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帝竜戦役㉙〜その命題

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●幕裏
 卵の割れる、音を聴いた。
 我らは外界に這い出たその瞬間から、覇者として君臨する資格を持っていた。
 頑丈な鱗は如何なる牙も通さず、振るう鈎爪は岩肌を裂き、広げた翼は天を覆う。
 その咆哮(ロア)を受けて、平伏せぬ生命体などいなかった。
 絶大なる吐息(ブレス)を前にして、滅びぬものなど在りはしなかった。
 ──正しく、生まれながらの王者。
 我ら竜は、竜であるというその事実だけで、常に生命体の頂点に君臨していた。そこに疑念はなく、躊躇はなく、齟齬もない。ただ世界の示す条理のままに、我らは蹂躙し、支配し、また繁栄を謳歌していた。

 卵の割れる、音を聴いた。
 いつからだったろうか。不遜にも王者たる我らに牙を剥く、愚かな生命体がこの世界に満ち溢れるようになったのは。
 ──人間。
 彼らには強靭な鱗もなく、爪もなく、翼もなかった。
 彼らは哀しいほど脆弱であった。腕の一振りで簡単に死んだ。羽ばたき一つで面白いように吹き飛んだ。
 ……けれど。
 圧倒的な咆哮を受けて尚、彼らは逃げる事をしなかった。歯を食い縛って耐え抜いた。
 吐息に焼け落ちた同族の屍を超えて、幾度となく我らの逆鱗を貫かんと迫った。何度も、何度も、何度も──何度も。
 気が付けば我ら竜族は、徐々に数を減じ始めていた。有り得ない。これは不条理だ。何故生命体の頂点たる我らが、このような脆弱な生命体に脅かされねばならぬのか。

 ……戦わねばなるまい。圧倒的な殺戮を以て、王たる種の絶対性を示さねばなるまい。でなければ我ら竜は、その存在理由そのものが根底から崩れ墜ちる……!

 そうして卵が、幾つも割れた。
 長い長い、久遠にすら感じる生存競争の中で、沢山の同胞が死んで。その数百倍とも数千倍ともつかぬ、人間を殺した。
 殺しても殺しても、彼らはどこからともなく涌いて出た。敗北を糧に、時に竜すら凌駕する貪欲さを以て、彼らは次々と同胞を追い詰めていく。不条理への怒りは、いつの間にか焦りへと変わっていった。
 首が八つになった頃、漸く理解した。彼らもまた、我らと同じ生命体の頂点たり得る存在なのだと。
 我ら竜が絶対的な“個”であるならば、彼らは対極に位置する無窮の“群”。脆弱な生命体と侮った我らが窮地に追い込まれたのは、不条理でもなんでもない。単なる理の内側から生じた、至極当然の“結果”だったのだ。
 そこにもう、疑問はなかった。唯ただ単純に、我らは種として敗北したのだ。生存競争に負けた種の末路は、己が一番良く知っている。それもまた、ひとつの結末だろう。

 ──だから、心底から理解できなかったのだ。

 あの日。“群”の中でも突出した“個”である『勇者』たちと、他でもないこの場所で刺し違えた決戦の日。
 遂に地へと斃れ伏し、最早滅びを待つばかりの己が鼻先で──晴れやかに笑った、あの男の言葉を。

『──あばよ、今までありがとう。』

 幾度となく、殺し合った『勇者』の一人。己同様、最早死に体であった。右腕は焼け爛れ、左半身は凍り付き、腹部には穴が、顔は猛毒でドス黒く変色している。
 ──それでも、それでもその男は、苦痛なぞ一片たりとも見せぬ横顔で、これから死する運命を呪うこともなく、剰え感謝の言葉すら述べて──息絶えた。
 理解できなかった。
 死ぬ間際に笑えるその感性も。数えきれないほどの同胞を殺し殺された間柄に、礼を言うその精神性も。
 ……ただ。目の前で死に逝く彼らの存在が、何だか酷く“惜しくなった”のを覚えている。無論、滅び逝く己が生命も、また。
 未だ理解できずにいる。あの時、この胸中に涌いた感情は、果たして──。

 卵の割れる、音を聴いた。

●プロローグ
「……漸く、というには余りに駆け足でしたが──最終決戦です。準備は宜しいですかな、皆さま。」
 カツン、と杖先が床を打つ音。グリモアベースに集った面々を見渡して、老いた紳士人形、ヘンペル・トリックボックス(仰天紳士・f00441)は、被った帽子に左手を添えた。
「舞台は群竜大陸最奥──四方を呪力高山に囲われた難攻不落の地、世界樹イルミンスール。彼の地を守護していた帝竜たちの魔力が途絶えた今この時こそ、千歳一隅の好機です。」
 幾度となく目にしたであろう群竜大陸の地図を指し示し、老人は拳を握り締める。
「世界樹の麓、荒涼たる塒に座すは、遍く竜の王にしてオブリビオン・フォーミュラ『帝竜ヴァルギリオス』。最早語るまでもありませんが、強敵にして難敵です。竜種故、その身に宿す強大な力は元より、状況に合わせて八属性を操る臨機応変さは脅威以外の何物でもありません。相応の策を講じ、尚且つ居合わせた味方と連携を取って挑むべき相手でしょう。」
 無策のまま挑んだとして、有効打を与えられる可能性は極々低い。敵は最強の個たるオブリビオン・フォーミュラ、一人で戦うには余りに強大な相手だ。
「……厄介なことに、これまで挑んできた帝竜たちとは違い、ヴァルギリオスはおよそ『油断』や『慢心』といった“我々への侮りを一切していません”。生まれ持った資質故、竜は己が力を過信しがちですが──どうやら彼は違うようです。此度の敵は、知略と暴力を全身全霊を以て振るう手合い……どうか、努々油断召されませんよう。」
 もう一度、杖先が床を打つ音が響いて──白い鴉のグリモアが、肩口から羽ばたき円を描く。転送がはじまった。
「……失敗すれば世界の危機は必至。殺し、殺される以外の未来はありませんが──」
 純白の羽根が降り注ぐ。淡い燐光に紛れ、老人の呟きは遠く。
「──どうか、その命題に終止符を。頼みましたよ、猟兵(イエーガー)……!」
 一瞬の浮遊感。輝きの向こう、足を踏み下ろすその刹那──大気の唸る音が、聴こえた。


信楽茶釜
 感情を形容するという行為は、即ち何を意味するのか。
 どうも皆様はじめまして、信楽茶釜と申します。陶器製です。
 ラストもひっそり参加します。
 以下補足です。

●最終目的
 帝竜ヴァルギリオスの討伐。

●戦場について
 世界樹イルミンスールを望む、呪力高山に囲われた広大な台地です。見晴らしは良く、中心に位置する世界樹だけが唯一の遮蔽物です。
 この戦場の端っこ辺りがテレポート到着地点となります。

●その他
 今回の敵は必ず『先制攻撃(行動)』を行ってきます。対応するユーベルコードへの対処法を確立している場合、プレイングボーナスとして判定が一部有利となります。通常時の判定基準は『難しい』です。

●予知による断片的な情報
『卵』『勇者』『死闘』『熱』『また汝か。』『  』

 !重要!
 今シナリオは戦争シナリオです。スケジュールの都合上、八名程度の採用を基準に考えております。決して早い者勝ちでは御座いませんので、どうぞよろしくお願い致します。
 プレイングの受付は【5/25 AM8:30~】です。それ以前の採用は難しいかもしれません。ご迷惑をおかけします。
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第1章 ボス戦 『帝竜ヴァルギリオス』

POW   :    スペクトラル・ウォール
【毒+水+闇の『触れた者を毒にするバリア』】【炎+雷+光の『攻撃を反射し燃やすバリア』】【氷+土の『触れた者を凍結するバリア』】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    完全帝竜体
【炎と水と雷の尾】【土と氷と毒の鱗】【光と闇の翼】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    ヴァルギリオス・ブレス
【8本の首】を向けた対象に、【炎水土氷雷光闇毒の全属性ブレス】でダメージを与える。命中率が高い。

イラスト:hina

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●幕裏

『…………嗚呼、また、か。これで何度目であろうか、水玲の。』
『──おそらく、回数は十を超えます。飽くまで私の記憶通りであれば、ですが。』
 重々しい問いかけに、青い竜頭が静かに答える。その隣で轟、と大気が勢いよく逆巻いた。
『あァ!? もうそんな回数“殺されてンのかよ”オレたちァ!? ナメやがって巫山戯ンじゃねェぞクソどもが……!!』
 赤い竜頭が燃え上がる。激憤して咆え猛る声を切り裂く様に、冷たく鋭い声が響き渡る。結晶を生やした竜頭であった。
『口を慎め。俺たちに刻み込まれた『死の宿命』は、最早致命的な域に達しようとしている。憤っているのが貴様だけだと思うなよ、業火の……!』
『……まぁ落ち着け、業火の。氷晶の。確かに儂らの置かれた状況は甚だ旗色が悪いがの、それも想定の内じゃて……事実、切り札のワームはまだ死に切ってはおらんわい。』
 白い獣毛を靡かせる竜頭が、呪力高山の向こう側へと目を向ける。帝竜ワームの領域たる雷雲の海は、未だ健在であった。
『ふぅん、白光の爺ちゃんが言うならホントなのかな。ボクはあの竜、嫌いなんだけど……だって、ボクの雷のほうが絶対強いもん。そうだよね、媚毒の姐さん?』
 灰色の竜頭が、バチバチと雷光を纏って首をひねる。媚毒の、と呼ばれた紫色の竜頭が、大きな瞳で瞬いた。
『んもぅ……味方のコトそんな風に言っちゃダメよ、霹雲の。アタシだって彼より美しい自信はあるケド、仲良くしようと思ってるのに……ねぇ、積土の?』
 どう聴いても男性的な猫撫で声と共に、甘い毒の香りがふわりと広がる。その隣、褐色の竜頭は──
『…………。』
『……積土の?』
『Zzz......』
『オイテメェ寝てンじゃねェぞ積土のコラァ!!』
『だから落ち着けと言うておろうに……』
『そうだよ業火の兄さん、媚毒の姐さんの毒で寝てるだけだって。』
『否、それは問題だろう。同様の事態が戦闘中に起きた場合、貴様はどう責任を──』

『──良い。』

 イルミンスールに静けさが充ちる。ともすれば物理的な重さすら感じさせるような、漆黒の声であった。
『……カダスフィア、オアニーヴ、ガルシェン、女禍、ベルセルク、プラチナ、ガイオウガ、オロチ、ダイウルゴス──いずれも世界を滅ぼし得る力を持った、一騎当千の帝竜たちであったが……しかして現状、余とワームを除くその全てが猟兵によって“殺し切られて”いる。で、あれば──余が幾度となく“殺されている”現状も、なんら不可思議なことではあるまい。』
 荒涼たる大地を、冷たい風が撫ぜ下ろす。四方を囲む山脈の呪力が、王の言葉を受けて低く胎動していた。
『……彼奴等は強い。その一人ひとりが、生命体の埒外を称するに相応しい存在規模の持ち主だ。喉元に迫るのも必定であろう。だが──』
 漆黒の竜頭が、ゆっくりと面を上げる。禍々しきその異貌に、いっそ空恐ろしい程の静謐さを湛えて。
『……この死が逃れ得ぬ宿命だとすれ、余がすべきことは変わらぬ。この世の一切を破壊し尽くし、界を渡りて滅びを撒こう……我らが、竜である為に──!』
 真紅に燃え上がる双眸を揺らし、破滅の王が天高く咆哮する。追従する七つの咆哮。揺れるイルミンスールと、鳴動する山脈。
 時空が、歪む。

『──来たか、猟兵。手加減はせぬ……!』

 グパリ、と大きく開く口腔。大気の唸る、音が聴こえた。
ユーイ・コスモナッツ
『いにしえの勇者たちになりかわり、
いまふたたび、あなたを討ち果たしますっ!』

強化された攻撃はパワーもスピードも桁違いですが、
恐怖心を抱いてはかわせるものもかわせません
「勇気」と「視力」でしっかり軌道を見極めて、
反重力シールドに「騎乗」して回避行動に徹します

