19
少女誓約『白鷺連盟』

#サクラミラージュ #幻朧戦線 #グラッジ弾 #大日本帝国陸軍八〇式『柳月』

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ
🔒
#幻朧戦線
🔒
#グラッジ弾
#大日本帝国陸軍八〇式『柳月』


0




●角砂糖に希いを籠めて
 小さな部屋の窓から射し込む陽光は、傾き始めと言えども尚、温かくて眩しかった。
 まあるいテェブルを仲睦まじく囲むのは、制服に身を包んだ4人の少女たち。
 卓上に散らばる数多の写真には、軍服姿の青年が映し出されている。誰もが整った貌をしている所を見るに、此れはブロマイドの類だろうか。
「見れば見るほど、ステキねぇ」
 櫻色に彩られた少女の指先がうっとりと儗るのは、さる兵隊のブロマイド。立派な軍装に身を包む、帝国兵の貴重な一枚。
「嗚呼、帝国陸軍の……」
 おさげの少女は丸い眼鏡越し、乙女の手元を覗き込んで感嘆の息を吐く。世に数多の美丈夫あれど、機甲武者はまた格別。
「ヤエさん、ハルさん、お喋りはそろそろ」
 話に花が咲きかけた二人を諫めるのは、長い黒髪を揺らす女王然とした少女。其の傍らに座る浮かない貌の少女は、黙りこくったまま紅茶に角砂糖を沈ませていた。
 女王もまたシュガーポットの蓋をあけながら、おっとりと花唇を弛ませる。
「兵隊さん達への感謝を籠めて、今日も希いを掛けましょうね」
 気品溢れる彼女が放った鶴の一聲に、お喋りしていた少女ふたりは頷いて。ティーカップへと角砂糖を、ひとつ、ふたつ、放り込んだ。
 そうして皆で眼を閉じて、紅茶をぐるぐると金の匙で掻き混ぜ乍ら、聲を合わせて願うことは、唯ひとつ。

 ――大正の世に、終わりが訪れますように。

 凡そ少女らしからぬ科白と共に、彼女たちはカップを仰ぐ。学び舎の先生から教わった通り、ゆびさきまで確りと気を配って、清く正しくうつくしい姿勢の侭で。
 彼女達の細い頸を彩るのは、黒く塗られた揃いの首輪。鉄で出来た其れは物々しく、未だ大人に成り切れて居ない彼女達には酷く不釣り合いなものだった。
「さあ、陽ちゃんも」
 湯気を立てる紅茶を見降ろした侭、口を付けようとしない少女を促す女王。されど浮かない貌の少女は、控えめに頸を振って見せるのみ。
「あたしは……いい。甘いの苦手だから」
「あら、そう?」

 鉄の首輪より、赫い絲より、強固な“友情”で結ばれた少女連盟の彼女たち。されど、あゝ――。仲間外れが、ひとりだけ。

●ペタル・ノワール
「さる女子高で、幻朧戦線の活動が確認された」
 淡々とそう告げるジャック・スペード(J♠️・f16475)の聲は固い。
 機械仕掛けの男曰く。帝都の女子高等学校『白鷺学園』に通う一部の生徒に、怪しい動きが見られるのだと云う。
 幻朧戦線は「黒い鉄の首輪」を付けた、一般人の集団である。
 彼等は撃たれた者の周囲に影朧を呼び寄せる、非人道的な影朧兵器――『グラッジ弾』で、帝都に騒乱を巻き起こそうとしているのだ。
「グラッジ弾を持ち込んだのは、白鳥・美彌子(シラトリ・ミヤコ)という生徒だ」
 美彌子は眉目秀麗かつ文武兼備な才女であり、学園に通う生徒たちの憧れの的。そんな彼女に付き添う友人達もまた、皆から一目置かれている生徒ばかり。
 つまり、学園の女王たちが、泰平の世に一波乱起こそうと画策しているのだ。
「普段の彼女達は放課後、旧校舎を拠点として部活動に勤しんでいるらしい」
 其の名も『白鷺連盟』。其れは生徒たちの困りごとや、悩みごとの解決を目的とした集い――詰まるところ、影の生徒会のようなものである。
「調査にあたり、先ずは彼女達と"交換日記"をしてくれ」
 一般の生徒たちは如何やら、交換日記を通じて白鷺連盟へ悩みや相談事を打ち明けているらしい。
 そこで猟兵たちも郷に倣い、交換日記に白鷺連盟へ宛てたメッセージを書き込む事で、彼女達の興味を惹いて貰いたい。そうすれば、連盟の面々と接触することも容易と成るだろう。
「もしも可能なら、説得での解決を頼む」
 グラッジ弾の引鉄が引かれたとして、真っ先にいのちを喪うのは少女たちの誰か。其れが“自害”と云う形を取るか、或いは“他害”と云う形を取るか、いまの時点では分かり兼ねるが。若者の未来と命が奪われぬよう、なるべく穏便な形で事件を解決して欲しい。
「それでは、武運を」
 グリモアが、くるくる回る。向かう先は、櫻が咲き乱れる朧の世界――サクラミラージュ。


華房圓
 OPをご覧くださり、有難う御座います。
 こんにちは、華房圓です。
 今回はサクラミラージュにて、友情譚をお届けします。

●一章〈日常〉
 幻朧戦線に属する少女達と、交換日記で交流し接触を図りましょう。
 生徒を装って雑談したり、悩み相談をするのも良いでしょう。
 或いは身分を明かしたうえで、ストレートに説得をする形でも構いません。
 好奇心旺盛な彼女たちは、面白がって話に乗って来ます。

 また遣り取りを何度か交わしていくうちに、
 彼女達の人間模様が視えてくるかもしれません。

●二章〈冒険〉
 詳細は章進行時、断章にて追記します。

●三章〈集団戦〉
 影朧たちとの戦闘です。
 彼等は理性を失っているので、転生の望みは薄いでしょう。

●〈お知らせ〉
 プレイングの募集期間については断章投稿後、
 MS個人ページ等でご案内させていただきます。
 どの章からでもお気軽にどうぞ。単章のみのご参加も大歓迎です。

 またアドリブや連携の可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 それでは宜しくお願いします。
165




第1章 日常 『交換日記をあなたと』

POW   :    今日あったことを短く書く

SPD   :    今日あったことを事細かに書く

WIZ   :    今日あったことを絵で書く

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●絡まる絲の解き方
 太陽は地平線へと落ちた。旧校舎は既に溟い。其々の鞄を手に、少女たちは部屋を後にする。戸はキチンと締めるけれど、鍵は掛けない儘で――。
 仲睦まじく並んで歩く彼女たちの頸にはいま、揃いの黒いリボンが巻かれていた。無骨な鉄の首輪を、普段は其れで隠しているのだ。
「ねぇ、デパートに寄って行かない」
 儀式の厳かな余韻を振り払い、謳う様な調子でゆるり。最初に口火を切ったのは、マルセル風に黒髪を波打たせた華やかな美人――高月・ヤエ(タカツキ・―)。
「芙蓉堂の口紅、新しいお色が出たんですって」
 櫻彩の唇を弛め乍ら彼女がそう誘えば、学園の女王――白鳥・美彌子(シラトリ・ミヤコ)が柳の眉を下げつつも、くつりと頬笑を零す。仏蘭西産のお人形めいた其のかんばせは、如何な彩を湛えようと翳ること無きうつくしさ。
「もう、試験の前だというのに、困ったひとね」
「どうでも良いわ、試験なんて」
 だって来年の春には結婚しているもの――。憂う如く寂し気にヤエが長い睫を伏せたなら、「まあ」なんて、女王の白い頸から鈴を転がすような笑聲が転がった。
「羨ましいこと。よろしくてよ、行きましょう」
「私も行きます。五階の本屋に寄りたくて……」
 控えめに片手を挙げて見せるのは、長い黒髪をおさげに結わえた少女――風間・ハル(カザマ・―)だ。まあるい眼鏡の奥でぱっちりと開いた双眸は、上目がちに控えめな自己主張を滲ませている。
「決まりね。――陽子も来るでしょ?」
「あたしは、勉強しなきゃ」
 ヤエは不意に後ろを振り返り、連盟の一員――勝花・陽子(カチバナ・ヨウコ)にも軽い誘いの言葉を掛ける。されど、陽子はバッハウ風に巻いた短い髪を左右に揺らし、「ごめんね」と力なく笑うのみ。女王を除いたふたりは、大事な時期だから仕方ないと理解を示して見せたけれど――。
「……ねぇ、先に行ってくださる。私は陽ちゃんに話があるの」
 彼女と仲良しの筈の美彌子は陽子の前で、はたと立ち止まる。貌を見合わせた學友ふたりは、後でねと手を振りながら玄関へとゆるり歩いて行く。
「ヤエさんなら、きっと何色も似合うでしょうね」
「ふふ、ハルに似合いそうな色も選んであげる」
「わ、私は別に……」
 そんな仲睦まじく、微笑ましい会話はどんどん遠くなり、軈ては何も聴こえなく成った。気まずい沈黙だけが、ふたりの間に流れ続ける。
 果たして、先に花唇から音を零したのは、美彌子のほうだった。

「ねぇ、陽ちゃん」
 美彌子は幼馴染へ咎める様な視線を向け乍ら、自らの細い頸を、きゅ、と軽く締めて見せる。ふわりと揺れる黒いリボンへ、そろりと白い指が這った。
「お揃いの首輪とリボン、如何したの」
「……ごめん、忘れちゃった」
 硬い絆で結ばれた少女四人。されど、仲間外れが独り。
 陽子は黒鉄の戒めを受けず、其の細く白い頸を顕にして居た。申し訳なさそうに俯く彼女へ、女王は静に頭を振る。彼女の艶やかな長い黒髪が、さらりと揺れた。
「良いのよ、別に。それより、此の間のこと――」
「ごめんっ!」
 漸く本題を切り出そうとした所で、陽子の謝罪が其れを遮った。美彌子は、其の後に続く言葉を、ただ静謐に待ち続ける。されど、學友は言葉を探すかの如く視線を彷徨わせ。軈ては覇気を喪った様子で、ふるりと左右に頭を振った。
「あたし、早く帰りたいから」
 旧校舎から、少女がまた独り駆けて往く。学園の女王は去り行く其の後ろ姿を、醒めた貌で見送って居た。伸びた影が、響き渡る足音が、虚無に消えて無くなる迄――。

●こころ綴り
 交換日記を書く為に、猟兵たちが「旧校舎」へと赴いたのはお日様が昇り始めた頃のこと。少女たちが交換日記を確認するのは、基本的に放課後なのだと云う。ゆえに彼女達との想わぬ遭遇を避ける為、學園の門が開くよりも先に日記を綴る必要があったのだ。
 學園には話を取り付けて居る為、潜入については何も考える必要は無い。問題は、「誰」に宛てて「何」を書くかと云うこと――。

 交換日記は、全部で四冊在ると言われている。
 理科室に、ひとつ。音楽室に、ひとつ。家庭科室に、ひとつ。そして、図書室にひとつ。どれか一冊を手に取って、そうっと中身を開いたならば、其処には少女たちの想いの丈が綴られている。

『近所の男子校の方々が、門の向こう側からよく揶揄って参ります』
『将来といふものに、私はチットモ希望が持て無いのです』
『職業婦人に成りたいのですが、両親は赦して呉れません――』
『ネェ、如何したら美彌子さんの様に成れるのかしら……』

 悩み相談から愚痴に、とりとめのない雑談。ビッシリと綴られた其れ等ひとつひとつに、少女たちは懇切丁寧に答えて居た。彼女達は相当な“筆まめ”らしい。きっと、猟兵達からの語り掛けにも答えて呉れるだろう。
 匿名でも構わないし、桜學府から来たのだと身分を明かしても構わない。此の年頃の少女と云えば、箸が転げた程度でも笑い転げる程に、刺激に飢えているのだから――。



<登場人物>
 以下の情報は「予め分かっているもの」として、取り扱って頂いて大丈夫です。

*白鳥・美彌子
 学園の女王。長い黒髪の美少女。
 幼なじみの陽子と最近喧嘩をした。
 高校卒業後は大學校に進学予定。
 ミステリアス。グラッジ弾の持ち主。

*勝花・陽子
 ボーイッシュな少女。
 学園で二番目に運動が得意。
 幼なじみの美彌子と最近喧嘩をした。
 本来は明るい性格。美彌子を止めたい。

*風間・ハル
 眼鏡を掛けたおさげの少女。
 学園で二番目の秀才。
 高校卒業後は大學校に進学予定。
 気弱な性格で、革命には乗り気じゃない。
 ※説得により1章で離脱可能。

*高月・ヤエ
 華やかな少女。学園で二番目の美人。
 高校卒業後は結婚予定。
 好奇心旺盛で友達思い。革命には興味がない。
 ※説得により1章で離脱可能。

<交換日記について>
・誰と交換日記をするのか、プレイングに必ずご記載ください。
 →選べるのは、4人の中から「1人だけ」です。
 →迷う時はMSにお任せでも大丈夫です。
・交換日記は数日に渡って交わされますが、細かい事はMS側で調整します。
 →ゆえに形式等お気になさらず、プレイングは書き易い形でどうぞ。
・交換日記の内容については、雑談、悩み相談、説得、動機の問い掛け……等々、なんでもOKです。

<補足>
・アドリブ多めでもOKな方は、プレイングに「◎」を記載頂けると嬉しいです。
・学園への潜入方法等については、記載不要です。
 →交換日記や心情等をメインとして、プレイングを書いて頂けると幸いです。
・PC様の筆跡や文体、使用する筆記具等に拘りが在る場合は、プレイングにどうぞ。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 →ご自由な発想でお楽しみください。
・性的な要素を含むプレイングは、不採用とさせて頂きます。申し訳ありません。

≪受付期間≫
 9月25日(金)8時31分 ~ 9月28日(月)23時59分
榎本・英


高月・ヤエ
少女のような円みを帯びた文字で、少女と偽って文章の遣り取りをしよう。

私が貴女様のお名前をお呼びする事をお許し下さい。
私は、

嗚呼。名前は如何しよう。
桜の子、無難に桜子にしよう。

桜子。私には憧れている方がいるのです。
私はヤエ様。彼女に憧れ、この学園に足を踏み入れました。
桜の咲く――…。

と、ヤエに憧れている事を書き、何気ない遣り取りをしよう。
そこから悩み相談を、嗚呼。
高校卒業後に親が勝手に決めてしまった相手と結婚する事を告げよう。

親近感を抱いて貰えたら何かしら掴めるかもしれない。

私と交換日記をして下さり有り難うございました。



●音楽室(壱)
 一日目。
 太陽が目を覚ました頃、榎本・英(人である・f22898)はラムプを片手に、薄暗い旧校舎の廊下を独り歩いていた。向かう先は、最上階に在る音楽室。自棄に重たい扉を引けば、視界に真先に飛び込んで来るのは古ぼけたピアノである。よくよく目を凝らしてみると、ピタリ閉じられた黒く艶やかな鍵盤蓋の上、清楚な百合を描いた一冊のノートが在った。
 此の世界では名高い音楽家たちの肖像を素通りして、英はピアノの元へと歩んで行く。ノートを手に取り頁を捲れば、其処には學園で二番目に美しい少女への言伝がつらつらと綴られていた。
 英もまた、ペンを執る。白い紙上に慣れた調子で綴る文字は、少女の様な丸みを帯びて居た。勿論、敢えてそうしたのである。何も無い所から、誰かを生み出すことは得意だ。何せ榎本・英は推理小説家ゆえ――。

『高月ヤエ様
 私が貴女様のお名前をお呼びする事をお許し下さい。私は、――……』

 其処で、ふと指先が止まった。迷うようにペン先が、ゆらゆらと揺れて居る。何やら思案する様に、眼鏡越しに彼の眸は宙を見つめた。
「嗚呼、名前は如何しよう」
 其れは創作をする上で、ともすれば最も重要なこと。妙案を探る様に視線を巡らせれば、未だ暗い窓の外で、はらはらと舞い散る幻朧櫻が厭に眼に焼き付いた。何とも、御誂え向きでは無いか。
「――桜の子、無難に桜子にしよう」
 日記を綴る少女の名前を決めたなら、後は何気ない遣り取りを。つらつらと走るペンは、甘く切ない科白で白紙を埋めて行く。

『私は、桜子。私には憧れている方がいるのです。私は、――ヤエ様。貴女に憧れ、この学園に足を踏み入れました。桜の一等うつくしく咲く、春の時分に……』

 悪くはない。情緒的で、情熱的だ。自らが綴ったペン先の行方を追い掛けて、英は独り満足気に首肯して見せる。長居は無用だろう。万が一、他の生徒と鉢合わせても居心地が悪い。重たい扉をピシャリと閉めて、青年は足早に階段を下りて行く。
 太陽は未だ、地平線を這いずって居た。



 二日目の朝が来た。
 寝起きに昏い校舎の階段を昇らされるのだから、清々しい気分とは程遠い。然し、もう綴られているであろう日記の返事へと想いを馳せれば、不思議と足取りは重く無いのだ。
 階段を昇り切り、音楽室の扉を引いて、ピアノの元へと足早に歩いて行く。ぱらぱらと、指先が頁を手探り返事を探す。果たして其れは、昨日遺した伝言の下に綴られていた。ほんの僅か丸みを帯びた、流麗な女文字だ。英はノートへラムプの灯を寄せて、彼女からの返事を双眸でするすると読み解いていく。

『桜子さんへ
 ご機嫌よう。まあ、私に憧れてくれたの。とっても嬉しいわ。だって學園のひと達ったら、みぃんな美彌子のことばかり。私だって満更、不美人では無いでしょう――。
 あゝ、だからね、本当に嬉しいの。どうも有難う。良ければ返事を下さいな。また貴女と話したいから……』

 巧くこころは掴めた様だ。懐に潜り込んだ後、次にすべきことは何か。あゝ、悩み相談など、良いかも知れない。革命を防ぐと云う仕事に此れから挑むのだから、矢張り何か情報が欲しい所だ。彼女が喰らい付いて来そうな悩みと云えば、――結婚について。
 鍵盤蓋の上にノートを広げた英は、再びペンを流暢に走らせて往く。校正も編集も無いのだから、原稿作業より気楽なものだ。

『ヤエ様
 お返事、とても嬉しいです。――いいえ、華やかな貴女の姿は、私の瞳を一瞬で奪いました。その時から、ヤエ様。私は他でも無い、貴女のことを見つめているのです。
 あゝ、それなのに……。ヤエ様、私は如何すれば良いのでしょう。
 両親は私の意見も聞かず、勝手に結婚を決めて仕舞いました。學園を卒業した後、無理やりに家庭へ入れる心算なのです』

 此れで、親近感を抱いて貰えるだろうか。せめて説得の足掛かりを得られるようにと、こころの裡で念じ乍ら、青年はまた足早に音楽室を後にする。哀れな少女の正体を知るのは、教室の中に飾られた偉人たちの肖像のみ――。



 三日目だ。
 もはや散歩感覚で、未だ陽が射さぬ旧校舎の階段を昇り行く。ラムプが揺れる度、己の影が伸びたり振れたりする様が、聊か愉快である。軈て辿り着いた音楽室には、当たり前だが誰も居ない。ただ、ピアノの鍵盤蓋を机替わりに、一冊のノートが置いてある丈けだ。
 遠慮も何も無く、英は其れを手繰り頁を捲る。返事はちゃんと、綴られていた。昨日よりも、幾分か感情が籠った字だ。読み進めるにつれて、段々と文字が震えて行く。

『桜子さんへ
 お話を聞かせて下さって、有難う。望まぬ結婚、心中をお察しします。遣り切れない想いで、きっと胸が一杯でしょうね。貴女の背を撫でられぬこと、どうか御許し下さい。
 けれども、悲観的に成るばかりでもいけません。お相手はどんな方? もしかしたら、優しくて分別のある方かも知れないわ。先ずは逢って、相手のことを知らなければ。
 私もね、両親が決めた相手と結婚するの。最初は嫌だったけれど、逢ってみると良いひとだったわ。
 あゝ、でも……卒業後にお友達と離れるのは、やっぱり寂しいわ。ねえ、家庭に入ると云うのは、とても勇気が要ることね』

 成る程、彼女の結婚は自らの意思に因るものでは無いらしい。けれども、嫌々と云う訳でも無く、妥協して居る――と云った所か。何方かと云うと、ヤエは家庭に入って自由を喪うことを、そして友人達と離れ離れに成ることを惜しんで居る様にも想えた。
 整った貌に思案の彩を滲ませ乍ら、英はつらつらと言葉を綴る。此の辺りが、そろそろ切り上げ時だろうか。

『ヤエ様
 あれから、よく考えてみました。ヤエ様の仰る通りだと思います。先ずはお相手の方にお会いしてみて、それから先のことを考えようかと。もしも迷った時は、ヤエ様、また相談に乗って頂けると幸いです。
 私と交換日記をして下さり、有り難うございました』

 端的な科白を綴ったのち、パタンとノートを閉じる。
 誰かの人生を垣間見るのは、なかなかに趣深いものだ。此方はもう返事を綴らない心算だが、彼女の方は如何だろうか。一抹の好奇を裡に秘めて、青年は名残惜し気に鍵盤蓋の上へと交換日記を置いた。そうして人目に付かぬよう足早に音楽室から去って往く。明日は如何したものかと、物思いに耽り乍ら――。



 四日目。
 結局、今日も来て仕舞った。もしも返事が来ていたなら、其れを確かめたいと思ったのだ。仮にあれで遣り取りが終いと成ったとしても、日課の散歩と想えば、まあ悪くない。
 そうして階段をゆるりと昇り切って、何時も通り音楽室へと辿り着いた。重たい戸を開き、ピアノの前へと脚を進めれば、蓋の上に置かれたノートへラムプを寄せて、ぱらぱらと頁を捲り行く。
 果たして、返事はちゃんと書かれているらしい。

『桜子さんへ
 ええ、どういたしまして。せめて學び舎で過ごすひと時、自由を謳歌しましょうね。
 ところで、――ネェ、宜しければお茶でも如何?』

 其処まで目を通した時、背後からガタリと物音がした。指先にペンを握った侭、そうっと後ろを振り向いた先には、黒髪を波打たせた少女が居る。彼女こそが交換日記の相手――高月・ヤエ。

「あら、――殿方だったのね」

 桜子は女生徒であると、固く信じて居たのだろう。ぱちくりと愛らしい双眸を瞬かせる少女へ向けて、英はひとらしく眉を下げて見せた。其の儘、穏やかに頬笑を零す。
「怒ったかい?」
「まさか! ふふ、とても楽しかったわ」
 悪戯な笑聲を転がしたのち、ヤエは懐から一枚の紙を取り出した。そして其れを、英へと差し出し乍ら、ゆるり淑やかに微笑み掛ける。
「ようこそ、白鷺連盟へ」
「此れは……」
 両手で紙を受け取った彼は、じぃと其れへ視線を落とす。其処に描かれているのは今日の日付と、學園の裏庭へと至る地図。一体、此れは何を意味しているのだろうか。
「招待状よ、放課後にお茶会をするの」
 殿方を招くのなんて、初めて――。つい昨日まで交換日記を交わしていた青年を見上げ、ヤエはころころと愉し気に笑った。
 漸く窓から射し込み始めた太陽と、ラムプが放つ灯は靜に混ざり合い、とろりと床へ溶けて行く。

成功 🔵​🔵​🔴​

海藻場・猶予


風間ハル様

わたくし、本土に来てからまだ日の浅い娘です。
名を言っても知れぬような遠い異国で、父の研究《しごと》を手伝っておりまして。
所謂、お勉強ばかりという塩梅。
するとまあ、そこらの女生徒たちと如何にも馴染めなくって困ります。
貴女にも、そうした時分は在りましたか。

ラジヲや新聞では毎朝毎晩、誰が死んだの、誰が殺したのと騒いでいるのに、
わたくしが殺した二十日鼠は冷ややかな論文になるばかり。
同じ哺乳類でしょうにね。
死に至る病の価値は、終わりの華々しさでしょうか。

ところで。
信じては頂けないやも知れませんが――わたくしの故郷では、二十日鼠が人の言葉を話すのですよ。
たとえばそう。
姉妹のように睦まじく、ね。



●理科室(壱)
 二日目の朝。
 埃がはらはらと舞う旧校舎の廊下を抜けて、海藻場・猶予(衒学恋愛脳のグラン・ギニョル・f24413)は、昏い理科室へと辿り着く。電気もガスも通っておらぬ此の校舎では、昇り始めて間もない陽射し丈けが灯の代わりで、物書きには聊か不便だ。
 故に猶予はカンテラを揺らしながら、整然と並べられた防火机達に視線を巡らせた所、ふと。中央の席にぽつんと置かれた一冊のノートが、紅の双眸に留まった。
 昨日の朝は開いて置いた筈なのに、閉じられて居る。海月めいたドレスの裾を、ふわふわと揺らし乍ら、ゆるりと歩みを進め始める彼女だが、其の貌には凡そ表情が無い。
 軈て机上に置かれた小花柄の愛らしいノートを捲れば、自身が遺した伝言が先ず目に入る。其の内容と云えば、斯う――。

『風間ハル様
 ごきげんよう。わたくし、本土に来てからまだ日の浅い娘です。
 名を言っても知れぬような遠い異国で、父の研究(しごと)を手伝っておりまして……。所謂、お勉強ばかりという塩梅。するとまあ、そこらの女生徒たちと如何にも馴染めなくって困ります。ころころと転がる鈴のような笑声も、きゃあきゃあと戯れる黄色い悲鳴も、全てが遠い世界のものに思えるのです。
 聞けば貴女は成績優秀でありながら、友人にも恵まれているご様子。わたくしとは、きっと何かが違うのでしょう。
 ――ハル様。貴女にも、そうした時分は在りましたか』 

 果たして、返事は其の直ぐ下に綴られて居た。インクは黒、まるで教科書の様に几帳面で正確な字だ。誤字の一つも無いことが、書き手の性格を顕著に表して居る。
 猶予は眉一つ動かさず、丁寧に綴られた言の葉達へと視線を落とす。視線は右から左へ、上から下へ、すらすらと……。

『何時かの私とよく似た貴女へ
 御機嫌よう。異国からいらしたのですね。慣れない土地に馴染むのは大変でしょう。白鷺連盟を頼って下さったこと、大変嬉しく思います。
 お父様のお手伝いをなさっているなんて、ご立派ですね。研究と云うと、学者さんでしょうか。私は科学者を志しているので、御話を詳しく伺ってみたいです。
 思えば初中等部に居た頃の私も、勉強ばかりに明け暮れていました。でも其れは、貴女のように家族の為では無く――。他に誇れる物が無い、私自身の為でした。
 學びの園と云う小さな箱庭の中、長らく“教科書”だけがお友達でしたけれども。高等學校に進学してから、私は漸く同志を見つけることが出来たのです。
 どうか焦らないで、総ては巡り会わせですよ。きっと誰かが貴女を見つけてくれるから』

 どうやら彼女は本当に、猶予の事を孤独な転校生だと思ったらしい。慰めと同情、優しい励まし、そして経験に基づく助言が其処には綴られて居た。此の返事を見るに、風間ハルは親切に振舞える人間なのだろう。
 猶予は再びペンを執り、さらさらと筆に紙上を走らせる。ハルは“研究”に関心を抱いているようだ。彼方から喰い付いて来たのだから、此処は噺を発展させるべきだろう。
 撒き餌を終えて、彼女は理科室を後にする。ノートは勿論、開いた侭で――。



 三日目の朝が来た。
 薄暗い部屋の中をカンテラで照らし乍ら、猶予は今日も靜に視線を巡らせる。矢張り、ノートは閉じられて居た。ふるりと裾を揺らし揺らし、中央の席へと移動して。机上に灯を置いたのち、交換日記をぱらぱら捲れば、昨夜綴った伝言が飛び込んで来る。

『風間ハル様
 お返事を有難うございます。わたくしも何時か、あの鈴音の一部と成るのでしょうか。馴染める日の訪れが楽しみなような、恐ろしいような、複雑な心持です。
 そう、研究の話に興味がおありですか。では、もう少しだけお付き合い願いましょう。わたくしは研究の一環として、動物実験を行っています。
 貴女は二十日鼠をご存じでしょうか。赤い目をした、愛らしい鼠です』

 年頃の娘ならば、動物実験の話題など気味悪く想うだろう。されど、科学者を志すハルならば、物怖じせずに返事を呉れる筈だと猶予は理解して居た。事実、彼女が綴った伝言の下には、丁寧な文字と冷静な言葉で返事が記されて居る。紅の双眸は再び、紙上の文字をつらりと追い駆けて往く――。

『研究者の貴女へ
 お話を聞かせて下さって、有難う御座います。察するところ、お父様はお薬や化粧品について研究をされているのでしょうね。動物たちには可哀想ですが、とても尊いお仕事だと思います。勿論、貴女が為さっていることも……。
 二十日鼠はよく存じていますよ。生物の時間に解剖をしたことが有りますから。ご存じでしょうか。帝都一の化粧会社では、兎で実験をするそうです。所が変わっても、研究方法は変わらないのですね』

 嗜められる処か、理解を示されて居た。きっと、科学の発展に何が犠牲と成っているのか、彼女はよく知っているのだろう。友人が塗る口紅ひとつの為に、幾つもの屍が重ねられて居ると云う事さえも……。
 ペンを執った猶予は、大層軽やかに紙上へと文字を綴って行く。人間世界を斜めに見降ろし乍らも學問に殉じる「同志」を演じるのだ。軈て筆を置いた彼女は、踵を鳴らして教室の外へ。――未だ、太陽は昇らない。



 四日目の朝だ。
 ここ数日、毎日足を運んで居るものだから。埃の匂いも、學校という場所特有の薄暗さにも、すっかり慣れ切って仕舞った。常通り理科室の扉を開けて、何時も通り閉じられたノートの元へと歩き往く。ゆらゆらと揺れるカンテラの灯も、慣れて仕舞えば眩しい程。そうして頁を捲れば、先ずは自身の書置きを検める。研究者らしく振舞えて居ただろうか。

『風間ハル様
 そう、本土でも同じことをしているのですか。
 ラジヲや新聞では毎朝毎晩、誰が死んだの、誰が殺したのと騒いでいるのに、わたくしが殺した二十日鼠は冷ややかな論文になるばかり。――同じ哺乳類でしょうにね。
 死に至る病の価値は、終わりの華々しさでしょうか。
 ところで。信じては頂けないやも知れませんが……。わたくしの故郷では、二十日鼠が人の言葉を話すのですよ。たとえばそう。姉妹のように睦まじく、ね』

 ――出来は上々の様に想う。
 果たして、彼女の問いはハルの探求心をよく擽ったらしい。真下に綴られていた返事の筆跡には、僅かばかりの情熱と、科学者らしい冷淡さが籠って居た。右から左へ、再び眸が巡り行く。

『二十日鼠の貴女へ
 冷ややかな論文は、きっと彼らが生きた証。可愛そうな二十日鼠も、哀れな兎も。重ねた屍の数だけ、人の、お国の礎と成るのです。
 死に至る病の価値はきっと、後世にちいさな足跡を残せることでしょう。
 まあ、貴女でも冗談を仰るの。けれど、もし其れが本当だとして。私はいま、密かに胸を撫で下ろして居ます。――帝都の鼠は静かで良かった。
 貴女とは何時か、直接お会いしてみたいですね。今度、お茶でも如何でしょう』

 最期まで目を通して、猶予はぱたりと頁を閉じた。交換日記と云うものは、何時お終いを告げるのだろう。此の侭では、延々と続いて仕舞いそう。果たして、何と返事をすべきか。思考するかの如くペンを回す少女の背後から、カツリ。固い靴音が、ふと響いた。

「――綺麗な髪、貴女が二十日鼠の」

 振り返った先、其処に居たのは黒髪をおさげにした、まあるい眼鏡の少女が独り。誰であろう、其れは昨日まで交換日記を交わしていた相手――。
「貴女は“風間・ハル”様ですね」
 愛らしき其のかんばせをピクリとも動かすこと無く、猶予は少女へと視線を注ぐ。華奢な頸に揺れる黒いリボンは、酷く不自然だ。
「お会いできて光栄です。そして、ようこそ“白鷺連盟”へ」
 不意に視線が絡み合えば、ハルは僅かに頬笑を零し、猶予に一枚の紙を差し出した。金の装飾が美しい、白いカードだ。其処に書かれているのは地図と、本日の日付のみ。
「お茶会への招待状です。もし、宜しければ」
 個人的には、余りお勧めしませんけれど――。
 視線を伏せ乍ら憂う如く笑う少女の指先へ、猶予はそうっと手を伸ばす。
 薄汚れた窓の外、漸く其の姿を見せた太陽は、ふたりの少女をいま静かに照らして居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

清川・シャル
ヤエさんへ書きましょう

私も婚約者が居る身なんです、一緒ね。これから楽しみな生活が待っているはず。期待に胸を膨らませましょう。お友達には悪い気もするけど、幸せを掴んではいけない?それに、自分が幸せじゃなきゃ人を幸せには出来ないと思うから。
内容はこう。
最近少し気を惹きたい気もしているの。でもなかなか言い出せなくって。ヤエさんはそう言う時どうしていますか?きっと寂しいんだと思うの。婚約者が居るだけで周りから見たらいつでも幸せそうに見えるものね…なんて悩んでいたりするから。
革命なんて起きたら幸せが壊れてしまいそうで怖くないですか?それより恋の話やコスメの話をしましょうよ。結婚ってどんな感じなんだろう?



●音楽室(弐)
 二日目の朝。
 清川・シャル(夢探し鬼・f01440)は、カンテラを揺らし乍ら、階段を昇り続けて居た。寮を管理する者として、早起きは苦痛では無い。其れが仕事の為と云えば、猶更だ。
 彼女が目指す先は、旧校舎の最上階に在る音楽室。彼女は今から、昨日綴った交換日記の返事を確かめに行くのである。
 音楽室の重たげな戸を、するりと引く。確かノートは、鍵盤蓋に置かれて居た筈だ。ぽっくり下駄を鳴らしてピアノへ近付けば、百合の装丁が美しいノートが視界に入る。カンテラを傍らに置き、ぱらぱらと頁を捲れば、見覚えのある筆跡が見えた。
 何を隠そう、自分の字だ。

『ヤエさんへ
 こんにちは。私も婚約者が居る身なんです、一緒ね。これから楽しみな生活が待っているはず。期待に胸を膨らませましょう。
 ヤエさんはこの先、どんなことが楽しみ?』

 シャルもまた、「結婚」を要点としてヤエから話を聞く心算だった。
 婚約者とこころが通じ合っている彼女にとって、結婚とは幸せの象徴そのもの。されど、ヤエからしたら如何なのだろう――。そんなことを想い乍ら、碧彩の眸は頁に綴られた返事を追って往く。流麗で華やかな文字だった。

『名も知らぬ貴女へ
 ご機嫌よう。まあ、其れはおめでとう。ふふ、楽しみね。結婚をした後の甘い日々に、思いを馳せていて? それで、胸を風船の様にふわふわと弾ませていて?
 貴女はお相手の事、本当に好きなのね。私はね、彼と夜通しお喋り出来ることが楽しみよ。後は、ふたりで過ごす綺麗なお家も楽しみ……あゝ、けれど、云う程こころは弾まないわね。彼は優しくて美しくて、良いひとよ。でも――……』

 返事は、其処で途切れていた。ヤエは何を言わんとして居たのだろう。筆跡からは、何処か迷いが感じられる。何を迷っているのか、未だ少女と会ったことの無いシャルには分からない。けれども、羅刹の少女は意を決してペンを執る。

『ヤエさんへ
 でも? お友達には悪い気もするから、ひとりだけ幸せを掴んではいけない、とか? でも、自分が幸せじゃなきゃ、人を幸せには出来ないと思うから。それは違うと思います。
 ――ねぇ、ひとつ相談しても良いですか?』

 自分なりに建てた推論は、その様な物だった。もう少し話を聞いておきたいので、ちゃんと悩み事も書いておく。「白鷺連盟」はきっと、困っている生徒を見捨て無い筈だ。
 ノートを元の場所へ置いたシャルは、一度だけ背伸びして。ぽくぽく、下駄を踏み鳴らし音楽室を後にする。



 三日目の朝が来た。
 太陽は未だうつらうつらと船を漕いで居る様で、外は相変わらず薄暗い。故に旧校舎を練り歩く際の頼りは、カンテラの灯のみ。其れをぶらぶらと揺らしながら、シャルは音楽室へと向かう。悩み相談を持ちかけた所為か、何故だかこころが少し浮ついている。階段を踏み鳴らす、ぽっくり下駄の響きも何処か軽やかだ。
 昨日と一昨日の様に、重たい戸を難なく引いて。ピアノの元へと足を運ぶ。鍵盤上に置かれたノートを手に取れば、優美な文字を追い掛けた。返事はちゃんと、貰えたらしい。

『悩める貴女へ
 エエト、そう云う訳じゃ無いのよ。結婚をすると、家庭に入るでしょう? そうしたら、お友達となかなか逢えなく成るでしょう? それが、とっても寂しいの。何より、自由で無く成って仕舞うわ。私が皆を置いて行くんじゃないの。皆が私を置いて行くのよ……。
 ええ、どうぞ。迷える仔に路を示すのが、白鷺連盟のお仕事だもの』

 双眸で内容を読み解きながら、シャルは成る程と独り納得する。ヤエは友人達への罪悪感では無く、劣等感や羨望を抱いている様だ。現代っ子である彼女の考え方と、ヤエの考え方は、馴染まない部分も有るけれど。共感できる点だって、一応は有るのだ。シャルはペンを握り締め、靜に返事を綴って行く。

『ヤエさんへ
 ありがとう。最近少し、彼の気を惹きたい気もしているの。でも、なかなか言い出せなくって……。ヤエさんはそう言う時、どうしていますか?
 私、きっと寂しいんだと思うの。それに、ヤエさんも寂しそう。婚約者が居るだけで、周りから見たらいつでも幸せそうに見えるものね……。たとえ、悩んでいたとしても』

 寄り添えて居るだろうか。ちゃんと、答えは返って来るだろうか。そんな想いを胸に抱き乍ら、少女はそうっとノートを置いた。明るくなる前に、此処から出なければ。
 音楽室を後にしたシャルは、ぽくぽくと下駄を鳴らして階段を下りて往く。こころの裡を、そわそわと弾ませて。



 四日目が訪れた。
 足許を照らしながら今朝もまた、シャルは旧校舎の階段を昇って往く。反響する脚音は、彼女が奏でる下駄の調べ丈け。早朝の空気は澄んで居るけれど、どうも此処は埃っぽい。
 軈て音楽室へと辿り着いたなら、ガラガラと戸を引いて中へ入る。ノートは常と同じ場所に置かれて居た。少女はカンテラをそうっと寄せて、ぱらぱらと頁を捲り始める――。

『かわいいひとへ
 まあ、可愛いお悩みね。お相手の方は、年上の方なのかしら。それじゃあ、私と一緒ね。彼は化粧品の会社を経営しているのだけれど、忙しくて、なかなか逢えないのよ。気を惹きたいと仰るけれど、言葉よりも行動で想いを伝えるべきだと想うわ。
 私はそう云う時ね、寄り添って腕を絡めるの。それで、手をギュっと繋ぐのよ。温もりを感じていると、こころが埋められる気がするでしょう?
 理解を示してくれて、有難う。でも、深く考えなくとも良いかも知れないわ。いつか、革命が起こるかも知れないから――』

 矢張り、誰だって寂しい時は有るのだ。綺麗に流れ往く文字を追い乍ら、少女はそう想う。其れよりも気になる所は、ヤエが革命を良しとして居る様な点だろうか。もし其れを救いとして居るのなら、考えを改めさせる必要が有る。如何したものかと頸を捻りつつも、少女は再びペンを執った。紙の上を、ペンが軽やかに踊る。

『ヤエさんへ
 革命なんて起きたら、今の幸せが壊れてしまいそうで、怖くないですか? 婚約者のひとと一緒に暮らすお家も、無く成ってしまうかも。
 それよりも、恋の話やコスメの話をしましょうよ。ね、結婚ってどんな感じなんだろう』

 ――そう綴った所で、ガラリと戸が開いた。
 振り返れば、其処には黒髪を波打たせた少女の姿が在る。きっと彼女こそが、高月・ヤエなのだろう。如何にも男性に好かれそうな、分かり易い美人だ。
「日記の相手が、こんなに可愛いお嬢さんだったなんてね」
「ヤエさんですね、おはようございます」
 おっとりと微笑む少女に向けて、シャルはぺこりと頭を下げる。さらさらと流れる金絲の髪を、カンテラの灯は淡く照らして居た。そんな彼女に一瞥を呉れた後、ヤエの視線はシャルの手許に置かれたノートへ注がれる。
「御機嫌よう。……ねえ、其れ見せて下さる」
 歩み寄って来た少女が其の白い指先を差し出せば、素直に交換日記を手渡すシャル。ぱらぱらと頁を捲り返事を確認したヤエは、徐にペンを取り出し、序にノートを鍵盤蓋の上に置いて、つらつらと言の葉を綴り始めた。
「――はい、お返事よ」
 返事は直ぐに書き終えたらしい。
 彼女から、再びノートが戻って来る。羅刹の少女は流れる様に、其れへと視線を落とした。流麗な文字には何処となく、愉しさに似た感情が滲んで居る。

『かわいい貴女へ
 そんな事を企んでいる人が居たら、そう云っておくわ。折角の綺麗なお家が無くなってしまうのは、少し惜しい気もするし。
 結婚は檻にも成るし、御殿にも成るものよ、きっと。あゝ、私もお化粧は好きよ。ねえ、貴女に似合う口紅は――……』

「ふふ、櫻彩が似合いそうね」
 総てを読み終え貌を上げれば、うっそりと微笑む少女と視線が絡む。艶やかな赤紅の唇を弛ませた少女は、一枚の紙をシャルへと差し出した。
「受け取って下さる。お茶会への招待状なの」
 白鷺連盟へ、ようこそ。
 そんな愉し気な聲を耳朶に捉え乍ら、シャルは白い指先を伸ばす。朝陽が差し込み始めた音楽室には、あえかな影がふたつ、揺れて――。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴平・琴子


ヤエお姉様へ

御機嫌ようお姉様
芙蓉堂の口紅ご覧になられましたか?
お姉様に似会いそうなお色がありましたね
結婚式での華やかな姿にもお似合いだと思います
直接見られないのが残念です

御機嫌ようお姉様
実は折り入ってご相談が…
お友達との反りが合わないのです
私には興味が無い出来事にお友達の行動が満ちていると言いますか
この時共に乗るべきなのか、諭すべきなのか
それとも一人抜けるべきか
迷ってしまいます
お姉様でしたらどうしますか?

