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忘却慫慂

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●泡沫硝子に消える
 消えてしまえばいい、と思った。
 誰にも触れられたくなくて、けれど一線を越えて踏み込んでほしい。私にはそんな子どもみたいに駄々をこねて、我が儘を言う資格すら無いと思えた。
 私は私が大嫌い。この世で一番どうでもいい、花弁よりも軽いモノ。
 ――私は醜い。生きているのが悍ましい、そんなひとだから。
 もしかしたらヒトですら無いのかも知れない、いっそ泥人形なら楽なのに。
 そんな私をあなたは好ましいと言った。
 どうして私を好きだというの?
 そんな感情は間違っている。愛も恋も友情も、私に向けられてはいけないから。
 だから――『忘れてしまいなさい』。私のことも、関わる記憶全て無かったことにしましょう。
 この歌を聴いて、私の声に身を任せて。さあ、この水に何もかも溶かして、みんなみんな忘れましょう。
 それが私にとっても、皆にとっても救いになるはずだから。

●忘却慫慂の歌
 他人を認識するためのもっともな情報とは何か。
「そう問われれば、姿形であると真っ先に思いました」
 穏やかに微笑んだまま、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)そう答えた。
 人は初めての人と対面した後、三秒と経たないうちにその人の印象を自分の中に作り上げるという。
 自分にとって害あるものか、好ましいか。人は選り分けた上で誰かに接するのだ。
 その中でも『顔』はその人たらしめるものとして、一番記憶に残り続けるものでは無いか。
「例えば私――水標・悠里という羅刹を思い浮かべる時に、長い黒髪の、角のある青い目をした羅刹だと思い浮かべる。憂鬱そうなという印象を加えれば、より詳細にといった具合です」
 顔のパーツと色や形と言った特徴、それらを総合したものがより多く集まったものが『顔』である。――というのが、今し方悠里が手にした本から手に入れた知識だった。
「では『顔』そのものが失われてしまったら、私達はどうやって他人を認識するのでしょう」
 まるで謎かけをするような気軽さで、悠里は猟兵達に問いかけた。
「声、服装、皮膚の具合や傷の有無など、様々なものがありましょう。隣に居た誰かが見知らぬ他人に思えてならない、誰も彼もが見知らぬ人とあれば。
 あったはずのものが世界から突然失われれば――まるで世界の終わり、カタストロフが訪れたようだと騒ぎ立てるのも無理はありません。
 この騒ぎを起こした首魁は、忘却こそが救いであると信じています。そしてその願いを叶えるために、彼女は世界から他人という記憶のもっともたるものを消去した」
 それが『顔』。
 この事により『顔』に纏わる表情といった記憶も失われてしまった、言うなれば『無貌の世界』へと変質してしまった。
 消されたものは、取り戻さなければならない。それがオブリビオンの仕業であるのなら尚更のこと。
「行き先は新世界、カクリヨファンタズム。誰そ彼時に暮れる中で、まずは『誰か』を忘れてしまった『茶まろわんこ』という可愛らしいわんこさんをおたずね下さい」
 彼らはオブリビオンでありながら、ただ『誰か』と一緒に過ごした幸せな時間を忘れられず遊んでほしいと願っている。遊び疲れて満足すれば彼らは骸の海へと還るだろう。
「その先は歌を頼りにお進み下さい。この歌こそが、世界を作り替えてしまった原因なのですから」
 青く輝くグリモアの蝶が、空中に姿を溶かし世界を渡る門を開く。
 ――どうぞお気を付けて、と悠里は猟兵達を送り出すのだった。


水平彼方
 慫慂(しょうよう)とは、そばから誘いかけすすめること。
 水平彼方と申します。今回は新世界『カクリヨファンタズム』へと皆様をご案内致します。

 カクリヨファンタズムにて『顔』が失われる事件が発生しています。これに対処するために首魁を倒して下さい。
 このシナリオのみボス戦をクリアするまでは『顔』を認識することが出来ず、識別が困難となっています。
「記憶が朧気になって思い出せない」と描写させて頂きます。

●第1章
 戦闘フラグメントとなっておりますが、彼らは遊んで満足させればオーケーです。
 『茶まろわんこ』たちと遊んだりもふもふしたりして存分に楽しんで下さい。
 PSWは参考までに、それ以外にも楽しい遊びがあれば是非プレイングにてお寄せ下さい。
 以降各章はその都度ご案内致します。

●プレイング受付について
 今回はゆっくりペースでお届けします。再送などの予定についてはマスターページをご確認下さい。

 それでは皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 集団戦 『茶まろわんこ』

POW   :    スペシャルわんこアタック!
単純で重い【渾身の体当たり】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    おいかけっこする?
【此方に近寄って来る】対象の攻撃を予想し、回避する。
WIZ   :    もちもちボディのゆうわく
全身を【思わず撫でたくなるもちもちボデイ】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 私は誰にとっても「どうでもいい」存在だった。
 徹底的に無視されたり、否定されたりされることはなかった。ただ、私が求めてもそんなものね、と流されることが日常だった。
 嬉しいことがあった。よろこんで報告しても、相手にとってはそれ以上に虫の居所が悪いことが重要なのだ。
 悲しいことがあった。慰めてほしいと言いたくても、破裂しそうな癇癪玉を宥める方が大切なのだ。
 優先度が低いだけ。それが積み重なって、時間が経ってどんどん増えて。
 もともと人の目を見られなかった私は、どんどん俯いていった。
 そうして私は、人の顔がどんなモノだったのか忘れてしまった。一度も覚えていないなんてことはなかったと思う。
 けれど、思い出すどの顔も墨で塗りつぶされたように真っ黒で、分らなくなっていた。
 それはそれで、幸せだった。私にとって他人は「どうでもいい」存在になってしまった。
 忘れてしまったほうが、幸せだったのだ。


 悲しい、悲鳴のような歌が聞こえた。
 さざ波のように裡を広がって、駆け抜けて。かき乱して。そして「何か」攫っていく。
 目を開けた時に広がったのは、誰そ彼時の薄暗い視界。目に映る誰もがペンキで塗りつぶしたように黒く陰って顔が分らない。
 それと同時に、他人という存在が酷く朧気なものになった。 
 隣のあなたは誰だろう。手をつなぎ合ってゲートを潜ったはずなのに、どんな顔をしてどんな表情をするのか思い出せない。
 足下によってきたふわふわとした毛並みも――彼はグリモア猟兵の言っていた『可愛らしいわんこ』なのだろう――弾むような息づかいと元気よく振りたくる尻尾が当たる感触で分ったようなものだ。
 彼らが本当に求める『誰か』を忘れてしまった。けれど、それに勝る思いがあって自然と『誰か』に寄り添っていく。
 きっと期待に満ちた眼差しが、猟兵達を見上げていることだろう。
 ぽっかりと空いた心に添うように、彼らは現われた。
 少しだけ、ここで思い出して欲しい。
 あなたには、誰かがいたことを。
神奈木・璃玖
『顔』が分からないというのは商人としては致命的では?
声や背丈、服装などの顔以外の部分でその人を判別するのって、案外難しいと思うのですよね
信頼にも関わる由々しき次第です
慣れてしまえば、という問題でもなく、これのせいで商売上がったりになるのは勘弁ですね

ところで、先程から遊んでとばかりについてこようとする足元のもふもふはなんでしょう?
形や大きさ的には小型犬かなにかの妖怪に見えますが、如何せん『顔』がないのでわかりませんね
選択UCの狐火を広範囲に出現させて追いかけさせましょう(【範囲攻撃】)
彼らから対価を貰えるとは限りませんし、当てられたらそれで彼らにつく骸魂が還ってくれることを願いますよ




 見慣れているからこそ、失われた時に改めて気づく事がある。
「『顔』が分からないというのは商人としては致命的では?
 声や背丈、服装などの顔以外の部分でその人を判別するのって、案外難しいと思うのですよね」
 商人ある神奈木・璃玖(九尾の商人・f27840)にとって、それは信頼にも関わる由々しき次第だ。
 慣れてしまえばよいという問題でも無く、この状況のせいで商売上がったりになるのは勘弁被りたい。
 とあれば原因を排する必要があるだろう。
「ところで、先程から遊んでとばかりについてこようとする足元のもふもふはなんでしょう?」
 そう思案する璃玖の周りをくるくると回る茶色い毛玉を見下ろした。形や大きさを見るに小型犬かなにかの妖怪に見えるが、如何せん『顔』がない所為でわからない。
「これで遊んでみては如何です」
 呼び出した狐火がゆらゆらと揺れて離れていくのを、茶まろわんこは楽しそうに追いかけていく。
 だがそれっきり。どこかで消えたらしい狐火と共に、彼は帰ってこなかった。
 さて、この仕事の対価を支払ってくれる『誰か』はどこに居るのだろうか。
 誰も彼も分らない幽世の中、その答えは微かに響く歌声の先にしかないのだった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

