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雨垂拍子と四葩籤(作者 依藤ピリカ
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●雨垂拍子
 ぽつぽつと、破竹の勢いこそないものの、途切れることなく書き続けて早十数年。気が付けば恋愛小説の大家などと称されるようになっていた。
「……僕はただ、書くことしかできなかっただけなのに」
 そう、書くことしかできなくて、お陰で今も独り身で。恋だって、今まで一度しかしたことがない、情けない男なのだ。
 それなのに新作を出すたびにもて囃され、やれインタビューだの、やれスタァや別の作家と対談だの、気乗りしない仕事が増えてゆく。
 想像するだけで辟易するような話を持ち込む編集者から逃げるように、しとしとと雨が降る中傘を持って散歩に出た。
「紫陽花でも見に行こう」
 丁度近所に紫陽花の名所として有名な寺院がある。人もそれなりにいるかもしれないが、いくら名が売れたと言って見てくれは只のくたびれた中年だ。自分に構う者なんて、そうそういまい。
 実際、声をかけてきたヒトはいなかった。
「ねぇ、先生」
 肩に白魚のような傷一つどころか染み一つもない美しい手を乗せ、梔子の如き甘ったるい声で耳元に囁いてきたのは……ヒトではない、美しくも禍々しいナニカだった。

●四葩の誘い
 帝都の女学生やご婦人に人気の恋愛小説を書く小説家・雨水晩月(うすい・ばんげつ)が、ある寺院の敷地内で影朧に殺される。
「それが今回皆様に阻止して頂きたい事件ですの。残念ながら影朧の姿ははっきりとは見えませんでしたが、時刻は日中、場所は通称“紫陽花寺”と呼ばれる紫陽花の名所で御座います」
 梅小路・尚姫はゆったりとした所作で飲み物を配りながら、丁寧かつ明瞭な話し方で集まった猟兵達に仕事の説明を行った。
「まずは紫陽花寺に赴き、各々散歩など楽しみながらそれとなく雨水先生の姿をお探しになったり、怪しい者がいないかさりげなく警戒して頂くのがよろしいかと」
 なんでも紫陽花は敷地一杯に咲いており、一部迷路のような小道も出来ているらしく、この時期の散歩やデートにもってこいだという。また、紫陽花の萼を象った花御籤というものもあるらしい。
「水に浸すと白の紙が青やピンクなどの紫陽花色に変わって、運勢の文字が浮き出るんだとか。想像するだけでも綺麗な御神籤で御座いますね」
 にこりと微笑みかけたところで尚姫は伝え忘れていた予知を思い出し、「あっ」と洩らした口元を抑える。
「そういえば雨水先生が襲われる直前、白くて沢山の何かが見えて……鴉の鳴き声が聞こえた気がします。首魁の影朧以外にも皆様に仇為す存在がいるやもしれません。どうかお気をつけて」
 帝都ではしとしとと静かに雨が降り続いている。多少歩きにくくはあるが、紫陽花を愛でるには良い塩梅の雨だ。
 カップの中身が空になったのに合わせて席をたつ猟兵達を、尚姫は恭しく頭を下げて見送るのだった。





