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安寧を希う

#サムライエンパイア

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#サムライエンパイア


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 りん、りん、と音が鳴る。
 その日、男――名を蜻蛉と書いてカゲロウと云う、20代半ばのほそりとした男が息絶えた。誰ぞの手によって殺されたのではない。自らの手でその命を絶ったのだ。
 黒影藩を名乗る、未開拓の多い領地のどこか片隅。蜻蛉は若いながらもその実力を認められ、地方ではあるが相応の地位に就いていた。同年代からは天才と囃され、蜻蛉自身もその声に恥じぬようにと切磋琢磨の日々を送っていた。
 そこへ現れた一縷の流星。見た目は大人しそうな同年代の男が同じ班に現れた。名を白雲と書いてシラクモと云った。他所から越して来たという白雲は、蜻蛉の知らぬ間に世間へと溶けて馴染んだ。蜻蛉よりもややに才能があり、ややに運動が出来、ややに会話に富んでいる。その、ややの差がいつの間にか蜻蛉の前に立ち塞がった。
 田舎でほんの少し突出してた才能が、都会ではそこらに掃いて捨てるほどいるものと同程度だった、という訳だ。
 さんざ囃し立てた蜻蛉の友は、くるりと手のひらを返して白雲へついた。かつて過ちをすれば慰めた蜻蛉の同僚は、白雲と比較して蜻蛉を落とし嘲笑った。誇らしいと背を押し続けた蜻蛉の家族は、今や親の顔に泥を塗るなと強く冷たく叱責した。
 気付けば蜻蛉の居場所など、どこにも存在しなかった。
 死にたい。
 そう蜻蛉が思い始めたのはいつ頃だっただろうか。もう随分と長く、腰に引っ提げる刀を眺めては喉に突き立てる空想に憑りつかれた。その願望に惹かれ、鈴を抱く黄泉の使者が現れたとてなんら不思議はなかったのだ。
 りいん、と永く、音が鳴る。
 和服で着飾った紺色の狐が亡骸の傍で空を仰いだ。ふわり、舞い降りてくるのは矢を手にした奇怪な男。和風の世界において、その髪色は多少目立つか。月明りを含めて煌めく青髪は何とも幻想的だった。月の使いかと見紛う程に。
 しかして、そう綺麗な存在ではない。
「『刻命』よ、彼の者にいま一時の仮初を」
 此れもまた、オブリビオンそのものだ。
 引き絞った弦が高い音を立て、放たれた矢が地に伏す蜻蛉の胸に突き刺さる。跳ねた身体に抵抗はなく、こと切れたまま不動であった。
「私と共に参りなさい。おまえを追い詰めた者を滅ぼしてさしあげましょう」
 男の言葉に呼応してか、突き立てられた矢が仄かに燈る。矢じりからその形をとろけさせれば、蜻蛉の体へと零れ落ちて染みていった。蜻蛉の指がひとたび跳ねた。

 ――四半刻後。
 藩の屯所に在ったのは、無数の死体と蜻蛉の影。
 友の血で濡れた刀を引っ提げ、いま一度のいのちを得た蜻蛉は更なる命を求めて歩を進める。より多くを殺すため。より多くに復讐のため。


「仕事だよ」
 それは簡素な一言だった。しかし、どの言葉を連ねるよりも的確で、最も通用する言葉だった。
 夜半にグリモアベースに降り立ったイェロ・メク(夢の屍櫃・f00993)は、未だ活動する猟兵達を集わせて声をかけた。こんな時間でも、人の姿はちらほら見える。常にこの時間に生きる者。たまたま今日は夜遅くまで起きていた者。様々だ。
「場所はサムライエンパイア。亡くなった人間を操り、同胞を殺させている様だ」
 死者を愚弄するなんて。どこかから漏れ聞こえたその言葉に、死霊術士たるイェロは軽く肩を竦めるだけに留めた。ざわつきが落ち着き、声が通るようになったところで説明を再開する。
 事件は一人の人間の自殺から始まる。これはもう防ぎようがなく、その人間――蜻蛉が死ぬのは確定事項だ。
 彼の死を発端として、一人の男が呼び寄せられる。オブリビオンたるその男は、死した蜻蛉に力を与えて再びの生を齎した。蜻蛉が死ぬ原因となった、友を、同僚を、家族を、殺させるために。
「彼の自殺願望に呼び寄せられた魑魅魍魎をまずは倒してくれ。――ただし、悠長にしている暇はない」
 猟兵がテレポートされる地点は蜻蛉が務めていた藩の屯所の門の下。眼前にオブリビオンの男と操られた蜻蛉が見えるはずだ。門番たる班員を殺そうと刀を構えたところに闖入する事態となる。
 ――が、この時点でオブリビオンの男と戦闘になる事はない。
「より多くを殺す事が目的なようでな、配下たる魍魎を嗾けて奴は本命に向かうだろう」
 その日、奇しくも蜻蛉を追い詰めた男――白雲が夜勤で屯所に残っている。他にも十数名、広い部屋で万が一に備えて待機しているが、常に刀を携帯している訳ではない。彼らはほとんど丸腰でオブリビオンと蜻蛉に対峙する事になる。加えて、力を得た蜻蛉と人外の力を持つオブリビオンに一般人が敵うはずもない。
 魑魅魍魎に時間がかかればかかるほど、犠牲者が多くなるのは目に見えていた。
 かといって、その場でオブリビオンを取り逃がすまいと食って掛かれば、逃げ場の多い外では容易く逃げられる事となる。
「確実にここで仕留める為に、まずは泳がせることになる。リスクを伴うが、うまく立ち回ってくれ」
 逃がしてしまえば、次またいつ予知にかかるとも限らない。その間に積み上がる屍の山を考えれば、妥当な作戦とも言えた。思う所はあるだろうが承知の上で挑んでほしいとイェロは言い募る。
 今回は室内戦だ。天井は高く作られているので、窮屈かもしれないがどの種族も中で戦う事が出来るだろう。各種書物や諸々藩の物品があるが、物は者に代えられない。命あっての未来だ。
 オブリビオンの男との戦いは、一般人が傍にいるという事を鑑みればスムーズに事が済むとは言いづらいだろう。しかし、この選択をしたのは猟兵達を信頼してこそだった。
「全てが終わったら、彼らの風習に触れてみるのも良いかもしれないな」
 説明を終え、深と静まり返った間を裂くようにイェロが語る。
 亡き人を送る燈篭流し。蜻蛉の藩には昔から仲間が亡くなった際には燈篭流しをする取り決めがあるらしい。
 仕事終わりのお楽しみとしては少々向かないが、思い耽るには丁度良い時間かもしれない。どうか好きに過ごしてほしいと言い添えれば、イェロはグリモアを繰り羽根ペンを形作る。
 さらさらと描いた名前は世界の呼び名。
「準備は良いな? それでは、いってらっしゃい」
 降り立てばそこは、戦場だ。


驟雨
 驟雨(シュウウ)と申します。
 戦争中ではありますが、他の世界でも事件は起こり続けます。
 OPが思いのほか長くなったので下記にまとめます。


 世界 :サムライエンパイア。
 分類 :純戦/日常。
 難易度:NORMAL(よほどのことが無い限り失敗しません)

●第一章『黄泉の本坪鈴』
 オブリビオンたる男が嗾けた魑魅魍魎です。
 単純な戦闘ですが、ユーベルコード(判定能力値)選択に関わらず、『後悔』に触れられたお客様に関しては、そちらの描写を多めにします。
 プレイングとして残る事を考慮の上、自身が一番後悔している過去を驟雨にお教えください。具体的描写が必要ない場合は内容には触れずにふんわりと表現致しますので、後悔する出来事があったという事実だけ記載頂いても大丈夫です。
 また、うまく汲み取れない場合もございますが、幻を見せるだけですので、解釈違いはイイ感じに取り扱って頂いて構いません。

●第二章『『刻命』の阿頼耶識』
 オブリビオンたる男との決戦です。操り人形と化した蜻蛉もいます。
 第二章は室内戦となります。広い部屋という概念は崩れませんので、何人入ろうが広い部屋での戦いとなります。学校の職員室といえば、凡そ想像がつくかと思います。ありそうな物は何でも使っても構いません。
 この部屋には、白雲はじめ十数名の一般人がいます。

●第三章『燈す日』
 この舞台となった藩には、理由が何であれ、仲間が亡くなった時には燈篭流しを執り行うという風習があります。
 亡くなった命を想うもよし、呼び起こされた後悔を想うもよし、ただ眺めるだけもよし、自由に行動してください。

●NPC同行
 第三章のみ、イェロ・メク(夢の屍櫃・f00993)が同行します。ご用命頂ければ参陣しますが、何もなければぼうっと燈篭が流れる様を眺めているかと思います。

●ご注意
 同行者がいる場合は名前とIDをご記載ください。名前は呼び名でも構いません。
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第1章 集団戦 『黄泉の本坪鈴』

POW   :    黄泉の門
【黄泉の門が開き飛び出してくる炎 】が命中した対象を燃やす。放たれた【地獄の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    人魂の炎
レベル×1個の【人魂 】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
WIZ   :    後悔の念
【本坪鈴本体 】から【後悔の念を強制的に呼び起こす念】を放ち、【自身が一番後悔している過去の幻を見せる事】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ぱちりと目の前が白く弾けた。
 次の瞬間には、宙に浮くような浮遊感が身体を襲い、猟兵達は一瞬虚無に包まれる。慣れた感覚である者もいるだろう。
 空を裂いて、ゲートが生まれた。ひとたび足を動かせば、視界は開けサムライエンパイアの景色が広がる。
「おまえたちは……」
 透き通る声が耳に届いた。
「ひっ」
 背後では、腰を抜かして猟兵達を見上げる着物の男が悲鳴をあげる。こちらがどうやら守るべき人間らしいことは、瞬時に理解出来た。
 眼前では、似たような着物をまとった男が刀を静かに構えている。生者の気配は感じられない――この男が、蜻蛉か。
「よかろう。おまえたち、遊んでやりなさい」
 蜻蛉の後方に控える男が声をあげれば、そこら一面にぽうと青い炎が漂う。一瞬爆発的に膨れ上がれば、赤い鈴がひとまず見えた。
 りいん、と鈴の音が鳴る。
 次いで炎から生まれ落ちた藍色の狐が次々と落下していく鈴を掴み立ちはだかるように宙に浮いた。
 グリモア猟兵の言及にあった魑魅魍魎だろう。見た目はややに可愛らしいが、それで惑わされてはならない。そのようなオブリビオンはこの世にはごまんと溢れている。
 オブリビオンの男は蜻蛉を引き連れ屯所の中へと去っていく。その背を追うためにも、まずは眼前の魑魅魍魎を処さねば。
御剣・刀也
才能ね
それに泣いたものは数知れない。が、武術の世界は才能が全てじゃない
例え才で劣ろうと千の努力、万の努力がそれを凌駕することを俺は知ってる
もう言ってもせん無き事か。同情する所がないわけじゃないが、復讐を果たさせるわけにはいかない

黄泉の門と人魂の炎は遠距離攻撃可能なので距離を詰める
途中自分の邪魔をしようと打たれた炎はサムライブレイドで斬り払うか避けるかしながら突っ込む
後悔は自分で選び、自分で決めた道なので基本的にしてないので無意味
「頭領をやる前の露払いには不足ないか。来い。お前らをさっさと片付けて、俺は後ろの奴に安息の眠りをくれてやるんだ。それくらいは、保証されたっていいだろ」




 才能。
 人間という種はひとつなれど、その性質は人によって大きく異なる。外見に始まり、内面、家系、素養……様々だ。生まれ落ちた家が貧乏な所であれば、それすらも他者との差になり得た。
 生まれ持った、その人間の力。
「お前も、その荒波に呑まれた一人なんだろうな」
 去る背中を見送り、御剣・刀也(真紅の荒獅子・f00225)はひとりごちた。
 彼は知っている。才能に泣き、踏み潰され、道を閉ざされた人間は数知れないという事を。しかし、才能が全てではないと。
 例え才で劣ろうと千の努力、万の努力がそれを凌駕することを、知っている。
 刀也が歩んできた武術の世界では、才能に傲り朽ちていく者がいる反面、そうした努力でのし上がった者も多い。
 ――だが、その心すら、持てない人間も多い世の中なのだ。
「同情は出来る。が、復讐に賛同は出来んな」
 今ひとたび視界に見える小さな背中を刀也は見据え、眼前に蔓延る魑魅魍魎へと意識を移した。
 りん、りん、と音が鳴る。
 誰しもが抱く疑念、後悔、不安にその音は容易に入り込み、弱き心に揺さぶりをかける。
 ここで終わっても良いんだよ。
 ここで終わっても許されるよ。
 君はちゃあんと頑張っていたよ。
 ――だから、もういいよ。
 声なく語り掛ける黄泉の鈴を、刀也は一笑に付した。心に沁み込む鈴の音を振り返りもせず走り出す。
「相手が悪かったな。だが、頭領をやる前の露払いには不足ない」
 揺さぶりが効かぬと知れば、黄泉の使者たる藍色の狐は炎を燈す。一際明るく光明の如き炎もあれば、昏く今にも消えそうに咲く炎もあった。
 刀也の第六感が告げる。かつて、この化け狐が送った人間たちの魂を糧とした炎なのだと。
 太刀筋に迷いはない。例えそれが、元は人のものだったとしても、現実は魍魎の操る炎だ。路を塞ぐ人魂を斬り捨て、刀也は踏み出した足に全体重を乗せる。
 一閃。
 金属の抵抗すらなく、刀也の握る刀は紙でも斬るかのように滑らかに放たれた。一瞬止まった時が動き出すように、斬り払った刀がぴたりと止まった所でようやく切り離された鈴が重力に従い地に墜ちる。重たい音が鳴る頃に、袈裟に断たれた狐が焔に包まれ消滅した。
 癖のように血払いをして、刀也は未だ先を塞ぐ紺色の妖を見た。
「来い。お前らをさっさと片付けて、俺は後ろの奴に安息の眠りをくれてやるんだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

石動・劒
本坪鈴から見せられたのは、暗殺の仕事を負った時
どうしても殺さなくちゃならん悪漢がいて
どうしてもそいつに勝てなくて
三の糸を巡らせてそいつの首を掻き切った

立ち合いはしたが勝負に負けた。それはまだ良い。俺の不明であり力量不足だ
おめおめと敵の寝込みを襲ったことが何よりも悔しいんだ
ああ、なぜ俺は悪漢であってもヤツに名誉ある立ち合いのもとに殺してやれなかったのか
あるいはあいつが、俺のことを殺してくれさえいてくれれば

…いや、それでも。俺は
俺は、まだ未知を知りたい。未知を斬りたい
今見えているお前は既知だ。斬られてやるにはまだ命が惜しい

華剣終体。今の俺なら、お前を斬れる
華剣にて醜態を晒せども、俺は進ませて貰うぜ




 屯所を貫く音が鳴る。
 力任せに響かせるわけでもなく、ひどく澄んでいて行き渡った。
 その音を、真正面で聞いた石動・劒(剣華上刀・f06408)は目を見開いた。さして想い耽っていたわけでもなく、その直前まで意識していたわけでもない。しかし、唐突に、男の影がよぎった。
 歩む足が途端に鈍る。刀を取る手が重しのように軋む。鯉のように口を開閉し、酸素を求めて微かに喘いだ。
 ここに、あいつがいる筈がない。
 頭の中で分かっていても、劒の目はその男から離せない。男の腕がゆっくりと持ち上がり、ぴたりと劒の胸の高さで止まった。人差し指が、劒を指す。
 どくりと心臓が震えた。
 フラッシュバックする光景は、どれも一日二日で色褪せるような凡庸な過去ではない。今でも鮮やかに蘇ってみせる既知だ。
 瞬きの間に、男はその手に刀を持つ。劒に向かって構えて見せ――その首が、跳ねた。
「     」
 はくりと口を動かして、劒は何事かを呻く。刀を握っていた筈の手は、いつの間にか三の糸に変わり男の首へと延びていた。
 降りる月明りが劒を責める。広がる和の景色がいつかの縁側とリンクして、劒を過去へと追い立てる。
 視界の中に炎が閃き、過去に違和感を齎すも、ただそれだけ。劒の意識は男へ向いた。頬を、肩口を、炎が焼く。しかし、劒は動けない。
 ああ、なぜ。
 なぜ俺は、悪漢であってもヤツを名誉ある立ち合いの元に殺してやれなかったのか。
 首を掻き切られ転がる男が、自身を殺してくれさえいてくれれば。ここで死ねば、あるいは、そうだったという事実で過去が上書きされてはくれないだろうか。
 劒の想いに応じ、幻は姿を変える。首を落とされた男が再び刀を構え、劒へ向けて振りかぶる。眼前まで迫った刀を見据え、目を閉じた劒はふと思う。
 それでも。
 それでも、俺は。 


 俺は、まだ――未知を知りたい。


 無音が奔った。
 動きを止めていた劒の腕が真逆へと振り切られている。空気を振動させぬほどに正確で疾い太刀筋が既知を裂いてぴたりと止まった。
「終われ」
 翻る刀の先が鯉口に触れ、滑らかに落ちてはキンと音を立てる。
 後悔に纏われ、目を閉じた劒がゆるりと瞼を押し上げた。
「今の俺なら、お前を斬れる」
 だから、終わりはここではない。瞼の裏に過去を捨て、現在を見据え未知を求める。
 進む先に邪魔があるというのなら、華剣にて全てを斬り払おう。
「俺を斬れるのは未知だけだ」

成功 🔵​🔵​🔴​

三千院・操
『後悔』? そんなものはないよ。忘れちゃった。
時間は消費されていくんだ。前に進むためにおれは過去を消費した。
おれの後悔は骸の海の底にある。
だから──『誰も死んでなんかない』。

想起されるのは幼い頃に交わした悪魔との「契約」。
一族の死を代償に才能を手に入れたあの日。
事実を虚実にするために過去を消費したあの日。
目前に広がる幾つもの死体に、冷たい光が瞳に宿る。

「おまえ、邪魔だな」
本当は忘れてなどいない。けれど覚えたままでは進めない。
死霊術師は悪魔へと身を変え、忌まわしき鈴達へ呪詛を投げる。
「錆び付け」
その死霊(かこ)はいらないんだ。

※アドリブ歓迎




 鈴の音が響き渡る頃。
 三千院・操(ネクロフォーミュラ・f12510)の前には、幼い頃に視た悪魔がいた。パラパラとページが捲れる音が耳につく。
 操に後悔などない。いや、あったとしても、それは思った瞬間から過去になって消えていく。時間とは、消費されていくものだ。前に進むために、操は過去を消費する事を選んだ。
 だから、忘れた。
 操の後悔は、骸の海の底にある。
 抱く後悔がないのなら、抱く過去がないのなら、それは亡い事になる。亡い事実は虚実になり、起きた出来事は起こらなかった事になる。
 だから、――誰も死んでない。
「おまえ、邪魔だな」
 燈る炎は操の前で爆ぜ放たれた。軌道は多々に線を描き、不規則なそれは駆け出す操の身体に時折触れては肌を溶かした。激痛が全身を駆け抜けるが怯むことはない。
 焔の路を駆け抜け、手を差し出した先に悪魔の姿が透けて見える。
 パラララ、と音が鳴る。幻の癖に、妙にリアルに響いて舌打ちをした。眉根を顰めた操の前で、ぐぱりと悪魔の口が開いた。人間ではないそれは、人間には聞き取れないような軋みを立て、人間の言葉で語り掛ける。
 操に囁く。――事実を虚実にしたくはないかと。
 操に嘯く。――私にならそれが出来るのだと。
 ばちりと目の前が爆ぜた。炎のそれではない。かつて目にした過去の一端が、操の前で繰り広げられる。幾つもの死体の瞳に冷たい光がぼうと宿り、動かぬはずの躯が僅かに跳ねて、のたりと身体を動かした。
 生者、ではない。
 それは、死霊だ。
 まるで操の事を全て理解しているのだと語り掛けるが如く繰り広げられる人形劇に対し、操は赤い双眸を真っ直ぐに向けた。
「錆びつけ」
 この死霊(かこ)は、必要ない。
 内に渦巻く呪詛が放たれ、幻を喰らいつくした。その奥にいる狐を鈴ごと巻き込んで、呪詛は現実を呑みこみ過去にする。
 呻き声がそこらで聞こえた。
 嘆く声がそこらで聞こえた。
 方々で操の名を呼ぶ声がする。もうすでに亡いはずのそれらが、まるで生者の如く操の名をなぞっては、操に容易く呼びかける。
「骸の底で寝てな」
 それに応える操ではない。忘れた振りで、躯に目を向ける事無く呪詛を撒く。徐々に幻の声は小さくなり、眼前では現実の狐だけが苦しんでいた。
 絡みつく呪詛は幻を消し去り狐を蝕む。声なき声をひとつあげれば、狐は鈴と共に海へと去った。

成功 🔵​🔵​🔴​

月舘・夜彦
索敵の合間は忍び足を使い目立たないよう行動
敵の数や配置を確認し、先制攻撃
抜刀術『風斬』は攻撃を重視して2回攻撃
動きが素早いならば命中率を重視
敵からの攻撃は残像と見切りにて回避してカウンター

私には主がいました
彼女が亡くなる直前まで、簪のまま共に想い人を待ち続けていた
再会は叶わず、残された時が僅かだと知った時、私は想い人と同じ姿となった
彼女を憐れと偽ったのは事実
しかし片隅に、この姿ならば私を見てくれるのではないかと
烏滸がましくも自分ならば貴女を幸せに出来たのではと
人になったが故に芽生えた感情から、何も伝える事が出来なかった
私は、何も出来なかった

努力しようとも戻せない物がある
私はそれを良く知っている




 鳴り響く鈴の音と、足を止める猟兵の合間を縫って影が走る。呼応して鈴を鳴らした魑魅魍魎のひとつを背面から斬って捨てた月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)は、鳴りやまぬ鈴の音にひそり眉根に皺を寄せた。
 抜刀術『風斬』が捉えた獣は、最期の力を振り絞って鈴を放る。炎を灯らせて反撃するよりも、音を鳴らそうとする様は滑稽にも見えた。
 その意図を悟れば、夜彦は高々と宙に跳ねる黄泉の鈴に視線を遣る。再び鞘へと刀を滑らせ、その最中に抜き放った。夜彦の刀は鈴の中にある玉を確かに捉え、真っ二つに斬り別つ。
 りん、と音が鳴る。
 一匹を仕留めたとて、多々いる魍魎の音は一向に鳴りやまない。次をと踏み出した足は、それ以上進むことはなかった。
 夜彦の前に、女がいる。
「――貴女、は……」
 掠れた声は、確かに眼前の女を指していた。
 夜彦は、簪のヤドリガミだ。
 ヤドリガミとは物であり、物たる時に縁深い何某かが存在してもおかしくはない。
 最初に触れた人間は主の恋人だった。簪たる我が身を手にとり、想い人の髪に留まる姿を想像し、口元に笑みを湛えて愛しき人へと贈った。
 再会の約束。そのしるし。
 別たれた二人の片方の傍で、簪は主と定めた女と共に想い人を待ち続けた。そうしていつしか女は老婆へとなり果て、命も残りわずかとなる。
 再会は――叶わなかった。
 もうすぐ命の灯が消える。それを、長く想い人の代わりに寵愛され、芽生え始めた魂が悟った。
 初めて抱いた感情は、綺麗だと、とてもではないが言えないものだった。
 主が愛した人の姿ならば、主は自分を見てくれるのではないだろうか?
 主を置いて去った彼の者よりも、自分ならば貴女を幸せに出来たのではないだろうか?
 人になったが故に、傲慢な欲望が沸々と胸の底から湧いてでた。それは人たる夜彦の胸の内をどす黒く染め、伸ばした手は何にも触れる事無く握られた。
 何も、出来なかったのだ。
 全て主の為と言い、憐れと偽り、夜彦は自身の感情を自覚し動けなくなった。その内に、残り僅かないのちは果てた。
 微笑む女の姿を前に、夜彦は息を止めて鯉口を斬る。これは幻だと知っていても、胸中に割り切れぬものがある。
 しかし、努力しようとも戻せぬ物が、ここにある。
「私は、知っているのです」
 ――貴女がもう、戻らないことを。
 銀閃は、意味もなく微笑む女を真っ二つに斬り裂いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
死者の冒涜だ――と、死霊術士の口では言えないな。
が、相手がオブリビオンであれば、どうあれ斃すのが猟兵の仕事というものよ。

時間をかけている場合ではないな。さっさと突破するぞ。
魍魎どもに【恐怖を与え】、【輝く災厄】の餌食としてやろう!
寄ってくるものがあれば、槍で【なぎ払う】としよう。
ふはは、過去の怨念どもめ。同族にまとめて食われることだ!

