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まやかしオペラハウス

#サクラミラージュ #幻朧戦線 #籠絡ラムプ

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●サクラミラージュ
 特報が世間を賑わしたのは、少し前のこと。
『奇跡の歌姫、絢爛デビュウの軌跡』
 雑誌の記事には、豪華なドレスを着て舞台に立つ娘の絵姿があった。堂々とした立ち姿だ。
 もう一枚の絵姿は稽古場の一幕。容姿だけなら、どちらかといえば日陰に属するであろう、どこにでもいるありふれたものだ。
 記事は七色の声を持つ歌姫だと、手放しで絶賛している。名のある劇場で彼女目当てに客が押し寄せているからだ。

 始まりはなんでも、興行師がとある地方の小さな劇場を視察した折に、端役の娘を気まぐれに帝都に連れ帰ったという。
 ところが彼女は帝都に来て本格的な稽古を受けると、みるみる才能を開花させ、初めての選考会でみごと主演を射止めることになる。
 どこにでもいるありふれた娘が、スタアの仲間入りを果たしたのだ。

 これといった特徴の無い娘は、あらゆる役を演じられるという。
 素朴な衣装を着せたなら、初恋を軽やかに歌う純真な村娘を。
 華麗な衣装を着せたなら、民衆を虐げ贅を尽くす驕慢な王妃を。
 ぼろを纏った貧民窟の聖女、欺され命落とす高貴の姫、革命の先頭に立つ男装の麗人、ひとりの男に恋を捧げる娼婦。
 帝都のその筋で名を知らぬ者はないほど、娘は大輪の華となった。
 ――だが、その娘の私生活を、役者仲間の誰も知らない。彼女が何を好み、何を嫌い、どこから来て何処へ行くのか、誰も知らない。
 きっと優雅な邸宅で、何人もの使用人に傅かれて過ごしているのだろうと、誰もが思っていた。

「全部私の実力よ。観客はみんな喜んで帰っていく。私の歌が、私が感動させてるんだ、嘘なんかじゃ……ない」
 町外れの安宿の一室。古く狭い部屋は、衣装と雑誌や新聞で埋まっている。
 どこにでもいるありふれた容姿の娘は、くたびれた部屋着を着て、薄い布団の上で小さな灯りを灯した。通りすがりの古道具店で見つけた、部屋を照らせる程度の小さなラムプだ。買ったのはちょうど給金の日だったから。古びているのに、繊細な細工が気に入ったから。
「ねえ、せんせい。私はまだまだ演じられる。もっと大きな役を頂戴」
 壁に映るのは、ひとりの男の影だ。炎に反して揺らぎ笑った、ように映る。
「亜米利加でも独逸でも、大きい演目を持ってきて。完璧に演じきってみせる。だから……せんせい」
 男の影がゆらゆらと嗤う。娘は涙を浮かべてその影を見上げた。細い肩を抱く指先は凍え、震えている。
「私を、嘘つきにしないで」

●グリモアベース
「影朧兵器を、皆様はご存じですね」
 桜の季節はとうに過ぎたが、花筏・十織(爛漫・f22723)の周囲にははらはらと散る桜花がある。彼のグリモアは、舞う桜吹雪そのものだ。
「影朧を己の力とする、籠絡ラムプが使われています。このままでは取り返しがつかなくなってしまう」
 ユーベルコード、願えば叶う万能の力は、時として心を蝕む毒となる。使えるようになったからといって、使いこなせるわけでは無いのだ。
「娘はラムプに閉じ込めた影朧に強く依存しています。彼女は影朧の力で様々な支援をさせることで、今の地位を築きました」
 だが、心は既に限界なのだと。
 偽りは偽りを呼び、更に更にと事態は大きくなってゆく。いつ割れるか知れぬ薄氷の上で踊り続けるなど、どれほど恐ろしいだろう。

「接触は会見場となります。立食形式のパーティののち、次の春に公開される舞台の制作発表会が開かれ、彼女はそこで主演として歌います」
 雑誌や新聞の記者はもとより、劇場の支援者や土地の有力者達も多く集うため、相応の立ち居振る舞いを必要とするだろう。
 十織が軽く宙に手のひらを向けたなら、帝都でも格の高いホテルが桜吹雪に浮かび上がる。会場となるのは、最も広く豪華な宴会場だ。
「会場に大きな異変を察知したなら、娘は会見から逃れてしまいます。静かに――静かに、彼女から影朧を引き出してください」
 大きな騒ぎを起こしてしまえば、彼女はすぐに影朧を出して身を守ろうとするだろう。しかし、彼女はユーベルコードの加減を知らない。下手をすれば周囲一帯を巻き込んで、多数の死傷者を出す危険がある。
 加えて、記者は寄ってたかって醜聞と報道するだろう。知名度がある分、もし心を入れ替えたとしても社会的に破滅し、娘はどこにも居られなくなってしまう。
「自業自得と断じて破滅させるは簡単なことです。ですが……」
 彼女がこうなってしまった理由がある。
 なんの力も持たぬ娘ひとりを、多数の大きな力を以て未来ごと潰すことが、猟兵の仕事ではない筈だ。

 しゃん、と十織の錫杖が鳴る。桜吹雪がひときわ大きく風を巻く。
 見上げたなら帝都の目抜き通り。見上げるほどの帝都のビルヂングだ。
「くれぐれもお気を付けて。あとのことは、万事お任せ致します」


高遠しゅん
 おひさしぶりの高遠です。
 花の帝都、きっと数多のスタアたちが華やかな舞台を飾っていることでしょう、
 心情が主となるシナリオとなります。お気軽にご参加下さいませ。

 このシナリオは、
 一章:上流階級の集うパーティ会場で目標と接触
 二章:ボス戦
 三章:娘のその後
 以上の心情寄り三章仕立てとなります。一章だけでもお気軽にご参加下さい。

●籠絡スタア
 紅・ハルカ(くれない・はるか)、芸名です。年齢は二十代半ば。
 七色の歌声を持つ歌姫として、数々の舞台を飾ってきました。
 籠絡ラムプに封じた影朧の力で名声を得てきました。
 素の実力は現時点では不明です。リプレイの中で明らかになるかもしれません。

●ボス敵
 現時点では不明です。

・進行について
 各章ごとに断章を追加させていただき、マスターページ及びTwitterでプレイング受付時間をご連絡致します。
 キャパシティと執筆時間の都合上、全採用はお約束できませんことをご承知おき下さい。

 では、宜しくお願い致します。
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第1章 日常 『貴き時間』

POW   :    とにかく楽しんでいるという事を最大限にアピールしよう

SPD   :    話術で場の空気を掴むのは任せてほしい

WIZ   :    礼儀作法の見本を見せてあげようじゃないか

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●八重桜の間
 黄昏時の帝都を見おろす、ここは名高き帝都桜花ホテル。
 もっとも広いホール、八重桜の間では各界の著名人が集う『軽い』パーティが開かれている。
 華奢なグラスに甘い香りの食前酒は、仏蘭西からこの日のために取り寄せたもの。銀のトレイを手に給仕が廻る客は、みな思い思いに着飾っていた。
 仕立ての良い上着に鮮やかな緑のタイを合わせているのは、新進気鋭の脚本家だ。彼の隣には翻訳家の男と、衣装制作を手がける女がいる。
 今回発表される作品の演出家は、ひときわ大きな人の輪の中にいた。
 彼らを囲むように談笑するのは、所謂土地の名士と呼ばれる客達。芸術を好む若手政治家や、代々劇場を支援している旧家の当主。演者の家族や後援会の面々と、年齢も性別も様々だ。
 今回披露されるのは、露西亜のある貴族の末娘に降りかかる、革命と悲劇の物語を舞台仕立てにした作品だ。帝都で上演されるのは初ともあり、話題性に事欠かない。
 ホールの外では報道陣が、漏れ聞こえてくる噂話に耳を澄ましている。制作発表記者会見までの間、振る舞い酒と期待に胸を熱くしている。

