帝竜戦役㉑〜Cross Over A Wildfire
●死灰復燃
ごうごうと、ぐつぐつと、一面の『あか』が啼いていた。
龍脈火山帯周辺の溶岩が、まるで息をするように常にその身から白い煙を放出し続けている音である。
この地に存在する黒岩の殆どは尋常ならざる灼熱によって融解へと至り、地表は割れ、既に周りの地面は『あか』が6分の『くろ』が4分というところ。
しかし、その割合も刻一刻と変わりつつある。まるで大地がこの場所の支配者の意向に従っているかのように、火山は恐ろしいまでの熱を伴って猟兵たちへ牙を剥く。
この状況における猟兵の敵とは詰まる所――――巨大な火山そのものであり、果てしの無いエネルギーを内包した炎熱の塊であった。
「垓王牙ヨ! 間モナク猟兵ガコノ地ヘト至リマス!」
「全ニシテ壱デアル垓王牙ヨ! アナタ様ヘト対抗スルタメ、猟兵達ハソノ力ヲ合ワセテ向カッテクル事デショウ! 一騎当千ノ古強者ガ、アナタ様ヲ蹂躙スベク来ルノデス!」
「ソシテ、奴等ハ我等ニ『牙』ヲ剥ク! 我等ヲ越エ、コレヨリ先ヘト至ルタメニ!」
「努々用心スルコトデス、我等ガ偉大ナル垓王牙! 決シテ侮ラズ確実ニ備エルノデス! サスレバ、アナタ様ノ勝利ハ揺ルガナイ!」
「目ニ物ヲ見セルノデス、我等ガ偉大ナル垓王牙! 真正面カラブツカリ合イ、敵の肚ヲ食イ破リ、蹂躙スル『牙』ハ――――、此方ト彼方、ドチラデアルカヲ!」
燃え盛る炎。圧倒的な炎。焔の暴君。炎獣の王。熱と死を統べる巨怪。
敵の身震いは即ち山の胎動であり、敵の視線は即ち死の予告である。
そして自然の暴力によって研ぎ澄まされた鋭い爪と牙と、あまりにも大きなその尻尾は、一振りで猟兵たちの命を亡き者にせんとす『死』そのものである。
――――帝竜『ガイオウガ』。
それこそが、竜、虎、狼といった様々な形状を持つ異形の炎獣達を従えて、圧倒的な力と巨躯、そして内に宿したエネルギーを以て猟兵を食い破らんとする、此度の敵の名前であった。
●野火を越え、先へ
「来てくれてありがとよ、丁度皆の力を借りたかったところだ。それじゃ、説明を始めるぜ」
グリモアベースの一角で、正純は油紙へ火が付いたように話を始めていく。
先んじて、君たちの手元には現時点で解明されている情報が記された資料が配布されている。そちらに軽く目を通すだけでも、今回の敵が強敵であることが分かるだろう。
「今回皆に打倒してもらう敵は、帝竜『ガイオウガ』。巨大な熱量を持った火山が、そのまま竜に転じたような存在だ。並々ならぬ強敵だぜ、コイツは」
赤熱する火山に住まう「燃え盛る獣の帝竜」。
敵はそのように呼称されており、火山と同等の巨体を誇る煮えたぎる溶岩の如き帝竜であると、正純はそう付け加えながら説明を続けていく。
「コイツを相手取るに当たって、皆に言っておくべきことがある。『今回は敵の攻撃への対処法を編みださない限り、相当分が悪い戦いを強いられる』だろう。ガイオウガを倒すための策は、良く練ることをお勧めするよ」
敵は全身から溶岩と『炎の獣』を放ち、踏みしめた大地を活発化させて猟兵たちを蹂躙すべく向かってくるはずだ。
環境も悪ければ、力量の差も圧倒的。
無策に突っ込めば苦戦を強いられるのは必定であろう。
「だが――――裏を返せば、効果的な策を用意出来ればこっちにも目はあるってことだ。無策で挑めば歯の立たない強敵。圧倒的な力量の差がある強敵。……それがどうした? 皆がそんな言葉で怯むような奴じゃないことなんざ、俺はもう知ってるぜ」
その通り。火山の如き巨躯も、無数に傅く炎獣の群れも、死を司る炎ですら、君たちの足を止める要因にはなり得ないはずだ。
既に君たちは、自らが持つ可能性と自由な発想を用いることで並み居る強敵を倒してきたはず。であれば、今回もそのように挑むのみだ。
「確かに敵は強く、エネルギーに溢れ、触ったら火傷しそうないかつい見た目をしてる。だが、やはり俺は知っているのさ。勝負に勝って、この先に進んでいくのは――――猟兵である、皆の方であるってことをな。健闘を祈るぜ。大殊勲を持って帰ってきてくれ」
状況説明は終わった。これから先は、一つの純然たる事実を証明するだけの時間だ。
君たちは工夫と作戦、実力と協力を以て帝竜『ガイオウガ』を打倒し、この先に進んでいくに足る存在だという事実を――――辺り一面の『あか』に刻み込み、敵に分からせてやれ。
果てしの無いエネルギーをその身に内包しているからどうしたというのだ。
君たちがその身に宿す可能性のチカラを、敵の肚を食い破って教え込んでやれ。
迫りくる死を乗り越えて、燃え盛る炎を打ち壊し、さらにこの先に進むのは――――、停滞し続ける過去ではなく、今を生きる君たち猟兵であるべきだ。
作戦、開始。
ボンジュール太郎
お疲れ様です、ボンジュール太郎です。
帝竜戦役もそろそろ半ば。
今回の相手も強敵ではございますが、皆様の工夫と可能性が、敵の巨躯を食い破る牙となることを信じております。
何卒宜しくお願い致します。
●プレイングボーナスについて
今回のシナリオには、下記の「プレイングボーナス」が存在します。
プレイングボーナス……『敵のユーベルコードへの対処法を編みだす』。
(敵は必ず先制攻撃してくるので、いかに防御して反撃するかの作戦が重要になります)
以上です。
上記の行動をプレイング内で行うことによって、判定に「プレイングボーナス」が付与されます。
●地形について
岩石と溶岩のみが広がる地です。
隆起した岩や山肌がそこかしこにある他、場所によっては地面直下の溶岩の動きによって地盤が不安定な箇所もあるでしょう。
地形の問題が皆様に悪影響を及ぼすことはありません。
●採用について
採用人数は5~8名様程度をまとめて採用したいと考えております。
合わせプレイングは採用率が下がります。
●プレイング受付について
OPが公開され次第、受付を開始いたします。
今回は出来るだけ再送なしでの早めの返却と完結を心掛けておりますので、プレイング受付期限は依頼終了時までとします。
●アドリブについて
アドリブや絡みを多く書くタイプであることを強く自覚しています。
アドリブ、絡み無しを希望の方のみ、「×」を書いていただければその通りに致します。
記名なしの場合は上手くやります。
第1章 ボス戦
『帝竜ガイオウガ』
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POW : 垓王牙炎弾
【全身の火口から吹き出す火山弾】が命中した対象を燃やす。放たれた【『炎の獣』に変身する】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD : 垓王牙溶岩流
自身の身体部位ひとつを【大地を消滅させる程の超高熱溶岩流】に変異させ、その特性を活かした様々な行動が可能となる。
WIZ : 垓王牙炎操
レベル×1個の【ガイオウガに似た竜の姿】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
字無・さや
こんだけ熱けりゃ流石にに足の裏が焼けちまいそうだ。草履でも履いてくか。とりあえず草履が焦げ付くよりも早く動き回ってりゃ、なんの問題もねえ。(地形耐性、激痛耐性、ダッシュ)
竜型の炎は軌道を見切り、刀で切り払い吹き飛ばす。或いはこっちも残像を出して撹乱しながらやり過ごそう。合体されたらそれはそれで丁度いい。そんだけ図体でかくなりゃ、余計に俺様のことを追っかけ回すのは大変だろうさ。
本体に近付いたなら、脆そうな箇所を部位破壊して傷口を抉る。噴き出すものが溶岩だろうと、俺様にとっちゃ血の雨よ。降らすぜ血の雨。この戦場を見るも無惨な修羅場に上書きしてやる。さあ、どっちが先に奈落に墜ちるか競おうぜ。
亜儀流野・珠
止まっている暇は無い。進まねば世界の終わりだ。
道中の邪魔物は何だろうと壊すのみ!
覚悟しろ焔の牙を持つ獣よ!
……火山弾!
受け……れるもんじゃないなこれ!
だが退かん! 巨大槌「B.Kハンマー」を持ち突撃だ!
前方に集中!
弾道を観察し走り、跳び、回避!
当たりそうなら地形、もしくは火山弾そのものを殴り付け緊急回避!
炎の獣と化した奴は……なるべく無視して振り切る!
振り切れんようなら殴って散らす、
もしくは地面に「金璧符」を貼り壁を生やし足止めだ!
用事があるのは本体だけだからな。
接近し飛び込み……奥義「一撃」
全てを籠めた槌の一振り、くれてやる!
残す余力は槌を引き摺り撤退する分のみ。
荷物にならんよう急ぎ退却だ!
虻須・志郎
大分仕上がってるな、暑苦しい奴め
炎熱の地形耐性を基に自身の組成を
大気圏突入用の耐熱タイル相当に編み直す
プラズマにも耐える素材だ、捨て身で受けてやらぁ
火竜の攻撃を生命力を喰らいつつ減衰し
意識は覚悟して邪神とAIを合わせ三重で持たせる
魂までは燃え尽きねえよ…!
耐えられたら地形走査し足場のロープを張り巡らせ
耐熱ダミーをばら撒いて仲間の救助を行いつつ戦線を持たせる
反撃のチャンスは一度きり、火竜が複数合体したら
奪った奴の力を開放し取り食わせて騙し討ち
そしたら仕込んだ邪神の力でハッキングだ
咄嗟に自壊の催眠を掛け火竜軍団を一瞬でも消して
捨て身で奴をブン殴る!
これで御破算だよ、火達磨め
塵に千切れて骸に還れッ!
桜庭・英治
クッソ厚い
火山と人間が戦うってなんだ?
俺はドンキホーテにでもなってんのか?
