スピアフィッシングフェス
●嵐の後は
3日3晩、嵐天が続く。
そう言う気候は、このフム・アル島ではほぼ毎年のように夏に起こる。
そして嵐が過ぎ去った後は、決まって同じ3日間は晴天が続き海も凪ぐのだ。何故そうなるのかははっきりとわかっていないが、突発的な異常気象も珍しくないグリードオーシャンで、数少ない約束された穏やかな海の期間。
だから島の人々は、嵐が過ぎ去り穏やかな海が来るのをじっと待った。
島民たちも、島を治める海賊団――フィッシャーマンズも。
そして。
『舟ヨーシ! 海ヨーシ! 空ヨーシ! 準備は良いかお前ら! 海に入る前には準備運動しろよ? 舟で頑張るやつは日焼け止めの泥塗れよ? 焼けるぞ?』
かつてこの島がアルダワにあった名残のひとつ、蒸気拡声器――3分喋ると蒸気が噴出してしばらく使えなくなる微妙な仕様――で、オニキンメ船長が声を響かせる。
『それじゃあ、今年も行くぞぉ! フィッシャーマンズ名物、夏のスピアフィッシングフェスティバルの始まりだぁ!』
って言うか、何か始まったけど、何だコレ。
●そうだ、釣りへ行こう
「グリードオーシャンに、釣りに行こう」
いつものグリモアベース――ではなく、新宿魚苑に猟兵達を呼んで、ルシル・フューラー(ノーザンエルフ・f03676)が真顔で話を切り出していた。
かつて猟兵達が訪れた、フム・アル島。
配下がメガリスの試練に失敗して巨大な魚になった事件があったりしたが、今では釣り好き海賊団『フィッシャーマンズ』が収める、陽気で平和な島である。
「フム・アル島近海では、夏に嵐の天候が3日続く事があるんだ」
嵐の後は、替わって抜けるような晴天が広がり、海は穏やかに凪いでいる状態が同じ3日ほど続く。
そして、その穏やかな海で。
海賊達も島民達も、ちょっと特殊な釣りに興じるのだ。
「釣り竿と投網を絶対に使わない使わない釣り。使って良いのは銛と己の身体のみ」
つまりスピアフィッシングか、手掴み。
「小舟やボードを出して海の上から狙うか、潜って狙うか。あとは浜辺で潮干狩りってのも出来るみたいだよ」
老若男女問わず、銛を片手に、或いは素手で海に出る。
それがフム・アル島の夏の名物、スピアフィッシングフェスティバル。
「猟兵もどうぞって」
むしろ来てくれだそうだ。
「私も行こうと思う。泳げないとつらそうだけど!」
そうしてグリモアを出したルシルの片手には、浮き輪が確りと握られていた。
泰月
泰月(たいげつ)です。
目を通して頂き、ありがとうございます。
夏休みしましょう! パート2!
既に猟兵達によってオブリビオンから解放された島です。
このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。
こっちはスピアフィッシングです。または潮干狩りも可。
●島とお約束
舞台はフム・アル島の近海or浜辺。
釣り竿・投網、あとそれらに類するものは使用不可。
使って良いのは銛と己の身体のみ。(※銛を人に向けてはいけません)
潜水道具とか乗り物類はOKです。
ユベコ?ものによるです。海賊の治める島ですし。
釣り竿を出すユベコとかじゃなければ、まあいいんじゃないでしょうか。
ちなみに釣った魚は持ち帰っても良いですし、その場でさばいて食べても良いです。
さばいてーって島に持ち込めば、お造りとかにしてくれます。
未成年者の飲酒喫煙と公序良俗に反する事はいつも通りNGです。
あとルシルもいます。登場するのはお声掛けがあった所のみになりますが、何かありましたらどうぞ。
プレイングは公開されたらいつでもどうぞ。締切は後程告知します。
なお必要成功度が少な目になっております関係で、今回は再送をお願いする可能性が高くなると思われます。
ではでは、よろしければご参加下さい。
第1章 日常
『猟兵達の夏休み』
|
POW : 海で思いっきり遊ぶ
SPD : 釣りや素潜りを楽しむ
WIZ : 砂浜でセンスを発揮する
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
リュカ・エンキアンサス
晴夜お兄さんf00145と
これが銛か
槍みたいな扱いでいいかな
泳げないわけじゃないけど、水中戦は得意じゃないから
お兄さん、追い込みお願いしていい?
(犬かきを期待するまなざし
…ん、可愛い
水中ではお兄さんが追い込んできたのを遠慮なく突き刺す
お兄さんには当てないように気を付けるけど、当たったらごめん
ある程度獲れたら上がろうか
お兄さんが着替えている間に
お兄さん忙しいし、時間がある方が働けばいいと思う(善意
本を見ながら魚を捌いてきれいな器に上手に刺身を盛って(上手い
そこに醤油を入れよう。ひたひたになるくらい(マニュアルにないことをすると善意の惨事を引き起こす
…美味しい?
そ。泣くほどおいしいなんて、嬉しいな
夏目・晴夜
リュカさんf02586と
追い込みですね、了解しました
それでは行きま…(眼差しを感じ)よし、行きましょう!(狼の姿になる
可愛くカッコいいですよね、わかります
海中を泳いでリュカさんの方へ魚を追い込みます
捕獲は任せました
いやあ、順調すぎて怖いくらいですね――危なっ!