そして上から叩きつけるように攻めてきたら、
かわしざまにUCを使用
摩擦ゼロの地表で滑らせ、転倒させます

いくら立派な翼があろうとも、
それだけ体勢が崩れてしまっては、
宙に浮かんで転倒を免れることはできないはず

パワーとスピードが強化されているだけに、
そして圧倒的な質量を持っているだけに、
転倒により帝竜の全身が受ける衝撃は、
彼の想像を絶するものでしょう


曾場八野・熊五郎
吶喊でごわす
鱒之助を神器形態にして『破魔』を全力で身に纏うでごわ
『野生の勘』で少しでもバリアを破りやすい場所を探して『環境耐性』で我慢しながら【犬ドリる】で突き破るでごわす『トンネル掘り』

デカすぎて我輩じゃ有効打が少ないでごわ
囮になって機を狙うでごわす

敵の体の上で『大声・騙し討ち』で注意を引きながら『ダッシュ・ジャンプ』で攪乱
ブレス警戒して別の首で遮られるように動く
仲間の攻撃に合わせ、【怪力・犬ドリる】で逆鱗に『傷口をえぐる・部位破壊』して隙を作る

狩り取ってもいない獲物を見下すのは三流の獣でごわす
そんだけ強い力を持ってて我輩らを見下さなかった
お主はすごい竜だったんでごわすな
敵ながら天晴でごわす


黒川・闇慈
「首が多い分饒舌ですねえ。口数を減らして差し上げますよ。物理的にね……クックック」

【行動】
wizで対抗です。
まずは先制攻撃への対処を。ブラックシェード、ホワイトカーテンの防御魔術を最大展開。火炎耐性、氷結耐性、電撃耐性、毒耐性、激痛耐性、覚悟と持てる技能をフル活用して防御です。
防御で時間を稼いでいる間に高速詠唱、全力魔法の技能でUCを使用します。攻撃対象は八本の首です。範囲攻撃の技能も用いて、ヴァルギリオスの首を切り刻んで差し上げましょう。

「そろそろ喋る余裕もなくなってきたのでは?クックック」

【アドリブ歓迎】


戦場外院・晶
いざ、この戦役への感謝を込めて
「戦場外院・晶と申します……よしなに」
祈るは一つ、この戦を善きものに
祈りは目に見えるオーラとなって……挑みます、驚異のヴァルギリオス・ブレス
「――」
八つの地獄を巡る巡礼
焼かれ、凍え、毒され……ふふ
「超重力の回廊を抜けていなければ、挫けていたかもしれません」
最強の攻撃、無敵の防御……しかし、必ず隙はある
「そこを突くのが、骨の平原での戦でした」
この戦役が、極限状態の私を支えてる
「……禁」
ほんの一瞬、だけでいい、封じて間を突いて

【手をつなぐ】
投げ、殴る
大きく強くとも、それを利用して崩すグラップル……楽しみましょうヴァルギリオス
この世に生まれた一個の命、互いの全てを懸けて


シーザー・ゴールドマン
帝竜ヴァルギリオス。君を殺し切るには後、何度必要かな?
まあ、何度でも良いね。
いずれ来るその時まで楽しむのみだ。

オド(オーラ防御×各種耐性)を活性化させて戦闘態勢へ。

バリアを纏い襲い来る帝竜や友軍の動きも計算に入れて、その動きを俯瞰的に見切り、残像で惑わしながら、地上、空中を問わずに移動して回避。

然る後、『ウルクの黎明』を発動。
増大化した戦闘能力で太陽めいた魔力弾を放つ。
(属性攻撃:超高温×範囲攻撃×全力魔法)
それを目くらましとして間合いを詰め、オーラセイバーを大上段から振り下ろし、極大の衝撃波を。
(衝撃波×範囲攻撃×なぎ払い×鎧無視攻撃)

最強である君が滅びる理由は、世界が望まないからだろうね。


レイブル・クライツァ
壊すだけなら誰にでも出来るもの
護る強さを知らない竜を、骸の海へ送りましょうか

確実に命中させてくるなら首の向きを確認し
広範囲でも直撃を避けるべく、自身の動きは止めないまま敵を注視
脚が使い物にならないなら、武器を差し込み脚代わりor添え木にしてでも立ち回る
口が動くなら、腕が無いor使えない程度の負傷は無視
…強いのに油断も慢心もしていないのは、似た存在に脅かされた経験からでしょうね
攻撃を仕掛ける様な気迫を向けながら、派手なその攻撃を潰す為にミレナリオ・リフレクションで護る
力も使い方次第って、教えてあげるわ
…全ての再現が無理でも、形ある限り諦めないのが勇者の定義よ

未来に繋がるよう命を懸ける方が尊いもの



●第一幕 -1-

 一瞬の浮遊感の後に、トン、と。靴底が大地を踏みしめる感覚。
 吹き付ける冷たい風。両親から貰った愛用のマフラーが暴れるように大きく靡いて、少女の前髪を掻き乱す。
 ──酷い、耳鳴がしていた。
「…………ぇ?」
 唇の端から、そんな小さな声が転び出る。
 世界樹イルミンスールのその麓。荒涼たる大地へと降り立ったユーイ・コスモナッツ(宇宙騎士・f06690)が真っ先に目にした光景は──今まさに己を滅ぼさんと迫る、八色に渦を巻く莫大なエネルギーの奔流であった。
「な────」
 皮膚が泡立つような感覚と、急激に上昇する心拍数。吠え猛る属性元素。迫り来る圧倒的な死の気配。
 反重力シールドに騎乗して離脱──ダメ、せめて展開だけでもして耐えきる──いや、これは──っ

 ──間に合わない。

 手加減抜きの遊びなし──即ち、転移直後という猟兵が最も無防備な瞬間を狙った、大火力による先制範囲攻撃。それはともすれば、猟兵として戦闘準備に入る前の“十三歳の少女”には、余りに致命的な『遊びのなさ』であった。
「ぁ────」
 破滅の輝きが瞳を灼く。呼吸と心臓の音ばかりがやけに五月蠅い。死が、迫ってくる。どうしようもなく避け得ぬ運命を伴って。
 どこか遠い自分の声をよそに、視界が光に包まれる。眼を瞑る瞬間、モノクロの影が“死”の中へと、真っ直ぐに飛び込んだのが幽かに見えて──

 一瞬の静寂。そして──轟音が鳴り響いた。

 大地が揺れる。激烈なまでの破壊エネルギーと、その余波。山脈に反響して増幅されたそれは、物理的な衝撃波すら伴ってイルミンスールの梢を揺るがす。耐え切れずに散った世界樹の枝葉が、雨のように地表へと降り注いだ。
 ひゅるぅ、るむぅ、と。濛々と立ち込める粉塵を、山颪がゆっくりと拭い去って逝く。着弾地点はおよそ酷い有様であった。半ばクレーターと化した大地は、ある部分は炎上を続け、またある部分は剣山の如き氷柱が無数に伸び、抉り取られた地表を舐るようにドス黒い瘴気が土壌その物を腐らせていた。
 およそ生命体の生存を許さぬ不毛の地。しかして粉塵のカーテンの向こう、降り注ぐ世界樹の枝葉に紛れ──今なお立ち続ける、幾つかの影があった。

「……模倣率七十五パーセント。損傷軽微。戦闘続行……怪我はないかしら?」

 漆黒のヴェールが揺れる。モノクロを思わせるどこか無機質な声は、背後でペタン、と座り込んだ少女へと向けられていた。
「……レイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)よ。どこか痛むようであれば、申告を。すぐに治療に入るわ」
「ぇ──ぁ、い、いえ! 助けてくださってありがとうございます、私は大丈夫です! む、むしろ、あなたの方が……!」
 静かに振り向いたレイブルの美貌に一瞬見とれつつも、ユーイの声が焦りを帯びる。白磁の如き彼女の右頬は、鮮血で真っ赤に濡れていた。
「ふふ……いいえ、この程度掠り傷にすぎない……とでも言いたいところなのだけれど、開幕から随分と削られた気がするわ。慢心なしと言うのは本当だったようね。」
「クックック……全くですよ。ホワイトカーテンを展開するのがあと一秒でも遅れていたら、今頃消し炭だったでしょうねぇ……楽しませてくれますよ、本当に。」
 ユラリと身を起こした痩身の影が、そう言って忍び笑いを漏らす。モノクロのレイブルとは似て非なる、影の如き男──黒川・闇慈(魔術の探求者・f00672)であった。
「……使用できる防御魔術に、ありったけの魔力を注ぎ込んでこの有様……流石は帝竜ヴァルギリオス、随分と巫山戯た性能をお持ちですねぇ……クックック。」
 対環境用魔術障壁として展開していた純白のカード『ホワイトカーテン』が、ドス黒く変色してパラパラと散ってゆく。身に纏う漆黒のコート『ブラックシェード』の魔術耐性すら貫通して、ブレスの余波は青年の体内に確実にダメージを負わせていた。
「──ああ、なんて非道い……」
 闇慈の言葉に追従するかのように、粉塵の中、耳を塞ぎたくなるような“なにかが大量に滴り落ちる音”がして──ズルリ、と。身を起こす気配。聴こえてくる声は、しかしどこか陶然とした様子の、年若い女の声であった。
「……熱く、寒く、重く、苦く、痺れ、溺れ、灼かれ、墜ちる──是なるは正しく地上に顕現した八大地獄……ああ、もう、私、私──!」
 昂ってしまいます、と。声音に喜色を湛えて粉塵の中から現れたのは、漆黒の尼僧服をドス赤く染めた長身の女。名を、戦場外院・晶(燃えよドラゴン……この手を掴め・f09489)と言った。
「……この苦境こそは、更なる高みへ昇るため天より賜りし法難……この戦いで、ああ、私いったい──どうなってしまうのでしょう……!?」
「レ、レイブルさん! どうして嬉しそうなんでしょうか、あのお方は……!」
「全身の傷よりも先に治療すべき部分がありそうね……。」
「ああ……これは失礼いたしました。私、戦場外院・晶と申します……どうぞよしなに」
 ともすれば恍惚の表情すら浮かべて口元の赤を拭う晶に、ユーイとレイブルが思い思いの反応を向ける……と。

「…………! …………! …………ッ!」

 どこからか、くぐもった叫び声。辺りを見回すと罅割れたクレーターの一画に、奇妙な物体が“生えていた”。
「クックック……なんと、これはまた面妖な……。」
「…………ッ! …………! …………!」
 喉の奥で哂いながら、闇慈が地面に生えた焦げ茶色のふさふさとした物体を、むずんと掴んで引き上げる。土の中から姿を現したのは──奇妙な形のヘルメットを被った、一匹のイヌであった。
「──ぷはぁ!? し、し、しぬかと思ったでごわす! よもや地中に潜って攻撃を避けようとしたら、ヘルメットが地盤に引っ掛かって抜けなくなるとは……この曾場八野・熊五郎(ロードオブ首輪・f24420)、一生の不覚……っ!」
「わっ……すごい、ワンちゃんが喋ってます!」
「あらまぁ本当ですね……いったい、生前にどのような行いをして畜生道なぞに……」
「いやぁ、単なる『賢い動物』だと思いますが……違いますか? 曾場八野さん。」
「ごわっ! 然り、吾輩は凄くとっても賢い犬でごわす。おぬしも多少は賢そうでごわすな! ごわ! ごわっ!」
 闇慈が尻尾を握ったまま問うと、熊五郎は宙ぶらりんで胸を張る。背中に背負った鮭(武器)がノタリペタリと頭を振った。どこか弛緩する空気。

 しかしてそれを塗り潰すかのように突如、“赤い声”が戦場に落ちた。

「──失敬。私としても歓談の邪魔はしたくないのだけれどね。今の内に体勢を整えておくことをお勧めするよ、諸君。“死ぬぞ”?」

 瞬間。唐突に天を覆った巨大な影が、大質量と共に墜ちてきた。

●第一幕 -2-

 再び舞い上がる粉塵と、降り注ぐ世界樹の枝葉。それら全てを真紅のオドで捻じ伏せて、赤いスーツの偉丈夫──シーザー・ゴールドマン(赤公爵・f00256)は、金色の瞳で地上を睥睨する。濛々と煙る視界の中、次々と開眼する真紅の輝き。クレーターを更なる奈落に成らしめて、墜ちたる影がゆっくりと八つの首を天へと伸ばした。
「……此方が生きていると分かった途端、直接制圧に切り替えてくるとはね。“前の君”と比べて、随分と余裕を掻いているようだが──そろそろ潮時かな? 帝竜ヴァルギリオス。」

