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帝竜戦役⑰〜恐れよ、汝を

#アックス&ウィザーズ #戦争 #帝竜戦役 #群竜大陸

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●汝、恐れる者よ
 花咲き乱れる草原に歌が響く。
 それはどこか望郷の響きに似て、幼子をあやす母の声にも似て。
 声の主は穏やかな微笑をたたえて彼女の『子供』たちに慈しみの目を向けた。
 艶めかしい体躯の下半身は複数の脚を持つ腹柄節を経て大きく膨らんだ腹部があり、その周囲を彼女と同じ形状の『子供』たちがじゃれついている。
 声の主は蟻だった。
 それも――獲物を自らの子とする女王蟻。
 恐怖に溺れ抗うこともできないまま、犠牲者が繭に包まれていく。その戦慄の表情はおそらく、己が喪失される恐怖だけではないだろう。
 繭の閉じたことを確かめた彼女が視線を動かした先にはいくつもの柘榴石と、やはりいくつもの繭がある。
 そのひとつがひび割れ、裂け、現れたのは彼女と同じ形状の幼子。
 さあ、いらっしゃい。わたしの愛しい子供たち。
 優しくその腕を広げて囁く。
 記憶も姿も何もかも奪われ目の前のオブリビオンを『母』と認識した『子供』たちは、あどけない笑みを浮かべてその腕に抱かれるのだった。

●恐れるが故に汝はある
 アルセリア・ノーフィス(時計ウサギの咎人殺し・f26479)は、猟兵たちを一瞥すると資料を差し出した。
「キミたちには、「約束の地」という場所に向かってほしい。一見美しい草原だけど、すべての草花が強烈な「恐怖」を放ち、それに負けたもの、自らの心にそれがあることを認めないものに寄生して「力ある苗床」とするそうだ」
 出現する敵はすべて苗床化し、凶悪な戦闘力を得ている。群竜大陸でもっとも危険なエリアのひとつだ。
 だがその恐怖を克服すれば、抗うことが可能である。
「僕にとっての恐怖は、僕のアリスを失うことだけど……ああ、そうだ。キミたちには、喪失の恐怖と向き合うことになる」
 それは幻か強迫観念として猟兵たちを脅かすだろう。
 家族。宝物。記憶。未来。居場所。さて、あなたは何の喪失を恐れるのか。
 もしかしたら、自分が思いもしないものかもしれない。
 想像に眉をひそめた猟兵とは裏腹に、アルセリアは無関心な様子で説明を続ける。
「キミたちが倒すべきオブリビオンはティタノミルマ・マザーと言ってね。巨大な蟻の魔物で、獲物の老いと記憶を奪い柘榴石に変えてしまい、繭に包んで自分の子供にしてしまうそうだよ。喪失の恐怖に打ちのめされたところへ慈愛の抱擁を向けられたら、心が陥落してしまうのは分からなくもない」
 言って、なんだか別の戦場でもそんな話があったな、と呟いて。
「ティタノミルマ・マザーの繭に包まれて子供にされる前に、柘榴石を奪うなり何なりどうにかして砕けば元に戻れるけども、まあ一番いいのは全力で回避することだね。キミたちならどうとでもなるだろう」
 信頼なのか、それとも投げやりなのか判断のつかない説明に、猟兵たちの表情が複雑になった。
 だが、まあ、確かにそこは彼らの腕の見せ所と言えよう。
「ああ、それからね。ここでは「約束の花」というものが手に入るそうなんだ。触れた者の「思い」を吸収して増幅した上で、次に触れた者に感染する「感情汚染植物」だよ。一房で金貨1200枚で売れるらしい」
 告白に使えば相手を奴隷化しかねない危険な代物らしいけど僕には関係ないな。と、およそ色恋沙汰に縁のない娘は言い添え、ふと、どこでもない方向を見つめる。
「手に入れるから失うのなら、手に入れなければ失うことはないのだろうね」
 ゆるやかに首を振って、グリモア猟兵は猟兵たちを戦場へと送り出した。