第3章 ボス戦 『文筆夫人・黒住霧子』

POW ●この子?私のかわいい「悪魔(ダイモン)」よ
自身の身長の2倍の【黒霧の魔獣】を召喚し騎乗する。互いの戦闘力を強化し、生命力を共有する。
SPD ●ねぇ、あなたの物語を教えて?創作の種になるわ
【レベル×5の白紙の原稿用紙を飛ばす事】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【用紙に書き留められ戻る事で記憶や過去】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
WIZ ●私の創作活動を邪魔しないでくださる?
非戦闘行為に没頭している間、自身の【召喚した黒霧の魔獣】が【近づくもの全てを攻撃し】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は推葉・リアです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 雨の匂い、土の匂い、そこに濃厚な花の香りと……死臭が混じって紫陽花寺の境内に立ち込めた。
「あらあら、元は神使とはいえ文字通り烏合の衆だったのね。不甲斐ないこと」
 品のある落ち着いた声が、辛辣な言葉をうたうように紡ぐ。
 猟兵達に守られたお陰で怪我らしい怪我はないものの、走り疲れて石畳に座り込んだ小説家の雨水・晩月。そして、堕ちた神使である白鴉達を退けつつも、警戒を緩めなかった猟兵達の視線が声の方へと向けられる。
 声の主は純白の紫陽花の茂みから姿を現した。
 それは呉服に詳しくない者でも一目で解る、値が張りそうな仕立ての良い鴇色の色留袖を纏った、典雅なご婦人だった。
 日焼けとは縁遠い肌に、力仕事など任せられぬような華奢な手、そして先ほどの言葉とは似つかわしくない程優し気な微笑を浮かべた美しい顔。
 どこからどう見ても裕福な家、由緒正しい名家の若奥様といった風体だ。
 ただ一つ、普通の若奥様らしからぬ点があるとすれば……。
「御機嫌よう、私(わたくし)は黒住霧子……そしてこの子は私の可愛い悪魔(ダイモン)よ」
 彼女が腰かけているナニカ、黒い霧を固めたような『獣』だ。
 霧子の言葉を信じるなら、その『獣』のようなナニカは悪魔であり、霧子は悪魔を使役する能力を持っていることになる。
「悪魔使い? 嫌ですわ。私は小説家ですの。そちらの先生と同じように」
 雨水に視線を遣る霧子の黒目がちな瞳が細められ、華奢な手の中にある万年筆がくるくると踊った。
「ねぇ、所謂神絵師と呼ばれる方々の腕を食すと、画力が向上するという話を知っていて?」
 与太話だ。
 しかし霧子は微笑を絶やさず、至極真面目な調子で話を続ける。
「私も人気作家である先生を美味しく戴けば……もっと素晴らしい作品が書ける。そんな気がしているの」
 霧子の唇が弧を描き、はしたなくも舌が紅を艶やかに濡らす。
 雨水を害する者として予知された存在は間違いなくこの女、黒住霧子だ。
 ……或る作家の受難の日は、紫陽花達に見守られながら大詰めを迎えようとしていた。
朱酉・逢真
俺ぁ作家先生に姿見せねえで来たからなぁ。ここで声かけても怪しいだけさ。最後まで隠れていかせてもらうぜ。
さっきのネコをもっかい向かわせる。裾噛んでひっぱらせて安全な場所に誘導させときな。なんなら全部終わったあとに飼われたっていいんだぜ。そんときゃ腹ん中の寄生虫は取ってもらえよ。

俺は俺で敵さんの相手さ。へぇ、あんたさんも戦闘は仲間(*ダイモン)だよりかい。親近感わくねぇ。ンじゃ、遠慮なく。
来な坊主。猛毒の9ツ頭よ。あン? 相手が霧じゃ腹の足しにならねぇだとォ? ばかったれ、ちゃァんと肉の付いてるのがいるだろう。
生命力共有されてんだ。そっち狙いな。俺は盾になる《獣》たちがいるが、あっちにゃいねえ。


御園・桜花
「声のかけ方からして知り合いとも思えぬ貴女が、何故雨水先生を害そうとしたのか伺いたく…まさか小説のネタが被ったなどとは仰らないでしょう?」

UC「桜吹雪」使用
隙間を狙い敵も悪魔もまとめて切り刻む
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す

「軽妙洒脱な文章は、疲れた人間が頭を空っぽにして一息入れたい、休みたいと思った時の重要な活力ですもの。先生が何と思おうと、先生の文章を心待にしている読者はおります。書き続けられること書き続けること、それだけに我儘になっても、今の雨水先生ならはね退けても文句は出ないと思います」

