迷宮災厄戦⑨〜瞬間の抜刀
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氷の城、その内部にある中庭はやはり氷だった。
立木、噴水、花壇、そして茶会のテーブル。青ざめた白が埋め尽くす世界の中、しかし正反対の色があった。
「――――」
黒とそして赤の色だ。それをよく見れば、赤のラインをアクセントとした黒装束だということが解る。
凍れる噴水の前で身を低く落とした黒装束。それは肩に担いだ刀に両手を当て、
「…………」
ただ、待っていた。
速度すらも凍てつく空間の中、双眸の赤い光りすらも十分の一の速度で広がっていく。
●
「“迷宮災厄戦”……。アリスラビリンスの命運を賭けた“戦争”は、我々が確保したうつつ忘れの城を中心として全方位に戦端が開いていますの」
猟兵たちの拠点、グリモアベースでフォルティナは言う。広げるのは迷宮災厄戦の戦場マップだ。
「皆様に向かっていただきたいのは、『時間凍結城』と呼ばれる場所ですの」
マップ中央であるうつつ忘れの城の下方、そこに表示された区域を指で差し、言葉を続ける。
「この凍てつく城は、時間すらも“凍結”された恐るべき場所ですの。それは肉体の動きや放ったユーベルコードなど、敵味方の全ての行動速度が十分の一になるほどですわ。時速300キロメートルで飛翔したとしても、この戦場では十分の一である時速30キロメートルになるわけですわね。
しかし幸いなことに思考速度だけは、そのままですの」
つまり、
「攻撃や動作の一手毎に、充分な思考時間があるということですわね。これを有効活用した者が勝者となるでしょう」
敵の話に移りますわ、と言って、新たな画像を用意する。オブリビオンだ。
「563部隊・隊長『赤兎』……。大太刀を持った……彼? 彼女? 性別すらも詳細不明の相手に解っていることは一つ、愉快な仲間達とアリスが大嫌いということだけですわ。
そんなオブリビオンが城の中庭、噴水の前に抜刀態勢で陣取っていますの」
他の戦場でも現れているようですわね、と敵のユーべルコードも合わせて説明しながら。
「見ての通り、剣を得手とした相手です。迂闊に間合いに入ってしまえば神速の十分の一で切り裂かれ、かといって離れて射撃等を与えようとしても居合で塞がれるでしょう」
攻撃も防御も回避も、何もかもが速度一割化の世界なのだ。しかし残されているものがある。
「思考時間……。唯一残されたそれを活かして戦うことが、勝利の道筋ですの」
シミレ
シミレと申します。TW6から初めてマスターをします。
今OPで31作目です。初めてのアリスラビリンス依頼です。
不慣れなところもあると思いますが、よろしくお願いいたします。
●目的
・敵オブリビオンの撃破。
●説明
・アリスラビリンスで戦争イベントが始まりました。戦場の奥地にいるオブリビオン・フォーミュラや猟書家の元へ到達するため、猟兵達は戦場を進んでいきます。
・その道中、“時間凍結城”と呼ばれる戦場があります。時間すらも凍った戦場に、オブリビオンが待ち構えています。
・この戦場では、肉体の動き、放たれたユーベルコードなど、敵味方の全ての行動速度が十分の一になります。ですが、思考速度だけはそのままです。
●プレイングボーナス
以下に基づく行動をプレイングに書いていただければ、プレイングボーナスが発生します。
プレイングボーナス……思考時間を活かし、戦略的に戦う。
※プレイングボーナスとは、プレイングの成功度を複数回判定し、最も良い結果を適用することです(詳しくはマスタールールページをご参照下さい)。
●他
皆さんの活発な相談や、自由なプレイングを待ってます!!(←毎回これを言ってますが、私からは相談は見れないです。ですので、なおのこと好き勝手に相談してください。勿論相談しなくても構いません!)
