迷宮災厄戦⑨〜月明かりに立ち止まる
●凍てつく時に吠え立てよ
「皆様、お集りいただきありがとうございます。世界コードネーム:アリスラビリンスにて、オブリビオンの出現が確認されました」
シスター服に身を包んだグリモア猟兵が、自分の呼びかけに応じてグリモアベースに集った猟兵達へ語りだします。
「ええ、今回も世界の存亡を賭けたオブリビオンとの戦争です。敵も一枚岩ではありませんが……ひとまず、戦場では現れる相手に集中しましょう」
グリモアから映し出されるのは、一人の人狼。
その名をアリーチェ。人狼病に冒された哀れなアリスであった彼女ではありますが、今やかつての同胞を食らうオウガと成り果ててしまっております。
「彼女が陣取るのは、氷で覆われた『時間凍結城』。猟書家へと辿り着くために、越えねばならぬ障害です」
──時間凍結城。
その名の通り、時の流れすらも凍てつく極寒の城。
物理的な身体の動きから、超常のユーベルコードでさえもその速度を失ってしまう冷気に覆われたこの地が戦いの舞台でした。
「おおよそ、通常時の10分の1程度の速度で行動する事になるでしょう。もっとも、それはオウガも同様ではありますが」
そして、もう一つ特筆すべき点は、身体の内側、『思考』のみは凍った時の影響を受けずに通常の速度を保っている事。
「普段は咄嗟の判断で動く場面でも、この城では十分な思考時間が与えられるという事です。アリーチェを倒す上で、重要なファクターになり得るでしょう」
もちろん、この点でもオウガと同じ。
相手の攻撃を見切りながら、如何に対処のしにくい攻撃をできるかが、勝利を左右するでしょう。
「ええ、これは前哨戦。特異な状況ではありますが、アリスラビリンスや猟書家が狙う世界のために、此処で立ち止まるわけにはいきません」
どうぞ、お気をつけてとグリモア猟兵が言葉を結び。
おとぎの世界へと猟兵を誘うグリモアの光からは、すべてを凍らせてしまうような冷気が、微かに漂うのでありました。
北辰
OPの閲覧ありがとうございます。
寒いのは割と平気な北辰です。
始まりました『迷宮災厄戦』。
三つ巴というややこしい状況ではありますが、各シナリオではどうぞ猟兵様の輝けるプレイングを頂戴できればと思います。
どこをどれだけ削るとかマスターも考えてない訳じゃないから。とらすとみー。
さて、今回の舞台は時間凍結城。
時間すらも凍る世界の中、狂気に落ちた人狼との戦いになります。
敵味方の全ての行動速度が10分の1になる中、唯一凍結を免れる思考を武器に戦いましょう。
思考速度だけ10倍速、という方が分かりやすい方もいらっしゃるでしょうか。
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プレイングボーナス……思考時間を活かし、戦略的に戦う。
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敵味方共に、攻撃を見切る、防ぐといった行動はしやすくなるかと思います。
相手にとってもそうである、というのも重要ですね。
そしてもう一つ重要な点。
身体のスピードが遅くなるこの場所では、当然ながら話す言葉もスローモーション。
会話は上手くいかない可能性が十分存在します、お気をつけて。
それでは、凍れる時の中での、かつてのアリスとの戦い。
凍てつく時にも立ち止まらぬ皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『アリーチェ・ビアンカ』
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POW : 狂月招来(フルムーン・コネクト)
予め【獣の本能と己の狂気に身を任せる】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
SPD : 狂気感染(パンデミック・ルナライト)
【あらゆる者を狂わせる月の光】を降らせる事で、戦場全体が【狂気に満ちた満月の下】と同じ環境に変化する。[狂気に満ちた満月の下]に適応した者の行動成功率が上昇する。
WIZ : 狂光軍行進曲(ルナティック・マーチ)
【人狼化し、それぞれの武器】で武装した【自身が喰い殺した者達】の幽霊をレベル×5体乗せた【狼の幽霊の群れ】を召喚する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠リカルド・マスケラス」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
シーザー・ゴールドマン
成程、思考を加速させたような状態か。少し慣らそうかな。
オド(オーラ防御)を活性化。
オーラセイバーを顕現して振るい、戦いながら特殊な状態に慣れます。
面白い状況ではあるが、長々と続けるほどの価値もない。
そろそろ決めようか?