【対処法】
全身から火山弾を撃ってくるのか
しかもそれに当たっても当たらなくても、敵の戦力が増えるってことだろ
単純に防げばいいって問題じゃない
なら、『逸らす』!
念動力で軌道を変えて、味方や自分が直撃しないように、そして遠くで着弾させる
炎の獣が生まれても遠ければいいだろ
全部逸らすのは無理だから、特にヤバいやつに絞っていくぜ
【攻略】
俺にはあのデカドラゴンを倒せる火力なんてねぇ
だから俺の担当は周りの炎の獣とかドラゴンだ
味方のところには行かせねぇぞ
意地があるんだよ、俺たちにはな!
アドリブや絡みは大歓迎
遠慮なくぐりぐり動かしてください
ティオレンシア・シーディア
炎のドラゴンはそりゃいるとは思ってたけれど。
…強力なドラゴンって、どいつもこいつもどうしてこうサイズ感狂ってるのかしらねぇ…
デカけりゃ強いは真理だけどさぁ…
ゴールドシーンにも協力してもらってミッドナイトレースの前面に○火炎耐性のオーラ防御を展開して全速で突撃。火山弾も炎獣もまとめてブッちぎってやりましょ。
こんな見た目でもUFOだもの、熱には元々強いのよぉ?
後の事は気にしなくていいもの、使えるものは洗い浚い使って●重殺を叩き込むわぁ。
刻むルーンはカノ・アンサズ・ベオーク・イサ・エオー・ハガル。
「炎熱」は「聖言」にて「成長」する「氷」に「変化」し、「崩壊」を呼ぶ――自分の炎で、ブッ壊れなさいな。
数宮・多喜
チッ、足場が悪い……!
それでもコイツにゃ、カブなしで挑むのは分が悪いからね。
『騎乗』しながら駆け回る。
まずは戦場と奴の攻撃の『情報収集』さ。
どこまでの耐熱性能を与えなきゃいけないか、
見極めないといけないからね!
とにかく炎の直撃を避けるよう必死で『操縦』し、
『地形の利用』もしてやり過ごしながら素材を集める。
そうして準備が整ったなら、【戦地改修】開始さ!
目指すのは耐熱性と断熱性の増強、その上での機動性の確保。
燃費はこの際置いておく!
ここまでやってようやくスタートラインさ、待たせたね!
タンデムする奴は乗ってくれ、
アタシは『マヒ攻撃』の電撃で奴の動きを止め、
改修したカブで『ダッシュ』一番ぶちかます!
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
あー、寒いのも嫌だが暑いのも嫌いだ
さっさと終わらせようか
属性攻撃を転用、呪詛を織り交ぜ氷の障壁を作成
戦場全体を守るように展開する
水へと溶けても構わんさ
消火に使わせてもらう
降りかかる致命の一撃は避けるが
そうでなければ、まァ覚悟でなんとでもしよう
普段は使わんのだが
ガイオウガとやら、貴様の強さに敬意を表そう
幻想展開、【悪意の切断者】
その巨体では躱すにも一苦労であろう
一気に跳躍、距離を詰め
氷と呪詛を纏わせ全体重を乗せた重量攻撃で一撃を叩き込む
理由は知らんが、熱いものは急に冷やされると脆くなるらしいな
何度でも氷の魔力を叩きつけてやるから
他の連中の攻撃を、精々じっくり味わっておくが良いさ
春乃・結希
大きくて、強くて、炎を力とする……私の好みです!
同じく焔を使うものとして、負けられません!
【オーラ防御】を展開し【ダッシュ】で出来る限り攻撃範囲から逃れる
私は焔を使うから、熱さには慣れてる【火炎耐性】
UC発動
焔の翼を広げ、『wanderer』で強化した脚力【怪力】での踏み込みにより
瞬時に最高速に達する飛翔【空中戦】
増加したスピードと反応速度
『withと共に在る』事で無限に湧き出る【勇気】を持って突撃
【激痛耐性】で痛みは無視、ダメージは炎で補完
己が強さへの信仰を込めた一撃を【鎧無視攻撃】
やっとあなたに届きました!
あなた程では無いかもやけど、私の想いの焔も、なかなかアツいと思いませんかっ?
白峰・歌音
……あいつを見ると、体が震えてくる。なぜか分からないけれど、とっても怖い相手だって気がする。けれど…あいつは絶対放っておいたらいけない相手だとも感じる。
「無くした記憶が叫んでる!世界を焼き尽くさせないために勇気を振り絞り食い止めてみせろと!」
最初は回避に専念する。【ダッシュ】で距離を取りながら様々な攻撃パターンを見て覚えようとしつつ向かってくる攻撃の範囲を【第六感】も動員して【見切り】凌いでいく。
UC発動できる余地が出来たら、そよ風の領域を展開!
見て覚えた攻撃パターン知識とも併せて仲間に攻撃内容を警告したり、位置挙動を伝えて隙をついてもらうようにフォローするぜ!
アドリブ共闘OK
●修羅場へと至る
それは聳え立つ巨大な火山の如くであった。
首が痛くなるほどに見上げてもまだ足りぬほどの巨躯。UDCアースであれば超高層ビル、スペースシップワールドであれば超巨大サイズの宇宙戦艦。
まるで惑星のコアがそのまま命を持って動きだしたかのような、圧倒的な存在感がそこにあった。
此度の敵は熱と死をその身に宿し、幾万幾億の炎獣を従えるこの地の絶対王。その名を、帝竜『ガイオウガ』という。
並の人間であれば、その姿を見るだけですぐさまに戦意を喪失するだろうことなど、言うまでもなく確実であるだろう。
当然だ。噴火に挑む人間などはいない。自然災害に抗うものなどいない。ひとは星の怒りには勝てぬ。近付くことさえおこがましいというものだ。
猟兵たちは肌で感じていることだろう。敵へ僅かにでも近付くたびに、周囲の温度が上がっていくのを。
既にここは生半な熱さではない。近付くたびに大きさで圧倒され、加速するたびにその熱で圧倒される。まるで彼らは太陽に近付く羽虫の如くだ。
しかし――――だというのに。猟兵たちの表情に怖れの色はない。
狂っているのか? 否である。
恐怖を感じていないのか? それも否である。
状況を正しく理解していないのか? それこそ断じて否である。
彼らは『敵を倒して前に進むほかない』という状況をよくよく理解しているからこそ、こうして自分の身体をチップ代わりに死地という名のテーブルへ並べたのだ。
●杭打ち砕きクライシス
――――聳え立つガイオウガに向けて彗星の如くに飛ぶ一つの星がある。そして、その星には三人の猟兵が搭乗していた。
「まあ、そりゃ炎のドラゴンはいるとは思ってたけれど。……強力なドラゴンって、どいつもこいつもどうしてこうサイズ感狂ってるのかしらねぇ……。あんなのもう山じゃない。そりゃあ、デカけりゃ強いは真理だけどさぁ……」
「ふはは、ティオレンシアも分かってるじゃァないか? そう、『ドラゴンとはそういうもの』だと相場が決まっているんだよ。どの御伽話でもそれは変わらんさ。――――しかし」
「――――ああ、しかし! 例え相手が強力なドラゴンだろうと、俺たちに立ち止まっている暇は無い。進まねば、この世界は一貫の終わりだ。道中の邪魔物は何だろうと壊すのみ! そうだろ、ニルズヘッグ!」
「……くくくくッ、その通り。良い口上じゃないか、『燃え滾る』ようだ。それではそろそろ始め、さっさと終わらせようか。寒いのも嫌だが暑いのも嫌いなものでなァ。……さあ、見えてきたぞ」
「まあ、結局は珠ちゃんの言う通りなのよねぇ。やるしかないってんなら、真っ直ぐ走ってブッちぎるしかないってことなのかしらぁ。……あら……? ――――なぁんだ、それなら慣れっこだわぁ」
「それじゃ、話もまとまったところで……やろう、皆! 覚悟しろ、焔の牙を持つ獣よ! この世界と、この世界に住む人たちのために! さあ、狐の恩返しの始まりだ!」
高速かつ滑らかに、五衰三熱へ向けてバイク型UFO『ミッドナイトレース』を駆るのは、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)。
彼女のバイクに同乗するのは、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)と亜儀流野・珠(狐の恩返し・f01686)の両名である。
「止マレ! コレヨリ先ヘハ何人タリトモ通サンゾ!」
「どうやら忠臣たる獣がおいでなすったぞ。……ふむ、既に周囲を囲まれているようだ。――――それに」
「……ええ、偉大なる垓王牙とやらもいよいよ重い顎をもたげてきたわねぇ。あれを喰らったらひとたまりもない、か……。これからはもっと乱暴になるわよぉ、二人とも」
「構わない、思う存分飛ばしてくれ!」
「右に同じだ、運転手殿にお任せしよう」
「頼もしいお言葉ありがとう。それじゃあ、遠慮なくブッ飛ばすわよぉ!」
ティオレンシアたちが、ガイオウガを守護する炎獣の領域へと差し掛かった瞬間である。轟音が空中を駆け、地響きが大地を迸った。それが何によるものであるかなど、目の前に視線をやれば一目瞭然のこと。
