迷宮災厄戦⑱-2〜滲む視界のビヨンド
●涙の海の国
「鏡よ鏡。砕けた鏡よ。あのクソ生意気な猟兵共は何故戦うのだろうな。世界で最も尊いわたしがいるというのに、敵うべくもない者に愚昧にも立ち向かうのだろうな?」
『はじまりのアリス』にして『はじまりのオウガ』であるオウガ・オリジンは砕けた鏡を弄びながら、涙の海を揺蕩う。
悲哀に満ちた涙の海を泳ぐのは心地よい。それは絶対者としての至福である。他者の涙は蜜の味だ。人の不幸が蜜の味であるのと同じように、誰かが悲しい思いをしていれば、それだけで心が湧き立つ。
「ああ、いい。その答えに興味はない。大方、なんだかんだと訳のわからないことを言うのだから。いい加減、その手の問答はうんざりしている。辟易している」
弄んでいた砕けた鏡の破片を虚空へと弾き飛ばしてオウガ・オリジンは底抜けの闇の如き真っ黒な顔のまま涙の海の国を漂う。
此処にも猟兵は来るだろう。
現実改変ユーベルコードで作り上げた不思議の国。誰も彼もが過去の哀しみが、悲哀が、猟兵を襲うだろう。
その悲嘆に暮れる猟兵達の姿を見ながら、彼等の人肉を貪るのも悪くはない。
「ならば、わたし自ら奴らを弄んでやるのも悪くはない。手遊びのようなものであるが、なにもないよりは退屈しなくて済むだろうさ」
それに、とオウガ・オリジンの深淵の闇のごとく顔が嗤う気配がした。
「―――己の過去に押しつぶされて涙する連中を嗤ってやろう。世界で最も尊いわたしの前には、いかなる過去も意味はないのだと思い知るであろうから」
●迷宮災厄戦
グリモアベースへと集まってきた猟兵達に頭を下げて出迎えるのは、ナイアルテ・ブーゾヴァ(フラスコチャイルドのゴッドハンド・f25860)だった。
「お集まり頂きありがとうございます。ついにオブリビオン・フォーミュラである『オウガ・オリジン』の存在する戦場へと到達することができました」
そう言うナイアルテの表情は緊張に固くなっていた。
今までの猟書家たちも強敵であり、ともすれば猟兵達の命が危ないと感じるほどのものであった。だが、更にそれ以上の存在であるオウガ・オリジンとの戦いに猟兵たちを送り出さなければならないという事実が、彼女を緊張させていた。
「オウガ・オリジンは、現実改変能力を持ち、不思議の国の一つ……『涙の海の国』にて皆さんを待ち受けています」
この『涙の海の国』に存在するオウガ・オリジンとの戦いについては、猟兵たちにとって注意しなければならないことがある。
それは、一面が海水に覆われている国であるからこそ、避けては通れない道であり、海中に潜っているオウガ・オリジンを攻撃するには海水に入らなければならないということだ。
「はい……海中戦になります。ですが、問題はそこではないのです」
ナイアルテは言い淀むように表情を曇らせる。だが、伏せていた瞳を開き、猟兵たちを見据える。
「この国の海の水にふれると、自然と涙が溢れ、過去の悲しい思い出が次々と襲ってきます。これに対抗する術はありません。みなさんの中にある悲しい記憶。それを望むと望まざると引きずり出し、その心を押しつぶさんとするのです」
その海中にオウガ・オリジンは潜り込んでいるのであれば、オウガ・オリジンもまた影響を受けるはずであるが、オウガ・オリジンはその性格上悲しいと感じることなく、また影響を受けないのだ。
猟兵達は常に胸に、心に、頭に去来する悲しい思い出に押しつぶされることなく、強敵たるオウガ・オリジンと戦わなければならないのだ。
「悲しい思い出を克服しつつ戦う。それは容易なことではありません。誰しもが心のなかに哀しみを持つからこそ、誰かの憂いに寄り添うことができる。だからこそ、優しさというのでしょう。みなさんの心にそれがあるかぎり、悲しみに押しつぶされることはないと、そう信じています」
そう言ってナイアルテは頭を下げて、猟兵たちを送り出す。
無理難題であることは理解している。けれど、人の優しさが様々なものを救う所をナイアルテは見てきたし、知っている。
それを成した者達―――猟兵達の戦いの軌跡を知っているからこそ、信じて送り出すのだった―――。
海鶴
マスターの海鶴です。
※これは1章構成の『迷宮災厄戦』の戦争シナリオとなります。
涙の海の国に存在するオブリビオン・フォーミュラ『オウガ・オリジン』を打倒しましょう。
※このシナリオには特別なプレイングボーナスがあります。これに基づく行動をすると有利になります。
プレイングボーナス……過去の悲しみを克服しつつ戦う。
それでは、迷宮災厄戦を戦い抜く皆さんのキャラクターの物語の一片となれますよう、いっぱいがんばります!
第1章 ボス戦
『『オウガ・オリジン』と嘆きの海』
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POW : 嘆きの海の魚達
命中した【魚型オウガ】の【牙】が【無数の毒針】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD : 満たされざる無理難題
対象への質問と共に、【砕けた鏡】から【『鏡の国の女王』】を召喚する。満足な答えを得るまで、『鏡の国の女王』は対象を【拷問具】で攻撃する。
WIZ : アリスのラビリンス
戦場全体に、【不思議の国】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
スキアファール・イリャルギ
……ッ、あ……
蘇るのは、私がきみを――コローロを苦しめた、悲しませた記憶
……ごめ、ん
コローロ、ごめん……
そっと抱いたひかりは弱く瞬く
あぁ……きみも悲しんでるのがわかる
それでもきみは私を責めずに慰めてくれるんだね
悍ましい怪奇の私の為に、傍に居てくれる
きみの傍に居ることを赦してくれる
拒絶したって、逃げたっていいのに
……うん
きみの傍に居るよ
いつかこの命を終えて海に還るまで
いや、海に還っても、ずっと――
一緒に行こう
この世界を護ろう
辛い記憶が沢山ある世界だけど、大切な思い出もあるから
きみを傷つけさせはしない
魚の攻撃は全部私が受けて耐える
毒が廻りきる前に、きみの突進と私の霊障で一緒にオリジンへ体当たりだ!
