迷宮災厄戦⑨〜線路の上のアリス(作者 氷水 晶
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 氷の城の中庭に踏み出した猟兵たちは、普段と異なる感覚に囚われていた。
 空気が重くのしかかる。駆けだそうと踏み出す足は緩慢で、まるで透明なゼリーの中を押し進んでいるかのようだった。
 それでも急ぐのにはわけがあった。

 直線距離にして100m。
 鎖で戒められた5人の子どものアリスたち。彼らが座っているのはレールの上。
 そこに蒸気を高々と噴き上げて、蒸気機関車が迫っている。
 しかして彼らの『死』までには、ほんの少しの猶予があった。

 どうやら酷寒に時間までもが凍り付いてしまったらしい。
 車輪が回る。ゆっくりと主連棒が動く。蒸気までもがねっとりと昇っていく。
 10分の1ほどまでに引き伸ばされた時間が、機関車の動きをも緩慢にしている。
「(まだ間に合う……!?)」
 思考速度だけはいつも通り、タイムラグなしに回っていた。
 移動手段に自信がある猟兵ならば、まだアリスたちを助けられるかもしれない。
 そんな希望を断つように、果実と花びらの雨が降り注いだ。

「(オブリビオンか!!)」

 中庭に一本だけある冬枯れの木の上。
 猟兵の行動を阻むように少女がひとり。
 声はまだ届かずとも、表情が全てを物語っていた。

 ――助けになんか行かせない。
 ――だって、だれもわたしを助けてなんてくれなかったんだもの。

 見捨てられた過去に顔をゆがめるのは『枯樹死華のアリス『エルヴィラ』』。


「これが私の見た未来ですわ。エルヴィラさんを倒せば、私たちの目的は達せられますわ。でも……」

 諫名・巡(冬の陽だまり・f21472)は使い慣れないグリモアを手に、きつく下唇を噛みしめた。
 今まさに機関車に轢き殺されようとされているアリスがいる。しかし、それを阻む位置にエルヴィラが陣取っているのだ。銃弾の雨を避け、エルヴィラに背を撃たれるリスクを負って、全力で駆け抜ければ間に合うかもしれない。
 それがどんなに困難なことか分かった上で、巡は逡巡したのだろう。青い瞳に迷いが浮かび、すぐにぐっと瞑られる。

「できれば列車に轢かれそうなアリスさんたちも……助けてあげて欲しいんです」

 アリスの命は勝利条件の外にある。
 救出まで行えるかどうかは現場の判断を尊重する。
 それでも仲間の猟兵の実力を信じて、巡は小さな頭を深々と下げた。

 今はとにかく時間惜しい。
 巡のグリモアの小鳥が放つ青い光のゲートの先。
 長い長い一瞬の攻防が始まる。


氷水 晶
 引き伸ばされた時間の中、オブリビオンを倒しましょう。
 オブリビオンと彼女が張っているユーベルコードの弾幕の向こうには、今にも蒸気機関車に轢き殺されそうなアリスたちがいます。可能であれば彼らも助けてあげて下さい。

●勝利条件
 枯樹死華のアリス『エルヴィラ』の討伐。

●プレイングボーナス
 思考時間を活かし、戦略的に戦う。
 (敵・味方・ユーベルコード・機関車合わせて運動速度は普段の10分の1に落ちていますが、思考速度は普段通りです。猟兵の皆さんからは世界が減速されたように感じることでしょう)

●特殊条件
 エルヴィラは迎撃の他に、猟兵と救出対象の間に優先してUCを降り注がせます。
 機関車に轢き殺されそうになっているアリスの救出に向かえば、エルヴィラは背を撃ってくるでしょう。救出や討伐などの役割分担もポイントになってくるかもしれません。
 音の伝達速度までもが遅くなっています。『声』でのやり取りや長いセリフは難しいかもしれません。心の声での描写が多くなるでしょう。
 オブリビオンの討伐と共に世界は速度を取り戻します。