「羨ましさだけで人は取って変われませんもの。物を書く生者としてのお戻りを願っております」
鎮魂歌歌い送る



 
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は悪魔に乗る貴婦人を前にしても、とても落ち着いていた。その顔にはパーラーで立つ時と変わらぬ柔らかい笑みも浮かべている。
「声のかけ方からして知り合いとも思えぬ貴女が、何故雨水先生を害そうとしたのか伺いたく……。まさか小説のネタが被ったなどとは仰らないでしょう?」
「そうね、ネタが被ったことはないかしら。でも、だからこそ、よ」
 霧子は品の良い微笑をたたえながら桜花の方を見て答える。そして、視線は桜花の後ろでへたり込んでいる雨水へと向けられる。
「私には書けない物語を書く、その才。とっても欲しいわ」
 朗らかに、まるで新しい着物をねだる様に霧子は言う。そして、彼女が従える悪魔は主の望みを叶えるべく、その身を躍らせ、桜花を飛び越え雨水に襲い掛かろうとする。
「させません」
 桜花の声が凛としたものへと変わる。
 着物の袖から素早く取り出した桜鋼扇を広げて石畳を蹴り、跳躍した悪魔の体を鋼扇で生み出した衝撃波で押し返す。悪魔はその黒い霧で構成された体が霧散する前に、衝撃波の勢いから逃げるように身を捩りながら着地した。
「先生の文章は、先生にしか書けません。そして先生自身が何と思おうと、先生の文章を心待ちにしている読者はおります」
 桜花の言葉に、呆然自失としていた雨水が我に返る。
「僕は……」
「まだ、書き続けたいのでしょう?」
 悪魔の攻撃を躱しながら、桜花は雨水に、そして悪魔にだけ戦わせて優雅に佇んでいる霧子へと語りかけ続ける。
「たとえ先生の腕を食したとて、先生の紡ぐ物語と文章は貴女には生み出せませんよ。羨ましさだけで人はとって変われませんもの」
「あら、そんなの試してみないと解らないでしょう?」
 霧子は細い顎に細い指を添え、少女のように可愛らしく小首を傾げてみせる。
 酷く落ち着いているように見えるが、彼女は至高の作家という妄執に憑りつかれ、狂ってしまった影朧なのだ。
 桜花の瞳に、僅かだが憐みの色が宿る。
「……物を書く、生者としての御戻りを願っております」
 魂を鎮める歌と共に桜花は手に持つ鋼扇を、手袋を、バレッタを、身に纏う装備品を桜の花弁へと変えて桜吹雪を生み出す。
 美しくも全てを切り裂く無数の花弁が霧子と悪魔を包み込んだ。



 雨水や桜花、霧子らから死角となる場所に立つ老木に凭れ掛かりながら朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は状況を『見』守っていた。
「戦闘は仲間頼りかい。親近感湧くねぇ」
 先ほど遣いにやった黒猫の目と耳を借りて解った黒住霧子の戦い方に、くっくと肩を揺らして喉奥で嗤う。
「ンじゃ、こっちも遠慮なくいかせて貰うとするかね。来な、坊主」
 逢真が持つ神威の一部が物質化した欠片。それはごくごく小さな存在だが、恐るべき禍の種。
 それを祝福の言葉と共に泥濘に落とせば、彼の眷属は厄災として現界する。
 人を減らす厄災ではなく、人を減らす厄災を殺す厄災として芽吹くのだ。



(自分を食えば良い小説が書ける? 馬鹿々々しい!)
 雨水は心の中で毒気づく。
 目の前に現れた美しい貴婦人の形をとった醜悪な何かの戯言は、疲労と恐怖で言うことを聞かなかった足をしゃんとさせるに充分な怒りを呼び起こした。
 先ほどの桜花の言葉で奮い立った創作意欲もある。
(早く、立たないと……)
 このまま此処にへたりこんでいては、自分を守ってくれている者達の足手纏いになってしまう。それに、自分は生き延びて何としても小説をこれからも書き続かなければいけないのだ。
 なんとか立ち上がる姿勢になった雨水の耳に『ナァン』と猫の鳴き声が届く。
「お前は……!」
 白鴉に追い立てられている内にはぐれた黒猫が少し離れた紫陽花の影から顔を出していた。
「よかった、怪我はないか?」
 雨水は逢真の眷属とも知らず、慌てて駆け寄って心配そうに黒猫を抱き上げる。
「嫌だわ、そんな薄汚い猫を触らないで下さいまし」
 桜花の生み出した桜吹雪から抜け出した霧子は、まるでこれから食べるものに蠅でもたかったかのように眉を顰める。体中に傷を負ったことで大分ご機嫌を損ねてしまったようだ。
 そんな主の意を汲んだ黒い霧で構成された悪魔は桜の花弁に切り裂かれながらも雨水へと迫り、その細腕に噛り付こうと大口を開けた。しかし、悪魔の牙が立てられたのは人間の肉ではなく、血の一滴すら零れない。
「蛇……?」
「いえ、あれはヒュドラーですね」
 霧子は目を見開き驚愕を示していたが、桜花の方は冷静に状況を分析する。
 どこからともなく現れ、雨水の肉盾になったのは九つの頭を持った大蛇。
 使役者の姿は見えないが、桜花は同業者の支援と判断し、霧子はこれもまた猟兵による妨害なのだと察して苛立たし気に手に持っていた原稿用紙を勢いよく破る。
「関係ないわ。猫だろうが蛇だろうが……さっさと片付けて、先生の腕を早く持ってきて頂戴」
 ややヒステリックな霧子の声を合図に獣じみた悪魔と巨大な九ツ頭の毒蛇がもつれあい、周囲に泥水を撒きあげながら喰らい合うような激しい戦いが繰り広げられる。
「先生! あちらへ!」
 桜花は巻き込まれないように雨水と猫を連れて距離を取り、逢真はというと……。
「あン?」
 場所を変えることもなく、眷属……ヒュドラーから伝わる抗議の意を耳をほじりながら聞いていた。
「相手が霧じゃ腹の足しにならねぇだとォ? ばかったれ、ちゃァんと肉ついてるのがいるだろう」
 ヒュドラーの意識が桜花や雨水達に向かうと、苦笑しながら手をひらひらと振る。
「違う違う、そっちじゃなくて、あっち。あの女サ」
 霧の悪魔なら攻撃を余裕の体で受けるかと思いきや、桜花やヒュドラーの攻撃を律義に避けようとする戦いぶり。そこから察するに、恐らく悪魔使いである霧子とあの悪魔は生命力を共有しているのだろう。
「俺みたいに他の≪盾≫がねぇンだもんなぁ、ご愁傷様」
 霧子の喉からあがったのだろう、耳をつんざくような悲鳴が逢真の元にも届いた。
 そんな悲鳴をあげる暇があれば、避けるなり反撃するなりすれば良いものを……とは思うが、まぁ、仕方のないことかもしれない。
 ヒュドラーの首は九つ。
 三つは悪魔を抑えこみ、残りの六つが次々と霧子に襲い掛かったのだから。
「たんと喰らいな。お互いに」
 ヒュドラーは女の肉を。
 霧子は肉を齧られ、体を灼く猛毒の痛みと苦しみを。
 存分に味わう両者の様子に、逢真はにんまりと笑みを深くした。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

