迷宮災厄戦⑲~竜斬竜纏の紳士
●焼け焦げた森にて
墨と灰と焼け焦げた匂いだけがある森の中、その男は佇んでいる。
上等そうな洋装に身を包み、顎鬚を綺麗に揃え、頭髪も櫛を入れたかのようにぴしっと整えた――一見すると、焼け焦げた森に似つかわしくない老紳士。
だが、その男は人ではない。
洋装の上を覆うマントは竜の尾と片翼が生えた歪な何かであり、分厚い書物を抱えた左腕は竜にも似た鱗に覆われた異形。
綺麗に整えた頭髪の一部も、竜の角の様にネジくれている。
片眼鏡に隠れた左眼も、果たして人の眼であろうか。
その男は、自分が強いと知っている。
『書架の王』を除けば、己が猟書家の中で最も強いと自覚している。
「私はこの書……『秘密結社スナーク』を使うと致しましょう」
その男が選んだ侵略蔵書は、虚構の書物。
架空の怪物。
実在しない秘密結社。
記されているものは全てが虚構であり、一片の真実も無い。
故に『実経験に基づく明らかな間違い』を誰も見出すことが出来ない。
――スナークは実在するのでは?
「その疑念は、やがて本物のスナークを生み出します。ヒーローやヴィラン、偉大なるジャスティス・ワンやアトランティスの海底人、親愛なる隣人や、道端のしがない靴磨きまで。スナークは虚構であるがゆえに、誰もがスナークになり得るのです」
そんな虚構の力を片手に抱え。
男が狙う侵略先は、猟兵達がヒーローズアースと呼ぶ世界。
●サー・ジャバウォック
「いよいよ、猟書家戦だ。相手は『書架の王』を除き猟書家最強の男」
サー・ジャバウォック。
ルシル・フューラー(ノーザンエルフ・f03676)は集まった猟兵達に、これから戦う事になる相手の名を告げた。
「老紳士と言った風貌だけど、ああ見えて武闘派と言って良い相手だ」
手にした青白い剣は、斬竜剣ヴォーパル・ソード。
その一方、纏う黒いマントの様なものは、解放すれば竜の力をその身に纏わせ竜人形態をとる、プロジェクト・ジャバウォック。
竜を斬る剣を手に、竜の力も纏うもの。
さらに手にした侵略蔵書『秘密結社スナーク』を、不可視の力として振るう。
「強いて言うなら、やや攻撃に偏っている、かな」
自身を癒したり分身を作る様な絡め手は使わない。
それだけ、自分の力に自信があると言う事でもあろう。
「もう予想はついているかもしれないけれど、サー・ジャバウォックは『絶対に先手を取られてしまう』クラスの難敵だ」
過去の大規模な戦いでも、そう言う敵は必ずと言って良いほど何体かいた。
どう足掻いても、後手に回る事だけは避けられない相手。
敵の初撃を凌いで、そこからどうひっくり返すか。
「数人いる猟書家の中でも、最初に戦えるようになった相手が、今回の敵の中でも三本の指に入るであろう強者からとはね」
ついているのか、いないのか。
ルシルは曖昧に笑って、戦場へ続く道へ続く光を出した。
泰月
泰月(たいげつ)です。
目を通して頂き、ありがとうございます。
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、『迷宮災厄戦』の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
迷宮災厄戦⑲猟書家『サー・ジャバウォック』です。
いよいよ猟書家です。
しかもいきなり強い順で上から数えた方が紳士ですよ。
サー・ジャバウォックは、必ず先制攻撃してきます。
そこだけは、どう頑張っても避けられません。
防御なり避けるなり、他の手段なり。いかに敵の先生攻撃を凌いで反撃するか、と言うところが重要になります。
と言う事で、今回のプレイングボーナスは、
『敵の先制攻撃ユーベルコードに対処する』
です。そろそろお馴染みですかね。
戦場は、焼け焦げた森。
特に何もありません。焼け焦げた樹々のあとがあるだけです。
存分に暴れられますね。
プレイングですが、明日8/13(木)8:30~の受付とさせて頂きます。
強敵相手です。1晩はじっくり考えたいかな、と。
締切は別途告知しますが、最低24時間は受付とします。多分、再送にならない範囲で書ける限り、になるかと思います。
ではでは、よろしければご参加下さい。
第1章 ボス戦
『猟書家『サー・ジャバウォック』』
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POW : 侵略蔵書「秘密結社スナーク」
見えない【架空の怪物スナーク】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
SPD : ヴォーパル・ソード
【青白き斬竜剣ヴォーパル・ソード】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
WIZ : プロジェクト・ジャバウォック
【人間の『黒き悪意』を纏いし竜人形態】に変身し、武器「【ヴォーパル・ソード】」の威力増強と、【触れた者の五感を奪う黒翼】によるレベル×5km/hの飛翔能力を得る。
イラスト:カキシバ
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
上野・修介
※アドリブ・連携・負傷歓迎
相手は強者。
チャンスはそう多くないだろう。
――為すべきを定め、心は水鏡に
「推して参る」
――先ずは観る
不可視だろうと実体があるなら動けば兆候があるはず。
視線と殺気から攻撃軌道とタイミングの予測、タクティカルペン投擲よる牽制と視線誘導、遮蔽物の利用、左右への緩急と地面を打撃することで急停止・急旋回による運足の偽装を以て、最短を行くのではなく、可能な限り被弾を減らすように間合いを詰める。
やや派手に動きながら周囲の灰や煤等を巻き上げ『目印』とし、その動きから『スナーク』の軌道を予測しカウンターで叩き落とす。
初撃を凌いだら懐に飛び込み、UCによる寸勁に続けてラッシュを叩き込む。
泉宮・瑠碧
焼け焦げた、森…
滅びた里を、思い出しますが
…今は、するべき事を
ジャバウォックの攻撃は
足場を水で浸して動きを鈍らせたり
目視や気配で察して、見切りで回避
彼が飛ぶなら風の精霊に願い
煽り風や追い風で飛ぶ勢いや軌道を狂わせて
阻害します
五感喪失は可能な限り避け
触れてもその分、他の感覚…第六感や直感を強めます
ある世界では心眼とも言いますか
思考さえあるなら、私は静穏帰向で、精霊達へ願う
空に在れば彼の黒翼が風を避け、風を捉えぬ枷を与え、大地へ墜とし
地に在れば水で浸した足を凍らせたり、土が掴んで大地へ繋ぎ
浄化を込めた氷の錐で悪意を貫いて穿つ様に
そして希う
黒き悪意が、少しでも癒されます様に
…疑い合うのは、辛い、から
セシリア・サヴェージ
敵が最強の猟書家であろうとも邪悪な企みは絶対に阻止しなければなりません。ヒーローズアースの平和の為に……いざ!
敵の姿が見えずとも対処は可能です。たとえそれが架空の怪物であったとしても。
精神を集中させて怪物スナークが放つ【殺気】を捕捉。足音、呼吸音等を【聞き耳】で感知。【視力】で周囲のどんな変化も見逃しません。
攻撃を察知したら回避してUC【闇炎の抱擁】で反撃します。
透明であろうともその身が炎に包まれれば輪郭も露わになるというもの。怪物にトドメを刺してサー・ジャバウォックに接近します。
【切り込み】で素早く間合いに踏み込み【重量攻撃】。さらに暗黒剣に纏う闇炎の【属性攻撃】で追加のダメージを与えます。
フィーナ・ステラガーデン
よーやく来たわね一人目の猟書家!魔法と剣が使えるのはあんただけじゃないってことを解らせてやるわ!
