帝竜戦役⑤~月影の後継
●残留思念
深く穿たれたその竪穴を見れば、誰が見てもそこで激しい戦いがあったと言うのは想像に難くないだろう。
だが、それがかつて帝竜と勇者たちとの戦いの跡だと知る者は少ない。
そんな竪穴の奥の一角で。
『な、何なのです、あれは! あれも――竜なのですか』
嘗て此処で死んだ勇者の1人――の残留思念が空を見上げていた。
その空は幾つも浮かぶ禍々しい黒輪に覆われている。
帝竜は誰かが倒せたの?
何で空が黒いのに、月も星も見えないの?
彼が大好きだったと言う景色は――失われてしまったの?
世界はどうなっているの?
頭の中を、幾つもの疑問が渦巻く。
その一方で、まだ年若そうな勇者の残留思念は自分が戦いに敗れ死んでいる、そういう存在なのだと気づいていた。
『お師匠……母様……私、駄目だったんでしょうか』
何故なら――背中の槍は何も答えてくれなかったから。
●勇者の墓標へ
「帝竜戦役、お疲れ様。今の所は順調と言って良いみたいだね」
集まった猟兵達に、ルシル・フューラー(ノーザンエルフ・f03676)はそんな一言から話を切り出した。
ただ労うだけで猟兵を集める筈がない。
本題はこれからだ。
「群流大陸に、勇者の墓標と呼ばれる区域がある」
そこは嘗て数千人の『勇者』達が、ヴァルギリオスと相討ちになり全滅した場所。
戦いの激しさを物語る竪穴が、今も残っている。
とは言え、今回の戦いでは、そこも通過点の一つに過ぎないのだが――。
「まあ向こうだってそう簡単に通してはくれない。敵がいる」
『黒輪竜』メランシオン。
莫大な魔力で作る高エネルギー体『黒輪』を操る破壊の権化たる竜。
「その攻撃力も厄介だけど、もっと厄介なのは攻撃は全て遠距離攻撃だと言う事。向こうは、空の上から降りてこない」
無論、猟兵とて空にいる敵を攻撃する術はある。だが、攻撃手段が限られてしまうと言うのもまた事実である。
「そこでだ。勇者の力を借りると良い」
勇者の墓標には、かつて散った勇者の残留思念が残っている。
その内の何人かは、会話できる状態でいるのだ。
「皆が出会える残留思念は、リュネと言う名の人間の槍使いの少女の者だ。残留思念となった今でも、背中に不釣り合いに大きな槍を持っている」
リュネは少々気弱な性格だが『月影』と呼ばれた男の槍技の全てを受け継ぎ、槍の投擲は空を飛ぶ竜にも届いたと言う。
ついた字名は『月影の後継』。
その残留思念と心を通わせ力を借りる事が出来れば、通常なら届かない業でもメランシオンに届き得る。
「と言うわけで、心を通わす役に立ちそうな情報を集めたよ」
ルシル曰く、『月影の後継』はかなり高貴な身分の生まれながら、槍の師と亡き母の遺志を継いで帝竜との戦いに身を投じたらしい。
「で、その師匠である月影なんだけど。前に、勇者の石碑を『月指しの石群』と名付けられた場所に探しに行って貰ったことがあってね」
もう一年以上前だが、猟兵達はそこで確かに石碑を見つけた。
全文は省くが、月に近いと言われる高所からの景色を宝だと記し、そこに世界を守る価値を見出していた。
あと、仲間内の女性に身分違いの恋愛感情があったらしい。
「そうそう、その小っ恥ずかしいのも暴露されちゃった勇者」
おい、小っ恥ずかしいは言ってやるなよ。
「それが、どうやら『月影』の残したものだったらしいんだ」
本人の記録はなかったが、弟子の方から探ると記録が見つかったたんだとか。
そして『月影の後継』がかなり高貴な身分だと言う事は、その母親もそういう事になるわけで、つまり――。
「その辺りを会話の取っ掛かりにすれば良いんじゃないかな? それじゃあ、勇者の伝説の続きを紐解きに――じゃなかった。メランシオンぶっ倒しに行ってらっしゃい」
本音駄々洩れで言いながら、ルシルは勇者の墓標への転送を始めた。
泰月
泰月(たいげつ)です。
目を通して頂き、ありがとうございます。
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、『帝竜戦役』の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
帝竜戦役⑤『勇者の墓標』のシナリオです。
敵は『黒輪竜』メランシオン。空から降りる気は無い。
――何故、我が愚物どもの顔を見に降りねばならぬ?
普通に戦っても良いですが、今回は『勇者の残留思念と心を通わせ、そのパワーを借りる』と言うプレイングボーナスがあります。
このシナリオで残留思念の力を借りた効果は『攻撃射程延長』。
通常なら空にいる敵には届かないユーベルコードでも、届くようになります。
元々超射程のものは、精度とか威力が上がる感じで。
なお残留思念自身は攻撃できません。
残留思念の勇者については、OPにある通りです。
リュネの師匠の石碑については、過去作の『月影の道標』にて発見されていますが、必要な情報はOPに出していますので、特に読んで頂かなくても大丈夫です。
あと、この戦場では「魂晶石」と言う財宝が手に入ります。
かつての激しい戦いの余波で生まれた高純度の魔力結晶体で、1個につき金貨600枚(600万円)の価値があるそうです。
アイテムとしての発行はありませんが、欲しい方は【財】とでもプレイングに書いておいて下さい。
プレイングは公開後から受付開始です。
締切るタイミングは別途告知しますが、5/8(金)いっぱいは受付予定で、その後は人数次第な感じで考えています。
ではでは、よろしければご参加下さい。
第1章 ボス戦
『『黒輪竜』メランシオン』
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POW : 消え失せろ、愚物共!
【天覆う無数の黒輪に収束する極大エネルギー】を向けた対象に、【超広範囲を破壊し尽くす豪雨の如き魔弾】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD : 我が黒輪に刃向かう愚か者が!
【対象を追跡するレベル×20個の暗黒の輪】【対象の戦意を喪失させる暗黒のブレス】【体に吸着する超高重量高密度の黒い砂礫】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ : 緩やかに死に逝け、定命の者たちよ。
非戦闘行為に没頭している間、自身の【無数の黒輪が天を覆い、降り注ぐ黒の雨】が【当たった対象を呪詛で侵食する。その間】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
イラスト:ハギワラ キョウヘイ
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠アイン・セラフィナイト」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
菫宮・理緒
可愛く人化した竜娘さんなら別だけど、
こっちとしても特に可愛くもない竜の顔なんてみたいわけではないので、
降りてこなくてもぜんぜんおっけー!
リュネさん、だっけ?
高貴とか言われちゃうってことは、貴族さんとかなのかな。
そして槍の達人の技も受け継いでいるんだよね?
あなたのお師さまは、そしてあなたのお母さまは、
なんのために戦っていたかな?
あなたは、そんな2人の力も技も持ってるってことだよね!
なら、あんな竜、撃ち落としちゃえ!
竜の動きは【不可測演算】で計算。
相手の攻撃ポイントや会費ポイントを予測して、リュネさんに伝えて、
めいっぱいの槍の一撃、叩き込んでもらおう。
ソラスティベル・グラスラン
ご心配なく!
貴方たち古の勇者の活躍で、世界はちゃんと救われましたよっ
しかし…時代は移り変わり、新たな危機が迫っています
邪悪なる竜よ、貴方の相手はわたしたち、『今代の勇者』です!
竜の翼を広げ、こちらも【空中戦】です!
【勇者理論】(防御重視)と【盾受け・オーラ防御】で全力で守りを固め、突撃!
魔弾を【見切り】避け、盾で受けながら【気合い】で耐えつつ攪乱
リュネさん、世界は救われ、何も失われていません
ですが今、またも帝竜が復活し全てを喰らおうとしています!
この世界を救う為に…『月影の後継』と謳われた貴方の槍技が必要なのです!
わたしの体と長柄の大斧をお貸しします【怪力】
月を覆い隠す漆黒を、射落とす為に!
ヘンペル・トリックボックス
「──そろそろ見上げるのも飽きたのではないですか?」
もう一年以上前になりますか。今になって裏側の内容を知ることになるとは思いませんでしたが……きっと気持ちの良い男だったのだろうと、今でも思っております。
私の、そして彼の見た世界は依然として美しく、雄大で、守る価値のあるものでした。その信念を受け継いだと言うのなら──きっと大丈夫だ。その一穿、太陽すら落とすだろう。
穴の底でUCを発動。展開する霊符は陽、光の属性。総計355枚を重ね、束ね、天をも穿つ巨大な光の槍を形成。【全力魔法】で極大化した【破魔】【属性攻撃】を、リュネさんと共に解き放ちます。
私はあくまで発射台。討ち手は貴女です、月影の後継……!