それは昏い炎に散る火花。
その瞳に映したひかり。たった一人の観客。胸の奥が痛む。痛む。思い出す度にきっと痛みは蘇る。何度でも。
「……ッ、あ……」
その痛みはきっと忘れることの出来ない痛みであったことだろう。既に知っている痛み。蘇る。
それは後悔にして悲しみの記憶。知りながら手を伸ばすことの出来なかったひかり。
「……ごめ、ん。コローロ、ごめん……」
涙が溢れてくる。謝罪の言葉が溢れて、溢れて、溺れそうになる。
事実、溺れているようだった。そっと大事なものを抱えるようにして腕の中にあるひかりが弱く瞬く。
それは悲しみの感情だ。それが何故だかわかる。自分の感情ではないはずなのに、世界でたった一人の君の感情がわかる。
「あぁ……きみも悲しんでるのがわかる。それでもきみは私を責めずに慰めてくれるんだね」
この黒き影人間の傍に、悍ましき怪奇の己のために傍に居てくれる。自分がきみの傍に居てくれることを赦してくれる。
拒絶したっていい。逃げたっていい。それでも、と声が聞こえた気がした。海中の中に音は響かない。けれど、たしかに響いたのは、胸の内側から。
時は決して戻らない。
どれだけ現実改変ユーベルコードが輝こうとも、己の胸の内側から溢れ出るものまでは変えられない。
「……うん、きみの傍にいるよ。いつかこの命を終えて海に還るまで」
歌が響く。
誰でもいいわけじゃない誰かのための歌が響く。メロディはずっと鳴り響いている。腕の中の弱い光が、ふわりと離れる。
導くように、けれど、どこか此処まで来て欲しいというように。
「いや、海に還っても、ずっと―――」
それは宣誓であった。もしも、いつか己の命が終わるときがあったとして、己は往くだろう。かなたの海へ。今は見果てぬ場所へ。
「一緒に行こう。この世界を護ろう。辛い記憶が沢山ある世界だけど、大切な思い出もあるから」
だから、なかったことにはさせない。どれだけ涙が溢れてしまったとしても、胸に宿る記憶とメロディは枯れることはない。
今もそうだ。
溢れてくる。次から次に、きみへの想いが、歌が。
羅睺と計都(フットステップ)―――それは一切合切の光を吸い込む黒色。それはすべての色を束ねた白色。
縦横無尽に飛び回る、煌めく“ひかり”が、海中に在るオウガ・オリジンの姿を照らす。
そのひかりが照らすオウガ・オリジンの顔は黒色に塗りたくられ、光すら反射させぬ暗き闇。
「―――わたしを照らすか、わたしは食い物の、アリスの残骸には興味ない。消え失せろ、お前たち」
放たれるは尖き歯を持つ魚のオウガ。オウガ・オリジンの号令に従うように無数の毒針へと変じ、一斉に放たれる。
闇色の怪奇人間は、ひかりを前に立ちふさがる。両手を広げる。それは相対するオウガ・オリジンにとって不可解な行動だった。
「きみを傷つけさせはしない」
痛みが全身に走る。無数の針が、その怪奇人間の体を穿つ。毒が廻る。廻る。ぐるりと体中を駆け回っていく。
だが、その瞳はひかりを受けてまばゆく輝く黒色。そこにあったのは意志の輝き。それは同じ黒色の顔を持つオウガ・オリジンとは似て非なるもの。
「―――なんだ、貴様。貴様はなんだ?」
その問いかけに応える者はいない。放たれた煌めくひかりが、共に飛ぶ怪奇人間と共に弾丸のように放たれ、オウガ・オリジンをさらなる涙の海の国の深淵へと叩き落とす。
―――それは、周囲に機会な現象を撒き散らすヒトガタの影。
寄り添うひかりと共に『怪奇人間』であり続けようとする、その名を、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)。
涙の海にメロディが響き渡る―――。
大成功
🔵🔵🔵
姫川・芙美子
海中戦ですね。【化術】でエラ呼吸出来る様に肉体を変化させて挑みます。
カクリヨで暮らした私自身に悲しい思い出はありません。ですが、海に誘われて「産まれてすぐ処分された記憶」や「親に厭われ閉じ込められた記憶」等に襲われます。産怪とはそういう子供達の魂から産まれた妖怪なのでしょう。
だからこそ感謝されたい、ここにいても良いと認められたいのです。その為ならどんな悪とも戦います。
【狐狗狸さん】で友達の妖怪達を呼んで迷宮を【偵察】して貰い最短路を助言して頂きます。
「鬼足」の強靭な脚力で迷宮な壁を蹴って【ジャンプ】しながら突破。
「鬼手」の【封印を解き】巨大化した鉤爪による【怪力】でアリスを切り裂きます。
「なんだ、あれは。あれはなんだったのだ? 尊き私に光をぶつけるなど、なんたる不遜。到底赦してはおけぬ―――」
それはオウガ・オリジンの苛立ちを象徴するような、海中迷路だった。
あらゆる意味で冒涜的。あらゆる意味で傲慢。それがオウガ・オリジンというオブリビオン・フォーミュラであった。
己以外の全てが塵芥。真に尊きものは己のみ。故に忠臣であろうとも、戯れのように殺す。己以外の全ては換えの効くもの。己とは違うのだという傲慢があるからこそ、生命を弄ぶ。
その力の顕現が、この不思議の国で出来上がった迷路であった。だが、その迷宮を凄まじき速度で踏破するものがいる。その存在をまだオウガ・オリジンは知らない。
どぽん、と転移して早々に姫川・芙美子(鬼子・f28908)が感じたのは、悲しみだった。
カクリヨファンタズムで暮らした彼女自身に悲しい思い出はない。
だから、彼女の瞳から勝手に溢れる涙に戸惑いこそあれ、心当たりはなかった。涙が次から次に溢れてくる。何故、こんな感情が己の胸の内側から溢れてくるのかわからなかった。
海中を往く。
化術によってエラ呼吸できるように体を変化させ、人魚さながらに海中を進む。目の前にはオウガ・オリジンによって展開された迷路の如き不思議の国。
涙で視界が滲む。
ああ、と得心が行く。己の妖怪としての名『産怪』。それは正体の分からぬ妖怪。いや、すでに彼女は知っていたのかも知れない。
何故、己が人々の安寧に対する感謝を糧にするのか。何故、『そうあるべき』という強迫観念の如きものに突き動かされるのかを。
「―――この体はきっと、いくつもの魂が集まって産まれたものなのですね……」
この溢れる涙は、きっと今も頭の中に渦巻くように再生され続ける記憶のせい。
産まれてすぐ処分された記憶。親に厭われ閉じ込められた記憶。
一つとして同じものはない。けれど、共通しているものがある。
何のために自分が産まれたのか、その意味すら知らずに死していく運命を嘆く心。産声上げることも叶わずに、死する生命。
その記憶の集合体が、彼女の中にある。
だから、彼女は―――。
「どうぞおいでください」
海中迷路を前にして芙美子はためらわない。
ユーベルコード、狐狗狸さん(コックリサン)が発動し、人を誑かす変幻自在の妖怪、狐狗狸さんと共に迷路の最短距離を矢のように泳ぎ切る。
狐狗狸さんの助言と芙美子の海中を踏破する力、そして鬼の妖怪が封印された鬼足の脚力があれば、それはすでに矢ではなく弾丸の如き速度だった。
迷路の先、出口にはオウガ・オリジンが待ち受けている。迷路の壁を蹴って、海上へと飛び出す。
「わたしよりも高い場所にいるなど、猟兵―――! 頭が高い! その肉、一片も残さず食してくれる―――!」
襲いくるオウガ・オリジンの顔のない暗闇の如き顔。
だが、芙美子の心に去来するのはもう、悲しみでもなければ恐怖でもなかった。
在るのは、彼女の心を突き動かすたった一つのもの。
人は一人では生きていけない。己の生きる意味も、産まれた意味も、自分自身で見つけるしかない。
「だからこそ、感謝されたい。ここにいてもいいと認められたいのです。そのためならどんな悪とも戦います」
鬼の封印された手が高く掲げられ、その封印がほどかれる。巨大化した鉤爪の如き鬼手が振るわれ、その暗闇の如き真っ黒な顔を切り裂く。
その一撃は、傲慢なるアリスの体を傷つけ、絶叫を響かせる。
怨嗟の声を背に芙美子は言う。
「この魂が―――いえ、私が此処にいる理由。それは、まだ見つけられない……けれど、この悲しい記憶が私の一部なら」
どれだけ強大な敵であろうと、どれだけ恐怖を煽る者であろうと、臆すること無く戦う。
「私は、正義の味方として、あなたを討ちます―――!」
大成功
🔵🔵🔵
馬県・義透
四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友。
第四『不動なる者』まとめ役で盾役な武士
一人称:わし/我ら 古風
ちょうどこの時期か。我らが『死んだ』のは。
(※誕生日=四人の命日)
その時の致命傷は、未だに腹部に残る。(※四人共通の致命傷)
悔やんでも悔やみきれぬ。見ているしかなかったあの時なぞ…!
霊体で漂い、どうなっていくかを見ることしかできなかったのも。
あるいはこの姿こそが…。
しかし…世界を壊させるわけにはいかん。
我らのような者らを増やすわけにいかんのでな。
…我らの怒りを、正しく貴殿にぶつけよう、オリジン。
この素早さ、それに武器の四天霊障は捉えきれまいに!
わしは不動なる者。なれど、動くべき時には動く者である!
