迷宮災厄戦⑳〜闘争は遅れてやってくる
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「素晴らしい。今この世界は闘争に満ちている」
本を片手に持った男が興奮を抑えきれぬという様子で呟く。
「オウガたちを蹂躙し、猟書家を二人仕留め、他の者の喉元にも手をかけ、さらにはあのオウガ・オリジンさえも……!」
男の端正な顔が凄絶な笑みを浮かべる。その左手には、彼の本性を表すかのごとき異形の機甲。
「猟兵よ、どうか私にも分けてくれ。その闘争を。骨の一片すら残さぬ地獄の如き、いや地獄すら生温いほどの闘争を……!」
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「皆、集まってくれてありがとう。今日も迷宮災厄戦の依頼をお願いするわ」
子豚・オーロラ(豚房流剣士・f02440)が集まった猟兵たちを見回して言う。
「今回行って欲しいのは機械のような装甲に覆われた国。戦ってほしいのはそこにいる猟書家『鉤爪の男』よ」
鉤爪の男。最後に道の通じた猟書家であり、『クロムキャバリア』なる世界の出身であること以外は本名含めあらゆる素性が謎に包まれている。
「彼はオウガ・オリジン亡きあとアリスラビリンスの新たなフォーミュラとして君臨するつもりでいるわ。もっとも彼の目的は支配することではなく、闘争そのもの。アリスラビリンスをどう作り替える気かは分からないけど、ロクなことにならないのは間違いないはずよ」
今のデスゲームとどちらがましかは分からないが、アリスや愉快な仲間たちにとって不都合な世界なのだけは確かだろう。
「彼の武器はその名の通りに左手の巨大な鉤爪。これを突き刺して強力な電撃を流し込んだり高速で動いて真空波を出して攻撃してくるわ。それと猟書家の例に漏れず侵略蔵書を使って、アリス狩り用のオウガを召喚してけしかけてくるみたいね。彼の持つ侵略蔵書は『量産型』らしいけど、アリスラビリンスに君臨するつもりな以上他の世界の力は必要ないということかしら」
本当のところは分からないけど、とオーロラは呟く。
「彼はこれらの攻撃を必ず先制で放ってくるわ。これに対処してからようやく戦いに持ち込めると思って。もちろんどの攻撃も半端な威力じゃないわ。くれぐれも注意してね。彼の能力は単純だけどそれ故強力よ。甘く見たらだめ」
お約束とも言える強豪オブリビオンからの先制攻撃。やはり彼もそれを行ってくるということだ。
「迷宮災厄戦ももう大詰めよ。こんな時になってのんびりやってきた彼に与えてきてちょうだい。闘争じゃなく、その先にある敗北をね」
そう言ってオーロラは猟兵たちを送り出すのであった。
鳴声海矢
こんにちは、鳴声海矢です。倒しきれずとも少しでも削るために。
今回のプレイングボーナスはこちら。
『プレイングボーナス……敵の先制攻撃ユーベルコードに対処する』
彼もまたやはり猟兵の使用能力に対応したユーベルコードを『必ず』先制で放ってきます。これをどうにか対処することでプレイングボーナスとなります。技能やアイテムなど持てるものを駆使しうまくしのぎ切ってください。
またこのシナリオは『やや難』となります。それ相応の判定を行いますので、先制攻撃後も気を抜かず戦ってください。
それでは、敵に地獄を見せるプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『猟書家『鉤爪の男』』
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POW : プラズマ・クロウ
命中した【左腕】の【鉤爪】が【超電撃放出モード】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD : インサニティ・ブレイド