●位置関係
 猟兵

 樹上のエルヴィラ

 =拘束されたアリスたち=【←機関車】==

●締め切りについて
 マスターページ及びTwitterにて確定次第お知らせします。
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第1章 ボス戦 『枯樹死華のアリス『エルヴィラ』』

POW ●魔女殺し
【猛毒の呪詛】を籠めた【マンチニールの果実の投擲】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【生命力】のみを攻撃する。
SPD ●狼殺し
【スナバコノキの実の破裂】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【高速でまき散らされる種子】で攻撃する。
WIZ ●悪魔殺し
自身の装備武器を無数の【ゼラニウム】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠大宝寺・風蘭です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 凍てつく風に舞い上げられた枯れ葉と雪の結晶が、みるみるうちに速度を落とした。
 減速する世界から取り残されて、猟兵の思考速度が加速していく――。
ジュリア・ホワイト
ふ、列車がアリスを殺そうとしているのを見過ごすわけには行かないね
このボクが!ヒーロー・オーヴァードライブが!
全ての脅威を砕き、彼女たちを助けてみせよう!

ボクは戦場到着直後から
『救助の為アリス達の所へ向かう』ことに没頭するよ
全力で向かえば間に合うんだ、ならボクに躊躇いはないよ!

エルヴィラからの妨害は当然こちらに降り注ぐだろうけど…
心配ご無用!(【特別編成:救助車両到着】)
ヒーローが無辜の人々を助けるのを、止められる存在など居るものか!
これで、エルヴィラの攻撃をシャットアウトしつつ走る

そしてこの護りは、辿り着ければアリス達をも守る
列車が突っ込んでこようが悠々彼女たちの解放に集中できるのさ


リンドウ・ノア
やることが卑劣なんだよ
ううん…オウガは三枚おろしにしたいけど、アリスも絶対助けたいよ
うーんうーん
猟兵さんの中にもきっとアリスを助けたいって動く人がいるはず
あたしは囮になるよ

全速力で走ってアリスに向かう
身体の動きがびっくりするくらい遅いけど、思考がそのままなら互いの動きも読みやすいかも
あたしに気を向けて、他の猟兵さんがエルヴィラを攻撃したりアリスを助けに向かいやすいように立ち回るね

エルヴィラがあたしの背中を狙って種子を飛ばしてきたら、ウサギ時計で受け!
猟兵さんたちの視線や動きを見て、九死殺戮刃で反撃するかそのままアリスに向かうか決めるね
考える時間はあるかもだけど、判断が難しければ反撃を選ぶよ


クシナ・イリオム
私がアリスを助けに行かない理由は3つ
まずはリスクが高すぎること
私は妖精だから耐久力に難がある。敵に背後を晒すような冒険はしない
次は私に彼らを助ける義理がないこと
残念ながら異世界のクライアントは自分の世界に猟書家が来なければそれでいいみたいだからね

敵が猟兵と救出対象を狙ったタイミングで攻撃
隙だらけの体に英装展覧で大量の武器を叩き込む
…一応言っておくけど、わざわざ助けに行く人の邪魔はしないよ
私が敵と戦っている間に他がどんな行動をしようと私には関係ないから

そうそう、最後の理由だけど…猟兵はお人好しが多いからね
わざわざ私が助けに行かなくても誰かが行くでしょ
…猟兵がそういう奴らだから、私は今生きてるんだ


ロビン・ダッシュウッド
おや、時間が10分の1になるのかい?
それなら無理に戦ったり助けたりすることないんじゃないかな?
僕は悠々と高みの見物と洒落込むよ
身だしなみでも整えてね

さあ、デザイナーである僕の本領発揮だ
幸運の釦を握りしめてアートの力を高めたら、【ミューズの時間】をゆっくり唱えよう
後は化粧や衣装合わせをのんびり楽しめばいいだけさ

僕のプロデュースするファッションを楽しめない人は行動がさらに遅くなる
例えば僕の余裕ぶりと自身の速度に苛立ったエルヴィラとかね

敵の行動を猟兵達よりさらに遅くすれば、スローモーションでも勝てるはずだよ
飛んでくる種子は夢の針山(盾受け)で阻止
お妃様の魔法鏡(読心術)でエルヴィラの心はお見通しさ


