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我ら大勢なるがゆえに

#ダークセイヴァー #辺境伯の紋章

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#辺境伯の紋章


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●灯り
 ……手に握っていたランタンの取っ手を肘にかけなおし、ジャコバンは、自分の胸元をつかんでいる指をおそるおそる開かせていった。
 その指はちっちゃくて、あったかくて、湿っている。
 小さな作りの指を見るたび、「赤んぼうとはみんなこうなんだろうか?」「これが本当に人間に育つのか?」と心配になる。
 ようやく眠りについてくれたちっちゃな娘を抱きかかえなおし、ジャコバンは自分の家に踵を返した。
 夜。
 ダークセイヴァーの夜だ。
 真の闇の中、自分の下げた灯りが照らすほんのわずかの距離を歩く。二歩先は見えない。……見えないはずなのに、わずかに闇が薄い場所が見えた。
 一瞬緊張したが、その正体がわかってジャコバンはほっと安堵の息を吐く。薄闇に向かって歩く。
 薄闇の中には同じ集落に住む男がいて、自分と同じように灯りを提げ、小さな宝物を抱きかかえいた。
 体を左右にゆっくりと揺らしているのは、彼の子供もまた夜泣きが激しいからだろう。こうすると赤んぼうはようやく寝入ってくれるのだ。
 ジャコバンと眼が合って、男は疲れたような笑顔で会釈した。ジャコバンもまた、同じく疲れた笑みを返す。
 相変わらず闇は深く夜は果てしない。だが自分が持つ以外にも灯りがあるおかげで、少し歩きやすくなった気がした。


 ジャコバンの集落は出来て間もない。
 住居は用意され、食料も十分に貯蓄されていたが、長く暮らしていくための畑や井戸などは整備されていない。
 あくまで「間借り」なのだ。少なくとも、乳幼児やその家族が、ふたたび長い距離を旅することが可能になるまでの。
 ジャコバンの家は集落の端の方にある。ここまで自分たちを運んできてくれた馬の世話を、ジャコバンは一手に引き受けているので、荷車もまとめて近くに留めてあった。いつでも旅立てるよう、準備は怠っていない。
 急ごしらえの馬小屋から聞こえるわずかないななきに、不穏な気配がないのを確かめてから、ジャコバンは家の扉をそっと体で押し開ける。
 小奇麗で、まだ自分たちに馴染んでいない家だ。間に合わせの道具や家財はどこかよそよそしかった。だが、今ジャコバンと、彼の家族が雨風をしのぎ食事をとり皆で眠るのはここなのだ。
 中に入ってすぐ、寝台ではなく机に突っ伏して、お気に入りのストールを頭からすっぽりかぶって寝息を立てている妻のカタリナの姿が目に入る。赤んぼうの夜泣きのおかげで目に下に隈ができているが、すうすうと規則的な寝息はとても気持ちよさそうだ。
 妻の寝息に、胸元で眠る娘のぷす、ぷすという可愛らしい寝息が重なって、ジャコバンはすこしおかしくなり……そして、ジャコバンはこの現実に呆然とする。
 妻のカタリナ、娘のエステル。健やかに寝息を立てている。
(「誰が想像できただろう」)
 よろめいて、向かいの椅子に腰を下ろす。
 領主付きの御者として、背後に怯えながら鞭を振るっていたあの頃。支配下にある領民の、腹の中の赤子の性別を賭けるのが趣味だという領主の客人に震え上がり、カタリナの手を引いて闇の中を絶望とともに駆けたあの頃。
 ジャコバンの口は開いたまま、出ていくのは声とも息ともつかぬ何か。
(「あの頃の俺が……まさかこんな未来を迎えるなんて……」)


「そう。ふつうの人間に未来は見えない。闇の中を手探りで行くしかない」
 グリモアベースにある一室で。
 カウチに深々と身を沈み込ませ、疲れたようにローズ・バイアリス(アリスが半分色を塗った薔薇・f02848)は言った。グリモア猟兵には未来が見えるのだ。
「この集落に、『辺境伯』と呼ばれる極めて強力なオブリビオンの軍勢が襲い掛かる。俺の見る限り『皆殺し』だ。俺の予知はそんなものばかりだ。見ていたら気がおかしくなる。……その未来が、変えられるものだと知っていなければ」
 ローズが低い声で語るには。
 集落には城壁のようなものはない。
 簡単な柵を家並の周囲に張り巡らせているが、大型の獣なら一突きで壊せてしまうくらいぜい弱だ。
「この集落には人手も時間も足りていない。だから攻め込まれたらひとたまりもない。その認識を集落の全員が持っている。不安がっている」
 だからオブリビオンの軍勢の槍先が、逃れられぬ絶望が、集落をぐるり取り巻いて押し寄せてきている、と言っても驚かず、すぐに信じることだろう。
「かつて猟兵に救われた人々だ。猟兵がそう言えばすぐに信じるだろう。指示にも従ってくれる筈だ。ジャコバンは絶対に妻と娘を逃がそうとするだろうし、それは集落の皆も同じ」
 かつての自分たちが想像できなかった未来を迎えているように、今回も、何とか命を拾おうとするだろう。
「敵の軍勢は四方から来るが、東の軍勢が他の倍以上になる。どうも、敵軍の勢力と集落の住民の心理状態とは関係があるらしいが……詳しいところまでは見えなかった」
 見える前に全滅した、のだろう。
「敵の軍勢が到達するより先に住民たちを逃がし、軍勢を迎撃してもらいたい。数が多く、また強力な敵と対峙するだろう。充分に気を付けて、」
 身を起こし、「よろしく頼む」とローズは軽く頭を下げた。


コブシ
 OPを読んでくださってありがとうございます。コブシです。
 以下は補足となります。

●フラグメントについて
 第1章【冒険】
 第2章【集団戦】
 第3章【ボス戦】
 の予定です。

●行動の指針のようなもの
・集落の現状はOPでローズが語った通りです。
・集落の構成員は30家族ほどです。どの家にも乳幼児がいます。
・敵は全方位から集団で攻めてきます。
・住民を逃がす方策を立てなければ、第2章において集落は包囲され、全員殺されることでしょう。
・第1章で得た情報をもとに、第2章以後のプレイングを考えるのも可能です。
・第2章から、かなり激しい戦闘になる予定です。

●集落の状況
・東西に走る大きめの道をはさんで、差し向かいに一軒ずつ家が並んでいます。
・集落の出入口にあたる2か所には簡単な門があります。
・集落の周囲には柵が張り巡らされています。
・門も柵も、藪を編んだものです(集落の周辺に加工できるような木がないため)。これだけで何かを押しとどめるのは到底無理でしょう。
・ジャコバンの家は一番東側にあります。

●周辺の地理
【東】
・ジャコバンら集落の住民が以前逃げてきた湿地帯です。湿地帯の先は、今もオブリビオンらが治める地であると予想されます。
【北】
・木々はなく、固い地面が続いています。大岩も多く、人が掘り返したり耕したりするのには相当苦労することでしょう。
【西】
・渇いた地面が続きますが、遠くに山並みが見えています。
【南】
・遠くに森が見えています。

●プレイング受付について
『【一次受付】7/28(火)朝8:30~7/30(木)朝8:30』
 ・この間に届いたプレイングをマスタリングし、プロットを組み立てます。
 ・プレイングは一度すべてお返しします。
 ・その後、「全採用できるか否か」をマスターページやツイッターでご報告します。
『【二次受付】8/1(土)朝8:30~』
 ・上記の内容でも構わないとお思いであれば、プレイングの再送をお願いします。

 いろいろと、お手数だと思いますが、何卒よろしくお願い致します。
 皆様のプレイング、楽しみにお待ちしております!
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第1章 冒険 『辺境伯迎撃準備』

POW   :    襲撃を行うポイントに移動し、攻撃の為の準備を整える

SPD   :    進軍する辺境伯の偵察を行い、事前に可能な限り情報を得る

WIZ   :    進路上の村の村びとなど、戦場に巻き込まれそうな一般人の避難を行う

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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ジャハル・アルムリフ
小さな村、戦えぬ者、赤子
…軍勢には造作もなかろうな

怖がらせてしまうだろう故
声を掛けるのは大人を中心に
幼子は子犬と変わらぬ大きさの仔竜が戯れ警戒を解く
安堵誘う会話が得手な他猟兵らを指し
親切、に見えるよう忠告

一番大事なものだけ抱えて
彼等について行くといい
…少々危険な罠を仕掛けて参る故な
東の道は、くれぐれも使わぬよう願う

準備は東、湿地寄りの
村人があまり近寄らぬだろう一帯へ
短剣を手に、仕掛ける罠は【竜域】の布石
朽葉へ、足場になりそうな石
人間の背では届かぬ高さの枝
触れ、あるいは踏みやすそうな箇所へと
呪詛篭めた血で印を

尖った石、枯枝や縄で
欺くための分かり易い偽の罠も仕掛けておく

…親と子は、共にあるもの故な


ユキ・スノーバー
しろくまの行進で、避難移動に向いてる西と南を優先(北は大岩を利用して防壁等の防衛戦可能なら考慮)して
退路確認(子連れのお母さん達の移動し易さ重視)と情報収集(身を隠したり等が可能な場所等)
他猟兵さんとも情報共有して、可能であれば住人さん達の避難(一時的に留まったりし易い防戦場所等)開始
移動に不都合な人を優先して、おんぶとか荷物持ったりするねっ

移動時は可能な限りしーってジェスチャーで消音(赤ちゃん泣きそうならあやす手伝い)呼びかけとか
周囲の色に似た布を纏ってもらい、敵に目視で発見され難い様にしたり
ちょっとした怪我は簡易的に応急手当っ
見つかりそうなら、逃げる反対側へしろくま達に音を立てて移動させる


セツ・イサリビ
どの世界でも幼子は宝より尊いとされる
何の心配もなく明日を迎えられる世界であってほしいが
ここは特に難しい
俺にできることなどほんの僅かだ

不安に惑う村人があれば声を掛けようか
「心配ない、俺たちはとても強い。策もある」
「怖い目を見るかもしれない。君らは子らを守ることだけを考えて、安心して走るといい。背中は引き受けるよ」
信じて行けば、少しだけ足が早くなり悪路も平気になる
……本当だぞ? 猫もそう言っている
気をつけて、転ばぬようにな

世界はとうに神の手を離れて廻っている
人の子の運命に深い干渉は『してはならない』
だが、生きるための祝福程度なら
生きたいと願う人の子らの祈りを聞く程度なら
「……大目に見てもらうさ」


アルミィ・キングフィッシャー
まずは避難だ。
何、アタシにはこいつがある(小さな鞄を取り出し)。
…この中なら詰め込めばこれくらいの家族は入る、ちょいと居辛いかもしれないが我慢してくれ。中には食料が入ってるから必要なら使っていい。
それ以外は触らないように、妙な呪いの掛かった呪物とかもあるからね。

さて、こうしてアタシが守り続けるのもそれなりに限界がある、外に出て守るのなら西か南の地形に匿いたいが…。アタシが敵ならそこら辺に見張りを置くかね。
もしどちらかの偵察をする奴がいたら手分けして調べてこよう。
見つからないようにする装備も技術もそれなりにはあるからね。

…舐めるなよクソ野郎。
アタシの目が黒い内は下らない企みなんてさせないさ。


灯璃・ファルシュピーゲル
SIRD一員として連携・情報共有

良いお父さんになれたようですね。

挨拶がてら少し寄って情報収集。
敵に希望を持つ者への怨讐的な性質がある可能性も考慮し
集落東側に出産・子供が居る家庭が多くないか調べておきます

同時に指定UCで
大型指向性対人地雷・無線スピーカー複数を作成
地雷とスピーカーを組み合わせて東~中央までの家屋に設置
村人に協力して貰い、子供をあやす音声を自身の無線機材に録音し
無線で地雷から流しておく(罠使い・拠点防御)

設置後は更に指定UCで
高高度長時間滞空型無人偵察機を召喚
北~南方面、特に山並みと南の森を念入りに
探査して敵伏兵の有無・村落の有無を確認し
極力安全な避難経路を調べます

アドリブ絡み歓迎


ニコラス・エスクード
……なんとも、懐かしい名だな
だがいまだ逃避行の最中という訳か
ならば守ってやらねばならんな
そう大言を吐いたのを、この身は確かに覚えている

だが懐かしむ一時すら惜しいだろう
集落に軍勢が来る事を伝えた後、
早々に逃走の準備を行わねばな

集落の者に逃げる当てがあるか聞いてはみるが
あればここに留まるものでもないだろう
逃がすなら東以外だな
森ならば軍勢も撒くのも容易いだろう
南の方角を偵察だな

破軍の獣を呼び出しひとっ走り
道の具合と隠れ場の有無
あとは軍勢を先に見つけられれば僥倖
接敵は避け、情報を持ち帰るのを優先しよう

戻った後は情報を伝え、
荷造りが終わっていないのであれば、
そそくさと手伝おう事としよう


ネリッサ・ハーディ
SIRDのメンバーと共に行動

平穏も束の間、ですか。いずれにせよ、敵が来襲する前に可能な限りの情報を集め、可能な限りの対策を練るしかありません。

UCの夜鬼を召喚し、これを偵察機替わりに東西南北方向の敵軍勢の情報を集めます。敵の規模、装備、移動速度等、そしてどの方向の敵軍が一番手薄かを確認しておきます。恐らく、現状では住民を守りながらの解囲戦、つまり一番敵の手薄な部分を突いて強行突破を仕掛けるしかありませんから。
その為にも村には各種ブービートラップを仕掛けて、遅滞戦術にて時間を稼いで敵の追撃を可能な限り削ぐ様試みます。
後は、SIRDに増援要請を出すしかありませんね…

※アドリブ・他者との絡み歓迎


ミハイル・グレヴィッチ
SIRDの面々と共に行動

いよぅジャコバン、久しぶり。しっかり父親やってるか?
荒事はこっちに任せて、お前さんは子供のおしめでも交換してやれ。

とまぁ言ってみたものの、状況はかなり切迫してるな。
避難経路としては東側はまぁ論外として、逃げるとしたら北か西か。理由としては、馬車等での避難になるから地面が渇いて固くなってる方が都合がいい。南側の森でアンブッシュ掛ける手もあるが、住民連れて行くからには、あまりベターじゃねぇ。ま、この辺りは局長の偵察結果次第だが。

あと前の依頼でレーションやった子供を見つけたら
・・・前の時、報酬貰い過ぎてな。(貰った木彫りの熊を子供に放り投げ)その時の釣りだ。大事に持っとけよ。


リーヴァルディ・カーライル
…久しぶりね。まさか再び逢う事になるとは思わなかったわ

…再会と、生誕をお祝いしたいところだけど、時間が無い

…すぐに集落にいる人間を集めてほしい
貴方達を逃す為に。そして、連中を狩る為に…ね

予知や他の猟兵が情報収集した内容を踏まえ村人達に説明し、
主道の交差点に描いた血の魔法陣に魔力を溜めUCを発動
魔法陣の使い方を実践して説明し、異空間に避難するように促す

…この魔法陣の先は異空間に繋がっているわ
貴方達には戦闘が終わるまでこの先に避難してほしい


…安心して。彼らは皆、異世界の大魔王やら竜帝やら、
今以上の窮地を打破してきた真の英雄達よ

…たかが辺境伯の軍勢に敗れるほど、
彼らが潜ってきた修羅場は柔じゃないわ


クロス・シュバルツ
アドリブ、連携可

集落の防衛……とはいえこの環境では満足に準備する事も難しいですか
彼らの命を守ることが最優先ですが、帰る家も何とか守りきりたいものです
しかし、ご丁寧に全方位から攻めてくるとは、厄介なものが指揮官を務めていそうですね

UC【冥き眷属の召喚】を発動して影の獣を召喚。機動力を重視で鴉を多めに召喚
四方に均等に割り振って、それぞれの方角の偵察を行わせる

最初は敵に見つからないように影に潜ませ、まずは各方角の地形を確認、ついで敵の陣容や進行ルートを把握
他の猟兵達にも情報を共有の上、他の情報もあわせて避難経路の判断

その後も敵がどれくらい接近しているかなど、状況は随時確認の上情報共有を行う


亞東・霧亥
SIRDのメンバーと行動

襲撃に備えて村の周囲に罠を仕掛ける。

【UC】+早業、毒使い、貫通攻撃
84㎥に村人の成人男性を模した人形を出来るだけ作る。
人形は手に武器を持ち、決死の表情で迎撃する姿勢。
これは『人形に攻撃を加えると全身から毒針が射出、敵を串刺しにする仕掛け罠』として作製するため非常に精巧になる。
人形は東門に多めに配置し、そこから等間隔で村を囲む。

「これで、村人が逃げる時間を少しでも稼げれば良いのだが。」

※絡み歓迎


黒柳・朔良
『辺境伯』、彼らにその力を与えている者の正体は何なのだろうか
グリモア猟兵達がここまで数多くの予知を繰り返しているのに、一向にその全容が知れないのは謎が深まるばかりだな
とはいえ、考えても致し方ない
今はただ、依頼に集中しよう

住民たちを逃がす手筈は他の猟兵達がやってくれるだろうから、私は周囲の【偵察】に回ろう
選択UCを発動させ、『存在』をなくし【目立たない】ように【闇に紛れ】て、特に敵の軍勢が多いらしい東側を重点的に見ておこう
【暗視】や【聞き耳】を使い敵を観察、十分に【情報収集】出来たら【逃げ足】で戻る
敵に気づかれた場合(【第六感】)も同様だ
リスクを冒すのなるべく避けるべきだからな



●序
 いろどりに乏しい草むらが続いている。
 たまに低木の茂みが現れるが、それも一瞬のことだ。木陰は続かず、すぐに生気のない開けた地面が広がる。
 そこを、風に飛ばされた枯れ草が塊になって転がっていく……。
 不毛の大地。そんな言葉が黒柳・朔良(「影の一族」の末裔・f27206)の脳裏をよぎる。
 だがここは、ダークセイヴァーにあってはけして『貧しい土地』ではない。
 朔良の身はまさに影のように数少ない木陰に溶け、影の視線で周囲を見渡す。
 まずは、予知にあった集落が見える。
 無防備、と言ってしまっていい。柵や壁のあるなし以前に、地形として起伏が少なく、遮蔽物がないのだ。遠方からでもよく見える。
 やがて来る嵐を待たずとも、ひと吹きで儚く消えてしまう灯のようなもの。
 朔良は考え込む。
 『辺境伯』。
 力あるものが、さらに力を与えられたもの。
(「その『力』を、彼らに与えている者の正体は何なのだろうか」)
 グリモア猟兵達がここまで数多くの予知を繰り返しているのに、一向にその全容が知れないという。
(「謎が深まるばかりだな……とはいえ、考えても致し方ない」)
 朔良は(影は)、すべるように草むらを移動する。
(「今はただ、依頼に集中しよう」)
 目指すは集落の東。
 猟兵たちの幾人かは、偵察を主眼に動いている。
 集落の東へと向かう固い地面には、ところどころ轍が残っていた。
 すでに消えかけたそれを、高みからクロス・シュバルツ(血と昏闇・f04034)の目は捉えている。
 正確には、クロスの召喚した眷属たる影の獣―――無数の鴉が、その黒い眼が、見下ろしているのだ。クロス自身の体は集落のすぐそばから動いていない。
 共有された『眼』でクロスは轍の先を見る。
 かつて集落の住民たちが逃げてきた方角であり、敵の陣容がもっとも厚いと予知された方角だ。地面の色が濃く見えるのは、湿地帯の地面の色だろうか。
 鴉たちは全方位に散って旋回している。
 まだどの方角にも敵影はない。見通しが良いおかげだったが、これは守勢にとって利点ではない。
(「必要なのは集落の防衛……とはいえ、この環境では満足に準備する事も難しいですか……」)
 木材を得る場所が近辺にないのが痛い。
 めぼしい木材は、すでにある家の建材のみ。火矢を射かけられたらひとたまりもないだろう。
(「彼らの命を守ることが最優先ですが、帰る家も何とか守りきりたいものです」)
 敵は全方位から攻めてくるという。数に勝るならそれが常道だ。
 ゆるい風が、微動だにしないままのクロスの本体の頬をなで、銀の髪を揺らした。
 風は東から来ていた。
(「厄介なものが指揮官を務めていそうですね……」)

●先触
 藪を編んだ柵に門。風にあらがって立っているのが不思議なくらい頼りない風情。
 敵兵を寄せ付けぬ鉄柵や堅固な城門を知るニコラス・エスクード(黒獅士・f02286)の目に、それは悲しくなるほど非力に見えた。
 柵の内側には、馬たちを世話するためだろうか、すこし開けた場所が見えた。大型の荷車も並んでいる。
 あの男は、腕の良い御者だった。
 その名を思い出し、ニコラスは誰にも見えない兜の下で微かに口元を緩めた。
 集落に赴くことを選択した猟兵らは堂々と道を行く。こちらから柵の内側が見るからには、あちらからもこちらの姿が丸見えなのだ。住人たちを怯えさせたくはなかった。
 ニコラスは相手側によく見えるよう、己の代名詞とも呼べる盾を掲げて見せた。
 ……反応はすぐに来た。
 がしゃん、と物音を立て、最も手前に建っている家の扉が開く。鳴ったのは扉ではなく、出てきた男が防具としてありあわせに身に着けた金物の類だ。
 急ごしらえの鎧の上に、驚きと安堵と、懐かしさやらなんやらをごちゃまぜにした情けない顔が乗っている。
 ジャコバン。ダークセイヴァーで、絶望とともに荷馬車を駆っていたいた男。
(「…………なんとも、懐かしい名だな」)
 家々の扉が開き、何事かと人々が顔を出す。いまだ逃避行の最中のひとびと。
(「守ってやらねばならんな」)
 そう大言を吐いたのを、ニコラスは確かに覚えていた。
 転がるように駆けてくるジャコバンに、ミハイル・グレヴィッチ(スェールイ・ヴォルク・f04316)は大きく手を振ってやった。
「いよぅジャコバン、久しぶり。しっかり父親やってるか?」
「ああ、ああ……!」
 不安から安堵への急変化で疲労したのか、ジャコバンは息を切らせていた。
「あんたたち、本物なんだな。びっくりした、でも安心した。なんでここに……」
「ジャコバン、まずは中に入ってもらったら?」
 ジャコバンの背後から、小さな何かを抱えた女性がやってくる。……カタリナ。
「そうか、そうだな。……あ、エステルが起きちゃうぞ!」
「あっ……よーしよし、いい子いい子」
 カタリナは赤んぼうをあやすため体を揺らし、小声になっていく。ジャコバンまで意味もなく体を揺らそうとして、身にまとった金物が物音を立てそうになってカタリナに小声で叱られていた。それが微笑ましく、灯璃・ファルシュピーゲルはふっと息をついた。
「良いお父さんになれたようですね」
 こちらも小声で挨拶を交わす。
 ミハイルは、静かにしたくても動くだけで音を立てるジャコバンのがらくた鎧をしみじみ眺める。
「荒事はこっちに任せて、お前さんは子供のおしめでも交換してやれ」
「荒事、って……」
 その言葉にジャコバンは息をのむ。と、背後からの人の気配がした。
「ああ、猟兵の皆さん、お久しぶりです!」
 指導者だった男性と、その妻。アーダムとレオナ。あらためて名乗った夫婦の妻の腕の中には、小さな生き物がいて、じたばたと元気に動いていた。
 リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)の口元が自然とほころぶ。
「……久しぶりね。まさか再び逢う事になるとは思わなかったわ」
「はい。貴方が救ってくれた子も元気でいました。ほら、ご挨拶して」
 彼女が正面に抱き起した赤んぼうは、以前リーヴァルディが見た時よりもずっと人間らしい顔をしていた。きょとんとした表情さえ浮かべて、初めて見る命の恩人を見上げる。
 瞳の色は青。この世界の空にはない色だ。
「……再会と、生誕を、本当なら時間をかけてお祝いしたいところだけど」
 門に近い家々から順に集落の住民が顔をのぞかせ、猟兵らを見つけて幾人かが外に出てくる。リーヴァルディはそれぞれの夫婦に、あえて淡々と切り出す。
「時間が無い。……すぐに集落の人間を、全員集めてほしい。貴方達を逃す為に、そして、連中を狩る為に……ね」