オウガ・オリジンによる現実改変ユーベルコードによって生み出された不思議の国『涙の海の国』。それは触れてしまえば、否が応でも悲しみの記憶を呼び覚ます、悲しみに溢れた国。
それ故に、誰も彼もが逃れられない。
転移すれば、そこは海中。海しか無い世界故に、自分たちを護るものは何一つ無い。海中を満たす水に触れた瞬間、馬県・義透(多重人格者の悪霊・f28057)―――複合型悪霊たる彼等に去来するのは、運命が決した日。
そして、運命が交錯し交わった日でもあった。
「ちょうど、この時期か。我らが『死んだ』のは」
それは淡々とした言葉であった。事実だけを語る言葉は、彼等複合型悪霊の中にある霊の一柱。『不動なる者』。
未だに残る腹部に刻まれた致命傷の傷跡。4つの魂が交わって出来上がった肉体なれど、その刻まれた傷跡は皆同じであった。
蘇る悔恨の記憶。
「悔やんでも悔やみきれぬ。見ているしかなかったあの時なぞ……!」
「霊体で漂い、どうなっていくかを視ることしか出来なかったことも……」
オブリビオンによって壊滅した故郷。
その惨劇の嵐を見ていた。覚えている。何もかもが手の届かぬ場所に行ってしまった。悔やんでも悔やみきれない。
その思いは四つの魂にとって共通なるのもの。その閉じた眼から溢れる涙を停められない。
男泣きなぞ、と己を見る者は笑うかも知れない。けれど、この涙は己達だけのものではない。きっと、無念のうちに死せる魂が流す涙であった。
誰も彼もが抵抗することも出来なかったことであろう。老いた者も、幼き者も。何もかもが過去の化身に蹂躙された。
強い後悔。力への渇望。絶望、何もかもが綯い交ぜになったからこそ、今の自身達の姿が在る。
故に、この姿こそが、悔恨の象徴。己達が守れなかったもの象徴であるのかもしれない。
「しかし……世界を壊させるわけにはいかん。我らのような者らを増やすわけにはいかんのでな」
どれだけの怒りが、悲しみが、この体を包もうとも、歩みは停めない。たとて、この体を構成する一人が立ち止まってしまったのだとしても、残りの三人が肩を貸し、支え進むことだろう。
四つの魂が合わさったことには意味がある。
それは、惨劇を生み出さぬため。悲しみは怒りに。怒りは力に変える。
「では、どうする。悪霊風情が。食いでのないものばかりやってくる―――! その手の憤怒などもう見飽きたわ!」
オウガ・オリジンが放つ魚型オウガが変じた無数の毒針が海中に合って凄まじき勢いと数で持って義透を襲う。
「我らの怒りを―――正しく貴殿にぶつけよう、オリジン」
それは雷のように(ウゴクコトライテイノゴトク)凄まじき姿へと変じる。翼の生えた虎。憤怒の形相は、あらゆる敵対するものを呪う眼光を放ち、己目掛けて放たれた毒針の尽くを雷でもって消滅させる。
迸る雷撃が戦場を包み込む。次々と毒針を撃ち落としながら圧倒的速度で海中をス進む翼虎。
それは閃光の如きまばゆさを放つ。四つの魂と四つの無念が集まり、四天霊障となったものが制御を外れ迸る。
「この素早さ、それに我らが無念が合わさりし雷撃は捉えきれまいに!」
放たれる雷撃が次々とオウガ・オリジンの体を撃つ。
紫電がほとばしり、霊障のあらゆる力が、その身を穿ち続ける。翼をはためかせ、オウガ・オリジンの周囲を飛び交うは、まさに嵐。
「わしは不動なる者。なれど、動くべきときには動く者である!」
束ねられた霊障と雷撃がオウガ・オリジンへと穿たれ、その身を散々に穿ち続ける。それは四人の無念、片時も忘れたことのない記憶故に、制御の外れた強大なる力の嵐となって、オウガ・オリジンを苦しめ続けたのだった―――!
大成功
🔵🔵🔵
ジャム・ジアム
アドリブ歓迎
『ガラス蜘蛛』で泡のように体を包み【深海適応・水中戦に備える】
涙と過るのは逃げた私を助けたお人好し、あの子の笑顔
なんでもない日
何もならない話をしてお腹が空いたとあの子が言った
私もついてった
美味しいドーナツ、芳しい香水、硝子の向こうに何もかもがある
でもね、見てはいけないものを見た
私に針を刺した人
逃げた、あの子も逃した。ええ、元気なはずよ
でもね、あの男を見たからもう会えない
悲しいわ、あのお人好しにもう会えない
でもね、あの子はきっと幸せよ
いい子だもの
だからジアムも寂しがって居れないわ。恥ずかしいでしょ?
『万象の牙』で道を照らし『謎のレモン』で先を辿る
出口を出たら、そのまま針の雨をあげるわ
その身を包むのは銀の薄布。
今のジャム・ジアム(はりの子・f26053)は水蜘蛛のようであった。『涙の海の国』の海中に沈み込む体。ガラス蜘蛛の泡の如き薄布が彼女の体を包み込む。
それでも触れてしまう海中の水。
止めどなく溢れてくる涙は、否応なしにジアムの記憶の海より哀しき記憶を呼び覚ます。
滲む視界の先にあるのものは、いつか見た笑顔。
自分を助けてくれたお人好しの、あの子の笑顔。胸が締め付けられるように、過ぎ去りし日の残影。それが残影であると理解できるほどにはジアムの頬を伝う涙は、それが過去のものであることをはっきりと伝えるほどに重い。
「お腹が空いたね。お腹が空いてしまっては、心までやせ細ってしまうから」
なんでもない日。特別な日ではなかったけれど、そのなんでもない日々がジアムには遠い。
いつだってそうだけれど、特別なものを特別と理解できるのは、理解し続けることは難しい。
いつかの特別は、いつか別の平凡に成り代わる。慣れてしまうのが生命であるというのであれば、あの日の出来事はきっとジアムにとって消えることのない特別な笑顔と共に語られるべきものであろう。
引いてくれた手の温かさと大きさを今も思い出す。
美味しいドーナツ、芳しい香水。ガラスの向こうに何もかもがある。
幸せだったと言ってもいいのだろう。僅かな時間だったけれど、それは掛け替えのないものだ。
良くも悪くも、それはジアムにとっては。
「―――」
見てはいけないものがある。読みが会える針の痛み。尻尾がじくりと痛む気がした。明色の羽がざわざわとざわめく。止めどなく溢れる涙は、恐怖からではない。
見てはならない人を見た。
己に針を刺す人。
踵を返す。逃げた。あの笑顔の子も逃した。
元気なはずだ。今もどこかであの笑顔を自分ではない誰かに向けているかも知れない。決してもう自分が見ることも向けられることのない笑顔。
「でも、それでいいの」
きっとそれがいい。 あの男を見たからもう会えない。悲しいけれど、あのお人好しにもう会えない。
会ってしまえば、あの子の幸せを、笑顔を壊してしまう。それは、はっきりと嫌だと思う。
涙が溢れてしまったとしても、きっとジアムは最後まで会うことを是としないだろう。
想像するしかない。
「あの子はきっと幸せよ。いい子だもの」
こんな体の自分を助けてくれる。迷いなく手を伸ばし、笑顔を見せてくれる。そんな彼女が幸せにならなくて、誰が幸せになるのだ。
彼女の幸せが自分が会わないことで守られるのならば、ジアムはそれでいい。あの笑顔の思い出だけでジアムは生きていける。
誰かの優しさが誰かの幸せになる。誰かの幸せが、誰かの笑顔となって繋がっていく。ジアムはもうそれを知っている。だから。
「だから、ジアムも寂しがって居れないわ。恥ずかしいでしょ?」
駆け抜ける迷路の中。
それはオウガ・オリジンが産み出した不思議の国の迷路。
「愛しい貴方たちの輝きを―――その輝きでジアムの道を照らして」
輝ける万象の牙(スピリトゥアーレ)がジアムの道行を照らす。それは燦然と輝く無数の針たち。
手にした謎のレモンが蔦を這わせ、迷路の先を辿る。
人生はいつだって迷路だ。
迷って、立ち止まって、時には行き止まりがあって逆戻り。
けれど絶え間なく進む時間の流れは残酷だ。止まってはくれない。逆巻いてはくれない。いつだってそうだ。
だから、自分の道標はなくさない。あの子の笑顔は、今も尚ジアムの心を燦然と輝き照らしてくれている。
「全てが無意味だ。生命も、何もかも」