エメラ・アーヴェスピア
また面倒な戦場に、厄介な状況ね
確かに身一つで戦う猟兵には厳しいかもしれないわ
…残念ながら、ここに例外もいる訳だけれど

列車の前に『焼き尽くすは我が灼熱の巨人』を全速投下!その巨体を持って受け止めなさい
同時に内蔵された兵器によりオブリビオンとアリスの間に炎の壁を展開、攻撃から守りなさい
…相手の攻撃が植物だからこそ出来る手よ…まぁ、私の方は浮遊盾で何とかするしかないのだけれど
同僚さん達がアリス達を救助したのを確認後、巨人兵も攻撃に回すわ
…この戦場のに一つ疑問があるのよ
運動速度は遅く、思考速度はそのまま
なら…燃やされた場合、一体どうなるのでしょうね?
…まぁ、私も炎は苦手なのだけれど

※アドリブ・絡み歓迎


マグダレナ・クールー
アリス。アリスを助けないと。ですが声の伝達が遅ければ、動きも遅い
思考だけ、思考をやめてはならない。考え続けなければアリスを救えない

わたくしは背を撃たれても構わない。刺されたってそんなの痛くない
アリスの盾に。皆の盾に。オウガ、オウガを喰わねば
喰わねばアリスは奪われてしまう。渡さない。オウガにアリスをくれてやるものか!

アリスの救出がわたくしの最優先。ですがその前に、その為にはオウガを喰らわねば。でもオウガを相手にしたら、アリスが危ない
ああ、リィー。リィー・アル。言葉がなくとも伝わるでしょうか。どうか、どうか。アリスを助けてください
誰か。わたくしがオウガを喰らうから。アリスを救って。お願いだから


グラナト・ラガルティハ
戦争に犠牲は付き物。民もまた然り。だが…。
アリスはもともとは別世界の人間だ。
長きにわたりこの世界を彷徨った者。
オウガ・オリジンの食料として呼ばれた者。
どちらも理不尽がすぎる。
目の前にオウガとして存在するアリスもだ

柄には無いが願わくば全員救ってやりたい者だ。
俺は後ろのアリスの救出をしよう。
なに鎖を解くのは後でもいい。

俺は「汽車」を狙うー
【高速詠唱】【限界突破】でUC【業火の槍】発動
【属性攻撃】炎【焼却】でUCを強化。
これなら動かずとも狙える。


アリウム・ウォーグレイヴ
自分の痛みを、罪のない他者へ与えようとは見過ごせません。

敵障害へ突貫。敵がアリス達へ手出しできないくらいの接近戦を挑みます。
アリスの救出は彼に、ホワイトナイトに任せます。
騎士を向かわせるのと同時に、樹上の敵へ『槍投げ』をし、意識を強制的に私へ向けさせます。
避けられても『時間稼ぎ』できますし、樹上から落ちても良し、『串刺し』にできれば更に良しです。
必要ならば両手剣を樹へ突き刺して足場にし、一息で樹上へ登ります。
敵UCは脅威です。『見切り』躱す事が最善ですが、そう簡単ではないでしょう。
『激痛耐性』の過信はせず、傷つく『覚悟』を。
刺突剣で、四肢のどれかを凍らせる事ができれば勝機はこちらに……。


●出発進攻
 真っ白な蒸気を吐き出すくろがねの車体は、すでにおそろしい勢いで迫っていた。先輪の導く軌道の先、拘束されたままレールの上に座らされた幼いアリスたちは、なす術もなく自分たちを轢き潰そうとしている蒸気機関車を見あげ、或いは顔を背けていた。
 氷の城の中庭。
 子どもたちの絶望の瞬間を閉じ込めたまま、時間は凍り付く。
 猟兵たちが到着したのだ。