ノイシャ・エインズワース

「お前は、誰を忘れてしまったんだ」

永遠に続く事に執着しているノイシャは、全てを忘れないため永遠を追い求めていました。
忘却という行為は耐え難く、茶まろわんこに対して少し憐憫めいた感情を抱きながら優しげに声をかけます。

「忘却というのは、白昼夢の中おぼろげな光の中来た道もわからず、征く道もわからず、ただ一人残されたような。」

そのような寂しい思いを抱えたまま倒すのは忍びなく、彼らを骸の海に返すため全力でじゃれついて構ってやろう思います。
とはいえオブリビオンなので普通に遊んでいたら身が持たないなと思ったら
<空中浮遊><闇に紛れる>などを併用しつつ、最終手段でユーベルコードを使い対等になる程度に遊びます



 私に纏わる全てのことが、欠けることなく永遠に続いていくように。
 それがノイシャ・エインズワース(永久の金糸・f28256)の追い求めた『永遠』だった。
 だが裡に抱えたそれは、この世界に足を踏み入れた瞬間『永遠』が失われてしまった。
「お前は、誰を忘れてしまったんだ」
 己へと問いかける声は、抜け殻のように空虚だった。大きな虚となった心を痛みで埋め尽くして取り繕うとしても、その大きさを改めて思い知らされ耐えがたい物となる。
 息を弾ませノイシャの傍らをぐるぐると回る茶まろわんこに手を伸ばし、じゃれつく彼の好きなようにさせた。
「忘却というのは、白昼夢の中おぼろげな光の中来た道もわからず、征く道もわからず、ただ一人残されたような」
 それは、とても寂しいことだった。
「そら、遊ぼう。この寂しさが少しでも和らぐように」
 優しげに声をかけたノイシャは、さっと裾を翻して地面を蹴る。空を飛び、夜陰に紛れ。茶まろわんこは「わん」と一声鳴くと、月が雲に隠れるようにして逃げるノイシャを『誰か』と同じように追いかける。
 誰かと共にいたい、一緒に居たい。私が一人にならないように、この命が尽きるまで――永遠に。
 ノイシャの願いを知ってか知らずか、いつしか黄金が真紅に変わっても茶まろわんこは彼女を追いかけ続けた。
「わんっ!」
 最後にありがとうと一声かけて、小さな体から分かたれた骸玉が消えていく。
 その結末を悲しむかのように、か細い歌声がノイシャの耳に纏わり付いて残っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

小千谷・紅子

あそびたいの?じゃあ、おいかけっこをしましょう。
ひらりひらり、あっちに行ったらいつのまにかこっちに。長いスカアトを翻し戯れて
偶に捕まってみて、そうしたら、横顔をふわふわと撫でましょう。

誰かの顔を忘れたら、悲しいのですか。
私は、ぴんとこない。この手の事には疎い。
頭には常に靄がかかっている。悲しむ人の手は取った。心には寄り添えなかった。…らしい。
…お前には、一生分からないだろう。
傘の中の悪魔が、吐き捨て嘲るように言った。
茶色いけだま。おまえには、忘れたくない人がいたの。
傘の中の君、あなたも。
私には、思い出したい、が分からない。でも、それはなんだか。
「なつかしい、」
標の灯火のよう、と思う。



 曲がった尻尾がゆれ、小千谷・紅子(慕情・f27646)の足下でくるくると回っている。
 ふわふわの体毛は触れるたびにくすぐったくて、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「あそびたいの? じゃあ、おいかけっこをしましょう」
 ひらりひらり、あっちに行ったらいつの間にかこっちに。舞い落ちる花弁のように黒いセヱラア服の裾を翻し戯れて、偶に捕まってはいい子ね、と横顔を優しく撫でた。
 でも、彼の顔は分らない。
「誰かの顔を忘れたら、悲しいのですか」
 紅子の問いかけに、くうんと鳴いて首を傾げた。紅子にはぴんとこない、この手のことに退紅の桜は疎いのだ。
 紅子は悲しむ人の手は取った、心に寄り添えなかった……らしい。自分の事なのに他人事のようにしか感じられない、等しく忘れてしまう紅子には時が流れるように記憶も流れていってしまう。
『……お前には、一生分からないだろう』
 情を解さぬ桜は人の心を知らぬまま願いを聞き続けた桜の精へと、日傘の中の悪魔が嘲るように吐き捨てた。
 突きつけられた拒絶に何も答えられなくなり、紅子はしゃがんでふわふわの毛並みを少しだけ強く撫でた。
「茶色いけだま。おまえには、忘れたくない人がいたの。傘の中の君、あなたも」
 私には、思い出したい――が分からない。でも、思い出というものはなんだか。
「なつかしい」
 暗闇の中で輝く標の灯火のよう、と紅子は思う。
 いつの間にか消えていた温もりが、いつか紅子にとって標となるのか。それすらも攫っていく歌声を辿り、スカアトの埃を払って歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
確かに可愛らしいわんこだな
あんたらにとっちゃ遊び相手が誰でも構わんのかね
まぁどっちでもいいよ。代わりでも満足できるってんなら付き合ってやるさ
動物は好きだし慣れてるからな。任されるわ

よーし遊ぶか
遊び相手は多い方がいいかね
もうひとり喚んどいてやるから、好きな方に構ってもらえ
表情筋が死んでても今は対して関係ないみたいだし、丁度いいだろ

追いかけっこにでも付き合ってやるか
そらそら、逃げねーと捕まえて撫で回すぞ
捕まえた傍からもふもふをぐりぐりしてやろう
こういうのはもふもふしとかなきゃ損ってもんだ
多少噛み付くくらいなら構わねーよ
怖がってんじゃないならな
猛獣の相手もしてるし、加減もいらん
存分に甘えていけばいい



 ふさふさとした毛並みが丸いフォルムを描き、先がくるんと丸まった尻尾は愛嬌がある。
「確かに可愛らしいわんこだな」
 今のエンティ・シェア(欠片・f00526)に彼の顔は分らないが、それ以外でも十分可愛らしい。
「あんたらにとっちゃ遊び相手が誰でも構わんのかね。まぁどっちでもいいよ。代わりでも満足できるってんなら付き合ってやるさ。
 動物は好きだし慣れてるからな。任されるわ」
 そう『私』に声をかけると、『俺』はわんこと戯れるべく袖をまくった。
「よーし遊ぶか」
 そう言ったものの、折角なら遊び相手は多い方がいいだろうと「もうひとりのエンティ」へと声をかける。
「もうひとり喚んどいてやるから、好きな方に構ってもらえ。
表情筋が死んでても今は対して関係ないみたいだし、丁度いいだろ」
「言われたことを否定しませんが、一言余計です」
「さて、追いかけっこにでも付き合ってやるか。そらそら、逃げねーと捕まえて撫で回すぞ」
 ぼそりと零した文句を聞かなかったフリをして相殺して、『俺』は近くを走り回るわんこを追いかける。
 すばしっこい彼らを捕まえて、目一杯もふもふをぐりぐりと撫で回した。
「多少噛み付くくらいなら構わねーよ、怖がってんじゃないならな」
 それが愛情表現だと知っているから、エンティは腕を止めることなくなで続ける。何よりこういうのはもふもふしておかないと損ってものだ。
 普段から猛獣の相手もしているエンティにとって、このくらいは日常そのもの。
「加減もいらん、存分に甘えていけばいい」
 代わりだなんて大それた事は言わないが、毛並みを堪能した分だけでも彼らが満たされればいいと指先に願いを思いを込めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
あれま、可愛らしいわんちゃんだこと
犬の顔がどんなだったか分かりゃしないが

可愛いと思ったんだよ、確かに それはいつだったか どこでだったか
――はたまた誰だったか
忘れちまってるはずなのに、覚えてるんだよ
何でだろうねぇ

指先と、手のひらと、いっそ両腕いっぱいと、
かいなを使って撫でて戯れて抱き締めて
しまえない爪で引っ掻かれたっていいし
つい剥き出しちゃう牙で甘噛みしたっていいよ
犬ってのはそういうもんだ

かわいいね、いい子だね、大好きだよ、愛しているよ
軽はずみに湧き出す本心が、軽々しく口をつく
何でだろうねぇ

お前は僕を誰と重ねてるんだろう
大事な誰かと重なるくらい、上手く触れてやれてりゃいいが



「あれま、可愛らしいわんちゃんだこと」
 駆け寄ってきた毛むくじゃらの、ころころとした丸い輪郭を見た瞬間、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)はそう零した。
 今この世界では彼の顔がどんな物だったか分らないが、ロカジはあたかも見えているかのように彼のことを抱きしめた。
 可愛いと思ったのだ。張りのある毛並みや、弾む息づかいも。確かに、それはいつだったか、どこでだったか――はたまた誰だったか。
 忘れてしまっているはずなのに覚えている、『誰か』の存在を感じられるのに思い出せない。
「何でだろうねぇ」
 指先と、手のひらと、いっそ両腕いっぱいとかいなを使って。
 撫でて戯れて抱き締めて、肌を伝う温もりを噛みしめる。
「しまえない爪で引っ掻かれたっていいし、つい剥き出しちゃう牙で甘噛みしたっていいよ。犬ってのはそういうもんだ」
 かわいいね、いい子だね、大好きだよ、愛しているよ。
 軽はずみに湧き出す本心が、軽々しく口をついてロカジの口からまろびでる。
「何でだろうねぇ」
 思い出せない過去とロカジを繋ぐ不思議な子。
「お前は僕を誰と重ねているんだろう」
 嬉しそうにすり寄る頭を眺めながら、大事な誰かと重なるくらいうまく触れていればいいと願った。
 そうしているうちに骸玉を吐き出した彼が幸せそうに去って行くまで、ロカジはずっと抱きしめ続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ


高校の頃、頻繁に施設を抜け出して、星空を眺めていた。
星を見ていたわけじゃない。それ以外の全部を見ないようにしていた。
……あの頃の感覚に、少しだけ似ているかもしれない。

――さ、思い出せないし、思い出したくもないことは忘れて、遊びましょうか。
こんなに想ってくれる子がいるんです。この子の誰かに、今だけは。

猫探しならたまに請けるけど、犬と触れあったことは、あまりない。
どうしたものか……私は君の誰かじゃないのに、お腹まで見せてくれるんだね。暖かいな。

スーパーボールを取り出して、右手を結んで開いて。
上手く加減すれば……ほら、君と同じくらいのボールだ。
君は私よりパワフルだけど……頑張って、受けとめるよ。



 漠然と自分を包み込むような何かがそこにある。この感覚には覚えがあった。
 それはまだ風見・ケイ(星屑の夢・f14457)が高校生だった頃、頻繁に施設を抜け出しては星空を眺めていた。
 星を見ていたわけじゃない。それ以外の全部を見ないようにしていたのだ。
「……あの頃の感覚に、少しだけ似ているかもしれない」
 普段は忘れていてもカップの底に残った澱のような、くすんだ思いがわだかまって心の底に堪っているのかも知れない。
「――さ、思い出せないし、思い出したくもないことは忘れて、遊びましょうか」
 真っ直ぐにケイを見上げているのだろう彼を見て、嬉しそうな尻尾の表情を見て思わず表情が緩んでしまう。
「こんなに想ってくれる子がいるんです。この子の誰かに、今だけは」
 けれどケイは猫探しの依頼なら偶に請け負うが、犬と触れあったことはあまりない。
 どうしたものかと迷いながらも手探りで触れあえば、コロンと仰向けに寝転んだ。
「……私は君の誰かじゃないのに、お腹まで見せてくれるんだね。暖かいな」
 ふわふわの毛並みの心地よさにうっとりしてたケイは、ポケットからスーパーボールを取り出して右手で包み込む。
 結んで開いて、力をうまく加減すればそこには。
「ほら、君と同じくらいのボールだ」
 玩具を目の前にした彼は跳ね起きて、器用に鼻先で押しながら駆け回る。
 偶に方向を変えてやりながら遊んでいると、ケイに向かってぴょんとひとっ飛び。パワフルに飛び込んできた体を頑張って受け止めたケイの頬を、柔らかい毛並みが擽って、宙に溶けるように消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗峠・マナコ

自在にカタチを変えられる私ですが、私と認識してもらう為に一定の決まった姿は用意してあります。会う度に「はじめまして」は寂しいですからね。 
でも貴方とははじめましてですよね、わんこさん。暗峠マナコと申します、よろしくおねがいしますね。

これだけ人懐こいということは、きっとその誰かにとても愛されていたのでしょうね。であれば、私も貴方に愛をおすそ分けしましょう。

【トコヤミフタツ】で手頃なボール程の大きさの私を召喚し、ボールのように丸めてわんこさんに投げてみます。
わんこさんが逃げようとしても、飛びついてこようとしても、そのボールは私なので意思を持って動きます。見事翻弄して遊んであげましょう。



 姿形が移ろうのは、液体としての性質だからだ。相手に合わせた形を変えるのは、暗峠・マナコ(トコヤミヒトツ・f04241)の気分次第だ。
 しかし会う度に「はじめまして」と言われるのは寂しいので、マナコだと認識して貰うための決まった姿を用意している。
「貴方とははじめましてですよね、わんこさん。暗峠マナコと申します、よろしくおねがいしますね」
 ドレスを身に纏った淑女として現われたマナコに、彼はわんっと元気よく挨拶を返した。
 初対面にもかかわらず臆することなく身を預ける姿に心を和ませ、柔らかい毛並みを手で優しく梳いた。
「これだけ人懐こいということは、きっとその誰かにとても愛されていたのでしょうね。であれば、私も貴方に愛をおすそ分けしましょう」
 ――ごきげんよう、キレイなわたし。
 黒い肌に円らな瞳、金の縫い目は口のよう。片手で持ち上げられる程の大きさの「わたし」を召喚したマナコは、ボールのように丸めてぽーんと放り投げた。
 待っていたといわんばかりに追いかけるわんこを躱し、飛びついてこようとも「わたし」は器用に逃げ回り彼を翻弄してみせる。
「そして、あなたは――さようなら」
 そして、マナコの足下に不自然に残されたわんこの影を踏みつけて、霞となって消えてゆくのを見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
辺りを警戒する
つい強く警戒してしまうのは、他者の存在が曖昧になった不安のせいかもしれない

ひとまず寄って来たものに意識を向ける
なるほど、これが“可愛らしいわんこ”か
事前にそれを教えてくれた者の顔も、朧げにしか思い出せないが

その毛並みを撫でてみる
かつて誰かと共にあったからか人に慣れているな
…俺は、どうだっただろう
大切な記憶まで薄れていくような気がする

…考えるのは後だ、まずは遊んでやるか
もう一度撫でて、その辺りにある棒切れを拾って見せて
その棒切れを軽く投げ、拾ってきたら撫でてやり、ひとしきり撫でたらまた棒を投げる
仕事の為、満足するまで付き合う
それに、こうしている間は余計な事を考えずに済むだろうからな



 どこからが他者で、どこからが自分なのだろう。
 存在の境界が曖昧になった世界で、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は厳しい表情で辺りを見回していた。
 誰が敵で誰が味方なのか。判別のつかない以上疑い、警戒することで自分の身を守るしかない。
 爪が地面を蹴る軽やかな音を聞いて、こちらへと寄ってくる何かに意識を向けた。
「なるほど、これが“可愛らしいわんこ”か」
 それを誰から聞いたのかも朧気で思い出せなくなっている。いよいよ危うげになった記憶に微かな苛立ちを向けながら、敵意の感じられない彼の毛並みをそっと撫でた。
 かつて誰かと共にあったからだろう。人によく慣れた彼らは警戒するシキの心ごと包むように、されるがままに戯れては喜んだ。
「……俺は、どうだっただろう」
 心の一部分を占拠した面影も、記憶もほろほろと薄れていくような気すらする。
「……考えるのは後だ、まずは遊んでやるか」
 もう一度輪郭を撫でて、その辺りに転がっていた棒切れを拾ってよく見せてやる。
 十分に注意を引き付けたあと軽く投げ、拾ってきたら一頻り撫でてやり、また棒を投げる。
 これは仕事だ、彼が満足するまでこうやって付き合っていればいい。
「それに、こうしている間は余計な事を考えずに済むだろうからな」
 とうとう棒切れにじゃれついて夢中になっていた彼が一つ吠えて憑き物を落とすまで、記憶から逃げるように淡々と繰り返した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
表情、雰囲気、感情
なるほど、顔が見えないだけでこんなにも様々なことの認識が困難になるものか
顔が見えないと他人は途端に「気味が悪くなって」「不安になる」
いつか本で読んだな、こういうことか

静かに考えを巡らせつつ、足元に擦り寄る犬を撫でてやり
傍らに添った雪精のオコジョと共に、彼が望むままに満足するまで構って遊んで

彼らが望んでいたのは誰だったんだろうな
それを覚えていられないことは「かなしい」かい?それとも、「なんでもない」かい?
…オレにも居るんだけど、ここに来てから顔が思い出せない
困ったな
大切な人だというのに
望まれたモノにはなれなかったとあの人が知った時
笑った時
…顔が、思い出せない