オウガ・オリジンの声が響く。自分以外の何者も無価値だという彼女の声をジアムは聞き入れない。
「どうせ自分以外の何もかもが信じられないんでしょう。あの笑顔を知らないから、そんなことが言えるのよ」
放たれる燦然と輝く万象の精霊の加護を纏いし針たち。
それは雨の如き一撃だった。絶叫が聞こえる。けれど、ジアムの胸に去来するのは、悲しい記憶ばかり。寂しい。寂しい。
けれど、それは自分が抱えるものである。
溢れさせてはならない。天を仰ぎ見る。涙が溢れてしまわないように。人生は寂しいことばかりではない。
きっと、あの子もそう。だから、ジアムは涙を湛えた瞳を前に向ける。
滲む視界の向こうに、いつだって輝く笑顔があるのだから―――。
大成功
🔵🔵🔵
セルマ・エンフィールド
思い出すのはおじさんと呼んでいた育ての親との別れ
幼い私を守り、銃の扱いも教えることができたあたりただの優しいおじさんではなかったのだろうが、自分にとってはそうだった
おじさんは私の目の前で見知らぬ男に撃たれ死んだ
「冷静であれ」という教えを破って激情に身を任せ、気付いた時にはおじさんも撃った男も焼け焦げ、凍り付き、人の形を保っていなかった
自分が冷静であれば、きっともっと別れを惜しむことができた
……その後の暮らしといい、悔やむことは多いですね。
ですが、その経験があるから今の私がある。
あの日のことを思い出すこれは、あまり使いたくなかったのですが……
熱気と冷気で魚型オウガを倒し炎と氷の弾丸で撃ち抜きます
オウガ・オリジンの絶叫が遠く聞こえる。
無数の輝く針に貫かれ、オウガ・オリジンは咆哮する。
「わたしの、最も尊きわたしの体に傷をつける! この涙の海に沈んでしまえばいいものを! 罪悪に押しつぶされて死んでしまえばいいというのに!」
その咆哮をセルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)はどこか遠くに聞いていた。
無数の魚型オウガたちが無数の毒針へと姿を変え、放たれる。それは先行した猟兵からの攻撃に対する意趣返しのようにセルマへと迫る。
けれど、セルマの瞳は今涙が溢れて滲んでいた。
何も見えない。見えるのは、蘇る記憶の光景。
おじさん、とセルマの口からこぼれ出る言葉は、溢れる涙とともに溶け出したかのようだった。
「冷静であれ」
心のなかに響く言葉がある。
どんな時でも、どんな場所でも、常に『冷静であれ』。その教えは今もセルマの心のなかに宿っている。
けれど、人間はそんな単純ではない。『冷静であれ』と言われてどんなときでも冷静でいられるはずがない。
育ての親。別離はいつだって突然やってくる。
見知らぬ男のはなった弾丸。もしも、幼い自分がいなかったのならば、おじさんは一人であの場を切り抜けることができただろう。
そう、自分がいなければ。銃の扱いを教えてくれた。自分を護ってくれた。ただの優しいおじさんではなかったはずだけれど、セルマにとっては、そうだったのだ。
優しかった。ただそれだけでセルマの心はいつだって平穏だったのに。
奪われてしまう。
人の大切なものは他人にとって大切なものではない。生命だってそうだ。自分が大切に思うものですら、他者は平気で奪うし壊す。
他者の痛みに鈍感な癖に、自分の痛みにだけは敏感な者こそが、いつだって誰かの大切なものを踏みにじる。
『冷静であれ』
そんなことわかってる。けれど、自分の大切なものを踏みにじられて、平気な顔をするほどセルマは成熟していたとはいえなかった。
―――。
気がついた時、周囲にあるのは焼け焦げ、凍りつき、人の形を保っていなかった。
燃え尽きても、燃やし尽くす。
それが己の炎。
彼女は悔やんだ。自分が冷静であれば、きっともっと別れを惜しむことができた。見送ることだってできたかもしれない。けれど、セルマは師であり親でもあったおじさんの言葉を守らなかった。
激情に身を任せ、力を振るった。
それが間違いであったとは思えない。いや、悔やむべきことであった。
「……その後の暮らしといい、悔やむことは多いですね」
自分の人生は、悔やむことばかりだ。誰も彼もが順調な人生を歩んでいるわけではない。華々しい経歴や経験だけが人の生を素晴らしいものにするのならば、人の人生とはなんて単調なものだろう。平坦そのものであると言っていい。
けれど、セルマはそれを望まない。どれだけ苦々しい経験があろうとも。悲しみの記憶が視界を滲ませようとも。
「ですが、その経験があるから今の私がある」
涙で滲んだ視界を拭う。
いつだって、人は前を向いて歩いていける。涙が溢れるのならば、止めなくてもいい。拭っていけばいいだけのことだ。
「貴方は、ここで殺す」
あの日のことを思い出す。炎と氷の嵐。今も脳裏にちらつく光景。けれど、それでもやらなければならないことがある。
放たれた毒針の群れを、セルマの炎と冷気が撃ち落とす。
それは氷炎嵐舞(ヒョウエンランブ)―――炎と冷気を纏う真なる姿。彼女が操る炎と冷気はあらゆる物を無差別に攻撃し続ける。
素早く動くものを、目の前の敵を、己の体自身と心を蝕みながら、炎と氷が乱舞する。
オウガ・オリジン目掛けて放たれる炎と氷の弾丸。
次々と現れる魚型オウガすらも歯牙にも掛けず、穿たれ焼き焦がし、凍りつかせ、オウガ・オリジンを蜂の巣の如き姿へと変える。
「冷静であれ」
セルマの唇が紡ぐ。
それが師の教え。炎と冷気が体の中をうごめく。息を吸って吐き出す。涙は枯れない。その記憶の根底にある後悔があるかぎり、止めどなく溢れることだろう。
けれど、その涙を唯一せき止めるのは、師の教え。
伏せた瞳が拓かれた時、そこにあったのはいつものセルマの瞳だった。悔やむ記憶もまた己のを構成する物語の一つであるのならば、それを背負って進む。
切り捨てることなんてしない、何一つとして―――。
大成功
🔵🔵🔵
アハト・アリスズナンバー
――これは、私の悲しみではない。私であって私でない者。
即ちオリジナル・アリスの記憶。
扉に到達するも、その扉は自分の物ではなかった。
共に居た彼の……博士の扉。
彼女は失意と共に、オウガに喰われた。その無念が私にも刻まれている。
だから博士は私を、私達を作った。
無念を晴らすために。オウガに復讐するために。
――今こそ、すべてのアリス達の思いをこの槍に。
毒針に関しては【激痛耐性】【毒使い】を使って無視します。
そのまま【グラップル】弾を撃ち込んで【ランスチャージ】しつつUCを発動。狙うはその心臓ただ一つ。
さあ、チェックメイトです。
目の前に扉が在る。
ある者にとっては元世界へ戻るための自分の扉。自身を追い求めるオウガから逃げ切る事のできる希望の扉。
だがあるものにとっては、それは自分の扉ではない絶望の扉。
溢れる涙は絶望のためか。それとも、恐怖のためか。
溢れる涙をせき止めるものはない。それどころか、堰を切るのは失意。この胸に去来するのは、失意だった。
帰ることのできない絶望が、悲しみが、痛みが、アハト・アリスズナンバー(アリスズナンバー8号・f28285)のあるはずもない記憶を幻視させる。
「―――これは、私の悲しみではない。私であって私でない者。即ち―――」
涙が溢れる。
悲しいと感じるわけでもないのに、それでも涙が溢れ落ち続ける。止めることのできない生理的な現象であるというのなら、それは致し方のないことなのだろう。
けれど、これは違う。
何もかもが違う。不思議の国『涙の海の国』に沈む身体に作用する不可思議な力のためだ。蘇る記憶は己のものではない。
「オリジナル・アリスの記憶」
共にいくつもの不思議の国を駆けた。元の世界に戻るために。オウガから逃れるために。だが、結果は同じだ。追いつかれ、オウガに食われる運命。
その己の運命に対する失意が、アハトの原型となった者の記憶。作られた身体であっても、記憶は奥底に宿っている。