小細工その1
先制攻撃対応に毟り取った黄金の卵を産んでたらしきガチョウの羽を宙に撒いて不可視攻撃の居場所を特定させ回避しつつ【高速詠唱、多重詠唱】にて刃渡り短めのUC展開
小細工その2
スナークは精密操作可能なので後ろから襲われないように足元にアイテムオニキスにて盾を召還、多重詠唱していた【属性攻撃】で爆破し盾をサーフィンのようにして突撃
小細工その3
剣技で勝てるわけがないので、そのままジャンプし盾をぶつけ上空から【空中戦】UCを斬り下ろす!
それすら受け止められたら力技!
【魔力溜め、限界突破】
押し斬れえ!!
シャオロン・リー
ヒーローズアースには、俺の仲間たちが眠っとるんや
俺達はヴィランやからフォーミュラが現れればオブリビオンになってまうかもしれへん
せやけど、あいつらはそんな事望んどらん
あの世界にもうフォーミュラは要らん
オマエを、みすみすフォーミュラにしたる訳にはいかへんねん!!
敵味方の区別なんぞせんやろうから、三回はがっつりくるやろうな
出来る限りを見切りで躱して、あとは激痛耐性と継戦能力に物言わせて耐える
意識が飛ばんかったらええ
【三尖刀】、封印は限界まで解除して全弾纏めてぶちかましたるわ
「貫かれろォ!!」
俺は暴れ竜シャオロン…俺の名前を覚えて逝けや
地獄に逝けるんやったら、俺の仲間によう可愛がって貰えるようになぁ!
ティラル・サグライド
おやジャバウォック。そんなに己の名を騙る者が気に入らないと?
世の中存在は多数、被ってしまう事は……ああ、聞かないか。
さて、見えぬ怪物。なるほど厄介。
全てが虚構だからこそ、真実となりそれは怪物となる。
だが、こうして怪異として現れた以上、ソレは捉えられるのでは?
飛び交う攻撃を諸に食らい痛みを耐えながらでも、煙管に強烈な毒草を仕込み火種を落とし一服。
さて、毒煙で咽込むなり目がやられるなり、煙で実体が見えるなり。お前は架空でない。
さあ、共に行こう『ジャバウォック』!
鞄にため込んだ1ポンド以上の肉を喰わせ、彼を顕現。
さあさあ、同族殺しの折角の機会、逃すなよ?
さあ、架空の怪物君。一緒に語らいでもしようか?
アネット・レインフォール
▼静
ふむ…あの文字通り竜を斬る剣、か。
威力もさることながら
あの攻撃を捌き切るのは少々骨が折れそうだ。
…しかし書架の王を除いて、という話は気になるな。
強さや相性ならば単純な話ではあるのだが…。
機会があれば何か思う事でもあるのか
当人に直接聞いてみるか。
▼動
予め念動力で刀剣を周囲に展開し
先制時はこれを束ね盾代わりに利用。
敵の剣を結界術で覆い一瞬だけナマクラ化も検討。
不可なら普通に障壁で対応。
霽刀・式刀で攻撃しつつ
【流水衝】による投射も加え手数で攻めよう。
葬剣を無数の鋼糸にし絡ませて足止めも。
蔵書や翼などを狙い敵の戦力を削ぐ事に集中するが
他と連携時は引き付けるフォローぐらいは。
連携、アドリブ歓迎
文月・統哉
虚構を操る猟書家か
頭脳派なのか肉体派なのか、いや両方か
全く厄介な野郎だぜ
だが引き下がる訳にはいかない
ヒーローズアースで出会った友の為にも
そして両方の世界の為にも
架空の怪物スナーク
見えなくともそこにいる…ならば
【オーラ防御・属性攻撃】を合わせて全周に水属性のバリア張り
表面に『触れたら弾ける塗料の粒』を【念動力・罠使い】で忍ばせる
攻撃にはバリア突破は必須
オーラの変化や水面の波で敵の位置【見切り】
弾ける塗料でマーキング
大鎌で【武器受け】し【カウンター】で斬る
水のバリアを盾にしてサーへ接近
目には目を、虚構には虚構を
水のレンズに虚像【残像】結び【フェイント】で体勢崩させ
宵月夜の一撃を
※アドリブ・共闘歓迎
陽向・理玖
匡兄さんf01612と
前は故郷とかよく分かんなくて
師匠の世界だからって思ってたけど
今は俺があの世界を守りたい
だから
力貸してくれ
匡兄さん
遠距離って事は近くで戦えば問題ねぇな
匡兄さんは?
そっかあんたがそう言うなら
頼りにしてるぜ
残像纏いダッシュで距離詰め衝撃波放ち変身しUC
そもそも
実在しない
架空の怪物なら
居ないも同然だよな
飛べれば避けやすくもなるだろうし
大体匡兄さんの援護もあるのに当たるはずあるか
限界突破し振り切りグラップル
空中から暗殺用い戦闘知識も使い援護も利用
効果的な部分狙い蹴り
常に自分の間合いで離れず攻撃
あの戦争の頃の俺とは違う
頼もしい仲間がいるんだ
負けらんねぇ絶対に
覚悟込め
連携し拳の乱れ撃ち
鳴宮・匡
◆理玖(f22773)と
こっちのことは心配しなくていいよ
思いきりやってきな
知覚しうる範囲に存在するものを“視る”のは得意だ
害意のある怪物なら敵意や殺意をこちらへ向けるだろうし
見えなくても気配や存在感までゼロではないだろう
それで十分位置を割り出せる
理玖の速度に俺自身は追いつけないが
射程圏内なら銃弾での援護が通じる
“架空の怪物”の鼻先を牽制し、注意をこちらへ向ける
一瞬でも隙を作れば、理玖の速度なら振り切れるだろ
邪魔をさせないよう、怪物の足を縫い留めながら
幾つかは理玖への援護射撃を
武具や“猟書”を狙撃して、本体の意識を乱す
頼られたなら応えるさ、その背中は傷つけさせない
安心して自分の戦いをするといい
ガーネット・グレイローズ
姿を現したか、猟書家。
ヒーローズアースは我々が激闘の末に守り抜いた世界だ。
キサマらの侵略を許すわけにはいかん!
で、例によって先制攻撃か。面倒だな…。
スラッシュストリングを<念動力>で高速操作して斬撃を絡め取り、
ブレイドウイングの<武器受け>で防御を試みるが、
おそらく被弾は免れないだろう。
五感を奪われ、とどめの斬撃が振り下ろされる…
そのときを見計らって煙草に火をつけ、
<第六感>を極限まで研ぎ澄ます。
そして懐から銀貨を取り出しUCを発動。
これが私の隠し技、終末異界兵器「XIV:節制」。
コインをすべての強化・変身を強制解除する槍に変え、
降下してくるジャバウォック目掛けて勢いよく突き出す!
