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宵宮華燭

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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●絢爛に捧ぐ
 ——そこは、死地であった。
 水の都はとうに滅び、人の住めぬ澄んだ水だけが地下の墓所まで続いていた。引き入れた水は嘗ての栄華か、将又慰めであったか。ただひとつ、男に分かるのは此処が墓所であり己の死地であるという事実であった。
「——あぁ、貴方は美しい心の持ち主のようだ」
 頬に白い手が触れる。紫の髪は美しく——あぁ、街から逃がした彼女の髪はどうだっただろう。
「……」
 声は出なかった。この地に流れ着いた時から既に。首を滑ったナイフの冷たさが分かるのに痛みが無い。燭台で飾られた地で、領主に出会ってから——あぁ、出会ってから何があったのだろう。
(「何があって、何を口走って——……」)
 ひゅ、と喉が鳴る。何を話した。話せてしまったのか。見開いた瞳に白い手が唇を撫でた。紅を引く。死化粧を施す吸血鬼が美しい顔で微笑む。
「あぁ、問題は無い。君のその想いで街は生き延びる。私にとっては瞬きほどの一瞬でも、貴方達にとっては——……おや」
 饒舌に語る吸血鬼の声が止まる。柩に横たえた青年の瞳が、虚空を見据えたまま色彩を失っていた。
「死んでしまったか。あと少し語り合いたかったんだが……」
 憐憫を滲ませ吸血鬼は息を落とす。美しく施した死化粧に似合いの花をひとつ、添える。思いついたように薬指に花を沿わす。
「哀れで、愛しい、私の素材」
 愛する者の為にこの地に来て。
 愛する者の為に死する君達の。
「——その姿の、なんと美しいことか。やはり、素材は手をかけるに尽きる」
 その為の苦労は厭いはしない。
 憐憫を以て人の死を見送り、哀れみを以て頬を撫で、ひどく美しい笑みを浮かべ吸血鬼は旅立つ青年を木の柩へと横たえた。
「哀れで儚い人の子。死んでいる時にしか安らげないのであれば、私が美しい柩で埋葬してあげよう。その時こそ、君達は輝く」
 私の作品の中で、その生に意味を持つ。
「……あぁ、此度の贄は良い。私の柩によく似合う。安心すると良い。きっと君の花嫁も辿りつくだろう」
 今宵の贄に満足したように吸血鬼は花を添える。美しい花婿。死後の婚礼が根付く地は、この柩に相応しい。木の柩には花を詰め、その頬の色彩を保つために鉱石を寄せ。ひらり揺らす指先で新たな柩を招き微笑んだ。
「君にはきっと美しい花が咲くだろう。華の君にも満足頂けるかな」
 吐息を零すように吸血鬼は笑った。未だ、遠くにある者へと囁くように。
 次こそは、驚かせてみせよう。

●星夜の花嫁
 婚礼が決まったのだという。
 月の無い夜、御者のいない馬車が領主の使いとして告げた。
『美しき花嫁を』
『美しき花婿を』
 婚礼のためでは無い。贄を求める言葉であった。ある者は純白の花嫁衣装に身を包み、ある者は純白の花婿の衣装に身を包み、領主の元へと向かうのだ。
「……」
 ひとり、ふたり。
 向かわせれば街は平穏を得る。次の訪いまで、鐘の音が響く時まで息を潜めて生きるのだ。
「……ようやく」
 その日、哀れな娘がひとり、先に湖を渡ったという。花嫁衣装に身を包み、身寄りのいない娘が消えても——誰も何も言うことは無かった。


「かくれんぼが終わったようなの。仕事は如何かしら?」
 口元、微笑を浮かべたままシノア・プサルトゥイーリ(ミルワの詩篇・f10214)は集まった猟兵達を見た。
「姿を隠していた吸血鬼の、今の居場所が分かったの」
 名は『葬燎卿』——自らを納棺士と告げる吸血鬼だ。人々への哀れみを口にしながら、己の柩に収める素材として蒐集する。
「精神的に追い詰めていくことでね。素材に手間をかける、と言うのが吸血鬼の言い分だそうだけれど」
 人々は自らその身を、誰かを生贄として差し出すことを選ばされるのだ。
「人の身も、心も葬燎卿にとっては素材にすぎない。己の柩——作品の為の、ね」
 そうして、柩に収める素材を集め、居場所を転々としてきたが——漸く、場所を掴めたのだ。
「これが、目を付けられている街よ。丁度、領主から生贄を求めらているそうなの」
 その生贄と成り代わり、領主の館へと潜入するのだ。
「柩に入る者は婚礼の衣装を身に纏う。この地の風習だそうよ」
 死出の婚礼。この世界に魂が残るうちに、と紡がれる想いは街が滅びた都の縁を持つ地であるからだろう。
「衣装は街の人が貸してくれるわ。婚礼には花の砂糖漬けを口に含むそうよ」
 花の砂糖漬けは街からの餞別だ。意識を失わせる毒は恐怖を薄れさせるだろう、と。
「後は領主の館へ。吸血鬼の従僕達が小舟を用意するわ」
 船頭のいない小舟で湖を渡り、領主の館へと運ばれていくのだ。小舟に乗せられてしまえば、本格的に気を失い声を失うだろう。
「勿論、一時の事よ。猟兵であれば、吸血鬼と相対する時には声を取り戻しているでしょう」
 柩は湖に落とされる事は無いから、ただ身を委ねれば良い。
「逆に無理に意識を保ったり暴れるような事があれば、吸血鬼に気取られるでしょう」
 まずは素直に従い、その喉元へと迫れば良い。微笑んでシノアは話を続けた。
「辿りつく先は古い礼拝堂のようね。霊廟へと続く道すがら何か仕掛けがあるようだからどうぞ、気をつけて」
 それが何であれ、同じ地に踏み込めば後は追い詰めるだけだ。
「——それと、先に一人向かってしまっているお嬢さんがいるようなの」
 娘は一人船を漕ぎ、望んで先に向かったという。
「彼女の願いがどうであれ、それを吸血鬼に言いように利用される理由はなくてよ」
 グリモアの淡い光が灯る。ひらり開く花と共に武運を、とシノアは告げた。


秋月諒
秋月諒です。
どうぞよろしくお願い致します。

このシナリオは、黒塚婁マスターの「宵宮華籃」とテーマをリンクしています。
両シナリオは内容は繋がっていない、別舞台の事件です。

そんな感じに久しぶりのダークセイヴァーです。
柩は良いですね……。

▼各章について
各章、導入追加後のプレイング受付となります。
プレイング受付期間はマスターページ、告知ツイッターでご案内致します。

第1章:夜の花嫁
第2章:現時点では不明
第3章:葬燎卿

▼第1章について
生贄として、花嫁か花婿の姿で柩に入ります。
POW、SPD、WIZは参考までに。

衣装は街の人々が貸してくれるようです。自前もOKです。
花の砂糖漬けを口に含み、柩に入ります。
柩は一人一つです。

柩の中に入らなければ、領主の館へは迎えません。
柩に入り、謎の小舟で移動をし始めたところで1章が終了です。
花の砂糖漬けの毒と、領主の術で気を失います。

▼街について
死後婚礼の風習が残る街。
葬燎卿により、生贄を要求されている。生贄を差し出せば暫く街が平穏になるという事実を受け入れている。

滅びた水都の名残を組む街のひとつ。
水都に連なる医療教会の生き残りが落ち延びて作った街とも言われているが、その名残は少ない。

▼先に行った娘について
婚約者を失った娘。
体が弱く、身よりはいない。

▼プレイングについて
 お連れ様がいる場合は、最初の参加時のみ「合い言葉+ID」「名前+ID」をお願い致します。プレイングは同じ日に頂けると締め切り的にハッピーです。
 また、全ての方の採用は出来ない場合もございます。予めご了承ください。

それでは皆様、ご武運を。
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第1章 冒険 『夜の花嫁』

POW   :    生贄を気絶させ、入れ替わる

SPD   :    自らの美しさで生贄となる

WIZ   :    言葉巧みに説得し、入れ替わる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●白き花嫁
『花婿になったの』
 震える声で、義理の母となる筈だった人は告げた。街へ頼まれた品を買って戻ってきた時のことだった。体の弱い私を、心配していた義理の母は、3日の後に身を投げた。
「幸せにおなりなさい」
「貴女は生き残ったのだから」
「この夜の先をお生きなさい」
 幸せなことに、貴女は。
 囁き合う人々の声が遠かった。婚約者の最後の言葉は、いってらっしゃいと見送った彼は今生の別れと思っていたのだろうか。
「みんな、幸運だと言うのよ。貴方がいなくなってしまったのに」
 不幸になると思っていたのに。
 領主が再び贄を求めた。婚礼の折、街の者に選ばれたものだけが柩に入る。選ばれても、選ばれなくても構わなかった。その日だけ、あの湖の向こうへと渡れるのだから。
「恐ろしい……、恐ろしいだなんて。この世にどれ程の安らぎがあるというの? 貴方はもう、何処を探してもいないのに」
 無数の柩も、柩に掛かった鎖も恐ろしくは無かった。まだ動いている心臓に感謝したのは彼がいなくなってから初めてだった。

 ——あぁ、そうだとも。
 哀れで儚い人の子。ようこそ。
 死んでいる時にしか安らげないのであれば——……。

●星の瞬く夜に
 ——生贄の代わりとなる、と。
 辿りついた者達が告げれば、街の者達は一度驚いた顔をした後に、頷いた。訝しげな者達は、よそ者が贄となることで街への害を恐れているのだろう。だが、多くの者は何も言うことは無かった。思う所こそあるのだろうが、領主の求める婚礼も街の大年寄りが子供の頃からあったという。
 この地には、死後婚礼の習いがある。
 領主との婚礼に向かう者に、それを行うのは贄となるのは死を意味するからでもあった。
「死するも同義。……古くは、この婚礼にも意味はあったのですが」
 この世に魂が残っているうちに、と。
 終わりの先まで、共にと。
 願うそれは、長くに渡る贄の時代にすり切れた。
 柩に入るのには婚礼の衣装が必ず必要となる。
 望む者には差し出されるだろう。手持ちの用意があれば着込めば良い。街の人々が何を言うことは無いだろう。哀れな娘が先に一人、渡ったことさえもよそ者には余程のことが無い限り話はしないだろう。
 たとえ、猟兵と告げたところで。
 斯くして古き礼拝堂の名残にて、鐘の音を受け、花の砂糖菓子を受け取って贄となる花嫁と花婿達は柩に入る。仮初めの婚礼に何を思うも君達の自由だ。
 柩は一人に一つ。連れだって婚礼を終えた者でも違う柩に入り——湖を越えるのだ。
 
◆――――――――――――――――――――――――――◆

プレイング受付期間:6月9日(火)~12日(金)いっぱい

*死後婚礼の儀式は一人でも可能です。
 特別指定が無ければ街の人が勝手に相手として出てくることはありません。

*連れ合いが武器、人形などであれば婚礼の儀の後も一緒の柩に詰めつめできます。
(1キャラクターに対し、柩はひとつです、な感覚です)

◆――――――――――――――――――――――――――◆
アステル・サダルスウド
『言いくるめ』で生贄の代わりに立候補
花嫁の衣装で向かう
だって僕はいわゆる「男の娘」というやつだからねっ

さて、湖の向こうの領主の館へ向けて優雅に一礼でもしようか

大切な人を失って、絶望して…
けれど終わってしまいたいと思わなかった僕は、先に行ってしまった彼女と何が違うのかな
もし出逢えたら聞いてみようか
それにしても柩かぁ…おかあさんと田舎に逃げる前は、こんな風に仕舞われたこともあったね
この狭さ、ちょっと懐かしいや

さあ、悲劇を終わらせに行かなくてはね
温かな命を持つ人々は笑顔で幸せに生きるべきだし
婚礼衣装はこれから幸せになる人が着るものだ
血濡れた死地には勿体ない
贄の、偽りの花嫁は、きっと人形の方が相応しい



●星に誓い、星に願う
 乾いた鐘の音が響いていた。カラン、カラン、と古びた鐘楼は、それでもこの街の婚礼を告げてきたのだという。平時であれば、これから先を共に生きる人々が誓いを結んだのだろう。若しくは別離に嘆く恋人達が、終わりの先も共に、と願ったか。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
「……」
 願いと嘆きの中、祈りの言葉が無いのは此より先、向かう地を分かっているからだろうか。 
「何卒、幾久しくお守りください」
 花をあしらったベールの向こう、ゆっくりと開いた瞳でアステル・サダルスウド(星影のオルゴール・f04598)が見たのは嘆きを滲ませる街の者の姿であった。
『だって、似合っているだろう?』
 ひらり、と純白の上でウエディングドレスを風に揺らしたアステルの言葉に、婚礼の『呼びかけ』を受けたという少女は目を白黒とさせていた。美しい緑の瞳を隠すベール、ふわりと柔らかな白い布地は刺繍の星も美しく可愛らしい。そう、可愛らしくはあったのだ。だからこそ、少女の年の離れた兄は驚いたのだ。
『いや、きみ……え、男の子、だよね?』
『だって僕はいわゆる「男の娘」というやつだからねっ』
 ふわり、と揺らしたスカートに、靡く水色の髪。とびっきりの笑顔を浮かべれば、青年は目をぱちくり、とさせた。
 ——そう、アステル・サダルスウドは少年である。少女と青年が間違えなかったのは——否、殆ど間違えていたのだが、年の離れた妹がいたからだろう。柔らかに波打つ髪が風に揺れ、婚礼の儀式の終わりを告げるように青い花が舞う。
「——では、良き眠りを」
「うん」
 掌に受け取ったスミレの砂糖漬けは、仄かに甘い香りがしていた。

 儀式が終わる頃には、大通りから一本、花に彩られた道筋が出来上がっていた。古い石畳を降りて、湖へと——吸血鬼の館へと向かうのだ。吹き抜ける風は、水と、花の香りがする。キィ、キィ、と小さな船着き場に置かれたランプが揺れていた。
(「あの湖の先にあるのが……」)
 霧でも掛かっているのか、ひどく見えにくい。目を凝らすように足を止めれば、後ろから追いかけてくる声があった。
「——み、きみ! 大丈夫なのか」
 あの時の、少女の兄だ。
 儀式を終えれば贄は婚礼に向かうもの。結果として、妹を救う事となった青年は、それが他の誰かを差し出すことになるという意味を分かっているのだろう。諦観と共に見送るのではなく、踏み出した青年を街の人々が追う。
「アルベルト!」
 街の人々が、追いつくその前にアステルは微笑んだ。
「きみ、は……」
 青年にふ、と吐息一つ零すようにして笑って、花嫁は湖の向こうを見た。
 ひらり、純白のドレスを揺らして、湖の向こう、領主の館へと花嫁は優雅に一礼する。口元、柔く浮かべられた笑みにベールに残っていた青い花びらが舞った。
(「大切な人を失って、絶望して……。けれど終わってしまいたいと思わなかった僕は、先に行ってしまった彼女と何が違うのかな」)
 もし出逢えたら聞いてみようか。
 婚約者を失った娘がいるという。先に街を出た娘の話は聞こえては来なかった。だが、先に向かったのであれば——彼女が無事であれば、出会う事もあるだろう。
(「体が弱いんだっけ」)
 ならば、全てを賭けて館に向かったのかもしれない。失った大切な人を、もしかしたら探して。
「それにしても柩かぁ……おかあさんと田舎に逃げる前は、こんな風に仕舞われたこともあったね」
 身を横にしてしまえば、蓋は街の者によってしめられる。訪れた闇の中、この狭さは少しばかり懐かしい。
「さあ、悲劇を終わらせに行かなくてはね」
 掌に残された砂糖菓子を唇にのせる。ふわり、と甘い香り。花の匂い。
「温かな命を持つ人々は笑顔で幸せに生きるべきだし、婚礼衣装はこれから幸せになる人が着るものだ」
 血濡れた死地には勿体ない。
『君だって、失われて良い訳じゃない』
 引き留めるように聞こえた声をひとつ思い出して、アステルは落ちていく意識と共に目を伏せた。
「贄の、偽りの花嫁は、きっと人形の方が相応しい」

大成功 🔵​🔵​🔵​

音海・心結
【桜舞う/f24928】

ね、瑠璃
既に先に生贄として娘が行ったそうなのです
なんでも、婚約者を失ったばかりで、
身よりもいなかったんだって
…………

ま、みゆたちも潜入しますか
ここで嘆いても何も始まらないのです

純白のフリルをあしらった
Aラインのウェディングドレスに
お花やリボンを髪に編み込んで
いつもより口静かに姿を現すのです
裾を上品に持ち上げて、一礼

慣れない棺
顔色一つ変えず、淡々と中に入る

……ねぇ
今まで運ばれた生贄の娘は、
どんな想いで運ばれたのでしょうか
悲しい? 切ない? 辛い? 絶望?
どの感情でも喜ぶ人はいないと思うのです
みゆたちで報われない結婚式を終わらせましょうね
これ以上、不幸な人を増やさないために


桜夢・瑠璃
【桜舞う/f04636】

初めてのダークセイヴァーに顔を曇らせ、後をついていく
何か言いたそうにしている彼女の話を聞くことしかできない
生半可は言葉を掛けるのは憚られた

……そのために来たんだよね
僕もついていくよ
お手をどうぞ、と彼女に差し出して

シルバー系のタキシードに黒ネクタイ・黒ベストを
主役の彼女が引き立つように、白は選ばなかった

僕たちを代わりに運んでくれませんか?
美しさで生贄になろうか

これが棺か
狭いけれど、僕も入れそうだ
入る前に一度、彼女の方は見る
――決心は固そうだ

ここが彼女の故郷と聞いたけれど、
お世辞にも治安がいいとは言えない
元気で明るく入れたのは、彼女特有の持ち味かな
……なんて



●微睡みに灰の空
 薄く、煙るような雲が空を覆っていた。常闇よりは薄曇りに近いのだろう。古びた鐘楼が、カランカラン、と音を鳴らす。石畳の街は、ひどく重い空気に包まれていた。
「婚礼よ」
「——婚礼が決まったの」
 街の人々の囁き合う声は、婚礼という言葉に反してひどく重かった。怯えるような声と共に、誰一人目を合わせようとはしない。
(「——いや、微笑まれても……」)
 きっと困惑したことだろう。
 初めてのダークセイヴァーに、桜夢・瑠璃(桜瑠璃・f24928)は顔を曇らせた。街の人々が怯えているのは旅人である瑠璃達にでは無い。街の者同士で怯え合っているのだ。誰が今日の贄となるのか、と。領主に告げられた婚礼は、生贄を求めるということだ——という。
「……」
 怯えこそすれ、街の人々は驚いてはいなかった。その事実に、電子の海で過ごしてきた瑠璃は戸惑う。見慣れぬ世界だという事実も確かにあった。だがなにより——……。
「ね、瑠璃。既に先に生贄として娘が行ったそうなのです」
 先を歩く音海・心結(ゆるりふわふわ・f04636)が振り返った。石畳にコツン、と足音が残る。柔らかな髪を揺らし心結の瞳がゆっくりとこちらを向く。
「なんでも、婚約者を失ったばかりで、身よりもいなかったんだって」
 石畳を辿るように金色の瞳が瑠璃を捉えた。それは瑠璃を見ているようで、この街を、世界を見ていたのか。
「……」
 何か言いたそうにしている彼女の話を、瑠璃は聞くことしか出来なかった。生半可な言葉など掛けるのは憚られた。
(「僕は……」)
 二色の瞳に憂いが乗る。瑠璃のファンがその姿を見れば、きっとひどく慌てたことだろう。
 王子様、紳士。
 女性向け恋愛ゲームの王子様としてあった瑠璃にとって相手にかけるべき言葉は解るものであった筈なのに。
「だからこそ」
 薄く開いた唇から、零れ落ちた言葉は音となって響く事は無いまま。乾いた風が、吐息を攫った。湖が近いというのに、この街はひどく乾いた風も吹く。
「ま、みゆたちも潜入しますか。ここで嘆いても何も始まらないのです」
 押し黙ったままの瑠璃に何を言う訳でも無く、心結は靴を街中へと向けた。生贄となる花嫁や花婿達は皆、礼拝堂に向かったという。
「……そのために来たんだよね」
 ゆっくりと、瑠璃は息を吸う。石畳を一歩、先に歩いて行きそうな彼女を呼ぶ。
「僕もついていくよ。お手をどうぞ」
 差し出した白い指先に、ぱち、と瞬いた少女の手がゆっくりと触れた。

 ——鐘の音が響く。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 願いと嘆きの中、丘の上の礼拝堂で行われる儀式に祈りは無かった。ただ、吹き抜ける風が純白のフリルをあしらったウエディングドレスを揺らす。ひら、ひらと舞う花びらは、死後婚礼の為に舞う花であった。
「……」
 扉の無い、壁ばかりが残った礼拝堂はそれでも街の人々には祝いの場であったのだろう。古びた花飾りがその名残を見せていた。白い花はとうに枯れたか。
「何卒、幾久しくお守りください」
 擦れるような願いが儀式の終わりを告げる。視線を上げれば花とリボンを編み込んだ心結の髪がふわり、と揺れた。
「……ッ」
 息を詰めたのは、生贄となるはずであった娘の母であった。——いや、あの時はまだ決まってはいなかった。だが、可能性はあったのだろう。年頃の妹を、母親は必死に隠そうとしていた。
『……どうぞ』
 誰が、何処の娘か。
 何処の息子か。
 波のように揺れる人々の言葉が、一つの狂気へと向かう前に声をかけたのが心結であった。美しいウエディングドレスに身を包んだ娘。ただ、一言だけを告げてドレスの裾を上品に持ち上げた花嫁の姿に街の人々は戸惑い。だが、傍らに立つ花婿の姿に息を飲んだ。
『僕たちを代わりに運んでくれませんか?』
 花嫁を引き立たせるように、シルバー系のタキシードに身を包んだ青年の言葉が全ての答えであったのだから。
「——では、良き眠りを」
 儀式は終わった。
 先に立ち上がった花婿が花嫁へと手を差し出す。黒のネクタイに黒のベスト。純白の花嫁の姿にひどくよく似合い——だからこそ、街の人々に長らく忘れられていた幸いを、思い出させた。
 きぃ、きぃ、と小舟が鳴く。小さな船着き場には、柩と小舟が揃えられていた。影のような従僕たちが小舟へと乗せるのだろう。
「……」
 慣れない柩だった。
 木の柩。紫の宝玉を一つはめ込まれた柩に、心結は顔色ひとつ変えずに、身を下ろす。共に向かう者はせめて——、という街の人の言葉で、瑠璃の柩は傍らに置かれた。
「これが棺か。狭いけれど、僕も入れそうだ」
 手をそっと、柩にかけた瑠璃の声が耳に届く。身を横たえる前に、そっと心結は彼を見た。
「……ねぇ。今まで運ばれた生贄の娘は、どんな想いで運ばれたのでしょうか」
 悲しい? 切ない? 辛い? 絶望?
 帰れぬ旅路だ。だからこそ、生贄となった者に街の人々は儀式を行う。婚礼の儀を。死後の契りを。それは別れだ。生きては戻れぬと誰もが知って行くのだから。
(「街はほんの少しだけ救われて。でも、それがほんの少しだってことも分かっていたのでしょう」)
 花を纏う髪が揺れる。柩の蓋はいずれしめられる。
「みゆたちで報われない結婚式を終わらせましょうね。これ以上、不幸な人を増やさないために」
「……うん」
 そっと、瑠璃は頷いた。柩に入る彼女の姿は——その決心は固そうで。乾いた風が、ふいに水を帯びた。湖から——霧の深いあの向こうから届いて居るのだろう。
(「ここが彼女の故郷と聞いたけれど、お世辞にも治安がいいとは言えない」)
 元気で明るく入れたのは、彼女特有の持ち味か。
(「……なんて」)
 小さく思いながら、柩に身を下ろす。花の砂糖漬けがほんのりと甘く蕩けるような眠りに誘った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハロ・シエラ
なるほど、そう言う趣向ですか。
UDCアースでは結婚は墓場だ、等と言うそうで……まさか吸血鬼がそんな事を表現している訳でも無いでしょうが。
とにかく敵地まで無防備な状況で近付かなければならないのはプレッシャーです。
【勇気】を保つべく、服を着替えてもブローチと首飾りはお守り代わりに持って置きたい所ですね。
花嫁衣裳であればかなりボリュームもあるはず。
ダガー程度の【物を隠す】事くらいは出来るでしょう。
可能ならレイピアも隠しておきたいですけどね。
棺にはいい思い出がある筈もありませんが、毒や術に抗う必要もありません。
この甘さと香りを堪能してしまうよりも早く、眠ってしまうのでしょう。
そして目覚めた頃には……。



●その旅路において
 街に残る礼拝堂は、この地に流れ着いた医療教会の者が作ったという。初まりの頃は美しい教会であったのだろう。高い天井と、装飾の彫り込まれた柱。ステンドグラスは一部を残して崩れ落ち、柱は実際の所、雨を遮るような本の少しの屋根を支えているに過ぎなかった。
 ——この地では、領主に生贄を差し出すことを婚礼と言うらしい。
「なるほど、そう言う趣向ですか」
 死後の婚礼。
 この世に魂が残っているうちに、と。
 終わりの先まで、共にと。
 願い祈る儀式としてあったこの街の風習は、贄を求められる中ですり切れていったのだろう。この街の文化が吸血鬼の琴線にでも触れたのか。
「UDCアースでは結婚は墓場だ、等と言うそうで……まさか吸血鬼がそんな事を表現している訳でも無いでしょうが」
 ハロ・シエラ(ソード&ダガー・f13966)はそう言って息をついた。少女の艶やかな黒髪が揺れ、寂れた街へと嘗ての少年兵は瞳を向ける。
「……」
 寂れて、薄暗い疲れ切った街だ。
 生贄を求められることに怯えながらも、驚きはしない。どれ程長く、この状態にあったというのか。
(「とにかく敵地まで無防備な状況で近付かなければならないのはプレッシャーです」)
 生贄は、花嫁衣装に身を包む。柩に入り、館へと送られるのだから。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 純白のウエディングドレスに身を包み、訪れた礼拝堂には青い花びらが舞っていた。花嫁へと届ける祝いと祈りは、この地には遠い。
「……」
 願いと嘆きの中、ハロは勇気を保つようにブローチに触れた。首飾りもお守り代わりに持っている。ふんわりとボリュームのある花嫁衣装に隠すようにダガーも隠した。
(「可能ならレイピアも隠しておきたいですけどね」)
 上手く柩の中に一緒に持ち込めれば大丈夫かもしれない。街の人々の視線をかいくぐる程度は簡単だ。
「何卒、幾久しくお守りください」
 ——さぁ、よき眠りを。
 差し出された花の砂糖漬けは、ほんのりと甘い花の香りだけがしていた。

 ——きぃ、きぃ、と小舟が揺れている。柩には良い思い出は無かった。木の柩に身を横たえ、ゆっくりとしめられていく蓋を見る。
「……私は……」
 この甘さと香りを堪能してしまうよりも早く、眠ってしまうのだろう。
「……」
 唇にひとつ、花の砂糖漬けを乗せる。蕩けるような甘さが、沈むような眠りにハロを誘う。 
 吸血鬼。
 倒すべきもの。
 嘗ての少年兵は、夢を描くことなく意識を——沈めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天瀬・紅紀
グウェンドリン(f00712)と。

花嫁、かぁ。
ねぇ、グウェンは花嫁さんに憧れるタイプ?
凄く似合ってるよ。…あれ、何だろこの父親感。

花婿衣裳も純白だと、僕は幽霊みたいになるんだよね。
ってことで黒系の礼服に紅いタイ。ふふ、良い感じに対称的なんじゃない?
そんな意味あったんだね。名前に想いが籠められてる…のかなぁ、君のご両親の、さ。
裾踏まないように気をつけてね。手を伸ばし、柩の側まで共に歩み。

水の上で眠りについて流れていくとか絵画であったな。
そうそう、グウェンの故郷イングランドの古典だね。
その女性は悲劇の中で沈み行くけど…君はそうならないでよ?