●集落
 住民全員、といっても、集落の中央を走る道の両脇に並んで見まわせるくらいの小さな集まりだ。しかもその構成員の半分が小さな子供なのだ。
 全員の顔をみまわそうとしたジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は、うつむくほど低い位置に視線を据えなければならないことに思わず嘆息した。
 小さな村だ。乳飲み子を抱えた家族ばかりで、戦いたくとも戦いえぬ者と、守られるべき赤子しかいない。
(「……軍勢には造作もなかろうな」)
 灯璃は見覚えのある家族らに、さっそく情報収集を試みている。
「少々お聞きしてもよいでしょうか」
 予知にあった何気ない情報が気になっていた。
(「敵に『希望を持つ者への怨讐的な性質』がある可能性……それならば、集落東側に出産・子供が居る家庭が多くなるはず」)
 ニコラスは、家の中に誘ってくれたカタリナに礼を述べつつ、彼女に聞こえないようにジャコバンに尋ねた。
「もしもの話だが。ここから逃げる当てがあるか」
「逃げっ……!?」
 大声で聞き返しそうになって、しかしジャコバンは口をつぐむ。彼の大切な娘以外にもたくさんの赤んぼうがいる。大きな騒音を響かせるものではない。
 その様子でニコラスは答えを得ていた。
「あれば、ここに留まるものでもなかったな……」
 無言でジャコバンは頷いた。
 とりあえず雨風がしのげて、飲食物の備蓄もある。そこからあえて動くとなると、よほどの危機か、よほどの希望がないと難しい。
「平穏も束の間、でしたか」
 住民たちは、ネリッサ・ハーディ(クローク・アンド・ダガー・f03206)らの姿を見て、来訪者が猟兵たちだと一度は安堵したものの、語られる内容に次第に表情を曇らせていく。
 その顔が歓喜に輝くさまを、ネリッサは一度は確かに目にしたのだ。歓喜を再度取り戻す。そのためには。
(「敵が来襲する前に可能な限りの情報を集め、可能な限りの対策を練るしかありません」)
 今回もまた、破局が訪れる前だ。猟兵たちに出来ることは多いはずだった。

●偵察

 東。
 固い大地がゆるみはじめる。
 すでに低木は見当たらず、かわりに黒っぽい湿った土に倒木がぽつぽつと転がっている。
 朔良は集落のことは他の猟兵達に任せ、ひたすら東の偵察に専念していた。
 今の朔良には、生あるものに本来あるべき「存在感」が消えている。
 UC『影に潜む暗殺者(アサシン・イン・シャドウ)』。
 もとは、自身の存在を代償に武器の封印を解き、変化させ、殺傷力を増す技だ。その応用としての存在感の消去だった。
 軍勢がもっとも多く集まっているという東。
 ……結果として朔良は、偵察で最も敵と接近することになる。
 地面をなめるほど近くに見、湿地に伏せて進むことしばらく。
 足音が、そして湿地をおおう泥水のゆらぎが、朔良に進軍を報せた。
 ほんのわずか、なんとか視認できるまで顔を上げる。
 白い面布。胸の前で構えた槍。同じ型で押印したように同じ体躯の歩兵の軍勢がそこにいた。
(「さて、どうするか」)
 徒歩の軍勢はまだ遠い。

 南。
 はるかに見えていた森は、近づけば徐々に視界を覆うばかりになる。
 ニコラスはUC『破軍の獣(ジャガーノート)』で召喚した四つ足の獣に騎乗して、森に切れ目がないかと境界に沿って移動していた。
 集落の住民を逃がすなら東以外。森なら軍勢も撒くのも容易いだろう。そう考えたのだ。
 破軍の獣は軽く駆けただけで風を切るようだった。
 南からも敵は来るという。
(「軍勢ならば、獣道のようなものであっても、通り道が要る筈」)
 もしくは隠れる場所がある筈。
 しかしいくら駆けても、目に映るのは鬱蒼として、密に茂った樹木ばかり。すぐに視界は遮られ、先を見渡すことはできない。
(「……おかしい」)
 何度か、森に棲んでいると思われる魔獣の類が飛び出してきたが、盾で払うとひとたまりもない様子で森の奥に逃げ帰っていく。
 ふと、頭上を見上げる。
 目に見えぬはずの存在は、同じ猟兵らが使役するものたちだろうか。
(「破軍の獣で森に突撃すれば、敵と鉢合わせすることもなるか。接敵の危険性は避け、情報を持ち帰るのを優先しよう」)
 ニコラスは集落に戻り、情報を伝えることにした。敵の姿がないことと、それに加えて。
(「この森は人を寄せ付けぬ。あの集落の住民たちが切り開くのは無理の様だ」)
 まして、魔獣たちの棲み処とあっては。
 ニコラスは破軍の獣を集落に向かわせる。未だ荷造りが終わっていないのであれば、微力ながら手伝おうと考えながら。

 北と西、否、それだけではなく。
 全方位。
 集落の周囲、全方位に向け、偵察に遣わされるものたちがいた。
 まず、クロスが召喚した冥き眷属―――鴉たち。
 四方に均等に割り振られた鴉たちは、それぞれの方角で数少ない影のなかに潜み、課せられた役割を果たしている。地形を文字通り鳥瞰し、集落に居るクロス自身は軽く足先で地面に地形図を描いていた。
 そしてネリッサは。
 手足となり、目と耳となる夜鬼を召喚し、全方位を、全方位の敵を探らせている。
 その規模、装備、移動速度。どの方向の敵軍が一番手薄か。

 南の夜鬼はニコラスが一度退いた森の中をあえて行く。
 敵影は、奇妙にも、どこにも通じていない切り株の上にあった。
 さらに、倒木跡の、森に出来たわずかな隙間に。
 いったいどこから来たのか。この場に突然召喚されたかのようだ。

 北。そちらは夜鬼も、クロスの鴉も簡単に敵を見つけることが出来た。
 少人数だ。大岩の影に数人ずつ、白い面布の歩兵が槍を構えて立っている。
 微動だにしない。非人間的で、異様な様子だったが、オブリビオンなら何もおかしくない。
 これらが一斉に襲い掛かってくる……。
 ネリッサは思案する。
(「恐らく、現状では住民を守りながらの解囲戦……敵の一番手薄な部分を突いて、強行突破を仕掛けるしかありませんね」)

●慰撫
 敵が来る。
 そう告げられた瞬間、住民たちの顔から一斉に朗らかさが消え失せた。
 日ごろから恐れていたこととはいえ、それが現実になったことの衝撃は大きい。
 特に大人だ。子供たちはまだ、よくわかっていない。赤んぼうは当然わからない。
 指導者として、一歩前に出て猟兵らの話を聞く男の妻――レオナの腕の中の赤んぼうが、だあだあと小さな手のひらを振っている。
 セツ・イサリビ(Chat noir・f16632)は思わず眼鏡の奥の目を細めた。
 どの世界でも幼子は宝より尊いとされる。
(「できれば何の心配もなく明日を迎えられる世界であればよいが……ここは難しい」)
(「俺に……『神』にできることなどほんの僅かだ」)
 す、と息を吸うしぐさをして。
『皆、落ち着いて聞いてくれないか』
 セツは語り掛ける。不安に惑う住人たちに。
「心配ない、俺たちはとても強い。策もある」
 軽く手を広げて見せる。肩に乗ったちいさな黒猫が落ちそうになって、あわてて首筋にしがみついてくる。子供たちの幾人かの視線は、その子猫を追った。
「怖い目を見るかもしれない。君らは子らを守ることだけを考えて、安心して走るといい。背中は引き受けるさ」
 つられたように大人たちの視線も上がり、上を向いた顔には血の気が戻り始める。
 それもその筈。セツの語り掛けは単なる言葉ではなかった。
 UC『異界神の経典(キヤスメ)』。
 セツの言葉に同意した全ての対象――(それがただの集落の住人であっても!)――に、【創世神のささやかな加護】を与える。もとから持つ力に、活力を付与する。
「信じて行けば、少しだけ足が早くなり悪路も平気になる。……本当だぞ? 猫もそう言っている」
 セツがくるりと背を向けると、黒猫・ポウもくるりとセツの首周りを一周することになって、抗議するように「にゃあ」と鳴く。
 そのさまに、兄妹らしき子供たちがきゃあきゃあと歓声をあげてセツに群がり手を伸ばしてくる。
(「気をつけて、転ばぬように」)
 とうに神の手を離れた世界に生きる人の子らに、心の中でセツは優しく語り掛ける。
 人の子が生きる世界に深い干渉は『してはならない』。
(「だが、生きるための祝福程度なら。生きようと願う人の子の祈りを聞く程度なら」)
「……大目に見てもらうさ」
 なあ、ポウ?と語り掛けられた黒猫は、すでにセツの肩から子供たちの頭上にとんで、さらなる子供たちの歓声の的になっていた。
「そう、だな」
 ジャコバンの復調は意外と早かった。
「まだ逃げる時間はあるんだろ? そうとなれば荷馬車だ! 馬たちをつないで――」
 意気揚々と声をあげたジャコバンは、しかし直後ぱっちりと眼を開いた娘と目が合ってしまう。
 ちいさな娘は小さな手を握りしめ、顔をゆがめ、今まさに大きな声で泣き出そうとして――その眼前に、とつぜん同じくらいちいさくて、白くて、ふわふわの熊がいるのに気づいて、びっくりして泣き声が引っ込んでしまう。
「え!? なんだこいつ?」
「まあ……」
 ジャコバンとカタリナも驚いたが、白熊は無害をアピールするかのようにちいさな白い両手を万歳させる。娘はびっくり眼のまま、手をのばして……これまた小さな白熊のほっぺを掴む。小さな指がふわふわに食い込む。
「あ、それは痛い……」
「エステル! だめよ、はなして」
「大丈夫なんだよっ!」
 娘の暴力にうろたえる両親に、暴力の被害者とおなじくらいちいさくて白くてふわふわしたものがいて、ぶんぶんとアイスピックを振っていた。
 ユキ・スノーバー(しろくま・f06201)だ。
『しろくまたち、皆手伝ってーっ』
 ユキの声に合わせ、可愛らしい白熊たちが次々と現れる。質素な服を身にまとっているのは、集落の住民たちに倣ったのだろう。
 ユキのUC『しろくまの行進(シロクマチームダイシュウゴウ)』でやってきた白熊たちは、戦闘力はないが応援や助言をしてくれるし、なんと医術、失せ物探し、救助活動、それに情報収集もしてくれる。赤んぼうをあやすなんて朝飯前だ!
 気づけば集落にいるすべての赤んぼうは白熊たちを注視していて、きゃらきゃらと笑ったり、白熊の顔にほっぺを摺り寄せたり、嬉し気に叩いたり。むずがっていた子も、ひんひんと情けなくすすり泣いていた子も、みな機嫌よくそれぞれの白熊に相手をしてもらっている。
「……この白熊、欲しい」
 ぼそっと呟くカタリナの目はわりと真剣だった。
「おんぶとか抱っことか、荷物持ったりもできるよっ」
「……そうだ、早く荷造りしなくちゃ」
 ユキの言葉に、カタリナは我に返った。
 逃げると決まれば住民たちの行動は早い。
 荷造りにと家の中に駆け込んでいく大人たちに、すでに言葉を話すくらいの年齢の子供たちは外での待機を命じられていた。
 ジャハルは最初、自分の見目では幼い子供たちを怖がらせてしまうだろうと考えた。
 だから声をかけるのは大人にしようと思ったのだが。
 セツの黒猫、ユキの白熊と、ちいさくて可愛らしいものに触れた子供たちは、ジャハルの見目という心理的ハードルを軽々飛び越え、ジャハルの連れた仔竜のまわりに駆け寄ってくる。
「これ、何? とかげ?」
 さすがに触るのは怖いのか、指をさして聞いてくる。
「これは竜だ」
「竜! 小さいのに?」
「まだ子供だからな」
「子供じゃしょうがないなー!」
 自分もまた小さいくせに、いっぱしの口を利く目の前の存在に、ジャハルは口元は自然と緩む。慰撫を得手とする猟兵らを指さして……(あのようなUCがあるとは恐れ入った!)……ゆっくりと子供らに説く。
「一番大事なものだけ抱えて、けして離さず、彼等のそばにいるといい」
 神妙な顔をする子供、ぽかんとする子供、そして、「おにーちゃんは?」と尋ねる子供。彼ら全員に、ジャハルはいったん別れを告げる。
(「……少々危険な罠を仕掛けて参る故な」)
 ジャハルが後にする集落の家々は、物音であふれている。そこに赤んぼうの泣き声はなく、白熊たちの獅子奮迅の働きが予想された。
 物音の中には、灯璃が作成・設置する大型指向性対人地雷や、無線スピーカーの音も含まれていた。
 UC『Ouroboros Arsenal(ウロボロス・アーセナル)』で作成された機械は、つくりは荒いが、性能は十分だ。
 集落の住人たちの子供をあやす音声を録音し、無線で地雷から流す。これが後々効いてくるかどうか、まだわからない。
『……Was nicht ist, kann noch werden.』
 灯璃は立て続けに、今度は高高度長時間滞空型無人偵察機を召喚する。
 偵察よりは避難経路の選定のため、灯璃は西の山並みに向けて偵察機を飛ばした。
 徒歩の軍勢など比較にならない速度で偵察機は飛ぶ。遠くに見えていた山並みは、すぐに裾野の様子がうかがえるまでになり、そして―――。
「あれは……川?」
「そのようですね」
 その声に灯璃は振り向く。声の主であるネリッサは、軽く頷いて見せた。ネリッサの夜鬼もおなじものを見たのだろう。
「沢のようです。山の中を流れている。古い焚火のあとがある……」
 そして、敵。
 沢の手前、砂利のたまった辺りに数人、白い面布の歩兵がいた。
 西の情報。これをほかの猟兵らと共有しなければ。
 2人がそう考えた次の瞬間、背後で金物が転がるような音がした。
 ジャコバンだ。
「本当か。西には……水があるのか!」
 それを聞いて、ほかの住人たちの動きもぴたりと止まる。その目は希求するものを探し当てたように輝いている。
 そうだ。水があれば作物が育てられる。
 そもそも、道があるのだ。恐ろしくてなかなか遠くまで見に行くことができなかった。行って帰ってこれる日程の予測も立たなかった。そこに猟兵らが、ある程度詳細な情報をもたらしてくれたのだ。
 がぜん荷造りに力が入ったようだった。

 ―――その瞬間に。
 「西の」・「敵が」・「消えた」。

「………」
 灯璃とネリッサ、2人は目を見合わせ、同時に宙を見上げた。
 これが意味するものは何か。判断を下すのはまだ早い。他の猟兵が得たすべての情報をまとめた、その後でいい。
 ネリッサと灯璃は他の猟兵らの元へ急ぐ。
 それについていこうとして、ミハイルはふと気が付いた。すれ違いそうになった小さな子供。相手はこちらに気づいていたようで、ミハイルと目が合った瞬間にぴゃっと飛び退る。
 ミハイルはにやっと笑った。
「よう、ひさしぶり」
 以前、レーションを渡した子供だ。あのころは手足も細くて、いかにも飢えている様子だったが、いまはミハイルの膝よりは上の位置に頭がある。
 指導者の夫婦の子供だったか。思えば名前も聞いていない。
 とりあえずミハイルは、気になっていたことを先に済ませることにした。
「……前の時、報酬貰い過ぎてな。その時の釣りだ」
 ミハイルが放り投げた何かに、子供は機敏に飛びついて受け止める。小動物のような動きは相変わらずだ。
 子供は手の中の物体をじっと見つめている。木彫りの熊。以前、子供からミハイルへと渡されたもの。
 ぱっ、と子供は踵をかえして家の中に飛び込んだ。
「……大事に持っとけよ」
 笑って、ミハイルはその場を去ろうとした。
 その足を、ぐいと引き留める手があった。再度出てきたあの子供が、ミハイルの服を掴み、顔を真っ赤にしてあるものを差し出していた。
 木の枝を器用に編んで作った人形だ。人形?
 人か、もしくは熊だ。手に何かを持っている。剣ではない、筒状の、これは銃だろうか、ハンドガン?
「これ……俺か?」
 顔を真っ赤にしたまま、子供は小さく頷いた。
「くれるのか? また貰いすぎになっちまう」
「……から」
 子供はとつとつと話す。
「また、まもってくれるって。俺、知ってる。だから」
 セツの加護がここに来て効果を発揮したものか。
 子供は顔を上げ、にっと不器用に笑って見せた。その額に星が輝いていたとしても何も不思議ではない。そんな笑みだった。

 その瞬間に。
 「北の」・「南の」・「敵が」・「消えた」。……のをクロスは鴉の目で確認する。

 誰もがまだ全容のわからぬまま、偵察は続く。

●敵影
 同じころ。
 東。
 その時、ぬるい風が、これまで朔良が得た来た情報とはまた別のものを届けてくれていた。
 声だ。
 風上で陣形を取る敵のものだろう。
 軋むような声。吶喊? 祝詞? それとも呪句か。
 微妙にそろわない、こちらの感覚に爪を立てるような不快な声が、居並ぶ兵士たちの面布の奥から漏れ聞こえている。
 朔良は耳に意識を集中させる。
「………すすめすすめすすめ………」
「同化……深化……」
「神の前では等しく無であり我らは等しく無に帰る神の前に降伏し帰依しすべて捧げ捧げ捧げて恐怖と同化し我らこそが恐怖の先触となり」
「ちがう……私じゃない……私じゃあない……」
 ……言葉で個体を識別することに何の意味があるだろう?
 差異はさざなみのようなもの、軍勢を構成する一単位でしかない。判別する意味もないだろう。
 と。
「!?」
 敵の一体が、突然、別の場所に現れていた。
 まるでコマ落とし。どこから来たのか、今出現したのか?
 移動の気配はなかった。少なくとも、朔良の周囲の湿地に変化はない。
 ここまで、と朔良は判断した。
 急いで影に紛れてこの場を去る。
 しかし声が届くまでに近づいた敵の軍勢の目を盗み、逃げることなど出来るのだろうか?
 集団の、数多くの目すべてから逃れるなど?
 ……できる。
 できるのだ。
 それが影の一族なら。影の一族たる朔良ならば。
 そして頭上に、クロスの放った黒い鴉たちが飛来していたのであればなお、それは容易だった。鳥類のはばたきのつくる『影』に紛れて逃げるのだ。
 敵が視界に頼る生き物であるならば、まばたきする一瞬というものがある。
 気をそらされる一瞬というものがある。
 ならばその一瞬と、世界に『影』がつくりだす精神の死角がある。
 だから平地であっても、朔良は影に潜み、その場を抜け出すことが可能であった。

●迎撃準備
 集落の東側の門の手前。
 無防備だった大地に、今、いくつもの影が生まれていた。
 藪が素材だとして、ここまで上手に仕上げることが出来るものだろうか?
 人形作りの匠もかくやと思われる人形をまた一体作成し終えて、ふう、と亞東・霧亥(峻刻・f05789)は息をついた。人形などを作るのが得手というわけではないが、これが人の形をした仕掛け罠ならば話は別だ。
 これらは、集落にいる成人男性を模したものだ。手に武器を持ち、決死の表情で、迎撃する態勢をとっている。それがわかるように作り上げるのだから、やはり霧亥の腕は凄いに違いない。
 遠目に……敵が視覚によって判断する生物であれば……これを人間だと思うことだろう。
 そして攻撃してくるだろう。そうなればしめたもの、人形の全身には毒針が仕掛けられていて、攻撃を加えられればそれを射出するよう細工してある。不用意に近づけば毒針で串刺しだ。これを村の周囲に等間隔に配置し、囲む。
「これで、敵の軍勢から住民が逃げる時間を少しでも稼げれば良いのだが」
 と。霧亥の目に、似たようなことを試みているジャハルの姿が映る。
 すこし遠い。湿地帯に寄った場所だ。
 ジャハルは短剣を手に、己の血を用いた罠を仕掛けていた。
 UC『竜域(リョウイキ)』。
 仕掛ける場所は足場になりそうな石や、朽ち葉の塊、小枝のかさなり。踏みやすそうな場所にはとりあえず呪詛を篭めた血で印をつける。
 目くらましに、尖った石でわかりやすい偽の罠も仕掛けて置く。

