「探検だよ探検! えくすぷろーらー!」
『騒がないでよ、ドリー。そんなに楽しいものでもないわ』
双子と見紛うばかりのグリモア猟兵、ドリー・ビスク(デュエットソング・f18143)が君たちの前できゃいきゃいと話し合う。
「グリードオーシャンで無人島が発見されたよ!」
『アリスラビリンスから落ちてきた島みたいね。その名も“クロック・アイランド”』
曰く、その島では過去を観る。
曰く、その島では未来を視る。
そんな幻覚が時たまに見えてしまう場所なのだそうだ。
『呪いの秘宝“メガリス”の影響かもしれないわ。となると、コンキスタドール――この世界のオブリビオンもそれを狙っている可能性がある』
「だからね、みんなには“クロック・アイランド”の探検をして貰おうってことになったの!」
ドリーがばさりと島の地図を広げる。島の岬らしき場所には、城らしきアイコンが記されていた。
「まずはここ! おっきいお城!」
『アリスラビリンスの時の名残でしょうね。退屈なぐらいキレイなお城よ。まずはここを調べて、探索の足掛かりにしようってわけ』
「鉄甲船に乗ってお城まで行ってね!」
もっとも、この城とてただならぬ場所だろう。なにせ手入れをする人もいない無人島で、その美しさを永く保ってきた城だ。
それこそ、過去の美しいまま、時を止めてしまったかのように。
「ワックワクの探検に、れっつごーだよ!」
『もっとも、あたしたちは待ってるだけなんだけどね。ドリーの分も、あなたたちが探検してきて頂戴』
「『――それじゃあ行ってらっしゃい、猟兵さん』!」
三味なずな
お世話になっております、三味なずなです。
新世界来ましたね。グリードオーシャン!
過去設定の掘り下げや、Ifの未来などを楽しみたい方々向けに、今回は「過去と未来」をテーマにして、かつてアリスラビリンスから落ちて来た“クロック・アイランド”を探検して頂きます。
なずなのマスターページにアドリブ度などの便利な記号がございます。よろしければご参考下さい。
あなたはこのちょっと不思議な島で、一体何を見るのでしょうか?
プレイングの募集開始は間章の投稿後です。よろしくお願いします。
第1章 日常
『えも言われぬ美しき城』
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POW : 食事に舌鼓を打つ。
SPD : 従業員の舞や音楽を楽しむ。
WIZ : 温泉で疲れを癒す。
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
グリードオーシャンの青い海を鉄甲船で渡った先に、“クロック・アイランド”はあった。
その一角、海へと突き出した岬に壮麗な城が建っている。
無人の島で誰に誇るでもなくその美しさを保ったままの城は、まるで野に咲いた奇跡の花か、それともあるいは、すっかり時が止まってしまったプリザーブドフラワーか。
君たちは近くの浜辺に揚陸すると、当初の予定通りまずは城の探索から手を付けることにした。
城には特に誰がいるわけでもなく、扉に鍵がかかっているわけでも、ましてやコンキスタドールの気配すらない。
だが、君たちは確かに何か予感を感じるだろう。
ここは、もしかするとあのグリモア猟兵たちの言っていた「過去が視える」場所なのではないか、と――。
□■□■□■□■□■□■
・第一章
鉄甲船で海を渡ったあなたたちには、無人島“クロック・アイランド”に建っていた不自然に立派なお城を探索して頂きます。
このお城では“過去”を視ることができます。それは一月前か、一年前か、はたまた十年前か――いつのことで、あなたが覚えていることなのかはわかりませんが。
「あの頃は良かった」と懐古してしまうような良い出来事。
「あれがあったから」と歯軋りしてしまうような悪い出来事。
「本当にあったのか」あなたですら覚えていない、失われた出来事。
「もしもこうだったなら」と心のどこかで願った、ありもしない出来事。
「忘れようとも忘れられない」あなたの奥深くに刻まれた印象深い出来事。
お城を探索する中で、あなたはどんな過去を視たのか。プレイングにお書きください。
アイン・セラフィナイト
◎
風化しない謎のお城か。アリスラビリンスの島ってなると不気味さが際立つね。
とりあえずお城の中心へ『第六感・見切り』で探索を行うけど……なんだろう、奇妙な感じがする。
……あの時の光景。
ボクがまだ猟兵じゃなかった時の……街の全てをオブリビオンに焼かれた時の、あの光景。
街の路地裏に縮こまっていたボクを拾ってくれたおじいさんおばあさんも、炎に呑まれた。街の皆の声も消えて清寂に包まれたあの時の光景。
猟兵になったキッカケだった。あの時、ボクが猟兵に覚醒していれば……全員助けられたのかな。
……涙を流すしかできなかったけど、今は違う。随分悪趣味なメガリスの力だね。
……立ち止まれないんだ。今はもう……!
風化しない、謎の城。
アリスラビリンスから落ちてきた島というだけで、なんとなくアイン・セラフィナイト(精霊の愛し子・f15171)は不気味さが際立つように見えてしまった。
思い返せば、ぱっと思いつく限りでアリスラビリンスに関わったのは、グリモア猟兵として事件を一度予知したことだったか。オウガに追われるアリスを逃がすために、集まった猟兵たちが奮戦していたことが印象深い。
「元の世界の住人は、もういないってわかってはいるけど……」
オウガも、アリスも、愉快な仲間もいない城の中を彼は歩いて行く。誰かが使うために存在する建物からは、しかし自分以外の者の気配を感じさせない。
「……なんか、イヤな感じだ」
オブリビオンから向けられる鋭く有機的な敵意や殺気ではない。
むしろ無機的で、機械的な――たとえばアルダワのダンジョンでよく感じる、罠のような“悪意”。
アインの術士としての直感がそれを警告していた。
「……大丈夫だよ」
肩に乗った使い魔の鴉、神羅がこちらの顔を窺いながら心配そうに鳴く。安心させるように笑ってみせながら、喉元を撫でてやると一鳴きしてアインの死角を埋めるように周囲の警戒に戻った。
とにかく、進まないことには事態は進まない。
警戒しながらも扉の一つを開け放つと、出迎えたのは頬を撫でる熱気だった。
「熱っ――――」
思わず顔をしかめてしまう。肌を焦がさんばかりの熱気。色々な物が燃える嫌な臭気。ぼうぼうと燃え盛り、ぱちぱちと爆ぜる炎の音。狂乱し悲嘆する人々の絶叫。
火事だ。
「これは……。いや、ここは――!」
緊張で全身が強張るのが自分でもわかる。炎に巻かれ、焼け落ちるその光景には確かに見覚えがあった。
猟兵になる以前に、アインの住んでいた街だ。
「……っ、おじいちゃん、おばあちゃん!」
白い鴉、万象が警告するように鳴くが、構わずアインは駆けていた。記憶を頼りに、燃え盛る火の海の中を突っ走る。
アインには過去の記憶が無い。彼の一番最初の記憶は街の路地裏に縮こまっていたこと。そして、そこで優しい老夫婦に拾われたことだった。
老夫婦はアインをよく育ててくれた。彼らに拾われたアインは幸運と幸福の中にあって、平和な日々を過ごしていた。
だが、その平穏は唐突に終わりを告げた。
オブリビオンが街に襲来したのだ。
「おじいちゃん、おばあちゃん……ッ!」
アインが老夫婦の家に辿り着く頃には、人々の絶叫は絶えていた。
ただ炎の燃え爆ぜる音だけが耳朶を打ち続ける、騒々しい清寂の中。
記憶の中の老夫婦の家は、“記憶通り”に燃え崩れていた。
倒壊した家の下敷きになってしまった老人が見える。何かを考えるよりも先にアインは駆け寄って、倒れた柱を持ち上げようと手を伸ばす。
伸ばした手は、宙を掻いた。まるで自分が幽霊になってしまったかのように、手が柱を透過した。
「…………ッ」
これは幻覚だ。
助けようと駆け寄る前から、そんなことはわかっていたはずなのに。それでもアインは悔しかった。大好きなあの二人が、もう一度目の前で死んでしまうところをこうして見せつけられるだけだなんて、嫌だった。
だから、考えてしまったのだ。「覚醒した猟兵の力を使えば、救えるのではないか」と。
拳を握り締める。行き場のない感情を抑えつけるように、強く、強く。
「……ボクは、猟兵になったんだ」
震える唇で紡いだその言葉は、果たして幻の老夫婦に向けたものか、あるいは自分自身に言い聞かせるためのものか。
かつてのアインは絶望した。目の前の悲劇に。過酷な出来事に。
そして何より、己の無力さに。
「……わかっているよ」
頬を伝う、熱を孕んだ涙を拳で拭い去る。
あの時、自分は涙を流すことしかできなかった。
だけど、今は違う。絶望の中にあって、彼は猟兵に覚醒した。彼の望む力をその手に収めて、今彼はここに立っていた。
「ボクは立ち止まれないんだ。今は、もう……!」
神羅の鳴き声に応えて、アインは倒壊した家に背を向ける。
万象が鳴いた。甲高い鳴き声は炎の音をつんざいて、陽炎に揺れる周囲の光景を揺らがせ――
そして、アインは元の城へと戻っていた。
「悪趣味だ……」
少し疲れた様子で彼は呟く。ただの幻影にしてはあまりにもリアルな感覚。本当に、悪趣味な力のメガリスだった。
城の廊下を歩きながら、彼は二羽の鴉へと語りかける。
「ねえ。あの時のボクが、猟兵の力を持っていたら……全員助けられたのかな」
かぁ、かぁ。鴉たちが鳴いて。ありがとう、とアインは笑んだ。
無意味な“If”に過ぎないことを、彼は幼いなりに理解していた。ただ、もしもの仮定で整理のつかない己の心を虚しく慰めているだけに過ぎないと、なんとなくわかっていた。
だから、彼は歩み続ける。立ち止まらずに、力を求めて――。
成功
🔵🔵🔴
ロカジ・ミナイ
でっけー建物ってのはそれだけでワクワクするもんで
片っ端からドアを開けたくなる
このドアを開けたら
数多の過去のどこを見られるんだろうね
目に映るのは4、5歳の僕
髪はまだ真っ黒
花街でひっそり守られるように育てられた
名目とか事情なんてものは分からねぇが、ココで幸せに暮らしてた
…ママの死体を見つけるまでは
その時だって僕を守ろうと奮闘してくれた
強くて健気な女たち
女郎たちは綺麗で優しくて、よく泣いた
僕に甲斐性があれば
姐さんたちみんなここから出して幸せにしてやるのに
そう誓ったちいちゃな気持ちは、今も僕の胸に生きている
姐さん達、あの後どうなった?
僕以外の誰かとちゃんと幸せになったかい
…そんなことはありえねぇか
◎
数多の世界を巡り巡って放蕩してきた。
その中で色んな物を見て回ったが、やはり大きな建物というのは見ているだけでも心が躍るものだ。
紫煙をくゆらせ足取りも軽やか歩き回って、片っ端から扉を開け放っていったところで、この無人の城で誰がロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)を責められようか。
「お邪魔しますよっと」
愉快に陽気に扉を開けて、どんな場所かと首を突っ込む。
ゆくりなく、洋風の扉を開けた先にあった部屋には畳と障子が見えた。
サムライエンパイア然とした部屋に一人ぽつんと立つのは、まだ年端も行かぬような少年だった。
「僕だ」
半ばほどを桃に染め上げた今と違って黒髪ということはまだ4、5歳の頃の自分だろうか。昔はこんなに小さかったんだな、とロカジは顎を撫でながら、部屋を見渡す。
「だとすると、ここは花街か」
花街。サムライエンパイアの遊郭。そこで当時のロカジは育てられていた。
千鳥足に歩く酔っ払い、それを狙った夜盗や掏摸に人攫い。花街は決してお行儀の良い場所でもなければ、当然治安も悪かった。
だからだろうか。自分がひっそりと、守られるように育てられたのは。
「幸せだったんだけどなぁ……」
幼い頃の自分を眺めながら、溜息と共に紫煙が漏れた。
多尾の狐の家に産まれた自分が、一体どんな事情のどんな名目で花街に預けられたのかは今でもよくわかっていない。ただ、幸せに暮らしてはいられた。
今、幼い頃の自分がママの死体を見つけるまでは。
『ママ、ママ……』
子どものすすり泣きに、ロカジは頭を掻いた。できることなら目を塞いで、気を紛らわせることの一つや二つ、気を利かせたのだろうが。生憎と目の前のそれは幻覚に過ぎず、もっと言うなら過去の自分にそれをやったところで何も意味が無いことをロカジはわかっていた。
何人かの女郎が入って来て、幼いロカジを抱きすくめた。斃れたママを見せないように細い身体を壁にして、何とかしてなだめすかして、慰めてくれた。
少年の背を擦る、綺麗で優しい女郎。流した涙を拭うほど、自分たちも悲しいはずなのに。彼女たちは本当に強くて、そして健気だった。
「……僕に甲斐性があればなぁ、なんて思ってたんだっけ」
姐さんたちをみんな身請けして、ここから出して幸せにしてやるのに。
そんな無謀で小さな誓いは、長い時を経てなお気持ちとして今もこの胸に生きている。
もっとも、そんな大勢の女たちを身請けできるほどの甲斐性なんて、今も持ち合わせているのか怪しいものだが。
金食い虫の煙草を口から離して、扉を閉める。それだけで、ロカジは現実の城へと帰還できた。
「……姐さんたち、あの後どうなったんだろうな」
僕以外の誰かとちゃんと幸せになれたのだろうか。
そうであって欲しいという願いは、「そんなことはありえねぇか」と紫煙と共に吐き出された溜息によって打ち消された。
花街は過酷な場所だ。
女にとっても、そして、子どもにとっても。
新しい金食い虫に火を付けて、ロカジは城をそぞろ歩く。
次の扉は、何を見せてくれるだろうか。
成功
🔵🔵🔴
ブラッド・ブラック
【森】◎
傍らのサンへ
過去か
もしかしたら何か思い出せるかもしれんな
俺の過去は―
ふとはしゃぐ子供の笑い声がして
それから腹に衝撃
見れば十歳程の可愛らしい子供―出逢った頃のサンが抱き着いていて
無邪気な瞳で俺を見上げていた
嗚呼―、
死んだ方がマシな
苦痛と餓えと孤独と罪に塗れた人生だった
お前に出逢う迄は
地を這う醜き肉塊でしかない俺に
お前は構わず飛び付き懐き無邪気に笑い掛け
何処へ行くにも付いて来て
危なっかしかった
目が離せなかった
お前も俺を見詰めていたな
誰にも愛される事無く
ただの怪物と成り下がった俺から
愛が生まれる等と誰が予想できただろう
無邪気な幻影を見送り
傍らの白へ触れ
愛しているぞ、サン
お前に出逢えて良かった
サン・ダイヤモンド
【森】◎
「―うん」
本当は分からなくても大丈夫
あなたが傍にいてくれるから
ひらり現れた眼状紋の蛾
指先にとめ「ふふ、どこからきたの?」
『…何故だ
何故だ何故だ何故だ!
何故こんなにも醜く穢らわしいのだ!』
響く怒号
翼捥ぐ音と掠れた悲鳴
『赦さん赦さんぞ
お前は存在してはならないのだ』
血溜りに倒れている子供は僕
落ちた蛾の翼
それを踏み躙るのは
いつか夢の中で見た神格の男
『無価値なものめ』
吐き捨てる様な声がして
僕は時空の狭間に棄てられた
『何故…愛して下さらないのですか…』
忘れていた記憶と過去の僕の悲哀
立ち尽くす
やっぱり僕は要らない子だったんだ
ブラッドの手と言葉に
溢れそうな涙隠し寄り添う
「うん…僕も、ブラッドが大好き」
城の中に黒と白があった。
黒の名はブラッド・ブラック(山荷葉・f01805)、白の名はサン・ダイヤモンド(apostata・f01974)。
黒い甲冑姿の異形と、白い天使の如きキマイラは連れ立って廊下を歩いていた。
「サン。あまりきょろきょろするのは危険だ」
ブラッドが一瞥と共に注意する。物珍しげに辺りを見回していたサンは鬼めいて恐ろしげな形相を見上げると、「うん」とだけ応えた。応えるだけ応えて、すぐにまた壁や柱の彫刻や装飾に目を奪われ始める。
「……サン。未だにオブリビオンの気配がないとはいえ、注意力が散漫に過ぎる。罠があるかもしれない」
鬼の形相に反して、優しく諭すようにブラッドが言い聞かせる。それを恐れるでもなく、侮るでもなく、しかしサンは不思議そうに首を傾げた。
「ブラッドが守ってくれるんじゃないの?」
ぐ、とブラッドが揺らぐように呻いた。
確かにその通りだ。この愛し子は何を賭けたとて守り切る。そのつもりだ。
だが、それはそれであってこれはこれだ。甘やかしてはならないと、何よりも己を戒めながらブラッドは隣のサンを見る。
「無論だ。だが、注意をしなくて良い理由にはならない」
じっとブラッドは顔を見つめ返される。しばし考えてから、サンは「わかった」と返事した。
「しかし“過去の視える場所”……だったか。もしそのような場所があったならば、あるいはサン、お前も何か思い出せるかもしれんな」
サンは記憶喪失だった。最初の記憶は今から7年前に暗い森の中で目覚め、そこでブラッドと出会ったことを覚えているだけで、それ以前の記憶は断片的にしか思い出せていなかった。
思い出せれば良いだろうと、黒は考えていた。思い出した記憶は、きっと幼子の如き愛し子のためになると思っていた。
「――うん」
しかし、サンの返した頷きは心なしか気のないものだった。
彼自身は、本当は何もわからなくても良かった。何であれ自分に対してブラッドが興味を示してくれて、知ろうとしてくれるのが嬉しかっただけなのだ。
だから、白はただ黒が傍にいてくれるだけで良かった。
――ふと、ひらひらと何かがサンの視界に入って来た。
蛾だ。眼状紋の翅を持った、小さな蛾。
サンが手を差し出すと、白い指先に蛾が止まる。少し不気味な見た目だが、自分を一時の止り木にした蛾はどことなく可愛らしく思えた。
「ふふ、どこからきたの?」
蛾は眼状紋の翅をゆっくりと上下させる。まるでまばたきをしているかのようで、その様がサンには少し面白かった。
しばらくじっと蛾の“まばたき”を眺めてから、「あ」とサンは呟いた。さっきブラッドに「注意力散漫だ」と叱られたばかりだった。
素直にブラッドに謝ろう。蛾から視線を上げたサンの視界に、赤が見えた。
血だ。
『……何故だ』
神殿のような場所で、血溜まりの前には男が立っていた。いつか、夢の中で見た神格の男だ。
彼が苛立たしげに腕を振るうたびに、白と赤に彩られた羽根が周囲に飛び散る。
『何故だ、何故だ何故だ何故だ! 何故、こんなにも醜く穢らわしいのだ!』
怒号と共に男神は腕を振る。ぶちぶちと嫌な音を立てながら翼がもがれる。枯れ果てた悲鳴が虚しく空気を震わせた。
怒りに任せて男神が悲鳴の主を地面に叩き付けた。
血溜まりの上に転がった子どもは、在りし日のサンだった。
『赦さん、赦さんぞ……。お前は存在してはならんのだ! 美しくない、お前など!』
落ちた蛾の翼を男神は踏み躙る。怒り、憎しみさえ宿した表情で、男神は見下す。
『――無価値なものめ』
男神がそう吐き捨てると同時に、血溜まりの中のサンは時空の狭間へと棄てられた。
赤く染まった白い彼は、掠れ切った喉を震わせる。
『なぜ……愛して下さらないのですか……』
忘れていた記憶。過日の悲哀。
無価値だと断じられ、不要だと棄てられたことが、ただ悲しかった。ただ嫌だった。
一連の幻覚を前にして――サンは、立ち尽くすばかりだった。
●
気付けば、ブラッドは森の中にいた。
その光景がどこのものなのかはすぐにわかった。二人の住まう“大樹の森”だ。
いつの間に、と驚きながらも、隣にいるはずのサンへと振り向こうとした瞬間。横っ腹に何かがぶつかってきた。
『ブラッド!』
聞き慣れた、しかしいつもよりも幼い声。
見れば、そこにはサンが抱き着いていた。彼と出逢って間もない頃の、幼く可愛らしい子どもだった時のサンだ。
「サン……?」
『あっちにきれいな花があったんだ。ブラッドもきてよ!』
無邪気な瞳でこちらを見上げたかと思えば、幼いサンはブラッドの手を引いて案内される。強引だが、決して振り払えない程に強い力ではない。けれど、ブラッドは手を引かれるがままに幼いサンの後を付いて行った。
記憶を浚うと、確かに昔、こんなことがあった気がする。
UDCアースからここアックス&ウィザーズの“大樹の森”へと流れ着き、棲み着いてから数年。地を這う醜い肉塊だった自分へと、初めて出逢ったサンは物怖じする様子もなく懐いて、純真な笑みを向けてくれていた。
『わっ……』
「サン、危ない。ゆっくり歩こう」
木の根に足を取られて転びそうになる幼いサンを支えてやる。先導するように前を歩いていた彼は「うん」と頷くと、ブラッドの横を歩き始めた。
こんな天衣無縫な少年に対して、出逢った当初の自分は「俺に構うな」と言っていただろうか。異形の存在、血と罪にまみれた自分は、こんな少年が共にいて良い存在ではない。だから、近づくべきではないと警告し、自分もまた距離を置こうとしていた。
だが、幼いサンはまったく頓着しなかった。ただの怪物へと堕ちたブラッドに構い続けた。
そんな彼が危なっかしくて、目が離せなくて――そして、愛おしかった。
『ブラッド。みて、あれ』
幼いサンが指差したところには花があった。
葉に雨雫を残したその花は、黄色い花柱と透明な花弁をしていた。サンカヨウだ。
『きれいでしょ』
誇らしげに笑う幼いサンの表情は何物にも代えがたかった。
ああ、とブラッドは頷きを返す。
「ありがとう、サン」
本当に、ありがとう。
奴隷だった頃の苦痛。家族や親類からも排斥された孤独。時を経て積み重なった苦痛と罪。誰に愛されることもなく、誰を愛することもできず。落ちこぼれ、卑怯者となじられた彼は化物へと堕ちた。最後に残った理性だけが「死んだ方がマシだ」と囁いていた。
そんな自分に愛を触れさせて、芽生えさせてくれたのは。救ってくれたのは、サンだった。
醜い黒を、太陽のようなお前は救ってくれた。
手を伸ばす。握った小さな白い手は、成長した青年の手に変わる。
ああ。こんなにも、愛し子はいつの間にかに大きくなっていたのだ。
「サン、愛しているぞ。お前に出逢えて良かった」
ひどく寂しそうな顔をしていた本物の白は、袖口で涙を拭うとブラッドの腕へと抱き着いて、寄り添った。
花が咲くような笑みを湛えて、サンはブラッドの顔を見上げる。
「うん。……僕も、ブラッドが大好きさ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ヌル・リリファ
「マスターがわたしをおいていくのは、一緒にいったら迷惑だから……?」
(酷く不安げで悲しげな自分がマスターの白衣の裾を掴んで首を傾げて見上げていた。)
「そんなことはない。ヌルがきてくれるというなら、とても嬉しいよ。
だけど、私は――から。――。ヌルには――ほしいんだ。もしそれでも――」
(それにマスターはどこか困ったような、それでいて優しげな笑顔で答えていたけれど。ノイズが走り、すぐに何と言っているのかも認識なくなってしまう。
映像に覚えはないけれど。
何となく偽りではないのだと思った。)
ふふ。迷惑じゃないって。
なら、はやくあいたいなあ。
(……だけど、マスターは。
わたしになにをしてほしかったんだろう?)
Loading...
ERROR!
The referenced data is not corrupted.
Restore the corrupted data.
...The pseudo-restoration completed!