自身に【体を失っても極限の闘争を求める狂気】をまとい、高速移動と【鉤爪からの真空波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 量産型侵略蔵書
【侵略蔵書で書き換えた『不思議の国』の太陽】から、【奴隷を捕縛する鎖】の術を操る悪魔「【アリス狩りオウガ】」を召喚する。ただし命令に従わせるには、強さに応じた交渉が必要。
イラスト:柿坂八鹿
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
髪塚・鍬丸
任務了解、だ。御下命如何にしても果たすべし。
まずは敵の先制攻撃の回避を試みる。
機械化により強化された「鬼眼」の【視力】を凝らし、敵の高速の動きを【見切り】対応する。振るわれる鉤爪の動きを見極め、真空波の射線を読み【早業】【ダッシュ】で回避。
初擊を凌いだらUC【不動金縛りの術】。戦場の物理法則を書き換え、光速での行動を可能にする。即ち、相対的に世界が止まる。
敵に向かってダッシュし忍者刀「双身斬刀」で切り裂く。更に返す刀で光速の【2回攻撃】。
自身への負担も大きいUCだが、強敵相手に出し惜しみは出来ない。死して屍拾う者無し。全力を尽くすのみ。
無機質な機会と鉄鋼に覆われた不思議の国。そこに佇む鉤爪の男に、まず一人の猟兵が挑む。
「任務了解、だ。御下命如何にしても果たすべし」
髪塚・鍬丸(一介の猟兵・f10718)は静かに、しかし確かな決意を込めてそう呟き、鉤爪の男へと相対した。
「一番手はお前か。いかにも楽しめそうな顔をしている!」
鍬丸の姿を認めた鉤爪の男は、期待を隠さない表情でそう言って鉤爪を振り上げた。体を失うことも厭わぬ狂気の込められたその笑顔は、常に飄々とした態度を崩さない鍬丸をもってして圧迫感を覚えずにはいられない。
そして鍬丸に向け、その鉤爪が振り下ろされた。無造作な一振りだが、それは圧倒的なまでに早く、それだけで真空波が巻き起こる。
その攻撃を、鍬丸は己の眼……『鬼眼』でギリギリまで見据えた。鉤爪の向き、振り上げ、下ろす軌道、形状、そして相手と自分の位置関係。
鬼眼に仕込まれた機械の力と、鍛え上げた己の力。それによって敵の放つ真空波の方向を見極め、一瞬の早業でそれから逃れる場所へと走った。
鍬丸の動いたすぐ後ろで、空気が断裂する。一瞬そちら側へ大きく体が引き寄せられる感覚があり、さらに一瞬して、後ろの鉄でできた壁に巨大な裂け目が生まれた。
もしほんの一瞬遅ければ。それを想像すれば背筋が冷たくなる。だがプラスにもマイナスにも、起こり得なかった想像に意味はない。今この瞬間、間違いなく鍬丸は敵の初撃を外したのだ。
「我時と空の理を知り陣を描く」
今こそ攻勢の時と、鍬丸は【不動金縛りの術】を発動する。鍬丸が陣の中に戦場全体を捉えた時、戦場の時間が止まった。
否、止まったのではない。鍬丸の体は質量をもったルクソン……光速移動する素粒子となったのだ。光速で動くものは相対的に時間の概念がなくなる。相手が時間を認識する前に、好き放題に動けるのだ。相手が主観的に不動になる世界で、鍬丸は忍者刀『双身斬刀』を構え、鉤爪の男へと切りかかった。
動かない鉤爪の男の脇腹に光の線が走る。さらに振り切った刀を返し、そのまま二撃目の構えに入る鍬丸。動くだけ、刀を返すだけで全身に激痛が走り、筋や骨がばらばらになりそうになる。
たとえ肉体を変化させていても、光速など到底人の耐えられる速度ではない。甚大な反動が体を蝕むが、相手はそれに耐えるだけの価値のある強敵。出し惜しみなどできる相手ではない。全力を尽くすのみ。
光の二太刀目が、確かに鉤爪の男を切り裂いた。そのまま敵の間合いの外まで離脱し、術を解く。
「……なっ……!?」
鉤爪の男の脇腹から鮮血が噴き出した。切ったから血が出る、鍬丸の側から見れば至極当然の光景だが、鉤爪の男から見れば『相手が攻撃を避けたと思ったら自分が負傷していた』ということになるのだ。その事実に驚愕の表情を浮かべ、そしてそれをすぐに笑顔に変える。