 どれくらい時間が経ったものか。
 ふと気づくと、集落そばにいたはずの霧亥が目の前にいた。
 ジャハルは背後を振り向く。……ここまで、罠は途切れなく続いている。
「トラップフィールドへようこそ、といったところか」
 霧亥の感想に、ジャハルは答えようとして――2人は同時に構える。瞬時に戦闘態勢に……入ろうというところで、構えを解く。
 2人の眼差しの先で、朔良が軽く手を挙げていた。なびく黒髪は、どの影から染み出してきたものか……その肩先に降りてくるのは鴉。クロスの鴉は、朔良がこれからもたらす情報を、補強する役割を担っていた。
 東の先を偵察してきた朔良曰く。
「敵はまるでひとつの生物のように統制が取れた動きをするが、末端に行くほどずれが生じている。タイムラグがある。……情報はさざなみのように伝わっていくようだ」
「それはいい。ヒトの軍隊と基本は同じだ」
 霧亥は自分がつくった人形の一体を指した。
「『一体の受けた攻撃が即通じなくなる』ということがないなら、こいつは小細工かもしれないが、やり甲斐のある小細工になる」
「それも、多いほどよい」
 ジャハルは罠の原を見渡す。ここが戦場になる。
 さらに朔良は驚くべきことを語った。
 「東の」・「敵が」・「突然」・「現れた」。……「増えた」。
 霧亥とジャハルは、それぞれに思うところがあったとしても、この場では口には出さなかった。まだ手に入った情報は集約されていない。
 霧亥は上空を見上げ、一度だけ手を振った。
 それが自分にあてたものだと確信があるわけではなかったが、夜鬼の視界を通じてそれをみたネリッサは、集落内部でそっと頷いた。
 北と南と西の敵が消え、今や敵影は東の方角のみ。その陣容もわかっている。
 数に物を言わせ、一丸となって進撃してくる―――ファランクスだ。
「……村に各種ブービートラップを仕掛けていきましょう」
 ネリッサの言に灯璃は頷く。
 すでに罠の幾つかは動作確認も終えている。
 ありったけの罠を仕掛けた。これでも足りないというなら……後は、増援要請を出すしか手は思い浮かばなかった。

●避難指示
 情報が出そろいつつあるなかで。
 アルミィ・キングフィッシャー(「ネフライト」・f02059)は、小さな鞄を取り出して、住民たちにあることを提案した。
「避難だよな。実は、アタシにはこいつがある」
 アルミィの小さな鞄……UC『小さな大倉庫(バッグ・オブ・ウェアハウス)』。
「……この中なら、詰め込めばこれくらいの……(と、言ってアルミィは集落を見渡した)……家族は入る、居心地としては、ちょいと居辛いかもしれないが」
 我慢してくれ、とアルミィは申し訳なさそうに肩をすくめた。
 それは、触れた抵抗しない対象を吸い込む。中にはたくさんの部屋があり、いつでも外に出られる。中には食料が入っている部屋もあり、必要なら口にしてもよいという。
「あ、でもそれ以外は触らないように。妙な呪いの掛かった呪物とかもあるからね」
 わっ、と歓声が上がる。特に母親たちは目に見えて安堵していた。荷馬車での逃避行のつらさは身に染みていたのだ。
 ジャコバンは、すこし残念そうに言った。
「……うーん、じゃあ馬たちは駄目だなあ」
「狭いかな?」
「いや、部屋なんだろ? 馬は臆病な生き物なんだ。物陰から顔をのぞかせたら、隠れたその先の部分に、大きな体を想像して勝手に怯えて逃げ惑うくらい」
「それは……意外だな」
 馬を入れるなら、開けた場所が必要だとジャコバンは申し訳なさそうだった。
 うーん、と顎に人差し指をあてて考えるアルミィと頭をわしわしと掻くジャコバンに、リーヴァルディは軽く手を挙げた。
「……なら、古城の庭はどう?」
 城、とジャコバンは鸚鵡返しにつぶやいた。
「でかい城の、城壁の中の……ああ、そういうのなら、荷馬車ごと移動できそうだ……けど?」
 リーヴァルディは薄く笑った。
 既に血の魔法陣は、集落の道の中央に描かれている。
 UC『常夜の鍵(ブラッドゲート)』
 アルミィの鞄と同じく、無抵抗な対象を吸い込む。行き先は常夜の世界の古城――。
「怯える馬さんには、はーいっ」
 ユキの号令で、白熊たちが馬の首筋にまたがり、ふわふわの手でたてがみを撫で始める。ジャコバンも驚くくらい、馬たちは穏やかになっていた。
「じゃあ、俺は城の方にお邪魔する。……カタリナ。エステルを頼む」
 不安をおさえて、あえてカタリナは笑顔を作る。
 ジャコバンはぐるり周囲の人々の顔を見渡した。
 そこにニコラスの姿をとらえ、なにがおかしいのか、ぷっと噴き出す。……ニコラスは荷造りを手伝う途中、どこかの家族の荷物である金物類を持たされていたのだ。無骨なニコラスの鎧姿に、ちゃちな金物の盥は似つかわしくなく、ジャコバンはおかしくてたまらない。笑ったおかげで、緊張がとれたのだろう。
 軽く馬の腹をたたき、ジャコバンは軽く足先で魔法陣に触れた。ジャコバンに首筋を抱えられた馬と、馬につないである荷馬車がすとん、と姿を消す。だれも何も言わなかった。
 白熊たちに御された馬たちも、おとなしくジャコバンの荷馬車に続いて魔法陣に触れていく。すべての馬が古城の庭へと去るのに、それほど時間はかからなかった。
「さあお次は人だ」
 アルミィが持つ小さな鞄に、人々はおっかなびっくり、あるいは不思議そうに、あるいは毅然として、自分の家族としっかり手をつないで触れていく。
 未知のものごとも、家族がいれば乗り越えられるとでもいう風に。
 指導者夫婦が小さな赤んぼうと、木彫りの熊を握りしめた子供を連れて、最後に小さな鞄に触れようとしたとき。
 ふと、妻の方がリーヴァルディを見た。
「……ふふっ。前に会った時よりも、ずっと表情が柔らかいわ」
 おもわず頬にさわって確かめるリーヴァルディを彼女は愛し気に見やる。そして彼女は表情を曇らせた。
「……今さらだけど。本当に貴方たちは無事なの? もし、本当に貴方たちが危ないようなら、私たちは」
「……安心して」
 頬から手を離し、リーヴァルディは言う。
「彼らは皆、異世界の大魔王やら竜帝やら、今以上の窮地を打破してきた真の英雄達よ。……たかが辺境伯の軍勢に敗れるほど、彼らが潜ってきた修羅場は柔じゃないわ」
 彼女の腕の中で、赤んぼうがにぎにぎと手を開け閉めしている。その手を真似て、リーヴァルディは彼らを送り出す。
 全員を収容した小さな鞄を、アルミィはぽん、と軽くたたいた。
「そうさ。アタシの目が黒い内は下らない企みなんてさせないさ」
 この鞄を、安全な場所に置く。
 偵察に行った猟兵たちの言葉によれば、西がいいのかもしれなかった。
「……そうね。ことが終わったあと、西に移動するかもしれない」
 脱出用のもうひとつの魔法陣を描く場所も、西がいいだろう。
 その方角に続くのが希望の道であるように祈るばかりだ。

 猟兵らは、ひたひたと近寄る軍勢の気配を確かに感じていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『信仰し進軍する人の群れ』

POW   :    人の群れが飲み込み、蹂躙する
【槍を持ち一斉突撃を行うこと】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    全てを焼き払い、踏みつけ進軍する
【持ち帰られた弓から放たれる斉射】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【火矢】で攻撃する。
WIZ   :    守るべき信仰の為に
対象のユーベルコードに対し【集団による防御結界】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ざく、ざく、ざく、と地を踏む音がする。
 地鳴りのように、いくつもの音が重なり、ひとつの重ぐるしい轟になってやってくる。
 その圧倒的な唸りの前には、足音を立てている本人である歩兵たちの呟きは圧し潰されて聞こえはしない。
「助けて……助けて……」
「私じゃない、私が悪いんじゃない、だからゆるして」
「神様神様神様神さま」
「あいつのせいだあいつのせいだあいつを消せばおれたちは楽になれるんだ」
 それは火にくべられた後の薪のはぜる音に似ている。
 焼かれている最中の、細く高い破裂音。
 個別の内容を判別することに意味はなかった。彼らは何かから逃れようとし、すべてを放棄した。
 火の熱から逃げようとして……逃げられず……窮するあまり狂した。
「自分たちが火そのものとなってしまえば、もう熱さを感じないのではないか?」
 狂した思考は恐れるものに自らを供した。火に投じられる薪となった。
 あとは焼け崩れていくだけ。焼けて、さらなる次の薪を求めて進軍するだけ。
 軍勢に秩序だった思考はすでになかった。歩兵としての知識・能力はある。だがその行き先を決め、駒を配置し、動かすのは別の「手」だ。
 その「手」の存在を、猟兵は未だ窺い知ることは出来ていない。


 「手」が指したのはとある集落だ。
 無防備で、頼りなく、新たな薪として十分な条件を満たしていた。
 しかし「手」の予想を裏切り、薪となるはずの人間たちは「手」にとっては不都合な存在になっていた。
 人間がその状態になっていると、駒が置けないのだ。


 軍勢は湿地を抜け、固い大地を踏み鳴らして東から一途集落へ向かう。
 その先に何があるのか。
 目で見ることは出来ても、その意味を考えることを放棄したものたちは、他者にもすべてを放棄させるべく進軍する。



====================
 ここまで読んでくださってありがとうございます、コブシです。
 以下は第2章『集団戦』についての補足です。


●第1章のプレイングの影響について
・猟兵が仕掛けた罠については、位置や効果などすべて猟兵同士で共有できているとします。仕掛けた本人による「あえて罠を発動させる」プレイングがなければ、猟兵同士でダメージや効果をうけることはありません。

・猟兵がUCによって避難させた集落の住民や馬は、そのUCを使用した猟兵による「あえてUCを解除する」プレイングがなければ、第2章の間は安全な場所にかくまわれています。自分たちから出てくることもありません。

・集落の住民をUCで避難させた猟兵が、第2章で戦闘不能に陥るような状態になった場合、第3章冒頭で「集落からすこし離れた西の方角」に住民や馬が出現することになります。

・第1章で描写のあった仕掛けや罠、家屋、地形などを用いたプレイングにはボーナスがつきます。

●戦闘に関する諸注意
・敵は、個々の歩兵はそれほど強くありませんが、数が多いです。数の多さを生かした攻撃は、それなりに強いです。対策が必要になるでしょう。

・個々の敵と意思疎通はできません。

・敵は東から密集陣形でやってきます。横の人数は可変で、縦は終わりが見えないくらいです。

●プレイング受付について
『【一次受付】8/17(月)朝8:30~8/20(木)朝8:30』
 ・この間に届いたプレイングをマスタリングし、プロットを組み立てます。
 ・プレイングは一度すべてお返しします。
 ・その後、「全採用できるか否か」をマスターページやツイッターでご報告します。
『【二次受付】8/21(金)朝8:30~』
 ・上記の内容でも構わないとお思いであれば、プレイングの再送をお願いします。

 いろいろと、お手数だと思いますが、何卒よろしくお願い致します。
 皆様のプレイング、楽しみにお待ちしております!
セツ・イサリビ
……嫌なものだ
こんな光景は、どの世界のどの時代にもあるありふれたもの
ああ、俺はいつでもただ眺めるだけだ
臆病なんだよ、なあ、ポウ(相棒の猫)?
わかっているさ、できることはする

後方で広く戦場を見わたそうか
前線に戦う者の上に光を降らせ、援護とする
原初の光、混沌を天と地に分けた『はじまりの光』
村人を匿う猟兵がいたなら、彼らにも光を

息が詰まるな
この世界の重くて暗い空、この向こうに何があるか
俺の目でも見とおすことはできない
ならばせめて、この地に生きる者たちにささやかな望みを
子らに希望を

感傷というものだろうか、この感情は
俺は正しくは『ヒト』の範疇からは外れている
「それでも、思うことはある」
光あれかし、と


ジャハル・アルムリフ
…よくも此処まで集めたものだ

翼持つ視点を活かし
集落の上空から警戒、迎撃

罠の発動を見計らい
足並みの乱れた箇所を狙い
【暴蝕】の群竜どもを頭上から放つ

数には数で、地獄には地獄を
読まれ防がれ始めれば
罠で乱れた地形や、倒れた敵の体から体へ潜み移動
足元や背後からの襲撃に切り替え

軍勢の先頭側、集落に近い位置へも群竜の一部を
雲霞となった群れに隠れ飛び
接触まで姿隠して一気に斬り込む
<恐怖>を覚える精神は…はたして残っているものか

同じく傷付いた猟兵の一時退避や時間稼ぎとしても
増殖した群竜を隠れ蓑がわりに用いるなどして

敵駒の増えすぎた盤面なれば
どうにか引っ繰り返してやる他あるまい

あの子らに触れさせるわけには参らぬ故


灯璃・ファルシュピーゲル
【SIRD】一員で連携

事前情報を受け地雷を改良し音声に絶望感から
逃げ惑う人達の声を追加

敵先鋒が仲間の罠にかかり始めて行軍速度鈍り次第
指定UCにて大型集束爆弾を搭載した爆撃機を多数召喚
敵陣形の縦軸に対して一定間隔ごとに爆撃していき
長い列が細かい小集団ごとにしか前線に突出できない
状況へ圧力を掛け味方の突撃破砕線の維持を
支援(戦闘知識・援護射撃)

同時に狙撃配置につきつつ
UC:オーバーウォッチを使用し敵群の陣形変化・突破を試みる等の
動きを監視し逐次報告しつつ、遮蔽物に隠れる・味方に指示を出して
連携行動を促すような兵は優先して狙撃(スナイパー)で排除する

安易な楽の先に…未来はありませんよ

アドリブ絡み歓迎


リーヴァルディ・カーライル
…一目で以前との違いに気付かれるなんて…
彼女には色々と察せられた気もするけど…まぁ、良いわ

…どんな手品か知らないけど、私の眼を誤魔化せると思うな

UCを発動して●防具改造を乱れ撃ちして、
両眼に●破魔の魔力を溜め敵の幻術や残像を見切り●迷彩を暗視する

…そう。操られていたのね、お前達は…
ならば、今ここでその呪わしき命運を断ち切ってあげる

●暗殺者のように●存在感を消す●オーラの防御で●闇に紛れ、
●怪力の●ダッシュで敵陣に切り込み●団体行動を乱して回り、
●ダンスのような早業でカウンターを避けつつ大鎌をなぎ払い、
敵の●生命力を吸収して●体力を溜めておく

…数が質を圧する道理なんて無いわ。特に、この世界ではね


ユキ・スノーバー
…何か良く分からないけど、敵が固まって同じ方向からくるなら、落ち着いて対応すれば大丈夫っ!
それにしても、光があまりないからって直ぐ燃やそうとするの如何なんだろうね(ぷんぷん)

敵が沢山っ、仲間は頼もしいとくれば…
村人さん達が戦場に放り出されない様、UCで匿ってくれてる人達と敵との間を位置取っての護衛で飛び火警戒。
敵の行動に法則性等見つけた際は、他猟兵さん達に共有しつつ
敵を迎え撃ってるUC使ってる人達の火力底上げ補助に回るよーっ

連華晶は回復最優先、補助は余力があれば積極的にで
回復:村人匿いUC持ち>負傷が酷い人>他
補助:敵目前で最前線支えてる人>数撃破に向いたUC使ってる人
な感じで使い分けてくねっ


ミハイル・グレヴィッチ
SIRDの面々と共に行動

やれやれ、釣りを渡したハズが、また増えちまったな・・・ま、そこまで期待されてるんだ、その期待にはしっかり応えてやるからな。

敵は包囲から一転、東に戦力を集中したか。戦力を一点に集中するというのは、戦術的には正しい判断だ。だが、今回ばかりはそれが連中の命取りになるぜ。

敵が村に侵入し、各種トラップに引っ掛かって泡喰ってる隙に、UCを使用して村内の敵を攻撃。ウチの局長が敵を村に封じ込める手筈になっているから、そこを集中砲火だ。敵が一塊になっているんだ。撃てば当たる、造作もないコトだぜ。村をヤツらの墓場にしてやる。墓標があるだけマシと思うんだな。

アドリヴ及び他者との絡み大歓迎


エメラ・アーヴェスピア
【SIRD】
さて、遅くなったけれど援軍の到着よ
私も前の作戦に参加していたし、今回も助けてあげたいわね
それじゃ…猟兵の仕事を始めましょうか

といっても私は村でも襲ってくる方向でもない場所に出てきているわ
ドローンを浮かべ敵の位置や風向き等を【情報収集】…ついでにその視点も共有されているようだから上手に使ってちょうだい
まぁ、一応余裕のある私も情報の収集と伝達はするけれど
そしてUCにより迫撃砲を大量に召喚よ
後は効果的なタイミングで敵の集団に対して【砲撃】するだけ
…できれば村には撃ちたくないのだけれど、状況によっては仕方ないわ
それじゃ行くわよ…『我が砲火は未来の為に』

※アドリブ・絡み歓迎


黒柳・朔良
住民たちは皆、他の猟兵がUCで避難させた
つまりこの集落は無人
そして至る所に仕掛けられた罠
これ以上ない程の用意周到さだ
しかし敵の数は多い
その数の全容が知れないのがある意味での問題でもあるか

ならばどうするか
敵が一塊で押し寄せてくるならば、選択UCを使った範囲攻撃を仕掛けるしかあるまい
ただし、これは広範囲の無差別攻撃(半径約80m)
味方の猟兵には巻き込まれないようにと、前もって言っておこう

敵がトラップフィールドに足を踏み入れて、身動きが取れなくなったところを狙えば効果的だろうか
私自身も敵の間を縫うように鴉丸でヒット&ランで敵を屠っていく
こちらはどこに罠があるか把握しているから、自由に動けるしな


ラムダ・マルチパーパス
SIRDの皆様と共に行動。

SIRD所属、ラムダ・マルチパーパス三等兵、増援要請に応え、ただいま参着仕りましたっ(右手で敬礼の真似事)

ははぁ、あれが今回の敵ですが。何やら白装束着た方ばかりの様ですが…ひょっとしてあれですか、あの白装束は、いわゆるスカラー電磁波を防ぐ為に着てるんですかねぇ。え、違う?さよですか。
まぁ兎にも角にも、あの連中をやっつければいいんですよね?承りました。

既に皆さんがトラップ等を仕掛けてるそうですから、それを利用させて頂いて、敵が集中している地点に向けてUCで攻撃。今回は大盤振る舞いの出血大サービス、ありったけの弾薬を叩き込んでやりますよ~。

☆アドリブ及び他者との絡み歓迎


ネリッサ・ハーディ
SIRDのメンバーと共に行動

敵の来襲が東側からのみになった事で、返って状況は単純化しました。逆にこちらが敵を包囲殲滅できる好機です。

敵が村に侵入し、SIRDメンバー及び他の猟兵の方が仕掛けた罠に掛かって怯んだ隙に、一斉に集中砲火を掛けての殲滅を試みます。いわば村自体を、敵に対するキル・ゾーンとする訳です。幸い、他の猟兵の皆さんのお陰で住民の安全は確保されていますので、遠慮は無用です。全ての攻撃手段の使用を許可します。
この際、敵を一箇所に集めるのが理想的ですから、私はUCの炎の精を使って敵が散開もしくは村外へ突破するのを阻止、可能な限り村内への封じ込めを試みます。

※アドリブ及び他者との絡み歓迎


寺内・美月
SIRD共同参加・通信網構築
アドリブ・連携歓迎
・【銀龍覚醒(第一次)】にて騎乗し〖司霊〗を装備
・当初集落北部にて待機し、迂回包囲を企む敵がいる場合は各個に撃破
・敵味方主力が防衛線にて戦闘開始後、騎兵隊を率いて敵側方(縦深(縦)の兵力)に進出し攻撃を開始
・結界を張らせて予備兵力(縦深兵力)を拘束する事により、味方主力による敵主力の早期撃滅へ寄与する
・敵が結界を張らなければ突進して予備兵力を粉砕しつつ、敵主力後方より味方の火力支援の合間を縫い襲撃
・総じて、槍及び弓を構える敵の射撃外から自動小銃及び軽機関銃等による射撃を行い優位な戦闘を展開するも、状況によっては抜刀し騎兵による突撃も想定


ニコラス・エスクード
軍勢と呼ぶに相応しい群れだな
集落一つに大層なことだ
望みを絶つことが相当にお好きらしい

軍勢となれば、怖いのは矢の雨か
あれが空を覆うとまともに動けぬ
数多の相手ともなればより一層だ

故に、我らを以て当たらせて頂こう
物が物故、受けて凌ぐがこの身の在り様
盥を担ぐに比すれば、実に容易い事だ

「我が身は正しく盾である」

『循名の涯』にて複製するは己が器物
白い円盾の群れを空へと飛ばし、
矢の群れを迎え撃たんと白壁を築きあげる

罠にて彼奴等の足が鈍る間は、
盾の群れにて矢の雨を抑えるに注力しよう
後続が機能せねばただの行列に等しい

だが集落へと抜け出たものは順繰りに、
そっ首を尽く刎ね飛ばしてくれよう
背に通さぬが盾の役目故にな


アルミィ・キングフィッシャー
さあて、どうしたもんか。
あれだけの数を真正面から戦えるほどの腕もないし、アタシはちょいと重い荷物を背負ってる。かと言って援護しないのもアレだな。
…こいつを使うか。行って空から撹乱してこい、地上からぶつかるやつの応援になるだろ。

さてアタシ自身も遠距離から撃っても良いが…一つ気になることがある。
あいつら一箇所にまとまったみたいだな、つまり誰かが移動させたって事か。…東から纏めて圧をかけるなら、アタシなら反対側にいて挟み撃ちにする。
近くに隠れている奴がいないか双眼鏡で確認しよう。できれば近くに守ってくれるやつがいると嬉しいが。
斥候やりたいが…、今はちょっとね。

さあて今回の仕掛け人はどんな奴かね


亞東・霧亥
※SIRDのメンバーと行動

先に仕掛けた人形は多いが、縦に連なる突撃を受け止められるほど密ではない。
隙間や味方の屍を踏み越えられると厄介だ。

【UC】
上空から見られたら丸分かりだが、真っ直ぐ突撃する奴等には見えない場所に大穴を空ける。
位置的には人形のすぐ後ろ。
落ちて死ぬか、味方に踏み殺されるか、どちらにしても何れは折り重なる死体で穴が塞がれて、穴を越える者も出るだろう。

・早業、グラップル、投擲、砲撃
そうなれば、次はこいつの出番だ。
抜いた岩盤を適度な大きさに砕いて、穴を越える敵に投げる。
卓越した体術から繰り出す投擲は砲撃の如く、列を成す敵をまとめて爆散させる。

「ここは一切通さねぇぜ!」

※絡み歓迎


クロス・シュバルツ
アドリブ、連携可

全方位からと思わせて一点集中……戦力を集中する事を喜ぶべきか悲しむべきか
考えるより、戦うしかないか

UCを発動して幽霊騎士を召喚。敵の総数には遥かに及ばずとも幾らかの足しにはなるでしょう
1割は後方から遠距離攻撃、残りは前衛として壁役にするが、状況によって他の猟兵から指示があればそれに従わせる
戦車も下手に動かすと仕掛けの邪魔になりかねない。こちらも防御メインで状況に応じて指示を出す