…ごめんが羽毛級に軽いところ、嫌いじゃないですよ
獲れた魚は私が調理します
リュカさんは休んでて下さい
何もせずに休んでて下さいね、マジで
ではまず向こうで服を着て人の姿に戻る作業から始めます
人前で戻ると猥褻物陳列罪なので
魚を炭になるまで焼いたりせずに待ってて下さい
フリじゃないですよ!(迂闊にも立ち去り
…盛り付けとか超上手いですね(さめざめ泣いた
●あるいは狼かき
ヒュン、ヒュンと、桟橋の上で銛の穂先が風を切って音を鳴らす。
「これが銛か……よし」
両手の掌中で銛を振り回していたリュカ・エンキアンサス(蒼炎の・f02586)は、頭上で大きく一回転させたのを最後に、銛を構え直した。
「おお……」
「お兄さん」
リュカの『いかにも慣れてそう』に見える銛捌きに目を奪われていた夏目・晴夜(不夜狼・f00145)に、当のリュカが視線を向ける。
「追い込みお願いしていい?」
「ああ、追い込みですね、了解しました」
勿論と頷いてから、晴夜はふと気づいた。
「リュカさん、泳げないんでしたっけ?」
「泳げないわけじゃないけど」
晴夜に訊ねられて、リュカは小さく頭を振って返す。
「水中戦は得意じゃないから。陸でこういうの振り回してる方が得意」
その答えに、晴夜は成程と頷く。
得意不得意向き不向きは、誰しもあるものだ。
羽織と麦わら帽子を脱いで、晴夜は海へ入ろうと――。
「そう言う事なら、行きま――」
「……」
リュカが、無言で視線を向けていた。
その視線は、何かを期待しているような気がする。そのまま海に入るの?と言われている様な気もする。
「ああ……こうですね」
リュカの視線の中にある期待を察して、晴夜が狼の姿になった。
「やった、犬かき」
「よし、行きましょう!」
期待が漏れて来てるリュカに背を向け、晴夜は落ちた水着を残して海へと飛び込む。
「……ん、可愛い」
晴夜は褒められることが好きではあるが、リュカのその褒め言葉は17歳の人狼男児としては素直に受け止め難いものがある。
「可愛くカッコいいですよね、わかります」
晴夜はその受け止め難さを自ら補完して沖へと泳いでいった。
期待された、犬かきで。
●銛を投げる時は海の中を良く見ましょう
犬かきから勢いをつけて、晴夜が海の中に潜る。
(「おお。魚影、濃いですね。大きいのもいます」)
後で食べるのだから、大きい方が良い。
晴夜は目を付けた中でも特に大きい、鮮やかな緑色の鱗を持つ少し頭の大きな魚に目をつけて、狼の牙を剥きだし泳いでいく。
慌てたように尾を翻し、魚が向かうは桟橋の方。
その上にいる銛を構えたリュカの姿は、水中の晴夜からも見えていた。
一方のリュカからも、水中の魚も晴夜の姿も見えていた。
晴夜に追われ来る魚を見据えて、リュカは静かに銛を掲げる。気配を殺し、魚に気取られないように銛を――投げる。
「あ」
銛が手を離れた瞬間にリュカがあげたその短い声は、水中にいる晴夜にも、何故だか良く届いていた。
(「今の、あ、はイヤな予感が――」)
晴夜が感じたその予感は、すぐに現実のものとなった。勢い良く飛んできた銛が海の水面を貫き、追い込んだ魚を逸れて、晴夜の目の前で切っ先が止まった。
「……」
思わず固まった晴夜の目の前で、リュカが引き揚げた銛がゆっくりと戻っていく。
「あぶなっ! 今、危なかったです!」
海中から顔を出した晴夜が、魚を銛から外してるリュカに声を上げる。
「うん。お兄さんに当てないように気を付けてただけど、思ったより勢いが付いた」
「……リュカ、銛、使い慣れてるのでは?」
リュカの物言いに一抹の不安を感じて、晴夜はぷかぷか立ち泳ぎしながら訊ねる。
いやまさか、あんなに上手く銛を振り回しておいて――。
「慣れてないよ? 槍みたいな扱いで行けるかなって思ったけど、重心の感じとかちょっと違うみたい」
まさかだった。
「いや本当、気を付けて下さいね?」
「当たったらごめん」
念を押す晴夜に、リュカは間髪入れずにしれっと返す。
「……ごめんが羽毛級に軽いところ、嫌いじゃないですよ」
諦めの境地で、晴夜は海中へと戻っていた。
●覆水盆に返らず
なんて事があったりしたけれど。続ける内にリュカの銛捌きは鋭く正確になり、晴夜も犬かき追い込みに慣れていった。
試行回数が増えれば、リュカと晴夜の呼吸もどんどんあって来る。
小型の魚の群れの方が晴夜は追い込み易いが、ある程度大きい魚の方がリュカが獲り易いと言うのも判って来る。
最終的に、数匹の小魚と6~70cmくらいはあろう大きな魚が獲れた。
「これだけ大きいの獲れたら充分だね」
「いやぁ、順調すぎて怖いくらいですよ」
最後に獲った魚を銛から外すリュカの横に、晴夜が満足気に海から上がって来る。
思えば――この『順調すぎて怖い』と言う晴夜の一言は、直後にリュカが引き起こす善意の惨事のフラグになっていたのかもしれない。
それも仕方ないだろう。あんな危ないハプニングがあったのだ。
それ以上があるかもなんて、思いたくもなかったとしても。
「さて、それじゃあ何処かで、人の姿に戻って服を着てきます」
海から上がった晴夜は、魚を捌くのに使って良い台がある桟橋の横の浜辺に来ても、まだ狼の姿のままだった。
「ここだと拙いの?」
「このまま人前で戻ると猥褻物陳列罪なので」
首を傾げたリュカに、晴夜は小さく頷く。
晴夜が狼になって海に飛び込んだあと、水着はそこに残っていた。
つまりはそう言う事だ。
「あ、じゃあお兄さんが着替えている間に、魚を準備しておくよ」
事情を察したリュカが、『散梅』を抜いた。
よく研がれた無骨な短剣は、包丁代わりもこなせるのだ。
「いえいえ。リュカさんは銛を使って突かれてるでしょうし、休んでて下さい」
「大丈夫。お兄さん忙しいし、時間がある方が働けばいいよね」
やんわりと休んでいるように告げる晴夜だが、リュカは善意から頭を振って返した。
「何もせずに休んでて下さいね、マジで」
しかしそんなリュカに、晴夜は少し強めに休むようと告げる。
晴夜だって、リュカが善意から気を利かせようとしているのは、判っている。だが晴夜は知っている。善意は偶に――惨事を引き起こす事を。
「魚を炭になるまで焼いたりせずに待ってて下さい。フリじゃないですよ!」
此処まで言っておけば大丈夫だろう――そう思って、晴夜は今度こそ、人目につかず着替えの出来る場所を探してその場を離れた。
「成程。お兄さんは、焼魚以外が食べたいと」
しかし、焼いたりせず、という晴夜の言葉を絶妙に勘違いして、リュカはレシピ本を手に取った。
開いたページはお造り。
リュカはそのレシピの手順通りに、一番大きな魚の身に刃を入れていった。
エラの部分から頭を落として、鰭を削いで鱗を落とし、腹を裂いて腸を出したら、三枚に下ろす。臭みを取るための塩を振って真水で流し、皮と骨を取ったら、斜めに刃を入れる。薄く切った刺身を、綺麗な器に並べて――。
「あれ? 終わり?」
だがレシピは――そこで終わっていた。
醤油で食べるも、塩だけで食べるも良いと言う事なのか。
「よし。醤油を入れよう。ひたひたになるくらい」
レシピが終わってしまったが故に、リュカはレシピにない行動を取り出す。
「リュカさん、お待たせしま――って、ぇぇぇぇぇぇぇ!?」
人前に出て恥ずかしくない格好に着替えた晴夜が目にしたのは、刺身を持った大皿にリュカが醤油を瓶からドボドボ注いでいる姿と言う惨事だった。
「あ、お兄さん。お帰り。焼かないでお刺身を作っておいたよ」
晴夜に気づいて、リュカが振り向く。
着替えに行く前に晴夜が察したように、リュカは善意で動いた。
「……」
「……美味しい?」
故に、晴夜が無言で箸を伸ばして、醤油塗れになった白身魚の切り身を口に入れるのを見上げるリュカの眼差しにも、邪気はない。
「……盛り付けとか超上手いですね」
「そ。泣くほどおいしいなんて、嬉しいな」
白身魚だと言う事しか判らないくらい醤油の味しかしない刺身とリュカの視線に、晴夜はさめざめと泣くしかできなかった。
目を離してしまった自分の迂闊さを晴夜が呪っても、もう遅い。
入れ過ぎた醤油は戻せない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
榎・うさみっち
【ニコうさ】
※ステシSDの水着姿
フム・アル島…ここにくると
かつてせみっちが食われたことを思い出すな…
美味いカジキを食った思い出もな!