ねえお姉様
もしもお姉様が迷った時お返しをさせて下さい
私もお姉様を助けたいのです

…交換日記ってこう書けばいいんです?
した事無いから全く分からないのですけども…


ミネルバ・レストー
◎☆

高月・ヤエへと
手紙の文体は口調より演技派です

わたし、今年の誕生日を迎えたら恋人と晴れて式を挙げるの
楽しみだわ、とっても楽しみなはずなのに
わたしったら色々と世間知らずだから
(バーチャルキャラクターだからということは伏せながら)
大好きなあの人につり合う奥様になれるかしらって、不安で

それに最近、黒鉄の首輪の人たちが色々と事件を起こしているでしょ?
折角幸せな新婚生活を、って思っても…
それが「いつぶち壊されてもおかしくない」だなんて!
恐ろしいことだわ、なんて震え上がってしまうの

ああ、文字でお返事を待つのもまどろっこしいくらい
きっと貴女は素敵な方だから、わたしの不安も払ってくださるわ
お願い、どうか――



●音楽室(参)
 四日目の朝。
 薄昏い旧校舎の階段を抜けた先、古ぼけた音楽室に少女がふたり。
 黒髪の大人びた少女――琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)と、桃色の髪をふたつに結った少女――ミネルバ・レストー(桜隠し・f23814)だ。
 偶々、同じ時に教室へと足を踏み入れたふたりは今、「高月・ヤエ」と交わし合った交換日記の内容を検め直して居た。
「……交換日記って、こんな感じで良かったんでしょうか」
 不安げに睫を伏せるのは、琴子のほう。學校には通って居たことがあるけれど、「交換日記」と云うものをした事が無い。故に、勝手が全く分からないのだと彼女は語った。
「そうなの。少し見せて頂戴――」
 俯き気味の彼女の横貌を見れば、ミネルバはノートを自らの方へと手繰り寄せる。ラムプで紙上を照らしたならば、几帳面に綴られた琴子の文字が芒と浮かび上がった。

『ヤエお姉様へ
 御機嫌よう、お姉様。先日、百貨店でお姉様のお姿を拝見しました。お友達とご一緒だったので、お邪魔に成らないよう声は掛け無かったのですけれど……。
 そうそう。あそこの一階に在る「芙蓉堂」の口紅、ご覧になられましたか? お姉様に似会いそうなお色がありましたね。独り手に取りながら、其れを塗ったお姉様のお姿をつい想像して仕舞いました。
 芙蓉堂の口紅は結婚式での華やかな姿にも、きっとよくお似合いだと思います。――此の目で直接見られないこと、とても残念です』

 彼女が綴った初日の伝言へと視線を落とし乍ら、其の自然な会話の入り方に桃色の少女は内心で感心する。化粧品の噺はきっと、華やかな彼女の興味をよく擽ったことだろう。現に其の下に続くヤエの返事は綺麗に整って居るものの、何処か燥いで居た。

『名も知らぬ貴女へ
 ご機嫌よう。まあ、貴女も百貨店にいらしたの。気にせず声を掛けて下さったら良かったのに。そうしたら私達、きっとお友達に成れたかも知れないのに……。
 芙蓉堂の口紅、モチロン拝見したわ。新しいお色は、椿の花弁のような赤紅色ね。私に似合うかしら。実はもう買ってあるの。此の色を塗った姿、貴女にもぜひ見せたいわ。
 ――ねえ、校舎の中で、私の姿をようく探して頂戴ね』

 其処まで読み終えて貌を上げた所で、ラムプの仄かな灯の向こう。不安げに此方を見つめる少女の姿が視界に入った。「素敵だと想うわ」なんて、努めて優しく声を掛けたのち、再びふたりの遣り取りへとミネルバは視線を移して行く。
 斯う云う遣り取りは、ひとのものを覗き見るのもまた愉しいものだ。白い指先で、はらりと頁を捲る。

『御機嫌よう、お姉様。
 あのお色を塗ったお姿、拝見しました。矢張りよくお似合いですね。椿のように華やかで、目を奪われてしまいました。
 ところで、お姉さま。折り入ってご相談が……。実は私、お友達との反りが合わないのです。あゝ、何とご説明したら良いのでしょう。私には興味が無い出来事に、お友達の行動が満ちていると言いますか。彼女はひとつの事に情熱を注ぎ過ぎていて、余り良くない方向へと進もうとしているのです。
 この時、転がり行くトロッコへ共に乗るべきなのか、或いは諭すべきなのか。――それとも、一人抜けるべきか。私は迷ってしまいます。お姉様でしたら、こんな時どうしますか?』

 琴子は彼女が悩んで居るであろうことを、あくまで「自分の悩み」として、相談することにしたらしい。自分を客観的に見つめさせるには、きっと良い手だろう。
「――成る程ね」
 自分よりも恐らく年少なのに、彼女は随分と確りしているようだと、ミネルバは傍らの少女にちらりと視線を遣った。対する琴子は、何処か居心地が悪そうだ。自分の文章を斯うもじっくり読まれると、少し気恥しいのだ。
 肝心のヤエからの返事は、其の下に綴られて居る。何故だか書き損じが多く、何処か迷いが感じられる文章だ。ペン先が、揺れて居たのだろうか。

『悩める貴女へ
 褒めて下さって、どうも有難う。そう、椿の様な彩が綺麗で。つい一目惚れして仕舞ったの。私は貴女のお貌を知らないけれど、いつかその唇に似合いの彩を見繕って差し上げたいわ。
 まあ……お友達が。そうね、とても難しい問題だわ。路を踏み外そうとしているお友達を、放っては置けないし。私だったら「共に乗る」ことを選ぶかしら。だって、奈落に落ちて行くにしても、独りだと可哀そうだもの。――あゝ、でも。
 其れはきっと、間違っているのでしょう。本当はね、「諭してあげる」ことが一番良いのよ。だって、大事なお友達なら、降り掛かる苦難から守ってあげたいでしょう。其の綺麗な手を、泥に染めて欲しくないでしょう。
 ……けれども、ヤッパリ。喧嘩するのは怖いから、むつかしいお話ね』

 きっと、此処に綴られて居る様なことを、ヤエ自身も想って居るのだろう。遣り取りを読む限り、彼女は莫迦では無い。だから、美彌子が道を誤ろうとして居ることも、自身に其れを止める勇気が無いことも、――よく分かって居るのだ。
 もう一押しで、彼女のこころを善い方へと傾かせることが叶うかも知れぬ。傍らの少女は、一体どんな言葉を掛けたのだろうか。頁を捲る指先に、文字を追う金の双眸に、自然と熱が籠る。

『御機嫌よう、お姉様。
 相談に乗って下さり、有難うございました。矢張り、間違ったことをしていたら、諭さなければいけませんね。勇気を出して、お話をしてみようかと思います。お友達が不幸になってしまうのを、見て見ぬ振りをすることは出来ませんから。
 ――ねえ、お姉様。もしもお姉様が迷った時、お返しをさせて下さい。お姉様には、お友達が沢山いらっしゃると思いますけれど。私も、お姉様を助けたいのです』

 其処まで読み終えた所で、ミネルバはゆっくりと貌を上げた。濃厚な人間ドラマを一本分、眺めて仕舞った様な心持ち。ほう、と溜息を吐いたのち、彼女は琴子へと穏やかに聲を掛ける。
「良い交換日記だと想うわ。読ませてくれて、ありがとう」
「いいえ。ちゃんと書けて居たのなら、何よりです」
 でも――と、琴子がふと翠の双眸を紙上へと落とした。釣られて、ミネルバも其れを覗き込む。大人びた少女の視線の先に綴られて居たのは、ヤエからの返事だ。

『正しい道を進む貴女へ
 お役に立てたなら、良かったわ。お返事が来るまで、実はソワソワしてしまったの。何だか自分のことのように想えて……。貴女の貌も知らないのに、ヘンなお話よね。
 そして、貴女はとっても強い方ね。本当に羨ましく思います。あゝ、私も貴女の様に、勇気が有ったなら……。ネェ、迷った時はどうか背を押して頂戴ね。優しい言葉を、どうも有難う。
 ――そうだわ、今度お茶会をするの。良ければ、貴女も如何かしら』

 「お茶会」とは、一体何のことだろう。ふたり貌を見合わせて、かくりと頸を傾ける。少女たちの頭上には、疑問符がふわふわと揺れて居た。
「ご招待されてしまいました……。如何しましょう」
「彼女達と接触が出来るということかしら」
 冷静に言葉の意味を読み取ろうとするミネルバ。一方の琴子と云えば、何やら思案貌でノートをじぃと見つめて居る。
「ミネルバさんの方に、何かヒントが有るかも知れません」
 拝見しても? そう少女が首を傾げれば、ミネルバとしてはノートを彼女の方へと寄せるしか有るまい。



『高月ヤエさん
 ねぇ、ヤエさん。聞いてくださる?
 わたしね、今年の誕生日を迎えたら、恋人と晴れて式を挙げるの。お相手は、英吉利の馨を纏った高潔なひとよ。それに、花嫁衣装は女の夢でしょう。あゝ、楽しみだわ!
 とっても楽しみな、はずなのに……。何故かしら、如何しようも無く不安なの』

 ミネルバが交換日記の題材に選んだのは、戀の噺だった。ヤエが婚約をしていると云う情報を耳に入れた彼女は、此の話題が一番彼女のこころに響くのでは無いかと考えたのだ。其処まで読んだ琴子の双眸が、ミネルバの貌を眺めた侭、ぱちぱちと瞬く。
「結婚されるんですね、おめでとうございます」
「ええ、……ありがとう」
 別に可笑しなことは書いて居ないけれど、確かに真剣に読まれると気恥ずかしい。桃色の髪を揺らした少女が、ふいと視線を逸らせば、琴子もまた日記へと視線を戻す。

『幸福な花嫁さんへ
 ご機嫌よう。まあ、結婚を控えていらっしゃるのね。おめでとう。おふたりの門出が、幸せなものに成ることを祈っています。英吉利の殿方は、とても紳士的だと聞くわ。きっと貴女は、宝石か何かの様に大切にされるのでしょうね。
 それなのに……どうして? もし私で良かったら、相談に乗りましょうか。話すことで、胸のつかえが取れることって、有ると想うの』

 ヤエという少女は、日記を読む限り親切な人間の様に想える。或いは其の繊細さゆえに、ひとの気持ちが分かる――と云った方が正しいのかも知れぬ。
 それにしても、結婚への不安を共有するなんて。実際に「好い人」が居ないと、出来ないことだ。そう想うと、傍らの幼げな少女が、何故だか急に大人びて見えた。胸をそわつかせ乍ら、琴子は再び頁を捲って往く。

『ヤエさん、お返事を有難う。
 貴女が相談に乗ってくださること、とても嬉しいわ。ええ、彼はわたしのこと、きっと幸せにしてくれるでしょう。それは信じて居るけれど……あのね。わたしったら裡に閉じこもりがちで、色々と世間知らずだから……。
 世間をようく知っていて、志の高い、大好きなあの人につり合う奥様になれるかしらって、不安で不安で――』

 ミネルバは、バーチャルキャラクターゆえに。生身の彼との戀には、大なり小なり不安は付き物。そしてそんな感情は、生身の人間同士でさえ抱いて居るのだ。ミネルバの文章は、みるみる内にヤエに親近感を抱かせて往く。

『悩める花嫁さんへ
 あゝ、なんて可愛らしいこと! 御免なさいね。でも、本当に愛らしい悩みだったから……。貴女の気持ち、私も少しは分かるわ。
 実は私も、學園を卒業した後に結婚をするの。お相手はね、化粧品の会社を経営しているひとよ。とても優しくて、うつくしいの。――ネェ、私には勿体ないと思わない?
 不安な気持ちは分かるけれど、大切なのはお相手を信じる気持ちだと想うわ。勿論、戀慕う気持ちもね。此の伝言が、貴女のこころを少しでも解せますように』

 返事は、祈る様な科白で締め括られて居た。これで「お終い」なら良い噺で終わるけれど、ヤエはいま動乱の渦の中に居るのだ。だから、ミネルバの相談は未だ終わらない。問題の核心に、此れから触れるのだから――。

『まあ、ヤエさんも同じ気持ちを抱いているの? 不安に成るのは、わたしだけでは無いのね。ちょっと安心したわ。貴女も、婚約おめでとう。
 そうそう、不安はもうひとつ有るの。最近、黒鉄の首輪を嵌めた……影朧ナントカって人達が色々と事件を起こしていること。ヤエさんだって、ご存じでしょ?
 折角、帝都での幸せな新婚生活を想い描いているのに……。それが「いつぶち壊されてもおかしくない」だなんて! 本当に恐ろしいことだわ。未だ結婚の日も迎えて居ないのに、ついつい震え上がってしまうの……!』

 影朧戦線の話に、ついに触れた。
 文字を追う琴子の鼓動が、緊張で思わず跳ねる。此の先はどうなるのだろう、と熱が籠った指先で頁を捲れば、存外にも穏やかな筆跡がミネルバの伝言の下に綴られて居た。

『親愛なる花嫁さんへ
 お祝いを有難う、貴女。私達、きっと幸せに成りましょうね。ステキな家庭を、きっと築きましょうね。
 黒鉄の……ええ、存じています。「革命」と云う響きは何だか自由で、こころ惹かれて仕舞うけれど。幸せな生活が脅かされるのだと想うと――。とても、恐ろしいわね。
 貴女の不安を、払えたら良いのだけれど。ネェ、直接お会いしたいわ。良ければ、お茶をご一緒しない』

 彼女もまた、お茶会に誘われたようだ。ただの社交辞令では無いのだと、ふたりは静かに視線を交わし合う。
「お返事、また書きましょうか」
「そうね。けれど……」
 あゝ、とミネルバは溜息をひとつ。文字での返事を待つのは、まどろっこしい。何故だか、彼女とこころが通じ合ったような気がしたから。とはいえ、仔細を聴かない事には接触は叶わないと、ペンを手に取った刹那。
「――ご機嫌よう」
 鈴の音を転がすような、軽やかな聲がした。ふたり一斉に振り返れば、其処には艶やかな黒髪を波打たせた、華やかな少女が居る。彼女は――、
「高月ヤエさん、ですね」
 自己紹介など交わさずとも、分かった。其の花唇には、椿めいた彩が咲いて居たから。ヤエはふたりへ流れる様に視線を向けて、ふわりとはにかんで見せる。
「私、自分より年少の子達に諭されてしまったのね」
「きっと貴女は素敵な方だから、わたしの不安も払ってくださるわ」
 ミネルバが一歩、彼女の前へ進み出た。
 金色の双眸に真摯な想いを滲ませて、手を差し出す。猟兵ふたりの視線は今、華やかな少女の貌では無く。其の細い頸に揺れる、黒いリボンへ注がれていた。
「お願い、どうか――」
 しゅるり、不意に黒いリボンが解ける。露わに成るのは、可憐な其の頸筋に似合わぬ武骨な鉄の首輪。

「革命、やめるわ」

 カチリと留め具を外したなら、武骨な其れを少女のあえかな掌へ乗せて、ヤエは寂し気に笑う。ミネルバは掌上にずしりと圧し掛かる其れを、ぎゅっと握り締めた。
「でもね、独りでは勇気が出ないから。――招待状、貰ってくださる」
 控えめに差し出されたカードは、白鷺連盟の「お茶会」への招待状。地図と日付のみが記された其れは、きっと「同志」の証なのだろう。
「……勿論です。お姉様の助けに成りたいと、そう言ったでしょう」
 琴子も前へと一歩踏み出して。少女の細い指先から、差し出された招待状を受け取った。
 薄汚れた窓から射し込み始めた陽射しは、彼女達の小さな世界をきらきらと照らし始めて居る――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シャト・フランチェスカ
◎☆

美彌子さまへ
私は身分を隠して物書きをしているの
革命の狼煙
よもや学園の内だけに
留めておくおつもりではないでしょう
力になれると思うのです
私に大正の終焉を綴らせてくださらない?

桜色のインクに硝子ペンを浸し
さらさらと流れるような筆跡

彼女たちの内部に潜り込みたい
女王は乗ってくるだろうか

貴女がたは花鳥風月
きっと綻びもしない友情で結ばれている
私は影法師で好いのです
革命と云う至高の題材
世に知らしめ同志を募り
そして総てが終わったら
後世に記録だけが遺るの
私の野心を貴女にだけは打ち明けるわ
私は自分の文章を
センセーショナルな物語を以て
「永遠」に昇華させたいのです

女王の意図、内面
少しでも綴ってくれるといいのだけれど


エドガー・ブライトマン
◎☆
私は故郷で、学校というものに行く機会は無かったなあ
女性同士の絆というのも、ちょっと疎いのだけど

これも平和のためさ、ペンを執ろう
いつも使っている羽ペンで、きっちりとした文字を書く
まず波乱を起こそうとする理由を探りたいな
宛先は勿論リーダー、ミヤコ君へ

*

ごきげんよう、ミヤコ君。
私はある国からココへ訪れた旅人だよ。
必要なら、私のことは“王子様”と呼んでくれ。

私はちょっぴり特別な生まれだから、
君たちがどんなことを考えて、望んでいるのか解らないんだ。
君のことを教えてくれる?

私は目的のために様々な世界を巡っているんだ。
君はこの世界のことをどう思う?
もし君が望むように世界を変えられるとしたら、どうしたい?



●図書室(壱)
 埃が積った旧校舎で、尤も古ぼけた場所と云えば外でも無い。一階の「図書室」であろう。古書が無造作に入れられた本棚は、雑然として居て寂し気だ。太陽は未だ寝惚けて居るから、昏い部屋を照らそうともしない。
 けれども今、其処に居るのは凡そ埃が似合わぬ、華やかな見目のふたり。
「そのインク、キレイだねえ」
 長机に向かって黙々と書き物をしている紫陽花の乙女――シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)の手許をラムプで照らし乍ら、見目麗しい王子様――エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)が、おっとりと言葉を紡ぐ。
「ありがとう。窓の外を舞う、あの桜と同じ色だよ」
 シャトがちらりと四角い窓へ視線を遣れば、其処には薄闇が広がって居た。偶にはらはらと舞い落ちる櫻の彩は、言い知れぬうつくしさを湛えて居る。
 本当だ、と。暫く窓の外に広がる光景を眺めて居たエドガーは、再び視線を彼女の手許へ戻す。其の掌中で煌めく硝子のペンも、気に成るのだ。
「キラキラしていて、すごいなあ……」
 櫻インクに硝子ペンを、とと、と浸して居たシャトは、こころの底から感心した様な科白に、くつりと笑みを零す。軈てインクを掬いあげた後、白い紙の上にさらさらと筆を走らせて流れる様に綴るのは、白鳥・美禰子への伝言だ。

『美彌子さまへ
 私は身分を隠して物書きをしているの。聡明な貴女なら、その理由もきっとお分りかと思います。遂に立ち昇り始めた、革命の狼煙……。よもや学園の内だけに、留めておくおつもりではないでしょう。今や黒い首輪は、帝都の其処彼処で見かけるのですから。
 もしも、貴女に世界を変える勇気がお有りなら。――力になれると思うのです。私に大正の終焉を、綴らせてくださらない?』

 文豪『嗣洲沙熔』として筆を執っている彼女は、何にでも化けられる。今回演ずるのは、宛ら「革命家気取りの厭世家」と云った所だろうか。よくある配役なので、別段苦労はしなかった。総て綴り終わったシャトは、ほうと一つ息を吐いたのち、席から徐に立ち上がる。
「どうぞ、次はきみの番だよ」
「何を書こうか悩むなあ。私は故郷で、學校というものに行く機会は無かったから」
 席に腰を落ち着け乍ら、エドガーは口許に手を当て何やら深く考える素振り。紫陽花の乙女は、其の傍らで彼の執筆を見守って居た。
「女性同士の絆というのも、ちょっと疎いのだけど……」
 何せ身近な女性と云えば、其の身に宿した「レディ」と、故郷に遺してきた妹のみ。少女同士の絡み合う絆の絲を解く方法など、そうそう思いつかないのだ。
 けれども、帝都の平和を護る為。意を決した彼は、愛用の羽ペンに力を籠めた。おっとりとした雰囲気とは裏腹に、確りとした字を綴って行く――。

『ごきげんよう、ミヤコ君。
 私はある国からココへ訪れた旅人だよ。もしかして、名乗った方が良いのかな。必要なら、私のことは――“王子様”と呼んでくれ。
 ところで、私はちょっぴり特別な生まれだから、君たちがどんなことを考えて、どんなことを望んでいるのか解らないんだ。ねえ、君のことを教えてくれる?』

 習慣として日記を書いているエドガーも、書き終える迄にそう時間を要しなかった。シャトの隣に綴り終えたら、羽ペンを懐に仕舞い込み席を立つ。
「なんだか文通みたいだ。ワクワクしてしまうね」
「さて、女王は乗ってくるだろうか」
 片方は楽しみに、片方は好奇に、それぞれ胸を弾ませ乍ら、ふたりは埃が積った図書室から退出する。後に残されたのは、白鷺の校章を描いた一冊のノートのみ。



 次の日。
 ふたりはまた、埃舞う図書室へと足を運んで居た。美彌子の返事を確認する為だ。ラムプを揺らし乍ら中へと入れば、昨日と同じ場所にあの交換日記が在る。
「――お先に失礼」
 シャトは白い指先でノートを取り上げて、ぱらぱらと頁を捲る。返事は、既に書かれて居た。少し丸みを帯びて居るが、整って居て、うつくしい筆跡だ。櫻彩の双眸は左右に動いて、綴られた文字の後を追う。

『作家先生へ
 御機嫌よう。申し出、たいへん光栄ですわ。有難うございます。あゝ、貴女もまた、こちら側のひとなのでしょう。人間社会と一見折り合いを付けながらも、舌を出さずには居られない……。ねえ、そうでなくって?
 わたくし、貴女が綴る「大正の終焉」を見てみたいわ。さぞ美しいのでしょうね』

 どうやら、女王の興味を惹けたらしい。ただ、其処に綴られた言葉には、何処か違和感が有った。革命への協力者が見つかったと云うのに、余り嬉しそうでは無いのだ。もちろん、警戒されている丈けかも知れないが――。
 硝子ペンに櫻彩を吸わせて、シャトは再びさらさらと筆を走らせる。彼女の懐に、より深く入り込む為に。

『美彌子さまへ
 ええ、うつくしい終焉に成るでしょう。何せ主役は、白鷺連盟の皆さんなのですから。――だって、貴女がたは“花鳥風月”。きっと綻びもしない友情で結ばれている。だから私は、ただの影法師で好いのです。
 さあ、「革命」と云う至高の題材を世に知らしめて、同志を募りましょう。そして総てが終わったら、後世には記録だけが遺るの。そう、記録だけが。
 ……私の野心を、貴女にだけは打ち明けるわ。
 私は自分の文章を、センセーショナルな物語を以て「永遠」に昇華させたいのです』

 最初の誘い掛けよりも、聊か感情を籠めてみた。如何にも、文豪らしい“業”を感じさせる伝言だ。静かな其の昂りに触発されて、女王も胸の裡を吐露して呉れることを願い乍ら、紫陽花の乙女は王子様へと席を譲った。
 席に着いたエドガーは、自信が遺した伝言の下に綴られた文字を追い掛ける。美彌子は彼にも、ちゃんと返事を書いていたようだ。

『王子様へ
 まあ、女子高に王子様なんて。夢の様なお噺ですわね、ホホホ……。宛ら、見聞を広める為の旅路の途中――と云うことかしら。
 わたくしのことを知りたいなら、よろしくてよ。わたくしが望んで居るものは、平等とか、自由とか、高潔とか……そう云った、綺麗で心地好いものですわ』
 
 読み終えたエドガーは、困った様に首を捻る。女性の気持ちはよく分からないけれど、彼女の望むものは余りにも「潔癖すぎる」様に想えた。然し、関心が在るのは其処では無い。問題は、美彌子が世界を変えたい理由だ。羽ペンを手にもって、エドガーは暫し机と向き合い続ける。

『私はね、目的のために様々な世界を巡っているんだ。豊かな世界が在れば、貧しい世界も在った。みんなが悲しんでいる世界も在れば、誰も彼もが愉しそうな世界も在ったよ。ココは、どんな世界なんだろう。ねえ、君はこの世界のことをどう思う? 
 ――もし君が望むように世界を変えられるとしたら、どうしたい?』

 漸く、問を編むことが出来た。
 革命を起こそうとするのは、つまり「世界を変えたいから」である。そして其処には、必ず理由が有る筈だ。若しくは、何らかの展望が……。
 伝言を綴り終えたふたりは、目配せをひとつ交わして、図書室を後にした。明日には、答えが返って来るだろうか――。



 更に次の日。
 ラムプを揺らして、ふたりはまた図書室を訪れる。幸か不幸か、埃っぽい匂いにも、もうすっかり慣れて仕舞った。今度はエドガーが長机へと歩みを進めて、頁をはらはらと捲って往く番。昨日、彼は美彌子に革命の展望を問うた。今はただ、綴られているであろう、其の答えが気に成って居る。

『王子様へ
 貴方が仰る通り、憂き世は総て不平等。其れは、此の世界だって同じよ。「苦界」とは、よく言ったものね。
 だから、そうね。わたくしに力が在れば、――不平等が無い世界を作りたいわ。ひとつの椅子を取り合わず、座りたい人はみぃんな座れる。そんな優しい世界が欲しいの。ねぇ、分かって下さる?』

 其れは、果たして平等な世界なのだろうか。エドガーにはよく分からないけれど、取り敢えず彼女の主張は聴きだすことが出来た。後はどう諭したものかと想い乍ら、王子様は席を立つ。
 其れと入れ替わる様に席へと座るのは、もちろん乙女作家のほう。彼女が綴った仄暗い情熱は、果たして學園の女王に届いて居るだろうか。

『作家先生へ
 「永遠」を求める貴女のお気持ち。よく分かりますわ。わたくしも、ほんの少し前までとっても仕合わせで。この學園で過ごすひと時を、「永遠」にしたいと常々思っておりました。今は少しだけ不仕合わせだけれど……。やっぱり其の気持ちは、未だ変わって居ないわ。
 だから、貴女の綴る終焉を、きっと見せて頂戴な。
 そうして、どうか其の名を後世に轟かせて下さい。貴女の作品が永遠に成れば、わたくし達「白鷺連盟」もまた、永遠に成るのですから……』

 「永遠」と云う単語は、少女の裡に眠るセンチメンタルを、激しく揺さ振った様だ。女王の情緒は最早、作家の掌中に在ると云っても強ち過言では無かろう。
 まるで歓喜に震えて居る様な女王の歪な筆跡を、追い掛けていたシャトは、ふと。頁の一番下に、小さく伝言が綴られていることに気付く。

『おふたりとも、お茶会へいらっしゃい』

 どういうことかと、お互いに首を捻った刹那。
 がらがらと戸が開き、其処からゆるりとした足取りで、ひとりの少女が現れる。長い黒髪に白い肌、仏蘭西産のお人形めいたうつくしい貌。彼女こそ、噂の女王――白鳥・美禰子だ。
「作家先生に、王子様ね。なんて美しいの、御機嫌よう」
 長い黒髪をさらりと揺らして会釈する少女のほっそりとした頸には、黒いリボンが揺れている。ふわりと跳ねる其れを指先で撫で乍ら、美彌子はふたりに笑い掛けた。

「ようこそ、白鷺連盟へ」

 そんな科白と共に差し出されるのは、一枚のカード。よく眺めると、其処には地図と日付が記載されて居る。もしや、此れはお茶会の招待状だろうか。招待状に視線を落とした侭、紫陽花の乙女はかくりと小首を傾けた。
「……僕達を、仲間に?」
「ええ、私達はおふたりを歓迎しますわ」
 特に殿方をお招きすることなんて、滅多に無いのよ――。
 そう言ってころころと鈴音で笑う美彌子の姿を、エドガーとシャトは静かに見つめて居たのだった。
 太陽は眼下に広がる世界を、漸く照らし出そうとして居る――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

御形・菘

『はーっはっはっは! 美彌子よ、はじめまして!
巷で噂の超弩級戦力とは、邪神たる妾、御形・菘のことよ!
まさか今更、怯みはせんよな? 大事を為さんとするお主と、楽しく文で語り合いたいぞ!』

水面下でバチバチに心理戦を繰り広げつつ、巨悪同士が楽しい交換日記を続ける…ように見えるであろう?
妾の目的は、そうとは悟らせずに聞く立場へと回り、首謀者に心情や動機を徹底的に吐露させることよ
刺激を求める若人の心をくすぐる、妾の得意とする分野であるぞ?

『はっはっは、妾は「その時」になったら、宿願成就の壁となり、必ずお主らの前に立ちふさがる!
一目見れば分かるとも、楽しみにしているがよい!』



●図書室(弐)
 二日目の朝。
 蛇の如き下半身で旧校舎の床をぞろりと這い乍ら、御形・菘(邪神様のお通りだ・f12350)は目的の場所――図書室へと向かって居た。
 窓の外は未だ薄らと昏く、太陽と云う名のスポットライトは遥か彼方。代わりに指先で揺れるカンテラが、彼女の行く先を温かく照らし出して呉れて居る。
 果たして、図書室は最奥に在った。がらりと戸を引いたなら、長机の上に置かれたノートが金色の隻眼に映る。學園の紋章たる「白鷺」の絵が描かれた表紙は、遠めに見ても凛と気品を放って居た。
 ふと、昨日の朝に此処へ足を踏み入れた時の記憶が蘇る。菘が交換日記に綴った伝言は、確か斯うだ――。

『はーっはっはっは!
 美彌子よ、はじめまして! 巷で噂の超弩級戦力とは、邪神たる妾、御形・菘のことよ!
 ――まさか今更、怯みはせんよな? 生半可な想いで“あの弾”を手にした訳でもあるまい。妾は大事を為さんとするお主と、楽しく文で語り合いたいぞ! さあ、返事を寄越すが良い!』

 傲岸不遜で在り乍ら、挨拶も確り記した至れり尽くせりの言伝だ。「超弩級戦力」を自ら名乗る分かり易い挑発、されど、刺激に飢えて居る「少女」と云う生き物ならば、必ず自身の誘いに乗って来ると、菘はそう信じて居た。獣の片手でカンテラを揺らし、ひとらしい右手でノートを拾い上げたなら、返事を探して頁をぱらぱらと捲って往く。
 ――在った。
 昨日遺した伝言の下、繊細でうつくしい文字が嬉し気に踊って居る。まるで、待ち兼ねて居たと言わんばかりに。

『御形様へ
 御機嫌よう、初めまして。わたくしは白鳥・美禰子です。
 ホホホ……桜学府には貴女の様に、楽しい方もいらっしゃるのね。わたくし、神様とお話しするのは初めて。とても元気が宜しいのね。
 怯むだなんて、――とんでも有りませんわ。伝言を有難う、暫く交換日記にお付き合い下さるのでしょう。願ってもいない事です。其れとも、わたくしを捕まえにいらして?』

 淑やかな語り口とは裏腹に、行間から滲み出る強かさは隠せて居ない。此れは、中々に愉しい語り合いに成りそうだ。ひとらしい容の右手にペンを持ち、菘はカリカリと返事を綴って行く。
 軈てノートを机上に置いた邪神は、ずるりと床を滑り抜け、古き本が眠る部屋を後にした。禍々しさと神々しさの双つを纏った其の姿は、薄闇へと紛れて行く――。



 三日目。
 未だ昏い空の下、はらはらと舞う幻朧櫻はうつくしいが。其れに比べて、此の旧校舎の貧相さと云ったら目も当てられぬ。
 せめて、次の舞台がカメラ映えする様な――華やかな場で在ることを内心で願い乍ら、菘はずるりと図書室へ滑り込む。咋に挑戦的な女王へ向けて彼女が綴った伝言は、負けず劣らずに挑戦的なものだった。

『はーっはっはっは!
 覚悟は決まっておるようだな、それでこそ悪の首領よ! うむ、妾は何れお主を捕まえる。だが、其れは其れとして! 言い残したことが有れば、聞いてやろうと思ってな! 悠長に時世の句が読める程、戦場は甘くあるまい!
 それに、――お主の主張次第では、妾が其方に傾く可能性も有ろう? まあ、無いと思うがな! 美彌子よ、返事を待っているぞ!』

 不遜で何処までも愉し気な所が、如何にも菘らしい。然し、そんな彼女だからこそ、少女の複雑怪奇に絡んだこころを顕にさせることが可能であった。事実、右手で開いた頁に綴られていた返事は、前回よりも明らかに感情的だ。

『御形様へ
 「悪」なんて、心外ですわ。わたくしはただ、世界を真っ平で公正なものにしたいのです。貴女、「果物籠」と云う遊戯をご存じ? 一人一人、果物の名を割り当てられて、椅子を取り合うあの児戯です。世界の人々は皆、大人に成っても果物籠を続けて居るでしょう。わたくしは、そんなの間違っていると想いますわ。席は遍く総てのひとに、用意されるべきなのですから。
 才能も知恵も有るのに、寸での所で椅子に座れなかった“あの子”――陽ちゃんの気持ちがお分かりになって? そして其の椅子を奪って仕舞った、わたくしの気持ちがお分かりになって……』

 巧く、引き出せた。一見すると、「巨悪」の看板を背負ったふたりが、火花を飛ばし乍ら交換日記に愉しく励んでいる様に見える。されど――「美彌子」本人は恐らく気づいて居ないだろうが――菘は敢えて彼女を煽ることで、飾り立てぬ其の内心を白状させたのである。
 刺激を求める若者たちのこころを擽る方法は、よく心得ている。何せ彼女は、愉快な未来世界で退屈に喘ぐキマイラたちの関心をガッチリと掴んで居るのだから。
 噺を統括するに、白鳥・美禰子は罪悪感を抱えて居るのだろう。幼馴染が座れたかも知れぬ席を、自らが奪って仕舞ったと云うことからして――。恐らくは、進學の噺だろうか。
 そう当りを付け乍ら、菘は再び右手で返事を綴り始める。遠くの本校舎に騒めきが燈る前、邪神は蛇の半身をくねらせて、また薄闇に溶けて往った。


 四日目の朝が訪れた。
 今日も今日とて、代り映えしない朝だ。獣めいた左手にカンテラ揺らし、ずるりずるりと、慣れた調子で這いずれば常の如く、菘は図書室へと辿り着く。ノートは何時もの様に、机の上へと置かれて居た。表紙に描かれた白鷺を遠目に眺め乍ら、菘は昨日の記憶を辿って往く。彼女が遺した伝言は、正しく「挑発」であった。

『はっはっは――。
 成る程、お主の云わんとする事は分かったぞ! 勿論、その気持ちは分からぬし、共感も出来ないがな! つまりは、自棄を起こしているだけであろう? 或いは破壊衝動の発散と云った所か。
 ……良いか、美彌子よ。妾は「その時」になったら、宿願成就の壁となり、必ずお主らの前に立ちふさがる!
 なに、お主と妾は文字でしか知らぬ仲であるが……。一目見れば分かるとも、楽しみにしているがよい!』

 結局、彼女がどんな思いを抱いているかは読み解けたが、其の想いには共感が出来なかった。然し、ふたりはバチバチと愉しく火花を飛ばし合った仲だ。今更この程度のことで、美彌子が臍を曲げるとは思えぬ。果たして、返事は綴られて居るだろうか――。

『御形様へ
 分かって下さったなら、よろしくてよ。尤も、わたくし達のこころは通じ合わない様ですけれど……。きっと、見て居る景色が違うのでしょうね。あゝ、わたくしのこと、頭の可笑しな女だとお思いに成って? そう想うなら、きっと貴女は正しくてよ。幼馴染との路が分かたれる予感に自棄を起こして、銃を手に取るなんて。正気の沙汰では無いでしょう。
 ねぇ、地獄の淵では無くて、もっと安らかな場所で貴女と話をしてみたいわ。今度、お茶でも如何かしら?』

 うつくしくも強かな筆跡で綴られたそんな科白を、菘が隻眼で追って居ると――ガラリ。勢いよく、戸が開かれた。視線を向けた先に佇んで居たのは、長い黒髪をさらりと揺らした、うつくしいかんばせの少女。白鳥・美禰子だ。
「……神は神でも、蛇神様だったのね」
 キマイラである菘の姿を視界に捉えた少女は、パッチリと開いた眸を瞬かせて、ぽつりとそう呟いた。一方の邪神と云えば、得意げに胸を張って呵々と笑聲を響かせる。
「はーっはっはっは! 恐れ戦いたか!」
「いいえ。其のお姿、とても神々しくてよ」
 少女がゆるりと細い頸を振れば、其処に結われた黒いリボンがふわふわと揺れた。其の下に、例の黒鉄の首輪が隠されて居るのだろう。自然と其処へ視線を注ぐ菘を気にせず、美彌子は一枚のカードを靜に差し出した。
「お茶会の招待状よ、是非いらして」
 一度ゆっくりと話をしましょう――。柔らかに微笑む少女の頬を、太陽が温かに照らし出す。邪神の貌にもまた、太陽と云う名のスポットライトが降り注いだ。
 あえかな指先と、鋭い指先が、一瞬だけ近付いて。また、離れて往く――。

成功 🔵​🔵​🔴​

旭・まどか


年頃の“彼女”と交わす交換日記
普通に身分を明かして説得しても良いけれど
――それじゃあ面白く、無いでしょう?

どうせなら年頃の娘が食いつく話
『恋』と『愛』について、ご教授願おうか

僕は未だ恋を知らない
初心で奥手な子どもなんだと嘯いて
恋愛の凡てを教えてとは高望みだけれど
いろはに触れたいと願う事くらい、叶えられても良いと思わない?

