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「いってらっしゃい」

#UDCアース #【Q】 #アサイラム #君と向日葵

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#UDCアース
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#【Q】
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#アサイラム
#君と向日葵


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 とん、とん、とん。2日前から、少女の部屋の天井を、ダレカが踏み鳴らす音がするようになった。
 かり、かり、かり。昨日から、少女の部屋の扉を、ダレカが引っ掻く音がするようになった。
 そして今日。

『あー、けー、てっ』
『あーそびーましょっ』
「やだやだ、やだよぉ……! 帰りたいよぉ……!」
 少女は部屋の片隅で、布団をかぶってガタガタと震えていた。扉のすぐ外にナニカがいる。聞こえて来る声はこちらの庇護欲を誘うような可憐な幼子のものだが、少女の何か超常的な感覚が、ソレはよくないものだと告げていた。
 扉が開いてしまえば、ここではないどこかに連れ去られてしまう。そんな気がした。

 何がいけなかったのだろう。
 厳しくも優しい職員さんたちにもっと頼っていればよかったのだろうか。
 それとも、お節介で騒がしくも、仲間思いな友人たちに悩みを打ち明けていればよかったのだろうか。
 ダメだったのだ。新しい家族たちは、少女にとって、本当の家族ほど、心を許せる相手ではなかった。

「帰りたい……! 助けて、おとうさん、おかあさん……!」

 大切な仕事の休みに、一緒に川釣りに出かけて、滑りそうになった自分の体を抱きとめてくれた、父の頼もしい手はもう握れない。
 今思えばあまりに幼い不平不満をぶつけるたびにとことんまで真摯に語り合ってくれて、最後には優しく笑いかけてくれた、母の声はもう聞けない。

 震える少女を抱擁するように、さらさらと、爽やかな風が吹いた。
 気づけば、扉の向こうにいた怖いナニカの気配は消えていて。部屋の中であるにも関わらず、どこか暖かな気持ちに誘う、夏の日差しが少女を照らしていた。

『――もう、大丈夫。おかえりなさい、怖がらなくていいんだよ』

 ――ちりん。風鈴の音が静かに響く。


「夏だねー、みんな」
 そんな呑気にも聞こえる言葉とともに、ウェンディ・ロックビルは今回の事件について説明をはじめる。
「今回の事件の舞台はUDCアース……ただ、アリスラビリンスも関係してくる感じだねっ。アリスラビリンスについては知ってるー?」
 無数の不思議な国と呼ばれる小世界によって構成される複合世界。アサイラムと呼ばれる場所から召喚された異世界人が、人喰いのオウガから逃げ惑う、幻想的な外観とは裏腹の死と隣り合わせの世界である。
「そう。そのアサイラムが今回、UDCアースにも見つかったんだ」
 どうやらこれは以前から時折確認されている現象らしく、厭世観や疲労、身近な人との確執などの、心の傷をもつ人物がアリスとして選び出され、その人物のいる病院や孤児院といった外界から隔絶された空間がアサイラムと化すことがあるようだ。
「今回予知に現れた女の子――天神・もねちゃんって言うんだけど、今いる施設に馴染めなくて、アサイラム化に取り込まれちゃったみたい」
 もねは次第にアリスとしての適合が進んでおり、それが完了したならば、不思議な国に連れ去られてしまうだろう。
 では、そのアサイラム――養護施設に向かい、彼女を助け出せばいいのかといえば、ウェンディは悩ましげに吐息を漏らす。
「それがねえ、ちょっとだけややこしくて」
 曰く、ユーベルコードの力はオブリビオンを引き寄せる場合がある。もねもアリス適合者としての力――“ガラスのラビリンス”だと思われる――に目覚めかけており、自身の周囲にラビリンスを展開しているようだ。
 その力に反応したUDCが、養護施設にやってくるのだという。
「そのUDCはね――『向日葵』」
 『向日葵』。基本的に害意はなく、訪れた者の望郷の念を刺激する異界に閉じ込めるだけの異質なUDCである。
 現在は、『向日葵』の展開する異界の中にラビリンスごと取り込まれることで、もねが不思議な国に連れ去られるのは先送りになっているようだ。
「結果的に、『向日葵』ちゃんの力で、もねちゃんは守られる形になってるわけだけど……だからといって、このままにもしておけません」
 なぜなら、いくら優しい世界であろうと、UDC存在の生み出す異界は歪んでいる。そんな中にずっと取り込まれていれば、脱出する気力も奪われ、いずれは人ではなくなってしまうことだろう。
「だからみんなには、『向日葵』ちゃんの生み出す異界に侵入してから、『向日葵』ちゃんを倒して、その上で、もねちゃんを助けてもらう必要がある、かな」
 優しい世界を壊す覚悟はあるか、とグリモア猟兵は問いかける。

「ん。それじゃあ、具体的な作戦内容について説明していくね? まず、みんなが辿り着いた時点で、既に施設は『向日葵』ちゃんに刺激されて現れたUDCによって支配されちゃってます」
 そのUDCは『黄昏』。逢魔時ともよばれる、夕暮れの時間そのものがUDC化したような、空間と一体化するタイプのUDCである。
「外は真昼なのに、施設に入ったら夕陽が差し込んでるんだよ。びっくりだよねぇ。……えっとね、そういうわけで、敵は空間と一体化してるから、倒すのがとっても難しいです。なので、みんなは施設の中にある、もねちゃんの部屋にたどり着くのを最優先してください」
 もねの部屋にたどり着けば、そこから『向日葵』の異界に突入できる。『向日葵』を撃破すれば、施設を包む『黄昏』も終わりを迎えるはずだという。
「もねちゃんの部屋から『向日葵』ちゃんの異界に突入したら、あとは彼女を倒すだけ。……なんだけど、『向日葵』ちゃんはみんなの故郷や家族を想う気持ち……郷愁の念ってやつにはたらきかけてくるから……その、ね」
 くれぐれも心を強く持って臨んでほしい、とウェンディは言う。
「『向日葵』ちゃんを倒したら、いよいよもねちゃんの“ガラスのラビリンス”にたどり着くはずだよ。みんなは迷宮のゴール……出入口から逆走する形で、中心部にいるもねちゃんの救出に向かうことになると思う」
 UDCを倒しても、彼女の救出が間に合わず、アリスラビリンスへと連れ去られてしまっては目的達成とは言えない。最後まで気を抜くべきではないだろう。
「作戦は以上です! 出現するUDCの特異性もあって、ちょっと大変だと思うけど。みんな、気をつけてね」
 そう言って、ウェンディは猟兵たちを送り出した。


月光盗夜
 一気に暑くなり、雨の日も増えて初夏らしい気候になってきましたね、月光盗夜です。
 今年も季節に合わせて、夏のシナリオをお送りします。いわゆる心情シナリオ、どうぞ、故郷に想いを馳せていただければと思います。

●天神・もね
 13歳の少女。“アリス適合者”として覚醒しかけているものの、現在はまだ人間。
 1年ほど前に両親を事故で亡くし、施設へと入ったが、まだうまく施設に馴染めていない。
 両親を亡くして塞ぎ込む前は、絵画を趣味としていた。多趣味な父親の影響を受けたもの。

●第1章について
 オープニングでも説明のあった通り、集団戦フラグメントではありますが、敵を倒すことではなく、『黄昏』によって異界化した施設の中を探索し、もねの部屋にたどり着くことが目的となります。
 『黄昏』の異界の中でどのように探索を行うか、といったイメージでプレイングを書いていただくのがよいかと思います。
 異界の中がどのような雰囲気になるかなどは、断章も参照ください。

●プレイングについて
◇募集期間
 断章投稿後より各章のプレイングを受け付けます。
◇再送
 マスター都合、並びに今回のシナリオ特性上、再送をお願いする可能性が高くなるかと思います。2,3回程度の再送の間にはリプレイを返却できるよう努めますので、ご協力頂けますと幸いです。
◇略式記号
 アドリブ、連携描写などを多用する傾向にあります。
 アドリブは大丈夫だけど知らない人との連携描写は苦手だよ、という場合は「▲」を、アドリブも連携描写もなるべく少なめで、という場合は「×」を、【プレイング冒頭に】お書き添えください。
 なお、アドリブ連携大歓迎、という場合は「◎」を書いて頂いても構いませんが、そもそも記載のない場合は原則アドリブや連携多めになりますので、記載しなくても問題ありません。
◇合わせプレイングについて
 お二人での合わせプレイングをお送りいただく場合は、プレイング冒頭にお相手様の呼び方とIDを記載頂くようお願いいたします。(例:「太郎くん(fxxxxx)と同行します」)
 また、グループでお越しになる際は、プレイング冒頭にグループ名を【】で囲っての記述をお願いいたします。
 なお、どちらの場合もなるべくタイミングを揃えて送信いただけると、迷子の危険性が減るかと思います。

 長々と失礼いたしました。それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 集団戦 『黄昏』

POW   :    【常時発動UC】逢魔ヶ時
自身の【黄昏時が進み、その終わりに自身が消える事】を代償に、【影から、影の犬などの有象無象が現れ、それ】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【影の姿に応じた攻撃方法と無限湧きの数の力】で戦う。
SPD   :    【常時発動UC】誰そ彼時
【破壊されても一瞬でも視線を外す、瞬きを】【した瞬間に元通りに修復されている理。】【他者から干渉を受けない強固な時間の流れ】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    【常時発動UC】黄昏時
小さな【懐古などの物思いにより自らの心の内】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【黄昏の世界で、黄昏時の終わりを向かえる事】で、いつでも外に出られる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 施設に突入した猟兵たちを待ち受けていたのは、すっかり異界に取り込まれた空間であった。
 年季が入ってこぢんまりとしていながらも、職員や子どもたちによってよく手入れをされていた施設内は、異界化の影響か、本来の施設よりよほど大きく内部空間が広がっている。
 どうやら異界は、内部に存在する人間の郷愁を誘う幻を映し出す機能が存在するようだ。だが、幻に気を取られすぎないよう気を付けねばならない。なぜなら、人間に危害を加えない『向日葵』の領域と異なり、『黄昏』は影の獣によって攻撃を加えてくるのだ。

 幻と影を退け、もねの部屋に向かわねばならない。

●補足
 オープニングにもあります通り、本章は集団戦フラグメントですが、扱いとしては冒険フラグメントに近い、『黄昏』の異界に取り込まれた施設内を探索してもねの部屋にたどり着くことを目的としたものとなります。
 探索方法は自由です。おもいおもいの手段で、異界内を探索してください。
 なお、映し出される幻は、同行者も知覚することができます。合わせ参加などにご利用いただくことが可能です。

 それでは、これよりプレイングを受付いたします。みなさまのプレイングをお待ちしております。
ベリル・モルガナイト


もねさんを。守るという。意志で。身体能力を。強化
少しでも。早く。彼女の。下へと。辿り着き。ましょう

二体の。UDCに。もねさんの。ユーベルコード
三種の。異界が。重なり。あっている。ならば
その境界も。あるのでは。ないでしょうか
異なる力が。ぶつかり合う。境界にも。何か。予兆がある。かもしれません
黄昏の。異界は。夕暮れ。差し込む。夕陽が。消えていく。ような。場所は。ないか。探してみます
もねさんは。逃げ回ることは。できない。でしょうから。部屋を。探し。中を。確かめて。いきます

影の。獣は。【盾受け】で。退けて。いきます
無尽蔵に。湧くならば。倒すよりも。異界を。突破することを。重視し。しましょう



「無辜の。少女を。守るという。姿には。どこか。共感も。覚え。ますが」
 少しばかり悩まし気に溜息をつきながら、ベリル・モルガナイト(宝石の守護騎士・f09325)は異界の探索を開始する。騎士を自任する彼女としては、人食いの怪物に襲われかねない少女を、異界への拉致という形とはいえ保護している『向日葵』の行動を、大上段で否定したくないように感じる気持ちもあった。
「けれど。たとえそれが。善意から。だとしても。このままでは。もねさんの。心身に。危険が。あると。いうのでしたら」
 悩ましく思う気持ちは脇に退け、一刻も早くもねを守らねばならない、と決意を固めるのであった。

「三層に。重なり。あっている。異界の。境界。見つけられれば。よいの。ですが」
 『黄昏』と『向日葵』の二種類のUDCによる異界と、その中に閉じ込められたもねのユーベルコード。このアサイラムには今、異界が三重に重なり合っている。であるならば、異なる力がぶつかり合うことによって発生する“ひずみ”を見つけられれば、もねの元へたどり着けるのではないかと考えたのである。
「黄昏の。異界は。夕暮れ。それならば。境界は。逆に」
 思案気に揺らす宝玉の髪を夕陽が照らし、朱く輝かせながら異界内の歩を進めるベリルの前に、どこか悲し気な唸り声が聞こえる。足を止め、機敏な仕草でベリルが後方を振り向きながら盾を振りかぶれば、今にも背後から襲い掛かろうとしていた影の狗が、見事に盾に打ち払われて弾き飛ばされていた。
「やはり。この辺りは。まだまだ。影の。獣が。強い。ですね」
 弾き飛ばした傍から、新たな影の獣が姿を現し、ゆるやかにベリルを包囲していく。ベリルの推測が正しければ、おそらく『向日葵』の異界に近づけば近づくほど、『黄昏』の異界の影響力は弱まっていくと思われた。 夕暮れ時の影は非常に長く映るが、昼の影は短く、夜の影は暗闇に紛れて消えてしまう。
 影の獣を突破した先に異界の入口があると信じて、獣を打ち払い、道を切り拓きながら進むベリルであった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルキウス・ミューオニウム
日の光の射さない世界で育った私には、この黄昏時、というのは別段懐かしくもなんともないのですが……

……母様……?
これは母様が久しぶりに帰ってきた時の……
そう、でしたね。
この頃はただ母様に会えた事が嬉しくて……ママの悲しそうな顔にも気付けていませんでした
それに反発して飛び出したのも、もう一年と半年前……そろそろ真意を聞くべき時なのかもしれませんね