 もどかしいほどにゆっくりと、真っ白な呼気が顔の前を横切った。
 10分の1に引き伸ばされた時間の中、金色の瞳が捉えたのは100m先。豆粒のような大きさに見えるアリスたち。グラナト・ラガルティハ(火炎纏う蠍の神・f16720)は元から鋭い眼光をいっそう鮮烈に輝かせて、グリモア猟兵から聞いていた状況と目の前の光景を照らし合わせる。
 戦争に犠牲はつきものだ。兵士に民、途方もない数の命がぼろぼろと散っていく……それが戦争というものだ。炎と戦の神であるグラナトは、誰よりもそれを理解していた。
「(だが、これは……)」
 上空より撒き散らされた白い花弁がグラナトの足元に突き刺さる。砕かれた氷の地面が粉々に飛び散って、戦場の広い範囲を煌めく白煙で塗りつぶした。
 グラナトが目の動きだけで見上げれば、そこには冬枯れの木の枝に仁王立ちする少女。人質として囚われたアリスたちとそう変わらない年齢の『オウガ』。枯樹死華のアリス『エルヴィラ』がいた。
 オウガの食糧として別の世界から呼ばれた者
 オウガの食糧として別の世界から呼ばれ、彷徨った挙句オウガと化した者。
「(……どちらも理不尽がすぎる)」
 柄にもなくグラナトは思う。
 願わくば、全員を救ってやりたい。

「アリス。アリスを助けないと。ですが、声の伝達が遅ければ動きも遅い――」
 声が形になる前に、思考だけが先へ先へと進んでいく。ならば思考だけは。考え続ける事だけはやめてはならない。
 マグダレナ・クールー(マジカルメンタルルサンチマン・f21320)の不思議な色を持つ虹彩が映したのは、極彩色に歪んだ雪原だった。このねじくれた視界は、オウガとの取引の代償によるもの。それでも、アリスの姿だけは見間違う事はない。
「(わたくしは背を撃たれても構わない。刺されたってそんなの痛くない。アリスの盾に、皆の盾に――オウガ、オウガを喰わねば……喰わねばアリスは奪われる。渡さない、オウガにアリスをくれてやるものか!!)」
 オウガブラッドがもつ狂気の淵から転がり落ちる寸前で、とりとめもなく思考が叫ぶ。
 気付けばマグダレナは無我夢中で駆けだしていた。

「(あっ……!)」
 マグダレナとほぼ同時に動いていたのはリンドウ・ノア(コットンキャンディは夢を見る・f19568)。
 予知の話を聞いてから世界を渡る間にも、リンドウはずっと考え続けていた。
「(オウガってほんと、やることが卑劣なんだよ。ううん……オウガは三枚おろしにしたいけど……アリスもぜったい助けたいよ。うーん……うーーーん…………)」
 自由気ままで楽観的なリンドウが、これほどまでに迷っていたのは他の猟兵の動向だった。なにしろ、相談の時間もないままに全速力で準備して、慌ただしく現地に降り立ったのだ。
 決めた。心の中でウサギの耳をぴょこんと立てて、両手をぱんっと打ち合わせる。
「(……よし、あたしは囮になるよ)」
 アリスを助けたい、そう思う猟兵さんは他にも必ずいるはずだ。指針をたてた上で臨機応変に。
 そうしてリンドウは到着するなり全速力でアリスに向かって駆けだした。
 身体の動きはびっくりするくらい遅いけれど、おかげで普段の何倍も他の猟兵さんたちの動きがよく見える。
 アリスに向けられる視線。オウガに向けられる視線。つま先の向き。各人が取りそうなルート。
 運動速度が10倍遅くなるということは、10倍考えてから動けるということだ。

 2人に続いてアリウム・ウォーグレイヴ(蒼氷の魔法騎士・f01429)も疾走を開始する。種が実が花が、豪雨のごとく降り注ぐ雪原に、躊躇なく一歩目を刻む。
「(自分の痛みを、罪のない他者へ与えようとは見過ごせません)」
 蒼氷色の瞳に憂いを帯びた静かな怒りが浮かぶ。
 頬をかすめる『スナバコノキの種』をまばたきもせず回避する。時速240kmという脅威の速度で撒き散らされる種も、こちらの運動速度を加味して動けば十分に避けられる。どこか間延びした速度の銃弾相手は普段の回避とは勝手が違い、むしろ忍耐力が試されているかのようだった。
 このまま突き進んで接近戦に持ち込めば、オウガもアリスたちに構う余裕はなくなる筈だ。
「(彼らの救出は、ホワイトナイトに任せましょう)」
 ユーベルコードを準備して、凍った地面を蹴りながら、アリウムは白い短槍に手を伸ばした。

