迷宮災厄戦⑰〜遠からざりき昨日
●過ぎ去りし日の闘技場
石造りの闘技場が、この地にはあった。観客の代わりに深紅の旗が靡き——ただ、強き風が吹く。獣の如きうなり声を上げ、そこに侵入者は現れるのだ。
●遠からざりき昨日
「——自分の『昨日の姿』というものが、オブリビオンとして現れるのです」
月白・白鴎(桜花繚乱・f22765)はそう、静かに告げた。
向かう先は過ぎ去りし日の闘技場。
古代ローマ風の闘技場の国だ。会場に観客の姿はなく、代わりに獣の咆吼が如き風が吹く地だ。強き風は、ただ闘技場に飾られた深紅の旗を靡かせる。
「この闘技場で、皆々様には昨日の自分と戦い、勝利していただきたいのです」
敵は『昨日の自分の姿』をしたオブリビオンだ。
純粋な戦闘力で言えば己の映し鏡。同様の技を使い、同様の武器を扱うことができるだろう。
「風が強く吹く地ではございますが、戦場で妨害となることはないでしょう」
唸るばかりの風は、深紅の旗を靡かせる為だけにあるのか。
昨日の自分に打ち勝ち、勝利をすれば——風は止むことだろう。
「どのように戦うか、は皆々様にお任せいたしますが……昨日の自分というものを知っておいでなのは皆様だけです」
そう、昨日の『自分』なのだ。
「昨日の己が何であったか、思い当たる節はございましょう?」
例えば昨日ではまだ覚えていなかった技がある。昨日はちょっと体調が悪かったとか。昨日までは、限定プリンを食べれてなかっただとか。
「拙の知り合いの文豪であれば、昨日の自分は締め切りを倒していなかったから——などと言いましょうが。えぇ、勝機たるものは全て皆々様の中に」
ひらり、と白鴎は扇を揺らす。桜纏う小さな風が転移を告げる。
「それでは皆々様ご準備を。転移の先は闘技場となりましょう。ご武運を」
昨日への勝利を。
秋月諒
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「迷宮災厄戦」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
●プレイング受付について
導入追加はありません。公開時から受け付けております。
0時を過ぎる場合は翌日の8:31〜だと締め切り的にハッピーです。
システム上、送信可能な限りは受付中です。
締め切りの告知は特別行いません。
状況によっては全員の描写はお約束できません。予めご了承ください。
●プレイングボーナス
『「昨日の自分」の攻略法を見出し、実行する』
●同行について
お二人まででお願い致します。
戦争という形式上、三人以上は、大変申し訳ないのですが採用率が下がります。
プレイングに【名前+ID】若しくは【グループ名】を明記してください。
キャパシティ上、複数の参加はお二人までとさせて頂きます。
プレイングの送信日は統一をお願い致します。
失効日がバラバラだと、採用が難しい場合がございます。
それでは皆様、ご武運を。
第1章 冒険
『昨日の自分との戦い』
|
POW : 互角の強さであるのならば負けない。真正面から迎え撃つ
SPD : 今日の自分は昨日の自分よりも成長している筈。その成長を利用して戦う
WIZ : 昨日の自分は自分自身であるのだから、その考えを読む事ができるはず。作戦で勝つぞ
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
コノハ・ライゼ
ふふ、その一日分を楽しみましょ、って?
情報の有利も小細工も、二度目以降は通用しねぇよなあ
そーゆートコがホント厄介、オレって
同じタイミングで「柘榴」構え踏み込むわ
繰り出される攻撃の強さも、技生み出す数も体が覚えてるから
確と*見切り躱し*オーラ防御で削いで*激痛耐性で耐えましょ
そこから*カウンターに出るのもきっと同じ
なら全部受けきってみせようと、至近から【月焔】を最大数で撃ち込む
一瞬でも長く立ってた方が勝ち
……そう、ほんの偶然ナンだケド
今日のオレは少しだけ痛みに強くなって、生命を多く啜れるよう(*生命力吸収)になって
それから――ひとつだけ、焔を多く出せるようになったの
昨日のオレは知らないでしょう?
●冷たき月に告げる
風が——唸る。
獣が低く威嚇するように、空が唸る。強く吹く風は闘技場に飾られた深紅の旗を揺らしていた。バタバタとどれ程靡いても、闘技場の中には風は届かず——ただ、低いうなり声を残して『それ』は姿を見せた。
「……」
紫雲に染めた髪を揺らし、視線が先に上がった。薄氷の瞳とかち合えば、口元、微笑が浮かぶ。
「ふふ、その一日分を楽しみましょ、って?」
それこそ『昨日のコノハ』の姿であった。
浮かべられたのは確かに笑みであるというのに、瞳は己を——コノハ・ライゼ(空々・f03130)を捉えている。足元、指先。微かな動きと空気の流れを辿るような気配は、次の動きを読む為。
(「情報の有利も小細工も、二度目以降は通用しねぇよなあ」)
ふ、と吐息一つ零すようにして、コノハは笑った。
「そーゆートコがホント厄介、オレって」
肩を竦めるようにして僅か瞳を伏せ、落とす息と共に地を——蹴った。タ、と踏み込みに音は無く、二歩目で一気に身を沈め——ザ、と足先、砂が掛かる。
「……」
『昨日のコノハ』も、同じタイミングで踏み込んできていたのだ。低く、沈めた身でさえ目が合う。は、と笑いながらコノハが振り上げた柘榴が『昨日のコノハ』が薙ぎ払う柘榴とぶつかった。
「——ホント」
ギィイイ、と甲高い音と共に、互いのナイフの上を火花が走る。刀身に滑らせかけた体重を利用するように、次の脚を運ぶ。ナイフの間合いは短い。拳で打ち合う程の距離にて、だが、刃を構えた以上、刀身を滑りきり、空へと刃が届けば次に来るのは——蹴りだ。
「手癖の悪いコト」
まァ、これは足癖だけドネ。
低く来た払いの蹴りにコノハは軽く身を後ろに飛ばす。トン、と着地した先、ひゅ、と風が頬に触れた。——そう、来るだろう。このタイミングで。自分ならば。
(「蹴りはフェイント。踏み込みに必要な距離を稼いだだけ」)
狙いは踏み込みからの一撃。
「……」
瞬発の加速。
無言で一気に踏み込んできた相手に、コノハは柘榴を縦に構える。ギン、と身を回し、薙ぎ払う刃を受け止めた。
——は、とコノハは息を落とす。ため息ではなく、ただ落とすだけの息として口元に笑みを敷く。殺しきれなかった衝撃に、腕が赤く染まる。展開した防御が間に合わなければ、狙われたのは手首か。繰り出される攻撃の強さも、技を生み出す数も体が覚えている。見切り躱すことはできるが——カウンターを打ち込んでくるのは相手も同じだ。
「ほんと」
剣戟の狭間、血が舞った。ため息じみた笑みを零し、深く沈めた刃を引き抜いてトン、とコノハは間合い一つ分、退いた。
「暖めてあげようか」
ぽつり、ぽつりと冷たき月白の炎がコノハの周囲に灯る。それは 言葉と裏腹に熱持たぬ焔。触れれば燃やし、焦がしていずれ灰へと還すそれをコノハが展開すれば『昨日のコノハ』も炎を灯す。
「——」
掌を翳し、炎を踊らせた相手がゆるりと笑う。口の端、浮かべられたそれにコノハは悠然と告げた。
「一瞬でも長く立ってた方が勝ち」
そう全て、受けきってみるだけのこと。
ゴォオ、と地を滑り冷たき月白の炎が二人を包み込んだ。ぶつかり合った焔は互いを食い合うようにして加速し、焼け落ちる熱の中、先に身を傾いだのは『昨日のコノハ』の方だった。
「——!」
は、と顔を上げる。何故と言いたげな姿は『コノハ』では無い。昨日のコノハをして出てきた中身、オブリビオンのものか。
「……そう、ほんの偶然ナンだケド。今日のオレは少しだけ痛みに強くなって、生命を多く啜れるようになって」
ひらり手を翳す。空間が揺らぎ、姿を見せるのは冷たき月白の炎。
「それから――ひとつだけ、焔を多く出せるようになったの」
それは昨日までのコノハには無かったもの。
ふぅ、と焔に吐息を寄せる。駆ける熱がオブリビオンを包む焔と混ざり合い、灰へと返す焔となった。
「昨日のオレは知らないでしょう?」
血の滴り落ちる手で髪をかき上げ、消え去る『昨日のコノハ』——その姿をしたオブリビオンに、コノハは微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵
雪華・風月
…昨日も今日もわたしは変わりありません
いつものように刀を振り、修行し自身を鍛えた
一日の修行の差、大した差にはなりえないでしょう…ならば…!