敵が足を止めようとすることもあるであろう。
だが呼び起こす念が悪かったな。
大事な者が死のうとするのを前に、手を伸ばせもしなかった、足が動きもしなかった後悔を、もう一度味わう気はないのだよ!




 死者を意に操り、復讐を叶えるオブリビオン。
 死霊を呼び寄せ、世界を蝕む者達を狩る猟兵。
 そこに違いを見出すとするならば、世界が存在を許容するかどうかだけだろう。
「死者の冒涜だ――と、死霊術士の口では言えないな」
 立ち塞がった魑魅魍魎を槍で払い、一息吐いたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(世界竜・f01811)は消えた背中を見据えてぼやく。この点に関して、責め立てる事は出来やしない。
 しかし、相手はオブリビオン。
 世界の異端分子たる存在を斃すのが、猟兵たるニルズヘッグの使命だ。
 鈴を手にした獣が再び立ち塞がり、りん、と鈴を鳴らした。その音は容易くニルズヘッグの中へ沁み込み、抱く後悔の念を強制的に幻へと変え排出する。ぼうとニルズヘッグの前に現れたのは、かつてを共に過ごした大事な――。
「ふ、はっ」
 笑いが零れる。自嘲でも、悲嘆でもなく、ニルズヘッグの唇は勝気に弧を描いた。
 足を止める筈の幻はいま、ニルズヘッグの背を押した。
「呼び起こす念が悪かったな」
 同じような後悔は一度きりで充分だ。大事な者の命がこの手から零れ落ちていく様を、見るしか出来なかった過去とは違う。時の流れは残酷で、しかし、その流れを歩んできただけ人間という生物は成長する。
 手を伸ばせもしなかった。
 足が動きもしなかった。
 そんな後悔を、もう一度繰り返してやる気は欠片もない。果てしなく深いこの後悔があれば、ニルズヘッグは足を止める事なく前を向いて進める。
 後悔を糧に、未来を選ぶ。
「過去の怨念どもめ。同族にまとめて食われることだ!」
 感情というのは、思いのほか容易く操作する事が出来る。理解が及ばぬ者を、古くから生物は畏怖し続けてきた。今のニルズヘッグはまさしく未知の者であり、異端である。その造形から由来する、生物としての本能を、黄泉からの使者はその身に感じた。
 それが、ニルズヘッグの意図する通りになるとしても。
「貴様らにとっては里帰りか? ならば構うまい――地獄に落ちろ」
 ずろり、死霊の腕が伸びた。ニルズヘッグの傍らでもなく、その腕は、狐が招いた黄泉の門から這い出た。突如背後から掴まれた狐は腕から逃れようと身悶える。底の見えぬ門境に尾が埋まり、魍魎の抵抗はさらに激しくなるが、災厄がそれを是とするはずがなかった。
 りん、と鈴の音が鳴る。
「愚か者め。後悔とは、足を進める為にあるのだよ」
 最後に一鳴響かせた鈴は、主を失い地へ落ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キファ・リドレッタ
其処をどいてくれるかしら
なんて、声は出ないから水の文字を宙に綴って
頭に宿る大花の蔓は『早業』よ
悪いけれど、『金枝の罪』は負ってもらうわ

鈴の音がどうにも耳に障るわね
悔いていること、ええあるわ。たくさんね。それでも一番は怯えた事よ

まるく青白い月が浮かんでいた
抵抗なんてあってないようなものだったと思う
当然ね、凶暴化した人狼を私が押し返せる筈もない
その牙が少しでも触れれば彼は毒で死んでしまうだろうと、目の前でどろりと溶けてゆく様を想像して
そんな、自分勝手な理由で怯えたせいで、ひどく彼を傷つけた
君が恐ろしかったわけでは、なかったのに

お願いよ、邪魔をしないで
私、あの人を探さなくてはいけないの




 其処をどいてくれるかしら。
 ――なんて、声には出ないから、水の文字を宙に綴って語り掛けてはみるけれど、紺色の狐も鳴き声は出さずただりんと音を返すだけ。
 断っても絶っても後から沸いて、黄泉の鈴を揺する狐はキファ・リドレッタ(涯の旅・f12853)の前に立ち塞がった。
 りん、りん、と音が鳴る。
 澄んだ鈴の音はキファの心に容易く沁みて、沸き立つ情念でキファの視界を惑わせる。鈴の音を断たせるために差し出した手は、揺らめいた陰に触れる前に止められた。
 目の前に、彼がいる。
 声の出ない口がはくりと動いて、キファは一歩後退った。足が地につき、その瞬間――ふわりと花びらが空へと舞って、広がる景色が一変した。
 青白い花弁がひとつに集まり月となる。
 見た覚えのある過去の情景が、狐の違和感だけを微かに残して青い双眸に映し出された。
 まあるい月が、人狼の影を長く伸ばす。人狼の頭が足の下に投影されて、短く息を吸ったキファはまた一歩後退った。薄らと揺らいでいた陽炎が、キファの記憶に基づき色付いていく。視線は人狼へと釘付けになったまま動けない。
 気が付けば、視線は低く、纏う服も華奢でややに幼いものとなる。幻の、筈なのに。キファを襲う過去の現象が錯覚を起こしていた。
 ざり、と狼の足が動く。その微かな音でキファの肩はびくりと跳ねた。
 この後に、起こる事を知っている。
 ――ああ、どうして。私、傷付けたかったわけではなかったのに。
 ――ああ、ゆるして。私、君が恐ろしかったわけではなかったのに。
 色濃くそこに在る人狼が近付く度に、キファはその距離を縮めまいと竦む足を叱咤した。
 分かっている。探し人がここにはいないことを。これは、鈴の音が導く幻だということを。
 それでもなお、青の眸は人狼を捉え離せない。幻だと分かっていても、その手が、牙が、触れてしまえば恐れている事が起きてしまうのではないかと怯える心がここにある。
 忌避した未来。訪れた過去。
 膠着したまま、キファは深く長く息を吸う。騒めく心を落ち着かせ、きつく目を閉じ唇を結んだ。
「     」
 声は紡がれないけれど。
 君を見ないようにして、キファはどこかにいる君を想う事で顔をあげた。
 私、あの人を探さなくてはいけないの。
 だから、――こんな所で、立ち止まっている暇はない。

 お願いよ、邪魔をしないで。

 貫いた蔦が根源へと延び、幻想を打ち破った。

成功 🔵​🔵​🔴​

レイブル・クライツァ
早く、止めなくては。
なのにこの音は、酷く頭に響くわ

私を人とほぼ変わらない、完璧な姿に完成させる為、他の何もかもをあの人は放棄したわ。
出任せの偽りで安心させるなんて、今でも出来る気はしないのだけれども
頼っていいと言えなかった。励ます事も出来なかった。
一緒に居たのに孤独にしてしまったわ。追い詰めたのは、間違いなく私でしかない。
壊す事だけ得意にしてくれれば、割り切れていたでしょうね。欲張りな貴方

…だったら尚更、行かなくては。
愛らしくても、通せんぼをするなら巫覡載霊の舞で祓わなければいけないわ。
退いて頂戴?絶望は連鎖させてはならないのよ。
孤独を弄ぶ悪趣味を見過ごす気にならないのよ

アドリブや解釈ご自由に




 ああ、早く。
 早く、この音を止めなくては。

 なのに、どうして、足が動かない?

 レイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)はミレナリィドールである。ヒトと同じくして動くために、捧げられた知識と時間は計り知れないものがある。製造の難しさは言わずと知れて、その個体数は多くはない。
 他のなにもかもを放棄した人間がいた。
 完璧な姿に完成させるため、全てを捧げた人間がいた。
 いま、レイブルの目の前にその人がいる。
「ああ……」
 嘆息は空気に溶けて消えた。
 今ならば、出任せの偽りを並べ立てて安心させてあげられる事が出来ただろうか――否、きっと、出来やしない。
 この後悔はなお続く。あの時、どうするのが正解だったのだろうかと、幻のあの人を見つめながらレイブルは静かに目を閉じた。
 頼っていいと言えなかった。
 励ますことも出来なかった。
 一緒に居たのに、そこにあったのは孤独だったのだ。一人でいた方がまだマシに感じられるほどの、深い深い孤独だった。追い詰めたのは、――間違いなく、私。
 感情を得て、人間らしくなったからこそ感じる後悔。壊す事だけを得意にしてくれたなら、割り切れていただろうに。
「(欲張りな、貴方)」
 ひとつを求めれば、付随してまた何かが現れる。それを求めれば、次はまた違う何かを見付けてしまう。繰り返し、繰り返し。深みに嵌っていく姿を、レイブルはただ見ていることしか出来なかった。
 静寂。
 身を焼く熱は、幻ではない。狐の放った人魂の炎がレイブルの肌を焼いている。しかし、この熱すら、あの人が感じていたであろう痛みに比べたら、微かなものでしかないのだろう。
 薙刀を執る手に力が籠る。瞼を押し上げ、幻のあの人を見据え、レイブルはその双眸に光を湛えた。
「ありがとう。――さようなら」
 振り抜いた薙刀から目に見えぬ衝撃波が放たれる。幻を胴から真っ二つに斬り裂き、その奥に佇む狐を捉えた。
「尚更、行かなくてはならないの」
 愛らしい姿に惑わされる事はない。愛おしい姿に惑わされる事はない。
 孤独。
 それを弄ぶあの男は許せない。救えぬ命ではあったが、せめて、穏やかに眠る手伝いは出来るだろう。
 レイブルの薙刀は、絶望と孤独の連鎖を別つ。もう、無力な自分ではないのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

古上・薺
死人は黄泉へと送るが通り、ならばわし様が…
ん、なんじゃ…ほほぅ、ぬしらも黄泉火を扱いよるか。奇遇じゃな、わし様も今からぬしらにくれてやろうとしておったところでの!同じ質なら後は扱う力の差じゃ!我が火術にてそこな死人に手向ける黄泉華としてくれよう!
手持ちの符を触媒に術の行使、【属性攻撃】と【範囲攻撃】の技能をもって術の性能向上じゃ!
もしこちらに火の手がきてもわし様の衣装はそれぞれ火に耐性を持つゆえ余程でなければ、気に留めるまでもなかろう…たぶん
後ろの腰抜けは… 誰か守るじゃろ、うむ




 ぽ、ぽ、ぽ、と狐火が灯る。
「なんじゃなんじゃ、ぬしらも黄泉火を扱いよるか」
 次々と生まれ出でる狐火を前に、古上・薺(妖狐の戦巫女・f03595)はにまりと勝気な笑みを湛えて迎え撃った。
「奇遇じゃのぅ。わし様も今からぬしらにくれてやろうとしておったところでの!」
 眼前の狐に負けじと、薺は霊符を滑り落として手の内にした。扇のように広げた符で扇いでやれば、くくくと喉の奥で笑ってみせる。
 黄泉より出づる、焔の合戦。
 同じ質なら後は扱う力の差だ。ここからは純粋な、扱う者の力勝負となる。どちらが一枚上手か……薺の腕にかかっている。
「我が火術にて、そこな死人に手向ける黄泉華としてくれよう!」
 梵字で描かれた符を放ち、寸分違わず薺の双眸を通して力を籠める。ただ火を扱うではまだぬるい。同質なれば、薺の秘術で次の段階へと進めるべきだ。
 くゆる火の珠の内側から、極小の火種がぽっと沸く。それは既に存在していた黄泉火を喰らい、更なる焔へと昇華した。轟と火の粉を散らし、そこかしこを燃やし尽くす。周囲一帯の酸素を喰らい、まだまだぬるいとばかりに勢いを増す。
 ちりと頬が焼ける心地がした。
 それでもなお、火の繰り手なれば怯むことはない。
「ふっふっふ。わし様の火術、とくと見よ!」
 ふ、っと薺の操る炎が全て消えた。あの轟轟とした勢いが幻だったかのように、全ての焔が消失した。
 しかし、薺の笑みは変わらない。全て意図通りなのだと、たった一枚の符を構え、何気ない動作で狐へ放った。
 ただそれを受ける狐でもない。熾した黄泉火を符へぶつければ、焼き尽くさんと飲みこんで――なお、符の勢いは減衰しない。
 焼き尽くせない。
 その事実を認識し、狐は仰け反るように身を逸らす。符が触れたのは、狐の抱く鈴だった。
 瞬間。
 何が起こったのか、誰もが理解出来なかった。唯一、薺だけがその現象を把握していた。
 爆音だ。
 一度消えた焔が、鈴に触れた瞬間符から放出され空気を食んだ。符を触媒とし、黄泉に呑みこんだ炎の群れを吐き出したのだ。
 炎は、高温になると青くなるという。しかし、薺の操る炎はその域を超越していた。そこにあるは、黒紫の炎。
「黄泉より這い出し忌火をもって、我が怨敵を焼き滅ぼさんっ!」
 炎符『黒衣黄泉華』。
 そこに在った狐ごと燃ゆる炎は、消えゆく間際に華の様に咲き誇っては塵も残さず解けて消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

有栖川・夏介
※アドリブ歓迎

私刑で殺すなど、あってはならないことです。
あの男、蜻蛉の後を追わなくては。
魑魅魍魎…お前たちにかまっている暇はありません。
処刑人の剣を構えて、威嚇。

『後悔』
白いウサギ。最初のトモダチ。初めて殺したモノ。
あの時、命令に背いていれば……。
俺はトモダチを殺すことはなかったのに……。

持っていたウサギのぬいぐるみを落としてしまい、ハッとして我に返る。
いけない、気をしっかりもたなければ。
拾いあげたぬいぐるみは、今も血で汚れたまま。

剣を構えなおし【覚悟】
先ほどのようなへまはしません。
攻撃は【絶望の福音】で回避し【カウンター】攻撃。
「その技は既に見ました」




 蜻蛉は朽ちた。蜘蛛に食われてはらわたを落とした。
 彼に悪意はあったのか。そんなことは分からない。分かる事は、ただひとつ。
 私刑で殺すなど、あってはならないことだ。
 有栖川・夏介(寡黙な青年アリス・f06470)は、代々処刑を生業とする家系に生まれ、幼い頃から「何か」を処刑し続けた。形あるものから、形なきものまで様々だ。
 蜻蛉。
 孤独に耐えきれずに命を落とした男が、オブリビオンの導きに依って私刑を為そうとしている。魑魅魍魎に構っている暇など夏介にはないのだ。あの男を追い、白雲をその手にかける前に、黄泉へと送る。
 目の前のものを相手とりながらも、意識は度々逸れる――その、隙間。
 りん、りん、と音が鳴る。
 紺色の狐が揺らした鈴から濃い霧が溢れ、夏介の周りに充満した。これしきの目暗ましで怯むようなものではないが、夏介は処刑人の剣を構えて戦いに備える。
 視界の端で、何かが動いた。
 反射で剣を滑らせ向けた、その先で。
「……ッ!」
 ぴょんと跳ねた、白ウサギ。
 夏介の目の前で景色が弾けた。晴れた霧から見える風景は、いつかの自分が過ごした陽だまりの場所だ。
 
 誰と?
 ――トモダチと。

 ぐるぐると頭の中を駆け巡る想いは、夏介の剣を鈍らせた。
 あの日、命令に背いていれば、この命が現世から零れ落ちる事はなかっただろう。
 あの時、命令に従わなければ、夏介はトモダチを殺す事はなかっただろう。
 咽返る鉄の臭いは血の臭い。眼前のウサギがひょこりと身体を起こし、夏介を見上げ――首が、飛んだ。
 血が奔る。真白の身体が赤く染まり、ウサギは痙攣と共に地に転がった。ぴくぴくと動く手足は、つい数秒前まで息があった事を示している。
 ああ、ああ。
 上手に息が出来なくなる。下を向けば、血に濡れた掌が見えてひゅっと喉を詰まらせた。
 それを、救ったのは。
 と、と落ちる、汚れたウサギ。
 ハッと我に返った夏介の足元に、ウサギのぬいぐるみが落ちている。過去の情景を振り払うように、夏介は首を左右に振ってウサギのぬいぐるみを拾い上げた。今なお血で汚れたままのウサギは元の白さを失っていた。
 そう。失ったものは戻らない。
 剣を構えなおし、意識して呼吸を繰り返す。ぽうと燈った炎が再び眼前に迫る時、夏介は既に魍魎の傍にいた。
「その技は既に見ました」
 斬り捨てる。あの時と、同じように。
 もう戻れやしない道を、覚悟と共に。

成功 🔵​🔵​🔴​

カチュア・バグースノウ
後悔。あるわよ
…昔、「あたし」が「その子」を責めた
受験でね、その子だけ合格したの
「あたしたち」は小学校から高校までずっと3人でいて、仲が良かった
いいこともしたし、悪いこともして悪役で親友だった
その子は頭がとびきりよかったから、
嫉妬したのよね
『なんであんただけなのよ!』って
それから、その子は何も言わずにずっと今まであたしたちと仲良くしてくれてる


血花応報で戦う
しばらくは武器受けで防戦しーなんていう戦い方は性に合わないから、自分で血を出すわよ!
燃え盛れ!
燃やし尽くしたら気持ちいいわよね〜見た目がちょっと可愛いのがたまに傷だけど
見た目に騙されないわよ

アドリブ、共闘歓迎




 後悔。
 誰しもが正しい道を歩んでいける訳ではない以上、その身に宿る事のある感情だろう。
 時としてそれは、身体を蝕み。
 時としてそれは、後押しする。
 カチュア・バグースノウ(蒼天のドラグナー・f00628)にも、後悔という念は存在した。炎を繰り、幾度となく鈴の音を防げども、音は空気を伝って入り込む。
 まず異変を感じたのは聴覚だった。聞き馴染みのある音が届く。あれだけいた猟兵と狐の姿は一匹を残して掻き消え、鐘の音が鳴り響いた。その音は学校のチャイムに似て、カチュアの足がひとたび止まる。
 ここは、サムライエンパイア。カチュアの馴染んだ学校がある筈もないのに、瞬きをしたその瞬間に幻の校舎が眼前に広がった。
 チャイムの音がカチュアに届く。仲良し3人組はいつも一緒にここにいた。
 それは、あの日も同じだった。
「――なんで、あんただけなのよ!」
 穏やかな日差しの下で、幼い少女の声が鋭く響いた。
 聞いたことのある言葉。いや、正しく表現するならば、――言ったことの、ある言葉。声の主を辿ればそこに、確かに昔の姿がある。見開いた目が、幼き日の1ページを捉えた。
 「あたしたち」は小学校から高校までずっと3人でいて、仲良しだった。
 いいこともして、悪い事もして、どんなことでも共にした。
 受験だって一緒に受けた。次だってきっと一緒なのだと願い――現実は、そうはならなかった。
 一人だけ突出した能力。才能は、短い時の努力では覆せない。
 一時の感情だっただろう。しかし、それを止めるだけの自制は効かなくて、幼き日のカチュアは嫉妬の言葉を口にした。
 言わなければ、良かったのに。
 あの日、あの時、あの言葉を口にした、その後悔がカチュアの中で蟠る。後から気付いたってもう遅い。
 友情の形はそこから崩れて、どこか歪な形になったのだ。
 カチュアは静かに目を閉じる。幻の光景をかき乱し、言葉を上書きしたところで、現実は簡単に変わりやしない。親指の腹に歯を突きたて、ぴりとした痛みはリアルを思い出させる。
 そうだ、カチュアはいま、戦場に立っているのだ。
「燃え盛れ」
 溢れ出でた血を炎に変えて、胸中に抱く後悔をそのままに、幼き日の自分ごと炎で燃やす。あの可愛らしい見た目の割に、使う術は随分と趣味が悪いようだ。
 全部、全部、燃やし尽くしてしまおう。後悔が消える事はないけれど、今は、振り返る時ではないから。

成功 🔵​🔵​🔴​

寧宮・澪
現世にー……常世から、直接来たら、だめですよー……。
綿津見、渡って……帰り、なさいなー……。

【霞草の舞風】、使用ー……。
狙うのは、魑魅魍魎、のみ……。
【範囲攻撃】、で、一網打尽……できます、かねー。

守る人はー……【かばう】、とかでー……守りましょかー。
自分に、当たる分はー……【オーラ防御】、で、軽減したい、なー、と。

後悔、したことー……。
いつか……眠れずに、いたことー……を、思い出し、ますねー……。
もったいない、こと、でしたー……。

まあ、後悔は後悔ー……過去のもの……。
今は、今を生きましょー……。
ちっぽけな【覚悟】で、抗いたい、ですよー……。

アドリブ連携、お任せしますー……。




 ふわり、ふかり、浮かぶ寧宮・澪(澪標・f04690)は鈴の音を聞きながらかすみ草を操り揺蕩う。数々の魑魅魍魎を刻み、時に響く鈴の音に眉根を寄せて、早数分。
 黄泉の門が開かれ放たれる人魂を掻き消しては呪を交えて詩を辿った。澄んだ声が詩をなぞると共に、かすみ草が空を彩り魑魅魍魎を無に帰した。
「綿津見、渡って……帰り、なさいなー……」
 さて、その声が狐に届くはずもなく。眷属たる彼らは何度散らされようとも炎を燃やして鈴を鳴らした。
 りん、りん、と音が鳴る。
 自らの声で上書きし、無力化し続けていたその音も、数を重ねれば自らの内に積もっていく。じわじわと込み上がる感情は、あまり良いものとは言い辛かった。
 りいん、と長く音が鳴る。
 澪の耳にもその音は届き、とうとう内に宿る後悔を強く想起させる。今なお微睡み、眠りの最中に揺蕩う澪にとって、一番の後悔は眠りのこと。
 夜が好きで、眠るのが好き。そこにふかふかしたものがあるのなら、もっと好き。
 そんな澪にも、かつて眠れぬ日々があった。今を知る人が聞けば、冗談か何かかと揶揄う程に真逆の過去を秘めていた。
 比較など、するものではない。
 ある者は、手にかけた友の後悔を描き足を止めた。ある者は、主の孤独を描き口を閉ざした。彼等にとってそれが一番の後悔であるように、澪にとって、これが一番の後悔だ。
 澪の前に、澪がいる。
 眠りを拒絶し、眠れぬ日々を無為に過ごした過去がいる。
「まあ、後悔は後悔ー……過去のもの……」
 勿体無いと思う心はあれど、澪はとうに割り切っていた。眠れずにいた時間を取り戻す事は出来ないけれど、これからの時間をどう過ごすかは澪の自由だ。
 後悔は、次の時の糧になる。
 そして今は、今を生きるのだと決めている。
 ちっぽけな覚悟でさえも、こんな時には頼りになるものだ。縋る所なき者に比べ、澪はその覚悟を以て眠れぬ日々を過ごす幻を打ち破る事が出来る。
 時間稼ぎに使えないと悟れば、狐は力技に出た。黄泉の門を再び開き、地獄の炎を現世に放つ。炎に包まれ、かすみ草は火の粉に爆ぜた。
「響いてー……皆に、届きたまふー……」
 しかし、その数は多く、全てを焼き尽くすには届かない。この声が、紡ぐ詩が、誰かの後悔を掻き消すように願って、澪は謳う。
 無数に舞う花弁は宙を自在に踊り、魑魅魍魎を容易く斬り裂いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】
【アドリブ・他参加者様との絡み歓迎】