 舞台を、歌を、音楽を。
 演じることを、造り上げることを、それらを観て心震わすことを。
 心の底から愛する者たちが、この場に集っている。

「……せんせい」
 控えのカーテンの影。珊瑚色に塗った唇で、かすかに呟くのは彼のこと。
 たっぷりと布を使う豪華な衣装は、身体のラインを美しく魅せてくれるうえ、少しの震えを隠してくれる。絹の手袋に包まれた指先が、凍えきっていることに気づく者はいない。
 さあ、演じるのだ。
 私はスタア。七色の歌声、奇跡の金糸雀。
『それでは皆様に御紹介致します――』
 踵の高い靴で一歩、光あふれる先へ歩みだす。
 ああ、だけど。なぜだろう、爪先の下で何かがひび割れる音がする。お守りのラムプが震えた気がする。
『紅・ハルカ嬢です!』
 満場の観客に向けて歩き出す……わたしは、いったい『誰』なのだろう。
ミネルバ・レストー
禄郎(f22632)と
貿易商の若旦那と許嫁を装う

ねえ禄郎、あなたこういう場は得意?
そう耳打ちするのは、わたしが不慣れだから
上手く立ち回れるなら是非エスコートをお願い
がんばりましょ、精一杯「演技」するから

ハルカさんに直接接触するのは難しいかしら
「礼儀作法」に気を遣って関係者への接触を試みましょ
誰も知らないっていう彼女の私生活について
無粋にならないように、ちょっと熱意が行きすぎたファンのふりで
探りを入れてみたいわね
ハルカさんって普段はどんな暮らしをしてらっしゃるのかしら! とか
……上手く取りなして頂戴ね、禄郎?

禄郎がお話してる間は大人しく、注意深く耳を傾けて「情報収集」
挨拶のキスも見逃してあげるわ


氏家・禄郎
ネリー(f23814)と
貿易商の若旦那と許嫁を装って

僕はね、こういう式典はてんでダメだったよ
耳打ちされれば苦笑しつつ答え
では精一杯【演技】しようかお姫様

【情報収集】の開始だ
まずは関係者へ
ああ、失礼
連れがご迷惑を
紅・ハルカ君のファンなのでどうしても熱が入ってしまうのです
取り繕いながら、お話といこう

今回は革命と悲劇の舞台ということで
きっと彼女なら皇女を演じられるでしょう

どうでしょう?
もし、よろしければ紅君へご紹介をいただけないかと

こんばんはレディ(膝をついて手の甲へキス)
「……今日は寒い日ですね」
よろしければ、この冷たい理由をお聞かせ願いませんか?
寒さ、それとも……魂をラムプの油にくべているとか?



「ねえ禄郎、来賓名簿のお顔が大勢見えるの」
 青空色のドレスに桜色のレースも涼やかな。事前に渡された資料の分厚さを思い出し表情を消していたミネルバが、一変、前を横切った賓客らしき男に微笑み一礼してみせる。禄郎はタイの具合を気にしながら、背伸びした淑女らしい様子に目を細めた。
「あなた、こういう場は得意?」
「正直、てんでダメだったよ。式典も会食も」
 こそりと耳打ちに答えたけれど、弱いそぶりは外に見せない。禄郎はすっきりと背筋を伸ばし、ミネルバにだけ分かる苦さを含んだ笑みを見せる。
 一人の娘が罅の入った薄氷の上、割れたなら深淵が待つと知っていて凜と顔を上げているのだ。『猟兵ではないふたりを演ずること』に、臆してなどいられない。
「……がんばりましょ」
「お手をどうぞ、お姫様」
 禄郎が差し出す手に、ミネルバはそっと指先をのせた。

 一息ついた様子の脚本家が、人波を離れて近くにきた。
「あの、お話させて下さいます? 前の戯曲を読ませていただきましたの。ハルカ様の台詞、すっかり憶えてしまいましたわ! 『なぜ貴方なのでしょう。嗚呼、わたくしに全てを捨てる覚悟があったなら、地の果てまでもともに参りますのに』」
「ああ、失礼。連れがご迷惑を」
 ぐりぐい押していくミネルバの言葉に気圧された様子も無く、脚本家は余裕の笑みを返してきた。こういう状況は彼のような立場には多いのだろう、場慣れした様子だと禄郎は見る。
「ハルカ君のファンなので、どうしても熱が入ってしまうのです」
 禄郎とミネルバの裕福な貿易商とうら若き婚約者といった出で立ちを、脚本家を自然と受け入れた。ある程度の地位のある者にしか、招待状は行っていないと知っているからだ。それに、支援者は多いに越したことはない。
 しばしの二人の歓談のあいだ、ミネルバはわくわくとした様子で脚本家と禄郎を代わる代わる見上げていたが、ふと表情を陰らせた。
「ハルカ様って、普段はどんな暮らしをしてらっしゃるのかしら」
「またその話かい? 今度の舞台も大成功に決まっていると、いつも言っているだろう?」
「だって。随分と痩せてしまわれたんですもの、心配で……」
 一転、涙さえ浮かべそうに俯くミネルバの演技に、禄郎は脚本家へ向けて苦笑して見せた。
「我が婚約者殿は、ハルカ様無しでは夜も日も明けないのです。もし、よろしければ」
 この先は、言わずとも分かる。幾度となくこんな場面もあっただろう脚本家は、うなずいて雛壇に出たばかりのハルカへと導いた。

 スタアの存在感というものは、ただ立っているだけでも目を惹くものだ。微笑んだなら、光輝く蝶のように可憐に見えるものだ。支援者達の中にある彼女は、確かに際立って見えた。
 猟兵の目で見たならば、様子は変わってくる。
 確かに彼女は魅惑的で美しい。人の中にあってなお、彼女にだけ光が降っているような印象もある。
 だが、それは少々、否、かなり――歪だ。歪を背負って、彼女は観衆の前に立っている。
「こんばんは、レディ」
 ハルカの正面に立ち、禄郎は真っ直ぐに手を差し伸べる。白絹の手袋に包んだ手の甲に落とす、敬意のキス。冷たい指先だ。
「……今日は寒い日ですね」
 囁く禄郎の傍らで見上げたミネルバは、ハルカが目を瞠ったことを知る。ほんの一瞬で『紅・ハルカ』に戻って、誰かに呼ばれて行ってしまったが。
 季節は真夏も盛りを迎えようとしている。
 ハルカの住む世界には、凍える冬しかないのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飛鳥井・藤彦
なりたいものになんでもなれる。
それは七色の才というより、無色の才だと思います。
なんだって描ける真っ白なキャンバス。
完成された一枚の絵とは違う、永遠に未完の作品。
それが影朧の所為だとして……彼女本来の「色」が何色が気になりますわ。