その為にも。ここを突破し本当の家に帰るとしましょう

郷愁に引かれる心を自ら【鼓舞】し、異界を手当たり次第に探し回ります。
現れる影の獣は【なぎ払い】もねさんの部屋を目指します



 人が夕暮れの時間を、黄昏時、あるいは逢魔が時などと呼んで時に畏れ、時に懐かしく思うのは、人が元来太陽のもとで暮らす生き物であるからに他ならない。日が沈めば家に帰らねばならないからこそ、黄昏は別れの象徴となり郷愁を誘うのだ。
「日の光の射さない世界で育った私には、この黄昏時、というのは別段懐かしくもなんともないのですが……」
 故に、ダークセイヴァーで育ったルキウス・ミューオニウム(夜明けの賛歌・f00023)にとって、異界を満たす夕陽が郷愁を誘うようなことは特段なかった。むしろ、異世界に渡って初めて知った、暗い夜の明ける朝焼け空が彼は好きなくらいである。
 だが、ユーベルコードはやはり条理を越える力。黄昏への思い入れが彼の体験そのものと紐づいていなくとも、心を揺るがすことは可能なようだ。

 ――ちりん。小さく、彼にとっては耳慣れない、鈴鳴りのような音が鳴る。どこか郷愁を誘うようなその音に首を傾げ、小さくきょろきょろと周囲を見回した後、視線を前に向けなおすと、そこには、鮮やかな銀髪の凛々しい女性と、彼女に撫でられて少し照れたように、しかし嬉しそうな笑みを浮かべる、同じく銀髪の少年――幼い日のルキウスと養母の姿があった。
「母様……?」
 ルキウス・ミューオニウムは、二人の養母に育てられた。ルキウスにとって縁戚にあたる心優しい養母と、そのパートナーたる凛々しく誇り高い養母。彼は二人をママと母様と呼んでいた。
 ダークセイヴァーは過酷な世界ではあるが、彼は両親をよく愛し、小さな幸せの中に育っていた。母様はいつも忙しくしていて家を空けがちで、帰ってくるときはといえば決まって大小様々な傷痕を増やしていたが、それも母様がこの昏い世界を照らすヒーローであるが故のこと。などと小難しく考えていたかはさておき、幼い日のルキウスは、貴重な母様との時間を心から喜んでいた。
「ですが……ああ、やはり。この時も、ママは悲しそうな顔をしていたんですね」
 だが、ルキウスが振り向くとそこには、優しい笑顔で二人を見つめながらもどこか目元を悲し気に歪ませるもう一人の養母。思い返せばずっと昔から、母様を出迎えるママの笑顔には、悲し気な色が滲んでいた気がする。

「ああ、あれももう一年と半年前のことですか」
 成長とともにママの抱える悲しみに気づいたルキウスが、母様と大喧嘩をして家を飛び出してから、もう随分と経つ。まだまだ大人には程遠いとはいえ、彼も14歳になった。
「……そろそろ真意を聞くべき時なのかもしれませんね」
 そう呟いてサングラスを外すと、かっと眼を見開く。その直後。幻影に心を奪われているルキウスに襲い掛かろうとしていた影の猟犬は、力を持った視線によって両断された。
「その為にも。ここを突破し本当の家に帰るとしましょう」
 差し込む夕陽に眩しそうに目を細めながらサングラスをかけ直す。まだまだ成長途上の少年は、懐かしい両親の姿に後ろ髪をひかれそうになる気持ちを鼓舞し、異界の探索を進めるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘカティア・アステリ
【綿津見の唄】
おやおや、随分と中は広いんだね
頭をぶつけないのはありがたいよ
しかし……ほんと、異世界ってのは地面ばっかりだねぇ

物珍しく眺めていればふと、聞こえるはずのない潮騒が耳に届く
振り返ればあの歓待船の主人に似た、けれどずっと大人びた女がひとり
己が主人である少年の母であり、自分の親愛なる友でもあるセイレーン

……なるほど、郷愁ってのはこのことかい
やれやれ、久しぶりにサーラの顔を見たよ
ほんと、こうしてみるとへヴェル坊ちゃんそっくりだ

あぁ、大丈夫だよルクス
ただ懐かしいっていう、それだけさ
さぁ行こう、こんな場所に子供をひとりぼっちにさせてちゃ可哀想だ
それにあんまり長く船を離れてらんないだろう?


ルクス・カンタレッラ
【綿津見の唄】

さぁて、可愛い女の子を迎えに行かねぇとな、相棒
あー、それ私も思った
建物の中なのにへカテが動くのに困らないって良いよな、助かる
……海の匂いがしねぇって、ちょっと落ち着かないのは私だけか?

ふとへカテの視線を辿れば、見覚えのある元女主人の姿
坊ちゃんも大人になったらこんな風になるのかなー、なんて性別は無視して呑気に考えるのは、それは自分の郷愁ではないからだ
自分にとっては今こそがこの世の天国だ、過去を振り返っても郷愁なんて抱くものがない

……へカテ、大丈夫かい?
相棒を見上げれば、思ったより平気そうな姿に少しだけ安堵する
そうだな、早く終わらせて船に帰らないとなぁ
私たちふたりとも出て来ちまったし



「さぁて、可愛い女の子を迎えに行かねぇとな、相棒」
「やれやれ、アンタはまたその調子かい」
 軽薄にも見える笑みを浮かべてルクス・カンタレッラ(青の果て・f26220)が笑うと、呆れたような声が落ちてくる。決して背が低いわけではない、伊達男然としたルクスの頭よりもはるかに高い位置から響く快活な声。そう、彼が相棒と呼ぶ女傑、巨人の女戦士たるヘカティア・アステリ(獅子頭・f26190)のものである。
 苦笑こそするものの、ヘカティアもルクスの言葉に異を唱えることはない。居場所に悩む者がいるならば手を差し伸べる。きっと、彼女の主人も、その母親もそうするだろうと思うからだ。
「しかし、見た目とは違って随分と中は広いんだね。頭をぶつけないのはありがたいよ」
「あー、それ私も思った。建物の中なのにへカテが動くのに困らないって良いよな、助かる」
 当然ながら、通常の人間の3倍はあろうかという体躯を誇るヘカティアが入ることのできる建物というのは限られている。彼女たちの出身地たるグリードオーシャンならば巨人の生活に配慮した建物も一定数は存在するが、それでもそもそも入場不可能な場所も多いし、ましてや異世界となればなおさらである。
 この施設もまた、見た目にはごく普通の人間基準、あるいはやや小ぢんまりしてすらいる印象だったというのに、中に入って見れば、ヘカティアが悠々と余裕をもって探索できるだけの広さがあった。というよりは、ヘカティアの侵入に合わせて、異界内部が拡張したようにも感じられる。
「ご親切でありがたい話だが……海の匂いがしねぇって、ちょっと落ち着かないのは私だけか?」
「心配なさんな、あたしもだよ。ほんと、異世界ってのは地面ばっかりだねぇ」
 海に満ちた世界の出身であるというだけでなく、歓待船なる特殊な船を職場にして棲家とする彼女たちにとっては、ともすれば陸地で暮らす時間よりも船上で過ごす時間の方が多く、陸地に上がるときもすぐそばには海があった。両足で踏みしめる地面が揺れる甲板ではないどころか、潮の香りすら感じられないというのは、どうにも奇妙な感覚を覚える。
 この分だと、陸地にいる違和感に紛れて、探索にも困りそうだな、などとルクスが考えていると。
 ――ちりん。涼やかな、風鈴の音が響く。かと思えば、先ほどまで聞こえなかったはずの、聞き馴染んだ潮騒が耳に届く。これはどうしたことか、と隣にいる相棒の方を向けば、彼女は後ろを振り返って、じっとその先にいる人影を見つめていた。
「……なるほど、郷愁ってのはこのことかい」
「こりゃまた、随分と久しぶりに見る顔だね」
 視線の先にいたのは、瑞々しい葡萄酒色の髪を持つ、誰もがその美貌を讃えるであろう絶世の美女。彼らの乗り込む歓待船の主人によく似た、しかしずっと大人びた顔立ちの彼女は、“オトヒメ”の名で知られた歓待船の先代女主人。

 ルクスはといえば、そんな彼女の姿を見ても、己の仕える少年も成長すればこのようになるのだろうか、などと、少年の中性的な容姿もあってか、そもそも親子とはいえ性別が違う、という前提を無視した呑気な考えを巡らせていた。
 というのも、ルクスにとって、彼女もまた自分を救い出してくれた恩人でこそあるものの、共に過ごした時間はごく僅か。ルクス・カンタレッラは、あくまであの幼い美貌の中に気高さを秘めたヘヴェル・シャーロームの騎士なのだ。
 故に、ルクスは彼女の姿を見ても、郷愁に惹きこまれるということはなく、口を突いて出るのは、相棒を心配する言葉であった。
「……へカテ、大丈夫かい?」

 セイレーンの海賊紳士とは逆に、巨人の女戦士にとっては、先代女主人たるサーラは、主人であるとともに親友といえる存在であった。ヘカティアにとっての最新の記憶、彼女が船を降りる直前の、気高くも病に侵された弱々しさを抱えた姿ではない、まさに“リュウグウのオトヒメ”たる姿を見ると、何かがこみ上げてくるような感覚を覚える。
 だが、だからといって、郷愁に飲み込まれてしまうわけにはいかない。他ならないサーラのために、彼女から預かった愛息を守護するのが己の役割なのだから。
 故に、ヘカティアは、郷愁を振り払い、相棒からの言葉にいつもの笑顔で頷き返す。
「あぁ、大丈夫だよルクス。ただ懐かしいっていう、それだけさ」

「さぁ行こう、こんな場所に子供をひとりぼっちにさせてちゃ可哀想だ」
「いやまったく。子供は可愛らしい笑顔で笑っているのが一番だからな」
 敢えて再び先程の調子で笑って見せるルクスに、ヘカティアが苦笑を浮かべる。
「それにあんまり長く船を離れてらんないだろう?」
「そうだな、早く終わらせて船に帰らないとなぁ。私たちふたりとも出て来ちまったし」
 自分たちが長らく船を留守にしたならば、きっとあの幼い主人は、気丈に何でもないふりをしながら、しかし心配で心を苛まれるのであろう。それはごめんだと首を振り、リュウグウの剣と盾はまっすぐ前に向き直ると、後ろを振り返らずに歩み始める。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

浅葱・シアラ
◎フェルト(f01031)と共に
二人でもねの部屋を探しましょう
私は騎士としてフェルトを守ります
フェルトは探索に集中してください

幻や影が私たちを襲い来る
でも、そんな影なんかが私達の足を止めることなんてできません
黄金の地獄を纏った蝶々を【高速詠唱】で次々召喚し、私達の周りを飛ばせます
影が攻撃してくれば蝶達が身を呈して相殺してくれます
蝶々が減ったらまた召喚して、常に周りを防御してもらいます

幻が私を誘う
それは懐かしい日々
帰らないと決めた私の決意と覚悟を砕くような両親の笑顔

そんなのには負けない
私は世界を救う猟兵!
もねを、フェルトを救うため!
幻なんかには負けませんから!


フェルト・フィルファーデン
◎シア様(f04820)と

まずはUCで創り出した電子の蝶達にもね様のお部屋を探させましょうか。
視覚、聴覚を共有。異界化してるらしいし慎重に、一部屋も逃さず隅々まで。お願いね?

その間わたし達も辺りを探すわ。
影はシア様が守ってくれるから、何の心配も無いし。……まあ、いざという時はわたしが【庇う】けれどね?


――幻なんて、今更どうってことない。
深い森の奥、賑わう城下町とそびえ立つお城。
いつだって懐かしくて、すぐに幻だと理解する。
今は何処にも無い、わたしの故郷。

わたしはもね様を救いに来たの。
この世界を、全ての世界を救うために。
わたしの騎士が、友が故郷へ安心して無事に帰れるように。
だから幻よ、消えなさい!



 猟兵たちの探索は順調に進み、『黄昏』の異界は半ば以上踏破され、『向日葵』の異界から漏れ出ているのであろう、夏の気配が色濃く漂い始める。そんな夕陽の差し込む異界の中を、二人の妖精が翼を広げて飛んでいた。
「どうでしょう、フェルト。めぼしい反応はありますか?」
「……少し待っていてね、シア様。丁度この辺りの走査が完了しそうなの」
 先導するように飛ぶ、フェアリーとしては幾分大きな体を持つ少女、蒼白の鎧を纏う妖精騎士、浅葱・シアラ(幸せの蝶々・f04820)が、己の後ろを飛ぶ少女に問いかける。シアラに手を引かれながら飛ぶ、光輝くの翼の妖精姫、フェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は、一拍遅れてシアラの言葉にうなずく。
 フェルトは今、先んじて生み出していた電子の蝶たちによって異界内の探索を行っていた。数十体もの蝶を同時に操り、蝶たちと感覚を共有させて異界内を隅々まで探査する。非常に繊細な処理能力を要求される作業ではあったが、彼女ならばそれができる。できるからこそ、電脳の魔術師なのである。
「シア様、走査が済んだわ! このままいくと行き止まりね。少し行って左手の部屋に入ると、一見行き止まりに見えるけれど、異界の奥に通じる空間のひずみがあるみたい」
 後から来る他の猟兵たちにも伝わる様に、蝶たちに目印を付けさせておこう――と、蝶の指揮を行うフェルトを隙だらけと見たか、音もなく彼女の陰から現れた猟犬が、空飛ぶ彼女に向かって跳びかかる。フェルトは回避しようともせず、蝶たちの操作に集中している。やはり、蝶の操作に集中していては、自身の身を守ることに気が回らないのだろうか。それは一面の事実である。だが、なぜそのように隙を晒しているのかといえば――。
「残念でしたね! そんな影の攻撃なんかが私達の足を止めることなんてできません!」
 そう、妖精姫が一見隙だらけな様子を見せていたのは、親友たる騎士が自分のことを守ってくれるという、確かな信頼があったがためである、庇うようにフェルトの手を引いたシアラは、持ち前の超高速の詠唱術によって、己の友たる、鮮やか黄金の炎によって形作られる、地獄の蝶を生み出す。地獄の蝶の一匹一匹が持つ力はか弱いが、シアラの得意とする多重詠唱によって、次々と生み出されていくことによって、決して突破されることの無い、黄金の盾を織り成していく。
「ふふ、流石はシア様ね。何も心配しなくてよかったわ?」
「ええ、地獄から来た蝶は、何度でも地獄から蘇って私たちを守ってくれます。……でも、このままだとキリがないですね」
 親友から向けられる、信頼の浮かんだ柔らかい笑みに、シアラも優しい微笑みで頷き返す。だが、この夕暮れの異界にいる限り、影は長く、広く、すなわちそこから生み出される影の獣も無尽蔵。
「ええ、わかってる。このまま先へ突破しましょう!」
 黄金の蝶に守られながら、二人の妖精は、先に進むルートに繋がっていると思われる小部屋に突入する。そこは物置なのだろうか。小さな戸棚が存在するほかは、扉の正面に存在する小窓から、眩しく夕陽が差し込むのみ。
 ――ちりん。風鈴の音が響き、夕陽に目を眩ませた二人は、幻に取り込まれる。