自身は敵の足元に向けて鎖を放ち、転倒させて突進の勢いを削ぐ他、敢えて敵陣に突っ込み内部から切り崩すなど、時間稼ぎ目的で立ち回り

被ダメージは敵から生命力を吸収する事で回復。痛みを堪えてひたすら戦い続ける



●東より来る
 吹く風は渇いている。
 「カラカラカラ」。「カササササ」。
 そんな、なにかを引っ掻くような音を立てる。
 ダークセイヴァーに吹く風の音。
 それが、いつのまにか消えていた。正確には、消えたのではなくかき消されたのだ。 
 近づいてくる重低音。
 昏い大地をどよもす軍靴の響きだった。

 灯璃・ファルシュピーゲル(Jagd hund der bund・f02585)は戦場には慣れている、と言っていい。そのせいだろうか、戦端が開く前、灯璃は奇妙な静寂を感じることがあった。
 精神の持ち様がそう感じさせるのだろう。心が凪ぐと、不必要な雑音は自然と意識の中からカットされる。
 今、現実に周囲で鳴っているはずなのは、軍靴の響きと、自分が仕掛けた囮の偽装音声だ。集落の家屋それぞれに仕掛けてある。敵を引き付ける悲鳴や苦鳴、逃げ惑うひとびとの絶望の呻き声。自らの意識からカットされて当然のもの。
 ごく自然体で、灯璃は慣じんだ武器のコンディションを確認していく。
 『SIRD』内部で情報は共有されるのが常だ。『SIRD』局長――ネリッサ・ハーディ(クローク・アンド・ダガー・f03206)の指示が、時折リズムを整えるメトロノームのように灯璃の耳元で響く。
『敵の来襲が東側からのみになった事で、かえって状況は単純化しました』
 言われて、灯璃の脳裏に周辺の映像がひろがる。
 集落の東西南北の景色。――東。
 東から来る。
 翼持つ者……ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は、それを己が目で見下ろしていた。
 集落の東、罠の原野は、白い面布の軍勢で埋め尽くされている。
(「……よくも此処まで集めたものだ」)
 個々に差異はないかと鋭い視線を走らせる。しかし軍勢を構成する歩兵は、動きに多少のぶれはあるものの、一部分を切り貼りして別の部分に移植しても見わけがつかないくらい、同質に『均されて』いた。
 同じところを見つめ続ければ、ジャハルでなくとも「己が目が、物を多重に見誤ったのか?」と疑いたくなる。
 軍勢の終端は、上空からでも確認できない。湿地の黒い地平線から、無限に湧き出でるかのようだ。
 クロス・シュバルツ(血と昏闇・f04034)は、集落にある家屋の屋根の上にのぼり、迫りくる軍勢を見晴るかしていた。偵察時とは違い、敵のやってくる方向がわかっているので東以外は気にせずにすむ。
(「全方位からと思わせて一点集中……。敵の戦力が集中する事を喜ぶべきか悲しむべきか」)
 軍勢がとるのは密集陣形。ファランクスだ。陣形の縦の長さ・深さがすなわち破壊力となる。
(「考えるより、戦うしかないか」)
 クロスと同じように、別の家屋の屋根にのぼっている猟兵が何人がいた。
 なにせ起伏のない地形なので、遠くを見ることが出来る場所は限られている。
 セツ・イサリビ(Chat noir・f16632)は集落の西側の家屋の屋根の上にいた。東で接敵するので、ここは後方にあたると思われた。
 広く戦場を見渡して……セツは「はは」、と笑い声ともため息ともとれる声を漏らす。
「……嫌なものだ」
 大軍の前に蹴散らされる、か弱き民草の集落。こんな光景は、どの世界、どの時代にもあるありふれたものだ。
(「ああ、俺はいつでもただ眺めるだけだ」)
 思考が下り坂を転げ落ちそうになる。だが、セツの頬に、すり、とやわらかいものが触れた。黒いしっぽ。セツの相棒の種族が有する愛すべき器官。
「……臆病なんだよ。なあ、ポウ?」
 肩に乗ってこちらを見上げる異種族の相棒に心情を吐露し、セツは軽く頷いた。
「わかっているさ、できることはする」
 セツが視線を戻した先では、敵が罠の原野に踏み入ろうとしていた。
 ネリッサの淡々とした指示が、集落のあちこちに響く。
『一斉に集中砲火を掛けての殲滅を試みます。いわば集落自体を、敵に対するキル・ゾーンとする訳です』
 それを聞いて……自身は集落でも東でもない、離れた場所にいるが……エメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)はすこし残念に思った。
(「……できれば集落には撃ちたくなかったのだけれど。仕方ないわ」)
 前の作戦で、エメラは彼らを護衛してここまでやってきた。ここで無事に暮らしてほしかった。
 しかし再びの危機から助けてやることはできるだろう。
 エメラはドローンを飛ばして得た最新の情報を、情報を統制するネリッサに届ける。
 変化なし。不安要素は(今のところ)なし。
 ネリッサは軽く頷いた。
『幸い、他の猟兵の皆さんのお陰で住民の安全は確保されていますので……』
 それを耳にしたアルミィ・キングフィッシャー(「ネフライト」・f02059)はにっと口の端をあげ、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は表情を変えることなくこくんと頷いた。……本当に、もしここに住民たちがいたらどうなっていただろう?
『遠慮は無用です。全ての攻撃手段の使用を許可します』
 ネリッサは状況をすっきりと一言でまとめあげ、『SIRD』に向けた指示を飛ばした。

●罠の原
 敵の軍靴が最初に踏んだのは、ジャハルの仕掛けた罠だった。
 触れた瞬間、呪詛の篭められた血は呪いを発動させ、【黒銀の棘】と化す。
 UC『竜域(リョウイキ)』。
 踏んだ歩兵の足の甲から、鋭く光る針のごとき棘が突き出す。――この場から去れ、この場はお前たちがいてよいところではない、という意思の具現化だ。
 掛かった歩兵は怯みも見せずぐぐ、と足を引き抜こうとする。その動作の分だけ後ろの兵のあゆみを留めることになる。その列だけがほんの一呼吸分遅れた。
 罠は次々と発動した。わずかの乱れは、さざなみとなり、乱反射して、軍勢自体を鈍らせる。
 その好機を、集落に居る灯璃は逃さない。
 罠の設置者から即情報は伝えられ、猟兵すべてが把握するところとなる。
『CASorder…course Allgreen,』
 召喚したのは鋼の塊。命なき無人の爆撃機。大型集束爆弾を搭載し、轟音とともに軍勢の頭上を急襲する。
『――――― Bombs away.』
 反撃する間を与えず通り過ぎる。その一瞬で軍勢に降り注ぐのは、ただ地上を破壊するためのエネルギーだ。
 爆音が轟く。
 吹き飛ばされ千切れた手足が、白い布切れが、燃えながら軍勢自身に降り注いでいく。
 ―――ざく、ざく、ざく。
 それでも軍勢は立ち止まらない。同胞意識はないのだろう、屍も大地も、同じように踏みしめ進んでいく。
 爆撃機は軍勢の頭上を飛び去って行く。
 罠も爆撃も、敵の殲滅を目的としているわけではないのだ。目的は敵の「縦の人数を減らす」こと、「動力を削ぐ」こと。
 一定の間隔を置いて攻撃を繰り返し、軍勢を小集団に分けていく。これが、前線で味方の戦いを非常に有利にする。
 すでに軍勢には、列を構成する数にむらが出来始めていた。
 先陣が一番顕著だ。かまえた槍先が揃っていない。
 揃っていない槍先を、原野にちらほらと見えてきた人影に向けていた。
 亞東・霧亥が設置した人形だ。進軍方向から離れた位置に潜んでいる霧亥は不敵に笑んだ。
 ざく、ざく、ざくと一定の速度で歩兵は進み、槍の射程に人形をとらえる。数本の槍が人形を串刺しにした、その瞬間。
 ざしゅ、と人形がはじけた。人の形を失って、無数の針が射出される。
 先陣の一列目の数人が、毒針の直撃を受けて倒れる。
 倒れた兵を踏み、次の列が続こうとして……ぼかり、と下半身から大地に飲み込まれる。
 突き出した上半身は動けず、戦列は将棋倒しになって崩れた。
 上空から見れば……たとえばジャハルにはすべて見えていた……単純なからくりだ。
 仕掛けた人形は囮。その背後に、霧亥はさらに大穴を掘っていた。
 埋まった兵は、さらに倒れこんできた兵によって止めを刺されていく。折り重なる死体で、穴は塞がれ、大地と同じ高さまで積みあがった死体を乗り越え、戦列は進んでいく。
 先陣がしばらく進んだころ、また、破裂音がした。
 未発の罠が作動したのだ。その頭上をまた爆撃機が通過して、また地面ごと爆散した歩兵を噴き上げていく……。
 戦列に大穴があいた。
 クロスはその修復を待たない。
 集落から離れた位置に、異形の軍勢が出現する。
「駆け抜けろ、異形の騎士達」
 クロスが召喚した異界の、異形の騎士達だ。古代の戦車をあやつり白骨の武具を装って戦馬に鞭を入れる。
 直線的に進むのではなくゆるく曲線を描き、斜め前方から、千々に乱れた歩兵の列を戦車の輪にかける。
 霧亥の脳裏に、切り分ける目印を点線で示した紙工作のキットが思い浮かぶ。
 クロスの騎士たちはハサミだった。長く伸びて薄くなった歩兵の列を、クロスの異形の騎士たちの戦車が容易く切り裂いていく。
 クロスが差し向けた騎士の数は1割程度。
「敵の総数には遥かに及ばずとも幾らかの足しにはなるでしょう」と、軽く思っていたが、他の猟兵との連携で、その1割が十二分に役割を果たしていた。
 罠と、それに続く攻撃はファランクスを分断した。
 しかし軍勢は痛みも苦しみも知らぬようだった。後続は無数におり、先陣に追いつくべく歩みを止めない。
 そして分断された先陣の一塊は、後方からの補充や動力をもたぬまま、第一波となって集落に襲い掛かる!

●第一波
 おそらく敵を押しとどめるのには全く役に立たないだろう柵の傍で、ニコラス・エスクード(黒獅士・f02286)は軍勢の先端と対峙していた。
 第一波と、それに続く無限とも思える後陣列をともに視界に収める。
「大軍勢と呼ぶに相応しい群れだな」
 ざん!と大地に盾を突き立てる。
 己の足で佇立する守護の騎士の姿にも似ていた。
「だが集落一つに大層なことだ。望みを絶つことが相当にお好きらしい」
 ニコラスが警戒するのは矢の雨だ。
 記憶の中に、空を覆う矢の大群のせいでまともに動きをとれない騎士たちの姿があった。
「大軍勢相手となれば、我らを以て当たらせて頂こう。――『我が身は正しく盾である』故に!」
 ニコラスのUC、『循名の涯』が複製するのは盾。盾であり、己が本体。己が器物。
 白い円盾の群れが何十と宙に並ぶ。それはまるで中空に築き上げられた白い城壁だ。そして次の瞬間に、白い円盾は四方の空へ散っていく。行く先は守るべき他の猟兵たち。切り離された敵の第一波の火矢は秩序だったものではなく、集落の四方にばらばらに落ちていったからだ。
 ニコラス自身は集落の道の上で黒い騎士として立ちふさがる。
 藪の柵を蹴散らして敵が侵入する、その槍先を盾で横殴りに弾き飛ばす。
「物が物故、受けて凌ぐがこの身の在り様」
 列の開いた箇所に後ろから補充の兵が来る前に、ニコラスは剣を振り下ろす!
「盥を担ぐに比すれば、実に容易い事だ」
 初手の火矢はすべて落ちる。数重の矢が突き立った盾は役目を終えて割れる。その音は鐘の音のようで、戦場に不釣り合いに美しい音色を響かせた。
 軍勢はニコラスに群がる。しかし歩兵は群がるそばから体にいくつもの小さな穴を穿たれ、吹き飛んでいく。
 家屋とニコラスのUCを文字通りに盾にして、ミハイル・グレヴィッチ(スェールイ・ヴォルク・f04316)が銃弾の雨を降らせていた。
 懐には、さきほど集落の子供にもらったちいさなお手製の人形がある。
(「やれやれ、釣りを渡したハズが、また増えちまったな」)
 ミハイルは子供の、真っ赤になった耳元や頬を思いだす。最初にあったときはこちらから逃げてばかりで、小動物のイメージしかなかったのに。今や『まもってくれる』『俺、知ってる』ときたもんだ。
(「……ま、そこまで期待されてるんだ、その期待にはしっかり応えてやるからな」)
 敵は包囲から一転、集中した戦力を東から叩きつけている。
(「戦力を一点に集中するというのは、戦術的には正しい判断だ。だが、今回ばかりはそれが連中の命取りになるぜ」)
 横一列の的は予想以上に密度が薄い。ここに来るまでの罠と掃射で後陣と切り離されているせいだろう。
 住民たちは皆、UCで避難させた。この集落は無人で、至る所に罠が仕掛けられている。
 そして手慣れた猟兵たち。
 黒柳・朔良(「影の一族」の末裔・f27206)は戦況の有利さにあらためて驚く。
(「……これ以上ない程の用意周到さだ」)
 しかし敵の数が多いのも動かせない事実だった。その数の全容が知れないのも。
 朔良は、自らの技が最も効果を発揮する場所を求め、影を縫って集落から移動する。
 火矢が命中したのだろう、集落の一軒の壁が、炎で舐められていく。
 それが指導者夫妻の家だったと、ふとリーヴァルディは思い至った。
 その家から出てきて、リーヴァルディに以前との違いを指摘した彼女。
(「……ひと目で以前との違いに気付かれるなんて……」)
 違いがあるとして、その理由についてリーヴァルディは心当たりがありすぎる。
(「彼女には色々と察せられた気もするけど……まぁ、良いわ」)
『……術式換装』
 一瞬で防具を纏う、単純なUCではある。だがその目論見が成功したとき、リーヴァルディは恐るべき力を発揮することが出来るだろう。
 一塊の兵士たちが、槍先を揃えてミハイルに突撃してくる。
 家屋はすでに屋根が落ちて、何枚かの板切れになっていた。ミハイルは引き撃ちながら向かいの家屋に走る。その背に槍先が届く前に、敵歩兵の一隊は別方向からの銃弾によって上半身から吹き飛ばされている。
 ざっ、と体の正面を敵に向け、しかし挨拶の言葉はミハイルに向けたものだ。
「SIRD所属、ラムダ・マルチパーパス三等兵、増援要請に応え、ただいま参着仕りましたっ」
 はきはきと、ラムダ・マルチパーパス(ドロイドは電気羊の夢を見たい・f14492)は右手で敬礼の真似事さえしてみせた。
「おう、相手も今来たとこだぜ」
 いつものことなのか、ミハイルも敵に銃弾を浴びせながら答える。
「ははぁ、あれが今回の敵ですか。何やら白装束着た方ばかりの様ですが……」
 ラムダも同じ家屋の影にまわり、各種探索装置および仲間からの視覚情報で敵を把握する。
「ひょっとしてあれですか、あの白装束は、いわゆるスカラー電磁波を防ぐ為に着てるんですかねぇ?」
「場所とか時代とか、そもそも世界が違ぇだろ!」
「あの手の類は場所も時代も、世界も選ばないんですよぅ」
 一瞬ミハイルは詰まった。一理ある、と思ってしまったのだ。
 遠くから爆撃の音がした。灯璃が後陣を叩いているのだろうか。一瞬の忘失を抜け、ミハイルはラムダのたわ言を言下に切り捨てる。
「どこに出た何であろうと、話の通じねぇ奴らだってことだ」
「さよですか。――つまり、あの連中をやっつければいいんですよね?」
 じゃれあいをあっさり終え、ミハイルの頷きに対しラムダは敬礼を返す。
「承りました。――FCSオール・グリーン。射撃モード・フルファイア。全兵装照準完了」
 口調から人間味が消える。
 ラムダのUC『全兵装自由斉射(オープン・サルヴォー)』。搭載武装の一斉発射。
「斉射開始」
 ラムダの全身から、弾薬が発射される。直線、曲線、ホーミング、あらゆる軌道を描いて敵兵を掃討する。
 すでにばらけていた第一波が壊滅する。
 ……否、最後の歩兵が、よろめきながらリーヴァルディの前にまろびでてきていた。
 リーヴァルディの両眼には、すでに破魔の魔力が溜められていた。
「……そう。操られていたのね、お前達は……」
 戦う機能だけ残されて、戦う意味を失った者たちに、リーヴァルディは淡々と語り掛ける。
「ならば、今ここでその呪わしき命運を断ち切ってあげる」
 黒い大鎌が振るわれる。大きな動きで優雅に、一撃で歩兵の首を刎ねる。
 第一波は殲滅した。
 ……第二波が来る。

●側面から
 円盾に周囲を守られながら、ジャハルは後続の軍勢を見下ろしていた。
 罠が発動した場所はすぐにわかる。死体があるから足場は悪くなり、そこだけ兵の足並みが乱れる。
 そこは霧亥が掘った穴の上。つみあがった死体の中。 
 位置を過たず、【暴蝕】の群竜どもを頭上から放つ!
『満たせ』
 黒い液体のように零れ落ちる、飢え渇いた黒き小竜の群れ。召喚された霊体であっても攻撃力を持ち……敵を喰らい、増殖する。死体は内側を食い荒らされて、まだ生きて動いている敵の身体を、さらなる糧とすべく蠢きはじめる。
 這い出た死骸は後続の兵士にまとわりつく。体は液体のように溶け、後続の兵士の防具の隙間から侵入する。
「……数には数を。地獄には地獄を」
 まさに地獄絵図だった。
 その絵図を、まとめて踏み均すつもりなのだろうか?
 ざく、ざく、ざくと刻まれる足音は拍子を早め、溶けた歩兵たちはまとめて槍先にかけられ上空に振り上げられる。びくんびくんと跳ねる幾つもの歩兵の体を、ジャハルは無感動に見下ろした。
 新たに先陣となった列は、一度完全に止まってしまった進軍を開始しようとし――。
 側面からやってきた衝撃に砕かれる。
 砕けた歩兵の肉片には、ばらばらに砕けた砂礫が混じっていた。
 霧亥が投げた岩盤だ。
 霧亥が進軍先から外れた位置で、さきほど罠のために掘りぬいた岩盤を適度な大きさに砕き、罠を越えた兵に向けて投擲しはじめたのだ。
 ただの岩といえと、霧亥はそれを野球の投手と同じ速度で投擲している。敵にしてみれば、砲丸投げを直線で受けるようなものだろう。
 直撃を食らった列の数人が、まとめて爆散する。
「ここは通さねぇぜ!」
 UC『岩盤振舞い』の名の通り、霧亥は惜しみなく岩の砲弾を投げつづける。
 列に穴があいた。
 穴の周辺にはまだ下半分だけ残っている兵士や、上下左右もわからない状態になった兵士たちが散在し、それを糧としてジャハルの群竜が増殖していく……。
 さすがに軍勢の動きが鈍る。将棋倒しを避けるためか、もしくは防御の態勢を整えるためだったのか。
 それこそ朔良が待っていた好機だった。
 死骸は影を生み、影はここまで朔良を覆い隠してくれた。
 今では、影は朔良。朔良こそが影だった。
 罠の原を埋め尽くす死骸の山に影が落ちた。影は伸びる。大蛇か死神の手を思わせる動きで自在に伸びて伸びて、敵軍まで伸びてそして。影はささやく。
「……死にたくなければ、『影』(わたし)に近づかないことだ」
 撲殺する。
 無差別攻撃だ。無慈悲に、無感動に、影の触手は一体また一体と敵兵を屠る。
 影はひろがる。朔良は己の攻撃について他の猟兵に告げていた。敵味方の区別がつけにくい技なのだ。だから、敵しかいない今のこの場所が朔良に最適だった。
 猟兵たちの連携で、また軍勢の先陣は砕かれる。
 それでも先陣の敗残兵は……動けるものは、秩序だって列を再編し始めた。
 分断された先陣は、第二波となって集落へ向かう。戦力が心もとないのだから、後続を待った方が有利になるだろうに。
 上空から見下ろすジャハルは呟く。
「<恐怖>を覚える精神は……はたして残っているものか」
 これが普通の兵士であれば、劣勢に士気が落ちもするだろうに。
 もしくは蟻の群れであれば、群れの生存のためという理由があるだろうに。
 第二波が集落に侵入する。