さて、パーティに相応しい品と華やかさを兼ね備えた装いに相応の振舞でもって会場に溶け込みましょ。
絵師【藤春】として、奇跡の歌姫の美人画を描けたら僥倖というのを彼女に話しかける切欠に。
ただの似顔絵やのうて、貴女の望むままの姿を描ける。
それが僕の売りですさかい。
七色の声を持つ歌姫と相性がええ気がして。
にこやかに微笑み目を細め、次の舞台も楽しみにしてますと伝えるのも礼儀やな。


五条・巴
奇跡の金糸雀、僕の目指す場所にいるうちのひとり

僕もそちらへ、僕の力で上がりたい

彼女の実力、ランプの力が全てではないだろう
そう信じて
当たり前にしていることを、視て盗みに来たんだ。

この世界ではスタアという存在が大きい
僕にスタアほどの輝きはなくても
真似はできる。それはいずれ、僕の力になる。

演出家、カメラマン、この会場にいる人々に知ってもらうよう顔を売りつつ、彼女の立ち居振る舞いから学ぼう

彼女と話ができるのなら是非声をかけたい

僕は頂いた役を期待通り、期待以上に出し切れているかわからないんだ
ずっと不安で、求めていた僕を皆にあげられなかったらって、心配なんだ
貴方はこの不安、どうしてる?
教えて



「なりたいものに、なんでもなれる。なんてなぁ」
 人にはたいてい持つ『色』がある。どんな性格にも、どんな立場にもたちまち染まれる才は、七色の域をとうに超えている。
「無色の才だと思います」
 藤彦の視線の先には、支援者と言葉を交わす紅・ハルカの姿。この会食ののちに発表される新作で、流転の運命を辿ったという貴族の姫君を演じる。纏う衣装は紅薔薇がふんだんに織り込まれており、並の役者では衣装に負けてしまうだろう。
 雑誌の記事にあった素朴な容貌の娘が、堂々と難しい衣装を着こなし、凜と顔を上げて微笑むのだ。演じる姫君そのままに。
「真っ白なキャンバスのような。完成された絵とはちがう、永遠に未完の作品」
「僕もそう思います。僕も――あんなふうに」
 奇跡の金糸雀、七色の歌声。人の目を惹きつけ離さない、人の中心にあって一際咲く一輪の薔薇。
 巴には目標がある。今はまだこの世界に名を馳せるスタアほどではないけれど、一歩ずつでもあの輝きに近づけるように。このひとときを、視て、聴いて、肌で感じて、己の内なる力にするのだ。これは学びの機会でもある。
 巴はグラスを手に、ゆっくりと人の間を歩きだした。目標はハルカ唯一人。周囲をすべて観客として、誘うようなまなざしを振りまきながら。決して媚びず、しかし人の目を集めるように。そうすれば道が開けてゆく。

 先程の客、見たことがない顔だったけれど、見すかされているような気がした。
 衣装の襞に隠したお守り、ラムプに触れる。確かに震えている。この会場に居てはいけない気がする。ああ、だけど逃げるわけにはいかない。私は、これから歌うのだから。
 そう。私が、これから歌うのだ。
「初めまして、歌姫」
 柔らかな声が聞こえた。また初めて見る顔だ。藍色の柔らかそうな髪、どこかの名士の息子だろうか。
「絵師を生業にしております、藤春と名乗っております。いつか貴方の絵を、描かせてもらえませんやろか」
「……どんな絵を描かれますの?」
「ただの似顔絵やのうて、貴女の望むまま」
 私の、望むままの姿を、残すというの。
 私の本当の姿を、描くというの?
「それが僕の売りですさかい」
 本当の姿を知られてはいけない。誰にもあのことは明かせない。だけど、だけど。
 怖い、怖い。
「ようやくお会いできました」
 隣の彼は、なんて素直な光を持っているのだろう。きっと近い未来、私と同じ舞台に上がるだろう。素直で、一途で、綺麗な光を既に備えている。
「巴と申します。役者です……駆け出しの」
 そんな彼が、熱に浮かされたような目で見てくるのだ。
「頂いた役を、周囲の期待以上に出し切れているか、わからないんだ」
 知っている。
「貴方はこの不安、どうしてる? どうやって役を自分のものにしているのか……教えて」
 知っている。教えられることなんてない。
 私は、私は舞台に上がるのが怖い。でももう、引き返せない。
「次の舞台も、楽しみにしてますさかい。絵のこと……考えておいてくれますやろか」
「あなたのように、なりたいんだ」
 そんな資格は、私には無い。
 怪しまれるかも知れないけれど、彼らの前にはいられない。真っ直ぐな視線が怖い。
 先生とつくりあげた『紅・ハルカ』を、まだ終わらせたくない。終わらせたくないのに、終わらせた方が楽になるのかも知れないと、思い始めている自分も許せない。
 記者会見まで、この場を離れなければ。お守りが囁きかけてくる。『ここには「敵」がいる』って。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

吉野・嘉月
『奇跡の歌姫』か、また大きく出たもんだ。
まぁ、こう言う宣伝文句は大袈裟なほど目を引くし耳にも止まる。それに実力が伴わなければなかったかのように消えるのみだ。
そう言うスタアは何人も見てきたがさては…。

少しばかり小綺麗な格好はしてみたが流石に俺では身分の高い上品な紳士には見えんだろうから。
それなりの経歴をもつ記者の【演技】をして【コミュ力】駆使しながら【情報収集】だ。
紅・ハルカの情報を集めたら整理しつつ。
インタビューの体で声をかけられたら理想的だね。
『紅・ハルカさんの七色の歌声の秘訣などありましたら教えていただけますか?』

それはラムプの仕業なのかそれとも…



「『奇跡の歌姫』か、また大きく出たもんだ」
 嘉月は芸能新聞の大見出しを眺めながら、ロビーに屯する記者のひとりに軽く声をかけてみる。
「実際のところ、紅・ハルカの私生活なんて、そちらさんみたいな敏腕揃いの新聞なら、とっくに掴んでいるんじゃないか?」
 人の良さそうな嘉月の口調と風体に、相手は警戒もしなかった。ネタ元を洩らすようなこともなかったけれど。
 どうやらハルカが世に出て、まだ一年と経っていないのだ。
「へえ、そんな短期間でスタアになれるものですかね」
 数多のスタアが帝都でしのぎを削る。その間、幾つもの舞台の主演を務めるには日程的にもきつく、体にも相当な負担がかかっているだろうと噂されている。
 それなのに幾つもの舞台を掛け持ちしてでも、彼女は歌い続ける。誰よりも練習熱心で、弱音を吐くこともない。
 舞台と舞台の間を駈けめぐり、舞台の上でのハルカしか誰も知らない。
「……それは、どうも」
 手帳に書き記しつつ、嘉月は首をひねる。
 存在が大きくなればなるほど、人はそのスタアのことを知りたくなるものではないのだろうか?
 誰も興味を持っていないとは、何故なのか。
 誰も知らない方がおかしいと、何故気づかないのか。

 会場の扉が開く気配がした。扉につくホテルのボーイが狼狽している。
 主賓であるはずのハルカがそこにいた。自然、情報に飢えている記者達のカメラが向き、フラッシュが焚かれる。
「……っ!」
 化粧で隠されていても、顔色が悪い。
 この機を逃さぬと雪崩れる記者の勢いは、係員が止めることも難しい。
「七色の歌声の秘訣などありましたら――」
 嘉月の言葉に、ハルカは声なき声で返した。
 そんなものは、無い、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
あまり目立ちたくは無い。
隅の方で暫し、観察を続けよう。

話す機会があれば良いのだが、中々無いだろうね。
一先ずは、文豪としてそこに居座る。
もし、同じように隅にいる者がいれば
その者から話を聞いてみようと思うよ。

嗚呼。失敬、私はこのように人の集まる場が苦手でね。
此処に居る者たちが舞台や歌を愛すると言うのなら
その話題を振ってみよう。

私も心を震わす物は舞台に限らず好ましいと思っている。
しかし、そうだね。あの子、七色の歌声を持つと云われるあの子を
私の作品にも採用したいと思うのだが……。
君は何か知っているかい?

