確かに――死神めいていて。
「あのさ」
それを打ち消すような、凪いだ声が響いたのだ。
写しの匡が薄く笑んだまま片眉を器用に上げる。余裕がある振る舞いに、本来の匡が安堵した。
「俺なんだろ、お前。じゃあ、わかってたはずだぜ」
――「常に凪いで在りなさい。風亡き海に響く音ほど、捉えやすいものはないのだから」。
「俺が馬鹿でも、愚かでも――兵士だってことは」
この声を覚えているか。
フォール・イン・ザ・サイレンス
【 静 海 響 鳴 】。
手数も早さも圧倒的に多彩に相手を殺すことに特化した写しの動きは読みやすかった。その考えもよくよく分析をする時間があった。
理解しつくした体で穿たれる弾丸は、威力を増した大口径。しっかりと固定された両腕を砲台に、寝転ぶ匡を見下ろす「かみさま」だか「英雄」だか名乗る男に突きつける。
「お喋りなんだよ、お前。よく喋る奴ほど、――死ぬんだ」
顎を穿たなかった。
放たれる銃弾は、迷宮の天井を貫く。あっけなく鏡は割れ、三角の破片となった有象無象が――雨のように降り注いでいく。
「ッお前」
「――じゃあな」
崩落する迷宮は、匡が「わざと」当てなかった銃弾を起点にして放射の罅を広げる。
ざくざくと全身を切り刻まれる軍人に対して、まるでマントのように影を体に纏う匡はそのさまをぼんやりと眺めてから、ゆっくりと目を閉じる。
「言ったろ、俺は人間だ」
祈るように。
確かめるように。
「お前も、人間だよ」
――崩れた迷宮にちいさく響いたのは、やはり、凪いだ声だった。
成功
🔵🔵🔴
ティア・メル
やっほー!ぼく!
んにー暗いねー
見た目だけはそっくり!
なんでそんなに泣くの?怒るの?
あ、そっか
ぼくと正反対の性格なんだったね
ぼくが出来の良い器なら君は失敗作だ
ぼくはぼくを支配して此処にいる
つまり君は自分を支配出来てない
自分自身すらコントロールできない君にぼくが支配出来ると思ってるの?
なに人の真似っこしてるのさ
傷付けられたって
痛くもなんともないよ
ぼくはただのソーダ水だもん
ほくは攻撃を受ける戦い方をする
つまり君は攻撃する方
滴る血は偽物
ぼくの器がソーダ水なら、君の器は何で出来てるの?
痛そうだね、真似っこさん
同じように飴玉をレイピアに変えて心臓をひと突き
枯れ落ちた花びら
なるほど、人間みたい
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単純に言うのならば、人間にはそれぞれ器というのがある。
許容できるかどうか、認識できるかどうかもあれば、愛情の器というのは幼少期のころに形成されるはずのものだった。
「やっほー! ぼく!」
ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)はセイレーンである。
深海のソーダ水から生まれる、美しき水の精霊たる彼らは、自由自在に質量や形態を変えることができ、母なる海の雄大さを表現する種族だ。
しかし、故に――奇異なものとして好奇心に晒され、望まれない愛され方をすることもあった。
ティアの出は、孤児院と名乗った人身売買の組織からである。
まともな幼少期を送るはずがないどころか、ティアには恐ろしく強い力が宿っていた。抵抗のすべを持たないはずの稚魚は、生まれながらにして支配者だったのである。
その力をひどく恐れたのは、周囲よりもティア自身だった。こんな力がなければよかったのだと願って、祈って、子供ならば当然に与えられるものを欲しがって――今、迷宮に至る。
きらきらと輝く視界を煩わしくは思わない。それも、己にはふさわしいライトなのだろうと承知した。
ふわりと泡のように足取りを軽やかにして、ティアは迷宮でぽつんとしゃがみこんで泣きじゃくる桃色のそばまで無防備にやってくる。
「あっちいって!!――いかないでッッ!!!」
「わ」
支離滅裂な痛みの叫びが、まるでティアのはらわたをかき混ぜてやろうといわんばかりに両腕でつかみかかって来る。
ぶわ、とティアの体が水飛沫を伴い広がって、ティアそっくりの――写しは、ひどく絶望した顔をしていた。
くるりとつま先を回して回転。水しぶきは紅となって、写しの姿を真っ赤に濡らす。
「なに人の真似っこしてるのさ。知ってるでしょ? ぼくはただのソーダ水だもん。痛くもなんともないよ」
「嘘だよ」写しは首を振った。
「んにー、暗いね。君は痛そうだよ、真似っこさん」
「あなたもだよ」
ティアの写しは、ふわふわと笑みを絶やさずのんびりと写しを観察するティア本体とは大きく印象が異なる。
悲痛をめいいっぱい顔に浮かべて、ヒステリックな叫びをあげそうなほど目を見開き、歯を食いしばりすぎて口の端が切れてしまっている。
「なんでそんなに泣くの? 怒るの? いみわかんない――あ、そっか」
ティアを何度もつかもうとして、非力な両腕で一生懸命に水をかき集めようとするさまを見ていていら立ちよりも哀れみ交じりのいとおしさのほうが勝ってくる。
「ぼくが出来の良い器なら君は失敗作だ! だって、反対だもんね!」
「ここが」
ティアを追いかけるからだは、拙く二本の足で走るのだ。
もたもたと走りながら、踊るように先導するティアを何度も抱きしめようとして、ひっかこうとして、かみつこうとして転び、失敗しても立ち上がって来る。
息を切らしながら写しがようやく動きを止めたと思えば――己の胸に右手を当てて、また泣きじゃくっていた。
「いたい、よ」
なぜか、反射的に太ももがうずいた。おかしい、――痛くもなんともない。ティアは心底不思議だった。鏡の己の言っていることがわからないのである。
ソーダ水だ。ただの、精霊だ。
まるで自分に言い聞かせるように、写しの己に言っていた言葉が遅れてハウリングしてくる。
ティアは、ずっとずっと「誰かにそばにいて欲しかった」時期があった。
誰もかれもが彼女を恐れ、触れればその力の巻き添えになってしまうからと逃げていき、買い手すら現れないまま孤独の主になる痛みは大人ならばともかく、人格形成もうまくできない子供の時期に訪れるべきものではなかったのだ。
子供は、認知をされたがる。
そこにいていいよ。あなたを愛しているよ。みんながあなたを認めて、あなたが立派な人になるのを待っているよ。将来は誰かのためになれるよ。才能のある人になれるよ。
――どれも、遠い言葉だ。
ティアに与えられるのは沈黙と、恐怖と、それから、――壊された出来損ないの愛情の器である。