…君は白雲から、焦がれた人から歯牙に掛けられていたのなら、違う道もあったのかな

さて、後悔を見せ付けられるのは三度目か

一度目は、俺の片割れを生贄にした連中を生かしておいた事、

二度目は、腸を食い破られて泣き叫ぶ妹の顔すら忘れた自分の事、

憎み、悔いたけれども

三度繰り返す惨劇の中で思うのは…逃げておけば良かった、それだけだ

いつか受け入れられる、認めて貰える…そんな甘い考えがあの忌まわしい日に繋がったのだから

…蜻蛉、きっと周りの気持ちが戻ることを願った君を、俺は否定出来ない

けれど褪せた花は戻らない、それが道理だ

【ブラックドッグ】と共に駆けよう、先ずは狐狩りだ




 りん、と鈴の音が鳴る。
 ヴォルフガング・ディーツェ(咎狼・f09192)の胎に澄んだ音が反響し、ぐらりと視界がひどく歪んだ。沸き立つ後悔が内側からヴォルフガングを喰い始める。よろめくように一歩を踏み出せば、そこから景色が過去のものへと変わっていった。
 暗い、昏い、どこかの世界。霞んだ景色の中で、唯一煌々と月が灯った。人々の騒めく声が聞こえて、振り返ったヴォルフガングは息を止める。
 後悔を見せ付けられるのはこれが三度目。長きに渡り生きて来たヴォルフガングにとって、これが初めてではなかった。

 一度目は、片割れを生贄にした連中を生かしておいた事。

 忌みの双子として生を受けたヴォルフガングには、双子と言う通り妹がいた。魂を分け合ったきみ。かなしみも、くるしみも、全て二人で分け合った。きみさえいれば、他にはなんにも要らなかった。
 ささやかでも生きてきたふたりを襲ったのは、無情で残酷な現実だった。
 たったひとり、分け合えたきみはもういない。後にも先にもきっと、はんぶんこが出来る相手が現れる事はないと今は思う。そんな相手はきみだけだ。
 それなのに。

 二度目は、腸を食い破られて泣き叫ぶ妹の顔すら忘れた自分の事。

 数多の同族の瞳を抉り、心臓を捧げ生きて来た。全て、全て、きみのため。
 重なる日々は十に留まらず、気付けば永い年月をひとり過ごした。人間の記憶とは、時間と共に朽ち果てる。そうだとしても、忘れてはならぬ貌だのに、俺は――。
 幻の世界が歪み、見た覚えの景色がそこかしこに点在する中、ヴォルフガングの眼前には少女がいた。それが妹なのだと、漠然と感じた。
 憎み、悔いた。けれども。

 三度繰り返す惨劇の中で思うのは――逃げておけば良かった、それだけだ。

 いつか、受け入れられる。
 いつか、認めて貰える。
 そんな甘い考えが、あの忌まわしい日に繋がったのだと確信をもって言える。
 ゆるく歩み始めたヴォルフガングが顔のぼやけた少女へ手を伸ばす。頬に触れ、輪郭をなぞり、確かにこうだったと思うことすら許されぬまま手を放す。
「褪せた花は戻らない、それが道理だ」
 過去を求め、周りの気持ちが戻ることを願った蜻蛉を、ヴォルフガングは否定しない。否定、出来ない。
 けれど同時に知っていた。壊れた玩具が元通りには戻らないように、過去が現在に追いつく事はない。
「終わらせてあげよう。君が最後の路を踏み外す前に」

成功 🔵​🔵​🔴​

境・花世
黄泉も地獄も冥界も
全部海の底にあるんだろう
それできみは、何処から来たって?

薄く笑み刷いて扇を翻せば
いつの間にか隣に立つ自分の影
――ああ、“これ”もまた
骸の海に消えた筈のものだっけ

はらり散らす薄紅は、
嵐のように複数を呑み込んで
静かに春へと埋めてゆく

後悔も何も、なぁんにも憶えていやしない
故に幻など怖くはない

けれど、

初めて世界を失くしたと気付いた時
どうしてわたしは泣かなかったのか
それだけは、知りたかったよ

右目のある自分が
どこにもない場所で笑っている遠く幸福な幻は、
薄紅の嵐に浚われて消える

……あは、分かってるよ、大丈夫
海に沈むまではまだもう少し
やるべきことが、あるからね
揺れる花にそうささめいて




 黄泉も、地獄も、冥界も、全てが全て過去のもの。
 置き去りの過去は全て、骸の海の底にある筈のもの。
「それできみは、何処から来たって?」
 ぱっと手を払い扇を開けば口元を隠して境・花世(*葬・f11024)は笑む。大輪が咲き誇るその片割れには、いつの間にか佇む自分の影が映っていた。
 ――ああ、「これ」もまた、骸の海に消えた筈のものだっけ。
 薄紅の双眸が燈る影は、花世の持たぬ右眼を確かに湛えていた。
 咲き誇る薄紅がはらりと散り、不自然な風の流れに乗って舞い踊る。春の訪れにより白き景色が色付くように、薄紅が全てを埋めていく。
 りん、と鈴の音が鳴る。
 数多の猟兵を呑みこみ、その足を留めた鈴の音も、花世にとってはささやかな風情の音にしかならない。
 後悔も何も、なぁんにも憶えていやしない。
 故に過去の幻など怖くはない。
「きみ、相手が悪かったね」
 ぱちんと閉じた扇を唇に寄せれば綺麗に花世は笑んで見せる。瞳に涙を見せる事無く、空気を求めて喘ぐ事無く、花世はただそこに在った。幻に揺れる心は持ち合わせていない。
 見渡す限り、見た覚えのある世界が広がっている。どこか言いようのない懐かしささえ覚えるその場所の中で、花世は己の影を見つめながら目を細めた。
 ああ、けれど。
 初めて世界を失くしたと気付いた時、どうしてわたしは泣かなかったのか。
 それだけは、知りたかった。
 右目に薄紅の珠が埋まる自分の影が、もうこの世界のどこにもない場所で笑っている遠く幸福な幻は、花びらの薄紅に攫われ消える。花嵐が止む頃には、とうに現世に溶けてなくなった。
「……あは、分かってるよ、大丈夫」
 自らに言い聞かせるように零した言葉を反芻し、花世は再び扇を開いた。ゆらりとたおやかに、花世は扇で空を裂く。
 海に沈むまではもう少し。やるべきことが、いまにある。
 まるで意思を持つかのように揺れる花にそうささめいて幻の使者に向合う。薄紅の花弁を塵へと帰さんと黄泉の火がそこらに咲くが、花世の歩む足は止まらない。
 きみは黄泉の使者で、きみは過去。
「ここは、きみのいる場所ではないよ」
 だから帰りたまえと花世は云う。その声に応えた薄紅が舞い、立ち塞がる全ての魑魅魍魎を巻き込みさいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユハナ・ハルヴァリ
大丈夫、守ります。
男の人の側に立ち、長杖を貴石の花弁に変えて、
彼を守るように舞わせながら

……後悔。
よく知らない。まだ知らない。
だけれど確かに胸にこみ上げた昏い感情を見つめる
あれは本当に自分だったかと、何処か遠く感じて首を振る

鈴音が鳴る、鳴る
それを狙い澄まして花弁で穿って
だめだよ、それは。
きっとみんな苦しいから
止めるね。
ひとつひとつ手折るように、花弁と短刀で
男の人にも気を配り、彼に本坪鈴が向かわないよう庇う

==
●後悔
昔、魔獣に襲われ滅んだ村で
死に瀕した隣人たちを魔獣ごと殺したこと
あの日星が綺麗だったこと
忘れていた。古い映写機を覗くように思い出す
けれど何処か他人事の風
それは或いは、己を守るために。




 ふわり、ふらり、たわやかというには絢爛に、貴石の花弁が空を舞う。
「大丈夫、守ります」
 ダイヤモンドダストのように煌めく貴石の花びらはユハナ・ハルヴァリ(冱霞・f00855)と尻もちをついた男の周りでキラキラと停滞する。解けた長杖の代わりに得た自由の手のひらを、男の傍に寄り添い護るように伸ばした。
 耳に届く、鈴の音。
 ひとの心に容易く沁みて、こちらの事情など知る由もなくひとつの感情を膨張させる。
 それは、後悔。
 ユハナはその感情をよく知らない。まだ知らない。
 それなのに、胸中にこみ上げる昏い感情が確かにある。知らない筈の重たい感情を見つめて、ユハナは短く嘆息した。
 その瞬間、ふっと足が浮く心地が襲う。唐突な脱力にユハナは目を瞠り、慌てて意識を眼前の敵へと向け――そこに、何もない事に、再び瞠目した。
 りん、と鈴の音が鳴る。
 周囲を見渡せば知らない世界が広がっていた。いつの間に、と思う間もなく世界は時間を進めていく。人形劇のように、現実味のない者達が蠢く。
 見た覚えのない魔獣が、見た覚えのない人々を狙い、見た覚えのある後ろ姿がそれらを裂いた。味気ない世界に飛び散る赤。
 分からない、何も。これは誰かの幻だろうか。この男の幻だろうか。
 ちくりと刺す胸の痛みをユハナは見ないふりで見過ごして、カタカタと映画のワンシーンのように過ぎて往く光景を見つめていた。
 ――ああ、これは。
 見上げた星空の綺麗さが、ユハナのこころをひどく揺さぶる。振り返った少年の、その青い双眸の鮮やかさがユハナの記憶を抉りだす。
 それでもなお、他人事で。スクリーンの向こう側の出来事のように、関わりはないとユハナは貴石を袂へ繰った。
 りん、りん、と音が鳴る。
 その音の方へと刃を放れば、姿を消していた紺色の狐が炙り出された。それだけが、ユハナの現実だ。
「だめだよ、それは」
 きっとみんな苦しいから。
 そこに、自分は含まれないけれど。
「止めるね」
 飛びだした狐の抱く鈴へと向けて花弁を閃かせる。舞い狂う貴石の風は狙い違わず鈴を穿って、一面の星空は鈴と共に霧散した。周囲の音が再びかえり、共に地を踏みしめた仲間の姿がそこにある。
 あれは本当に自分だったかと、何処か遠く感じて首を振る。いつものように乏しい表情のまま、ユハナは次なる鈴を見る。
 どくどくと早い鼓動だけが取り残された。その意味を、ユハナはまだ知らない。

成功 🔵​🔵​🔴​

静海・終
井の中の蛙大海を知らずというやつでございますねえ
けれど蛙が大海を知ったところで海に入れば
死ぬだけなのですから知らないままでいいじゃあないですか
あぁ、ほんと、命を粗末にするなんて

おや、愛らしいですねえ
愛らしすぎて食べてしまいたい
腕を獅子に変え狐に食らいつく

後悔がチラつく
過ぎた時間、差し伸べられた手、あの人の笑った顔、あの人の、
そのまま引き込まれる前に自分の持つ槍の刃で腕に傷をつける
意識が呼び戻されれば僥倖
後悔してて何になるそれで何が救える
うるせえ、いねえ奴に縋るな
足をとめるな、それで命が救えるか
悲劇は殺せ、そして壊せ
自分を叱咤し敵を屠る

くそ痛いです、誰ですか腕を切ったのは
…声は思い出せなかったな




 彼が今まで生きてこれたのは、世界を知らずにいたからだろうか。
 早いうちに知っておけば、こんな結果が訪れる未来を回避できたのではなかろうか。
 思う所はあるけれど、静海・終(剥れた鱗・f00289)は知らぬままで良かったのではないかと思う。
「結局は、死ぬだけなのですから」
 井の中の蛙大海を知らず。けれど蛙が大海を知った所で、海に入れば途端に死への階段を駆け上がる事になる。
「あぁ、ほんと、命を粗末にするなんて」
 鈴を抱えて揺れる幼げな狐の姿に終の唇はゆるりと弧を描いた。愛らしい、と口にして。牙を剥いた獅子を嗾ける。
 辛うじて致命傷を避けた狐は、命尽きる前に自らの使命を果たすべく、高々を鈴を放り響かせた。
 耳を塞ごうともその音は人々の中へと染み渡って後悔の念を増幅させる。終もまた、例に漏れない。眉根を寄せた終の眼前、ざ、とモザイクの様に景色が霞んで姿を変えた。
 後悔がチラつく。
 戦闘音は遠ざかり、終の耳は微かな波音を捉えた。あれ、ここは――どこだっけ。
「   」
 誰かが終の名前を呼ぶ。さくりと土を踏んで進んだ、どこか懐かしさすらも覚える声の主がそこにいた。
 その人が誰か知っている。
 その人の声を知っていた。
 その人のぬくもりを知っている。
 その人の微笑む顔を知っている。
 差し伸べられた手の白さに一瞬、終は目を奪われた。この手を取れば全てが戻ってくるのではないのかと錯覚させられる。
 いつの間にか獅子は消え、終は吸い寄せられるように手を伸ばす。触れてしまえば、このまま幻に落ちてしまえば――――。

 それで一体何が救える?
 後悔してて、何になる。
 足をとめるな、いねぇ奴に縋るな、――それで命が救えるか。

 渦中にあって、終は包み隠して殺した筈の過去を想い、伸ばした自らの腕を傷付けた。手の甲を貫通するように、槍の穂先が貫いている。
 ここに、止める者は自分しかない。
 激痛が奔り息が詰まるが、引力の強い幻に抗うにはこれぐらいが丁度良い。
「ああもう煩いな」
 頭の中を鈴の音が占め、再び幻へと誘ってくる。意識が幻に呼び戻されつつあった。形振り構っている暇はない。自身の血で濡れた槍を構え、踏み込んだ足に重点を乗せて投擲する。りん、と音を鳴らした狐は鳴き声をあげぬままに解けて消えた。
 責め立てるような念が薄まる。
「(――ああ、でも。結局、声は思い出せなかったな)」
 ぼたぼたと血で地面を染めながら、未だ微かに残る幻の影に囚われながら、終はひとり立ち尽くした。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

クレム・クラウベル
その苦悩は理解する
……が、死してなお生者を脅かすなら、見逃すことは出来ない
当然唆す輩も

耳障りな鈴の音は幸い初めてではないなら
眉を顰めこそすれど踏み止まる
平然とは行かずとも、分かっていればまだ、耐えられる

一つ、一つ、ちらつく取り零してきたもの
……あぁ、まだ忘れてない。忘れやしない
顔、名前、その末路。全て
だが届かなかった無力さをどれ程後悔したとて、何にもならない
だから――今為すべきは

残る頭痛を押し殺して引き金を引き絞る
悪いな、魔祓いは得意分野だ
文化が違えども破魔の祈りはお前にも効いてくれるだろう
喧しい鈴ごと撃ち抜き強引に音を止める

あてられて動けぬ者には
援護射撃やクイックドロウ駆使し適宜支援も




 素質を見出され持て囃された。凡才と貶され蹴落とされた。
 どう転ぶか分からない世界で、誰しも明日にはそうなっているかもしれない。あるいは、気付かぬうちに自身が誰ぞやをそうしているのかもしれない。
 蜻蛉の苦悩は、理解できる。
 しかし、理解してなお、許してはならぬ事がある。
「見逃すことは出来ない、な……」
 蜻蛉に限った事ではない。それを唆す根源を断たねばなるまい。
 クレム・クラウベル(paidir・f03413)が相対した狐は幸いにも過去に一度まみえている。それを眼前の狐が知っているか、覚えているかは定かではないが関係のない事だ。
 分かるのは、自分はやや優位に立っているという事。眉を顰めこそすれど、幻に踊らされるクレムではない。分かっていれば、対処も易い。
 ぼう、と幻が現れる。鈴の音に導かれ、各々の心に沁み込んで、現世へと招かれる。
 ひとつ、ひとつ、視界に収めては見ぬふりをして意識の外へと追いやる。ちらつく取り零してたものは、この世界にいる筈もない。ましてや、もう、何処の世界を探したっている筈もない。
 忘れられたら良かったのに。そう思った事も一度や二度ではないだろう。しかし、それを自身に許すクレムではない。
「(……あぁ、まだ忘れてない。忘れやしない)」
 その顔。その名前。その末路。その全て。
 それらが刻んだ歴史を、自身の心に刻み込んでは持っていく。立ち止まってはならないのだ。
 届かなかった無力さをどれほど後悔したとて、そこから何も生まれないのだから。
 だから、そう――今為すべきは。
「そちらに行くには、やり残した事が多すぎる」
 銀の雨を降らせよう。
 未だ映る幻を、引き起こされる鈍痛を、クレムは奥歯を噛みしめる事で押し殺した。大いなる海の響きを持つ銃の引き金を絞り、祈りを込めた弾丸で脳天をぶち抜いた。
「――ああ、悪いな。祈る暇もなかったか」
 魔祓いに効く銀の弾丸は黄泉の使者を容易く溶かす。凡そ同じ類だろうと分類づけたが、どうにも効いてくれるらしい。どちらも似たようなところから、――いや、正確には同じ骸の海から訪れているのだから、違いない。世を揺るがす災厄は、凡そオブリビオンの仕業だ。
 トリガーにかけた人差し指は離さぬまま、次なる狙いを鈴へつけ、クレムは指先に力を籠める。
 魑魅魍魎との間に自身に似た顔の人間が見え、――躊躇いなく貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
嗾けて…そう、
鳴り響く鈴は囃し立てる嗤い声にも似て
澄んでいるのに
澄んでいるから
少しも悼んでいないのが、悲しい

今際に蜻蛉さんが抱いた想いは
寂寞、怒り、後悔…?

私にはひとの心がはかれない
ひとの形を以てしても
欠けたる器の意味を
知ることが叶わなかった

玲瓏と謳われた香炉に一つ、疵がある
掌に包まれて、手を離された
地に堕ちて、カツリと欠けた

手の主の眼差しの意味を
もし
知れていたなら、

然れど
浮かぶ後悔は
未来の階にもならぬこと

眸を閉じて開く
視線に揺らぎはない

命の重みである刀を
佩いた矜持を
軽々と徒爾に散らさせる訳には参りません

不意打ちや死角に備え研ぎ澄ます第六感
見切り回避
オーラで自他共に防御

流星符で捕縛し皆の援護を




 その音はひどく澄んでいて、死者の餞とするにはあまりに綺麗過ぎた。
 そこかしこから鳴り響く鈴音は囃したてる嗤い声にも似て、死者を悼む心がどこにも見えない。涙を流すでもなく、黄泉からの使者は自らの主を呼ぶ為だけに鈴を鳴らす。
 それが、どうしようもなく悲しい。
「蜻蛉さん……あなたは一体、何を想っていったのでしょう」
 今際に抱いた想いは、果たしてどんな色をしていたのだろうか。
 寂寞? 怒り? 後悔……?
 青磁香炉たる都槻・綾(夜宵の森・f01786)にはひとの心がはかれない。そういう感情があるという事を知ってはいるが、実際にそういった状況に陥った人間が抱く感情を想像する事は出来ない。ひとの形を以てしても、その本質は物なのだ。
 人を真似て、魂を得て今がある。
 しかし、それでもなお、――欠けたる器の意味を知ることが叶わなかった。
 玲瓏と謳われた香炉に一つ、疵がある。
 鈴の音に導かれるように、綾がふと想いに耽れば眼前の景色が風と共に移り変わる。物だった頃にあった場所。あまりに見慣れた風景。
 噂に違わぬ香炉は煌々とそこにあった。その煌きがややに翳る。傍に立った誰ぞやが影を落とし香炉を手にした。
「      」
 香炉を包み、持ち上げた手のひらの主はなんと言っただろうか。空気の動きを感じれど、その頃の綾には届かぬ音で何事かを囁いた。
 瞬間、掌から零れ落ちる。
 重力満ちるこの世界で支えを失った物は落ちる。今ひとたび奇跡が起こる筈もなく、玲瓏たる香炉は真っ逆さまに落っこちてカツリと欠けた。
 逆光の中で見えた、手の主。
 引き結んだ唇は何かを告げる事もなく、ただただ真っ直ぐに香炉を見ていた。
 綾は想う。その意味を、もし、知れていたなら――。
 それは、後悔。鈴の音が導く幻の情景。今いる幻の表情を理解出来たとて、決してあの日の眼差しの意味を知れる訳ではないのに、もし、と願う心が確かに片隅にあった。
 静かに息を吸い、眸を閉じて、ゆるりと開く。
 ここにあるは綾の幻。浮かぶ後悔は未来の階にもならぬこと。立ち止まってはいけないのだ。それは積み重ねてきた数々を徒爾に帰すことに変わりない。
 嫌に響く鈴の音目掛けて符を放つ。ふるりふら、たゆたう狐がぱちりと爆ぜて符に捕らわれた。
「私は、知りたい。けれど――今では、ないから」
 いつか、分かる日が来るだろうか。霞み消えゆく香炉を、目を逸らすことなく見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
(後悔)
……
生温かい血に染まる両手を見詰めて立ち尽くしている
目の前で死に行く男と、尚生きている自分にどうしようもない渇望が沸いて
自分の全てだったものといっそここで諸共に死にたいと
そう思うのに、
私を生かした男の口から血と共に溢れる言葉が、呪いのように私を引き留めて

冷たいからだから伝わる温度に、いっそう死ねなかった後悔が強く押し寄せて、……


……ああ、くそ、まったく。あれを後悔してない日なんて無いくせに。今更ちょっと幻を見たくらいで立ち止まるなんて、様は無い。

幻を振り切るように杭で腕を掻き切って、列列椿を。
銃で撃ち抜き、血の杭で叩き壊す。近付いてきたなら蹴り飛ばす。
茶番は終いだ。




 りん、と澄んだ音が鳴る。
 数々の猟兵が足を止め、様々に狼狽える姿を見て芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は成程、とひとつ合点した。
 さて眼前の狐も似た様に仕掛けてくるのだろう。炎を放つ事もなく、自らの体程もある大きな鈴をりん、りん、と揺すっている。
 変化は、直後に起きた。
 頬を撫でる風が冷たい。耐えられぬ程の豪風が吹き抜け、有は思わず腕で顔を覆う。
「ああもう、なんだって言うん……」
 言葉は一陣の風に呑まれて消えた。降ろした腕に、いつの間にか赤い何かが伝っている。
 ――いや、それが何かを、有は瞬時に理解した。
 生温かい血に染まる両手があった。今この瞬間、何ものも手にかけていない筈の有の両手は真っ赤に染まっていた。
 え、と短く声が漏れる。
 あれだけ鳴っていた鈴の音が掻き消え、周囲の猟兵が掻き消え、有は世界に一人取り残された。見渡す限りの風景も、どこか別世界に放り出されたかのように移り変わっている。
 耳に、呻き声が聞こえた。
 振り返り、有は目を瞠る。転がる男の姿は有のよく知る人物だった。
 ここに、いるはずがないのに。もう、いるはずがないのに。
 誰よりもそれは有が理解している。それなのに、眼前に広がる光景を認識した瞬間に思考が麻痺した。
 一歩、二歩、近付いて。膝をついて男の傍に寄り添う。幻とは思えないほどの現実を認めれば認めるほどに、リアルに有を引きこんだ。触れた肌は冷たく、指先を伝って身体を冷やす。
「         」
 目の前で死に行く男が、血と共に言葉を綴った。男の双眸は有を捉えて離さない。有もまた、その視線から目を逸らせずにいた。
 だって、これは、自分の全てだ。世界から零れ落ちようとしている男が、自分の全てだったのだ。
 共に死ねたら良かったのに。
 男の口から溢れた、呪いにも似たねがいの言葉が有を引き留めた。ぬめりとしたどす黒い血が時間と共に固まっていく。硬直していく身体はとうに冷たくなっていた。
 それを理解するたびに、いっそう死ねなかった後悔が強く押し寄せて――。
「……ああ、くそ」
 悪態を吐いた。
 頭を振り、有は杭を生み出し腕に突き立てる。走る激痛が幻に呑みこまれんとしていた意識をややに浮上させた。
 なおも幻に傾きかける意識を叱咤し、眼前に迫る焔を振り払い、腕を焼かれながら有は身体を起こす。幻で作られた、この世にはもう存在しない男の影を踏み潰し、悪趣味な幻を見せた狐を銃弾が貫いた。
「よくもやってくれたな。茶番は、終いだ」
 今なお男の血で濡れた手で杭を握りしめ、狐目掛けて情け容赦なく振り下ろした。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

