くらやみを虫が煩く飛んでいる。「少なくとも知らないおっさんの誘いを断れる程度にはね」街灯の逆光で男は暗く沈んで見える。「ああ、誤解だ」両手を胸元まで上げるだけで小洒落た仕草になっていてムカつく。
喉がひきつる。だって距離、結構あった。こんなすぐ目の前に来るなんてあり得ない。「お手を失礼」指先があたしの空いている手をすくう。いやみも含みもない。ただ指の冷たさにぞっとする。
いのと
こんにちは、あるいははじめまして。
いのと、と申します。
今回は関係についての非常にハードなシナリオです。
かなり重たく、苦しい展開が予想されます。ご注意下さい。
また噂という性質上、一般人が数多く登場し巻き込まれる可能性が非常に高いです。こちらも併せて御留意下さい。
大事な関係はありますか。
参加時にお教えいただけると助かります。
受付期間に関してはマスターページをご覧ください。
第一章:集団戦「楽園をつくるの」
第二章:お呪いを手繰れ。
第三章:ボス戦「やあ、猟兵」
ディア・マイ・ディア。
それを愛だと、呼びますか。
第1章 集団戦
『楽園の『僕』』
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POW |
●かあさまのいうとおり
【手にした鳥籠の中にある『かあさま』の口】から【楽園の素晴らしさを説く言葉】を放ち、【それを聞いた対象を洗脳する事】により対象の動きを一時的に封じる。
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SPD |
●とおさまがしたように
【相手の首を狙って振るったナイフ】が命中した対象を切断する。
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WIZ |
●僕をおいていかないで
【『楽園』に消えた両親を探し求める声】を聞いて共感した対象全ての戦闘力を増強する。
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👑11 |
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 |
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●“see no evil”――“見よ、わたしはあなたがたと同じものである。”
「信じてるの?」「まっさかあ」
「ただ」「ただ?」「その」「うん」
「そうだったら、嬉しいなって思っただけ」
きみたちの耳にそんな言葉が聞こえた。
視界が晴れれば目の前に二人の女子高生。
ふたりは身構え「やば」慌ててきみたちから逃げようとした。
ふたりの少し向こうに外への出口が見えた。あるべき自動ドアはない。幕が見える。剥き出しのコンクリート、壁や床にチョークで書き込まれた建築用語からなる指示、窓の外にも大きな布が張られているらしく外は見えない。
おそらくは取り壊し中のビルだ。
室内には熱がこもっている。散々っぱら日を浴びた建物特有の蒸し暑さ。時刻は夕方と見ていい――ふたりが逃げたのはきみたちをこのビルに関わる大人とみたか、あるいは不法侵入の後ろめたさからとっさに、だろう。
きみたちは追う。追おうとする。
「やめて!」
駆け出した前に、割り込むように、ぬるり現れた、少女。
剥き出しのコンクリート上に不釣り合いな裸足。
UDCアースをメインで活動をしている猟兵なら何らかのファイルでみたことがあるだろう、新興宗教の中心であった、少女。
ある日突然、信者と共に文字通り“消滅”したはずの存在。
きみたちの何名かは気付くかもしれない。
先刻の女子高生たちの残した小さな図には――そう、件の教団の紋に酷似したものが刻まれている。
噂と共にこれが広がったのか!
「どうして邪魔をするの?」
失われたはずの教団の徴が語られたがゆえにこの噂を、媒介に。
噂にされた、儀式を媒介に――増殖する『それ』よりさきに、こちらが過去より蘇ったか!
「すきなひとといたいという誓いは、あなたがただってするじゃない」
ここに事実は逆転する。
中心の少女が現れるというのなら――ぱた、ぱた、ぱた、天井からこぼれるように黒い蝶が降り落ちて集まってくる。
転送と同時に現れる、UDC。
人影が増える。
そいつは。
嗚呼。
そいつらは。
「あなたたちではときにほどかれるそれを――ぼくたちはほんとうにえいえんにしているだけ」
どこにでもいそうな、にんげんのかたちをしていた。
唯一、うなじから天へ、だらりと伸びた赤い紐のようなものが伸びている。そいつは天井までたわみながら伸びていて…何故だろう。天井のもっと向こうまで伸びているように思われた。
男も女も子供も老人もいた。会社員も無法者も傭兵も主婦も学生もいた。
だれもかれも街中で見かけるひとびとと変わらぬ格好で、手にはまばらな武器。
バール、ナイフ、包丁、ナックル。猟兵相手にはあまりに心細かろうそれを人形のような顔のまま握っている。
「とおさまだったらきっとおっしゃっるの――あのかたを助けておあげなさい」
少女もまた、片手にナイフを握っていた。
「だからあのかたのいうとおり、一度、おかえししておみせするね」
ひとびとのうなじの綱、のようなものが切れ――消える。
ざ、と。
同時に人々の瞳に光がともった。
「ぼくはらくえんのしもべ――とおさまのいうとおり、かあさまのいうとおり、楽園をつくるの」
彼らはそれぞれに瞬きをし。きみたちの姿を認めて生唾を飲み。
そして手に手に持った武器を構える。
「ほんとうにだいじなひとをえらんで、つながっていられれる」
素人そのものの構え。
「“時よ止まれ、おまえはうつくしい”
――こうふくの最上でみんなとまったら、そこは、楽園でしょう?」
きみたちの攻撃はたやすく通るだろう。
「ぼくはあと一歩間に合わなかったから、せめてみんなだけは楽園に連れて行ってあげるの」
Un Defined Creature。
――定義できぬばけもの?
きみたちの前に立つだれもかれも――恐怖と共に、覚悟に満ちた顔をしている。
ああ。
ひとびとが口を開く。
「邪魔しないでくれないか、猟兵」
「ごめんね…だけど、お願い」
口を開き、まっとうに語る。
「わたしたちは」「おれたちは」「ぼくたちは」
「あの子の気持ちがよく分かる」
きみは、笑う誰かの唇を見た気がした。
青い瞳を錯覚する。
さえざえ、うつくしい。
「しあわせを、邪魔しないで」
これを、討てと?
最悪だ。
●エネミー●
・楽園の僕x1名
・宗教団体■■■■所属者x多数
●舞台●
■■市■■町■■ ■番地■号 ■■ビル(解体中)
■マスターからのご案内■
こんにちは、地獄です。
あなたがたの力をもってすれば彼らの討伐は非常にたやすいでしょう。
え?コードを使いたくない?“おや”、“なぜ?”
それも良いでしょう。コードを使用するよりは苦戦するかもしれませんが、彼らとあなたがたの差は歴然です。
ご安心ください。彼らは過去(オブリビオン)です。
UDCに見えない?
ご安心ください。UDCです。
彼らを討伐すれば黒い蝶となって散り消えるでしょう。
討ち倒さねば何がなんでもあなたがたを邪魔すべくやってきます。
また、彼らは噂を知る女子高生ふたりに危害は加えません。積極的に関わらずともシナリオ進行に問題はなく、逃走されるということもありません。
戦闘に専念していただいて大丈夫です。
だいじな関係はありますか?
血縁であってもなくても。
覚えていてもいなくてもかまいません。
ご明記いただくと、あなたがたは向こうにそれを見るかもしれません。
もちろん、無くても参加には問題ありません。
ディア・マイ・ディア。
ご健闘を。
シキ・ジルモント
発動するユーベルコードは回避の為
これがUDCだと?
戦う力の無い者を一方的に…気分の良いものでは無い
攻撃を受けたら咄嗟に反撃、銃口を向け引き金を引く
一人討ち倒したらそのまま二人三人と
これは仕事だと自分に言い聞かせ、躊躇いを捻じ伏せ戦闘を続行
直接攻撃のコードは使えないまま
血縁に依らない大切な関係
師弟関係、だろうか
思い浮かぶのは銃の扱いを教えてくれた、このハンドガンの前の持ち主
人当たりの良い優男、柔らかく笑う顔をよく覚えている
一人放浪していた子供の俺を拾ってくれた人
…俺を庇って死んでしまった人
その人を見たら
目を奪われ手が止まってしまうかもしれない
もっと一緒にいたいと願い叶わなかった、もういない筈の…
●“何事も熟慮もって行いなさい。さすればおまえは、みずからが行ったことを悔やまずに済むだろう”
一人撃てば、あとは同じだった。
最初の一人は、さて、どう撃ったのだったか。
シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は思い出そうとするが――思い出せない。
シキの頭目掛けて薪割り斧を潜るように避けて振りかぶった男の腕の間に潜り込み下から男の顎にハンドガンを突きつけて発砲――…
なにせ、反射だった。
敵に大きな隙が出来たのならそれに乗じて処理する。
いつも通りの冷静な性が、戦場で磨かれて染み付いた技術で、ただ、そうしていた。
…――そのままその男を突き飛ばして後ろにいた子供を巻き込み倒したところで右斜め前方向から荒い吐息が聞こえるおそらく女性見れば予想通り痩せ細った女が包丁を握ってシキの脇腹目掛けて突進してくるところであり素早く両腕で銃を構え直して胸を目掛けて撃つが尚も突進してくるので眉間を目掛けてもう一発を発砲したところで左後方小さな悲鳴に重たい足音おそらく少年武器が重いと予想し前に一歩出て今先ほど撃ちくずれる女の体を軽く体当たりするようにしてどかせば背後で金属がコンクリートを叩く音がする武器が重いのですぐに追撃はないだろう前進――…
これは仕事だ。
少年がいた。少女がいた。男がいて、女がいた。老いたるがいて、幼きがいた。
これは任務だ。
垢で薄黒く汚れた体、傷に巻いて新しいものが手に入らないが故に変えられないままの包帯、繊維が半ば腐りかけた左右大きさも種類も違う靴、何かの見当もつかない汚れや染みだらけの衣服は誰一人サイズなんか合っちゃいない。
シキが鏖してゆくものたちはお世辞にも富めるものとは言えない様相だった。
これは任務だ。これは仕事だ。
これはすべきことだ。これはせねばならないことだ。
誰もが眉を潜めるような汚らしいありさまを、人狼の優れた嗅覚を刺すような据えたにんげんの汚濁と脂の臭いを、シキは少しも厭うことができない――できるはずも、ない。
よく、よく、よく覚えがあるのだ。
鏖殺せねばならない。速やかに駆逐せねばならない。
これは敵の尖兵である。これは打ち倒すべきものである。
――前進しようとしてさらに右荒い息おそらく子供靴音が軽い軽すぎる武器の類を持っていない可能性なるほど自分を足止めしようという意図素早く右足を蹴り出して少女の頭部を掴んで発砲――
別にみんなそうしたくてそうしてる姿でないこともシキにはわかっている。そうなってしまうのだ。貧しいからそうなってしまう。腐りかけの魚の内臓をゴミの中からようやくひと握り掴んで腹を壊すかもしれないと思いながら口にするような、洗剤混じりのごみを美味いと感じ、のたうちまわって胃酸と血を混ぜたもののとともに、吐き戻すような、貧困。
裏切りがなければ。あの出会いがなければ。
自分はまだ、そのなかにいたかもしれない場所。
どの顔もシキは知らない。親ではない、妹ではない、友ではない、あの街にいた皆ではない。
だが、重ねずにはいられない。
これの
「猟兵、帰って」「なあ死んでくれ」「来ないで」「諦めて、死んで」
「猟兵」「猟兵」「なあ、猟兵」
これの、どこが。
シキの狼耳は、人狼の感覚は、彼らの何倍も優れている。
それをもってすれば回避など容易く、シキはここまで傷一つ負っていない。
これは任務だこれは仕事だこれは任務だこれは仕事だこれは任務でこれは仕事でこれはすべきことでこれはせねばならないことだこれはやるべきことだこれはやらねばならないことだこれは駆逐するべき敵だこれは鏖殺せねばならない敵だあってはならないもので倒すべきもので一匹たりとも残してはならないものでこれはいてはならないものでこれはこれはこれはこれはこれは。
これのどこが、UDCだ。
――ここで先ほどの少年がシキに追いつく。
振り返る。
目が合う。
武器と呼ぶにはあまりにもどうしようもない錆切った廃材を持った少年。
視線はあからさまにシキが今撃った少女を見ている。
引けた腰に、かつての自分を見る。
嗚呼。最悪だ、オブリビオン。
教えてやりたいぐらいだ。
顔を上げろ。見るのは銃口じゃない。
シキが自身の師に、何度もそう言われたように。
少女の『遺体』をぶん投げた。
叩きつける、少年が武器を投げて受け止めてひっくりかえり、続けて発砲、しようとしたところを、少年少女の関係者だろうか、何事かをめちゃくちゃに喚く女が来るのでこちらを優先して処理する。顔がにているな、と、思った。嗚呼なるほど親子か、兄妹か――
駆逐しろ。鏖殺しろ。全ての生命活動を停止させろ。
シキは自身にそう命令を下す。下し続ける。
荒れ狂う胸の奥の躊躇(ざつおん)を叩き捻り伏せ擦り潰し、ただ、駆逐を遂行する。
あらゆる亡骸はやがて黒い蝶へと変わって飛び消える。
ほおに触れた返り血も盾にした体もみんな消えていく。
…こんな状況なら。
シキの首から下げたペンダントが揺れる。
心は吹き荒れるあらゆる躊躇と感情を命令で叩き潰し黙らせているせいで。
身体は知識と優れた感覚と反射で処理し続けてるせいで。
ぽっかりと余った思考でそれを考えていた。
先ほどの少年に、未熟な自分を重ねたのもあるだろう。
こんな状況なら、あんたはどうするだろうか。どう言うだろうか。
こんな風に使われるあんたのハンドガンは、シロガネはどう見えるだろうか。
人当たりの良い優男。
いつだって柔らかく笑う。
放浪していた子供をためらいもなく拾って、どこか楽しそうに面倒をみた男。
あきもせず子供に戦う術を教えてくれた男。
そしてそいつを庇って死んだ、お人好しの男。
――少年の悲鳴が聞こえた。シキを見て、消えた少女を見て、崩れ落ちた女を見て言葉にならないほどの悲鳴を上げながら錆びた武器を掴む、立ち上がる。シキは素早く銃を構え――
びちゃ、という奇妙な水音が聞こえた。
シキの意識は一瞬、少年から逸れる。
人狼の耳は音源を的確に拾う。
少年の後ろ、あの、あかい紐のようなものが見えた。
そこにあらたな、人が立っている。
「な」
嗚呼。
シキ・ジルモント。
“『彼』をお人好しだというが――自身もまた、お人好しではないだろうか"
“攻撃のコードを使えなかった、故に”
忘れえぬ姿だ。
もう少し一緒に居たかった。学びたいと思った男だ。
そしてもう居ない男だ。
少年が何事かを叫びながらシキに向かってやってくる。
対処しろ、対処せねばならない。対処しろ、対処しろ、対処しろ!
いやだ。
だって、そこに
あの、ひとが――。
“こんなことも起こる”
叫ぶ少年の錆びた鉄骨がシキの頭を殴り飛ばす。
もろに受け、転がる。
痛みと共に冷静さが戻ってくる。
再び少年へ向けて発砲、処理!
顔を上げる。
黒い蝶が飛び去り――親愛なる、そのひとはどこにもいなかった。
…シキはそれに、本当に心の底からほっとする。
そして自分を嗤いたくなるほどひどく残念な心持ちも、また。
大成功
🔵🔵🔵
浅沼・灯人
――OK、仕事の時間だ
そうだな、まず名前を教えてくれ
いや、言いたくないならいいんだ。それでいい
どちらであれ答えを聞いたなら鉄塊剣で寸断しよう
痛いか?そうか、ごめんな
泣いたやつは灼焼ですぐさま焼き殺してやる
どうして?
そらまあ、お前がもう過去になり果てたからさ
前は俺も躊躇ってたけどよ、今はもう違うんだ
人の形をしてようが、お前らはオブリビオンだ
誰に見えようが、お前らは未来に生きられない
老若男女等しく殺してやるからとりあえず名前言え
でないと覚えてられねぇだろ
人殺し?
はは、結構結構
俺はとっくに人殺しだよ
勝手にお前らを殺して、勝手にお前らが生きてたことを背負うだけのな
覚えていられる間は、俺がお前らの墓標だ
●“あなたがたの名は、わたしの選んだものたちへの呪いのことばとして残るだろう”
「――OK、仕事の時間だ」
浅沼・灯人(ささくれ・f00902)はありふれた人々にしか見えない彼らを前にそう宣言した。
緊張はない。嫌悪もない。哀れみもない。なにもない。無防備ですらある。
信号かバスでも待っているのだと言われれば肯けそうな、いつも通りの彼がそこに居り
無造作に握られた鉄塊剣だけが、どこからかこぼれる夕陽の赤を受けて非日常をたたえていた。
ごりごりごり、とその剣を怠惰に、半ば引きずるようにしながら灯人はかれらに近づいていく。
異常なのは彼と対峙するひとびとの方だった。日常の延長から掻き集めたありあわせ、普段武器とは絶対に呼ばれぬものたちを手に手に構え、緊張と恐怖と決意が混ざり合った眼差しを灯人の一挙一動に集中させていた。
近寄る灯人をあからさまに警戒しながら囲って叩くのだろう弧を描くように散開する。
「そうだな…」
ほとんど睨みつけるような視線をただ受け止めながら灯人は首を廻らせ彼らを満遍なく一瞥する。「なあ、おい」
男がいて女がいて子供がいて老人がいて少年がいて少女がいて「誰か」学生がいて教師がいてパートだかアルバイターだかがいて「いや、まあ誰でもいいんだけどよ」主婦がいて主夫もいて会社員がいて営業がいてアパレルだかデザインだかの店員だかなんだかがいて「誰かでもいいんだけどよ」ああ。
灯人は右手の鉄塊剣を構えるそぶりもないまま、首を少しだけ傾げた。
「まず名前を教えてくれ」
どいつもこいつも知らない顔で。
どいつもこいつもどこかで見たような顔だ。
「…はい?」
灯人の発言が思っても見なかったものなのだろう、出刃包丁を握った女がぽかんと口を開けた。
「教えてどうする」バールを構えた男が女の前に出て「調べでもするのか」じりじりと距離を詰めてくる。
「いや」灯人はかぶりを振った。「別に」バールを構えた男をきっかけにじわじわと狭まる輪を認識しながら、灯人はまだ、鉄塊剣を構えない。
「ただ俺が聞いておきたかっただけなんだ」
灯人は目を合わせる。誰も彼も怯みこそすれ逸らさない。「安心しろ、俺の担当はこーいう事だからな。名前ひとつ聞いたって俺にはあんたがどこに住んでたかだってわからねえよ」
灯人はそこで言葉を締めて、バールを握っている男へ顎をしゃくる。
「誰が教えるか」
「そうか」
灯人はあっさりと返した。
「どうでもいいってか?」これに拍子抜けしたらしい男は周りに目配せをしながら詰め寄る。
「いや」灯人は再びかぶりを振る。「どうでも良くはねえけどよ」
そして鉄塊剣から手を離し
「別にいい。言いたくないんならいいんだ。それでいい」
握り直す。
刹那
「じゃあな」
無造作に男へ鉄塊剣を振り下ろした。
男は超重量を頭の上からもろに叩き落とされ派手に割れる。肉と骨と血と脳漿だかが混ざった液体が飛び散って割れた頭蓋やら背骨やら肋骨が白い彼岸花みたいに飛び出した。バールが握られた千切れた男の腕ごと吹っ飛んで回転しながら高く跳び――
…かあん――と天井を打った音は、ひとびとの悲鳴で聞き取れなかった。
灯人はベルトの切れたボディ・バッグを拾った。付けられている赤いタグ。へえ、呼吸器官にアレルギーが。
「『新田良治』」
呟いて、投げ捨てる。
「あ、あわ、りょう、りょ、りょう、りょう」灯人が顔を上げれば男が潰れるのを眼前で見てしまった女と目があった。「あ」「ん」腰が抜けて立てないらしく「あ、あ、あ、ああああ…!」床に尻をついたまま灯人から少しでも離れようと後退る。
「あんたは?」鉄塊剣を引き抜く。「名前、言えるか」粘着質の音がなったのはほんの数秒で視界の端で黒い蝶が飛んでいく。「お、お、」女を逃がそうとしたのか後ろから叫び声を上げながら走ってきた主婦らしい女を鉄塊剣で叩き飛ばす。「おお?」灯人は再び女を見る。染めたことのなさそうな黒髪は色気のない邪魔だから束ねたのがありありわかるひっつめ。がちがちと歯を鳴らしながらそれでも出刃包丁を握って離さない。「お、おか、おか、おか、おか」恐怖に引きつった顔。
「岡島、君江、です」
「そうか」
新たにひとつ、ハンバーグには到底できない荒いミンチを作る。
「え、あ、ぶ、う、げ、げげ…」先程叩き飛ばした主婦に巻き込まれて胸がひしゃげた子供がころがっている。「痛いか?」素直に首を振る。「そうか」鉄塊剣を振りかぶる「ごめんな」みやざわともか。
漢字は、わからなかった。
宮沢恭子、宮沢美香、鹿島美千代、佐々木亮介佐々木裕子、弥栄恵一藤岡萌子平井康弘…。
「いやい、いやい、いやいよお…」腹部を押さえてうずくまる男に近づく「ああ、痛いか」「いやいいやいいやいいやいいひゃい、いひいいひいいいい」「そうか」頭をめがけて「ごめんな」坂井幹雄。
「やめていやいやいやいやだやだやだ」「嘘だ待って待って殺さないで死んでお願い今すぐ死んで来ないでやめてやめてやめてやめて」
灯人が今先ほど潰した少女の腕を握ったまま金槌と釘抜きを握ってがくがくにふるえるのは有名なキャラクターのコラボTシャツをお揃いで着ている女子高生ふたり組。いや、三人だったから三人組か?間宮千花。
灯人は目を細める。
「そうか」
ふたりの瞳から流れる、涙。
「泣くか」
鉄塊剣から手を離した。
「まあ、泣くよな」
「へ」「ぶえ」この挙動にふたりは一瞬呆気に取られ、すぐさま構えた「ど、どういうつも」
「悪いな」
開いた灯人の唇、歯より奥が、あかるく光った。
イグニッション。
灼いて、焼き払う。
鈴木愛海、高岡麻由子。
「なんでだよ、どうしてだよ!?」
眼鏡をかけた学ランの少年が叫ぶ。唇から胃液を垂らしながら。「なんで?」彼がむしゃぶりつこうとしたのを避けて腹をぶん殴った拳をほどきながら灯人は答える。
「そらまあ、お前らがもう過去に成り果てたからさ」
再び持ち上げられた鉄塊剣は一度と休められることなく振るわれ続けている。少年と同じ学ランの少年を叩き潰す「トモ!」「トモってのか、こいつ」今蝶になって飛んで行った。「うるせえ!お前がトモを呼ぶんじゃねえよ!鬼!悪魔!ひとでなしッ!!」「おお、正解」大した感動も苦痛もない顔で灯人は自身の額、ツノを叩く。「ひとでなしだ」綾瀬敬。
涙は竜の炎の高温で流す目玉や脳髄ごと蒸発させる。飛び散った炎や熱が工事現場の塗料に引火してさらに炎を練り広げる。
「前は俺も躊躇ってたけどよ、今はもう違うんだ」
炎の明るさに塗りつぶされて、灯人の姿は暗く沈んでいる。
「人の形をしてようが、お前らはオブリビオンだ」
温度が高すぎて人体は弾ける暇もない。黒い蝶すら飲み込まれて影もない。存在を語るのは微かに漂う髪の毛や脂や衣類などが溶け混ざった悪臭だけ。それもすぐ吹き込んだ外気によって消える。
なにもない。
「誰に見えようが、お前らは未来に生きられない」
なにものこらない。
いつも行くドラッグストアに立ってそうな女もバイト先ですぐなんかの記念日だとかこつけてシフトの入れ替えを頼んでくる男に似た男も洗濯物を干すときに見かけるガキどもにそっくりの子供たちも時々道路ですれ違う老人を思い出す男も最寄駅のバス停で時々バスを待ってる女子高生にうり二つの女もひねりつぶせそうだと思った小さな手をしたあの子を思わす子供も
「言えよ」
なべて、分け隔てなく
「老若男女等しく殺してやるからとりあえず名前言え」
浅沼灯人は、そいつらを殺めていく。
「でないと覚えてられねぇだろ」
――石倉康太石倉雄介石倉歩美三芳邦義三芳国枝副島孝義副島隆文副島孝昌副島孝子宇佐美春子太田清飯島和也高橋八重秋岡涼子布川誠二棚丘真知子橋本みなこ豊田春美山野辺恭次戸田圭介矢島光雄湯島昭隆水越孝太郎佐々仁志藤井ひろ子茅沼昭一稲垣彩芽土屋正之石井茜多田真希子板橋智世上川祐介野口由紀上川キヨ西村葵木崎あかり粟島郁恵柿崎浩輔相模涼子赤羽杏香相沢瑞穂弥栄礼一富岡由美江朝熊智代岩崎幸作戸塚哲坂井藍子岬和恵……――
「ひとごろし」
軽い一言が灯人へ投げられた。
あまりにあっけらかんとした調子だった。
灯人は振り返る。右腕の潰れた女が壁に背を預けて座っていた。男もののSらしい肩の合わない工事現場ジャケット。足から下が潰れて、そばに杭打ちの木槌が転がっていた。普段はセットしてるだろう黒髪がぼさぼさに乱れて赤いインカラーのが炎でより赤く光っていた。
「はは」灯人は笑う。女も笑っていた。耳をざらざらに彩るピアスに誰かがかぶって「結構結構」いやあいつはもっと倍じゃ足りないぐらいいい女だから全然違うけれどでも、だけど
「俺はとっくに人殺しだよ」
灯人の鳩尾のあたりに何か細い釘みたいなものが軽く刺されたような気持ちがする、気がする。
「勝手にお前らを殺して、勝手にお前らが生きてたことを背負うだけの、な」
ひとごろしという罵倒に苦痛を感じたわけではない。
別にどうとも思わない、事実だ。
女もそれを分かっているらしく笑みはすこしも変わらなかった。
代わりに
「おまえ自分の顔見たほうがいいよ」
ぺち。
女は潰れた腕で無理くりにみずからの顔を叩いた。まともな手をしていないから叩きつけたというのに近い。べったりと赤く汚れる。「あ?」灯人は自身の顔を左手で軽く叩く。「泣きでもしてるか?」拭う。「違う」掌を見る。煤汚れが付いていた。
「…汚れてんのはしょうがねえだろうがよ」女の方へ足を向けて近づく。
「ちげえよバーカ、ごまかしてんな」一歩、二歩三歩四歩。
「おまえは?名前」
女はすこしも怯まずにそう尋ねた。「俺?」五歩六歩「さんざっぱらあたしたちの名前訊ねといて名乗らねーのはねーだろ」七歩「あー…、まーそれもそうだ」…時間稼ぎではなく罠もないのは明らかだった。女が左腕を動かさないのは腹を抑えているためだ。真っ赤に濡れて普通の腹部とはかけ離れた歪な曲線。
「浅沼、灯人」
鉄塊剣の間合いに、入った。
「フーン」女は右手をだらりと揺らした。もしきちんと動いたなら耳でもほったのかもしれない。「そんだけ?」「そんだけ」
「お前は?」
灯人は鉄塊剣を持ち上げる。女はまだへらへら笑っている。「名前覚えてどーすんの?ヌく?」「するかアホ」灯人はため息をつく。
女を見る。
脂汗を垂らしながら、死を目前にしながら、冗談交えてなお笑い一度も目を逸らさない。
「覚えていられる間は、俺がお前らの墓標だ」
「いらね」
べっ、と女が舌を出した。
彼岸花のような赤だった。「このあたしを有象無象と一緒くたに抱き込むな。それで癒されんのはてめーだけだよ」
「バイバイ、かわいい甘ちゃん」
ぐちゃっ。
もはや何度目かもわからない、感覚。
鉄塊剣から手を離し、寄ればジャケットの袖、上腕部に刺繍があった。
「…皐月、薫」
鉄塊剣からあらゆる赤が剥がれて、蝶と変わって飛び去ってゆく。
あるじの手を離れしばしたたずむ汚れない鉄塊剣は、沈黙する墓石そのものだった。
大成功
🔵🔵🔵
ヤムゥ・キィム
ウ…ホントにオブリビオンなノ?普通の人にしか見えなイ、どうしよウ
ほんとうにだいじなひとトって言ってたノ、ちょっと羨ましくなっちゃっタ
ヤムゥが探してる運命のあのヒトとも一緒にいられるってコト?もう探すヒツヨー無イ?オマエが…出してくれるからッテ?
でも、それってほんとにあのヒト本人って言えるのカナ
それに止まった時間の中でなんてヤダ!
“今”しか無いなら思い出だってできないジャン!
ヤムゥは欲張りだから愛するヒトの過ぎゆく時間だって愛したいンダ、シワダッテ白髪ダッテなんだって見たいモン!
やっと目が覚めタ、やっぱりヤムゥはオマエを止めなきゃいけなイ
ユーベルコード発動、山猿ノ慈恋魔(トレード・オフ)!
●“知らざる者は幸いである”
草刈り鎌が空を凪いだ。
たたっ。
足袋靴の底が床を叩く音だけが軽快に跳ねる。
たっ。
彼女はそのまま跳び上がり崩れかけた天井、剥き出しの鉄骨へ両手をかけ、ぐるり、下から上へ身体を1回転――しなやかな動きに付いて踊る赤茶の髪は荒い風に揺れる満開のノウゼンカズラそっくりだ――
たっ。
「ウー…」
――ヤムゥ・キィム(猪突猛進恋狂い・f01105)は鉄骨の上に座り込んで唸る。苦悩に唸ってしまう。
「っ降りてこい、猟兵っ!」今先ほど草刈り鎌を振るった農家らしい陽に焼けた青年が叫ぶ。背は高いけれどヤムゥのように跳び上がったりもできない。「ウウ…ウ〜〜〜…」鉄骨の上に蹲み込んだままヤムゥは言葉にならない気持ちのまま唸り「だッてェ…」ゆらゆらと揺れる。
「…ホントにオブリビオンなノ?」
ヤムゥにとってオブリブオンとは「ばけもの」だ。
巨大な顎を持って陸すら食うもの、雪崩のように山を焼きながら里ひとつ飲み込まんと襲いかかってくるもの、巨大な車輪に浮かぶ生首、おんなの上半身をした巨大な蜘蛛…。
世界と相入れない脅威。
意思を持った災害。
それが、オブリブオン。
……そのはず、だったのに。
「普通の人にしか見えなイ…どうしよウ」
ヤムゥをどう引きずり落とすかをがやがや相談している姿は種族こそ違えど里のみんなとそう変わらない。…ヤムゥの里の場合は戦えずに逃げた猟兵じゃなくて工房の大将の大事な大事な大きい鑿を盗んだ悪戯猿を木の上に追い詰めたのだったけれど。
うーうー唸るうちに下の人々のうち誰かが折れた短めの鉄骨見つけてきて、今みんなの上着をまとめて紐にしてそれにくくりつけている。
…わかル。
即席の投石機、ネ。布デ包んデ投げル。当たらナくてイイ。それデ、追い立てるんだよネ。ヤムゥたちモ、あの時はソウしタ。
わかることが、くるしい。
ヤムゥの里の場合はここほどは狭くなかったからみんな総勢で捕まえる網を持ってきて囲んだけれど、今、後ろは壁で、前にみんな押し寄せているから逃げ場がない。
それでも避けるのはたやすい。大きく飛べば逃げるのも楽勝だ。
だが追いかけっこはヤムゥが何かを決めない限りずっと続く。時間を稼いだって向こうが諦めないのはもう充分知っている。
だから、それはだめだ。
逃げるとか、戦わないとか、それでは、だめなのだ。
だが結論が出ない。
どうしても、戦える気がしない。
さっきの草刈り鎌の男のそばに麦わら帽子に農業用の割烹着を着た若い女が立っている。麦わら帽子に虫や汗だれを防ぐ鼻から下を覆うマスク――目が合った。「ウ」
女は覆うマスクを下ろして
「こんちは、猟兵さん」
にこ、と朗らかに笑って声をかけてきた。
「コ、こんにちハ…」
思わず返す。返してしまう。
そうするともう本当にただの人にしか見えなくなってヤムゥの息が詰まってしまう。
「まっててくれてんの?」
女の年は幾つだろう?たぶんヤムゥとそう変わらない。
「べ、別ニ…」「そう?」女はカラカラ笑った。
「じゃあためらってくれてんだ、ありがとね」
何がありがとうなのだろう。
返す言葉が浮かばないヤムゥの唇がへの字よりもくしゃくしゃに歪む。「ウチのダンナがもうちょっと手早ければなあ〜」鍬を肩に掛け持って女はそういう。「おい聞こえてっぞチエ」草刈り鎌の男が作業しながら叫んだ。「うっさいな手ェ動かしなよ」投石機の三つ目ができた。
「…チエ、の…ダンナ、ナノ?」
ヤムゥはおずおずと声を掛けた。「こいつ?」女は、チエは親指で草刈り鎌の男を指す。「そだよ」誇らしげに。「オオクボケータ」んであたしはミカミチエね、という。
……。
ヤムゥは、膝の上で手を握る。
「『ほんとうにだいじなひと』?」
「うん」
チエが麦わら帽子を脱ぐ。
残酷の名残がそこにあった。チエ以外の誰かが無理矢理掴み上げて引っこ抜いたような跡。それから水だれに似た火傷。
「こんなことする地獄から出ようって言って、
あたしを選んで、あたしが選んだ、あたしのダンナ」
にっ。
歯を見せて笑った。
「いーでしょ」
……。
「ン」
少し歪に、ヤムゥも笑い返した。
「…ちょっと羨ましくなっちゃっタ」「…そか」
チエは麦わら帽子をかぶる。「びっくりさしてごめんね」ヤムゥは静かに首を振る。「あんがと」チエの顔を見れずに爪先を見てしまう。
「ね、猟兵さん」
帽子の位置を直しながらチエがまっすぐヤムゥを見てくる。
「こっち来ない?」
「フヘ?」
素っ頓狂な声がヤムゥの口から飛び出した。
「チエ、お前なあ」ケータが見かねたようにチエへ声をかける。「うっせ黙ってなよ、時間稼いでもらってるとでも思いな」
「…その、余計なお節介なんだけど」
チエは麦わら帽子の端をいじる。「詳しい事情知んないし」チエにとっても咄嗟に出た言葉だったらしい。合わせた目を逸らした。
「過去は永遠だからさ、ずっと待てるよ」
……。
「ずーっと今のまんま、かわいくって素直で素敵なあんたのままで待てる」
……。
「痛いのも怖いのも探しても出てこないのもない」
…………。
「そも、その、何も知らないのにこんなこと言うのも変だけどさ、死んでるかもしんない」
……………。
「あんたせっかくそんなかわいくて明るくてめっちゃいい子なのにさ、もったいないよ」
チエが帽子を外す。
「死んでるなら、過去なら、きっと『出せる』よ、『繋がって』、『出会える』」
つばに顔を隠すことなく、傷も隠すことなく、ヤムゥを見つめる。
「おいでよ」
手を、差し伸べる。
まめと傷だらけの手だった。
手首には横に線がたくさん入っていた。
ヤムゥはその手をまじまじと見て
「もう探すヒツヨー無イ?」
チエを見つめ返した。「うん」「オマエが…出してくれるからッテ?」チエは苦笑する。「まあ、あたしじゃないんだけど」
ヤムゥはその瞳を見る。
信じ切っている瞳だった。
揺らがない幸福の瞳だった。
自分の選択に間違いはなく。
今の誘いもまるで善意からだと告げていた。
……。
…ヤムゥには、チエが悪い女だとは思えない。
思えない、けれど。
「……でも、それってほんとにあのヒト本人って言えるのカナ」
同じものを信じられはしなかった。
チエの手が、おりる。
「それニ」ヤムゥは立ち上がる。
「それに、チエ」
ずうっと同じ姿勢で蹲っていたから少し膝が痛かった。
そうだそのせいだ。この痛みは。
「止まった時間の中でなんてヤダ!」
断絶を、告げる。
「“今”しか無いなら思い出だってできないジャン!」
チエの凍りついた顔が妙にはっきりと見えた。
「ヤムゥは」ヤムゥはかぶりを振る。
迸る気持ちがヤムゥの中で煌々と燃えていた。
「ヤムゥは、欲張りだかラ」
肺も通り過ぎて心臓から、
「愛するヒトの過ぎゆく時間だって愛したいンダ」
想いを、
「シワダッテ白髪ダッテなんだって見たいモン!」
叫ばせる。
「バカ」「ごめんチエ」「あんたは何にも知らないからそういうことが言えるんだ」「でもヤムゥはそう思ウ」「辛い辛いくるしい悲しいどうしようもないどうにもならない何にもできない明日しかないことがないからそう言うんだ!」「そんナの、
来て見ナイとわかんないジャン」
「バカ!!!!」
チエに麦わら帽子が被せられる。「チエ」ケータ。「相手は猟兵だ」
ヤムゥにはそれがやっぱり、すこうし、うらやましい。
それから
「行くぞお前ら!」
ケータの声に怒号が続く。
作られた簡易的な投石機、なるべくだろう用意された武器。
「…やっと目が覚めタ」
それからチエとケータがおばあちゃんおじいちゃんになったのが見てみたかった。
それで、それでだ。
胸の奥から欲が沸く。愛したい。あんな風な愛もいいナ。
「やっぱりヤムゥはオマエを止めなきゃいけなイ」
同じようにしわしわのおばあちゃんおじいちゃんにばったヤムゥとあのヒトで会っうのだ。
それでヤムゥだって言ってやる。
いーでしョ。
きっとチエはいいねえと言ってくれるに違いなかった。十分にも満たない会話でなんとなく確信していた。
「ユーベルコード発動」
愛したい。本当はそんなふうに。
半分しか叶わないと分かっていても。
ああよかったと満ち足りた想いを得たい。
めりめりと己の身が呪縛へ浸されるのを感じながらそれでもヤムゥは止まらない。
狂ったように進むしかない。
どんなに呪いを背負おうと――
思いはごうごうと狂い踊って、ヤムゥの身体能力を一気に引き上げる。
トレード・オフ
「山猿ノ慈恋魔」
ヤムゥ・キィムは
過去の海で誰かと笑って誰かをまつ、そんな安らぎと引き換えに
闘争と狂走とまだ見ぬひとに出会うための、まっさらな明日を手にするべく走り出る。
首を折る感覚は、いままで里で扱ったどんな鉄よりあっけなかった。
大成功
🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
楽園なんて、幸福なんて、縁遠いもの
だって私は泥梨の影法師
泥梨へ堕ち続けるしかないんだ
救いたる蜘蛛の糸は永遠に垂れてこない
あぁ、でも
父さん、母さん
怪奇になっても愛してくれたあなたたちを
桃原先生
赤の他人なのに命を救ってくれたあなたを
コローロ
私の歌を好きだと、傍に居てくれるきみを
好きとか愛とか定義がよくわからなくても――大切だと、思ってる
違う
あなたは此処に居るわけない
きみは傍に居てくれてる
そこにいるのは偽物だってわかってんだよ
惑わされるなよ
ねぇ、なんで
ばけものとののしるの
ばけものをみるめでおれをみるの
あなたじゃない
きみじゃない
ちがう
ちがうちがうちがうちがう!!!
わたし、は
しあわせになんて、なれないよ
●“わたしはあなたの救いを待ち望む”
天国にはいけないだろう。
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は自身のことをそう評価する。
楽園なんてほど遠い。
幸福なんておこがましい。
輝かしいものはみな縁遠い。
だって、罪深い罪深い、存在するだけでひとを狂わせる、怪奇だから。
今だって、ほうらほら。
スキアファールはコードを展開している。
昏沈の景。崩れ爛れた糜爛の姿。
それは自身を真の姿で覆うもの。
いびつでゆがんでまがっておれてちぢんでのびてひろがってひろがってひろがる――影。
そこに無数の白い歯がぞろ並んだ口がざわざわと舞わせ。
まぶたのない見開かれたまなこがぎょろぎょろと浮かべおどらせ。
あっちの口で今おんなの腰から下、今顴骨を噛み砕き終わったのでそのまま腹から上を食っていて肋骨のぱきぱき折れるさまを感じて人間の肋骨を噛み砕きそっちの口で少年の腕に噛み付いてそのまま腕、二の腕、肩から入ってほうら首と反対側の肩まで噛み砕いていくのを感じていてにんげんにまだ食いつけない口たちがそれぞれ歯をこすり合わせて鳴らしたりにんげんめがけて何の意味もない狂った声をかけてみたりしてすぐそこいらの目はへたり込んで動けない老婆の上にすずなりぶとうの実みたいに降りしきりそれこそ葡萄酒のような真っ赤な液体を広げてあるいは口が頭をくわえたにんげんの下肢を二つの目玉ですりつぶして臓物を浴びてみたりなどして勢いよく半分に噛みちぎってちぎれ飛んでしまった男の上半身を別の口が慌ててぱっくりと飲み込んでみたりなどして。
途切れずあがる悲鳴を。とめどなき苦痛の叫びを。半ば狂気に等しい恐怖の叫びを。
只広げている。
そしてその悲鳴を、苦痛を、恐怖を、嘆きを、何もかもの影への感情を。
いろとりどりに。
浴びて浴びて浴びて浴びて浴びてむしゃむしゃとくらって浴びれば浴びるほど広がって広がればひろがるほどまたくらってばくばくと喰らっていのちを吸い上げて大きくなってとめどなく広がり広がり広がり広がり――…広がっている。
此れを一体如何して人間と謂えましょうや?
これこそなるは泥梨の影法師でありましょう。
ですので。
天国など楽園など――一体如何してこの身に有り得ましょうや?
……ただ。
スキアファール・イリャルギは。
ひとを大事だと思うことがあった。
ひとを大事だと思うことができるようになった。
ひとつ。父さん、母さん。
――怪奇となっても、自分のことを子供だと思い、限りない愛情を注いでくれるひとたち。
ひとつ。桃原先生。
――赤の他人だというのに必死になって自分の命を救ってくれ、こちらに何かがあれば嘆き、傷付けば我がことのように痛み、面白いことを、楽しいことを、教えてくれようとするひと。
ひとつ。コローロ。
――ただ自分のための歌を、好きだと言って愛してくれたきみ。朽ちてもまた出会い、かけらになってもまだ自分のことを忘れずそばにいてくれる、ひかりの子。
それは、にとって、ある種自身を人間であると語れる、人間であると定義する証明のひとつだ。
『怪奇』である自分を、限りなく『人間』だと思うことができる、受け入れることができるようにしてくれるもの。
好きであるとか愛だとかの感情の一切の定義はわからないけれど。
『マイ・ディア』――『親愛なるあなた』。
かけがえないと、わかっている。
――おいていかないでえ。
少女の嘆く声がする。
彼女のソプラノは、どこか少年のような響きですらある。
虐殺は凄惨を極め災禍に等しい様相だ。誰かの一撃がとうとう少女に届いたのだろう。
おいていかないで?
おいて行きますとも。天国などこの身にない。
だってこの身は泥梨の影法師。
只一身に全ての感情を浴びながら、とめどなく拡散する中心で。
あまりに多すぎる情報だ。あまりにあふれすぎる感情だ。
その膨大なさなかでおのれを保つために――自身(にんげん)を手放し影になり果てないために。
真境名・左右はただすべてを受け止めて、おのれのことを思考する。
泥梨へ堕ち続けるしかないんだ。
救いたる蜘蛛の糸は永遠に垂れてこない。
ほらごらん、音がするだろう――ざぶ、血の池みたいな、みずの、音が。
「せんせ、せんせい、無理です!」
声がした。少年の声だった。知らない声だったが――せんせい、という言葉が引っ掛かった。
スキアファールはモザイクのように様々浮かぶ惨劇の光景から一つを選ぶ。
「こんなのむりです、あんまりです、いくら僕らが猟兵を殺さなければいけないからって」
少年がいた。白い包帯で顔までぐるぐる巻きだ。「これは無理です、こんなのは、無謀です――こんな、」
「こんな、ばけもの」
病を患っているのだろう。布の隙間からぼたぼたと何かの液が垂れている。
何か、鳩尾をぎゅうとつねられているような痛みが蠢く。
そうだ、諦めて。諦めてください、せんせい。自分はそう思ったのだ。
「いやいや、私は此れでも医者だから」
困り眉の瓶底眼鏡の白衣の男が笑う。「目があって口があってほら何か言ってるなら、生き物だよ、だったら私の領域だ」
影の中、無数の情報、無数の感情にさらされ受け止め続けるスキアファールの精神が
――いや、左右の精神が、現実を誤認する。
少年のそばには夫婦と思しき男と女が倒れている。「せんせい、やめてください」少年が叫んでいる。「ぼくが先に行きます」包帯が少し解けてただれた顔が見えている。「両親の敵を討たせてください」「いや、いや、いや」白衣の男が笑いながらかぶりを振る。「きみは後ろの彼女を守りたまえ」少年の背後には少女がいて。
「医者(わたし)は患者(きみ)をみすみす死なせはしないよ」
「違う」
左右は声に出す。
そうだ違う。あそこにいるのは彼のせんせいではない。「あなたは此処にいるわけない」
わかってる、わかっているのに内臓がゆっくりと引っ張りちぎられるような痛みを感じる。
鞄から何かの瓶を取り出して投げつけられる。
口も目も口と目の形をしているだけであってこれはばけものなのだ。そんなもの効くわけない。
「いやあ、ダメか」
だめですよ、決まってるじゃないですか。
口のひとつが医者に食らいつく。「せんせえ!!」少年の悲鳴。
首を折るつもりだったのに力が込められず投げ飛ばすにとどまる。
「ばけもの!」
少年の後ろの少女が眼にいっぱいのなみだをたたえて叫ぶ。
「違う」
左右はもう一度呟く。「きみは傍に居てくれてる」そうだ、かけらのひかり。かけがえのないひかり。だいいち、左右は彼女の顔だって知らない。スキアファールだって知らない。左右は彼女をきちんと見れなかったし、スキアファールで出会った頃はもうすっかり影だったから。
だけどああ、綺麗な髪、大きな瞳、頬はうっすら赤みがあって。
「そこにいるのは偽物だってわかってんだよ」でも目の前の包帯の彼にとっては白衣の男はせんせいで「あなたじゃない」そこに倒れているのは両親で「あなたたちじゃない」後ろに庇っているのはかけがえのないひかりで「きみじゃない」
「惑わされるなよ」スキアファールは自身に強く言い聞かせる。
彼らから視線を外すこともできたはずなのに、でも、それができない。
口をのばす眼をのばす影をのばす。「この、ばけもの!」少年が叫ぶ。
少年のひと吠えで影はより濃くなり新たな口が開く。
「やめろばけもの!」
白衣の男が吠える、割れた眼鏡が刺さった目から血涙を流しながら「わたしが先だ!殺しかけた男が此処にいるぞ!」少年の危険を察して叫んでいる。
ねえ、どうして?
幼い左右が首を傾げる。
「ばけもの、ばけもの、ば、ばけもの――!!」
少女がくりかえし叫ぶ。
「なあおい化け物こっちだ、こっちにきなさい!!!」
ねぇ、なんで。
なんでばけものとののしるの。
ちがう。叫びたい。
今まで散々自身を怪奇だと言っていたのに――そう叫びたくてたまらない、いや。
「ちがうッ!!」
叫んでいる。スキアファールの叫びにつられて全ての口が叫ぶ。
「ちがうちがうちがうッ!!!!」
もう動かず蝶へ変わり始めた両親のむくろに、右足がおかしい方向にねじれている医者に。
少年に――その後ろの、少女に。
「ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうッッ!!!!」
殺到する。
殺す、食らう、などという表現では足りない――徹底的な「それ」が行われる。
「わたし、――わたし、は」
影の中で、左右はうめく。
小さなひかりが、そっとかれの頬を撫ぜた。「ううん」首をふる。
「わたし、は」
か細い、声だった。
「しあわせになんて、なれないよ」
影はいよいよもって黒々と、只ばけものとしてそこに在った。
大成功
🔵🔵🔵
人形・宙魂
ああ、そんな……どうして、邪魔をするの?
刀が重い。
人の群れの中に見つけた
母さんと父さん。殺された筈の両親を見つけてしまった
違う、アレはオブリビオン。ああ、声を掛けないで。なんで
お願いだから。優しい声を、掛けないで
…チガウ、幸せなんかくれない。
UDCが、私から、私達から、幸せを奪ったのに!
羅刹紋が浮かぶ。意識が朦朧とし、咄嗟の一撃
重い刀を怪力で振るい、目の前の存在を叩き捨てる
あ、ああああ!!
腕に巻いていた鬼縛鎖が外れ『鬼重・畜生道』
周囲の敵に呪詛の叫びを浴びせ、潰す
…注射器を突き刺し、精神安定剤で落ち着きを取り戻す
アレが過去で、UDCが、私の家族を操ったのなら。
………赦さない。
刀は、軽くなった
●“ 破壊そして破滅、餓えとつるぎ。誰があなたを慰めるだろうか。”
人形・宙魂(ふわふわ・f20950)はそうして前にも後ろにも進めない。
「お願い」
重い。「う」
肩で息をして、ぜえぜえとみっともない呼吸をして人々の眼をまっすぐ見てしまって彼らの言葉を聞いてしまって胸の内を悲痛の嵐が叩いている。
「お願いよ、猟兵」「止めないでくれ」「帰って」「来ないで」
刀が重い。「ううう…」
必死に鞘に収めたままの刀で振り下ろされたバールをいなしナイフを弾き引きずり倒すべくつかみかかってきた男を叩き伏せて走って刀が重くてよろけるように避けて時々転がってまた立ち上がって。
「邪魔しないでください」「見逃して」「忘れてよ」「見なかったことにして」
刀が重くて、使えない。
「うううう…ああ」
悲痛の嵐の風が一筋言葉になって宙魂の唇からさらりとこぼれる。
「ああ、そんな……」
動くたびに鬼縛鎖がちゃりちゃりときれいな音を立てる。
「どうして」
人喰羅刹紋がじんわりと熱を持っている気がする。
「どうして、邪魔をするの?」
自分の後ろうなじのあたりから誰かが耳にあまくつややかに吹き込むのだ、かわいいかわいいかわいい子…御覧、御覧、無垢できれいで随分おいしそうなにんげんどもじゃあないか、背なんか向けずに御覧よ、御覧…。
刀が重い。どんな重さであろうと宙魂の爪のいちまいかのように軽々扱えるはずなのに。
体が重い。吐きだす息すらしんしん重くなっていく気がする。
「お願い」
宙魂は嘆願する。
誰に?それすら泥に沈んだようにはっきりしない。それでも呟く。お願い。お願いだから。敵に?自身の体に?紋に?それとも、刀に?
「やだ」
ブレザーの女子高生が―もちろんこの事件の中心の彼女ではなく―かぶりを振る。
「邪魔をしているのはそっちだって」
明るい茶髪にいくつもピアスを開けて。背伸びで飾った爪。高校生にしてはしっかりとした化粧。
「しあわせになるための一歩なんだよ」
「いえ」
宙魂はかぶりを振る。自分の頭も重くてうまく否定できない。「違う、あなたたちは、オブリビオンで」あなたたちのやることは間違いで。あなたたちはオブリビオンで。
「それが何?」
うわごとのように繰り返し唱えた言葉をピアスの女子高生は否定する。「それであたしらを否定してるつも、つもり?」引けた腰に不釣り合いな金属バッドを構えて殴りかかってくる。「だ、だったらちゃんと戦いなよお!」
「どうせみんないつか過去になるんじゃんッ!!」
宙魂は動こうとして―
「あの時がいちばんしあわせだったってみんな思うじゃん!」
幸福で平和な。
宙魂の体がひとなみのかわいい重さしかなくて。角もなくて。
―ああ、刀が重くて。
とっさに刀を立てるように持って身をかがめその一撃を受ける。「け、剣もぬかないくせに」隙だらけで間違いだらけの二撃目も刀でうける。「だ、だって、刀、が」「ひ、引っ叩くとかなんかあんじゃん」三撃目。「あんたたち猟兵ならできることはいっぱいあるじゃん!」四撃目。「わ、わたし、私は」必死な攻撃は、しかし一つだって宙魂には当たらず。
「しなきゃいけないのにしたくないけどしなきゃいけないだけでしょ?」
間近で見つめ合う。
「ねえ、あなた、あなたさ、あなたならわかるんじゃないかなあ」
――…。
「何が悪いの?何がいけないの?どうしてあんな目に合わなきゃならなかったのどうしてこんなに生きることが優しくないのどうして存在すらいけないの」
瞬きをして、それから彼女はいたいたしく笑った。「思ったこと、あるでしょ?」
「そういうのをぜえんぶ、チャラにしてくれるんだ」
ばた、ぼたぼたぼたっ、びちゃっ。
何が水の入ったビニール袋でも叩きつけたような音がする。
「見て」
女子高生が宙魂の前から退く。
「あ」思わず宙魂は声を出してしまう。ぼんやりと立っていた彼らが「うそ」宙魂を見つけて「ちがう」ほんとうにほんとうにほんとうに嬉しそうに、顔をくしゃりと歪めたような不器用な、しかし喜びの顔をする。「違う」
彼らもまた困惑の顔で武器を取って「ちがう」
駆け寄りたいほど恋しい。
駆け寄れないほどに重い。
そのまま、下ろしてしまう。
床に捨ててしまう。
母さん。父さん。
殺められ無残な肉塊になったはずのひと。
「ちがう」
ああ。そう、そうだ。
「“思い返すのと、どう違う?――より鮮明ですらないかな”」
写真や記憶よりずっと鮮明に柔らかくそこに実在している。青い瞳を見開いて宙魂はかれらに見入ってしまう。
「違う。アレはオブリビオン」
そう、そう、笑うと首を傾げる癖があって。髪がふわりと揺れる。
母さん。父さん。
呼びたいほどにいとおしい。
うれしそうに近づいてくる。
「“過去とは現在の源であり未来の始点である”」
「やめて」
嬉しそうに微笑んで。「ああ、やめて」宙魂の姿をまじまじ見て「お願い」角にちょっとこころを痛める顔をして。「なんで」
動けない。重い。刀が重い。体が重い。
それでも少し背が伸びて「どうして」セーラー服を着た宙魂のすがたをなによりの幸いというように。「お願い」口元を手で覆って。「お願いだから」そっと手を外して。「声を掛けないで」
何かひどい重みがかかって立っているのもしんどくて、気づけば身体が震えている。後退したいのに刀が、体が、ほんとうに重くて。
唇を開いて。
「やめて」
何も言わないで。
わたしのせいであなたたちは死んだのに。
「優しい声を、かけないで」
このいのちひとつが、おもい。
「“なら耳を塞げばいい”」
「だって、体が」
「“目を背け、喋らず口を噤めば良いのに”」
「だって」
「“それはきみの望んだ重みだろう?”」
「私…?」
にこ、とブレザーの女子高生が笑う。
照れ臭そうに。「ね」
理解者を得られたという顔で、くるりと宙魂の後ろに立って背に両手をついて
「あの時がいちばんしあわせだったでしょ」
待つ彼らに向かって、宙魂を
「…チガウ」
宙魂の声から乾いた音が出た。
「しあわせなんかくれない」
くれたのは惨劇と重みと角が語る業と血塗れの道だ。
「UDCが、ばけものが、邪神なんか信じるあなたたちが!」
病弱さを称えたうつくしい肌に紋がはしる。うっすら浮かんだのは一瞬。肉と骨よ音を立てよと言わんばかりに濃度を増して
「私から――私達から、幸せを奪ったのに!」
そうとも。
人喰い鬼が笑っている。
ぐわりと宙魂を万力のような力で抱き込んでくらやみに隠し込んで。ああ。
少女の意識からすべてを断つ。
ほんのりと色づいた爪のうつくしいほっそりした宙魂の指が刀の柄を握る。
みいんなあっちが悪いのさ。みいんなあっちの身勝手わがままおまえはなあんにも悪くない。
あれほど重かった、刀を。
うつくしいおべっかにままごと用意して。都合のいいようおまえを取り込もうって魂胆だ。
やすやす抜きざま
殺めてしまお。
あんなにもいとおしい両親を粉々に叩き潰す。
みいんな殺めてしまおうねえ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ちいさく怯えたような喋り方が嘘のような少女ならぬ大咆哮が喉奥から吠えられる。
腕に巻かれた鎖がほろり緩んで外れ。
鬼重・畜生道。
鬼が、顔を出す。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
殺めてしまお。殺めてやろう。
其は災厄。
声すらあやうき、生き物の敵。
きっと救いなんてりかいできないけもののように、叫び叫び叫び叫んで叫んで――
――殺意と呪詛の大音波が人間をおもちゃの風船みたいに弾き潰していく。
と。
その叫びが突如止んだ。
宙魂の手が注射器を取り出し自らの首に突き立てていた。「は、はあ、はぁっ…」叫んだからだけではない荒い息を何度か繰り返し「うるさい」自身の意識を暗闇へ抱き込んでいた手を追い払う。
「あれが、過去で」やや荒い手付きで注射用パッドを傷口に当て「UDCが、私の家族を操ったの、なら」注射器をしまい。
「……赦さない」
まっすぐに、立つ。
おとなしい少女とは思えぬ熱をひとみにたぎらせる。
右手には抜かれた刀。
もう、ちっとも重くなんてなかった。
大成功
🔵🔵🔵
檪・朱希
【紫蝶】
アド◎
目の前に人々と、黒い蝶が見える。
罪悪感はあるけど、進まなきゃ。
雪と燿が、カイムを雇ってくれたんだね。よろしく。
UCを発動しようとする……待って。
なんでここに……私を、最初に助けてくれた、研究員の男の人が。
あの人は、無惨に殺されてしまった。目の前で、私の一番嫌いな『音』で……!
