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帝竜戦役⑨~巡り回りし嘆きを止めよ~

#アックス&ウィザーズ #戦争 #帝竜戦役 #帝竜 #ガルシェン #群竜大陸

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 咆哮、竜の嘶きが広大な沼沢地に響き渡る。ただ、その暴威に怯え、竦む只人であれば、その竜が如何なる感情で以て吠え猛るのか、想像だに出来ないであろう。
 しかし、君たちは猟兵である。骸の海より染み出してきた過去を、再び過ぎ去りし時へと還す者なれば。
 故にこそ、その嘆きを感じるだろう。ここに在ってはならぬという生の嘆きと、ここに在るもの総て壊さねばならぬという死の嘆き。
 而して、両の嘆きを受け止めよ。然らば、その偽りの命を終わらせよ。
 巡り廻る死と生のエンディングを、破り壊すのは君らなれば。

●老婆の誘い
「いやぁ!これが帝竜!その威容も特筆すべきじゃが、何よりはその盛りっぷりが清々しいのゥ!」
 そういって猟兵たちを前にして笑うのは、アイリ・ガング―ルである。
「さて、小難しい事は言わん。帝竜討伐じゃ。帝竜ガルシェン、その体内にてあらゆる命が誕生と絶滅を繰り返しておるなんて、そりゃ一つの世界も同然やねぇ……っと、んなこたぁいいんじゃ。まず一つ!」
 そう言うと妖狐が鉄扇を翳して、
「よくよく強敵にある話じゃが、敵はお主らの使用するユーベルコードの属性に該当するユーベルコードで必ず先制攻撃する。なので、その対処考えねばならんよ?そうでなくては有利は取れぬからの?」
 コココと笑いながら話を続けた。
「で、肝心のユーベルコードじゃが、どれも粒ぞろいじゃ。ただでさえ数十㎞ある巨体をさらに巨大にする、《創世巨獣ガルシェン》に、戦えばその猟兵を殺す毒を宿した生物を新造する、《アンチイェーガー・ギガンティス》。さらには飛行して無数の外敵を飲み込んで自爆するスライムを放つ、《防衛捕食細胞の創造》。恐ろしいものばかり。お主ら」
 珍しく笑いの含まれない妖狐の声が響く。
「死ぬな?勝てよ」
 何せ本丸は、まだまだ先なのだから。


みども
 という訳でボス戦!という感じで。金曜の夜か、土曜日の朝辺りから執筆開始して、土日の内に仕上げる予定です。よろしくお願いします。
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第1章 ボス戦 『帝竜ガルシェン』

POW   :    創世巨獣ガルシェン
【獣の因子】を使用する事で、【巨大な薔薇】を生やした、自身の身長の3倍の【創世巨獣形態】に変身する。
SPD   :    アンチイェーガー・ギガンティス
いま戦っている対象に有効な【猟兵を殺す毒を宿した『新種の巨大生物』】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ   :    防衛捕食細胞の創造
召喚したレベル×1体の【外敵を飲み込み自爆する『巨大スライム』】に【虫を思わせる薄羽】を生やす事で、あらゆる環境での飛翔能力と戦闘能力を与える。

イラスト:桜木バンビ

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

フェルト・フィルファーデン
……言われるまでも無いわ。アナタが何者であろうと、こっちもこの世界が掛かっているの。望み通り、終わらせてあげる。

スライムが翅を持ち飛んでくるならこちらも【空中戦でお相手するわ。
【フェイントをかけ距離を取りつつ騎士人形の弓矢で翅を狙い撃ち落とす。(スナイパー】
それでも近づいてくるスライムには騎士人形の【盾で受け【シールドバッシュで突き落としつつ【カウンターに矢を放ち射止めるわ。

UCの準備が出来たら即発動。対象はもちろんガルシェンよ。
アナタほどの巨体ならフェアリーのわたしとの質量差は膨大。充分な威力が出るわ。
さあ、スライムもろとも潰れて消えて!

こんなところで、立ち止まるわけにはいかないのよ……!


死之宮・謡
アドリブ歓迎

単純な話だな…貴様は死にたい。私は殺したい。
我等の利益は一致しているだろう?
故に、抵抗はしないで貰いたいのだが…無理そうだな…

抑、私に言わせて貰えば、在るべき命など殆ど無いのだがな?
まぁ私の戯言は置いておこうか…他者と相知れる考えではないのは解っているとも

スライム共は減衰の呪詛をばら撒きながら自身を強化(全力魔法)で駆けながら焔砲撃(属性攻撃・衝撃波・なぎ払い)で処理していく
途中で【七血人】を召喚して処理を手伝わせる

処理が終わったらその状況に応じて遠距離からの砲撃か身体に上っての攻撃かで征く
(呪詛・鎧砕き)


節原・美愛
やー…ちょっと大きすぎて、全貌がよく分かんないね。
竜っぽくない形だけど、あれも帝竜なのよね。

さて、どうにか前座を切り抜けて本命に迫らないと。
少し距離をとって"殺気"と"覇気"で威圧、睨み合ってる間に"猫の第六感"を展開。
緊張に耐えきれずに飛び込んできた敵に"カウンター"!
すれ違いざまにたたっ斬って、そのまま帝竜に走り、
脚の関節、鱗の隙間に刀を突き立てる!



牙や爪、棘を活かそうとする素振りを"見切"る。
すれ違いざまに斬って返り血を浴びない。感覚を強化して異臭を警戒。
毒対策でできそうなのはこれくらいか。
殺し合いだし、やるだけやってダメならしょうがなし。
だいたい、安全な戦いなんて味気ないもんね。


アウル・トールフォレスト
(※好きにお任せします)
聞こえたよ
悲しい声、自分ではどうしようもない事への叫び

…そうだね。わかるよ
殺してあげる。大きなあなた
あなたと同じカタチになってでも

先制攻撃は纏うオーラで、植物たちの生命力で、わたし自身の気力で耐えて、
さあ産声を上げよう

【開花の時は来たれり、我は天地囲う世界樹なり】
一度「神体」になれば、どこまでも何処までも広がり続ける。沼も毒も生まれてきた新たな生命さえも糧として、いつかは世界すらも覆い尽くす程に

だから、わかるよ
この一瞬、一時だけだけれども。わたしはそうなる恐怖を理解している
けれど、今は
あなたの為に

それだけは失わないように、あなたを終わらせてあげるから


伊達・クラウディア
貴殿から感じる嘆きと願い、しかと聞き届けました。我が刃にて、その生と死を断ち切りましょう。

猟兵すら殺す毒を宿した新造生物。文字だけ見れば脅威ですが、生物であるならいつものように切って捨てるのみ。
【武器受け】【盾受け】で攻撃を捌き、多少の被弾や毒なら【毒耐性】【激痛耐性】で耐えましょう。あとは返す刀でUCを発動。新造生物ごと帝竜を切り裂きます。
我の手は全てに届く。然らば、我が刃は貴殿の命にも届くでしょう!その嘆きを断ち切り、ただ安らかに眠るがいい!

アドリブ・連携歓迎


神元・眞白
【WIZ/割と自由に】
大きい。あれだけ大きいなら街が1つ体の中に収まりそうですね。
上に乗ってぐるりと回ってみたいですが、時間も機会も無さそうです。
とても残念ですが、あちらもこちらを待っている様ですから待たせてはいけませんね。

スライムを飛ばしてくるにしても、こちらに来るまでに時間がありますね。
符雨、第一波の抑えはお任せします。1つ1つに符を打ち込んで、留め置いて。
飛来する音を聞き分けて、早打ちもとい早業。頑張って。

第2波以降は私の受け持ち。リフレクションでの打消しを実行。
……しますが、引き付けた上での打消しを。打消しが気づかれない様に
演技を織り交ぜて、辛く見える様に見せかけましょう。


黒川・闇慈
「なんとも面妖な形状の竜ですねえ……実に興味深いものです。クックック」

【行動】
SPDで対抗です。
まずは先制攻撃への対処です。
私が魔術師であることを考えれば、魔術や呪力に反応する毒を使用してくることが考えられます。故にホワイトカーテンの防御魔術を展開し、毒耐性の技能で防毒の術式を障壁に仕込んで防御しましょう。
その間に呪詛、高速詠唱の技能で死霊人形師を召喚します。最初にガルシェンが生み出した巨大生物を斬り伏せ、しかる後に全力魔法の技能で死霊人形師を全力稼働させてガルシェンを攻撃しましょうか。

「私は職業柄、毒物を扱うこともありますのでね……この手の対処はお手のものです。クックック」

【アドリブ歓迎】


トリテレイア・ゼロナイン
クエーサービーストとの交戦経験で驚きは少なく、己を殺してくれと頼むオブリビオンと出会ったことも初めてではありません

この哀しみに慣れることはありませんが

●騎乗した機械飛竜による●空中戦で巨大化後の攻撃回避
飛竜を●ハッキングし●限界突破した機動力で上空まで飛行

その後に遠隔●操縦する飛竜から飛び降り降下しガルシェンの背に移動
脚部スラスターでの●スライディング移動で動き回りながらUCを大量に設置し、起動

数多の生命の誕生と滅び、それを司る獣の因子の制御を狂わせれば…
癌細胞となり御身を死に誘うでしょう
弱体化した敵の背で近接攻撃

御伽の騎士の様に救う事も出来ず、一息に楽にすることも出来ない…

お許しください…


月汰・呂拇
こいつァまた随分とデカい奴だ
そしてまだデカくなるってか
……いいぜ、やってやらあ!