片手でこの顔を覆った



 人は無意識に他人から常に何かしら読み取っている。
 表情、雰囲気、感情など今何を考えているのか、どのような状況なのか。表在する情報を読み取り、分析し、顔色や反応を伺う。
「なるほど、顔が見えないだけでこんなにも様々なことの認識が困難になるものか」
 無意識に頼っていた情報が失われ、ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)は裡にある知識の倉を紐解いた。
 顔が見えないと他人は途端に「気味が悪くなって」「不安になる」。いつか本で読んだ知識はこういうことだったのか、と得心した。
 思考の海に潜るディフの足元に機嫌良くすり寄る犬を撫でてやると、傍らに添う雪精のオコジョが主の意図を察してすばしっこい動きで戯れ始めた。
 彼らが望む『誰か』はディフではない。彼らもディフと同じく待ち望む誰かを忘却したというのに、思い出を分け与えるように知らぬ人に愛嬌を振りまいた。
「それを覚えていられないことは『かなしい』かい? それとも、『なんでもない』かい?
 ……オレにも居るんだけど、ここに来てから顔が思い出せない」
 きゅうん、と切ない鳴き声に、彼がディフの困惑を察したのだと知る。
「困ったな」
 大切な人だというのに、望まれたモノにはなれなかったとあの人が知った時。笑った時。
「……顔が、思い出せない」
 記憶の中で塗りつぶされた人物像と同じように、黒い手袋を嵌めた手が顔を覆い隠す。
 柔らかな毛並みに添う影が消えて尚、吹き荒れる雪が緩やかに世界を閉じていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW   :    届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 私は私が嫌いだった。
 そう認めるまでに、何度苦々しい嫌悪を噛み砕いたことだろう。
 何度痛々しい悲しさを嚥下したことだろう。
 そんな苦しみも、全てすべてどうでもいい。
 忘れて仕舞えば何も残らない。私がいたことも、何を思っていたのかも。全て、どうでもいい。
 ――ららら、と言葉にならない思いを旋律に乗せて歌い出す。
 愛したものを忘れましょう。
 好いた友を忘れましょう。
 みんな、みんな。私に触れてはならないもの。
 だから、消えて仕舞えばいい。
 私の喉は、どんな思いに塗れて、一体何に震えているのだろう。
 それももう、覚えていない。
 今にも途切れそうだった歌がはっきりとしてきたころ、一人の人魚が現れた。
 物悲しく痛切な、悲鳴のような歌声を聞けば、裡から『何か』が溢れ落ちていったのがわかるだろう。
 忘れるはずがないと思っていた記憶が、砂の城のように歌に攫われて、徐々に輪郭が崩れていく。
 このままでは、大切な人だけではない。誰も彼も忘れてしまうだろう。
 どうかこの世界が愛したものを忘れてしまう前に、あなたたち自身の手で思い出して欲しい。
 まだ顔は思い出せない。だが、忘却に抗い今一度記憶の糸を辿って欲しい。
 どんな色だっただろう、どんな音だっただろう。
 柔らかかっただろうか、優しかっただろうか――冷たかっただろうか。
 それとも。
 その人は、確か――
風見・ケイ
綺麗だと思ったんだ。届かない星だとしても、手を伸ばしてしまうほどに。
顔も思い出せない。声も思い出せない。あれは誰。誰のことだっけ。
それどころか、私は。今の私は、誰なんだろうか。顔が見えないから、目の色がわからない。……目の色ってなんだっけ。
(脚を撃たれ、腕を抓られた。ような気がした。己の内から)[呪詛耐性、狂気耐性]

……そっか。私は、独りじゃなかったね。
あの歌を止めます。独りよがりの愛を、独りよがりの愛で。
無いはずの眼を、耳を、舌を奪う。これでもう、歌えやしない。
人を惑わす歌を奏でる。恐らく人魚が骸魂だ。
人魚の部位を狙い、拳銃で撃つ。

いつの間にか、忘れたくないものが、こんなに増えていたなんて。




 忘れてしまったはずの光景に、これほど焦がれるのは何故だろう。
「綺麗だと思ったんだ。届かない星だとしても、手を伸ばしてしまうほどに」
 顔も思い出せない。声も思い出せない。あれは誰。誰のことだっけ。
 それどころか、私は。今の私は、誰なんだろうか。顔が見えないから、目の色がわからない。
 そこでケイは、はたと気づいた。
「……目の色ってなんだっけ」
 呆然と呟いた声と滲む不安を洗っていくように、子守歌のように心地好い声が全てを忘れ無垢な眠りへと誘う。
 そのまま溶けて。流れて。攫われて。
 理性の砂を払って顔を出した心に、その歌は呼びかけていく。
 いなくなって欲しいと思っていた。いなくなりたいと思っていた。
 私を見て、私を見ないで。でも受け入れて、拒絶して。こんな自分を壊して。
 露呈した願いを聞き届け、ツバキは肯定する。
「あなたも、忘れてしまいたいのね」
 震える体に寄り添うような声が、それを手放せとケイの意識の手を引いた。
 しかし流されていくケイを叱咤するように脚を撃ち、腕を抓る誰かがケイの裡にいた。
「……そっか。私は、独りじゃなかったね」
 片腕で抱えられる物は限られているから選りすぐってきたつもりだったのに、抱えきれない分はケイの心を満たして常に傍らに居た。
「いつの間にか、忘れたくないものが、こんなに増えていたなんて」
 夜闇の中を燕が滑空し、無いはずの眼を、耳を、舌を奪っていく。独りよがりの愛が、独りよがりの愛を壊す。
「これでもう、歌えやしない」
 狙い澄ました銃口の先――人魚の鱗を撃つ。
 ケイは自身に微笑みかけた星だけを手にして笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
今更何がなくなったところで、何も変わらないね
私と彼らが共に在る現実だけは消えないんだ
どうせ、私達の『顔』は既に忘却の彼方なんだもの
…忘れてしまったのさ
忘れさせて、しまったんだ。私が

だからと言って見過ごすことも出来ないんだがね
椿の君に橘を贈ろうか
私は白い椿も好きだよ
愛らしい君。自分が嫌いな君
そんな君は、どうして死を選ばずに生きていられるんだい?
消えてなくなりたいと、思ったことはないのかい?
あるのなら、共に逝ってみるかい
…冗談だよ
私には約束があるからね
大切な約束だ
なかったことになんて、するものか
君にも、縋りたい誰かが、居るんじゃないのかい
死ぬ気がないのなら、君は愛されるべきだ
私は、そう思うけれどね




 その心が空となり、壊れ、虚となって久しい。
 今更何がなくなったところで何も変わらないと『私』は笑う。
「……忘れてしまったのさ。忘れさせて、しまったんだ。私が」
 病に伏した彼女も、共に乗り越えると誓った約束も、私達の『顔』も。全ては忘却という箱の中に、蓋をして押し込んだ。
 それを抱え続ける限り崩壊し続ける自我を保つために、選び取った一つの決断。
「そうすれば、あなたは安らいだまま生きていける」
 ツバキが誘う未来に、しかし『私』は穏やかな声音で拒絶した。
「愛らしい君。自分が嫌いな君。
 そんな君は、どうして死を選ばずに生きていられるんだい?
 消えてなくなりたいと、思ったことはないのかい?」
 その言葉に応えはない。代わりにはっと息を詰めた音が耳に届いた。
「あるのなら、共に逝ってみるかい」
 冗句めいた口調で歌い上げ、そうして証明したまえよとでも突きつけるような声に、ツバキはたじろいだ。
「……冗談だよ。私には約束があるからね」
 だが『私』にとって、揺るがない物は大切に仕舞い込んであった。
「大切な約束だ。なかったことになんて、するものか」
 開けてしまえば災い喚ぶ、だが残った物は確かな希望。それはさながらパンドラの箱のようだ。
 白い橘の花弁が舞い、ツバキの存在を彼女自身に知らしめるように傷を刻んでいく。
「君にも、縋りたい誰かが、居るんじゃないのかい。
 死ぬ気がないのなら、君は愛されるべきだ。私は、そう思うけれどね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

小千谷・紅子

唯でさえ朧げな記憶が霞む。
掠れた記憶が過る。見送った幾人もの少女の姿。様々な思いを抱き旅立った彼女達。
顔、―顔?ああ、忘れている―きっと、元々。顔を忘れて、顔があったことを思い出す程。
何故か酷く頭痛がして、思わず少し顔を歪める。
ぼうとする頭、けれど、『私』の在り方は変わらない。
「お辛いですか」
忘れてしまう。けれど、誰かへの思いが「あった」ことだけは、忘れられない。
―何故でしょうか。
忘れ得ず、抑えられぬ思いがあるから愛し、泣き、憂い、歌うのかしら。
忘れたいと叫ぶ歌声へ、泣き声のようなそれへ【桜の癒やし】で眠りを
身を裂く思いを抱くものに、せめてどうか安らぎを。
そう願った事だけは、今も昔も、本当。