殺さなきゃ。UDCだから。でも、また殺してしまうの……殺せる、の?
嫌だ……でも、ごめんなさい、ごめんなさいっ!
助けてくれたのに、こんな事しか……!
今度こそUC発動。
雪、燿、カイム、お願い、手を出さないで。
【霞】で……男の人を突き刺す。
あぁ、何か言っているけど、何で、聞こえないんだろう……
……先に進まないと。
カイム・クローバー
【紫蝶】
依頼は二つ。イージーの依頼とーー彼女の二人の守護霊、雪と燿に頼まれた、朱希の護衛。
二丁銃を引き抜いて、『彼ら』を撃つ。それが何であれ、手加減せずに。……痛みを避ける為に額のヘッドショット。俺に出来るのはそれぐらいだ。
様子の妙な朱希は庇う。同時に俺は朱希に聞かなきゃならねぇ。
………殺せるのか?
……ああ、手は出さねぇさ。『今』に決着を着けるなら、きっと朱希自身で着けなきゃならねぇだろ。
呼び出した雪と燿は朱希の為なら、『彼ら』をきっと殺す事に躊躇いはないだろうが。彼らが殺すより、俺が先に殺して二人に手を汚させない。
ーー支えてやりな。きっと必要だ。
血に濡れた手じゃねぇ、今のお前らの手でな。
●“背きし罪はあなたのうちに見出される”
「じゃ、仕事といこうか」
カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はいつも通りに二丁拳銃を抜いた。
「俺は二人の依頼通り、イージーの依頼を遂行しながら朱希を守るわけだが――」
そして肩越しに軽く後ろを振りかえる。
一人の少女を…正確には、彼女を守るべく前に立つふたりの守護霊を。
・・・・・
「あんたらは自分の身は自分で守ってくれよな?」
ウィンク。
「え?」「は?待てよそれってどういう――」
若い女の額に穴が開く。
みすぼらしい子供の額に穴が開く。
年老いた男の額に穴が開く。太った女の額に穴が開く。
背の高い男の額に穴が開いて質素なワンピースの少女の額に穴が開いて髪を染めて結んだ女の額に穴が開いてくたびれたスーツの男の額に穴が開いて医者らしい壮年の男の額に穴開いて派手なパーカーを着た男の額に穴が開いて学生らしいセーラー服の少女二人の額に穴が開いて穴が開いて穴が開いて穴が開いて穴が開いて穴が開いて穴が開いて穴が開いて開いて開いて開いて開いて開いて血と脳漿と血と脳症と血と脳漿と砕けた頭蓋骨の音に血と脳漿と脳味噌と髄液と血液と――
蒼いコートに銀の髪を翻して、カイムは休むことなく連射を続ける。
リズミカルに続く発砲音が何か狂った楽器のようだ。
その周囲で、人々が一斉に開かれたシャンパンみたいに吹き出しながら後ろへときりきり舞いして倒れていく。
「うおわっ」火色の瞳した少年の霊が若干本気の悲鳴を上げながら跳んできた弾へ、よく見ればうっすらと霊化した鎖が巻きついた銃を抜き発砲――おおよそひとに見えて人ならぬ芸当で撃ち落とす。「人選間違ったんじゃねえか俺たち!?」
「いや」氷色の瞳した少年の霊がべつの跳弾を霊刀で切り捨てながら橙の少年に応える。「乱暴だけど、依頼通りだ」それから少し忌々しそうに付け加える。「それ以上ですらあるよ」
「は!?」また別の弾を撃ち落とす。「これのどこが!?」「馬鹿」「なんで今俺ディスられた!?」
「…雪と燿がカイムを雇ってくれたんだよね」
自身の守護霊のやり取りに檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)はほんの少し表情を緩めた。
その手のなかでは杖の8、タロットカードが淡く輝いている。「ありがと」
朱希の表情はどこか苦しげであり肌の色もどことなく普段より青白い。額にはうっすら汗すら浮いている。
「大丈夫?」青の少年霊――雪が朱希をかすかに振り返る。「…うん」朱希は少しゆっくりと、しかし、うなずく。彼女の耳は優れており、音を拾いすぎる。ヘッドフォンで軽減しているとはいえ、音とはつまり空気の振動だ。あくまでも軽減でしかない。肌を震わす音、人々の悲鳴、恐怖、怒声――そういったものがあちこちから響くこの状況は、彼女にとってややもすれば激しい苦痛を受けかねないもの、だったのだが。
「たぶん雇ってくれてなきゃもっと苦戦してたよ」
カイムは弾丸が放つ。放ち続ける。
オルトロスの片方から音がする――カチン。弾倉が底をついた音。
腕を交差させる、一瞬でリロード。
再び連射、連射連射連射――連射連射連射連射!
「えーっわかってねえの俺だけ!?」燿が唇を尖らせながら度々跳んでくる弾を撃ち落とす。
「二人とも何であいつの仕事に納得顔してんの!?俺全然わかんねえけど!?」
直前にカイムが言っていた通り、朱希の方に弾は飛んでこない。
が、雪と燿の方には跳んでくる。
隙なくではないがランダムであり、気が抜けない。
カイムが撃ってくるということがわかるから対応できているようなものだ。
「馬鹿」雪がとことん冷えた目で燿を見る。
「だからなんで俺だけディスられてるんだよ!」銃を連射しながら燿が雪へ言い返す。
「あっわかった八つ当たりか!雪お前俺に八つ当たりしてるだろ!?」
「どうしてそれがわかってカイムのやってることがわからないんだこのド馬鹿」
言い捨てながら雪は朱希のそばから再び前へ、跳弾を落とす援護に向かう。
悲鳴、苦痛、恐怖が満ち溢れる戦場。
だがこのほぼいつもと変わらぬ守護霊のやり取りが朱希のこころを少しだけ明るくする。自然と唇がほころぶ。
「燿は霊だよね」
雪の代わりに――ではないが、守られている立場として、邪魔をしない程度に朱希は燿に教えることにする。「おー、そうだな」燿が軽く返事をする。
「じゃあなんで今跳弾を撃ち落としてるの?」
「えっ」戸惑った燿の手が一瞬遅れる、がこれを雪がカバーする。解説を朱希に任せたため、燿への文句はない。
「そりゃ致命傷にはならないけど、朱希に当たるかもしんないから」すっかり撃つことをやめながら燿は素直に応える。
「じゃあ」その素直さにまた少し胸を明るくしながら朱黄色は重ねて問うた。
「もし弾が来なかったらどうしてた?」
「いやそりゃ朱希のそばに雪と代わる代わるしながら敵を…」
朱希の質問の意図がつかめないまま燿はさも当然と自身の回答を口に「あ」目をまん丸に見開いた。
「…やっられた」
口を開いてゲーと舌を出す燿のやり方が額に皺寄せる雪とは逆で、朱希は堪えきれずに軽く吹き出した。「あいつほんとキザ、かっこつけ野郎」燿は顔を前へ向ける。「燿」雪が窘める。
「そして僕らは彼に守られているってわけ」
悔しそうに雪はそういった。
・・・・ ・・・・・・・・
百発百中、外し弾は一切無い。
雪と燿が弾く分も含めてだ。
自分がいるのだ――便利屋は霊とはいえ依頼主に手を汚させるような仕事はしない。
あまねく殺すだけでいいのなら、『彼ら』ぐらい、自分一人で充分どころかお釣りが余裕で出る。
護衛対象も、依頼主すら庇い切る!
カイムは確信する。本物だ。
人間という意味では無い。戦闘力の無さがだ。銃どころか戦闘にすら不慣れな、ああ、本当に不慣れな一般人たち、の、UDC。
カイムを中心に人々がきりもみ倒れていく。ワンテンポ遅れて次から次へと――撃たれた順に。
彼らにはなす術ない。一撃どころか一歩前に出てカイムたちに近づくことすらかなわない。
上から見れば、低速度撮影で撮られた花が開花していくさまに似ている。
12時と6時から時計回りに翻る青と銀を中心にして真っ赤な花びらが一瞬広がって、散って、そして黒と変わり蝶になって羽ばたいていくのだ。
花が開き終えたら次は前方。続いて後方。右舷前方と左舷後方、左舷前方と右舷後方。
赤が咲き、枯れて黒、そして消えて、なにも残らない。
あるいはドミノ(おもちゃ)か。
心からの皮肉をカイムは浮かべる。
限りなくにんげんそっくりのUDC。噴き出す血の色も脳味噌混じりの匂いも脳を撃ち抜かれて倒れるさまも、まったくにんげんと遜色ない。
カイムの顔にはいつものハイテンションも、余裕たっぷりの笑みもない。
何も感じていないかのような無表情。
いや。
黒い蝶映す紫の瞳は語っていた。
ひたり満ちた、冴えた怒りを。
クソッタレ。
邪神がやる手にしては陰湿すぎる。あるいは手応えがなさ過ぎる。
これを先兵だというならあまりに弱過ぎるし、猟兵に対する精神的ダメージを狙っているのならこれではあまりにも人が良過ぎる。
裏がある。
掴めぬ意図が余計に煩わしい。
いいぜ、踊ってやる。
だが便利屋のダンスは高くつくぜ。
まず、てめえのツラを見るその時は特別綺麗に踊ってもらおうか。
“覚えておこう”
――今。
振り返る。今確かに聞いた。
声ならぬ声だったが確かに。隣にいるかのようにはっきりと。
振り返りざま声の方に銃を向け引き金を――引かない。
「…待って」
朱希が震える声を絞り出す。明らかに動揺していた。「なんで、どうして…?」びりゃりという重たい水音を聞いて振り返ったのだ。十歩とない近さで『彼』がいた。
カイムに事情はわからない。
しかし今撃てば朱希の精神を非常に揺るがしてしまうことは想像にたやすい。
『彼』の首のうしろから天井へぶうらりと赤くやや太い紐のようなものがぬめり照りながら伸びていた。「彼は教団の関係者じゃない」「朱希、落ち着いて」「相手はUDCだ」「UDCなんかになってるはずない…!」朱希は何度も首を振る。
紐が切れる。「こんの…!」燿が銃を構える。「やめて」燿は朱希の懇願に構えたまま引き金を引けない。「だけど朱希」
「だって、だって彼は」朱希は何度も何度も首を振る。耳の奥に『あの音』がきこえる気がする。しゃきん、しゃきん――しゃきん、しゃきん、しゃきん――…。
「あの人は無残に、無残に殺されてしまったんだよ…私の目の前で…私の嫌いな『音』で」
二枚の刃をねじでとめて、ひらいて、とじて、刃が擦れて鳴る音――鋏の音、しゃきん、しゃきん、しゃきん――…。「だってそれをもう一回、もう一回だなんて…ッ!」
朱希は凍りつきそうなほどに精密な照準の合わされた音を聴く。
ふりかえればカイム・クローバーと眼が合う。「できないならどいてくれるか?」冴えた笑み。
「UDCの駆逐は俺が受けた依頼でもある」
「UDC」
『定義できぬばけもの』。
「じゃあ、殺さなきゃ、なんだ」
「朱希」雪の声に朱希は視線を引き戻す。
赤い紐の切れた彼が朱希を見ていた。
「よかった」
ああ、そうだ彼は、こんな声をしていた。
そして腰を折り、地面に落ちていた誰かの武器だったろう包丁を拾う。「ひさしぶりだね」本心からのことばだ。震える手で構えて――朱希にむける。「いやだ…」朱希のくちびるから本心がこぼれおちる。
「大丈夫だよ、大丈夫だ…」
朱希を最初に助けてくれたひと。頼りなさそうで野暮ったいのに、いったいどこにそんな勇気があったのか。
そのひとの死因は間違いなくこの事件には無関係の筈だ。いったいどうしてここにいるのか、いったいどうしてあちら側に立っているのか!
「………殺せるのか?」
カイムから最終通告が投げられる。「うう」
「…わたしがここにいるから、なの?」
――答えは、ない。
「…雪、燿、カイム」
それで充分だった。「手を出さないで」
それから朱希は刀を抜く。霞。
「朱希」前に出ようとした雪、その刀へカイムが銃を放ち止める。
「……ああ、手は出さねぇさ。出させない」「なんで…っ!」雪が歯噛みする。
「『今』に決着を着けるなら、きっと朱希自身で着けなきゃならねぇだろ」
朱希は思う。
いったいあのひととはどんな会話をしたんだっけ。
何気ない言葉をかけてきて、朱希からひとことでも返せば嬉しそうな顔をした。
かける。駆け寄る。そうしたかったように。
振りかぶることはしなかった。
斬り捨てることは彼の最後に重なってしまってあまりにも辛かった。
だから飛び込んだ。
彼は両腕を広げていた。抱きしめようとするみたいに。
刀を引き抜けば。
暖かい液体がかかる。
霊刀はただしく男の心臓をひと突きした。「大丈夫」ああ。かれが何か言っている。「“そう、大丈夫だとも”」でもどうしてだろう、何も聞こえない。
手元であんなにも重たかったかれの体がみるみる黒ずんで蝶になって、消えていく。
「っ朱希!」さけぶような燿のこえがなんだかおかしかった。
大丈夫だよ。そう、そう言わなくちゃ。
「…は」
朱希はわらう。
「あは、」
血で真っ赤に染まったなかで。
それが黒ずみ蝶となってたちのぼるなかで。
「…いこう」
雪と燿へわらう。大丈夫だとあらわそうとして。
さなぎの背に入った罅のような笑みだった。
「先に進まないと」
そこから今にも、くらやみが蝶の形で飛び出してきそうな。
「――支えてやりな」
カイムは雪と燿に朱希を託す。「きっと必要だ」
むしろ、彼らふたりの護衛は、このためですらあった。
「血に濡れた手じゃねぇ、『今の』お前らの手でな」
雪と燿が顔を見合わせ再びカイムを見る。顎をしゃくって行けと促した。
結局彼らの真意がどうあれどこにあれ――朱希のそばにいつだっているのは彼らふたりなのだ。
「サボんのかよ」燿が唇を尖らせる。「おいおい主人も支えられないのか?」真っ向真実を叩きつけて三人に背を向ける。
「じゃあ何をするんだ?待機か?」雪が背中に叩きつけてくる皮肉を「そう言いたいところだが」カイムは笑う。
「なにせ今日の依頼は護衛だからな」
こちらへ大股でずかずかと近づいてくる白衣の男がいる。
UDCではない。メガネの向こうの目つきは悪く、黒い目はある種の殺意に近い熱を放っていた。「あ」「げ」雪と燿の顔色が変わる。「え…」朱希がまばたきする。「あれも…?」「だった方がまだ良かったかもしれないぜ?」あれは相当おかんむりだ。茶化してカイムはくつくつと笑う。
カイムは彼を硝子剣士のところで見かけてはいた。
この上ない怒りを漂わせてまっすぐやってくるが、目的はおそらく今回は自分ではなく後ろの朱希たちだ。面識があるらしい。
あるいは患者か。仕事熱心なことだ。
「感謝しろよ?――本来クレームからの庇護(カバー)は別料金だ」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
セプリオギナ・ユーラス
どうして?
“どうして”だと?
それは、それが赦されざる行為だからに他ならない
生きているものはみないつか死ぬ
関係性は変化し、いつかはほどける
その“当然”を受け入れられないものがいることは認めるが──それだけだ
「俺は貴様らを肯定しない」
(人に永遠は必要ない
それは人を人でなくするのだから)
故に俺は
壊そう、殺そう
その楽園とやらを
人の形を模したばけものどもも、すべてを
知れ
幸福の頂点を定義する愚者
停止は死に他ならない
未来を諦めるものに、真の幸福なぞありはしない
その定義こそが偽だ
人の群れにかつて救えなかったものを見る
……だが、何も恐れることはないだろう
ただもう一度、同じように
生きるもののために切り捨てるだけだ
●“ 『わたしは望もう。清く成れ』――そう仰られると、たちまちにその病は去った。”
人間は、生きているほうがおかしい。
奇跡と言っても過言ではない。
・・・・・・・・・・・
何度めかの二度目の散布でけぶっていたあたりが晴れる。
「貴様らは癌だ」
セプリオギナ・ユーラスはガスマスクを外し明確な殺意をもって彼らに宣告した。
セプリオギナの足元に転がっていた日焼けの色濃い老人の痙攣が収まって、胃液を吐き出して動かなくなった。
老人だけではない。男も女も子供も、老いも若きも稚きもひとしく転がっている。
人間はきちんと息ができている方がおかしい。
一拍のち、いっせいに黒い蝶が飛び立つ。
人間はほんのちょっぴりの異物が含まれている空気を吸い込むだけで死ぬ。
…異物と言ってもそう大仰なものではない。
セプリオギナの足元で子供ひとりが収まりそうな大きさの正六面体が噴霧機を収納する。
治療にも使われる薬品の濃度を少しばかり変えてやったものを霧状に散布しただけだ。
もう一度水だけの霧散布であっさり床に落ちて無効化できる程度の薬品。
それだけで人間は簡単に死ぬ。
「生命(げんざい)を食い散らかして増殖する癌だ」
声は低く静かであったが、眼鏡の向こう、なべてを睨めつける瞳は黒々と怒りに燃えていた。
マスクを外したセプリオギナを見て“間に合った”ものたちが恐る恐る口と鼻に当てていた厚手のハンカチやタオル、衣類をおそるおそる外す。
そこへ突撃した。
医療鋸はすでに抜いている。彼に続いて大小様々な賽子が――そいつはまるきりそういうしかない。『スタッフ』のセプリオギナを想起させるが、彼と違いそれらはマットな白で塗られていたり金属の光沢を帯びていたりと様々だ。――その後に続く。
呼吸を優先し体勢が崩れていたかれらは対応に遅れる。セプリオギナの最初に狙いは決まっていた。釘バッドの男。口元を覆うため両腕を上げていた彼の腹にセプリオギナは思い切り、今先ほどまで舞っていた薬品をたっぷりと含んだ水を蹴り上げて――そして下がる。男は咄嗟にそのまま武器を振り下ろさず顔を抑えようとする。――男めがけてセプリオギナの背後、賽子が展開する。
飛び出すのは針や武器の類ではない。強いて言うならコードに繋がれたパッドのようなものだ。「あ?え?」てっきり暴行がくると身構えていた男は顔に疑問を浮かべる。
賽子はこう言う。
『チャージが完了しました。人体から離れてください』
人間はきちんと動いている方がおかしい。
自身が動かなかった際に脈動させるだけの電圧を
ばちっ、空気と肉の――焦げた匂い。
ちょっとぶつけるで簡単に麻痺する。
セプリオギナは医療鋸、刃の付いていない方を男に向けて振り抜く。
狙うは頭――の下、首。
人間は普通に生活できている方がおかしい。
首、手首、足首。
血管も神経も集中している場所が多すぎる。
ごきっ。
生死を確認する必要はない。ひっくり返った男に賽子の一つが向かうのだけを視界の端で見届けて、次。
人間は血液がきちんと流れている方がおかしい。
「離して!離してやめ、やめてこないで!!」
複数体の賽子に拘束されている少女がもがいている。「いやだいやだいやだいやだ!!!」抑制帯はその程度でのびこそすれ千切れたりなどするはずもない。もちろん圧迫による鬱血なども起こさない。もがく彼女に新たな賽子が近づく。細い針、液体。
「やだやだやだやだ」先程隣で消えた女を思い出したのだろう女の悲鳴が一層甲高くなる。「おがああざぁあああああああんん!!」
差し込んで、流し込む「ああああああああああ、ああああああ…」
声がどんどん小さくなって目を見開いたまま体がゆっくり弛緩していく。
「やめろ!!!!!!」
絶叫しながら刈り上げの男がやってくる。「やめてくれ!!!!」男はおろかにもセプリオギナを見ていない。母を呼んだ少女を見ている。
「どうして!?どうしてなんだ!!!」
唾を飛ばして涙すら浮かべる。
「あんた医者だろう、なあ、あんた医者だろう!?!?」
「“どうして?”――どうしてだと?」
セプリオギナは何もしない。
「言っただろう。『貴様らは癌だ』と」
男の真っ正面に立ちまっすぐ見据える。
「貴様らの願望が、赦されざる行為だからに他ならない」
しなくていい。
男の背に賽子がとりつく。展開されたアームで首を抑えて――少女に注入されたのと、同じものを。
男が膝をつく向こうで少女が蝶に変わる。
「生きているものはみないつか死ぬ」
人間は生きている方がおかしい。
男に注入が終わり空になった薬瓶が賽子から落ちる。本来はそのまま内蔵できるのだが背中に取り付いて首に注入するなどという『用途』は想定外なのだ、ホルダーから外れて転がり落ちる。
「永遠など存在し得ない」
コンクリートの床をガラスがたたく、つめたい音がする。
これもまた特別な薬剤ではない。
手術にも用いられる弛緩剤を規定よりもはるか多量、流し込んだだけだ。
人間は、健康体で生きているほうがおかしい。
「関係性は変化し、いつかはほどける」
あれだけ叫んでいた男の口から、声はもうしない。
呼吸音すら聞こえない。
「その“当然”を受け入れられないものがいることは認めるが」
例えば8mlを100mlに。張り巡らせた神経の取り扱いを少しばかり雑にするだけで。
それだけで、人間は呼吸できなくなって死ぬ。
男が前に倒れるのと同時に賽子が退こうとして――失敗する。
バランスを崩して床に叩きつけられて、賽子は動かなくなった。壊れてしまったのだ。
人間は、生きているほうがおかしい。
セプリオギナは賽子を一瞥する。
壊れてしまうことは想定内だが、これは少々問題だ。発注の際に注文をつけたほうが良いだろう。これでは困るのだ。これでは
人間は
「――それだけだ」
これでは、実際の治療で患者が暴れた際に壊れる可能性がある。
人間は、普段は治療や検査に使われていて、一撃で簡単に壊れるような機械にすら、簡単に殺すことができるのだ。こんなふうに。
人間は死ぬ。簡単に死ぬ。あっけなく死ぬ。いともたやすく死ぬ。
薬の文量を変えてやれば死ぬ。身体の対抗など追いつかずあるいは簡単に狂わされて回復はできない。自身にながれる電流がいつもより少し強いだけで重大な被害を被る。伝導率の高さと耐電性の低さゆえに麻痺を解消し切ることは能わず。背中の髄が少し切れれば人形のようになり。緻密さゆえに繋ぐことは困難であり。重要な血管や臓器が集中しているところに攻撃が当たれば体表までの切断はもちろん体内での破裂でも死に。流れ続けるが故に殆どに置いて完璧な対処など間に合わず。体を支えている関節をちょっとひねれば簡単にひっくりかえって動けずその柔軟性と使用頻度の高さ故に完全な回復はほとんど望めない。
人間に永遠は必要だろうか?
せんせ。セプリオギナはかつて伸ばされた手を思う。無数の顔を思う。
その中のひとつ。涙や鼻水でぼろぼろに濡れた顔を思っていた。
よだれを垂らして暴れ回り掻きむしる指の剥がれた爪から滲む赤。
いたいよ、いたいよいたいよくるしいよ、ずっと、ずっとずぅっとこうなんだよ、ずうっと、ずうっとずうぅっと。
つらいよう。
…あるいは。
安らかに眠っている女。
もう一生目覚めることはなく、家族だけがどんどん病み苦しんでいく。額縁の中の幸福な写真。寄り添う幸福な面影は誰ひとりとして欠けがないのにその場の誰にもなかった。
安らかに眠っているものにさえだ。
先生、俯いたまま上げられぬ声。
注射器の針先を突きつけた肌の柔らかさ。黄ばみすら見える、白。
人に、永遠は必要ない。
呼吸のたえる、しじまよ。
「俺は貴様らを肯定しない」
それは人を人でなくするのだから。
故に殺さねばならない。故に壊さねばならない。
仲間が多く倒れ消えた中に少女のかたちをしたものが信じられない瞳でこちらを見ている。
楽園のしもべと自らを謳うもの。
「知れ!」
セプリオギナは彼女を怒鳴りつける。
少女の肩が大きく震える。
「幸福の頂点を定義する愚者め」
死の真ん中で、セプリオギナは吠える。
足元、今まだ蝶とならない男の髪を掴んで顔を上げさせ、まざまざと見せつける。
「これが死だ――これこそが死だ!」
逃走を促す信者に引かれがら彼女は耐えきれなくなったのかセプリオギナの方へ一歩でた。
「それは、あなたが蒔いた死でしょう、僕たちの楽園を邪魔して蒔いた死でしょう!?」
彼女の抱える鳥籠からわんわんと言葉が溢れ出ている。「なぜそんなものを死だといい見せるの!」
「それは、その残酷は、その残虐は、あなたがやったことで――ぼくのやったことじゃない!」
楽園、幸福の園。
「いいや、お前のやったことだ」
あなたがのぞみあなたが願い、あなたが選ばれた天の国。
「周りを見てみろ、俺の足元を見てみろ、貴様の足元を見てみろ」
セプリオギナはごうごうと溢れる怒りの結晶を、研ぎ澄まして突きつける。
「皆死んだぞ」
男が蝶と変わり飛んでいく。
・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・・
「皆、幸福のために、救いのために死んだぞ」
セプリオギナの言わんとすることに気づいた彼女の顔色が真っ白に変わる。
「幸福の最上で停止する、だったか――どうだ?」
少女の姿をした過去の――彼女の言を信じるなら、彼女とてそのはずだった。
楽園の最中、真にたどりつけず過去になったもの。
鳥籠の中が吠えている。まだ叫んでいる。まだ喚いている。
・・・ ・・・ ・・ ・・ ・・・
「みんな、楽園で死んだのではなく――その途中で死んだ」
あらゆる暴虐と残酷と苦痛が振りまかれる渦中。
「停止は死に他ならない」
すべての面が真っ黒になって、
「あらゆる傷は癒えず」「どこにもない、もうどこにもゆけない」
何度ふっても結果の変わらない賽子のような。
「未来を諦めるものに、真の幸福なぞありはしない」
隔絶されて揺るがぬ事実を、突きつける。
「貴様の言――その定義こそが偽だ」
人々がいちど、途切れる。
来る。確信があった。
セプリオギナは身構える。賽子どももまだ多くが無事だ。まだいける。まだまだ戦える。
おそらくもう間もなくあの水音がやって来る。
そして見知った患者どもが現れるに違いなかった。顔ぶれこそ違えど。
誰も彼も、救えなかった患者たち。
骨がすかすかになる奇病の女、出血が止まらず少し暴れるだけで想像を絶する苦痛にのたうちながらそれでも生きた男、食道と声帯を切り離して食事を失う代わりに、姉との会話だけをのぞんだ子供――いくらでもいる。
……おそらく何か、敵の策中にあるのであろうと予想はつく。
『感染型』UDCであるというのも気になる。噂を媒介にするという。確かにその点はあるだろうが、本当にそれだけだろうか。何か患者の小さな腫瘍か異常を見逃していた時と同じような、喉の内側を何かに撫でられるような嫌な気分がずっとしている。
――まあ、これは別の猟兵の仕事だろう。
思考から削ぎ落とす。
なぜなら、セプリオギナ・ユーラスは猟兵であるが、それ以前に医者だった。
ゆえに患者は最後まで受け持つ。結果が変わらなかろうと何度でも担当する。
くるがいい。何度でも来い。何度でも絶対に殺してやる。
人の形を模したばけものどもも。
すべてを――。
――…普段なら、そこでそのまままっすぐ敵へと向かってしまっただろう。
「は?」
知った顔を見つけた。
黒の中の赤。一般的よりもやや貧弱な体躯。視界の妨げになっていないのかと思われる少し長い前髪。拙いなりにいつも考え込むように結ばれた唇。ヘッドホン。
どうしてここにいる、とは思った。
しかしそんなものは『患者』の選択だ。『医者』は常に処方しかできない。
だから彼女がそこにいることは問題ではなかった。
問題は
「ふざけるな」
黒々とした一言が意図せず落ちた。
・・・・・・
彼女は生者で、
蝶の飛ぶ隙間からすら見えた――あれは
・・ ・・ ・ ・・ ・・・・・
『処置』の『必要』な『患者』の顔だった。
あれだけ解いてあれだけ結論を出したのにか。
「ふざけるなよ」
蒼と橙とを連れていて――もう一色。「どいつもこいつも」
「いらん命か?投げたいのか?そういう趣味か?」
言いながら。
セプリオギナは素早く医療鋸を素早く収めてその反対側の手に掴んだ薬品投与用のバッグを開く。「死線を紐なしのバンジージャンプと勘違いしていないか貴様らは」
襲いかかってきたものを蹴り飛ばし踵を返す。機械に任せて。「何か?全員灸で砂風呂でも希望しているのか?」どこか滑稽さも含めた皮肉をぶつくさとあふれさせながら。
「まったく」
そこにいる、生きている、まだ手の届く――患者(かのじょ)へ向かってセプリオギナは大股で乱暴に歩き出す。
「手のかかる患者だ」
セプリオギナの表情は依然、怒りに歪み切っていた。
しかし。
過たず、今彼が一番診るべきものを見ていた。
大成功
🔵🔵🔵
九十九折・在か
お前はお前の楽園の為に
私は私の楽園の為に
楽園バトルしようぜ!!
●縁
母親
茶髪のショートボブ
深緑の眼
両脚が義足
一人称:私
語尾:~だ、だろ、か?
●感情
弱いのに抗うUDC達への哀れみ
自身より強い母が戯言を吐く姿への苛立ち
久しぶりに母の姿を見れた喜び
●戦闘
警戒:POW
屈しないという【覚悟】を抱きつつ
UCで声を掻き消し抵抗
集団敵は得物等で淡々と屠る
もう死んじゃった私には
沢山の敵と戦えて、沢山の世界に行ける今が楽園なんだ
だからそっちは行けない
それに
ママは自分が一番エラくて強いからって
私がワガママ言うと、大人の癖に全力で喧嘩するくらい強いんだ
そんな人が誰かのルールに従って楽園に行くわけねぇだろバーーカ!!!
● “この私が仰ぎ見る。ほかならぬ私のこのまなこで、見る。”
「アーハン?」
九十九折・在か(デッドガールのゴッドハンド・f24757)はとりあえずうなずいてみた。
「えーと…?」
在かを囲み動かない――戦い慣れていないせいでどう動いたら良いのか分からない、動けない彼らは各々構えを鈍らせた。
それぐらいあっけらかんとしていた。
朗々と楽園について語る声がしている。喚いて喚いて叫んで喋って喋って喋って喋って喋り尽くせぬ言葉を尽くしている。
「うんうん、そー」在かはうなずく。なんどもなんども頷いてみる。
「うん、そう、そう。うん、えーと、あれだ」それっぽく顎に手など当てて考えてみる。
「そうだよな〜」苦悩ではない。目の前に壊れた人形があって、手元には人形の腕があって、これが右腕だったか左腕がだったか…そんな調子だ。
「うん」
いや彼女は彼女にしてはまあ真剣に考えているのだ。
「なるほ」
「いやなにが?」
在りのそばに立っていた学生らしいジャージを羽織った少女がとうとう突っ込んだ。
「オッケー理解した。全部理解(わか)っちまったってやつだ…完全(パーフェクト)に超(マジ)インテリジェンス」
「いやもうなんも喋ってないけど」
あきれ返る少女に在かは
「いやいや理解した心で理解(わかっ)たって」
もっともらしい顔で何度もまだうなずく。「愛イコール理解」「牢獄でパパ助けるやつ読んだっしょ」「文庫めっちゃ見づれぇのね」「まとめんの助かるけどフツーの漫画と同じサイズで出してくれって感じだよね〜」「それね〜」
ちいさく名前が呼ばれた。
在かのではない。在かと会話していた少女は背後、教師らしい女を肩越しに見て。
「そんで?」
鉄パイプを握りなおす。「なにがわかったん?」
在かは耳の上をバリバリとかいて、止める。
「お前らの語る楽園はお前らにとってほんとーに楽園なんだろうなってーのが、分かったよ」
在かの、生きている人間のより何倍も何倍も白く青ざめかすれた肌、傷みながらもくるくるとはねた髪、前髪半分がピン留めされて剥き出しになった額、引きつりも露わな頬の上で。残る半分垂れた前髪その奥で。
「お前らがそれを譲らないのも譲る気ないのも…譲っちゃいけないのも」
ひとみが鮮やかなウィキッド・グリーンに輝いている。
「私が譲れって言って脅しまくるのもなんかちげーのも、ね」
腕を大きくひと回し。衰えた関節がパキパキと鳴る。その音が在かは好きだ。これから暴れるぞうって気分になる。やりすぎると外れちゃって困るんだけど。
「偉いよな〜お前らみんなさぁ〜なんかそういうの見つけてさ〜、ちゃんとがんばるっていうん?」
大げさに終点のバス停を振り回せばそれだけで彼らはかすかに後ずさる。わかる。彼らは弱い。哀れなほどに。
「私だってママ達ぶっとばすのすげー大変だったからちょっとわかるよ」
そんなに弱っちいのに彼らは決めたのだ。
「だからさ」
よって彼らのそれは讃えこそすれ、より強いものが笑って否定しちゃならないものだ。
じゃあどうするか?
バス停を――終点を突きつける。
「来いよUDC!武器持って総出でかかって来い!」
歯を剥き出して笑え。
目をかっ開いて吠えろ。
「お前はお前の楽園のために――私は私の楽園の為に!」
跳ぶ。
終点の文字は、奇しくも
「楽園バトルしようぜ!!!」
極楽。
もしも。
もしもあっちもこっちもあっちとこっちでそれぞれ楽園なら。
そういうときはどうするか?
こないだ読んだマンガの主人公が言っていた。
邪魔すんなら死ね。
あっちもこっちもあっちとこっちにとって正しかったのなら、もう、それしかないだろう。
お前が負けたらお前の楽園は俺の以下だ。あの主人公だって今ここにいたらそう言うだろう。
そう言われればみんな必死に戦うしか無くなるし、必死に戦ってダメなら諦めもきっと、つく。
……。
……つく、はず、だよね?
少なくとも笑って戦えるはずだ。
たぶん。
在かなりに考えた、結論だった。
「先手ェ〜ッ」前一歩高く跳躍。思いっきり腰を捻り、ぺきき、鳴る骨と引きつる筋と肌の音を聴きながら。
「必勝ォッ!」
終点を横払い大振り。
ジャージの少女の首と肩を有り得ない方向にねじ曲げた。
「お前ら勝ったらお前らオウジャね!!!」ジャージの少女のちぎれた腕を掴んで名を呼んだ女教師っぽいのの顔面に叩きつけて目潰し。「んで私が勝ったら私がオウジャで」跳んだまま女の肩に着地して極楽の歪んだパイプの切っ先を女の脳味噌にぶっ刺す。「お前らの楽園はそこでオシマイだかんな!!」看板部分を掴んで引き抜きがてらバク転、終点を持ち直し看板部分で後ろにいたサングラスの女の顔面をペシャンコにしてよろめいた身体を回し蹴りでぶっ飛ばしてこんどこそ地面に着地する。どぅるるるるる、唸る音に目をやる。エンジン。チェーンソー!「おおーー!!いいなあいっかつい!」男が在か目がけて精一杯声を張り上げながら振り下ろしてきたのを横に転がって避ける。ジャケットが軽く焦げた程度。「いーなーそんなん持ってんのかよ!」地面に手をついて男の顎を蹴り上げる。「おっさん農家!?」意識が朦朧としたらしく一瞬動かなくなった男の手を下ろしたかかとで砕いて。「かーしてっ!」奪い取る。すごい、漫画で見た通りだ。エンジン吹かすフックがついてる!引っ張って、どぅるるるるる!
よわい。
わかってたけどみんな弱い。
女の子の腹にぶっ込んで腸とか血とか胃とかを斬りながら上がる血飛沫に思う。やっぱり漫画みたいにいかない。チェンソー意外とダメだった。三人目でとうとうダメになったそいつを女の子に突っ込んんだまま放って次に向かう。
ダッフルコート着た女の子が泣きながら灯油かぶって自分に火をつけて突撃してきたのを終点でぶっ叩いて叩き落として黙らせる。
胸にじわじわ哀れみが滲み出る。
みんな弱い――弱いのに、それでも抗ってくる。譲れないんだ。
声が楽園を説いている。すばらしいんだって言っている。
そこに行ったら肌がくすんでだめになっちゃうのも指がしわしわのくちゃくちゃで爪が外れやすくなってしまうことに悩まなくてもいいんだろうか。
でも。
在かは息を吸う。死んで朽ちかけでそれでも今動いている肺を大きく膨らませる。
在る息よ。
この咆哮にて、耐えよ。
「――グルルゥアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙゙!!!!!」
ひとびとは悲鳴をあげる隙もない。上げられたとて掻き消されていただろう、それほどのさけび。
倒れていく。死んでいく、死んでいく――。
在かの視界の端に赤い紐のようなものが揺れた。新手が出てくる時の合図だ。真っ先に倒してやろうと思って――その赤い紐に繋がっている、女が。
茶色のショートボブ。
在かの手の指と爪は自分似だと誇らしげに言った、その女の、たしかに指の長さやしなやかさが在かに似ているといえなくもない手が(でもわからない。在かの手はだいぶ朽ちてきているから)ぎこちない人形じみた動きで動いたと思ったら、紐を掴んで、ぶっちぎる。
輝いている。
前髪の奥で。
在かと同じ、いや、少し深いウィキッド・グリーン。
「よぉ」
女の顔に笑みが在る。
「まま」
彼女と対になるかのように、在かの笑みが、消し飛ぶ。
女が笑っている。
あの暴力的にしなやかで美しい両の義足で威風堂々の仁王立ち。
在かにとっては、指よりもよっぽど似ていると思える、牙にも見える鬼歯を剥き出しにした、笑いでもって立っていて――
「ひ・さ・し・ぶ・り・だ・なァァアアア!!!!」
――在かは咄嗟に体を捻った。
もはや本能だった。
空気をくり抜くような、ボッ、っという音が耳に届いて背中に一筋ひやいものがはしる。義足の蹴りが空気をぶちぬく音だ。「ママ」女を呼ぶ。ママは言った。一撃来たら前を見ろよ。昔の在かはついママの攻撃した方を見てしまっていた。一撃来たら前を見ろよ。いいか。身体は死んでも覚えていた。だから前を見る。敵を見る。いいか。一撃来たら前を見ろよ。見た。一撃来たから前を見た。ちゃあんと。
彼女の二発目の蹴りが、在かの頭目掛けて繰り出されていた。
一撃来たら前を見ろよ――人間、脚は二本あるだろ?
上半身を大きくそらして避ける。在かの頭があったところに空気をえぐる蹴りが飛んでいた。
「ママじゃん!!!」
「おうママだ」
脚越しにくる笑みが視線が変わらない。「こいつで殺せたらどうしようかと思った」彼女が蹴り終わった足を引く。そのしぐさで足が床に描く曲線がいつもうつくしくてきれいだった。
「〜〜っママだママじゃんママ何しに来たの!?」
変わらない。変わらない。
「私をぶっ倒しても調子乗らずにちゃ〜〜んとやってるようで安心した」ママは笑い「ぞ!」かかと落としがくる。ママの攻撃は全部正面で受けると死ぬ。いや在かは死んでるけど。
「しへへ」在かはちょっと照れ臭くって笑いが出る。
かと言って全部逃げれば追い立てられる。気付いたらママの掌の上でダンサブルにダンシングをキメることになる。だから集中して。避けても逃げてはいけない。
「お外で遊びまわってる子供の前にママが来る理由なんてひとつだろ?」
かかと落としを前進で避けてママの背まで転がり抜けて終点で殴りかかる。
「おやつは食べ過ぎてないよ!」バック・キックで受け止められる。
見極める必要がある。
どれを受けて、何を避けるか。
「おいおい、叱られる心当たりあるのか?」ローキック。これはその場でジャンプして避ける。「ないない!」受けたら脚がやられるから。万が一受けたら崩れ落ちた所を鳩尾ストンプだ。間違いない。
ママがニイと笑う「叱りに来たんじゃない」
――繰り出してくるのはマシンガンばりの、ハイ・キック猛連発!
在かは爪先だけをなるべく軽く受け流しながら大きく後ろに飛び、砂埃をあげながらママには絶対に背を向けずに着地する。
とびあがりたいほど嬉しい。
蹴りを素早く中断したママは凛と立ち、今までの勢いでわずかに乱れた髪をさらりとかきあげて手櫛でとく。その癖も本当にそのままだ。
在かにとって最高にうつくしい暴力と風格を持つ王者がいる。
退かず、褪せず、朽ちず、衰えぬ。
会えて、すごくうれしい。
ママは何を言い出すだろう?どんな暴虐かあるいは褒め言葉かちょっとした教訓か――きれいな薄い唇。在かは少しだけ楽しみで。
「子供(ガキ)を迎えに来たんだ」
――喜びに、水をさされた気分だった。
「あ?」かすれきった声が出る。案の定ママは顔を顰めた。苛立つと真っ直ぐな鼻筋と小さな額にシワが寄って怒ったドーベルマンみたいになるのもそのまんまだ。「返事」在かに服従を要求する強い語調もそのままだ。
「やだ」
そのままなのに。
朽ちかけて穴あきの胃袋に唐辛子山ほどぶっ込まれたような、焦げ臭い痛みが腹に膨れる。
「髪の毛もバッサバサに傷んで肌も指もボロボロで目はしなびかけ。臭わないのが奇跡だな」ママが鼻を鳴らす。「潮時だ」
「ここまでだって言ってるのが聞こえないのか?」
胃袋の穴から唐辛子が溢れて指先からつま先まで落ちてみたいに――ちりちりする。「聴こえてんよ」歯を噛み締める。力が強すぎて歯がぎち、ぎち、と短く鳴っている。
「でも、嫌だ」
身体を低く低く屈める。力を込める。
ママのシワが消える。怒りが加速したんだ。わかる。在かの知る彼女と、こんなにも一致しているのに。
「私をぶちのめして飛び出したんだ。
――力ずくで連れてかれる覚悟はあるな?」
本気で怒るとそこだけ見えない炎がたったようになるのもそのままなのに。
「在るッ!」
在かは吠える。
「お前をぜっっっっっっっってーーーーーーにッぶちのめす覚悟がね!!」
とびこむ。
「私には」怒りの淵からかなしみの波打ち際から喘ぐように絞り出す。
「もう死んじゃった私には」
バス停を、終点を、極楽を握りしめる。
「沢山の敵と戦えて、沢山の世界に行ける今が」
ぶちのめして、そう、物理で説得して出てきたけれど、会えればやっぱり嬉しかった。何気ない挨拶が嬉しかった。
かつての在り処が、まだそこにあったことが、いとおしかった。
「今が、楽園なんだッ!」
そんな自分を振り払う。
「だからそっちは行けない」
もう、ゆかない――『行け』ない。
ぎっ。ママの唇から音が聞こえた気がした。ああ、ママもその噛み締める癖あったんだ。
ママの炎が揺らいだ気がした。
気圧されたんじゃない。
炎にガソリンが注がれたゆらぎだ。
「あああああああぁぁああああああありぃいいいいいいいいいいいいいいいいいかああああああああああああ!!!!!!!」
怒声、吠える。
在かより少し深いウィキッド・グリーンを爛々輝かせて、ママが、
……いや。
「それに、それになァ!」
在かも負けじと、そうこいつにだけは、響く楽園の言葉になんか屈するものかと、おのれを燃やすような覚悟で吠え返す。
「やっぱお前ママじゃねーーーよ!!!!!!!」
ほんとうに?
どこかの在かが聴いてくる。ほんとだよ。言い返す――言い返す。
「ママは自分が一番エラくて強いからってッ!!!!」
ロケットみたいな飛び蹴りをあえて終点で受けて頭突きをかます。
「ママは私がワガママ言うと、大人の癖に全力で喧嘩するくらい強いんだッッッ」
額が割れるような痛み、音。
「絶対絶対ぜええええええええええっっっったいお前の倍の倍の倍の倍の倍の倍強かった!!!!」
それにすら負けじと言い返す。
そうだ。
ママは強かった。
だからきっと迎えになんかも来ない。
ママは強くて強くて強かったから。
リベンジはするかもしんないけど勝った時一回ぐらいはオウジャだって認めて尊重のかけらぐらいはしてくれるから。たぶん。
迎えに来るなんて出てった方の意思を無視するような勝手なことしないはずだ。たぶん。
たとえ在かが、ちょっと会いたかったと思ってても。
「そんな人が誰かのルールに従って楽園に行くわけねぇだろバーーカ!!」
笑え。
いつかのママみたいに笑え。
鬼歯剥き出して笑ってやれ。
この程度で揺らがないと教えてやれ。
「ヴァーーーーーーーーーッカバカバカバカバカ偽物アンポンタン!!!!」
そしてぶちのめせ。
圧倒的に蹂躙しろ。
ママが、在かにとってどんなに強いか――この自分の何倍も何倍も強くてお前なんか足元に及ばないほどなのだと偽物に教えてやるのだ。
「覚悟しろ」
少女の緑は、若葉のようにみずみずしいかがやかしさ満ちていた。
大成功
🔵🔵🔵
蔵方・ラック
言ってることや見た目がまっとうでも
この場では意味がないでありますね
今生きてるものを生かす
過去から来たものは消す、そんだけであります
あなた方はどちらなのでありますか?
腕を伸ばし、内蔵銃を突きつけて問う
過去から来たものでなくて、自分たちの邪魔もしないと言うのであれば
UCで動きを止めるに留める
そうでないならば、仕方がない
内蔵銃を熱線のものに切り替えて撃ち込んでいく
出来れば親玉っぽいのから狙いたいでありますね!
養親や、猟兵になってから出会った人たちの面影を見るかもしれないが
別人なのは分かりきっているので
ちょっと似てたなぁと思うだけ
こういう仕事は、ま、平気でありますけど特に楽しくもないでありますねぇ
リッター・ハイドン
何でも歓迎
グリモア猟兵のお兄さん、本当に、必死な顔だった。
今度は、おれが助ける番だ。
これは……普通の……人……?
いや。あいつ等は人間じゃないんだ。
どっちにしたって、武器を持って向かって来る相手に、容赦はしない。
……いや。ちがう。
出来る程。おれは強くない。
人も、ひとのようなものも。もう、散々相手にしてきた。
人の、おそろしいところも。みにくいところも。散々見てきた。
ひとがひとをころす。
ときには、血が繋がっていたって。
道を開けろ。
たんたんと。引き金を引く。
怖くないわけがない。こわいからこそ、引き金を引くのだ。
……おれは?
ひとをころし。
お前を守れなかった兄ちゃんは。
ただしいのか?
いや、俺が決めるんだ。
●“なんぴとたりとも二つの主人に仕えることは叶わない――どちらかだ。片方を愛しみ、片方を憎む”
「よろしいですか」
蔵方・ラック(欠落の半人半機・f03721)は銃を突きつけて宣言する。
彼らは、取り囲んで黙って聞くことしかできなかった。
……ひとつには、ラックのその銃口の先には少女がいることがある。
楽園の、僕。
ぴたりと突きつけられるそれから彼女は目を逸らしもしない。
もうひとつには。
「動くなよ」
リッター・ハイドン(シムーン・f29219)が機関銃をこれみよがしに見せつける。
「どうなるかはもう言わなくても分かる筈だ」
少年二人と彼らを取り囲む人々の輪の間には――何人もの男や女が足を撃ち抜かれ無様に転がっている。銃を鳴らせば、それだけで人々は2歩、3歩と下がる。
下手に近づけばリッターの射線が通るのはもちろんだが、ラックの非殺傷の銃による発光もある。身動きと記憶を消去され抜けたところを撃たれる。
二人の少年は、変形義足の機動と制圧射撃と、連携、集中突破でもって――誰よりも早くこの舞台の中心にたどり着いていた。
「二つに一つでありますよ」
ラックの声は明るく場違いなほどに透き通っている。
すべては、ただ。
「今生きてるものは生かす――過去から来たものは消す」
場違いなほど明るい声が、かえって一切の緊張なく。
彼は決めたら引金を『引く』のだと伝えていた。
「あなた方はどちらなのでありますか?」
この質問を彼らに問うために。
それだけのために、二人はここまで乱暴に抜けてきていた。
しもべが、口を開いた。
「――同じことなのよ」
これにラックは額へ皺を寄せる。
「いや質問にはイエスかノーで答えて欲しいでありますよ」博士だっていつもラックにそう言う。
「ぼくときみは、同じなの」
彼女は真っ直ぐ、ラックを見ている。
「同じ?」ラックはさらに唇をとんがらせる。
ラックは左足を軽く引き、砂利をリッターの足に当てる。どうするであります?
踵が1度鳴る音が帰ってくる。了解。
…ラックとリッター、二人の共通の目的はあくまでもひとつだ。
この少女以外のものたちがUDCであるかどうか確かめること。
答えが人ならば記憶を消去し処置――ばけものだと言うのなら『処分』。
そこにこのUDCの回答は関係なく、なんなら彼女を倒した後に周りに尋ねればいい話だった。
彼女に銃を突きつけて声を出して問うたのは、その方が周りが集中してくれるからで、一定の人間は我が身可愛さに他人を差し出したりもするからだ。
「きみはそうやって、そちら側に飛び出して――可能性を探しているのでしょう?」
ざ、と何か。
ラックの内側がさざなむ。鳥肌が立つといった現象ではない。
自分を構成する細胞が、一気に泡立ったような。
「何を言ってるでありますか」
言い返す。その籠の中と同じ狂人の妄言だ。耳を貸す必要はない。
「きみはそうして飛び出してそこで生きてそうして可能性を探していて、ぼくはあの海をたゆたう子供たちだから絶対にきみのことを忘れたりしないしきみがいない喪失すら永遠だから寂しく思うけれどこうして会えて嬉しくもあるのよ」
そう。
その籠の中の――邪なる神を盲信する、女と同じなのだ。
「自分とは初対面でありますよ」
足元が何か揺れるような気がする。
蔵方・ラックはただの少年だ。そう教わっているしそう思っている。博士だってそう言うみんなだってそう扱ってくれるしデータだってそうだ。「ダイナミック人違いの可能性が大であります」だから、だから相手がちがう。向こうが何か間違っている。
「いいえ」
UDCに偶然保護されてた孤児で日本人だ。
それだけだ。それだけの筈だ。
「ぼくは、きみを間違えない」
こんなところで、こんな真っ直ぐに見られる謂れはない。
「きみが、どんな姿に、なっていても――かみさまを信じたぼくたちだけは、間違えない」
そのはずだ。
「ねえ」
気づけば口の中がカラカラで、少女の唇から目が離せない。
できない筈だ、と何かが叫んでいる。
“――その名をみだりに唱えてはならない”
その先は、その音は、にんげんには、出せない、音の
“唱えるので、あれば――”
どす、と。
脇腹に衝撃が走った。「んごっ」ラックは思わず横目で振り返る。
リッターと目があった。半眼の睨み気味だった。ちゃ、とわざとらしくならされた音で指示される。銃。
……。
それに――それだけのやりとりに。
そんなちっぽけな、ささやかなやりとりに――にんげんの感覚を、思い出す。
そうとも。
「――自分は」
声が、出せる。
肺に、息が入る。
ラックはそれで――さらに、自らを取り戻す。
そうだ自分は声が出せる、声がちゃんと出せる声帯があって声がちゃんと響く口があってきちんと唇がついていて顔があって頭があって胸があって首があって気管があって肺があって腕がある。お気に入りのかっこいい義肢はもうちょっと背が伸びて筋肉がついたらさらに改造してもらおうと思っているのだ。
だから違う。
ぜんぜん違う。
細胞が叫んでいる。胸のそこが吠えている。
ちがう――もう、ちがうのだ。
過去を、殺せ。
「――自分はッ!!UDC所属のエージェント、蔵方・ラックであります!!」
おのれを、吠える。
「残念ながらまっっっっっったくの人違いでありますよ!!」
彼女のことなんか知らない。彼女の言うたゆたう記憶なんか知らない。彼女が何を呟こうとしたかなんてわからない。「あとやっぱ人の話はちゃんと聞くべきでありますよ!自分の言いたいことだけ言うとかどーかと思うであります!」
下がりかけていた銃を上げる。
・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そして、あなた方はみんなUDCと言うことでありますね!!」
なにが、そして、なのだろう?
自分をにんげんだと吠えたのなら、同じと言われて彼らをUDCなどと叫ぶはずがなかったのに。
そんな一瞬の奇妙さを、しかしここでは誰も考えず――流れ、とび、消える。
ふたつにひとつ。
今ならば生かし。
過去ならば――処分だ。
ラックがしもべ目掛け発砲するその瞬間。
伏していた一人が起き上がり――ラックの腕に飛びかかる。
見当外れの方向に飛んだ熱線が、別の女の脳みそを綺麗に焼き切った。
そこからは、雪崩のようだった。
殺到する。到達する。襲いかかってくる。
「んあああ数!!!数!!」垂直に飛び上がり回し蹴りをして二名の首を飛ばす。足を掴もうと伸ばされた腕に素直に掴まれてやってもう反対の足を組み替え切り落とす。「これはあれでありますよもっかい一点集中とっぱー!!」「んなこと言われても!」殴りかかられてきたのを銃で受け振り払い打ち抜きながらリッターが言い返す。ラックは割れたビール瓶で突撃してきたエプロン姿の女の首をハンマーに変形した足で蹴り飛ばし宙でひと回転、金槌を持った別の女子高生を素早く鎌形に変形した左足でかかと落としのように足を下ろして両断し、リッターの隣へ着地する――頃には。
「ごっめん、見失ったであります」
「仕方ない。これは不可抗力だ」
少女の姿は、彼方に消えていた。
「……こういう仕事は、ま、平気ではありますけど」
ラックはその場で軽く2、3度ジャンプをして具合を確認する。
違和感はすでに遠い。
大丈夫だ。全く問題ない。
「――特に楽しくもないでありますねぇ」
「そうだな」
リッターは頷く。
「そちらさん大丈夫でありますか?」ラックはなんとはなしにリッターを横目で見る。だってほら、自分より年下っぽいし。さっきどつかれたけど。
「ああ」リッターはリロードしながら応える。
「人も、ひとのようなものも、もう。たくさん相手にしてきた」
あれがUDCで倒すべきものであるなら。
今まで相手にしてきたものよりも、簡単だ。
簡単だ、とリッターは己に言い聞かせる。
「よっしゃ」ラックは明るく頷いた。「じゃあこのまま連戦続行であります!」にかっとリッターへ笑い「きつくなったら言うでありますよ!」敵の真ん中へ、飛び込んでいく。
そうだ。リッターはその背を見送りながら引き金に指をかける。
人も、ひとのようなものも、もう。たくさん相手にしてきた。
ラックに当てないように気をつけながら、掃射を続ける。
人の、恐ろしいところも。みにくいところも、たくさん見てきた。
ひとがひとを殺す。
ときには、血が繋がっていたって、だ。
アポカリプスヘルにはそういうものがごまんと溢れている。
だから。
・・・・・
だから怖い。
怖くないわけがない。
にんげんの怖さをリッターはよく知っている。
彼らがほとんどにんげんと変わらないけれど、UDCだというのなら、駆逐するべきだった。
すべからく。
容赦しない?
いや、違う。
「容赦ができるほど」
変形と熱線銃を駆使して踊るように暴れるラックを見ながら、リッターは呟く。
「おれは、強くない」
ブレイク・ダンスさながらのバック・スピンで女の足と男の胴と老婆の脇腹から肩をラックが派手に切り崩していく、彼らの頭目掛けて連射する。果物が弾けるみたいに吹き飛んで血がしぶいて、蝶に変わって飛んでいく。
人とほとんど同じUDC?
引き金を引くことはほとんど反射に近い。
気をつけるラックの姿だけきちんと認識しておけば大丈夫だ。
集中する精神がささやく。
一体どこからどこがにんげんでUDCだというのだろう。
UDCだから。リッターはそれに返す。
UDCだから倒さなければならない。
過去は世界を滅ぼしてしまうというから――それは、よくわかる。過去(つみ)はいつだってうしろにいて、油断すると足首を掴むのだ。
そしてもうひとつ。
グリモア・ベース。送り出される前に見た。
あのグリモア猟兵のお兄さん、本当に、必死な顔だったんだ。
今度はおれが助ける番だと思ったんだ。
しかし、そう――これは、正しいことなんだろうか?
過去は世界を滅ぼしてしまうというから。
ひとびとを殺してしまうというから。
戦わなくてはならなくて。駆逐しなくてはならなくて。
過去を殺せ。
小さな少女がこっちを見ている。汚れたワンピースに、小さな果物ナイフ。
引き金を引く。あどけない姿にも。平等に。
引き金を引く感触は、反射は、すべき行動は、今、ゾンビや拠点同士の抗争の戦争と変わらない。
ただここに、UDCだから、という価値が今付属しているだけのこと。
では、過去。
妹を殺して、ひとびとを殺した、兄ちゃんは――
引き金を引く。
怖いからこそ、引き金を引く。
――ただしい、のだろうか?