ベール・ヌイ
『無音鈴』を使った「ダンス」の舞を奉納します
貴女に月をみせてあげたい、両親が残したものを、もう一度
…自分勝手なこといってるのはわかってる、でも、どうか力を貸してほしい
どうか月影の加護を
【不死鳥召喚】を起動
代価の痛みは「激痛耐性」で耐えて
癒やしの炎が、雨が当たる前に呪詛ごと蒸発させようとします
「普通なら届かないかもしれない、でも、月の力があれば」
ヌイの『氷火双銃』で「援護射撃」
地獄の炎でメランシオンを燃やそうとします
全てが終わって、月が見えてるなら、月の光で舞いましょう
どうか、この舞が貴女に届きますように
鈴木・志乃
駄目なものか。貴方は立派に戦った。帝竜は一度倒されたんだ。
貴方の師匠が好きだった青い空も、広がる大地も、強く輝く遠い月も――みんな、みんな救えたんだ。手が届いたんだよ。
でも今、帝竜が復活しようとしている。
だから貴方の後輩として新しい勇者が、私達が参りました。
どうかお力添え頂けませんか。
UC発動。呪詛を力に変換し続ける。
……貴方のお師匠様の話、ちょっとだけ伺いました。その大好きな景色、貴方のお母様に捧げるって言ってたそうですよ。月のように強い憧れを抱いたお母様に。
ふふ、なんか愛を感じますね。
きっと景色を取り戻して見せます。
だからこの力を……空へ届けて頂けますか
破魔の全力魔法でなぎ払い!!
上野・修介
※アドリブ歓迎
「……師匠、か」
地元の『先生達』は元気にしているだろうか。
・勇者に対して
名を名乗り礼節をもって助力を乞う。
この世界のため、力のない人々の安寧のため、そしてあなたの師が愛した『景色』のため
「守るために、お力をお貸しください」
・戦闘
「推して参る」
UCは攻撃重視
得物は徒手格闘【グラップル+戦闘知識】。
――恐れず、迷わず、侮らず
――熱はすべて四肢に込め、心は水鏡
敵を観【視力+第六感+情報取集】据え、呼吸を整え、力を抜き、専心する
防御回避は最小限に、急所への攻撃のみ【見切】ってカバー。
相手の齎す破壊が豪雨のようこの身に降り注ごうと構わない。
俺は一撃に持てる渾身を込め、ただ一撃を叩き込む。
棒・人間
ふはははは!師匠というのはさぞ立派な人物であったのだろうな。まぁどう考えても父……少し喋り過ぎたな。貴様は自分がダメだと思うか?為すべきことを為せなかったと思うか?否!まだ終わってはおらんぞ。師匠が好きだと言っていた景色、もう一度守ってはみないか?今ならできる、この勇者たる俺がいるからな!
さぁクソ竜!俺のグングニルの投擲を喰らえ!勇者が力を貸してくれるのならばこの槍が届かぬことはないだろう!この槍は黒輪を切り裂き星々を、月をも曝け出させてやる!
ガーネット・グレイローズ
ここにも、勇者の残留思念が漂っているな。〈第六感〉と〈コミュ力〉を駆使して、思念に耳を傾けてみよう…。
ふむ、空を飛ぶ竜にまで届いた槍の使い手か…。私たちが、あの黒竜を倒して見せます。少々、力を貸していただけませんか?
【ブレイカーシップ・ブレイブナイツ】を呼び出し、レーザー光線による〈援護射撃〉で暗黒の輪を破壊し、仲間への攻撃を妨害。そしてミサイルによる〈砲撃〉で、メランシオン本体を叩く! 火力が足りないと判断した場合は、適宜合体させてパワーアップを図るぞ。
私もマシンウォーカーに搭乗して参戦するが、こっちは陽動メインかな。
【お宝】メカたまこEXに新たに備わった〈宝探し〉機能を使い、捜索させよう。
リュカ・エンキアンサス
オズお兄さん(f01136)と
月指しの石群か…懐かしいな
俺は、物心つくときから俺の師匠とずっと旅をしていて
キャンプにはなれていたんだけれども
他の人と泊まったのは初めてだった
楽しかった
(リュネさんに)…あなたは、何か師匠に対する思い出は、ある?
あったら聞かせてほしい
あなたたちは滅んでしまっても、この世界も、美しい月も星も、消えていないよ
俺達も、この世界の星にいろんな楽しい思い出があるから、
俺達はそれを守りたい。残していきたい。だから、力を貸してほしい
力を借りたら、あとは戦うだけ
この弾丸が本当に星まで届けばいいけれど
ああでも、リュネさんの力を借りて、オズお兄さんが一緒なら、
負けたりなんて、しないか
オズ・ケストナー
リュカ(f02586)と
うんうんっ、弟子さんに会えるなんてね
リュネに自己紹介
月影のだいすきなけしきと残した言葉をね、わたしたちは見たんだ
月影は、姫をとてもたいせつにしてたんだね
リュカの言葉に笑んで
うん
ダメだったんじゃないよ
リュネのおかあさんと月影と、
『月影の後継者』がいたから今、わたしたちがあのりゅうを止められる
リュネがここにいるのも
わたしたちがここにいるのも、ぜったい意味があるよ
もういちど、世界をまもるために力をかしてくれる?
ガジェットショータイム
現れた槍に念じる
とどけ、とどけ
リュネの、月影の思いといっしょに
力いっぱい投擲
うん、まけないよ
攻撃は武器受け
封じさせない、リュカの力は星までとどくよ
泉宮・瑠碧
私、石碑の裏は見なかったのですが…
石碑の…月影は
旅の中でも、幸せはあった様で
…良かった
リュネは、初めまして
…かつて私達の世界を救ってくれて、ありがとう
私も、月影で一つを示す様子や
月に近い場所から、景色を見まして…とても綺麗でした
大丈夫、どれも失われていません
…蘇ったヴァルギリオスに、今諦めたら、失われますが
世界と、あの景色も失わない為に…力を、貸してください
弓を手に消去水矢
主に被弾への防衛を
黒い雨が降る気配があれば
射った矢を分散させて範囲攻撃
雨の落ちない安全地帯が出来る様に、黒輪の群を射抜きます
降ったら風の精霊に雨の流れを地帯から逸らして貰う様に
リュネ、お疲れ様です
…おやすみ、黒輪竜…ごめんね
尭海・有珠
師の技を受け継ぎ、戦いに身を投じるか
共感を得ないでもないな
私も、技を受け継いだとは言い難いが旅も戦い方も、外の世界をも
師には教えて貰ったから
素敵な景色を宝だと遺し、そこに守る価値を見出したというのは師と私と同じだな
私も守って、見て、そういったものを楽しみ
いつか世界の果てで師と語ると決めている
どうか私に、私達に力を貸してはくれないか?
黒雨が降る間は回避と防御に専念しよう
全てを受け止める海でつくる傘を広げ、少しでもその威力を削ぎ
敵攻撃の癖を分析しながら回避に繋ぐ
雨が弱まるか止むでもしたら、お返しとばかりに
凝縮した光の≪剥片の戯≫を束ねて叩きこむ
雨はいつか止むものさ
そして今なら晴れ間は、私がつくるさ
ルルチェリア・グレイブキーパー
※アドリブ歓迎
残留思念のリュネさんと、月影さんの恋バナで楽しくお喋りするのよ!女の子に恋バナが嫌いな人は居ないわ(偏見)
初めましてリュネさん。貴女のお師匠さん、
仲間の女性に身分違いの恋愛感情を抱いていた事が残された記録で分かったのだけど、もしかしてその女性って貴女のお母さんの事なんじゃないかしら?
何か心当たりは無い?月影さんがお母さんを見る時の表情がいつもと違ったり、貴女にお母さんの面影を重ねたせいか妙に優しい時が有ったりとか!
リュネさんと仲良くなれたら力を借りて黒輪竜を攻撃
UC【サモニングガイスト】で召喚した古代の戦士がリュネさんの力を借り、炎を宿した槍を黒輪竜目掛けてぶん投げるわ!