鼓膜がはじけ飛ぶかの如き音圧は、ガイオウガの一声。火山が身を震わせて生まれた地響きは、ガイオウガの身じろぎ。
既に彼の帝竜は彼女たちを認識し、先制攻撃を行っている。この轟音も、この地響きも、それを知らせる前兆のようなものだ。
間を置かずして――――ティオレンシアたちの眼前には、ガイオウガが放つ『全身の火口から吹き出す火山弾』が、流星雨のように降り注いでいた。
何より恐ろしいのは、火山弾の一つ一つが、いずれも半径10m以上あろうかという大きさを誇っているということだ。無策で直撃すれば命はないだろう。
【垓王牙炎弾】。巨大かつ無慈悲なる死が、猟兵たちの行く手を歓迎していた。かと言って、止まることはできない。足を止めれば即座に周囲からくる炎獣の追撃を受け、再度の進軍は非常に難しくなるだろうからだ。
「……目の前に大きな火山弾! 受け……れるもんじゃないなこれ! ティオレンシア、道が塞がれてしまったぞ!」
「任せておいて、珠ちゃん。――――道が無ければ、作れば良いのよぉ」
三人の猟兵を載せて走っても、『ミッドナイトレース』の加速がヘタれることは無い。熱い逆風に晒されても、岩石の隙間から漏れたガスが唐突に現れても、ティオレンシアの運転が揺らぐことは無い。
――――そしてそれは、目の前から無数の火山弾が降り注いでこようと同じことだ。ティオレンシアの運転にブレはない。
即座に急旋回して巨大な火山弾を避けたかと思えば、溶岩流の影響で不安定になっている地盤の上に車体をわざとこすることで地続きの慣性を得つつ、見事なドリフトをキメて速度を殺さずに前進。
そうかと思えば、まるで散弾のような小さい火山弾の群れを自らの片手に構えた『アンダラ』のグレネードで撃ち落として活路を拓き、バイク型UFOである愛機の長所を最大限に活かして不安定な溶岩地帯も滑るように飛んでいくではないか。恐るべきは、ティオレンシアの操縦技術とマシン性能、そして何より彼女の判断能力であろう。
「我等コソハ、彼ノ偉大ナル垓王牙ニ仕エル炎ノ獣!」
「垓王牙ヘト挑ムナラバ、我等ヲ越エテユクコトダ!」
「目の前の獣は全て俺が見る! ニルズヘッグ、後ろを任せて良いか!?」
ニルズヘッグと珠の二人が、それぞれの獲物である『Ormar』と『B.Kハンマー』を構えたのと、ティオレンシアが見事に回避した火山弾が変じた狼や熊、犬などの炎獣たちがその爪を剥かんとしたのは、全く同時のことであった。
まず車体のすぐ背後から迫りくるのは、溶岩の上を迅速なる速度にて駆ける複数の炎狼。敵らはそのまま加速し、三人が乗るUFO型バイクに左後方から喰らいつこうとする。
「――――無論だ、乗賃は確かな活躍で支払うとしよう。後のことは万事任せろ、何とかしてやる」
だが、それをさせないのがニルズヘッグの長槍捌き。
彼はまず一体目の炎狼がバイクに喰らいつくために跳躍したのに合わせ、腰を落としつつ足裏から膝、膝から丹田、丹田から肘、肘から利き手へと力を流して敵の頭蓋にカウンター気味に長槍の穂先を合わせて振るい、見事に『くろ』の獲物で『あか』の獣を串刺しにしてみせたのだ。
そして恐るべきはそこからだ。ニルズヘッグは伸ばした槍を戻す際、空いた片手を柄元へ伸ばしたかと思うと、そのまま両腕の膂力のみで半ば無理やりに長槍を左に大きく振り払いながら引き戻し、左側に位置しながら様子を伺っていた他の炎狼たちの胴の全てを蹂躙するかの如くに切り裂いていくではないか。
「ははっ、やるな! 俺も負けてはいられない!」
対して目の前から襲い掛かってくるのは、巨体かつ機敏な動きにてバイクの行く手を塞がんとする炎熊である。
しかし、敵が前に立ち塞がろうと当然ティオレンシアは加速を緩めない。障害なら避けるだけ。道がないなら作るだけ。――――そのはずだが、彼女は目の前に炎熊が迫っても何もアクションを起こそうとしない。
――――理由は二つある。一つ目は、今から避けようとして進路を変えても、恐らく炎熊はその機敏さを生かして道を塞ぐだろう、とティオレンシアは読んだ故だ。そして二つ目は――――実にシンプル。ティオレンシアは信じているからだ。珠が彼の敵を木っ端みじんに粉砕してくれることを。
「来いっ、炎獣! 前哨戦といこうじゃないか!」
「見セテミヨ猟兵、貴様等ノ腕ヲ――――ッ!!」
ティオレンシアがマシンを加速させていくのにつれ、炎熊との距離も加速度的に縮まっていく。恐らく、インパクトは一瞬だ。
敵も、そして珠も、『すれ違う瞬間に致命的な一撃を放とう』としている。
更に付け加えて言うなら、炎熊の膂力、そして珠の振るう巨大ハンマー『B.Kハンマー』のどちらもが、お互いにとって必殺の一撃を放つのに十分すぎる威力を有していた。
熊は両の前足を上げ、倒れ込みながら前足の振り下ろしを狙う形。対して珠は背中にハンマーを担ぐような構えを取る。古風剣術においては『笹の葉隠れ』と呼ばれるようなそれだ。
まだ遠い。まだだ。まだ遠い。お互いに踏み込めない以上、どちらが必殺の一撃となるかは初速とタイミングで決まる。まだ遠い。まだだ。まだ遠い――――今だ。
「ガアアアアアアアッッ!」
僅かにタイミングで勝ったのは炎熊。敵は真正面から倒れ伏しながら、ティオレンシアたちが乗るバイクを破壊するための質量攻撃を繰り出して見せる。
「はあああああああッッ!」
だが、一撃の初速で勝ったのは――――珠である。彼女が超高速で繰り出した叩き下ろしは、敵が振るった爪よりも早く、炎熊の胴体を粉砕して見せたのだ。
珠の優れた目が敵とのエンゲージポイントを見事に見切り、そして尋常ならざる怪力による一撃こそが、敵を殴って散らしたのである。
「マダダッ! マダ我等ハ――――!」
「いいや、悪いがこの辺で振り切らせてもらう――――ッ!? ティオレンシア! 前方に集中だ! 『さっきよりデカいのが来る』!」
「あれは――――、いいえ、行くしかないわねぇ……! ああもう、後ろからも来てる……!」
「――――言ったろう、後は任せろと。猟犬の群れは私が何とかするさ。珠とティオレンシアは前だけ見ていればいい。振り向かないで進むことだ」
「分かったぞ、ニルズヘッグ! ……俺たちは退かん! 突撃だッ!」
しかし、まだ脅威は続く。差し当って問題は二つ。背後から高速で迫り来る炎犬の大群に、目の前の視界を覆いつくさんばかりの巨大な火山弾。
だが、それでも猟兵たちは歩みを止めない。先に動いたのはニルズヘッグである。彼は恃みの属性魔法を転用し、この現実に顕すために精神を研ぎ澄ませたかと思うと、辺りにはニルズヘッグの呼び出した冷気が満ちていくではないか。
彼は更にそこへ呪詛を織り交ぜ、分厚い氷の障壁を幾重にも渡って戦場全体へ作成し、猟兵たちを守るように展開してみせたのである。これで炎犬の追撃は当面凌ぐことが出来そうだ。残りの問題は、前方から迫りくる火山弾のみ。
「これで良し。水へと溶けても構わんさ。その場合は消火に使わせてもらうだけなのでな」
「おお! ニルズヘッグのそれ、俺が考えてたのと少し似てるな! よし、俺も鋼の壁で――――!」
「ちょっと待って、珠ちゃん。……それ、あたしのバイクの進路上に出せたりする? ニルズヘッグさんも。もっと『加速』が欲しいのよねぇ」
「ははっ、なるほど! 良いとも、そういうことならティオレンシアに合わせよう! ……やるぞっ!」
「ふはははは、そう来たか! それでは私も合わせよう! 『真正面から火山弾を砕いて』、真っ直ぐ先に進もうじゃないか!」
そして、ガイオウガに近付くための最後の策が展開されていく。
前方上空から迫りくる、先程よりもひときわ巨大な火山弾に対抗するため、猟兵たちは仕込みを始めた。
避け切れないなら、真っ直ぐに往って砕くのみ。ティオレンシアが僅かなライン選択の中から最適解を導き出して速度を上げたのと、ニルズヘッグが目の前の溶岩地帯へ坂のような形状の氷の障壁を生み出したのは同時の事。
――――これはつまり、UFO型バイクを火山弾に向けて飛ばすための発射台だ。ニルズヘッグは形状変化と硬度保全の両立を果たす氷という唯一の材質を以て、火山弾に挑むための『顎』をこの世に顕したのである。
そうしてティオレンシアが駆る機体が坂の入り口に至った時、珠の仕込みが姿を現す。彼女が坂の手前の溶岩地帯に張り付けたのは、使い捨ての霊符こと『金剛符』。鋼の壁を生み出すそれ。
――――これはつまり、UFO型バイクを火山弾に向けて飛ばすための加速装置だ。先へ行くための進路は決まり、飛ぶための角度も既に決定済み。あとは――――勢いを付けて進むよりほかに無かろう。今こそ、『顎』より『牙』が放たれようとしていた。