「(……ふぅん。やっぱり、そろいもそろって猟兵たちはお人好しだね)」
 冷めた目でひと足先に飛び出していく仲間の背中を眺めてから、クシナ・イリオム(多世界戦闘商・イリオム商会総帥・f00920)は小さく白い息を吐きだした。先行する猟兵たちとは違う方向に翅を向ける。
 私自身はアリスを助けに行かない。
 理由は3つ。
 1つ目。フェアリーのクシナにとって、弾ひとつでも当たれば致命傷になってしまう。無防備に背中を晒すようなリスクは取れない。
 2つ目。勝利条件に含まれない以上、彼らを助ける義理は無い。
「(残念ながら、異世界のクライアントは自分の世界に猟書家が来なければ、それでいいみたいだからね)」
 戦争商人たるもの、情に流されてしまっては命が幾つあっても足りやしない。
「(私が敵と戦っている間に他がどんな行動をしようと私には関係ないから)」
 敵の弾幕が作った白煙に、静かにクシナは紛れ込んでいく。

「(おっと、出遅れたね。でも。ここからはノンストップだ。このボクが! ヒーロー・オーヴァードライブが! 全ての脅威を砕き、彼女たちを助けてみせよう!)」
 初動こそ機敏な猟兵たちから遅れたものの、火室はとっくに温まっている。年季の入った黒い鋼のボディが真っ白な雪に反射して重々しく艶めいた。
 地響きを立てて中庭に降り立ったのは、蒸気機関車『D110ブラックタイガー号』。これがヤドリガミであるジュリア・ホワイト(白い蒸気と黒い鋼・f17335)の本体だ。運転席に駆けこむなり、すぐさま列車を発進させる。進路は直進。囚われたアリスたちへの最短距離。前方の線路に対してダイヤモンドクロスするように。
「(全力で向かえば間に合うんだ、ならボクに躊躇いはないよ!)」
 自分と同じ、列車がアリスを殺す為の凶器にされようとしているのを見過ごすわけにいかない。
 ジュリアはただ前を見据えて、アリスたちの元へ向かう事に没頭する。
 新たな蒸気機関車がもう一台出現したのだ。当然狙われるに決まっている――とジュリアは踏んでいた。案の定、エルヴィラは驚いたような表情を作った後、憎しみをこめて大量のスナバコノキの実を投げ込んでくる。
 堅牢な代わりに細かな回避行動のとれないブラックタイガー号に、数人の猟兵の視線が集まった。そんな彼らに向けて、ジュリアは運転席から片目を瞑ってみせる。
「(心配ご無用!)」
 爆発と共に突き刺さるかと思われた種が、不意に宙で静止する。
 どこかで見た事のある縞々模様が宙に浮かぶ。幻影は遮断機の形になると、警告色のバーがジュリアを守るように降りてきた。
 ユーベルコード『特別編成:救助車両到着』。
「(緊急列車が通過するのでね! 運航の妨害は遠慮して欲しいな!)」
 敵の攻撃をものともせず、ブラックタイガー号が加速し始めた。

「(……やるわね。それなら私は)」
 エメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)はジュリアの雄姿を横目に見て、頭の中で計算を始める。
 凶器と化した蒸気機関車がアリスたちに到達する時間。
 ジュリアをはじめとした猟兵たちが、救助にたどり着く時間。
 ……ギリギリ救助が間に合うかどうかといった所か。しかも、こちらにはエルヴィラの妨害がついてくる。
「(……ならば、魔導蒸気機械技術者の私はそれを確実にするだけね)」
 エメラは走りながら準備したユーベルコードを解き放つ。
「(魔導蒸気巨人兵、投下準備完了。『焼き尽くすは我が灼熱の巨人!』 その巨体を持って受け止めなさい!)」
 アリスたちを轢き潰さんと迫る蒸気機関車の前に、上空から巨大な炎の巨人が立ち塞がった。