●古代の勇者と今代の勇者
「ふはははは!」
突然の高笑いは、地形に反響して大地に穿たれた竪穴の中に響き渡った。
『だ――誰かいるんですか?』
不意に響いた知らぬ声にビクッと跳ねてしまった肩を抑える様にするリュネ――の残留思念――の前に、何者か飛び降りて来る。
『……モンスター?』
「おい」
そしてその姿を見たリュネが思わず呟いた一言に、棒・人間(真の勇者・f18805)が細い手でつっこんだ。
とは言え、リュネがそう思ってしまったのも無理もないかもしれない。
何しろ人間と来たら、その名前とは裏腹に、人間種族でもエルフでもドワーフでもフェアリーでもない。と言うか――まず顔すらない。
人間種族ならば顔がある所には、黒い輪っか。
胴体も手足もひょろっと長い黒いもの
まさに――棒人間。
ブラックタールだからって、どうしてこうなった。
「まったく。僕は勇者である!」
『あ、その声、さっきの……』
細い脚で地団駄踏む人間がさっきの高笑いの正体である事に気づくと同時に、リュネは周囲に集まっている他の猟兵達を見回し始めた。
『ええと……』
やや戸惑っているようなリュネに、頬に傷のある青年がじっと視線を向ける。
「リュネさん、ですね。俺は上野・修介。この世界の者ではないが、今は竜と戦っている者の一人です」
礼節を欠かぬようにと、上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は自ら名乗り、リュネに頭を下げる。
『竜と……と言う事は、皆さんも勇者?』
「リュカ、わたしたち勇者?」
リュネの視線を受けたオズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)が、キトンブルーの瞳を楽し気に丸くして隣に訊ねる。
「……。……そうなる、かな」
柄じゃない――と言う言葉は飲み込んで、リュカ・エンキアンサス(蒼炎の・f02586)はオズに頷いた。リュネの為にも。
――カシャ。
そこに、軽い金属が揺れただけの僅かな音が響いた。
音に気づいたリュネが視線を向ければ、ベール・ヌイ(桃から産まれぬ狐姫・f07989)が、鈴を手に舞っている。
その鈴は、無音鈴と言う。
中に玉がないために、普通なら音が鳴らない鈴。ベールだけは鳴らせるが、その音は獣を惹き寄せる得る。
故にべールは、獣が惹かれる音は鳴らさないようにしながら舞い続けていた。
『……』
手足が何度も円を描くベールの静かな舞に、リュネが目を奪われ息を呑む。
その舞が終わると、リュネの方からベールに近づいていった。
『今の、何かに奉納する類の舞ですよね』
「――ああ、そういう勇者もいたのね」
リュネがそう思った理由に、ベールは直ぐに気づいて頷いた。古の勇者にも、舞の力を使うものがいても不思議はない。
「今の舞は、貴女に」
『私に?』
意外そうに目を丸くするリュネに頷いて、ベールは言葉を続ける。
「貴女に月をみせてあげたい、両親が残したものを、もう一度」
『嗚呼――あるのですね、月は』
ベールの言葉に、リュネは安堵の息を吐く。
『他の人も私の知らない勇者……やっぱり、あの時とは違う時代なんですね』
そしてリュネは、改めて悟っていた。
もうリュネが生きていた時代ではないのだと。
「初めまして、リュネ」
そんなリュネに、泉宮・瑠碧(月白・f04280)が声をかけた。
「ええ。あなたが生きていた頃から、もうかなり経っています」
時代が違うのだとリュネが悟った事を、瑠碧は頷き肯定する。
その上で。
「……かつて私達の世界を救ってくれて、ありがとう」
瑠碧は、今を生きるものとして、過去を守ってくれた事の礼を告げる。
『私は……守れたんでしょうか』
けれども、リュネはまだ不安げだ。
『だって、まだ、竜はああしていて』
空は、ますます黒くなっていたから。
●メランシオンの傲慢
一方、その頃――。
『ふん。小さき愚物共が、集まって何かしておる』
黒輪竜メランシオンは、竪穴の上空でそれを見ていた。勇者の残留思念が思念体となっているのも、そこに猟兵達が集まっているのも。
見ていて――何もせず、ただ空を飛んでいた。
『無駄な事だ。何をしようが我には届かぬ』
何かしようが関係ない。知ろうとも思わない。その程度で、自分が脅かされる筈がないという不遜な自身。
だがそれだけの力を持っているのもまた事実。
『緩やかに死に逝け、定命の者たちよ』
ただ飛んでいる。それだけで、メランシオンの身体に収まりきらない莫大な魔力が空に溢れ出し、幾つもの黒輪を生み出していた。
黒輪からは雨が降る。
打たれたものを蝕む呪詛を孕んだ、黒い雨が。
ただそこにいるだけで、メランシオンはその眼下にいるものを脅かす。
●黒い雨の降る中で
「降って来てしまいましたか」
「無粋な。語らう時くらい与えろ」
黒い雨が降ってきた事に気づいて、鈴木・志乃(代行者・f12101)と尭海・有珠(殲蒼・f06286)が黒い空を見上げる。
「……このままでは、話が出来ませんね」
志乃は指を組んで両手を合わせると、その場で膝を付いた。
「私は祈願成就の神の娘。全ての人々の意志を守る神子」
祈る志乃の全身が、光に覆われていく。
「その呪い――願い――をこそ、力に変えて魅せましょうとも」
呪いは祈りであり、祈りは呪い――ウラオモテ。
志乃が纏ったその輝きは、周囲の負の感情を吸収する神光。吸収できる負の感情には、呪詛も含まれる。
空から降る黒い雨が、光を纏った志乃に吸い寄せられていく。
とは言え――それだけでは、全員に降りしきる黒雨の全ては止められない。
「傘がいるな」
短く告げて、有珠は青い杖『澪棘』を掲げた。
水が流れ落ちた軌跡の様な青い柄の先で、真鍮色の蔓茨に抱かれた『海』の宝珠が輝き始める。宝珠から生じた全てを受け止める海の力を、有珠は傘の様に広げた。
「しばしは持たせてみせよう」
まだ、リュネとの話は充分に終わっていない。
有珠自身、聞いてみたい事はある。言いたい事もある。その為の時を稼ぐため、今は守りに専念しよう。
「あとは壁があれば、と言うところか」
水の傘の上を流れ落ちる黒い雨を視線で追って、有珠が呟く。
黒い雨は確かに直接降って来ることは無くなった。傘で止めきれない分くらいなら、志乃が吸収しきれる。
だが、雨なのだ。傘を流れて地に落ちた黒い雨は、やがて水溜まりとなるだろう。
だから、壁。
「それはヌイが作る」
名乗りを上げて、ベールが小さく息を吐いた。
「大罪の内、怠惰の悪魔ベルフェゴールの名を借りて命ず」
ベールの華奢な身体の内に、熱が生まれる。
「我が肉を喰らいて現われろ。汝は死より再生せし不死たる悪魔なり」
ベールの中に血肉を灼かれる痛みが生まれるのと、炎の翼が目の前に現れるのと、どちらが先なのだろう。
――不死鳥召喚。
顕現せしは、炎を操る悪魔『フェニクス』。
「フェニクス。あの雨を燃やせ」
ベールの命にフェニクスが応えて放ったのは癒しの炎。
それは猟兵全員の周囲を囲むように燃え広がって、壁を為す。炎の壁は、傘を流れ落ちて地を伝う黒い雨を呪詛ごと蒸発してみせた。
『皆さん、すごいですね……』
苦も無く黒い雨を阻んだ猟兵達の力に、リュネがほうと息を呑む。
『それに比べて私は……』
かと思えば、どよーんと沈みだした。
思念体だからか、なんだか透明度が増して周囲が暗くなっていく。
(「空を飛ぶ竜にまで届いた使い手の槍か。気弱だとは聞いていたが……よし」)
そんなリュネの様子を見ながら、
ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)は周囲に意識を向けた。
この勇者の墓標には、リュネ以外にも多くの勇者の残留思念が漂っている。
その全てがリュネの様に、会話できるレベルの思念体となれるわけではない。
(「これは――違う。あなたではない――」)
思念体に至らない思念の中からとある思念を求めて、ガーネットは目を閉じ第六感を研ぎ澄まし、思念の声に耳を傾けていった。
「ご心配なく!」
自信を取り戻せずに沈むリュネを安心させようと、ソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)が力強く声をかけた。
「貴方たち古の勇者の活躍で、世界はちゃんと救われましたよっ!」
『救えた……?』
「そうです!」
不安げに声が震えるリュネに、ソラスティベルは殊更声を張り上げる。
時に心が怯えてしまうのは、良く判る。ソラスティベルだって、まだ自分で自分に喝を入れる時はある。