欠陥は多くある。欠陥を埋めるために好奇心を無駄に走らせて、認められないことが多いし、記憶の土壌が上手く育っていないからそもそも、物を覚えていられない。
狂ったように愛情を求めて、喜楽以外の感情を持てないのは――「かわいければ」誰かに愛されるための本能的なものだったのかもしれない。
赤子がどうしてかわいく生まれてくるのかといえば。
「痛くないってば」
それは――「親」に愛されるためであったから。
鏡のティアはティアを支配できていないのだ。
感情のままに暴れ狂い、滅裂とした言葉なのに素直な感情が乗せられている。ひとつも愛されたいという気持ちを隠さないで、ひたすらに迷宮を走り、割り、ティアたちを増やして泣き叫んでいる。
「たすけて、愛して、ねえ、愛さないで、おこって」
【惑飴】。
バラードよりもゆっくりで、ジャズよりも拙い音波が響いた。
ティアの脳をとろけさせる声が耳から入って、くらりと脳が揺れる。肺に満ちたのが幻からの海水だと理解したところで、ふつりと消失した。
「まって、行かないで、言って、走って、逃げて」
「うん」
呼応した声はひどく無責任で、まるで、――ともだちにでも返事をするような近さだった。
「ここにいるよ」
【花飴】。
もがくような様に、とうとう手を伸ばした。指同士を絡めあうようにして、ティアが写しを抱き寄せる。
刹那、写しの背から真っ赤な花が咲いた。
「なるほど」
どうして抱きしめてしまったのかはわからない。
だけれど、これが目の前のティアによく似た少女の求めるところだったのだろうとなぜか予想がついてしまったのは、どうしてだろうか。
ぼんやりと瞬きをゆっくり、二度繰り返してまた快活な笑みに変える。
貫いたレイピアが真っ赤に染まり、咲かせた沙羅双樹はたちまち枯れて――海の水には耐えきれないからと――絶命とともに消えていく。
迷宮が、ばりばりと音を立ててすべて壊れ始めていた。真っ赤なレイピアはまた甘い色に戻って、手に収まる。そうっと口に流し込んで、味を確かめてみた。
――愛情の器が壊れてしまっている。
当たり前に与えらえるはずだったもので作られる予定だったそれは、すっかり二十年たった今でもうまく作られていないのだ。
底のない透明な瓶は、もはや筒だ。
いくら注いでも注いでも満たされることがなく、誰かでも己でも、愛しても愛しても自我を作る前に少しでも筒が動けば漏れていく。
それでも、飢える。愛されたいと笑顔を作り、楽しみ、涙一つ流さない「いい子」であり続けるのはもはや、無意識でできることだった。
それが――たとえ、傷から目を背けていただけであったとしても。
「人間みたい」
得体のしれない美しい渇きが痛みになるまでは、まだ足らなかった。
甘美な悲鳴の混ざる飴玉は、――夢うつつもわからぬままにとろけて甘い。
成功
🔵🔵🔴
夕凪・悠那
◎
それじゃあ自己分析
鏡のボクは女子力マシマシ&パワーイズストロングスタイルなわけだ
なら簡単
一番の脳筋戦法は夢の壊し方連打
対抗手段は崩則感染
次に英雄転身の純魔
対抗手段は同じく英雄転身、魔法メタ特化
次は――
【UC】展開
FPS系兵士キャラをよく使うから、あっちはファンタジー系かなぁ
しかも火力偏重のやつ
迷宮で脳筋スタイルはカモだよね
『仮想具現化』
角に罠を設置して迷彩処理
かかって浮足立ったところを刈り取る
自己分析その2
鏡のボクは攻めは雑なくせに勝利よりも戦力保全を大事にするから危ない橋は渡らない
罠があると判れば行動に躊躇する
そこで大胆に攻め込む
ダメージ受けたキャラは自爆とかさせよう
向こうは絶対しないよね
●
「それじゃあ、自己分析」
「いいよ、どうぞ」
「時間制限はある?」
「――五分」
「充分。ありがと」
夕凪・悠那(電脳魔・f08384)は、ゆるりと手を挙げて鏡の迷宮で現れた己に礼をした。
律儀な写しの悠那は、腕の時計をじっと見る。一呼吸おいて「スタート」と告げるさまはまさに勝負師らしい。
今日の夕凪の姿はジェンダーフリーといって差支えがなかった。事実、彼女が得意とする「ゲーム」にはユニフォームが必要ない。
しかし、これほど全方向から鏡で照らされると「すこしくらい髪の毛巻いてもよかったかな」と思わされてしまうのは、おそらく呼び出された写しがこぎれいであったからだろう。
シルエットこそ変わらないが、黒貴重の悠那と違い、写しは赤が貴重で刺し色に黒である。装飾もよく見れば凝っていて、女らしく化粧までしていた。
――鏡のボクは女子力マシマシ&パワーイズストロングスタイルなわけだ。
なら簡単。悠那はゲーマーである。
相手の出方さえわかってしまえば、それを「完封」するための手段を講じるのが仕事なのだ。
腕を組み、顎に右手を当てて互いの姿を見ている。まつ毛のカールした悠那の姿は完璧な化け方をしていて、「ここまで違うもんか」と逆に関心していた。
「決まった?」
空間に声が響く。時間まで猶予はほぼ無いが、念のためにと尋ねてきたあたり丁寧なプレイヤーだ。
「うん、決まった。ていうか、わかってたでしょ」
ならばそのプレイスタイルには、マジメな手法で応えねばなるまい。悠那が挑戦的に笑って幕を切る。
「僕たちに五分は、長すぎるよ」
先手は――当然といえばその通りで、写しの悠那である。
体に埋め込んだ術式はどうやら攻撃特化の読みで間違いなかったらしい、まず組まれたのは「夢の破壊」プログラムだ。
ずらりと並んだ英字列は爆弾を避けるゲームに似ている。的確に悠那はそれに対して法則を見出し、打ち消すウイルスを仕込んだ。
一列目が崩れる。ここまでくればパズルゲームと似ているのだ、積み重ねられる真っ赤なプログラムを、素早く黒のウイルスを打ち込むことで無効化する。
崩落、形成、着弾、無効化、感染、崩落――繰り返す問答は悠那が後出しである限り形勢逆転も難しいが、それは相手も同じでとどめの一撃には遠い。
「そう、このタイミングだ」
切り替えてくる。
ここまでは悠那の読み通りだ。
らちが明かない小手先勝負にド派手好きのゲーマーはこらえきれない。
写しの悠那が使うのは英雄転身――純魔のパワータイプの姿に切り替わって、数列を打ち破って突っ込んでくる。衝撃で周囲の鏡が割れて、無限大に悠那質が増えた。
きらきらとまばゆく光る破片すら消滅させる豪速の威力は計測不可能! しかし――ここで対抗策、同じく英雄転身、しかし魔法特化!