その無念。失意。あらゆるものが、共に居た彼……博士によって作り上げられた。
「だから博士は私を、私達を作った。無念を晴らすために。オウガに復讐するために」
この体が、記憶が言っている。
無念を晴らせと。そのためにこの体はあるのだと。いつだってアリスは非捕食者だ。食われる立場であるからこそ、逃げる。逃げ続ける。
どれだけのアリスが食われたことだろう。どれだけの失意が、絶望が、アリスラビリンスに満ち溢れていたことだろう。
手にしたアリスズナンバーランスを掲げる。
「―――今こそ、すべてのアリス達の思いをこの槍に」
溢れる涙は止まらない。けれど、それを拭っている時間はない。先行した猟兵達の攻撃によってオウガ・オリジンの体は蜂の巣のように穴だらけである。
どれだけの攻撃を受ければオウガ・オリジンが倒せるのかわからない。
けれど、アハトの胸の中を満たすのは恐怖や絶望ではない。それは、晴らすべきものだ。
「何がアリス達の思いだ! アリストは供物。その柔らかな肉を、滴る血を、わたしの腹に納めるだけの存在だ。食されるだけでもありがたいと思わなければならないというのに、あまつさわたしを逆恨みするなど!」
魚型オウガたちが次々と毒針へと姿を変え、アハトへと放たれる。
掲げた槍の穂先をオウガ・オリジンへと向ける。その切っ先が狙うのはたった一つ。突っ込むように海中を往くアハトに次々と毒針が突き刺さっていく。
痛みが体を駆け回っていく。
けれど、無視した。それがどれだけ無謀なことであるのか、アハトは知っていたかも知れない。
けれど、これでいい。アハトにとって、己は槍そのものである。放たれた一撃は必ず到達させる。
「無駄だ! 猟兵! 私を倒そうなど」
放たれるビームグラップル弾がオウガ・オリジンの心臓へと突き刺さる。まだ浅い。けれど、それはただのマーキングに過ぎない。
本命は、この槍の穂先。その心臓を穿つ。たったそれだけが、アハトの狙いであり、目的である。
「チェックメイト。貴方はもう詰んでます」
最後に放たれた槍の一撃が、オウガ・オリジンの心臓を深く穿つ。大穴が空き、オウガ・オリジンの絶叫が響く。
だが、それでもまだオウガ・オリジンは顕現し続けるだろう。致命的な一撃。心臓を破壊した一撃は、続く猟兵たちを大きく助ける。
自分の役割は果たせた―――。
その無念、はらせただろうか。そんなことを思いながら、痛む体のままアハトは海上へと飛び出す。
迷宮災厄戦、アリスオブゲームエンド。
戦いは終わっても、人生という名の戦いはまだまだ続く―――。
大成功
🔵🔵🔵
トリテレイア・ゼロナイン
(水中用装備を装着し潜航)
この世界では境界が曖昧となるのか、アリスがオウガとなる事例が数多ありました
新たな犠牲者を生ませぬ為、刃を以て終わらせる
騎士として幾度も行ってきました
…彼ら彼女らもこの世界に連れ去られた被害者であったというのに!
御伽の騎士のような救いある結末など用意できなかった我が身が憎らしい
高望みが過ぎる故の無用な哀しみ?
いいえ、騎士足らんと望むなら背負わなけばならないのです
涙流さず感情演算に動作精度が左右されぬ身体…これだけは御伽の騎士に勝ります
魚オウガを高速誘導魚雷で迎撃し、水中機動で回避
始まりのアリスを討つ事がこれまでの繰り返しだったとしても
騎士として為すべき覚悟あり
UCで突撃
アリスラビリンスは、小さな世界―――不思議の国が合わさって出来上がる複合世界である。
それは他の世界と比べても例を見ない世界であり、それ故に多くのアリスたちがアサイラムより召喚され、オウガたちに追われる。
オウガ達は人肉を欲し、アリスを追う。それはアリスたちにとっては絶望しか意味しないだろう。
「この世界では境界が曖昧となるのか、アリスがオウガとなる事例が数多くありました……」
トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、水中用装備を装着し、不思議の国『涙の海の国』へと潜航する。
この海中の水に触れてしまえば、人は溢れ出る涙と共に悲しみの記憶を引き起こされる。だが、ウォーマシンたる彼はどうだろうか。
その体に涙を流すという機能はない。
それ故にデータベースから現出されるのは、彼にとって意図しない記録だった。
絶望するがゆえにオウガと成り果てるアリス。
「あらナた犠牲者を生ませぬ為、刃を以て終わらせる。騎士として幾度も行ってきました……」
己の振るう刃が、哀しみの連鎖を断ち切るためにあるのだとするならば、断ち切った鎖こそが騎士として救うべきものであったのかもしれない。
「……彼等、彼女らもこの世界に連れ去られた被害者であったというのに! 御伽の騎士のような救いある結末など用意できなかった我が身が憎らしい」
トリテレイアのそれは慟哭の如きものであった。
海中に控えるのは、オウガ・オリジン。
そのオウガ・オリジンの心臓は穿たれ、全身は蜂の巣のように幾多もの針と弾痕が残されていた。
先行した猟兵がオウガ・オリジンを此処まで追い詰めたのだろう。暗き闇を溶かし込んだかのような顔のない顔の奥で苛立ちが揺らめくように立ち上るような気配をトリテレイアは感じた。
「救い? 救いと言ったか、ブリキ風情が! 貴様に何ができる。救うだと?」
オウガ・オリジンが海中にて吠える。
それは怒りだった。真っ当な怒りではない。そこにあったのは、己が傷を負わされたという事実に対する純然たる怒り。
他者のために怒るということを知らないオウガ・オリジンにとって、怒りとは己のためだけに高ぶる感情だ。
「貴様の抱えるそれは矛盾している。救えなかった、救えなかった、お魔達はそればかりだ! 己が食するもの、己が消費するものとわたしが食するアリスの間に何の違いがある。お前の言うことは高望みが過ぎる。ブリキであるのなら、使われるままに朽ち果ててしまえばいいものを! 貴様の言うそれは、ただの自分だけが感じられる哀しみだ! わたしとなんら変わりはない!」
魚型オウガたちが無数の毒針へと姿を変える。
放たれる散弾銃の如き無数の毒針がトリテレイアを襲う。水中用装備に換装したトリテレイアの巨躯が海中に合って駆け抜ける。
「高望みが過ぎる故の無用な哀しみ? いいえ、騎士足らんと望むなら、背負わなければならないのです」
涙は流れない。
それはこの身が機械騎士であるが故。だが、それ故に他の生命体のように勘定によって演算が狂うことはない。
感情のゆらぎが行動精度の乱高下を生み出すというのであれば、この一点においてのみ機械騎士は御伽の騎士を上回る。
追いすがるようにして放たれる毒針の群れを高速誘導魚雷が迎撃し、爆散する。海中の中に広がる爆発。それを水中軌道によって交わし、手にした艦船強襲用超大型突撃機械槍(ロケットブースターランス・ウォーマシンカスタム)を構える。
「始まりのアリスを討つ事が、これまでの繰り返しだったとしても、騎士として為すべき覚悟があります。貴方を討つ―――何も変わらないのだとしても、私と貴方の間には決定的な溝があるのです」
それは誰がために。
巨大な機械槍の一撃は一瞬で間合いを詰める。肉薄し、アイセンサーと顔のない顔が交錯する。穂先から展開された傘状バリアがオウガ・オリジンの体を押さえつけ、そのまま海底へと叩き落さんばかりの勢いで持って打撃を与える。
「己のために戦う者にはわかりますまい。誰かのために戦うからこそ、誰かの哀しみを解することができるのだと。誰かの涙を拭うのが、本当の騎士であると、私の中の騎士道精神が言うのです―――!」
大成功
🔵🔵🔵
ラックラ・ラウンズ
ティラル・サグライド(ID:f26989)と
ああ、悲しき記憶か。
そんなもの幾らでもある。
海中に潜り、思い出すはアリス達との記憶。
楽しい笑顔、頬を膨らませた怒り顔。そしてオウガに食い殺された絶望。
私は、俺はそれを背負い此処に立っているのだ。今更こんな物を見せてどうしたのだ!
