5
帝竜戦役㉙〜Elder Dragon Legend

#アックス&ウィザーズ #戦争 #帝竜戦役 #帝竜 #ヴァルギリオス #群竜大陸 #オブリビオン・フォーミュラ

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アックス&ウィザーズ
🔒
#戦争
🔒
#帝竜戦役
🔒
#帝竜
🔒
#ヴァルギリオス
🔒
#群竜大陸
🔒
#オブリビオン・フォーミュラ


0




 群竜大陸の奥深く、四方を険しい山脈に囲まれた呪力高山。
 その深部、大陸随一と言われる巨木にとぐろを巻きながら、帝竜ヴァルギリオスは彼方を見据えていた。
 結界が弱まっていくのをひしひしと感じる。
 各地で応戦していた同胞、それらが倒されこの地の結界が破られてしまったのだ。
 猟兵達の進軍速度は想像以上に速い。
 ここにやってくるのも時間の問題であろう。
「すまぬ……帝竜たちよ」
 喉を唸らせてヴァルギリオスは憤る。
 せめてあともう少し時間があったなら。
 軍備を整える時を稼げたのならば。
 悔いを考えても今は詮無きこと。
 こうなってはこの身一つで『カタストロフ』を決行するだけだ。
「来るが良い猟兵達よ。帝竜たちの嘆きの咆哮、それらを貴様らに味合わせて、余は全てを破壊しつくしてやろうぞ!」
 ヴァルギリオスの幾重にも分かれた頭が一斉に吠える。
 それは雷鳴のように辺りに鳴り響き、天を破ろうとするかのようであった。

●グリモアベースにて
「みなさま、群竜大陸にての戦役、まことにお疲れのことと思います。いよいよ大詰めとなりました」
 ライラ・カフラマーンは居並ぶ猟兵たちに深々と頭を下げる。
 その表情は険しい。
 九割九分の道程を経ても、ヴァルギリオスを倒さねばこの世界の危機は終わらないと知っているからだ。
 既に帝竜たちは倒され、結界が揺らいでいる。
 そのヴァルギリオスを倒す道筋へとついに到達出来たのであった。
「ヴァルギリオスは世界樹へと鎮座し、その場を動こうとしていません。これは余裕のあらわれか、それとも覚悟か。いずれにせよ、皆さんにはそこへと赴き、討伐してくださるようお願いします」
 ライラが杖の先で地面を軽く叩くと、霧が変化し姿を形どる。
 それは呪力高山。
 世界樹を玉座のようにして佇むヴァルギリオスの姿があった。
「残すはあとわずか、。しかし相手は伝承につたえ聞く古代のドラゴン、激しい戦いとなることになるでしょう。どうぞ皆さんご武運を。そして、帝竜を倒してくださらんことを」
 そう言ってライラは、深々とまた頭を下げたのであった。


妄想筆
 こんにちは、妄想筆です。
 いよいよ帝竜戦役も佳境、ラストバトルとなりました。
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。一章のみの構成となっています。
 難易度は「難しい」となっています。お気をつけください。
 相手は必ず先制攻撃をしてきます。
 それをどう対処するか? それがこの依頼成功の鍵でしょう。
 プレイングボーナスは『敵のユーベルコードへの対処法を編みだす』です。

 最終決戦の臨場感を出すため、まとめての描写になります。
 そのため余り多くの人数を採用することは出来ません。
 良くて8人前後になると思います。
 それでもよろしい方は参加してくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします。
57




第1章 ボス戦 『帝竜ヴァルギリオス』

POW   :    スペクトラル・ウォール
【毒+水+闇の『触れた者を毒にするバリア』】【炎+雷+光の『攻撃を反射し燃やすバリア』】【氷+土の『触れた者を凍結するバリア』】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    完全帝竜体
【炎と水と雷の尾】【土と氷と毒の鱗】【光と闇の翼】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    ヴァルギリオス・ブレス
【8本の首】を向けた対象に、【炎水土氷雷光闇毒の全属性ブレス】でダメージを与える。命中率が高い。

イラスト:hina

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 険しい山々を越えた先、そこに世界樹はあった。
 天まで届くかと見まがうような巨大な樹。
 それはこの大陸を覆うかのように枝木を広げている。
 そしてその樹に寄りかかり、八首をもたげてヴァルギリオスは山下を眺めていた。

 嗚呼、帝竜よ。我が同胞よ。
 風の唸りにお前たちの慟哭が聞こえる。
 大地の震えに、お前たちが倒れる響きを感じる。
 嗚呼、嗚呼猟兵よ。憎き敵よ。
 貴様らは勇者と同じか。自らを勇ましき者と誇るか。
 我を滅ぼさんとこの山脈を駆け上ってくるのがわかるぞ。

 号、と幾つもの首から憤怒のブレスがこぼれる。
 悔やんでも悔やみきれぬ、遅延。
 せめてあと幾日あったならば。
 余と帝竜が万全の体制であったならば。
 塵芥に等しい、地を這いずる蛆虫の群れなど気にすること無く進められたものを。
 号と、息を天にむかってヴァルギリオスは吐く。
 天を我が物に、地を叩き墜とさんとせんカタストロフ。
 それを他の帝竜たちと迎えることが出来ないのは残念だ。
「しかしここに余が居る。帝竜はまだ存在する。カタストロフは終わらぬ!」
 天を揺るがす暴君の咆哮。
 それにも負けずに小さき者はむかってくる。
 同胞たちを倒してきたように。
「良かろう!」
 巨体が、世界樹から離れ浮かび上がった。
 それはまるで山が一つ出現したかのようであった。
 山は八つの首と二つの翼、そして尾へと分かれ猟兵たちに向き直る。
「よくぞここまで来た、猟兵達よ。余こそが群竜大陸の主、帝竜ヴァルギリオスである!」
 グオオオオオオオオ……
 空に浮かぶ竜の咆哮は、猟兵達の頭上から重く響いた。
 見上げる猟兵達。その眼に迷いは無い。
 そして、それを迎え撃つヴァルギリオス。
「褒めてやろう貴様らの戦いを……余の偉業を記す徒花の血となりて、伝説を色取る一篇と為るが良かろう!」

 『帝竜ヴァルギリオス』が、猟兵達に最後の戦いを挑んできた。
ナハト・ダァト
属性ノ把握ハ、叡智ニ任せ給エ

残像を9体生成
全てにへその緒を持たせ
遠隔操作可能に

その後1体共に迷彩で姿を消しながら
残りの8体はオーラ防御でブレスを受け止める
当然耐えられないのは承知の上
本命は倒れた残像の情報から、
各首の対応属性を把握

迷彩で隠した1体を出現させ
言いくるめ、催眠術、精神攻撃で本体と錯覚させる

最後の一体に向かうブレスを
把握した情報からオーラ防御に武器改造で反映
ドーピング、継戦能力、限界突破で耐えさせる間に

隠れた本体はダッシュ、早業で接近

「瞳」、医術から弱点の頭部を目掛けてユーベルコードを放つ

そノ首ハ、飾りノ様だネ


テイラー・フィードラ
いいや、此処で終わりだ。此処で終わらせる。

フォルティと共に荒れ地を疾走、奴の元へと向かわん。
奴らが張り巡らせるは疫病に害意焼却、果ては凍結の障壁か。
ならば悪魔の力を借りん。呪言を素早く、かつ重唱し体を蝕みへの耐性を己とフォルティに付与し突貫。
だが、最上格の敵である。重ねたとしても鎧も礼服も、俺の肌もフォルティの蹄すら壊していくだろう。

いいや、まだだ!我が友よ、いくぞ!

俺の牙をフォルティに突き立て吸い取る事で、己の体を活性。並びに悪魔の術にて己の寿命を代価に傷を無くし吸血鬼化。
友よ、感謝する。ここまで駆け抜けた距離は奴の首を貰うに上等!

黒翼により飛翔、憎悪の爪牙にて首の一本でも寄越して貰おうか!