それじゃおやすみ。向こうに着くまで一眠りしとこうか。


グウェンドリン・グレンジャー
紅紀(f24482)と

花嫁……んー、ピンと、こない……相手も、居ない、し
このドレス……は、好きだなー……
(真っ白いドレスの裾をつまんでくるりと回り)
紅紀も、かっこいいー

私も、真っ白け
(せめてもの彩として花冠を被って)
グウェンドリン……って、名前も【白い円環】って意味、らしいけどー
紅紀も、名前の通り、紅いタイ、似合ってる
むー、いつも、丈短い、から、慣れない、なー
(紅紀の手を取り)
ありが、とー

……オフィーリア。シェイクスピア……は、よく、読んだ
(思い出すのはヴィクトリア朝、世紀末芸術の絵画)
どう、かな……沈んでしまわないよう、努力、する

うん、おやすみ……ちょっと、寝る……



●天蓋に星を綴り
 カラン、カラン、と乾いた鐘の音が街に響いていた。礼拝堂に残った鐘楼は、音を鳴らす度に砂を零す。吹き抜ける風が地に落ちるまでに砂を攫えば、花の香りだけがふわり、と届いた。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 街に聖職者の姿は無かった。街の者同士で、婚礼の儀を行うのが街の習いであった。嘆きと願いの言葉の中、祈りだけがこの地には無い。寂しげな街に、はらはらと花びらだけが舞っていた。
「何卒、幾久しくお守りください」
 儀式の終わりを告げる言葉が届く。伏せていた瞳を二人、ゆっくりと開けば花の砂糖漬けが差し出された。

 ——この地では、領主が生贄を求めることを婚礼と言う。
 土地の風習が琴線に触れたか、将又、柩に納めるのにそちらが美しいからかは知れず、嫁ぐより贄へと出される者たちに揃えられるばかりであった衣装に二人は袖を通していた。
「花嫁、かぁ。ねぇ、グウェンは花嫁さんに憧れるタイプ?」
 ふわり、ふわり、と純白のドレスが揺れていた。腰に回った美しいレースのリボンは、背に一輪の花を描き、振り返った娘の灰色の髪に寄り添うようにベールがめくられた。
「花嫁……んー、ピンと、こない……相手も、居ない、し」
 グウェンドリン・グレンジャー(冷たい海・f00712)はそう言いながら、真っ白いドレスの裾をつまんでくるり、と回る。
「このドレス……は、好きだなー……」
「凄く似合ってるよ。……あれ、何だろこの父親感」
 吐息ひとつ零すように笑った先で、ふつり、と沸いた感情に天瀬・紅紀(蠍火・f24482)は笑う。これが所謂、娘を送り出す父親の気持ちなのか。綴るばかりの言葉にあったそれを思い出しながら落とす息は、トン、トトン、と石畳を踊るようにくるりともう一度回って見せたグウェンドリンの言葉に攫われた。
「紅紀も、かっこいいー」
「ありがとう」
 純白の花嫁ドレスに身を包んだグウェンドリンに対し、紅紀は黒の礼服に身を包んでいた。すらりとした身を似合うようにシンプルな礼服に、紅いタイ。
「花婿衣裳も純白だと、僕は幽霊みたいになるんだよね」
 深い黒の礼服は、すらりとした立ち姿に良く似合う。ふわり揺れた白髪を、軽く指先で掬って小さく笑った紅紀に、グウェンドリンが視線を上げた。
「私も、真っ白け」
 せめてもの彩りに花冠を被ってグウェンドリンはベールを揺らす。
「グウェンドリン……って、名前も『白い円環』って意味、らしいけどー」
「そんな意味あったんだね。名前に想いが籠められてる……のかなぁ、君のご両親の、さ」
 言の葉は、数多意味と由来を持つ。
 訥々と語る娘の、二度、三度と瞬いた瞳はやがて紅紀の胸元を捉え「名前の通り、紅いタイ、似合ってる」と告げた。
 ——遠く、舟の軋む音がした。
 石畳の通りを降りれば、小さな船着き場があるという。柩もそこに。領主の館へと渡る小舟もそこにやってきているという。
『迷うことなどございません。瞬きの後には、辿りついてしまうのですから』
 だから、と渡された花の砂糖漬けはほんのりと甘く香る。
(「花とは……少し、違う。薬とも違う、なー」)
 どうぞ手放さずに。必ず口にいれてください。
 祈るような、縋るような言葉を思い出してグウェンドリンは、足を止める。つ、とスカートが引っかかりそうになったからでは無いのだ。うん。ちょっと、階段は降りにくかったのだけど。
「むー、いつも、丈短い、から、慣れない、なー」
「裾踏まないように気をつけてね」
 グウェン、と差し出された手を取る。
「ありが、とー」
 ゆっくりと階段を降りていけば、湖の傍から漸く濡れた風の匂いがした。街中は、乾いた風の気配しか無かったというのに。これが霧深い湖の向こうから届いているものなのか。湖面を滑る霧を眺めながら、紅紀は薄く唇を開いた。
「水の上で眠りについて流れていくとか絵画であったな」
「……オフィーリア。あの話は……よく、読んだ」
 何かを思い出すように、湖へと目をやったグウェンドリンに紅紀は、ふ、と笑った。
「そうそう、グウェンの故郷イングランドで有名な戯曲だね」
 その名を唇に乗せて、紅紀は柩に触れる。木の柩。紫の宝石をひとつ、はめ込まれただけの簡素だがしっかりとした造りの柩だ。
「その女性は悲劇の中で沈み行くけど…君はそうならないでよ?」
「どう、かな……沈んでしまわないよう、努力、する」
 柩は小枝では無いけれど。心を無くすことは無いように。
 そっと足を踏み入れれば、手の中に残るのは花の砂糖漬けだけ。
「それじゃおやすみ。向こうに着くまで一眠りしとこうか」
「うん、おやすみ……ちょっと、寝る……」
 迷いなく、グウェンドリンは花の砂糖漬けを口に含む。昼寝をする猫のように柩にすっぽりと身を沈めた姿に小さく笑って紅紀も花に触れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
純白のタキシード。
着る理由が仕事という虚しさよ…
こんなに若々しく顔もいい(自分でも言う)んですけどね!
…婚礼など。己には皮肉に過ぎない、か。

衣装は借りてゆきます。
彼らがもう、悲しみでこれに身を包まず済む様。

儀式に一人身。最中、ふと。
はて、僕はどなたに嫁ぐのでしょう、と。
立ち話でも聞いた風を装い、
過日は花婿だったと耳にしましたが…
花嫁相手とはいきませんかね、とか。
娘さんの事、口を滑らせてでもくれればと。

花の砂糖菓子を口に含み、柩に入る。
恐れも、何も。向かう地へ思う所など無い。

…あぁ、でも。
こういう衣装は、君が着てこそ…
幸いが美しく映え、似合うのだろうな…。

それは夢うつつか。
それとも、君への祈りか



●白き旅路
 乾いた鐘の音が街に響いていた。婚礼の儀は、礼拝堂で行われる。死後の婚礼。旅路に際し結ぶもの。その魂がこの世界にあるうちに——と、願い紡がれてきた婚礼の儀は、領主が贄を求めるのを「婚礼」と言い出した時からすり切れていったのだろう。今や、死後の方に意味を持つ。
 ——領主の館へと向かうのだから。
 街を出る前に行う儀式は、贄となった者達が生きて戻らぬからこその婚礼であった。皆、この街を出る前に死ぬようなものなのだ、と。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 ひらひらと、青い花が舞っていた。天井の多くを失った礼拝堂に儀式の鐘が鳴る。聖職者達の姿はなく、街の人々が代わる代わるの言葉を紡いだ。
(「これが……」)
 本来はあった、婚礼の姿なんでしょうね。
 寂れた街に、吹き抜ける風を頬に受けながらクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は思った。膝を折り、儀式を受ける男は純白のタキシードに身を包んでいた。緩やかに波打つ黒髪は後ろで結い、花が一輪髪飾りのように添えられた。自分の姿は、一度、街の人が姿見で見せてはくれたのだが——……。
(「純白のタキシード。着る理由が仕事という虚しさよ……」)
 しかも、これから先、クロトを待っているのは可愛らしい花嫁ではなく柩だ。その先は吸血鬼と来た。
『こんなに若々しく顔もいいんですけどね!』
 自分でもしっかりがっつり言ったクロトに、何か言い返すような気力が街の者にある訳も無く——そうなってくれば、言った言葉だけが部屋に残った。37歳の悲哀である。
『……婚礼など。己には皮肉に過ぎない、か』
 お陰で、最後の呟きを誰に拾われる事も無かった。
 婚礼の衣装そのものは、街に多く用意されていた。吸血鬼によって支配されるまでは、この地には多くの人々が式を挙げに来ていたのだろう。水都の流れを汲む街には医療教会の生き残りが住まい、彼らが祈りと願いの場を作り上げた。その名残が、今は壁ばかりを残す礼拝堂であり、死後の婚礼の文化であった。
「……」
 婚礼衣装はどれも、着やすいものだった。少しのことであればサイズも直す。その手慣れに、クロトは何を言うことも無かった。ただ、衣装は借りていくことにした。彼らがもう、悲しみでこれに身を包まずに済むように。
「何卒、幾久しく——……」
「はて、僕はどなたに嫁ぐのでしょう」
 ふと、クロトは口を開く。儀式の最中、声を掛けてきた者など、そういなかったのだろう。それが、代わりに贄になるという者であれば尚更だ。小さく、瞬いた女は困ったように息をついた。
「領主様よ。湖の向こう、霧の島にいらっしゃる……」
「過日は花婿だったと耳にしましたが……」
 女の話に形ばかりに頷きながら、クロトは立ち話でも聞いた風を装って、首を一つ傾げてみせた。
「花嫁相手とはいきませんかね」
「——それを、どこで。……、いえ、えぇ。性別は関係無いのよ。領主様はそういうもので、私達を見てはいないのだから」
 健康であれば、構わないのよ。館に辿り着ければ。
 口早に女は告げる。逸らされた視線が戸惑いと、僅かな怒りを帯びていた。クロトに向けられた者では無い。街の特定の誰かに向けられているような強い、視線であった。
「だから、本当は彼で無くても良かったのよ。誰でも構わないから、選ばれそうだったあの子である理由も無かった。あの二人は、幸せに——……」
 そこまで言って、女はふつり、と口を噤んだ。怒りを見せていた瞳は伏せられ、ただ、諦めに似た声が落ちた。
「またひとり、差し出して私達は冷静になっただけ」
 けれどそれって狂っていくだけじゃないかしら、と。

 何卒、幾久しくお守りください。
 祈りの言葉を最後に、受け取った花の砂糖菓子はほんのりと甘い香りがしていた。
(「選ばれそうだったあの子というのは、件のお嬢さんでしょうか」)
 生贄に選ばれるところだったのを、花婿が間に入り——結果として、彼が贄となった。花嫁を他の街に逃がすように動いたのが仇となったか、将又、恨みでも買っていたのか。
『あの子は、長くは無かったのに』
 擦れるような声で告げた女は、礼拝堂から街を睨むように見ていた。互いに贄を選び合う状況を作り上げられれば——自ずと、恨みは積み上がる。些細な事でも毒となる。その中で、花嫁を残して逝くこととなった花婿の選択は正しかったのか。
「……それこそ」
 僕が応えられるものでもありませんね。
 息を落とし、船着き場近くに並ぶ木の柩に触れた。紫の宝石がひとつ、はめ込まれた柩を撫でる。花の砂糖菓子を口に含み、ゆっくりと身を横たえた。
 恐れも、何も。向かう地へ思う所など無い。
(「……あぁ、でも。こういう衣装は、君が着てこそ……」)
 とじていく蓋が闇を生む。暗闇に沈み行く意識の中で、朧気に描いた姿がある。
「幸いが美しく映え、似合うのだろうな……」
 囁くような声がひとつ、落ちた。
 それは夢うつつか。
 それとも、君への祈りか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雛瑠璃・優歌
毒だと解った物を口にするって結構怖いけど…
「大丈夫、出来る」
自分に言い聞かせ、街の人も説得する
衣装は自分で持ってきたよ
もし衣装ごと変身するUCを使う暇が無かったら普通のドレスだと後々動き難いと思って
ラベンダーアイス色の、前だけミディアム丈になったフィッシュテール型ウェディングドレスと白の靴
泡模様入りのチュールにスカイブルーのベールとパールビーズで飾ったもの
それにこの夜の世界に似合う月を飾ったティアラ
まるで最後は空気の精になった人魚姫の話を色々切り取って集めたみたいなドレス
ううん、それでもあたしはこんな所で何かに殉じたりはしないの
着替えて鐘の音を聞いた後棺に入って花弁を口に含む
甘いのに、痺れて…



●瞬きの後に
 カラン、カラン、と乾いた鐘の音が響いていた。壁ばかりが残った礼拝堂に、薄く帯のような光が差す。用意された洋灯だろう。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 ひらひらと舞う花びらは、婚礼の折、花嫁へと捧ぐものだ。この地に本来あったもの——否、事実、この街にも時折だが「普通の」婚礼もあるのだろう。壁の花飾りがその名残を伝えていた。
(「……多分、随分と古い」)
 それでも、花が花として残る程の昔の話。
 生贄の代わりを申し出た雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)に、街の人々は驚いていた。外から来た者が生贄になると聞いて、手放しで喜ぶことが無かったのは、彼らの矜持か——それとも、もう心がすり切れていたのか。
『こんな若い娘さんが——……』
 年頃に思うところがあるように言っていたのは、着替えの場を用意した女であった。針子であるという女は、街で使われる婚礼衣装の多くを取り扱うのだという。
『本当は、普通に祝いの衣装だっていいのさ』
 婚礼の衣装だ。
 とっておきのドレスとして、身に纏えば良いのだと告げた女は、ややあって苦笑した。話過ぎたようだね、と息を落とした女の姿は礼拝堂には無かった。
「……」
「何卒、幾久しくお守りください」
 儀式の言葉は、そこで途切れた。ふわり、とドレスの裾を揺らす。ゆっくりと立ち上がれば白い脚がドレスから見えた。フロント丈が短く、後ろに長いフィッシュテール型ウェディングドレスは優歌が用意してきたものだった。色彩はラベンダーアイス。白い靴は花嫁衣装によく似合った。
「——では、良き眠りを」
「はい」
 差し出された花の砂糖漬けを受け取る。ほんのりと甘い香りに、スカイブルーのベース越しに見えた世界が揺れた。
「……」
 この花は、毒だという。
 パールビーズの飾られたベールがふわり、と揺れる。柩の中、腰を下ろせば泡模様のチュールが指先に淡い影を落とした。
「まるで……」
 最後は空気の精になった、人魚姫の話を色々切り取って集めたみたいなドレスだった。
「ううん、それでもあたしはこんな所で何かに殉じたりはしないの」
 此処は、初まりだ。
 乾いた空気が、ふいに湿り気を帯びる。湖の向こうからやってくる風は、舞台の開演を告げるように優歌の頬に触れた。
「大丈夫」
 毒だと解っているものを口にするのは結構怖い。けれど、自分に言い聞かせるように優歌はそう言った。
「大丈夫、出来る」
 怖くない、でも無く。出来る、と言葉を作って柩に身を沈めていく。口に含んだ甘い花は、砂糖の柔らかな甘さと、花の香りがして——ふいに、視界が歪む。
「甘いのに、痺れて……」
 そうして、とぷり、と沈むように意識が途切れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロリーナ・シャティ
(持ち込み衣装はタキシードをベースにドレスシャツ、キュロットパンツに編み上げブーツ。フリルでやや女子物寄りにしたユニセックスな婚礼衣装。頭にはミニシルクハット。
全体的にウォーターグリーンからアンティークグリーンのグラデーションは仄暗めだがあちこちにカミツレの花を飾ってる)
「あ、あの、棺…代わりに入り、ますっ」
びっくりするよね…でもやるの
「ただ、お願いがあって」
人とのお話は苦手だけど…頑張らなくちゃ
「ひどい不器用、だから。髪、整えてほしい、です」
梳かして2つ結びしてもらう
「ぁ、ありがとう」
上手く笑えたかな
「いって、きます」
きっとあなた達にも今より優しい明日を持ってくるから
花びらの甘さに目を閉じた



●カミレの願い
 遠く響いていた鐘の音が消えた。追いすがるように灰色の空を揺らした音の終わりは、またひとつ婚礼の儀が終わった事を告げていた。
「今宵は誰かしら」
「……さんの」
「あぁ、花婿であれば……」
 花嫁であっても、花婿であっても。領主にとって変わりは無い。求められているのは贄であり「婚礼」と告げられるのは、ただ、領主がそれを好んだだけのことだという。
 死後の婚礼。
 死出の道行き。
 古くは医療教会と連なる地は、二つの門出を祈っていたのだろう。今や、見送りに使われる言葉に嘆きと願いはあれど祈りの言葉は無かった。
「」
「」
 石畳の階段を降りていく時に、耳に届いたのはそんな言葉だった。儀式を終えた青年は、黒の礼服に青い花を懐に添えていた。
「……」
 青年に言葉は無く、だからこそ声をかけるのは憚られた。とうの昔に覚悟の全ても決めたのだろう。喪服のように黒いベールは、青年の顔に残る傷を隠すものか。領主様が気にするか。いえ、気にされるかもしれないと、囁き合う声の全てを置いて、柩へと向かう青年に——ひとつ、声がかかった。
「あの……」
「……」
「あの」
 二度目の言葉に漸く青年は足を止める。其処で漸く来訪者の姿に気がついたのだろう。ベール越しに見えていた二色の瞳が瞬く。
「あんた、は?」
 見目より幾分か粗雑に響いた言葉に瞬く。臆するように言葉が揺れ、タキシードの袖から覗く白い手をロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)は握った。
「あ、あの、柩……代わりに入り、ますっ」
「——は」
 何を、と擦れた言葉と共に青年の瞳がこちらを見た。漸く、ロリーナの姿に気がついたのだろう。タキシードをベースに、ドレスシャツ。キュロットパンツに編み上げブーツ。灰がかった淡青緑の長い髪がふわりと揺れた。
「あんた、が?」
「は、はい」
 びっくりされるのは分かっていた。それでもやるのだと、ロリーナは決めていた。だから此処に来て、声をかけたのだ。少しばかり女性よりの、だが、どこか性別というものを感じさせない婚礼衣装は青年をひどく儚げに見せる。
「……代わりに、って」
 あんたは、と続く言葉の先が揺れた。何をどう言えば良いか、青年にも分からないのだろう。戸惑いに揺れる瞳に、ロリーナはひとつ息を吸う。人と話をするのは苦手だったのだが——……。
(「頑張らなくちゃ」)
 俯きかけた視線を上げる。カミツレの花がふわり、と香る。
「ただ、お願いがあって」
「願い?」
 湖から湿った風が届く。きぃ、きぃと小舟が揺れていた。届いていた柩は未だ空のまま、足を止めた二人を眺めるように蓋が小さく揺れる。
「ひどい不器用、だから。髪、整えてほしい、です」
「——……、あぁ、分かった。……別に、俺も上手いって訳じゃないが……」
 櫛を、と青年は短く告げた。衣装が汚れるから、とロリーナの腰掛ける場所をひとつ作る。長い髪を梳く指先は手慣れていた。姉がいたのだと、小さく告げたきり青年は何も言わず、ゆっくりと櫛で髪をとかす。二つ結びにして、そこで漸く「似合うな」とぽつりと告げた。
「これでいいのか?」
「ぁ、ありがとう」
 ミニシルクハットも一緒に直した青年は、ロリーナのその笑みに小さく息を飲み、顔を上げた。
「いって、きます」
 ロリーナの微笑みが青年の言葉を押しとどめた。どうか、と揺れる言葉が、死地へと向かうと分かっていて柩を手放す事実を告げている。きつく、唇を噛む姿を最後にロリーナは柩に身を横たえた。
(「きっとあなた達にも今より優しい明日を持ってくるから」)
 生贄の為の婚礼は、今日で終わり。
 受け取った青い花の砂糖漬けに唇で触れる。蕩けるような甘さに、静かに瞳をとじた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイブル・クライツァ
着飾った事はあっても、柩に入る事はこの身である以上絶対に無いから
囮とは言え人の真似事が出来るのは新鮮だわ
…白のドレスを纏ったら、真っ白になってしまうわね

綺麗に仕上げてしまったら、別れるのが惜しくなるのに飾り付けるのは生贄用だからとは判っているけれど
勿体無いと思うのは、これっきりで処分される飾りを憐れんでしまうから
嗚呼、悪趣味な輩を放置するとこんなにも無闇に荒らされてしまうのね

しなくても良い覚悟はこれ以上増える必要は無いわ
人の感情は未だ判らない所もあるけれど、理不尽に奪われるべきじゃない

…砂糖に漬けなくても花は甘いわ。だって、こんなに美しいもの
眠るなんて久し振り。これからが悪夢にならない様小休止



●白き花嫁
 薄曇りの空に、乾いた鐘の音が響いていた。カランカラン、と尾を引くように響いていた音が止めば儀式も終わりだ。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 街中に司祭の姿は無く、嘗て祝い事でそうしていたように送り出す為の儀式も街の者の手で行われていた。
 死後の婚礼。
 この世に魂が残っているうちに、とその先を共にと願うという人の文化は、レイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)にはひどく珍しく映った。
(「願いに嘆き。死地に送り出すとしても、それを忘れてはいないのね」)
 若しくはそれが、唯一残ったものであるのか。
 領主はこの地の文化に習うように、生贄の求めを婚礼と告げ、街の人々は届けられた木の柩に婚礼衣装に身を包んだ者を横たえる。
「何卒、幾久しくお守りください、ね」
 石畳の階段を降りて行けば、小さな船着き場が見えた。領主の館からやってきたのだろう。小舟に船頭たる従僕達の姿は無く、街の人々の話によれば小舟はひとりでに進み柩を運ぶという。
「あの柩ね」
 着飾った事はあっても、柩に入る事はこの身である以上絶対に無い。囮とはいえ、人の真似事が出来るのは新鮮だった。
「それにしても……白のドレスを纏ったら、真っ白になってしまうわね」
 するり、と伸ばした腕。指先まで掛かった繊細なレースが使われた裾の長いウエディングドレスだ。白の美しい髪に、瞳を伏せ、砂糖菓子を受け取った娘が人間ではないと街の人々が気がつく事は無かった。腰のリボンには金の刺繍を。
「……」
 綺麗に仕上げた分、別れが惜しくなるのにどうして飾り付けるのだろうか。
「生贄用だからとは判っているけれど。勿体無いわね」
 街中にある婚礼衣装は皆、死地への道行きの為だ。生きて帰った生贄など無く、それ故に、儀式は死を前に行われる送り出しに似て来た。嘗てあった願いもとうに消えて。
(「嗚呼、悪趣味な輩を放置するとこんなにも無闇に荒らされてしまうのね」)
 ほう、とレイブルは息をつく。しなくても良い覚悟が、これ以上増える必要は無い。
「人の感情は未だ判らない所もあるけれど、理不尽に奪われるべきじゃない」
 揺れるヴェールに手を添えて、礼拝堂を振り返る事無くレイブルは柩に触れた。
「……」
 木の柩。紫の宝石が一つだけ施された柩に、そっと足をいれる。手の中には、あの時、儀式で受け取った砂糖漬けの花があった。青い花はスミレだろうか。
「……砂糖に漬けなくても花は甘いわ。だって、こんなに美しいもの」
 眠るなんて久し振り。これからが悪夢にならないよう——、そう呟いて花に触れる。蕩けるような甘さと共に、とぷり、と意識が落ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

英比良・與儀
ヒメ(f16671)と

おう、まァこうなるのは仕方ねーわ
俺どう見ても美少年で美少女ではないんだが……面白いからいーか
女物の婚礼衣装着るのなんて、最初で最後だろ
似合ってるか?
ヒメも似合ってるが…褒めるのはなんかなァ…

死後婚礼なんて、こいつ耐えられるのか?とは思うが
フリってとこから慣れろ、っつーのも変な話だし
先に死なせる気もまったくない

仮初の婚礼か
俺たちは、婚礼とは違うがどんな時も共にってのは近い所があるかもな
俺はお前の主だ
海の見えるとこ?お前はそういうとこロマンチストだよなァ…

さて砂糖菓子を貰って
先に入れよ
(俺が先だと、俺が先に死ぬ様で無理だろ)
また、あとでな
(涙目だし)
入るのを見届けて俺も棺へ


姫城・京杜
與儀(f16671)と
花婿姿で

俺に良く似合ってるだろ、イケメンだからな!(どや
與儀も超美少女、すげー似合ってる!
やっぱ俺の主!(謎のどや

仮初の婚礼か
てか挙式なら、普通に海の見える教会とかでしたくね?
俺には無縁でよく分かんねェけどな

って、棺に入るのか…
いや俺が入るのは全然いいんだけど
主が死ぬ事を恐れてる俺にとって、與儀が棺に入るの無理…
フリって分かってるけど…

…とか葛藤してたら、先に入れと言われ素直に頷く
これは敵の所に運ばれる為のただの箱だ、って
そう必死に自分に言い聞かせながら
ん、あとで…な
ちょっと涙目になりつつ、棺から主見上げこたえてから
もういっそ早く意識失いたいって…甘い花の毒に身を委ねるぞ



●いつか、海の見える場所で
 カラン、カラン、と乾いた鐘の音が響いていた。もう、随分と古い礼拝堂だ。
『だってあれは、帰れぬ道行きですわ』
 伏せた瞳で、はらはらと涙を流しながら告げた娘は、身代わりにと姿を見せた二人が行き着く先を知っていたからだろう。
 裾の長い純白のドレスは、美しい前上がりのデザインに出来上がっていた。足首が美しく見えるのだと告げた裁縫師であり、然程時間を掛けること無く丈を直していった。金糸で蔓の刺繍が施されたヴェールに、ウエストには花のモチーフを添えて。
『——えぇ、とても綺麗』
 感嘆の息と共にそう、告げた。
「……」
 英比良・與儀(ラディカロジカ・f16671)が男だという事実は置いたまま。
「おう、まァこうなるのは仕方ねーわ。俺どう見ても美少年で美少女ではないんだが……」
 裁縫師の娘は勘違いしたまま言ったのか——将又、似合っているから良かったのか。
「……面白いからいーか」
 軽く、肩を竦める。当たり前のように着慣れない衣装は、歩く度にやたらふわり、ふわり、と裾が揺れた。体格を誤魔化す必要も然程無く、ウエストに牡丹のデザインが添えられた分、胸元の無さも目立ちはしない。
(「綺麗、綺麗ねぇ……」)
 はらはらと流された涙との温度差に、今ひとつ見送る言葉も思いつかないまま、與儀はひとつ息をついた。
「俺に良く似合ってるだろ、イケメンだからな!」
 半分くらいは、この確かに似合ってはいるが、と言いたくなる従者の姿に。
(「ヒメも似合ってるが……褒めるのはなんかなァ……」)
 ドヤァ、と立ってみせる姿は確かに長身の姫城・京杜(紅い焔神・f17071)に似合いの黒の礼装だった。花嫁の衣装に合わせて娘が選んだのだろう。胸元の花は、與儀の腰を飾る花と同じだ。繊細な刺繍の施されたドレスシャツは、結局の所、京杜に良く似合っていたのだ。
「女物の婚礼衣装着るのなんて、最初で最後だろ。似合ってるか?」
 そうそう何度も予定はしていない。
 ひとまず先に、するりと手を伸ばして聞いてみれば、ぱち、と藍の瞳を瞬かせて京杜は満面の笑みを浮かべた。
「與儀も超美少女、すげー似合ってる!」
 揺れるレースを見せる為だけに伸ばしていた手を花婿らしく取って、京杜は微笑んだ。
「やっぱ俺の主!」
 従者としては主の全てが嬉しいのだと。誇らしげに——だが、どうにもやっぱりどやった男に、與儀はひっそりと息をついた。足首を晒すこの格好で、蹴りを入れるのは流石に少し面倒な気がしただけでもあったが。
「それで、儀式があっちの礼拝堂なんだよな?」
「——あぁ。本職がいない分、街の人間が取り仕切ってるって話しだが……」
 結局の所、後ろに長い裾のドレスのお陰で京杜は傍らに付く形になった。礼拝堂までは長い階段になる。
(「死後の婚礼を行い、生贄達を送り出す……か」)
 死後の婚礼。
 死出の道行き。
 この地に古くからあったという風習。この世に魂がある内に、と願う儀式。其処にある前提は、共にと願った誰かが既にこの世にはいない、ということだ。
(「死後婚礼なんて、こいつ耐えられるのか?」)
 ヴェールの下、視線を向けぬまま京杜を思う。目を向ければ——どうせ、従者は主の気配に気がつくだろう。その目が何を問うているかは気がつかないかもしれないが。
 生と死が二人を分かつまで。
 婚礼の儀式における決まり文句。其処に告げられる生と死。
(「フリってとこから慣れろ、っつーのも変な話だし」)
 先に死なせる気もまったくない。
 口の中、作った言葉は舌の上に溶けた。ふ、と落とした息は自嘲に濡れる訳でも無く、只一度伏せられた瞳が緩やかに上がれば、乾いた風が金色の髪をヴェールと共に揺らしていた。
「——與儀?」
「いや。そろそろだろ?」
 視線ひとつ上げた主の言葉に京杜は頷いた。瞳の花浅葱がよく見れないのは少しばかり残念だったが——街の人々の視線を集める主の姿も誇らしい。女装しても完璧完全美少女なのだから。
「仮初の婚礼か。俺たちは、婚礼とは違うがどんな時も共にってのは近い所があるかもな」
 俺はお前の主だ、と告げる與儀に頷く。主従の誓い。守護者たる覚悟。もう二度と、という想いは永遠に似る。
「てか挙式なら、普通に海の見える教会とかでしたくね? 俺には無縁でよく分かんねェけどな」
 青い海の見える白い教会。
 ふと思い浮かんだ姿を口にすれば、ぱち、と瞬いた後に與儀が息をついた。
「海の見えるとこ? お前はそういうとこロマンチストだよなァ……」
「そうか?」
 こて、と首を傾げた先、最後の一段を上りきれば儀式の場が二人を待っていた。
 
 儀式を終え、向かった小さな船着き場には、柩がふたつ待っていた。領主の館へと向かう小舟も二つ。従僕の姿は無かったが——舟は、迷う事無く着くのだろう。
「って、棺に入るのか……。いや俺が入るのは全然いいんだけど」
 そういうものだ、とは聞いていた。分かっていたが、だがそれでも頭の中で納得出来ないものがある。柩に纏わるのは死だ。その柩に與儀も入るという事実が受け入れられない。
(「だって、それは死ぬってことだろ……」)
 與儀が、と考えれば足元から急速に冷えていく気がした。チリチリ、と焔が舞う音が聞こえるのに冷えていく気がする。違う。大丈夫だ。フリに過ぎない。言葉は出てくるというのに、主の死を恐れる京杜の心はひどく揺れた。
(「フリって分かってるけど……」)
 でも、と薄く開いた唇が言葉を作るより先に、砂糖菓子を手にした主の声が耳に届いた。
「先に入れよ」
「……」
 こくり、と頷く。
 これは敵の所へ運ばれるための只の箱だと自分に言い聞かせながら柩の中、腰を落とす。
「また、あとでな」
「ん、あとで……な」
 ちょっと涙目になりながら京杜は柩から主の姿を見上げた。ふ、と吐息を零すようにひどく美しく笑った主の姿だけを瞳の残すように強く京杜は瞼を閉じた。
(「もういっそ早く意識失いたい」)
 花の砂糖菓子を口に運ぶ。甘い毒に身を委ねるように、とぷり、と京杜は意識を沈め。その姿を見送った與儀も柩に入ると目を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アストリット・クロイゼルング
【WIZ】
恋人に先立たれた娘と言う触れ込みで、花嫁に志願します

叶わなかった婚礼を挙げて、あの人の元へと向かいたい
それに街が、ひと時の平穏を得られるのであればと説得を

純白の花嫁衣裳を纏い
礼拝堂に響く鐘の音に合わせて、そっと歌を口ずさんでから柩へ
ささやかでもいい、先に向かった娘さんの無事を願って
もし彼女が街へ戻れたなら、再び日常を過ごせる様にと

敷き詰められた白花に囲まれながら、砂糖漬けの花を口に運びます
湖を渡る死出の旅は、どこかの物語のよう
悲嘆に揺れるさざ波の音も
忘却の水が忘れさせてくれるかも知れませんが
……わたしは、もう忘れたくはないのです

未だ見ぬ、誰かを想って
終わりの先へ、夜の先へと向かいます



●永久の道順
 古い礼拝堂に鐘の音が響いていた。壁ばかりが残り雨除けのようなささやかな屋根だけが残った礼拝堂も、嘗ては青の教会と呼ばれていたのだという。スミレの美しい花が咲くから——と、アストリット・クロイゼルング(幻想ローレライ・f11071)に告げたのは、世話役となった娘であった。
『此処は、貴女のような方が良く……そう、昔は良く来られていたから。教会の名残で』
 死後の婚礼。
 死出の道行き。
 その魂がこの世界にある内に。どうか共に、と終わりの先も共にと願うもの。
『叶わなかった婚礼を挙げて、あの人の元へと向かいたいのです』
 街中でそう、声を掛けたアストリットに街の人々が足を止めた。今日という日に来訪者は多く——だが、そう告げたのはアストリットが初めてであったからだ。
『それに街が、ひと時の平穏を得られるのであれば……』
 生贄を出せば、街は一時の平穏を得る。
 古い噴水の前、娘の手を強く掴んでいた母親が頷いたのが決まりであった。
 恋人に先立たれた娘——という触れ込みは、街の娘たちや大年寄り達の耳に入ったらしい。嘗て、この街はその為にあったのだ。と懐かしさと、今との違いきつく唇を結んだ老人はアストリットへと真珠の髪飾りを渡した。
『戻さんで良い。この地は嘗て、そうして見送ってきたのだから。本来は……』
 例えば願いを、思いを。
 古びた礼拝堂で行われた死後婚礼の儀式は、青い花びらを踊らせながら終わりを迎えていく。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 願いと嘆きの中、祈りの言葉だけが無かった。お嬢さん、と小さく名を呼ばれてアストリットは視線を上げる。銀糸で薔薇の刺繍が施されたヴェールを越しに、着付けを手伝った娘がそっと花の砂糖漬けを差し出した。
「どうか……、どうか、幾久しくお守りください」
 ゆっくりと立ち上がれば、スカートがたおやかに波打つ。腰のリボンにも薔薇の花を。石畳の階段を降りていけば、小さな船着き場が見えた。領主からの小舟の他に、街の人々がつかうようなものは残っていなかった。
「……」
 娘が先に、一人向かったのだという。
 老人の言っていた「本来は」という言葉は娘に向けられたものであったのか。カラン、カラン、と響く礼拝堂の鐘の音にあわせ、アストリットはそっと、歌を口ずさむ。
 ——ささやかでもいい。先に向かって娘の無事を願って。
(「もし彼女が街へ戻れたなら、再び日常を過ごせる様に」)
 口ずさんだ旋律は灰色の雲に融けて消えて。木の柩へと、アストリットは手をかける。敷き詰められた白い花に囲まれながら、砂糖漬けの花を口に運んだ。
 キィ、と擦れる音と共に柩の蓋が閉まる。
(「湖を渡る死出の旅は、どこかの物語のよう。悲嘆に揺れるさざ波の音も忘却の水が忘れさせてくれるかも知れませんが」)
 唇に触れた甘さの中、紫の瞳が揺れる。
「……わたしは、もう忘れたくはないのです」
 謳うように落ちた言葉は、落ちていく意識と共に、柩の中にとぷり、と消えた。いずれ、柩は湖を渡る。未だ見ぬ、誰かを想って。終わりの先へ、夜の先へとアストリットは向かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

比良坂・美鶴
死出の婚礼、ね
素敵な文化だと思うわ?
死後もその魂が安寧たれと願うだなんて

だからそんな願いを 死を
踏み躙る所業は許されない

生贄の代わりを申し出
少し悩むけれど
そうね
花婿の衣装を借りて向かいましょ

貴方がたが犠牲になることはない
私が身代わりとなりましょう
ひとつ、衣装をお借りしても宜しいですか?