――――――
――――
――
一瞬だけ感じた違和感。瞬きの直後に、目の前の光景は変わっていた。
目の前には、白衣の男がいた。ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)がマスターと呼ぶ製作者だ。自分の手は、マスターの白衣の裾を掴んでいた。
『マスターがわたしをおいていくのは、一緒にいたら迷惑だから……?』
自分の口が勝手に動いて、恐る恐る窺うような言葉が紡がれていく。『そんなことはない』とマスターは首を横に振った。
これは記録の追体験だと、すぐに察しがついた。
『マスターがいくところに、わたしもついていきたい』
まるでぐずる子どものように、酷く不安げで悲しげで、不安定な口調。見上げるマスターの顔は、困ったような、それでいて優しげな笑みを浮かべていた。
『ありがとう。ヌルからそう言ってくれるのは、とても嬉しいよ』
『! じゃあ――』
わたしも、と言葉を継ごうとしたヌルを、しかしマスターは首を横に振って制した。
『だけど、私は■■■■から。■■■■■■■。ヌルには■■■■■欲しいんだ』
急激に、見えている幻覚にノイズが走り始めた。マスターの声にざあざあと砂嵐のような音が混じって、何を言っているのかも認識できなくなってしまう。
頭痛。するりと白衣から自分の手が落ちる。ひらりと白衣の裾が翻って、マスターが離れて行ってしまう。
そこから先は、砂嵐のようにひどいノイズに覆われて認識できなくなってしまった。
ノイズの嵐がぱたりと止む。周囲の景色は城のものへと戻っていた。
「……さっきの、ログ」
呟きながら、さっき見た物を反芻する。
あの記録に覚えはなかった。けれど、なんとなく偽造されたものではないと思えた。
「迷惑じゃないって」
ふふ、と機巧の少女は笑った。一緒にいても迷惑ではないと言われた。付いて行くと言ったら、嬉しいと言われた。マスターにそう言われたことが、ヌルにとって何よりも嬉しかった。
だって、今までずっと置いていかれた理由がわからなかったから。もしかして、邪魔で迷惑だから、要らないから置いて行かれたのかと邪推してしまうことさえあったから。
「……なら、はやくあいたいな」
迷惑なんかじゃないなら、早く会いたかった。またマスターと一緒にいたかった。
マスターの人形でいたかった。
待っていても帰って来ないマスターを探し始めてから、どれほど経ったか。今まで費やしてきた努力は無駄ではなかった。
より一層頑張って探そう。そう決めた。
――でも。
「……でも、マスターはわたしにいったいなにをしてほしかったんだろう?」
成功
🔵🔵🔴
佐々・夕辺
私の目の前に映るのは、鬱蒼と生い茂る森
背の高い木が林立して、その間を楽し気に精霊たちが躍っている
そう、これは私の故郷
今はもう何処にあるかも判らない、私のふるさと
気が付いたら森にいた
精霊たちを友として、朝露で咽喉を潤し、時に狩りをして肉を食う
時折訪れる友人たちとゲームをして、笑ったり、怒ったり
それだけで満足だったのに
気付けばグリモアベースにいて、私の手にはグリモアがあった
精霊たちは私を探しているだろうか
「……私はここよ」
言う声は酷く小さくて
見付かるのを恐れている? 責められるのが怖い?
違う。違う。私はきっと、もう戻れないという事を知るのが怖いんだ――
昔日のことだ。
気付いた時には佐々・夕辺(淡梅・f00514)は森で暮らしていた。
鬱蒼とした森では、虫や鳥が美しい鳴き声を奏で、動物たちが穏やかに暮らし、精霊たちが楽しげに踊って過ごしていた。
夕辺は特に精霊たちを友としていた。
喉が渇けば朝露で潤し、腹が減れば果実を採り、時に狩りをして獣を肉にした。
友たる精霊たちと踊り、遊び、笑い合い、時折喧嘩することもあった。
満ち足りた生活だった。こんな穏やかで平和な生活が、これからもずっと続くのだと思っていた。
懐かしい思い出の感傷から夕辺を引き戻したのは、頬を撫でる一陣の風だった。
城を探索していると、突然目の前の景色が故郷の森へと変わっていた。
「………………」
風に撫ぜられた夕辺の頬は、緊張したように強張っている。幻影にしてはいやにリアルな感覚だった。
全てが記憶通りだった。
目の前の景色も、肌で感じる空気も、森の匂いも、耳朶を打つ虫や鳥の鳴き声も。
そして、木々の間で楽しげに踊る精霊たちの姿も。
故郷だった。今までずっとずっと探し続けていた、ふるさとだった。
「ぁ…………」
かつての友たちの姿を前に、夕辺は手を伸ばそうとした。近くへ行って、昔のようにまた話したいと思った。
けれど、手は伸びなかった。足も動かなかった。
彼女は立ち尽くし、故郷の森で楽しげに踊る精霊たちを、ただ見ていることしかできなかった。
「……私は……」
喉を震わせる。せめて、声だけでも届いて欲しい。声さえ届けば、きっと彼らはこちらに気付いて、昔のように親しげに話しかけに来てくれる。
ここにいると気付いて欲しかった。また昔のように楽しく話がしたかった。どんなことがあったのか、彼らの好みそうな積もる話を語って聞かせたかった。そして、共に歌って踊り、笑い合いたかった。
「私は、ここよ……」
しかし知らせる声は羽虫のように小さく、か細かった。
彼らに見つかることを恐れているのだろうか。彼らに責められるのが怖いのだろうか。それとも、今の生活が惜しいのだろうか。
違う。夕辺は唇を噛んだ。赤い血が流れる。彼らに気付いて欲しいのも、彼らと話がしたいのも、また笑い合いたいのも本当のことだ。
本当に怖いのは、自分が本当に恐れていることは――
「――きっと、もう戻れないと知ることが、怖いんだ」
夕辺の呟きと共に、目の前の風景に亀裂が入り、ガラスのように割れ砕けた。
砕けた景色の後に広がっていたのは、夕辺のよく知る世界。
グリモアベースの再現だった。
「ぁ…………」
崩れ落ちるように、夕辺はその場でへたり込んでしまった。
彼女の手の上で、炎のようなグリモアがただ燃え続けていた。
成功
🔵🔵🔴
アロンソ・ピノ
◎
温泉は、身体に良いんだったか?
筋肉は酷使するだけじゃダメだそうだしな。
過去?オレの過去なんて、畑仕事の合間に棒振りしてただけだ
ただ、刀振ってただけだ。
―たとえば、畑仕事が休みの日。
太陽と同じ時に起きて刀を振り。ただただ無心に振り続け。ふと気づけば沈む夕日が美しかった。
―たとえば祭りの日。祭りの為の収穫が終わり、同年代が祭りに浮かれていた間。祭囃子を聞きながら無心に刀を振るっていたこと。
―たとえば、この刀を継いだ明くる日。祖父に尋ねたのはなぜ父はここまで早く自分に刀を譲ったのか。
祖父は答えた。「父は、お前や俺とは違って真人間だから、刀を手放す機会が欲しかったのだ」と
…オレは、変わらんよ。
己の人生を省みるに、どうということはないものだったと思う。
面白みがないと言い換えても良いだろう。
特別な使命を帯びているわけでもない。不倶戴天の敵もいなければ、故郷を喪ったわけでもない。記憶を喪ったわけでもなければ、大それた秘密もない。
畑仕事をこなし、その合間に棒振りを続ける。
アロンソ・ピノ(一花咲かせに・f07826)の半生は、ただそれだけの、平凡なものだった。
だから、彼はこの城を前にしても気楽に構えていた。グリモアベースではそれぞれ過去に一傷ありそうな猟兵たちが曇った顔を浮かべていたが、自分は多分関係のないことだと思っていた。
城を歩く中で視えた幻覚というのも、どうということはないものばかりだった。
農閑期のある日、日の出と共に起きて刀を振っていた自分の姿を視た。幻影の自分は無心に刀を振り続け、日が暮れた頃にようやく太陽が傾いたことに気付いて得物を鞘に収めていた。
収穫祭の日、村の若い衆が祭りに浮かれて酒を飲んでは騒いで笑い合っていた時のこと。幻影の自分は祭り囃子を聞きながら、ただ刀を振り続けていた。祭りの火が消えた頃、灯りが消えたことを残念がりながら渋々刀を収めていた。
「刀を振ってばっかりだったな」
過去の幻影を省みて、思わず苦笑してしまう。『刀よりも鍬か斧でも振ってくれ』なんて、呆れながら村の連中に言われたのも今では納得できた。
城の中の扉を開くと、広い空間に出た。アロンソを迎えたのは充満した熱い蒸気と、湯気を立ち昇らせる風呂場だった。
「……随分と豪華な風呂場だな」
地位が高いと風呂場も大きくなるらしい。
袖をまくって湯に片手を突っ込む。誰がいるわけでもないのに、熱い湯が保たれていた。
せっかくだから、ひとっ風呂浴びてやろうかと立ち上がり。
アロンソの眼前に広がっていた光景は、故郷の風呂場に変わっていた。
湯に男が二人浸かっているのが見えた。祖父と、自分だった。
『……なあ、じぃさま。なんだってとぉとはこんなに早く俺に刀さ譲ったんか?」
かつての自分の一言で、いつのことだかすぐにわかった。伝家の宝刀を父より譲り受けた翌日のことだ。
祖父は湯の中に身を沈めながら吐息する。しばしの沈黙の後に、祖父は答えた。
『あいつはお前やおらと違う』
過日の自分は、訝しげな表情をした。同じ一族の者なのに、一体何がどう違うのだと。
それを察してか、祖父は言いにくそうに言葉を継ぐ。
『……あいつは、真人間だ。お前やおらと違ってな』
ざあ、と祖父が湯船から上げた腕には、いくつもの刀傷が刻まれていて、練られた筋の全ては刀を振るうためのものだった。
『“瞬化襲刀”は真人間の手に余る。お前の親父はそれをよくわかっていた。わかっていたから、一刻も早くあの刀を手放したいと思っていたのだ』
『そんな、じぃさまはともかく人を化物みたいに……』
『化物さ』
困惑するアロンソに、祖父はぴしゃりと言い放つ。
『二つ、覚えておけ。人は刀を一日中振り続けることなぞできない』
常人は必ず腕を壊すか、さもなくば途中で飽く。
そうならない者は、尋常ならざる精神を持った者か。
あるいは――刃に愛された者か。
『そして、狂人ほど己が狂したものだと自覚できない』
それが普通のことなんだと、歪んだ杓子定規で物事を測る。
あの時の自分は、なんと返しただろうか。
幻影の姿は、すっかり湯気に覆われてしまって。
あとに残されたアロンソは、ただ風呂場の中で揺れる湯船を見つめていた。
成功
🔵🔵🔴
クゥーカ・ヴィーシニャ
◎
過去が視える場所、ねぇ。さて、どんな過去が視えるのか
……ああ。この過去か。俺が、目覚め育った街の記憶。神の遣いとして救いをもたらそうとした最初の頃
住民に寄り添って心の支えになることぐらいしか出来なかったけど……楽しかったな。彼らも俺を受け入れてくれて。家族のように扱ってくれて
結局は、ダメだったけどな。あの時の俺は力がなくて、何も守れなくて、俺だけが生き延びて……悔いだけが残った
……ごめんな。俺に力がなかったばかりに。救ってやれなくて
……でも、俺はまだ諦めない。この過去は俺が背負う罪だ。今度こそは守り、救う。絶対に。そう決めたんだ
過去や未来が視える場所。
そこで自分に一体どんなものが見えるのか、興味を示す猟兵の数は少なくない。
クゥーカ・ヴィーシニャ(絡繰り人形・f19616)もまた、そのうちの一人だった。
「さて、どんなものが視えるのか……」
楽しみだね。クゥーカが姉さまと呼び慕う人形に笑いかけて、彼女は城の中を進んでいく。
最初に異常を感じたのは、臭いだった。
生臭いような、ほこりっぽいような異臭。それを皮切りにしたかのように、雑踏の音が辺りに響き始め、次の瞬間には周囲の景色は灰色の貧民街へと変貌していた。
「……ああ、この過去か」
見覚えのある場所だった。
ここは貧民街。クゥーカが目覚め、育った街での記憶だ。
記憶を浚うに、建物の荒廃具合からして活動を始めてまだ間もない頃の再現のようだった。神の遣いとして、この貧民街に救いをもたらそうと活動し始めた最初期では、まだ建物の補修には手が回っていなかったはずだ。
「……懐かしいな」
呟くクゥーカの顔に浮かぶ感情は、郷愁と憐憫だった。
神の遣いとは言ったが、彼らに腹いっぱいのパンと職をくれてやるようなことはできなかった。当時自分にできたことは、精々が住民たちに寄り添い、彼らの心の支えになってやることぐらいだったか。
貧民街の住人たちも、神の遣いを自称するクゥーカのことを変わったやつだと笑いながらも受け入れ、家族のように扱ってくれた。
「楽しかったなぁ……」
貧しいながらも、笑い合えていたあの頃の生活は、クゥーカの中で確かに楽しかった思い出として記憶されている。
だが、クゥーカは結局彼らのことを救いきれなかった。何の力を持たない彼女は何も守れず、結局生き延びることができたのは自分だけで。
後に残った物と言えば、彼らとの記憶と、彼らを救いきれなかった後悔だけだった。
「もっと後の再現だったら、墓参りぐらいはできたのかもしれないけど」
生憎と目の前に再現された記憶では、まだ彼らは生きているはずだ。生きている連中のいる再現の中で墓を拝むのも奇妙な話だし、どこにいるとも知れない以上探すのも手間だ。
何より、クゥーカも彼らに合わせる顔をまだ持っていなかった。
だから――
「……ごめんな。俺が無力だったばかりに、救ってやれなくて」
一言、灰色の街に詫びを口にする。クゥーカの言葉は雑踏の音の中に消えて、灰色に飲み込まれた。
踵を返す。
救えなかった街。救えなかった人々。自分は神の遣いを自称するには、あまりにも無力だった。けれど――
「……俺は、諦めないから」
今度こそは絶対に守ると誓った。次こそは必ず救いきってみせると決めた。
だから、きっとこの街は、彼女にとっての背負うべき十字架だった。
成功
🔵🔵🔴
ジョン・ブラウン
●◎
いつの間にか周囲の風景が
古い病院のように薄暗く陰気な雰囲気へと変わる
「ここは……UDCの支部?」
「なんだってまたこんな所に……ん?」
物陰から出てきた人影は白衣や戦闘服に身包んだ職員のもの
「ああ、丁度良いや。今っていつ――”この頃”か」
職員へ質問しようとした瞬間
その目に宿る敵意と嫌悪感で悟る
「なるほど、よく見りゃ”溢れてる”や」
自身を見ると手足からは泥が滲み耳元の相棒も居ない
これは真の姿がUDC組織に露呈し連行され
その悍ましさからUDCの一種であると判断されたその瞬間であると
「よくここから説得できたなぁ」
泥の体を銃弾や刃物に蹂躙されながら虚空を見上げ
身分保障をもぎ取った過去の自分を称賛する
確かにジョン・ブラウン(ワンダーギーク・f00430)は城の中を歩いていたはずだった。
「ここは……UDCの支部?」
しかし、彼の歩いている場所はいつの間にかに古い病院のような薄暗い陰気な風景へと変貌していた。消毒液と埃っぽい臭いが鼻につく。
「なんだってまたこんなところに……」
過去や未来が視える場所だろうと話は聞いていたが、はてさてここは過去か未来か。
UDCの支部でここに似た場所なんて探せばいくらでもあるだろうし、いくらでも見たことがある。具体的な時間か場所がどちらかわかれば、状況把握もしやすいのだが。
「……ん?」
騒々しい。何人もの職員がこちらに向かって来ていた。
さてはまたぞろUDCが新しく発見されたのだろうか。彼らの事情などジョンが知る由もないが、とにもかくにも情報を聞き出せる人がいるのは都合が良い。
「ああ、ちょうど良いや。ねえ、君。今っていつなのか――」
わかるかな、と職員に問いかけようとした口は、途中で止まった。
こちらを見る目には敵意と嫌悪ばかりが宿っていて、前衛に位置する職員の服装が戦闘服だったからだ。
彼らは、収容違反したUDCの鎮圧部隊だった。
「……ああ、この頃か」
自分の手足に目を落とせば、どろりと泥が滲み出ていた。
「なるほど、よく見りゃ“溢れてる”や」
ウィスパーも教えてくれれば良いのに、なんて呟こうとして、耳元にその相棒がいないことにも遅まきながら気付く。だが、これがいつ頃の出来事だったか相棒に聞くまでもなく、ジョンはもう察してしまっていた。
これは、真の姿がUDC組織に露呈した時の記憶だ。
その怪物じみた悍ましい姿はUDCの一種に違いないと判断されて、支部にまで連行されたのだ。
向けられた銃火器から銃弾が放たれる。幻覚の銃弾は異形の身体を穿ち、血の代わりに泥を跳ねさせた。特に堪えた様子も無いと判断するや否や、鎮圧部隊は刃物で次々に襲い掛かって来る。
一方的な蹂躙を受けながら、ジョンは溜息をついて虚空を見上げた。
「よくここから説得なんてできたなぁ」
敵意満々なUDC職員たちを説き伏せて、身分保障をもぎ取った過去の自分を褒めてやりたい。
ひとまずこの幻覚から抜け出して、それからこの依頼を終えたら――今日ぐらいは、何か自分にご褒美があっても許されるだろう。
「RPGみたいだからって、お城に釣られるもんじゃないね、まったく」
成功
🔵🔵🔴
曾場八野・熊五郎
●◎
映像を逆回ししていくように次々と景色が切り替わっていく
まるで鮭が生まれた川をを遡るように、過去へ過去へと
(私は知らねばならない……)
異界の川で、この乱暴な獣に捕獲されて力を得た瞬間
(自分が何者なのかを)
この世界を跳びだす前、優しい父母と過ごしていた懐かしい川の風景
(私のなすべきことを……)
次々に入れ替わる光景はやがて暗黒の如き深海で止まる
まだ生まれぬ私の卵膜越しに見える、愛しさを感じる誰かの手
そして転移させられる瞬間に見た”暗黒の海底に広がる星空”
(ああ、あれが私のーー)
敵かーー
【以上鱒之助以下熊五郎の見る風景】
「あ、あれ美味かったでごわす。また食べに行こ」
美味しかった飯を思い出してご満悦
――まるで映像を逆回しした時のように、景色が目まぐるしく変わっていった。
まるで走馬灯のように。あるいは、己の生まれた川へと鮭が遡るように。
過去へ、過去へと――。
(私は知らねばならない……)
遡る。
異界の川からすくい上げられてこの粗暴な獣に捕まり、力に目覚めた瞬間。
(自分が何者であるのかを)
遡る。
生まれた世界から飛び出す前、優しい両親と過ごした懐かしき故郷の川の風景。
(そして、私のなすべきことを……)
遡る。
一面の暗黒の如き深海。
未だ生まれていない自分が薄い膜の中から感じられる、誰かの愛おしき手。
そして垣間見えた、暗黒の海底に広がる――“星空”。
(ああ、あれこそが、私の――)
敵か。
暗転。
目の前の光景が塗り潰される。
そして、意識は釣り上げられた時のように、急速に引き上げられて――。
●
現実に引き戻された石狩鱒之助刻有午杉は、その魚体をびっちびっちと跳ねさせた。
城の中で、自分の他に転がるのはバイクと、岡持ちと、それから――
「んっふふふふ~……もう食べられないでごわすよ~……」
だらしなくよだれを垂らしながら寝言を口にする、かの粗暴な畜生、曾場八野・熊五郎(ロードオブ首輪・f24420)の姿だった。どうやら昔食べたうまい飯の幻影を夢の中で見せられているようだ。
「んおっ……。すっかり寝入っていたでごわす」
むくりと起き上がった熊五郎は、むんずと鱒之助の尾を掴む。
「あれおいしかったでごわすなあ。また食べに行こ」
わん、と一吼えした彼は、起こしたバイクで城の中を走って行ったという――。
成功
🔵🔵🔴
ティアー・ロード
●◎
「ふむ?これが話に聞く幻影か」
これは誰の、何時の幻影だろうか
最初に見えたのは随分と立派な学園だ
誰かの視点のようだが
校庭、教室、廃墟、洞窟……
目まぐるしく風景が変わる
飛び飛びの記録のようだ
学園内の記録ではのんびりしてるが
それ以外は戦場ばかりだ
うーむ、戦ってるのは学生かな?
詳細が分からないな……お、この子可愛い!
野郎の日常はどうでもいいな……
表情筋死んでないかね、この男
「ん?……仮面を灰皿にするとは不届きな!!」
「しかし、この記録……覚えがあるような気もするが、記憶にないな」
「……そういえば、あの子は学生だったかな」
最初にバディとなった子の記憶だったのかもしれないね
気を取り直して探索に戻るよ。
最初に見えたのは、立派な学園だった。
「ふむ、これが話に聞く幻影か」
ティアー・ロード(ヒーローマスクのグールドライバー・f00536)はふぅむと落ち着き払って辺りを見回す。幻覚、幻影、幻惑。その手の事象に直面する機会というものは存外に多いもので、ティアーも慣れたものだった。
だが、これは自分の記憶の再現ではないようだった。
場面が次々に切り替わる。
「これは……誰かの視点なのかな?」
それも、飛び飛びの記録のようだ。
校庭、教室……。学園の風景がいくつも見える。
廃墟、洞窟……。戦場の光景が映し出される。
「うーむ……。戦っているのは学生かな?」
視点の主は猟兵か、あるいはそれに準ずる存在だったのかもしれない。
学園での記録はのどかで平穏なものだが、それ以外は戦場ばかり。日常と戦争の間を頻繁に行き来していた。
「詳細がわからないな……。おっと、この子可愛いね。是非被って欲しいものだ」
ちらほらと現れる、視点の主の級友らしき女生徒に目を奪われる。
この誰のものとも知れない記憶が何を意味するのか、どうして目の前で流れているのか。わからないものは仕方がない。わからないなりに眺め、楽しむまでだ。
煙草を吸う、青髪の男が映る。きらきらと赤く輝いていたティアーの目が、急激に関心を喪ったように彩度を低下させて赤黒く変化した。
「野郎の日常はどうでもいいかな……。というか、表情筋死滅してないかね、この男」
青髪の男の足元に、青い毛皮の風変わりな猫が歩み寄って来る。『今行くよ』と呟いた彼は咥えていた煙草を、灰皿代わりに仮面へと押し付けた。
「かっ、仮面を灰皿代わりにするとは不届きな! 焼け跡や臭いが付いたらどうするんだね!? 被った時の臭いがすごいことにはなるではないか!」
ティアーの抗議も虚しく、目の前の光景はまた目まぐるしく移ろって行く。
それからしばらくもすれば、テープ切れを起こしたかのように幻影はふっと止んで、ティアーは元の城へと帰還した。
なんだか精神的に疲弊してしまったティアーは溜息を漏らす他になかった。
「……そういえば、最初にバディになった子も学生だったかな」
思い出して、ふと呟く。
だとしたら、見えていた記憶は彼女のものだったのかもしれない。
主を持たぬヒーローマスクはふわふわと城の中を漂い、探索へと戻るのだった。
成功
🔵🔵🔴
詩蒲・リクロウ
●◎
あれ……ここは、僕……「俺」は?
あぁ、村が、燃えている……。そうか、化け物が村に来て……
畑を荒らして、牛を食われて、逃げ遅れた田助が殺されて
そうだった。俺もやられたんだ。
痛い……血が止まらない、立ち上がれない……。
化け物が居なくなっている、村のみんなは無事だろうか。
目が霞む…
…?
そこに誰かいるのか?
此処には今化け物が、危ないから早く逃げると良いよ。
俺はもう助からないだろうから……。
……?
しゃーまんずごーすと、仮面屋?不思議な仮面?力を?
あんた何を言って、……ああ、だけど、俺にあの化け物を倒す力があれば、村を守れたのだろうか……。
悔しいなぁ……。
あれ?これは、一体何時の誰の記憶でしょうか?