あまり聞きすぎるのも良くないだろう。
怪しまれない程度にしておきたい。



 広い会場を見渡せる片隅で、英はひととおり、人の流れを観察していた。
 揺れる人波は彼女――紅・ハルカが行けば反応する。今をときめく大スタアと近づきになれる機会だ、さぞや人気者なのだろうと思っていたが、彼女が輪を離れる時に引き留める者がいない。まるで一切の興味を失ったかのように。
 却って演出家や脚本家の方が、常に人の中にあるだろう。音楽担当の男は、酒精がまわったのかたいそうご機嫌で、両側に若手のモデルを侍らせていた。
「――ふむ」
 視線を廻らせたなら、同じように傍らに若い女性が立っていた。橙色のグラスを持つのは、彼女が未だ未成年であることを示している。
「君、嗚呼……失敬。このように人の集まる場が苦手でね。君もそうなのかい」
 娘は頬を染めてうなずいた。田舎から帝都に出て来て、スタアを目指す為の訓練所に通っているという娘は、師匠の紹介があってこの場に居るという。だが、大きな会場でどう立ち回ればいいのかわからないと。
「あの子、七色の歌声を持つと云われるあの子を作品に――ああ、これでも作家なんだ。紅・ハルカについて、何か知っていることは?」
 何しろ、どんな暮らしをしているか、まったく想像がつかないんだ。演じる役のように、生活も変えているのだろうか?
 英の問いかけに、娘はくすくすと笑って応える。
「誰も、何も知らないと思いますよ」
 そこがミステリアスで、みんなハルカさんに憧れるんです。
 何処の訓練所に居たのかもわからない。故郷がどこかなんてもっとわからない。最初の選考会は、飛び入りだったって噂はありますけれど。
「そう……か」
 ならばラムプはその頃入手したのか、と。

 会場を見まわせば、幾人かの気配の違う者が動いているのが見えた。彼らは猟兵だ。ハルカの姿が会場に無い。主演であるはずの彼女がいないことに、客人達は気づいてもいない。
「【存在感】を……操る?」
 まあいい、考察はあとからいくらでもできるだろう。
 英もまたさりげなく、場を離れて猟兵の視線の先を追った。
 幕は下りるのか、それとも上がるのか――?
「娯楽の提供が私の仕事。奪う真似は、できればしたくはないものだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

明日知・理
──自業自得だなんて、思わないさ。

_

正装にて凛々しく輝く革靴で歩を進める
周囲には礼儀作法を以って対応

…それにしても
彼女──紅ハルカの顔色が悪いような気がして
……彼女の心は既に限界だと聴いた
影朧の件も解決せねばならない問題だが、純粋に彼女の事が心配だった
彼女が主演として歌った後、タイミングを見計らい声をかける
体調のことに触れて欲しくなさそうであればそれには触れず、先程の歌への心からの賛辞を

…彼女は影朧の力でスタアになったと耳にしたが
けれど少なからず彼女自身の努力もあってこその今の活躍だと俺は思う
だからこそ、心の底からの言葉で
彼女へ敬意を込めて。
_
(基本的に敬語
アドリブ、マスタリング歓迎)



 私は、歌が好き。
 私は、音楽が好き。
 私は、舞台が好き。
 でも、好きだけではこの世界で生きていけない。
「…………さん」
 どうしてこんな風になってしまったのだろう。田舎の酒場で、酔客相手に歌っていればよかった。こんなに怖い思いをしてまで、どうして舞台に立ち続けるの。
「……さん」
 先生、ねえ、せんせい。私、どこで間違ったの。私、先生の言うとおりにしたわ。帝都に出て、先生の言うとおりに練習した。先生の言うとおりに選考会に飛び込んだ。先生の言うとおりにして、金持に取り入った。なにもかも先生が正しかった。
 なんの取り柄も無い私が、帝都でスタアになれたんだ。先生は、せんせいは――。
「ハルカさん」

 控え室の隅、蹲るようにしていたハルカが反応したのは、何度声をかけた時か。
 理はまっすぐにハルカを見た。彼女は、泣いていた。会場で見た堂々とした振る舞いが嘘のように、震えて怯えていた。手には小さな何かを持っている。
「……気分が悪いのですか。誰か呼びましょうか」
「呼ばないで!」
 悲鳴だった。頑是無い子供が癇癪を起こしたような、きつい悲鳴だった。
「あなたもなんでしょう? 私に先生がいるから、皆を欺しているって……そう言いたいんでしょう?」
「違います」
 理の声はあくまで柔らかい。
「違います。ハルカさんが心配で」
「私が居なくなれば、すぐに誰かが私になるわ。スタアなんて替えが効くのよ」
「代わりは、いません」
 ハルカが顔を上げた。化粧は溶けてしまったけれど、不思議と会場に居た時より美しかった。
「心が悲鳴を上げているのでしょう。俺は、あなたを助けたい。一人で戦うあなたの力になりたい」
 蹲ったままのハルカは、声をかけてくる見知らぬ青年を見上げる。真っ直ぐな言葉が、心を震わせたのだ。
「同じように思う人たちと、俺はここに来ています。その手の中にあるものは、悪い物です。心を蝕み、貴女の努力も才能も食い潰してしまう」
 大きくしゃくり上げた細い肩。
 ハルカの手の中から、ラムプがころりと転げ落ちる。スカートの花畑を転がって――
 
 轟々と黒い炎を吹き上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『謎の人物』

POW   :    Thousand succored 
戦闘力のない、レベル×1体の【無名の援助者 】を召喚する。応援や助言、技能「【盗み】」を使った支援をしてくれる。
SPD   :    I am There
【事件の小道具や被害者 】と共に、同じ世界にいる任意の味方の元に出現(テレポート)する。
WIZ   :    Twin
【もうひとりの自分 】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。

イラスト:らぬき

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠寧宮・澪です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 歌うことは好きだった。
 歌は全てを忘れさせてくれる。片田舎の貧しい労働者の家に生まれて、幼い頃から働いてきた私に唯一与えられた自由が歌だった。
 朝から晩まで働いて、だけど働きながらでも歌は歌えた。酒場の床にモップを掛けながら、宿屋のシーツを洗濯しながら、商家の子守をしながら、歌はいつでも私を支えてくれた。
 そんな私に、先生が言ったのだ。
『大きな舞台で歌いたくはないか』
 ああ、なんて魅力的だ。だけど、私にそんな力はない。ただの歌が好きなだけの素人だから。
『ならば、歌えるほどの力をつければいい』
 力がついたとして、帝都には数多のスタアが輝いている。こんな田舎者が一人出て行ったとして、誰が振り向いてくれるだろう。
『ならば、支援者をつけよう。多くの著名人が君を支えるだろう』
 だけど、私にそんな度胸はない。身が竦んでしまう。
『好きなだけ歌えばいい。歌うだけでいい』
 素敵……素敵ね、そうなれたらとても素敵。
 雑誌で見たスタアのように、大きな劇場で喝采を受けるの。
「どんな努力でもするわ。だけど先生、私は、こんな私を誰にも知られたくないの」
「すべて心得た。私の『主』よ」