鈴木リョウジ
 こんにちは、鈴木です。
 今回お届けするのは、女王蟻と喪失。
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。

●約束の地
 美しい草原ですが、群竜大陸でもっとも危険なエリアのひとつです。
 すべての草花が強烈な「恐怖」を放ち、それに負けたもの、自らの心にそれがあることを認めないものに寄生し、「力ある苗床」とします。
 出現する敵はすべて「苗床化」し、凶悪な戦闘力を得ています。
 このシナリオでは、「喪失」の恐怖と相対することになります。
 何らかの「自身が喪失することを恐れるもの」を幻に見たり、或いは心を支配されたりするでしょう。

 また、このシナリオには以下のプレイングボーナスがあります。

=============================
 プレイングボーナス……「恐怖」を認め、それを克服する。
=============================

 但し、「自分には恐怖するものはない」といった内容は「自身の恐怖を認められない」と判断します。
 この戦場では「約束の花」という財宝を手に入れられますが、実際のアイテム発行はありません。

 なお、🔵が成功数に達すると判断して以降のプレイングの採用を見送らせていただく場合があります。
 また、同日にプレイングが集中した場合は、可能な限り失効に間に合わせるよう努力しますが、再送をお願いする可能性があります。
 ご了承ください。
 それでは、よろしくお願いいたします。
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第1章 ボス戦 『ティタノミルマ・マザー』

POW   :    あなたもわたしの子供にしてあげる。
【半径レベルmの対象を即座に捕らえる抱擁】【老いと記憶を際限なく奪う歌声】【包み込んだ生物を自身の子供に変える繭】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
SPD   :    これであなたもわたしの愛しい子供よ
【半径レベルmの対象を抱擁で捕らえて】から【老いと記憶を奪う歌と共に対象を繭に包む技】を放ち、【対象をティタノミルマの子供に変える事】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ   :    あなた達もわたしの子供になりたくなったでしょう?
【老いと記憶を奪う歌と共に行われるお世話】を披露した指定の全対象に【赤子となり彼女の子供になりたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。

イラスト:撒菱.R

👑8
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はドライプラメ・マキナスアウトです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ロラン・ヒュッテンブレナー
アドリブOK
感情が耳や尻尾によく表れる

ここは綺麗な場所が多いね
こういう場所は好きなの

【恐怖】ぼくが人狼病になって、友だちがいなくなっちゃったの…
暴走する凶暴な狼
ぼくの命を削る病気

【克服】呼ばれてる気がするの
ぼくを呼ぶのはあなた?
子どもになったら友だちできる?え、きょうだい?
その人たちは、

「暴走するぼくを止められる?」

あれ、このせりふ、確か…【第六感】
…思い出したよ
大事な友だちができたの
ぼくを止めてくれる人たち
ぼくは失うだけじゃないの!

精神に防壁【オーラ防御】の魔術を掛けて自分を【ハッキング】して正気を取り戻すよ
ぼくの記憶に、入ってこないで
【高速詠唱】【全力魔法】の友だちと作ったUCを撃ち込むの


イージー・ブロークンハート
待って、本気で待って、やめてくれ、それだけはやめてくれ。無理、心がくじける。
家族が居なくなること――ずっと帰ってないけどさ。それが一番怖いんだよ。無理、本当に無理。つらい。

…あのな

教えてくれる通り、それが一番つらいから来てるんだよ。

挑むのさえおっかない群竜大陸に。戦争に。
家族がどこにいるか教えてやろうか。
アックス&ウィザーズ。
そう、お前らが攻め入りたい土地だよ。
見切りと残像で回避しつつ剣刃一閃、叩っ斬る!
怖くてしょうがない。でも怖いからって抱擁が欲しいんじゃない、子守唄が欲しいんでもなきゃ繭に包んで守ってほしいわけでもない!
ただ普通に平和に生きててほしいだけなんだ。
(アドリブ・連携他歓迎です)