「良い……! この痛みこそ闘争の証……! 惜しむらくは私に認識できぬ技を使われたことか……!」
傷を抑え笑う鉤爪の男。ダメージの深さが闘争の激しさの証とでも言うのか、その痛みさえ喜びに変えているように見える。
「死して屍拾う者無し」
その鉤爪の男に、鍬丸はあくまで冷静に、命を果たしただけと真逆の姿勢を見せつけるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
木霊・ウタ
心情
闘争そのものを目的とする奴に
その先の未来を目指してる俺達が負けて堪るか
海へ還してやろうぜ
対策
敵の全身も捉えつつ腕の挙動に注意
鉤爪に掴まれたら
隙間を作る様に剣で受け脱出
貫手なら剣で受け流し間合いを詰める
電撃は炎壁で防御
戦闘
敵の右側
つまり眼帯で視界が狭い方へ回り込み
獄炎纏う焔摩天で薙ぎ払う
急速燃焼の閃光も紛らせ
死角を増やし
何度も剣を振るう
まあ鉤爪で防御されるだろ
それが狙いだ
鉤爪へ延焼した炎は
高熱で機構を狂わせ
細く脆い肘関節部を融解
爪がお釈迦になったら
一気に紅蓮で押し包む
男
あんたも闘争の先へ目が向いてたら
もっといい勝負だったんじゃないか
残念だ
最期にあんたの名前を聞いといてやるよ
事後
鎮魂曲
安らかに
夢ヶ枝・るこる
■方針
・アド/絡◎
■行動
そういうのを好まれる方もいるでしょうねぇ。
相手の能力は『左腕』を起点にする以上、『相手の右腕側』に対しては使い辛くなりますぅ。
『FBS』を四肢に嵌め飛行、[空中戦]の要領で常に『相手の右腕側』に回り込みつつ出来るだけ距離を取り、『FSS』を展開しますねぇ。
これで、仕掛けるには『体制を整える一拍』が必要になる以上『FSS』による防御で時間は稼げるでしょうし、そうなれば【UC】発動が間に合いますぅ。
そして【燦華】を使用、全身を『光』に変換しますねぇ。
これで『光速移動』『純物理攻撃の無効化』等が可能になりますから、後は油断せず回避重視、『F●S』3種で確実に追い詰めましょう。
猟兵と待望の一戦を交えた鉤爪の男。その顔は闘争の喜びに満ちていた。
だが、その喜びを否定するものが彼の前に現れる。木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)は相手の全身を見られる間合いを保ちながら、武器を構え言った。
「闘争そのものを目的とする奴に、その先の未来を目指してる俺達が負けて堪るか」
自身とて戦うことはある。だがそれはその先に目的があるから。現に今も戦いの先にある自らの、そして行く行くは迷宮災厄戦そのものの勝利を目指しウタはこの場に立っている。闘争そのものを楽しんでいる鉤爪の男とは根本的に違うのだ。
「そういうのを好まれる方もいるでしょうねぇ」
一方夢ヶ枝・るこる(豊饒の使徒・夢・f10980)は直接には鉤爪の男の思想を否定しない。だが、それは直接的な言葉を使わないだけ。その声音には自分は違うけれど、その意思が確かに込められていた。
「お前たちが平穏を求めるのと同じように、私は闘争を求めているだけだ。さあ、私を満たしてくれ!」
言うが早いか、鉤爪の男は一気に踏み込みその鉤爪を突き出した。まず狙うのは前に立っていたウタの方だ。
「甘いぜ!」
ウタは素早くその鉤爪の前に愛剣『焔摩天』を突き出し、その爪を受け止めた。だが鉤爪は大きく、その力は強い。爪は焔摩天諸共ウタを抱き込むよう強引に曲がり、その先端をウタの腕へと突き刺した。そして次の瞬間その接触部から超高圧の電流が走り、ウタの全身を駆け巡る。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
思わず絶叫を上げるウタ。しばらく強烈な閃光とバチバチというスパーク音が鳴り響き、体から煙を上げるウタから鉤爪の男がその爪を引き抜いた。