第1章 ボス戦
『563部隊・隊長『赤兎』』
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POW : ひょっこり兎
【もうひとりの自分 】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
SPD : 殺戮兎刀
自身の【瞳 】が輝く間、【野太刀・赤】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ : 死なない愉快な仲間達
攻撃が命中した対象に【癒えない傷跡 】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【次々と蘇る「死んだ愉快な仲間達の亡霊」】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ニノマエ・アラタ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
黒柳・朔良
思考以外が遅くなる、というのはかなり厄介な代物だが、目立たなければそれほど問題はあるまい
しかし素早く接近することが出来ないから『気付かれる』可能性が高まるか
ならば他の策を考える必要があるな
選択UCで「返し付ワイヤーフック」を解放、ワイヤーを細く見えにくくして、さらに毒をフックとワイヤー全体に仕込んで少しでも殺傷力を高めておく
私はここから動かず、『存在』がない状態でワイヤーを鞭のように扱おう
これならば気付かれる心配も少ないはず
ワイヤーにも毒を仕込んであるから、フックを避けられても問題ない
それにしても、分かってはいたが敵も味方も行動が遅いな
だと言うのに思考だけがそのままというのは、不思議な感覚だ
●
それはオブリビオン赤兎にとって、一瞬の出来事だった。
「!?」
死角から“何か”が飛来した、否、そう思った時には、“それ”が己の身体に衝突していた。
服を切り裂き、肌の上を走っていく硬質で鋭利な感触。その正体がフックとワイヤーだということに気付くのにそう時間はかからなかった。
「……!」
ぐ、とも、お、とも取れる音は呻きの声だ。しかしそれもこの戦場では十分の一の速度。そんな間延びした長音を聞きながら、急ぎ回避の挙動を取った。
が、すぐにそれがミスだということに気付いた。
「――――」
フックに返しが付いていたのだ。それはこちらの挙動によって肌をさらに切り裂き、ワイヤーも血が滲むほど締め付けてくる。
痛苦が身体に走る。これが猟兵による攻撃だということは最早間違いなかった。
「……!」
なのでユーべルコードの発動に迷いは無かった。己の背後、噴水の上にもう一人の自分を召喚し、視界を確保する。それによって敵の位置を探ろうとしたのだが、
いない……!?
互いにカバーした視界の中、猟兵の姿は見当たらなかった。
何故かと、そう思う間も無く、
「――――」
虚空から次撃が飛来してきていた。
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咲良はそれを見ていた。自分の視界の中でオブリビオンが混乱している様子を、だ。
今、敵はこちらが放ったフック付きワイヤーによる攻撃を受け、その出所を探ろうと必死のようだが、
無理だ……。
それが叶わないことを己は知っていた。
「……!?」
視界の先で二撃目がヒットする。その様子を視認できる己は、戦場であるこの中庭に身を置くことに他ならないが、
……しかし、“いない”。
否、正確には“存在していない”と、そう言うべきか。それは己が発動したユーべルコード“影に潜む暗殺者(アサシン・イン・シャドウ)”による効果だった。
自身の存在を代償に、装備武器の封印を解いて暗殺特化型の武器に変化させる。その能力は、思考以外が遅くなるというこの戦場において非常に有効だった。
攻撃も防御も挙動も、その全てが十分の一の速度となるこの戦場の特性は、厄介だと朔良自身もそう思っているが、それは翻せば、
目立たなければ、それほど問題は無いということだ……。
鈍重な攻撃や防御、挙動、それが致命的となるのは相手の思考速度が通常のままだからだ。なので、存在自体を悟られなければ敵は対応できない。
そしてこの空間は発声や呼吸すらも十分の一なのだ。その点に関しては、陰に潜む自分にとって寧ろ好都合だった。文字通り息を殺し極限まで存在を消した己、そして暗殺に特化した武器。その両者を使えば、
「――――」
氷白の世界に鮮血が散っていった。鞭のように振るった四撃、五撃が続けざまに敵の身体を弾いたのだ。
だが敵も黙って攻撃を食らっているわけではない。
「……!!」
こちらの位置はつかめずとも、放たれてくる攻撃の正体についてはもう察しがついているのだろう。痛む身体を無視して大太刀を抜き放ち、周囲を薙ぐようにして振り回すことで飛来するフックを弾き、身を縛っていたワイヤーを断ち切っていく。
……よし。
こちらの攻撃が無効化されることが多くなってきたわけだが、しかしそれは別の効果を発揮する。
フックとそしてワイヤーに毒を塗っていたからだ。
動けば動くほど、毒が回るぞ……。
この戦場においては、毒の廻りすら十分の一の速度だろうが、ああやって敵が動き続ける限り、そう遠く無い内に毒は全身を巡るだろう。現につい先ほどから、敵の動きに僅かな異変が見られ始めていた。
「…………」
見る。敵の動作は遅く、己が鞭のように振るうワイヤーも、やはり遅い。
……しかし、思考だけは通常のまま……。
ただただ全てがスローモーションのように感じられる世界。
不思議な感覚だ……。
敵だけでなく全てを冷静に分析しながら、己は攻撃を続けていった。
大成功
🔵🔵🔵
フロッシュ・フェローチェス
なめるなよオウガ。アタシの早業は、音速だって軽く超える、同じ遅さで動けるとゆめゆめ思わない事だね。
……啖呵はきった、あとはそれを、全力で形にするだけ。
ダッシュはしない……したところで、ただ速いだけの疾走でおわるなら、今は意味がない。
武器はメカブーツと軍刀・斬透炉に固定、これで戦略を組み上げて行こう。
先制攻撃と、カウンターを合わせよう。この場なら……動作が読み易くなるぶん行動を見切る技術二つは抜群にきくはず。
さらに加速式励起で一段上の早業へ、限界突破でさらにスピードを上昇、決して慣れさせはしない。
瞳が輝きそうだと感じたら、その瞬間、こちらもUCを発動。
いつもより遅いだけだ……追い付かせはしない!