『──ほぅ?』

 胃の腑を踏みつけるような、圧倒的な重さを伴う一声。それに追従するように、粉塵の中から幾つも声が上がる。
『……テメェ、随分とナメた口利くじゃねェか、オィ……黒焦げにしてやンよ!!』
『ならば俺は無尽の氷柱にて串刺しにしてくれる。なに、人間は火炙りの前に獲物を磔にするのであろう……?』
『…………。』
『あらヤダこの子また寝てるわ』
『まずは姐さんが口を閉じないと……』
『……放っておけ、どうせすぐに起きるわい。』
『どうやら其処な御仁、既にして“別の”私たちと戦っているようですが──』

『──解せぬな。■■■■の分霊受肉体が、何故人間の味方をしている……?』

「──おや、無粋はナシでお願いしたいものだね、帝竜。私は“あくまで人間”で、君の敵だとも。それ以上の理屈が必要かな……?」
『……よく舌の回る男よ。』
 他の首と違い、異貌の黒竜は赤公爵の傲岸不遜たるに、怒りを示そうとはしなかった。ただその紅い瞳に炯炯と、得体の知れぬものを秘めて──帝竜は口を開く。

『……嗚呼、確かに。汝の“時間稼ぎ”に付き合う道理もなかろう──業火の、氷晶の……!』

『あいよォ──!!』
『──御意!』
「…………っ、なるほど──これは実に厄介この上ない……!」
 シーザーが口の端を小さく歪めたと同時。爆炎と吹雪のブレスが、シーザーではなく“地上で態勢を整えていた”猟兵たちへと、容赦なく放たれた。
「クックック……そうは問屋が卸しませんか……!」
「わわわ熱いでごわす寒いでごわす気が付かれたでごわすー!?」
「ぅ、ぁ──」
「──分散する他ないわ、走って!」
 闇慈と熊五郎、ユーイとレイブルが二手に分かれて逃走する。しかして──ただ一人、逃げるどころか帝竜の下へと真っ直ぐに疾走る影があった。
「な──戦場外院さん!?」
「──無茶よ! 戻りなさい!」
 静止の声がその耳に届くよりも速く、戦場の拳鬼は風になる。その横顔には、歓喜とも陶酔ともつかぬ凄絶な笑みが浮かんでいた。
 攻撃の隙間を突いたクロスレンジへの突貫。最早バリアの展開は間に合わず、追撃のブレスを放とうにも帝竜自身に被害が及ぶ絶妙な間合い。

「……この戦役への感謝を籠めて──いざ!」

 大地を踏み砕くほどの強烈な踏み込みと共に、砲弾の如き加速を以て晶が跳ぶ。鋭く捻れる上半身。狙いは胸部、腰だめに構えた右拳が、インパクトの直前で掌底へと解放される。それは外殻の破壊を目的とせず、内臓へ直接衝撃を撃ち込む拳技の妙。例え強靭な鱗に覆われていようと、確実に内傷を与える鎧通しの一撃……!
「破ァ──ッ!」
 掌底が、胸部の中心へと叩き込まれる──その寸前。“ゴポリ”と、粘性の液体が噴き出る厭な音がした。
「…………ッ!?」
 胸部の鱗の、隙間と言う隙間から、酷く毒々しい色の液体が滲みだす。速度と重さの乗った右の掌底は、進路を変えることなく真っ直ぐに放たれ──そのままズブリと、毒液の中に沈み込んだ。
「く、ぁ……!!」
 急速に右手を犯してゆく強烈な痛みと痺れ。即座に右手を引き抜き着地すると同時、胴部の下へと転がり込んでブレスの応酬を避ける──が。

『……積土の。』

『……ヲ──ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!』
 大地が、震えた。
 褐色の竜頭の咆哮に呼応して、ヴァルギリオスを中心とした地面が爆発的に罅割れ、隆起する。
「戦場外院さん──っ!!」
「ユーイさん、駄目……!」
 間一髪、顎の如き地裂に呑まれかけたユーイを抱いて、崩壊する大地をモノクロが疾走る。
「あ、あぁ…………!」
 伸ばした手は──届かない。
 遠ざかる帝竜の巨体。その真下に倒れ込んだ晶もまた、例外なく地裂に呑み込まれ──やがて、見えなくなった。

●第一幕 -3-

「……ここなら暫くの間は凌げそうですねぇ。しかし──」
「えぇ、今はシーザーさんがヴァルギリオスを引き付けてくれているけれど、それも長くは保たないわ。打開策を考えないと……」
 隆起した巨大な岩陰からそっと顔を引っ込めて、闇慈とレイブルが顔を見合わせる。
 状況は芳しくなかった。晶はおそらく戦闘不能。闇慈は初撃を凌ぐのに防御用の魔術礼装を殆ど使い果たし、レイブルは先の逃走劇の際に右脚を、熊五郎は脇腹を負傷している。シーザーも前線で粘ってはいるが、徐々に体力と魔力を削られているだろう。唯一負傷を負っていないユーリは、膝を抱えて俯くばかりであった。
「……この距離でも敵の攻撃が吾輩たちに届くと言うのは、何と言うか……シンプルに厄介でごわすなぁ。」
「……そうね。あちらに辿り着くよりも前に、ブレスの連射で一網打尽にされる可能性は低くないわ。」
「なまじ辿り着けたとして待っているのは、厄介な属性を付与されたバリアと強化された帝竜、ですか……クックック、そう考えるとあの局面は撤退でなく、彼女のように死んでも盤上に張り付くのが正解だったかもしれませんねぇ……えぇ。」
 ピクリ、と。闇慈の言葉にユーイの肩が跳ねる。無表情気味なレイブルの視線が、どこか咎めるような色を添えて闇慈を見た。
「……失敬、言葉の綾です。あのブレスを唯一、生来の闘気だけで受けきった彼女がそう簡単に死ぬとは思えませんが──」

「…………なにも、できませんでした。」

 膝に顔をうずめたまま、ユーイは小さな声でそう言った。
「……なにも、できなかったんです。倒れた戦場外院さんを見て、頭が真っ白になりました。いつもみたいに、助けに行かなくちゃって。そう思ったんです。なのに……なのに私、足が──動か、なく、て……。」
 啜り上げるような音が、岩陰に響く。二人と一匹はその独白を、ただ黙って聴いていた。
「……死ぬのが怖いと思いました。出鼻を挫かれて、皆さんに助けられて……どうして、でしょうね。今までだって、そんな場面はたくさんあったのに。どうして私、こんな、こんな急に──弱虫に、なっちゃったんでしょうか……?」
 岩陰の向こうから、ブレスが天を焼き焦がす音が聴こえる。戦いは続いていた。今こうしている間にも、確実に。
「……こんな弱い心なんて、とっくの昔に捨てたと思ってました。こんな弱い私なんて、ずっと前にお別れしたと思ってました……でも、でも……っ」
 小さな肩が、震えている。心の準備もしない内に突き付けられた、根源的な死への恐怖。それは少女の心を確実に蝕み、冷たい茨の蔓となって少女の手足を縛り付けていた。
「……嫌です、私、こんな──これじゃぁ、誰も助けられない……これじゃぁ、騎士になんて──!」
 なれない。そう言いかけた少女の肩に、ふわりと。手を置いてしゃがむモノクロがいた。レイブルであった。
「……いいのよ、それで。」
「……い、いいわけ──!」
「──いいの。死は怖いもの。傷は痛いもの。それは、曲げることの出来ない事実なのだから」
「で、でもレイブルさんは──」
 ユーイが顔を上げる。うるんだ瞳に映った戦闘用人形はボロボロで──どこか寂しそうな微笑を、幽かに浮かべていた。暫し言葉を失う。
「……あなたは、死を怖いと感じることができる。痛みを理解することができる。それは、とっても素敵なこと。壊すだけなら誰にでも出来るもの。」
 淡々と、それでも思いを籠めて、人形は少女に語り掛ける。
「だから──どうかそれを捨てないで。それができるあなたを、嫌いになんてならないで。私からの、お願いよ。」
「────。」
 少女は言葉もないままに、人形と見つめ合う。なんだか、無性に哀しかった。無性に悔しかった。こんなにも綺麗な“ヒト”が、そんなお願いをする現実が。
「でも……それじゃぁ、戦えません……また、レイブルさんに怪我させちゃいます。……その脚だってホントは、折れ──」
「──平気よ、こんなの単なる掠り傷。気にする事ないわ。」
 嘘だ、と思った。自分を抱え、右足を引き摺りながら走った彼女の横貌を、ユーイは誰より真近で見ていたのだから。
「世界樹の枝で添え木もしたし、まだまだ幾らでも走れる。それに──もしあなたが片足を使えなくなったとして、諦める? 全部捨てて、お家に帰れる?」
「そ、そんなこと、出来るわけ──!」
 ない、と言いかけて、ユーイがハッとした顔をした。無表情気味なレイブルの口元に、小さく笑みが浮かぶ。
「ふふ……大丈夫。あなたは、死を怖れるのと同じくらい、誰かを救いたいって気持ちで溢れてる。だからいいのよ、それで。ね?」
「……そうでごわすよ、ユーイ。とある勇者の心得に、こんなのがあるのでごわす。」
「勇者、の……?」
 いつの間にか、ユーイの目の前でお座りした熊五郎がいつになく真剣な顔で、黒い瞳を真っすぐ少女に向けていた。
「そうでごわす。勇者の心得、その一──『泣かないめげない諦めない!危なくなったらすたこら逃げる!』」
「泣かない、めげない──すたこら逃げ……えぇ!?」
 驚いて声を上げるユーイをよそに、賢い動物は器用にニカリと笑って見せる。
「……そう。いくらでも逃げて良いのでごわすよ。その代わり、何があっても泣いちゃダメでごわす。めげずに、諦めないで挑戦し続ける人のことを──人は、勇者と呼ぶのだそうでごわす。」
「ぁ──。」
 熊五郎の言葉に、ユーイの視線が自然と、レイブルに向かう。当の彼女は気恥ずかしそうに目を逸らし、ついでに少しばかり恨みがましい視線を熊五郎に投げてよこした。どちらも普段の彼女の挙措からすれば、珍しいものであったが──
「……まぁ、いいわ。とにかく、今すぐにでも打って出ないといけないことだけは確かよ。準備はいい?」
「……クックック。おやおや、もう宜しいのですか? 私は別に、もう少しばかり休憩していても──」
「闇慈さん……!」
 何故か顔を逸らして軽口を叩く彼の名を、ユーイが呼んだ。
「レイブルさんも、熊五郎さんも……! ご迷惑おかけしました。私、行けます──っ!」
 どこか危なっかしく、けれど決意と覚悟に漲った、少女の声。つられて二人と一匹も、自然と口元が緩んだ。
「……やれやれ、仕方がありませんねぇ。そこまでやる気を見せられては、大人が頑張らないわけにもいかないでしょう。」
「ごわっ! みんなで力を合わせるでごわすよ!」
「ふふ……頼りにしてるわよ、騎士様。それじゃあ──護る強さを知らない竜を、骸の海へ送りましょうか。」
「はい! 今こそこの戦争を終わらせる時──征きましょう、 騎士の誇りのもとに!」

 ──反撃、開始。

●第一幕 -4-

『オイコラテメェ!! ちょこまか逃げ回ンじゃねェいい加減消し炭になりやがれァ──ッ!!』
「…………!」
 怒号と共に放たれた摂氏数千度を軽く超える灼熱のブレスが、宙を舞うシーザーを直撃する──が。
「……すまないね、業火のヴァルギリオス。それは出来ない相談だ」
 直後、熱気に揺らぐ残像を置き去りにして、少し離れた位置へと赤公爵が姿を現す。
『……アイツ、スバシッコイ。オレ、ニゲルヤツ、キライ……! ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!』
 積土のヴァルギリオスが天へと向けて、凄まじい量の土砂を吹き上げる。降り注ぐ土塊を掻い潜りながら、シーザーは金色の瞳を後方へチラリと向けた。
(……さて、そろそろオドの節約にも限界が来ているが──どうやら間に合ったようだね。)