灰神楽・綾
【梓(f25851)と】アドリブ◎
あー、「神絵師の腕を食べると絵が上手くなる」
ってなんか聞いたことあるね
それなら直接脳を食べた方が
効果あるんじゃない?と思ったなぁ

影朧はとても戦いとは縁が無さそうな出で立ちで
殺り合うには正直あまり気が乗らないのが本音
それよりも、そっちのペットの方が俺は興味あるね
影朧と魔獣はどうやら一蓮托生の関係のようだから
ひたすら魔獣のみを相手しても問題ないと見た

UC発動、「影朧本体を透過する」Emperorで
力溜めた一撃を横っ腹に叩きつける
この方が何の遠慮も無く戦えるからね
いかにも弱点っぽそうな赤い瞳を
命中率重視の部位破壊攻撃で狙う等
自由に戦っているようで効率的なルートも探る


乱獅子・梓
【綾(f02235)と】アドリブ◎
ったく、雨水とどんな縁がある奴かと思っていたら
とんだおっかない影朧だったな…
いやいや、なにさらっと
恐ろしいことを言ってんだお前は
綾を小突きつつ

予め後方に零を配置して雨水への守りを固めておく
早急に倒すことが一番の近道なわけだが…
やる気を出すために敢えて影朧本体は
眼中に入れないようにするとか
相変わらずあいつの戦い方は自由過ぎるな…

綾が魔獣の相手をしている隙に
俺は影朧本体に目掛けて
焔のブレスを浴びせる(属性攻撃
素直に喰らわせればそれで良し
魔獣が庇いに入れば、それも俺の狙いだ
先程喰らわせた一撃をトリガーにUC発動
更に威力を増した焔のブレスをお見舞い
全てを灰にしてやれ!