●
なめるなよ、オウガ……!
十分の一の速度の中、オブリビオンと正対したフロッシュは歯を向いた表情で相手を睨みつけていた。
その手に握られているのは改造軍刀である斬透炉の一振りだけだ。
アタシの早業は、音速だって軽く超える……。
言葉が意味を為さないこの世界で、己を表す方法はたった一つ、動作だ。
己は威嚇するように、挑発するように啖呵を切り、
「――――」
敵は応じるように、動き始めた。
抜刀だ。
●
迷走するように佇むフロッシュは視界の中で、敵の大太刀が鯉口を切ったのが見えた。そこから覗ける銀の煌めきすらも滲むように広がっていく。
居合だ。間合いに入った敵を排除するための戦闘行動が今、目の前で行われ始めていっている。
「――――」
間合いからの回避か、それとも懐への突撃か。反射的にメカブーツを履いた足に力を入れようとするが、すぐにそれを意識と思考をもって差し止めた。
違う……。
この速度一割化の世界においてダッシュをしても無意味だ。ただ速いだけの疾走は相手の思考に絡め捕られ、すぐに対処を打たれる。
ならばどうするか。銀の煌めきがもはや銀の閃光となり始めた最中、
「――――」
オウガの瞳が赤く輝いた。そしてそれが合図だった。
同時。視界の中でそんな赤の光の乱反射が生じていった。それは主に中庭の床材となった氷からだったが、己とオウガの両者を中心として、木立や花壇といった周囲の氷像にも表れていた。
現れていく。
速度十分の一の世界の中、イルミネーションのように広がっていくその光景の原因はやはり、反射元である氷たちに異変が生じたことに他ならなかった。
「……!?」
周囲全ての凍結物体が、破砕されていくのだ。
光が乱れ散っていく最中、その奥に敵の驚愕の表情が見えた。
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赤兎は破砕を引き起こしたものが何か、すぐに解った。
「――――」
敵の足だ。否、正確にはブーツだ。機械的なそれを履いた足が、地表に足を着ける前に衝撃波を発したのだ。それは床材を等しく衝撃し、そこを中心に周囲へ砕きを伝播していった。していっている。
こちらの意表を突くためかと、そう思ったが、すぐにその考えを改められたのはこの世界の利点だ。
「……!!」
敵の足がかち上がって来ていた。衝撃波の反力を源として、己の視界の下から上へ上がってくるのが見えるのだ。その硬質な靴先が狙う先は、
……顔面!
屈んだ姿勢で肩から振り下ろすような居合を狙うこちらを、下から上へ狙うとすればそこだ。
速い。
速度が制限されるこの戦場において、敵の蹴り足は超速と言えるほどに速かった。メカブーツを視界の中央に据えながら、砕かれた床材の破片がやっと跳ね上がって来ているのが見えた。だが、
間に合う……!
確かに敵は速いが、思考は通常のままなのだ。いくら速くとも慣れる。
「……!」
すぐに己は身体に捻りを叩き込んだ。敵の攻撃を回避するためだ。剣としては不作法どころか攻撃の後、地面を転がるような身捌きになってしまうが、構わなかった。
こちらの攻撃の方が多重なのだ。敵の攻撃を回避した後、こちらが九重の太刀を振り下ろせば、敵からの反撃は無い。
そのはずだった。
「!?」
刹那、視界が上に跳ね上げられていた。
否、跳ね上げられていっている。己の視界なのだ。現状は十分に把握できるし、そうしようと思考を巡らそうとするが、
「――――」
顎から発せられる十分の一の速度の激痛が、思考を鈍化させていく。
凍った空を見上げながら、己はそこでやっと敵の攻撃を受けたことを知った。
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……同じ遅さで動けると、ゆめゆめ思わない事だね。
開脚一発。頭上に振り上げた足を元の位置へ戻していきながら、フロッシュはそれを見た。
仰け反るようにしてオウガの身体が跳ね上がっていっているのは、己の蹴りの結果だ。
敵はこちらの蹴り足を回避できると思ったようだが、それは間違いだった。こちらが身体に刻まれた加速の術式を、それも過剰充填されたそれらを一斉作動し、高速化された攻撃を放ったからだ。
いつもより遅いだけだ……。追い付かせはしない……!