 パーティ会場の奥側、関係者の控え室。
 ハルカの手から零れた籠絡ラムプから、まるで童話のように現れたのは一人の男だった。
「私は『主』の希望を叶えただけ」
 練習の場を与えた。
 支援者を集めた。
 集めた支援者から資金を集めた。知名度を上げる記事を書かせた。
「それだけだ」
 ハルカはそれ以上を望まなかった。そうしてスタアとなって、今、ここに居る。
 影朧の男はハルカを見て、嗤う。
 人の心の、なんと脆くも揺れやすいことか、と。
吉野・嘉月
【指定UC】発動。

努力が本物だというのなら。
そしてその結果舞台に立ち続けているなら。
もっと得るものがあって良いはずだ。
称賛はもちろん誰かからの興味もそして妬みも。
彼女がそれ以上を望まなかったから与えなかったなるほどそれはもっともだ。
だが、真に彼女を思う人が現れたならそんな青い顔で舞台に立つこともないし。真に信頼出来る誰かがいれば安心して舞台に立てるかもしれない。

望むもの以外を手に入れないから自信もつかない。
ただただ不安しかなければいつか潰れてしまう。

それしか与えないと言うのならば。
倒さねばなるまい…アンタを。
俺のただのエゴだがね。

(影朧の気を引き隙を作る。影朧とハルカの心の距離をつくる)


榎本・英
嗚呼。そうだね。
君はあくまでも彼女を手伝っただけなのだろう。
しかし、それは正しい手の貸し方だったのだろうか。

身が竦む、自分を売り込む勇気がない。
それでは上を目指せないだろうに。
スタアの世界ならば、誰かを蹴落として自分を売り込まなければ
そうだね、人気者にはなれないだろうね。
私もそんなスタアたちを見てきたよ。

こんな力に頼らずとも、他にも誰かいただろうに。
さて、手を貸した君。
人の心は脆く揺れやすい、それには同意をしよう。

しかし、それだけでは駄目なのだよ。
影身か、ならば著書の獣は本体に差し向けよう。
戦う事は得意ではないからね、任せたよ。
隠れる場所があれば壁にでもしようか。


飛鳥井・藤彦
一人の女の望みを叶える為の手助け。
果たしてその対価は如何程やろなぁ?
タダより高いもんはあらしまへん。
ヒトの夢を食いもんにして、其方こそタダで済むとは思わんといてな?

仲間を呼ぼうが、転移しようが、2人に増えようが関係あらへん。
何が起きようと笑みは崩さず、慌てることなく、荒らげることもなく。
ひらりひらりと舞うように相手の攻撃を見切って躱し、袖から零すのは幾枚もの呪符。
その呪符が鳥、鳥から藤花へと姿を変える。

「ぜーんぶ纏めて藤の毒に呑まれて沈みなはれ」

好きなもんを他人に利用されて、滅茶苦茶にされるなんてほんま胸糞悪い話やで。
吊るされ八つ裂きにされて燃やされんだけ感謝したってな?



●ゆれる
 桜舞うこの世界。
 帝都には数多のスタアが競って輝いている。ある者は姿形の美しさ、ある者は類い希な歌声、ある者は迫真の演技。煌々と光る舞台の上で、複雑なステップを踏み軽やかに飛ぶ。
 その影で、人知れず足掻いている姿など、決して見せることなく。
「だったら、どうすればよかったの」
 スタアを夢見るだけでよかった。
 夢見るだけで幸せだった。
「こんな筈じゃ、なかったのに」
 怖い、苦しい、辛い。欺すつもりなど無かった。
 どうして、私はスタアになったのだろう。
 どうして、私はスタアになれたのだろう。

「ハルカ君。君は勘違いをしているのではないかな」
 嘉月は溜息交じりに、一応は場に合わせてめかし込み撫でつけた自分の髪に手をやる。ぐしゃりと掴んでは指に絡める、そうして答えを導き出す。
「君は自分を実力以上に見せようとはしなかったのだろう。つまり……君の努力と歌に、偽りはない」
 ゆらゆらと揺れる黒い人影、影朧の『先生』に願ったなら、誰よりも高みに上り詰めることもできたはずなのに、それを望まなかった。
「それに、ここに集まったファンの面々――彼らが全員が全員、影朧に欺されているわけでもないだろう。自分の目で見て、歌を聴いて、支援すると決めた者も多い筈だ」
 諭すような嘉月の言葉が静かに響く。
 異形の影を挟んで、猟兵と娘が向かい合う。
 長くたっぷりした布のドレスに埋もれるように、坐りこんだハルカの肩がぴくりと動いた。大きく開いた襟元から見える、首筋は折れそうなほどに細い。
 影朧の力に頼り切って、甘い言葉を囁かれるままに従ってきた。従っていれば全てが恐ろしいほど上手くいった。そうして、恐ろしくなった。後戻りも、引き返すこともできなくなった。
「スタアの世界は華やかだけれど、華やかなだけではないことは、知っているね」
 どこからか筆を取り出し、手にした英は影朧を横目に目を細める。
「栄光と凋落が紙一重。時には誰かを蹴落としてでも、自分を売り込まなければね。清濁併せ呑むことも必要だ――私もそんなスタアたちを見てきたよ」
 身が竦む、自分を売り込む勇気がない。自分から売り込みに行く当てもなく、途方に暮れてしまう。
 影朧の言うとおりにしたなら、それだけでスタアの道が開かれていったとても。他のスタアの卵達は文字どおり、心と身を削る思いで懸命に努力しているのだ。今、この場でも。
「こんな力に頼らずとも、他にも誰かいただろうに」
 誰も己を知らぬ土地だからこそ、何も無い所から何かを築く必要があった。友人であれ、仲間であれ、そうして築いたものを心の拠り所にしていたなら、思い悩むこともなかったのだ。
「間違えてしまったのは、それだよ」

「いやあ、おふたかたはお優しい」
 笑みを含んだ藤彦の声は、甘い毒で柔らかくとろけるようだ。
「ひとが心から好きなもんを、いいように利用されて滅茶苦茶にされるなんて。ほんま胸糞悪い話やで」
 寛容にはなれないのだ――そこに立つ、影朧に。
「一人の女の望みを叶える為の手助け、それだけではありませんやろ。あんたはん、兵器やもんなあ」
「……兵器?」
 ハルカが顔を上げた。呆然として目を瞠る。
 影朧の男、『先生』は黒々とした目と口もとに弧を描いた。
 藤彦がひとふりした袖から、幾枚かの符がひらひらと舞い散った。この部屋に風の入るような窓は無い。明らかに超常の力が働いていることを、改めてハルカは思い知る。
 影朧のことなら桜學府が動いている。ユーベルコヲド使いが来ているならば、これは罪として裁かれることなのだ。
 罪悪感で張りつめていたハルカの心に、現実を受け入れる余裕などない。
 悲鳴に似た叫び声が上がる。
「静かにしとぉき」
 藤彦は人差し指をそっと唇にあてる。