今この場で、自身と刃を交え昨日のわたしより、より強くなるだけです!
自身と向き合い問いかけを
貴方がわたし自身であるならわかりますね?
UCも使わず,ただ自身の刀技を用いた果し合いを…
雪解雫を構え、いざ尋常に!
自身と切り結び、太刀筋を『見切り』、そして『カウンター』の一閃を狙います
はい、とても有意義な鍛錬となりました
ありがとうごさいます、わたし
●相対
吹きすさむ風が、甲高く響く。獣の咆吼めいたそれは強風であるのだろう。ばたばたと深紅の旗を揺らし——だが、闘技場の中、雪華・風月(若輩侍少女・f22820)の立つ場までは降りては来ない。
「不思議ですね」
ザ、と足音がひとつ、響いた。風はあんなにも吹くというのに、この地に立てば足音さえ耳に届く。ひとつ息を吸い、風月は目の前の侵入者を見た。
「……」
結い上げた黒髪を揺らし、背を伸ばして真っ直ぐに立つ。それこそ『昨日の風月』であった。己という者が二人、この闘技場はそうして出来ている。あれは、風月の『昨日の姿』を得たオブリビオンであり——真実、『昨日の風月』として技を振るってくる。
「……昨日も今日もわたしは変わりありません」
いつものように刀を振り、修行し自身を鍛えた自分。
(「一日の修行の差、大した差にはなりえないでしょう……ならば……!」)
真っ直ぐに風月は相手を『昨日の自分』を見た。
(「今この場で、自身と刃を交え昨日のわたしより、より強くなるだけです!」)
腰の剣には手を添えぬまま、背を伸ばし、礼を尽くす。
「貴方がわたし自身であるならわかりますね?」
一礼の後に問いかける。黙したままに立つ『昨日の自分』もまた、一礼の後に刀に手をかける。
「……」
言葉が無いのは、それが技と力を写し取っただけのオブリビオンであるからか。だが『己』であるのはその構えで、踏み込まぬ姿で良く分かっていた。
——これから行うはユーベルコードも使わず、ただ自身の刀技を用いた果し合い。
だからこそ『昨日の風月』は刀を抜く。それこそ全ての応えであり、目礼だけを送り風月は青い鞘より刀を抜く。すらり、晒されたのは白い柄を持つ刀・雪解雫。
「いざ尋常に!」
——勝負。
たん、と真っ直ぐに風月は踏み込んだ。上段からの振り下ろし。キン、と払い上げるようにして『昨日の風月』が受け止める。ぐ、と踏み込んだ足に体重を乗せたか。間合いを詰めるようにして刀が払い上げられる。
「——」
その衝撃に、風月は身を後ろに飛ばす。刀の間合いと、踏み込み分。飛んだ先で低く刀を構えたのは舞うように繰り出される昨日の己の剣戟が見えたからだ。
——これは、純粋な果たし合い。
ユーベルコードの展開は無く、だからこそこの果たし合いの中で成長出来た方が——勝つ。
「そこですね」
一撃目は低く、二撃目は深く沈み込んでから来た振り上げを風月を見切る。その太刀筋を、軌跡を捉えカウンターに打ち出すのは素早い突きだ。
「——」
雪解雫が『昨日の風月』へと届いた。衝撃に、ぐらり、と傾いだ体がやがて光の中に崩れていく。
「はい、とても有意義な鍛錬となりました。ありがとうごさいます、わたし」
一礼と共に、風月は昨日の自分を見送った。
大成功
🔵🔵🔵
カーティス・コールリッジ
キース・コールリッジ博士の最高傑作
プロトタイプ:アンチ・オブリビオン 被験体XX
登録名称:カーティス
それが、おれ
『兵器』としての、おれのなまえ
任務は恙無く、迅速に、正確に
一片の慈悲もなく、人類の脅威を攘うこと
それが、おれの正しい、うまれた理由
だから、きのうまでのおれなら
躊躇いなく、容赦なく、最適解を選んだだろう
でも
ねえ、おれは『あい』をしったよ
なくしたくないもの
まもりたいものが
たくさん、たくさんできたよ
だからね
『不理解』も『無駄』も、おれはまもるよ
――『きみ』のぶんまで!