●焼け焦げた森で
辺り一面、見渡す限り広がっているのは灰が積もった世界。
灰色の中にぽつぽつと、焦げた木々と言う燃え残った森の残滓が立っている。
――焼け焦げた森。
木々が燃えて残った灰の上に、そこに降り立った猟兵達の足跡が刻まれていく。
そんな荒涼とした、灰と炭の世界の中に。
その男は一人佇んでいた。
いっそ場違いなほど上等な身なりで、片手に青白い抜き身の剣を引っ提げ、片手で侵略蔵書を抱えて。
――猟書家『サー・ジャバウォック』はそこに立っていた。
「姿を現したか、猟書家」
『別に隠れていたつもりもないのですがね』
ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)の言葉に、サー・ジャバウォックは軽く肩を竦めて返す。
「こちとら、よーやく会えたわね、ってところよ! 一人目の猟書家!」
『私が一人目。そうですか。そういう事になりましたか』
フィーナ・ステラガーデン(月をも焦がす・f03500)の言葉に、サー・ジャバウォック右目の眉が、少し驚いた様にピクリと動いた。
『ですが隠れたつもりがないのは事実ですよ。左様な遊びに興じる歳でもないですし。ましてや――このような森では、隠れるところなどありはしないでしょうに』
森と言うにはあまりにも寂しい世界を紹介するように、サー・ジャバウォックが大仰に両腕を広げた。
「焼け焦げた、森……」
泉宮・瑠碧(月白・f04280)の呟きが灰塗れの世界に流れる。
その声が、木霊するほどの木々も、もうここにはない。
(「……こういう景色を見ると、どうしても――」)
「……瑠碧姉さん?」
その光景に、滅びた里を思い出していた瑠碧の背中に、知った声がかかった。
「……理玖? 来ていたのですね」
振り向いて知った顔を見て、瑠碧が小さく首を傾げる。
「うん。1人じゃないけど」
「なんだ、理玖。知り合いか?」
頷く理玖の肩に、鳴宮・匡(凪の海・f01612)が横から腕を回す。
『若いですね』
そこに、サー・ジャバウォックの声が割って入った。
「ここで話に入って来るか。おっさん、趣味が悪いぞ」
『これは手厳しい』
匡の皮肉をさらりと躱して、サー・ジャバウォックは瑠碧に視線を向ける。
『ですが……そちらのお嬢さんは、この森に何か思うところがあるようですね』
「っ!」
サー・ジャバウォックの言葉に、瑠碧がはっとなって視線を向けた。
『この森を焼いたのが――私かもしれないのと疑ってますかな?』
焼いた。
サー・ジャバウォックの一言で、瑠碧の心がざわつく。
それでなくても、木々を焼いた火の残滓を感じさせる光景なのに。
『森に火を放つことなど、特別な炎の業を持たずとも出来る事です。私がこの森を焼いていないと言って――私を信じられますか?』
これが、サー・ジャバウォックか。
いくつかの侵略蔵書の中で、虚構の書物を選んだ男。虚を実とし、実を虚とし、その言葉は敵を惑わせる。
「関係ない。今は、すべきことを」
頭のどこかで鳴る本能的な警鐘を押しやって、瑠碧は冷静を務めて返した。
『そうですね。私も私のすべきことをしに行くとしましょう。ここではない世界へ』
サー・ジャバウォックの言葉がヒーローズアースの事を指していると気づいて、何人かの猟兵が顔色を変えた。
●虚構問答
『おや。どうやら、余程私をここから出したくない方がいるようですね』
「ああ、行かせへん」
空気の変化に口を開いたサー・ジャバウォックに、シャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)が剣呑な光を宿した視線を向ける。
「ヒーローズアースには、俺の仲間たちが眠っとるんや」
『ほう』
シャオロンの、誰よりも明確な敵意にサー・ジャバウォックの片眉が上がる。
「俺達はヴィランやからな。フォーミュラが現れれば、あいつらはオブリビオンになってまうかもしれへん」
『成程。新たなスナークとなるのは、貴方のお仲間かもしれませんな』
「あいつらはそんな事望んどらん!」
サー・ジャバウォックの言葉に、シャオロンが怒りを隠さず声を張り上げた。
「あの世界にもうフォーミュラは要らん! オマエを、みすみすフォーミュラにしたる訳にはいかへんねん!!」
中華風の房飾りがついた花槍の切っ先を向けて、シャオロンが吠える。
『ヒーローズアースの歴史は戦いの歴史。例え私が行かずとも、いつかまた、あの世界には戦いが起こりましょう』
鈍く光る槍も、シャオロンの怒りもどこ吹く風に、サー・ジャバウォックは言葉を並べ立てる。
「それとこれとは、話が別や!」
「ああ、そうだ。ヒーローズアースは我々が激闘の末に守り抜いた世界だ。キサマらの侵略を許すわけにはいかん!」
怒りに猛るシャオロンに、ガーネットも同調し声を上げる。
『おやおや。まるでこの森は――この世界はどうでもいいようですね』
「そんな事はないさ」
言葉尻を捉えてきたサー・ジャバウォックに、文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)が頭を左右に振りながら返す。
「この森、この世界の為にも。そしてヒーローズアースで出会った友の為にも。両方の世界の為にも、俺達は引き下がる訳にはいかない」
気にしているのはヒーローズアースだけではない。
このアリスラビリンスも守るためにいるのだと、統哉は言い放つ。
「そうだ。お前が向かおうとしている世界が別の世界でも、私はここに来ただろう」
統哉の言葉に、セシリア・サヴェージ(狂飆の暗黒騎士・f11836)が頷いた。
『これはまた。寄らば斬ると言った気迫ですな』
「ならば斬られなさい。ヒーローズアースの平和の為に」
サー・ジャバウォックの賛辞にもつまらなさそうに返して、セシリアは肩に担ぐ様に持っていた特大サイズの剣の切っ先を向ける。
「……」
サー・ジャバウォックと他の猟兵達のやり取りを、理玖は黙って聞いていた。
何も言わない事が、何も思わない事とイコールではない。それは、硬く硬く握り締めた理玖の拳が物語っている。
「おい、理玖。大丈夫か」
隣に立つ匡がその緊張を感じ取って、声をかける。
「――大丈夫」
答えるその声は、理玖自身も意外なほど落ち着いていた。
「前は故郷とかよく分かんなくて、師匠の世界だからって思ってたけど。今は俺があの世界を守りたい」
数秒前まで硬く握っていた拳も、自然と少し緩んでいる。
己の変化に気づく。その自覚は、成長が実を結んだ証。
「だから力貸してくれ。匡兄さん」
「ああ、任せろ。理玖の背中は俺が守ってやる」
成長を見せながらも素直に頼って来る理玖の真っ直ぐさを好ましく思いながら、匡はその背中を軽く叩いた。
頼れらたなら、応えるまで――。