慣れた段階で『ウルクの黎明』を発動。
敵の動きをこれまでの戦闘で見切り、直線で仕留めるチャンスを見逃さず、あるいは戦いながら作り出し、最大速度の飛翔(1/10に減速しても十分でしょう)により、すれ違いざまの痛撃を放ちます。
ポイントはその一瞬まで使わずに速度に慣れさせないこと。
敵POWUC
見切って回避します。ただでさえ単調なのにこの状況ではね。
アドリブ歓迎です。
●紅色の雪が舞う
「(成程、思考を加速させたような状態か)」
凍てついた城の中、一人の男がオブリビオンの前へと現れます。
時間が凍り付くという異常事態も、敵意と殺意に満ちたオブリビオンの眼光にも。彼はまるで怯む様子も見せません。
光の剣を携えるダンピール、シーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)。
彼は、常のごとく穏やかな微笑と共に、アリスラビリンスへと降り立つのでした。
オブリビオン──アリーチェが猛烈な勢いで、しかしゆっくりと飛び掛かってくる様を、シーザーもまたゆらりと剣を構えながら観察します。
何もかもが緩やかで、静かな世界。
氷に覆われたこの城で動くものは、猟兵とオブリビオンのみ。
空気の揺らぎすらも緩慢な戦場で、人狼としての膂力をいかんなく発揮するアリーチェの拳と、シーザーの剣が交差します。
ユーベルコードの力も合わせた直線的な拳をひらりと躱したシーザーの涼し気な視線とアリーチェの忌々しさをにじませるそれがぶつかった後、城に響くのは鈍く、長い破砕音。
「(これは……成程。思考だけは通常なのだから、狂気による力の増幅も早まるわけか)」
予想以上の破壊力を見せるアリーチェの力を、少しだけ目を開いて見つめるシーザー。
ですが、それまで。
環境と予想外の相性を見せるユーベルコードは多少面白くもありますが、ただでさえ単調な攻撃がシーザーに当たるはずもなく。
凍った城の環境と相手の力を見切ったシーザーは、ゆっくりと剣を構え、再びアリーチェへ対峙します。
「がぁ──あぁ─ぁ……!」
どこか遠くから聞こえるような唸り声。
停滞する時の中で、人狼の咆哮がシーザーの身体を揺らします。
しかし、既に底の知れた相手に、猟兵を怯ませる威風などはなく。
一瞬だけ閃くのは、鮮やかな深紅。
常のシーザーを知る者であれば、驚くほどゆっくりとしたスピードで。
けれど、この凍った時の中ではあまりに圧倒的な速度で振るわれる光の剣は、すれ違いざまにアリーチェの身体を通って。
それは、舞う血飛沫すらもゆっくりと舞う雪のように映るこの城で、彼の変わることのない強さを証明するものでもありました。
大成功
🔵🔵🔵
八月・九木
知能職と言えば探偵、探偵と言えば知能職。この安楽椅子探偵をお呼びかな?
時間が特殊な戦場だね。まずは座ってゆっくりと戦法を練らせてもらおう。
細かく策謀を張り巡らせる場合、実行に手順と時間がかかるものさ。
そしてその時間は命取りだ。何せボクの意図が見破られる可能性が跳ね上がるのだからね。
つまり天才が1秒で閃いた案を凡人が10秒で見破るのさ。あれ?これ閃き型の探偵の出る幕じゃないね??
つまり逆に考えれば対処不能な脳筋戦法が一番。全力で大声を出して怯ませよう。
獣の本能で強化だって?大きな音を恐れない獣はいないさ、音が響く時間も10倍だし効果はあるだろうね。あれ!
後は殴る。ひたすら殴る。オラッ!倒れろ!