……、
花嫁衣裳に憧れた事が無いといったら嘘になるわ
小さい頃、よく眺めたりしたわねぇ
堂々と着れたら良かったのだけれど

ふふ
昔の夢よ
アタシはどちらかというと
人を着飾る方が好きだから

――だから、いいの

うつくしい花嫁衣装は
アタシには勿体ないから
アタシは私として柩に入る

(堂々とアタシになれればよかったのにね)



●宵を行く
 街は、生きながらその命を削られているようであった。カラン、カラン、と響く鐘の音は軋み、街にただ一つという礼拝堂は壁ばかりを残す廃墟であった。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
「……」
 願いと嘆きの中、祈りの言葉だけが無かった。かさつき震える手がはら、はらと青い花びらを比良坂・美鶴(葬列・f01746)へと零していた。青い花びらは、婚礼の折、幸いを紡ぐものだろう。この地では、死出の婚礼にもそれを使う。
 この世界に魂があるうちに、と。共にと願うのだ。
(「死出の婚礼、ね。素敵な文化だと思うわ?」)
 仏花の香が僅かに揺れる。舞う花はスミレだろうか。清めと魔除けの為、婚礼に使われる花はこの地にあっては祈りの為にあるのか。純白の衣装に触れた花びらが淡い色彩を灯す。
(「死後もその魂が安寧たれと願うだなんて」)
 ゆっくりと開いた瞳が捉えたのは、街の人々の姿だった。街中に聖職者は無く、小さな街がそうするように持ち回りで行われていた婚礼は、領主がそれに習うように生贄を求めだした時から彼らの心を軋ませた。
「だからそんな願いを 死を。踏み躙る所業は許されない」
 願いと嘆きの狭間、美鶴は声を落とす。小さな呟きは乾いた風が攫った。湖が近いというのに、此処はひどく乾いた風が吹く。艶やかな黒髪が隠していた表情が露わとなる。美しくも蒼白い貌が伏せた瞳に良く、似合っていた。
「きれいなひと……」
「そう、あの方が今宵の花婿に」
 儀式に零れ落ちたざわめきは、花の砂糖漬けを手にした女の咳払いで潰えた。美鶴が生贄に、と申し出た時、息を飲んだ裁縫師だった。
『貴方がたが犠牲になることはない。私が身代わりとなりましょう』
『——あんた』
 裁縫師の甥が、贄へと選ばれる可能性があった、という。若い甥は街の外の娘に恋をした。それだけのこと。それだけのことが、街の人々を狂気に走らせようとしていた。
『ひとつ、衣装をお借りしても宜しいですか?』
 静かに微笑み、首を傾げて見せた美鶴に裁縫師は戸惑い——だが、最後は頷いた。彼女が着丈を直しながら話してくれたのが、そんな話だったのだ。
『この衣装だって、本当はただの祝いの為にありゃ良かったのさ』
 花婿の衣装は、花嫁のレースと同じ刺繍を施し、薄いグレーのタキシードはブーケとも似合うように。今宵この時の為だけに用意された衣装は、仄かに花の香りがしていた。
「……」
 本当は少し、悩んだのだ。どちらを着るか、と。少しばかり悩んだが美鶴は花婿の衣装を選んだ。美しく、艶やかな純白のドレスでは無く花婿の衣装を。
「何卒、幾久しくお守りください」
 儀式の終わり、受け取った砂糖漬けの花と共に階段を降りていく。花嫁衣装であれば長いスカートを風に揺らしてこの地を降りていったのだろう。
「……、花嫁衣裳に憧れた事が無いといったら嘘になるわ」
 ほう、と美鶴は息をつく。内面に女性性抱える美鶴にとって、するりと伸ばした指先を包むのが花婿のグローブではなく、花嫁の美しいレースのグローブであればと思わない訳では無い。
「小さい頃、よく眺めたりしたわねぇ。堂々と着れたら良かったのだけれど」
 ふふ、と風に零す。昔の夢よ、と美鶴は小さく笑った。
「アタシはどちらかというと、人を着飾る方が好きだから」
 小さな船着き場が見えた。きぃ、きぃと従者の姿が無い小舟が姿を見せ、木の柩がひとつ、美鶴を待っていた。
「――だから、いいの」
 零す言葉の後、浮かべたのは笑みであったか。憂いであったか。顔を覆う花嫁のヴェールの代わりに、艶やかな黒髪を揺らして美鶴は柩に触れる。ぴったりと合ったサイズ。丁寧に作られた柩だと職業柄分かる。
「……」
 うつくしい花嫁衣装はアタシには勿体ないから。
(「アタシは私として柩に入る」)
 弔いの花を備える男として、此処に入る。ゆっくりと身を横たえれば敷き詰められた白い花が美鶴を出迎える。
(「堂々とアタシになれればよかったのにね」)
 浮かぶ思いは自嘲を招いたか。伏せられた瞳と共に口に運んだ花は、ひどく甘い毒の香りがしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
千鶴(f00683)さんと

貴女は生きて
きっと夜明けは来るから
コミュ力で街の人を言いくるめ、代役に

綺麗な衣装…いつか本当に
…いえ、何でもありません
花嫁衣装を纏い、零した夢物語に苦笑し首を振る
街の人にお礼を伝えて先へ

ゎ…千鶴さん、素敵ですねぇ
周囲の視線を集める彼を見つけて瞬き一つ
ええ
千鶴さんのお嫁さんになる方が羨ましいですねぇ
ふわり微笑んで

私には勿体ないくらい素敵な衣装
そんなまさか…ふふ、頼もしいですねぇ
そうだといいのですけれどねぇと微笑む

ぇ?…あぁ、もう
何故そういうことができてしまうのですか…
頬染め照れつつ花をそっと交換し寄り添う

意味を違えてしまった風習に終止符を
元の
幸せな婚礼を取り戻すために


宵鍔・千鶴
千織(f02428)と

死は安らぎであるけれど
凡ての終わりだ
積み重ねた自分は無になるだけ
残るものは何も無い
…だから、

純白に揺れる花嫁衣装に身を包む千織に暫し見蕩れるは仕方ないこと
……へえ。花嫁姿、凄く綺麗だね。千織。男が放って置かないんじゃない?
まあ、近付かせないけど
いつか、本当に愛する者の傍らで其れを着れると良いね、なんてゆるく笑む

自分の花婿衣装は少し擽ったさも在るけれど
賛辞にはきょとり傾げてから
……そう?
…………なら、今は千織が花嫁さんってことで。
照れるきみに
ね、くちを開けて、と
指輪の代わり、甘い花を交換して、共に往こう

婚礼とは本来幸せであるべきもの、死がふたりを分かつまで
永遠を誓うものだよ



●夜明けに告げる
 乾いた鐘の音が遠く、響いていた。古びた礼拝堂に祝いの言葉は無い。廃墟に近い礼拝堂は壁ばかりが残り、雨宿りが出来る小さな天井だけが残っていた。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 礼拝堂から届く声に祈りは無い。
 この街は、人が生きながら滅びようとしている。
『貴女は生きて。きっと夜明けは来るから』
 橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)の言葉に、娘は三度目の「でも」という言葉を飲み込んだ。震える指先で手渡されたのは真珠の髪飾りは、この地で婚礼を行う娘が貰うものだという。
『本当はね、幸せになるようにって渡されていたものなのだけど……』
 普通の婚礼であれば、これから先を幸せに。
 死後の婚礼であれば、これより先、再び魂が出会った後に幸せになれるように、と。
 領主が贄を求めるのを婚礼と告げるようになってからは、渡す意味も変わった。贄を出す家にせめてもの——と。そうして一人、また一人と寂れていった街を知る娘は、震える手をきつく握り千織に告げた。
『どうか、貴方様も生きてください。お優しい方』
 夜明けと言ってくださった貴女。
 祈るように告げた娘は、礼拝堂にほど近いアトリエを紹介してくれた。婚礼の衣装を誂える店は古くから街に多くあったという。遠い昔は教会に連なる地域であったからだろう。
「綺麗な衣装……いつか本当に」
 これを、と用意されたのは純白の花嫁衣装だった。繊細なレースの使われたドレスはシルエットも美しい。ロングトレーンは、普段を和服で過ごす千織にとって少しばかり慣れず——だが、憧れに似た姿を見せた。
「……? 何か、ありましたか?」
 呟きは娘の耳には届かなかったのだろう。
「……いえ、何でもありません」
 零した夢物語に苦笑して、ヴェールを受け取った千織は着付けに礼を紡いだ。婚礼衣装に身を包めば待っているのは柩に入っての旅路だ。花の砂糖漬けは、先に娘から受け取っていた。
『何卒、幾久しくお守りください』
 祈るように届いた言葉に、はい、とやわく頷いた千織が石畳の通りへと戻れば、ほの暗い街に艶やかな黒髪が見えた。
「……」
 ふわりと微笑んだ彼女の、耳の形により添うようにあったヴェールがゆらり、ゆらりと揺れてみせれば宵鍔・千鶴(nyx・f00683)の見知った色彩に出会う。
「……へえ。花嫁姿、凄く綺麗だね」
 純白に揺れる花嫁衣装に身を包む千織に、暫し見蕩れるのは仕方の無いことだった。
 死は安らぎであるけれど凡ての終わりだ。積み重ねた自分は無になるだけ——残るものは何も無い。
(「……だから、」)
 吐息ひとつ、零すようにして千鶴は微笑んだ。
「千織。男が放って置かないんじゃない?」
 まあ、近付かせないけど。
 とん、と一歩距離を詰めて、どうぞ、と手を差し出す。柩の待つという船着き場までは石畳の階段を降りていくのだという。
「そんなまさか…ふふ、頼もしいですねぇ」
 私には勿体ないくらい素敵な衣装ですから、と微笑む千織がそっと手を乗せる。
「いつか、本当に愛する者の傍らで其れを着れると良いね」
 ゆるく微笑んだ千鶴に、レースに包まれた指先は擽ったそうにひとつ笑った。
「そうだといいのですけれどねぇ」
 ——きぃ、きぃ、と船着き場で小舟が揺れていた。従僕の姿は無く、二人分の柩だけが用意されていた。
「それにしても千鶴さん、素敵ですねぇ」
 瞬きひとつ、ふわりと千織は微笑んだ。
「ええ。千鶴さんのお嫁さんになる方が羨ましいですねぇ」
「……そう? ……なら、今は千織が花嫁さんってことで」
 微笑んで告げた言葉に、千織がぱち、と瞬く。ぇ、と小さく零れ落ちた言葉と共にヴェール越しに見える頬が紅く染まる。
「ね、くちを開けて」
 つい、とヴェールに触れる。柔らかな髪には触れぬように、そっと魔除けを払う。
「指輪の代わり、甘い花を交換して、共に往こう」
 甘やかに囁くように千鶴は告げれば、頬を染めた千織の声が落ちる。
「あぁ、もう。何故そういうことができてしまうのですか……」
 照れながらも、それでも唇に花を受ける。ふわり、甘い香りはほんのりとした甘さを運んでくるのに——蜜のような甘みを感じて。寄り添うようにそっと、千鶴へと花を差し出した。その甘さを唇に。
「ありがとう、千鶴」
 行こうか、と手を引く。湖から届く風は水を帯びていた。街中は、あれだけ乾いた風が吹いていたというのに。
「婚礼とは本来幸せであるべきもの、死がふたりを分かつまで。永遠を誓うものだよ」
「意味を違えてしまった風習に終止符を。元の幸せな婚礼を取り戻すために」
 ゆっくりと頷いた彼女の手を離す。柩へと向かう姿を見送って、千鶴も木の柩へと身を横たえた。とろりと甘い花の熱に、その誓いに身を委ねるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

神埜・常盤
可能なら式神の女給と婚礼を
お前は嫌がるだろうが
綺麗な衣装を着れるんだから悪くないだろう
それに、相手が居ないと詰まらないからねェ
もしも無理ならひとりで、儀に挑もう

所帯を持つ心算など無い僕が
花婿衣装に身を包む日が来るなんて
分からないものだなァ……

やっぱり柩のなかは狭いねェ
僕は柩に入って眠るタイプのダンピールじゃないンだが
もし寝床として柩を買う時は
もっと広くて背凭れが柔らかいものを求めたい
まァ、無事に帰れたらの噺だけれど

不満に蓋をするかの如く咥えた毒の花は
舌に甘く、いと美味しい
あとは淹れたての紅茶があると最高だ
嗚呼、けれど、くらくらする

道中は暇だし大人しく眠りに就こう
目覚めの後の饗宴を心待ちに



●伏せたる君
 ——カラン、カラン、と乾いた鐘の音が街中に響き渡っていた。街の薄暗さは歓楽街に見る夜明けに似ていた。最も、差し込む朝日が無い分、此処は夜明け前の薄暗さをくり返している。
 生贄。
 婚礼。
 死後婚礼それ自体は、古くは医療教会と関わりのあったこの街に古くから伝わるものであったという。その魂が残るこの世界に残る内に、と。終わりの先を紡ぐ言葉は、睦言に似てひどく——重い。魂にかける枷に似ていたか。最も望む者であれば構わぬのだろう。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 古びた礼拝堂に響く言葉は、願いと嘆きに寄った。祈りの言葉は無く、静寂に時折すすり泣く声が混ざれば、無言を貫き通し——結果、雄弁な視線を持った式神の女給が琥珀の髪を揺らしていた。
「……」
 純白のウエディングドレスドレスは、金糸の美しい刺繍が施された品であった。腰のリボンには牡丹の花がレースで作られ、専ら雄弁な美少女の瞳が神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)を見据えていた。
「お前は嫌がるだろうが、綺麗な衣装を着れるんだから悪くないだろう」
 やれ、と落とす息は雄弁な女給の視線にか。それとも嘆きをくり返す儀式にか。囁くような言葉で語り合っても構わぬのは、鐘の音がやたらと大きく響いていたからだ。壁ばかりが残り、雨宿り程度の小さな天井しか残さぬ礼拝堂は鐘の音ばかりがやたらと響く。
「それに、相手が居ないと詰まらないからねェ」
「……」
 くつくつと笑う常盤の姿に、女給はひっそりと息をついた。——もれなく冷たい視線が突き刺さったような気もしたが。
「何卒、幾久しくお守りください」
 良き眠りを、と差し出された青い花の砂糖漬けは仄かに甘い香りがしていた。毒を混ぜたというよりは、花そのものにある種の麻痺毒があるのだろう。感覚を鈍らせ——そのまま。恐怖を抑える為のものであったか。街の人々の意図は知れず、だが、古くは医療を紡ぐ教会と縁があったと聞けば、治療にも使われていた品であったのかもしれない。礼拝堂の周辺には、菜園の名残があった。
「……しかし、まぁ」
 トン、トン、と石畳の階段を降りていく。すっかり機嫌を損ねた女給の手を取って向かう先、吹き込む風が漸く水気を帯びてきた。
「所帯を持つ心算など無い僕が花婿衣装に身を包む日が来るなんて」
 ひとつ仕事の為とはいえ、袖を通した礼服は花嫁と揃いの花を添えた灰色のタキシードだ。
「分からないものだなァ……」
 ブーケ代わりに花飾りを女給に任せ、日々を鷹揚に生きていた男は柩に辿りつく。例え死出とはいえ、凡そ縁が無いと思っていた衣装に、寝ることも無いだろうと思っていた柩だ。助九の手を取り、抱きかかえるようにして柩に入れば——流石に、狭かった。
「やっぱり柩のなかは狭いねェ。僕は柩に入って眠るタイプのダンピールじゃないンだが」
 敷き詰められた白い花。
 身をくぅ、と伸ばすには足りないが常盤の背丈に合った柩は——さて、何処かから見ていたか。それこそ、領主の戯れであるのか。何にしろ寝心地は良くは無い。
 ——もし寝床として柩を買う時は、もっと広くて背凭れが柔らかいものを求めたい。
 そんなことを思いながら、常盤は視線を灰色の空を見た。
「まァ、無事に帰れたらの噺だけれど」
 言って、常盤は小さく笑った。白百合を詰めた木の柩を寄越した吸血鬼が真面な者で無い事だけは確かだ。街は、理性を保ったまま狂わせられている。
「……」
 不満に蓋をするかのように咥えた毒の花は、舌に甘く、いと美味しい。
「あとは淹れたての紅茶があると最高だ」
 嗚呼、けれど、くらくらする。
 柩の蓋をしめる声がする。蕩けるような眠りに誘われるまま常盤は瞳を伏せた。目覚めの後の饗宴を心待ちに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
ライラック殿(f01246)と

死出の婚礼へと往く男女へ声掛けて
其のお役目
妾達にと譲ってくれぬか
其の先に何が待とうとも
彼と儀を為したいの
リラの眸を見上げ笑む

かの2人の未来が存えますよう
心裡で願いつつ

お勤め故の仮初めと言え
彼の隣に並ぶなら
粧す力も入るもの
彼の装いも楽しみに

借りた花嫁衣装に手を加え
背は大きく開けて翼と花痕は出るように
持参したパールビーズをドレスに絡め
腕を飾るはサテンのリボン
腰にと飾るコサージュは彼へ渡すと同じ花

彼の元へと駆けたなら屈むよう催促し
胸に飾るはブートニア
共にと在れば心和らぐ其方へと
ペチュニアとブルースターで彩る花飾り
よう似合うと笑ったなら
彼の表情眺め見て

さあ征こうか、花婿殿


ライラック・エアルオウルズ
ティルさん(f07995)と

なに、当然の事だよ
幸せな二人の往く門出が、
死出であって良い筈もない
僕らは望んで、為すだけさ
男女が躊躇えば背押して、
見上げる藤色に柔く微笑み

彼らに限らず、この街にも
当然の幸福を戻そうと心誓い
褪せた身には不似合いでも
乙女の、彼女の夢添う為に
僕も必死と努めなくてはね

街から借りる衣装は、
滑らかな絹の真白を選び
淡紫のタイは息詰まれども、
確り結んで小さく飾り立て

愛らしい花嫁に暫し魅入り、
催促に応えるのに少々遅れ乍ら
胸に和らぐ花咲けば綻んで
貴方も綺麗だよと御返しを

ああ、死が二人を別つまで

僕からも花を贈りたくも、
今贈れるのはひとつだけ
願わくば、柩の貴方の口許に
甘やかな菫を届けたい



●門出は祝われるものであるが故に
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 乾いた風に乗って、願いと嘆きが街中に響いていた。古びた礼拝堂から届く言葉に祈りは無く、切なる願いは生贄達が死地へと向かうが故のことであった。領主は贄を求める事を、この地の文化に習うように婚礼と告げた。その瞬間から、街にあった文化はかき消され人々は覚悟より先に諦観を覚えた。
(「慣れてしまったのだろうね」)
 ほの暗い街の雰囲気に、ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)はそう言葉を作る。——そう、街の人々にあるのは慣れだ。だからこそ、ティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)の言葉を今ひとつ咀嚼出来ぬまま、死出の婚礼に出向く二人はマジマジとこちらを見ていた。
「譲るって……、え。貴方たちが……?」
「あぁ。其のお役目、妾達にと譲ってくれぬか」
 ひゅ、と街の男女は息を飲んだ。漸く言葉の意味へと辿りついたのだろう。黒髪の娘がまじまじとティルを見た。
「待って。旅の方。お嬢さん。貴女、この婚礼の意味を……」
「其の先に何が待とうとも、彼と儀を為したいの」
 首を振る代わりに、ただ、静かにティルはそう言った。風だけが柔く髪を揺らし、微笑んだ少女が見上げた男は吐息一つ零すようにして頷いた。
「なに、当然の事だよ。幸せな二人の往く門出が、死出であって良い筈もない」
「——君達は」
 僕らが普通に恋人だと思うんだな、と青年は告げた。幾分か年の離れた二人であった。別段、それが理由であった訳では無い。片方が選ばれ——もう片方がそれに追従した。選ばれたのは娘の方であった。
「君。本気なんだな」
 戸惑いよりは青年には躊躇があった。街の外の人間だろう、と告げる言葉は、領主の害に怯えるのでは無く、この地の因果に巻き込む憂いだけが見えた。
「僕らは望んで、為すだけさ」
 だからこそ、背を押すようにそう言って、ライラックは見上げる藤色に柔く微笑んだ。

 古く、この地には医療を担う教会があったという。滅びた水都の流れを汲み医療教会の者が、礼拝堂と共にこの街を整えた。それ故に、死出の婚礼がこの地に残ったという。遠い昔、数多の死者が出て——それを見送り、慰める地であったが故に。
『昔……どれくらい昔のことはか分からないけれど、普通に結婚式を挙げに来る人も沢山いたと言うわ』
『死後の婚礼であっても、そうで無くとも。……ただ、死出に挑む者にはこれを渡していた』
 どうか受け取ってくれ、と差し出されたのは真珠の髪飾りであった。魂がこの世にある内に、終わりより先を共に誓う二人の為、迷わぬようにとこの街で渡されていた品だという。
「迷わないように、か」
「……あの二人も、最後はきっと迷わないさ」
 受け取った髪飾りをティルの髪に添えるように手渡して、ライラックは頷いた。
(「彼らに限らず、この街にも当然の幸福を戻そう」)
 誓うように息を吸う。乾いた風に水緑の髪を揺らしたティルが祈るように一度目を伏せ、ゆっくりと開いた。——さぁ、向かうとなれば服がいる。街中には、多くのアトリエがあった。結婚式を挙げる者が多かった、という嘗ての名残だという。
「どうぞ、お好きなものを」
 言葉少なにそう告げて、デザイナーは早々に部屋を去った。沢山の鏡がある部屋に、タキシードもスーツも沢山だ。
「……」
 少しばかり、めまいがしたのは嘘では無いのだが——。
「褪せた身には不似合いでも、乙女の、彼女の夢添う為に僕も必死と努めなくてはね」
 そう言ってライラックは小さく、笑った。先にふわふわのクッションに出迎えられた部屋へと向かった乙女は、沢山のドレスに囲まれているに違いない。
「白……、あぁ、やっぱり白かな」
 黒に灰色、と色味も様々であったが。滑らかな絹の真白が良い。袖を通せば、存外にすらり、と見えた。
「後は……タイかな」
 薄紫のタイは息が詰まったが、確り小さく飾り立てた。
 ——後は、何か。
 悩むように息をつけば、腰掛けるソファーが魅力的にも見えた。鏡に映る己の姿にライラックが小さく笑っている頃、ティルは借りた花嫁衣装へと着替えを終えたところだった。
「綺麗なレースじゃ」
 足首の見えるフロント丈が少しばかり短い純白のドレスは、ロングトレーンだ。腰を結ぶリボンは美しい花を描く。
「……ふむ」
 仮初めとは言え、彼の隣に並ぶなら粧す力も入る。背は大きく開いたデザインが丁度あった。翼と花痕が出る品に、持ってきていたパールビーズをドレスに絡める。
「……よし」
 腕を飾るリボンをきゅ、と結んでティルは微笑んだ。後ひとつ、同じリボンで作ったコサージュはライラックの為に。
「共にと在れば心和らぐ其方へと」
 願うように、祈るように手に取った。そうして、くるり、と一つ鏡の前で回ってみせればきらきらと美しい花嫁のできあがりだ。
「待たせたの」
「——」
 これは、また。と紡いだはずの言葉は空を切っていた。ぱたぱたと駆け寄ってきた小さな花嫁はふわり、白いドレスの裾を揺らし背の翼を晒す。後を追って揺れるリボンが、押し黙ったままのライラックを不思議がるように、こてり、と揺れた。
(「……あぁ」)
 愛らしい花嫁に暫し魅入っていたのだ。
 じっと見つめる瞳の催促に、少々遅れて膝を折る。ティルの腕と揃いのリボンで作られたコサージュがライラックの胸に咲いた。ペチュニアとブルースターで彩る花飾りだ。
「よう似合う」
「貴方も綺麗だよ」
 膝を折り、微笑んだ花嫁に頷く。擽ったそうに笑ったティルは、雛鳥の瞳を可愛らしい花嫁へと変えて告げた。
「さあ征こうか、花婿殿」
「ああ、死が二人を別つまで」
 手を取り、船着き場の柩へと向かう。階下に向かう道行きに乾いた風が色を変えていく。湖の向こうから来たのだろう。霧深き地。領主の館。先に柩へと身を横たえた彼女に、ライラックは花の砂糖漬けを手にした。
(「僕からも花を贈りたくも、今贈れるのはひとつだけ」)
 花嫁の口元に、甘やかな菫を届けた。
 何卒、幾久しくお守りください、とこの地で聞いた言葉をひとつ紡いで。おやすみ、と告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【双星】◆f09573と
アドリブ◎

生きる為に、生かす為に
遣る瀬無さを感じるが…これも一つの現実で
…いや、この街でのその現実を…終わらせる為に来たんだ

婚礼衣装は借りよう
着替えてセリオスを待っていると
現れた彼に仰天する
な、何故花嫁の姿なんだ!?
確かに一組に見えた方が…いや、しかし…
…考えてる間に押し切られてしまった…
しかも、また君に化粧をする日が来るとは
ため息一つ、簡単にだが…綺麗に化粧を

見惚れる?って…君って奴は…
――綺麗だよ。本当に花嫁のようだ

お手をどうぞ、と棺までエスコートし
先に彼を棺に入れる
向こうで、また
彼からの口付けに少し驚く、けど
…ああ、そうだね
――君に、約束と加護を
彼の額に口付けよう


セリオス・アリス
【双星】◆f14882
アドリブ◎
生きる為に生け贄を
その考えを否定する気はねぇ

婚礼衣装は借りる
けど…やっぱ花嫁の方借りていいか?
大丈夫、バレるへまはしねぇよ
【相手の警戒を解く簡単な方法】で街の人を説得
アレスの所へ

片方花嫁の方が後々合流しやすそうじゃん
二つで一つみたいなさ
俺のことよぉく知ってるアレスが支度してくれりゃ問題ねぇよ
それに―…
アレスがしてくれたら綺麗になれる気がする
ってそれは飲み込んで
とっとと終わらせようぜ

ん、
どうだ、見惚れる?
ふわりと笑い小首を傾げ
まぁ、アレスがやってくれたから当然だよなぁ

花嫁らしくその手を預け棺まで

ああ、死後じゃなく
生きて会おうぜ
再会の約束に手をとって
薬指へと口付ける



●星々の道行き
 薄曇りの空が、街を灰色に染めていた。元よりあまり色彩は無いのか——いや、嘗てはあったのだろう。礼拝堂へと続く階段には花の彫り物が残り、道々にあるアトリエは嘗てのこの街を思わせた。ただ、死出の道行きの為だけにあったのであれば、この名残は無い。
(「……だが」)
 この街は、生きながら死のうとしている。
 街はそこに住まう人々を失えば共に逝くものだ。そうやって滅んでいく姿は嘗ての旅でアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)はよく見ていた。生活感残された廃墟も。だが此処は、人がいながら滅びようとしている。
(「生きる為に、生かす為に。遣る瀬無さを感じるが……これも一つの現実で」)
 人々は狂気の手前に生きている。生きれている。そこを幸いと言う権利も不幸という権利も無いのだろう。
「……いや、この街でのその現実を……終わらせる為に来たんだ」
 口の中そう、言葉を作る。どれだけの者が逝き、どれだけの者が残されたのかと。僅か浮かんだ思考を鎮める。乾いた風が借り物の婚礼衣装を揺らしていた。
「それにしても、セリオスはどうしたんだろう……」
 着替えに時間がかかったのだろうか。確かに黒髪の長いセリオスの方が手間がかかるのかもしれない。アトリエに世話役はついていたが、足らなかったのか。花婿に、と手渡されたブーケを片手にどうしたものか、と息をつくアレクシスの耳にトン、と聞き慣れた足音が届いた。
「——アレス」
「セリオス。どうしたんだい、時間がかかった見たいだけ……」
 ど、と続く言葉が空を切る。ふわりと揺れた黒髪。視線を隠す長いヴェール。腰に巻かれたリボンがふわりと揺れて。華奢な肩を繊細なレースが隠す。それは——……。
「な、何故花嫁の姿なんだ!?」
 まごうこと無き、花嫁衣装だった。
「片方花嫁の方が後々合流しやすそうじゃん。二つで一つみたいなさ」
 からり、と常と変わらぬ様子でセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)はそう言った。まぁ確かに、少しばかり動きづらいが——極論、スカートなのだ。割とどうとでもなる。予想より絞る形になった腰にはレースで作られた花が飾られ、胸元を隠すように金糸の刺繍が施された品だ。柔らかに広がるスカートが乾いた風と共に揺れた。
「確かに一組に見えた方が……いや、しかし……」
 そもそも、と紡ぐアレクシスに、セリオスはぱち、と瞬く。
「俺のことよぉく知ってるアレスが支度してくれりゃ問題ねぇよ」
 セリオス・アリスは男である——と今、確実に分かっているのはアレクシスだけだ。アトリエの少女はそうだが——まぁ、言いくるめた彼女が他の誰かに話すような事は無い。そうなれば、後は知っている者が成せば良い。演技にはそれなりの自信はあるのだ。
「それに——……」
 アレスがしてくれたら綺麗になれる気がする。
 ぽつり、浮かんだ言葉は舌の上に溶かした。数少ない街の人々の視線を集めていたアレクシスは、婚礼衣装に身を包んでもそのことに気がついてはいないらしい。
「……」
 柔らかな金の髪。首元を飾る青いタイ。
 シルバーグレイのタキシードは、純白のドレスを着た自分とバランスは良い。二人とも白より、という理由だったか、アトリエにあったのがそれだけであったのかは知れず。
「とっとと終わらせようぜ」
 にっこりと笑ったセリオスが結局——勝った。