そして今日は…潮干狩りで美味い貝を捕る!!
今日の夕食はボンゴレスパゲッティだ~♪
潮干狩りもまさか素手か…!?
うーむ、俺のちっこい手じゃあまりに効率悪いな
よし、助っ人だ!いでよやきゅみっち達!
皆で手分けしていっぱい捕るぞー!
釘バットは…使っていいか偉い人に聞いてこよう
ニコ!この中でお前が
一番戦力になるんだからきびきび働けよぅ!
うーむ、この辺にはもうあんまり居ないかな?
もうちょっと沖に近づいてみるか
その瞬間そこそこの波が襲ってきて…
ぴゃああああ!?
ニコ助けてー!!
ニコ・ベルクシュタイン
【ニコうさ】
※ステシの2019水着姿
魚の口の島か、久しいな
見るも無惨な末路を辿ったせみっちの事は今でも忘れぬが
率直に言えばいっそ忘れてしまいたい
ヤシの実を叩き割る羽目になったのは楽しい思い出だが…
うさみにスピアフィッシングは少々難しかろうので潮干狩りだ
ボンゴレスパゲッティが食べられるとあっては張り切らねば
とはいえうさみの身体では貝も相当な大きさになるのか
夏の日差しの下で身体を動かすやきゅみっちとは良い選択だが
確かに俺が一番気合いを入れないとだな、熊手片手に真剣其のもの
うさみよ、波に攫われぬよう気を付け…あああ!?言ったそばから!!
助けを求める悲鳴に超反応して咄嗟に手を伸ばし救出を試みるぞ!!
●忘れえぬもの
「フム・アル島か……」
「魚の口の島か、久しいな」
フム・アル島の浜辺で、榎・うさみっち(うさみっちゆたんぽは世界を救う・f01902)とニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)が、短パンタイプの柄違いの水着にシャツを羽織った揃いの姿で、遠く海の向こうの水平線へ視線を向けていた。
ザーン――ザザーン――……。
寄せては返す波の音が、砂浜に響いている。
「ここに来ると思い出すな……美味いカジキ食ったこと」
「ヤシの実を拳で叩き割る羽目になったのだが、それも楽しい思い出だ」
視線を向ける方向とは裏腹に、うさみっちとニコが話題にしているのはこの島に上陸してからの事だ。
喧しいデビみっち達もいつの間にかいなくなり、潮騒の音を聞きながら、2人でカジキのムニエルに舌鼓を打ったディナータイム。
そんな思い出の夜。
だと言うのに、何故か2人は視線を海に向けている。
あの夜は紛れもなく楽しい一時だった。大切な思い出である事は間違いない。
けれども、ニコもうさみっちも、判っているのだ。
お互いに、この島に来るとどうしても思い出してしまうものが、他にもある。敢えてそれを口に出さないでいるのだと。
そして――それだけ強烈な記憶ならば、当然、それを見た他の人々の記憶にも強く刻まれているものである。
『お! この前、箒で飛んでた兄さんとセミ呼んでたちっこいのじゃねえか』
『今日はみっちみっち鳴くセミ出さねーの?』
通りがかったフィッシャーマンズの面々の言葉が、うさみっちとニコの脳裏に、あの日の弱肉強食の饗宴を否応なしに蘇らせた。
「くそ。結局思い出しちまうな……せみっちが食われたこと」
「俺とて、いっそ忘れてしまいたい……しまいたいが……見るも無惨な末路を辿ったせみっちの事は今でも忘れぬ」
うさみっちもニコも、ますます遠い目になって水平線を見つめだして――。
「だめだ、だめだ! このままじゃせみっちも浮かばれねー!」
その雰囲気を打ち破る様に、うさみっちが大きく声を上げた。
浮かばれないとか言うとまるでもう二度と呼べないみたいだが、呼べば来る。
「ニコ! 潮干狩りするぞ! 楽しいことして、せみっちショックを忘れる!」
「そうだな。楽しい思い出を増やそうと言うのは大賛成だ。潮干狩りも、異論はない。うさみにスピアフィッシングは少々難しかろうからな」
うさみっちの言葉に、ニコも頷く。
あの水平線の向こうで起きた弱肉強食は、別の世界の鳥型オブリビオンにもせみっちを躊躇わせるくらい、2人の記憶に残っている。
反省はもう充分だ。
●夏だもの
「充分に潮が引いたな。始めるぞ、うさみよ」
「おう、行くぞニコ!」
波打ち際が遠くなり広くなった砂浜へ、ニコとうさみっちが降り立つ。
2人はただ砂浜を眺めて過去に想いを馳せていたわけではない。
潮干狩りに適した時間帯、干潮を待っていたのだ。
それは2人だけに限った事ではなく、島民や海賊達も砂浜にやってくる。そして、砂の上に膝を着いて手で砂を掻き分け始めた。
「って、潮干狩りもまさか素手なのか……!?」
その先客たちの様子を見て、うさみっちが声を上げる。
「ふむ。熊手くらいは使えるのかと思ったが、皆、素手だな」
「俺のちっこい手じゃあまりに効率悪いな」
ここは郷に従って熊手をしまうべきかと思案するニコの横で、うさみっちも腕を組んでうむむと悩み出す。
「よし、助っ人だ!」
その結論は、わりとあっさり出た。
うさみっちが悩んだのは、どうするかよりもどのシリーズを呼ぶか、だったのだ。
「いでよやきゅみっち達!」
そして白羽の矢が立ったのは、揃いのユニフォームに身を包んだ、野球服うさみっち軍団やきゅみっちファイターズ!