Stingrayの速度を限界まで上げる
それは今までのおれが選んでこなかった
突撃による《零距離射撃》
狙うは動力源、機体の心臓だ
●世界を知り、未知を知り、そして少年は——
風は、獣のように唸るらしい。
ルグォオオ、と空が響かせる音にカーティス・コールリッジ(CC・f00455)は二度、三度と瞬く。普段であれば——そう、きっと目の前にいるのが『昨日の自分』で無ければ、それを不思議だと思って空を見上げていただろう。宇宙艇『Clunker』から見るのとはまるで違う世界。宇宙とは違う場所。風は不思議な音がして、真っ赤な旗はバタバタと揺れていて。そうしてそこには——……。
「……」
自分と同じ姿のひとが立っていた。
黙したまま、決して喋らず。ただ静かに見据える瞳はゴーグルに隠されてあった。茶色の髪がさわさわと揺れ、凪のようにある。——そこに、感情など感じさせないような姿で。
「キース・コールリッジ博士の最高傑作。
プロトタイプ:アンチ・オブリビオン 被験体XX
登録名称:カーティス」
『昨日の自分』を前に、カーティスは静かにそう言った。
「それが、おれ。『兵器』としての、おれのなまえ」
荒廃した星海の只中で、カーティスは兵器として生み出された。
任務は恙無く、迅速に、正確に。一片の慈悲もなく、人類の脅威を攘うこと。
「それが、おれの正しい、うまれた理由」
だから、きのうまでのおれなら。躊躇いなく、容赦なく、最適解を選んだだろう。
明朗快活な少年の姿はそこには無い。敵を前に悩まず、油断せず、対応し、対処する存在。
「……」
黙したままの『昨日の自分』がStingrayを喚び出した。迷い無く乗り込んだ相手に、カーティスも自分のStingrayに触れた。
「でも」
静かに言葉を紡ぐ。エンジンを入れる。声を上げる。告げる為に。
「ねえ、おれは『あい』をしったよ。なくしたくないもの、まもりたいものが、たくさん、たくさんできたよ」
駆け抜けてきた日々がある。カーティス・コールリッジは沢山の日々を生きてきたのだ。
「……」
『昨日の自分』に言葉は無い。けれど、答えが無くても応えが無くても、自分は声を届けるから。
「だからね、『不理解』も『無駄』も、おれはまもるよ」
『昨日の自分』が操るStingrayが速度を得る。弧を描くように戦場を飛ぶ翼に、カーティスは精一杯告げた。
「――『きみ』のぶんまで!」
Swiftly ——そう、Stingrayが告げた。
もっと速く――もっと、高くへ。
限界まで速度を上げたStingrayが翼を広げる。キュィイイン、と甲高い音をひとつ残し、カーティスは戦場を一気に駆ける。高速戦闘機に似合いの速度を乗せて、行く先は弧を描き来る機体へ。それは今までのカーティスが選んでこなかった、突撃による零距離射撃。空を走る機体、その動力源を狙って、カーティスは一撃を叩き込んだ。狙うは機体の心臓。
「——!」
其処を、狙われるとは思わなかったのだろう。急接近からの回避では間に合わない。機体を持ち上げた『昨日の自分』が操る機体へとカーティスの一撃が届き——キュィインン、と高い音が生まれた。次の瞬間、機体が砕け散る。爆煙は、だが、次の瞬間、光となって消えていく。
「……」
昨日までの自分から、今日の自分へと。今日の自分へと。ここから先を託すように光は——『昨日の自分』は空に消えた。
大成功
🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
…面白い
元より毎日斃し越えねばならぬもの
でなければ終ぞ標に追いつけはせぬ
耳に響く熱狂を陽炎に
変わらぬ目線に同じ角
いつもと同じ、憎い鏡を見る心地
だが昨日の己は――確か
師と、口喧嘩をした
確かめる様に駆け出し剣を一閃
敵を捉えるには足りぬ集中
身に染みついた反応よりも極僅かに遅く
侭ならぬ怒りの乗った反撃は、速い
受けきれず裂かれながらも
こみ上げるのは呆れに似た思い
つくづく未熟よな
些細な仲違いで精細を欠くとは
今の己を、どう煽れば良いかなど
己だけが知っている
斯様なことで果たせると思うな
荒れる剣先潜って、ねじ伏せんと
案ずるな、夕方には和解済みだ
先は今日の俺に任せて過去に消えよ
…ああも分かり易いのだろうか、俺は
●その所以——基、原因
強く吹く風が空を揺らしていた。低く、威嚇する獣のように唸り響く風は、闘技場に飾られた深紅の旗を揺らす。観客ひとりいないこの地において、見守るのはあの旗ばかりか。
「……面白い」
足音はひとつ、隠すこと無く響いた。響くのか、とジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は口の端に笑みを浮かべる。
「元より毎日斃し越えねばならぬもの。でなければ終ぞ標に追いつけはせぬ」
行く先ではなく、ジャハルには目指すべきものがある。だからこそ、黙して立つ『相手』になど負けるつもりも無かった。
——昨日の自分。
揺れる黒衣。羽織るばかりのそれで『昨日のジャハル』はゆっくりと視線を上げてみせた。
「——」
容易く視線はかち合う。耳に響く熱狂を陽炎に、変わらぬ目線に同じ角。それは、いつもと同じ、憎い鏡を見る心地だった。じり、と足が動く。踏み込みに体重をかける気か。仕掛ける気か。早い、とは思わない。相手が見えている以上、先に狙う手はある。
(「だが昨日の己は――確か」)
師と、口喧嘩をした。
「……」
一つ、思い当たるそれを胸に、ジャハルは確かめるように地を蹴った。じり、と足は動いていたというのに『昨日の自分』の反応が——送れる。間合い深く、先に沈み込んだのはジャハルの方だった。
「……」
——ギン、と一閃薙ぎ払う剣が『昨日の自分』へと届いた。衝撃に僅か、眼前の『己』が足を引く。だが、それさえも遅い。集中が足りていない。身に染みついた反応よりも極僅かに『昨日の自分』の反応は遅く——だが。
「——!」
侭ならぬ怒りの乗った反撃は、速い。
受けるように、下げた鋒を引き上げたが——ギリ、と刀身に刃が滑る。受け止めきれず、火花を散らすようにして『昨日の自分』からの反撃の刃が肩口に落ちた。
「——は」
息を、落とす。痛みと共に広がる熱よりも、ただこみ上げるのは呆れに似た思いだった。
「つくづく未熟よな。些細な仲違いで精細を欠くとは」
追撃を払うようにジャハルは剣を振るう。ざ、と相手が間合いを取る足音が荒れていた。その距離も、間合いも計れるほどに。
全ては、師と口喧嘩をしたのが理由。
今の己を、どう煽れば良いかなど己だけが知っている。
「斯様なことで果たせると思うな」
「——」
瞬間、身を引いていた『昨日の己』が、ぐん、と顔を上げた。剣を構える腕が黒く染まり、踏み込みが瞬発の加速に変わる。ひゅ、と風音だけが先に耳に届いた。——だが、この技とて荒い。
「力業ばかりか」
「——」
ひゅん、と薙ぎ払う斬撃が、一房、ジャハルの髪を散らしていく。黙れと言わんばかりに重く尾が揺らし、その勢いさえ利用するように跳んで、来る。だが、煽られた『昨日の自分』の剣先は——……。
「——荒い」
一閃、薙ぎ払うように来た荒れる剣先を潜る。身を低め、一気にジャハルは跳んだ。『昨日の己』の間合い深くへと、代わりに来た拳を受け止め、ねじ伏せた。
「案ずるな、夕方には和解済みだ」
黒く、影を纏う拳が『昨日の自分』を捉える。衝撃に、足元から闘技場の床が飛び散り、破片が舞う。僅か、蹈鞴を踏んだ己へと迷わずジャハルは剣を叩き込んだ。
「案ずるな、夕方には和解済みだ。先は今日の俺に任せて過去に消えよ」
振り上げる一撃と共に伝える。斬撃に、ぐらり崩れ落ちていく体が黒き竜の炎に飲まれ——やがて、光の中で崩れていく。
「……ああも分かり易いのだろうか、俺は」
消えゆく姿を見送りながら、ジャハルはそう、小さく唸る。荒れた剣筋、精彩を欠いた戦い。それと——……。
「……」
和解の言葉を聞いた瞬間、小さく瞬いた昨日の己に浮かんだ感情でさえ、容易く理解できるものであったのだから。
大成功
🔵🔵🔵
クロード・ロラン
鏡みたいにそっくりな敵を見て、ついしかめっ面
正直、戦いにくいけど……
こういうのも、経験だよな
まずは敵の戦い方を確認
大鋏を手に、ダッシュ、ジャンプを駆使して敵の背後をとるよう戦ってみよう
くそっ、本当に俺だ
すばしっこくて我ながらイラッとするぜ
でも、俺だから向こうの攻撃は読みやすいな
敵の大鋏を自身の大鋏で受け止め、ようは攻撃を届かせればいいんだと考える
ならば、昨日の俺にないものを使おう
敵と距離取り、UC発動
最近使えるようになったばかりのUCだ
強化した大鋏の取り回し方、今日も鍛練したから少し錬度が上がってるはず
同じUCを使っても、敵が大振りした時に俺は内側に斬り込める
残念、俺は毎日成長してんだよ!