●第二波
 集落の燃え落ちた藪の柵を踏み越えて、敵兵は『ざっ』と一斉に立ち止まった。
 初めて進軍以外の行動をとったのだ。
「! 火矢が来る!」
 敵の兵の、体をばねの様に反り返らせるさまを見て、即座にニコラスは察した。長弓だ。二列目も同じ動きが続く。
 寡兵とはいえ、敵は自分たちの武器を忘れてはいなかったようだ。
 ぶん!という鼓膜を振るわせる音と、遅れてシュウゥゥ……、と細く鋭い音が空を切ってやって来る。
 遠目に光る点描は、すぐに「ボボボッ」と不穏な音を引き連れた火矢の群れにかわる。
 ニコラスは自分の周囲を護る盾をすべて背後に飛ばした。
 自分の頭上の火矢は剣で払う。
「これしきを凌ぐに、盥があれば十分!」
 最も東にあったジャコバンの家が燃えている。あのうるさい金物の鎧は置いていったようだ。落ちて熱を持ち始めたその幾つかをニコラスは拾い上げて敵陣に放った。
 狙いをこちらに定めようとする敵兵に向かって駆け、ニコラスはその横頬を剣の腹で張り飛ばす。敵が槍に持ち替える前にその一列を切り崩していく。背後から、嫌な音と臭いがしてきていた。
 ――集落に、放たれた火矢が着弾する。
(「さあて、どうしたもんか」)
 家屋の上、アルミィは思案しながら屋根を蹴る。蹴るそばからその足元に火矢が立つ。
 どうにも、火矢が自分を狙っているように感じるのは気のせいだろうか?
 とはいえ、どの家屋にも火矢が立っている。内部から猟兵が仕掛けた悲鳴が聞こえていて、敵は一貫してこの集落の住民狙いなんだなとわかる。
 さらなる火矢がアルミィの頭上に到来する。そこに「シュルリ」と空を裂いてニコラスの盾が滑り込む。
 パリィ……ン!
 ガラスの鐘のこんなふうに鳴るかもしれない、とアルミィは思った。
 アルミィが駆ける、火矢、盾。火矢、盾、盾。
 パリン、パリィン!
 激しく叩きつける雨のような火矢の群れに、1枚、また1枚と盾が重ねられて、割られて落とされていく。
 パリンッ、パリィ……ィン!
 火矢が突き立った屋根はごうっと燃え広がり、梁の支えのない部分から焼け落ちていった。
 足元の炎を飛び越えて、アルミィは向かいの家に飛び移る。振り向きざま、アルミィは鞄を押さえた。
(「あの数を相手に大立ち回りするには、アタシはちょいと重い荷物を背負ってる」)
(「かと言って援護しないのもアレだな」)
 アルミィは鞄を押さえた腕と反対側の腕を大きく振りかぶった。
 指先が描いた輪郭は凶鳥、レイヴン。
 その輪郭を埋めるのは魔鉱。中空に現れた彫像は、命あるものの様に大きく羽ばたいた。
 アルミィは叫ぶ。
「飛べ! 行って、空から撹乱してきな!」
 火矢よりも早く魔鳥像は飛ぶ。援護するのは最前線で戦う猟兵たち。
 振り返れば、またもう一軒、家屋が燃え落ちていくところだった。
(「なるほど。『皆殺し』の予知」)
 無力な集落の住民たちでは、抗いようもない未来。
 だがアルミィはそれが覆されるのを何度も見た。
「今回だって、アタシたちが覆してやるよ」
 燃えて、あちこちから煙が立つ集落で。
 リーヴァルディはまた完全な戦闘状態にはない。
 いくつかの段階を経ている最中で、それでも敵兵との戦いに身を投じる。
 槍先をかいくぐり、下から斬り上げる。腕が飛び、首が飛ぶ。
 敵の槍の刃先が何度かリーヴァルディに突き刺さる。押し負けずくるりと勢いをそらす動きで刃先を引き抜いて、その動きで敵を刃にかける。
 まるで舞姫の独壇場のように。
 血煙は舞を引き立てる演出であるかの様だった。
 ……だがその血はリーヴァルディのもの。完全な状態にないリーヴァルディはすでに満身創痍だ。
 そしてアルミィがうすうす気づいていたことだが、敵兵はどういう方法でかはわからないが、集落の住民の気配を追うことが出来るらしい。リーヴァルディに向かってくる敵兵の数は他の猟兵のそれより多い。
 瞼を濡らす血をはらったリーヴァルディは、ふと、くすぐったいような冷気を感じた。
 きらきら、チカチカとひかる雪の結晶が、まつ毛の先にそっと寄り添っている。……それはユキ・スノーバー(しろくま・f06201)の癒しの力だ。
「敵は住民さんたちのを狙ってるっぽいーっ! 匿ってくれてるのに、わかるみたいっ」
 家屋の影から飛び出して、リーヴァルディへの癒しと援護にまわる。
「ぼくの結晶は火力底上げにもなるからっ」
「……そうみたいね」
 血煙ではなく、零れ落ちる結晶の光を纏って、リーヴァルディは大鎌をかるく両手で捧げ持つようにした。
 一度だけ目を瞑って……力を確かめるようにして、そして。
 目を開いた先に並ぶ歩兵の列。槍の切っ先へ、一息に飛んだ。
 宙でくるりと回転する。その回転ごとに寸断された槍がばらばらと地面に落ち、武器を失くした戦列でリーヴァルディは死の踊りを踊る。さくりさくりと敵兵の首を刈る。
「……数が質を圧する道理なんて無いわ」
(「特に、この世界ではね」)
 ユキはびょこんと跳ねた。
「敵が沢山っ、仲間は頼もしいとくれば……」
 あとは集落の住民たちが戦場に放り出されない様、UCで匿っている猟兵たちを護衛して、あとは。
「負傷が酷いひと、回復してくよーっ!」
 集落の最前線へとユキは駆ける。

●楔
 第二波が壊滅したころ。
 罠の原に差し掛かる手前で、軍勢は少し進軍の速度を落としてきていた。
 猟兵たちからの数度の攻撃の情報がようやく伝わってきたのだろう。
 一度制止し、何もない場所に向かって火矢を放つ。何もなければそれでよし。
 頭上からの攻撃の気配には密集して防具をすき間なく構えて結界をつくる。……学習能力はあるのだ。
 エメラはこれまでの戦況をすべて把握している。さまざまに対応してきているとはいえ、敵は『集落の住人』を目指していることだけは変わらない。その目的がわかっているから、一方的に相手を叩くことが出来る。
 情報面でも猟兵たちは圧倒的に有利だった。
「さて、遅くなったけれど。――援軍の到着よ」
 大型、小型、重砲、狙撃砲、機関砲。ありとあらゆるタイプの浮遊型魔導蒸気砲を召喚して、エメラは微笑した。
「それじゃ行くわよ。……『我が砲火は未来の為に』」
 軍勢の側面から砲撃を開始する。
 敵の防具は紙のようにやすやすと引き裂かれていく。
 ファランクスは横からの攻撃にめっぽう弱い。……そしてこのエメラの攻撃は、相手を殲滅するためではなく、味方を支援するものだった。
 蹄の音がした。
 重火器の音が鳴り響く中、歴史絵巻の登場人物たちがやってくる。
 北から迂回して軍勢の側面につけた寺内・美月(霊軍統べし黒衣の帥・f02790)だ。
 またがる馬の体躯は大きく、通常の倍近くもある。……それもそのはず、本性は龍なのだから。
 美月の背後に、召喚した騎兵隊が付き従う。古参の最精鋭らしく、騎馬一体となり、無駄に興奮して嘶く馬は一頭もいない。
 敵が防御を固めて動きを止めた状態で、味方がその防御を粉砕している。ならば。
 いまは愛馬と変じているブロズにまたがり、速度をはやめる合図にかるく腹を足で押して、美月は凛と指揮の刀先を敵陣に向ける。
「総員突撃用意。目標、前方敵主力……」
 美月はひゅっと息を飲む。吐き出す。
「突撃!」
「「突撃!!!」」
 楔形の騎馬の群れが歩兵の縦列の側面に突き刺さる!
 蹄は槍ごと、防具ごと歩兵を蹴散らした。まさに蹂躙だ。
 だが敵も怯みもせず、続々と楔の裂け目を閉じようと突き進む。美月は刀を横薙ぎに振るい、列の歩兵数人を上下に両断した。
 騎兵隊の獅子奮迅の活躍を、きらめく刀剣類が証明していた。
 縦に長い軍勢は、このとき完全に両断されたのだった。

●小さな大倉庫
 アルミィの小さな鞄の中は、外界とは隔絶されている。
 身を寄せ合う集落の住民たちは大部屋の中で、一家族ごと身を寄せ合って、ことが終わるのを待っている。
 流れる時間は外と同じはずだ。しかし、「待つ」という行為は、時間を長く感じさせる。
 住民たちは押し黙り、不安そうにちらちらとまわりをうかがう。……目に入るのは、自分と同じ不安に押しつぶされそうな顔だけなのに。
 カタリナはひしと赤子を抱き抱えている。
 ジャコバンだけが別の場所に避難している。それはちゃんとした理由があってのことで、それでも今、ここにジャコバンがいないことがつらい。娘を守るのは自分しかいないことが不安でたまらない。
「……♪」
 と。カタリナは耳を疑った。
 誰かが音楽を口ずさんでいる。歌詞はない。それはそうだろう、その調べは、さきほど猟兵が子供たちをあやすのに喚んでくれた白熊たちがフンフンと口ずさんでいたもので……言葉を離さない白熊は、その調べだけで子供の涙を引っ込ませてくれた。
 その調べを今、カタリナの胸元で娘が口ずさんでいる。
 まだ言葉も話さないのに!
「まあ………!」
「驚いたね、まだちっちゃいのに、ちゃんと曲になってる」
 隣の一家が声をかけてくれる。他の家族も、つぎつぎに祝福めいた言葉をくれる。
「はい、ありがとうございます、言葉はまだんですけど……」
「すぐに話すようになるわよ」
 指導者の妻――レオナが微笑んで言う。
「でも、話すより先に歌うなんて。とても歌が好きな子なのね」
「ええ、きっと歌が上手だと思います。大人になったら」
 夢中で答えて、カタリナは驚いたように自分の唇に触れた。
 大人になったら。
 それは重い言葉だ。
 生きのびて、無事に成長して。歌えるような世界で生きていたら。……大人になったら。
 沈黙がおりた。大部屋のだれもが、いっせいに口を閉じたようだった。
 ふんふん、と上機嫌なエステルの鼻歌だけが響く。
「……そうね」
 レオナがゆっくり話しだすまで、ずいぶん経ったように思えた。
「きっと。すてきな歌を歌う子になるわね……」

●第三波
 ユキは何度目かの結晶を送り届けて、はあっとおおきく息をついた。
 敵を全部倒したかと思うと、次のかたまりがやってくる。
「……何か良く分からないけど、敵が固まって同じ方向からくるなら、落ち着いて対応すれば大丈夫っ!」
 ぶん!とアイスピックを振る。
「それに、おっきなかたまりを切ってくのより、細切れになったのを切るほうが楽だしっ」
 もえさかる集落を走り抜け、仲間の援護と回復に専念していたユキは、まだ燃えていない屋根があるのに気が付いた。その上からなら、戦況がよく見えるに違いない。
 よじよじと器用に壁を登って、屋根の上に立ったユキが見たのは、ニコラスに迫る歩兵の群れ。
「! 危ないーっ!」
 雪の結晶を飛ばそうとしたユキに、一本の火矢が迫り――。
 次の瞬間、大地はユキのあたまの上に、大空は足元にあった。
「?」
 目線を横にずらすと、滑らかな褐色の肌と黒い髪が映る。
 ジャハルだ。おおきく翼を広げ、風を最大にうけて旋回する。あちらこちらで火が上がり、熱風が巻いて、風は狂暴だったが、なんとか仲良くなれる風をつかまえることができた。
 その足元から迫る火矢もあったが、地上からの灯璃の狙撃がすべて撃ち落している。
「危ないのは、こちらもだな」
 ちいさな体を抱え、ジャハルは急上昇する。
 ユキの視界はようやくいつもどおりの上下とおなじ向きになった。
「ありがとーっ!」
 抱きかかえてくれるジャハルの腕に掴まって、両足の長靴をぽむぽむと打ち合わせる。拍手ならぬ拍足でユキは感謝を伝えた。
 二人は眼下に戦場を一望する。
 集落はすべて灰と化すだろう、おそらく。
 猟兵たちはさくさくと敵兵を刈っていく。アルミィとリーヴァルディに群がる兵と、灯璃が仕掛けた偽装音声に群がる兵はやはり多い。そしてこの局面に至って、ユキやセツなどの、回復に力を振るうものたちにも敵の攻撃が向かうようになっていた。
「もう少し。奴らに、あの子らに触れさせるわけには参らぬ故」
「うんっ」
 遠方に、エメラと美月のおかげで、とうとう軍勢の果てが見えるようになっていた。
 屋根の上で、それと同じ景色を見るセツの表情はやや昏い。
「息が詰まるな」
(「この世界の重くて暗い空。この向こうに何があるか……俺の目でも見とおすことはできない」)
 セツは片手を差し出す。
 その先に、前線で戦う勇者たちがいる。
 最前線で傷つく者がいる。守護の盾たらんとするニコラスの上に、癒しの力を送り届ける。
『――勇ある者に祝福を』
 セツの片手の中に光があった。
 原初の光、混沌を天と地に分けた『はじまりの光』。
 その光は、前線のリーヴァルディの、ミハイルの頭上にも届いていた。
 急速な疲労を覚え、セツはずるずると屋根の上に座り込む。一度に複数を回復、常より力を使いすぎたのだ。
 戦端が開く前にみた住民たちの顔、顔、顔を思いだす。
(「感傷というものだろうか、この感情は。俺は正しくは『ヒト』の範疇からは外れている」)
 それでも、と。
 この地に生きる人々に生きる望みを。子らに明日を。
 光あれかし、と。

●常夜の古城
 ジャコバンがやってきたそこは、夜の世界だった。
 言葉どおりに受け取ればダークセイヴァーとて同じ『夜の世界』だ。
 だが、ダークセイヴァーの夜が、闇が、このようにうつくしく人に優しかったことがあっただろうか?
 馬たちの首筋をやさしく撫で、ジャコバンは夜空を見上げている。
 吹く風は優しい。植物の葉の匂い、咲き始めた花の匂い、そんなもので満ちている。
 常夜の城。その城内の庭にジャコバンは連れてきた馬を放している。見知らぬ場所で、馬たちは自然と壁際のひとつところに寄り添うように並んでいた。
 ここにカタリナとエステルがいたらな、とジャコバンは思った。
 いろいろな香りについて、この世界について、いまジャコバンが抱いている「朝が訪れそうな予感」がどこからくるのかについて、話をしたかった。
(「ここを出て、ゆっくり話せるようになったら話そう。エステルがぐっすり眠って、ちょっとやそっとじゃ起きないくらいになったときに」)
 何気なくそう思う。
 それは未来の話だ。ジャコバンが「いつかそんな日が来る」とは想像もしていなかった明日の話だ。
 月日は流れる。人は変わる。明日を夢見る。
 それと知らず、今、ジャコバンは明確に敵の力を阻害していた。

●集落の最後
 終わりが見えてきた。
 未発の罠を踏み抜いたか、敵陣の中央で爆散した歩兵の肉片がばらばらと落ちてくる。
 ……それでも逃げない。集落めがけて、悲鳴を求めて突進する。
(「レミングだ」)
 朔良は影に潜み、ばらけた兵の背後から黒い小太刀で喉元を掻き切る。一撃で息の根を止めていく。
 これは死の行進だ。その知識に触れたとき、そのようなものが存在するのかと思ったが、これがそうだ。死の狂騒。
 死の恐怖に勝る恐怖から逃げている。何に対してのものなのか?

 集落にあった藪の柵のあとをなぞるように、クロスは鎖を放っている。
 律儀にこれを踏み越えてやってくるファランクスの突進の勢いをここで削ぐためだ。
 さらにクロスは家屋の燃え跡の上に、召喚した古代の戦車を横倒しにしてバリケードとして使用することにした。
 起伏もない、障害物もない集落なのだから、ありあわせでも自分たちで作るしかない。火矢を防ぎ、猟兵たちがそこから銃撃するのに最適だ。
 その陰にすっぽり入ったラムダは、のんきとも思える独特の口調を響かせる。
「今回は大盤振る舞いの出血大サービス、ありったけの弾薬を叩き込んでやりますよ~」
 射出されたホーミング弾は遮蔽物の向こうに着弾し、数秒後に爆風と土煙がこちらまで届いた。ミハイルが戦車の車輪の隙間から銃口を向けて、重い銃砲が間断なく続く。
 軍勢のしんがりが見えていた。
 その背後に見えるのは―――炎。
「多数の敵は、一箇所に集めるのが理想的ですから」
 ネリッサのUC、『荒れ狂う火炎の王の使い(ファミリア・オブ・レイディング・フレイム・キング)』。
 ……袋のネズミ、という言葉がある。その袋を想像すればよい。その袋が、端から燃え上がっていくさまを思い描けばよい。
 ネリッサは敵の散開を阻止すべく炎の精を放つ。列から不本意ながらこぼれた兵もいるだろう。それを、可能な限り集落内へ封じ込める。
『フォーマルハウトに住みし荒れ狂う火炎の王、その使いたる炎の精を我に与えよ』
 任意の炎は自在に動いた。ネリッサの意のままに消せるという安心感もあって、猟兵たちはその炎に加勢する。
 エメラと美月、霧亥と朔良はともに集落を目指す。途中、生き残りの兵士を屠りながら。

 アルミィは屋根の上で、もう火矢の来ないことを察して足を止めた。
「さて、アタシ自身も遠距離から撃っても良いが……」
 ひとつ、気になることがあった。
 敵は、何者かに移動させられていた。
 アルミィは双眼鏡を取り出す。
 今回仕掛人がいるとして。それはいったいどんな奴だろう?

 最後の兵は、ミハイルが相対した十数人だった。
 雲霞の如く湧き出た兵も、寸断されて粉砕されて切り伏せられて燃やされて、最後にはこれだけだ。
「ここをてめぇらの墓場にしてやる」
 UKM-2000Pの銃口が火を噴く。ファランクスとはつまり塊だ。撃てば当たる。……造作もない。
「墓標があるだけマシと思うんだな!」
 敵が千切れ飛ぶ。
 灯璃はふと、集落内外に積みあがった死体の山を目の端にとめた。動きを止めることが出来た兵士のほうが、奇妙に安らかに見える。戦う理由を忘失した兵は、死ぬまで平穏を得られないということか。
「安易な楽の先に……未来はありませんよ」
 囁きは、灯璃自身が撃った銃声にかき消された。

 ふと、アルミィは気が付いた。双眼鏡をおろし、ゆっくりと集落内部を振り向く。視線の先に、最後の兵の姿がある。
 ……掛け人がいるとして。
 ――そいつは成り行きを、特等席で見たいのではないか?

 セツは神だ。
 神は知っている。神ではない『それ』に対し、人々が完全降伏するさまを何度も見てきた。

 最後の歩兵の白い面布が裏返る。
 既にこと切れている。
 こと切れているのに、裏返った奥から何か、中身が―――。

 絶望があふれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『絶望の集合体』

POW   :    人の手により生み出され広がる絶望
【振り下ろされる腕】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に絶望の感情を植え付ける瘴気を蔓延させる】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD   :    粘りつく身体はぬぐい切れない凄惨な過去
いま戦っている対象に有効な【泥のような身体から産み出される泥人形】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ   :    過去はその瞳で何を見たのか
【虚ろな瞳を向け、目が合うこと】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【幾千という絶望な死を疑似体験させること】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はフィーナ・ステラガーデンです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●集落
「助けて……助けて……」
 助けは来ない。
 そのかわり、来ると思っていたひとの顔だけが目の前に転がっている。
 血の涙を流し、苦痛と憎悪にゆがんだ顔が落ちている。
「私じゃない、私が悪いんじゃない、だからゆるして」
 ゆるしてもらえない。悪いのは私だとばれてしまっている。ばれずにいたころ得ていた安楽の分だけ、倍加した苦痛がのしかかってくる。
「あいつのせいだあいつのせいだあいつを消せばおれたちは楽になれるんだ」
 楽にならない。
 相手を消せば、消した分だけ苦痛は増していく。苦痛はより大きくなる。
 同じ苦痛が続くのでも耐えられそうにないのに、より苦痛が増していくなんて。
 状況が今以上によくなることはない。あとは下り坂、まっさかさまに落ちていくだけ。
 ならばいま、すべてを終わらせたい。

 未来への望みは絶えた。苦痛から逃げられない、楽になれる望みがないことに耐えられない。
 死ぬのは怖いが、この苦痛から逃げられるなら死にたい。
 逃げよう。死に逃げよう。
「神様神様神様神さまかかかかみさま」
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■」
 ………すべてを放棄するとき、どうして人は祈りをささげるのだろう?

 放棄されたものは混然一体となり、くろぐろとした渦を巻く。
 意思はない。別の何かに指示されるまま、巨大な力だけが蛮勇を振るう。

●大倉庫
 こくり、こくりと首がかしいで、はずみで壁に額をぶつけて、子供はぱちりと瞼を開いた。
 きょろ、とあたりを見回す。
 自分を横抱きにしている父、その隣に母。腕の中には赤ちゃんの妹。そのむこうには知っているお隣のおかあさんと赤ちゃん。お向かいの家族。だいたい、集落の全員がいる。
 そして全員が、そろって寝息を立てていた。
 なんかへんだな、と子供は思った。大人たちがみんな眠っているなんて初めてだった。
 こんなときは、誰かが見張りに起きているのがふつうだったから。
 すうすう、すやすや。ぐうぐう。
 みんな無防備に寝ている。
 こどもはずっと握っていたらしい木彫りのおもちゃをぎゅっと握りしめた。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ。
 自分もぎゅっと目をつむる。
 目が覚めたら。きっとあのひとたちと会える。
 また、あたらしいおもちゃを作る。次はもっとかっこいいやつにする。武器をいっぱいもっていて、おっきくて、それから、それから……。
 新作を思い描きながら、子供もゆっくりと眠りに落ちていく。


====================
 ここまで読んでくださってありがとうございます、コブシです。
 以下は第3章『ボス戦』についての補足です。


●戦場について
・猟兵の周囲の「集落全体」が敵です。黒い泥濘に取り囲まれているような状態です。触れるだけでわずかながらダメージを負います。

●戦闘に関する諸注意
・敵は強いです。さらに『辺境伯の紋章』で強化されており、とても強いです。

・しかし今は本来の力を発揮できずにいます。本来の力を発揮するためには『集落の住民たちの絶望』が必要で、それを狙った行動をとります。

・敵は不定形です。集落の住民たちや、あるいは猟兵自身の「絶望」のイメージで攻撃してきます。
 「絶望的な状況を打破する」イメージや、「以前に絶望的な状況を打破した」記憶を強く思い描くと、相手の攻撃を避けたり防御したり、こちらから相手に攻撃することが出来ます。

・集落の住民をUCで避難させた猟兵が、第3章で戦闘不能に陥るような状態になった場合、戦闘しているその場に住民や馬が出現することになります。

・敵である黒い泥濘のなかを、『辺境伯の紋章』が自在に移動しています。『紋章』は禍々しく美しい真紅の色をしています。
 さまざまな絶望のイメージのなかに、真紅の色が潜んでいることでしょう。

・『紋章』に攻撃し、ダメージを与えることが出来れば、敵に効果的にダメージを与えることが出来ます。

・敵を倒せば『紋章』も活動を停止します。


●プレイング受付について
『【一次受付】9/11(金)朝8:30~9/14(月)朝8:30』
 ・この間に届いたプレイングをマスタリングし、プロットを組み立てます。
 ・プレイングは一度すべてお返しします。
 ・その後、「全採用できるか否か」をマスターページやツイッターでご報告します。
『【二次受付】9/18(金)朝8:30~』
 ・上記の内容でも構わないとお思いであれば、プレイングの再送をお願いします。

 いろいろと、お手数だと思いますが、何卒よろしくお願い致します。
 皆様のプレイング、楽しみにお待ちしております!
●夢のとば口
 地面に倒れ伏していた軍勢は、すべて止めを刺されて動きを止めた。
 骸は折り重なり、地面を覆いつくす。
 その骸のすべて───。
 すべての内側から、黒い泥濘が溢れだしていた。
 泥濘は怒涛の波のように、もしくは黒い夜のように、一瞬のうちに広がって、なにもかもを内部に取り込んでいく。
 最前線で敵と対峙していた猟兵は一瞬で黒に呑まれた。それは単純に距離の問題だ。足元が抜けたようなものだったから。
 泥濘は初撃を免れた者たちの認識を待たずに形を変えた。形作られたのは幾本もの太い触手だ。それは鞭のように伸びた。残る事物をあまさずさらわんと、猟兵たちに襲い掛かる……!
黒柳・朔良
いやな気配が漂っているとは思っていたが、まさかこの集落全体が『絶望』に取り込まれているとは
敵は不定形、形のないものだが、必ず打開策はどこかにあるはず
こちらが『絶望』に取り込まれないように、しっかりと気を持てば問題はないはずだ

私が思う絶望、それは親愛なる主からの拒絶
今までにそのような言葉は聞いたことがないが、それ故にその言葉を聞くのが恐ろしい
しかし、あの方がそのようなことを口にするなどありえない
そう、思っているというのに……

ああ、それでも私はあの方々の『影』であることに変わりはないんだ
選択UCの影人形達が見つけた敵に対し、鴉丸で一閃する
我が主を騙った罪は重いぞ


ニコラス・エスクード
望みを絶たれた者か
我が主も、望みを果たせなかった者だ
この世界で、この世界に、
望みを絶たれたものだ

だがその想いは、願いは、
この身に託され引き継いだ
この身は正しく盾である
残された願いを、想いを、残された唯一つを
守れぬ事などあってはならぬのだ

百余を生き、数多の戦を越えども
朽ち果てぬ我が身の内に宿された望みだ
果たせず絶たれる事などありはしない
我が生き様が絶望に浸る事などありはしない

我が盾にて、その絶望を受け止めて
我が刃にて、その絶望を切り裂いて
苦痛を、憎悪を解き放ち、
この昏き世界に報いてみせよう

我が『報復の刃』を以て
絶望の内に潜む心の臓腑の如き色
真紅の紋章も諸共に断ち切ってやろう


リーヴァルディ・カーライル
…このままだと不味い事になる、か
了解よ。まずは彼らを安全な場所まで避難させるわ

アルミィと連携して"血の翼"で飛翔しUCで集落から9.2㎞先の西側に転移
異空間から馬や非戦闘員を出し瘴気の範囲外に避難させる

…貴方達は皆、既に絶望の覆し方を知っているはず

…こんな処で終わらせたりはしないわ。絶対に…!