ユーゴ・アッシュフィールド
■リリヤ(f10892)と

ああ、そうだな。
まずは、目の前の事からだ。

俺は【絶風】で戦おう。
特に捻った事はしない、丁寧に敵を片づけるだけだ。
隙や死角からの敵は、リリヤに任せる。

燃える城下、舞う血飛沫に、下卑た笑い声。
判断を誤った、間に合わなかった、何もかも灰となった。
怒りに任せて、侵略者の何もかもを灰にしてやった。
誰も残らなかった、孤独だけがそこにあった。

あの時の事を忘れた事も、後悔しなかった日も無い。
ずっと足取りは重く、生きている意味が分からなかった。

――少し前までの話だ。
今は俺を呼んでくれるこいつのおかげで、後悔を振り切って歩いている。

……大丈夫だ、リリヤ。
あと一息だ、こいつらを片づけよう。


リリヤ・ベル
■ユーゴさま(f10891)と

はじめてのせかいは気になります、けれど。
まずは、めのまえのことから。

【ジャッジメント・クルセイド】で、ユーゴさまの援護をするように。
不意をうたれないよう、まわりにも注意いたしましょう。

後悔は、ひとつ。
手のとどかなかったこと、知れなかったこと、が。
……――父さまと母さまを、おふたりだけで、いかせてしまったことを。
いまも。これからも。きっと、ずっと、こころの底で、

――いえ。いいえ。いまは、それよりも。

ユーゴさま、ユーゴさま。
わたくしがいます。ここにいます。
あなたに助けられたから、いるのです。

はい。
だいじょうぶなら、よいのです。
ゆきましょう、ユーゴさま。




 はじめてのせかい。はじめてのけしき。
 気になる事は沢山あるけれど、とリリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)は彷徨わせた視線を前へと向ける。まずは目の前の事から片付けねば、何も始まらない。
 少女の思いを察したユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)はひとつ頷き、隣に立つように歩を進めた。
 立ち塞がる獣は多々に散ばり、鈴を鳴らしては炎を咲かせる。鈴の音は大分収まったようにも思うが、未だにユーゴとリリヤのこころをじわりと蝕んだ。積もり積もって、込み上げる昏い感情は二人を揺さぶる。
 剣を構えたユーゴが踏み込み、ふらふらと宙を逃げ惑う狐を捉えては斬り裂いた。捻った事はしない。鍛え上げた剣技があれば、どんなものだって切断できる。ひとつひとつ丁寧に、討ち漏らしなく絶やしていく。
 その陰を支えるのはリリヤだ。背中をお守する役目を得たリリヤは、ユーゴが不意を打たれぬように死角からの敵を討つ。自身もまた、不意打ちされぬようにと注意しながら立ち回った。
 そこへ、りん、と音が鳴る。
 吹き荒ぶ風は花びらを運び、ユーゴとリリヤの視界を塞いだ。

「……、ユーゴさま」
 確りとその背を見ていた筈なのに。先まであった頼もしい背中は花びらの向こう側に解けて消え、リリヤはひとり、取り残された。
 ちくりと胸を刺す蟠り。
 込み上げた後悔が膨れ上がり、リリヤの心を僅か侵した。
 手の届かなかったこと。知れなかったこと。
 そして、そう。
 いつかの日を思い出して、リリヤはきゅっと目を閉じる。再び覚悟と共に開いたその目には、自分よりもずっと大きいふたりが佇んでいた。
 二人は寄り添い、歩み出す。足の動かぬリリヤを置いて、たった二人で消えていく。
 リリヤの後悔。それは、父さまと母さまを、ふたりだけで、いかせてしまったこと。
 いまも、過去も、この先も。どんなに日々を重ねようとも、ずっとこころの底で想う事だろう。
 息を吐く。震える手を自覚して、誤魔化すようにきつく手を握った。今は、立ち止まっている場合じゃない。リリヤの隣は空白じゃない。
 探さなければ、あの人を。
「ユーゴさま。わたくしは、ここにいます」

 声は未だ。

 ユーゴの足元を、劫火が舐めた。数歩下がったその足は、いつしか土ではなく床を踏んだ。
 燃えている。何処が、なんてユーゴには考える必要もない。記憶の中に鎮座する光景が眼前に広がっていたのだから。
 自らの足はそれ以上動いていないのに、景色は移り変わっていく。まるで誰かの視点をそのまま見ているかのように、通路を駆け抜けていた。
 幻が鮮烈になっていく過程で、ユーゴはその視点が誰かを悟る。いや、最初からそうと気付いていた。気付かないふりをしていたかった。
 舞う血飛沫に、下卑た笑い声。窓からは燃ゆる城下が窺えた。
「     」
 灰に崩れゆく城内を駆け、その幻の主は声をあげた。聞き慣れた声は、紡がれた言葉は、ユーゴの心臓を鷲掴む。どう考えたって、それは、自分だ。
 自覚した途端に、ぱっと全てが消失する。無音の世界で、全てが終わった後の光景が広がっている。誰も、何も、残らなかった。ただ唯一、孤独だけが取り残された。
 あの時の事を忘れた事も、後悔しなかった日も、ありやしない。足取りは重く、生きている意味を見いだせない日々の中で、ユーゴは無為に命を消費した。
 一番の後悔は変わらない。
 けれど、今は、ただそれだけではないから。
「――リリヤ」

 そうして二人はリンクする。

「――……さま、ユーゴさま」
「リリヤ」
 何もない空間で、声が幻を切り裂いた。
 後悔に苛まれ、歩みを止めたユーゴを呼んだ少女。名を呼ぶこの声があるから、ユーゴはまた、過去を振り切って歩いて行ける。
 帰らぬ失い者を待ち、朽ちるだけだった幼きリリヤ。リリヤの手を掴んだのは、彼の温かな手のひらだった。頼もしい大きな背中があるから、リリヤはまだ、ここにいられる。
「大丈夫だ、リリヤ」
 告げる声に迷いはなく。
「はい。ゆきましょう、ユーゴさま」
 応える声に揺らぎなく。
 二人は再び背を預け、幻を齎した魑魅魍魎へと刃を向けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

パーム・アンテルシオ
裏切り。劣等感。先の見えない暗闇。
…辛かっただろうね。
私には、慰めてあげる事も、その無念を晴らす事もできないけど。
ただ、終わらせる事はできる。その為に来たんだ。

…と、そうだった。最初はあなた達が相手なんだったね。
加減をするつもりは無いから、大人しくやられてくれると嬉しいな、なんて。


私が殺した。
誰を?みんなを。
違う。違わない。
みんな死んだんだ。その事実に変わりはない。
私がアレに触れたから。
私が決まりを守らなかったから。
だから、みんな死んだ。
私が、アレに触れなかったなら…
言いつけを、守っていたのなら…


っ…ユーベルコード…山茶火!
握り潰せ…灰になれ!
…わかってる事を、いちいち何度も言わないでよ。




 消えた背中を見据え、パーム・アンテルシオ(桃色無双・f06758)は静かに目を閉じる。
「……辛かっただろうね」
 蜻蛉が歩み、決断した道。慰めの言葉をかけたところで、その命はとうに失われ意味もない。彼が抱えた無念を晴らしてあげる事は、彼の男がまさに成し遂げようとしている事で――それは、認められない。
 だから、終わらせるためにここに来た。それが、パームに出来る唯一の事。
 ふわり、鈴を腕に抱いた狐が降りる。
「加減をするつもりは無いから、大人しくやられてくれると嬉しいな」
 なんて、紺色の狐へと手を伸ばすパーム。その耳に、りん、と鈴の音が届いた。
 瞬間、視界の端から炎が舞い踊る。パームが生み出した炎ではない。さりとて、パームを狙う訳でもなく辺り一面を焼き尽くした。一体何がと思う間もなく、パームは自分を示す指先を見た。
 それは、一本ではない。それらは、全てパームを指差し止まっていた。
「な、に……っ?」
 お前が、殺した。
 ぼうと光る微かな赤色。二揃えのそれは、何者かの双眸だ。
 ――誰を?
「ッ!」
 何も発していない筈なのに、パームの声がどこかから響く。右を見れば、指差す人差し指があり。左を見れば、パームを見つめる昏い双眸が光っている。
 これは、なに。
 現状を把握する間もなく、声は反響してパームに届いた。不可解なさざめきを背景音に、責め立てる声は止まらない。
 誰が殺した? お前が殺した。
 誰を殺した? みんなを殺した。
「ちがう」
 違わない。
「ちがう、違う違う!」
 みんな死んだ。その事実に変わりはない。
 お前が、お前が、囁く声にパームは思わず耳を塞ぐ。どくどくと鳴り止まない心臓が煩い。
 そうだ、だって――。
 私が、アレに触れたから。
 私が、決まりを守らなかったから。

 ――だから、みんな死んだ。

 浅い呼吸を繰り返し、パームは頭に響く声を聞く。
「私が、私が……」
 見開いた瞳が後悔に揺れる。蹲ってしまいそうな重圧の中で、辛うじて息を吸い込んだ。いつもならば、声に出さずとも紡げる炎。しかし、今は、いつも以上に意識しなければ打ち破る事すら難しかった。
 短く息を吐くと共に、空気を振動させる。
「……っ、ユーベルコード……山茶火!」
 幻の指先を呑みこむように、見えない炎の腕がパームの眼前を横切っていく。常ながらの精密は欠け、凡そ当たれば幸いとばかりに腕を振るった。
「握り潰せ……灰になれ! 分かってる事を、いちいち何度も言わないでよ!」
 荒れ狂う炎は幻を喰らう。肩でなんとか呼吸をして、パームはきつく狐を睨んだ。炎の腕はその一点へと収束し、幻へ終止符を打つ。
 一度開いた唇は、何かを紡ぐ事なく閉じられた。

苦戦 🔵​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『『刻命』の阿頼耶識』

POW   :    私は今、『禁忌の果て』に至る
対象の攻撃を軽減する【半人半獣の戦闘形態】に変身しつつ、【蒼炎を纏った矢】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
SPD   :    『刻命』よ、力の一端を開放しなさい
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【仮初の命を与えた絶対服従の傀儡】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
WIZ   :    では…切り札といきましょう
自身が戦闘で瀕死になると【自身と全く同じ姿をした2体の分身】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はセリオン・アーヴニルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 狐火を千々に散らした先、眷属はとうに敗れ、猟兵達の前に道が開けた。
 これで邪魔が入る事はないだろう。彼の男は蜻蛉を連れ、自ら逃げ場のない屋内へと進んでいった。討ちとるチャンスは、今しかない。
 長き廊下を突き進み、猟兵達は扉を開ける。スライド式のドアの先、追い詰められた人間たちと、その前に立つ青髪の男が見えた。男の影に重なるようにして刀を手にとる蜻蛉の姿がある。
「な、あ、なんですかあなた達は……!」
 眉を八の字に下げ、悲鳴を上げる男が一人。困惑の表情をしたままの部下たる男の後ろに隠れ、素っ頓狂な声出したその彼が、白雲だ。事前の情報はなかったにしろ、ぴたりと蜻蛉の刀の先がそこへと向けられているものだから、推察するのも容易かった。
「ほう……間に合いますか」
 感心、といったように男が振り向き一言零す。優雅に弧を描いた唇は、言葉に無くとも面白いと物語っていた。
「ならば私がお相手しましょう。一人残さず、傀儡となりなさい」
 蜻蛉の刃は白雲へと向けられたまま。青き男――阿頼耶識の意識は猟兵へと向けられた。
 一般人たちの生死に関して、グリモア猟兵からの言及はなかった。つまり、それは、生死を問わぬという事だ。
 どう動くかは各々次第。考え、行動し、――最善を尽くすべく、猟兵達は踏み入った。
三千院・操
★真の姿
その姿は死霊の王。
頭に抱くのは闇の王冠。身に纏うのは死の衣。骸骨の玉座に座り、指を上げれば死が蠢く。

◎◎◎
『刻命』の阿頼耶識じゃん! きみとは1回戦ってみたかったんだよね!
あは! その弓と俺の『才能』と、どっちが強いのかな?
きみの持ってる弓はとーっても興味深い! ソレ、頂戴よ!

呼び出すのは『蝿の王』!
蒼炎の矢を撃たれるならそれを腐敗させるし、傀儡を向けて来るなら眷属の魔虫で食い荒らす!
分身されたら蝿の王に適当に戦わせて、その隙におれは『The Healer』で背後から騙し討ち!

出来そうだったら不意をついて刻命を盗みたいな……。
もし駄目だったら腐敗の呪詛をお見舞いしちゃお!!


有栖川・夏介
※アドリブ歓迎

この青い男が、蜻蛉を…死者を操っているのですね?
優先すべきはこの男を倒すこと……なのでしょうけれど、私はこの場の死者を増やさないことを第一に考えます。
……相手の戦力も増やしたくないですし。

青い男に剣を向けつつも、意識は周りにむける。
青い男に対して【フェイント】攻撃を仕掛け、相手が隙を見せたら青い男の間合いから離れ、蜻蛉と一般人の間に割って入る。
「蜻蛉、そこまでです」
この場にいる一般人は、誰一人として死なせはしません。
敵の一般人への攻撃はこちらで【かばう】で対処します。




 猟兵達へと向き合った男へ剣を向けながら、夏介は周りへと意識を張り巡らす。
 この青い男が蜻蛉を操っているのは状況から見てそうに違いないだろう。そして、蜻蛉を操っているということは、即ち、死者を操る能力を持つということだ。
 ここで優先すべきことは、この男を斃すこと。それは事前の説明にもあった。
「(だとしても、私は、)」
 奥で震える蜻蛉の同僚たち。ざっと見て、十名ほどか。全てを護るには、他の猟兵の協力が不可欠に思えた。それが、護りに重きを置いた者でも、攻めに重きを置いた者でも構わない。
 壁は厚い方がいい。夏介がフォローできぬ隙を、もう一人が塞いでくれるなら犠牲を増やす事はないだろう。
 槍は多い方がいい。男の意識を猟兵へと向け、こちらに手出しをさせぬようにしてくれるのなら。
 戦力増加の懸念も踏まえれば、夏介の選択は間違ってはいなかった。ちらりと背後を見やれば、男をガン見する仲間の姿がそこにある。
「お、あんた! 『刻命』の阿頼耶識じゃん!」
 幾度と訪れるオブリビオンは、全く同じ姿で全く同じ性質を持った者が一時の間に複数現れる事もある。
 故に、操もそれがどういったオブリビオンであったかを知っていた。
「あは! その弓と俺の『才能』、どっちが強いのかな?」
 楽し気に笑い声をあげた操の躰から、じわりと死臭が溢れ出す。首から上ががくがくと歪に揺れ動き、肩口に一閃血が奔った。
 ぶわりと血飛沫の霧が舞い、意思を持って何某かの形を作る。紅き衣をその身に纏い、操の足が僅かに浮いた。硬質な音が其処らから鳴り響き、骸骨の王座が組み上がる。
 操は躊躇いもなく、その玉座に腰かけた。当然だ――この玉座は、自身の戴。頭に闇の王冠を乗せ、口の端を釣り上げた操は今、死霊の王と化していた。
 肘掛けに頬杖をつき、退屈そうに動かした指先がとんと小さな音を立てる。
 屈服せよ。招来せよ。王の名を以て、吾に命ずる。
 蟲の羽搏く音がする。断続的に続く振動音は徐々に膨らみ、そこにいた多くの鼓膜を強く打った。
 蠅の王『ベルゼブブ』。
 ぎょろりと動いた複眼が、その全てに男を映して飛び荒ぶ。
 男の意識が、蠅の王へと向いた。
 夏介が飛び出す。より大きな悪魔を視線誘導に使い、男の腱を狙って剣を滑らせた。赤き瞳に力を宿し、阿頼耶識がどう動くかを予測する。切り裂ければ僥倖、本当に夏介が狙ったものはまた別にある。
 そう、この攻撃もまた誘導なのだ。フェイントを仕掛けた先に、夏介は意図通りに蜻蛉の前に滑り込む。
 軽々と避けたみせた阿頼耶識は僅か目を細めた。一撃を退けた際に、猟兵、自身、生贄どもの三点の三角形が絶妙に崩れたのだ。阿頼耶識が手を伸ばすにはやや遠い。夏介がそこに滑りこむ方がやや早い。
「蜻蛉、そこまでです」
 震える人々の前で剣を向ける。この場にいる誰一人として、夏介は死なせるつもりはなかった。
 声につられ、男の視線はそちらへ流れる。
「あっれー、余所見? 余裕じゃん、イイの?」
 その横っ腹から操が嗤う。
 死の衣を置き去りに、気付けば男へとゼロ距離に詰め寄った操が鎌を振る。髑髏の口から延びる歯の刃は、男の脇腹を攫って血の後を引いた。狙った弓は未だ阿頼耶識の手の内にある。
「ふ、少しは動けるようだ」
 傷痕に蒼い炎がくすぶり、徐々にその傷を癒していく。弓に番えた矢を引き絞り、阿頼耶識が操目掛けて炎を放った。
「ンだよケチだなー。ソレ、頂戴よ!」
「おまえには過ぎた物だ、弁えなさい」
 操の眼前まで迫った矢は、たちまち溶けて地に墜ちる。燻る焔を踏み付けて、ベルゼブブを仕えた操が肩を竦めた。

 ――張り詰めた緊張の糸がぷつりと切れる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

月舘・夜彦
貴方に恨みは無く、その刃を向ける者も向けられた者も知らず
それでも止めなければならないと思うのは、見極めるものがあるからこそ
この世に残した未練が、彼の者への復讐というのは本当であるのか
それとも全てを諦め、命さえも手放してしまったが故の後悔か

先制攻撃により敵が仕掛けるよりも先に此方から
2回攻撃にて手数を増やし、攻撃を与えていく
敵からの攻撃は見切り・残像により躱し、その隙よりカウンター
抜刀術『風斬』は基本攻撃重視、躱され易い時は命中率重視
分身した時には命中率重視、2回攻撃の併せで迅速に処理

先程見せられたのは過去の後悔の残滓
……あの頃に戻れたのなら、と
ならば、蘇った者も何ら後悔があるのでしょう




 再び番えた矢が放たれる前に夜彦はその距離を一瞬で詰めた。鯉口を切った鞘を手に、もう片手には刀を収めて抜刀する。
 一度目は、浅かった。
 刀の先が男の胸をややに斬り裂き下がらせる。半妖となった阿頼耶識の身体能力は猟兵に勝るとも劣らない。反射神経は高く、夜彦の神速の抜刀術にも対応してみせた。
 しかし、これは、一度目だ。
 手首を捻り、刃を返す。力を入れづらい体勢ではあるが関係ない。そのための力は此処に在る。
 更に一歩踏み込んだ。阿頼耶識との距離は、詰め寄ったその時と変わらない。
 男の眉根が寄せられる。夜彦の意図を察して弓での受け流しを試みるが、その行動よりも速く夜彦の刃が駆け抜けた。
 二度目は、より深く。
 十字を切るように奔った刀が阿頼耶識の肌を裂く。一見無傷に見えようとも、斬れた着物はその端からじわりと朱に染まっていく。
「やってくれましたね……」
 傷を負うつもりなど、欠片もなかった。自分は彼らを見縊っていたのだと、阿頼耶識はようやく自覚した。
 三度、踏み込む夜彦の前。
 横入る影は身を擲って、夜彦の刀が瞬時に止まる。刹那、その陰が夜彦目掛けて刀を振るった。
 人の形の影なれど、それは疾うに死人である。
 躊躇いの理由は未だ残る蜻蛉の友。続き突入した猟兵達の加護あれど、惑う複数名は何をしでかすか分からない。
 それに――彼らはまだ、知らない。
 蜻蛉が、既に亡き者であるという事を。
 夜彦の手前、光の灯さぬ瞳が藍色を映す。
 蜻蛉に恨みは無く、その刃を向ける者も向けられた者も知らず、――それでもなお止めなければならぬと思うのは、夜彦の中に見極めるものがあるからこそ。
「いま一度問いましょう」
 この刃を以て、その本心を。
 傀儡の蜻蛉が応えられるとは限らない。しかし、夜彦には問わずにはいられなかった。もしこれで答えが得られるのならばと願ってしまう。
 これは、復讐なのか。それとも、後悔なのか。
 人が想う終焉の心を、その答えを、なおも夜彦は求めずにはいられなかったのだ。
 答えは――未だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

寧宮・澪
蜻蛉さん、逃げて、良かったんですよー……手のひら簡単に返して、責め立てる、どうしようもない人たちから離れて、別の居場所探して。
貴方じゃない、から、言えることですがー……。
まあ、もう遅い、ですねー……。
今の貴方の、居場所たる常世に、お帰りなさい、なー……阿頼耶識、と、一緒にー……。

Resonance、使用。
オブリビオン、倒して、綿津見に帰しましょー……。
傷、癒やしますよー……。
死者に、安寧をー……。
【鼓舞】、【祈り】込めて、【歌唱】ー……。

一般人は、【かばう】ようにー【拠点防御】、しましょー……。
殺されそう、になったら……【オーラ防御】しつつ、かばいたいですよー……自分が、死なない程度に。


古上・薺
ふっふっふ!追い詰めたぞ!ぬしもこれにて年貢の納め時じゃぁ!・・・と活劇物宜しく啖呵を切れればよいのじゃが…むぅ、いかんせん逃げ場のないこの状況であやつの余裕が妙に気になるのじゃ…それにあの死人、未だに獲物を狙っておるしの あまり油断して当たるわけにはいかんのじゃ
さて、あの青髪が反魂の術者とするならば死人のほうをを止めんと駒が増えることになりそうじゃな
で、あれば「フェイント」「恐怖を与える」の技能を用いて「虚焔」をさも当てるかのごとく撃ち出し、腰抜け共の前に陣を張って守りに向かうかの…陣内ならばわし様も傀儡相手には遅れは取らなくなりそうじゃからな、可能ならば更に陣を増やすのも良いかもしれん