どれほど猟兵達の怒りを浴びても、飄々と流し続けるサー・ジャバウォック。
その姿を見ている内に、ティラル・サグライド(覆水盆に逆集め・f26989)が伸ばした髪とヴェールで隠した左目が騒ぎ出していた。
「おやジャバウォック。そんなに己の名を騙る者が気に入らないと?」
ティラルの左目には、オウガが住み着いている。
その名は――ジャバウォック。
サーの称号こそないけれど、奇しくも、目の前の猟書家と同じ名前である。
だからだろうか。騒いでいるのは。
「世の中存在は多数、被ってしまう事は……ああ、聞かないか」
騒ぐオウガを宥めようとして――どうも無理そうだと、ティラルは嘆息した。
こうなれば、暴れさせるより他にあるまい。
(「簡単に暴れさせてくれるほど、余裕な相手じゃなさそうだけどね」)
「余裕だな」
ずっと黙って成り行きを伺っていたアネット・レインフォール(剣の異邦人・f01254)が、サー・ジャバウォックに向けて口を開く。
「さすが猟書家最強、と言うべきか?」
猟兵達の敵意をたった一人で浴びながら、サー・ジャバウォックはそれでも余裕を崩していない――様に見えた。
『そう解釈するのであれば、ご自由にどうぞ。私とて異論はありませんから』
アネットがそこを指摘しても、サー・ジャバウォックは薄い笑みを浮かべて返す。
誇るでもなく、驕るでもなく。
猟書家最強と言う立場を、粛々と受け入れているような素振り。
(「何か思う事でもあるのか」)
だがアネットは、異論はない、と言うサー・ジャバウォックの言い方に少し引っかかるものを感じていた。
(「書架の王を除いて、という話も気になる」)
どういう意味での、最強、なのか。武芸の強さ、武器や属性の相性。そう言った強弱ならば単純な話だが。
(「機会があれば当人に直接聞いてみたいところだ――そんな余裕があればだが」)
●猟書家最強
ティラルとアネットが胸中で呟いた言葉。
余裕。
それがサー・ジャバウォックにあるのは、上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は無言の内に感じていた。
猟書家最強。
紛れもない強者だ。
(「攻撃のチャンスは、そう多くないだろう」)
胸中で呟き、修介は拳を握って、開いて、また握る。
――身体に力を入れすぎるな。
僅かに緩みを残して固めた拳を構え、修介は腹腔に溜まった空気を吐き出す。
――為すべきを定め、心は水鏡に。
まずは視る事。
敵を視て、動きを視て、殺気を視て。
『気負いなく、畏れもない。良い気迫です』
一挙手一投足、何も見逃さんとする修介の視線と、サー・ジャバウォックの右目の視線がぶつかる。いつから、気づいていたのか。
『ですが、何故、私を視ているのですかな? 怪物は、突然静かに、何の前触れもなく現れてもおかしくないのですよ!』
サー・ジャバウォックがそう言った次の瞬間、修介の身体が突然横から何かを叩きつけられた衝撃に、吹っ飛んだ。
「!!?」
攻撃された――何に?
『ほら、現れましたよ怪物が。いますよ、見えない怪物スナークがどこかに!』
サー・ジャバウォックの声を聞きながら、修介は混乱しつつも咄嗟に受け身を取って、すぐに跳ね起きる。
その視線の先で、今度は瑠碧、フィーナと続いて吹っ飛ばされていた。
「っ! 今のは……?」
「~~っ!いったいわね!」
それぞれ精霊の風と咄嗟の浮遊魔術で、ふわりと浮かんで着地する。
ギィンッ!
そこに響く、剣戟の金属音。
音は、アネットの目の前から響いていた。
「っ!?」
気づいた時には、アネットの身体に灼け付くような痛みが走っていた。
(「これが、ヴォーパルソード。あの文字通り竜を斬る剣、か」)
たった今、自分を斬った青白い剣に、アネットが視線を向ける。
それは、念動力で周囲に展開していた幾つもの刀剣を纏める暇すらなく、アネットをあっさり斬っていった。
とは言え、それらの刀剣があったからこそ、それを押し除ける分だけサー・ジャバウォックの斬撃が弱まった。
その分だけ、アネットが咄嗟に結界の障壁を纏う僅かな時間が生まれた。
何もしていなければ、もっと深い傷を負っていたかもしれない。
(「剣の威力もさることながら、あの攻撃を捌き切るのは少々骨が折れそうだ」)
サー・ジャバウォックの剣技に、アネットは内心、驚嘆しながら、散らばった刀剣を念動力で集めて束ね直す。
その内の二振り――霽刀【月祈滄溟】と式刀【阿修羅道】を両手に一刀ずつ構え、アネットは再び刀剣を斬り散らした斬竜剣を、二刀で受けて捌いて軌道を逸らす。
――凌いだぞ。
『ですが怪物は1匹でしょうか? 恐ろしい怪物の群れかもしれません』
視線で告げるアネットに笑みを返して、サー・ジャバウォックは芝居がかった口調のまま声を上げた。するとまた、何かが動く。
「!? これが――」
これが、見えない怪物スナークか。
まるで見えなかった一撃が、セシリアの鎧を正面から叩いて吹っ飛ばす。
例え架空の怪物であったとしても、殺気があると思っていた。僅かなり呼吸音の類があると思っていた。
敵の姿が見えずとも対処は可能――セシリアはそう思っていた。
(「ここまで見えないものか!」)
内心声を上げながら、手にした剣を地面に突き立て、セシリアは踏みとどまる。
『ですが、そこにいるのは本当にスナークでしょうか? 怪物ですか? 怪物とは何でしょうか?』
やはり見えない一撃が、真横から統哉を襲い。
『それはどんな姿をしているのですか? 手足を持つ生き物ですか?』
どこから来るかと身構えていたティラルも、真正面からの衝撃に吹っ飛ばされた。
『怪物の姿など、誰も知らない。知らないものが、見える筈も無いのですから』
芝居か演劇の語りの様に大仰に矢継ぎ早に喋りながら、サー・ジャバウォック自身はいつの間にやら、シャオロンに斬りかかっていた。
あっさりと花槍を斬竜剣が押しのけて、一瞬後には剣が跳ねる様に動く。
「くそがっ!」
『怪物なんか本当はいない――そう誰もが思う。ですが、それは怪物スナークは実在するのではと言う疑念の裏返しなのです』
斬られたシャオロンの悪態には返さず、芝居がかった語りを続けながら、サー・ジャバウォックは、あっという間にガーネットの前に現れた。
(「凌げるか――」)
ガーネットが、『スラッシュストリングス』を念動力で広げる。宇宙怪獣の肉体さえ切り裂くブレードワイヤーなら、斬竜剣を抑えられる可能性はあった。
だがガーネットの念動力でも、幾つものワイヤーを操り絡め取るよりも、サー・ジャバウォックが刃を振るう速度に追いつけない。
液体金属の翼刃『ブレイドウイング』の2枚で打ち合い、辛うじて浴びるのを一太刀にに抑えるのが精いっぱいだ。
猟兵達が次々と、見えず、聞こえず、感じもしない不可視の怪物スナークの攻撃に吹っ飛ばされていく。