●鏡の国 薔薇の辿り
吹く風は獣のように唸る。ごぉお、ごぉお、と響くそれは竜の嘶きのようであり、巨狼の遠吠えに似ていた。
「——上の方は、すごい風なんだな」
一度だけ、黒狼は空を見る。ばたばたと揺れる深紅の旗ばかりが観客の闘技場は、空ばかりが騒がしく地上では黙した影がクロード・ロラン(黒狼の狩人・f00390)を出迎えていた。
「……」
足音は、トン、と一つだけ。小さくも、大きくも無く、だが、此処に居るのだと届くそれにクロードはピン、と耳を立てる。入ってきた、というよりは現れたに近い侵入者の姿に、ついしかめっ面になる。鏡写しのように、そっくりなのだ。
——これは『昨日の自分』だ。
黒の衣に身を包み、月のような瞳はひたり、とこちらに向けたまま。僅かに表情が乏しく見えるのはオブリビオンが作り出した『昨日の自分』であるからか。だが、見た目は鏡を見たときにある自分の顔なのだ。
「正直、戦いにくいけど……」
少しばかり眉を寄せ、ふ、と一つ息を吐くようにしてクロードは顔を上げた。
「こういうのも、経験だよな」
昨日の自分と、今日の自分。その差を確かめる機会とも言える。
(「ま、でも。やっぱ先に……」)
息を一つ吸う。短く、一つだけ。下ろした手に大鋏を構えるとクロードは地を——蹴った。
「戦い方の確認、だよな」
弧を描くようにして駆け出す。追うように視線を向けてくる『昨日の自分』を振り払うように加速する。一歩、二歩、歩幅を広げて、一気にクロードは跳ぶように行った。身を前へと倒すようにして加速して、低く構えた大鋏と共に『昨日の自分』の横を抜けて——跳ぶ。
「——」
追いかけてくる視線は予想通り。だから、大鋏は低く構えていた。その方が、落下が少し早いから。トン、と降り立ったそこは背後。回り込んだそこ、ついた足を基点に振り上げた。
——だが、そこに『昨日の自分』の姿は無い。後ろに手をつき、バク転の要領で躱しきった『昨日の自分』が着地のその場所から、大鋏を突き出していた。
「くそっ、本当に俺だ」
ヒュ、と空を切り裂き突きが来る。身を横に飛ばし、キュ、と着地した床を足裏で掴む。身を低め、続けて来た薙ぎ払いを躱せば、シャキン、と大鋏が空だけを切り裂いた。
「……」
黙したままの『昨日の自分』にクロードは、は、と息を落とす。
「すばしっこくて我ながらイラッとするぜ」
背後に回り込めばバク転で躱し、着地から一気に踏み込んでくるそれは、クロードの持つ素早さだ。戦場を駆ける足は止まらず、跳躍から一気に落とし込む攻撃には覚えもあった。
(「でも、俺だから向こうの攻撃は読みやすいな」)
ならば、後はどうするか、だ。
ヒュン、と来た大鋏の一撃を受け止め、滑らせる。ギィイイン、と刃の上を火花が走り、踏み込みの気配に飛び退いた『昨日の自分』をクロードは見た。
(「同じように動くってんなら、ようは攻撃を届かせれば良いんだよな」)
ならば、昨日の俺にないものを使おう。
開く距離にあわせ、トン、と後ろに飛ぶ。パチ、と瞬いた『昨日の自分』にクロードは笑い告げた。
「この刃に、咎狩りの力を――いくぜっ!」
銀薔薇の大鋏が鈍く光る。紡がれるは咎狩りの力。因果の全てを宿し取り込むようにして——行く力は、強くなる。
「——」
『昨日の自分』が同じ構えを取る。大きく、銀薔薇の大鋏を振るった時には、クロードは内側へと踏み込んでいた。
「——!」
『昨日の自分』の間合い、深くまで。
これは最近使えるようになったユーベルコード。強化した大鋏の取り回し方は、今日も鍛練した。だからこそ——クロードは『昨日』を上回る。
「残念、俺は毎日成長してんだよ!」
ザン、と斬り込んだ一撃が『昨日の自分』に届く。驚いたように、ぱち、と瞬いた姿はぐらりと倒れ込み——ふわり、と光となってほどけるようにして消えた。
大成功
🔵🔵🔵
双代・雅一
昨日は…そうだ、惟人がずっと表に出ていて機械と格闘してたな
朝から、炎天下の日中に、屋外で
夢中になって水分も摂らずに
流石に氷結能力では追い付かなくて午後には倒れかけてたか
…俺も死ぬかと思った
(すまん…本当にすまん…)
お陰で昨日の俺とやらがああしてぶっ倒れる寸前の顔してるけど
行くか、ラサルハグェ
氷蛇を槍に変じた此方に対し、あちらは…
同じ蛇がぐったり
ああ、変化すら出来ないか
コイツも高熱に弱いんだ、俺達と一緒で
UC発動。己を槍で刺して蛇の力で自己強化
あちらはそれすら出来ないだろう
となれば、後は簡単
一気に槍による攻撃で貫くのみだ
…医者が熱中症とか洒落にならないからな、本当に
(…今度から気をつける…)
●労作性熱中症
ひゅううう、と甲高く空が啼いた。鳥の鳴き声とも、獣の咆吼とも聞こえるそれはこの地が招いたものか——将又、そういう天候であるだけか。目に見えるそこに生者の気配は無く、不可視の獣のそれも無い。
「妙な天気だが……」
それより妙なものは、と双代・雅一(氷鏡・f19412)は眼前に侵入者を見た。同じ青い髪に、白衣。青の瞳は、僅か伏せ気味に——だが、ゆるゆると上げれば同じ高さで視線はかち合った。
「……」
昨日の自分、だ。
自分と同じ顔を見ること自体は、別段、雅一にとって珍しいことでは無い。己の顔としても、惟人としても。双子の兄弟として生まれ育った身だ、不思議も無く、疑問も無い。強いて言うことがあるとすれば——……。
「顔色が悪い」
(「……」)
静かに、雅一が落とした言葉に沈黙が返る。そう、どうだというくらいに『昨日の自分』は顔色が悪かった。この姿で出てきたオブリビオン的にどうなんだ? というくらいに顔色が悪かった。