「よーし、お前達。今日は鉄球は置いていい。全員、釘バット構え!」
『かっ飛ばすぜー!』
「……釘バットは良いのだろうか」
うさみっち監督の号令で、やきゅみっち達がブンブンと元気に素振りを始めた釘バットを見て、ニコが首を傾げる。
ちっちゃいけど、凶器は凶器だ。
「聞いてみるか! おーい!」
うさみっちがフィッシャーマンズに訊ねてみると『別にいいんじゃね?』と、あっさりとOKが出た。何とも大らかである。
『それより、そいつらに日焼け止めの泥塗らなくて大丈夫か?』
それどころか、海賊達はやきゅみっち達の日焼けを心配してくれる。
まあそうだろう。うさみっちの顔は、サングラス型の日焼けあとがくっきりと残っているのだから。
「ちっちっち、わかってないなー」
だがそんな日焼け対策手遅れの顔で、うさみっちは何故か自慢げに小さな指を立てて左右に振りながら返す。
「日焼けのあとってのはな! 夏を楽しんだ勲章だぜ!」
バッ!
うさみっちがドヤ顔でシャツの前を肌けると、シャツに隠れていた身体には別の水着型の日焼けがくっきり残っている。
『お、おう……』
『そ、そうか……』
その説得力には、海の男たちも押し黙るしかなかった。
●潮干狩りならきっと良くある事だけど
「振るべし! 振るべし!」
うさみっちの声に合わせて、やきゅみっち達が釘バットを振るう。ザカザカと巻き上げられた砂の下に、二枚貝が見えて来た。
「そこだ! 埋まる前に獲れー!」
ズザーッ!
ヘッドスライディングの要領で滑り込んだ別のやきゅみっちが、二枚貝が砂の中に逃げる前に掴み取る。
「夏の日差しの下で身体を動かすやきゅみっち。良い選択だ」
その見事なチームプレイには、ニコも思わず手を止めて頷いていた。
「ニコ! 感心してないで、手を動かせ!」
その手が止まっているのに気づいて、うさみっちがニコを急かしたてる。
「この中でお前が一番戦力になるんだから、きびきび働けよぅ!」
「確かに。俺が一番気合いを入れないとだな」
止まっていた手を動かして、ニコが砂を掻き分け、手を入れる。砂の中から上げたニコの掌には、アサリと思しき二枚貝が3つ乗っていた。
「今日の夕食はボンゴレスパゲッティだぜ~♪」
「うさみのボンゴレスパゲッティが食べられるとあっては、張り切らねば」
また一つ、美味しい思い出が増える。
具体的な目標が、胃袋を掴まれているニコに潮干狩りのペースを上げさせる。
「やきゅみっち軍団! ニコに負けるな! 皆で手分けしていっぱい捕るぞー!」
『『『おー!』』』
うさみっちの声に釘バットを振り上げ応えて、やきゅみっちが散っていった。
勿論、うさみっちだって監督気分でいるばかりではない。
「見つけたぜー!」
砂の中からぴゅーっと水が出ているのを見つけては、ぶーんと飛んでって、ザカザカと砂を掻き分け、貝を掘り出す。
「うーむ、この辺にはもうあんまり居ないかな?」
だがニコとやきゅみっち達の活躍もあって、次第にその砂の中からの目印が見当たらなくなってきた。
「もうちょっと沖まで行ってみるか」
「うさみよ、波に攫われぬよう気を付けるんだぞ」
飛び回っていたうさみっちの羽音が離れていくのを音で察して、ニコは目の前の砂を手で掘りながら、注意を促した。
この時既に、干潮のピークは過ぎていた。
引くだけ引いた潮は、満潮に向けて徐々に戻ってくる。波が押し寄せてくる。
海の波は、寄せては返す内に大きな波が生まれることもある。
例え穏やかな凪の日でも、1m程度の波は起こり得る。
たかが1mと多くの人は言うだろう。
「お? こいつはもしかして――」
うさみっちの身長はこの時、18.3cm。183cmの10分の1。
つまりうさみっち視点での1m程度の波と言うのは、身長183cmの人間視点では10m級の大波に相当することになるのだ。
「ぴゃああああ!? ニコ助けてー!!」
大物の気配に膝まで水に浸かって掘っていたら、いつの間にか背後に見上げる程の大波があって、焦ったうさみっちが悲鳴を上げる。
「あああ!? 言ったそばから!!」
響いた声で顔を上げ状況を察したニコが、顔色を変えて砂を蹴って飛び出した。
(「うさみの手を掴んで――間に合うか?」)
猛然と駆けるニコの脳裏、やきゅみっち達のヘッドスライディングが閃く。
(「此れしかない!」)
せり上がった波の先端が崩れ空気を飲み込み白波と立った瞬間、ニコは海水に触れた足を思い切り蹴って、跳んで――手を伸ばす。
ザッパーンッ!
波は容赦なく、2人の上に降り注いだ。頭から突っ込む形になったニコと、その両手に抱えられたうさみっちにも。
「無事だな、うさみよ」
「助かったぜニコ。そしておかげで――こいつらもゲットだ!」
ニコに抱えられたままのうさみっちの両手には、ハマグリが1つずつ握られていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シリン・カービン
【かんにき】
せっかくなので珍しい獲物を狙いたいものです。
島の住民や海賊に聞いてみると、
嵐の後だけ浮いてくる珍しい深海魚がいるとか。
難度は高いそうですが、チャレンジしてみましょう。
…教えてくれた皆の微妙な表情が引っかかるのですが。
水の精霊の助けを得て魚の様に水中を進み、
特徴的な姿の獲物を素早く精霊銛で仕留めますが…
「なるほど」
皆、微妙な顔をするわけです。
恐らく獲れるとは思わずに私に話したのでしょう。
どうしたものかと考えながら浜に上がると、
それぞれ獲物を手にした皆と遭遇。
「これ、食べても良いものでしょうか?」
手に提げた大きなオニキンメを皆に見せます。
あら、船長。(目が合った)
(反応はお任せします)
木元・杏
【かんにき】
ようこそルシル
島、ご案内する
ここは海、こっちは島
そして、オニキンメ船長
今日もいけめん…(こんにちは、とご挨拶)
見ていて?船長のため…(お腹がぐぅ)(こほん)
わたしの食欲のために大きなお魚仕留めてみせる
まつりんのしっぽを掴み、波乗りGo
し、疾走早…(あわわ
でも今年のわたしは少し違う
なにせ、落ちても浮く!