それは本当に怪物ではないのかもしれない。
だが、そこには何かがあるのだ。ただの不可視の力の塊だとしても。
「理玖、伏せろ」
言うが早いか理玖の頭に手を伸ばして強引に沈ませながら、匡自身は半歩だけ横に離れて、斜めに身体を逸らせた。
直後、理玖の頭上と匡が立っていた場所を、何かが通り過ぎていく。
「理玖、真上だ」
「っらぁ!」
理玖はそれが見えていたわけではない。ただ匡の声を信じて、拳を振り上げた。拳の衝撃波が、何かを吹っ飛ばした。
『何!?』
「正直、予想外だった。害意も敵意も殺意もおろか、ここまで存在感も薄いとはな」
驚くサー・ジャバウォックに、匡が淡々と告げる。
「でもな。知覚しうる範囲に存在するものを“視る”のは得意だ」
『馬鹿な……』
事も無げに匡が告げた言葉に、サー・ジャバウォックが言葉を失う。
数多の戦場を渡り歩いて、夥しい死を積み上げてきた残滓。“凪の海”の異名で呼ばれた傭兵の片鱗。
文字通りに、桁違いの見切りの技。
サー・ジャバウォックすら、驚くほどに。
「匡兄さんに見えるなら、近くで戦えば問題ねぇかな」
「近くでも遠くでも、好きにやってこい。言ったろ。背中は傷つけさせないって」
身を起こした理玖の背中をトンッと押して、匡が返す。
「こっちのことは心配しなくていいよ。安心して自分の戦いをするといい。思いきりやってきな」
「そっか。あんたがそう言うなら、頼りにしてるぜ」
匡に背中を押されて前に出ながら、理玖は指で弾いた龍珠を握り締める。
腰のドラゴンドライバーに嵌めれば、竜の横顔が虹色を食らい、理玖の姿を光が覆っていく。
「フォームチェンジ! ライジングドラグーン!!」
理玖が声を張り上げると、覆っていた光が七色の輝きへと変化した。
光を装甲に変えず、光そのものを纏った理玖がぐっと膝を沈める。
パンッと、その背中に響く乾いた銃声。
理玖の背中に届こうとしていた見えない怪物の攻撃を、匡が自動式拳銃[Stranger]で撃ち抜いていた。
ほんの一瞬止めれば、今の理玖なら降り切れる。
そして虹色の軌跡を描いて翔んだ理玖の拳が、サー・ジャバウォックを殴り飛ばす。
それは――猟兵達の反撃の狼煙となる一撃。
●流水の剣と炎の槍
『くっ』
殴り飛ばされたサー・ジャバウォックが、燃え残りの木々を数本なぎ倒した所で竜の片翼を広げて勢いを殺す。
『よもや、こうも早く――』
言いかけた言葉が止まった。
眼前に、幾つもの切っ先が迫っていたから。
「弐式・流水衝」
アネットが呟いて、掲げていた剣を振り下ろす。
闘気で錬成された無数の刀剣が、矢のようにサー・ジャバウォックへ飛来する。
それは一見すると、数に任せた乱射に見えた。
『む、これは……』
だがすぐに、サー・ジャバウォックの表情が曇る。アネットが放つ刀剣全てが、正確にサー・ジャバウォックを狙っていた。
アネットの剣術は、状況や相手に応じてスタイルを変える。絶え間ない流水が如き投射も、アネットの剣術の内だ。
アネットにとって、剣とは手に持ち振るうばかりではない。
「捌き切るのに骨が折れる気分を味わって貰おうか」
意趣返しだと告げて、アネットが刀剣を浴びせ続ける。
「はっ! なんや! 一発殴られたくらいで、もう終まいか!」
そこに、シャオロンの声が響く。
シャオロンは嗤って立っていた。己の身体から流れ落ちた血を踏みしめながら。
サー・ジャバウォックの剣を避けきれていないのは、その姿で明らか。
だがシャオロンは最初から避けきることなど考えてはいなかった。
最低限、致命傷だけは避ければいい。傷の痛みは、耐えればいいと。
「意識さえ飛ばんかったらええと思っとった。こん勝負、俺の勝ちや――!」
『何と言う……』
足りない技量の差を決意と覚悟で埋めて耐えきったシャオロンに、サー・ジャバウォックも思わず息を呑む。
「さぁ、限界までいかしてもらうで! 三尖刀!」
シャオロンが掲げた花槍が、炎を纏う。
三尖刀――ヒートヘイズスピアー。
「貫かれろォ!!」
シャオロンが突き込むごとに、炎を纏った槍が増える。
「俺は暴れ竜シャオロン……地獄へ逝く前に、俺の名前を覚えて逝けや!」
シャオロンが吠えて突きを放つと、増えた槍も同じくサー・ジャバウォックへと穂先を向けて突き込まれた。
槍の多重分身。
「地獄に逝けるんやったら、俺の仲間によう可愛がって貰えるようになぁ!」
シャオロンが槍を振るうたびに、その数は増えていく。
槍に施された封印を解くのに必要な竜の血は、既に充分流している。
「全弾纏めてぶちかましたるわ!」
数を増していくシャオロンの槍。
そこにアネットも流水衝の刀剣を合わせて降らせれば、サー・ジャバウォックと言えども、無数の剣と槍からは容易に逃れられる筈もない。
●スナーク狩り
『私自身を封じたところで、見えない怪物はもう止まらないのですよ』
サー・ジャバウォックの口が、再び怪物を語る。
「見えない見えないって、うるさいわね。見つけてやるから、覚悟してなさい!」
その声をかき消すように己の声を張り上げて、フィーナは腰に括り付けていた袋を手に取って、その中に手を突っ込んだ。
「そりゃっ!」
ぶわっさぁ!
灰色の世界に、黄金が舞い上がる――黄金の羽根が。
『は――何ですか、それは』
「ガチョウから毟り取ったのよ!」
サー・ジャバウォックの反応に、フィーナはニヤリと笑って返して、杖の先端に黒い宝石を取りつけた。
ひらり、ひらり、ふわりと。
黄金の羽根は軽く、空気に乗ってふわふわ舞うばかり。
だがその羽根が、突如舞い上がった。
「そこね!」
その方向へ、フィーナは杖を掲げる。
嵌めた宝石は、深淵のブラックオニキス。
その魔力は――盾。
フィーナの杖の先に現れたオニキスの盾が、見えない攻撃を泊めていた。
スナークが本当に怪物であろうがなかろうが、黄金の羽根が舞っている限り、その羽根を動かさずにフィーナに攻撃することは不可能だ。
そして黄金の羽根が動くなら、それを見てからでも盾の生成が間に合う。
フィーナはオニキスの盾でスナークを防ぎながら、次の『小細工』の為の多重詠唱を始めていた。
「虚構を操る猟書家か。成程、その口から出るのも全部虚構って訳か」
まるで見えなかった一撃で傷む脇腹を隠して、統哉は跳ね起きる。
虚と実、嘘と本当。
全てをないまぜにして、猟兵すらも混沌に落とそうとする。
それが本当の目的かどうかすらも定かではないが、サー・ジャバウォックの言葉はそうしたものに聞こえた。
そんな事を言いながら、同時に凄まじい速さで青白い剣を振るってすらいる。
頭脳派なのか肉体派なのか――統哉が測りかねていたサー・ジャバウォックの性質の答えは、両方。
「全く厄介な野郎だぜ」
溜息交じりに呟く統哉の口元には、笑みが浮かんでいた。
対処法なら見出した。