「本当はもう少し楽しみたいが……お前も何かしているようなのでな!」
ウタの生死を確かめることなく、すぐさまるこるの方へ爪を突き出す鉤爪の男。るこるは『FSS』を何層も重ね動きを阻害しながら、四肢にはめた『FBS』で浮遊移動を試みる。
「甘い!」
そのFSSの守りを、鉤爪の男は爪を強引に突き出し力尽くで突き破った。多少の勢いは削がれるものの、止まることはなくその爪はるこるの体へと届く。
「大いなる豊饒の女神、その象徴せし……きゃあっ!?」
るこるの柔肌に、容赦なく鉤爪が突き刺さった。そのまま高圧電流が流し込まれ、ウタと同じようにるこるの体からも閃光と煙が上がる。
「多少入りが甘いか……だがこれでどうだ!」
そのまま爪を抜き、るこるの体を放り出す鉤爪の男。
そのまま男はもう一度、今度は改めて深く突き刺しとどめをさそうと爪を振り上げる。だがその瞬間、男の左手……鉤爪側で大きな爆発が起こった。
「何だと!?」
とっさにそちらの方に鉤爪を振るう男。だが、爪が切り裂いたのは燃え盛る炎だけ。鉤爪に何の手ごたえもないことを訝しんだ瞬間、今度は男の右から声がかかった。
「見えないところがあるってのは難儀だよな」
眼帯で死角になっている右側。そこから立ち上がったウタが焔摩天を力強く振り下ろした。とっさに鉤爪をそちらに向け斬撃を受け止めたのはさすがだが、死角からの攻撃、さらに体の逆側と合って防御で精いっぱいだ。
任意に延焼させられるブレイズフレイムの炎で相手の感覚が集中する左側を陽動し、自身は右から切りかかる。一人での二方向からの攻撃に加え、武器にも高熱を帯びさせ、荒くなっている防御に何度も叩きつけることで、ウタは男の鉤爪を徹底的に責め立てた。
「その象徴せし欠片の一つを我が身へ!」
そうして防戦一方になりつつある男に、今度はるこるが【豊乳女神の加護・燦華】を発動、体を光に変え高速での突進を繰り返した。
質量を消した完全なる光である突進に攻撃力はないが、目をくらませるには十分。元より視界が狭いところにさらなる目潰しを受けた鉤爪の男に、ここぞとばかりに浮遊兵装たちが一斉に襲い掛かった。
「生きている限り何度でも立ち上がり敵に襲い掛かる。そうだ、殺すか殺されない限り終わらん、これこそが闘争だ!」
一転劣勢に追い込まれてなお、心底楽しそうに言う鉤爪の男。だがやはり、二人にその意見は同調しかねるものでしかない。
「何度も言わせるな、その先にあるものの為に戦ってるんだよ!」
ウタの押し込んだ炎が機構を強引にオーバーヒートさせ、その装甲を熱で歪めて。
「あなたがそう考えることは否定しませんが……同意はいたしかねますぅ」
るこるの浮遊兵装たちが、その歪んだ甲殻に無数の穴をあけた。
激戦の中、再び鉤爪から電流が流れる。だがそれは攻撃のためではなく、甚大な損傷から来る漏電だ。
「たまらない……さあ殺せ、と言いたいが……私も猟書家の務めがある。せめて思うさま嘲れ! それが勝者の権利だ!」
電流を地に叩きつけ、強引にスパークを起こす。その向こうで、鉤爪の男が踵を返そうとするのが見えた。逃げる、彼にとってはこの上なく恥ずべき行為であり、猟書家としての責務との板挟みで今出した答えなのだろう。
「あんたも闘争の先へ目が向いてたら、もっといい勝負だったんじゃないか。残念だ……せめてあんたの名前を聞いといてやるよ!」
その問いに鉤爪の男の口が小さく動いたように見えたが、激しいスパーク音にかき消され何を言ったかは聞こえなかった。
電流の中、鉤爪の男は姿を消す。
「死ぬまで、止まるつもりがないのですかねぇ」
遠くを見通すようにるこるが言い、そんな彼がいつか安らげるようにとウタの口から鎮魂歌が流れるのであった。
大成功
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ナギ・ヌドゥー
クロムキャバリア……その世界はアンタみたいな奴ばかり居るのかい?