君が想う恋をする事の良さ
愛する事の素晴らしさを謳って貰いたい
そして、そんな相手と出逢えた慶びを

より踏み入った“相談”が出来そうなら
恋と愛の違いも問うてみようか

どちらにせよ何を打たれても響かないけれど
字面の上でなら甚く感動した少女のフリをしてあげる
君が望む耳障りの良いことのはで



●音楽室(肆)
 二日目の朝。
 埃舞う旧校舎のなか、旭・まどか(f18469)はラムプを揺らし乍ら、最上階へ続く階段を黙々と昇って行た。華奢な脚が一歩を踏み締める度に、カツリカツリと、軽やかな音が周囲へ反響する。其の硬質な調べを聴き乍ら、少年は昨日自身が交換日記へ綴った伝言を脳内で思い起こして居た。

『高月ヤエ様
 ごきげんよう。高嶺の君に気安く話しかけること、どうか赦してくれる?
 君はいたく異性に人気が有るそうだね。隣町の男子校の生徒なんて、半数以上が君のファンなのだと友人が教えてくれたよ。同じ學び舎に通って居るのに、君はまるで違う星の人みたい。
 きっと君は、幾つもの戀を知って居る。けれども、僕は未だ戀を知らない。君は笑うかも知れないけれど、初心で奥手な子どもなんだ。
 「恋愛の凡てを教えて」なんて、きっと高望みだろうね。それでも、いろはに触れたいと願う事くらい、叶えられても良いと思わない?』

 少年は、學園に通う少女の振りをした。身分を明かして、真正面から説得を行う形でも良かったけれど。其れでは余りにも普通で、聊か面白みに欠ける様な気がした。どうせなら、彼女達の戯れに暫し付き合ってあげよう――。
 階段を昇り切れば、細い指先でガラガラと重たい戸を引く。ラムプから零れる灯で音楽室のなかを照らせば、ピアノの鍵盤蓋に置かれたノートが視界に映った。果たして、彼女のこころは掴めたのだろうか。カツカツとピアノの傍へと歩み寄った少年は、ノートに灯を寄せ乍ら、頁を静かに捲って往く。

『純情な貴女へ
 御機嫌よう。赦すだなんて、飛んでもないわ。話しかけて下さって有難う。
 ふふ、きっと私みたいな女が珍しいのよ。彼らにとってモダンガールは、河馬と同じなんだわ。ほら、京城から帝都の動物園に寄贈されて、一時期人気に成ったでしょう。あれとおんなじ……。
 けれど、そうね。私も告白しましょう。貴女の仰る通り、あの男子學校には私のアミ(愛人)が居たのよ。精々ひとりかふたり程度で、疾うにお別れしましたけれど。
 私に出来ることなら、何でも貴女にして差し上げたいわ。ネェ、なにを知りたいのかしら』

 年頃の娘には「戀の噺」が一番効くと思っていたが。想像以上に簡単に、高月・ヤエは喰い付いて来た。恐らく彼女は、面倒見の良い性格なのだろう。それに、思ったより奔放でも、莫迦でも無さそうだ。
 ゆえに、少し知的な遣り取りを交わすことにする。まどかは懐からペンを取り出し、紙上へさらさらと文字を走らせて行く。

『ヤエさんへ
 返事を有難う。君は親切なひとみたいだね。その厚意に甘えさせて貰おうかな。
 知りたいことは色々あるけれど――……君が想う戀をする事の良さ、愛する事の素晴らしさを謳って貰えたら。そして、そんな相手と出逢えた慶びを知りたいな。
 風の噂で聴いたけれど、もう直ぐ結婚をするんでしょう。おめでとうね』

 ――其処まで綴った時にはもう、外は白み始めて居た。
 帽子を目深に被り直した少年は、足早に音楽室から駆けて行った。開いた侭のノート丈けが、音楽室には残されて居る。



 三日目だ。
 旧校舎の陰気な雰囲気にも、段々と慣れてきた。わいわいがやがやと賑わう現校舎よりも、ともすればこころ落ち着くかも知れぬ。階段を昇り切った先、薄汚れた壁に出迎えられるのは、余り快く無いけれど。
 そうっと薔薇色の双眸で音楽室を覗き込んだ少年は、ガラガラと教室の戸を開ける。ラムプで中を照らすと、閉じられたノートが視界に入った。ヤエはちゃんと、返事を読んでくれたらしい。ピアノの傍らにラムプを置けば、白い指先ではらはらと頁を捲った。――綺麗に綴られた女文字が、ふと目に留まる。

『純情な貴女へ
 お祝いを有難う。あゝ、貴女も優しいひとね。
 戀をするとね、こころが風船の様にふわふわと浮き立つのよ。其れがとても、愉しくて愉しくて……。ほんとうに体もこころも軽くて、月まで飛んで行けるのではないかしらと、そう思ったくらいだわ。
 それからね、愛を知って初めて、私は孤独で無くなったの。沈む夕陽に独り涙する時も、夜の静寂に苛まれた時も。愛された記憶を抱き締めて居れば、不思議と温かな気持ちに成れるのよ。
 私は恋愛結婚では有りませんけれど。それでも、彼のことはきっと好きよ。なにより、彼以外のひとと幸せに成れる気がしないんですもの。だけど、良いひとと巡り会えた慶びは、ひとの言葉では綴れないわ。天使が四六時中、私の頭の中で喇叭を吹いて居る様なものですから……』

 筆跡には色々な感情が滲んでいた、丸い文字に少し角が付き始めて居る。少年は彼女の乙女心を解さない。綴られた言の葉からは、何も響いて来ないから。戀は熱病であり、傍から見ると狂気の沙汰。熱に浮かされた様な彼女の筆跡が、何よりも其れを証明して居た。
 小さく溜息を洩らし乍ら、少年はペンを執る。決して愛想が良いとは云えない彼だが、耳障りの言い言の葉くらいは紡げるのだ。其れが対面で無いのなら――。

『ヤエさんへ
 戀というものは、まるで病のよう。事実、君の綴る言葉を追い掛けていると、わたしの頰まで熱く成って来るみたい。きっと君はいま愉しくて、幸せなのだろうね。あゝ、とっても羨ましい……。
 そう、もうひとつ聴いても良い? 「戀」と「愛」に違いは有るものかな。なにせ初心なものだから、何方も同じようなものに想えて――』

 漸く、書き終えた。
 此の問いに満足のいく答えが返って来るなんて、少年は到底思って居ない。だから醒めた眼差しを己が綴った科白に向けた後、まどかはピアノへと背を向ける。
 さあ、學園に喧騒が戻ってくる前に、行かなくては――。



 四日目の朝が来た。
 まるで習慣の様に、今朝も少年はラムプ片手に音楽室へと足を踏み入れる。埃っぽい教室も、鍵盤蓋に置かれたノートも、すっかり馴染みの光景だ。ピアノへと脚を進めたまどかは、そうっと交換日記へラムプを寄せた。揺られた灯が芒と、丁寧に綴られた女文字を映し出す。

『純情な貴女へ
 また、むつかしいことを聴くのね。戀は「過程」で、愛は「結果」だと想うのだけれど。でも、それだけでは余りにも夢が無いかしら……。
 戀って、魔法の様なものよ。ある時、行き成り解けて仕舞うの。ネェ、鶴に戻った女房を愛せる殿方が居て? もし居たとしたなら、それは紛れもない愛では無くて? ――ええ、きっとそうよ。戀は「盲目」で、愛は「受容」だわ。
 戀の噺が気に成るなら、お茶でも一緒に如何かしら』

 其処まで読み終え、まどかはパタンと頁を閉じた。案の定、彼女の言葉は其のこころに響かない。だから、もう話すことは無い。けれど、接触の機会を逃すのも如何なものか。
 ゆっくり思考しようと、少年がピアノ椅子に腰を下ろした瞬間。教室の戸がガラリと開いた。薔薇色の双眸が振り返った先には、波打つ黒髪の乙女が居る。
「……ヤエだね」
「ええ。――貴方も、殿方だったのね」
 椿めいた艶やかな彩の唇が、苦笑のような容を描く。そんな彼女の貌を、まどかは表情ひとつ変えずに見つめて居た。
「折角だから、茶会には招待されてあげる」
「ふふ、願っても無いことだわ。招待状をどうぞ」
 此方へと歩み寄って来た少女から素直に白いカードを受け取れど、少年は其方へ碌に目も呉れず、ただ彼女の細い頸へと視線を注いでいた。
 其処にはリボンも首輪も無い。
「――君達は揃いの首飾りをしていると聞いたけど?」
「可愛い子達に差し上げたわ。私には、似合わないもの」
 眉を下げながらはにかむ少女の言葉を聴いて、同志の徴は仲間が回収したのだと思い至った。けれども、彼女は未だ『白鷺連盟』の一員として此処に居る。恐らくは、友人を諫める心算なのだろう。ならば、彼女に言えることはひとつ。
「好きにすればいい。君がそれを望むなら」
 素っ気無く零した後、カードへと視線を落とす。もう、ラムプの灯は要らない。薄汚れた窓から射し込む太陽は、少年の整った貌を静かに照らし始めて居た――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィオレッタ・フルリール

どなたにお送りするかはお任せしますわ。
サクラミラージュ……こんなに栄えている世界ですのね。

では、一筆。
(懐から取り出すのは、遠き阿弗利加の銘木パープルハート材のペン。インクは菫色)

『お母様に厳しく躾けられたのですけど、そのせいで世の中の事が上手く分かりません――』
……これは、事実ですわね。戦う事ばかり教えられて、世の中の仕組みも、何が悪くて何が善いのかも、ピンときませんもの。

『遠い世界、鋼鉄の絡繰巨人が闊歩する世界のユーベルコヲド使いと云ったら、驚かれまして?』
(デフォルメしたキャバリアの絵を横に描いて)


『革命を成した結果として、貴女方の恵まれた生活が崩れ去ったらどうします?』



●家庭科室(壱)
 旧校舎の一階にある広い教室に、レプリカントの少女――ヴィオレッタ・フルリール(蛍石・f29984)は居た。流し台と机と椅子が沢山ある教室だ。見た所、料理をする部屋の様に想える。不思議に感じたヴィオレッタが、カンテラの灯で入口上部に備え付けられたプレェトを照らした所、此の教室は「家庭科室」と銘打たれていた。
「料理を學ぶ場所なのでしょうか……」
 斯ういう平凡な学生生活とは無縁な半生を送って来た故、彼女は學園の文化がよく分からない。けれども、分かることがひとつ丈け。
「このサクラミラージュは、こんなに栄えているのですね」
 大地に轟くマシンの地響きも、空から降り注ぐ爆撃も、此の世界には無いのだ。
 大きな學園が有って、敷地には旧校舎までご丁寧に遺されて居る。子ども達は戦う術では無く、勉学を学んで居て。顔も知らぬ人と、言葉で交流を図る余裕が有る。
 なんだか新鮮に想い乍らも、ヴィオレッタは教卓の上に置かれたノートを捲って往く。其処には、将来への不安だとか、戀の噺だとか、人間関係の悩みだとか。少女たちの様々な想いが綴られて居た。誰ひとりとして、戦禍でいのちを喪う心配などして居ない。あゝ、なんて平穏な世界なのだろう――。
「……では、一筆」
 カンテラを机上に置いたのち、少女が懐から取り出すのは、遠い阿弗利加から遣って来た「パープルハート材」で造られたペン。艶やかな紫の光沢を放つ其れから、白い紙に滴るインクは菫彩。
 故人曰く、郷に入れば郷に従え。此処は悩み相談を気取ってみよう。

『勝花陽子さま
 はじめまして。ご挨拶は「ごきげんよう」で、合っているでしょうか。交換日記を綴るのは初めてなのですが、ひとつ相談をさせて下さい。
 私はお母様に厳しく躾けられたのですけど。そのせいで、世の中の事が上手く分かりません――……』

 其処まで綴って、ふと貌を上げる。確かめる様に、紫の双眸で何度も自身が紡いだ言の葉を追い掛けた。猟兵として、調査活動に挑むのは初めてだ。嘘を綴るべきか、真を綴るべきか、迷った末に揺れるペン先に全てを委ねた結果が、斯う――。
「これは……事実ですわね」
 ――何が悪くて何が善いのかも、ピンときませんもの。
 思えば戦うことばかり、母からは教わって来た。其れは、彼女があの闘争溢れる世界で生き残る為に必要だったけれど……。その代わりに「健全な社会」について学ぶ機会は、喪われて仕舞った。
 世の中は「何」で構成されて居るのかさえ、彼女には分からない。少し悩んだのち、ヴィオレッタは菫彩の軌跡を更に咲かせて行く。

『もし宜しければ、貴女が想う「善」と「悪」について。お話を聞かせていただけませんか。私には本当に、何も分からないのです』

 レプリカントの少女は軈て、筆を置いた。何度も読み直して満足気に頷けば、ペンを懐に仕舞い込み、ノートを閉じて家庭科室を後にする。別に答えは求めて居ないけれど、健全な社会のひとの言葉を聞くこともひとつの学びと成るだろう。



 次の日の朝が来た。
 外では時間に関係なく、薄紅の花弁がひらひらと舞い降りて来る。雪のようだと想い乍ら、ヴィオレッタは旧校舎へと今日も潜り込んだ。軈て家庭科室へと辿り着けば、其の戸をガラリと開き、薄闇のなかノートを探す。カンテラの灯は直ぐに、教卓に置かれた交換日記を照らし出して呉れた。返事に思いを馳せ乍ら、頁をそっと捲る。

『無垢なきみへ
 ごきげんよう! ふふふ、だいじょうぶ、挨拶はそれで合ってるよ。
 あー……この學園、ご両親が厳しい家多いよね。お母さんはきっと、きみが好きだから厳しくしたんだろうけど。知らない世界が多いのは、やっぱり不安だよね。あたし、きみに買い食いの楽しさとか、寄り道の楽しさを教えてあげたいな。
 善と悪かー。美彌子の方が、そう云うの詳しいけど……。きみはあたしを頼ってくれたんだよね。うん、じゃあ、頑張って考えなきゃ!
 えっと……あくまで、あたしの考えなんだけど。誰かを傷つけることが「悪」で、誰かを幸せにするためにすることが「善」なんじゃないかな?』

 陽子が綴った文字は、其の語り口と同じく伸び伸びとして居た。日記に伝言を綴っていた一般生徒と比べて、随分と活発な印象だ。そう云う気取らない所こそ、彼女が人気である理由なのだろうか。思考回路を目まぐるしく回転させ乍ら、ヴィオレッタはそんなことを考える。軈てパープルハートのペンを取り出した後、彼女は菫のインクで再び伝言を綴って行く。

『勝花陽子さま
 ごきげんよう。お返事をありがとう御座いました。
 何処の家庭のお母様も、矢張り厳しいのですね。買い食いに、寄り道。ぜひ教えて下さいませ。何をするにしても、貴女といると楽しそうですから。
 成る程、人を幸せにすることが「善」で、傷つけることが「悪」なのですね。……けれど、私の故郷では人と人が傷つけ合って居ますわ。
 遠い世界、――鋼鉄の絡繰巨人が闊歩する世界の「ユーベルコヲド使い」だと私が自己紹介をしたら、驚かれまして?』

 脳内に焼き付いた記憶を辿り乍ら、少女は伝言の傍らにキャバリアの絵を描く。3頭身位にデフォルメした、愛らしい絵だ。其の出来栄えに満足気に頷いたのち、もう一度ペン先をすらすらと動かした。

『どうして、私が此処に来たのかお分りでしょう。聴けば白鷺連盟の皆さんは、「革命」を謳っていらっしゃる様子。けれども……。
 革命を成した結果として、貴女方の恵まれた生活が崩れ去ったらどうします?』

 其れは、確信を突いた問いであった。
 果たして陽子から、如何なる返事が綴られて来るだろうか。ほんの少し丈け、そわついた想いを抱きつつ。ヴィオレッタはノートを元の場所へと戻し、家庭科室から出て行った。



 また、朝が来た。
 豊かな此の世界の光景にも、少しずつ慣れて来た気がする。ヴィオレッタは、焦げ茶の髪とカンテラを揺らし乍ら、またしても家庭科室へと足を踏み入れた。相変わらず、人の気配は無い。迷うことなく教卓へ進めば、其処に置かれたノートをぱらぱらと捲る。

『無垢なきみへ
 お返事ありがとう。その絵、陸軍のナントカって云う部隊の武装と似てるね。きみが描いたそれの方が、ずっと格好いいけど……。
 きみ、桜学府のひとなんだ。あー……遠い世界って云うと、露西亜とかその辺かな。それとも、あたしが知らない場所かな。うん、驚いたよ。――正直に云うと、今ちょっと指が震えてる。
 あたしは、日常が崩れ去るのなんて、イヤ。それに、誰かが傷付いたりするのも、イヤだな。だから、美彌子を止めたいんだけれど勇気が無くて……。
 今度、白鷺連盟のお茶会があるの。桜学府のひとが来てくれたら、美彌子も考え直すかも。ねえ、来てくれる――?』

 返事は其処で終わって居た。どうやら『白鷺連盟』は一枚岩でも無く、陽子は革命に反対している立場らしい。どう返事をしたものかと、ペンを弄っていると――ガラリ。唐突に、扉が開いた。振り返ったヴィオレッタの双眸に映るのは、髪をカールさせた少女の姿。
「……えっと、櫻学府のひと?」
「勝花陽子さん、ですわね」
 気まずそうに視線を泳がせる少女へ頷き乍ら、ヴィオレッタは彼女の頸元を観察して居た。黒いリボンも、頸輪も、其処には無い。味方だと思って良いのだろうか。
「これ、お茶会の招待状。もし良かったら……」
 おずおずと差し出されたカードを、レプリカントの少女はそっと受け取った。視線を落とせば、其処には地図と日付が描いてある。
「あー……一応形式だけ。白鷺連盟へようこそ」
「ご招待、有り難くお受けしますわ」
 気づけば、外は明るく成って居た。騒乱の気配は、少しずつ遠く成って往く――。

成功 🔵​🔵​🔴​

泡沫・うらら


危な気無く遠ざけられるいのちがあるならば
彼女はこの舞台からご退場願いましょう

ねぇ、お優しくて臆病な貴女

ハルさん、貴女は、日々を謳歌していはる?
彼女達と重ねる一日一日の本当の価値を、理解してはるやろか

限りあるいのちの中
彼女達と過ごせる時間はとても短くて
とても、尊い

過ぎてからではもう遅いから
失ってからではもう、取り戻せへんから

ねぇ、今だけよ
貴女が――貴女たちが、この場で留まっていられるのは


このままでええと、そう思てはる?
それとも、

貴女の迷うこころがあるならば、うちにお聞かせ願えませんか
すこぉしくらいやったら貴女のその憂い
晴らすお手伝いが出来るやもしれませんよ

流れる字体で、問いかけてみましょうか



●理科室(弐)
 疾うに棄て置かれた旧校舎は、埃が待っている所為か、何処か息苦しかった。人魚の容をしたキマイラ――泡沫・うらら(夢幻トロイカ・f11361)の胸が、ちくりと疼く。
 彼女はいま、古ぼけた理科室に居た。罅の入った硝子棚と云い、其の中で転がる胡乱な瓶と云い、余り長居をしたい場所でも無い。
 ふよふよと軽やかに宙を游ぐ人魚は、カンテラで周囲を照らす。灯のなか芒と浮かび上がるのは、愛らしい小花柄のノート一冊。
 奇麗に整えられた指先で其れをぱらぱらと捲れば、少女たちの密やかな遣り取りが翡翠の如き双眸に流れ込んで来る。そして、それに細やかに答える少女の誠意も……。
 グラッジ弾は、ひとを傷つける為の道具だ。けれども、危な気無く遠ざけられる“いのち”が有ると云うのなら、
「彼女には、この舞台からご退場願いましょう」
 長い睫を伏せ乍ら、ぽつりそう囁いて。うららは、そうっとペンを執る。流れる様に清らかな字で綴るのは、こころを籠めたしなやかな言の葉たち。

『――ねぇ、お優しくて臆病な貴女。ハルさん。
 あと半年もしたら、三年生は卒業やね。そしたら皆さん、それぞれ別の道へと進んで行くのでしょう。もう逢うことが無い人も、きっと居るでしょう。
 ねぇ、貴女は、日々を謳歌していはる?
 彼女達と重ねる一日一日の本当の価値を、理解してはるやろか。限りあるいのちの中、彼女達と過ごせる時間はとても短くて。――とても、尊い。
 どうして、うちがこんな事を云うのか。聡い貴女なら、もうお分りでしょう』

 お返事を待って居ます、と最後にゆるり綴って。うららは、パタリとノートを閉じた。別離の哀しみは、身に染みて分かって居る。そして、何気ない日常の尊さも……。
 彼女達の道行きを憂う様に瞼を閉ざし、うららは宙をふわりと舞う。尾鰭をゆうらり優雅に揺らし乍ら、人魚は廊下に広がる薄闇のなかへと泳ぎ往くのだった。



 二日目の朝が訪れた。
 まるで海のなかを往く様に宙を游ぎ、白いドレスの裾とカンテラを揺らし、うららは理科室へと辿り着く。扉をガラリと開いたならば、躊躇う事無く辛気臭い其の教室へと潜り込んだ。薄灯で周囲を照らせば、ノートの元まで飛んで行き、ぱらぱらと頁を捲る。如何にも几帳面そうな筆跡が、ふと視界に入った。

『名も知らぬ貴女へ
 御機嫌よう。ええ、貴女が仰る通り。もう直ぐ私達の青春は、終わりを告げるのでしょう。そうして誰もが何時か、肩を寄せ合いこころを結び合った、うつくしき學び舎日々を忘れて仕舞うのでしょう。
 謳歌、していると思います。高校生に成って漸く、「友達」が出来たんです。離れ難く、嫌われたくない、大事な友達が。
 ……心当たりは、ありますね。けれども、此の日々を大切に想うからこそ、私は如何すれば良いのか分からないのです。こんな時、お勉強は何も役に立ちませんね』

 綴られた文字は、微かに震えていた。教科書みたいな固い筆跡が、所々ブレて居る。こころを揺さぶることが出来たなら、きっと言葉も届くだろう。
 人魚は再び筆を執り、紙上にさらさらとインクを流して行く。紡ぐ言の葉は厳しくも優しく、其処に籠めた想いは何よりも温かだ。

『そう……。お友達のこと、大切なんやね。ならば、猶更よ。過ぎてからでは遅いから。失ってからではもう、取り戻せへんから。本当は、気づいて居るんでしょう。
 ねぇ、今だけよ。貴女が――貴女たちが、この場で留まっていられるのは。
 このままでええと、そう思てはる? それとも……』

 其処まで綴って、ペンを置く。重たい溜息を赤い唇から零し、人魚はゆるりと宙を舞った。そう、喪われたひとは、もう戻って来ないのだ。どんなに探し求めたとしても。
 理科室を游ぎ出たうららは、廊下に広がる薄闇のなかへ潜って往く。今ばかりは深海の冷たさが、何故だか戀しい様な気がした。



 三日目だ。
 彼女――風間・ハルの背中を少しは押せただろうか。そんなことを考え乍ら、うららは理科室に游ぎ入る。薄昏い世界のなか、窓の外ではらはらと舞い散る櫻だけが、嘘みたいにうつくしい。
 何時もの様に灯を照らして、教室の中を確認する。見慣れたノートを見付ければ、尾鰭を振り乍ら其れを覗き込んだ。お手本みたいなハルの文字は、分かり易く乱れて居る。

『ええ、ええ。分かって居ます。私達は、美彌子さんは、ブレーキの無いトロッコへ乗り込もうとして居るのです。しかも、大勢の人を巻き込む形で……。
 でも、私に何をしろと云うの。こんな私に、何が出来るって云うの』

 大人しいハルのこころが、少しずつ揺れて居た。痛々しい心情を吐露した彼女に、どんな言葉を掛ければ良いのだろうか。
 彼女達より幾分か年長のうららが出来るのは、手を伸ばしてあげること。彼女はさらさらと、返事を紙上へ綴って行く。

『いいえ、いいえ。出来ることは、きっと有る筈よ。
 貴女に迷うこころが有るならば、うちにお聞かせ願えませんか。すこぉしくらいやったら貴女のその憂い、晴らすお手伝いが出来るやもしれませんよ』

 嘘偽りの無い「救いたい」と云う想いが、ハルにもちゃんと届くと良い。願いを籠めてノートを閉じれば、うららは尾鰭を揺らして、理科室の外へと游ぎ往く。漸く陽が昇り切った所だと云うのに、もう夜明けが待ちきれ無かった。



 四日目の朝が来た。
 ほんの僅か急くこころを戒め乍ら、人魚はゆうらりと旧校舎のなかを游ぎ往く。軈て何時もの理科室へ辿り着けば、軽やかな動作で中へと飛び込んだ。カンテラの灯を頼りにノートを探して、白い指先ではらはらと頁を捲って往く。お手本通りの綺麗な文字が、ふと翡翠の双眸に飛び込んで来た。

『私は――……革命なんて、したくない。
 だって、恐ろしいじゃありませんか。沢山の人々が、凶弾に倒れて往くのでしょう。私は其れよりも、四人でもっと素敵な思い出を造りたいのです。
 けれども、臆病な私は逃げ出す勇気も、友達を止める勇気も持たないのです。あゝ、お願いです。どうか、助けて下さい』

 勿論よ、と返事を綴ろうとした時。ガラガラと理科室の戸が開いた。
 視線を其方へ流せば、黒髪をおさげに結ったまあるい眼鏡の少女がひとり。ぱっちりとした其の双眸は、ほんの僅かに赤く成って居る。
「あ……貴女が、交換日記の」
「ハルさんね」
 うららは静かに首肯して、ふよふよと彼女の元まで游いで往く。彼女の視線は、彼女の細い頸に揺れる、黒いリボンへと注がれていた。

「それ、苦しいでしょう」

 少し丈け、指先を伸ばす。リボンの片方を優しく引けば、――しゅるり。其れは余りにも呆気なく、床へと解け落ちて行った。
 後に残るは、少女に似合わぬ黒鉄の頸輪のみ。
「……ええ、外します」
 まるで、ネックレスでも外すかの如く。少女は頸の後ろへと、己の手を回す。カチャリ、軽い音が響いた時にはもう、物騒な首輪は外されていた。
「有難う御座いました。……肩の荷が降りた気分です」
「うちは何も。貴女が自分で決めたことやから」
 はにかむ様に微笑む少女へ頸を振って、うららは花唇をそうっと弛ませる。安堵の彩が、其の聲に僅か滲んで居た。
「これ、お茶会の招待状です」
 一通のカードをうららへ差し出し乍ら、少女はふと睫を伏せた。其の眸の端には、透明な雫が溜まって居る。
「お願いします。美彌子さんのことも、助けてあげて下さい」
 大事な友達なんです――。そう深々と頭を下げるハルの指先から、招待状を受け取って。うららは穏やかに首肯して見せた。
 薄汚れた窓から射し込む陽光は今、ふたりを優しく照らして居る。

成功 🔵​🔵​🔴​

コノハ・ライゼ

美彌子

まずは匿名の非礼を詫びておきましょうか
文章ってのは相手の表情が見えないからやり難いンだけど
ま、交わす内に少しでも相手が知れりゃ、ネ

そうネ、こんな悩みを相談しましょう
目指したい道への周囲の理解が得られない
大事な友達に打ち明けてみたら友達にも反対され、考え直さねば縁を切るという
道は諦められず、友達とも離れたくない時、どうしたら?
……そう、彼女達の状況に似せた内容をネ

加えて心を落ち着かせる為にとか理由つけて
息抜きの仕方や好きなモノ、その理由ナンかも聞いてみましょうか
好きなモノを語る時って本音が出やすいもの

返事をなぞりながら事前に聞かされた情報を想う
本当に仲間はずれなのは、さあ誰なのカシラ



●図書室(参)
 學園の敷地内に捨て置かれた侭の旧校舎を、コノハ・ライゼ(空々・f03130)はゆらゆらと歩き往く。細い指の先で揺れるカンテラは、青年のすらりとした容を薄闇に芒と浮かび上がらせて居た。
 彼が此処に足を踏み入れるのは、昨日の朝以来となる。少女の振りをして、青春に悩む繊細なこころを綴ったことは記憶に新しい。

『美彌子さま
 御機嫌よう。先ずは匿名で伝言を綴らせて頂く非礼、どうかお赦しください。こんなこと、貴女以外には知られたく無いのです……。
 美彌子さま。私は、如何しても目指したい路が有るのです。あゝ、其れなのに、先生も両親も、一向に理解を示してくれません。それどころか、一等仲の良い大事なお友達にさえ、反対されて仕舞ったのです』

 子供の扱いには慣れて居るし、商売柄うまく愛想も振り撒けるけれど。正直な話、相手の表情が見えない「文章」での遣り取りは、どうも遣り辛い。向こうが此方を懐に入れる気に成ったか否か、判断が付き兼ねるのだ。それに、コノハの美点は誘う様な甘い聲と、涼し気な流し目を呉れる目許に有るのだから――。
 上手くいったカシラ、なんて。独りごち乍ら、青年は一階の奥に在る図書室の扉を開ける。カンテラで中を照らせば、机の上にぽつんと置かれた交換日記が薄らと目に入った。カツカツと靴音を響かせ乍ら近寄って、頁をそうっと捲ってみる。

『悩める貴女へ
 御機嫌よう。貴女の悩み、聞かせて下さって有難う。
 お気の毒なこと。貴女の遣りたいことを、皆さん理解して下さらないのね。一番のお友達すら分かってくれない、其の口惜しさ。わたくしにも覚えが有りましてよ。
 まるで、広い世界に独りきりで置き去りにされた様な、寂しい気持ちに成るでしょう。そして、其の選択の正しさを疑いたくなるでしょう。
 けれども、決して屈してはいけませんわ。女がそんなことを想う時は、必ず世界の方が間違って居るのですから……』

 彼女の現状に似せた「物語」は、想像以上に女王の関心を招いたらしい。美しい筆跡で綴られた文字は、少女の悩みに寄り添う様に優しかった。
 然し其の科白に滲む強かさは、隠せはしない。自分は正しいのだと云う「自信」が、白鳥・美禰子には在るようだ。
 ――ならば、その自信に漬け込む形で懐に潜り込む迄。
 コノハはペンを執り、さらさらと伝言を綴って行く。独りぼっちの世界で誰かに縋りつく、あえかな少女を演じ乍ら。

『美彌子さま
 あゝ、貴女なら私の想いを理解してくださると信じて居ました。その優しい言の葉たちは、私の哀しさと寂しさを、どれだけ救ってくれたでしょう。
 それでも、こころは未だ血を流して居るのです。彼女ならきっと、温かく背中を押してくれる。私の指先を取って、優しく励ましてくれると、そう信じて居ましたのに……。
 彼女は「考え直さなければ縁を切る」とすら申しました。
 私にとって、彼女は大事なお友達です。離れるなんてこと、考えたくも有りません。けれども、志す路を諦めることも出来なくて……。
 ねぇ、美彌子さま。こういう時、どうしたら?』

 此れは、いまの美彌子に対する問い掛けでもある。もし白鷺連盟の面々が彼女に歯向かい、独り理想の淵に取り残されたとして。其の時、彼女はどのような選択を取るのだろうか――。
 革命に固執する者が最終的に取り得る路なんて、自害か他害に決まって居るけれど。何故だか其のことが、無性に気に成った。
 ノートを閉じて、ペンを懐に仕舞い込めば、コノハは図書室を後にする。薄汚れた窓の外から見える空は、寂しい紫彩をして居た。



 三日目の朝だ。
 まるで散歩をする様な軽い調子で廊下を抜けて、青年は図書室に辿り着く。カンテラで広い室内を照らせば、昨日と同じ場所にノートは置かれて居た。直ぐに歩み寄り、灯を寄せて頁を手繰る。今日も無事に、返事は綴られて居る。

『悩める貴女へ
 本当に、胸が締め付けられる思いですわ。貴女は茨の路を進んでいるのね。そして、その路を諦めたとしても、お友達との間に出来た溝はそう簡単に埋まらないでしょう。心中、お察ししますわ。
 わたくしなら……とても悩んだ末に、「我」を優先します。
 一度はこころが通じ合った子なら、わたくしが其の路を選んだ理由を何時か必ず分かってくれるもの。だから、一時の別れと割り切るわ』

 其処に綴られた思いはきっと、美彌子が陽子に抱いている想いでもあるのだろう。しなやかに見えて、彼女は我の強い気性でもある様だ。喩え総てが敵に成ろうと、信じる道を突き進んで行くのだろう。丁寧に綴られた返事を指先で、つぅ――と儗りながら、コノハは口角をふわりと弛めて見せる。
「本当に仲間はずれなのは……さあ、誰なのカシラ」
 一見すると、唯一首輪をつけて居ない陽子が、仲間外れの様に想える。けれども、本当にそうなのだろうか。
 ひとりは大義に背を向けて、ひとりは大義を背負う勇気もなく、ひとりはただの賑やかし。大義を抱き革命を謳って居るのは、白鳥美彌子ただ独り――。
 彼女の覚悟はよく分かった。ならば次に知りたいのは、その為人だ。飾り立てぬ其のこころの裡を聴くことで、説得の材料を得ることも出来るだろう。青年は紙の上、ペンをつらつらと走らせて往く。

『美彌子さま
 有難うございます。貴女のお話、とても参考に成りました。私は貴女の様に強くは有りませんから、結局は世界の方に遣り籠められて仕舞いそうですけれど。それでも、行ける所まで這いずってみようと思います。
 あゝ、此れからのことを想うと、不安で胸が苦しくなるの。美彌子さま、貴女は心を落ち着かせる為に、どんな風に息抜きをなさるのかしら。貴女の好きなもののお話、ぜひ伺いたいのです。息抜きに成るでしょうから……』

 其処まで綴り終えたら、青年は背伸びをひとつ。薄汚れた窓の外は、段々と白み始めて居る。相変わらず、寂しい彩だ。黄色い喧騒が學園に響き渡る前に、早く此処から出なければなるまい。コノハはカンテラの灯を消して、図書室を後にした。こころの何処かで、彼女からの返事を楽しみに想い乍ら。



 四日目が訪れた。
 此の校舎も、古ぼけた図書室も、すっかり見慣れて仕舞った。埃被った本棚も、もはや風景のひとつと化して居る。何時もの様に図書室へ潜り込んだ青年は、カンテラの灯を寄せて、今日もぱらぱらと交換日記の頁を捲って居た。女王のうつくしい筆跡は、昨日もまた紙上に綴られて居る――。

『悩める貴女へ
 前向きに成れたのなら、良いことよ。川の浅瀬の様な憂き世でも、少し楽に息が出来るように成るでしょう。其れは、生きる為に必要なことよ。
 息抜きと仰って、よろしくてよ。わたくしは、お茶をするのが好き。英吉利のお茶に、加奈陀の蜂蜜を垂らして頂くの。豪州の角砂糖を入れて頂くことも有るわ。
 お茶を頂くと、こころがほっとするでしょう。わたくしはあの時間が、一等好きなのです。気忙しい世界が、ほんの少し丈け靜に成るのですから……。
 そうだわ。今度、わたくしたちのお茶会に遊びにいらして。きっとわたくし達、愉しくお話が出来るでしょう』

 何処か燥いだような筆跡を儗り乍ら、コノハは双眸をそっと伏せる。温かなお茶や料理がこころに如何なる恩恵を齎してくれるのか、料理人たる彼はよく知って居た。
 もしも茶の相手を入用ならば、付き合ってやるのも一興だろう。さて返事を綴ろうかとペンを執った其の時、ガラガラと図書室の戸が開いた。

「……まあ、殿方でしたの」

 涼やかな聲がする。振り返った先には、長い黒髪を揺らす、うつくしい少女が居た。ぱっちりと開いた大きな双眸は、青年の姿を捉えて不思議そうに瞬いて居る。
「お気を悪くされて?」
「いいえ、愉しいひと時でしたわ。招待状、受け取ってくださる」
 少女のあえかな指先が白いカードを差し出せば、コノハはすらりと伸びた指で其れを掴み取る。彼女の頸に揺れる、不吉な黒いリボンを見つめ乍ら。
「白鷺連盟へようこそ。貴方を歓迎しますわ」
「……ふーん、面白そうじゃナイ」
 仏蘭西人形の様なかんばせで、ふわり。美しく微笑む少女へ、コノハは不敵に笑って見せた。昇り始めた太陽はいま、スポットライトの如く、漸く舞台に揃ったふたりを明々と照らして居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

天音・亮

※お相手お任せ

くるりくるりペンを回す
さて、何を書こう?

私が書ける事で、彼女たちが興味を持ちそうな…
ああ、そうだ
女の子なら興味がありそうなことを書いてみようか
それなら私でも書けそうだし

きみの頬紅や口紅はどこで買った物だろう
その綺麗な髪はどうやってお手入れしてるの?
ふるまいはどんなところに気を遣っているんだろう
私はファッションとかなら自信があるんだけど
どうにも「女の子らしい振る舞い」っていう点では難点があるみたいだから
きみなら教えてくれるかな?

ふふ、この際だから
少しでも女性らしい振る舞いっていうものを身につけてしまおう
そわそわ綴る字は丸い癖字
側に猫の落書きなんかも添えたくなって走らせた橙色



●音楽室(伍)
 古びた此の音楽室へ最初に足を踏み入れた時、先ず最初に目に映ったのは交換日記では無く、部屋の隅に置かれた蓋が閉じられた侭の「ピアノ」だった。
 カツカツと踵を鳴らし乍ら室内を歩く、天音・亮(手をのばそう・f26138)の姿は華やかで、凡そ此の昏くて陰気な旧校舎には似合わない。
 けれども彼女は、弱きを護るヒーローだから。態々こんな所まで遣って来て、少女との交換日記に挑もうとして居る。
 ピアノに近寄った所で初めて、彼女は鍵盤蓋の上に置かれたノートの存在に気が付いた。其れを手に取った亮は、スマートフォンの液晶で手許を照らしつつ、ぱらぱらと頁を捲る。櫻彩に塗った爪先で追うのは、此の交換日記の持ち主――高月・ヤエが綴ったしなやかな其の筆跡。
 どうやらヤエは、戀をしたり、お洒落をしたりすることに関心が有る、等身大の少女らしい。亮が何処となく親近感を抱いたのは、嘗ての彼女もまた普通の日常を謳歌する「少女」だったから。
 任務など関係なく。楽しく話してみたい様な、そんな気がした。
 くるり、くるり。ペンを軽やかに回し乍ら、亮はひとり考える。さて、なにを書こうか――。
「あ、そうだ」
 弾かれたように娘は貌を上げて、愛らしい丸みを帯びた癖字を紙上に走らせて行く。女同志で話すなら“此の話題”が良いだろう。喩え住む世界が違おうとも、女の子なら誰しもが、興味を抱くことなのだから……。

『ヤエさんへ
 はじめまして。つい先日、きみの姿を校舎で初めて見かけたの。華やかな美人さんで、びっくりしちゃった。
 もちろん顔立ちも綺麗だけれど、お化粧も素敵だね。ねえ、きみの頬紅や口紅は、何処で買った物だろう。それに、その綺麗な髪。帝都で最近流行ってる「マルセル風」の巻き髪だよね。どうやってお手入れしてるの?』

 ――そう。太陽みたいな橙のペンで、亮が綴ったのは「お洒落」について。
 帝都の名の元に総ての国が統一された此の世界では、和風の趣と様々な国の文化が融合しており、独特のトレンドが常に巡って居るのだ。亮にとって、其れらは少し丈けレトロであるけれど、可愛くて趣深いのもまた事実。此の世界の少女達もきっと、日々お洒落に胸を躍らせて居ることだろう。
 そわりと胸を弾ませ乍ら、鍵盤蓋の上にノートを置いて。亮は音楽室を後にする。未だ時間はたっぷりあるのだ。陽が昇り切ったら、学生街に寄ってみるのも良い。婦人誌やキネマのなかには、此の世界の「可愛い」と「綺麗」が詰まっているのだから。



 次の日。
 空は未だ薄暗いけれど、亮の足取りは羽の如く軽かった。返事は来ているだろうか。メールと違って交換日記は、直ぐに相手の反応を確認できないから、もどかしい。スマートフォンで足元を照らし乍ら階段を昇り切って、娘は音楽室の扉を開ける。
 誰も居ない代わりに、ピアノの鍵盤蓋にはノートがぽつんと置かれて居た。亮は其方へ直ぐに駆け寄り、頁をぱらぱらと捲って往く。果たして、彼女が遺した伝言の下には、丸みを帯びたしなやかな文字が綴られて居た。

『愛らしい貴女へ
 ご機嫌よう。まあ、貴女は私を褒めてくれるのね。美彌子より私の方に関心を抱いてくれるなんて、なんて嬉しいことでしょう。
 お化粧を褒めて下さって有難う。口紅はね、「芙蓉堂」と云う所の物を使っているの。それから頬紅はね、戀人が呉れたのよ。彼が経営している会社「カメリア化粧品」の新色なのですって。貴女もお気に召したなら、ぜひ買ってやって頂戴ね。
 そう、此の髪型はマルセル風なの。街の美容院で巻いて戴いたのよ。お手入れは、如何かしら。椿の油を髪に馴染ませた後に、丁寧に櫛を通して居るわ』

 女の子らしい愛嬌に溢れた文章だ。「芙蓉堂」も「カメリア」も、亮が拠点とする世界には存在しないけれど、故にこそ興味をそそられた。また椿油が髪に良いことは、此の世界でも知られているらしい。
 なんだか話が合いそうで、胸が弾んで仕舞いそう。ペン先をそわそわと揺らし乍ら、亮は早速と橙のペンで返事を綴って行く。

『ヤエさんへ
 教えてくれて有難う! 頬紅は彼氏さんからの贈り物なんだね。だから、そんなに似合うのかな。今日の放課後、早速寄り道してみるね。カメリアの頬紅、私も欲しくなっちゃった。椿油も買いに行かなきゃ。
 それから、それから。ふるまいは、どんなところに気を遣ってる? 私は服装やお化粧には自信があるんだけど……。どうにも「女の子らしい振る舞い」っていう点では、難があるみたい。きみなら、教えてくれるかな?』

 文字ばかりでは素気無いから、かわいい猫の落書きも添えておいた。
 こうして言葉を交わす限り、ヤエは女の子らしい少女の様子。ならば、丁度いい機会だと亮は想う。この際だから、少しでも女性らしい振る舞いを身に着けたい。彼女に教えて貰うとしよう。
 どんなお返事が来るかな、なんて。そんなことを考え乍ら、亮は音楽室から軽い足取りで出て行くのだった。此の後、また街まで寄り道して仕舞おう。ヤエが話していた化粧品店は、モデルとして大変気に成って居るのだ――。



 更に次の日。
 亮はそわそわと、旧校舎の階段を昇って居た。女の子らしい振舞のいろは、少しは教えて貰えるだろうか。そして、自分はそれを実践できるだろうか。文字の遣り取りは断然、メールやメッセージアプリの方が便利だけれど。交換日記には、待つ時間や返事に想いを馳せることの楽しさが有る。
 軈て階段を昇り切った娘は、ガラリと音楽室の扉を開ける。もう液晶で路を照らすことも無く、何時もみたいにピアノへと脚を進めれば、其処に乗せられたノートを櫻色の指先で取り上げた。逸る気持ちを抑えつつ、頁をぱらぱらと捲る。

『愛らしい貴女へ
 ふふ、可愛い猫さんね。私は絵がヘタだから、可愛いものを描けるひとは尊敬します。ネェ……私は貴女のことを知らないけれど。それでも、魅力的なひとだってことは、充分に分かるわ。喩え「女らしい振舞い」が苦手だと仰ってもね。
 けれども、お望みならお教えします。
 私が心掛けて居るのは、ひとつひとつの動作を丁寧に、という点かしら。余裕のある振る舞いは、女を上品に見せてくれるの。
 後はね……常に「好きなひとに見られて居る」と思い込んで生活することも、女らしい振舞いを身に着ける為の近道かしら。気を惹きたい殿方の視線が有れば、胡坐を掻いたりなんてしないでしょう。それからね……あゝ、書ききれ無いわ。
 今度一緒に、お茶でも如何。貴女に話したいことが、たくさん有るの』

 返事は其処で終わって居た。
 肝心の亮は「勉強に成るなあ」なんて気持ちで、返事を読み進めて居たけれど。白鷺連盟の茶会に招待されて仕舞ったことに気付けば、涼やかな碧眼をぱちぱちと瞬かせる。革命を謳う少女達に、何を話して聞かせれば良いのだろう。
 取り敢えず返事を綴ろうと、太陽彩のペンを握り締めた其の時。ガラリ、と音楽室の扉が開いた。