強烈に湧き上がる怒りと共にUCを発動!
呼吸できぬ苦しみも!目が霞む毒も!身を裂く血も無視して行け!
ティラルに魔法の種の蔦でしがみつきながら、巨砲を後方に向け推進力を足して進まん。
生まれたオウガもティラルが喰らい尽くす。ならば俺は、目前の仇のみ!
尾の一撃を見、水を力強く蹴りヤツに接近、溢れる感情ごとシールドバッシュを叩きこめ!!
ティラル・サグライド
ラックラ・ラウンズ(ID:f19363)と
なんと無粋な事を。
過去の記憶は考察するのが楽しいってのに。
それはそれとしてああ、これか。
なるほど、元の世界で排他され、己の言葉は信じられず、その果てに怒り力を振るい閉じ込められた。
つまらん。三流の悲劇ほど見ていてつまらない物は無い。
この悲しき感情も怒りへと変換し、やってしまおうか。
そろそろ苦しい呼吸も、ジャバウォックに変化し元通り。海水も飲み込んでいこう。
ああ、鏡の国の女王様、今は邪魔だ。味合う事なく拷問具ごと噛み砕き飲み込もう。
さあつまらない劇を広げてくれた役者。石ぐらい投げつけられる覚悟はあるかい?
強烈な尾の一撃をプレゼント。
ラストは案山子君に。
生きるとは一体どれだけの艱難辛苦を味わうことであるのだろうか。
生命の辿る道は何時だって、悲しみが広がっている。生きるとは哀しむことであろうか。とても辛い。
自然と涙がこぼれ落ちていく。
どれだけ意志が拒絶しようとも、その涙は止まらない。不思議の国『涙の海の国』において、その海中の水に触れた者は、涙をこぼす。
それは己の自覚せぬ記憶であったとしても、悲しき記憶だけを湧き上がらせる。悪趣味であると言われればそれまでである。
海中に槍の一撃と共に没した心臓を穿たれ、全身を撃ち抜かれたオウガ・オリジンは嗤う。
「どこまで行っても愚かだな。猟兵。どれだけ清廉潔白なる者であったとしても、清廉であるがゆえに悲しみすら飲み込むほか無い。飲み込んだ悲しみが何かに変わることはない。澱のように己の腹の中に貯まり、潔白であるがゆえに、その澱を吐き出すことができない」
嗤う。嗤う。砕けた鏡を弄ぶ。海底から輝き放つ砕けた鏡が、海中に没する猟兵たちを照らした―――。
「ああ、悲しき記憶か」
そんなもの幾らでもある。ラックラ・ラウンズ(愉快口調の墓守案山子・f19363)にとって、それはオウガたちに蹂躙されるアリスたちを見続けたが故に立ち上がった存在であるがゆえに、数多の記憶として彼の心を燃やす言動力として存在していた。
それは墓地の数だけ存在する。
次々と襲ってくる記憶。思い起こされる。いや、今でも鮮明に思い出すことができる。楽しい笑顔、頬を膨らませた怒り顔。アリスたちとの思い出は、身につけた遺品の数だけある。明滅するように次々と溢れてくる。
涙が、その案山子の顔から溢れ出る。あのオウガに食い殺された絶望の顔を思いだ出す度に涙が溢れる。
握りしめる数々の遺品。託されたものばかりだ。涙は溢れて海中に溶けていく。大切な記憶。忘れてはならない記憶。この体に宿るボロボロな心臓が痛む。
「なんと無粋な事を。過去の記憶は考察するのが楽しいってのに」
失われた過去。消えた記憶。世界の謎。あらゆる者は謎に満ちていて、常にクエスチョンがついてまわる。ティラル・サグライド(覆水盆に逆集め・f26989)にとって、つまるところ世界とはそういうものだ。
あらゆるところにクエスチョンとアンサーが付きまとう。
涙が溢れる。レースで隠されていない右目から涙が溢れる。左目からは涙は溢れない。そこはもう己の身に宿るオウガの住処故に。
「それはそれとして、ああ……これか」
なるほど、とティラルは頷く。
元世界の事。排他され、己の言葉は信じられず。何を発しても、何を欲しても得られるものはなく。
故に怒り、力を振るった結果が閉じ込められた。それはまるでオウガ・オリジンと同じだった。
己のために怒り、己のために力をふるい、閉じ込められる。
「つまらん。まるで三流の悲劇だ。これほど見ていてつまらないものはない」
それはまさに呆れ果てるほどにくだらないものだった。
この程度のもので己の涙が溢れるのかという怒りが海中に合ってティラルの心の中に去来する。
「やってしまおうか―――折角だしこんな風にやるのも面白いと思わないかい?なあ、ジャバウォック!」
骸魂ジャバウォックとティラルの身体が合体する。一時的ではあるがオブリビオン化したティラルの体は、大量の血液収められた赤黒い鞄から血液を吸い上げ、その細長い体ながら貪欲なる食欲を有する悪竜ジャバウォックへと変ずる。
その大口が開けば、涙の海の国の海を割る。
飲み込んでいるのだ。輝く光がティラルの瞳を射抜く。
「―――悲しみの根源に怒りがあるのだとすれば、その怒りを鎮めるのは暴力ではないか? 暴力で全て解決しようとして捕らえられたのであれば、それは己の間違いか、それとも世界の間違いか?」
それはオウガ・オリジンのユーベルコード。鏡の国の女王の齎す質問に答えぬ限りその身を拷問具が覆う。細長いジャバウォックの体を包む拷問具。締め付け、針が突き刺さり、軋みあげていく体。
けれど、ティラルは意に介さない。
「ああ、鏡の国の女王様、今は邪魔だ。味わう時間すら意味がない」
その悪竜は変幻自在。あらゆる姿に形を変え、あらゆるものを飲み込む絶対捕食者。拷問具が噛み砕かれ、そのユーベルコードの光すら飲み込む。
魔法の種の蔦がジャバウォックの体に絡みついていた。
その先になびくようにしがみついている案山子の体―――ラックラ。細長いジャバウォックの体の上に立ち上がる。
「私は、俺はそれを背負い此処に立っているのだ。今更こんな物を見せてどうしたのだ!」
ボロボロの心臓が痛み続ける。涙が溢れ続ける。だから、なんだというのだとラックラは立つ。立ち上がる。
あの時と同じだ。絶望に染まるアリスの顔を、もう二度と見たくない。だから、案山子の一本足を二つに分けたのだ。二本の足で立ち、アリスの元へと駆けていくために!