だからソラスティベルは、自分自身に喝を入れる時と同じ意思を、リュネに向ける声に込めていた。
「大丈夫ですよ」
ヘンペル・トリックボックス(仰天紳士・f00441)もリュネを安心させようと、その出で立ち同様に紳士的な物腰で声をかける。
「私の、そして彼の見た世界は依然として美しく、雄大で、守る価値あるものでした」
『その言葉――もしかして』
ヘンペルの告げた言葉に、リュネが目を丸くする。
「ええ、見ましたよ。彼の残した石碑と、景色をね」
リュネから怯えや不安と言った負の空気が少し和らいだのを感じ、ヘンペルは髭の下に笑みを浮かべて頷いた。
「きっと気持ちの良い男だったのだろうと、今でも思っております」
『お師匠が聞いたら、くすぐったそうにしたでしょうね』
ヘンペルの言葉に、リュネは懐かしそうな笑みを浮かべる。
「うん。わたしたちはのぼったの。雲が見えるところまで、石のてっぺん」
「昔はなんて呼ばれていたのか判らないけれど。今は月指しの石群と呼ばれている、塔みたいな石柱が沢山あるところ。その上に石碑があって」
「月影のだいすきなけしきと残した言葉をね、わたしたちは見たんだ」
『ああ……今はそんな名前がついているんですね。昔はただの空き地だったのに』
オズとリュカの説明に、リュネは懐かしそうに頷いた。
「私も、見ましたよ。あなたの師匠さん――月影の残したものを」
瑠碧もかつて石碑を見たと、リュネに告げる。
「月影で一つを示す様子や、月に近い場所から景色を見まして……とても綺麗でした」
閉じた瞼の裏にあの時見た景色を思い浮かべ、瑠碧は滔々と告げる。
「あの時の弟子さんに会えるなんてね」
「そうだね。月指しの石群か……懐かしいな」
声を弾ませるオズに頷きながら、リュカは石柱クライミングの苦労を通り過ぎて、その前の夜の事を思い出す。
「俺は……物心つくときから俺の師匠とずっと旅をしていて、キャンプには慣れていたんだけれども。他の人と泊まったのは、あの時が初めてだった」
懐かしそうなリュカの独白に、オズが意外そうに視線を向ける。
「そうだったの?」
「そうだよ。楽しかった」
「わたしも楽しかった! いろんな雲も見つけたね」
オズもその時を思い出したのか、眩しそうに空を見上げた。見上げても、今はあの時のような青空は見えないけれど。
『お師匠の残したものが、今では冒険の場になっているんですね』
己の師の足跡を追った猟兵達の話に、リュネは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
●古代の英雄の恋愛事情
「……貴方のお師匠様の話、ちょっとだけ伺いました」
光を纏い祈る姿勢は崩さぬまま、志乃が口を開く。
「その大好きな景色、貴方のお母様に捧げるって言ってたそうですよ。月のように強い憧れを抱いたお母様に」
「そうそう。月影は、姫をとてもたいせつにしてたんだよね」
直接訪れたわけではないが話に聞いた志乃の言葉を、結局見てしまったオズが笑顔で続ける。
あの時、敢えて見ないという選択を選んだヘンペルと瑠碧は、『え、言っちゃうの』と言う様な複雑な顔をしていたけれど――。
『はい。あの石碑の、そっちも見ちゃったんですね』
だが、リュネは気にした風もなくむしろ笑顔になっていた。
「あれ? もしかして知ってたの?」
『ええ。後ろの方、削られていた箇所がなかったですか?』
意外そうなリュカに、リュネはあっさりと訊き返してくる。
そう言えば、そんなあとはあった。あの時は、誰かが削ったのか、自然に削れたのか判別できなかったのだが――。
『あれ、私が訓練がてらに登らされて、削ったんです。あれだけはそのまま残しておけない――でも全部は削れないって』
こうしてリュネの口から、月影の伝説の真相がひとつ、明かされた。
「ふふ、なんか愛を感じますね」
『実際、そうだったみたいですよ?』
更に志乃が続けた言葉に、リュネはこれまたあっさりと頷く。
「ねえ、リュネさん! それどう言う事かな!」
その話に、ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)がめちゃくちゃ食いついた。
「私は石碑は見ていないけれど――あなたのお師匠さんが、仲間の女性に身分違いの恋愛感情を抱いていたっていう記録が残ってるのよね。もしかしてその女性って貴女のお母さんの事なんじゃないかしら?」
ルルチェリア、まさかのド直球。
ともすれば無遠慮とも受け取られ兼ねないが、これはちゃんとルルチェリアなりの理由があるのだ。
(「月影さんの恋バナで楽しくお喋り! 女の子に恋バナが嫌いな人は居ないわ!」)
――と言う、偏見に満ちたものではあるのだけれど。
『あ、はい。多分そうですよ』
しかしリュネは、気を悪くするでも驚くでもなく、さらりと答えた。
「え、なになに。もしかして何か心当たりがあるの?」
当然、ルルチェリアが食いつかないわけがない。
「月影さんがお母さんを見る時の表情がいつもと違ったり、貴女にお母さんの面影を重ねたせいか妙に優しい時が有ったりとか!」
『私が直接見た事はないんですが――』
目を輝かせて喰いついたルルチェリアに、リュネはそう前置きして。
『母様には、もろバレだったみたいです』
リュネが告げた一言に、噴き出したり天を仰いだり、猟兵達の反応は様々だ。
『一応姫だけど、王位継承権なんて無いに等しかったんだから、そんなに気にしなければよかったのにねぇ――なんて、母様はいつだったか笑ってました』
「なんと、脈ありでしたか!?」
(「もう一年以上前になりますか。今になって裏側の内容を知ることになるとは思いませんでしたが……」)
リュネの話にルルチェリアは目を輝かせるが、聞いていたヘンペルは思わず口元を隠していた。
あの時、紳士的に去ってみなかった裏側の、その先のまさかの事実に、苦笑を浮かべていない自信がなかった。
「それは……まぁどう考えても父……」
『え?』
そんな中、気にしてなさそうな人間の言葉にリュネが目を丸くした。
『お師匠が、私の……?』
喋りすぎたか、と人間が口を噤む。
『いやいや、まさかお師匠が……』
笑い飛ばそうとしたのだろう。だが、リュネの表情がそこで凍った。
『でも私、父様の顔知らないんですよね……母様からは、私が生まれてすぐにって……あれ? え? あれ?』
まさかの疑惑発生に、残留思念も困惑を隠せなかった。
(「残留思念でもパニくるんだ……」)
その意外な姿に胸中で呟きながら、菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)がリュネに歩み寄る。
「リュネさん!」
『ひゃいっ』
完全に裏返った声を出すリュネに苦笑しながら、理緒は話題を変えようと話を続ける。
「お母さまがお姫さまって事は、リュネさんって王族さんとかなのかな? 当時も高貴な生まれって言われてたんでしょ?」
『あ、はい。一応、王族の端くれになるんです。母様は、あの当時あったある王家の下から数えた方が早いお姫様だったそうで』
理緒の問いに、リュネはこくりと頷いた。
王族と言うものは、世襲制だ。
故に、存続する子孫は大事な話である。
継承する子孫の数が多いと、場合によっては継承問題と言う事も起こり得る。継承権を持つ者が1人であればその問題はクリア出来るが、もしもの事があればあっさりと家が途絶えかねない。
故に、王族と言うものは子供の数が多い方が望ましいとされるものだ。
そして中には、順調に子宝に恵まれる世代が続いた結果、王位継承権とはほぼ無縁の王家の人間、と言うものが生まれるケースもある。
リュネの母親は、そういう立場の姫だったという事のようだ。
「だとしたら――その王家の血筋、まだ残ってる可能性もあるわね」
『あ、そうですね』
話を聞く内に理緒がふと閃いて呟いた言葉に、リュネは確かにと頷いた。
もう王家と言う立場ではなくても、血筋が残っている可能性ならば――。
●月影
「ええと、話が逸れてたけど。……あなたは、何か師匠に対する思い出は、ある? 他にもあったら聞かせてほしい」
『お師匠の思い出ですか……』
リュカに問われて、リュネは記憶を探る様に視線を彷徨わせる。
果たして、残留思念にどれほどの記憶が残っているのか。
「師匠というのはさぞ立派な人物であったのだろうな」
『はい、世界の色々な場所を知っていて、とても槍が……上手で……』
人間の言葉にパッと表情を明るくしたリュネだが、答える内にその表情が、段々青ざめていくのは何故だろう。
「聞かれたくない事だったかな?」
『あ、違うんです』
だったらごめん、と頭を下げたリュカを止めて、リュネが首を横に振る。