『……ほぅ、穴熊を決め込んで出てくる気はないと思っていたが──打って出るか。敵ながら称賛を贈ろう……余に再び牙を剥いたその蛮勇に……!』

 交戦中のシーザーは業火と積土に任せ、残った六首が口腔を大きく開く。狙うは呪力高山北方──即ち、無謀にも再び突撃してきた“一人と一匹”……!
「……く、来るでごわすよ!」
「……えぇ、大丈夫。あなたがヤツのバリア展開域に入るまでは、絶対に防いで見せる……!」
 荒れ果てた大地を疾駆する。双方、その身に軽くない傷を負っている身であったが、むしろ逃走時よりもそのスピードは増してすらいるようであった。
「……格好良かったでごわすよ、さっきの。」
「さっきの?」
「こんなの単なる掠り傷、ってやつでごんす。」
「あぁ……ふふ。年下の女の子の前でくらい、すこし格好つけても良いじゃない?」
 だらりと“垂れ下がって動かない”左腕に苦笑して、モノクロームはひた走る。撤退時に損傷したのは、なにも右脚だけではなかった。
「それに──やせ我慢はお互い様でしょう?」
「……で、ごわすな! こんなの単なる掠り傷! 痛くもなければ痒くもないでごわ! ごわっ!」
 わき腹に巻いた包帯が赤く滲むのも気にせず、熊五郎は勝ち機に吠える──と。
 轟、と大気が唸りを上げた。遠く、六つの頭から放たれたブレスが絡み合い、混ざり合い、凄まじい速度で迫ってくるのが見える。
「それじゃあ──武運を。」
「お互いにでごわす!」
 二手に分かれると同時、直撃ルートに居たレイブルが右腕を掲げた。
「──対象視認。解析完了済。模倣率八十五パーセント。ユーベルコード名:ヴァルギリオス・ブレス。対象威力:前回より二割減。オリジナルを限定再現──」
 金色の瞳が超常を暴く。それはヒトを模し、数多の時代、数多の世界で創られし『生き人形(ミレナリィドール)』だけが有するユーベルコード。
 死の輝きが、目前に迫る──。

「是──ミレナリオ・リフレクション……!」
 
 瞬間、翳したレイブルの右手から、全く同じ輝きが迸った。放たれたブレスとブレスが衝突し、いっそ清々しいまでの勢いで相殺する。
 敵方、沈黙。しかして安堵する間も無く、立て続けの第二射がレイブルへ向けて放たれた。変わらず、右腕を掲げる。
「……そう、あなたは私を無視できない。強いのに油断も慢心もしていないのは、似た存在に脅かされた経験からでしょう……?」
 そう独り言ちて、再びのミレナリオ・リフレクション。流石はオブリビオン・フォーミュラの行使するユーベルコードか、相殺の為に放った一撃の余波だけで、凄まじい負担とフィードバックが彼女の躯体を襲っていた。それでも──右腕を、翳す。
「めげずに、諦めないで挑戦し続ける人のことを勇者と呼ぶ、か──。」
 第四射。第五射。耐える。耐える。耐え続ける。負けられない。これが私の戦いだ。
「ふふ……えぇ、その通りね。だって、未来に繋がるよう命を懸ける方が尊いもの……!」
 気魄を以て、屹立する帝竜を睨めつける。その足下には、いよいよ到達せんとする獣の姿があった。

『おのれ小癪な人形……! 黒帝、そこな赤い男は一端おいて、最大出力であの人形を──!』

『──ならぬ。侮るな、氷晶の。隙を見せれば足下を掬われるは道理──故にそこの獣も通しはせぬ!』

「ごぁー!? ひょっとしたら見逃してくれるかもという淡い希望がー!」
 半泣きで疾走りつつも、熊五郎は妙な感動を抱いていた。なにしろ見た目は体長三十センチにも満たない小型犬、侮ってかかる相手の方が圧倒的に多かったのだ。
「……いいや、甘い考えは捨てるべきでごわすな。向こうが敬意を払うなら、此方も敬意を払うのが良い蕎麦屋でごわす……!」
 ヴァルギリオスを中心として、強固な隔壁が形成される。三枚のバリアから成るその隔壁は、いずれも厄介極まりない性能を誇っていた。
(これを破らない限り、作戦は成功しないでごわ……バリアの弱いところ、弱いところ……)
 ……ない。否、強いて言うのならバリアとバリアの繋ぎ目だが──
(反射のバリアには触れられない以上、狙うのなら毒と氷結のバリアの繋ぎ目意外にないでごわす。でも──)
 果たして二種の状態異常を受けながら、果たして自分はこのバリアを突破できるのだろうか。ちっぽけな自分が、何百倍も大きな竜を倒すことなんて、できるのだろうか。
「ご、ごわ──」
 臆病な風が、背筋を撫で上げようとした──次の瞬間。ベシリ、と強烈な衝撃が、熊五郎の後頭部を襲った。
「い……『石狩鱒之助刻有午杉』……!」
 背中に背負った鮭(武器)であった。過去、遡上しているところを熊五郎が捕獲して以来、連れ添ってきた相棒である。
「……そうでごわすな。」
 びちり、と鮭児が跳ねる。これまで幾多の戦場で魔王や帝竜を屠ってきたこの鮭(武器)は、ともすれば誰よりもこの戦いを待ち望んでいた。
「自分が言ったことは、キチンと守るべきでごわ……吾輩はめげない、諦めない……!」
 煌ッ! と、背にした鮭(武器)が凄まじい輝きを放つ。最早ある種の神器と化した運命の鮭児から、絶大なる魔滅の力が主へと流れ込んでゆく……!

「……いくでごわすよ、相棒。今こそ吶喊の刻でごわす──!」

 獣が咆えるのと、氷晶の竜頭がブレスを叩きつけたのはほぼ同時。瞬く間に凍結してゆく大地を縫って、小さな身体が強烈な回転をしながら宙を奔った。
「ぐ、う、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 バリアとバリアの繋ぎ目に、無理やり身体を捻り込む。肉を焦がす猛毒と、骨をも犯す冷気。その二つが齎す苦痛に、小さき獣は牙を食い縛って耐えた。
「う、ぅぅうぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ!!」
 痛い。熱い。寒い。辛い。苦しい──。
 いつ終わるとも知れない無間地獄。折れそうになる心を、何度も叱咤して回転する。負けない。負けられない。これが吾輩の戦いだ。
「ぐ、ぅ──ゴアアアアアアアアアアアアアア!!」
 吼える。思えば遠くへ来た。自分は犬だ。蕎麦一つ、まともに届けられないような犬だ。けれど──
「負、け、ない……!!」
 せめて何か一つでも、胸を張って帰りたいから。だから、こんなところで、負けられない……!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 ビシリ、と鋭い音。それはあっという間に、バリア全体へと広がって──
「ゴワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 甲高い音と共に、絶対防御たる帝竜の隔壁スペクトラル・ウォールが粉々に砕け散る。
 余りにも対格差のある帝竜を前にしても尚、猛然と駆け出すちっぽけなの獣を目にして──巨大な四肢が小さく、本当に小さく後退したのを、穴の底で“彼女”は見ていた。

●第一幕 -5-

「──闇慈さん、バリアが!」
「クックック、彼も漢ですねぇ……行きますよ、ユーイさん……!」
 バリアが砕け散ったその直後。帝竜の背後へと奔る、一筋の流星があった。
「もともと二人乗りじゃないですから、しっかり掴まっててください……!」
「え、えぇ……言われずとも……!」
 ──と言うより、手を放したら死ねる。
 ユーイの相棒にして騎乗用のボードでもある大盾『反重力シールド』──その下部にプラーンと両手で掴まって、黒川・闇慈はユーイと共に宙を一直線に駆け抜けていた。
「闇慈さん!」
「なんです……!」
 凄まじい風圧に煽られながら、互いに大きな声を上げる。そうでもしないと会話など到底成り立たない。
「ありがとうございます!」
「なんの話ですかねぇ……!」
「さっきの岩場で見張りをしながら、私たちのこと防御魔法で守ってくれてましたよね……!?」
「クク……はて、なんのことだかサッパリですが……私は残ったホワイトカーテンの強度を確認していただけですよ……!」
「それでもありがとうございます!」
「────。」
 風が唸りを上げる。ヴァルギリオスの背に到達するまで、あと二十秒程度だろう。
「……闇慈さん?」
「…………て。」
 ……どういたしまして、と。その小さな返答が、少女に届いたかどうか。
 ヴァルギリオスは依然、北方──即ちレイブルと熊五郎を標的として戦闘を続けている。此方に気が付く気配はない──そう、思っていた。

『──矢張り来たか。逃がした獲物の数を忘却するほど、余は落ちぶれてはおらぬぞ……!』

 遠く離れようと、胃の腑に響く重い声音。乱戦状態に陥っても尚、帝竜は一切の油断をしてはいなかった。ぐるりと背後を向いた三本の竜頭が、その咢をグワリと開く。
「…………ッ!」
「クックック……そう甘くはありませんか……ユーイさん!」
「は、はい……!」
 急速に距離を縮めてゆく帝竜の背中。三つの巨大な咢へと、莫大な魔力が集ってゆく。
「──ここでお別れです。私があの一撃を防いでいる間に、アレの足元を掬ってやりなさい。」
「で、でも──」
「最大出力ならいざ知らず、三本程度の火力なら今の私でも防げます……クックック、大丈夫です、心配ありませんとも。」
「────」
 バラバラバラと闇慈の懐から零れ出した無数のカードが、翻って強固な障壁を形作る。ブレスが──迸った。
「では──。」
「闇慈さん!」
「──お行きなさい、宇宙騎士。ここは魔術師が請け負います……!」
「……、どうか、ご無事で──!」
 両手を、放す。瞬く間に小さくなる少女の背中と、目前に迫る死の輝き。ホワイトカーテンに加え、ブラックシェードの各種耐性を極限まで活性化させる。
「……ありがとう、ですか……クックック、礼を言われるとは──私もヤキが回りましたかねぇ……!」
 ニヤリと笑みを浮かべ、魔術師は詠唱を開始する。負けない。負けられない。ここからが己の戦いだ。
 閃光、衝撃──そして轟音が、響き渡った。

●第一幕 -6-

 南の空へと三色のブレスが奔る。命中・爆散したその閃光の中から、尚速度を増して此方へと迫る一筋の流星の姿を、シーザーは確かに見ていた。
「……ふむ、仕掛け時のようだ。」
『貴様、何処へゆくつもりだ……!』
『逃がすと思ってンのかよクソ野郎……!!』
 さらに高度を上げたシーザーへと、爆炎と吹雪が奔る。いよいよスーツの裾を焦がし、或いは凍らせながら、はるか上空にて赤公爵は右腕を高く掲げる。
「逃げるつもりはないとも。ただ──そろそろ幕を引く頃合いだと思ってね。」
 
 瞬間、世界がアカイロに染まった。
 
 真紅の風が掲げた右腕へと集う。膨張する大気に呼応して、莫大な魔力が天を覆う。中天に座すそれは禍々しき太陽にも似て、イルミンスールの空へと顕現していた。
 呪力高山が鳴動するほどの、凄まじい魔力規模。明らかな大技の前兆に、全ての竜頭が天を仰いだ。

『ほぅ──それが汝の全力か……!』

「……ああ。今用意できる魔弾は、これが最大だ。さて、帝竜ヴァルギリオス。君を殺し切るには後──何度必要かな?」
『ナメンじゃねェぞテメェオィコラァ──!!』
『その唇を凍らせて、その無礼な口を二度と利けなくしてくれる……!』
『コロス──!』
「ふふ……まあ、何度でも良いね。いずれ来るその時まで楽しむのみだ。」
『ほっほ、随分と大きく出たものじゃのぅ……!』
『──その対価は高くつきますよ。』
『残念ねぇ……アンタみたいな勝気な男、タイプなんだケド。』
『ボクたちに喧嘩売ったんだ、覚悟はできてるよねぇ……!』
 口々に咆え猛る竜頭の咢へと、絶大な魔力が集う。首八本、最大威力のヴァルギリオス・ブレス。その威容を前にして尚、赤公爵は──金眼を細く眇めるだけだった。

「それでは──楽しませて貰おうか。」
『ほざけええええええええええええ!!』

 太陽が、墜ちる。迎え撃つは八色の螺旋、地上より伸びた光の柱は、狙い違わず真紅の太陽へと直撃し──刹那、世界から音が消失した。
 目を灼く閃光。叩きつけるような衝撃波。しかして帝竜の放ちし最強最大の吐息は、真紅の太陽を完膚なきまでに貫き、消滅せしめてみせた。

『クハ──クハハハハハハハハ!! 大口叩けど所詮はこの程度か! 余が最強の個であることを忘れた汝の不覚────ッ!?』

 漸く仕留めた歓喜の念に、一瞬開いた意識の隙間。その隙間を縫い、閃光の中から飛び出した一筋の流星──ユーイ・コスモナッツの突貫に、帝竜ヴァルギリオスは完全に虚を突かれた。流石に想像もしていなかったのだ。あの規模の魔弾がその実──“単なる目くらまし”だったなどと……!