御園・桜花
言葉を解する生物が未練多く死ぬのは恐ろしい
彼等は悉くオブリビオンになるだろう
自分が子供に戻るのは恐ろしい
言葉もなく知恵もなく人の死すら分からぬ者に戻るのだ
廃墟も死体も感慨なく眺めたあの日に
「貴女の体現するものは、私に嫌悪と恐怖を呼び起こします…私は速やかに貴女を滅して、その恐れを断たねばなりません」

高速・多重詠唱で弾丸に破魔と電撃の属性乗せ制圧射撃
敵の行動阻害してUC「エントの召喚」使用
地中から伸びる根で一気に刺し貫く

「母として在ることは、それだけで他者の生命を奪うものになることもありましょう。今回は骸の海へお還りを。そして可能なら、それでも共存出来る生命としてお戻りを」
慰め乗せた鎮魂歌で送る


トール・テスカコアトル
「……あぁ」
『なんでそんな事も出来ないの』
『お前とはやってけないよ』
『じゃあな、もう二度と顔見せんな』
「……うぅ」
これは幻、分かってるけど……友達に、仲間に、みんなに嫌われて、去っていかれる……これは
「……う……ぅ」
想像するだけで、震えちゃう……立てなくなる
「トール……トール、は」

歌声が聴こえる……抱っこされる……なんで、この人と戦わなくっちゃいけないんだっけ?
「……こわい」
そう、みんながいないとトール泣いちゃう……大切だから、怖いんだ
「……変身」

ごめんねマザーさん
やっぱりトールは捨てられない……貴方の子供になったら、みんなのことも忘れちゃう……それは嫌だ
「怖くても、怖いから……守ってみせる」


鎹・たから
慈母の視線に立ち向かうより早く
花畑で感じる喪失

先生(おかあさん)を喪った時に
たからをすくってくれた二人
大きな背がだいすきで

けれど
片方は欠けてしまって

今でも傍に居てくれる彼は
いつも自分もはやく死ぬからと

嫌だとたからが我儘を言えば
やさしいごめんねしか言わなくて

嫌です
たからは、もう
家族を喪いたくないのです

零れる涙の向こうで
桜の花が見えたから

たからは、彼を喪いたくありません
その時まで
ずっと嫌だと泣いて戦います

喪うことがこわいから
せめて彼がこわいものから
彼を守れるように

まっすぐ素早く駆けた先
抱擁と同時に振るう拳に迷いなどない
【暗殺、鎧砕き、グラップル】

…たからが母と呼ぶのはただ一人
あなたではありません


ケルスティン・フレデリクション
氷の鳥型の精霊にお願いしておくね。
私が、普通じゃなくなったら、頭をつついて、普通に戻してって。

なくしたらこわいものはなに?
…自分の居場所だ。
りょーへいのみんなと、おはなしして、たたかいにいく。
そんな、だいじないばしょ。
なくなったら、こわいよ
なくなっちゃうの?
…やだ、やだよ。
……あなたの、こどもになるの?
…それも、いいかも…
……ううん、ちがう。
なくすのは、こわいよ。でも、みんな、わたしをあいしてくれてる。
わたしも、みんながだいすき。
そのきもちは、かわらないもの。
だから、わたしのいばしょは、ここにあるの。