御形・菘
全身に邪神オーラを纏い、防御を行おう
と同時にダッシュ開始、更に邪神オーラを分裂させて切り離し、フェイクの的を複数作成して攪乱
ブレスは首ごとに狙いをつけるのであろう、せめて直撃の本数を減らす!
痛みは我慢、耐えて凌ぐ!

右手を上げ、指を鳴らし、さあ降り注げ花弁の嵐よ!
はーっはっはっは! 樹も花も、そして感動の属性を持たんようでは完璧の存在とは言えんのう!
妾が呼んだのだ! この花々は重く痛く、そして何より…エモい!
埋もれて果てよ、世界最強!

そして同時に攪乱でもある!
視界を覆い尽くす花に紛れ静かに接近し…左腕の一撃を、デカい図体に全力でブチ込む!
はっはっは、この場において徒花とは、まさにお主のことよ!


シホ・エーデルワイス
《華組》
アドリブ歓迎

私は…自分を勇ましい等とは思いません
ただ…主である世界と仲間を守る為に命を賭けて戦うだけです

正直あまり危ない事はしないで欲しいけど
燦の願いを叶える為
力を尽くします


『聖笄』の光学<迷彩で目立たない状態になって狙いを付け難くしつつ
ブレスの各属性に対抗する属性攻撃の誘導弾>で迎撃

ブレスで薙ぎ払われる事も考慮し
常時<第六感と聞き耳で警戒し見切り躱し時間稼ぎ>
被弾時は<各種耐性付きオーラ防御>で耐える

燦が仕掛けるタイミングで
燦の腕がブレス等に当たらず
敵の口に入るよう【華霞】で援護射撃


燦の想いが届く様
祈ります


戦後

燦の左腕を【復世】で再生

燦が腕を捧げて届けたのです
きっと一緒に逝けましたよ


四王天・燦
《華組》

この魅力的世界に導く要因たるフォーミュラーに感謝を抱き臨む。
シホに心配掛ける…ごめん、ありがとう

ダッシュと逃げ足で猛攻を避ける。
瘴気等は元気と耐性で凌ぐ。
反動露呈まで継戦能力で辛抱だ

妖魔解放―メデューサ蛇姫の魂を霊着。
高速移動で迫り、大理石の剣を捩じり込み呪詛を流す

感謝を大声で伝えるぜ

丸裸の左腕を見せ…魂喰いしてきた竜信徒(だけ)を宿し覚悟で自切。
今まで共に居てくれてありがとう

顎に投擲。
捧げものだ喰ってくれ!

捧げた傍から再生は不敬。
激痛耐性で耐える。
清薬を噛み砕いて飲み限界突破

剣を振るい石化の呪属性衝撃波で反撃。
カウントダウンで爆破だ

戦闘後シホに再生してもらう。
あいつら一緒に逝けたかな


比良坂・逢瀬
ついに帝竜ヴァルギリオスとの決戦ですね
新陰流剣士、比良坂逢瀬、参ります

私は剣士として如何なる強大な相手にも心を平静に保ち、対峙します

敵の攻撃を<見切り>、得意とする<残像>を生む高速の歩法で幻惑します

私の得意とするユーベルコードは《影ヲ斬ル》です
相手が如何に堅固な防御を備えようとも、厚みも硬さも無い影を斬る太刀は、その護りを無効とする<鎧無視攻撃>です
帝竜本体を強化する各属性のバリアも、自身の影までは覆ってはいないでしょう
それに私のユーベルコードは初見では対処することの難しい奇襲性の高い業ですからね

愛刀たる三池典太の<破魔>の太刀をもって、帝竜を骸の海に還しましょう


ビスマス・テルマール
●POW
相手のUCの性質を考えたら
開幕バリアが押し寄せて来ると考えた方が良さげでしょうか?

『第六感』で『見切り』

持ちいる耐性系の技能を全て生かし、それと『オーラ防御』とを込めた実体『残像』を置き

障害物にしながら『地形の利用』もしつつ低空『空中戦』で『ダッシュ』後退しつつバリアの属性を『情報収集』


バリアを凌いだら隙を見て『早業』で攻撃力重視でUC発動

皆と連携しつつ

『鎧無視攻撃』を込め

毒+水+闇なら『属性攻撃(浄化)』

炎+雷+光なら何れにも強い『属性攻撃(真空)』

氷+土なら『属性攻撃(炎)』を込め蒼鉛式マカジキビーム砲の『一斉発射』でバリア貫通とダメージを狙います

※アドリブ絡み掛け合い大歓迎


戦場外院・晶
その咆哮、耐えて進んでみせましょう……来ませい
「戦場外院・晶と申します……よしなに」
祈りを込めたオーラで護って進む……それしかできません
「……ぐ」
防ぎきれず怪我を負う……足を回復し、進んで……また焼かれる
八つの地獄を巡る苦行
「……ふふ」
超重力の回廊にて、修行を積んだ甲斐がある
「……そこです」
骨の平原にて鍛えた私には、如何なる攻撃も防御も……必ず隙を見いだせる

【手をつなぐ】

「帝竜とて……私に繋げぬ手など無し」
投げる……繋いだ先には肉体と骨格のある蜥蜴……いつも通り
怪力で抵抗を引き出し、グラップルで利用して崩してみせる
「……破ぁ!」
破魔の力、膂力、精神、自負、戦の愉悦……感謝
全てを込めて、ぶん殴る



 こちらを睨むヴァルギリオスの姿は、遠目からでもはっきりとわかる。
 その強大な躯から伸びる八首の眼光を受け止めるのは、これまた八人の勇士たち。
「はっはっは、中々に壮観であるな」
 同じく尾と翼をはためかせ御形・菘は嗤う。
 荒々しげではなく、愉しげに。
 帝竜とのバトルに彼女は、緊張も恐れもない。
 あるのはただこの撮れ高と再生数、この後の出来事、ここで終わるとは微塵も感じてはいない。
「首魁ノお出ましでアルナ」
 ナハト・ダァトが静かに応える。
 ローブの下でうねうねと身体が蠢いていた。
 異形の身であれど、他者を救える喜び。
 努めて冷静に振る舞ってはいるが、やはり昂揚は押さえられないでいた。
「ついに帝竜ヴァルギリオスとの決戦ですね」
 比良坂・逢瀬は太刀を抜いた。鞘は捨てずに取っておく。
 相応の敵と覚悟しているが、散華するつもりはない。
 何より仲間、他の猟兵がいる。
 己が力及ばずとも、結集すれば事を成せるはずだ。
 比良坂の頬は、笑顔を崩してはいない。
「奴を斃せばこの戦も終結、此処で終わらせよう」
 白馬に跨ってテイラー・フィードラも長剣を抜いた。
 長かった戦いもこれで終わる。
 それを担えることに彼は誇りを感じていた。
 手綱を握る手にも力がこもる。
 それぞれの姿を後ろから見つめながら、戦場外院・晶は静かに手を合わせ目を伏せる。
 合わせた掌から血潮の脈動をはっきりと感じる。
 鼓動。苦境。愉悦。
 この先に待ち受けるものこそ、悟りの一端が有る。
 晶の身体は悦楽に震え、口の端が曲がっていくのを堪えきれなかった。
「ええ、皆さん頑張りましょう!」
 ビスマス・テルマールの鎧装が駆動音を立て、フォースセイバーが鮮やかに光る。
 彼女のやる気は十分だ。
 マスク部分が下りて彼女の顔を覆う。すでに準備は万端だ。
 仲間がいなければ、真っ先に帝竜目がけて行ったかもしれない。
「いよいよだな……」
 四王天・燦は天を仰いで感慨深げにため息をついた。
 空はどこまでも蒼い。
 まるでこの戦いがちっぽけであると言いたげなように。
 そっと、手を握られて燦は振り返った。
 そこには己の手をそっと握るシホ・エーデルワイスがあった。
「……戦いましょう」
 普段は控えめな彼女の、力強い決意。
 それを受けて燦は頷いた。
 世界樹が見える向こうに、ヴァルギリオスがいる。
 誰彼が合図するということなく、猟兵達はそこへと駆けだしていったのだった。