「最強の矛と盾、どちらが勝つか試してみる!?」
「いいけど――先に世界が終わるよ!!」
魔術で作り出した絶対の障壁は、魔族の恩恵を授かる両翼を宿した写しの突撃を防ぎひどく振動する。ちょうどコントローラーがあれば同じような感覚を味わったかもしれないが、今はそれよりも激しい気がする。摩擦で悠那の肌が焼けるのを感じた。しかし、それは追突する写しも同じだ!
「いいね、魔法、気に入ったかも!」
「ありがと。こっちも――そのスタイル、嫌いじゃあないよ」
賞賛を送りあうが、決して退いたりはしない。それこそ、勝負師である!
はじきあうようにして変身は解けた――空気に魔法が消えながら、お互いに滞空の時間があって空白の思考を埋める。
次はどうする、次は、次は!!
ゲームに必要なのは、いつでも冷静な分析である。
たとえキルされたとしても、どこからキルされたのかを考えれば同じ失敗は防げるといっていい。
そして、プレイの間に相手の動作を覚えるのだ。コントロールする相手も人間だ。CPUよりも攻略が簡単なところが多々ある。
一つは、相手の操作パターンを予想して行動すること。右から打たれれば左に避けるのを利用して、左に罠を置いておくことなどはプロからすれば初歩中の初歩だ。
そして、もう一つは、操作する人間のメンタルに直接ダメージを与えること。
「っくそ――どうなってんのよ! ああ、もう!」
「ダメダメ。ゲーム中は暴言は慎まないと」
悠那は、それをよくよく心得ていた。
目立つような戦闘ではない。二人が最終的な決着手段として選んだのは、FPSのスタイルである。
迷宮をさまようお互いの兵たちに紛れ、将たる互いをつぶしあうゲームはたった1キルで勝利が決まるスリルがあった。
写しの悠那は、体がある。正しく言えば、本来の悠那のように揺蕩う存在ではない。
数々の犠牲に「生きろ」と譲られた未来で、世界と自分の間に薄いカーテンがかかったような感覚は当然のまま、電子の海を泳ぐ悠那とは違っていた。
この悠那は、誰かに「生きろ」と譲られていないのだ。今まで己で「勝ちとってきた」未来を歩いている。
だから、この危機的状況にも焦ってしまうのだろう――これは、性格分析の結果であった。悠那は、冷静に駒を進めている。
【バトルキャラクターズ】で呼び出した互いの戦力もこれまた、性能が真逆であった。
兵士たちは魔法に弱く、魔法使いたちは防御力が低い。
兵士たちは攻撃回数が多く、魔法使いたちは一回の攻撃力が高い。
最初こそ、押されていたのは悠那だった。ド派手な戦法で迷宮の一路を火炎の渦にされたりもしたが、兵士たちの被害は最小限にして隠れるように指示する。
将たる悠那すら隠す迷彩で彼らがひそめば、魔法使いたちは惑うばかりであった。
――有能なキャラクターたちには、得意なこともあれば不得意なこともある。
「兵士たちは攻撃力が低いけど、魔法使いたちは攻撃回数が遅い」
爆炎を背に、のんびりとした声色で悠那が兵士たちを引き連れてくるころには、茫然とした写しのみが残されていた。
「どう、なってんの、これ」
――女らしく喋れるんじゃないか。
「鏡のボク。君は、攻めは雑なくせに勝利よりも戦力保全を大事にする。急がない君は、危ない橋は渡らないだろ」
だから、連携が崩れてペースが乱れた瞬間に慌てる。
保身に走ろうとして、魔法使いたちを一マスでも撤退させれば罠が起動し、爆炎がまた上がった。
「ただ、負けは怖いんだ」
まずい、と思った瞬間に。
――冷静な相手を前に焦ってしまったから、呼吸は無駄になる。ダメージを受けた兵士をあえて悠那は特攻部隊として自爆させた。
兵の数が減れば減るほど不利になるのは悠那だ。いくら迷宮の中とはいえ量が質を勝るはずだった――のに。
「止まった瞬間、キルされる。どんどん君は勝ち筋を失っていった」
兵の一人に、ハンドガンを手渡される。
ゆっくり構えて――ヘッドホンの位置を確認した。そして、狙いをつける。
茫然とした、痛みしらずの愛らしい少女に向かって吐き捨てるように宣言する。
「僕の勝ちだよ」
ゲームセット。
キルタイム、10:02秒――ハイスコア。
大成功
🔵🔵🔵
ニール・ブランシャード
鏡写しってことは…
写しのぼくは戦うのが好きで熱血で勇敢で…あれ?長所ばっかり?ちょっと落ち込んできた。
でも、ぼくらが一番違うのは、命を大切にするかしないかだ。
自分のも、相手のも。
ぼくの写しならわざわざ鎧に入ってないで
擬態したり「ブラックタールらしい」戦い方をしてくるんじゃないかな。
どこかに潜んで不意打ちされるかもしれない
小さな水音も聞き逃さないくらい聴覚を研ぎ澄ませよう(聞き耳)
相手に死の恐怖が無いのは怖いことだけど、それは自分を顧みないってことでもある。
防御を固めながら確実に体を削りって行けば、必ず付け入る隙は生まれる。
ぼくが嫌い?