少女がきちんと足を残してばらばらにちぎれたのを――冷えた息を吐きながら確認して
「そりゃ自分で決めることでありますよ」
背後に大きな破砕音がした。
「ラック」
「イェイ」
今まさに足元から黒い蝶を羽ばたかせながら、荒野で一際輝く果実の髪色したラックが立っていてダブルピースで笑んだ。
「え・ん・ご・しゃ・げ・き、っでありますよ!」
あれこの場合は支援攻撃でありますかね?と彼は首を傾げる。リッターが思った以上に少女にとらわれて、どうも背中がお留守になっていたらしい。「…ありがと」埃を払いながら礼を述べる。「いえいえ!自分があの子見失った分はこれでチャラで頼むであります!」戦場とは思えない朗らかな笑みだった。
「うん」リッターは頷く。
「これで見失ったのはチャラでありますね!」ラックが顔を輝かせる。
「いやそっちじゃなくて」それは不可抗力だって言ったのに。彼の明るい調子に思わずリッターの頬が緩む。
「さっきの」
「ああ!」
ラックはポンと手を叩いた。
「なんか正しいのか、って言ってたのが聞こえたので!」
うん。リッターはもう一度頷く。「その」慣れない。ちょっと言いづらくて口をもごつかせた。ラックはそんなリッターの仕草を少しも不審に思わず次の言葉を待っていた。たまには最後まで人の話を聞けという博士の発言が妙に身に染みて。
――ああもう。リッターは思い切る。こういう時はちゃんというものだと自分の銃の先生の彼女ならきっと言うに違いないし。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
ラックは満面の笑みで返す。
成否の彼岸。
存在の定義。
「それは、おれが決めることだ」
リッターは再び銃を構える。
ラックはもういちど、大きく頷いた。
「でありますよ!」
みずからのためにも。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヤナエ・シルヴァチカ
アドリブ歓迎
消えた新興宗教か。
奇妙な縁だ。私の街や友、家族も、ある日初めから無かったかの様に消えた。
UDC、人の理の外から蹂躙してくる災害。交渉の余地もない相手。
見逃したら更に被害が広がるのは明白だ。
抗い難いその災禍を知っている。
だから、倒す。
彼らに恨みはないけど、素人だろうが覚悟ある人間は引かない。
人。いやUDCか。…だから嫌いなんだ。
銃を構えUC発動。
まだ進むんだ。周りは燃やさないように。
恨み言でも今際の言葉でも聞くよ。
その言葉は人しか拾えないから。
楽園。狂おしい響きだ。
今は信じられる程余裕が無くなったけど。
瑞々しい少女の頃の感情は身に合わなくなったけど。
幻に見たら、ただ。謝らせて。
風見・ケイ
相手はUDCだ。市民ではない。
私は躊躇いなく、引き金を引く。
そもそも、螢のように武器を撃ち落とすことも、荊のように素手で容易く鎮圧することもできないから。
――なんて理屈を並べてみたけど、ダメだな。
私は腹が立っている。久しぶりだ。いつもは螢が代わりに怒ってくれるから。
母は、宗教団体の甘言に惑わされ『儀式』のために首を吊った。あの日もこんなビルの中だった。
邪神の言葉も、彼らの瞳も、よく似ている。
楽園?
繋がり?
私の繋がりを断ってきたのはいつもUDCじゃないか。
先輩のことだって――ああ、もういい。
ライターの火に右手を翳す。熱さも感じない腕。
結んで開いて解き放てば、ふたりよがりな連中を焼却する炎となる。
●“その眼は激しく燃ゆる炎のようであった”
脚が。
右足、左足、二本の脚が一対で、それがたくさん、ぶらさがっている。
真っ先に思い出したのは中学生の社会科の授業で訪れた精肉工場の冷蔵庫だった。
重たい肉は微動だにしないから吊るされているというよりは、さがっているとか、置いておかれているとか…そう、印象的には工場で下がっている分厚いビニールのカーテンに近い。あるいはひっかけられて下がっている傘。
つまり、モノだ。
色は白だが、紙のそれとは異なる。一切の赤みも青みもぬけ、ゴムのような黄色味を帯びている。
足のうちどれかから(そしていくつかから)液体が滴っていたらしくてうっすらと生臭かった。首から上は鬱血しているものもあればそう変わらないものも舌を出しているものも、そうでないものもあった。縄を引っ掻いて爪を剥がしたらしいものもあったし、祈るみたいに手を組むものもあった。目玉を剥いているものも、目を閉じているものもあった。
あの時。
あの時、あの脚の中から『あの女』を見つけて、自分は何を思ったんだったか。
風見・ケイ(星屑の夢・f14457)はふとそんなことを考えた。
状況が悪い。廃ビルに狂信者ども。
ケイの母が『教団』の甘言に乗って首を吊ったあの日を、この環境はどうしたって想起させる。
崩しかけの壁に身を隠しつつ向こうを伺えば、こちらを目指して走ってくる男がいる。女がいる、老婆がいる、老人がいる、青年がいて、学生がいて、お粗末な武器を持って、やってきている。
どれもこれも一般人に見えた。コンビニに出かける際に、馴染みのバーに向かう途中に、調査任務の途中に出会う、あるいは元同僚や知人たちと大差ない、どこにでも見かける人々に見えた。
……。
それが、何か?
狙い、構え。
躊躇いなく、発砲する。
命中。男の胸が血をしぶく。
それは引き金を引かない理由にはならない。
男が怯んだところを続けて、二発、三発、崩れ落ちた彼に近寄った女も撃つ。
壁を遮蔽物にこちらへこようとする一般人の足を、腕を、腹を、胸を、そして頭を着実に打ち抜いて仕留め続ける。
足元には淡々と薬莢が増えていく。発砲を続けリロードまでがワンセットの作業だと言わんばかりに。室内では風が通らないがゆえに硝煙の匂いだけが濃くなっていく。
相手は市民ではなく、UDCだ。
躊躇いはない。忌避感もない。
どころか。
「ダメだな」
ひとりごちる。苦い笑みを口元に浮かべて。
「さあ、聞こうか」
その後ろでヤナエ・シルヴァチカ(forget-me-not・f28944)は静かな声を出した。
気怠げな中に真剣の混ざる、冴えた音だった。
ヤナエの目の前には、死にかけの女と、男が転がっていた。
男は気絶している。女は腹部と胸部に銃創。「えう、う…」口と鼻から出血は夥しいがすぐ死ぬほどではない。ヤナエも知っているアパレルブランドの夏服は女を何度かひっくり返して検分したせいで銃創からの血ですっかりお粗末なありさまだ。
「こっちを見るんだ」
ヤナエは女のそばに転がした男の髪を掴んでむかせる。女に顔がわかるように。
「お前のそばにいた男だ――彼に見覚えはないかな?」
女は血塗れの顔を歪める。「君の教団が巻き込んだ人?」
「な゛ぁ、に゛…?」虚偽のない困惑だった。
ヤナエの意図を、女は明らかに意味を理解してなかった。
「だろうね」
こめかみにChesed、ハンドガンを突きつけて
「それでいい――そして最悪だ」
発砲。慈悲を。
「件の団体『以外』の人間型UDCが大多数混在してる」
蝶と変わった女を尻目にヤナエはケイと並び銃を構えた。
「やっぱり、ですか」ケイはヤナエが参戦したことで軽く息をつく。「やっぱり、だね」
「ま、チェック入れたのは数組だから――不確実かもって言われちゃぐうの音も出ないけどね」
ヤナエはテンポ良く引き金を引き続けつつもだらしなく笑った。
「それ以外の証拠もありますよ」
発砲。
「えっほんと?」ヤナエは思わず隣を見た。「ええ」ケイは前を見たまま応える。
「先程別の猟兵の戦闘を見かけましたが――なんていうかな」
ケイはヤナエに胸を撃たれて喘ぐ老人の眼球を続けてショット。弾切れ。「取り囲むやつらの佇まいが明らかに異なりました」すかさず身をかがめ、空薬莢を抜き「貧民街、みたいな」次をリロード。
そのままケイが身を乗り出すと撃ち続けていたヤナエが下がる。「いつのまに」グリップのスイッチを押して弾倉を排出。「つい今先ほど」「そりゃ朗報だね」リロード。
「件の少女の団体は慈善事業なんかしてなかったはずだ」
構え――再び発砲。「もちろん、そっち方面への布教もね」
ケイはちらりと隣のヤナエを見た。「お詳しいですね」
「たまたまだよ」ヤナエは涼やかな顔のままだ。
「『消えた』新興宗教ってのに興味があってね」
硝煙はだいぶ濃く、軽く鼻を刺激するほどになっていたそれを払うかのようにふっと軽く息を吹く。
そう。
まるで煙でも払ったように。
まるで煙でも払ったように、だ。
ヤナエの故郷はあっさり消えた。
両親も友達も。
両親も、友達も、いつもの道もお隣さんも向かいの若夫婦も戻ってきたばかりの娘が継いだ馴染みの店もどこか偉ぶっていて入りづらかった店も好きな本が入荷する予定だった老婆がいつもカウンターに座る本屋も触らせてくれないかぎ尻尾の猫も誰にでもすぐ飛びつくちいさな犬もそれを追いかけてくる飼い主もいつも誰かにぶつかりそうになりながら大荷物でせかせか歩く中年の男もヤナエを慕っていた少女も少女に気があるらしくいつも来る少年も気に入りの場所も今年は新しい芽が出ていたヒヤシンスも見上げた家も毎週決まった曜日に出されるコーヒーとパンの露店も落とした小銭が挟まってそのままの側溝脇の指が届かないちいさな溝と石畳の隙間もそこにしぶとく生え出していたシロツメクサもよくその先を思い描いた道も。
まるで煙でも払ったように。
はじめから、なかったように――消えた。
…UDCの災禍のひとつ。
記録にも残っている。A4の薄いファイルひとつに収まってしまうような事件として。
だが、あれはヤナエにとっては死んで起き上がって尚足らぬ、喪失だった。
あんなにも抗い難い災厄だったというのに。
『あれ』はいったいどういった本質のものだったのか。
『あのとき』いったいどうすれば良かったのか。
『これから』いったいどうすれば良いのか。
その解を求めての、足掛かりの一つとして知りはしていた情報のひとつ、だったのだが。
「まさかこんなところで行き合うとは思わなかった」
ヤナエは、べ、と小さく舌を出す。
かったるげな表情は変わらず、それがやけにちぐはぐな態度だった。「奇妙な縁だよね」
「…ちなみに今回の女自体は?」
「教団員だね、件の模様の入ったペンダントを所持してた」
ケイのみならずヤナエまでも攻撃に回ったからだろう。
一度人々の殺到が止む。
ヤナエやケイと同じように遮蔽物に身を隠し――声がする。
頼むよ、頼むよ、猟兵。
お願い、お願いだよ、引いてくれ。諦めてくれ。
「誰が」ケイの唇が思わず声を吐き出す。
「それは、同感だな」ヤナエが飄々と返す。
「見逃したら更に被害が広がるのは明白だ」
そんなんじゃない。
ヤナエの言葉にケイは反論したくなるのを堪える。
そして認識する――やっぱり自分は、腹を立てている。
…本当であれば『風見・ケイ』はこの場でもっと迅速に敵を駆逐できる。
今ここで動く主人格の慧(かのじょ)ではなく――例えば螢ならば武器を撃ち落とし戦意を挫いていただろし、あるいは荊ならば銃など使わず身ひとつで飛び込み素手で鎮圧できていただろう。
それでもここに慧がいて、銃を握っているのは。
まぶたを閉じ、軽く天を仰いで息を吐く。
もう一度、呼びかけが行われる。
頼む、どうか、おねがい。
ただ、幸せになりたいだけ。
こんなところじゃない――楽園に。
ヤナエも、ケイも。
答えるほどのやさしさも、ゆるしも、持ってなどいなかった。
しばし、糸を張ったような沈黙があり。
「動く」
ヤナエの呟きとほぼ同時に――
せえーのっ!
――間の抜けたような声が上がった。
二人は撃つべく同時に遮蔽物より体を出し――
「これだから――覚悟のある人間は」
ヤナエが荒く毒づいた。
遮蔽物から転がり出すように出てきたのは、数人の男だった。
ケイはすかさず連続で発砲する。ヤナエも続く。
彼らの先頭の男は、非常に割腹の良い男だった。
彼と、彼の後ろにまた二人別の男が並んで、その後ろにさらに人が続いている。
「人。いやUDCか」
肉壁だ。
「…だから嫌いなんだ」
同胞を銃のための盾にして、
倒れたのならその体が死体となって消えるまで前進して
消えたのなら次のものを盾にして
誰か一人でも届かんと――文字通り一丸となってこようという、そういう『群れ』だった。
絵面としては、滑稽だろう。
人間の取る手としては、最悪だろう。
「そこまでして――楽園を夢見てるのか」
血を吐くようにヤナエはこぼしながら銃を持ち替える。ショットガンへ。
「ええ、そうですよ」
ケイの胸底で、あの日に置いてきた感情がちりりと熱をもって煙を焚き始める。
舌先にありもしない苦味を覚える。
仲間を肉壁にして進んでくる奴らの、瞳を見る。
「そういう奴らなんです」
ああ、よく、似ている。
いや。
“あながたは――それを見る”。
ケイの脳裏に――あの脚たちが、ぶらりと揺れた気がした。
ヤナエの脳裏で――故郷の消えた、空虚に響く風がなる。
「これ、さぁ」
ヤナエがショットガンを発砲する。
一人めの肉壁の男の首と右腕が思い切り飛んで、右舷の男の脇腹が吹っ飛んで、しかしそれでもやってくる。
「『感染型』UDCの、事件、だったよね」
二発目。団体が停止、次の肉壁が前に出てくる。
ああ、顔が、そいつの顔が、ヤナエの故郷の、あの、馴染みの店の、店主の顔に見える。
頭を吹き飛ばす。
「ええ、そして」
飛び散る脳髄を受けてもこっちを見てくる男はあのビルの中で、ケイの母と首を吊っていた男に似ている。
「噂の要素でもって大量発生しているUDCは、噂の式に織り込まれたモチーフから現れたものだろう――というところでしたね」
ケイはそれの右目を撃ち抜く。
首をありえない方向に曲げた男を肉壁の一つに、奴らはまた一歩前進してくる。
ケイの手が震えている。
恐怖ではない――怒りだ。
「彼らはどこから来たと思います?」
「UDCなら、骸の海だろうね」
また一発――ヤナエはショットガンを撃つ。
「もしかしてだけどさあ、私たちは違うけど同じようなものを見ているんじゃないかな」
「おそらく、そうです」
足首までしかなかった水が、胸元まで――首まで、口元まで上がっていたかのような圧迫感。
「誰から何が――どこへどう感染してるんだろうね」
「考えたくもありませんね、今は」
三発目の衝撃で、彼らが停止する。
「作戦変更だ」ヤナエは心底忌々しげに呟く。「本当はもうちょっと情報を引き出したかったんだけどな」
「ええ」ケイもまた、銃をしまい、ライターを取り出す。
「灼こう」
猟兵。
肉壁の向こうから、少女の声がする。
お願いだ、お願い、猟兵。
どうか、どうか。
わたしは、ぼくたちは、おれたちは。
ただ――――…つながっていたいだけ。
幸せな、楽園にいたいと願った、だけ。
「楽園?」ケイの声に怒気が弾ける。「繋がり?」
久しぶりの怒りに唇が歪む。
「私の繋がりを断ってきたのはいつもUDCじゃないか」
いつも螢が担ってくれるそれをたっぷりと味わう。
カチン、ケイの手の中で鈍い音がする。「勝手だ、あなたたちは勝手だ、いつだって勝手だ」
ライター。灯した小さな火に右手をかざす――熱の感じない腕。
そうだ。あなたたちはいつもそうだ。腕はまだいい。だけど。
せんぱい。
先輩の、ことだって。
「ああ――もういい」
炎を、握る。
「楽園、ね。狂おしい響きだ」
ヤナエもまた唸るように笑う。「素敵な夢なんだろうね、それは」
「だけど、私はまだ進むんだ」
「「だから」」
「「断る」」
ヤナエのショットガンから、弾丸が放たれる。
弾丸は彼らのうちの誰かに当たり――燃え上がる。
肉壁を買って出た誰かは崩れ、蝶とかわる。
『燃料』がなくなれば、炎は通常消えるだろう。
しかし、それは彼女のユーベル・コード。
煙躁(ダムラング)。
炎は絶えることはなく、そのまま柱のように立ち続ける。
異常に気付いた誰かが、一度撤退しようと身を翻る。
「逃さないよ」ヤナエは静かに吐き出す。炎は揺らぎ揺らいで揺らがせる。
霞のように、彼らの認識をぼやかし――転倒させる、身動きを戸惑わせる。
広がったおしまい。
黄昏のように。
「もう、なにも渡すもんか」
ケイが右手を開けば、結んだ拳を開いて、解き放てば。
小さな焔は大きなうねりとなって前方を、敵を。
自分たちだけでも楽園に行こうと画策した二人よがりどもを。
ああ、怒っていたな、と思う。確かに怒っていた。怒っている。
二人よがりどもに?
それだけでは、多分、ない。
包み――焼き払う。
かくしてすべては灰に返っていく。
熱に踊り苦悶にうねり、抗おうとして、勝てない。
その踊りを見ながら、ヤナエは耳をすます。
苦悶を探した。悲痛を探した。恨みを探した。
わからないわけじゃない――故郷に。あの日々に、帰れるとしたら。
それはたしかに希望だろう。
楽園が信じられるわけではない。
おそらく隣のケイだってそうだろう。
そんな瑞々しい少女の感情はもう身に合わない。
前にしか進めないのだ――味わった喪失と苦痛を抱えるしかない。
「ごめんね」
夕暮れより明るい、鮮やかな黄昏だった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
辻森・朝霏
血縁に依らない関係、ね……
ねえ?
ひそり、“彼”へと語りかける
……ええ。“おもしろそう”ね
猟兵の動きや空気を読んで、
邪魔せぬように目立たぬ位置へ
終始“言わざる”を貫くわ
地獄のような光景には
無難に表情曇らせたりして
コードは多くが使わぬならば
私も控えて戦闘を
ナイフの師匠は彼だもの
そこまで苦戦はしないはず
人を唆す悪魔って、あなたみたい
でも、賭けに乗る神さまも神サマよね
勝つ自信があったのかしら
もし、僅かにでも愉しんでのことなら――
こうふくの最上でとまったら
それはしあわせなのでしょう
でもヒトって愚かだから
何れ満足できなくなる
最上にするなら、死ぬしかないの
それとも最初から、そういう意味かしら
彼と交わす内緒話
●“ひとはその隣人を欺き、真の実なるを語らない”
苦悩、を。
目の前の、惨憺たる猟兵たちと限りなく人に似た過去どものとの戦闘に
もはや一方的な蹂躙に等しい絶叫が響く中多くの猟兵が苦悩しながら行う光景に
辻森・朝霏は。
辛苦を、苦痛を
心痛を悲痛を悲哀を哀惜を哀悼を
追悼を思案を思慮を憂慮を煩慮を煩悶を懊悩を悩乱を
抱いて、いる
『ふり』を、
している。
眉ひとつでうごかすだけ。首をすこうし傾けるだけ。
それで十分だ。
よく櫛削られた金髪は朝霏の動きにさらさら揺れる。
猟兵の多くは悲劇に心を痛め、苦悩している。
程度の違いこそあれど――辛苦を負う人間の表情は皆同じ。
だから同じように憂いを表せば。
誰も、誰も。
――血縁に依らない関係、ね。
夕暮れがにじみ夜の足音がする憂いた夕藍落ちる顔のその奥に。
だあれも、その憂いの仮面の奥に笑う赤い唇があるなどとは気づかない。
もちろん実際に微笑んでいるわけではない。
朝霏の唇はきちんと真っ直ぐに結ばれている。そんな初歩の初歩みたいなヘマは、しない。
自分がどう見られるかどう見えるかをきちんとわかっている。
いや、わかっているのではない。
自分の容姿から生まれから育ちから立場から、『外見』を作り上げたものだ。
だからどう振るまうべきかもわかっていて、その通りに振るまえる。
美しいかんばせの奥を誰も知らない。
ましてや
――ねえ?
暗闇のおくで、笑む朝霏はそっと声かける。
返答は、くつくつと笑い声。
小ぶりでシックなアンティークのソファに『彼』が座っている。
声に朝霏は笑みをさらに深める。ええ。頷く。
――ええ、『おもしろそう』ね。
ましてや彼女の内側に、もう一人いることなんて、いったい誰が知るだろう。
きちんと憂いが表せたのなら、あとは、ひとつ。
余計なことを語らないこと――口をつぐむことだ。
――そう。口をつぐむの。
なぜなら。
『See No Evil.』
朝霏はその言葉をなぞる。聞いた。確かに聞いた。
ありふれた、誰だって知っている言葉。
『そう』言われるのなら、先んじて沈黙するべきだろう。
でも日本なら英語では知られていないのかもしれない。
まるで紳士の戒律。一体なんのメッセージだと言うのか。
憂いの奥の暗闇で、いっぱいの大窓、映る朝霏の視界に広がる光景の前で。
『彼』はすらりと細身の長い足を組み変える。
――本当の『忠告』なのかもしれないね。
ふふ、ふ。暗闇の中の朝霏は口元に手を当てて笑う。
女学校で躾ではない。とうとう吹き出した思いを封じようという、悪戯っぽい仕草。
――オブリビオンなのに?
ふふ、ふ。彼も同じように笑う。
二人、まるきりいたずらめいて残酷に満ちた甘い笑い。
朝霏と『彼』は、ある可能性に思い当たっていた。
人差し指をたて『彼』は自身の唇にあてる。
――まだ確定ではないからね。
可能性に気づいているのは、おそらくこの場で朝霏と彼だけだ。
もしこれを誰かに告げたのなら、或いは何か状況のひとつも変わるのかもしれない。
だが
――では、やっぱり私はこれを『言わざる』を貫かなくてはね?
しかし他の猟兵に言うつもりは『まだ』、さらさらなかった。
胸の内では口元綻ばせ眼を細め。緩やかな会話に興じ。
残酷を秘するいたずらを味わいながら。
憂いた顔のまま、ナイフを振るう。
朝霏のあゆみに制服のスカート、プリーツが広がり、翻る。
朝霏は全部わかって計算ずくでどう振る舞うかもわかっていて、その通りに振る舞っている。
ほんの少しの乱れもない。
だから。
誰も、誰も、誰も。
だあれも、そのナイフが少女が振るうものにしてはやけに的確に命を殺めていることに気づかない。
ぱち、ぱち、ぱち。
暗闇で『彼』の拍手が響く。
見覚えのある制服を着た少女が小さい女の子の手を握ったまま眼を見開いてこちらを見てくる。
それはそうだろう。
突然手を握っていた子が崩れ落ちたら誰だって振り返るだろう。
その子の首がありえないところからぐらりと開いていたら誰だって動けなくなって相手をまじまじと見てしまうだろう。
朝霏の制服には一滴の血もついていない。
腕の一振りに合わせて舞う金髪が夕日にきらきら光る。
そしてそれより強く、ナイフがひかる――『彼』が朝霏に教えた通りの動き。
この制服を見たのは、先月の他校合同弁論大会だったかしら。
それともこの間の、吹奏楽合同演奏会?
そんな他愛無いことを考えながらでも、いのちひとつ、簡単に切り落とせる、動き。
はずみ、床に転がる体ひとつ、目の前に転がって蝶と飛ぶ。
位置は常に他の猟兵から距離を空けて。顔は常に悲痛や苦悩で僅かに彩らせて。
朝霏は視界、人びとの向こうに隠れた小さな影を認める。
追いはしない。
何より忘れてはならないのは、心がけだから。
目立たないように。欲張ってそんなはしたないまねはしないこと。
だから維持する余裕で、暗闇のおくで。
朝霏は再び『彼』に語りかける。
――人を唆す悪魔って、あなたみたい。
彼はうすい笑みのまま小洒落た仕草で小首を傾げる。
朝霏の言わんとすることを理解しながらあえてとぼけてみせる。
――でも、賭けに乗る神さまも神サマよね。
こんなささやかな『玩具』でいったい何ができると思ったのか。
――勝つ自信があったのかしら。
『彼』は薄い笑みを浮かべてイエスもノーの答えない。
『彼』もまた朝霏に対してクイズのように『言わざる』を貫いているようだった。
朝霏は形だけ少しむくれてみせる。もう。
その実、どんな回答が見えるのかを楽しみにしながら。
こんなちっぽけな『人形』たちでいったい何をするつもりだったのか。
それとも今回の事件もただの遊戯に過ぎないのだろうか。
はたまたこんなことの中に目的が別にあるのだろうか?
――もし、僅かにでも、愉しんでのことなら――
死の吹き荒れる中を。悲鳴の庭を。苦痛の園を。
朝霏は、悲痛の仮面つけ心だけは伸びやかに散歩する。
―――こうふくの最上でとまったら、それはしあわせなのでしょう。
あちこちから血の匂いがして。肉の焦げる匂いがして。
おおよそ人間が立てない音がして。重たいものが次々転がる音がして。
平和とはかけ離れた絵。
――でもヒトって愚かだから。
楽しい。
――何れ満足できなくなる。
できれば、もう少し、と朝霏だって思う。
それをするかどうかは別として。
――こうふくを最上にするなら、
楽しい。楽しい。
常日頃語られる楽園とかけ離れた園の中。
――死ぬしかないの。
ねえ。『彼』に問う。
『彼』は笑んでいる。ずっとずっと笑んでいる。
――どう思う?
いったいここまでのことが、なんのための行為なのか。
――それとも最初から、『そういう』意味かしら?
とても、楽しい。
わくわく、する。
大成功
🔵🔵🔵
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡みも歓迎!
●かちかちと音がする
うーん……
思ってた以上に、響かない
退屈だ
眠い
キミたちは魂っていう乗り物をなくした傀なんだね
もう何にも創れない、もうどこにも行けない
生きてさえいたなら、君たちがどんなに悪い子でも……
もっと楽しめるのに、心躍ったろうに
そう思えば……少し残念かな?
かちかちと音が鳴っている
ボクの退屈を紛らわそうとして、影を伝って部屋のそこらじゅうに潜んでる[餓鬼球]くんたちがかちかちと歯を鳴らしてる
じゃあそうしようか
食べていいよ
先制攻撃だ!
この上説法なんて聴かされたら本当に寝ちゃうからね!
UCでドーンッ!
おやすみ
百年たったら、帰っておいで!
そのときは寝ないで聞いてあげる
朱酉・逢真
心情)こんにちは、地獄。居心地がいいねえ。みィんな《過去》かい。そいつァ重畳、ひと安心さ。過去の"いのち"を奪う技を使うことにためらいなんざねェとも。朱酉・逢真は《猟兵》だからなァ。ひ、ひ。《大事》な関係なんざたったひとつで、その関係の名を《怨敵》というのさ。居ても殺す。
行動)難しいことなんざなァんにもないさ。起きろパズ坊。お前のかわいいたっくさんのちびたちを、腐れ風に乗せて送りこみな。俺を誰だと思っていやがる。《病毒(*おれ)》以上の人殺しなんざ、“いのち"の中にゃアいやしねえ。滅びは俺の仕事だよゥ。…ああ、女子高生ふたりは襲うなよ。滅ぼすためにァ発生源を聞きださにゃアならんからなァ。
●“うちに響くは暴力と破壊の音。私の前には常に病と傷がある ”
楽園について語る声がする。
とうとうと延々と長々と病めることも傷つくことも狂うことも違うことも誤ることも損なわれることもない永遠と無限について語っている。不変たる最上のこうふく。高らかな声で伸びやかに歌うように叫ぶように吠えるように乱れるように喋り続けている、その、隙間に。
かちかちかち…。
かりかりかり…。
音がする。
「んー…」
ピンク髪に眼帯の少年が唇をとんがらせ、右目をなんどもなんどもこする。左目は眼帯をしている。かちかちかち「だめだ…」かりかりかり間隔はどんどん短くなってほとんど閉じるばかりになる。「むり…」…かちかちかち…「眠い…」…かりかりかり…。
「そんなにかィ」
隣に立つのは黒髪の男だ。
不健康な白さの肌。黒いスラックスに下駄を突っ掛け肩には紫苑に鬼百合の羽織り。
赤い目を細めて愉快げに歪めた唇からひ、ひ、ひと笑った。
「えー…」眠い眠いといいながら少年は男の笑い声を拾った。「ならない?」「そン前に聞く気がねェのさ」「ええー…そーゆーもん…?」
かちかち。
どこからが音がなる度少年がはっとまぶたを持ち上げるもすぐにまた降りていく。
「そんなになってまで聴くほどの話かねェ」
男はそんな少年のさまを愉快そうにながめている。
「いや…もうちょっとさ、なんかこう…くると思ってたんだよ」
少年は閉じたまぶたを開けようと格闘しつつ両手で宙に何かしがの縦曲線を描く。「やっぱりほら…楽園て言われたら…ホラ…」その間にもささやかにかちかち、と音が鳴っている。
「ボクたち神としてはちょっとなに喋るのかなって思うじゃない…」
少年の名はロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)。
「思った以上に、響かない」
かつて万全であったもの。
今はその、何割かの権現。
「俺ァ楽園より地獄派でねェ」
ひょうひょう答える男の名は朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)。
分たれたる大極の陰。
凶ツ星。
あらゆる厭いを司りあらゆる禍の真中に座るもの。
かちかちかち。かりかりかり。
…段々と大きくなる音がある。
「なるー…」眠気に口元をもごつかせつつ「じゃあボクとはあんまり相性良くない系?」ひょろ、と「とりあえず慈悲で距離あけとくね」逢真から一歩離れる。
「そいつァお気遣いどうもどうも」
逢真は愉快そうに本当に愉快そうに笑うだけだ。
かちかちかち。かりかりかり。
「まあ今日ばっかりはそこまで気にしないでくれ」
なにか小さい石を細かく軽くぶつけ合うような音だ。
喋る声の隙間に聞こえる程度だった音は今やぢいぢいと聞こえるほどに膨れ上がっている。
「なんせここは」
楽園を叫んでいる声がする。
楽園を否という声がある。
「今この上なく地獄だ」
阿鼻叫喚。
「居心地のいいのなンの、具合のいいのなンの…まったくまったく重畳さァ」
ばら撒かれる肉、溢れ吹き乱れる血、踊り散る骨、叫び。
殺めることに躊躇う魂がある。
殺められることを厭う咆哮がある。
それでも振りまかねばならない死があり、そうして詰まれる行為があり。
そうして積まれる業がある。
「楽しそー」「ひひひ」
逢真の笑いに合わせて長いおさげが蠍の尻尾に似てくねる。声を引っ込めて尚喉奥を鳴らす、笑い。
「それで?」逢真は笑いを笑みにまで抑えてロニを見た。「んうー?」
かちかちかち。かりかりかり。
音はいったいどこからするのだろう。
「どうだぃ?楽園を説くお言葉とやらは」
かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち。
「キミがくらってない時点でそんなん明らかじゃない」
かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり。
「0点」
笑いも嗤いも好意も嫌悪も好奇も憎悪も快も不快もない。
なにもないのっぺりとした無表情で、ロニは審判を下す。
かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち。
「退屈だ」
冷徹ですらない。残酷ですらある。
「左様で」
くっくっく。
逢真のひそやかな笑いは、笑いだというのにまったく情らしい情のない、どこにでもある暗がりに聴く似ていた。
音がしている。
「じゃまァ、もういいかね?」
逢真はやや猫背気味だった背を軽く伸ばす。
「うん」ロニは無垢な少年そのままに首を縦に振った。
かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち。
部屋そこらじゅうの暗闇から。
「付き合ってくれてありがとね」
かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり。
そこな場所問わず落ちる影から。
「どういたしまして」
闇から闇、影から影へと伝わって、増えて踊って待っている。「じゃ、そうしようか」ロニは逢真以外の何かに向かって肯く。
「おまたせ、餓鬼球くん」ロニは甘やかに声をかける。
「起きなパズ坊」逢真がからりと下駄を鳴らす。
音が、止んだ。
「キミたちの音の方がよっぽど聴きがいがあったよ」
ひかりが残虐に笑い
「お前のかわいいたっくさんのちびたちを、腐れ風に乗せて送りこみな」
くらやみが輝かしく笑った。
嗚呼。
「食べていいよ」
影から無数の牙の口もてる球が溢れ。
かちかちかち!牙噛み合わせ。
「行ってこい」
闇から喰うもの問わぬ蝗が、風と共に前見ることも叶わぬほど噴き出でる。
かりかりかり――歯を鳴らし。
かくて神よりの残虐は振る舞われる。
・
掌ほどから子供の頭ほどまで大小様々な球が無数に宙を飛び回る。
彼らに一切の障害物は意味をなさない。人間のあたまも腹もうでも手首も足も床も柱も落ちてきた石も彼らが通れば彼らのかたちの穴が開く。
その隙間をぬって、あかるい、春の花色した髪のこどもがかけていく。
“其れが故、その日が来る。”
大人と子供のあいだ。
ロニは柔らかな肢体をいきいき、ふるまい、伸ばして――
かれが拳をひと振りすれば痛みに呻くものたちが一斉にぺしゃんこになって赤い大輪の花が咲いたようになる。血と肉と骨の間に間に彼らを偲ばす衣類の切れっ端が色とりどり見えて、花弁の中のめしべかおしべのようだ。
つまんないなあ。
焦げたカラメルが駄目になっていく時のような匂いが鼻の奥に匂う気がした。
相手が弱いことにではない。暴力はたのしい。圧倒的な力で蹂躙することはたのしい。
でも、これは。
――殺す。
「ねえ」
ロニは足を止めて問うた。
「楽園はどうだった?」
ぼたぼたと涙をこぼし鼻水まで垂らし今し方右腕が吹き飛んで転がって血をしぶいているのにそれでも武器を拾って―それがチャチなナイフなのだ―左手で握って睨みつけてくる、ロニの外見と同じか少し下くらいの、少年。
「なに…?」
かれを選んだ理由なんかない。「おいしいものは食べた?」誰でもよかったし誰でも同じだったろう。「たのしいことはした?」だってみんな同じ強い願いの光を宿しているから。「気持ちいいことはあった?」宙から降りてかれと同じ地平に立って真っ直ぐ訊ねる。
「なに?」少年の動揺の顔!素敵なことはあった?「なんだよ?」いいことは?わくわくするようなことは?「なんなんだよ」面白くてげらげら笑っちゃうようなことは?「聞いてどうするんだよ」身悶えするほどのよろこびは?だれかを思い切り抱きしめたくてしょうがないようなことは?「なんだよ!」思わず叫んでガッツポーズしちゃうようなことは?「なんなんだよ!?」飛び出してって踊り回りたくなるようなことは?
ああしあわせだって、明日を想うようなことは?
「――…」
「ないんでしょ」
ロニは告げる。笑みも何もない無表情で。
「なんにもない。なんにもなかった」
「ッあったッ!」
少年が叫ぶ。「あった!もうこれで大丈夫だって」諾々と真っ赤にシャツを染めながら叫ぶ。「もうこれでいいんだってもう心配ないんだって」
「ようやくかみさまが助けてくれたって、思ったんだッ!」
――。
「そしてなにもない」
少年が詰まる。
「その一瞬のやすらぎ」ロニは近づく。「――…いや、やすらぎですらないよね」
「やすらぎをねがう気持ちで、そこで、おしまい」
少年の、見開いた目から涙が、とまる。
つまらない理由。
「キミたちは魂っていう乗り物をなくした傀なんだね」
あと少しの距離を上げて立ち止まる。
「ちがう」
「もう何にも創れない」「違う」
「もうどこにも行けない」「違うッ!」
希望だけを抱いてとまったものたち。
「どうちがうの?――楽園にいるんでしょ?」
「何もない、楽園に」
少年がなにごとかをめちゃくちゃに叫びながらロニへ切り掛かってくる。
恐れない勇敢よ。
理屈はわからない。しかし確信していた――全ては虚無だ。お人形。
なまなましい、まがいもの。
「あーあ」ロニは心の底からため息をつく。
あえて少年の目の前であえて紙一重で、避ける。
「生きてさえいたのなら、君たちがどんなに悪い子でも……」
最小の動きで右腕の血すら完璧に避けて見せる。
「もっと楽しめるのに」
不屈の魂はどんなにまぶしかったろう。
「心躍ったろうに」
交わす言葉はどんな響きで帰ってきたろう。
「そう思えば」
ロニは軽く右腕を引く。
かれはそこでこの鏖殺のなか初めて表情らしい表情を見せた。
「……少し、残念かな?」
彼にしては妙におとなびて痛みを伴う、苦笑いだった。
「おやすみ」
輝きの一撃の向こうから少年へロニは満面に微笑んでやる。
「百年経ったら帰っておいで!」
サービス半分。
「そのときは寝ないで聞いてあげる」
慈しみ、半分。
神威は放たれる。
少年の身体はちりも残らない。
舞い上がった光の中に黒い蝶が一匹、いたような気がした。
・
「おー」
少々離れた神撃に目を細めながら逢真は本気だか冗談だかわからない調子で「やっぱ距離置いといてもらって正解だったかも知れんなァ」嘯いた。
飛び回るロニとは対照的に逢真はゆっくりと歩いている。
熱風が前髪を揺らした。
その周りで、悲鳴がする。ああとかぎゃあとかあああとかどれもこれも意味をなさない音だ。苦痛に悶えて耐えきれずちぎれた腹の底からくり抜かれた肺のうちから破られた喉の中から出せる限りにただただ出されるだけの音だ。
逢真の周囲から向こう、熱風が吹いている。激しい風ではない。蒸した夜に蠢くような、風というより空気の動きというような、静かでいて不気味な、ぬらり、とした風だ。
ロニから逃げることに気を取られていた男が風に気付いて振り返り――
ひ、ひひ、と逢真は笑う。
「しんどい、つらい?大変な事件、ひひ」
――顔に無数の水泡が浮かぶ。
熟して熟して朽ちかけのような苺くらいだったそれが林檎ほどになり弾ける。血ではない汁をぼたぼた垂らしながら顔面を覆い悶え苦しんで地面を転がるその上を風がもうひと撫ですれば首も手も足首も見る間に同じような水泡ができて弾けとろけむせるような饐えた匂いを撒き散らし異臭に振り返った老人の目が突然膨れてはじけ飛ぶ。
男の悲鳴に気付いた女がやってきてさらに風がひと撫ですれば女は突然むせて止まらぬ咳と変わり喀血を始めすぐに口から血と肉の塊を吐き出してそのまま胸がとけていく。呼吸が途切れ途切れびょうびょうと鳴り――止まった。
「俺を誰だと思っていやがる」
逢真のあゆみは緩やかだが止まらない。
風が撫でる。
女の足の皮膚が腐りとろけて筋肉が剥き出しになって耐えきれずぶちぶちときれていく。
言葉のない、音でしかない声が逢真の周りで響いている。
嘆き。苦しみに呻き。呪い。厭い。
逢真はそれを心の底から涼しげに――笑みにはロニと会話していた時よりも快さすら滲ませて、聴いている。
「《病毒(*おれ)》以上の人殺しなんざ、“いのち"の中にゃアいやしねえ。
――こんな戦い、この上ない大天命だ」
いつもの笑みのままただただ歩む。
「しかもみィんな《過去》とくらそいつァ重畳、ひと安心ってもんだ」
風が撫ぜる。
「過去の"いのち"を奪う技を使うことにためらいなんざちぃとも湧きゃあしねェとも」
熱波が子供の半分衣類と肌を焼き切って腐らせていく。
「皆々平等、滅ぼしてやるよゥ、《過去》ども。ひ、ひ、ひ」
風が撫ぜる。
「朱酉・逢真は《猟兵》だからなァ。ひ、ひ」
女の肉がとろけて溢れ始めて骨が砕ける。
まだほんの少しだがひとより膨らんだ腹が内の水に耐えきれず破裂して、嗚呼。
「なんせ滅びは俺の仕事だよゥ」
ぶうん、ぶうんと風に乗って蝗が飛ぶ。
「安心しろ、ちゃあんと滅ぼしてやるから」
男の脇腹を失って折れた体からはみ出す腸に老婆の半分に割れて残った目玉とこぼれた脳に悶えて転がる溶けた少女だった肉に足が崩れて呻くばかりで立てぬおんなに逃げ切ってまだ無事な少年の首筋に喀血にむせぶいもうとの口の中に飛び込んでいもうとを後ろに庇う兄の右頬に
蝗が、かぶりつく。
「滅ぼして滅ぼして滅ぼし尽くしてやろうなァ」
病ごと肉を食い骨を平らげ血を舐め尽くして飛び回る。
病に悶え苦しみ喘いでそれでも争う最後の芽を食っていく。
砂嵐のような蝗が死の語り部の顔して暴食を謳歌する。
「ああ、女子高生ふたりは襲うなよ。滅ぼすためにァ発生源を聞きださにゃアならんからなァ」
床でぐずぐずに膨れて崩れて食われてようやくくたばって蝶と消える。
蝶となっても蝗がばりばりと薄い飴細工でも頬張るように噛み砕いていく。
この光景を逢真は実に実に実に実に――慈愛でもって、見つめている。
それから顔を上げ、病に怯む《過去》どもの顔を見て、逢真にしては本当にめずらしく――少し唇を尖らせた。「なンでえ」
「俺の《大事》な関係のやつはやっぱり出してくンねぇのかい」
足を止めて軽く首を傾げる。
「神様差別だぜ、シケてんなァ」
返事はない。そも今彼の声が聞き取れ言葉がわかる中に返事ができるものはいない。
「《大事》な《大事》な《怨敵》だぜ、真似っこ人形でも出してくれたっていいだろうがよゥ――丹念に殺してやる」
いないはずだが、それでも逢真は語りかける。
うめき以外の、返事は無い。
それでも逢真には確信が、ひとつ――『“こっちを見ている”』
……。
逢真は笑った。「おしゃまさんかい、恥ずかしがりさんかい、それとも洒落者かい」
一際強く、風吹かせ、蝗躍らせる。
より死を濃く濃く振りまいて、存在をふるいにかける。
「硝子の兄ちゃんの時からこっち、随分声かけてきてくれてんだ」
声がしていた。依頼を聞いている時からずっと。
明確な声では無い。あくまで何か、そう区切られた文章のように。
その声と今、同じ声がした、気がした。
「わざわざ俺の思考に合わせておしゃべりしてごまかさなくてもいいだろうに、よぅ」
濃く酷く撒いた死で丁寧に一人ずつじわじわと殺めながらどこからだったのかを探るが
――返事は無い。
そして気配《 “ ” 》も消えた。「恥ずかしがり屋さんかね」笑う。
「まあ使える媒介がもうないんかね」
逢真はかろんと再び下駄を鳴らそうとして――「ン」柔らかいものを踏んだので、足元に視線を落とした。彼が撒いた病とは少し感覚が違ったのだ。
赤くて細く、柔らかい。
紐のようなもの。
興味が湧いたので拾い上げる。
何のことはない、にんげんなら誰だって臍に一度はついていたものだ。
しかし妙に見覚えがあってがして逢真は首を傾げる。
死に近い自分にとって、これはたしかに見ないものではないが、しかしそう見るものでもない。
この強烈な既視感はなんだろう――想う指先ではらはらと崩れていく。
ひらめく。
「ははあ――なるほど?」
しかし、そうであれば奇妙なものだが――まあ。
ひひ。
逢真は幾度めかもわからない、密かな笑い声を立てた。
「いい趣味だなあ、本当によゥ」
・
「いい趣味してるよね、本当に」
時同じく、ロニもまた同じ言葉を呟いていた。「かみさまに聖書なんていい根性してるよね」
ロニもまた返事をしていた。「だいたいなんかない文もアレンジも多いしさ」
ばらばらに散ったパーツの残りが黒い蝶へ変わって飛んでいく。
「それって当て付け?みんなに言ってんの?キミの神様からの挑戦状?」
ほとんどが赤に染まった中で宙に浮かびながら文句を言う。
「それとも」
消える。
何もかも消える。
「キミがかみさま気取りなのかな」
―控えめだが、それでいてあかるい笑いを聞いた気がした。
一切の悪意ない、面白がるような。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
多々羅・赤銅
●梅蝶
気っっっ
乗らねえ〜〜
弱い奴もガキも斬る趣味無え〜〜
攻撃をかわす事は易い
楽園とやらを尊ぶ声もやり辛え
大事な奴なんざいっぱいいるよ
昨日飲み交わした兄ちゃん
レジのおばちゃん
挨拶してくれるちびっこ!
代わりはいるとかそうゆう話じゃねんだよ全員唯一無二オーライ?
楽園とやらに行って、視野狭めんの勿体ねんだよねこちとら!
え〜ねえ皆〜
大事な人、私じゃダメーー!?
殺気で黙らす
お前ら斬っても斬れ味覚えてすらおけねえの
寂しいじゃ
ん
あ
ジェイクス
何し
待て
待てつってんだろ余裕ゼロ男ァ!!!(頭突
あーー呪われたみてえな殺し方
私の方が上手に人殺せるわ
聞こえてる?
見えてるな
ちょっとそこで頭冷やしてな
私達が
何とかしてやっから
ジェイクス・ライアー
●梅蝶
そこに見たのは
青い青い 青
一瞬、竦む心地がした
けれど
息を細く吐く
それはもう 呪い足り得ぬ
彼岸の狭間で出会った師を想う
よく見ろ 貴方に似た者など居はしない
瞬きひとつ
瞼を意識的にゆっくりと持ち上げ
感情を遮断するスイッチ
喧騒が嘘のように
溺れそうな謐けさ
地を蹴る
ぴんと張った鋼糸をふるい
誰かが救おうとした命を摘み取る
それが敵であるならば
脳を揺らし、昏倒した首を折る
それが敵であるならば
ぐわん と
額の衝撃に明滅する視界
溺れてもがく謐けさに気付く者はどれだけか
酸素が 鼓動が、どぅっと鼓膜を走る
ぎらりと目が合う背の鬼
そこに見たのは
赤い赤い 赤
なに
なんだお前
「…侮るなよ」
隣に並ぶ 対等だからこそ
●“ああ。隣人に怒りを混ぜ、飲ませ――酔わせ、あげく、その真なるを見ようとするものよ ”
嗚呼。
「“時よ止まれ、おまえはうつくしい”」
見た。
見たのだ。
鳥籠を抱えた少女。
そこに見た。一瞬見た。確かに見た。
青い青い 青 。
――眼、だ。
心臓をえぐられるとしたきっとこんな心地だろう。
青(ひとみ)。
知っている、大事な、忘れえぬ、青。
一瞬、身の、竦む。
掴まれた自身の心臓が、誰かの手の上で跳ねているような。
あらゆる血が逆さに流れるような、錯覚。
顔見せだ、と冷静な思考がつぶやく。これは猟兵への顔見せだ。
ありえない。違う。思考が叫ぶ。
そんなはずはない。あってはならない。
『彼』とはいつかの依頼、彼岸で会ったのだ。言葉も交わした。助けてももらった。
あそこにいたのはかわらぬ『彼』だった。だからいるはずもない。
もう、呪い足り得ぬ。
「――こうふくの最上でみんなとまったら、そこは、楽園でしょう?」
……少女の青は、一瞬の瞬きで消えた。
正直にいえば、安堵した。
そら、見たことか。錯覚だ。錯覚だったのだ。硝子剣士の眼は茶色だったのに抱いたのと同じ錯覚。青などと錯覚したあの感覚だったのだ。
しかし、しかしだ――冷静な思考が囁く。
『“錯覚で、なかったら?”』
耳元で 『彼』 の 声がした 気が した。
して しまった。
『“もし錯覚で無かったとしたら”』
血液が加速する。呼吸が止まり。心臓の位置がわからない。
『“ 【彼】 は ”』
ありえない。
いるはずがない。そんなはずがない。
『“最初から、場に居ることになる”
“他の猟兵に呼応するかのように現れた【過去】(オブリビオン)ではないということになる”
“錯覚でないとしたら、【彼】は【彼】こそが”
“――この、事件の” 』
いるはずがない。
『奴さんも、待っているんだと、思う』
そんなはずがない。
そうとも、違うとも。そんなはずはない。確かに会ったのだ。確かに彼岸で会ったのだ会話した彼だったそもそも自分が彼を見間違えるはずもなく声だってそうで瞳だってそうでこんなところでこんな少女にこんな形で瞳を見て青を見て青を聞いて声を認識して違ういや違う声は違う声は少女のものだだからきっと否定できるに違いなく
ジェイクス・ライアー(驟雨・f00584)は細く長く息を吐いた。
瞬き、ひとつ。
眼球。その上に覆い被さる瞼を意識する。
眼ではなく、その膜に集中する。
ゆっくりとおろす。思考を、困惑を、感情を。
一度全てを暗闇へ。
“そうとも――See No Evil”
ちがう。
声は聞こえていない。
遮断する。
あらゆる喧騒は遠のく。
“悪しきをみてはならない。”
嗚呼。
どこかで――青、が、輝いて。
溺れそうな謐けさで満たす。
貴方はいない。
きっと貴方はそこにいない。
絶対に居ない。
地を、蹴った。
青。
青、青、青青青青
――あの、青。
わかっている。わかっている。
あってはならない――あってはありえない。
・
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
多々羅・赤銅(ヒヒイロカネ・f01007)が派手な唸りを上げた。
「気゛ぃ゛ッ゛の゛ら゛ね゛ぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
右から襲ってきたブレザーの少女の突きを軽く避けてバック・ステップ「弱い奴も」
子供が振りかざしてきた金属バッドを今度はサイド・ステップでかわし「ガキも」
赤銅は大勢を崩した二人に対し――
「斬る趣味ね〜〜〜〜〜〜〜〜っんだってば!」
距離をとる。
赤銅の手は刀の柄を握るどころか頭に指かかっていない。
「でも」子供が涙目で赤銅を見上げる。「だって」顔面を蒼白にしながらブレザーの
少女が再び包丁を構える。
声が響いている。
わんわんと楽園を解いている。
「つらかったんだ」最上の幸福。「ひどいことしかなかったの」もう辛いことも悲しいこともなくて。「もうどうしようもなくて」みんな一緒で。「もうどうにもならなくて」
本当に大事な人と永遠にいられる。
「あ゛〜〜〜も゛〜〜〜〜!!!」
尚も追ってくる二人を右に左にかわす。「や゛り゛づれ゛ぇ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「わかってよ」攻撃の手を出さない赤銅を何と解釈したのか
「いやわかるよ?わからいわけねーんだよ」彼女にかかる人数が増える。
「私にだって大事なやつはいっぱい居る」
貧弱な武器の児戯より頼りない震えた攻撃。
赤銅には目を瞑ったってかわせるだろう。
それでも、嗚呼、『見ざる』おえない。
攻撃の手は止めどなく――入れ替わり、立ち替わり。
「昨日飲み交わした兄ちゃん」後ろから金髪にピアスをした若い男が果物ナイフを突きつけてきて「レジのおばちゃん」腹のでた女が大きめの石を投げてきて「いつも挨拶してくれるちびっこ!」膝にが振り回すのは身に合わないバールだ。
「お、多くない!?」先に赤銅にかわされてすっ転んだブレザーの少女が叫ぶ。「あと雑!!クッソガバじゃん」スカートの埃を払って、仲間から渡された出刃包丁を握っている。
「誰でもいいってこと!?」
諦めないのだ。
「い〜〜〜〜〜〜わけね〜〜〜〜〜〜じゃん!!!」
赤銅は左から掬うように殴り抜けてきた釘バッドを「代わりはいるとか誰でもいいとか」
ポケットに手を突っ込んだまま少しだけ体を前に傾げて「そうゆう話じゃねえんだよ」
避ける。
「みんな全員唯一無二!!!」
親指を立ててブレザーの少女に宣言する。
「オーライ?」
「じゃあいいじゃん!あんたもくればいいじゃん!」
「あ〜〜も〜〜〜だ〜〜〜〜〜〜っからさ〜〜〜〜〜〜!!」
赤銅を足目掛けて飛び込んできた子供をジャンプひとつ――回避とついでに移動を狙い。
「楽園とやらに行って視野狭めんのも勿体ねんだよこちとら」
そのまま宙で体を捻って彼らを見る。
ひとりひとりの顔が見える。
「え〜〜〜〜〜〜」
斬らねばならない、はずの顔。
誰も彼もすぐそこにいそうですぐそこにいて呼吸をして焦っていて感情があって
そして今赤銅の命を求めているとはいえ
「ねえ」
赤銅に向かって手を、伸ばしていて。
――嗚呼。
赤銅はあえて、彼らが自身の間合いの外になる位置に立つ。
「みんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!大事な人、私じゃダメーーーーーーー!!!!??」
否。
「あ、そ」
――しからば、殺す。
・
そうだ、否だ。
ジェイクスは改めて確認する。
不在(あらざる)。
手応えがひとつ。
リングが重みで、ぴん、と揺れる。
“我々の任務において最も求められるのは迅速さと謐けさだ”
ささやいているのはきっと、いつかの教えだ。
『彼』が『今』ささやいているのではない。
成人女性がふと不思議そうに自分の首を触った。
“我々は時に人間の集団、或いはそれに限りなく近いものを相手にすることがある。
――その場合騒がれ逃走や周知されることを避けるのが絶対条件だ”
彼女の心を代弁するならこんなところだ。汗で湿った喉に、一筋髪でもついたかな。
“つまり、まず断つは命ではなく、意識である”
軽く引く。
それだけで女性の意識はぷっつりと断たれたことが眼球でわかる。
“隊列で立ったままを維持させることができれば最善だ”
ほら、青ではない。
意識の昏倒したそのままの首を――折る。
次。青ではない。首を折る。次。青ではない。首を折る。次も青ではない次も次も次も次も次も次も次も次、次次次次次次――。
いない。いない。いるはずも――ない。
『彼』はいない。どこにもいない。
そうだ。そうとも。
見ろ。
よく見ろ。
あり得ない、そんなことあるはずない。
ジェイクスは否定する。
あらゆる疑念を並べて否定する。し続ける。
彼らは先ほどから微動だにしていないようだった。
或いは、彼らを牽制し、無意味な苦痛、消失、或いは死から救おうとしているのかもしれない。
しかし、それがジェイクスに一体どんな意味になろうか。
手折る。手折る。
ただひたすらに、青の最中。
――貴方に似た者などどこにも居はしない。
・
「マジで気が乗らねえんだよ」
距離を保ったまま、動かない彼らをみながら――赤銅はまだ刀に手をかけない。
「どいつもこいつもちんまい武器でびくびくした腰つきでさ」
瞳だけで、ややすがめ気味に、さげた首、彼らを下から見上げるように、睨め付けている。
「笑っちゃうほどかあいいわけ」
口調はいつも通りのまま。
「あんまりみんな性根も行動も行為も武器もみぃ〜〜〜〜んな可愛くって」
だが。
唇だけは、
「かわいくってかわいくって、さぁ」
もう
「お前ら斬っても斬れ味すら覚えてらんねえの」
笑んでいない。
「いちいち名前聞くほどの律儀さもねーし、それで名前聞いて覚えてやれるほどの記憶力もアテも、私にゃねーわけだよ」
淡々と。
猛然と。猛烈と。苛烈に。華然に。
殺気だけをただ、放つ。
「ねえ」
「そんなん、さあ」
放たれる殺気に誰もが口をつぐむ。
動けない。進めない。
ありようだけで空すら切り。
動こうとした無謀な誰かの頬を一筋、浅く切る。
「寂しいじゃ――」
ん、と続けようとして――赤銅は剣気を緩めた。
彼女は見た。
勘違いかと思ったが「あ」やはりあった。見知った顔があった。「おジェイ!」呼びかける。返事がない。普段ならすぐ青筋を立ててすっ飛んでくるのに。民衆の前だからかと勘ぐったが――様子がおかしい。一瞬見えた顔は見えなくなる。どこに?すぐ気づく。瞬の歩みにて移動している。
「ジェイクス」
返事は、ない。
代わりに首がひとつ飛んだ。
赤銅が今――誰かが敵将を落とすまで、牽制していた誰かの、首。
「待て」
次が飛ぶ。
血飛沫に振り返ったものが喉が潰れそうな悲鳴をあげながら真っ赤に染まる、その首も飛ぶ「待て」彼のやり口にしてはあり得ない。きざったいぐらいもっとスマートで鮮やかでそもそもこんな声ひとつに応えないのがそもそもおかしいのであり「待て待て」剣気を引っ込め駆け出す。速い!「待て待て待て」とぶ、飛んでってしまう。誰かが大将首を落とすのをこのまま牽制して待っておくつもりだったのに「待て待て」彼は止まらない。“見ていない”そう見ていない。見えていない。何が起きてどう見ているのか。見失っている。「待てちょっと待て!!!!」
悪魔(UDC)でも、見たみたいに。「ンの馬ッ鹿」
「待てっつってんだろうが――」
赤銅はジェイクス、と今は呼んでやるのもかわいそうな男が腕を軽く上げたのを目に――横あいから胸倉を掴む。襟ごとネクタイを。
目を合わせるのは一瞬。顎を思い切り引き
そして足を思い切り踏み込み
「この余裕ゼロ男ァ!!!!!!!!」
頭突きを、かます。
頭が割れるような衝撃が、ジェイクスに走った。
否――若干、割れている。
ぬらりと額をなめて目先に転がった、赤。
赤だ。
ジェイクスは赤を認識する。
血と、その向こう。
赤い、瞳。
そう。赤だ――青でなく。
赤というのは少々違う。続いて浮かぶ。自分が知っている赤い瞳とはもっと『あか』い。
これではまるで赤銅(あかがね)色だ――しゃくどう、というワードが脳に浮かんで、リンクする。
ピントが合う。
眼が、合う。
「…赤、銅」
青く死んでいた心臓に――火がはいる。
「よう」
顔を真っ赤に濡らして。
薄紅の髪が、夕日に赤々、火にかけて打った銅のように赤く燃え輝く、女が笑っている。「聞こえてる?」
肩の向こうでは惨劇の赤。
「なに」
どぅっ、と。
「なんだ」
自身の心臓のはげしい鼓動が。肺どころか喉と肩を使って酸素を求める呼吸音が。
鼓膜に、流れ込む。
「おし、見えてるな」赤銅は突き飛ばすようにジェイクスの胸倉を離した。
「理屈と都合は後――ちょっとそこで頭冷やしてな」
理屈と、都合。
その言葉にジェイクスは気づく。自身がどういう状態だったのかを初めて捉えた。
青。溺れそうな静けさ?――いや、まさに溺れていたのだと。
溺れるものの謐けさは一体いかばかりなりや?