 まずは様子見とばかりに、低空で地を駆けながらビスマスが敵にむかって銃声を放つ。
 その雷光は真っ直ぐ飛んでいき、そして弾かれた。
「バリア!?」
 マスクのセンサーが、敵周囲にエネルギー帯を感知する。
 そして、こちらにむかってくる脅威にも。
 旋回し、回避を試みるビスマス。
 彼女が居た場所を光が穿った。雷光が追いすがるようにビスマスへと届き、その身を焦がす。
「きゃあっ!」
 失速するビスマス。
 その横をテイラーが駆け抜けていく。
「小細工を弄するか。しかし、まかり通ってみせる!」
 その背には比良坂の姿。
 馬上に乗せた二人の重さを感じさせない速さで、白馬フォルティは駆けていく。
 帝竜の姿が近づく。威圧感も大きくなる。
 畏怖されたかのように、馬の歩みも鈍くなっていった。
「どうした、フォルティ! 敵はもうすぐそこだぞ」
「これは……、障壁ですね」
 比良坂の声にテイラーは辺りを確認した。
 ヴァルギリオスの内に近づいたのか、周りの闇が濃くなったような気がする。
 そして、凍てつく波動をも。
 攻撃を弾くバリアは、侵入する者を阻む壁ともなっていた。
 その寒さに馬の脚が遅くなり、瘴気が身体を蝕みはじめるのだ。
 己の手をじっと見るテイラー。
 寒さだけではない、痛みと痒みが自分にも拡がってくるのを感じていた。
 ならば。
 寒さにかじかみながら詠唱を口にする。
 仇敵を抹殺するために身につけた悪魔の力。
 その力が彼と愛馬を襲う暴竜の威を和らげていく。
「すまんが貴殿を護ってはやれん。大丈夫か」
 悪魔の契約は己のみ。
 比良坂を助ける術は持ち合わせてはいなかった。
「いいえ、お構いなく。私は大丈夫です」
 後ろ越しに聞こえる彼女の声に、テイラーは手綱を握り、馬の速度を速める。
 救うことが出来ない以上、一刻も早くこの状態から抜け出す他ない。
 彼が先を急ごうと馬術に専念したのは懸命である。
 振り返れば幾分動揺し、手綱が緩んだであろうからだ。
 比良坂の綺麗な肌が毒気に染まる。
 吐き気に襲われるのを彼女は堪え、平静を繕った。
 達人である彼女は、たとえ奇襲を受けようとも、多勢が襲ってこようとも対処出来る。
 しかしヴァルギリオスの行く手を阻むバリアの障壁。
 空間その物が敵であるこの状況は、彼女には対処し辛かった。
 だが、彼女も一介の猟兵である。
 ここで歩みを止めることは敵に一太刀を浴びせるのを遅らせる。
 その遅延は、この大事な局面では命取りの行為になる。
 だから比良坂はこの身をさいなまれようとも、おくびにも出さなかったのである。
 悪寒を揺さぶるように衝撃が走る。
 訝しがる前に比良坂は察した。
 落馬。彼の愛馬であったフォルティ。
 それがとうとう倒れてしまったのである。
 大丈夫、と言いかけて比良坂は口をつぐんだ。
 自らの身体より、痛々しい色。
 無事であろうはずがない。
 歴戦をくぐり抜けてきた良馬であろうともやはり馬。
 猟兵でないものにユーベルコードの領域は如何ともし難かったのであろう。
「行きます」
「……ああ」
 だから、あえて彼女は駆けた。
 ヴァルギリオスの元へと。
 愛馬の傍らに寄り添うテイラーに背を向けて、比良坂は力強く走るのだ。

 先駆けは防がれた。
 しかしそれは戦況を見据えるに十分な呼吸を与えてくれる。
 一端バリアの圏外へと退避したビスマスが見た者は、巨大なドーム状バリアに覆われたヴァルギリオスだった。
 奴はまだ攻撃すらしていない。
 帝竜からしてみれば重い腰を上げた程度、ほんの軽い肩慣らしといった処か。
 その空に佇む悠然とした佇まいが、逆にビスマスの心に火をつけた。
 ――Namerou Heart Omaguro…
 起動音とともに、鎧装が更に重厚に変化していく。
 転送されたビームカノン砲が両肩に装着され、エネルギーが充填されていく。
 狙うはただ一つ、ヴァルギリオス。
 闇を撃ち払う正義の光。
 悪を打ち破る強き力。
 そして、それを叶えようとする自分の、真っ赤に燃える炎の心。
 ヒーローの名にかけて、ビスマスは全てを込めた一撃を相手にむかって放ったのだった。
 雲を裂いて雷光の如く駆けるその閃光は、勢いよくヴァルギリオスの元へと。
 だがしかし。だがしかし。
 必殺の一撃は、バリアによって阻まれる。
 正義は悪に及ばないのか。
 否。
 断じて否。
 おお、見よその切っ先は、ガラス大玉にヒビを発生させているではないか。
 そしてその瑕疵から内部へと、光が侵入し、浸透していく。

 帝竜へとむかう比良坂の身体に、温かみが戻る。
 上を見上げれば、味方が放った強烈な鉄槌。
 それが拮抗し、バリアを打ち破ろうとしていた。
 そしてその裂け目から光が差し込み、彼女に手を差し伸べていた。
 光は瘴気を撃ち払い、肌寒さを打ち消してくれた。
 同時に、闇のカーテンを振り払い、帝竜の姿を克明に照らす。
 悪しき竜、ヴァルギリオスよ。
 比良坂の胸にもう一度、闘志が盛る。
 光は闇を払い、同時に影を生み出す。
 空に浮かぶヴァルギリオスの影を、地上へと写し出すのだ。
 たとえ敵と相対できずとも、影があれば如何様にも出来る。
 自分にはこの比類無き刀技がある。
 愛刀三池典太が放つ、武断の斬撃があるではないか。
 もはや手にかじかむ感じは残ってはいない。
 両の腕を太刀に添え、彼女は構える。
「影を斬るのは身体を斬るのも同じことです」
 上段から袈裟斬りに、比良坂はその腕を振るった。
 黒い輪郭が、まるで折り紙を引きちぎるように易々と斬り裂かれた。
 そしてヴァルギリオスの実像は、その線にそって血飛沫をあげたのだった。

 ガア!? アアアアアア……!
 頭上から降り注いだ咆哮。
 それがテイラーを現実に戻した。
 見上げれば帝竜に、一撃が入っている。
 その身を護るバリアが揺らいでいる。
 仲間が、ヴァルギリオスと戦っているのだ。
 ならば自分は?
 目線を下に移すテイラーをフォルティの瞳が捕らえる。
 いくつもの死線を駆けてきた友の姿。
 それは余りにも痛々しい。
 ならば自分は?
 哀しみに打ちひしがれ、戦意を萎えさせるのか?
 友が死んだからと、戦線を離脱し、喪に服すのか?
 上を見上げれば、叫び声をあげるヴァルギリオスの姿。
 その光景が、在りし日の故郷、灰燼に帰したあの情景を思い出させる。
 ならば自分は? このまま終われるのか?
 否。
 断じて否。
「いいや、まだだ!我が友よ、いくぞ! 許せ!」
 横に伏すフォルティの首に牙を突き立て、流れる鮮血を嚥下する。
 それは鬼畜の所業。
 彼を悪魔へと変貌するに足る、外道の所業であった。
 馬が倒れる。悪魔が起き上がる。
 漆黒の翼が堂々と、左右に拡がり羽ばたこうと。
 鮮血の一滴を目元より零れさせ、悪鬼テイラーは飛ぶ。
 悪魔と化した彼にとって、魔帝の結界など既にいささかの痛痒さも感じ得ない。
 仲間がつけたその傷口に、彼は爪を突き立てた。
 抉り、ねじ込み、拡げる。
 身をよじる竜に振り落とされるが、鮮血をあたりにまき散らさせたのがはっきりと見えた。
 ヴァルギリオスの雄叫び。
 それが響きわたると同時に、ドームが乾いた音を立てて崩れ落ちていく。
 猟兵達の攻撃は、遂にバリアを打ち破ったのであった。