ぼくも君みたいな命を大切にしないヤツは大っ嫌いだよ。
●
自我を持たない多数が、集まってできたのが原初だった。
幾重もの兄弟たちと重なり、混ざり合い、概念をもたなかったはずの一つが自我を得て鎧を着るようになった。
体を得た初めの世界の鮮やかさは、生まれたばかりの泥にとっては人間たちがよく歌う楽園のようだと思わされる。
痛烈だった。
空が青いことも、緑も、人間たちがいろいろな色をもって生きていることも、食べ物にはたくさんの種類があることも、泥であれば触れられないことだった。
黒油の体をどうにかこうにか保つために、鎧を着ているのは「人に近い」姿でありたかった為である。
「――鏡写しってことは」
ニール・ブランシャード(うごくよろい・f27668)は、兜がずり落ちてしまわないように頭の形を強く意識したまま、とろとろと中で循環を繰り返す自分の本質を思い浮かべる。
鏡の迷宮に転送された彼は、まず、事前の考察を始めていたのだ。全面が反射をする空間で無数の自分を見た。ぞわりと何かがうずいたような気がしていまうのは――きょうだいたちと固まっていた時を思い出す。
「写しのぼくは戦うのが好きで熱血で勇敢で――」
「そうだとも!! やあ、ぼく!!」
ニールは、極めて自分に対しては否定的である。
希死念慮からは逃げ切ることができず、不定形である自分への自信はまだない。
穏和で人が好きだが、好奇心の代償に臆病者であると自負する。あふれそうになる液状をこらえた鎧の中身は震えていたのだ。
「や、やあ――」
ニールの視線の先には、ニールらしき何かがいた。
鎧を着ていない。しかし、タールらしい粘液の噴水が声を上げていたのだ。
おぞましい姿を何も知らぬ人間がみたら、驚いて悲鳴をあげていたかもしれない。
情けないと思ってしまったのは、ニールもまた己と同じ声を出すそれにひどく驚いたからだ。反応がやや遅れて、手を少し掲げる。
「君が本当のぼくなの?」黒油はこぽこぽと空気を吐きながら問う。
「うん、そうだよ」ニールは、自信を失いながら返事をした。
明らかに、目の前のニールのほうが「タールとして」は正解の姿をしている。
自分に自信があって、液状の体を隠すこともない。はきはきとした声色は鎧のニールに比べて明瞭だ。当然である、兜をかぶっていない。
「じゃあ、なんで堂々としてないのさ!」
ぱしゃん、と水がはじけたような音がした。
油のニールは、どんどん空間に体を滑らせて消えていく。
鎧のニールは――内心、「しまった」と思った反面「そうだよね」という納得もある。
「ちょっと、自信なくしてきた」
ニールは、ニールとして生きていく心地を知ってしまった。
それは愚かなことにも思えるが、彼にとっては財宝に間違いないことである。
黒油の不定形が一人で気まぐれに歩き回りながら、いつかこぼれだして「ニール」という個体の喪失を懸念しながらも一日を超えていくことの寂しさと、苦しささえも、うれしいと泣き叫んでしまいたくなるほど重みを感じていたのだ。
だから、どうしてこの黒油相手に逃げ出さないでいられるのか。――理想の、あるべき姿のニールに立ち向かおうとしているのかは自分でもよくわかっている。
「じゃあ、そこどいてよ!!」
――インベーダー。
紛れもなく、侵略者だった。
黒油のニールは、鎧のニールを美しい世界からはじき出して己の土にしようともくろんでいる。
「きみが死んだって、いなくなったって、ぼくがそうなったって一緒でしょッッ!!」
鏡張りの部屋の隙間から飛び出す【拘束戦術】は、まるで鎧姿を嘲るように叫んだ。
ばっと飛び出した鋸状の触腕たちは、鋭く鞭のようにしなって鎧姿を手ひどく打ち付ける。
「いっ、た!?ッく、――ぅ!」
ぎゃりぎゃりと耳障りな音が鎧の中に振動とともに突き刺さってくる。
がたがたとかろうじて人の形を保っていたニールを揺らされて、芽生えたのは恐怖だった。
あふれてしまいそう。
人間の姿をまねて鎧の姿に入るニールの正体を、ぶちまけてしまいそうになるほどの激しい攻撃にぐわぐわと視界が揺れる。
「だからどいてよ! きみだってぼくだって何も変わらない!」
行き場を余らせた鞭が鏡を割る。またニールたちが増える。
はらはらと輝く無数がニールの前を遮っていって、プリズム色の光を伴って地面に落ちた。
「ぼくらは皆同じはずだッッッ!!!!!」
また、ひび割れる。
無数に増えた鎧のニールの姿があった。
割れた日々の数だけ鞭をたたきつけられ、逃げようともしないかわりに体を丸める姿が情けない。
――けれど、それが、どうしても。
「違うよ」
どうしても、自我を際立たせてくれたのだ!
はっきりと臆病な彼が否定した。ニールの姿をとらない黒油は、生意気な反攻にますます腹を立てて空気を裂くために鞭を複数振り上げる。
「口答えするなッッ!! 何も違わない!!」
強く振るわれた鞭が、兜を跳ね飛ばした。
がらんと鉄が転がった音と、ばきばきと鏡が悲鳴を上げたのはほぼ同時である。
黒油の鞭は――鎧の下を見ることになった。
「ぼくらが一番違うところを、教えてあげようか」
青い瞳は、まるでビー玉のようだった。ドールにはめる程度の宝石に近いかもしれない。
兜を取り上げた鞭を、鎧の籠手でしっかりと握りこんでやる。ぶちぶちと粘液が断ち切られ、ぎゃああと怪物が悲鳴を上げた。
――【黒い手】である。
「命を大切にするかしないかだ」
「ああああッ!!うるさい、うるさいんだよっ!黙ってろ!!」
腐らされた触腕が鏡に滴りを残せば、迷宮の壁はじんわりと溶けて煙をあたりに充満させた。
視界が悪くなるが、ニールには関係がない。むしろ痛みを知って頭の中は冴えていた。――全神経を聴覚に集中させる。
一本の触腕を腐らせたところでまだ本体は毒素が届いていないだろう。しかし、あの激しい性格である。ニールのようにのんびりと移動はしていられまい。
迷宮の間を縫いながら動くこの間だって、ごぽごぽと怒りで体を湧きだたせているのだ。
「そこだ」
「――わああっ!?」
ニールのちょうど後ろで噴水のように沸き起こった黒油に、容赦なく両手を突っ込む。
どぱ、としぶきが上がったと同時に腐食が始まった。苦し気に呻きながら噴水は、ニールとその顔、そして鎧を溶かすことなく衰えていく。
「きらいだ、きみなんか」
恨みがましい声色が、今にも消え入りそうだった。
思わず、ニールは語尾に被せて告げてやる。
「――ぼくも君みたいな命を大切にしないヤツは大っ嫌いだよ」
混ざり合うことのない泥が、迷宮全体に散らばって爆ぜる。
鏡を溶かして、溶かしつくすころにはきっと――夢色の世界には鎧の彼だけが佇んでいた。
成功
🔵🔵🔴
ロキ・バロックヒート
正反対ってどんな感じかと思ったら
割とお洒落で笑っちゃった
笑い方は似てるね
腹の裡はきっと正反対
なんで封印解こうとしないの?って
今の世界には滅びは必要ないからだよ
諦めてるだけでしょ嘘ばっかりって
皆を騙して協力してもらえばいい
『私』のこととか世界の哀しみとかどうでもいい
役割をさっさと果たして本当に楽しく過ごしたいだとか
ほんとに正反対なんだね
ひとが好きで滅ぼしたい方がよっぽど破壊神らしいとか
笑ってそうだねって返すけど
傷付くのも厭わず捕まえる