【ひかりのしらべ】をつかうよ。
…自分のお母さんと重ねるよ
…またね、おかあさん。だいすき。



 その草原は美しかった。
 風にそよぐ草も、大地に彩りを与える花も、ただそこにあると言うだけで美しかった。
 絶望の果てに瓦解した魂がまやかしに見せる風景のように。
「ここは綺麗な場所が多いね」
 こういう場所は好きなの、と微笑み、ロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)は獣の手で風に弄ばれる髪を押さえた。
 だと言うのに。或いはだからか。
 立っているだけで、薄ら寒い感情が肺腑に滑り落ちてくる。
 ――恐怖。
 そのただなかに立ち尽くすのは、巨大な女王蟻、ティタノミルマ・マザー。
 大きく膨らんだ腹部はバッスルドレスのようで、浮かべる笑みは優しく。
 何を仕掛けてくるかと警戒する猟兵からは距離を取り、それでもこちらへの視線は外さない。
 得体のしれない静けさのなか、ひそやかにささやきかける声が聞こえた。
「……どうしたの?」
 それは穏やかな慈母の調子で、しかしどこか、気づかぬ間に背後へと忍び寄るようなおぞましさ。
 それでいて、身も心もゆだねてしまいたくなる蠱惑的な声に惹かれて、ロランは抱える恐怖をこぼした。
「ぼくが人狼病になって、友だちがいなくなっちゃったの……」
 彼が人狼であるがゆえに背負うもの。
 暴走する凶暴な狼。
 ぼくの命を削る病気。
 草原に紡がれる旋律。どうしようもないほどの焦燥感をなお煽る、美しい戦慄。
 呼ばれてる気がするの。
「ぼくを呼ぶのはあなた?」
 物怖じして尻尾を伏せ問うと、『母』はゆっくりとうなずいて両の手を差し伸べた。
 大丈夫。あなたの恐怖はわたしが包み込んであげる。
「さあ、わたしの手を取って。わたしの子供になりましょう? そうすれば……」
 最後まで聞かなくても、彼女の言葉は『分かった』。
「子どもになったら友だちできる? え、きょうだい?」
「ええ、できるわ。たくさん。お友達も、きょうだいも。あなたがほしいだけ」
 理想的な答えに手を取りかけ、ロランの耳がひくりとはねた。
 本当に? でも、それだけじゃだめなんだ。
 その人たちは、
「暴走するぼくを止められる?」
 口にした瞬間、何かが頭をよぎった。
 あれ、このせりふ、確か……。
 ……ああ。ねえ、
「……思い出したよ」
 友だちはいなくなってしまったけれど。
 友だちがいなくなってしまうことはこわいけれど。
「大事な友だちができたの」
 新しい、大事な友だち。
 ぼくを止めてくれる人たち。
 いなくならないでと願っても、笑ってそれを否定して、いなくなるわけがないと応えてくれる。
「ぼくは失うだけじゃないの!」
 っざあ、と彼の周囲に魔術陣が展開される。
 精神に防壁の魔術を掛け、自分をハッキングして正気を取り戻す。
 彼こそは電脳魔術士。もう、心に侵入することは許さない。
『対消滅術式展開、ターゲットロック、ヒート・コールド、ミキシング。レディ』
 AI音声のような素早い詠唱とともに、照準器型の魔術陣が、オブリビオンへと向けられた。
「ぼくの記憶に、入ってこないで」
「…………!」
 心弱い相手と侮っていたか、ティタノミルマ・マザーは攻撃を阻止しようと動くが遅い。
 すでに術式は完成し、発動を待つのみ。
「ぼくの魔術、受けてみて!」
 全力を込めた魔術陣が輝き、熱波と冷気から成る破壊消滅の光が女王蟻をまっすぐに射抜くと甲高い悲鳴が上がった。