気合を入れて捨て身で奴の懐に飛び込み喰われる
……無論、消化なんかさせるかよ
兎に角、デカくなるなら内側からぶっ潰せばいいって
ジジィも言ってたからな――行くぜェ!

敵が出てくるなら改造合体したアックスとロッドをブン回し
炎を纏った攻撃で焼き砕いてやる!
限界を超えたその先でリミッター解除……
オープンメガリス! 俺も巨大化して対抗だ!

装甲服がフルプレートからブレストプレートに
真っ赤の炎の角が側頭から一対生えて準備完了!
さぁ……テメェも味わうがいい、メガリスの恐ろしさをな!
全重量を乗せて一点突破だ――悪ィがブチ抜かせてもらうぜ!


高鷲・ありか
これが噂の帝竜ってやつ?…話に聞いてた通り、規格外の存在って感じね。
せっかく目覚めたところ悪いのだけれど、あたし達も未来を守らないといけないからね
せめて今度はぐっすり眠れるよう…終わらせてあげらぁ

あれだけの巨体なら動きは多少なり遅いはず
最初の攻撃は回避に専念して、回避が難しい場合は仕込み傘「散華」を使って攻撃を受け止めるわ

生憎とチマチマした小細工はそこまで持ち合わせてないからね
爆発しようが毒を持ってようが関係ない
向かってくる障害は片っ端からなぎ倒して、前をこじ開けるのみ

大きいもんだけ数揃えても大きければ当て放題の格好の的ってもんよ
まとめて吹き飛べやがれぃ!【燃やせ紅牡丹】!


シズル・ゴッズフォート
何故でしょうか。かの竜には同情のような物を覚えてしまう
祖先たる龍から継いだ因子故か
あるいは、甞ての私のように相反する感情に挟まれ苦しんでいるようであるが故か……
どうあれ、喰らいついてでも倒さねばならぬ敵であるのは確か
―――屠竜、成し遂げてみせます!

獣性因子『T、D』のフル活動を敢えて止めぬまま戦線に
周囲の地形を駆け上がり、少しでも高度を稼いで跳躍
クライミングのハーケンの要領で楯の杭や機甲鋏槍を突き刺し、竜に取り付く
迎撃等は無敵城塞で防御
接近後は機甲鋏槍や杭で竜の肉を裂き拓き、限界まで至近射撃を連射

巨体はそれ其の物が武器であると同時に、弱点でもある
勝機はその弱点が最も顕れる、かの竜の懐……ッ!



  結論から述べるのであれば、

―――そもそも、猟兵達は、最初から敗北していたのだ。

 アイリ・ガング―ルの手によって帝竜の元へと転移した猟兵達が眼前にしたのは、『竜の体の一部』であった。全身が、見えない。当然だ。数十㎞の巨体など、ヒトの矮小なる視点であるならば、そのすべてを見る事など出来はしない。
 たしかに、例えば機械的に、または霊的により広範囲の知覚、視覚を持つ者ならばその全身すらも捉えられる事が出来る者もいよう。
 しかしそれは、この帝竜ガルシェンに比べ、猟兵達がどれだけ矮小かという事を認識させるだけ。今この場にて、最も背の高い者であっても5メートル。小さきものに至ってはもはや30センチもない。

 眼前の超級巨獣に対してはもはや微生物にも等しい存在。
 ああ、しかも。しかもだ。その巨体が、『猟兵』という己の外敵からの敵意を感じ取り、己の望まのままにユーベルコードを発動する。
「■■■■――――!!!!!!!」

 もはや意味のある言葉に聞こえぬその『咆哮/こえ』が、獣の因子を解き放つ。
 そうすれば、今でなお巨大であった『体/せかい』が広がってゆく。
 それはまるで広がりゆく宇宙のようで、ついにその巨体を倍にして、薔薇を備えた疑似『宇宙/せかい』、《創世巨獣ガルシェン》は完成する。
 こうなったならもはや猟兵達に勝ち目はない。何せ、眼前の巨獣が身じろぐだけで、容易く猟兵達は吹き飛ぶのだから。
 もはや全身ユーベルコードによって変質したその体から巻き起こる衝撃は、猟兵達にもダメージを与える。
 その巨体が身じろぐだけで終わりが来るのだ。

 絶体絶命、ですらない。なぜならこれは、摂理の話だからだ。『大きいものは、小さきものより大きい』『重いものは、軽いものより重い』『水は、上から下へと流れる』。
 そして、

―――蟻は、象を殺せない。

 けれど、それでも、猟兵達には恐れなどない。
 
 なぜなら、彼らこそが、
 
 例外であるがゆえに。

 『象を殺す蟻』であるがゆえに。

 
「アウル」
 その巨体が身じろぎ、猟兵達を終わりへ誘うその数十秒前。
 短く、黒衣の女、死之宮・謡がこの戦場にて何度も戦いを共にしたバイオモンスターの少女、アウル・トールフォレストへと声をかけた。
「うん。わかったよ」
 コクリ。常ならば無垢な笑みを絶やさぬ高き森の主は、ただただ悲し気な笑みを浮かべて、その声に応える。

 深、と皆より一歩前に進んだ。

「殺してあげるね」
 それは宣誓。この戦場にて何度も誓った言葉。
 オブリビオンは、特に強力な存在は、何度も何度も蘇る。
 だからこそ放った宣誓(ことば)もこれで六度目。
 常であればそれ自体にさほど頓着しない彼女であろうとも。今回ばかりは哀切の念が勝る。

「分かるよ、辛いよね」
 それは、規模は違えど同じであるがゆえに。己にはどうにもならぬことで苦しむ叫びに共感の意を示しながら、此度もアウルは『摂理/はいぼく』を覆す。
 手段は単純だ。
 皆より一歩前に出る。その心に、楽しみなど存在しえない。《過剰成長・生物超過/バイオミック・オーバーロード》は意味をなさない。陽の力を増幅させ、身の丈を大きくする術など、今のアウルに、取りようがなかった。

 さらに言うならば、『そのユーベルコードを使った程度では対する『摂理/きょたい』に相対する事など、到底できはしない。』
 身じろぎをした衝撃波、その第一波が皆より先に、襲い掛かる。
『今のわたしじゃ物足りないから……』
 ならばまず一つ、限界を超える。深緑の瞳が、月が如き金瞳に転じ、少女の姿が『成長』し、より大きく、大きくなってゆき、その姿もまたあどけない少女から、女の姿になってゆく。

 いつか、どこかでたどり着くという『過程/せつり』を喰らいつくし、《深緑、畏れ多き大樹と成りて/メラム・エンリル》は顕れる。それはつまり少女の到達点。いと高き森の主。
 女神のような女が、両手を広げて、

 ズンッ!
 