それに気づけるものは一体如何程か。
そして目の前のこの女は。
「なんだ、お前」
それに気づいて今、手を差し込んで引っ張り上げたのだと。
「多々羅赤銅様だ」
赤銅は、ぎらりと肩越しに眼を合わせる。
額を赤に濡らしたまま、唇は豪なる笑みを浮かべ。
嗚呼。
「そこでいい子にしてな、おジェイくん」
赤だ。
あかい。
「私達が、なんとかしてやっから」
赤い、赤い赤い――赤。
――私『たち』。
よく知る赤い瞳がジェイクスによぎる。
赤。
“ See No Evil ”――“礼に非るを見ざるべし”
つまるところ、“悪しものを見てはならない”“正しきを見よ”、と。
紳士の戒律かと問うたらもっと古めかしい、論語だと『彼』は言った。
教養を磨きたまえ。
「…誰がおジェイくんだ」
ジェイクスは掴まれたことで乱れた襟とネクタイを正し、ズボンの埃を軽く払う。
「侮るなよ」
そして隣に並ぶ。
青のように追うのではない――赤。
対等だからこそ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
松本・るり遥
【弱虫】
両親、
あの頃と同じ声と姿
やめろ、違う、その人達は
俺を留まらせようとしない
弱い、誰かの大切だった人達
迫り上がる吐瀉を無理やり呑む
これをーー『優しくない』俺には殺させたくなくて、イヤホンを外して食いしばる
これを殺せってふざけるなよ
じゃあ何が出来る俺に
それでも何か出来る筈の力を得ちまってる俺に!!!
声
なんだあの人混み
スフィさん?
なんだあれ
まるで敵の数は減らない
まるで何も出来てない
なんて
ーーあんなに優しい人が、誰の事も救えないなんて事あり得てたまるか!!
独白を吠ゆ
そんな有様で、そんな顔で笑うあなたなら、あんたなら
その人達が戦わなきゃいけない今を捻じ曲げられる
俺達きっと願ってる事大差無い!!!
ダンド・スフィダンテ
【弱虫】
俺様、そも一般人への攻撃はしないし、出来ないな
困った。
とりあえず集めて時間稼ぐか
多少怪我をしても即死は無さそうな武器ばかりだしな
よいせ、無手のまま前へと進み出て、聖印を頭上へと大きく開く
半径が男三人を越す光は、果たして何処まで届くだろうか
『友よ、聞かせてくれないか』
『楽園の話を、愛する者の事を、信じる願いを』
全てを聴くとも
さぁ、話をしよう
……さて、集めてどうしたものか
ん?
この声は、ルリハル殿?
俺様にどうにかしろと?
はは、なるほど、分かった
『お還り、友よ。その願いも想いも、そのままに。
それは我らと争う理由には、成り得ない』
願うは和解
休むと良い
穏やかに、幸福に
俺様は、その想い全てを愛すとも
●“誰かがあなたの右の頰を打つなら、左の頰も差し出しなさい”
「と」
手を口に当てた。
右手じゃ足りなくて左手も重ねた。
出かけた声を、抑えるためだった。
父さん、母さん――と、呼びそうに、なった。
松本・るり遥(乾青・f00727)はそのまま彼らに背を向けて――走る。
逃げた。
ちがうかもしれない、と心のどこかで思っていた。
彼らは父母じゃないかもしれない。
その疑念をそのままにしたくて、直視したくなかった。
できなかった。
会話できて。
会話し続けられる思考があって。フライパンが揺すれる手を持ってて。
植物に水をやるためにサンダルをつっかけて歩き回る足があってパジャマをどう着てもすぐ出てしまっている腹があってズボンの上に肉がのる分厚い腰があって毎年だするり遥のためのささやかな五月人形を天袋にしまうのを支える腕があって昔るり遥をのせたちゃんとした肩があって自分もこんなふうになるんだろうかと思った禿げかけた父の頭いやいや遺伝はこっちかもしれないと思った少しパーマの入った癖っ毛の入った母の髪つむじがあって、あって、あってあってあって。
るり遥、と。ふざけてるり、とか呼んでくる、声が。喉仏のある父の、母の細いけど皮のたるみの見える母の、喉、とか。
変わり果てる前の、かれら。
そんなもの、見て。
会話なんか、して、しまったら。
それこそもどることができなくなってしまいそうだった。
顔が上げられない。
走る。
顔も上げずに走る。
右足出して左足出して右足出して左足出して走れ、走れ走れ走れ走れ――!
キャップの鍔を引っ張って顔を隠す。
この光景の中、逃げる少年なんか珍しくもない。誰もるり遥を見ない、どころか
「こっち!」
手を引っ張られた「わっ」顔を上げればクラスにもいそうな崩したお団子の、学生服にジャージを着た子で「な、な」なんでとかどうしてと言いかけたるり遥を引っ張る。
「あっちですごくやばい人が動いてるの」
「いや」だって俺、猟兵。言いかけているのに聞きもしないで。いるいる、いるよクラスにこんなやつ。「こっち、こっちなら大丈夫だから!」柱の影に押し込む。「じゃ」ふざけた敬礼をして、去ろうとする。「じゃって」「うち、あっちでマナちゃんらが投げるの作ってるから、そっち行ってくるから」「おい」ばか、おまえ、死んじゃうぞ。ばかお前死んじゃうぞ、もっとやばいUDCならともかくお前らどっからどう見ても普通の、普通の学生じゃんか、勝てないよ猟兵の攻撃で助かるわけないよ――…!
「――なんで!」
叫ぶ。
「うちらの仲じゃん」
ピースサイン、ひとつ。
「初対面!」言い返す。
「初対面だけど――でもここに今いるってことは、うちら、一緒っしょ?」
袖口から見えた、手首の包帯。
「ほっとけないよ」
口が、乾く。
るり遥は、ひとり、とりのこされる。
立ち上がった炎が、猟兵の炎だって、わかってるのに――
弱い。
弱い、ひとたち。
あの子はなんて名前だったんだろう。マナちゃんらってどんな子だったんだろう。
やさしいひとたち。
みんな、だれかの、たいせつだった、ひと、たち。
――恐ろしく、みえた。
立ち尽くして、息が詰まって、ぐっとのどから奥の胃から込み上げてくる――耐えきれなくて上がってしまったキャップの鍔を今ひとたび引っ張ってそのまま、
「な、ん、なん、なん」
もう
「なんなんだよ、なん、なんなんだよお……!」
立てない。
「ふ、ざ、ふざ、ふざけんなよお…」
膝をつく。
顔が、上げられない。
まだ込み上げてくる。抑えても飲み込んでもせり上がってくる。
「これを殺せってふざけんなよ、どうなってんだよ、どういう、どう…」
世界への不満。叫べ叫べと魂が唸る。
るり遥だって叫びたい。そうすれば、一心。
他の猟兵の力になる。
――他の、猟兵の力になって、なんになるんだ。
それで死ぬのか。
それで――『殺させる』のか。
『優しくない』俺が、そんなことを、するのか。
させるのか。
したくも、ない。
咆哮を噛み殺す。絶対に叫ぶものかと食いしばる。
るり遥はイヤホンを乱暴に自身の耳から引っこ抜いた。コードをくちゃくちゃに丸めて拳に握り込む。今すぐこれを叩きつけたかった。それもまた、どうにもならないことだと分かっているから、しない冷静さが残っていて、自分の勝手さに笑いたくなって、さらに強く歯を食いしばる。
「じゃあ何ができる」
イヤホンを握り込んだ拳、指は爪を立ててぐちゃぐちゃに握り込む。
「じゃあ何ができる俺に」
できる。いろんなことができた。しようと思えばいろんな手助けができるはずだった。
いろんなことができるのに全部できそうになかった。
その下のだれかの、猟兵の、
あるいは、あの、嗚呼、オブリビオンと、過去と、UDCと――るり遥は、彼らを、呼べない。
彼らのみんな、苦しい顔を、させるのか。「うぐ、ぐ、ぐうう」唸る。「ううううう」唸る。
「くそ」毒づく。
どうして、どうして、一体、なぜ。
「ちくしょ、ちっくしょう、こん、こんちくしょう…!」
なにかしてやりたいのに、
なにも、したく、なかった。
・
なにもしたくなかった。
というか。
「俺様、そも一般人への攻撃はしないし、出来ないんだよなあ」
ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)は柔らかい困った笑顔のままだった。
地面に座り込んだまま両手を掲げて無抵抗を示す、ハンズ・アップ。
「ミューズなら、なおさらだ」
「みゅ、みゅー…?」たった今ダンドを角材で殴った女性が狼狽える。
「ミューズ。女神。女性は誰だって俺様にとって女神だ」
満面の笑みで彼女を見上げて告げる。くちゃくちゃのコートの女性は眼鏡の奥の目を白黒させた。
「大丈夫か?」「え?」
「素手で触ってたけど、ささくれとかトゲとか刺さってないか?」「あ、え、あ、えっと」
ダンドはポケットを探る。もちろん片手はハンズ・アップのまま。あったあった。ハンカチを引っ張り出す。
「はい」「う、え?ええ?」
「持つところを、それでせめてカバーしないと」ワゴンセールで安かったやつだ。柄が可愛かったので買ったやつで、同居人が見たら顔を顰める柄の。
「一度目は大丈夫でも、何度かするうちに手を怪我するかもしれない」
女性が困り顔をする。
「それはあの、わか、わかってるんですか?」
「おう、わかっている」
とって。と、ハンカチを揺らす。しかしいつまでも女性がどうもしないのに、はたと気づく。
「そうか、罠かもしれないと思うよな」自分にはそのつもりがないけれど。一度ハンカチをひろげて見せる。「ここに置いておくな」そろそろ近づいて置き、また下がる。「できれば使ってくれ」そしてまたハンズ・アップの態勢に戻る。
女性がますます困惑する。
「こ、これから何度も殴られるんですよ」
「うん」
「も、もっと危ない武器を持ってる人もいますよ」皆は今遠巻きにこちらを見ている。
「まあ、即死するのはないと見た」
「て、抵抗は?」
彼女の両手が震える。大きく。がたがたと。
彼女の息がどんどん上がっていて、顔色がみるみる蒼白になっていく。なだめてやりたいぐらいだった。
「まあ、次は腕でガードくらいはするけど」
まずストレートに一撃は受けないと信頼してもらえないだろ?付け加えつつ、ダンドは困り笑いを崩さない。
「反撃はしない――俺様は、貴殿らに、それは、できない」
ダンドとハンカチを何度も見比べて、眉を思い切り逆ハの字に曲げて、口元まで歪ませて。「な」「ん?」「なん」「んん?すまないミューズ、もうすこし大きい声で」
「なん、で…どおしてえ…?」
へたりこんで、座ってしまった。
「うん」頷く。「そう、だな」
少し、口の中が切れた。
腫れた顔を同居人は嫌がるかもしれない。美味しいものでも作って機嫌を取ろう。
なんで、どうして。
それがどこにかかるのかにもよるが――どう問われようと、答えはシンプルだ。
大変な案件だと聞いた。猟兵の救いを願い投げられたいのりがあった。たくさんの猟兵が向かうようだった。一般人が巻き込まれたと聞いた。今苦痛と悲痛にまみれてここに皆が相対していた。
どうにかしてやりたかった、から。
なんて、これは。
「そうだな」
弱虫の、理屈だろうか?
――とりあえず時間を稼ぐか。
ハンズ・アップの両掌を天へ向ける。
浮かび上がる聖印。
輝きは夕日の刺すような残り火と違い、浮かぶように明るい。
人を集め、時間を稼ぐ。
効果のない、範囲だけが最大出力のもの。
半径が男三人を越す光は、果たして何処まで届くだろうか。
なるべく多くに届いてほしかった。
できれば心緩めるためが嬉しいが、この際警戒でも構わない。
そうして多くが集まってくれれば。
殺そうと心を削るものも、殺されると心を狂わすものも、殺してしまったと心を痛めるものも。
その分、減ってくれるはずだった。
なあ。
まずは眼前の彼女に、声をかける。
「友よ、聞かせてくれないか」
彼女が蒼白の顔をあげる。「なん、ですか」
「楽園の話を」
微笑む。
「愛する者の事を――信じる願いを」
叶わなくて、打ち砕かれて、それでも諦め切れなくて、最後の手段をえらばせた、それを。
「聴くよ――すべて聴く。全てを、聴くとも」
多分きっとそれは彼がかつて抱えていた人々も抱えていたものだ。
そして、受け止めて、理解する。
「さぁ、話をしよう」
それしか、今はできそうになかった。
・
「…んあ」
るり遥は顔を上げた。自身の影が濃くなったからだ。
それも炎のような不確実な明かりではなく、維持された光によってのものだと。
そちらに歩もうと思ったのにはいくつかある。
邪神由来のものには見えなかった。人の群れがあるのに、悲鳴がなかった。
ただ少し警戒したのも確かだ――奇妙な緊張感が漂っていた。時々ぼそぼそと声を交わし合っている。
すみません、とか、ごめんなさい、とか言って割り込めば、人々は普通に通してくれて、それがまた、るり遥の胃をぐるりとかき混ぜる。
人の輪を真ん中ぐらい進んだころだ。
き、と耳まで鳴らすような血の凍りが、唸る。
「スフィさん…!」
ダンドが立っていた。
大柄なのに威圧感がなくて。
団地ですれ違う時の挨拶で交わすようないつもの笑みが、今日は少し困り顔になっていて。
顔や肩、或いは体は所々に、負傷や汚れが、見てとれた。
「なに、あの人なにしてんの」
「なんか、攻撃しないって言って、あそこでただあれピカーって光らせてる」
思わず洩らした言葉に答える声があった。
「ほんと?」水滴の輪のように別の声が問う。
「ほらあそこの人が角材で殴ってもダメで」「なんか優しい言葉かけてるけど本気かな」声が響き合う。
「でもあれ猟兵でしょ?」ざわめく。
「殺さなきゃいけないんだよ」「でも抵抗しなくて」「抵抗しないの?」「いや避けたりはしてるよ、たまに」「してんじゃん」「さっき投げられた石避けてた」「受けたりもしてる」「やりづらいよな」「やりづらい」「なんかさ、善人だよって顔しちゃってさ」「善人だったりして」「おい」
交わされる会話は、まるで雑踏の中に不審者が出たときに聞くようなのと変わりなくて。
――なんだ、あれ、何だ、これ。
あの人は。
イヤホンを握り込んだままの指先が、痛い。
また一つ、石が投げられる。
「お、いっ」るり遥の喉から引き攣った声が「まっ」飛び出していく。
だって割と大きくて。
ダンドはチラと自身の後ろを一瞥して――避けなかった。
こめかみに当たって、眉あたりが切れたらしい、流血。
袖口で拭って、困ったように笑う。
「ほんとだ」誰かがいう。また雑踏の中のように声が響く。
「避けなかった」そうだ。るり遥は知っている。そりゃそうなのだ。
「避けないね…」彼はそういう人だ。
「なんで?」それもわかる。
「どうして?」うしろにも結構人だかりができている。下手に避けたらあっちに飛んで、そしたらいらない悲しみが、できる、から。
「なにが目的なの?」敵である自分が傷つくほうがまだいいから。
「集まってるところをドーンとかしないのかな」できるよ、あのひとはそれをできる能力がある。
「ちょっとやめてよ」そうだ。でもしない。
「いやでもさ、ほんとかもしれない」そうだ。
「なにが?」本当だ。
「その、攻撃しない、抵抗しない、って」そうだよ、そういうひとなんだ。
「えっ」「じゃあどうするの、殺すの」「無抵抗の人を?」そうだ。ほんとは猟兵がそれをしなきゃいけないんだけど「やだよ」そうだ、嫌だから。「やだ」
「でもさ」「うん」「いやだけどさ」まるで敵の数は減らない。
「でも早くやったほうがいい」増えるばかりで。
「なにもしてこないうちにさ」まるでなにもできてない。
「まだ何にもできそうにないうちにだ」まるでなににもなってない。
「どうして?」
まるでなにも成していない。
「だって、味方来るかもしれないじゃん」
いるわけないじゃないか、味方なんて。
だって猟兵は『殺せ』って言われてここにいるんだ。
だから殺せないあの人の味方なんて、ここにいるわけないじゃないか。
「――なんて」
るり遥の唇が勝手に言葉を吐き出す。
「どうしたの?」誰かがるり遥に問う。
「――ない、なんて」
なんて、なんて。
「こんなに優しい人が、誰の事も救えないなんて事あり得てたまるか!!」
こ こ に い る 、 る り 遥 以 外 に は !
陣中にて、独白を吠ゆ。
「スフィさん!」
叫べ、叫べ。
届け、届け。
「抑えろ、こいつ猟兵だ!」右から手が伸びてくる。「やっぱ仲間がいた!」左からも腕が伸びてくる。「抑えて!!」後ろからも両腕がきてるり遥を羽交い締めにしようと伸びてくる。「くちをふさげ!誰か!」
それでも叫ぶ。
今まで胃で、体で、とぐろをまいて煮詰められてきた苦痛が、悲痛が、不満が、不服が――どうして、が込み上げて。「あ、お」口元まで昇りつめて、履いてしまう。
それでも。
吐瀉物でぐちゃぐちゃに口元や衣類を汚して、理不尽なほどの人々に押さえつけられても。
それでも。
「願って!」
それでもできるから叫ぶ。それでもできるから叫ぶ――それしかできないから、叫ぶ!
「るり遥殿!?」
「そんな有様で」右腕を掴まれても前を目指す。
「そんな顔で笑うあなたなら!」左手首を捻られても前へ。
「あんたならッ!」左足を踏まれて。右足を抑えられても前へ。
「その人達が戦わなきゃいけない今を――捻じ曲げられるッ」
るり遥はちっぽけだ。わかっている。
勇気はない。度胸もない。優しさだって、たかが知れている。
だから身勝手に。わがままに。「頼むよ」
「俺達きっと願ってる事大差無い!!!」
託すのだ。
「――はは」困った笑みを、照れ臭い苦笑に塗り替える。
「俺様にどうにかしろと?」
なんて、大役。
「なるほど、分かった」
身に余る光栄だ。
聖印がより輝く――願うは無力化。
「お還り、友よ」
呼ぶ。
これまで語ってくれた者達へ。
「その願いも想いも、そのままに」
これまで石を投げ、或いは暴力を振るった者へ。
「それは」
ここまでただ見守り戸惑っていた者たちへ。
「我らと争う理由には、成り得ない」
願う。
「休むと良い」
きっとみんなそれが欲しかったのだ。
それがなくて――皆、思い、描いて、目指したのだろう。
一人、また一人膝を崩す。
倒れていく。ゆっくりとまどろむような、光の中に。
…辿り着いて欲しい、と思う。
「穏やかに、幸福に」
邪神の眠る、疑念と疑惑と思想の罠と利用の園にではなく。
「俺様は、その想い全てを愛すとも」
ほんとうの、楽園に。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユキ・パンザマスト
【くれいろ】
関係
先導と殿の遠く近い星
(狂乱ではなく憎悪と憤怒)
…ありふれぬ蒼白の顔にもなりましょう
宗教感染
お呪い
ああ嫌だ!
視線
それでも
早業の呪詛、蔓延る枝根で【彼誰不知】
その性質なら縁は充分
悪感情の叩きつけ
白の似姿をも見間違えない
お前達も同じなら最期に人違いはしないでしょう?
本当の大事を選んだなら!
(blink
幻痛で我に返る)
見せたくなかった
居て、よかった
幸せは日々の瞬間だ
変わりも終わりもなければ始まりもない楽園など
不幸でしかねえ
ほどかれたとて大した事かよ
結び直せて
忘れたとて思い出せるんだ
堂々廻りで足踏みしてろって?
お前達は今を生く者の邪魔だ!
不幸に呪われる只人等
これ以上居ちゃならねえんすよ!
セラ・ネヴィーリオ
【くれいろ】
大事な関係
一番近くて遠い星同士
先導の僕と櫂手繰るきみ
(イージーさんのあんな顔、初めて見た)
急ごう
隣を見れば怒りの瞳
叫びに同意
僕も不幸を広げたくないや
彼らの"幸せ"を踏み越える《覚悟》に意識が眩み
お願い、【残月】さん
眼前に喚んだ霊に託す
奪う覚悟で、目を閉じずに
きみの似姿を映そうと迷わない
(だって永遠、望まないでしょ)
そっちにいる筈がないよね
(noiseが幻痛に同期)
ユキさんの吐露を聞き
うん、再会は 永遠のその先に
それにきみたちの永遠は安らぎの前借りでさ
巣食う術式は将来誰かを不幸にする
それにあの子たちの状況も変わるかもだし
「だから、彼女たちの幸せの道を一つに絞らないで」
今を、生きさせて
●“ 待ち望んでいた夕暮れは、わたしにとって”
「急ご」
思えば、あの時から、少し様子がおかしかった。
セラ・ネヴィーリオ(セントエルモの火・f02012)はそう振り返る。
その時のセラはどちらかと言うと依頼者の方が気にかかっていた。
蒼白の顔色に見たことのない表情。
いったいなにをどれだけ見て――どこまでの思いで猟兵に託すのか。
一刻も早く少しでも力になりたくて彼女をせかした。
「ええ」
返事は低く小さくて。
繋いだ手、彼女の爪先がほんの少しかするように立てられた。
もう少し、気にかけておけばよかったかもしれない。
「お前たちはいつだってそうです」
今、隣の彼女――ユキ・パンザマスト(八百繚乱・f02035)の瞳は、金どころか夕陽を受けてまだら刀に血飛沫の色だ。
「いかれ宗教、見境いなしの淫ら感染、空虚発狂お構いなしのお呪い――」
呪詛に限りなく近い憎悪が憤怒の色纏ってユキの舌先を踊らせる。
「……こりゃ剣士さんもありふれぬ蒼白の顔にもなりましょうね」
合わない歯の音は恐怖でも狂気でもない厭忌だ。
「――ああ嫌だ!!!」
吠える。
ああ、嫌だ。
セラもそう思う。
ユキはああ吠えるけれど悪い人たちには見えなかった。
どういう仕組みだろうか。セラは静かに思う。
彼らは――魂がないのか、あるのかと言われれば『難しい』としか言えない。
ないわけではない。あると言うにはあまりに未熟だ。
まるで今生まれたばっかりのようで、それでいてみな、成熟した思考を持つ人間に見えた。
ただ――目の前の彼らは自身の信仰を奉じている目をしていた。
そう。
『信じている』目だ。
楽園を――『知って』いる目ではなく。
これがどんなに残酷なことだろう。
これがどんなに過酷なことだろう。
対峙する猟兵にとって、は、もちろん――彼らにとっても。
ここに救いはないのだ。
救いのかたちをした、救いのうわべりをかぶった、虚無しかない。
なにもない。
それは、彼らの言うとおり、永遠だ。
「願ってもない千客万来――大歓迎ですよ!」
ユキの情に、憎悪に嫌悪に激憤にぱりぱりとホログラムが電磁鳴らす。「恐れず怖れずなべて喜びいらっしゃい」椿の枝葉が伸びる。ぱきぱき「躊躇はいりません」ぱきぱき「お前たちの神様のためなんでしょう」ユキの肌、頬が、指が手の甲が、足が鳴る。「お前たちのこうふくのためなんでしょう」
根が張っている。
枝が芽吹いている。
枝の先にはあるじの情でぷっくりと硬い、蕾がごまんと下がっている。
「鵺(ユキ)とお前たちがほんとうに同じか――見せてやりましょう!」
少年少女、こどもたったふたりを囲むことに少し躊躇っていた彼らはユキの変質にどよめく。
えいえんに。
えいえんに、なんにもかなわない。
「うん」
セラは肯く。
楽園の夢は楽園の夢でしかなく。
これで幸せが手に入ったと思った瞬間でしかなく。
これで大丈夫と思った安心の先の本当に願った瞬間(ひ)は絶対に来ず。
これで、きっと、今度こそ、利用され続ける――こんなふうに。
定点の過去、先に進まぬ彼らにはその経験すら積まれない。
これをいったいどんな悲しみと例えようや。
これを殺さねばならない悲痛はどんな言葉なら伝わろうや?
セラは軽く息を吐き、少しだけ足を広げて立つ。
重心を据えまっすぐ立てる。
武道家の霊より習った、イメージ。
そうして、据えるのだ。
有り余る。
余りすぎる。
誰に、負わせるにしても。
誰もが、負うにしても。
きっとその先は、変わり『果て』るしかないのだろうから。
「――僕も不幸を広げたくないや!」
そうして、据えるのだ。
覚悟を。
ユキみたいに。
全力を、尽くそう――
彼らの"幸せ"踏み越えて失わせてでも、失わない。
――全力を、尽くそう。
ユキはセラの視線を少しだけ感じる。振り返れない。見れない。ちょっぴりの、これは恐れ。
とうに離れた手の、からりとしたささやかな空(ひえ)を少しだけ意識して――その恐れをその空(から)に投げ込んで忘れ。
加速する。
憎悪と嫌悪と激憤で胸を、満たせ――。
同時ユキの蕾が一斉に咲く。鮮烈の赤に白を混ぜたような甘やかな紅。
それらが――咲いて咲いて咲きながらふき散る。
薄紅の嵐に誰もが一度、抵抗する。
あるものは顔を逸らす。あるものは腕で庇う。
あるものは背を向けてあるものは傍の小さな子の顔を守る。
花嵐に、セラはユキを見失う。
でも、そんなことで不安になったりはしない。
彼女も、彼女なりの戦いを始めたのだ。
ならば。
「お願い【斬月】さん」
セラはよぶ。
花吹雪の中にたなびく、長い金髪がいく筋もゆっくりとたなびく、霊。
武器である銀剣を抜いていないのは、彼女なりの優しさなのだろう。
良いの。問われる。良いよ。答える。
決めたんだ。告げる。
もう、戦いたくないなんて――言わない。
そう。
花吹雪の中、彼女を中心に金の短剣が浮かび上がる。
500を超えた剣は、それだけで太陽か導きでも降りてきたみたいだ。
セラはその剣をまじまじと見つめ――それから花嵐の向こう、戸惑う人たちを見る。
無力にしか、見えない彼ら。
今から。
今更、息が詰まる。心臓が少し早鐘を打って、血液が熱を持って、耳が痛くなってじんわりと汗をかいて――口の中に唾液が溜まる。
怖いかもしれない。
でも、決めたから。生唾を飲み込む。
じゃあ、と彼女は言いかけて、セラを見つめて――言うのをやめる。
どうしたの?セラが尋ねると彼女はかぶりを振った。
今、あなたがしようとしていることを、しなさいと言おうと思っただけよ。
セラは片手をあげる。
今からのこれは、自分の意思でやるのだという、そういう証明が必要だった。
他ならぬ、自分に向かって。
指揮の手を――振り、下ろす!
踊る花びらのなかを、金の単剣がそそがれる。
短剣がふる。しわくちゃのシャツをきた男の右目から脳みそを貫いて金の短剣が振る。痩せた子供の首を貫いて床に縫いとめて金の短剣が稲妻みたいにふる老婆の右足に刺さって蹲った背に三本ほどが続いて刺さって金の短剣が神様のように降る女を大きな子供の人形を抱えた手ごと胸を貫いて金の短剣が降る何かの怒りみたいにそれに気づいた少年が抜こうとした手に追い討ちが刺さって金の短剣が降る涙みたいに振り返った額に突き刺って逃げる老人の右耳に短剣が刺さってすっ転んだところにまた剣、剣、剣――。
セラは、目を逸らさない。
たとえあの嵐の中に、ユキを思わせる少女がいても。彼女ではないから。
絶対に、間違わないから。
だって、永遠、のぞまないでしょう?
ゆうひの中で笑うと、なんだか寂しそうに見える、あなた。
・
金の短剣が、降る、降る、降る――。
外からの夕暮れをうつすそれは木漏れ日にも似ている。
何人かが仲間の死体をかぶって、それが蝶になって消える前の時間かせぎをしようとして
「逃しゃあしませんよ」
彼らの足に『根』が刺さる。
そうして吹き荒れる花びらが降り終わる頃、凄惨が、上塗りされる。
「呪詛には――呪詛をお返しいたします」
花は、ただのカモフラージュだ。
ユキの本来の狙いは、根――ユキから伸びて、彼らに刺さり、食い込んだもの。
「逃しません。あなた方は逃しません。あなたがただけは逃しませんあなたがただけを逃すことだけはしません」
唇から低く低く呪詛が漏れる。
タオルを額に巻いた男が叫ぶ。重たげな牛刀。
そして
・・・・ ・・・・・・・・
そのまま、自身の首を落とす。
短剣の雨を生き延びた少女が傍の青年の首を必死の形相で締め殺す手を青年が何度もナイフで刺す後ろで眼鏡の女が涙目で太った男の頭に金槌を何度も何度も何度も何度も何度も打ち下ろしている。
まるで彼誰不知の刻。夕暮れも消えかけた縁に沈んだ戦場の光景。
そうともこれこそがユキのコード。
誰彼不知。
根を通し――流し込む、憎悪、嫌悪、憤怒。
殺めた後、泣きながら死んでいく。
自傷させ、また、付近にいたものを猟兵だと錯覚、錯視し、攻撃させる。
……イメージとしてはハッキングに近い。
もちろん制限はある。
同じプログラム言語でなければシステムがはしらないように――この場合は、縁が、要るのだ。
ユキの本質は、根源は贄だ。
さらにいうのならば、たいらげて変質したばけものといっていい。
つまりある種――禍つなるか、過去の海に連なるそれに、触れたといっていい。
だから、かつて自らの意思とは言え贄になった彼らに、残酷なれど有効だと思った。
それが、手段の採用理由。
だが、この効果の酷さは、どうだ。
舞っているのがもう、花びらだか血だか肉片だかわからない。
自傷させ攻撃させる程度のものが。
ここまでの効果に、なるのは。
へ。掠れた笑いが口から出る。
嗚呼。
この溢れんばかりの憎悪は。払っても払いきれぬ嫌悪は。
「あ、ああ、ああああああ、うあ、ああああ!!!!!!」
叫んでいる。
誰かが叫んでいる。
「おや、おや、おやおやおやおやあ」
パーカーにホット・パンツ。じゃらじゃら下げたチェーン。たくさん着いたピアス。つばの内側に派手な差し色のあるキャップ。
そんな、背中にギターを背負った、パンク・ファッションの少女が、明るい色のジーンズに、白いTシャツを着た少年の首を絞めている。
彼女の手首から溢れる血が、少年のTシャツを真っ赤に染めている。
少年もまた、その細い指で包丁を握って、少女の胸を刺している。
「どうしました?お前達も同じなら最期に人違いはしないでしょう?」
折れ。
胸の奥のくろぐろとしたものがあの少年少女に叫んでいる。
喉を折れ。胸を突け。
あるのだろうか。
あったのだろうか。
ありは、したのだろうか。
「本当の大事を選んだなら!」
たとえば――その。
永遠に、ずっと一緒にいる、だなんて。
望むわけじゃない。願うわけじゃない。呪うぐらいだ。
それでも。
ひとりにしない、させない、の、もう一つの回答が、どこかに。
この、あふれる憎悪は。えづきそうなほどの嫌悪は。
羨ましさや、妬ましさでは、ないだろうか?
ちりん、と。
「――ッ」
鐘が鳴った気がした。
ユキは思わず顔をあげる――我に、かえる。
鐘?そんなもの視界のどこにもない。
違う。
ユキの手はすぐ自身の小指に届いた。
瞬きのような、絡んだ糸がぴんと貼られたような、痛み。
「ユキさん!」
振り返る。
・
見つけた。
花嵐の中で、見失いかけたものを、見つけた。
「せら」
乾いて乾いてからからの声が、ユキから聞こえた。
花びらの雨が止む。
コードを切ったのだ。いや――きれた、ように見えた。
花絨毯に彩りの赤、かろうじて生き残ったもののうめきが、響く、その真ん中。
ぽつねんと立つユキに、セラは駆け寄る。
「よかった」
隣に。
「そこにいたんだね」
傍に、戻る。
止まない嵐の中で、悲鳴(ノイズ)みたいに小指のあかしが痛んだ。だから探した。
よかった、いて。
――小さな不安は黙殺して。
繋いだ約束は、確かにあるのだと安堵にかえる。
とけちゃったのかと思った、冗談ひとつ付け加える。
あ。声をあげてセラはユキへ手を伸ばす。椿を思い切り咲かせていたからユキの髪が乱れて大変なことになっていた。サイドが前まで来ている。ちょっとごめんね。返事も聞かずに手を伸ばして直せば、ぼうとした金の瞳があって、それはいつものユキの瞳で、でもいつものユキよりもちょっとよりどころなげで――微笑んで、小首を傾げる。
だいじょうぶ。
そう、背中を押すみたいに。
「セラ」
「うん」
髪を直す手を、止めた。
「見せたく、なかった」
露のような、ささやかなことば。
血まだらは中心たる彼女から輪をかいて広がり、椿模様。
ユキはぎこちない手を動かして、セラの手に触れる。
いる。
ある。
今、ここに。
「居て、よかった」
なんだか。
セラには、ようやくユキの顔が見えた気がした。
「うん」
肯く。
「僕も」
こんどは、言えた。
がしゃ、と崩れる音がする。
金の短剣を突き刺されても。仲間を殺めた身であっても、立ち上がる――ものがいる。者たちがいる。
「ねえ」セラは彼らに呼びかける。
「気づいてる?」これが一体何になるだろう。けれどやさしさが口をつく。
「再会は、永遠の先にしかないんだよ」
明日にしか。
「それ、は」ぜえ、ぜ、と、白いシャツの胸元を真っ赤に血で汚して
「しあわせなにんげん、の、言うこと、だ」
首に赤く手のあざを咲かせた少年が、呟く。
折れた包丁を捨てて、おちているギターケースからギターを取って、握る。
「きみ、は、きみたちは、しあわせで、居られるから、そんなこと言えるんだよ」
むせながら吐き捨て、乱れたままの前髪の――誰も気付いて直してやらなかった、気づいて直してやる手はこの場でもう動かない――隙間から、睨みあげてくる。
「毎日毎日ずっと一緒だったこともずっと一緒にいることも忘れられてなくなるんだ」
黒い蝶が飛んでいく。少女だったものが消えていく。
ひとり、またひとり、少年につられるように、立ち上がる。
「ぼくも彼女もめちゃくちゃ頑張ってどうにかしようとしたって何もどうしようもできなくて大事に大事に愛しんで喜んでくれて詰みあげたものは全部崩れて無くなっちゃうんだ」
少年には小さいエレキギターはガーリー・パンクなステッカーがベタベタと乱雑ながらこだわりをこめて貼ってあって、いくつか、明らかに趣味が違うシンプルなデザインのキャラクターのステッカーが浮いている。
「わかるか――一生懸命、何度、どんなふうにレコードをとっても、がりがりに削れて、割れて、砕けちゃうんだ」
かれは、それを、ユキとセラに向けて構える。
あれだけの惨状を見ても、あれだけの禍況を見ても、
「何度重ねた誓いも約束もどんなにかけがえなくて何度だって繋いだって砂の城みたいに崩れる、なくなる、別れてしまう、そういうのが、きみたちに、わかるのか」
まだ、退かない。
「今日を逃したら、あしたになったらどうにもならなくなる」
「今日のままを願うのが、そんなに悪いことなのか」
――…。
「まあ、わからなくもありゃしませんよ」
ユキは頷く。再び華を咲かせ始める。
「幸せは日々の瞬間だ」
明日の朝には、散る花より儚い。散った花びらは風に弄ばれてゆくえもわからなくなる。
くちゃくちゃの、ゴミになってしまう。
ユキの脳みそは十四年分。
忘れてしまうのかもしれない。忘れているのかもしれない。
だけど、だけどねえ。根を張る。枝を伸ばす。
「変わりも終わりもなければ――」
確かにユキは始まった。自身の喪失から始まった。
確かにセラは始まった。他者の喪失から始まった。
それが苦痛でなかった、わけではない――けれど。
「――始まりも、ない楽園など」
そこから始まって、今、ここに来ている。
「不幸でしかねえ」
妙な話だ。
誰もがあんなことがなければと思う。誰もがあれをなくせたらと願う。
でも、ここに立つ今は、そこから、来ている。
「ほどかれたとて大した事かよ」
ユキは目の前の彼と彼女の事情は知らない。
でも、彼らが諦めてしまったということは、わかる。
「結び直せて――忘れたとて思い出せるんだ」
来なさい。
突っ込むのではなく、今度は、招く。
流し込んで狂わせたのは自分だ。
ならばその武器は、自分に向けられるべきだった。
「…僕も、ユキさんに賛成」
セラがそこへ割り込む。
「それに、きみたちのその永遠は、安らぎの前借りなんだよ」
彼らはきっと、願ったんだろう。
「巣食う術式は将来誰かを不幸にする」
あしたさえ、来なければ。
「あしたが来なかったら、あした来るはずの好転もないんだよ」
あしたになったら。
明日になったら――確かに、最悪の今日になるのかもしれない。
「あの彼女たちだって、何か変わるかも、しれないじゃない」
けれど
「どうしてそう言えるんだよ」
少年の後ろに立ち上がったものたちがゆっくりと集まってくる。
「え?」セラは目をぱちくりする。
「きみは、そう思わなかったの?」
ここに。
隣に。
「いっしょだから、大丈夫だ、って」
そばに、いるから。
「――ほざいてろ!」
少年が叫んだ。
「何度だって転んで立ち上がって泥まみれの傷だらけの血まみれになっちまえ!」
勢いよくギターを横なぎに振る。
「来もしない明日と願いと喜びを夢見てつまんない努力だって気づかずにぐるぐるぐるぐるぐる回って――何度だって打ち砕かれちまえ!」
それが、合図だった。
「――ぼくだって、それを何度も願ったんだ!」
最後の突撃とばかり、なだれ込んで来る。
「お前達は今を生く者の邪魔だ!」
一瞬言葉に詰まったセラの隣からユキが吠える。
セラが抱えるようで吐けない怒りを、彼女が吐く。
再び、怒りを。
「不幸に呪われる只人等――これ以上居ちゃならねえんすよ!」
エレキギターが、折れる。
弾けた弦が宙を叩く。
少女が蝶と消えたのに残ったギターは。
少年が蝶と消えるのに、連れ添うように、消えていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ロク・ザイオン
★レグルス
(己に血の縁などはない
だからあらゆる過去が)
おれに、武器を向けたな。
(誰かに面影の似た、やせっぽちの少女ですら)
震えて、怖いのか。
…何故だい。
譲れない、足掻く願いがあるのなら
キミたちの幸せの為に、こころのために、戦えばいい。
牙をおれに突き立てて、殺してみろ。
おれはキミたちを、
そういういのちだったとして、
明日を、楽園を求めるもの同士
幸せを奪い合う「縄張り争い」だったとして、
殺そう。
お前たちにこころがなくて
全てを病に明け渡した病葉なら
おれはただ、それを灼く。
…痛みは、きっと、すぐ、終わる。
ジャック。
付き合わせて、ごめんね。
――おれは、傲慢か?
――こんなことを、決めてよかったのか?
ジャガーノート・ジャック
★レグルス
(血に依らぬ縁
「姫と紡ぎ、今はこの手にない縁」
「相棒と今も紡ぎ続けてる縁」
「姿なき友と紡いだ縁」
他にも多くのものがある)
――其方は任せた
本機はUDC本体を担う。
(この縁が切れない侭ならば良いと
切れなければ良かったと思った事はどれ程あったろう
お前の言う永遠を羨まないと言えば嘘になる)
――ああ
けど"そうなはならない"
"ならなかったんだ"
(行動予測。その口が理想を説く前に電脳空間から具象化した音響爆弾を起爆
紡がれる言葉を爆音で撃ち消した後、敵を撃つ)
【爆撃×狙撃/成功上昇:洗脳無効】
生きると言う事は変わりゆく事
お前達のそれは"停滞"だ
生きるものとして
その在り方と
相容れる事はない。
(ザザッ)
●“あなたがたはやがて、おのれの裁く裁きで裁かれ、おのれの量る秤で量られる”
震えた、痩せっぽちの少女だった。
がちがち、と歯を鳴らしながら彼らに向けて、サバイバルナイフを構えていた。
乾き傷みきった枝毛だらけの髪の毛が跳ね回って小さな頭を一回り大きく見せていた。
体は青あざと切り傷と湿布やらガーゼや包帯だらけだった。
猟兵に依るものではない。彼女は、現れた時からそうだった。
ナイフの持ち方は腰も入らず持つ位置もおかしい。
それでもやめない。
――瞳が爛々と、きみたちを睨め付けていた。
「なあ」
ざり、と砂(ノイズ)を引き摺り込みながら巻き込まれるワイヤーロープの声音。
ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は彼らから目を離さずに隣へ呼びかけた。
「『なんだ』」
ざ、ざ、と空より電磁の粒(ノイズ)を巻き込みながら昇る電子の合成声音。
ジャガーノート・ジャック(JOKER・f02381)が応じた。
ぼさぼさ髪の少女は、二人から目を離さない。
素人の、隙だらけなりに見つめ続ける。
彼女の後ろの、子供たちも。
格好もバラバラ、汚れや負傷もバラバラ、傷のあるものもいれば、いないものもいる。
年頃はおそらく一番上でも成人の少し前だ。未成熟の顔立ち、体つき。
どういう子供たちなのだろう。ロクは彼らに思いを馳せる。
そういう子供たちなのだろう。ジャックは彼らへ思想する。
ジャックは密かに分析する。こども。――やりづらい、相手だ。
……自分にではない。隣のロク・ザイオンにとって。
こども。――できれば相手にしたくない、ものだ。ロクは二度静かに呼吸する。
だが、しかし、であれば、であるから、こそ。
「頼んだ」
ロクが一歩前にでる。
一瞬、こどもたちの意識がそちらに寄る。
なんて可愛い、ちっぽけなこどもたち。
「『了解』(コピー)」
ジャックが飛び出す。
こどもたちの方にではない。
「『――では其方は任せた』」
その奥、その向こう。
「『本機はUDC本体を担う』」
先へ逃走した、楽園の僕だといった少女に向かって。
本当に、きっと本当の戦争なんて知らない、可愛いちっぽけなこどもたち。
これだけでロクより脅威に見えるだろうジャックに素早い追跡を許してしまう!
「あいつ、ッ」子供たちのうちの誰かが声を荒げる。「待て黒ロボット!」幼い声がする「ちっくしょ早い」あれは少年「いい、おまえたちは追わなくていい」少女。「あっちに任せろ!」ざわめき、違うひとむれの動き。混乱は驚くべきことにそう長く続かず。
「そうよ」「僕たちの敵は」
子供たちはまるで
「目の前にまだ、いるのだから」
ひとつの命のように鎮まった。
「おれに、武器を向けたな」
ロクは歩を進める。
ごく自然に。
しかし静かな、ささやかな威圧を込めて。
「震えて、怖いのか」
その意味を問う歩みで。
じり。傷んだ髪の少女が近くロクを警戒し間合いを維持しようとする。
「こわ、くは…ない」
途切れ途切れの、たどたどしい喋り方。震え噛み合わなくなりそうになる歯を押さえながらもあるだろう。しかし、ロクは自身の経験から彼女の事情をなんとなく理解する――印象的には。しゃべることに、慣れてきたばかりに、近い。
「そうか」
嘘だ。わかる。でも否定しない。
かけたいのは揺さぶりではない。たといこの場でそれが必要であろうとも。
何歩だろう。少女が後ろをチラと見て下がらなくなったので、ロクもそこで足を止めた。
殺し合いのはじめられる間合い。
「なあ」
武器に手はかけないままで。
「…何故だい」
問うた。
「なに、が、だ」
ぼさぼさ髪が切り返す。後ろの子供たちは息をつめて会話の行き先を見守っている。遠距離らしいものを持っている者はいない。それだけ、それだけ、今は心に留める。
「キミたちが、いや、キミ。キミがそこにいる、理由だ」
ロクはさらに返す。少女は少し迷ったようだった。
後ろを見ようと動こうとして、ロクを警戒して目を動かすだけにとどまる。
口元がもごついて。
「ゆずりさまといたい」
はっきりとそう告げた。
――声音の響きは、ロクにも理解できる音を含んでいた。
「ユズリ、というのは」詰まった息で返す。「おじょう、さまだ」
「ゆずりさまは、わた」少女はそこで一時しゃべるのを切り、ロクを睨み直す。
「ゆずりさまは、『おれ』を救って、くれたんだ」
威嚇の、ためだろう。威嚇のためだ。ロクとは違う。
だけれど。
「安心して寝ることを教えて、くれて、光が優しいことを教えてくれて、傷は普通じゃないって、手を繋ぐことを教えてくれて」
言葉遣いをあえて荒くして。
「大切だって、だ、大事なんだって、いのちなんだって、考えていいんだって、ふくろじゃないんだって、にくの犬じゃない、わた、お、『おれ』は、あいつらのいう飲みおわるまでのビールの缶じゃないんだって、使って使って中身がないなら外見もぜんぶつかっておしまいじゃなくて」
内臓の内側を、素手で撫でられているような感触がロクの内側でうねる。
「ソンザイなんだって、ソンザイになっていいって、なれって」
「おやめ、サエ」
子供たちが、割れた。
目の前の少女よりさらに小さい、少女が立っている。
サエと呼ばれた目の前の少女とは対照的な様相だった。
櫛が通り、丁寧に手入れされて輝く肩までの黒髪。頭には透彫のカチューシャ。
膝丈のスカートにフリルのシャツ、グレーのジャケット。制服ではない。
裕福さの匂いのする格好をした、少女だった。
右頬が、歪に腫れて膨らんでいることを除けば、綺麗だと思っただろう。
「ゆず」「お黙り。お前は喋らなくていい」「でも、こい、つ」「お前『が』しゃべらなくていい」ざわざわする。「その猟兵とそんなことを話しても無意味だわ」血液と心臓が脳味噌まで登ってきたようだ。「それに、わたしがお前になにを教えたかなんてバラされ続けるのはちょっと恥ずかしいの」少女、サエと呼ばれたぼさぼさ髪の言葉にユズリさまと呼ばれた少女の言葉に子供たちの間で笑いが起きる。意地悪ではない。からかう調子の。
「そいつとは――わたしが話す」
サエの後ろまで、進みでて。
違う。彼女は違う。ロクにとって大事な面影の彼女ではない。
だが想起させる。そして馳せてしまう。
「猟兵」
睨むのではない、
「おまえ、そんなことを聞いて、どうするの」
見据えるまなこが、ロクをつらぬく。
・
血縁に依らない、大事な関係はあるか?
イエス。あるとも。
ジャックのほとんどはむしろそちらで作られたと言っていい。
小さな姫。つむぎ、奪われ、それでも取り返したいと願うほどの縁。
相棒。どうあっても、なにを選択しても、互いを見限ることなく、その時が来れば互いが互いの断頭台となる覚悟すら秘めて紡ぎつづける、縁。
他にももっと、もっとたくさんの、たくさんの繋がりで今ここにいるジャガーノート・ジャックはできている。
切れたことを今でも悔やむ別れもあって、もっとちがう形を願った出会いもあって、別れたはずなのにどうにも眩い気持ちのする離別もあってもこの出会いで良かったとそう考えられた縁もある。
「――コーイチ行ったぞ!」
ジャックの疾走に背後の少年が叫ぶ。
後ろから違法改造したらしいエアガンでジャックの移動を牽制しようとしてきたゴーグルの少年。
「あいさまっかせろ!」ジャックの数メートル先に立っている少年が叫ぶ。
「くっらえ!」
ぶちまけられる小麦粉だ。
視界はいっとき曇る。目眩しか。
そんなのこの機体になんの意味もない。
それとも――
「おっしゃ"かかった"ぞ!」
それともを思った瞬間にコーイチと呼ばれた、ジャックの前にいる少年が誇らしげに吠えた。
「ケイちゃんかませ!」
ぱちっ、と小さく弾ける音がした。
成程。
粉塵爆発。
少年二人の歓声を聞きながら、ジャックは思う。
……きっと二人はこれを考えるのがとても楽しかっただろう。
フォーメーションを組んで。戦略ゲームの延長で。普段できない手法を試して。敵は強大で。
わずかな羨みがにじむ。ジャックにも、そんなふうに盛り上がりたい友達がいた。
このUDCどもはそんなものばかり見せてくる。
このままずっといれたら良い。この縁がずっと切れないままならいい。
切れなければ良かった。
そんなふうに思った事はどれ程あったろう。
どれも届かぬ星のようにまばやかだ。
嘘になる。
わんわんと響く永遠をうたう声。ことば。
最上で止まったら、そこを永遠にできたら。
羨まないと言えば嘘になる。
そうであれたならと、考えてしまう。
でも。
「『無意味だ』」
ジャックは彼とはそうはならなかった――なれなかった。
「『教えよう』」
銃器、展開。
両手に各一丁。
コーイチとケイとやらをそれぞれ見たとわかるよう一瞥する。
「『真の威嚇――制圧射撃とは、こうするのだ』」
本来なら実弾もできた。撃ち殺してしまうこともできた。
そうするべきだった。彼らを殺すのは任務だ。
ジャガーノート・ジャックはそれができるほどには任務に忠実な兵士であったし、それに嫌悪と抵抗を覚えてる精神がありこそすれ、そこでためらい引金にかけた指が鈍るほどの未熟さは持ち合わせていなかった。
――それでもゴム弾のタイプを選択したのは。
ひとつには、ロクの頼みがあった。
自分がやる。
もうひとつには、やっぱり、羨みが、できればそのままにして砕かないで、いて、やりたいと思う気持ちがあった。
そうなれなかったからこそ。
腕をあるいは足を負傷して動けなくなった少年を尻目に、後方に、ジャックはさらに、前へ征く。
「わかるわ」
素足の少女が立っている。
この事件の中心のUDCが立っている。
「きみはおいていった側、ぼくは、置いていかれた側」
鳥籠を抱え。小さなナイフを握って。
「あなただって、楽園をねがっている」
「『…ああ』」
偽りを、吐かなかったのは。
相棒の影響だろうな、とジャックは思った。
・
聞いてどうする。
問われればきちんと答えるべきだという誠実を、ロクは学んでいた。
「お前たちの、こころが知りたかった」
もしもこの問いに虚さが少しでもあるなら、彼らは哀れな人形だ。彼らはありうべき自身の存在を甘言に乗り向こうにうばわれてしまった悼むべきひとたちとなる。
……全てを病に明け渡した病葉ということになる。
「もしも、こころがないなら、おれはただ、それを灼く、つもりだった」
痛みは、きっと、すぐ、終わるだろう。
一瞬で炎に焼べ、帰してやるのがせめてもの弔いだった。
「あったのなら?」
ユズリが問う。
この居心地の悪さはなんだ。
ただ会話がしたいだけなのに、裁かれるような高圧は。
もしもかれらに、かれらなりの譲れない、足掻く願いがあるのなら。あったのなら。
「キミたちは、キミたちの、幸せの為に、こころのために、戦えばいい、と考えていた」
じっとりと手が妙な汗をかくのを自覚しながらロクは言葉を選ぶ。
「おれはキミたちを」
幾対ものひとみ。サエとユズリもその中のひとつとひとつだ。
「そういういのちだったとして」
なのにサエと、ユズリのそのかたちが。
「明日を、楽園を求めるもの同士」
おまえは、なにかをまちがえたのだと糾弾している気がした。
「幸せを奪い合う『縄張り争い』だったとして、殺すつもりだったよ」
ユズリはその宣言に眉ひとつ動かさない。
「……で、わたしのサエの話を聞いて、結論はでたのかしら?」
「でた」
「どうだった?」
「戦いをしよう」
片手を拳に握り――それだけで少し武器を身構えるおろかで戦に稚いこどもたち――立てた親指をロクは自身の胸に当てる。
「おれに牙を突き立てて、おれを殺してみろ」
意思のある、ひとたち。
「おれの叫びはキミたちにも届く。明日をもとめるおれのさけびは、キミたちにだって届くだろう。キミたちにも力を与える。でも、それでもって」
たくさん考えたのだ。
最悪の事件。
にんげんなら、人間として、どうすれば、最善となるのか、と。
明日を、楽園を求めるもの同士。
幸せを奪い合う「縄張り争い」だったとして、殺し合おう。
それが、きっと。
「おまえ」
冴え冴えとしたユズリの瞳は瞬きもしない。
「それで、対等に扱ったというつもりなの」
ぐっと、息が詰まる。
「それで満足するのは、おまえだけよ」
小さな姿がひどく大きく見える。
わすれえぬおもかげ。
「おまえ、自分の力をわかっているの――わかっているのよね?」
ちいさかったあのひとも、こころから怒れば苛烈で。「心が無いなら灼けると言ったのよ」
一体なにがこんなにも恐れに近いものを錯覚させるのだろう。「一方的に虐殺できると言ったのよ」黒いお髪。唇の赤。稚さと艶のアンバランスさ。「わたしが言わせた、ええ、それもあるわね」時折かけられる平等性。
「でもその言葉が出るほどの、自覚がそこにあるのよ」
ひとみのなかの。
「おまえ」
黒々と渦巻く、くらやみの、におい。
「同じだなんて――それでわたしたちを強く、引き上げられる身でよく、のうのう言えたものね」
おれは。ロクは言葉を返そうとした。
思わず瞳から目を逸らせば、サエと目が合う。咎めるひとみ。
「そうして戦って戦って殺し合って全力を尽くして死んだらまだいい、とか、自分が恨まれるぐらいならいい、だなんて」一歩。ユズリが前に出る。「考えてや、しないでしょうね」また一歩。
「なぜ、会話などしようと思ったの」
ユズリもまた、ロクの間合いに入った。「わかることが、一体なにになるというの」
そのままサエの一歩後ろに並んで。
「ようく知ってるわよ。おまえは今、高慢な憐憫のひとみをしている」
「そんなおまえのお膳立てた満足の舞台」
ぱちり、と音がする。
「まっぴら、ごめんだわ」
ユズリのポケットから取り出された、二つ折りの果物ナイフ。「ゆ」「サエ、振り返らない」「で、も」
「おまえは好きになさい。わたしたちは、御許につながっている」
その言葉は、彼女らが命を捨てる時にも、捧げる時にもかわしたのだろう。
「なぜ」
闘うのではなかったのか。殺すのではなかったのか。
ユズリがなにをしようとしているのかを知ってロクは動揺する。
「キミたちはおれを殺せと命じられて、自分の、幸せとか、楽園のために、闘うんだろう」
「そうよ」
大人びた絶望にあってしかし何かを信ずるが故のかがやきがある。「おまえのやり方と一緒よ」
「おまえがここでわたしたちを足止めしてあいつをいかせたように、わたしも今ここでおまえを足止めし続けるだけ」
ロクによく見えるように。
「同じなんて片腹痛い――おまえが求めるのは残酷で悲痛と苦痛のこの世界のある明日。
わたしが求めるのは、もうそんなのいっさいない、つながりに満ちた、ありふれたちいさい幸せよ」
「よくごらん、猟兵」
一対のまなこがどんな昏い太陽より眩しくロクを見ている。
「さあ。わたしたちは病んでいるのかしら?病み始めているのかしら?」
ひとつの唇がどんな月より壮絶に赤く光っている。
「おまえが『そう』なら」
自身ののどに突きつける。
「わたしの回答は『こう』」
血飛沫。
そのあとのことは、明確に思い出せない。
ちがう。記憶しているのだが処理しきれない、音声付きの映像に近い。
一度、音声が吹き飛んだのもあるのかもしれない。
吠えた。
来い、なんでしぬんだ、死なずに来い――来い!
きた命もいた。ユズリと同じ事をした者もいた。
サエは、確か。
いちど、ふりかえって。
倒れたユズリを見て。
みずからの首を、切っていた。
嗚呼。
おれは。
・
「『ああ』」
嗚呼、そうとも。
ジャックの回答に楽園の僕はうん、と肯く。
「うそ、つかないのね」
多くの取り巻きが消えほとんど別の手段で兵士を用意しながら移動し続けた小さな王。
「『まあな』」
ジャックは油断なく彼女を伺う。ひとつ明らかになっていないことがある。追加の兵だ。あちこちの水音、猟兵ごとに狙い澄ましたかのような相手の用意。
「でも、きみはぼくの前に立つのね」
ちいさなしもべはただじっとジャックを見つめている。
「『ああ』」
「どうして?」
予測完了。
これは誘い(ブラフ)だ。
ならば逆に乗れ。
「『素晴らしい世界、いつまでも共に在れる楽園』」
自分のうちを吐露する
相棒に友達を紹介できたならどんなに楽しかっただろう。
ばかをやる仲間と一緒にふざけた島に遊びに行ったりとことんゲームしたら腹を抱えて笑い転げられたに違いなかった。情けないまねなんかきっと見せなかっただろう。
ほしいと思う。手に入るのなら。
「『――けど』」
けれど
「『"そうはならない"』」
しもべの抱えた鳥籠。
その中の首が口をひらく。これが最適なコードだと判断して。
それはそうだろう。
この自分がここまで喋ったのだ。そうでなければ割りに合わない。
言葉が放たれる――それより先に。
ユーベル・コード、発動。
Did not become so
「『"そうはならなかったんだ"』」
そうならない、なれない果てにもうたくさんのものを得て――ここまできて。
叫ばれる、心が疼くだろう理想論と楽園論とみちびきを具現化した音声爆弾で吹き飛ばす。
もう。
振り返る道も戻る道も、とまる道も選べない。
もう星に手を伸ばす側では無くなってしまった。
もう星に祈る側でもなくなってしまった。
……そもどちらもガラじゃないというのは、ほら、まあ、差し置いて。
託される。願われる。
銃器、展開。
自らで得ようとする、星(レグルス)になったのだ。
発砲。
「『生きるということは変わりゆくこと』」
絞り出す。
変わりたくなくても変わりたくても、望んだ形でも――望まない、形であっても。
これだけは、変わらないでいてくれと願っても。
相棒は、どうだろうか。
晒されてめまぐるしく変わり続ける彼女は。
「『お前達のそれは"停滞"だ』」
それで済むなら本当は幸せなんじゃないだろうか。弱い部分が膝を抱えていう。
馬鹿野郎。
こんなつまんない理想いうのもなんだけど、さあ。
ここまできてここまで受け取ってここまで変えて変わってきた、自分とか、さあ、
「『生きる、ものとして』」
みんなとかに――それ、言えんのかよ。
「『その在り方と――相容れる事はない』」
血飛沫が、飛んだ。
・
「『――完了したか』」
立ち尽くすロクのそばにジャックが寄る。
「ジャック」
「『ん』」
蝶はすべて飛び立って、なにも残らない。
せめて何か残っていたのなら、違ったのだろうか。
――おれは、傲慢か?