 それは、深い森の奥。城下町では、主産業である織物を使った種々様々の製品が商われ、時に広場で演じられる人形劇に子供たちの笑い声がこだまする。そびえ立つ王城もまた、心優しい王族と、その従者たちによって笑顔が絶えない。
 このような幻として見ずとも、いつだって懐かしさに苛まれている、今は何処にもない、彼女の故郷。

 それは、懐かしい日々。強さの中に泣き虫な姿を隠した光の蝶。優しさと頼もしさをあわせもった、紫炎の騎士。そんな二人が、彼女の両親。間違いなく、今に至るまでの彼女の源流となっている、大好きな両親と幸せに暮らしてきた日々。
 目的を果たすまで帰らないと決めた、彼女の決意と覚悟を揺らがせるような、温かすぎて彼女の心を締め付ける、両親の笑顔。

「わたしはもね様を救いに来たの」
 だから、幻によって立ち止まっている暇はない。
「そんなのには負けない。私は世界を救う猟兵!」
 だから、どれほど温かい幻でも、今は、その温かさを享受するわけにはいかない。
「この世界を、全ての世界を救うために。わたしの騎士が、友が故郷へ安心して無事に帰れるように」
 きっと、誰よりも両親を恋しく思っているのに、全てを救うまでは帰らないとい決意した、心優しくも気高い騎士のため。
「もねを、フェルトを救うため!」
 己のいるべき場所を失った少女たちが、先へ進んでいくための助けとなるために。

「だから幻よ、消えなさい!」
「幻なんかには負けませんから!」
 奇しくも、二人の妖精の叫びは重なり合い。彼女たちは同時に、幻影を抜け出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫


迎えに行かなくっちゃねー、もねちゃんを
其処は優しい世界かもしれないけど、何れは害をなす偽物なんだもの
あたしに何が言えるかなぁ……考えながら、進もっか

此処が施設なのかな?
結構綺麗に片付いてる場所だね
……でも、馴染めないものは馴染めないよねぇ
あたしだって、昔、どんなに優しくされても病室ダメだったもん

お生憎サマ、あたしに郷愁に駆られて帰りたくなるような場所なんてないもーん
あたしは今を生きてるし、あたしの家族は元の世界であたしを待ってる
偽物なんか、お呼びじゃないの

……あ、そうだ
好きなコトとか、これからやりたいコトないかとか、聞いてみるのも良いかなぁ
それに、歳近いし、お友達になれたら良いな



「迎えに行かなくっちゃねー、もねちゃんを」
 そう呟いて探索を始めたキマイラの少女、霄・花雫(霄を凌ぐ花・f00523)は、他の猟兵から受け取った情報なども有効活用しつつ、順調に探索を進めていた。影の獣を飛び跳ねかわし、狭い通路を小柄な体で潜り抜ける。
 花雫は夕陽に照らされた異界を探索しながら、この先、二層に及ぶUDCの異界を潜り抜けた先で、もねにかけるべき言葉について想いを馳せていた。彼女の取り込まれている、どこまでも優しく、だが、それによって人を駄目にしてしまう偽物の世界から、彼女を連れ出すために。

 探索を進める花雫は、途中で子供部屋らしい部屋に行き当たる。もねの部屋ではないようだが、もねもおそらく似たような部屋で生活していたのだろう。窓の位置の関係であまり大きな影ができないからか、この部屋はどうやら影の獣も現れにくいようだと察した花雫は、しばしこの部屋でもねのことに想いを馳せる。
「ここまでの廊下や部屋も、この部屋も。綺麗に片付いてるよねえ。職員さんたち、真面目なんだろうなー」
 施設はどこも、きちんと整理整頓が行き届いており、丁寧な掃除がされていた。といっても、潔癖症めいた神経質な清潔さというよりは、職員や子供たちが、日々真面目に掃除をしているのだろうと感じさせる、どこか温かな綺麗さである。
 職員たちや子供たち、もねの周囲を囲む人々は、概ね善良な人たちなのだろう。探索の中でも、そんな雰囲気は伝わって来た。
「……でも、馴染めないものは馴染めないよねぇ」
 花雫には、もねの気持ちがわかる気がした。病弱だった幼き日々を長らく病室で過ごした彼女。その世話をしてくれた、病院の人々も家族たちも、みな花雫を思いやり、優しく接してくれた。
「でも、あたしも病室ダメだったもん」
 幼心に、理屈では、こんなに優しくしてもらえるのはありがたいことだ、という風に感じていた気がする。ならばそれは、理屈ではないのだろう。空を舞う翼が籠の中では羽ばたけないように、きっともねも、この施設でただ優しくされているだけでは満たされない、何かがあったのだろう。

 考えを巡らせる花雫の視界の中で、部屋を満たす夕暮れの光が鮮やかに照り返す。強い望郷の念を抱えた者であれば、この夕陽に触発されて、郷愁の幻影に取り込まれてしまうこともあるのだろう、
「でも、お生憎サマ。あたしに郷愁に駆られて帰りたくなるような場所なんてないもーん」
 最も故郷というイメージに近いであろう、幼少期を過ごした場所は病室。悪い思い出があるわけではないが、帰りたいものではない。霄・花雫という少女は、今が一番いきいきと生きているし、彼女の大好きな家族は、元の世界で彼女を待ってくれている。故に。
「偽物なんか、お呼びじゃないの」

「……あ、そうだ」
 幻に取り込まれることなく、異界の探索を続ける花雫は、子供部屋を出てすぐの廊下に飾られていた絵を見て、ふと、もねは昔、絵を趣味としていたという話を思い出す。
「好きなコトとか、これからやりたいコトないかとか、聞いてみるのも良いかなぁ」
 これは名案だと笑って、待ちきれないというかのように、花雫は先程までにも増して軽快なステップで異界の奥へと進んでいく。
「……それに。歳近いし、お友達になれたら良いな!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
夏の夕暮れ、ね。
暑さ、陽炎、逃げ水に惑わされた昼が過ぎて夕立が止んだ後の不思議な色の空にヒグラシの鳴き声。
確かに特別な思い出がなくてもなんとなく懐かしい気分や異界めいたものを感じる気がします。
高校の時の塾へ向かう途中とか、中学の時の部活帰りとか、おばあちゃんの家へ行った思い出とか。漠然とした……おそれ?寂しさ?なんでしょうね。

影の獣を撃退しつつ自分の足とシャドウチェイサーで散策します。
目指す異界の主が向日葵なのであれば周囲の植生に気を配って道を探してみましょうか。
あとは、水辺とか意思疎通できそうな存在があれば話しかけてみるとかですけれど、まだピンときません。行ってみて考えます。



 幻影に心を奪われたものも、奪われなかったものも。猟兵たちは各々探索を進め、いよいよ第一層、『黄昏』の異界の攻略を完了しようとしていた。
 『黄昏』の異界の奥深くへ進むにつれ、『向日葵』の異界の影響が強くなって来たのか、それまではあくまで、夕陽の差し込む養護施設という雰囲気を残していた異界の中に、夏の気配が混ざってくる。
「夏の夕暮れ、ね」
 爽やかな小川のせせらぎが耳を通り過ぎ、真っ赤に染まり、しかしどこか紫色が入り混じったような、不思議な色の空が視界いっぱいに広がる。
「確かに、特別な思い出がなくてもなんとなく懐かしい気分や異界めいたものを感じる気がします」
 春霞・遙(子供のお医者さん・f09880)は、異界を奥深くまで進んだことで、改めてそんなことをしみじみと呟きながら歩を進める。中学時代の部活帰りの心地よい疲労感や、高校時代、塾へ向かう途中の、やる気と気だるさが入り混じったような不思議な感覚。あるいは、子供の頃におばあちゃんの家に行った最終日、家に帰る直前の、またしばらく会えなくなる悲しさ。自分の体験か、あるいは本や映画の1シーンだろうか、そんな幾つかの光景がふと頭をよぎる。
「そんな漠然とした……おそれ?寂しさ?なんでしょうね」
 どうにもはっきりした言葉にはしづらいが、そんな気持ちを想起させる光景と、夕陽が脳内で結びついているがゆえに、夏の夕暮れは郷愁を誘うのかもしれない。

 そんな物思いにふけりながらも、異界に迷ったり、影の獣に足止めされたりすることなく、順調に探索を進めていく。遙がシャドウチェイサーを召喚しともに散策することで、影の獣は影の追跡者が追い払い、迷い道があれば、影の追跡者と手分けしたり、先行させたりすることで効率的に歩みを進める。
「目指す異界の主は『向日葵』というくらいですから。周囲の植生を観察しながら進めば、或いは……」
 遙のそんなアプローチは功を奏したようで、進んでいった先で、いよいよついに、夕陽を浴びて煌々と輝く向日葵の花を発見する。
「やりました。きっと、ここが第二層への入り口の一つでしょうね」
 ただ、入り口を発見したはいいものの、どうやって第二層へ侵入すればいいのか。そんなことを、向日葵の傍で遙が悩んでいると――。

 ――ちりん。小さな風鈴の穂とが鳴り響き。
 ――大丈夫。心配しないでも、連れて行ってあげるよ。……おかえりなさい。

 そんな、優し気な囁き声と共に。猟兵の姿は、『黄昏』の異界からかき消えたのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『『向日葵』』

POW   :    あの日、あの時、あの場所で
小さな【相手の戦闘力を無効化する向日葵畑】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【郷愁漂う優しく平和な真夏の異界】で、いつでも外に出られる。
SPD   :    あたしといっしょに遊ぼ?
【幻影としての向日葵】の霊を召喚する。これは【嗅いだ者を幼少期の姿にする夏の香り】や【触れた物を無垢な童心に還す夏の風】で攻撃する能力を持つ。
WIZ   :    夏はいつまでも
戦闘力のない【太陽】を召喚する。自身が活躍や苦戦をする度、【日が暮れ、暮れる毎に相手の敵愾心を削る事】によって武器や防具がパワーアップする。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠詩蒲・リクロウです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



『おかえりなさい。今度は、何をして遊ぼうか』
 いつの間にか猟兵の傍にいた、小麦色の肌の少女が、優しく語りかける。
『やっぱり川で水遊び? 君が好きなら、山で虫取りもいいよね。でも、今日は随分と暑いし、まずはアイスでも食べよっか』
 じりじりと頭に照り付ける、少し不快な強い日差しの下、遠くない場所から柔らかな小川のせせらぎが耳に届き、虫たちもまた今日も元気に鳴いているので、すっかり鳴き声から虫の名前が当てられるようになった。
『好きなことを言ってくれたらいいんだからね。だって、時間はたっぷりあるんだもん』
 そうやって笑いかける少女の隣は、ずっとそこにいたくなるほど、居心地が良いものだった。


 第二層、『向日葵』の異界に突入してすぐに、猟兵たちを一瞬とはいえ、強烈なビジョンが飲み込んだ。
 歴戦の猟兵たちですらも、抵抗の難しい精神干渉力。それは、この異界の主に一切の敵意がないがためである。人は、敵意には敏感に対応できても、親愛には、警戒心が緩むものだからだ。
 どこまでも優しく、温かく、中にいるものを取り込む。それが、この異界の恐ろしさである。

 だが、だからこそ猟兵たちは立ち向かわねばならない。異界の中に囚われた少女を救い出し、そして、猟兵たちがこの異界を脱出して先へと進むために。

●補足
 第二章もまた、大まかな流れとしては第一章と同様、郷愁の念を誘う幻影を振り払い、UDC『向日葵』を倒して異界を壊す必要があります。
 ですが、フラグメントからも分かる通り、『向日葵』は戦闘能力はほぼ皆無であり、その代わりに非常に強い精神干渉能力を持つUDCです。この章では、心情面を特に重視したプレイングを書かれることをオススメします。

 なお、『向日葵』の異界の持つ雰囲気については、断章で大まかに示した通りではございますが、『向日葵』は訪れた相手ごとに、それぞれに適したビジョンを生み出すことが可能ですので、実際に猟兵のみなさんが異界内で対峙する幻影については自由に決めていただいて構いません。

●特殊ルール
 今回はシチュエーションの特殊性から、『敗北宣言』という特殊ルールを設けさせていただきます。
 これは、異界で齎される郷愁を誘う幻影に、飲み込まれてしまうことを宣言するルールになります。こちらを利用される場合、『向日葵』を倒そうとしていないプレイングでも採用した上で、郷愁に取り込まれていく様を描かせていただきます。いわゆる負けプレが書けます。
 ただし、第二章がクリアされた時点で異界は焼失しますので、その時点で飲み込まれてしまった方々も解放されますのでご安心ください。
 こちらのルールを利用される場合、プレイング冒頭に【敗北宣言】と記載をお願いします。

 それでは、これよりプレイングを受付いたします。みなさまのプレイングをお待ちしております。
ルクス・カンタレッラ
【綿津見の唄】

悪意のねぇ敵って何考えてるか分かんねぇんだよなぁ、根っからの善意だったりするとなお訳分からん
……つーか、マジで私に郷愁が微塵もなさすぎるせいで、ヘカテ狙い撃ちみたいになってやがんなこれ

(弱々しくてしおらしいあの人なんて、正直、イメージになかった。あの人を其処まで知らないからかもしれないけど)
あの人が坊ちゃんの意思を無碍にする訳ないじゃん
(まして、ヘカテは海の底では暮らせないんだからさ)

ごめんなぁ、向日葵のお嬢ちゃん
私は相棒や帰りを待ってる坊ちゃんの方が、遥かに大事なんだわ
ははッ、取捨選択が出来る良いセイレーンって言ってくれ

ぶちかませクヴェレ!
何もかも海流で押し流しちまえ!