行ってみたいな、そんな地獄の如き世界へ。
奴の鉤爪を喰らったら2度と起き上がれないだろう
だが我が呪獣ソウルトーチャーなら話は別だ
ソウルトーチャーに【オーラ防御】を付与し鉤爪を受けさせる!【盾受け】
突き刺さって抜けなくなるならこの瞬間は鉤爪の連撃は出来ない
当然ソウルトーチャーは無事では済まんがコイツは【呪詛】により錬成した呪獣……我が血により復活可能!
UC「禍ツ凶魂」発動
突き刺さった鉤爪を喰い破り破壊せよ!【捕食・部位破壊】
「クロムキャバリア……その世界はアンタみたいな奴ばかり居るのかい? 行ってみたいな、そんな地獄の如き世界へ」
ナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)は恍惚とした様子で言う。殺しの快楽を知りながら、最後の一線として『暴力を厭わないものだけ』を殺すことで己を律しているナギ。そのナギにとって、クロムキャバリアが彼の言う通りの闘争に明け暮れるような世界ならば、それは何を耐えることもない天国の様な地獄と言えた。その彼の前に立つ鉤爪の男は、応急修理したと思しき鉤爪を軽く掲げ、笑みを浮かべる。
「わざわざ行く必要はない。いずれ私がこのアリスラビリンスを闘争で満ちた世界に作り替えてやろう。その前哨として、ここに私とお前で闘争を行おうではないか!」
そう言って鉤爪を振り上げ、男はナギに猛然と掴みかかった。その鉤爪を見てナギは思う。あの鉤爪を喰らえば二度と起き上がれないだろうと。
「だが我が呪獣ソウルトーチャーなら話は別だ」
咎人の肉と骨で錬成した、皮をはいだ獣の如き拷問具ソウルトーチャー。悪趣味な……あるいはこの戦いの場にはふさわしいペットのようにも見えるそれにオーラを纏わせ、ナギは躊躇なく鉤爪の前にそれを差し出した。鉤爪は容赦なくソウルトーチャーに突き刺さり、その肉を引き裂き骨を砕く。そのまま高圧電流が流し込まれ、骨も肉も瞬く間に真っ黒い炭へと変えられて行った。
「当然無事では済まんと思っていたが……これは凄まじい」
深く爪の食い込んだソウルトーチャーの残骸を見て、ナギは呟く。鉤爪の男もまた爪の刺さった黒焦げの物体を見てにやりと笑った。
「躊躇いがないな。友や従僕だろうと躊躇なく見捨てる、闘争においては好ましい思考だ」
「その通り、これが最上だ。禍つ魂の封印は今解かれる――恐怖を知れ」
相手の言葉を肯定しながら、ナギは【禍ツ凶魂】を発動させる。それと同時に物言わぬ残骸となったはずのソウルトーチャーがピクリと動き、徐々に膨れ上がり始めた。その勢いは強く、剛腕で突き刺さっている男の鉤爪すら押し返していく。むしろその突き刺さりの深さゆえに、肥大と強化に巻き込まれる面積は広く、肉の中で潰され、へし折られる部分は大きい。
「一つ訂正させてもらう。コイツはペットでも僕でもない。コイツは呪詛により錬成した呪獣、『武器』だ……我が血により復活可能! 突き刺さった鉤爪を喰い破り破壊せよ!」
【禍ツ凶魂】は己の血を代償に武器の封印を解き、ソウルトーチャーを強化する技。最終形態まで強化されたソウルトーチャーは掴まれた内側から鉤爪をこじ開けながら、産声を上げるかのようにその姿を現していく。
「当然、それ相応のものは持っていかれるがね……」