「まあ……お星様みたいなひとね」

 私の教示なんて要らないんじゃ無いかしら――。入口に留まった侭そう云って、クスクスと笑う少女は外でも無い。高月・ヤエ、其のひとだ。亮は金絲の髪をさらりと揺らし乍ら、軽く頸を傾けて見せた。
「女の子らしいふるまい、教えてくれて有難う」
「どういたしまして。けれど、貴女は其の儘でも素敵だわ」
 仏蘭西のお人形みたいに綺麗だと、はにかむ少女の頸には、黒いリボンも首輪も無い。仲間の誰かが、上手いこと回収して呉れたのだろう。安堵の吐息を密に零した彼女へと、少女は控えめに一枚のカードを差し出した。
「貴女も桜学府のひとなのでしょう。お茶会への招待状、貰ってくださる」
「もちろん、喜んで。楽しみにしてるね」
 奇麗な櫻彩に染まった指先で其れを受け取った亮は、明るい笑みを咲かせて見せる。窓の外から射し込み始めた太陽に照らされて、彼女の金絲の髪はきらきらと、うつくしく輝き続けて居た――。

成功 🔵​🔵​🔴​

水衛・巽

匿名にて美彌子宛に
名は、そうですね、水衛とのみ名乗ります
尋ねられれば嘘もなく答えますが
猟兵という点は明言を避けます 今は、まだ

学園内でも才媛として名高い貴女のこと
学問でも解決できぬ矛盾、或いは世の理不尽に
思考を巡らす事もあるのでは、とコミュ力で興味を惹く
字は折り目正しく丁寧に

例えば、終わらぬ帝の治世
または天下泰平ゆえに名目ばかりとなった兵士
あるいは摩訶不思議な力を持つ銃弾、等々
彼女が目論んでいるであろう単語を端々に織り込む

ある程度警戒心が薄れた所で
不肖未熟の身ながら世の矛盾や理不尽について
いささか思う所ありと書き添え彼女の反応を伺いましょう
ご招待をいただければ良いのですが



●図書室(肆)
 打ち棄てられた旧校舎は、魔でも潜んで居そうな陰の気を孕んで居た。こんな所を遊び場としていたのなら、うっかり魔の差すことも有ろう。そんなことを想い乍ら、陰陽師の青年――水衛・巽(鬼祓・f01428)は、カンテラ片手に長い廊下を往く。
 疾うに高校を卒業して久しい身だ。斯ういう校舎には、郷愁を感じなくも無い。されど今は、學園の女王陛下のご機嫌が気掛かりだった。
 昨日の朝早くに自身が綴った伝言は、確か……。

『美彌子様
 御機嫌よう。匿名で失礼いたします。あゝ、けれどもし、貴女が私の名を其の指先で紡いでくださるなら。「水衛」と、そう呼んで下さいませ。
 この度、筆を執ったのは外でもありません。七百年も続く大正の世について、美彌子様の想いを伺いたかったのです。
 学園内でも才媛として名高い貴女のこと。学問でも解決できぬ矛盾、或いは世の理不尽に、思考を巡らす事もあるのでは……』

 そう、白鳥・美禰子が抱いているであろう世間への不満を、そうっと儗る様なものだった。人付き合いには多少、心得が有る。貴女が裡に隠している其の想いを、此方も抱えて居ますよと、思わせぶりに滲ませれば、大抵の場合は相手の関心を惹ける。
 果たして、彼女の場合は如何だろうか。
 最奥の図書室へと辿り着けば、懐かしい感触のドアをガラリと引いた。カンテラで部屋の中を照らす。中央に在る机の上に、白鷺の紋章が輝くノートが一冊。あれが、彼女との交換日記だ。
 其処へ歩みを進めたら、カンテラを机に置いて。流れる様な動作でノートを手に取り、ぱらぱらと頁を捲って往く。うつくしく整えられた文字が、藍彩の双眸にふと留まった。

『水衛さん
 御機嫌よう。清らかで素敵なお名前ですこと。わたくしは白鳥だから、勝手に相性が良いような心持に成っていてよ。
 ええ、本当に。学問だけでは解決出来ないことも、沢山ありますわ。其の中でも不平等は、特にイヤなものではなくて?
 わたくしのお友達に、高月さんと云う美しくて聡明で、ハキハキとした方がいらっしゃいますけれど。彼女は卒業後に家庭へ入るのですって。もしも職業婦人に成ったら、目を瞠る活躍をなさると思いますのに。勿体ないこと……。
 あなたは如何かしら。大正の世に、どんな不満を抱いていらして?』

 綴られた文字を読むに、興味は充分惹けたらしい。
 革命を謳う理由にも、少し丈け触れられた様な気がする。然し、口ぶりの割に熱意が読み取れない点が、多少気掛かりでもあった。恐らくは、男女の不平等以外にも、世界に不満を抱く理由が何か有るのだろう。
 巽はペンを手に取って、折目正しく丁寧に、紙上へ返事を綴って往く。櫻學府から派遣された者であることは、未だ、明かさない。

『美彌子様
 高月さん。あの華やかな方ですね。女性と云う丈けで、或いは結婚をすると云う丈けで、路を閉ざされてしまうこと、私も残念に思います。彼女も幸せに成れると良いのですが。
 それで、私の不満ですか。……例えば、終わらぬ帝の治世。七百年も玉座に坐すと云う彼の人は、もはや、神と大差ないでしょう。神に収められた世界など、箱庭のようで息苦しいでは有りませんか。
 そして、帝国軍の体たらく。あゝ、欧米諸国を相手に獅子奮迅の立ち回りを披露した、嘗ての勇猛さは何処へやら。天下泰平ゆえ、今の兵士達と来たら名目ばかり。
 私はそう、黒鉄の首輪を嵌めた彼等の主張が分からなくも無いのです。
 偶にラジオでも騒いでおりますね。摩訶不思議な力を持つ銃弾が、帝都の何処かで放たれたと。貴女は、彼等のことをご存じでしょうか』

 取り敢えずはと、動機として考え得るものを並べてみた。念のために、「グラッジ弾」を連想させる単語も並べて、反応を待つことにする。此れで彼女は、自身を幻朧戦線のシンパだと思い込んで呉れるだろうか。
 ペンを懐に仕舞い込んだ青年は、図書室を抜け出して、白み始めた外へと歩き出した。學園の至る所に植えられた幻朧櫻は、こんな時でもひらひらと、花弁をうつくしく散らして居る。



 此の校舎を訪れるのは三度目だ。
 カンテラを揺らし乍ら廊下を往けば、ただ彼の丈夫な靴音丈けが反響する。ゆらゆらと揺れる薄灯を頼りに、軈て図書室へと辿り着いた。戸を開き、中を照らす。誰も居ない。
 前日と同じ様に机上に置かれたノートを視界に捉えれば、迷わず其方へ歩みを進めた。撒き餌は十分な筈だが、さて。女王様の反応や如何に……。

『水衛さん
 箱庭――。ええ、そうかも知れませんわ。わたくし達はきっと、帝都と云う名の箱庭で生かされているのです。だからこそ、婦女は型に嵌められるのでしょう。箱庭の外に自由が有るのなら、其れを見てみたいと思いますわ。
 いまの兵隊さん達は、確かに覇気が足りないかしら。けれども、帝国陸軍の八〇式……「機甲武者」と云うのかしら。あれは皆さん好きね、戦場の花形ですもの。
 貴女が仰っているのは、幻朧戦線のことでしょう? わたくしもね、彼らの理想には賛同していますわ。色々な格差で凸凹した此の世界など、壊れて仕舞えば良いのです。そうして、総て真新に成って仕舞えば良いのです――』

 読み終えた所で、巽は軽く瞼を閉ざした。
 思春期の少年少女には大なり小なり、「破壊衝動」が有るものだ。彼が生活を営む現代社会においても、其の衝動を持て余した少年少女が問題を起こすことは少なくない。
 ――問題は、其の切っ掛けが何かと云うことだ。
 彼女が何を目論んでいるのかは分かった。然し、何が彼女を其処まで駆り立てたのか。其れが未だ、分からない。
 だから、其れを知る為に青年は筆を執る。折目正しい其の筆跡は、彼の性格を表しているかの様。

『美彌子様へ
 あゝ、矢張りご存じでしたか。私と同じ想いを抱いている方に逢えて、とても安堵しています。何せ皆が皆、勝手に齎された天下泰平を甘受して居るのですから……。
 不肖未熟の身ながら、世の矛盾や理不尽について、いささか思う所があります。宜しければ、貴女の理想をお聞かせ願えませんか』

 警戒は解けている様に想えたので、一歩丈け、こころの裡に踏み込んだ。気づけば窓の外からは薄らと、白い光が差し込み始めて居る。母親譲りのかんばせは婦女にも視えようが、女の園に男ひとり捨て置かれるのも心苦しい。ノートをぱたんと閉じれば、巽は足早に図書室を後にする。



 四度目の朝が来た。
 果たして、彼女は心を開いて呉れただろうか。カツカツと鳴り響く足音は、少しだけ早い。図書室に辿り着けば、ガラガラと戸を開けて、ノートの元へ急ぐ。カンテラを机に置き、頁をパラパラと捲ったなら。其処には何時もの様に、女王からの伝言が綴られて居た。

『水衛さん
 わたくしたちは矢張り、気が合うこと。とても嬉しくてよ。わたくしの幼馴染なんて、全然分かって呉れないのですから……。
 わたくしの理想はね、皆にちゃんと席が用意された世界です。
 あなた「果物籠」と云う児戯をご存じ? あんな風に足りない椅子を、みんなで取り合って居るのが今の世界ですわ。勿論、わたくしも例外では無く……。
 あゝ、わたくしは、大事な幼馴染の席を奪って仕舞ったのです。其の時にはじめて、世界は間違っていると気付きました。正さなければとも思いました。
 わたくしは贖罪の為に、そして世界を正すために、銃を取りましょう。
 あなたの気持ちも知りたいわ。一緒にお茶でも如何かしら?』

 藍の双眸が其処まで読み終えた時、ガラリと戸が開いた。ゆっくりと振り返れば、其処には長い黒髪をさらりと揺らした、うつくしい少女がひとり。
 白い頸に咲く黒い大輪のリボンが何とも不似合いな、學園の女王陛下だ。
「……水衛さんね」
 青年の姿を双眸に捉えた少女は、口角を僅かに緩めて薄く微笑み掛ける。対する巽もまた、静かに微笑んで見せた。
「女性じゃ無くて、失望させましたか」
「いいえ、貴方が何者でもよろしくてよ」
 喩え、櫻學府のひとだろうと――。
 そう囁いた少女は徐にカードを取り出し、あえかな指先で其れを差し出す。地図と日時が記された其れは、きっと。
「招待状、ですか」
「ええ、ようこそ白鷺連盟へ」
 巽は手を伸ばし、カードを受け取った。うつくしく笑う少女のこころの裡には、いまも尚、世界への憤りや憎しみが蠢いて居るのだろう。
 とはいえ、いま出来ることは此処までだ。不穏な茶会に思いを馳せ乍ら、巽は静かにノートを閉じる。薄汚れた窓の外では、相変わらず薄紅の花弁がひらひらと風雅に舞い踊って居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

辻森・朝霏

お任せ

學園に話がついているなら制服を借りましょう
悩みは、そうね…

戯れ好きな指の先
万年筆は品のよく、
されど華やかなる漆黒の軌跡を
するするさらさら、描いてゆく

そして同時にていねいに
迷う心の滲むよう、筆圧はやや繊細に
綴りゆく言の葉たちは
想いを籠める少女らしく

――様。うつくしいあなたへ
あゝ、緊張してしまいます
はじめて筆を執っているのです
どうか、
この想いが伝われば良いのですけれど…

私には、大切な友がおりました
大親友でありました
大切な存在でありましたから、
大切なひみつさえも共有していたのです

あゝ、けれど
その娘は
この間喧嘩をした際に
二人きりのひみつを
何方かに明かしてしまうと云って…

どうしたら良いのでしょう



●家庭科室(弐)
 ラムプを揺らして、カツカツとローファーの音を響かせ乍ら、辻森・朝霏(あさやけ・f19712)は、旧校舎の一階を往く。彼女が身に纏って居るのは、赤いスカァフがゆうらり揺れて、胸元には白鷺の校章が刻まれた、紺色のセーラー服。つまり、白鷺學園の制服だ。
 背筋をピンと伸ばし、長い睫を伏せ、顎を引いて凛と歩く其の様は、誰もが振り返る様なうつくしさ。されど、いま校舎には誰も居ない。だから唯、彼女の周囲には静寂丈けが在った。
 軈て一階のなかで最も広い部屋、家庭科室へと辿り着いた朝霏は、カンテラで教室のなかを照らし、其処に在る筈の交換日記を探す。果たして其れは、教卓の上に在った。
 櫻の絵が描かれた、シンプルなノートだ。教卓にカンテラを置けば、はらり、はらり。細い指先で頁を捲り、何も書かれて居ない個所を探す。戯れ好きなゆびさきは今、万年筆をくるくると弄んで居た。
「そうね……」
 漸く見つけた白紙の頁へ視線を落とし、思案すること暫し。綴る悩みを想い付けば、黒いインクをするする、さらさら――。少女は品良く、されど華やかなる筆跡で、伝言を綴って往く。

『陽子様
 うつくしいあなたへ。あゝ、緊張してしまいます。だって、はじめて筆を執っているのですから。それに私達、初めて言葉を交わすのですから。どうか、この想いが伝われば良いのですけれど……』

 其処まで綴って、ほうと息を吐いた。此の先は、感情を乗せて綴らなければ。
 綴る言の葉は丁寧に、けれども筆圧は繊細に。迷うこころを滲ませる様、筆をあえかに震わせて、少女らしく縋る想いを籠めて、書く――。

『私には、大切な友がおりました。大親友でありました。
 その娘が笑えば、私も微笑みました。私が哭けば、その娘も真珠の如き涙を零しました。ふたりのこころは、確かに通じ合っていたのです。まるで魂の双生児のようなふたりでした。私達は互いに大切な存在でありましたから、大切なひみつさえも共有していたのです。
 あゝ、けれど――。
 その娘は、この間喧嘩をした際に。ふたりきりのひみつを、何方かに明かしてしまうと云って……。陽子様、私はどうしたら良いのでしょう』

 一気に、書き進めた。
 筆に籠めた狂おしい程の哀しみと寂しさは、彼女のこころに伝わるだろうか。良い返事が得られることを願い乍ら、少女はノートをそうっと閉じて、教卓に背を向けた。薄汚れた窓から射し込む僅かな光は、朝霏の白い頰を芒と照らして居る。



 次の朝が来た。
 スカートの裾をふわり揺らし乍ら、朝霏は今日も旧校舎の廊下を往く。カンテラが照らす先に視線を落として、背筋を正してカツリ、カツリ。響く靴音は品がよく、心地好い。軈て家庭科室の前で立ち止まれば、ガラリと戸を開ける。交換日記は、今日も教卓の上に在った。相変わらず姿勢を正した侭、其方へ歩み寄り、頁を開く。

『悩めるきみへ
 御機嫌よう。悩みを聴かせてくれて有難う。実はね、あたしも仲の良い友達と喧嘩したんだ。その娘はあたしより綺麗で、頭も良くて、運動も得意で……みんなに好かれてるの。ミス・完璧って感じだよね。あたしは、そんな彼女を尊敬してたし、誇りに思ってた。
 その娘もね、あたしのこと好きでいてくれたんだ。それなのに、あたし、その娘に酷いことを言っちゃった。とても綺麗な顔に、出来の好い頭に、しなやかな躰に……。彼女は何でも持っているから。少しくらい、八つ当たりしても赦されるかなって。うん、最低だよね』

 其処まで読み進めた朝霏は、脳内で情報を整理する。
 成る程、彼女は劣等感から、若しくは嫉妬心からつい、美彌子に意地悪を言って仕舞ったらしい。其の筆跡に滲む苦々しさから考えるに、恐らくそれは本心から出た科白では無いのだろう。けれど、零してしまった言葉はもう、口の中へ還らない。
 相手のこころに刺さって、抜けない棘に成るのだ。
 揺れる思いを乗せた様な文字は、其の先にも綴られて居た。少女は青い双眸を瞬かせ、静かに続く言の葉達を追い掛けて往く。

『つまり、あたしが言いたいのは――。
 きみの親友も、後悔してるんじゃないかなって。あたしが同じ立場だったらね、きっと秘密を明かしたりしないよ。
 だって、其れはきみとその娘の「絆」でしょう? そして、其れを裡に秘めている限り、きみのこころの「一部」はその娘のものになるでしょう?
 あたしだったら、そんなの独り占めしたいと思うけど……。ねえ、もう一度話し合ってみたら。仲直り、出来るかも知れないよ』

 もしかしたら其の言葉は、勝花・陽子が掛けて貰いたい言葉なのかも知れぬ。彼女の裡に秘めた想いは、直接会ってみないことには分からないけれど。どうやら、上手く交流を重ねられたようだ。朝霏は万年筆を握りしめ、さらさらと返事を綴って往く。

『陽子様
 相談に乗ってくださり、ありがとう御座いました。ええ、私も何処かでそんな気持ちがして居ました。ただ、彼女と向き合う勇気が無くて……。けれども、頑張ってもう一度、お話をしてみようかと思います。貴女もお友達と仲直りできますように』

 其れ丈け綴って、ノートを閉じる。窓の外に映る空は、段々と白み始めて来た。早く此処から抜け出して、今日もまた雑踏に紛れなければ。金絲の髪を揺らした少女は、何処か足早に家庭科室を後にしたのだった。



 次の日。
 今日も朝霏は學園の旧校舎に潜り込んで居た。昨日の伝言に返事が来ているか、念の為に確かめておこうと思ったのだ。少女が歩みを進める度に、カンテラがゆらゆら揺れる。それに合わせて、彼女の影も――。
 漸く辿り着いた家庭科室には、今日も今日とて誰も居ない。其れでも教卓には何時も通り、交換日記が置いてあった。教卓に歩み寄った少女は、カンテラを近くに置いて、頁をぱらぱらと捲って往く。

『悩めるきみへ
 此方こそ、返事をありがとう。
 なんだか、此方の愚痴まで聴いて貰っちゃって。ごめんね。でも、あたしまでスッキリしちゃった。きみたちも、仲直りできますように。
 そうだ、良ければ一緒にお茶しない。君と親友の噺、もっと聴きたいな』

 綴られた文字に視線を落とし乍ら、少女はかくりと頸を傾ける。斯う云う時、如何すれば良いのだろうか。悩みつつも筆を執ろうとした刹那、がらりと戸が開く音がした。振り返った先には、短い髪をカールさせた愛らしい少女がひとり。
「……わ」
 綺麗、と少女――勝花・陽子は開口一番、そう云った。朝霏はほんの僅か、双眸を弛めて見せる。
「御機嫌よう、陽子さん」
「きみ、交換日記の……あ、まさか櫻學府から?」
 まるで精巧に造られたお人形の如くうつくしい少女に、よく通る聲で挨拶されて、思わず陽子の貌に赤みが差した。思わぬ展開にしどろもどろに成った少女へ、朝霏は穏やかに聲を掛ける。
「お茶会、ご招待いただけるのですか」
「あ、はいっ。ええと、招待状をどうぞ」
 ようこそ白鷺連盟へ――なんて。申し訳程度に付け加えられた言葉と共に、差し出されたカードを受け取って、朝霏はそうっと微笑んだ。
 窓から射し込み始めた光は、誰かさんの秘密を抱いた交換日記を、明々と照らして居る。

成功 🔵​🔵​🔴​

小千谷・紅子

勝花・陽子

―学校という場所は久方振り
ここにいる少女達は、何を願っているのでしょうか

交換日記…
読んだことはあっても、心を文に綴るのは初めて
…如何しましょう

ペンを手に立ち尽くしていると傘の君がそれを奪い、さらさら書き綴る
「この学校の敷地のどこかの桜の下に、少女のユウレイが出るとの噂が在るのです」
「可笑しいのはそのユウレイ、人の悩みを聞きたがるそう」
「本当にユウレイでせうか?どなたか噂を確かめてはくれませんか」

不思議な顔で傘の君を見ると
「お前が話を聞いてこい」
言って、消えてしまった

―お悩みですか
紅が思いを、聞きませうか
辛いなら、この手は
貴方に伸ばす為ある
―力に、なりましょう



●家庭科室(参)
 夜の気配を未だ色濃く残した旧校舎を、何処か大人びた雰囲気の少女――小千谷・紅子(慕情・f27646)は、ラムプ片手に歩き往く。
 其の後ろを往くのは、軍服に身を包み、嘴めいた面で口元を隠した悪魔『傘の君』だ。腰から生えた立派な夜鷹の翼は、彼が歩く度にバサバサと揺れて居た。
「――学校という場所は、久方振り」
 此処は旧校舎だけれども、嘗て学び舎であったことに変わりない。廊下の窓からは、現行の白い校舎が薄闇に紛れて芒と見えた。此の學園に通う少女達は彼処で、掛け替えのない青春を送って居るのだ。
「ここにいる少女達は、何を願っているのでしょうか」
 あと数刻もすれば聴こえてくるであろう、黄色い賑わいに思いを馳せ乍ら、桜の精は細い脚を進め続ける。目指す先は、一階で一等広い「家庭科室」である。
 軈て辿り着いた教室の見慣れた扉を開いて、中へ入る。ラムプ揺らして、辺りを照らした所、果たして交換日記は教卓の上に置かれて居た。教卓の傍に寄った桜の精は、カンテラを近くに置いて机上を照らす。そうして、頁を捲れば綴られた伝言へ視線を落とした。
 ――心を文として綴るのは、初めて。
 ひとがしているものを、何度か読んだことは有るけれど。自分が綴ることは、無かったのだ。
「如何しましょう……」
 だから、自分も何か書こうとペンを持ったものの。結局思いつかなくて、立ち尽くして仕舞う。見兼ねて動いたのは、「傘の君」だった。彼女のゆびさきから、すっとペンを奪い取り、さらさらと言の葉を書き綴って往く。
「あっ、何を書いて……」
 其の傍らで背伸びをして、懸命に日記のなかを覗き込む。ちらりと見えたのは、紅子の口調を真似た、斯う云う文章だった――。

『もしかしたら、あなたもご存じかも知れませぬ。
 この学校の敷地のどこかの桜の下に、少女のユウレイが出るとの噂が在るのです。けれども、可笑しいのはそのユウレイ、人の悩みを聞きたがるそう。
 ――本当にユウレイでせうか? どうか、噂を確かめてはくれませんか』

 思わず、不思議そうな貌で傘の君を見遣る。然し彼と来たら涼し気な貌で、ただ一言。
「お前が話を聞いてこい」
 そう零して、煙の如く消えて仕舞った。後に残されるは、可憐な桜の精と開かれた侭の日記のみ――。取りあえずは、返事を待つしか無いだろう。刺激に飢えて居るのなら、斯う云う怪談の類にも乗って呉れる筈だ。
 ラムプを指先で持ち上げて、桜の精はひとり、帰路へ着く。



 次の日。
 返事を確認する為に、今日もまた家庭科室へと忍び込む。教卓にはきちんと閉じられたノートが置かれていた。どうやら、陽子は返事を呉れたようだ。ラムプの灯を寄せ乍ら、ぱらぱらと頁を捲ってみる。

『好奇心旺盛なきみへ
 ご機嫌よう! えっ、この學園にそんな面白い噂あったの。もっと早く教えてくれたら良かったのに! 少女のユウレイって、影朧とかじゃ無いんだよね。
 あたしも少し興味あるし……いいよ、調べてあげる!』

 元気の良い筆跡は、噂を面白がって居る様だった。ならば彼女の為に、「ユウレイ」とやらを演じてやる他あるまい。然し、どう返事を綴ったものか。
 何となく窓の外へ視線を遣れば、はらはらと舞い散る櫻の花弁が目に付いた。窓へと歩み寄って、外を見る。家庭科室の真ん前に、大きな櫻の木が植えてあった。此の偶然を、使わない手は無いだろう。

『ならば明日。夜が明けて直ぐに、家庭科室へとお出で下さい。
 此処には大きい窓が有るでせう。其処から見える立派な櫻の木の下には、如何にも秘め事が眠っていそうですから……。運が良ければ、ユウレイに逢えるやも知れませぬ』

 さらさらと綴った後、紅子は静かにノートを閉じた。一見すると明るい陽子のこころの裡に、如何なる苦悩が渦巻いて居るのか。其れはきっと、陽子本人にしか与り知らぬこと。
 ――願わくば、明日の朝。櫻の木の下でお逢いしませう。
 そう内心で祈りを紡ぎ乍ら、紅子はまたもや独りで、家庭科室を後にする。今朝もまた、幻朧櫻が世界に降り注いで居る。



 更に次の日。
 紅子は桜の精らしく、家庭科室の前に咲き誇る大きな櫻の木の下で佇んで居た。もしも陽子が彼女の伝言を見て、信じて呉れたのなら、きっともう直に会える筈だ。少しの期待を抱き乍ら、細い背を櫻の太い幹に預けて、紅子は少女の訪れを待つ。
 薄紫の空に、鮮やかに櫻が舞う様を、芒と眺めて居たら。ふと、ガラリと家庭科室の窓が開いた。
「あ……桜の精?」
 窓から身を乗り出して、此方を覗き込む少女が、大きな眸をぱちぱちと瞬かせる。カールさせた短くて黒い髪。恐らく、彼女が勝花・陽子なのだろう。紅子はそんな彼女に向けて、おっとりと微笑んで見せた。
「――お悩みですか」
 問いには、重い沈黙が返って来る。けれども、紅子は気にせずに言葉を紡ぎ続けて往く。だって其れが、傘の君から任された「役目」なのだから。
「紅が思いを、聞きませうか」
「でも、あたし……」
 躊躇う様に視線を伏せる陽子へと、桜の精はそうっと優しく手を差し伸べる。此のゆびさきは、辛い想いを秘めたあなたへ伸ばす為に在る。
「力に、なりましょう」
 春の陽気にも似た温かな聲に誘われて、陽子は桜の精へと手を伸ばした。ふたりの少女のゆびさきが、いま、静かに重なって往く――。



 家庭科室の前で咲き誇る櫻の木の下に腰を下ろし、ふたりの少女は語り合う。とはいえ、紅子は聞き役で、主に悩みを語るのは陽子の方だ。
「あたしね、大學校に推薦して貰えなかったの」
「推薦、ですか」
 陽子いわく――。彼女が進学を目指す大學校には、推薦枠が有るのだと云う。そして「白鷺學園」は毎年、件の大學校に「二名の生徒」を推薦して居るのだ。
 此の學園は斯う見えて名門高校ゆえに、推薦された生徒は例外なく大學校に合格して居る。つまり、推薦枠は栄光に至る為の切符であった。
「あたし、勉強はそこそこだけど。運動はほら、得意だから」
 陽子は駅伝や陸上競技の大会において、少なくない数の賞を取って居たのだと云う。だから推薦して貰えるって信じてた――。そう語る陽子の貌は、酷く寂し気だ。紅子は黙って彼女の噺に耳を傾け、続く言葉を待った。
「……推薦されたのは、美彌子とハルだったんだ」
 喩えひとつのことに秀でて居ても、大人の世界で価値が無ければ、其れは総て無駄なこと。虚しさと悲しみに陽子が打ちひしがれて居た時、美彌子が慰める様な言葉を彼女に掛けて呉れた。其の時、つい魔が差したのだ。

 ――ほっといてよ、あたしの席を取った癖に!

「本試験を頑張りましょうって、励ましてくれたのに。そんなこと言っちゃった」
「美彌子さんは、傷付いて居ましたか」
 己の膝に貌を埋め乍ら後悔を語る陽子に向けて、紅子はそんな問いを投げる。少女はゆっくりと首肯した。
「そうだと想う。美彌子が革命とか言い出したのは、その後だから」
 紅子は俯く陽子を、責めたりはしない。斯う云う擦れ違いや嫉妬は、年頃の少女達にはよくある話なのだから。
 其れに、陽子は充分責任を感じて居る。革命を止めようとも、連盟を抜けるとも云わないのも、総ては自分が元凶だから。美彌子を見捨てることが出来ないのだ。
「ご事情は分かりました。仲直りのお手伝いをいたしませう」
「え、いいの……ありがとう!」
 紅子が優しく頷けば、陽子はわたわたと懐から一枚のカードを取り出す。地図と日時が書かれた、紅子にとっては見覚えの無い紙だ。
「これ、お茶会の招待状なの。一緒に来て貰えたら嬉しいな」
「――ええ、そのように」
 少女の願いが籠ったカードを、桜の精はあえかな指で優しく撫でる。他の少女達の様に、きっと美彌子と陽子も仲直りが出来る筈だ。
 櫻の花弁はいま、少女達を祝福する様に、はらはら、はらはら。何時までも、降り続けて居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロキ・バロックヒート


相手:白鳥・美彌子
文体:たどたどしく子どもっぽい感じ

ともすれば悪戯だと思われそうだけど
誘うように謎めいて
美彌子ちゃんの心に引っ掛かってるものをつつくよう

『こんにちは、かみさまだよ』
『ねぇ、たいくつ?わたしはたいくつ』
『ひまつぶし相手にきみがえらばれたんだよ』
『わたしと遊んでよ』

交換日記なんてしたことないけど
割と好きに書いちゃう
興味をもってもらえたら突っ込んだことにも

『くびわ、にあってるね』
『かみさまとおそろいだよ』
『ともだちはしてくれないんだね。へんなの』
『どうしてくびわをしているの?』

陽子ちゃんのことも聞ければ良いんだけど
最後に一番聞きたかったことを聞こうか

『くびわにこめた祈りはなぁに?』



●図書室(伍)
 薄昏い図書室のなかは、静かで居心地も悪く無い。埃っぽいのが玉に瑕だが。
 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は、そんなことを想い乍ら、図書室に並ぶ椅子に腰掛けて居た。彼の眼前には、一冊のノートが有る。白鷺の校章が描かれたうつくしい表紙の其れは、白鳥・美禰子との交換日記だ。
 カンテラを傍らに置いて、頬杖を突いた侭、ぱらぱらと頁を捲る。
 愚痴に他愛も無い雑談、戀の噺に悩み相談。まるでひとの感情の見本市だ。傍から眺めて居る分には、いい暇つぶしに成るだろう。折角なので、もうひとつ此処に彩を加えてあげることにした。
 神はそうして、気紛れに筆を執る。

『こんにちは、かみさまだよ。ねぇ、たいくつ? わたしはたいくつ。
 ひまつぶし相手にきみがえらばれたんだよ。きみはいつも、つまんなそうな顔をしてるから。ねぇ、たいくつなら、わたしと遊んでよ』

 交換日記なんて、誰かと交わしたことは無い。けれどもロキは神様だから、自由に筆を走らせて行く。彼が綴る文字の筆跡はたどたどしく、何処か幼気だ。其れでも、綴られた科白は甘く誘う様な雰囲気を滲ませて居る。
 近所の子供の悪戯だと思われるかも知れないが、別に問題はない。彼は信仰を強制する様な神では無いし、彼女の関心さえ惹ければ其れで良い。
 交換日記をパタンと閉じて、ロキはゆるりと立ち上がる。次に此処に来るのは、明日の朝だ。其れまで、何をして退屈を潰そうか――。
 なにせ薄暗い外を舞う桜の花弁丈けでは、彼の退屈を慰めるには足りないのだ。



 次の朝が巡って来た。
 カンテラを机上に置き、適当な席に腰を下ろせば、ノートを手繰り寄せ頁をぺらぺらと捲る。ロキが綴った文字とは対照的に、うつくしく大人びた文字が、ふと蜂蜜彩の双眸に留まった。此れが、白鳥・美禰子の文字だろうか。

『かみさまへ
 御機嫌よう。わたくしも退屈でしてよ。遊び相手に選んで戴けるなんて、とても光栄ですこと。では、暫くお喋りをいたしましょう。ところで、わたくし、そんなに厭な顔をしていて? 毎日が詰まらないのは、事実ですけれど……』

 流石は箸が転げても笑う年頃の娘だ。矢張り、乗って来た。
 ならば次は、美彌子のこころに残って居る「不穏の種」を言葉で突いて遣ろう。人間を揶揄うのは、得意だ。
 ロキは再びペンを執り、すらすらと伝言を綴って行く。たどたどしい文字は、紙上を愉し気に踊った。

『うん、いやそうなかお。なにか怒ってるんでしょう。きいてあげようか。
 そうそう。くびわ、にあってるね。かみさまとおそろいだよ。よかったね。でも、ともだちはしてくれないんだね。いつもいっしょにいるのに、へんなの。
 ねぇ、どうしてくびわをしているの?』

 まるで無邪気な子供の様に、彼女のこころの奥底へと踏み込んで行く。神様だから、特に遠慮はしなかった。文章から強かさが滲み出て居る美彌子だ。この程度で臆するような娘でも無いだろう。
 其処まで書き終えたなら、神はううんと背伸びをひとつ。どんな返事が綴られるのか、今から楽しみだ。また明日の朝まで、暇を潰さなければいけない。
 ゆるりと椅子から立ち上がり、ロキはのんびりと図書室を後にした。今度は頁を開いた侭で。



 また、朝が巡って来た。
 誰も居ない図書室の真ん中に独り座って、ロキは交換日記へと目を通す。ぱらぱらと頁を捲れば、直ぐに返事は見つかった。美彌子が綴る文字は、女性らしい丸みを帯びた文字なのに、凛とした雰囲気でうつくしい。
 然し、問題なのは筆跡よりも中身である。神は蜂蜜彩の双眸で、其処に綴られた文字を追い掛けて行く。

『わたくし、怒って居るのかしら。分からないわ。怒っているような気もするし、哀しいような気もするし、寂しい気もするのよ。
 まあ、あなたも首輪をつけていらっしゃるの。ふふ、お揃いね。わたくしのは貰い物なのだけれど。帝都では、こういう物が流行って居るのかも知れません。
 お友達はね、わたくしに怒って居るの。だから、お揃いを厭がるのよ。
 でも、わたくしが悪いの。あの子の席を、推薦の枠を、わたくしが奪って仕舞ったから……。きっと、赦して呉れないわ。
 首輪をつけている理由はね、自分を罰する為よ。この命と引き換えに世界を真新にして、誰もが席に座れる世界を作るの』

 其処に綴られて居たのは、存外に感傷的な内容だった。
 たどたどしい子供の様な文字が、彼女の警戒を解したのかも知れない。或いは、彼の言葉選びが其れ丈け確信を突いたと云うことか。
 様々な感情が綯交ぜに成った伝言を儗り乍ら、成る程ねとロキは笑う。矢張り、ひとは愚かで可愛らしい。特にこの年頃の少女達の愚かさと来たら……。
 たった其の程度のことで、泰平の世を揺るがそうとして居るのだ。其れもたった一人の為に、世界中を巻き込んで。
 笑い事では無いけれど、可笑しくて仕方が無かった。再度ペンを執った神は、最後に一番聞きたかった問いを綴る。

『ふぅん。ともだちにきらわれたの。かわいそうだね。許してくれないなら、きみもきらいになればいいのに。やっぱり、へん。
 ねぇ、――くびわにこめた祈りはなぁに?』

 パタンとノートを閉じ、今までよりも幾分か軽い足取りで、ロキは図書室から出て行った。時間は掛かったけれど、良い暇つぶしが出来た様な気がする。彼女の答えが楽しみだ。
 そうして彼は今日もまた、明日の朝まで時間を潰しにかかる。漸く明るくなり始めた空には、白い雲がのんびりと揺蕩っていた。まるで、騒乱など他人事の様な貌をして……。
 


 漸く、次の朝が来た。
 何時もの様に席に着き、カンテラを机に置いて。眼前の交換日記をぱらぱらと捲る。図書室に居るのに、本よりも交換日記に耽るなんて。本棚で埃被った書物達も、さぞ妬いて居るだろう。
 然し乍ら、あのうつくしい筆跡も、今ではすっかり見慣れて仕舞った。今日もまた、たどたどしい文字の下に、律義に返事が綴られて居る。

『嫌いになんて、成れませんわ。陽ちゃんは、大事な幼馴染だもの。嫌われたのは残念だけれど、それでもやっぱり、あの子は大事な友達だわ。ええ、変でしょう?
 首輪に籠めた祈りはね、陽ちゃんのことよ。
 いつか仲直りできますように、って――……。
 ねぇ、かみさま。あなた、お茶はお好き? もっと、噺をしたいわ』

 双つの蜂蜜彩が、其処まで読み終えた時。ガラリと、教室の扉が開いた。緩慢に振り返ったロキが観たのは、長い黒髪をさらりと揺らした、うつくしい少女の姿。
「……かみさま?」
 あどけなさを遺した貌を、かくりと傾けて。少女は鈴音で問い掛ける。細く白い頸に揺れる黒いリボンは、酷くアンバランスだ。なんだか、自分で自分の頸を締めて居るようにさえ見えた。
「そうだよ、――驚いた?」
「ええ、少しだけ」
 お人形めいた貌に微笑を湛え乍ら、少女はロキへと一枚のカードを差し出した。地図と日時が書かれた其れは、紛れも無く招待状だ。
「お茶会、いらっしゃるでしょう」
「もちろん、暇つぶしにね」
 初めて互いの貌を見せ合った此の場で、ふたりは不敵に笑い合う。
 少女は其の品の良い肢体のなかに、どす黒い蛇を飼って居て。幼気な神は己の影の中に、数多の死霊を沈めて居る。此れは、楽しい茶会に成りそうだ。
 朝の心地好い日差しが射し込むなか、ロキが遠慮なく招待状を受け取れば、美彌子はいたく嬉し気に、ふわりと微笑んだ。

 ――ようこそ、白鷺連盟へ。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『カフェーのおまじないの噂』

POW   :    自身でおまじないを試し、何が起こるか確かめる

SPD   :    おまじないを実行した人に接触して手がかりを探す

WIZ   :    カフェーに魔術的な仕掛けなどが無いか調査する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●フラテルニテの深淵
 大正の世に、ふたりの少女がをりました。名を「美彌子」と「陽子」と云ひました。ふたりは大親友でした。
 美彌子は月のやうな少女です。誰もが彼女に傅きました。
 陽子は太陽のやうな少女です。誰もが彼女を慕ひました。
 月と太陽、ふたりの世界は穩やかに、均衡を保つてをりました。けれども或る日、ふたりは喧嘩をしました。切缺は、些細なことだつたやうです。

「推薦枠、残念だったわね。本試験で頑張りましょう」

 陽子はしなやかな肢體で、何處までも驅けて往けるやうな、活發な少女でした。驅けつこや高跳びで、何處かの偉い方から賞を戴いたりもしました。
 美彌子は美貌と知性と、しなやか肢體に恵まれた、仕合わせな少女でした。彼女が何かをする度に、一等賞のきらきらしたメダイユが贈られました。
 何方も素敵な少女でありましたが、學校と云う小さな世界は、栄光の座に月のやうな少女の方を選びました。
 いまや學園の女王の坐だけでは無く、大學校への推薦枠と云ふ玉坐にすら、美彌子がゆるりと腰を下ろして居るのです。
 
「ほっといてよ、あたしの席を取った癖に!」

 陽子は慘めで慘めで、堪りませんでした。故に、ほんの少しだけ、意地惡を云つて仕舞つたのです。陽子は沸々と湧き上がつた嫉妬心を、仕合わせな少女のこころへ、思い切り突き刺しました。
 美彌子は悲しくて悲しくて、堪りませんでした。親友を蹴落として仕舞つた己を恥じもしました。其れから、世界を恨み拔きました。陽子が選ばれないなんて、きつと世界の方が間違つて居るのです。
 だから月のやうな少女は己を罰し、世界を作り変へることにしました。眞つ黒な鐵の首輪と、恐ろしいグラッジ彈を使つて……。

 美彌子と陽子、ふたりの少女のお話でした。

●ひと匙の希い
 少女達の茶会に招待された猟兵達は、招待状で指定された時間通りに会場――旧校舎の裏庭へと辿り着く。其処には、英吉利風の綺麗な庭が広がって居た。恐らくは、少女達が手ずから手入れをして居るのだろう。
 庭の中央には、清潔な白い布を敷いた長いテェブルが在る。其処に置かれたティーカップは、きっちり人数分。そして茶請けの皿には、焼き菓子やチョコレェトが飾られて居た。
 いま、青々と伸びた草花に囲まれて、3人の少女が席に着いて居る。
 右端には勝花・陽子、左端には高月・ヤエ。そして中央に座して居るのは、學園の女王――白鳥・美禰子だ。
「御機嫌よう、皆さん」
 少女は長い黒髪を揺らし乍ら、猟兵達へおっとりと微笑み掛ける。彼女の細い頸は、武骨な黒い首輪に締め付けられて居た。けれども他のふたりは、首輪もリボンも、もう嵌めて居ない。つまり、仲間外れは彼女だけ。
 女王は左右にちらりと視線を遣って、ほうと溜息を吐く。
「私の味方は、もう居ないみたいね」
 そうして少女は、白い指先で懐を探り、――軈て黒く光る小銃を取り出した。茶会の席に現れた物騒な其れに、ふたりの少女は青褪め、猟兵達の間には緊張が走る。
 美彌子は武骨な其れに指を這わせ乍ら、ふわふわと笑った。
「此れを回収しに来たんでしょう。其の前に、お茶を楽しみましょうよ」
 銃を握らぬ方の指先でティーポットを持ち上げ、とろとろと器の中へ琥珀彩の茶を注ぐ。忽ち辺りには、心地好い馨が立ち込めた。
「こんなおまじないをご存じ?」
 角砂糖を紅茶へふたつ放り込めば、ゆっくりと眸を閉じて。匙でぐるぐる掻き混ぜ乍ら、あなたの希いを謳いなさい。そうすれば何時か、希いは現実に成るでしょう。
「ねぇ、皆さんの希いは何かしら」
 冥途の土産に聞かせて下さる――。
 小銃を懐へと仕舞い乍ら、少女はそう静かに問いかける。引鉄は未だ、引かれて居ない。猟兵達が席へ着けば、素敵な茶会のはじまり、はじまり。