ヘカティア・アステリ
【綿津見の唄】
……これは、悪意がないから余計に厄介だ
頭の中を覗かれてるような気分だよ、あんまりいい気持ちはしないね

あぁ、やっぱりアンタが出てくるのか

ゆらりと、陽炎が揺らぐように現れるのはまた同じ姿
葡萄色の髪をした、美しい親友
切なげな顔で近付いてくる彼女を膝を付いて迎える

『どこにも行かないで』
『あの子と一緒に静かに暮らしていきましょう』
『ねぇ、船から降りて』

掌に縋りつく女にため息をひとつ

すまないね、サーラは冗談でもあたしに「船から降りて」なんて言わないんだよ

そっと突き放して【海賊王の怒り】だ
まぁ効果なんて期待しちゃいないがね
だがここを壊すには十分だ

あたしらは海から遠く離れて生きてはいけないんだよ



(……これは、悪意がないから余計に厄介だ)
 巨人の女傑は、異界へと踏み込んだ自分を待ち受けるように現れた向日葵畑と、その中央に浮かぶ陽炎を前に悩ましげなため息を吐く。
 郷愁を誘う幻影を生み出すという特性ゆえか、陽炎を見るヘカティアの心の中を形のない何かがそっと撫でるように触れているのを感じる。自分の胸中を覗きこまれているような違和感も勿論ながら、何よりその違和感にもかかわらず、どこか安らぐような気持ちを誘われるのが困りものであった。
(悪意のねぇ敵って何考えてるか分かんねぇんだよなぁ、根っからの善意だったりするとなお訳分からん)
 一方で海賊紳士はといえば、困ったように肩を竦めながら、陽炎を見つめる相棒の姿を眺めていた。ルクスもまた異界によって心を覗かれたのだが、本人の自認するように、郷愁を擽ることのできそうな思い出が少なかったためかか、早々に異界はヘカティアを標的と定めたようだ。異界による精神干渉を一手に引き受けることになる相棒の、普段とはどこか違う弱さを滲ませる態度を心配する気持ちがないといえば嘘になるが、その弱さに寄り添うことを彼女は望んでいないだろうと、せめて状況の突破口を見つけ出すため、ルクスは静かに状況を伺う。

「……あぁ、やっぱりアンタが出てくるのか」
 ゆらり、と陽炎が揺らめいて現れたのは、黄昏の異界でも見た姿。
『……あら、私じゃ嫌だった?』
 くすくす、と冗談めかして笑うと、濃厚な葡萄酒のような髪が蠱惑的に揺れる。“リュウグウのオトヒメ”としての姿ではない、親しいものにしか見せない柔らかな笑顔を浮かべた、親友の姿がそこにあった。
「嫌なわけじゃないさ。アンタ以外が出てくるようなら、アタシは自分の深層心理って奴に驚いてたよ」
 その美貌は、先程の異界で見た姿と変わらず。しかし、いまヘカティアの元に近づいてくるその姿は、彼女の記憶の中でも最新のものに近い――即ち、船を降りる直前の、病を抱えた弱々しい姿であった。
『もう、どこにもいかないで』

 膝をついて差し伸べられた、己の胴ほどもある巨大な腕にそっと縋りつく幻影を見て、ルクスは小さく目を丸くする。
(弱々しくてしおらしいあの人なんて、正直、イメージになかった。あの人を其処まで知らないからかもしれないけど)
 実際、病に侵された後の彼女と接したのは、自分が主に忠誠を捧げたあの日から、彼女がその立場を主に預けて船を降りるまでの短い期間のみ。そして、その間もどちらかといえば自分は主の傍にいることが多く、直接その姿を見た機会は数えるほどしかない。
 つまり、この弱々しく、今にも海の泡となって消えてしまいそうな姿こそ、病に蝕まれた彼女のことを親友として一番近くで見守って来た、ヘカティアの脳裏に焼き付いて離れない姿なのだろう。
『あの子と一緒に静かに暮らしていきましょう?』
 美しいかんばせに涙を流すその姿は、男であろうと女であろうと、絆されずにはいられないであろうものだ。異界の特性もあってか、彼女自身に対する思い入れはさほどないと思っていたルクスですら、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
(あの人が坊ちゃんの意思を無碍にする訳ないじゃん)
 だが、そんな台詞は、彼女なら言うはずがないのだ。あの、幼さの中に強さを秘めた主を育て上げた母親ならば。忘れもしない出会いのあの日、自分に手を差し伸べた、あの女ならば。
(まして、ヘカテは海の底では暮らせないんだからさ)
 ゆえに――“彼女”の紡ぐ言葉は、普段は自分にも弱音を吐かない相棒が、心の底で、彼女にかけて欲しかった台詞なのかもしれない。そんなことを、ふと思った。

『……ねぇ、船から降りて』
 彼女から託された息子を、船を護り、支えていくことこそが、己の役割だと考えていた。だが、郷愁を誘う異界でこのような幻が映し出されたということは、やはり、そういうことなのかもしれない。だが、だからこそ。
「すまないね、サーラは冗談でもあたしに『船から降りて』なんて言わないんだよ」
 だからこそ、幻想に囚われるわけにはいかないのだ。
 そっと優しく、しかし、確かな拒絶の意志を込めて、懐かしく華奢なその姿を、大きな手で突き放す。決意を込めて、腰のベルトから抜き放った鞭を振るう。
「アンタとの、約束だからね」
 オーラを纏った鮫肌鞭は、しかし普段の戦闘時に比べ冴えがないようにも見える。だが、それも無理のないことだ。【海賊王の怒り】は、仲間たちの受けた傷に応じてその力を増すユーベルコード。優しい嘘で人を溶かしていく『向日葵』の異界では、殆ど力を増すことはできない。だが、それでもこの異界を揺るがすには十分であった。
 振るわれた鞭が、向日葵畑を薙ぎ払い、目に見えない異界の壁に大きな亀裂を入れる。
「ごめんなぁ、向日葵のお嬢ちゃん。私は相棒や帰りを待ってる坊ちゃんの方が、遥かに大事なんだわ」
 相棒が幻影に決別を告げたのを見ると、海賊紳士もまた、取捨選択が出来る良いセイレーンって言ってくれ、などと伊達男めいた笑みを浮かべて、この優しい異界に別れを告げる。
「ぶちかませ――クヴェレ!」
 水源の名を冠する蒼銀の海竜が、主人の呼び声に応じて巨大化する。亀裂に向かって鋭く爪が振るわれたかと思えば、間髪入れず海竜の口腔から、咆哮と共に水の奔流が溢れ出す。海竜のブレスは彼らを取り込む幻影を打ち砕き、異界そのものを海で満たしていった。
「何もかも……海流で押し流しちまえ!」
「……悪いね、あたしらは海から遠く離れて生きてはいけないんだよ」

 幻影の檻から飛び出そうとする二人の耳元に、そっと囁くような声が響く。
『――いってらっしゃい、あの子たちと。……お願いね、ヘカテ』
 それは幻影の最後の声だったのか、あるいは異界の主たる『向日葵』のものだったのか、はたまた、彼女たちが望んだ幻聴だったのか。それは定かではないが――そんな一言ともに、葡萄酒の髪を向日葵の花で飾った女は、優しく微笑んだのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
わー……倒しづらい……
でも、倒さなきゃいけないもんね

両親や兄たちの顔が浮かんでは消えるけれど、郷愁と呼ぶには至らない
さっき見たビジョンも、ずっと家と病院を往復していただけの自分には縁のない風景だったからぱっとしない

うーん……正直、今が一番楽しいしねぇ、あたし
帰りたい場所なんてないし、淋しくなるほど逢いたいヒトなんて居ないの
毎日が夢みたいに幸せだし
だからって今の大好きなヒトたちを見せられたって、仕事終わったら普通に逢えるんだもん

ごめんね、向日葵ちゃん
あたし、もねちゃんを返して貰わなきゃ
助けて、お友達になるって決めたから

よっし、風の姫ねぇさま!
新しい風を吹かせようっ!
郷愁も懐古も吹き飛ばしちゃえ!



「あたし、やっぱ郷愁ってピンと来ないんだよねー」
 花雫には、郷愁を誘う光景というのが、今ひとつイメージがつかなかった。揺らめく陽炎を眺めるうち、父や母、兄たちの顔が浮かんでは消える。だが、彼女は今地元の世界を離れて一人暮らしをしているとはいえ、ちょくちょく実家に帰っているし、その時は両親も兄も彼女を温かく迎えてくれる。なんなら溺愛しているといっていい。となれば、家族や故郷というものを愁う気持ちというのは、比較的に少ない方だと言えるだろう。
「と、あれ――?」
 そんなことを考えながら異界の中を彷徨っていると、気が付けば花雫は小川の傍の河原へとやってきていた。異界に突入した直後に見たビジョンのような、牧歌的な自然にあふれた光景。だが、幼い日には体が弱く、入退院を繰り返して家と病院を行き来する生活だった彼女にとっては、川遊びというのも縁のない記憶である。
 ならばなぜこんな風景が現れたのだろう、と周囲を見回せば――。

『そっか、君はお絵かきが好きなんだ』
「うん。父さんの横から覗いてたらやりたくなっちゃって! でも、真似してるうちにどんどん上達しちゃったんだからね!」
『はっはっは。このままだと父さんなんてすぐに越されちゃうかもなあ』
 川辺に腰を下ろし、スケッチブックに鉛筆を走らせる少女と、その傍でスケッチブックをのぞき込む少女。それに、少し離れたところで釣り糸を垂らす顎髭の男。
(――これ。そっか、もねちゃんの)
 花雫は、今直面している光景が、『向日葵』の異界の内側に取り込まれているもねの見ている幻影なのだろう。そう推測する。そうなのではないかと疑ってみてみれば、もねの隣にいる少女はその顔が大輪の向日葵となっており、もねの父らしき男は、その輪郭にもやがかかったようになっていた。
「ダメだよ! まだまだ父さんには色々教えてもらわないと!」
『はっはっは、そうだなあ、もねの絵が美術館にでも飾られるところを見ないとな! 母さんも楽しみにしてるぞ』
 和気あいあいと言葉を交わす親子の団欒。しかし、それはもう喪われてしまったもの。
(そっか。もねちゃんにとっては、この頃が、“一番楽しかった時”なんだ)
 自分も、家に帰ることができなくなってしまったら。大好きなヒトたちと二度と逢えなくなってしまったら。その時は、故郷を愁うというそんな気持ちが、わかってしまうのかもしれない。喪われた幸福を見ることで、花雫の胸中にそんな思いがよぎる。

「でも……ごめんね、向日葵ちゃん」
 もねは、過去にしか幸せを見出せていないのかもしれない。でも、花雫には、彼女を放っておくことなどできはしない。
「あたし、もねちゃんを返して貰わなきゃ」
 彼女が幸福を見失ってしまったなら、自分が力になりたい。病室から飛び出した自分が、数多くの友人を得て、今、幸せな日々を生きているように。
「助けて、お友達になるって決めたから」
 ――今度は、あたしの番だ。

「よっし、風の姫ねぇさま! 新しい風を吹かせようっ!」
 空を泳ぐ熱帯魚の少女が、己の友たる精霊に呼びかければ、風の精はそれに応え、爽やかな風を招き寄せる。
「郷愁も懐古も、吹き飛ばしちゃえ!」
 海の潮風のような、新緑の薫風のような、眩しい疾風のような――様々な色を孕んだ風が、異界の中を吹き抜ける。少女の思いを乗せた風は異界を満たし、『向日葵』の幻影を揺らがせることだろう。

『――もう、敵わないなあ。大変だよ? ……頑張ってね』

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベリル・モルガナイト


ああ。貴女の。見せる。想い出に。浸り。続ければ。それは。きっと。心地よい。こと。なのでしょう
ですが。誰かが。涙を。流していると。手を。差し伸べられる。ことを。待っていると。いうのならば
立ち止まる。わけには。いかないのです

私は。盾
無辜の。民を。守る。騎士





それが。私を。守った。貴方様の。姿。なのですから
そうあることを。誓った。貴方様の。前で。捨てるわけには。いかないのです
ですから。私が。紡ぐ。言葉は。こう。決まって。いるの。です

行って。参ります。愛しい。貴方様



 それは、至極穏やかな幻想。多様な種族の集まる小さな里で、隣には穏やかに笑いかける“彼”がいる。
 危険な戦いに赴くこともなく、彼女は盾を置いて、小さな幸せを握りしめている。
「ああ。……貴女は。どこまでも。優しいの。です。ね」
 この幻想に浸り続ければ、どれほど心地よいことだろう。心の欠けた部分に寄り添うような――いや、忘れさせてしまうような温かさが、そこにはあった。
「ですが、そうはいかないのです」
 そっとベリルが己の顔を撫でると、いつのまにか彼女の顔は白い仮面に覆われていた。中央で断ち切られた白い仮面。そう、それは眼前の“彼”と同じもの。
 常に己の顔を覆うこの仮面を身に着けている限り、彼女が騎士の誓いを忘れることはないだろう。この仮面こそが、“彼”と死に分かれた、変えられない過去の証明にして、いつまでもともに在ろうというしるし。
「私は。盾。無辜の。民を。守る。騎士」
 己を鼓舞するようにそう告げると、ベリルは大盾を構えなおして立ち上がる。守勢の戦いをこそ得意とする彼女では、異界の幻惑を潜り抜けたとて、『向日葵』の打倒は難しい。
 ならばせめて、幻想に囚われた仲間たちが、幻想から抜け出す助けとなるべく、手を伸ばそう。仲間たちが、そして、助けを求める少女が、手を差し伸べることを待っているのなら、自分は立ち止まるわけにはいかないのだ。

『――大変だよ? 苦しいし、報われない時だってある』
「知って。おります」
 掠れ行く“彼”の――否、『向日葵』の問いかけに、ベリルは静かに首を振る。
 “彼”を喪ってから今日に至るまでの道のりは、決して楽ではなかった。宝石の体に刻まれた傷は数知れず、心もまた幾度も罅割れそうになってきた。だがそれでも、煌玉の騎士は立ち上がる。それが――。
「それが。私を。守った。貴方様の。姿。なのですから」
 傷を負っても膝をつかず、歩みを止めることなく、助けを求めるもの側で手を伸ばす。彼のように在ると決めたのだから。
「そうあることを。誓った。貴方様の。前で。捨てるわけには。いかないのです」
 故に。ベリル・モルガナイトが告げる言葉は、決まっているのだ。

「行って。参ります。愛しい。貴方様」
『――うん、いってらっしゃい』

成功 🔵​🔵​🔴​

ヒマワリ・アサヌマ
◆陽廻

ああ、みんながいる。
みんな、みんな、笑っている。

『おいで、ヒマワリ』
ママが呼ぶ。綺麗な緑髪を揺らして、微笑んでいる。

地平線の彼方まで広がるお花畑
どこまで走っても鮮やかで愛おしい景色で
走っても走っても、疲れもしない 息だって切れやしない

ああ、なんてあったかいんだろう
……ママ、大好きだよ。

大好きだから、ばいばいしなきゃ。
私自身で、ここに負けないぐらい綺麗で、たくさん、お花を咲かせてみせるから。

───、
いるよっ!わだちくん!