『ただ、お師匠との修行を思い出してしまって……。槍だけで魚を獲れとか鳥を獲れとか熊を倒せとか。槍だけで料理しろとか。滝の上から丸太降らせてきて槍一本で何とかしてみせろとか』
うわぁ。
「スパルタ、ってやつね!」
かなりの槍バカっぷりだが、オズはそんな話にも楽しそうに聞いていた。だって――それもリュネを思っての事だったのだろうから。
「すごい話だけど、あなたのお師さまも槍の達人で、あなたはその技も受け継いでいるんだよね?」
『はい。お師匠は槍の達人で、槍です』
「――はい?」
月影の槍の腕を訊ねた理緒だが、リュネの予想外の言葉にはてと首を傾げる。
一体、どういう事なのか。
『この槍が、お師匠なのです』
そう言って、リュネは背中にある背丈よりも長い槍を降ろしてみせる。
『群流大陸に乗り込む、半年ほど前の事です。「もうお前に教える事は全て教えた、あとは俺自身を使わせてやるだけだ」と言って槍に――』
「もしかして――ヤドリガミ」
リュネの話から、理緒はその可能性に思い至った。
ヤドリガミ。長く使われた器物が人の姿を取れるようになった存在。猟兵にも多くいる種族である。もし『月影』が槍のヤドリガミなら、本来の姿に戻ったと言う事だ。
「……槍に戻った月影は。幸せだったのでしょうか」
それを聞いていいものか。
話を聞きながら逡巡していた瑠碧だが、意を決してリュネに訊ねる。
「私、石碑の裏は見なかったのですが……表だけでも。石碑の……月影は。旅の中で幸せはあった様で……その後の生でも、そうだったのでしょうか」
瑠碧は思い出していた。石碑はこんな一文で始まっていた事を。
『ここに来れば月みたいに遠い憧れに手が届く気がした
結局、届かなかったけれど』
それは、諦めとも取れる言い回しだ。
『それは私も気にしてました』
瑠碧の言葉を聞いて、リュネは自身と同じく透けている槍を撫でる。それももう、リュネと言う残留思念の一部。実体のある槍ではない。
『槍になってしばらくは、会話出来ていたんです。だから訊いた事があります。でも、こう言っていました』
――槍に戻った事に悔いはない。俺はもう十分、守りたいと思える世界を見れた。もう充分、幸せだった――と。
「そう……良かった」
リュネの告げた月影の言葉に、瑠碧はほっと息を吐く。
それが月影の本当の言葉だったのか、今となっては確かめようもあるまい。
けれども、充分幸せだったと。
そう口に出して言えていたのなら、それでいいではないか。
「聞かせて貰ったが――君の師匠は、私の師と私とも同じだな。素敵な景色だとかそういうものに、守る価値を見出したというのは」
これまで他の猟兵とリュネの話を黙って聞いていた有珠が、口を開いた。
『あなたも、お師匠さんが?』
「いる。私は技を受け継いだとは言い難いが、旅も、戦い方も、外の世界をも、師には教えて貰った」
訊き返してくるリュネに頷いて、有珠は師の教えを言葉に並べる。
「だから、師の技を受け継ぎ、戦いに身を投じると言う君の戦う理由は、共感を得ないでもないよ」
『あなたも、あなたのお師匠とは仲が良いのですね』
共感すると言う有珠の言葉に、リュネが嬉しそうな表情を見せる。
「まあ、悪くはないな。師とは――語ると決めている事がある」
『決めている事……ですか?』
有珠の言葉に、興味がありそうにリュネが返す。
「君の師匠が宝だと遺した素敵な景色。そういったものを私も守って、見て、楽しみ、いつか世界の果てで師と語るのだよ」
『いいなぁ……私も、色々見たかった』
どこか遠くを見るように僅かに目を細めて有珠が告げた言葉に、リュネは本当に羨ましそうに呟いた。
それはそうだろう。リュネの歳の頃ならば、まだまだやりたい事、見たいものがあって当然だ。
「守りたかったか?」
『守りたかった……です』
有珠の問いに、リュネは少し逡巡しながら返す。
『だけど、守り切れなかった……』
「ならばもう一度守る為に、どうか私に、私達に力を貸してはくれないか?」
また悔やむ言葉を口にするリュネに、有珠はその頼みを切り出した。
●再臨の道標
『もう一度……守る?』
有珠の言葉を、リュネが繰り返す。
「そうです!」
代わってリュネの前に出たソラスティベルが、力強く告げた。
「貴方たちが帝竜を倒してから時代は移り変わり、新たな危機が迫っています。またも帝竜が復活し全てを喰らおうとしています!」
今、この世界で起きている現状。
ソラスティベルは、それを包み隠さずリュネに伝える。
『復活……そんな』
「再びこの世界を救う為に……『月影の後継』と謳われた貴方の槍技が必要なのです! 月を覆い隠す漆黒を、射落とす為に!」
声を震わせるリュネに、ソラスティベルはその槍の技を求める。
「必要なら、わたしの体と長柄の大斧をお貸しします!」
リュネも勇者の1人であったのだ。たとえ怯んでも、心まで折れはしないと信じて、ソラスティベルは世界を救えと呼びかける。
身体を灼かれて食われて癒されまた灼かれて――。
耐えることにもう慣れた、フェニクス召喚の痛みをおくびにも出さず、ベールもリュネに視線を向ける。
「……自分勝手なこと言ってるのはわかってる、でも、どうか力を貸してほしい。どうか月影の加護を」
月影の加護をもう一度――なんて。
戦い敗れた勇者に、もう一度戦えなんて。そんなことを願わずに、ただ月だけを見せて上げられれば良かったのに。
「前に一度戦ったのは聞いて知っています。それでも、もう一度戦って欲しい」
ベールが口に出さなかった願いを、リュネの前に片膝を着いた修介が口に出した。
「この世界のため、力のない人々の安寧のため、そしてあなたの師が愛した『景色』のため――守るために、お力をお貸しください」
かつて戦い、敗れ、死者となった者にもう一度戦って欲しいと。
『救う……守る……。でも、今の私に何が。私は為すべきことも為せずに死んだから、まだこんなところにいるのに』
「貴様は自分がダメだと思うか? 為すべきことを為せなかったと思うか?」
まだ躊躇うリュネに、人間が問いかける。
『それは――だって結局この時代にまた帝竜の軍が』
「否! まだ終わってはおらんぞ。師匠が好きだと言っていた景色、もう一度守ってはみないか?」
自信がなさそうなリュネの言葉が終わるのを待たず、人間はきっぱりと告げる。
「今ならできる、この勇者たる俺がいるからな!」
人間が勇者だと言うのは、ただの自称だ。そこまで言い切る自信の根拠は、自分が勇者だと言う思い込みに過ぎない。
だが――根拠がどうあれ、その自信は今のリュネに足りない、或いは、失ってしまったものの1つであった。
「そうだ。貴方が駄目なものか」
志乃も祈りこそ止めずに、リュネに向けてきっぱりと告げる。
「貴方は立派に戦った。帝竜は一度倒されたんだ」
リュネの知らないリュネの未来。志乃にとっては、遥か過去の伝承。
「貴方の師匠が好きだった青い空も、広がる大地も、強く輝く遠い月も――みんな、みんな救えたんだ。手が届いたんだよ」
その『みんな』の事を、志乃は直接知らない。
世界は救われたのは確かだが、本当に一人残らず『みんな』が救われたなんて、猟兵の誰にも判るまい。
――それは、他者の幸福を望む志乃の願望のようなものだ。
さっき師匠の話の折にリュネが見せた笑顔を、まだはっきりと覚えているから。どうなるにせよ、こんな顔をさせたままになど、出来るものか。
「貴方の後輩として新しい勇者が、私達が参りました。どうかお力添え頂けませんか」
だから志乃は、後輩の勇者だとリュネに告げた。
「まだ守る世界はあるんだよ。あなたたちは滅んでしまっても、この世界も、美しい月も星も、消えていないよ」
「うん」
リュカの言葉に頷き笑んだ表情を、オズはそのままリュネに向ける。
「ダメだったんじゃないよ。リュネのおかあさんと月影と、『月影の後継者』がいたから今、わたしたちがあのりゅうを止められる」
『止められる……?』
オズの言葉に、リュネは意外そうに目を丸くした。
『そうだ……止める。私たちは……そうだった』
「リュネがここにいるのも、わたしたちがここにいるのも、ぜったい意味があるよ」
「俺達も、この世界の星にいろんな楽しい思い出があるから、俺達はそれを守りたい。残していきたい。だから、力を貸してほしい」
呆然とした様子で呟くリュネに、オズとリュカは言葉を重ねる。
「もういちど、世界をまもるために力をかしてくれる?」
『守る……守る……』
他の猟兵達も何度も告げた、その一言。
リュカとオズも口に出した『守る』と言う一言を、リュネは自分の口で繰り返す。