まだ足元がぐらぐらと揺れている。
脳味噌まで揺れて、内臓が悉くうねっている。
――こんなことを、決めてよかったのか?
「付き合わせて、ごめんね」
顔が上げられない。
「『いや』」
……ジャックは考える。
ロクは、なにをどこまで考えて、彼らの対話を望んだのか。
自分は彼女ほど優しくはない。彼女の望みがどこまでだったのかを完全に理解はできない。
見当違いの可能性すらある。
だが、相棒として――少しでも想像ができるなら。
「『ロク』」「ん」
あえて、いつもの調子を貫いて。
「『有り得たかもしれない』」
少しでも想像ができるなら、言葉をかけてやることは、できる。
ロクは顔をあげてジャックを見た。
ジャックはロクの方を見ない。
「『でも――"そうはならなかった。そうは、ならなかったんだ"』」
時折入れる引用を、いつものように入れる。
奇しくもそれは先程楽園のしもべに突き付けたのと同じ言葉で。
夕日の明かりに縁取られた鋼の目から頬にかけてのラインが、言われもえぬほろ苦い優しさの曲線を描いていた。
「『"だから、この話はここで、おしまいだ"』」
そんなことばかりの、楽園には程遠い世界。
夕日が屋内に黒く影を落としている。
焼け落ちて昇れなかった蝶に、似ていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
――大切なひとが、いた
亡くしたそのひとの元へ還りたくて
いつか死ぬためだけに自分の命を定義した
だけど、生きていく中で沢山の人に出会って
その中で、大切にしたいひとができて
苦しくても、痛くても
ひとはいつだって前を向けるもので
それが生きているってことだって、わかったんだ
歪めて留められた永遠は
きっと死んでいるのと何も変わらない
それでも、永遠を願うその思いは
とても純粋なものだったんだろう
それが歪められてしまうのは
きっと悲しいことだから
一射の元に頭を砕き
目に映る限りを討伐する
手向けの花、葬送の焔の代わりだ
この目に何が映ったとしても
この心が乱されることはない
もう、そう決めたから
痛みも苦しみも呑んで、前へ征くよ
●“あなたは再び私を見る。”
『常に凪いで、ありなさい』
――大切な、人がいた。
「……こういうことを言うのもなんだけど」
ぼたぼたっ、と口から血を流す楽園のしもべが顔を上げれば、男がひとり、立っている。
男はその小さな少女の形をした、この嵐の中心を見つめる。
彼にはそれが小さいこどもに見えた。
他の猟兵による者だろう喋らなくなった鳥籠の中身を、それでも大事そうに鳥籠ごと抱えて。
ちゃちなナイフを、十字架みたいに握り込んで。
男――鳴宮・匡(凪の海・f01612)には、ほんとうにかけがえのない人がいた。
くらやみに輝くような白い手。頭を撫でる緩やかな動き。
「実は」匡は少女から目を離さず、空いた左手でほんの少しだけ顎をかいた。「ちょっとこういう言い方をすると誤解を招きそう、なんだけどさ」そのてをおずおずとおろす。
穏やかで静かな無表情には目立った感情らしいものはない。
声もなんの調子もない。歪な無感情ではなく、仮面のような無常ではなく。
ただ、日常の延長のような、凪。
「期待とか、……心配、みたいなものを、していたんだよな」
――亡くしたそのひとの元へ還りたくて、
『常に凪いで、ありなさい』
――自分のいのちを、定義した。
凪の海。戦場を絶えず揺らがずただなべて歩む男。
痛みがないのだろう。感情がないのだろう。
魂すら、凪いだ海の彼方に沈んでいるような、男。
そんなに遠くに沈んでは、もはやないのも同然だろう。
『ひとでなし』。
――いつか死ぬためだけに。
それぐらいかけがえのない人。
追いかける人。思う人。
あまりに思い、心と、記憶とともに沈めていた、ひと。
「向かい合えない――撃てないんじゃないか、なんてさ」
さげた銃からにはまだ硝煙が強く匂う。「ありふれた心配なんだけど」
『感情で引金を引いてはならない』
いろんなことを教えてくれた人だ。
感情を捨てろという意味と思いきや、全くちがう意図だったのに気づいたのはずいぶん後になってだ。
……いや。自分はできないと思い込んで、知らないふりをしていたという方が正しい。
気づくのに、ずいぶん、本当に、長く、遠くかかってしまった。
しかも恥ずかしいことに、まだ、完全じゃない。
まだ、途中でしかなくて。
――どうして、そんなことに、自分がわざと自分からも離してしまい込んで隠し通して隠し続けられたことに向かい合おうと思ったのか?
「いや、うん、本当に余計な心配とか、期待だった」
きっと彼と親しい誰かがいたなら、教えてくれるかもしれない。珍しい仕草だ。わかるよ。
ちょっとばかり、恥ずかしそうにしているのだ、と。
生きて。
駄々っ子のように還ろうとして。死にたくても生きて。
出会ったのだ。
たくさんの人に。
いいやつも悪いやつも楽しいやつも可愛いやつも時折どうしようもないやつもどうにも、ほうっておけないやつにも。
それで。
大切にしたい、人まで、できて。
そしたら、凪いでいることが、惜しくなってきた。
苦しくても辛くても血にまた塗れて罪ばかり背負ってもそれでも。
少女は手を口に当てその指の隙間から血をこぼしながらも匡を見上げる。
「うてた?」
「うん」
生きたくなった。
自分だってどこまでの深さにあるのかもわからない、深い深いどこかにある、心と記憶と魂と大事な記憶が全部全部、欲しくなった。
「なんだろう――俺は、わからないでも、ないんだよ」
とおさまがしたようにとナイフを振り回して。
かあさまの言う通りと言葉と理論と思いを並べて。
置いていかないで、と幼い声で叫ぶ、彼女に。
同じような欠落を、或いは弱みを、願いを、抱えたものをひきいて、中心に立った、白く小さな裸足。
楽園のしもべとまで自身をのたまい、屍を積み上げただろう、手。
ただ凪いで凪いで引金を引いた指と、どう違うだろうか?
「…きみも、こちらに、くる?」
匡はほんの少しだけ唇の端を緩める。
完全な微笑みにも満たないただの動き。
「もう、そこへはいけない」
首を振る。
「ひとはいつだって前を向けるものだって」
足掻いて転がって痺れて挫けて動けなくなって。
泥に塗れて傷だらけになって痛みに咽いで。
それでも。
前を向いて。
「それが生きているってことだって、わかったんだ」
永遠が欲しかった。
もう一度が欲しかった。あの頃が欲しかった。あのひとのてが、こえが。
「楽園は、いらないの?」
らくえんが、欲しかった。
でも、
「うん」
頷く。
鳴宮・匡は歩いて歩いて凪の海を小さな舟で一人漕いで漕いでみんなを乗せたり下ろしたりして、
――そんなところまで、たどり着いてしまった。
いや。
そんなところまで、
これた。
正確には――匡はかぶりをふる。
「正確には、あのひとそのものじゃなかったから、まあ、まだ、俺が本当にそれと対峙した時、どうなるのか――わからないけれど。でも出されたのは間違いなく俺が望んだのに、限りなく近い光景だったよ」
何か仕組みがあるんだよな?
問うて――ぷっくりと少女の瞳に涙が膨らんだ。
「ぼくは、見たの」掠れた声。
「みんなから引っ張り出されたこうふく」
喋るたびに溢れる血は少女の指も胸も真っ赤に染めている。
「みんな、だいじなひとが、いて、いたかったのよ」
どうして?問われる。
地獄の真ん中であまりにも純粋な声が問う。
「どうして、いたく、ないの?」
いたくない、わけじゃない。
いたくない、わけがない。
ただ。
歪めて留められた永遠は――きっと死んでいるのとなにも変わらない。
「引っ張り出されたこうふくは、抱えた痛みの、悲しみの、ひっくり返しなのよ」
うん。
匡は頷く。
「置いていかれるのは、つらいじゃない」
うん。
何度でも、肯く。
ここに来てよかったと、少しだけ思った。
きっと、誰かはこの話に激怒するだろう。
そんな小さな願いで、この有様をみろと吠えるに違いなかった。
そんな願いで、どうして。
けれど、それでも。
永遠を願う、その願いは――とても純粋なものだったのだ。
じぶんのいたみから、おなじ痛みを抱える誰かを救おうとする祈りだった。
……そして。
歪められてしまったこれは――とても、悲しいことだった。
「どうしてみんな、おいて、ゆけるの?」
膨らんだ涙が落ちる。
「ゆけるんじゃない」
凪いで、あろう。
感情で鈍るのでなく。感情で引くのでなく。
この目に何が映ったとしても。
この心が乱されることはない。
「もう、そう決めたから」
痛みも苦しみも呑んで、
「前へ征くんだよ」
一射。
頭蓋を的確に、砕いた。
最後の薬莢が、床を叩いた。
小さな、子供のあいずのように。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『危険な流行』
|
|
POW | 儀式等を行おうとしている人々を力尽くで止める |
SPD | 過去に儀式等が行われた場所へと赴き情報を調べる |
WIZ | 聞き込みやインターネット検索により流行の発生源を探る |
👑11 |
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 |
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●“Hear no evil,”―― “ 聴け。満ちるものたちよ”
すべての影は消え失せ。
きみたちは立ち尽くすふたりの少女を見る。
「…あした、ね」
赤みのつよい茶髪の少女が後ろに庇っていた黒髪の少女の手を握り、揺らす。
「今日の先の、あしたのさきの、そのさきのあした」
手を、離す。
彼女は驚くほどなんの抵抗もしなかった。
きみたちの連絡を受け駆けつけたUDC職員に誘われていく。
……彼女たちを待つのは記憶処理だ。
彼女たちの記憶は消されて代替される。
なかったことになる。
選んでいいと肯定されたことも。
冗談みたいな儀式を知ったことも。
そこに微かな希望を見出したことも。
友達がそれに賛同してくれたことも。
それが凄惨な光景を生み出したことも。
「それでも、あしたは――いいことがあんのかな?」
それでも足掻いたきみたちの姿と――記憶も。
「どうしてあんたたちは、そうして戦って、戦うの?」
彼女はただ問いだけを投げて、去っていった。
そして、きみたちは情報を得る。
少女が得たというカードを手に入れる。
記されているのは場所、条件、呪文、手法――つまり、簡易呪術の類だ。
きみたちは驚くかもしれない。
情報はあまりにも“曖昧”だ。これではおまじないが“歪む”のも“当然”であると言える“だろう”。
そしてきみたちはこれにちょっとした疑問も感じるだろう。
“あえて、不明確にしている”、ような。
“さあ猟兵”
おまじないを辿れ。
少女に“渡した”それは、もちろんおまじないなどでは“ない”。
ある術式を歪め拡散し広げる“他に”。
高級紙のカードをリボンさながらに彩るダークブルー。“礼を尽くした”万年筆の筆跡。
“解けるだろう?”
きみたちへの――“ちょっとした遊び心のあるクイズ”であり“課題”であり“招待状”だ。
きみたちは廃ビルを後にする。
夕日は落ちて夜――“今宵は新月”。
世界は今、影と、くらやみのものどものものだ。
条件を満たす場所や状況を手当たり次第でも良し、
聴き回るも良し、さまざまな手段で検索するも良いだろう。
呪術を紐解くことに心を砕くのも良い。
一体何がどう感染しているのかを探るのも良い。
噂を封じることに走るのも良いだろう。
そして――このカードの贈り主の元にまで辿り着かねばならない。
“しかし――気をつけた方が良い”。
歪であろうと呪術は呪術――
広い通りに出れば電飾、電装、イルミネーション。
その影が、何か肉のように蠢いたように、見えた。
――何かしら、物理なり、呪術なりの対策を講じておく方が良いだろう。
きみの首筋が、ふと、疼いた気がした。
“おわあ。おわあ。
ここの主人は、病気です。”
■マスターから“の”お知らセ“ ” ■
こんにちは。“縺薙s縺ォ縺。縺ッ縲”、微弱縺ェ地獄縺ァす。
物語は一転“ ”、探索パートとなります。
噂の拡散、分析、感染とは。
お好きなアプローチで大丈夫です。
都市の闇に影に潜むものを暴く密かな戦いを始めましょう。
断章で記載されているように、妨害などが入る可能性があります。
物理なり精神なり呪術なりのできる“ ”対策を 講じて おく コとをお勧め し ます。
ま た、追加で調べてみたいコとや気ニなる要素があれば一言付け加えていただければ幸いです。
“ところで”
“これがなんの事件の依頼であったか”をあなたハ“覚えている”諢滓沒蝙偽DCでしょ縺ョ莠倶サカ縺ォ髢「繧上▲縺滓凾轤ケ縺ァ蜷帙′縺セ縺輔°諢滓う沒縺玲─譟薙&縺か?
帙k蛛エ縺ォ縺ェ繧峨↑縺?↑縺ゥ諤昴o縺ェ縺?□繧阪≧?
■プレイングの受付■
・断章公開後〜12月8日(水)8:00まで。
一旦プレイングをお預かりし、書けるだけの採用となります
一章で採用となった方を優先しますが、
余裕があれば採用させていただきたい所存です。
“ディア”、“マイ・ディア”。
ご “ 健闘を ”。
九十九折・在か
☆行動
カードを渡してきたヤツが出た公園へ
向かいながら
戦闘終了時に眺めた猟兵達の様子を思い出す
ケロッとした者
ドンヨリした者
皆、自身と同様に見知った姿のナニカを見たのだろうか
……そういえば昔
『人へのノロイは穴たくさん』
みて―な事ママが言ってた気がする
私バカだからよく分かんねーけどさ
さっき戦ったヤツ等がノロイなら
私
のろわれてたり
しないよな
☆対策
最近入学したアルダワ学園で学んだ解呪呪文で【浄化】を試みる
物理的妨害には物理的対処
暴力には暴力をぶつけんだよ!!
人型存在が接近した際は警戒、威嚇、距離を取る
私は敵を殴りに来たけど
お前は敵?殴っても死なない?
アレンジ
アドリブ
コラボ
大歓迎
●“『――手順は以下の通り』”
「ねえ私これこーゆーのあんま使い慣れてねんだけど大丈夫聴こえてるーー!?!?」
きぃ。
「あ!大丈夫!?!?大丈夫!?!?しへへ!よかったあ」
ブランコが泣いている。
「あんね、ひとついーい?」
夜に沈んだ公園で、九十九折・在か(デッドガールのゴッドハンド・f24757)を恋うブランコがひとつ泣いている。
「なんかイミとか良くわかんねえし、ちっちぇーことなんだけど、ちょっち気になったから報告すんね」
在かはUDC(コープ)から貸し出された連絡用端末を使うのと喋るのに夢中でブランコのことは見もしない。
在かは今、公園に来ている。
住宅街の端っこの、ありふれた小さな公園だ。
「たぶん、大事だと思うからなんか他のみんなにも教えたげて」
あの女子高生が男からカードを受け取ったという、公園。
「あんね」
在かは唇を開き――
きぃ、きぃ。
「――ごめん」
――やめる。
鋭く警戒の眼差しを滑らせる。
「邪魔入ったっぽい」
通話も切らずにポケットへつっこんだ。
……街灯の下に、女子高生がひとり、立っていた。
片手に、バールを持って。
きぃ、きぃ。
「お前、どっち?」
……とりあえず問うたのは、そいつが在かが見た奴らと大きく異なる点があったからだった。
「私は敵を殴りに来たけど――お前は敵?」
現れる際に水音がしなかった。
赤い紐もなかった。
……気づかなかったはありえない。公園の外の方から近づいてくるのを在かはあえて見逃していたのだから。
返事はない。
一般人ではない。引きずるような足音に、不規則で苦しげ、喘ぐような呼吸音はどう考えても異常だ。無造作に片手で握っているバールの異質さは言わずもがな。
くにゃくにゃとしたアンバランスな動き、所在なさげに揺れる上半身。
彼女の立っている位置が悪く、俯いた顔には影が落ちて鼻先と唇しか見えない。
きぃ、きぃ。
ブランコが泣いている。
ちょっと派手に飛び降りられたせいで跳ねるブランコの音に時々軋みが混ざる。
ぎ、きぃ――…。
「殴っても死なない?」
女子高生は答えない。
答えぬまま――ぶらりと上半身を折った、かと思うと引っ張られた人形のように起こす。
おこして
ぎゃた、と。
剥いた目を左右でぐりぐりと蠢かせ口から涎を垂らしながら笑い出す。ぎゃた、ぎゃた、ぎゃたぎゃたぎゃたぎゃたぎゃた――ぎゃたぎゃたぎゃたぎゃたぎゃた!!
在かは考える。難しいことは得意じゃないのに。
ゾンビ?無い。肌も目もきれいだ。ヤク?だとしてもこんな笑い方しない。
操られてる?だったら本体はどこだ。見ているのか。
「じゃあ、殴って確かめるしかねえなァ!!!!!!」
先手、必勝。
猛進――前にでる。
――公園に行く道すがら、在かはずっと考えていた。
何ってもちろん猟兵たちのことだ。
疲れてやつれて――削れてる者もいれば、なんのこともないという顔をしているものもいた。
あれはいったいどういう差なのだろう?
みんな在かのように何か見知った姿をしたナニカを見たのだろうか?
見たヤツが疲れてて見なかったヤツが元気?
……いやいや在かみたいな例もあるからそれはちょっとどうだろう。
バールの一撃を避けることは容易かった。
弱い。
在かは確信する。あいつらと同じだ。
むしろもっと弱い。
まるで人間の体をわかってない、みたいな。
――……いやいや在かみたいな例もあるからそれはちょっとどうだろう。
効くやつと効かない奴を、見たやつと見てないやつって分けるのはちょっとオーザッパな気がする。
でも。
在かはちょっとだけ思う。
たどり着いた小さな公園。
まばらな街灯に照らされて、あるいは木の陰で沈んだ――こどもの国。
亡骸みたいに静まり返っている。
砂場に半ば沈んだクジラ型のカップには掠れて読めない名前。
――あれがノロイだってんなら刺さるヤツはいっぱいいるかもしんない。
在かだって『あれ』を、あんなトチ狂ったことを言いだす前はママだと思った。
らくえん。
在かは飛び出した側だけど、そーいうのがほしい人だってやっぱりいただろう。
だったらそれを出してきて殺せってのは、やっぱり、ちょっと、いやかなりひでーんじゃないかなと思う。あんな弱くなかったら、それこそ在かの場合はもっとママに近かったら、もっとマジでやばかっただろう。
――そーいえば。
在かは誰かが作ってそのまんまの山にクジラでトンネルを開けかけて諦めた。
砂が爪の間に潜り込んでじゃりじゃり言うのが今日はちょっと嫌だった。
柔らかい。
それが在かの肌を逆撫でた。
女子高生に叩き込んだ蹴り、突っ込んだつま先のぺぎ、という音に、その先の感触に、肌が妙な拒否感を覚える。
そんなのあの乱戦でいっぱい戦って味わった感触だからそのまま突っ込めばいけると言うことはわかるのだけれど。
――そーいえば、『人へのノロイは穴たくさん』みてーなことを、昔ママが言ってた気がする。
小さい水飲み場にはちゃんと手を洗う蛇口があって、出てきた水がまた冷たくてまたちょっと気分が下がる。でもちゃんと洗う。手はちゃんと洗えよ。ママはそう言った。それをちょっと、今日はちゃんと守りたい気分だった。あのママもどきを振り払うためにも。
――なんだっけな。
どうする。
在かはわずか考えた。こいつをどうする。殺すか、倒すか、それ以外か。
・・
ぶく。
そいつが現れたのはその時だ。
少女の額に、親指の先程の小さな肉塊が膨れた。たんこぶのもっと小さくてまんまるいやつだ。あ、漫画で見た。と思った。こないだ読んだシリーズものの漫画に出て来たみたいに何かが飛び出してくるのだと身構えた。肉片とか。
肉片は、
ちいさな、ぷっくりとした、
・・・・・・・・・・
手のかたちをしていた。
・・・
まるで。
・・・
向こうに何かが、いて、苦しくて暴れて手を伸ばすみたいに。
ヤバイ。
――なんだっけな。『人のノロイでお前ボコボコ』…じゃなくて…。
あれは何だっけ。
手を振って水滴を落とし残った湿気をズボンの裾で拭いて在かはブランコへ腰を下ろす。
思い出せない言葉の形に動くママの唇が頭の中でぐるぐる、ぐるぐる、渦を巻いている――。
よくわからないけどヤバイと思ったら対策はひとつだ。
ガッコ―在かはこれでもきちんと魔法学校に所属している。ヒケンシャケンヨーというなんかちょっとほかと違う肩書きがついているが立派な生徒だ―の先生の授業を友達はそうわかりやすく教えてくれた。
ヤバイと思ったら無力化する。
そんなもんブン殴って黙らしゃいいじゃんね。在かがそう言うと友達は首を横に振った。
マホウとかジュジュツだとそうはいかないんだよ。
殴って黙らせる、その方が大変なこともあるんだ、とかなんとか。
お呪い、魔法、呪術――『感染型』。
在かは口から解呪呪文を叩き飛ばす。
次はどうするんだっけ。これはどういう意味なんだっけ。エンチャント。そう、確かこれは解呪だけど自分に解呪をくっつけるやつだ。
だから唱えて終わりじゃない。その先がいる。
在かは手を伸ばす。
女子高生は肋骨何本かやられてるはずまのにめちゃくちゃに振り回してくるバールが在かの脇腹に思いっきり入る。ぐじゅ、肋骨は大丈夫だけど内臓がひしゃげる音がする。
構うか。
手を伸ばす。女子高生の額を、手の出て来たあたりを掴む。掴んでいる。感覚がある。額の向こうには頭蓋しかないのに逃げるはずの何かを掴んだ感覚があった。どうしてみんなバールなんだよさっきの乱戦の子もバールだったしその制服カードもらった子と同じ学校のっぽいしなんだなんなんだあそこで全部倒したのになんで今こういう人型が来るんだアレで全部じゃなかったのか。
何か、妙なチグハグさが、えもしれぬ嫌悪に拍車をかけていた。
――ばし、と。
在かの、手の、向こうで。
解呪の、向こうで。
何かが弾ける、手応えが、あった。
女子高生が倒れる。崩れ落ちる。
糸でも切れるみたいに。
「……もしもし」
在かはポケットから端末を取り出して耳に当てる。「あ逆?」しへ、と笑ってなおす。
「あんね」息が上がっている。「救急車おねがい」
女子高生は倒れてうめいている。
う、とか、げ、とか、いたい、とか。
狂ったような、笑い声じゃなくて。
嫌悪感が消えない。
呪い。今在かが唱えたのは解呪の呪文だ。
なのにあの手応えはなんだったんだろう。
今。
在かは考える。
今、自分は――
「あとね――さっきの続き、なんだけど」
家々には灯りがついている。
「この公園の周囲でね、あかちゃんなんてひとりもいねーんだって」
――今、自分は、何を、祓った?
そうだ。
思い出した。
記憶の中のママの唇から音が聞こえだす。むつかしい言葉だったのでむつかしいなりの返事をすると、適当な返事するな、とママは言った。いいか。じゃあわかりやすく言ってやる。バカでもいいからバカなりに考える時は考えろ。
『気をつけろ』
――私、バカだからよくわかんねーけど。
『人を呪うとお前も呪われるんだ』
もし。もしも。
――もしも、さっき戦ったヤツらがノロイなら
在かの唇が自然と再び解呪呪文を紡ぐ。
そこに手を伸ばしたのは、単純なイメージだった。
あの偽ママから下がったあかい紐。掴んで、引きちぎった動き。
引きちぎる前は歪で、引きちぎった瞬間滑らかになった動き。
――私
自らの頸。
術式を備えた手を、伸ばす。
――のろわれてたり
解呪、施行。
――しねえよな
――…。
……手応えが、あった。
さっきの女子高生のよりも小さい、ぷちりとした感触だった。
さっきより小さいけれど――さっきと同じだ。
そう。
解呪、と、言うよりは。
にくのある、いきもの を つぶした、ような。
そんな、手応えだった。
成功
🔵🔵🔴
夷洞・みさき
呪術的視点で考察。
【SPD】
儀式のあった場所ではなく、あったと噂された館の様な場所を探す。
存在した場合は、
自身で儀式を行うのは危険と想定。
UCで実館を上書き、
氷白館内で館の住人達による儀式の再現を依頼。
役者間の関係は館主の任意。館主とみさきは基本見物。
彼等がどうなろうと、一晩の吹雪で元に戻るのだから。
このUCのオリジナル同様、
呪詛とは積み重なる物。疑似で紛いで曖昧でも
繰り返せば真に迫る。
有らぬ過去が真実と誤認されるが如く。
自身が感染源となっていたとしても、それが咎人への道なら歓迎である。
さぁ、征こうか。
親愛なる、僕の愛する同胞達。
ところで遅れて来た僕は、誰からカードをもらったんだろう。
●“『行うところを、参加者以外に見られてはならない』”
――ねえ知ってる?あの噂。
――あれ?いまどきおまじないってなんなの、って感じしない?
――するする、めっちゃする!
かりかり……。
――でさー、ちょっとこの間さあ、検索、かけてみたんだけど。
――わりとガチじゃん。笑う。
――ほらあ、誰かがテキトーに言ったかもしんないじゃん!裏はとるよね。
――そいで?
――びっくり!
――出てきたの?
――出てきた出てきた!
――へー。
――いや聞いてよお!ヤバイのこっからだってえ。
「これは、聞いた話なんだけれど」
薄暗い室内で淡々と作業が進んでいる。
――なに。元々昔っからあったやつだったってオチ?
――そー思うじゃん?だか、あとでもっかい見よって思ってさあ、アドレス取っといたらさあ
「呪術というのは本来繊細なものだそうだよ?」
小さなソファに座って、夷洞・みさき(海に沈んだ六つと一人・f04147)はゆうらりと尾を揺らした。
周囲をふわりゆうわりと、六つの魂が深海魚のように宙を遊泳する。
指示通りだ。
――ヤバイの!次はもう出てこなかったの!
――発言消したんじゃね?
――アカごと?ほらスクショ。
――…うっわ。
大して時間のかからない、単純な作業だ。
人を集めて図式を用意して――そして後は唱えるらしい。
単純だ。お手軽だ。
「本当のおまじない、つまり、呪術はね、もっと緻密なんだってさ」
そして、曖昧だ。
たとえば式を描くのに用意する筆記具も白とだけだ。
インクなのかマーカーなのか絵の具がいいのかチョークなのかさえわからない。
呪術とは本来素材にまで指定がくる。
例えば月夜に拾われた骨貝を子供の骨を砕いたもの。
魂たちはのびのびと夜を泳ぎ、打ち寄せるはずの過去からの匂いを探っている。
いったいどこに。いったい何が仕込まれているのか。
怨敵を探すように。
「……まあ全部受け売りなんだけど、ね」
みさきはつけくわえて笑んだ。
今この場でみさきに必要なのは語ることだった。語り続けることだった。
そうして興味を惹き続けるのだ。
「でも、信じてもらって構わない筋の情報だよ」
一つだけ。
魂がひとつだけみさきの耳の傍に寄り添っている。
「そうして咎を重ねた者を追って暴いて仕留めてきた同胞からだから、さ」
――それで、さあ、駅の北口のパチンコ屋さあ、右曲がってまっすぐ行くと商店街あるじゃんかあ。
――ふっるいやつね、商店街つかシャッター街じゃんね、あんなん。
――あそこ抜けると、ほらあ、蔦びっしりのやばい家あるっしょ!
――昔一回不審者入っててケーサツきたやつ?
「呪術、おまじないっていうのはね、願いを種火に思いを昇華し世界の道理を歪めて我が意とする。
――要するに世界に対するわがままなんだ」
――あそこが、このおまじないにぴったりなんじゃないかって
「魔法とおまじないは何が違うと思う?」
さらり、白とも見える青髪を揺らしてみさきは問う。
――うっわ、やる気?
「悪意だ」
ふうわりと、彼女の周りをみんなが泳ぐ。
――うわヤバ〜!誰々?誰とやんの?
――やんないよ!
「魔法はね、理論と理屈で周りにいうことを聞いてくれって頼むもの、らしいよ」
みさきは今空にはない月と同じ色の瞳を細める。
「そこにくると、呪術――おまじないは、ね」
そして、指の間に水掻きの手を広げ、花とも扇とも見えるそれで口元を隠した。
「この供物を捧げてここまでする熱意があるから、いうことを聞いてくれって縋り付くのさ」
漂う潮の匂いに、腐臭のような陰が漂う。
――やんない、けど、さあ。
「つまりおまじないっていうのは、善意からなんて来ちゃいないんだよ」
――誰か、やってるかもしんないよね。
向かい。
氷と見紛うほどの白磁の彼女の瞳が爛々と輝いたのを、みさきは見逃さなかった。
「見たいよね?」
頷きが、ひとつ。
交渉、成立。
かくして準備は整った。
予知と状況と情景と現状を全て聞き、硝子剣士から件のカードのコピーを受け取ったみさきがまず考えたのは――多分呪術的アプローチをする手が必要だろうな、ということだった。
陰惨と凄惨の禍渦にたたき込まれた猟兵たちは、おそらく余裕がない者がほとんどだ。
そして舞台がUDCアースとくれば、その手の話に強い者はそういない。
あそこでは魔術も呪術も大っぴらに息をしていない。化学と融合して独特の進化を遂げたものか、それこそ噂かおまじないのように変遷を辿ったものか、あるいは理論のないもっと『力ずく』の呪だ。自分の体に埋め込んで力に変えるとか、無理矢理喰らって力に変えるとか、変質させるとか。
あの世界では、魔法だ魔術だ呪術だは、世界の影だか隅っこだかで絶え絶えのはずだ。
ならば自分の出番だろう。
みさきは生死と呪詛の波打ち際に立つものなのだから。
加えて、もう一つ。
ある可能性――そう、可能性だ。
猟兵も全員、何かに感染している可能性がある、という情報が回ってきている。
いったいどこで、どのタイミングで、どうやって。
全てはまだ不明だ。理論も、何に感染しているのかもわからない。
関われば感染するのなら、ここから加わる自分は、今最も感染度が低い可能性がある。
であれば、発生源として疑われる呪術に、一番関われる。
それで自分が感染源になるなら、それはそれ――みさきとて望むところだ。
それが咎人への足掛かりとなるなら喜んで。
ならばまずは呪の再現を。
カードにあった条件に合致する場所を調べれば誂えたようにぴったりの場所が見つかった。
儀式が「あった」場所ではだめだ。感染が疑われる。異常の精査に欠ける。あくまで「あったのでは」と噂されるような場所を。
それでも万全の警戒には足らない。
更なる警戒を。
最悪を想定して自身では行わず――そして現実に干渉しない場所を。
よって。
ユーベル・コード。
虚構境界を構築せよ。
氷白館よ。事件を。
何がどう起こるのかをみさきはまだ知らないが故に、少々『それっぽい』話でもって、凄惨な話を好む館の主人の好奇心を刺激して、儀式の再現を依頼した。
みさきの同胞の一つに曰く――『多すぎる』のだという。
何がだい?と問えば。余計な注文が、と付け加わる。
注文の多い料理店?と笑えば。そうかもしれない、と疑問が混ざる。
おまじないとは、お呪いだ。
魔法陣として描くべき図形一つとってもお手本がこんな小さなカードでは、正確さにかける。おまけに先に起きた冒頭はこの図形に別の図形が織り込まれていたことが起因しているとあっては、どこまでの式なのかもわからない。
図形をかく道具一つとっても白という指定だけでは呪力の増幅にかける。
成否を分けるはずの点の一つである儀式の時刻に至ってはほとんどなく――ただ、見えぬこと、暗いこと。
そのくせ呪文の指定は細かく。
奇妙な注文がつく。
たとえば。
同胞がコピーの上に尾を引いた。
『見られてはならない』
――この形式で行う呪術であれば、このような注文をつける必要はない。
変なところを曖昧にして、奇妙な注文をつけている。
まるで、まるでだ。
「まるで、成否なんかしなくてもいいみたいに、か」
それから隣の同胞を見る。「本当に見ても大丈夫なのかい?」答えは是。
観客の有無はこの儀式の本来の形に則るのなら――差し障らない。
全てをカード通りにはしなかった。
同胞の指示をまぜ、余計な点を剥ぐ。より儀式の純度と高めた。
おまじないを、成功するべき『呪術』へと至らしめた。
成否が不明などということはない域へ。
おまじないを手繰れというのなら、嗚呼、手繰ろうとも。
明らかにしよう。
館の主人に差し出された住民は2名。
関係を主人に問えば、先の乱戦のきっかけになった女子高生二人と同じだという。
それはそれは。
――つまり、これから起こる全ては、彼女たちが完全に成功したらどうなったかが明らかになるわけだ。
円の中心に立つ二人。
呪文が――唱え終わる。
みさきは眼を細める。氷白館の主人が身を乗り出す。
さあ、来れ惨禍。
罪よ――咎よ。
それをもって、舞台の奥にいる咎人への足掛かりとしよう!
ぞ、
と、空気が震えた。
くるりくるりと宙を泳ぎ警戒し続けていた同胞たちが一斉に動きを止める。
来る。
人間2体が、吹き飛んだ。
「は?」
みさきの口から、思わずそんな声が漏れた「なんだって?」
一人の右腕が吹き飛んでもう一人はそのまま吹き飛んで天井に叩きつけられてぐちゃぐちゃに折れて床に落ちた。ごちゃ、などというあまり耳にしない軟いものと硬いものが混ざったまま落ちる音だった。赤が滴る間もなく残った一人の腰が捻り潰されて喉奥から悲鳴がほとばしりでた。あまりに一瞬すぎて、気を失う暇もなかったのだ。
――そのまま、握りつぶされた腰が、引きちぎられる。
悲鳴が、絶えた。
わずか、数十秒のできごと。
何が起きたのか?
触腕だ。
邪神の、あるいはそれに連なる、おぞましいしもべの、腕が現れたのだ。
式の――お呪いに描かれた、円の、陣の、中心、から。
ぎぎ、ぎ、と床が軋む。
穴が空いたから手を伸ばした。
触れられたから、さらに来ようとしている。
それは、そういう動きだった。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎ――。
腕はさらに伸びる。めちゃくちゃに振り回して暴れる。
最寄りの天井を掴んで力任せに叩き破り、返りしなに床を叩いて破ろうとする。
窓が叩き破られ、光が差し込む。そんなもの、そいつにとって何も意味はない。
腕が、動きを止めた。
気づかれた。みさきは直感する。
自身と、館の主人にだ。
棒状の風船に入れる空気を、加減を変えて膨らませた時のような腫瘍が、触腕に現れる。
行う舞台が現実でない偽とて、存在する腕は現実だ。
腫瘍が、弾ける。
中から飛び出すのはさらに細かい触腕だ。
みさきはとっさに召喚を解除する。
名残の雪だけが、ひら、はら――舞って、消えた。
「いやいや――いやいやいや…なんだって?」
呪詛とは、積み重なるものだ。
擬似でも曖昧でも、繰り返せば真に迫る。
ならばあの曖昧な術ならば、どうなるだろうか?
コピー用紙を見る。
カードの中の文言を。
術式の終わった後は――この陣をどうするか?
・・・・・・
書いていない。
ゆらり、と同胞がまた一人宙に円を描く。
わかっているよ。みさきは答える。
これはあくまで同胞のアドバイスによって再現された最悪の最悪――あのカードが例えば呪術に優れたものによって精査された場合のケースだ。
不完全な術は何をもたらすだろう。
例えば、不可視――実態をともなわぬ、存在としてそこに残るだろう。
その式がそのまま、放置されればどうなる?
例えば、増殖――先ほどのように自身を変質させて広がっていることもありうる。
そして、どうだ。
何かの偶然、さまざまな条件がたまたま重なり、現れるようなことに、なれば、どうなる?
――感染。
これは、感染型UDCの事件だ、とあのグリモア猟兵は語っていた。
そうだ。これは感染型UDCの事件だと言って差し支えないだろう。
世界への、侵食、感染。
もはや、災害だろう。
空気が、ふるえる。
「わかっているよ、同胞達」
みさき静かに言葉をえらぶ。「もはや一刻の猶予もないんだろう――まず至急皆へ連絡しておかないとね」
ゆらり、動くみさきに魂たちが続く。
「この呪術の危険性と現状――それから」
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ――。
そのぼうとした輝きを、鱗が照らし返す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「このおまじないが、僕らが感染を疑われてる感染型UDCとは何の繋がりもない
――ということをね」
暗闇の中一人立つみさきは、まるで7人目の亡霊だ。
“ ディア・マイ・ディア”
「さあ、征こうか――親愛なる僕の愛する同胞達」
みさきは、自身の唇を押さえた。
今。
自分の声に、何かが居はしなかったか?
おわあ。
どこかで、赤ん坊の声が、聞こえた。
成功
🔵🔵🔴
多々羅・赤銅
【明々】
灯人〜〜!ともひとともひと元気〜〜!?
じゃ
なーい
ね
ああ私が分かって、私の使い方がわかるなら上等
ーー灯人の首筋に触れる。ここ、ぞわぞわ、するでしょ
痛みがお前を連れ戻す。殺めるばかりの地獄でない事。一方的な殺戮はただでさえ心をおかしくするから。聖者の血が、蝕むそれらを清め治す
おっけ、ざっと毒抜き完了
動ける?
街のあちこちおかしい感じすんよね、広がってる。結局は脚での調査が一番間違いねえよ
霧吹きに私の血ぃ薄めて入れてさあ ぷしぷしして回ったらそこら呪いに効くと思う?私は思う。わはは、傷口から直にぶっかけ回るよか良いっしょ!
よっしゃ血飛沫ブチ撒き探検隊いくぞ〜〜通報されたら一緒に逃げてね♡
浅沼・灯人
【明々】
ああ、気持ち悪ぃ
鼻の奥に血の臭いがこびりついてらぁ
服にはどうだ?汚れてたら着替えねぇと
変な声も聞こえんだ、さっきの奴等が喚いてるか?
はは、違うな
狂ってんのは最初からか
――
よぉ赤銅、ちっと頼む
殺さねぇ程度に斬って、死なねぇように治してくれ
クソ痛ぇのは気合いでどうにか耐える
……助かった、動ける
とりあえず書かれてた場所へ探りに行くわ
俺ぁ呪われるのは慣れてるけどよ、別に呪いに強くねぇし
下手に手法を試すよかそっちのが良さそうだ
手掛かりが拾えたならいい方だ
っはは!見た目ただの不審者じゃねぇかよ!
だが効くかもしれねぇ、試しにやってみっか?
あとよ、状態酷そうな奴は浄めてやってくれや
●“『互いに、繋がっていたいと思う相手で行わねばならない』”
――ああ、気持ち悪ぃ。
浅沼・灯人(ささくれ・f00902)は左手で鼻をつまみぐにぐにとねじって離す。
呼吸すれば苦しい。
鼻糞でも詰まったか。
いいや、違う。
べっとりとまとわりつくような血のにおいや濁った体液の何とも言えない生臭さ。それらを脂や肉や内臓の中身をいっぺんに焦がした煤がまとめ上げて塊になって、鼻の奥にこびりついていやがる。
いっそ一度かんだらすっきりでもするか。もう武器を握っていないくせに重たいままの右手でポケットのティッシュを探ろうとして――親指の腹が冷たくて、
返り血。
思わず離す。咄嗟に見る。
親指ならまだいいが服にはどうだ?返り血はついてるか?
汚れてたんなら着替えねぇと――。
……ポケットの金具だ。
――長く、長く息を吐く。
返り血などついているはずもない。
ましてや鼻奥に血や脂や煤が固まっているわけがない。
すべては黒い蝶となって飛び去ってしまったのだ。疾患の記されたヘルプマークはもちろん、骨の一欠片、血の一滴すら。
何一つ残っているはずがないのに。
はずがないのに、全身ズブ濡れの血と肉と脂びたしになっているような気がする。
ひどい倦怠感だ。足が重くてまだるっこしくてしょうがない。
廃ビルから出た路地の向こうが眩く輝いている。本当に?
ありゃ俺がつけた火じゃねぇか?いやんなわけないか。
おわあ。
「あー…」
なんだったっけ?
灯■は、左手で頭をかく。自分が曖昧だ。あー。■人はもう一度声を出す。
そう、調べることが、あるのだ、ええと、おわあ、ああ、おわあ、そう、おぎゃあ、ああ、おぎやあ あ、あ。
「…『あなたがたの名は』」
ここの主人は病気です。
そう、そう、声がしていた。
「『わたしの選んだものたちへの――呪いの、言葉として』」
そういう声がした。いやそんなこと言ってたやつあの中にいたか?
いやでも聞いたぞ。確かに聞いた。
それとも何か?さっきの奴等が喚いてんのか?まだあの炎の中で?あの浅い血の池の中で?ずいぶん元気だなおい。
笑う。狂ったか、俺は。
一度考えてすぐ笑いが突き上げてきた。はは。
狂ったか、だって?馬鹿馬鹿しい。
狂ってんのは、最初から
「『残る』」
――いらね。
息が切れた。
灯人の、■人の、灯■の、■沼・■■
――■■・■■?
だれだ、そい
「と〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜〜〜〜〜ひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
多々羅・赤銅(ヒヒイロカネ・f01007)は見知った背にもはやタックルで飛びついた。
何せ日常的に見ていたのに見なくなって久々にみるなじみの顔、いや今は後ろ姿だけど。
後ろ姿だろうが棒立ちだろうがそも服を着てようが着てなかろうが。
その男を、多々羅・赤銅は絶対に見間違わない。
「とっ」
赤銅は首に両腕を回し両足を曲げて宙に浮かせて安心と信頼の筋力に体重を預ける。
「灯人〜〜〜〜〜!!!」
そのまま相手が棒立ちで支えてくれるのをいいことに飛びついた勢いで半回転し「ともひとともひとともひと〜〜〜」足を下ろしながら前に回って
相手の視界を独占――
「元気〜〜〜〜〜〜!?」
真っ暗な眼。
熱のないかんばせ。
感情も意思も思考もまっさらにどこかに消え失せかけの。
どこか。
昏い海にでも溺れてゆく人間の、顔。
――こいつもか。
「じゃ」
赤銅は着地し、首に回した腕を離し――「なーい」
「ね!」
両手で包むように彼の頬を引っ叩く。
「――」
■は瞬きを二度する。「ヘイ」女が笑っている。
炎にあぶられた赤、いや、あんなに赤くない。
赤いけれど、ほら、やっぱりそうだ。
「聞こえてるな、灯人」
嗚呼。
浅沼・灯人は引き上がる――嗚呼。
認識する。目の前の女を認識して目の前の女の唇を認識して目の前の女の声を耳に満たす。
離れてもどうしようもなく自分に灼きついた女。
「おぉ」そして答える己を認識する。大丈夫だ。答えられる。
「聞こえてる」まだ帰らない、いつかのいつものように。
赤じゃない。赤よりも、もっと。
「赤銅」
明々。
もっと、目が眩むほどに艶やかな、薄紅。
「ちっと頼む」灯人は手を伸ばす。赤銅の垂れた前髪の毛先を自らの手の甲と、指先だけでほんの少し、触れ戯れる。何かがじくじくと自身を蝕んでいる。自分ではもうどうにもできないほどにだ。確信があった。これを、これを振り払うには。
「いーよ」赤銅は何をとも聞きもせず応える。「どおしてほしい?」
「殺さねぇ程度に斬って、死なねぇように治してくれ」
絶つしかない。
「痛くしかできねーよ?」赤銅は笑いながら灯人の頬から手を離し、彼の首の後ろで手を組む。「いい。クソ痛ぇのは気合でどうにか耐える」
赤銅は組んだ手を離し左手だけ残し指先でそこに触れる。「おっけー」
「――ここ」
灯人の頸、小さな窪み。「ぞわぞわ、するでしょ」下から彼の瞳を覗き込む。
あるのは髄。その少し上には小脳。
そして髄の上、小脳の奥――…「ん」灯人は小さな返事を返す。本来であれば必要のない答えではあったが、つなぐためには必要な応え。
――脳幹。
ちき、と赤銅は自らの日本刀を抜く。左手の指はそれぞれ腹でまだ弄ぶように灯人の頸を軽く叩いている。
「痛みがお前を連れ戻す」抜いた日本刀を自身の指と彼の頸との間に差し込む。
「殺めるばかりの地獄でない事だ」囁く。
苛むこと。苛まれること。その天秤が振れてこそ人間は立っていられる。
やさしーからなー。道理を宣告する聖者でなくただの多々羅・赤銅として思う。なまじちょっと器用でちょっと真面目だから逃げもせずに堂々と受け止めたんだろう。あの惨禍のさきがけを。
「一方的な殺戮はただでさえ心をおかしくする、から」
だからおまえにとりつくそれはおまえの業であれどもお前の宿星でないのだと暗に込める。
日本刀の背を下に刃を上に。灯人の頸を、髄を切れるように。
その刃、彼の首の隣に、赤銅は自らの左手首を乗せる。
「聖者の血が、蝕むそれらを清め治そう」
赤銅は目を細める。
これから一度生死の淵に叩き落とされるというのにこちらを真っ直ぐ見る男の顔を正しく捉える。
その向こうに、過去の海の――潮の匂いを錯覚する。
やらねーよ。
――男の首を、己の手首ごと、斬る。
聖者の血は清める。つなぐ。
そして――祓う。
「うっしざっと毒抜き完了」赤銅は灯人から離れ日本刀から血を払って鞘へと収めた。「動ける?」
「助かった」灯人は素直に礼を述べる。何か、ちぎれるような圧力が消えていた。「動ける」
「いーってことよ」赤銅はそう言いながら、自らの手首を治さない。
引っかかる。潮の臭い。
業の地獄以外の、何かがあったのだ。
「やべえもっと少なめにしときゃ良かった」赤銅は心の底から素直に感想を述べた。
いったい何があったのか。見ればよかった。
とはいえ持っていかれるのはまったくもってごめんだ。
………もっていかれる?
「いや少なめにしてたら俺もっとやべぇから」
自分の意思とはいえたった今一度死の淵より落ちた灯人としては勘弁願いたい話だ。脳幹は感覚呼吸に意識をつなぐ、まさに幹だ。痛いなんてもんじゃなかった。
彼の首から噴いた血は赤銅の日本刀と手首で庇われて一切付着していない。
……路地裏に溢れた分は、まあ、時間がなんとかしてくれるだろう。
「え」そこで灯人は気づく。
「いや待て少なめでいいならなんでお前まだ手首治さねえんだよ」
手首からはまだ血がだくだくと流れていた。
「いやこれはこれで使おうと思って」赤銅は霧吹きの首を投げる。「持ってて」「あぁ?」
赤銅は自らの血を霧吹きのボトルに入れる。
「この後どうするか決まってる?」
「いや」灯人はかぶりを振る。そも、思考すらまともに回らなかったのだ。
「とりあえず条件満たせそうな場所、探り入れるかってとこだな」
「おー、じゃあ一緒に行こ」赤銅は無事な右手をこまねいて霧吹きの首を要求する。
「街のあちこちおかしい感じすんよね、広がってる」
そうだ。くらやみの中から。人々の隙間から。変質の匂いがする。
どこからか水が落ちてきて足首か腿か脛まできているような、異様なにおいを感じる。
「潰しもかねて、結局は脚での調査が一番間違いねえよ」
「まあそら尤もだが」灯人は肩を回し首を回す。
今先程の、あれほどまでの傷がなかったかのように回復している。
「…もしかして」灯人は投げ返す。
「潰しってそれ、『対策』か?」
「だいせーかい」
赤銅はニヤッと笑って霧吹きを閉めた。
「この私の血ぃもうちょい薄めてさあ ぷしぷしして回ったらそこら呪いに効くと思わん?」
唇をとがらせて音を立ててみせる。シュッ。「私は思う」
「――ははっ!」
灯人は腹の底からの笑い声を上げた。「見た目ただの不審者じゃねぇかよ!」
わはは!赤銅も明るく笑う。「傷口から直にぶっかけ回るよか良いっしょ!」「違ぇねぇわ!」
「だが効くかもしれねぇ」
現に灯人はこうして何かから引き剥がされたのだ。「ものは試しってな」「そーそ、やってみねえとわかんねえってね!」
好都合にも路地裏。――少し歩けば今日は営業を終了した花屋の脇に蛇口などがぽつねんとある。
そこで霧吹きに水を加えながら、灯人はふと思う。
「ああ、そうだ、赤銅」「なーにー?」
薄まる赤。
水を加えられ、うねる、血。「もし途中で状態悪そうな奴いたら、清めてやってくれねえ?」
あれはなんだったのだろう。と灯人は思う。「ん、いーよー」水を加え終わった霧吹きが締められる。
「ちなみに、参考までに聞きてーんだけど」
赤銅もまた同じことを考えていた。
灯人から臭った潮騒。あれはなんだったのか?
先の乱戦の中のべつの友人もまた、溺れるかのようだった。
あれはとは同じか?違うのか?
「さっきまで、どんな感じがしてた?」
問いに灯人は腕を組んで考える。
先程までの思考――あれは。
あれは、例えるなら。「感覚だぞ?」「なーんも情報ねえ今それが大事なんじゃん」
自身の名前も、わからなくなっていくような。
「――自分が食われてく感じ?」
たとえば水に、引きずり込まれるような。
或いは水に、溺れていくような。
ふうん。
赤銅は静かに応える。
「よっしゃ血飛沫ブチ撒き探検隊いくぞ〜〜!」
赤銅は右手を掲げて朗らかに宣言する。まさかその手に握られた霧吹きに血が入っているなど誰も予想しないに違いなかった。
「通報されたら一緒に逃げてね♡」
振り返り、灯人にウィンクを折る。
「おう、最悪背負って走ってやらぁ」「ヒュー!」
残念ながら。
通報される暇はなかった。
聖者の血。
清めるもの。
そのひとふきによって、こちら側へと感染――侵食していた邪神の歪な腕が現れ、二人は戦闘を余儀なくされることとなったのだから。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
シキ・ジルモント
俺を庇って斃れたあの人の遺志を継いで戦うと誓った
それが戦う理由…しかし本当にそうだろうか
彼に教わったそれに繋がりを求め、縋っているだけではないか
…思考を断ち切り意識を仕事へ向ける
交戦中に見たあの人の事も考えないように
カードに書かれた条件の『場所』に注目、それに当てはまる場所を調べ、呪術の元凶を『追跡』する
呪いを試みる者や、呪いの形跡があるかもしれない
新たに手掛かりが見つかればそれを辿る事を繰り返して情報を集めたい
件の新興宗教も手掛かりとして、紋を覚えておく
彼等もかつては、人の繋がりを求めて集ったのだろうか
調査中、首筋の疼きに嫌な考えが浮かぶ
…“彼等”のように、そこから赤い紐が伸びてはいないかと
蔵方・ラック
はーーーー 全ッ然わからんのであります
分析は他の人とかUDCの職員さんに頼んで
自分はとにかく足で、情報集めるしかないでありますかねぇ
思いつくのは、契約、噂、新しい家族、に纏わりそうな場所
市役所区役所、教会、寺社仏閣、小学校、女子校、病院、児童養護施設……とか?
儀式を行ってる人がいたら止めて
例のカードを持ってたら回収
噂の出処を尋ねて
とにかく情報量を増やして感染経路を探っていく
妨害があるならUCで対処
あぁ何だかいつも以上にじっとしていられない
ざわめく首筋の刻印にがりりと爪を立て
あの強烈な違和感を思い出す
感染型の、UDC
自分にもあの時何か伝染ったとか?
なーんて……まさかであります、よね
●“『必ず二人以上で実践すること』”
「っは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
繁華街の中のビルのうちの一本の屋上。
蔵方・ラック(欠落の半人半機・f03721)は大の字に伸びた。
適当なベンチと簡素なテーブルがあるのだが、そこまで行く気も起きなかった。
「全ッッッ然わからんのであります」
月も星も見えぬ夜空を仰ぐ。
ところがどうにもその暗いだけの空が夜の海のように見えてしまって「うぐぐう」起き上がる。
と、ちょうど、冷えたスポーツドリンクのペットボトルが飛んできた。
「おつかれさん」
シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)はラックがスポーツドリンクをしっかり受取り、勢いよく口をつけるのを見届けて、自身は缶コーヒーのタブを開けた。
「いやもう働いたでありますよ!!」半分を一気に飲み干したところでラックは素直にそう言った。「自分は今日めちゃくちゃ働いてるであります!」何せラックたちはあの乱戦から休息らしい休息をとる暇もなく調査に飛び出したのだ。「俺もだ」シキも頷く。
「それだけの事件だと、俺も思う」
ビルの屋上から見下ろす街は街灯やネオン、電飾ばかりが眩しく、その分影が濃く見えた。
まるで何か、暗い水にでも浸っているようだ。
「シキは何か解ったでありますか?」
行儀悪くペットボトルに上唇をつけてメガホンのようにしながらラックは尋ねてみる。
シキはラックを一瞥する。「……正直」「しょーじき?」
「全てが断片的すぎてまだ如何とも、だ」
「自分もでありますよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ラックはもはや悲鳴のように叫びながらペットボトルを咥えたまま再び仰向けに寝転がる。「わけわからんの意味プップクプーであります!!」残ったスポーツドリンクでうがいでもするかのようにブクブクと鳴らす。ブクブクブク。
「……むせるぞ」
念のため、と思いシキは言い添えたが遅かった。「ぼへっ」むせた。ラックが派手に咳をする。
……普段は休憩室も兼ねていらしい証券会社のビルであるこの屋上は、営業時間外ということもあり、この時間では当然他に人影もない。セキュリティはすでに解除ずみ。騒いでも誰かが来ると言うこともなかった。
広さとしてはほどほどだ。ペントハウスの中には自販機もある。ドリンクはそこで買ったものだ。
シキはむせているラックにもう一本何か買ってやるかを考え、彼の咳がすぐ引っ込んだのでやめた。そのまま缶コーヒーをさらに一口飲む。
「……何もかもが断片かつ強烈な話ばかりで煙に巻かれている気はするが、じっとしていられないのも確かだ」
素直な感想を述べる。
味がやけに泥臭く思われるのは、缶コーヒーのせいであって、先ほどのせいじゃないと、少し言い訳をしながら。
「……で、ありますね」
ラックもまた先ほどの調子が嘘のように静かに返す。
なんだかいつも以上にじっとしていられないのだ。
うなじを撫でる。
正確にはそこにある刻印を。魔術回路を埋め込んだ後だというその、普段はほとんど気にもしない痕を、指でたどる。
ざわざわと、その位置にまだ蜘蛛か蟻か百足といった虫か何かが這っているような気がして、爪を立てる。
あの強烈な、違和感。
シキはラックの仕草に気づいて同じように首筋に触れた。
何もない。
何もない、ように、思われる。
――だが、ある可能性があるという。
「赤い紐が伸びてたりはしないか?」
尋ねてみる。「へ?」ラックは顔をあげてシキをみる。「俺の首から」
「まっさか!」ラックは強く返した。
「だろうな」シキは苦笑して頷く。
あの彼らは動き出す際には赤い紐が切れてからだったのだ。「あんたにも見えない」屋上に足を伸ばしべた座り込んだままの彼にも教えてやる。「安心しろ」
「…はい」ラックは静かに頷く。
先ほどの剣幕から明らかに精彩を欠いた佇まいだ。「気になるか?」「まあ」
「感染の方は、彼に任せるしかないさ」
シキはここにくる前に協力したある猟兵の顔を思い浮かべながら言った。
本当だろうか?――猟兵全員が感染しているかも知れない、などと。
そうではない、とラックは言いそうになった。
でも『何が』『そうではない』のか、自分は何にこんなにも引っかかっているのだろうか。
自分はUDCのエージェントで、これは任務で、だから動いているのに――それ以上に、何か、使命感か、ともかく、徹底的にどうにかしなければならないという焦りがある。
……どうにも言語化できない。
してはいけない、気もする。
「とんでもない剣幕でありましたもんね」だからそのままシキの言葉に乗った。「ああ」シキはうなずき、空になったコーヒーの缶をゴミ箱へ捨て
「で?」
そしてそのまま、今ひとつ調子を取り戻せずにいるラックのために、話題を変えることにした。
「ほへ?」ラックは瞬きをする。空になったペットボトルをよこせという仕草に応えてキャップを閉めて投げる。「なんでありますか?」「走り回ったんだろう」シキはこれを受け取り、同じようにゴミ箱へ捨てる。
「そっちの収穫は?」
勿論、そろそろ情報共有をしておきたいという気持ちもあったのだが――しかしこの話題の振りは、どこか落ち込んだ少年にてきめんの効果を見せた。
「ばっちりでありますよ!!!」
ラックは勢いよく立ち上がり満面の笑みを見せた。
そのまま小走りにシキの方にやってきて、テーブルの上に収穫物を広げる。
「じゃ〜〜〜〜〜ん!!!」
・・・
3、4枚のカードだ。
あの女子高生から受け取ったものではない。
もう少し簡素な紙であったり、カードではなく便箋のようなものもあるが――しかし。
「筆跡は一致しているように、見えるな」
テーブルに合わせておかれたベンチに座り、カードのコピーと比較しながらシキはうなずく。
一致しないものに関してはネットで見てプリントしたであるとか、誰かから見せてもらったのを写したものであるらしい。「おそらく『原本』は同じ人物による手のものだと見ていいな」手持ちのライトで透かしてみるが仕掛けなどは特にない。
「UDC(コープ)の方に伝達は?」
ラックは胸を張って大きく叩く。「無論勿論完了ドンドコドンであります!!!」
すっかり調子を取り戻したラックにシキは少しだけ口の端を緩める。「さすがだ」
「でしょう!」ラックはそのまま調子よくシキの向かいのベンチに座る。「ただですね」「ん?」
・・・・・・・・・
「入手経路が分からんのであります」
シキはカードを調べる手を止めた。「どういう意味だ?」
ラックは両手を頭の後ろで組む。「そのまんまの意味でありますよ」
ラックがそれを入手したのは――ほとんど偶然だ。
契約、噂、新しい家族、に纏わりそうな思いつく限りの場所をひたすら駆けずり回ったのだ。
『繋がりに関する事件』というのが引っかかっていた。
市役所区役所、教会、寺社仏閣、小学校、女子校、病院、児童養護施設――そもスタートが夕刻からほぼ夜への差し掛かりだ。時間外になりやすそうなところを優先に片っ端から回った。
悩むものにはやや強引に聞まわり、あるいは中には今まさに儀式を実行しているところもあり―さらにはその間、すでに回ってきた情報の通り不可視から受肉して襲ってきた触腕もあり、その妨害とも戦いながら――その彼らから時には記憶消去銃も使用しつつ、強制没収した最たる収穫だったのだが。
いったいこれをどこから、と問えば。
「ううーん、あのグリモア猟兵さんが言ってた通り、という話でもあります」
曰く、荷物に紛れていた。
「『今から送る先は、噂を撒いてる奴に直で接触した一般人』――か」
「ええ」
曰く、借りた本に挟まっていた。曰く、たまたま席においてあった。
曰く、曰く曰く曰く――。
「俺たちが事件の案内の際に聞いた、金髪の男とやらには会ってない、と」
シキは言葉を継ぎながらホルスターに収められた銃に手をかける。「で、ありますね」
「……しっかしそれにつけても妙に律儀な犯人でありますねえ」
ラックはカードの一枚をつまんで自分の前に掲げる。「自分が走り回ってこの枚数ってことは、んー…10枚くらい書いたんですかねえ」
カードの表を見、ひっくり返してうらを見る。やはり、特に何かがあるわけでもない。
こんな小さいカードでは触腕も儀式も何もないだろう。
「ネットで広めた後に蒔くとして、それに一体何の意味があると思います?なんでこんなことをしたんでしょうねえ」
唇をとんがらせて心底理解できない顔でラックはぼやき続ける。
「……何も思い浮かばないわけじゃない」
シキは銃を抜き、弾を確認する。
「だが、この理由が正しいとして、どんな意味がある?」
それはラックに言っている、というよりは、ただ思考の呟きだった。
「おん?」現にその言葉を、ラックはしっかりと聞き取ることができなかった。「なんでありますか?」
「ラック」
シキは顔をあげて、少年の目を真っ直ぐ見る。「……はい?」
「あんたは、戦う理由はなんだ?」
その質問に、ラックの内が騒ぐ。
ただの質問のはずなのに、その問いに、楽園のしもべを思う。
――これは、繋がりに関する事件。
過去を、殺せ。
浮かぶ言葉を、振り払う。
「……自分は、UDCエージェントの、蔵方・ラックだから、でありますよ」
少年の真っ直ぐな目に、シキは目を細める。
「そうか」
少し、彼が羨ましくなる。
「いまの質問、なんでありますか?」
「カードをそのまましっかり持っていてくれないか?」
ラックの言葉に答えず、シキはそう頼む。
シキの猟兵である理由は、戦う理由は『継承』だ。
シキを庇い斃れた『あの人』の遺志を継いで戦うと誓った、そこに起因する。
だが、そこに迷いが生まれている。
本当にそうだろうか?