さぁ、笑おう
笑って、吹き飛ばそう

この気持ちも!
あの敵も!

がんばれっっっ!!わだちくん!!!!


無間・わだち
◆陽廻

夏の陰でわらう
ワンピースが揺れる

よわい躰なんだから
無茶するなって何度も言ってるのに、聞きやしない

空中庭園の花畑
家族が俺達の為だけに作ってくれた箱庭は
彼女のお気に入りだった

招く声は
もうずっと聴いてなかったようで
手を伸ばそうとして
継ぎ接ぎの腕は、しろかった

右の頬に触れる
あかい瞳のはまった目蓋を撫でる
そうだ
あの子は、此処に居る

ヒマワリさん
其処に居ますか

そっと笑む
大丈夫そうで良かった

まほろではない花の笑み
あの子とは随分違う笑顔をする人だ

するり消えゆく幻影に
首を横に振り

殺すべき者にやわく触れる
あとは、熱が勝手に灼いてくれるから
ぐずぐずに潰れる四肢も構わない

あの子の熱がある限り
俺は活かされてるから



 朝顔、紫陽花、百合、千日紅……それに、向日葵。色とりどりの花が咲き誇る空中庭園の花畑は、“彼女”の家族が、体の弱い彼女の為だけに作ってくれた、お気に入りの場所だった。
『――――!』
 そんな庭園に差し込む暑い夏の日の下で、笑い声が響いていた。柔らかで繊細な、愛らしい声だ。随分と久しぶりに耳にしたような、あるいは今までにもずっと聞いていたような、そんな声。
 笑い声に視線を向ければ、白いワンピースを揺らめかせて少女が佇んでいる。
 体が弱いのだから無茶をするな、と声をかけようとも聞く耳を持たず、むしろこちらを招くように手を伸ばす。
「しかたがないな――」
 そう言って、伸ばされた手を握ろうと差し伸べた腕は、しろかった。それは、今握ろうとしている手とおなじ色。それでいて、しろい手を握ろうとする少し大きなてのひらは、似ても似つかぬ土気色。土気色のてのひらと、まっしろな腕の間には、痛々しい縫い目が這っている。だが、その縫い目こそは。自分と“彼女”を繋ぐものだ。
 小さく息を吐き、右の頬に触れる。柔らかな張りのある、幼さを残した肌。
 右目を閉じて、あかい瞳のはまった目蓋を撫でる。小さな左目とは違う、大きな瞳のおさまった眼窩。
「……そうだ」
 “あの子”は、此処にいる。

 そこには、みんながいた。
 地平線の彼方まで広がるような花畑。そして、ヨルガオやユウガオや――花畑に負けないような、鮮やかな花を咲かせたこどもたちが、こちらにむかって懐かしい笑顔を浮かべている。
『おいで、ヒマワリ』
 少し離れたところで棒立ちになっていたのを心配したのか、二つに縛った若草色の髪の女性――ママが、微笑みかけながら手招きする。
 ママの胸に飛び込むと、そのまま、きょうだい達に呼ばれるままに走り出す。花畑はどこまでもどこまでも、走り続けても果てがないように思えるほどに広くて、鮮やかで、愛おしい景色で。走っても走っても、疲れもしない。息だって切れやしない。
 ただ、走り続けて少し心配になって振り向いたなら、少しだけ離れたところで、ママが優しく見守っていて、不安なんてなくなってしまう。
(ああ、なんてあったかいんだろう)
 それは、とても穏やかで。
「……ママ、大好きだよ」
 大好きだから、ばいばいしなきゃ。

 二人が、今いる場所が幻想の中であることを自覚した直後。仲間たちの送り届けたのであろう潮風が、幻想の壁を砕いた。
「ヒマワリさん、其処に居ますか」
 幻から抜け出た無間・わだち(泥犂・f24410)はそっと手を伸ばす。土気色の自分の肌と、愛しい妹の白い肌が継ぎ接ぎに合わさった、己の腕を。
「いるよっ!わだちくん!」
 ぱあっと輝くような笑顔で、ヒマワリ・アサヌマ(陽和・f25473)がその手を取る。
「さぁ、笑おう。笑って、吹き飛ばそう」
 ヒマワリも、わだちも。家族を喪った者どうしだ。あの優しい郷愁の世界には、ずっといたくなってしまうことだろう。でも、そんな気持ちは吹き飛ばしてしまおう。私たちは、今も笑うことが出来るのだと。自分に、彼女たちに、教えてみせよう。
「この気持ちも! あの敵も!」
 幻ではなく、確かに隣にいる少女の、“あの子”とは随分違う花のような笑みに、少年はそっと笑い返す。その瞬間、わだちの身体を、己の身が燃えているのではないかと感じるほどの熱が包み込む。
 これこそは、ヒマワリの持つユーベルコードの、自分の言葉に共感した者に炎の華の力を授ける力だ。
「がんばれっっっ!! わだちくん!!!!」

 わだちはそっと、抱きしめるように手を伸ばす。己に応援をくれる少女と同じ名をした異界の主に。
『――きみは、大丈夫?』
 抱きしめられた『向日葵』の問いかけに。わだちは頷いたのか、首を振ったのか。いや、どちらでも関係はない。彼がそっと、彼女を抱きしめているだけで、死した体にこもった膨大な熱量が、彼女のみを灼いていくのだから。
 当然、熱量に耐え切れず、彼の四肢もぐずぐずと焼けただれていくが、構いはしない。
「あの子の熱がある限り、俺は活かされてるから」

「きみの世界は、とってもあったかかったけど。私自身で、ここに負けないぐらい綺麗で、たくさん、お花を咲かせてみせるから。――ばいばい」
 焼け焦げていく向日葵の花を見ながら、向日葵の瞳をした少女が、感謝の気持ちを込めて、離別を告げる。
『そっか。――がんばってね、わたしと同じ名前のきみ』
 そう言って頷くと、『向日葵』は灰と化すようにしてその場に霧散した。
「倒した……の、かな?」
「いえ……ここはまだ、彼女の異界の中。転移をして逃げたんでしょう」
 倒しきれていないことを察したわだちが、異界の探索をしようと脚を動かそうとするが、己の身を焼き焦がすユーベルコードの代償は重い。爛れた筋肉は意志通りに動かず、その場でふらついてしまう。
「わぁっ、無茶しちゃだめだよ! ……大丈夫。後はみんなに任せよう、ね?」
 慌てたように側に駆け寄って、その肩を支えるヒマワリであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
小さい公園でやっていた町内会の納涼祭。
そういえば公園の隅には背の低い向日葵も咲いていたっけ。
かき氷やスイカ割りや、昼間のイベントをあらかた遊び終えた頃。
花火のために日暮れを待っていたところに降ってきた通り雨に、大人が慌てるのを尻目にみんなではしゃいで。
雨が止んだあとの夕空は恐ろしいほど赤くて、まるで異世界に迷い込んだんじゃないか、なんて。

なんて、景色の記憶はあります。頬に流れる涙の冷たさも、本物ですね。
でも、それの原因は……切ない夏の香りとか、呑まれるような夏の風は、欠片も見当たらない。
【心を喰らう触手の群れ】にとってこの感情は好みの味ではなかったみたいですが、ご褒美に他のも食べていいですよ。



 それは、近所の小さな公園で行われていた、町内会の納涼祭。
 遠くから人が押し掛ける程ではないけれど、地元の人たちは集まって小さな喧騒が生まれる。そんな、小さなお祭り。
 思い返せば、公園の片隅には、背の低い向日葵も咲いていたはずだ。
 少女は親から貰った数枚の硬貨を大切に握りしめて、待ち合わせていた友人たちと共に祭りを訪れた。
 かき氷を勢いよく食べすぎて、頭痛に唸る友だちの姿をちょっと笑ってしまったり。スイカ割りで随分と迷ってしまって、目隠しを外した後も、ぐるぐると酔ったような気分が抜けなかったり。そんな風に、心行くまで祭りを楽しんで、夜のメインイベントたる花火のために、大人は忙しなく準備をして、子供たちはそれを手持無沙汰に眺めていた。
 通り雨が降ったのはそんな時だ。火薬が湿気らないようにと、大慌てで右往左往していた大人たちを尻目に、雨の中で走り回ったりしてはしゃいだのを覚えている。
 そして、雨が止んだ後の夕空は恐ろしいほど赤くて――まるで、異世界に迷い込んだのではないかなどと思ったものだ。

「――なんて。あるものですね、思い出」
 懐かしむように呟く遙。異界の作用で呼び覚まされた景色は驚くほど鮮明で、郷愁によって気付かぬうちに頬を伝った涙の冷たさも本物だった。
「でも……風が凪いでいるものですから」
 切ない夏の香りや、呑まれるような夏の風。そんなものを、感じることはできなかった。それゆえに、遙は幻想より解き放たれる。
「……美味しくなかったですか?」
 うぞり。生々しい音ともに、遙の白衣の下からおぞましい触手の群れが現れる。これなるは彼女の体内に住まう触手たち。常に腹をすかせた彼らは、遙が制御を解けば、食欲のままに手当たり次第に周囲のものを食らい尽くす。その代償は――。
「……この感情は、好みの味ではなかったみたいですね。ご褒美に他のも食べていいですよ」
 宿主たる、遙の記憶や感情。己の中の何かが欠落していくのを感じながら、触手の主は、彼らが世界を喰らうのを眺めていた。

「――あら?」
 ふと、触手が食い破った壁から、他の猟兵が運んできたであろう、夏の風が、彼女の元へと吹き込んできて。
 夏の香りに遙が感じたのは、果たして如何なる感情か。

成功 🔵​🔵​🔴​

浅葱・シアラ
◎フェルト(f01031)と

(目覚めるとそこは様々な種族の暮らす人の世界
大きなベッドに眠る私を
ヴァルキュリアの母とドワーフの父が優しく起こす)

夢を見てたの、お父さん
お母さんみたいな綺麗な妖精の騎士になって、世界を救いにいくの!

それでね、お母さん
シアは守るべきお姫様を見つけて、かっこよく戦うの!

でもね、シアは
ずっとお父さんとお母さんと幸せに暮らしたい!

明日も、和菓子屋さん手伝うよ
シアは看板娘だもん―――

(これで本当に?)
(私を呼ぶ声は?)
(自分だけ幸せでいいの?)

―――それで、いいわけがない
救いを求める声を無視して、父と母は喜ばない!

フェルト!
私はここにいる!
貴女を、世界を、救う騎士はここです!


フェルト・フィルファーデン
◎シア様(f04820)と

(目が覚めると、そこはフカフカのベッドの上
窓から外を見れば、城下町が見渡せる
そう、ここはわたしのお部屋。わたしのお城)

……夢を、見ていた気がするの。
わたしの国が、亡くなる夢。
とってもとっても、怖い夢。
ねえ!爺や!婆や!いっぱいしたいことがあるの!
お勉強に、お裁縫、お料理でしょう?
それにお出かけ!騎士に民もみんな誘ってお花畑にピクニック!!
ええと、それから――


(これで良いの?)
(誰がもね様を助けるの?)
(誰が世界を救うの?)
(誰が、騎士を護れるの?)


――この虚構を消し去る事。
有り得ないのよ、わたしの国は滅んだのだから。

ねえ、お願い……応えてシア様!わたしの大切な騎士よ!