 痛み。
 久方ぶりの痛み。
 我が肉体に傷を負わせる者が、まだ存在していたとは。
 いや、だからこそ他の帝竜は敗れたのであろう。
 ハハハハハ。
 ハハハハハハハハハハ。
 ヴァルギリオスは笑う。
 我が身の危機に。全力を出せることに。
「猟兵よ!」
 翼をはためかせ帝竜が吠える。
 あたりに風を起こして障壁の破片を巻き上げらせ、その欠片を吸い込んだ。
 ヴァルギリオスの鱗が輝いていく。
 障壁と同じように、多数の色を纏いて。
「来るが良かろう。だが余は帝、ヴァルギリオス。我が眷属のようにはいかぬぞ!」
 滾りを八方へと繰り出し、その実力を見せつける。
 辺りが吹き飛び、その地形を変化させた。
 そのうちの一つが、晶へと襲いかかる。
「その咆哮、耐えて進んでみせましょう……来ませい」
 晶は逃げない。真っ向から受けようとするのだった。
 およそ正気にはあらざる行状。
 しかして正気にて大業はならず。
 両手を合わせて、進むのみ。
 業炎がその身を焼く。
 菩薩光がその身を癒やす。
 傷つき、癒やされながら、歩を進める。
 時折り苦悶の声が晶から漏れた。
 当然だ。
 治癒の御業は負傷を治す奇跡であって、激痛を感じさせぬものではない。
 傷が開かねば、その痕を打ち消すことは出来ないのだ。
 だから晶は歩く。
 苦痛をその一身に受けながら。
 ヴァルギリオスにはわからぬ。その愚行が。
 地に這う蟲の考えることなど、理解出来ぬ。
 だがそのひたむきは、大帝の興味を惹くには十分な蒙昧さ。
「ハハハハハ! むかってくるか! 愚かにもむかってくるか! 良い、良いぞ。それでこそ我が敵よ!」
 憤激を吐いていた八つの首が、一斉に居直った。
 もたげた鎌首は全て同じ方角、晶の方へと。
 照射にて彼女を滅却しようというのだった。
 晶は避ける素振りもみせない。
「……ふふ」
 暴虐の視線を受けても、彼女は嗤うのであった。
 咆哮は中断される。
 あらぬ方向からの攻撃が、竜首のひとつにあたる。
 ふと目を向ければ、そこにはいつの間にか目前へと迫り来ていた燦とシホの姿があった。
「ごめん、シホ。見ていられなかった」
「構いません。仲間を守るのは当然のことです」
 二人は間合いを誰よりも早く詰めていた。
 死角から傷を負わせることが出来たかもしれない。
 いや、一斉の咆哮。あの最中なら狙い放題であったに違いない。
 だがそうはしなかった。
 仲間、それにアキラという同じ名を放っておける訳がない。
 だから陰形を解除し、一撃を中を逸らすことに使用したのだった。
「既に辿り着いていたか……それでこそ!」
 晶を狙っていた顎が、燦たちへと向けられる。
「来るよねえ、そうなるよねえ」
 シホを抱えながら失踪する失踪する燦。
 今の彼女の肉体には、封じてきた妖魔たちの力がある。
 それらを解放し、憑依させた身体は、常人には成し遂げられない能力を生み出すのだ。
 燦が喝を放つと、地肌が飛び跳ねて石と化す。
 それらは互いに結びつき、石の大盾を形成した。
 尾の一薙ぎ。
 それを喰らって盾は微塵に砕け散る。いや、あえて砕かせた。
 ただ盾を造ったのでない。
 幾重にも層を重ね、細かい隙間を生ませていた。
 互いにぶつかることで衝撃を吸収し、威力を弱める。
 だが勿論、暴竜の猛攻を全て防ぎきれるとは思ってはいない。
 多少のダメージは覚悟の上だ。
「ぐっ!」
 大盾を更に幾重にも張った。
 その緩衝壁を易々と、ヴァルギリオスは撃ち砕いた。
 虚空へと、大きく吹き飛ばされる燦。
 両腕で抱えるシホの姿を、絶対に離すまいと力を込める。
 燦は猛攻をその身で受け、彼女へ譲ることをよしとはしなかったのだ。
 抱きすくめられるその腕越しに、シホは追撃が迫るのを見た。
 大きく開く竜の顎。
 あれがこちらにむけられれば、地面に叩きつけられる前に二人は空気の塵とカスであろう。
「させません」
 シホが祈った。
 翼が8色に輝き、羽ばたいて辺りに飛び散った。
 それらは帝竜のブレスへと次々と飛翔していき、そして消失する。
 天使の羽ばたきは、ドラゴンに取ってそよ風にもならないのか。
 辛うじて威力が弱まったその破線が、すっぽりと二人を包む。
 存分に勢いを披露し、その閃光が細く消えていく。
 燦とシホの姿は、そこには無かった。
「まずは両名。喜ぶが良い。余に全力を出させたのは古竜でも成し遂げられなかったこと。汝らこそ、まことの勇者なり」
 ハハハハハ。
 ハハハハハハハハハハ。
 ヴァルギリオスは猟兵を仕留めることが出来たことに喜びを隠さず、高らかに笑うのであった。

「ぐ……」
 燦の意識が覚醒する。
「ハハハハハハ! ハハハハハ! 愉しい、愉しいぞ! 邪神のあいてが大蛇とは! 相手にとって不足無し!」
「コノ状況デ嗤う君ハ非常ニ興味深イ。ダガそれヲ論じるノハ、マタ後にシヨウ」
 ナハトが、御形が、ヴァルギリオスと戦っているのがわかった。
 まったく瓜二つの8人のナハト。
 それが蜘蛛の巣のように展開し、竜のブレスを凌いでいた。
 焼け付き消失するローブから、彼の焦げた地肌が見て取れた。
 それでもナハト達は動きを止めない。
 帝竜の首に補足されては、一瞬にして消し飛んでしまうであろう。
 だからそうならないように、互いに距離を取り合いながら、目まぐるしく動いていた。
 それでも余波は少しづつ、ナハト達を痛めつける。
 だが彼らは逃げようとしない。
 肉薄し、その隙を窺っているのであった。
 一方の御形も負けてはいない。
 その身に纏うオーラを変化させ、自らの分身を生み出していた。
 ナハトのように精巧では無い。
 しかしその残像は数の優位を生み、ヴァルギリオスを幻惑させていた。
 たとえブレスで薙ぎ払われようとも、新たに別つ身を出現させる。
「はーっはっはっは、どうした? それで帝竜と言えるのか! 他の帝竜はもっと愉しませてくれたぞ! それとも妾は最後にハズレを引いてしまったか? それはそれは残念だなぁはーっはっはっは!」
「貴様ァ……!」
 ちっぽけな蟲風情になじられ、ヴァルギリオスが激昂して御形に標的を定める。
 神霆が蛇神もどきを焼き払う。
 だがオーラ分身を幾重にも吹き飛ばしても、その減らず口がへばりついた生意気面を滅殺するには至らなかった。
 再び分身達をはべらせて、御形が高らかに嗤う。
「はーっはっはっは、どうした帝竜! どうしたヴァルギリオス! 妾はここにいるぞ、悠然となぁ! しょせんドラゴン風情なぞ邪神の足下には及ばぬわ! 妾はこそは天に輝く一番星! 御形 菘なるぞ!」
「良かろう御形 菘! その身、確かに覚えたぞ!」
 何重にも放たれるドラゴンブレス。
 その猛攻を御形は耐える。彼女とて無敵では無い。
 だがあえて虚勢を張り、真っ向からヴァルギリオスと対峙する。
 それはナハトと同じように、味方に被害がまわらぬよう矢面に立つため。
 そしてなによりも、この絶好の撮れ高タイムを彼女が中止出来るはずもなかったからだ。