それだけの力を出すための血を奪われふらつく視界。だがその中でも、鉤爪が破壊されていく様ははっきりと見て取れた。
「なるほど、最初からこいつは食われて上等、というわけか……くくく、抜かったわ!」
自身の攻撃の強さを逆手に取られ、最大の武器を破壊されていく鉤爪の男。だがそれさえも楽しいと言わんばかりに、破壊されていく鉤爪を振り回す。
やがて爪を壊しつくし次なる餌を求めたソウルトーチャーは、男本体へとその牙を剥けた。拷問具としての本領を発揮し鉤爪の男の肉体を破壊していくソウルトーチャー。
爪に痛覚があったのかは定かではないが、こちらには間違いなく激痛とダメージが入っているはず。だがこの劣勢すら好ましいと言わんばかりに鉤爪の男は笑いながら膝をつく。その姿にナギはこの男を生むほどの地獄の世界とはいかなる場所か、そう思うのであった。
大成功
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子犬丸・陽菜
お寝坊さんだね、あたしもそうだけど!
似たもの同士戦ってあげるよ!
先制攻撃ね…あたしとしては「都合がいい」かもしれないね。
宝珠で内臓かき回す苦痛を原動力にするから、むしろカウンターになる、かな?
宝珠起動を大げさに見せて腹に攻撃を誘導するよ。
ダメージが入ればその分相手に跳ね返る痛みも増すし!
まぁ辛いんだけど…はらわたを武器にする分覚悟はできてるよ!
これこそ、遅れてきた痛み、かな?
モツかき回される痛みはどう?
地獄が見れるかもね、一緒にこの痛みを楽しもう?
戦いは派手で華麗なものばかりじゃない、君にこれを楽しめるかな?
臓物かき回される音とか痙攣する体とか楽しめれば「素質」はあるかもね?
さて、あたしは?
最大の武器を今度こそ修理も困難なほどに破壊され、自身も致命レベルの深い傷を負った鉤爪の男。そんな彼の姿を気に掛ける様子もなく、子犬丸・陽菜(倒錯の聖女・f24580)が明るい調子で話しかける。
「お寝坊さんだね、あたしもそうだけど! 似たもの同士戦ってあげるよ!」
「寝ていたわけではないが……まあ否定はしない。お前たちに顔を見せたのも猟書家の中では私が最後だ。遅れたからこそ、他の倍働かねばな!」
道が通じたのも予兆に現れたのも彼が最後。さらには彼と同時にオウガ・オリジンとの本格的な戦いが始まったことでどうしても彼の注目度は下がってしまった。フォーミュラ亡きあとのアリスラビリンスを簒奪するという目的においてはむしろ好ましい状況だろうが、闘争を求める彼にとっては歯痒かったのかもしれない。その埋め合わせとばかりに、男は今まさに地獄の闘争に身を躍らせている。
「せっかく来てくれたが爪が壊れてしまっていてな……こちらでお相手させてもらうぞ。者ども、あの女を縛り上げろ!」
右手に持った髑髏と薔薇が表紙に書かれた本……『量産型侵略蔵書』を掲げ、鉤爪の男が叫んだ。するとこの不思議の国を照らしていた太陽が突如日食でも起きたかのように黒く陰り、そこから生まれたかのように鎖で武装した醜い男たち……【アリス狩りオウガ】の集団が現れた。オウガたちはまさに物語の悪役の如く、鎖を振り回し陽菜へと群がっていく。
その男たちに対して陽菜は、自身の体内にある『依代の宝珠』を体に形が浮くほどに大きく動かし、抗戦の構えを見せた。