 神絵師の腕を食べれば絵が上手くなるだとか、そういう類の『人の体の一部を食してその人の才にあやかろう』という話を聞いた時……こんなことを考えたことはないだろうか。
「腕よりもさ、脳を食べた方が効果あるんじゃない?」
「いやいや、何さらっと怖いこと言ってんだ、お前。思わず想像しちまったじゃねぇか」
 笑顔で物騒な事をのたまう灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)を乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が反射的に肘で小突く。そしてサングラス越しにジト目で釘を刺した。
「……好みじゃないからって投げ遣りなことすんなよ?」
「あー、確かにそっちはタイプではないんだけど……」
 苦笑しながら綾は霧子を見遣った後、すぐに視線を黒霧の悪魔へと向ける。
 猟兵や猟兵が使役する大蛇の攻撃によって崩れた悪魔の体は、霧子が万年筆を走らせた原稿から浮かび上がった黒い霧によって補強され、より禍々しい獣の姿となっていた。
 霧で構成された体は血も肉も骨もないはずなのに、その黒さを増した体はずっしりとした重量を感じさせる。黒い体の中で唯一色彩の異なる深紅の瞳を爛々と輝かせ、大きく開かれた口から音のない咆哮をあげ、鋭い爪を境内の石畳に立てて傷跡を刻み……悪魔は静かに怒り狂っているように見えた。
「こっちのペットは興味あるから、大丈夫」
 愛用のハルバードであるEmperorを手にした綾は戦いとは縁遠そうな霧子には目もくれず、荒ぶる悪魔に恐れるどころか遊び相手を見つけたかのような愉し気な表情で肉迫する。
 間合いに入るまで加速して疾走し、正面衝突する前に火花を散らすような急ブレーキをかけた片足を軸に、力を溜めた大振りの一撃。
 真っ当な感覚の持ち主なら相手の間合いで溜め技を使うことを躊躇するだろう。だが、綾に躊躇はない。力を溜める隙を狙って敵の攻撃が飛んでくるという予測をしていないわけでもない。ただ、戦闘で生じる傷や痛みを『受け入れている』だけだ。それらは綾にとって戦闘に必要な要素であり、忌避するものではない。
 だから綾は笑っていた。霧で出来ているとは思えぬ程鋭く堅い黒爪が、鞭のようにしなる長い尾が僅かにだが足を止めた己に襲い掛かってきても。風切り音と共に頬の皮膚が、腕や太腿の肉が、鮮血と熱を伴って裂けたとしても。そして一切怯むことなく、容赦のない渾身の一撃を悪魔の横っ腹に叩き込んだ。悪魔は血を吐くかのように黒い霧を吐き出し、巨体を勢いよくふっ飛ばされて地に伏せる。
「な、なんて乱暴なの……!」
 霧子は真っ青な顔で脇腹を押さえながら膝をつき、苦痛交じりの非難めいた声を洩らしていた。彼女は悪魔使いとして悪魔と感覚全てを共有しているわけではなさそうだが、生命力を共有していると大きなダメージを伴う攻撃の痛みはある程度自身にもフィードバックされてしまうのだろう。
「一蓮托生ってね。でも安心して? アンタには何もしないから」
 その宣言通り綾は霧子に一切手出しをしなかった。視線一つくれてやることもなく、再び自分に牙を剥いてきた悪魔の大口をEmperorで受け止め、長い脚でその顎下を蹴り上げる。
 悪魔と戦り合っている内に、綾の間合いの中に霧子が入ることもあったが、『ディメンション・ブレイカー』を発動させている綾のEmperorは霧子を透過し、悪魔のみを切り裂き、叩き、突き上げる。
(やる気を出すために敢えて影朧本体は眼中に入れないようにするとか……。相変わらずあいつの戦い方は自由過ぎるな)
 肩を竦め、心の中で嘆息しつつも梓は綾の戦いを否定することはない。
 ツッコミを入れることはあれど、基本止めることもない。
 死なない程度に面倒を見る。
 それだけだ。
「零、そっちは任せた」
『ガウ!』
 連れの氷竜である零に氷で作った障壁を作らせ、少し離れた場所から猫を抱いて様子を窺っている雨水を敵の攻撃や飛び火から守らせる。そして梓自身の目は霧子の方へと向かった。
(早急に倒したいなら、やっぱり両方削った方が良いだろ)
 こういう時に楽しさよりも効率や被害を少なく済ませる為の発想や行動を取ってしまうのが梓である。そして、思い立ったら即行動。
 綾が一瞥もくれない霧子を指差し、傍の炎竜に合図を出す。幸い、霧子は苦痛で注意力散漫になっているのか梓達への警戒が疎かになっている。
「焔! 景気よく燃やして、全てを灰にしてやれ!」
 悪魔と戯れていた綾がこちらの射程から外れたのと同時に、焔の燃え盛る息吹……『星火燎原』が霧子を襲う。
「いやぁぁぁぁ! なんてことするの! 原稿が、私の素晴らしい作品が燃えてっ……ヒィィィ!!」
 品のない悲鳴をあげ、炎に巻かれた霧子が錯乱した様子で髪を振り乱しながら悪魔の元へと駆け寄る。梓にとっては願ってもない動きだ。
「折角だ、纏めて焼却してやる。感謝しろよ、この炎に焼いて貰えることを」
 霧子と悪魔を同時に射程におさめ、焔の息吹が一人と一体を包み込んで焼き焦がす。悪魔は霧子を庇うように覆い被さったが、炎の中から飛び出してきた綾が悪魔の紅い目を勢いよく突いたことで体勢を崩し、その巨体で霧子を圧し潰してしまった。
 結果、悪魔の体の下からあの品の良さそうな霧子とは結びつき難い、潰れた蛙のような声がして。
 あまりの滑稽さに、綾と梓は顔を見合わせて破顔するのであった。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