 見れば、二人の他にも猟兵達が戦っているのが理解出来た。
 燦は自分が地に倒れていることに気づく。
「……そうだ、シホは?」
 上半身を起こす。
 すると自分の下になっていたシホにようやく気づいた。
 彼女が身につけているヘッドドレスが揺れる。
 これはただの装飾ではない。
 光学迷彩で自身を隠せる優れものなのだ。
 これがあるからこそ、二人はヴァルギリオスの元へと近づくことが出来たのだ。
 シホの眼が開いた。
 良かった、生きている。
 安堵の息を燦がつくと同時に、シホも笑顔を浮かべる。
 あの時、攻撃を避けきれぬと悟ったシホは、気力を尽くして暴威を防いだのだ。
 オーラを飛ばしてブレスの直撃をずらし、全力を尽くしてオーラを纏って耐える。
 なんとかそれには成功したが、連撃を耐えうるには尽き果たしてしまい無理だ。
 だからシホは迷彩を利用し、やられたように見せかけたのだった。
 反撃の気力が回復するまで、一時的に身を潜めようと。
「情けねえ、心配掛ける……ごめん、ありがとう」
 彼女の煤けた姿に燦は苦渋の表情を浮かべた。
 しかしそんな燦へシホは優しい声をかける。
「気にしないでください。ただ…主である世界と仲間を守る為に命を賭けて戦うだけです。力を尽くしましょう」
 力を、尽くす。
 その言葉に燦は頷いた。
 みんな全力で戦っている。死力を尽くし、智恵を振り絞って。
 自分にはその覚悟が足りなかったのか。
 だから彼女を危険な目に遭わせてしまったのではないか。
 ヴァルギリオスの方へと顔をやる。
 奴は猟兵達とパーティーの真っ最中だった。
 すでに離脱したと思っている自分たちは、文字通り眼中になさそうだった。
 騙し討ちは、盗賊の基本。
 燦は振り向いてシホに語る。
「ごめん、何度もごめん。ちょっと馬鹿なことをかますけど、つきあって欲しい」
 寂しそうな笑顔。
 そんな笑顔にシホは、やはり笑顔で返すのであった。
「正直あまり危ない事はしないで欲しいけど……つき合いましょう」
 仲間を援護するために、再び二人はヴァルギリオスへとむかうのだった。

 猟兵達と相対するヴァルギリオス。
 帝王が吐き出すブレスの威力は、いまだ勇士たちを寄せ付けることが出来ないでいた。
 それというのも荒れ狂う巨尾や昏く輝く両翼、それらも操り帝竜は攻撃の隙を無くしていたいたからであった。
 自身のみでカタストロフを決行する。
 その言葉に偽りの無い実力が、ヴァルギリオスにはあったのだ。
「……ぬう?」
 火の粉とは違う点々。
 雪? いや違う。
 銀の花々が宙を漂い、ヴァルギリオスを覆う。
 それは日の光を反射して、綺羅綺羅と輝いていた。
「小賢しい!」
 四方八方に放たれるドラゴンブレス。
 それは荒々しく花々を焼き払った。
 何だか知らんが、消失させてしまえば無力。
 たとえ小片と言えども、容赦するつもりは無い。
 だがそのブレスの照射、あらぬ方向。
 それを向けさせるための、徒花であることは、巨大な暴君は知るよしも無い。
「今です、燦」
 その声を合図に、燦は大剣を投げつけた。
 かつてとある妖魔が愛用していた剣。
 その剣が、主を得たかのように唸りをあげていた。
 それを持つ、燦は片腕を失っていた。
 封じ込めていた魂を、剣にへと還したのだ。
 その代償は重い。文字通り片腕をもがれた格好の燦。
 だが毅然にも彼女は立つ。
 そして剣は意志があるかのように死角を縫って巨竜へと迫る。
「今まで共に居てくれてありがとう! そして捧げものだ、喰ってくれ!」
 封じ助力を経てきた妖魔たちの感謝と、ヴァルギリオスへ一矢報いる痛快さに燦は叫んだ。
 大口を開けた馬鹿面に、剣が吸い込まれ呑み込まれていく。
 あれは妖魔そのものだ。石化を統べる妖魔の剣。
 その脅威を、外皮などで阻まれない体内で爆発させる。
「ゼロ!」
 カウントダウンを数え、燦は力を開放する。
 石の大盾を生み出した異能。
 それがヴァルギリオスの体内で暴走する。
「なんだ……!?」
 咳き込んだヴァルギリオスの息が白く濁り、石灰と変じていく。
 開放された妖魔の魂が内側から帝竜の身体を侵食し始めているのだ。
 節々が軋み、硬直する。
 完全に石化することは適わなかったが、それは竜を失墜させるには十分であった。
 強力な石化の毒素。
 それに感染させられた帝竜ヴァルギリオスは、翼を満足に羽ばたかせることも出来ずに、地へと墜ちた。
 それを見届け、満足げに倒れる燦。
 痛みに耐えかねて失神したのだ。
 そこへ介抱しようと駆け寄るシホ。
 ヴァルギリオスはその二人を眼中に捕らえた。
 倒したはずが。仕留めたはずが。
 ドラゴンとしてのプライドが帝竜を奮い立たせ、叩きつけられた痛みを物ともせずに立ち上がる。
「まだ生きていたか! さては貴様らの仕業だったか!」
 憤怒のブレス。
 激昂の業炎が襲いかかる。
 しかしてそれは、人柱によって阻まれ、二つに裂けて燦とシホを護った。
「捨身、御見事で御座います」
 静かな声で晶が褒めそやす。
 自らの片腕を代償とする行為。
 その苦痛はいかほどであるのか。
 我が身を焼く焔に巻かれながら、晶は彼女を羨ましいとさえ思った。
 足りない。この程度の苦痛では。
 彼女の覚悟の一房にも足りないではないか。
 修行の果てに培った癒やしの業。
 これが甘えではないのかとすら思えてくる。
 いっそのこと、全て焼き尽くされてみようか。
 ふと、そんな邪な考えが頭をよぎる。
「余の咆哮をあびて悠然と佇むとは! 面白い!」
 ブレスの勢いが増す。一気呵成に焼きつくすつもりであろうか。
「戦場外院・晶と申します……よしなに」
 ヴァルギリオスの姿、そして猟兵の姿。
 それらを見て微笑む晶。
 ここで焼き終わるは只の我儘。今は耐えうるのみ。
 心を取り戻し、狂気の尼僧は敵へと再び歩みはじめるのであった。