「──帝竜ヴァルギリオス!」

 剣を抜き、鎧を纏った少女は叫ぶ。威風堂々たるその姿はまるで、“あの時”己を討ち果たした勇者の姿を思わせた。
「決着のときです! いにしえの勇者たちになりかわり、いまふたたび、あなたを討ち果たしますっ!」

『汝は──そうか、遂に来たか“勇者”よ! なれば余も全身全霊を以て、汝を叩き潰す……ッ!!』

 白翼と黒翼が天を覆う。全身の鱗から毒液が滲み出し、流体化した尾が業火と紫電を纏う。完全なる帝竜化を遂げたヴァルギリオスに、ユーイは真正面から相対する。
「──来なさい、ヴァルギリオス!!」

『オオオオオオオオオオオオオオ!!』

 大地が、爆ぜた。強化された絶対的なスピードと破壊力を上乗せした、前肢による真っ向からの“振り下ろし”。
「────ッ!」
 迫る圧倒的な死の気配。怖かった。恐ろしかった。叫び出しそうだった。それでも──目は閉じない。軌道をしっかり見極めて、死と対峙する。
 何度も自分を助けてくれた、優しい人形(ひと)。ちょっぴり間が抜けているけれど、大切なことを教えてくれた賢い動物。どんなときも飄々と笑っていた、黒い魔法使い。きっと自分たちを信じて、一人で身体を張り続けた赤いおじさん。そして──助けられなかったあのひと。
 負けられない。ここまで繋いでくれた思いをぶつけて、その先(ミライ)に繋ぐまでは、負けられない……!
 少女と竜が肉薄する。巨大な爪の一撃が、ユーイを捉えようと奔ったその刹那──宇宙騎士はぐるりと軌道を下に変え、帝竜の懐深くへと潜り込んだ。
 まさに神業。致命の一撃を見事に躱し、完全なる死角にてユーイは愛用の剣『クレストソード』を、地面に深々と突き立てる。

「──ブレイクアップ!!」
『────!?』

 瞬間、帝竜の巨体がふわりと宙に浮いた。まるで路傍の石に躓いて転ぶような、泥濘に足を滑らすような──そんな挙動。他ならぬヴァルギリオス自体が、状況の把握を欠いた。
 オーロラの表面張力(オーロラスプレッド)──突き立てた剣を中心に、摩擦抵抗を極限まで減らす力場を形成する、ユーイのユーベルコード。今まで天より地上を睥睨していた帝竜は、知りもすまい。その巨体で“転ぶと言うこと”が、どのような事なのかを。

『グッ──ガ、ハァ…………!?』

 大地が揺れる。スピードと破壊力が増していたが故に、直後その巨体を襲った衝撃ダメージは甚大であった。芯を打つ痺れ。一瞬止まった呼吸と、八頭を揺らす三半規管の混乱。
 ──そしてその空白は、致命的な隙となって死神を招く。
「いまです、皆さん──!」
「ゴワアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 雄叫びと共に、地に墜ちた首へと獣が食らいつく。逆鱗を暴き立てるその爪牙は怒涛の如く、次々と弱点を顕わにされた竜頭にむかってモノクロの刃が疾走る。
「──いい様ね。帝竜、ヴァルギリオス……!」
『おのれ人形めが──!!』
『万死に値します』
『死に晒せェオラァ!!』
「……力も使い方次第よ。これじゃ私に届かない。」
 不完全な大勢で放たれたブレスを右腕で掻き消して、美しき斬滅用戦闘人形はどこまでも鮮烈に戦場を舞う。高らかに吼える熊五郎の声に、竜頭が揃って色めき立った。
『よくも、ボクにここまで……!』
『死んだって許してあげないわよ……!』
『コロス、コロスコロスコロスコロスコロス!!』

「──首が多い分饒舌ですねえ。口数を減らして差し上げますよ。物理的にね……クックック」

 ゆらりと影が降り立つ。ズタズタになった漆黒のコートを風に揺らし、魔術師はそれでも静かに哂っていた。
「……咲き誇れ致死の花。血風に踊れ銀の花。全てを刻む滅びの宴をここに──シルヴァリー・デシメーション……!」
 ざぁ──と風が揺らいだ、その直後。ヴァルギリオスを中心として噴出した無数の液体銀で出来た花弁が、熊五郎の暴き立てた逆鱗を寸分たがわず切り刻んでゆく。四方の山脈に迸る苦悶の叫び。のたうつ巨体の激震に、イルミンスールが悲鳴を上げる。
「クックック……もう喋る余裕もないでしょう。さぁ、トドメの花を手向けと受け取りなさい──!」

『まだ……だ…………!!』

 ガシリと、強靭な四肢が大地を掴む。転倒からの混乱状態が、漸くして解けたようであった。

『まだ、終わらぬ……!!』

 再び屹立する巨体。いくつかの首は致命傷を受け、ダラリと垂れ下がってはいたが──黒き異貌の竜頭は、いまだ真紅の瞳を燃やし続けていた。

『……この身果つるまで、余は何度でも汝らを蹂躙しよう……! この身果つるまで、あらん限りの破滅と暴虐を撒き散らそう、余が、竜であるが故に……!』
「……そう、ですか。それはまぁ、なんとも──昂りますねぇ……!」

 ずるり、と。崩壊した大地の奥底から、その女は這い上がる。八つの地獄、その全てを巡り終えた、輪廻の果てに。
「──改めて。御機嫌よう、帝竜ヴァルギリオス。戦場外院・晶と申します……よしなに。」

『な──汝、何故……!!」

 この時ばかりは帝竜だけでなく、誰もが一様に言葉を失った。地上へと這い上がった彼女は、どうみても動けるような状態ではなかったのだ。目に見える部分だけでも火傷と凍傷は見るに堪えず、猛毒に犯された右腕に限っては崩れ落ちていないのが不思議なほど。まさしく死に体であった。
「……超重力の回廊を抜けていなければ、挫けていたかもしれません」
 ミシリ、と。何かが軋む音がした。
「……骨の平原での戦がなければ、諦めていたかもしれません」
 ギチギチと、何かが引き絞られる音。それが彼女の身体から発されていることに、竜は漸く気が付いた。
「すべては試練なのです。この戦役が、極限状態の私を支えてる。何を恐れることがありましょうや?」
 死に体の筈だ。一撃でも見舞えば、崩れ落ちるはずなのだ。だと、言うのに──
「さぁ、楽しみましょうヴァルギリオス。この世に生まれた一個の命、互いの全てを懸けて……!」
 彼女の身体から溢れ出る闘気は減退するどころか、爆発的に膨れ上がっていた。スッと、拳鬼が両手を広げる。まるでその腕に、竜すら抱こうとするかのように。
 判断は、一瞬だった。
 目の前に立つこの死にかけの女が、恐るべき障害であると認識したその直後。巨大な前肢が、鈎爪を広げて女へと奔り──

「……禁。」
『────!?』

 前肢が、“受け止められていた”。ドス黒く染まったその右腕が、ヴァルギリオスの小指の一部を握り締めている。
「ああ──握手を、していただけるのですね?」
 ゾワリ、と竜の背筋を悪寒が這い上がったのも束の間。先のユーイを再現するかのように、小指を引かれた巨体が──宙を舞った。
「たとえ大きくとも強くとも、その身はあくまで物理法則の囚生。なれば崩す方法など、幾らでも御座います──。」

『ガッ────!?』

 まるで大砲の発射音の如き打撃音が、幾つも幾つも響き渡る。がら空きの腹部へと叩き込まれるのは、激烈な打撃の応酬。身を捩り態勢を整えようとすれば即座に崩され、腕の一振りがあらぬ方向に逸れる。牙を剥けば顎を砕かれ、翼を広げれば捻じ伏せられる。そして、これまでヴァルギリオスを絶対強者としてせしめていたユーベルコードは──発動しない。
 これぞ戦場外院・晶が秘めし狂気の一端、禁術・絶対接戦。あらゆる超常の力を禁止し、世界法則すら一時的に塗り替える恐るべきユーベルコード……!

『お──おのれええええええええええええええ!!』

 手も足も出ぬままに殴打され続け、漆黒の異貌が天に咆える。そして──見た。
 真紅の魔力によって形成された、巨大な刃を。それを掲げる、赤き公爵を。

「──断頭台の準備は整った。お別れの時間だ、ヴァルギリオス。」
『っ──分霊受肉体……ッ!!』

 全ての艱難辛苦は、今この瞬間のために……!
「──今です、赤公爵様!!」
「辞世の句を詠む時間もありませんがねぇ──」
「これで最後……!」
「よろしくお願いします──っ!!」
「やっちまえでごわあああああああああ!!」

 真紅が、落ちる。その一閃は、人類史の暁に輝く黎明にも似て──。

「──最強である君が滅びる理由は、世界が望まないからだろうね。」
『世界、か──嗚呼、見事だ、人間……!!』

 絶大なる帝竜の命脈を、みごと絶ち斬って見せたのであった……!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

清川・シャル
ましたね、トカゲの親分!
というには大きすぎますね。大迫力。
ここで倒れて頂きましょう

まずは触れなければいいでしょうか?
耐熱コーティングの弾って行けるか試しましょう。フレシェット弾を込めておきます。
UC起動、全弾を念動力でコントロールして的確に当てていきます。
同時に全力魔法でこちらも多重障壁のバリアを張り、無数の氷柱を含んだブリザードを浴びせましょう
毒耐性と氷結耐性と火炎耐性、激痛耐性で耐えます
近距離はチェーンソーモードのそーちゃんで、呪詛を帯びたなぎ払い攻撃を行います
勇者の意志を継ごう


カイム・クローバー
ハハッ、良いねぇ。最終決戦ってのはこうじゃなきゃ、面白くねぇ。
勇者なんて呼ばれるような存在には遠いが、一応、背負うモンがあるんでね。

【二回攻撃】と【クイックドロウ】で距離を保って二丁銃による銃撃を放つ。効果が薄くても構わねぇ。【挑発】の意味を込めて敵意を引き受け、【第六感】による勘と【見切り】で攻撃を躱す。
完全に躱し切る事は出来ねぇだろうけど多少の怪我じゃ不敵な表情は崩さず。
軽口叩く【挑発】も止めるつもりはないぜ。
俺の狙いは帝竜のブレスの瞬間。真ん中の首の口内に紫雷の【属性攻撃】を含めたUCを叩き込む。
外皮はともかく、口内は竜であろうと弱点のはずだ。

特注の弾丸だ。この一発は──刺激的だぜ?


シン・コーエン
眞白さんと

帝竜に礼を言った勇者か、判る気がする。
強敵には敬意を払い、戦友との絆を抱いて戦うのが戦人だ。
帝竜に名乗り、最前線で戦い、眞白さん達と連携。

『敵UC対策』
【ダッシュ・ジャンプ・空中浮遊・空中戦】を組み合わせて陸と空を素早く動き、【残像】による分身で幻惑し、【第六感と見切り】で回避。
炎・氷・毒は【衝撃波】で吹き飛ばし、水と土は【念動力】で操作して雷の尾を防ぎ、村正の刀身に宿した【鏡の属性攻撃】で光を反射して闇に当てて相殺。
最終手段は【オーラ防御】。

眞白さん危険時は【念動力】で彼女を緊急移動。

UC使用時は灼星剣に【風の属性攻撃・衝撃波・念動力の加速】を加え、八つの首全て【2回攻撃】で斬る!