オウガたちは見るからに危険なその形を取り抑えるべく、陽菜の四肢に鎖を絡ませ縛り上げてから腹部を拳で殴打する。
「うぐっ……!」
盛り上がっていた宝珠が強引に体に押し込まれ、中の内臓を掻き分ける。同時に陽菜は頬を膨らませ、何かに耐えるようなくぐもった声を出した。その表情を見たオウガたちはさらに2度、3度と陽菜の腹に拳をめり込ませる。
「ぐぶっ、ぐぼっ、がはぁっ!」
愛らしい顔をゆがめ、口をこれ以上なく大きく開けて唾液を吐き出す陽菜。オウガはそれに興奮を覚えたかのようにさらに腹への殴打を強めていく。一方鉤爪の男は、その様子をつまらなさそうに眺めていた。
「せめてこいつらくらい切り払えると思ったが……見込み違いか」
彼が求めるのは闘争であり、無抵抗の相手を一方的にいたぶる趣味はない。男は侵略蔵書を閉じると、死刑執行を命じるかのように右手の親指を下に向け、軽く振り下ろした。
そして一際強烈な痛みが腸を抉った。
陽菜の。そして鉤爪の男の。
「うぐっ……!?」
「これこそ、遅れてきた痛み、かな? モツかき回される痛みはどう?」
縛り上げられ口の端から血を涎を垂らしたまま、陽菜は不敵に笑い鉤爪の男を見ていた。その腹では、ボコボコに殴られた痣の下で今も宝珠が形を見せてのたうっている。
「地獄が見れるかもね、一緒にこの痛みを楽しもう?」
宝珠が腸に抉られる痛みを視線に乗せて返す【知られざる枷】。宝珠を外からも激しく動かせるため、陽菜は腹への殴打を甘んじて……むしろ喜んで受けていたのだ。そしてオウガの剛腕によって散々かき回された臓腑の痛みは、鉤爪の男の生身の腸に纏めて届けられる。
「戦いは派手で華麗なものばかりじゃない、君にこれを楽しめるかな?」
「なるほど……確かに楽しいぞ、価値無しと思った者に望外の闘争を送られるとは! だが種は割れた。その女の首をへし折れ!」
鉤爪の男はあくまでこの反撃そのものを楽しみ、決して苦痛は楽しんでいない。ならば返す手はこうだと、男は腹以外への攻撃をオウガたちへ命じた。
「残念。臓物かき回される音とか痙攣する体とか楽しめれば「素質」はあるかもと思ったんだけど。じゃあ最後……一緒にいっちゃおう?」
オウガの手が首にかかった瞬間、陽菜は宝珠を腹の中で思い切り回転させた。臓物が極限まで引き伸ばされ、捩じ切られかける。あまりの感覚に口から出た様々なものが首に伸びていたオウガの手にかかった。そして。
「がはっ……」
傷つき、ボロボロになっていた鉤爪の男の腸は、耐え切れずに本当に捩じ切られた。口から大量の血を吐き、男はうつぶせに倒れていく。
その異形の機甲から誰からともなくそう呼ばれた鉤爪の男。その最期は、鉤爪以外の部分を破壊されてのものであった。
「闘争は死によってのみ幕が下りる……これで良い……願わくば、全ての世界が闘争に満たされんことを……」
鉤爪の男が力尽きると同時に、オウガたちも消えていく。闘争を目的にした男は、望み通りの戦いの果てここに命尽きた。
「さて、あたしは? 闘争は、手段でしかない、かな……」
陽菜は散々に痛めつけられた腹を撫で、男とは違う楽しみを反芻しながら男に重なるように倒れ込むのであった。
成功
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