「金剛符、展開! 退かんぞ、退くものか! 俺たちは先へ進み、ガイオウガを打ち倒す! ――――だから、お前は邪魔なんだァッ!」
「杭を差し込むのはやってやる。強く叩くのは任せたぞ、珠」
「破片は気にしないでやっちゃってぇ。こんな見た目でもUFOだもの、熱には元々強いのよぉ?」
氷の発射台を滑るUFO型バイクが、金剛符によって生み出された障壁展開の後押しを受けて超加速を行い、空を舞う。突撃だ。目指すは超が付くほど巨大な火山弾。
刹那が永遠に思えるようなエンゲージのその一瞬、ニルズヘッグが火山弾に向けて鋭利な氷柱を生み出して投擲し、杭のように差し込んでいく。
それを受け、珠が再びハンマーを深く構える。火山弾に刺さった氷柱の杭を、バイクの加速を載せて思い切り打ち叩き――――見事に、彼らは巨大な火山弾を真っ向から粉砕して空を飛ぶ。
ティオレンシアのバイクはUFOだ。加速がこれだけ付いていれば、ガイオウガの懐にまで一気に跳躍して距離を詰めることなど容易い。
祈りに応え、願いを叶える力を持つ鉱物生命体こと『ゴールドシーン』も、猟兵達の祈りに応えるようにして『ミッドナイトレース』の前面に火山弾の破片を防ぐ領域を展開していく。
火山弾も炎獣も全てブッちぎり――――三人の猟兵は、今こそガイオウガへと至らんとす。
●A Straw In The Wind
彼女は【垓王牙溶岩流】を発動し、身体の一部を自在に大地を消滅させる程の超高熱溶岩流へと変じさせるガイオウガに相対し、敵の攻撃を寸での所で躱しながらこう思う。
全身が震え上がるような唸り声と、超高熱の溶岩流、そして圧倒的な質量からくる打撃の全てを避けながらこう思うのだ。
『こうしてあいつを見ると、不思議と体が震えてくる』と。
『なぜか分からないけれど、とっても怖い相手だって気がする』と。
『けれど……、あいつは絶対放っておいたらいけない相手だとも感じる』と。
彼女はアリス適合者の一人であり、その影響で記憶を失ってもいる。だから、ややもすればこの胸のざわめきは『そういうこと』なのかもしれぬ。
元居た世界のどこかで、彼女はガイオウガと――――もしくは、それとよく似た存在と――――遭遇した経験があるのかもしれぬ。
だが、そのことを確認する術はない。そして、この場で優先すべきことはその記憶の真偽について深く思案することではない。そんなことは、彼女自身も良く分かっていた。
今やることはただ一つ。例え火山の如き巨躯を誇る敵が相手だろうとも、一度は辛酸を舐めさせられた敵が相手だろうとも、一度は膝を屈しそうになった相手であろうとも――――。
自らの持つ二本の脚に力を込め、目の前の強大な敵へ真っ直ぐ立ち向かい、機会を読むことだ。『二度と奴の隙にはさせない』。そうとも、そうさせてなるものか。
故に、白峰・歌音(彷徨う渡り鳥のカノン・f23843)は叫ぶのだ。
「無くした記憶が叫んでる! 世界を焼き尽くさせないために――――今こそ勇気を振り絞り、食い止めてみせろと!」
歌音のその叫びに呼応するかの如く、ガイオウガはごおう、と唸る。歌音とガイオウガの間には、到底太刀打ちできぬような体格の差がある。
だが、それがどうした。勝てぬからと言ってあきらめ、膝を屈して死を待つのか? そんなこと、歌音は考えもしないだろう。無策で勝てぬなら策を練るまで。一人で打倒できぬなら力を合わせるまでだ。
そのために――――歌音は、他の猟兵たちの到来を待ちながら、至近距離でガイオウガと死のダンスを踊っているのだ。
「確かに、お前は大きくて強い! オレ一人だけで倒すのは難しいかもしれないな! でもッ!」
素早くも長いストロークを活かしたダッシュで距離を取りながら、歌音はガイオウガの繰り出す右足の踏み付けを第六感にて見切っていく。
足元もぐらつくような不安定な溶岩地帯の中で少しでもまともな足場を踏み付けてジャンプしながら、敵の前足の爪の狭間へと身を逃がす。
「だからこそ、回避に専念すれば――――やり様はいくらだってあるぜッ!」
その通り。ガイオウガの巨躯は確かに驚異的だ。その身から繰り出される圧倒的な暴力をまともに受ければ、一撃でこちらの命は危ういだろう。
だが、だからこそやり様はある。体格の差は、マッチアップの相性に何の影響も及ぼさない。あちらが大きければ大きいほど、攻撃を避ける隙も工夫を差し込む間もあるというものだ。
歌音は横に大きく振るわれる尻尾の前兆を勘で察し、先んじて箒に跨って急上昇することで上へと回避を行っていく。
それを見たガイオウガが身体ごと倒れ込むことで空中の歌音を押しつぶそうとすれば、箒を操ってガイオウガの懐へと接近しつつ、敵の皮膚部分である岩石部を得意の格闘術で削り取ってその空間へと身を逃がす。
「ッ、溶岩化か! 死んでなんかやらないぜ! 『冬の乙女が誘う』――――! そしてッ!」
ガイオウガがそれに気付いて歌音の逃げ込んだ部分を溶岩へと変じさせれば、それに対抗して歌音も自身を守る氷壁を召喚しながら再度距離を取っていく。
回避に専念した歌音は、圧倒的な強敵であるガイオウガに一歩も引かず、機を伺い続けている。――――そして、その時はついに来た。敵の攻撃を避けながら練り続けていた魔力が、ついにその姿を幻想という依り代を借りて姿を現す。
「――――陽気に心弾ませる 喧しい春乙女のささやき インベロップ・ブリーズ・テル――――。……これから先のお前の動きは、全て風が教えてくれる。もう逃がさないぜ」
練り続けた魔力は風の領域となり、戦場を包む。味方と協力して、反撃へと転じるその時が来たということだ。
●Crunch Time
「大きくて、強くて、炎を力とする……私好みの相手です! 同じく焔を使うものとして、負けられません!」
敵の懐、至近にてガイオウガの攻撃を避け続けている歌音とは対照的に、ガイオウガから距離を取りながら猛攻を避け続ける猟兵の姿がある。
蒸気魔導により脚力を強化するブーツ、『wanderer』の特性を最大限に活かしながら、春乃・結希(withと歩む旅人・f24164)は溶岩地帯の山肌や斜面をまるで平地と同じであるかのように駆けることでガイオウガの猛攻を避け続けていた。
さて、『地を駆ける』とはどういうことであろうか。答えは簡単。大地を踏み付け、もしくは蹴りつけることで運動エネルギーという名の推力を得ることだ。
地を駆けるという動作が平地で容易なのは、平地を駆ける推力に対して地面からの垂直抗力の影響が少ないからである。対して、例えば垂直に反りたつ崖を走ることがなぜ難しいのかと言えば、尋常の脚力では崖を蹴って得られる摩擦係数が持続せず、垂直抗力に惹かれて落ちるからだ。
――――だから、結希が何故ほぼ垂直の斜面や山肌を走れているのかという問いに対し、答えは非常にシンプルなものになる。彼女は『wanderer』によって強化された彼女の脚力を用いて、垂直抗力に逆らうことが出来る程の推力と摩擦係数を以て山肌を駆けているのだ。
一歩ごとに足が崖へとめり込むほどの脚力を以て、彼女はガイオウガが繰り出す突進を回避する。敵の尋常ならざる巨躯を支える脚力から繰り出される突進は、優に時速200km以上はあるだろう。
しかし、結希は敵の攻撃を上回るほどの速度を以てそれを回避する。ガイオウガが自らの身体の前面を超高温の溶岩流に変えているため、突進を受けた山肌は破壊されて崩れる音すらさせずに即座に気化して消滅していくが、当たらなければ何とやらだ。
「それでも、速さは今のところ私の勝ちみたいですね? その調子じゃ、私を捉えることなんてできませんよ!」
足の運びを一度しくじれば待つのは死だ。それでも、結希はガイオウガの攻撃をギリギリで回避しながら距離を取り続ける。敵の攻撃範囲から逃れさえすれば、こちらにも反撃の機会があると信じて。
ガイオウガが全身の突起を溶岩流に変じて身を震わせて放つ、一面に広がる溶岩の雨をすら、彼女は溶岩地帯の隆起や鋭利な山肌などの僅かな安全地帯を縫うようにして、空を舞うように駆け続ける。
敵が溶岩と化した尻尾を大きく横殴りに放つのを見れば、結希は『hercules』の自己暗示も利用することで全身の怪力を高め、身体の筋肉全てをばねのように用いることで高く高く跳躍し、敵の尻尾の薙ぎ払いを回避する。
時折どうしても受けざるを得ない溶岩の雨に対しては、自らの闘気をオーラの如くに放出して直撃を防いでいく。
俯瞰して見れば、どれもギリギリではあるものの――――結希という猟兵は、ガイオウガの攻撃に対して一つも決定打を負わずに勝負を進めていたと言って良いだろう。それは何故か?