「八つに裂いて燃やしてしまおか、それとも」
 ひらりひらりと舞うように、藤彦の繰る呪符が天井近く鳥となり、淡く滲む藤花の花弁と化し纏わりつく寸前、『先生』はにやりと笑い分身を作った。一人はそのまま藤彦に襲いかかり、一人はハルカに――。
「残念だが、見えているよ」
 嘉月がその間に割って入る。この場で一人だけ力を持たぬ娘を人質にすることなど、最初から読めていた。ハルカを背に庇うようにして、影朧を見返した。
「彼女が望まなくても、倒さねばなるまい……アンタを」
「『くちはなし、と云うだろう』」
 英が唱え宙に筆を走らせたなら、じわりと筆先から迸る情念が影朧を縛る。『先生』の端正な容貌が醜く歪む。
「人の心は脆く揺れやすい、それには同意をしよう」
 だからといって、脆く揺れる心を弄んで、餌になるのを見過ごすことはできないのだよ。
 若い才能を、壊してしまうこともね。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

氏家・禄郎
ネリー(f23814)と

ああ、やはり
魂をラムプにくべていたか

君がハルカ君と共に逃走する可能性は分かっていた
だから僕達は「それを待っていればよかった」

【闇に紛れ】『嗜み』にて君を転倒させよう
奇襲攻撃というやつだね
君のことだ「『主』の希望を叶えただけ」というだろう
だけど、その報酬については言葉にしなかった
明るい灯火だけを照らし、迷える少女を誘った
人の心に救う甘い闇を燃やした代償は重いと思え

さて、ハルカ君
ここから先は君の選択肢だ
ラムプの火を頼りに前に進むか、それとも自分の足で前に進むか
靴を履き替えるときがきたんだよ
君は君の道を行くがいい、それでも付いて来る人は必ずいる。

……ネリー、いまだ!


ミネルバ・レストー
禄郎(f22632)と

何が「それだけ」よ、いつかはハルカさんを裡から食い潰すくせに
もしもあなたにそのつもりがないなら、余計にタチが悪いわ
そんな末路は許さないとばかりに、禄郎と二人で挑みましょう

まずはわたし一人が身を晒せば、意識はこちらに向くわよね
その隙に禄郎の奇襲があなたを襲うでしょう
いいわ、お説教しながら押さえていて頂戴
合図を受けたら【探偵屋】の一撃、見せてあげる

……脚を撃ち抜いて「部位破壊」まですれば、
これ以上は逃げようがないわよね?

ねえ、ハルカさん
小娘の戯言と思って聞き流してもいいけど
頼りにする男は選んだ方がいいわ
わたしはとっても運が良かったけど、今のあなたは見てらんない
苦しいでしょ?



●まどう
 そう広くない部屋を支配するのは、影朧のたてる不快な声と、蹲り震える娘のすすり泣く声。ドアの向こう側ではそろそろ、パーティがお開きとなる頃。このあとの記者会見が、ハルカのこの先を決めるのだろう。
 怖かろう、悲しかろう――さぞ、辛かろう。ミネルバはきっと前を向き、影朧の前に身を晒した。
「何が『それだけ』よ。ハルカさんを裡から食い潰したら、次は何? 劇場に集まる人たちの魂も喰らうんでしょ」
 藤花の呪符と情念に縛られた影朧は、ぎちぎちと歯ぎしりしながらそれでも応える。
「私は『主』の望むままに」
「最っっっ低。全部ハルカさんに押しつけるつもりじゃない」
 また一歩、怒りにまかせてミネルバは足を進める。影朧が手を伸ばせば触れるほど近くに。黒々とした洞のような目がミネルバに向く。
「代償が無いなら、ラムプは規制されなかったかも知れない」
 ゆらり、とさりげなく禄郎が近づく。と見れば、ついと死角に廻り腹に拳を叩きこんだ。次いで全身の力を乗せた肘打ちが、影朧の体をくの字に折った。
 ひっ、とハルカの息を呑む気配。これでもまだ、『先生』を頼っているのだ。
「……ネリー、いまだ!」
 禄郎が呼べば、ミネルバは既に銃を構えている。
 小さな手には少し余る拳銃は、連続して三回爆ぜる音を響かせた。影朧の両膝と肩に命中、壁に三つの穴が開く。
 ずるりと影朧は床を這った。
「ハルカ……私の金糸雀、私の――」
「ねえ、ハルカさん」
 戯れ言と、ミネルバは断じる。
「頼りにする男は選んだ方がいいわ。今のあなたは見てらんない……だって、苦しいでしょ?」
 硝煙を上げる銃をおろして、振り向かずに言う。
 見なくても分かるのだ。『先生』への想いは理屈ではない。この一瞬では断ち切れないこと。歌の仕事を続けようと辞めようと、『先生』は彼女にとって夢を叶えた恩人であること。
 分かる気がする。ミネルバは誰にも見えないように、唇を引き結ぶ。
「さあ、ここから先は君の選択肢だ」
 ハルカの背を支えた禄郎が言った。猟兵の仕事は人を害する影朧の排除であり、影朧兵器の被害者であるハルカは罪に問われないこと。裁くのはハルカ自身の心だと。
「靴を履き替えるときがきたんだよ。ラムプの炎で照らされた道か、自分で選び出した道か」
 進む方向は自分で決められる。
 その時はもうすぐそこに、きているのだと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

明日知・理
(アドリブ、マスタリング歓迎)
NG:味方を攻撃する
_

現れた影朧たる男の語った言葉に、怒りも反感もない。
それが彼の存在意義であり、信念であるのだろうと思ったからだ。
笑いもしない。侮蔑等以ての外。
…ただ、見過ごせない。

▼戦闘
紅ハルカを最優先に庇う。

…俺たちは猟兵だ。
そして、彼女を助ける為に来た。
けれど、この目の前の影朧は、彼女の夢を支え叶えた『先生』で。
彼女の──大事な人であるだろうと思ったから、
この男を喰いちぎる様なマネはしたくない。

己の中のUDCを抑え込み、刃を抜く。
…この影朧が少しでも苦しまぬよう、せめて。

_
(──泣かせるなよ。
お前が力を貸した、大事な娘だろう。)


五条・巴
君が努力して得た今の結果を誇ればいいじゃないか

ラムプから出てきた男の言葉を聞いて、
彼は彼女にきっかけを与えただけだ
少なくとも僕はそう思ったよ

自分だけの力で舞台に上がったとは言えないから、そんなに怯えるの?