サー・ジャバウォックは存在をあやふやにしようとしているが、その存在は攻撃を受けた瞬間には、確かに感じられた。
それに――他の猟兵が見切ったと言う事実。
(「例え怪物でなくとも、見えなくともそこにいる……ならば」)
統哉は己の周囲に、水の属性を持たせたオーラのバリアを広げる。水ではないが出来る限り水に近づけた光の中に、幾つもの色を忍ばせて。
(「さあ――どこからでも来い」)
統哉が胸中で呟いた数秒後、斜め前の水のオーラに波紋が生まれた。
例え目に見えない攻撃でも、攻撃である以上、バリアを破らずには通らない。水は衝撃に応じて変化する――その性質を持たせたオーラも同様に。
さすればそこから、攻撃が来る。
ガキンッと鈍い音を立てて、統哉が構えた大鎌が見えない何かを受け止める。
否。もう見えない何かではない。オーラの中に忍ばせた塗料が弾けて、見えない何かに色を付けていた。
色が付いた怪物を、統哉が振り下ろした大鎌が断ち斬った。
「さて、見えぬ怪物。なるほど厄介」
全く見えない攻撃に、ティラルは何度か吹っ飛ばされていた。
鈍い痛みを感じてはいるが、まだ立てるのは幸いか。
「全てが虚構だからこそ、真実となりそれは怪物となると」
サー・ジャバウォックの言葉を脳裏で反芻し、ティラルは独り言ちて頷く。
「だが、こうして怪異として現れた以上、ソレは捉えられるのでは? 奴の言葉を借りれば、捉えられる生き物でしょうか、とか言われそうだが――」
サー・ジャバウォックが並べた言葉にも、ティラルは惑わされない。
オウガをその身に宿しても、世界の謎を、己の消えた記憶を解こうとする酔狂な人間が惑わされるものか。
それに、ティラルが捉えられると思ったのは、決して虚構ではない。
「それを今から、証明して見せよう。不可視の怪物を解明して見せよう!」
ティラルは見えない攻撃に翻弄されながらも、煙管に草を詰めていた。その煙管も草もただの煙管と草ではない。
煙管は廃毒煙管。様々な毒を煙に変える煙管であり、ならば詰めた草は毒草の類。
「さあ、どうした架空の怪物君! 私はまだまだ戦えるぞ!」
煙管を咥えて、ティラルは自分を倒してみろと言わんばかりに腕を広げ――あっさりと、その細い身体が再び吹っ飛ばされる。
これまでと変わったのは、煙管と煙。
ティラルは吹き飛ばされる寸前に、煙を吐いていた。
毒煙に怪物が咽るような音は響かない。けれども、毒煙は真っ直ぐ昇ってもいない。まるでそこに何かがいる様に、煙が割れる。
「これでもう、お前は架空でない。架空だった怪物君。一緒に語らいでもしようか?」
煙に巻くのは、ティラルの方。
(「――聞くな! 惑わされるな!」)
サー・ジャバウォックの言葉が心を乱すためのものだと気づいて、修介は己に言い聞かせ、その言葉を聞き流す。
心は水鏡に。
虚言は虚言。水を揺らす風にはならない。
心を落ち着かせれば、己の見誤りが見えてくる。
(「兆候すらないとはな」)
急所へのダメージを防ぎながら、修介は思考と視線を巡らせる。
周囲にあるのは焼け残った木々くらい。攻撃を遮る遮蔽物には使えそうない。
(「違うな。怪物、ではなく、ただの見えない攻撃と思えば――」)
ダンッ。
音が響くほどに、受け身についた手で強く地面に叩いて跳ぶ方向を変える。
最短ではないが、サー・ジャバウォックに近づく方向へ。
「ふっ!」
更に修介は曲げた膝を伸ばして立ち上がるのと同時に、懐に手を入れ、取り出したものをサー・ジャバウォックに投げつけた。
対UDC用に詠唱紋の刻まれたタクティカルペンが、空中でピタリと止まる。
止めたものは、そこにいる。
「おおぉぉっ!」
その方向へ、修介は思い切り足を踏み込んだ。
強烈な踏み込みで、灰が、舞い上がる。
不可視だろうと、どんな姿形だろうと、殺気もなかろうと、怪物はいる。そこにいるのならば、音もなく動いても空気は揺れる。
舞い上がった灰の乱れという、兆候が目に見える形となる。
「そこだ」
灰が渦巻き流されるその中心へ、修介が拳を叩き込んだ。
ガンッ!と何かを叩いた確かな手応え。
――筋肉は裏切らない。
とある肉体派高僧の直筆メッセージ入りのバンテージを巻いた上から『先生』に貰った喧嘩用グローブを巻いた修介の拳が、見えない怪物の攻撃を叩き落す。
向ける先さえわかれば、修介の拳闘の技は見えない怪物を超える。
「うるさい奴ですね」
サー・ジャバウォックの言葉を聞かない。
悔恨を噛み潰し、血の混じった唾を吐き捨てたセシリアも、そうしていた。
「例え敵が最強の猟書家であろうとも、見えない怪物がいようとも、邪悪な企みは絶対に阻止しなければなりません」
尤も、耳を貸した所でどうなる事もない。
その程度で、虚構の怖れなど、セシリアが抱く筈もない。
握り直した特大サイズの剣は、暗黒剣ダークスレイヤー。
闇の眷属を屠り人々を護る暗黒騎士に代々受け継がれた剣。
それを手にしていて、心折れるなどあり得ない。
それにまだ――セシリアは、スナークを補足することを諦めていない。
確かに見えない。だが、攻撃は物理的な痛みと感じる。
ならば、どこかにはいるのだ。
何かしらの変化がないか、攻撃を耐えながら、周囲に視線を巡らせる。
そして、灰が舞い上がって――乱れた。
例え音は立てずとも、そこにいて、攻撃するならば、空気は揺れる。他の猟兵が舞いあげた灰も、揺れる。
「お前に未来など必要ない。招かれざる者よ、闇に抱かれ骸の海に還るがいい」
それを見たセシリアの口が紡ぐは、炎を呼ぶ言葉。
闇炎の抱擁――ダークエンブレイス。
「はぁっ!」
暗黒の炎を纏わせた『暗黒剣ダークスレイヤー』を、セシリアが振るう。手応えはまだ浅い――だが、炎は何かへと燃え広がっていた。
「透明であろうとも、その身が炎に包まれれば輪郭も露わになるというもの!」
炎が燃え広がっていくのを待たずに、セシリアは暗黒剣を振り上げた。
●届かせ重ねて
水の様なオーラは纏ったまま、統哉もサー・ジャバウォックへ向かっていた。
「目には目を、虚構には虚構を」
統哉が広げているオーラは、今はバリアよりも別の役割を担っていた。
水は光を曲げる。
その属性を持ったオーラも、同様に光を曲げる。
水のレンズは統哉の残像を増やす。
即ち、虚構には虚構。
「斬る!」
統哉が振り下ろす一撃は、宵月夜。
宵の名を持つ漆黒の大鎌の斬撃が、アネットの刀剣とシャオロンの槍の多段攻撃で大小の傷を幾つも負ったサー・ジャバウォックを斬り裂く。
『ぬぅ!』
しかしサー・ジャバウォックは大振りの一撃に斬竜剣を打ち合わせ、刃と刃がぶつかり弾けた衝撃で、3人から間合いを離す。
そこに飛び込む、別の影。
「やっと届いた――俺の間合いだ」
スナークを拳で押し除け、一気に駆けた修介が、ここで間合いを詰めて――驚くサー・ジャバウォックの身体に、握った拳をトンッと当てる。