 花嵐が吹き荒れる、唯でさえ朧気な記憶が更に霞んでいく。
 掠れた本の頁を捲るように、小千谷・紅子の記憶が僅かに蘇る。
 桜の下で秘め事を告白し、来世に願いを託していく。様々な思いを抱き旅立っていったそんな彼女たちの姿が、桜の花びらとなって解けたが逆再生のように巻き戻る。
 顔、――顔?
 顔は思い出せない。ああ、忘れている――きっと、元々。
 顔を忘れて、顔が合ったことを思い出す程だったから、紅子にとってそれが誰であったかは重要では無かった。
 脳が軋むような酷い頭痛がして、額に手を当てて俯いてしまう。きっといま、紅子の表情は苦痛に歪んでいることだろう。
 願いが無ければ、桜は不要。
 ぼうとする思考は乱れ定まらない、だが紅子の本質は変わらず『願いごと』を求めてしまう。
 揺れて霞む少女達の影が示す物、それは彼女たちのままならない現実と理想の未来と板挟みになり揺れる願い。
「お辛いですか」
 けれど、誰かへの思いが「あった」ことだけは、紅子は忘れない。
「――あなたは歌うのは何故でしょうか。
 忘れ得ず、抑えられぬ思いがあるから。あなたは愛し、泣き、憂い、歌うのかしら」
 あ、と吐息と共に漏れ出た声が呼び水となって、ツバキの胸の裡から溢れ出す。
「私はただ一言、そこに居ても良いと……それだけを」
 求める事すら苦痛となって身を苛むから忘れたい。そう叫ぶ歌声――鳴き声のような悲痛な告白に、桜吹雪を重ね添う。
「身を裂く思いを抱くものに、せめてどうか安らぎを。そう願った事だけは、今も昔も、本当」
 紅子は束の間とはいえ眠りに落ちたツバキが直前に口にした願いを、これだけは忘れまいと心に確と刻みつけるように胸の裡で反芻した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイシャ・エインズワース

「ーーーー覚えていない事は罪で、忘れない事は罰」
たとえ嫌な記憶でも、忘れ去りたい過去でも、消してしまいたい感情でも
好きだった友も、愛した人も、正も否も、全て全て覚えている事が私の罰だったのに

記憶の糸を辿ろうとしても自分を形成する輪郭が崩れていくような感覚に陥り、
目の前のオブリビオンを早く排除しなければ、と言い表しようのない焦燥感に駆られます。

基本的に戦闘中は【空中浮遊】で移動し、直接的な攻撃は【闇に紛れる】などで回避します。
UCを使いの久遠の鳥籠の封印を開放し、【衝撃派】で飛んでくる花弁の勢いを相殺し、
【焼却】で花弁を全て燃やします。血が足りなくなった場合は【吸血】を使用して戦闘を続行します




 僅かな時間微睡んでいたツバキがふと目を覚ますと、眼前には金の髪に喪服の黒を纏った魔女が立っていた。
「――覚えていない事は罪で、忘れていない事は罰」
 ああそれは彼女の理想なのだと悟ったツバキは、黙して続きを促した。
 永遠不変の世界の中で生きる事は、ノイシャ・エインズワースが己に課した枷だった。
 たとえ嫌な記憶でも、忘れ去りたい過去でも、消してしまいたい感情でも。
 好きだった友も、愛した人も、正も否も、全て全て覚えている事がノイシャの罰だったというのに。
 欠けた月を満月とは呼ばぬように、一欠片たりとも記憶が足りぬと言うことは何より重要で、重大な損失だった。
 慌てて記憶の糸を辿ろうとしたが忘却した部分がより鮮明に浮かび上がり、久遠の鳥籠を握り締めたノイシャの手から滴る血が檻の柵を伝い錠前に触れる。
 早く、歌を止めなければ。
「抱えるのも、忘れるのも辛いのなら。やっぱり忘れた方がいい」
 ツバキは忘却へ誘い歌声を椿の花びらに変え、ノイシャへと差し向ける。そのまま空中に飛び上がると、手にした鳥籠に目をやる。
 かしゃん、と音を立てて扉が開くと熱風が花弁を押し留め、炎の舌が花弁を焼き尽くす。
 檻が欠ければ、そこから逃げ出してしまうかもしれない。漏れ出てしまうかも知れない。
 ノイシャの腕の中、胸の裡に全てを内包した完璧な黄金の月を完成させるために。
「貴様の言う忘却は、私には不要」
 最早魔女の仮面が剥がれ落ち、止められない衝動に心を乱し還せ戻せと叫ぶ。そしてそんな自分を何より厭うノイシャは、心のどこかで誰かに救って欲しいと願わずには居られなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
◎/SPD
大切なものが、思い出せない
いや、そんなものは存在していなかったのだろうか
記憶を辿っても、そこには何も無いのではないか

…不確かな記憶から逃避し、目的を果たすべく銃を構える
手元が狂うのは焦りか不安か

“焦らなくていい”と、昔に聞いた声が浮かぶ
そうだ、この構えはあの人に教わった
その人から銃を受け継いで、猟兵として戦って、そこで出会った者も居た

姿は朧げなまま、それでもかつて傍にいた誰かを思い出す
…あの犬のように、俺にも忘れられないものがあったようだ

しっかり銃を構え、ユーベルコードを発動
骸魂を攻撃して呑み込まれた本来の彼女を解放したい
忘れる事が救いになるなら、こんなに悲しい歌にはならない筈だから




 ぱちん、と小さな泡が眼前で弾けた。
 その度に弾けた分の大きさだけ、シキ・ジルモントから記憶が消えていく。
 大切なものが思い出せない。いや、そんなものは始めから存在していなかったのだろうか。
 記憶を辿っても、そこには何も無いのではないか。
 今のシキを形作った決定的な衝動が抜け落ちて、足元が覚束ない不安に駆られて仕方が無い。
 忘れないように大切に取り出しては、掌中の珠のように優しく愛おしく撫でていたはずなのに。
「震えているの」
 震える銃口を向けられて、ツバキは優しく声をかけた。
 彼女を倒せばえもいわれぬ不安から解放される。早く、早くと急かすように引き金に指をかけた。
 一度息を吸って、大きく吐く。
 ――焦らなくていい。
 耳に馴染んだ声がシキの裡側に浮かび上がって、同じように諭す。
 そうだ、この構えはあの人に教わった。
 その人から銃を受け継いで、猟兵として戦って、そこで出合った者もいた。
 未だ姿は朧気なまま、それでもかつて傍にいた『誰か』を思い出す。
「……あの犬のように、俺にも忘れられないものがあったようだ」
 銃把に添えた右手に、左手を添える。
 教えられたとおりにしっかり銃を構え、対象を無言で睨み、引き金を引く瞬間息を止める。
 忘れる事が救いになるなら、こんなにも悲しい歌にはならない筈だから。
 彼女にそんな事を願わせ、歌わせたものを見過ごす事は出来ない。
 狙い澄ました一発の弾丸は、一等赤黒い鱗の一枚を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗峠・マナコ

実は、私には記憶がないんです
猟兵になる前、私が暗峠マナコになる前の記憶が
決まった形を持たない私は、今のような姿ではなかったでしょうし、喋り方だって違っていたのかもしれません
さて、私は今"暗峠マナコ"の顔をできているのでしょうか
全てを忘れてしまえば、きっと私は"暗峠マナコ"ではなくなり、また別の誰かになるのでしょうね
ですが、私はまだマナコを失くすつもりはありませんので、忘れては困るのです
マナコとしての思い出も、マナコじゃなかった時の思い出も

【トコヤミフタツ】でマナコ歴の浅い私を呼び出し、私の代わりに泡を受けて貰いましょう
私はそれを盾に移動し、腕に仕込んだ闇狩の腕で人魚さんを捌いて差し上げます




 暗峠・マナコの歴史は、まだ新しすぎるものばかりだ。
「実は、私には記憶がないんです。猟兵になる前、私が暗峠マナコになる前の記憶が」
 そう語るマナコの声はどこか沈んでいて、力なく震えていた。
 決まった形を持たないブラックタールとして産まれ生きてきた不定形の体であっても、心は『暗峠・マナコ』と同じなのだったのろうか。
 姿も、性格も、喋り方だって違っていたのかも知れない。
「さて、私は今“暗峠・マナコ”の顔をできているのでしょうか」
 問いかけたマナコも、答える側のツバキも。誰一人として暗峠・マナコの姿を知るものは居ない。
 このまま全てを忘れてしまえば“暗峠・マナコ”はこの世から消え、また別の誰かがこの体を使って名乗るのだろう。
 不定形の体に、不安定な人格。マナコと、マナコでは無い誰かだった人。
 忘却という死が、マナコを綺麗に消していく。
「ですが、私はまだマナコを失くすつもりはありませんので、忘れては困るのです。
 マナコとしての思い出も、マナコじゃなかった時の思い出も」
「忘れてしまったとうい事が、あなたにとって苦痛でも?」
「ええ、それでも」
 ――ごきげんよう、キレイなわたし。
 誰かにとっての私が、一等綺麗な姿であるように。
 喜んでは体を液状に溶かし、感動が震えとなって隅々まで行き渡る。
 些細な感動も、喜びも。キレイなもの全てが、マナコを作り上げる砂糖でありスパイスであり、とっておきの秘密なのだ。
 ぱちん、と弾けた泡を受け止めた姿が解け、するりと液体に戻る。
 その影から現われたマナコが腕を伸ばす。芯材となる金属の手が鋭く風を切り、指先に掛けた鱗を引き剥がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
それは「悲しい」だろうか
それとも「苦しい」だろうか
すまない。オレには複雑すぎる貴女の感情を理解しきれない

けれど、共に忘れてあげることは出来ない
オレにとってあの人の記憶を失くすことは、オレという存在の死に等しい
「いきなさい」と言われたオレは、まだ死ぬわけにはいかないんだ
顔は思い出せなくとも、オレに触れた手の感触を覚えている
必死にオレを作っていた小さな背を覚えている
かけられたいくつもの言葉を覚えている
オレが忘れても、オレのコアが忘れない、忘れてはならない