怒ってないよ
ただ靴を履いている私を見たくないだけ
死にたくない―なんて聞きたくないから
口を塞いで影の刃で首を刎ねて
ごとりと足元に転がる首輪
あはっ外れたね
良かったじゃん
●
元は、邪神と呼ばれた彼の首に枷がつけられている。
救済と滅びの破壊神は、人々の破滅を行使したものとしては変わりがなかった。
しかし、彼は世界に必要だったのが「滅び」でありそれが「救済」だと信じて疑わなかったのである。
神は神の道理でしか考えられないから、はじめて――封印されて、ようやく、触れたものは数多にあったのだ。
「割とお洒落で笑っちゃった」
「そっちの×××はずいぶん俗っぽい姿をしてるね」
ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は、神である。
ひとをからかい、時に甘やかし、彼らの作る行く先を見守り、観察するのが趣味な気まぐれの存在だ。
よく笑い、そしてよく喋るお喋りの彼が作るのは啓示ではなく天災に等しい言葉の数々である。俗っぽいのではなく、矮小な命相手の道理は知れども、その道徳を知ることができない。
神である。ひとの祖となった彼らは、皆が皆、人の作った世界を見守り、ひとしくいとおしく思えど、愛することはないのだ。
迷宮にやってきたのもまた、好奇心である。夢とは人の作るものだ。天から授かりし脳という扱いきれぬ財宝で人間が記憶を整理したり、思い出を悟ったり、予知をしたりして稀に見るイメージこそ夢である。
人のかたちを取るようになって、ようやく夢というものの「おもしろさ」を理解したところであった。人が見る夢が集まったものは、世界となって今、神が訪れることができるようになったのである。
「笑いかた、にてるね」
道化らしくロキは、両手の人指しゆびでぐっと口角を持ち上げてみた。
――目の前のロキは、「きわめて神らしい」のに、どこか「暗い」。
ロキは邪神である。ならば、この写しは善神であるのだ。美しくありすぎて、輪郭すらもあいまいだった。ひとの眼では見つけることも難しい。
「そうかな」顎を撫でる姿すらも、優雅だった。
続いて、ロキの首輪をじっと眺めている。こてりと首を傾げて、不思議そうに神は言った。
「なんで封印(それ)解こうとしないの?」
「――今の世界には滅びは必要ないからだよ」ロキは、口角を上げていた指を開放して、首輪を撫でる。
「嘘ばっかり。あきらめてるだけでしょ――それとも、『ロキ』が気に入ってるの?」
『ロキ』らしくしたらどうなの?なんて。
善かれとおもって破壊を尽くす神の姿は、どこか退屈そうに見えた。
豪華な衣装に身を包み、カトリックよろしく着飾っている。神たるもの裕福の象徴らしい金をたくさん纏い、黒い肌に白い衣装をまとってただただ神聖であることを主張する飾りたちがあった。
人間の髑髏で作ったらしい杖の頭と、胎児の生首で作られたネックレスは金で固められている。
「×××だって理解していると思うけど、ひとは愚かなものだよ」
だから、――神が導いてあげないと。
ロキは、美しく微笑んだ善神たる己の姿に細めていた目を見開いた。
導くのだ。結局、この「徹頭徹尾よいもの」に至った自分は、当たり前のように人々を――皆を欺き、平気で死ねと言い放ち、当然のように身を捧げさせ、首輪を外したがるに違いない。
ロキの首輪が「投獄中」であることを示すように、この神の首輪は「破壊へのセーフティ」でしかないのだ。
そうっとネックレスに手をかける姿に、突拍子もない声を上げてしまった。
「ほんとに正反対なんだね」
その言葉とともに、がしりと輝く己の肩を掴んでやる。
「触れないでよ」
「世界の哀しみなんてどうでもいい?」
「何故?世界は私に愛されてる。それで十分じゃない」
じり、と肩を掴んだ掌の裏が焦げる。
「『私』のことは?」
「私は私だよ、×××」
――なぜ、人のことをいとおしいなんて思ってしまうの?
信じられないものを見る瞳はどんどん軽蔑の色を増していく。
「私は私さえよければいい」
ひとが好きで滅ぼしたい方がよっぽど破壊神らしい。
じゅうじゅうと焦げていく掌の肉が溶けていって、嫌なにおいがする。骨に熱が到達した。
人の焦げるにおいをゆっくりと鼻から肺に満たして、ロキは唇をかみしめた。
これが人の脳が作る「ゆめ」だというのならば、人間の頭は地獄がいっぱいに違いない。
破壊をすることで生み出すのは創造だ。一度すべてをひとしく滅ぼすことで、あたらしい世界を作り直すのがこの神の為せるところであった。
たとえば、文明の崩壊。恐竜の絶滅。人口の局地的な現象、疫病。足し算があるのならば引き算もなくてはならない。
一度すべてをゼロにすることで生まれるイチを世界が尊ぶためにも、神は神であらねばならぬ。たとえ命がどれほど愚かで醜くあっても、――それを含めていとおしく見守ってからでも判決は遅くないはずなのに。
それを、いとも簡単に鏡の神はやってしまおうとするのだ。
利己的で当然である。神なのだ。止めたロキのほうが「神らしくない」。
「そして、――×××は『私』だよ」
神に触れたロキの体を貫いたのが、無数の【私刑】であった。
慈悲などない槍はまっすぐで白い。どすどすどす、と腹部に、肩に、足に、腕に突き刺さったのはまるで聖痕を植え付けられたような心地であった。
まるで口の中から水風船でもはじけたような血が出てくる。
吐き出した血の味が人間らしいことに――善神はひどく、嫌な顔をした。
だから、ロキはその一瞬で口の唾を吐きだしてやる。神の顔に赤がはじけて、「わあ」とうめいた。
体がよろけたところを、傷口がえぐれることも構わず体をよじって体当たりをしてやる。あっけなく神は美しい装飾を醜い赤で濡らしながら倒れることになった。馬乗りになって、ロキは何度もその顔を殴りつける。
「いっ、いやだ」
殴る。
「い゛やっ」
殴る。
「怒ってないよ。――ただ、靴を履いてるのが気に入らないだけ」
「死にたくな、」
大きく口を開いた神の顎を丸ごと覆うように、ロキの掌が押し付けられる。シィイー……と蛇のように息を鋭く吐きながら、首を横に振った。
あっけにとられた神の首を、顎を固定させたまま縦に伸ばせばばっさり【私刑】で呼び出したよじれる影の刃が刈り取っていく。
ごとりごとりと豪奢な犠牲で作られる首輪たちが転がり、神の美しい肢体が鏡の上に寝そべっていた。
「あはっ、外れたね――よかったじゃん」
それ、似合わないなってずっと思ってたんだ。
死にたがりの死ねない彼は、――犠牲の首輪をそうっと撫でてやった。ばきばきと迷宮は割れていく。天井からはじけて、きっと、神の姿に色濃く影を残させた。
世界をいとおしむ破壊神は、世界のために悲哀を嘆き、更地に戻す故に誰からも愛されない。
孤独の輪廻はまだ続く。犠牲の数だけ、――彼の生きる、日々の数だけ。
成功
🔵🔵🔴
スキアファール・イリャルギ
◎△
左右対称は、まぁどうでもいいですね
どうせ包帯で見えませんよ
問題は性格――
あぁ
おまえ、
怪奇を忘れたな?
怪奇を受け入れられずに、狂ったな?
躰に残る手術痕
躰に巻いた包帯
躰を蝕む業病と呪い――
それらの意味を全部忘れて、ただの"人間"で居るんだろ?