あの乱戦、あの一瞬。
自分は、嬉しくはなかったか。
彼に教わったそれに繋がりを求め――縋っているだけではないか?
生きる理由を失った部分を、継承という形でただ茫洋と――戦っているだけではないだろうか?
わからない。
自分は、きちんと遺志を継げているのだろうか。
考えることをやめて、償いのようにあの人の代わりになろうとしているのではないか?
わからない。
――『見よ、私とあなたは、同じものである』
彼等もかつては、人の繋がりを求めて集ったのだろうか。
……ラックは。
ラックはシキから答えがないことにもう一度質問しようと考えたが、シキの様子に尋ねるのをやめた。
何か、自分も掘り返してはいけないことを考えてしまいそうだった。
蔵方・ラックだから。
だからいつも通りそれに関わるのだ。
それでいいはずだ。
だから言われたままにカードを両手で持つ。「ああ、顔の前は駄目だ。危ない」
ラックもそこまで言われればわかる。手に握られた銃。
「……コード、でありますか?」
「ああ。追跡できるコードがあってな」
ほへえ。ラックは相槌を打つ。便利だなあ。
「そういえば自分の話ばかりで自分はシキの報告を聞いてないであります!」
「今気づいたのか」
シキは苦笑する。彼のどこまでも明るい朗らかさと元気さは、少し鬱屈した気分が晴れていくような心持ちがした。「基本的には、あんたと同じだ」「ほほう」「場所に焦点を当て――元凶を手繰る」
「だが、面白い結果が出た」
「えっ!」ラックは目を輝かせる。「聞かせて欲しいでありますよ!」
「聞かせる以上の報告をしよう――そのまま首を横に向けて、カードを見ていてくれ」
言われるがままに、ラックは顔の横、持ったカードを横から眺める。
「俺のコードには自身の追跡を強化するものがあってな」
「はあ。それと銃弾で」
ラックの顔色が変わる。「いやいやいやいや、いやいやいやいやそんなまさか!銃の弾に追跡を付与するとかそう言うなんかそれはすごい力技ではありますがそもそもここは屋上でありまして他にビルもあるのに発砲したら弾丸が」
発砲音。
「やはりな」
シキは苦い顔をしてカードを睨む。
「匂いをたどっても切れる。同じようにたどっても全て途中で途切れていった」
カードに向かって銃弾を放てば、起こる現象はたった一つだ。
コードによる効果は「追跡」。
カードが手ずからのものであるという揺るぎない繋がりでもって追跡する、弾になる。
カードを吹き飛ばしそのまま進む。
緩やかか急か――追跡する線を描くだろう。
では。
「どう思う?」
今までラックに尋ねられてばかりだったシキはそう問うた。
「どうって」
ラックは瞬きをする。
弾丸はカードを貫いた。
カードが犯人の手ずからのものである、その痕跡を繋がりに――追跡しに、放たれて
「犯人さん、いったいどこにいるんでありますか?」
消えたのだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ユキ・パンザマスト
【くれいろ】
(刻印共の狂喜
不快、厭な予感
項を血が滲む程に掻く)
賛成です
人の縁に纏わるなら、人から
当ては足で作りましょう
(くつ、くつ)
確信が持てました
待ちなさい、セラ
どのみち、私達は侵されているのです
毒を食らわば皿まで
とっかかりにしてしまえば良い
ハッキング、失せ物探し、情報収集
つられたか、恥知らず
妨害に呪詛耐性【帰巣放送】
地を這う鉄塔の陰影
差し向けた輩がいるなら帰れ
居ないなら、還れ
(妨害が人なら郷愁を誘い
帰路へ)
(取り返しのつかぬ者など己で充分
なのに彼まで、近しい皆まで
…灯を、小指を意識しろ
良くない心とて只人の証
厭わずとも飲まれるな)
行きましょ
わたしは平気です
(いつものよう
笑えたことに安堵した)
セラ・ネヴィーリオ
【くれいろ】
「助けられる子、まだいると思う」
写身の男の子の言葉が耳に残ってる
だからこそ他の子は助けたい
繁華街で聞き込みとか、どう?
何か首がもやもやする…
(ユキさん、そんな風に笑うっけか)
何気なく押した『こはく』のアイコン
浮かぶホロは歪んで…もしかしてウイルス!?
攻撃されてたかも!慌てて人気のない裏通へ
とっかかり?…妨害にハッキング!
納得しつつ彼女の状態の心配も
ユキさんのハックに無事を願う《祈り/かばう/呪詛耐性》で反動対策
無防備装って《誘惑/おびき寄せ》
撃退後はハックに重ねて【幻灯】
…もう戻れない人たちが出ないように
どんな言葉にも向き合うから
大元へ導いておくれ
行こう
(僕が付いているよ)
●“『奇妙な予兆を感じても、そちらを見てはならない』”
たすけて。
うすらとした魂から響いて聞こえたのは――悲鳴だった。
セラ・ネヴィーリオ(セントエルモの火・f02012)の耳は確かにそれを聞いた。
まじりのない、かぎりのない、悲鳴だった。
そして。
彼の命をとめた時、確かに聞こえた囁きがあった。
「たすけられる子、まだ、いると思う」
人格ではない――たましいの叫び。
墓守のセラに聞こえるということは、かれらは眠っていたはずの魂たちであったということを意味する。
……気になることはまだある。
存在の薄さだ。
まるで何か混ざりものがあるような薄さ。
耳でとらえ目で定めるセラでも何か霞をみるような心地だった、あれ。
むぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
ミルクティーで膨らませた頬袋でタピオカをころがしながらセラは眉間に皺を寄せる。
あれはどういう意味なんだろうか、とずっと考えている。
廃ビルの乱戦を終えたセラたちは今繁華街まで出てきていた。
夕日も沈んで夜に差し掛かった時間は人通りも多く、情報収集にはもってこいだと思ったのだ。
人の縁に関わるのなら足から、は隣の彼女の言だ。
スマホ片手にめぼしい場所を周り――ちょっと休憩。
露天のタピオカジュースを買って、店舗前のベンチでひとやすみ。そんなところだ。
家路へ向かう人々を眺め、その魂のあかりをまぶたを閉じて感知し、先ほどの彼らと比べる。
やっぱり、違う。
……未熟な魂だったのならわかる。まだ人格になりきれぬ柔らかい魂。
でもあれはそうでもなかった。
ちらり、とセラは隣を見る。
隣には先ほどの乱戦から一緒に来てくれた少女が座っている。
その顔色を、魂を、ひっそりと伺ってみる。
……気にかかるのは彼女もだ。
何か、折れかけた枝が風に揺れるような不安定さがある。
何か、何か、取りこぼしそうになっていやしないだろうか。
カップを持つ手の、小指をかすか動かしてみる。約束のこゆび。
うなじから首筋を撫でる。
なんともなしはっきりしないし、妙に座りが悪い。
ひどくて、辛くて、かなしい戦いだったと思う。
それにしては、妙にあっさりした幕引きだったと思う。
もちろんそれ以上に何かあるのはごめんだし、少なくない人が傷ついていたけれど、それでも何か非情さにかける。
むんぐぐむぅう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
さらにミルクティーを吸い込んで器用にもタピオカを二、三粒奥歯で挟んでむにむに軽く噛む。
明らかに人格があり、存在があった魂だ。なのにあの薄さは何だったんだろう。
思わず顎に力が入ってタピオカを思いっきり噛んでしまう。つぶのいくつかが小さいか成分が薄かったらしい。はっきりしない。そうちょうどこんな感じ――……。
ユキ・パンザマスト(八百繚乱・f02035)は舌先で静かにタピオカを転がしていた。
あれで、全てだったろうか?
あれで、終わりと言えるのだろうか?
……。
……そも、あれは始まりだったのだろうか?
刻印どもが狂喜している。
たんまり嗅いだ血肉のかおり、たっぷり喰らった情動のしたたり。
身に滲む不快さ――這い回る厭な予感。
形としては儀式が始まる前にとめた、という形になるはずなのに、このすわりの悪さは何だろう。
生贄と贄。
あれが儀式だというのなら、贄が女子高生たちで仕手が彼らだったのだろうか。
それはおかしい。
儀式は少人数、実行するもの以外の立ち合いを拒んでいる。
おまじないがお呪いだというのなら何かしらの成果があって然るべきで、
これは感染型UDCの事件で、
さっきスマホにUDC(コープ)から来た他の猟兵の情報がいうには、あのおまじないは確かに感染型UDCで、でもそれは邪神の触腕がどうのこうので――
ユキたちのまえに現れたあれは、あの少女のUDCが召喚したのだろうか。
そんなふうには、見えなかった。
それに、他にも戦っていた猟兵がいうには、そんなコードを持っているふうにも視えなかったというのだ。
すわりが悪い。
・・・
じゃあ、だれが?
頸にゆびを伸ばし、爪を立てる。
頸というのも嫌だ。
そこには神経が集まっていて、潜り込んで上がれば脳幹がある。
血が滲むほどに。
・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・
――ユキたちはそもそも、はじまりに行ったのでしょうか?
何かを、見逃している気がしてならない。
考える。考える。
硝子剣士から聞いた話を思い返す。
予知の内容。件の女子高生が遭遇したという金髪の男。
やっぱりもう少しそっちを当たるべきなんでしょうか。
唇を開く。
隣のセラを呼ぶつもりだった。
そろそろ行きましょう、とか何とか。
・・・
おわあ。
「――『待ち』」
あれ
「『望んでいた』」
・・・
おわあ。
赤子だ。
赤子の声がする。
「『夕暮れ、は』」
セラ。
驚いている顔が見える。
せら。
よびたいのに。
「『わたし』」
これはなんだ。
・・・・
おぎやあ。
ゆきは
「『に』」
これを、どこで、
「『とって』」
き「『待ち、の』」い「『ぞ』」――…
「ユキさんっ!!!!」
セラはスマホを投げ出すように両手でユキの顔をつつんだ。
とっさのことで力が手に入りすぎ若干彼女の頬を潰してしまう。
・・・
だめだ。
ジューズがひっくりかえって倒れて中身をぶちまける。
理屈のない確信があった。
・・・
いやだ。
・・・・・
いかないで。
・・・・・
とらないで。
・・・・ ・・・・
だめだよ、ユキさん。
・・・・・・・・・ ・・・
「まぶたを閉じないで。そっちを見ちゃだめだ」
・・・・・
どっちだ?
・・・・
「僕を見て」
赤い瞳に、大きく、ユキが映っている。
――続きかけた言葉は、それ以上、出なかった、代わりに。
「せ、ら」
呼べた。
先ほどの乱戦のように思わずつぶやいてしまうのでない。
ちゃんと呼びたくて、呼べる名を、呼べた。
「ユキさん」
セラは肩の力を抜く。
まるまるとした金の瞳めいいっぱいに安堵する。
「よかったあ〜〜〜〜〜〜〜〜っ」思わず崩れるようになって額に額をつける。
「今の」ふんわりとくすぐる柔らかいセラの前髪に、ユキの現実感が戻ってくる。
「セラ、今の、ユキは」
「なんかよくわかんないけどやばかった」
そのまま額をぐりぐりと動かす。
「なんかよくわかんないけどわーって、突然ユキさんがわーって減っちゃってた」
「わー、ですか……」
……正直、ユキには今のセラの言葉や感覚がよくわからない。
得ないが、今の、まざまざと感じた、奪われるそれ。
侵食――感染型UDC。
額をつけたまま、セラは瞳をあげてユキの目を覗く。
鼻先のつきそうな距離。
「ユキさん一体何考えてたの?」
・・・ ・・・・・・
これは、繋がりの事件。
確か――さっきUDC(コープ)が繋いでくれた他の猟兵からの情報には――報告が二つあった。
なんか乗っ取られて?る?っぽい?一般人に遭遇した。
これが一つ目。
おまじないは感染型UDCである。不鮮明なUDCをこちら側に招き入れて放置するものである。
これが二つ目。
これは、感染型UDCの事件。
二つの感染型UDCが動いている、という話になる。
二つ目の方は明らかだ。
おまじないが媒体で効果もはっきりしている。
「事件のことと――黒幕のことを考えてました」
では――ひとつ目のこれはなんだ?
どこから始まって、一体、なんなんだ?
猟兵すら侵食する?
危険度でいえば、おまじないと同等かそれ以上だ。
わからないのなら――例えば、初めから?
くつ、くつ。と笑う。
「確信が持てました」
低く、静かな声で嘲笑う。
――ユキさん、そんなふうに笑うっけか。
セラの心がざわりと渦巻く。
何か、落ちようとしていや、しないだろうか。
「……事件のこと、ってさっきのUDC(コープ)さんからのメール?」
二の句が告げられず沈黙する、そこへ――かわいーという声にはっとなってセラはあわてて両手を離す。
派手に倒してぶちまけてしまったタピオカジュースにあちゃあ、顔を顰めて店員さんに謝れば、片手を軽く振られる。増量中で何かの節に落としてしまう人も多いらしい。
「ええ、そうです」
だんだんと感覚を取り戻して来たユキも一緒に店員さんのところまで行き、からのカップとストローをもらって、自分のタピオカミルクティーを半分に分けた。
「どーぞ」
そうするユキは、いつものユキに、セラには見える。
「ありがとう」
どうともいえず、とりあえずストローに唇をつけたところで、さっきかわいーと言ってきた通りすがりのお姉さんたちがまだセラとユキを見ていることに気付いて先ほどのことの唐突なぶり返しに襲われる。
「ええええーとどんなんだっけ」
慌てたゆびでインターネットを閉じてメールを開こうとし――別のアプリをタップする。
シマエナガのアイコン。
他ならぬユキに贈ってもらった一輪の花水木のホロを投射するアプリだ。
「あばばごめん、ちょっとま」
ホロが、歪む。
「おわーーーーー!!!!!!ユキさんがくれたやつーーーー!!!!」
セラとしては踏んだり蹴ったりである。中ば涙目になって叫ぶ。「なんでえ!?」
「セラ、何調べてたんですか」
「噂とおまじないのこと!ちょうどSNSでそれっぽい噂が――てことは」
ウイルス。
二人視線を合わせて同じ単語を浮かべていた。
「あるいは歪んだおまじない」
ユキが歪めた唇の隙間に八重歯をのぞかせてつぶやく。
「もらった情報が確かなんならおまじないは召喚なんですもんね」
うーわー!セラの声はもはや悲鳴だ。
「ちょちょちょっと待ってねとりあえず電源切らないと」
「待ちなさい、セラ」
つるり、ユキはセラの手から彼のスマホを取り上げる。「ふえ?」
「どのみち、私達は侵されているのです」
素早く立ち上がる。
「毒を喰らわば皿まで」
ウィンクを、ひとつ。
――やられっぱなしは、それこそ気に『食わ』ない!
「ユキさんかっこいい……!」
ウイルスが来たらまず電源を切ってしまう身としては後光がさして見えた。
「とはいえ何かがにょろーんとしたら周りにご迷惑掛かります故移動しましょ!」「あいさー!」
ああーお客様ーという悲鳴をそのまま路地裏へ駆け込む。
走りながらもユキは素早く百舌をセラのスマホに流し込む。
そのままハッキングし、探り、たどり、たどり――たどれ!
結論からいえば、ユキの読みの方が正しかった。
検索していたおまじないから――歪んだ発動式になったものを開いてしまったのだ。
人の息は感じられない。
おそらく、しばらく前にサンプルか、罠のひとつとして込められていたのだろう。
猟兵のようなエネルギーを持つ存在が触れたときに、発動するように。
ず、とスマホが震える。
潮の匂いだ。
海の、匂いだ。
ざざ――というノイズが、さざなみのように聞こえる。
セラもそれを耳にする。
遠い彼方のように小さい声がする、気がする。
おわあ。おわあ。
「セラ」「うん、聞こえるね」
セラはその隣でゆびを組む。
いのれ、いのれ――彼女を、守れ。
またあの泣き声を聞くわけにはいかない、ユキは神経をはりめぐらせる。
――そのままコードを展開。
周囲にホロ鉄塔を構成する。
地を這う鉄塔の陰影。
流れるパンザマスト。
返れ、帰れ――穴が開いたからとて手をだすな。
ここは貴様の在るべき場所ではない!
セラはただユキに集中する。攻撃が来たら庇えるように。
何かあればサポートができるように。
ああしてまた、うばわれてしまわないように。
おわあ――声は、胸のうちから聞こえるような気がする。
感染型UDC。
赤子の、かたちか。
セラは身を持って思い知る――感染の思い当たる節はないけれど。
だからこそ、全員に、可能性がある。
それも、かなり高く!
おわあ、という声が小さくなっていく。
おそらくは呪詛、あるいは精神への侵食で押し返しているのだ。
おわあ、とかかる、圧力が緩む。
ここにいる。確かにいる。
あれ、と思う。
例えば、感染という形で感染型UDCとセラは繋がっている。
へその緒から、精神を。
そのセラが手に入らないとしたら、その赤子はどうするだろう。
セラから繋がりを辿って過去をめぐるか――あるいはセラに似たものの繋がりを求めるのではないか?
赤子はUDCだ。
繋がる先があるなら、過去の海だろう。
写し身の彼ら。
感染型、UDC。
セラはその意味を――朧げに、理解しつつあった。
――差し向けた輩がいるなら帰れ。
電磁の海に、うねる、腕。
強く強く押し返す。
潮の匂い。
海の匂い。
過去の匂い。
ばけもののにおい。
・・・・
やらない、とユキは熱を込める。
全員感染しているかもしれない――その事実が密かな怒りに火をつけていた。
取り返しのつかぬ者など己で充分なのだ。
なのに彼まで、近しい皆まで――。
・・・
いいや。
かぶりを振る。
己で充分、とも言わない。
灯を、小指を意識する。
ひとつの約束。
良くない心とて只人の証なのだ。
厭わずとも――飲まれてはならない。
・・・・・・
己で充分と言ったら、自分に繋がるこの約束はどうなる。
響く泣き声をかき消すようなパンザマスト。
歪んだホロが、いよいよ膨らみ奇妙な肉のような形になってくる。
電脳からこちら、迫ってくる――
「ユキさん、貸して」
脂汗がじんわりと浮かんだユキに、セラは声をかける。
「僕がいるよ」
ユキの手が、一瞬だけ、緩む。
あとはセラが手を伸ばす。
お取り、囮。
誘惑――実体を持ち、歪んだホロにとって柔らかい少年の肉はどんな芳しさだろう。
そちらを向き――
藪椿。
削り取り。
食う。
「僕たちについてるのは」
セラは言う。
元の姿を取り戻した花水木から、白い炎が飛び立っていく。
「大枠の話だけど――精神から乗っ取っていく、UDCなんだと思う」
静かになったスマホ。
「っすね」
ユキは頷きながら、意見をまとめてUDC(コープ)への情報を送る。
「……そんな感じ、でした」
あとは向こうで他の猟兵に伝達してくれるだろう。
「そこから取り込んでUDCに変えちゃうやつ、とかだと思うんだよね」
あの、波に攫われてゆくような、喪失。
「ええ、ベースはそうだと思います」「やっぱり?」「はい」
「それだけだったら、あの、写身みたいなこ達があそこで『出て』まではこれないもんね」
セラは大きく溜息をついて――ユキを盗みみる。
「…それで、あのー、ユキさん」
「はい」
ユキは真っ直ぐ見つめる。
「本気?」
互い向かい合い手を繋ぎ。
「本気ですが?」
うう〜〜〜〜〜〜、とセラは唸る。
「感染型なら感染源があるということ――ユキたちの中にいるのにセラのそれが効いたのなら」
「いやでもまず僕だけで試してみるとか、さあ」
いつになく、彼らしくなくあわてるのをユキはまじまじと見て――そして微笑む
小首を傾げる。
「行きましょ?」
微笑むことのできる自分に安堵する。
「わたしは、大丈夫です」
たすけて、という、囁きを、セラは思い出す。
たとえば現在(セラ)に繋がれない感染型UDCが、セラの過去をも汚染するとしたら。
今なら、まだ。
「うん」
セラの返事に、ユキは微笑みを満面に輝かせまぶたを閉じる。
「――…もう戻れない人たちが出ないように、どんな言葉にも向き合うよ」
火を放つ。
互いの頸に――その奥に、巣食う、UDCに。
これは賭けだ。
火に萎縮すれば、逃げたいと思うだろう――それをもって、手繰る。
怪我はしない。火はあくまでも癒しの火だ。
分かっていても――彼女にそれを付けることに、セラのこころが騒ぐ。
「大元へ導いておくれ」
呼びかけながら、セラはまぶたを閉じているユキを見つめる。
セラの思いつきに、行きましょ、と言ってくれる彼女。
僕だって、と思う。
ユキさんはいつも僕についてきてくれるけど、ねえ、ユキさん。
ユキさんにだって、僕が付いているよ。
繁華街のざわめきが、さざなみのように聞こえる。
同じさざなみでも、二人がたつのは、こちらがわなのだ。
炎が上がる。
やがて――――……。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ジェラルディーノ・マゼラーティ
ヴラディラウスくん(f13849)と
あまり楽しいものではないけど
人の可能性を信じてるからね
持ち前のコミュ力で聞き込みを
魔術的なものなら専門だけど
どうかなァ。UDCアースだしなァ
とか言いながら
スマホはしれっと使いこなしてる
あ、おまじないいる?いらない?
じゃあ身代わり人形的なお守りをと
ちょちょいっと作って彼女に渡す
その辺で買った細いリボン
ヤバくなったら教えておくれ
今回はUDC案件だからね。念のため
あとええと、
なんだったっけ。読んだ気がする
黒猫でも探せばいい?
何が立ち塞がろうとも
それでも、と突き進む猟兵達は
やはりとても素晴らしいものだ
まさに竹のようだ、なんて
天を見上げてみたりして
凍つる冬のような君と
ヴラディラウス・アルデバラン
ジェラルド(f21988)と
例の体質も効かぬのではと
ふと思い、彼を見遣るも
返る言葉にそうだったと
常と変わらぬ笑みを見る
鷹や鷲は目立つだろうか
鴉を使い情報収集
無論攻撃等はさせず
深追いも固く禁じた上で
提案には否と返す
彼の言う“おまじない”の
効力は承知しているものの
仮に無効化されてしまえば
危険の程の体感も、対策等の判断も出来まい
頼りなげに揺れるそれを
邪魔にならぬ様手首に巻く
白が黒へと変わるなら、
己の持つ精神力や
魔術を扱う者としての耐性のみでは
危うかったという事らしいが
訳の分からぬ事を言う
彼をあしらい急かしつつも
確かに骨のある者ばかりと
妙に納得し空を仰ぐ
撓りはすれど決して折れぬ
此度もそうだと良いのだが
●“『なるべく外からの光の入らない場所にて行うこと。時刻もまた然り』”
「……持ち前のコミュニケーション能力とやらで聞き込みをするのではなかったのか?」
ヴラディラウス・アルデバラン(冬来たる・f13849)は隣の席へと声をかける。
「んん?」
ジェラルディーノ・マゼラーティ(穿つ黒・f21988)は読んでいた本から顔をあげもせず応えた。
「いやァ、うん。そうそう、そうだよ。そのつもりだ」
「では手にあるのは」
「本」
詩集だね。と彼はそれを軽く掲げ持つ。本をたどる目は止めず、無論席から立ち上がる気配は一向にない。
……二人は今、カフェのテラス席にかけていた。
陽はくれて夜の入り、まだまだ人通りは多く、多くの人たちが二人のそばをやや急足で歩いていく。
確かに一度、彼の言う通り、二人は歩いていた。ジェラルディーノは自身の言っていた通り聞き込みを。ヴラディラウスはまた違う手段での情報収集を。
だが歩いている途中で突然ジェラルディーノがカフェに入ろうと言い出し、表通りにあるテラス席で注文をしたかと思えば――本を買ってくる、である。
おまけに小さな薄い本を買って帰ってきたと思えばひたすらにそれを読み込んでいた。
「次回の『脚本』(コード)にでも必要か?」
「いや気になってスマホで検索したら出てきたものだから」
ヴラディラウスの粉雪のような声がやや鋭い雹まじりになってきたのに対し、ジェラルディーノはどこまでもマイペースのまま応える。
「すまほ」
「ヴラディラウスくんも使ってみるといいよ」ジェラルディーノはページをめくる。
彼はメインの詩集の部分はとうに読み終わってしまっており、今は巻末についている人物総論に目を通していた。「いやあ、便利だよ。人の可能性って感じがするね」また一枚ページを捲る。「もう少しここの席が明るかったら電子書籍で買ってみちゃうとこなんだけど、流石に文学作品となると読むなら紙だね」
ヴラディラウスは相槌を打つ代わりにエスプレッソに再び口をつける。UDCアースの優秀なところの一つは、こうして自分が居心地の良さそうなそれらしい店を選べば、一定のレベルの珈琲がさらりと出てくるところだ。
ぱたん。ジェラルディーノは本を閉じる。
「ふーむ、こっちはちょっと読みが外れたな」
読みながら少しずつ舐めるようにしていたカプチーノに本格的に口をつけた。
「それは独り言か?それとも私への説明か?」
ヴラディラウスの声音の、流れこそ余裕に満ちて緩やかであれど雪と雹が4対6の割合になったのに気づいたジェラルディーノはここでようやく隣を見た。
澄み渡りさえざえとした冷気すら感じさせるような雪と氷ににた美貌の横顔。
そこにある考えを読み抜けないほど、ジェラルディーノは抜けてはいなかった。
「ヴラディラウスくん」
そして――
「何だ?」
彼はにこ、と微笑む。
「ご心配ありがとう」
確かにあまり楽しいものではないけれど、と彼は続ける。
「僕は人の可能性を信じているからね」
――そこでかける言葉を間違えるほど、若くもなかった。
「そうか」
ヴラディラウスはそれにただその一言だけで応える。
それで十分だった。
例の体質も効かぬのではないかとよぎった危惧は――嗚呼、そうだった、彼自身の性質の前に危惧でしかないのだ。
「聖書なんか引用してくるから、てっきりキリスト教関連の作家を引用しているのかと思ったのさ」
ジェラルディーノは続いて彼女の先ほどの言葉に応える。
ヴラディラウスは彼を横目で見、再び雑踏へと視線を戻す。
いや、雑踏を見るにしてはやや位置が高い。
「……他の猟兵の報告にあったあれか」
「うん、その通りだ」
独り言ではなく、ヴラディラウスへの説明を始める。
「『その眼は激しく燃ゆる炎のようであった』『あなたは再び私を見る』『うちに響くは暴力と破壊の音。私の前には常に病と傷がある』『あなたがたの名は、わたしの選んだものたちへの呪いのことばとして残るだろう』『あなたは再び私を見る』など、など、など――」
クレリックは不遜にも、唇についたカプチーノの泡を舌先で舐める。
「猟兵が先の戦闘の中で聞こえたというこれらは――全て聖書だね」
独特のアレンジや意訳が多分に含まれているから、調べてもおそらく出てこないだろう。
スマホを叩き、まあ、例外もありそうではあるけれど、と付け加える。
「創世記からエズラ、福音書から黙示録はもちろん、少々マイナーな説まで、見境なしだ」
ふむ、とヴラディラウスは相槌を打つ。
「……お前が今先ほど読んでいたのは『おわあ、おわあ』と言う、あれか」
「さすが、察しがいいね」
ジェラルディーノはテーブルに頬杖をつき、もう片手でカプチーノをもう一口。
「そう――ここで作者がキリスト教大好きだったらまた解釈も違ったんだけど、残念ながらミリとも関わりがなかった」
そうするとそれはそれで意味が変わって来るんだよねえ、とぼやく。
「……具体的には、その聖書の引用とやらに、どんな意味が?」
ヴラディラウスは雪像と見紛うような白い指先で自身の口元を叩き、ジェラルディーノに指摘をする「おや!これは失敬」紙ナプキンで拭う。
・・・・・
「意味がない、って意味がある」
ダンピールが鋭く目を細めたのと対になるように、老紳士は笑みで鷹の目を細める。
「聖書とは、まあ、大義的に救いを説くものだ」
「戦禍のなかで解くそれは――ずいぶん空虚に聞こえるだろうな」
まるで雑踏に消える雪のように。
「それが狙いなのか、あるいはそれが祈りなのかは別として、ね」
早足に進む人々を見ていたヴラディラウスは再び隣を見た。
「雑踏で詩を謳うようなものさ」
ジェラルディーノはまだ、あゆみゆく人々を見ている。
「届くものには届くかもしれない――わからないものには、ちんぷんかんぷんな言葉だろう」
……ヴラディラウスは腕を組む。
「誰かへのメッセージだと?」
「それもおそらく至極、個人的で――伝わらなくてもいいって思ってる類のね」
僕らには知るよしもないかもしれないね。
ジェラルディーノはやけに楽しそうに呟く。
「ずいぶん遠回しな手紙だ」
「『ディア・マイ・ディア』」
銀の髪を揺らし、黒衣の彼はくつくつと笑う。「おそらく、そういう話なんだろう」
「……ずいぶんとUDCの味方をする」
「そんなふうに聞こえた?」
とぼけたジェラルディーノのいい口に、ヴラディラウスはしかしそれ以上深掘りしない。
本当に必要であり急を要するのであればすぐに話す男だと、彼女は隣の男を理解していた。
「ヴラディラウスくんおまじないいる?」
そして何より人類の味方であり、猟兵の味方である男だ。
「いらん」
ジェラルディーノは唇をすぼめるが、ヴラディラウスはそれを無視する。
彼の言うおまじないの効力がわからないわけではない。信頼がないわけでもない。
むしろ逆だ。
おまじないなどと茶化すが、その効果は高く評価し、揺るぎない信頼すらある。
……だからこそだ。
仮に無効化されてしまえばそれは大きな枷となりうる。
片腕を取られた。
「じゃあ、これで我慢しようかな」
ちょちょいっと。
軽い調子とともに、手渡しされたのは小さなリボン飾りだ。
若干の非難を込めたヴラディラウスの視線に、ジェラルディーノは両手をあげる。
「身代わりになるお守りだよ」
愛嬌たっぷりの微笑みにウィンクをする。「ブードゥー人形みたいなもんさ」
ヴラディウスは飾りをひと眺めすると、それを手首へとつけた。
「やばくなったら教えておくれね」「目安は?」「リボンが白から黒へと変わる」「条件は?」「きみの精神力や魔術耐性でどうにもなくなったら」「覚えておこう」
「今回はUDC案件だからねぇ」
念のため、ね――後押しする。
ヴラディウスも、ジェラルディーノも――一つの危惧を抱いていた。
声が響くという。
精神を乗っ取られる可能性があるという。
ある猟兵が遭遇した者は、精神が異常な状態であったという。
・・・・ ・・・・・・・・・・・・・
誰もまだ、声の主に遭遇していないのに、だ。
今はいいだろう。
今はまだ。
しかし――黒幕と対峙する時は、果たして。
「どう思う?」
「医者の彼がしてったあれかい?」
ジェラルディーノは通りを眺める。
「ま、あんな結果が出ちゃ、まあ、そういうことだろうねえ」
「……感染経路をお前はどう思う」「ノーコメント」
老たる知恵者はヴラディウスにそう告げて、椅子に背を預ける。
ジェラルディーノの予想に反し――ここでヴラディウスはうっすらと笑った。
「だろうな」「おや意外」
氷雪の麗人は、笑みをそのままに、老神父を流し見る。
「私たちにまで影響があるというのなら、問題は『どうやって』の段階では――もう、ないのだろう?」
お前のその余裕が理由だ、と言い添える。
ジェラルディーノはそれに、笑みを返した。
「その通り」
カプチーノに口をつけようとして――すっかりそれが空になっている。
ヴラディウスのエスプレッソは言わずもがな。
「予想がどこまであっているかわからないけれど――僕も、そう考えている」
ことん。
「詩の方はどうだった?」
足を組み替えながらヴラディウスは男に問う。
「キリスト教が関係していれば意味も変わると言うことだったが――では、関わらないとしてお前はあれにどういう意味があったと考えている?」
ジェラルディーノは持っていた本を隣へ差し出す。
「読む?」
「いや、いい」
「どうして?割と中々に、知らない世界との出会いだよ」
「お前の答えの、予想がついている」
えー。ジェラルディーノは唇を茶目っけたっぷりに窄める。
「ならヴラディウスくんのしている予想を聞かせてくれないかい?」
僕ばかり話すのはずるいだろう。ヴラディウスの真似とばかり、腕を組んでみせる。
「答え合わせか?」
カップを伺おうとする店員を片手で制すヴラディウスの唇もまた、ほんの少しの遊び心に曲線を描いていた。
「まっさか。答えを本当に知るのは――黒幕の彼一人だろうよ」
「神より他に知る者なく?」
「そんなとこ」
まあ、彼が神かどうかは、別だけれどねえ――。
仰ぐ天には星ひとつ見つからず。
「おそらくは聖書と同じだ」
緩やかに舞う雪の声が響く。
・・・・・・・・ ・・
「意味があるようで、ない」
ふふ、とジェラルディーノの唇から漏れた笑いが、彼女の言葉に如実な同意を示す。
「おそらくはメッセージなのだろう。伝わっても、伝わらなくても、どちらでも良い」
「まあ、熱心じゃないけど知ってた程度の関わりらしいよ」
ヴラディラウスの理論を後押しするように補足が入る。「のち仏教なんかもモチーフに出してるから――まあ、救いというのに当時惹かれてたのかもね」
ありがちな話だ、と彼女はその補足を軽く流す。
すでに言うべき持論は出し、意見が一致した。それ以上はこの場で特に展開できるはずもなかった。
全ては神より他に知る者なく。
「詩の作者なんだけどねえ、なんでも、日本においては近代詩の父だそうだよ」
「ほお」
なんの気もない回答にジェラルディーノはどこまでも愉快そうに続ける。
「出てきた当時、一体これはなんなんだろうと人々は首をかしげたそうだ」
そう言う意味も、あるんだろうねえ。
街の明かりに照らされた雲が、煙のように緩やかにたなびいてゆく。
「まあしかし、そうだねえ、やり口に賛成かと言われれば、僕は――」
ばさ、と二人の頭上、街路樹の枝が大きく揺れる。
一羽の鴉がヴラディウスの側に降りてきていた。
「攻撃は無論だが、深追いはしていないな?」
くわあ、と彼女の従僕はひとなきする。「よろしい」
「黒猫を探してたのかい?」ジェラルディーノはヴラディウスの方へ身を乗り出す。
「訳のわからぬことを言う」
いつもどこか煙にまくような言い方をする男だが、全く今日はいつにも増して。
「詩だよ、今話題にしてた」
悩ましいよるの――とそらんじかけ、ええと、なんだっけ、読んだ気がする、と彼が本を開くのに今一度ヴラディウスはかすかに笑い。
「速やかに報告しろ」
制圧者の顔で持ってしもべに命じる。「援護の足りぬのはどの方向だ」
ここに二つの感染がある。
猟兵たちに対するものと、世界へのそれだ。
猟兵たちはまだ良いだろう。
優先するべきは遥に力の弱いものだ。
ヴラディウスはそう考えているし――
――ジェラルディーノもまた、そう考えていた。
何が立ち塞がろうとも、それでも、と進む彼らは力強い。
とてもとても、素晴らしいものだ。
開いたページにあったのは目的の詩ではなかった。
真っ直ぐなるもの地面に、とはじまる。
真っ直ぐなるもの。鋭き青きもの。
凍れる冬に、つらぬきてある、ようなもの。
白亜の麗人を見つめる。
「まさに竹のようだねえ」「ん?」「いや、猟兵がね」
確かに、とヴラディウスは思う。
確かに気骨のあるものたちばかりだ。
――撓りはすれど決して折れぬような。
ジェラルディーノがするように、ヴラディウスも天を見上げる。
誰がどれほど動き、何を今明らかにしているだろうか。
此度もそう。
誰一人とて撓めど折れず――さらにと進んでいける、そうであれば、良いのだが。
ふたり、轟々と深い闇に、ちいさな星を見る。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
辻森・朝霏
私達は知っている
最も簡単な嘘のつき方を
それは真実の織物の中に
嘘の糸を織り交ぜる事
嘘を隠すなら真実の中
じゃあ、
真実を隠すなら――?
まあ嘘だらけも手ではあるけど
都市伝説、事件事故
己等の管理サイトを開き
一ユーザーを装い情報収集
足は過去の現場や怪しい場所へ
カードやインクすらもヒントだったりして
思い当たった可能性は確かなものとなるかしら
戯れ好きな神サマと、悪魔と哀れな人間の戯曲
その一編
彼女が召喚されたのは偶然?
かの台詞を紡ぐ事さえ黒幕の計算通りなら?
物語が、まだ終わっていないとしたら?
嬰児殺しは裁かれるのか、救われるのか
盲目なのは一体誰?
ねえ、
もしかして
私達の存在って
黒幕にとって運命の皮肉だったりしてね
●“『儀式を行った他者を詮索してはならない』”
――私たちは知っている。
スワイプを一度。
――最も簡単な嘘のつきかたを。
辻森・朝霏(あさやけ・f19712)はその建物を見上げ、DMを返す。
1階の店舗が数ヶ月前に抜けたという廃ビルだ。指定の場所は2階になる。
『ついたみたい、写真のとおりね。ありがとう』
『いえいえ〜〜〜!合ってるといいね〜〜〜!!』
――それは真実の織物の中に、嘘の糸を織り交ぜること。
例えば。
自分がこっそり運営している都市伝説や事件事故を取り扱うサイトで1ユーザーのふりをして。
こんな嘘をつく。
おまじないをやってみたけれど、失敗したみたい。
どうしてかしら?
実際におまじないを行ったのは朝霏ではなく、何なら失敗したのは朝霏たち猟兵が来たせいだ。
だが、それでも十分信用性は高い。
――嘘を隠すなら真実の中。
朝霏の運営するサイトは、元々そういった人を惹きつけてやまない少しくらい匂いのする、情報交換の場だ。
未解決事件、殺人事件の真相を探るもの、何かしらの組織の陰謀、抗争。
そして――都市伝説。
ご丁寧にも式を書かせるこのおまじないは、最近とりあげられていたようだった。
これで、まず――数人が釣れた。
そこからさらに精査して、絞る。
それから続けてあの女子高生たちが行ったおまじないの式、その画像を一部写真に収めたものを使う。
――じゃあ、真実を隠すなら?
何か似たようなものを、みたことある?
あるよ、あるある。
私じゃないんだけど、と付け加えて伝わった住所。
――まあ、嘘だらけでも手ではあるけど。
他の猟兵に渡された符を、見よう見真似、言われた通りの手順で唱えながら何枚か放てば、ぱち!と音がして目の前の空き家に雷のようなものが走り――静かになる。
本当に、おまじないと呪術ってそっくりなのね。
見咎められないようにだけ気をつけて、ゆっくりと建物に入る。
危険はないのはわかっていた。
UDCに属するものは今の符の効果によって祓われたのだろうし。
UDC以外の人間はおそらくいたとしてももういないだろうから。
スマホのライトをつけて、懐中電灯がわりに――入る。
確かに、あった。
カードの原本は別の猟兵に渡されてしまい手元にあるのはコピーだが、それでも判別するのには問題ない。
おまじないの式は、書かれたものとほとんど一致する。
そして他の猟兵から流れてきたとおりの結果が――程度は違えど、発生していた。
朝霏はその式に目を細める。
サイトには、こうあった。
それ――新興宗教■■■■って、全員消えたとこに残ってたのと、似てますね。
にてる?
まあ、にてるだけかもしれません。結構違う気がする。
やはり、そうだ。
これが嘘だ。
これこそが嘘だ。
このおまじないこそが嘘だ。
朝霏はカードを丁寧に読む。
つまり嘘以外が全て真実だ。
――ね。
朝霏は微笑んで『彼』に問うてみる。
――どう思う?
『彼』は楽しそうにカードを覗き込んで、朝霏と目を合わせる。
薄い唇が空にない月のような弧を描いている。
――予想通り、というところだろうね。
彼女たちが気づいているひとつのこと。
欲望を抱えた彼女と、彼女の内の彼というこの二人だからこそ気づいたこと。
心の中にひとりではない者だからこそ視えたもの。
……ここの住所教えてきた者に、問うてみた。
あなたは、この話、だれから聞いたの?
え?ええ?
わかるってことは、だれからかこの噂、聞いたんでしょう?
……そんなん、友達の友達だよ友達の友達、SNSのフォロワー。
そしてもう一つ。
朝霏は、この住所を教えてもらう際UDC(コープ)に寄って、他の猟兵が倒したという感染者に接触をしてきたのだ。
そして、意識をぼんやりさせていた彼女に尋ねてきた。
「ねえ、あなた――友達に、金髪の男のことを、聴かなかった?」
おわあと泣く巨大な赤ん坊。
その前に立つ――金髪に、蒼い目の男。
あれは、狂った者の目ではない。
――戯れ好きな神サマと、悪魔と、哀れな人間の戯曲。
朝霏がそう口ずさめば、彼は面白そうに笑って続ける。
――『時よ止まれ――おまえはうつくしい』
ある理想に取り憑かれた男の物語。
――その一遍。
あれは。
あの、あの混戦の際に幻覚した、あの男の目は。
彼には悪いけれど――朝霏にとっては、笑ってしまうほどの――何か、誠実な、目的のある、まっとうな人間の、眼差しだった。
――彼女が召喚されたのは偶然?
――必然だろうね。計算しているはずだ。
――どうやって?
――さあ。でも、方法はたくさんあるし、わかる人にはわかるように組んでいると思うな。
消えた宗教団体。
確かに――そこにたどり着くには色々なアプローチがあるだろう。
幼いこどもが中心である団体など、センセーショナル極まりない。
――あの台詞を口ずさむことさえ計算通り?
――計算すらいらないんじゃないかな。
――どうして?
朝霏のうちの――朝霏が知る限りだれよりも柔らかく微笑むくせにだれよりも残酷に澄み渡る『彼』は微笑んでいる。
――聞いてばかりはだめだよ。
まあ。朝霏はいたずらに口を少し尖らせてみる。
まるで『先生』みたいね。
――じゃあ、あれはやっぱり『一章』でしかないのね。
くすくす笑う。
やっぱり、まだ、このことをだれにもいうつもりはなかった。
――どう思う?
『彼』に問う。
なにがだい?よかった。『彼』はまだ話してくれるらしい。
――嬰児殺しは裁かれるのか、救われるのか。どちらだと、思う?
彼は笑って、これには応えない。
実は朝霏も、答えを求めていない。
そう、これは言うなれば――ディア・マイ・ディア。
親愛なる同類、悪友、先輩、先生――そういったものに、戯れる、それだ。
――盲目なのは、一体誰かしら?
もう一度だけ式を見て背を向ける。
添えられた余計なもの。
See No Evil,Hear No Evil,――それから、儀式へのたくさんの余計な注文。
視えている真意を伝えて何になろうか。
伝えない方が面白いだろう。
――ねえ。
『彼』を呼ぶ。
――もしかして、私達の存在って。
暗い室内。夜の窓が鏡になって朝霏の姿をぼうと写している。
――黒幕にとって運命の皮肉だったりしてね。
朝霏の金髪が明るく輝き――雫を垂らす下弦の月のようだった。
成功
🔵🔵🔴
鳴宮・匡
正直、あまり自分の感覚をアテにしていない
あの子の言葉に、触れすぎたと思う
だって、思ってしまうんだ
歪んで留められた永遠を忌避したくせに
もしそれで、生きる尺度の違う筈の大切なひとと
ずっと一緒にいられるとしたら――
――なんて、そんなことを
【無貌の輩】を呼び出す
俺と同じ“眼”を持ち、因果すら見通す影たちを
この町の至る処へと差し向ける
俺の代わりに、見て、聴いて
視えたものを、必要な誰かに伝えてやってくれ
勿論、立ち尽くしてたって仕方がない
同じように、手掛かりを探すよ
もし俺の頭が狂っているとして
“そういうもの”とわかるだけで収穫だ
他の猟兵に注意喚起も出来る
――歩みは止めないって決めたんだ
できることは全てやるさ
●“『親愛なるものへ宛てよ』”
自分は、狂っているかもしれない。
息を吐く。一定の調子で、長く、長く。
吐いたら、吸う。一定の調子で、長く、長く。
なるべく――静かに。
自分は、狂っているかもしれない。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)にとって影のようにあることは苦痛でもなんでもない。
自分は、狂っているかもしれない。
前提を繰り返し折り返し混ぜ返し、彼はなるべく暗い道を歩く。
調べるべきことは多くあった。
確認するべきこともまた。
しかし――正直、彼は今自身の感覚を一切当てにしていなかった。
それほどまでに、楽園のしもべの言葉に、触れすぎた。
揺れすぎてしまったと、思う。
――……思ってしまう、んだよな。
歪んで留められた永遠を、自分は忌避した。
前に征くしかないと告げた。
そのはずだ。
そのはずなのに、思ってしまうのだ。
もしも。
もしもそれで、生きる尺度の違うはずの、大切な人と。
ずっと一緒に、いられるとしたら――…。
……。
もしも立ち塞がったのが、あるいは彼女なら、違ったのだろうか。
一度、波立った海を、凪へと戻す必要があった。
自分は、狂っているかもしれない。
繰り返す。
――まあ、確かに、そう、そういう感覚があったら、とは、思ったが。
余計なことを考えてしまう感覚。
必要ではないのに思いを馳せる機能。
感情のようなものと理論が平行に走る自分が、少々奇妙である、気もする。
匡は自身の唇の端を触ってみる。
……自分が苦笑しているような気がしたのだ。
――このタイミングの、こういう形では足手まといでしかないな。
触ってみても。
よく、わからなかった。
少なくとも、何か大っぴらに動いていると言うことはなかった。
………。
……この自身の思考に対する考察も、やっぱり『ひとでなし』そのままのような気もする。
などと思ったところでやめる。ここまでの自分の思考に対する考察の分析をメモにして脳のどこかに貼って、今の感情と思考と感覚にまつわる一論考を、今はここでおしまいにする。全てが無事解決して余裕があったら見返してみよう。
――さて、どこから手をつけるか。
ある猟兵が提案していたように。
自分たちが対峙したあのUDCたちから、感染させられていた場合。
楽園の僕と一番会話し、とどめを刺したのは匡だ。
その場合、俺が強力な感染源になっている可能性もある。
――他者に最も関わらずに済んで調査できるような案件は、と。
………。
……実はこちらの方は可能性は低いと、匡は少しだけ、考えている。
UDC(コープ)が仲介してくれる他の猟兵からの情報はこまめに確認するようにしている。
色々な情報が流れている。
おまじないを呪術として純化して施工された場合の事象。
失敗している場合に考えられる汚染。
他にもカードが存在する、しかし例の男から直接支給されたわけではない、インターネットに流れているものとおまじないとして流通するものが異なる点、今関わった猟兵に行われているある検査、など、など、など――。
匡が自身を強力な感染源となっている可能性が低い、と考えた理由もきちんと回ってきている。
『先の乱戦に参加していない猟兵も感染の可能性あり』
――あのUDCたちが感染源だと言うのなら、これは矛盾だ。
しかし可能性を無闇に切り捨てるのは好ましくない。
だから、やはり匡はなるべく一人で行動した方が良いだろう。
他の猟兵と行動し、得た情報を共有する――その点は。
――【無貌の輩】に任せる。
彼らは、自我というには幼く薄いそれしか持たない。
しかし、それは逆に言って素直に言うことを聞くということだ。
知覚技能は匡と同程度。問題を視、定め、見切り、あるいは情報を聞くこともできる。そして戦闘でもそれなりに役に立つことができるだろう。
彼らは匡と同じ、魔眼に等しいほどの死を捉える眼を持っている。相手がいつ実体化するかわからない不可視の敵ならばこれほど役に立つものもあるまい。
感染、あるいは噂によって敵がある程度拡大しているというのなら、必要なのは手だろう。
百に等しい影たちは、万善とはいかないまでも、次善ぐらいにはなるはずだ。
――歩みは止めないって決めたんだ。
例えそれが、狂気の千鳥足であったとしても。
瞬きをして、カードのコピーを見つめる。
因果で言うのならば、やはりこの式が一番多いのだろう。
しかし、それは感染と関係はない、と言う。
ならば一体なぜこれが組み込まれているのか。
単純なめくらましにしては手が混んでいる。
――できることは、全てやるさ。
自分でもこのおまじないを試してみるか、と提案を立ててみる。
『大事な者を選ぶこと』
………。
大事なもの、と言う言葉に、嗚呼、すっかり永遠という可能性にとりつかれかけた頭が――ひとつの顔を否応なしに浮かべてくる。
もしも。
余計な思考がまた囁く。
この余計な囁きを、疎うべきか喜ぶべきかわからない。
どちらでも――あるのかもしれない。
余計な思考を余計なまま走らせてみる。
狂っているサンプルが取れる機会というのはなかなかない。
あるいは感情が、心が、こういうものであるのかもしれないと思いながら。
もしも、永遠があったのなら。
ずっと、一緒にいられるとしたら。
そんなものはないと嘯いてみる。
そうだったらいいと思考が回る試行はもうやったのだから。
あるいは弟分なら、そうはならなかったと漫画を引用するのかもしれないと思ってみる。
問いが反転する。
じゃあ――じゃあ、だ。
もしも。
もしも永遠が自分になく。
もしも相手が自分よりも、長く、生きるのなら。
自分はどうしたいだろう――どうするだろう。
ディア・マイ・ディア――親愛なる、あなたへ、宛てるのなら。
そうだな。
なるべく障害を、排除してやりたい、だろうか?
疑問系なのはこれが試行の思考だからだ。
この先起こるかもしれない悪いことを――できれば全てを教えたいけれど、せめてなるべく最良で解決する手がかりは与えたい。
そのやり方が、たとえひとでなしでも構わないだろう。
彼女の未来が、少しでも良いものであったらと――。
――…………。
鳴宮・匡はふと、足を停める。
未来が、少しでも良いものであったら?
――……………。
凪の海らしからぬ理論でなく経験からくる感覚でない、いつもと違う余計な思考の頭だからこその、感覚がめぐる。
何か。
思う。
何か。
何か、今、自分は。
とても大事なことを、考えたような、気がした。
成功
🔵🔵🔴
人形・宙魂
【POW】
…首のうずきが気持ち悪い。
一応、護符を自分に貼ります。
感染型UDC、これに対処するのは初めてだけれど、
私も、感染してるかもしれないから、
予防と、万が一
空中浮遊、いつでも戦えるよう弾揺を手に、ビルや家屋へ飛び移ります。一般の方に見られてないよね…?
…暗くてよかった。
着地する度に、屋上に護符を貼って浄化します。
有耶無耶で曖昧な、何処でまた儀式が起こるか分からないから、
とにかく護符を貼って儀式場を減らします
浄化した場所は、腕の重鬼乙女を通じて第六感で感知できますから、異常が起これば気付ける筈…
後は、呪詛を追って大本に辿りつくしかない
…戦うしかないの。私には、もうこれしか残ってないから。
●“『行った場所へ近づくことは避けること』”
予防と万が一。
そのつもりだった。
ぱちり。
弾けた音に、人形・宙魂(ふわふわ・f20950)はもはや一刻の猶予もないと気づいた。
きっかけは――ふたつ。
ひとつ。UDC(コープ)から借り受けた端末に入ってきた情報。
よくわかんねえけど、もしかしたらみんなもなんか、おかしいかもしんない。
――提示された、感染の可能性。
ふたつ。首の疼きが気持ち悪かった。
どうしてそこで薬を使わず護符を取ったのかといえば――単純に先の乱戦で一度自身に注射を打ったために、戦闘の感触がぶり返しそうで抵抗があったのもあったが。
『感染型UDC』と『お呪い』
その二つが強く結びついたせいもあった。
感染型UDCに対処したことはない。
これが初めてだ。
首裏。
貼った護符は効果を発揮する。
奇妙な感覚だった。
護符によって自分の中の何かが焚ける――灼けていくのだが、その奥にさらに何か、繋がっている、ような。
これは繋がりに関わる事件だ、と、グリモア猟兵は皆に語っていた。
「つながり、なんて」
宙魂は非常階段をゆっくりと登りながら呟く。
屋上まで登りきる。一息「ごめんなさい」断ってから鍵ごと扉を横凪に切り、静かにまちを見下ろす。
道にはたくさんの人が歩いている。
たくさんの明かりがある。
以前……そう、普通の学生だった頃読んだ小説に、街の明かりやイルミネーションをきらめく宝石と例えていたけれど――あの時こんな夜景を見たら、そんなふうに感じたのだろうか、と思いをはせる。
「つながり、なんて――そんなもの」
屋上のフェンスに手をかける。
それらの光は、今の宙魂の眼にはもっと違うものに見えた。
暖かなひかりだ。
あそこにはきっと、たくさんの人が住んでいる。
たくさんの生活があっていろんな人がいろんなふうに、生きているのだろう。
宙魂のかえって来ないいつかも、あのなかの一つだったのだ。
「そんなもの――わたしは、もう、なくしちゃったのに」
フェンスの上に、鬼の心臓の力でもって浮かび上がって両足を置く。
フェンスを潰してしまわないように――しかし、その上には立てるように。
飛ぶ。
今宵は新月。
ビルや家屋へ飛び移る小さな影は、街々の明かりに塗り潰されて誰にもわからない。
――……暗くて、よかった。
そも、誰も上など見上げないのだ。
見るのは足元か、あるいは目の前――家路だけだ。
それでいい、とも、宙魂は思う。
浮き上がり、着地する。
その度に符を貼り、浄化を張る。
ぱち、ぱち――といくつか手応えが返ってくる。
残ったものはそのまま結界としての役割も果たす。
余裕があれば、この後下り、触腕退治に向かうこともできるだろう。
くらやみに一人、飛ぶ彼女を。
ただ駆け抜ける宙魂の小さな背を。
大きな傷を抱え、自分の重さとのしかかる業を。
彼女以外の――誰も、知らない。
『どうしてあんたたちは、そうして戦って、戦うの?』
連れられていった彼女の問いが蘇る。
――どうして。
手だけは素早く符を飛ばし、またとび、降り、またとびながら。
ふわりふうわりと、どこか、ビルから身投げしたした少女の亡霊のように。
「たたかうの」
つぶやく。
言い訳のように、呪いのように。
「……戦うしか、ないの」
おまじないの、ように。
「戦うしかないの」
繰り返す。
「戦うしかないの。――私には、もうこれしか残ってないから」
まだ。
心の端で思う。
まだ、繋がっているのだろうか――と、思う。
失ったとしても。
相手が死んでいても。
繋がりと言うのはあるのだろうか。
でも、あったとして。
あったとして、それがもう、過去ならば。
過去の海にしかないのならば。
――敵になるしか、ないのではないだろうか?