「また君に化粧をする日が来るとは」
 遠く、礼拝堂から儀式の声が聞こえる。願いと嘆きばかりが届き、この地に祈りは無かった。
 ——どうか、我らが願いをお聞きください。
 我らの嘆きをお聞きください。
 舞い踊る青い花は、道行きへのせめてもの彩りか。遠く香る花の香りにアレクシスが二度目の息をつく。セリオスの黒髪を梳く指先が、ブーケから一輪花を取る。ヴェールがあるなら髪飾りがあっても良いだろう。それこそ、吸血鬼さえ偽って行くのであれば。
「……」
 一度、押し黙った長身に橋に腰掛けていた花嫁が瞳を開く。薄く引いたシャドウとが緩く弧を描いた。
「どうだ、見惚れる?」
 ふわり、と笑って小首を傾げたセリオスにアレクシスは瞬き——息をついた。
「見惚れる? って……君って奴は……」
 こっちがどんな気分で、出かかった言葉は飲み込んで。ほら、と顎をとって、最後の紅を唇にひく。
「――綺麗だよ。本当に花嫁のようだ」
「まぁ、アレスがやってくれたから当然だよなぁ」
 楽しげに一つ笑って、セリオスが石畳の階段に降りる。柩は船着き場に届いているという話だった。ウエストに結ばれたレースが尾を引くように揺れ、ふ、と笑うセリオスにアレクシスは手を差し出した。
「お手をどうぞ」
 ぱち、と瞬いた青い瞳。花嫁らしく、そっと指先が重ねられた。
「向こうで、また」
 木の柩は二つ、並ぶようにあった。先に、柩に腰を下ろしたセリオスが白百合に包まれる。
「向こうで、また」
 指先が、ふいに引かれる。セリオス? と問いかけるより先に、引き寄せられた手に彼の唇が寄せられた。
「ああ、死後じゃなく、生きて会おうぜ」
 薬指へと口づけをひとつ。
 小さく瞬いたアレクシスは、頷いた。
「……ああ、そうだね。――君に、約束と加護を」
 身を寄せ、ヴェールを払うとセリオスの額へと口づけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
喜んで身代わりになりマショ
オレには行く理由がある、ソレで命ひとつが生かせる、問題などナイ

花婿の衣装を借りれるかしら
出来れば花嫁のブーケやヴェールみたいなモノもあるとイイわ
雰囲気作りヨ、ソレっぽくね

砂糖漬けの甘味を愉しむ位の余裕で身を委ねよう
婚礼だなんて真っ平御免だけど、話に聞いたお嬢サンの事なら少しは分かる気がする
大切なヒトを失って、幸せなど望めない
失くしたまま生きる事に、意味など見出せない
……でも、
それでも望んでいいと、意味は残されてると、今のオレなら言える
寄り添えなくても歩める道を、選択を――

選ぶのは本人だ
ケド、選択肢すらないような世界なら
変えてみたくもなるのよ



●花嫁の道中
 古びた礼拝堂は、最早壁ばかりを残した廃墟であった。この地は人が住みながら、街が滅びようとしている。贄を求められ、恐怖はあれど既に驚きは無く——だが、外から代わりになると告げられれば、多くが戸惑いを見せた。
 この街の者では無いのに、と。
 巻き込まれる気か、と言う意味が殆どであった。街より外に及ぶ害ではなく、だからこそ街中でと思う心と同時に、街の者が外に出て行く事は許されない。
『遠い昔に、理性などすり切れてしまえば良かったのさ。……ふいに、思い出すようにして、後悔に濡れるよりは』
 コノハ・ライゼ(空々・f03130)にアトリエを紹介した青年はそう言って、瞳を伏せた。次は、きっと自分が行くのが相応しい、と告げた言葉にあった後悔は、先の生贄かそれともずっと昔のものであるのか。
(「ソ。随分と、弄ばれてるのネ」)
 恐怖と狂気の中、一本の理性が残っていた。常に張り詰めている訳では無く、恐らくふとした瞬間に思い出すようなそんなレベルで残っている。残されている。この地を支配する吸血鬼にはそれが分かっているのだろう。そうでなければ、贄を求め続けるこの形が長く保つようなものでは無い。
 ——あぁ、でも。なればこそ、コノハに迷いは無かった。喜んで身代わりになることに。
「オレには行く理由がある、ソレで命ひとつが生かせる、問題などナイ」
 石畳の階段を上がった先、辿りついた礼拝堂に響く言葉に祈りは無かった。
「——どうか、我らが願いをお聞きください」
「我らの嘆きをお聞きください」
 擦れるような願いと嘆きの向こう、聖職者の姿もとうに無くなった街は、持ち回りで儀式を紡ぐ。ひら、ひらと舞う花びらがヴェールに触れた。身に纏う花婿の衣装と花嫁のブーケに使われたリボンは同じものだった。胸元のコサージュと、繊細なリボン。銀糸の刺繍は、ロングヴェールにも紡がれていた。
『柄は、繋がっているのよ。二人がともにあるようにって』
「……」
 嘗てこの地には祈りがあった、という。死後の婚礼。魂がまだこの世にある内にと願うそれ。「何卒、幾久しくお守りください」
 終わりの先まで、という言葉は甘やかなようで、チクチクと刺さる棘に似ていた。
 受け取った花の砂糖漬けは菫に似ていた。仄かに甘い香りの向こう、毒の気配は遠い。花そのものが持つ、麻痺に近い何かなのだろう。小さな船着き場で出会った柩は、白い花で満たされていた。
「なんだか、埋もれそうネ」
 ソレっぽくていいけれド。
 木の柩は、コノハの背丈に合わされていた。それこそ納棺師を気取る吸血鬼の趣向か。身を横たえれば、甘い花の香りがふわりと舞う。
「……」
 閉ざされる柩の蓋に、瞳を伏せる。砂糖漬けの花に唇で触れれば、とろり、と溶けるような甘さだけがある。
 ——これが、婚礼である、という。
 婚礼だなんて真っ平御免だが、話に聞いたお嬢さんの事なら少しは分かる気がしていた。
(「大切なヒトを失って、幸せなど望めない。失くしたまま生きる事に、意味など見出せない」)
 ……でも、と言葉を作る。
「それでも望んでいいと、意味は残されてると、今のオレなら言える」
 寄り添えなくても歩める道を、選択を――。
 そこまで紡いで、ふと息をつく。
「選ぶのは本人だ」
 婚約者を失った娘は、その婚約者を奪った者の元へと向かっている。その嘆きさえ吸血鬼に利用されながら。
 ——は、とコノハは息を落とした。薄氷の瞳の瞳を伏せる。
「ケド、選択肢すらないような世界なら、変えてみたくもなるのよ」
 囁くように告げて、回ってきた毒に身を委ねた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『光の届かない地下墓所』

POW   :    恐怖心を抑え込み探索する。

SPD   :    死者の眠りを妨げないように慎重に探索する。

WIZ   :    呪いや怨霊を祓いながら探索する。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●葬礼の輿
 ——鐘の音が聞こえる。
 街で婚礼の折に響く鐘の音だった。
『遠い昔は、本物の婚礼の折も響かせていたのよ』
 義理の母となる人はそう教えてくれた。真珠の髪飾りは親から子へと継がれるもの。街で昔、弔いと共に行われていた死後の婚礼と共にあったもの。
「魂が……この世界にあるうちに」
 せめて、あなたと共に、と。
 この世の果て、その先で共に過ごす為にと結ぶ婚礼。街でそれが生まれたのにも相応の理由があったのだろう。——今は、死後の婚礼を望む理由も分かる。
「終わりの先まで、共に、と。……えぇ、願う術があるのだもの」
 その結びでもあった真珠は、本来の婚礼でも使われる。どちらも婚礼に変わりは無いからだ。
「葬輿嫁入りでない限り」
 呟いて、二度噎せた。三度目に血を吐いた。ぜぇぜぇと、今更肺が苦しい。漸く此処まで来たのに。漸く、辿りついたのに。
「貴方は、ここにいるはず」
 無数の木の柩。鎖の掛かったものはどれも古く——ならばきっと、真新しいものがきっとある筈。
「ごめんなさいね、きっと貴方は私を逃がしてくれようとしたのだろうけど」
 知っているでしょう? と娘は囁く。青白い頬を、また涙が伝う。
「私はおてんばだったもの」
 体が弱いのだと、知っているでしょうと一度断ったのは自分だった。二度目についた誰か好きな人が出来たという嘘はすぐに見破られた。
『——ねぇ、イレーネ。聞いて。終わりの先まで共に。僕は貴方と空に落ちるよう』
 詩人は似合わないな、と笑った彼の声が遠い。忘れてしまいそうなのが怖い。まだ動いている心臓が怖い。
 彼の言葉だけを縁に此処まで来た。吸血鬼の館だという事実より、彼に出会える可能性を取っただけのこと。
「馬鹿だと貴方は怒るでしょうね。でも私も怒っているんだから、だから……」
 ゆらり、と視線を上げた娘が足を止める。あぁ、と吐息を零すような声と共に涙が零れ落ちた。
「——あぁ、ハイネス。貴方が、そこにいるの?」
 誰もいない廃墟に向かって娘はそう言って、ゆらりゆらりと歩き出す。

●暗がりを辿り
 ——凡庸な人間には、大した人間性は宿らない。
「それが、善であれ悪であれ。ならば、素材はよく育て吟味するのが相応しい。——今宵は、良い品も多いようだ」
 ならば吟味を。
 検品を。
 無数の柩を彩る蝋燭を灯し葬燎卿は静かに微笑んだ。

 柩が、辿りついたのは暗い街だった。黒い、と思うのは装飾の所為だろう。使者の支える燭台に火は薄く、座礁するように辿りついた場所は古びた墓所に似ていた。無数の木の柩が置かれ、鎖がかけられている。中を開く事は出来ないが——覗き込むことはできるだろう。流れ着いた小舟にひとつだけ、柩が乗っていなかったものが娘が乗っていたものだろう。先に、街へと上がったのだろう。地下の墓所は街中へと続いている。
 ——この先へと向かえば良い。
 只それだけだと思った所で、声がした。誰かが呼ぶ声。聞き覚えのある声が、ただ、己を呼ぶ。
「   」
 誘うように、足を止めて構わぬとでも言うように。声が聞こえているのは君だけであり——だが、応える為の声も、毒のお陰で消えていた。失った声が戻るのは吸血鬼の前に出た時だろう。少なくとも、この墓所を移動しているときには戻りはしない。
「——ぇ、ねぇ」
「——」
 声はやがて、君を捉えるだろう。
 もう二度と聞こえぬ誰かの声が、死者の声が耳に届く。

 ——だが、誰の声も聞こえぬ者もいるだろう。君は迷わず街に出て、そしてこの地に残る惨劇の残像に出会う。亡者たちが殺し合っているのだ。遠い日、街が滅んだその理由——暴動の再現が起きている。
 声が出ないのは君も同じだ。だが、誰の声も聞こえぬのであれば亡者達を払い、倒すことで眠らせて向かうべき場所へ向かえば良い。

 これは吸血鬼により「試し」だ。どちらが起きるかは君次第だ。
 目指すべきは吸血鬼の館。
 街にある巨大な礼拝堂だった。




◆――――――――――――――――――――――――――◆

プレイング受付期間:6月21日(日)8時31分~24日(水)いっぱい

▼2章特殊ルール
*声がでません。
1章で飲んだ花の毒の影響で声がでません。
フレーバー程度のもので、判定上不利にはなりません。
2章終わり〜3章にて復帰します。タイミングがご自由に。


★行動をどちらかから選んでください
1)誰かの声が聞こえる
→死んだ「誰か」の声が語りかけてきます。返答は心の声で行われます。
 声を振り払ったり、和解したり、別れたりしつつ、吸血鬼の館へ向かいます。
 亡者バトルなし。

2)誰の声も聞こえない。街中で亡者とバトル
→誰の声も聞こえず、街中へ進む事が出来ます。過去の再演が行われている街中で亡者を振り払ったり吹き飛ばしたりしつつ進みます。


*2章で導入時にある娘に接触することはできません。



◆――――――――――――――――――――――――――◆
*補足
1)誰かの声が聞こえる
→死んだ「誰か」の声が語りかけてきます。返答は心の声で行われます。
→「誰か」は共通の知人でもそれぞれの知り合いでも、解釈はご自由にどうぞ。
 記憶に無い誰かでも、大切な誰かでも、
 お二人さん参加の場合は、二人で共通の一人でもそれぞれ別でもどうぞー。
比良坂・美鶴
1.

耳元に声が落ちた

蓋をした記憶に
聞き覚えのある彼の声
応えたくても喉は震えなくて

ああ、先輩
未だ其処に居るのね
当たり前、か
アナタを忘れられる筈がない

アナタはいつも優しかった

どちらにもなり切れぬアタシに
そのままでいいって言ってくれたのは
アナタが初めてだった
嬉しかったの 本当よ

だからこそ
アナタの死に向き合うのが怖かった

アタシを助けて死んだアナタ
恨まれてる気がして
その声を聞くのが怖くて
蓋をしてしまった

でも――、蓋なんて必要なかったのよね
だってアナタは恨まない 恨めない

なのにアタシだけ怯えて逃げて馬鹿みたい
ごめんなさいね
休んでいてほしかったのに

ね、先輩
アタシは大丈夫よ
だからもう一度 さよなら



●モノクロームの行き先。或いは——……
 柩の外は、ひどく薄暗い場所であった。古びた墓所に間違いは無いだろう。無数の木の柩。埋葬されず、ただそこに置かれた姿は放置しているようでいて飾り立てているようだと比良坂・美鶴(f01746)は思う。柩そのものを——ともすれば、柩の中に眠る人々をも素材として。
(「……そう、中に眠っているのね。きっと」)
 あれは空ではない、と思うのは納棺師としての感覚だろうか。
 声は、出なかった。
 あの砂糖菓子が理由だろう。喉元に触れ、美鶴は小さく息を落とした。街中を抜ける頃には、戻っているだろう。柩の外、足を踏み出せばタキシードに施されたレースの刺繍が淡い影を零した。
「……」
 純白の婚礼衣装では無い。薄いグレーのタキシードは存外に動きやすく作られていた。コツン、と暗い回廊に足音が響く。緩やかに続く階段を三段、上がった所で——声がした。耳元に落とすように。
『   』
「——」
 その声を、美鶴は知っている。忘れる筈も、忘れきることなど出来なかった声。蓋をした記憶に聞き覚えのある彼の声。呼びかけるその声に、応えたくとも喉は震えない。
『   』
 反響するようにではない。二度、続けて彼の声が自分を呼んでいた。足が止まる。使者たちの支える燭台の灯りが、ぼう、と薄闇に影を作った。
「……」
 それが、自分の影に過ぎないことを美鶴は分かっている。けれど、自分という者がある意味を、そのままの自分でいられるきっかけを覚えていた。
(「ああ、先輩。未だ其処に居るのね」)
 当たり前、か。と口の中、言葉を落とす。音としては紡げぬまま、心を締め付ける声に美鶴は薄く唇を開いた。
 アナタを忘れられる筈がない。
 声は響かない。けれど、影に手を伸ばす代わりに唇に彼の名を作る。
(「アナタはいつも優しかった」)
 どちらにもなり切れぬアタシに、そのままでいいって言ってくれたのは、アナタが初めてだった。
(「嬉しかったの 本当よ」)
 囁くように届く声は優しくて、美鶴は一度瞳を伏せた。瞼の裏、来し方を描くようにしてあの日を辿り——辿りつく。
(「だからこそ、アナタの死に向き合うのが怖かった」)
 あの日、美鶴を助けて死んでしまった。
 そこにどれだけの意味があったのか、未だに美鶴は分からなかったのだ。どうして助けたのか。それとも——助けてしまっただけなのか。
「……」
 墓所に残る声は、大地に残る人々への名残だろうか。影の向こう、肩越しに柩が見える。そう、あれとは違う柩を先輩を横たえた柩を美鶴は覚えている。恨まれてる気がして、その声を聞くのが怖くて蓋をしてしまった。
(「でも――、蓋なんて必要なかったのよね」)
 だってアナタは恨まない 恨めない。
 ふ、と美鶴は息を零す。吐息ひとつ、婚礼衣装に身を包んだまま苦笑を滲ませる。
(「なのにアタシだけ怯えて逃げて馬鹿みたい」)
 ごめんなさいね、と耳元に聞こえてきていた声に告げる。休んでいてほしかったのに、と。震えぬ喉で、心の中で言葉を紡ぐ。
(「ね、先輩。アタシは大丈夫よ」)
 ゆるり、と手を上げる。縫い止められたように古びた墓地に立ちすくんでいた己の足を進める。先に、前に。見えていた影に触れるように美鶴は手を向けた。
(「だからもう一度、さよなら」)
 手向けの花の代わりに。

 ——声が、消える。
 影が消えたのは、燭台の横を抜けたからだろうか。地上に向かう度に、喉に残る花の甘い香りが薄くなっていく。装飾さえ黒い街は、暗闇より誰かの影に似ていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アストリット・クロイゼルング
(1)

……これは昔、ここへ来た誰かの声でしょうか
わたしの吐いた嘘ではなく、本当に大切な人を喪って
それでも婚礼を挙げたいと願った、誰か

砂糖漬けの甘い毒は声を奪って、想いを口にすることも
慰めの歌をうたうことも出来なくて
墓所を駆け抜けようとする足が
じくじくと痛みを訴えてくるのも
人魚の物語みたいで、無力な自分に涙が零れてしまう

それでも柩に入る前
街の老人に手渡された真珠の髪飾りを握りしめて
見送ってきた人達の想いは、確かにここにあるのだと
……こんな哀しいことを、もう繰り返したりはさせないと
声なき声を吐き出して、領主の元へと向かいます

真珠は、人魚の流した涙だと言いますから
今のわたしはさぞ、柩に映えるでしょう



●現世に遠く
 街の色彩は黒く、沈んでいた。座礁するように辿りついた柩たちは傷ひとつ無い。此処は、墓地なのだろう。古びた墓地には無数の柩が置かれていた。鎖をかけ、立てかけられているものもあれば、ただ地面に置かれているだけのものもある。捨て置かれた訳では無いのだろう。木の柩は古くはなっていても汚れも無く。だからこそ、ひどくこの街は——……。
(「哀しい、と……」)
 薄く開いた唇が、喉を封じる香りで言の葉を紡がせてはくれない。湖から吹き込んでくる風だけがアストリット・クロイゼルング(f11071)の純白のドレスを靡かせていた。
「……」
 死は並べられてあるのか、弔いが飾り立てられているのか。柩の影だけが使者の支える燭台によって生まれ、奥へ奥へと続く地下墓地の回廊は薄い霧を纏っていた。
(「……すこし、冷たい」)
 冷えた夜に降る雨のようだ。それなのに、雨音が聞こえない。しとしと、と降る雨の気配だけを感じてアストリットは小さく首を傾ぐ。銀糸で作られた薔薇の刺繍が揺れ——雨音に混ざって声がした。
『——っていたの。貴方の所に行けるのを……だってひとりはさみしいもの』
『怖い……怖い。いやだ。でも、だって、でもこれしか無いじゃないか。君と、君の魂と共にいる方法なんて……ほかに……!』
『ひとりにしないで……おねがい。お願いだから』
 霧の向こうから響く声は、少女の声でいて、青年の嘆きであり、娘の震える声であった。そこに姿は見えない。ただ、声だけが次々と聞こえてくる。嘆き苦しみながらも、ただ一つを望む人々の声が。
(「……これは昔、ここへ来た誰かの声でしょうか。わたしの吐いた嘘ではなく、本当に大切な人を喪って」)
 それでも婚礼を挙げたいと願った、誰か。
 嘆く声が聞こえる。喉を震わせ泣く声が。——あぁ、きっとしとしとと、聞こえていたのは雨音では無くて。
(「泣いている、声」)
 吐息をひとつ零す。苦笑めいた音が、アストリットの耳に届く。
『ひどい子だ。ねぇ、君』
 揺れる声は涙に濡れず、だが、苦笑交じりに語られる言葉の向こうに滲むような哀しみがあった。泣けないひとだ、とアストリットは思う。言葉にして、声を上げて泣くことがきっと、と。
『ねぇ、僕を先生と言って慕っていた君が……この遠い地まで一緒に逃げてきたのに、君が先に逝ってしまうなんて』
 これから、ねぇ君は誰よりも幸せになるはずだったんだ。と声は告げる。泣けぬ男の声が、失った恋人を呼ぶ。
「   」
 ァ、と歌い出す声が響かない。砂糖漬けの甘い毒は声を奪って、想いを口にすることも慰めの歌をうたうことも今のアストリットには出来なかった。
「——」
 足を、進める。石畳の回廊を進み出す。駆け抜けようとする足が、じくじくと痛みを訴えてくるのも人魚の物語のようで無力な自分に涙が零れる。
 カン、と階段に足音が高く響いた。ふわり、と靡く髪と共にヴェールが揺れる。薔薇の飾りがアストリットの後を追うように風をはらみ、嘆きの声が遠ざかる。——遠ざかってしまうことすら、哀しくて。でも、とアストリットは手を握る。ほんの少しだけ震えた指先で、柩に入る前、街の老人に手渡された真珠の髪飾りを握りしめた。
「……」
 見送ってきた人達の想いは、確かにここにあるのだ。
 ……こんな哀しいことを、もう繰り返したりはさせない。
 声なき声を吐き出して、螺旋階段の上をアストリットは目指す。
(「真珠は、人魚の流した涙だと言いますから」)
 今のわたしはさぞ、柩に映えるでしょう。
 呟くように唇を開いて、純白の婚礼衣装をそっと摘まむ。甘い花の毒が、地上に向かうほどに薄くなっていった。——刻限を告げるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アステル・サダルスウド
おかあさんの歌が聞こえる
星奏の鈴を鳴らし『ダンス』でお返事
神様から与えられた命が奏でる声は、暖かくて素敵だ
僕等人形と比べて儚いけれど…

そういえば、先に行ってしまった彼女は体が弱いんだった
人形の僕は半永久的に存在できる
じゃあ、僕等の違いは残された時間…?

「もう行くの?」とおかあさんの声
「もう行くよ」と声の出ない喉で答える

友達に教わったんだよ
力がなくても、足りないものは仲間と補い合える
もしかしたら僕が彼女の力になれるかも
生きる未来へ手を伸ばせるかもしれないし
望む終わりへ背を押してあげられるかも


行ってらっしゃいの声に後ろ髪をひかれるけれど進むよ
お別れに、館に向けた物とは違う、彼女の息子としての一礼を



●星奏にて謳い
 薄暗い地下の回廊には、無数の柩が並べられていた。どれも、アステル・サダルスウド(f04598)が入ってきたのと同じ木の柩であった。きっちりと蓋が閉められた木の柩は、中から誰かが起き上がってくる気配も無く——だが、立てかけ、時に鎖をかけられた柩は誰かが確かに眠っているのだろう。
「……」
 彼処にあるのは、人の重さだ。
 薄く、唇を開く。声が出なかった。あの花の砂糖菓子が理由だろう。甘い眠りの果て、ひとりきり、目を覚ました柩から出れば、薄暗い墓地が広がっていた。
(「暗い、黒い場所」)
 薄闇の他に、石畳も黒ずんでいた。染め上げたのでは無く、生来の黒さは燭台から落ちる灯りの中、闇を深くする。カツン、カツン、と石畳の回廊を進む度に純白の婚礼衣装が揺れた。風だ。外から風が流れ込んでくる。
(「この先が出口だね」)
 奥に見える螺旋階段が出口だろう。流そうだな、とアステルは小さく息をつく。無数の柩が置かれた回廊も、別に、中から誰かが出来るという訳で無ければもの凄く恐ろしいというわけでは無かった。誰かが眠っているだけ。眠らされてしまっただけ。
「……」
 婚礼の名の下に、求められた生贄か。湖の街で死した人々もこの中にいるのか。使者たちが支える燭台の光は尽きること無く、淡い光がアステルの頬にヴェールの影を生んだ。薄く霧のように視界が煙る。暗くて地面の下にいるからかな、と息をついたそこで——声がした。
『   』
 呼びかける声。懐かしい声。そう、これは声では無くて——……。
(「おかあさんの歌が聞こえる」)
 トン、とアステルは足を止める。踵を成らし、銀色の靴にちりばめられた小さな鈴を鳴らし踊るようにして応えを返す。トン、トトン、と純白のドレスの裾を摘まみ、踊るようにして『歌』に応えれば、水色の髪に寄り添うようにベールの刺繍が揺れた。花のベールは星の刺繍で縁取られ、踊る度に燭台の光の中でもキラキラと光る。顔を隠すベールをアステルはそっと上げた。
『   』
 おかあさんの歌。
 神様から与えられた命が奏でる声は、暖かくて素敵だ。
(「僕等人形と比べて儚いけれど……」)
 儚い、と言葉がひとつ辿りついた所で思い出す。先に行ってしまった彼女は体が弱いのだ。
(「人形の僕は半永久的に存在できる。じゃあ、僕等の違いは残された時間……?」)
 大切な人を失って、絶望してけれど終わってしまいたいと思わなかった自分と、彼女との違い。つま先で触れる距離に死は無くとも、手が届きそうな彼女にとっては——死は近しいものなのだろうか。
(「……」)
 答えは分からない。だってそこはきっと、先に行った彼女だけが知っている者だ。
 キラキラと美しい靴で、アステルは先を目指す。
『もう行くの?』
 おかあさんの声に、頷くようにして視線を上げる。
 もう行くよ。
 声の出ない喉で応える。薄く唇だけを開いて、言葉の形を作って霧の向こうのおかあさんにアステルは告げた。
(「友達に教わったんだよ。力がなくても、足りないものは仲間と補い合える」)
 さわさわと風が吹く。揺れるベールをそのままに、アステルは息を吸った。
(「もしかしたら僕が彼女の力になれるかも」)
 生きる未来へ手を伸ばせるかもしれないし、望む終わりへ背を押してあげられるかも。
『行ってらっしゃい』
「——」
 行ってらっしゃい、と届く声に後ろ髪を引かれるけれど、貴方の子供として今日まで来たのだ。
「……」
 カツン、と止める。鈴が美しい音色を残す。星々が夜に瞬くように、綺羅星のように瞬き響き、ふわりとスカートを揺らしてアステルは振り返った。純白のドレスの裾を掴み、軽く足をひいて。
 ——これは、お別れの挨拶。
 館に向けたものとは違う、彼女の息子としての一礼をみせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天瀬・紅紀
グウェンドリン(f00712)と。

暗さに目が慣れる前に、指先に火を灯す。
近くの柩より出てくるグウェンの姿に安堵。
お互い口パク状態なのに驚くも思わず笑い。
大丈夫、と目配せして手を取り進もう。

簡単なジェスチャーで行き先示し。
慎重に進めば聞こえる声。
グウェンに視線向けて確認。
彼女にもまた、聞こえてるんだな。

聞こえる声と心の内で言葉交わす。
解ってる癖に。お前の死は彼の死だと言う事を。
そう、故に僕はその死を否定した。無かった事にした。
コレが死者として語るなんて事実であっても、認めない――!
心の内で感情のままに叫び、その声を振り払う。

――グウェン、大丈夫か?
そっと肩に手を添え背をさすり。
先へと促そうか。


グウェンドリン・グレンジャー
紅紀(f24482)と

(むくりと起きてGlim of Animaを灯して掲げる。声は出ない。元より小さい声だが)
あ、紅紀も、起きたー。おはよー
(大丈夫、の視線にこくこくと頷いて手を繋ぐ)

聞こえる……誰か……は、分からない。けど、はっきり
これは、知っているような……知らないような……もしかして、ママ?
私が、食べちゃった、ママの、声
ママ、私を、恨んでる?パパも、あれから、おかしくなって、消えちゃった、し