 帝竜が、ついに寝返りを打った。地震。
「ああああああああああ!!!!!!!!!」
 そして迫りくる破滅的な衝撃波を、アウルは仲間に代わり受ける。
 骨が軋んだ。肌が裂けて、血が流れる。けれど己の持ちうる権能の全てを駆使して、纏う植物たちの生命力を還元し、アウラ自身の気合いで以て、耐えきった。
「はぁー!はぁーっ!はぁー!」
 肩で息をする。後ろで息を呑み、今にも飛び出しそうな仲間たちの気配がする。ここまでは想定通りとはいえ、少女が傷付く様を黙って見ていられる者ばかりではないのだ。

 だから、
(だいじょうぶだって、つたえないと)
 故に少女は、女の体で一歩踏み出した。全長にして、数百メートルはあるだろうか。いつか至る真の姿のまま、進む。
 どうやら猟兵達が健在な事は認識したのだろうか、次の寝返りが来る。今度は衝撃波ではない。
 十数秒後には数十キロメートルの巨体が直接叩き込まれる。そうしたならもはや猟兵達はその破滅的な『質量/せつり』に、対抗する術はなく全滅するだろう。
 そしてそれをアウラは防ぐ必要がある。

 だからこそ、
(わかってる。まだ足りないって)
 たかだか数百メートル程度の巨体では、数十キロの帝竜を留めるなど、できはしない。
 つまり少女は此度も、
(こわいな……)
 一瞬の躊躇。深淵を覗く者の恐怖。帝竜の抱いた恐怖を、今から己の味わうのだ。
 けれど、それでも。此度も少女は嘆きの声を振り払う事をできはしないから。
『――あ――ぁ――a――A――iyA――AAAAAAAAAA!!!』
 破滅の歌を謡う事、六度目であった。

 角は枝葉へと変じ、その端々に美しい花を咲かせ、白き衣は黒へと変じ、裏地の柄は星の海。涙を流し、女が満開の時を迎える。
 それはあり得ぬ筈の姿、『アウルの果て/せつり』を超えて、『森の主/せつり』を破り、今再び、『命/せつり』を喰らいつくす『神体』が顕現する―――!
 《開花の時は来たれり、我は天地囲う世界樹なり/アヌンナキ・ウブシュウキンナ》は此処に成った。アウルの周囲を纏っていた木々は枯れ、それすら糧に急速に神体が成長してゆく。
 だが足りない。まだ足りない。だから目の前の『それ』から奪う。帝竜の無尽の生命力は、アウルに容易く奪われた。無尽故に、幾ら与えようとも尽きぬがゆえに。

 そうして巨体が寝返りを打たんとする数十秒の間に、
「■■■■■■―――!!!!」
「AAAAAAAAAA―――!!!!」
 神体は、ついに帝竜を押しとどめた。理性なき神体が、破滅の歌を歌いながら眼前の巨体、帝竜を打ち破らんと歌を歌い、なおも大きくならんとしてる。
 今はまだ大きく成り切っていないがゆえに、支えるだけに留まっているが、いつかは帝竜の尽きぬ命を喰い散らかし、帝竜と同じくらいにまで巨大化するだろう。

 そうしたなら引き起こされるは巨体VS巨体の破滅的な闘争だ。そうなってしまっては、アウルが勝とうが帝竜が勝とうが甚大な被害は免れない。
 故にタイムリミットは数分。アウルが帝竜を抑え、暴れだすまでの間に勝たねばならぬ。
 
 時間は待ってくれない。帝竜もまた同様に。

 たしかに『巨体/せつり』には対処した。だからこそ、帝竜は次なる対策に打って出る。
 己を抑える神体は己から無尽の生命力を奪っているが故に殺し辛い。だからまずは、あまりにも小さい者たちを。
 《アンチイェーガー・ギガンティス》が、駆動する。
 帝竜のそこかしこから、恐竜や獣が新造され、生れ落ち、湧き出してくる。そのどれもが、『今戦うイェーガー達を殺す毒』を宿す者たち。 

 新造された巨体の群れが押し寄せる。が、群とはいえ、帝竜の規模から考えればその数はあまりにも少ない。それも当然である。
 帝竜は今眼前で己を押しとどめる神体との戦いが控えているのだ。ならば最小で、最大限の効率を。
 『殺す毒を浴びせれば死ぬ』という次なる『理不尽/せつり』で以て、帝竜は猟兵達を殺さんとする。 

「クックックッ……では手はず通りに」
「しかと。確かに」
「さぁて!本命に潜り込むために、まずは前座、片付けないとね!!」

 数は少ないとはいえ、群で襲い掛かってくるのならば、本来は猟兵達も全力で相対する必要がある筈なのだ。けれど獣の軍勢の前に、進みゆくのは僅か三人。黒川・闇慈、伊達・クラウディア、節原・美愛の三人だけだ。
 なぜなら、相手は猟兵に対して致死の毒を持つ軍勢。もし総がかりで戦って、全滅となれば眼も当てられぬ。

 故にこの3人が決死隊として征くのだ。今襲い掛かる『理不尽/せつり』を下し、他の者達が次なる脅威に対抗できるよう、そして竜を倒せるように。

 襲い掛かる獣の群れ、まず先頭を走るのは黒川・闇慈からだった。
「クックックッ。この軍勢、私自身が相対するのは骨ですからね」
 そもそも、闇慈の本職は研究者だ。魔術の秘奥を探求する者。猟兵になったのは知見を得るにはあまりに有用だからこそ。故に後悔も不満もないが、オブリビオンと戦うのは、己の修めた魔術の実験場としての趣が強い。

 なので、運動は苦手である。とはいえ、敵はこちらを殺そうと襲い掛かってくるのだ。フィジカルが必要な場面も出てくる。結構前だと投げ飛ばされたりして尻餅ついたり、最近だと皇帝を挑発して、敢えてその攻撃を紙一重で避けたりもした。
 だが、それでもなお、黒川・闇慈に己の体を鍛えるという発想はない。鍛えるべきは己の知見であり、深めるべきは己の深智であるがゆえに。
 そして、闇慈は至極当たり前の方法を採用する。すなわち、『己が魔術の腕にて、己の出来ぬことを、出来る者に任せるようにできればよい』。

 即ち、
「『踊りましょう、マリオネット。その痩躯を造りたる骨が砕けるまで』」
 多種多様な殺毒の巨体が、迫ってくる。それを前に男が呪文を紡ぎ出す。
「『踊りましょう、マリオネット。その身に魂が擦り切れるまで』……無駄です」
 男の眼前に広がるは召喚の魔法陣。確かに脅威と受け取ったのだろう。走りながら陣を描き出すその姿に、毒液が浴びせかけられ、
 そのすべてが放たれた白いカード、《ホワイトカーテン》から放たれた魔法陣よりすべて防がれる。だが、

(やはり……)
 それは、確かな『理不尽/せつり』なのだ。猟兵を必ず殺す毒。ならば放たれた防御の魔法陣すら突破して、
「グッ……!クックックッ《死曲・髑髏割り人形/オーバーチュア・スカルクラッカー》……!」
 致死の毒に浸ろうとも、まったく頓着せずに呪文の終わりが結ばれ、魔力の鎌を持つ死霊人形師が顕現する。
 
 おかしい。『摂理/どうり』が通らない。なぜ、黒川・闇慈は致死の毒を喰らってもなお、平然と立ってられるのか。答えは単純である。浴びた毒液は実際に酷い毒性を持っているのだろう。服のそこかしこからシューシューと白い煙を出しながら、それでも闇慈は嗤う。
「私は職業柄、毒物を扱うこともありますのでね……この手の対処はお手のものです。クックック」

 そういう事であった。体の各所に、ホワイトカーテンに仕込んだ防毒の術式に、本人が元から持つ毒の耐性は、確かに効果を発揮していた。
 人形師から鎌を受け取り、操られるままに限界以上の身体能力を発揮して一気に闇慈は接敵。巨獣達へとその鎌を存分に振るえば、敵はドンドン削れてゆく。
 そうしたなら当然巨獣達の体液も浴びる事となり、そこに含まれた毒性が、殺すまで至らずとも、僅かづつでも闇慈を蝕んでゆく。

 視界が霞み、もしこれが近接職ならばそのままいつかは膝をつき、敗北と死へと至っただろう。けれど今の闇慈は操られ、鎌を振るう者。『得意な事は得意なモノにやらせればいい』、その真骨頂が、今ここに在った。

「さぁ!征きましょう節原殿!」
「もちろんよ!!」
 闇慈が切り開いた道を、クラウディアと美愛が征く。

「ぜぁ!!」
 裂帛の一刀。やられる前に殺る。その気合いに満ちた一撃が、確かに巨獣を捕えた。
 断ち、割り、命を終わらせる毒を浴びる前に、すぐさま離脱。
(他愛もない)
 そう、闇慈が切り開いた道を標に、襲い来る巨獣達を斬り飛ばしながら、内心でクラウディアは独り言ちた。
 そも、常の戦いでも死ぬ。その手段に致死の毒が加わったくらいで何するものぞ。
 迫る爪を巨大な高周波ブレード、〈鎬藤四朗吉光〉で受け止め斬り返す。毒を浴びる前に離脱する。
(だがしかし、致死の巨獣、仲間たちに近づける訳にはいきません)
 そう、3人は決死隊。闇慈が突貫し、その後ろでクラウディアが暴れる事で、致死の巨獣達の注意をこの3人に集めていた。
 毒を浴びながらもそれをものともせずに死霊人形師の力でめちゃくちゃに暴れまわる闇慈はおいて起き、