後は一緒に戦場に転移させてもらって空中戦を行い、
絶望を打破するように心の中で救世の誓いを祈り、
暗視した紋章に向けUCを再発動した転移銃撃を行う

"…人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を…"

…私は独りじゃない。大切な人達から託された誓いがある

…この誓いがある限り、どんな絶望にだって屈したりはしない


亞東・霧亥
※SIRDのメンバーと共に

(臣下臣民と国を滅ぼされた絶望が甦るが、跳ね除ける。)
絶望の多寡を問うなど無意味だが、それでも俺の絶望は貴様等のソレとは別格。
絶望に戦くだけの下郎は去れ!

・毒使い、浄化
純銀の風受けに塗るのは浄化して純度を高めた聖水。
紋章を焼く、最上の毒となる。

・目立たない、残像、スナイパー
姿を隠して紋章を狙うために、仲間をも隠れ蓑にする。
『武器を構えた残像』を仲間の近くに配置し、本体は目立たぬ場所で吹き矢を片手に狙いを定める。

【UC】
黒の中を駆け巡る紅。
遠すぎず近すぎず最適な距離を求めて全神経を集中させ、捉え、放つ。

『・・・命中。』


アルミィ・キングフィッシャー
絶望を武器にする…巻き込んで戦うのは不利だな
…どうしようかね
まずは防戦に徹してたいが、…あの馬を隠してる奴が飛んだ?
…なら、アタシも倣うかね。避難の時間稼ぎ頼む(転移門の巻物を広げて)

リーヴァルディを対象に転移をしたら、小さな大倉庫…の鞄を置いておく。態々外に出して敵の情報を知らせる必要は無いからね。避難を終えたら、集落の方へ巻物を使って戻るよ、リーヴァルディ連れてね。

戻ったら絶望とやらを迎えに行ってやろう。

…子供か、なるほどねえ。
舐めるな、アタシの惚れた奴がそんな育て方するわけないね。
次は死かい?
あいにくそっちも経験済みでね、知ったことかい。

ただの感情の塊がアタシを殺せると思わない事だね。


セツ・イサリビ
とうの昔に世界は神の手を離れている
人の子の姿をして、ヒトのふりをして時間を過ごす俺が
お前たちになにができるというのか
いくら考えてもひとつだけだ

祈りを聞き、赦すこと
お前たちは絶望に沈みきる前に祈っただろう
『神よ』と
本来、神とは沈黙するもの、語らぬもの
俺はお前たちの祈るものではないだろうが、その辺りは我慢してくれよ

斬り捨て捻じ伏せるだけではない
「…赦す」
混沌の中に祈る魂をひとつひとつ読み解き
悲しみ、憎しみ、苦しみ、恐怖を断ち切り
魂の底にある光を呼び戻し、逝くべきところへ逝けるよう
次の生は光あふれる場所に生まれるように

(猫に)
なんだ、その顔は
久しぶりなんだよ、神の真似事は
※アドリブOKです


クロス・シュバルツ
アドリブ、連携可

溢れ出した絶望……確かに、文字通りに絶望的な状況かもしれません。ですが、強大な敵だって、何度も乗り越えてきました。
なら、今回だって乗り越えられない道理はないでしょう

絶望に飲まれないよう『気合い』で心を強く持ち、『オーラ防御』で足元を覆い、『呪詛耐性』とあわせてダメージを軽減。
方向は『第六感』に任せて、紋章を探すため『ダッシュ』で泥濘の上を移動していく

【悪食の大顎】を発動して、振り下ろされた腕を黒剣で斬り『部位破壊』しつつ黒剣に喰らわせて泥を削る
紋章らしき真紅の色を発見したら先んじて鎖を打ち込み攻撃しつつ『追跡』する

絶望がどれほど深くとも、人はそれを乗り越える。その証明をします


ユキ・スノーバー
何か、嫌な感じがするのに囲まれてるね…
華吹雪でコーティング出来るかなっ?踏みたくない…

炎にのまれて真っ黒になって命が消えていく光景は、とても悲しくて震えたくなるけど…
でも、あの頃に比べてちゃんと吹雪操れるし、今は僕だけじゃないよー
出来る事と出来ない事、ちゃんと判ってて補い合えれば大丈夫っ!
消耗戦挑んで来るなら、その攻撃を受けない様に雪壁フルスピードで作るし
村人さん達引き摺り出そうとするなんて、僕の目が映る内は許さないもんねーっ!
護衛&雪壁作ったり等の防御優先で行動するけど、隙あらば吹雪の勢い&滑りを利用して紋章に特攻してくよっ
嫌な感じのする黒いのは、白で上書きバイバイって感じで綺麗になーれっ!


ミハイル・グレヴィッチ
SIRDの面々と共に行動

何だぁ、このシベリアの泥炭みたいのは。こーゆーのは、相手すると面倒くさいぜ、まったく。周りが全てこんなカンジってコトは、どこかに本体もしくは中心があるんじゃね?

絶望?んなモン、とっくの昔に捨ててきたぜ。戦場じゃ、悲観論者が真っ先にくたばる。こちとら明日をも知れねぇ傭兵稼業、長生きなんざできると思ってねぇし、したいとも思わねぇ。せいぜい、好きな様に生きて、好きな様に死んでいくさ。だがな、あのガキとの契約しちまったからには、これを完了するまで死ぬワケにはいかねぇ。悪いが俺を殺すにゃ、手前じゃ役不足だ泥炭野郎。

UCを使って紋章を追い込んでやるぜ。

アドリヴ及び他者との絡み大歓迎


エメラ・アーヴェスピア
【SIRD】
離れた位置に居るから集落の状況が判るのだけれど…これは少し拙いわね
私も急いで…いえ、それよりも私に出来る事をした方が良さそうね
…任せたわよ、皆

『ここに始まるは我が戦場』…!
集落の全域にドローンを展開、【偵察】する事で紋章の位置を【失せ物探し】、【情報収集】し
皆に連絡、効果的に撃滅するとしましょう。必要な場面なら【集団戦】の知識も使うわよ
遠距離からのステルス属性の魔導蒸気兵器越しに確認する事により、相手の能力の対象から外れて捜索に集中するわ
何も攻撃するだけが戦いじゃない、今回はこれが私の戦場よ

※アドリブ・絡み歓迎


灯璃・ファルシュピーゲル
(SIRD)一員で連携

如何なる戦場で如何なる「敵(絶望)」であろうと
油断すれば死という結末に変わりは無いですし
…やるべき事はシンプルです

常に戦況を見極め、研ぎ澄まし
そして仲間と結束して補い合う
…絶望に付け入らせる隙は与えませんよ
(戦闘知識、情報収集、覚悟)

仲間と密に連携し声掛け、情報共有をして
協力して個でなく群で叩くようにし
個人のトラウマ等に引きずられ無い様、
あくまで単純な敵の群体と見なして戦う

紋章捕捉時は即時に指定UCで
狼を放ち包囲して動きを牽制し味方の攻撃を援護。
また、避難民保護担当者が狙われた場合は即時に
UC:オーバーウォッチで紋章を探して狙撃し
イメージの妨害を図ります

アドリブ・絡み歓迎


ラムダ・マルチパーパス
SIRDの皆様と共に行動

おや、景色が急激におかしく…まるで、サルバトーレ・ダリのシュールレアリスム的な。一体どーしちゃったんでしょう?

検索中・・・検索終了。絶望とは、希望を全く失うこと、望みが絶えること。感情の一種ですね。で、絶望を覚えるというのは、一体どんなものなのでしょうか?わたくし、AIとして自我を持った年月が浅いものですから、絶望という感情が何なのか、理解も経験もない有様でして。絶望という感情、それはどういった気分なのでしょうか。とても興味があるのですが…残念ながら、詳しく教えてもらう時間は無い様ですね。あなた様を倒せとの、局長様のオーダーですので。
それではいきますよ、不定形野郎様。


ネリッサ・ハーディ
SIRDのメンバーと共に行動

世の中は所詮、確率論で成り立っています。そしてその確率が、例え勝率1%しかなくても、それに全てを掛けて全力で挑む。今回の様に、我々の後ろには守らなくてはならない人々がいるなら猶更です。それに私だけでなく、我々SIRDのメンバー、そして今この場にいる猟兵の皆さんは、諦めの悪さに関しては筋金入りと言えるでしょう。我々は、決して挫けない。諦めない。絶望と言う単語とは無縁です。

敵の泥濘の中を先程から赤い紋章の様なものが移動しています。恐らく、あれがコアかと。
確実に仕留める為に、黄衣の王を召喚、紋章を狙っての撃破を試みます。
絶望には、絶望を。

※アドリブ及び他者との絡み歓迎


寺内・美月
SIRD共同参加
アドリブ・連携歓迎
・騎兵隊はボスから離れた場所から投光機や照明弾等を使用(紋章の陰が集落内側で現出する事を期待)。その他、内部の状況に応じた各種武装や装備で対応させる。
・騎乗しつつ〖繊月〗を代わりに装備、内部に突入し味方の治療や紋章探索に集中。
・紋章を発見したなら味方に通報し余裕があれば破壊。
・村人の精神状態が極度に悪化したら【銀龍覚醒(第二)】にて村上空に龍(ブロズ)を出現させ精神状態を回復させる(この際は下馬している)。
「…古書に曰く『生き死にを考えるのではなく、生きる地と死する地を悟れ』とある。…如何に強烈な死の体験であろうとも、自分で死地と思わぬなら唯々空虚である」




 リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は息のかかるほど近くに黒い触手が迫るのを感じた。
 指先はとっさに焼け残りの家屋の軒先に伸ばされている。だが間に合うとは自分でも思えない。反射的な行動だった。
(「取り込まれる……」)
 ───その指先を、誰かがぐっと掴む。力強く引き上げる。
 アルミィ・キングフィッシャー(「ネフライト」・f02059)だ。屋根の上から半身を乗り出し、もう片方の手でリーヴァルディの手首を握りしめ、迫る泥濘から間一髪で引き上げる。
 空振った触手は、しおれる花のように落ちて黒い波のひとつに戻っていく……。
 2人はそのまま燃え落ちる寸前の屋根の上に身を伏せ、同時に変わり果てた集落を目にする。
 一面の黒。一面の泥だ。
 泥は地面を押し流し、燃える炎ごと、ゆるやかに家屋を飲み込んでいた。事物を食らい、その分だけ容積を増している。倒された軍勢の白い面布はどこにも見当たらない。存在さえなかったことにされたようだった。
「このままだと不味い事になる」
 アルミィが呟く。頭の中で、これまで集められた情報の断片が、パズルのピースのように次々と嵌っていく。
(「絶望……敵は『絶望』を武器にする……たとえ内部に取り込まれたとしても、アタシたち猟兵は大丈夫。だけど住民たちは……」)
「……どうしようかね」
 アルミィの唇からこぼれた思考の断片を聞きながら、リーヴァルディは下から吹き上げてくる風にはためく髪を押さえた。
(「……このままだと不味い事になる、か」)
 言葉はすとんと胸の内に落ちる。リーヴァルディとアルミィ、どちらも己のUCに住民たちを抱え込んでいる。
 全力で戦うために己のうちに匿ったのに、今では自分たちが危険地帯の中心部にいた。
「まずは防戦に徹して……」
「了解よ」
「え?」
 突然の了解が何を指すのが一瞬わからず、アルミィはリーヴァルディを見上げる。
 立ち上がったリーヴァルディはマントをひるがえすようにひらりと背に"血の翼"をひろげていた。
「まずは彼らを安全な場所まで避難させるわ」
 リーヴァルディのつま先はすでに浮いている。崩れかけの屋根を蹴ることなく、翼が抱いた浮力でリーヴァルディは真上に飛翔した。上昇するのは、周囲を見渡すため。起伏のない土地なので、それほど高く飛ばずとも十分遠方まで見渡せた。
 西の方。変化の乏しい土地に、目印となる灌木を見出す。目印を見つめるリーヴァルディの左目には、うっすらと光を放つ紋様が浮かび上がっている。───魔法陣だ。
『……限定解放。駆けぬけろ、血の疾走』
 そのUCは攻撃に『転移』を用いるものだ。その応用、見開いた左目のまさにひと瞬きの間で、リーヴァルディは集落から8kmほど離れた場所に『転移』した。
 その姿が上空から掻き消えたのを確認して、アルミィは納得したようにうなずいた。
「成程。……なら、アタシも倣うかね」
 アルミィはしゅっ、と片手を横に振る。もう片方の手との間に、柔らかく波打つものがあった。
 UC『転移門の巻物(ポータル・スクロール)』。これもまた『転移』の能力だ。同じ世界にいる任意の味方……この場合はリーヴァルディ……を対象に、そこまでの距離を一息に0にする。
 しゅるりと開いた巻物を再度巻き上げて閉じる。ぱちん、という音の後には、もうアルミィの姿はない。
 それを待っていたかのように、ぐしゃりと家屋は潰れた。


 泥濘の海の中、残された難破船のように突き出した屋根の上で。
 アルミィとリーヴァルディの一連のやり取りを見ていたユキ・スノーバー(しろくま・f06201)は、ほっと安堵の息をついた。
 ユキにとって、一番の懸念材料が集落の住民たちだった。彼らが引き摺り出されることは何としても避けたかった。
(「あの2人におまかせしておけば、住民さんたちは大丈夫みたいーっ」)
 あとは自分のことだ。 
 すぐそばまでうねうねと迫る黒い泥濘を前に、ユキはううーんと唸る。
 それは本当に「嫌な感じ」がした。触れるのは避けたかった。しかし囲まれているのだからどこかで触れずにはいられないだろうし……これが敵本体?なのだとしたら、そもそも攻撃しなくてはならない。
「ううーん、でもできれば踏みたくない……」
 例えば、そう、自分のUC『華吹雪』でコーティングして、その上を歩くとか。
 逡巡するうちに、ズゥン、と大きく足元が揺らぐ。この家屋もそろそろ沈むだろう。
 決心を固めようとしたとき、ふと、なにかの気配を感じて、ユキは後ろを振り返った。
 まだ残る家屋がある。集落ではもっとも西側にあった家。その屋根の上に、セツ・イサリビ(Chat noir・f16632)がいた。
 セツは防御するでもなく、しずかに目を閉じて立っていた。その手元になにか……本のようなもの?……を持っている。
 そしてその姿勢のまま、黒い泥濘の触手に足元から飲み込まれた。
「え、えーいっ!」
 ユキは思いっきりアイスピックを振り下ろす。まっしろな雪の壁がピキピキとそこから蜘蛛の巣上に走って、黒い泥濘の上に細い道を作った。雪壁の完成を待たず、ユキは続けてアイスピックを振るう。氷が出来たそばからその上を滑って、セツが飲み込まれた場所までおどろくほど速く移動していた。
 そして最後に大きく振りかぶって、出来た雪壁ごと泥濘に大穴を開ける。穴が閉じる前に、ユキは意を決して飛び込んだ。
 直後、地響きをあげながら黒の泥は集落のすべてを飲み込む。
 ………その様子を、集落からすこし離れた場所にいるエメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)が見ていた。
 集落を飲み込んだ泥濘は溶岩に似ていた。重く、粘性で、内部に熱を感じさせる。そこに取り込まれたら、脱出するのは容易ではない。
 蠢くさまは大河のよう……ただし、どこにも流れない。そこから移動する気配はない。
 もう誰も残っていない。転移したアルミィとリーヴァルディ、そして集落に立ち入らずにいたエメラ以外は。
「……これは拙いわね」
 情報を共有していた仲間との連絡が途絶えている。こちらからの繰り返しの呼びかけに返ってくる反応は一切ない。
(「私も急いで集落に……」)
 足を向けかけて、エメラは軽く首を振った。
(「……いえ。それよりも、私に出来る事をした方が良さそうね」)
 硬質の、陶器のような手のひらをかるく開く。細い指先が空を指し示す。指揮者の動きを追う楽団のように、いくつものドローンが出現し、展開していく。
 UC『ここに始まるは我が戦場(リコネサンスドローン)』。
 敵には補足されないステルス属性の偵察用魔導蒸気ドローンは、その外見だけを言えば『缶』だ。それが440体、猛スピードで、しかし音もなく集落の周辺全域を飛び交い始める。
(「敵の力を増幅しているという『紋章』……まずはそれを発見する。その位置を皆に連絡すれば、効果的に撃滅できるはず」)
「……任せたわよ、皆」
 戦いは、既に始まっているに違いなかった。


 〇・〇・〇

 朔良は闇の中にいた。
 闇はもともと朔良に近しいものだ。朔良に力を与えてくれる。
 だがいま朔良を覆う不定形の闇は、ねっとりと重い。
(「敵は不定形、形がない。だが、必ずどこかに打開策があるはず」)
 朔良は平静を保ち、己の身体の状態を検分する。これはおそらく心に干渉してくる類の敵だろうから。
(「こちらが『絶望』に取り込まれないように、しっかりと気を持てば問題はないはずだ」)
 と。闇の中に、闇と同じ色合いの人影が見えた。
 それは朔良がとてもよく見知ったもので、とても慕わしい、片時も忘れず心の底から希った、見間違えようもない形をしていた。
 ………考えまいとすればするほど考えてしまうのが人間だ。だから朔良はあえて抗わなかった。
 この敵は、こちらの『絶望』を用いて干渉してくる。
(「私が思う『絶望』。………それは親愛なる主からの拒絶」)
 だからその人影は、朔良の主のものに違いないのだ。 
 人影はゆらぎ、声を発する。
「───■■」
 今まで朔良は、主が自分を拒絶する言葉を聞いたことはない。だからこそ、もしその言葉が発せられることがあれば……その言葉を、自分が聞いてしまうことになれば……。
 しもべの名前だけを呼び、続きを何も語ろうとしない人影。
 それを見上げる自分がどのような表情をしているのか、朔良にはわからなかった。

 〇・〇・〇

 黒い泥濘の中を、猛スピードで滑り落ちていく。
 まるで流星群の中に放り込まれたようだ、とクロスは思った。
 流れていくのは風景だ。最初クロスがいたのは見覚えのある場所だった。
 すぐに「これは敵の攻撃だ」と悟った。そうと分かれば対処は早い。クロスは己の心に活を入れた。
 己の『絶望』に呑まれぬよう心を強く保ち、オーラ防御で足元を覆う。結果的にそれが良かったのだろう。呪詛耐性もあった。自分の知る絶望の風景は、流れるように後方に過ぎ去っていった。
 それから、いくつもの光景を通り過ぎた。どこかで誰かが見た『絶望』。もしかすると、一緒に泥濘に呑まれた猟兵のそれかもしれなかった。
 溢れ出した絶望……その奔流はクロスを否応なく押し流す。微弱な不快感を感じるのは、これも敵の攻撃である証拠だ。クロスは掴みどころのない空間で、己の感覚のみを頼りに自分を保とうとした。
(「確かに、文字通りに絶望的な状況かもしれません。………ですが、強大な敵だって、何度も乗り越えてきました」)
 絶望と同じだけの質量の、熱い記憶が確かに胸の中にある。
(「なら、今回だって乗り越えられない道理はないでしょう」)
 今また、クロスの眼前に新たな『絶望』が立ち現れる。
 やけに赤い煙が、強い風に千切られ流されていく風景だ。煙とともにたなびくのは、千切れて燃え落ちる寸前の戦旗。空も燃えるように赤い。炎の照り返しを受けて、煙も雲も何もかも赤い。赤い戦場。
 クロスの髪もまた、煙臭い風にあおられ、赤みを帯びる。
 いつの間にか戦場に立っていたクロスは、死屍累々の地表の先に、ひとり立つ者を目にする。………それは望みを絶たれた者だったろうか?
 絶望の景色はどこまでも広がっていく。