「私は焔を使うから、熱さには慣れてるんですよっ! ……ああ、でも暑いのはどうしようもありませんね……!」
答えは、またしても簡単。結希の持つ並々ならぬ怪力と体幹から繰り出されるダッシュと、ガイオウガの放つ溶岩をすら空中でかき消すほどの闘気。彼女自身が持つ技の特性からくる炎に対しての耐性。そして何よりも、ガイオウガの攻撃を目の当たりにしても一歩も引かぬ覚悟と勇気。
その全てが、対ガイオウガ戦において結希の有利に働いていたが故だ。
たったの一歩で溶岩地帯の斜面を蹴って対岸の隆起した岩へ歩を進め、二歩目で岩を蹴りながら更にガイオウガから距離を取る。三歩目でさらに加速しながら――――彼女は、いよいよガイオウガの攻撃範囲から逃れることに成功した。
「――――だから、長引かせずに――――この一撃で決めさせてもらいます! 私の焔の力、見ててくださいッ!」
さあ、敵の攻撃を掻い潜って耐える時間はここまで。これからは、敵に一泡吹かせる反撃の時間だ。
●Lava Flow Trial
結希がガイオウガの攻撃圏内から逃れることに成功した頃、また別の所でガイオウガが振るい続ける溶岩の猛攻を耐える猟兵がいた。
「チッ、足場が悪い……! ああクソッ、こんなトコで走ってちゃタイヤが熱ダレしちまうっての!」
口では悪態を付きながらも、数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)が駆る愛機、『宇宙カブJD-1725』のタイヤは現時点で全くヘタっておらず、極めて強固なグリップ性能を維持したままである。
当然ながら、ここはガイオウガが支配する土地であり、領地である。足場は地面直下の溶岩によって際限なく熱されて、並のバイクと並の乗り手ではものの数秒走っただけでタイヤが熱ダレを起こすだろうことは言うまでもない。
「それでもアイツ……帝竜ガイオウガにゃ、カブなしで挑むのは分が悪いからね。――――さあ、帝竜殿! タイヤをあっためるのに、もう少しだけ付き合ってもらうよ!」
だが、現状――――多喜はまるで、何の問題もないかの如くに愛機を駆ってガイオウガの攻撃を避け続けていた。
一体、それは何故か? その疑問を解決するには、もう少し彼女の操縦テクニックに付き合って頂く必要がある。
「そんなもんかい帝竜! 動きの素早さで言えば、――――黒龍の方が上だったがね!」
目の前を走り回る多喜を潰さんとして、ガイオウガは当然ながら猛攻を加える。それは例えば、溶岩流へと変じた自らの下半身を以て、全てを溶かしながら泳ぐようにして繰り出す高速の体当たり。
そんな敵の行動を見た多喜は、ギリギリにまでガイオウガをおびき寄せた上で愛機のアクセルを一気に踏み込んで急加速を行い、大きく右へ回り込みつつ隆起した岩をジャンプ台代わりに用いることで空を走ることで敵の攻撃を躱していく。
追撃と言わんばかりに繰り出された尻尾の右からの薙ぎ払いは、見事な着地と同時に左方向へ逃げながら距離を稼いで尻尾の範囲から逃れていく。更なる追撃をかわす際は右へ、その次は左へ。時折空中のラインを走りながら敵の攻撃を避けることも忘れない。
――――もうお気付きだろう。多喜は騎乗する愛機を見事に操縦しながら、タイヤの両面を交互に用いることでマシンへの負担を抑えて走っているのだ。さらに言えば、地形を利用して空中を走るのも、僅かにでもタイヤの熱を空気中に逃がすためである。
多喜の持つテクニックが、速さへの執念が。並のバイクならば持たぬ場所でのバイク走行を可能にしているのだ。
それに焦れたか、ガイオウガもいよいよ自らの身体を震わせながら多喜を潰すための方策を取る。結希に対しても用いた、全身の突起を溶岩流に変じて放つ溶岩の雨だ。
「ありがたいねえ、そいつを待ってたのさ! アタシの相棒にどこまでの耐熱性能を与えなきゃいけないか見極めるには――――帝竜の放つ溶岩の上を走らなきゃいけないと思ってたからね!」
しかし、ガイオウガの放つ溶岩の雨をすら、多喜は笑って歓迎する。直撃だけは避けながら、ガイオウガが放つ溶岩の上をわざと走り続ける理由は、『情報収集』だ。
帝竜の溶岩にも耐えられるような『改修』を行うには、帝竜の溶岩を参考にするのが最も手っ取り早い。既に情報は集まった。
目指すのは、耐熱性と断熱性の増強、その上での機動性の確保。タイヤの性能は元より、フレームにも手を入れる必要があるだろう。今回ばかりは大仕事になりそうだ。
だがその分、新しい回収を施した相棒は――――、アツい姿に生まれ変わって敵に牙を剥くはずだ。多喜は高速で走りながらも地面に落ちた敵の放つ溶岩の欠片を収集していく。これで素材も集まった。
「燃費はこの際置いておく! ここまでやってようやくスタートラインさ、待たせたね! ――――ブッちぎっていくよッ!」
勝つための全てはここに集まり、『Fastest』への道は定まった。あとは真っ直ぐ走るだけ。これからは、レースの時間だぜ。
●『一寸の虫にも五分の魂』
「あぁ……。クッソ暑いな、クソ……。火山と人間が戦うってなんだ? 俺はドンキホーテにでもなってんのか? 笑えねえ冗談だぜ、クソが……」
「それにはまったく同意だね、単純なサイズ差だけで言えば、アイツにとって俺たちはちっぽけな蜘蛛みたいなモンだろ? そうだってのに相手様はやる気満々と来た。大分仕上がってるな、暑苦しい奴め」
「たといそうでも構わんさ。俺様たちには俺様たちの意地があるってぇのを、奴ばらに見せてやるだけよ」
「UDCアースのあれか。『一寸の虫にも五分の魂』って奴。くく、ちっぽけな蜘蛛風情には何だか耳が痛い言い回しだよな」
「あー、そりゃ良い。そうだよな、俺らにだって意地があるっての。思い知らせてやろうぜ、偉そうに見下げて来やがるあいつにさ」
「くくくッ、意見が合うねえ。ありがてえことだ。流石に『はいてく』な装備を持っている方は学がある」
「冷やかすなよ、お嬢ちゃん。それより、ほら。約束通り、草履の耐熱改修終わったぜ。溶岩を渡るのにただの草履じゃ心元ねえし、これで熱くならねえはずだ。履き心地も上がってると思うが、どうだい?」
「助かるね、こんだけ熱けりゃ流石に俺様も足の裏が焼けちまいそうだと思ってたところだ。……こいつは……すげえ、まるでなんも履いてないみたいに軽いじゃねえか」
「ハハッ、だろ? 蜘蛛の糸ってのはめちゃくちゃ便利な素材なんだぜ? 重量構成比が優秀で、最近じゃSSWでも注目――――」
「あー、盛り上がってるとこ悪い。そろそろあちらさんも俺たちに気付いたみたいだぜ。……他の猟兵たちも集まってきた。そろそろ俺たちも始めるとすっか」
群竜大陸の溶岩地帯、その中心部に猟兵が三人。既にガイオウガは彼らの事を視認し、攻撃の手を放ってきている。
【垓王牙炎操】。敵が彼らを視界にとらえるや否や放つのは、無数、あるいは無限にも思えるような、ガイオウガに似た竜の姿の炎である。
厄介なのは、飛来してくる竜炎の一つ一つが尋常ならざる質量を有していることだろう。重く、大きく、速度もあり、数もあり、更に厄介なのはそのいずれもがガイオウガの意思を汲んで自在に動くという所だろう。複数合体で自己強化も行うおまけ付きだ。
既に彼ら三人の視界は竜炎が9、それ以外が1というところ。稀に竜炎の隙間からうっすらと覗く『火山』が帝竜ガイオウガであることが分かる程度。
だが、彼ら三人は引かない。他の猟兵たちがそうであったように、彼らもここで驚かされてはいそうですかと退却するような人物ではない。
「それで? 何か作戦あるか? 無けりゃ片っ端から逸らしていくけど」
炎竜に囲まれながらも、先程と全く変わらぬ声色でそう他の二人へと語りかけるのは、桜庭・英治(WarAge・f00459)。
UDCアース出身の高校生である彼の武器は、その身に宿るサイキック。そしてそれこそ彼の代名詞であり、専売特許でもある。他の武器など彼は必要としない。英治にとってサイキックは唯一無二の矛でもあり、盾でもある故だ。
「英治、何体かはこっちに寄越してくれや。あの炎竜がどれほどのもんか解析したいんでな」
投げかけられた英治の言葉に気軽に応えながらも、電子煙草型デバイスを離そうとしないのは、虻須・志郎(第四の蜘蛛・f00103)。
スペースシップワールド出身の元電脳工兵である彼の代表的な武装は一つではない。その身に宿す超電子演算AI接続端末『インセイン』と、万能紡績兵装である『内蔵無限紡績兵装』の二つがそうだと言えるだろう。三つの頭脳と自在の糸で以て、第四の蜘蛛はここに立つ。
「それじゃ、俺様は志郎よりも前に出る。作戦とやらは分からん。元より俺様に出来るのは棒振りだけよ。目に見えるモン、全部斬り払ッてやる」
志郎に編んでもらった特注の草履を履いて、ぎらぎらした眼で襲い掛かってくる炎竜を楽しげに見遣るのは字無・さや(ただの鞘・f26730)。
サムライエンパイアの集落出身である彼女の武器は、英治に倣って一つだけ。その名を、『妖刀マガツヒ』。歯毀れ一つないその刀は、まるで濡れているかのごとくに抜き身の刃をぎらつかせている。彼女に出来ることは、走ることと斬ることだけ。それ以外に、彼女はモノを知らぬのだ。
「オーライ、それじゃ一番前はさやに任せるか。支援は任せな、上手くこなすぜ」
「OKだ、んじゃ中衛を買って出るとするかねえ。英治を守りつつ、敵の解析と行くか」
「ふははっ、志郎の元まで炎竜が残るかは疑問だな。ま、気が向いたら残しといてやるよ」
そうして、三人は急造のスリーマンセルを組んでガイオウガに挑む。初戦は無限の如き炎竜の群れ。
一つでもステップを踏み間違えれば命は無いだろうダンスフロアへと、三人の猟兵が足並みをそろえて挑んでいく。
「GoooooAaaaaaaaaaaaaaAAAArrrraaaa!!」
「うるッせェ! 炎風情が徒党を組んでごうごうと、俺様の前で喚くんじゃねェやッ!」
最も前線で激しくダンス・ステップを踏むのはさやである。彼女は志郎と英治の二人から大きく距離を離した場所で、一人きりで圧倒的複数の炎竜とのブレイド・ダンスに興じている。
勢いのを載せて真っ直ぐ突っ込んでくるような竜炎はその軌道を見切り、髪の毛の先が焦げ付く程の至近で躱しながら、合わせ刀による上段一閃で竜炎の胴を斬り払い、中空へと残骸を吹き飛ばしていく。