●安楽椅子は凍らない
凍った城、停滞した世界。
すべてがゆっくりと進むこの世界にいかに対応するか。
それは、唯一凍てつかない思考をどう活かすかという戦いに他なりません。
「(つまり必要なのは知能職。知能職と言えば探偵、探偵と言えば知能職。この安楽椅子探偵をお呼びかな?)」
故にこそ、今日も今日とて持ち込んだ安楽椅子に腰かけて。
八月・九木(超理論安楽椅子探偵・f22542)にとってこの戦場は、その優れた頭脳を十全に活かせる戦場なのでした。
「(──と、普通に策を練って通用するならそれでいいんだけど……そこまで単純でもないんだよね)」
最も、九木は環境を楽観視してはいませんでした。
条件は相手も同じ。こちらを見つけて走り寄ってくるアリーチェとの距離はまだ十分にありますが、だからといって細かい細工を場に施すのは考え物です。
数秒なら誤魔化せる策でも、10秒かければ見破られる危険は跳ね上がるのですから。
「(天才は凡人が10秒かけて気づく事に1秒で気づくからこそ。此処だとそのアドバンテージが吹き飛ぶというわけで)」
もしかして、探偵の出る幕ではなかったのかも。
そう思っても、もう九木は戦場に出てきてしまっているのです。
知恵という武器を縛られた上で、彼女はオブリビオンを討つ手段を見つけ出さなければなりません。
考えて、考えて。
拳を握ったアリーチェがすぐ目の前まで迫ってきた、その時です。
「わああ、ああ……ぁぁ…!……!!」
「!?」
突如安楽椅子から立ち上がった九木は大声で叫び出します。
停滞する時の中、その声は確かな意味をあらわすことができませんが、九木は気にせず叫びます。
必要なのは、言葉ではなく純粋な音なのですから。
「っ……!?」
拳を振りかぶり、いざ九木に殴りかからんとしたアリーチェは突如体勢を崩します。
城の中で反響した叫びは彼女の鋭敏な聴覚を揺らすばかりではなく、停滞した時の中で響くその音は、アリーチェの身体を継続的に揺らし、その三半規管にまで影響を及ぼしたのです。
たたらを踏み、それでもどうにか敵を見据えようと彼女は顔を上げますけれど。
その目の前に居たのは、くしくも先ほどの自分と同様──拳を振り上げる九木の姿に他なりませんでした。
成功
🔵🔵🔴
アリス・レヴェリー
動きが見えやすいのはいいけど、こちらも読まれてしまうし……謳うことが出来ないのも痛いわね。しかも相手は群れだから……遅い分複数の攻撃を凌げると言っても、いつか限界がきそうだわ
……それなら、行進曲には行進曲を。【跳ねた三月の行進曲】を発動して、魔導仕掛けの黒兎、リチャードを召喚。『刻む三針』の秒針の細剣で相手と切り結んでいる最中に肩から高く跳ねさせましょう
幾度かお互いの攻撃を交わした後わざと浅い攻撃を躱させて、跳ねていたリチャードを剣先に着地させ……飛ばすのは“わたしの時間”
遅い分伸びた滞空時間からして、少なくとも剣を十分に二振りはできる時間……
コマを飛ばしたように現れる剣に、対応できるかしら?
●跳べ跳べ兎、狼越えて
「──ッ、……!」
猟兵からの度重ねる痛手に頭をふらつかせるアリーチェは、しかし首を振って体勢を立て直します。
自らの肉体に頼って反撃を受けた彼女が取る次の手段は、数での優位を得ること。
ユーベルコードにて呼び出されるのは、かつて彼女の犠牲となってしまった者を乗せた狼たちの群れ。
血に飢えた獣は凍った城の中でもなお爛々と輝き、新たに現れた猟兵──アリス・レヴェリー(真鍮の詩・f02153)の姿を睨みつけるのです。
「(動きが見えやすいのはいいけど、こちらも読まれてしまうし……謳うことが出来ないのも痛いわね)」
その視線を受けながら、アリスは思考を重ねます。
シンフォニアである彼女が誇る歌の魔法をこの空間で使用するのは困難であり、ゆっくりと流れる時の中であっても、複数の狼が襲いかかってはいつまでもしのぎ切るのは難しいでしょう。
アリスが頼れるのは、時計の針にも似た魔導剣と……。
「(──お願いね、リチャード)」
彼女の肩に現れる黒兎。