 ブレスを晶に集中させられぬようにと、ナハトと御形は他の首へと肉薄する。
 すでにナハトの分身は半数を焼失しており、御形も本体が傷つき始めていた。
「はーっはっはっは! 其方なかなかにしぶといな。これが終わったらコラボを許可するぞ!」
「そちらモナ」
 翼を失い機動を失っても、八首の威は今だ健在。
 ひとつひとつは耐えられても、一斉にかかられては耐えられない。
 その証拠に、八人いたナハトの姿はもう二人に、御形のオーラの輝きは弱まっているではないか。
 八方から来る攻撃を警戒しながら、背中合わせに会話を交わす。
「大体ハ把握シタ、此処ハ叡智ニ任せ給エ」
「策があるようだな。だがゲストにお株を持っていかれるのは配信者の名折れ。ここは協同といこうではないか!」
 二言三言交わす二人を、帝竜のブレスが袂を分かたせる。
 左右へと跳んだナハトと御形。
 ナハトの影はすでにひとつ。
 一人、また一人と消えていった最後の一人をとうとう全てのヴァルギリオスが捕らえた。
「終わりだ!」
 八つの色調がナハトを焼き尽くす。
 ローブの端も残さず、猟兵は霧消していった。
「ここまでよくぞ耐えた! 褒めてやろう!」
 一人仕留めてヴァルギリオスが牙をみせて笑う。
 その哄笑を、冷ややかな声が水を差す。
「イイや良く見たマエ。キミの眼はガラス玉カネ。ダとスれバそノ首ハ、飾りノ様だネ」
 はるか頭上で無傷のナハトがヴァルギリオスを見据えていた。
 いつの間にか。あんな場所で。
 しかしそれはすぐに八首の狙いとなる。
 八方から放たれるドラゴンの咆哮。
 ナハトに逃げられる術は無いように見えた。
 宙に浮かびながら、ナハトはゆっくりと禅を組む。
 諦めたのか。
 否。
 禅を組みながら、彼は両腕を頭の上で合わせ、大きな輪を作る。
 ローブがはためき、その隙間から光が漏れる。
 それは全てを照らす光。無限に輝く光であった。
 日輪が八度瞬く。
 と、迫り来る暴威は雲散霧消していった。
 なんという奇跡。
 そこには変わらぬナハトの姿が。
 両手が日輪のように輝く彼の姿があったのだ。
 ヴァルギリオスは驚愕した。
 全てのブレスを耐えうる存在がこの世にあり得るのかなどと。
 ひとつふたつを耐えきった者は過去にも存在した。
 自分の力を結集した必殺のヴァルギリオス・ブレス。
 これを受けて生き延びた者などいない。
 古竜も、勇者達でさえもだ。
 プライドをいたく傷つけられたヴァルギリオスが吠える。
「面白い! その痩せ我慢、いつまで続くか試してやろう!」
「来るガ良い。私ノ姿ヲよク見テおくノダナ」
 ナハトは動かない。その場で座禅を組んだまま。
 再び八様の熱線がその姿へと降り注ぐ。
 しかしヴァルギリオスは、その最後を確認することが出来ない。
 ひとつの首が吹き飛ばされたからだ。
 他の七つの首がその残骸をみやる。
 そこに居たのはナハトの姿。
 光輝く水晶を片手に、赤い曙光を放って一刀のもとに葬り去った、無傷のナハトの姿があったのだった。
 ナハトは最初から、ヴァルギリオスを観察していた。
 生み出した分身は八つでは無い。九つ。
 自らは蔭へと潜み分身達を操り、戦いぶりを観察していた。
 帝竜がどのように動き、どう行動するのかを。
 先に8体を囮としてそれを掴み、残り1体を出現させてその対処法を実践する。
 宙に浮かんだナハトはナハトにあらず。
 大魚を釣り上げる、ルアーであったのだ。
 それに食いついた愚者の首を刎ねたナハトは、吹き飛んでいった大成果にさしたる興味もみせず、さも当然のように本体へむかって言い放つ。
「ダカラ、私ヲ見よト言ったノダ。ヤハリそノ首ハ、飾りノ様だネ」
 ガアアアアアアアアアアアアッッッ!
 ヴァルギリオスが吠える。
 激痛、屈辱、憤怒。
 まだ生きているセブンスドラゴンが、ナハトへと牙を剥く。
 絶対に、仕留める。
「首一つと其方の命、これで等価よ!」
 大顎が叡智のローブを呑み込まんとする。
 だがその視界を赤い花弁が遮った。
「残念だが、そいつはやれんなぁ!」
 指を鳴らして右手を上げる御形。
 その指さした天の上から花弁の嵐が振り注いでいた。
 花は戦場の端々まで舞い散り落ち、今だ噴水のように噴き出している首の、鮮血よりも赤く咲いて飛び散った。
「はーっはっはっは! 樹も花も、そして感動の属性を持たんようでは完璧の存在とは言えんのう! 妾が呼んだのだ! この花々は重く痛く、そして何より…エモい!」
 花吹雪にまみれ、全てを朱に染める中で、御形の声が響き渡る。
 赤い帳の中で、ヴァルギリオスはナハトを、他の猟兵達を見失っていた。
 ならばと御形の声を頼りにあぎとを閉じるが、それは空しく花弁を咬んだだけだった。
「真にバトルに必要なのは何たるか、解さぬならば花に散れ!」
 空を切ったはずのその場所から、御形の哄笑が帝竜を嗤う。
 憎悪、恥辱、帝竜としての誇り。
 たかが羽虫としか思っていなかった者共にいいようにあしらわれ、帝王の仮面を投げ捨ててヴァルギリオスは吠える。
「ガアアアアアアアアアアアアッッッ!」
 ヴァルギリオス・ブレス。
 だが王者の気概を損なわれ、首を一つ失った攻撃に、猟兵を葬り去る力などありはしない。
 ヴァルギリオスが我を失う度に、花は咲き乱れて赤く染まる。
 弱者を憎めば憎むほどに。
 その醜態は、無防備な首を狩人に晒すだけだ。
「捕らえたぞ!」
 首の一つに、御形の爪が荒々しく食いこんだ。
 花吹雪はただの撹乱。
 接近できる、この時を待っていた。
 全身全霊、全力をこめてブチ込んだ左腕を思い切り引き抜く。
 先ほど仕上がった噴水に続けて、また新たな噴水が赤い鮮血を噴きあがらせる。
 それは、花弁を払って我が身を強調するかのように。
「はっはっは、この場において徒花とは、まさにお主のことよ!」
 勝ち誇る御形。
 そして続く影がある。
「ふふ……そこですか」
 反撃の所作を整える間もなく、晶がのたうつヴァルギリオスに近づいた。
 己の身長以上はあろうかと思われる牙を掴み、彼女は微笑む。
 ようやくたどり着けた。
 ようやく触れあうことが出来た。
 上顎と下顎を閉じて噛み砕かんとする竜の所業を、尼僧は双手によってそれを阻止する。
「帝竜とて……私に繋げぬ手など無し」
 瘧にかかったように晶の身体が震える。
 いったいどれほどの荷重がかけられているのであろうか。
 しかし晶は微笑みを絶やさない。
 説法を行い衆生を救済する、善僧のように。
 掌で触れあう感触から、かのモノの心情が溢れ、繋がりあう。
 怒り。憎しみ。哀しみ。その他諸々の魂魄。
 それらの全てに慈しみを持ち、繋ぎ合わせ絡め取る。
 合掌。
 紙縒りのようにより合わせ、心情をくみ取っていく。
「……左様で御座いますか」
 呼吸の息継ぎで咬力が弱まったのを見逃さず、そのズレを押して体を崩す。
 目を細めた晶には、ヴァルギリオスの姿は見えず。
 そこには一匹の蜥蜴。
 菩薩の掌で踊る、小さき蜥蜴の山水が浮かぶだけだ。
 それを両手で掬いとり、持ち上げる。
「な……!?」
 帝竜と、他の猟兵たちは驚愕した。
 ヴァルギリオスの躯が浮かぶ。
 翼でもなく自らの跳躍でもなく、ただ一介の人間、猟兵の手によって。
 山のようなオブリビオンの巨体を、晶はたった独りで持ち上げたのだ。
 いかな妙技か、バランス感覚か。
 極められた首はともかく、他の暴れる首もものともせず、逆しまになった暴竜を、彼女は落とさず揺らさない。
 顔色一つ変えずに、持ち上げるのに成功したのであった。
「……破ぁ!」
 手放し、宙へと放り投げる。
 満足な笑みが、そこにはあった。
 戦役、これまでのこと、培ってきた修行の数々、それを乗り越えてきたこと、そして今まさに乗り越えようとすること、その喜び、塗炭を味合わせたくれたことの相手への感謝。
 走馬灯の思いを腕に込め、晶はヴァルギリオスへと手を差し伸べた。
 山が、山が山脈から崩れ落ちた。
 帝竜は、坂を転げる落ちて下へと叩きつけられる。
 そこには泥にまみれ、墜ちたドラゴンの姿があった。
 伝説を色取る一篇。
 晶は、ヴァルギリオスのためにそれを差し出したのであった。