軽く触れるだけの接触。
サー・ジャバウォックが剣を持つ腕に力を込める。刹那、修介の足がそれだけで灰が舞い上がる程に強く地面を踏みしめた。
密着状態からの寸勁。短く突き出した拳には、踏み込みの力に、カウンター。幾つもの力を集約した一撃。
『ごふっ』
「逃すか!」
衝撃にサー・ジャバウォックが肺の空気を口から溢しても、修介は間髪入れずに飛び蹴りを叩き込んでいた。
そこに、ドカンッと響く爆発音。
それはフィーナが自身の足元で熾した爆発の音だ。より正確に言えば、足元に作ったオニキスの盾にフィーナが乗って、盾の地面の間に爆発を起こした。
爆風が、オニキスの盾を押し上げる。
その上に乗った、フィーナごと。
「魔法と剣が使えるのはあんただけじゃないってことを解らせてやるわ!」
サーフボードの様に使ったオニキスの盾の上で、フィーナが杖の先端からブラックオニキスを外すと、そこがカパッと開く。
杖の中には――たっぷり魔力をため込んでいた。
――斬リ払ウ黒炎ノ剣。
開いた杖の先端から、ギュイーンッとフィーナの魔力が黒炎となって溢れ出す。
いつもはそれを炎の大剣とするところだが、フィーナは魔力を圧縮し、片手剣くらいの炎の剣とした。
『成程、確かに魔法と剣ですが――それほど剣に長けているようには見えませんが』
「そーね! 自信はない、わ!」
サー・ジャバウォックの言葉に、フィーナもあっさりと頷く。
だからフィーナはサー・ジャバウォックが青白い剣を構えるのを見た瞬間、オニキスの盾を蹴って跳び上がった。
オニキスの盾だけがサー・ジャバウォックへ飛んで行き、そこにフィーナが黒炎の剣を上空から振り下ろす。
だが――黒炎の剣は、サー・ジャバウォックが掲げた斬竜剣に止められた。
サー・ジャバウォックはフィーナの炎の剣の方が脅威と見て、盾を敢えて受けて炎の剣を止める事を選んだのだ。
「こうなりゃ――押し斬れえ!!」
小細工は尽きた。なれば後は、得意の力技。限界以上に魔力を振り絞って、フィーナは杖に溜めた魔力と合わせて一気に解き放つ。
「怪物は斬った。次はお前だ――サー・ジャバウォック!」
そこに――セシリアも切り込んできた。素早く暗黒剣を振り上げ、闇炎を纏った重たい一撃をサー・ジャバウォックに叩き込んだ。
『ぬぅ、こ、れは……抑えきれ』
セシリアの闇炎とフィーナの黒炎が合わさって噴き上がり、黒い炎の奔流がサー・ジャバウォックを飲み込んだ。
●竜か悪魔か
『イヤハヤ、オ見事デス……コノママデハ、負ケテシマイマス』
燃え盛る炎の中から、サー・ジャバウォックの声が聞こえる。その声は先ほどまでの流暢さがなくなり、何処かくぐもっていた。
炎の中からだから――ではない。
『プロジェクト・ジャバウォック――発動』
炎を割いて、中から広がるは2つの黒い竜翼。
左右二対の翼が。
マントの様にサー・ジャバウォックが背負っていた竜の片翼と尾が、炎の中で膨れ上がって、サー・ジャバウォックの全身に広がっていた。
全身を黒い鱗と黒い悪意で覆った竜人。
その手にある青白い斬竜剣は、禍々しく捻じれて長くなっている。
竜とも悪魔ともつかぬ姿になったサー・ジャバウォックが、背中の翼をバサリと羽撃かせる。直後、翼は瑠碧とガーネットの目の前にあった。
「っ!」
「まずい!」
瑠碧もガーネットも、咄嗟に飛び退こうとした。だが、素早く翻った竜翼が、2人の頭をふわりと撫でていく。
たったそれだけで――。
瑠碧もガーネットも、闇の中にいた。
(「――?」)
翼が迫ってきたと思った直後、瑠碧の視界が、黒く染まった。それが、五感の内の視覚を奪われた結果だと気づくまでに、少しかかった。
「――姉さん!」
「――。――」
聞き覚えのある声に大丈夫と返そうと、瑠碧が開いた口から――声は出なかった。
(「声が――」)
瑠碧の舌が動いていなかった。
だが、指や手は動かせる。脚も動く。奪われたのは、触覚の一部か。
(「……大丈夫。身体は動く。思考も奪われていない」)
五感の内、二つを奪われた。
それでも瑠碧は取り乱したりせず、自分でも意外なほどに落ち着いていた。怖くないわけではないけれど、五感全てを奪われたわけではない。
心まで、奪われたわけではない。
(「……これは……視覚と聴覚をやられたか」)
ガーネットは、暗闇と静寂の中にいた。足元の感覚、灰の上に変わらず立っているのだと言うのはわかるから、触覚は無事なのだろう。
だけど、何も見えずに聞こえない。
今自分がどちらに向いているのかすら、判らない。
周りに誰がいるのかも。
こんな状態にしたサー・ジャバウォックどこに居るのかも。
(「予想以上にきついな、これは」)
五感を奪われる。
その覚悟もしてはいたが、音も光もない世界にガーネットが慣れるのは、流石に時間を要する事になる。
『マズハ2人』
竜か悪魔かと言う姿に変わったサー・ジャバウォックが、空へと舞い上がり、竜の翼を広げる。
かと思うと、その姿が消えた。
『コノママ1人ズツ、五感ヲ奪ッテイキマショウ』
その声が聞こえた方に視線を向けても、もう姿はそこにはない。
今のサー・ジャバウォックが飛ぶ速度が、音の速さを上回っている証左。
だが――。
「飛べるのはアンタだけだじゃねえ!」
『!?』
虹色の光を強めて空へと飛び上がった理玖が、サー・ジャバウォックの頬に拳を思い切り叩き込んだ。
『ナンダトッ!?』
「逃がすかよ! あの戦争の頃の俺とは違うんだ!」
驚いて距離を離そうとするサー・ジャバウォックにあっさりと追いついて、理玖はもう一発、拳を叩き込む。
龍神翔――ライジングドラグーン。
理玖が纏う七色の輝きもまた、龍の力。それは戦闘力を高めるだけではなく、高速で空を飛ぶ力にもなる。
「頼もしい仲間がいるんだ!」
負けらんねぇ、絶対に――。
覚悟を力に変えて。今の理玖の飛行速度は、サー・ジャバウォックを上回る。
『グ、ゴ、ゴカンヲ……』
拳の乱打を耐えながら、サー・ジャバウォックが背中の竜翼を広げる。
少し触れるだけでいい。
悪意の力はそれだけで、五感を奪う事が出来るのだから。
『ッッッッ!?』
内心でほくそ笑んだサー・ジャバウォックの背中に、痛みが走った。
『狙撃ダト!?』
それが地上からの攻撃だと気づいて見下ろしたサー・ジャバウォックが見たのは、匡が銃を構えていた。
匡が亡き師に贈られた愛銃[Resonance]の銃口から、硝煙が上がっている。
「この速度にどうやって、と思ったか? 空の戦いに俺が追いつけないと思ったか?」
サー・ジャバウォックの疑問を見透かしたかのように、匡が地上で口を開く。
確かに匡自身は、今の理玖にもサー・ジャバウォックにも追いつけない。だがそれは、身体の話だ。思考だけならば、充分に追いつける。
水鏡の雫――リフレックス。