運も実力のうち、だよ。
君が大きな舞台に立てたことも。
これからラムプが壊されるのも。

そしてこれから、また君の実力と運で、
立ち上がらないといけないんだよ。
君にはもうファンがいる。
君を見に来てくれるファンに、応えないといけない。
その意識だけ、忘れないで。

ねえ、ランプの君。
僕は君のこと、悪く思ってはいないけれど
倒さなければならない。

彼女のこれからの花道のために、ご退場願おう。



●そうして彼女は、
 他の世界のそれと違うのは、この世界の影朧と呼ばれるものたちを、人が輪廻の輪に戻ることを許していることだろう。揺らぎ、惑い、苦しみの果てに影朧と成り果てる身の上に、人間もまた影朧に生まれ変わるかも知れないと思っているのか。
 ハルカが『先生』と慕う影朧は、蝕まれ、戒められ、脚を砕かれて床に這う。それでも視線はハルカに注がれている。震え、怯えていてもハルカの視線は影朧に注がれている。
 だが、終わる時が来たのだ。理はハルカの肩にそっと触れる。触れてよいものか一瞬戸惑うが、支えなければ今にも頽れてしまいそうに思えたからだ。
「……見過ごせない」
 ラムプに囚われていた間、影朧は何を思ったろう。非人道的兵器、それはどちらの意味か。
 出逢いは偶然かも知れない。しかし、願いを持つ者と、叶える力を持つ者が出逢ったなら。影朧の存在意義が目の前の娘となっても、不思議ではないと理は思う。意識の奥底で、宿したUDCが唸る声が聞こえる。抑えなければ、食らい付く。
「きっかけをもらっただけって、僕は思ったよ」
 巴が宙をなぞれば、きらきらと星のように輝く光が周囲に浮かび上がる。
 スタアとは星を意味する。誰もが夜空を見上げ、様々な思いを馳せる星だ。どんな星にも名前があり、星々を繋げば物語がある。人々も星も、どこか似ている。
「自分だけの力で舞台に上がったとは言えないから、そんなに怯えるの?」
 宙に浮かぶ星々は、影朧の周囲に流れていく。
 ハルカは涙をためた黒い瞳をしばたたかせた。
「……ぜんぶ、先生のいうとおりにしたの」
「うん」
「せんせいのいうとおりにしたら、スタアになれたの」
「うん」
「大きな舞台で、私だけを照らすライトを浴びて、好きな歌を歌っただけ」
 巴が操る星の明滅が激しくなる。
 理が刃を抜く。
「私は、ひとりになるのね」
「君にはもうファンがいる。応えないといけない」
「俺たちは、ハルカを助ける為に来た」
 星が彗星の如く尾を引き流れ、矢となって影朧を貫く。同時に理が床を蹴り、刃が光の尾を引いて一閃する。一瞬の間だった。
 苦しませたくないと、巴も理も思っていた。
 一人の娘をスタアにした、一人の影朧の命を無為としたくなかった。
 この世界では巡り廻って、影朧が人のいのちを得るという。ならば彼も、また、いつの日か。

 ハルカの手の中で、色あせたラムプが静かに罅割れる。
 さらさらと砂と化し、指の間をこぼれ落ちて、消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『籠絡ラムプの後始末』

POW   :    本物のユベルコヲド使いの矜持を見せつけ、目指すべき正しい道を力強く指し示す

SPD   :    事件の関係者や目撃者、残された証拠品などを上手く利用して、相応しい罰を与える(与えなくても良い)

WIZ   :    偽ユーベルコヲド使いを説得したり、問題を解決するなどして、同じ過ちを繰り返さないように教育する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ざわめきが聞こえてくる。会食が終わり、記者会見の準備がされているのだ。
 会食途中で退席した主役――ハルカのことは、複数の猟兵がゲストとして現れたことで一切不問とされた。却って猟兵すら魅了する歌声を持つとして、評判はまた上がるのだろう。
 幕はもうすぐ上がる。
 化粧は涙で溶け落ち、子供のように泣きはらした目は真っ赤だ。肩で巻かれた髪も乱したまま、ハルカはずっと床に坐りこんでいた。
 スタアの道へ導き、周囲の目から守ってくれていた影朧、『先生』はもういない。この先は全て己の身で受けとめなければならない。今までのように賞賛ばかりではない。嫉妬や羨望、身に覚えのない恨みすら彼女を刺すだろう。
 全て捨てて故郷に帰る選択肢もある。彼女の正体を知る者はまだ、この帝都にいないのだ。ただの歌が好きなだけの娘にだって、今ならば戻れる。
 悩む時間はもう、残されていない。
吉野・嘉月
【落ち着き】をもって話をしよう。
さて、もう分かってるとは思うけれどこれからのことは全部自分で決めなきゃいけない。
これからは向けられなかった恨みや妬み。
訪れなかった失敗や挫折が訪れるかもしれない。
それが嫌なら怖いなら歌が好きな村娘に戻る選択もできる。
けれど好きな歌で羨望や誰かからの信頼を得ることもできる。
すべては君次第。

君は努力は嫌わない人だ。
それは大きな長所だと俺は思う。
そんな君の姿に本当の意味で支えてくれるひともあらわれるかもしれない。
「かもしれない」だらけだがね。
一つだけ言えるのは君がどこで歌を歌いたいかだ。
歌うだけならどこでも歌えるからね。



 ドアの外から誰かが呼ぶ声が聞こえる。
 ハルカの細い肩がびくりと震えた。
「怖いのか」
 沁みるような声で、嘉月が問う。低く、穏やかに。喪失感に立ち上がれぬ娘をいたわるように。
 彼女自身、身を以て分かっていることだが、今一度、言葉にしなければならないことがある。
「これからのことは全部、自分で決めなきゃいけない」
 守ってくれた『先生』はもういない。
 路を開いてくれた『先生』は、もういないのだ。
 様々な好奇の目が、これからのハルカには向けられるだろう。舞台で成功しても賞賛とともに辛辣な批評が届くかも知れない。選考会での挫折や、他のスタアからの妨害、蹴落としあい。
 どんな職業についても、普通に訪れる他者からの感情をそのまま受けることになる。
「すべては君次第だ」
 嘉月の言葉に、ハルカは俯いて瞑目した。
「……わかってる」
 たった一年に満たぬ間に、トップにまで上り詰め名を馳せた。『先生』に言われるがままに進んできた結果だ。誰からも恨まれず、嫉まれず、ただ賞賛だけで築いた地位だということは。
「だが、君は努力は嫌わない人だ。それは大きな長所だと俺は思う」
「狡いって、言わないの」
「言わない。ファンの心を動かしたのは、君が努力して身につけた歌だ」
 この先歌い続けるならば、本当の意味でハルカを支える者が現れるかも知れない。実際、既に得ているのかも知れない。ドアの向こう側で待つ、舞台関係者や支援者たち。ハルカの歌に心動かされたからこそ、彼女と歌いたいと願ったのだ。
「君はどこで歌いたい?」
「どこで……」
「歌うだけなら、どこででも歌えるからね」
 帝都の大舞台でも、街角の劇場でも、故郷の空の下でも。
「どこででも、歌える。私、歌っても……いいの」
 自分自身に問いかけるような、小さな声。
 嘉月はその言葉を聞いて、背を向ける。決断を後押しするように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氏家・禄郎
ネリー(f23814)と共に

一人になったね
君を憐れみも羨みもしない
ランプの灯火で導いたのは確かに先生で、魂をくべたのは君自身なのだから
もう一度言うけれど、靴を履き替える時が来たんだ

エスコートされるためにヒールの高い靴から
自分の人生を歩むための靴へ
それはヒールが高いかもしれない
それは歩きやすいものかもしれない
けれど、決して君は後悔しないと思う
これから歩き出す一歩は君自身が選んだ一歩なのだから

……実はね、僕も一歩踏み出した人間なのさ
で、こうして小さくとも素晴らしい伴侶がいる
どんな靴であれ、踏み出すのは悪くないものさ

なあ、ネリー?