とぼけるな
私は、おまえは、怪奇人間なんだ
人間に擬態してるだけの悍ましい影なんだ
思い出させてやろうか
呪瘡包帯で一気に縛り上げ、呪いを掛けて
……嗚呼、噫!
死にたくないと宣うのか!
私の顔で"人間らしく"怯えやがって!
怪奇を受け入れて狂った私が惨めに見えるだろ!!
そうしなきゃ私は生きられなかったのにッッ!!
おまえに"人間らしく"死ぬ権利なんてない
醜く朽ちて死ね!!
●
迷宮に、影が落ちる。
一つも影がないこの空間に、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は月もなければ太陽もないのに輝き続けるこの世界に何を見出すのかといえば、手術台である。
ばっと光ったと思えば、頭上と眼前には無数の影が現れるのだ。不規則な心電図の音が聞こえてきそうで、思わず耳につけたイヤホンの音量をあげようと端末をまさぐる。
一度あげすぎて、ぎいっと目じりにしわを走らせてから――ああ、やはり音楽はいい。ようやく、意識は現実に戻ったはずだった。
「ははあ」
夢ではないらしい。
迷宮にあらわれる自分の顔など、興味がなかった。やせぎすの男がぽつんと、頭を抱えるスキアファールに向けて心配そうな顔をしている。
「あの、大丈夫か」
「はァ?」
鋭く返事をしたスキアファールが、ヒステリックに顔をゆがませた。たまらず、やせぎすの彼はびくりと体を震わせる。
紛れもなく容姿がスキアファールであることは間違いなかった。鏡の迷宮でさ迷い歩く怪人の姿を生み出したに違いないのに、目の前の彼は対照的に――あまりにも、穏やかで、年齢相応の愛想のいい顔つきをしている。まるで、怒らないでくれと言いたげに困り眉なんかしながらあまつさえ笑っているではないか!!
「あぁ、おまえ」
――スキアファールが、ある種それに拒否反応を示すのは当然だったに違いない。
スキアファールは、つとめて、普通の人間であろうとしていた時期がある。
いいや、普通の人間にあこがれて、普通の人間だと自分に言い聞かせ、人間らしく振舞おうとせいいっぱい周りをだまして、ようやく日々を繕っていた時期があったのだ。
今も変わらない。影人間という怪奇に至ってしまった己を忘れずに、しかし、人と同じでありたいと願って、だけれど明らかに奇異の目を向けられる日々を毎日繰り返して、痛みは広がるばかりだった。
繕って、繕って、笑って。乱反射する自分の姿はまるで万華鏡の一部に思えてきて、どんどん視界がゆがむ――目の前の「これ」は何だ?
人間であることを謳歌するためにどんな知識をスキアファールが得てきただろうか。何人もの人を見て、どうすれば彼ららしくあれるだろうかと考えて、もがいて、もがいて、毎日試して、失敗して、積み重なる失敗の階段を上って――ようやく、怪異であることを受け止めたのに。
「怪奇を忘れたな?」
「えっ――」
非難をこめて、影人間は一歩詰め寄る。そこからは足早に距離を詰めて、額同士をぶつけ合うほどに近づいて、胸元を掴みあうことになった。
「なんだよ、なんだ、なんですか!? いきなり、距離が近いお方だ!」
「 巫 山 戯 る な ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! 」
がちがちと奥歯が何度も噛み合って、己の顎が震えてるのをスキアファールが理解する。
怒りのあまりに呼吸が乱れて、もつれた舌がなにもいえないで、しかし口だけはまるで飢えた鯉のようにはくはくと動きまわしているのだ。かきむしりたくなる頭の代わりに、何度も額同士をこすりつけてやる。
「巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るなッッ!!!おまえ、おまえは、ッ、おまえッ」
「落ち着いてくださいよ」
「狂ったんだ」
「ちょっと!」
「怪奇を受け入れられずに、狂ったなッッ!!?」
かみ合わない歯をがちがち揺らしながら、目をカッと見開いたスキアファールが雄たけびに近い声で叫ぶ。
吐き捨てられた言葉の声量には、鏡のスキアファールも驚いたらしい。どこからそんな声が出たのか、なんていうのは壁の、そして天井の、床の鏡たちもびりびりと震えて抗議していた。
「ただの"人間"で居るんだろ? そうだ! 忘れたんだろうッッ!!!?」
「狂ってるのはあなたでしょッッ!!!???」
ばん、とするどく胸骨を圧迫されて細いからだはよろけてしりもちをつく。
何度もこすられた額を撫でながら、鏡のスキアファールは息を切らして見下ろしていた。
「勝手に狂ってるんです。あなた。気持ち悪い」
「――とぼけるな」
「病院に行ったほうがいい、こんなところで戦ってるような身分じゃないでしょう。いいところを紹介してあげますから、ひとまずここで寝てくれませんかね!」
平気で、包帯まみれになった腕の掌を組み合わせてハンマーを作る鏡のスキアファールを見上げる。
ぶわりと内側から湧いた怒りは、影を支配するには十分だった!!