突然加速された蹴りは相手の意表を突き、その威力を十分に通した。
砕け、跳ね上がった床材に包まれるように、オウガの身体も足が床を離れて浮いていく。
そしてもうその頃には、自分は振り上げた足を床に付けており、
「……!!」
雄叫びの声が中庭を揺るがせ、構えた斬透炉から放たれた斬撃が、空中のオウガを高速で切り刻んでいった。
大成功
🔵🔵🔵
天道・あや
おお、本当に動きがスローだ…!……だがしかーし!身体はスローでもあたしのハートはハイスピード!皆の未来への為にも悪いけど通らせて貰うよ。COOLな兎さん!!
……と意気込んだはいいけど。……ここで動きってスローだから、あたしの得意な動き回るスタイルは向いてないよね。……となれば、ここは、…後の先作戦!
敵の前で立ち止まって、相手が動くまでじっと相手を見て、待つ!相手の瞬き、そして呼吸音や汗、全てを見極め、そして相手の動きを牽制する。【見切り、存在感、挑発】
我慢比べ、ウェスタンで言えば速打ち決闘!先に動いた方が
そう!先に動いた方が勝ち!実はyouとにらめっこしてる間にUC発動してたんだよね、あたし!
●
おお……!
戦場に転移したあやは驚いていた。それは自分の周囲の光景全てが凍てついていることもそうだが、何より、
「――――」
動きが本当にスローだ、とそう思うし、そう言おうともした。が、
「……!?」
言えない。否、声は発せてはいるが、速度が十分の一となれば今、自分の口から出ているのは言葉ではなくそれ以前。言葉として意味を為す前の音の状態だ。
「……!」
思わず喉に手を当てようとして、その動作もやはり十分の一なことに気づく。手を見下ろしてしまう顔の動きも同じくだ。
何だかわたわたしてるな、私。とそう思う思考だけは通常で、それにおかしみを感じて思わず苦笑する。
十分の一。
……だがしかーし!
その速度で口端が上がっていくのを自覚しながら、敵を見た。
身体はスローでも、あたしの心はハイスピード……!
敵は抜刀態勢のまま俯いており、フードや白の前髪の隙間から時折、赤い目が見える。
見えた。
「――――」
視線が合った。ならば意図は伝わると、己はそう思う。
……皆の未来への為にも悪いけど通らせて貰うよ。COOLな兎さん!!
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……と、意気込んだはいいけど……。
問題がある、とあやは早々に気付いていた。
……ここでの“動き”ってスローだから、あたしの得意な動き回るスタイルは向いてないんだよね。
動きが制限される戦場は、自分の戦闘スタイルにとって分かりやすく不利だ。苦手と言ってもいいかもしれない。
……となれば、ここは……後の先作戦!