……ママ、ごめんね……ごめん
私が、弱くて、刻印……に、飲み込まれていた、ばかり、に
まだ、私、向き合えない
でも、いつか、かならず……向き合う、から

(顔を上げて紅紀を見る。声は出ないけれど)
大丈夫……



●行間に沈む
 ——薄闇に無数の影があった。薄い闇を、ひとつ、ふたつと濃くしたようにあった影は光の名の下に姿を見せる。
(「……あ、柩」)
 むくり、と身を起こし、グウェンドリン・グレンジャー(f00712)はランプを掲げた。灯された青い光と共にゆるり、と周囲を見渡した娘の瞳が捉えたのは無数の柩であった。石畳の床に、ただ置かれたままのものもあれば、壁に立てかけれている柩もある。掛けられた鎖にはどれ程の意味があるのか。錠前は無く、断とうと思えば簡単に断つことができそうな鎖はただの飾りのようにもグウェンドリンの瞳には見えた。
(「飾りに……鎖、も。どうか、分からないけど」)
 趣味なのだろうか。
 封じる以外の意味に使われるかどうか、ゆるり、と考え——こてり、と首を傾げれば、くすくすと小さく笑う声が耳に届いた。振り返れば柩から目を覚ました天瀬・紅紀(f24482)が、指先に火を灯したところだった。
「  」
 グウェン、と紅紀の唇が音を作る。声は花の毒で届くことも無く。ひりついた感覚と共に本の少しだけ甘い香りがした。
(「あ、紅紀も、起きたー。おはよー」)
 ぱくぱく、と口で形をつくって、ひらり、と手を振る代わりにランプを揺らす。ふ、と紅紀が吐息を零すようにして笑った。
(「紅紀?」)
 こて、と首を傾げればベールが揺れる。柩に詰められた花が残っていたのか、滑り落ちた花弁を見送っていれば、頭にひとつ、残っていた白い花を取った花婿が小さく笑った。
『大丈夫』
 唇がそう音も無く言葉を告げて、手を差し出す。こくこくと頷いてグウェンドリンは紅紀の手を取った。立ち上がれば、黒衣の花婿の肩からも青い花びらがひらり、と舞った。
「……」
 柩に敷き詰められていた花びらは葬送の為か、それとも、街に残されたせめてもの心であったのか。仄かに甘い香りに、白い髪を滑り落ちていく花弁を見つけて、グウェンドリンは足を止める。
(「——紅紀も、頭に、花びら……」)
 おー、ふわふわ。と思ったところで、つい、と手を引いたところで声が、した。
「——」
 名前を呼ぶ声。黒く沈んだ墓所を照らす灯りの向こう、キィ、キィ、と揺れるランプが人影を照らす。そこには確かに何も無かったのに『声』はそこから聞こえていた。
(「聞こえる……誰か……は、分からない。けど、はっきり」)
 それは確かに声であった。ただの音として聞こえていた何かが、やがて輪郭を得ていく。
(「これは、知っているような……知らないような……もしかして、ママ?」)
 カツン、とグウェンドリンは足を止める。白い小さな花の刺繍が施されたベールが風でふわり、とめくれる。ランプの青白い光が頬を照らす。
(「私が、食べちゃった、ママの、声」)
 呼ぶ声がする。
 それは、体の弱い娘を嘆いた声であったか。手術を決断した父親への言葉であったか。グウェンドリンを呼ぶ声は、呼びかけるようでいて嘆きにも似て、哀しみを滲ませ——だが同時に、言い様もない感情も滲ませていた。
『   』
(「ママ、私を、恨んでる? パパも、あれから、おかしくなって、消えちゃった、し」)
 余命僅かな娘は生き残り、両親は姿を消した。UDCの体組織と刻印はか弱い娘を世界に留め、その親をどうしたのか。何があったのか。あの日、あの時。あれから——……。
『       』
 声がする。声が届く。ママの声が大きくなる。言われていることが分かるのに、分からない。聞き取れているのに、零れ落ちていく。声は、まるで音のようで。でも、あぁこれはきっと。
(「……ママ、ごめんね……ごめん」)
 喉は鈍い痛みを残して、元より小さな娘の声すら世界に落とさない。
(「私が、弱くて、刻印……に、飲み込まれていた、ばかり、に」)
 金の瞳がランプの光を受けてか、ぼう、と光る。
(「まだ、私、向き合えない。でも、いつか、かならず……向き合う、から」)
 薄く開いた唇が言の葉の形を作る。
「——」
 その様子を紅紀は傍らで見ていた。一点を見つめたまま、立ち尽くすように足を止めた彼女にも『声』が聞こえているのだろう。
『    』
 紅紀へと届く声は、呼びかけでは無い。音としてではなく、言葉としてしっかりと届いた。
『解ってる癖に』
 柩ばかりが並び、墓石の無い回廊で。古い死の匂いが残り、纏う花の香りが火の燻る匂いに消えていく。炎は零れてはいない。分かっているのに、響く声に熱が帯びる。
『お前の死は彼の死だと言う事を』
「……」
 静かに、ひどく静かにその声は耳届いた。詰るようでいて、淡々と事実を告げてくる。思い出せと言うように。思い知れとというように。
『解ってる癖に』
『解ってる癖に。お前の死は——……』
 薄い闇の向こう、指先で灯した炎が闇をはらせずにいる。作り上げた影は『彼』のようで、詰る『その人』であるようで。同時に、ただ紅紀の影のようでもあった。
(「そう、故に僕はその死を否定した。無かった事にした」)
 影とつま先が触れる。溶け合うように這い上がってくる気配に、チリチリと周辺の空気が熱を帯びる。さわさわと銀色の髪が揺れた。
(「コレが死者として語るなんて事実であっても、認めない――!」)
 心の内、感情のままに紅紀は叫んだ。指先に灯る炎が一瞬、その色彩を強め這い上がってきた影が散る。届いていた声が四散して消えていく。
「——……」
 ぴくり、と繋いだ手の先が揺れた。一点を、見つめたままの彼女の肩に紅紀はそっと、手を添えた
(「――グウェン、大丈夫か?」)
 背をさするようにすれば、立ち尽くしていた娘がゆっくりとこちらを向く。何処か遠くを眺めていた金色の瞳がゆっくりと芯を取り戻していく。
「……」
 顔を上げたグウェンドリンの瞳がややあって紅紀を捉えた。大丈夫……、と動いた唇に頷いて紅紀は回廊の先を見据えた。出口はあの先。気がつけば霧が消え、ランプの光と炎に照らされた通りが地下墓地の石畳を見せていた。この地から、外へと続く為の道を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハロ・シエラ
声が、出ない……。
ですが語る事もありませんし、答えるべき問いも聞こえません。
持ち込めた装備を取り【第六感】に従って、このまま進むとしましょう。

街の中の亡者の暴動にも驚きはしません。
この世界では街が滅ぶ様な光景、どこにでもありますから。
ただ……今はもう、それに恐怖と悲しみを覚えるだけだった私ではありません。

【オーラ防御】で身を守りつつ【破魔】の力を乗せたユーベルコードの炎で亡者を【焼却】し、【浄化】します。
この亡者達が幻影なのか、それとも本当の霊魂なのかは分かりませんが、この炎ならばどちらであれ祓ってしまえるはず。
やはり言葉は要りません。
静かに、安らかに眠らせて差し上げましょう。



●白き炎来たりて
 薄闇の向こう、燭台の作る影が淡く石畳を照らしていた。暗いより黒い、と思うのは外壁も含め黒の色を帯びているからだろう。この地に特有のものであったか。無数の柩は壁に立てかけられ、あるものは鎖をかけられたまま地下墓地に置かれていた。
「……」
 放置されているというよりは、飾り立てられ——そうして、置いて行かれたようにハロ・シエラ(f13966)の目に映る。長いベールが吹き込む風に揺れた。螺旋階段の先、地上から降りてくるものだろう。
(「声が、出ない……」)
 頬を撫でる風はふいに強く、気まぐれに弱くなる。小さく口を開いた先、喉に残る花の甘さが声を封じていた。ひりついた感覚だけはあるが、別段問題は無い。地下墓地を抜け、街に辿りついたとて語ることも無ければ、答えるべき問いもハロには聞こえなかった。
(「……街中は、大騒ぎのようですね」)
 柩の中は、木と花の匂いに満ちていたが街中は古い骨と灰の匂いがしていた。街が焼けたのだろう。煤に汚れた窓硝子に、手形が残っている。外に出ようとしたのでは無く、外から中へと入ろうとしたのだろう。ひとつ、ふたつ、灯りを失った燭台が街中に転がっていた。
「……」
 街は古く、黒ずんでいてもそこに砂埃が貯まる事は無く、ごつごつとした石畳に空っぽの馬車が転がっている。そこで起きた異様を知らしめるように。
(「——音が」)
 カラン、とふいに音がした。金物の音に視線を向ければ、街を区切る門が亡霊たちの手により下ろされようとしていた。
「ァア、ァアアアア」
「……シテ、ァアア、ドウ、ドウシテ、ドウシテドウシ、シ、ァア、ァアアア」
 閉ざす側には閉ざす理由が。
 開けようとする側には開けるだけの理由があるのだろうか。手を取り合って逃げる亡霊と、追う姿が重なり合い——だが、数歩進んだところで黒い霧と共に狂気を宿す。
(「暴動の再演、ですか」)
 ですが、とハロは一度瞳を伏せる。艶やかな黒髪がベールと共に揺れ、ゆっくりと開かれた赤の瞳が惨状を見据えた。驚きはしない。
(「この世界では街が滅ぶ様な光景、どこにでもありますから」)
 すぅ、と一度息を吸う。ドレスを翻し、レイピアを取る。
(「ただ……今はもう、それに恐怖と悲しみを覚えるだけだった私ではありません」)
 亡者の行列が、地上に現れたハロに気がつく。噴水を見下ろすこの場所は、嘗ては庭園であったのだろう。今はただ、壊れた水瓶と石像の女神たちが残るだけだ。
「ァアア、ァア」
「ァア、ァアアアアアアアア」
 嘆きが甲高い叫びに変わった。言葉として聞こえていたそれがかき消え亡者達が勢いよく駆け上がってくる。
「……」
 その槍が届くよりも早く、ハロは庭園の柵を跳び越えた。ザァアア、と落下に純白のドレスが揺れる。噴水広場へと身を落としながら、払う指先でオーラの防御を纏う。タン、と落下の瞬間、身を沈めた娘へと亡者たちの腕が伸びた。
「ァアアアア」
「キィイァアアアアア!」
 獣じみた咆吼は、だが、抜き払ったレイピアと共に——燃えた。聖なる力を帯びた白き炎が亡者を焼き尽くす。
(「この亡者達が幻影なのか、それとも本当の霊魂なのかは分かりませんが、この炎ならばどちらであれ祓ってしまえるはず」)
 飛び込んでくる亡者を、惨劇の再演に沈められた影達に向き合う。穿つ槍に身を横に飛ばし、着地したそこで、払い上げる腕と共に白き炎が舞った。
「ギィイアアアア、ァア、アア、ァ……」
 砂のように散り、消えていく亡者を見送りハロは炎を携えた。
(「やはり言葉は要りません。静かに、安らかに眠らせて差し上げましょう」)
 葬送の白き炎と共に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雛瑠璃・優歌
暗い…まだ夜?
寝ぼけた事を考えたのはそこまでで、馴染んだ家の匂いとは程遠く冷たい雰囲気ではっとした
思わず飛び起きる
体は普通…何処にも痺れはないみたい
慣れない衣装に気を付けて柩を抜け出す
婚礼衣装特有の靴が少し歩き難かった

墓所みたいな所を抜け出して息をのむ
何、これ
あまりにも惨い光景
目を背けたくとも何処もかしこも逃がす場所がないぐらい
それでも遠くには大きな建物が見えていた
きっとあそこに敵が居る
回り道は、出来ない
…行かなくちゃ
ぎゅうっと1度目を瞑る
この技への好き嫌いを言っている場合じゃない
でも成功しなきゃあたしは死んじゃう
怖い、すごく怖い
それでも人魚姫と違って足に呪いの痛みは無いから
走る
ただひたすらに




 薄闇の向こう、キィ、キィと音がしていた。軋む木の音に舟を漕ぐ意識がゆらり、と立ち上がる。
「……」
 指先が、空を切った。頬に触れていたものをはらえば、艶やかなヴェールが指先を掠めていく。頬に感じたのは水の混ざったしめった空気だった。
(「暗い……まだ夜?」)
 娘の青い瞳が二度、三度と瞬く。寝ぼけた事を考えたのは一瞬だ。家の匂いとは程遠い冷たい雰囲気に雛瑠璃・優歌(f24149)は、は、と我に返る。
「——」
 飛び起きた先、喉だけがひりついた。花の香りが残って、声が出ない。
(「体は普通……何処にも痺れはないみたい」)
 慣れない衣装に気をつけながら、優歌は柩を抜け出した。トン、と石畳に下ろした足がいつもより硬い足音を立てる。ふわりと揺れたウエディングドレスのスカートを引きずりそうで、そっと指先で掴んだ。
「……」
 燭台の仄かな灯りが、影を作る。婚礼衣装特有の靴が少し、歩きにくかった。石畳の回廊は螺旋階段へ通じ、やがて辿りついた外は噴水広場の名残であった。ここは花壇であったのだろう。低い石塀から身を乗り出せば、眼下の黒い街では骸がひとつ、引きずられていた。
「アァア、ァアアアア」
「ァアア、イ、ァア、アアアアア、ア、シテ」
「ドウシテ、ドウシテ、ドウシ、シ、シシァアアアアア!」
 砕けたアーチに人がよじ登っている。逃げようとしているのだろうか、それとも区画を遮る門をこじ開けようとしているのか。
(「何、これ」)
 あまりにも惨い光景に優歌は息を飲む。目を背けたくとも何処もかしこもひどい惨状であった。嘆き、叫び、苦しみの中、手を取って逃げ惑う影がある。二人を追う影がある。地下墓所と違い、街中には柩は無かった。そこに見えるのは人々の亡霊だけだ。
(「今、起きていることじゃないの? まるで幻みたいに……」)
 これは、再演だと優歌は思う。時を巻き戻したかのように行われている過去の再現。舞台のように誰もが役を演じて——くり返させられている。
「……ッ」
 唇を引き結ぶ。悲鳴が、嘆きがあまりに辛くて——でも、暗い街並みの向こうに一際大きな建物が見えていた。
(「きっとあそこに敵が居る。回り道は、出来ない」)
 すぅ、と優歌は息を吸う。ひりついた喉から花の甘い毒が抜けていく。
「……行かなくちゃ」
 呟き落ちた声が掠れていた。ぎゅうっと、一度目を瞑る。
(「この技への好き嫌いを言っている場合じゃない。でも成功しなきゃあたしは死んじゃう」)
 怖い、すごく怖い。
 きゅ、と手を握る。フィッシュテール型ウェディングドレスが古い血の匂いが混じった風に揺れる。
(「それでも人魚姫と違って足に呪いの痛みは無いから」)
 ざぁああ、という風音と共に、亡霊たちがこちらに気がつく。呻く声が、甲高い叫び声に変わる。
「キィイイイァアアアアアア!」
「——ッ」
 唇を引き結んで、優歌は一気に噴水までの道のりを駆け下りた。黒くよどんだ階段を純白の花嫁は駆け抜け、残る三段を跳び越える。
(「偽りのキラメきで照らせるものが何も無くても、今の自分に出来ることを…!」)
 白い靴は残さない。着地の瞬間、優歌の後光が消える。亡霊たちが姿を見失ったように腕を振る。
「……」
 不可視の障壁が一撃を弾いた。その違和感に死者達が気がついた頃には、優歌は走しりだしていた。ただひたすらに。敵の待つあの建物を目指して。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロリーナ・シャティ
目が覚めた時暗くて見覚えのない場所で思わず悲鳴をあげた…筈だった
「…!…!?」
痛む訳じゃないんだけど声が出ない
怖くなった
一生声が出なかったらどうしよう
お友達の名前、もう呼べないの?
「…!!」
首をぶんぶん振って怖い気持ちを追い払う
グリモア猟兵の人はそんな事言ってなかった
だから大丈夫
自分に言い聞かせて建物を抜け出す

「!」
酷かった
いっぱい、人が…人だったものが
眠れもせずにまたぐちゃぐちゃにしたり、されたり
やっぱり声は出ないけど
もう恐怖は止められなかった(UC発動)

「…?」
騒がしいのが少し遠い
イーナ、何をしてたんだっけ
いつもと、全然違う服を着て
…見えるのは、大きな礼拝堂
あそこに行けば何か思い出す、かな



●彩を破りて
 ——水の匂いがした。
 ぱち、ぱちと緑の瞳が瞬く。浮き上がるようなゆったりとした目覚めの果てに、ロリーナ・シャティ(f21339)の前に広がったのは暗闇だった。見覚えの無い場所。知らない香りに思わず悲鳴を上げた……筈だった。
「……! ……!?」
 ひゅ、と喉が空を切る。痛む訳では無かったが声が出なかった。はく、はくとロリーナの唇が言葉を作る。音が響かない。震える指先で、喉に触れればドレスシャツがひんやりと冷気を帯びていた。
 ——怖い、と思う。
 一生声が出なかったらどうしよう、と。
(「お友達の名前、もう呼べないの?」)
 ひたり、ひたりと滲むような恐怖にロリーナは首をぶんぶんと振った。
「……!!」
 怖い気持ちを追い払うようにして、ぱさぱさと揺れた髪に触れる。案内役であったグリモア猟兵はそんなことは言っていなかった。吸血鬼の元へと辿りつく頃には、声は戻っているだろうという話だった。
(「だから大丈夫」)
 自分に言い聞かせて、ロリーナは柩から出る。地下墓地の暗い回廊を抜けて行けば、使者の支える燭台が淡い光を灯していた。それでも暗い、と思うのは壁を含め黒の色彩を帯びていたからだろう。煤で黒いのか、それともこの地特有であったのか。
「……」
 二つ結びの髪を冷えた風に揺らし、長く続いた螺旋階段を抜ければ——辿りついた先は、古ぼけた広場であった。影のように暗く、黒い空間にロリーナは首を傾ぐ。昔は花畑だったのだろう。街を見下ろす高台に作られた噴水広場だ。小洒落た柵に手をかけて下を見れば、壊れた噴水が見えた。水瓶は落ち、蔦が這う。ぴしゃん、ぴしゃん、と冷たい水だけが零れ落ちていた。
(「どこ、に……」)
 所々欠けた階段を降りていく。 地下から上がってくる時は螺旋階段を上り、今度は降りるのだ。少しだけ疲れたな、と思いながら、でも、と顔を上げる。
『きっとあなた達にも今より優しい明日を持ってくるから』
 あの時、柩に入る前に思った事は今も変わらない。だから、と顔を上げる。微かに聞こえた物音に、はっと視線を通りの向こうに向けて——息を、飲んだ。
「!」
 酷かった。
 ただその言葉だけで十分なほどに、亡者は引きずられ、寂れた柱に叩き付けられ。松明を掲げた亡者たちが進む。行列の先で叫び声がする。
(「いっぱい、人が……人だったものが」)
 区画を閉ざす門が降りていた。手を取り合って逃げる二人の為か。行けと叫ぶようにして、神父服の亡霊が引きずられていく。次の瞬間には、門を閉ざした人々と門を守ろうとした人々が——……。
(「眠れもせずにまたぐちゃぐちゃにしたり、されたり」)
 ひゅ、とロリーナは息を飲む。カタカタと手は震えたか。見開かれた瞳から零れ落ちたのは涙か、それとも湖の水の名残か。
「ァアア、ァアアアアアア」
「ァア、ァア、シテ、ドウシテ、ドウシテドウシテドウシ——……!」
 叫びが、その声が、言葉として耳に届いた時点で——もう、恐怖は止められなかった。
(「だめ、出てきちゃう、嫌なのに……だめなのにっ……! いや……ああああああああ!!!」)
 音無き叫びと共に空間が歪んだ。ロリーナの周囲に影が沸き立つ。俯いた美しい人形の瞳は色彩を無くしたか、それともほんの偶然影が触れただけか。ロリーナの恐怖によって召喚された『それ』は原型を留めぬ異形の怪物は、迷い無く亡者の群れに向かった。
「ァアア、ァアアアアア」
「キィイイイァアアアアアアアアア!」
 甲高い声を上げ、狂気と共に鍬を振り上げた亡者が獣の一振りに吹き飛ぶ。影さえ残さず、掲げた松明さえかき消えた。

「……?」
 そうして、少年は目を覚ます。騒がしいのが少し、遠かった。
(「イーナ、何をしてたんだっけ」)
 いつもと全然違う服を着て、知らない場所にいる。ぼんやりと、ロリーナは腕を伸ばした。タキシードをベースにしたドレスシャツにキュロットパンツ。編み上げブーツは、歩きやすい気もする。
(「……見えるのは、大きな礼拝堂。あそこに行けば何か思い出す、かな」)
 ゆらり、とロリーナは歩き出す。灰がかった淡青緑の長い髪がふわりと揺れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
己の道には死が溢れ過ぎて、
声なんてきっと気付けやしない。

だから出会すのは亡者達で。

振り返る。
此処を通る誰かを…
或いは残して来た誰かを…
恰も、想い、憂う様に。

敵の喉元へ迫るまで身元は隠す為、
武器は暴徒の剣や、何かの破片…その場に有る物で。
UCの風の魔力で密かに攻撃力は高め。
駆け、囲まれぬよう狭路も用い。
武器、速度、視線、踏み込みに腕…
見切り、躱し、カウンターに2回攻撃も交え、
死して尚、痛苦の内にある者らへ、終焉を。

おくる眠りに、慈悲も躊躇いも無い。
それこそ己の本質…とはいえ。

ゆかねばならない。
白が穢れようと。
待つ末路が吸血鬼による婚礼だろうと…
愛しいひと。
君が生きている世を、僕は――

なぁんて、ね



●黒白を告げる
 古い血の匂いがしていた。座礁するように辿りついた地は街の底にある墓地であった。最も、墓地と言っても墓石は無い。ただ、無数の柩がそこに置かれたままになっていた。
「……」
 打ち捨てられているわけでは無いのだろう、とクロト・ラトキエ(f00472)は思う。ひっそりと落とす息に喉がひりついた。砂糖菓子の花は、その毒を未だ残しているらしい。指先で首を撫で、ひっそりとクロトは息をついた。婚礼衣装の袖口に残っていた名残の花が滑り落ちる。
(「薄暗い……、いや。どちらかと言えば、外壁そのものが黒いんでしょうか?」)
 煤がついている様子は無い。小さな使者の彫刻が支える燭台は随分と昔からこの地にあるのだろう。地上へと向かう螺旋階段には、所々、壁を擦った跡や足跡が残っていた。
「……」
 痕跡も古い。猟兵では無く領主との「婚礼」の為にこの地に来た人々のものだろう。迷うように、惑うようにそれでも足跡は地上へと向かっていく。暗く淀んだ空気の向こう、何かの影が見えた気もしたが燭台の映すクロトの影がそれを消していく。ひゅう、と吹き抜ける風だけが音としてあった。己の声さえ、回った毒に封じられてしまえば、ただただ、足音だけが響いていた。
(「墓所らしく、何者かの声を聞くという話もありましたが……」)
 ふ、と息を落とす。口元は、ほんの僅か自嘲に濡れた。己の道には死が溢れすぎて、声なんてきっと気付やしない。柩の中、残してきた花の香りも既に遠く、長く続いた螺旋階段の先、辿りついたのは背の高い建物が多く建ち並ぶ街の中であった。
(「噴水、花壇の跡……。墓地があったのは地下でしたが、入り口は街を眺める場所にあったようで」)
 入り口として確かに嘗ては使われていたのだろう。足元、地下墓所とは少しだけ造りの違う石畳にクロトは足を止める。半ば風化したそれには祈りに似た聖句が刻まれていた。
(「我らの嘆きを……、ですか」)
 吹き抜ける風が血の匂いを運ぶ。古い血の匂いだ。さび付いた風はここに来て漸く煤の匂いを運び、ひび割れた街の窓をクロトは見る。キィ、キィ、と軋み聞こえるのは家々の扉だろう。固く閉ざされた家以外は全て開かれ、其処にあるべきでは無い気配が残る。
「……」
 生者には無い気配。濃い死の匂い。
 このまま一歩、足を踏み入れれば亡者たちはクロトの存在に気がつくだろう。ひゅううう、と吹き上がってくる風に足を止め、振り返る。此処を通る誰かを……、或いは残して来た誰かを……恰も、想い、憂う様に。
 ——ァア、アア、と亡者たちの声が耳に届く。血と炎の名残を紡ぐ風が純白のタキシードを靡かせた。
(「——さて」)
 亡者の群れへと向き直る。松明を手に区画を封じる門を揺さぶっていた亡者達は、家々の窓を叩き、時に怯えるように中に滑り込む。誰かを逃がすように走り——見送る者が捉えられる。
「ァアアア、ァアアアアア」
「ァア、ァア、シテ、ドウシテドウシテドウシテドウシ——!」
 嘆きに叫びが混じる中へと、クロトは身を飛ばした。低い石塀を跳び越え、暴徒たちの只中へと滑り込む。乱入者に松明を持つ亡者が気がつくとも振り下ろす頃には、クロトは身を沈ませ前へと飛んでいた。
「ァア、ァアアアアア!」
「……」
 何処かへと振るわれた腕を打ち上げる。亡者の落としたナイフを拾い上げ、息だけを一つ、落とす。瞬間、ぶわりとクロトは風を纏った。
「——ァ」
 ナイフが亡者の胸に沈む。引き抜いた瞬間、亡者の群れは乱入者の姿に気がついた。
「ァアアアアァアア」
「キィイイァアアアアア!」
 甲高く響く声と共に振り下ろされた松明を、クロトはナイフで払う。袖口が白から色を変えていく。古い血か、煤か。衝撃に僅か、身を浮かせた亡霊へと一撃を振り下ろせば、その後ろから人波が押し寄せた。
(「死して尚、痛苦の内にある者らへ、終焉を」)
 そこに最早、人の声は無い。浅く感じる殺意はクロトに向けるものか、それとも嘗てこの地にあった「何か」の再演か。
(「正面には門、ですか。なら……」)
 手にしていたナイフを真横に放つ。飛びかかろうとしてきていた大男が一撃に沈み、落とす剣を拾い上げ壁を蹴る。狭い通りを駆け抜け、クロトは速度を上げていく。
「ァア、ァアアアア!」
 通りを出た先、出会った男に剣を沈める。振り下ろされる槌を足場に跳び越えれば、ドサリ、と重い人の音では無く砂のように散っていく音がした。
「……」
 おくる眠りに、慈悲も躊躇いも無い。
(「それこそ己の本質……とはいえ」)
 ゆかねばならない。
 白が穢れようと。
(「待つ末路が吸血鬼による婚礼だろうと……愛しいひと。君が生きている世を、僕は――」)
 嘆きの声は遠ざかり、亡者の気配も無い街中でクロトは小さく息を落とした。
 なぁんて、ね——と、唇で形を残して。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
ライラック殿と(2)

柩より出でひとり
姿見えぬ彼の名を紡ぐも叶わぬは
やけに不安で寂しくて
揃いの花へ指が添う

姿見えれば駆けて寄り
安堵滲ます彼へと手を伸ばし

彼喚ぶ獅子の子にいつかの約束甦り
手を取り共にと背に乗れば
不安も寂しさも露と消え
その全てが魔法のよう

ライラック殿
クリス殿
音と響かせられずとも
護りて駆ける頼もしき名を裡で呼び
摑まる背に跨る毛並に
触れる先より想い籠め

大丈夫
恐れも何も共にと在れば
貴方達が前向き駆けられる様
私からもその足元に花道を
羽根より生みし加護の花

蘇りし光景は痛ましくも悼ましい
されどこの地を駆けるなら
この眸に心にしかと焼き付けて

葬送の歌囀れず
墓場鳥たる事も出来ぬ身乍ら
かの花が献花たれと


ライラック・エアルオウルズ
ティルさんと、(2)

棺中を出て、真先にと
探す為に呼ぶ名ひとつも、
声に成らずはもどかしく
再会叶えば安堵は滲み、
柔く握る手に想い伝えて

迎えの馬車が無いのなら
真白の裾を汚れぬ様に、
僕が喚ぶしかあるまいね

魔導書を指先撫ぜて、
獅子の子を傍に喚べば
貴方の手取り、共に騎乗し
寄る者あれば爪先裂いて、
亡者の演ずる惨劇駆けて
貴方の事を守れるよう、
勇敢なる子と共に尽くし

横目に過ぎる争いは、
唯の“舞台”でないだろう
痛む胸は堪えて、唯々悼む
貴方は恐れはしないかと、
気にする背から咲く献花

真直ぐと向ける藤の眸で、
淡く手向ける花の加護で
亡者の魂に救いのある事を
駆ける中で、祈りを込めて
憾みが未だ残るとしても、
領主は必ず挫くから



●獅子と白き花の辿り
 薄暗い墓所を照らすのは、小さな使者の支える燭台だけであった。足元を漸く照らせるだけの灯りは、この地を闇として捉えるには十分だった。
「   」
 柩を出て真っ先に、探すために開いた口が音を紡ぐ事は無かった。喉に残るひりついた感覚と甘さ。あの砂糖菓子の花が未だ、ライラック・エアルオウルズ(f01246)の声を奪っていた。もどかしげに唇を一度引き結び、ライラックは墓所の闇を見る。
「……」
 そこにあるのは無数の柩だけだった。壁に立てかけるようにして置かれたもの、鎖をかけられたものもある。打ち捨てられた訳でも、墓泥棒が出た訳でも無いのだろう。——だが、墓石も無く柩だけが並ぶ地下の墓地は、果たして埋葬の地であったのか。
(「ここに、彼女の姿は無いか」)
 死の気配だけが濃い場所に、他に誰かがいる気配も無い。外へは螺旋階段を上がって行けば、辿り着けるようだった。燭台の弱い灯りにも、目はすぐに慣れた。
「——!」
 薄闇を抜けた先、ライラックの瞳に最初に見えたのはふわり、と揺れるベールだった。タン、と軽やかな足音と共に掛けてきた美しき花嫁のリボンが揺れた。
 ライラック殿、と声が聞こえてきそうだった。伸ばされた手を受け止めて、柔く握る。安堵を滲ませるとライラックはティル・レーヴェ(f07995)に頷いた。会えて良かった、と薄く開いた唇は声なき言葉を形で伝えただろうか。不安を見せていた少女の瞳が、ふいに安堵を滲ませ触れた指先がそっと、握り返した。
 ——ふいに、街中から声が聞こえた。甲高く響くそれは亡者達の嘆きか。墓地から出た先、噴水広場の跡地からは、黒い街を見下ろす事が出来た。煤か、それとも元からこの街の家々は黒を纏ってきたのか。廃墟となった今では、それを知るよしも無く、徘徊する亡者たちだけが在りし日を語っていた。
「ァアア、ァアアア」
「——ァア、アア……」
 この街で起きた悲劇を。再演の形で亡者はくり返す。
「……」
 遠く見えた火が、街の奥にある礼拝堂を照らしていた。大きい、と思うのはその尖塔の高さ故だろう。吸血鬼がいるのは彼処に違いない。さて、行き先は分かっているのだが——……。
(「迎えの馬車が無いのなら。真白の裾を汚れぬ様に、僕が喚ぶしかあるまいね」)
 魔道書を指先で撫ぜれば、ふわりと柔い風の向こうから獅子の子が姿を見せた。喚びだされたのは、ライラックの想像上の友人『勇敢なる獅子』紫の瞳を細めた男の身長の2倍ほどの大きさがあった。くう、と背を伸ばした獅子が頬をすり寄せる。柔らかな熱にふ、と笑うとティルの手を取って、獅子の背に乗った。
(「それじゃぁ、行こうか」)
 言の葉は音として響かなくとも、瞳を見てそう唇が言葉を作る。お手をどうぞ、と動く唇に、ティルはふ、と笑った。
(「ライラック殿、クリス殿」)
 手を取り共に背に乗れば、不安も寂しさも露と消えた。その全てが魔法のようだ。護りて駆ける頼もしき名を裡で呼び、ティルは摑まる背に跨る毛並に触れる先より想い籠めた。
「……」
 きゅ、と獅子の背を抱く姿がライラックの芽に映る。横目に過ぎる争いは、唯の“舞台”でないだろう。
(「……どうか」)
 痛む胸は堪えて、唯々悼む。亡霊は腕を取り、時に松明を掲げ、叫ぶ声は最早、獣咆吼と変わりはしない。
「ァアア、ァアアアア」
「キィイッッァアアアアア!」
 甲高く響いた声と共に、穿つ槍を獅子が砕く。払う爪と共に一気に亡者の群れを跳び越えた。ヒュン、と追いすがる弓をふさふさの尾が払う。亡者の群れは逃げる者を追うのか——それとも、嘗てこの街でも誰かが逃げようとしていたのか。街の区画では、門が閉じ、よじ登ろうとする亡者と払う亡者が叫び合う。
 全ては、過去であったとしても。
「……」
 穿つ槍に、嘆きは確かに此処にあったものだ。
 彼女は恐れはしないかと、心配するように見た先でふわりと花びらが舞った。
『大丈夫』
 唇がそう形を作る。振り返ったティルがやわく微笑む。舞い踊る花は淡く手向ける加護となり、獅子の道行きを彩っていた。
「……」
 ヴェールが揺れる。真っ直ぐと向けた藤の瞳が出会った先、彼もまた祈っているのだろうティルは思う。
(「蘇りし光景は痛ましくも悼ましい。されどこの地を駆けるなら……」)
 この眸に心にしかと焼き付けて。
 葬送の歌囀れず、墓場鳥たる事も出来ぬ身乍ら——かの花が献花たれと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイブル・クライツァ


言葉で飾るのは苦手だから、いっそ筒抜けている方が誤解も無くて良いわ
人の心が上手く理解出来るかは怪しいけれど、聞く事で慰めになるのであれば利用されても構わないのよ
…誰かに託すことも、強さの一種だと思うから

死なずに済むのなら、どれだけ良かっただろうという感情は、少しだけ判ってあげられるから
私側からしたら、死なせずに済んだならと言った方が正しいけれども
抱えたままの辛さが、少しでも晴れるなら八つ当たりでも良いし