それこそが、狼の群れに対抗するための彼女の友でした。
剣に槍、弓といった多様な武器を携えた群れと共に、アリーチェがアリスへ襲い掛かります。
幸い、と言えるのは、アリーチェがこれまで負ったダメージにより、幾分か慎重になっていたこと。
これ以上の消耗を抑えるために同士討ちを避けていることから、アリスが対応しきれない一斉攻撃は為されません。
そして、アリーチェが警戒の視線を向けるのは、アリスが肩に乗せたリチャード。
明らかに『弱く』見える黒兎。それを、猟兵である敵が呼び寄せたという事実は、オブリビオンの警戒を強めるには十分でした。
一度、二度。
互いに見切った攻撃を捌きながらも、続く膠着を崩すのはアリスでした。
浅い牽制の剣を避けられた彼女の肩からは、リチャードがふわりと飛び跳ねます。
さあ、何をしてくるのか。
このゆるやかな剣戟の最中であれば、何をしてくるかを見切り、対処することは十分可能だと、アリーチェがその警戒を最大限に高めます。
兎の跳躍は、その視線の最中頂点へと達し──やがてアリスの剣先へと降り立って。
「……ッ!?」
次の瞬間、アリーチェが知覚したのは腹と肩の鋭い痛み。
見れば、そこには明らかに剣に斬られた真新しい傷跡が。
当然、それを為したのはアリスの剣ですが、あまりにも早すぎるその剣技。
どれほどまでに加速したのか、痛みと驚愕に混乱するアリーチェの背後で微笑むアリスの様子から見て取ることはできません。
もっとも、アリーチェはもっと根本的な部分で間違いを犯したとも言えるでしょう。
時の停滞すらも跳躍する兎と共に放たれたその剣を見切るなど、当然不可能なのですから。
成功
🔵🔵🔴
高鳴・不比等
リオン(f02043)と
呼称はお嬢
彼女の護衛という関係性で、互いに信頼し行動や癖を知る間柄
会話の代わりに攻撃の際の合図は瞬きの数で行う
凍結城ねぇ…あ、そうだ。
寒いんで風邪ひかねぇように気ィ付けてくだせぇ。ってそれだけ着てりゃ大丈夫か。
思考速度が加速する中、柳に燕を使用し思考の加速を利用してひたすら集中して加速させ続け、明鏡止水の境地へと至らせる
その思考速度と集中力を肉体にフィードバックさせて、第六感で隙を見出し見切った上で、元々残像が見えるほどの速さが超加速された必殺の鬼人剣を行う
鬼人剣の囲む様に行われる特性を利用して無数の斬撃を放つ
何分先かしらねぇが、切り刻まれる感覚をゆっくりと味わいな。
神羽・リオン
高鳴(f02226)さんと
呼称:高鳴さん
会話の代わりに攻撃の際の合図は瞬きの数で行う
◆
大丈夫よ。しっかり着こんできたし!
けれど目的地に着けば寒さで涙目に
……もし私が凍ったら、ちゃんと持ち帰ってよね
◆攻撃
KBN社の液体状UDC兵器<Marchocias>を使用
アリーチェの捕縛を狙った神門で噛み付き攻撃を
敵の攻撃を防ぎやすい状況下である分、意識の覚醒状態は攻撃を見切れる最低限にまでに落とし代わりに噛み付きの成功度を上げる
捕縛成功後は高鳴さんの攻撃と同時に鎧無視攻撃・捕食攻撃によりダメージを
速度を失った世界では敵の死に様も鮮明に見えてしまうでしょうね
哀れな元アリスの最後を静かに見つめるわ
アドリブ歓迎
●止まる時にて、なお変わらず
そもそものお話ですが。
この氷の城において味方と共闘するという策は、必ずしも有効とは限りません。
頭数を増やすことは確かに有利になることですが、思考の余裕が十分にあるこの場においては、その連携が読まれる危険も増大してしまいます。
なにより、会話という手段がほぼ機能しない環境、命を預け合う高度な連携を行うのはとても難しい事でした。
それが実現するのであれば、それはオウガが呼ぶような完全な支配下にある手勢か。
あるいは、より単純で、純粋で強固な──。
「(うわ、当たり前だが冷えるなこりゃ……)」
凍てついた城の中、オウガの目の前に現れた黒衣のダンピール、高鳴・不比等(鬼人剣・f02226)が真っ先に感じたのは肌を刺すような冷気でした。
時間の流れすら澱むその冷気は過酷なもの。