「そちらは大丈夫か美愛殿!」
 生存確認にクラウディアは鋭い声を飛ばした。
「勿論!」
 そしてそれに対して愛美も少し離れた場所から元気な声を返しながら、今まさに己へと襲い掛からんとする巨獣へ覇気と殺気を織り交ぜてガンを飛ばす。
 巨獣と比べれば小さき背ながらも、飛ばすそれは確かに迫りくる巨獣達を威圧して、一瞬その動きを止める巨獣あれば、そのまま襲い掛かる巨獣もいた。
 いずれにせよほぼ壁で、襲い来る圧にムラが出来るという事で、
「もらった!」
 《猫の第六感/ネコノダイロッカン》を全開に。僅かに出来たその隙を野生の勘は見逃さず、振るわれるは妖刀〈妖刀"猫三味線"(偽)〉。
 雷光閃火の閃きが、並み居る巨獣を切り倒し、後ろに猫股、美愛ありといった風情。

 倒れゆく巨獣達を見ながら、鼻を鳴らして己の体に異臭が付いていないか鼻を鳴らして確認する。問題はない。
(よし) 
 綱渡りだった。なにせ美愛は他の2人とは違い、【一切の対毒耐性を持っていない】。
 つまりそれは、致死の毒をわずかでも浴びれば一貫の終わりという事である。
 けれどそれが何だと言うのか。
(殺し合いだし、やるだけやってダメならしょうがなし。だいたい、安全な戦いなんて味気ないもんね)
 くしくも、クラウディアと同じ感想を抱きながら、美愛は只管にその刃を振るった。

 3人が乱戦の中巨獣と戦い続けたのは、時間にしておよそ1分もなかった。それだけの間にそれぞれが数多くの巨獣を打ち倒せば、
「クックックッ。終わりが見えてきましたね」
 体のあちこちからシューシュー音を立てながら煙を吹きつつも、いつもと変わらぬ平常の闇慈が二人に声をかける。もはやほぼすべての巨獣は打ち倒され、すぐ目の前には帝竜の巨大な足が見えていた。 
「ええ、ならばこそ、攻勢に移る時!」
 僅かに毒を浴びつつも、対毒耐性と気合いで耐えているクラウディアがその言葉に応える。
 そう、決死隊はついに巨獣を破ったのだ。けれどどういう事だろう。闇慈の言葉に、美愛の返答がない。

「美愛殿?」
 その、違和感に気付いたのはクラウディアであった。
「美愛殿!?」
 思わず背後を振り返る。そうすれば、毒を浴びないように気を張り過ぎたのだろう。
 肩で息をしている美愛がそこに居た。そしてその背後には、未だ生き残っている巨獣が一匹。
「美愛殿!」

 己を呼ぶ鋭い声に、美愛の鋭敏な感覚は反応した。
「クラウディア?」
 しまった。美愛は己を恥じた。綱渡りの連続だったのだ。滝のように汗は流れて、集中力も極限まで高まっていた。それが、眼前に立つ二人と、その先に見える『巨獣が存在せず、あとは帝竜だけ』という景色を見て、一瞬途切れた。
 どうやら自分は肩で息をして、俯いていたらしい。
(いけないわね。まだまだ精進)
 今一度、脚に力を入れて駆けだそうとした瞬間、

「後ろだ!」
「え?」
 美愛は後ろから迫っていた巨獣の討ち漏らしの気配を、その段階で知覚した。数にして三体程。
 もはや逃げる事は出来ず、だからこそそこからの動きはほぼ無意識、反射の域だった。
 振り向いて、瞬時に3体の首を雷光閃火の太刀筋が切り飛ばす。けれど無理をしてはなったそれは、美愛の足をその場に縫い留め。
「あ……」
 吹き出す血が、致死の毒が、美愛を襲った。

「美愛殿ぉぉ!!」
「クッ!」
 その様に思わずクラウディアが叫び、闇慈がいつもの笑いではない、焦った声を出す。
 当然だ。二人は、美愛が対毒耐性を持ってない事を知っている。けれどもその機動性を鑑みて決死隊となった彼女が毒を真っ向から浴びればどうなるか。想像だに難くない。
 溶けて死ぬか苦しんで死ぬか、それとも安らかに死ぬか。いずれにせよ結末は決まっている。いずれにせよ、今もなお美愛のいた場所に降り注ぐ致死の毒を含んだ血のシャワーが晴れた所に、命ある美愛は存在しないのだ。

「クックックッ……!行きますよ、クラウディアさん」
 僅かの逡巡。先に持ち直したのは闇慈の方だった。これでも多くの戦いを経験している身。そして今なお己の存在を掛けて帝竜の体を留めているアウルを無下にするわけにもいかない。
 だから、
「承知っ!……したっ!」
 クラウディアも応える。そもそも彼女も戦うために作られた存在。己が声を掛けずに対処出来ていれば。後悔の念はあれども、それを振り払って一目散に二人はかける。

 そして、たどりつくは帝竜の足元。
「さぁ!踊りましょうパペットよ!」
 言葉と共に、闇慈が己を操る死霊人形師に指示を飛ばす。人形師が全力で闇慈の体を動かして、鎌を振るうも、
「クックックッ……固い……!」
 そう、帝竜の鱗は、その下に存在する皮膚は、あまりにも固かった。何度も何度も傷付け傷付け、しかしそれでも、その内側で生命の輪廻が回っている帝竜の表皮は、裡に存在する輪廻を崩すまいとするかのように、びくともしない。
「クラウディアさん!そちらは?」

「こちらも、未だ……!」
 それは、クラウディアにとって誤算だった。帝竜の体が斬れない。正確に言うと、『科学的な不思議パワーが、生命の輪廻すら斬れる結果を出力できない』といった方が良かった。
 その刃は、巨躯に届いた。悪行成す者にも届いた。けれど、今なお『生と死を繰り替える輪廻の巨獣』には届かず。
「だから何だというのだ!」
 心折れなければいつかは徹る。今もなお超過駆動する右目に装着した〈独眼竜〉は、いつか『巨獣を斬る』結果すら出力するだろう。
 けれどそれは今ではない。そしてそれは、今でなければ意味がない。
「それでも!」
 クラウディアの刃を握る力は緩まず。今でないのなら今に極限まで近づければいい。回路よ回れ、刃よもっと鋭くなれ。
 闇慈とクラウディアの攻撃は、それでもなお徹らなかった。それはつまり他の仲間のユーベルコードも意味をなさない可能性があるという事で、二人の顔に焦りが見える。

 そして、通用しない攻撃はしかし、帝竜に煩わしさは与えたらしい。僅かに、その足が動こうとする。
「「……ッ!」」
 お互いに緊張が走った。超質量のそれは、動くだけでもこちらに甚大な被害を与えるのだ。
 とはいえ、帝竜の巨体そのものではない。まだ避ける事の出来るそれを回避しようと二人が身構えた途端、
「大丈夫!そのままで!!」
 二度と聞こえぬ筈の、声が聞こえた。

 瞬間、雷光のように影が奔り、闇慈とクラウディアを走り抜ける。そしてそのまま軽快に帝竜の足を登りきり、
「世界はするりと片付き申す、ってね!!!」
 
―――鈴。

 帝竜の間接に、一つ大きな傷が刻まれる。混沌の血がしぶき、帝竜が声をあげた。
 そしてそれを成した人影は、そのまま闇慈とクラウディアの所へと飛び降りてきて、
「ごめん!心配かけた!」
 節原・美愛が元気そう二人に声をかけた。
「クックックッ……美愛さん、これはどういう事で?」
 たしかに美愛は毒耐性がない筈。それなのに致死毒を浴びて、五体満足で生きているどころか、猫股オーラを全身に巡らせたその姿は、先ほどよりも元気そうだった。
「それはいいじゃない。今は。大事なのは『アレが斬れる』って事」
 けれどそれに美愛は深く答えず、ただそういってはぐらかすばかり。

