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迷宮災厄戦㉑〜羞月閉花が向かうのは

作者：笹山ぱんだ

●蒸気機関満ちる国
　噴水の近くにあるベンチで彼女は座って黒い本を読んでいた。空は暗く、月は姿を見せていない。だが周りにある灯のおかげで明るかった。
　黒帽子とヴェールで包まれた顔は口元しか見えず、しかしその口元は微笑みを浮かべていた。
　鈴のような可憐な声で口ずさむ。
「ああ、父様。魔女の肚から私を造った父様。
　私にも正体を見せなかった、いとしい父様。
　あなたの無念、このわたくしが果たします。」
　猟兵のような、羽虫がわたくしの邪魔をするなんて、許されることではない。
　きっと、やり遂げてみせますわ。
「どうか、見守っていてくださいね、アウルム・アンティーカ父様……！」

●グリモアベースにて
「えっと…皆、毎日お疲れ様。迷宮災厄戦も攻略が進んできて、猟書家に進む道が出来たよ」
　レーン・カヴァデール（愁いのアイオライト・f24277）は集まってきた猟兵たちをねぎらった後、宙に浮くビジョンに、今回の戦争の地図を映し出した。
「…今回の敵は、猟書家『レディ・ハンプティ』。皆、覚えているかな。アルダワ魔法学園での戦争のこと」
　前々回行われた戦争だ。まだ覚えている猟兵も多いだろう。ビジョンに『レディ・ハンプティ』の姿を映し出す。
　【蒸気獣の悦び】を持ち、蒸気機関を肩に装備した女性だ。顔を隠した黒の帽子と、胸部にある大きな牙も特徴的だ。
「彼女は…その、魔王の一形態、アウルム・アンティーカの娘らしいんだ」
　つまりは魔王に匹敵する力を持っているということ。それは脅威である。
「ここで彼女を止めておかないと、アルダワ魔法学園に災厄が起きるんだ」
　アルダワ魔法学園の西方、諸王国連合。あの世界の大都市であり、要となる場所。そこにアウルム・アンティーカの災魔を蒸気獣に変え放つのだ、という。
「そうすればどうなるかは…うん、想像に難しくはないだろう？」
　言葉を固くしながら、首を横に振る。そんな暴挙は許してはいけない。
「皆に向かってもらうのは、魔導列車が走り回り、蒸気建築に埋め尽くされた国だよ。国の真ん中、蒸気が満ちる広場に彼女は居る。探さなくてもきっと、一目でわかると思う」
　予知を思い出し、描いた図をビジョンへと移す。四方に広がる道の真ん中に、噴水がある広場がある。レーンはトン、とそこに指を置いた。
「レディ・ハンプティの攻撃は皆のどの攻撃よりも早いんだ。先制攻撃をしてくるよ。だから、その対策をしてほしいんだ」
　しなければ、大怪我や敗北も免れないだろう。
「彼女をアルダワに行かせるわけにはいかないんだ。協力してくれるかな」
　杖の底でとん、と地面を叩き転送ゲートを開く。
「…気を付けてね」
　レーンは小さくそう呟いて、猟兵たちを戦地へと送った。

第1章 ボス戦 『猟書家『レディ・ハンプティ』』

POW   :    乳房の下の口で喰らう 【乳房の下の口での噛みつきと丸呑み】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。 SPD   :    アンティーカ・フォーマル 【肩の蒸気機関から吹き出す蒸気を纏う】事で【武装楽団形態】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。 WIZ   :    侵略蔵書「蒸気獣の悦び」 【黄金色の蒸気機関】で武装した【災魔】の幽霊をレベル×5体乗せた【魔導列車】を召喚する。 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●レディの憂鬱
　ここは、アリスラビリンス。蒸気機関の満ちる国。四辻の中央の広場に彼女は居た。
　黒い帽子に黒いドレス。蒸気機関を背負った不思議な装備品。そして――侵略蔵書【蒸気獣の悦び】。
　彼女はここに来るだろう猟兵達を待っていた。取るに足らないであろうその存在が自分たちの邪魔をするのだ。
　なんてことなの。イラつく胸中を沈め静かに微笑む。えぇ、わたくしはアウルム・アンティーカの娘。
「父様の無念をこの手で晴らすことが出来るのなら、それは僥倖というもの。楽しみにしていますわ、猟兵」
　ふわりと、微笑むのだった。

　ピンクの髪が蒸気交じりの風を受け、ふわりと靡く。セレシェイラ・フロレセール（桜綴・f25838）はレディ・ハンプティに告げる。
「魔王の無念、ね。残念だけど、キミの望みが叶うことはないよ。わたしたち猟兵が阻止するからね」
「まぁ、可愛らしい猟兵だこと。…わたくしの願いが叶わないなんて面白いことを言いますのね。…いいえ、叶えるのですよ」
　くすくすとレディは笑った。
　じぃっと銀の瞳で敵の姿を見ていた岩戸・御影（赫鬼面・f28521）は率直な疑問を一つ、投げかける。
「ねえ、胸の口って味覚あるの？」
「あらあら。ふふ、美味しいものは好きですわ。あなたは…美味しいかしら」
　ころころと鈴を転がすように笑って胸部の牙を撫でる。