瞬間的にトランス状態へ移行する、匡の精神制御の業。
己が裡に映し取った世界は己が領域と同じ。凪いだ水面の様な冷静さと、大幅に上昇した思考演算速度で、匡はそこに映った景色の先すら読み切る。
「匡兄さんの援護もあるのに、当たるはずあるか!」
『ゴアッ』
サー・ジャバウォックの腹に、理玖が拳を叩き込む。
『コレハ、タマラナイデスネ!』
無駄と知りつつも、サー・ジャバウォックが羽撃き、飛んで逃れようと――。
『ヌァッ!?』
まるで壊れた車の様に、サー・ジャバウォックが自身にも予想外の方向に旋回した。
(「帰ろう、還ろう……どうか、在るべき場所へ」)
空の戦いの音を聞きながら、瑠碧は精霊に願っていた。
精霊に願うのに声は必ずしも必要ない。それよりも、心だ。
まして今、瑠碧が願っているのは、数多に揺蕩い名も無く優しき小さな精霊達。1体1体の力は弱くとも優しく、心に敏感だから――声がなくとも、きっと届く。
願うのは、生きるを守り、悲しき過去の残滓を帰すこと。
静穏帰向――リターン・ウィッシュ。
精霊の力で、空が乱れる。
『ヌゥゥッ!? コ、コノ風ハ』
竜人となったサー・ジャバウォックが、飛ぶのが困難なほどに。
それは小さな精霊達がバラバラに瑠碧の願いに応えた結果。1つの意思ではない。精霊の数だけ、可能性がある。
それは、サー・ジャバウォック1人では決して読み切れない。
指先の感覚だけでポケットから探り出した煙草を、ガーネットが咥える。
そのまま火を付けようとして、ふと気づいた。
ライターから出た火を、今のガーネットは肌で感じる熱でしか判らないと。
「……誰でもいい。火を付けてくれないか」
「その状態で、煙草かい?」
自身も煙管を持つティラルが、ガーネットの願いに応えて、ライターを受け取りたばこの先に火を近付ける。
火の熱とたばこの先が焼けた匂いを感じて、ガーネットは大きく息を吸った。
「ふー」
いっぱいに煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
そこまでやって初めて――味覚も奪われていたと気づいたけれど。
ガーネットは構わず、丸々一本たばこを吸い切る。
それでようやく、精神のバランスが取れてくる。
目と耳が失われた事で、いつも以上に鋭くなった第六感が、ガーネットの意識に追いついてくる。
(「とどめを刺しに来るかと思ったが、一向に来ないな。五感の二つを奪った私など、あとでどうにでもなると言う事か」)
予想を裏切るサー・ジャバウォックの動きに、ガーネットは胸中で呟く。
ならばむしろ、都合がいい。
ガーネットはまだ、切り札があるのだから。
「さあ、そろそろ良いだろう」
煙草を吸うガーネットが五感を奪われながら何かを企んでいるのを見越して、もう大丈夫だろうと、ティラルが鞄を開いた。
その中に溜め込んでいた、、優に1ポンド以上はあろう肉をティラルが投げる。
「共に行こう『ジャバウォック』!」
瞬間、ティラルの左目からソレは飛び出した。
細長く臆病ながらも好奇心旺盛な竜――ティラルのジャバウォックが。
「さあさあ、同族殺しの折角の機会、逃すなよ?」
肉を喰らった『ジャバウォック』が、空へ昇っていくのをティラルは見送る。この結末を、見逃すまいと。
瑠碧の精霊の不規則な風に翻弄され、匡の狙撃に翼を封じられ、引き離せない理玖の拳を何とか凌いでいる。
そんな状態だったサー・ジャバウォックの元に、ティラルのジャバウォックが新たな脅威と加わった。細長い身体をくねらせ、隙あらば牙を突き立てんとする。
『コレハ、オウガカ』
「余所見してる暇があるかよ!」
一瞬、ジャバウォックに気を取られた隙を逃さず、理玖が拳をその腹に叩き込んだ。
『ゴアッ』
衝撃で強制的に開いた竜の口から盛大に空気を漏らして、サー・ジャバウォックがぐらりと身体を曲げる。その背中から、ジャバウォックが翼を食い千切る。
片翼に戻ったサー・ジャバウォックが、そのまま落ちていく――。
『片翼デ飛ベナイト、言イマシタカナ?』
地上までの半分ほど落ちた所で、サー・ジャバウォックが残る翼を広げた。
ブラフ。
やられて落ちたふりをして、距離を取って狙うのは――。
(「きっと、来ますね――」)
未だ視界が戻らぬ瑠碧は、それを感じとっていた。
――黒き悪意が、少しでも癒されます様に。
心眼と呼べるほどに研ぎ澄まされた第六感に従って。
己の希を込めて、己の心に従って。瑠碧は浄化を込めた氷を作る。
ガーネットもまた、第六感でサー・ジャバウォックが降りて来たのを察して、両手をポケットに突っ込んだ。
「これが私の隠し技だ!」
ガーネットはポケットから出した両手を振り上げれば、飛び散る、銀色。
それは商人の武器――銀貨。
「『武器庫』よ、異界兵器の一つ<節制>を解禁する権利を求める……開門せよ」
ガーネットが声を上げると同時に、全ての銀貨が鋭い槍へと変化した。
終末異界兵器「XIV:節制」――ワールドエンドウェポン・テンバランス。
銀貨の魔槍が、銀色の雨となってサー・ジャバウォックに降り注ぐ。
『ッ!?』
実際、サー・ジャバウォックはもうガーネットが攻撃をしてくるとは思っていなかったのだろう。完全に驚いた顔で、それでも降り注ぐ銀槍を避け続け――数本に翼を刺し貫かれるに留めた。
『ナ、ニ……』
だが、その数本が、サー・ジャバウォックから力を奪う。
魔槍の力は、貫いた対象の強化・変身の強制解除。
竜の片翼と尾も失った姿に戻ったサー・ジャバウォックの胸を、瑠碧が投げた氷錐が貫いていた。
●灰に消える
『見事――です。まさか、五感を奪った者から、これほどの反撃を浴びるとは』
「賭けの部分があったけど、五感を奪われる可能性は考慮していたからな」
ボロボロになって倒れたサー・ジャバウォックの呟きに、ガーネットが告げる。
「……しんじ、たんです」
そして瑠碧も。
ようやく舌が動くようになって、途切れ途切れに告げる。
『信じた? 何をです?』
「みてた、から……誰の背中も、攻げ、き、しなかった、でしょう」
それは猟書家最強としての矜持か、それとも、虚構を撒くが故か。
この戦いで、サー・ジャバウォックは一度だって、どんな手段だって、猟兵の背中に攻撃を加えた事は無かった。
「だから……正面から来ると、信じたんです」
――私を信じられますか?
それは、サー・ジャバウォックが惑わせる為に発した言葉への瑠碧の答え。
「だって……疑い合うのは、辛い、から」
『ああ……これは参った。これは……私の完敗です』
その言葉を最後に、サー・ジャバウォックは自身も灰となって、焼け焦げた森の灰に混ざる様に消えていった。
大成功
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