ですが、彼が思考と身体のズレよりも先にそれを気にしたのは、彼の傍らに立つ少女の為でもありました。
「(お嬢、寒いんで風邪ひかねぇように気ィ付けてくだせぇ……って)」
「(大丈夫よ。しっかり着こんできたし!)」
ゆっくりと振り返る不比等と同じ色の瞳が、彼と同じく言葉を発さないまま、その瞬きとやんわり上がる口角で応えます。
不比等が護衛役を務めるその少女の名は、神羽・リオン(OLIM・f02043)。
暖かそうな防寒具に身を包んできた彼女の懐には、父の社が開発した兵器を忍ばせて。
一人前の猟兵であり、兵器を用いた実戦での記録を収集するのもまた彼女の役目ではありますが、まだ年若い女性であることは変わりなく。
「……ィ──ァ……!」
「…………ひぅ」
想像を上回る冷気に、猛り鈍い唸りを上げる狼のオウガ。
その眼光に射抜かれたリオンの口からは、声にならぬ吐息が漏れ、視界はじんわり滲みます。
ですが、確かにそれを認めたはずの不比等は。
「………………」
護衛対象であるはずの彼女を振り返ることもなく、刀の形をした武装を構えオウガを見つめます。
どうせ振り返っても優しい言葉などかけてやれないのだから……いいえ。
たとえ此処が自由な会話を許された戦場であろうとも、彼は同じようにしたのでしょう。
お嬢と呼ぶ雇用主の娘は、ただ安全なところで震えるだけの人ではないと不比等は知っているのですから。
「……!」
そして、その背後でコクリと頷き、瓶に納められた液体武装を構えるリオンは知っています。
言葉で語るまでもなく、不比等は自分を守り、必ず共に帰ってくれるのだという事を。
待ちの姿勢を見せる猟兵に対して、オウガ──アリーチェが仕掛けます。
加速した思考の中で、通常よりも長く狂気に浸されたその魂は、さぞ恐ろしい力を発揮することでしょう。
一直線の単純な軌道で迫る彼女を躱すのは難しくないはずですが、その力を万一受けたのならば、猟兵といえど命の保証はありません。
「(覚醒レベル低下……お願いね、Marchocias)」
「ッ!?」
だからこそ、KBN、神羽が誇る兵器は最大限の効果を発揮します。
ぼうっとした眠気にも似た意識の中、リオンが投げた瓶から溢れ出た液体は、ゆっくりと複数の獣を掛け合わせたような異形へと変じます。
そのままオウガへと飛び掛かる流体幻獣を、当然アリーチェはユーベルコードで強化された拳で迎撃します。
ですが、あくまで液体である幻獣はその身体をすり抜けて取り込んでしまい。
狼の口に噛みつかれたオウガは、猟兵へと進めていたその足を止めざるを得ませんでした。
ですが、それはアリーチェへ決定的なダメージを与えるには至りません。
オウガとしての純粋なタフネスにて噛みつきを耐えるアリーチェは、狂気の中に残した僅かな冷静さで状況を把握します。
焦る必要はない、考える時間はいくらでもあるのだから。
──キン。
その音がアリーチェの耳に届いたのち、彼女の中に生まれたのは困惑でした。
時間がゆっくりと進むこの空間において、音とは鈍く、低く響くものです。
それなのに何故、軽やかな鍔鳴りの音が聞こえたのでしょう?
相対する男は、女は、命がけで戦う相手である猟兵です。
それなのに何故、男はすべて終わったように目を閉じ、女は痛まし気に此方を見つめるのでしょう。
何故、何故、何故。
何故……四肢に、身体に、首に、ゆっくりと刀傷が刻まれていくのでしょうか。
明鏡止水の境地にまで達した不比等の精神を反映させたその刃。
リオンがオウガを捉えたその時に閃いた無限の一太刀は、音も光も残像も、その軌跡を示すすべてを置き去りにして。
救われず、オウガとなり果てたアリスにとって、最期の敵が彼らであったのはせめてもの慰めだったのかもしれません。
彼女が敗北を悟ってから、骸の海へとその意識を返すその数分。
斬られ、断たれる苦痛のその時間。
それは、たった数分で済んだのですから。
大成功
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