●エルヴィラ
 レールと車輪に火花が散った。
 蒸気を盛大に吹き出しながら、巨大な金属の両腕がアリスに向かおうとしている機関車を受け止める。エメラの操る巨人の足は地面にめり込み、更に大量の蒸気を噴き出した。凍てつく外気に凍った水蒸気が再氷結して陽光に光っている。
 それでも機関車は止まらない――止まらないものの、速度は確実に落ちた。
 巨大兵器の出現に、エルヴィラが怒りに任せてマンチニールの実を投げつける。巨人の腕を撃つかと思われた一撃は、噴き出した炎の壁に阻まれて煤となって焼け落ちた。
「(……相手の攻撃が植物だからこそできる手よ)」
 まだまだ油断はできないが、当面の時間稼ぎと人質たちの身を守るのには成功した。
「(……まぁ、そうなると私は自分で自分の身を守らないといけないのだけれどね)」
 エメラは遅れて額に浮かんだ汗を拭い、浮遊する盾で猛毒の果実を払い落とす。

 前を走る猟兵たちも、エルヴィラに近付くほどに密度を増す弾幕を、それぞれの方法でいなしていた。

 エルヴィラの横を通り過ぎ無防備な背を晒したリンドウは、まるで攻撃が来ると分かっていたような反応速度で振り向いた。炸裂したスナバコノキの種が高い金属音と共に地に落ちる。リンドウの手には懐中時計。気まぐれに鎖の先に揺れるそれが『たまたま運よく』全ての種を弾き返している。
「(こうすれば、絶対に狙ってくると思ったからね)」
 このまま迎撃するか、アリスを助けにいくか。
 判断するためリンドウが周囲の状況に目を配れば、頭の上をスナバコノキの実が飛び越していく。
 実が落ちたのはジュリアのブラックタイガー号の進行方向。地面に叩きつけられた実は、辺りの地形を抉って炸裂した。
「うわっ……!?」
 横転とまではいかないが、変形した地面にブラックタイガー号が大きく揺れた。ジュリアの操作で機関車は元のバランスを取り戻す。
 その様子にリンドウはほっと胸をなでおろし、先導するように機関車の横につく。
 彼女が再びスピードに乗るまでは、この時計がきっと役に立つだろう。

「随分揺れたね」
 ブラックタイガー号の運転席の屋根の上。いつの間にかロビン・ダッシュウッド(時計ウサギの服飾家・f19510)が足を組んで座っている。ジュリアの視線に気付けば真っ白なシルクハットを持ち上げて「お邪魔してるよ」と涼やかな笑顔で会釈する。
 時間凍結もものともせず、安全地帯で高みの見物を決め込む時計ウサギは悠々と乱れたフリルを整えた。
「(さあ、デザイナーである僕の本領発揮だ)」
 幸運の釦を握りしめ、空いた手で指を鳴らした。
「なっ……!!!」
 思わず叫んだのは、敵であるエルヴィラだった。
 くすんで薄汚れてくたびれたエルヴィラの緑のワンピースが、爽やかな青りんご色のフリルドレスに変わっている。伸び放題の絡まり放題だった茶色の髪は、丁寧にくしけずったように光沢を帯びて白いレースのリボンで纏められていた。
 無論、ロビンのしわざである。
「(どうかな、僕の選んだ服は)」
 エルヴィラの抗議の声はロビンまで届かない。おおよそ「ふざけるな」などと言っているのだろう。
 そのまくしたてる口が、植物の実を投じる腕が、徐々に速度を減じていく。
「(残念。美しく着飾った君をもっと見ていたかったのに)」
 ユーベルコード『ミューズの時間』。ロビンのプロデュースしたファッションを楽しめない者は、すべての行動速度が5分の1になる。
 ……つまり。ただでさえ10倍遅い運動速度が、更に5倍遅くなる。
 もはや猟兵の眼から見たエルヴィラは、ひとりだけスローモーションの世界に引き込まれたかのようだった。みるみるうちに降り注ぐ弾の数が減っていく。
 機関車の屋根と枯れ木の上。
 同じ高さを通過しながら、ロビンはそっと『お妃様の魔法鏡』を取り出した。薔薇色のドレスに着替えさせたエルヴィラの姿を映し出し、その心を読み取る。
「(……おや?)」
 怒り、憎しみ、苛立ち。
 そこの中にひとつだけ。思いもかけない感情が紛れ込んでいた。
「(……これは……『僕らへの期待』?)」