(ジャンプの勢いでしっぽを離し、そのまま海にぽーん)
むむ、小太刀、小太…(姿見つけてむんずと掴み)
一緒に海に落ちたトビウオ回収し
ここからが本番
ぶんぶんと腕を回し、勢いつけて怪力で海を割る
とうっ!
割れた海から上がる魚の中で一番大きなヤツ!
狙いを定めてジャンプでキャッチ
ふふ、丸焼きにする…
木元・祭莉
【かんにき】だよ♪
ただいまー!
今回は、ルシル兄ちゃんも来た!
船長に挨拶に行こ? すっごい、顔コワイんだよ!(ぐいぐい)
みんながいるあたりに、魚追い込んでこよっと♪
あ、アンちゃんも行く?
去年も、イルカ浮き輪で楽しく疾走したよねー♪
ん、しっぽにつかまっててね?
疾走発動ー!
海鳥をるんるん追い散らしながら、びゅんっとひとっ飛び!(妹蒼白)
沖合に出たら、如意な棒で海面叩いて追い込んでいくよー。
わあ、トビウオの群れ。カッコイイ!
銛じゃなく素手でもいいんだよね?
よっしゃー、じゃあおいらはこの拳で。(ぐっ)
飛び交う銛を避けつつ、魚を素早く柔らかく包んで捕獲!
やったー、お刺身お刺身ー♪
ルシル兄ちゃんも、どうぞ!
ガーネット・グレイローズ
【かんにき】
フィッシャーマンズの皆さん、お久しぶり!
オニキンメ船長はお元気かな?それに、ウチの支店のスタッフも…。
シルバーホエール号に乗り込み、島の近海へ!
大物を仕留めたら、いい宣伝になりそうだな。
「出ておいで、マン太」
船の上でぽんぽんと手を叩くと、飼っているオニイトマキエイが
海中からざばあと姿を現す。マン太の背に乗って海上を
ふよふよ飛行し、海鳥を目印に魚の群れを追ってもらう。
…よし、あの魚影を狙う。いくぞ!
UCで銀貨を魔槍に変え、
マン太の背の上から<念動力>で水中へと投擲!
さすがはシリン、オーシャンハンターも顔負けだな。
うわ、杏とまつりん速っ(追い抜かれるマン太)
小太刀、大物は獲れたかい?
鈍・小太刀
【かんにき】
船長、お土産はい
野菜の箱をどん(※ピーマン除く
この大根とか奥さんにお勧め!…妻だけに(←
ルシルには胡瓜ね
河童みたいに泳ぎが上手くなるおまじないだよ
頑張れー
さあ祭莉ん
どっちが大きいの獲れるか勝負よ!
ガーネットのマン太かっこいい!
むむ、私も誰か呼ぼうかな
イルカさんとかいいよね♪
(とか思ってたら
(銛を手にやる気満々でアピールするオジサンと目が合う
仕方ないなぁ(苦笑
あの無駄のない動き!シリンの腕は流石だね
でも泳ぎなら私も得意
大物に狙いを定め…わわ!?(杏に掴まれ
仕方ないなぁ(苦笑しつつ引き上げる
皆大漁だね♪
(得意げに魚を掲げるオジサン
オジサンもお疲れ様
…あれ?
わー、自分で獲るの忘れてた!?
●かんさつにっき
「フィッシャーマンズの皆さん、お久しぶり!」
『お、ガーネット商会の姉御じゃねえか』
フム・アル島の桟橋に現れたガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)に気づいて、フィッシャーマンズ達から声をかけてくる。
『会長! 今月は売上が出そうですよ!』
「そうか。それは良かった」
売上の好調さが顔に出ている支店のスタッフに、片手を挙げて返す。
海賊も島民も元気で、支店も順調。
それだけ確かめられれば、充分だった。
「その辺りはまた改めてな。今日は、祭りを楽しみに来た」
今日のガーネットは商人としてきたのではない。仲間と遊びに来たのだ。
「せっかくなので珍しい獲物を狙いたいのですが、いませんか」
シリン・カービン(緑の狩り人・f04146)は既に狩人の顔になっていて、フィッシャーマンズ達から情報を集めていた。
『珍しい獲物かぁ』
『そうだなぁ……いるにはいるんだが』
「いるなら詳しく。難しいと言うのなら、望むところです」
何故か妙に歯切れが悪いフィッシャーマンズに、シリンが詰め込む。
「ねえ。オニキンメ船長どこ? お土産持ってきたんだけど」
鈍・小太刀(ある雨の日の猟兵・f12224)は何かが入った箱を抱えて、手近な人にフィッシャーマンズの船長の居所を訊ねる。
小太刀の後ろには、鎧武者の『オジサン』が小太刀のものよりも二回りは大きな箱を抱えて佇んでいた。荷物持ちである。
『船長なら、多分その辺に――あ、いたいた』
小太刀に尋ねられた島民は、しばし周囲を見回して――。
『あ、いたいた。うちの船長、あの顔なんで慣れると探しやすいですよ』
オニキンメ頭を見つけた島民が笑って小太刀に告げた時、桟橋の端に新たな人影が転移の光と共に現れた。
「あ、ルシル兄ちゃんもやっと来た!」
「ようこそルシル」
他の猟兵達の案内を終えてやってきたルシル・フューラー(ノーザンエルフ・f03676)に、木元・祭莉(おいらおいら詐欺・f16554)と木元・杏(だんごむしサイコー・f16565)が待ち構えていたように駆け寄る。
「島、ご案内する。ここは海、こっちは島」
「もー、アンちゃん。見ればわかるのじゃなくて、船長に挨拶に行こ?」
海と島を順番に指さす杏の横で、祭莉がルシルの袖を引く。
「ああ。例のフィッシャーマンズの船長かい?」
「そうそう。すっごい、顔コワイんだよ!」
「まつりん。船長は、いけめん……!」
オニキンメ頭に対する評価を言い合いながら、祭莉が右の、杏が左の袖を掴んで、ルシルをぐいぐい引いて桟橋を駆けていく。
(「一応、予知でなら見た事あるんだけど……ま、いいや」)
ルシルは胸中で呟きながら、黙って双子の後に続いていった。
途中で荷物を運んでいる小太刀を追い越して、双子は【かんさつにっき】の5人でオニキンメ船長の前に一番乗りした。
「こんにちは」
「こんにちは!」
杏は少し緊張してるような面持ちで、祭莉はにぱっと笑顔で船長にご挨拶。
『お。杏に祭莉じゃないか。久しぶりだな』
(「今日もいけめん……」)
「ほら、顔コワイでしょ!」
口から飛び出してる凶悪そうな牙を擦らせ喋るオニキンメ船長に、杏の胸中が乙女になって、祭莉は無邪気にストレートにルシルに同意を求める。
「へぇ。これは、成程。大きさを除けば、オニキンメにそっくりだなぁ」
ルシルはルシルで、魚頭に対する好奇心が上回っている。
どんっ!