「ただ、そうね。一言いうなら、お説教されたのよ」
「ほう、それは興味深い。どなたに?」
 二コリ、風来坊は猫っぽい魅力的な笑みを浮かべて答えた。
「お姫様に。『わたくしのように美しい姫君の為に戦いたいと言っておいて、貴方自身が毒を被って死んでしまっては意味がないじゃありませんの!シャンとしなさい!!』ってね」
 よくよく見れば、猫股オーラに普段と違う色がついている事が分かったである。少なくとも一つ確かな事は、盟約は確かに存在する、という事だった。

「いずれにせよ、感謝する美愛殿!これで!我も!」
 その一太刀は、全体としては僅かな疵であっても、クラウディアにとっては大きな一歩だった。そう、『人の斬撃が、輪廻に届いた』のだ。
 ならば、独眼竜が、『何時か人がたどり着く結果』を出力できない理由がなく。

≪―独眼竜、戦闘システム限定解除≫
 それは、クラウディアにしか響かぬ声。今まさに超過駆動していたデバイスが、正しき形に運用され、ただしき結果を出力せんと、うなりを上げる。

≪ガジェット接続完了…≫
 今、独眼竜が導き出した答えを元に、〈鎬藤四朗吉光〉にエネルギーが充填される。それは科学の力。いつか、人が至る可能性を内包した、プロメテウスの火。

≪機能拡張・空間踏破、承認…≫
 ならばその『空間』とは、人類がいずれそこに至るであろう『過程』であり、それを今一度、跳躍する。ここでクラウディアが構えを取った。眼前、傷付けられた帝竜の足を見据える。

≪承認…今のあなたの手は全てに届きます―≫
「さぁ今こそ!我が刃は貴殿の命にも届くでしょう!」
 そうして、裂帛の気合いと共に放たれるは、《機能拡張・空間踏破》。一閃、刃が振るわれれば、

―――斬。

 今度は、そぎ落とされるような音がして、更に帝竜の足に深く傷が刻まれた。

「クックックッ。いいでしょう。そもそも私の本職は、こちらですから……!」
 そこに追い打ちをかけるのは、闇慈の《炎獄砲軍/インフェルノ・アーティラリ》だ。
 降り注ぐ炎弾が、傷口へ着弾してゆく。そうすれば爆裂したそれがさらに傷口を拡張していって、
「■■■■■■■―――!!!!!」
 ついに帝竜が確かな苦悶の声をあげた。

「クックックッ。効果確認、さぁ、逃げますよ二人とも……!」
 そう、事ここに至って、アウルを除いた猟兵達の排除に、帝竜は本気を出した。
 そして繰り出されるは、確実な敗北。
 無数の、薄羽根を生やした外敵を飲み込み自爆する巨大スライムが帝竜の体のあちこちから湧いて出ている。
 その数は圧倒的でアウルを除けば10人しかいない猟兵達に比すればあまりに過剰な数。
 
 即ち、帝竜が猟兵達に対して繰り出す次なる『勝因/せつり』は至極単純。
 『数が多ければ勝てる』であった。


「撤退―――!!!」
 新造された致死の巨獣たちを打ち倒し、有効打を与えた3人は、もはや疲労困憊。 そのうえで100は大きく超える数の自爆スライムを相手取るなど、無謀もいい所。 故に闇慈の号令を合図に、3人は離脱した。

 そして戦いは次の局面に。襲い来るスライムの群れを前にして、
「フェルト、あとどれくらい?」
 神元・眞白が、傍らに浮かぶフェアリーの姫に問いかけた。
「あとっ……!少し……!」
 白き衣に金色の羽。フェルト・フィルファーデンは、常ならぬ様子で額に滂沱の汗を浮かべながら、今なお訪れぬ結果を演算し続ける。
「そう……」
 コクリ。薄く頷き、眞白は前を向く。
 見れば迫りくるは自爆スライムの大瀑布。直撃されては、辺り一面が焦土となろう。
(上に乗ってぐるりと一周してみたいものですが)
 全長数十キロメートルの巨体を、滅びの詩を歌いながら、全高数キロメートルの巨体が押しとどめている。
 猟兵としてもそうは見た事がない戦いの情景である。
 薄い反応の中、大きな好奇心を胸に秘めてその景色を見つめながらしかし、眞白はその探求心を諦めた。
「符雨」
 言葉は一つ。込められた指示は数多く。

 金糸短髪の機械侍女が、迫りくる軟体の群れへと向かってゆく。
「まったく、人形遣いが荒いね、お嬢……!」
「頑張って」
 あまりにいつも通りの言葉に、ついつい苦笑した。
 迫りくる軍勢の戦闘へ、符が打ち込まれてゆく。符そのものに攻撃能力はなく、その効果は停滞。
 ただ一瞬、動きを止めるだけでもしかし、スライムの軍勢には俄然効果を発揮する。単純に言えば、勢い付いた群の先頭が立ち止まったおかげで大渋滞が発生した。
「さて、それじゃ、お帰りはあちらだよ!」
 言葉と共に、大渋滞のなか押し込まれて、こちらに吹き飛ばされていく個体へと、銃弾が撃ち込まれる。
 正確無比な射撃はスライムを打ち抜き、漏れ出てくるそれを撃ち減らしていった。
 符雨の攻撃で減ったスライムの数は、全体を見れば極僅か。そも、その役割として、彼女の役目は時間稼ぎであったのだ。

「利益は一致しているだろう?故に、抵抗はしないで貰いたいのだが……無理そうだな……」
 そしてその時間稼ぎの中を駆け抜けるのは、《裏世界の七血人/ブラッドセブン・オブ・ナイトメア》を展開した謡だ。
 手ずから、焔砲撃でスライムの塊をたとえ自爆しても巻き込まれないように距離を離して迎撃し、闇の国の七人の殺戮者もまた、貪欲にスライムたちへと突貫してゆく。七人は、手に持った槍や剣で突貫し、スライムたちを切り裂いて。
 そして、その陰に寄り添うように、符雨とは違う人形もまた。剣で、双剣で、鞭で、拳でスライム達を攻撃していた。
 フェルトの騎士人形だ。

「いいのか?」
 声を届ける魔術で、謡はフェルトに問いかける。彼女は今、巨獣に致命的な一撃を叩き込む為に全力で準備をしているはずだ。
『ええ、もうそろそろ終わるッから!』
 そう言いながらフェルトは己の走らせる演算とは別に、騎士人形より弓を放ってスライムを撃退した。
(そう……あと少しなの……!)
 フェルトの走らせていたシステムは、やっと起動の準備を終えようとしていた。

 《Gravity-compression/デンシノナミヨウチケシケズリオシツブセ》。フェルトが現在準備を終えようとしているUCの名だった。
 効果は単純。『自身と敵の質量差分だけ攻撃力が上昇する重力波を放つ』というもの。僅か30センチにもみたないフェルトの質量と、数十キロメートルの巨体であるガルフェン。
 これならば極大の威力が叩き出せると選んだそれはしかし、ある意味において失敗だった。
(まさか、質量が『捉えきれない』なんて……!)
 そう、ガルフェンは、ただ単に、『全長数十キロメートルの超巨大竜』という訳ではない。その体内においては無数の生命が死と再生の輪廻を繰り返す一つの宇宙も道義の存在だ。
 つまり、
(質量が、定義できない……!)
 『輪廻の重さ』など、誰が知る事が出来ようか?これはそういう、概念の話であった。
 つまるところ、先ほどのクラウディアと同じ状況である。フェルトもまた、電脳魔術師の演算能力を駆使すればいつかは『輪廻の質量』という深智を観測し、過たずガルフェンの存在毎消し飛ばすことが出来るだろう。けれどそれは今ではない。

 窮状。そしてだからこそ、状況の打開もクラウディアと同様に。

(助かったわ。さっき、美愛様が斬ったおかげで、傷がついた。その傷を、クラウディア様が開いて、そしてさらには、黒川様が、開ききって、血が噴き出た)
 『生と死の輪廻を内包するもの』が、血を吹き出す。『閉じる事によって完全を形成したもの』が完全でなくなる。
 つまり、
「『地に足が付いた』……!質量を、定義出来るわ!!」
 しかしそうであっても超質量。けれど、それが現実であるのならば、電脳魔術師は、容易くクラック出来るのだ。