『あれ……。ここは、僕……“俺”は……?』
冷たい地面の上で目覚める。
痛い。寒い。手にも足にも力が入らない。
どろりと目の前の地面に何かが流れて来た。赤くて、鉄臭い。血だ。
無理に顔を上げると、煌々と燃え盛る炎に蹂躙される村が見えた。
『……そう、だった。俺もやられたんだった……』
思い出して、呟く。
村に化物が来た。畑を荒らして、牧畜を食われて、逃げ遅れた田助も殺されて、そして自分も――
『畜生、痛え……痛えよぉ……』
とめどなく溢れ出る血。体温と生命が流れ出ていくのを感じる。
化物は気を失っている間にどこかへ行ってしまったようだった。周囲に人影は見えないが、村のみんなは無事だろうか。
助けを呼ぼうにも、大声の代わりに出るのは血反吐ばかり。這いずろうにも四肢はとうに動かない。
いよいよ命運尽き果てたか。観念した頃には、まだはっきりしていた視界が霞み始めていた。
『お困りのようですね』
唯一まだまともな耳に、誰かの足音と声が届いた。
『そこに誰か、いるのか……?』
人のいるらしき方向へと身を捩り、血泡混じりに言葉を連ねる。
『悪いことは、言わねえ……。化物がいる、今すぐ逃げろ……』
『おやおや、それはそれは……。大変な目にお遭いしたのですね。では、あなたはどうしましょうねえ』
『俺はいい。……多分、もう、助からない……』
『いえいえ、そんなそんな……。助かる道はまだありますよ』
男の声音からは破壊の爪痕を前にした時の緊張や焦りなど微塵も見えず、ただ余裕だけがあった。
『いやいや、失礼失礼。申し遅れました。わたくし、力を授ける不思議な仮面を商いとしております、仮面屋なぞ営んでおりまして』
この男は何を言っているのだろうか。ふざけているのか。あるいは、死に際だけでも笑わせようとしているのか。
理解が追いつかないこちらをそのままに、男は商売口上を重ねて行く。
『今回ご紹介させて頂くのはこちら、化物をも跳ね除けるほどの力を宿した、シャーマンズゴーストの仮面にございます』
いかがでしょう。男の声が耳元で聞こえて来る。
『ええ、ええ。月並みではございますが――力が、欲しくはございませんか?』
『ちか、ら……』
力があれば。あの化物を倒せるほどの力があれば、自分は助かったのだろうか。村は、守れたのだろうか。
そう思えば、己の無力さが憎らしかった。力が無いことが悔しかった。
『ああ、強くなりたいよ……』
『それでは、それでは――与えましょう。あなたに、力を!』
――――――
――――
――
「あれ。ここは……」
はっと我に返って、詩蒲・リクロウ(見習い戦士・f02986)は周囲を見渡す。
自分は確か、城の中を探索していたはずだ。その途中で、白昼夢のように幻影を見せられて――
「あの記憶、一体いつの……いえ、“誰の記憶”なんでしょう……?」
成功
🔵🔵🔴
リチャード・チェイス
●◎
あれはそう遠くない過去、だが今の密度ある日々が遠く感じさせる過去。
こことは極めて近く限りなく遠い空の下で、私は鹿(リングスラッシャー)であった。
ある戦いを終え平穏を得た御主人が営む探偵事務所。
それに付き従う助手として、今日もまた奈○公園で張り込みを行っていた。
鹿たちは鹿せんべいに群がり、私はコーヒーとクッキーを嗜んだ。
平穏は変わらぬ平穏であったが、その中でも人は成長し変化していた。
翻って私はどうだろうか。平穏を噛みしめると言いつつ、沈んでいたともいうのではないか。
そう思い立った時、私はすでに有休を申請してペドロ・ロペス君に跨っていた。
旅立とう、鹿(シャーマンズゴースト)の可能性を求めて。
「今の充実した日々からすれば遠く、しかしカレンダーの上ではそう遠くない過去。
ここからは極めて近く、しかし限りなく遠い空の下。
リチャード・チェイス(四月鹿・f03687)は光であり、サイキックエナジーであり、リングスラッシャーであり――そして何より、鹿だった。
リチャードには主人がいた。主人はある大きな戦いを終えて、平穏に探偵事務所を営んでいた。
『平和、であるな……』
探偵事務所の助手として、リチャードは日課の張り込みを行っていた。鹿たちの闊歩する公園のベンチでコーヒーを飲みながら、クッキーを楽しんでいた。
目の前にある光景は、彼の言葉通り平和そのものだった。かつては“怪人”が暴れ回ったというこの公園だが、今では鹿たちは鹿せんべいに群がり、自由気ままに振る舞っている。
平穏、平和、泰平。何者にも妨げられない、自由な一時。
その時間がリチャードには、一抹の不安と焦りにも似た感情を抱かせていた。
『何かね、ヘンリー・ルーカス君?』
一匹の鹿、ヘンリー・ルーカス君がリチャードへ歩み寄ると、その黒い瞳で彼のそれを見つめる。しばしの沈黙の後、何かを理解したようにリチャードは一つ頷きを返した。
『……成程、つまり君はこう言いたいのであるな? 私は今まさに熱を奪われ冷めつつある“ぬるま湯”である、と』
ヘンリーは応えない。ただ、リチャードの空虚な瞳を見つめ続ける。
『確かに君の言う通りである。平和で停滞したように見えるこの世でも、人は変化し、成長しているのである。彼らという“水”はその内に少しずつ熱量を蓄えつつある』
淹れた当初は湯気さえ上げていて、けれど今はすっかり冷めてしまったコーヒーに目を落とし、リチャードはそれを飲み干した。香りなど飛んだ、苦味と酸味だけが口の中に広がる。
『……ヘンリー・ルーカス君。君の指摘は正しいのである。正直なところ、私もそれについて、自覚自体はしていた。この平穏の世にあって、戦いの世で生きていた私からは“熱”が喪われている。平穏を噛み締めるなどとのたまいながら、私は平穏に溺れるでもなく、ただ泥沼の中を沈んで行くかのように腐りつつあった』
だが、とリチャードは首を横に振る。不変のその表情には、諦念めいた色が浮かび上がっていた。
『だが、今更どうすべきだと言うのだね? この国はすでに戦乱が遠ざけられた太平の世が敷かれた。盆から零れ落ちた水が戻らないように、海へ沈みゆく泥舟は再び海に浮くことはないのである』
力なくリチャードはうなだれた。
自分が腐りつつあることを自覚はしていた。変化せず、成長もしない自分に焦りを覚えていた。きっと、未来は真綿で首を絞め殺されるように腐り落ちるのだと。
だが、どうすることもできない。いまだに残る紛争地帯へ赴いても、自分は変化もできなければ成長も期待できないだろう。
この世はどこか、決定的な刺激に欠けている。リチャードはそう感じていた。
『む……。何かね、ヘンリー・ルーカス君?』
うなだれるリチャードの角へと、ヘンリーが自分のそれをぶつける。人であれば肩を叩き、らしくないと励ますかのように。
『……成程、有給であるか。それで旅をするのも良いかもしれないであるな』
ふむ、と頷いてベンチから立ち上がると、彼はペドロ・ロペス君と呼ぶハーレー(トナカイ)に跨った。
『この世にないものは、この世ならざる場所に見出すのみである。いざゆかん、有給申請へ――』」
眼前に繰り広げられていた過去の幻影に、持ち前の長広舌で一通りのアテレコを付けていたリチャードはふう、と一息つく。
シャーマンズゴースト
「そして私は 鹿 の可能性を求めて旅立ったのである――。以上が私の考えた一案だが、いかがであるかね?」
問いかけるが、答えは無い。ただ、目の前に広がっていた幻影は「知らないよ」と言わんばかりに雲散霧消してしまった。
やれやれと首を振ったリチャードは、城の客室にあった温かいコーヒーを口に含むのだった。
「やはりコーヒーは熱いものに限るね」
成功
🔵🔵🔴
字無・さや
◎
あのときは、たくさん血が出ていた。
おらを庇おうとして斬られたお坊さんを助けなきゃって思ったんだ。
でも、おらも斬られてすごく痛かった。
熱い血が身体から抜けていく、自分が死んでいくのがわかって、何も出来ないのが悲しくて、それでもどうにかしたくて、伸ばした手が何かに触れた。とても硬くて冷たいそれを、縋るような気持ちでおらは握り締める。
気がつくとあたりは血の海で。
血に染まった抜身の刀を握ったおら以外はみんな死んでいたんだ。
お坊さんも、野伏も、みんな。
……おらはひとりぼっちになっちまった。
忘れようと思っても忘れられない、あったかい思い出のおわりの風景。
……嗚呼。どうして、こんなものおらに見せるだ?
故郷は賤民の集落だった。
だからそこが流行病に冒されても、誰も気にしなかった。
戦禍に呑まれて滅んだとて、誰も哀れに思わなかった。
そんな場所にあって、お坊さんは路頭に迷った自分を「御仏のお導きだ」と言って助けてくれた。
だから、字無・さや(只の“鞘”・f26730)には彼に恩義があった。
『チッ、金も食い物もロクに持っていやがらねえ』
『だから雲水はやめときましょうって言ったんですよぉ、アニキぃ』
血が流れていた。
人気の少ない山道。武器を手にした野伏たちが周囲を取り囲み、同道していた修行僧は負傷で倒れていた。
『お坊さん!』
助けなきゃと思った時には、さやの身体は動いていた。
駆け寄って、倒れた修行僧から物漁りをする山賊どもを跳ね除けようとする。
しかし所詮は女子供の力。むくつけき彼らをどうこうすることなど到底できない。
『てめぇ、何しやがる!』
邪魔をされた男が逆上して、その手に持った鉈を振る。
最初に熱が広がって、次に痛みが来た。間を置かずに、さやの口から悲鳴が出る。
『あーあー、ガキならまだ売り物になったのに、もったいない』
『うるせえ。貧相なガキだ、どうせ出はロクなモンじゃねえだろ。買いたがるやつなぞいるもんかよ』
痛みの中で野伏どもの声がやけに響いて聞こえる。湧き上がった怒りで立ち上がろうとしたが、切り傷から血が、口から呻き声が出るだけだった。
すぐ目の前に、死が近付いて来ていることに気付いた。目には見えない、冷たい存在がさやには感じられた。
逃げたい。逃げなきゃ。眼前まで迫る死の恐怖に衝き動かされて、さやは地べたを這いずり、手を伸ばす。
何かが、指先に当たった。ぞっと背筋が凍りつくかのような、冷たいもの。すぐ近くにいる死の冷たさに似ていて、けれど少し違う存在。
藁にも縋る思いでさやは冷たく、硬質なそれへを握り締めた。
暗転。
まばたきほどの間、視界が黒く塗り潰されて。
気がつくと、目の前は一面の赤だった。
『……え?』
鉄臭い。血だ。
一面の血の海の中で、さや以外の人間は全て死に絶えていた。
修行僧も、野伏も、皆、等しく。
『何が……』
何があったのだろうか。わからない。
そういえばあんなにさっきまであんなに痛かったのに、今はもう痛みが無かった。切られた腹の傷はどうなったのだろうか。
下を見る。手に何か握っていることに気が付いた。
小さなその手に握られていたのは、硬質で、けれどぬるりとした血の温かさが宿った、抜身の刀。
――幻影はそこで終わった。
周囲の景色が元の城の形を取り戻す。荒い息をしながら、さやは赤い絨毯の上に崩れ落ちた。背中の嫌な汗が気持ち悪かった。
「ああ、どうして……」
雲水との旅路は集落で過ごしてきた時よりも楽しくて、彼の優しさは何よりも温かかった。それは、もしかすると幸せと呼ぶものだったのかもしれない。
だが、それが幸いであることに気付く前にそれは終わってしまった。
「どうして、こんなものをおらに見せるだ……?」
だからさやには忘れられない。温かいと思った思い出と、それを喪った終わりを、さやは忘れようと思っても忘れられなかった。
成功
🔵🔵🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
俺が、スプロール・ライーナを出る少し前のことだった
俺が勝手なことをして、俺の仲間だったせいで…皆捕まった
自由の為に戦い、最後には恭順を選んだのに、反逆者扱いだ
俺は、裏切り者だ
それだけじゃあない
アイツらが捕まった後で、知ったことがある
誰も、俺の詳細を喋らなかった
どうしてか…セオドアがそう指示したんだ
アイツは、待っていたんだ
もしかしたら、俺が助けに来てくれるかもしれないって
一緒に冬寂を作り、共に歩んだ俺に…淡い期待をしていた
だが結果はこのザマ…Arseneは来なかった
見捨てて、独りで逃げたからだ
言い訳のしようもない
誰がどう見たって、俺は最低だ
せめて一緒に死んでやるべきだった
悪人ばかりが、生き残る
男が一人、城の中を歩いていた。
ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)だ。
長い廊下を歩く彼の顔は険しい。仕事中ゆえに周囲へ配っている警戒を常より密にしているにしては、その表情は忌々しげで敵愾心に満ちていた。
その原因は、彼の周囲にまるで窓のように投影された、幻影の見せる映像が原因だった。
これ見よがしに見せ付けるように目まぐるしく映し出されていく過去は、どれも彼を断罪する忌々しい物ばかりだった。
「クソったれ……」
呟くものの、彼は幻影をどうこうしようとはしない。こうして罪を突き付けられることは苦しいことだが、それは罰だと彼は捉えていた。当然受けるべき報いであり、身から出た錆だ。だから、この罰を拒むことは何よりも自分自身が許せなかった。
足が止まる。
目の前の幻影は、録音記録を漁っている時のものだった。
時期はスプロール・ライーナを脱出した後、日本UDC支部に落ち延びた頃だ。命惜しさにおめおめと一人で脱出しておきながら、“冬寂”のメンバーの安否がどうしても気になってしまったのだ。それで、ヴィクティムは日本からスプロール・ライーナへとアクセスした。
アクセスして手に入れたのは捕まった“冬寂”のメンバーについての情報だ。クラックして手に入れた機密文章を読みながら、尋問の音声記録を流し聞いていた。
――『アイツは最悪の裏切り者だ! 闇に葬るはずだった計画を勝手に実行した! しかも失敗したら俺達を見捨てて逃げ出した! 絶対に許せやしねぇ!』
――『“Arsene”は憎んでいる。けど、私は喋らない。セオドアがそう望んだから』
――『セオドアは……兄さんは……貴方が助けに来ることを、今でも待っているのに……』
――『これから、美味しい物をたくさん食べるのでしょう? 楽しい思い出を、たくさん作るのでしょう?』
――『ズルいじゃない。酷いやつばっかり、甘い汁を啜ってる』
――『そういうのが許せなくて、戦ってたんじゃないの?』
「………………」
噛み切った唇から血が垂れた。乱暴に手の甲で拭い去る。
わざわざ幻影にして見せ付けられずとも、忘れたことなんて一度もない。大脳皮質に深く刻まれた記憶は今でも鮮明に思い出せる。
「セオドア、お前はどうして……」
どうして“Arsene”の――ヴィクティムの詳細を喋らないように“冬寂”のみんなに指示したんだ。
どうして臆病者のヴィクティムが助けに来てくれるなんて信じられたんだ。
胸の内で渦巻く言葉は、しかし喉から先へ出ることはない。
音声記録の中のかつての仲間たちが憎い、憎いとヴィクティムへの怨嗟を重ねる。幻影の中のかつての自分は――それに耐えきれず、音声ファイルをクラッシュした。
「……ああ、“Gremlin”の言う通りだ」
自由のために共に戦った仲間は死に絶え、残ったのは独りで逃げた言い訳のしようもないような最低のクズだけ。
本当なら、自分は“冬寂”と共に死んでやるべきだったのに。
「――この世界には、悪人ばかりが生き残る」
成功
🔵🔵🔴
千桜・エリシャ
◎
生家であるお城にて
自分に似た人物が微笑んでいる
菖蒲色の羅刹
女性的だが青年だとわかった
あなたは誰…?
『泣かないで、エリシャ』
泣きじゃくる幼い私を撫でる優しい手
彼の声は温かくて懐かしくて――
朧気に蘇る記憶
彼は桜鬼の大名家に生まれた花時雨の菖蒲鬼
雨は桜を散らすと疎まれて
家を出るのも必然で
どうしてわたくしをおいていってしまうの?
『お前を護れるくらいの力をつけたら迎えに行きますから』
『お前が血に縛られず自由に生きられるように』
幼い私を縛る
政略結婚の道具として育てられた大名家の姫の血
禁欲するよう躾けられた鬼の血
だから泣かないで、と
指切りをして
それが最後に交した言葉
嗚呼、思い出した
あなたは私の
――お兄様
西洋の城は、一瞬にして東洋のそれへとその姿を変えた。
懐かしさに千桜・エリシャ(春宵・f02565)は目を眇める。よく知る自分の生家を、まさかこんな場所で見ることになろうとは思いもしなかった。
日の差す縁側を歩いて行く。
自分の生家ながら雅やかな場所だ。平穏で、静かで――
「――退屈な場所ですこと」
何かを見せてくれる気配を感じたのだが、肩透かしも良いところだった。庭で舞い散る桜の花を眺めながら、エリシャは吐息する。
ふと、遠くから誰かの泣き声が聞こえて来た。幼い子供の泣き声。どうしても気になってしまって、釣られるようにそちらへ足を向ける。
屋敷の門の前で幼い頃の自分が泣いていた。それを誰かがあやしている。
『泣かないで、エリシャ』
顔貌が自分に似た、菖蒲色の羅刹。女性的な顔付きなのに、なぜかエリシャにはその人が青年だとわかった。
『あまり泣き続けると、可愛いかんばせが台無しになってしまいますよ。お前には笑顔が似合っているのですから』
泣きじゃくる幼いエリシャを、菖蒲色の羅刹は優しい手で撫ぜる。
彼の声を聞いていると、なぜだか温かくなる。どうしてだか、その声が懐かしくて――
「――花時雨の、菖蒲鬼……」
呟くと同時、朧気に記憶が蘇る。
花時雨の菖蒲鬼。桜鬼の大名家に生まれ、されども雨は桜を散らすとして疎まれた存在。
そんな存在、家から放逐されたとて何の不思議もない。
『どうしてわたくしをおいていってしまうの?』
幼いエリシャに問いかけられて、菖蒲鬼は少しだけ困ったような微笑みを浮かべる。ああ、難しいだろう。何もわからない幼い子どもには理解できない話だろうから。
『修行の旅です』
『わたくしもつれていって』
『……今の私では、まだお前を護れませんから』
どうあっても離れなくてはならないのか。童女は幼いながらもそれを察したのか、また眼尻に涙を溜める。
菖蒲鬼は今にも泣き出しそうな幼いエリシャの手を取った。
『エリシャ、お前を護れるくらいの力を付けたら、迎えに行きます』
小さな手を包み込む大きな手は温かくて、不安に揺れる心を優しく抱き止めてくれた。ああ、覚えている。
『お前が血に縛られず、自由に生きられるように。きっと強くなって迎えに行きますから』
政略結婚の道具としての宿命を背負った、大名家の血。
闘争を求めながらも禁欲を課せられた、鬼の血。
それらが幼いエリシャを縛り付けていた。飛んで行ってしまわないようにと、蝶を籠の中へと押し込めてしまうように。都合の良く手元に置ける、美しきものとして。
『だから泣かないで、エリシャ。ほら、約束をしましょう』
優しく微笑んだ菖蒲鬼が、幼いエリシャの小指に自分のそれを絡める。
『きっと、むかえにきて』
『ええ、約束です』
指切りをして、指は離れて。
それが彼と交わした、最後のやり取り。
「いつ、迎えに来るのですか……」
迎えは現れず、時は流れ、思い出は風化して。そして、ようやく思い出した。
「――私のお兄様」
成功
🔵🔵🔴
アンネ・エミル
◎
過去の見える城と聞いてましたが
内部は話に聞いていた、普通のアリスラビリンスの景色と変わらないみたいですね
落書きのような色彩の森とか、喋って歩き回るキノコとか
……待って
話通り、ここが過去の見える城ならどうしてアリスラビリンスの森が見えるの?
私には過去が見えないのだとしたら、城の内装が見えるはずなのに
……
私はアリスラビリンスに来たことがある?
それはいつ?
私は小学校に入るより前の記憶がない
小さい時のことなんて覚えてないのは普通だと思ってたけど
『アリスラビリンスに引き込まれた人間は、元の世界での記憶を失う』
いや
おかしい
だって私の種族は――
※
多重人格者ですが
別人格は登場せず、会話することもありません
はて、とアンネ・エミル(ミシェル・f21975)は首を傾げる。
「先行していた人たちによれば、過去の視える城と聞いてましたが」
周囲を見渡す。アリスラビリンスから落ちて来たらしき島、という話通りに、城の内部は実にアリスラビリンスらしい景色が広がっていた。落書きのようなパステルカラーの森、くねくねと動き回るキノコ、歌う鳥、奇妙な外見の獣たち――。
「…………待って」
はたとアンネは足を止める。話通りここが過去の視える城なら、なぜアリスラビリンスの森が視えているのだろうか。過去が見えていなければ、この目には城の内装が見えているはずではないのか。
つまり、それは。自分が覚えていないというだけで――
「私は、アリスラビリンスに来たことがある……?」
いつのことなのか記憶を浚うが、思い当たるものはない。こんな印象的な場所に行ったら絶対に忘れないのに。
記憶は大体6歳、小学校に入る頃まで思い出せた。しかしそれ以前の記憶は朧気で、遠目に霞がかった景色を見るかのように思い出せない。行ったことがあるとしたら、その時期だ。
「…………」
結論を急ぎすぎだ。
吐息して首を横に振る。小さい頃を忘れてしまったなんて、よくある話だ。
そもそも、アリスラビリンスはつい最近になって発見された世界だ。グリモアの転移がなければ、アリスラビリンスへ行く方法は神隠しか、あるいはアリス適合者のように召喚されるかの二択しかないはずだ。そこから更に帰って来るとなると、アリス固有の“扉”を見つけ出してくぐる必要がある。
大体、こんな印象的な場所に来たら忘れるはずがないのに――。
「――『アリスは元の世界での記憶を失う』」
アリス適合者に共通した特徴。扉を見つければ、記憶を取り戻すこともあると聞くけれど。
あるいは、もしかして――
「……いや、おかしい。だって、私の種族は――」
幼い頃の記憶が無いのは――
「――ただの人間の、はずなのに」
――本当に、アリスラビリンスに訪れたことがあるからなのか。
色も鮮やかなパステルカラーの森が、不気味にざわめいた。
成功
🔵🔵🔴
誘名・櫻宵
◎
お化け屋敷みたい
風を感じて見遣れば
まだ幼い私の姿
誘七の領地
疫が眠ると禁じられた山を登る
腫れた頬を抑え
鬱蒼と茂る木々のその先、寂れ崩れた社
私だけの秘密の場所
父上に酷く怒られた今日もまた逃げ込む
「今日も怒られたの?」
なんて頬を撫でるのは
私の師匠(せんせい)
赤い瞳に赫を抱いた黒い髪の優しい笑顔
「ほら、イザナ。泣かないで」
唯一私に優しくしてくれる
構ってくれて
剣術を教えてくれて
一緒に妖狩りにもいった
強くて優しくて綺麗な師匠
私のことをずっと待っていたのだと
笑ってくれる
誘七の御神木たる神代櫻がいっとうよく見えるそこで半分こした柘榴を食べるのが楽しみだった
赫い三つ目の
黒いかみさま
…あなたは今も
待っているの?
風に撫でられ、長い髪が空を泳ぐ。
横を通り過ぎて行った花を目で追いかけて振り返ると、周囲は城から山林へと景色を変えていた。
「まあ……」
誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は少し驚いたように声を上げた。懐かしい、見覚えのある場所。誘七の領地、疫が眠る禁足の地とされた山だ。
がさがさと林から子どもが一人現れた。髪に、瞳に、枝角に――その特徴から、幼い頃の自分だと櫻宵はすぐに気付いた。
幼い櫻宵は腫れ上がった頬を手で抑えながら、泣き腫らした様子で鬱蒼と茂る林の中を突き進んでいく。
父上にこっ酷く怒られて、頬を張られたのだろう。そんな時は、決まって秘密の場所に逃げ込んでいた。
幼い櫻宵を追って行くと、荒れ果てて半ば潰れかけの寂れた社に辿り着く。
せんせい
『 師 匠 』
呼びかけると、手が伸びて来た。伸びた手は、幼い櫻宵の腫れた頬を優しく撫ぜる。
『今日も怒られたの?』
師匠だ。師匠が優しい微笑みを浮かべながら首を傾げると、美しい黒髪がさらりと流れた。
『ほら、イザナ。泣かないで』
師匠に慰められて、幼い櫻宵はぐしぐしと涙を拭う。
ああ、何もかもが懐かしい。師匠は幼い頃、自分に唯一優しくしてくれた。
『私はあなたのことを、ずっと待っていたのだから。だから、もっと笑ってみせて頂戴』
剣を教えてくれた。妖狩りに連れて行ってくれた。
強くて、優しくて、綺麗な師匠。
『……神代櫻』
『誘七の御神木が、どうかしたの?』
『神代櫻の見えるところで、柘榴が食べたい……』
子どものわがままに、師匠はくすりと笑ってみせて。社の中から姿を現す。
『そうね。それじゃあ、まずは柘榴を採りに行きましょうか』
幼い櫻宵の手を取って、微笑む師匠。
赤く赫(かがや)く三つ目の、黒いかみさま。
二人が社から離れて行くと、目の前の幻影は消え失せてしまって――。
せんせい
「…… 師 匠 、あなたは今も、待っているの?」
成功
🔵🔵🔴
城野・いばら
◎
だれもいないの?迷子のアリスも、愉快な皆も?
同じ世界のコ達にあえないのは残念
…だけど、ふしぎね?
違うお城なのに
いばらの国、白夜の国に似てる気がして
お庭はあるのかしら――
*それは、眠るのが大好きなアリスの為の国
年中薔薇が、笑顔が咲き誇る
まっシロな城の国
眩しくて眠れないと愚痴りながらも、手入れをしてくれたアリス
皆でお喋りして、歌を謳って
オニさんが来たら、見付らない様に蔓葉で隠してあげる
騒々しくも、賑やかな日々
なのに、バラバラになった いばら達
ああ、ごめんなさいアリス
アカく染まった地面と
オニさんに奪われた――
お城さん、あなたがアリスにあわせてくれたの?