…死ぬという感覚だけは、申し訳ないけれども判らないけれど
元凶は必ず討つわ。そう応える事なら出来る
私は、その為に作られた様な存在だから大丈夫よ?
だから、あるべき場所へ帰れるようおやすみなさい、を



●葬送の道行き
 冷えた風が古い骨の匂いを届けていた。薄暗い墓地に、カツン、と一つ足音を響かせる。立ち並ぶ柩は風に揺れる事無く、ただ、そこにあった。
(「そう、中にも誰かがいるのね」)
 無造作に置かれたままの柩もあれば、壁に立てかけられるようにしてある柩も見えた。かけられている鎖も、中を封じるというよりは何処か飾りのようにレイブル・クライツァ(f04529)の瞳には見えた。
(「あれでは、簡単に断ててしまう。……でも、放置されているというわけでは無いみたいね」)
 飾っているつもりでもあるのか。薄暗い墓地を照らすのは、小さな使者の彫刻が支える燭台だけだ。壁面は煤のように黒い。この地の石が成せる技か。淡い光の中、影ばかりが濃くなる。カツン、と石畳が音を立てた。
「……」
 ふわり、とウエディングドレスが揺れる。金の刺繍が施されたリボンがはた、はたと揺れれば行き先が分かった。
(「あっちね。……あぁ、螺旋階段がある」)
 地上へと向かうのだろう。薄闇を恐れる理由などレイブルには無いままに、カツン、と一歩踏み出す。つま先が影に沈めば、擦れるような声が耳に届いた。
『……て』
『どうして……』
 それは、死者の嘆きであった。この地を通った人々の言葉か。揺れるように、擦れるように届く声達にレイブルは足を止める。
『どうしてこんな……』
『だって、私は、私が行かないと……』
『俺が、俺で終わりになるなら……!』
 だから、と声は続く。くり返すように何故と紡ぐ。どうして行かなければいけなかったのかと、どうして自分なのかと。だが同時に、自分で良かったと言う声もある。
『良かった。良かったんだ……』
「……」
 声は、震えていた。
(「言葉で飾るのは苦手だから、いっそ筒抜けている方が誤解も無くて良いわ」)
 人の心が上手く理解出来るかは怪しいけれど、聞く事で慰めになるのであれば利用されても構わないから。だから、足を止める。黒い影の向こう、反響するように響く声に、言葉を返す事は今は出来なくても。
(「……誰かに託すことも、強さの一種だと思うから」)
 ひりついた喉が、花の毒の名残を告げている。
(「死なずに済むのなら、どれだけ良かっただろうという感情は、少しだけ判ってあげられるから」)
 覚悟と共にこの地に来た者達も、全てを飲み込めた訳では無いだろう。墓場には足跡が幾つも残っていたが——同時に、手をついた痕もあった。転んでしまったのか、蹲り嘆いたのか。
(「私側からしたら、死なせずに済んだならと言った方が正しいけれども」)
 抱えたままの辛さが、少しでも晴れるなら八つ当たりでも良い。
 何故、どうして、どうして、と響く声は嘆きに似て。哀しくて苦しいけれどどうしようもできない、分かっていたのに、と届く声をレイブルは聞く。詰るように揺れる声さえも。
「……」
 瞳を伏せたのはただ一度だけ。哀しむ声の向こう、聞こえた震えを理解することが出来なかったから。
(「……死ぬという感覚だけは、申し訳ないけれども判らないけれど」)
 ゆっくりと金色の瞳を開く。ふわり、とヴェールが揺れた。
 ——元凶は必ず討つわ。
 唇でそう、形を作る。そう応える事ならば出来た。
(「私は、その為に作られた様な存在だから大丈夫よ?」)
 斬滅用戦闘人形は死者の嘆きにそう、静かに告げた。
「……から」
 擦れる声を、紡ぎ出す。彼らが、あるべき場所へ帰れるように。
「おやすみなさい」
 薄れていく毒の中、落とした声は小さく——だが、しっかりと『声』達に届いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎

アレスを呼ぼうとして
声がでないことに気づいた
大丈夫だと目線で返し
歩きだそうとした所で声が
聞こえた

―セリオス

懐かしいと思う以上に傷を抉られるような想い
鳥籠の中最初に殺したその少女は
故郷の街の、よき隣人

―生きててよかった。心配したんだよ

なんで…
これは敵の作った幻影か?
だとしたら許せるものではない
口を開いて問おうとすれば
そっとアレスの手が触れた

―…会えて、よかったね

言葉を返すことができない
選んで、生き残った俺が
今さら懺悔なんざ…死んでも死にきれねぇだろ

―怒ってない。恨んでないよ(この気持ちは届かないかもしれないけど)

―生きて、助けてあげて

ああ、それだけは
約束だ
前を見据えアレスと歩く


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

名前を呼べないのは少しもどかしいけど
一緒に歩き出そうとしたら
声が聞こえた

『アレクシス』

…攫われたセリオスを取り戻そうと吸血鬼に刃を向けて
返り討ちにされた僕を庇って死んだ…母さんの声

『よかった…貴方が今も生きていて』

この声は幻だろうか
でも…謝りたかった
貴女が死んだのは僕のせいだ
でも、声は

『―貴方を守れてよかった』

…涙が零れそうになった、けど
未だ立ち止まる彼の手に触れ、腕を組むように促す
…置いていかないように

『やっと彼に会えたのね』
『…どうか、その手で守れるように
でも、無茶は程々にね?』
『―いってらっしゃい』

悔いる想いはずっと在るけど
ああ、今は彼と2人
前を向き歩こう

―いってきます



●導きの光か、或いは——……
 柩の外へと出れば、最初に喉の違和感が来た。花の甘い香りが残っているのか。アレス、と呼ぼうとした声が掠れて、音にならない。
「……」
 指先で首元を摩る。妙に布が多い、と思ってセリオス・アリス(f09573)は自分が婚礼衣装を身に纏っている事を思い出した。頭を振るってヴェールを払えば、ため息交じりにひとつ落ちる息が耳に届く。
 ——アレス。
 と、唇で彼を呼ぶ。はく、はくと形を作っただけのそれは、だがアレクシス・ミラ(f14882)には届いた。すらり、とした指先がセリオスの髪を直すようにしてから、ヴェールを上げる。声が出ないとしても、口元が見えないのは話しにくい。
「——……」
 触れるほどの距離で見上げれば、もどかしげなアレクシスの瞳に出会う。一度、結ばれた唇が笑みを纏うより先に、つい、と引く。
 ——セリオス?
 問いかけるように動いた唇にふ、と笑って。大丈夫だと視線を返す。向かう先は、地上だ。風が抜けてきている。
(「地下っぽいし。なら、あの螺旋階段の先だろ」)
 地下墓地にあるのは燭台の灯りだけだ。随分と薄暗い空間に、幾つもの柩が置かれていた。
「……」
 古い死の匂い。放置された訳でも、廃棄された訳でも無く——ただ、ここにあるべきと置かれたままの柩には誰かが眠っているのだろう。この地に、生贄となって自らやってきた人々が。
『——セリオス』
 ふいに、声がした。歩き出そうとした足が止まる。懐かしいと思う以上に胸が痛む。傷を抉られるような想いにセリオスはきつく、拳を握った。
『——セリオス』
「……」
 忘れる訳も無い。
 鳥籠の中最初に殺したその少女は、故郷の街の、よき隣人。長い幽閉生活でされるがままを耐えた。全ては母の仇を打つため、そして友を守る為。そう、その「為だ」と思ってきたことを否定はしない。
『——生きててよかった。心配したんだよ』
「——」
 だからこそ、その声が耳に届いた瞬間、ひゅ、と喉が鳴った。
(「なんで……これは敵の作った幻影か?」)
 だとしたら許せるものではない。
 よかったなんて。心配していただなんて。
 きつく唇を噛んで、前を見る。影の向こう、聞こえてくる少女の声に、問い返す言葉を放とうと口を開く。——瞬間、とん、とアレクシスの手が触れた。
『——……会えて、よかったね』
「——」
 まるで見ているかのように少女は告げる。ほんの少し笑うように、ほんの少しだけ苦笑するように。あぁ、困った子だと、年上風を吹かせるように告げる彼女の気配に誤解してしまいそうになる。
『セリオス』
「……」
 言葉を返すことができない。
 純白の衣装は薄暗い墓地の中で、淡く光る。取り残されたように影の中、ヴェールが頬に落ちてくる。
(「選んで、生き残った俺が。今さら懺悔なんざ……死んでも死にきれねぇだろ」)
 きつく拳を握る事は出来なかった。この手はアレクシスと出会っていたから。瞼が震える。何か言いたくて、でも言い訳になるようで。言葉が見つからない。
『——怒ってない。恨んでないよ』
 声が掠れる。勘違いしてしまいそうでセリオスは唇を噛んだ。
『——生きて、助けてあげて』
 指先に何かが触れる。彼女に似た気配に、ゆっくりと顔を上げた。
(「ああ、それだけは。約束だ」)
 薄影の向こう、燭台の光に揺れた声に決意と共に告げた。

「——」
 その傍ら、セリオスの手を取ったアレクシスもまた、声を聞いていた。薄闇の向こう、警戒するようにセリオスより一歩、前を歩こうとしていた青年の瞳に影が揺れる。
『アレクシス』
「——」
 それは、母親の声だった。あの日の光景が頭を過る。攫われたセリオスを取り戻そうと吸血鬼に刃を向けたのだ。
(「けれど……」)
 敵わなかった。返り討ちにされて、死ぬのだとそう思ったというのに——殺されたのはアレクシスの母だった。
「……」
 庇って死んだのだ。アレクシスを。
『よかった……貴方が今も生きていて』
 声に滲む安堵に戸惑う。この声は、幻だろうか。弔いの地で聞く声に、容易く否も紡げぬまま、ただ、覚えのある、優しく笑う母の気配にアレクシスは唇を引き結んだ。
(「でも……謝りたかった。貴女が死んだのは僕のせいだ」)
 そう、声を上げて告げたいのに叶わない。ひりついたままの喉は言葉を紡がせてはくれずに、薄く開いたままの唇が、母さん、と形だけを作る。
『——貴方を守れてよかった』
「——」
 ……涙が零れそうになった。けれど、未だ立ち止まっているセリオスの手に触れる。一点を見据えていた彼の瞳がぱち、ぱちと瞬く。腕を組むように促せば、素直に純白の衣装と共に触れた。
(「……置いていかないように」)
 声の主は、それが見えたのだろうか。安堵に似た息が耳に届く。届いた気がする。
『やっと彼に会えたのね』
『……どうか、その手で守れるように。でも、無茶は程々にね?』
 純白の衣装からひらり、はらりと花が舞う。柩の中にあった花だろう。青白く美しい花びらは二人の手に触れ、指先に触れて——ふわり、と舞った。
『——いってらっしゃい』
 悔いる想いはずっと在るけど。ああ、今は彼と2人。前を向き歩こう。
(「——いってきます」)
 そう、唇で音を作って。心の中で思って歩き出す。この街の果て——吸血鬼の居城へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
墓、かぁ
死者が、死者との思いが眠る場所
祈りを届けるのに要るのだと誰かが言った

己の内から声が聞こえる
死者が眠る場所というならソレも納得だ、と一人笑おうとして声が出ない事に気付く

やあねぇ、巧言封じて心の内でも覗こうって?
聞こえるのは優しく温かい、よく知っているようでずっと遠くに失った声
こちらにおいで、もう寂しくないよと誘われれば
分かっていても気持ちは揺らぐ
ダメだよ、あの人はそんな事言わない
そんな事を言う位なら……永遠に眠るのは、オレの方だったんだ

ああ、もしかして。お墓、欲しかった?
オレが墓標じゃダメかなあ
ソレを良しとしない人が現れるまで
本気ヨ、分かるデショ
だから、ずっと残す為にも
この先へ進ませて



●四つ辻
 ——古い血の匂いがしていた。
 屍は遠く、ただ座礁するように辿りついた地に死の気配は遠い。無数の柩はあるというのに、埋葬の痕跡も無かった。外に置かれたままの柩は、皆、どれも固く閉ざされ——だが、立てかけられたものには鎖が掛かっていた。
(「でも、出てくるのを抑えているって訳では無いのネ」)
 コノハ・ライゼ(f03130)は小さく息をつく。
 ふわり、ふわりとヴェールを揺らす風が鎖を揺らす。キィ、キィ、と擦れるような音を思えば重さも然程無いのだろう。この地で、死は並べてある。木の柩はどれも変わらず、地に置かれたものにも一輪ずつ花が置かれていた。
(「お墓も無いけど、埋葬のつもり……。ソウ、芸術作品のつもりで置いてるのデショ?」)
 吸血鬼は己を納棺師と告げるとも言う。木の柩に収め、飾ることで己が作品とでも言う気なのだろう。——最も、この場所が古くから墓地であったのは確かだ。柩よりも随分と古い痕が、ひとつ、ふたつと残っている。墓石の代わりに、小さな石版や、僅かに残った木だけが此処が弔いの地であったことを告げる。
(「墓、かぁ」)
 ゆるり、と見上げれば天井はアーチ型に補強がされていた。壁面がひどく暗い。黒いのだと気がついたのは、悪趣味な燭台も黒の色を纏っていたからだ。煤か、それともこの地特有のものか。まるで暗い森の中にでもいるようだ。先が見えず、けれど影に怯えるような身でも——……。
『死者が、死者との思いが眠る場所。祈りを届けるのに要るのだ』
 ふいに誰かがそう言った。己の内から声が聞こえる。死者が眠る場所というならソレも納得だ、と一人笑おうとしてコノハは声が出ない事に気がついた。
「……」
 ひりついた喉が、花の甘い香りと共に声を封じていた。ブーケを手にしたまま、純白の婚礼衣装だけが薄闇の中、たなびく。
(「やあねぇ、巧言封じて心の内でも覗こうって?」)
 す、と薄氷の瞳が細められる。戦場に、戦いの中に置かれた瞳が、心が、しん、と静められようとして——声に止められる。
『    』
 それは、優しく温かい、よく知っているようで——ずっと遠くに失った声。
「……」
 進めた筈の足が、止まっていた。紫雲に染めた髪を揺れる。
『こちらにおいで、もう寂しくないよ』
 その声に誘われれば、分かっていても気持ちは揺らぐ。頷いてそのまま歩き出してしまいたくなる。「かなしい」は忘れたけど、「さみしい」は知っている。思い知るほどに。
(「ダメだよ、あの人はそんな事言わない」)
 頷いてしまいたくなる己に、コノハは一度、瞳を伏せた。落とした息は苦笑交じりであったか、ただ吐息一つ零しただけであったか。
(「そんな事を言う位なら……永遠に眠るのは、オレの方だったんだ」)
 死地に届く風が衣を揺らす。影の中、伸ばしかけた指先は降りて——ふ、と唇を開く。
(「ああ、もしかして。お墓、欲しかった?」)
 オレが墓標じゃダメかなあ。
 唇でそう、形を作る。声は届かずとも、はくはくと開く唇が言葉を紡ぐ。
(「ソレを良しとしない人が現れるまで」)
『——本気なの?』
 瞬くような気配。優しい声が、心配そうに響く。
(「本気ヨ、分かるデショ」)
 だから、と口の中、コノハは言葉を作る。
(「だから、ずっと残す為にも。この先へ進ませて」)
 ひゅう、と風が抜けた。柔らかな声が最後、呼びかけるような音を残して消える。ブーケの花が、甘い香りを残す。
「……」
 ひらり、落ちてきた花弁を受け止めて、ふ、とコノハは外に飛ばした。風は上から。上がるべき階段を見据えて——前に、向かう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
千織(f02428)と

無数の柩
死者が蔓延る匂い
同じく流れ着いた
彼女へ掛けようとした言葉は
空気が震えぬまま消え

奪われた
千織の手を引いて周囲を窺いながらぱくぱくと喉元を抑える

千織が何かに意識を集中する様子を見遣れば

「ちづる」

真後ろで囁く声
千織じゃない、
では、誰か?
噫、懐かしき声音
そうしてまた、甘言を吐いて責め立て泣く
愛しい残酷な幼馴染

「千鶴が贄?
私のときと同じね」
またその子も裏切るの?見捨てるの?」
「大好きよ、大嫌いよ、千鶴、迎えに来て」

誰も居ない闇の虚空を振り払い
叫び出したい声は出ず

優しい桜と自分を包む掌
千織、ねえ、
俺は未だ此処にいる?
縋るように求め交わる眸

抜いた刃は
自身の腕を裂き赫が沈む


橙樹・千織
1)
千鶴/f00683さんと

柩を出れば暗く空気の淀んだ街
周囲を見回し、彼を探す

千鶴さん?
そう、声を掛けたはずだったのに出てきたのは空気だけ
驚いて喉をさするけれど声は出ず
“私は此処にいます”
と彼に手を伸ばす

微かに聞こえる男の声
“お前に印を付けた鬼があちらに堕ちた。気をつけよ”
誰?鬼?印?何のこと?
聞き返しても応えは無く
心に靄を残すだけ

気付けば何かを振り払おうとしている彼の姿
誰であろうと私の大切に
彼に手を出すことは許さない
そう思った時には糸桜のオーラ防御で周囲を遮断
少々強引に両手で彼の顔を此方に向けていた

私も、貴方も此処にいる
声が出ないなら視線で訴えて

千鶴!?
突如落ちる赫に目を見張り
急いで治療を



●古き華の宮
 そこは、薄暗い場所であった。洞窟のように暗く、ぽつ、ぽつと残された灯りは小さな使者の支える燭台が作り出したものであった。足元を照らすにも弱い、夜目が利かねば転んでいただろうか。柩から起き上がり、何処からとも無く感じた死者が蔓延る匂いに宵鍔・千鶴(f00683)は唇を引き結ぶ。
「……」
 此処は、死地だ。死者の置かれる場所であり、弔いの地にしては墓石も無い。無数の柩だけが置かれ、漸く此処が地下の墓所だと気がつく。
(「地面に残ってるのは区画の跡……?」)
 その割に、柩はバラバラに置かれていた。無造作なようでいて——何処か違う。かけられた鎖も拘束の為というよりは、まるで飾り立てるかのように細い鎖が二重、三重にかけられていた。
「……」
 木の柩に綻びはない。
 同じように流れ着いた彼女へと声をかけようとしたところで、ひりつく喉に気がついた。
「——」
 千織、と呼ぶ声が空気が震えぬままに消える。
(「……奪われた」)
 ぱち、と瞬いたのは橙樹・千織(f02428)も同じだった。驚いて喉をさすりるが、状況は変わらないのだろう。喉の奥、花の甘い香りが残っている。
 ——私は此処にいます。
 そう告げるように伸びてきた千織の手を取る。こくり、と頷いて周囲を伺いながらぱくぱく、と千鶴は喉元を抑えた。
「   」
 言葉が空を切る。
 やはりあの砂糖菓子が原因だろう。遠からず痛みが引く感覚はあるが、今すぐでは無いのは分かる。はぁ、と息を落とせば、ひゅ、と強い風が墓地へと踏み込んだ。
「……」
 湖からでは無い。何処か、外から届く風が水気を帯び、千織のヴェールを揺らせば淡い影が長く——伸びた。
「——」
 瞬間、千織は足を止めていた。声が、聞こえたのだ。微かに聞こえる男の声。
『お前に印を付けた鬼があちらに堕ちた。気をつけよ』
(「誰? 鬼? 印? 何のこと?」)
 千織が聞き返しても応えは無く。ただ、心に靄を残すだけ。戸惑いよりは深く、沈むような謎が残れば——繋いだ手の先で、千鶴がひくり、と足を止めていた。

『ちづる』
 真後ろで囁く声。千織ではない声。では、誰か? ——否、迷わずとも辿り付けはする。してしまうのだ。
『ちづる』
「——」
 噫、懐かしき声音。
 そうしてまた、甘言を吐いて責め立て泣く——愛しい残酷な幼馴染。
『ちづる』
 その声が、千鶴を呼んでいた。
『千鶴が贄? 私のときと同じね』
 肩に触れ、囁くように声は落ちる。振り返っても其処にはいないだろう。だというのにまるで、すぐ傍にいるように聞こえてくるのだ。
『またその子も裏切るの? 見捨てるの?』
 ちづる、千鶴と。
『大好きよ、大嫌いよ、千鶴、迎えに来て』
「——」
 誰もいない闇の虚空を振り払う。叫び出したい声は出ず、ひゅ、と腕が空を切る音だけが残る。ちづる、と甘く囁き、責め立てる声だけが止まらずに——……。
「——!」
 ぐ、と強く腕が引かれた。引っ張られる感覚に千鶴は目を瞠る。はら、はらと糸桜が舞い、両の手で頬を包まれていた。
 ——千鶴。
 そう、呼ぶ声が聞こえる。記憶の中にある千織の声が呼ぶ。優しい桜と自分を包む掌。
(「千織、ねえ、俺は未だ此処にいる?」)
 縋るように求め交わる眸。唇は、未だ音は紡げぬまま——刃を抜く。
「!」
 迷い無く、己の腕を血染め桜を引き裂いた。赫が沈む。ぱたぱたと落ちる血が、足元に証を作っていく。
「——……!」
 慌てたのは千織の方だ。突如落ちた赫に目を見張り、急いで治療を行う。
(「千鶴!?」)
 止血の前に傷口を掴み、揺れる彼の瞳を真っ直ぐに見た。
『誰であろうと私の大切に、彼に手を出すことは許さない』
 あの時、何かを振り払おうとしている彼の姿に防御の陣を張り上げた。周囲を遮断して、少し強引だけど彼の顔を此方に向けたのだ。
「……私も、貴方も此処にいる」
 あの時、視線で訴えた言葉を千織はひりつく喉で紡ぐ。声は掠れたけれど、彼に届くように。純白のドレスのリボンで傷口をきつく結んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

姫城・京杜
與儀(f16671)と

箱が揺れてるのに気付き目覚め
與儀…!って
主の姿にホッとしつつ声上げようとするも
あ、声出ねェのか

柩から出て主見れば、裸足で歩こうとしてるから
怪我したら危ねェし!って思って抱っこする!
主を守るのは俺の役目!(どや
ちっちゃいから軽いしな

聴こえる声に、複雑に変わる表情
…俺が守れず死なせちまった、あいつの声
――けど
抱えてる主の存在がすぐ傍にあるから
お前の友でもあった與儀の事は、何があっても守る
だから…絶対忘れねェけど、でも俺は、主と共に前に進むから

けどやっぱり涙目になっちまってたら頬引っ張られて
視線落とし、分かってる、って
心配かけねェよう笑む

俺は死ぬまで與儀の守護者だからな、って


英比良・與儀
ヒメ(f17071)と

柩を開けて、ヒメ――と呼んだはずが声がでない
そういうもんを飲まされたか

ヒメの入った柩がどれかは見ているからわかっている
それを探して開けてやるが、起こし方はどうするか
箱を軽く蹴って揺らしてやる

つーか、歩きにくい
ヒールは脱いで裸足になっちまおう
と、脱いで歩けば抱えられ
おい、と視線で訴える
けど降ろしてくれそうにねェし諦めるか

声が、聞こえる
ああ、これは――死んだ友の声だ
俺ではなくヒメに向いている

語り掛ける声よりも、ヒメ…
泣きそうになってるよなァ
そっちにひっぱられるなと、手を伸ばして頬を引っ張る
こっちみろ

お前の主は、俺だ
だから悪いな、と心の中で友に向ける
お前がそうなるはずだったのに




 薄闇の向こう、影を見た。暗く、黒いそれに英比良・與儀(f16671)は眉を寄せる。見にくい、と先に伸ばした指先が柩の蓋に触れた。薄く、開いているから奥が見えたのだろう。
(「それにしても……」)
 暗い、よりは恐らく、黒い。
 洞窟でも作ったかのような地下の空間が、それでも街の一区画だと分かるのは柱が残っているからだ。古い細工の跡がある。煤の所為か、石材か。黒い柱に黒い影、無数の柩が座礁するように地下墓地へと辿りついていた。
「——」
 ——ヒメ、と呼んだはずが声が出ない。ひりついた喉の痛みに、花の甘さだけが残っている。そういうものを飲まされていたか。
(「出てくる様子がねぇってことは……」)
 まだ寝てるのだろう。いや、柩で寝るのか。やれ、と息をついたさき、髪をかき上げるのはヴェールが邪魔だった。カツン、と歩きにくさに足を上げる。白く、艶めいた婚礼の衣装が與儀の足首を晒していた。
「……」
 動きやすいと歩きやすいは、同居するわけでは無い。三度目のため息を闇に落とし、與儀は柩を見る。姫城・京杜(f17071)が入っている柩は、見ていたから分かっていた。
(「あぁ、これだな……」)
 薄く開いているのはこちらも同じだが——花の毒か、ふかふかの枕が理由か。伏せられたままの瞳に、一拍足を止め——次の瞬間には、軽く柩に與儀は蹴りを入れていた。
 ——ガコン、と派手な音がする。
「……!」
 箱の揺れに気がついたか。ぱっ、と顔を上げた、京杜が口を開き——パク、パクとさせる。
「   」
 與儀……! と声が聞こえた気がした。
 ぱち、ぱちと瞬いた藍色の瞳が、與儀を捉える。声が出ない事実に京杜も気がついたのだろう。存外、すぐに頷いて見せた京杜が柩から出る。純白の衣装で先を見据える横顔と、ふいに振り返って「あっちだぞ」とでも言いたげな瞳に見る差を、ギャップと言うべきか、犬だなと思うべきか。
「……」
 ため息交じりに向けた足が、カコン、と引っかかった。ヒールだ。そういえば、ドレスに合わせてリボンの掛かった白い靴を履かされていた。
(「つーか、歩きにくい」)
 ヒールを脱いで、コン、と置く。素足で床に触れればひんやりとした感覚が伝わってくる。水の冷たさに似ているだろうか。僅か、感じる鳴動はこの地が湖に伝わっているからか。
(「水には困らなさそうな場所だな……」)
 ならば行き先は、とゆるりと視線を向けた先で——ふいに、体が浮いた。
(「——は?」)
 気がつけば、腰に京杜の腕が回っていた。思わず、零した息も、声も、ひりついた喉では紡げない。代わりに與儀を抱き上げた京杜がにこにこと笑みを浮かべていた。
(「おい」)
 視線で訴えた先——降ろす気配は、無い。
 ——どやってんな、こいつ。
 と思ったのが京杜に伝わっているかは、分からぬまま。怪我したら危ないから、と長身の京杜が抱き上げれば、キラキラと輝く金色の髪を見上げる形になる。
(「主を守るのは俺の役目!」)
 息をついた與儀には、この音にならない声が届いているのだろうか。淡い影を京杜の頬に作る。
(「ちっちゃいから軽いしな」)
 後ろに長いウエディングドレスの裾が揺れて、風の届く場所を知る。階段の方へと向かえば、地上へと出る事が出来るだろう。
(「與儀、あそこに——……」)
 階段が、と抱き上げた主に視線で告げようとすればふいに、声がした。
『   』
 進む足が止まる。複雑に変わる表情。忘れるわけも、分からない訳も無かった。これは——。
(「……俺が守れず死なせちまった、あいつの声」)
 呼ぶ声は掠れるようで、笑うようで、いつかの日のようで。思い出を綴るようでいて、語りかけるような声に——最期を、思い出す。
(「――けど」)
 抱えてる主の存在がすぐ傍にあるから。届く声に応えるように京杜は思う。
(「お前の友でもあった與儀の事は、何があっても守る」)
 声は、何処から聞こえてきているのだろう。影の向こう、そこに姿は見えなくとも囁くような声に唇を開いた。
(「だから……絶対忘れねェけど、でも俺は、主と共に前に進むから」)
 音は紡げずとも、言の葉の形を作って。笑って——そう、告げたつもりだったのに喉が震えた。涙で視界が歪む。守れなかった人なのだ。守れずに死なせてしまった、その人の声。二度と見えることは無いだろうと思っていた声が、京杜を呼んだのだ。
「——……!」
 ぱた、と頬を伝い、涙が落ちるより先に、手が触れた。ぐい、と引っ張るように両頬を掴んだ人が京杜を見る。涙で歪んだ視界いっぱいに、花浅葱色の瞳が映る。キラキラとした金色の髪が。彩るヴェールが京杜を守るように落ちた。
「   」
 こっちを見ろ、と言われた気がした。視線を落として、分かってる、と京杜は心配させないように與儀へと笑った。
(「俺は死ぬまで與儀の守護者だからな」)
 泣き笑うその顔に、声はもう届いていないのだろうか。ならば、己の耳に届いているのは残響か。——きっと、名残なのだろう。
(「ああ、これは――死んだ友の声だ」)
 京杜へと向いた声は與儀へと向いていた。語りかける声よりも泣きそうになっている京杜へと手を伸ばしたのは自分だ。
『そっちにひっぱられるな』
 言葉は今は告げられなくても、視線でそう告げた。こっちみろ、と。
「お前の主は、俺だ」
 花の毒で、掠れる声で——ほんの小さく、囁くような小さな声で與儀はそう告げた。藍色の瞳が声に気がつき小さく見開く。ヴェールで囲った中、心配させぬようにと笑ってみせていた守護者を見る。
(「だから悪いな」)
 友へと向け、ひとつ思う。今はもう、聞こえては来ない声に。
(「お前がそうなるはずだったのに」)
 ——言葉は、届いたか分からぬまま。
 ただ、風だけが吹いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『葬燎卿』

POW   :    どうぞ、葬送の獣よ
【紫炎の花びらが葬送の獣 】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD   :    安らぎを。貴方には私の棺に入る価値がある
【埋葬したいという感情】を向けた対象に、【次々と放たれる銀のナイフ】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ   :    葬燎
【棺から舞い踊る紫炎の蝶の群れ】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠シノア・プサルトゥイーリです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●世界が終わるように願った娘の話
『——ねぇ、イレーネ。聞いて。終わりの先まで共に。僕は貴方と空に落ちるよう』
『落ちるよう……?』
 舌を噛んだように言葉は止まっていた。首を傾げればベッドが軋む。真っ白いだけの部屋に色を教えてくれたのが彼だった。花の刺繍。綺麗なレースのハンカチ。
『おちるように。——うん、詩人には、似合わないな』
 小さく笑ったその人が渡したくれた花の指輪。綺麗な硝子の煌めきが、もう見えなかった。