そこに何か大きなものが立てた音が響いた。
「船長。これ、お土産の野菜」
オジサンと持ってきた荷物を置いた小太刀が、蓋を開いて見せる。中身の野菜は、小太刀が厳選した(ピーマン抜きという意味で)野菜だ。
「中でもこの大根とか奥さんにお勧め! ……妻だけに」
箱の中から立派な大根を取り出して、小太刀がオニキンメ船長に告げる。
『ん? お? ……ありがてえが、うちのカミサンに?』
しかしオニキンメ船長は、イマイチわかってなさそうに首を傾げる。
「あれ? お刺身は……食べるよね?」
「小太刀? 何故大根と、妻が関係するのでしょう」
逆にその反応が意外だった小太刀に、追いついてきたシリンも首を傾げる。
「刺身のつまのことだね」
「お刺身と一緒に、大根が出てくるんだよ」
「しゃきしゃきの千切り」
「確か妻と言う漢字が『主となるものに添えるもの』とか言う意味があるから、刺身の添え物を妻と言うようになったと言われているんだったな」
ルシルと祭莉と杏とガーネットには、通じた。
猟兵あるあるな世界ギャップである。
「なるほど」
『成程なぁ。そんな言葉があるのか』
意味が解って、シリンとオニキンメ船長が頷く。
『じゃあ船長。こいつは、姐さんとこに運んどきますね』
『おう。頼んだ』
オニキンメ船長の連れていた海賊達が、野菜の箱を持って何処かへ運んで行く。
『で、まさか野菜持ってきただけじゃねえだろ? スピアフィッシングしていくか?』
「勿論」
こちらに向き直ったオニキンメ船長に、杏が頷く。
「見ていて? 船長のため……」
ぐぅ。
杏のお腹の虫が、そうじゃないだろうと口を挟んだ。
「わたしの食欲のために、大きなお魚仕留めてみせる」
『おう。いっぱい獲っていっぱい食え。子供は食うもんだ』
こほんと咳払いして素直に言い直す杏の頭を、オニキンメ船長の大きな手が撫でた。
●いざ、海へ
「シルバーホエール号、出航!」
フム・アル島の桟橋から、ガーネットのシルバーホエール号がゆっくりと動き出す。
「ルシル、これ」
船が動き出してすぐ、小太刀が残しておいた野菜をルシルに差し出した。
それは、緑鮮やかな胡瓜である。
「河童みたいに泳ぎが上手くなるおまじないだよ。頑張れー」
(「……河童って、川に住む妖怪じゃなかったっけ? 海、泳げるんだっけ?」)
笑顔の小太刀から胡瓜を受け取りながら、ルシルは内心首を傾げていた。
一応、海にいる河童の言い伝えもないことは無い。
そんな話をしている内に――数分で、船が止まった。
「到着!」
目的の海域は、早くて近かった。
元々今回のスパアフィッシングフェスは、海賊もそうでない者でも小舟で出られる程度の沿岸の海で行われる。
「他にこのシルバーホエール号クラスの船は、出ていないようですね」
「だからこそだよ。大物を仕留めたら、いい宣伝になりそうだから」
周囲を見回したシリンの指摘に、ガーネットは笑って返す。遊びに来たとか島では言っていたが、商会のアピールを忘れてはいない。
「成程。ガーネットらしい」
小さく頷いて、シリンは腰のパレオを外して丁寧に畳んでおく。
「では、先に行きますね。――水の精霊よ」
水の中で動き易い格好になると、シリンは水の精霊の助力をその身に纏って、シルバーホエール号から海に飛び込んでいった。
船から飛び込んだとは思えないほどの静かさで、シリンの姿が海の中へ消えていく。
綺麗な飛び込みと言うのは飛沫も少なく、音も静かなものだ。
「さすがはシリン、オーシャンハンターも顔負けだな」
「あの無駄のない動き! シリンは流石だね」
あっという間に船の上からでは見えない深さまで潜っていったシリンに、見ていたガーネットと小太刀も感心しきりだ。
「彼女も森のエルフだよね。こうも違うものか……」
結局さっきの胡瓜をシャクシャクと齧りながら、ルシルも思わず唸っていた。
「では私も。出ておいで、マン太」
ガーネットが手を叩くと、船の下から、ザバァッと何か大きなものが上がった水音が聞こえる。船から乗り出して覗き込むと、大きなイトマキエイがそこにいた。
「頼むぞ、マン太」
ブレイドウイングでふわりと勢いを殺しながら、ガーネットがその上に飛び降りた。
「おおー! ガーネットのマン太かっこいい!」
それを見ていた小太刀が、目を輝かせる。
「私も誰か呼ぼうかな? イルカさんとかいいよね♪」
海の仲間を誰か呼ぼうか――と顔ぶれを脳裏に描く小太刀の肩を、誰かの指が叩く。
「ん?」
小太刀が振り向くと、そこには鎧武者のオジサンがいた。
しかも銛を片手に、腰には命綱までばっちり結んでいるではないか。
「やる気満々ね、オジサン。しかし霊なのに命綱なんて……」
「ああ、何か命綱を結んで欲しそうだったから、結んでおいたよ」
首を傾げる小太刀に、さらりと答えるルシル。お前か。
「仕方ないなぁ。行って良いよ、オジサン」
苦笑する小太刀に一つ頷いて、鎧武者のオジサンは海へ飛び出した。
ドボンッ!