<現状>
・本章は説得パートです。
 →お茶を楽しみつつ「美彌子」を説得してあげて下さい。
・お茶会の席には、「陽子」と「ヤエ」も同席しています。
 →交流を深めた結果、ふたりとも猟兵に協力的です。
 (因みに「ハル」は説得の結果、お茶会から離脱と成りました)
・一章や断章本編で判明した情報について。
 →「全員分かっているもの」として、取り扱って頂いて大丈夫です。

<補足>
・アドリブ多めでもOKな方は、プレイングに「◎」を記載頂けると嬉しいです。
 →連携OKな方は「☆」をご記載頂けると更に嬉しいです。
・説得する傍ら、自身が抱く「希い」に思いを馳せてみるのも良いでしょう。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 →ご自由な発想でお楽しみください。
・性的な要素を含むプレイングは、不採用とさせて頂きます。申し訳ありません。

≪受付期間≫
 10月4日(日)8時31分 ~ 10月7日(水)23時59分
榎本・英


他人の諍いには首を突っ込まない主義なのでね
私はヤエと交換日記を楽しんだ末に、此処に呼ばれた
それだけだよ

冥土の土産にするのなら、私の話はつまらない物だろう
私は何時でも平凡な日常を望んでいるのだから

嗚呼。君は天の与えに翻弄されているようだが
互いに持っていない物を持っておきながら
互いに支え合う事が出来なかったようだね。

君は、君たちは、あまりにも無神経すぎる
持っていない物を羨むのは当然の事だろう
そこに劣等感を感じるのも当然の事さ
いつかは分かってくれるなど、そんな夢物語は紙の上だけにして呉れ

君たちはどこまで、互いを理解しようとしていたのだろうね
本物の絆があるのなら、互いの心に耳を傾けては如何かな



●『平凡』
 温められた茶葉の良い馨が、そして穏やかな緑の園に似合わぬ緊張感が、裏庭に漂って居る。そんな中、最初に席に着いたのは、まあるい眼鏡をかけた文豪の青年――榎本・英だった。
「私はヤエと交換日記を楽しんだ末に、此処に呼ばれた」
 端の方に座る黒髪を波打たせた少女――ヤエをちらりと横目で視乍ら、英は黒鉄の背凭れに身を預けた。そうして、向かいに坐す學園の女王の眸をじっと射抜く。
「それだけだよ」
 他人の諍いには、首を突っ込まない主義なのでね――。
 そう付け加えた青年に、女王は静かに首肯して見せる。彼女の白いゆびさきはいま、ティーポットを持ち上げ、白磁のカップにとろとろと熱い液体を注いでいる。
「ええ、結構よ。とはいえ、希いでも聴かせて頂けたら、嬉しく思いますけれど」
「冥途の土産とするには、詰まらない噺さ」
 女王手ずから給仕された紅茶へ視線を落とし乍ら、英はにべもなく頸を振る。“ひとである”彼が望むのは、将に彼女が壊さんとして居る其れ――平穏な日常なのだから。
 釣れないのね、なんて。ころころと笑う少女の聲を遠くに聞き乍ら、青年はティーカップに角砂糖をひと匙転がし、くるくると回す。
「……とはいえ、想う所は有る」
 まあるいレンズ越し、赤い眸が美彌子を見つめて居る。天から総てを与えられた、仕合わせな少女。そして、泰平の世を転覆させようとする可憐な悪魔――。
「君は、」
 其処まで零して、英は端に座るもう独りの少女。陽子へと視線を向けた。其れからもう一度、視線を美彌子へと戻す。
「君たちは、あまりにも無神経すぎる」
 誰も、何も、返さなかった。
 赤い貌をした陽子が俯く一方、美彌子は整ったかんばせから表情を消して、ただ黙りこくって居る。多かれ少なかれ、ふたりには其の自覚が在るのだ。
「嗚呼、特に君は天の与えに翻弄されているようだが――」
「そうね、今となっては天を恨んで居るわ」
 英の赤い双眸に射抜かれた美彌子は、カップを傾け乍ら小さく首肯した。彼女は莫迦では無いと、青年はそう確信して居る。故にこそ、如何して此処まで拗れて仕舞ったのかと、現状に呆れずには居られないのだ。
「君達は互いに支え合う事が出来なかったようだね」
 美彌子は恐らく、人の痛みが分かる様な性分では無い。そして、陽子には美彌子が裡に抱く繊細さが欠けている。もしも裏を返して彼女達を表するなら、美彌子は孤高で強く、陽子は直向きで明るいと云えるだろう。
 互いに欠けた物を持つふたりなら、充分に補え合えた筈なのに。其れが出来なかったのは、果たして何故か。
「いつかは分かってくれるなど、そんな夢物語は、紙の上だけにして呉れ」
 そう云い棄てて、英は白磁のなかに揺れる紅茶をぐいと仰ぐ。
 要するに、彼女達はお互いに甘えて居る丈けだ。持っていない物を羨むのは、人として当然のことである。そして、其処に劣等感を抱くのも当然のこと。けれども、問題なのは――。
「君達はひととして当然の感情から、互いに目を逸らしているようだ」
 一番の問題はきっと、己の、そして親友の裡に巣食う醜い感情を、彼女達が受け入れられて居ないことだろう。
 余りにも潔癖な美彌子のこころは、親友が抱いた“妬み”の存在を認められず、其の醜さを世界に押し付けた。
 余りにも幼い陽子のこころは、其の感情のやり場も知らず、徒に親友のこころを傷つけて仕舞った。更に云うと、彼女は其の責からもずっと目を逸らして来たのだ。
「君たちはどこまで、互いを理解しようとしていたのだろうね」
 他人事の様に言い放った彼の科白は、俯き続ける陽子のこころには勿論、女王のこころにも深く突き刺さったらしい。
「……陽ちゃんの心根は、そんなに醜く無いわ」
 美彌子は初めて人間らしい貌で、苦し気に眉を寄せ、ふるふると頭を振った。潔癖な其のこころは未だ、親友がただの「ひと」である事を認められ無いのだ。
「君の親友は、ああ言って居るけれど――」
 温かなカップ片手に、俯く少女へそう問うて見る。
 されど陽子は相変わらず、唇を引き結んだ侭で、何も語らない。紅茶を喉奥へ流し込んだ英の唇から、小さな吐息がひとつ、漏れた。
「ふたりに本物の絆があると云うのなら、互いの心に耳を傾けては如何かな」
 此れは、紛れも無い現実である故に。作家である彼の筆先は、絡み合う想いの絲を解いて遣ることは出来ぬ。精々、テェブルの下でペンをくるくる回して、女王の乱心に備える程度だ。
 其れでも、言葉は人の背中を押すことが出来る。素直に成れぬ少女達へ遠回しに助言を呉れて遣った英は、黙って紅茶を味わうことにした。後は彼女達が勝手に舞台を進めて呉れるだろう。ほら、陽子が漸く貌を上げた――……。
「その人の云う通りだよ。あたし、嫉妬してた」
「陽ちゃん……」
 よく通る少女の聲に、美彌子は苦しげに息を呑む。女王の澄ました仮面が外れるのも、恐らくは時間の問題だろう。
 彼女達の遣り取りを背景に、英は皿に置かれた苺のキャンディをひとつ、そっと指先で摘まみ上げる。結局、諍いに口を出して仕舞ったな――なんて。そんなことを、ぼんやり思い乍ら。
 白鷺連盟の茶会は未だ、始まったばかりである。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
◎☆

甘い紅茶もたまにはいいね
お招きありがとう、美彌子
おまじないの作法はこれで良いかな

僕は理想の死に場所を見つけたい
土に還るまで横たわるに足る
過程と、理由と、物語だ

きみたちが希うのはどんなこと?

少女たちの表情や所作に注目して
本心がどこにあるか見極めよう
本音混じりの芝居をひとつ

ねえ美彌子
その銃、麗しい指先には似合わぬ撃鉄
どこに向かって引くつもり?
ふふ
僕が喰らってあげようか
桜が散り
紅い果実が弾けるように

実はね
時代のひとつ程度滅んでも
あまり哀しくはないのさ
苛烈な悲劇の舞台に相応しい
きみだって他人のほうが撃ちやすいでしょう

彼女に撃たせたくないのなら
まだ間に合うと思うけれど
お嬢さんたち、お喋りは好きだろう


ヴィオレッタ・フルリール
◎☆

(陽子さんにそっと目配せ、アイコンタクト)
「美彌子さん、お初にお目にかかりますわ。私、ヴィオレッタ・フルリール。どうぞよしなに」
帝都で気に入った、スミレの花の砂糖漬け。手土産を美彌子さんへ渡しつつ、彼女に目線を合わせてみます。

「私は、一見すれば露西亜や仏蘭西の人間のようにも見えますが、そもそもが人間ではありませんの」
母の胎ではなく、機械と同じように生産施設で『鋳造』され。同型の先達より、戦うための教育を叩きこまれた生命体。
戦乱ばかりの土地で生まれた私からすれば、この世界の平穏と爛熟は……筆舌に尽くしがたい憧れですわ。

「……私の希いは、この世界の、帝都の平穏が長く続くことですわ」
(溜め息)



●『死地と平和』
 不穏な沈黙が場を支配するお茶会に、華やぐ彩がふたつ、新たに加わった。美彌子に招かれた文豪の乙女と、陽子に招かれた箱入り娘である。
「美彌子さん、お初にお目にかかりますわ」
 席へ着く前にドレスの裾を持ち上げて、ヴィオレッタ・フルリールは可憐なカーテシーをひとつ。座り際に貌彩の良くない陽子へ、そっと目配せするのも忘れない。ふたりの視線が絡んだ刹那、件の少女が其のかんばせに安堵の彩を浮かべたことを確認すれば、彼女は椅子の上で姿勢を正した。
「私、ヴィオレッタ・フルリール。どうぞよしなに」
 自然な動作で差し出す手土産は、帝都の百貨店で求めた菫花の砂糖漬けだ。
 此方で味わって以来、すっかりお気に入りなのだと付け足せば、美彌子はおっとりと嬉しそうに微笑を咲かせた。
「お土産、ありがとう。私もこちら、大好きよ」
 紫花を閉じ込めた蓋を開けば、ふわりと甘い馨が辺りに漂う。ティーカップに其れを、ひとつ、ふたつ転がして。温かな紅茶をとろとろと注いだら、茶葉の芳ばしさも相まって、まるで花が開く様な麗しい馨がした。同席するふたりの少女も、此れには少し緊張が解けた様だ。
「お招きありがとう、美彌子」
 そろそろ場が温まった頃合いに、涼し気な貌で微笑んで見せたのは、櫻の精――シャト・フランチェスカ。女王から聴かされた作法通り、乙女のゆびさきは湯気の立つ紅茶へと角砂糖をひとつ、ふたつ、ぽちゃんと落とす。
「おまじないの作法はこれで良いかな」
「ええ、それで合っていてよ」
 金の匙でくるくると紅茶を掻き混ぜ乍ら紫陽花の乙女が問えば、女王はおっとりと首肯を零した。整えられた彼女のゆびさきは、乙女に其れを仰ぐよう促して居る。
「……甘い紅茶も、たまには良いね」
 大人しく従ったシャトは、カップから唇を離したのち、ほうと息を吐く。甘く温かな紅茶は、何時だってこころを癒してくれるものだ。此処が喩え、誰かにとっての死地で在ろうとも――。
「桜の精さん、貴女の希いはなぁに?」
 ぱっちりと開かれた美彌子の双眸が、楽し気に微笑み掛ける。そんな彼女に向けて、乙女は長い睫を伏せ乍ら、薄らと微笑み返した。

「僕は、理想の死に場所を見つけたい」

 其の場の全員の視線が、乙女のうつくしい貌へと注がれる。其れでも尚、シャトは涼し気な貌でカップをゆるりと傾けて居た。あえかな花唇は、つらつらと音を紡いで往く。
「僕が希うのは、――過程と、理由と、物語だ」
 土に還る迄の長い時間、横たわるに足る様な。何かの意味を孕んだ終わりを、彼女は求めて居る。カチ、と音を鳴らしてソーサーの上にカップを置けば、次は乙女が銘々へ問いを編む番。
「さて、きみたちが希うのはどんなこと?」
 美彌子は薄らと微笑んだ侭、固く唇を閉ざして居る。一方で端に座るヤエと陽子は、ちらりと貌を見合わせたのち黙って仕舞った。少女は誰も、口を開かない。見兼ねて口を開いたのは、シャトの隣に腰を下ろしたヴィオレッタだ。
「……私の希いは、この世界の、帝都の平穏が長く続くことですわ」
 溜息交じりにそう紡げば、砂糖の菫付けを入れた紅茶をくるくると匙で回す。彼女の蛍石めいた双眸は、美彌子の黒い眸をじっと見つめて居た。
「私は、露西亜や仏蘭西の人間のように見えますか」
「え、違うの」
 意外そうな返事が、陽子の方から飛んで来た。ヴィオレッタは静かに頸を振り、陶器めいた艶やかな唇を、そうっと動かし音を紡ぐ。
「私は、人間ではありませんの」
「……それは、如何いうことでしょう」
 彼女と目を合わせた侭、女王が淡々と問いを編んだ。紫水晶の如く煌めく眸を睫に隠し、ヴィオレッタもまた、淡々と自身の生い立ちを語って往く。
ヴィオレッタ・フルリールは、母の胎から産まれた「いのち」では無い。
 彼女は戦争に使われる機械と同じく、工場の様な生産施設で『鋳造』された。そして同型の先達「お母様」によって、戦う為の教育を叩きこまれた生命体――「レプリカント」だ。
 其の仏蘭西のお人形めいたかんばせも、宝石の様な眸も、総てが造り物であるのだと伝えれば、少女達は驚愕に息を詰まらせた。
「陽子さんには、鋼鉄の巨人が闊歩する世界から来たと、そう説明しましたね」
「ああ、きみはあの――クロムキャバリア出身なのか」
 路が繋がったばかりの世界が話題に上がれば、シャトは相槌に好奇の彩を滲ませた。そんな彼女に小さく頷いて、レプリカントの少女は連盟の面々の貌を、じぃっと見回して行く。
「戦乱ばかりの地で生まれた私からすれば……」
 綺麗な衣装に、愛らしい化粧、うつくしい御髪――。それらは、彼女達から戦禍が遠いことを表して居る。整えられた庭、崩れぬ校舎、黄色い喧騒――。それらは、此の世界の規範と倫理が真っ当であることを意味して居る。真逆の世界で生きて来たヴィオレッタにとって、それは、

「この世界の平穏と爛熟は、筆舌に尽くしがたい憧れですわ」

 其れ丈け言い放って、蛍石の少女はティーカップに揺れる紅茶をゆっくりと傾けた。ちらりと横目で眺めるのは、交換日記を交わした少女――陽子の姿。
「あ、あたしは……」
 ヴィオレッタと視線がかち合い、陽子は震えるゆびさきでティーカップを持ち上げる。はっきりと革命なんて嫌だと語った彼女の希いは、果たして。
「“美彌子と仲直りしたい”……かも」
 俯きがちに零された其の科白を捉えた美彌子の貌が、ふと凍り付いたのをシャトは見逃さなかった。彼女を詰めるのは後にして、もうひとりの少女――ヤエへと視線を向ける。
「そちらのきみは」
「……私も、“ふたりが仲直り出来ますように”って希うわ」
 波打つ黒髪を撫で乍ら、ヤエは青い貌を懸命に澄まして見せた。ふたりのこころは既に解けて居る様だが、肝心の女王のこころは未だ固い。美彌子だけは、唇を引き結んだ侭、何処か遠くを見つめて居る。
「ねえ、美彌子」
 そんな彼女の思考を呼び戻すかの様に、シャトは静かに少女の名を紡ぐ。櫻彩の双眸は、銃が仕舞われている筈の懐を見つめて居た。
「麗しい指先には似合わぬ撃鉄、――どこに向かって引くつもり?」
 歯に衣着せぬ問いに、少女達が息を呑む。美彌子の黒い双眸が、紫陽花の乙女のうつくしい貌を、静かに射抜いた。甘く誘う様に、シャトはうっそりと笑う。

「ふふ、僕が喰らってあげようか」

 半分は、彼女のこころを揺らす為のお芝居だ。斯うやって聲に詩情を乗せる程、少女のこころは苦悩に苛まれるだろう。されど、本音も少し丈け。桜が散り、紅い果実が弾ける様に此の身が朽ちても、そう惜しくは無いのだから。
「実はね、時代のひとつ程度滅んでも、あまり哀しくはないのさ」
 此の櫻が枯れるなら、其れは苛烈な悲劇の舞台にこそ相応しい。大正の世の終焉なんて、御誂え向きの舞台では無いか。
 ヴィオレッタには悪いけれど――。隣に座る少女に向けてそう詫びれば、お気になさらず――なんて、涼やかな聲が返って来た。厚意に甘えて、乙女は噺を進める。
「きみだって、他人のほうが撃ちやすいでしょう」
 ほら、と両腕を広げて見せる。果たして美彌子は誘われる侭、懐から鐵の銃を抜き放った。ふたりの少女が、悲鳴を零して立ち上がる。
 レプリカントの少女は、カップに口吻けた侭、事態を静かに見守って居た。シャトもまた、冷静に美彌子の行動を観察して居る。
 ――なにせ、少女のゆびさきは、激しく震えて居たから。
 此れでは、満足に狙いも付けれまい。其れでも少女は、気丈に指を動かして、鐵の銃をシャトに向けたのち。徐に其れを、自身のかんばせへと寄せて往く。
「貴女じゃない。私が撃ち抜きたいのは、私の頭だわ」
 黒く煌めく銃口へ、そうっと口吻けた美彌子は、泣き笑いの様な貌をしていた。つぅと細めた双眸に雫を貯めた侭、少女は苦悩にふるりと頭を振り、軈ては銃を膝上に置く。
「陽ちゃんのお邪魔なら、私は居なくなっても良いの」
 ぽつりと零された科白に、ふたりの猟兵は視線を交わし合った。グラッジ弾の引鉄が引かれたとして、いのちを落とすのは恐らく――美彌子だ。
「美彌子さん。菫の紅茶、もう一杯いかがでしょう」
 ティーポットに指を伸ばしたヴィオレッタが、彼女を気遣う傍ら。シャトは端に座るふたりの少女へ、静かに言葉を投げ掛ける。
「……彼女に撃たせたくないのなら、まだ間に合うと思うけれど」
 お嬢さんたち、お喋りは好きだろう――。
 そう促せば、血の気の失せたふたりは互いに貌を見合わせて、そっと席に着く。先にぎこちなく言葉を発したのは、陽子の方だった。
「それ、仕舞おうよ」
「ええ……お茶会の席には、不似合いよ」
 ヤエも追従すれば、美彌子は静かに銃を懐へ仕舞い込んだ。ヴィオレッタが見様見真似で淹れて呉れた紅茶を傾け乍ら、學園の女王は「ほう」と溜息をひとつ。
 紫陽花の乙女とレプリカントの少女は、移り変わる少女達のこころを間近でじっと見つめて居た。斯う云う喧嘩は、きっと犬も食わぬ類のものだ。せめて、新しい作品の発想源や、俗世の勉強と成れば僥倖だろうか。
 動乱の茶会は、未だ続いて行く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
◎☆
招かれるまま席へ
角砂糖はいらないよ

紅茶はいつもストレートで飲む方だし、
まじないに託したい願いも私には無い
強いて言えば『世界平和』だけど
それは何かに託していい願いじゃないから

ねえ、ミヤコ君
平等、自由、高潔さ――確かに貴いものだ
不平等のない世界も、ステキさ

しかし、それとは別に勝者と敗者は必ず存在する
勝敗の定義はそれぞれだけど
世界を壊して、その二つの枠組みまで消し去った後
その世は成り立つとおもうかい

キミのヨウコ君への気持ちは無礼な哀れみだ
彼女の気持ちを聞き、考えたコトはあるのかい

必要なのは世界を変えるコトじゃない
勝者となったキミが、ヨウコ君の分まで大学で頑張ろうよ
それが勝者の責任ってヤツじゃない


天音・亮
◎☆

人が二人揃えばそれぞれの違いが浮き上がる
それ以上ならさらに沢山の違いが
比べられる事の辛さは知ってるつもりだよ
私だってそういう世界でこれまでやってきたもの

苦しいもう嫌だって泣き言零した日もあった
でもね、そんな時ある人がこう言ってくれたの
「きみはきみだけの花を咲かせる事ができる
その花を愛してくれる人を見失っちゃいけないよ」
って

ふふ、ポエミーだよね
でも私はすごく救われた
誰にも持っていないものを私は持ってる
そんな私の花を愛してくれる人達を、私も愛したい
きみたちは…?
ねえ、どうか心を翳らせたまま目を閉じたりしないで

…希わくば、
きみたちの花のかんばせに再び鮮やかな笑顔が咲きますよう
溶かす角砂糖ふたつ



●『ひとの為』
 穏やかさを取り戻した茶会の席に、華やかな男女がゆるりと腰を下ろす。
 ひとりは流離の王子様――エドガー・ブライトマン。もうひとりは、金絲の髪を揺らす快活な娘――天音・亮。
「さあ、貴方たちもお茶を如何」
「ありがとう。でも、角砂糖はいらないよ」
 ティーポット片手に、澄ました微笑みを滲ませる美彌子に向けて、エドガーはゆっくりと頸を振って見せた。其の貌には、何時もの穏やかな微笑みは無く、只管に真剣だ。
「いつもストレートで飲んでいるし、――紅茶に託したい願いも私には無い」
 強いて挙げるならば、「世界平和」を望むけれど。そう云う大切な希いは、何かに託して良いものでは無い。“王子”たる彼にとって「世界平和」は其れこそ、自らの手で為さなければ意味が無いのだ。凛とした其の態度を前に、美彌子はくつくつと鈴音で笑う。
「まあ、王子様はとても高潔なのね」
「私は折角だし、貰っちゃおうかな」
 一方の亮は努めて明るい聲を零して、美彌子が淹れて呉れた紅茶と白磁のシュガーポットを、己の方へ引き寄せた。カップから、ふわり。こころ落ち着ける様な良い馨がする。
「ねえ、ミヤコ君」
 ミルクも砂糖も入れぬ紅茶を傾け乍ら、エドガーが徐に口火を切る。美彌子は何も言わずに、ただ涼やかな流し目を彼に呉れるのみ。けれども王子様は気にせずに、彼女の貌を見て言の葉を紡ぎ始めた。
「君が語る“平等”、“自由”、“高潔さ”――どれも確かに貴いものだ」
 彼の言葉には、嘘が無い。
 実際にエドガーは幾つもの世界を巡り、世の不条理を正し、時には虐げられた者達の自由を守って来た。何れは国を担う者として、其れらの大切さもよく理解して居る。故にこそ、彼女の考えには一定の理解を示して見せるのである。
「不平等のない世界も、きっとステキさ」
「そうでしょう。だから私は、世界を真っ平に……」
 つらつらと花唇から科白を奏で始めた彼女に頸を振って、エドガーは静かに其の主張を遮った。少女の語る理想郷は、そもそも前提が間違って居るのだ。
「けれどね、ミヤコ君。それとは別に、“勝者”と“敗者”は必ず存在する」
 王子として、彼は静かに世界の真理を告げる。勝敗の定義は人の数だけ有るだろう。其れでも、世界に「他人」と云うものが存在する以上、優劣は必ず付く。
 例えば大正の世を見事転覆させたとして、「幻朧戦線」は当然に勝者と成るだろう。されど、他の人々は如何だろうか。転覆させられた「大正」と云う名の船に乗って居た人々は、敗者では無いのだろうか。
「世界を壊して、その二つの枠組みまで消し去った後。その世は成り立つとおもうかい」
 そう問いかけて、エドガーは持ち上げて居たソーサーをテェブルの上に置く。陶器が擦れ合う軽やかな音彩が静寂に満たされた庭のなか、厳かに響き渡った。
 王子様の碧い眸に射抜かれ乍ら、美彌子はゆるりと紅茶に口吻けて、軈ては細やかな息を吐く。そうして、痛ましそうに微笑んで見せた。
「きっと、――ゆるりと朽ちて行くのでしょうね」
「……私も、比べられる事の辛さは知ってるつもりだよ」
 紅茶の馨を味わい乍ら、亮もぽつりと科白を落とす。彼女もまた、熾烈な競争社会で生き抜いてきた独りの女性なのだ。
「私だってそういう世界で、これまでやってきたもの」
 華やかな芸能の世界は、流行も凋落も目まぐるしく移り変わる。
 仮に人がふたり揃えば、其々の違いが明白に成ると云うのに。其れ以上の人々が集う場で沢山の個性と競わされた結果、亮は今も尚“モデル”として生き残って居る。
「きっと苦労をなさったでしょうね。お辛くはなかった?」
「うん。苦しいもう嫌だって、泣き言零した日もあったけど……」
 そんな時、誰かが斯う云って呉れたのだ。
『きみはきみだけの花を咲かせる事ができる。その花を愛してくれる人を見失っちゃいけないよ――』
 其の科白は亮と云う大輪の花へ、まるで恵みの雨の如く優しく降り注ぎ。軈ては彼女の芯まで、ゆるり穏やかに浸透して行った。余りにも忘れ難い其の時のことを想い返し乍ら、ポエミーだよね、なんて照れを隠す様に娘は笑う。
「でも、私はすごく救われた」
 自分の可能性を信じて呉れる人が居た。そして、自分しか持たない個性を、愛して呉れる人が居る。其の救いは軈て、確固たる自信と成った。
 亮の個性は、彼女しか持たないもの。其の明るさも人懐っこさも、直向きな気性だって、求めた所で誰も持つことが出来ないのだ。だから亮はどんな時も、胸を張って前へと歩いて行ける。今や彼女にとってはどの路も、赤絨毯が敷かれたランウェィなのだから。
「そんな私が咲かせた『花』を愛してくれる人達を、私も愛したい」
 少女達に今そう語り聞かせられるのは、自分が歩んで来た路を彼女が愛せて居る何よりの証だ。亮は涼やかな青い双眸で、三人の少女の貌を独りずつ順番に眺めて往く。
「きみたちは……?」
 もしお互いを大事に想い合って居るのなら、其々が咲かせた「花」を――其々の個性や才能だって、ちゃんと愛せるのでは無いだろうか。今はただ哀しみや辛さに呑まれて仕舞って、彼女達の視界は曇って居る丈けだと、そう信じたい。
「ねえ、どうか心を翳らせたまま目を閉じたりしないで」
 向き合うべき人は、直ぐ目の前に居るのだから――。
 優しく紡がれた言の葉に、視線を其々の貌にちらちらと投げ合う少女達。美彌子は未だ、凛と前を向いた侭だったけれど。
「私の咲かせた花も、誰かに愛されたら良かったのに……」
 零した科白にほんの僅か、本音を滲ませて。ちらりと、視線だけを陽子に呉れた。陽子は何か言いたげに唇を震わせて居る。其れを見兼ねて、エドガーが靜に言葉を放つ。
「キミのヨウコ君への気持ちは、無礼な哀れみだ」
「だって、可哀想じゃない」
 眦を僅かに上げた少女に頸を振り乍ら、エドガーは煌めく碧眼で陽子を見遣った。乙女心に明るく無くても、美彌子の語る言葉が何処までも独り善がりなことは、よく分かる。
「彼女の気持ちを聞き、考えたコトはあるのかい」
 革命なんて、陽子はきっと頼んで居ない筈だ。けれども美彌子は、自分勝手な哀れみ丈けで世界を変えようとして居る。そんな彼女を、陽子はどんな目で見て居るのだろう。
「自分が咲かせた花を愛してと云うのなら、」
 學園の女王と真っ直ぐに視線を交わした侭、エドガーは厳粛に言い放った。道を誤った民を正しい方向へ導くのも、王族の務め故に。
「キミも、彼女が咲かせた花の素晴らしさを信じるべきだとおもう」
 美彌子の頬に、ふと仄かに赤みが差す。陽子の可能性を一番信じて居なかったのは、きっと親友の彼女自身なのだ。独り恥じ入る彼女へ向けて、諭すように王子は言葉を続けて往く。必要なのは、世界を変えることでは無く――。
「ねえ、勝者となったキミは、ヨウコ君の分まで大学で頑張ろうよ」
 それが勝者の責任ってヤツじゃない。そう問いかけて、彼は静かに頸を傾けた。腕に宿したレディの棘も、今日は静かだ。お咎めも反応も無いところをみるに、彼の言葉は少女達の背を押すひとつの切欠と成り得るだろう。そんなエドガーの隣席に腰かける亮は、角砂糖をふたつ紅茶に落とし、くるくると掻き混ぜて居る。
「……希わくば」
 穏やかに目を閉じて希いを囁く彼女の貌に、その場の全員の視線が集中した。けれども見られることに慣れているから、亮は気にせず想いを紡いで往く。
「きみたちの花のかんばせに、再び鮮やかな笑顔が咲きますよう」
 彼女達はお茶会が始まってから、明るい笑顔を見せて居ない。けれども亮は撮られる側だから、よく分かる。
 女の子はこころから笑った貌が、一番うつくしく、そして魅力的なのだ。
「あ、あたしはッ、こんなこと……望んでなんて……」
「陽ちゃん……」
 一瞬の沈黙の後。裡に秘めた思いを語り始めた少女を見つめ乍ら、亮は彼女達に笑顔が戻る様にと、ただ優しい気持ちで願って居た。
 少女達のお茶会は、静かに続いて往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

小千谷・紅子
◎☆
少女という花の散る様を、紅は見届けて参りました
春風の様に華々しく自由に見えても、彼女達は多くの枷に縛られて居て
だからこそ気儘に振舞うのでしょう
結ばれぬ思いを、憂き世では叶わぬものだと思ってもしまう

ユウレイというのも、あながち間違いでもないのです
必要であれば、見送ろうとも思っておりました
誰に伝えることもない、行き場のない思いを看取るのが紅の役目
けれど
お二人の思いは、近いからこそ擦れて痛みを生んだ
来世にまで、持ち越すことはありません

今一度心を寄せて
思い重ねてはみませんか
陽子さんが今もこのお茶会の席に居られる理由を
美彌子さんが世を恨んだ理由を
未だ己の希いも曖昧な私ですが
これが希いに、なるでせうか


ミネルバ・レストー
◎☆

まずは素敵なお茶会へ、ご招待をありがとう
紅茶を楽しんで、ついでに希いも叶うなんて素敵だわ
ならわたしは――

「この幻朧桜の下、すべての人が笑って暮らせますように」

匙でくるうり紅茶をかき混ぜて、謳うように朗々と
帝都には、わたしの大切なひとがいるの
そして、今ご一緒しているあなたたちも
誰かひとりでも悲しんでいてはダメなの

ねえ、美彌子
大切なひとを傷つけて悲しいのはわかるわ
だからって自分を害して、何になるのよ
ますます傷つけたいの? 違うでしょ?

傷つけてしまったこと、悲しませてしまったこと
悪いと思ったなら「ごめんなさい」じゃない?
相手が許してくれるかどうかは別の話だけど
「友達」なら、許されるんじゃなくて?



●『雪融け』
 しんと静まり返った茶会の席に、ふたつの春彩が咲く。櫻の精――小千谷・紅子が髪に揺らす花の彩と、ミネルバ・レストーの双つに結った髪の櫻彩だ。
「まずは素敵なお茶会へ、ご招待をありがとう」
 品良く会釈するミネルバは、緊張の彩が濃い少女達へと穏やかに微笑み掛けた。彼女のゆびさきは今、クリップで角砂糖を淑やかに掴んで居る。
「おまじないに、お付き合い戴けて?」
「紅茶を楽しめて、ついでに希いも叶うなんて素敵だわ」
 小さく頷いたのち、ミネルバは作法の通り、紅茶の中へ角砂糖を、ひとつ、ふたつ。ぽちゃんと、軽やかに落とした。そうして、クリップの代わりに匙を取れば、双眸閉ざして、くるうり、くるり。カップのなかを、静かに掻き混ぜて往く。
「この幻朧桜の下、すべての人が笑って暮らせますように」
 謳う様な、朗々とした聲だった。
 幼気な少女がこころから零した希いに、美彌子の貌から表情が消える。陽子とヤエ、ふたりの少女は、ほんの少し驚いた様にミネルバへと視線を注いで居た。
「帝都には、わたしの大切なひとがいるの」
 愛する人にもう二度と、戦禍も不幸も降り掛からぬように。ミネルバは角砂糖に、温かな希いを籠めた。交換日記でヤエに語った彼への想いは、本物だったから。
「そして、あなたたちも――」
 彼女は勿論、いま茶会の席に同席している少女達の仕合わせだって希って居た。整った貌に不思議そうな彩を滲ませる美彌子に向かって、ミネルバはそうっと頭を振って見せる。
「誰かひとりでも悲しんでいてはダメなの」
 美彌子の希いがたった独りの為のものだとしたら、彼女の希いは皆の為のもの。きっと其れは愛し、愛されて居るミネルバだからこそ、紡げる想いである。
「けれど、私が居たら陽ちゃんが……」
「ほんとうに、そう思うの?」
 ミネルバはちらり、端の席に座る陽子へと視線を向けた。彼女は泣きそうな貌をして、すっかり冷めた紅茶をじっと見つめて居る。きっと、居た堪れないのだろう。
 自分の所為で親友が自害したとして、彼女が其れを喜ぶとは到底思えない。
「……少女という花の散る様を、紅は見届けて参りました」
 少女達の間に漂う重たい沈黙を、はらりと撃ち破ったのは、紅子がぽつりと零したそんな科白だった。
 少女と云う存在は、春風の様に華々しく自由に見える。けれども彼女達は多くの枷に、細い頸を、しなやかな腕を、そして華奢な脚を、きっと縛られて居る――。
 故にこそ、彼女達は何よりも気儘に振舞って見せるのだ。少女は其の性質から、小さな悪魔にも、清らかな天使にも成れるのである。
 そうして愛らしい頭のなかでは、結ばれぬ想いに嘆き。裡に秘めた其れはもう、憂き世では叶わぬものだと思い込んで仕舞う。思春期特有の視野狭窄は、彼女達のぱっちりと開いた眸に、魔法の様に掛けられて居るのだ。
「陽子さんは、紅のことを桜の精と仰いましたね」
「そう見えるけど……違うの?」
 ぱちぱちと眸を瞬かせる少女に向けて、紅子は穏やかに微笑んで見せる。其れは半分当たって居て、もう半分は違って居る。
「“ユウレイ”というのも、あながち間違いでもないのです」
 誰に伝えることもない、行き場を失くしたこころの裡を。そして情念の様な想いを、看取ることこそ紅子の役目。櫻は善いも悪いも気にせずに、ただ来世を乞う者達へと慈悲を掛ける。毒の様な甘い優しさで……。
 其れ故に、必要であれば、彼女達のことは見送ろうとも思って居た。けれど――。
「お二人の思いは、来世にまで、持ち越すことはありません」
 美彌子と陽子。ふたりの少女の想いは、近いからこそ強かに擦れ合って、軈ては甘い痛みを生んだのだ。其れ丈けふたりに深い情と絆が有るのなら、きっとまた結びつけるのでは無いか。
「今一度、心を寄せて。思いを重ねてはみませんか」
 紅子の櫻彩の眸は、陽子と美彌子を交互に見遣った。美彌子はただ真直ぐ前を向いた侭、ぴくりとも動かなかったけれど。陽子は気弱な貌で、親友の方を見つめて居る。
「――ねえ、美彌子」
 埒が明かないふたりの様子を見兼ねて、ミネルバが靜に女王の名を紡ぐ。冷えた彼女の眼差しが、金色に煌めく眸とかち合った。
「大切なひとを傷つけて、悲しいのはわかるわ」
 喩え不可抗力であったとしても、彼女達は其の世界の狭さゆえ、何方かに咎が有ると思って仕舞うのだろう。陽子も確かに傷付いたのだろうけれど、美彌子もまた傷付いて居るのだと、ミネルバはそう感じて居た。
「だからって自分を害して、何になるのよ」
 諭すように言葉を紡ぎ乍らも視線を彼女の胸元――銃が眠る場所へと向けたなら、美彌子は睫を伏せて、細い指先で其処をそうっと撫でた。
「……これは、自分自身への罰よ」
「罰だなんて言い訳して、陽子をますます傷つけたいの?」
 違うでしょ、と念を押せば。美彌子は漸く、陽子の貌へと視線を向けた。泣きそうな彼女の貌を見て、女王の双眸は僅かに大きく成る。
 自分が消えれば其れで済むと思っていたのに、あゝ、如何して――。
「じゃあ、私は如何すれば良いの……」
 スカートをぎゅっと赤いゆびさきで握り締めて、あえかな肩を小刻みに震わせる美彌子。そんな彼女に優しく聲を掛けたのは、少女達を見守る存在である紅子だった。
「陽子さんが今もこのお茶会の席に居られる理由、思い当たりませんか」
 其れは紅子だけではなく、ミネルバも、きっとヤエですら分かって居ること。けれども、こころを曇らせた当の本人達が目を逸らして居ること――。
「解けたお二人の心、再び結び直しては」
 仲直りをしませんかと、紅子はそう暗に示して見せる。未だ己の希いすら、何処か曖昧な彼女であるけれど。
「此れが、紅の希いに成るでせうか」
 そうはにかめば、隣で紅茶を傾けるミネルバが穏やかに首肯して呉れた。金色の双眸は、優しく煌めいて居る。軈て彼女は其の双眸を、渦中のふたりへと向けた。
「銃を取るよりも先ず、悪いと思ったなら『ごめんなさい』じゃない?」
 相手を傷つけたと思ったなら、そして悪いことをしたのなら、先ずは謝るべきだ。相手が其れで許してくれるかどうかは、きっと誰にも分からない。けれども、暴力と云う手段に訴えるより、分かり合えるまで言葉を重ねる方がよほど建設的である。
 其れは美彌子だけじゃ無く、彼女に冷たい科白を放った陽子にも云えること。
「未だ『友達』なら、許し合えるんじゃなくて?」
 言葉で以て、そうっと背中を押して遣る。美彌子は躊躇った様に視線を彷徨わせた後、ぽつり。大層儚げな聲で、ちいさく囁いた。
「……ごめんなさい、陽ちゃん」
「いいよ、もう。あ、あたしも、その……」
 貌彩の失せた親友の真っ黒な瞳に射抜かれて、陽子は上手に喋れ無い。けれども、彼女の方も「ごめんなさい」を云える迄、きっとあと少し。
 許し合うか憎み合うか、後はふたりが決めることだ。ミネルバと紅子は温く成った紅茶を味わい乍ら、少女達の遣り取りを静かに見守って居た。
 お茶会は、少女達のこころをぐるぐると掻き乱して行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
◎☆

どんなに努力してもその手が届かない事は
身体能力と怪我で辞めさせられたお稽古の様

天性の才能でそれを掠めてしまう事は
産まれ持った大きな声で邪魔してしまう合唱の時の様

どちらも心当たりがなくは無い

けれどそれらに因って生まれた軋轢は
お二方だけでなくとも
ヤエお姉様もハルお姉様も
お困りで戸惑ったのでは?

そんな風にお友達を困らせるのは
少々宜しくなかったのでは?

まあ私、お友達いなかったので
そんな事あまりよく知りませんけども

願いは嫉妬されないこと
努力だって怠ればあの時ああしてればと思うのに
それを見て見ぬ振りして責任転嫁する
そんな方が居なくなればいいけれど

努力は必ず実を結ぶではなく
自分を裏切らないだけなのに


海藻場・猶予
☆◎

――あら、ハルさんは?
躊躇いがちに誘っておいて、ご自分はいらっしゃらないなんて。
もう……いけずな方。

仮令ば、今。
わたくしが、或いは貴女が、ハルさんのことを悪し様に云ったとして。彼女にそれを知る術は無い訳です。
自分の預かり知らぬ処で軽んじられていやしないか。
知性と社会性を持つ動物は、そうした疎外を何より怖れる。
その本能に打ち克った彼女は強い。
……論文にはそう書きますよ。

さて、わたくしは此処でお暇します。
連盟という名前ではなく、ハルさんと親しくしていた心算ですので。
彼女を探して、二十日鼠の話の続きでも致します。

美彌子さん。
貴女は如何なのです?
一体全体、『誰』を相手に睦まじく話していらっしゃる?