「と、ッ――ぼけるなァアアアアアああああああああッッッ!!!!!!」
その姿を、呪瘡包帯は縛り上げた。
両こぶしを振り上げた姿を黒が包む。即席のさなぎにさせられた人間の体はあっけなく横たわった。
その姿を、横から思いっきり蹴ってやる。呻き声が漏れてもお構いなしに、その体に覆いかぶさるように囁いてやる。
「私は、おまえは、怪奇人間なんだ、なぁ、思い出せ、人間に擬態しているだけの、悍ましい、影なんだ、人間じゃ、ない。もう、人間に、なれない、いいか、覚えてるか? 思い出してきたか!? えェッ!!?」
鼓膜が破れていようがお構いなしに叫び、じんわりと黒い包帯に血がにじむさまを見て――はた、とスキアファールは動きを止めた。
「何を震えてゐるんだ」
がたがたと、さなぎが揺れている。
全力で蹴られ、叫ばれ、狂人の男に荒唐無稽なことで喚かれて恐怖を抱かないはずがない――人間ならば。
しかし、スキアファールは己に『そんな姿は許さない』のだった。
「嗚呼、噫! 死にたくないと宣うのか!――私の顔で、姿で!!」
――発動、処刑術式【Whammy】。
もはや、ヒステリックに叫ぶだけでスキアファールは鏡の己に苦痛を与えて業火にくべてやることができるのだ。
しゅぼっと景気よく黒い包帯に火がともれば、さなぎはたちまちやけどに痛み、影に侵食されながら跳ねだす。
「"人間らしく"怯えやがって! ああ、クソ、クソッ、気持ち悪い、気持ち悪いッッ!!!!」
自分の首を、喉元をかきむしりながらぶんぶんと何度も首を横に振って、術者であるスキアファールですらもだえ始める。
「怪奇を受け入れて狂った私が惨めに見えるだろ!! そうしなきゃ私は生きられなかったのにッッ!! ああああ!! おまえは、おまえは、ッ私なのに!!!!!!」
嫉妬だ。
何もかもを忘れられたら本当に、どれだけ楽だったろう。
どれだけ生きやすくて、世界をどれほど素直に愛せただろうか。
狂人である。間違いなく、狂わねばならないほどの苦痛があって、なるべくして生み出された怪物だ。
その痛みを知っても今を生きているスキアファールへの侮辱が、鏡の彼の存在そのものになってしまったのである。
「おまえに"人間らしく"死ぬ権利なんてない――」
それは、きっと。
「 醜 く 朽 ち て 死 ね ッ ッ ッ ! ! 」
そうあってくれ、と、願う自分の痛みを重ね、そうあらねばならないと強迫症にも似た、狂人の夢の話だった。
迷宮に、人の焦げるにおいが満ちる。炎熱に耐え切れず鏡は割れていく。
万華鏡が星屑に代わるころ、燃え残ったのは包帯たちだけ。
――影人間は、すうっといつも通りの顔に戻って、己のイヤホンに触れた。
「もう一度、最初から聞き直そう」
ああ、やはり音楽はいい。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
持てる力を振り回す事に悦楽を得て、抑える事など欠片も考えず
死にたくないと喚き逃げ回りながら――其の実は死にたくて仕方ない
全く……見るに堪えん
心得た――侵逮畏刻。来い、火烏
何方も羽根で縛り上げ、焔で縛めろ。決して逃がすな
抑えぬ力を誇示した処で何の意味も成さず、破滅を呼ぶだけのもの
生憎と私は逃げはせん
必ず生き抜き、待つ者の在る場所へ帰ると決めているからな
ニルズヘッグが止めを刺す迄、牽制し留めるとしよう
死にたいなら待つ事だ
お前が殺したくて仕方のない氷の竜が、逆にお前を殺して呉れよう
見なかった事にするのは構わんが……忘れるのは無理だぞ
お前だって忘れてはくれないだろう?
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と
見たい姿じゃないけど、分かりやすいのは事実か
自分が世界で一番不幸だと思ってる、生存本能ゼロの死にたがり
世界の全部が嫌いだって顔しやがる
好かれる必要がなけりゃ繕う必要もないよな
笑わないし喋らない、氷みたいで腹が立つ
「私」は
弟妹が大好きで友達を守りたくて
……何があっても死にたくないんだよ
正面切って突っ込んで来る奴に術士が務まるかよ
嵯泉が止めてくれたら攻勢に出る
起動術式、【リザレクト・オブリビオン】
貴様は嵯泉には殺されたくないんだろ
蛇竜で丸呑みにしてやるから覚悟しろ
――ああ、怖くないのか、私の逆だから
……ダメ元だけどさ
見なかったことにしてくれたりしない?
ぐ。わ、分かったよ……
●
迷宮を逃げ回る兵を追いかける将がいた。
長い脚は早い。駆ける脚が鍛えられているためだ。
「敵将を前にして逃げ回るとはな、――己の姿なのが余計に見てられん」
「そーか? ちょっと新鮮でよくねえ?」
鷲生・嵯泉(烈志・f05845)とニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は迷宮にたどり着いた途端、現れた嵯泉の写しと出くわした。
姿や風貌はそう変わらないのに、もとあるべきの嵯泉とはこうも細部が違えば「すべて違う」などと思えるものかと、ニルズヘッグはその相違点に関心したものである。
嵯泉の写しは、嵯泉が将であるのならば、兵に過ぎない。
上等な服に身を包んではいない。血まみれの流し着を何日も洗っていないようだった。正反対の眼帯の下には何があるのかまでは見透かせなかったが、ひどく覚えているのに誰かを攻撃したくてたまらない血に飢えた流浪の者である。
気品も風格も、剣を振るう重さも知らぬ。ひとつひとつが違うだけで、ニルズヘッグの中では「これも嵯泉」とはどうにも思ってやれなかった。ただ、「名は鷲生」とだけ名乗った彼の声はいつもよりしゃがれている。
嵯泉は――それを呑んだうえで、剣を一度だけ先ほど重ね合わせたのだ。
「恥極まり無い」
それで、火花を上げた。
鋼同士がぶつかり合う一騎打ちにニルズヘッグの髪の毛が風圧でかき混ぜられ、「わぶ」と声を上げて瞬きした一瞬に、――忽然と、鏡の嵯泉は消えたのである。
「いや、あんなに早えとは思ってなかったけど、さ!?」
壁を壊した跡がある。散らばった鏡を踏んでしまえと言わんばかりの破砕には、嵯泉が頭を抱えた。
足軽どころか、ただの戦狂いが考える――「勝つためならばなんでもやる」手法である。即席のまきびしに、下らんなと何度目かになる溜息をもらす。
「運んでってやろうか?」出番か!?とニルズヘッグが顔を輝かせながら問うてみれば、嵯泉はあっという間に炎の符で鏡を焼いて溶かした。
「無駄な力を使う必要は無い。――お前の写しも出てくる頃合いでは無いのか」
「おー、それもそうだ! あったまいいなあ、嵯泉」
「忘れるな」
陰陽の力は使わないらしい。
嵯泉の写しは同じだけ嵯泉と同等の力を持っているのだから、ぶつけ合うものだとは少し予期していたが――どうやら戦いのやり方が違うようだとは、「小細工」の痕跡を見てニルズヘッグも悟る。
「なー、嵯泉」
「言わずとも解る」
「だよな」
注意していれば、頭上を銃弾が飛んでいく。矢がどこからともなく飛んできて、火符を放てば「ははは」と楽しんでいるらしい写しの笑い声が聞こえた。
迷宮は迷宮らしいつくりをしているのである。音が反響して、いったいどこから音が出ているのかは、はかりきれない。と、なると二人は自然と対処法で動くルートが限れてきた。
――誘導されている。
「さむ、」
思わず、ニルズヘッグが声に出した。
歩くたびに急激に温度が下がっていく。嵯泉の吐く息も白くなっていくのを見て、何度も心配そうな顔を向けては「集中しろ」と諭されていたところである。
「おー。おでましか」
そこに居たのは、ニルズヘッグのやどす白金色の場所に、真黒な氷を宿した黒竜であった。
たどり着かされたのは広い十字路だ。迷宮の中心であるらしいそこは、起点にして終点であるといえる。歩きまわされて気づいていたが、この度の鏡迷宮は――「出口なんてなかった」のだ。
そもそも出す気がない迷宮は、確かに不可逆で迷宮になる。
広い空間にて佇む黒竜は、すべての衣服が黒かった。
凍てつく瞳の片方は氷漬けだ。体に霜も降りて、色が悪い。黒化した肌は、ひとつも太陽に浴びていないはずなのに――褐色をはるかに超える死の色をしている。
「分かりやすいなあ」
ニルズヘッグが、嵯泉を見た。彼もまた、反転したニルズヘッグを見ている。
「――成程。私達は贄だったというわけだ」
「贄?」
「お前が草食ならば、奴は肉食なのだろう」
「げ」
ご、と凍てついた空気が強風を伴い弾ける。
一瞬で肺をも凍てつかせかねないものだった!ニルズヘッグが野生の勘で悟らねば、嵯泉は氷漬けになっていたやもしれぬ。
翼を広げて、盟友を守って見せた。二人で翼の影に隠れるようにして、息のできる空間を得る!