 地表を叩く植物の種の銃弾が、目に見えて密度を減らした。戦場全体を覆っていた白煙が、のんびりとした風に流され薄まっていく。
 最初の位置からほとんど動かずに準備を進めていたグラナトは、それを見て集中力をさらに高める。他の猟兵がエルヴィラの気を引いてくれているおかげで、自分に向かって飛んでくる弾はほぼなくなっていた。
 緩慢な時間の中高速で術を紡ぎ、限界を突破する。属性攻撃で威力を高め、燃焼の威力を高める。
 狙うは、猟兵とエルヴィラが対峙する戦場の奥だ。

 アリウムは大きく振りかぶった短槍をエルヴィラに向けて投げつけた。
 猟兵よりもはるかに遅い運動速度でも反応したのは、さすがオブビリオンといったところか。身をよじったエルヴィラのすぐ横の幹に、槍が深々と突き刺さる。

 木の下には5倍の速度で動く猟兵たち。
 エルヴィラから見た世界は、絶望するのに十分な数値に溢れていた。もはや狙いをつけられるような速度差ではない。
「なら……」
 範囲を限定し、持てる限りのマンチニールとスナバコの果実を降り注がせる。真っ白なゼラニウムの花を舞い散らせる。

「(傷つく覚悟はできている)」
 腕に突き刺さった流れ弾をものともせず、アリウムはエルヴィラのいる樹を目指した。
 その後ろでは、リンドウとロビンが、ジュリアの進行方向への着弾を防いでいる。
 そんな中、無防備なマグダレナの背を猛毒のマンチニールの果実が襲った。
「ああっ……!!」
 触れた皮膚が腫れ上がる。灼熱感と共に毒が回り、マグダレナの生命を蝕む。
 浮遊盾を構えたエメラがそのフォローに回りつつ、救出対象をちらりと振り向いた。
「(……そろそろ、巨人が限界みたいね)」
 ずっと機関車を押し留め続けていた巨人の足が、とうとう凍土の上を滑りだす。子供たちへの距離が徐々に詰まっていく。
 あと少し。あとひと駆けで届いたのに。地面に倒れ伏したまま顔を上げ、マグダレナが震える腕をアリスたちに伸ばした。
「誰か。わたくしがオウガを喰らうから。アリスを救って。お願いだから」
 凍結した時間に間延びする声に応えたのは、毛蟹のような風貌をしたオウガ。服に隠して連れてきた彼にマグダレナは懇願する。
「(ああ、リィー。リィー・アル。言葉がなくとも伝わるでしょうか。どうか、どうか。アリスを助けてください)」
 助けはマグダレナの予想外の方向からやってきた。

 雪原を赤が照らし出す。
 グラナトが放った360本の業火の槍は一点に終結すると、子どもたちに迫る蒸気機関車を横から撃った。とんでもない衝撃に車体が歪みレールを外れて傾いでいく。トドメとばかりにエメラの巨人がとびついて、機関車の重心をレールの外へともっていった。