●『承認と勇気』
 聊か落ち着きを取り戻した茶会の席で、淑やかに、或いは淡々とティーカップを傾ける少女がふたり。喩え銃が振り回されようと、どろりと溶けたこころの蟠りを銘々が披露しようと、彼女達は何方も至極冷静な貌で事態を静観して居た。
「お二方が抱えた想い、何方も心当たりは有りますが……」
 視線を伏せ乍ら、ぽつり。そんな小さな呟きを零すのは、琴平・琴子だ。彼女もまた、小学生で在り乍ら悩める學校生活を送って居た為、彼女達の気持ちは分からなくも無い。
 どんなに努力しても手が届かないと云う陽子は、躰が付いて行かず、挙句の果てに怪我でお稽古を辞めさせられた、何時かの自分によく似て居る。
 天性の才能で親友の席を掠め取って仕舞った美彌子の苦悩は、産まれ持った大きな聲が原因で、皆の歌聲を掻き消して仕舞う合唱の時の自分によく似て居た。
 其れでも、琴子は何方かと云うと、美彌子よりの人間だ。
 彼女のよく響く清らかな歌聲は嘗て、才能に恵まれぬ同級生達の矜持を傷つけ、嫉妬を招いた。周囲から掛けられた心無い言葉は、今もなお琴子のこころを苛んで居る。
 けれども、美彌子と琴子には明確に違う点が有る。
 美彌子は嫉妬を受けたことに罪悪感を抱いて居るけれど、琴子は周囲からの嫉妬を理不尽な仕打ちだと考えて居るのだ。間違いを間違いだと断言できる琴子の強さは、一回り上の美彌子には欠けた美点であった。
 琴子は翠の双眸でちらりと、紅茶を掻き混ぜ乍らこころを落ち着けようとして居るヤエを見る。自身が其の背を押したからこそ、蚊帳の外で在り乍ら、彼女はいま尚この席に居るのだろう。何方の見方もし難いけれど、彼女の味方ならして遣れる。
「お二方の軋轢は、ヤエお姉様とハルお姉様を、戸惑わせて仕舞ったのでは」
 琴子が放った凛とした聲は、お茶会の席によく響いた。その場の全員の視線が、自身の貌に注がれようと、琴子は決して物怖じしない。云うべきことはちゃんと云う。それが彼女の美学なのだから。
「そうなの、ヤエさん」
「まあ、そうね……ハルも私も、心配して居たのよ」
 美彌子に問い掛けられたヤエと云えば、貴女はやっぱり陽子のことしか見てないのねぇ――なんて。長い睫を伏せ乍ら、くつりと笑った。其の貌に寂しさと困惑を見て取った琴子は、陽子と美彌子を見つめて静かに言葉を重ねて行く。
「そんな風にお友達を困らせるのは、少々宜しくなかったのでは」
 お友達いなかったので、よく分かりませんけれど――。
 そう細やかに付け加えられた琴子の科白に、傍らに座った海藻場・猶予は「まあ」と無機質な瞬きを繰り返した。琴子は特に気にせず、紅茶を傾けて居る。
「――あら」
 同じく紅茶を傾けようとした猶予は、ふと。見知った貌を探す為に、赤い双眸で茶会の席をきょろきょろ、きょろきょろ。
「ところで、ハルさんは?」
 幾ら待てども、幾ら探せど、来たらぬ待ち人に猶予はあどけなく小首を傾けた。答える者は、誰も居ない。順当に考えたなら、猟兵の誰かが彼女を転身させることに成功したのだろうが……。
「躊躇いがちに誘っておいて、ご自分はいらっしゃらないなんて」
 猶予としてみれば、聊か残念な心持ちに成らざるを得ない。論文や研究の噺にも、あんなに関心を抱いて呉れていたのに。
「もう……いけずな方」
「そういう言い方はあまり……」
 持ち前の正義感からつい嗜めようとする琴子を、揃えたゆびさきで制して。猶予は二十日鼠の如き赤い双眸で、美彌子の貌をじっと見つめた。
「仮令ば、今。わたくしが、或いは貴女が――」
 例に挙げられた女王が、ピクリと柳の眉を動かした。けれども其れ以上の反論は無い様なので、気にせずに淡々と猶予は話を進めて往く。
「ハルさんのことを悪し様に云ったとして、彼女にそれを知る術は無い訳です」
「ええ、そうでしょうね」
「貴女が逆の立場だったら、どう思います」
 澄ました貌のまま静かに同意を示す美彌子へ向けて、猶予は再び小さく頸を傾けて見せた。ティーカップを掴み乍ら、口許をふわりと弛ませて微笑む美彌子は、猶予に負けず劣らず淡々として居る。
「皆が何を話しているか、気に病むと思いますわ」
「でしょうね。――だってそれは、本能ですから」
 自分の預かり知らぬ処で、己は軽んじられては居まいか。
 其れは、誰でも一度は抱くであろう不安である。知性と社会性を持つ動物――即ち“人間”は、そうした疎外を何より怖れて居るのだ。そして今、四人の中で最も臆病な筈のハルだけが、此処に居ない。
「その本能に打ち克った彼女は強い」
 ただ真直ぐに美彌子の黒い眸を見つめて、猶予は凛と言い放つ。
 彼女の貌には、挑むような彩は愚か、少女達を否定する様子も無い。彼女はただ、事実を述べて居る丈けだった。
「……論文にはそう書きますよ」
 其れだけ言い残すと、静かに席から立ちあがる。海月めいたドレスが、風に誘われ、ふわふわと軽やかに揺れた。「お暇します」と形だけ断りを入れたなら、琴子の双眸が其の姿を追い掛ける。
「これから、どちらへ?」
「彼女を探して、二十日鼠の話の続きでも致します」
 至極当然そうに、涼しい貌で彼女は答えた。猶予は別に、美彌子にも陽子にも、彼女達の拗れた友情にも興味は無い。其れも其の筈、猶予の眼中に映って居たのは、『白鷺連盟』という名前ではなく――。
「わたくしは、“ハルさんと”親しくしていた心算ですので」
 徹頭徹尾、彼女は『風間・ハル』と云う、独りの少女を見つめて居た。ただ、其れ丈けだ。
 長いテェブルに背を向けて一歩、脚を踏み出したのち。猶予はふと、美彌子の方を振り返る。何かを思案する様な彼女の眸と視線が絡まったので、もう一言だけ置いて行くことにした。
「美彌子さん、貴女は如何なのです」
「何を仰りたいのかしら」
 挑むような視線で此方を見つめ乍ら、小首を傾げる學園の女王へと、猶予は最後の問いを編む。其れは、彼女の胸を強かに貫く様な、鋭い問いだ。
「貴女は一体全体、『誰』を相手に睦まじく話していらっしゃる?」
 幾ら待てども、重たい沈黙しか返って来なかった。
 何せ美彌子の舞台には、彼女の他は誰も居ない。結局は滑稽な独り相撲をして居るのだと、彼女も薄々気づいて居るのだろう。
 猶予は静かに、旧校舎の方へと歩き出す。理科室に行けば、不安そうな貌をしたハルが居るかも知れない。もし逢えたなら、ふたりで二十日鼠のお噺を――。

 茶会の席に再び漂い始めた重たい沈黙に、琴子は小さく息を吐く。このお姉様達の絆は、どうして斯うも複雑に絡まり合って仕舞ったのだろう。
 考えても分からないから、彼女はまじないの作法通り、クリップで角砂糖をそうっと掴んだ。ひとつ、ふたつ、紅茶の中へ落として行く。
「美彌子さんの気持ち、分かります」
 年少の少女から零された思わぬ肯定に、黙りこくって居た女王の睫が、ぱちぱちと上下する。琴子は紅茶に視線を落とした侭、くるくると匙でカップの中身を掻き混ぜた。
「私の願いは、嫉妬されないこと」
 努力と云うものは、必ずしも実を結ばない。ただ、自分を裏切らない丈けなのに。其れを分らぬひとの、なんと多いこと。美彌子も謂わば、そう云ったひと達の犠牲者なのだ。
 努力を怠った癖して「あの時ああして居れば」と嘆く、其の無責任さなど理解しかねる。あゝ、己の努力不足を見て見ぬ振りして、誰かに責任転嫁するひとの醜さと来たら……。
「そんな方が居なくなればいいけれど――」
 嫌悪感を裡に押し殺し乍ら小さく囁いて、琴子は紅茶をくいと煽った。幼気な少女が零した切なる願いはきっと、嫉妬に揺れる陽子のこころに重く響いたのだろう。
 冷めた紅茶に視線を落とす彼女もまた、己の醜いこころと向き合う勇気を抱き始めて居た。
 其々の想いを胸に、茶会は続いて往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

清川・シャル
ヤエさん、お茶会に誘っていただいてありがとうございます。
それにしても…お茶会にしては物騒なものをお持ちで。
少し話をしませんか?

未来への希望はありますか?
私達の年齢なら、まだまだ道は沢山あるし、何か決まっていたとしてもそれ以外は未知数、いくらでも羽ばたく事が出来ると思うんです
でもそれは1人では成し得なくて。
その時に大事な友達が居てくれたら、どんなに心強いか。
私にも居ますよ、大事な親友。
全てを失くさない為に、守る為に、何をすべきか、もっと対話しましょう。
…いえ、答えは分かっているのかもしれませんけど。現実と向き合うって難しいですよね。それでもやるんです。
ところでお茶、美味しいですね。



●『未来』
 猟兵達の聲掛けのお蔭か、少女達は己が抱く胸の蟠りと少しずつ向き合い始めて居た。主に美彌子が平静を取り戻した頃合いを見計らって、羅刹の少女――清川・シャルは、礼儀正しく会釈をひとつ。
「ヤエさん。お茶会に誘っていただいて、ありがとうございます」
「よく来てくれたわね、嬉しいわ」
 彼女を此処へ招待した張本人、ヤエはひらひらと手を振って呉れた。戀の悩みを相談し合った彼女の存在と、穏やかな其の振る舞いはヤエの緊張を解したようだ。
「お邪魔してます、美彌子さん」
 其れから學園の女王にも、ぺこりと会釈した。涼やかな碧彩の双眸は、銃が眠る彼女の懐へと集中している。
 お茶会にしては物騒な物をお持ちで――なんて、神妙な貌をした後。シャルはかくりと、小さく頸を傾けて見せた。
「……少し話をしませんか?」
「ええ、よろしくてよ」
 長い黒髪をさらりと揺らして頷く美彌子に礼を告げて、羅刹の少女はくるり。少女達を、独りずつ見回した。
「皆さん、未来への希望はありますか」
「希望……?」
 あどけない少女が零した問いを、ヤエが不思議そうに反芻する。シャルはゆっくりと頷いて、花唇から自身の考えを紡ぎ始めた。
「私達なら、いくらでも羽ばたく事が出来ると思うんです」
 罰やら滅びやらと、直ぐ物騒な方へ思考が向かいがちな少女達にとって、其れは外ならぬ希望の福音。
 彼女達は、未だ若い。だから此れから先も道は沢山あるし、仮に方向性が決まっていたとしても、長い人生に何が起こるかは未知数なのだ。
 確かにそうかも知れないと貌を見合わせる陽子とヤエだけれど、シャルはそんな彼女達にそうっと釘を差すことも忘れない。
「でもそれは、1人では成し得ないこと」
「それって……」
 もしやと美彌子の方を見るふたりに、羅刹の少女は静かに頷いて見せた。シャルが少女達に伝えたいことは、「友達」と云う存在の尊さについて。
「人生の節目に大事な友達が居てくれたら、どんなに心強いか」
 貴女なら分かりますよね、とヤエの方に視線を向ける。結婚と云う節目を目前にした彼女は、僅かに視線を彷徨わせたのち、こくりと小さく頷いた。
「私にも居ますよ、大事な親友」
 不安な時に励まし合ったり、哀しい時に慰め合ったり。そんな風に想いを共有できる友達が居ると、前を向く勇気が湧いて来るのだ。其れなのに、少女達は想いの共有処か、互いの不安を上手く飼いならせずに傷つけあって居る。
 其れはきっと、とても悲しいことだ。
「皆さんは“友達”なんですから。何をすべきか、もっと対話しましょう」
 自棄を起こして総てを失くさない為に。そして何より、大切な存在を守る為に。
 諭すかの如くそう言って聞かせたならば、少女達は気まずそうに口を閉ざした。シャルも思春期なので、素直に成れない彼女達の気持ちは分からなくも無い。
「……現実と向き合うって難しいですよね」
 本当は彼女達だって、答えは分かっているのだろう。シャルは密かに苦笑する。自分も普通の青春を送って居たら、こんな風に意固地だったのだろうか。
「それでも、やるんです」
 自分の痛みにだけ向き合って居ても、世界は一向に狭いままで。其れだと、幸せには成れないから――。
 シャルの真っ直ぐな眸に射抜かれて、美彌子は「ほう」と息を吐いた。細い頸に括られた頸輪を、ゆびさきで頻りに撫でては視線を彷徨わせて居る。
 彼女は確かに、現実と向き合おうとして居るのだ。ならば、シャルに出来ることは唯ひとつ。
「ところで……このお茶、美味しいですね」
 蛹から蝶へ羽化しようとして居る少女達を、優しく見守ることだけ。場を和ませる様に、そんな科白を零したなら。椿彩の唇を弛ませて、ヤエが笑い掛けて呉れる。
「もう一杯、如何かしら」
「やった、いただきますね」
 お茶会は少し丈け、和やかさを取り戻しつつあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御形・菘
◎☆
茶菓子を用意してきたぞ、皆で食べようではないか
はっはっは、お主らを取って食おうとか、冗句でしか言わんから安心せい!

皆の方針は関係ない、妾はお主を止めはせんよ
まして説教をする気も無い!
ただ希うことと、決行できることの間の溝はあまりに深いからのう
お主は動くことができた、素晴らしい!

そして…妾が乞うのは喝采、そのために願うのは興奮と感動、突き詰めればそれだけでな
妾は成って、そして為している最中よ
お主も妾の糧となってもらうぞ?


恫喝はせんが、普段以上に挑発度合いはマシマシで話すぞ
他の誰でもなく妾に銃口が向けばベスト!
こんな特殊効果のある弾丸を受けるレアな機会、妾は逃さんよ
余計な犠牲も防げるしな?


ロキ・バロックヒート


お招きありがとう
素敵なお茶会だね、ふふ
あぁ、私は説得なんてするつもりはないの
大正の世が終わることにも革命にも否やはない
どれもひとの営みのひとつ
望むなら美禰子ちゃんの“味方”にもなってあげよう

だからこそ問うよ
ねぇその銃を撃ったとて
本当に君の思い通りになると思う?
賢く聡い君なら理解しているはずだよ
命を賭しても君の思い描く革命は起こらない
なにより君の祈りと希いも叶わない
いいの?なんて
茶に砂糖を掻き混ぜるようゆるやかに
ほら、祈りと希いを云ってご覧
だいじょうぶ
神様が赦してあげる
私じゃダメ?そっか
じゃあ―君は赦してあげないの?と陽子ちゃんに

私の希い?
神様の希いなんて
それこそ叶わない方が良いんじゃないかな



●『神戯』
 天の帳で燦燦と輝くお日様は、テェブルに敷かれた白いクロスや白磁の食器を、そして皿に並べられた菓子たちを、きらきらと温かな光で照らして居た。
 麗らかな茶会の席、されど其の場で繰り広げられて居る人間模様は、安寧とは程遠い。どろりと溶けた少女達の醜い心根が露わに成って往く様を、ゆるゆると聞き流し、或いは楽しんで居る客はふたり。――その何方も、神を名乗って居る。
「茶菓子を用意して来たぞ」
 窮屈な椅子に蛇の様な下半身を絡ませて、邪神を名乗るキマイラ――御形・菘がくつりと笑う。空白が広がった皿へと彼女が乗せるのは、紅茶によく合うクッキーだ。市松模様のアイスボックスに、チョコレェトのチップを塗したものなど、少女達の舌を甘やかすものばかりを並べれば、固い場の空気が少しばかり柔く溶けた。
「さあさあ、皆で食べようではないか」
「わぁ、おいしそう」
 少女達よりも先に聲を上げたのは、本物の神――ロキ・バロックヒートだった。彼が蜂蜜彩の双眸に喜色を滲ませ乍ら、遠慮なくクッキーにゆびさき伸ばせど、其れに続くのは菓子を差し入れた本人だけ。
「如何したお主達、食べんのか」
「みんな緊張してるんじゃないかなぁ。だって私達は、」
 ――こわぁい神様だから。
 ロキがそう冗談めかして少女達に流し目を呉れれば、菘が呵々と豪快に笑う。蛇の如き舌がちろりと揺れる度、美彌子を除いたふたりの少女はびくりと肩を震わせた。
「はっはっは!」
 ドラゴンめいた片腕と翼に、幾つも生えた立派な角。そんな菘の姿は将に、ひとが思い描く「邪神」の姿そのもの。煌めく蒼を幾重も重ねた瞼などはうつくしくも、切れ長の眸の迫力を更に増強して居た。
 つまり菘は、少女達が未だ出逢ったことのない傾向の美人なのだ。
 一方、整った貌に何処かあどけなさを遺した青年――ロキの方が、“本物の邪神”だと云うのだから、猟兵の本質は見目だけでは分からないものである。
「お主らを取って食おうとか、冗句でしか言わんから安心せい!」
 あ、やっぱりそういうこと云うんだ――なんて。傍らで紅茶を傾けるロキが緩くそう零せば、漸く気持ちが和んだのか、陽子とヤエもそうっとクッキーに手を伸ばす。
「わ、おいしい……」
「まあ、ほんとう」
 ふたりの少女が笑みを綻ばせれば、美彌子も漸く市松模様の其れを、白いゆびさきで淑やかに摘み取った。そうして、物怖じせずに菘を真直ぐ見つめ、静かに微笑む。
「お土産ありがとう、蛇神様」
「なに、お近づきの徴だ」
「そうそう、お招きありがとう。素敵なお茶会だね、ふふ」
 チョコチップのクッキーをパリンと噛み砕いたのち、ロキがゆるゆると笑い掛ければ、美彌子もまた嬉しそうにほんの僅か笑みを咲かせた。彼女の双眸は今、彼の頸に纏わりつく頸輪へと向いて居る。
「どういたしまして、神様。私達の其れ、本当にお揃いね」
「……私の“は”、枷だけれどね」
 ロキがつぅと双眸を細めて、ふたりの違いを強調する様に相槌を打ったなら、美彌子の貌からすぅっと笑みが消えて往く。此れ迄の流れからして、また舌戦と成ると思ったのだろう。
 されど、此のふたりは「神」で在る故、他人とは違う視点から事態を傍観して居た。美彌子に何かを云って聞かせようなんて、端から想っては居ないのだ。
「妾はお主を止めはせんよ、まして説教をする気も無い!」
「あぁ、私も。説得なんてするつもりはないの」
 そう云うのはもう間に合ってるでしょう。そう頸を傾けて見せたなら、學園の女王は苦い笑みを浮かべ乍ら、震えるゆびさきでティーカップを傾けた。
「本当に、お茶を楽しみに来たとでも仰るの」
「はっはっは、そう警戒するでない!」
 蛇神の隻眼がにやり、如何にも人が悪そうに嗤う。其の聲彩こそ快活で在るが、科白の節々には隠せぬ挑発の響きが滲んで居た。
「妾は賛辞を届けに来てやったのだ」
 ただ希うことと、決行できることの間の溝はあまりに深いからのう――。腕を組み乍ら、そんな呟きを零し。うんうんと独り納得した様に頸を揺らす様は、将に悪の首領が如き風格。
「お主は動くことができた、素晴らしい!」
「褒められたって、ちっとも嬉しく無いわ」
「釣れないのう。――お主の散り様を、見物してやろうと云うのに」
 何気なく放たれた其の一言に、しんと其の場が静まり返った。陽子とヤエは其の貌に困惑の表情を浮かべ乍ら、ただ固まって居る。渦中の美彌子は、頬杖を付いてふたりの遣り取りを眺めて居るロキに、真意を問う様な視線を向けて居た。
「……大正の世が終わることにも革命にも、否やはない」
 どれもひとの営みのひとつ――。そう微笑むロキの貌は、何処までも優しかった。そして神様は、そんな貌をした侭、ひどく優しく囁くのだ。
「望むなら美禰子ちゃんの“味方”にもなってあげよう」
「私の、味方に……?」
 少女のあえかな肩が、ぴくりと跳ねる。
 彼女はいま、大正の世を壊そうとして居る。されど眼前の神は、其の味方をして呉れるのだと云うのだ。けれども、あゝ……。
 ――私が求めて居るものは、そんなものだっけ。
 美彌子はぼんやりと、懐から黒塗りの銃を取り出した。震えるゆびさきは、芒とする頭は、もはや照準を定めきれ無い。
 ロザリオの如く其れを両手で握り締め乍ら、少女はふたりの神を見た。そして、敬虔な信者の如く、或いは迷える仔羊の様に、余りに虚ろな問いを編む。
「神様たちは、何を望んで居るの」
「……さぁね」
 ロキは薄らとした笑みを浮かべ乍ら、迷える仔羊を見降ろした。神は人々のこころの拠り所。誰かの希いを受け止める器。そんな神が、なにかを希うなんて。
「何であろうと、叶わない方が良いんじゃないかな」
 嘗ては己の本体だった、壊れた神を想い乍ら。少女の問いを一蹴したロキは、傍らでゆらゆらと蛇の如き下半身を揺らす邪神――そう自称するキマイラへ「君は?」なんてバトンを繋ぐ。
「知れたこと。妾が乞うのは喝采だ!」
 菘が両手を広げ乍らそう咆えれば、彼女の周囲を目玉の如きドローン『天地』が、きゅるきゅると飛び回った。其の様を視線で追い掛けつつ、蛇神は言葉を重ねる。
「そのために願うのは興奮と感動。突き詰めればそれだけでな」
 菘はスタァ――キマイラフューチャーの『人気動画実況者』である。そんな彼女が抱く業は、決してちっぽけな物では無い。
 彼女はきっと、エンターテイメントに命すら掛けて見せるのだろう。
「妾は成って、そして為している最中よ」
 菘は金彩の瞳で以て、挑む様に少女を見下す。言葉で、其れでも足りぬなら表情で、想いの丈を表現して見せよう。

「美彌子よ、お主も妾の糧となってもらうぞ?」

 お前の人生など、ただの通過点に過ぎないのだ――。
 ギロリと此方を睨め付ける視線にそう言われた気がして、美彌子の貌に赤みが差した。黒鉄の銃に爪を食い込ませて……否、其れ丈けでは足りず、其の銃口を異形の神へと突き付ける。
「私が人生を捧げる相手は、貴女じゃないわ……!」
 學友達の悲鳴を何処か遠くで聴き乍ら、ガタガタと震えるゆびさきで、菘に照準を合わせようとする。
 他人に向かってトリガァを引く勇気が、果たして彼女に有るのだろうか。何時まで経っても安定しない銃口を眺め乍ら、菘は相変わらず不敵な笑みを浮かべて居た。

「――ねぇ」

 あどけない、ロキの聲がふと響いた。一同の視線が、神様に向かって集う。其れでも涼しい貌の侭、皿に乗せたクッキーを眺め乍ら、彼はゆるりと問いを編む。
「その銃を撃ったとて、本当に君の思い通りになると思う?」
「そんなこと、分からないでしょ……」
 気まずそうに視線を逸らす少女に向けて、ロキは静かに頸を振って見せた。ゆびさきでクッキーを摘み上げ、唇を寄せながら「嘘ばかり」と静かに笑う。
「喩え命を賭しても、君の思い描く革命は起こらない」
 君は理解しているはずだと。そう念を押せば、少女ははっと息を詰まらせた。つまり其れは、彼女が角砂糖に籠めた「祈り」も「希い」も叶わないと云うこと――。
「いいの?」
 紅茶に砂糖を加える様に甘く、其れを掻き混ぜる様に緩やかに、神様は問いかける。彼の貌には矢張り、ひどく優しい微笑が刻まれて居た。
「ほら、祈りと希いを云ってご覧」
 諭す様に促せば、少女は型を震わせ乍ら、そうっと銃を持つ腕を下げる。ぱっちりと開かれた黒い双眸は今、黒く塗られた銃身を見つめて居た。
「だいじょうぶ」

 ――神様が赦してあげる。

 芒とした様子の少女に甘く、神様は囁き掛けた。彼女のこころに、とろり注ぐ甘さは、まるで毒の様。
「神様じゃ、だめなの……」
 ぐるぐると感情を掻き乱されて、美彌子は苦し気に己の頸を戒める鉄の輪を掻き毟る。「そっか」と素直に頷いたロキは、彼女の親友――陽子へと視線を向けた。そうして、まるで同級生の様な気安い調子で問う。
「じゃあ、君は赦してあげないの?」
「ゆ、赦すよ! 勿論、赦すから……」
 こんなこと、もう止めて――。親友から放たれた懇願の聲に、少女は躊躇ったような表情を浮かべて、おずおずと銃を膝上に置いた。唇を引き結び俯く彼女の姿は、出逢った当初の強かな振舞と程遠い。
 美彌子がこころに纏った殻は、殆ど剥がされかけて居るようだ。
「レアな弾丸を妾が受け止めるシチュの方が、美味しいと思ったが」
「君って案外やさしいねぇ」
 その方が余計な犠牲も防げるし、なんて。クッキーをバリバリ噛み砕き乍ら独り言ちる菘は、手土産の気遣いと云い、面倒見の良さが何処か隠せて居ない。
 ひとを愛でながらも愛せぬロキは、お役目御免とばかりに口を閉ざす。市松模様のクッキーにゆびさきを伸ばし乍ら、少女達の人間模様の見物に戻ることにした。あとは、仲間に任せるとしよう。
 お茶会は、佳境を迎えて居る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
◎☆

空気も読まず興味は目の前の紅茶にばかり
砂糖はいらないわ、まずは本来の味を知りたいじゃナイ

さて女王サマ
アナタが大事なのはお友達そのヒトか
友情ごっこという甘ぁい添加物か、ドッチなのカシラ
と、自棄な彼女を強めに揺さぶりましょ

不平等を恨むのは、まあ分からなくもないわ
明日の食にも困るヒトの世界を知らぬ訳でもない
けど友情ごっこが上手くいかないからって壊すンじゃあタダの癇癪ね
だってガワを壊して取り替えた所で何も変わりはしないのを
聡明なアナタが知らぬ訳がナイ

これは脅しヨ、女王サマ
手を退きナサイ
いつかこの選択を悔やむ時が来たなら
こわぁーい犬共に睨まれた所為だと思えばイイ
不平等を世界の所為だと恨んだようにネ


辻森・朝霏
◎☆

女王様に興味があるの
私と似た立場だもの
少女らしく、お茶会らしいワンピースで
お作法も、その通りに

彼女の握る銃口は
世界でも帝都でもなく
彼女自身に向けられているの…?
彼女を中心に観察して
心の動きを分析しましょう

美彌子さん
貴女はきっと、
人の善性を信じているのですね
でも。それは信じすぎ、というものですわ
貴女の革命が成功して、
皆に席が用意される世界になったとして
恐らく、
人はもっと、もっと、と欲するでしょう
それに競争のない世界では
人類はきっと、衰退してしまいますわ
文明も、勿論

ほんの少しの差で席に着く事が出来なかった
陽子さんは残念ですけれど…
それでもまだ、本試験があるのでしょう?

希いは
楽しいお茶会になる事



●『茶会』
 剣呑な空気を色濃くした茶会の席に座す、金絲の髪を揺らすうつくしい少女――辻森・朝霏は、抜け目のない双眸で學園の女王を観察して居た。
 グラッジ弾が詰め込まれた黒塗りの銃は今、美彌子の膝の上に置かれて居る。其の銃口は、世界でも帝都でも無く、
 ――彼女自身に向けられているの……?
 少女の蒼い双眸が美彌子を眺める。一応は平静を取り戻した様にも見えるが、其の手元に銃が有る以上、凶弾が何時彼女の命を散らせるか分からない。
 朝霏は並べられた茶菓子に手を付け乍ら、美彌子の表情を読み取り、其のこころを探って往く。
 そもそも、彼女は『學園の女王様』に興味があった。彼女自身、通って居る學校内では美人と評判の優等生――詰まりは、美彌子と似た立場である故に。
「一先ずは、お作法に倣いましょう」
 そう零した少女のゆびさきは、シュガーポットにそうっと伸びる。クリップで角砂糖をふたつ摘まめば、ぽちゃん、ぽちゃんと紅茶の中に落とし入れた。其の儘、金の匙でくるくると中身を掻き混ぜて往く。
「私の希いは、楽しいお茶会になる事」
「貴女もお茶を楽しみに来ただけだと云うの……」
 品の良い少女の花唇から、ぽつりと零れた科白に、美彌子がゆっくりと貌を上げる。
 朝霏が少女らしく身に纏うワンピースは、リボンとレースを飾った上品で愛らしいもの。茶会に相応しい其の装いは、彼女が此の席を楽しむ心算であることを意味して居た。
「ええ。……あなたも如何ですか」
「生憎だけど、砂糖は要らないわ」
 女王の問いに小さく首肯した少女は、徐にシュガーポットを隣に座る青年――コノハ・ライゼの方へと寄せた。当のコノハと云えば、既にカップを傾け乍ら、心地よい紅茶の馨を独り楽しんで居たが。其れでも作法に沿うことは良しとせず、少女の勧めに鮸も無く頸を振った。
「ほら、まずは本来の味を知りたいじゃナイ」
「成る程、良い馨ですものね」
 彼の言説に理解を示した少女がポットを下げる様を横目で眺め乍ら、コノハは片頬を上げて薄く嗤う。
 彼は砂糖へ、何も希いを託さない。だって、彼女の希いを壊しに来たから。
「さて、女王サマ」
 涼しい表情を整った貌に貼り付けた侭、コノハの薄氷の双眸が美彌子のかんばせを冷たく射抜く。自棄に成って居る少女には、少し強めの仕置きと行こう。
「アナタが大事なのはお友達そのヒトか、」
 そんな事を語り乍ら、ちらり。端の方へと座る陽子へと、静かに視線を遣る。渦中の少女は、蒼い顔をして俯いた侭、あえかな肩を震わせて居た。
「友情ごっこという甘ぁい添加物か、ドッチなのカシラ」
 薄く開かれた彼の唇は、淡々と冷ややかに、美彌子のこころを揺さぶる科白を紡ぐ。學園の女王はティーカップに絡めた指先に、ぎりりと力を籠める。
「私の友誼が、『ごっこ』ですって……?」
「だって、そうデショ」
 アナタは自分のことしか考えていないもの――。ちくりと少女のこころを刺し乍ら、コノハは涼しい貌でカップを傾ける。仄かに舌へ遺る苦みは、添加物などで偽ること無き、紅茶そのものの味だ。
「不平等を恨むのは、まあ分からなくもないわ」
 明日の食にも有り付けぬヒトの世界を、知らぬ訳では無い。其れでも、彼女の騙る平等は、弱者の為の福音からは程遠い。彼女はただ、自身の友誼が上手く伝わらないからと云う理由丈けで、世界を壊そうとして居る様に見えた。
「友情ごっこが失敗した程度で壊すンじゃあ、タダの癇癪ね」
「それでも、世界を白紙に戻せたら――」
 食い下がる少女に向けて、コノハは黙って首を振った。改革と云うものは、変化を積み重ねてこそ意味が有る。其れを行き成り「ガワ」丈け壊して取り替えた所で……。
「本質は変わらないってコト、聡明なアナタが知らぬ訳がナイ」
 鋭い指摘に、美彌子の貌が凍り付く。恐らくは、図星だったのだろう。震える花唇からは、ただひとつの音すら漏れることは無かった。
「貴女はきっと、人の善性を信じているのですね」
 コノハの科白に続く様に、朝霏もまた淑やかに言の葉を紡いで往く。煽る様な青年とは対照的に、彼女の物腰は柔らかで諭す様だ。
「けれど……それは信じすぎ、というものですわ」
「如何いうこと」
 未だ熱を孕むカップでゆびさきを温め乍ら、憂う様に睫を伏せた朝霏へと、美彌子が震える聲で問う。空っぽの大義を冠した革命の行き先など、たかが知れて居る。
 それに、万が一革命が為され、皆に座れる席が用意されたとしても。
「人はもっと、もっと、と欲するでしょう」
 平坦だった世界に再び高く椅子を積み上げて、自ら差異を作ろうとするのが人間だから。完璧な平等を実現したとしても、時間をかけて再び、不平等は積み上げられていくのである。何時か無残に崩れ去ったと云う「バベルの塔」の様に。
「それに――。競争の無い世界がどうなるか、想像は付くでしょう」
 向上心の無い世界に待って居るのは、緩やかな滅び丈け。だと云うのに彼女は、自身のエゴで學友達を、文明の衰退が約束された世界へ招こうとして居るのだ。
「そんな世界を、本当にお望みですか」
「ねぇ、女王サマ。これは脅しヨ」
 白磁の茶器にゆるりと指を這わせ乍ら、いっそ妖艶なほどに青年は微笑んで見せる。されど、薄氷の様な双眸は笑って居ない。ただ冷えた眼差しが、美彌子を射抜いて居た。

「手を退きナサイ」

 厳しさを孕んだ命令に、少女は肩を震わせた。助けを求めるが如く、己の頸を戒める輪に指を伸ばし、ガリと爪を立てては細い息を吐く。
「でも、それじゃ……」
「その結果お友達に嫌われて、後悔しても大丈夫」
 其の時は怨みも責任も引き受けてあげる、なんて。少女をこちら側へと踏み止まらせる為、コノハは甘く優しく、おっとり囁いて往く。
「上手くいかない時は全部、こわぁーい犬共に睨まれた所為だと思えばイイ」
 彼女は小さな世界の不平等を、世界の所為だと恨んだのだ。猟兵達を恨み抜いて生きて行くことだって、きっと出来る筈。そう謳うコノハは、整った貌に相変わらず薄笑いを浮かべて居た。
 そんな傍らの青年に物怖じする事無く、凛と背筋を正した侭、朝霏は陽子の方へと視線を向けた。
「陽子さんのことは残念でしょうけれど……」
 うつくしく清らかであるけれど、彼女もまた、“こわい犬”のひとり。青年が脅しと云う形を取るなら、此方は優しい搦手を使うまで。
「それでもまだ、本試験があるのでしょう?」
 美彌子が嘗て放った科白を軽く儗り、そうっと小首を傾けて見せる。陽子は気まずそうに視線を彷徨わせ乍らも、小さく頷いた。
「あなた方の未来は、未だ鎖された訳では有りませんわ」
 恐ろしい銃を手に取った美彌子も、競争に敗れた陽子にも、未だ未来は開けて居るのだ。そして、美彌子は少しずつ自身の間違いを自覚し始めて居る。
 現世に踏み止まるなら、今のうち。

『たのしいお茶会に成りますように――』

 紅茶に溶かした其の希いを胸の裡で反芻し乍ら、朝霏は淑やかにティーカップを傾けるのだった。
 茶会の席は、段々と落ち着きを取り戻し始めて居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

旭・まどか


やぁ
お招きありがとう
君も変わらず其処に居るんだねと見知った顔を見遣り

給仕される紅茶は好みでないと断り
僕には“希い”なんてものは存在しないから
そのおまじないも無意味だと

僕に在るのは使命と義務だけ
だから君が良かれと思い僕に施す行為は全て無駄

君の生死だって義務の履行に対して何の価値も無い
死にたいのなら死ねば良い
君が持つその引き金を君自身に向けて引くだけだ

――嗚呼、でもそうだね
もし君がその引き金を引いて影朧を呼び寄せたのなら
僕らは影朧である君を討たねばならない

そうしたら君は
君の手と僕らの手とでの二回
彼女たちに君の死する場を見せる事に成るね

“親友”の死に目を見せる事が
本当の“親友”のやることかい?



●『友誼』
 説得に理解、共感に挑発――。
 茶会の席を飛び交う様々な言葉達を涼しい貌で聞き流し乍ら、旭・まどかは独り、空いた席へと腰掛ける。
「やぁ、お招きありがとう」
 ふと視界の端に蒼白な貌をした少女――高月・ヤエの姿を捉えれば、一応はと礼儀正しく、まどかは小さな会釈をして見せた。
「嗚呼……来てくださったの」
 見知った少年の姿に、ヤエはぎこちなく笑みを浮かべる。まどかと云えば、頸輪を外した彼女が同席して居るとは思わなかったので、ほんの僅か意外そうに瞬いて。
「君も変わらず其処に居るんだね」
「ふふ、間違えた時に諭すのが本当の友情――なんて、余計なこと言ったから」
 そう冗談めかして語る彼女の双眸は、僅かに涙で潤んで居た。そんな彼女の姿を視乍ら、そういえば交換日記にそんな文句も書かれて居たなと、少年は記憶を辿る。
 まさか學友が銃を振り回すとは、そして自害を考えて居るとは思って居なかったのだろうが。そもそも面白半分に「革命」に乗った彼女にも咎は有るので、同情の念は湧かなかった。
「ヤエさんのお客様ね、お茶は如何」
「結構だよ、君達の“それ”は好みでは無いから」
 平静を取り繕い乍らティーポットへ指を伸ばす美彌子を、醒めた眼差し手で少年は制す。辺りに漂う紅茶の馨は心地いいけれど、彼女達の作法は戴けない。
「僕には“希い”なんてものは存在しない」
 そう云い棄てて、まどかは薔薇彩の双眸でうつくしい少女の貌をじっと見つめる。背筋を正して凛と紡ぐのは、はっきりとした拒絶の言葉。
「だから、そのおまじないも無意味」
 ダンピールである少年は、釣れない貌すら絵になる程のうつくしさ。対峙する學園の女王と云えば、オホホと引き攣った聲で嗤い乍ら頸を振って居る。
「いいえ。希いの無いひとなんて、きっと居ないわ」
「そうかな。僕に在るのは、使命と義務だけ」
 だから、君が僕に施す行為は全て無駄――。
 其れがこころからの好意から施されたものであれ、まどかと美彌子の価値観は交わらない。少なくとも、まどかが彼女に対して折れることは決してない。
 だから少年は詰まら無さそうに頬杖をついて、少女の次なる反応を待った。美彌子はすっと表情を消して、ただ唇を引き結んで居る丈け。
「序に云うなら、君の生死だってそう――」
 反論が無いならばと、彼は少女に向けて更なる追撃を入れて往く。繊細な容貌とは釣り合わぬ、余りにも苛烈な科白が、彼の唇からつらつらと溢れ出した。
「義務の履行に対して何の価値も無い」
「なんですって……」
 美彌子の眉が、ぴくり。如何にも不快そうに跳ね上がる。長い睫に囲まれた大きな双眸が彼を鋭く射抜こうと、まどかに動じた様子は全く無い。
「死にたいのなら死ねば良い」
 其の引鉄を自分に向けて引くだけだと、彼女の膝に置かれた凶器にちらりと視線を丈を移し乍ら。何処までも涼しい貌で、少年は淡々と言葉を重ねて行く。
 其の聲には、挑発の彩は勿論、揶揄いや、侮蔑の彩すら無い。ただ「他人」と「自分」と云う確固たる線引き丈けが、其処に在った。
 突き放すような彼の科白に、其の場を重たい沈黙が支配する。
 まどかとしては、彼女の人生なのだから続けるも終わるも、好きにすればいい――と想わなくも無い。だからこそ、沈黙も大して気にして居ない。
「――嗚呼、でもそうだね」
 けれども一応は、穏便な解決をと頼まれて居るのだ。だから、少し丈け彼女達を諭してあげることにする。
「もし君がその引き金を引いたら、君は死んで影朧の群れが来る」
「そんなこと……承知して居るわ」
 そう、と興味が無さそうに相槌を打つ少年は、何処までも釣れない。何せ本題は、此処からなのだ。
「君も非業のまま死ぬのだから、影朧に成るかも知れないね」
「私が、影朧に……?」
 驚いた様に、少女が黒い双眸をパチパチと瞬かせる。まどかは緩慢に頷き乍ら、ゆっくりと瞼を閉ざした。敢えて、憂う様な貌を作る。
「すると僕らは、影朧である君を討たねばならない」
 美彌子が、はっと息を呑んだ。
 固く閉ざされた彼女のこころを上手く揺さ振れて居ることを感じ乍ら、彼はただ事実を淡々と述べて往く。
「そうしたら君は、君の手と僕らの手とでの二回、」
 學友たちに君の死する場を見せる事に成るね――。
 其の指摘に、陽子とヤエも息を詰まらせた。今にも自害しようとする友人を見る丈けでも辛いのに、其れをもう一度経験しなければ成らないなんて……。
「そんな……」
 今日一番の衝撃を受けた様な貌をして、美彌子があえかな躰を震わせる。彼女は今まで、死ぬことは、そして離別は、一度きりだと思って居たのだ。
「“親友”に死に目を見せつける事が、本当の“親友”のやることかい?」
 二度もそんな光景を見せるなんて、其れこそ友誼への裏切りでは無いか。そう遠回しに伝えれば、美彌子が怯えた様に陽子とヤエを見て。それから、縋る様な眼差しをまどかに向けた。
「彼女達を此れ以上、傷つけるのは厭……」
「それなら、もう一度よく考えてみることだね」
 過干渉を嫌う彼が云えるのは、其れ丈けだ。まどかは彼女の行為を断罪することも無いし、赦すこともしない。あとは、美彌子が自分で決めるべきだろう。
 茶会はそろそろ、終わりを迎えようとして居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泡沫・うらら
◎☆

あの子から受け取ったのはこの招待状だけやあらへん
美彌子さんを助けてあげてという切なる希い

お砂糖が溶けた紅茶を呼ばれても尚
カップの底に溶けきらんで残った蟠り
うちは其を、果たしに来ました


ねぇ、美彌子さん
貴女が本当にすべきは『革命』かしら

間違ったこの世界を変えて、正しい世界へ
そう望む気持ちはとても立派

せやけど革命を起こしたその先は?
貴女亡き世で本来貴女が座る筈だった席に座らされる陽子さんは
貴女が望むように敬愛出来る彼の人の元を離れ職業婦人となったヤエさんは
貴女が謳う『席』を手に入れて、本当に『仕合わせ』やろか?

ねぇ、おふたりはどうお考え?
貴女たちの口から貴女たちの考えを彼女に伝えられたらどない?