そんな戦場で勝つためにはどうすればいいか。己が打ち出した作戦が、“それ”だった。
「――――」
一歩を踏み込む。否、意識ではそうだが、実際は違う。
十分の一。
まだ足を上げ始めた段階だ。
ともあれ、行く。
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踵が着いたら十分の……六くらい? 五? そう思いながら、あやはオブリビオンに近づいていった。
尺度としてはとりあえず十分の七とする。爪先すらも着き始めた。
「…………」
……間合いには入っているはずだけど……。
相手は動かない。沈黙だ。
こちらが十分の十、踏み込んでいく足だけでなく、後ろに置いていた逆足を地面から離して、足を揃えて立ち止まっても、
「…………」
目の前の相手は刀の柄に手を当てたまま、動かない。そしてそれは己もそうだった。
「…………」
両者ともに沈黙し、静止する。
……ウェスタン映画とかでよくあるやつだよね、これって。
速打ちの決闘。どちらが先に銃を抜くかの我慢比べだ。今回は互いの得物は銃ではないが、互いが立ち止まり、相手が動くまで相手を見て、待つことは同じだった。
……相手の瞬き、それに呼吸音や汗……。
互いの瞳が相手の状態全てを見極めるように動いていた。そして、そこからの情報で相手を牽制する。
歌や音に親しいし、何より人前に立つことが多い自分だ。相手の鼓動や表情は読み取れて、逆に相手の視線もこちらに誘導できる。
今だって相手の瞳が、こちらを見ている。それは基本注視だが、時折揺れ動いていた。こちらの様々な部分に瞳を向けていっているのだ。
十分の一の世界では、敵の赤い瞳の動きも遅く、淡く揺れ動く蝋燭の灯火のようだったが、
「――――」
灯火がある時、細くなった。
目が細められたのだ。
来る。
敵が刀の柄を握り、鞘から引き抜いていく。
十分の一。しかし、
「――――」
その瞬間、上空から光が降り注いだ。
「……!?」
やはり十分の一の速度で、敵の細められた目が、驚愕で見開かれていった。
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オブリビオン・赤兎はそれを見た。否、見ている最中だった。
「……!」
頭上から光が降り注いだことに気付いたのが、つい先ほどだ。
それは一筋や二筋といった光条ではなく、スポットライトのように“面”として空間を照らす程の光量だった。それは俯いていたからこそ、自分の影の濃さで解った。
光の色は虹色。白と青のこの戦場では異常な色味だ。
なので見る。見ようとする。顔を頭上に上げていきながら、抜刀の動作は止めない。攻撃を続行するにしろ防御に転じるにしろ、必要だからだ。
「――――」
視界が正面を向いたところで、目の前の少女が片眼を閉じて、指を頭上に指しているのが見えた。
抜刀は十分の三。大部分は鞘から抜かれている。光量がどんどん増えていっている中、攻撃か防御かを判断するためにも、己は急ぎ顔を上げていった。
そうして、己はやっとそれを見て、
「――――」
言葉を発せられない世界で、言葉を失った。
頭上、凍てついた空にあるものが浮かんでいた。
複雑な幾何学模様、それが頭上に描かれていたのだ。数は複数。数百を超すほどの数は、そのどれもが飛翔する音符で描かれていた。
先ほどからの光源の正体が“それ”なのは間違いなかった。こちらを中心に包囲展開されていた。
「……!」
十分の五。切っ先が鞘から抜き放たれ、刀を振り下ろしはじめた。
敵のユーべルコードなのは視線を上げる前から解っていたが、実際に見たことで明らかになる部分もあったからだ。
「――――」
ユーべルコードの展開が、速い。
視界の中、空に描かれている幾何学模様が楽譜だと解るということは、敵のユーべルコードが形を成し、もう終盤ということに他ならない。
恐らくあれは尺度としては、
「……!」
否、と己は思考を断ち切った。
不要だからだ。
十分の七。刃を振り下ろしていく。最早防御は選択に無かった。攻撃一択。刺し違えてでも敵に傷を残し、亡霊による追加攻撃をと、そう思ったが。
「――――」
切っ先が猟兵に到達する寸前。己の視界全てが燦然に輝いたのを知る。
次の瞬間。
「……!!」
瀑布のように降り注いできた虹光で、視界も、全身も、何もかもが打撃されていった。
大成功
🔵🔵🔵
三刀屋・樹
うわー、時間凍結ってこんな心地なンかー。何かモーンとするゥ…
神速なンて聞いたらそら剣使いとして斬り合いたいわァ。
ンでもこの遅さならタイマンは無しカナ、卑怯と言ってくれるなよゥ?
その歳でうさ耳フードはキッツイだろうから倒してやるこの優しみプライスレス
近付かず対峙した瞬間に抜刀、同時にUC発動させて貰うョー
気付いてうさちゃん出されたとしても、その時間差で間に合うと思うー?
分身は突っ込んで「見切り」、「カウンター」で返せるなら「切り込み」で攻めさせ
ウチは「オーラ防御」でその間に接近、後ろを取れれば御の字ョ
こーんな体験滅多にないカラ、剣の動きに集中出来て面白いねェ
さって、愉快な世界で存分に遊ぼうかァ!
●
樹は目を見開いた。
……うわー、時間凍結ってこんな心地なンかー。
転移が済んだ瞬間、己の全身が不可知の感覚に包まれたからだ。
何かモーンとするゥ……。
重い、というよりはそんな感じだとそう思う。全身が何かに緩く包まれて阻害を受けている感覚はあるが、しかし重みは感じない。
神速なンて聞いたらそら剣使いとして斬り合いたいわァ……。
そんな世界の中で微動だにしない者が今、目の前にいるのだ。
「…………」
太刀の柄に手を掛け、静としている。寄らば切ると全身が物語っていた。それを見て己は、
……その歳でうさ耳フードはキッツイだろう……。だから倒してやるこの優しみはプライスレス……!