「離れて!」
 弓が引き絞られるかのように、重力波が収束し、超重力の波を形成する。電子で構成された仮想砲身の奥底で、それはもはや超極小のブラックホールとなって装填された。
「!?■■■■■―――――――!!!!!!!!!」
「AAAAAAAAAAAAA―――――――!!!!!!!!!」
 その砲身の奥に潜むモノが、己を害し得るものだと認識したのだろう。巨獣は歓喜の咆哮を上げ、しかし体はその脅威を排除しようと身震いし、今なお成長する神体に抑えつけられた。
 ならば、と体のあらゆるところから再びスライムが噴き出して、蟲の羽をわななかせながら迫りくる。
 第二波だ。

 
 騎士人形が舞い、殺戮者が踊り、侍女が撃ち抜き、宵闇が焼き払う。それでもなお、まだ足りない。勢いは殺しきれない。それどころか、外周部のスライムが自爆してその衝撃で自身より内に居るスライムへの攻撃すら届かせないようにしていた。
 今までのように、辺り一面を更地にする動きではなく、明確にフェアリーの姫だけを爆殺しようと特攻する動き。
 そして目的は果たされる。多くは撃破されながらも、謡達を突破し、姫の眼前に至ろうとしていた。
 だからこそ、叫ぶ。
「眞白様!」
 返答はない。行動で示された。

「答えは、分かっているわ」
 言葉と共に繰り出されるは、先ほど符雨が放ったそれと同じ記号が掛かれたもの。 迫りくるスライムの多くに張り付いて、
「もう、ばれてもしょうがないわね」
 本当ならそうとバレないように打ち消すつもりだったが、これだけの物量であれば、『気付かれないように打ち消す』よりも、
「消えて」
 大々的に消してしまった方が早い。符は、先ほどスライムに打ち込まれたそれとは違い、先ほど打ち込まれた符によって解析されたスライム自体の機能を再現。
 即ち、

―――爆音。

 『自爆』。符を打ち込まれたスライム達の自爆機能が強制励起され、粉々に砕け散ってゆく。
 そうしたなら確かにスライム達が眞白とフェルトをその爆発の効果範囲に巻き込める場所までたどり着くより早く、
「眞白様、ワタシの後ろに!!」
 言葉が奔る。過たず、眞白はその通りにした。
「照準―――!」
 捉えるのは、対象でなく質量。
「超重力波装填完了―――!」
 フェルト自身のユーベルコードで織り上げられたそれは、仮想砲身内に完全に充填されている。
「皆!後はよろしくね!!」
 全長30センチにも満たない体と全長数十キロの巨体。最軽量と超質量。その差は、天文学的な威力の超重力波を顕現させていた。
 これだけの威力のものは放ったことがない。つまり、この一撃を放ったら、きっとフェルトは行動不能になる。
 
 けれど、それでもいい。なにせ世界が掛かっているのだから。だから今、この一撃を、『巨体/せかい』を終わらせる鏑矢として打ち上げよう。
 背後で、頷く者達の気配がする。それに頼もしさを感じながら、
「まだまだ世界を守るために倒す敵はいるの」
 そう、だからこんな場所で立ち止まってはいられないのだ。例え己の国が滅んだ亡国の姫であろうと、民を守らんとする姫の矜持。
「こんなところで、立ち止まるわけにはいかないのよ……!」

 そうして、『それ』は放たれた。破滅的な音を立てて、一直線に超重力が放たれ、空間が削り取られてゆき、
「――――――■ッ!」
 帝竜ガルシェンのどてっ腹を、直径数キロに渡って、削り飛ばした。
 一瞬の静寂。その後、削り取られた空間に、大気が流入して暴風が吹き有れた。
「■■■■――――!」
「きゃああああああ!!!!!!」
 己が傷を負った。僅かずつでも再生しながらその事実に歓喜の咆哮を上げる帝竜を他所に、飛ぶ力すら使いつくしたフェルトは、その暴風に体を晒され吹き飛ばされんとする。
「大丈夫?」
 そしてそれを優しく抱き留めたのは、眞白だった。

 上から、静かな瞳がのぞき込む。抱き留めた少女は、額に汗していた。
「……」
 何とはなしにハンカチで拭う。
「あ、ありがとうございます眞白様。助かりました」
 そう言って少女も笑い返した。
「ええ、そうね」
 そうして眞白の青い瞳が前を見据えれば、帝竜の流れ出た血からまた新たな生命が生み出され、地に空に、どちらからも軍勢となって襲い掛からんとしている。
「街一つ入りそうとは思ったけれど、まさか怪獣の街だったとは」
 どこかズレた感慨と共に、眞白が一つ納得の頷きをした。なんとはなく、怪獣映画とか見たい気分だ。帰ったら見よう。少女は、どこまでマイペースであった。

「と、とにかく眞白様。そろそろ離脱しませんか?」
 己の額に汗した少女は、己を抱き留める少女を見上げて言った。その静かな雰囲気と変わらぬ表情でそうと見えないが、確かに眞白も消耗しているのは、何となく感じ取っていたからだ。
 コクリ。頷きが、一つ。
 明確に有効打を与えたのだ。残るは巨獣攻略のみ。迫りくる獣の群れを突破し、自分達が開いた端緒を足掛かりに、残された者達が巨獣を攻略する。
 だから、消耗した自分達が彼らの足かせとならぬよう。

「撤退しましょう」
 言葉短かに、眞白は姫様を抱え、下がっていった。

「さぁ、高鷲様にゴッズフォート殿、準備はよろしいか?」
 迫る獣の瀑布を前にして、機械の飛竜、〈ロシナンテⅢ〉の疑似的な嘶きが響き渡る。
 その背に跨る騎乗主である、トリテレイア・ゼロナインは、その背に固定されるような形で跨った後ろの二人人に声をかけた。

 波のように地上から迫りくる巨獣に、雨のように上空から迫りくる巨獣達。両から迫る軍勢を抜けるのならば、まだしも三次元的機動が出来る空より侵入するのが得策という事である。
 機械の騎士の問いかけに、後ろの二人がそれぞれ応える。


「まぁ、正直な所規格外な大きさだけれども……」
 高鷲・ありかにとって、大規模戦いはこれで2回目だ。そして1回目と照らし合わせるとするならば、
「悪趣味でない分だけ全然ましね」
 だから大丈夫という風に、己を奮い立たせた。
 そして、シズル・ゴッズフォート。
 己の内に獣性を宿すを御する事に不安があるゆえに、未だ未熟と自認する騎士は、トリテレイアという機械であるがゆえにまがい物という懊悩を抱く騎士へと、ただ頷いて見せた。
 共に、騎士としてどこか至らぬ部分のある身。だからこそうだろうか、それだけでトリテレイアにはその覚悟と意志が伝わり……

「各々の意気軒昂やよし!!全速力で征きますから、ふるい落とされぬようご注意を……!」 
 言葉共に、飛竜が羽ばたき、宙に舞う。そしてその背部に取り付けられたジェットブースターが甲高い音を立てて……
「さぁ、ロシナンテⅢ、今一度、巨竜を刺し貫いたが如く、疾風となりましょう!」
 【ハッキング】。本来であれば機械としての定常スペックを発揮するために存在する楔を取り外してゆく。
(耐えてください、ロシナンテⅢ)
 それは事実として己が飛竜にダメージを強いる行為であり、しかしそれでも、
(救えずとも、一息に楽に出来ずとも、果たすべきことがあるのです……!)
 爆音。
 音の壁を置き去りにして、ロシナンテⅢは『発射』された。

(……!)
 軋む。音を置き去りにした中で、トリテレイアの感覚器官は、『危険』という自己診断を下した。軋んでいるのだ。体が、物理的に。さもありなん。いかに回復したとて、ウームー・ダブルートゥとの戦いは、激戦だったのだ。
 あの戦いにおいての、【機械人形は守護騎士たらんと希う/オース・オブ・マシンナイツ】の使用は必然とはいえ、確かにトリテレイアの内側に、不調を残していた。
 それを感じ、まがい物の騎士が思う事はただ一つ。

(皆は、大丈夫だろうか)
 騎手として、最も衝撃波を受ける最前に座すとはいえ、その衝撃は僅かなりとも後方に影響している筈なのだ。機械たるこの身が軋む超音速の中、仲間は無事かと、背後を感覚器にて精査する。
 そして、その心配は杞憂だと安心する。ドラゴニアンの少女は、風が気持ちいと言わんばかりだし、騎士も厳しい顔で来る戦いに備えている。
 コアが、安堵を出力した。
 