水衛・巽
◎☆
改めてご招待ありがとうございます、白鳥さん
貴女がその怖ろしい銃に手をかけた理由はよくわかりました
失礼ながらもっと違う理由を想像していたので
逆に安心していますよ

まじないには作法や順序がつきものですが
角砂糖二つとは何とも甘い呪(まじな)いですね
私が望むのは貴女が幻朧戦線から手を引くことです
その銃を取る理由を知った以上はね

呪いにすら作法や順序があるのですから
仲違いにも作法と順序があるというものですよ
それを一足どころか二足も三足も飛んで
事もあろうに銃弾で解決とは
女王陛下はなかなか乱暴であらせられる

…と、挑発含みに美彌子を揺さぶってみましょう
素直にさえなれれば存外あっさり解決しそうなのが惜しい所です



●『真実』
 首謀者の少女――學園の女王が、此の世界で「死ぬこと」の恐ろしさと向き合い始めた頃。未だ口を開かぬふたりの猟兵は貌を見合わせ、示し合わせる様に頷き合う。
「改めてご招待ありがとうございます、白鳥さん」
 先に口火を切ったのは、水衛・巽だった。端正な貌に穏やかな微笑を浮かべる彼は、紛うこと無き好青年。中性的な其の容貌は、少女達の警戒を解し、安心感を与えて呉れる。
「貴女がその怖ろしい銃に手をかけた理由は、よくわかりました」
「……あなたも、私を愚かだと笑うの」
 彩の喪せた眸を向けて来る少女に、巽はゆるりと頸を振る。逆に安心していますよ、なんて軽口を返せば、少女は表情の無い貌をかくりと傾けて見せた。
「失礼ながら、もっと違う理由を想像していたので」
 話を聞く限り、彼女の動機は如何にも少女らしい。幼稚で、繊細で、其れで居て自分勝手で――。なんとまあ、可愛げのあることか。
「陽ちゃんの為に世界を変える。其れが理由だったけれど……」
 震える少女のゆびさきは、黒塗りの銃を抱く。
 美彌子は親友の為に、其の命を捧げる心算だった。それでも、様々な言葉を掛けられる内に、革命が本当に親友を救うのか、分からなく成って仕舞った。
「それにしても、“おまじない”ですか」
 藍彩の双眸をシュガーポットに向けた巽は、興味深げに其れへと手を伸ばす。陶器の蓋を開けたなら、其処には角砂糖がころころと詰められて居た。
「まじないには作法が付き物ですが、此れを双つとは」
 云い乍ら、クリップでひとつ、ふたつ。青年は角砂糖を摘まみ上げ、カップの中に落として行く。
 あゝ、少女が好むまじないの類は、世界を変えようと児戯の様なものばかり。
「……何とも甘い呪(まじな)いですね」
 そう微笑み掛けた侭、匙でくるくるとカップの中身を掻き混ぜる。美彌子は彼の動作を、芒と見守って居た。ふと、花唇がそうっと開く。
「ねえ、何を希うの」
「――貴女が、幻朧戦線から手を引くようにと」
 その銃を取る理由を知った以上はね、なんて囁く聲は、穏やかで在り乍ら、何処か有無を言わさない響きを伴って居る。
「いいですか、仲違いにも“作法”と“順序”があるのですよ」
「もっと早く識りたかったわ」
 拗ねた様にそう零す少女へ巽は、いいえと頸を振る。何事にも作法と順序が在ることを、彼女が知らぬ訳も無い。
「呪いにすら作法や順序があるのですから、――お分りでしょう」
 年頃の少女が集えば、軋轢や諍いも有って当然だ。少女達は小さな世界で、恨んだり憎んだり、互いを嫌悪し合って居る。けれども、美彌子は其の枠を超えて居た。
「一足処か二足も三足も手順を飛び越えた挙句、事もあろうに銃弾で解決とは」

 ――女王陛下はなかなか乱暴であらせられる。

 戯れる様な口調でそう紡ぎ、冷たく嗤えば、少女の貌に赤みが差した。彼女が抱いたちっぽけな絶望に、グラッジ弾は手に余る。其れを、美彌子も漸く理解したのだ。
 彼女からの反論が無いことに、巽は小さく息を吐く。ただ、残念だった。此れは後を引くような事件では無く、当人の気持ち次第であっさり解決する類の事件だ。
 巽が口を閉ざせば、今度は傍らに座る人魚の如き娘――泡沫・うららが、想いの丈を紡ぐ番。
「ねぇ、美彌子さん。貴女が本当にすべきことは『革命』かしら」
 憂う様に長い睫を伏せ乍ら、うららは少女に問い掛ける。美彌子は長い黒髪を振り乱し、苦し気に否定の意を示し続けた。
「だって、それ以外、何もしてあげられ無いわ」
 うららには其の姿が、助けを求めて藻掻き続けて居る様に見える。交換日記を交わした“あの子”――風間・ハルは確か斯う云ったのだ。
『美彌子さんを助けてあげて』
 故にこそ、うららは美彌子と向き合うことを諦めない。テェブルの下、彼女は招待状をぎゅっと握り締めた。
 ――……あの子から受け取ったのは、この招待状だけやあらへん。
 切なる希いを、託されたのだ。金の匙で紅茶を掻き混ぜ乍ら、人魚の娘はそうっと息を吸い、言葉を紡いで往く。
「カップの底に溶けきらんで残ったお砂糖の様な蟠り、」

 ――うちは其を、果たしに来ました。

 優美な人魚の聲はまるで、宣戦布告の様に、厳粛に響き渡った。美彌子は背筋を伸ばした侭、粛々と其れを受け止める。
「世界を正しい容に整えることの、何がいけないと云うの」
「そう希うお気持ちは、とても立派だと思いますよ」
 問題は其の先に有るのだと、うららは静かに頭を振る。革命の其の先を語る彼女に向けて、美彌子はあどけなく小首を傾け続きを促した。
「せやけど、革命を起こしたその先は?」
「みんな好きなように、仕合わせに生きられるでしょう」
 其の為に引鉄を引くのだと、少女はおっとり笑う。けれども、彼女が謳う「仕合わせ」は、ただの押し付けに過ぎないのだ。うららは再び、重たく頭を振って見せる。
「例えば陽子さんは、本来貴女が座る筈だった席に座らされるのよ」
 他でも無い、貴女を亡くした“お蔭”で――。そう静謐に囁けば、陽子が痛まし気な貌をして俯いた。彼女は、そんなことを喜ぶ人間では無い。
「貴女が望むようにヤエさんも、職業婦人と成るかも知れません」
 敬愛出来る彼の人の元から離されて――。更にそう付け加えれば、ヤエは盛大な溜息を吐き、そうして哀しそうに貌を両手で覆う。
「貴女が謳う『席』を手に入れて、おふたりは本当に『仕合わせ』やろか?」
 核心を突いたうららの問いに、美彌子の貌から笑みが消えた。唇を震わせて狼狽する其の様からは、女王の風格など疾うに喪せて居る。
「ねぇ、おふたりはどうお考え?」
 人魚の娘は不意に、女王の學友達へと襷を繋げた。美彌子が友人の為に、世界を変える決心をして居るのなら。当の友人達に、其れを否定させるべきだろう。相手の仕合わせを決めつけることは、お互いの為に成らないのだから。
 話を振られた少女達は貌を見合わせ乍ら、如何したものかと戸惑って居た。然し其れも、詮無きこと。銃を持つ人間の説得なんて、大人でも難儀するのだ。
 だからこそ、うららは彼女達の背を優しく押して遣る。
「貴女たちの口から、其々の考えを彼女に伝えられたらどない?」
「そうですね。友達同士でも、言うべきことは言わないと」
 いつか後悔してしまいますよ、なんて。彼女達の遣り取りを見守って居た巽も、やんわりと少女達を援護した。意を決したように、ヤエがセーラー服に揺れるスカァフをぎゅっと握り締め、聲を上げる。
「私は自由を喪うことより、美彌子を、大事な友達を喪うことの方がイヤ!」
 彼女の希いは、遺された學園生活を大好きな學友達と共に謳歌すること。其れなのに、美彌子が欠けては元も子もない。
「貴女を犠牲にした世界では、仕合わせに成れないわ」
 眸の端に涙を浮かべたヤエがそう拒絶を紡げば、美彌子はぐっと唇を噛み締めた。ヤエの告白に背を押されて、総ての元凶である陽子はガタリと席を立つ。
「ごめん、美彌子」
「陽ちゃん……」
 こころの何処かでずっと求めて居たのであろう謝罪の言葉を耳にして、美彌子は呆然とする。彼女に降り注いだ総ての言葉が、陽子を漸く素直にさせたのだ。
「あたしの所為で此処まで追い込んじゃって、本当にごめんなさい」
 深々と頭を下げる陽子を見て、美彌子はよろよろと立ち上がった。ぱっちりと開いた双眸からは、大粒の涙が溢れ出て居る。
「赦して呉れるの……」
「当たり前だよ。だって、あたしたち、」

 ――親友なんだから。

「私こそ、ごめんなさい。ごめんなさい……」
 感情が決壊したかの如く泣き崩れる美彌子を、陽子は駆けよって抱き締めた。暫く「ありがとう」と「ごめんなさい」を交わし合ったのち、ふたりは貌を合わせて笑い合う。人騒がせな長い喧嘩は、漸く終わりを告げた様だ。
「漸く、仲直り出来たようやね」
「あとは首輪と銃弾を、此方に渡して頂きましょう」
 構いませんよねと、巽が少女へ穏やかに問えば、眸を潤ませた美彌子は小さく頷く。親友の細い頸を戒める黒鉄の輪を、陽子はカチャカチャと外して遣る。
 美彌子は彼女から受け取った其れと、自らが握りしめて居た銃を、静かにテェブルの上へ乗せて、深々と頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
 誰の命も喪われ無かったことに安堵し乍ら、ふたりの猟兵は貌を見合わせ頷き合った。後は幻朧戦線に繋がる首輪とグラッジ弾を持ち帰り、事の顛末を櫻學府へと報告する丈けだ。
 帝都の平和と少女達の命は、こころから言葉を尽くした猟兵達の手によって、今日も護られた。そうして漸く、お茶会が本来の穏やかさを取り戻した、其の時。

 ――何かが、爆ぜる音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『大日本帝国陸軍八〇式『柳月』』

POW   :    死スル覺悟デ進ムベシ
【飛翔の勢いに乗って振るわれる軍刀 】が命中した対象を切断する。
SPD   :    敵撃摧ト舞イ降ル
【手榴弾による爆撃 】が命中した対象に対し、高威力高命中の【小銃狙撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    御世ノ栄ヲ祝ギ奉ル
対象の攻撃を軽減する【決死の突撃体勢 】に変身しつつ、【銃から拳に至るまで死力の限り】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●今コソ天陽ヲ落トスベシ
 其の爆音は、直ぐ傍から聞こえたものだった。椅子から転がり落ちた少女達の悲鳴が、麗らかな庭に満ち溢れる。茶器や菓子を乗せて居た白いクロスは、無残にも真黒に焼け焦げて居た。
「キャー!」
「な、なにっ……」
 テェブルに置かれた銃が、勝手に爆ぜたのだ。
 不良品だったのか、或いはそう云う風に“造られていた”のか、真相は誰にも分からない。しかし、明らかなことはただ一つ。
 グラッジ弾はいま、下界の空気に触れて仕舞ったのである。もくもくと禍々しい煙が立ち込めるなか、軍靴の音だけが淡々と近づいて来る。
 軈て視界が晴れたのち、一同の前に立ちはだかった影を見て、少女達はあっと息を詰まらせた。
「八〇式……」
「『機甲武者』が如何して此処に……?」
 転がり落ちた瞬間に誰かのポケットから零れ落ちたブロマイドを、少女達の視線が追い掛ける。眼前に佇む影は、其のなかの一枚とよく似た姿をして居た。
 戦闘機と武者が纏う甲冑を合体させた様な、余りにも武骨なシルエット。腰に日本刀を携えた其の姿は、甲冑と相俟って侍の様であり。然し確りと握られた長銃は、何よりも彼を軍人たらしめて居た。
 突如として現れた彼らは、大日本帝国陸軍八〇式『柳月』である。
 彼らは帝国陸軍の花形であり、嘗ての大戦から今日に至るまで「憧れの的」として老若男女問わず、帝都の人々に親しまれて居る。
 そんな彼等が如何して、此処に居るのだろうか。政府が派遣したにしても、余りにも、仕事が速すぎる――。

『同胞たちよ、埋伏の時は過ぎた』

 甲冑に身を包んだ男がひとり、前へ歩み出る。腰に吊るした鞘から勢いよく日本刀を抜き放てば、其の白銀に輝く刀身が露わに成った。
『我らは疾うに臣民に在らず。忠義も最早腐り果てた。ならば邪道に走った我らは悪か、否! 肥え太った帝国こそが、悪である』
 刀を天高く掲げ乍ら、彼は朗々と謳う。其の聲に熱が籠る程、軍靴の音はますます増えて往く。いま此処に、不忠者達の中隊が築かれつつ在った。
『今こそ我らの手で、醜く誇大したあの天を落とすのだ』
 そう咆えた男は、背負った機翼で高らかに飛翔して、天をぐるりと飛翔した。排出された黒い煙が、青い空を淀んだ彩に染めて往く。
 軈て彼が着席するのは、うつくしく整えられた卓の上だ。思い切り体重を掛け、中心に日本刀を突き立てたなら、ガラガラと音を立ててテェブルは崩れ落ち。巻き込まれた菓子が砕け、茶器が割れる音がした。
『――殺戮、始め!』
 少女達の悲鳴に紛れて、凛と号令が放たれる。機甲武者達は一斉に刀を抜き放った。猟兵達もまた徒な殺戮を止める為に、得物を構えて立ち上がる。
 幸い、少女達に怪我は無い。あとは各自勝手に隠れるなり、逃げるなりする筈だ。其れでも心配なら、気に掛けて遣っても良いかも知れないが。其れは各々のこころ次第。敵の殲滅も帝都の為には大事な仕事なのだから。

 ――軍靴の音が続々と、猟兵達に迫り来る。

 彼らは影朧であるが、英霊に在らず。
 帝国に背き邪道に走った者達の、救えぬ末路である。理性を失い、妄執と共に彷徨い続ける彼等は、此処で介錯して遣るべきだろう。
 茶会はいま終わりを告げ、新たな動乱の幕が開く。

<補足>
・アドリブ多めでもOKな方は、プレイングに「◎」を記載頂けると嬉しいです。
 →連携OKな方は「☆」をご記載頂けると更に嬉しいです。
・戦場は屋外なので、大型兵器の使用も遠慮なくどうぞ。
・プレイングは戦闘寄りでも、心情寄りでも、何方でも大丈夫です。
・少女達へのフォローは任意で大丈夫です。
 →殆どフレーバーです。プレに記載が無かったら、彼女達は登場しません。

≪受付期間≫
 10月13日(火)8時31分 ~ 10月16日(金)23時59分
スピーリ・ウルプタス
◎☆

「御嬢様方のティータイムを、あまつさえ、
 感情吐露されている最中――極上の刻を台無しにするとは…野暮はいけませんねぇ」
変態の自覚は無いのに説得系に自身が向かぬ事は何故か自覚している変人
其処ら辺で待機要員として見守っておれば敵来襲
猫の手的にこっそり参上

「“今”を生きておられない方の感情は、やはり響きませんね」
影朧へ。善であれ悪であれ魂から叫ばれれば、快く聞く耳持つであろうけれど
UC発動
手榴弾の余波や破片から御嬢様方を護る盾に幾冊か割きつつ
笑顔で敵へ乱れ打ち

血生臭い惨状はなるべくお見せしたくないですねぇ
こんなんでも一応紳士
自身も今回は極力回避頑張る
とはいえ本体たちやられれば痛いものは痛い(喜)


御形・菘
◎☆
邪道などと己を卑下してどうする?
大義を掲げるのであれば胸を張って為すがよい、勝者が正義を名乗るのであるからな!

しかーし! それはそれとして!
楽しいティータイムに乱入し、あまつさえ差し入れを滅茶苦茶にするのは許しがたい!
故に、妾はお主らに制裁を加えてくれよう!

死力を尽くして突撃してくるのであれば、真っ向応えるのが妾の流儀よ!
頭や首、急所への銃弾を防御できれば問題ない、邪神オーラをガードのために集中させておこう
左腕で以て全力のカウンターをブチ込んでいくのみ!
邪神の一撃、精々耐えてみせるがよい!
とまあ少女たちには意識が向かんように、敵陣ド真ん中でバトっていこう
ギャラリーを巻き込む真似はせん!



●彼らが為の大舞台
 ――軍靴の音が、路を外れた軍人達が、着々と迫り来る。
 そんな中、震える少女達を背に庇い、彼らの前へと歩み出たのは、ヤドリガミの紳士――スピーリ・ウルプタス(柔和なヤドリ変態ガミ・f29171)だった。
「御嬢様方のティータイムを、」
 あまつさえ、漸くこころを通じ合わせた彼女達が、密やかに想いを確かめ合う様な――そんな極上の刻を。
「台無しにするなど……野暮はいけませんねぇ」
 独特の価値観を持つ彼は、己のことを説得には向かぬ変人だと解して居る。故に、彼女達の茶会が恙なく終わるよう、スピーリは物陰で待機して居たのだった。
 折角こっそりと目の前で繰り広げられる青春ドラマを楽しんで居たと云うのに。武骨な軍人達に邪魔されては、穏やかな貌に剣呑な彩も浮かぶと云うもの。
「邪道などと、そう己を卑下してどうする?」
 続いて彼らの前へ颯爽と躍り出るのは、キマイラの邪神――御形・菘である。
 蛇の如き下半身を揺らし乍ら、腕を組んで雑兵達を見下ろす様からは威厳が溢れて居る。竜の如き背の翼をバサリと広げて見せれば、威圧感は更に増す一方だ。
「大義を掲げるのであれば胸を張って為すがよい」
『陽の当らぬ場所を征く我らが、如何して胸を張れようか』
 機甲武者は菘に銃筒を向け乍ら、重々しくそう返す。何処か苦さを纏う聲を、菘は呵々と一笑し、正論と共にビシリと指を突きつけた。
「ならば日陰から出て来ることだ。勝者こそが“正義”を名乗るのであるからな!」
『では貴様等を打ち破り、官軍の名を勝ち取ってみせん』
 字面を強かに蹴りあげた機甲武者達が今、ふたりの元へと一斉に駆けて往く。そして、菘もまた――。
「しかーし! それはそれとして!」
 飛び交う銃弾の雨を躱し、振われる日本刀の煌めきから逃れ乍ら、蛇神が朗々と吠える。彼女の隻眼がちらりと見遣るのは、地面へ無残に散らばった焼き菓子の残骸だ。兵隊達の所為で滅茶苦茶に砕かれた其れ等の中には、彼女が差し入れたクッキーも入って居た。
「楽しいティータイムに乱入し、あまつさえ差し入れを滅茶苦茶にするのは許しがたい!」
 握り締めた拳に怒りを滲ませて、異形の左腕を思い切り横薙ぎに払う。彼女にとっては児戯の如き一撃で、周囲に集った兵達は見事宙を舞った。まるでスポットライトを独り占めする様に敵陣の中心に佇んで、菘はにんまりと笑って見せる。
「故に、妾はお主らに制裁を加えてくれよう!」
 ニィと口端を弛めた彼女に、総ての兵が注目して居た。菘は正しく、天上天下唯我独尊。其の自身に溢れた不敵な佇まいと云い、全身に纏った黒き邪神のオーラと云い。今この場において、彼女を無視できる者など独りも居はしない。
「――さて、覚悟は良いか?」
 異形の腕と組み合わせた人型の腕を、ボキリ。重々しく鳴らしたならば、其れが仕置きの合図と成った。生半可な覚悟では太刀打ち出来ぬと悟った兵達は、銘々の得物に有りっ丈の力を籠め、一斉に大地を蹴る――。

 一方その頃。スピーリは少女達の前に紳士らしく膝を着き、彼女達の身を気遣って居た。其の煌めく眸に血腥い場面を見せたくないと、敢えて少女達の壁に成り乍ら、ヤドリガミの紳士は丁重に問い掛ける。
「御嬢様がた、お怪我は有りませんか」
 落ち着いた大人の雰囲気を纏うおじ様――もとい青年の登場に、少女達はほんの僅か芒と成って居たけれど。聲を掛けられれば、こくこくと首肯を返して呉れた。
「少し驚いたけれど、大丈夫よ」
「ごめんなさい、私の所為で……」
 俯く美彌子へ気にするなと頸を振って見せる傍らで、スピーリはちらりと後ろを振り返る。機甲武者達はすっかり、眼前の脅威である菘に気を取られて居た。簡単に手に掛けられる少女達に銃口を向ける者など、唯の独りも居ない。
 ――……敵の目を惹き付けて貰えて助かりますね。
 彼女はきっと、其れも計算の上で大立ち回りを繰り広げて居るのだろう。こころの裡でそっと感謝を告げ乍ら、青年は立ち上がり、優しく少女達へ微笑み掛けた。
「クッキーは残念でしたね。このお仕事が済んだら、新しい物を買って来ましょう」
「うん……また、皆でお茶会したいね」
 陽子が真先に頷けば、ふたりの少女の頬にも僅かに笑みが咲いた。そんな彼女達を微笑まし気に見つめるスピーリだったが、ふと。頭上に幾つか、丸い影が差したことに気付く。――流れ弾だ。少女達の唇から、微かな悲鳴が漏れた。
 思考よりも先に、躰が動いた。
 瞬時に自身の本体――鎖で封じられた分厚い魔術書――を複製すれば、其れ等を少女達を護る様に宙へと配置させ、弾丸を受け止める盾とする。
 ギュンと、勢いよく飛んで来た其れは案の定、幾重にも重ねられた頁に突き刺さった。複製品とは云え本体に与えられた疵は、スピーリへ甘い痛みを齎すけれど。彼にとっては、其れこそ至福。漸く容と成った躰で得たものは、何で在ろうと愛おしい。
「やれやれ、全く困った兵隊様達ですねぇ」
 ゆっくりと振り返ったスピーリは、少女達を己の背に庇う様に――双つの脚で確りと字面に立つ。流れ弾が飛び交う程の乱戦ならば、数減らしに貢献しよう。
 彼等の主張が善であれ、悪であれ。魂から叫ばれたものならば、快く聞く耳を持てたかも知れないけれど……。
「“今”を生きておられない方の感情は、やはり響きませんので」
 お仕置きと参りましょう――。笑顔でそう囁いた青年が敵へと嗾けるのは、複製した魔術書の群れ。其れ等を固く封じる鎖は、ずるずると伸び往きて、物騒な長銃を機甲武者達から奪って行く。
 分厚い本体もまた強かに突撃させれば、武者鎧に命中し僅かな隙を作った。其処を空かさず、菘の左腕が容赦なく突き、兵士を躯の海へと返して遣る。
『ええい、鬱陶しい!』
 スピーリの援護は、敵の気を惹き付けたらしい。彼等の許に向けて今、手榴弾が投げられる。弧を描き乍ら宙を舞う其れは、少女達とスピーリの躰を粉々にするだろう。尤も其れは、“もし爆発したら”の噺――。
「いいえ、そうはさせませんよ」
 バラされて仕舞ったら、痛みを愉しむことも出来ぬ故に。
 青年は幾つもの魔導書で手榴弾を囲み込み、堅牢な壁を築く。軈て十を数え終えれば、鈍い音と共に其れは壁ごと破裂した。損傷は総て魔導書が引き受けて呉れたので、幸い余波も軽く、誰にも怪我は無い。
「はっはっは! 漸く躰が温まって来たのう!」
 殲滅に失敗し舌打ちする兵士を片腕でぶん殴り、菘は呵々と明朗に笑う。独り敵陣の真中で大立ち回りをし続ける彼女は、既に満身創痍の様相である。けれども――。
 悪の首領たる者、体力が削れてからが本気の見せ所。

「妾はここからが本当にしぶといぞ!」

 酷く愉し気に口許を吊り上げた邪神の躰を、禍々しいオーラが包み込んだ。覇気に満ちた其れは、威厳と威圧と畏怖を乗せて、戦場にゆるりと漂って往く。影朧の兵達は、ただ茫然と立ち尽くすばかり。
 幾ら其の身を鎧で強化しようと、人外の強さに勝てる訳が無い。勝てる訳が、無いのだ。ならば、彼等が取り得るべき路はただひとつ。
『……御世ノ栄、祝ギ奉ラム』
 其れは、特攻である。
 我が身と引き換えにせめて一太刀。そんな覚悟と儚い希望を抱いて、彼等は邪神の許へ駆けて往くのだ。そして、そんな希望を打ち砕くことこそ悪の首領――もとい“ラスボス”の役目。
「邪神の一撃、精々耐えてみせるがよい!」
 死力を尽くした突撃には、真っ向から応えて遣る。其れが、御形・菘の流儀であった。禍々しいオーラで頭を、頸を、そして胴体を覆えば、思い切り前へと半身を突き出す。
 敵の切っ先が迫る。竜の如き左腕が、其れを横薙ぎに払い飛ばす。流れる様な動作で腕を引き、助走をつける。そして、全力で拳を突き出した。
「はーはっはっは!」
 哀れ勇敢な兵士は、数人の同胞を巻き込み乍ら彼方へと吹っ飛んで行く。此の大舞台は今や、高笑いを零す菘の独断場である。蛇の様にうねる魔導書の鎖と共に、蛇神は機甲武者達へ引導を渡し続けて往くのだ。総ての兵が、躯の海へ沈む迄――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

清川・シャル

いよいよ本命のお出ましですか
待ち焦がれましたよ
矢張り私には武力!説得は難しいですからね!
単純に力で競いましょうよ、正義はどちらにあるか
少女達を背に、念の為全力魔法で逃げられるだけの結界を張りましょう
早く逃げて

ぐーちゃん零で毒使い、マヒ攻撃、呪殺弾の弾薬を使います
制圧攻撃です
視力で確認しながら年動力で確実に当てていきます
引き金を引き終わったらそーちゃんを握って走ります
呪詛を帯びたなぎ払い攻撃です
チェーンソーモードで追撃
単純攻撃だけど効くでしょう?
敵攻撃には多重障壁を展開しつつ激痛耐性で備え、武器受けからのカウンター反撃を行います



●櫻鬼と戯れて
 響き渡る軍靴の音に、ぽっくり下駄の軽やかな音色が混じる。羅刹の少女――清川・シャルの脚音だ。庭の隅で固まる少女達の許へ駆け乍ら、彼女は薄らと笑う。
「いよいよ本命のお出ましですか」
 待ち焦がれましたよ。そう涼やかな碧眸を細めて、鮮やかな櫻彩のアサルトライフルに弾を装填する様は、非常に手慣れて居る。
 ――矢張り私には武力! 説得は難しいですからね!
 そんな歓喜の聲は懐の奥深くへ仕舞い込んで、羅刹の少女はライフルと一体化したグレネードランチャーにも手早く弾を詰めて行く。慣れないことをした所為か、ひと暴れしたくて仕方がない。
 シャルが彼女達の許へ辿り着く頃にはもう、戦闘態勢は整って居た。
「早く逃げて」
 念の為に自身の背後に魔力を集中させて結界を編み乍ら、手早く的確な指示を出す。シャルは少女達よりも年少だが、確かに歴戦の猟兵であった。
「ええ……!」
「……ありがとう、お気をつけて」
 パタパタと響き渡る少女達の羽の如く軽い脚音を背中で聴き乍ら、シャルは凛と銃を構えた。スコープ越しに敵の姿を見遣り、淡々と敵を勝負に誘う。
「単純に力で競いましょうよ」

 “正義”はどちらにあるのかって――。

 勝てば官軍、負ければ賊軍。其れが世の真理。少女にとってその理論は、分かり易くて好もしい。
 細い指先で、ぐっと引鉄を引けばライフルとランチャー両方の口径から、呪殺の弾が続々と放たれる。それらは襲い来る機甲武者の甲冑を撃ち抜いて、彼らが背負う機翼に風穴を空けて行った。
『怯むな! 前進せよ!』
 兵士の独りが果敢にも次々に崩れ落ちて往く同志を叱り飛ばし、日本刀で飛び交う銃弾を切り払わんと試みる。されど――。
「そう簡単には落とせませんよ」
『がッ……!』
 スコープ越しに獲物を見定めたシャルは、念動力で弾道を自在に操り、勇敢な兵士へ銃弾の雨を降らせて往く。軈て蜂の巣に成った兵士が字面へ倒れ込む前に、少女は敵陣へと駆けだして居た。其の細腕には、櫻彩に塗られた金棒が握られて居る。
「さあ、地獄へようこそ」
 愛らしい彩の金棒に昏い呪詛のオーラを纏わせれば、少女は銘々に得物を構える兵士達の群れへと滑り込み、金棒を思い切り振り被った。そして、勢い良く彼らを薙ぎ払う。其れは、地形すら変化させる苛烈なる一撃。
 細腕に秘めた母譲りの怪力で以て、シャルは機甲武者の固い装甲を見事に破壊した。軽々と宙を舞う彼等が地面へ激突すれば、金棒の棘を高速回転させ乍ら追撃に走る。少女はチェーンソーの様に成った其れを振り回し、甲冑から覗く生身の躰を切りつけて往く。
「単純ですけど、よく効くでしょう?」
『くッ、せめて一太刀……!』
 黒煙を上げる機翼を羽搏かせ乍ら、最後の飛翔を披露した兵がいま、可憐な羅刹へ飛び掛かる。
 されど、彼の反撃は届かない。
「――シャルの勝ちですね」
 高速回転する金棒が、日本刀の斬撃を受け止めたのだ。ぐっと腕に力を籠めた彼女が刀を弾き飛ばしたなら、兵士にはもう成す術など無い。
「どうやら、私達の方が『正義』みたいです」
 淡々と真実を告げる聲と共に、櫻彩の金棒が振り上げられる。忙しなく回転し続ける棘は、聊か物騒な稼働音を伴って、兵士を苛烈に躯の海へと沈めて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
◎☆
さて、茶会の時間はもう終わりだね
彼女たちも逃げたみたいだし、大丈夫かな

それなら私のやるべきことをやるだけさ
彼女たちの友情も、続く未来も、世界も終わらせてあげない
知っているかい、甲冑の諸君
平和の維持は、王子様の責務のひとつなんだ

“Hの叡智” 攻撃力を重視する
刀には剣で応えてあげよう
キミらの刀にも、キミらなりの誇りがあるんだろうけれど
私の剣だってそれなりさ。決して負けやしない

硬そうな装甲だけれど、継ぎ目のあたりなら通りやすいかな
《早業》を使い、同じ箇所を狙い続けることで
きっとこの剣を届かせる
多少の傷には気が付かないよ《激痛耐性》

さあ、妄執はココで終わり
キミらがおもっているより、世界は美しいんだ


小千谷・紅子
◎☆
美しいお庭だったのに
彼らに気付けず御免なさい

―君よ。力を貸して下さい。
悪魔を呼び、応戦を頼みましょう
君は少女達を一瞥して頷き銃剣に手をかけ
その大きな翼で、空から来る相手を迎え撃ちます
彼に任せて、少女達と出来るだけ戦火の届かぬ所へ身を隠します
手をかけぬ様、離れすぎないように
―大丈夫
お二人の優しい結末迄、あと少し
それまで、必ずや御守りします


生身の翼は機械のそれと違って痛む
真っ向から受けるより、軌道を読み受け流して逸らし
他者へ向かおうというなら横から突きと弾を
私はあなた方と肩を並べることも出来なかった未熟者ですが
互い守るべきものの為とあらば引けますまい
天は無情にも落ちず、世は巡り続けるでしょう



●つるぎの舞
 兵士達は分厚い軍靴の底で、ずかずかと庭を踏み荒らして行く。散ばる茶器が、菓子が、粉々に砕かれて。生い茂る緑が、うつくしい花が、容赦なく踏み倒されていく様を、小千谷・紅子は哀し気に見つめて居た。
「美しいお庭だったのに……」
 萎れて仕舞った愛らしい花の傍らへと屈み込み、「彼らに気付けず御免なさい」と、少女は小さな聲で謝罪を紡ぐ。そんな彼女の頭上に、そうっと影がひとつ差した。
 金絲の髪に、白尽くめの衣装を纏う、王子様然とした少年――エドガー・ブライトマンだ。
「大丈夫、心配することはないさ」
 総てが終わった後、手入れをしてあげよう。彼がそう穏やかに囁けば、静かに首肯する紅子の貌にも笑みが戻る。
 軈てゆるりと立ち上がった少女はもう、俯いてなど居なかった。そんな彼女を満足気に眺めて居たエドガーはふと、何かに気付いたかの如く頸を巡らせる。
「さて、茶会はお開きのようだけれど……」
 肝心の少女達は、ちゃんと逃げられたようだ。戦場から離れて往く彼女達を視線で追い掛けた彼は、ほうと安堵の息を吐く。ならば、彼がやるべきことは唯ひとつ。
「彼女たちの友情も、続く未来も、世界も、」
 絶対に終わらせてあげない。
 エドガーは王子様らしく、鞘からするりとレイピアを抜き放ち。庭を荒らす賊軍達へ向けて、凛と其れを構えて見せる。
 傍らの紅子も白いレェスの日傘でコツリ、軽やかに大地を叩く。すると次の瞬間、軍服を纏う青年の容をした悪魔『傘の君』が、虚空よりふわりと舞い降りた。
「――君よ。力を貸して下さい」
 嫌厭な眼差しを巡らせた青年は、遠く逃げて往く少女達の姿を一瞥したのち。重々しく首肯し乍ら、銃剣を構えるのだった。
「キミの翼、格好良いねえ。空の敵は任せても平気かい?」
 悪魔が相手だろうと人懐こいエドガーの視線は今、機械仕掛けの翼で空を舞う機甲武者達へと注がれて居た。一方、彼の問いへ寡黙に頷いた悪魔――傘の君は、大きく翼を羽搏かせて天高く舞い上がる。
「それでは、私は美彌子さん達の許へ」
「ウン、彼女達をよろしくね」
 荒事は専ら、使役する悪魔の役目。非力な紅子は、少女達が目の届かぬ場所で襲われぬよう、彼女達と合流することにした。喩え敵に襲われたとしても、紅子が一緒なら傘の君が助けに来て呉れる故に。
 去り行く少女の軽やかな脚音を背中で聴き乍ら、エドガーは深呼吸をひとつ。瞬きをひとつ、ふたつ。そして、こころの裡で祖国の名を三度呼ぶ。
 ――此れにて、戦闘の準備は整った。
「さて、刀には剣で応えてあげよう」
 白銀のレイピアを煌めかせ乍ら、王子は敵の群れへと走る。地上に遺った機甲武者達は新たなる脅威を排除せんと、背に携えた航空機の「エンジン」を唸らせ始めた。其の内の一機がふわりと宙へ舞い上がり、――かと想えば電光石火の速さで、地上で剣を振るうエドガーの元へと急降下して行く。
『そんな細い刀で何が出来る!』
「私の剣だってそれなりさ」
 キミらの刀にも誇りが有るんだろうけど――。そう語る彼の聲は、何処までも真摯だ。勢い良く振り降ろされた日本刀をレイピアの刀身で受け止めれば、其の衝撃に彼の躰は後方へ押し戻される。それでも、彼は挫けない。
「知っているかい、甲冑の諸君」

 ――平和の維持もまた、王子様の責務なんだ。

 こんな時でも優雅に微笑むエドガーは、不意に剣へ籠めた力を抜いて見せた。拮抗を喪い前へとつんのめる機甲武者をひらりと躱し、急ぎ後ろへ回り込む。彼等が纏う甲冑は如何にも堅そうだが、弱点は既に分かって居た。
 其れは、継ぎ目だ。機甲武者のシルエットは、そもそも航空機と甲冑を無理やり組み合わせた様な物。ならば、其の綻びは「境界線」――即ち背中に有る筈だ。
「私は決して負けやしない」
 某国の第三王子が嘗て誇った剣技で、素早く背中の継ぎ目を刺突して行く。何度も何度も其の弱点を穿ったならば、機翼から少しずつ漏れた電気が、機甲武者を痺れさせていく。軈て、機翼から黒煙が溢れ出て――バキリ。
 甲冑と機翼が見事、泣き別れと成った。
「さあ、妄執はココで終わり」
 感電し身動きとれぬ敵の背中へレイピアの切っ先を突き立て乍ら、エドガーは天を仰ぐ。空を游ぐ悪魔の姿は、雄々しくも何処か優美であった。
「キミらがおもっているより、世界は美しいんだ」
 其れを伝えなければ成らない敵は、まだまだ大勢いる。倒れ伏した兵士の背から、するりと剣を引き抜いた王子様は、再び凛と得物を構えるのだった。
 飾られた銀の薔薇だけが、彼の雄姿を間近で見つめて居る――。

 同じ頃、紅子は漸く少女達と合流を果たして居た。共に大きな木の影へと身を潜め乍ら、不安そうな彼女達に櫻の精は優しく聲を掛ける。
「――きっと大丈夫」
 漸くこころが通じ合ったふたりが優しい結末を迎える迄、あと少しなのだ。空には頼もしい悪魔が、傘の君が居る。だから――、
「必ずや、皆さんを御守りします」
 決意を秘めた紅子の科白に、少女達はゆるりと頷いた。其の貌にはもう、不安の彩は無い。
「うん……ありがとう」
「天を駆ける彼も、どうかご武運を」
 少女達の輝く双眸がいま、天を見上げる。空で銃剣を振るう悪魔にも、此の祈りは届いて居るだろうか。

 其の悪魔が背負う夜鷹の翼は、生身のものだった。対峙する兵士達が背負う機械仕掛けの其れとは違って、ひどく痛む。
 だから傘の君は、飛び回る彼等の攻撃を受け止めない。
 ただ太刀筋を鋭い双眸で読み、受け流し、銃剣を突きつけて、――撃つ。その動作を、彼はずっと繰り返して居た。
 地上では金絲の髪を揺らす少年が孤軍奮闘して居るのだ。
 そんな彼へ狙いを定めようとする敵を、躯の海へ容赦なく沈めて行くのが、傘の君の仕事である。
『御世ノ栄ヲ……』
 あゝ、また独り地上へ特攻せんとして居る。傘の君は突撃体勢に移行した一機に向けて銃口を向け、――其の儘、夜鷹の翼で風を切り、敵の元へ突進して行く。
『がぁッ……!』
 ぶすり、剣を捨て身の様相の一機へと突き刺した刹那。至近距離から引鉄を引けば、敵は力無く地上へ墜落し、もう二度と動くことは無い。
「私はあなた方と肩を並べることも出来なかった未熟者ですが」
 守るべきものの為とあらば、引けますまい――。
 痛まし気に天から地上を見下ろす悪魔の双眸にふと、木の影に潜む少女達の姿が映り込む。脅威度の低い少女達が放置されて居るのは、幸いだった。
 気を取り直す様に貌を上げた傘の君は、引鉄に指を掛け新たな獲物へと狙いを付けて、憂う様な吐息を零す。
「天は無情にも落ちず、世は巡り続けるでしょう」
 これまでも、これからも、其れ丈けは変わらないのだ。ヒトの世は、今日も忙しなく流れて往く。獣の路に堕ちた者のことなど、すっかり捨て置いて……。
 引鉄を引けば銃声が鳴り響き、機甲武者の動きが止まる。其処で剣を突き立てれば、武者は真っ逆さまに堕ちて往く。されど、悪魔はもう見送らない。
 ひとの営みを護る為、彼は只管に引鉄を引き、銃剣を振るい続けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
◎☆

これがお姉様方が見惚れていた方…
お茶会の作法もなっていない随分粗暴な方ですね
お姉様方、お怪我は?無いなら幸いです
それでもあれが素敵な方だと思いですか?
もっと素敵な方は他にもいますから

髪に隠した琴ノ絃を早業で引き抜き、捕縛し手繰り寄せる
動かないでください、この糸は強くてそう簡単には千切れません
いくら機械と言えども
隙間から糸が入り込んで切断して壊してしまいますよ

天を落とすですって?
御冗談を
天は空高くあって輝くもの
それを落としたとて灰色の空に未来などありません

華々しいこの世界にを
お姉様方が微笑ましく笑える世界を汚さないでくださいませ



●幽玄なる絲
 折角のお茶会を滅茶苦茶にされた今、白鷺連盟の少女達は大きな木の陰に潜んで居た。猟兵達の活躍は眼を瞠るものであるが、機甲武者の勢いは未だ衰えて居ない。
「あの、此方はお姉さま方の落し物では」
 先行の猟兵と見張りを交代した琴平・琴子は、どさくさに紛れて拾って置いた物を、彼女達へずいと差し出した。
「これって……」
 其れは、うつくしい青年将校達の姿を映したブロマイドの束。おずおずと手を伸ばすヤエへ落し物を渡し乍ら、琴子は小さく頸を傾ける。少し丈け伏せた視線の先には、
「その中には、あの軍人さん達のお写真もありましたが……」
「ええ、その……彼等は陸軍の花形なのよ」
 何処か気まずそうなヤエの答えを聴き、琴子の涼やかな翠の双眸は改めて、裏庭を踏み荒らす影朧達の姿を観察する。
「……お茶会の作法もなっていない、随分粗暴な方々ですね」
 あんなに清潔でうつくしく整えられて居た茶会の席なのに、無断で混じって来た彼らによって、綺麗な茶器も、美味しそうなお菓子も、総てぐちゃぐちゃにされて仕舞った。育ちの良い琴子にとって、そんな影朧達の非礼は到底赦せぬもの。
 其の横暴な振舞を思い返し、琴子はぎゅっと小さな拳を握り締めた。
「……ところでお姉様方、お怪我は?」
「あたし達は大丈夫!」
「ええ、皆さんが守って下さったお蔭でね」
 彼女の問い掛けにそう返す少女達は、猟兵達の活躍に勇気づけられたお蔭か、存外元気そうだ。「それなら幸いです」と囁いて、琴子は戦場の方へと視線を向ける。
 もう暫くの間は、此処も安全そうだ。ならば、何時までも隠れて居る訳には行かない。彼女もまた「猟兵」なのだから。
「機甲武者のことは忘れて下さい。もっと素敵な方は他にもいますから」
 逞しい軍人に憧れる乙女達の“柔いこころ”を護るのも、王子様の役目ゆえ。其れ丈け言い残して、幼気な少女は戦場へ駆けて往く――。