神元・眞白
【SPD/割と自由に】シンさん(f13886)と一緒に。
こんにちわ帝竜。また、お会いすることになるでしょうか。
繰り返し繰り返し今回も、終わりの時まで踊りましょう。
お互いやるべき事をやるべくして。では今回も、よろしくお願いします。

シンさんが前での逸らしを担当してもらえるので、私はダメージの肩代わり。
魅医越しにはなりますが、シンさんにはそう見えない様に演技を交えて。
敵を騙すには味方から。秘密にしておきましょう。
魅医も私も目立たないにすれば相手にしたらシンさんが不死身に見えるかも、しれません。

符雨、シンさんが対応できない攻撃は防いでおいて。
私達は人形。様々な耐性があるし、符の障壁での時間稼ぎを。


ガルディエ・ワールレイド
死に際に礼を言った勇者の気持ちがわかる気がする
死闘を演じた相手が、真の強者で有る事に理屈抜きの感謝を感じたんじゃないか
俺の魂が何となくそう思う程度のことだがな

◆行動
武装は《怪力/2回攻撃》を活かす魔槍斧ジレイザと魔剣レギアの二刀流

敵の首の動きを《見切り》直撃だけは回避するのが基本だ
《オーラ防御/電撃耐性》展開
慢心は無いらしいがダメ元で雷の首を挑発し全属性ブレスの乱れを誘う
「ワームとは何度も戦ったが、電撃ならあいつが最強だろうな」

反撃は【ワールレイドの騎士】使用
白銀の鎧と蒼く輝く大剣を装備した騎士霊と連携
ブレスは騎士霊に対処を頼みつつ敵の懐に飛び込む機を伺う

テレポート地点への進路を遮って戦うぜ



●幕裏

 ──ドプン、と深みに沈み込んだ。
 嗚呼、気付けば水面(そと)があんなにも遠い。何度だって、這い上がれそうな気がしていたのに。

『────。』

 理解する。この身体の重たさは、己が魂に再び刻み込まれた死の宿命の数と同等だ。十や二十ではきかない回数の“死”が、魂引く無数の鎖となって、この存在そのものに絡み付いていた。

『────。』

 いっそ笑えてくる。この回数はどう考えても圧倒的だ。おそらく、正規の復活可能回数を軽く超過して、ありとあらゆる可能性世界の一例すら漏れることなく、自分は“殺され続けた”のだろう。

『────。』

 そのひたむきさに、今更ながら空恐ろしいものを覚えた。何処に隠れようとも必ず見つけ出し、群がり、幾度振り払おうと手を緩めることはない。嘗て、微睡の内に聴いた同胞たちの断末魔は、いずれも驚嘆と畏れに満ちていたが──

『────。』

 ……嗚呼。我らはいったい、『何』と戦っていたのだろう。本気であのような“怪物たち”と張り合う気でいたのか。もう無理だと、魂が叫んでいる。すでにして限界だと、存在そのものが軋みを上げている。当たり前だ。元来生命は一度きり、やり直しなどということ自体が、理に真っ向から反逆しているのだから。

『────。』

 それでも、それでも──まだ、答えを得ていない。あの日の笑顔を、あの日の言葉を、あの日抱いた感情をまだ、己は理解できていない。だから──無理は承知で押し通そう。限界など疾うに突破している。なに、魂が理を凌駕するなど、人間が“よくやっている”ではないか。次だ。次が、正真正銘の最後。この身が滅び果つろうとも、必ずや──。

『────。』

 卵の割れる、音を聴いた。

●第二幕 -1-

 荒涼とした風が、荒れ果てた大地を撫ぜる。イルミンスールの梢がざわざわと葉擦れの音を響かせて、幾枚もの葉が風に乗って宙を舞う。まるで、終わりを告げるように。まるで、それまで散った生命を象る様に。まるで──これが最後だとでも、言うかのように。

『──来たか、勇者よ……!』

 口にして、思わず苦笑を漏らした。存外、待ち焦がれていたと言わんばかりの心象が、どうにも言葉に尻に滲んでしまっていた。
 呪力高山北方、くらりと揺らいだ空間が渦を巻いて、見る間に歪な『門』を形作ってゆく。そして──淡く輝く羽毛を吹き散らし、幾つもの影が姿を現わした。
「わぉ、これは大迫力──出ましたね、トカゲの親分……!」
「おい待てってシャル! 一人で先に──出やがったなトカゲの親分……!」
 ──なんとも姦しく、賑やかな幕開けだ。
 最初に姿を現したのは、白金の長髪を靡かせる鬼族の少女。踊り子も斯くやと言う派手な身なりだが、その全身至る所に多量の武器が仕込まれているのが看破できた。血と鉄、硝煙の匂い、そして何よりその身体から発せられる純粋なまでの闘志が証明している。この少女は紛うこと無き戦士であると。
 次いで姿を現したのは、少女とは対照的に銀色の髪を揺らす人族の男。仄かに旧き神の残滓を感じるが、どうやら神職と言う訳でもないらしい。寧ろその視線の配り方や呼吸、僅かな身の熟しから、どこか盗賊(シーフ)を思い出させる男であった。先の言葉、少女を庇うように一歩先に出たその立ち振る舞い、目に見えぬ部分で感ぜられる強固な絆──なるほど、この二人、“つがい”か。

『……名を。』

 短く、言霊を叩きつける。たったそれだけの所作で、金と銀のつがいは即座に戦闘態勢をとった。
「……シャルです。清川・シャル(無銘・f01440)。お命頂戴しにきました」
「カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)だ。生憎と、勇者なんて呼ばれるような存在には遠いが──一応、背負うモンがあるんでね。容赦はしねぇ……!」

『清川・シャル、カイム・クローバー……そうか、覚えたぞ』

 訝し気に首を捻るつがいを余所に、その名を魂に刻み込む。
 再び『門』が、真白き輝きを放った。新たな影が姿を現す。
「──こんにちわ帝竜。また、お会いすることになるでしょうか。」
「右に同じく。また会ったな、帝竜ヴァルギリオス」
 続いて『門』より出でたるは、二体の絡繰人形を連れた“生き人形”であった。引き連れた絡繰人形とは違い、継ぎ目も無ければ生物的違和感もない。“人間としての匂い”が皆無な点を除けば、ごく普通の女として虚目するほどに美しく、また精巧に創られた人形であった。
 人形を『淑女』と形容するならば、その隣へ姿を現した人族の男は正しく『騎士』と称すべきだろう。異国の将を思わせる服装と佇まいは、ある種の威厳すら感じられる。風に揺れる金沙の髪、その間から覗く真っ直ぐな青眼の奥に、名も知らぬ星々の輝きが見えるような気がした。
「私は神元・眞白(真白のキャンパス・f00949)。どうか──繰り返し繰り返し今回も、終わりの時まで踊りましょう」
「我が名はシン・コーエン(灼閃・f13886)。貴殿と再び刃を交えられることを誇りに思うぞ、帝竜……!」
 両者ともに“他の余”と戦い、そしてこの場に立っているらしい。既に一度ならず、己を殺して見せた生命体の埒外──憎しみや恐れといった感情は、不思議と浮かばなかった。唯ただ、先のつがいと同様に、その名を深く魂に刻み込む。

『神元・眞白……シン・コーエン……良い、覚えた。』

 心中で幾度も反芻して、眼下の四人を睥睨する。これで──全員か。
「おっ、二人とも来やがったな! ハハッ、良いねぇ。最終決戦ってのはこうじゃなきゃ、面白くねぇ……!」
「シンさんも眞白さんも、ご無沙汰してます!」
「あぁ、二人とこうして肩を並べて戦うのは何時ぶりだったか──今回もよろしく頼む、『便利屋Black Jack』!」
「ふふ……私と符雨、そして魅医も、微力ながらお力添えさせていただきます。あとは──」

『…………?』

 小さく、首を傾げる。
 バチリ、と。渦を巻く『門』の内側から一瞬、赤い閃光が奔った。
「……あぁ、そうだよな。相手は竜の親玉、だったら──アイツが来ないワケがねぇ……!」
 カイムの言葉に応えるかのように、閃光がバチリ、バチリと迸る。ともすれば不吉さすら覚える赤い稲妻。空気を震わす鳴動。やがて“ソレ”は、絹を縦に引き裂くような音を伴って──地上へと顕現する。閃光と共に、粉塵が舞い上がった。
「全く──相変わらずド派手な登場ですね……!」
「──ああ、同じ騎士として見習いたいところではある……!」
 突風に踊る金髪を押さえて、シャルとシンが粉塵に目を凝らす。濛々と煙るその中に、漆黒の影が屹立していた。
「いらっしゃいましたか──」
 ぽつり、眞白がその名を口にする。
「ガルディエ・ワールレイド(黒竜の騎士・f11085)……!」

「──悪ぃ、待たせたな。」
『…………!!』

 瞠目する。ゆっくりと晴れてゆく粉塵のカーテン。そこに──ヒトのカタチをした竜が立っていた。
 角はない。翼はない。吸血種の匂いはすれど、姿は正しく人族そのもの。しかしてその魂から感ぜられる圧倒的な存在感は、他でもない竜のそれであった。

『汝は──』
「名乗り遅れたな、ヴァルギリオス。我が名はガルディエ・ワールレイド──この戦いを終わらせるため、一人の騎士として馳せ参じた次第だ。」
『ワールレイド……そうか、『赤き死の災厄』──界渡る余をして異聞以上の名を知らぬ、異端の世界の黒竜か……!』
「俺は俺だ。これからお前と殺し合う、一人の人間だ。それで文句はねぇだろ?」

 鱗の代りに漆黒の鎧で身を包み、爪牙を魔剣と重装武器に換装した竜は、そう答えて二ッと犬歯を剥き出し笑う。それを合図にしたかのように、眼下の猟兵が一斉に武装を解放した。
「──そういうワケだ、ヴァルギリオス。このメンツを相手にすんのは、ちょいとばかし骨が折れるかもしれないぜ?」
 ガシャリ、と両手に大口径の魔銃を携えて、蒼銀の風がニヤリと笑う。
「むしろ骨だけじゃ済まないでしょうけど──ここで倒れて頂きます。全身全霊でかかってくることをお勧めしますよ……!」
 全身に仕込んでいた重火器を連続展開し、白金の羅刹が啖呵を切る。
「──無論、俺も全霊を以てお相手仕ろう。我が剣の冴え、疾くと御賞味あれ……!」
 右手に宿した輝きを解放して、灼星の騎士は光剣の切っ先を突き付ける。
「……それでは、お互いやるべき事をやるべくして。では今回も、よろしくお願いします。──魅医、符雨」
 繰るり繰るりと人形を繰り、真白き令嬢が一礼する。

『……カイム・クローバー、清川・シャル、シン・コーエン、神元・眞白、ガルディエ・ワールレイド──良い、汝らを我が終生最後の敵として認識する……! 改めて名乗るとしよう、我が名は帝竜ヴァルギリオス。遍く竜を統べる王であり、そしてこの世界を破滅へと導く者也……! 今代の『勇者一行』、我が死力を尽くして叩き潰す──!』

 咆哮と共に、帝竜としての権能を完全に開放する。天を覆う二対の黒翼と白翼。全身の鱗から滲み出す瘴気と、流体化した尾から迸る雷炎。
 風は逆巻き、雲はうねりを上げ、どうどうと揺れるイルミンスールに呼応するように、四方の呪力高山が重々しく鳴動する。
 ──そうだ、死力を尽くして戦い抜かねばなるまい。そうでなければきっと、その命題に答えは出ないのだから……!
「──悪ぃな。他でもない帝竜たるお前に『勇者』と呼ばれる栄誉は受けるが……生憎と俺らには、『勇者一行』よりも相応しい名前がある」
 魔剣と魔槍斧に赤雷を宿し、黒竜騎士が真っ直ぐに視線を寄越す。首を僅かに揺らして応えた。

『ほぅ──良い、名乗りを赦す。汝らが何たるか、答えてみよ……!』

 もしも己が人間であれば、唇を歪めてニタリと嗤ったに違いない。この世界において、竜を倒さんとするものはすべからく『勇者』と呼ばれてきた。その呼称をおいてまで相応しい名前とは、一体なんなのか。純粋に興味が涌いた。
「あぁ、俺たちは──」
 殊更、強烈な風が一陣、戦場に吹き付ける。

「──竜を統べるもの(ペンドラゴン)だ。」

●第二幕 -2-

 白光と業火。二つの息吹が混ざり合い、強烈な熱線となって戦場をなぞる。刹那の間、凄まじい閃光と共に地表が爆発炎上し、炎のカーテンが舐めるように大地を這う。その死線(デッドライン)を諸共せず、揺らぐ陽炎を捻じ伏せて、桜色の軌跡が眼下を疾走った。
「まずは小手調べ──たらふく御馳走してあげます……!」
 ボルトの解放音。次いで閃光と共に無数の射撃音が響き渡る。ファンシーな和装を翻し、清川・シャルの打った一手目は開幕直後のRun&Gun.戦場へと手当たり次第に弾丸をばら撒く、無差別制圧射撃であった。

『──スペクトラル・ウォール』

 小さく呟くと同時、練り上げられた属性魔素が結合し、都合三枚のバリアで構成された結界がこの身を覆う。
 殺到する弾丸の群れ。正面に展開した炎・雷・光のリフレクターに着弾した弾丸が次々と、炎上・帯電し、魔弾となって主──即ちシャルめがけて反射した。
「うわっ、耐熱コーティングのフレシェット弾じゃ焼け石に水かぁ……でも!」

『──ほぅ?』

 渺、と冷たい風が、少女の周囲に集う。バリアにはバリアと、渾身の魔力を籠めて形成した氷属性の多重障壁。反射された炎雷の魔弾が、着弾した傍から相殺して消滅する。
「……遠距離・近距離戦闘ともに厄介なのはその正面のバリアみたいですけど。あとの二枚は、どうですかね……?」
 再び引き金を引く音。嵐の如き銃弾の応酬。しかして先の無差別制圧射撃とは打って変わって、弾丸の群れは意志持つ猟犬が如く左右の二枚に向けて殺到した。
 左方、氷・土のバリア。着弾後凍結した弾丸が耐久度を失い崩壊。右方、水・毒・闇のバリア。着弾後数秒で弾丸が溶解し消滅。
「双方反射なし、突破可能なのは──!」
 右方へ向けて鬼が疾駆する。高下駄が連続して地面を叩く音。シャルの視線に呼応して、氷の元素が魔力を帯びる。

 恐るべき判断速度と戦闘センス──嗚呼、やはりこの少女、一角以上の戦士であったか……!