「わわっ!?」
 外に転がり出たジャコバンが見たのは、煤けたむきだしの地肌。
 おそるおそる見上げた先にあったのは、頼もしい猟兵2人の顔だった。
 リーヴァルディが、匿っていた住民――ジャコバンと彼の忠実な友でもある馬たちを、異空間から出したのだ。
 ジャコバンにしてみれば、常夜の城の庭でやすらいでいたところに、心地よい夜の風のようなリーヴァルディの呼び声が聞こえたので、何の不安もなく従っただけだった。
 リーヴァルディとアルミィ、2人は黒い泥濘が来ることはないだろうと思えるくらいの距離を飛んだ。集落は遠い。
 アルミィはジャコバンの胸元に、ぽん、と小さな鞄を押し当てる。
 小さな鞄……UC『小さな大倉庫』。ジャコバンの宝物たちが匿われている場所だ。
「大事に持ってな」
 住民たちは乳幼児を連れている。あの敵がまだ蠢いている以上、外に出すのは避けたかった。
「アタシたちは戻る。しばらくアンタだけになるが、何、大丈夫」
 泣き言を言っても仕方ない場面だった。しかしジャコバンは情けない顔をしながらも無言でいなずいた。抱き留めた小さな鞄が、彼に弱音を吐くことを許さない。
「……貴方達は皆、既に絶望の覆し方を知っているはず」
 リーヴァルディはその重みを想う。ちいさな赤子の手を、笑顔を覚えている。
「……こんな処で終わらせたりはしないわ。絶対に……!」
 強いまなざしで集落のあった方角を見やる。
 ……そこは今、『異界』と呼ぶにふさわしい有様となっている。
 しゅっ、とアルミィは巻物を開く。
「さあ、絶望とやらを迎えに行ってやろう」
 その呟きだけを置いて、2人は『跳んだ』。
 見送りの言葉を発する暇もない。ジャコバンはただ、不安そうにいななく馬たちをなだめ、小さな鞄を腹に押し付けるように抱き締めた。

 〇・〇・〇

「何だぁ、このシベリアの泥炭みたいのは」
 飲み込まれた直後であっても、ミハイルは己を見失うことはない。すぐに周囲を把握しようと努める。
 足元にあったはずの地面は変質してしまったのだろう。妙に頼りなく、足底がどこまでいっても固いものを捉えない。
(「こーゆーのは、相手すると面倒くさいぜ、まったく」)
 手足の自由を確かめる。……オールクリア。
 歩く、は、動作としては出来ているはずだが、周囲の景色が変わらないので実際に移動できているのかは確かめようがなかった。
(「周りが全てこんなカンジってコトは………どこかに本体もしくは中心があるんじゃね?」)
 果てが見渡せない泥濘。
 泥土。シベリア。ミハイルの記憶にある風景だ。
 長雨でいちめんの泥土と化した戦場は、冬には凍結して進軍を拒むものになる。
 ……「沢山あるコンディションの中で、どの戦場が最悪か」は兵たちの間で一時、論争の的になるテーマだ。だが、結論はだいたい同じで、「どれもごめんだ」ですぐに終わってしまう。
 そうだ、ごめんだ。
 いつしか、ミハイルを飲み込んだ黒い泥濘はさむざむとした原野となり、足元は屍の形の白いオブジェで埋め尽くされていた。
 その形のいくつかにミハイルは見覚えがあった。靴のかかと、タグの種類、戦場で目にすることのできるほんのわずかな個性。さっきまでミハイルと他愛ない話題に打ち興じていた相手のもちもの。
 ……この世に、兵士全員が帰還できたミッションなどあるものだろうか。そう考えれば当然のこと。
 と。動かないはずのものたちが動き始める。
 立ち上がる。筋肉は弾け、内臓は毀れ、生前とは比べ物にならないほどぎこちなく、銃口をこちらに向ける。
 そのすべてを、ミハイルは己のUKM-2000Pの掃射で薙ぎ払った。
 わかりやすい絶望のイメージ。それに近いものなら確かに、過去何度か行き会ってきた。だが。
(「んなモン、とっくの昔に捨ててきたぜ」)
 姿勢を低くし、退き撃ちながら物陰を探して駆ける。
(「戦場じゃ、悲観論者が真っ先にくたばる。こちとら明日をも知れねぇ傭兵稼業、長生きなんざできると思ってねぇし、したいとも思わねぇ」)
 生ける屍らしく、よたよたと寄ってくる絶望のパロディを残らず撃ち倒す。悪夢にふさわしいエンディングを添えてやる。
(「せいぜい、好きな様に生きて、好きな様に死んでいくさ」)
「悪いが俺を殺すにゃ、手前じゃ役不足だ泥炭野郎」
 そう吐き捨てたときには、シベリアの大地は姿を消していた。かわりに現れたのは、鬱蒼とした森。
 ミハイルは周囲の気配をうかがう。『これ』は見た覚えがない。
 今いるのは獣道だろうか、一見ふつうの山肌に見えるが、踏み固められたいくつかの筋は他の場所よりずっと歩きやすい。
 ざざざざ、と物音がした。巨大な何か、生きものの動く音だ。
 とっさに大きな繁みの中に飛び込む。
 ざざざざざ。
(「………!」)
 見覚えがあった。
 黒い鎧、黒い騎馬、長大な剣を持ち、かつて集落の住民たちにとって『絶望』そのものであった───『異邦の騎士』。
(「ジャコバンの『絶望』か!」)
 眼前を颶風のように行き過ぎるその背に、ミハイルはハンドガンを連射する。
 またもや景色は変容した。ミハイルの姿を隠してくれていた木々は失せる。
 ひろがるのは見覚えのある渇いた大地。空は赤い。
 その赤を背景に、ミハイルの眼前を行き過ぎた騎士は馬の脚をとめ、馬首を巡らせる。
 その姿はかつて見た威容をそのまま湛えている。『絶望』という感情が形をとるのがこの空間なのだから、それは当然だろう。住民たちの領主への恐れはまだ血を噴くように生々しい。
 無傷のこいつとまた戦うのかよ、とミハイルは舌打ちをしかけ……しかし次にニヤリとした笑みを浮かべる。
 敵の背後に、赤ではない、漆黒の霧が見えたから。
 騎士もその霧に気づいたのだろう。乗り手の機微を察した騎馬が初めていなないた。
 瞬間、霧は分裂する。
『Sammeln!』
 鞭のように鋭い声が飛ぶ。分裂した漆黒の霧は声に応えて形を得る。光さえ食らいつくすほどの、漆黒をまとった狼の群れだ。
 その声にミハイルは聞き覚えがあった。どころか、何度も聞いた。この狼たちは声の主──灯璃のUC。
『Sammeln,Praesentiert das Gewehr!』
 灯璃にとっても二度目の相手だ、戦い方もわかっている。何より、黒い泥や見覚えのない風景と違って、敵が実体化している分やりやすい!
(「……やるべき事はシンプルです」)
 騎士を狼たちで取り囲み、ミハイルと挟みうつように灯璃は指示を飛ばした。
『……仕事の時間だ、狼達≪Kamerad≫!』
 恐るべき狼たちの迫る気配に、騎士は己の背丈ほどもある大剣で空を一薙ぎする。それもまた灯璃とミハイルの既知の技。宙に舞い散る薔薇の花弁は不吉に赤かった。
 花弁を蹴散らし、食い破る狼たちの背後で灯璃とミハイルも動く。
「逃がすか!」
 ミハイルは相手の行く先に向けて弾幕を張る。
 赤い花弁が破裂する。残骸を踏み分け狼たちが黒い騎馬に食らいつく!
 ───ざん!
 最前列の狼を大剣が薙ぐ。幾体かが散らされたが、大剣を振りぬいた瞬間、敵にはあからさまな隙が生まれていた。
 その『隙』に灯璃は照準を定める。
 スコープの先、鎧の継ぎ目。しかし拡大されたその視野に、突然赤いものが滑り込んだ。
 花弁ではない。花弁の赤をさらにぬめらせたような……生きものの中身のような。
 彼女には何が見えていただろう?
 なんであれ、灯璃がそれを自分のこころに付け入らせなかったことは確かだ。
 援護射撃の音が絶え間なく続いていた。自分一人ではない、その音が頼もしかった。
「……絶望に付け入らせる隙は与えませんよ」
 赤い色を反射して、灯璃の瞳の藍色は強く濃く映えた。
 空に一条。着弾を信じ、灯璃は即座にその場から離れる。
 ぐらり、と馬上の巨躯がゆらぐ。大剣が地に落ちぐわんぐわんと地響きを立てる。弾丸に貫かれた鎧の隙間からびゅうと赤いものが噴き出す。その、赤に、潜んでいたものが姿を現す。
 血の吹きだす勢いに乗ってミハイルと灯璃の包囲から抜ける……!
(「『紋章』!!」)
 猟兵はそれを蝶だと認識した。赤い翅もつ蝶。ひらりと旋回しながら上昇するその小さな赤を、突然大地から複数の白光が照らしあげる。
 駆けながら灯璃は察する。見ずともわかった。包囲を狭めるように近づいてくる騎兵隊、その先陣をきるのが誰かを。
「参じるのが遅れましたが……本丸は逃がしません」
 馬上にあるのは美月だった。
 常の理の働かぬこの世界で、仲間の気配を見つけるのがどれほど困難か。ましてこうして同じ場に辿り着くためにどれほど試行を重ねたか。
 〖繊月〗を抜き放ち、指揮下の騎兵に無言の指示を飛ばす。
 騎兵は一斉に照明弾を投じた。
 暗い空に、切れ目なく閃光が炸裂し、赤い蝶……『紋章』の姿をあらわにした。
 赤い翅に、くっきりとした髑髏の形。翅につながる脚とも体毛とも判断できぬ器官は不気味に蠢いている。 
 赤い蝶は逃げ惑う。
 ちかちかと明滅する影を猟兵は追う。その眼前に、突然、赤い蝶が現れる。
 ひらひらとした軌道からの突然の直線高速移動だった。
(「蝶はブラフだ」)
 赤い蝶の攻撃より早く黒い狼が体当たりする。赤い蝶の一撃を止め、狼は黒い霧となって消滅した。
 初撃を止められたとしても赤い蝶にとっては至近距離だ。何をしようとしていたとしても、まず避けられはしなかっただろう。
 相手の姿が、忽然と掻き失せなければ。
 感情がうかがえぬはずの紋章が惑うように揺れる。
 猟兵は実体ではなかった。残像。思えば、その姿はいつから戦列に加わっていたのか?
(「フッ……」)
 予期していたシチュエーションに、霧亥は内心笑みを漏らす。
 確実に紋章を狙う。そのために姿を隠し、仲間をも隠れ蓑にしていた。『武器を構えた残像』とは別の、目立たぬ場所……狼の群れの影、騎兵の立てる土煙の中……で、吹き矢を片手に狙いを定めていた。
 黒の中を駆け巡る赤い蝶。
 まどい、中空でとどまるその色に向かって、霧亥は全神経を集中させ、吹き矢を放つ。
(「………命中」)
 髪の毛ほどの細く鋭い針は、翅に浮き出た髑髏の中心を貫いていた。
 ぶるり。
 翅がふるえる。繊毛のような、触手のような足が蠢いた。
 一瞬、一同は勝利を予想した。
 翅の向こうに、赤い空が見えていた。
 その色はどこから来たのか……ダークセイヴァーであれば何の不思議もない。そうでないとすれば、空は大地の色を映していたのだろう。
 霧亥には心当たりがあった。
 戦場だ。かつて戦場だった場所だ。今は動くものも少なく、赤以外の色は燃え落ち炭化していく黒と、その先にある灰のみ。
 霧亥の脳裏に去来する、臣下臣民の姿。己が国を滅ぼされた絶望。しかし彼は即それを跳ね除ける。
「……絶望の多寡を問うなど無意味だが、それでも俺の絶望は貴様等のソレとは別格」
 逃げに転じる敵が利用したのは自分の記憶。効かないとはいえ、不快なことこの上ない。
「絶望に戦くだけの下郎は去れ!」
 赤に向け聖水を振りまく。
 ──純銀の風受けに塗っているのは、浄化して純度を高めた聖水。紋章を焼く、最上の毒となる。
 と。
「うおっ!」
 猟兵たちの足元から、凄まじい勢いで世界が溶け崩れていく。物は形を失い色ごと滝のように流れ落ちた。
「!」
 赤い蝶と最短距離にいた霧亥は、自分の体が空間ごと引きずられるのを感じた。光も、闇も遠ざかる。
 遠くて灯璃の声が聞こえた。
「別の『絶望』に逃げ込む気です! 離れ離れにならないように……!」
 がしっ!と霧亥の足首をミハイルの手が掴む。ミハイルごと引っ張られるのを、灯璃がミハイルの両足に飛びついて引き留める。美月が馬首をめぐらせ騎馬のまま灯璃に片手を伸ばす。足先を捉え、なんとか馬の背に下ろして体を支えた。美月のもう片方の手はひしと馬の手綱を掴んで離さない。
 ここまでしてようやく力は拮抗した。
(「敵は世界ごとこちらを分断する」)
 ばらばらにして、無力さをより思い知らせようとする。
「胸糞わりぃぜ!」
 綱引きの綱の一部となったミハイルは、崩れていく世界の先に向けてなんとか銃を向けようとした。
 しかし引きずる力は徐々に収束し、やがて消滅する。綱引きだから中空にとどまっていた猟兵たちは、支えの一端を失って地面に落下した。猟兵なので当然苦も無く着地する。
「誰も深手を負っていませんね」
 疑問ではなく確認の言葉をかけ、美月は仲間を検分する。どちらかというと補助の役割を任じていた美月だったが、何が起こっても不思議ではない状況に、臨機応変に動けるよう認識を改めた。
 灯璃は周囲を見渡した。崩れ溶け行く世界。また別の『絶望』をもとに作り上げられていく。
「我々は個ではなく群。ここでは群でいてこそ強くなれる。……密に連携していきましょう」
 そして、今ここにはいない、別の場所にいるはずの仲間とも合流する。
 いくつもの意味で、大勢でいることは重要だった。


 ジャコバンは後悔した。毎日のように後悔していたが、たった今感じたばかりの後悔がなにより新鮮で強烈だった。
 集落の様子を遠目に伺おうとしたのだ。
 攻撃もここまでは届かないだろうと思ったのだ。
 ジャコバンが見たのは、黒い泥に飲み込まれて消滅した集落と……集落の上空、もとあった集落全体ほどの大きさの、黒い球体だった。
 黒い球体の表面では、さまざまな模様が常に流れていた。かき交ぜた水面に、いま絵具を落としたばかりといったところ。
 その模様のひとつが集まり、大きな黒い円を形作った。目玉、とジャコバンは思った。その目玉が、遠くにいるジャコバンを視ていた。
 みられている、と思った瞬間、ジャコバンの視界が暗くなる。呼吸が早くなる。冷たい汗が脇を濡らす。……「もうダメだ」、と思う。
 そんな木偶の坊を、エメラのドローンが突き飛ばす。
「あいてっ!」
 結構な衝撃に、ジャコバンはすぐには立ち上がれない。痛みに呻きながら、しかしジャコバンは自分が動けるようになっていることに気が付いた。
 ただ見られているだけじゃないか? どこが「もうダメ」なんだ?
 四つん這いで、ジャコバンは自分を突き飛ばしたもの……ドローンを手で確認する。掴まって立ち上がる。これは、おそらく猟兵が自分たちのために飛ばしてくれたものだ。そして今、ジャコバンを護ってくれた。そのせいで墜落し、動けなくなっている。
 ジャコバンは全身が激しく震えるのを感じた。
 恐怖故ではない。履き古した靴の様になじんだ恐怖でも絶望でもなく……一瞬のうちに吹き上がり体を震わせたのは、恐ろしいほどの激しい怒りだった。
 春に溶ける雪の様にはかないものであっても。
 砂漠に降る一瞬のスコールであったとしても。
 その怒りは、絶望を振り払うものだった。

 〇・〇 〇

 クロスは駆けていた。戦場跡、大地の傷口から、恐るべき生ける屍が這いだして来ていた。
(「ここも誰かの『絶望』の中……きっと俺が倒しても効果が薄い。この『絶望』の持ち主本人が倒してこそ」)
 だからまずは逃げに徹する。倒れた破城槌を飛び越え、無数の矢が突き立った柵を除け、赤の色を探した。
 そして見出す。半分以上燃え落ちて、黒く変色した戦旗を。
 旗手は討たれても、持ち手を地面に突き立てられた戦旗は、煤けた風に激しく翻る。その旗に織られた紋章は、まるで真紅の宝石のように輝いていて……。
 じゃりん!
 その旗にクロスは鎖を投じた。「この『絶望』の持ち主本人が倒してこそ」、先ほどの方針は撤回する。『紋章』の撃破こそ、勝利への最短距離なのだから!
 鎖は戦旗の中央を貫く。その手ごたえの無さにクロスはかすかに眉をしかめた。鎖を引いて、戦旗を手元までたぐりよせる。
 戦旗は無地。あの真紅の紋章はどこにもない。
(「また別の真紅に逃げたのか」)
 戦旗を捨て、クロスは別の赤を探しにかかる。戦場の大地は傷ついていてもしっかりとクロスの疾走を支えている。この『絶望』の世界はまだポテンシャルがあるのだ。きっと本人が近い。
 クロスの前に、小高い丘が見えてきた。
 そこも戦場だ。屍で埋め尽くされている。
 その屍の中から生えた一輪の花のように、さきほど見た孤独な戦旗のように、ひとり屹立する騎士がいた。
 一瞬構えて、すぐにクロスは思いなおす。……この騎士も屍。立ったままこと切れている。
 騎士は完全武装だった。兜、胸当て、手甲、剣に盾。隙間から流れた血や、表面に飛んだ血もあっただろうが、それも黒ずんで真紅とは程遠い。
 この世界で、残る赤はひとつしかなかった。
 と。クロスの耳は人が発する言葉をとらえた。残響を伴っている。声の主は頭部全面を覆う兜をつけているのかもしれなかった。
 ───この身は正しく盾である。
 聞き覚えがある声だった。
 ───残された願いを、想いを、残された唯一つを、守れぬ事などあってはならぬのだ。
 からん、と地面に金属が落ちる音がした。
 立ったままこと切れた騎士の武装が落ちる音だった。
 ───百余を生き、数多の戦を越えども、朽ち果てぬ我が身の内に宿された望みだ。果たせず絶たれる事などありはしない。我が生き様が絶望に浸る事などありはしない。
 残るただひとつの赤い色。
 クロスは鎖を手繰る。すぐにそこに投擲できるように。
 ───我が盾にて、その絶望を受け止めて。
 ───我が刃にて、その絶望を切り裂いて。
 ───苦痛を、憎悪を解き放ち、この昏き世界に報いてみせよう。
 胸当てが落ち、脛当てが落ち、剣も落ちる。
 ただ盾だけが、生前の騎士が構えたままの姿で屹立していた。
 声が……ニコラスの声が響く。
「我が『報復の刃』を以て、絶望の内に潜む心の臓腑の如き色、真紅の紋章も諸共に断ち切ってやろう」
 ただひとつの赤───燃え落ちる夕日の赤!
 盾はそのままに、生ける騎士が姿を現す。
 ニコラスが空に、不吉な偽りの太陽めがけて衝撃波を放つのと同時に、クロスも鎖を投じていた。
 空を縫う攻撃は二閃。
 遠くで「ギチギチギチ」と不快な音が聞こえた。

 〇・〇 〇

 朔良に向かって、主は一歩近づいた。
 手を伸ばせば届く距離。ため息さえ聞こえる距離。その唇がほころぶ予備動作さえわかるくらいの近さ。
 朔良の主は複雑な内面を持つ。万華鏡のような方だ。次に何を言うのか、簡単には朔良に気取らせてくれない。
 うつくしい唇。赤く、紅く、朱く……あかい?
 朔良は無意識にさがる。
 ギチギチギチ。……何の音?
 ぞろりと主の唇から何かが這いだす。翅。触手。あの方の口から出てくるものとして、自分を拒絶する言葉と同じくらい……ありえない。
 眼差しに無限大の怒りを込めて朔良は呟く。
「我が主を騙った罪は重いぞ」
 鴉丸、一閃。
 黒い刀身に、赤い色の照り映えは欠片もない。だが手ごたえはあった。その傷が、どこかで誰かの戦いに利するよう、朔良は願った。

 〇・〇・〇

 ラムダ・マルチパーパスは困っていた。
 最初に黒の泥濘があり、次に景色が急激におかしくなり……「おや、これはまるで、サルバトーレ・ダリのシュールレアリスム的な」……色が混ざり合った結果の暗闇に覆われている。
「一体どーしちゃったんでしょう?」
 他の猟兵たちとは違って、ラムダには景色に押し流されるというより、自分をすり抜けてすべてが流れていくように見えていた。
「うーん、敵は『絶望』を利用する……と。『絶望』ね。検索中………検索中……」
 余裕綽々の態度に思えるが、単に他にどうしようもないのだ。
 闇の中でラムダはただ浮かんでいる。全身いたるところのパーツを動かしても何も引っかからない。じわじわと、ダメージがあることはわかった。
「……検索終了。絶望とは、希望を全く失うこと、望みが絶えること」
 結果を口にして、「感情の一種ですね」と機械の体でふんふん頷く。
「で、絶望を覚えるというのは、一体どんなものなのでしょうか? わたくし、AIとして自我を持った年月が浅いものですから、絶望という感情が何なのか、理解も経験もない有様でして……」
 敵からクリティカルな攻撃を受けることはないが、こちらも相手にリーチする手がかりがない。
 わりと八方塞がりだ。
 地道に周囲をさまざまな手段で捜索し、情報を蓄積しようとするが、流れていく景色それ自体に意味があるのかもわからない。
 このままいけば「希望を全く失って」『絶望』になるのでしょうかね、と思ったところで、ラムダは何かに気づいて顔をあげる。
 何か、近づいてくる。
「局長様~!」
 わたわたと、ラムダは自らを構成する各部位を動かした。泳げるものなら泳ぎたいが、パーツの先端は虚空を掻く。しかしありがたいことに、何か──誰かは急速にラムダに向かって接近していた。
 「局長様」ネリッサは手を伸ばし、ラムダの上腕部をがっし!と掴んだ。自らの体を押し流す力にブレーキをかける。
 ラムダの機体はびくともしなかった。
「お懐かしゅうございます~」
 大げさに喜ぶラムダに、ネリッサは鷹揚に頷いて見せた。
「無事で何よりです。……しかしラムダさん、ラムダさんのこの状態はどういうことなのでしょう」
「はい??」
 ラムダは器用に首を傾げた。
 ネリッサはラムダの上腕から手を離さず、宇宙飛行士のような動きで、注意深く会話しやすい場所まで移動する。
「ラムダさん。私には最初、貴方が猛スピードで移動しているように見えました。ですが、貴方の位置を把握した瞬間、理解しました。猛スピードで移動していたのは私の方でした」
 ……それは、自転する地球上にいる人間には、不動の恒星がたえず動いているように見えるのと同じ。
 『絶望に至る』感情、それに抗する『絶望を乗り越えた』記憶、そんなものがこの黒い泥濘の中で渦を巻いている。
 内部の人間も知らずその渦に巻き込まれている。敵の力を増幅しているという『紋章』が、確かに仕留めたと思ったのに煙のように消えうせているのは、きっと攻撃が命中したと思ったその瞬間に自分がその場から吹き飛ばされているせいだ。
「おそらく敵に呑まれてから、貴方は一ミリたりとも動いていないはずです」
「とすると?」
 聞かされた仮説にぴんと来ない様子のラムダに、ネリッサは微かに口元を緩めた。
「あなたは座標になりえるということです」