UCにて淪落せし騎士王を召喚し
王よ
オレが眠ってしまっても、貴方は動けるはずだ
皆が全て忘れてしまうのは「悲しい」
……オレの代わりに、斬ってくれるかい




 悲愴な旋律を歌い上げ、心さえも変えてしまう彼女は今何を思うのだろう。
「それは『悲しい』だろうか。それとも『苦しい』だろうか」
「……いいえ、これはきっと『寂しい』」
 静かに顔を横に振るツバキの所作を見て、沈んだ声を聞いて、ディフ・クラインは裡に積み上げた知識と照合する。
「すまない。オレには複雑すぎる貴女の感情を理解しきれない」
 精緻なパズルを組み立てるために、似た色のピースを探すように。完成図の分からない絵を、一片から推測し辿るのは至難の業だ。
「理解しなくてもいいのよ。もうすぐ忘れてしまう事に執心する必要は無いわ」
 さあ、耳を傾けて。心を寄せて。体と記憶を投げ出して。
 誘う歌に抗って、今度はディフが首を横に振る。
「けれど、共に忘れてあげることは出来ない。
 オレにとってあの人の記憶を失くすことは、オレという存在の死に等しい
 『いきなさい』と言われたオレは、まだ死ぬわけにはいかないんだ」
 いま顔を思い出せなくとも、ディフに触れた手の感触を覚えている。
 必死にディフを作っていた小さな背を覚えている。
 かけられたいくつもの言葉を覚えている。
「オレが忘れても、オレのコアが忘れない、忘れてはならない」
 ――王よ。
 ディフの声に応えたかつての騎士王は、漆黒の愛馬に跨がり忘却の海から暫しの間世界に舞い戻る。
 微睡み始めた意識の中、体の節々が抵抗するように、油を注し忘れた機械のように鈍く軋む。
「皆が全て忘れてしまうのは『悲しい』
 ……オレの代わりに、斬ってくれるかい」
 剣を向けられようと、振り翳した刃が振り下ろされようと少女は動じる事は無い。
 安堵したように微笑み、碌な抵抗もせず受け止めると、その身を血で赤く染めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神奈木・璃玖
ふむ、あの生き物…わんこはどこかへ行ってしまいましたか
ちゃんと元に戻れればいいのですけれど、他の方々のおかげでそれも叶えられそうですね
この先にちゃんと『対価』を支払ってくださる方がいるといいのですが

やはり顔が分からないのはいけませんね
目の前の彼女が酷く悲しんでいるのは分かりますが、果たしてそれが何故なのかがわかりません
忘れたいのならば忘れてしまえばよろしい
それもまたひとつの選択であることは確かなのです
しかし、それを他人にまで強要してはいけない
貴女もそれは望んでいなかったはずです

選択UCを使ってその思いを届けましょう(『対価』はお任せ)
私は何者かって?
ただのしがない『商人』ですよ




「ふむ、あの生き物…わんこはどこかへ行ってしまいましたか。
 ちゃんと元に戻れればいいのですけれど、他の方々のおかげでそれも叶えられそうですね」
 この先にちゃんと『対価』を支払ってくださる方がいるといいのですが、と独り言ちながら歌声を辿りつつ歩いていると、暗い赤色が光った。
 おや、と顔を上げた神奈木・璃玖の視界の先にあったのは、剥がれ落ちた鱗と点々と落ちた血の跡。
「やはり顔が分からないのはいけませんね」
 悲しげな歌声や落ちた肩を見るに、璃玖は彼女が悲しんでいるのが分かるが、果たしてそれが何故なのか想像がつかない。
「忘れたいのならば忘れてしまえばよろしい、それもまたひとつの選択であることは確かなのです」
「ですが、誰一人としてそれらを忘れようとしない」
 ならば、忘れてしまえとツバキは歌う。
「しかし、それを他人にまで強要してはいけない。貴女もそれは望んでいなかったはずです」
「――何故そう思うのですか」
「あれだけ言葉を変え表現を変え『寂しい』と言っていたのに、悲劇に陶酔する貴女にしては些か短絡的すぎる」
 ぱちん、と弾けた泡の一つから、ツバキの思いが溢れ出す。
 誰も見向きしない。
 誰もわたしに興味を持たない。
 認めて、愛して。でもこんな私は嫌い、嫌い――大嫌い。
「やめて!」
 悲鳴を上げたツバキは、自らの尾鰭を振るい忘却をもたらす泡を破壊していく。
 それらを忘れてしまいたいと願い、自ら忘れていく。
「あなたは誰?」
 震える声で問いかける少女に、璃玖は悠然とした声で答えた。
「私は何者かって? ただのしがない『商人』ですよ。『商人』たるもの必要経費に対する出し惜しみはしません。いいモノには『対価』が付き物ですからね」

成功 🔵​🔵​🔴​

ロカジ・ミナイ
ぽっかり穴が空いてるとこがあれば
それこそ話は簡単だ
忘れてることがあるのを思い出せるから

穴の跡形もなくったって
因果の糸の絡まるとこがありゃ儲けもんだ
忘れもんに気がつけるから

本当に忘れるってのは
きっとその両方だってキレイさっぱりなくなっちまう事だ
何ひとつ疑わない
無垢なほどに

例えば僕があの子を本当の意味で忘れたとしたら
僕は自分を、恋も愛も知らぬ寂しん坊やと思って生きてるだろう
そんな感じよ

でも、僕はそうじゃない
味も匂いもよーーく、たーーくさん、知っている

一つ二つ当たれば一人二人忘れるが
何の問題があるってんだい?
後でまた、出会い直せばいい
僕はもう一度恋ができるし、今度はもっと上手くやる
たぶんね




 虫に食われたように一部が抜け落ちた記憶なら、生傷のようにいずれ「何か」で埋めてしまえる。
 ぽっかり穴が空いているところがあれば、穴を埋める何かが足りない、忘れている事があるのだと思い出せる。
「穴の跡形もなくたって、因果の意図が絡まるとこがありゃ儲けもんだ。
 忘れもんに気がつけるから」
 そうして人は大切なところだけを記憶して、大部分を忘れながら生きていくのだ。
 何かの拍子に思い出して、そしてまた忘れてしまう。
「本当に忘れるってのは、きっとその両方だってキレイさっぱりなくなっちまう事だ。
 何ひとつ疑わない、無垢なほどに」
 忘れたものも、その縁も。両方を失えばもう手を伸ばす事さえしない、興味もなく始めからなかったかのように振る舞うのだ。
「辛ければそうしてしまえばいい、だから私は歌うわ」
 歌声と共に周囲に忘却をもたらす泡を浮かばせると、尾鰭を振るってロカジへと飛ばす。
「例えば僕があの子を本当の意味で忘れたとしたら、僕は自分を、恋も愛も知らぬ寂しん坊やと思って生きてるだろう。そんな感じよ。
 でも、僕はそうじゃない。味も匂いもよ――く、た――くさん、知っている」
 一つ二つと泡に触れれば、朧気だった顔が瞬く間にロカジの記憶から消えていく。
「何の問題があるってんだい? 後でまた、出会い直せばいい。
 僕はもう一度恋が出来るし、今度はもっと上手くやる――たぶんね」
 きっとロカジは完璧には出来ないだろうから、また失敗するかも知れない。
 だがその経験を積み重ねて、いつかは上手くやる。
 窈窕たるの切っ先がざりり、と音を立ててツバキの鱗を削る。
 剥がれ落ちた何枚かが泥のように黒く変色し、靄となって消えていった。どうやらこれが骸玉の商隊だったようだ。
「私も――そんな風に思えたら、良かったのかしら」
 声のした方を振り向くと、少女の白皙がロカジの視界に入る。
 ――ああ、ようやくこの世界は取り戻したのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『幽世の月見』

POW   :    郷愁に浸りつつ、月を愛でる

SPD   :    旅愁を覚えつつ、月を愛でる

WIZ   :    哀愁を感じつつ、月を愛でる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ツバキから骸玉が剥がれ落ち、それらが消えた後。
 忘れていた彼らの記憶も、認識出来なかった『顔』も戻ってきた。
 どこからともなく現われた茶まろわんこたちは、相変わらず待ち望む『誰か』が分からないけれど、元に戻った事を無邪気に喜んで走り回っている。
 ツバキはというと、幾らか落ち着いた様子で所在なさげに佇んでいる。
 つい、と視線をあげた彼女が巨大な月を見上げた。
 まるで今にも空から落ちてきそうなほど大きすぎる月は、不気味とも見える。
 しかし明るい月光は不足なく夜を照らし、色濃い陰影を世界に落としていた。
 こんなにも月が綺麗だから、早すぎる月見も悪くない。
 茶まろわんこたちが呼んできた古今東西の妖怪達も合わせて、小さな月見の宴が開かれた。
小千谷・紅子