と、そんな思考もしながら、同時に、
……ンでもこの遅さならタイマンは無しカナ。
卑怯と言ってくれるなョ、と思考の付け足しをし、すぐさま抜刀を始めた。
鞘から刀が、抜き放たれていく。
●
「……!」
オブリビオン・赤兎はそれを見た。現れた猟兵がこちらと対峙するなり、近づかず抜刀をしたのだ。
間合いの外だ。しかしそれを解りながらも、応じるように己もすぐに刃を滑らせていく。
それは何故か。
「――――」
敵が、もう一人いる。否、正確には、もう一人“増え始めている”。
空間が歪んでいるのだ。それは最早人の影を形成しており、相手が抜刀と同時にユーべルコードを発動し、何者かを召喚したことは間違いなかった。
今から駆け、発動の妨害をしようとしても無理だ。速度が十分の一の世界の中で相手は最初から間合いの外にいるのだ。
なので己が選択するのは抜刀の続行だ。そんな己を煙草の煙の向こう側から目を細めた猟兵が見ていた。嘲るような、伺うような、そんな片眉を上げた表情だ。
騙し討ちを詫びるというよりは、邪道の披露、そんな印象だった。
そして、
「――――」
煙草を咥えた入墨姿、猟兵と同一の姿が別の方向から現れた。分身だ。
直後。
「――!」
紫煙が散っていき始めた。散る煙の数は二房、猟兵とその分身が身を前に倒していくのだ。それはすなわち駆け出し始める証拠に他ならなかった。
「……っ!」
邪道が、来る。
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樹は行った。十分の一の速度といえど一歩目から全力だった。
進路は正面、迂回すればするほど敵に思考時間を与えることになるからだ。最短距離を駆けていく。
「――!」
そして別のルートから、分身がやはり直進で敵に向かっていく。どちらかというと向こうの方がオブリビオンと距離が近い。なので、
「……!!」
激突はそちらが先だった。相手も刀の抜き放ちをそろそろ果たそうとしているが、、
うさちゃん抜くの間に合うカナァ~……?
分身が懐に飛び込む方が早かった。膝と胸を触れさせるような低い疾走姿勢、そこからのかち上げるような一太刀がオブリビオンの身体を斜めに撫で上げていく。
「……!」
黒装束は裂けたが血が噴き出るよりも前。敵の瞳が紅く輝いた。
抜刀が完了し、ユーべルコードを発動したのだ。そしてそれと同時。分身とは別の方向から、己も敵の元へ辿り着いてた。
「ぉ……!!」
低く、伸びたような長音は敵から放たれた雄叫びだ。それに付随するように刃が振り下ろされ始めた。跳び込んで来たこちらへ。
ユーべルコードで増幅された斬撃の数は、九重。それだけの斬撃が、防御として全身に広げたオーラに振り下ろされて来る。
「……!」
来た。
●
初撃、二撃、三撃と大太刀が振り下しが来た。その都度、広げたオーラの波が激しく揺れ動く。
四撃、五撃、六撃となぞるような追加が来た。前面を包んでいたオーラ波は、今や頭上集中だ。
七撃、八撃、九撃と息をつかせぬ連撃が来た。しかしそれらはもう、己の背後の出来事だった。
「――――」
突破したのだ。
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樹は全身に身の捻りをぶち込んだ。敵の攻撃を押し抜けて背後を取ったので、振り返っていく動作だ。
こーんな体験滅多にないカラ、剣の動きに集中出来て面白いねェ……。
己を断つはずだった最後の三連撃が、先ほどまで己がいた位置を赤い太刀筋として空間を裂いているのを、身体より先に振り返った視界が見た。
「……!?」
すれ違ったのだ。敵も背後を取られたのは気付いている。なので向こうもこちらより先に振り返ろうとするが、出来ない。
やっぱめちゃ便利だわ……!
分身だ。敵の行動を阻止してくれている。やがて、振り返りが終わった。敵の背後に完全に陣取ったのだ。
……さって、愉快な世界で存分に遊ぼうかァ!
十分の一の世界の中。己と分身、そしてオブリビオンの剣戟の音は遅く、間延びしていたが、しかし途切れることはなかった。
大成功
🔵🔵🔵