今はもう戻れない場所
かなしくてもいとおしい記憶
アリスラビリンスから落ちて来たらしいこの島に、原住民はもういない。
怖いオウガも、迷子のアリスも、案内役の時計ウサギも、愉快な仲間も見当たらない。
城野・いばら(茨姫・f20406)には、それが少しだけ残念だった。
「ふしぎね。とってもふしぎ」
城の中を歩きながら、きょろりきょろりといばらは見渡す。
見れば見るほど、進めば進むほど、似ている気がした。アリスラビリンスにある、いばらの国。白夜の国に似通っていた。
あるいはそれは、進むごとに形を変える生垣の迷路のように、少しずつ景色を変容させていたのかもしれない。
気付けば、いばらは幻影の中に立っていた。
「お庭はあるのかしら――」
廊下を歩いて、中庭へ出る。
そこは常春の国。常に薔薇の笑顔が咲き誇る、まっシロな城の国。眠るのが大好きな、アリスのための小さな国。
『あなたたちがいつもにこにこ笑うものだから、眩しくって眠れやしないわ』
『ごめんなさいね、アリス。だってあなたの寝顔がとっても可愛いんですもの』
声のした方を見ると、アリスがいた。彼女があくびを噛み殺しながら薔薇に剪定ハサミを入れると、薔薇がころころと笑ってみせる。
見覚えがある。気のせいじゃなかった。ここは間違いなくいばらの故郷で、目の前にいるのは一緒にいたはずのアリスだった。
「……アリス?」
いばらが声を上げるが、アリスは気付かない。幻影なのだから、気付くはずもない。
眼前に広がるのは、懐かしい光景。みんなでおしゃべりをして、笑って、歌を歌う。――そんな、騒々しくも賑やかな日々。
『ああ、隠れて、アリス。オニさんが来るわ。怖い怖い、オニさんが来ているの』
笑っていた薔薇たちがにわかにざわめきだした。オウガが来た時の合図だ。
頷きを返したアリスが生垣の中へと飛び込むと、棘の生垣は見つからないように蔓草でアリスを包み込んで覆い隠してしまう。
ああ、いつもだったらこれで済んだ。オウガたちはアリスを見つけられずに、あるいは棘の生垣に阻まれて帰ってしまう。
けれど、この日はそうならなかった。
オウガの手が生垣を掻き分け、引き裂いてしまう。
圧倒的な暴力の前には愉快な仲間たちも、アリスもなすすべはない。
まるでイースター・エッグを爪で割り砕くように。バラバラになって破られたいばらたちから乱暴に取り出されたアリスは、オウガに捕まえられてしまって――。
「ああ、ごめんなさい、アリス……」
アカく染まった地面を見て、いばらは呟く。
幸福な日常が、オウガに奪われた日。今はもう戻れない場所。
かなしくて、けれどいとおしい記憶。
景色が歪んで、いばらは元の城へと戻る。薔薇の意匠が施された天井を眺めて、いばらは問いかける。
「……ねえ、お城さん。あなたがアリスに合わせてくれたの?」
城は答えない。
この島にアリスラビリンスの原住民は、もういないのだから。
成功
🔵🔵🔴
ロキ・バロックヒート
●◎
綺麗なお城だね
どれぐらい前の過去を見せるかと思えば
はるかむかし
神となって封印されて
少し経った後ぐらい?
―ねぇ、私はひとになんと呼ばれていたのかしら
『私』がそう聞いたから
その現身たちの中で一番ひとの言葉を学んでいた私が
英雄が『私』を退けた物語を紐解いた
あぁ
馬鹿みたい
破壊と滅びを司る神がひとになんと云われるかなんて
決まっているじゃないか
『邪神』
ただそれだけの言葉が『私』を壊した
善き神で在りたかった
悲哀をなくし
ひとを救いたかった
嘆き悲しんだ『私』は歪んで狂い
今や本当に
過去の化身―世界の敵に成り果てている
私のせいで
なーんて青臭いことを云うつもりはないけれどさ
ただ憐れみをこめて
影の死霊を見下ろすだけ
永い過去を遡った、遥か昔。
それはロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)が神となり、封印されてから少し経った頃だったか。
『――ねぇ。私はヒトになんと呼ばれていたのかしら?』
“私”はふと、そんな疑問を投げかけた。
すると、現身たちの中で一番ヒトの言葉を学んでいた“私”が英雄の物語を紐解いた。
今にして思えば、とんでもない愚問だ。“破壊”と“滅び”を司る神が、ヒトになんと呼ばれ、畏れられるかなんて、決まっている。
『かくして、英雄は“邪神”を退けました。……以上がヒトの作った英雄譚です』
現身たちの間に、ざわめきが走った。
邪神。ヒトに仇をなす、邪なる存在。
『“邪神”? “邪神”ですって……?』
たったそれだけの言葉が。
“私”
取るに足らないヒトの作った英雄譚が、 破壊神 を破壊した。
『私は、善き神で在ろうとしていたのに――』
“私”は破壊神としてよく働いていた。その権能を妄りに使うことはなく、壊すべきを壊し、滅ぼすべきを滅ぼし、また万象にその力を分け与えていた。神としての責務をまっとうしていた。
調和から生まれたひずみを混沌でもって吸収し、悲哀を未然に防ぎ、ヒトを救ってきたつもりだ。
なのに、いつの間にかに“私”は邪神として扱われていた。“破壊”を司っていたがために。“滅び”の権能を有していたがために。
『どうして? いつの間に、私は――』
ヒトの味方であろうとしたのに、ヒトの敵に堕ちていたのか。
答えられる現身はいなかった。ただ、“私”は永い時を嘆き、悲しみ――そして歪んで狂ってしまった。
オブリビオン
「――そして今や本当に“ 世界の敵 ”に成り果ててしまいましたとさ」
ぱん。ロキが手を打つと、目の前の幻影が消えてしまう。
「……私のせいで、なーんて青臭いこと言うつもりはないけれどさ」
現身の中で、最もヒトの言葉に精通していた神は天井を、その先にある空の上を仰ぎ見る。
「ただ、憐れだよなあ」
天上に、信仰によってその在り方を歪められた神はいただろうか。
成功
🔵🔵🔴
第2章 冒険
『あの泥海を越えて』
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POW : 右足が沈む前に左足を出すようにすれば大丈夫
SPD : 板切れ一枚あれば十分進んでいける
WIZ : 面倒だ飛んで行こう
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
壮麗な城を足掛かりとした君たちは、“クロック・アイランド”に眠る呪いの秘宝“メガリス”発見のために探検へと乗り出した。
まるで太古から不変であるかのような鬱然たる不気味の森林を通った。
ついさっきまで誰かが生活していたかのような生活感のある無人の街を見つけた。
あるいはドッペルゲンガーやもしれぬ、鏡写しの己と出会うガラスの迷宮を抜けた。
そして今。
君たち猟兵は島の中央にぽっかりと空いた沼地に臨んでいた。
禍々しい力を放つこの泥濘を超えて、中央にある岩小島に据えられた力の源たる“メガリス”を回収しなくてはならない。いずれ来るであろう、コンキスタドールよりも早くに。
しかし、心するべきだ。
目の前のこの泥濘を湛えた沼地からは、不思議な力を感じる。
あるいは、ここはグリモア猟兵たちの言っていた「未来の観える」場所である予感を、君たちは覚えることだろう――。
□■□■□■□■□■□■
・第二章
無人島“クロック・アイランド”の中央に位置する沼地です。
中央には岩でできた小島があり、そこには呪いの秘宝“メガリス”が据えられています。
呪いの秘宝“メガリス”を手に入れるために、この沼地を越えて行く必要がありますが、沼渡りの最中、この沼地であなたたちは“未来”を観てしまいます。
幾多の幸運と幸福を得て辿り着く、幸いの未来。
幾重の呪いと因果の果てに迎える、苦しみの未来。
孤独と憎悪の坩堝となって、世界の敵に成り果てる未来。
このまま進めばいずれ受け入れることになる、想像通りの未来。
ある出来事を境に迎えることができた、みんなと同じ平凡で平穏な未来。
泳いで、小舟を使って、あるいは空を飛んで沼地を渡るあなたは、どんな過去を観るでしょうか。
プレイングにお書きください。
アイン・セラフィナイト
◎
未来を幻視する沼地、なんだか怖いね。
とりあえず『神羅の鴉羽』を使って空を飛んでいくよ。
ボクの未来……真の姿だとその未来、というか本来の姿になるんだけど、あれも同様に自分が望む未来を先取りしてるようなものだしなぁ。一つは大魔道士、一つは魔導銃士……どんな未来を見るのか想像できないや。
……ボクが管理している魔導書図書館で、魔導書を編纂してるボクの姿か。いずれ、世界の事象や出来事を全て完璧に編纂して、情報として格納する日。ボクが神羅や万象と同じように、観測者の側に立つ日。その未来。
……そしていつもお世話になってるあの人とも一緒に、いれたら良いかな。(銀髪の女性の背中が見える)
まあ、ボク次第だよね。
不気味というよりも、怖いと感じた。
アイン・セラフィナイト(精霊の愛し子・f15171)が目の前に広がる沼地を見て抱いた感想がそれだった。
未来を予知すると簡単には言うが、その内実は非常に高度なものだ。膨大な可能性から一定の蓋然性を有した結論を導き出す精密な“予測”。あるいは運命と呼ばれるものを読み取る“先知”など。予知の正確さを求めれば求めるほど、その内容は高度化する。
この沼がその機能を持っているとしたら、本当に底知れないことだ。
「観えるとしたら……どっちだろう」
一つは、全ての精霊と境界の鴉たちを使役しうる“大魔道士”。
一つは、数多の猟兵たちを見た自らが望んだ未来の“魔導銃士”。
未来を先取りした二つの可能性。真の姿。
沼地が見せるとしたら、その大きな可能性のどちらかだとは思う。とはいえ、それも絶対ではなく、他のものを見せられることももちろんあるだろう。
どんな物を見ても良いように、覚悟を決めるようにアインは瞑目する。
「……神羅、借りるよ」
魔力の流れを集中させて、背中から現すのは黒鴉の翼。
軽いステップと共に沼の上空を飛ぶ。
途端に、視界が歪んだ。
「……っ」
一瞬の戸惑いを覚えて乱れてしまった飛行制御と魔力集中の感覚を、なんとかして掴み直す。
視界に映し出されたのは、アインの管理する魔導書図書館、“叡智ノ書架”。
そして、机に向かって数多の魔導書を紐解き、編纂をするアインの姿だった。
『……あまり根を詰め過ぎるのは良くない』
人の形をとった万象が未来のアインの傍らに飲み物を置く。表情こそいつもと変わりはしないが、どこか気遣わしげな目をしていた。
『放っておけ。こいつには少し無理をさせるぐらいがちょうどいい』
同じく人間形態となった神羅が手をひらひらと振る。不満げな目を万象に向けられるが、黒い彼はどこ吹く風だ。
『ありがとう、万象。でも、もう少しだけ進めるよ』
苦笑した主に言われてしまえば、彼女からは何も言えなくなってしまう。
世界のあらゆる事象を観て、その出来事を編纂し、情報として一冊の魔導書へ格納する。この一連の工程を、何度も何度も繰り返す。
観測者。神羅や万象、境界の鴉たちと同じ立場に立った時の未来だ。
けれど足りない。あと一人が――
『進捗どうですか、っと』
しばらく編纂作業が続いていると、唐突に影から人が現れた。褐色肌に銀髪の女だ。未来のアインはどこか安らいだような微笑みを浮かべて、開いていた魔導書を閉じる。
急激に視界と音が遠く、引き戻されていく。
あの声は――。確かめたいと言うように伸ばされる手は、幻影には遥か届かず。アインは現実世界へと引き戻された。
虚空を掻いた手を、胸元でぎゅっと握り締める。
「……今は、集中しないと」
目の前のことをこなして、積み重ねて。そして、今を過去にしなくてはならない。
あの未来へと至ることができるかは、自分次第なのだから。
黒の翼を羽ばたかせ、アインは沼地を飛翔する――。
成功
🔵🔵🔴
佐々・夕辺
●◎
大気を蹴って沼を抜けようと前を向くと、一面が紅かった
「え?」
思わず呆けた声が出る
血の赤だった
色んな人があちこちに横たわっている
そう、それは、まるで、獣に食い荒らされたような――
「あ、あ、あ、…あ…」
まさか、と思わず己の口元を拭う
真っ赤だった
血と肉の味が充満していた
折れて砕けた骨が残っている感触がした
嫌だ
嫌だ!
言葉とは裏腹に、食欲が鎌首をもたげる
食べたい。もっと。血肉を啜りたい
思わず数歩下がったとき、何かに躓いて尻もちを打った
それは、桜だった
私の憧れ。桜の人。美しい髪が血の色に塗れて、……
「いやああああああああッ――!!!」
こんな未来、来るわけない!
私は望んでなんかいないのに!!
覚悟はしていたはずだった。
どんなものを見たとしても心を強く保とうと、佐々・夕辺(凍梅・f00514)は決めていた。
岸辺から跳躍。虚空を蹴って、まるでそこに見えない階段があるかのように夕辺は駆け上がっていく。
空中でジャンプを繰り返す回数にも余裕があるとはいえ、途中で落ちたら無様を晒すことになる。どの程度進んだか、彼我の距離を確かめようと目を向けて――
「え?」
赤。
思わず呆けた声が漏れ出る。黒ずんだ青だった水面に、一面の赤が広がっていた。宙にいたはずの夕辺は、いつの間にかにそこに立っていた。
むわり。さっきまでは感じなかった異常な臭気が鼻腔を刺す。
鉄臭くて、生臭い。
血の臭い。
赤い赤い、鮮血の海。
「あ……あ、ああ……ああああ……」
口元が生暖かい。口の中はいつの間にかに血と肉の味が充満して、鼻へと臭いが抜けていく。
手で拭う。口元は、べったりと真っ赤な鮮血にまみれていた。
ああ、あの獣に食い荒らされたような血の海は、未来の私が作ったものなのか。
「――――っ」
悲鳴を上げそうになった。ダメだ、と反射的に歯を食いしばる。ここで叫んだら今にも心が折れてしまいそうな、そんな予感がした。
食いしばった歯が、ガリ、と硬質な物を噛み砕く。間違いなく、骨を噛み砕いた時の感触だった。
――嫌だ。嫌だ、嫌だ!
口元を両手で抑える。
吐き気はしなかった。代わりに、食欲があった。
食べたいと欲する情動だけが夕辺の胸を衝き動かす。もっと食べたい。もっと血を飲みたい。もっと肉を噛みたい。飢えを満たすために。渇きを潤すために。もっと、もっと――。
「…………ッ」
衝動的な食欲に抗うように、暴食を尽くそうとする口を抑え込んで、夕辺はその場に座り込む。ぎゅっと目を瞑る。
耐えて、耐えて、耐えて……。
ざぁ、と波音のようなものが聞こえて来た。幻影がすっかり消え去り、元の沼地へ戻ったんだ。
安心して、目を開けて――そして、血で真っ赤に染まった桜がざわめくように風に揺らぐ姿と、そしてその下に斃れた憧れの人を見た。
「いやああああああああッ――!!!!」
悲鳴を上げる。目を覆う。
ありえない、ありえない。あの人はこんなに死んでしまうほど弱くなんてない。否定をしても、幻影の彼女の美しい黒髪も、角も、血でべったりと汚されていた。
「こんな未来、来るわけない……。私は望んでなんかいないっ!!」
闇雲に腕を振るうと、あざ笑うかのように幻影は消えた。
唇を噛んで、激情を抱えたまま夕辺は宙を蹴る。
取り残された涙だけが、沼の中へと混じって消えた。
成功
🔵🔵🔴
クゥーカ・ヴィーシニャ
◎
次は一体何を見せてくれるんだろうな
濡れたくはないし、無難にボートで進むとするか
ん、これは……ああ、未来な感じか?
何も救えず、誰も守れず、神の存在を疑問に思い堕ちる未来、か
しまいには一人で、全てに絶望しながらどこまでも堕ちてゆき消える……在り来たりなバッドエンドだな
これが行く末と。なんとも、悪趣味だな
……これが本当の未来でも、偽りの未来でも、姉様が傍にいてくれるのなら俺は大丈夫だ。それだけで、頑張れるし、道を踏み外すこともない。姉様がいる限り、俺は一人にはならない
姉様は、ずっと傍にいてくれるよな?どこにも、行かないでくれよ
伸ばした救いの手は、いつもあと少しのところで何も掴めなかった。
救おうと為した善行は、いつも誰かに妨げられて、振り払われた。
守ろうとした人は、いつも殺されてしまうか、世を儚んで自死を選んだ。
費やした努力は報われず。何も救えず、誰も守ることもできず。
神の遣いとしての役目を何も果たせない。
『神よ、神よ。なぜ俺を見捨てたんだ』
見捨てていなければ、その努力は実を結んだはずだ。
結実した努力は、誰かを守り、何かを救えたはずだ。
なのに、そうはならなかった。
自分は見捨てられたから。あるいは――
『――そもそも、神は存在しないのか?』
無力のまま、何もできずに独り絶望の淵に立たされた者には悪魔が囁く。
――試してみれば良い。本当に神が存在するならば、きっとお前を助けてくれる。
“神を疑うことなかれ”。また、“神を試みることなかれ”。
基本的な戒律さえも、絶望に至る者の耳には聞こえない。
そして、悪魔の囁きに耳を貸してしまった者を待つのは、ただ絶望の深淵のみだ。
どこまでも昏く底知れぬ深淵に、落ちて、墜ちて、堕ちて――
「――そして遂には消えてしまう。ありきたりなバッドエンドだな」
ぱん、とクゥーカ・ヴィーシニャ(絡繰り人形・f19616)が手を打つと、目の前にあった幻影は消えてしまった。
「俺の堕ちる姿を観せるなんて悪趣味だな。三文芝居の方がまだマシだ」
溜息をついて、クゥーカが姉様と呼ぶ人形へと目を落とす。
「……大丈夫だ、姉さま。これがいつか来る未来でも、可能性の一つだとしても、俺は姉様が傍にいてくれれば大丈夫だから」
傍にいてくれるだけで頑張れる。傍にいてくれれば道を踏み外すこともない。
傍にいてくれれば、独りにはならない。
クゥーカはボートの上で小さな波に揺られながら姉様に身を寄せた。
「姉様は、ずっと傍にいてくれるよな? どこにも、行かないでくれよ」
成功
🔵🔵🔴
字無・さや
◎
小舟に揺られて夢を見る。
誰よりも強くなって、何もかも斬り捨てて、最強だと叫ぶ。
血の海の中、ひとりで勝ち誇ったその強さ、一体どこの誰に向けて誇れるものだろう。
それを聞くものも、見るものも、誰も居ないそんな場所で。
……ちがう。こんなもの、おらのほしかったものじゃない。
積み上がる躯の山に腰掛けて、血刀を引っ提げたおらが笑う。
もう誰にも負けない。俺の剣こそ天下一だ。
もうひとりのおらは何を求めているんだろう。
いやだ。おらは、そんなもの要らねえ。
強さというものが、誰かを傷付けて 自分ひとりだけになる事を指すなら
そんなもの、おらは要らねえだ。
ひとりは嫌だよ。
おらは、もうひとりぼっちにはなりたくねえだよ。
字無・さや(只の“鞘”・f26730)は沼の上で小舟に揺られていた。
この島での探索は歩き詰めで、まだ幼いさやはすっかり疲れてしまっていた。畔にあった小舟を使えたのは幸運だっただろう。刀を抱きかかえて、小舟の上で丸くなる。
波に揺られていると、強烈な睡魔に襲われた。
「ここで、寝ちゃ……」
いけない。自分に言い聞かせるような呟きに反して、さやの頭がかくんと落ちる。
「……!」
睡魔に負けそうになった。首を横に振って、慌てて目を開ける。
次に視界に映ったものは、沼地ではなかった。
少し下を見下ろせば血の海が広がり、足元を見やれば死体が重なって山を成している。
『誰よりも強くなった。何もかもを斬り捨てた』
唇が己の意思に反して勝手に言葉を紡ぐ。口元が獣よりも凶悪で、鬼よりも禍々しい笑みをひとりでに浮かべる。
『――俺様に斬れねえモノなんてねえ、殺せねえヤツなんていねえ。もう誰にも負けない。俺の剣こそ天下一だ!』
屍山血河の上で哄笑し、勝ち誇る。
その強さは、一体どこの誰に向けて誇れたものか。
その場に耳を持つ者は数多かれど、その哄笑を聞き届ける者は皆無だった。
その場に目を持つ者は数多かれど、その強さを見届ける者は誰もいなかった。
生者のいないそんな場所で、一体その強さは誰に示されたものなのか――
『――だから俺に任せて正解だっただろう?』
――ちがうっ!
血に染まった自分ではない自分へと、さやは反駁する。こんなものは欲しくなかったと。命の危機に瀕したあの日、欲しいと思ったのはこんな力ではなかった。
血に染まった彼女が、一体何を求めているのかさやには理解ができなかった。いや、理解したくなかった。そんな血生臭くて、冷たい“強さ”なんて。
――いやだ。おらは、そんなもの要らねえ。
誰かを傷付けて、殺して――その果てに自分一人だけになるような“強さ”なんて、そんなものは要らない。
「……ひとりは、嫌だ……」
気付けば、さやは小舟の上で倒れていた。
起き上がることもせず、彼女は何かから隠れるように、あるいは耐えるように、身体を丸める。
「おらは、もうひとりぼっちにはなりたくねえだよ……」
呟きを聞く者は誰もおらず。
妖刀だけが、彼女の傍にいた。
成功
🔵🔵🔴
誘名・櫻宵
未来だなんて
私の未来は
ずうと前から決められている
しんしんの降り積もる桜
神代櫻は今日も満開
己の枝揺らす風が擽ったい
良く咲いてくれたと思う
きっと誰かが花見にきてくれる
綺麗だと笑ってくれると嬉しい
私はさくら
誘七に生まれた木龍は神代櫻の贄となって豊穣と繁栄を齎すための桜樹となる
桜の神と共に眠りにつく
それが役割
私は始祖の桜龍の転生らしいから
拒否権なんてなかった
まるで祝詞の様な儀式から何年たった?
わからない
親しき者達もいなくなり
唯咲き誇る
約束を果たしてくれてありがとう
幸せだねと共に眠る神が嬉しげに笑う
そうね師匠…神斬
師匠が一緒なら…
幸せなのかも
幸せってどんな感情のことだっけ
春が降注ぐ
花の冷たさが
身に染みる
誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)の未来はずっと前から決まっていた。
だから、未来の幻影を目にしたところで、櫻宵に動揺はなかった。
誘七に生まれし木龍は神代櫻の贄となり、その身を桜樹へと変じせしめて永き豊穣と繁栄を領地に齎すべし。
それが掟だった。
だから、桜龍の始祖の転生たる櫻宵にそれを拒否することは許されなかった。
『桜の神さまと共に眠れるなんて、とても名誉なことです』
『きっとあなたは美しい桜樹になって、みんなはそれを見上げるでしょうね』
『誘七の豊穣と繁栄のためによく努めてくれ』
名誉。光栄。豊穣。繁栄。
人々は口々にそんな言葉を言いながら、櫻宵を儀式へと連れて行った。
祝詞のような儀式を経て、供犠として櫻宵はさくらになった。
満開に花を咲かせ、風に己の枝を揺らされて、まるで雪のように花弁を降らせる。
人々は豊穣を喜び、繁栄を享受する。
幾日も、幾月も、幾年も――さくらは誘七を見下ろす。見守り続ける。
いつ頃からか、自分を見上げる親しき人の姿がいなくなっていた。ただ顔見知りも、儀式に参加していた人々の姿も。代わりに、彼らに似た顔の年若い者たちが自分を見上げるようになった。
それを何度も何度も繰り返す。繰り返す中で、さくらはただただ、咲き誇る。
共に眠る桜の神は嬉しそうに笑っていた。
『ありがとう、イザナ。約束を果たしてくれた』
……それが師匠と交わした約束ですもの。
『イザナ。ちゃんと名前で呼んでおくれ』
……まだ呼び慣れないの。ごめんなさいね、神斬。
『良いんだよ。それより、私はイザナと一緒にいられて幸せなんだ』
……そうね。私も幸せ――
……幸せって、どんな感情だったかしら。
冬には雪が降りしきる。
秋には紅葉が落ちてくる。
夏には日差しが降り注ぐ。
そして春には桜が舞い散る。
温かいはずの桜の花弁が、冷たく身に染み渡った。
成功
🔵🔵🔴
ロキ・バロックヒート
●◎
水上歩行で進むよ
未来ってどれぐらい先かな
百年とか、あんまり先じゃないといいなぁ
急に眼の前で弾ける光
世界を灼くが如きそれ
光り輝く天使のような―『私』がいる
あぁそうか
オブリビオンになったんだから
いつか封印の檻から世界に出てきてしまうのかな
封印が解かれれば破壊神として世界を滅ぼせる
私にとっても永年の悲願
けれどそれと対峙している私が居た
オブリビオンの『私』と
その現身で猟兵の自分
やっぱりもう完全に分かたれているんだ
未来の自分が『私』を見上げてなにか言って―
視得たのはそこまで
ここで視た通りに『私』が現れたら
その時私は―どうするんだろう
『私』の味方になって世界を滅ぼす?