足並みを揃えて襲い掛かる竜炎の無手に対しては、残像が見える程の素早いステップを踏んで敵の狙いをばらけさせつつ隆起した岩を利用してやり過ごし、僅かに敵の陣形が崩れたところで躍り出るように現れ出でては、抜き身の刃を自らの腕の延長であるかのごとくに振るうことで敵陣を片端から斬り結び、炎竜に篭る怨念を『あかい雨』へと変えていく。
現在のさやにとっては、『目に見えるもの全てが敵』という今の状況こそ、最も自らの力を最大限に活かせる環境なのだろう。彼女の刃は留まることを知らず、跳び、斬り、跳ね、払い、走り、刃を振り、突き刺し、炎竜の群れを蹂躙しつくさんばかり。
「おーおー、ありゃすげえ。……でも、女の子一人に全部任せて後ろで見てるだけってのは出来ねえよなあ、男子的には!」
「GGGGGGGwwwwwwweeeeeeeeerrrrooooo!?」
そんな炎竜の群れと踊るようにして斬り結ぶさやを、人知れず支援するのは英治である。彼は持ち前の念動力を用いることで、炎竜の群れの中でもひと際大きく素早い個体や、さやの背後から静かに忍び寄ろうとする個体への対処を行っていた。
相手が生きた炎竜である以上、単純に念動力で動きを止めて防げば良いという問題ではない。そのことを、英治はよくよく理解していた。だからこそ、彼は炎竜の進路を念動力で大きく『逸らす』ことで効果的にさやの支援を完遂する。
敵が大きく素早いのならば、その勢いを利用して近くの山肌へとぶつけて散らしてやるだけだ。敵がさやの後ろから忍び寄るなら、僅かに進路をずらしてやって真反対の位置から突撃して来る炎竜とかちあわせてやるだけだ。
英治の戦術で最も優れた点は、『自分の力で炎竜の全てを逸らすのは無理だ』という点を理解した上で、猟兵全員を活かすためにはどのような行動が最適解かを導き出したことだろう。
彼が対処するのは、敵がいくらかの手間をかけて編み出したであろう、こちらの牙城を崩すような『特にヤバいやつ』だけで良いのだ。戦闘の盤面というものには流れがある。最も重要なのは、敵に流れを握らせずに勝ち続けること。いくら敵の戦力が圧倒的でも、局面の戦局で勝ち続けてさえいれば勝利を手繰り寄せることが出来るのだから。
「いやはや、有能な二人に囲まれた中衛はヒマで仕方ねえな。おかげで一服が上手いのなんの……おっと、そろそろ仕事の時間かな? さや! 英治! 今度は『纏まって』来るぜ! ――――丁度良いから、そいつを俺の方に寄せろ!」
さやと英治のコンビネーションに焦れたのか、敵が繰り出す次なる一手は――――先程の『特にヤバい奴』よりも『更にヤバいやつ』であった。
即ち、先ほどから群れを成して猟兵たちを食い破らんとしていた炎竜の合体である。それも、一体や二体の話ではない。『全て』だ。全ての炎竜が、今や巨大な一体となって彼らを飲み込もうとしてこちらへと迫ってきている。最早彼ら三人の視界に映るのは、巨大な一匹の炎竜のみ。
敵の合体にいち早く気付き声を飛ばしたのは志郎。そして、まず狙われたのは前衛を駆けていたさやである。
「ふははははっ、こいつが噂の合体か! これはこれで丁度いい! そんだけ図体がでかくなりゃ、余計に俺様のことを追っかけ回すのは大変だろうさ! 良いだろ、コイツは志郎の方に連れてってやるとも! 鬼さんこちら、手の鳴る方へだ!」
そんな状況にあって尚、さやは呵呵大笑しながら残像が残るほどのステップで巨大な炎竜を翻弄して見せる。
さやが取った戦術は非常にシンプルかつ効果的なものであった。敵とのサイズ差を逆手にとって、時に山肌を駆けながら大きく回り、時に隆起した岩を足場に鋭角に曲がる。彼女は小回りを利かせた逃走経路を選ぶことで、敵の追撃を避け続けているのだ。
「ふははは! 志郎、英治! 連れてきたぞ、何とかしろ!」
「いやいや、嘘だろ? マジででっけえじゃん。ガイオウガには負けてるけど、タワーマンションくらいあるんじゃねえの? ……」
そうしてさやが炎竜を誘い出す先に待つのは、英治である。念動力は決して万能の力ではない。それを一番よく知っているのは英治自身だろう。
目の前の炎竜は、先ほどまで念動力で逸らせていた相手とは訳が違うほどの巨体だ。――――果たして自分にできるのか? 脳裏に浮かびかけたその疑問を、しかして英治はおくびにも出さずに捨て去った。
もはや事態は『出来るかどうか』じゃない。『やるかどうか』だ。さやは彼女にできる全てを出して前線で戦い、そして今も巨大な炎竜を誘き寄せてくれている。
だったら、男子がやることは一つだろう。
「……やってやるよ。女子にあそこまでやらせといて、引けねえよなあ……! 見せてやるよ、男子の意地って奴をッ!!」
「GGGGGGGGGGrrrrrrrrrrAAAAAAAGGGaaaaaa!?!?」
――――そして、英治は『ガイオウガが生み出した全ての炎竜の集合体の進路を逸らす』ことに成功した。
彼の全身全霊の念動力が、敵の持つ推力を僅かにでも上回り、そして『猟兵たちを燃やし尽くす』という敵の狙いをすら見事に逸らしてみせたのである。
さやが誘導し、英治が逸らし、――――そして炎竜を最後に待ち受けるのは、志郎である。
彼の狙いはただ一つ。『対象のユーベルコードを防御し、解析すること』だ。そうすれば、彼はガイオウガが放つ力の一端を一度だけ自分のものとすることが出来る。
そして、全ての炎竜が一体となった今こそ、解析には都合が良いのだ。危険であることなど百も承知である。しかし、さやも英治も危険を承知で志郎の元へ炎竜を誘った。
であれば、やはり――――もはや、『やるかどうか』なのだろう。
巨大な炎竜を目前にして、志郎は炎熱の地形耐性を基に、自身の組成を大気圏突入用の耐熱タイル相当に高速で編み直していく。プラズマにも耐える、現在の志郎にできるありったけという奴だ。
「ハ――――、格好良いじゃねえか、英治。……良いぜ、来いよ! お前の意地、俺が捨て身で受けてやらぁ! さあ、来やがれ炎竜! お前がどれだけのモンだろうが、俺の魂までは燃え尽きねえよ……ッ!!」
「VVVVVVVVaaaaaaaaaannnnnnnnnaaaaaaa!!!!」
「グ――――、グアアアアアアアアアア!!」
インパクト。巨大な炎竜は志郎の全てを飲み込み、彼の全てを燃やし尽くしていく。計り知れないほどの苦痛と熱に耐えながら、志郎は僅かにでも火竜の攻撃力と生命力を喰らって減衰するが、それももはや焼け石に水。
彼も予め痛みと衝撃を覚悟していたし、精神内の邪神とAIを合わせ、三重の構えで精神を持たせるつもりでいた。――――しかし、それでも意識を保つのは絶望的だった。圧倒的なのだ、敵の火力が。既に力の解析は済んだ。だが、彼の命がすでに限界を越えていた。
――――だが、志郎が圧倒的な炎熱の中で意識を散らそうになったその瞬間である。彼の脳内に、一つの声が届いた。
『こんなもんで負けてンじゃねェ! ――――意地があるだろ、俺たちにはッ! 証明しろッ! 男子ってのは、応援されてる限り無限に強くなれる生き物だろうがよッ!!』
「……クク……! ……言うねえ……、英治……! 良い男からの鼓舞は、嫌になるほど頭に響くぜ……! これだけやっても、まだ俺にやせ我慢しろってか……!! ……良いぜ、上等だ……付き合ってやるよ……! このままやってやらァ!! 虫けらの意地を見てやがれッ、ガイオウガッ!! 顕現しろ――――【逸活変災】ッ!!」
最早ダメかと思われたその時、発動するのは二つのユーベルコード。
英治が放ったのは、やせ我慢や強がりを聞いて共感した対象全てを治療する催眠能力、【ヒュプノシス】。彼はこの力による鼓舞で志郎の精神を奮い立たせ、意地で以て彼の命を繋いでみせたのだ。
志郎が放つのは、敵のユーベルコードを解析し、宿った邪神の威力を上乗せして、1度だけ借用できるチカラ、【逸活変災】。彼は炎竜に呑まれながらも、最後の力を振り絞ってその幻想を発現させたのだ。
既にこの戦場の至る所へは、志郎が放つ足場ロープが蜘蛛の巣の如くに張り巡らせている。最早彼らに足場で不利になる点は一つもないということだ。
二人の男子が見せた意地は敵の攻撃の一つを盗み、そして戦場全体を支配しようとしていた。全ての戦場が絡まり合って、一つに収束する時が来た。
――――さあ、そろそろバカ騒ぎを締めよう。あの支配者気取りの帝竜に、領主の座を降りてもらう時だ。
●陽炎稲妻水の月
「ハッハッハッハ! 珠、アレを見てみなよ! コイツは一体どういうことだい、ええ!?」
「うーん……俺には分からん! でも、多喜! 一個だけなら分かるぞ、これはチャンスだ!」
一匹の大蛇へと変じた炎竜に飲み込まれながらも志郎が放ったチカラによって、炎竜は今や猟兵たちの味方と言っても良い存在となっていた。
志郎が狙っていたのは正にこのシチュエーションだ。炎竜が一匹にまとまる瞬間を狙って敵の能力を解析し、邪神の力によるハッキングを自分諸共喰らわせることで仕込む騙し討ち。
即ち、『自壊の催眠をかけた状態での敵ユーベルコードの借用』。『乗っ取り』と言い換えても良いかもしれないその力を受けた炎竜は、今や自分の生みの親であるガイオウガの首元へと勢いよく噛み付き、そして自らの身体を火山の胴体部へと巻き付かせることで、ガイオウガの動きを一瞬ではあれど大きく鈍らせていた。
「違いない、全く気の利いた意地っ張りがいるもんだよ! 誰だか知らんが、『ガイオウガの放った炎竜のコントロールを全部まとめて奪いやがった』!」
「用事があるのは本体だけだからな、あの炎竜がガイオウガに食らいついてる間に――――!」
「おおよ、こうなりゃもう真っ直ぐ行くだけさ! あの帝竜様のガラ空きの顎目がけて、ダッシュ一番ぶちかましてやろうじゃないか!」
それを好機と見て、いの一番に突っ込むのは二人の猟兵。先ほどの跳躍後にいち早く飛び降りてティオレンシアたちと分かれた珠と、そんな彼女を道中で上手くキャッチした多喜である。
彼女たちの狙いはただ一つ。『一撃』だ。勢いと加速と膂力が乗った、何よりも重いただの一撃。そいつを帝竜『ガイオウガ』にブチ込んでやること。たったそれだけのシンプルなものだ。