「あなたのお師さまは、そしてあなたのお母さまは、なんのために戦っていたかな?」
『お師匠と母様が、守りたかったもの……?』
理緒の言葉に、リュネの瞳が丸くなったまま彷徨い出す。
「2人も、何か守りたいものがあったんじゃないかな?」
そんなリュネに、理緒は問いを重ねた。
月影については、石碑で明らかになってはいる。だが他にもあったかもしれないし、リュネの母親の方は情報がない。
『お師匠は、綺麗な世界を……母様は……母様も何かを守ろうとしてた筈……』
だがリュネは、理緒に答えられなかった。
所詮、残留思念なのだ。リュネの記憶、全てが此処に残っているわけではない。残っているもの中にない記憶は、今のリュネには語れない。
とは言え――理緒がそれを聞いた意図は他にある。
「無理に思い出そうとしなくていいの。わたしが言いたいのは、あなたは、2人の力も技も持ってるってことだよね! なら、あんな竜、撃ち落としちゃえ!」
発破をかける理緒の声に、リュネがはっと顔を上げる。
『そうだ……私は、誰から何を受け継いだ』
リュネの瞳が、徐々に鋭さを秘めていく。
(「ああ――そうか。そこに『いた』のか」)
ずっと目を閉じていたガーネットが、両の目を開く。
「あなたのお師匠、そこにいますよ」
『え?』
ガーネットが唐突に告げた一言に、リュネが首を傾げた。
「槍になった、と言っていましたね。人の姿を取っていなかったからか、器が完全に消滅してしまったからか。思念体になれないようですが、います」
「え、いるのお師匠さん!?」
驚いたルルチェリアも、慌てて目を閉じて、むむむ、と眉間に皺を寄せる。
「――あ、本当だ。それらしいのが……心配してる? ずっと近くにいたのね」
死霊術師である事と、ゼロから探したガーネットと違い、いると判って探ったのもあって、ルルチェリアは直ぐにその思念の存在に気づいた。
リュネの背中――槍があった所に、漂う存在の弱い思念に。
『お師匠が……』
2人の言葉に、リュネはもう幻でしかない槍に視線を落とす。
「私たちが、あの黒竜を倒して見せます。少々、力を貸していただけませんか?」
そんなリュネに、ガーネットは静かに告げる。
「でも、今諦めたら、失われます。彼の幸せだった想いも、彼の好きだった世界と、あの景色も。……蘇ったヴァルギリオスに」
瑠碧が落ち着いた声音で告げるのは、リュネにも月影にも仇敵の名。
「世界と、あの景色も失わない為に……力を、貸してください」
瑠碧もまた、リュネに助力を願う。
敵地の中でする話としては、長い――長い話だったかもしれない。
だが――今の、残留思念のリュネにはきっと必要な事だったのだ。
彼女は他の多くの勇者と同様に、ここで帝竜と戦い、敗れたのだから。ここで、最期を迎えたのだから。
最期の記憶は、敗北の記憶だった筈なのだから。
猟兵たちとの話は、きっと必要だったのだ。かつて敗者となった少女が、もう一度、勇者に戻る為に。
「そろそろ下を見るのも飽きたのではないですか? 空を見上げたくはないですか?」
ヘンペルが背中に声をかければ、リュネはしっかりと頷いた。
そこに、先ほどまでの気弱さはない。
――かつても、そういう表情をしていたのだろう。
「ええ。良い表情です」
勇者の顔になった少女に、ヘンペルは笑みを浮かべて頷いた。
●月穿つ業
とは言え、リュネが残留思念である事に変わりはない。
残留思念のままで戦えはしない。今のリュネに出来るのは、かつての力を猟兵達に貸し与える事。
『私がお師匠から教わった槍。あの竜に届かせるには、投擲の技ですね』
黒い雨が降り続く空から視線を降ろし、リュネは猟兵達を見回す。
『お師匠が私に教えた事は、単純な事です――槍が届くと知れ』
その言葉に、何人かの猟兵が首を傾げる。
「ふむ……己を信じれと?」
複数の『先生』から武術を学んだ経験故か、修介はいち早くその言葉を解釈し、リュネに訊き返す。
『信じるよりも、数段深く。知る、のです』
しかしリュネは緩やかに首を横に振って、言い直した。
『届くと信じるのではなく、届かない敵などないと。貫けると信じるのではなく、貫けない敵などいないと。知るのです。己に知らしめ、世界に刻み込む』
リュネの言うそれは、言ってしまえば一種の自己暗示の類だ。
但し、相当に強力な。それだけで、物理法則を越えてしまう程の――奇跡の領域。
『だから皆さんも知るのです。もう知っているのです。皆さんの技は、どこからでも、あの竜に届くのだと』
知っているのならば、それは出来るから知っているのだ。
●空に届く拳
「……成程な」
何度か握って開いてを繰り返した拳をぐっと握って、修介は炎の壁を飛び越え、黒い雨が降り注ぐ水の傘の外へと飛び出した。
「まずあの雨、どうにか止めないとだろう」
背中で他の猟兵達に、リュネに告げて、修介は静かに足を開いて、硬く握った拳を軽く構えた。
その拳を覆うは『先生』の一人がくれた、硬く丈夫なグローブ。
その下で修介の拳に巻かれたバンテージには、とある肉体派高僧の有難い言葉が直筆で入っているのだ。
筋肉は裏切らない――と言う言葉が。
(「そうだ。俺の筋肉は、こんな雨に負けない」)
肉体派高僧の言葉とリュネの言葉が、修介の中で組み合わさる。
呪詛孕んだ黒い豪雨が全身を叩こうと構うものか。負けないと知っているのだから。
それに、一度死んだ者に、もう一度戦ってくれと乞うたのだ。このくらいしないで、どうする。
「――ふぅ」
だが修介は、そんな内なる熱情を息とともに吐いて身体から力を幾らか抜いた。
――熱はすべて四肢に込め、心は水鏡。
力のみで振るうに非ず。力を籠める場所を選び、心は静かな水面の如く。
――恐れず、迷わず、侮らず。
敵が己を侮ろうと、己は敵を侮らない。見上げる天に在ろうが、恐れもしない。
ただ視据えて、呼吸を整える。
今やるべき事は、ただ一打。
持てる渾身を込め、届くと知っている一撃を叩き込む。
「――力は溜めず――息は止めず――意地は貫く」
拳は手を以て放つに非ず。
修介が振り上げた拳。その拳圧と呼ぶには強力な衝撃が、降り注ぐ黒い雨の全てを吹き飛ばし、逆流させた。
『――ッ!?』
修介の拳の衝撃が、逆巻いた雨粒と共に空のメランシオンの身体を叩く。
『何だ? 愚物ども――何をした!』
空を染める魔力が衝撃を遮断したとはいえ、修介の一撃はメランシオンを驚かせるに十分だった。
●月白清水、黒天を穿つ
「お願い」
黒い雨が止んだと見るや否や、短く告げて瑠碧も消えゆく炎の壁を飛び越えた。
その掌に水が集い、杖となり、弓へと変じる。
それは瑠碧に常に寄り添う水の精霊の力。
「黒輪竜。君にも言い分はあるんだろう。だが――撃たせて貰う」
変わった瑠碧の口調は、意識の変化の表れ。
元来、瑠碧はオブリビオンであっても、討つ事を望まず、悲しみ痛む性格だ。それでも戦う為に、瑠碧は意識に纏う。『姉の様に』と言う鎧を。
――その鎧がもう擦り切れていることに、瑠碧自身は気づいているのだろうか。
尤も、気づいていようがいまいが、彼女はそれを纏っただろう。『姉の様に』とするしか、瑠碧は戦う術をまだ知らない。
「……其れは木の葉、其れは流れる一点、其れは一矢にて散り得る」
瑠碧の指が弦にかかり、精霊弓に水の矢を番える。
放たれた水の矢は、風に乗って凄まじい勢いで上昇し、空の黒輪に突き刺さる。
パリンッ、と音を立てて、黒輪が砕け散って消えた。
消去水矢――アクア・イレイズ。
瑠碧の水矢は直接敵を討つためのものではない。森の清浄な気と精霊達の交流で備わった、浄化や中和の力そのものだ。
届くと知れ。貫けると知れ。
さらにリュネが口に出して伝えた、月影と月影の後継の技。その力を借りて瑠碧が放つ水の矢は、今は空に浮かぶメランシオンの黒輪を悉く撃ち、浄化し、消していく。
『よもや我が黒輪を消し去るとはな』
半数以上の黒輪を撃ち消された所で、メランシオンはその力を己の中へと取り込んでいった。
●空の勇者
『緩やかに死んでいけば良かったものを。黒輪を消せば、我が地に降りると思ったか? このまま我に顔すら知られず、この世から消え去るが良い!』
空に溢れていた力を取り込んで、メランシオンが吠える。
だがそれは、非戦闘行動をやめたと言う事だ。
猟兵の攻撃は、もう遮断される事は無い。
「可愛く人化した竜娘さんなら別だけど、こっちとしても特に可愛くもない竜の顔なんてみたいわけではないので! 降りてこなくてもぜんぜんおっけー!」
空で猛るメランシオンに、理緒がその猛りを気にせず言い放つ。
『飛べぬ愚物が、我を愚弄するか!』
「ならば飛んであげましょう!」