 幻に苛まれていたトール・テスカコアトル(ブレイブトール・f13707)は、その悲鳴すらにもびくりと身を震わせる。
「……あぁ」
『なんでそんな事も出来ないの』
『お前とはやってけないよ』
『じゃあな、もう二度と顔見せんな』
 聞いたことのある声。見たことのある顔。
 そんなことを言う人たちじゃない。はず。でも。
 でも……本当に?
「……うぅ」
 これは幻、分かってるけど……友達に、仲間に、みんなに嫌われて、去っていかれる……これは。
 それならどうしてあなたのそばには誰もいないの?
 分かっている。敵と戦うから密集していないだけで……離れたところにいてくれる。だけど。
『お前と一緒に戦えるか』
「……う……ぅ」
 想像するだけで、震えちゃう……立てなくなる。
 震える膝が恐怖に耐えかねて地面に突いてしまいそうになったその時、『母』が優しくその身体を抱きとめた。
「トール……トール、は」
「大丈夫よ。こわいことは何もない。お母さんに任せて」
 歌声が聴こえる……抱っこされる……なんで、この人と戦わなくっちゃいけないんだっけ?
 『母』の腕にすがるその手は幼子のそれで。このまま身をゆだねてしまえば、もう、怖いものは何もない。
 臆病で心優しい彼女が戦う必要はない。
 ころり。柘榴石が彼女の手元に転がり落ちた。
 彼女の瞳の色に似た宝石を、『母』の黒い指先がつまみ上げようとする。
 彼女を奪ってしまう。
「……こわい」
 そう、みんながいないとトール泣いちゃう……大切だから、怖いんだ。
 みんなから嫌われてしまうかもしれない。去っていかれてしまうかもしれない。
 でもそれは、裏返せば彼女のそばにみんながいてくれるから感じてしまう不安。
 不安になってしまうくらい、大切な人がいてくれる。
 だから勇気を出せるんだ。
 オブリビオンが柘榴石を手に入れる前に、トールはしっかりと握りしめた。
「……変身」
 それは詠唱でもあり、覚悟でもある。
 最前までの幼い姿から元に戻るだけでなく、勇気であらゆる物事を解決できる超戦士へと。
 怖がりで、逃げたくなってしまう自分からの。
 いつも強くいられなくても、勇気を出して戦える。
 はらりと砕けた柘榴石のかけらを風に散らせて、勇気の戦士は前を向いた。
「ごめんねマザーさん」
 きっと、それを望めば楽になれるのだろう。
 様々なものを恐れながら、そろりそろりと世界を歩いていく必要もなくなる。
 けれどそれは、何もかもを手放してしまうことにほかならない。
「やっぱりトールは捨てられない……貴方の子供になったら、みんなのことも忘れちゃう……それは嫌だ」
 ティタノミルマ・マザーの穏やかな笑みに、す、と冷徹な捕食者の陰が落ちる。
 ああ、やっぱり、戦うのは怖い。
「怖くても、怖いから……守ってみせる」
 怖いことを知っているから、戦える。

 薄氷の上に立つような空恐ろしさを感じて、ケルスティン・フレデリクション(始まりノオト・f23272)は白い氷の鳥型の精霊ルルに、自身が普通でなくなったら、頭をつついて、普通に戻してとお願いする。
 なくしたらこわいものはなに?
 心のどこかでささやきが聞こえる。
 ……自分の居場所だ。
 りょーへいのみんなと、おはなしして、たたかいにいく。
 そんな、だいじないばしょ。
 とても大切な、日々を過ごす場所。特別で、特別じゃない場所。
 けれどあるものは、いつかなくなってしまうかもしれない。
 なくなったら、こわいよ。
 なくなっちゃうの?
「……やだ、やだよ」
「何がいやなの?」
 穏やかであたたかな声が耳を打つ。聞くだけで、不安が晴れてしまうような。
 すくい上げるように抱き上げられ、そっと背に手を添えられる。
「嫌なことも、怖いことも。わたしの子供になれば心配いらないわ」
 何もかも忘れて、何も恐れることなく。
 自分自身であったことも忘れて。
「…………あなたの、こどもになるの?」
 ……それも、いいかも……。
 春の陽射しめいたあたたかな歌声に包まれながら、とろりとした感覚に落ちてしまいそうになる。
 小さな柘榴石が、ころとケルスティンの手元に落ちた。
 こわいことがなくなるなら。
 …………ううん、ちがう。
「なくすのは、こわいよ。でも、みんな、わたしをあいしてくれてる」
 こわいのは、なくしたくないものがあるから。
 わたしも、みんながだいすき。
 そのきもちは、かわらないもの。
 きっとこれからも、怖いと思うかもしれない。
 でもそのたびに、大好きな人と大好きな場所を思い出す。
「だから、わたしのいばしょは、ここにあるの」
 そっと胸に手を当てる。
 砕け散る柘榴石に、『母』は悲しげにすら見えた。
 獲物をその手中に収めるためであるとしても……我が『子』へのその思いも、その言葉も、間違いではないのだろう。
 やさしくて、あたたかい。
 ふと。ケルスティンは母を思う。オブリビオンの『母』ではなく、彼女のおかあさんを。
 ティタノミルマ・マザーとおかあさんを重ねながら、指先を向けた。
 ぴかぴか、くるくる、ふわふわ。
 静かに光が天の一点に収束し、差した指の先へと落ちる。
「…………っ!!」
 天からの光に打たれ、オブリビオンが苦鳴を上げた隙にその腕を振りほどく。
 身悶えして震えるその姿はおよそ、慈愛に満ちた『母』のそれではなかった。
「……またね、おかあさん。だいすき」