・・・
おわあ。
「……」
宙魂は爪先をおろす。
その屋根の色が、我が家を思い出させた。
たとえば。
たとえば、だ。
直感でしかない。
そんなことがありうるだろうかとすら、思う。
自分が感染したことによって、自分につながる過去の誰かもまた、UDCに感染していく、などと言うのは。
『どうしてあんたたちは、そうやって戦っているの?』
――あの時、刀が、軽くなったのは。
天を仰ぐ。月はない。
街の明かりに照らされて、ぼうと浮かぶちぎれた細い雲は。
暗い海の波のように、見えた。
それしかない、ではない――戦う理由が、うっすらと見えてきたような、気がした。
成功
🔵🔵🔴
リリィ・カスタード
ヤムちゃん(f01105)の助っ人に来たよ~。
行動は一緒でも別でも可!
ん~、ヤムちゃん疲れてる?
難しいことわかんないけど、ヤムちゃんの悲しい顔は見たくないから犯人を突き止めるよ!
行動/WIZ
とりあえずスマホを使って情報収集してみよっかな。
機械は苦手だけどSNSは使い慣れてるんだ~。
それに噂話は大好き…大切な人とのおまじない、なんてワクワクしちゃう♪
おっと、今回はおまじないを止める側だったね。わかってるわかってる。
対策
戦闘になった時のためにユーベルコードを準備しておくね。
それと【時間稼ぎ】なんかも役に立ったりするかなぁ…?
少しでも他の猟兵のサポートができれば十分だしね♪
アドリブ・絡み等歓迎
ヤムゥ・キィム
チエの首の感触が忘れられナイ
UDC?違ウ、チエは確かにそこにいタ
涙で苦しイ、猟兵の仕事がこんなにも辛いだなんテ思ってなかっタ
これからもきっと選択がまってル、猟兵としてヤムゥとして
あの人もそうだったはずダ
ヤムゥには守りたいものも進まなきゃいけない道もあル
呪いだってなんだって受けてやル、元になったモノを探して止めなキャ!
それに、受けた呪いの分だけきっとチエを忘れなイ
泣き虫はもうやめダ
リリリ(f01018)とセンジュニキ(f06262)も任務に来タ
ヤムゥは頭よくないケド鼻は自慢、ニキと一緒に匂いで探ス
ちょっと疲れるケド、集中すればきっとうまくイク
別行動可
絡みアドリブ全て大歓迎
五百森・千珠
★行動
大切な人に会いたい、という気持ちはわからなくもない。
既に居ない陰陽師に想いを馳せていた日々は遠い昔である。
此度タチの悪いUDCが出たと聞いて援助のために合流する。
グールドライバーなのでUDCを食べて空腹を補おうとするが、出会うことが無ければ呪いの出所を探して儀式の邪魔を試みる。
「吾...、じゃなかった。僕は君達を止めにきた。」
★対策
「しかし呪いなら祓えるものであろう」
「祝詞で無理ならこの爪で割くのみだ!」
【恫喝】し呪いの物理的排除を試みる。
「この名が奴との縁そのものだ。不本意だが。」
陰陽師から貰った名前で精神的な対策もしたい。
★追加
カードに残された香り等から犯人への手掛かりをみつけたい。
“『最大でも4名ほどが好ましい』”
こきっ、というあの感触が、まだ手に染み付いているような気がする。
「ヤムちゃん、だいじょうぶ?」
ヤムゥ・キィム(猪突猛進恋狂い・f01105)は思わず顔を上げた。
目の前の友達の、心配そうな顔に、『あの』瞬間の顔を思い出して――息が詰まってしまう。
「っなン、デモ、ないっ!」
努めて元気いっぱいな声を出し、確認もせず自身の目元を拭う。
力いっぱい。
「あぁ〜〜〜〜っ!!」
リリィ・カスタード(だんぴーる🦇・f01018)はそれに声を荒げる。
「そんな力いっぱいだめだめだめだめ〜〜〜〜っ!!!女の子のお肌は敏感なんだよっ!!」
ポケットからタオル生地のハンカチを出し「ほらぁ、顔かして!」ヤムゥを引き寄せる。
「いーい?」
リリィは氷がたっぷり入ったコップの冷たい水で惜しげもなくハンカチを濡らし、
「あたし、ヤムちゃんの悲しい顔してるのが見たくないから犯人探ししてるけど!」
額をくっつけかねない距離で顔を覗き込む。
「ヤムちゃんが泣いてるの隠すともっともっとおこおこのおこおこなんだからね!」
そのまま眼を隠そうとするヤムゥの手を右手でひっぺがし、左手でヤムゥの目に当てる。
……こうして唇をつんと尖らせた時のリリィは彼女のいうことを聞くまで全く話を聞いてくれないのを、ヤムゥはようくわかっているので、降参するしかない。
「だってェ〜〜〜」
「もう!これでここ戻ってくるの何回目!?無理はぜえ〜〜〜〜ったいだめだめなんだからね!?」
「リリィ怒ってル〜〜〜〜」
「お〜こ〜る〜〜〜!!」
ぷえー、などという情けない悲鳴がヤムゥの口から出る。
「ヤムゥ、無理は良くないよ」
口をもごもごと動かしながら五百森・千珠(おにこさま・f06262)もそっと言い添える。
「辛かったら辛いって言って、いいと思うし、そうしておかないと、多分もっと頑張るべき時に、頑張れないと思う」
「ウ〜〜〜〜〜…」
ヤムゥはリリィに顔を拭われながら唸る。
目には何度も涙をこぼし、何度も立ちあがろうと拭ったもの独特の腫れがあった。
ダンピールの少女と羅刹の少年。
危険なUDCがいるから助けて欲しい、と、いうヤムゥが呼び寄せた二人だ。
この三人は今、事件のあった廃ビルから少し離れたチェーン店のカフェに陣取っている。
本当は大通りに面したファミレスが良かったのだが――なにぶん、日暮れ後の夕飯時に差し掛かる時刻である。お席お取りできませんでした〜というのがリリィの報告だ。まあここならパスタもサンドイッチも可愛い新作パフェもあるから勘弁して!とのことだ。
……最後のパフェは絶対自分のためのような気がする、というのは千珠の邪推である。
「……不本意ながら神社の稚児であることがこんな形で役立つとは思わなかったよ」
心底不服そうに千珠はぼやく。
その口の中にあるのは、今先ほど発見したUDC――つまり、すでに猟兵間で共有されている
誰かが『おまじない』によって召喚がされた、不可視化したUDC――を、祝詞でもって具現化し、爪で持って裂き、捕食したものだった。
……この状況下においてまず世界への感染の対策としてはこの上なく適選であると言っていいのだが、望んでやっているわけではないわけで……本人としては非常に複雑である。
もちろん不可視ではまず発見がどうにもならない。
不可視を可視が如く存在を認識するのが集中力を上げるヤムゥのコードなのだが――厄介なことに、使い過ぎれば昏倒する。
そうして駆逐しては、スマホによって情報収集をしつつ、二人がすぐ席につけるようカフェに居座っているリリィの元へ戻り、駆逐しては戻り……というわけである。
三人はこうして、対策をとりながら情報収集をする、という行動をとっていた。
「ねえ、ヤムちゃん」
リリィは濡らしたタオルハンカチを半分に折り、ヤムゥの両目を覆って押さえながら言う。
「その、起きた戦闘?に現れたのはさ、UDC、だったんでしょ?」
言いづらいことを、唇を尖らすのでなく、すぼめながら言う。
違和感だった――恋に焦がれるヤムゥに対して、現れた敵はあまりにおあつらえ向きすぎる。
「違ゥ」
ヤムゥは受け取ったタオルハンカチで両目を覆いながらこぼす。
「チエは確かにそこにいタ」
………。
リリィは目を伏せる。
オオクボケータ、ミカミチエ。
ヤムゥから聞いた際、リリィはUDC(コープ)にあえて調査を依頼していた。
確かに彼らはいる。故人ではあったが。
……確かに彼らはいたのだ。
だが、ヤムゥ自身とは何も関わりがない。
あえていうならヤムゥと同じ、恋する相手と結ばれることに、こがれていた、という点か。
――そっこがわかんないのよね……。
頭から煙が出そうなほどに難しい――だからリリィはこれを考えることをやめる。
それよりも、目の前の友達だ。
「……猟兵の仕事がこんなにも辛いだなんテ思ってなかっタ」
吐き出すように、ヤムゥがつぶやく。
涙で、苦しい。
「どうすれば良かッタのか、全然、わかンなくテ……」
手を伸ばして背を撫でてやれば、押し殺した嗚咽が聞こえてくる。
「……ヤムちゃんは、優しいなあ」
絶対許してやんないんだから、とリリィは密かに決意する。
「大切な人に会いたい、という気持ちは、わからなくもないよ」
千珠はようやくからになった口をすすぎがてら飲んでいたオレンジジュースのストローから唇を離す。「一緒にいたい、っていうのも」
「……センジュニキ、も?」
タオルハンカチを目元から離し、まだ真っ赤に充血した目でヤムゥは問う。
「うん」千珠は素直に首を縦に振る。
ストローをつまみ、ゆっくりとジュースの中の氷を揺らす。
千珠だってそんな経験はある。
「それから、その人のことを思って、動けなくなっちゃうのもね」
昔々の、話ではあるが――そんな日々は確かにあった。
既にいない陰陽師に思いを馳せて、馳せて。
馳せて馳せて馳せて馳せて、振り払っても振り払おうと想っても想ったとしても――それでも想ってしまう、そんな日々は。
へえ、とリリィは関心の相槌を打つ。
「じゃ、そーいうとこからどうやって脱出したの?」
「……脱出なんて、しなかったと思う」
千珠はオレンジジュースのコップを持っていたが故に冷えてしまった指先を、握っては開く。
「ただ、決めたんだ」
温まって、血が巡っていると思えるように。
それから手元から目を離し――千珠はヤムゥを見る。
「ヤムゥは――ええと、言いづらいけど、その時、どう決めたの?」
――……。
「僕は君の選択をちゃんと聞いたわけじゃないけど、その――今からその選択を、変える?」
ヤムゥはハンカチを置く。
「変えなイ」
答えは、すんなりとでた。
うん、と千珠は頷く。
「これからもきっと選択がまってル」
これはなんて難しい、大変なことだろう、とヤムゥは思う。
あるいは傲慢なのかもしれない。
「猟兵としてヤムゥとして」
うん、と千珠が頷く。
「でも、ヤダ!って言わない、選択を、したイと、思ウ」
――あの人もそうだったはずダ。
怖くて大変でどうしようもなくて――きっと、それでも里のために出てくれたのかもしれない。
あの人だったら、きっと後悔なんかしてないだろう。
ヤムゥだって、結局、そうだ。
――ヤムゥには守りたいものも進まなきゃいけない道もあル。
会いたい人がいるから。笑っていたい友達がいて、場所があるから。
……手はまだ、あの感覚を覚えている。
覚えている、けれど。
――受けた呪いの分だけきっとチエを忘れなイ。
それは、ヤムゥと一緒に、チエとケータもしわしわのおばあちゃんと、おじいちゃんになるんだと言ったら――あんまりにも都合の良い、考え方だろうか。
ヤムゥはそれを言わないし、千珠はただ微笑んでいる。
――泣き虫はもうやめダ。
「ヤムゥ――もう、すっゴイスッゴイ、がんばル!」
勢いよく立ち上がった。
「リリリ、ハンカチありがト!」勢いよくリリィの目の前にハンカチを出す。
「センジュニキも、ほんとに、ありがト!」「いいえ」「じゃ、続キ、行」
そしてそのまま出ようと――
「あ〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜〜!!!待って待ってヤムちゃん!」
――手首をリリィが掴んだ。「も〜猪突猛進!そういうとこが大好きなんだけど〜〜」
リリィはそのままヤムゥを引っ張り引っ張り席に戻すと、素早くパフェのトッピングに刺さっていた縞模様のスティック・クッキーを引き抜いてヤムゥに突きつける。
「はいこのカフェに戻ってくる時は〜〜〜〜!?」
マイク、ということらしい。
「ジョ、ジョーホーキョーユーとカクニン…」
「だい・せい・か〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!」
はいどうぞ、と唇にクッキーを突っ込まれるので素直に食べる。さくさく。
「もー!飛び出しちゃだめだよ〜〜!」リリィはカラカラ笑う。
千珠はもちろん立ち上がらず、カフェのメニューを覗き込んでいる。
「で、他の猟兵とか現状はどうなってるんだい?」
メニューを覗き込んだまま、千珠はリリィへ続きを促す。
――……巻き込ンじゃッタ、カモしれないけド。
二人を呼んでよかったとヤムゥはしみじみする。
「おっけーおっけー、リリィちゃんにおまかせ〜〜〜〜〜!」
――まず、大きな進展の一つとしては。
他の猟兵によってこの町一帯に符が貼られ一種の結界を構成しており、おまじないから始まっているUDCたちは、少しずつこの狭まった空間に集められ駆逐されつつあるようだ、ということだ。
「うん、それは喜ばしいな」
千珠は頷く。
「食べてる感じ、散ってるのはみんな同じで新種が出て来てるわけでもないから」
これはそのまま駆逐できるだろう、と締める。
「UDC、どんな感じ?」「量は本当にいっぱいだけどみんな同じだから飽きそう」「わあ〜〜〜〜」
「もう一つはね、ちょっとヤバい話」
スマホを口元に宛て、リリィはふふふと意味深に笑う。「……なんでそんなに楽しそうなんだい」
「なんとしっかりSNSでも密かに普及してま〜〜〜〜〜す!」
ぱんぱかぱーん!と音がなりそうなほどの朗らかな宣言だった。
「……それは」千珠が絶句する。「駆逐しようがないってこと?」
ヤムゥは自分の分として出されたパフェを――そう、決心したらお腹が空いたのだ――黙々とたべながらふと気になって尋ねる。
「リリリ、機械モウ、苦手ジャ、ナイ?」
「ううん〜〜〜全然苦手〜〜〜〜」
ウィンクとピースサインをしながらリリィはどこまでも得意げだ。「……いやだからなんでそんなに楽しそうなんだい?」
「でもSNSは使い慣れてるよ」
リリィはニコニコと微笑みUDC(コープ)から支給された端末をひっくり返して、今日作ったどうでもいいアカウントでの情報収集状況を見せる。「今も昔もいつだって、噂話はみんな大好きだよね」嘯き、ロマンチックならなおさら!と続ける。
「だからまあ、ちょっと予想がつくこともあるんだ〜」
スマホを再び自分に向け、操作する。
「大切な人との繋がり…って結構、デリケートで、ロマンチックで、大切じゃない?」
小悪魔のように愛らしく、それでいて蠱惑的な声音で囁く。
千珠は相変わらずどこか得心いっていない顔のままで、ヤムゥは何度も首を縦に振った。
「だからね、噂は広まってるけど、思ったほど広まってないの」
ヤムゥの上にクエスチョンマークが飛び出た。
「さっき千珠が言った『駆逐できないってこと』の答えになるんだけど」
目を細める。
「UDC(コープ)さんに聞いたら――情報規制とか、別の噂で上書きするとか――そういうのでなんとかなりそうなレベルらしーの」
――………。
「それは、どういう意味なんだい?」
「そ〜ね〜」リリィは自分の指先で髪の毛をくるくると巻く。
「噂の元がもう噂を広めてないってこ〜と❤️」
パフェで残しておいたさくらんぼを口に放り込み、ヘタだけ出したヤムゥが首を傾げる。
「……噂ガ、広まってレバ――アアいう、チエみたいナのが、まタ、出せるのに?」
それは考えたくないことだが、それはありうることだ。
ヘタを引き抜き、口の中でさくらんぼを転がしながら考える。
「そのと〜り」
テーブルに頬杖をついてリリィは二人を見つめる。「どう思う?」
「――だからか」
千珠が自身の唇から手を離した。「センジュニキ、ひらめいタ?」「うん」
「他の猟兵からの連絡にもあって――僕も同じ結果が出るから、ずっと悩んでいたことがあって」
・・
「追跡が途切れるんだ」
「……アー」ヤムゥが声を出す。「カードの匂イ」うん。千珠は短く肯定する。
「たどっても途切れちゃってただろう」
グラスの氷が、崩れて、音を立てる。
「黒幕がここにいないとしたら、どうだい?」
からん。
「……それ、どうやって敵のとこに行くの?」
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
ジェイクス・ライアー
この筆跡を私は知っている
均整の取れた美しい流線の中で、癖のあるその一文字を
私の名を綴った その指先を
どこかで
赤ん坊の声が聞こえた
深呼吸
瞬きを、ひとつ
遮断した音を取り込んで
見ないフリをした視界に目を凝らして
耳を駆け抜ける人の営みの音
為すべきを為さんと散る同志の背を視ろ
解いてごらんと広げる手は
記憶の彼そのものだ
〝けれど〟
悪意で弄ぶ、これの何が彼なものか
正義に生き、仲間を愛し、何より生を尊んだ
貴方を穢す存在を赦してなるものか
こんな事で揺らいでどうする
二度も三度も変わらない
在らざる過去の遺物と成り果てたのなら
何度でも 何十度でも
その喉を刺し貫いて見せよう
「――疾う疾う、如律令」
赤子は おねんねの時間だ
●“『多数でなく、想う相手を選ぶこと』”
バス歌手の歌うシューベルトに似た、穏やかでいて流暢なブラック・ブルーの美しい筆跡には、目を凝らすと無邪気な少年の笑みのような、小さな跳ね癖が隠れている。
ジェイクス・ライアー(驟雨・f00584)の白く細いながら男性性の匂うしっかりした指は、カードの筆跡をたどり――そこで止まる。
止まってしまう。
たぶん、他の誰も気づかないようなささやかな癖だ。
――私は。
指先でなく、指の腹で、ジェイクスは文字を、その癖を押さえた。
――私は、この筆跡を知っている。
たどるべき文字はまだ続いている。
しかしどうにも離れがたく、その小さな癖を押さえたままでいた。無茶を言って丸め込み回収したカード。インクを暖めるように。
あるいは。
――私の名を綴った、その指先を。
ぬくもりを、手繰るように。
久々に戻った自宅、私室にはジェイクスの他に誰もいない。
ほとんどの猟兵は街へ残り、調査へと走り回っているが、彼はここへ戻ってきた。
……いや。
戻ることを、選んだ。
部屋の灯りは今デスクのランプと部屋の入り口脇にあるルームランプのみがついている。すぐに出るつもりであるのもあったし、ないとは思うが自分が出た後同居人が帰ってきた際に自室で何を調べていたのかを気付かれたくもなかった。
調べる?
ジェイクスは自身の思考をかすかに嗤い、眼を伏せる。
長いまつげはランプの光で瞳へ薄く影を落とす。
違うな。調べに来たのではない。
ランプのあかりをしっとりと鈍らせ照り返すデスクの上には、資料が一部、開かれている。
今の今まで広げるどころかファイルから出したこともなかった資料だ。長年棚の中で眠っていたせいで昨日印刷されたような真新しさがある。
UDC(コープ)に所属する、ある部隊が壊滅した際の資料だ。
報告者以外の全員が死亡。
勿論――『彼』も、だ。
報告者:ジェイクス・ライアー。
――こんなものは、ただの『確認』だ。
深呼吸を、ひとつ。
最も素早く行える鎮静手段のひとつは呼吸だ。
彼はそう教えた。自分が常に非ると感じたのならまず呼吸してみたまえ。深呼吸がいい。精神論かと尋ねれば否とあった。
彼は立てた人差し指の腹をジェイクスに見せたままその側面で自らのこめかみを叩いて言うのだ。此処も酸素を食う。
輝かしい日々だったと思う。決して易しくはなかったが。尽きぬ憧憬と敬愛があり、そんな相手から個人としての尊重と確かにあれは親――…
――……、…。
ジェイクスは想起をそこでやめる。
あの日に戻りたいかと言われれば、どうだ。
呪いたりえぬが、祝いたりうるのではないか?
いや。
たとえ、そうであろうとも。
瞬きを、ひとつ。
落ちれば浸りたくなるような幸福の日々から――もう、覚めている。
遮り断っていた音を確かに聞いた。
見ない振りをしていた視界に目を凝らした。
・・・
おわあ、となく声があり。
為すべきを為さんとくらやみの夜に散る猟兵たちの背を視たのだ。
――であれば、ひとり、逸らすわけには行かなかった。
さあ。
ジェイクス・ライアー。
どうだった。
お前が過去に遭遇したあの事件は。
狂乱し同士討ちに走る者がいて。
平時と変わらぬそのままでいながら突如あちら側としか思えぬ凶行に至る者がいた。
・・・ ・・・
おわあ、おわあ。
あの時も――今回も。
どこかで。
赤ん坊の声がしてはいなかったか。
あの時の事件と、今のそれが繋がっているとしたら、どうだ。
カードから指を離す。
時に解かねば怪物のいる迷宮に叩き込むような『課題』の出し方は。
そのくせ向こうで解いてご覧と広げる手は。
間違いなく――記憶の『彼』、そのものだ。
“けれど”
そうとも、けれど、だ。
感染型、UDC。
今回の件とあの事件と比較するに――おそらくは、人間に取り憑き、精神を破壊か吸収か捕食か、いずれかを行うだろうもの。
そのまま乗っ取ってオブリビオンと変える、もの。
ジェイクスはカードに今度は五指をつき、そのままくしゃりと握り込む。
悪意で弄ぶ、これのどこが彼だというのか。
侮辱も甚だしい。
誰よりも純然たる正義に生きて、仲間には驚くほど愛情深くて、誰よりも紳士で、何より生を尊んだ人だ。
こんな、遊び半分にも似たふざけた手口で多数の人間の尊厳を踏み躙った上でけむに巻き、いたずらに自分は駒を進めるようなこの手口が――彼の仕業であるべきではなかった。
――赦してなるものか。
ジェイクスはデスクの上の資料を揃えてファイルに閉じ本棚に戻してと椅子にかけていたジャケットを羽織る。
ランプを消せば部屋は半分くらやみに沈む。カーテンの隙間から部屋へ差し込むのは朔の夜独特の、辛うじて部屋より少し明るいだけという薄闇だ。
――貴方を穢す存在を赦してなるものか。
まだ不明点はある。
狂乱するものと平常を保ちながら異常に走ったものの違いはなんとなし想像はつく。
初期かつ耐性がなく拒否反応が起きたものと速やかに進行したものではないか――これは予想に過ぎない。
だが猟兵ごとに現れた【過去】(オブリビオン)たちだ。これは理屈がわからない。
とはいえ――為すべきことはわかる。
先生の背ばかり追っていたあの頃では、もう、ないのだ。
――こんなことで揺らいでなるものか。
『いいかね、少年』
ジェイクスは一頻り自身の装備を確認する。相手を思えば抜かりがあってはいけない。
『鏡を見たまえ』
――二度も三度も変わらない。
『己を知ることは時に恐ろしく、認め難い事もあるだろう』
弾はどうだ。リングの銅線は。ワイヤー。仕込み刃。ベルトのバックルのナイフ。手榴弾となるスマートな金の小型のライター。
男の全身は武器庫であり――…
『しかしそこから人は変われる』
それから髪を整え、タイを直す。
『いくらでも――蝶のように』
身嗜みを、そして振る舞いを。
最後にもう一度鏡を覗く。よろしい。
『在りたいと願う姿で在れ。在ろうとしたまえ』
…――男は、紳士であった。
『礼儀作法は絶対に忘れてはならない』
――貴方が在らざる過去の遺物と成り果てたのなら
傘を取る。
――何度でも 何十度でも、前に立ち塞がろう。
『それは敬意だからだ』
――何度でも、その喉を刺し貫いて見せよう。
『それが君を創る』
部屋の入り口脇に置かれたフロアランプを消し――ほんとうに暗闇へ沈んだ部屋を後にする。
『真の気高さを、持ち給え』
・
……外気は冷たく、街は未だまどろみから程遠い。上に広がるのがくろぐろとした底無し闇であることを忘れたように人々は騒いでいる。
さて、どこから征くか。ジェイクスは目をすがめる。青い瞳は夜にあってなお冴え冴えとしていた。時刻を守ることもまた紳士の礼儀(マナー)だろう。
『奴さんも待っているんだと、思う』
聞いた言葉が不意に蘇る。
ジェイクスは握りつぶしポケットに入れていたカードを再び拡げた。
たとえばこれが、本当に招待状である可能性は、ないか?
……人を訪ねるのなら人に尋ねた方がよい、とあの馬鹿は言いそうではあるが、そんなものはそんなことが出鱈目に出来る体力のある阿呆に限るのだ。
くつ、と唇が歪んだところで
おわあ。
どこかで、赤ん坊の声を聴く。
見渡す。
子供ならまだしも、こんな繁華街でそんなものがいる筈も無い。
おわあ、おわあ。
青猫、と看板の出されたバー、外から上がれるテラス席にやたらと図体ばかりが大きい男がいる。ひとりではない。見知らぬ赤ら顔何名かと同席している。背中は少し丸まって、そこにゆたかな金髪がゆるやかな川になって流れている。鮮やかな金髪は夜だというのに店々の照明を受けて真昼のひまわりのような鮮やかさだ。
階段を上がり、席へ向かう。
――ふと、よぎるものがある。
自分が初めてこの男を拾ったあの日はいったいどんな酔狂だったか。
一泊させてやったら叩き出すつもりだったのは記憶しているのだが。
どちらからどんな声をかけたのだったか?
「もあ?」男と同席していた酔っ払いの一人、深いブルーに染めたボブカットの女が酔っ払い独特のうっそりとした仕草で目を挙げる。
赤子の声は、その男のほうから聞こえる。
抗っているのだろう、ゆっくりと聖印が浮かぼうとしている。
こちらを見ていた、蒼を思う。
どうぞご高覧あれ。
小さな符を指に挟み、男の首へとそいつを貼り付ける。素早くしかしてさりげなく、万全の仕草で。
「――疾う疾う、如律令」
唇の中だけで転がす。
赤子は、おねんねの時間だ。
夜は大人のものなのだから。
――手応えがあった。
「うごっ」男が悲鳴をあげる。全く品のない。人前でなかったら睨みのひとつでもやったところだ。
ぶわははははは!と大きな――大きな笑い声がする。彼と同席していた丸腹が大きな笑い声を上げていた。編み込みをしている女が何事か言いながら丸腹をどつきアンダーリムの眼鏡の男が首をこっくりこっくり縦に振る。テーブルにはだいぶ空のグラスや汚れた皿があった。
長い金髪が男の動きに合わせて緩やかに揺れる。うつくしさではなかなかのものだと思うのに彼のそれは仕草のせいかいつだって大型犬の尻尾のようだ。
何か思うことがあったらしい、彼は躊躇いがちに自分の頸に手をやり――ジェイクスの手に彼の指先が触れた。
ぴた、と男の動きが急に止まる。
このテーブルで彼の次に目立つ青ボブの女がジェイクスと彼を代わる代わる見る。
酔っ払い独特の眠たげなまばたきをして、にやりと青い猫のように笑った。「よかったね」
他人からすればきっと、一人でのんでいた男に友人が来たか――いや、男が悲鳴をあげたのだからそうは見えないだろう。
「お迎え来たじゃん」
そう、きっと――そういう風に見える。
丸まっていた背中をしゃんと伸ばし思わずといった風に振り返った男と目が合う。
そう。
ジェイクスはたしかに思う。
この赤だ。
「ごきげんよう?」
成功
🔵🔵🔴
ダンド・スフィダンテ
様々な者から話を聞ければ良いなと思う。
呪いの大元を、出来れば場所ごと探りたい。
あと、聞こえてきたここの主人の病気、とはなんの事なのか、も。
それから、ユーベルコードを持続させながら多くの一般人や仲間に解呪を。
大丈夫、きっと大丈夫だからな。
ゆっくり息を吸って、吐いて。
ん?ああ、
ノイズ
が
ああ
辿れ、この感覚を
覚えろ、辿れ。
ギリギリまで侵食されて初めて、気が付く事もあるだろう。
このUCが、自分で消すにも時間がかかる物でよかった。
聖印を見て、息を吐く。
強い呪いだ。油断してると被われる。
…… ……この力は、救いになり得るだろうか。
病気を、治せる可能性もあるのではないか?
少なくとも、俺様の状態を治せたのなら。
●“『相手の手を離さないこと』”
「そ〜〜れぁね〜え〜、朔太郎だぁねぇ〜〜〜」
ダークブルーに髪を染めたボブカットの女はそう言って真っ赤に染まった顔でケラケラ笑った。「サクタロウ?」「ジャペンのポエマーよお〜〜」ダンドの正面で女はテーブルの上に崩れてグラスに氷を足す。
バー『青猫』のテラス席。
ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)はそこに数名の男女と席を共にしていた。
飲んでいるのはもっぱら彼らで、ダンドは一切酒を口にしていない。弱いから、と嘘をついてまでだ。
「猫の鳴き声は?」
ダンドへ右に座る長髪にアンダーリムのメガネの男がきく。
「にゃーん」とりあえず素直に答えてみる。
「かわいー!」
青ボブの隣、パスタをフォークでぐるぐるまわし続けている編み込みの女が合いの手を入れる。
「そそそ、そおいう常識があった時にね、おわあっちゅう描写が来てその時代の人間にウケた訳だ」
ダンドの右に座るのは腹の出たジーンズにジャケットの男で、茹でたタコのように赤い。「あったらしーおもしろーいって」ねー、編み込みが青ボブに振る。
「古典か?」ダンドは目をしばたく。そういうのはさっぱり分からない。
「…とまではいかない」青ボブがうなずいた。
「まあ外人さんが言うんあらぁ、ちょっとご教養がおありなんじゃな〜〜い〜〜〜ってかぁんじ〜〜?」
けたけた笑う女の目はまだ真っ赤だ。
ダンドはあれからおまじないを手がかりに片っ端から場所を回った。
まず一番先に見つけたかったのはこの事件を聞いて真っ先に飛び込んでいった同居人なのだが、あの混戦のさなかはもちろんあとになっても見つけることはできなかった。
居なくなるのは時々あることではあるが、事件が事件だ。彼が気がかりで事件に関わった身としては心配で心配でしょうがない、が見つけられる自信はあんまりない。見つけてもらう側のような気がする。いつだって。
となれば事件に集中するしかない。
呪いの大元をできれば場所ごと探りたかった。
強い警戒があった。妙な声を聞いた。
思い返せば――あれは硝子剣士の向こうにも、見はしなかったか?
条件が揃えば現れるかきっかけもあるかもしれない、故に儀式をしているものがもしいれば…と、思い巡り引き当てたのが彼らだった。
儀式をしていたグループだ。
事情は全て聞いた。誰も彼も大の大人だが、手を出すのはやむなしと思えてしまう部分もあった。
本当はすぐ離れたかったが止めた後も奇妙な危うさがあって、引きずられるように付き合った。
いや、あえて付き合ったのもある。
『おわあ。おわあ。ここの主人は病気です』
知っているかと問うたら、知っていると答えたのだ。
「じゃあ、『ここの主人は病気』、というのは?」
「諸説ありますねえ〜〜〜なんてったって、ポエム!解釈の世界なんでぇ〜〜〜!!」
編み込みが残っている唐揚げをとっていく。「えぇ〜〜??」
「なやましい夜に真っ黒な猫が2匹にゃーと鳴いてそう言ったのよ」
グラスで氷をからから鳴らしながら青ボブは笑っている。
「赤ん坊がいる家の上でね」
酔っ払いでなく理智の目だ。
――なにか。
何か、奇妙な示唆があるようなのは気のせいか。
ででん!と腹の出た男が言う。
「ハイお題どう考える!!」
出版社に勤めていると言っていた彼は酒が入ると勢いの出るタイプなのだろう。止めた時より随分と威勢があった。
「病気とは何でしょうかッ!」
「……そうだなあ…」
ダンドは下唇を突き出して考える
おそらくあの一文に呪術は関係ない。そのような文章もワードも無かった。
では自分らを蝕んだ、あれに関わっている?
それにしては、妙にささやかだ。元々知識のある人間かこうしてたまたま知るぐらいでしか考え得ないような、この微かさは何だろう。解釈の猶予が広すぎる、詩とは。
「いや、病気は、病気だろう」
考えあぐねて素直に絞り出した。
「グッド」アンダーリムが両手の親指を立てる。「嫌いじゃないその率直さ」えぇー…。ダンドの落胆が口から出る「はずれか?」
「答えなんてないのよ」
青ボブが答える。
「それで済むなら書いてないの」
あっ!!と大声をあげたのは丸腹だ。「でもでもねえ、色々言われてんのよ!」空のジョッキを倒しそうになりながら唾を飛ばして言う。「気落ちしないで!」
「赤子のいる家となやましい夜、から色々あったよね」
アンダーリムが何度も首を縦に振る。
「赤子をこれからどうしようって心配で異常なほど悩むとか」丸腹が次のグラスをあおる。「なやましい夜に赤子が泣いてるってとこから、道ならぬ〜〜っ恋とか!」編み込みがフォークを加えて遠い目をする。「いやいや猫の台詞で終わって赤子の声がないからきっと赤子を殺したんだよ」「キミそーいうネタほんと好きだね」
「私は、愛だと思うな」
青ボブがつぶやいた。「愛?」
「でた!!!いつものロマンチック!」
編み込みが丸腹にぶつけるように酒を渡すと静かになった。おそらくそこまでが彼らのいつものやりとりなのだろう。
「家の外、なやましい夜の真ん中にいる黒猫にゃあね、人間の愛はわかんないのよ、だから病気だと言うわけ」
家の中の人間。なやましい夜の中の人外。
あれ、と思う。
何か――なにか。
人々の喧騒が遠い。まるで潮騒のようだ。
いや、これは。
「どったの〜?」編み込みが首を傾げる。まずい。
ノイズだ。
「いや」
軽く俯き瞼を下ろす前のさりげなく手で目元を覆う。「ちょっと自分なりに考えてみたくて」
それっぽく言うと彼らは待つ意味だろう、黙ってしまった。余った意識がちょっと笑う。
・・・・・・・
これは、無事だった時の言い訳が大変そうだ。
瞬きを、ひとつ。
眼球ではなくその上に覆い被さる膜を意識する。下ろす。
手は対策だ。他の猟兵からの連絡で、瞼を閉じたはずなのに体が勝手に開けているという可能性もあった。
ああ。
手繰れというなら辿ってやろう。
覚えろ、辿れ。
耳奥で何かがばりばりと食われているような気がする。赤子の声が聞こえる気がする。
ギリギリまで侵食されて初めて、気が付く事もあるだろう。
おわあ、おわあ、赤子の声は意外と猫のようだ。おわあ、おわあ。こんなやり方をしていることを知ったら、彼は怒るだろうか?おわあ、おわあ、おぎやあ、おぎやあ赤子の声にかぶさるように――ノイズが一層ひどくなる。
“ディア・マイ・ディア”
・・
そう。
その声の、響きは。
硝子剣士のものじゃなかった。その笑みは違った。
彼にしては随分と――……
瞼を、下ろした。
下ろした――その筈だ。
下ろした、はずなのに。
どうして目の前の視界が開けていて
男が一人、立っているのだろうか?
――彼にしては随分と、老熟した笑みだった。
ここはどこだろう。
確認したくとも目の前の男を見ることしかできない。
老齢に差し掛かった男だ。
深い深い静かなバーガンティのスーツを着ている。三揃いのスーツに派手さはないがだからこそ揺るがぬ清さと品が漂う。ズボンはきちんとプレスされ余計な皺ひとつない。袖からは襟元と同じの赤いボタンのついたシャツの袖と差し色だろう青の腕時計とがバランスよく覗く。
オーダーメイドの高いやつだ。ダンドにもわかる。一度同居人に引っ張られて仕立て屋に連れ込まれたから。
そして自分で選んで決めたやつだ。これもわかる。同居人が選んだのを着せられた自分はよくわからなくて鏡の前で立ち姿だ振る舞いだを散々っぱら注意されたから。
髭はとことん形を整えられているが、たぶんダンドが真似しても似合わないだろう。目の前の彼であろうと年齢をあと五年若くしても老いていても浮いてしまった可能性がある。今の自分と魅力とを正しく把握しているからこそのものだった。
口元の笑みに、見覚えがあった。
口元に、目尻に、眉尻に、額に刻まれたうっすらとした皺が彼の性格を物語っている。
くたびれたのでない、ここまでの人生と経験と判断のささやかな語り手。
喋る前からどんな口調かふんわりと想像がついてしまう。
確かにそれを一瞬見た。
セットされた髪は少し垂れる前髪がややラフのように見えて、その実フォーマルでも通用する上に威圧感を与えないさりげなさがあった。プラチナ・ブロンドのやや褪せかけた色味がともすれば渋くなるスーツの色を明るく見せている。
そして。
蒼だ。
鮮やかな青だ。
冬の晴天を切り抜いたような蒼い目だ。
すこし、深いなと思った。
自分が思う青(ひとみ)より深い。自分があの混戦のあと探した青はもっと明るくて触れたくなるほどうっすらとして澄みやかだ。
あるいは――海か?
・・・
おわあ。
おわあ、おわあ。おぎやあ、おぎやあ。
海という言葉に赤子の声がいっそう響く。
この人だ、と直感する。
この事件の黒幕。
目があっている。
彼はそのあおいひとみを、緩やかに笑みへ細める。
『See No Evil 』“忠告”が蘇る。
見ざる。そう言われても目を逸らすことができない。
男の唇が開く。
『Hear No Evil』
聞かざる。そう言われても耳を塞ぐために手を動かすことができない。
“君は――随分な大胆さを持っているようだ”
これだ。
ずっとあった違和感。
時折混ざっていた、違和感。
柔らかな声が耳朶のうちにはっきりと響いてくる。ハイ・バリトンはチェロのような柔和さと丸みがあるが、腹の底にしっとりと響き年齢によるものだろう掠れになんとも言い難い艶がある。
彼我の距離は5歩あるかないか。
まずいと分かっているのに微動だにできない。
“相手の力量を予測し自身の命と情報とを秤に乗せ、ぎりぎりまで迫る胆力は――なかなかだと言える”
ただの評価がここまで甘く響くか。
“無謀ではなく、経験に裏付けされた踏み込みだな、見事なものだ”
動けない。動かない――動けない。
支配、されている。
ざざ、とノイズが――さざなみが聞こえる。
まさか、ここは。
“しかしこの迂闊さは――どうしたことかね”
涼やかに男が小首を傾げて尋ねてくる。
声の調子には形は親しげでこそあれ、甘い悪意とどこまでも相手に対する敬意が混在して底知れない。
“君たちと同じように我々もコードを持っているという点を、失念していたのかな?”
わかっている。
“それとも”
見ざる、聞かざるというのなら。
最後のひとつは。
しかし、それでも。
それでも、答え。
応えねば。
唇を、開こうとする。
語れ、たとえ禁じらるるとしても。
そして時間を稼げ、僅かでいい。
ダンドは意識する。己の体を意識する。
奪われそうになる魂を焚べるように全力を尽くす。
おわあ。赤子の声が喚き出す。
おわあ。唇がある。
彼の後ろ。
くらやみに
巨大な、巨大な、
臍の緒が水面に繋がった赤ん坊。
己の魂を意識する。己の力を意識する。
――おわあ、おわあ。ノイズよりも大きく――
発動しろ。聖印よ輝け。
――おわあ、おわあ、おぎやあ。大波のように荒々しく――
発動しろ。試させてくれ。
この力が救いになりうるかどうか。
あるかもしれないじゃないか、可能性が。
あるかもしれない。
自分が自分や周りにしたように。
俺様を一度治癒できたのならあるかも知れないじゃないか。
嗚呼、発動にかかる時間がこんなにも焦れったかったことはない!
――おわあ、おわあ、おぎやあ、おぎやあ。あまりのうるささに、意識が飛びそうなほど――
数秒が数時間かと錯覚する。
聖印が形を成し始める。
お願いだ、時間をあと数秒くれ。
頼む。
試させてくれ。
『彼』は笑んでいる。
深々と。明々と。美しく。
どこまでも紳士的に。
――ここの主人は、病気です――
治せる 可能性が ある か どう
「――疾う疾う、如律令」
弾けた。
「うごっ!!」衝撃に口から反射で声が飛び出て体が大きく震えた。
ぶわははははは!と大きな――大きな笑い声がする。丸腹が大きな笑い声を上げていた。「寝てたんじゃん寝てたんじゃん!!難しかったかにゃーーん!!」「うるせえよお前酔っ払ってるんじゃねえぞああん!?真剣に考えてくれてたじゃん彼!!」編み込みが鬼のような形相で丸腹の腹を叩く。「うん、深い想像は沈黙を伴い時に睡眠に似ている…」アンダーリムが首をこっくり動かす。
ダンドは、雑踏に帰ってきていた。
どっと汗が噴き出す。
深い海から引き上げられたように空気が胸に入ってくる。肩でする呼吸は我ながら溺れていたかのようだ。
何度もまばたきをする。景色は入れ替わったりしない。潮騒は聞こえない。
――強い呪いだ。
確信する。油断していると食われる。
たとえ一度、沈静化しても、だ。
・・・
繋がりは、そう容易く断てないのだ。
どちらだったのだろう。思う。できたのか。できなかったのか。
額の手を離し、自らの頸に手を向けて――自分よりはるかに冷たい指があった。
誰だ、と思うのがひとつ。
まさか、と思うのがひとつ。
青ボブの女がダンドと彼の後ろにいるだろう人物とを代わる代わる見る。
それから、得心いったように酔っ払い独特の眠たげなまばたきをして、にやりと笑った。
「よかったね」
「お迎え来たじゃん」
思わず背を伸ばして振り仰ぐ。
ようやく発動した聖印を後ろに、見慣れた、久しぶりの、夕食を作るときにも、できた料理の皿を並べるときにも、洗濯をして掃除をして買い物をして出かけて帰ってきて寝起きに寝る前に帰ってきたメールの一行に歯を磨くときにも――見たかった、顔があった。
その男と、目が合う。
そう。
ダンドは確かに思う。
この青だ。
成功
🔵🔵🔴
風見・ケイ
感染型UDC――噂を知った人間を餌に増殖する呪い
それにとって現代社会は『楽園』だろう
オカルトに特別詳しくもないし、『星屑』は至って物理的だ
呪いを紐解くなんて真似はできそうもない
詳しそうな友人もいるけど――感染型UDC
なるべく、必要以上に、他者と関わらない方がいい
もしかしたら、既に私も
……だから、いつもと同じです
曖昧な情報、歪んだ事実、それらを補正し、真実を形作る
――ハズレか(気怠そうに呟く赤い瞳の女)
生首抱えたガキも金髪の変態もいない
慧がSNSやネットの他、『噂』にならん程度に昔の伝手を当たったんだが、まあ次だ
つーことで、実動部隊は俺だ
なぜなら……視えた、17秒後、4時の方向から
こういうことだ
●“『結ばれた繋がりは切れない』”
感染型UDC。
噂を知った人間を餌に増殖する呪い。
それにとって現代社会は『楽園』に違いなかった。
ちょっとした一言がちょっとしたきっかけで数分の間に何万人に共有され。
慌てて消したとしてもどこかの誰かに保存されて、あるいはデータに交渉されてひょっこり掘り出されてしまうような世界だ。
一度知ったものをひとは忘れることができない。
知らないふりをして誤魔化せばこびりつき。
厳重に蓋をしたってふとした時に火花みたいに飛び散って――時に引火して炎にすらなる。
風見・ケイ(星屑の夢・f14457)は自身でも理解している通り、オカルトには別段詳しくない。
…『星屑』も与うるのは至極物理特化だ。
――呪いを紐解くなんて真似はできそうもないな。
路地裏、薄汚れたビルのそばに立って一服しながらSNSを手繰る。
ざっと得て濾してみたが、おそらくもう尻尾は掴めない。
――それに。
アプリを閉じる。
次に開くのはメールだ。
いくつかの名前が送信元に並んでいるのを見ていると、少し、懐かしい気持ちがしてむず痒い。
内容はケイが尋ねた件に対する回答。
さらにうち何通かには、調査依頼を受けようか、という旨がある。
少しだけ、考えた。
……手段がないわけではない。
興味を持ちそうだし、なんなら詳しそうな友人にも心あたりがある。
しかし――感染型UDC。
――なるべく、必要以上に、他者と関わらない方がいい。
なんでもない調子を装いメールの返信の最後に断りを添える。
いえ。結構です。明らかなブラフだとわかりました。
送信、完了。
吸い終えた煙草を携帯灰皿に捨て――まぶたを閉じる。
「――ハズレか」
けだるそうに呟く、持ち上げたまぶたの瞳は赤。
「生首抱えたガキも金髪の変態もいない。いない、いない、と…」
続いてもう2通、同じ送信もとからの違うメールに再度目を通す。
情報は共有されているが、螢としても確認しておきたかった。
「それでこっちが、ばあ」
一通目。
慧の予感を裏付けるように、先ほど、UDC(コープ)を通し他の猟兵からの協力要請があった。
ある検査に協力してほしい。
――もしかしたら、既に、私も。
地図アプリに来た連絡には目的地とルートの記載がある。
ルートは大通りを外れた細い路地ばかりの迂回路だ。
――それどころか、私たち全員が。
……CC欄に連ねられた名前が、これを送った猟兵も同じことを考えていると指している。
――そう考えれば納得がいく。
あの混戦の際に、慧の知る『彼ら』が現れた理由の一つだ。
見せてあげる、と言ったUDCの少女が呼んだのは自身の教団員たちだった。
そして、混戦開始後だ。
それぞれの猟兵の前にあつらえたようなUDCたちが現れたのは。
その際、必ずしもそばにあの少女のUDCはいなかった。
噂を行ったあの女子高生たちからの感染もおそらくシロだ。
真っ先に逃走を図った彼女たちと自分たちは分断されてしまった。
感染と言えるほどの接触たりえない。
その程度で感染が広まるのなら――あの場にもっと多く、先に別の猟兵が接触したという『UDCに感染したと思しき完全な一般人』が、殺到してきて更なる惨禍になっていたはずだ。
……猟兵への動揺を誘うのなら最初から用意した方が良いはずだ。
なのに戦闘が始まり、少ししてからああやって現れてきた。
どこで感染したのかはわからない。
少なくともおまじないではないだろう。
あの混戦の際、猟兵はそれを行うことはもちろん、触れることもなかったのだ。
しかし、既に何かに感染していたというなら、ありえる話だ。
その上にもう一つ。
これは予想だ。
これは、繋がりの事件。
先の混戦で交わした会話を思い出す。
あれらは、どこから出てきたと思う?
UDCなら、骸の海だ。
そして骸の海とは――過去だ。過ぎた時間だ。
例えば繋がりからそちらにも感染するUDCだったとしても――普通なら、そのままでは出てこないだろう。UDCに作り替えて、いつか先でにじみだしてくるだろう。それだけのはずだ。
だが、取ってつけたように出てきた。
……あれが、ユーベル・コードによるものだとしたら、どうだ。
精神を侵食するUDC。世界を侵食するUDC。
その裏で――例えば。
誰かをあやつることができ。
誰かを何かを召喚できるコードで――干渉していたとしたら、どうだ?
……。
情報が足りず――時間も足りない。
――……だから、いつもと同じです。
曖昧な情報を正確に澄ませ。
歪んだ事実から真実を引き抜け。
そうして少しでもいい、まず、真実をつくれ。
そう。
いつもと同じだ。
そんな危機はありふれて慣れっこだ。
だから、螢(じぶん)が動く。
なぜなら。
螢はゆるりと携帯灰皿をポケットに仕舞う。
少し多めの吸殻の重さを認識する。
ほんの少しだが、理解するには十分な重みだった。
煙に練られ、混ぜられ――うねった、怒りの残滓を嗅ぎ取るには。
まずは地図に指定されたUDC(コープ)のポイントへ動こう。
少しだけ強く靴を鳴らし、もう一通のメールを確認する。
――おまじないにより、もう一つの感染型UDCの潜伏の可能性あり。
各位、警戒せよ。
「視えた」
携帯灰皿をしまった流れで素早く拳銃を抜く。
硝煙の匂いは消え銃身はすっかり冷めたようだが――混戦を物語る煤は、こびりついている。
――17秒後、4時の方向から。
撃つ。
放たれた弾丸は炎を纏った誘導弾と変わり、今まさに実体化したばかりの触腕を焼き払う。
「こういうことだ」
時間がないのなら、十数秒でもいい、先を見続けろ。
奪われているというのならば奪われきる前に奪おうとする腕を打ち抜け。
「慧が言ったのを――聞いてなかったみたいだな」
5時、6時、12時、10時。
連射を続け――ことごとくの腕を焼き払いながら。
螢はゆっくりと、しかし着実に目的地へ移動する。
「『何も、渡すもんか』」
怒りの代弁者は、轟々と赤い瞳で告げる。
成功
🔵🔵🔴
ジャガーノート・ジャック
★レグルス
(ザザッ)
「惑わされるな」、か。
(「認めるな」「赦すな」とも言っていた
予知の一端を受け彼が言った言葉達。そして)
"Dear, my dear".
(彼の身体に誰かが憑いて呟いたような言葉
"親愛なる君へ"
「ミーム汚染」。
相棒と行動を共にしつつ
今回の"まじない"が言語を介するものである可能性を
これまでの情報を振り返りながら探る
言葉を探る事で呪いに晒される危険性があるが
"EXP-ansion"の機能拡張で呪詛に耐性を付け対抗【狂気耐性】)
時に言葉は人を呪う
親愛なる誰かの言葉すら
時として呪いとなる
あの"過去"達もそうだったのかも知れない
――君も そして 僕もきっと
――惑わされるなよ
君も 僕も
ロク・ザイオン
★レグルス
(自ら死を選ぶのだから
森に於いてあれらは病葉に決まっていた)
(子どもたちが何処の何で誰だったのか
過去の邪神と教団絡みなら組織に記録が残ってはいないか
相棒から得た情報を頼り彼らがいた場を目指し
周辺を調べよう)
(呪詛の気配は【野生の勘】で極力避ける
今追いかけているものはこの呪いには関わりないのかも知れない
あるのかも知れない
何もかも呪いのせいに出来るのかも知れない)
(あれらは病葉に決まっていた)
(――そうじゃ、ないだろう)
(あの眼差しが、声が、言葉が、己を攻め立てる)
おれはおれの目で、知りたいんだ。
あの子どもたちの「存在」を。
ふたりなら、ひとりより、道にも惑いにくいだろ。
●“『同じ場所で行わないこと』”
「『【――惑わされるな】、か』」
ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は小さくそうつぶやいた。
「ん」
ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は振り向く。「なんだ、ジャック」
「『いや――どこが始まりなのかを考えていた』」
二人は今、高級住宅街の中にある家屋の敷地内に立っていた。
門構えからしていかめしいこの屋敷は戦前からあるのだという。
曰く付きの物件だ。ぐるりと囲む塀に沿って常緑樹や落葉樹が豊かに植えられ、小さな池もある。
曰く付きの屋敷だ。
幾度となく売りに出され、立地条件と面積、それから歴史ある建物が様々な買い手に気に入られ――そして次々と手放していく。
屋敷は今ちょうど買い手がついたところで、インターネットの広告には売約済と出ていた。
家も庭も美しいのもそのせいだろう。
……場所も時刻もあって、この場全体が冥々と横たわる墓地を想起させる。
はじまり、とロクはジャックの言葉を復唱し、言わんとするところを掴もうとする。
「この事件のか」「『ああ』」
「……この屋敷は、そこに繋がっていると思うか?」
ロクは重ねて問う。
「『さあな』」
ジャックは率直な感想を述べた。
「『だが、少なくとも、ユズリという少女に繋がっている可能性は間違いなくあるだろうな』」
二人が取りかかったのは邪神と宗教団体の調査だった。
おまじないの性質と本質――その見極めだ。
件の少女が率いていた宗教団体の消失が報告された際に、多くの資料が回収されていた。
そのうち――奇跡の一つとして取り上げていた資料の中に、それがあったのだ。
古ぼけた家族写真。
――ジャック。この場所を調べたい。
家の庭。赤く色づいた紅葉の下。
形式のにおいしかない画像の、その一家のうち、真っ直ぐこちらを見る娘と思しき少女。
おまえ、と、ロクの耳に声が響いてきそうだった。
――いいだろう。
ジャックは少し考えてから提案を受けた。
――本機も確認したいことがある。
写真はとある一家の死亡記録に添付されていた。
子供だけが消え、両親から家政婦の類いに至るまでは全て到底人の腕には適わない手段で殺されていたのだという。
無垢な子供が召されたのだ。
楽園に。
罪あるものは並べて殺されたのだ。
御使いに。
……というのが、教団の言い分である。
移動中もジャックの予測をとるような情報がまばらに流れてきた。
曰く。何かに感染している。曰く。精神を蝕むものである。
曰く。猟兵全員に何かしがの感染が予測される。
曰く。赤子のかたちをしている。
曰く。曰く。曰く。曰く。曰く。曰く――――…。
あのおまじないはこちらを侵食する感染の本体ではない。
他の猟兵も何人か上げ始めている情報だが、ジャックもまたそう考えていた。
では何が、どうやって?
「『どうだ、ロク?』」
ジャックの問いにロクは静かに頭を横に振る。
「ここには――病葉はない、と思う」
そしてそれはどうも――間違いないらしい。
すん、とロクは鼻で空気のにおいを嗅ぐ。
カルキの濃い水、鉢の中に満たされた魚の泳ぐ水の匂い。雑草を刈り枝が多く切られた後独特の青臭さ。
それから。
「でも、調べた通りのものは、まだ、ありそうだ」
暗い、黴の匂い。
……自ら死を選ぶのだから、森に於いてあれらは病葉に決まっていた。
ジャックを先導しながらロクはそう思う。そう思う。そう、考える。
建物を回り込み、古い蔵――どうも中身は前の持ち主の趣味で別のものに改造されているようだ。目的はそれではない――の傍に止まる。
「ここだ」
蔵と塀との間――人が二人寝転べるかどうかの小さなスペース。
草の背が妙に低く、石灰が多く撒かれていることを除けば、なんともない空間。
土と、腐った黴の匂う場所。
「『ふむ』」
ロクの指摘を受けてジャックは視界を切り替える。「――『ああ』」
視える。
ジャックは続けて小さなポインターを軽く投げ置く。ポインターが線で繋がる。
ジャックに見えるものがロクにも伝わるように示されたのは。
「『ビンゴだ』」
長方形。
ロクはアウトドア・ナイフをぬき、鞘に入ったまま示されたそこへ深く突き立て、線をなぞる。
管理者はここまで手を入れたりはしていないらしい。
硬い土の中に、さらに硬いものがぶつかる。
ロクの嗅いだ通りの――濁った水と、土と黴の匂いのが溢れてくる。
地下への、入り口だ。
「こういう、貝殻みたいなのを撒くところは、大体、鉄とか、銅とか埋まってる」
「『土に含まれる栄養素のバランスか、覚えておこう』」「ん」
うなずきながらナイフの鞘の土を払い、腰に収める。「いい畑が、作れる」「『今なら稲だな』」「?ジャック、稲は、今じゃないぞ」「『……冗談だ』」
長いこと使われていなかったのが明らかな地面だった。
薄暗い階段も壁も大きさもまちまちな石畳だ。
上の土から染みたのだろう水がまだらになって垂れ、上から落ちてしまったのだろう虫の死体が水を吸って膨らんで死んでいる。
ロクはじっと勘を研ぎ澄ませる。
動くものはいない。生きているものもいない。黴と、土と、水と、水だ。
それだけだ。ただそれだけだ。
少しずつ、心臓の鳴動が深く、重く、早くなりつつあることをロクは感覚する。
――出てくるのは、この呪いには関わりないのかも知れない。
……そういう意味では、ジャックには、少し申し訳ないと思う。
――でも、あるのかも知れない。
宗教団体の資料はこう続く。
屋敷の主人は経営者で、非常に厳しい男であり差別主義であったという。
――何もかも呪いのせいに出来るのかも知れない。
主従を明確にする厳格な男。それに従う妻。
子供たちは虐待に近い環境で育ったようである。
家族写真には、ユズリと共にいたサエは映っていなかった。記録にもない。
我々が彼女を奇跡のひとつとして語るのは――。
――でも、もしも、あったら。
そしたら、言えるだろう。
あれらは病葉に決まっていた。そう言える。
先をゆく黒猫のデバイス、そのライトが行き止まりを照らす。
錆び切った、銅の扉。
『さあ』
ジャックと目配せをして――ロクはそれを開く。
――そうじゃ、ないだろう。
躾部屋、なのだろう。
定義としては。
ふるめかしい器具が、余計に過去を物語る。正面の椅子、右側面のテーブル。並んだ器具。
椅子の裏、空っぽの浴槽の意味は、考えたくもない。
入り口は今までの道より少し狭まっている。防音だろうか。壁は幾重にか厚みを持たせてありそうだ。
箱だ。
そして――左側にあった。
我々が彼女を奇跡のひとつとして語るその証拠は――
『わたしたちは病んでいるのかしら?病み始めているのかしら?』
真っ黒な、式だ。
――地下室に残された血の式以外に、彼女の遺体がどこにもなかったからです。――
高さはロクの頭ほどまでしかない。
少女が、手を伸ばせる高さ。
――また地下室には正体不明の血痕が一種類少しだけ、残されており。
おそらく気高い彼女が地下室の誰かしがを、異常な教育をする両親から哀れに思い――……。
「『ロク』」
ジャックはロクを呼ぶ。
暗い瞳ではあるが、ぎこちなく、ロクは振り返る。
・・・・・・・・・・・・ ・・・・
「『なんのためにここに来たか、言えるか?』」
一瞬――質問の意味が取れず、ロクは瞬きをする。
それから、いつの間にか止まりかけていた呼吸をする。
深く。
「じけん、の、のろい、の――分析のためだ」
ジャックは頷く。「『そうだ』」静かに。
静かに見えるロクのバイタルが狂っているのを、ジャックのセンサーは察知している。
「『それからもう一つ』」
引き剥がさなければならない。
彼女は今、事件の本筋とまた異なる点で、取り乱している。
他の猟兵の報告を聞くに、おそらく――それが、まずい。
「なんだ?」
ロクから絶対に視線を外さないようにしながら、ジャックは問う。
ロクに詳細を伝えていなかった――確かめたいことを、確かめるために。
「『あなたがたはやがて、おのれの裁く裁きで裁かれ、おのれの量る秤で量られる』」
・・・・・
「『聞き覚えは?』」
瞬きを、一度。
・・
「ある」
ロクは、断言する。
感染型UDC。猟兵を侵食しているというそれの本体はおまじないではないだろう。
ジャックの予測はこう続く。
・・・・ ・・・・
「『どこでか、わかるか?』」
ロクは目を細め、ジャックから視線を外して考え、苦々しく呟いた。
・・・・・
「――わからない」
・・・
「『本機もだ』」
ロクの顔色が変わる。「どういうことだ?」
感染型UDC。猟兵を侵食しているというそれの本体はおまじないではないだろう。
ばちばちと展開しているEXP-ansionが何かしがの処理をしているその分析結果を、ジャックはあえて覗かないようにする。
「『おまじないが我々を侵食しているというのは、出発前に確認したと思う』」
おまじないが本体でないならどこから?