茶色のけだま達が跳ねる。それを時々撫でながら、微笑みで返す。
一匹を抱き上げ、座り場所を見つけて、膝の上で撫でる。
「多分、私はまた、忘れるのでしょうね」
呟くのを傘が聞いていた。
未だ長く傍にいるこの彼にすら寄り添えない。
けれど、求めることすら苦痛になると「彼女」は言った。そんな姿を、よく知っている気がした。
今まで振り返りもしなかった、けれど確かに積もっていた思い。
「思い出せるのね」―私にも。理解できなくとも。
月を見上げる。遠くで賑やかな音がする。
―忘れ得ずずっと傍にある。それは時に呪いになるのでしょう。人に、世界にとっての終末に。
膝のけだまが飛び出して、彼女の方へ向かうのを見て―微笑んだ。




 求める事すら苦痛になる。
 そんな姿を小千谷・紅子はよく知っている気がした。
 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回る茶まろわんこたちを見ていると、目が合った彼へと微笑みを返す。その内の一匹を抱き上げると、手頃な場所を見つけて座り、膝の上に乗せて撫でる。
「多分、私はまた、忘れるのでしょうね」
 さりさりと爪先が毛を梳く音だけが優しく響く。この感触も彼らの優しさも、少女の寂しさも。いつか紅子の裡を通り過ぎて、願いだけ残して去って行く。
 紅子の言葉を聞いている傘の君は静かなままだ。共に長くあって久しいが、未だ彼にすら寄り添えない。
 紅子にとって少女達は過去で在り、少女達にとって紅子は唯一度願いごとをした桜の君。
 今まで振り返りもしなかった過去、けれど確かに積もり堆積していた思い。
「思い出せるのね――私にも。理解が出来なくとも」
 手元のけだまがけふ、と欠伸をする。彼らの思い出の『誰か』が忘れられぬように。
「――忘れ得ずずっと傍にある。それは時に呪いになるのでしょう。人に、世界にとっての終末に感じられるほど」
 けれどその呪いは甘く柔らかに、紅子には酷く魅力的に見えた。
 耳をそよがせ、何かに気がついたけだまが紅子の膝から飛び出して、ツバキの方へと駆けていく。
 その様子を見て、まるで少女達を見送ったあの時のように――一輪の花のように微笑んだ。
 けだまを見送った紅子は、いつもより大きな月を見上げ、瞳を閉じ遠くの喧噪に耳を傾ける。
 胸の裡に点った暖かな情念の火を、傘の影で抱きしめた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神奈木・璃玖
ようやくツバキさんの『顔』を見ることが出来ました
彼女が忘れようと努めたことについて、私は敢えて聞きません
だからこれは私の『独り言』として聞いてくださいね

先程も言ったように、忘れたいと願うならば忘れてしまえばよろしい
しかし『忘れられない』ということは、『忘れたくない何か』がある事ではないでしょうか
その『忘れたくない何か』が彼女の中でとても大切なことならば、きっと『忘れてはいけない』ことなのでしょうね

そうそう、『対価』のことですが、ツバキさんが『笑顔』を見せてくださることで結構です
『対価』は金銭やモノだけとは限りませんからね
彼女のその『笑顔』が見られただけで私は満足です
なんて、私らしくないですかね




「ようやくツバキさんの『顔』を見ることが出来ました」
 面を上げたツバキの表情を見て、神奈木・璃玖はいつもの人当たりのいい笑顔を浮かべた。
 感情の荒波が去り、今は静かな表情の彼女が何を考え忘却へと誘ったのか、その理由を璃玖は敢えて尋ねる事をしなかった。
「これで本当に、良かったのでしょうか」
 未だ夢心地のようにぼんやりとした声で、ツバキは誰に問いかけるでもなく呟いた。
 地面に足がつかないような浮ついた調子である事を確かめて、璃玖はその心に差し込むように言葉を滑り込ませた。
「これは私の『独り言』として聞いてくださいね」
 ツバキから視線を外し月を仰いだ璃玖は、彼女が耳を傾けたのそ察してから口を開いた。
「先ほども言ったように、忘れたいと願うならば忘れてしまえばよろしい。
 しかし『忘れられない』ということは、『忘れたくない何か』がある事ではないでしょうか。
 その『忘れたくない何か』がツバキさんの中でとても大切なことならば、きっと『忘れてはいけない』ことなのでしょうね」
「私は、忘れたくなかった……」
 盲点を突かれたツバキは、はっと目が覚めるように目を瞬かせた。
「ああ、そう……。そうだったのですね」
 そして自らに言い聞かせるように呟くと、私は貴方に何を支払えばいいのかしらと問いかけた。
 唐突に何を言い出すのかと思えば、そういえば催促するように聞こえてしまったかと内心で礼を失した事を詫びた。
「そうそう、『対価』の事ですが、ツバキさんが『笑顔』を見せてくださることで結構です。なんて、私らしくないですかね」
「いいえ、今日は可笑しな人が多いのね」
 「そんな事でよろしければ」と答えたツバキの表情からは、寂しさの影が消え淡く微笑んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

暗峠・マナコ

ふぅ、やはりちゃんと"マナコを作っている"と自覚出来るのは落ち着くものですね
自分が自分であると自信が持てないというのが、こうも心許ない気持ちになるものだとは

わんこさんも何やら嬉しそうで何よりです
認識できていない時にお会いしましたが、私のことは覚えてくださっているでしょうか
ふむ、わんこさん達は皆さん似ていらしてそっくりさんたちかと思いましたが、じっくりみるとちゃんとお一人お一人違うのですね
人間の個性の幅が広い分特別に見えますが、わんこさんたちもちゃんと個性がありますね
ちゃんと向き合うと見えてくる個性、というやつでしょうか

どうやら月にも個性があるようで
この世界の月はとても大きく、キレイですね




 ころころと転がるようにはしゃぎ回る茶まろわんこたちを見て、暗峠・マナコはつられたように表情を緩ませた。
 彼らと出合ったのはまだ顔が認識できていない時だったから、マナコのことを覚えているか心配していたのだが、千切れんばかりに尻尾を振って駆け寄ってきた一匹を見て無用の心配だったと安堵する。
「ふむ、わんこさん達は皆さん似ていらしてそっくりさんたちかと思いましたが、じっくりみるとちゃんとお一人お一人違うのですね」
 むにむにと頬を引っ張って撫でてやりながら、マナコは集まってきた彼ら一人一人をじっと観察した。
「人間の個性の幅が広い分特別に見えますが、わんこさんたちもちゃんと個性がありますね。ちゃんと向き合うと見えてくる個性、というやつでしょうか」
 それぞれが持つ違いを何よりも愛おしいと感じながら、マナコはここでほっと一息ついた。
「ふぅ、やはりちゃんと"マナコを作っている"と自覚出来るのは落ち着くものですね。
 自分が自分であると自信が持てないというのが、こうも心許ない気持ちになるものだとは思いませんでした」
 改めて感じた自分が自分である事を失う心許なさ。姿がある内は気づかなかった感情を思い出し、ふるりと体を震わせる。
 まあるいシルエットのふわふわとした毛並みから視線を外し、光の差す方へと目を向ける。
 どうやら月にも個性があるようで。
「この世界の月はとても大きく、キレイですね」
 その美しさに今度は心を震わせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
ついさっきまで『無貌の世界』だったというのに、見渡す限り色々な顔で溢れている。
良くも悪くも、『世界の終わり』に慣れているんだな……あるいは、人間から認識されなくなった過去と重ねたのか。
……カクリヨのお酒は、私も少し気になっていたし。笑顔の素敵な妖怪さんに分けて貰いましょうか。
お酒を手にツバキさんの元へ……茶まろわんこにもみくちゃにされながら。

……貴女のこと、教えてほしいな。覚えておくために。なんとなく、似たものを感じたから。それだけ。
貴女の感情は貴女の物だから、否定する気はありません。
まあ、でも……とりあえず、私と一緒にこの子たちと遊びましょう。
文字通り全身で好意をぶつけてくる、この子たちと。




 光に照らされて闇の中から姿が浮かび上がったように、或いは光が生まれて世界の輪郭が現われた神話のように。ついさっきまで『無貌の世界』だったというのに、見渡す限り色々な顔で溢れていた。
 その光景を見た風見・ケイは取り戻した日常の重さを改めて噛みしめていた。
 猟兵である以上、非日常的な『世界の終わり』に触れる機会は多い。だがそれに自分は良くも悪くも慣れてしまっている……あるいは、人間から認識されなくなった過去と重ね合わせた結果、心が起こした化学反応なのかも知れない。
 通りすがりのケイに、鬼面の妖怪が「月見に酒がないなんて味気ない」と磊落と笑いながらずいと押し出した酒瓶を、ケイは有難く頂戴することにした。
「……カクリヨのお酒は、私も少し気になっていたし」
 ケイを見つけた茶まろわんこたちがたちまち集まってきて、中々前へ進めない。
 もみくちゃにされながら何とかツバキの元へとたどり着くと、「少し、いいかしら」と声をかけた。
 首肯した彼女の隣に腰を落ち着けると、酒で満たした杯をくい、と傾ける。
「……貴女のこと、教えてほしいな。覚えておくために」
「どうして?」
「なんとなく、似たものを感じたから。それだけ」
 臆病であるが故に疑心暗鬼になり、孤独の中で行き場をなくした子どものようにどこか幼い考え方。
 同じではないけれど、似ている。
「まあ、でも……とりあえず、私と一緒にこの子たちと遊びましょう。
 文字通り全身で好意をぶつけてくる、この子たちと」
 偶には胸の裡に溜まった感情を思いっきり表現して、相手に伝えることが必要だから。
 寂しさと孤独のお話は、それからでもいいだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