そして、控えめに言って――――今は絶好機と言える。英治と志郎の意地が、敵の動きを縛る僅かな時間を生み出しているからだ。
だが、『並大抵の速さ』ではこの絶好機に間に合わない。純粋に、『時間が足りない』のだ。普通のマシンがこの広い溶岩地帯を駆けている間に、ガイオウガは徐々に自壊へと至る巨大な炎竜を振り払って自由になり、体勢を整えるだろう。そうなれば重い一撃は躱されるだろう。連撃でさえ意味を成さないはずだ。
――――だからこそ、多喜と珠にとっては今こそが『絶好機』。今必要なのは、ガイオウガに体勢を立て直す時間を与えない『狂った速度』と、『全てを籠めた重い一撃』のたった二つだけ。
更に、幸運にもその二つはここにある。多喜は並大抵ではない『速度』を、珠が全てを籠めた『一撃』を持っている。全てはここに揃い、英治と志郎が生んだロスタイムはこの時のためにあったのだろう。
「――――ブッ飛ばすよ、珠! しっかり掴まってなァ!」
「ああ、やってくれ多喜! アイツを思い切り殴ってやろう!」
【戦地改修】。多喜がこの戦場に持ち込んだ幻想の一。
自身が操縦する最中に破損した宇宙カブJD-1725の破損部分を即座に修繕し、現状への適応能力と敵ユーベルコードの無効化能力を増強するチカラが発動した今この瞬間、多喜の走行を邪魔するものは何一つとしてない。
耐熱性と断熱性の増強、その上での機動性の確保は済んでいる。タイヤもフレームも、気になるところは全て手が入っている。溶岩が何だ? ひどい路面が何だ? 志郎が地形ロープを十全に戦場全体へ張り巡らせた今、そんなものは何の障害にもならない。
志郎がコントロールを奪った炎竜の身体がいよいよ消えていく。最初は尾からだ。そしてガイオウガの身体へと巻き付いていた胴が消え、敵の首元へと噛み付いていた顎すらもが消えたその瞬間――――。
――――志郎の張ったロープと隆起した岩を足場にして跳躍した多喜と珠が、体勢を立て直す前のガイオウガの鼻先へと現れた。多喜が『Fastest』だからこそ成し得たゴール・イン。であれば、次は痺れる程の喜びを表現する番だろう。『文字通り』に、大げさに、だ。
「オォォォォォォォラァァァッ!!」
多喜がガイオウガに喰らわせたのは、バイクの突撃と全身全霊のアッパーカットのコンビネーション。意地と誇りと速度を乗せた堅牢なるバイクの前輪と、『サイキックナックル』と『モバイルPSYバッテリー』を用いて発動する、決して壊れぬ稲妻の如き電撃の拳だ。
サイズ差がどれ程あろうが関係ない。多喜が放った全力の一撃は間違いなくガイオウガへと届き、奴の動きを止めている。多喜が拳に込めた電撃がガイオウガの身体中を駆け巡り、火山の至る所で電流と火花が舞い散っている。だが、これだけではまだ終わらない。当然だ。絶好機には、デカい『一撃』が要る。
「っシャア、怯みやがった! 今だよ珠ァ、続きなァ!」
「応ッ! よく見ておけよガイオウガ! 俺の全てを籠めた槌の一振り、――――お前にくれてやるッ! 喰らって砕けろォッ! 奥義ッ!」
多喜がガイオウガの顎へと一撃を喰らわせた後、当然続くのは珠である。彼女は自らの構える『B.Kハンマー』の一撃を敵に喰らわせるために、数舜前に多喜のバイクから跳躍していた。
既に振り被りは済んでいる。加速十分。力の込めもこれ以上はない。『絶好機』。後にも先にも、この一撃を喰らわせるのに適したタイミングはないだろう。
「はああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
珠の放った【一撃】は、彼女の持つ怪力の全てと勢いを乗せ、ガイオウガの顎へ深々と突き刺さっていく。その衝撃は、岩石を豪快に割りながら、敵の下顎を半壊させる程。
当然だ。今の一撃は、それが叶うだけの全てを籠めたものなのだから。珠の残す余力は槌を引き摺り撤退する分のみしかない。
彼女のチカラは、24時間の戦闘力喪失を代償に、全てを籠めた一撃を放つというもの。猟兵である彼女がそのデメリットを背負う重さは言うに及ばず。過去にとどまり続けるオブリビオンが、例え『一日』であろうと猟兵の未来の選択肢を犠牲に放つ一撃に弱いことなど、最早自明の理であろう。
ガイオウガは割れた下顎から声にならぬ唸り声をあげ、天を仰いでその身を大きく震わせている。苦しんでいるようにも見えるのは、恐らく間違いではないだろう。
「――――ぷはぁっ! いやあ、これでどうだろうか! 結構良いのを喰らわせてやれたんじゃないか!?」
「はっはっは! アタシも同感だ! さあ、いっぺん引くよ! そろそろコイツも限界だ、オーバーホールしてやらないといけないしね! 見たとこ珠もそうだろう?」
「ああ、今の一撃で全部出しきったからな! 後は皆に任せよう!」
そして、珠を乗せた多喜はガイオウガの身体を足場に溶岩地帯へと着地して離れていく。既に二人は完璧な仕事をしたと言って良いだろう。
『誰かに後を任せる』。良い響きじゃないか。たった一人で戦うオブリビオンには、決して理解できない響きだろう。
●墜ちる彗星・春のそよ風
「そういえば、訊きたいことが一つあった。ティオレンシアよ、もしかして貴様……ルーンの使い手か?」
「ああ、これぇ? ええ、そうよぉ。リボルバーが一つだけじゃ、女の夜道は怖くってねぇ」
「……くく、やはりそうか。『フサルク』だろう。呪いを用いる邪竜と、ルーンを用いるひとの同道とはなァ。何が起こるか分からんものだ」
「それに、考えた作戦も似通っているなんてねぇ。ほんと、面白い偶然だわぁ。……さて。ニルズヘッグさん、そろそろやるわよぉ」
「仔細任せる、手筈通りに。ここまで実に素晴らしい運転だった、心からの感謝を」
――――聳え立つガイオウガに向けて彗星の如くに飛ぶ二つの星があった。
それはガイオウガの遥か上空。成層圏にほど近い場所から、敵を討つために空から落ちていく流れ星。
愛機にて空中を駆けるティオレンシアと、彼女のバイクに同乗して空へと駆けあがったニルズヘッグの二人組だ。
そして、空を駆けるように落ちていく彼ら二人に合流する影があった。
「あ、お仲間――――? なるほど、どうやら私たちと似た考えの人たちですね?」
「それなら丁度良い、皆で一緒に行こうぜ! どうやら、今丁度ガイオウガが怯んでるみたいなんだ! このチャンスに上手く続ければ――――!」
加速を付けながら降下していくニルズヘッグとティオレンシアに合流するのは、『wanderer』で強化した脚力による踏み込みで勢いを付け、炎の翼で飛翔する春乃・結希と、『そよ風の領域』を展開し、風を味方につけることで空を舞う歌音の二人組。
結希が用いる幻想は、自己暗示により真の姿に近付く事で燃え盛る焔の翼を広げた姿に変身し、スピードと反応速度を爆発的に増大させる【焔の力、少し借りますね!】。
対して歌音が用いる幻想は、自身と敵を包むダメージの無い微風の領域を召喚する【インベロップ・ブリーズ・テル】。歌音がはるか上空でもガイオウガの動きを掴んでいるのは、敵の周囲で包んだ微風が敵の動きを伝えてくれているからだ。
「あらあら、おかしなこともあるものねぇ。こんな空の上で挨拶なんて初めてのことだわぁ」
「くく、違いない。だが、それは良いことを聞いた。それでは、偉大なる帝竜殿に――――我等の悪あがきをお見せしようか」
上空で四人の猟兵が合流したころ、超高高度から落下を続ける四人の視界にガイオウガが見えてくる。
――――それはつまり、上空から降下突撃を敢行する四人の目に天を仰いで苦しむガイオウガの姿が見えてきたということでもある。
多喜と珠が作り出した、文字通りガラ空きの『顎』。ガイオウガの中心部、体内のコアへと通じる入り口へと、彼らは一直線に向かっていく。
「さて。普段は使わんのだが。ガイオウガとやら、貴様の強さに敬意を表そう。出し惜しみは無しだ――――幻想展開、【悪意の切断者】」
「それじゃ、あたしも使えるものは洗い浚い使っていくとしようかしらぁ。『カノ』・『アンサズ』・『ベオーク』・『イサ』・『エオー』・『ハガル』――――。【重殺】」
呪句発動。祝詞発現。ニルズヘッグとティオレンシアが、自らの幻想を展開していく。
ニルズヘッグが用いるのは、【悪意の切断者】。邪竜の血統に覚醒して竜の四肢を持つ竜人に変身し、戦闘能力が爆発的に増大するチカラである。
既に彼は血統より引きずり出す竜の片鱗を露わに、ただびとと変わらぬ体に宿すには負担が大きいその力を身に宿して、帝竜へと高速で迫る。邪竜は今こそ空より墜ちて、そして最後の悪あがきを見せるのだ。
ティオレンシアが用いるのは、【重殺】。強化、増幅のルーンを刻んだ五発の弾丸が命中した対象に対し、高威力高命中の刻まれたルーンの効果を極大化する六発目を放つチカラ。
既に彼女の構えるリボルバー、『オブシディアン』の弾倉には必殺必中の六つの祈りが装填されていた。その全てがガイオウガに当たったその時こそ、神話の如くに敵の身体を崩壊させる花が咲くことだろう。
――――だが、猟兵たちがガイオウガを視認したということは――――、イコールでそのまた逆もしかりということでもある。
ガイオウガは自身の上空に四人の猟兵を視認するや否や、対空砲火代わりに全身から火山弾を発射して彼らの接近を阻む。
だが、それくらいの迎撃で――――猟兵たちの突撃は止まらない。
●『Psychobabble』
「結希姉、次は右斜め前を優先! その次は連続して二つ来るぜ!」
「オッケーです、どんどんいきましょう!」
『無数の火山弾』。成る程、確かに恐ろしい響きだ。動きの制御が難しい空中では、なおの事その恐ろしさが実感できるというもの。
しかし、それは当然『普通なら』の話。炎の翼を自由自在に操って、瞬時に最高速に達する飛翔能力を有する結希と、敵の攻撃の前兆を読み解くことが出来る歌音がここにいる以上、敵の対空砲火は戦況に絶対的なアドバンテージを及ぼさない。
「正面やや上側に一つ! 反対側に一つ、その右側から連続して三つ、いや四つ来るぜ!」
「了解です、歌音さん! ぬるいですよ、ガイオウガ! この程度の攻撃で、私たちを止められると思わないでくださいね!」