 とてとてと、攻め立てる仲間の裏で澪が固まる人達の所へ近づいて。
「よいしょー……」
 ぱち、と電気が奔った小さな箱。独自の技術体系を確立した澪は、身を寄せれば全員が収まれる程度のサイズではあるが、その一瞬で小さな拠点を作り上げた。
 中へ入るよう誘導すれば、さっさと皆を置いて入ってしまう白雲らしき男が目に留まった。
 こんな、手のひら返して蜻蛉を追い詰めた人達を護るなんて、と澪はとろりと眠たげに落とされる瞳で彼らを見据える。
 逃げたら、良かったのに。
 こんなにもどうしようもない人から、その人をちやほやする周りから、そうっと離れ別の居場所を探せば良かったのに。
「貴方じゃない、から、言えることですがー……」
 ぽつりと零した声を聞き、白雲が澪をじっと見る。
 その視線に応えてやる義理はない。ふいと顔を逸らして、澪は刀を構える蜻蛉を見た。
 首に、赤い痕がある。
「もう遅い、ですねー……」
 縫合痕は見当たらない。阿頼耶識の能力でただくっつけただけなのだろう。その力が途切れたら、ごとりと首が落ちて黄泉に戻る時が来る。
 ここは、蜻蛉のいる場所じゃない。
 貴方の居場所は、もうここには存在しない。
「常世に、お帰りなさい、なー……」
『そうじゃ、ぬしもこれにて年貢の納め時じゃぁ!』
 ――なんて、啖呵を切れれば良いのだが。
「……」
 じいと男の様子を窺い、薺は珍しく無言でいた。これが一対一で堂々と斬り結ぶだけであれば良いものを、今は庇護下に置かれているとはいえ常人が戦場にいる状況だ。
 逃げ場のないこの状況で、妙な余裕。先ほどややに焦りを見せたが、再び笑みを湛えた男は油断も隙もありやしない。
 それに、どうにもあれは未だに傀儡を増やさんと狙っているように見える。
 そして、その手駒が眼下にひとつ。澪が気にするその駒が、どう動くのかも気にかけねばならない。
 ぽっと虚焔がさざめいて、薺の周りを取り囲む。その内のいくつかは足元に落とし、悟らせまいと声をあげた。
「さぁわし様のとっておきじゃ! 惑うがよいぞっ!」
 声につられ、阿頼耶識の意識が周囲全てから薺へ傾倒する。今の仕込みを見られる前に焔と共に駆け出した。
 一点は、腰抜け共の拠点の前に。
 青の男と蜻蛉に放った二つの焔は直線的でこちらは容易く躱される。――そこも、計画通り。飛び去った焔はそれぞれ床を燃やしてぽっと陣を形成する。これで、二点。
 床を踏み、書類をばら撒いて薺が角度を変えて焔を放つ。その際に、自身の足元にも火弾を放った。更に一点。
 躱すか当たるかの焔を前に、どちらを選ぶかなんてわかりきっていて。
「一体、何を……」
 蜻蛉の頬を焼いただけの最後の虚焔が床へとぶち当たる。最後の、一点。
 訝し気に見やる阿頼耶識に、薺はにまりと口の端をあげた。
「わし様をただの狐と嘲るか? ――否、至高たるぞ!」
 虚焔が描く、炎の陣。見事な五芒星を描いたそれは、単体の強化陣よりも更に強くリンクして、薺に沸き立つ力を与える。
 ひとつならば、微かなもの。傀儡相手ならば遅れは取らぬ自信はあるが、阿頼耶識相手ならばやや危うい。
 なれば、どうする? 答えは、簡単だ。
 複数の虚焔を組み合わせて、より強力な陣を作り上げる。
 即席のそれは思った以上に効果を発揮し、薺の腹の底から沸々と熱が込み上げた。生み出した虚焔はより猛々しく荒れ狂い、骸を呑まんと頬を照らす。
 視線を隅から隅まで移動させた阿頼耶識が舌打ちする。
 その傍で、ら、ら、ら、と澪が詩を奏でた。
 それは共感する人全てを癒し、背中を押すレゾナンスソング。抱く想いは皆同じ筈。
「死者に、安寧をー……」
 命弄ぶオブリビオンを許してはならない。
 彷徨う命を綿津見へ。
 室内という狭い空間だからこそ、澪の歌は部屋いっぱいに響いて反響する。どこにいても、その歌声は胸に届いた。
「なるほど、おまえたちの庭という訳ですか」
 戦場は調えられた。どちらが狩人となるのかは、彼女ら自身に掛かっている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

都槻・綾

声を掛け合い連携
即座に一般人の数や敵との距離感を図り戦況把握
第六感を研ぎ澄ませ敵挙動を見切る

間に割り込む間が無ければ
白雲達の避難路と時間を作るべく
先制攻撃、二回攻撃を駆使して放つ七縛符で
敵二人を捕縛
二兎追えずと見て取れた際は蜻蛉を捕縛

敵の気を惹く為に
目を逸らさず見据えつつ

怯える人達へは常の口調で穏やかに
糸遊ですよ――カゲロウ
月影の幻惑です
御逃げなさい

部下の後ろに隠れる白雲
「やや」に追い詰められた蜻蛉には
どのように映ったか
せめて
蜻蛉の侍の志と矜持を穢さぬよう
誰も殺めさせたくない
私が護り抜くのは白雲達と、蜻蛉の誇り

阿頼耶識討伐の手も必要なら
水の鳥葬で蒼焔の鎮火

武士の矜持を踏み躙る愚行を悔いて散れ


境・花世
終えた恨みを操ったって
何も晴れない、意味がない
わかっててそういうの――
趣味が、悪いよ

顔を顰めて早業で駆ける戦場
本丸は仲間に任せて
わたしは蜻蛉へ肉薄しよう

白雲を庇うが早いか
先制攻撃を食らわすが良いか
さて何れでも
向ける銃口が抉るのは、
きみを死んでも苛む記憶

――お終いに、してあげるよ

絶望に憑りつかれる前に
全部忘れてしまえばよかったね
海に沈むのとどっちがましかは
本当のところ、判らないけど

憐れむように淡く笑んだら
素早く一般人を安全な方へ促し
第六感で追撃を躱しつつ、
逃げる時間を稼いでみせようか

翻す扇から零れ出る薄紅の花弁は、
救われなかった男への
届きもしない、手向けの代わり

※アドリブ・絡み大歓迎




 声掛け合えば、即席でもそれなりにまとまるというもので。一対一が複数という状況は、少しずつまとまりを得て一体多へと変わっていった。
 移りゆく戦況を逐一把握し、綾はその時その時の最適解を見出していく。研ぎ澄ませた感は数秒先を覗き見る事はあらねど、予測する事は容易かった。
 飛び交う蒼炎の矢を打ち払い、七縛符を解き放つ。しかして敵もそうやすやすと縛られてはくれない。
 二兎追えず。その判断は早かった。予め対応を考えていたが故の柔軟さは生きてきた。一方を囮に他方を捉え、一兎を射る。どちらが先かなど、考えるまでもない。
 敵の気を惹くために目は逸らさず、綾は背後に感ずる気配の多さに口元を緩ませる。
「糸遊ですよ。月影の幻惑です」
 だから、時が来たら御逃げなさいと綾は云う。
 機は未だ訪れない。不用意に身を晒せば、その矢で射抜かれる事となる。それは避けねばならない未来だ。
 綾が護り抜くのは白雲達と、蜻蛉の誇り。
 ややに追い詰められた蜻蛉に、最奥で部下を壁にし震える白雲はどう映ったのだろう。その双眸に光が灯ることが有れば、知る事も出来たのかもしれない。今や、答えは海の底。
 誰かを殺めさせた時点で、蜻蛉の矜持は汚される。誰よりも気高く、誰よりも懸命で、日々努めてきた侍の志。それを、屍に弄ばせてはならない。
 終えた恨みを繰ったって、何も晴れない、意味がない。
「趣味が、悪いよ」
 きっと、そういうの全てわかっていてこの男はやっている。
 綾の前、花世が歩み出て扇を開く。顰めた顔は真っ直ぐに青の男を見つめていた。
思わず口から零れた言葉。眇めた瞳は男を捉え離さない。
 一度合った視線で、二人はその目的を共有した。狙うは、蜻蛉。抑えるべきはまずこちら。
 綾の七縛符が蜻蛉を纏う。刀に斬られ、なおも放った符はその切れ端で蜻蛉を縛った。重ね、増やし、枷と為す。
 一枚そのまま貼られぬままに、蜻蛉はじわりじわりとその動きを制限された。刀に付着したややの術が、積み重なって蜻蛉を縛る。ここでもなお、ややに捕らわれるのかと皮肉に思わざるを得ない。
 動きを封じ、魂を鎮める。
 と、と足早に戦場をかければ、椅子に足を引っ掛け宙を舞う。本丸を諫める役目は仲間に任せ、花世は蜻蛉へ肉薄した。
 同じ意図で動いた仲間へ背を預け、花世は緘黙の銃口を向ける。択ぶ選択肢は多かれど、その全てはこの一時の為に存在した。
 放つ一撃は、記憶を抉る。
「――お終いに、してあげるよ」
 きみが絶望に憑りつかれてしまう前に、全部忘れてしまえばよかったね。
 忘れ、離れ、自由な鳥。嘆き、溺れ、墜ちる鯨。どちらがましか、本当のところは判らないけれど。
 脳を揺さぶる痛惜に、蜻蛉はぴくりとも動かない。残るものは、痛みだけ。
 淡く笑みを浮かべた花世は舞い踊るように身を翻す。緩やかに抜刀した蜻蛉の刀の先端は、花世の着物の端を引っ掛け斬り裂いた。
「おいきなさい」
 人々を護る猟兵へと促して、花世は蜻蛉と共に遊ぶ。花世の選択が功を奏したか、白雲へと一度向けられた視線は、すぐに逸らされた。
 蜻蛉の執着。蜻蛉の今に至る起点。白雲。
 これも忘れてしまえばただのひと。
 翻す扇から零れ出るは薄紅の花弁。救われなかった男への、手向けの代わり。
 もうこの男は死んでいるのだから。
 花世の自己満足で、これは、蜻蛉に届きやしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイブル・クライツァ

見殺しは性に合わないのよ
とは言え、素直に撤退してくれるかは別問題。
先ずは一般人と敵の間に割り込む形(一般人側寄りで)の立ち位置を確保。
彷徨の螺旋で護人呼び出し後、死神には敵の視界を猟兵にばかり向くよう、妨害する立ち回りで動くよう指示。
剣聖には一般人の避難時、敵の攻撃が飛んで来るようなら相殺及び身を盾に護衛
スライド式のドアの所まで向かい、送り届ける役割を指示。
一般人が避難最優先を理解出来ないなら、他猟兵が駆け付けて奮闘しているのを無駄にしないで頂戴と、現実を見て貰った上で
去ってくれた方が助かるのよ?と、強めに言わせてもらうわ。
万が一攻撃を受けた際は、一般人の避難補助最優先で。落ち着き次第再召喚


ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】

君が白雲か…友を盾にするとか引くわー
キミ達も蜻蛉の様に、死した後も操られたくはないだろう?
頑張って生き残りな、同情は出来ないから厳しめだよ、オレは

【ブラックドッグ】を召喚
共に蜻蛉と阿頼耶識に接近戦を仕掛けよう
武士達が狙われて敵が増えるのはうざいから、射線はオレとわんこで彼らの動きを妨げ遮蔽

やあやあ美男子さん達、つまみ食いばかりしないで遊んでよ、と!

【フェイント】を交え【グラップル】で武器を扱いづらい間合いを維持しオレはオブリビオン、わんこは蜻蛉へ組み付き
水の【属性攻撃】を付与した爪の【二回攻撃】、オレの物腰と反して重い、よ!
わんことは連携を意識し、必要に応じて相手を入れ換える等柔軟に




 絡め取った蜻蛉に。
 そうはさすまいと矢を番えた阿頼耶識が力を籠める。蒼炎は忽ちその色を変え、赤白く燃え滾る。
「君が白雲か……」
 ヴォルフガングが武士を眺め、その最奥に蹲る男を最後に射止めた。赤い瞳が無遠慮に頭の先から爪先まで上下して。
「友を盾にするとか引くわー」
「な、な……!」
 素直な感想が零れた。
「ああ、ごめんね? オレ、素直なんだ」
 口元を隠したままのヴォルフガングが飄々と言えば、応えを聞くまでもなく振り返る。ふらりと狼の尾を揺らし、こん、と爪先で影を叩いた。
「キミ達も蜻蛉の様に、死した後も操られたくはないだろう?」
「――……え、」
 そこで初めて、眼前のアレが死した者だと彼らは知った。違和感あれども、操られているだけなのだと思い込んでいたのだろう。
 仲間の、死。
 猟兵の壁に護られて、扉の向こうへと歩み出そうとした足がいくつか止まる。腰に刀を引っ提げた男はその柄に手を載せた。
 蜻蛉は死んだ。
 面妖な男と共に現れた。
 断片的な情報から、同僚らは『あの男に殺された』のだと断じたのだろう。仇を討とうと志した者が現れた。
「納めなさい」
 制するのはレイブルだ。
「あなた達の敵う相手ではないわ。皆の奮闘を、無駄にしないで頂戴」
 事実、ヒット&アウェイで攻防を繰り返す猟兵らは、ややに消耗し長期戦を強いられている。どの視線も時折ただのひとに向けられては、人質にとられるのを案じていた。
 柄を握りしめる一人を見て、レイブルは金色の双眸を細める。立ち向かおうと刀を取るのが数人。白雲は、その中には含まれていないけれど。
 ――なぜもっと早く、そのやさしさを見せてあげられなかったの。
 口をついて出そうになる言葉を呑みこんで、レイブルはそうと視線を滑らせる。白雲らしき男は立ち止まりはするものの、足は出口へと向かっていた。ある意味で、潔い。嫌悪感すら沸くほどに。
 ビィンと突如、阿頼耶識が弦を鳴らす。音に顔をあげれば、赤白い炎が渦巻いて武士らを狙った。
 阿頼耶識の見つめる先。男らへの視線を遮るようにして、レイブルの招いた剣聖が狭間に身を滑らせた。討ち漏らしがあってはいけない。その身を盾に、炎を受ける。
 自身らが狙われていると気が付けば、刀を携えた男さえも自らの状況を把握して外へと向かう。
 それで、いいの。
 これ以上、見たくはないから。
 避難経路を剣聖に確保させたまま、レイブルは扉の傍まで付き添った。見殺しは性に合わない。例えそれが、どんなに性根の腐った人間だとしても。
 続く矢は、ずろりと影から湧いて出た黒い犬が焔ごとそれを喰い込んだ。
「やあやあ美男子さん、つまみ食いばかりしないで遊んでよ、と!」
 身軽に跳ねたヴォルフガングがブラッグドッグに騎乗する。身長の倍ほどもあるその犬は、すっぽりとレイブルらを覆い隠してしまいこんだ。もう狙われる事もないだろう。狙う事も、出来ないのだから。
「お供にわんこなんてどう? ま、飼い犬になっても手は噛むけれど」
 ただでやられてやるほど安くはない。蜻蛉は今なお他の猟兵に囚われの身なれば、狙うは阿頼耶識ただひとり。
 跳ねた脚が机を倒して盛大な音を立てる。ぐわりと牙を剥けた犬へ、阿頼耶識が炎の矢を穿てば背中へ突き抜けた。
 そこに、ヴォルフガングはいない。
 ひやり阿頼耶識の首筋に冷たいものが落ちる。それは第六感とも言うべき感性で、半ば勘で振り返る。
「あや、なかなか鋭いね」
 爪は浅く首筋を裂いた。致命的となるにはもう数ミリ足りない。退路を犬で塞いだヴォルフガングはそのままもう一度、今度は逆の手で追撃を狙う。
 振り抜いた鉤爪は、阿頼耶識の胸を切り裂いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

芥辺・有
傀儡なんぞ誰がなるか。
只でさえ気分が悪いんだ。馬鹿言ってこれ以上気分悪くさせないでくれよ。

阿頼耶識を狙う。……それが本分だろう。
一般人たちは、……動くのに邪魔だからどっか行きな、とは言っとこう。死にたくないなら意地でも動けってね。

まずは影人形を使うよ。……これも苛々させてくれるもんだけど。
影を纏ったら素早く阿頼耶識に近づいて。
今も痛む腕の、その血を利用しよう。
放射する炎は攻撃と、目眩ましを兼ねられたら上等か。
垂れた血は炎を纏う靴によって捨て身の一撃で蹴りを入れることに利用して。
高速移動でひとところに留まらずに手数多めに攻撃を仕掛けよう。

奴の攻撃は第六感で見切るように心掛けるよ。




 動くのに邪魔だった者たちは立ち去った。ちらりと横目に見やった有は体勢を崩した阿頼耶識へと迷わず狙いをつける。
 こいつさえ仕留めてしまえば、全てが終わる。
 ただでさえ気分が悪いのに、これ以上があってたまるか。
 有が僅かに屈み、指先を床へと触れさせた。口が何かの言葉を描けば、ふっと再び立ち上がる。その間、僅か数秒。
 変化は、すぐさま起きた。
 有の影が陽炎のように蠢いて。
 自身の身長を半ばに越して、浮き上がる。
「くれてやる。さざめくのは後にしろ」
 などと言っても有の耳には理解しがたい言語で笑う声が届く。舌打ちでも出そうな程に苛々が募るが、今は我慢だ。
 ふ、と影ごと有の姿がその場から去る。次に現れたのは阿頼耶識の直下だ。
 自傷する必要はない。血は、今なお痛む腕に伝う。利用するにこれ以上のものはない。
 指先で掬い上げた朱の珠を、黒へと変えて放射する。光を喰らい、全てを闇へと落とす影炎は阿頼耶識の視界を焼いた。
「小細工を……!」
 炎を繰るは、阿頼耶識も同じ。
 蒼炎で黒を呑みこみ影を払う。
 ――しかし、まあ、こうもうまくいくなんて。
 指先の動き、その炎に意識を誘導し本命を隠す。懐に入った有は、身体を捻って僅かに口の端を釣り上げた。
 仲間がつけた、その傷口。
 垂れた血を炎に変えて、弧を描いた脚は阿頼耶識の胸へと吸い込まれた。
 骨の、割れる音がする。
 聞くに堪えない音が、影の笑声の合間に響いて有に手応えを感じさせた。ぽたりと落ちる赤は敵のもの。
 近付いたが故に頬を蒼炎が焼いていくが、致命傷を与えられたのだからこの程度安いものだ。振り切った脚で再び地を蹴り離脱する。

 決着の時は近い――そう、思われた。

成功 🔵​🔵​🔴​



 ――終わったかに、思えた。
「全く……手間をかけさせてくれますね」
 ごほりと血を吐いた阿頼耶識が手の甲でそれを拭い眉を顰める。あばらは折れ、肺に刺さり呼吸も侭ならない。人型であるがゆえに、それは瀕死の重傷である事は見て取れた。
 それでもなお、阿頼耶識は笑んで見せる。
「では……切り札といきましょう」
 声は途中で幾重にも重なり部屋に響いた。阿頼耶識の形が二重にブレ、足音が二つ鳴り響く。猟兵達の眼前で、その男は分身せしめたのだ。
 阿頼耶識と全く同じ形をした者がそこにいる。一人だけではない。胸元を抑える男含めて三人だ。増えた二人は全くの無傷で、出会ったその時の姿のままに立っている。
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
間に合ったか。
ふはは、そいつは僥倖だ。
では仕事を始めよう。
燻っていないで、さっさと過去の海に還るが良い!

【死者の毒泉】、選ぶのは攻撃力である――吸い上げた呪いの中には、蜻蛉のものもあるかもな?
では畳み掛けるぞ。
【呪詛】を纏わせた槍で【串刺し】にしてくれる。
死霊を操る同族として、責任を持って貴様を滅ぼしてやる。安心するが良い。
ま、貴様が操る者の呪詛の重さを味わえるのだ。
なかなか良い経験なのではないか?
一般人に攻撃が飛ぶようならば、間に合う範囲で【かばう】としよう。
なに、万事任せておけ。
私は戦場では死んでも倒れんぞ!




 眉根を寄せたニルズヘッグは、悩む間も短くきっぱりと判ずる。討つべき者が増えただけ。奴は阿頼耶識であり、阿頼耶識以外の何者でもないのだから。
「増えたところで変わらんな。さっさと過去の海に還るが良い!」
 彼奴が数を増して戦力を増強するというのなら。
 こちらもまた、呪詛を増やして対抗すれば良いというもの。
 戦蔓延るこの世界で、呪いはどこにでも落ちている。サルベージする範囲を広げるほどに呪いは濃く深くなっていき、纏う呪詛はより強固なものへと昇華する。
 ニルズヘッグは迷わない。
 呪詛を破砕の力へと変え、手にした槍に纏わせる。蟠る死霊の怨嗟は時折ニルズヘッグの胸中にも溢れ落ち、その声を内に響かせた。
 蜻蛉の、嘆く声が木霊する。
 経緯を知ったからこそ、それが彼の呪いだとニルズヘッグは理解した。
 ――ああまさか、自ら繰る傀儡の呪いに喰われるとは。
「安心するが良い。死霊を操る同族として、責任を持って貴様を滅ぼしてやる」
 これも良い経験だぞ、なんて揶揄いの言葉を口にして、ニルズヘッグは弾丸のように飛び出した。
 奔る槍は阿頼耶識の胸を貫く。既に弱っていた本体を抉り、呪詛で喰らい、その命を燃やし尽くした。
 しかしてそこで終わらない。別たれた阿頼耶識はなおも動き、ニルズヘッグへと向けて矢を射った。蒼炎をすんでのところで身体を捻り、致命的とならぬ場所を抉らせる。
「貴様、まだ動くと言うのか!」
「左様。何度でも、立ち塞がりましょう」
 阿頼耶識は二人揃って笑声をあげる。クロスする焔の一矢を屈むことで避け、ニルズヘッグは槍を繰る。貫かんとした槍は、阿頼耶識の弓に遮られた。
「貴様が繰る者の、呪詛の重さを知りたいとは思わんか」
「不要でしょう。おまえがそれを喰らうと良い」
 槍と弓の鍔迫り合いはそう長く持たない。横槍――もとい横矢に妨げられれば一度下がる。纏う呪詛をその身に増やし、次こそは。

成功 🔵​🔵​🔴​

石動・劒
蜻蛉、並びに白雲のその立ち合い、待ったを掛けさせて貰おうか。
こんな暗殺紛い、名誉もクソもあったもんじゃねえ。名誉を惜しんでどうして名誉を捨てるような立ち合いをするのか。やるなら真正面から立ち合いに臨ませろってんだ。
刻命の、お前さん気に入らねえぜ。お前のその唆し方ってのは蜻蛉の名誉に泥を塗る。俺は生きようが死のうがどうだって良いが、そいつが築き上げた名誉が損なわれるのだけは許さねえ

未知は好きだが畜生混じりと戦う趣味もなければ義理もねえ
一矢胴芯、堕ちろ妖術師
ここはすでに名誉ある戦さ場。畜生混じり、傀儡は不要。お前さんは二人も三人もいらねえよ

戦闘知識、スナイパー、2回攻撃、時間稼ぎ、第六感、援護射撃


ユハナ・ハルヴァリ
蜻蛉も、青の君も。
さよならの、時間だよ。

…抑制反転。
屋内戦なら小回りを利かせよう
増幅させた戦闘力を主にスピードに回す
月の名を持つ短刀に魔術で纏わす氷の刃は
太刀の様に細く鋭く
【見切り、2回攻撃、フェイント、捨て身の一撃、誘惑】
人々を守るためにも、とかく阿頼耶識の目を此方に向けよう
弓を引く間もないくらい釘付けにしてあげる
危うい時は庇うよ、仲間も人々も

彼は終わりを自分の身へと向けたのに
それで幕を下ろしたのに
どうして、態々掘り起こしたの。
…君に聞いても無駄だろう、知ってるよ。
やりたいからやっただけ。
だとしたら僕もそうするだけ。君を殺すよ。
興味本位なら…ああ、切り刻むよ、痛み迄海へ連れてゆけ