記憶が戻り、顔も認識できるようになった
ようやく人心地がついた気がする

まずはツバキの様子を確認
骸玉は消滅したようだが、体の方は大丈夫か?
骸玉から解放する為とはいえ、手荒な方法しか取れなかったからな

問題がないようなら、皆に混ざってみたらどうだと勧めてみる
宴なら参加者は多い方が盛り上がるだろう
改めて認識した彼女の顔をしっかり見て、大丈夫だと言い置いて
この場の者は彼女をぞんざいに扱ったりはしない筈だ
この世界の妖怪は人懐こいというか、気の良い者が多いからな

ひとしきり話を終えたら先に宴の場を離れる事にする
あの犬にも、もっと構ってやれたらよかったのだが
…明る過ぎる月光が満月を連想させて、どうも落ち着かない




 欠けていた記憶が戻り、皆の顔を認識出来るようになると、ここでようやくシキ・ジルモントはひと心地ついた気がした。
 やはり在るべきものが存在し、認識出来る世界は――当たり前の世界が一番落ち着くのだ。
 月見の宴を始めた妖怪たちの賑やかな様を少し離れた場所から見つめるツバキに気づくと、シキは徐ろに近づいて声をかけた。
「骸玉は消滅したようだが、体の方は大丈夫か?」
 解放するためとはいえ手荒な方法しかとれなかったと詫びれば、ツバキは緩く首を横に振った。
「いいえ、私はちっとも。今はただ、憑きものが落ちたように静かな心地にまだ慣れなくて」
 荒波のような感情を超えた先にあった凪いだ世界に、未だ戸惑いを隠せない様子。
 手を拱くツバキの背中を、シキはそっと言葉で押した。
「皆に混ざってみたらどうだ」
「私はあそこに行っても良いのでしょうか」
「大丈夫だ、この場の者は貴女をぞんざいに扱ったりはしない筈だ。
 この世界の妖怪は人懐っこいというか、気の良い者が多いからな」
 シキの言葉に、ツバキはおずおずと前へ進み騒ぎ立てる一団にもし、と声をかけた。
 それを見守っていた茶まろわんこが合流し、はしゃぎ走り回る様を見てシキも混ざる。
「(彼らにももっと構ってやれたらよかったのだが)」
 明るすぎる月光が満月を連想させて、どうも落ち着かない。
 最後に淡く微笑むツバキの表情を見ると、盛り上がる宴席もそこそこにその場を辞した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
やぁ、綺麗な月だねぇ、ツバキ嬢
この世界の月は随分と大きくて見ごたえがある
ささやかな宴、君も楽しんでいるのなら、何よりだよ

どうせ生きるなら、楽しいことが多い方がいいと思わないかい
他愛もないことで笑って過ごせたら、きっと楽しい
今日の月は綺麗だな
皆楽しそうにはしゃいでいるな
自分とは全然関係のないことを、楽しんでご覧よ
気楽に、気軽にね

そうしていると、案外、何が嫌いだったのか忘れてしまうものだよ
思い出して憂鬱になることもあるだろうけど…
君には、ぜひとも楽しい時間を沢山過ごしてもらいたい
差し当たって、一緒に月見をしてくれまいか
初めての世界で一人は寂しいという、私の我儘さ
君がいてくれるなら、私は、楽しいんだ




「やぁ、綺麗な月だねぇ、ツバキ嬢。
 この世界の月は随分と大きくて見応えがある。ささやかな宴、君も楽しんでいるのなら、何よりだよ」
 朗らかな声でツバキに声をかけたのエンティ・シェア――『私』は、彼女の微笑みを見て笑みを深めた。
「その表情のほうがいい。どうせ生きるなら、楽しいことが多い方がいいと思わないかい」
「楽しいこと」
 はて、それはどういったことだろうと首を傾けるツバキに、『私』は大仰な口調で優しく語る。 
 簡単な、至極単純なことだという。
 例えば今日の月は綺麗だとか、みんな楽しそうにはしゃいでいるとか。心が素直に感じたことに、耳を傾けるだけで良い。
「そういう自分とは全然関係のないことを楽しんでご覧よ。気楽に、気軽にね」
 そうしていると、案外、何が嫌いだったのか忘れてしまうものだよ。そう言えるのは『私』の経験からだろうか、はたまた誰かに重ね合わせた面影に見えたからだろうか。
 確かなことは一つ、エンティ・シェアは救うためにここに来たのだということ。
「思い出して憂鬱になることもあるだろうけど……君には、ぜひとも楽しい時間を沢山過ごしてもらいたい」
 差し当たって、一緒に月見をしてくれまいか。
 些細な願い事にツバキははたりと瞬きをして、そんなことで良いのですかと問いかけた。
「君がいてくれるなら、私は、楽しいんだ」
 そういうものだよ、と愛おしい記憶の欠片を抱く人は笑顔で返した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
まん丸まん丸
わんこもまん丸
お月さんもお空でまん丸してるだろ

僕はと言えば、おんなじにまん丸な饅頭を肴に
幽世の酒で月見よ
ちょいとそこの妖怪さんや
一緒にどうだい?酌するよ

僕は他所の世界の月も知ってるけどね
……他所の世界って言っても分からねぇか
そこでも月って言ったらあの月でさ
いつも違う色してんのにだいたいいつもおんなじ色みたいな顔してて
僕らなんかにどう見えてようが関係ねぇって顔さ
いい顔だろう?

けども僕は、今見てる月がいっとう好きよ
なんでかな、懐かしくって

注ぎ足し注ぎ足し
酒は何度傾けても空っぽにならない
そんなに酔っちゃいないつもりだが

お猪口の水面に映り込んだ顔に笑いかける
おかえり僕の顔
今夜もいい男だねぇ




 まん丸まん丸。なにがまん丸?
 わんこもまん丸。くるくる回ってる。
 お月さんもお空でまん丸してるだろ。本当ね。
「それで僕はと言えば、おんなじにまん丸な饅頭を肴に幽世の酒で月見よ」
 歌うような調子のロカジ・ミナイに、合いの手を入れるようにツバキが言葉を挟む。
「ちょいとそこの妖怪さんや、一緒にどうだい? 酌するよ」
「……甘酒なら」
 ツバキは両手で包み込むようにして杯を受けとると、注がれた甘酒にちまちまと口を付けた。
「僕は他所の世界の月も知ってるけどね、……他所の世界って言っても分からねぇか」
 そこでも月って言ったらあの月でさ。いつも違う色してんのに、だいたいいつもおんなじ色みたいな顔してて、僕らなんかにどう見えてようが関係ねぇって顔でさ。
「いい顔だろう?」
「そういう風に月を見たことが無かったから、とても新鮮ね」
 まじまじと見上げた月にロカジの解釈を一滴垂らせば、たちまち新たな表情を見せたそれにツバキはため息を漏らす。
「そういえば、月の兎が何をしているのかみんな言う事が違ったわ」
 蜂蜜を溶かし込んだような黄金色に、ふと思い出した遠き日を懐かしむ。その感覚すら久しく忘れていた事に改めて気づかされた。
「けども僕は、今見てる月がいっとう好きよ。なんでかな、懐かしくって」
 そうして空けた杯の数が増えていき、注ぎ足し注ぎ足し、何度傾けても空っぽにならない。
「そんなに酔っちゃいないつもりだが」
 そうお猪口の水面に映り込んだ、見慣れた己の顔に笑いかける。
「おかえり、僕の顔」
 今夜もいい男だねぇと見惚れれば、ツバキが酒を注ぎ足して波立たせた。
 

 宴もたけなわ。月が沈む頃合いになると、酔い潰れたり眠ったりだんだん静かになりながら夜が更けていく。
 大きな月が山の稜線に差し掛かると、さてそろそろお開きにするかと誰とも無く言い出した。
 ある者は酒の残った瓶を抱え、ある者は眠りこけた友人を抱えて各々の家路へと着く。
 その中でツバキはすり減った思い出と、それを埋める新たな思い出を胸に抱えて水底へと帰る。
 忘れていたものを改めて手にして気づかされた宝物が、払暁の赤に照らされてきらきらと輝いて見えた。

 そうして忘却を誘う歌はここで途切れ、新たな祈りとなって光の中に消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月31日
宿敵 『水底のツバキ』 を撃破!


挿絵イラスト