……って
(痛みに顔をしかめつつ、恋人の手を握る)


ミネルバ・レストー
禄郎(f22632)と

そうやっていつまで座りこんでるつもりかしら?
責めるような口調にならないように気をつけて、淡々と言うわ
あなた、スタアでしょう? なら、舞台に上がったら演じきらなきゃ
それこそ『先生』に顔向けできないわよ

まあ、一度上がった舞台を降りるっていう選択肢もあるけど
あなたはまだ、ここにいるってことだけは忘れないで
せっかく新しい靴を用意したんだもの、また歩き出さなきゃ

……遺されるのは、さみしいし不安でしょ
でもね、生きてる限りはどうにでもなるものよ――ねえ、禄郎?
小さいは余計よ、って手の甲をつねってから手をつないで

一方的に守られるだけじゃない
助け合って生きていける人に、逢えるといいわね



「いつまで座りこんでるつもりかしら?」
 揶揄うでもなく、ミネルバが座り込んだままのハルカと視線の高さを合わせた。つまり、その正面に揃えた膝をついたのだ。手には小さな化粧箱がある。控え室の鏡台から勝手に拝借した。
 舞台に立つには化粧が流れてしまった。だけどこれからの事を考えたなら、派手な舞台化粧は今の彼女に相応しくない。薄く白粉をはたき淡い桃の紅を頬に、睫はそのままに、目尻に星がきらめく空色を乗せる。
「あなた、スタアでしょう? 舞台に上がったら演じきらなきゃ」
 紅筆で唇にさすのは艶やかな紅。赤い唇は、娘に勇気を与える。
 鏡で見せて、白い指先が魔法のように髪を整えていく。乱れた巻き髪は柔らかな波へと変わる。
「せっかく新しい靴を用意したんだもの、また歩き出さなきゃ」
 ミネルバは小さく微笑んで見せた。
「靴を履き替える時が来たんだ」
 傍で禄郎もまた、ハルカがスタアに整えられていくところを見守っている。
「歩く道は無数にある。自分の人生を歩むための靴を」
 背伸びするほど踵の高い靴は、誰かにエスコートされるための靴。一人で歩くには脚が痛むだろうが、履きこなした時は、誰にも見えない高みからの景色が見える。
 歩きやすい踵の低い靴ならば、少々の悪路でも着実に歩けるだろう。石につまずくこともあるかも知れないが、つまずいた石を蹴飛ばすことだってできる。
「君自身が、君自身で選ぶ最初の一歩だ」
 禄郎の手にひかれて、ハルカは立ち上がった。
 瞳はまだ揺れている。決めあぐねているのだ。あとどれほど悩む時間も無いというのに。
「ハルカさん、あなたはまだ、ここにいるってことだけは忘れないで」
 立ち上がったなら、ミネルバの目線はハルカより少し低い。
「舞台を降りる選択肢だってあるわ。でも、あなたは今、まだ、ここにいるの」
「どんな道でも、決して君は後悔しないと思う」
 ミネルバの言葉に勇気をもらい、禄郎の言葉に背を押される。
 ハルカは深く息を吸って吐く。目を閉じて、何度も。
 そうして――一瞬だった。履いていたサテンの踵の高い靴を脱ぎ、部屋の隅に放り投げた。そうして一歩を踏みだす。ドレスの裾から、裸足の爪先が見え隠れする。
 ふり返って、鮮やかな紅の唇が、弧を描いた。

「生きてる限りはどうにでもなるものよ――ねえ、禄郎?」
「……僕も一歩踏み出した側の人間だからね」
 ミネルバの囁きに、わかるよ、と禄郎もまた囁く。
「どんな靴であれ、踏み出すのは悪くないものさ」
 二人の手が、そっと重なった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

明日知・理
(アドリブ、マスタリング歓迎)

_

──どうしたい、と訊くのは残酷だと理解している…つもりだ

影朧を骸の海へ還す。俺たち猟兵の使命で
そこに悔いはない
抱いてはならない

でも、その影朧は確かに彼女の『先生』だった

彼女の背を支え、彼女を護り、彼女を導いてきた、恩師だった

彼女から『先生』を奪った。世界のためだとか、彼女のためだとか、そんなことを言いながら

…きっと、許されない。
許されてはならない。

(「──…」)

…彼女の前で膝をつく。

「…俺は、貴方の意思に従います」

ただの娘に戻るか。
それとも──スタアになるか。

出来得る限りのことをしたい。
彼女が前を向いて、彼女の望む道へ歩いて行けるよう。
──俺にできる、精一杯を。



 会見場と控え室を隔てるドアの前。
 外でハルカを呼ぶ声が聞こえる。
「――どうしたい、と訊こうと思っていた」
 理はドアの前に立つハルカを見て、小さく言った。
 影朧を、彼女の『先生』を亡ぼしたことに悔いはない。この世界での猟兵の仕事であり、影朧は世界そのものを端から食っていく。彼女は現に、影朧のために道を踏み外しかけていた。
 ああ……どこまでいっても、ひとがひとを救うなど一言では片付けられない。理は思う。
 世界のため。
 彼女のため。
 人々のため。
 どう言葉を弄しても、彼女から『先生』を奪った事実は覆せない。影朧であっても恩師であり、導いた恩人である『先生』を、猟兵として奪ったのだという思いが、消せない。
 言葉を切った理を見上げ、ハルカは目を細めた。まだ目のふちが赤い。
「お願いしたいことがあるの」
 その目の奥に、ひとつの決意が見える。たった数分の間で変わった世界で、迷い悩み泣いて泣いて出した答えがある。
 彼女はきっと、猟兵を許すだろう。
 だが、理は己を許せるか。許される己を、許せるのか。

 高貴の娘に傅く騎士のように、理は膝をつき頭を垂れた。
「俺は、貴方の意思に従います」
 ありがとう、と微笑んで。ハルカは扉を開けた――。

 桜舞う帝都では、今日もまた新しい特報が飛び交う。
 なんでも、飛ぶ鳥落とす勢いのスタアがひとり、忽然と姿を消したという。
 話題騒然の新作発表会で、堂々と一曲歌いあげた。満場の観客も、同席の演者や記者達も、感動のあまり涙を流すばかりで写真の一葉も残っていない。
 割れるような拍手と喝采の中、歌いあげたスタアは控え室に入る所までは目撃されている。それきりだった。
 真実は定かではない。華やかなる帝都では毎日めまぐるしく、どこかしらでなにかしらの事件が起こり、新聞や雑誌が騒ぎ立てる。その特報もあっという間に過去になっていく。名前も忘れ去られていく。
 名は忘れられても、人の心にくっきりと刻まれて。
 特報からしばらくの後。
 帝都から遠く遠く離れた小さな町の集会場で、一人の娘が噂になっていた。
 娘はとても歌が上手く、まるで帝都のスタアのようだと。しかしあまりに帝都は遠く遠く、遠すぎて誰も本物のスタアを見たことがない。それほど小さく密やかな町だった。
 娘は集会場で歌を教え始めた。教え方も上手だと、子どもたちは喜んでいるという。
 娯楽の少ない町の人々が、今日もまた彼女に歌をねだる。
「今日はあの歌を歌って、『先生』」と。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月01日


挿絵イラスト