「顔のほてり」
(「……」)
「足元はおぼつかない、めまいだろうな。それから……」
——昨日は、ずっと惟人が表に出ていた。機械と格闘していたのだ。
「朝から、炎天下の日中に、屋外で」
(「……」)
「夢中になって水分も摂らずに」)
(「……」)
淡々と、医者たる雅一は告げる。それはもう淡々と所見と事実を述べていけば惟人が押し黙る。
「流石に氷結能力では追い付かなくて午後には倒れかけてたか。……俺も死ぬかと思った」
(「すまん……本当にすまん……」)
お説教の方向は通ろうとも、体はひとつだ。エアコンの効いた部屋で、頭痛と闘いながらあれこれと指示を出し——最終的に治療に当たったのは雅一な訳で。
「……」
その結果『昨日の自分』もぶっ倒れる寸前の顔をしていた。
「行くか、ラサルハグェ」
「——!」
白衣のポケットから姿を見せた氷蛇が、頷くようにして腕に絡み、槍へと変わる。ひゅん、とひと薙ぎ、空を切り裂いて見せた雅一に対して『昨日の自分』——基熱中症でぼろぼろの『昨日の惟人』の手には槍が現れない。
「……」
ぺたり、とポケットから顔を出したところであちらのラサルハグェはぐったりとしていたのだ。
「ああ、変化すら出来ないか」
高熱に弱いのはラサルハグェも同じだ。手に武器は持てぬまま、だが、ぼう、と上がった視線に一つ息をつくと、雅一は手にした槍を己に向けた。
「さて、手術を開始しよう」
刺した一撃。深く槍は沈み——だが、疵は無い。ふわりと青の髪を冷気を纏った風が揺らし、凍気が満ちていく。
其は、医神の蛇牙であれば。
指先から強化を乗せ、ふ、と落とす息をひとつ、雅一は踏み込む。トン、と地を踏む足が加速する。低く、跳んだ白衣の男に対し、昨日の己は強化さえ紡げない。当たり前だ、ラサルハグェがぐったりとしたままなのだから。
「これで——」
「——!」
は、と顔を上げる。その反応さえ一拍遅れ——相変わらず、顔色の悪い『昨日の自分』へと雅一は深く槍を沈めた。
「……医者が熱中症とか洒落にならないからな、本当に」
一撃を受け、ぐらりと『昨日の自分』が倒れていく。膝をつくその前に、煌めきとなって消えていった姿に雅一はそう、息をついた。
(「……今度から気をつける……」)
裡より聞こえた惟人の声に、やれと息を落とす。しゅるり、とポケットに戻ったラサルハグェが、いつもの平穏を楽しむように丸くなった。
大成功
🔵🔵🔵
キアラ・ドルチェ
人が常に進化し続けてるとは思わない
でも、人は常に変化し続けている
今日の私は昨日の私を知っている
「知は力なり」という言葉が示すように、知っている事は強さへと繋がる
昨日の私、貴方の動きはお見通しです、そして私の動きは…分からないでしょうっ
ふふ、自分の事を一番よく知ってるのは「私」ですもの、まるっとお見通しです♪
森王の槍をあえて回避できるよう撃ち込み、その回避場所へ2撃目を撃ち込めるよう調整
「昨日の私に誓いましょう、変わり続ける事を」
大自然その姿を変化し続けるように、太古の昔から生命が形を変え続けるように
私も変わり続け、より良き道へと動き続けられるように
森王の槍を全力で突き立て、昨日の私に然様ならを
●より良き明日へ
ひゅう、と吹き抜ける風が高く響く。夜の森、響く獣の咆吼に似た風音は、だが、一度、二度と強く響いた後に声を消す。バタバタと靡く深紅の旗だけがこの闘技場の観客であった。
「……」
相対者は『昨日の自分』だ。
カツン、と足音ひとつ、視線を上げた時には『昨日の自分』はキアラ・ドルチェ(ネミの白魔女・f11090)の前に現れていた。揺れる髪に、青の瞳。真っ直ぐに向けられたそれは、正しくキアラの姿だ。
(「人が常に進化し続けてるとは思わない。でも、人は常に変化し続けている」)
例え、同じ技、同じ術式を使おうとも明確にひとつ、違うことがある。
(「今日の私は昨日の私を知っている」)
「知は力なり」という言葉が示すように、知っている事は強さへと繋がる。
だからこそ、タ、と軽やかに地を蹴った『昨日の自分』が描く魔術に覚えがあった。
「……」
黙したまま行われる詠唱は『昨日の自分』の姿をしたオブリビオンであるが故か。キィン、と高い音一つ。大地に描かれた魔方陣から生まれるのは地に由来する植物の槍達。踏み込みと同時に展開されるのは——一直線、穿つように槍が大地から列を作るためだ。踏み込めば囚われ、避けるにも植物の槍達の方が早い。
——だが、それもキアラの『知る』技だ。
昨日の自分が、自分である以上。
トトン、と後ろに飛ぶ。追うように列を成す無数の槍に構わず、ドルイドの杖を掲げた。
「昨日の私、貴方の動きはお見通しです、そして私の動きは……分からないでしょうっ」
避ける為では無い、展開までの時を稼ぐ為のもの。
「森のディアナよ、汝が慈悲もて我に想い貫く槍を賜らん。万物よ自然に還れ!」
告げる言の葉と共に闘技場の中へと風が届いた。ふわり、とキアラの髪が揺れ、青の瞳が真っ直ぐに先を——『昨日の自分』を捉える。キュイン、と大地が揺れた。打ち出されたのは無数の植物の槍達。全面、展開するように打ち出されたそれに『昨日の自分』が躱す。
「……」
トン、と避け、ひらり揺れた衣をそのままに構え直された杖が力を篭める。——だが、それも全て、あえて、だ。
「ふふ、自分の事を一番よく知ってるのは「私」ですもの、まるっとお見通しです♪」
「——!」
杖を掲げ、キアラは風を招く。残る槍を展開させる。跳ぶように避けた先では、最早『昨日の自分』にはキアラの攻撃を避けることはできない。