重たい水音を響かせ、オジサンの姿が海の中へ消える。スルスルと、命綱がどんどん伸びていく。どんどん伸びて――伸びて――。
「オジサン、こないね」
「ねえコダちゃん? 沈んでない?」
「……。……」
見守っていた杏と祭莉が、左右から黙りこくる小太刀の顔を覗き込む。
「まあ鎧って、大抵水に沈むよね」
ルシルが口にしたのは、単純な物理法則。
霊とは言え銛を持ったりとかこちらのものに干渉できるのだから、ある程度こちら側の法則の影響を受ける――なんて事も、あるのかもしれない。
「ま、まあ大丈夫よ。だって、ほら、霊なんだし? 霊が溺れるなんて、ね?」
大丈夫とは言っていても、小太刀の声は少し震えていて。
「でも一応見てくるから、先に海に行ってるね? 祭莉ん! どっちが大きいの獲れるか勝負よ!」
そそくさと準備を済ませ、そんな事を言い残し、小太刀も海に飛び込んでいった。
「よっし! コダちゃんに勝負挑まれちゃったし、おいらもそろそろ行こっと♪」
飛び込む小太刀を見送って、祭莉も海へ行こうと船の縁に足をかける。
「まつりん」
と、そのふさふさの尻尾を杏の手が握った。
「あ、アンちゃんも来る?」
「行く」
振り向いた祭莉に、緊張した面持ちで杏が頷く。
「ん、しっぽにつかまっててね?」
にぱっと笑って答えて、祭莉は海に向き直った。その全身が、白い炎に包まれる。
風輪の疾走――ホワイトラッシュ・オブ・ウインド。
炎を纏った祭莉は、いきなり最高速度で飛び出した。
その尻尾に掴まった杏ごと。
「うわ、杏とまつりん速っ」
あっという間に見えなくなった2人に、マン太の上でガーネットが驚く。
「いやぁ。元気だねぇ」
そこに見送ったルシルの呑気な呟きが、船の上から流れてきた。
「ルシルはどうするんだ? オジサンの命綱ならシルバーホエール号の船員に任せればいいし、マン太に乗ってくか? もう1人くらいなら多分大丈夫だぞ」
マン太の上から船を見上げて、ガーネットがルシルに訊ねた。
このグリードオーシャンではどうか判らないが、UDCアース基準でならば、オニイトマキエイは世界最大のエイだ。大人2人くらいなら乗れる背中だ。
「いや。大丈夫。ここなら鮫に乗るさ」
そんな声が返って来てから、十数秒後。
船の上から、鮫が降ってきた。
『お待たせ。それじゃあ、行こうか』
ルシルの声は、鮫の中から聞こえていた。
●海中編
(「潮流も少なく、穏やかな海ですね」)
海に飛び込んだシリンは、水の精霊の力で魚の様に優雅に海中を進んでいた。
目指すは海の中。
嵐の後だけ――頑張れば潜れる深さに浮いてくる珍しい深海魚がいる。
島でフィッシャーマンズからシリンが聞き出した話だ。
(「聞き出すまでの歯切れの悪さと、教えてくれたあとの微妙な表情が、引っかかるのですが……」)
そこはいくらシリンが訊いても『獲れればわかる。もし獲れれば』としか教えてくれなかった。
その物言いで、随分と難しい相手なのはわかる。
(「見つけた――おそらく、あれですね」)
シリンの視線の先には、見た事もない、大きな魚のシルエットが見えていた。いや――何処かで似たものを見た事があるような気もする。
(「考えている時間は無いですね」)
水の精霊の力を借りているとはいえ、シリンもいつまでも潜ってはいられない。
獲るか、逃げられるか――勝負は一度きり。
シリンが精霊銛を構えて一気に潜行すると同時に、魚の方も気づいて反転した。
(「っ、気づかれましたか!」)
胸中で舌打ちして、シリンが泳ぐ速度を上げる。
追いつけるか――そんな迷いがシリンの胸中に生まれた時、どこからともなく現れた鎧武者の霊が魚の前に出て、手にした銛を振るった。
(「あれは、小太刀の?」)
シリンも驚いたが、魚も驚いて動きを止める。
その隙を逃さず、シリンは精霊銛で魚を一突きに貫いた。
●海上編
ミャー! ミャー!
ウミネコに似た海鳥の鳴き声が、海のあちこちで上がっている。
海鳥たちは、軽くパニックになっていた。
何故か。テンション抑えたって余裕で音速超えてる祭莉が、凄まじい速度で海面飛び回って追い散らしているからだ。
「去年も、イルカ浮き輪で楽しく疾走したよねー♪」
るんるん気分の祭莉は、後ろの杏に去年の思い出話を振る。
「……」
だが、尻尾に掴まっているだけで自分で飛んでいない杏が、そんな速度の中で答える余裕なんてある筈がない。
(「し、疾走、速……」)
顔面蒼白になりながら、杏の目はまだ諦めていなかった。
祭莉の疾走の速度も以前より速くなっているが、成長しているのは杏もそうだ。もう1年前の自分とは違う。
(「でも、今年のわたしは少し違う」)
「あ、そうだ。魚獲るんだった」
杏が胸中で呟くと同時に、祭莉が猟であることを思い出していた。
「みんながいるあたりに、魚追い込んでこっと♪」
バシャンッ!
取り出した如意の棒で水面を叩いて、祭りはそれを軸に急ターン。
――からのジャンプ。
(「なにせ、落ちても浮く!」)
ぽーんっ!