怒りがこみ上げてくる。強烈なる怒り。湧き上がってくる悲しみの記憶すら凌駕する圧倒的な怒りがラックラの足をすすめる。
「これで終わるはずがない。諦めない限り、この物語はまだ続いてゆく!」
ボロボロの心臓が軋み、苦しみを加速させていく。アリスたちの無念、オウガへの消えない憎悪。
そして何よりも―――失われた笑顔を取り戻すために、彼は立ち止まれない。ただ立っているだけの案山子であった頃の自分はもい居ない。
嘗てのアリスの遺品である巨砲を構える。それは眼前のオウガ・オリジンではない。後方に向け、加速装置として転用する。
放たれた衝撃がジャバウォックへと変じたティラルの体を加速させる。
「さあ、つまらない劇を広げてくれた役者。石ぐらい投げつけられる覚悟はあるかい?」
ティラルの変じたジャバウォックの顎が鏡の国の女王の幻影を砕き、巨砲の加速によってさらなる弾丸の如き勢いで持って海底のオウガ・オリジンへと迫る。
「役者? わたしを役者と言ったか! わたしこそが世界の中心、世界の主人公! お前たちは脇役だ、敵役ですらない!」
咆哮する顔のない顔をしたオウガ・オリジンへと容赦のない強烈なる尾の一撃が襲う。強かに打ち据えられた尾。割れた海の水がもとに戻る。
ジャバウォックの背を蹴り、水を蹴り、ラックラが海中を駆ける。
その光宿さぬ作り物の瞳が見据えるのは、仇。
「あの笑顔を還してもらおう!」
遺術・落涙捲握(マモルタメノチカラ)。それはボロボロの心臓にさらなる亀裂を走らせる。
その痛みは尋常ならざるものであったことだろう。
けれど、関係ない。超強化された体の代償がこの程度で済むのなら、仇であるオウガ・オリジンに一撃を叩き込めるのであれば、関係ない。
アリスから託されたタワーシールドが聖なる加護を宿し、オウガ・オリジンへと叩きつけられる。
肉がひしゃげ、頭蓋が砕ける音がした。飲み込まれる海中の中に吸い込まれていくオウガ・オリジン。
それをティラルが変じたジャバウォックの体に捕まった案山子―――ラックラが見送る。
悲しみの記憶は消えない。
消してはならない。痛む心臓が、湧き上がる怒りがあれど、それをなかったことにしてはならない。
居なかったことに、なかったことにしないために、二人は求める。
一人は失われた記憶を。
一人は奪われた笑顔を。
全てを取り戻す日が来るのか、わからない。
けれど、それでも。それでもと何度でも彼等は立ち上がり戦い続けるのだから、きっといつの日にか、報われる日が来るはず。
失われた笑顔が、そう言っているような、そんな気がした―――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
佐伯・晶
この体になって失ったもの
会う事が許されない家族、友人
悲しい
会っても自分と認めて貰えないだろう
もし認めてくれても組織は記憶を消すだろう
この身は半ばUDCのようなものなのだから
折角抑え込んでいたのに
慣れたと受け流していたのに
よくも傷口を抉るような事をしてくれたな
張本人は自分の中なのはわかってる
八つ当たりと言わば言え
悲しみを怒りで押さえつけて戦うよ
邪神の領域を全力で使用
ここは過去の力に満ちた海
少ない代償で邪神の真価を発揮できるよ
近付く魚は神気で石に変えて沈め
そのままオリジンも石に変えるよ
水底で無限の時間を過ごし
悲しみを知ってくるといいさ
私にはその悲しみは理解できませんの
でも流石に今回は茶化せませんの
全てを喪ったわけではないけれど、たしかに己の手の内から喪ったものがある。自分ではない何者かに変わる恐ろしさ。
その恐ろしさ以上に強き感情があるのだとしたら、佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)にとってそれは悲しみであったのかもしれない。
不思議の国『涙の海の国』の海中に没する身体が感じたのは、正しくそれであった。
「この体になって失ったもの。会うことが許されない家族、友人」
悲しい。
「会っても自分と認めてもらえないだろう」
悲しい。
「もし認めてくれても組織は記憶を消すだろう。この身は半ばUDCのようなものだから」
悲しい。
次から次に溢れてくる悲しさ。
抑えても、封じ込めても、堰を切ったように溢れる涙が止まらない。どれだけの覚悟と信念があろうとも、晶の記憶の中にあるあの日々は戻らない。
失ってしまったものは、彼の胸の中にしか存在しないものであるがゆえに、他の誰かから埋めることはできないのだ。
埋めることは出来なくても、塞ぐことができる。その開いた穴からこぼれ落ちてしまう物がないようにと。
「折角抑え込んでいたのに、慣れたと受け流していたのに……よくも傷口を抉るような事をしてくれたな」
その瞳が見据えるのは海底にあるオウガ・オリジン。
先行した猟兵たちの攻撃を受けて、その頭はひしゃげ、心臓は穿たれ、全身は無数の針と弾痕が刻まれていた。
闇色の顔のない顔を晶へと向ける。
嗤っている。
瞬時に晶はそう理解した。表情のない顔、瞳も、口もないのに分かる。確かにあのオウガ・オリジンは晶を見て嗤った。
「わかってるよ、これが八つ当たりっていうのは」
それは晶から溢れた言葉だった。涙は止まらない。
けれど、その言葉が何を意味するのか、オウガ・オリジンは理解できなかっただろう。
「愚かしいな、猟兵。己が諸悪と考えている根源は、その体の中にあるのだろう? こっけいだな。わたしであったのなら生きてはいれない。己の中に己以外の何者かがいて、それが己に影響を及ぼしているだなんて」
生きているのがおかしいくらいであると、オウガ・オリジンは嗤った。
悲しみは、人の力になりえない。いつだって、人の歩みを止める。足枷のように足首にまとわりつくのが悲しみだ。
けれど、怒りは違う。
それは爆発的な力だ。湧き上がる怒りこそが、人を前にすすめる。
「わかってるよ。だからといって、人の悲しみを、抉るような事をする必要なんてどこにもないだろう!」
邪神の領域(スタグナント・フィールド)が広がる。それは周囲の存在を停滞・固定させる神気の放出。
晶の身体が封印により石化する速度が増す。
けれど、ここは過去の力に満ちた海。少ない代償で邪神の真価を発揮する。放たれた毒針も海中で固定されたように動きを止めている。
その瞳が輝く。
オウガ・オリジンを見据える。邪神の権能たる力の一端が放たれ、水中を漂う魚型オウガたちは石化し、海底に沈む。
そして、オウガ・オリジンの体もまた……
「そこで無限の時間を過ごし、悲しみを知ってくるといいさ」
だが、その言葉の通りオウガ・オリジンが悲しみを知ることなどないだろう。
そんな予感がする。己だけが尊ばれるべき存在であると自負するのであれば、如何に神気で停滞させたとしても、直に破ってくるだろう。
悲しみに知らぬ者に悲しみを説いたところで無意味であるのかも知れない。
けれど、己の体の内側で物言わぬ邪神は違う。
理解は出来ないが、いつものように茶化すことをしない。
だから、なんとも憎めないのかも知れないと、晶は思う。今はまだ、共存した状態。
ならば、なんとしても。
この悲しみを、いつの日にか……そう決意を新たにして、晶は悲しみの涙を拭うのだった―――。
大成功
🔵🔵🔵
アリス・クレーベル
――私の左足が食べられた
--アリスが痛みで喉が潰れんばかりに叫んでいる
――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い
――何も見えない、何も聞こえない、いつも傍らにあった"あの子"を感じない
--どれだけ呼びかけても、もう言葉も届かない
召喚前の記憶はないからこの国に来てからの記憶がリピートされる
この記憶がどちらのものなのかもうわからないけれど
記憶の果てに喚起される感情は変わらない
なぜ彼女/あの子がこんな目に遭わなければいけなかった
ゆるせない
ゆるさない
さあ
元凶が目の前にいるぞ
悲しみを糧に憎悪・復讐心を喚起して克服
【気狂い時計】の発動条件は達成済
適時針を止め、時には飛ばして敵攻撃を回避、接近
致命の剣でオリジンを断つ
記憶が再生される。
リピートされる。何度も何度も繰り返してリピートされる記憶。痛みに喘ぐ声が聞こえる。
「―――私の左足が食べられた」
痛みで喉が潰れんばかりに叫んでいる。どれだけ叫んでも、泣いても、終わりの来ない痛み。否。終わりは来る。死という絶望の果に、終わりは確かにくるというのに、暗転の後に訪れるのは、再び痛みの記憶。