 超音速の飛行は、それ自体に空気の壁を作り出して、並み居る巨獣を弾き飛ばす。 僅か数秒の空中飛行の後、トリテレイア達は巨竜の上にたどり着いた。
 そのままブースターを逆噴射して僅かな時間滞空させ、
「高鷲様!」
「任された!」
 当然、着陸地点にもガルシェンから流れ出た血より生み出された巨獣が居る。まずは帝竜の上に乗り込むために、それを一掃する必要があった。
 だから、まずは、竜の少女が飛び降りる。
 当然巨獣達も、その侵攻は認識していた。とある獣が容赦なく、爪をそろえて迎撃に腕を振るう。

「しゃらくせぇ!!」
 そしてそんなもの、喰らう筈がないのだ。振るわれた腕に合わせるように仕込み和傘の〈散華〉を動かし、その腕にかち合わせる。
 そのまま力をいなしてむしろ振るわれた力の分だけスピードを増し、
「立ったぞべらんめぇが!」
 高鷲・ありか、帝竜の背に上陸。そのまま、未だに腕を振り切って大きく隙を見せている巨獣へ
「『八尺玉の如く、派手に飛びなってぇんだ』!!!」
 裂帛の気合い。怪力を拳一点に集中して殴り抜ける、《燃やせ紅牡丹/バーンアウト・フィスト》が炸裂した。

 体制を大きく崩している相手に打ち込んだのだ。効果は絶大。巨獣は、どてっ腹に穴を開けて倒れ込んだ。そうしたなら後は作業だ。
「せっかく!!」
 竜が吹き飛ぶ。虎が舞う。何やら爬虫類のような何かも消し飛ばして、高鷲・あかりここに在りと、なによりその拳が叫ぶ。 
「目覚めたところ悪いのだっ!けれ……どぉ!!!あたし達もっ!未来!を!まもらないとけないからね!!」
 そうしたなら、空に居る異物よりも、実際に降り立ったありかの方が脅威とみられた。

 だからであろう。四方八方から巨獣が押し寄せてくる。
「アリカ殿!」
 そしてそれを守るのが騎士の役目。次に降り立ったのはシズル・ゴッズフォートだ。
 降り立って、念動展開した複製の盾が、無敵城砦を構築する。
 巨獣の津波は、押し寄せた勢いのまま、吹き飛ばされる。
 そうしたなら、最後に降り立つのはトリテレイアだ。

「ロシナンテを遠隔操縦にて攪乱させています。今しばらくは、空からの襲来を警戒しなくていいでしょう」
 そうして背に降り立った3人は、頷いた。
「行きますよ!」
「ええ、勿論!」
 シズルの勇ましい声が同意する。

 トリテレイアを背に、あかりと共に走り抜けながら、シズルは同情ともつかぬ感情を抱いていた。
(ああ、どうしてだろうか)
 今だけは、今だけはと、屠竜を成し遂げるために、己の中に秘められた性、『蛇』と『猫』のキマイラ因子を全開にして、杭を打ち込み、機甲鋏槍で抉り、竜の身を傷つけながら進みゆく中で、騎士たるを望む女はどこか遠い思考でふと思う。

(祖先たる龍から継いだ因子故か、あるいは……)
 穿った穴に背後のトリテレイアが発振器を打ち込んでゆく。そう、今シズルとありかは今、そのために穴を穿っていた。
 周囲には盾が浮遊し、巨獣達を寄せ付けない。
 だから、隣のありかなどは楽しそうに、
「終わらせてあげらぁ!!」
 気合い一声、赤拳爆裂。『発振器を打ち込むための穴』というにはあまりに大きいそれが、穿たれた。
 
 そのあまりにも奔放な姿を見て、思わず苦笑する。トリテレイアにシズルに、ガルシェン、そしてありか。
 今この場で最も自由な心を持つのが、きっと彼女なのであろう。
 だからこそ、はっきりとわかる。
(あるいは、甞ての私のように相反する感情に挟まれ苦しんでいるようであるが故か……)
 この感情は、きっと帝竜に対する共感でもあるのだ。
 共感した相手を打ち倒すのは、正直な所心苦しい。
 けれど、でも。
「屠竜、成し遂げて見せます!!!」
 貴方が民草に害をなすのであれば、それを撃ち倒すが騎士であるがゆえに。
 そうして二人と一機は掛けてゆく。


「おーおー!!!やってるじゃねぇか!!!!」
 帝竜の背にて起こる爆発を、地上にて巨竜の群れを蹴散らしながら見上げる巨体もまた存在した。月汰・呂拇だ。
 手に持つ斧は、バーバリアンの巨体は凡百の巨獣どもを撃ち滅ぼし、目指すは先ほど帝竜に開いた『穴』。中から打ち崩そうという戦法である。
 もはや帝竜も目と鼻の先といった所、バスターアックスで眼前の巨獣を斬り飛ばしながら、呂拇は己と並走する小さきヒトに声をかける。
「っていうかお前はなんで居るんだよ?」

「君が内側から崩したいっていってたからだけれど?」
 そう、隣には黒衣の女。死之宮・謡が並走していた。彼女だけは、先ほどのスライム戦で、あえて余力を残していたがゆえに、撤退しなかったのだ。
「あんだと!?てめぇ、俺様が誰かに守られなきゃなんねぇ程弱いっていうのかよ!?」
 その言葉は、ある意味呂拇にとっては地雷だった。ジジィが決死の覚悟で守ったこの命。
 もはや、誰にも守られぬ。己こそが、守り、打ち倒すものであると決意し装甲を纏ったこの体が、誰かに守られるべきものだと?
 そんなことは認めねぇ。思考が赤熱する。作戦と割り切って、今まで耐えて来たのだ。ここからは暴れる時間。己の力を見せる場面だ。それでもなお、というのなら。


「俺は弱くねぇ!」
 事実、強かった。迫りくる巨獣を踏みつぶし、斬り飛ばし、そしてついに帝竜の傷へ、開いた穴へと手を掛ける。
 不思議と、傷の周囲は異空間の扉のように靄が掛かっていた。本来なら生物として見えるべきである内臓もなにも認める事が出来ない。
 それがどうしたのだろう。
「行くぜオラァ!!!」
 気合いを入れて、傷を覆う靄の中へと呂拇は飛び込み。
「さて、耐えれるだろうか」
 その青さに苦笑して、謡もまた、そこに飛び込んでいった。


(……んだよ。此処は……ッ!)
 帝竜の内側に到達した呂拇は、混乱の極致にあった。そもそも最初は、敢えて喰われるつもりだったのだ。そして内部から破壊の限りを尽くす。その予定だった。
 それが、仲間たちが付けた傷から内側に入り込む方が楽だったからそうした。
 そうした上で、竜の臓腑を傷つけ、致命の傷を与える筈だったのに……
(体……俺の、から、だは……)
 
 そも、帝竜ガルシェンの体内では、ありとあらゆる生命の進化と絶滅が絶えず繰り返されているのだ。 
 それはつまり、生命の輪廻が循環する場所で、とある文化圏では混沌、とある教えでは太極。そしてヒトの認識では、宇宙とすら呼べる場所であった。
 生命の全てが生と死を繰り返すそこは尋常な場所ではなく、中に入り込めば最期、無限の輪廻に攪拌される命の一つとして、生命のスープに溶け込むしかないのだ。
 事実、呂拇も、そうなった。

―――既に、体はない。

 夏の砂浜の、波に揺られていくような穏やかな感触に、■汰・呂拇は魂の瞳を閉じた。
 
―――魂が、癒されてゆく

 あんなに荒々しかった気性も、今ではこんなに穏やかだ。そう生命とはそうあるべきなのだ。■■・呂拇は、悟った。何を今まで生き急いでいたのだろう。

―――力が抜けてゆく
 ■■・■拇は、父を、母をよくよく知らぬ。■ジィに育てられた身だ。
 けれどもしかするとこれが愛の暖かさなのかもしれなかった。魂は、認めた。輪廻に加わろう。絶えず、生まれ、滅び、輪廻を循環する。それこそがこの『ガルシェン/世界』では正しい事なのだ。『摂理/ルール』に従おう。■■・■■は、名を捨て去った。

―――名を捨て去ったのなら、記憶が溶けてゆく。
 まずは直近の戦いの記憶。蟹と戦った。竜と戦った竜娘と戦ったエルフと戦い竜帝と戦った。その総て溶け去った。そしてドンドン、どんどん溶けて溶けて、溶けてゆき……