 少女の目が覚めるとそこは、フカフカのベッドの上。
 寝ぼけ眼をこすりながら窓のカーテンを開ければ賑やかな日が差し込み、眼下には朝早くから元気な声が響く城下町の営みが見渡せる。
 ここは、彼女のお城。ずっとずっと、彼女が暮らして来たお部屋。
「――あら?」
 何か大切なことを忘れているような気がして、小さく首を傾げる。
『おはようございます、姫様。……おや、どうかなされましたか?』
「あ、爺や。……夢を、見ていた気がするの」
 赤子の頃から自分を見守ってきてくれた侍従の言葉に、ぽつぽつと言葉を漏らす。そう、あれは夢。そのはずだ。
「わたしの国が、亡くなる夢。とってもとっても、怖い夢」
『おやおや、爺もでしょうか。困りましたな、爺は姫様のお子の代にまでお仕えすると決めておるのですが』
 不安を和らげるように優しく笑って冗談を言う彼は、確かにそこにいる。そんな爺やがもういないなどと、なんと酷い夢なのだろう。
「ねえ! 爺や、婆や! わたしね、いっぱいしたいことがあるの!」
 お勉強にお裁縫、お料理も。練習の時間はいくらあっても足りないほどだ。でも、大丈夫。あれはただの夢なのだから。練習する時間はまだまだたくさんあるのだから。
「それに、お出かけ! 騎士に民もみんな誘ってお花畑にピクニック!!」
『ほっほっほ、すっかり元通りですな。やりたいことがたくさんあるのもよろしいですが、まずは朝の支度を始めねばなりませんな、姫様?』
 それからそれから、と、指折り数えるようにしてたくさんやりたいことを挙げていくフェルトに、侍従は好々爺然とした顔で嗜めてみせる。
 何の変哲もない、穏やかなフェルト・フィルファーデンの日常がそこにはあった。

『――て。起きて、シアラ。もう朝よ』
「……んん。お母さん?あとちょっとだけ……」
 小さな妖精姫を起こしたのは、母の優しい呼び声であった。優しく体を包み込むような大きな手に身体を揺り動かされると、なんだかもう少し甘えていたいような気分になって、むにゃむにゃとした声を出してしまう。
『そんなだと朝ごはん、先に食べちゃうよ、シアラ』
「……それはダメっ!」
 けれど、そんな様子を見守る父の悪戯っぽい声に、慌てたように布団を跳ね上げ体を起こす。甘えた盛りの少女にとって、大好きな両親とお喋りしながらの朝食を逃すのは、なんとも惜しいことなのだ。
 精一杯しゃきしゃきと朝の支度をして、両親と一緒の食卓に着く。
「夢を見てたの、お父さん。お母さんみたいな綺麗な妖精の騎士になって、世界を救いにいくの!」
『ああ、きっとシアラは可愛くて美人で、何より強い騎士になれるよ』
 何せお父さんとお母さんの娘だからな、などと父は少女然としたあどけない顔に、しかし頼もしい笑みを浮かべる。
「それでね、お母さん。シアは守るべきお姫様を見つけて、かっこよく戦うの!」
『あらあら、お父さんがお母さんだけの騎士になってくれたみたいにかしら』
 くすくす、と翠玉の瞳を細めて笑って見せる母の言葉に、父は少し頬を赤らめて咳払い。
「でもね、シアは……ずっとお父さんとお母さんと幸せに暮らしたい!」
 それは嘘偽りのない本音。寂しがりの少女はまだまだ両親を離れるには心も体も幼い。
「明日も、和菓子屋さん手伝うよ。シアは看板娘だもん――」
 何の変哲もない、温かな浅葱・シアラの日常がそこにはあった。

(これで良いの?)
 大好きだった家族も、家臣たちも、民たちも、みんなが笑っている。何の文句があるだろうか。
(これで本当に?)
 寂しさに打ちひしがれることも、弱さを痛感することもない。穏やかな日々でよいではないか。
(誰がもね様を助けるの?)
 身寄りのないという少女。周囲の優しさを、素直に受け止めることができていないらしい少女は、考えてみれば、自分と少し似ているかもしれない。
(私を呼ぶ声は?)
 耳をすませば、確かに聞こえる。まだ出会ったこともないはずなのに、確かに彼女のものだとわかる、金糸の姫君の呼び声が聞こえる。
(誰が世界を救うの?)
 自分の故郷のように滅びゆく世界を、そのままにしていていいのだろうか。
(自分だけ幸せでいいの?)
 辛いことから目を背けて、ゆりかごのような幸せに包まれて、それで最愛の両親に胸を張れるだろうか。
(誰が、騎士を護れるの?)
 優しく、美しく、弱気な心を隠して戦う親友を放っておけるだろうか。

 ――否である。

「――さようなら、虚構の世界!」
 だって、ありえないのだ。自分の故郷は滅びたのだから。だからこそ、世界を救うと決めたのだから。幸せなお姫様にさようなら。世界を救うという願いは、自分自身にだって曲げさせはしない。
「ねえ、お願い……応えてシア様!わたしの大切な騎士よ!」

「フェルト! 私はここにいる!」
 友の呼び声に応えるのは、この自分だ。彼女とともに世界を救って、愛しい両親の元に帰るのは、その後だ。幼き妖精姫はここにはいない。ここにいるのは騎士たる紫の蝶。
「貴女を、世界を、救う騎士はここです!」

 決意とともに告げた決別の言葉によって、フェルトのユーベルコードが発動する。空間そのものを切断せしめる虚ろの剣。虚構の世界を否定する虚構の刃。
 応じる言葉と共に、シアラの放った炎が、虚構の剣を包み込む。父から受け継いだ地獄の炎と、母から受け継いだ黄金の蝶。二つの力を重ねて織り成す、これ以上ない、愛の証明。
 炎を纏った剣が幻想を切り裂けば、その後に残されたのは、傷だらけの体で膝をつく異界の主。異界そのものを攻撃されたことで傷を負ったのであろう。

『もう。ちっちゃいのに、頑固なんだから。……怪我しないようにね、ほんとのお家に胸を張れるその日まで』
 満身創痍の様相ながら、困り笑いのような声でそう囁くと、『向日葵』は姿をかき消した。他の猟兵の元へ行ったのだろうが――あの傷では、もう長くはないだろう。

「フェルト! 怪我はありませんでしたか?」
「うん、大丈夫。ねえ、シア様?」
 友の無事を確かめるようと慌てるシアラをそっと制して、フェルトは柔らかく微笑む。
「はい、どうしました?」
「……ふふ、また一緒にお料理の練習を手伝ってくれるかしら。お勉強も、お裁縫も、他にもたくさん」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルキウス・ミューオニウム
ママ……母様……私……僕は……いえ、だからこそ、会いに行きます

何も知らず、幸せだったかつての光景に呑まれかけますが、母二人の真意を問うため、敵愾心ではなく、本当の故郷への思いを強めて自身を【鼓舞】し、向日葵へと無数の光線を放ち切り裂きます



 気づけばルキウスの目の前には、懐かしの光景が広がっていた。対照的ながら仲睦まじい二人の養母。
「ママ、母様……。私……僕は……」
 ママが悲しげな顔など浮かべることの無い世界で、母様と大喧嘩したことなどなかったかのように暮らしていけるならば、どれほど心安らぐことだろう。少年の張り詰めていた口調が崩れ、幼さの残る柔らかな顔が覗きそうになる。
「……いえ、だからこそ。会いに行きます」
 幸せだった過去の幻影に取り込まれるのはたやすい。だが、易き道に流れて歩みを止めることを、両親に育てられた己の心が許しはしなかった。

『幻想の世界は――嫌いだった?』
「いいえ、とても優しい世界でした。心が安らぎ、ずっとそこにいたいと頭をよぎる程に」
 幻影が晴れた先では、満身創痍の体で、『向日葵』がたたずんでいた。
「ですが……歩みを止めては。両親に顔向けができませんので」
 己の身が傷つくのも厭わず、常夜の世界に射す光のように歩み続ける者と、それを支え続ける優しい者。母たちに、恥じない己であるために。
「本当の我が家で、両親に聞きたいことがありますので。この世界には……別れを告げさせてもらいます」
 ――空間切断。
 詠唱開始。そこに敵愾心はなく、ただ、故郷への思いを奮い立たせて力を練り上げる。
 ――次元接続。
 異界に差し込む夕陽を飲み込むような、眩しい陽光が、ルキウスの周囲を照らし出していく。
 ――照射開始。
 3節からなる詠唱によって、ルキウスの持つユーベルコードが発動する。それは、常夜の世界に光をもたらす力。多次元より呼び込んだ太陽の力を収束させ、焼き尽くす閃光。

「……さようなら」
『――うん。気を付けて帰ってね』
 そんな、友だち同士のような言葉を交わして。灼熱が、『向日葵』を焼き尽くす。

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 冒険 『ラビリンスを突破せよ』

POW   :    とにかく諦めずに総当たりで道を探す

SPD   :    素早くラビリンスを駆け抜け、救出対象を探す

WIZ   :    ラビリンスの法則性を見出し、最短経路を導く

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ここに優しくも先のない、『向日葵』の異界は焼失した。いよいよ残すはアリス候補、天神・もねを救出するのみである。
 UDCを撃破した猟兵たちは合流すると、迷宮の出入り口となっている、もねの部屋の扉を開く。すると、そこに待っていたのは――。

 青々とした木々で織り成される、植物の迷宮であった。曲がり角や、壁となる植え込みの一部には、向日葵をはじめとした花が植えられており、鮮やかな色どりを見せている。
 アリス適合者の多くは、硝子による迷宮を生み出すと聞くが、もねはどうやら、本人の嗜好に加え、『向日葵』の異界に取り込まれていた影響で、植物の迷宮を生み出すに至ったようだ。

 ともあれ、迷宮が何によって作られていようと、猟兵たちのやるべきことは一つ。迷路を辿り、中心部にいるはずのもねを救うことである。ある意味で彼女を護っていた『向日葵』の結界がなくなった今、アリスラビリンスに彼女が連れ去られる前に、急ぎ迷宮を突破しなければならない。
 また、グリモア猟兵の説明によれば、この迷宮はもねの心の象徴。ゆえに、もねに対して語りかけを行えば、近道がわかるかもしれない。
 猟兵たちは、迷路へと足を踏み入れた。
※補足
 断章でも簡単に説明のある通り、迷宮の主であるもねに対して、有効な説得や語りかけを行うことができれば、効率的に迷宮を踏破することができるでしょう。
 ただし、もねに対する語りかけを重視せず、各々の手段で迷宮攻略することを重視していただいても勿論構いません。お好みでどうぞ。
浅葱・シアラ
フェルト(f01031)と共に

小さなフェアリー二人に、この迷宮を踏破できるでしょうか?
いえ、出来るかどうかではないですよね
「踏破させて」もらいましょう、フェルト

もねに説得を試みます
迷宮踏破を進める足を一旦止めて
どこに声をかければいいか、なんて
思いの丈を迷宮に思い切り!

もね、聞こえていますか?
私達は、貴女を導きに来た妖精です

怖い思いをして、帰れないと絶望して、迷宮に閉じ籠ってしまったんですね……
その怖い思い、分かります
危機は消えても、また来るかもしれない恐怖に怯えて、自分の殻に閉じ籠る

それは、安全かも知れません
でも、一歩、踏み出して
この手を頼りに

そうすれば、帰れますよ
会いに行きましょう、ご両親に


フェルト・フィルファーデン
◎シア様(f04820)と

ええ、シア様。どんな迷宮だろうと貴女がいれば!


もね様、このままじゃあなたが危険なのよ……
ねえ、お願い。わたし達を信じて!!
……って、いきなり見ず知らずの人に言われても困っちゃうわよね?

ええ、知らない場所で知らない人達に心を開くってとっても難しいわ。寄る辺を無くしたばかりじゃなおのこと。……それをわたしは、よく知っているわ。

でもね、もね様もわかっているのでしょう?みんな優しい人達なんだって。
わたしも、そうやってお友達が出来たの。だからまずは一歩、勇気を出してみない?

そして、胸を張ってご両親に伝えましょう?もう大丈夫、って。きっと、夜空に煌く星になって、見守っているから。



「やっぱり、わたしたちには迷路を進むだけで一苦労ね」
「そうですね、私たちにこの迷宮を踏破できるでしょうか」
 金と紫、それぞれの持つ羽を光らせてふわふわと浮遊しながら進むシアラとフェルトにとって、迷宮を進むのは簡単なことではなかった。
 一般的人類であるもねの想像をもとに作られた迷宮は、道幅や壁の高さなど様々なものが人間基準で構成されており、つまりそれはフェアリーにとっては迷宮の脅威は単純に考えて6倍、いや、迷宮が立体的な構造であることを考えると、脅威はそれを累乗したものといっていい。
 例えば行き止まりから直前の交差路に戻ることひとつをとっても、人間であれば5分の距離が、彼女たちにとっては30分に及ぶのだ。浮遊能力を持っている分、体への負担はそれほどではないのが救いだろうか。
「……でも、できるかどうか、ではないですよね。『踏破させて』もらいましょう、フェルト」
「ええ、シア様。どんな迷宮だろうと貴女がいれば!」
 改めて決意を固めると、二人の妖精は迷宮探索の足を止める。踏破のためには、もねの心に語り掛けることが必要だというそれを試みることにしたのだ。
「といっても、どこに向かって話しかけたらいいのかしら」
「決まってますよ、フェルト。この迷宮はもねの心なのですから……思いの丈を、迷宮そのものに思い切り!」

「もね、聞こえていますか? 私達は、貴女を導きに来た妖精です」
 こんな話しかけ方だと、なんだか小さい頃に母と一緒に読んだ童話や少女小説のようだな、などと考えて、小さく微笑む。あの頃は、まさか自分がこのように誰かを導く側になるとは思っていなかったはずだ。
「怖い思いをして、帰れないと絶望して、迷宮に閉じ籠ってしまったんですね……。その怖い思い、分かります。危機は消えても、また来るかもしれない恐怖に怯えて、自分の殻に閉じ籠る」
 かつては寂しがりで怖がりだったシアラには、それがよくわかる。いや、今も自分は泣き虫な小さな妖精のままだ。それは、自分が一番よく知っている。
「それは、安全かも知れません。でも、一歩、踏み出して。この手を頼りに」
 でも、いつまでも泣き虫なままではいられないと決めたから。両親に誇れる、誰かを助けられる人になると決めたのだ。