 自死を唆し、果てた所で掬い取る。そうして傀儡を操れば、彼の者の因縁に嗾ける。
「……刻命の、お前さん気に入らねえぜ」
 呪縛を振り払い、いま一度自由に動く手駒となった蜻蛉を前に立たせ、二人の阿頼耶識は綺麗に笑む。
「で、あれば? 私に勝てるとでも?」
「勝てるかどうかじゃねえ。勝つんだ」
 こんな形で立ち合うべきではなかった。こんな、片方の命が尽きてから、異端の力を得た末の立ち合いなんて。
 こんなもの、暗殺紛いで名誉もクソもあったものじゃない。
 劒にとって、今ある全てが気に入らなかった。受け入れられなかった。
 やるなら命ある時に、正々堂々白昼の下で立ち合いに挑むべきだった。それを邪道の形で成し遂げさせようとする阿頼耶識のやり方は道に反する。
「俺は生きようが死のうがどうだって良いが、そいつが築き上げた名誉が損なわれるのだけは許さねえ」
 絶対に。
 言葉裏に付け加えられるその意志は、劒の芯をそのまま表した。
「(……抑制、反転)」
 言葉遊びに興じる阿頼耶識へとユハナは飛び出す。近付くほどに全身を茨の聖痕が侵食し、ひとたび懐に入ったその時は、鮮烈な青が尾を引いた。
 白に灯る、鮮やかな青。
 まるで流星が如く駆け抜けたユハナは三日月のように反る短刀を指でなぞり、氷の魔術を纏わせる。払った指先が刃から離れた途端に、それは冷たく煌いた。
 断つ刃は、太刀が如く。
 弓引く間すら持たせずに、ユハナは阿頼耶識へ牙を剥く。一撃逸らし、二撃を撃ち込み、跳ねては廻り、三撃を打つ。増幅させた力を速度に乗せ、風に乗る雪のようにふわりと舞った。
 思索は深く狭まっていく。世界から雑音が消え、ただ眼前の青がある。
 ああ、どうして。
 彼は終わりを自身の身へと向けたのに。
 それで幕を下ろしたのに。
 どうして、態々掘り起こしたの。
 刃に乗せて、想いで斬り裂く。聞いても無駄だと分かっているから、ただただ行動に移すだけ。やりたいからやっただけなのだろう。
 だとしたら、そう。――そうしたいから、殺すだけ。
 ユハナの眼前に蒼が落ち、熱を持って膨張する。阿頼耶識の炎を前にブレーキをかければ、逆ベクトルに跳ねて距離を取った。
 未だ首を取るには及ばないが、仕込みはもう、充分だ。
「未知は好きだが、畜生混じりと戦う趣味もなければ義理もねえ」
 ユハナを援護するように、ひそりと矢を射った劒の本命の一矢。さながら阿吽のように即席で合わせた呼吸は、ぴたりと一致していた。
 それは、場数をこなすからこそ。それは、共に過ごした時間があるからこそ。
 様々あるが、それは、何より想いの一致が結果を招いた。
「墜ちろ、妖術師」
 番えた破魔矢はぴたりと直線状に阿頼耶識を捉える。剣戟の最中での誘導は難しくはあれど、劒の矢がそれをフォローした。
 しまった、と。阿頼耶識がその場を離れようとするが、足が地に縫い付けられたように動かない。硝子が割れるような音が鳴り、気付けば阿頼耶識の両足に透明の拘束具が渦巻いていた。冷気を立ち昇らせるそれは、氷だ。
「ここはすでに名誉ある戦さ場だ。お前さんらは不要なんだよ」
「うん。……だから。さよならの、時間だよ」
 ユハナの凍てる花びらが咲き誇れば、もがく阿頼耶識を不動の者とした。冱つる者の援護を得て、劒がめいっぱい引き絞った矢で穿つ。
 一矢胴芯。ビインと鳴り響いた高い音を後に、二人の阿頼耶識を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



 からりと軽い音がして、一度は閉じた筈の扉が開く。貫かれ、よろめき身体を折った青の男から一転、猟兵達の視線は後ろへ返る。
 誰もが、その瞳を見開いた。
「どうして……!」
 人間というのは、緊迫した状況に長く陥ると判断を間違う事もある。正常な判断を下せるのならば、より遠くへ逃げ延びる事が正解だっただろう。
 しかして、彼らは戻ってきた。
 その手に刀を、その身に鎧を携えて。
「我らが同胞の最期を、しかと見届けに参った!」
 言葉面だけ取れば、それは勇ある者の決断の声に違いない。敵の手玉となった仲間の最期の瞬間を見届けようと願う、優しき友の言葉。
 だが、猟兵達は知っている。
 蜻蛉が追い詰められた現実を。その一因たる彼らの本質を。
 中には本当に彼を友と想い、嘆き、せめてと願う者もいるのかもしれない。そうであればいいと、願わざるを得ない。
 真実がどうであれ、――嗚呼、全く、世話の焼ける。
 これが本当に友を想っての事であれば良いのだが、如何せん、蜻蛉が自死した原因の末端だ。勘繰ってしまう気持ちも沸くというもの。
 やれ敵前逃亡は恥だの。
 やれ手柄を立てる良い機会だの。
 交錯する想いは多々あれど、理解したのはただひとつ。厄介が、増えたこと。その数実に六名ほどか。全員でないのは幸いだろう。白雲の姿は、――あった。より後方に、より安全な場所に、刀だけは阿頼耶識へと向け立っていた。
 元より藩士の救出を念頭に置いていた事が功を奏したか、目配せひとつで猟兵達は再び態勢を整える。為すべき事は、変わらない。

 眼前の男が、嫌に笑みを浮かべたことだけが気がかりだ。
 
パーム・アンテルシオ
さっきは、嫌なものを見せられたからね。
いざ、仕返し。と、行きたい所だけど。
なるほど、人質って事。本当、下衆い事してくれるよね。

…依頼の達成を第一に考えるのなら、こいつを倒すのを優先するべき。
それでいいの?
…なんで?
そんなので、猟兵になった事を誇れるの?
…好きでなったわけじゃない。
そんなので、みんなに顔向けできるの?
…うるさい。
そんなので、人になったつもり?
人を見捨てて生きて、人になったつもり?
…私は。

…あの人を、助けに行く。
ユーベルコード、山茶花。
不可視の腕。突き飛ばして、初撃を空振りさせる。
その後は…?
…行くしか、ないよね。
私じゃ、分が悪いと思うけど。
斬られる覚悟は…する。
私は…ヒトだから。




「やはり、風は私についている!」
 声高々と宣言した阿頼耶識が焔を蒔いて矢を番える。二矢の陽炎をその瞳に映したパームは、はたとひとつの存在の喪失に気が付いた。
 蜻蛉は、どこ?
 見る限り、阿頼耶識の袂にはいない。離れれば傀儡として操る事は不可能になる事から、遠くへ行ったとは考えられない。
 であれば、誰かが交戦中――?
 かたり、何かがぶつかる音がした。些細な音に気付けたのは、戻りし人々へと意識が傾いていたからこそ。
 その音は、藩士の傍からしたのだから。
「――……!」
 あの炎は目暗まし。それこそ先ほどパームの仲間がしたように、炎で意識を引き付ければ影で蠢かせるための。
 微かな逡巡。

 依頼の達成を第一に考えるのなら、致命傷を与えた今に畳みかけるのを優先するべき。

 ――それでいいの?

 なんで?

 ――そんなので、猟兵になった事を誇れるの?

 好きで、なったわけじゃない。

 ――そんなので、みんなに顔向けできるの?

 うるさい。

 ――そんなので、

 うるさい、うるさいうるさい!
 だって、私は――……。

 視界の端から蜻蛉の刃が閃いて、闇討ちのように藩士に迫る。気付いた彼らも抵抗しようと刀を構えるが、傀儡と化した蜻蛉の速度に追いつけやしない。
 蜻蛉が斬ったのは、――虚空。
 ぐらりと上半身が何かにぶつかったかのように揺れ、体勢を崩した蜻蛉の前に桜色の影が滑り込む。
 浅く肩で呼吸を繰り返し、パームは両手を前に掲げた。
 無鉄砲。分かってる。
 それでも、行くしかなかったのだ。分が悪いと分かっていても、不得手な戦いを挑むしかなかった。
 だって、私はヒトだから。
 先の事は考えちゃいない。震える両手で蜻蛉の刀を遮って、後ろへ被害が及ばぬようにパーム自ら盾となる。

 再び振り下ろされた刀は、やわい手のひらを切り裂く前に銀の弾丸に弾かれた。

成功 🔵​🔵​🔴​

クレム・クラウベル
生死を問わぬと言えど、届くものを見捨てる理由もない
先制攻撃で一撃くわえ気を引き、時間稼ぎを
今のうちに退け、後は俺たちが引き受ける
過去の残骸などにその命をくれてやる必要はない
クイックドロウや見切りも活用し
一般人へ向かう攻撃を逸らし防ぐ
防ぎきれぬものは身も盾に

攻勢には祈りの火を使用
放たれる矢は届く前に燃やして落とす
……気に入らないやり口だ
今を喰い荒らすに留まらず、死者の身をも弄ぶ
復讐は自由、されどこのようなもの復讐に数えられるものか
魂無き傀儡の為す復讐など
それこそただの人殺しに過ぎない
傀儡達は炎で囲み追い込み、そのまま纏めて焼き尽くす
死者は黄泉へ、過去は過去へ
還るがいい。眠れ、二度と目覚めるな




静海・終
柔い幻を見た後ではございますがお陰様でおめめもパッチリでございます
痛みはあれどこれも生の証
生ある限り、終わりを見つけるまで
多くの悲劇を殺しましょう、壊しましょう

本命のお出ましではございますが
名もなきか弱き命を救いましょう
彼らが彼の人を貶め追い詰め寄り添わず悲劇を呼んだのだとしても
今それを責めてなんとしましょうか
報いだと捨て置き、これが罰だと、断罪出来ましょうか
悲劇を見過ごせましょうか

一般人の逃げる道を確保
先制攻撃にて速やかに合間に入ることを心掛け
血が滲もうとも視界が滲もうとも槍を握り穿ちましょう
戦闘に邪魔なものがあれば槍でちょいと失礼して退かし
他とも連携が取れればありがたく共闘しましょう




 全く、これだから人は侭ならない。
 折角逃がしてやったと言うのに、おめおめと戻ってきては足枷になる。こんなもの、阿呆のする事だ。
「――が、見捨てる理由もないからな」
 空薬莢が床を叩く。細い煙を引いた銃を手に、クレムは阿頼耶識から放たれた青白い焔を打ち払いながら自らもまた藩士の前へと滑り込んだ。
 撃鉄を起こしてシリンダーを回転させ、次なる攻撃に備える。
「過去の残骸などにくれてやる命はここにない」
 退かぬと言うのなら護るだけ。幸いにもロクに動けぬほどの兵ではないのか、足を引っ張るような事はしなさそうだ。自らの力量を弁えているのか。
 再び紫煙奔る刀を振るう蜻蛉に対し、その軌跡を見極めグリップで受け流す。鳴る金属音が煩わしい。
「ええ、ええ。どうして悲劇を見過ごせましょうか」
 反語の形で語られた言葉は終のもの。
 それはあってはならない悲劇の形。誰もが望まぬ終焉の刻。
 終は許さない。悲劇が、悲劇のままで終わる事を。
 本命たる阿頼耶識はいま、他の猟兵らに抑えられながらも時折か弱き人々へと矢を射っては付け入る隙間を狙っている。その一本や二本に留まらぬ炎矢の雨を血濡れた槍で払いながら、死角を埋めるように位置を取る。
 護られた人々らは、隙なく刀を構えたままに蜻蛉を見た。その瞳には、どんな感情が込められているのか。ぱっと覗き見ただけでは分からない。
 彼らが彼の人を貶め、追い詰め、寄り添わず、このような悲劇を呼び起こしたのだとしても、責めるべきは今ではない。終にもそれは理解できる。
 痛む手のひらからはぼたりぼたりと血が落ちて、足元に小さな海を作る。今や痛みすら感じぬ蜻蛉にはない、生の証だ。
「参りましょう、クレム。悲劇は壊すべきでございましょう?」
「異論はないな」
 小さく切った十字架は、形だけの信仰心。祈祷文を口にすることで、言葉は忽ち具現化した刃と化す。生み出された白き浄化の炎は蜻蛉ごと周囲のデスクを焼き払った。
 立ち上る炎から、ゆらり人の影が浮く。
 阿頼耶識の命に沿い、如何な状況でさえ傀儡は藩士の命を狙う。身を焼かれようとも、その傀儡はビクともしない。
 気に入らないやり口だ。
 死者の身をも弄び、更には復讐などと豪語しては歪な正当性を剣に殺させる。
 こんなもの、ただの人殺しだ。
 死者は黄泉に還るべきで、過去は過去に墜ちるべきだ。
 炎は祝詞に応じて勢いを増す。肌を舐める白が濃くなっていく。
「ちょいと失礼しましょうか」
 燃え盛る浄化の炎を終が槍の穂先で掬った。それだけでは意味もないが、動作で意図を察したクレムは終の取る槍へと狙いを付けて祈祷の言葉を口にする。
 祈りよ灯れ、と。消えるなかれ、と。
 ぽっと白い炎が灯る。忽ちそれは業火と化し、終の槍を炎で焼いた。操り手は飄々とその様を眺め、蜻蛉へと狙いを付ける。
「内側からも焼いて差し上げましょう」
 白き炎の尾を引いて、炎に怯むことなく終が蜻蛉へと迫る。身を捻り、突き出した左手は空のまま。蜻蛉の腕を掴みやれば、炎獄から引き抜いて本命の一撃を解き放つ。
 たとい血が滲もうと。たとい視界が滲もうと。
 悲劇を齎すというのなら、この槍で穿ち壊しましょう。
 逃げられぬようにと掴んだ手は、クレムの炎でややに焦がれる。肩口を炎の槍が抉り取り、刀を握る蜻蛉の腕が宙へと舞った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユーゴ・アッシュフィールド
■リリヤ(f10892)と

リリヤ、俺達は襲われている人達を守るぞ。
サポートを頼む。

俺は【絶望の福音】で先を読む。
正直、得意な技ではない。
あまり上手くは避けれんが、敵の狙う先ぐらいは分かるだろう。
であれば、この身体で皆を守れる。
剣で防げる物は防ぎ、余裕があれば攻撃も行おう。

奴の傀儡にならない為にも、気絶や戦闘不能には注意しよう。
リリヤ、俺が力尽きないよう回復を頼む。

リリヤが居なければ、こんなことはしないんだがな。
あいつがいる手前、人を見捨てるなんてことはできない。
その、教育に悪いから、な。

他にも追い詰められた人を守る仲間がいれば、協力しようと思う。


リリヤ・ベル
■ユーゴさま(f10891)と

はい、ユーゴさま。
だれのいのちも、なくさぬよう。

頼まれたのなら、そのように。
【シンフォニック・キュア】で、ユーゴさまやみなさまの回復を。

隙を見て、追い詰められたひとたちと敵との間に割って入りましょう。
わたくしだって、ちいさくても猟兵ですもの。
少しくらいは盾になれるのです。
みなさまは、どうぞ奥へ。なるべく離れて、安全な場所へ。
きっとおまもりいたします。

そうすると決められたことを、その背中を、わたくしはちゃんと見ています。
止められるものではないということも、わかってはいるのです。
けれど。でも。……あとで、無茶をした分のお説教は、覚悟をしてくださいましね。




「リリヤ、守るぞ。背中は頼む」
「はい、ユーゴさま」
 だれのいのちも、なくさぬよう。
 傀儡の相手を任せた一方で、ユーゴは阿頼耶識の矢を打ち払う。こちらはこちらで随分と厄介な役回りだ。二人に別たれた阿頼耶識から寄せられる矢は数百にのぼり、先を読んだとてその軌道全てを遮る事は不可能に近い。
 それも、得意と言い切れぬ技なれば、ユーゴは時折その身に焔を受けては奥歯を食い縛った。
 攻撃をしている余裕があるかと問われれば、ないに等しいだろう。今や分裂し手数の増えた敵を相手に相殺しきるのが精いっぱいだ。
 可能な限り打ち落とし、被害がない範囲は見逃し、常に数秒先の未来を予測する。並大抵の精神力ではない。一度その集中が欠けたなら、持ちこたえはしないだろう。
 その耳に届く歌声が、ユーゴの支えとなる。
 怯えた様に腰を竦ませる藩士の傍で、リリヤは旋律を刻む。炎が酸素を喰らい、息が苦しくなってくるが構いやしない。
 だって、頼まれたのだから。
 これがリリヤが今為すべきことであり、眼前で守る頼もしい背中の為にもすべきことなのだ。
 わたくしだって、ちいさくても猟兵ですもの。
 齢一桁としても、そのような猟兵はごまんといる。過ごした年月など言い訳にはならない。そしてなにより、守りたい心と守れる力を持っている。
 ユーゴが討ち漏らした幾許かの矢を払い、リリヤも皆の盾となる。
 こんな幼子に護られては名が廃ると、前に出かけた男を制してリリヤはきっと睨みつけた。
 誰の命もなくさぬよう。それを妨げる者は、例え本人だとしても許せはしない。
「みなさまは、どうぞおくへ」
 それは有無を言わせぬ圧を含んでいた。
 傀儡が増えれば敵の意のままだ。この矢の多さは、イコールで追い詰められている事を示している。操る傀儡が増えれば、その分戦力が増えてこちらが苦戦する事は目に見えていた。
 で、あれば。
「リリヤ」
「はい」
 炎が空気を焼く音に紛れ、リリヤの歌声が空間を裂く。繊細でいて、どこか芯のある声は、しかとユーゴの耳に届いた。
 守るあまり、自身が傀儡になっては仕方ない。
 炎の雨がひとたび止み、一息ついたユーゴは再び訪れる矢の群れに眉根を寄せた。
 リリヤがいなければ、こんなことはしないんだが。
 剣戟の音でぼやきを掻き消して、ユーゴは変わらず剣を振る。その身体に幾度と矢が突き刺さり、炎が身体を喰らわんとしても、ただ前で護り立ち振る舞う。
 教育に悪いからな、なんて軽口のよう。
 尽きかけては底から湧いてくる力に任せ、矢を薙ぎ払い、炎を消し去り、ユーゴはさながら修羅の如くに剣を振るった。
 そんな背中をリリヤは見つめる。今までも、今も、これからも、見つめる事になる背中。
 決めたことを成し遂げようとするそれは、広く大きい。
 けれども。でも。
 あとで、おせっきょうなのです。
 無茶をした分くらいは、覚悟しておいてほしい。その命は、ひとりだけのものではないのだから。想う心が、ここにあるのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

御剣・刀也
てめぇが蜻蛉に仮初の命を与えたのか
命を遊んだ駄賃を払ってもらうぜ。お前の命でな

半人半獣の形態になられたら例え攻撃が軽減されようが距離を取って矢で攻撃されると何もできないので距離を詰めて攻撃する。零距離から狙ってくるなら第六感と残像で避けれるなら避ける。無理なら頭か心臓に当たらないなら無視して攻撃する
死亡あるいは気絶したら操られるので絶対にそうならないよう気を付ける
切り札を使われたらそれだけ追い込んでいると言う事なので、何方も不利だったら相手が倒れるほうに賭けて全力で攻撃する
「戦場では俺は死人だ。死人は死を恐れない。お前には分らんだろうな。が、それが戦人(いくさにん)ってもんなんだよ」


カチュア・バグースノウ
【真の姿】黒い全身鎧を全身に纏う。露出するのは鼻と口元だけ。体にピタリと張り付くような鎧。黒い炎のような形をしている。
言葉数は少なくなる。

ー悪いけど、止めさせてもらうわ

血花応報で戦う
自らの武器で体を傷つけて血を流す。それを敵に向けて放つ
「復讐の炎がお似合いね」
「昔のことを思い出させてくれて感謝してるわ。また自分のしでかしたことを後悔することができる」
敵の攻撃が激しくて血が足りれば、血が噴き出すのに任せて血花応報を使用していく

敵の攻撃は武器受けで受けて、ガードしていく
素早く行動し、敵の攻撃を避けていく

アドリブ、共闘歓迎




 焦燥が、ありありと見て取れた。
 傀儡を繰り追い詰める事が本領なのだろう。一時は舞い戻った藩士を見ては口の端を釣り上げ笑ったものだが、遮る猟兵が多く意図通りに下僕を作れてはいない。
 阿頼耶識の眼前に、終止符を告げる存在がある。
「悪いけど、止めさせてもらうわ」
 瀕死になれば分裂し再生するという。
 ならば、その分裂が追いつく前に、息の根を止めるのが道理。そのための力は、胸の内に息巻いている。
 妖艶に微笑んだカチュアの双眸が黒い帯に包まれる。硬質なそれは忽ち全身を呑みこんで、しなやかな鎧を生み出した。体にぴたりと張り付く様な黒き鎧。肌を這った後には、その内に宿る熱き想いを象るように黒い炎が燃え上がる。
 そこにあったのは、一人の女。
 呼吸する必要最低限の空虚のみを確保した、猛き炎の全身鎧。黒い炎は地獄の劫火を彷彿とさせた。
「昔のことを思い出させてくれて感謝してるわ。また自分のしでかしたことを後悔することができる」
 関節部。鎧の隙間に刃を立て、ぼたりと垂れた赤い血液が紅蓮の炎へと成り代わる。
 それは、まやかしなどではない。カチュアの血を餌にして、灼熱を放つのだ。
 青白い炎は紅蓮に呑まれる。互いに互いを喰うようにして燃え広がった末に、鮮烈な赤が視界一杯に広がった。
 焼き喰らう。分裂などする暇を与えず、頭のてっぺんからつま先まで、屑と化して打ち払う。
 積もりに積もったダメージは、容易く逃れる事を赦さない。
 一人が紅蓮に消え去り、もう一人。形勢は疾うに逆転している。増援の見込めぬ孤高の王など、滅びゆく道しか残っていない。
「詰み、か。命を遊んだ駄賃を払ってもらうぜ」
 すらりと抜かれた刀は絢爛に。扱う刀也に相応しく、不屈の獅子の煌きを宿す。
 対価として成り立つのは、ただひとつ。阿頼耶識の命そのものだ。命の対価として釣り合うものはこれ以外に存在しない。命とは貴きものなのだ。
 ゆらりとした影が一転、スピードを上げて掻き消える。零距離まで詰め寄った刀也は袈裟に斬り捨て刀を振るった。
 ただでやられる阿頼耶識ではない。矢に灯す筈の炎を繰り、刀也を体の底から焼き尽くそうと試みる。
 炎が喰らったのは、影。
 ぼやけた姿が炎に呑まれると同時、刀也は心の臓目掛けて一閃する。銀閃が煌き、抉ったのは丁度胸元。容易く全てを裂く刃は、人々を魅了するほどに美しく弧を描いて肉を断つ。
 心臓の鼓動と共に、阿頼耶識の胸から血が溢れた。
 零れた赤すらも呑みこむように、刀也の背後から炎がぶわりと広がっていく。
 そこにあるのは、黒い鎧。
「復讐の炎がお似合いね」
 皮肉をひとつ、カチュアは届け。
 意のままに操る炎で、阿頼耶識の身体を呑みこむ。
「貴様ァ……!」
 抗うように、阿頼耶識は弓を奮う。炎で炎に対抗し、半人半獣の姿で純たる人間に歯向かっていく。がむしゃらに、ただ計画性もなく暴れ狂う。
 死んでたまるか。
 阿頼耶識の瞳に感情が籠る。既に過去のものだと言うのに、それは執着を以てこの地に未練を残させた。
 眼前の男を前に、刀也は静かに瞑目する。
「戦場では俺は死人だ。死人は死を恐れない――お前には分からんだろうがな」
 喚き、みっともなくとも抵抗する阿頼耶識が、刻命を手に矢を番う。
「この生き様が戦人(いくさにん)ってもんなんだよ」
 放たれる、その前に。
 カチュアの放つ炎すらも味方につけて、刀也は一閃刀を振るう。
 その刃は、――紛うことなく阿頼耶識の核を砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『燈す日』

POW   :    少し大きめの骨組みで灯篭を作って燈す。

SPD   :    華やかな形をした灯篭を作って燈す。

WIZ   :    高く浮かびやすい灯篭を作って燈す。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 嵐の様な一時だった。
 藩の屯所は戦闘の後に荒れ放題。騒ぎを聞きつけた者達も、あがる火の手に右往左往。逃げ出した藩士がそれはもうむちゃくちゃな説明をするものだから、周囲一帯は恐慌状態。
 猟兵らがその場に現れて、天下自在符と共に事情を説明するまで騒然とした雰囲気だった。