猟兵として『私』を倒す?
わからない
ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)が水面に足を進めると、足先は水に沈まず、まるで地面を歩くかのような感覚を返して来た。
「水に沈む前に足を前に出すのです、なーんてな」
戯言を口にしながら、彼は水上を歩いて行く。水神の系統ならぬ彼では少し足先が濡れてしまうのが困りものだが、それでも泳いで行くよりは遥かにマシだった。
「……未来って、どれぐらい先かな」
この沼は未来を観せることを、ロキは予感していた。
どの程度先を見せるのかはわからないが、できれば1世紀以内であって欲しい。あまり永い先を見せられてしまうと、気になってしょうがなくなってしまうか、さもなくばせっかく観たのに忘れてしまいそうだ。
水上を歩いてしばらくすると、急に目の前で光が弾けた。
世界を照らし、包み込むというよりは、灼き尽くさんとするが如き光輝。
その中に、まるで光り輝く天使のような『私』がいた。
「……あぁ、そうか。オブリビオンになったんだもんな」
だとしたら、封印の檻はいつしか綻びを生み、この世に現れてしまうだろう。
封印がひとたび解かれてしまったら、後は世界を滅ぼすだけ。破壊神としての、そしてロキにとっての永年の悲願だろう。
だが、光の中にはもう一人いた。
猟兵としてのロキが、そこに立っていた。
「やっぱり、もう完全に分かたれているのか……」
破壊神としての『私』。そして、猟兵としてのロキ。
永い間分裂していたせいなのか、二つの存在は完全に別の個体となってしまっているらしい。
未来のロキが破壊神を見上げる。何か、語りかけるかのように口を動かしているのが見えたけれど、今のロキにはそれが聞き取れなかった。
観えたのは、そこまで。
水上で立ち止まり、虚空を見つめる。
「いつか、『私』と会えたなら――」
続く言葉は、ロキの口から出て来なかった。その時、自分がどうするのか、彼にはまるでわからなかったから。
破壊神と再び一つになって、あるいは味方として立って世界を滅ぼすか。
それとも、猟兵として過去の残滓を討ち果たすか。
「……わかんねえや」
彼の零した言葉は、沼地の水面に波紋となって消えてしまった。
成功
🔵🔵🔴
千桜・エリシャ
◎
花時雨で飛んで渡りましょう
…この傘の名も無意識にお兄様のことを想って付けた名だったのね
…これはいつの未来かしら
親しい者たちは皆
私を置いて逝ってしまった
悠久の時を経て
いつしか私は山の神として祀られるようになっていた
けれど所詮は悪鬼羅刹
鬼神が善神になどなれるはずもなく
討伐にきた者を弄び返り討ちにしては
見返りに数年に一度生贄を要求した
桜咲く山奥の館で生贄と二人きり
可愛がって愛して
いつしか二人は結ばれて
それが終わりの合図
あなたも私を置いて逝くのね
愛した者の首を落として身体を喰らって腹に収めて
だってそうしなければ私は満たされないのだもの
ずっとずっとそれの繰り返し
――嗚呼、現し世はかくもつまらないこと
思えば、兄は和傘を差しているところが印象深い人だったように思う。
だからだろうか。紫紺色のこの和傘に、あの菖蒲鬼を思わせる“花時雨”の名を付けたのは、彼を想ってのことだったのかもしれない。
「さくら、さくら、湖上に舞って」
どこからともなく桜の花弁が風と共に運ばれて来て、“花時雨”を手にしたエリシャを宙へと運ぶ。ふわり、ひらりと釣られるように蝶がそれに付いて来る。
桜や蝶たちと連れ立って、和傘を手に沼の上空を渡っていく。すると案の定と言うべきか、段々と辺りの様子が変わって来た。
水面だった場所はいつの間にやら緑の色も濃い山奥のそれへと変わっていて、視線を正面へと戻せばそこには山奥らしからぬ大きな館が建っていた。
「これは、いつの……?」
不思議に思っていると、輿を中心とした何人もの人々が山道を使って館へ向かっているのが見えた。館の門前まで来ると、その人たちは輿を降ろす。
『山神様、こちらがこたびの供犠。穢れを知らぬ村で最も美しく、幼い男子(おのこ)でございます。どうかその御心を鎮め、我らをお守り下さりますよう……』
何かの宗教的な行事なのだろうか。代表らしき男をはじめとして、人々が深く館へ礼をすると、彼らは輿を置いて来た道へ引き返して行く。
しばし経ってから、館の門が開いて女が出て来た。黒髪に、二本の角。未来のエリシャに違いなかった。
これは悠久の時を経た未来の光景だ。きっと、自分は山の神、鬼神として祀られるようになったのだろう。状況を理解したエリシャは、花時雨を握る手を強める。
『招かれざる客もいるようですわね』
輿を一瞥した鬼神は、藪の方へと声をかける。すると、がさがさと武器を手にした男が現れた。
『悪鬼め。貴様の御首、頂戴しに参った!』
裂帛の叫声と共に襲いかかる男。しかし鬼神は武器を抜くでもなく、ただ退屈そうに溜息を漏らす。
『覚悟せよ、鬼神!』
振り下ろされる刀が切り裂いたのはしかし、鬼神ではない。人の形をしていた蝶たちがひらひらと舞い、斬りかかってきた男へ群がる。蝶たちによって魂を直に食われる恐怖に悲鳴を上げた男の首へ刃が伸びた。
『来世では、もっと良い御首になって来て下さいまし』
刎首。刎ねられた首が、宙を舞った。御首は地に墜ちるのと同時に、その姿を蝶へと変えて鬼神の元へと向かう。
所詮は悪鬼羅刹。善神になどなれようはずもなく、鬼神は荒ぶる神としてその土地を支配していた。
『騒がせましたね。さあ、今日からここがあなたの住処ですよ』
血振るいした刀を収めると、鬼神は輿から少年を出す。美しい少年だった。
それから、鬼神は桜の咲き乱れる山奥の館で供犠の少年と二人きりで過ごす生活を送り始める。
慈しんで、可愛がって、そしていつしか二人は愛し合って――
それが、終わりの合図となる。
『やっぱり、あなたも私を置いていくのね』
時を経て成長した少年の首が、真っ白な寝床にごろりと転がる。
常人は鬼神ほどに永き時を耐え切れない。
悠久の時の流れにただ独り、取り残されてしまった鬼神は愛しい人の血を、指で唇に塗り付ける。
『あなたは時の流れに勝てないけれど。……ああ、愛しいあなたは御首になって私を昂ぶらせてくれる』
恍惚とした表情で、少年だった肉を鬼神は食らっていく。
そうして腹と心を満たして、鬼神は村にまた新しい供犠を求める。
ずっと、ずっと、それを繰り返す。
『――嗚呼、現し世はかくもあぢきないものですこと』
鬼神が眺める並べた御首の数々を見て、ざわつく胸をエリシャは抑える。
儚く散るはずの桜は、館で周囲の時を奪い続けているかのように咲き誇り続けていた。
成功
🔵🔵🔴
城野・いばら
◎
庭を彩り、そして城を囲うように茂るいばら達
大きな盆栽だと、
もっと立派にしてあげると笑っていたアリス
アリスが楽しそうなら良いかって思ったの
それがいけなかったのに――
*帰すべきだった
扉があるのだから
帰れなくなってしまう前に
帰る為の時を稼げたなら
わたくし、が塵になってしまっても構わなかったの
貴女の役に立てたなら
それでしあわせだったのよ
――後悔と願いが溺れる夢だわ
いいの、沼地さん
その未来はいばらが自分で叶えるから
今度こそ
アリスを助けたい
帰してあげたい
だから
アリスと一緒に消える事を選んだ国から
シロのいばら、は飛び出したのだから
さぁ、お日さま浴びて元気いっぱい
日傘をさして何処までも、よ!
通してもらうわね
幻影の中の城は、先に探索した城に引けを取らないほどに壮麗だった。
壮麗な城に立派な庭は付き物で、庭に侵入者を拒むように生い茂るいばらたちもまた付き物だ。
『もっと立派にしてあげるね』
アリス適合者が無邪気に笑う。今度のアリスは朗らかで、ガーデニングが趣味だから、たくさんお世話をしてあげると笑っていた。
アリスが楽しそうならそれで良い。城野・いばら(茨姫・f20406)はそう思う。
凶悪なオウガが闊歩するアリスラビリンス。記憶もないまま彷徨わなければならないアリスたちには、何よりも癒やしが必要だろうと思っていた。
それが間違いだったのに。
『やっぱりあたし、帰りたくない』
記憶を取り戻したアリスは扉から帰ることを嫌がった。
それでもオウガたちのいるこの危険な世界よりは元の世界の方が良い。愉快な仲間たちが揃って説得しても、アリスの意思は固かった。みんながいるこの世界の方が良い、と。
喧嘩にもなりそうだったけれど、その一言でみんなは何も言えなくなった。みんなアリスのことが大好きで、アリスもみんなのことが大好きだったから。
それでも、それは間違っていた。
その夜、オウガが襲って来た。あの時と同じオウガが、アリスを守るいばらを突き破って来た。
『アリス、逃げて!』
見つけた扉へとアリスを逃げ帰らせようとした。殺されてしまう前に、帰さなくちゃいけない。今度こそアリスを助けて、生かして帰してあげたかった。そのために、かつていばらは――シロのいばらはアリスと一緒に消えることを選んだ国から飛び出したのだから。
だから帰るための時間が稼げたなら、塵になっても構わなかったのに。
アリスの役に立てたのなら、それで幸せだったのに。
なのに、アリスはいばらたちを守ろうとした。大切な友達を見殺しにはできないと言って、凶悪なオウガに立ち向かって――そして、死んでしまった。
「――後悔と願いが溺れる夢だわ」
ぱちり、とボートの上でいばらは目覚めた。
縁から身を乗り出して、沼の水面を見る。
「……いいの、沼地さん。その未来はいばらが自分で叶えるから」
今度はきっと、アリスを助けてあげられるように。
ボートから起き上がると、彼女はぱっと傘をさした。
「さぁ、お日さまを浴びて元気いっぱい。日傘をさしてどこまでも、よ!」
成功
🔵🔵🔴
ロカジ・ミナイ
沼を渡る手段に使うのは、七つの首の八岐大蛇
僕のかわいいかわいいペットよ
こいつが移動するのに沼地や水中は寧ろ好都合
僕はひとつの頭に乗っかって、悠々と沼を行く
白い鱗肌は泥に塗れて尚うつくしい
ふと目をあげれば遠くに、…あれが幻覚かな
七本の首を引き摺る白い大蛇と
頭に乗るのは、ありゃ僕だ
僕は変わらず若々しいが、泣きも笑いもしねぇなんとも穏やかなツラをして
共に、最後の寿命を旨そうに咀嚼している
貰った嫁の数も拵えた子の数も
これじゃあサッパリわからねぇ
あの子がどうなったのかもてんで謎のまま
知りたいことは何一つ視界に無い
つまらねぇなあ
だが、
これは当然の未来だ
可もなく不可もなく
なるべくしてなる、とあるひとつの
◎
沼地を渡るとなると、皆それなりに苦労する。
ボートは調達に手間がかかるし、泳ぐのにも体力と技術が必要だ。誰でも飛んだり足場をほいほいと自前で用意できるわけではない。
各々で思い思いの方法で沼渡りをする中、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)はペットを呼び出した。
「おお、よしよし」
沼に浮かんで白い頭を差し出すのは、七つ首の八岐大蛇だった。その白くすべすべした鱗の生えた頭を撫でてやってから、ひょいと飛び乗る。慣れたものだ。
ぐらりと揺れて、ざぶんと進んだ。白い八岐大蛇は沼地の水泥にまみれてなおその麗しさを損なわず、それどころか別種の美しささえ感じさせた。
「さすが、命を喰らっているだけはある」
ロカジは口元だけで笑いながら白い鱗を撫で付ける。妖狐は人間の精を食らって得られるものは若さだけだと言うのに。
しばらく撫で続けていると、急に八岐大が止まった。何事かと思って顔を上げると、そこには幻影があった。
七本の首を引きずる白い大蛇。その頭に乗った自分。
「……まいったね、こりゃ」
八岐大蛇に近付けさせて確認してみると、どちらも瀕死の重体のようだった。とりあえず瞳孔と脈拍、それから呼吸の有無を確認するかと身体が勝手に動き出しそうになって、押し留まる。
未来の自分は幻影だ、助けられようはずもない。職業癖みたいなもんか、と嘆息が漏れた。
「……それに、こんなツラしてくたばってんだから、治療する気にもなれねえよ」
頭を掻きながら、ロカジは未来の幻影を見下ろす。幻影は泣きも笑いもせずに、穏やかな表情で横たわっていた。
「最期の命を旨そうに楽しみやがって。貰った嫁の数も、拵えた子の数もこれじゃサッパリわかりゃしねえ」
幻影の外見は傷だらけだが若々しいままだ。ぱっと見ただけでどれほどの時間を過ごして来たのか、とてもではないが判別が付かない。
「あの子がどうなったのかもてんで謎のまま。知りたいことが何一つわからねえ。……つまらねぇなあ」
深い嘆息が口から漏れる。
頭に思い浮かぶのは妹の顔。自分がくたばったとして、あの子がどうなるのかだけが気がかりだった。それさえわかれば、嫁だの子どもの数だの、死因なんてどうでも良かったのに。
「……だが、これも当然の未来か」
可もなく不可もなく、なるべくしてなる、とあるひとつの未来だ。
じゃあな。死にゆく己に背を向ける。
健康に悪い紫煙を、無性に吸いたい気分だった。
成功
🔵🔵🔴
アンネ・エミル
◎
船に乗っていこうかな
さっき見たものが本当にあった過去の景色かわからない
きっと、リセに聞いても何も答えてくれない
だからいまは前に進もう
私は事件を解決しにきたんだ
そういえば
ここでは未来も見るって言われたような……
霧の中を船で進んでいく
気がつくと前方にひとつ船があって
近づいてみると中に血を流した人がいた
それは少し背の伸びた私だった
死んでいた
……。
まあ
わかってた
戦いなんてしたらいつかそうなるって
私はとても弱いから
傷だらけのひどい死に様だね
お疲れ様
でも後悔してないでしょ
戦うのを誰かに任せきりにするんじゃなくて、一緒に戦いたかったんだから
さようなら、私
私は先に行くよ
止まるつもりはない
未来は変えられるから
城で見た光景が本当にあった過去の景色かなんて、誰も保証はしてくれない。きっと、リセに聞いても何も答えてくれない。
だから、今はとにかく前に進もう。アンネ・エミル(ミシェル・f21975)はそう決めた。事件を解決しに来た以上は、立ち止まってなんていられない。
畔にあったボートの一つを拝借して、沼の上を進んでいく。
過去の次は未来でも見そうだ、なんて他の猟兵たちは言っていた。もし本当に未来を見るとしたら、一体どんな未来が見えるのだろうか。そう大したものが見えるなんて期待していないが、気にならないと言えば嘘になる。
「……何年後のが見えるんだろう」
あまり遠くのだと、お婆ちゃんになった未来が見えたりするかもしれない。ひと目で自分だとわからないぐらいしわくちゃだったら、多分ショックを受けてしまいそうだ。
ボートを漕ぎ進めて行くと、沼の中に霧がけぶり始めた。
「こっちで合ってるよね」
見回すが、岸も島もどちらにあるのかわからないほどに霧は濃い。ついさっきまでは、向こう岸が見渡せるほどだったのに。
ふと、前方で一隻のボートが浮いているのが見えた。進むでもなく、退くでもなく、ただ水の上に浮いている。
「……?」
あるいは誰かが幻影を見て立ち往生しているなら助けられるかもしれない。そう思って、アンネは前方に見えたボートへと舟を進ませる。
人影は見当たらなかったからすぐ近くまで行って、ボートの中を覗き込んだ。
自分が死んでいた。
「………………」
少し背の伸びた自分だった。傷だらけになって、舟底に血をたくさん溜めながら死んでいた。
これはつまり、自分はそう遠くない未来、こうなってしまうという示唆だった。
一瞬だけ、手から零れ落ちそうになったオールを握り直す。
「……まあ、わかってた」
自分に言い聞かせるように呟いた。戦っていたら、いつかはこうして死んでしまう。当たり前のことだ。弱い自分なら、尚更に。
しゃがみ込んで、自分の死体と向き直る。
傷だらけで、酷い死に様だった。
「……お疲れ様」
どんな戦いをしたのかわからない。何と戦ったのかも、戦って何ができたのかも。
けれど、未来の自分のことなら一つだけわかることがあった。
「――でも、後悔してないでしょ」
きっと、後悔はしていない。
戦うことを誰かに任せきりになんてせずに、一緒に戦いたかったのだから、後悔なんてしない。
「さようなら、“私”。私は先に行くよ」
別れを告げてから、自分のボートへ戻って再び漕ぎ進めて行く。
止まるつもりはなかった。引き返すつもりもなかった。
戦うと決めたから。
未来はきっと、変えられるから。
成功
🔵🔵🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
足場を作って、沼地を渡る
見える光景は…あるかもしれない、いや…あるべき未来か
──俺はきっと、碌な死に方をしないだろう
それでいいと思う
裏切り者のクズには、お似合いの最期さ
見ろよ、あの無様な道化をよ
誰かが享受するはずの幸福を貪り、それを得難いと思ってやがる
そうして最後に気が付くのさ…幸せに生きたかったと
でももう、遅いんだ
俺は化け物になり過ぎた
生命も人間性も、全部勝利の為に捧げて
後に残ったのは、ただの虚ろだった
獣のように奪い、殺すだけの虚ろだ
・・・これで良いんだと思う
最後に、大切な人達に討たれるんだ
最後まで誰かに傷を負わせて死ぬのさ
俺は救われないし、報われもしない
それが最も上等な結末だ
そうだろう?
自分が死ぬ時はきっとロクな死に方をしないだろう。
ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は常々そう思っていた。裏切り者のクズには無様な最期が似つかわしいし、そう死ぬべきだ。
吐息して、水面に障壁を浮かべて足場とする。
「沼地、ね……」
これから何を観るのか、概ね予感していた。だからこそ、それを見据えなければならなかった。
絞首台へと自ら向かう死刑囚のように、彼は沼地の上を歩いて行く。
『ヴィクティム、お前ちゃんと食ってるか?』
気付けば、周囲はパーティー会場のような場所に変貌していた。ある街の、土曜の夜に催される会合だろうか。銀髪の相棒が給仕の合間に料理の載った皿を寄越して来る。
『ちゃんと食ってるっつの』
『カロリー・バーとかサプリメントばっかりだろ。ちゃんとした料理も食べるべきだ』
『栄養とカロリーが摂取できれば問題なさそうだけどな』
『そういうところだ、そういうところ。揃いも揃って偏食かお前らは。良いから食え』
黒髪の相棒と幻影の自分を見て、呆れたように溜息をついた彼は、押し付けるように皿を渡して来た。
和装に身を包んだ妖狐がふらりとやって来る。
『やあ、ヴィクティム。ちゃんと食べてるかい?』
『……なあ、お前ら実は示し合わせてるんじゃないだろうな?』
『それがお前に対する共通認識ってことだろ』
わはは、と周囲にいる猟兵たちが笑った。自分に縁深い猟兵たちばかりだった。
幸福な時間だ。相棒や、自分に縁深い猟兵たちが楽しそうにしていて、幻影の自分も笑っていて。
――けれど、これは誰かが享受するはずの幸福だ。
決して、裏切り者の卑怯者がいて良い場所じゃない。
自分は他の誰かがいるはずだった地位に座って、幸福を貪って、それを得難いものだと思っているだけに過ぎない。
『今回の戦いで勝利を収められたのは、ひとえにヴィクティムのおかげだからね』
『そのための戦勝会だからな。こんな時なんだから、パーッと飲み食いしよう』
『……だな』
乾杯。一斉にグラスが持ち上がる。幻影のヴィクティムもグラスを掲げた。
グラスを掲げたその腕が、黒く変色する。昏い漆黒の名は、“虚無”だった。
「……今までのツケが来るのか」
“虚無”。それは己の生命力や人間性を代償に、絶大な力をもたらすもの。
全てを勝利へ捧げて、虚ろになって――
最後にこうして残るのは、獣のように奪って殺すだけの、虚無の化物だ。
会場にざわめきが走る。猟兵たちが武器を手にする。虚無に支配されたヴィクティムを止めようとして、けれど強大な虚無の力を前にした彼らに手加減をする余裕なんてなくて――
虚無の獣は、大切だった人々の手によって討ち果たされる。
「……救われねえ、報われねえ」
けれど、これが最も上等な結末だろう。
大切な人々の手によって殺されるのなら。
虚無の獣が、最期に呟く。
『ああ、幸せに生きたかった』
成功
🔵🔵🔴
アロンソ・ピノ
◎
泳ぎたくはねえな……泳ぎが下手な訳でなく、泳ぎ方を見られたくないし…。
足場になる板切れか丸太でも見つければ、刀身を櫂のような形にして進めるべか。
オレの未来なあ、まあ普通だろう。そこまで大それた望みもねえしな。
―或いは。妻子に囲まれて
実家の道場で刀を振るう日々を過ごし。父や祖父と同じく息子へと、この刀を手渡す未来が。
―或いは。自らの業を磨き続ける為
故郷へはついぞ戻らず。死ぬまで
刀を握り続ける未来が。
―或いは。道半ばで利き腕の左腕を失くし
右腕で鍬を振るいながら、遠くを見つめ続ける未来が。
―或いは。
―或いは。
刀よりも、大事に思う誰か。何かを見つける未来が―
―ノイズが走り、霞んだ。そんな未来は来ぬと
沼地に至るまでの道に、森があって助かった。
切り出した丸太を切り出してボート代わりに加工したものを、アロンソ・ピノ(一花咲かせに・f07826)は水面に浮かべる。
「こんなんでも泳ぐよりはマシか……」
あのカエルのような古式泳法を他人に見られたらと思うとぞっとしない。瞬化襲刀から櫂のような刀身を抜き放つと、早速岸辺から漕ぎ出した。
刀の柄を握っているのに漕ぐ動作をする、というのはなかなかに不思議な感覚で、漕いでいると段々と楽しくなって来る。渡し守というのもこんな気分で櫂を握っていたのか。
水を掻き分けるように水上を進んでいくと、何か薄ぼんやりとしたものが見えて来た。目を凝らすと、長髪の青年が見えた。未来のアロンソだ。
未来の彼は利き腕の左腕を亡くしていた。事故か、戦傷か、それとも疾病か。
それでも残った右腕だけで木刀を手に、彼は道場で棒振りを続けていた。
『とおと!』
どたどたと道場に入って来たのは少年だった。自分の面影があることから、きっと未来の自分の息子か何かだろう。
『農作業終わった! 剣教えて!』
『おう、よく頑張ったな』
早速木刀を取りに行く息子を、『まあ待て』とアロンソは引き留める。木刀を置き、祀られるように棚の奥で安置された刀を手に取る。
『“瞬化襲刀”――伝家の宝刀だ。幼くして流派を修め、お前もそろそろ身体ができあがってきた頃だろう。今なら、これを託せる』
『宝って……ええのか? そんな大切なもん、貰って』
『息子のお前にだから託せるんだ。オレの隻腕じゃ、瞬化襲刀を泣かせちまう』
差し出しされた瞬化襲刀と、未来のアロンソの顔を見比べた息子は、決心がついたように頷いて、刀を受け取った。
『おら、きっと良い剣士になる!』
『ああ、見守ってるよ。かかあと一緒にな』
意気込む息子に微笑んだ未来のアロンソは、道場の外にいた一人の女性へと目を向けて――
ノイズが走る。幻影が、濃い霧に覆われてしまう。
「……今のは」
呆然と呟く。未来を、これから有り得るやもしれぬ可能性を観せる幻影だ。
左手を目の前にかざして、握り締める。まだ、利き腕は付いていた。
「……刀よりも、大事に思う誰か」
最後に霧に包まれて観えなかった、女性の影。
自分は、そんな人を見つけられるのだろうか。あの霧に包まれてしまったように、そんな人は見つからないと示されたのだろうか。
わからない。
ただ、彼は瞬化襲刀を強く、強く握るのだった。
成功
🔵🔵🔴
ヌル・リリファ
(わたしが目の前に現れて、話し出す。
わたし以外のものはよく見えないから、誰に向かって話しているのかはわからないし、わたしのことも当然見えてはいないようだった。)
「マスター、ごめんなさい。
わたし大事なものができちゃったの。いまは、そっちを大事にしたいんd……」
っっ!!!!