「もね様、このままじゃあなたが危険なのよ……ねえ、お願い。わたし達を信じて!! ……って、いきなり見ず知らずの人に言われても困っちゃうわよね?」
 少なくとも、自分の立場だと困ってしまう気がする。そんな風に思って小さく苦笑するフェルト。
「ええ、知らない場所で知らない人達に心を開くってとっても難しいわ。寄る辺を無くしたばかりじゃなおのこと。……それをわたしは、よく知っているわ。」
 故郷をなくして、誰も頼れないと考えていた頃が自分にもあった。でも、うつむいていた顔を上げてみれば、手を差し伸べてくれていたひとが、ずっとたくさんいたのだから。
「でもね、もね様もわかっているのでしょう? みんな優しい人達なんだって。わたしも、そうやってお友達が出来たの。だからまずは一歩、勇気を出してみない?」
 故郷は、両親はもういなくとも、自分はこうして生きているのだから。すぐ隣にいる親友をはじめとした人々が手を差し伸べてくれたように、今度は自分が、彼女を助ける番なのだ。

「そうすれば、帰れますよ。会いに行きましょう、ご両親に」
「そして、胸を張ってご両親に伝えましょう?もう大丈夫、って。きっと、夜空に煌く星になって、見守っているから」
 強い風が一陣吹いて、側にあったまだ蕾の向日葵が揺れた。向日葵が手を差し伸べる二人のちいさなてのひらに触れたかと思うと、その瞬間。二人の脳裏に、どこか切なそうな顔で夜空を見上げながらカンバスを広げる麦わら帽子の少女のビジョンがよぎって。
「――わあ!」
「綺麗――!」
 蕾だった向日葵が、ぱっと満開の花を開かせる。そして、それに呼応するようにして、迷宮の植え込みに、向日葵の形の穴がぽっかりと開く。
「行きましょうか、フェルト」
「ええ。もね様がわたしたちを待ってるわ!」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ベリル・モルガナイト
これは。もねさんの。心が。現れた。形
助ける。ために。必要とはいえ。無闇に。傷つける。ようなことは。したくない。ですね

私の。言葉が。正しいのかも。分かりません
それでも。彼女の。心も。守ってこその。騎士。でしょう

あの。優しい。彼女は。きっと。もねさんにも。思い出させて。いたのでしょう
優しい。思い出の。風景を
ならば。この。迷宮の。奥には。それが。残っている。かもしれません

失くした。物は。戻りません
ですが。幸せだった。ことまで。なくなる。わけでは。ないのです
それは。確かな。想いとして。共に。在ります
未来へと。進む。力と。なります
だから。いつか。いきませんか?
貴女と。ご両親の。想い出を。描きに



「これは。もねさんの。心が。現れた。形。助ける。ために。必要とはいえ。無闇に。傷つける。ようなことは。したくない。ですね」
 己の武装が植え込みなどに接触することの無いように注意を払いながら、ベリルは迷宮の中を進んでいく。無論、少し掠った程度で迷宮が傷つくということもないだろうが、この迷宮は幼気な少女の心そのもの。気を遣っても遣いすぎるということもないだろうと考えてのことである。
「私の。言葉が。正しいのかも。分かりませんが。それでも。彼女の。心も。守ってこその。騎士。でしょう」
 どのような言葉をかけるべきかという疑問におそらく正解はないのだろうが、それでも自分の為すべきと信じることをするほかないのだから。

 おそらくあの優しくも残酷なUDCは、自分と同じ様にもねにも優しい思い出の世界を見せていたのだろう。それならば、もねの心の象徴であるこの迷宮には、思い出の名残があるのではないかと探しながら進むベリルは、入り組んだ迷宮の奥にそれを発見する。
 それは、何の変哲もない家族の食卓。娘の好物であるとろみのあるオムライスに、栄養バランスという名の母の愛が込められた彩り豊かなメニュー。だが、愛情たっぷりのその料理を食べる者たちの姿はない。おそらく、“向日葵”が撃破されたことにより、追憶の世界が終わったことのあらわれであろう。
 親しい人を亡くすのは誰にとっても辛いことだ。ましてや、その当人がまだ幼いと言っていい年齢の少女ならなおさらである。思い出の世界に閉じこもりたくなるのも無理からぬことだ。だが、ベリルはそれを見逃すわけにはいかなかった。人々の心を護るのも騎士の役目なれば。
「失くした。物は。戻りません。ですが。幸せだった。ことまで。なくなる。わけでは。ないのです」
 そう、愛しい人との思い出が、今もずっと、自分の胸に息づいているように。
「それは。確かな。想いとして。共に。在ります。未来へと。進む。力と。なります」
 受け継いだ思いが、原動力となる。そのことを、自分は知っているから。
「だから。いつか。いきませんか?」
 ――いくって、どこへ?
 迷宮の主の、声なき疑問の声に、ベリルは優しく微笑む。
「貴女と。ご両親の。想い出を。描きに」
 ベリルの言葉からしばらくの沈黙が続いたかと思うと、突然、かちゃん、と小さな音が鳴る。そちらを振り向けば、そこにあったのは、綺麗に空になった一人分の食器。
 そして、行き止まりだったはずの植え込みに、新たな道が出来る。
「もねさんは。私たちが。確かに。護ります」
 いってきます、と告げるもねの言葉を聞いた気がして、ベリルは誰にともなく、そんなことを呟きその場を後にした。もねを迎えに行くために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘカティア・アステリ
【綿津見の唄】
へぇ、今度は随分綺麗な迷宮だね
なんて綺麗な緑なんだろう、海の上じゃ見れない光景じゃないか

さて、少し急いで探してやらなきゃね
ルクス、肩に乗りな
流石にあんたとじゃ歩幅が違いすぎる

ルクスを肩に乗せたら迷宮探索だ
高い視点から見ればわかることもあるだろう

もね、といったね
寂しかったろう、辛かったろう
素直にすべて心を明け渡すことなんて中々できないもんさ
だから頼れなかった自分を責めてやるんじゃないよ

今ね、ここに居るやつらはこういった事柄から人を救う仕事をしてる
ここまで来たんだ、腕は確かだよ
だから少しで良い、みんなの声を聴いておくれ

まったく、坊ちゃんの顔が見たくなっちまうね
あたしも歳を食ったもんだ


ルクス・カンタレッラ
【綿津見の唄】

おー、すっげぇ!
こういう光景もたまには良いなぁ、ヘカテ
ま、大海原には敵わねぇけど

やーりっ、ヘカテの肩だー!
はしゃいで軽く飛び付いて、もうすっかり慣れた居心地の良い高さの上でご満悦
ん、ヘカテ任せた

なぁ、もね
ヘカテみてぇな巨人見たことあるか?
私みてぇなセイレーンは?
ねぇだろ、多分。違う?
君はまだリトルレディで、君の世界は過去と孤児院の中だけかもしんねぇけどさ
世界は広いよ
私らみてぇな、縁もゆかりもねぇ奴の危機に飛び込んでく莫迦も沢山いる
そういう奴らが君を迎えに来てる
泣いて良い、喚いて良い
困らせたって良い
泣き言も不満も最後まで全部聞いてやる
戻って来てぶちまけろ
そしたら、手を貸すからさ



「おー、すっげぇ! こういう光景もたまには良いなぁ、ヘカテ。ま、大海原には敵わねぇけど」
「へぇ、今度は随分綺麗な迷宮だね。なんて綺麗な緑なんだろう、海の上じゃ見れない光景じゃないか」
 端正な顔立ちに悪童のような笑顔を浮かべて瞳を輝かせるルクスに、物珍し気に周囲を見回しながらその後ろをついていくヘカティア。彼女たちは普段は船で海を渡っているため、植物に接する機会というのは少ない。ちょっとした花や観葉植物くらいは育てているが、それ以上に大規模なものとなると潮風の影響などもあり難しいのである。
 とはいえ、観光気分でゆっくりする余裕はない。ヘカティアはルクスの隣に並ぶと、片膝をついて掌を差し出して見せる。
「ルクス、肩に乗りな。流石にあんたとじゃ歩幅が違いすぎる」
「やーりっ、ヘカテの肩だー!」
 はしゃいだ様子で差し出された手に飛び乗ると、そのままするすると勝手知ったる様子で腕をのぼり、肩の上にぴょんと飛び乗って上機嫌に笑う。
「ん、ヘカテ任せた」
「あんたもしっかり観察しとくれよ?」
 そんな言葉を交わして、相棒を乗せた海賊の女傑が迷宮を進んでいく。やはり、もねの心象風景を元に生み出された迷宮は巨人のスケールは少し余るようで、些か歩きづらいのが難点であったが、その分、高い視点から周囲を見下ろすこともできた。3,4mほどしかない生垣では、ヘカティアの肩から上は迷路を飛び出してしまうのである。
 流石に迷路全体を一望、とまではいかないが、上から迷路を見回しながら進んで感じたことは、迷路の要所要所に蕾の状態の向日葵が植えられており、そこが丁度行き止まりとなっていること。
「これがなかったら、もっと迷わず行き来できそうなもんなのにな」
「あるいは、逆なのかもしれないよ。元々はもっと活き活きとした心をしていたけれど、心を閉じてしまった……」
 閉ざされた心の象徴が、行き止まりの多い迷宮と、蕾のままの向日葵というわけである。この迷宮がもねの心の状態に影響を受けると考えれば、十分あり得る話だ。
「よおし! それじゃあ一丁呼びかけてみるとしますか」
 そういって、二人はわざと行き止まりまで向かうと、蕾の向日葵の傍で膝をつく。

「もね、といったね。寂しかったろう、辛かったろう」
 大きな手のひらで、そっと蕾の向日葵を覆うように手を差し出し、ヘカティアは優しく微笑みかける。
「素直にすべて心を明け渡すことなんて中々できないもんさ。だから頼れなかった自分を責めてやるんじゃないよ」
 追い詰められている時ほど、誰かを頼るというのは難しいものだと、どこか己の経験を滲ませるように、小さく首を振って言葉を紡ぐ。

「なぁ、もね。ヘカテみてぇな巨人見たことあるか? 私みてぇなセイレーンは? ねぇだろ、多分。違う?」
 ルクスはといえば、人懐っこい笑みで相棒を指さした後、己を指して。すると、紳士然としたルクスの姿がふわりと融けるように輪郭がぼやける。
「君はまだリトルレディで、君の世界は過去と孤児院の中だけかもしんねぇけどさ、世界は広いよ」
 ぼやけた輪郭が定まったかと思うと、顔立ちこそほとんど変わらないものの、女性らしい丸みを帯びた麗人の姿に変わっていて、そんな姿で、悪戯が成功した悪童のようにルクスは笑う。

「今ね、ここに居るやつらはこういった事柄から人を救う仕事をしてる」
 あたしたちだけじゃないよ、と、迷宮全体を示すかのように、腕をぐるりと回して見せて。
「私らみてぇな、縁もゆかりもねぇ奴の危機に飛び込んでく莫迦も沢山いる。そういう奴らが君を迎えに来てる」
 相棒の言葉にうなずいて、ルクスは胸を張って見せる。

「ここまで来たんだ、腕は確かだよ。だから少しで良い、みんなの声を聴いておくれ」
 女傑らしい普段の豪快な微笑みとは異なる、慈母のような優しい笑顔で、ヘカティアはそう声をかけるのだった。
「泣いて良い、喚いて良い。困らせたって良い。泣き言も不満も最後まで全部聞いてやる」
 ともすれば、麗人めいた姿には似合わない勝気な笑みで、ルクスは蕾に笑いかけた。

「戻って来てぶちまけろ。そしたら、手を貸すからさ」
 海の色をした瞳で、じっと見つめながら言ったルクスの言葉に応えるように、蕾が揺れる。
 ――言いたいこと、纏まってないんだ。
「ゆっくり、ひとつずつ言っていけばいいさ」
 ――あたし、色んな人のこと、恨んだり、鬱陶しがったりしてたんだよ?
「誰かを傷つけたくないから抱え込んでたんだろう? 大丈夫、あんたは優しい子だよ」
 ――あたしのお話、聞いてくれる?
 任せとけ、と、二人の海賊の声が重なって。蕾は花開き、行き止まりだった道もまた開ける。新しくできた道は、ヘカティアに合わせて心持ち広く作られているようにも見えて、二人は小さく微笑んだ。

「まったく、坊ちゃんの顔が見たくなっちまうね。あたしも歳を食ったもんだ」
「おいおい、私も丁度同じこと考えてたってのに。ヘカテよりは若いぞ、私は」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
13歳は子供じゃないけど大人でもない。愛情を求めて体を壊す子もいる年頃。愛されていたならなお失ったときの悲しみはそれは深かったでしょうね。
手を差し伸べることはできます。抱きしめて、話を聞いてあげることもできます。でも、乗り越えるには自分で前を向かないと意味がない。この先の長い生を歩くのは自分の足です。

現実から逃げ続けても家族は生き返らない、あなたは生きている。
幸せな夢に逃げることもできるかもしれない。
でも、あなたを愛した人たちはそれを望むのかな。

「慰め」にもならない言葉ですが「祈り」つつ声をかけて、「聞き耳」で応える声がないか耳を傾けます。
【カガリビ】で照らす道を「手をつな」いで帰りましょう。



(13歳は子供じゃないけど大人でもない。愛情を求めて体を壊す子もいる年頃。愛されていたならなお失ったときの悲しみはそれは深かったでしょうね)
 小児科医という生業ゆえか、遙にはもねの抱えていたであろう苦しみをありありと察することができた。彼女が周囲に当たり散らすような正確ではなかったのが幸いというべきか、あるいはそれゆえこうして異世界に魅入られてしまうほどの発散できない感情をため込んでしまったのか。
 手を差し伸べることはできる。抱きしめて、話を聞くことも。
(でも……乗り越えるには自分で前を向かないと意味がない。この先の長い生を歩くのは自分の足です)

 そんなもねにどんな言葉をかけるべきなのかと考えながら進む遙は、いよいよもねの塞ぎこんだ心のあらわれだという、向日葵の蕾の元へとやってきた。さて、どんな言葉をかけるべきか、と少し考えこむ。多感な時期の少女にどのように接するかというのは、短く無い年月この仕事をしていてもなかなか答えが出ないものだ。
「……現実から逃げ続けても家族は生き返らない、あなたは生きている」
 しばしの沈黙の後、顔を上げて。あえて厳しい言葉をかけることにした遙は、ひとつひとつ、かける言葉を選びながら紡いでいく。
「幸せな夢に逃げることもできるかもしれない」
 自分も先程、短い時間とはいえど入り込んだからこそわかる。あの優しい世界は、どこか、麻薬のようなものだ。甘い幸福で、心を蝕んでゆく。
「でも、あなたを愛した人たちはそれを望むのかな」
 死者の思いを代弁する傲慢さを自覚しながらも、医者たる女は、静かにその言葉を紡いだ。

 ――わかってる。父さんも、母さんも、いつだってあたしが前へと進んでくれることを祈ってるって。
 向日葵の蕾が揺れ、もねの思いが遙の心に響く。その言葉に優しく微笑むと、遙はユーベルコードによって、己の手の中に一本の木の枝を生み出した。
 炎の灯されたハシバミの枝。古来より魔除けとして知られるその枝には、豊穣をもたらすための祈りがささげられてきた。
「それじゃあ……一緒に帰りましょうか、もねちゃん」
 こくり、と頷く様に向日葵が揺れ、花開くとともに、迷宮の奥への道が現れる。
 まだ幼い少女の未来に、豊かな実りが得られることを祈りながら、遙はハシバミの枝を手に迷宮の奥に進んでいった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヒマワリ・アサヌマ
◆陽廻

これが迷路〜〜!?
なんだかおっきな木の中に入ったみたい
見て見てわだちくん!お花がいっぱい!
ほら、私とそっくりな向日葵もあるよ!