ジャックの結論はこうだ。
"Dear, my dear".
――彼の身体に誰かが憑いて呟いたような言葉。
"親愛なる君へ"
「『ミーム汚染』」
転送前から、感染している。
「『meme(ミーム)、利己的な遺伝子、或いは模倣子という言語から発生した用語だ』」
普段はロクが問い返して行う説明を、ジャックは素早く始める。
「『模倣、つまり無自覚に言葉や画像に対する認識が変わってしまうというという現象であり』」
思考を情報で押し流せ。
「『ある現象を知っているが故に違うものに見えてしまうといった意図しない認識の書き換えが起こっている状態を意味する』」
「……えと」予想通り、ロクが少し戸惑っている。「つまり?」いいぞ。
時に言葉は人を呪う。
祝いすら呪いとなるだろう。
「『本機らは何かを知ったことで感染したと考えている』」
書き換えろ。
繋ぎ止めろ。
「『本機はそれがおまじないだと思っていた。彼の予知の通りに』」
ジャックは一歩進み、ロクの隣に立ってそれを見る。
あの宗教団体の文書を信じるなら、あまりにも悲痛なそれを。
今ひとたびは、悲痛な、それでなく。
「『本機が照合するに――効力はうしなわれているが』」
さらに進み、触れる。
劣化したそれはところどころはげ、失われている。
「『おそらく、効果を持った式の類であると提示する』」
式をかいた、材料ではなく。
「『しかし今のこれからは、精神干渉は感じない』」
式そのものに、集中を向けろ。
「『――そちらは、どうだ、ロク』」
存在として。現象として。
彼の言葉を、引用するべきなのだろう。
親愛なるきみへ。
取り憑かれたような彼の、あの続き。
一体彼は、予知を受けどんな意図で言ったのだろうか。
それとも、あの言葉は。
どうであれ、それは確かに囚われる猟兵にとって必要なものだ。
認めるな。
「『惑わされるな』」
赦すな。
「――おれも、感じない」
ロクはゆっくりと呟いた。
「確かに、何かだったとは、思う」
手を伸ばす。触れる。
ロクの手袋の先に、ほんの少し付く、黒い、汚れ。
「『そうか』」
ロクは懐からカードのコピーを取り出し、比べる。
……これは、触腕を召喚するのだという。
犠牲になったのだろうか。彼女らは――…。
「ん」
ロクは顔をあげる。「『ん?』」ジャックも思わず覗き込む。
顔を上げては紙を見、紙を見てはまた顔をあげる。
「ジャック」「『なんだ』」
「キミは、確か、これをでーたにしたって、言ってた」
「『ああ――ちょっと待て』」
ジャックは視界にカードのデータを展開する。
拡大と縮小し、目の前の図式と画像とを並べ――「『どういうことだ』」つぶやく。
「『基本は確かに同じだが』」「ああ」
・・・・・
「『一致しない』」
・・・ ・・・・・・・・・・・・・
これは、招待状だと誰かが言っていた。
おまじないを、手繰れ。
「『ひとまず戻ろう、ロク』」
素早くデータをUDC(コープ)へ転送しながらジャックは提案する。
「ああ」二人は踵を返し、再び出口へ向かう。
ロクは振り返る。
黒ずんだ、嘆き。
彼女たちは実在した。
ピロン、とUDC(コープ)からの通知がポップアップする。
ジャックは視界にその通知を出し、確認する。
予想通りの内容であり、もっとも来て欲しくはない通知だった。
時よ、とまれ?
時間はいつだって待ってくれない。
「『ロク。――どうやら本機らにも来たようだ』」
検査、依頼。
これは、繋がりの事件。
大事な関係はあるか?
ある。たくさんあるとも。
出してきたのが、今の繋がりの類似だったなら――自分は、どうなっていただろうか。
例えばあの姫だったら。
「『時に言葉は人を呪う』」
あらわれた――自分たちとよく似た彼ら。彼女ら。
あれらが弱くてまだよかったとどこかで安堵している、自分がいはしないか?
現在の類似だったなら。
苦戦するほどの強さだったのなら。
引き金をひけただろうか。
引けたとして、その時に、何か言われれば。
「『親愛なる誰かの言葉すら――時として呪いとなる』」
彼女はなんと言って彼女を連れて行ったのだろうか。
彼はなんと言って彼と友人になったのだろうか。
「『あの"過去"達もそうだったのかも知れない』」
親愛なるきみへ。
交わしたからこそ、そうするしかなかったのかもしれない。
「『――君も そして 僕もきっと』」
親愛なるきみへ。
交わさなかったからこそ、こうなるしかなかったのだ。
だから。
「『――惑わされるなよ』」
きみも。
僕も。
多分、世界はそういう呪いで溢れているのかもしれない。
そういう、祝いとも、呪いとも言えない――繋がりで。
ジャックはそのまま先へ進む。
ロクは先に進むジャックの背を見つめる。
もう一度式を見つめ――それから前を向く。
「ふたりなら、ひとりより、道にも惑いにくいだろ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
スキアファール・イリャルギ
……新月の日は苦手だ
怪奇が煩い
重い躰を引き摺りUCで複数変換、広範囲展開し呪詛を探る
大丈夫なんて言ったらまたひかりのきみは怒るだろうから
何か起こった時はきみの破魔の力を頼りに……少し、甘えてもいいかな……
謎解きは不得意
もう敢えて突っ込んでいくしかない
"わたし"を拡げ、感染させて――
……『感染型』、か
確か、"見""聞き"し"言った"者の感情を糧とする――
予知で見ただけでも?
話を聴いただけでも?
……まさか
最初からこれも仕組んでたのか?
猟兵である以上"no Evil"なんて無理難題じゃないか
何なんだよおまえ
釈迦のつもりか
これは何なんだ
親愛か
救いか
私は……堕ちた儘でいい
血の池で悶え苦しめばいいんだ……
“『儀式を行ったことは、秘匿するべし』”
つみとがのしるし天にあらはれ――と言うあれは、確か、病院で聞いたような気がする。
いや、あれはきっと病院ではなく、実験場だったのだろうけれど。
病室の、隣か隣かそのまた隣か……あるいはどこか廊下の奥かもしれない、ともかく同じ階に収容されている誰かが、断続的に叫んでいたのだ。
ああやかましい――まだ詩程度だからいいものの。
いつもの実験のために自分の病室に訪れたものたちの一人が忌々しそうに呟いていたので、はあ、あれは詩なのかと思った。
細い細い窓からは月の光が差し込んで――おさなごころにも、ああ、あれを叫んでいる人はきっと月の光にたまらなくなって叫んだのだろう、そう考えたものだ。
つみとがのしるし天にあらはれ。
月はよるを煌々照らす。
太陽の時刻には隠れているものが動く夜を照らし――闇夜の中に薄く影を縁取る。
どう隠れようと、潜もうと、お前はそこにいることを、おまえがそこにあることを、私は知っている、というような、優しく、冷たい、月明かり。
――……だから、だろうか。
重い。
体が重い。
いまだにずっしりと、体が濡れそぼっているかのようだ。
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は溺れるもののように天を仰ぐ。
ないと分かっていても、月を探す。
明るい表通りから伸びてくるあかりがやかましく、視界に入れたくはなかった。
あの電飾を、あかりを、叩き割りたいと黒泡の蟲のような苛立ちが蠢いていた。
――……新月の日は、苦手だ。
きっと本能(かいき)も分かっているのだろう。
この、新月の夜だけは。
――怪奇が煩い。
ほんとうのくらやみを、もたらすことだってできるのだと。
ない。
月(ひかり)はない。
どこにも、な――……。
スキアファールの視界、夜天、月というにはほのかな光だが、近くに、そう、ほぼ目と鼻の先に、ちいさなひかりが飛び込んできた。
まるで月の代わりにならんとするような、いや。
苦笑する。
スキアファールを気遣って、月の代わりを務めようとする、してくれる、それは、文字通り、彼の心の拠り所であり、こころの守り手である――ひかりだ。
彼を思い、彼のために、残ってくれている、彼女。
スキアファールは指を伸ばす。
伸ばせば指の届く、彼だけの月。
「……ごめ」
指をすり抜けてひかりが眼球に向かって落ちてきた。
「わっ」スキアファールは思わず目を閉じる。
……痛みは当然なく、熱もない。
何もないまま数秒まち、恐る恐る目を開ければ、小さなひかりの彼女はくるくるとスキアファールの目の前で飛び回っていた。
「……ごめんは、だめ?」
彼女の意図を考えて問えば、ひかりはぴたりと動きを止めた。
スキアファールの苦笑いがさらに綻ぶ。
「きみは、そういうことは……結構、はっきり言うんだね」
ひかりが大きく円を描く。肯定のように。
かなわないなあ。
雑踏のうるささが、電飾の喧しさが、気づけば少しだけ遠のいている。
「ええと……じゃあ、私はなんてきみに言えばいい?」
不安だらけの迷子のようなか細い声が出る。
スキアファールが指を伸ばせば、ひかりはそこに止まってくれた。
そこにいるということ。いてくれるということ。
「……ありが、とう?」
ひかりはふはりと飛び、スキアファールの鼻先で弾けた。
待っていたとばかり、指先で軽く叩くように。
「ありがとう」
左右はもう一度繰り返す。
ほころんだ苦笑いは、泣き笑いのようだ。
大きく呼吸をする。ここは海ではない。ましてや水中でもない。
自分は確かにここにいて――そして、嗚呼。
回ってきている情報がほんとうなら、ただごとではないことが進行している。
……正直、疲労がひどい。肉体的にも、精神的にもだ。
そして新月。タイミングが悪い。
気を緩めればばけものとして精神をつれていかれそうですらある。
しかし。
それでも。
「よし」
決意を持って、真境名・左右はスキアファール・イリャルギの貌をする。
いまだ激しい疲労を抱えながらも――狂気に飲まれた化け物でない、意思を持った人間として、怪奇の手段を選ぶ。
ひかりの彼女が一度、スキアファールの周りを大きく飛んだ。
「うん」うなずく。
「……大丈夫なんて、言ったら、ひかりのきみは怒るだろうから、言わないよ」
再びスキアファールの指先に着地し、腕から肩へと滑る彼女を彼は眼で追い、やんわりと微笑む。「その代わり」
影がざわめく。影が濡れる。影が緩み、影が溶ける。
「何か起こった時は、きみの破魔の力を頼りに……少し、甘えてもいいかな…」
彼女は再びスキアファールの正前に佇む。
迷うものを照らす、小さな月。
「ありがとう」
充分すぎるほど、充分な、答えだった。
謎解きは不得意だ。
呪術に噂に猟兵への侵食。
多すぎる情報に感染というタイムリミット。
――なら、もう敢えて突っ込んでいくしかない。
影が溶ける。影がうねる。影が広がる。
都市にまで感染を広げている、というのなら。
――伝染(うつ)れ 伝染(うつ)せ。
感染していない部分をこちらがもっていってしまうのが手っ取り早い。
無機物を全て――自身と五感を共有する、影と成せ。
うつれ、うつせ、うつれ、うつせ、うつれ。
コンクリートの隙間の影、それより伝染(うつ)せ、その道をわたしのゆびとせよ。
電飾の輝き、それにより落とす影、それより伝染(うつ)れ、そのビル一本、わたしの血管とせよ。
わたしを広げ。広げ。広がれ。広がれ。
わたしを感染させ、感染させ、感染させ、うつせ、うつせ、うつせ。
影より――全ての命なきものは、わたしとなれ。
何百対では足りぬ靴がスキアファールを踏んでいく。
何百本と数える気にもならない指がスキアファールに触れている。
いくつもの目玉がスキアファールを見ている。
擬態はやめない。欲しいのは狂気ではない。
さぐれ、さぐれ。
手繰れ、手繰れ。
吐きそうだ。狂いそうだ。
しかし尚やめぬ。
感染すことのできるものが――無機物でまだ良かったと、思う。
これがもし、生き物であったな
――……『感染型』。
ひらめきだった。
スキアファールはコードを解除する。
侵食していた全てから文字通り――手を引く。
スキアファールは影から広がり全てを影と変えていくそういう『感染型』だ。
声を聞いたのだ、という話が猟兵たちの情報ベースに上がっていた。
潮騒の音があったのだという声があった。
スキアファールにはわかる。
たった今まで感染する『病』となっていた身だからこそわかる。
・・・・・・・
そんなもの、面倒極まりないのだ。
感染を広げるなら、気づかれないに越したことはないのだ。
たった今、誰にも気づかれないよう、物質の擬態をしたまま影を広げていたように。
……しかし、向こうはそれをしてこなかった。
『語り』のように混ざり込み『存在』を『仄めか』していた。
本当の病なら隠れていた方が良いのに、あえて出てきていた、のではなく。
そうしなくてはならなかったとしたら、どうだ。
――“見”“聞き”し“言った”者の、感情を――糧としていたら、どうだ。
おぞましい確信が背筋をのぼりくる。
どこでだ。
どこで感染が始まっていた?
――例えばそれは、予知を聞いただけでも?
・・・
おわあ。
赤子の声が、ほうら、響いてくる。
――例えばそれは、話を聞いただけでも?
・・・
おわあ。
――まさか。
予感が確信に塗り替えられていく。
――最初からこれも仕込んでいたのか?
おわあ。おわあ。おわあおわあおわあ。
鼓膜に轟々と響く。
どこから聞こえている。
――猟兵である以上『No Evil』なんて、無理難題じゃないか。
おぎやあ、おぎやあ。おぎゃあ、おぎゃあ。
潮騒が聞こえる。
自らの、内側から。
なぜ聞こえる。
先に回ってきていた猟兵からの情報で、治療は一度、受けたのに。
“きみは随分と――礼儀正しいようだ”
肌が、泡立つ。
声がする。
“そして随分と生真面目だ”
赤子の声の中に響いてくるそれを、必死に耳で追う。
音の源を探す――どこだ、どこからだ。
・・
ない。
・・・ ・・・
感染型、UDC。
「何なんだよ、おまえ」
必死に吐き出す。
「釈迦のつもりか」
どちらだ?
今、眼を閉じた方がいいのか、このまま開けていた方がいいのか。
視界に異常はない。
異常はない、ように見える。
・・・・・・・
「これは何なんだ」
俯いたまま、足先の床をじっと睨む。
“真面目かと思いきや、意外にもズルをする性質なのかな?”
緩やかな声が言う。
疑問の形をとっているが答えを望まない音だった。“聞いて答えるならカードなど贈らない”
「何様のつもだって、聞いているんだよ、わたしは――!」
迫る胃液を追い返しながら必死に叫ぶ。
「親愛か?」
赤子の声はいよいよ大きく。
「救いか?」
うるさい、うるさい、うるさい。
「そんなもの誰がくれと言ったッ!?」
喉からの声はもはや悲鳴のようだ。
「余計なお節介なんだよ!」
叫んでいるのがスキアファールなのか左右なのかわからない。「いったいなんで今現れた!?ええ!?このままの方が都合が良いだろうに!」水の中でもがくように叫ぶ。
何を怒鳴っているのかわからなくなってくる。
「……わたしは、堕ちた儘でいい…」
意識が、ちぎれそうだ。
「……血の池で、悶え苦しめばいいんだ……」
ば、と。
“――きみは一つ、勘違いをしている”
ひかりが、あのこが、
“そんな大層な話ではない。きみだってどこかで聞いたのではないかな”
スキアファールの視界に飛び込んでくる。
“これは――『繋がり』の、事件だ”
騒がしい雑踏が、耳に戻ってくる。
人々のざわめき。やかましい電飾。
精神力が尽きたらしい。スキアファールは路地裏で転がっていた。
あのこが、心配そうに、左右を覗き込むように、輝いている。
投げ出していたスキアファール手の中で。
ふと思い出す。
つみとがのしるし天にあらはれ。
あの叫びは――あの詩は、確か最後にこうあるのだ。
おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。
成功
🔵🔵🔴
カイム・クローバー
【紫蝶】
笑えねぇな。既に感染してるってのか?余りにも脆弱なUDCの群れ。媒介だとしたら。…時間はそう多くねぇか。
調べるのは【消滅した】っていう新興宗教団体のアジト。中心の少女が言っていた『あの方』ってのがどうにも気に掛かる。
場所?俺を誰だと思ってる?『UDCの便利屋』だぜ?
廃ビルを出て直ぐ。置いてある誰のか分からねぇ大型バイクをUCで鍵を作成して、朱希を後ろに乗せるぜ。
ヘルメットは朱希用だ。飛ばしていくぜ。【運転】【操縦】でフルスロットル。対策はしてねぇが、亡霊が追い付ける速度じゃないと思うぜ。それでも邪魔するなら撃ち抜くだけだ。
……聞こえるのは風の音だけ。少しは朱希の精神も落ち着くと良いが。
檪・朱希
【紫蝶】
ありがとう、雪、燿、カイム……もう、大丈夫。
蝶の傷跡が紫に……無理はしないけど、私は、前に、進みたい。
それに、前みたいに暴走させない。
カイム、行くところ、分かるの?
乗り方を教わって、一緒にバイクに乗ってその場所に向かう。
悲しい。苦しい。幸せになりたい……
何度も思った。でも、猟兵になってから、小さな小さな事だけど……嬉しかったことや楽しかったことも、ある。
……風の『音』が心地よい。
辿り着いたら、何か、誰かいるか……頼まれた通り、無理はせず周囲の音を聞いてみる。
私の"蝶"が、UDCの感染に触発されるなら、具現化する燿、"蝶"の力を制御する雪で抑えてもらう。
大丈夫、皆が居るから。
●“『図形の大きさに気をつけよ――中に全員が入れるものに』”
「毎回思うがあの先生はどうしてああも過激なのかね」
2台のバイクが、夜の街を稲妻のように走る。
バイクがギリギリで通れる裏路地を、或いは国道を縫うように、素早く夜を裂いていく。
「患者が心配ってのはわかるが、ありゃ患者を殺しかねない顔だ」
――そのうちの一台、先行しているバイクを駆るカイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はそう話題を振った。
首の後ろで一つに括り垂らした、長い銀髪が風に靡く。
「すごく、真面目なんだと、思う」
もう一台、カイムよりはやや不安定かつやや肩に力の入った様子檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)はヘルメットをしているのでやや大きい声を意識して出し、律儀に答えた。
「それに、いつになく必死な形相だった」
「既に感染してるってあれか?」
あまりにも脆弱なUDCの群れ。あれが媒介であるなら。
そしてもう一つあった連絡。
明らかに人間らしい意識もなく襲いかかってきたという一般人。
――なら、時間はそう多くはねぇか。
カイムは素早くそう判断する。
猟兵の方が一般人よりは明らかに精神的にも防衛術的にも強靭ではある、があの戦闘を終えた中にはかなり疲弊していたものもいた。となると――そううかうかもしていられない。
「もう少し飛ばすぞ!ついてこれるな!」
「えっ」カイムからの声に朱希は顔色を変える。「待って!まだ慣れない」何せ今日、先ほどカイムに習ったばかりのバイクだ。
「大丈夫だ。今日日ならって初めて乗ってるにしちゃ、なかなかだぜ?」
カイムは朱希の隣まで一度減速してウィンクする。
「それに、逆にポリ公に捕まるとちと面倒だからな」
カイムのノーヘル運転はもちろんだが――日本では15歳はバイクの運転の教習を受けることまではできても免許を獲得できるのは16歳からだ。彼女を免許なしで載せてその上年齢制限を破っているとあればカイムの免許も危ない。いくらでもごまかし偽造できるとはいえ、その分の時間のロスが痛い。
否応を聞かずカイムはアクセルを踏む。
「カイム!」朱希も必死にアクセルを踏み込みながら叫ぶ。「行くとこ、わかるの!?」
「俺をだれだと思ってる?」
男は振り返らず片手を軽く上げる。
「『UDCの便利屋』Black Jackのカイム・クローバーだ」
翻る黒のコートに揺れる銀髪が、ひと知れぬ都市の守護者のようですら、あった。
・
2台のバイクはやがてある廃ビルの前で停まる。
朱希はヘルメットを脱ぎ「ぷは」大きく息をする。夜気が胸に心地良かった。
あの乱戦があったビルからここまで離れて、ようやく落ち着いて呼吸ができたような心持ちさえする。耳を澄まして自身の心音を聴く――大丈夫。落ち着いてる。
あたりは静まりかえっていた。住宅もあるが、なんとなし人気がない。
避けられている場所なのかな。
朱希は考えながら、きちんとセンタースタンドをたて、バイクが倒れないことを確認して、それから心の中でバイクの持ち主に手を合わせた。ごめんなさい。
……2台とも盗品だ。いらなくなったら、UDC(コープ)に連絡して元の持ち主に帰るよう取り計らってもらおう。こんなに手入れされてきちんと鍵までかけていたのだから、きっと大事だったに違いない。
「……ここが、調べたいって言ってた?」
朱希はカイムにやや小走りで駆け寄る。
古いビルだ。入り口はガラスではなく観音びらきの扉が重々しい。
白く塗りつぶされた看板は汚れ、2階の窓や扉に貼られた貸し出し中のチラシは左角が剥がれてそりかえっている。チラシの貸し出し業者名の記されたプリントは黄色がすっかり飛んで、黒いふちだけが残っている。
長いこと新しいテナントが入らなかった証拠だ。
まあ、買い手がつくわけもないだろう。
「ああ」
カイムは短く返事をしながらコードを発動する。
創作の真理(クラフト・マスター)――このビルの、入り口の鍵だ。作りは雑だが、要するに鍵で使えればそれでいいのだ。どうと言うことはない。
観音びらきの扉を開けば、どっと黴臭さと埃。それから、封を切られなかった箱独特の、こもった空虚の匂いが外へ流れ出た。
「あの楽園のしもべがかつて居た――消滅した、っていう新興宗教団体のアジトだ」
朱希は少しだけ息を呑む。
『おっまえカイム!本気で朱希をそこに連れてくってのか!』
戸惑う彼女に合わせたように、やや怒気を込めた少年の声が響き――橙の蝶が現れる。霊だ。「燿」朱希は橙の彼の語気を嗜めるように呼ぶが、効果はない。
「俺はきちんとクライアント様に提案したぜ?」カイムは肩をすくめる。
『護衛の続行をな!』燿が噛み付く。
『調べるなら他にもあっただろう』
続けて青の蝶が現れて揺れる。「雪」朱希は小さく蝶の名前を呼ぶ。
『朱希の負担も考えろ』
冷たく言い放つもう一人の霊、雪の口調はともすると燿よりも鋭い。『よりにもよってさっきの続きか?』
が、カイムはこれも、どこ吹く風だ。
「お前らよっぽどあの医者先生のお説教が響いたらしいな」
にやりと笑いながら指摘すれば『んなっ』『…この!』ふたりの霊は熱り立つ。
「二人とも」
はっきりとした声で、朱希がカイムと霊達の間に入る。「心配してくれてありがとう」
先ほど、主治医が駆けつけて治療を受けたあとにも告げたことを、改めて言う。
「もう、大丈夫だから」
首元を触る。そこにある蝶の傷跡は、今や紫だ。
「無理はしない」ふたりの霊でなく、自身に言い聞かせるように宣言する。
「けど……私は、前に、進みたい」
おそらく。
「前みたいに暴走させない」
おそらく、そうなのだ。
「約束する」
『約束って言ったって』
雪が苛立たしげに言い募る。
「大丈夫」
『何が大丈夫なんだ』
諦めてしまうこと。踏み出すことを、進むことをやめてしまうこと。
「みんながいる」
信じれなくなってしまうこと。
悲劇が起こるなら――始まるのなら、きっとそのときなのだ。
――……。
『……わかった』
低くだが、確かにそう応えたのは燿だった。
『おい』雪が明らかに咎める。
『だって朱希もうぜったいもうこれ言うこと聞かない顔じゃん』
諦めたように橙の蝶は朱希とカイムの周りを、楕円を描いて飛ぶ。
『……』
『結局前回の乱戦俺たち結構カイムにお世話になっちゃったし?』
続いて高度を上げてカイムの周りを飛ぶ。
「医者先生からすれば俺もお叱りの対象だったがな?」
話題となったカイムはぬけぬけと言う。『ありゃあの先生がどスパルタなだけだろ』
「雪」
『……朱希の精神に、何かありそうだったら、今度は絶対止める』
燿よりも低く、そして静かな声だった。
『お前も絶対止めろ、便利屋』
「ご意向のままに。依頼人どの」
それが青い蝶の、最大の譲歩だった。
・
「……カイムはどうして、ここに来ようと思ったの?」
階段を踏むたび、進たびに埃が大きく立ち上る。
「あの中心の少女が言っていた『あの方』ってのがどうにも気にかかってな」
スマホでUDC(コープ)からの連絡が来ていないかを確認しながらカイムは答える。
「ところが、だ。コープに問い合わせても調べても、あの少女が『あの方』と呼びそうなトップが出てこねえ」
また大きく、綿埃が宙を舞う。
『とおさまだったらきっとおっしゃっるの――あのかたを助けておあげなさい』
「その資料、私も見ていい?」
ああ。返事と共にカイムはスマホを操作する。「俺が個人的に探ったデータは送れないが――まあ、これでも十分わかるだろう」
UDC(コープ)から朱希に貸し出されている端末にデータが飛んでくるのを朱希は覗き込む。
――集団消滅事件。
20■■年■■月■■日――家族が帰ってこないという報告から判明した。
住所:■■区■■町■■ー■■、■■ビル。
宗教団体■■■■、本部。
教義は主に楽園を求め行くためとし活動していたもので――……。
「それで、現場検証?」
「まあな」
――再三の連絡にも関わらず無応答、同じような問い合わせが多数発生した。
UDC(コープ)はUDC絡みの案件の可能性もあるとし、調査部隊■■数名の派遣を依頼――
「礼拝堂だ」
重々しい扉には、忘れ難い、あの式に織り込まれていた宗教団体の象徴が刻まれている。
カイムが取っ手に手をかければ――鍵は、空いている。
目配せをひとつ。
朱希は耳をすませ――首を左右に振る。
鋭い聴覚にはなんの音も届かなかった。
中には、誰もいない。
カイムは一息に扉を開く。
「ハッ」笑う。
黴の生えて、傷んだにおい。
業者もおそらくきみ悪がり、このビルの中に手をつけなかったのだろう、それが幸いした。
ある程度の時間の経過が見えるとはいえ、ほとんどその日のままのようだった。
「なるほどな」
部屋の中央にはつい先ほど見た円の、もっと大きく精密なものが描かれている。
壁にかけられた幾枚もの絵には、カイムも知り、またUDC(コープ)にもデータとして残るほどの邪神、或いはそれに類するものが褪せて尚、おどろおどろしい。
そしてああ、円の周りには――分かる。
血が流れたあとだ。
――突入時は何かしがの儀式の実行から数日経過していたと見られる――
夥しい血だ。
血痕からして、おそらくばらばらになった肉片が転がっていることもあったのだろう。
――室内には夥しい血液と人間の一部が散乱していた。
生存者なし。
ビルはほぼ密室状態であり、儀式の際に何かが起こり、全員が消滅したと見られる。――
「回ってきた情報通りではある、か?」
カイムは円の周りをゆっくりと歩く。
曰く――おまじないの術式は、召喚式である。
邪神のすぐそばに開き、触腕を招きこむのだという。
本来の術式より離れていようと、不可視の侵食を起こさせる。
召喚された触腕は命あるものに襲いかかってくる。
いや。
カイムは踵を鳴らし、真っ直ぐ立って式を見下ろす。
・・・ ・・・・・・
「やはり、報告書の通り――違うな?」
円の内側に――血がついた痕跡がない。
「カイム」
朱希がカイムへと駆け寄る。「『蝶』に何かが?」「ううん」首を振る。
・・・ ・・・・・・・・・・
「むしろ、何もなさすぎるくらい」
嗚呼。 ・・・・
カイムは笑う。「だろうな」
――追伸――
「あの――これ、これを読んだから、ここに来たの?」
朱希は借用しているスマホをカイムへと向ける。
「ああ」
それから、自らのスマホで残された式の写真を撮る。
「ビンゴだ」
残念ながら魔術のエキスパート、ではないが、その類のツテはある。
――この術式は『門』である可能性が高い――
「行くぞ朱希」
カイムは踵を返す。「欲しい情報は手に入った」
おまじない。
そこに込められた式を。乱闘を通して得たある宗教団体の模様を読み解き。
――こちらから、あちらへの一方通行――
報告書はそこで終わる。
後にあるのは部隊の責任者兼報告者のサインだ。
執筆者は別の件で殉職しており、一切の個人情報を手繰ることはできない。
朱希もそれに続こうとして、一度、かつて惨禍の中心だったろう名残を見つめ――やがて同じように部屋を後にした。
夜を再び、バイクが駆ける。
朱希はバイクに慣れてきたこともあり、肩の力を抜いて運転することができた。
そうすると――ずいぶんと感覚に余裕が出てくる。
みるのは前だけで、聞こえてくるのは風の『音』だけだ。
不安や困惑が流れて、飲み込まれ、消えるような気がする。
悲しい。苦しい。
……しあわせに、なりたい。
何度も思った。
苦しいことも辛いことも次から次へとキリがなく、時には思いもよらない恐ろしい目に遭う。
生きているのをやめた方が。
全く考えたことがないかといえば、それは嘘になる。
だけど、と思い直す。
カイムのようにヘルメットを取りたい気分だったけれど、我慢しておく。
でも。
ハンドルをしっかりと握る。
――猟兵になってから、小さな小さな事だけど……嬉しかったことや楽しかったことも、ある。
今だって、風が気持ちいい。
「ヘイ」
先行していたカイムが再び並走にまで速度を落としていた。
「バイク、いいだろ?」
「うん」
少年のような笑みに素直に頷く。
「夜の高速なんかを走るのも楽しいぜ、今度行くといい」「免許」「おっと」
「でも、うん」
風の中で、朱希はようやく、自然に微笑む。
「ちょっと、欲しくなった」
「面倒なポリさえいなけりゃもっと飛ばすんだがな」「危ないよ」
テールランプが二つ、次の目的地めがけて線を引いていく。
――気分転換になったようで何よりだ。
再び速度を出し、朱希の前を走りながらカイムは安堵する。
怒り狂っていた医者はもちろんだが――自分もまた朱希の精神状態が心配ではあった。
すっかり落ち着いて取り戻したと言っていい。
……カイムが朱希に渡さなかった情報の一つは、こうだ。
コープからの報告書には、追伸の後、部隊の責任者兼報告者のサインがある。
パソコンで作られた書類の、そこだけは当時の流儀で直筆のサインとなっている。
執筆者は殉職しており、一切の個人情報を手繰ることはできない。
そこにあるサインと、カードの筆跡が一致するか?
一致した。
きっとそこで待っているだろう、と硝子剣士は言った。
UDCが。
UDC――Un Defind Creature。
だがこの世界においてその三文字が意味する略称はもう一つある。
…――Under Difence Corp。
コープ、と呼ばれる、猟兵支援組織である。
コープ自体が白か黒かと言われれば、おそらく白だろう。
結社自体が敵に回るのならばもっと悪どいやり方がある。
だがここで元職員が引き当てられる、その意味は何だ?
この情報はどこまで流すか?
――『門』の式が出てきた、というのは間違いなく全員に流すべき情報だ。
アクセルをさらに踏む。
朱希もきちんとついてきている。
――だが、カードの筆者と一致するという話は、ある者を除き、伏せるべきだろう。
おまじないを手繰れ、とあった。確かに手繰って、ここまでの情報が出てきた。
ずいぶんと用意周到だ。あるいは持ちうるあらゆる情報をぶちまけてきているとも取れる。
カイムはこうして宗教団体から『門』まで情報を引き当てたが――おそらく違うルートでも同じような情報に行きつけはしたのだろう。
カードは、文字通り招待状だったのだ。
――やれやれ。底の知れない黒幕さんだ。
待ってろ。と告げて――カイムたちはさらに、先を目指す。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
セプリオギナ・ユーラス
違和感。
ざらりと残る不快を紐解く
何かがおかしい
…感染──感染型UDC、感染者と言ったか?
【感染】だと
何故 この俺が その言葉を切り捨てた?
忘れられようはずもない、その言葉を?
莫迦な
歯噛みする
…ああ、そうだ。一滴の毒は井戸の水を汚染する
今必要なのは医師の思考ではない
“感染を広める”には?
発見を遅らせ、油断させ、防疫を怠らせること。真偽の定かでない情報を流すことだ。症状を緩和すると嘯く中に症状を悪化させ、感染を拡大させるものを仕込む
もし、それが既に行われているならば──?
舌打ちを堪える
いや、それでも確認は必要だ
どうせ選べるのは対症療法でしかない
方針:手近な猟兵をとっ捕まえてでも事態の改善を計る
●“『これを広めたいと話すのならば、なるべく少人数で』”
逆エビ固めが決まった。
逆エビ固めとはボストン・クラブともいいプロレス技の一種である。
「待って待ってマジで待って待ってやばい骨がやばいむりむりむりむりむり」
イージー・ブロークンハートの無様な悲鳴が響き渡る。
「黙れ」
セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)は冷徹に言い放った。
「こちらを見るな呼吸をするな今すぐ意識を遮断して回答しろ」
「無茶苦茶言わんで!?!?」
彼はうつ伏せになったイージーの背に座り両足を腕に挟み込んでイージーの背中と腰を極めていた。硝子剣士の背骨がひどい音を立てている。
「いやいやいやいや無理無理無理無理どうしてどういうことなのおかしいでしょ開幕これはおかしいでしょいや帰還要請これはオッケー帰還させたこれもオッケーそれで瞬間プロレスはないでしょガチでヤバイのは案件であってオレの背骨違うでしょあだだだだだだだだだ骨骨骨骨!!!!!!!」
セプリオギナはイージーの悲鳴をスルーしながら周囲に展開した医療用・通信用の正六面体端末からの報告を受け取り分析し続ける。
奇しくも場所はグリモア・ベースの端。
「骨が痛むわけないだろうが」ある報告に返信を送りついでに硝子剣士に言葉を返す。「痛んでいるのは貴様の神経と筋肉だ」「そういう訂正いらねえから!!いやこれ骨逝くって骨逝くって!!」「逝くか阿呆。医者の方こそ貴様ら患者に骨を折る側だ」「そういう洒落も求めてねえし!!」
なかなかの大騒ぎであり珍騒動だがいったいどういう巡り合わせか関わるものは彼らのほかに誰もいない。「骨で済めば安いものだ」「どうなら安く済まないんだよ!!!」
・・・・・・・・・・
「貴様が感染源の場合だ」
イージーの口から音が絶える。
セプリオギナは、それを見逃さなかった。
・・・・・・・
「自覚があるのか?」
是も非も、回答はなかった。
セプリオギナはイージーの足を離す。ぱたりと力なく落ちる足は見もせず――振り返る。
この事件に猟兵を巻き込んだグリモア猟兵を見つめる。
床の上にうつ伏せになって、俯き、振り返りもしないその頸を。
「事件に関わった猟兵全員、片っ端からある検査をした」
セプリオギナは淡々と事実を告げる。
「どう出たと思う?」
返事はない。
セプリオギナは腰をあげ、彼の前へと回り込む。
・・ ・・・・・・
「全員、感染していた」
「…なんに」
「貴様がそれを言うか」
セプリオギナは正面から見下ろす。
・・・
「『UDC』――Un Defind Creature」
そう。
彼は最初にこう言った。
・・・・・ ・・・
「定義できぬ、化け物にだ」
『感染するUDCにまつわるガチでヤバい案件だ』
【感染】
「もっとわかりやすく言ってやろう」
――いったい。
セプリオギナの中で激しい違和感と焼き払いたくなるような苦痛、煮えたぎりきった怒りが渦巻いている。
・・・・・・
「全員、『感染型UDC』に寄生されていた」
――いったい、どうして。
今すぐ吼えたくなるような不快感を歯噛みする。
「貴様のいう通り確かにあれを定義することは難しいだろうな」
――いったいどうして、よりにもよって。
「ある種の呪術・霊的存在を持ちながら寄生する人間に寄り添うかのように肉を成す。――ある患者の報告には、あちこちへと移動することも可能そうだとな」
・・・
自分への怒りのあまり喉を掻っ捌いてしまいたくなるような不快感だ。
「脳幹を中心に寄生しその人間を乗っ取る――ある患者は精神を喰われるような感覚があったそうだ」
――この俺が、何故、その言葉を切り捨てたのだ!
感染。
そいつはセプリオギナの宿敵だ。
過去の海に眠るだろうかつてあったそれだけでなく現在にも未来にも溢れる怨敵だ。
セプリオギナはその恐ろしさを憎悪を持ってよく知っている。
そのみにくさを嫌悪を持って良く味わっている。
たった一滴、毒を垂らした井戸がもう使えなくなるような、壊滅性。
その危険性を――故郷ひとつを引き換えに良く知っているというのに!
感染。
何故この俺がその言葉を切り捨てた?
忘れられようはずもない、その言葉を、何故?
莫迦な。ありえない。
忘れていられるはずがないのだ――ましてや、切り捨てようもない!
・・・・・
本来ならば。
・・ ・・・・・・・・
何故、浮かばなかった?
「――それが」
イージー・ブロークンハートはうつ伏せから起き上がり、その場で胡座をかく。
「それが、オレと、どう関わり合いがあるわけ?」
顔はまだ、上げない。
セプリオギナは目を細める。
「感染とはなにを持ってして起こるか知っているか?」
「知らんよ」
かちりかちりと音を立て、正六面体を少しずつ集合させる。
「病原体への接触だ」
一歩、セプリオギナは前にでる。
「その病原体が、噂じゃないの?」
「おそらく違う」
――確かに『感染型UDC』を病と捉えるなら、それがストレートだろう。
噂を撒いた男がいたのだから。
ならば噂を塞げば良い。誰だってそう思うだろう。
だから――必要なのは論理と人命の物理的側面である医者の思考ではない。
「噂だったのなら、儀式を行った方の女子高生ともう一人、相手の少女も感染しているはずだ」
ここに毒が――ひとつの病があって、“感染を広める”には?
簡単だ。
発見を遅らせ、油断させ、防疫を怠らせること。
真偽の定かでない情報を流すこと。
似非医療の手口だ。
症状を緩和すると嘯く中に症状を悪化させ、感染を拡大させるものを仕込む――。
「俺たちと同じものに感染しているのは噂を流している男に接触した女子高生と、別の一人のみだったぞ」
例えば。
目的は、噂の拡散ではなく。
噂を拡散させるような、人対人の接触を行わせるのだとしたら、どうだ。
噂を、媒介として広まる、UDC。
ひととひと――繋がりの、事件。
「俺たち全員必ず接触する男がいる」
さらに一歩。
・・・
「お前だ」
剣士は、顔をまだ上げない。
「…別に抱きついたりとかしてないぜ」「ほざけ」
セプリオギナはいまだに緩やかな拒否を見せる男と目線が合うだろう高さにしゃがむ。
「じゃあオレが感染源だとしてどこまでやったら感染すんの?」
口調だけがありふれた明るさだ。
「知らん」
「知らんのかい」
しかし顔を俯かせているために、顔はわからない。
「だが、仮定はある――自覚がないとは言わせんぞ」
「なんで」
「ヤバイ事件だのなんだの言うのならどうしてこんなところにいる?」
どう考えても人手の必要な事件だ。
なのにこの男は――こんなプロレス騒動を起こしても誰も来ないような場所で待っていたのだ。
「『オレは見ただけだ』と言っていたな?おそらくそれだ――お前は何を見た?」
イージーの額を掴む。「ちょ、待っ」「待つか」狼狽える瞳を真正面にねめつける。
「感染の最も唾棄すべき点は時間が経てば経つほど向こうに有利だという点だ」
「待って――マジで待って」
「貴様が症状を吐くのが先だ」
確かめねばならないことがあるのだ。
骨では済まないかどうか。「その後なら待ってやる」
「いや、待ってよ、マジで待って」
蒼白の顔色で目を白黒させながらイージーはセプリオギナの手首を力なく掴む。
「それ以上――話さ、認識、させ」
イージーの喉から響いた、うぷ、という音は、セプリオギナにとって非常に馴染みのある音だった。
……すばやくビニール袋を当てがってやったのは優しさでもなんでもない。吐瀉物とは往々にして離散を避けるべき感染源だ。
一度、二度――吐きたいだけ吐かせる。両膝も両肘も地面につき、おえ、げええ、という音声とと共にビニール袋を満たしたのはもっぱら胃液や唾液だった。血もない。特筆すべき異臭もない。そしてセプリオギナが特に危惧していた、赤い紐――臍の緒のようなものもなかった。単純な精神汚染に対する拒否反応なのだろう。
自分を失う。
このUDCによる症状はおそらくそれだ。
臍の緒を通じて母親の栄養を得る赤子。
そして、例えばだ。
たとえば、そいつ本人から望んだ栄養を取れなければどうなるだろう。
赤い紐――臍の緒。
オブリビオン。溢れた過去。
繋がりの、事件。
ざばりというあれは、自分の中にいるUDCが自分の繋がりを通して過去から排出させたとしていたら、どうだ。
認識。
やはりか、という思いが半分。
ふざけるな、という思いが半分だ。
セプリオギナは患者がひとしきり吐き終えた頃を見計らい、ハーフサイズの経口補水液のペットボトルを差し出す。彼は素直にそれを手に取って
「いや待ってよ」
セプリオギナのことを信じられないものを見る目で見た。
「ああ待つ。飲むのは少しずつでいい。失った水分を補え」
「いやそっちじゃなくて」吐瀉物の入ったビニール袋を医療用端末の正六面体に内臓された隔離ダストボックスにぶち込みつつセプリオギナはこともなげに返事をする。「どうかしたか」
「いやどうかしてるに決まってるでしょ」
奇妙な返事にセプリオギナは患者を流し見てから近づく。胸元のポケットからペンライトを取り出し患者の瞼を引っ張った。眼球を覗き込む「異常なし」「オレじゃなくて!」
「いちいちうるさい患者だ。待てと言ったから待ってやったのにその言い草か」
「いやオレのこと患者っていうのはおかしいだろ!」
見開いた目がセプリオギナをありえないと糾弾していた。
彼はそれに対し――ごねる患者にいつもするように鼻を鳴らした。
「そこまで症状が進行すると誰が感染しているのか分かるのか?」
「医者なら治療して来いよ」
「もちろん再度治療するつもりだ」
バッグから取り出した符を
「確認が済んだらな」
――イージーの頸に思い切り叩きつけた。
げっ、という悲鳴が患者の口から飛び出す。
今までと同じ手応えがあった。
だが、手応えがあっただけだ。
セプリオギナは舌打ちする。「良かったな」「なに!?」
「骨で済んだ」
本日二度めの逆エビ固めが決まった。
「今までの症例からして一時的解呪は可能だというのは間違いない」
イージーから再び上がる悲鳴を総スルーしながらセプリオギナはUDC(コープ)と他の猟兵たちへのメッセージを端末用正六面体から飛ばす。
「但し、一時的だ。――一定時間の後に再発する。これがどういう意味か分かるか」「ざっばり」
「感染の中心、つまり、UDCの本体がいる」
関節からの悲鳴もスルーする。
「結局俺たちが感染しているのは分体というわけだ。竹の根のようなものがある」「何故竹」「詩だそうだ」「なんだそれ」「俺も知らん」「『ここの主人は病気です、ならそれが洒落てる』などと抜かした患者がいたから倣っただけだ」
どいつもこいつも。と文句を呟く。歌を教えてきたアポカリプス・アリスといいどうしてこうもお節介が多いのか。一体その予備知識が何になるというのだ。
「貴様が本体を移されたかと思ったが――俺の方に影響はなかったあたり、違ったようだ」
「だから感染したまんま来てたわけね」もはや声帯ギリギリの声を絞り出しながらイージーは返事をする。
「感染源を移す――向こうがその手は打って来なかったのが気がかりではある」
エンターを押し報告を転送し終える。
「思いつかなかったとか」
「ここまで大掛かりに仕掛けておいてか?ある程度の病原虫が体を移動する苦痛が知りたいならナノマシン新薬のサンプルを提供するが」力を込める。「知りたくないです!!!」
イエエエエという最早悲鳴に聞こえない悲鳴がイージーの唇から出る。
「ところでオレなんでどうして2回目のプロレス技かけられてんのなにしたのどうしてなの」
セプリオギナはひどくまじめくさった顔で応えた。
「もう少し明確に予知を話せグリモア猟兵」
「 ご め ん ね !!!!」
「ごめんで済むか、どれだけの猟兵が危険に晒されたと思っている」
ひとまず納得の返事が得られたところでセプリオギナは離れる。
「いやだってヤバイと思ったんだよ、予知越しに目が合っただけなのにさあ…声聞いとるのもそんなの話すのもちょっとなあと思ってさあ…」
ひらたく伸びたイージーがぶつくさ言うのを見下ろす。
「『見ざる言わざる聞かざる』というわけか?」
え、とイージーが顔を上げる。「え、何それ」「何だ」
「いや、オレが知ってるやつは4つだからさ」
成功
🔵🔵🔴
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!
なるほど!謎は全て融けた!お爺ちゃんはいつもひとり!
いやこの場合は刑事ドラマ寄りの方がいいかな?
―――なるほど、ピースはもう揃ったみたいだね
(ほうぼうてくてく歩きまわった結果として)ボクは全然分からなかったけど!
これがみんなの力だよ!
それじゃ…ピースが揃ったのなら今緞帳を上げ!解答編を始めよう!
●UC発動・解答編?を開く
時間と空間と出来事をピースごとに分割・整理して視聴者にも分かりやすく解説する場を構築するよ
●UC空間解除後の残余の効果で呪いをシャットダウン!
はいはい分かってるよ!うるさいなー
でもこれくらいはいいでしょ?
さあ、もう種は割れた。枯れ尾花を見せてごらん!
●“『以上が手法である』”
「ぱんぱかぱーん!」
ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は大きく両腕を広げた。
「きょうもかちかちかち愚かな良い子のみんなも今日もぶらぶらどうしようもないわるいこのみんなもどっちつかずで中途半端なかわいいかわいいどこに行くかも決まらない彷徨えるきみも元気〜〜〜!?」
……ロニはいったいどこに居るのだろう?
暗い場所だ。
仰げば月も星もない天、足元には水が薄く貼られ――突き当たりがない。
暗いくせに――ただ限りなく広い。
ざざ、という、音が聴こえる。
ノイズだろうか?
「ここまで全部知ろうとしたキミもとりあえず自分の行動だけ認識してたキミも横から覗いてたキミにもわっっっっかりやすい解答編★だよーん!!」
いったい彼は誰に向かって語っているのだろう?
バラエティ番組のキャスターか動画配信者のような朗らかかさがただただ鮮烈だ。
ロニの周りには一定の間隔をもって黄金に輝く石版のようなものが浮いている。
それらが幕のように彼を取り囲んでいる。
「みんながあっちこっち頑張ってくれたお陰で『だいたい』ぜえんぶ明らかになってるってやつだね!」
ポケットから球を出してその上に腰掛ける。「え?わかんない?分かりづらい?」誰かからの言葉にロニは何度も何度も頷く。「いやーわかるわかる、それボクにもわかるよ〜」
ボクだって全然わかんなかったもん、と愛らしく付け加える。
……彼の場合はほうぼうあちこちを気ままのてくてく歩き回っていたからである。
「ぜんぶばらばらだったもんねえ」
歩き回ってピースを回収していたからである。
「しかし今っ、謎は全て解けた!――お爺ちゃんはいつもひとり!」
ポーズまで決めて、それからすぐ腕組みして考える。「……いや、この場合は刑事ものドラマの方が良かったかな…?」
それからそちらを振り返る。
「海上も海辺にカウントして――犯人がいるってんならそっちのがセオリーだよね?」
返事はない。
ただ。
さざなむ。
ノイズではない。
潮騒だ。
ぶー!ロニは唇を鳴らす。「レスポンスがほーしーいーなー!!」
あったのは。
先を促すような、仕草がひとつ返されただけだった。
「まーねーお芝居のマナーはご静粛にだけどお」
ロニはぶつくさと口をもごつかせたが「まっいいや」すぐに頭の後ろで腕を組んだ。
「冗長ほど時間の無駄はないもんね」
ロニを囲うように舞っていた金の板が横一列に並ぶ。
さながらスクリーンか。
あるいは。
緞帳か。
「じゃあ、わかりやすく話そうか」
……さあ。
そしてロニはかつての神へと還る。
コードによってただ今、ひとたび、彼は全能をとりもどす。
それでもありし日の姿にまで遡らないのは――結局ここにいるのはロニ・グィーで、ひとりの猟兵だからだ。
敬意って、そういうことでしょう?
「シンプルに行こうね――みんなの心情とかそーいうプライベートなのは今はカットカット」
両手でそれぞれハサミを作ってちゃきちゃきと鳴らしてみせる。「そういうのは個々でやって」
全能とはいえあくまで仮初だ。
失ったものは戻らない。
歪でしかない。
この発動をやめた時、彼の記憶の他に――この回答は、言葉は、無かったことになる。
だがそれでも紐解く。
それでも展開する。
どうして?と問うた声があった。
なぜ、と足掻いた足があった。
それはね、とロニは応えたかった。
一瞬でも消えるとしても無くなるとしても。
それでも、一度。
「これは噂を媒介に感染するUDCの事件だ」
ここまでの人数が動き力を尽くし、懸命になった努力は結ばれねばならない。
ここまでやった大仕掛けは、誰かが語ってやらねばなるまい。
「繋がることができるという話に、何の関係もない邪神召喚の術式をくっつけた噂を媒介に」
罪とは、それで初めて成立する。
「ひとびとの接触によって感染するUDCを拡散させた事件だ」
蓋を開ければシンプルだよね、とロニは微笑む。「実際もっとなんか別の噂でも良かったんじゃないの?」
暗闇は応えない。
ただ、座っていた足を組み替える動きがあった。
「UDCの性質としては、人間を乗っ取る、ってタイプのものだね」
ロニの指の一振りで金の板が一枚消失する。粒子になったそれがロニを吊る糸のようなものを構成して――彼は笑いながらそれに身を委ねる遊びをする。
「足りなきゃそいつの過去からつながる相手を探して侵食し、引っ張ってくるんだ」
でも、と糸を振り払う「きっと、限界があるんだよね?」
返事は相変わらずないが、ロニは満面の笑みで後ろ手を組む。
「神様に対等なほどの存在とか、もう手出しできないほどのものになってたり、生きてる人間はダメだったりする」
甘えたような声で語り、「――違う?」小首を傾げる。
「できなきゃ中途半端な魂っぽいのなんか出てこないもんね?」
あっ。
ロニは派手な声をあげて両手で口を抑える。それから上目遣いで楽しげに笑う。「その子は赤ちゃんだからまだ未熟なのかな?」うふふ。笑い続ける。「そんな状態でよく来たね」
後手のまま大きくターンして腕を広げる。回る。くるくる回る。
「接触、というけど……感染経路は『繋がり』だ」
周りながら両手の人差し指でロニは自分両下瞼を引っ張る。
「キミを『視』る『聴』く『語』る、存在を知ることで感染がスタートする」
それに対しては小さく笑いがかえってきた。
「そういうことにしておこうよ」
旧来の友のように微笑みかけてロニは指を離す。
「硝子剣士のおにーさんが予知を通してキミを見聞きしたのがスタートだ」
またひとつ板が消えて、ロニの右手にハンドパペットを形作る。
「グリモア猟兵はおしゃべりが仕事だからね。――これで猟兵みんな認識してアウト」
パペットをぱくぱくと動かせばふわふわと金の煙が巻き起こる。
「他はあの女の子のUDCと、キミが初めて直接接触した女子高生だね。……そこから学校のクラスメイトが1名かな?」
左手にもパペットが現れる。「そのまま乗っ取りが完成すればよかったのに、チュートハンパで猟兵がいるところに行くなんて残念だったね」
あのこのは浄化されちゃったみたいだよ、と付け加えて、ロニはハンドパペットでばいばいと手を振り合う。
「これがこの事件の軸の『感染型UDC』の運び」
ハンドパペットもまた粒子となって消える。
「でもま、噂の方のおまじないもまあ、感染型だよね?」
またひとつ、金の板が粒子になって踊る。
ぬるり、触手のような歪な流線形を形作り、ロニはそこに飛び乗る。「インターネットとかカードとか色々頑張ったねえ」ポールダンサーのように身を捻る。「あれ、そうでもないのかな?」噂って勝手に広まるもんね、と笑う。
「邪神の一部召喚、向こうから一部が出せる一方通行の門だ」
右手をくねらせてくつくつ笑う。
「本当に成功すればこわーいオバケがおまじないを使った人をぱっくり!」
そのまま流線形を頂上まで登る。
「中途半端の場合は不可視の一部が街に解き放たれて脈打つって算段だ」
滑り台のようにつるりと滑り降り、途中で飛び降りる。
はっ。
「元は件の女の子UDCの教団で使ったやつなんだよね。輪の中があっち側にぽろんちょって落ちるやつ」
本来なら完全な着地も可能だろうに、ロニはあえて不完全の身で着地する。「それをいじったのが広まったからああして教団の子がいっぱい出てきて、ブラフはさらにってやつだ」と、とと。
それから。
足を揃えてまっすぐ立つ。
「それをすべてキミがやった」
真正面の男を見据える。
「以上がこの事件のギミックのすべてだよ」
両腕を広げる。
「――フーダニット・ハウダニット、ともにQED」
左足を前に、右手を胸に。
神は仰々しい礼をする。
そして。
「さあミスター」
解法を解く。
「解答が終われば、ね――知ってる?緞帳が開くんだよ」
たったひとりの観客に向かい微笑む。
ここで語った全てはなかったことになり。
知っているという記憶だけがふたりに残る。
「ホワイダニットの時間だ――退屈な話はやだよ?」
舞台を引き渡す。
金の板が粒子と消え失せた、その向こうで。
上がった緞帳の奥で。
「悪役は倒されるのがおきまりで」
門が開く。
「その時は全員集合がお約束だよ」
宙に幾つもの門が開く。
図形はそう――噂に描かれた、おまじないを元にまるきり反転させた性質のものだ。
招待状の、誘いのとおり。
「覚悟は、いいよね?」
ロニは笑う。
一度迎えた審判の日(かつてのあのひ)のように笑う。
彼も笑った。
笑って――拍手をする。
語り終えた、役者(ロニ)を讃える、拍手だった。
そしてそこでちょうどコードが終わりゆく。
賞賛の拍手もまた、彼らの記憶以外にどこにも残りはしなかった。
沈黙によって守られる――小さな、完全犯罪。
そして男はロニの向こう。
現れた猟兵ひとりひとりの顔を目を細めて見つめ
「やぁ、猟兵」
声を、かけた。
成功
🔵🔵🔴