 そうして、嵐が過ぎ去った。

 残ったのは、荒れた大地と一人の死体。
 もう帰らぬその人を天へと送るための取り決めが着々と進められていた。屯所の傍らを流れる大きな川。水源としても使われるその川の傍に人々はそうと身を寄せる。
 時間は過ぎて、夜のとばりが落ちる頃。
 付近の住民たちが口をそろえて亡き人を惜しんだ。最期まで見守ると名乗りを上げた藩士も中にはちらほら見える。
「お疲れでしょう」
 声をかけるはややに年老いた侍。腰に提げた刀から、藩の人間だという事は辛うじて見て取れた。
「どうか、貴方達も。形だけでも良いですから、道標を流してやってください」
 この灯りを見ると、失くした伴侶の事を思い出すのです。
 そう言って笑った侍は、簡単に燈篭の説明だけ残して去っていく。

 亡き人を惜しむもよし。ただぼうと眺めるもよし。各々好きに過ごせる時間。
 抱く想いを燈篭に乗せて、流してみるのも良いだろう。
 
御剣・刀也
POW行動

蜻蛉、敵討ちだとかお前の為だとかそういう押し売りみたいなことを言う気はない
けど、お前さんの眠りを妨げる奴はもういない
今度は、もし生まれ変わったら、俺の道場で会えるといいな
その時は、友人として、兄弟子として、お前と笑いあいたい

大き目の骨組みで燈篭を作る
燈篭を作ったら川に流して蜻蛉の冥福を祈る
(次は、本当の友人と家族に恵まれるといいな。それまでゆっくり眠れ。お前の悲しさ、寂しさが大地に溶けるその日まで)
自分も周りの人間に恵まれなかったら、猟兵ではなくオブリビオンの様な過ごし方をしたのかもしれない。と蜻蛉の冥福を祈りながらそんなことを考える




 誰でも参加できるようにと、燈篭作りは様々な材料が用意されていた。
 その中でも、大き目の骨組みを使って刀也は燈篭を作っていく。描く模様も数あれど、今回は蜻蛉の名にちなんで秋の空。和紙に描かれたトンボが、橙の炎に照らされて紙の空を飛んだ。
 指先を水に浸してそうっと燈篭を川に流す。込める想いは、鎮魂。
 敵討ちだとか、蜻蛉の為だとか、そんな押し売りみたいな事を言うつもりはない。
 それでも、刀也は蜻蛉に冥福を祈る事にした。
 蜻蛉の眠りを妨げる者はもういない。もし叶うなら。もし生まれ変わったなら。今度は刀也の道場でまみえることになると良い。
 そうしたら、きっと。良き友人として、頼もしき兄弟子として、笑い合える日々を過ごせる筈だから。
 その志は称賛するに値する。費やした時間と流した汗は、何よりも貴いものだ。そんな日々を送る事になったとて、誰も恨みやしないだろう。
 流れゆく燈篭は程なくいくつもの燈篭に紛れていく。あの燈篭のように、ひとりぼっちにならない未来があったなら、どれほど良かったことだろう。
「(次は、本当の友人と家族に恵まれるといいな)」
 本心からの願いを込める。死して届かぬ言葉なれど、蜻蛉を想う心に偽りはない。
 生きた時に出会えたなら――。
「(今はゆっくり眠れ。お前の悲しさ、寂しさが、大地に溶けるその日まで)」
 明日は我が身と言うけれど、まさしくその通りだと刀也は思う。自身は恵まれた環境にいたからこそ、猟兵という立場に立って刀を振るう事が出来ている。
 しかし、独りで生きるとするならば、こうはなっていないだろう。心が墜ち、身体も朽ちて、オブリビオンと化していたかもしれない。
 青い双眸に炎が揺らめく。多数の明かりに導かれ、天まで昇れるよう刀也は願った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンジ・カラカ


装う君、装う君、どうやら送り火のようだ。
ココはお前の得意分野だろう?
ネクロオーブに話しかけても出てこない、まだ寝ているのかもしれないなァ……。

アカイイトを添えた灯籠を流して死者を想う。
想ったとて返って来やしない、仮にココに来てもその身とこころに添う事など出来ないのだ。

冷めきった瞳で灯籠を見つめ、啜り泣く声に目と耳を塞いだ。
流したアカイイトはコレの力で燃える、燃える。
一つだけごうごうと燃える灯籠がいつかの誰かに見えた気がした。

命を燃やして灰になって海の底。
なんて馬鹿なのだろう。見送るコレも大概馬鹿ではあるが。
薬指の傷を食んで、食んで、さようなら。
アァ……左様、なら。




 両手を顔の前に掲げて、エンジ・カラカ(六月・f06959)は首を傾げる。
「装う君、装う君」
 声をかけても出てこない。もう何度か話しかけて、エンジは金色を眇めた。
「ココはお前の得意分野だろう?」
 送り火を前にして、ネクロオーブは燈らない。まだ寝ているのかもしれないなァと結論付ければ視線をあげた。
 死者を想う、燈篭流し。
 骨組みに沿うようにして編み上げられたアカイイトと共に川へと落とす。
 こんなことをしたって、自己満足の極みだろう。喪ったものは帰ってこない。想ったところで戻ってこない。
 仮にここに舞い降りたとて、その身とこころに添う事など出来る筈もないのだ。一度無くしたものは、もう元の形には戻らない。ひびの入った陶器と同じだ。
 冷めきった瞳は燈篭を見送る。
 親しい人を失くしたか、あるいは思い出して喪失感に包まれたか、あるいは――……。どこかから聞こえるすすり泣く声に、エンジはそうと耳を塞いだ。瞼も落として闇に棲む。
 瞼の奥で、ぽっと小さく火が燈り、次の瞬間には燃え上がる。エンジの流した燈篭に添えられたアカイイト。うねる炎が、いつかの誰かに見えた気がした。
 命を燃やして灰になって海の底。
 なんて馬鹿なのだろう。見送るコレも大概馬鹿ではあるのだが。
 左手の薬指を唇に寄せる。燃え尽きるその瞬間まで炎を見つめたまま、エンジは刻まれた傷痕を食んだ。
「アァ……左様、なら」
 別れを告げる音を紡ぐ。
 ――ああ、なんて、いとおしい。
 暗闇を照らす炎は、なおもエンジの瞳の中で揺らめいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

寧宮・澪
◎◎

亡き人を、送るー……いい、風習だと、思いますよー……。
悼む心は、この場では、真実でしょうしー……。

まあ、蜻蛉の仲間や、白雲にはー……ちょっとだけ、想うことは、ありますねー……。

今更。そう今更。
今、悼むというのなら。

なぜもっと早くに気づけなかったの?

……ま、結果論、ですよねー……。
単なる通りすがり、の、戯言、でしかないんですよー……。
私がその場に、いて気づけたか、なんてー……断言、できませんしー……。
ただの、戯言ですよー……うん。

灯籠、流しましょー……。
川を下って、綿津見にー……。
灯籠の、澪標が導く先が安らかに、眠れる、常世でありますようにー……。
祈りながら、ぼんやり、見てますよー……。




 亡き人を送る、燈篭流し。
 これ自体は、とても良い風習だと思える。悼む心を置き去りに、時間は無慈悲に進んでいくのだから。こうした場で、心の整理を付けられる時間を取るのは必要だ。
 けれど。
 澪は対岸で燈篭を流す男を見やる。その顔に覚えはあった。白雲だ。彼もまた、しずしずとしおらしく燈篭を流しているものだが、澪の胸中にも靄がかかるというもので。
 指先を冷たい水に浸しながら、ぱしゃり、波を起こして燈篭を揺らす。ひっくり返す事はしないが、流したその燈篭にどんな思いが込められているのかなんて想像もしたくはなかった。
 蜻蛉は、どうして死んだのか?
 その疑問の答えを澪は聞いて知っている。黄泉の使者にそそのかされたとはいえ、命を絶つ至るまでの経緯は記憶にあった。
 今更。そう、今更なのだ。
 今こうして悼むというのなら、なぜもっと早くに気付けなかったのだろうか。
 蜻蛉を追い詰めたのは? 蜻蛉を諫めたのは? 蜻蛉を助けなかったのは?
 全部全部、あなたたちだって言うのに。
「……ま、結果論、ですよねー……」
 ふわふわと、澪は夢と現の間で彷徨う。これはそう、ただの戯言。たまたま見つけて、たまたま通りすがって、たまたま結末を見届けた一人の人間の戯言だ。
 当事者であればまた違った視点となるのだろう。そのことは澪も理解していた。
 ぐちゃぐちゃ入り混じる想いも全部、燈篭に乗せて川へと流す。
 水の流れに従って、燈篭はゆらりと下っていった。そのままどうか、迷わずに。
 燈篭の灯りが導く先が、安らかに眠れる常世である事を願っている。
 うとりと落ちかける瞼を押し上げて、澪はぼやりと川に灯る天の川を眺めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

境・花世
薄緑に透ける紙灯籠に
淡い墨でそっとなぞる線は
蜻蛉の翅脈を模すように

――飛んでおいで、

昏い流れに遠ざかる燈を
いつまでもただ見送ろう
ああ、ようやく、自由だね

流れ着く先は誰も彼もおなじ海
それが赦されているんだもの
だいじょうぶ、さみしくないよ

逃れられず逝った男にか、
今更のように悼む人々にか、
誰にともなく微笑めば
水面に散り落ちる薄紅

誰かの流した燈に導かれるように
花は揺ら揺ら流れてくから
追うように軽やかに立ち上がって、
まっすぐに歩き出す

誰にも名を呼ばれずに
例え望まれず、生きる理由を持たずとも

川の流れにとりどりの燈が、
映る鮮やかな彩がうつくしいから
――お終いまで歩く理由には、十分だ

※アドリブ・絡み大歓迎




 薄緑に透ける紙燈篭に、そうとなぞるは淡い墨。ぼやけたそれは蜻蛉の翅脈を模すように、花世は筆先に願いを込める。
 ――飛んでおいで。
 遥かなる海をどこまでも。この先はもう、誰も拒まぬ自由の世界。遮るものは、何もない。思うがままに、願うがままに、蜻蛉は自由を手に入れた。
 昏い流れに遠ざかる橙が、混ざり溶けゆき大いなる彩のひとつとなる。なおも見届ける花世の薄紅は優しい光を湛えていた。
 往く先は、誰も彼もが最後に向かうとこしえの海。蜻蛉もまた、そこへとゆうらり向かうのだろう。
 だいじょうぶ、さみしくないよ。
 どんな罪を犯したとて、どんな徳を積んだとて、皆一様にそこへ往く事をゆるされている。蜻蛉の知る誰かも、きっとそこで待っている事だろう。
 いつかは、と思う心は胸に留め、誰にともなく花世は笑む。
 逃れられずに燈篭の導きを得た男。
 今更のように押し出した命を悼む人々。
 そのどちらもを思い描き、落とす薄紅は水面に波紋を作り出す。小さな薄紅の舟は、川の流れに沿って下っていった。
 立ち上がる。揺ら揺ら流れる花弁は誰かの燈火に導かれるものだから、花世はそれを追うて歩き出す。歩む足は軽やかに、ただ真っ直ぐに進んでいく。
 誰にも名を呼ばれずに。
 例え望まれず、生きる理由を持たずとも。
 薄紅の瞳に映ったとりどりの橙が、鮮やかな彩を以てうつくしいから。
 ――それだけで、お終いまで歩く理由には、十分だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カチュア・バグースノウ
華やかな形の灯篭を飛ばすわ

亡くしたひとはグランパくらいだけどね
…でもこうして亡くしたひとを思う時間は、良いものね

母方のグランパは軍人だったの
オカン気質っていうの?そういうグランマを静かにたしなめるような、威厳のあるひとだった

亡くなったのは中学のときだったわ
病気と戦って、最後まで静かで厳かなひとだったなー
結婚するならグランパ!って小さい頃はよく言った
グランパは笑っていたけど

なぜなら彼もまた特別な……げふんごふん

…幻想的ね
やっぱりこういう時間はいいものね




 複数の竹が弧を描いたその燈篭は、まるで花が咲いたかのうように見えた。ぽうと火を灯せば、花弁が薄く色を宿して彩を持つ。
 カチュアは流れゆく燈篭を見送り、亡くした人を想う。身近な人と限れば、未だ手から零れ落ちた命は少ない。
 人間というのは、声から忘れるという。
 もうどんな声だったか曖昧なグランパの姿を思い浮かべ、カチュアはぼうと燈篭の光を眺めていた。
 母方のグランパは軍人だった。誰にも彼にも世話を焼いては駆け回る妻を静かにたしなめ、立ち姿にもどこか威厳を感じられる人だった。
 幼い頃は死というものはどこか遠い現象で、グランパがいて、グランマがいて、自分がいて、――そんな時間がずっと続くと信じていた。
 亡くなったのは中学の時だった。
 数々の戦場を生き延びた軍人たるグランパが勝てなかったもの。病気だ。
 最後の最後まで静かで厳かなひとだったなと、カチュアは想う。
 それに。
「結婚するならグランパ! って、小さい頃はよく言ったわね」
 よくある話だ。子供にとって身近な大人は家族になる。祖父母となれば、孫に随分と優しくしてくれるものだから、好感度なんてうなぎ登りもいいところで。
 思い出してはくすくす笑う。そういえば、グランパは笑っていたっけ。
 なぜなら彼もまた特別な――……。
「……幻想的ね」
 逸れかけた思考を修正するようにカチュアが呟いた。甘いキャンディのように平和で幸せに満ちた時間を思い出しては、ほうとひとつ溜息を吐いて。
「やっぱり、こういう時間はいいものね」
 せわしない毎日の中で、忘れかけていたものを、今日だけはゆっくり胸に抱いて過ごしてみるのも良いだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
この世界では、こういうのを一件落着……と言うのだったかな。
まァ、亡骸が増えなかったことは幸いだ。

弔いのならわしだというのなら、私も燈篭を流してみようか。
非業であったのだろう蜻蛉の分と。
それから、戦いの中で揺さぶり起こしてしまった、怨嗟の分も乗せて。

私自身に、弔いたい者がいないではないが……。
こいつは私の世界の習わしではないからなァ。
ふはは、こういうやり方では、納得しないであろう。
であるから、私が弔うのは、あくまでこの世界の人間だけだ。

しかし、流れていく燈篭というのは美しいな。
この優しい光が、黄泉路への道しるべか。
……全く、優しい風習だなァ。




 多様にある世界ではあれど、この世界では現状を表すに相応しい言葉がある。
「一件落着……というのだったかな」
 死した傀儡と訪れたオブリビオンを制し、平和を齎す。その四字熟語は的確に今を示していた。思う所はあれど、亡骸が増えなかったことは幸いだ。
 ひとつ、炎を灯して燈篭を。
 弔いのならわしだと言うのなら、非業であったのであろう蜻蛉のぶんをそこへ託した。戦いの中で揺さぶり起こしてしまった怨嗟のぶんも灯りに乗せて、送り出す。
 ニルズヘッグ自身にも、弔いたい者がいるにはいる。しかし、ニルズヘッグの出身も、その者の出身も和に満ちたこの世界ではない遥か先の世界だ。
「こいつは私の世界の習わしではないからなァ」
 目の前をつっかえながら流れてくる燈篭が過り、指先でそうと押してやる。縁に引っかかりまごついていた燈篭は、ニルズヘッグの助けを得て色鮮やかな灯りの元へと流れていった。
「ふはは、こういうやり方では、納得しないであろう」
 たとい乗せてやったとしても、今みたいに捻くれて、あまつさえ流れに逆らっていきそうだ。弔うのは、この世界の人間だけでいい。
 作られた数々の燈篭は、今は川の下流を光で彩り死者を導く。そこへひとつ、またひとつと燈篭が流れては、大きな光は揺らぎを見せて移り変わっていく。
「この優しい光が、黄泉路への道しるべか」
 星々にも負けぬ光が灯される。これが歩む先を導くというのなら、きっと惑う事なく黄泉へと向かう事が出来るだろう。
「……全く、優しい風習だなァ」
 すでに去った者には届かぬ想いだとしても、生ける人々に確かに根付いたものがある。その繋がりは、どこか羨ましくも思えるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイブル・クライツァ
◎◇
嵐の後の静けさね。
お墓を作るのとは別に、魂を見送る形なのかしら

今まで奪ってきた分を、となると……
とても多過ぎて、本来そうする為に作られたから当然なのだけれども
あまりこうした事はしてきていないのよね
眺めるだけで良いのなら、手伝いも兼ねて見ていこうかと

理由が何であれ、か……平等、なのね。
忘れない事だけがそうだと考えがちだったから、こうした方法もあるのね。
やっぱり、複雑な人間の思考回路は時折判らないってなってしまうなと
戦闘を振り返って、けれど似たような事が昔あったなと、思い出したり。
残された人達が、気持ちを整理するためにも必要な時間なのね、と
並ぶ灯りを見ながら物思いに浸るわ。




 嵐の後の静けさよ。
 少し前の出来事が嘘のように感じられる。それでも、起こった事実は消えない。
「お墓を作るのとは別に、魂を見送る形なのかしら」
 冷たい川の水に指先を浸し、水流の形を変えて弄ぶ。
 燈篭を作ることはしない。今まで奪ってきた分を、すべて乗せるにはあまりに小さすぎるのだ。
 いくつもの光を灯したとて、黄泉へと導く事は難しいだろう。本来そうするために作られたのだから、当然の事とも言えるのだけれど。
 死者を悼む、なんて。今までレイブルはしてこなかった。
 ここで燈篭を流すだけで、全てを忘れてしまおうなんて烏滸がましい。終わるその時まで、胸の内に持っていこう。
「理由がなんであれ、か……平等、なのね」
 話を聞いた時は、レイブルの理解の範疇を越えていた。こういう在り方もあるのだと、目の前に広がる光景を見て知れた。
 忘れない事だけがそうだと、今までの自分なら口にしただろう。それでも、川岸に添う人々の表情を見たら、それだけが真実ではないのだと理解できる。
 やっぱり、複雑な人間の思考回路は判らないなと、レイブルは思う。どれだけ感情を覚えても、どれだけ年月を過ごそうとも、心という独特のプログラムは人間だけが手にするもの。
 ――けれど。
 レイブルだって、ただ無為に日々を過ごしている訳ではない。
 戦闘を振り返り、そういえば似たような事があったなと思い出す。あれはいつの事だっただろうか。随分と昔に、似た景色を見た。
「残された人達が、気持ちを整理するためにも必要な時間なのね」
 燈篭を流す、というのはひとつの手段なのだろう。向い合うための、ささやかな緩衝材。
 並ぶ灯りを眺めながら、レイブルは思考の海へと落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】
【アドリブ大歓迎】

話を受けた時は、日向の者と日陰の者の話と思っていたけれど…そんな単純ではなかったのだね

船は丁寧に、祈りを込め蜻蛉を象ったものに
戻ってきた6人も並行して観察
もし蜻蛉を想うのならば、その顔には苦悩や悼みが垣間見えるだろうから

最もその色が濃い者を呼び止め、船を突き出す

…オレには彼の死は「背負えない」
彼が自死を選んだ事しか知らない。好きなものも、守りたかったものも、何も
…そうはいっても、この船はつい作ってしまったんだけど、ね

流すのはキミにお願いしたい、後悔しているキミならきっと彼の死を背負い、悼み、進めるだろう

妹には流さない、きっと生きている、何処かの世界で、きっと、だから




 ヴォルフガングの掌の中には、蜻蛉を模した燈篭がある。丁寧に祈りを込めて作ったそれは、きっと黄泉へと導く燈火となってくれることだろう。
 話を受けた時、ヴォルフガングは日向者と日陰者の話だと思っていた。けれど、そんな単純なものではなくて。いつだって人間とは、複雑に絡み合って時を刻んでいくものなのだ。
 暗がりでも赤く灯る双眸が、見た顔を六人通り過ぎる。蜻蛉の為、あるいは自らの為、戻ってきた藩士達だ。じとりと観察しやれば、それぞれの顔に想いが現れていた。
 それもそうだ。蜻蛉と仲良き者であれば、親しい友を失ったのだから。
 垣間見えた悼みを摘まみ、ヴォルフガングは一人を呼び止める。
「俺に、何か……?」
 彼の名は秋津と書いてアキツといった。
「オレには、彼の死は"背負えない"」
 枯れた濁声を出す秋津へ、ヴォルフガングは燈篭を差し出す。
 蜻蛉が自死を選んだ事しか、ヴォルフガングは知らない。しかもそれは、グリモア猟兵から聞かされた情報で、実際に目にしたわけでもないのだから真実かどうかも分かり得ない。
 蜻蛉の好きなものも、守りたかったものも、成し遂げたかったものも、何もかもを知らないのだ。自分よりも相応しく、蜻蛉の死を背負えるものがここにいる。
 だから、舟を彼に託そう。
「つい作ってしまったんだけど、ね。キミにお願いしたい」
 目元を腫らした彼ならば、きっと友たる蜻蛉の死を背負い、悼み、そうして痛みと共に進めるだろう。
 秋津はヴォルフガングへ深々と頭を下げて、川辺へと歩いて行った。程なく、明かりが灯され蜻蛉が川を下っていく。
 明かりの群れへと近付いて、空っぽの手で、ヴォルフガングは水を掬った。流すものは持ち合わせていない。喪った時、流したいと願う相手はきっとまだ、何処かの世界で生きている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

パーム・アンテルシオ
あの人は…蜻蛉は…どうしたかったのかな。
恨みは、もちろん、あったんだろう。でも…
本当に、殺したいほどに、皆を憎んでいたのかな。

全てが、あのオブリビオンのせいじゃなくて。
蜻蛉の考え方が、少し違ったのなら。
死んでいたのは、あの藩士たちだったのかな。

…人は、人同士で、殺し合うのかな。
こんな、明確な敵が現れた世でも。
人は…悪意に溢れた存在なのかな。
優しく、温もりをくれる人達でも…
どこかに、悪意を潜ませているのかな。
私は…ヒトであるべきなのかな…

燈篭は…一つ、流させて貰うよ。
私の考えは…まとまらないけど。
でも、あなたは私に…考える機会をくれた。
だから、ありがとう。
せめて、躯の海では…静かに眠ってほしい。




 あの人は、――蜻蛉は、どうしたかったのかな。
 まとまらない思考のまま、パームは川辺で指先を浸す。ひやりとした冷水が温度を攫って流れていく。
 恨みは、勿論あったのだろう。立っていた地面が徐々に崩れていくように、陽だまりの居場所を失っていったのだから。
 それでも、とパームは想う。
 蜻蛉は、本当に殺してしまいたいほどに、皆を、白雲を憎んでいたのだろうか。
 傀儡と化した彼の切りっ先は確かに藩士を狙ってはいたけれど。あの青い男がそうしろと言ったからそうしていただけとも考えられる。
 一朝一夕で分かるものではないのだ。彼らの人間関係がどのように組み上がっていたのかなど分かりやしない。
 それに、全てがあのオブリビオンのせいではなくて、蜻蛉の考え方が少しだけ違っていたのなら、訪れていた現在は変わっていたのだろうか。
 死者と生者が入れ替わる、全く違う未来予想図。
 分からない。かくあるべきと思っていたものが、崩れていくような気がした。
 人は、人同士で殺し合うのだろうか。
 ――こんな、明確な敵が現れた世でさえも。
 人は、悪意に溢れた存在なのだろうか。
 ――優しく、ぬくもりをくれる人達でさえも。
 パームには判断がつかない。だって、パームは――。
「私は……ヒトであるべき、なのかな……」
 傍らで揺れる炎に返す答えは存在しない。その問いかけの答えを持つのは、たったひとりパームだけ。他者の持つ問いの答えはその人だけのものであり、借り物の答えでは確かな答えには辿り着けない。
 考えは、まとまらないけれど。
 きっと目を逸らしてばかりで向き合う事はしなかっただろうから、考える機会をくれたあなたに感謝を込めて。
「ありがとう。せめて、骸の海では……静かに眠ってほしいな」
 導く灯りを、あなたの元へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
灯篭を三つ作り、川へ流します
小さい物ならば複数は作れましょう
一つは己が命を断った彼へ、残り二つは私の基となった方へ