 世界が廻る。天地が揺れる。
 いまだかつて無い、苦戦。
 世界を欲しいままに、限りを尽くしてきたヴァルギリオスの思考が混濁する。
 カダスフィア――
 オアニーヴ――
 ガルシェン――
 女禍――
 ベルセルクドラゴン――
 プラチナ――
 ガイオウガ――
 ドクター・オロチ――
 ダイウルゴス――
 ワーム――
 ――これか、これなのか……。
 この力にお前達は地を舐めたのか。
 誇り高き帝竜が、猟兵という存在に敗北を喫したのか。
 ……だが!
「……まだ、終わってはおらぬ!」
 自分が、帝竜ヴァルギリオスがここに居る。
 群竜大陸は落ちぬ。
 猛りで精神を無理矢理にも覚醒し、起き上がろうとするヴァルギリオス。
 その眼に、一人の猟兵が飛び込んでくる。
 その者は肩から翼を生やし、滑り落ちるというよりは、空から落下してやってきた。
「いいや、此処で終わりだ。此処で終わらせる。
 黒翼の悪鬼、未だ戴冠されぬ者、テイラー・フィードラがヴァルギリオスへと。
 ガアアアアアアアアッッ!
 空を染める宵闇の咆哮。
 だがその霧中を、躱すまでもなく、ただただテイラーは落ちてくる。
 メキメキと、豪腕に相応しい凶つ爪を立てながら。
 帝竜のブレスよりもただ黒く、その身を闇に墜としながら。
「友よ! 感謝するぞ!」
 ここまで来れたことに、奴を追い詰めたことに、そして敵の首筋に復讐を突きつけることの興奮に、感謝の意を口に述べる。
 落下の威力をそのままに、凶爪を眼へと突き通す。
 ガアアアアアアアアッッ!
 再び放たれる竜の咆哮。
 だがそれは、苦痛に喘ぐ弱者の叫び。
 聞く耳は持たぬと、同じく眼孔にもう片腕をねじ込んだ。
 そのまま無理矢理に、万力をこじ開けるような力強さで、テイラーは両腕を開く。
 断末魔の叫び。
 それを鎮魂歌に、悪鬼は竜の血を浴びるのであった。
 頭に生える、一房の白いたてがみを朱に染めながら。

 苦痛に喘ぐ竜は、三つ首を落とされる。
 そして残る五つの首にも、猟兵達が殺到する。
「新陰流剣士、比良坂逢瀬、参ります」
 黒髪の姫君、影斬の剣豪、比良坂・逢瀬が相対する。
 ガアアアアアアアアッッ!
 その首から、光の螺旋が放たれた。
 窮鼠猫を噛む。
 ましてやそれが竜であれば反撃の鼻息は凄まじいに違いない。
 だが黒猫は獲物を前にして動ぜず、刀を構えるのみ。
 そして凄まじい速さで空を斬った。
 遠い? 否!
 光有る処に影有り、影有る処に光有り。
 比良坂が斬ったのは影、ヴァルギリオスが生み出した影であった。
 斬られた部位をなぞるように、光のブレスはチーズが割けるように切れていく。
 まるで真の光に恥じらい、自分から避けていくようにと。
「この距離、この濃さ、なれば外しません」
 あの時は空を飛んで影が薄かった。
 だが、地に墜ちて影が濃くなっているこの状況は、比良坂の秘剣の威力も増していく。
 ましてやこの巨体。狙いを外す不手際無し。
 よって避ける必要も無し。
「貴方を骸の海に還しましょう」
 左腰から右肩へと、大きく刀を虚空へと。
 残心。
 それをもたげて鞘に刀を収める。
 パチン、と締まる音がした。
 そして、滑るように竜の首が落ちたのだ。

 自称ご当地ヒーロー、通りすがりのなめろう猟兵、ビスマス・テルマールは転げ落ちていったヴァルギリオスを追いかける。
 空を飛んでむかってみれば、苦痛に喘ぐ竜の姿。
 その首はもう半分になっているではないか。
 だが奴はしぶとく、果敢にも起き上がろうとしている。
「させませんよ!」
 砲身を地へと下ろし、狙いを定めるビスマス。
 狙うは今にもブレスを吐こうとしている首ひとつ。
「海と沖膾の鮪の覇者は今此処に、オーマグロ転送!」
 勇ましい駆動音を共に速攻で射撃準備を終わらせる。
 エネルギー充填は不完全だが、攻撃を阻止するならこれで十分だ。
 まずは味方への被害を止めてみせる。
「蒼鉛式マカジキビーム砲、てーーーーっ!」
 万全のヴァルギリオスが生み出したスペクトラル・ウォール。
 彼女のビームカノンは、そのバリアを撃ち砕いた。
 ならば満身創痍の、オブリビオンを討つのになんの障害があろう。
 蒼く染まるビスマスの輝きが、悪竜の首を穿つ。
 宙で空しく四散するドラゴンの咆哮。
 それは気のせいか、磯の香りがするのであった。

 瞳に光を宿す者、聖泥、ナハト・ダァトはヴァルギリオスを見つめていた。
 今はその姿に栄光は無く、滑稽を通り越して哀れにすら思える。
 ガアアアア……
 それに見よ。あの咆哮を。
 何度ブレスを防がれていても暴れるのを止めない姿を。
 生に足掻くとはこういう光景をさすのであろうか。
「キミは世界を壊そウとしてイル。見逃すワケにハいかナイナ」
 手に持つ「瞳」がひっそりと輝く。
 光に映し出された景色を、保全するかのように。
 ガアアアアアアアッ!
 ヴァルギリオスの咆哮。ドラゴンブレス。
 ナハトの躯が光輝き、日輪を放って周りに拡がる。
 それはブレスを消失させ、収束してローブの中へと戻る。
「キミは過去ダ。ただタダ哀しイ過去ダ」
 ナハトの右腕部分のローブがだらりとさがる。
 そこから触手にも似た汚泥がブヨブヨと形を変えながら伸び上がり、尖った槍と化していく。
「今まデどレダけノ罪業を過去に重ねたノカ。それハ私にモ分かリかネル。ダガ、キミの宿業ハ私ガ背負オウ」
 ローブが瞬き光輪が発生する。それは輪投げの竿のようにすぽりすぽりと右腕? に嵌っていく。
 ドラゴンのブレス。
 それに対抗して放たれる、法輪の槍。
 連なる輪はブレスをかき消し、槍は深々と竜の眉間を突き破り、脳幹を貫いた。
 しゅるり、と腕をローブに収納するナハト。
「キミの罪ハ私が喰ラウ。還りタマエ」
 絶命した首にむかって語り呟くのだ。

 ヴァルギリオスの二つ首、そのうち一つは空を仰ぎ見る。
 翼はとうに落ち、首は討たれ、もはやすでにこの体たらく。
 しかし空は青く、地に伏したここからでも世界樹はよく見えた。
 その視界に、はらりはらりと花弁が落ちる。
「貴様か……」
 ぐったりと、首を起こし相手に対峙する。
 そこには神動画配信者、御形・菘の姿があった、邪神様のお通りだ。
 御形は嗤いはしない。笑みを浮かべるが哄笑はしない。
 ただただヴァルギリオスを見つめるだけだ。
 まだどれほどの余力があるのか。
 帝竜は身を起こし、御形へと大口へと開けて突進する。
 だが哀しいかな、傷ついたその特攻は、山頂で対峙した時よりも遙かに遅い。
 カウンターで拳を合わせられ、逆にどうと倒れ、したたかに頭を打ちつける。
「首は取らん、先ほど頂いたからなあ」
 赤い赤い、赤い花吹雪が帝竜の身へと振る。
 ブランケットのように骸を包む。
 御形は右手を上げて親指を立てる。
 その勇姿を映すは、高性能AI撮影用ドローン。
 したたかにも彼女は、この戦闘の一部始終を撮っていたのだ。
 ヴァルギリオスを倒したことに、今は何の感慨も無い。
 御形が気になるのは撮れ高。
 巧く撮れているか編集がどの位必要なのか、これからの事であったのだった。