(まだ何か言おうとしていたようだけど、それ以上聞いていられなくて魔力を込めたルーンソードで全力で叩き切った。)
そんなことがあったらダメなんだよ。わたしの一番はマスターで、それはかわらないしかわったらダメなんだ。
(多少変化することはどうしようもなくて仕方ないのだと今は思える。けれど、それでも、そこが変わることだけは絶対許せない。)
不安ではないと言ったら、嘘になるだろう。
探し続けている人がいたら誰だって、ちゃんと見つけられるのか不安になるものだ。
それはヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)とて例外ではなかった。
「次はどんなものが見えるんだろう」
未来が見えると他の猟兵たちは言っていた。ちゃんと自分はマスターと再会できただろうか。もし未来が見えるのなら、それが知りたかった。
展開した障壁を足場に、ヌルは沼地を渡って行く。進めば進むほどに沼地は霧立ち始めて、周囲の景色がぼんやりとした白霧に覆われていく。
『マスター、マスター』
自分の声が聞こえて来た。未来の幻影の声だ。
はっと息を飲んで、そちらの方へと足場を形成する。確かに自分らしき幻影の姿が見えた。
『わたし、いろいろなものをみたの。いろんなものをきいたの。いろんなところへいって、いろんなひととあったの』
未来の自分は嬉しそうに笑いながら誰かに向かって話しかけていた。話し相手の姿こそ見えないが、きっとマスターと話しているのだろう。ヌルは少しだけ胸を撫で下ろす。マスターと会える未来があるのだと思うと、嬉しかった。
『かぞえきれないくらい、いろんなひとにあったの。おぼえきれないくらい、いろんな話をしたの。抱えきれないくらい、たくさんの思い出ができたの』
まるで幼子のように、無邪気に幻影のヌルは話し続ける。時々空く間は、話し相手の反応を楽しんでいるのだろうか。
マスターに語りかけているであろう未来の自分は、本当に嬉しそうで、楽しそうで、いざ自分が当事者になったら、こんなに喜んだりできるか心配なぐらいだった。
『……それでね、マスター。謝らなきゃいけないことがあるんだ』
幻影が少し申し訳無さそうな顔になる。その表情には、どこか照れのようなものが含まれていた。
『わたし、大事なものができちゃったの。いまは、そっちを大事にした――』
「ーーーーッッ!!」
気付けば、ヌルは反射的にルーンソードを振るっていた。
刃が幻影を切り裂いて掻き消す。刃に刻まれた精緻な魔術刻印が、霧の中で鈍く輝いていた。
「……ダメ」
震える声でヌルは呟く。
「そんなことがあったら、ダメなんだよ。……わたしの一番はマスターなんだ」
それは可能性の先をなじるための言葉か。
あるいは、己へ言い聞かせるための独白か。
自分自身が歳月を経るごとに“変化”していることは自覚していた。それがどうしようもないことであって、不可避のことだと今は受け容れることができている。
だが――
「――マスターが一番なのはいつまでもかわらない。かわったら、ダメなんだ」
自分の“根幹”を揺るがすことだけは、絶対に許せなかった。
何かの優先順位がマスターを超えてしまったら、自分は人形ではなくなってしまうから。
人形でなくなった自分が、何者なのかわからなくなってしまうから。
足場となっていた障壁の上に、手から零れ落ちた剣が落ちた。
霧の中に響き渡った甲高い音は、水面の静寂の中へと消えてしまった。
成功
🔵🔵🔴
サン・ダイヤモンド
【森】
僕じゃない『僕』の悲しみが頭の中で木霊する
ブラッドにバレないよう、心配をかけないよう
揺れる心を無理矢理殺し押し黙る
彼の優しさが沁み込んでまた泪が溢れそう
「大丈夫、いける――いこう」
顔を上げ『彼という僕の翼』を広げ沼地を越える
視えたのは大樹の森での僕達の姿
「…これまでと同じ。これからも、ずっと一緒なんだね」
嬉しくて、泣きそうに微笑んで
彼を支える未来の僕に
「ブラッド、どこか具合が悪いのかな…いつ?」
僕の見た目は今と変わらない
甲冑姿のブラッドもはっきりしない
「あそこ、あんなに大きな木あったっけ?」
それは立派に育ち沢山の実をつけたブナの木で
木の成長には時間がかかる
…ねえ、なんで僕は今のままなの?
ブラッド・ブラック
【森】
何かを堪えるようなサンの様子
先程視た過去のせいか
だが今は訊くまい
代わりに寄り添い優しく声を掛ける
「俺は何があっても、たとえお前がどうなったとしても、お前と伴に生きると誓った
忘れていない、忘れていないよ」
安心を与えるよう包み込み【比翼の鳥】
「いけるか?」
自身の躰をサンの鎧と翼に変え共に空を行く
ひとつとなった俺達が視る未来は同じ
大樹の前で火を囲み摂る夕食
スープとパン
他愛のない話
何てことないいつもと変わらない日常
穏やかで愛おしい、至上の幸福
ふと疑問に思う
「…これは何時の未来の話だ」
未来のサンが俺を支え洞の家へと帰って行く
二人の見た目から年齢は判らず
が、随分と俺は衰えているようで
妙な胸騒ぎがした
城を探索してから、サン・ダイヤモンド(apostata・f01974)はそこで見たかつての自分の悲しみに頭の中を支配されていた。
悲哀は脳裏で延々と反響し続け、心を揺さぶってくる。それを押し黙って抑え続ける。
「…………」
横にいたブラッド・ブラック(山荷葉・f01805)も何かを察しているのだろう。沼地までの探索行の中、しきりにサンへと気遣わしげな目を向ける。
これでも彼に心配をかけないように隠しているつもりだったのだが。ブラッドに隠し事はできないらしい。
程なくして、彼らは沼地に辿り着く。
「ここ、なんだかいやな感じがするね……」
城の時と似た嫌な予感に、サンは表情を曇らせる。過去のことを知るたびに、ブラッドは喜んでくれるけれど。今は、少しだけ知ることが怖くなっていた。
「大丈夫だ」
不意に、ブラッドが後ろからサンを抱きしめる。
「俺は何があっても、たとえお前がどうなったとしても、お前と伴に生きると誓った」
あの日、誓ったことを思い出せるように。あるいは覚えていると示すように、彼は言う。だから、何があっても乗り越えられる、と。
「……うん、大丈夫だよね」
その優しい言葉が頼もしくて、サンは目尻を拭って微笑みを返した。
「いけるか?」
「いけるよ、ブラッド。――いこう」
背中のブラッドがカタチを変える。白に黒が彩られる。
ばさり、と背から伸びた黒い翼が羽ばたいた。
か細く、過去の自分が悲哀を漏らした。安心して、とサンは微笑む。ブラッドというこの翼は決して折れない。決して、なくならない。
「ならば、共に征こう」
飛び立った。
湖沼の上を翔けて行く。水面に手を伸ばすと、弾け飛ぶ水が心地よかった。
ふと、弾け飛ぶ水が緑に変わった。手を伸ばしていた水面が、樹冠へと変わった。
「ここは……大樹の森?」
「少しばかり様変わりしている。これは未来の森の姿だろうな」
未来。一見してのどかな光景だが、自分たちは果たしてどうなっているのだろうか。
一瞬だけ、サンはその表情を不安げに曇らせるが、頭を振ってそれを打ち払った。過去でも、未来でも、知ることは怖くない。ブラッドが傍にいるのだから。
「ブラッド、見てみよう」
羽ばたきながら高度を落として下界を見ると、幻影の緑の中に白と黒があった。
白と黒は大樹の前で火を囲み、スープとパンを食べているようだった。
「……変わらないんだ。これまでと同じで、これからもずっと一緒なんだね」
眼下の彼らは他愛のない話をしながら食事を済ませる。なんてことない、いつもと変わらない日常。穏やかで愛おしき至福。
安心した。嬉しかった。かけがえもなく幸福な時間が永く続いていることに、この上ない価値を感じた。
「……あれ?」
立ち上がった白が、黒を支え起こす。肩を貸された黒は引きずるような足取りで洞の家へと帰って行く。
「あのブラッド、どこか具合が悪いのかな……。いつのことだろう?」
「……わからん。俺の姿も、サンの姿も、変わっているようには見えない」
黒はまるで手負いを受けたか――あるいは、老衰した獣のような歩き方だった。
一見して平和でどうということのない未来の光景。けれど、その裏側からは確かに何かを予感させていた。
「……あんなに大きな木なんて、あそこにあったっけ」
サンの目を向ける先、大木へとブラッドは目を向けた。ブナの大木だ。立派に育っていて、多くの実を付けている。ここまで大きく育つには、相当の世紀を重ねただろう。
風に吹かれて木々がざわめく。
妙な胸騒ぎがした。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ジョン・ブラウン
◎●
・UDC番号:UDC-■■■■
・オブジェクトクラス:【検閲済】
・説明
UDC-■■■■、通称「沼男(スワンプマン)」は
ドルティーンの白人男性に見える人型存在です
[中略]
沼男の肉体が死の危険を感じると身体が泡立ち
皮膚の内側から黒く濁った油の混ざった泥のような物質が溢れ
[中略]
また沈没したと思われる████州の集落跡地を調査した結果
およそ████エーカーに渡って同じ物質による沼が
[中略]
この沼地の範囲は極低速ながら拡大が確認されています。
その速度は
[中略]
およそ████年後に太平洋へと繋がり
その後████で████を埋め尽くします
[中略]
現在この泥に対する有効な対処法は発見されていません。
『資料は確認できたかね?』
ヘリコプターでの移動中。俺に声をかけてきたのは博士だった。
『ええ。資料がよくまとまっているおかげで、とても飲み込みやすいです』
『私の書いた資料が役立ってくれたならよかった。急な調査護衛任務で申し訳ないと思っていたところなんだ』
『お気になさらず。護衛する予定だった部隊が壊滅するなんて、よくあることですから』
本当に、よくあることだ。俺は窓から外の様子を見る。
眼前に広がる湖は以前まで青かったであろうに、今ではすっかり原油でも漏出してしまったかのように黒く濁ってしまっている。
『……まさか湖一つが丸々黒く染まってしまうだなんてね』
『UDC“沼男(スワンプマン)”……。収容はしなかったんですか?』
『その子は元は猟兵でね。収容には失敗したから、経過観察しながら戦わせた方が有益だと上は判断していたんだ』
なるほど、と俺は頷く。道理で脅威度を意味するオブジェクトクラスが検閲されているわけだ。
しばらく湖上を移動していくと、予定地点でヘリが泥色の湖面へと降下していく。
『採取ユニットの準備はできた。エコーの感度もバッチリだよ』
『それでは、ユニットを投下します』
博士から受け取ったユニットをヘリコプターから落とす。ロープの付いたそれはひゅるひゅると落ちていくと、泥の中へと沈んでいった。
『……まずい、引いた方が良い』
ソナーに耳を済ませていた博士が焦った様子で呟いた。
『え? 今落ちたばっかりですよ。“泥虫”だって今回は大人しいですし……』
『良いから! 早く引くんだ!』
博士の怒鳴り声に従って、俺はたっぷりと泥を抱え込んだ採取ユニットを引き上げる。ぼたぼたと採取ユニットから泥が落ちて――
『あれは……なんだ? ユニットに大きな泥が纏わり付いている』
『間に合わなかったか……! 採取ユニットを切り捨てるんだ、早く!』
ユニットを繋いでいたロープへと急いで特別性の切断用鋏を向ける。鋼鉄製のロープがたわみ、切断された。
引き上げられるはずだったユニットが再び泥の湖へと落ちていく。
そのユニットから、何か手のような物が伸びたのが見えた。
ソレは泥色だったが、確かに人のカタチを取っていて。こちらを見上げていた。
●
《反応なし》《緊急事態と判断》《意識回復措置として、電気ショックを実行》
《3、2、1……》
「あだっ!? び、ビリっときた……」
ウィスパーからの電気ショックを受けて、ボートの上で眠ってしまっていたジョン・ブラウン(ワンダーギーク・f00430)はむくりと起き上がった。
「危ない危ない、みんなとはぐれて戻れないところだった……。早めの救出どうも、ウィスパー。次はお姫様にキスするみたいに優しく起こしてくれると嬉しいな」
《次回は高デシベル音声による意識回復措置を予定》
「……鼓膜が破けない程度でお願いするよ」
溜息をつきながら、ジョンはオールを握り直す。
「……埋め尽くしたいぐらい嫌な沼だよ、まったく」
彼がオールを漕ぎ始めると、睨みつける沼のまだ青い水面に波紋が広がった。
成功
🔵🔵🔴
曾場八野・熊五郎
◎●
(ああ、まだか……)
炎が散らされていく
(異界の魔王の生き血を啜り……)
獣と合一したその身に纏った、たとえ嵐の中でさえ燦然と輝く正義の炎が、異形の同胞が織り成す悍ましき大海嘯にかき消されていく
(望まぬ力を用いて、高みへ登ってまだ足りぬのか……)
津波となって押し寄せる死の向こう、見えたかの”星空”はこちらに眼も向けずに泳ぎ去っていく
(力が欲しい……!)
後には力尽き沈む1匹の海獣がいた
(以上鱒之助以下熊五郎の見る風景)
「おうおうおうおうおうおおうおうおうおうおうお」(パァンパァン)(ヒレを叩く音)
夏のプールでシャケマジリイヌミミアザラシになって、マンゴージュース片手に夏をエンジョイしている
(ああ、まだか……)
猛き炎が散っていく。
それは生命の炎であり、力の炎であり、正義の炎だった。
その炎が、潰えてしまう。
(異界の魔王の生き血を啜った……)
獣と合一したその身に纏った輝ける炎は、たとい嵐の中であっても燦然と輝き続ける。
そのはずだった。
希望の炎はしかし、異形の同胞によって引き起こされた悍ましき大海嘯によって掻き消されてしまった。
(望まぬ力を用いて、高みへと至って――。それでもなお、足りぬのか……)
対抗するために幾多の困難に立ち向かった。打ち勝つために数多の試練に挑んだ。
頂きへと手を伸ばすために、どんな物にも頼った。
それでも、足りない。届かない。至れない。
(力が、欲しい……!)
死が津波となって押し寄せて来る。その波濤の向こう側に、かつてあの海底で見えたあの“星空”があった。
冷たい水の中で、“星空”はこちらに目もくれずに泳ぎ去って行く。
後には、力尽きて水底へと沈む一匹の海獣がいた。
………………
…………
……
…
湖沼を渡った先にあったのは、幻影の夏のプールだった。
『おうっおうおうおうおうおおうおうおうおうおうおうっ』
プールサイドでリズミカルにヒレを叩きながら鳴き続け、マンゴージュース片手に夏をエンジョイしているのはシャケマジリイヌミミアザラシだ。
「我輩の未来はなんぞ楽しそうでごわすなあ」
楽しげな幻影を尻目に、曾場八野・熊五郎(ロードオブ首輪・f24420)は犬掻きで沼水を掻き分けて進んでいくのだった。
成功
🔵🔵🔴
詩蒲・リクロウ
◎●
今よりも少しだけ捻じ曲がった先の未来。
臆病という名の病は大きく膨れ上がり、少年の心を蝕んだ。
小さく縮こまり世界のすべてに怯えた少年は足を止め、目を瞑った。
しかし、閉じこもった少年の恐怖は尽きる事はなく、寧ろ無数の恐怖を呼び込んだ。
そうして幾年月が経ち、生も死も曖昧になるほどに恐怖に埋め尽くされた少年を触媒に真なる恐怖が目を覚まし、世界に生まれ落ちた。
これは決して至る事はない未来。
しかし、一つの軸が違えば確実にあった未来。
うぅ、ひどい夢を見ました。
いくら僕でもあんなにひどくないですって。……はぁ、ちょっと憂鬱になっちゃいますよ。
その未来は捻じ曲がっていた。
『怖い……死ぬ……嫌だぁ……』
詩蒲・リクロウ(見習い戦士・f02986)には元より臆病な気質があった。それでも彼には元より芯があった。だから仲間に助けられ、覚悟を決めることができていた。勇気を持てていた。
けれど、この未来ではその芯が折れていた。
『死ぬのが怖い、人に見られるのが怖い……傷つくのが怖い、誰かに何かを言われるのが怖い……』
その臆病さは折れた芯を侵して病となって膨れ上がり、リクロウの心を蝕む。
独り自室に閉じこもって何をするでもなくじっと膝を抱える毎日は、彼の精神に負の連鎖を齎した。恐怖と疑心暗鬼で負の感情の渦潮に囚われた彼から恐怖は尽かず、むしろより多くの恐怖で彼を溺れさせた。
1週間、1ヶ月、1年……。その状態がどれだけ進んだだろうか。リクロウの時間感覚はすでに麻痺して、最後に日付を見た日からどれだけの時間が経ったか確認することすら恐怖していた。
恐怖は彼の内面全てを侵し、染め上げ、埋め尽くし、果てには今自分が生きているのか死んでいるのかさえ曖昧になってしまっていた。
もはやそれは理性も知性もなく、ただの恐怖の塊となり果てて――真なる“恐怖”はそれを触媒として世界へと産まれ落ちる。
………………
…………
……
…
「うおわぁっ!?」
ボートの上で飛び起きたリクロウは周囲を見渡す。辺り一面の沼地。どうやら渡る途中ですっかり寝入ってしまっていたらしい。
「うぅ、酷い夢を見ました……」
未来を見せる、などと猟兵たちは噂していたが、実際に見たのは酷い悪夢だった。あれが可能性の一つとして存在する未来だとは到底リクロウには信じられない。
「いくら僕でもあそこまで酷くはないですって」
頭を掻きながら、誰にともなく文句を垂れる。あそこまで臆病ではない。自分には信用はできないが、信頼はできる仲間がいるのだから。
けれど、もしも彼らがいなくなったとしたら?
「……はぁ、ちょっと憂鬱になちゃいますよ」
溜息一つ。
ありえて欲しくない可能性を頭から振り払って、リクロウはオールを手にした。
成功
🔵🔵🔴
ティアー・ロード
◎暗黒面
「綺麗な島には不釣り合いな沼だねぇ……
あれが目標か」
仮面の姿のまま沼地の上を通り過ぎてメガリスを目指すよ
「……何?」
未来を幻視する沼地、それはなんとなくわかっていた
だからチラっと沼地を覗くのも悪くないと思っていたが……
「これは、不愉快だなッ!」
真の姿を解放して沼地に八つ当たりで捨て身のキックを放つよ。
沼地に映ったのは世界に仇なす私だったらしい
悪逆非道を為すことで乙女の涙を奪いとる
そしてその涙で得た力で更なる非道を為す未来
うむ、思わず蹴ってしまった
念動力で浮かび上って
ここからは水面を蹴って進むよ
「全く……この私が、涙の支配者が
人に、乙女に涙を流させるなど、ありえない!」
……本当にそうか?
「綺麗な島には不釣り合いな沼だとは思っていたけれど――」
ティアー・ロード(ヒーローマスクのグールドライバー・f00536)の赤い瞳が、沼地の上にいる人物を捉えた。
白い仮面を被った人。誰かもわからぬ女性の髪を掴み、引きずりながら下卑た笑みを浮かべていた。
幻影のティアーだ。
「――これは、不愉快だなッ!」
即座に真の姿を解放することで肉体を出現させたティアーは、その念動力でもって幻影へ肉薄すると刈り取るような回し蹴りを放つ。
幻影はしかし避けることもせずに、受けた蹴りの一撃で姿を揺らがせて消えた。
「未来を観る沼、だったか……」
念動力で宙に浮きながらティアーは渋面する。予感めいて把握していた沼地の性質だが、それに見せられた姿が未来の己だとは到底信じられなかった。
「私が悪逆非道をなすことで流れる乙女の涙を奪い取り、その力で更なる非道を重ねる未来? バカバカしい」
正義とは乙女。乙女とは正義。正義と乙女を守るために戦う自分が、まさか非道に手を染めるばかりか乙女に手を上げるなど。
ありえない、とティアーは首を横に振る。
「まったく、アテにならない未来予知だね」
チラッと沼地を覗くのも悪くはない。そんな風に思っていたが、こんなに気分が悪くなるならよしておけば良かったか。
乱暴に髪を掻き上げて、苛立ち紛れに水面を蹴る。身体が念動力でふわりと浮いた。
「この私が、涙の支配者が! 人に、乙女に涙を流させるなど、ありえない!」
苛立たしげにぼやきながら、水面を跳躍して小島へと向かうティアー。その後姿を、未来の幻影が見送っていた。
『――本当にそうか?』
成功
🔵🔵🔴
リチャード・チェイス
◎
『チェックメイト』
まんまと誘いに乗ってしまった私の駒が相手の駒に包囲される。
さりとて驚きはない。既に先のない未来の私に勝ち筋などない。
可能性とは現在だけが持つ特権である。
『私』の前に私は来た。
日常とは薄氷に等しく、ほんの些細な過ちで崩壊する。
人々は"何でもない"選択肢を奇跡的に選び続けているにすぎない。
怠惰に浸る者はそれを忘れ、泥沼に口を塞がれやっと気づく。
この私がそうであったように。
少年は世界に怯え、獣は永遠を彷徨い、仮面は涙に溺れ、泥は溢れた。
どれ程もがき足掻こうとも、泥沼に沈むばかりで抜け出せなかった。
だが『私』はまだ間に合うだろう。
私のような未来でない事を沼底で願っているのである。
『泥は溢れ、獣は永遠を彷徨い、少年は世界に怯え、仮面は涙に溺れた』
カツン。チェス盤の上を駒が進む。
『どれほど苦しみ、もがき、足掻けども、私は泥沼に沈むばかりで抜け出せなかった』
「今、このようにであるか?」
カツン。チェス盤の上を駒が進む。
リチャード・チェイス(四月鹿・f03687)は盤面から顔を上げる。そこにいるのは、未来の自分だ。
「チェックメイト」
勝利宣言。それを聞いた幻影は、疲れた様子で項垂れた。
『……途中でまんまと誘いに乗せられて、詰んでいたことは気付いていたが。勝利の感慨もないのかね?』
「驚くに値しないのである。すでに先のない未来の私に、勝ち筋などないのであるから」
『“可能性とは現在だけが持ちうる特権”――であるか』
そういうことであるな、と現在のリチャードは頷いた。
「日常とは薄氷に等しい。ほんの些細な過ちで崩壊する。人々はその薄氷の上で、“何でもない”選択肢を奇跡的に選び続けているだけに過ぎない」
『私は選べなかったのであるか、その“何でもない”選択肢を』
「怠惰に浸かっていたがゆえに。薄氷の上にいることを忘れた者は、泥沼に口を塞がれてようやく気付くものである」
『……怠惰なものであるな。私は確かに、かつてその怠惰に気付いていたはずなのに』
けれど、幻影は苦しみ、もがき、足掻けども、泥沼からは抜け出せなかった。
それもまた一つの可能性であったのだから。
「あるいは、彼らがいてくれたならば――」
『同情は不要である。これは辿るべくして辿った道筋。薄氷をゆめ忘れないことを望むばかりである』
幻影に制されて、リチャードはくちばしを噤む。
幻影はコーヒーの入ったカップを傾けると、椅子から立ち上がった。
『これから辿る道筋が、私のような未来へ繋がっていないことを願っているのである。――沼底より、な』
これでお話は終わりだとばかりに幻影は消えて、リチャードは現実のボートの上へと戻された。
「乗り越えられるであろうよ。仲間たちがいればこそ、きっと」
成功
🔵🔵🔴
第3章 ボス戦
『最後のピンタゾウガメ・ロンサムジョージ』
|
POW : ヒトリ寂シイ、嫌ダ・・・!
【もう二度と独りに戻りたくないという恐怖 】の感情を爆発させる事により、感情の強さに比例して、自身の身体サイズと戦闘能力が増大する。
SPD : 俺達、ヒトリ、戻ラナイ!戻リタクナイ・・・!
自身が戦闘で瀕死になると【自らの様に人に種の最後の一頭にされた者達】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
WIZ : 皆、居ル・・・アノ寂シイ時間モウ終ワッタンダ!