人の命はヤドリガミの私には短く、儚い
戦や病、事故、時に自ら断ち……生きようとも、老いて終わる
旅の中で多くの人の生を見てきましたが同じものはありませんでした
そして全てが綺麗な終わりではないという事も
戦う力だけでは、避けられない運命があるという事も
それでも手を伸ばさずにはいられないのは私の性なのでしょう

この燈籠を流す方々も誰かを惜しんでいる
私も少し昔を思い出し過ぎてしまったのでしょう
せめて……此処では二人を逢せたいと思ってしまった
ただの自己満足、なのかもしれませんが願わずには……




 光宿す燈篭は三つ。欲張りだなんて言われても、想う人がそれだけいるのだから仕方がない。小さい物であれば、作るのも容易いだろう。
 そうして流した一つ目は、己が命を断った彼へ。
 蜻蛉の一生がどのようなものだったのか、夜彦には想像もつかない。藩士として過ごした日々が彼を追い詰めたのだとしても、同じだけ好い思い出ある事を願う。
 残り二つは、自身の基となった方々へ。
 人の命というのはヤドリガミの夜彦にとっては短く儚い。あっという間に過ぎる年月が、彼らの一生と同じなのだ。
 そして、人の命は軽々と尽きる。戦や病、事故。そして時に、蜻蛉のように自ら命を断ち眠る。それでなくとも、老いは人間の命を奪う。
 旅の中で多くの人の生き様を見てきたが、ひとつとして同じものは存在しなかった。
 ひとつ屋根の下に生まれた子供ですら全く違う人生を進む。瓜二つの顔を持ち、瓜二つの行動をしてきたとて、ひずみは徐々に大きくなって道は二つに別たれた。
 綺麗な終わり方をするのならそれでよいとも思えるが、全てが全てそうでないことぐらい、夜彦にも理解できる。
 そしてこれは、戦う力だけでは避けられない運命だ。病は斬る事が出来ない。不慮の出来事は歴戦の武士の命ですら奪っていく。
 どうしようもない事の方が、この世の中には多い。
 それでも、そうだとしても、夜彦は手を伸ばさずにはいられない。これが自分の性なのだろうと宵闇の下でふと思う。
 ――昔を想うには、今日のこの日は充分すぎた。
 燈篭を流し、誰かを惜しむ人々に触れ、夜彦もまた昔を思い出しすぎてしまったのだろう。
 後より流す燈篭はふたつ。赤い紐でつないだそれを、そうと川へと押し流す。
 せめて、此処ではふたり出逢い共に流れるといい。
 ただの自己満足だとしても、約束の簪はそう願わずにはいられなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

古上・薺
終わった…のぅ…過ぎ去れば虚ろの如くとはよく言うものじゃ、残されたのは戦いの名残と死人への悔いと嘆きのみじゃな
しかし灯篭流とはの…命の長さを蝋燭に置き換え、灯る火を命とす、それを流すことで死人への送り火と見立てるもの…ふむ、話に聞き覚えていた頃は莫迦な事をと思っておったが、これはなかなかに染み入るのじゃ…水面に揺れる、仄かな灯かりが黄泉へと降り行く導のようで… わて、しんみりしておらんでわし様も一つ 送り火を炊くとするのじゃ なに、下々を想うは至高たるものの務めじゃからな、あの死人…蜻蛉じゃったか…せめて逝く先ぐらいは安らかに過ごせる地であるように祈ってやるとするのじゃ




「終わった……のぅ……」
 ぽつりと零した言葉は、常闇に吸われて溶けていく。過ぎ去れば虚ろの如くとはよくいうものだ。薺は感心感心とばかりに頷いた。
 残されたものは、戦いの名残と死人への悔い、それから嘆き。
「しかし燈篭流しとはの」
 人の命の長さを蝋燭に置き換え、燈る間の火はまさしく命と模する。この燈篭は、人間の縮図なのだ。風が吹き、火が消える事もある。人間とて、満足して生を全うする事が出来ぬ者も存在する。
 この燈篭を流すことで、死人への送り火と見立てていた。一人では寂しかろうと、想い宿った燈篭が黄泉への道を共にする。
 話に聞き覚えていたころは、莫迦な事をと鼻で笑ったものではあるが。実際に目にし、感じる事で知識は色付き心を揺らす。
「これはなかなかに染み入るのじゃ……」
 水面に揺れる仄かな灯りは道標。黄泉へとくだる足元を照らし、迷い子にならぬようにと先へ率いる。
 静かな空気が流れていた。想い耽るには丁度良い空の下で、薺はくっと天へと向けて手を伸ばす。ひとつ大きく伸びをすれば、燈篭を川に浮かべて火を灯した。
「下々を想うは至高たるものの務めじゃからな」
 告げる言葉に覇気はない。しんみりとした空気につられ、語る声も一段階トーンが落ちた。
 思い浮かべるは蜻蛉の顔。自らの前に立ちはだかった者なれば、薺の記憶にもあった。
 せめて逝く先ぐらいは、安らかに過ごせる地であるといい。
 眠る場所でさえ騒がしくては堪らない。安寧を願い、つと燈篭を流れに乗せる。
 遠ざかる灯りをぼやりと眺め、薺は遥かなる海へと旅立った蜻蛉へと祈りを込めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

有栖川・夏介
※アドリブ歓迎

亡くなった方を偲んで燈篭流し…ですか、よい風習ですね。
形だけで恐縮ですが、私も燈篭流しをさせていただこうかと。
…今まで刈り取ってきた数多の命に思いを馳せて、燈篭を川に流します。

川に流した後は、灯りをただただ見つめる。
……俺が生きていく限り、これからもきっと命を刈り取り続けるだろう。そういう生き方しか知らないのですから……。

せめてあちらでは、安らかに……。
煤けたウサギのぬいぐるみを軽く握りしめて祈ります。




 亡くなった人を忍んで燈篭流しを執り行う。戦に死人はつきものだ。こんな乱世の最中でも、心荒まず生きる為の優しい催しが残っている。
「よい風習ですね」
 それは本心からの言葉だった。夏介もまた、形だけではあるけれど、燈篭流しに参加する。竹の骨組みを組み合わせ、まあるい形の燈篭を。
 ひとつの舟で、全ての命を導けるとは思わないけれど。今まで刈り取ってきた数多の命に想いを馳せて、川へと流す。
 夏介の燈篭はゆうらりゆらりと流れに乗って、ぽつぽつと燈る光の一部へと溶けていった。その数が増えるにつき、自身が流したものがどれなのか分からなくなってくる。
 それでも、良いのだろう。
 いろんな想いが乗った燈篭が、一つに集まり数多を導く。これだけ明るいものならば、誰一人として迷わずに天へと導かれることだろう。
 ただただぼうと灯りを眺め、夏介はその場から動かない。
 また燈篭を流す日は来るのだろうか。生きていく限り、これからもきっと夏介は命を刈り取り続けるだろう。そういう生き方しか知らないのだから。そう簡単に生き方は変えられない。
 代々処刑を生業として生きて来た。その流れから、夏介は逃れる事が出来ない。他の道は自ら閉ざした。
 目の前を、満月とウサギを描いた燈篭が流れていく。胸をちくりと刺す痛みは、今はただ飲み込んで。
 祈る先は手にかけた人々へ。せめてあちらでは安らかにあるように。
 きゅっと煤けたウサギのぬいぐるみ握りしめ、もういないものへ祈りを捧ぐ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
穴のあいた腕をだらりと垂れ下げながら、煙草を咥えて灯篭を遠巻きにただぼうっと眺める。
未だに引き摺る後悔なのか、戦闘後の高揚か、あるいは苛々しているのか。
自分でも、……よく、わからないな。

見せられた幻のことを茫然と思う。
まったく人の後悔をいいように弄んで腹が立つけど。
どうしてあの日を忘れることができようか。
そう思いながらも忘れかけていた声を聞いた気がして。……懐かしい、なんて。
苦い顔で煙草を噛み締める。

落とした視線で腕をじっと眺めて。……私にはそう何度も弔うことなど、できないよ。




 穴のあいた腕をだらりと垂れ下げ、煙草を咥えて燈篭を遠巻きに眺める。
 川辺に集まる人々の中に混じろうとは思えない。自ら燈篭を作り流そうとも思えない。鎮魂の気持ちを知らぬという訳ではないが、有はただ、距離を置いて紫煙を吐いた。
 未だに引き摺る後悔なのか。戦闘後の高揚なのか。あるいは、ただ苛々しているのか。
「自分でも、……よく、わからないな」
 人間の心はそう単純には出来ていない。ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情を、ひとつの言葉で表現するなど今の有にはなし得ない。どの感情も正しくて、どの感情も間違っている。そんな心地だ。
 煙草を燻らせ息を吐く。
 黄昏に描くは見せられた幻のこと。
「まったく、人の後悔をいいように弄びやがって」
 腹が立つ。知った顔で現れた幻にも、そんな幻を見た自分にも。それでも、と有は想う。
 どうしてあの日を忘れることができようか。
 記憶の底に埋もれつつあったその記憶が、靄を払って再び有の前に現れた。積もる月日が埋め立てるあの日の光景を、それまでに過ごした日々を、思い出させてくれた。
 なにより、忘れかけていた声を、聞いたような気がして。
 ひとり、想うのだ。懐かしいと。
 無意識に力が入っていた身体から、意識して力を抜いていく。苦い顔で煙草を噛み締めれば、そんな自分に向けて深い溜息を吐いた。どうにもまだまだ引き摺っているような。
 落とした視線は腕を見る。
「……私にはそう何度も弔うことなど、できないよ」
 ぽつりと零された言葉は、優しい風が攫っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユーゴ・アッシュフィールド
■リリヤ(f10892)と

燈篭流しというのか。
やさしい、風習だな。

せっかくだ、やってみるか。
リリヤは、どういう燈篭を作る?
そうか、花を手向けるか、悪くないな。

俺はそうだな……大きな物を作ろう。
振り返れば、救えなかったものだらけだからな。
こうやって送ってやるには、遅すぎるかもしれないが。

……綺麗な景色だな。
あのひとつひとつに悲しみを乗せているはずなのに
俺にはどうしようもなく綺麗に見える。

どうした、リリヤ?
あっ、おい、やめっ
……この年になって、頭を撫でられる事になるとは思わんかった。


リリヤ・ベル

ユーゴさま(f10891)と

せかいがちがっても、ひとは灯火に想いを籠めるのですね。
ずうっと、どこまで流れてゆくのでしょう。

ユーゴさま、ユーゴさま。
わたくしも流してみたいです。
さみしくないよう、お花をもたせましょう。
ユーゴさまは、……いえ。いいえ。
こころに、おそいことなどないのです。

かなしくとも、かなしいだけではないのですよ。
だれかを想うこころは、きっと、よいものですから。
うつくしく映るのは、ユーゴさまのなかに、よいものがたくさんあるからなのです。

ユーゴさま。わたくしが、ここにいます。
うんと背伸びをして、あたまをなでてあげましょう。
ふふん。おつかれさまをするのは、レディのおやくめなのですよ。




 ゆうらりゆらりと流れゆく、燈篭の灯りは優しくて。
 こんな灯りに見送られるのならば、きっと魂が迷う事はないだろうとユーゴは感じた。
「綺麗な景色だな」
 思わず零れた言葉に、リリヤも頷く。
 ――世界が違っても、人は燈火に想いを込めるのですね。
 緑色の双眸に、とりどりの光を宿したリリヤがひとり小さく呟いた。戦の歴史、進歩の歴史、人々が進む上で刻まれた数々の歴史は、こうして時折重なり合う。争いの末に行われる鎮魂の儀を良かれと思いはしないが、死人を悼むという気持ちはどこの世界でも共通なのだ。
「ユーゴさま、ユーゴさま。わたくしもながしてみたいです」
「そうだな。折角だ、やってみるか」
 さて、どういう燈篭を作ろうか?
 沈んでしまっては堪らないからと、作り方を教わりながらユーゴとリリヤは燈篭を組み立てていく。
 リリヤは、黄泉の路がさみしくないようお花を持たせ、貼られた和紙にも大輪を描いて彩とする。和紙独特の色の広がり方が珍しくて、ついつい花を咲かせすぎてしまった。
 筆を持ったままリリヤは満足げにしている。燈篭が出来上がり、ユーゴといえばと視線をやれば、一際大きな燈篭が目についた。
「振り返れば、救えなかったものだらけだからな」
 だから、こうして大きいものを作ってみる。どれだけ大きなものにしても、載せきれないような気もするが。
「こうやって送ってやるには、遅すぎるかもしれないが」
「いえ。いいえ」
 自嘲を交えた言葉に対して、リリヤは小さく首を振る。
「こころに、おそいことなどないのです」
 確りと前を見据えて紡ぐ言葉に、ユーゴはどれだけ救われただろう。リリヤから一輪花を貰い、籠のように大きな燈篭に添えてやる。
 二人は揃って川へと燈篭を送り出した。
 きらきらと水面に炎が灯り輝いている。二人の作った燈篭もまた、数々の燈篭に混じって幻想的な風景の一端となった。
 綺麗だ、と改めて思う。
 あのひとつひとつに悲しみを乗せているはずなのに、ユーゴにはどうしようもなく綺麗に見えた。
 それをそのまま言葉にすれば、リリヤはふうわり微笑んで。
「かなしくとも、かなしいだけではないのですよ」
 惑うユーゴよりも、リリヤは少し前にいる。
「うつくしくうつるのは、ユーゴさまのなかに、よいものがたくさんあるからなのです」
 迷い子を導くように、リリヤは軽やかな声で語る。それから少し、悪戯に笑って名前を呼んだ。
「ユーゴさま」
「どうした、リリヤ?」
「わたくしが、ここにいます」
 うんと背伸びをして、ようやく指先が届く距離。
「あっ、おい、やめっ」
 触れた指先がユーゴの頭をくしゃりと撫でやれば、慌てた声がリリヤへ届く。
「……この年になって、頭を撫でられる事になるとは思わんかった」
「ふふん。おつかれさまをするのは、レディのおやくめなのですよ」
 終始リリヤのペースに呑まれてユーゴは軽く肩を竦める。
 彼女がそうと言うのなら、そう言う事にしておこう。
 今は撫でる指先に甘え、ユーゴは静かに目を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クレム・クラウベル
◎◇
手にした燈篭は質素なそれ
思えばあまりきちんとした手向けは出来ないままだった、か
良い機会だ。一つ、届けてくれ
そろりと手放し灯りの群れに紛れていくのを見送る
この国では、確か死者は川を渡るものだと
どこかそうしたものも重ねられているのだろうか、こうした儀式は
そうして燈した火は命や魂に重ねて

滔々と遠く流される燈は
止まった命が過去へと流れ行く様にも見えた
今にはもう留まれぬ
ただ過去へ、骸の海へ流れ着くだけの片道の旅

燈の群れに紛れた燈篭はもう見分けもつかない
過ぎたものは戻らない
多分、それを実感する為なのだろう
命との決別はいつだって難しい
形がないから、目に見えないから
だからきっと
皆こうして燈を見送るんだな




 思えば、あまりきちんと手向けは出来ないままだった。
 これもまた、良い機会なのだろう。もしくは、チープな響きに任せて言うなら、神の導きかもしれない。
 手にした燈篭は質素なものだが、宿る想いは本物だ。どうかひとつ、届けておくれ。
 そろりと手放し、灯りの群れへ。ゆらゆらと、風に流れに揺れながら、紛れていくのを見届ける。
 確か、この国では死者は川を渡るものだと信じられていたのだったか。
 三途の川という言葉をどこかで耳にしたことがある。闇蔓延る世界に生まれ落ちたクレムには関わりの無い言葉故に、何となく覚えていたのだろう。
 その川に重ねられているのだろうか。常闇の川は昏く、惑う事もあるだろう。こうして明るく灯されていれば、その心配も必要ない。
 水面に映る炎の揺らめきを緑の双眸に落とし込み、静かに瞼の奥へと仕舞いこむ。
 滔々と遠く流される橙は、止まった命が過去へと流れ往くようにも見えた。辿り着く先は、どちらも海だ。
 今にはもう留まれぬ燈火。ただ過去へ、ただ骸の海へと流れ着くだけの片道の旅。
 寸刻が過ぎ、再び燈火を瞳へ映す。多様の形で個性あれど、ひとたび紛れてしまえばもう分からない。
 手元を離れ、遠くに去り、解けてしまったものたちは戻らない。過ぎたものに手が届くその時は、自身もまた過ぎたものになった時だ。
 命との決別は、いつだって難しい。前を向いて歩いて行かねばならぬ現在に、縋って籠る優しい停滞など存在しない。
 だからこうして、燈火を流すのだろう。
 形の無いものに形を持たせ、心に事実を解らせる。灯す炎を命に例え、送り出せば取り残される。
「……今ぐらいは、祈ってやるか」
 神ではなく、過ぎた命に。どうか安らかにと願う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

静海・終
自分が傷つけた手が気になるらしい化身の竜は
包帯を巻く掌に縋り付いて鳴くので撫でながら灯篭の元へ
淡い光を眺めてから目を閉じ
少しだけあの人の声を思い出そうとする
けれどもう雑踏に消えた響きはよみがえりはしなかった
それで良いのだろう
きっとその方があの人が眠っていられるだろうから

イェロを見つければ声をかけてみる
こんばんは、お仕事お疲れ様でございますね
…そういえば、人は、声から人を忘れていくなんて話があるそうでございます
貴方は忘れたくない声はございますか?
…失礼、おかしな質問ですよね、ただ私は先程なくしたのだと気付いてしまって
聞きたくなってしまいました
…いつか、忘れる必要のない声を聴いてみたいものです




 自らの意思で刺したとはいえ、この子竜にとっては自分が傷付けたものであるわけで。
 どうにも気になるらしい化身の竜は、包帯を巻く掌に縋り付いて喉を鳴らす。困ったように肩を竦め、終はその頭を撫でた。大丈夫、と言うように。
 燈篭を眺め、淡い光を目に灯し、そうっと瞼を落としてみる。
 真っ暗闇の中で思い浮かべるはあの人の事。つい数刻前に見たというのに、声はよみがえりはしなかった。雑踏に消えた響きは、そのまま雑踏に混じって溶けていく。
 きっと、これで良いのだろう。
 この方が、あの人は静かに眠っていられるだろうから。誰にも触れられずに、そうっとしておくのが一番だ。
 ふと暗闇にも映える銀糸を見付けて歩を進める。闇に溶ける漆黒は、ぼんやりと燈篭を眺めていた。
「こんばんは、お仕事お疲れ様でございますね」
 隣へひょいと顔を覗かせてみれば、イェロははたりと瞬いた。
「やあ、こんばんは。君も、お疲れさまだな」
 朗らかに笑うグリモア猟兵は、終へと一度視線を流し、また燈篭の景色を映した。それでも拒絶している訳ではないのだろう。穏やかな空気を纏っている。
 終も倣って燈篭を見やる。ゆらゆらと流れる数多の灯りを眺めながら、不意にとある事を思い出して言葉に変えた。
「人は、声から人を忘れていくなんて話があるそうでございます」
「そうだな。己れもそう記憶しているよ」
 言葉は時間も置かずに返ってくる。それに任せて、終は問いかけを続ける事にした。
「貴方は忘れたくない声はございますか?」
「己れかい?」
 燈火に向けられていた双眸が終を見る。その真意を窺う様な眼差しに、終は軽く肩を竦めてみせた。
 失礼、と前置いて。
「おかしな質問ですよねえ。ただ、私は、先ほどなくしたのだと気付いてしまって」
 ――そうして、聞きたくなってしまったのだ。
 そうっとしておけと思えども、本心はどこかで乖離する。ほんの僅かで構わない。あの人の声を聞きたいとそう願う心に、理屈と欺瞞で蓋をした。
「……いつか、忘れる必要のない声を聴いてみたいものです」
「はは、其れは己れも聴いてみたいものだな」
 肩を並べ、他愛もない話を交わす。ついと滑らせた視線の先に知人の姿を見付けては、終はふらり気紛れに旅立った。
「――好い夜を」
「ありがとうございますね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾


藩の人や御家族に
蜻蛉と過ごした日常や彼への想いを訊ねてみたい

責める気は一切なく
故人を偲ぶ思い出話に穏やかに頷くのみ

蜻蛉という一つの命の物語を
ただ知りたいだけ


聞きし日々を胸に綴り収めて
流れ往くを眺める燈火

宜しければイェロさんともお話ししてみたく
死人花の洋灯を携える貴方は
どんな眼差しで送り火を見つめているのか

燈す灯は何の為でしょう
亡魂が黄泉路に迷わぬ為か
喪失の虚闇に震える生者の為か

正誤はない
何方かしか想いが無い訳でもない
答えなどないような問いを
遥か消え去る灯の如く
ぽつりぽつり

死者には届かぬ此岸の儀礼儀式かもしれない
それでも
揺らぐ焔の彩りは
純粋に美しいと思えるから

誰の御魂にも安らぎあれと
安寧を希う




「あの子はいい子よ。……いい子、だったの」
「俺、アイツに甘えてたんだな。後の祭りって、こういう事言うんだな……」
 口々に綴られる言葉たちは、凡そが後悔に満ちた響きを持っていた。
 蜻蛉について尋ねた綾は、同期の藩士や家族が語る思い出を静かに聴いていた。訥々と語る言葉には感情の色がようく出る。
 綾に責める意図はなかった。ただ蜻蛉を知りたいが故の言葉は、時として拒絶される。それこそ白雲は、名を出した瞬間に眉間にしわを寄せて去っていった。
 この反応もまた、蜻蛉というひとつの命の物語の一端だ。白雲にどんな心を与えたのかは知り得なかったが、秘された断章は当人の裡でひそり綴られていくといい。
 もうどこにも続きがない物語。聞きし日々を胸に留め、流れ往く燈火と共に読み耽る。この物語は悲しい結末ではあるけれど、想う人々がいる限り忘れ去られる事はない。
 視界の端、探し人は容易く見つかり近付いて。
「こんばんは、イェロさん」
「やあ、どうも。好き刻を過ごしているかい」
 穏やかな言葉が返れば、いま一時隣を借りる。燈篭はもう流したのだろうか。傍には、死人花の洋灯だけが置いてあった。
 墓所に多く咲き誇る曼珠沙華。彼にもまた、彼だけの物語があるのだろう。
 送り火を見やる眼差しは、常に見るより優しく穏やかな光を湛える。仄かに撓む口元は笑みを描いていた。
 綾の見やる視線に気付いたか、イェロがきょとりと瞬いて。
「あまりそう見られると照れくさいよ」
 交わす言葉はそう多くはないけれど、また違った一面を覗き見る。
 肩を並べ、流れる燈篭の前で時を過ごした。
 燈す灯りは何の為にあるのでしょう。
 亡魂が黄泉路に迷わぬ為か。喪失の虚闇に震える生者の為か。
 その答えを誰も持たない。そのどちらもが正しくて、そのどちらもが違うのだろう。ひとつの答えに定まらぬ問いかけを、遥か消え去る灯りのようにぽつりぽつりと紡いでいく。返る答えは曖昧で、だからこそ今この時に相応しい。
「……美しいですね」
「ああ、綺麗だ」
 死者には届かぬ此岸の葬。生者の傲慢だとしても、数々の想いを載せた燈篭の灯りはただ純粋に美しい。揺れる焔の彩は、いのちの儚さを示すよう。
 誰の御魂にも安らぎあれと。

 ――ただ安寧を、希う。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年02月23日


挿絵イラスト