「―――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い」
もうそればかり。何も見えない、何も聞こえない、いつも傍らにあった“あの子”を感じない。分かたれることのないと思っていた何かが失われた感触だけが、この手に宿る。
リピートされる痛みと叫びと絶望と。
声を枯らしても、どれだけ呼びかけても、もう言葉も届かない。それは何をどう足掻いたとしても変わらない事実。
変えようのない現実。
受け入れるしか無い記憶。もう誰の記憶であるのかもわからないほどに繰り返し再生された記憶だからこそ、アリス・クレーベル(ALICE TALE・f29099)は涙する。
不思議の国『涙の海の国』の中において、その海中でアリスは涙が溢れて止まらなかった。
召喚前の記憶はない。この国に来てからの記憶がリピートされるばかりで、この記憶が果たして自分のものであるかすらわからなくなっていた。
「この記憶がどちらのものなのか、もうわからない。けれど―――」
その記憶が呼び起こす感情は変わらない。
それだけが不変だった。悲しいという感情。それはある意味で第三者的な俯瞰した感情であったのかも知れない。
痛みと絶望を俯瞰する誰かの感情。それに振り回されるようにアリスは涙した。
「なぜ、彼女が、あの子が、こんな目に遭わなければいけなかった」
記憶の果てにあるのが悲しみという感情であるというのならば、その感情の行き着く先は、怒りでしかない。
燃え盛る怒りは、涙では消えない。決して絶えることのない怒りが、行き場のない怒りだけがアリスの胸中を支配していた。
「ゆるせない」
海中、海の底を見る。
顔のない顔をしたオウガ・オリジンがいた。その頭はひしゃげ、心臓は穿たれ、体中にはあらゆる傷が残っていた。
それでも―――。
「ゆるせない」
その感情だけが湧き上がってくる。こみ上げてくる。心の中の誰かが叫ぶようだった。
さあ、元凶が目の前にいるぞ、と。悲しみを糧に憎悪と復讐心が育つ。悲しみを克服するというのなら、それ以外のやり方を知らなかった。
ユーベルコード、気狂い時計の刻止め遊び(クレイジークロック・レイジーロック)。
それは己に強い感情を喚起させたものへと向けられる。その適時針を指で止める。
オウガ・オリジンの動きが止まる。それはユーベルコードの力だった。
その力がある限り、オウガ・オリジンと言えど、時間には逆らえない。それが、過去の化身であろうとも、変えようのない力。
停めた針を弾き飛ばすように進める。
「さあ、遊びましょう? ―――なんて、言う暇もないけれど」
海底でオウガ・オリジンは驚愕していた。
己の体に何が起きたのか、理解もしていなかった。会ったのは、致命の剣―――ヴォーパルソードによって切り裂かれた己の体という結果のみ。
「時間を吹き飛ばして結果だけを残した―――……貴方には後悔する時間すら与えない」
次々と刻まれていく傷跡。
反撃も、投げかける言葉も要らない。あるのは仇を、元凶を討つという意志のみ。
アリスにとってオウガ・オリジンとはそういう存在であり、それ以上でも以下でもない。
時計の針が進む。それは一気に吹き飛ばすのではなく、自然な時間の流れ。
時は動き出す。止めることは出来ても時間を押し止めることはできない。排出された過去は骸の海へ。
この戦いも過去になり、猟兵としての一撃が、オウガ・オリジンを骸の海へと返す。霧散し、消えるその時まで―――。
大成功
🔵🔵🔵
マグダレナ・クールー
……わたし、泣いてます。涙を流したのは、二十歳の時以来でしょうか
あの頃から、ずっと。わたし。泣きたかった
わたしは死にたくなかったけど、生き残りたくもなかった
オウガブラッドになって以来、わたくしは泣けませんでした
進むしかありませんでした。立ち止まっては鬼に追いつかれ殺されてしまいます
アリス、たちは。アリスさえも殺めた人でなしを許しはしません
《ホゴ、ゴボウニ!ガラスハマズイ!オイシクナイ!オナカスイタハイヤ!》
リィーも、泣くのですか。……人も鬼も、平等。ですね
オウガが視界を保ってくれているから、わたしは生きていられるのです
あなたが盾になってくれるから、わたくしは
矛となり、鬼に供物を捧げられるのです
重い涙がはら、はら、と落ちていく。
頬伝っていく感触がひどく懐かしい気がした。それほどまでにマグダレナ・クールー(マジカルメンタルルサンチマン・f21320)は涙すら懐かしんでいた。
どうして己が泣いているのか。わからないわけがない。
不思議の国『涙の海の国』において、この海中の水に触れるということは、悲しき記憶を呼び起こすこと。誰も彼もが涙を流さずにはいられない。
「……わたし、泣いてます。涙を流したのは、二十歳の時以来でしょうか」
冷静であったのかも知れない。
己の涙の訳を理解していた。海中に会っても、マグダレナは歩みを止めなかった。溢れる涙を止める術を知らなかった。涙する術すら忘れてしまった自分が今、涙を流しているという事実であったとしても、彼女の歩みを止める理由にはならなかった。
「あの頃から、ずっと。わたし。泣きたかった」
涙は出なかった。きっと枯れ果ててしまったのだろうと思ったから。どれだけ泣きたくなるような現実が襲いかかってきたとしても、涙はでなかった。
だって―――。
「わたし死にたくなかったけど、生き残りたくもなかった」
それは矛盾した思いであった。死する恐怖も、生きて残される不安もまた背中合わせ。どこにでもある、どこにでも起こり得る事。
生き残ってしまったという感情と死にたくないという感情が彼女の中でとぐろを巻くように蠢き、脚を進めさせる。
進むしか無かったのだ。
立ち止まってしまっては鬼に追いつかれて殺されてしまう。
何故、立ち止まらないのか。
何故、歩みを止めないのか。
何故、進むのか。
「決まって、います。アリス、たちは。アリスさえも殺めた人でなしを許しはしないからです」
その瞳が捉えるのは海底のオウガ・オリジン。
ひしゃげた頭、切り裂かれた体、穿たれた心臓、痛ましいほどの無数の弾痕と針。けれど、同情に値はしない。同情などしてやるものか。その痛みは、誰の痛みでもない。その腹の中に溜め込まれたアリスたちの痛み。
それを考えれば、それだけで追われるわけがない。
『ホゴ、ゴボウニ! ガラスハマズイ! オイシクナイ! オナカスイタハイヤ!』
己の視界をくれてやったオウガが嘆く。
リィー・アルの視界が滲む。その視界の先にあるものをマグダレナは知らない。知らないけれど、その瞳が流す涙は知っている。
それだけで十分だった。
Enabler! Eat me!!(ヂォンジゥフゥーディエ)……己の視界を支配するオウガ、リィー・アルがマグダレナを護り続ける。鏡の国の女王が放つ拷問具と質問も何もかもが遮断され続ける。
だから、マグダレナは前を向く。
「リィーも、泣くのですか」
滲む視界。正常なる視界がにじみ、その先にオウガは何を見る。それを知りたいと思った。己の視界を保ってくれているから、マグダレナは生きていられる。
今もそうだ。
「あなたが盾になってくれるから、わたくしは矛となり、鬼に供物を捧げられるのです」
その言葉は敬意に満ちていた。手にするは旗杖とハルバード。一歩踏み出す度に、砕けた鏡が輝く。
だが、意味はない。
すでに彼女は守られている。共存するオウガ、リィー・アルの力によって、あらゆる意味で彼女は今、無敵であった。
「ならば、わたくしはあなたに、リィー・アルに敬意を捧げましょう。わたしの目の前にあるのが、最初のアリスにして最初のオウガであろうとも関係がありません。わたしは―――」
踏み出す脚は力強く。海底に合って尚、その力の源泉は涙で薄まることはない。滲む視界の先にあるもの、それはリィー・アルと同じものであったのかもしれない。
幻視する向こうにオウガ・オリジンの顔がある。
何かを言っているようであるが、マグダレナには聞き届けられることはない。その言霊すらも呪いであるのだとすれば、それすらもリィー・アルは遮断する。
放たれた一撃は、オウガ・オリジンの体を完全に貫き、涙の海を割り、霧散させる。
「わたしは暴力をふるいます。この清浄なる視界を保る為に」
一人と一匹の滲む視界は消え果てる。涙を乗り越えた先にあるもの。それを互いに共有し、一人と一匹は涙の海の向こうに紡がれた虹をくぐり抜けるのだった―――。
大成功
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