●葬燎卿
 礼拝堂の扉が開いていた。高い天井に吊されたシャンデリアが柔らかな明かりを落とす。黒曜石の大広間は床に置かれた無数の燭台によって彩られ、深紅の美しい布に包まれるように木の柩がひとつ、置かれていた。
「……あぁ、ハイネス。そこにいたの? 迎えに来てくれたのね」
 娘が呟く。深紅の衣がひらり、と解ければ柩のすぐ傍に長身の吸血鬼が立った。
「——あぁ、貴女の望む花婿はそこに。これより先は永遠に離れることは無いだろう」
 娘は霧がかった瞳で、ぼう、と吸血鬼を見上げていた。
「ほんとうに?」
「あぁ。私の柩で、君達は永遠に結ばれる」
 幼子のようにやわく落ちた言葉のどれだけに理性が残っているのだろう。ぱたぱたと頬から落ちる涙と共にゆらり、と娘は歩き出す。その行く道筋を、まるで邪魔せぬようにと吸血鬼は道を譲った。その姿をひどく愛おしげに眺めながら唇に笑みを敷く。
「やはり君達は私が埋葬するのに相応しい。哀しき花嫁。君の心に応えよう」
 似合いの柩を。
 彼と共に眠れる地を。
「その高潔と愛に賛辞を。——素材は手をかけるに尽きる。そう思うだろう? 来訪者諸君」
 或いは、私の新しい素材たち。
 礼拝堂の扉が開いていた。己を呼ぶ亡き人々の声を、嘗ての街の惨状をくぐり抜けてきた猟兵たちを前に吸血鬼——葬燎卿は微笑んだ。
「あぁ、この街の出来事は私には預かり知れぬことだ。異教の民と駆け落ちする娘が初まりだったとか。さて、君達の目にはどう映ったか」
 街を染め上げる程の狂気と狂乱。人は人と争い何処まで街を滅ぼしたのか。
「この地を借りた身の上だ。私に出来るのはああして、嘆く者達を再び舞台に喚ぶだけのこと」
 嘆き足りぬと叫ぶ彼らの声は、生贄たちの心に響くのだから。
「あぁ、怒りか嘆きか。その全てであっても構わない。どのような者であれ、凡庸な人間には、大した人間性は宿ることはないのだから」
 礼拝堂に置かれた無数の燭台がその灯りを強めていく。
「次の逢瀬にこそ、私の作品で華の君を驚かせたくてね。さあ、君達の柩も用意しよう」
 死後の婚礼を。戻らぬ道筋を。
 微笑んで告げる吸血鬼の身勝手な言葉は、だが嘘ではあるまい。空の柩が幻のようにひとつ、ふたつと姿を見せる。
「さぁ、その心を見せてくれ。善であれ、悪であれ——君達の人間性を、私は愛しているよ」
 哀れで愛しい、私の素材たち。


◆――――――――――――――――――――――――――◆

プレイング受付期間:7月7日(火)〜10日(金)いっぱい

*娘<イレーネ>
 体が弱く、街に戻っても長くはありません。
 葬燎卿が彼女を攻撃することはありません。特に絡みが無くてもシナリオ的には問題無く進みます。

★娘に絡んだりする場合
 プレイングの送信を9日、10日にお願い致します。
 前半の場合、組み立ての関係で絡み部分の採用が出来ない場合がございます。
 後半にプレイングが集中した場合、再送をお願いする場合がございます。


◆――――――――――――――――――――――――――◆
雛瑠璃・優歌
天命は変えられないけど
「添い遂げる気もなく作品にする気で『贄』を呼ぶ貴方みたいな領主が居なければ、街の人達が死出の婚礼に見せる表情はもっと違った筈だよ」
だから貴方の言葉は綺麗事
あたしの言葉も幾らかは
だけど貴方の綺麗事に肯定され続けた再演に『続き』を生み出す為ならあたしは自分の綺麗事は神棚にだって上げてみせる

戦う事は出来る
でも自分の意思で街を出てきた彼女は…
敵に攻撃されなくても猟兵の攻撃の余波に当たるかも
きっと逃げてはくれないし
あたしはかける言葉を持ってない
多分『その役じゃない』
だから
「…愛してるならこのぐらい良いよねっ」
UC発動
敵前も駆け抜け、娘さんの前に陣取る
「皆、遠慮なく骸の海に還して!」


ハロ・シエラ
私はただ、吸血鬼を倒す為にここに来たのです。
愛も、人間性も、この街での出来事も関係ありません。
もちろん、あなたの作品の完成形にも興味はありません。

さて、敵はナイフを放ってくる様子。
私は白刃の中を【ダッシュ】で進みましょう。
ナイフの動きを【見切り】、回避したりレイピアで【武器受け】したりして被害を抑えます。
当たってしまったら【激痛耐性】で耐えましょう。
なんなら自分に刺さったナイフを抜いて【投擲】し返してもいいですね。
花嫁衣裳はナイフに傷付いてしまうでしょうが、布が減るならそれで構いません。
それを代償としてユーベルコードの加速を助け、敵にダガーで一太刀浴びせる事も出来るでしょうから。



●再演に続く
 礼拝堂の鐘が一度、鳴る。荘厳な音色は外で繰り広げられる再演を打ち消したのか。遠ざかっていくざわめきの向こう、雛瑠璃・優歌(f24149)は一歩を踏み出した。
「添い遂げる気もなく作品にする気で『贄』を呼ぶ貴方みたいな領主が居なければ、街の人達が死出の婚礼に見せる表情はもっと違った筈だよ」
 だから貴方の言葉は綺麗事。
 ふわり、と柔らかな髪が揺れる。夜の世界に似合う、月を飾るティアラが燭台の灯りを受けて、キラキラ、と光っていた。
(「あたしの言葉も幾らかは」)
 スカイブルーのベールが迷い込んだ風に揺れていた。青く指先に落ちた影は、それでもこの街では色彩だ。黒く沈んだ色彩の向こう、悲劇の果てを優歌は見てきた。人魚姫の代わりに、自分の足で。
(「だけど貴方の綺麗事に肯定され続けた再演に『続き』を生み出す為ならあたしは自分の綺麗事は神棚にだって上げてみせる」)
 すぅ、と息を吸う。歩き出す為の一歩に、踏み込み為の一歩に震えはない。あぁ、と葬燎卿が静かに笑う。
「戦いの時か——あぁ、それも良い。敵意も殺意も、君達の心を美しく彩るだろう」
「——そう」
 戦うことはできる。
 指先に残る感覚に優歌は息を吸う。葬燎卿の言葉を真正面から受け止めて見せる。
 ——そう、戦うことは出来るのだ。
(「でも自分の意思で街を出てきた彼女は……」) 
 私の柩で、と葬燎卿は言った。彼女を不必要に害する事は無いだろう。だが、大切な人の眠る柩を前に座り込んだままの彼女は戦闘に巻き込まれ、その余波をもしかしたら受けてしまうかもしれない。——少なくとも、何が起きても逃げることはしないだろう。
(「あたしはかける言葉を持ってない。多分『その役じゃない』だから——……」)
 白い靴でそっと床に触れて、優歌は微笑んだ。
「……愛してるならこのぐらい良いよねっ」
 瞬間、娘の後光が消える。ふつり、と気配は消えど——流石に、真正面の相手からは見失われない。
(「でも、狙いは別にそこじゃない」)
 た、と勢いよく優歌は駆けだした。身を飛ばすように前に行き、おや、と息をつく葬燎卿を置いて彼女の——先に街から出た娘・イレーネの前に陣取った。
「皆、遠慮なく骸の海に還して!」
「——あぁ、庇う為にか。これはまた、猟兵という素材も興味深い」
 だが、と葬燎卿は微笑んだ。
「今宵の品は気に入りでね。邪魔はしないでもらおうか。それに君もきっと」
 するり、と吸血鬼は手をこちらに向ける。誘いにも似た指先が揺れれば、次の瞬間にはナイフが構えられていた。
「私の柩が似合うだろう」
 ひゅん、と放つ一撃が優歌に向かってきた。足元、立つその場から狙うように気が一撃は——だが、空で止まる。カラン、と落ちたそれは不可視の障壁。
「……」
 優歌が一度でも、身を守ろうと——防御という戦闘行為を取ってしまえば消え失せる障壁だ。だが、娘はこの舞台に立つ。
「ふふ、あぁそうか。君はそれを成すつもりか。その心の果てに見合う柩を用意しよう。その人間性に——……」
「私はただ、吸血鬼を倒す為にここに来たのです。愛も、人間性も、この街での出来事も関係ありません」
 告げる一声と共に、前に出る影があった。揺れる黒髪。ヴェールを靡かせ、た、とハロ・シエラ(f13966)は飛ぶように前に出た。
「もちろん、あなたの作品の完成形にも興味はありません」
「それは困る。今丁度、私は君を入れる柩に興味を持ってね」
 ゆるり、と微笑んだ葬燎卿の手にナイフが生まれた。銀のそれは食卓に並ぶよりは医療用のメスに似ていたか。
「君に安らぎを」
 その一言と同時に、ひゅん、とナイフが放たれた。ハロの踏み込みに併せ、肩口に迫ったそれに身を飛ばす。続けざまに来た二発に、レイピアを抜き払う。
「あなたに告げられる理由はありません」
 キン、と弾き上げれば空に待ったナイフが紫炎の中に消えた。床に落ちること無く、ただ、浅くハロの肩口を掠った事実だけが黒曜石の床に赤を描く。
(「なるほど、早いですね。完全に捉えられている訳ではありませんが」)
 あまり、時間をかけていては無駄に傷を増やすことになる。肩口、染まる赤は致命傷で無くともチリチリと火傷めいた痛みに、ハロは息を吸う。足を止める訳にはいかない。
(「元より止める気も——……」)
 タン、と踏み込みを強める。身を低める。倒すように、前に。
「ありませんね」
 口の中、零した言葉と共に床を蹴った。一直線。踏み込めば、葬燎卿が笑みと共に指先を向ける。
「いずれと言わず、見合う品を用意しよう」
 君の柩を。
 謳うように告げる吸血鬼の放つナイフが足を掠った。純白のドレスがひらり、と靡き少女の足が晒される。血濡れの足が、僅かにハロの加速を緩ませ——続くナイフが届いた。
「その心根に寄り添う品を」
「——」
 肩口に一撃が落ちた。体が大きく傾ぐ。ウエディングドレスが血に濡れ、ヴェールが破れた。——だが。
「捉えられないほど、疾く!」
 次の踏み込みが、変わる。
 瞬発の加速。ひゅ、と風を切る音だけを残し、ハロは踏み込む。葬燎卿の間合い深くへと少女は飛び込んだ。
「——君は」
 僅か、息を飲む吸血鬼へとダガーを振り下ろす。一撃が、気取った吸血鬼の体に深く——沈んだ。
「血……か。あぁ、久しいな、私が血を流すとは」
 ぱたぱたと落ちた血に、燭台の炎が揺れる。その異様にハロは間合いを取り直す。不気味に揺れる炎の向こう、だが確かに刻んだ一撃が惨劇のみが刻まれた地に新しい風を運んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロリーナ・シャティ
柩…イーナ達の…?
…ああ、そうだ
「…やだ」
衣装の下に隠してたペンダントからラパンスを取り出す(微睡みの夢)
「死にたくない、…まだ」
馬鹿で鈍間で忘れんぼ
それが今のイーナ
それでも今のイーナにお友達って言ってくれる人が居る
もうとっくに欠陥品?ってものなのかもしれないけど
まだ生きられる筈なの
「誰かに、死なされなかったら」
ラパンスをぎゅうと握り締めて思いっきり振るう
外れない攻撃なら全部打ち払うか衝撃波で弾いちゃえばいい
一番大きく振った時ラパンスの先に重い力を溜めてそのまま投げ放つ
今よりもう少し優しい明日を持って帰ろうって決めた
だからまだ頑張るの
…大事にしたかった人達に、イーナがもう要らないって解るまでは



●ひとつ、決めたこと
 燭台の灯りが、長い影を作っていた。黒曜石の床に落ちる影は暗く——だが、闇には程遠い。たったひとつ飾り立てられた柩と、霧がかった瞳を見せる娘に手を出す気などないのか。葬燎卿は悠然とした笑みを浮かべていた。
「君達の心は、どんな思いを抱くか。この地まで来た君達は私の柩に収めるに相応しいものを持つのだろう」
「柩……イーナ達の……?」
 ぽつり、と呟く。ロリーナ・シャティ(f21339)のか細い声が、礼拝堂に落ちた。
(「……ああ、そうだ」)
 ぷか、ぷかと泡のように浮かび上がる記憶。揺らいでいた意識で紡いだ足元に、ロリーナは立つ。
「……やだ」
いつもと違う衣装の——婚礼衣装のポケットから、ラパンスを取り出した。
「死にたくない、……まだ」
 馬鹿で鈍間で忘れんぼ。
 それが今のイーナ。
 それでも今のイーナにお友達って言ってくれる人が居る。
(「もうとっくに欠陥品? ってものなのかもしれないけど」)
 まだ生きられる筈なの。
 薄く開いた唇が音を紡ぐ。ひゅう、と吹き込んだ風がロリーナの髪を揺らしていた。さわさわと、灰がかった淡青緑が揺れる。淡く落ちた影にラパンスをぎゅうと握り締めた。
「誰かに、死なされなかったら」
 顔を、上げる。
 零れ落ちそうな涙は風に攫われて、ぎゅうと握った武器の兎の耳はピン、と立って吸血鬼を見据えてみせた。
「——あぁ、君も因果を持つようだ。その時は、私が柩を用意しよう」
 そして、その時がいずれ訪れるのであれば、と葬燎卿は笑みを敷く。
「今でも変わりはないさ。君の安らぎの為に、私の素材として」
「——!」
 誘うように差し出された手から、何かが来た。ぶん、とロリーナは勢いよくラパンスを振るう。ぱた、ぱたと右に左に、少しだけだけど移動するロリーナをナイフは追いかけてくる。
(「追いかけてくる……。でも、外れない攻撃なら……」)
 全部打ち払うか、衝撃波で弾いてしまえば良い。
 ——ギン、と鈍い音と共にナイフが跳ねた。空を舞った鋒が紫炎の中に消え、その色彩を追いかけていれば次が来る。
「おや。君はいつまでそうしていられるかな?」
「——」
 ひゅ、と来た一撃が瞳を狙ってくる。ぎゅ、と強くラパンスを握ると、迷い無く勢いよく振り下ろした。ヒュン、とそれまで風を纏い、衝撃波を呼び起こしていたラパンスが、空間を歪ませる。重い力が、礼拝堂へと召喚される。
「これは……」
 小さく、目を瞠った葬燎卿へとロリーナは重い力を投げ打った。
「骸の海まで、送ってあげる……!」
 衝撃は音も無く走る。
 高速に放たれた一撃が放つナイフさえも砕き、葬燎卿を穿った。ぐらり、と長身が揺れる。君は、と響く声が僅か、低くなる。
(「今よりもう少し優しい明日を持って帰ろうって決めた。だからまだ頑張るの」)
 向けられる視線が、警戒を増す。浮かべられた笑みは変わらず、だが、流した血に燭台の炎が強く揺れた。ゴウ、と唸るそれが笑みを浮かべたままの吸血鬼に潜む殺意を示すように。
「あぁ……ふふ、あぁ。本当に、君も興味深い。やはり、私の柩で埋葬されるべきだ」
 強く向けられた視線に、唇を引き結ぶ。そう、まだ頑張るのだから。
(「……大事にしたかった人達に、イーナがもう要らないって解るまでは」)
 それまでは——まだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

比良坂・美鶴
結構よ
アタシは素材じゃないもの
それにね アタシは葬る側なのよ

人の死も 心も
アナタが弄んでいいようなものじゃない
思い知らせてあげましょ

少し離れた所から相手の動向を観察
動きの癖等を掴んだら仕掛けるわ

煙草の煙を燻らせ『葬列』を召喚
喚び出した馬車を盾に
蝶を防ぎつつ
囲い込んで一気に攻め込みましょ
他の猟兵へ向かおうとする蝶も叩き潰せれば上々

獄卒の群れにそのナイフが通用すると思って?
アナタのための葬列よ
存分に堪能して頂戴

ああ 柩は潰さないであげてね
彼女にも他の人にとっても
必要となるでしょうから

先輩に会わせて貰ったことは
多少感謝はしているけれど
それとこれとは話が別よ

さぁお逝きなさい
死は尊くなくては



●死出の道行き
「結構よ、アタシは素材じゃないもの」
 艶やかな黒髪に婚礼の衣装がよく、映える。
 放つ声にて、礼拝堂へとその身を晒した比良坂・美鶴(f01746)は吐息を零すようにして告げた。
「それにね アタシは葬る側なのよ」
 ふわりと踊るは仏花の香。黒く濃い影を引きずるように纏った美鶴は、緩く弧を描く吸血鬼の瞳を見る。
「——あぁ、君からは死の香りがする。私と同じ、納棺師のようだ」
 ひどく穏やかに笑った葬燎卿に、美鶴は冷えた視線をひとつ返す。
「人の死も、心も、アナタが弄んでいいようなものじゃない」
 シガレットケースに手を伸ばし、納棺師にして屍化粧師たる美鶴は告げた。
「思い知らせてあげましょ」
 葬燎卿の動きは、もう随分見た。あまり動き周りはしないが——それも、踏み込まれないからだ。ナイフ捌きを見る限り体幹は悪く無く、だが、吸血鬼の性か葬燎卿が故か。その心根を見せてほしいと謳う吸血鬼は、一度こちらの攻撃を待つところがある。
(「侮りであってとしても、ただの享楽であったとしても」)
 煙草に火をつける。落とす息ひとつ、紫煙を燻らせ美鶴は葬列を招いた。
「轢き潰してしまいなさい」
 それは蒼褪めた馬の往く、地上に死を振り撒く葬列。獄卒の幽霊をつれた霊柩馬車の葬列であった。
「——ほう、これはまた。興味深いものを喚ぶ」
 幽玄に響く嘶きが礼拝堂に落ちた。震えるように燭台の炎が変わる。ひどく興味深そうに吸血鬼は笑みを敷いた。
「死と死者に近しい君には、どんな人間性を宿すのか……興味があるな」
「生憎、アタシはアナタに興味は無いのよ」
 火のついて煙草を指に挟み、すい、と美鶴は前を示す。指先、青白い炎は葬列に似たか。次の瞬間、煙草の炎さえも色彩を変え、獄卒の幽霊達が——駆けた。
「    」
 死に言葉は無く。ただゴォオオ、と風が強く吹いた。ひどく冷えた風が獣のように唸れば、獲物たる吸血鬼が笑った。
「幽霊が私を捉えられるか。踊ってみようか。我が蝶たちと」
 パチン、と葬燎卿が指を鳴らす。舞い上がった紫炎の蝶が獄卒達を焼く。戦場に残る僅かな砂塵さえ焼き尽くす蝶たちに、美鶴は喚びだした馬車を盾とするように身を飛ばした。
 ——ガウン、と軽い衝撃と熱が残る。馬車を焼き尽くすには足りず——だが、盾とするだけでは防ぎきれなかった蝶が肌を焼いた。
「……」
 痛みは熱と似ている。焦げ付いた婚礼衣装に一度だけ視線を落とし、美鶴はゆっくりと身を起こした。どれだけ焼かれても獄卒の幽霊たちが潰えはしない。生と死を分かつ使者たちの齎す風音を耳に、美鶴は涼やかに告げた。
「囲い込んで一気に攻め込みましょ」
「   」
 ゴォオオオ、と風が唸る。地獄の拷問具を装備した獄卒の幽霊達が葬燎卿を取り囲むように駆ける。踊る紫炎の蝶を引き裂き、ぐん、と踏み込んだ獄卒の幽霊が刃を吸血鬼へと通した。
「——っく、あぁ、ナイフでは防げませんか」
「獄卒の群れにそのナイフが通用すると思って?」
 悠然と微笑んで美鶴は告げた。
「アナタのための葬列よ。存分に堪能して頂戴」
 ぐらり、と衝撃に吸血鬼が身を揺らす。蹈鞴を踏み、一度後ろに飛べどその程度で逃す者が獄卒であった訳も無い。
「ああ 柩は潰さないであげてね。彼女にも他の人にとっても必要となるでしょうから」
 獄卒の幽霊達にそう告げると、美鶴は葬燎卿を見据えた。
「先輩に会わせて貰ったことは、多少感謝はしているけれど。それとこれとは話が別よ」
 さぁお逝きなさい。
 囁くように、静かに納棺師は告げた。
「死は尊くなくては」
 蒼白く、美しい貌で。

大成功 🔵​🔵​🔵​

グウェンドリン・グレンジャー
紅紀(f24482)と

あー、あー、てすてす
声、戻ったー
って、言っても、私、あんま喋らなくても、平気……

(腰の辺りが蠢いて、ドレスをベリッと引き裂き腰から生える黒翼)
私……は、オブリビオン、殺すだけ
自分で殺した、獲物、きちんと食べないヤツ……は、最悪

紅紀、構えて。獣、来る
(第六感で察知し、Imaginary Shadowで壁を形成して自分と紅紀を守り)
残念、今噛んだ私は、虚数の、残像

Peacock Swallowtail……が、目眩ましに、ひらひら舞って、呪殺弾発射
隙を突いて、一気に距離、詰める
限界を越えて、HEAVEN'S DRIVE……私の、刻印
先制、Raven's Roar

大丈夫。食べない


天瀬・紅紀
グウェンドリン(f00712)と

…うん、声は戻ったな
喉に手を当て、確認
言葉は武器なモノでね?
文字も音も言霊宿すのは一緒さ

手に握った焔槍を己の影に思い切り突き立てれば紅き影が獣と化す
埋葬前に教えて欲しいな
あんたがそんな趣味を好む理由を

――ははっ、やっぱ俺には到底理解出来やしない
悪いけどそんな理由ごと葬るしかなさそうだ
あれ、言わなかった? 埋葬されるのはそっちだと
銀刃を獣に受け止めさせながら槍構え

ありがとな、グウェン――と礼述べつつ
彼女の攻撃に合わせて敵を抑え込む様に獣に命じ
斬撃箇所目掛けて槍をぶっ刺す

グウェン、喰らうのは良いけど腹壊すなよ?
後で火葬して差し上げるだけの骨くらいは残して欲しいしな



●焰に告げる
 ——甘い、花の香りが消えた。
 黒曜石の床を踏めば、燭台の熱が足裏に届く。広大な礼拝堂を染め上げる程の熱量など無いだろうに。
「あー、あー、てすてす」
 ぱくぱくと開いていた唇が音を零した。一度、擦れて響いたグウェンドリン・グレンジャー(f00712)の声は、やがて慣れるようにして言葉を零す。
「声、戻ったー。って、言っても、私、あんま喋らなくても、平気……」
「……うん、声は戻ったな」
 白い手が喉に触れていた。声帯の震えを確認して、声が空間にその音を響かせているのを確認すると天瀬・紅紀(f24482)は微笑を刻んだ。
「言葉は武器なモノでね? 文字も音も言霊宿すのは一緒さ」
「君達もまた、面白いものだな。君は喋らずともあまり構わず、対する君は武器とするという」
 その婚礼にはどれ程の意味を持ち、どの柩が似合うのか。
 緩やかに笑みを敷いた吸血鬼——葬燎卿の唇から滲むのは、興味であり喜悦からは程遠い。それこそが、葬燎卿は死後の婚礼を紡ぐ街を狂気の中に置いたのだろう。街の人々は、あと一歩踏みとどまりながら逃げる術さえ持ち無い。生贄として湖を渡った者さえ、この地に来たときから見たように皆々柩の中だ。
「私……は、オブリビオン、殺すだけ」
 細い腰を彩っていたリボンが揺れた。腰の当たりが蠢くと、背で花を描いていた美しいレースのリボンが解ける。ドレスを引き裂くようにして、グウェンドリンの腰から黒翼が生まれた。
「自分で殺した、獲物、きちんと食べないヤツ……は、最悪」
「おや、花嫁は翼を持っていたか。——君は、如何かな? 花婿殿」
 ほんの僅か、金色の瞳を細めたグウェンドリンに、吸血鬼は笑う。ひたり、と合わさった視線に、肌がざわついた。——あれは、人を獲物と見るものの目だ。
「紅紀」
「——うん」
 やわく頷いた紅紀が手を翳す。葬燎卿の灯す燭台の灯りとはまるで違う——薄闇に輝く紅き炎が返す手首に応じるように槍へと変じる。ひゅん、と回す炎の長槍は、吸血鬼の心の臓へと突き立てられる代わりに己の影へと落ちた。
 ——ゴォオオ、と一瞬、炎が上がる。
 突き立てた焔槍が影を染め上げる。白く艶やかな髪が揺れ紅き影が波打てば、この世へと姿を見せたのは深紅の影たるマンティコアであった。
「あんたは随分とお喋りのようだけど」
 頬を焔が撫でる。チリチリと焼く熱が、舞い上がった砂塵をこの世の外へと送っていく。
「埋葬前に教えて欲しいな。あんたがそんな趣味を好む理由を」
「私に問いかける者は珍しいな。——あぁ、だが、答えよう。ひどく単純で、ひどく愛おしいことだ」
 柩が二つ、虚空より姿を見せる。紅紀とグウェンドリンのものとでも言うつもりか。悠然とした笑みを浮かべ、葬燎卿は告げた。
「死んでいる時にしか安らげないのであればこそ。私が美しい柩で埋葬してあげるべきだろう。その時こそ、君達は輝き——意味を成す」
「意味、か」
 声がひとつ、落ちた。吐き出す息と共に、紅紀は視線を上げた。
「――ははっ、やっぱ俺には到底理解出来やしない」
 僅か言葉の端が荒れた。身を起こすマンティコアが唸る。大理石を掴む爪がバキ、と凍気を招き、牙が熱を——帯びた。
「悪いけどそんな理由ごと葬るしかなさそうだ」
「私を、君達が? それはまた……」
 小さな瞬きと共に吸血鬼は笑う。燭台の灯りが花弁へと変じ、礼拝堂の広間を焼き上げる。
「面白いことを言う」
 カツン、と一歩、歩き出した葬燎卿が踵をならす。足音と共に紫炎の花びらが舞い上がり葬送の獣が姿を見せた。
「どうぞ、葬送の獣よ」
「——ォオオオオオ」
 咆吼は人の叫びに似たか。将又、重く響く鐘の音に似たか。バキ、と黒曜石の床を砕いた巨狼に似た獣はその身を一度低め——跳ぶ。
「ォオオオオオオオオオ!」
「紅紀、構えて。獣、来る」
 その踏み込みにグウェンドリンは、身を前に出した。タン、と足音が響き、黒い影が壁のように立ち上がった。
「ォオオオオオオ」
 その挙動に、葬送の獣が食らいつく。瞳に炎を宿し、理性をとうに失った獣が狙うのは早く動くものだ。
「残念、今噛んだ私は、虚数の、残像」
 背の翼を広げる。黒翼が戦場を叩き、ひら、ひらと青緑の燐光が舞った。踊るはカラスアゲハ。目眩ましに舞い踊れば、理性を持たぬ葬送の獣は眼前のグウェンドリンよりも、踊る色彩を追った。
「ォオォオオオォオオオオ!」
 ぐん、と伸ばされた腕に蝶が消える。引き裂かれた先——だがまた、燐光と共に舞い踊り銃殺弾が放たれた。
「ありがとな、グウェン」
 ひゅん、と焔槍を振るい紅紀は魔獣に告げる。
「抑え込め」
 言葉は短く——だが、その意味を深紅の影たるマンティコアは解する。魔獣こそ、紅紀の凶暴性を反映した影の如き存在であるが故に。床板を蹴り、踊る蝶を跳び越えた魔獣の牙が葬送の獣へと食らいついた。
「——」
「ォオ、ォオオオオオオオオオ!」
 絶叫にて応じたのは理性なき獣であった。鮮血の代わりに炎が散り、やれやれと吸血鬼が肩を竦める。
「困ったな。此度の贄は皆素晴らしいというのに。私の作品作りをこうも邪魔されるとは」
 ひゅん、と何かが空を切る。キラ、と目の端光ったそれに、紅紀は瞳を細めた。
 ——キン、と葬燎卿の放ったナイフを、魔獣が尾で払う。
「気がついたか」
「あれ、言わなかった? 埋葬されるのはそっちだと」
 小さな瞬きに紅紀は微笑み告げる。オォオオオ、と葬送の獣の咆吼が空間を震わせた。その意識は魔獣と蝶に向いていれば——踏み込める。
「限界を越えて、HEAVEN'S DRIVE……私の、刻印」
 その踏み込みは足音さえ消えた。黒翼が羽ばたき、その瞬発の加速に振り返った獣の横をグウェンドリンが駆け抜ける。
「まさか……!」
「全部、喰って、あげる……」
 黒い翼の形をしたブレードが弧を描く。己が翼の間合いに——生体内臓式クランケヴァッフェは吸血鬼の胴に届いた。
「——これは、ご遠慮させて……」
 貰おうか、と続くはずで合った言葉は、飛ばす筈の身が貫かれて消える。グウェンドリンの斬撃に合わせ、突き出された焔槍が葬燎卿を貫いていたのだ。
「な……っ」
 ばた、ばたと血が落ちる。蹈鞴を踏む吸血鬼が、は、と息を吐く。その身を補うようにか、燃え上がらせる燭台の炎も足らないのか。獣が叫び声を上げて姿を保てずに消えていく。
「グウェン、喰らうのは良いけど腹壊すなよ? 後で火葬して差し上げるだけの骨くらいは残して欲しいしな」
「大丈夫。食べない」
 黒の礼服に炎を踊らせた男は微笑み、純白の衣装に黒翼を踊らせた娘は頷き、弔いの地を見据えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

英比良・與儀
ヒメ(f16671)と

そろそろ降ろせよ
靴がいるならそれくらい作る
水を纏わせ靴にして
……これでいいだろ。そもそも怪我しても自分で治せるんだよ

吸血鬼に愛されてると言われてもな
言葉に嘘はないんだろうが、俺には何も響かね
それはその空の柩と同じ、なんにも中身がねェからだろ
いい趣味してるとも思えねェし

その心を見せてくれって?
は、吸血鬼に見せてやるもんなんてねェよ
こいつにだって見せてねェもんあるのに、見せる筈がねェだろと独り言ち
おい、ヒメやるぞ
……そのどやがなけりゃあな(けど、それがないとお前じゃねェかと笑い

素材になってやるつもりなんてねェ
水をもって打ち抜いて
その獣と俺の水、どちらが早いか勝負といくか


姫城・京杜
與儀(f16671)と

ん?降りるって…與儀、裸足じゃねェか
足の裏怪我したらどーするんだ、俺ならこのままで大丈夫だぞ!
って、水の靴か、さすが與儀!(おろす

柩の中で永遠に結ばれたいって…俺には分からねェな…
自分死んだって全然いいから、大事な相手には絶対生きて欲しい
花婿もそう思ってるんじゃねェかなとか思いつつ
でも、置いてかれる辛さも…よく分かるから
だから、それを素材とか言う趣味悪ィ吸血鬼は許せねェ

大体、お前に何で心見せなきゃなんねーんだよ
俺がこの心見せるなら、相手は主だけだ
おう、いくぞ、與儀!