戦場全体に、【滅びた種で溢れ来訪者を彼等に変貌させる森】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
イラスト:すねいる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ヨナルデ・パズトーリ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
独りになっていた。
乱獲に次ぐ乱獲の果てに、ロンサムジョージは孤独へと追いやられた。
親が、兄弟が、知った顔が、同胞が狩り尽くされたことを恨みもした。人間を憎みもした。
だが、それ以上にジョージは己が孤独であることを何よりも嫌った。
かつてのように、同じ種の者たちが共にいてくれることを何よりも願った。
しかし孤独からは脱せず、願いも叶わず。
ジョージは死して骸の海を漂い――そして、海の世界へと“染み出した”
もう独りは嫌だと啼きながら、コンキスタドールは呪われし秘宝を探し求める。
●
君たちが小島に辿り着くと、巨大な何かが沼地の水底から顔を出した。
『独リ、寂シイ……』
それはゾウガメだった。特にピンタゾウガメと呼ばれるその種は甲羅だけで1mほどもするぐらい大きいが、この“コンキスタドール”は見上げるほどに巨大だった。
最後のピンタゾウガメ、ロンサム・ジョージが沼から首を伸ばし、君たちを見下ろしていた。
『メガリス。メガリス、アレバ、昔ミタイニ、皆ト一緒……』
辿々しい言葉の直後に、ジョージは咆哮する。血涙さえ流す赤い瞳は、人間である君たちへ殺意を向けていた。
『邪魔、シナイデ……!』
□■□■□■□■□■□■
・第三章
対『最後のピンタゾウガメ・ロンサムジョージ』戦です。
猟兵の初期位置は沼地に囲まれた小島。小島にはメガリスがあり、敵はメガリスの横取りを狙っています。彼はメガリスの過去と未来を見る力で、己の孤独を癒すつもりでしょうが、オブリビオンである以上はいずれは世界を破滅させることになります。あなたたちを排除した後に、敵はメガリスを奪い去って行くことでしょう。
敵は見上げるほどに巨大化しており、最初は沼地から島へと乗り出すような形で戦います。
狭い小島に乗り上げて逃げ場の少なさと巨体を武器に戦ったり、逆に沼地へと逃げるなど、地形を利用して戦ってきます。巨体ゆえに動きは鈍いので、使う地形を変更するタイミングで攻撃すると敵の行動を阻止しやすいでしょう。
孤独の果てに死してなお骸の海から染み出してからも孤独に苛まされるロンサム・ジョージ。
彼を見てあなたは何を思い、戦うでしょうか?
佐々・夕辺
そう
あなた、一人だったのね
……可哀想、だなんて言わないわ
私は今からあなたを倒さないといけない
貴方がメガリスを手に入れたとして、望む過去と未来を見られるかも判らない
貴方はきっと、此処で倒れるのが一番幸せよ
望まない過去を、望まない未来を見るくらいなら……
「せめて、今は私が此処にいてあげる」
梅の花に、氷の欠片になって相手を包み込み、切り刻むわ
花弁に氷の属性を付与して、傷を凍り付かせる
同時に手足に仕込んだ竹筒から管狐を射出して
管狐、傷を割って広げてやりなさい
相手の寂しさを癒して、けれど容赦なく血潮を噴かせてやりなさい
せめて寂しいだけの現在でお別れしましょう
そうすれば貴方も、過去に戻れるから
ロンサム・ジョージの啼き声を聞いて、佐々・夕辺(凍梅・f00514)は哀しい声だと感じた。
「そう。あなた、一人だったのね……」
口を開いて、何かを言おうとして――けれど、夕辺は口を噤んだ。
可哀想だ、なんて言えなかった。自分が今から倒すべき相手に同情はいらない。
仮に同情したとして、猟兵たちの見つけたこのメガリスは文字通りに呪われている。決して望む過去と未来を見せるわけではない。
「あなたはきっと、ここで倒れるのが一番幸せだから」
絶望の最中にある者が、希望を掴んだと思ったら望まない過去を、望まない未来を見せ付けられて、奈落の底へと叩き落されてしまうというのなら――
「――だから、せめて今だけは私がここにいてあげる」
それが、先にこのメガリスの洗礼を受けてしまった者の役目だろう。
ステップと共に、足先が梅の花になった。
「冬の最中に咲く花のように――」
振り付けと共に、手先が氷の欠片となった。
「――吹き入る木枯らしのように」
踊り出すような動作の直後、夕辺はロンサム・ジョージへと肉薄した。
薙ぐような一蹴で、梅の花が肉を切り裂く。撫でるような一触で、氷の花が傷を凍らす。
流れるような連撃にジョージは啼く。助けてくれる仲間もいない事実を前に、より一層の孤独感を覚えた彼は身体を肥大化させて行く。
『死ヌノ 嫌ダ 怖イ 誰モ助ケテクレナイ……!』
「ええ。死ぬのは嫌だし、怖いでしょうね。けれど、今のあなたに残された救いは、それだけだから」
手足に仕込まれた竹筒から管狐が躍り出て、ジョージの傷口を容赦なく割って広げる。赤黒い血潮が吹き出した。
イマ
「――せめて、寂しいだけの現在でお別れしましょう」
そうすれば、あなたは過去に戻れるのだから。
きっと、骸の海で待っている者がいるから。
成功
🔵🔵🔴
字無・さや
◎
カメの姿に切なくなるのは自分と重ねて見たから。
人の身勝手で生まれた悲しみと怒り。
終わらせるのもやっぱり人の身勝手。
すまねえだ。その涙を止められるのは暴力だけ。
代わりに戦う誰かに押し付けて刀を抜く。これもおらの身勝手だ。
うるせぇ知るか。俺様は敵をブッた斬るだけよ。
一人が寂しきゃおんなじ所にてめぇの事も送ってやらぁ。
てめぇが死ぬまで刻むぞ、デカブツ。
こんな世の中、今のてめぇが幾らしがみついても良い事ねえぞ。
足場がねえならそのデカい図体を足場に借りるさ。
てめぇがどう動こうとも、この剣は外れやしねえ。
逆にどうだ。これだけひっつけば、その図体で俺様を追い切れるかい。いいからさっさとくたばっちまえ。
亀の姿を見て、字無・さや(ただの鞘・f26730)は胸が苦しくなった。孤独な亀に、さやは自分の過去を重ねて見ていた。
ああ、切ない。
あの怒りも、あの悲しみも、人の身勝手で生まれたものだ。
そして今、こうして討たんとするのもまた、人の身勝手だ。
「……すまねえだ」
絞り出すように、謝意を口にする。
哀れに思うし、同情もする。けれど、あの亀を救ってやることはできない。
亀を救うには、あまりにも己が非力だから。
あの涙を止められるのは、この手に握った鋼の暴力だけだから。
刀を抜く。自分が戦っても、きっと足を引っ張ってしまうから。だから、自分の代わりになる“誰か”に、戦いを押し付ける。
「これも、おらの身勝手だ」
ああ、なんて醜いエゴなんだ。
さやから抜き放たれた刀が、鈍く光を反射した。
「――うるせぇ知るか。俺様は敵をブッた斬るだけよ」
赤茶色だった瞳の色が、血のように鮮やかな赤色へと変わる。
さやの人格が、妖刀のそれへと切り替わったのだ。
「戦う前にゴチャゴチャ御託を並べやがって。こっちまで気が滅入るだろうが」
妖刀マガツヒは刀を手に駆け出した。おっとりした動作だったさやからは想像もつかないほどの俊敏さで、マガツヒは亀の足から甲羅へ乗り込む。
『寂シイ 怖イ 皆ドコ……?』
「チッ。萎えるんだよな、テメェもさ。もっと殺意剥き出しにしろよ。でないと――」
くるり。マガツヒが妖刀を逆手に持つ。
「――お仲間のいる場所にてめぇも送っちまうぞ!」
逆手に持った妖刀が真下へと下ろされて、刃が深々と肉へ埋まった。
『ヤダ 怖イ 死ニタクナイ 独リハモウ嫌ダ 嫌ナンダ』
啼き声を上げるロンサム・ジョージが痛みに悶えるように身体を激しく揺さぶる。
「嫌だなんだとうるっせえんだよ。どうせこんな世の中、今のてめぇがしがみついてても良いことなんざ一つもありゃしねえ!」
踏ん張って、跳躍して、甲羅の上に留まっては、太刀風を放って亀の分厚い肉を切り裂く。致命傷には届かぬものの、その切り応えの良さにマガツヒの口元がいびつに歪む。
「だからてめぇがくたばるまで刻んでやるって親切に俺様が言ってやってんだよ、このデカブツ!」
ぐるり、とジョージの巨体が横転する。横に転がることで、さやを強制的に振り落とす。舌打ちしながら陸へ落ちたマガツヒは、刀を構え直してまたジョージへと刃を向ける。
「いいからさっさとくたばっちまえよ!」
孤独を嘆き、死を恐れるのも身勝手。
人の身勝手を嘆き、また戦いを他者に任せるのも身勝手。
全て全て斬り捨てんとするのも身勝手。
この戦場にはそれぞれのエゴが入り乱れていて。
だから、こんなに切ないのだろう。
成功
🔵🔵🔴
ロカジ・ミナイ
乱獲 乱獲ね
酷いよねぇ、彼奴ら
命の糧として食うなら分かるけど
いつだったか同じ臭いのするババァに近寄ったら
狐を襟巻きにしてやがってさ
縮み上がって思わずババァを食い散らかした
そんな僕も今じゃこの通り
上手いこと心も身体も保ってるけども
種でも家族でも
最後の一匹になった時にどうするか
生きる方法はそれぞれ違えど
孤独に負けたらお終いよ
もう一度、海に帰って周りを探してみるといい
よい子の仲間が居るはずだよ
少なくとも、ここじゃお前さんは孤独に侵された厄介者だ
それでもひとりが嫌だってんなら
此奴を連れて行きな
刀で落とした大蛇の首をひとつ
僕の命みたいなもんだから
少しはあったかかろうよ
手伝ってやるから
誘雷血で、一瞬よ
◎
あれはいつのことだったか。どこのことだったか。
とある街でロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は懐かしい臭いを嗅ぎ取ったことがあった。同胞の臭い、自分と同じ臭い。
こんなところにもご同類がいるのか、なんて物珍しさにロカジはその臭いを辿って行った。
臭いの先には、初老の女がいた。身なりが良くて肥えていて、はっきり言ってしまえば厭味ったらしいババアの顔をしていた。
同類の臭いは、そのババアの首元からした。首元には、襟巻きにされた狐の毛皮があった。
それで、ロカジは――思わずそいつを食い散らかしてしまった。
「乱獲。乱獲ねぇ……」
まったく身につまされる話だ。ロカジは溜息をつきながら、血涙を流すロンサム・ジョージを見上げる。
「酷いよねぇ、彼奴ら。命の糧として食うなら分かるけどさ。毛皮欲しさとか、スポーツの的にして狐殺すんだもんよ。たまったもんじゃねえ」
亀さんもそんなところなんだろ。呼びかけながら彼が向ける目には、憐憫の色が混じっていた。
「なあ、亀さんよ。種でも家族でも、最後の一匹になっちまったらどうするか、生きる方法はそれぞれ違えけどさ。孤独に負けちまったらお終いよ」
孤独は精神を蝕み、飲み込む。だから、負けてしまえばそこまでだ。生きているのか死んでいるのかすらわからなくなる。
「もう一度、海に帰って周りを探してみるといいさ。よい子の仲間がいるはずだよ。少なくとも、ここじゃお前さんは孤独に侵された厄介者だ」
だからここから逃げちまえよ。ロカジの言外の言葉は、けれどジョージに届かない。
『嫌ダ 嫌ダ 独リハモウ嫌ナンダ メガリス メガリスガアレバ』
「……そうかい」
大きな吐息を一つ漏らす。こいつはもう、孤独に侵され切ってしまったのだろう。
. 手遅れ
だから、ロカジは彼がとっくに“ 黒 ”だったんだと選別しなければならなかった。
「なら、こいつを連れて行きな」
ロカジが亀へと投げて寄越したのは首だった。刀でもって切り落とした、大蛇の首。
「僕の命みたいなもんだから、少しはあったかかろうよ」
ペットショップの醜女が、七ツ首の大蛇の八つ目の首はロカジだと言っていた。
断面から赤い血を流しながら、大蛇の首はジョージの元へと放物線を描いて飛んで行く。
ばち、と大蛇の首が紫電を散らして。まるでプラズマボールのように雷電が迸った。
「三途の川までは、手伝ってやれるよ」
雷電がジョージの身体に伝い、肉を、神経を灼く。悶え苦しむも、大蛇の首からはなおも雷が流され続ける。
ああ、全く。ロカジは溜息をついた。
「……ほんとうに、口説いて終われりゃ良かったのにね」
成功
🔵🔵🔴
ヌル・リリファ
●◎
わたしもひとりはすきじゃないけど。
メガリスてにいれても本当にひとりじゃなくなるわけじゃないし。
仲間はきっと骸の海にいたはずだから。
こんな、だれものこってない場所にでてくるよりきっといいとおもうしおくりかえす
第一、どんな事情があろうとわたしはオブリビオンをみのがさない。そこをまよったりはしない
沼地にUCのわたしを待機させておく。
基本はルーンソードでたたかってタイミングをまって、沼地に移動しようとした瞬間をねらって爆破させるよ。
……いない仲間をもとめてくるしむよりは。なにもかんがえず、ただ永遠にねむっているほうがらくだとおもうよ。
わたしもマスターの人形じゃなかったらそうしたかもしれないし、ね。
一人は好きじゃない。
だから、ヌル・リリファ(未完成の魔導人形・f05378)は少なからず、あの孤独を厭う亀を見て共感していた。
「けど、ちがうよ」
ヌルは頭を振って否定する。
孤独は確かに嫌なものだろう。だが、メガリスを手に入れることで過去視と未来視が可能になったとして、それは本当に孤独から脱したわけではない。
「こんな、だれものこってない場所よりも、あなたは仲間たちのいる骸の海いたほうがきっといい」
抜き放たれたルーンソードに刻まれた精緻な刻印が、魔力を帯びて輝き始める。
「それに――わたしは、どんな事情があってもオブリビオンをみのがさない」
迷わない。迷ってはならない。そう決めてあるのだから。
魔法の刃が振るわれて、光の軌跡を描きながらロンサム・ジョージの肉を斬る。
『ヒドイ ヒドイヨ 死ヌノハ怖イ 独リハ嫌ナンダ』
「……だって、わたしはあなたのてきだもの」
言葉の通りに、ヌルは刃を振るう。肉が裂かれ、血が流れる。ジョージが啼いて、その孤独感でまた巨体を更に大きくしていく。
「いない仲間をもとめてくるしむくらいなら、ただ永遠のねむりについたほうがらくだよ」
死は救済だ、などと言うつもりはない。そもそも彼の孤独は、死ねば解決する問題ではなく、生きていれば解決するものでもない。永遠に癒えることのない傷、背負い続ける呪いだ。
その呪いが耐え難いのならば、命ごと手放さなくてはならない。
もしもヌルがマスターの人形ではなく、人間の子であったなら――きっと自分も孤独の呪いに耐え切れず、そうしていたかもしれないから。
「わたしはマスターの人形で、あなたはオブリビオンだから」
人間によって人間のために作られたヌルは、人間によって害されて人間を憎むジョージを倒さなくてはならない。
似ているようで、違う二人。その大きな溝は、ルーンソードが更に深いものとする。
「だからわたしは、あなたをたおす」
『嫌ダ 嫌ダ 嫌ダ!』
大きな鳴き声とともに、ジョージは巨体を沼地へと向ける。それを阻むように、シールドを足場にして立つ者がいた。もう一人のヌル――彼女がユーベルコードで生み出していた幻影だ。
ヌルのメモリに、沼地で未来視した自分の幻影が一瞬だけチラついた。
「たおして」
ヌルの冷たい命令に、幻影は頷きを返して自爆した。
爆発が沼地で巻き起こり、ジョージを陸へと押し返す。
「……ごめんね」
不意に、ヌルの喉からそんな言葉がついて出た。
それが誰に向けたものなのか、何を意味していたのか。ヌル自身にもわからなくて。
単なる誤作動だと自分に示すように、人間たちのために振るわれる剣を握り直した。
成功
🔵🔵🔴
アロンソ・ピノ
◎
んで、あれが標的…か。
仕方ねえ。ガタイが良いし甲羅で攻撃も通らねえだろうし、
有効打を狙って夏鯨を使う。
「クライミング」「地形の利用」「怪力」「グラップル」で奴の巨体を登り、甲羅の上まで登ってから刀を夏鯨に変形、跳躍して夏鯨の重みを甲羅にブッ刺す。
馬力が足りなきゃ真の姿だ。オレの真の姿は見た目は黒髪になって上半身半裸になるくらいで人型のままだ。
過去がなんだろうと、未来にどうなろうと。
今はまだ今のままだ。まだ、春夏秋冬流も瞬化襲刀もオレの手の中だ。オレが気張らなきゃならんのは、変わらん。
―春夏秋冬流、参る。
確かに、アロンソ・ピノ(一花咲かせに・f07826)はかつて祖父から“自分と同じ化物だ”と評された。
「……わかんねえや」
だが、化物と言われたところで、彼には実感がまるでなかった。自分はあくまで人間だと思っていた。
他の若者たちが自分とは別のことに熱中しているにも関わらず、自分が刀を振っている時でさえ、それで良いと思っていた。
彼は他人と決定的な違いがあるにも関わらず、それを違うと認識していなかった。
だから、アロンソにはロンサム・ジョージの孤独が理解できなかった。
「大体いつも村のみんなや、猟兵がいるしな」
彼のそばにはいつも誰かがいた。それは家族であったり、同じ村の人々であったり、猟兵たちであったり――あるいは、彼の持つ刀であったりした。だから、絶望的な孤独を味わった試しがなかった。
「理解できないから、同情もできない。だからオレにできるのは――ただ、刀を振ることだけだ」
春夏秋冬流、参る。
宣言と同時に、彼は駆け出した。腰に刀を佩いて、しかし抜かず。彼はジョージの巨大な足に取り付くと、万力でもって登り始める。鱗を足がかりにして、時には刀を突き刺して登り詰めた先は――甲羅だ。
「ああ、良いガタイだ。この甲羅なんて、ロクな攻撃が通らないだろうさ」
アロンソは上半身の服をはだけたかと思うと、刀を一度鞘へと収める。
ジョージの甲羅は分厚く、堅い。いかにも打ち砕くことは困難だ。
だからこそ、ここで自分が叩き割る。
「春夏秋冬流。夏の型、弐の太刀――」
アロンソの髪が、黒く染まり上がる。
鞘から現れた刀身は、アロンソの身の丈以上。超重量かつ超質量の、もはや刀と言えるのかさえ怪しいものだった。
それをアロンソは、怪力でもって大きく振りかぶり――
「――夏鯨」
振り下ろした。
海面より跳ね上がった鯨が、海を食らうかのように再び海面へと戻って行くかの如く。巨大な刃がジョージの甲羅を打ち砕いた。
「過去がなんだろうと、未来がどうなろうと、今はまだ今のままだ」
春夏秋冬流も、瞬化襲刀もまだ彼の手の内にある。
「オレが気張らなきゃならんのは、変わらん」
アロンソは砕いた甲羅を見下ろす。
その瞳は、「お前はどうなんだ」と問いかけているかのようだった。
成功
🔵🔵🔴
アンネ・エミル
◎
ジャイアントモア、ケープライオン
全部人間が原因で滅びた生き物なんだ
機関銃の引き金が重いのは罪悪感のせいかな
でも撃たなきゃ
オブリビオンは倒さなきゃいけないから
……
でも…
※人格交代
なーんてね?
無理に戦おうとするからあんな未来見るんだよ
ぼくがお手本見せてあげる
迷子の迷子のデカ亀くん
君が孤独なのは迷子だからさ
一人でこんなとこ来ちゃだめでしょ
ほらハウスハウス、お仲間のいる骸の海に送ってあげよう
そこは『邪魔しないで』じゃなくて『ありがとうございます』さ
さ、今回オススメの武器はこちら
ででーん、多連装焼夷ロケットランチャー!
知ってる?
焼夷兵器の炎は水じゃそうそう消えないんだぜ
じゃあ、沼ごと燃やしてあげる!
ジャイアントモア、ケープライオン、カスピトラ、ブルーバック、オーロックス……。
アンネ・エミル(ミシェル・f21975)が森の中で見た生き物たちはすべて、人間たちの手によって滅びを迎えた生き物たちだった。
「……撃たなきゃ」
ユーベルコードによって作り出した機関銃を手に、アンネは呟く。けれど、言葉に反して指先は動かない。
動物たちはこちらに――人間に憎しみと敵意を向けていた。この森は長居をしてはいけない場所だともわかっていた。
「……オブリビオンは倒さなきゃいけないから」
だから、障害になる彼らも撃たなくてはならない。
けれど、自分が直接手を下してはいないとはいえ、彼らが自分たち人間によって滅ぼされた種であるならば、この憎しみはどうしても正当なものであるように思えてしまって。
「私は、私は――」
どうすればいいんだろう。
自問自答しながらも、彼女の意識は遠のいていって――
――――――――
――――――
――――
――
「……アンネ。君は少し、不器用すぎるよ」
次の瞬間には、身体の主導権はミシェルに切り替わっていた。
「無理に戦おうとするとからあんな未来を見るんだ。ぼくがお手本を見せてあげなきゃね」
機関銃のトリガーを引いて、周囲を取り囲んでいた動物たちへと掃射する。それだけで、圧倒的な暴力を前にした動物たちは逃げ出してしまった。
「よしよし。これで後は亀くんだけだね」
機関銃を手放して、亀の巨体と啼き声を目印に歩いて森の迷路を進んでいく。目印がありさえすれば、そこまで辿り着くのにはさほど労を要さない。
『ドウシテ ドウシテ 俺 独リナンダロウ……』
「迷子の迷子のデカ亀くん。君が孤独なのは、迷子だからさ」
言いながら、ミシェルはその手に新しい武器を生成し始める。
「一人でこんなとこ来ちゃだめでしょ。ほら、ハウスハウス。お仲間のいる骸の海に送ってあげよう」
『嫌ダ 嫌ダ 嫌ダ 死ニタクナイ 死ニタクナイ 邪魔シナイデ』
「……そこは『死にたくない』とか『邪魔しないで』じゃなくて、『ありがとうございます』だよ」
生成した武器を担いで、ミシェルはそれを発射する。
「――今回のオススメ武器は、多連装焼夷ロケットランチャーだ!」
言葉の通りに、数発のロケットが放たれてジョージに着弾。その身体へと着火する。
啼き声と共に、ジョージが地面に身体を擦り付けながら、水を求めるように沼地へ向かう。だが――
「ああ、ダメダメ。言ったでしょ? これって“焼夷”ロケットなんだ」
ジョージが燃える身体を水に漬けて――鎮火するどころか、更に燃え盛り始めた。
「“メディアの火”ってやつだよ。この炎は水じゃそうそう消えないんだぜ」
新しく生成したロケットランチャーを再び構え、射出する。
「悪いね。これも“お手本”だから。――沼ごと燃やしてあげるよ!」
大成功
🔵🔵🔵
千桜・エリシャ
◎
…独りは嫌いよ
退屈で寂しくて…
私を置いていく人たちは皆身勝手
残された者の気持ちなんて知らないで…
どんな理由があれど、私を独りにする人はきらい
…きらい…きらいよ…
だからね、あなたの気持ちも少しだけわかるの
わかる、けれども…
嗚呼、鬼も身勝手ね
せめて彼岸で仲間と逢えるよう
私が葬送って差し上げましょう
まずは攻撃回数重視で四肢狙い
機動力を奪いましょう
これであなたはどこにも逃げられない
怖い?寂しい?…私がここにいるじゃない
最期まで一緒にいてあげる
あなたの首が落ちるまで
最期は攻撃力重視
苦しまないよう一瞬で
その首をいただきますわね
同情、していたはずなのに
この身は戦に高揚し首に狂う
…どこまでいっても鬼は鬼ね
独りは嫌いだ。
退屈だから。寂しいから。
「私を置いて行く人たちは皆、身勝手」
それは、まるで昔に戻ったかのようだから。
「どんな理由があれど、私を独りにする人はきらい」
それは、未来視で見えた孤独を連想させるから。
「……きらい。きらいよ……」
だから、千桜・エリシャ(春宵・f02565)はロンサム・ジョージ少なからず理解できた。同情もしていた。
けれど、彼女は刃を抜き放つ。墨色の大太刀を巨大な亀へと向ける。
「鬼も、人も、身勝手なことに変わりはないわね」
巨大な亀からふわりと飛んで来た何かへ、エリシャは手を伸ばす。力なくただ漂っていたそれは、青い蝶の形になった。
「私たちは、私たちの都合であなたを葬らなければならないのだから」
ひらりひらりと舞う蝶は、大太刀に留まると墨色の刃へ吸い込まれる。刃の黒味が、僅かに濃くなる。
「あなたがかつて、どこかで殺したこの子も、あなたの首が欲しいと仰っていてよ」
ジョージが殺した犠牲者の怨念を刃に込めて、エリシャは駆けた。
重く、振ることさえも困難な大太刀。そんなものは羅刹の持つ膂力の前では棒切れに等しい。大亀の脚を一息の間に斬りつける。一度、二度、三度、四度。いかに分厚い表皮とて、鋭い刃で重ねて斬られれば、傷はより深く、より多くなる。
「これで、あなたはどこにも逃げられない」
四肢に深い傷を与えられたジョージは、膝を屈して地に伏せる。
『痛イ 苦シイ モウ嫌ダ』
「つれないことを言わないで下さいまし。私がここに、あなたの最期まで一緒にいて差し上げるのですから」
これであの巨体の首に手が届く。
ああ、とエリシャは熱い吐息を漏らした。
所詮この身は羅刹。同情していたはずなのに、あと一歩であの巨体の首を斬り落とせるのかと思うと、身体は高揚し、頭はもうそのことでいっぱいになってしまう。
どこまで行っても、鬼は鬼。
孤独を厭いながら――結局は、それ以上に首に恋い焦がれてしまう。
おく
「せめて彼岸で仲間と逢えるよう、私が葬送って差し上げますわ」
ジョージの首へと、刃を下ろす。
確かな手応えと共に、首は確かに斬り落とされて――。
『――――――――』
けれど、ジョージは死んでいなかった。
傷だらけになった四肢をバタつかせながら、なおも生にしがみついていた。
「……なんて生命力」
首を切り落としてなお暴れ回るその姿を見て、エリシャは嘆息――否。彼女の口元は、あろうことか笑みを形作っていた。
「こんなに素敵な方は久し振りね。――さあ、その命果てるまで、お付き合い致しますわ」
口元に付いた亀の血をぺろりと舌で舐め取って、彼女は再び大太刀を構える。
ああ、やはり。
彼女はどこまでいっても羅刹に違いなかった。
大成功
🔵🔵🔵
リチャード・チェイス
◎【チーム悪巧み】
悲しい、悲しい話をしようではないか。
幸であれ不幸であれ、未来とは選択の先にあるものである。
しかして、孤独なる亀には、そもそも選択の機会が与えれたのだろうか?