人を飛べぬものと断じるメランシオンに叫び返して、ソラスティベルはその背中にある竜の翼を広げた。
「邪悪なる竜よ、貴方の相手はわたしたち、『今代の勇者』です!」
そしてソラスティベルは、硬い竪穴の地を蹴って飛び出した。
リュネの言葉を借りるのならば――巨大な竜に比べれば小さな翼でも、メランシオンのいる高さまで届かない筈がない。
『だから愚物だと言うのだ。虫が羽虫になった程度で、何とする』
己の高さに追いついてきたソラスティベルを一瞥し、メランシオンが吐き捨てる。その言葉通り、高さが届いたとて、ソラスティベルとメランシオンでは体躯の差は如何ともしがたい。
だが――。
「勇気で攻め! 気合で守り! 根性で進む!」
『――ハ?』
だがソラスティベルはそんな事をまるで気にせず言い放ち、メランシオンに間の抜けた声を上げさせた。
「何を呆けているのです! 一部の隙も無い、完璧な作戦ではないですか!」
言い放ったソラスティベルが、蒼空色の大戦斧『サンダラー』を振り下ろす。雷の神竜がその身を変えたという刃から放った斬撃が、メランシオンの身体を叩く。
『何だと……!』
歯牙にもかけぬ筈の攻撃が、メランシオンの痛みとなった。
ソラスティベルは、ただ口先だけの言葉を声に出していたのではない。声に出した心意気一つで全てを凌駕してみせんとする、ある種の言霊のような業。
勇者理論――ブレイブルール。
ソラスティベルにとって勇者とはそういう者であり、彼女を支える絶対の真実だ。
――ソラスティベルは、気づいていたのだろうか。
それは、リュネが伝えて貸し与えた力と、性質が似ていると言う事に。
リュネの力を借り受けるのに、ソラスティベルは殊更相性が良い1人であったと。
いつも以上に、力が湧いている気がする事に。
『消え失せろ、愚物!』
「負ける気が! しない! ですよ!」
メランシオンの頭上に現れた無数の黒輪に極大エネルギーが収束する。
「負ける気が! しない! ですよ!」
黒輪から放たれる幾つもの魔弾を漆黒の鋼竜がその身を変えたという黒翼の盾『モナーク』で受け流し、ソラスティベルは大戦斧『サンダラー』を再び振り上げた。
●光を齎す英雄騎士団
空で戦える猟兵は、何も翼を持つ者だけではない。
「私も飛ぶか」
未開惑星調査用の二足戦車『マシンウォーカー』に搭乗したガーネットは、そのまま船体に『1』と刻印された小型スペースシップの上に乗っかった。
マシンウォーカーも宇宙仕様とは言え、スペースシップの方が速い。
『何だそれは――愚物の玩具か。落ちろ』
同じ高さに到達したガーネットを、メランシオンはつまらなさそうに一瞥する。
「玩具かどうか、その身で思い知れ! 勇敢なる騎士たちよ、今ここに集え!」
ガーネットが声を張り上げた瞬間、『マシンウォーカー』で乗っているのと同じ『1』の刻印を持つ小型船が76体、メランシオンを取り囲む形で現れた。
ブレイカーシップ・ブレイブナイツ――それは艦隊であり、英雄の騎士団。
「射ぇ!」
ガーネットの指示で、ブレイブナイツの全機体が一斉にレーザーを放つ。
『温いわ!』
だがメランシオンはレーザー光を浴びたまま、平然と破壊の魔力を放ち、ブレイブナイツを一気に数体撃ち落とす。
「火力が足りないか――だが、足りると知れ、だな」
リュネの言葉を自分に当て嵌め、ガーネットは反芻する。
「ブレイブナイツ! 合体せよ!」
ガーネットの指示で、ブレイブナイツの全機体が1つに合わさる。
『ぬ? なっ』
刻印が70となったブレイブナイツのレーザー光が、メランシオンに驚愕の声を上げさせる程に強力なものになっていた。
そして――地上の猟兵達も、動き出していた。
●狂い降る光雨
「雨はいつか止むものさ」
もう黒い雨は止んだ。傘は要らない。
有珠が掲げた澪棘の『海』の宝珠の中に、水の傘が戻っていく。
「そして止んだ今なら晴れ間は、私がつくるさ」
小さな笑みを浮かべた表情をリュネに向けて、有珠は再び杖を掲げ直した。
海の宝珠が、強く眩い輝きを放ち出す。
「来たれ、世界の滴。群れよ、奔れ――」
その気になれば舌打ち一つでも済ませられる詠唱を、有珠は敢えて口遊んだ。
(「その方が――勇者っぽいだろう?」)
胸中で笑って、有珠は最後の言葉を声に出した。
剥片の戯――プリュイ・フォリー。
発動は、遥か空の上。
「黒い空でも届くと知れ――と言ったところか」
メランシオンの周りに、突如として有珠の魔力が顕現する。300を優に超える光の魔力の薄刃が、黒輪よりも高い空から雨と降り注ぐ。
「散々雨を降らせてくれたな。お返しだ」
黒い雨を防いでみせたが、有珠が得意とするのはこういう類の魔法の方である。
『なっ――』
驚くメランシオンも黒輪も、降り注ぐ光の薄刃が斬り裂いていく。空を多く黒の向こうに、星々の輝く夜空が垣間見えた。
●天衝く星のショータイム
「届くと知れ、か……」
リュカもまた、リュネが口にした彼女の師の言葉を繰り返していた。
「リュカ?」
「この弾丸が本当に星まで届けばいいけれど――って思ってたんだ」
その呟きが聞こえて首を傾げるオズに、愛用の改造アサルトライフル『灯り木』の銃身を掌で撫でながらリュカは返す。
「だけど、違った」
届けばいい、ではないのだ。
リュネの、月影の。教えと力を借りたのならば。
「オズお兄さんも一緒なら、負けたりなんて、しない」
「うん、まけないよ。リュカの力は星までとどくよ」
キトンブルーの瞳を向けてリュカに微笑みかけ、オズは片手を掲げた。
「きて」
オズの掌に現れた槍は、ガジェットショータイム。
どこかリュネのそれと似ている槍を構え、オズはまだ黒い空を見上げる。いつも楽し気にころころと丸く輝いている瞳をきっと釣り上げて。
「とどけ!」
一言叫んで、オズは力いっぱい槍を投げた。
――とどけ、とどけ。リュネの、月影の思いといっしょに
「届くよ、オズお兄さんの槍も」
願うオズの肩をそっと叩いて、リュカが告げる。
そう届かない筈がない。
リュカもオズも――少なくとも今この時は――届くのだと知っているのだから。
「……」
オズの肩から手を放して、リュカも『灯り木』の銃口を空に向ける。
蒸気の煙で飛行機雲の様に軌跡を描いて飛んで行く槍を、その先の竜を見上げて、リュカは引き金を引いた。
「……星よ、力を、祈りを砕け」
『灯り木』の銃口から放たれた輝きは、最も明るい天狼の星の名を冠した星の弾丸。
届け、願いの先へ――バレット・オブ・シリウス。
流星が地から空へと昇りいく様な速さで、星の弾丸は槍を追い越しなお勢いを落とすことなく昇り続け、メランシオンをあっさりと撃ち抜いた。
それは、メランシオンの巨体からすれば小さな傷にすぎない――筈だった。
リュカの星の弾丸は、あらゆる装甲や幻想を打ち破る。
『そんなもので我をどうにか出来ると――!?』
オズの投げた槍が突き刺さった衝撃は、人が竜に勝てる筈がないと言う幻想を打ち破られたメランシオンにとって予想以上の痛打となっていた。
●二つ目の炎
猟兵達を覆っていた、炎の壁が消えていく。
代わりに両手に構えた銃を空に向けるベールの中は、今だ灼かれ食われ続けている。
まだ、必要な事だから。
「普通ならヌイの弾丸は届かないかもしれない、でも、月の力があれば」
――届くのが当然だと、己の業が届くと知れ。
それは槍でも剣でも弓でも同じだと言っていた。
そして銃でもそうなのだと、リュカによって既に示されている。
ならば。
ベールが向けた氷火双銃の銃口から、炎の弾丸が放たれる。それは重力をものともせずに空をぐんぐん上って――。
『……っ!?』
命中した瞬間、メランシオンの巨体が炎に包まれた。
ベールが炎弾に込めたのはフェニクスのもう一つの炎。悪魔の地獄の炎が、メランシオンの魔力にも負けずにその体を焼いていく。
●偽も貫けば真となる
「あらゆる道具を使いこなしてこそ真の勇者! ここは倣って槍だな!」
人間の前に、おもちゃ箱のような箱が現れる。
その名も、おもちゃの勇者小道具セット――やはりおもちゃだった。
その中から飛び出したのは、何やらピカピカ明滅してギュンギュン音が鳴る、豪華そうなメタリックだが――明らかな作り物とわかるおもちゃの槍だ。
それこそが、人間の勇者の武器――フェイクヒーローウェポン。
「さぁクソ竜! 俺のグングニルの投擲を喰らえ!」
人間はそれを違う世界の伝承にある神の槍と呼んで、ぽいっと投げた。
(自称)グングニルはぐるんぐるんと回転しながら、何故か勢いが落ちる事無く空へ空へとぐんぐん飛んで行く。
「勇者が力を貸してくれるのならばこの槍が届かぬことはないだろう! この槍は黒輪を切り裂き星々を、月をも曝け出させてやる!」