『我らを招いたあの娘たち、奴らは何処へ行った』
『先ずは奴らを刀の錆にして呉れる』
 猟兵の攻勢から逃れた一部の兵は今、姿を消した少女達を探し回って居た。彼らの刀は血に飢えて、ぎらぎらと物騒な輝きを放って居る。軍靴を鳴らし只管に駆ける機甲武者達の前、不意に躍り出るひとりの少女が居た。
 ――琴子だ。
「騒がしい方々ですね、静かにしてください」
 冷えた聲でそう云い放てば、少女は短い黒髪をふわりと指先で掻き上げた。揺れる御髪に結い連ねた“琴ノ弦”を、其の儘するすると指先に絡ませ乍ら、彼女は敵の数を目視する。敵は凡そ十体程、其れくらいなら独りでも対処出来るはずだ。
『あの娘たちより幼いが、構うものか』
『立ちはだかる者は総て斬捨てるべし』
 刀を構えてじりじりと距離を詰めて来る機甲武者達と対峙した侭、少女は指先から琴の絲を編む。そうして、彼等が揃いも揃って地を蹴った瞬間に、何処までも伸び往く其れを巧みに操り、今にも飛び掛からんとする敵の躰に巻き付けた。
『何をする!』
『ぐっ、小賢しい真似を……放せ!』
「動かないでください」
 藻掻く彼等の要求を凛と一蹴して、琴子は白い指先にぐぐ、と力を籠めた。十の指に絡みつく琴の弦は、其の優美な見目とは裏腹に丈夫で鋭いものだ。しかも其の絲ときたら、彼女の絹絲の如き黒髪から造られて居るのだから、通常の弦よりも靭で更に頑丈である。
「幾ら丈夫な甲冑でも、隙間から絲が入り込んだら――」
 ほら、なんて。手近な一体が背負う航空機に絡ませた絲と結んだ指先を、ぐいと勢いよく引いて見せる。すると、機体は見事バラバラに成り、兵士の背中で小さな爆発が起こった。炎に包まれて行く敵の姿を冷静な眼差しで見つめ乍ら、琴子は静かに花唇から言葉を編む。
「お姉様方の笑顔に満ちた、華々しいこの世界を」
 汚さないでくださいませ――。
 其れ丈けが希いなのだと小首を傾けて見せれど、彼女の想いが堕ちた兵達に届くことは無い。理性を喪った彼等は、ただ妄執だけを見つめ、吠える。
『毒花で溢れた世界など、塗り変えるべきであろう!』
『大義の名の元に我ら、天を落とさん!』
 玉砕覚悟で航空機のエンジンを稼働させる機甲武者たち。されど、彼等が羽搏くことは決して無い。
「――天を落とす、ですって?」
 総ての指に連なる絲を、ぐいと力いっぱい引いた琴子の手に因って、其の機翼を木っ端微塵に切り刻まれた故に。
 ほんの少し前まで麗らかだった庭に、幾つもの爆音が響き渡る。
「御冗談を、天は空高くあって輝くもの」
 爆風に揺れる風を手櫛で撫ぜ乍ら、琴子は眼前に広がる焔の海を眺めて居た。十の指にはもう、巻き付いて居る絲は無い。
「それを落としたとて、灰色の空に未来などありません」
 舞い上がる火の粉を見上げながら、少女は諭す様にそう語る。翼を折られた兵達の魂は、立ち込める黒煙と共にいま、青い空へと昇って行く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
あきら(f26138)と


嗚呼、君も来ていたの
掛けられた声を見遣れば馴染みの顔
希いは叶ったかい?
晴れやかな表情から想像は難く無いけれど
良かったの声には声無く瞬きで同意して

女王様も心を入れ替えた様だし
このまま大団円――と行かないのが面倒な所
お約束と云えばその通りだけれど

手伝って
応じる間も無く駆けて征く背中
ほんと、一直線なんだから
なれば、僕は君の背中を押してあげよう

決意滲ます背中に届けるは月の雫
無事にとの祈りと共に、君に勝利の靴音を贈ろう

決死の突撃や怒涛の攻撃だって君の脚撃の勢いは削げない
ほらみて
旗めく四翅だって君の応援をしているかのよう

見ているよ
君がそれを、望むなら
――僕は“そういう”ものだから


天音・亮
まどか(f18469)と
◎♯

仲直り出来たみたいだね、よかった。
ね、まどか!
見守っていたきみの背中
今度は並び立とうと隣へ歩み寄って

『柳月』の人達の行く手を阻む様
響かせる靴音

きみ達の足音は随分暗い音なんだね
色々な重責を、期待を背負って進んできた音
なんだかそのまま沈んでしまいそう
今までどれだけその刀を掲げてきたんだろう

正義と悪は表裏一体
些細な切欠ひとつで掛け違えたりする
…掛け違えそうになった彼女たちの道が
やっとまた繋がれたの
落とさせたりなんてさせないよ

脚纏う蝶達の力を借りて高く空へ
オーラ防御と見切りで攻撃を躱し
動力装置を狙って脚撃を

背中押す声
聴こえるよ、きみのおと
──見てて
もっともっと
高く飛ぶから



●声援に羽搏く蝶
 綺麗に整えられた席は、崩れて割れて、踏み潰されて。折角のお茶会は酷い有様だけれど、少女達のバラバラに成ったこころは一つに纏められた様だ。
「仲直り出来たみたいだね、よかった」
 大きな木の影で寄り添い合う少女達の姿を遠目に見つめ乍ら、天音・亮は花唇を穏やかに弛ませた。そして、茶会の席で視掛けた友人の方を見遣る。
「ね、まどか!」
「……嗚呼、君も来ていたの」
 聴き覚えの有る明るい聲に、旭・まどかは思わず振り向いて。長い睫をひとつ、静かに瞬かせた。彼の視界にはいま、馴染みの有る貌が映って居る。
「希いは叶ったかい?」
 晴れやかな表情から、彼女の答えは想像に難く無いけれど。かくりと小頸を傾け、少年は太陽の如き友人へ問い掛けたなら。彼女もまた、まどかと同じ動作で返事をして呉れた。そうして亮は、まどかの隣に並び立つ。もう見守る丈けじゃない。次は、同胞として共に戦おう。
 ふたり、想いを通じ合わせた今、やるべきことは一つ。
「手伝って」
 不遜な科白に信頼を滲ませて、少年が何時もの調子で助力を乞う。されど其の時にはもう、亮は敵陣へと駆けだして居た。何処までも迷いの無い其の背中を視線で追い乍ら、まどかは微かに、ふ、と笑う。
「ほんと、一直線なんだから」
 こころを入れ替えた女王様と、仲良くお茶をして大団円――とはいかなかったが。冒険活劇らしく、最後は賊軍を成敗して、後味の良い幕引きを迎えよう。
「――君の背中を、押してあげよう」
 静謐だけれど何処か優しい“月の雫”が、決意を秘めた亮の背に降り注ぐ。どうか無事でと、温かな祈りを乗せた其れは、華奢な亮の躰に勇気と力を呉れた。
「君に勝利の靴音を」
 そんな福音を唇から零し乍ら、少年は薔薇彩の双眸で、朋の雄姿を確りと見つめ続けるのだった。

「きみ達の足音は、随分暗い音なんだね」
 庭を荒らしまわる機甲武者『柳月』達の行く手を阻む様に、亮は踵を鳴らして彼らの前へと立ちはだかる。幾つもの赤い眸が、彼女の貌を鋭く射抜いた。それでも、ヒーローである亮は、一歩も退くことは無い。
「なんだか、そのまま沈んでしまいそう」
 彼らの靴音は、硬質で酷く重たい。軽やかに跳ねる様な、亮の脚音とは対照的である。抱えきれ無い程の責務を、そして溢れんばかりの期待を背負って進んできた様な、重々しい響きだ。一体いままでどれ程に、其の刀を掲げて来たのだろうか。
『然り、我らは沈みゆく泥船である』
『故にこそ、帝国も道連れに地獄の底へと沈み往かん』
 機甲武者達が一斉に、銘々の得物を構え始める。其の様を目の当たりにした亮は、掌にぎゅっと爪を食い込ませ乍ら、ゆっくりと頸を横に振る。
 正義と悪は紙一重。視点が変われば、其の立ち位置はいとも簡単に逆転するものだ。些細な切欠ひとつで、それらを掛け違えることだってある。
 あゝ、まるで儚い友情の様……。
「掛け違えそうになった彼女たちの道が、やっとまた繋がれたの」

 ――天を落とすなんて、させないよ。

 そう啖呵を切ったと同時に、はらり。亮の許へ続々と、彩豊な幽世蝶たちが舞い降りる。うつくしい翅を誇る彼等は、亮の脚を包むブーツに纏わりつき、彼女に飛翔の力を呉れた。天高く舞い上がり乍ら、亮は地上で己を見上げる少年へと視線を落とし、明るく微笑み掛けた。
『天こそ我らが領分、叩き斬って呉れよう!』
『我らが機甲武者と呼ばれる理由、思い知るが良い!』
 空を舞う猟兵を、機甲武者が放って置く筈も無い。彼等は鈍いエンジン音を響かせ乍ら、亮の元へと追い縋る。永筒から放たれた銃弾はひらりと躱し、振われる白銀の刃はオーラの壁で受け止めた。
 そうして、敵を両手で抑えて居る内に、胴体へとシューズで思い切り蹴りを入れる。敵が体勢を崩した隙に素早く、航空機を背負う後方へ回り込めば、動力装置目掛けてもう一蹴り――。
「私の彩、確りと焼き付けてね」
 動力装置を破壊された機体は一瞬のうちに焔に包まれ、黒煙を上げ乍ら地上へ墜落して行く。銃聲が響き渡れば軽やかな身の熟しで宙を游ぎ、ひらりと弾道を躱す亮。迷彩の機甲武者達に囲まれ乍らも、精彩を放ち続ける彼女の姿を、まどかは地上で靜に眺めて居た。
 敵が次々に繰り出す捨身の攻撃に、亮の白肌には赤絲が刻まれ始めて居る。其れでも彼女の脚は、命を賭した攻撃に喰らい付いて居た。亮の脚を包み込むシューズの側面で翅を旗めかせる蝶達は、まるで彼女を応援している様。
「見ているよ」
 天を仰ぐ少年は、ぽつり、そう呟いた。彼の密やかな聲は、風に乗って亮の許まで届いたらしい。ふと此方を振り返った彼女と、視線が絡み合った。天と地上が、青空と薔薇が、いま混じり合う。

『――見てて』

 もっともっと、高く飛ぶから。
 少年の双眸は、亮の花唇がそんな風に動いた瞬間を見逃さなかった。故にこそ、天を舞う彼女に向けて、ゆっくりと首肯して見せる。
 君がそれを、望むなら従おう。

 ――だって「僕」は、“そういう”ものだから。

 彼の頭上でまたひとつ、焔の花が咲き誇り、儚く地上へ堕ちて往く。終幕には、きっと未だ遠い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
◎☆

あーあ
少女たちの甘く苦い青春の一ペェジを楽しんでたのに
折角結んだところで土足で踏み入って来るなんて
無粋な輩も居たものだよね

美彌子ちゃんがあの銃を撃ったら
きっと得をするのはおまえたちだ
美彌子ちゃん、君に銃と首輪を渡したのはだぁれ?
今となってはもう過ぎた話

国が腐っていようと
この子たちがこんな穏やかなお茶会ができるのは
安穏とした平らな世のおかげだよね
ひとたび革命が起きれば
学業の席の取り合いなんてしていられない
ひとが繰り返してきた歴史

べつに滅びたって良いんだけど―
とは口の中

これからも迷って悩んでつまづいて喧嘩して
退屈な日々を過ごすだろう少女たちに
【祝福】ぐらいはしてあげる
ああ
希いが叶って良かったね


コノハ・ライゼ
◎☆

あらあら無粋だコト

説得も脅しもようく効いたでしょうし
彼女らに傷ひとつ付けさせる理由がないワケ

【虹渡】に*オーラ防御纏わせ
幾つかは逃げる少女らの盾とし広げ*庇い
残りは敵の動き*見切り惑わすよう進路上へ放つわ
ソレで敵の威力を削げりゃ御の字
すかさず*2回攻撃で今度は全ての虹で攻撃
健在の敵へは行く手阻むよう
負傷した敵へは*傷口をえぐるよう狙い*生命力吸収しときましょ

ナニが悪でも構わねぇケド
巻き込まれちゃ迷惑……つう前に
食いモン粗末にした時点で許す気ねぇのヨ

虹が目隠しになりゃ惨いモン見せなくて済むケド
そうね、何が起きてるか理解できるなら
手放さずに済んだのがどれ程得難いモノか、しかと刻んでおくとイイわ



●祝福の虹光
 影朧の兵達は、段々とその数を減らし始めて居た。されど、一般人である少女達にとって、彼らが脅威であることには変わりない。三人の少女は木陰で身を寄せ合い乍ら、息を呑んで猟兵達の雄姿を見守って居た。
「あーあ」
 そんな彼女達の耳朶にふと、至極残念そうな聲が響く。振り返れば其処には、詰まら無さそうな貌をした、ロキ・バロックヒートの姿が在った。
「無粋な輩も居たものだよね」
 ただ純粋に、少女たちの甘く苦い青春の壱ペェジを楽しんで居たのに。折角ふたりが絆を結び直した所で、土足で踏み込んで来るなんて――。
「仕置きが必要かなぁ」
 密やかなお楽しみを邪魔されて、神様はいたくお冠の様子だ。蜂蜜彩の双眸に剣呑たる彩を滲ませれば、計ったように機甲武者達が駆け込んで来た。
『いたぞ、あの娘達だ』
『さあ、斬りかかれ!』
 小さく悲鳴を上げて、ロキの背中へ逃げる少女達。ロキは彼女達を護る様に、一歩だけ前へと歩み出た。兵士達へと厳かな眼差しを向ける神へ、白銀に煌めく刀身が振り上げられた、其の時。
「――あらあら、無粋だコト」
 ふと響いた甘い聲色と共に、ふわり。何処からか虹の帯が降り注いだ。其の七彩の煌めきは、機甲武者達の目を眩ませ、彼らの統率を惑わせる。振り上げられた刀身は狙いを外し、呆気なく宙を切った。
「彼女らに傷ひとつ付けさせる理由は、もうないワケ」
 ゆるりと戦場へ現れたコノハ・ライゼは、つぅ――と双眸を細め乍ら、怯える少女達の前にも虹の帯を広げて壁とする。説得も脅しも、彼女達にはよく効いた筈だ。ならば、見捨てる道理は無いだろう。
「ナニが悪でも構わねぇケド、巻き込まれちゃ迷惑……」
 ロキの隣に並び立つ彼が流し目を呉れる先には、地面に転がった菓子が無残にも砕けて散らばって居た。“料理人”として、此れは見逃せない。
「つう前に、食いモン粗末にした時点で許す気ねぇのヨ」
「差し入れ美味しかったのに、ほんと残念だよねぇ」
 コノハの視線を追い掛けたロキも、名残惜しそうに肯いて居る。本当に、楽しい茶会が台無しに成って仕舞った。今は虹の帯に惑わされている、あの機甲武者達の所為で――。
「灼き払うには足りないけれど」
 蜂蜜彩の双眸を冷たく細めた神が、天罰を謳う。すると、天から眩き光が降り注ぎ始めた。きらきらと輝く其れは、武者達の動きを封じて往く。
「美彌子ちゃんがあの銃を撃ったら、きっと得をするのはおまえたちだ」
 有りもしない“寿命”の代わり、少しずつ正気を削り乍ら。ロキは淡々と、破滅と狂気に陥った敵兵へ言葉を投げかける。然し、返事は無い。
「ねぇ、美彌子ちゃん」
 だから、白羽の矢を少女に立てた。神様と視線をかち合わせた美彌子は、青い貌で震えて居る。別に怖がらせる心算は無いから、なるべく優しく聴いてあげた。
「君に銃と首輪を渡したのはだぁれ?」
「ぐ、軍人さんだったけれど……包帯で貌を隠して居たから」
 貌は分からないのだと少女が言えば、「そう」と丈けロキは返す。今となってはもう、過ぎた話だ。今はただ、敵の殲滅に意識を向けるのみ――。
「これから起こるコトを、アナタ達は見なくてイイ」
 虹の帯を少女達の前に広げた侭、コノハは静かに言葉を紡ぐ。七彩のオーラはきっと、彼女達から惨い光景を覆い隠して呉れるだろう。
「でも、そうね――」
 もしも、煌めく帯の向こうで何が起きて居るのか分かるなら。彼女達には、知って置いて貰いたい。
「手放さずに済んだのがどれ程得難いモノか、しかと刻んでおくとイイわ」
 ロキが降らせた光の神罰で動きを止めた兵達へ、コノハは虹の帯を再び伸ばして行く。先ほどは牽制程度の一撃だったけれど、今回は“本気”だ。
 地上に広がる虹の帯が、次々と機甲武者達に膝を着かせて往く様は何処か幻想的で。双眸に其の光景を映し乍ら、ロキは「確かに」と微笑んで見せる。
「君達が穏やかにお茶会を楽しめるのは、安穏とした平らな世のおかげだよね」
 喩え国が腐っていようと、彼女達は得難い「いま」を生きて居るのだと彼が語れば、美彌子は申し訳なさそうに俯いた。
「ひとたび革命が起きれば、学業の席の取り合いなんてしていられない」
 其処まで言い切れる理由は、ロキが長命の神だから。ひとがどんな歴史を繰り返すのか、彼には手に取るように分かって居る。
 ――……べつに滅びたって良いんだけどー。
 幼げな悪態は腹の中に隠した侭、神は戦う“ひと”達を見守って居た。殆どの機甲武者は、淡く広がる虹の帯に包まれて崩れ落ちたが。ぎりぎり仕留め損ねた兵が、一体だけ。
『斯くなる上は、此の命を賭してでも……!』
 影朧は最期の力を振り絞り、背負った航空機のエンジンを回転させ乍ら、脅威度の低い少女達の方へ突進して行く。
「どうせ投げ棄てる命なら、オレに頂戴」
 美味しく食べてアゲルから――。
 そう囁く青年に因って、死出の旅は阻まれた。薄氷の双眸が冷たく弧を描き、白い指先で掴まれた鉱石のナイフ『柘榴』が宙を踊った。其の切っ先は固い装甲を貫いて、生身の躰に深く深く、突き刺さる。滴る命は、もう一滴残らずコノハのもの。
 少女達を狙う敵が息絶える様を見届けて、ロキがうっそりと笑った。
「ねぇ、祝福くらいはしてあげる」
 これからもきっと、迷って悩んでつまづいて喧嘩して、退屈な日々を過ごすだろう少女たちに、火の粉が降りかからぬように。
「……ありがとう、神様」
 淡く広がる虹の向こうから、ぽつり。美彌子の聲が確かに聞こえた。漸く素直に成れた彼女に、ロキは小さく笑みを零したのだった。
「ああ――」

 希いが叶って、良かったね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

泡沫・うらら
◎☆#

嗚呼ほんま
あの子の手で引かれんで良かった

だってあないに温度の無い我楽多相手に手加減やなんて
とても出来そうにあらへんもの

下がっていて
あんた達には指一本触れさせへんから

彼女達を無事に返してこその『約束』
違える事なんてありはしません

迫り来る攻撃や流れ弾が来ようものなら彼女たちを庇い
その一撃をこの身に受けましょう

ふふ、平気よ
これくらい痛いのなんて慣れっこやから

流れる潮は刃に転じ無駄無き様に
“貴方”が望んだ“其”は今、無残にも此の地を穢し
嗚呼、嗚呼、なんて、“勿体ない”

ふふ

お怪我は?
仰ぎ伺う彼女達の姿に安堵して

はよあの子の――ハルさんの元へ行ったげて
軽なったその頸を、きっと喜んでくれはるやろうから


ミネルバ・レストー
◎☆

幻朧戦線ってのはホントにもう、いい加減になさいな
よりにもよって女学生まで巻き込むなんて、恥を知りなさい

【六花奏填・氷槍六連】、うち一本は軍刀の迎撃に使うわね
残り五本で飛び込んできたところを見切って貫いてあげる
別にあなたたちが吠えるのは勝手よ、でも人様に迷惑はかけないで頂戴
頭を冷やしなさいな、おバカさん

……ねえ、もしもあなたたちがあの黒鉄の首輪をはめたままだったら
あなたたちがああなってたかも知れないの
背中に女学生たちをかばいながら、念のために言っておくわ

この世界は、とっても幸せだわ
オブ……影朧には転生の余地があって、人々は平和を謳歌してる
それを温いとか平和ボケだとか、贅沢モノの言うことよ!



●鮮血は六花と舞う
 『白鷺連盟』の少女達を安全に逃がす為、ふたりの猟兵が戦場を駆け抜ける。
 独りは、麗しき人魚――泡沫・うらら。もう独りは、桃彩の髪を揺らす少女――ミネルバ・レストー。
 少女達はいま、此のふたりの猟兵と行動を共にして居た。目的地は此処よりも安全な場所、旧校舎だ。
 敗北を悟った兵達に少女達が狙われ始めたので、危険は承知で安全な場所へと誘導することにしたのである。付き纏って来る追手の露払いは、可憐な猟兵達の役目。
 後方から響いた何度目かの銃声に、少女達を背に庇い乍ら、ふたりの猟兵は立ち止まる。護衛対象に当たって仕舞えば元も子もない。そろそろ退場願わなければ。
「幻朧戦線ってのはホントにもう――」
 愛らしい眉を顰めてミネルバが憤慨すれば、傍らで宙をふわりと舞う人魚は小さく息を吐く。彼女の翠の双眸には、安堵の彩が浮かんで居る。
「嗚呼ほんま、あの子の手で引かれんで良かった」
 よりにもよって、彼女が招く筈だった影朧は、温度の無い我楽多の如き軍人達だった。あんな武骨なブリキの兵隊達相手に、
「手加減なんて、とても出来そうにあらへんもの」
 赫い紅をさした唇を弛ませて、人魚はうっそりと笑う。そして少女達を振り返れば、花唇からおっとりと言の葉を紡いで往く。
「――下がっていて」
 あんた達には指一本触れさせへんから。其の科白に滲んだ真摯な響に、少女達もまた、こくりと真剣に頷いたのだった。
「……ねえ」
 此方へ駆けて来る機甲武者達を遠く見つめ乍ら、ミネルバもまた靜に言の葉を紡ぐ。ただ妄執に突き動かされる彼らの姿は、宛ら幽鬼の様で何処か痛ましい。
「もしもあなたたちが、あの黒鉄の首輪をはめたままだったら」

 ――あなたたちが、ああなってたかも知れないの。

 そう諭した少女の双眸には、憂う様な彩が浮かんで居た。『グラッジ弾』等と云った非人道兵器には、そして『幻朧戦線』と云う非合法な組織には、面白半分で関わってはいけないのだ。
 彼女達も今回の件で、身を以て其れを学んだのだろう。ふたりの背に庇われながら、神妙な貌で頷いて居る。

『見つけたぞ』
『我ら死すとも、その娘達を道連れに!』

 軈て追い付いて来た影朧達と対峙すれば、少女達は短い悲鳴を零し、猟兵達は身構える。機甲武者達の躰からは、隠せぬ程に強い殺気が放たれていた。
「いい加減になさいな」
 氷の槍を腕に抱いたミネルバが、彼等の妄執を一蹴する。軍人達が守るべき民間人を手に掛けようとするなんて、余りにも見苦しい。
「よりにもよって女学生まで巻き込むなんて、恥を知りなさい」
「彼女達を無事に返してこその『約束』、それを違える事なんてありはしません」
 うららもまた、決意を秘めた眼差しで彼等を射抜く。茶会に挑む前、独りの少女と約束したのだ。美彌子のことを、必ず助けると――。
『邪魔をするな!』
 銃声が響く。少女達を狙って、凶弾が放たれたのだ。然し其の銃弾は、軽やかに宙を舞い彼女達の盾と成った、うららの肉を強かに貫いた。鮮血が宙を舞い、地面を染める。
「うらら……――」
「ねえ、ちょっと、大丈夫……!?」
 其の様を目の当たりにしたミネルバの眸がまあるく開かれ、少女達が焦燥の聲を上げる。肩を撃たれた彼女の白いドレスは今、鮮血で赫く染まって居た。
「ふふ、平気よ」
 血に塗れ乍らも、うららは淑やかに微笑んで見せる。彼女は“人魚”。不老不死を希い其の肉を追い求める者から、狼藉を働かれることも少なく無い故に――。
「これくらい痛いのなんて、慣れっこやから」
 けれども、代償は確りと戴かなければ。あゝ、此の躰から血潮が次々と流れて往く。在ろうことか、地面などを受け皿にして……。
「嗚呼、」

 ――なんて、“勿体ない”。

 ふふ、と嗤ったのは、外でも無いうらら本人だった。
 あゝ。“貴方”が望んだ“其”は今、無残にも此の地を穢して、ただの鮮血と化して居るから。
 流れる血潮を此れ以上無駄にはせぬよう、総て刃に転じさせる。そして其れを、視界に収まる総ての敵へ、ひといきに嗾けた。戦場に、赤い雨が降り注ぐ。
 一瞬で行われた反撃に、機甲武者達は成す術も無く地面へ倒れ伏して行き。後に残されたのは、深い疵を負った一握りの兵士のみ。
「――みなさん、お怪我は?」
「お蔭様で、私達は大丈夫……」
 空を仰いで様子を伺う様な眼差しを向けてくる少女達に、自然と安堵の息が零れた。どうにか、約束は果たせそうだ。
『未だだ、未だ終わって居ない!』
 手負いの影朧が、軍刀を抜いてうららに切り掛かる。然し其の凶刃は、ミネルバが構えた氷槍に阻まれた。其の槍から放たれる冷気は、押し付けられる刀身を靜に凍り付かせて往く。
「頭を冷やしなさいな、おバカさん」
『がッ……!』
 影朧は刀を直ぐに手放したが、時すでに遅し。彼女の槍は、六本組なのだ。自らの懐に飛び込んで来た好機を、彼女は逃さなかった。五本の槍を一斉に敵の胴体へ突き刺せば、影朧は苦し気な聲を上げ乍ら膝を着く。
 血は、出ない。荒れ狂う激情のみを、ミネルバは刺し貫いたのだ。
「別にあなたたちが吠えるのは勝手よ、でも人様に迷惑はかけないで頂戴」
 此の影朧達にも、云いたいことは山ほど在った。ミネルバは腰に手を当て、花唇から凛とした科白を紡いで往く。
「この世界は、とっても幸せだわ」
 猟兵である彼女は、理不尽に虐げられる人々が居る世界を知って居た。文明を喪った世界だって、もちろん知って居る。だからこそ、そう云い切れるのだ。
「オブ……影朧には転生の余地があって、人々は平和を謳歌してる」
 他の世界では、救われぬ存在も大勢いるのに。どうして、此れ以上のことを望むのだろうか。
「それを温いとか平和ボケだとか、贅沢モノの言うことよ!」
 彼等の妄執を一蹴して、ミネルバは再び槍を構えた。遺る敵はあと数体。最後まで、気を抜くことは出来ないけれど。
「はよあの子の――ハルさんの元へ行ったげて」
 ミネルバの隣に浮かび乍ら、うららが少女達を促す。彼女達が逃げる時間くらいは、きっと稼げた筈だ。
「軽なったその頸を、きっと喜んでくれはるやろうから」
「……はい!」
「ありがとう、ふたりとも!」
 ぱたぱたと駆けて往く少女達の脚音を、背中で受け止めて。ふたりの猟兵は再び赤き刃を、そして氷の槍を、振い続けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

辻森・朝霏
◎☆

本当は、戦闘も
説得にも興味は無く
只々学園ドラマを
楽しみにきただけなのだけれど
ナイフを構えて正義の味方
お仕事をきちりと熟す振り

目立たぬ程度にお務めしながら
彼女達はどうしているかしらと、ちらり
おまじないでは合わせたけれど
実は私も茶葉の風味を一度は楽しみたい派なの
次はストレートで飲んでみたかったのに
邪魔されてしまったから
その恨みも果たしましょう
お邪魔虫は要らないわ

でも、展開としては
タイミング良く現れるなんて
まるで何かの物語みたい
ハッピーエンドは退屈だもの
刺激があるくらいが丁度良いわね
茶葉の名前は後で訊ねに行けば良い
そうしたら、ゆっくり“彼”と楽しむの

必要ならば連携もしつつ
意外と素早い身のこなしで


水衛・巽
◎☆#
曲がりなりにも軍人ならば
最低限のマナーくらい弁えていてほしかったですね
お開きまで待てぬとは幼児にも劣るというもの
まして茶会で走り回るなど無粋の極み
とっととお仕置きを受けて下さいね

式神使いにて玄武を召喚、
結界術で包囲網を敷き八〇式をこちらへ誘導する呪詛を播く
女子生徒でなくてご愁傷様ですが相手はこちらです
オブリビオンの相手は猟兵と相場は決まっている

挑発であえて雪崩れ込みを誘います
玄武の間合いに引きこんで尾で薙ぎ払わせ、
高速詠唱で片っ端から八〇式を縫いつけましょう

行儀の悪い招かれざる客は
そこで大人しく茶会のお開きを待つことですね
もっとも、その前に骸の海へのお帰りが先でしょうが



●品の良い膺懲を
 構えたナイフが躍る度、少女らしいワンピースが、ふわりと揺れる。甲冑ごと肉を穿たれた獲物は、地に這い蹲って呆気なく事切れた。
 少しは、正義の味方を気取れているだろうか。
 猟兵としての「仕事」をちゃんと熟す“振り”をしながら、辻森・朝霏は溜息ひとつ。
 本当は、戦闘も説得にも、興味は無かった。ただ、ほんの少しの娯楽として。学園ドラマを楽しみに来た丈けなのに――。
 どうして、こう成って仕舞うのだろうか。
 影朧相手に大立ち回りを披露する気は無いが、大人しく殺される心算も無い。故に朝霏はただ、自身を害そうとする敵だけを屠って居た。淑女らしい、慎み深い立ち振る舞いである。
「――退屈ですか」
 そう、目立たぬように振舞って居たのだけれど。
 不意に同朋から、聲を掛けられた。陰陽師の青年――水衛・巽だ。ちらり、旧校舎へと非難して行く少女達を一瞥して、朝霏は花唇を靜に震わせる。
「実は私、茶葉の風味を一度は楽しみたい派なの」
「ああ、まじないでは砂糖を入れますからね」
 其れで機嫌を損ねて居たのだろうかと、巽は納得した様に手を叩く。金絲の髪を揺らす少女は憂う様に、双眸を長い睫に閉ざして微笑む。
「次はストレートで飲んでみたかったのに」
 おまじないでは合わせたからこそ、二杯目を心待ちにして居た。其れなのに、此の有様だ。碧彩の眸を漸く覗かせた少女は、あえかな指先で、つぅ――とナイフを儗った。
「邪魔されてしまったから、その恨みを果たしましょう」
 お邪魔虫は要らないわ、なんて。少女が淑やかに微笑んで見せたなら、巽も重たく頸を振る。菓子や茶器が踏みつけられる様など、見て居て心地好いものでは無い。
「曲がりなりにも軍人ならば、最低限のマナーくらい弁えていてほしかったですね」
 茶会で走り回るなど、無粋にも程がある。溜息交じりに巽が言い放つ言葉は、涼やかな貌に似合わず苛烈であった。
「お開きまで待てぬとは、幼児にも劣るというもの――」
『貴様、我らを愚弄するか!』
 戦場に似合わぬ長閑なお喋りは、空から舞い降りた武者達に因って遮られた。見計らった様な敵の来訪に、巽は軽く肩を竦め、朝霏は「まあ」と双眸を微かに弛ませる。
「タイミング良く現れるなんて、まるで何かの物語みたい」
「聴こえて居たなら話が速い。とっととお仕置きを受けて下さいね」
 聲に滲ませた挑発の彩を隠さず、巽は手早く式神を招く。片手間でこそり、結界を敷くことも忘れない。少女との鬼事に夢中に成られては、討伐に手間が掛かるので。周囲にはいま、八〇式の意識を此方に留め置く様な呪詛が、立ち込めて居た。

 ――凶将・玄武、此処ニ降臨セシ。

 何処か張りつめた様な空気のなか、虚空より現れるのはかの有名な四神が一柱。玄天上帝『玄武』である。式神は主の傍らに坐し、敵の襲来をただ待って居る。
「女子生徒でなくてご愁傷様ですが、相手はこちらです」
 そもそもオブリビオンの相手は猟兵と、そう相場は決まって居るのだ。巽がにこやかに敵を己の懐へ招いたならば、刀を構えた機甲武者達はひといきに、彼の元へ雪崩込む。
「――玄武」
 すなわち其れは、凶将の間合いに入ったということに他ならぬ。玄武はまんじりともせず、黒蛇の尾を強かに揺らすのみ。唯それ丈けの動作で、機甲武者達が宙を舞った。
『ぐっ……!』
『これはッ……!』
 兵達が苦悶の聲を上げるのも無理は無い。彼等の胴体には、無数の棘と突き刺さり、水の縄が絡みついて居るのだ。
 哀れ彼等は真っ逆さま。強かに地面へ激突すれば、其の衝撃で棘がより深く刺さり、まるで串刺しの如き有様と成る。
「行儀の悪い招かれざる客は、そこで大人しく茶会のお開きを待つことですね」
 もっとも、その前に骸の海へのお帰りが先でしょうが――。
 そう呟いた彼の科白は、もう彼等には届いて居ないだろう。されども、傍らの朝霏には届いたらしく、其の碧眼がくつりと微笑んだ。
「ハッピーエンドは退屈だもの。刺激があるくらいが丁度良いわね」
 そう囁いた次の瞬間にはもう、彼女は姿を消して居る。そして何かが視界で煌めいたと思った時には既に、彼女は玄武の尾から逃れた機甲武者を、掌中のナイフで的確に仕留めて居た。意外と素早い身の熟しに、巽はゆっくりと瞬きひとつ。
「お見事です、随分と手慣れたご様子で」
「ええ、早く帰りたかったものだから」
 そう返す朝霏の機嫌は、幾分か好転した様だった。
 ストレートティーが楽しめなかったのは、矢張り少し丈け惜しい。けれども連盟の少女達は無事だ。ならば、茶葉の名前は、総てが終わった後で訊ねに行けば良い。
 ――そうしたら、ゆっくり“彼”と楽しむの。
 此の目で有名な『玄武』を見た、なんて。そんな自慢も、良い噺の種に成るかしら……。
 誰にも云えない“ひみつ”のひと時を胸の裡に想い描いて、少女はうっそりと微笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
◎☆

漸く、彼女たちに穏やかな茶会を
楽しんでもらえそうだったのだけどね
英霊たる座を自ら貶めるような無粋は善くないよ

とはいえ
──死スル覺悟デ、か
いったい何度それを強いられたのか
きみたちの価値観の上では美学なのだろうね
でも、誰もが本心から喜んで命を差し出したとは
僕にはやっぱり思えないんだよ
きみたちが只の美談の象徴なら
そんなふうに魂を彷徨わせるものか

いたむ心は、きみにもあるのでしょう?
それなら、この刃は通るはずだ

斯く在るべしと世の中に定められ信念を隠し
自分自身の正義に叛いた悲劇の末路
そんな物語に見えてしまうな

まだ終幕は書きかえられると思うよ
此処にはこんなに沢山、読者がいるのだから
本当は、どうしたいの?



●おやすみレブナント
 美しく整えられて居た庭には、死体の山が築かれて居る。其のどれもが、甲冑に身を包んだ機甲武者のものだった。
 そんな深緑彩の山のなか。櫻の精がひとり、錆びたカッターナイフ片手に佇んで居る。紫陽花彩を纏った彼女――シャト・フランチェスカの姿は、緑のなかによく映えた。
「漸く、彼女たちに穏やかな茶会を、楽しんでもらえそうだったのだけどね」
 櫻彩の双眸を憂う様に伏せ乍ら、麗人は「残念だ」と小さく肩を竦めて見せた。彼女がいま対峙している影朧は、最後に遺された独り丈け――。
「英霊たる座を自ら貶めるような無粋は善くないよ」
 刀を構えた侭こちらを見据える機甲武者へ、シャトは諭す様にそんなことを言う。対する彼と云えば、まんじりともせず赤い双眸を不気味に輝かせて居た。
『英霊の座など不要。祖国の為なら、何度でも死んでみせよう』
「──死スル覺悟デ、か」
 耳朶に届いた其の言葉は、彼女の興味を深く捉えた。
 玉砕なんて、大戦下では日常茶飯事だったこと。誰も彼もが御国の為に、たったひとつの命を鉄砲玉として捨てたのだと、少なくとも歴史書にはそう書かれて居た。
 そしていま彼女の眼前に居る、八〇式『柳月』は、大戦時から今日に至るまで前線で活躍して居る、装甲部隊なのだと云う。
 ――彼等はいったい、何度「玉砕」を強いられたのだろうか。
「きみたちの価値観の上では、美学なのだろうね」
 櫻彩の双眸が、真直ぐに機甲武者を射抜く。まるで、真実を見透かす様な眸だ。未だ術も編んで居ないのに、八〇式は一歩だけ後退った。
「でも、誰もが本心から喜んで命を差し出したなんて」

 僕にはやっぱり思えないんだよ――。

『黙れ!』
 淡々と科白を紡いで往く彼女の聲には、純粋な疑問の彩が滲んで居たから。機甲武者は重たい頭を振って、勇猛に吠えて見せる。
『我らの献身が祖国の為に成るなら、此の身も喜んで捧げようぞ!』
 されど、シャトの眸に映る彼は、何処か虚勢を張って居る様にも見えた。彼女は頸をかくりと傾け乍ら、彼等のレゾンデェトルに由来する最大の矛盾を突く。
「きみたちが只の美談の象徴なら、そんなふうに魂を彷徨わせるものか」
『……!』
 其の科白に、機甲武者は凍り付いた。そもそも、「影朧」と云う存在は、傷付いた者たちの「過去」から生まれたものだ。
 もしも機甲武者達が、彼の云う通り“喜んで命を差し出した”のだとしたら。彼等が影朧と成って此の世界に害するなんて、有り得ない。
「自分自身の正義に叛いた悲劇の末路」
 そう。其れは、斯く在るべしと世の中に自身の在り方を定められ。信念を隠し続けた、哀れな男たちの――。
「そんな物語に、見えてしまうな」
 総てを見透かす様な眸に射抜かれて、真実を暴く様な科白に包まれて、影朧の自我が揺れる。果敢に構えて見せた刀が今や、小刻みに震えて居た。
『嗚呼、我々は……』
 甲冑越しに、迷う様な聲が漏れた。物騒に煌めく刀に怯むこと無く、シャトは一歩、影朧へと歩み寄る。
「まだ、終幕は書きかえられると思うよ」
 気付けば仲間達の視線は、対峙するふたりへと注がれて居た。皆が皆、事の顛末を見守って居る。そう、此処にはこんなに沢山、読者がいるのだ。
 もしも彼がマシな結末を望むなら、誰かしら手を貸して呉れるだろう。

「――本当は、どうしたいの?」

 静謐に問い掛ける其の聲は、影朧のなかへ染み渡って往く。狂気に堕ちた機甲武者は、きっと久方ぶりに、こころの疵を想いだした。
 死力の限り戦って、祖国にいのちを捧げたからこそ。いまもなお「大日本帝国」の繁栄が、そして「大正時代」が続いて居る。
 それでも本当の己は、――死にたくなかったのではないか。
 否、否、其れでは八〇式の誇りが。我らが栄誉が、あゝ、消えて仕舞う。
『我らが悲願は……大正の世に幕を引くことだ!』
 其れが、大日本帝国陸軍八〇式『柳月』の答えだった。彼は震える腕で、勢いよく刀を振り下ろす。其れをひらりと躱したシャトは、刃毀れして錆びついたカッターナイフを彼の胴へと突き付けた。
「いたむ心は、きみにもあるのでしょう?」
 それなら、この刃は通るはずだ。彼等の無念に想いを馳せ乍ら、シャトはゆっくりと腕を動かして行く。
 ぎぎぎ、ぎぎぎ。厭な音を立て、カッターナイフは甲冑に小さな傷を刻んで行く。ただ其れ丈けの動きなのに、不思議と抵抗はされなかった。
 “弔鐘綴”は、迷える魂に安らかなる眠りを与える業。軈て音が途絶え、シャトがふと貌を上げた時。
 ――眼前にはもう、誰も居なかった。
 彼等が本当の意味で救われたのか否か、其れは当人達にしか分からない。其れでも、彼女の想いは彼等のこころに染みわたり、確かに其の疵を癒しただろう。
「……おやすみ」
 お菓子の残骸と、割れた茶器と、机や椅子の欠片で散らかった裏庭に、はらはらと櫻が舞う。秋風に誘われた其れは、夕陽と共に世界を赫く染めて行った。

●少女動乱『白鷺連盟』
 斯くして、独りの少女の悪巧みは防がれた。あの後ハルも交えた四人は固い絆を取り戻し、友情の瓦解もとい、白鷺連盟の解体も防げた様である。
 火遊びから直ぐに手を引いたヤエとハルはお咎め無し。今回の首謀者である美彌子も櫻學府から大目玉を喰らったけれども。未成年である点や、説得に応じた点が考慮されたので、如何にか通常の學園生活に戻れると云うことである。
 黒鉄の頸輪より、赤い絲より、強固な絆で結ばれた白鷺連盟の少女達は、今日もまた旧校舎に集まってお茶会を楽しんで居る。
 革命の為などでは無く、残り少ない學園生活を、めいっぱい謳歌する為に――。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月20日


挿絵イラスト