まぁ與儀は美少女で俺はイケメンだから、極上の素材なのは分かるけどよ(どや
残念だな、その柩ごと全部燃やしてやる



●霹靂
 黒曜石の床は、暗く重い影を伸ばす。冷え切った空気と、炎がない交ぜになった気配は柩と飾るように出現した燭台の所為か。踊る紫炎は、あの吸血鬼に由来するのだろう。微笑みを浮かべたまま、愛を告げた吸血鬼——葬燎卿を視界に収め、姫城・京杜(f17071)は抱き上げたままの主を庇うように足をひく。
「そろそろ降ろせよ」
 静寂を破ったのは主であった。
 抱き上げた先から響いた言葉に京杜は藍色の瞳を瞬いた。
「ん? 降りるって……與儀、裸足じゃねェか」
 さっき、柩から出た後で脱ぎ捨てたのは英比良・與儀(f16671)だ。だからこそ、抱き上げてここまで来たのだ。
「足の裏怪我したらどーするんだ、俺ならこのままで大丈夫だぞ!」
 立ち回りに問題は無い。片腕で與儀を支えていれば拳もひとつ開くのだ。
「靴がいるならそれくらい作る」
 そんな京杜の言い分など予想していたのか、息を一つ落とした與儀が足に水を纏わせる。とん、と作り上げた靴はきらり、と光って、ドレスから見えた白い脚によく似合っていた。
「……これでいいだろ。そもそも怪我しても自分で治せるんだよ」
「水の靴か、さすが與儀!」
 とん、と床に下ろせば淡い影が與儀の足元に生まれた。ゴォオオオ、と唸る風音と共に、金属の音が響く。甲高く一度、跳ねたナイフが炎となって消えていく。弾けば、追跡は無いのか。紫炎を視界に京杜は息を吸う。ゆるく、拳を構えておく。
「……」
 その視界に、ただひとつ開いたままの柩があった。縋るように、或いは佇むようにいるのが街から先に出た娘だろう。
(「柩の中で永遠に結ばれたいって……俺には分からねェな……」)
 自分死んだって全然いいから、大事な相手には絶対生きて欲しい。
(「花婿もそう思ってるんじゃねェかな」)
 霧がかった瞳は、街中を抜けてきた所為か。それとも体の悪さか。病的なほどに白い肌をした娘は、小さく、ちいさく死した男の名を紡いでいた。呼ぶわけですら無く——ただ。
「ハイネス」
 壊れたように名を、呼ぶ。
「——」
 自分には分からぬ思いが、そこにはある。だが同時に——この胸の奥、抉るような想いもあった。そう、置いてかれる辛さも……よく分かるから。
(「だから、それを素材とか言う趣味悪ィ吸血鬼は許せねェ」)
 視線を上げる。真っ直ぐに吸血鬼の——葬燎卿の姿を視界に収めれば、ふ、と吐息混じりの笑みが京杜を出迎えた。
「——良い目だな。そちらの君も。あぁ、君達もひどく不思議だな」
 その心には何が宿り、何を見せるのか。
「それが善であれ悪であれ——私は、君達の人間性を愛しているとも」
「吸血鬼に愛されてると言われてもな」
 は、と與儀は息をついた。
「言葉に嘘はないんだろうが、俺には何も響かね。それはその空の柩と同じ、なんにも中身がねェからだろ」
 葬燎卿が持つのは空の柩ばかりだ。中身は持たない。弔うべき誰かではなく、入れるべき素材としてしかひとを見ない。
「いい趣味してるとも思えねェし」
 花浅葱の瞳を細める。薄く開いた唇に笑みを敷いたまま與儀は周辺の空気を変えていく。
「その心を見せてくれって? は、吸血鬼に見せてやるもんなんてねェよ」
 葬燎卿が灯す燭台が齎す熱に支配された礼拝堂に冷気を呼ぶ。金色の髪がさわさわと揺れ、ヴェールが靡く。
(「こいつにだって見せてねェもんあるのに」)
 独りごち、僅か目の端に守護者たる青年を映す。
「大体、お前に何で心見せなきゃなんねーんだよ。俺がこの心見せるなら、相手は主だけだ」
「……」
 きっぱりと言い切った姿を、その言葉を一度己の中に聞き留めて與儀は告げた。
「おい、ヒメやるぞ」
「おう、いくぞ、與儀!」
 パン、と一度拳を打って、京杜は頷いた。
「まぁ與儀は美少女で俺はイケメンだから、極上の素材なのは分かるけどよ」
「……そのどやがなけりゃあな」
 けど、それがないとお前じゃねェかと、と一つ笑うと與儀は吸血鬼を見やる。ゆらり、ゆらり、燭台の灯りが揺れ舞い上がる花びらが獣の形に変じていく。
「あぁ、随分と仲が良いな。——あぁ、きっと君達は美しい素材となるだろう」
 あまり傷はつけたくないが、と葬燎卿は指を鳴らす。
「葬送の獣よ」
「ォオオ、ォオオオオオオオオオオ」
 紫炎の花びらから巨狼に似た葬送の獣が立ち上がる。炎を帯びた尾を揺らし、咆吼が礼拝堂を震わせれば、グン、と力強い踏み込みが叩き込まれた。
「ォオオオオオオ!」
 瞬発の加速。一直線に来た獣の腕が勢いよく振り上げられた。ゴォオオ、と唸る一撃は——だが。
「喰らえよ」
 舞い踊る水が打ちぬいた。穿つ一撃が葬送の獣の歩みを止める。砕け散った花弁が、再び獣の形へと変わった。
「その獣と俺の水、どちらが早いか勝負といくか」
 再び響くうなり声に與儀が悠然と笑う。オォオオ、と響く葬送の獣は理性を失い、素早く動く者を追うばかりだ。
「ォオ、ォオオオオ!」
「残念だな、その柩ごと全部燃やしてやる」
 牙を剥いた獣へと京杜が熱を呼ぶ。紅葉舞い燃ゆる焔が、戦場を照らした。
「——あぁ、私の柩を狙うとは。困ったことだな。それは——」
 柩、の言葉が気を引いたのか。葬燎卿の反応が変わる。一台、燃え落ちた幻の柩に息を吐き、京杜へと視線を向けた。
「手早く、刈り取らねば」
「——」
 来る、と瞬間的に思う。ォオオオオ、という咆吼と共に葬送の獣がでたらめに暴れた。派手に振り下ろされた爪を焔で受け止め、払い上げた水に與儀を見る。
「與儀」
「こっちは任せておけ」
「——あぁ」
 力強く頷いて、京杜は猛火を呼ぶ。
「舞い踊れ紅葉、我が神の猛火に」
 紅き猛火が吸血鬼へと駆け、葬送の獣を水流が撃ち抜く。焔と水が舞い踊り、煌めきが黒き礼拝堂に生まれていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
ライラック殿と

あゝ其方
永久に結ばれるを願うとて
先にて待つ彼はきっと
急き来る事を望みはしない

其方もきっと
彼が選んだ術を望まなんだろう
逃げてと遺して
あゝ遺された者の心は、と
妾なら……そう、想う

でもだからこそ其の想いは
彼の望んだ命を切と生き
叶えた上で向こうで叱るといい

存え見た景色と日々を
その眸、心に刻み
共に並び見る程に語るといい
そう『家族』として

だから
彼が其方に願った時を命を
卿に摘まれてはならぬ
硝子の花の如く煌めき咲いて

己が想いも添え
共に在る彼へは
彼が綴り贈ってくれた春歌奏で
幸咲かせ綴る其の背を裡をと支えるを願い
身に満つ力で卿を退ける浄化の花を

彼の想いが綴る幸が
彼女をも癒し
身に裡にと咲き届きますよう


ライラック・エアルオウルズ
ティルさんと

愛と嘆きを代弁する作家も、
また野暮ではあるけれど
素材本来の美しさも知らず、
芸術家気取りとは愚かだね

――、ねえ御嬢さん
遺される気持は僕も知る物だ
だが、真珠の髪飾りの導きで
暫し先でも君は迷いはしない
死ですら二人を別てはしない
君待つ時も、彼の幸せだから
どうか、先を急かないでくれ

彼が望んだ今を生きてくれ
彼を想う時を、彼を弔う時を
無意味と切り捨てないでくれ
『作品』として棺に収まらず、
『家族』として墓に眠れる様に

――その為にも
悲劇には、させないとも
魔導書を手に花弁降らし
空めく青い舞台へ変えて
癒し担うのは初めて、だが
貴方の力となれるのならば
先へ先へ、幸せを綴りゆく

彼女にも花咲く幸せの、届くよう



●硝子の花、夢の辿り
 ——声がする。
 微睡みの向こうで、声がする。朝を告げる声のようでいて、眠ってばかりの私に貴方が夜を告げるよう。
『イレーネ、イレーネ』
「えぇ、大丈夫。起きているわ。起きているもの」
 目を開けてと囁く。あぁ、でもあと少しだけ瞑っていて、内緒だからと囁く声がする。手をだして、少しだけ。ほら熱だって測らなきゃ。笑うような声の緊張が伝わってきてしまいそうで、ふ、と笑ってしまいそうになる。
『イレーネ』
「えぇ、えぇ。分かっているわ。内緒でしょう? まだ目を瞑っていて……」
 そうして、暗闇の中で私は貴方を——……。

「……」
 霧がかった瞳で、娘——イレーネは虚空を眺めていた。ほっそりとした手が柩に触れる。冷えた男の頬を撫で、囁き告げた娘の瞳に光は無い。
「あゝ其方」
 無いと、分かっていてもティル・レーヴェ(f07995)は声をかけた。
「永久に結ばれるを願うとて、先にて待つ彼はきっと急き来る事を望みはしない」
 頬を撫でるばかりの指先は、嘗ては彼の手で受け止められていたのだろう。呼ぶ声には答えがあり、応えがあった。望まない、という言葉に反応したか、娘の指先が止まる。霧がかった瞳は変わらずとも囁き告げるばかりの唇は止まっている。
 ——聞こえては、いるはずだ。
 何一つ届かぬ世界にいた娘が、外界の呼びかけに反応している。戦場となった礼拝堂でその熱にも血にも一切の反応を見せなかった娘——イレーネが、手を止めたのだ。
「——ほう、花嫁から花婿を奪う気かな」
「それは、あなたが言うことかな」
 虚空より二つ、柩を呼びだした葬燎卿へとライラック・エアルオウルズ(f01246)は静かに告げる。娘から青年を、真実奪ったのは吸血鬼だろうに。それが狂気と狂乱の手前にあった街と青年の決意の果てであったとしても。
「愛と嘆きを代弁する作家も、また野暮ではあるけれど。素材本来の美しさも知らず、芸術家気取りとは愚かだね」
 紫の瞳を細め、葬燎卿へと一度向けた視線をライラックは娘へと向けた。零れ落ちる囁きは消え、だがまだ、ぼう、と霧がかった瞳は娘が幻想を望むが理由か——このまま、果てることを願うのが理由か。
「――、ねえ御嬢さん。遺される気持は僕も知る物だ」
「……」
「だが、真珠の髪飾りの導きで暫し先でも君は迷いはしない」
 死ですら二人を別てはしない。
「君待つ時も、彼の幸せだから。どうか、先を急かないでくれ」
「其方もきっと、彼が選んだ術を望まなんだろう」
 逃げてと遺して。あゝ遺された者の心は。
 チクリと痛む胸の底を、心を、今は彼女の為にテイルは向ける。
「妾なら……そう、想う」
 でも、とティルは顔を上げる。駆け抜けて彼女の手を握るにはまだ遠くても、この声と思いがある。
「だからこそ其の想いは、彼の望んだ命を切と生き叶えた上で向こうで叱るといい」
「——きろと」
 ゆらり、と娘の頭が揺れた。いやだと告げるように首を震う。柩を、死した男の頬を撫でていた娘の指先が飾りの花を握りしめた。
「生きろと、言うの……? 彼がいないのに。この世界で、明日なんて……」
 ぱたぱたと落ちる涙がイレーネの頬を濡らしていた。いや、と幼さの残る声が否を紡ぐ。二度、三度と噎せれば、掌が紅く染まる。軋む心臓より、苦しい体より、何より一人の部屋が怖かった。この部屋で明日を迎えることが嫌だった。
「やっと、会えたのに。おかえりも無かった彼にやっと会えたの」
 堰を切ったように想いが零れ出す。イレーネを知る街の者が見れば驚いたことだろう。静かに、ただ哀しげに泣いただけだと。静かな娘であったと誰もが思っていたのだ。——誰も、彼女の哀しみの奥底に触れる事は無かったのだから。
「私は彼と一緒にいたい。彼の傍が良い。もう、明日なんて私には——……」
 零れ落ちる涙と共にイレーネは告げた。
「いらないの。明日なんて」
「——」
 その想いを、言葉を想像していなかったわけでは無い。だからこそ、ティルもライラックも「だが」と告げたのだ。遺された苦しみというものを知るからこそ。今まで街の人々が出来なかったことを、彼女の心に触れながら言葉を交わす。イレーネの嘆きも、紡ぐ否も、零れ落ちる涙も真っ正面から受け止めて二人は告げた。
「彼が望んだ今を生きてくれ。彼を想う時を、彼を弔う時を無意味と切り捨てないでくれ」
「存え見た景色と日々をその眸、心に刻み共に並び見る程に語るといい」
 望み、と娘の唇が声を落とす。彼はイレーネが生きることを望み——彼女は、共にあることを望んだ。だからこそ、贄となる定めだとしても何であろうと彼のいる場所までやってきた。
 彼の眠る柩がここにあるから。
「『作品』として棺に収まらず、『家族』として墓に眠れる様に」
「かぞ、く……?」
「そう『家族』として」
 ライラックの言葉をなぞるように娘の声が落ちた。家族、ともう一度くり返す娘にティルが頷けば——、やれ、と低い声が礼拝堂に落ちた。
「それ以上は困るな。私は、君達の人間性を愛しているが——無粋は別でね」
 低く葬燎卿が告げる。柩を彩っていた燭台がゴォオ、と火力を増す。その異常に初めて気がついたようにイレーネが目を瞠った。
「これ、は……」
「哀しき花嫁。貴女の願いは私が、私の柩で叶えよう。貴女に安らぎを。愛しい花婿と——……」
「彼が其方に願った時を命を、卿に摘まれてはならぬ」
 凜と響くティルの声が、葬燎卿の言葉を遮った。あぁ、とライラックが頷く。家族、という言葉はイレーネの心に深く届いていた。だからこそ、吸血鬼も鑑賞してきたのだ。
 彼女が生きる方を選びそうだから、と。
「――その為にも悲劇には、させないとも」
 魔道書を手にライラックはページを捲る。ひらり、はらりと零れ落ちた花弁が——ふいに、空に舞った。
「——リ、ラ」
 リラの花びらにイレーネが指先を伸ばす。花が、と告げた娘は瞬きと共に周囲を見渡した。薄暗い黒曜石の礼拝堂が空めく舞台へと変わっていたのだから。
「——うん、リラの花弁だよ」
 癒し担うのは初めて、だが。
(「貴方の力となれるのならば」)
 先へ先へ、ライラックは幸せを綴りゆく。
 彼女にも花咲く幸せの、届くよう。
「——」
 硝子の花の如く煌めき咲いて、己が想いも添えるようにティルは謳う。ライラックが贈ってくれた春歌を。
「歌いて護ろう」
 鈴生り、鈴鳴る、花の歌。
 再び来たる、春の歌。
 響き渡る歌声に、吸血鬼が指を鳴らす。ぶわり、と舞い上がった紫炎の蝶が群れを成して襲いかかってきた。
「この身は共に――」
 その熱を、衝撃をティルは身に満ちる力で退ける。浄化の炎が蝶を振り払い、駆ける。歌い続ける少女の指先に熱が届けど——幸を咲かせ綴る彼の癒やしがある。の背を裡をと支えるを願いながら、ティルは謳った。
(「彼の想いが綴る幸が、彼女をも癒し身に裡にと咲き届きますよう」)
 願い想い——紡ぐ炎が、葬燎卿に届く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
そんな事、思いもしなかった。
こんな事を思う己も…思いもしなかった。
『死ぬまで共に』
記憶の言葉に首を振る。
“我らが願いをお聞きください”。願うは
――終わりの先まで、共に。

相手の視線。ナイフの切先の向き、数、速度…
葬らせ方ならよく知ってる。
何処を狙って来そうかも。
主要な血管、腱、急所…
見切り、知識に照らし、躱し、或いは武器で弾き落とし。

この世に永遠など無くて。
終わりは、嘆きは、必ず訪れる。
祈りや約束…不確かなものに縋って――
それでも、願う。

共に生きたい。

彼女と同じ。
置いていかれたら、きっと、僕も怒る。

『私の』とか、成婚前から気が早過ぎません?
貴方の愛など、ご遠慮です。
急所狙い返し、放つ
――唯式・幻


アステル・サダルスウド
怒りも嘆きもないさ
それらはこの地に住む彼や彼女達のものだから
けれど…おかあさんの最高傑作たる僕を素材呼ばわりするのはいい度胸だね?
使いこなせるならやってみるといいよ!

【風妖精による演舞曲】発動
最高傑作の奏でる音色をご賞味あれ
敵の攻撃は『見切り』
攻撃はStaccato Rain使用
『リミッター解除』『スナイパー』で挑む

恋歌を『楽器演奏』『歌唱』で奏で
イレーネへ『コミュ力』『鼓舞』で話しかける
ねぇ君、終わりがこんな所でいいの?
行きたい場所は、思い出の場所はない?
彼と過ごした場所は?一緒に何を見た?
終わるにしても生きるにしても、もっと我侭言っていいんだよ
ねぇ教えてよ
それを叶える為に僕は来たんだから!


コノハ・ライゼ
自分の意思で逝くならソレもひとつの道ダケド
他人に手綱握られてとなっちゃ面白ねぇンだよネ

さ、追いかけっこしましょーか
【黒電】で影狐喚び、*誘惑するよう飛び回らせ葬送の獣を誘き寄せるわね
素早く縦横無尽な動きに紛れるよう*カウンターで敵の懐へ飛び込む*だまし討ち
「牙彫」振るい傷を刻んできましょ
そのまま影狐囮に、次の一太刀では*傷口を抉って*生命力吸収
受けた傷分補いましょうか

生きている事が、忘れる事が怖いってぇのは覚えがある
ソレから自由になるのを、逃げとも思わない

お嬢サン、アンタという命短い花を
彼が摘み取らないまま行ったのは、何故かしらネ
少なくともその想いを誰かに踏み躙らせる為じゃあないンじゃねぇの



●硝子の花
 声がしていた。呼びかける声は、目覚めに誘う彼の声とはまるで違う。
『イレーネ、イレーネ』
 困ったように笑う彼の声が遠ざかる。耳に届いたのは鋼の音と燃えさかる炎。瞬きの向こう、家族として、と紡がれた言葉に顔を上げた。
「『作品』として棺に収まらず、『家族』として墓に眠れる様に」
「かぞ、く……?」
「そう『家族』として」
 彼らは猟兵だという。ここに来た人だという。きっと領主と戦うのだろう。
「わたし、私は……」
 涙が止まらなかった。彼と一緒にいたくて此処まで来たのに。幸せになれと言われるのも、生き残って幸いだと言われることにも頷けないまま此処まで来たのに。彼の居ない世界で、明日はいらないと思っていたのに、それは変わらないのに。
「どうして……」
 家族、という言葉が耳に強く残っていた。

「――……」
 震える娘の声が剣戟の狭間、耳に届く。燃え上がった浄火の炎は猟兵が招いたものだ。歌声と共に払われた蝶を視界にクロト・ラトキエ(f00472)は、薄く口を開く。ひどく、単純に驚いたのだ。
 そんな事、思いもしなかった。
 こんな事を思う己も……思いもしなかった。
『死ぬまで共に』
 記憶の言葉に、クロトは首を振る。柔らかな黒髪が頬に触れた。純白の婚礼衣装に淡い影が落ちる。あの時、指先に頬に触れていった花は願いと共にあった。
 “我らが願いをお聞きください”
 願うは――終わりの先まで、共に。
「――先、ですか」
 落ちる声を、悠然と笑う吸血鬼が拾う。あぁ、と浮かべる笑みは数多の傷を受けても変わらず、零れ落ちた血は黒曜石の床に触れて炎に変じていく。
「彼らの願いだろう。ひどく興味深い。彼らはああして長くを生きてきたようだ。――あぁ、私にとっては瞬き程度の日々であったが……」
 彼らは皆、日々に震え、明日に嘆く。
 囁くようにそう告げると葬燎卿は憐憫さえも乗せ告げた。
「哀れで愛しい人の子たち。死んでいる時にしか安らげないのならば、美しい柩に入れて埋葬すべきだろう」
 その瞬間にこそ、彼らは美しく輝く。
「私の柩で、我が作品として完成したときにこそ――彼らという素材の憂いも花開く」
 だからこそ、と葬燎卿は唇に指で触れ、しぃ、と告げた。
「黙することだ。花嫁から花婿を奪わぬ為にね。彼女という花が美しく開く。手をかけた素材を、奪われるのは困るからね」
「――ソ。随分とお喋りダケド」
 それで終わり? とコノハ・ライゼ(f03130)は瞳を細めて見せた。ヴェール越しに瞳の薄氷が見据えた先、吸血鬼はゆるり、と笑う。
「君達が黙っていてくれればね」
「黙ってると思ウ?」
 悠然と笑い告げた吸血鬼へと、コノハは口の端を上げる。浮かべた笑みは何処までも美しくとも――瞳の奥は冷えたままに。
「自分の意思で逝くならソレもひとつの道ダケド
。他人に手綱握られてとなっちゃ面白ねぇンだよネ」
 熱を帯びていく戦場を知覚する。靴裏、常と違う衣装がひらと重くなっていく空気にゆらゆらと揺れる。熱源は――あの燭台か。
「さぁ、葬送の獣よ」
 柩から紫炎が零れる。舞い踊る花弁のように、ひらひらと熱が舞い――やがて、獣を形作った。
「ォオオオオオオオオオオ!」
 死する葬送の獣は巨狼に似た。その身に炎を宿し、ゴォオオ、と咆吼に熱が舞う。青白い瞳は獲物を探すように一度揺れ――コノハを捉える。
「引き裂き、食いちぎり、弔いを告げろ。彼らに沈黙の美徳を」
「ォオオオオオオオ!」
 バキ、と黒曜石の床に爪を立て、葬送の獣は迷い無くコノハへと跳んだ。叩き付けられる殺意はいっそ、分かりやすい。身を軽く横に振り、間合いを取る。踏み込みから既に理性を焼き尽くされた獣は、ただただ素早く動くものを追う。
「こっちは任せてネ」
 だからこそ言葉で告げてコノハは黒き雷光を呼ぶ。バキ、と爆ぜた空気が一つ、黒い稲妻纏う小さな影の狐が飛び出した。
「さ、追いかけっこしましょーか」
「ォオオオオオォオオオ!」
 ひゅん、と振り上げられる筈であった獣の腕が、地を掴むそれに変わる。コノハの手元から素早く駆けた影狐を追ったのだ。ぐん、と鼻先を上げ、縦横無尽に駆ける影の狐は稲妻を纏う。踏みつける獣の腕程度では捕まえられはしない。
「ォオオオオオオオオオ!」
「――」
 大降りの一撃。空ぶれば葬送の獣とて、胴が空く。トン、と軽やかに駆けた影狐を視界に、ふるり、と揺れた尻尾に小さく笑ってコノハは一足、踏み込みに身を委ねた。
 瞬発の加速。跳ぶように一気に前に――獣の間合いへと飛び込んだ。するり、と下ろしていた手に構えた銀の刀が葬送の獣を捕らえる。
「オォオ、オオオオオオオオオオ!」
 絶叫と共に、獣がコノハの存在を捉える。暴れるように一撃、落ちた爪が肩口を抉った。派手に落ちた血が、純白の衣装を濡らす。ひらり、舞うヴェールばかりが紅を良ければ、とん、と一度身を退いた男の視界で影が、動く。
「やはり、猟兵は興味深いが――素材としては早すぎるか」
 葬燎卿だ。
 手にしたナイフにて、トン、と一気に間合いを詰めてきた吸血鬼の刃をコノハが受け止める。一撃、払い上げれば短い旋律と共に空間が――裂けた。
「怒りも嘆きもないさ。それらはこの地に住む彼や彼女達のものだから」
 ひらり、ふわり。
 可愛らしい婚礼衣装が戦場に揺れる。トン、と美しい着地から告げたのはアステル・サダルスウド(f04598)だ。放つ一矢が葬燎卿の追撃を散らしたのだ。
「ほう、君は……」
「けれど……おかあさんの最高傑作たる僕を素材呼ばわりするのはいい度胸だね?」
 検分するような葬燎卿の瞳に、アステルは唇を尖らせる。つん、と見せた横顔は、だが、シャン、と響く鈴の音と共に笑みに変わる。
「使いこなせるならやってみるといいよ!」
 ふわり纏うは涼やかな風。美しい青の髪が揺れ、両の腕を伸ばしアステルは踊る。
「歌を胸に、音を手に、風と踊り舞い上がれ!」
 背には翼を。指先には星の煌めきを。
 幻想的な妖精の姿へと変身したアステルが、ふわり、と身を浮かす。
「最高傑作の奏でる音色をご賞味あれ」
 引き絞るその弓はハープを兼ねる。引き絞る一撃さえ美しい音色を招いた。水流と共に。
「――おや、水を招くか。それは困るな、私の炎が揺れてしまうからね」
 さぁ、と誘いを告げ、吸血鬼が指を鳴らせば紫炎が舞う。無数の蝶へと変われば、アステルを飲み込む波へと変じた。せり上がった熱が、白皙に影を生む。――だが、その熱の中、蝶の群れの真横をアステルは飛び抜けた。妖精の翼を広げ、ふわりと空に上がる。
「いくよ」
 空にて、身を回す。花と星の紡がれたヴェールが揺れ――ピン、と引き絞られた矢が旋律と共に勢いよく降り注ぐ。弾ける雨音の中、紫炎の蝶がかき消された。
「随分と、邪魔をしますね」
「――あぁ、私もお忘れ無く」
 ひゅん、と放たれたナイフの、その軸線へとクロトが飛び込む。相手の視線、ナイフの切っ先の向き。見据えれば、払う為の術も分かる。
(「葬らせ方ならよく知ってる。何処を狙って来そうかも」)
 動きを止めるだけであれば脚。殺すためであれば心臓を。首で仕留めるのは好むまい。此処が吸血鬼にとっての素材が辿りつくべき大切な場所であるとすれば。
「貴方も、お呼びではありませんよ」
 息をつくように告げたクロトに、答えの代わりにナイフが来た。
「それは、困ったな。君も私の棺に入る価値があるのだが」
 安らぎを、と告げながら続けざまに放たれたナイフに身を横に飛ばす。足は止めず、礼拝堂の壁を蹴って上を取る。空を切ったナイフは、炎となって消えた。
(「追撃は新しいナイフということですか」)
 なら、と着地から、クロトは己の獲物を展開する。ひゅん、と放たれた鋼糸がナイフを弾いた。――擦り抜けたものが、肩に、腕に届く。別に急所では無い。痛みはあっても、その程度。
「この世に永遠など無くて。終わりは、嘆きは、必ず訪れる」
 祈りや約束……不確かなものに縋って――
 それでも、願う。
「共に生きたい」
 血濡れの口元を拭い、クロトは小さく笑うようにその言葉を紡ぐ。
(「彼女と同じ。置いていかれたら、きっと、僕も怒る」)
 苦笑とも、ただ吐息だけを落としたようにも見える笑みを残してクロトは真っ直ぐに敵を見据えた。

●終わりの先まで、共に
 キン、と鋼の音が響いていた。剣戟の重なる戦場に長い絶叫を残して葬送の獣が散る。牙彫を引き抜いたコノハの視界、謳うようにアステルがイレーネへと声を掛けていた。
「ねぇ君、終わりがこんな所でいいの?」
 舞い踊る妖精には翼がある。戦場を駆け抜けて、彼女の傍まで辿りついて。でも、手をひっぱって歩き出す前に声をかけた。
「行きたい場所は、思い出の場所はない?」
「思い出の、場所……」
 ぱち、ぱちとイレーネが瞬く。涙を流してばかりだった娘にとって、それは予想外の言葉だったのだろう。
「彼と過ごした場所は? 一緒に何を見た?」
 こてり、とアステルは首を傾げて問う。ふわりと妖精は宙に浮いたまま。
「終わるにしても生きるにしても、もっと我侭言っていいんだよ」
「……も、私は、わたし、には、そんな……」
 生き残って幸せだと言われた。素直に頷けずとも意味はイレーネにも理解出来ていた。生きていた。生かされた。
(「忘れてしまいそうで怖い……、この心臓は止まってくれなかった。彼がいないのに」)
 彼が私を守ってくれて――身代わりのように彼は逝ったのだ。義母もいない。
「何を、思うのも……。ただ、私は――……」
 そこにある震えを、コノハは知っている。
 生きている事が、忘れる事が怖いというのは覚えがある。ソレから自由になるのを、逃げとも思わない。
「お嬢サン、アンタという命短い花を彼が摘み取らないまま行ったのは、何故かしらネ」
 牙彫に残った紫炎を払う。刀身に刻まれた春泪夫藍が鈍い光を落とす。
「少なくともその想いを誰かに踏み躙らせる為じゃあないンじゃねぇの」
「――」
 は、とイレーネが顔を上げる。あ、と小さく落ちた声に、柩の前に座り込んでいた娘が眠る男とコノハを見る。
「たし、は……」
「ねぇ教えてよ。それを叶える為に僕は来たんだから!」
 震えるイレーネの声に、踏み込めずにいる最後の一歩にアステルは声を届けた。精一杯の言葉と共に。
「――丘を、見たいの」
 ぽつり、ぽつりと言葉は落ちる。ぎゅっと一度、胸を押さえるようにしてイレーネは猟兵達に告げた。
「あの日見た星空を、もう一度見たい。――こんな場所じゃなくて」 それはイレーネが告げた願いと想いであった。
「……君達は、随分と困ったことをしてくれる」
 息をついた葬燎卿がナイフを手に持つ。だが、それが放たれるより先に、コノハが行った。身を振るように躱し、た、と跳んだ影狐を囮に間合い不覚に沈み込む。
「それじゃ、困ったままデ」
 深く、ふかく刃が沈む。引き裂いた吸血鬼から生命力を奪い取る。グラ、と身を揺らした葬燎卿が瞬いた。
「君は……喰らうのか……!」
「ゴチソウサマ」
 笑うように告げて、身を飛ばす。踏み込む足音を知っていたからだ。
「『私の』とか、成婚前から気が早過ぎません?」
 暗色深まったクロトの瞳が輝く。生きる為に死を択び、死なぬ為に傷を負うことを知る男の放つナイフが――葬燎卿の胸に、落ちた。
「――私、が……。私の作品が、柩が、まだ――……」
 ゆらり揺れた指先は何を捉えることも出来ないまま空を切り――紫炎の中、焼け落ちるようにして葬燎卿は崩れ落ちた。

●宵宮の花嫁
 ――その丘は、街を見下ろすことが出来る場所にあった。夜になれば星が煌めき、水面に映る。
「ここで初めて、ハイネスに出会ったの。私の主治医さんになるなんて知らなくて」
 結婚を申し込まれた日のこと。硝子の花の指輪のこと。長くは無いと分かっていたから、頷けなかったイレーネにハイネスが共にと告げた言葉。
「私、世界が終わってしまえば良いと、もう何もいらないと想っていたのに」
 あんなに泣いたのも、こんなに話したのも久しぶりだったの、とイレーネは告げた。
「話を聞いてくれてありがとう」
 猟兵たちに感謝を告げ、思い出の場所で空を見上げた後――その数週間の後に、イレーネは永遠の眠りにつき、花嫁衣装で約束の丘に青年と共に葬られたという。
 青年の家族として。
 彼を弔い、彼の姓を受けて日々を過ごして逝ったという。
 その姿はひどく穏やかであったと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月13日


挿絵イラスト