よしんば与えられたとして、選択できるだけの力を持っていたのだろうか?
皮肉にも甦ったことにより、新たな選択の機会が与えられた。
故に孤独なる亀は過去を求めた……が、私達はそれを阻まなければならない。
それもまた悲しい話である。ならばせめて、新しき道を示そう。
旅立つとよい、仲間たちの元へ。
(ジョンに召喚された亀達は君を待っていた仲間たちだったのだと信じ込ませ
トドメを刺されたジョージがせめて安らかに行けるよう心の傷を治療する)
ティアー・ロード
◎【チーム悪巧み】
「倒すだけでもいい気もするが……いいだろう」
「ここから先は悪巧みの時間だ!」
ちょっと狙いがあってね、肉弾戦で時間稼ぎを狙いにいくよ
「流石に頑丈そうなのは伊達じゃないか
……ちょっとストレス解消に付き合ってくれるかい?」
彼を殺さない程度に殴り続けたい
……ちょうどさっき嫌なモノを見てね
いやはや”嫌な未来”も役に立つものだよ
使用UCは【解体技巧】
……いや、ただの体術だな、これ。
「ここか、いや、こうかな?」
彼が奥の手を使ってくるように手刀で痛めつけるよ
「正にここにヒーローがいるのに酷い事いうね、ジョン」
「君の命はここで再び終わる
もう涙を流す必要は、ない」
「本当に壊してしまったのかい?」
曾場八野・熊五郎
◎【チーム悪巧み】
ほほーでかい亀。食べ応えがありそう(ジュルリ)
え?今回はそういうの駄目?しょーがないなー(鮭に止められる)
「モジャ公ー、考えあるなら足止めするでごわすからとっととやるでごわす」
【犬ドリる】で足場を崩して転ばせる
「ほほー、友釣りとはモジャ公も考えたでごわすな」
ジョンの作戦が嵌ったら倒しにいく
「それじゃ、鱒之助もうるさいから痛くないように一発で〆るでごわすよ。仲間のところに帰るでごわ」
【犬ドリる】で甲羅ごと心臓を貫く『怪力、トンネル掘り、破魔、傷口をえぐる、部位破壊』
「鱒之助もモジャ公も、まだ狩ってない相手に優しいでごわすなーそれじゃ食べていけないでごわす」
ジョン・ブラウン
◎【チーム悪巧み】
「独りぼっちのジョージ……か、一人は寂しいよな、分かるよ。予習済みさ」
「でも、悪いね。これが僕らの生存競争だ」
「……君の力の弱点は、僕らへの怒りや憎しみじゃなくて孤独への恐怖を糧にしたこと」
「君の能力はなんて言うのかな、シナジーが、イマイチだ」
「孤独が君を強くするのに、孤独を癒す力を君は持っている」
他のUCで召喚された動物たちを横目に
「こんな風にね」
UCで大量に生み出したジョージの同種たちが取り囲み、ジョージの孤独を薄れさせる
「……ああ、反吐がでる」
「ヒーローなら、せめて優しい嘘で…って話になるんだろうけど」
「生憎僕はこれが効きそうだって打算が……8……7割ってとこさ」
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
…独り、か
分らんでも無いよ、その気持ちは
俺も独りになって、こんなところまで逃げ伸びてきたからな
皆を見捨てて、殺して、世界の敵になって
それで死ぬ勇気も無いもんだから、此処で生きてる
生憎だが、お前の孤独は俺にはどうしようもない
俺たちは分かり合えない…敵同士にしかなれねぇ
どうあがいても、お前にとっちゃバッドエンドさ
──孤独からは逃げられはしない
『Reverse』──お友達が現れることは無い
再びの孤独は辛いだろうが、これも勝つ為だ
地獄の底で幾らでも恨みなよ。今更増えても気にしないさ
…まぁ、お前が確かに此処に居たことくらいは覚えててやるさ
傍にはいてやれんが、顧みるくらいはな
地獄で友達、作れるといいな
詩蒲・リクロウ
◎【チーム悪巧み】
孤独を嘆く絶滅種……ですか。
少し可哀想ですが、彼も既にオブリビオン。
なんとしても目的は阻止しないとですね。
とは思いますが本当にいいんですかね……
(チームがジョージと戦っている間にこっそりメガリスに近付く)
〜回想〜
超短縮作戦会議中
「しゅーごー」
「そも、目的はメガリス奪取の阻止」
「グリモア猟兵の子も"探検"としか言ってない」
「つまり、だ。」
「メガリスを破壊してしまえば彼の目的は無くなる訳だ」
「そして誰も壊しては行けないとは言ってない」
「よしんば問題があっても責任はすべてリクロウが取る」
〜〜
もうどうなっても知りませんからね!
こんなもの、こうすれば!!セイヤァーッ!(斧を振り下ろす)
サン・ダイヤモンド
【森】◎
孤独な叫びが僕を揺さぶり
君の悲しみが僕の魂に染み渡る
ブラッドと共に宙を行き彼の声に聴き入って
「―ブラッド、僕の我儘聞いてくれる?
このまま、何があっても止まらずに
彼の傍へ僕を運んで」
ブラッドは何よりも優先して僕を護ってくれる人
だからこれは僕の我儘
僕が傷付いても止まらずに
僕のやりたい事を―彼の魂に触れる事を優先する
ブラッドなら大丈夫
ブラッドを信じてる
僕の望みはいつか大樹の許でブラッドと共に眠る事
そうして自然に還り
ずっとずっといつまでも、大好きな皆と一緒になるの
ひとりぼっちで寂しかったね
迎えに来たよ
もう大丈夫、一緒に帰ろう
皆の所へ
願わくば
僕の姿が君の仲間に見えるよう
君の魂が皆の許へ還れるよう
ブラッド・ブラック
【森】◎
【比翼の鳥】を継続
自身の体をサンの鎧と翼に変え共に飛翔
サンの優しさと強さを俺はよく知っている
成長もこの目で見てきた
だからお前が庇護すべき幼子から伴に歩むべき者へ変わろうとしている事
お前がやろうとしている事も
ちゃんと、理解している
ならば俺も変わらねばなるまい
歩みを止めずお前を信じ、その信に応えよう
「嗚呼、任された。必ず連れて行ってやる」
滅びた種が危害を加えてくるならば極力見切り回避
致命傷は己の全てを使い防ぎ切り
サンの姿が変貌しようとも必ず奴のもとへ連れて行く
お前は愛する者を喪ったのだな
俺も、サンを喪えば耐えられない
だが此処にはもう、
俺の光――サン、彼奴を導いてやってくれ
仲間達の魂のもとへ
傷だらけになり、甲羅は割れ、火傷を負って、首を落とされて――それでもなお、ロンサム・ジョージは立っていた。彼の首からは、流れ落ちる血と共に空虚な呻き声にも似た声が響き渡る。
『オオオオ オオオオ……』
「倒すだけでいい気もするんだけどね」
真の姿となったティアー・ロード(ヒーローマスクのグールドライバー・f00536)は腕を組みながら吐息する。
孤独な亀。同情しないわけではないが、人間を憎む彼を救う気にはティアーはなれなかった。
それでも、やると決めた。彼女はチームの一員だから。
彼女は拳を構えてジョージへと立ち向かう。
「さあ、ここから先は悪巧みの時間だ!」
念動力の補助を得ながら、ティアーは高速で肉薄していく。視界もない状態で闇雲に暴れまわる巨体へ向けて手刀を放つ。
大量の切り傷と火傷で爛れたジョージの脚に新しい傷が増えて、血が吹き出ると同時にがくんと体勢が崩れた。
「よくもまあ、それほどの傷を受けながら今まで立っていたものだね。人間憎しかな。それとも孤独を嫌ってかな?」
どちらであっても、手を抜く気はない。
なおも立ち上がろうと藻掻くジョージを攻撃し続ける。決して致命打にはならず、相手に行動の機会を与えない。
『オオオオ オオオオ……!』
「そんなにあのメガリスが欲しいのか。あんなのを手に入れたところで、嫌なモノを見せられるだけなのにね」
ついさっき見せられてしまった嫌な未来を思い出して、ティアーの手刀に力が入る。
過去視と未来視のメガリス。あんなものはまやかしに過ぎない。そうわかっていても、彼女は苛立ってしまっていた。
「さて、そろそろかな」
ちらりと後方――メガリスの方へと視線を向ける。
そこには、大斧を手にしたシャーマンズゴースト、詩蒲・リクロウ(見習い戦士・f02986)がいた。
●
時計の針は、ロンサム・ジョージが他の猟兵たちと戦闘を繰り広げている時に遡る。
「はい集合。集合ですよ。時間ないんで巻きでお願いしますね」
「今回の目的から確認しようか。メガリス奪取を阻止のために、ジョージの討伐は前提だったね」
「最初は島の探検って話だったでごわすが、思えば大変なことになってしまったでごわすなあ」
「そこであるな。今回、グリモア猟兵に依頼されたのはあくまで“探検”である」
「そう、探検なんだ。――つまり、メガリスの回収は依頼されていない」
「え、ちょっと待って下さいよ。それってつまり……?」
「つまり、ジョージの目的であるメガリスを破壊しようと思う」
「思い切ったでごわすなあ。でも、壊しても人間憎しで戦いが終わるわけではないでごわす」
「しかし、確実に隙はできる上に、何らかのアクションを起こすことは間違いないのである」
「殺すだけなら猟兵たちの力でどうとでもなる。……けれど、救うためにはこの“賭け”に勝たないといけない」
「求めるなら、勝利ではなく大勝利だね。その賭け、乗ったよ」
「で、あるな。よしんばメガリスの破壊に問題があっても、責任は全てリクロウが取れば良いのである」
「ちょっ待っ……ああもう時間無い!? 良いですよわかりましたよやってやろうじゃないですか!!」
「……ところで、そこの盗聴器はそのままで良いのかい?」
「ああ。聞かれてマズい相手じゃないからね。むしろ聞いておいて欲しいぐらいさ」
●
「ああもう、このチームにいるとホンット無茶な作戦ばっかりなんですから……!」
はぁ、とため息をつきながら、リクロウはメガリスを見下ろす。
禍々しい光を放つ呪わし秘宝。しかしそれは、あの孤独を嘆く大亀の希望でもあるのだ。
それを打ち砕くのにためらいはある。けれど、彼を救うためには決定的な好機が必要なのだ。
「……彼もすでにオブリビオンです。少し可哀想ですが、なんとしてでも目的は阻止しないと……」
自分に言い聞かせるように呟いて、彼は大斧を振り上げる。
一呼吸。
迷いと、怯えを捨てる。これはチームのみんなで決めたことだから。
だから、大丈夫。恐れなくて良い。
――臆病にならなくて良い。
「もうどうなっても知りませんからねっ! こんなもの、こうすれば!!」
裂帛の掛け声と共に、リクロウは斧を振り下ろす。
呪われし秘宝が砕ける。周囲へ放っていた禍々しい力がぴたりと止んだ。
首なしのジョージにメガリスの破砕音は届かない。けれど、禍々しい力の波動が止んだのを、彼は肌で感じ取ったのだろう。
『オオ オオオ …… オオオオオオオオオ!!!!』
切り落とされた首をもたげて、空虚な呻き声を切断面から響かせる。その声には、どこか悲哀が含まれているようにも感じられた。
再び、戦場に森が出現し始める。
「ここまでは計画通り……。頼みましたよ、ジョンさん……!」
●
「独りぼっちのジョージ……か。独りは寂しいよね、わかるよ。予習済みさ」
ジョン・ブラウン(ワンダーギーク・f00430)は巨大な亀を見上げながら呟く。
彼の思い浮かべるのは、湖上で視えた未来だ。あの時、ヘリへと手を伸ばしていた自分は、ひどく寂しそうに見えた。
「誰だって独りは嫌だ。……君もそう思うだろう?」
「……ああ。俺だって身に覚えがあるんだ。わからんでもないよ」
ジョンの呼びかけた先、樹々の間から現れたのは、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)だ。
彼も幼少期は独りのまま過ごしたし、生まれ育った都市ごと仲間を見捨てた。自分のは自業自得であるがゆえに比べるつもりはないが、それでも同情しないわけではない。
「だが、生憎とあいつの孤独を俺にはどうにもできない。猟兵とオブリビオンはわかりあえない。敵同士にしかなれない」
「まるでどのルートに行ってもバッドエンドの確定してるライバルキャラみたいだね。運命が彼を孤独であれと決めつけているかのようだ」
でもね。ジョンは首を横に振る。
「君が聞いていた通りだよ。彼を救えるとしたら?」
「……どっちでも良いさ。勝てるならな」
「悪くない返事だ」
それじゃあ任せたよ。ジョンの言葉に背中を押されるように、ヴィクティムは前へ出る。
「ああ。任されたさ」
彼は右腕のサイバーデッキ“ヴォイド・チャリオット”を操作する。
勝つこと自体は難しくない。ヴィクティムはただ、詰め手を担当するだけで良い。
それでジョージに地獄の底で恨まれようとも、今更怨恨が一つ増えたところで何も変わりはしない。
けれど増えない可能性があるのなら、それに越したことはないのもまた事実だ。
「……なあ、セオドア。お前はこの賭けに乗ったかな」
負けている時はシンプルだ。小さく負ける、大きく負ける。
だが、勝っている時には三つ追加される。引き分け、小さく勝つ。大きく勝つ。
このまま敵を殺すだけなら、小さな勝利だ。それは揺らがないだろう。
けれどジョージを救えたなら、それは大きな勝利だ。なにせ――
「ああ、まったく。盤面どころか、運命から決められた負けもひっくり返せるんなら、それほど痛快な勝ちはねえよな!」
彼が放つのは、敵の使うユーベルコードの効果を反転させるウィルスプログラムだ。
ウィルスは想定通り、ジョージの使うユーベルコードを反転させる。森が枯れ果て、彼が死に瀕しようとも絶滅種の仲間たちは現れない。
「これが俺の“詰め手”だ。次はお前のターンだ、ギーク」
「サンキュー。やっぱりプロは頼りになるよ」
背を向けるヴィクティムと入れ替わるように、ジョンが前に出る。
彼の手に武器は握られていない。
彼の口こそが、彼の最大の武器だからだ。
「……君の力の弱点は、僕らへの怒りや憎しみじゃなくて、孤独への恐怖を糧にしてしまったことだと思う」
孤独を恐れるがゆえに、その身体を巨大化させる。
孤独を恐れるがゆえに、絶滅種の住む森を作り出す。
孤独を恐れるがゆえに、仲間たちを呼び出す。
「君の能力は……なんて言うのかな。あまり他人の構築にとやかく言いたいわけじゃないんだけど、シナジーがイマイチだ」
孤独によって強くなるのに。孤独が自分を強くしてくれるのに。彼は孤独を嫌って、孤独を遠ざけようとする。
「君自身が、孤独を癒やす術を持ってしまっている。――ちょうど、こんな風に」
彼が言うと、ジョージの足元にどこからともなく亀たちが現れる。
ジョージと同じ、絶滅したはずのピンタゾウガメ。ジョンのユーベルコードによって出現させた、“キャラクター”だ。
しかし、それだけではジョージを癒やすことはできない。
キャラクターのゾウガメたちを、ジョージが仲間であると信じ込ませる必要がある。
「悲しい、悲しい話をしようではないか」
そのために、リチャード・チェイス(四月鹿・f03687)は語り始めた。
「幸であれ不幸であれ、未来とは選択の先にあるものである」
どういうものであれ、人々は選択の繰り返しの上で今に立つ。それは今選んでいる選択を経た後の未来にも同じことが言える。
「だが、孤独なる亀には、そもそも選択の機会が与えれたのだろうか? よしんば与えられたとして、選択できるだけの力を持っていたのだろうか?」
選択権があるか、そして選択肢にどれほどの広さがあるか。それは当人の選んできた選択肢次第だ。
だが、人は未来を見通すことができない。選択は常に正しいとは限らない。ゆえに悲劇が起こってしまう。
「皮肉にも甦ったことにより、孤独なる亀に新たな選択の機会が与えられた。選択の末に、孤独なる亀は過去を求めた」
生きている間には選択の余地も与えられなかったジョージに、死後オブリビオンとなって初めて選択権が与えられた。それも、同種が絶滅した後に。これが皮肉でないとしたら、一体何が皮肉だろうか。
「しかし私たちはそれを阻まなければならない。それもまた悲しい話である。ならばせめて、新しき道を示そう」
さあ、とリチャードが手で示す。滅びたはずの、ピンタゾウガメたちの姿を。
「旅立つとよい。仲間たちの元へ」
あるいは、それは祈りにも似た言葉。
その言葉が、すでに耳もないはずのジョージの心に届く。
ピンタゾウガメたちがジョージの足元に寄り添うと、同類の体温を感じたからだろう。孤独を嫌されたジョージの身体が見る間に縮んでいく。
『オオ オオオオオオ……』
首なしジョージが、同種に囲まれて呻き声を上げる。悲哀よりも、喜びの色が強い。
それを見て、ジョンは自己嫌悪するように呟いた。
「……ああ。反吐が出る。これがヒーローなら、せめて優しい嘘で、なんて話になるんだろうけど」
残念なことに、ジョンの場合は打算が8割……いや、7割といったところか。こうすればより被害が少ない状態で勝てると彼はわかっていた。
「ここにまさしくヒーローがいるというのに、酷いことを言うね。ジョン」
戻ってきたティアーが肩をすくめる。ジョージの暴走が治まれば、もう足止めの必要もない。
「ごめん、ティアー。そういう意味じゃなかったんだ」
「どちらにせよ、あれはオブリビオンなんだ。倒すことに変わりはない。だから、せめて過程を変えよう。これはそういう話だろう?」
「ああ、そうさ。けれど……こうも打算的だと、結局は自分も彼らを絶滅に追いやった人たちと同じなんだと思わざるを得なくてね……」
重い溜息を一つ、ジョンは吐き出した。
「……それに、彼の孤独を偽りで埋めることはできても、結局人間への憎しみだけは変えられない」
勝ちは勝ちだ。できることはやり切った。けれど、最後のピースが一つだけ足りない。
「天使様でもなきゃ、これ以上は無理だ……」
「今回の賭けの胴元はジョンであろう。であれば、そう気弱なことを言うものではないのである」
ジョージの“説得”を終えて、いつの間にかに戻ってきたリチャードが上空を見つめながら言った
「上、見てみろよ。まだ勝ちの目は消えてないみたいだぜ」
ヴィクティムに促されるままにジョンは空を見上げる。
そこには、黒い翼の天使が飛んでいた。
●
孤独な叫びだった。悲哀な呻きだった。
オブリビオンの悲しみが、苦しみが、サン・ダイヤモンド(apostata・f01974)の魂に染み渡り、揺さぶって仕方がなかった。
「――ねえ、ブラッド。僕のわがままを聞いてくれる?」
己の鎧となり、翼となったブラッド・ブラック(LUKE・f01805)へ触れながら問いかける。
「このまま、何があっても止まらずに、彼の傍へ僕を運んで欲しいんだ」
ロンサム・ジョージはもう長くない。それは上空で飛行するサンが遠目に見てもわかることだった。
けれど、このまま殺してしまっては何の救いももたらされない。ジョージは孤独を抱いたまま死んでしまう。
サンには、それがひどく悲しいことに思えた。
「ああ、任された」
そしてブラッドもサンの胸中をよく知っていた。
彼の優しさも、彼の強さも、ブラッドはよく知っていた。彼の成長をその目で見てきたからだ。
だから、彼が庇護すべき幼子から、伴に歩むべき者へ変わろうとしていることを理解していた。
彼がやろうとしていることも、ちゃんと理解していた。
今までなら止めただろう。あれはもう、どうしようもないのだと諭して諦めさせただろう。救おうとしたところで、結局は彼が傷つくだけだから。
だが、彼が変わろうとしているのならば。自分もまた、変わらなくてはならない。
ゆえにブラッドはサンを信じ、またサンの信に応えようと決めたのだ。
「――必ず、連れて行ってやる」
かくして黒翼の天使は地上に舞い降りた。
首のない、死に瀕したジョージの元へ降り立ったサンは、割れた甲羅へ優しく手を当てる。
「……ひとりぼっちで寂しかったね。けど、君にはもう仲間たちがいるみたいだ」
もう、孤独は癒やされている。それがサンには嬉しかった。
自分がブラッドを喪えば耐えきれないだろうし、ブラッドにしてもそれは同じことだろう。
けれど、ロンサム・ジョージは死に瀕してなお、手を伸ばして来たサンへ威嚇するように藻掻き始める。
それは、まるで人間の手から仲間を守ろうとしているかのようで――。
「サン。俺の光。どうか彼奴を導いてやってくれ。本当の仲間たちの、魂のもとへ」
「ああ、祈ろう。この子の魂が、みんなのもとへ還れるように」
ジョージの身体をサンの柔らかな光が包み込み、その魂を癒やす。
敵であっても救いたいと思うその光は、サンのエゴであり、愛であった。
「……これでもう大丈夫だね」
光が止む頃には、ジョージはもう藻掻くことをやめていた。諦めたわけでも、体力が尽きたわけでもなく、人間を憎む彼の心が癒やされたからだ。
サンは立ち上がると、ジョンたちへと振り向く。
「これで彼は救われた。……あとは、最後に死の間際の苦しみから解き放ってあげて欲しい」
●
「ようやくでごわすか」
曾場八野・熊五郎(ロードオブ首輪・f24420)は賢いとはいえ、動物だ。だから亀を狩猟の対象程度にしか見られなかったし、さっさと狩って食べてしまえば良いとすら思っていた。
「鱒之助もモジャ公たちも、まだ狩ってない相手に優しいでごわすなー。それじゃ食べていけないでごわす」
「“人はパンのみに生きるにあらず”だよ、クマゴロウ」
「鱒之助も似たようなことを言っていたでごわす。むつかしい話でごわすなあ」
背中でびっちびっちと跳ねる鱒之助に目をくれながら、熊五郎は吐息する。
「……それじゃ、鱒之助もうるさいから痛くないように一発で〆るでごわすよ」
いたずらに痛みを長引かせるべきではないことは、熊五郎とて心得ている。
だから、彼は一撃で仕留めるために飛び上がった。身体を捻り、螺旋の力を得ることで己をドリルとして――砕けた甲羅の先。ジョージの心臓を貫いた。
「さ、これで仲間のところに帰るでごわ」
熊五郎の言葉に応えるかのように、召喚されたピンタゾウガメと共に、ジョージは黒い塵へと還る。
戦いは終わった。
呪われし秘宝メガリスは砕かれた。
それを狙うロンサム・ジョージは救済されて、骸の海へと還った。
これは過去と未来と、それから今の話。
孤独な亀と、その孤独を憐れみ、救った猟兵たちの話。
もしも至福の過去があったなら。
もしも苦難の未来があったなら。
人はきっとこう唱えるだろう。
「時よ止まれ、そなたは美しい」
止まってしまえば、もうそこからは動かなくなるから。
けれど、彼らは止まらない。彼らは歩み続ける。
今この時を過去にして、未来を自分の手で掴み取るために――。
大成功
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