「昨日の私に誓いましょう、変わり続ける事を」
大自然その姿を変化し続けるように、太古の昔から生命が形を変え続けるように。
私も変わり続け、より良き道へと動き続けられるように。
展開するは森王の槍。
全力の一撃を『昨日の自分』へと突き立て、キアラは告げた。昨日の私に然様ならを。
大成功
🔵🔵🔵
ジャグ・ウォーキー
失敗って尾を引くものだからね。
昨日の僕は紅茶を巧く入れられなかった。
多少、肌感覚というものはあるけれど、きちんと研究されたレシピは大事だね。
やあ、僕。
理想の執事たろうとする君が、失敗するなんてね。
敗因はズバリ、茶葉の配合を変わったものにしたからだ。
偶には奇天烈なものも面白いけどね、あれは間違いなく失敗だったよ。
蒸らし時間も間違えて、散々だった。
では、互いに淹れたこの紅茶で、対決といこうではないか。
美味しさを僅かでも損なったことが敗北ではない。
そんなミスをした僕自身が、ひどく落ち込んでいるものだから、隙となる。
到底、その紅茶で愉しめはしないだろう。
自分の頚を刎ねるなんて、趣味が悪いけれど、ね。
●松柏之操
一際強く風が吹いた。獣が低く、唸るような風は空に抜け、人一人いない客席の深紅の旗を揺らしていた。ばたばたと、響く音はあれど、風は地上までは届かない。それがこの闘技場の特性であるのか。ただ一度だけ、空を見やった執事服の黒兎はコツン、と響く足音に目をやった。
「……」
侵入者の登場は、突然であった。来た、というよりは実際、現れたが近いのだろう。同じ執事服を揺らし、ゆるりと視線を上げて見せた『昨日の自分』にジャグ・ウォーキー(詩謔・f19528)は僅か、瞳を細めた。
——揺らいでいる、と思う。
執事たるもの美しくあるべきであり、完璧でなくてはならない。ジャグ・ウォーキーは優雅たるを忘れぬ者だ。『昨日の自分』も自分である以上、涼やかな微笑は変わらず——だがその奥にある隠しきれぬ疵の理由を、ジャグは分かっていた。
(「失敗って尾を引くものだからね。昨日の僕は紅茶を巧く入れられなかった」)
執事として由々しき自体であった。
多少、肌感覚というものはあるが、きちんと研究されたレシピは大事だということだ。そして、その『事実』が『昨日の自分』をああも乱している。
「……」
目の前にいるのが『昨日の自分』を写し取ったオブリビオンである以上、ジャグには不調の理由は分かる。昨日と今日は地続きであり、眼前の侵入者が『昨日の自分』である以上、無遠慮に踏み込み、荒れる戦いは行われない。会話こそ、言葉こそ、ジャグの領分だ。自分にしては随分と黙したままでいるのは、これがオブリビオンであるからか、それとも『昨日の自分』であるからか。
「強いていえば、両方だろうね」
口元に笑みをひとつ刻み、優雅にジャグは声をかけた。
「やあ、僕。理想の執事たろうとする君が、失敗するなんてね」
「——」
失敗という言葉に僅か『昨日の自分』が眉を上げる。不服からではない、触れてくれるなと言うような静かな視線にジャグは微笑んだ。
「敗因はズバリ、茶葉の配合を変わったものにしたからだ」
これは、今日の自分からの餞別だ。
「偶には奇天烈なものも面白いけどね、あれは間違いなく失敗だったよ。蒸らし時間も間違えて、散々だった」
だからこそ、ジャグは今、この手を使う。ひらり、翳す指先。コトン、と現れたのは深く、何処までも澄んだ漆黒に、美しい金彩の刻まれたティーセット。
「では、互いに淹れたこの紅茶で、対決といこうではないか」
「——」
紅茶の時間は、それを楽しんでいない者の時を遅らせる。ゆったりと、闘技場にあってさえ紅茶を楽しみながら、ジャグはトン、と踵で地に触れた。折角の紅茶なのだ。この時間を楽しむのに、椅子の一つがあっても良い。ゆったりと腰掛け、紅茶を楽しみながらジャグは『昨日の自分』へと視線を上げた。
「……」
その動きは——遅い。
美味しさを僅かでも損なったことが敗北ではない。
(「そんなミスをした僕自身が、ひどく落ち込んでいるものだから、隙となる」)
到底、その紅茶で愉しめはしないだろう。
カチャリ、と静かな音と共に、ジャグはカップをソーサーに置く。紅茶はまだ存分に楽しんでいるけれど——隙であれば、今だろう。
「自分の頚を刎ねるなんて、趣味が悪いけれど、ね」
ほう、と落とす息ひとつ。僅か伏せたローズクォーツの瞳は、これより告げる言の葉の為に、光を灯す。キラ、と落ちた煌めきをひとつ、美しい唇からそっと、言葉は紡がれた。
「——首を刎ねましょう」
言の葉は刃であるが故に。するり、と走る一筋の赤。舞い上がった花弁のような血は、ことり、落ちた首と共に煌めきに変わり地に落ちる前に消え失せた。全ては緩やかに流れる時のまま。
「これにて終劇にございます」
静かに告げて、ジャグは最後の紅茶を飲み干した。
大成功
🔵🔵🔵
泉宮・瑠碧
…討つのが己とは
気が楽です、ね
罪悪感も、何も、ありません
…そうでしょう、「私」?
昨日の私では、今の私に、勝てない事があります
姉様の、最期の言葉の…「生きて」という、楔
だから過去の私が、未来の私を討つ事は、し辛い
…そして…ずっと、姉の後を追いたい、から
未来の私を討つなら、過去の自分が討たれたい
抵抗は、対応する精霊で相殺しますが
精霊達も、私相手に攻撃し辛い、から
追い縋って短剣を構え、貫く為の魔力を乗せて
…望みを、叶えます
短剣を、昨日の自分の心臓へ
屠った昨日の、私が…オブリビオンでも
姉の後を追える事を、羨ましく…
…本当に、何一つ…
後悔も、未練も、ありません、でしたか…?