わっ、おっきな腕!
私のよりカッコいいかも…
ありがと〜……あでっ、上は考えてなかったや……

考えることは苦手
だからどうしようもない時はカン!
多分〜〜……こっち!なんとなく!

こんにちは!
あなたがもねちゃん?
私?私はね〜〜同じ向日葵だけど、ヒーローの向日葵!
名前もヒマワリ!覚えやすいしかわいいでしょ?

あのね、私も、嫌だな〜〜って思うこと、時々あるんだけどね
友だちがいるから、平気なの

ほら、私のかわいい友だちと、かっこいい友だち!

私たちと友だちになって、お外でたくさんあそぼ!


無間・わだち
◆陽廻

これが
彼女と彼女の、迷路
帰りたかった場所が、あるんだろうな

ヒマワリさんの足場が良くなるよう
巨大腕に変形させた偽神兵器で邪魔な枝葉をそっと避ける
迷路がもねの心の一部なら
必要以上に傷つけるのは気が咎める

複数本に分かれた道では
もねの気配や花の数など
違和感を感じた場所は必ず確かめる

呼びかけるのは
きっとヒマワリさんが得意だろう
俺に言えることと、いえば

お父さんとお母さんに
会いたかっただけなんですよね

だいじょうぶって言ってくれる人は
二人だけだったんですよね

あなたがひとりぼっちで
知らない世界で連れていかれるのが
ここに居る人達は、悲しいんです

その手をひけるかはわからないけど

俺達は
あなたを、見つけたいんだ



「これが迷路~~!? なんだかおっきな木の中に入ったみたい!!」
 うひゃあ、と叫び出さんばかりの勢いで、元気よく迷宮の中に突入するヒマワリ。
「見て見てわだちくん! お花がいっぱい! ほら、私とそっくりな向日葵もあるよ!」
 後ろを振り向いてぶんぶんと手を振ると、彼女とは反対の、落ち着いた様子で周囲を見回しながらわだちがやってくる。
「これが……彼女と彼女の、迷路」
 彼女の帰りたかった景色が、ここにあるのだろうか、と、そんなことを考えながら。

「ようし、もねちゃんを迎えに行こ~! ……っと、と、と」
 元気よく駆け出したヒマワリが、足元の蔦に引っかかり、ふらふらとたたらを踏む。しかし、そのまま躓くようなことはなく、数歩よろめいたところで、何か壁のようなものに支えられて立ち止まった。
「わっ、おっきな腕! 私のよりカッコいいかも……」
「急ぐのはいいですけど、気を付けてくださいね、ヒマワリさん」
 ヒマワリを支えたのは、わだちの操る巨大腕であった。彼の偽神兵器は必要に応じて、様々な姿に変化する能力を持っているのである。
「ここが彼女の心の一部なら、なるべく傷つけずに進みたいですから」
「えへへ、ありがと~。ちょっとはしゃいじゃってた!」
 少し照れたようにはにかんで、よいしょ、と気合を入れなおして進んでいくヒマワリ。わだちも彼女の隣で、巨大腕でそっと枝葉を払いながら進んでいく。

「交叉路……どうしましょうか。虱潰しでいくには少し時間がかかりますし……」
「ん~~……っとね! 多分~~……こっち!」
 悩まし気に分岐する道を見回すわだちを他所に、ヒマワリは数秒考えこんだだけで、勢いよく駆け出していく。何か格別根拠があるわけではない。勘である。そういう娘であった。
「……あれ? 間違っちゃったかなあ?」
 そんなヒマワリが駆け抜けていった先はしかし、袋小路であった。道を間違えたかな、と首を傾げるヒマワリの言葉に、少し遅れてついてきたわだちが首を振る。
「いえ、見てください、ヒマワリさん」
 指さした先にあるのは、一輪の花。といっても、まだ蕾だ。花開いた後は目立たなくなる刺々しい苞が目を引くそれは、そう、向日葵の蕾である。
「きっと……この蕾が、彼女の心に繋がっているのではないかと」
「えっ、ほんと!? どれどれ~?」
 蕾からもねの気配を感じたというわだちにつられて、ヒマワリがとことこと蕾に近寄ると、ふわり、とそよ風が吹き、向日葵の蕾に重なる様にして、麦わら帽子を被った少女の薄い幻像が現れた。
 どこか“向日葵”とにた雰囲気を持つ彼女が、この迷宮の主、もねなのだろう。

「こんにちはっ! あなたがもねちゃん?」
 何はともあれ、人と出会ったならまずごあいさつ。満面の笑みで元気よく声をかけるヒマワリに、もねの幻像は少し戸惑ったように硬直してから、おずおずと頭を下げる。
「私? 私はね~~……同じ向日葵だけど、ヒーローの向日葵! 名前もヒマワリ! 覚えやすいしかわいいでしょ?」
 自分の瞳に咲いた向日葵を自慢するように笑って胸を張るヒマワリに、もねも次第に警戒を解いた様に小さく微笑む。
「あのね、私も、嫌だな~~って思うこと、時々あるんだけどね? 友だちがいるから、平気なの」
 悩んだり、困ったり。一人で考えるのって大変だもんね、と、しみじみと頷いて、自分の隣を指さす。
「ほら、私のかわいい友だちと、かっこいい友だち!」
「え、あ。……ええ、友だちです」
 二人分の呼びかけを受けて、わだちがはにかんだように頷く。隣にいる少女ほど、雄弁に語ることはできないが、それでも自分なりに言えることを言うことにする。
「お父さんとお母さんに、会いたかっただけなんですよね。……だいじょうぶって言ってくれる人は、二人だけだったんですよね」
 大切な家族がいなくなってしまう哀しみを、自分はよく知っている。それでも、自分の場合はすぐ傍に妹がいる分、ある意味では、彼女より救われているのかもしれないなどと考えながら。
「でも、あなたがひとりぼっちで、知らない世界で連れていかれるのが、ここに居る人達は、悲しいんです」
 向日葵の少女も、勿論、自分も。ひとつひとつ、真摯に考えながら言葉を紡いでいく。

「ね! だからだいじょうぶ! あなたも私たちと友だちになって、お外でたくさんあそぼ!」
 見るものに元気をもたらすような溌溂とした笑みで、ヒマワリは手を差し伸べて。
「その手をひけるかはわからないけど……俺達は、あなたを、見つけたいんだ」
 かけるべきかそうでないのか悩んでいた言葉を、あっさりと言ってしまった彼女の朗らかさに、敵わないな、とどこか嬉しそうに吐息してから、わだちも続くように手を差し出した。

 ――あたしと、友だちになってくれるの?
 幻影の少女が二人の手を取ると。その少女の傍に咲いていた蕾が花開き、直後、行き止まりだった植え込みも、ばっ、と向日葵の花を咲かせながら、道を開いていった。
「行きましょう、ヒマワリさん」
「うん! 友だちを迎えにねっ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
迷宮の攻略方法なんて知らないなぁ、あたし
でも、とりあえず空駆け回ってみよっか!

もねちゃーん!
聞こえる?
えっとね、初めまして
あたし、霄・花雫って言うの
他のコの声も聞こえてるかな?
あたしももねちゃんを迎えに来たの

もねちゃんさ、好きなコトとか、やりたいコトってある?
夢とか、あるかな
あったらさ、少しだけでも良いから教えて欲しいなーなんて
あたし、歳が近い女のコだって聞いてたから、どんなコなんだろってずーっと考えながら此処まで来たの
あたしね、もねちゃんのお友達になりたい
もねちゃんが居場所を探すお手伝いがしたい
もねちゃんが怖くないように、したいの

お願い、手を取って
そっちに行くくらいなら、あたしと行こう!



「迷宮の攻略方法なんて知らないなぁ、あたし。でも、とりあえず空駆け回ってみよっか!」
 にしし、と悪戯っぽく笑って、背鰭を風にたなびかせ、空を泳ぐように駆けていく花雫。仲間たちのお陰で未知の開けつつある迷宮を、しかも上空から探せるとあれば、迷宮の深奥、もねの元へと辿り着くのは難しいことではなかった。
 蕾のままの向日葵畑。その中央でうつむいている、麦わら帽子の少女。彼女こそが、もねに違いない。

「……キミがもねちゃん、だよね?」
 空から舞い降りた花雫は、目の前の少女に問いかける。本来聞いていた13歳……よりは1,2歳ほど幼くも見えるあどけない容姿。もしかすると、この迷宮の中での彼女は、数年前で時が止まっているのかもしれない。両親のいたあの頃で。
「うん。あたしがもね。あなたは?」
「そっか、よかった! えっとね、初めまして。あたし、霄・花雫って言うの」
 鰭の翼をそよ風に揺蕩わせながら、まずはにっこり笑って自己紹介。
「他のコの声も聞こえてたかな? あたしも、もねちゃんを迎えに来たの」
 こてん、と首を傾げるように問いかけると、もねは静かに頷く。
「うん。みんな優しくて……色んなことを教えてくれた。あたしにいなくなって欲しくない人たちがいるとか。人を頼るのも勇気がいることだよ、とか……お友達になりたいって、言ってくれた人たちもいて」
 静かに言葉を紡いでいくもね。どうやら、もう随分と心を開いてくれているようだ。ならば、自分がすべきなのは、あと一歩、踏み出す手助けをするだけ。
「……あたし、このままここにいるだけじゃダメなんだ、って思ったの。でも、でも……」
「ね、もねちゃんさ、好きなコトとか、やりたいコトってある?」
 自分が何に悩んでいるかそのものがうまく言葉にできない様子で考え込むもねの言葉に重ねて、花雫は言葉を紡ぐ。
「夢とか、あるかな。あったらさ、少しだけでも良いから教えて欲しいなーなんて」
 そう問われたもねの悩まし気な様子を見て、花雫は静かに言葉を重ねていく。
「あたし、歳が近い女のコだって聞いてたから、どんなコなんだろってずーっと考えながら此処まで来たの」
 こう見えて16歳だから、あたしの方が少しだけ年上かな、なんて笑えば、もねは少し驚いたように目を丸くする。
「ちっちゃいって思ったでしょ。……なんてね、怒ってないよ? あたしも、もねちゃんのお友達になりたいんだ」
「あたしは……絵を描くのが好きだったけど。それは、父さんと一緒に描いて、父さんや母さんが褒めてくれるの蛾好きで。二人が死んじゃってから、絵も、描けなくて」
 再びかけられた友達という言葉に心を動かされたか、思い出すと切なくなってしまう、両親との思い出の籠った、絵を描くという趣味について静かに語っていくもね。
「……そっか。ね、それじゃ、あたしたちと一緒に描いてみない? それなら、もしかしたら描けるかもしれないし……それに、絵を描けたら勿論それも素敵だけど、それ以外だっていいんだよ」
「……それ以外でも?」
 これだけ優しい言葉をかけてもらったのに、絵を描く楽しさを思い出せなかったらどうしよう。そんなもねの悩みを知ってか知らずか、それまでの言葉を翻すかのようなことを言って悪戯っぽく笑う花雫に、もねは小さく驚く。
「そうだよ。別に、絵を描くことじゃなくてもいい。あたしたちはみんな、もねちゃんが居場所を探すお手伝いがしたい。もねちゃんが怖くないようにしたいの」
 もねが心を開こうとしているのを畏れたか、或いは単純に時間切れが近づいているのか。彼女の足元に亀裂が入り、どこか異世界への門が開きかけているのを見て、花雫は焦ったように手を伸ばす。
「だからお願い、手を取って。そっちに行くくらいなら、あたしと行こう!」
「――うん!」
 もねが花雫の手を取ると同時。彼女の展開していたユーベルコードの効力が切れ、向日葵の迷宮が急速にしぼんでいく。
 そして、最後、無理やりにでももねを連れ去ろうとしたのか、大きく開いた異世界への門に、きらきらと輝く向日葵の花が吸い込まれたかと思うと、異世界への門は突然閉じてしまった。

『――いってらっしゃい。元気でね』


 かくして、UDCアースのとある場所に発生していたアサイラムは静かにその役目を終え、アリスラビリンスへとつれて行かれようとしていた少女は、無事にこの世界にとどまった。
 天神・もねという少女には、少し不思議な友達が増えて、また、それ以降もなにゆえか不思議な事件に巻き込まれることが少なくなかったというが――それはまた、別のお話。
 ひとまず、今大事なのは――猟兵たちのもとに、鮮やかな向日葵を描いた暑中見舞いの絵葉書が届いたということであろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月16日


挿絵イラスト