 慈母の視線に立ち向かうより早く、花畑で感じる喪失。
 鎹・たから(雪氣硝・f01148)は、その正体をいつだって知っている。
 先生(おかあさん)を喪った時に、たからをすくってくれた二人。
 大きな背がだいすきで。
 今も、その背を傍で見つめていて。
 けれど。
 片方は欠けてしまって。
 今でも傍に居てくれる彼は、いつも自分もはやく死ぬからと。
 たからよりも大人なのに、泣きそうな顔で笑いながら。
 嫌だとたからが我儘を言えば、やさしいごめんねしか言わなくて。
 それは我儘ですか。どうして要なくなると思わなければならないのですか。
 喪なくならないでと望むことは我儘ですか。
 ええ。きっとそれは、我儘なのです。
「嫌です」
 たからは、もう家族を喪いたくないのです。
 雪銀の瞳が伏せられる。
「大丈夫よ。わたしの『子』になれば、あなたはいつだって家族と一緒にいられるわ」
 だからこの手をとティタノミルマ・マザーが差し伸べても、たからは是も否も選ばない。
 最初からその選択肢はどこにもない。
 零れる涙の向こうで、桜の花が見えたから。
「たからは、彼を喪いたくありません」
 彼女がどれほど涙を零しても、いつか、彼は喪なくなってしまう。
 だから、これは我儘だって分かっています。
 その時まで、ずっと嫌だと泣いて戦います。
 彼が見せない本当の分も。
 喪うことがこわいから。
 せめて彼がこわいものから彼を守れるように。
 ――彼は、そんなたからを赦してくれるのでしょうか。
 まっすぐ素早く駆けた先、抱擁と同時に振るう拳に迷いなどない。
 これは愛情でも許容でもなければ拒絶でもない。彼を守るための、ただの過程のひとつでしかない。
 死角からティタノミルマ・マザーにしがみつき、氷を纏い冷凍化された拳を振りかぶった。
「砕け散りなさい」
 超高速の一撃は強大。悲鳴を上げる一瞬すら与えず、オブリビオンは叩きのめされる。
 穏やかな微笑を苦痛に歪めるその姿をたからは無表情に、しかし決して無感情でなく見据えた。
「……たからが母と呼ぶのはただ一人」
 あなたではありません。