…私には、分からないの、です…
●月白に遙かな空は
ルォオオオオ、と響く風は獣の遠吠えに似ていた。仲間を、家族を呼ぶ狼の声だ。二度、三度と反響して響いた風音は、闘技場を飾る深紅の旗を揺らしていた。観客のいないこの闘技場ではあれは唯一の客になるのか。どちらかといえば、見届け人に近い、とふと泉宮・瑠碧(月白・f04280)は思った。
「……」
眼前、姿を見せたのは『昨日の自分』だったのだから。
地上には風は届かないというのに、小さな足音と共に姿を見せた侵入者は淡い青の髪を揺らしていた。『昨日の自分』の頬に、淡く影が落ちる。
「……」
「……討つのが己とは。気が楽です、ね」
黙したままの姿に、瑠碧はぽつり、とそう言った。瑠碧にとって——、瑠碧の心にとって、戦いというものは決して容易いものでは無い。オブリビオンを討つ事も悲しいのだ。心は痛み——だが、擦り切れた「姉の様に」という外殻を纏って此処まで来た。悲しくて、苦しくて、それでも、と握る拳さえ震えることもあった。
——けれど、相手が自分であれば違う、のだ。
「罪悪感も、何も、ありません。……そうでしょう、「私」?」
「……」
『昨日の瑠碧』に言葉は無く——だが、今のタイミングで、詠唱も無ければ武器を取ることも無いのが全ての答えだった。
昨日の瑠碧では、今の瑠碧に勝てないことがある。ひとつは、姉の最後の言葉だ。「生きて」という、楔。だからこそ、過去の瑠碧が、未来の瑠碧を討つ事は——し辛い。
(「……そして……ずっと」)
心の奥底にある思い。ささやかで、けれど容易く手は伸ばせない。生き残ってしまった自分が選ぶことのできない願い。
「姉の後を追いたい、から」
心の奥底にある思いを瑠碧は口にする。
「未来の私を討つなら、過去の自分が討たれたい」
「——」
そう、と頷くような声がした。風の囁きか。視線を上げれば『昨日の自分』の瞳から、一筋涙が零れていた。ぱた、ぱたと深い青の瞳から涙が零れ、風が揺れる。僅かばかり、呼び出された精霊たちは——だが、相手が瑠碧である以上、攻撃はし辛い。
「……」
元より、それが抵抗らしい抵抗では無いことに瑠碧は気がついていた。短剣を瑠碧が抜いたから、鏡映しに一度そうしただけ。「生きて」と言われていたから抵抗しただけ。けれど、でも、心の中にある望みは——……。
「——」
「……望みを、叶えます」
トン、と瑠碧は軽く踏み出す。避けることも無い『昨日の自分』の心臓へと、短剣を沈めた。
「——……」
貫く魔力を乗せた刃が深く、沈む。薄く唇を開いた『昨日の自分』が紡ごうとした言葉は何であったのか。ぐらり、と倒れてきた体を瑠碧は受け止める。トン、と肩に触れれば『昨日の自分』が流した涙に出会った。
「……私は」
この涙の意味は安堵なのだろうか。
『昨日の自分』の背へと手を回すこともできないまま、だが、屠った『昨日の自分』がオブリビオンでも瑠碧にとっては、姉の後を追える事が羨ましく思えた。
「……本当に、何一つ……後悔も、未練も、ありません、でしたか……?」
肩口にあった重さが、ゆっくりと消えていく。光となってほどけるように。昨日の自分は、死んでいく。その事実に、ぱた、ぱたと涙が零れていた。これが望みであっても、これが願いであったとしても。本当に何一つ——自分には無いのか。無くて良いのか。あって良いのか。
「……私には、分からないの、です……」
ぱたぱたと落ちる涙は拭うこともできぬまま。祈りの娘の声は、小さく震えるように揺れていた。
大成功
🔵🔵🔵
故無・屍
…フン、次から次へとよくもまァ妙な戦場を作り上げるモンだ。
昨日の自分、か。
簡単だ、昨日の俺はどれだけ強く剣を振るった所で
『ヒトのまま』だった。
――なら、『バケモノ』として戦ってやるまでだ。
UCを発動、
怪力、2回攻撃、カウンター、捨て身の一撃などの戦闘技能を駆使し
昨日の自分を上回る膂力、速度を以て圧倒する
…無様なモンだ。どれだけヒトを捨てて全部投げ出した所で
ただ一匹のバケモノにも苦戦するってか。
……いや。
本当に無様なのはヒトのままの昨日の俺より、
ただ一回の勝ちの為に『バケモノ』に成り下がった今日の俺か。
…だが、無様だろうがなんだろうが、違う世界に飛ばされようが…、
立ち止まる選択だけは無ェんだよ。
●故無き屍
ォオオオオオ、と空が唸る。風音は獣の咆吼に似ていた。巨狼の叫びか。将又、凡そ想像も付かぬ『獣』の叫びであったか。ゴオゴオと唸る空は強風と言うに相応しき風を生んでいるというのに、闘技場の中は風は無い。強風が届くのは上——観客席までか。バタバタと揺れる深紅の旗を一瞥すると、故無・屍(ロスト・エクウェス・f29031)は息をついた。
「……フン、次から次へとよくもまァ妙な戦場を作り上げるモンだ」
獣、だという。空に響くあの音は。
その程度、と口にしかけて、結局息をつくだけに終わる。ザ、と足音が生まれたからだ。
「……」
そう、足音は生まれたものであった。歩いてきたのではない。二度目の息を吐いたときに『それ』は姿を見せていた。
「……」
黙したまま、だが、こちらの姿にゆっくりと視線が上がる。『昨日の自分』の姿に、屍は僅か眉を寄せた。これこそが、この地が闘技場である理由なのだろう。昨日の自分と、今の自分を戦わせる場所。——最も、昨日の自分の姿をしたオブリビオンだ。写し取ったかのような姿に加え、技も同じものを使うという。
「昨日の自分、か。簡単だ、昨日の俺はどれだけ強く剣を振るった所で『ヒトのまま』だった」
黙したまま立つ長身は、こことは別の世界。『バケモノ』が存在する世界にて、それと戦う組織に属していた。剣を振るい、振るい続けて来て——あの日が、来た。
「……」
『昨日の自分』が剣に手をかける。低く、構えを取ろうとする姿に瞳だけを細め、屍は静かに告げた。
「――なら、『バケモノ』として戦ってやるまでだ」
踏み込む一歩。風が生まれ、心臓がドクン、と脈を打った。強く一度。吐息が揺れ——そして屍は人の形をした『バケモノ』へと変じる。ゆらり、と視線を上げれば——迷い無く『昨日の自分』の鋒が、来た。
「——」
ヒュン、と突き出された攻撃を、だが屍は避ける。跳ぶように身を逸らし、逆に踏み込んできた分、後ろに回る。片足を軸に、叩き込んだ回し蹴りがヒトの身に響く。吹き飛ばされた『昨日の自分』が、だが、転がされる前に片腕を滑らせるようにして顔を上げた。
「——」
黙して喋らず。それが、この地の仕組み故か。瞳は何処までも雄弁に、闘技場の床に滑らせるようにして『昨日の自分』が剣戟を繰り出した。「……」
加速から、一気に踏み込み低く沈み込んだ『昨日の自分』から振り上げられた刃を、だが、屍は掴んだ。刀身ごと構わず掴み、は、と顔を上げた己へと一撃を叩き込んだ。
「——ック、ァ」
「……無様なモンだ。どれだけヒトを捨てて全部投げ出した所で、ただ一匹のバケモノにも苦戦するってか」
剣を受け止めた屍の掌から、ばたばたと血が流れていた。始終『昨日の自分』を圧倒した屍は、立ち上がりかけた未だ名を持っていた自分へと剣を振り下ろした。影より生まれたその刀身は、嘗ての世界で振るっていたそれとは大分違う。
「……いや。本当に無様なのはヒトのままの昨日の俺より、ただ一回の勝ちの為に『バケモノ』に成り下がった今日の俺か」
崩れ落ち、消えていく『昨日の自分』を見ながら、屍は唇を引き結んだ。
「……だが、無様だろうがなんだろうが、違う世界に飛ばされようが……、立ち止まる選択だけは無ェんだよ」
禁忌の強化実験へと、その身を晒した時から。魂の奥底に宿る記憶と忌まわしい光を前に、立ち止まることだけは許されないのだから。
——キン、と最後、鋼の音を残し『昨日の自分』は消え失せた。光の中に消えていく姿を見送り、その死にただひとつだけ、屍は息を落とした。
大成功
🔵🔵🔵
アルバ・アルフライラ
…やれ
私が日々衰える、耄碌とでも思うたか?