 〇・〇・〇

 炎が躍る。
 ゆらゆらと、燃える人形が躍っている。
 燃えているのだから明るく光っているはずなのに、燃え盛るほどに暗くなる。たぶんそれはこころの中の風景だからだ。そのときの感情が、よくない気持ちが、明るいのに暗い不思議なものを作り出す。
 ここはそういう場所なんだ……とユキは思った。
 ユキの表情をうつしだす画面に、一度だけぎゅっと目をつむる様子が映った。
 そして再度、画面は見開く目をうつしだす。
 まっすぐに目をそらさずに見つめれば、形のないものでも何でもない、黒い泥濘がどろどろと蠢いているだけだ。
 ユキは勢いよくアイスピックを振り下ろした。
 ──カキン!
 ぶつかって、砕け散る。
 にょきにょき生えるタケノコをひとつひとつ潰すように、ユキは絶えまなく武器を振り下ろしていた。
 一緒にいるセツはずっと目をつむったまま。口元は微かに動いているが、何を言っているかは聞き取れない。たまに足元から崩れていきそうになるので、あわててユキはセツの体にとりすがる。同じようにセツの服に爪を立てた黒猫と一緒に、そうやっていくつかの『絶望』を渡った。
 いまやってきたのは、たくさんの人がいる『絶望』。
 建物の入り口だろうか、数段高い場所にセツとユキは立っていた。
 それを下段から、伏し拝むように、手を合わせて祈っている人々がいる。
 憎々し気に顔をゆがめて、石を投げてくる人々がいる。
 集団の声が塊になって、耳を弄さんばかりの大音響を響かせていた。
 ユキは何が起こるのかと身構えた。だいたい碌なことではない。気負うその背に、そっと手が回される。セツの肩先に、ちょこんと座らされる。
 覗き込んだセツは目を開けていた。
「ユキが作った白い道。それが時間を稼いでくれた」
 読み終わった本の背を指先でなぞる。
「俺は考えていた」
 セツは語る。
「ずっと考えていた。とうの昔に世界は神の手を離れている。人の子の姿をして、ヒトのふりをして時間を過ごす俺が、お前たちになにができるというのか。
 いくら考えてもひとつだけだ。──祈りを聞き、赦すこと」
 混乱と喧騒を前に、セツは問いかけた。
「お前たちは絶望に沈みきる前に祈っただろう。『神よ』と」
 ふつり、と静寂が生まれた。人々がすべての動きを止めていた。
(「本来、神とは沈黙するもの、語らぬもの。俺はお前たちの祈るものではないだろうが、その辺りは我慢してくれよ」)
 内心でそう断って、神としてセツはその言葉を舌にのせる。
「………赦す」
 言葉は光だ、という教えがあったはずだ。この場でそれは真実になった。
 ユキは目を丸くした。人が、人々が、光っている。
 混沌の中に祈る魂をひとつひとつ読み解き……悲しみ、憎しみ、苦しみ、恐怖を断ち切り……魂の底にある光を呼び戻し、逝くべきところへ逝けるように。
 次の生は光あふれる場所に生まれるように。
 それがセツのUCだ。だが効果の大きさはセツ本人でさえ予期していなかっただろう。
 この世の絶望すべてを癒すことは出来ない。
 だが時を得て、場の助けを借り、同胞と共にあれば。当然、運も必要だ。
 その運を得たならば。……此処で出会った彼らを、彼ら『全員を』読み解くことは可能だ。
 光は連鎖して猟兵たちの周囲を埋め尽くす。景色は絵具の様に消し流され、下地である黒い泥濘が顔をのぞかせる。
「あっ!」
 ユキは頭上のそれに気が付いた。
 細い細い道が黒い泥の中にあり、その先に穴があいている。
 赤い空がのぞいている。
「すごい、きっとあそこが出口だよっ!」
 頷いて、セツは、相棒の黒猫が微妙な距離でひげをそよがせているのに気が付いた。
「なんだ、その顔は」
 同じく微妙な表情で、セツはつぶやく。
「久しぶりなんだよ………神の真似事は」 

 〇・〇・〇・●

 黒い泥濘に穴があく。
 地獄に垂れた蜘蛛の糸の様に細い、それでも外に通じる穴があく。
「「!!」」
 内部で反応したのはラムダ。
 外部で反応したのはエメラ。
 途切れそうに細い外への出口を、雪壁でコーティングしていくのはユキだった。
「見つけた」
 エメラの声は喜色で満ちた。ジャコバンを護るのに墜とされたドローンは3割。残りのドローンの電波、音波、熱反応、あらゆる精査に対して、黒い球体の内部から応えが返ってくる。
 ラムダという確かな座標から帰ってくる。
「位置把握しました」
 淡々とした数字と文字列を吐き出して、ラムダはエメラと自分、および脱出口との距離をネリッサに伝えた。外部とつながった余波だろうか、他の猟兵たちとも連絡が取れるようになっている!
 思うように動けないながら、判明した仲間や出口の位置に向け、猟兵らは意識を集中させた。思ったよりも近い位置に仲間がいた。遭遇すれば足元は格段に移動しやすいものになった。
 皆脱出口を目指す。動けぬラムダは、再会した『SIRD』の全員で抱え上げた。はしゃぐラムダと一緒に、一段となって脱出する。
 抱えあげられて、周囲をよく見る余裕があったおかげだろう。狭い穴を抜ける、その一瞬にラムダは目にした。
 赫い蝶が、逃げる。
 猟兵らと同じく外へ。


「わかっていたよ。そろそろ戦わなくちゃいけないってのは」
 墜とされたエメラのドローンの影に滑り込んだジャコバンは、片手でドローンの表面を傷ついた馬にするように撫でさする。カタカタと歯を震わせながら、もう片方の手はちいさな鞄をこれでもかと強く抱き締めている。
(「『俺が』戦わなくちゃいけない」)
 猟兵たちのような力もないちっぽけな自分が、誰かの楯にならなくちゃいけない。
(「痛いだろうな。死ななくてすんでも、怪我するだろうな。取り返しのつかない怪我だともう馬の手綱を握ることさえできなくなるだろうな」)
「でもやらなくちゃいけない。カタリナとエステルのためなら俺はやる。そりゃ、一人じゃ怖いさ。エステルもカタリナも守れそうにない。絶望もする」
 恨みを篭めた目つきで、涙で頬を濡らしながら、ジャコバンはぶつぶつと呟く。
「……でも今は、誰かがいる。俺が頑張ったら誰かがエステルとカタリナを助けてくれるだろうって、そう思える。絶望なんてしてやるもんか」
 敵はこちらを分断する。ばらばらにして、不安にさせて、「もうだめだ、お終いだ」という結論に飛び込ませる。それが常套手段なのだ。
 ジャコバンはぎゅっと目をつむる。
 閉じた眼の先、さきほどまで領主が居座っていた闇の中に、今は誰かの声が響いている。いくつもの声だ。聞いたことがあるものばかり。そのうちの一つが耳元間近で再び響いた。
『必要なことを為せばいい』
 ジャコバンがいつか聞いたことのある言葉。ニコラスの声だ。
『その想いを守るべきものへ伝えればいい。それを邪魔する些事からお前を守るは此方の為す事だ』
 目を開く。
 視線の先に、黒い泥に呑まれて消えた集落の跡地と、その上空に広がる巨大な黒い球体がある。
 ──あの黒い目玉と、視線を合わせてはいけない。
 恐怖は無くならないが、もう恐怖のせいで動けなくなりはしない。ジャコバンの耳元の声は今も続いている。
『その想いは、願いは、この身に託され引き継いだ。この身は正しく盾である』


 『絶望』から脱出してすぐ、ニコラスが目にしたのは巨大な黒い球体だった。
 自分たちが取り込まれていたのが「集落がもとあった場所の上空」であったことは、仲間によって知らされていた。既知。穴があいたのが天頂方向なので、脱出後すぐ落下することになるのも想定済み。
 だから、ニコラスの眼前に触手……いくつかの触手が編み合わさって、巨大な腕と化している……が迫りくるのも想定済み。そしてそれを救助すべくアルミィが空間を跳ぶのも想定済みだった。
「させないよ!」
 アルミィはニコラスの腕をつかみ、ぱっと広げた巻物を閉じる。
 もう黒い腕の前には誰もいない。行き場をなくした暴力は、しかしまだ宙空にいるセツらに気が付いた。
 貯めた力を再び振るおうとする腕の前に、またもやアルミィが割り込む。
「───!」
 腕は単純な暴力のために伸ばされたのではなかった。
 腕の先に、ひょこり、と眼球が飛び出していた。
 それが真正面からアルミィを見る。黒い眼球と眼があう。
 よぎった懐かしい面影に、心の中だけの呟きが漏れた。
(「……子供か、なるほどねえ」)
 ぱちん!
 巻物が閉じられる。飄々と、どこ吹く風で、アルミィは仲間を大地の上に移動させる。
「舐めるな。アタシの惚れた奴がそんな育て方するわけないね」
 しゅるん、ぱっ、ぱちん!
「次は死かい? あいにくそっちも経験済みでね、知ったことかい」
 跳躍と移動が繰り返される。もう中空に残る仲間はいない。
「──ただの感情の塊が、アタシを殺せると思わない事だね」
 アルミィが吐き捨てた言葉は、不思議と快活ささえ感じさせた。
 ずしん!と音がする。ラムダが着地したのだ。逆噴射で制動し、着地後すぐにギャリギャリと移動を始めている。
 黒い球体は、黒く鋭い棘を生やした姿に変化していた。
 棘は鞭のように自在に動く。各個撃破を狙う黒い棘を、リーヴァルディが空から撹乱した。
 こちらも転移を用いた銃撃だ。
「……人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を……」
 翼で一気に距離を詰める。リーヴァルディの銃は、正確さより威力を重視したタイプだったが、この位置ならはずしようのない。
 背後から迫る触手は、地表を駆ける猟兵たち……正確な灯璃の狙撃と、次の触手の動きを予想したネリッサの指示で、ミハイルとラムダが張る弾幕によって動きを止められていた。
(「……私は独りじゃない」)
 ふっ、と息継ぎの合間にリーヴァルディの唇から漏れた息には、安堵に似た響きがあった。
(「独りじゃないし、大切な人達から託された誓いがある……」)
 マスケット銃の一撃で目の前の触手が大きく弾ける。
(「この誓いがある限り、どんな絶望にだって屈したりはしない」)

 〇・〇・〇

 鞄のなかに避難し、守護されている住民たちは、全員夢の中にいた。
 それは敵の力の一端で、体は隠されていたとしても、『絶望』を媒介に心に忍び寄ることはできる。夢はこころへの入り口として絶好の手段だった。
 猟兵たちに避難指示を受けず、安全な場所に匿われることなく移動していれば、悪夢が彼らを待ち受けていただろう。
 しかし敵の虚ろな視線はすべて猟兵が迎撃し、漏れたものもエメラのドローンが身を挺して撃ち落している。この夢には正の干渉も負の干渉もない。もとになったのはすべて住民たち自身の感情だ。
 最初に夢を見ている自分に気がついたのは子供。
 夢だと気づいたのは、空の色がおかしかったから。
 黒くも赤くもなかった。薄い紫のような、あかるいピンクのような。ちいさな白い点々がそのなかでチカチカと点滅している。……それは別の世界で『黎明』と呼ばれるものだったが、子供はまだその名を知らなかった。
 周囲には集落の全員がいた。みな眠りから覚めたばかりなのか、不思議そうにあたりを見回している。
 その中に両親と妹の姿を見つけ、近寄ろうとしたとき。何に気づいたか、ぱっと子供は顔をあげた。
 そして歓声さえあげて走り出す。両親の驚いた声がしたが、神殿は気にしない。
 明るくなっていく空を背景に、大きな人影が……ハンドガンを抱えた、熊の様に頼もしい背中が見えたのだ。
「えっ、なに?」
 カタリナが目覚めたのは、胸元で歌声がしたからだ。
 エステルがちいさな指を指揮棒のように動かして、覚えたばかりの歌を歌っている。
 子供たちは全員起きていた。周囲を見て、一斉に喜びの声をあげている。
 沢山のしろくまたちがいた。列をなし、踊りながら明るいほうへ向かっていく。子供たちは同じように歌い踊りながらその列に加わった。
 呆然としていた指導者の男は、ふと隣に誰かがいることに気づいた。
『人の上に立つということは、気苦労も多いですね』
 見覚えのある猟兵の女性だ。うっすらと炎のようなものを纏っている。
『西の方角に何があるのか。今まで探索すらしなかったのは何故ですか?』
「誰も………望まなかったから」
 指導者・アーダムは力なく答えた。
「誰も望まなくても、しなければならないことだとわかっていました。まだ動く余地のあるうちに。私が皆に切り出すべきでした」
 しかし余地があるからこそ、集落の放棄を提案すれば揉めることは目に見えていた。住民たちは、もっと食料が減って、何もかもぎりぎりになるまで安住していたかった。
「つらくても、ただ流れに身を任せてじっとしているほうが楽ですから。自分から動くのはとても怖いんです。動いた結果、もっと悪いことになったとしたら、誰のせいにもできないですから。
 でも貴方たちが来た。危険を知らせてもらったのに動かずにいて、悪いことになったら、それはもう誰のせいでもなく私たちのせいです。
 だから私たちにとって……貴方たちはいつも、運命の使者なんです」
 夫の渇いた笑いを聞きながら、レオナは俯いていた顔をあげた。
 光が差してくる方角、そこに見覚えのある少女がいた。
 翼のような、風にひるがえるヴェールのような、燐光を放つものを纏っている。
 ふっ、とレオナは微笑んだ。
「まるで花嫁さんね」
 出会ったときは冷たく固い表情だった。いま光を受ける彼女は、まさしく祝福されたようにやわらかく微笑んでいた。


 闇が震えた。
 黒い球体は……触手をあらかた刈り取られ、サイズをひとまわり小さくした球体は、何が切っ掛けかはわからないが、忌々しいものに触れたように動きを鈍らせる。
 泥濘が薄くなる。
 黒い泥に隠れていた赫奕の赤を、その輝きを猟兵たちは視認できるようになっていた。
 ……もう隠れられる絶望は残っていない。
 バラッ。
 薬莢が灯璃の背後に飛ぶ。その薬莢が地面に落ちる音を立てるころには、もう灯璃はその場にいない。
 跳躍だ。アルミィが、必中の狙撃手を次なる安全圏へと運んでいる。
 ──『狙撃手は狙撃後、ただちに移動する』のがセオリーだから。
 教本どおりの正確さで灯璃のスナイプは続いていく。
 ネリッサは敵の動きを読む。
 黒い泥の総量が減ったことで、敵の攻撃の回数はかなり減じていた。
 猟兵たちは球体の周辺で、円を描くように移動しながら攻撃している。敵があたらしく編み出す触手は、すべてこの攻撃に対応するものばかりになっていた。
 ネリッサはひらりと美月が指揮する騎兵の馬に相乗りする。
 意図を察して、美月は思念で軍勢の動きを編成しなおした。球体の周りを旋回しつつ、包囲の輪を狭めていく。
「抜刀!」
 合図と共に、全騎が中央へ突進する!
 ───『面から、点の動きに』。相手にしてみれば、ずっと線を描いていた敵が、点となって突っ込んでくるのだ。あたらしい触手を生み出そうにも間に合わない。
 球体の表面に生まれた目は、苦し紛れの様だった。
 余裕のないその目が美月を見る。決着はひとまたたきの間のこと。
「……古書に曰く、『生き死にを考えるのではなく、如何に生き死にするかを悟れ』と」
 自分の言葉より早く馬を駆り、美月は球体へと切り込む。
「……如何に強烈な死の体験であろうとも、自分で死地と感じぬなら唯々空虚である」
 刃が黒い泥をすぱりと切断していた。
 騎兵の馬には、短距離攻撃に秀でる猟兵たちも同乗している。
 『火力に機動力を補って』いるのだ。
 敵に触手を作る力はもうない。残った目で恐るべき視線を飛ばすのを、翼持つ者……闇の翼を広げたリーヴァルディが撹乱する。
 皆、決定打を探していた。
(「──ココ、」)
 朔良の耳元で、影の人形たちが囁いたのはそんなタイミングだった。
 いままでずっと、黒い泥濘の相手をしながら探し続けていた。UC『影人形:影の支援者(シャドウマリオネット・サポーター)』。影の人形たちは目当てのものを探しあてた。
 人形たちは囁く。赤い蟲の大好物を。
(「逃げ隠れする『紋章』は……罠に誘い込む」)
 紋章を捉える罠は、朔良の『絶望』。あえて朔良は目をつむり、胸の痛みを思い起こした。
 主。あの方が口にするはずのない言葉。
 その痛み、恐れ、絶望の気配。それに魅かれて蠢き触手を伸ばすものが確かにいる。
「我が主を騙った、」
 朔良は繰り返す。敵の罪の重さを、再度わからせるために、
「他者の絶望を騙り、欺く、」
 目をつむった朔良の背中。息のかかりそうなほど近くに、『紋章』がいる。
「その罪の重さを味わえ!」
 ふりむきざま朔良は鴉丸を突き出す。
 赤い翅が、罠にかかった『紋章』がもがいていた。
 クロスは畳みかける。己の血のもって武器の封印を解く。クロスの武器は極薄い刃の黒剣。剣といっても、魔力によって長剣・短剣・大鎌へと形を変える。
「絶望がどれほど深くとも、人はそれを乗り越える。………その証明を、ここに」
 命を刈り取る形をとった黒剣は、赤い蝶を左右に両断していた。


 『紋章』が切断された瞬間に、泥ははじけ飛ぶ。破裂して、黒いものをまき散らしていく。
「おっとと、これもダメージ加算がありますね~」
 セツとユキを肩に載せ、ラムダは振りくる泥濘を避けてひた走る。
「なに、回復ならまかせてもらおうか」
 微弱ダメージの累積を、セツが次々癒していく。
 猟兵たちは数が多い。それぞれの役割をきちんと果たせる。自立して動けるし、大局をみて判断できる。
(「これが人間の、人間たちの強みなんだ」)
 赤は逃げる。翅はすでに断たれて、ぞろりとした脚と触手の塊が逃げる。赤は探す、赤が求める絶望の記憶を。
 赤い落日が見えた。血のような落日だ。罠かもしれないと感じたとしても、そこに逃げ込むしか道はなかった。
 まさしく、極大の罠の入り口だった。
 飛び込んだ『絶望』の空は、無数の盾で埋め尽くされていた。
 同胞たる黒鉄の鎧に身を包み、奥底より覗くニコラスの双眸は赤く、しかしその赤は逃げる紋章のそれとは色合いを異にする。今を脈打つ心臓のように茫と輝く。
『血を。誇りを。魂を』
 この今は、絶望を経たからこそ。
 時に絶望は、希望と背中合わせにあるのだ。
 逃げる赫奕の赤の逃げ道を盾が塞ぐ。
「もう逃がさないんだよーっ!」
 『紋章』から一歩の距離にユキがいた。ラムダの突進の威勢を借りて跳んだのだ。振り下ろすアイスピックの切っ先がぶすりと『紋章』に突き刺さる。アイスピックとそれを握るユキ、まるごと連れて『紋章』は逃げる。
 ユキはぎゅっと手を握りしめた。
 ユキのUCの効果範囲はわずか30センチ。そのぶん当たれば大きな威力を発揮するのだが、この機会を逃せばもう、高速で逃げる『紋章』をユキが捉えることは出来ないだろう。
 ──だから、ぜったい離さないんだよーっ!
 固く、純な、氷の力。
 『紋章』はアイスピックで突き刺された個所から次第に凍結してゆく。
 白く凍った翅は、ミハイルには鉄床に見えた。ミハイルの熱い銃床を……鉄槌を受け止める鉄床。
 鉄槌と鉄床。力と力が衝突し、その一点に集中する。叩き潰す!
「いい加減これで終わっとけぇ!」
 キシェェェェェェ!
 金属音じみた物音は鳴き声だったろうか?
 粘液を飛び散らせ、赤い『紋章』は砕け散る。
 生物と鉱物の特徴を併せ持つそれは、やはり美しさからは程遠かった。


 ……風が吹いている。
 泥濘も『紋章』も、あれだけ不気味だったわりには、特に悪臭がするというものでもなかった。
 アルミィのUCは役目を終えた。
 もうすぐ、息せき切って住民たちがやってくるだろう。
 ネリッサは、ひとり獅子奮迅の活躍をしたエメラにねぎらいの声をかけた。
「外部の貴方がいなければ、きっと彼らも完全に無事ではすまなかったでしょう」
「彼も、頑張っていたから」
 磁器人形の可憐な顔に、満足げな笑みを浮かべて……エメラは、すべてのドローンを使いつくしていた。
「本当に、お疲れ様でした……」
 遠くから、子供特有の高い声が近づいてくる。
「おっ、契約主のお出ましだ」
 これから彼らはあたらしい土地を探すことになるのだろう。
 まずは、西へ。
 ネリッサは頭の中に地図を広げる。
 さきほど気づいたことがあった。ユキや、リーヴァルディに確かめてみよう。
 赤い空を、ゆっくりと風が流れていく……。


 ジャコバンは人生で何度目かの軽い絶望を味わっていた。
 ……身動きが出来ない。たぶん、獣用の網の罠だ。たわませた木の枝に、網の四隅を結び付ける。何かで押さえて地面にそれとわからないように網を広げて……中央に獲物がかかれば木の枝をたわませている仕掛が外れて、獲物をくるんだ網が樹から吊り下げられる。そんな罠。
 怪我らしい怪我はないが、ジャコバンがどれほど暴れようとまったく破れる気配がない。
 集落を離れ、西に向かい、山を越え川を辿ってここまできた。
 轍の跡も見た。……人がいるのはわかっていたのに。
(「カタリナ……エステル……こんなところで終わりたくない……」)
 くたびれて、だらりとジャコバンは網の中に身を横たえる。……そう考えれば、ハンコックのように思えないこともない。
 と。人声が聞こえた。
 下からだ。子供の声がした。
「……だれか、ソル呼んで来いよ。それか村長とか、ほかの大人のひと」
「ランパートさんは?」
「あのひと喋らねえじゃん! それに最近来たひとだし……」
「あ、ソル来た」
 知らない人名をジャコバンは頭に叩き込む。
 やがて、落ち葉を踏みしめやってくる足音がする。それがこの世界の新しい章の始まる音だと、ジャコバンも誰も、まだ知らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年12月31日


挿絵イラスト