 猟兵たちの攻撃を受け血に濡れるオブリビオンに、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は恐れを抱いた。
 言葉を解する生物が未練多く死ぬのは恐ろしい。
 彼等は悉くオブリビオンになるだろう。
 或いは、彼女自身もいつかそうなってしまうかもしれない。
 幸福にひとのまま一生を終えられるとは限らないし、そうだったとしても未練を残してしまうかもしれない。
 自分が子供に戻るのは恐ろしい。
 言葉もなく知恵もなく人の死すら分からぬ者に戻るのだ。
 廃墟も死体も感慨なく眺めたあの日に。
 いいや、それよりももっと残酷に。
「貴女の体現するものは、私に嫌悪と恐怖を呼び起こします……私は速やかに貴女を滅して、その恐れを断たねばなりません」
 恐怖。忌避。ああ。
 ぐっと心臓を掴まれるような感覚に、イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)は懊悩する。
「待って、本気で待って、やめてくれ、それだけはやめてくれ。無理、心がくじける」
 浮かぶのは、とても大切な存在。
 女の子にあしらわれたり罠にはまったり、そんなどこにでもいそうな男には、どこにでもいる人と同じように家族がいる。
 だから彼にとってやはり大切で恐れることは、当然。
「家族が居なくなること――ずっと帰ってないけどさ。それが一番怖いんだよ。無理、本当に無理。つらい」
 喉が震える。今にも恐怖に嗚咽を零してしまいそうになる。
 病。災い。或いは何でも。その報せを受けることも、久しぶりの帰宅で思い知らされることも。
「そんな家族のことは忘れてしまって、わたしの家族になりましょう? 大丈夫、わたしたちはいなくならないし、増やすことだってできるわ」
 『母』は傷つきながら、それでも『家族』を増やそうとささやきかける。
 忘れてしまえば、いなくなったとしても気づくことも知ることもない。
「ね? そうすれば、もう怖くないでしょう?」
「……あのな」
 じり、と胸を焼く焦燥に抗いイージーはオブリビオンを睨みつけた。
「教えてくれる通り、それが一番つらいから来てるんだよ」
 挑むのさえおっかない群竜大陸に。戦争に。
「家族がどこにいるか教えてやろうか」
 すっと示したのはこの周囲。
 アックス&ウィザーズ。
「そう、お前らが攻め入りたい土地だよ」
 そして、彼らがそれを阻止して守りたい場所。
 『母』がそれでも獲物を逃がすまいと仕掛けてくるのを、見切りと残像で回避しつつ好機を狙う。
 強く地を蹴り、オブリビオンの懐へと踏み込み――。
「怖くてしょうがない。でも怖いからって抱擁が欲しいんじゃない、子守唄が欲しいんでもなきゃ繭に包んで守ってほしいわけでもない!」
 叩っ斬る!
 一息に振り抜いた一閃は、しかしわずかに切っ先を掠めたのみ。
 そして懐へ飛び込んだとは、ティタノミルマ・マザーの捕獲範囲に入ってしまったということ。
「いたずらな子ね。さあ、お母さんに任せて。あなたの怖いことを取り払ってあげましょう」
 ずるり。と。イージーの身体に女王蟻が腕を絡める。それまで『母』から距離を置いていた『子供』たちも、いつの間にか彼の周りに集まってきていた。
 急いで振り払おうとするが、じりじりと数を増やす『子供』たちが彼の動きを阻害していく。
 その時。
「おいでませ我らが同胞。その偉大なる武と威をもちいて、我らが敵を討ち滅ぼさん」
 凛と響く声が、動揺するイージーの心を打つとともに、高速・多重詠唱で弾丸に破魔と電撃の属性を乗せた機関銃の制圧射撃が正確に彼を外してオブリビオンへと叩き込まれ、間髪入れず現れた木の牧人が、地中から伸びる根で一気に刺し貫く。
 なおも猟兵へと手を伸ばそうとする『母』の胸に、魔剣が突き立てられた。
 かフッ。
 草原に血が散り、女王蟻はぐらりと身体を傾げそのまま倒れる。その周囲に、『子供』の死骸も。
 ティタノミルマ・マザーが息絶えたのを確かめてから桜花へ礼を告げ、イージーは剣を鞘に収めながら再び『母』へと視線を落とした。
 すべてをゆだねてしまえば、何も心配しないでいられるだろう。
 だがそれは、すべてを手放してしまうこと。自分自身だけでなく、自分につながる何かも、誰かも。
「ただ普通に平和に生きててほしいだけなんだ」
 高望みはしない。或いは、それですら高望みなのだろうか。
 否。それを守るために彼らは戦っている。
 親しい誰かの、知らない誰かの、その場所そのものの、『普通の平和』を守るために。
 裾を払い、桜花もまた『母』を見た。戦支度から身なりを軽く整えた猟兵たちも。
「母として在ることは、それだけで他者の生命を奪うものになることもありましょう。今回は骸の海へお還りを。そして可能なら、それでも共存出来る生命としてお戻りを」
 すと息を吸い、慰め乗せた鎮魂歌で送る。
 恐怖を呼び起こすこの草原に、今だけは、穏やかな願いが流れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年05月26日


挿絵イラスト