（魔王の娘。その真偽がどうであれ、相手が強敵なのは間違いない。他の猟書家の事も考えれば厄介な状況ではありますが……だからといって、敵を見逃す訳にもいきません）
　付近の建物に右腕の鎖を打ち込んで固定した状態で敵に接近したのはクロス・シュバルツ（血と昏闇・f04034）だ。
「ふふ、小賢しいことをしていますわね」
　それに気付いたレディは瞬きの一瞬でクロスに接近し、その胸部の口を大きく開く。
「くっ…」
　全力で鎖を巻きとって後方に回避し【闇夜の翼】を発動する。己の自我を蝕むような衝動に耐えながらも戦闘力と飛翔能力を上げ、空へと飛ぶ。
「あらあら。鳥のようですわ。…ふふ、本当に忌々しい…」
　レディはならば、と近くに潜んでいたものを察知し、その乳房の下にある口を大きく開ける。
「っ確かに素早い……躱しきれるか…？」
　ドーピングにより限界突破と己のリミッターを解除し身体能力を向上していたナギ・ヌドゥー（殺戮遊戯・f21507）は勘と心を読み取ることで、その攻撃を避ける。
　だが避け切れず、その腕の肉は一部分レディの胸の口の中へと消えてしまう。
「ふふ、ご馳走様。でも食べ足りませんわね」
「それはよかった。だがオレの身体は色々改造されていてね……あまり喰らい付かない方がいいぜ」
　ナギは痛みに耐えながらもにやりと笑う。
「何せ猛毒仕込みの呪われた身体だからな。…大魔王の娘でも毒は苦手かい？」　
　その瞬間、レディを襲ったのは毒によるめまいだ。
「あら…？…成程…。美味しい食事には毒がありますのね」
　それも一瞬のこと、体勢を立て直しレディは侵略蔵書を開いた。

　魔法の箒に乗り、空へと飛び出したセレシェイラに黄金色の魔導列車が襲い掛かる。
　高速で空を駆けながらも、詠唱を続け風の魔法や空気抵抗を和らがせる魔法、加速の魔法を重ね、同時に攻撃用の魔法の詠唱も行う。
　その魔法によりジグザグに移動したり、大きく弧を描いたりして襲い来る魔導列車を翻弄しつつ逃れる。
（魔導列車を上手に誘導して、レディにぶつけたらどうなるのかな？）
　そんなことを思い、加速しレディの方へと飛び、その後素早く空へと飛んだ。魔導列車はレディにぶつかることなく、セレシェイラを追いかけた。
「まあ、そんな簡単にはいかないよね」
　大体はそうだろう、と予想は出来ていたが。苦笑を浮かべる。

　レディは肩の蒸気機関から吹き出す蒸気を纏い武装楽団形態に変身すればその素早さを爆発的に上げ、御影へと接近した。
　御影は自分の周囲に結界を張る、だがその結界すら壊しレディは御影に襲い掛かる。腕を上げればその腕に乳房の牙が突き刺さる。
　激痛への耐性を持っているとはいえ痛いものは痛い。己の身代わりとなる血染めの折り鶴を傍に漂わせていても――。
　それを振り払い、半歩後ろへ下がり、【海ミサキ】を発動し、レディへと行動を阻害する無数の黒い手を影から呼び出す。
「…お返し、だよ」
　呪詛と毒を使った瘴気を纏わせ、継続ダメージを与える哭廻…御影の神器でその身体を傷つけつつ、敵の蒸気を拾った掃除機で吸いとっていく。
「きゃあ！なんてこと…！」
　黒い手で行動を阻害されているレディに黒剣で攻撃を加えるのはクロスだ。攻撃と同時にその生命力も吸いとっていく。
　侵略蔵書で召喚された魔導列車がこちらに向かってくるのに気付けば離脱する。それと同時に降り注ぐのはセレシェイラが呼び出した桜色の力だ。
「列車もレディも一緒に桜の彩で綴ってあげる」
　【桜彩】を発動すればレディと魔導列車を桜色の魔法弾が包囲し攻撃を行った。
「さあ、踊れ踊れ。全弾当たるまで止まりはしない。桜の弾幕をご覧あれ」
　魔法弾による攻撃が収まれば胸の口へと掃除機を突っ込むのは御影だ。哭廻から直接呪詛と毒を一気に流し込んだ。そうすれば、レディの身体は内側から汚れで腐っていく。
「くっ…なんて、こと…、このわたくしが…猟兵ごときに…っ」
「これで、終わりだ。…ソウルトーチャーよ奴の牙に喰らい付け！」
　苦しむレディへの胸元の牙を喰らうのはナギのソウルトーチャーだ。【禍ツ凶魂】により、ナギの血液を喰い、殺戮捕食体になったそれはレディの胸部に喰らい付き胸部を噛み砕いた。
「…あ、あ…父様…っ、わたくしは…父様の無念を…晴らしたかった…っ」
　ぼろぼろと、腐るように落ちていく姿。レディは数秒で物言わぬ肉塊となり果て、砂になり風に乗って消えていった。

　こうして、羞月閉花の娘の物語は終わりを告げたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2020年08月16日