 エルヴィラは目を見開いて、人質の方へと気を散らした。
 その隙を見逃すような猟兵ではない。
 アリウムは剣を幹へと突き刺すと、それを手がかりに木を駆け登る。柄を足で蹴り更に跳び、刺さったままの短槍を掴み、エルヴィラのいる枝の高さまで一気に体を引き上げる。
 エルヴィラが気付いた時には、大腿が刺突剣に貫かれた後だった。引き抜かれた傷口から血は一滴も流れ出ない。流れ込んだ氷の魔力が血液ごとエルヴィラの脚を凍結させる。
「こ……のっ……!!」
 反撃しようとスナバコノキの実を掲げ持ち、背後から刃物に貫かれる。
「(……ようやく隙ができたからね)」
 ゼラニウムの花弁に傷つきながらも飛び続け、ようやく背後を取ったクシナがそこにいた。
 『イリオム商会・英装展覧』。
 イリオム商会の主力商品。郡竜大陸に眠っていた勇者一行の遺した武器。――しめて385本也。
大量の武器をユーベルコードで呼びだして、一気に叩きつける。
「使うも飾るも自由だよ。支払いはあなたの命でね」

●炎の華
 脱輪した機関車に危機は去ったかと思われた。
 最初からそうなるように仕組んであったのだろうか。機関車の連結を離れた炭水車が突進を続けていた。
 ジュリアがブラックタイガー号をそのままアリスたちの横へ付ける。リンドウがすぐさま飛び降りて、気絶したアリスを抱き上げた。
「(……!? そんな……!)」
 子どもたちの両足は地面に埋め込まれた鎖によって、引き留められていた。
 そこに横歩きで現れたのは毛蟹。どうやらオウガの一種のようだが、不思議と敵意は感じない。
 その正体はマグダレナの相棒、『リィー・アル』だ。大きな二挺のハサミを持ち上げると、鎖をちょきんちょきんと断ち切っていく。アリウムの『ホワイトナイト』も追いつくと、手分けして子供たちをブラックタイガー号に乗せる。

 ゆっくりとしか動かない時間の中、燃やされたらどうなるのか。
 エメラの疑問の答えは、すぐそこにあった。
「あああああ゛あ゛あ゛あ゛っ……」
 ゼラニウムの花弁から引火して、炎に包まれた薔薇色のドレスのエルヴィラが木の下を彷徨っていた。身体の所々に開いた傷口が、もはや致命傷だと告げている。
 10倍に引き伸ばされた時間の中、10倍の痛みをかけて焼き尽くされていく。
 苦しみ悶え歩くエルヴィラの足が不意に止まった。表情が消え、瞳の光が失われる。マグダレナのハルバートが背後からエルヴィラを貫いていた。
 風が質量を取り戻す。
『わたしは……魔女じゃない』
 遅れて鼓膜を震わせたのは、彼女の最後の言葉だった。

 ロビンが樹の元へ近づいていくと、雪の山が震えた。
「だ、大丈夫ですか、クシナさん」
「……スーツのクリーニング代、出るかな」
 雪と氷にまみれて顔を出したのは、アリウムとクシナ。エルヴィラの持っていた木の実の爆発に巻き込まれたものの、樹の下に降り積もっていた雪がクッションとなって、大きな怪我はなさそうだ。
 遠くからグラナトの声がする。アリスの無事を確かめる言葉に、アリウムもまたほっとしたような表情を浮かべた。
 服を小さな手で払いながら、クシナは周りの面々の顔を見あげる。
 やっぱりそうだ。
 わざわざ私が助けに行かなくても誰かが行く。リスクを背負ってでも犠牲をなくそうとする。
 それが自ら助けにいかなかった最後の理由。
「……猟兵がそういう奴らだから、私は今生きてるんだ」
 誰にも聞こえないように呟いたのに、ロビンと目が合ってしまった。
「何か言ったかい?」
「……先に戻ってるから!」
 気まずそうに飛び去って行ったクシナを目で追ってから、ロビンは雪の上に視線を落とした。
 焼け跡に、ぼろぼろになった薔薇色のドレスが寄り添っている。
 彼女が期待していたものはなんだったのか、聞く機会は永遠に失われてしまった。
 答えの代わりに、足元に吹き寄せられてきた白いゼラニウムの花を拾い上げる。
 そして来た時と同じく悠々と中庭を後にした。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

最終結果:成功

完成日2020年08月05日
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