残念だったな
私の事は、私が良く知っている
魔術の発動迄に要する時間も
――強敵と対峙した私が、何をするのかも
高速詠唱、召喚するは【女王の臣僕】
先手必勝と敵を氷の棺に閉ざし、動きを封ずる
…然すれば、後は煮るなり焼くなり御随意に
恐らく、発動は同時
故に、氷結耐性で降り掛かる鱗粉を凌ぐ
宝石の身を包む霜と氷
然し、動けたならば――私は奴を殺せる
事前に魔力を溜めておいた宝石を砕き、魔術を展開
渾身の魔術、貴様に披露してやろう
いやはや…魔力も殺意も、質は申し分ない
だが如何せん守りが薄過ぎる
これではジジに泣かれてしまいかねんぞ
…まあ、流石私と云うべきか
罅が走った身体を一瞥して
●氷柩に告げる
吹き抜ける風は、甲高く鳴く鳥に似て、同時に古狼の遠吠えに似ていた。高く、強く風は啼き、吹きすさむ。見れば、空には雲一つ無く気まぐれに舞い上がった枝葉さえ散らす。ばた、ばたと靡く深紅の旗ばかりが闘技場の観客であった。
「……結界の類いか」
他にあるのは、足音がひとつ。コツン、と響くそれは、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)が視線を落とした瞬間に生まれた。僅かに伏せられた瞳。ふわり、と僅かに揺らした髪が頬にかかり、ゆっくりと開く瞳と共に唇は悠然とした笑みを浮かべた。
「……」
——それは『昨日の自分』の姿。
オブリビオンとしてその形を得たとはいえ、確かに「己」と言い切れるものが、アルバの目の前に現れていた。
「……やれ。私が日々衰える、耄碌とでも思うたか?」
使う術式。魔術の質は同じ。足元から展開されていく力の気配は馴染みのあるそれだ。己である以上、それ自体には何一つ不思議は無く、両の瞳に魔術の流れを捉え——だが、アルバは息をつくようにして視線を上げ、笑った。
「残念だったな」
ひどく美しい笑みでひとつ、悠然と唇に笑みを刻み告げる。最後通告に似た言葉と共に、緩やかに持ち上げる腕。
(「私の事は、私が良く知っている」)
魔術の発動迄に要する時間も。
――強敵と対峙した私が、何をするのかも。
指先は空を滑る。切り裂く様に、招くように。この地に踊る魔術を己が領域へと組み上げていく。薄く開いた唇に、双星の魔術師は長きに渡る詠唱は必要としない。
『——』
「控えよ、女王の御前であるぞ」
召喚するは女王の臣僕。
発動は、同時であった。声なく、あちらが紡ぐのは『昨日の自分』の姿をしているに過ぎないからか。
無数に舞う青き蝶が闘技場に冷気を齎した。舞い上がる砂さえ凍り付かせ、行き先を示すように『昨日のアルバ』が指先をこちらへと向ける。誘うように、行き先へと寄り添うように青き蝶が舞い——空間を凍てつかせる。
(「——あぁ、そうだろうな」)
それはアルバの使う手だ。
先手必勝と敵を氷の棺に閉ざし、動きを封ずる。
(「……然すれば、後は煮るなり焼くなり御随意に」)
は、と息を落とす。舞い踊る青き蝶が空を染め上げ、降りかかる鱗粉がアルバの髪を、体を凍り付かせていく。短く吸った息さえ、喉の奥から凍り付かせるように。——だがそれは『昨日の自分』も同じだ。
『——』
空を払った指先に霜がおりる。罅割れる音がひとつする。黙した唇は『昨日の自分』の姿を有したオブリビオンであるからだとしても——あのまま、言葉を発すれば無事では済むまい。
「——は」
だが、美しく舞う蝶を視界に、アルバは薄く笑う。宝石の身を包む霜の氷など分かっていたことだ。そして氷を扱う以上、その耐性もまた有する。
(「動けたならば――私は奴を殺せる」)
紡ぎ上げた耐性。
二度目に吐いた息、空を緩く掴んでいた指先をアルバは動かした。
『——』
は、と『昨日の自分』が顔を上げる。気がついたか、と薄く笑い、アルバは事前に魔力を溜めておいた宝石を砕いた。キィイン、という音と共に魔方陣が多重展開する。
「渾身の魔術、貴様に披露してやろう」
告げる息さえ白く染まる中、紡ぎ上げるは魔術砲。打ち出された力が雨のように『昨日の自アルバ』へと降り注ぎ宝石の身を——砕く。
『——』
ひゅ、と喉の鳴る音だけが響いた。ひどく小さなそれは、だが『昨日の自分』であるからこそ、アルバには分かる。驚きに息を飲んだのでも、砕ける痛みに声が零れたのでは無い。ただ、返す魔術を紡ごうとして、動けなかっただけのこと。
「いやはや……魔力も殺意も、質は申し分ない
だが如何せん守りが薄過ぎる」
小さく息を吐き、アルバは言った。
「これではジジに泣かれてしまいかねんぞ」
瞬き一つ、頬にかかった長い髪が隠した『昨日の自分』の見せた表情は何であったか。光となって解けるように消えていく姿を見送り、アルバは息をついた。
「…まあ、流石私と云うべきか」
罅の走った身体を一瞥して、見送りの後に息をつく。指先から走った罅は肩口まで続き、二度目の息が届く頃には、霜のおりていた戦場は乾いた空気を取り戻していた。
——そして、風が止む。闘技場の最後の挑戦者が勝利で終わり、深紅の旗が消える。赤き煌めきの向こう、戦争は新たな局面を迎えようとしていた。
大成功
🔵🔵🔵