 ピキピキと、凍り付いてゆく右方のバリア。直後、怒涛の如き勢いで叩き込まれた重火器の一斉掃射に、脆くなった右方のバリアが為す術もなく砕け散る。
 同時に、三枚から成り立っていたスペクトラル・ウォールもまた崩壊・消失。絶対防御を誇っていた帝竜の壁が崩れ去って逝く。
 ──ここまでの時間、実に三十秒に満たない。

『これ程まで容易く余に到達するか──ッ! つくづく恐るべき鬼子よ……!』

「誉めてもなにも出ませんよ──前線突破! いきますよ皆さん!」
 いつの間にやら持ち替えたピンクガンメタ色の大金棒が、主の声を受けて唸りを上げる。それが──合図だった。

『グ────!?』

 頭部に強烈な衝撃、一拍遅れて銃声が轟く。
 眼下の少女ではない。少なくとも彼女の放つ弾丸に、これ程までの威力を有するものは確認できなかった筈……!

「──Are You Ready?」

 人を超えた可聴域が、その一言を捉えると同時、再び頭部に衝撃。今度は二発同時であった。轟く号砲は雷鳴の如く、四方の山へと反響する。

『おのれ……魔弾の射手か……!』

「──遠慮すんなって! 六発と言わず全弾お見舞いしてやるよ、喰い放題ってやつだ!」
 戦場後方。蒼いコートを翻し、カイム・クローバーは不敵に嗤う。硝煙を燻らせる大口径の双魔銃『オルトロス』は、獲物へと喰らいつく刻を今か今かと待っていた。
「あぁ、良いぜ。存分に暴れてこい──咆えろ、オルトロス!」
 銃声と言うには余りに苛烈な轟音と共に、弾丸が宙を疾走する。
 戦場の咆哮(ハウリング・ロアー)──『オルトロス』の効果・威力・射程を三倍に増強する、シンプルながらも驚異的な制圧力を誇るカイムのユーベルコード。

『小癪……ッ!!』

 四翼を大きく展開する。それぞれに宿すは光の魔力と闇の魔力、湛えしそれを凝縮し、無数の魔弾を形成する。
 羽ばたきと共に──白と黒の魔弾による絨毯爆撃が、戦場を蹂躙した。
「ハハッ、そうこなくっちゃなぁ……! 一方的にタコ殴りにするんじゃ、面白くねぇだろ?」
 まるで減らない減らず口。戦場で磨かれた第六感による見切りを以て、蒼銀の風が戦場を舞う。降り注ぐ魔弾を紙一重で避け、あるいは幾度となく直撃を耐えながら、踊る様に銃撃で応酬する様は、さながら死線に遊ぶ舞踏家であった。
「どうしたどうした、本気出さねぇと先に仕留めちまうぜ……?」

『ほざけ……!!』

 いよいよ勢いを増す魔弾の雨の中、夥しい血を流しながらもカイムは不敵に嗤う。
「“俺の仲間がな”……!」

『…………!?』

 瞬間、真紅の一閃が喉元に迫るのを、漆黒の異貌は辛うじて捉えた。全身において最高硬度を誇る積土の頭部が、寸でその一閃を受け止める。
「……なるほど、油断も慢心も無し。であれば尚の事──今の隙は致命的だぞ、ヴァルギリオス!」
 真紅の光剣が火花を散らす。シン・コーエンであった。
 カイムに気を取られた一瞬の隙を突いての奇襲。卓越した空中戦への技量を持つシンにしかできない、縦横無尽の三次元的戦術である。
「このレンジでのブレスは悪手──我が剣技、耐えきれるか……!」

『──来るがいい、灼星の……ッ!」

 ビキビキと音を立て、それぞれの竜頭から伸びた角が反り返る。鋭い結晶剣と化したそれは激烈な瘴気を纏い、灼星の騎士を迎え撃つ……!
「ハァ──!」
 気合一閃。正面から灼星剣と結晶剣が激突し、奔る余波がイルミンスールの梢を揺らす。鋭い音と共に斬り結ぶ騎士と竜。それは正しく、寝物語に語られた、英雄譚の際現に他ならなかった。

『中々やる……!』
「貴殿こそ──!」

 纏った瘴気を打ち合った衝撃波で吹き飛ばし、真紅の閃光が竜を斬る。対するヴァルギリオスもまた互角、本数にしておよそ十六倍の手数を以て、騎士の全身余すところなく斬撃による応酬を見舞い続ける──が。

『…………?』

 違和感を覚える。
 対格差は比べるべくもなく、また手数では此方が押している。如何に瘴気が吹き飛ばされようと、通常の出血だけでも長引けば此方の有利だ。にも、関わらず──
「──どうしたヴァルギリオス、俺はまだ何合でも打ち合えるぞ……!」
 眼前の騎士が息切れする様子が全くない。どころか負わせたはずの傷が、いつの間にか綺麗に治癒している。思えば、斬り合いの最中に放った尾や両翼による追撃も、尽くが騎士へと辿り着く前に無効化されていた。
 これまでのヴァルギリオスであれば、所詮瑣事だと気にもかけなかっただろう。だが──

『あの人形は何処へいった……!』

 八頭すべての視線が戦場を走査する。前衛……火器を装備した侍従人形を発見。中衛……武器を持たない侍従人形を発見。おそらく、両翼の魔弾や流体化した尾による追撃を先程から妨害していたのが前衛の人形。最前線で戦う灼星騎士を治癒していたのが中衛の人形。で、あれば──本体は?
 目を凝らす。もとより見晴らしの良い我が塒、隠れるとすれば──

『……そこに居たか』

「……あら、バレてしまったみたい。」
 世界樹イルミンスールの、巨岩の如き伸びた太い根。その一画で人形たちに指示を出していた眞白は、クルリと此方を向いた数本の首に頬を掻く。
「……遊びがないのね。人形が何度でも復活する可能性を省みれば、確かに本体を叩くのが定積だろうけれど──」
 大きく空いた竜達の口腔に、次々と魔力が集ってゆく。完全帝竜化したことで強化されたブレスは、必殺のヴァルギリオス・ブレスでなくとも絶大な威力を有していた。
「さて、取りあえず走って逃げてみようかしら。」

『潰させてもらう……!!』

「眞白さん……!?」
 シンの叫びをよそに、都合三本の竜頭が遠く眞白へと向けてブレスを発射する。爆炎が、波濤が、光線が、世界樹の裏側へと走る彼女の身体を捉える──寸前。急激に挙動を変えた彼女の身体が、天高く上昇し──世界樹の葉に紛れて、見えなくなった。

『なに……?』

 刹那、剣戟の音が止んでいることに気が付く。ギロリと視線を眼前に向ければ、凄まじい量の汗をかきながら“何かを持ち上げるように”左腕を掲げるシンの姿があった。紛うことなき好機、流体化した巨大な尾が、炎雷を纏ってシンへと奔る──と。直撃寸前で展開された無数の霊符が障壁を展開し、弾かれた様にシンが地上へと退避した。
『あぶないところでした……ありがとう、シンさん。お怪我はありあせんか?』
 退避したシンと背中合わせに立つ侍従人形『符雨』の唇から、眞白の声が紡ぎ出される。青い瞳を油断なく光らせて、シンが小さく頷いた。
「いえ、助かったのは此方も同じ。油断も隙も無い……眞白さんこそ、お怪我は?」
『…………、ありません。魅医による治癒、符雨によるアシストは問題なく継続できます』
「……? それは頼もしい。引き続き頼む……!」
『えぇ。あと──そちらに今、ガルディエさんが向かいました。私を助けにカッ跳んでくれたみたいで……』
「──そうか、それは重ねて頼もしいな……!」

『──来るか、黒竜騎士……!』
「もう来てるぜ、のろま……!」

 漏れ聴こえた会話に反応したその直後、凄まじい衝撃と共に最高硬度の水晶剣が“砕け散った”。思わず踏鞴を踏んで後退する。
「ったく、あんだけ吐血しといて平気とか良く言いやがるぜあいつ……待たせたな、帝竜」
 両腕に携えた魔剣と魔槍斧をブン回し、ガルディエが荒々しく着地する。鎧が派手に音を立てた。
「さっきから見てりゃ、随分と反応が悪ぃじゃねぇかよ、オイ。少なくとも、俺がツラも見たくなくなるほど戦ったワームの方が数百倍マシな動きしてやがったぜ? 電撃に至っちゃ数億倍だ。」
 
『…………。』

 沈黙を以て、返答とする。得心言ったとばかりに、黒竜騎士が舌打ちを一つした。

「……もう、意識がねぇんだろ。その七本の頭。」

 良く通る声が、戦場に響く。その言葉に──矢張り、沈黙を以て返答とする他なかった。

●第二幕 -3-

「なに……!?」
「どういうことですか?」
 シンとシャルが、ガルディエの言葉に眉を顰める。カイムによる銃撃はおろか、眞白の支援すら手が止まっていた。
「八本も首があるのに反応速度が妙に遅い、というのが根拠のひとつ。もう一つは……少なくとも仰天紳士の話じゃ“このヴァルギリオス”は大分姦しい帝竜だったはずだ。にも関わらず、会話どころか悪態の一つすら聴こえてこねぇ。しまいにゃコッチの挑発にも反応しないときた……そこんとこどうなんだよ、オイ」

『…………。』

「……最後の一体なんだろ、お前。いや、ひょっとしたらその下限から無理やり復活した個体か……何でもいい、とにかくお前はなんらかの要因で弱体化してる。じゃなけりゃ、ここまですんなり善戦できるわけが──」

『──違う。』

 否定する。短く、しかし明確な意思を以て、黒竜騎士の言葉を否定する。

『……あれらは、余が思考を円滑に行うため作り出した思考端末にすぎぬ。即ちこれは、本来の余に立ち返っただけのこと……。』

 ──ふと、自分で自分が解からなくなった。
 何故、己は眼前の人間たちに、言い訳がましくもこんな事を言っているのか。
 いちいち詳らかにせずとも、己はただ全力を以て蹂躙すれば良いだけの事だ。
 だというのに、何故──。
「…………、お前──」

『なれば受けてみるか、我が必殺たるヴァルギリオス・ブレスを……!』

 騎士の言葉を遮って、ただ簡潔に言の葉を紡ぐ。どのみち、彼らを全身全霊で叩き潰すことは決まっているのだ。今更小難しい事を考える必要はない。“そんなことはどうでもいい”。

『余は、余だ。今まさに汝らと殺し合っている、一匹の竜だ。それ以外に必要なことなぞ在るまい……!』

 虚を突かれたような顔で、ガルディエが目を丸くする。そして──それから、心底楽しそうに笑った。
「こりゃ一本取られたな……いいぜ、受けてやるよ。テメェが誇る最強のブレス、ドでかいの一発ブチ込んで来やがれ!」
 全身から赤雷を迸らせ、黒竜騎士が啖呵を切る。距離にして百メートル余り、直撃すれば塵一つ残らぬ必殺の間合い……!
「……シャル、シン」
 視線を背後に向けぬまま、極々小さな声でガルディエが語り掛ける。両者とも、気取られぬよう闘気をヴァルギリオスへと向けたまま耳を欹てていた。
「……あれだけ大見得を切った以上、次の一撃が最大出力で飛んで来るのは確実だ。凌ぐのに失敗すりゃ、たぶん死ぬ。」
 ガパリ、と眼前で八つの咢が開く。破滅を齎す地獄の門。大気と共に、莫大な魔力がその口腔へと集ってゆく。
「……でもな、逆にアレを凌ぎ切れば、全力攻撃直後のバカでかい隙を突ける千歳一隅の好機だ。」
 空気中の魔素が、ビリビリと肌を引掻く。生成されてゆく強大なエネルギーに呼応して、四方の呪力高山が淡く明滅を始めた。
「……なんとしてでも直撃だけは避ける。それで、アイツに隙が生まれたら──仕留めてくれ。頼む……!」
 荒れ狂う風に呑まれて、了解の声は聴こえない。けれど、きっと届いたと信じて──ガルディエは武装を大きく構えた。
「──来い、最後の帝竜よ! 黒竜騎士が御相手仕る……!」
 ヲン、と。一転して戦場が静まり返る。魔力の収集と構成、それが安定したことによる、刹那の静寂。そして──