 華咲き誇る天使、捧げるもの、シホ・エーデルワイス。
 稲荷の娘、月夜の翼、四王天・燦。
 燃えよドラゴン……この手を掴めと、合掌尼僧、戦場外院・晶。
 三人はヴァルギリオスへと歩を並べる。
 既に残る首は一つ。
 満身創痍の姿だ。
 だが燦も片腕を失い、支えられながらやっとのことで立っていた。
 激痛を清薬にて耐えているが、やはり負傷は酷い。
 仲間の支えがなければここまでやってはこれなかっただろう。
「良かった、まだ獲物は残っている」
 その凄惨な格好に似合わない軽口をたたき、燦が剣を抜く。
 紫電が奔り、空を雷光がチリチリと焼いた。
 ヴァルギリオスの咆哮。
 二人の前に一人が飛び出し、壁となる。
 晶は後光を背にブレスを受け止めながら、燦に促した。
「私はこの方と触れあいましたので、そちらが存分に参られませい」
 ヴァルギリオス・ブレス。
 いや、すでに七首は撃たれ、ただのドラゴンブレスと化したその咆哮は、晶にいささかの痛痒も感じさせない。
 ぬるま湯に浸かったような気分ではあるが、この掻痒も苦行の一つであろう。
 手柄首を譲り、晶は微笑んだ。
「サンキュー、やっぱアキラって奴に悪い奴はいないね」
 その声に苦笑しながらシホは燦を見送る。
 腕を治療しようとしたが、今はこのままと燦は言った。
 だから体力を回復するまでにとどめるだけにしたのだ。
 しかしあの姿はやはり不安だ。事が終われば一刻も早く治療しなければならない。
 聖者二人の後押しで、燦は前に進む。
 弱々しい咆哮、それは晶に押しとどめられる。
 弱々しい足並み、それをシホが背を押した。
 山脈に、最後のヴァルギリオスの咆哮が、無念の声が響き渡る。
 そして、静けさが戻っていく。
 猟兵達は帝竜ヴァルギリオスに勝利したのである。

●それから~

 世界樹イルミンスール。
 それは戦いが始まる前も、終わった後も、泰然とそこに佇んでいた。
 その下に、猟兵達はいた。
 戦いが終わったからという訳であるが、疲れきったこの身体であの呪力高山の山脈をまた下りるのは少々酷だ。
 だからこうやって休憩をとっているのである。
 ヴァルギリオスは斃した。焦ることもない。
 下山するのが多少遅れたからといって、今更なんの問題があろうか。
「はい、みなさんお疲れでしょう。ご飯をどうぞ」
 そういってビスマスが差し出すのは丼だ。
 UDCアースの珍味、なめろう丼とやらであるらしいのが、空きっ腹にご飯丼は少々重い。
 その証左に、薦められた比良坂の箸は少しも動いてはいない。
「ええ、ありがたく頂きます」
 口ではそういうが、丼は膝の上で美味しそうな湯気を立てているだけだ。
 せめてこういうのでは無く、甘味でもあればまた違ったのであるが。
 逡巡している比良坂を見て、ビスマスはああそうだったと手を打った。
 良かった、気がついてくれました。
「そうですね、飲み物が無いといけませんよね。うっかりしてました」
 はにかんでビスマスは温かいお茶を出してくれた。
 違う、そうじゃない。
 でもまあ、これはこれで。
 いただいた茶を受け取り、ひとくち口にする。
 比良坂の疲れた身体を、ほの苦い日本茶が潤してくれた。
 野点には少々風情が無いが、仲間と分かち合うのは悪くない。
 勝利の献杯を世界樹に捧げ、比良坂は茶を飲んだ。
 それを見て、いただきますとビスマスは箸に手をつける。
 勝利の一杯。
「う~ん、美味しいですね~」
 それを噛みしめ、ビスマスは比良坂と共に笑うのであった。

 眉間に皺を寄せながら、御形はドローンを操作していた。
 なにしろ一世一代の大立ち回りである。
 これを公開すればバズること間違いなし。
 しかしあまりの長さに容量制限のエラー表示。
 画質を落とすしかないときた。
 帝竜にむかった時とは違う絶望の顔を浮かべ、御形は嘆く。
「なんということだ。エモくない! これはエモくないぞ!」
 傍の喧噪をどこ吹く風と、ナハトは胡座を組んで今回のことを反芻する。
 此度の戦で魅せた帝竜たちの罪業の数々。
 それらは叡智に、一滴の波紋を垂らし、揺らぎをもたらす。
 瞳を前にナハトはじっとそれらを見つめていた。
 ふと、視線を感じてそれを追えば、興味深そうに御形がこちらを見ている。
「何ダ?」
「戦いの最中から気になってはいたのだが、それは何だ? 単なる水晶玉ではあるまい」
 瞳を指さす彼女に、ナハトはついと遠ざけて答える。
「コレは深淵を覗くモノ。其方が持ツべきモノではナイ」
「妾にはただの水晶型スマホにしか見えんがな。どんなデバイスなのだ」
 伸びてくる手を避けるように、ローブの中へと瞳を収めるナハト。
 少しくら借してくれてもいいではないかと、御形は彼を囲んでとぐろを巻いた。
 世界樹の下の戯れは、まるで仏陀を邪魔するマーラのようでもある。
 せめて林檎でも使って懐柔すればよいのだが、生憎ここにはない。
 口論が終わったあとで、二人はきっとビスマスの丼に気づくのであろう。

 頬に風があたる。
 寝そべった格好から見上げる空は、何処までも澄んでいた。
 左手を握ったり開いたり繰り返してみる。
「どうですか?」
 シホの声。
 あれから腕を再生してもらったのだ。
「悪くない。でもなんか……無くなったような気がする」
 この身に宿していた妖魔の魂。それを解放したのだ。
 たとえ腕が元に戻っても、それが返ってくる訳は無い。
「あいつら一緒に逝けたかな」
 少々乱暴ではあったが、ヴァルギリオスと一緒に骸の海へと還した。
 彼女たちは怒っているだろうか。
 それとも閉じ込められたことから脱出出来て、清々しているのであろうか。
「燦が腕を捧げて届けたのです。きっと一緒に逝けましたよ」
 シホの優しい声。会った時から彼女はそうだった。
「ありがとう、何か救われるよ」
 燦が、がばりと上半身を起こす。
 世界樹を見上げて呟いた。
「アイツはこの樹の下で、何をしてたのかな」
 縛りつけられていたのか、それとも何かを護るためか。
 一難去れば、盗賊としての探究心がまたムクムクと沸き起こってくる。
「それはわかりません、でも……」
 シホは世界樹を眺め、そして彼女に対して忠告するのだった。
「あまり危ない事はしないでくださいね」
 今回の事に釘を刺しているのだろう。
 その言葉に返答出来ずに、燦は罰が悪そうに頭を掻くのであった。

「行かれますので」
 山を下りるテイラーの背に晶が声をかける。
 暫し休んでは如何という誘いを、彼は振り払う。
「もう済んだことだからな」
 ヴァルギリオスは斃した。彼の言葉に一理はある。
 しかし晶には、別の理由でここから立ち去りたいように思えた。
 馬を駆りてこの地へとやってきた彼。
 しかし下りる姿は、二本の足で地をかみ締めている。
 彼が苦楽をともにしてきた愛馬の姿は、そこには無い。
 テイラーの背に、外法の影が見える。
 おそらく彼は、愛馬を何らかの手によって復活させるであろう。
 それが天使だろうが悪魔であろうが、関係は無い。
 堕落したるこの身に人を導く道理などないと、晶は感じていた。
 彼がむかう先は苦行の道、自分がむかう先も苦行の道。
 さすれば、いずれ交差する軸もあるであろう。
 その時、光明を見いだしているのはどちらか。
「それは、神のみぞ知ることで御座いましょう」
 テイラーの背に手を合わせ、晶は彼を見送った。
 テイラーは何も語らない。
 かつて国を滅ぼした竜を討ち取った。
 そして今、滅ぼしかけようとする竜も討ち取った。
 だが、失った者はかえっては来ない。
「不甲斐ない、未だ……王の器にあらず」
 山脈を下りる彼の姿に、世界樹の蔭が下りる。
 地を歩く彼の先を、大樹の影が枝分かれして示すのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2020年05月24日


挿絵イラスト