「おいおいおい、――加減ってものがねーなァ!」
「加減するのか?」
「そりゃア、私はな!」
氷漬けになった翼からしびれる痛みが腰にある。このままではニルズヘッグの下半身が壊死して動けなくなる前に――嵯泉は炎符を握った。
風の向きに逆らっては投げない。鏡の床に投げつければ、二人を守るようにして炎の障壁ができる!
膝をついたニルズヘッグの氷が、たちまち溶けていく。ぶるっと頭を振れば氷の粒が落ちていった。
「人間相手には、ここまでしねーよ。ていうか、嵯泉の写しは生きてんのか、これ」
「伏せろ」
命令には忠実な性分の友でよかったと、心から思う。
嵯泉の写しは――ニルズヘッグを狙っていた。氷漬けになった彼の翼を見て、弱ったほうを狙っただけである。横凪の刀筋は確かに迷いなく鋭い、それを――嵯泉の号令で体を伏せさせたニルズヘッグの髪の毛を数本切らせるだけで済んだ。
「次はどうすりゃいいって!?」
「自分で考えていいぞ――蹴り飛ばせ!」
「了解!」
不意打ちの兵士の腹を、しっかりと靴底でニルズヘッグが蹴れば質量通りに体がふっとぶ。
必要な距離は保てたと、嵯泉が蛇腹の剣を抜き兵士の己へと足を進めた。
「――あれはなんだ」
問う。
夜叉の形相で、嵯泉は己の写しを見た。
「あれ? お前があれと呼ぶのか? あれこそ、我が君主よ――」
「世界の全部が嫌いだって顔しやがるなァ」
自分が、世界で一番不幸だと思っているに違いない。
真黒に染められた竜の姿は、涙も流さなければ笑むこともない。喜悦の表情もなければ、驚嘆もない。
感情という感情を凍てつかせ、ただ食らい、滅ぼし、怒りのままにある姿はどこか――妹と似ていただろうか。
「氷みたいで腹が立つ」
しゅぼ、とニルズヘッグの周りに火の鳥が現れた。――嵯泉の【侵逮畏刻】、その恩恵だった。
火の鳥は威嚇をその炎に正直な勢いで乗せる。黒竜は尚、その光を見ても静かなものだった。
「――怖くないのか、溶かされることが」
尋ねてみた。
黒が話せるのかどうかはわからないが、聞いてみたくあった。
鏡の世界は、どうなのだと。
「――こ、ァ゛あく、ナ゛イ、ィ」
黒竜は、首をゆるく傾けながら音を出そうとしている。
聞きがたい声だった。地を這うような、呪いそのものの音といって差支えがない。
「ミンな゛、オレ゛がァた、タベ、ちまッた、ヨ」
のどがつぶれた、音。
嵯泉同士の切りあいといえば、一つ決定打にかけていた。
「主としたのか? あの――」嵯泉が言葉を選ぶ好きに、刀を叩き込まれる。剣で防ぎ、蛇腹が鎖のように巻き付いた。ねじられ、隙間から抜けられる。「黒竜を? 国はそれで栄えるのか」
「馬鹿を言え! いずれあの竜も殺すのだ!」
一歩下がったことで嵯泉の蹴りから間合いを取る。写しは、その足を掴んで押してやった。凍る鏡でスリップする長身にむかって刀を下ろす。
「あんな国などどうでもいい!! もう滅んだのだからなッ!! 私は、私のッ――私の思うがままに、生きているのだッッッ!!!!!」
知能のない君主を立てて、代わりに人を殺す大義名分を得たというわけだ。
激情を好きなだけぶつけられる悦楽の果てを探し、そのために殺し、犯し、食らう。いずれそうするものがいなくなったときに、いっとう手塩にかけた竜を殺す。「まるで、畜生だな」嵯泉はその刀を指先だけで白刃取りして見せる。
スリップした片足とは逆の足で、「地面を踏みぬいた」!!
「――愚かな。貴様には呉れてやる言葉も無い」
「そうか、ならば死ねッッ!!!!」
「断る」
ばき、と指圧だけで鋼を負った嵯泉を合図に、火鳥が嘶いた。
「そうか、そうか! はは、――食っちまったのか」
何もかも。
愛する家族も、友も、世界も。根こそぎ、この竜は樹の根っこでは耐えられず平らげてしまったのだという。
何もかもを凍てつかせる氷獄を作りつつある肉食のけだものに、ニルズヘッグもまた――一瞬、冷えた顔をした・
「貴様は嵯泉には殺されたくないんだろ、あいつも有象無象の、憎しみの一部でしかないんだよな」
顔を覆っていた右手が、太ももまで戻る。
「だって、帰る場所もないんだもんな」
――それでも怖くないのか。私の、逆だから。
起動術式、【リザレクト・オブリビオン】はあっという間に戦場を覆すことになる。
嵯泉の鳥が二つを縛り、ためらいなく蛇は竜を飲み込み、騎士は兵士を貫いたのだ。
慈悲の内容で――一撃で仕留めるところに、嵯泉も奪われていた熱が戻る心地がする。
「ダメ元だけどさ」
己の衣服に着いた氷を払いながら、ニルズヘッグはうつむいて嵯泉のそばまで歩いてくる。
「何だ」駄々っ子をあやす父のような温度である。むずがゆいような気がして、ニルズヘッグは体を少しゆすった。
「見なかったことにしてくれたりしない?」
「見なかった事にするのは構わんが……忘れるのは無理だぞ」
「うぐ」
「お前だって忘れてはくれないだろう?」
「わ、――分かったよ」
帰ろう、と嵯泉が唱えれば、ニルズヘッグも頷く。
「私は逃げはせん」
「わかってるよ。私もそうだよ」
「――必ず生き抜き、待つ者の在る場所へ帰ると決めている」
「わかってるって」
迷宮が割れるころには、いつもの風景に戻っているだろうか。
鏡の向こうを超えたとき、そこにあるのは「いつもの場所」に違いあるまい。
◆
さあ、夢から醒めて。
あなた達がたどらなかった世界の向こうは、どこまでも美しくて、残酷だった?
自我を今一度得たあなたたちは、きっとまた未来へとその心を持っていけるだろう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