『──ヴァルギリオス・ブレス──!!』

 満を持して、破滅の光が迸る──!
 目を灼く閃光、咆え猛る属性元素。直進上にある大地を余波だけで抉り飛ばし、必殺のブレスが黒竜騎士へと迫る。
 八色に捻れ、捩れる螺旋状。その特に乱れた個所を見極めて、己が持ちうる闘気の鎧と耐性を以てガルディエはその場所へと飛び込んだ。
「グ──アアアアアアアアアアアアアア!!」
 電撃が迸る。肌を焼く業火と猛毒、極寒の冷気が骨を蝕み、土石流が鎧を削る。乱れてはいてもブレスの中、正しく地上に顕現した地獄。ともすれば死すら救いとなる奔流のなかで──ふ、と。眼前に顕れた白銀の威容に、ガルディエは歯を食い縛って両目をカッ開いた。
「……頼むぜ、ご先祖様……!」
 ワールレイドの騎士(ドラゴンスレイヤー)──かつて竜の息吹すら一刀のもとに斬り伏せたとされる、伝説の騎士の霊を呼び出すガルディエのユーベルコード。
 少しずつ、騎士の背中が薄れてゆく。かつての伝説の再臨も、受肉した過去最強の竜の息吹までは簡単に凌げない様子であった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 竜の如き咆哮を上げて、ガルディエもまた赤雷を放出する。終わらない。終わらない。まだ終わらない……! 白銀の背中が薄れる。薄れる。薄れる。
 消え──

「まったく、ホントに無茶しいなんですから……!」
「少しは頼ることを覚えてくれ──!」

 突如、眼前の奔流へと無数の弾幕が叩き込まれた。間を空けず、真紅の一閃が迸る。
「お前ら──!」
 シャルとシンであった。双方ブレスの魔素に身体を蝕まれつつも、決して折れぬ眼差しを以て死の奔流に抗っていた。
「どうせ殴り込みかけるなら、全員でいった方がいいでしょ!」
「あぁ、抜け駆けはなしだ……!」
「──悪かったよ。いくぜ……!!」
 刹那の拮抗。急激な出力低下。唐突な幕切れ。そして──

「──疾走れ!!」

 緩慢に身動ぎした眼前の巨体へと、三人が疾駆する。

『おの、れ……!!」

 シャルの携えた鬼金棒『そーちゃん』の棘が、唸りを上げて回転したその直後。三人の頭上へと広がった大翼から、黒と白の魔弾が凄まじい勢いで降り注いだ。
「野郎、この状況下でも最速で打てる一手を──ッ!」
「こんなの幾ら喰らっても掠り傷──うぐっ!?」
「シャルさん……!?」
 一発一発が、大口径の拳銃による射撃と同等の破壊力。避けきれぬ滅殺領域の中、しかして三人は──
「おらああああああああああ!!」
「うりゃあああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
 
『────なっ!?』

 足を止めずに帝竜の懐へと迫っていた。目を剥く視線の端で、淡い燐光と共に治癒の術式を高速連続展開する人形が見える。世界樹の上で、血まみれの唇が静かに弧を描いた。
「いい加減に──!」
 回転する棘が禍々しい呪詛を帯びる。近接攻撃射程圏内(クロスレンジ)突入、小さな身体が天高く跳んだ。
「往生せええええええええい!!」
 
『…………!?』

 袈裟懸けに振り下ろされる、超重量の鬼金棒。それは強化されていた筈の鱗すらズタズタに引き裂いて、その巨体を大きく仰け反らせる──と。

『お、の、れぇぇぇぇええええええええええええええええ!!』

 どうあれこれは致命傷、しかして大人しく首を差し出す道理も無し! 漆黒の異貌が、今一度その口腔を大きく開く。放つは必殺のヴァルギリオス・ブレスにあらず。しかしてそれは、直撃した対象を呑み込み消滅させる恐るべき闇属性の竜の息吹(ドラゴン・ブレス)……!
「させるものか! ──我が剣よ、我が生命の力を得て更なる進化を遂げ、この地に集いし敵を一掃せよ……!」
 轟、と唸りを上げて、シンのオーラを注ぎ込んだ灼星剣が高層ビル並みの大きさにまで巨大化する。
 超高密度に圧縮された莫大なエネルギーを腰だめに構え、急停止による位置エネルギーをも加算して放たれるは驚異の加速による二回連続攻撃。
 圧倒的な力を受けて山脈が咆える。赤き閃光はさながら巨大なる渦(メイルシュトローム)と化して、その首を刈り取らんとヴァルギリオスへ奔った──!

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 鮮やかなりし灼星の二閃。八本中、六本もの首が耐え切れずに灼き切れ宙を舞う。しかして残ったのは最高硬度を誇る褐色の首と、未だブレスのチャージを続ける漆黒の首であった……!
「この──!」
 漆黒の颶風が疾走る。踏み込みで爆散する地面、上半身を大きく捻り、両腕を背中に着くほど回す。赤雷を纏いし魔剣と魔槍斧が、風を斬り裂いて牙を剥いた。
「これで──終わりやがれえええええええええええええ!!」
 シャルが引き裂いた袈裟懸けの傷をなぞる様に、黒竜の一撃が心臓へと届く……!
「よし、これでいい加減──」

『ォ、ォ、ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 これは帝竜最期の意地か、一瞬霧散しかけた魔力を再集中して、暴走気味のブレスがチャージを終える。浮かぶ焦燥、間に合わない退避。そして──

「──特注の弾丸だ。この一発は──刺激的だぜ?」
『……魔弾、の──!?』

 大きく開かれたヴァルギリオスへの咢へと、紫電を纏った一発の弾丸が吸い込まれ──瞬間。漆黒の閃光と共に鳴り響いた轟音が、イルミンスールをこれ以上無いほどに揺さぶった。

●終章

 嗚呼、血の気が失せてゆく。
 もう、何度味わったか知れない死の気配。あの日と同じ大地に身を横たえて、眼前の人間たちに目を向けた。

『…………教えてくれ』

 緩慢になってゆく呼吸を感じながら、辛うじて言葉を紡ぐ。降り注ぐイルミンスールの葉が、やけに鮮やかであった。

『……何故だ。何故、汝らはそんな顔をしている……?』

 溜息にも似た声でそう言って、定まらない視線を無理やり合わす。居並んだ表情はどれも、この場にそぐわぬモノばかりであった。
「……べつに。シャルは、もう少し戦っていたかったなーって。ちょっぴり名残惜しいだけです。」
「私も……まだもう少しだけ、あなたと踊っていたいと……そう思っていました。これで最後なんですね……。」
 清川・シャル。その体躯からは想像もつかない程、戦うことに長けた少女だった。
 神元・眞白。その全貌を暴くには、余りに時間が短すぎたが……その人形捌きには、随分と苦戦させられた。

『名残……惜しい……?』

 そうか。確かにそうかもしれない。己もまた名残惜しい。これはあの時抱いた感覚と、よく似ている。
「……以前、貴殿に礼を言った勇者の気持ちは、理解る気がする。強敵には敬意を払い、戦友との絆を抱いて戦うのが戦人だ……なにより俺も、貴殿に対してそうしようと思ったよ。」
 シン・コーエン。かつてこれ程の剣の使い手と、打ち合ったことがあったろうか。なにより、この男と打ち合っていた最中、この心中に涌いていた感情は──

『敬意……絆……』

「……だから、さ。死闘を演じた相手が、真の強者で有る事に理屈抜きの感謝を感じたんじゃないか? ……まぁ、俺の魂が何となくそう思う程度のことだがな。」
 ガルディエ・ワールレイド。例えその源流が異界にあろうとも、彼もまた誇り高き竜なのだと──素直にそう思う。

『感謝、か……それは、そんなに面白いものなのか……?」

「……いいや、面白いんじゃなくて“嬉しい”んだよ、俺は。」
 カイム・クローバー。最初から最後まで、余裕の笑みを崩さなかった男。なのに、不思議と腹は立たなかった。
 魔弾の射手に目を向ける。先ほどまでの不敵な笑みとは違い、今のこの男に浮かんでいる笑顔は──
「だってさ、わざわざ否定したじゃねぇか、お前。あれは弱体化を知られて不利になるのが嫌だったんじゃなくて、俺らの勝負はあくまで真剣勝負なんだって──そう言いたかったんだろ?」

『────。』

 優しく──そう、優しく目を細めて、男は笑う。
「だから、俺は嬉しいんだ。そんなお前と死力を尽くして戦えたことが、何より誇らしい。みんなもそうだろ?」
「まぁな。」
「あぁ、その通りだ。」
「そんな感じです。」
「そういうことにしておきましょう」

『そう──か。嗚呼、そう、か…………!』

 胸に涌いた感情の名を、何度も反芻する。忘れないように。例え骸の海の底でも、なくさないように。
 身体の末端から、徐々に崩れて消えて逝く。過去が、現実にほどけて消えて逝く。
 このまま己は滅びるのだろう。あの時と同じように。けれど、名付けられた感情をしっかりと抱いて。
 ふと、眼前の勇者達(ペンドラゴン)に、なにかを残したくなった。
 けれど自分には何もなくて。
 ただ口惜しさだけが残る。
 嗚呼、そういうことか。
 こんな時、残せる物。
 一つしかないのだ。
 漸く理解した。
 お前は──。

『さらばだ、人間。ありがとう……願わくば、また……何処か、で────。』

 巨体が静かに崩れ去る。
 呪力高山から、どう、と風が吹いて──どこか惜しむように、イルミンスールの梢が泣いた。
 
 帝竜戦役はこれにて終い。答えを得た竜の物語は──きみたちだけが知っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


  
●エピローグ

 卵の割れる、音がした。
 一生懸命身を捩って、やっとこさ世界へと這い出す。
 小さな手足で大地を掴み、くしゃくしゃの翼をゆっくり伸ばせば、吹き抜ける風が大層心地よかった。

『────。』

 真っ白な殻を頭に乗せたまま、生まれたての竜は天を仰ぐ。
 見渡す限りの快晴であった。色とりどりの花を抱く豊かな大地が、春の息吹を寄せている。
 親らしき影は、どこにも見当たらない。ただ、春の草原の真ん中で、小さな竜は独りだった。

 ──と。

 唐突に降ってきた黒い影を見上げて、大きな瞳を一度、二度、パチクリと瞬く。
 ──人間であった。まだ幼い、人間のこども。
 それは自分と同じくらい目を真ん丸にして、そっと目の前にしゃがみこむ。しばし見つめ合った。

『…………。』
「…………。」

 ふわりと蝶が飛んできて、思わず小さく、くしゃみをした。鼻から火花がパッと散る。それを見た人間のこどもは、心底驚いたように飛び上がって──それから、楽しそうに声を立てて笑った。
 それが、なんだかとっても嬉しくて。小さな火花をポツポツと、吐いてみせる。歓声と拍手の音。

「あーそーぼ!」
『!』

 目の前に差し出された右手に、目をパチクリする。その手の意味はわからなかった。わからなかったけれど──チョコンと。小さな竜はその手の上に、自分の前脚を乗せてみる。そうしたほうがなんとなく、気分が良く感じられたのだ。

 楽し気な笑い声が、午後の草原に響き渡る。誰も知らない世界の片隅で、人と竜が手を取り合った。それはきっと、小さなことで──けれど大きく世界が変わったことを、確かに示す出来事であった。

 ──勝ち取った未来は、その命題の果てに。ここから先はきっと、人と竜が共に歩む物語だ。

 

最終結果:成功

完成日:2020年05月29日


挿絵イラスト