そのジャンプの勢いで祭莉の尻尾から杏の手が離れる。或いは杏が手を離したのか。
いずれにせよ、急ターンの遠心力もあって杏が放物線を描いて飛んで行く。空を――そして海へ――ドボンッ。
落ちた。
「あー、二度びっくりさせられたわ。まさかオジサンが、シリンとタメ張るレベルで海の中を泳ぎ回ってるとは」
丁度その瞬間、海中のオジサンの様子を見て引っ張り上げる必要もないと、潜っていた小太刀が海面に顔を出した。
「私も何か大物に狙いを定めて――」
――ドボンッ。
そんな小太刀の背後に聞こえる、何かが落ちたような水音。
「ん?」
振り向いた小太刀が目にしたものは、すぐ真後ろで揺蕩う漆黒の――髪。
「小太刀……小太……」
バシャバシャと藻掻くように伸びる腕が、小太刀をむんずと掴む。
「わわっ!? な、な、なな……って、杏?」
軽くホラーな光景に驚きかけた小太刀だが、すぐにそれが杏だと気づく。
「もう、何があったのよ」
「落ちても浮かなかった」
小太刀が訊ねるも、杏の答えは要領を得ない。ほんのついさっきまで海に潜っていたし先に船を出た小太刀は、祭莉と杏がどうしたのかを見ていない。
まあ、想像はつくけれど。
「仕方ないなぁ」
また苦笑を浮かべて、小太刀は杏を抱えて船の方へ泳ぎ出した。
一方その頃。
バシャン、バシャンッと海面を如意な棒で派手に叩きながら、祭莉は船の方に魚の群れを追い込んでいた。
「随分と派手にやってるな、まつりんは」
ふよふよと海面を漂うマン太の上からそれを見て、ガーネットが呟く。
当てにしていた海鳥はとっくに逃げてしまっているけれど、その分、祭莉が追い込んでいる方へと先回り。
「魚影は――あるな。いくぞ!」
マン太の上で、ガーネットがポケットの中の銀貨を握る。
その時、ガーネットの視界の先で、祭莉の周りから何かが飛び出した。
魚だ。トビウオだ。
いつの間にか、祭莉が追い込んでいる魚群に混ざったのだろう。
「わあ、トビウオの群れ! カッコイイ!」
驚いたトビウオの群れに取り囲まれても、祭莉は気にしない。
そしてガーネットにとっても、そのトビウオの群れは、海鳥の代わりに魚群の位置を知らせてくれるものであった。
「『武器庫』よ、異界兵器の一つ<節制>を解禁する権利を求める……開門せよ」
終末異界兵器「XIV:節制」――ワールドエンドウェポン・テンバランス。
ガーネットが放り投げた銀貨が、銀の槍へと変わる。
漁にはやや過剰かもしれない数の槍が、魚影を空から貫いていく。
「ガーネット姉ちゃん、すごいね。じゃあ、おいらはこの拳で――!」
降り注ぐ銀の銛にテンション最高潮になった祭莉は、その速度で銛を避けながら素早く腕を伸ばし、トビウオを優しく素手で掴み取っていった。
「わあ。祭莉んもガーネットも大漁だね♪」
「むむ」
小太刀と杏も、海の上から顔を出してその光景を離れて見ていた。
「シリンも、獲ったかな」
「何かオジサンがサポートしながら、取ってたわよ」
杏の呟きに、小太刀が返す。
と言う事は、つまり――。
「魚獲れてないの、わたしたちだけ」
「……あれ?」
続く杏の呟きに、小太刀が、はて、と首を傾げる。
「わー、自分で獲るの忘れてた!?」
「大丈夫、小太刀。わたしに秘策ある」
慌てる小太刀に掴まったまま、杏が片手の拳をぐっと握る。
「支えてて?」
「杏? なんで灯る陽光を拳に纏ってるの? 何でその腕をぐるぐる回してるの?」
片腕を海から出して、ぶんぶんと回し出した杏を支えながら、小太刀が訊ねる。
「こうするの」
ぶんぶん回した腕を、杏は海へ振り下ろした。
見た目以上の怪力と拳から迸った白銀の光が――海を割った。
割ったと言っても、割れた深さは精々2mと言った所だ。流石に海底が見える程に海を割るのは、怪力だけでは無理がある。
だが、多少だろうが海が割れればそこから魚が飛び出して来る。
「とうっ」
飛び出して来た魚の一匹に、杏が跳びついた。
●それぞれの釣果
こうして、それぞれにスピアフィッシングをしてきた【かんさつにっき】の面々は、シルバーホエール号に戻って島への帰路につく。
帰りも数分。その間に、それぞれの獲物を見せ合った。
検分役は、鮫の中でのんびりしていただけで疲れてないルシルである。
「トビウオにアジかな? こっちはイワシ? 新鮮だし、お刺身が良さそうだね」
「やったー、お刺身お刺身ー♪ ルシル兄ちゃんも食べていいからね」
「刺身か……なら清酒を用意しないと」
祭莉がトビウオ数匹。
ガーネットは同じくトビウオとアジやイワシと様々に、合わせてざっと20匹。
「サンマ……にしてはやけに大きいけど焼いたら美味しそうだね」
「ふふ、丸焼きにする……」
杏。サンマの様な2m近い大きな魚1匹。
「まごうう事なきカツオだね。刺身でも焼いてもよし」
「オジサンも、お疲れ様」
小太刀のオジサン。カツオを3匹ほど。
小太刀自身? 察してあげて。
そしてシリンが仕留めたのは――。
「これです」
何処かで見たことがある、口のの中に収まりきらない巨大な歯を持つ魚。
オニキンメだった。但しマンボウ並に巨大な。
「道理で島で話を聞いた皆、微妙な顔をしたわけです。恐らく獲れるとは思わずに私に話したのでしょう」
さもありなん。
「これ、食べても良いものでしょうか?」
「流石に深海魚の捌き方は、私も知らない……」
困った様にどうしたものかと訊ねるシリンに、これまでの魚に色々コメントしていたルシルもさすがに閉口する。
そうしている内に、船はフム・アル島に戻った。
『よう、どうだった? 捌き方に悩む魚獲ってたら、俺達が――』
「あら、船長」
まさかボウズで帰ってくるわけがないと思っていたのだろう。
船が付くなり真っ先に乗り込んできたのは、オニキンメ船長が、巨大オニキンメを掲げていたシリンと目が合って――。
『……』
船の上が、しばし沈黙に包まれる。
やがて、オニキンメ船長がゆっくりと口を開いた。
『……そいつを獲れるのが、うちのカミサン以外にいるとは思わなかったぜ……』
これが――フム・アル島のスピアフィッシングフェスの歴史に、シリンの名が刻まれた瞬間であり、図らずともオニキンメ船長の馴れ初めの一端に触れた瞬間でもあった。
桟橋で、砂浜で、沖合で。
――猟兵達が島を訪れた、その日の夜は。
フム・アル島のスピアフィッシングフェスの長い歴史の中でも、特に賑やかな夜になったそうである。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