人間のいつもの思い込みに、今回はその槍が届かない筈がない、と言うものが加わっていた。常に自分を勇者と思い込んでいる人間もまた、リュネの技との相性がすこぶる良かった猟兵の一人だ。
そして――人間の(自称)グングニルは、ぐるんぐるん回ったまま地獄の炎に焼かれるメランシオンの腹を斬り裂き、後ろの黒輪をも斬り裂いた。
『こ、こんな――こんなものがぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
おもちゃの槍にダメージを受けたという現実は、メランシオンの身体よりもプライドの方に深い傷を残していた。
●もう一度、伝説を
(「リュネさんのお師匠さんの思念もいたのね」)
恋バナに夢中になるあまり、ルルチェリアはそこまで気が回らなかったけれど。
(「もしかしたら――出来るかも。ううん。私は出来る!」)
ルルチェリアはゴーストランタンを掲げ、サモニング・ガイストを発動した。
それは、古代の戦士の霊を呼ぶ業だ。
そして――ここには古代の勇者の思念が漂っている。
ルルチェリアはもう知っている。リュネの傍に彼がいる事を。
(「いるなら、応えて!」)
ルルチェリアの願い、祈りに応えて、霊が顕現した。
その霊は人の形をしてはいるが、顔に表情と呼べるものはない。月の光のような淡白の人型の霊魂と言ったところだ。
だがその手には、鋭い槍を持っていた。
ルルチェリアの喚んだ霊は、槍の穂先に炎を灯し――投擲するように構えた。
『――あ』
その構えを見たリュネの口から、声が上がる。
『――あ、あぁ――』
何処か震えるような響きの、意味をなさないリュネの声。だけどルルチェリアはその声で、望み通りに応えてくれたのだと確信していた。
あれはきっと――月影だ。
表情すらないのは、ここで散った時にはもう、人の姿を捨てて久しかったからか。
気合の声もなく、古代の霊が無言の内に炎を纏った槍を放つ。
それは当然の様に、メランシオンに突き刺さった。
泣くと言うのは、生きている者の特権なのだろう。
身体があるから泣けるのだ。
残留思念である今のリュネには、精神的には泣けても涙は流れない。
それでも――リュネはきっと泣いていた。
「対象認識。解析開始」
その背中を見ながら、ヘンペルが霊符を空中に拡げる。
選んだ霊符の属性は『陽』。光の力。
「属性定義。弱点把握」
ヘンペルは展開した総計355枚の光の符を重ね、束ねて一つにしていく。
「霊符連続展開完了───」
形成されたのは、巨大な光の槍。
「これを」
『え?』
ヘンペルはその槍を、リュネへと差し出した。
「私はあくまで発射台。討ち手は貴女です、月影の後継……!」
『え? え? でも、私は幽霊みたいなもので、攻撃する力は――え?』
唐突に振られてワタワタと慌てたリュネは、光の槍を受け取って更に驚いた。そう。受け取れたのだ。残留思念のリュネに。
霊符の術の中には、死者や霊魂に干渉する術もある。
五行の理に準えヘンペルが霊符で作った光の槍であれば――それを残留思念でも持てる様にするのは、可能であった。
「彼と御母堂と。2人の信念を受け継いでいるのだ──きっと大丈夫だ。その一穿、太陽すら落とすだろう」
『わ、判りました』
ヘンペルに頷いて、リュネが光の槍を構える。
「きっと景色を取り戻して見せます。だからこの力を……空へ届けて――」
いただけますか。
続けようとした言葉を、志乃は飲み込む。
リュネの力はそうではない。己が知るのだと言ってたのだ。だとすれば。
「一緒に、空へ届けましょう!」
志乃は呪詛をたっぷり吸収した光を破邪の力に変えて、リュネが構えた光の槍に重ねて纏わせていく。
「あ、撃つのちょっと待って」
光の槍を構えるリュネの後ろで、ゴーグルタイプのウェアラブルコンピュータ『Oracle Link』を装着した理緒が空に視線を向けて待ったをかける。
「――不測演算、開始」
理緒の目にする『Oracle Link』の画面に、凄まじい情報が流れていく。
理緒が始めたのは、不可測演算。それは、攻撃に限らない、ありとあらゆる敵の行動を解析し、演算する事で、不確定要素も含めた「あらゆる可能性の未来」を導き出し、そこから最良の手を選択する。
「カウントするから。めいっぱいの一撃、叩き込んじゃって!」
リュネの背中に告げて、理緒は演算の中から、最も確率の高い瞬間を選び取る。
「4、3、2、1――今!」
そして――光が放たれた。
『ぐ――愚物がぁぁぁぁぁ』
「逃しません!!!」
迫る光に反転しようとしたメランシオンの横面を、ソラスティベルが振り回したサンダラーで叩いて止める。
「ブレイブナイツ! 全弾射て!」
さらにガーネットのブレイブナイツがミサイル砲撃で、メランシオンを抑える。
稼いだその数秒で。
伝説の再臨たる光の槍が、メランシオンを貫いていた。
『こんな……』
黒い雨が逆巻いてから、まだ数分も経っていない。反撃らしい反撃をする暇すらなく猟兵達の攻撃を浴び続けたメランシオンが、地に落ちながら消えていく。
「……おやすみ、黒輪竜……ごめんね」
地に落ちる前に消えゆくメランシオンを見上げ、瑠碧は悲し気に呟いた。
●勇者との別れ
ガガガガガガッ!
鋼の嘴が、竪穴の地面をすさまじい勢いで掘っていく。
『え、何ですかこれ』
「メカたまこと言う――まあ、一種の魔法のようなもので動く鉄のにわとりです」
目を丸くしたリュネに、ガーネットは言葉を選んでメカたまこEXを紹介していた。
『コッケー!』
そこに、メカたまこが鳴き声を上げる。
「お、これが財宝か。よくやったぞ、メカたまこ」
メカたまこEXの嘴には、ガーネットが新たに搭載した宝探し機能で発見し、軽く埋まっていたのを掘り出した魂晶石が咥えられていた。
『……未来にはこんなのもあるんですね』
興味津々で屈んで、リュネはメカたまこをじっと見つめ――。
『今ならお師匠が言っていたことが判る気がします』
そして少し寂し気に呟いて、立ち上がった。
『もう充分幸せだった――と。最後に皆さんと会えた。お師匠から継いだ技を伝えられたし、もう一度、お師匠と一緒に槍を振るえましたから』
(「……師匠、か」)
リュネの言葉を聞きながら、修介は地元の『先生達』を思い出していた。
元気にしているだろうか。
その内、顔を見に、見せに帰ってもいいかもしれない
『だから私はここで、満足して皆さんを見送れます。ありがとう』
本当にそれで充分なのか――とは誰も問わない。リュネがそういうのなら、それでいいではないか。
「なに。紳士ですからな」
帽子を脱いだヘンペルは紳士的に一礼し、リュネにニコりと返す。
「色々と、お話ありがとう」
「たのしかったよー!」
不器用に微笑むリュカの隣で、オズが満面に笑みを浮かべる。
「面白い話だったよ」
「ええ。お師匠さんとお母さんの恋バナ、楽しかったわ」
理緒とルルチェリアも、リュネに笑って軽く手を振って。
「私も礼を言う。いつか涯で師と語る時には、君たちの話もしよう」
有珠も海青の瞳を、優しげに細めて礼を告げた。
『帝竜も皆さんならきっと倒せます。お願いしますね』
「勿論です! きっと倒してみせます!」
「うむ。真の勇者の僕がいるのだ!」
ソラスティベルと人間――心は既に勇者な2人が、リュネに力強く頷く。
「はい。お任せ下さい。私達、後輩に」
志乃が頷き返す頃には、リュネの姿が急速に薄くなりだしていた。そのままどんどん透けていき――消えていく。
『私は此処まで――ここでお師匠と皆さんの勝利を祈って――』
言い終える前に、その言葉も消えていく。
消えてしまったのか。それとも現出する力がなくなった――少し疲れたのか。
「うん……どうか、ゆっくり休んで」
リュネが最後に立っていた場所に、瑠碧が慈しむように呟いた。
帝竜戦役はまだまだ続く。
次の戦場へ、或いは一度身体を休めに。猟兵達はそれぞれに、その場を後にする。
シャンッ――。
誰もいなくなった筈の竪穴に、微かな鈴の音が響く。
戦いはまだ続く。
それでも――届くようになった月の光の下で舞うくらいの時間はある筈だ。
(「どうか、この舞が貴女に届きますように」)
心交わした勇者に捧げるベールの舞を邪魔するものは、誰もいなかった。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2020年05月11日
宿敵
『『黒輪竜』メランシオン』
を撃破!
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