―――■■ィの記憶も、また溶けて―――

 次の瞬間、月汰・呂拇の魂は激昂した。
「ふざっ……!ふざけんじゃねぇぞおらあああああああああ!!!!!!!!!!」
 
 溶けだした筈の体が、瞬時に再構成される。
 装甲服がフルプレートからブレストプレートに。真っ赤の炎の角が側頭から生えて、ただでさえ大きかった巨体は倍に、それどころかさらに大きくなってゆく。
「オォープゥン!!!!!!メェェェェェェガリスッッッッッ!!!!!!!!」
 瞬間、赫怒の炎に彩られた、赤き巨人が生立ち上がる。
 辺りを見回せばそこは、先ほど呂拇が存在した筈の生命の海などではなく、帝竜の臓腑の中だった。
 先ほど呂拇が存在した場所はまやかしだったのか?いや違う。先ほどもまた帝竜の体内。されど認識の問題だ。常ならば生命の海にとらわれて、ガルシェンの中をめぐる命となっていただろう。
 そこから立ち上がったからこそ、帝竜は呂拇に臓腑を晒す事となった。
 けれど呂拇にはそのような、『理屈/せつり』など関係ない。
 改造合体したアックスとロッドをブン回し、その赫怒を眼下の臓腑にぶつけてやる。
 
 即ち、
「俺から!!!もう二度と!!!ジジィを!!!奪うんじゃねぇええええええええええええええ!!!!おらぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」
 赫怒の一撃。爆炎を伴ったそれが、帝竜の臓腑を斬り飛ばした。
 大きく体が揺れる。
 内部からのダメージは、さらなる苦痛を帝竜に齎す。
「まだまだ足りねぇぞ!!!」
 呂拇は、帝竜の体内をめちゃくちゃに傷つけてゆく。その一撃一撃が、無尽の生命力を持った、帝竜を弱らせていった。






「―――いやはや、詐欺師殿の真似事をしなくていいのは助かったけれども」
 そしてその様を、生命のスープの中に佇む黒衣が、見つめていた。謡である。生命のスープの中であってなお、その黒衣は変わらず。己の周囲を満たす混沌に取り込まれぬ姿はただただ異質。
 無限に回る生と死の循環。生命のスープとはすなわち、帝竜の命そのもの。だからこそ、
「在るべき命などでは、まるでない」
 己を取り込まんとするそれを跳ね除けながら、謡はただ、吐き捨てた。
「そも、死にたいのなら抵抗しなければいいものを」
 それが出来ぬからままならないのだ。
 ならば、
「死ね」
 短く女は言い放った。ここは、生命のスープの中。帝竜の根源。故にこそ、出来る事もある。
「■■■■■」
 それは、どこの言葉であろうか。きっと、彼女しか知らぬ『祝詞/ことば』。
 どこかの世界で、無尽無窮の宇宙を生み出すに足る頂きの座より漏れ出るであろう言祝ぎの、一歩手前を紡ぎ出し、女が催したるは、即ち。
「喰らえ」
 『根源的な帝竜の生命力の簒奪』であった。




「■■■■――――――!!!!!!」



 帝竜が叫ぶ。外からはアウルによって、ウチからは謡によって生命力を奪われ、呂拇に内臓を痛めつけられ、背にてはシズルにありかとトリテレイアの三者によって痛めつけられた帝竜は、ついに致命へ至る歓喜の叫びをあげた。

 ドラゴニアンであるからであろう。その叫びから死相を感じ取った、ありかが二人へ声をかける。
「あとちょっとだぜ!!!」

 その言葉に反応したのは、トリテレイアだった。
「ならば……!」

「ああ、いけるんじゃないか?」
 言葉を継いだのは、何時の間にやらトリテレイアに並走する謡だ。
「謡殿!?何故!?」
 とっくに撤退していたと思った人物の登場に、3人ともに驚きを露わにしたが、
「そんな事より、やるんだろ?逃げないと」
 その言葉に、再び前を見据えた。

 今4人が目指しているのは、帝竜ガルシェンの背の端、絶壁だ。あと100メートル。
 ああ、けれどそこに至ってどうするというのだろう。そのまま、落ちてゆくばかりではないか。けれどそれぞれの歩みに迷いはなく。

―――残り70メートル
 追いすがる巨獣の一団が背後から迫る。謡が煩わしそうに砲撃で追い払った。

―――残り40メートル
 それでも、巨獣の一団は諦めない。今度は鶴の翼のように挟み込むように左右から。けれどシズルの操る浮遊盾の一群が、させぬとばかりに征く手を阻む。

―――残り10メートル
 ついになりふり構わなくなった。眼前、突然その場で産まれた巨獣が立ちふさがる。ありかの赤熱した拳がそれを打ち砕いた。

―――そして、0メートル

 打ち砕いた巨獣の先には、空の巨獣達を攪乱していたがゆえにボロボロになりながら、『己は未だ健在である』という事を誇示するかのように滞空する機械の飛竜、《ロシナンテⅢ》が滞空していた。

 
 皆が皆、わき目も降らずに断崖絶壁を飛び上がって、衝撃。
 一機と3人がその背に乗る圧に、ロシナンテは耐えきった。
「緊急離脱!」
 騎手の言葉と共に、ブースターが点火。一気にガルシェンの元から離れてゆく。
 徐々に離れていくそれを感覚器で認識しながら、
(お許しください……)
 トリテレイアは、己が裡で哀れなる帝竜に許しを請うた。

(御伽の騎士の様に救う事も出来ず、一息に楽にすることも出来ない……)

(この身の不出来を)
「《対ユーベルコード制御妨害力場発振器射出ユニット/アンチ・ユーベルコードフィールドジェネレーター》、起動」
 そうして、カタストロフは訪れた。


「■■■■■!?!??!?!?!?!?!?」
 効果は、覿面だった。
 数多の生命の誕生と滅び、それを司る獣の因子の制御が狂わされ、癌細胞となり帝竜の命を奪い去ってゆく。
 もしも生命力が常ならば、ジェネレーターに干渉して、制御を取り戻すことも出来ただろうが、強かに痛めつけられた今は、そのような事出来る筈もない。
 即ち、自壊が始まった。
 
 現在進行形で今なおアウルに命を吸われ、ボロボロと肉が剥がれてゆく。剥がれた肉は地上に到達する前に、骸の海へと帰っていった。轟音が響き渡る。それはつまり、
 帝竜の敗北と、猟兵達の勝利を意味していた。

(あ……勝った……)
 そしてそれを理解したのは、アウルも同様であった。轟音が鳴り響く中、理性とすら言えぬ本能が、これ以上被害を広げぬよう、ユーベルコードを解除させる。
 数キロに渡る巨体が光の粒子となって消え去り、
(そ、ら……)
 そこに、アウルは放り出されていた。
 落ちてゆく。落ちてゆく。このままでは地面に激突だろう。猟兵ゆえにそれで死ぬことはないが、
(きっと、いたい。すごく)
 ゆるゆると、その衝撃に備えて、瞳をつぶった。
 けれど、
「あ、れ……?」
 いつまで経っても衝撃は来ず、気付けば。
「生きてるかよ!?アウル!!!」
 赤き戦鬼。同じ猟兵、呂拇に抱き留められていた。臓腑を攻撃し、帝竜が自壊を始めた辺りで、離脱したのだ。
 剥がれ落ち、溶けて消えゆく肉の中、金髪を見つけたがゆえに、全速力で駆け付けて、抱き留めたのだ。

(だっこ……されてる)
 今なおユーベルコードを解除しない呂拇の全長は15メートル。対して自分は、いつもの姿。2.5メートルだ。バイオモンスターは、まるで人形のように自分が抱き留められているという事実を、すぐには認識できなかった。

「あ■がと■ご■いす―――」
 言葉のような、感謝のような、帝竜の嘶きが聞こえた。それを最後に、その存在が全て骸の海へと還る。
 静かな時間だった。
 アウルは何を言えばいいのか分からなかったが、しかし。説明しがたい歓喜があった。
 だから、
「大きい、ね」
「あ!?たりめぇあろうが!俺はバーバリアンだぞ!」
 そうやって返してくる呂拇が面白くて、高き森の主は、へにゃっと笑った。
 帝竜『ガルフェン』、討伐。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年05月10日


挿絵イラスト