結希は増加したスピードと反応速度を存分に活かし、空中で既存の物理法則を無視したような尋常ならざる飛行でガイオウガの放つ無数の火山弾を『全て』斬り裂いていくではないか。
恐るべきは歌音のそよ風を介した先読み能力と、そして歌音の指示に遅れることなく的確に応え続ける結希の潜在能力であろう。
正面からの火山弾は降下の勢いそのままに大剣『with』を巧みに操っての薙ぎ払いにて一刀両断し、複数の角度から飛来する火山弾は急加速と急停止を連続で行いながらの回転斬り上げ二連で無力化していく。
複数連続で襲い掛かってくる火山弾に対しては、目にも止まらぬ高速剣技を披露することでその全てを細切れにし、敵の行動は無駄なあがきとばかりに火山弾を粉微塵へと変えていく。
『withと共に在る』事で無限に湧き出る勇気を持って、空中で踊り続ける結希にとって、これくらいのことは造作もない。だが、それだけで終わるほどガイオウガは甘い相手ではなかった。
「ナイスだぜ、結希姉! そのまま――――いや、ヤバいのが来るッ! さっきの火山弾の何倍も大きい……!」
「これは――――いえ。こうなれば、私が受けます。大丈夫、ダメージは炎で補完すれば――――!」
「――――いいや、そんなことさせねえよ……! 目の前で女の子に大怪我でもされたらよ、男子的には――――明日の目覚めが悪いんだよな、これがッ!」
歌音が攻撃の前兆を読み解くだけで本能的に『良くない』と感じ、 結希が自分の身を犠牲にすることで突破することさえも視野に入れた『巨大な火山弾』も、――――しかして猟兵たちの降下を止めるには至らない。
女子が頑張っているならばと意地だけで立つ男子が、地上に一人いるからだ。ガイオウガには理解できぬ思いだろう。そして、別にそれで構わない。オブリビオンにとっての訳の分からないたわごとを胸に秘め、英治は『あか』い眼で意地を張る。
「踏ん張れよ、俺ッ……! 意地の張りどころだろうが! 相手の攻撃がクソデカいからどうしたッ! 分かってるんだよ! 俺にはあのデカドラゴンを倒せる火力なんてねぇッ! ――――だから、せめてお前の攻撃を味方のところには行かせねぇぞ! ――――意地があるんだよ、俺たちにはな!」
地上から念動力を用いて、ビル程の大きさの火山弾の速度を緩めて見せたのは英治である。彼の目は既に充血で真っ赤に染まり、鼻からは赤黒い血が流れだしている。念動力の遣い過ぎだ。
――――しかし、彼は念動力の行使を止めない。だからどうしたと言わんばかりに、彼は意地を張り続ける。彼がそうやって強がる限り、【ヒュプノシス】の催眠効果は切れやしない。無理だろうが何だろうが、英治は最後まで強がって見せるつもりなのだろう。
「『守る』のも『逸らす』のも無理ならよ……ッ! せめて『止める』ことくらい、出来なきゃ嘘だろうがよッ! オラァァァッ!!」
そして、英治の念動力はその思いに応えて見せた。彼は対空射撃として放たれた火山弾を空中で『制止』させることに成功したのである。『破壊による防衛』でもなく、『軌道を逸らす』でもなく、『制止』。
だが、この状況においてはそれだけで十分すぎるのだ。空で止まった巨大な火山弾は――――ガイオウガの頭蓋に向かって落ちていく。英治の念動力が、見事に敵の攻撃を逆手にとってみせたのだ。
更に攻撃は続く。ガイオウガが空中の猟兵に夢中になっている間に、地上からガイオウガの懐へ忍び寄る影があった。
●幾万の修羅場を越えしもの
「そうやって、上ばっかり見上げてるから――――足元の俺様に気が付かねえんだぜェッ!!」
ガイオウガは既に上空の危機を止められぬと知り、自らの下半身を溶岩化して降下突撃から一度逃れようとする。
――――しかし、そうはいかぬ。逃がしはしない。大勢を立て直させもしない。振り向くことも、背を向けることもさせはしない。さやの持つ妖刀こそが、それを許さぬ。
敵の肚を部位破壊するかの如くに何重にも斬りつけ、まるで傷口を抉るかのように、さやは何度もガイオウガに向けてとめどなく流れる『あか』に塗れた刃を揮う。
「噴き出すものが溶岩だろうと、俺様にとっちゃ血の雨よ。降らすぜ血の雨。この戦場を見るも無惨な修羅場に上書きしてやる。さあ、どっちが先に奈落に墜ちるか競おうぜ――――! 来いッ! 【黄泉比良坂】ァ!」
【黄泉比良坂】。
それは、さやがこの戦場で披露する最後の幻想。周囲の敵や死体を切り刻んで鮮血と怨念の雨を降らせる事で、戦場全体が黄泉の国、或いは修羅場と同じ環境に変化するというチカラ。
即ち、ここはもはやガイオウガの治める領域ではなくなったのだ。ここは熱と死が蔓延る溶岩地帯じゃあない。後退と停滞とを決して許さぬ、誰の支配も許さない修羅場だ。既にこの地の『あか』は溶岩ではなく『血の雨』によるものへと意味を変じている。
つまりこの瞬間、この場においてのガイオウガのアドバンテージは、既に一片足りとも消え失せたのだ。『修羅場をくぐった数』ならば、――――圧倒的に猟兵の方が多いに決まっている。
その事実を証明するかの如く、もう一人さやが呼びだした地獄に対応して動き出す猟兵が、もう一人。両手に握った糸を、まるでロープのようにしてそこら中の岩に引っ掛け、高速でガイオウガに接近していく男が一人いるのだ。
「――――いやはや、助かった。この雨が降り出してから、すこぶる身体の具合が良い。殴り足りなかったところだ……。――――『地獄に蜘蛛の糸』とは、よく言うもんだぜッ!」
「おおう、それなら決めてやると良い! 今ならヤロウ、土手っぱらが開いてるからよッ!」
「ついでだ、志郎! 加速くらいはしてやるよ、念動力の応用だ!」
「そうかい、そいつは助かるね! これで御破算だよ、火達磨め――――! 塵に千切れて骸に還れッ!」
糸を縄の如く、かぎ爪の如く、射出装置の如くに操って空を駆けるのは、志郎である。英治の催眠とさやが呼びだした修羅場に対応した故だろう、既に体の負傷は気になっていない様子。
彼の到来を知ったさやは、更に連続でガイオウガの肚を掻っ捌くかのように乱暴に、乱雑に暴力を積み重ねていく。既にガイオウガの肚の岩石の殆どは破壊され、コアと思しき部分が色濃く見え始めていた。
そこに、英治の念動力による加速も加えた志郎の渾身の右ストレートが炸裂する。敵の苦痛の声と思しき大きな唸りが、修羅場に響く。――――介錯の時だ。今こそ全てを終わらせよう。
「皆、今が決め時だぜ! 今なら奴は、ガイオウガは――――このまま、少しの間動けないッ!」
「『炎熱』は『聖言』にて『成長』する『氷』に『変化』し、『崩壊』を呼ぶ――――」
「ここまでしたんだ、躱してくれるなよ? その巨体では躱すにも一苦労であろうがな」
「これでやっと――――あなたに届きます! 食らってください!」
珠と多喜が全てを籠めた『速さ』と『一撃』で戦局を一気にひっくり返し、歌音がガイオウガの攻撃と隙を見定め、さやが敵のアドバンテージを消し去ってコアを露出させた。
志郎と英治が見せた意地が敵の隙を二度生み出して、ニルズヘッグとティオレンシア、結希の三人がガイオウガに迫る。
ティオレンシアが放つ、ルーンを込めた六つの弾丸。その全ては、ガイオウガがコアを攻撃された苦しみから大きく開いた口の中へと過たず吸い込まれていき――――。
そして、六つの弾丸が敵の身体の中で花開く。ガイオウガが体内で持つ無防備な炎熱が、ティオレンシアのルーンによって氷塊へと即座に変化し、自壊へと至る。
「さ、これでどう? 自分の炎で、ブッ壊れなさいな。それが嫌なら……もう少し待って、皆を待つことねぇ」
だが、それを悠長に待つなどするものか。続くのは、竜人と化したニルズヘッグの放つ、氷と呪詛を纏わせ全体重を乗せた重量攻撃である。
超高度から降下したことによる位置エネルギーと、そして何よりも竜人となったニルズヘッグの持つ純粋な力が、ガイオウガの頭部を蹂躙し尽くしていく。
ニルズヘッグはガイオウガの顎を力任せに砕き、頭蓋を割り、目玉を踏み付け、牙を折る。そして、新しく出来上がる傷口の全てに彼の持つ『呪い』と『氷の魔力』を叩きこむ。そこには確かに、邪竜がいた。
未来永劫溶けることのない、氷竜の凍てる本性を体現するかの如くの絶対零度をその身に受け、ガイオウガは更に自壊の速度を早めていく。
「理由は知らんが、熱いものは急に冷やされると脆くなるらしいな? 足りなければ何度でも氷の魔力を叩きつけてやるから――――他の連中の攻撃を、精々じっくり味わっておくが良いさ。ほら、次が来るぞ」
そして、『with』を携えた結希の振るう、己が強さへの信仰を込めた一撃が――――ついにガイオウガの頭蓋を断った。
全てを籠めた一撃を喰らって顎を砕かれ、コアに甚大なる被害を受け、そして冷気による体内からの自壊と体外からの自壊を余儀なくされ、そこに再度の炎熱を伴う一刀を受けることで、ようやくガイオウガは沈黙した。
「どうですか? あなた程では無いかもだけど、――――私の想いの焔も、なかなかアツいと思いませんかっ?」
『――――我は一なる全。全なる一。我を蹂躙せんとするは許しがたし。――――しかし。しかし、見事であった、猟兵。――――良くぞ、我にここまで喰らいついた。――――全なる一を超える、多様性のチカラ――――認めざるを得まい。これが世界の意思ならば、我もそれに従おう――――』
ガイオウガといえど、アドバンテージを失った状態での猟兵たちの連撃には勝てなかったということだろう。
いや、より正確に言おう。ガイオウガ討伐は、紛れもない猟兵達の活躍と協力によって成し得たことだ。
コアが光を喪う間際、結希が投げた疑問に応えるようにして戦場に響いたその声が、それが事実であるということを証明していた。
見事である、猟兵。君たちが持つそれぞれの個性が、特徴が、多様性が、ガイオウガを仕留めるのに当たって全て必須であったのだ。
過去に留まり続けるオブリビオンを越え、君たちはこれからも幾千幾万の修羅場をくぐり抜け、その度に変わりながら前進するのだろう。
君たち全員の活躍に、心からの喝采を送ろう。全なる一、炎の帝竜を超えた勇者たちのこれからの道筋に、溢れんばかりの幸運があらんことを。
大成功
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